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とある都市の生物災害 #01 Day1

422 : 以下、名... - 2014/01/18 22:28:47.37 5VNQVDfp0 153/887


御坂美琴 / Day1 / 10:34:58 / 第七学区 公園

足が震えていた。当てもなく逃げ回るというのは存外体力を消費する。
美琴はあるマンションの屋上に逃げ込んでいた。
落下防止用のフェンスに背中を預けて座り込み、はぁ、はぁ、と荒く息を吐く。
その体が小刻みに震えているのは単なる疲労だけではない。
明らかに精神的な消耗がそこにあった。

今の学園都市は、美琴にはあまりに耐えられない。
佐天涙子や白井黒子、婚后光子に初春飾利。変わり果ててしまった親友を美琴はその目で見ている。
それだけではない。多くの人間が生ける屍へと変貌している中で、一体どれほどの人間が『人間』でいるのだろうか。

(妹達、垣根さん、浜面さん、インデックス、滝壺さん、絹旗さん、麦野さん、心理定規さん、湾内さん、泡浮さん……)

そして、上条当麻。考えればきりがなかった。
その他にもクラスメイトだとか寮監だとか気になる人たちは腐るほどいる。
だが美琴は彼らへの連絡手段を持っていないし、彼らと会うのが怖いとどこかで思っているのも事実だった。

彼らが生き残っているのなら良い。
だが上条や垣根、滝壺、湾内といった知り合いに遭遇した時。
もしその相手が濁った虚ろな目でこちらを見てきたら?
鬱血した青白い腕を伸ばし、呻き声をあげながら近づいてきたら?
その首や腹の肉が千切れ、内部組織が露出していたら?

……一概に、あり得ないとは言い切れないのだ。
現に学園都市はもう機能していない。住民の大半が死んでしまっている。
知り合いがアンデッドと化しているのも、既に目撃している。
その他の知り合いたちが無事である保障などどこにもない。

423 : 以下、名... - 2014/01/18 22:29:26.94 5VNQVDfp0 154/887

(それどころか、もしかしたらもう私しか―――)

間違いなくまだこの街には生存者が多数いるだろう。
生き残るために死者の軍勢と戦う者たちが、必ず。
だがその枠の中に美琴の知る友人たちは含まれているのだろうか。
もしかしたら知り合いたちは皆倒れ、自分一人しか残っていないのではないか。
そんな疑念がぞわぞわと音もなく、死神のように忍び寄ってくる。美琴にそれを完全否定する術はなかった。

中には大能力者どころか超能力者すらいるのだから大丈夫、だと思う。
けれどその可能性に気付いた瞬間、美琴をある感情が襲った。
絶望。恐怖。不安。疲労。それらではない、もう一つの負の感情が。

「……私しか、いない……? みんな……」

孤独。それは人を狂わせる感情だった。
美琴は膝を両手で抱えてぎゅっと丸くなった。所謂体育座りだ。
自分で自分を温め、自分で自分を抱きしめる形。

もとより御坂美琴という女の子は、有り体に言って寂しがり屋なところがある。
美琴という人間についてよく知らない者はそう聞いて驚くかもしれない。
いつだって中心に立って、他の皆を率いるリーダー。
他人に慕われ、尊敬され、信奉者さえ現れ、その一言が周囲に力を与えるヒーロー。
おそらく常盤台、いや学舎の園の人間などは過言ではなくそう思っているだろう。

「だれか……」

そしてそれは決して間違いではない。
彼女は上条当麻と同質のヒーロー性を有しているだろう。
だが、それは美琴の数多ある内の一側面でしかないのだ。
元々人間はサイコロのように複数の側面を持っていて、一面しか持たぬ人間などあり得ない。
それと同じ。単純に御坂美琴は多面体なのだ。

424 : 以下、名... - 2014/01/18 22:29:57.05 5VNQVDfp0 155/887

だからこそ普段見せている面が全てではない。
この状況でサイコロが転がり、顔を見せた面が今だ。
美琴は孤独だった。超能力者になってからというもの、ずっと孤独だった。
何もそれは美琴に限った話ではなく一方通行も垣根も同様に。
超能力者という世界はあまりにも凡人には遠すぎたのだ。

白井黒子が現れ、佐天涙子が現れ、初春飾利が現れ、そして上条当麻が現れ。
ずっと多くの友人が出来た今でも、潜在的に美琴は独りになることを恐れている。
もし皆が自分から離れてしまったら、と。そんな美琴の弱さはこういう時に如実に表れてしまう。
佐天と初春を見捨てた罪悪感も手伝って、美琴の思考は泥沼に沈みかけていた。

そんな時、美琴が展開している電磁波のレーダーが複数の反応を近距離に捉えた。
この独特の反応。間違いなく亡者だった。
ゾンビが六体。階段を登ってここに向かっている。いや、ここに来た。
美琴が両膝に埋めた顔を上げると、視界に映ったのは肉が落ちて内部を晒している死人の姿。

……ふと、美琴はここで抵抗しなかったらどうなるのだろうと考える。
そうすれば全部終わるのだろうか。この孤独と恐怖から解放されるのだろうか。
そんな馬鹿げた思いが脳裏をよぎる。
白井黒子が、生前の『白井黒子』が死の間際に美琴に何を願ったか。寮の浴室ですぐに訪れる己の死を差し置いて何を望んだか。
それを御坂美琴は知らないし、永遠に知ることもない。

美琴はゆっくりと立ち上がる。
それでもやっぱり死肉狂いに食い散らされて死ぬのは嫌だ。
これでも年頃の女子だ、死ぬにしてももう少しマシな死に方を選びたい。

425 : 以下、名... - 2014/01/18 22:30:35.38 5VNQVDfp0 156/887

諦めたようにも見える薄い笑いを浮かべて、次いで放つのは紫電の槍。
たちまちに距離をゼロに縮めた美琴の一撃は、狙い違わず一体のゾンビの胸に突き刺さる。
ズドン!! と突き立った槍から流れる高圧電流の奔流は刹那の内に機能を停止した全身を駆け回る。
その衝撃で後方へ吹き飛び、痙攣したように全身が震えているがまだ死んではいない。

「寝てなさい」

今撃った電撃は並の威力ではない。少なくとも人間に撃っていいラインは超えていた。
だが美琴はあの程度ではリビングデッドは死なないことを、経験で知っていた。
ここまで逃げて、倒して、逃げて、倒して。そんなことを繰り返してきたから。
そして同時に死なないまでもこの程度の電流を流し込んでやれば筋肉が硬直するのか何なのか、しばらくの間なら動きを止められることも知っていた。

バチッ、と頭に軽い違和感を覚える。
覚えのある感覚だった。それは美琴の電磁バリアが第五位の『心理掌握』を防いだ時と同種のもの。
勿論それと比べると格段に弱いが、間違いなく同じ種類の感覚だ。

「精神系能力者か。でもその程度じゃあ意識を逸らすことも出来ないわよ!!」

おそらくは異能力者。美琴からすれば歯牙にもかける必要はない。
他のゾンビが放った小規模な突風を、床の下にある鉄筋と自身を磁力線で繋げ、反発させることで跳躍して回避。
踊るように空中で一回転した美琴は屋上の隅に着地する。
自然、生きた死者は美琴の後を追うように移動する。この時、五体のゾンビは整列でもするように一直線上に並んでいた。

意図的にこの状態を作り出した美琴は、待ってましたと言わんばかりにズバヂィ!! と雷撃の槍を叩き込む。
ズ┣¨┣¨┣¨┣¨ッ!! と雷撃の槍は貫通し、一列に並んだ五体のゾンビを一撃で貫いていく。
もとより動きの単調な死人だ。動きを誘導するのはそう難しいことでもなかった。

426 : 以下、名... - 2014/01/18 22:31:38.42 5VNQVDfp0 157/887

「……ふぅ」

美琴は一息つくと、すぐにどうすべきか思考を巡らせる。
このゾンビ共は死んでいない。少しすればまた起き上がるだろう。
それは単に美琴が手加減を加えたからだ。その気になっていれば今の一撃で五つの死体は消し炭になっていただろう。
結局、美琴には死人であろうと『殺す』という行動が取れなかったのだ。

とにかくもうこの場所にはいられない。
そう思っていると、すぐ近くから子供の悲鳴が聞こえてきた。

「ッ、悲鳴!?」

生きた人間の声。
美琴は一瞬で反応し、能力の網を巡らせていくと同時に鉄柵から身を乗り出して目視でも確認を行っていく。
幸い、それはすぐに見つかった。このマンションの目の前にある公園。
そこに人影が三つ確認出来た。二つの陰がもう一つへと迫っている。
間違いなく悲鳴の主だろう。

状況を理解した美琴の行動は迅速だった。
つい先ほどまで沈んでいた暗い思考など忘れ去り、美琴は躊躇いもせずに地上一〇メートル以上の高度から身を躍らせる。
磁力線を公園に立っている街灯へと繋ぎ、滑り台のように、弾丸のような速度で自身を斜め下方へと突撃させていく。
距離を詰めていくに従って徐々に状況を視認できるようになる。

カバンを持った幼い女の子が二体のゾンビに襲われている。
女の子は恐怖で動けないのだろう、もうあと数秒で鬱血した腕が届いてしまう距離だった。
美琴はチッ、と舌打ちし少女には及ばないよう調整した電撃を目下の異形に向けて撃つ。
光速の電撃は禍々しき異物に少女にそれ以上接近することを許さず、二体に連続で天罰を与えていく。

突然上から青白い閃光に射抜かれたゾンビは無様に吹き飛び、動かなくなる。
突然の事態に少女は何が起きたのか理解出来ないのだろう、口を開けたまま呆然としている。
とにかく助かったことだけは分かったのか。何でもいい、と美琴は思う。
ある程度まで下降した美琴は磁力線を切り、スタッ、と少女のすぐ近くに着地した。
周囲に連中の姿は認められない。ほっとした美琴が少女の方へ振り向く。

427 : 以下、名... - 2014/01/18 22:32:09.80 5VNQVDfp0 158/887

「ねえ―――」

「やぁぁああああああっ!!」

美琴が声をかける直前、少女は悲鳴をあげて走り出した。
どうやらパニックに陥っているようだ。無理もないと美琴は思う。
だがここで少女を行かせれば確実に死ぬ。今の学園都市はそういう世界だ。
自分の横を走り抜けようとした少女の腕を美琴はしっかりと掴んだ。

「やだぁっ!! 離してよぉっ!!」

半ば錯乱気味に少女は頭をぶんぶんと振る。
美琴は腕を決して離さぬようにしながら、

「落ち着いて!! ほら、分かるでしょう? 私は人間よ!!」

美琴が必死に呼びかけると少女の動きが止まった。

「私の手、温かいでしょ?」

そう言って無理に笑顔を作り、笑いかけてやる。
すると少女がこちらを振り返り、ぴたりと互いの目が会った。
すぐに少女の目に透明の液体が溜まる。そしてそれはすぐに決壊したように流れ出した。
滝のように涙を流しながら、少女は美琴の懐に飛び込み、抱きついてきた。

「―――美琴お姉ちゃぁぁああああん!!!!!」

美琴の腰に両手を回してさめざめと泣く少女を、美琴もしっかりと抱きしめてやる。
その頭を優しく撫でてやると少女は更にしっかりと美琴に回した手を固定する。
意地でも離れないと言っているようだった。

428 : 以下、名... - 2014/01/18 22:32:58.17 5VNQVDfp0 159/887

「……佳茄ちゃん。良く無事だったわね。もう、大丈夫よ」

出来るだけ佳茄が安心できるように、美琴は昔の母に受けたそれを佳茄に返す。
ぎゅっと抱きしめて体温と心臓の鼓動を感じさせ、頭をゆっくり撫でてやる。
少しの間それを続けていると、徐々に佳茄は落ち着きを取り戻し話を聞くことが出来た。

硲舎佳茄という名のこの少女と御坂美琴には幾度かの縁があった。
最初の邂逅は夏。美琴がトラブルで一日風紀委員を務めた時だった。
爆弾が入っていると勘違いしてを美琴が必至で奪還したバッグの持ち主が佳茄だったのだ。

二度目の遭遇はそのすぐ後のこと。
『幻想御手(レベルアッパー)』事件の始まりとも言える、連続虚空爆破(グラビトン)事件。
介旅初矢による犯行が行われたセブンスミストにて、美琴は上条と共にいた佳茄と会っている。

そして三度目は『空き地のカミキリムシ』の時だ。
髪をカミキリムシに切られた佳茄が友人たちと『ヒミツカイギ』をしている際、それを美琴らが発見。
カミキリムシを捕まえるまで、美琴は佳茄と行動を共にしたりもした。

また大覇星祭では佳茄が応援してくれたりと、何かと関わってきた少女なのだった。
『空き地のカミキリムシ』の際にはアドレスの交換も行っており―――もっともそれはカミキリムシ対策だったのだが―――定期的にメールのやり取りも行っていた。
佳茄が送ってきたメールに美琴が返すといった形だったが、間違いなく二人は親交を結んでいた。
だからこそ、佳茄はそんな美琴を見て安心しきってしまったのだろう。
溜まったものをポロポロと流しながら、それでも少し落ち着いた佳茄は鼻声で説明を始めた。

429 : 以下、名... - 2014/01/18 22:33:27.90 5VNQVDfp0 160/887

「あのね、なんかみんなが、変に、なってて、私、怖くて、それで」

「うん、うん」

「ずっと、隠れてて、よく、ここら辺で、かくれんぼ、してたから、でも、見つかっちゃって、そしたら、」

「大丈夫よ、佳茄ちゃん。無理しなくて良いから。私がついてるから」

大体を把握した美琴は佳茄の話を中断させる。
これ以上話させるのは良くないと判断したためだ。
それにしても本当に良く無事だったものだ。
下手に動かずじっと隠れていたのが良かったのだろうが、いずれにせよ隠れているだけではこの状況は打破出来ない。

……もう大丈夫だ。もう独りじゃない。自分がついてる。守ってあげる。安心して。
そんな立派な言葉を並び立て、まるで強い人間のように佳茄を安心させている一方で。
聞き耳の良い言葉を隠れ蓑にして、佳茄を使って自身の孤独を紛らわせ、この少女を守るという佳茄を利用する形で自分を奮い立たせる。
そんな風に佳茄を言い訳にして、逆に依存して。御坂美琴はそんな醜い自分自身に気付き、心底軽蔑した。

430 : 以下、名... - 2014/01/18 22:34:10.91 5VNQVDfp0 161/887


浜面仕上 / Day1 / 12:49:37 / 第一八学区 スーパーマーケット

「いた!! やっぱりだ!!」

「……むぎのと、きぬはたのAIM拡散力場。無事だったんだ、良かった」

浜面と滝壺は遠目に見えるスーパーマーケットを見上げていた。
そのスーパーは蜂の巣のように穴だらけになっており、その穴から人影が次から次へと吐き出されていく。
しかしそれは体の中心に巨大な穴が空いていたり、四肢が欠損していたり、頭蓋骨が陥没して頭部が潰れていたりと無事なものは一つとしてない。
そしてゾンビを殺害し、壁をマシンガンでも連射したように穿ち続けているのは不健康な青白い光の奔流だった。

その絶大な破壊力を秘める絶対の閃光に、浜面と滝壺は見覚えがあった。
電子を粒子でも波形でもない曖昧な状態に固定する能力。
『曖昧なまま固定された電子』は『粒子』にも『波形』にもなれないため、外部からの反応で動くことが無い「留まる」性質を持つようになる。
この「留まる」性質により擬似的な「壁」となった『曖昧なまま固定された電子』を強制的に動かし、対象を貫く特殊な電子線を高速で叩きつけることで、絶大な破壊力を生み出す。

それこそが『原子崩し』。『粒機波形高速砲』。
学園都市に七人しかいない超能力者、第四位の誇る絶大な力。
麦野沈利の有する能力だった。

麦野の能力は轟音をたてて形を失っていくスーパーを見れば分かることだが、非常に派手だ。
それを目印にしたのはゾンビ共も同様らしい。
もうちょっと出力を抑えて撃てないのだろうか。

「……しっかし、これじゃー際限なくゾンビを集めるだけだぞ」

「そんなことより早く二人に合流しよう。穴あきにされないよう気を付けて近づかないとね?」

「……あ」

431 : 以下、名... - 2014/01/18 22:34:54.05 5VNQVDfp0 162/887










「オラオラオラオラァッ!! 何だテメェらはただの肉の的かぁ!?
狩人を楽しませるならせめて狐になれよ。食われるための豚で止まってんじゃねぇぞ死肉狂いが!!」

麦野沈利。学園都市第四位の超能力者。
その美しい顔立ちは獰猛に歪み、長いカールがかった茶髪を揺らしながら怪物は荒れ狂う。
彼女の周囲の空間には青白い、ぼんやりとした球状の光が複数浮かんでいた。
ふわふわと頼りなく揺れるそれは、しかしそのイメージとは対照的にひたすら破壊をもたらす滅びの象徴でしかない。

球体から明確な指向性を持った光の束が放たれる。
それは瞬き以下の内に主に仇なす標的に食らいつき、たちまちにその肢体を削っていく。
始めにごっそりと下顎が骨もろとも消失した。ずらりと並んだ赤黒い歯も文字通り消えてなくなる。
続けて胸、腹。面白いほど簡単に人体が彫刻されていく。
彫刻刀が触れた箇所は塵も残さずこの世から消え、世に存在せぬ異形は辺りに腐肉と凝固しかけた血をスプリンクラーのように撒き散らしながら倒れた。

「ちったぁ楽しませてみろってんだ!! 延々と雑魚の相手ばかりじゃいい加減飽きんだよ!!
みっともなく中身ぃ垂れ流しやがって。そんなんじゃ百倍足りねぇぞコラァ!!」

『原子崩し』の光が絶え間なく瞬く。
彼女を中心としてあらゆる全方位へと浄化の輝きが発せられ、不浄の者共を片っ端から洗い流していく。
アンデッドの数は初め一〇〇近くはいた。が、現在残りは僅かに一〇体ほど。
もはや戦いではなかった。完全なる蹂躙、ワンサイドゲーム。
第四位は自然の摂理に反した異形を前に、鮮烈に君臨していた。

432 : 以下、名... - 2014/01/18 22:35:26.28 5VNQVDfp0 163/887

ゾンビは元はこの街の学生だったため、当然能力者である。
中には能力を用いて攻撃してくるものもいたが、そのほとんどは能力を使う間すらなく光に焼かれていった。
放たれた能力は悉く『原子崩し』に掻き消され、吹き散らされる。
稀に高レベルの能力が放たれた時のみ、麦野は初めて違う動きを見せる。

「全滅しちまうぞオラ!! 最後くらい気合入れて化け物らしく何かしてみろや!!」

「……私の出番が超ありませんね。別に良いんですが」

麦野のすぐ近くに佇む絹旗最愛は小さくため息をついた。
彼女はこの軍勢とは違い生者らしい温かな体温を持っている、紛れもない地獄の生存者だ。
絹旗は周囲を見回して顔を不快げに歪める。

元はここはスーパーマーケットだったのだが、もはやその面影はどこにもなかった。
ありとあらゆる物が薙ぎ倒され、消し飛ばされ、そもそも建物の形自体が変形させられていた。
そしてそれを彩るように赤々とした肉片、白いぶよぶよとした何かが所構わず散乱している。
更に床や壁、天井などにはべっとりと血液が付着していた。
『原子崩し』が屍を貫く度に重ね塗りするようにパパッ、と血が飛び、あるいは太筆で払ったようにべったりと赤がしつこくペイントされる。

絹旗はC級映画を好んで観るという変わった趣味の持ち主である。
だが、絹旗はスプラッタ映画は好きではなかった。
暗部時代の仕事でだってここまで凄惨な光景を見たことは一度としてなかった。

血液の赤血球には多分に鉄分が含まれており、これは胃酸によってイオン化する。
イオン化鉄は胃粘膜刺激作用を持つために、血液は強い催吐性を有している。
絹旗は鼻を抉るような臭いにたまらず手で鼻をつまんだ。
如何せん撒き散らされた血の量が多すぎる。

433 : 以下、名... - 2014/01/18 22:36:20.52 5VNQVDfp0 164/887

ついにゾンビを殲滅してしまった麦野はクールダウンしたのか、ガリガリと頭を掻き毟った。

「っあぁー……。やりすぎたかね。酷ぇことになってるわ」

「流石の私もこれには頭が超下がりますよ。……とにかく移動しましょう、麦野。
これだけ派手に超暴れれば連中がまたわんさか集まってきますし、ぶっちゃけ吐きそうです」

「私のせいだと言いたげだね。まぁ否定出来ないけど。
んじゃ行こっか。能力は出来る限り節約したいしね。……出来そうにないけど」

そして死屍累々たる有様をそのままに、二人はその場を後にする。
すぐに敵に気付けるようにと一階へと移動したところで、麦野が唐突に背後に向けて『原子崩し』を放った。
絹旗も感じていた。二人の背後に確かな気配があった。
振り向きもせずに撃ち出された青白い不気味な輝きは対象を―――

「っうおぉおお!?」

―――射抜くことはなく、まさに間一髪。浜面仕上の鼻先を駆け抜けた。
そのまま麦野の力は一階を蹂躙し、反対側の壁をぶち抜いて彼方へと消えていく。
滝壺理后はあと一歩踏み出していたら間違いなく浜面は死んでいたにも関わらず、そのことに構いはしなかった。
ただ二人の前に姿を表して再開を喜ぶ。

「むぎの、きぬはた。大丈夫、私たちだよ」

「滝壺さんじゃないですか!!」

「はーまづらぁ。やっぱ生きてたか。まあお前が滝壺残してくたばるわけないもんね」

434 : 以下、名... - 2014/01/18 22:37:17.19 5VNQVDfp0 165/887

「危うく俺が死ぬところだったことに対して謝罪がないわけですが」

「甘ぇこと言ってんな。この状況じゃ動くものは全て敵、違う?」

「……まあ、な」

麦野沈利、滝壺理后、絹旗最愛、浜面仕上。
『アイテム』の構成員全員がついに一同に会した瞬間だった。
だが状況は良くない。四人に再会を喜ぶ時間はなかった。
それを分かっている彼らは労いもそこそこに、これからの方針やこの事態について意見を交し合う。

「……さて。三人はこの事態をどう見ます?」

問題提起したのは絹旗だ。
そもそもの疑問。一体今何が起きているのか、という点。

「まあ、十中八九―――」

「「何らかのウィルスか薬品の類、だろうね」」

麦野と滝壺が声を揃える。絹旗も同感なのか、特に言葉を挟むことはしなかった。
一方の浜面も大方同じ意見だった。

「お前らも見たのか?」

浜面が問うと、

「ゾンビに混じってね。複眼をした明らかな昆虫がいた。
でもその大きさは二メートル以上。どう考えたって普通じゃない。化け物だよ」

「それと、蜘蛛の化け物も超確認しました。やはり巨大化していました」

「俺と滝壺は烏だ。……濁った目で、人間の死体を啄ばんでやがった」

435 : 以下、名... - 2014/01/18 22:37:53.10 5VNQVDfp0 166/887

昆虫に蜘蛛、烏。そしてゾンビ。
今学園都市を這いずっている異形の化け物。

「おかしくなってるのは人間だけじゃないんだよ。
もし能力とか、オカルトとかならあんな虫にまで影響が及ぶとは思えない」

「ならばウィルスや薬品という結論を導くのは超当然の帰結です。
それなら人間以外が感染するのも超納得できますし」

「で、あれば」

滝壺と絹旗の言を麦野が引き継ぐ。
彼女は言う。

「水道水の摂取は厳禁ってわけだ。
疫病や細菌ってのは水を介することが多いからね。
っつか第一位からそういうメールが来たし」

「……あくせられーたから?」

「……見てないんですか? 超一斉送信されてたはずですが」

「俺の携帯は電池が切れちまったからなぁ。
そういや何かメールが来てた気がするが、滝壺と合流する前だったからそれどころじゃなかったし」

「携帯落としちゃった」

436 : 以下、名... - 2014/01/18 22:38:43.95 5VNQVDfp0 167/887

そう、たしかにメールが来ていたと浜面は回想する。
けれど今言ったようにその時は滝壺と合流しようと必死になっていた時だった。
柵川中学校目指してゾンビの目を盗みながら行動。
滝壺のことばかり考えていて結局メールには一度も目を通していない。

そして滝壺はここに来る最中に携帯を紛失してしまっていた。
この状況の中で連絡手段を失うのは非常に痛い。
それは浜面も滝壺も分かっていたのだが、携帯を拾うリスクとそれを探してゾンビの群れに飛び込むデメリット。
双方を天秤にかけ、そして後者を選んでいたのだった。
絹旗ははぁ、とため息をついて、

「浜面は超そんなもんでしょうが、滝壺さん……しっかりしてくださいよ?」

「おい」

唐突に、麦野が背後を振り返ってその左手を返して水平にし、横一線に薙いだ。
その先にいたのはゾンビとは異なる化け物だった。
それは犬の形をしていた。だが、その目はやはり例に違わず白く濁りきっていた。
また全身のあちこちの皮が剥がれ落ち、赤い筋肉組織が剥き出しになっていて、腹の辺りは肋骨までが外気に晒されていた。
異常発達を遂げた歯の隙間から涎を垂れ流し、犬らしく吠えながら化け物と化した犬が走ってきていた。

筋肉の劣化は少ないのだろう、生前と同等かそれ以上の速度で大口を開けて四人に食いかかる。
が、真っ先に反応した麦野の左手の軌跡をなぞるように、薄く引き伸ばしたような『原子崩し』が放たれる。
それはさながら断頭台の刃のようにあっさりと、ゾンビ犬の体を上顎と下顎を切り分けるように口のところで真っ二つに引き裂いてしまう。
飛び掛った状態で『原子崩し』の餌食となったゾンビ犬は、そのまま空中で絶命し寸断された頭部と血を散らしながらどさりと床に倒れ込んだ。
絹旗はそれを無感情に見つめ、提案した。

437 : 以下、名... - 2014/01/18 22:39:44.97 5VNQVDfp0 168/887

「二手に超分かれましょう。一方は脱出手段を。一方は避難所を探すんです。
こんな状況ですが、必ずまだ生存者は超います。そんな人たちが集まる場所があるはず」

「そういう所に他のみんながいるかもしれないってことだね」

「つまりそれなりの人数を運び出せる方法が必要になるな。第一位は?」

「誰があんなクソ野郎の心配なんてするか。当然放っとく」

全員の思考は何も言わずとも一致していた。
互いにとって『アイテム』は大事な仲間だが、仲間は『アイテム』だけではない。
ぬるま湯のような世界で出来た大切な者たち。それを見捨てるという選択肢は頭になかった。

「戦力的に考えて、浜面と絹旗、滝壺と私の組み分けがベストだと思う。
浜面は無能力者だけど戦えないわけじゃないからね。滝壺は……残念だけど、あいつらには無力だし」

滝壺理后の『能力追跡』はただのサーチ能力ではない。
そこには学園都市の全機能を一人で補えるほどの可能性が眠っており、開花すれば『学園個人』とさえ言われるほどの力。
しかしそれも正常な能力者が相手でなければ何ら意味はなく、したがって滝壺は誰かの庇護下に置く必要がある。

「……私だって、やれるよ。重荷にだけはなりたくない」

浜面は思う。たしかにそれは事実だろう。
だが滝壺本人は今のように必ずその扱いを嫌がる。
実際のところ、滝壺のその言葉は口だけのものではなかった。
柵川中学校で隻腕の化け物と戦った際には滝壺がいなければ浜面は間違いなくあそこで死んでいただろう。
既に一度、滝壺に命を救われているのだ。


438 : 以下、名... - 2014/01/18 22:40:24.81 5VNQVDfp0 169/887

しかし同時にやはり滝壺は非戦闘タイプという事実も変わらない。
本音を言えば浜面は自分自身の手で滝壺を守ってやりたかった。
とはいえこの状況でそんな我が侭を押し通すべきなのか。
浜面と麦野、どちらが護衛についた方がより滝壺の生存率が高いか。
そんなことは無能力者でも、無能力者だからこそよく分かった。

「……そうだな。滝壺、お前はお荷物なんかじゃない。
でもこんな時だ。何があるか全く分からない。でも、麦野と一緒なら大丈夫だ」

おそらく滝壺も浜面とほとんど同じ思考ルートを辿ったのだろう。
やがてこくりと小さく頷いた。麦野も、絹旗も、二人は信用している。

「超決まりですね。―――と、なれば話は超簡単だったんですが」

「早速今決めたことはなかったことになるみたいだね。ってなわけで忘れていいよ」

浜面も滝壺もすぐに気付いた。気配。臭い。声。
このスーパーマーケットを取り囲むように、夥しい数の亡者が集まっていた。
何重にも重なった死者の呻き声が聞こえてきた。近づいてくる。じりじりと、数えることも困難な圧倒的な軍勢が。

「むぎのが派手に暴れたから……」

「反省はしてるわ」

439 : 以下、名... - 2014/01/18 22:40:51.04 5VNQVDfp0 170/887

突撃してきたもう一体のゾンビ犬に絹旗が軽い調子で裏拳を食らわす。
『窒素装甲』の恩恵を受けた彼女の拳は本来ならあり得ない威力でゾンビ犬の頭部を変形させた。
勢いそのままにゾンビ犬は床にその体をめり込ませてしまう。
今ここに集まっている数百の群れの中には、ゾンビ以外の化け物も混ざっていることが証明された。

「で、どうすんだよ? やるしかねえ、か?」

「いいや。こうなったら私と絹旗がこいつらとじゃれるから、アンタと滝壺は脱出手段を探して。
綺麗になったらさっき話したように私らも動くからさ」

「お二人に私の携帯を渡しておきます。目的を達したら麦野の携帯に超連絡してください」

まだ何事か言う浜面を適当に説き伏せ、麦野沈利と絹旗最愛は二人を強引に送り出す。
二人は渋々といった様子でようやく引き下がり、気をつけるようにと念押しし去っていくその背中を守るように超能力者と大能力者は立つ。
もう姿は見えていた。フロアを埋め尽くさんばかりの生きた死体が真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
やはりその中には人間だったもの以外のものもちらほらと散見された。
浜面と滝壺を援護するように『原子崩し』を放つ麦野を見て、絹旗はまたもため息をつく。

「仕方ないですね。ま、昔の『仕事』だと思ってやりましょう」

「さあ、カーニバルの時間だ。面倒くせぇが相手してやるよ」

超能力者と大能力者。他を寄せ付けぬ圧倒的な力。
それが一度振るわれた瞬間、ごっそりと死人の軍勢の一角が壊滅した。

440 : 以下、名... - 2014/01/18 22:45:58.36 5VNQVDfp0 171/887

投下終了

というわけで本作ヒロインは硲舎佳茄ちゃん
PSP超電磁砲以外にも原作超電磁砲7巻で描いていた絵に名前があったのですが、名前の初出はゲームかな?
七歳という禁書界では最強のロリとして君臨していたが、ある日フェブリにその座を奪われる
しかしそのフェブリもフレイヤという絶対王者に蹴落とされる
フレイヤを超えるキャラは流石に今後も出てこないでしょう……出ないよね?

次回は上条シナリオと垣根シナリオ
前回の一方通行シナリオで張り忘れていたファイル14をここで一緒に

441 : 以下、名... - 2014/01/18 22:46:48.97 5VNQVDfp0 172/887

Files

File14.『看護師の日記』

九月一〇日

今日もまた例の病気の患者がやって来た。
一体何なのこれは。本当に何が起きてるっていうの?
こうも短期間のうちに爆発的に……。
どうやらこの奇病は老若男女問わないらしい。
とりあえず予防行動をしっかりするよう通達があった。
言われなくてもって感じではあるけど、これは本格的にやらないとまずいかもね。

九月一一日

一向に勢いが収まる気配が見られない。
うちの病院には一人、『冥土帰し』とまで呼ばれる凄腕の医者がいる。
でもあの人でさえ苦戦しているらしい。普通じゃない。
ようやく分かった気がする。何かが変。決定的におかしい。
そもそもの話、この清潔な学園都市で突然新種の奇病なんて生まれるわけがない。

冥土帰しと呼ばれるあの先生でも分からないなんてあり得ない。
だったら考えられる可能性は自ずと限られてくるはず。
私たちは前提から取り違えているのかもしれない。
……これは病気なんかじゃない。学園都市で作られた人工の細菌か何か。
それなら誰にも分からなかった説明もつくと思って先生に確認した。

案の定だ。先生も私と同じ考えだった。
つまりやっぱりこれは生物災害。バイオハザードってことなんだ。

九月一二日

体が震えるのを止められない。こんなものがこの世に存在したなんて!!
あれはただの病気やウィルスなんかじゃない。
紛れもない悪魔の産物。核兵器なんかが小さく見えるほどおぞましい。

……だって、どう見たって死んでいた。死んでいたのに!!
生きている、あれは生きていた!! 動いてた!!
ああいうのをゾンビって言うんだろう。映画でしか見たことがない想像上の存在が、今現実にいる。
もしかしたら、いやきっとあの奇病の感染者は皆こうなるんだ。
数え切れないほどに溢れた感染者たちが全員、虚ろな目で起き上がるのなら。

この街はもうじき、死ぬかもしれない。

442 : 以下、名... - 2014/01/18 22:47:25.20 5VNQVDfp0 173/887

File15.『一方通行からのメール』

水道の水は絶対に飲むな
奴らに傷を負わされるな

大体分かってると思うが、この異常事態はやはり新種のウィルスによるものらしい
あの冥土帰しの出した答えだ、間違っちゃいないはずだ
俺も同感だしオマエらも同じ結論に至っていると俺は考える

何人にこのメールが届いているか、何人がこれを読めているかは大いに疑問だが
生き残る気がある奴は第七学区の総合病院に来ることを勧める
現状、あそこは生存者の避難所になってるからな……いつまで続くかはともかく

458 : 以下、名... - 2014/01/20 22:57:00.33 XQ6abiS10 174/887



Fighting foes is not the only way to survive this horror.



459 : 以下、名... - 2014/01/20 23:03:22.27 XQ6abiS10 175/887


上条当麻 / Day1 / 10:02:00 / 第七学区 『オリャ・ポドリーダ』

精神的にもそうだが、当然肉体的にも消費していた。
上条当麻は適当に見つけたファミレスの厨房に身を潜め、体力の回復に努めていた。
ここなら位置的に外からは見えない。静かにじっとしていればまず見つかることはない。
震える体を自身の両腕で抑え、漏れそうになる掠れ声を押し殺し、しかし。

(隠れて、体力を回復して。そして、そしたら、どうするんだ?)

その先に続くものが何も見えなかった。
インデックスは見つからないし、常盤台中学にも辿り着けていない。
他の知り合いたちも全く見かけていない。そればかりか彼は変異してしまったクラスメイトを二人も目撃してしまっている。
頭をよぎる最悪の想像。しかし上条はそれを馬鹿らしいと一蹴する術を持っていない。

(どうするんだよ? 何ができるんだ? そんなもの、あるのか?)

信じたい。だがそれは所詮願望であり、明確な根拠に裏づけされたものではないが故に不安は拭いきれなかった。
ゾンビだけではない。上条は先刻ゾンビとは比較にならないほどの異形と遭遇している。
二つの頭を持ち、脳を抉り出して貪る悪夢の具現化を。
あの少女の頭蓋を砕き、中身を啜った異形を。

あんなものが学園都市を徘徊しているのなら。
そして上条はあれを見て、亡者以外の化け物があれだけだと思えるほど楽観主義者ではなかった。
改めて思う。で、あれば。一体この街は今、どうなっている?

460 : 以下、名... - 2014/01/20 23:08:15.08 XQ6abiS10 176/887

(……駄目だ。じっとしているとやっぱり心が潰れそうになっちまう)

いずれにせよ、ここで死んでしまえばそれで全てが終わりだ。
生き延びて、助けを求めている人がいるとしても何も出来なくなってしまう。
とりあえずは生き残ることだけを考えることにする。
そのためには警戒を怠るわけにはいかなかった。

だから、上条は顔を上げる。
厨房にある銀色のステンレスが鏡のように働き、反対側を映していた。
反対側、つまり客席。そこからは窓ガラス一枚挟んで木の葉通りと呼ばれる道が見える。
上条はこれを使って度々様子を確認していたのだが、今度ばかりは無視出来なかった。

そこに歪んでいるが映っているものを見て、上条は思わず立ち上がっていた。
それに付随するリスクなど考える余裕はなかった。ほとんど反射と言ってもいい。
上条は鏡越しではなく肉眼でそれを確認して、間違いないと確信して、湧き上がるような歓喜と安堵の渦に飲み込まれるのを感じた。

「御坂!!」

常盤台中学の制服。肩までかかる程度の茶髪。
それは第三位の超能力者にして上条が探そうとしていた御坂美琴だった。
走っていた。生きていた。
心の底から安堵すると共に上条は希望をも手にする。
美琴が生きていたのだから、きっと他の知り合いだって無事にきまっている、と。

すぐに駆け寄りたい。隣に立って、名前を呼んで、何なら抱きしめてキスでもしてやりたい気分だった。
そんなことをしたら即刻殺されるだろうな、などと下らないことを考える余裕が戻っていることを上条は自覚する。
堂々と表通りに出るのは上策ではないだろうと判断した上条は厨房の隣から行ける裏口へと走った。
そこから外に出て、美琴と合流して、そしたら。

461 : 以下、名... - 2014/01/20 23:11:34.75 XQ6abiS10 177/887

しかし。上条のそんな余裕と思考は、すぐに粉々に砕け散ることになる。

「……血の臭い、」

入る時は表から入ってきたから、裏口を通るのはこれが初めてだった。
その独特で強烈な臭いにはすぐに気付いた。
誰かが、死んでいるのか。あるいは大怪我をして動けないでいるのか。
後者であればゆっくりしている時間はない。上条は走って、

「―――ぅ、ぁ」

心の底から後悔した。この裏口を通ってしまった自分の行動を呪った。
美琴を見つけた喜びが絶望に塗り替えられていく。
上条当麻の心が砕かれていく。
それほどの力を目の前の光景は持っていた。

狭い通路に、血の池が出来ていた。
異常なことに今日だけで何度も目撃してしまっている光景だった。
その中央に人間が倒れている。この血の持ち主だった。
だがそれは。上条当麻にとってただの死体で済む話ではなかったのだ。

上条と同じ高校の制服を着用していた。同じ学校だ。
下半身にはスカート。女性だ。
美しい黒のロングヘアが振り乱され、自身の血液によって真っ赤に染められていた。
そしてその首元にはやはり血で赤くなっているものの、十字のネックレスのようなものがかけられていた。
それはその少女の能力を封じるため、イギリス清教から渡されたものだった。
その顔は上条の見慣れたものだった。
その少女は、姫神秋沙だった。

462 : 以下、名... - 2014/01/20 23:16:05.34 XQ6abiS10 178/887

ふらりとバランスを崩す。壁によりかかり、ずるずるとその場に崩れ落ちる。
クラスメイトだった。吹寄制理たや青髪ピアスと同様に。
上条はかつてこの少女のために戦い、その手で命を救ったことがある。
そんな姫神が、今目の前で死んでいた。

かつてのような作られた虚構の死ではない。
上条の幻想殺し程度ではどう足掻いても打ち消せない、本物の『死』が。
そこにある。既に確定した、変えようのない現実として。

「……何なんだよ」

ぼそりと呟く。

「―――何ッなんだよこれはッ!! ふっざけんじゃねぇぞォォおおおおおおお!!!!
姫神が何をしたんだよ何で吹寄や青ピが死ななきゃいけないんだどうして御坂が逃げまわらなきゃいけねえんだよォォおおおおおおおお!!
こいつらが何したってんだ言ってみろよ死ななきゃならねえようなことなんて何もしてねぇだろうがよぉぉおおおおおおおお!!
返せよ!! ちくしょう、返せよ!! あいつらの命も笑顔も全部、テメェが奪ったもん全部返せよッ!!
こんなっ、こんな風に、こんなに簡単に奪われていいほど軽いもんなわけねぇだろうが!!!!!!」

咆哮する。
上条当麻が如何なる死線を潜ってきた人間であるにしても、本質的にはまだ高校生の少年でしかない。
この短時間で相次ぐ友人の死。歩く屍。本物の化け物。
そんな環境に放り込まれれば発狂してしまいそうになるのも道理だった。
誰に対して憤っているのかなんて分からなかった。きっと、この惨劇を許した世界の全てにだろう。

頭を掻き毟る。今ほどこの右手の、自身の無力さを恨んだことはなかった。
幻想を砕く右手も現実に対してはこんなにも無力だ。
姫神秋沙が死んだ。吹寄制理が死んだ。青髪ピアスが死んだ。
彼らは死んだのだ。ちょっと前までは笑顔で話していた友人が、だ。

463 : 以下、名... - 2014/01/20 23:17:31.68 XQ6abiS10 179/887

こんなにも、呆気なく。こんなにも、理不尽に。こんなにも、凄惨に。
見てみると、姫神の首が食い破られていた。おそらくこれが致命傷となったのだろう。
人間の体内にはこんなに大量の血液が詰まっているのかと思わずにはいられないほどの血が、そこから蛇口を捻ったように溢れたのだろう。
姫神秋沙も、吹寄制理も、その他多くの死んでしまった人間たち。
人間である以上死はいつか必ずやってくる。
だからって、死んでしまうとしても、何もこんなに惨い死に方ではなくても良かったはずなのに。

だが上条に絶望する時間はそう長くは与えられなかった。
ぴくり、と。死んでいる姫神の指が動いた。

「―――は、」

それを見て、上条はようやくそれはそうだと思い出す。
今この街を席巻しているのは何だ? 姫神は一体何に殺された? 自分はさっきから一体何から逃げている?
ようやくそこに壊れかけた思考が至った時には既に手遅れで。
しかも事態は上条の想像より深刻だった。

むくりと姫神は起き上がる。
死んだはずの姫神が、活動を停止したはずの体が、再度活動を始める。
ゾンビ化。死者に無残に食い殺された彼女が、同じく歩く死者と化して動き出す。
そのはずだった。

「……何だ、これ」

464 : 以下、名... - 2014/01/20 23:19:02.39 XQ6abiS10 180/887

その上条の言葉は姫神が死んだという事実に対するものでもなければ、彼女がゾンビになったことに対するものでもない。
単純に目の前のものの理解が出来なかったのだ。
起き上がった姫神の全身は赤みを帯びていた。ただし、それは血が付着したことによるものではない。
姫神の皮膚が赤く変色しているのだ。勿論それは血による赤でも筋肉繊維の赤でもない。
そしてもう一つ。いつの間にか、本当にいつの間にか姫神の左右の手、一〇指の爪が獰猛な獣のように鋭く伸びていた。

「ハァアアアアア……」

化け物となって起き上がった姫神はその死んだ魚のような目で上条を捉えた。
僅かな間があった。獲物を見定めるような間が。思考が停止したことによる間が。
そして、

「っ!!」

突然にゾンビ(おそらくではあるだろう)へと変貌した姫神が長く伸びた獣のような爪を振るう。
咄嗟に身をかがめてそれを回避できたのは奇跡……というほどではないだろう。
思考がほとんど止まっている状態で反応できたのは上条にしては珍しく幸運だったと言えるだろう。
しかしそれは、一部の人間から『前兆の感知』と呼ばれるスキルだった。
特殊な予知能力の類ではない。あくまで洞察・観察力の延長線上にあるもので、英国第二王女なども同じような技術を持っている。
とはいえそれはやはり普通には得られない能力だった。

(ッぶねぇ……!!)

爪が鋭く空気を裂くブン、という棒を思い切り振ったような音が上条の耳を叩く。
本当に危ないところだった。少しでも掠れば、傷を負わされれば。
上条も同じく生きた亡者となってしまうのだから。

465 : 以下、名... - 2014/01/20 23:19:38.46 XQ6abiS10 181/887

(こいつ……どういう理屈かなんて知らねぇが運動性能が桁違いだぞ!!)

この死人の軍勢は圧倒的な数とその感染力が脅威なのであって、単体で見ればそれほどの脅威ではなかった。
その動きは緩慢で、容易に振り切れるものだからだ。
しかしかつて姫神秋沙だったこいつは違う。のろまなゾンビとは比較にならぬ俊敏な動きで攻撃を仕掛けてきた。

「クソッ!!」

もともと上条当麻の戦闘能力は高くない。
無能力者である上条は何ら能力を有していない上、こんな存在に対してはジョーカーである右手も全く役に立ちはしない。
加えて相手がゾンビではない恐ろしい化け物であるならば、逃走を躊躇う理由など欠片もなかった。
ましてや。目の前の化け物は、姫神秋沙―――だったのだ。

走る。逃げる。
迷わず背中を見せて上条は全力で駆けた。
背後を振り返る必要などなかった。
わざわざ目で確認するまでもなく赤い化け物が追ってきているのを嫌でも感じる。
やはり死体とは明らかに違う。かなりの速度で走って追いかけてきている。

死を呼ぶ追跡者の重圧を背後に感じながら、上条は必死に恐怖を押さえ込んだ。
目の前のドアをバン、と開け放ち先ほど身を潜めていた厨房の辺りへ戻ってくる。
即座にドアを閉めて鍵をかけ、近くのロッカーにあったモップを引っ掛けてつっかえ棒のようにして侵入を防ぐ。
が、それも長くは持たないだろう。事実、今もドン、ドン!! とドアを激しく叩く音が向こう側から聞こえてくるし、その度にドアが激しく揺さぶられている。

466 : 以下、名... - 2014/01/20 23:22:38.39 XQ6abiS10 182/887

かつては黒いロングヘアの似合う美少女だった。
上条は、もう考えることをやめた。心を無にしようと努めた。
これ以上姫神のことを考えればきっと動けなくなる。
そして今すぐここを離れなければ間違いなく殺される。

逃げるかしかない。どこかへ。
リスクなど無視して上条は表通りへと出る。
あの裏口は一本道で、そこにあの化け物がいる以上もはやあそこは使えない。
幸い、その道には今はゾンビの姿が見られなかった。
ただ道の脇にあるゴミ捨て場でやはりゾンビ化した猫がゴミを漁っているだけだった。

「早く、どこかに行かねぇと……。美琴はどこに行っちまったんだ……。
俺の知り合いはどこにいるんだよ……っ!! ちくしょうぉ……」

ゴミを漁る猫など無視して、気付かれないうちに上条は離れる。
どこを目指せばいいのかなど分からないが、とにかく動く。
もう、目的などなくなりかけていた。自分が何のために走っているのかさえ分からなくなりそうだった。
一体あと幾つの死をこの目で見なければならないのだろうか。

上条がそこを去ったおよそ一〇分後。先ほどまでゴミを漁っていた猫は、道端に転がる少女の死体の肉を食い漁っていた。
やはり濁った目で肉を引き千切り、咀嚼していた。
その三毛猫は、かつてツンツン頭の少年や白い修道服を纏う少女からスフィンクスと呼ばれていた。

467 : 以下、名... - 2014/01/20 23:23:47.27 XQ6abiS10 183/887


垣根帝督 / Day1 / 10:19:46 / 第五学区 ショッピングセンター

「ここ、ほとんどゾンビがいないわね。どうしてかしら?」

「たまたまだろ。とはいえいつまでそれが続くか、って話だが。
閉じこもっても何も解決はしねえ」

商品が棚から崩れ落ち、様々なものが乱雑に散らかっていた。
それらを気にすることなく靴底で踏みつけながら垣根はつまらなそうに言う。
前を行く垣根が踏みつけにした容器から洗剤が捻り出され、心理定規はそれを慌てて回避する。
酷く荒れ果てた様子のショッピングセンターに二人はいた。

「つーかよ、上条や浜面を探すっつってもどうやってって問題があるよな」

「携帯は二人揃って私の部屋に忘れるっていう間抜けっぷりだしね。
まあ、すぐに通話なんて出来なくなるでしょうけど」

選別した物資を適当に頂戴しながら二人は店内を物色する。
当然会計など行わない。行う意味もないし、第一やりたくても出来ない。
こうなってしまえば札束などただの紙屑でしかなかった。

「適当に彷徨ってドンピシャであいつらに出会う確率ってどれくらいだろうな」

「あなたの能力で確率でも歪めてみたら?」

468 : 以下、名... - 2014/01/20 23:24:53.92 XQ6abiS10 184/887

バーカ、と垣根は手をひらひらと振りながら返した。
そんなやり取りをしながら、しかし彼らは決して気を緩めてなどいなかった。
こうしている今も全方位に気を使い、気配を感じ取り、即座に反応・迎撃できるようにしている。
長い間暗部で勝ち残り、そのトップを張っていたのだ。
今はもう暗部ではないとはいえ、長年の癖のように骨の髄まで染み付いている。
そのおかげで、二人はすぐにその気配にも気付くことができた。

「……一体確認、だ」

垣根の視線の先には静かに佇む一体のゾンビ。
学園都市では少数派である大人であり、黒のスーツを身に纏っていた。
しかしその高価そうなスーツも今や血に汚れてしまっているが。

「うぇ……やっぱまだ慣れないわ。気持ち悪い。なんで臓器が腹からはみ出してんのよ……」

「……まあ俺らが散々経験してきたものとはまた別種の嫌悪感ではあるな」

言いながら垣根は銃口を動かぬ亡者へと向ける。
相手はこちらに全く気付いていない。なので垣根は遠慮なく鉛弾をぶち込むことにした。
バァン!! という銃声。放たれた弾丸は正確にその頭に風穴を空けた。
まるで糸の切れた操り人形のようにゾンビはばたりとその場に倒れ込む。
やがてゆっくりとその死体を基点に赤い池が静かに広がっていった。

「……頭を弾けばこいつらを殺せる。大事な情報よね」

「胴体にいくら撃ち込んでも全然死にゃしねえからな、こいつらは。
それより、今の声聞こえたか?」

469 : 以下、名... - 2014/01/20 23:26:29.54 XQ6abiS10 185/887

「ええ、おそらく女の子の声ね」

垣根が発砲した直後、女性の声が聞こえた。
心理定規も聞いた以上気のせいなどではないのだろう。
人間の声。生存者の声だ。この近くにまだ生きている人間がいる。

垣根と心理定規は声が聞こえた方へと慎重に歩みを進める。
辿り着いた先は関係者以外立ち入り禁止の札が下がった倉庫だった。
二人は無言のまま一瞬目を合わせ、ドアを挟むように左右に分かれて立つ。
銃を構え、一息ついてから垣根はバン!! と一気にドアを開け放つ。
それを合図に二人は黒光りする銃口を即座に中へと向けた。

「ひっ……!!」

その音に驚いたのか、積み重なったダンボールの陰から怯えたような声が聞こえた。
やはり生存者が隠れていたらしい。
垣根と心理定規は油断なく室内に目を走らせ、化け物がいないことを確認してから銃を下ろした。
後ろ手に扉を閉め、外から見つからぬようにする。

「安心して。私たちは人間よ。……でも、これは……」

見てみると、そこには二人の少女がいた。
どちらもが名門中の名門、常盤台中学の制服に身を包んでいる。
一人はカールがかった茶髪の少女。一人は黒のロングヘアの少女。
だが黒い髪の少女の腕にはぐるぐると包帯が巻かれており、白いそれが真っ赤に染まっていた。
その近くには開け放たれたダンボール、辺りには散乱した物。
もう一人の少女が懸命に手当てしたのだろう。

470 : 以下、名... - 2014/01/20 23:27:10.39 XQ6abiS10 186/887

「……やられたのか、そいつ」

垣根が腕から出血している少女、泡浮万彬を一瞥して呟いた。
現在のこの街の状況を考慮すれば、その怪我がどんなものかなど馬鹿でも分かる。
茶髪の少女、湾内絹保はそんな泡浮をずっと介抱しているようでその顔色は相当悪い。
おそらくそれは単に友人が傷ついたから、ではない。
湾内とて、きっと気付いているのだ。アンデッドに噛まれた泡浮が、どうなるかを。

「あ、あなたたちは……?」

湾内が怯えながら、だが確かに泡浮を腕を伸ばして庇いながら問うてくる。
おどおどしているようで意外に芯は強いのかもしれない。
その怯えながらも退くこともない眼に、垣根は内心感心する。

「俺は第二位だ」

垣根はただそれだけ告げた。
それを聞いた湾内は分かりやすくその表情を驚愕に染める。
当然である。超能力者など七人しか存在しないのだ。
しかもその第二位、同じ常盤台のエースである御坂美琴よりも序列が上となれば誰でも驚く。

「だ、第二位……!?」

「そう、ちなみに私は大能力者。……ねえ、あなた。
ずっと隠れていたって状況は何も好転しない。分かるでしょう?」

471 : 以下、名... - 2014/01/20 23:29:53.05 XQ6abiS10 187/887

心理定規もレベルだけを告げる。
その能力が今のこの街では何の役にも立たないことは伏せて。

「第二位と大能力者。私たちと一緒なら生存率は飛躍的に跳ね上がるとは思わない?」

死にたくなければ一緒に来い。
垣根と心理定規はそう言っていた。
湾内と泡浮からすればそれはまさに垂らされた一本の蜘蛛の糸。
絶望に差し込んだ一筋の光。最後の希望だった。
しかし、

「泡浮さんは……」

湾内は即答しなかった。
ちらりと背後で横になっている泡浮に目をやる。
泡浮は意識を失っているのか眠っているのか何も言葉を発さない。
誰が見ても今の泡浮を連れて歩くことなど不可能だった。
そしてそれを湾内も理解しているからこその問い。

「それは……」

僅かに答えに詰まり、言いにくそうにした心理定規の様子を察した垣根は引き継ぐように宣告する。

「残念だが、そいつは置いていく」

無慈悲に、冷酷に、そう言い放った。
垣根はすっ、と湾内の背後にいる泡浮を指差し、

472 : 以下、名... - 2014/01/20 23:31:52.04 XQ6abiS10 188/887

「その女は十中八九『感染』している。身内から生きた死体が出るのは避けたいんでな」

「……いつ『発症』するかも分からないし、ね……」

垣根と心理定規もこの事態が何らかの薬品や細菌の類によるものだという推論は立てていた。
そして傷を負わされた者が同じくゾンビと化すことも、知っていた。
ならば感染者である泡浮を置いていこうとするのも、当然と言えば当然だった。
ここで泡浮を連れて行った場合、突然背後から泡浮に首を噛み千切られる可能性すら否定できないのだ。
これがたとえば上条当麻だったなら、また対応は違っただろう。
しかし二人は“切り捨てる”ことができる人間だった。だからこそ最適解を選ぶことができる。選べてしまえる。

「お気持ちは大変嬉しいのですが」

湾内は毅然とした態度で、しっかりと二人を見つめて言う。
やはりその眼には明らかな意思があった。

「泡浮さんを連れて行けないというのであれば、わたくしはここを動くわけにはまいりません」

「残ってどうする。隠れていれば助かると思うほど馬鹿じゃねえだろ、常盤台のお嬢様よ」

「これはきっと最後のチャンスよ。あなたが生き残るための、ね」

湾内はあろうことか自分から希望を捨てた。
彼女とてここを逃せば生存の確率は絶望的と理解しているはずなのに。
生き残るために泡浮を切り捨てることを、湾内は良しとしなかった。
目の前の生よりも、友人と死を選んだ。それがどういうことを意味するのか、きっと正しく理解した上で。

473 : 以下、名... - 2014/01/20 23:32:40.60 XQ6abiS10 189/887

「ええ、分かっているつもりです。けれど、泡浮さんを置いていくというのならばわたくしはここに残ります。何があっても、絶対に」

「―――行って、ください、湾内さん……」

その時、立ち上がることも出来ないといった様子で横たわっていた泡浮が弱弱しく口を開いた。
その声は小さく、掠れていて酷く衰弱していることが一目で分かった。
湾内がはっとしたように振り返り、タオルでその額に流れる汗を拭いてやる。

「わたくしには、構わず……逃げて、ください……」

「何を言ってるんです。そんなこと絶対に出来ません。わたくしは最後までずっと一緒ですわ」

「逃げ、て……お願い、ですから……」

「嫌です。わたくしはここから離れません」

「……っ、この、馬鹿……ッ!!」

湾内は泡浮の震える手をぎゅっ、と握り精一杯の笑顔を浮かべた。
笑いながら湾内はこう言った。

「えへへ……初めて、怒られちゃいましたね」

「――――――っ!!」

474 : 以下、名... - 2014/01/20 23:36:18.14 XQ6abiS10 190/887

泡浮はもう何も言わなかった。言えなかった。
ただ、ほとんど動かぬ腕で目を覆い、静かに震えていた。
湾内は泡浮に寄り添って、笑っていた。幸せそうに、笑っていた。
きっと彼女はこの選択を、最期の時まで誇りに思っているだろう。
その勇気を、自分で褒めながらその時を迎えるだろう。

「―――……『表』の人間ってのは、どいつもこいつも救いようのねえクソ馬鹿ばっかだ。本当にな。本当に―――クソッタレが」

「…………」

それを見ていた垣根と心理定規はもう何も言えなかった。
その選択を誤りであると断じることなど、出来はしなかった。
二人は湾内と泡浮に背中を向け、立ち去っていく。
もう一度最終確認をするなんて野暮なことはしない。
ただ、垣根は最後に一つだけ訊ねた、

「なあ。湾内と……泡浮っつってたか。お前ら、覚悟はできてんだろうな?」

垣根が呟くと、湾内と泡浮がこちらを振り向いた。

「自分が自分でないものに変わっていく恐怖。
そんな友人を見ていることしかできない無力感。
果たして一体それはどれほどのものになるのかしらね」

彼女たちの持つ想像力が彼女たちを追い詰める。
極端な話、泡浮がゾンビとならなくても二人の心は想像という化け物に食われて消滅してしまうかもしれないのだ。
二人はいつ訪れるかも分からぬ運命の刻を、ただ震えて待つことしかできない。
その時を、選ぶ自由と権利さえもない。

475 : 以下、名... - 2014/01/20 23:37:20.05 XQ6abiS10 191/887

「Fear of death is worse than death itself」

「え……?」

心理定規が流暢な口調で警告するように告げる。
垣根は懐から一丁の拳銃を取り出し、二人の方へ蹴飛ばしてシャー、と床を滑らせた。
これはもともと持っていたものではなく、警備員の死体から得たものだった。

「弾は何発か入ってる。セーフティも外しておいた。
引き金を引くだけで撃てる状態ってわけだ。“使い方は、好きにしろ”」

湾内と泡浮はその拳銃と二人を交互に見て、最後に聞いた。
湾内絹保の顔からは、やはり後悔など欠片も読み取れなかった。

「お名前を、教えていただけませんか」

「垣根帝督、だ」

「心理定規って呼んでちょうだい」

「垣根様、心理定規様、……ありがとうございます。どうかお気をつけて」

言葉はそれきりだった。
垣根と心理定規はもう何も言わず、倉庫を後にした。
その空間に残ったのは湾内絹保と泡浮万彬の二人だけだった。

476 : 以下、名... - 2014/01/20 23:39:25.08 XQ6abiS10 192/887



Files

File16.『関係者各位への連絡事項』

最近、事情は不明であるが下水道を始めとする水道関係に問題が生じたとのこと。
上水・下水共にこれまで以上に気を使わなければならない。
以前お客様からのお叱りを受けたことがあった。
お客様からの信用を失わぬためにも定期的に点検を行うこと。
また定刻の水質検査も更に入念に行うこと。

特に飲料水を製造・水を使用する際には二重三重の確認を怠ってはならない。
『食』という分野に携わる我々は、お客様の信頼にお応えしその品質を保つ責任があるのだから。




File17.『女子生徒の走り書き』

ごめんなさい


その下に、また違う筆跡で何かが書かれている。


ありがとう

477 : 以下、名... - 2014/01/20 23:47:21.76 XQ6abiS10 193/887

死の恐怖は死そのものよりも人を悩ます

というわけで投下終了
現時点での彼らの精神的ダメージをバイオハザード風に表すなら

上条さん Caution(orange)

美琴 Caution(yellow)

垣根 Caution(yellow)

浜面 Fine(green)

一方通行 Fine(green)

といったところでしょうか、まあFineと言っても割とギリギリの、ですけどね
次回は一方通行シナリオと美琴シナリオ、多分遅くなります

478 : 以下、名... - 2014/01/20 23:48:51.28 XQ6abiS10 194/887

現在の組み合わせは

上条当麻
御坂美琴・硲舎佳茄
垣根帝督・心理定規
浜面仕上・滝壺理后
一方通行・番外個体

となっています、佳茄ちゃんの登場をもって主要キャラは全て出揃いました

496 : 以下、名... - 2014/01/27 23:28:38.51 4gmxybls0 195/887


一方通行 / Day1 / 10:36:45 / 第九学区 新聞社

第七学区とも隣接している第九学区は工芸や美術関連の学校が多く集まる学区である。
日本では珍しいことに年功序列制がなく、完全なる実力主義というある種厳しいともいえる制度を採用している。
一方通行と番外個体がそんなところにいるのは、当然そういった方面に目覚めたなんてわけではない。
そもそも今の学園都市でそんなことは不可能だが。

「やってるな。だがあれじゃすぐに押し切られンぞ」

「おーおー、まるで映画みたいなシチュエーション。で、どうするの?」

ある建物を中心にして、数えることを一瞬で諦めたくなる数のゾンビが集まっていた。
漂う濃密な死の臭い。死の集団はおぞましい光景を作り出していた。
そしてその亡者による包囲網の中心地点。そこにある新聞社を拠点に次々にアンデッド共が蹴散らされていく。
突如吹き荒れた不自然な烈風がゾンビを纏めて薙ぎ払う。風速にして三、四〇メートル程度だろうか。
そしてそのすぐ近くでは人工の電撃が。炎が。一見何を操っているのか分からない力までが。

風紀委員。彼らはそう呼ばれる治安維持組織の一員だった。
新聞社の中には生存者が幾人か避難しており、その人たちを守るべく生と死の狭間の者共相手に奮闘しているのだ。
見上げた精神じゃねェか、と一方通行は誰に言うでもなく呟く。
だがやはりじりじりと包囲網は狭められていく。如何せん数が多すぎるのだ。
このままでは確実に風紀委員たちは倒れ、中の人間諸共文字通り全て食い尽くされるだろう。

497 : 以下、名... - 2014/01/27 23:29:25.13 4gmxybls0 196/887

見殺しにするのも寝覚めが悪いと一方通行は自身の能力を開放する。
学園都市第一位の能力、『一方通行』がその身に宿る。
その力はあらゆるベクトルを観測し、操ること。

「丸くなったねぇ第一位。本当、丸くなりやがった」

ニヤニヤと笑みを浮かべる番外個体を無視して一方通行はコマンドを実行。
轟!! と大気の戦乱が巻き起こる。
風紀委員の起こした烈風がままごとに思えるような、冗談のような破壊だった。
風速にして一二〇メートルにも達するそれはありとあらゆるものを片っ端から巻き上げ、粉砕していく。
見えざる巨人の手はあっという間に死者の軍勢を洗い流し、しかし中央に建つ新聞社だけは不自然に破壊を免れる。
その間僅か一〇秒足らず。一方通行は自身の生命線であるバッテリーを極限まで節約する術を身につけていた。

「ひゃっはー!! 汚物は洗濯だ!!」

莫大な気流の嵐に呑み込まれたゾンビ共は全身が押し潰されるようにひしゃげ、四肢が千切れ、天高くから地面へと容赦なく叩きつけられる。
その際に臓物などが撒き散らされ、食道が破れたからかそれこそ鼻がもげそうなほどの異臭が発生していた。
番外個体はそんな地獄のような光景でもいつもの調子を崩さない。この環境に適応してしまっているのだろう。
一方通行は番外個体にこんなものを見せたくなどなかったが、もはや今の学園都市ではそれは不可能だと割り切ることにした。
この街のどこにいても悪夢のような光景からは逃げられない。
それよりも重要なのは番外個体を守り抜くことだ。

これに驚いたのは奮闘していた数人の風紀委員たちだった。
彼らはカツ、カツ、と現代的なデザインの杖を突いて歩いてくる白髪の少年と顔つきの悪い少女を呆然と見つめていた。

498 : 以下、名... - 2014/01/27 23:36:57.41 4gmxybls0 197/887

「あ、あなたたちは……?」

肩下まで伸びた薄らと赤みがかった茶髪の少女がぽかんとした表情のまま問うた。
先ほど烈風を巻き起こしていた少女だろう。
この少女も、他の風紀委員たちもこんな時だというのに律儀に全員風紀委員の腕章を付けていた。
市民を守るための盾。腕章に誇りを持った風紀委員なのだろう、本当に立派な志で、と一方通行は思った。
別に小馬鹿にしているのではない。内心素直に賞賛していた。

「何でもイイ」

「おおう、風紀委員ってヤツかい。ミサカこうしてお目にかかるのは初めてだよ」

一方通行はザッと目を走らせる。
風紀委員の人数は五人。その内二人が重傷を負っていることに気付き、一方通行はその紅い目をスッ、と細める。

「オイ、そこの連中は」

「大丈夫。噛まれたわけじゃない。奴らの能力にやられたんだ」

庇うように高校生程度の茶髪の少年が説明する。
どうやらやはり彼らも噛まれることの危険性くらいは理解できているらしい。
ともあれこの少年の話が本当なら一方通行の考えた可能性は杞憂ということになる。

「なあ、あんたは一体何者なんだ。さっきの力は並大抵の能力者じゃないぞ……?」

「けけ、この白髪野郎はこんなんでも“一応”第一ぁ痛てっ!!」

499 : 以下、名... - 2014/01/27 23:37:53.50 4gmxybls0 198/887

必要のないことをべらべら話そうとする番外個体に手刀を食らわせ、一方通行は自身の攻撃で形が削られた周囲を見て、

「この建物の中には何人いる」

「見せたほうが早いね。着いてきてよ」

「こんなんすぐに食い破られそうなものだけどねぇ」

風紀委員に連れられて一方通行と番外個体は新聞社の中へと立ち入った。
その二階の、とある一室に生存者が集まっていた。
小さな子供から大人まで。一〇人はいるだろうか。
その誰もが小さく身を竦め、顔色は酷く悪かった。中には震えて涙を流す者すらいた。

しかし当然のことだ。一方通行や番外個体はまだいい方だ。
人間の死体など見慣れているし、殺す・殺されるという行為にも馴染みがある。
何しろそういう世界で生きてきたのだ。その分耐性があると言える。
だが本当の一般人である彼らにはこの惨状はあまりにも悪夢的だ。

「感染者は? もしいるのならすぐに隔離すべきだと思うけど」

そしてそれを理解した上で、番外個体はさらりと言う。
仕方ないのだ。この世界はもう、そういう場所なのだから。

「ゼロよ、今のトコね。……あれ、ちょっと待って。あなたどこかで見たことあるような……。たしか常盤台の……」

「オイ、ンなことはどォでもいいンだよ。ここの戦力はどれくらいだ?」

500 : 以下、名... - 2014/01/27 23:38:53.51 4gmxybls0 199/887

「風紀委員が六人。それと銃器があるんだが……こっちだ」

今更番外個体について殊更隠す必要などないのかもしれない。
クローンであることが発覚したところで、この死んだ学園都市ではもはや何の問題も起こりはしない。
だがそれでも良い気はしなかったので一方通行は適当に誤魔化しておいた。

「とりあえず、あんたたちに礼をしておきたい。
あんたがいなかったら危ないところだった。ありがとう」

廊下を歩いている時に、ふと少年の風紀委員がそんなことを言い出した。
一方通行の独特すぎる風貌にも物怖じする様子は見られない。
それは風紀委員であるが故か。そもそも一方通行などよりもよほど恐ろしい化け物がうようよいるのだから当然かもしれないが。
素直な感謝の言葉に一方通行はどう反応するべきか判断しかね、顔を背けてチッ、と舌打ちした。

「この人の弱点は真っ直ぐな好意。つーかこのミサカ的にもそういうのは遠慮したいんだけど。もっとドロドロしていこうよ。
こう、生存者同士が食料や武器を巡って殺し合いみたいな?」

「なァンでオマエが偉そォにしてンだよ。あとこの状況だと割と笑えないからその冗談はやめろ」

「はは、変わった子だな」

そんなことを話しながら彼らは資料室のような一室へとやって来た。
その中央にある長机の上にはいくつかの重火器が無造作に置いてあった。
大型のグレネードランチャーやショットガン。どう見ても風紀委員の備品とは思えない物々しい装備だった。
一方通行はその内の黒光りするショットガンを手に取る。どうやらセミオート式のようだ。
一メートルほどの長さの銃身を持つその銃は、ストックが好みに合わせて伸縮できるようになっていた。

501 : 以下、名... - 2014/01/27 23:40:08.64 4gmxybls0 200/887

「私たち風紀委員は銃器の扱いなんて学んでなくてね。そいつは警備員の領分だから、回収したはいいけど使い手がいない状態でさ」

一方通行は自身の杖をシュッと縮め、代わりにそのショットガンを杖にしてみる。
どうやらだいぶ丈夫な作りになっているらしく銃身が体重で曲がるようなことはなさそうだった。

「なら俺が貰っておく。構わねェな?」

「そりゃ問題ないが……大丈夫なのか? こう言っちゃ悪いが、重火器を扱えるような体つきには見えないが」

「本当だよ、無理すんなモヤシ。反動で死んじゃうかもしれないよ? 大丈夫? その銃持てるかにゃ?」

「ブッ飛ばすぞ?」

「ま、使い手を求めるならこのミサカ以上の適役はそういないと思うよ。
そうだねぇ、じゃあミサカはこのグレネードランチャーを頂戴しようかな。
他にも『演算銃器(スマートウェポン)』とかないのかよ?」

結局『演算銃器』なんて特別なものは見つからず、番外個体は大型のグレネードランチャーで妥協した。
普通の人間には扱いが困難であるが、番外個体は本人の言う通り特別なのだ。
御坂美琴の生体クローン、妹達の一人。軍用として、そして番外個体に限れば一方通行の殺害のために生み出された存在。
そのコンセプト故にあらゆる銃器の扱いや格闘能力、ヘリや船の操縦方法までもが『学習装置(テスタメント)』によってインストールされている。
もっとも、妹達の反乱を予防するための安全装置として作られた打ち止めのみは研究員でも制御できるようにと身体能力などが抑えられているのだが。

502 : 以下、名... - 2014/01/27 23:40:50.62 4gmxybls0 201/887

「しまったな。あの時病院にいる妹達から『オモチャの兵隊』でも貰ってくりゃよかった」

番外個体がグレネードランチャーを点検しながらふと思い出したように呟いた。

「オマエに割く分はなかったかもな。あそこの守りは最優先事項だろォし」

そんなことを話しながら一方通行が最大まで弾丸が装填されていることを確認した時だった。
突然外から耳を劈くような絶叫が響き渡った。
バッと皆が一斉に窓の方を振り向く。一方通行は咄嗟に番外個体を守るように無言で前に出る。

「外には見張りの風紀委員しかいない!! きっと襲われたんだ!!」

「チッ!!」

舌打ちして、動いたのは一方通行ではなかった。
赤みがかった茶髪の少女。風を操る彼女が躊躇なく窓から飛び降りたのだ。
たしかに大した高さではないとはいえ、その行動力と決断力は並のものではない。
あるいは、それこそがこの地獄にあって尚彼女を今まで生き残らせてきたのか。

「おおっ、やるじゃん」

「番外個体、オマエはここに残れ。イイな、絶対に動くンじゃねェぞ!!」

一瞬だけ電極のスイッチを切り替え、同じように飛び降り、着地し、通常モードへと即座に戻す。
消費は最低限。一方通行が着地したアスファルトには僅かなヒビが入っていた。

「丁重にお断りするよ。ミサカは守って守ってなんてお姫様タイプじゃない。上位個体じゃねーんだっつの」

504 : 以下、名... - 2014/01/27 23:41:46.60 4gmxybls0 202/887

続いて一方通行の言葉を完全に無視し、番外個体が飛び降りる。
スタッ、とつま先から着地し膝を折り曲げ三度に分けて衝撃を吸収。軍用らしい完璧な体捌きだった。
一方通行は思わずブチ切れそうになったが、どうせ何を言ってもこいつは引かないだろうと思い諦める。
目の届くところで管理できると発想を変えることにした。それに、番外個体の実力は十分頼りになる。

「辺りにゾンビの姿は見えないね。一体―――」

その瞬間。掛け値なしに一方通行の思考は僅かな間完全に停止した。

「――――――」

パパッ、と。一方通行の陶磁器のような皮膚にほのかに熱を持った液体がかかった。
その顔に、白い皮膚に、服に。鮮血が飛び散った。
すぐにそれは巨大な滝のような勢いへと変わり、比喩でも何でもなく本当に血の雨を降らせていく。

目の前の人間。風紀委員の少女。茶髪の少女。
その少女の首から上が、なかった。

瞬間で少女の首が、胴体から完全に切り離されていた。
一方通行のつま先に何かが当たる感触がした。
見てみれば、それは人間の生首。化粧がいらない程度には整っていた少女の顔が、頭部がごろごろと転がってきていた。

「は、」

「こりゃ……また、」

全身に指令を送る頭を失った体は電池が切れたようにばたりと倒れる。
その首からは蛇口を限界まで開いたようにひたすら、ひたすらに血液が破裂するように吹き乱れていた。
誰がどう考えても即死だった。首を飛ばされて生存できるわけがない。
これまで奮闘してきた風紀委員が。あまりにも呆気ない最期だった。

505 : >>503 コミックス派の人のことを失念していました、もう解禁してるから大丈夫かと……申し訳ありません - 2014/01/27 23:43:42.39 4gmxybls0 203/887

明らかに人間のものではない奇声が聞こえた。
そして一方通行はゾンビではない化け物を見た。
全身が鱗のような緑色の皮膚で覆われ、長く鋭い爪があった。
それが風紀委員の少女の命を易々と奪った凶器であることは考えるまでもなかった。
二本の手、二本の足。まるで人間と爬虫類の中間のようだ、と一方通行は思った。

その化け物。全く得体の知れない化け物に、血の雨を浴びながら一方通行は無言でショットガンを容赦なく撃ち放つ。
ガァン!! という銃声と共に強い反動が肩にかかるが、一方通行は的確にその衝撃を上手く逃がしていく。
だが。全く予想外なことに、その化け物は驚異的な俊敏性でその場を跳ね、銃弾の雨から逃れて見せた。
おそらく銃弾を見て回避したのではない。一方通行の動きに反応したのだろう。

「このクソ緑が、スクラップにしてやらァ!!」

一方通行が戦闘体制に入る。彼は一瞬上を見上げて叫んだ。

「降りてくるンじゃねェ!!」

見上げた先には一方通行や風を操る少女のように窓から飛び降りてこようとしている風紀委員の少年の姿があった。
一方通行の声を聞いた少年の体がぴたりと停止する。
隙の大きいショットガンではなく、細かい修正の利くハンドガンを抜いて弾丸をばら撒きながら指示を出す。

「オマエら風紀委員はそこにいる連中を連れてさっさとここから逃げろ!!
それと番外個体、オマエは引っ込ンでてもイイぞ」

506 : 以下、名... - 2014/01/27 23:44:50.32 4gmxybls0 204/887

この新聞社の中には十数人の人間がいる。
こいつらの相手をしながら守りきるには厳しい数だった。
そして番外個体はと言えば彼女も当たり前のように化け物と交戦を開始していた。
ダンダン!! と番外個体の持つハンドガンが火を吹くが、やはり捉えるには至らない。

「冗談!! っつうか時間制限があって能力を満足に使えない上、能力なしじゃ杖つきのアンタよりミサカの方がよほど役に立つと思うんだけど?」

一方通行はチッ、と舌打ちする。
悔しいが番外個体の言葉は真実を突いている。
巻き込みたくないとか、荒事に関わらせたくないとか、そういった感情を一切抜きにして。
理屈だけで考えるならば、実際番外個体はおそらく一方通行よりも安定した戦力を発揮する。

「第七学区にあるでけェ総合病院に行け!!」

上階にいる風紀委員に指示を飛ばす。彼らの反応など一方通行はいちいち気にしなかった。というよりも、気にしていられなかった。
恐ろしく俊敏に動く化け物を一方通行の銃は捉えられずにいた。
化け物が大きく跳躍し、その長く鋭い爪を構えて飛びかかってくる。
あれを食らえば風紀委員の少女のようにあっさりと首を刈り取られてしまうだろう。

対する一方通行は杖にしたショットガンの先を左方向に大きく出し、アスファルトを突きながらさながら幅跳びのように跳ぶ。
緑の化け物の攻撃は空振り、一方通行に背中を見せる形で隙ができた。
そしてこれは決定的な隙。この好機を逃すほど第一位は甘くない。
すかさずショットガンを構えて対象を蜂の巣にしようとしたところで。

507 : 以下、名... - 2014/01/27 23:45:20.07 4gmxybls0 205/887

ぐるん、と。緑の化け物がこちらを振り向いた。

「な、ン……ッ!?」

この化け物はそもそもの構造が人間と違った。
反応速度が違った。腕力が違った。瞬発力が違った。
だから、人間なら確実に動けない隙であっても、この化け物なら反応できても何ら不思議はない。
今度は一方通行に隙ができる。だが、

「足手纏いになってんのはテメェじゃねえかクソ野郎!! 手間かけさせないでよ第一位!!」

番外個体がその右手をブン、と振るう。
バヂッ、という紫電が弾ける音と共に二センチほどの鉄釘が撃ち出された。
美琴の超電磁砲とは違う、単純に電磁力で弾丸を射出する方式。
音速を超える程度の速度、威力は銃弾と大差はない。
しかし。慣れのおかげで拳銃よりも早く放てるという利点が番外個体にはあった。

「ギャシャァァァァアア!?」

番外個体の放った鉄釘は、グチュリと嫌な音をたてて緑の化け物の眼球に突き刺さった。
完全に目玉が潰れてしまっている。絶叫し、のたうつ化け物を見て、

「情けねェが、この体じゃやっぱり能力なしで正面きってやるのは厳しいか。礼は言っておく」

一方通行は完全な零距離でショットガンの引き金を引く。
散弾銃。この手の銃は派手に弾がばら撒かれるものだが、しかし今回は零距離だ。
弾丸が方々に散らばる前にその全てが面白いほど完璧に緑の化け物へと突き刺さった。
もともとが学園都市特製の独自規格。その威力も『外』のものより遥かに高い。
全身の至る箇所を内部から破壊された化け物はぼろ雑巾のように吹き飛び、動かなくなった。

508 : 以下、名... - 2014/01/27 23:45:57.00 4gmxybls0 206/887

「……何とかなったか」

一方通行は呟いて。そして、電極のスイッチを能力使用モードへと切り替えた。
近くにあった道路標識を力任せに引き抜いて、まるで槍投げのように背後へと投擲する。
ベクトル操作された道路標識は尋常ではない速度で空を切り突き進む。
そして勢いそのままに何十メートルも先の避難していた十数人の人間、彼らを守っていた風紀委員に襲いかかろうとしていた別個体の緑の化け物の頭部をあっさりと貫いた。

「わーお、お仲間さんのご到着だ」

「問題ねェよ。すぐに終わらせる」

カチャ、という手と同じく鋭く伸びた足の爪がアスファルトを叩く音。
一方通行の背後に、同じ緑の化け物が更に三体立っていた。

(逃げるための援護はしてやった。
あいつらが無事にあの病院まで辿り着けるかは風紀委員共の腕にかかってるだろォな)

そんなことを考えながら、一方通行は立つ。
その身に最強の能力を纏って。獲物を射抜く眼光を放って。

(本当なら能力は使いたくなかったが……流石にチカラァなしで三体を相手にすンのは厳しいな)

だからこその速攻。それが最適解だろう。
番外個体を戦力に数えても三体を相手にしてどうかと言われると推測しづらい。
一撃もらえば終わるかもしれないという制約も相当に難易度を引き上げていた。
それに先の戦いで一方通行は危ないところを番外個体に助けられている。
バッテリーは節約しなければならないが、あまり惜しみすぎても駄目だ。

「悪ィなァ。こォなっちまったらオマエらはもォ終わりだ」

ここは能力を解放すべき場面。一方通行がそう判断したということは。
ドン!! という轟音が遅れて響き。
先の戦闘が嘘のような一方的な暴力が一瞬展開され。
それで、勝敗は速やかに決した。

524 : 以下、名... - 2014/01/29 21:15:49.51 BehmeC6L0 207/887


御坂美琴 / Day1 / 13:24:31 / 第六学区 路上

ホラーというものが好きではなかった。
ホラー映画とか、ホラーゲームとか、一部の人間には結構な需要があるらしいがてんで興味が湧かなかった。
映画はそんなに観る方ではなかったし、ゲームもゲームセンターを除けばほとんどやらない。

だから、これは想像でしかない。
観たこともやったこともないけれど、頭の中にある断片的な情報を繋ぎ合わせて浮かんだ曖昧なヴィジョン。
如何にもホラー映画なんかで出てきそうだ、という想像。
とはいえ、それは心霊映画の類の話ではない。
鏡を見たら長い髪の女が後ろに立っていたとか、寝ていると金縛りに遭うとかいうものではなかった。

もっと、得体の知れない化け物が出るような。適切な言葉が見つからないが一般にB級と呼ばれそうな、そんなホラー。
もっともホラーを観ないためにそれすらも曖昧な想像でしかないのだが。
何となくそう直感した。

ジャラジャラという鎖が擦れるような金属音。
真っ先に目を引くのはそこだ。
どう見てもそれは手錠だった。両手首を繋ぎ合わせ拘束する大きな手錠がはめられていた。
更にその両足首にも同様の拘束具が見て取れるが、それは二本の足を繋げてはいないため歩行に支障は出ていないようだ。
その両足首にはめられた二つの金属輪からそれぞれストラップのように鎖が伸びている。
千切れたその鎖をやはりジャラジャラと音をたてて引き摺りながら、ゆっくりと歩いてくる。

525 : 以下、名... - 2014/01/29 21:17:01.78 BehmeC6L0 208/887

ところどころ大きく破れている、ボロボロの布切れを纏っている。
その頭部には……何だろうか、あれは。
皮のような布のような、ベージュに近い色をした何かが何重にも何重にも、たくさんベタベタと貼り付けられていた。
その肩の辺りにはどういうわけか大きな眼球があった。

ゾンビのように肉が腐り落ちているようなことはない。
けれど、その監獄から脱獄してきた囚人のようなそれは化け物だった。
本物の、化け物。ゾンビだとか緑色の鱗を纏った化け物とか脳を抉って食す化け物とか。
そんなものとは比較にならぬ圧倒的な異形であると、誰に解説されずともひしひしと感じる。

明らかにこの化け物はこちらに用があるようだ。
美琴はスッ、と目を細める。

「……お、姉ちゃん……」

「―――下がってて」

やはり何かを嫌でも感じるのだろう。
それこそ金縛りに遭ったように言葉も出せずに震えている硲舎佳茄を、美琴は片手で制す。
美琴の直感は正しかった。御坂美琴は、この学園都市を這いずる異形の中で最も恐ろしいものの一つと対峙しているのだ。

「キィヤァァァァァァ!!」

甲高い金切り声。もしかしたら生前は女性だったのかもしれない。
もっとも、もはやこれの性別など論じる意味は全くないのだろうが。
走り出した。鎖の化け物が走り出して、その拘束された両腕を振り上げて美琴の脳天に向けて振り下ろす。
金属製の拘束具による頭部への打撃。そしてどんな効果があるのかも分からない、謎の手を。

526 : 以下、名... - 2014/01/29 21:18:48.52 BehmeC6L0 209/887

だがそれは美琴を捉えることはない。
素早くバックステップして距離を取り、お返しとばかりに高圧電流を叩き込む。
ズドン!! という炸裂音。最大出力から程遠いそれは、しかしそこいらの異形を消し炭にする破壊力を秘めている。
だが鎖の化け物は死なない。倒れさえしない。少し怯んだだけだった。
そして―――鎖の化け物の体から、何本ものうねうねと蠢く触手が突然生えた。

「な、っによ、こいつ……!?」

肩口から、背中から、腰から、腕から。不気味な触手が姿を見せる。
その異常な姿に美琴の動きが止まる。
ゾンビならば嫌というほど見てきたが、こんな化け物はお目にかかったことがない。
美琴は自身の感が正しかったことを確信する。

鎖の化け物が金切り声をあげる。それは思わず耳を塞ぎたくなる甲高い音域。
美琴はその通りに咄嗟に両手で耳を覆う。が、そこで美琴は見た。
その叫び声に呼応するように、この化け物から何かが放たれた。

放たれたそれは、バスケットボールほどの大きさの火球だった。
それは、学園都市製の能力だった。

「こいつ……、やっぱり……っ!?」

美琴は磁力の盾を展開しながら歯軋りする。能力を使ったこと自体は問題ではないのだ。
これまでも能力を使う死者を見ているから、特別驚愕することではない。
問題なのは。『これ』が人間だったこと。それも学生であったことが確定してしまったことだ。

527 : 以下、名... - 2014/01/29 21:20:48.18 BehmeC6L0 210/887

結局、美琴はこれまで一度もゾンビすら殺せていない。決定的に『殺す』という行動が取れずにいる。
であれば、この鎖の化け物もまた同様に。

だがしかし、美琴はそこで信じられないものを目撃する。
絶対にあり得ないはずの現象を。あってはならないそれを。
鎖の化け物の周囲に赤い水が球体となって浮かんでいた。
それは人間の血。おそらく周囲の死体から持ってきたのだろう。

「―――できるはずない」

美琴は思わず呆然として呟いた。
それが水であるか血であるかなどどうでもいいのだ。
この化け物は先ほど火球を美琴に向けて放っている。
だが今こいつが操っているのは炎ではなく液体。『発火能力者(パイロキネシスト)』にできるものではない。
今のこれはどう考えても『水流操作(ハイドロハンド)』の領分だ。

「あり得るわけがない……。本当に、こいつは一体何なのよ……!?」

空中に浮かぶ赤い球体が自在にアメーバのようにぐねぐねと形を変える。
沸騰するようにごぼりと音をたて、地獄に咲き誇る彼岸花のように。

だがそれは『能力は一人につき一つ』という学園都市の根本的法則に抵触する。
『多重能力者(デュアルスキル)』は絶対にあり得ないのだ。
だというのに、こいつはどう見ても二つ以上の能力を行使している。
美琴はかつて木山春生という科学者と交戦したことがある。
木山は脳波のネットワークを使うことで『多才能力(マルチスキル)』となっていたが、これはそれとも違うようだった。

528 : 以下、名... - 2014/01/29 21:22:20.47 BehmeC6L0 211/887

『多重能力者』。絶対にあり得ないはずのそれを、鎖の化け物は体現していた。
―――とはいえ。全てが狂ったこの街で、想像の及ばない異形の蠢くこの街で、この程度驚くことでもないのかもしれないが。
しかしそれでもこの鎖の化け物は間違いなくイレギュラー。二重の意味で常識の枠外の存在だった。

赤い球体が弾丸のように放たれる。ただの液体とはいえ、それはコンクリートにも穴を空けてしまいそうだった。
美琴は身構えるが、しかしそれは美琴とはまるで違う方向に飛んでいく。

(―――まさか)

一瞬事の意味を考え、最悪の想像を思い描き。
果たして、その通りだった。

「―――佳茄ちゃんっ!!」

鎖の化け物の放った弾丸は、美琴が下がらせ物陰に隠れていた佳茄へと突き進んでいた。
咄嗟に美琴は叫ぶが、佳茄は動かない。
いや、動けないのだろう。それは恐怖によるものとかそういう話ではない。
単純に小学一年生の子供では反応できない速度であっただけだ。

「くっ……!!」

美琴は即座に磁力を展開。道路わきにある看板を無理矢理に引き剥がす。
同時平行でマンホールを二、三枚操作して、それら全てを超スピードで佳茄の前に盾として多重展開。
血の弾丸から佳茄を守り、着弾点を大きくへこませそのまま地面へと落下した。

529 : 以下、名... - 2014/01/29 21:23:31.81 BehmeC6L0 212/887

「お、お姉ちゃん……ごめ、あの、ありが―――」

何が起きたのか佳茄はよく理解できていないだろう。
それでも美琴に助けられたことは分かったらしい。
戸惑いながらも何事か話していたがそれを聞いている余裕はない。

「佳茄ちゃん、つかまって!!」

「え、ひゃあっ!?」

美琴は佳茄の手を取ると自身の背中におぶる。
もはや隠れさせておくよりこうした方が安全だと判断したためだ。
今回は何とかなったが、美琴が動けない時に佳茄を狙われてはたまらない。
お返しとばかりに更に出力を上げた雷撃の槍を放つも、やはり効果は薄い。
鎖の化け物の体が一部焼け焦げ、熱傷ができたもののそれは驚異的な再生能力でみるみると治癒されていく。

「キィアアァァァアアアアアアッ!!」

鎖の化け物が絶叫すると、『力』が美琴と佳茄を襲った。
それは炎であり氷であり電撃であり水であり念動力であり風であり。
多くの能力が組み合わさった得体の知れない莫大な力の奔流。
『多重能力者』だからこそ実現できた攻撃。

複数の能力が絡み合い、化学反応のように相互に反応し合い更に形を変えていく。
その本質すら分からなくなった、文字通り『力』としか表現できない未知の塊が二人を飲み込もうとしている。

530 : 以下、名... - 2014/01/29 21:25:02.13 BehmeC6L0 213/887

「冗談じゃないわよ、こんな化け物とやってられるかっての!!」

美琴は磁力を使ってその場を飛び跳ねて回避し、ビルの壁面に垂直に着地する。
佳茄がパニックになりかけているが絶対に落ちないよう抱えているので大丈夫だろう。
鎖の化け物がこちらを見る。その顔には布のような皮のようなものが何重にも張り付いているため目も顔も見えないが、確かにに視線を感じた。

このままあの化け物とやり合っても、力負けするとは思わない。
けれどあの再生能力では一体どれほど叩けば行動を停止するか分かったものではないし、こちらには佳茄もいる。
また『多重能力者』という特性を考えれば全く想定外の攻撃を受ける可能性も高い。
『感染』の危険も考えると―――あの鎖の化け物も亡者共と同種なのかは分からないが―――あまり関わり合いになりたくはない。
そしてそもそもの話、美琴にはあの化け物と一戦交える理由が一切ない。
で、あれば、

(撤退あるのみ逃走一択!!)

美琴は佳茄の目を自分の手で塞ぎ、小さく告げる。

「佳茄ちゃん、目を瞑って。絶対に開いちゃ駄目よ、いい?」

「ふぇ……? う、うん……」

カァッ!! という閃光が突如迸った。
美琴の全身から激しい閃光が放たれたのだ。
それは煙幕のような目くらましとなり、鎖の化け物から一時的に隠れさせてくれる働きを持つ。
全てが白い輝きに包まれた中で、美琴は佳茄を抱えたまま次々に磁力線を繋げ、建物から建物へと飛び移り猛スピードでそこから離脱する。
あんなとんでもない化け物と無理に交戦する必要など全くないのだ。

531 : 以下、名... - 2014/01/29 21:27:22.74 BehmeC6L0 214/887

どれくらい離れただろうか、鎖の化け物は追って来ていない。
逃げ切ったことを確信した美琴はようやく止まり、佳茄を降ろしてふぅ、と大きく息を吐いた。
ゾンビではない、別の化け物。今の学園都市の脅威を美琴は認識し直した。

「……ねぇお姉ちゃん……。さっきのお化け、何か言ってた……」

「え?」

「すごく小さい声で『ママ』って……。お母さん、どうしちゃったんだろう……?」

佳茄のその言葉に美琴の顔が固まる。
何も分からない。その言葉だけではあの鎖の化け物については何も分からない。
けれどそこにどうしようもなく恐ろしい何かを感じて、美琴は身震いした。
何の根拠もないのだけれど、そこにはやりきれない何かがあるように感じられた。

(『ママ』、か……)

悲しげにしている佳茄の頭を撫でてやりながら、美琴はその言葉を反復し。
考えても仕方がないと考えることをやめた。
そして、ふと疑問に思った。それはあの鎖でもなく『多重能力者』についてでもなく。

(あいつの顔に張り付いてた皮みたいなもの。あれはなんなんだろう……?)

532 : 以下、名... - 2014/01/29 21:28:14.50 BehmeC6L0 215/887


Files


File18.『誰かが書き残した手記』

Sep.05,20XX

注射で頭がボーっとする。
お母さんに会えない。どこかに連れていかれた。
二人で脱出しようって決めたのに私だけ置いていくなんて……。

533 : 以下、名... - 2014/01/29 21:28:51.75 BehmeC6L0 216/887


上条当麻 / Day1 / 13:59:36 / 第一五学区 食肉用冷凍倉庫

第一五学区は学園都市最大の繁華街がある学区であり、様々な流行発信地でもある。
その特性故にこの学区には住んでいる人よりも他学区からここを訪れる人の方が遥かに多い。
しかしそれらは全て過去形となる。そして人が多かったということは、それだけ歩く死者が多いということだ。

そんな第一五学区の外れ。食肉用の冷凍倉庫に上条当麻はいた。
その近くには巨大なステーションワゴンが停めてある。
上条はそれに背中を預けたまま座り込んでいた。

「……そろそろここを出た方がいい。長居しすぎだ」

上条は呟く。だがそれは相手のいない、精神的にまいってしまったための独り言などではない。
上条が言葉を発した以上、それを聞く相手がいるのだ。

「何を言っているんだ!? 正気なのか!?」

その相手は三〇代後半から四〇代前半の、小太りの男性だった。
黒のスーツに身を包み、サラリーマンのような風貌だったがその着こなしは乱れている。
特別暑くもないのにその額には汗が浮かんでいて、それは彼の心情を表すものであった。

534 : 以下、名... - 2014/01/29 21:30:11.71 BehmeC6L0 217/887

「外の状況を分かっているのか!? わざわざ死にに行くようなものだ!!」

「ここにいたってそれは変わらない。奴らはすぐにもここを見つけるよ。
囲まれてから動いたって遅いんだ、一箇所に留まり続けるのは上策じゃない」

その状況判断能力は上条がこれまでに潜り続けた多くの死線で培われたものなのか。
だが上条の言葉に男は錯乱したようにヒステリックにわめき散らす。

「駄目だ!! 何を言っているんだ!!
俺は通りで娘を失ったんだ、もう一度そこへ出て行けっていうのか!?」

けれどそれも無理からぬことだ。
事実、上条も何度も全てを投げ出したくなったし、こうしている今だってそうだ。
吹寄を始めとする友人たちの死に、一体に何に憤ればいいのか。どう嘆けばいいのか。
ましてやこの男は娘を失ったという。
自分の家族を、子供を殺された気持ちなど高校生でしかない上条には想像することすら不可能だったし、想像できると思うことすら傲慢だろう。

「それは……気の毒に」

そんなクソみたいな言葉しか出て来なかった。
何がお気の毒にだ、と上条は思う。
所詮そんな程度の言葉しか思いつかない自分に失望しながらも、しかしこのままで良いはずもない。

535 : 以下、名... - 2014/01/29 21:32:30.17 BehmeC6L0 218/887

「でも、ただ篭っていたって助けなんてこない。生き残るためには自分から動くしかないんだ!!」

「それでも、外に出るのだけは嫌だ!!
死体野郎に食われるくらいならここで飢え死にした方がマシだ!! 放っといてくれ!!」

男は叫ぶと、上条の制止を無視してステーションワゴンの後部扉を開け中に入ると、そちら側からロックをかけてしまった。
通常この手のものに中には鍵はないと思うのだが、とにかく何かしらの方法で扉を開けられなくしたのだろう。
そしてその方法などはこの際問題ではない。
上条は扉を開けることを諦めると、ドンドンと拳で叩いて呼びかける。

「おい、本当に良いのか!? こんなことしても助けはこないぞ!!」

「黙れ!! 俺は絶対にここから出るつもりはない!! さっさと失せろ!!」

男は頑なだった。頑としてそこから動く様子はない。
このままここに留まっていては数で圧殺される。
ならば自分が離れて一人にしてやれば、まだ見つかる可能性を減らせるかもしれない。
上条がここに留まり続ければそれだけ危険は高まっていく。

上条は説得を諦め、やがて冷凍倉庫から去っていった。
結局この男がその後どうしたのか、上条当麻は知らない。

536 : 以下、名... - 2014/01/29 21:34:07.29 BehmeC6L0 219/887


Files


File19.『ステーションワゴンに残された遺言』

クソったれ!! 誰かこれを読む者はおるのか。
わたしが死肉狂い共のエサになった後誰かが見つけて笑うのだろうか。
助けてくれ!! もう駄目なのか? 死にたくない!! まだわたしは生きていたい!!
妻も娘もお袋も、みんな殺された。しかしそんなことはもういい。遥かに重要なのはわたしの命だ。

こんな唐突に終わりが来るのなら、営業マンになんぞならなかった。
わたしは小説家になりたかったんだ。
「お前の人生は長いのだから」というお袋の戯言はクソ食らえだ!!
わたしは偉大な小説家として賞賛され……

537 : 以下、名... - 2014/01/29 21:40:23.19 BehmeC6L0 220/887

投下終了

みんなのトラウマにしてバイオ界のヒロイン、リサの登場でした
リサが多重能力者になってるのは能力開発を含む色々な人体実験を受けてきた中で、何か体内で色々あって使えるようになったのでしょう
まあ、度重なるウィルス投与を生き延びたほとんど不死身ですし、体内でおかしな反応を起こしてGウィルスの雛形を生成したりしてる子ですからね
初プレイ時こいつに無駄弾をつぎ込んだ人も多分いるはず、>>1もそうでした

次回は浜面シナリオと垣根シナリオを予定してます

562 : 以下、名... - 2014/02/08 23:31:55.69 iKh0rnq60 221/887


浜面仕上 / Day1 / 15:00:02 / 第一八学区 霧ヶ丘女学院

浜面仕上と滝壺理后は第二三学区を目指していた。
そしてここは霧ヶ丘女学院。その敷地内だった。
常盤台中学とは対照的に、複雑怪奇なイレギュラーな能力開発を専売特許とするここを通ったのは単に近道だったからである。
それ以外には全く理由はなく、そしてそれはきっと間違いだった。

「待ってはまづら……、地震? いや、違う……これは」

「何だ……? ちくしょう、嫌な予感しかしやがらねぇぞ!!」

その広大な、とても高校のものとは思えぬほど広大なグラウンドの中心辺りで浜面と滝壺は足を止めた。
地響きが聞こえる。地面が地震に見舞われたかのように揺れ始めた。
まるで地震ではあるけれど、きっとこれは地震ではない。
二人ともそれが直感で分かっていた。

何せ朝からずっと異形の化け物を見続けてきたのだ。
その中にはゾンビではない、人型以外の化け物も多くいた。
だからこれもきっとそれだろうと思いつつも、しかしそれを認めたくはない。

(もしこれがまた違う化け物だったとして、だ……。
こんな風に大地を揺らすって一体どんなモンスターなんだよ……っ!?)

想像できなかった。想像したくなかった。
揺れる地面に足が縺れつつも、浜面は滝壺の手を取って走り出す。

563 : 以下、名... - 2014/02/08 23:32:25.89 iKh0rnq60 222/887

「行くぞ滝壺!! 何だか知らねぇがさっさと逃げよう!!」

走る。だが大地はそんな彼らを阻むように鳴動し続ける。
地面が割れて砕けていくような錯覚さえ浜面は覚えた。
これが単なる地震なら、地震として対応すればいい。
しかし今回のこれはまるで得体が知れない。一体どう動くのが適切なのかが分からなかった。

浜面仕上も、滝壺理后も、知らなかった。
この辺りの地下をホームグラウンドにしている化け物の存在を。
自分たちが自らその領域に踏み入ってしまったことを。

「……!! 止まれ滝壺!!」

浜面が滝壺の手を強く引く。前に進もうとする力がかかっていた体が急激に後方へと引っ張られ、滝壺は大きく体勢を崩す。
それが救いとなった。浜面が手を引いていなければ、もしかしたら滝壺は死んでいたかもしれない。
二人の前方の地面を下から突き破り、何かが顔を出した。
あまりにも巨大なそれはずるずるといつまでもその体を地表へと出し続け、やがてある一点でようやく止まる。
だがそれでも体の全てを露出させてはいないのだから、その巨大さは並大抵のものではない。

「―――嘘だろおい」

巨大な塔のように聳えるその巨体は、まるでワームやミミズのようだった。
元は節足動物だったのだろう。その全長は地面に埋まっている部分を含めると一〇メートルは超えていた。
七メートルほどの高さから頭部に乗った土や泥をパラパラと地上に落としながらも、その化け物は眼下にいる浜面と滝壺をおそらくは捉えた。

564 : 以下、名... - 2014/02/08 23:32:59.44 iKh0rnq60 223/887

おそらくは、という曖昧な表現になってしまうのは、この巨大ミミズのような化け物には眼球が確認できないからだ。
けれど明らかにこちらには気付いているようで、その大顎をこちらへ向けて大きく開く。
その顎がまた相当の巨大さだった。車程度なら丸飲みに出来るほどの顎。
大顎は四角形となっていて、その四つの角から一本ずつやはり巨大な牙が生えていた。
まるでブラックホールのようなその大顎の中にも小さい歯が円周状にびっしりと並んでいた。

「……こんなの、どうすればいいんだろうね」

思わず滝壺も呟く。その体は小さく震えていた。
あまりに反則的。首が痛くなるほどに見上げてようやくこの化け物の頭部が確認できる。
先ほどの地鳴りはこいつが地下を蠢いていたからだと思うとゾッとした。
浜面の武装はハンドガンタイプの拳銃が一丁、それだけだ。
人差し指一本で人を殺せる、極めて恐ろしいはずのこれももはやただの鉄屑にさえ思える。

だが巨大なミミズのような化け物は委細構わない。
浜面と滝壺の事情などこいつにとってはどうでもいいのだ。
化け物はその大顎を大きく開ける。それは人間二人を丸飲みにするにはあまりにも十分すぎる。
そして巨大な化け物はまるで塔が倒れるようにその巨体を大きく開いた顎から振り下ろす。
グァ!! と迫ってくる馬鹿でかい口。このままではこいつの栄養となってしまうのは明白だった。

「――――――!! よけろ滝壺ぉ!!」

浜面は叫び、咄嗟に滝壺に飛びかかる。まるでスローモーションだった。
飛びかかった浜面が滝壺の肩を掴み、そのまま押し倒される形となった滝壺の足が地面から離れ、二人の体がふわりと宙に浮く。
そして僅かな距離を飛行し、すぐに重力に引かれて落下を始める。
しかし浜面が滝壺の頭部の下に自身の右手を滑り込ませることでクッションの役割をさせ、衝撃から守る。
二人が地面に激突したのとほぼ同時。巨大な化け物が二人が数瞬前までいた場所を砕いた。

565 : 以下、名... - 2014/02/08 23:33:44.96 iKh0rnq60 224/887

倒れている浜面の、そのつま先の、数センチ先。
そこが化け物によって開けられた穴の淵だった。
後少し。本当に後少しでも遅かったら浜面はエサにされていただろう。

「あ、ありがとうはまづら。大丈夫?」

「あ、ああ。それよりも早くここから離れねぇと……。立てるか?」

「立てなくても立つよ。行こう、はまづら」

だが油断はできない。狙いを外され地面を噛み砕いた化け物は、今も地中深くに潜伏しているはずだ。
自身の空けた穴にワームのようなその全身でアーチを描くようにしてそのまま身を潜り込ませていったからだ。
一刻も早くここを離れるべきだ。その判断は両者で一致していた。

走った。足はとっくに痛くなっているが、走らないわけにはいかない。
とりあえずはこのグラウンドを出る。目で確認すると滝壺もこれには賛成らしい。
大能力者のお墨付きだ、と浜面は笑みを浮かべて最短で駆ける。
ここはグラウンドだ。こうして思い切り走るのは正しい使い方なのかもしれない、なんて下らないことを考えていると、

「また、来るよ……っ!!」

再び地響き。あれが襲ってくる前兆だ。
しかしあの化け物は地中深くに身を潜め、地下から突き上げるように姿を現す。
事前にその出現箇所を予測するのは難しい。
だが、

566 : 以下、名... - 2014/02/08 23:34:17.73 iKh0rnq60 225/887

(目印ならある)

そうでもない、と浜面は思った。

(そもそもあいつは俺たちを捕食しようとしてんだ。
どうやって地上にいる俺たちを捕捉してんだか知らねぇが、だったら俺たちがいる場所に姿を現すに決まってる)

結局は立ち止まらぬこと。
足が竦んで動けないなんてことになったら格好の的だ。
浜面と滝壺は急に立ち止まって方向転換をしたり、突如進行方向を変えたりと読まれないように動いた。
その甲斐あってか化け物は中々姿を現さない。おそらくは二人の位置を正確に特定できないがために。
まさかあんな化け物が獲物を前に舌なめずりなんてことはないだろうと浜面は口の端を僅かに吊り上げる。

やがて二人が辿り着いたのは二五メートルプールだった。
そのすぐ近くに学校の敷地とその外とを隔てるフェンスが設置されている。
あのフェンスを乗り越えてしまえば霧ヶ丘女学院の外に出ることができる。

「あと、ちょっとだ……っ!!」

自分に言い聞かせるように呟いて、浜面と滝壺はそのフェンスに足をかけてよじ登る。
だが、その瞬間。獲物を見逃すまいとしたのか、ついに巨大な節足動物の化け物が地下から飛び出した。
その衝撃や散弾のように飛び散った土や小石に背中を打たれ、二人は飛ばされるような形でフェンスの向こう側へと落下する。
また化け物のあまりに長大すぎる巨体はすぐ近くにあったプールをも完全に破壊し、そこにたっぷりと蓄えられていた水が怒涛の勢いで外へと流れ出る。

(滝、壺、どこだ……!?)

567 : 以下、名... - 2014/02/08 23:34:54.80 iKh0rnq60 226/887

まるで小規模な津波だった。激しく背中を打たれた痛みで動けなくなっていた二人を、濁流のようにプールの水が飲み込んでいく。
咄嗟に伸ばした手は何も掴まず水を掻き、しかししっかりと掴まれた。
滝壺理后が差し伸べた浜面の手をしっかりと掴み、流されないように互いを固定する。
濁流はあっという間にその勢いを失った。全身隈なくびしょ濡れになりながらも、彼らは台風の直撃を受けたかのように水浸しとなってしまった道路に立つ。
直後に化け物の突撃。ぎりぎりで回避するも、予想を裏切って巨大な化け物はコンクリートの地面すら突き破って再び地下へと潜っていく。

「グラウンドだけが行動範囲ってわけじゃないんだ。でもこうなると、どこまで逃げても……」

「ちくしょう、アスファルトの下でも自由に動きまわんのかよ!? この下スカスカってことかよ、崩落すんじゃねぇか!?」

ともかくも、このままではあの化け物のエサになるのを待つばかりだ。
何か、何かないか。そう浜面は周囲を見回して、

(―――あった)

それを見つけて、浜面と滝壺は同時に動いた。
何も言葉にして言う必要はなかった。浜面の視線を追った滝壺もそれを見て同じ結論に至ったに違いない。
しばらくして、化け物が地下から勢いよく飛び出してきた。
先ほど溢れ出したプールの水のせいでその全身はぐっしょりと濡れ、その下の地面には水が溜まっている。
そしてそれを確認した浜面仕上と滝壺理后が、待ってましたとばかりに全力で体当たりした。

―――化け物によって根元から折れ、辛うじで街路樹に引っかかっていた、電柱に。

568 : 以下、名... - 2014/02/08 23:35:25.55 iKh0rnq60 227/887

ただ引っかかっていただけの電柱はその程度の衝撃でも簡単に動いた。
拘束から開放された電柱はバランスを取れるはずもなく、ただ重力に引かれて轟音と共に地面へと勢いよく倒れた。
そう、プールの水によって水が溜まっている地面へと。

切断された電線がその水へと浸かり、水を導体に電気が流れ、そして。
巨大な化け物が感電した。
鳴き声のような嫌な声をたて、やはり塔が崩れるような形で巨大な化け物が電柱に次いで倒れ込む。
そのあまりの巨体にそれだけで地面が大きく揺れた。

「……何とかうまくいったか。ヒヤヒヤしたぜ」

「早く離れた方がいいと思う。これで死ぬかは分からないから」

「……ああ、そうだな」

実際、ここまで巨大なこの化け物がこれで死ぬかは疑問だった。
けれどそもそもこの化け物は本来自然界には間違っても存在しない生物であり、ならばその構造など分かるはずもない。
電気に対する耐性など分かろうはずもないのだ。もしかしたら特別電気に弱かったのかもしれないが、実際のところは不明だ。
しかし今、ミミズのような化け物が痙攣したかのように小さく震えているのもまた事実であり。

だからこそ浜面は滝壺と共に背中を向け、早足に立ち去っていった。

569 : 以下、名... - 2014/02/08 23:36:18.46 iKh0rnq60 228/887


垣根帝督 / Day1 / 16:51:39 / 第四学区 精肉工場

食品関連の施設が多く立ち並ぶ第四学区では、当然肉を加工する精肉工場も存在する。
ここで豚や牛は処理され、くず肉などのより分けも行われていたようだ。
とはいえここは学園都市。この街でのくず肉とは『外』では並より少し上という贅沢な話なのだが。

「ここで豚とかが屠殺されてんのかと思うと、食欲も失せるな」

「……ごめん、肉の話はしないで。朝から『肉』ばっか見てるんだから吐きそうになる」

垣根はいつもと変わらぬ軽薄な調子で言うが、それは偽りの仮面だった。
無理してでもこうしていないと耐えられないのだ。
如何に暗部で長かろうと、如何に人を殺していようと、如何に血と臓器の作り上げる地獄に慣れていようと。
人間がゾンビになり、知り合いが屍となって襲ってくるなんてふざけた状況を経験しているはずがないのだから。
ゴーグルに、湾内絹保と泡浮万彬。彼らはぬるま湯に適応してしまった今の垣根を確実に削り取っていた。

心理定規は顔色を悪くすると、垣根の言葉を耳に入れまいと手で耳を塞ぐ。
やはり彼女も傍目にはいつも通りに見えても、実際にはだいぶまいっているようだ。
だからこそまともではいられない。狂気に耐えるには、自分から狂うしかない。

570 : 以下、名... - 2014/02/08 23:36:49.67 iKh0rnq60 229/887

心理定規は銃を構え直して、

「……ん?」

何かに気付いた。目を凝らしてよく確認してみる。

「どうした?」

そして訝しんだ垣根が心理定規に隣に並び、

「―――ハッ。スゲェじゃねえか、おい」

「気持ち悪いって本当に……。何なのよもう……」

白い塔があった。ただ静かに聳えるそれは天井に頭がつくほどに高い。
その塔の表面がざわざわと蠢いていた。波打つように、一様でない不規則的な動きをしていた。
それはまるで無尽蔵の生き物が蠢いているようにも見えて。そしてそれは正しかった。

「アリ塚、か」

縦横無尽に白い塔の表面を動き回るそれの正体は白アリだ。
そしてその塔は白アリの作り上げた巨大なアリ塚。
不気味に脈動する塔を見るに、その白アリの数は千や万では利かない。
ざわざわざわざわと動くそれは非常に気味が悪く、垣根も流石にこれに手を出そうとは思わなかった。

571 : 以下、名... - 2014/02/08 23:37:52.76 iKh0rnq60 230/887

「一発かましてみるか? そのグレネードガンで」

「ふざけないで。そんなことしたら中からうようよと数万数十万って数の白アリが襲ってくるのよ。ああ想像しただけでもう……」

ゾクッと背筋が冷たくなったのか、心理定規は自分で自分を抱きしめるようにして両腕をさする。
たしかにゾッとしない話だ、と垣根は薄く笑う。
実際の脅威がどうとかそういう以前に、生理的嫌悪感を掻きたて精神的疲弊効果が高い。
特に虫嫌いである心理定規には相当の効果があるようだ。

「……まるで生物兵器だな」

思わず垣根がぽつりと呟くと。

「半分正解ってとこ」

誰かが応答した。心理定規の声ではない。
だがここには間違いなく垣根と心理定規しかいないはずだ。
一体いつの間に入ってきたのか、どうやって潜んでいたのか。
そんな疑問が浮かんで消える前に。二人がその声に反応して声の主を振り返る前に。


ボッ!! と精肉工場が激しく燃え上がり、業火に呑まれて大爆発を起こした。



572 : 以下、名... - 2014/02/08 23:38:22.66 iKh0rnq60 231/887

「―――何者だ、テメェ」

「……っけほ、けほ……っ。ちょっと、一体何なのよ……」

心理定規を抱えて即座に脱出していた垣根は、彼女を降ろして問う。
その視線の先は炎に包まれた精肉工場。その炎のカーテンの先を垣根は鋭く見据える。
ゆらゆらと揺れるその先に、明確な人影が一つあった。
あれだけの灼熱の牢獄にいながらも平然と立っている。当然だ。その人物こそこの業火を起こした張本人なのだから。

「……人間? いや、あなた……何者?」

その異常性に気付いた心理定規が鈍く光る銃口を突きつける。
そこに躊躇いはなかった。その返答のように、炎の海の中から女性の声が返ってきた。

「第二位、『未元物質』とはね。いきなり面白い相手とぶつかったものだわ」

やがて僅かに炎をたなびかせ、灼熱の地獄から悠然と一人の女性が歩いてきた。
そのリクルートスーツのようにも見える服には火が燃え移っており、激しく燃え盛っているがそれを気にする素振りはない。
だがそれ以上に、二人はこいつが人間の言葉を話したことに驚いていた。
これまで犬のゾンビや巨大化した蜘蛛などといったクリーチャーを見てきているが、人の言葉を話すものなど見たことがない。

「テメェは何者だ」

垣根は静かに繰り返す。
それを受けて女は妖艶に笑った。

573 : 以下、名... - 2014/02/08 23:39:04.95 iKh0rnq60 232/887

「―――『木原』、と。そんな風に呼ばれていたこともあったわね。けれど、もう関係ない」

『木原』。その名前の意味は学園都市の暗部に身を窶す者なら理解できる。
触れてはならぬ禁忌の一族。一切の枷を振り切ってただ科学の発展のために邁進する者たち。
悪夢的なその名は口にすることさえ恐れる者もいるほどだ。

だが。だが、垣根と心理定規がその目を見開いたのは、その名前によるものではない。
もっと単純に視覚的な驚愕によるものだった。
即ち彼女の全身が激しく燃え上がり、殻を破るようにその炎から出て来た彼女の姿に、だ。

「―――化け物が」

「……ええ。化け物、ね」

一歩を踏み出した彼女は衣服の類を一切纏っていなかった。
そのつま先から顔までに至る全身は無機質で冷たい印象を与える灰色。
左足にはつま先から太ももの付け根までに触手のようにも見える、ツタのような緑色の何かが螺旋を描くようにびっしりと巻きついていた。
右腕にも同じものが巻きついており、それは左の乳房や肩、わき腹にまで達している。
そして何より目を引くのはその頭だ。まるで花が開くように、バナナの皮を剥いたように。
頭が内から外へと中心から開かれて、めくれたそれがまるで実った果実のようにだらりと頭部からぶら下がっている。
それは緑色をしていて、ところどころ黄色が混ざっておりやはり植物を連想させた。

574 : 以下、名... - 2014/02/08 23:40:09.85 iKh0rnq60 233/887

二本の足、二本の腕。一応人型ではあった。
だがしかし明らかに異形。そのアスファルトのような冷たさを感じさせるくすんだ灰色の肌は明らかに人間のものではない。
その体に炎のドレスを纏い、『女王』は笑う。

   モ   ル   モ   ッ   ト
「脆き人の子から出られぬ者共よ」

女王は歌うような声で朗々と宣言する。

「―――さあ、実験を始めましょう」

「――――――ッ!!」

瞬間、垣根は即座に『未元物質』を発動。
その背に天使の如き純白の翼を左右三対生み出し、それを盾のように前方に展開した。
直後、白い翼に女王から放たれた炎が直撃するもそれは垣根によって力ずくで吹き消される。

「っらァ!!」

垣根が翼を薙いだことにより局地的な烈風が巻き起こる。
それにより女王が僅かに動きを止めたところへ、いつの間にか音もなく回り込んでいた心理定規が背後からグレネードガンを撃ち込んだ。
遠慮などなかった。放たれた榴弾は確実に女王の体に直撃し、爆発と共に鮮血が撒き散らされる。

その血が辺りに付着し、心理定規の左腕にも僅か付着し。
そして、直後にそれがひとりでに発火した。

「―――は、」

心理定規がそんな声をあげる。
女王の血が発火した。そして彼女の腕にも火がついて、そして。

575 : 以下、名... - 2014/02/08 23:41:19.90 iKh0rnq60 234/887

「ッチィ!!」

思わずそんな声をあげて心理定規は慌てて鎮火する。
幸いにも付着した血液の量が大したことはなかったおかげで大事には至らなかった。
だが地面に撒き散らされた血液は悉く発火し、紅蓮の炎で周囲を包み始めていた。
次から次へと燃え移り、やがてその連鎖は山火事のような災害へと繋がっていくだろう。

心理定規は垣根の隣に並び立ち、火傷を負った左腕を右腕で庇いながら女王を睨む。
明らかにまともな現象ではなかった。

「発火能力、いや、そんな可愛らしいもんじゃないわね」

「だろうな。何がどうなってんのかさっぱり分かんねえ。黄リンや硝酸エステルでも生成してんのか」

迂闊には仕掛けられない。何が何だか分からない中でも、こいつの血液が空気中に触れると発火するということは分かった。
つまり中途半端に攻撃を仕掛ければ逆にこちらが窮地に追い込まれていくことになる。

「これならどうだよ……っ!!」

垣根が『未元物質』の翼をはためかせる。
恐ろしいほどの勢いで一閃された翼は空気中に真空の刃を作り出す。
かまいたちの如く射出された見えざる凶刃は的確に女王の首筋を切り裂いた。

「駄目よ、再生してる!!」

傷口から流れた血液が発火し、女王のテリトリーを広めると共に切断された首は落ちることがない。
それが当然と言わんばかりにすぐさま再生を始め、あっという間に一つになり元通りになってしまった。
垣根がその様子に舌打ちした時、ふとここに別の気配を感じた。
見てみれば、派手な爆発や炎に反応したのか大量のゾンビがわらわらと集まってきていた。

576 : 以下、名... - 2014/02/08 23:42:13.54 iKh0rnq60 235/887

(クッソが、こんな時に来やがって……!!)

垣根が心理定規と目を合わせ、二人同時に動こうとしたその時。
女王がゾンビの群れに向けてブン、と腕を振るう。
それに追従するように血液の塊が亡者共へと降り注ぎ、その腐った体を悉く燃やし尽くす。
呻き声をあげながらも尚倒れない死人の群れだったが、女王がその開いた右こぶしをぐっと握ると詳細不明の爆発が巻き起こり、たちまちにその腐った体を吹き飛ばした。

「ム、チャクチャねあいつ……ッ!!」

あっさりとゾンビの群れを退けた炎を纏う女王が右手を天へと高く掲げる。
そしてそれに呼応してぞわぞわぞわぞわと夥しい数の白アリが彼女の元へと集まり出した。
あまりの数にそれはもはや地面が流れているようにすら見えるほどだった。
数十万に達するであろう圧倒的物量の投入。しかもそこにはおそらくではあるが『感染』という名の見えぬ猛威が潜んでいるだろう。

「白アリ、あのアリ塚にいたヤツらか!!」

「アリを従えてる……? どうやって!?」

「兵隊アリが女王に従うのは当然でしょ?」

女王が呟くと、圧倒的な数の白アリがこちらへ突撃してきた。
羽を広げて飛んでいるものや地を這うものもいるが、それはもはや津波といって差し支えない勢いだった。
それを率いる女王は高らかに笑う。

「私の細胞の中で『ベロニカ』が暴れているのが分かる」

(―――『ベロニカ』、だと?)

聞き覚えのない単語に垣根は引っかかりを覚えるが、何より優先すべきなのは。

「逃げるぞ心理定規ォ!!」

「オッケー迷う理由なんて微塵も無し!!」

垣根帝督と心理定規。それを追う万を優に超えるアリの大群、それを率いる他にどんな力を隠しているかも分からぬ女王アリ。
命の懸かった鬼ごっこが幕を開けた。

577 : 以下、名... - 2014/02/08 23:43:28.03 iKh0rnq60 236/887



Files

File20.『女王蟻の研究レポート』

女王蟻の遺伝子に古代ウィルスの名残を発見して以来、蟻塚を作り蟻の研究に没頭している。
蟻の生態は、まさに理想的だ。
一つの蟻塚には一匹の女王蟻が君臨しており、兵隊蟻や働き蟻は女王蟻の奴隷だ。
自らの命を女王蟻に捧げている。女王蟻の死は、即ち蟻塚そのものの破滅を意味する。
兵隊蟻や働き蟻は女王蟻がいれば、いくらでも代わりが利くのだ。
まさに、私と他の愚民共との関係に相応しい。

              ク レ イ
木原乱数が発見した『始祖ウィルス』に女王蟻の遺伝子を移植し、理想的なウィルスの開発に成功した。
役立たずな父の体で実験をしてみたが、予想通りウィルスの影響による細胞の急激な変化に、肉体だけでなく脳細胞も破壊されてしまった。
また、体内に特殊な毒ガスが発生していることも確認した。

想像以上のポテンシャルを秘めたこのウィルスを、『T-Veronica』と名付けることにした。
この素晴らしいウィルスの力を我が物にする方法を見つけた時、私の偉大なる研究が完成するのだ。

                       アレクシア=木原=アシュフォード

578 : 以下、名... - 2014/02/08 23:48:14.12 iKh0rnq60 237/887

投下終了

ナイフクリアの時は街頭のオブジェクトにはお世話になりました
ここ書いてる時バス停を持って敵を殴り殺す滝壺を幻視した

女王様はクリーチャーにカウント
他のボスキャラと比べるとおまけ的というか、サブというか、そんな存在
あまりアレクシアには期待しないでくだせえ
あのアレクシアを性的な目で見ることができるようになったら上級者、らしい

次回は一方通行シナリオと浜面シナリオ

590 : 以下、名... - 2014/02/11 01:12:48.26 TlEr18gW0 238/887


一方通行 / Day1 / 12:21:34 / 第一七学区 操車場

『絶対能力進化計画』、という実験があった。
この学園都市に巣くう『闇』の一つであり、良くも悪くも今の一方通行を形成する重要な要素である。
二万人のクローンを、二万通りの方法で殺害することで一方通行をまだ見ぬ絶対能力者へ昇華させる。
とても正気の沙汰ではない狂った実験。
その二万回の内、一万三二回目の『実験』が行われた地。そしてひたすらに君臨していた一方通行が初の敗北を喫した地。
それがこの操車場であった。

その今となっては忌まわしき地で、一方通行は戦っていた。
けれど相手は美琴のクローンである『妹達』ではない。
物言わぬ死者でありながら、明確な欲望を持って歩き回る矛盾に満ちた存在。
相対するは餓鬼のようないくつもの死体の群れだった。

「ォ、ラァ!!」

電極のスイッチは切り替えられている。ランプもそれを示す赤色となっていた。
風のベクトルを掴んで暴風を人為的に巻き起こす。
静かに鳴いていた風が突如殺人兵器へと成り代わり、リビングデッド共を纏めて数十体薙ぎ払う。
だがそれは全体から見ればほんの一部でしかない。
一方通行と番外個体は数えることを投げ出したくなるほどの数の死者に囲まれていた。

591 : 以下、名... - 2014/02/11 01:13:18.72 TlEr18gW0 239/887

「空いたよ!!」

「ッ、もォ一丁食らっとけコラァ!!」

一方通行が靴底で地面を踏みつけると、それだけで地雷が起爆したような爆発が起こる。
びっしりと敷き詰められた砂利や小石が散弾のように超速で撒き散らされ、次々にゾンビの全身を打ちのめす。
一方通行は焦っていた。番外個体は焦っていた。
一方通行は恐れていた。番外個体は恐れていた。

けれど、それは亡者に囲まれたこの絶望的な状況に、ではない。
これだけの死者を相手にしても一方通行は勝利できると本気で信じているし、番外個体もそう思っている。
彼らを焦燥させているのはただ一つ。
第七学区の病院に残してきた芳川桔梗、打ち止めとの連絡が途絶したことにある。

番外個体は少々特殊な仕様ではあるが打ち止めや他の妹達と同じく、美琴の体細胞クローンだ。
そして彼女らは互いの脳波を相互にリンクさせることで巨大なネットワークを築いている。
ミサカネットワークと呼ばれるそれを使って、彼女らはたとえ遠隔の地にいようとも互いに意思の疎通を取ることが可能となっている。
だから、番外個体には何があったのか分かっていた。

壊滅した。言葉にしてしまえば一言で済む、なんてことのない理由だった。

内から感染者が現れ、そのまま内から壊れていったらしい。
更に最悪のタイミングで化け物共の襲撃を受け、壊滅。
だからこそ。一方通行は心から焦っている。
完全に自分の読みが甘かった。事の大きさを読み違えた。

592 : 以下、名... - 2014/02/11 01:13:56.84 TlEr18gW0 240/887

「飛ぶぞ!! 舌噛まねェよォしっかり掴まっとけ!!」

「冗談、って言いたいところだけど流石にそんなことも言ってられないねこれは!!」

死者の軍勢を退け、一方通行は飛び上がる。
その背中には四本の竜巻のようなものが接続されていた。
一息に舞い上がった一方通行は眼下に蠢く死体には目もくれない。
ドンッ!! という音と共にロケットのように一方通行の体がその場から消える、一秒前。

火山が噴火するように、ゾンビの大群が得体の知れない力により突如宙を舞った。
花びらが舞い散るようにグロテスクな死体が地面へと叩きつけられる。
そして、その謎の力は一方通行にも牙を剥いた。

だが、一方通行には『反射』という最強の防護壁がある。
『反射』でその力を押さえつけ、一方通行はギロリと射殺すようにその相手を睥睨する。
最初に目を引いたのは、ジャラジャラと音をたてる大きな手錠だった。
足首にも鉄の輪がそれぞれ嵌められていて、鎖を引き摺って歩いている。
その頭部には茶色にも見える何かが何重にも貼り付けられていた。

「何、あれ……? あの、鎖と顔に張り付いているのは―――」

「―――考える必要はねェ」

一方通行の動きも僅かに止まった。
これまでも見たことがない化け物だった。
直感で分かる。あれをゾンビなどと同列に見てはいけないと。
あれこそまさに『化け物』であると。

593 : 以下、名... - 2014/02/11 01:15:14.01 TlEr18gW0 241/887

「そして、相手にする必要すらねェ」

だが。一方通行はそんなことには委細構わず化け物から目を背ける。
わざわざあんな未知の存在と戦う必要などないのだ。
今やるべきことはたった一つ。ならば他のことにかまけている暇などありはしない。

鎖の化け物を意図的に意識の外にやり、一方通行は番外個体を抱えたまま空を疾駆する。
そして、そんな二人の前にふっ、とアルミ缶のような形をした何かが虚空より現れ。

「え―――」

番外個体のそんな言葉を置き去りにして、大爆発を巻き起こした。
その力は『量子変速(シンクロトロン)』と呼ばれるもので、端的に言えばアルミを爆弾に変えることが出来る能力だ。
だがそれは『反射』される。その防壁の前では一方通行の許容するもの以外は全てが弾かれてしまうのだ。
その牙城を突き崩せぬ限り、一方通行は傷一つ負うことがない。
そう、“一方通行は”。

「……気に入らねェンだよ、やり方がよォ!!」

脳内で複雑に演算を組み、『反射』のパターンを変更。
同時に一方通行自身も動き、爆発の全てを打ち払う。
一方通行は『反射』に守られていようと、番外個体はそうは行かない。
どころか下手に『反射』してしまえばそれが番外個体に牙を剥くことすら十分にあり得た。
よってこの程度の攻撃であっても、普段であれば歯牙にもかけぬ程度の能力であっても、一方通行は立ち止まって対応せざるを得ない。
とはいえそれが間違いだとは思わない。そもそもの話、雪原の大地にて番外個体を丸ごと受け入れることを選んだのは他ならぬ自分自身なのだから。

594 : 以下、名... - 2014/02/11 01:18:09.56 TlEr18gW0 242/887

「ちょっと、あの程度なら自分でも何とかできるっつの!! どうもあなたにはこのミサカを軽視してる節があるんだけど」

その時、炎とも水とも何とも判別のつかない何かの力が上空にいる一方通行と番外個体へと飛んできた。
まるで番外個体を狙うように放たれたそれを、番外個体の愚痴を無視した一方通行は唯一『反射』を適用させた右手を翳して代わりに受け止めながら思考する。

「これ、って……待て、これは……まさ、か、『多重能力者』? んな馬鹿な!?」

(コイツ……やっぱりどォ考えても複数の能力を使用してやがる!!
どこかのメルヘン野郎みてェにわけ分かンねェ能力によってまるで複数の能力を行使しているよォに見える事例もあるが……。
コイツのこれはそンなモンじゃねェ。明らかに、番外個体の言う通り存在しねェはずの『多重能力者』だ!!)

バチン!! と鎖の化け物の放った力をそのまま跳ね返す。
その力は化け物本人を呑み込んだものの、すぐさま再生を始めた。
何でもありか、と一方通行が思わず呟いた時、ボッ!! と全く違う方向から火炎弾が放たれた。

一方通行がそれに反応するより早く、番外個体は地上から磁力で砂鉄をかき集め、それを盾として展開し身を守っていた。
見てみれば、それは鎖の化け物ではなくうじゃうじゃと集まっていたゾンビから放たれたものだった。

「おねーたまへのリスペクトを込めて!!」

返す刀で番外個体は盾として展開させた砂鉄を鞭状に変形させ、それを伸縮させることで的確に地上にいるそのアンデッドの頭部を刺し貫く。
一方通行はそれを見ながら込み上げる焦燥と苛立ちに苛まれていた。

(ウッゼェ……!! 時間がねェってのに最悪のタイミングで出てきやがって……!!)

無視すれば、背後からの予期せぬ攻撃で番外個体がやられてしまうかもしれない。
一方通行は気付いていた。先ほど鎖の化け物が『空間移動』すらも使用したことに。
勿論番外個体の実力を鑑みれば並大抵の攻撃で死ぬようなことはないだろう。というよりも自分がそれを許さない。
だが鎖の化け物の特異性を考えると万一のことは十分に考えられた。
かといっていちいちこれだけの大軍と馬鹿正直に戦っていれば、完全に病院―――打ち止めは手遅れになってしまうだろう。
その板ばさみの状況の中で一方通行が下した結論は、

「……イイぜェ。上等じゃねェか、オマエらまとめて秒殺してやンよォォォおおおおおおッ!!!!」

直後、番外個体を抱えた一方通行の体が流星のように、隕石のように地面へと“墜落”した。

595 : 以下、名... - 2014/02/11 01:19:10.87 TlEr18gW0 243/887



Files

File21.『ある家族の写真』

写真の裏に何かが書かれている。

『始祖ウィルス』変異体を投与(Sep.1,20XX)

・ジェシカ 『TYPE-A』投与
      細胞活性時に組織断裂化
      ウィルス定着化に失敗
      破棄処分

・リサ   『TYPE-B』投与
      細胞活性時に組織断裂化
      後にウィルス定着化成功
      器の改造に一定の成果
      保護観察継続

※ジョージ 抹消済み(Sep.9,20XX)

596 : 以下、名... - 2014/02/11 01:20:13.94 TlEr18gW0 244/887


浜面仕上 / Day1 / 18:25:47 / 第一八学区 喫茶店『ポアロ』

「動くな!! 誰だアンタらは!!」

店内に入った浜面仕上と滝壺理后を出迎えたのは、大学生程度の年齢に見える男の構えたショットガンの銃口と、そんな言葉だった。
浜面はゾンビなどという得体の知れない未知と違って、その分かりやすい脅威にぎくりと身を固める。
だが滝壺は取り立てて慌てることもなく、冷静に対応した。

「撃たないで。大丈夫、私たちは人間だよ」

そう言うと、男は安心したように銃口を下げる。
浜面もまたほっとしながらも問いかけた。

「あんたは?」

「『雑貨稼業(デパート)』。まあ言っても分からんだろうが」

「……暗部の人間なんだね」

滝壺のその言葉に驚いたのは『雑貨稼業』だ。
普通に暮らしている一般人から暗部なんて言葉が出てくることはあり得ない。

「……お前らも暗部だったのか?」

「俺は下っ端だったけどな」

597 : 以下、名... - 2014/02/11 01:21:00.57 TlEr18gW0 245/887

「私たちがいた組織は『アイテム』。あなたの立場なら名前ぐらいは聞いたことあるんじゃない?」

「―――『アイテム』とは、こりゃまた……。とんでもない大物じゃないか」

学園都市には幾つもの暗部組織が存在していた。
『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』や『迎電部隊(スパークシグナル)』のような部隊の他、少数精鋭で構成される『ブロック』に『メンバー』、『グループ』など。
その後者の枠の中でも『スクール』と『アイテム』は実績が頭二つ三つ抜けていた。
その正規構成員となるとそれは彼らのような者からすればかなりのVIPだった。

「今の状況じゃあそんな肩書きには何の意味もねぇがな。
に、しても……随分な品揃えだな」

カウンターの上にはずらりと様々な銃器が並べられていた。
おそらくはこの男が『雑貨稼業』として売っていた商品なのだろう。
それが今ではこの上なく頼もしい。

「これ、借りるぞ」

そう言って浜面が手を伸ばしたのは黒光りする大きめのショットガンだ。
その銃口付近にはスコープが取り付けられていて、だが覗いてみても倍率に変化はない。
どうやらダットサイトらしい。派手に弾をばら撒くショットガンにダットサイトって意味あんのか? と呟きながらも浜面はその銃を手放さない。
これに決めたらしかった。手早く装弾数を確認している浜面に、

「……おい、何してんだ?」

「奴らが来るよ。……ほら、もうすぐそこにいる」

598 : 以下、名... - 2014/02/11 01:22:37.16 TlEr18gW0 246/887

滝壺が背後をぴっと指差した。
『雑貨稼業』はそっちに改めて視線をやり、思わず息を呑んだ。
そこには一面のガラス張り。店内から外を、外から店内を覗けるようになっていた。

白く膨れた指が、そこに蠢いていた。
外皮が爛れて垂れ下がり、その内側に赤黒く生々しい腐肉を覗かせた死者の指。
それが一瞬には数え切れぬほど、外界と店とを隔てる強化ガラスに押し付けられた。
生者の血肉への渇望に、白く濁った眼球を見開いた死者たちが青白く爛れた頬を押し付けてこちらを凝視している。

「―――な、んで」

『雑貨稼業』が呆然としたように呟く。
その只事ではない様子に、浜面はもしかしたらこのゾンビの群れの中に知り合いの姿でも見つけたのかもしれない、と思った。
まさかこの地獄の中で、こんな風に立て篭もっていながら今更生ける死者の姿に驚いたということもあるまい。
滝壺が咄嗟にカウンターの上に置かれていた自動小銃に手を伸ばす。
暗部にいた以上、特別秀でているわけでもないが銃器だって扱ったことはある。
小銃なんてものを使うのは初めてだったはずだが、そんなことも言ってられる状況でもないだろう。

そして滝壺の生を感じさせる白い指が小銃を掴むのと、死を感じさせる腐り白く爛れた指が強化ガラスを破壊したのはほぼ同時。
浜面仕上の構えたショットガンが爆発的な音をたてて火を吹いた。
その散弾が開戦の狼煙をあげた。
戒めから開放された鉛の弾は、歓喜に震えて世界に存在せぬ異形を容赦なく穿つ。
死者の軍勢の最前列が僅かに崩れる。

滝壺が扱ったこともない自動小銃の引き金を引く。
タタタタタタタッ!! と、思いの他軽快な音が間段なく響いた。
怒涛の勢いで吐き出された弾丸がゾンビ共の肉を抉り取っていく。

599 : 以下、名... - 2014/02/11 01:24:18.44 TlEr18gW0 247/887

「使い方なんて、狙いをつけて撃つだけ」

学園都市の高度な科学力のおかげなのか、反動はほとんどなさそうだった。滝壺でも扱えている。
だが軽い。破壊力が決定的に欠けていた。
ゾンビの進行を押し返すことはできず、僅かにその進行を遅らせるに留まった。
遅れてハッと我にかえった『雑貨稼業』が慌てて愛用のショットガンを撃ち込む。
流石に威力の桁が違う。滝壺の小銃に倒れなかったアンデッドがショットシェルを受けてその頭部がスプラッタ映画さながらに吹き飛んだ。

びちゃびちゃ、と血とピンクの何か―――間違いなく脳髄だろう―――が撒き散らされる。
それが体に付着し、浜面と滝壺はぞわぞわと押し寄せる嫌悪感と吐き気に顔を分かりやすく歪ませる。
まるで蛆虫が集団で皮膚の上を這い回っているようなどうしようもない嫌悪感。
が、動きは止めない。止めるわけにはいかない。銃を握る二人の指はあまりに強く押し付けられているせいで白くなっていた。
まるでその不快感を吐き出すように弾丸を撒き散らしていると、突然目を焼くような閃光が瞬いた。

「―――ッ!!」

それは蛇のようにうねりながら飛んでくる。
稲光のような光を放つそれは電撃だった。
学園都市では割とポピュラーな発電系能力者によるもの。

浜面と滝壺、『雑貨稼業』は言葉も交わさずに一斉に動いた。
取った行動は同一。カウンターを飛び越えて向こう側に身を隠す。
直後、放たれた電撃がカウンターに直撃するもそれだけだった。
それ以上の破壊は起きず、カウンターが完全に破壊されることもなかった。
おそらく異能力者程度の能力者だったのだろう。

浜面も滝壺も、『電撃使い』というとある一人の少女を思い浮かべる。
それは最強にして最高の力を持つ発電系能力者。
『超電磁砲』、御坂美琴。
七人しかいない超能力者の一角に堂々と座す存在。

600 : 以下、名... - 2014/02/11 01:25:07.44 TlEr18gW0 248/887

だが今の力はまるで美琴のものとは比べるべくもない。
見劣りする。霞んで見える。あれを知っている身とすればこの程度恐れる気にならない。そもそもこの程度の能力者ならばスキルアウトの時から何度も相手にしてきた。
今の一瞬で一気に距離を詰め、もう手を伸ばせば届きそうなほどの距離にいる亡者にショットシェルをお見舞いしてやる。
極近距離であるが故にその飛び散った血と肉は浜面に容赦なく降りかかるが、浜面は気力を振り絞ってその最悪の嫌悪感を強引に無視した。
電撃を放ったゾンビが弾け飛び、無様に床を転がった。

(……学園都市の学生の六割が無能力者ってのは、今となっちゃ本当にありがたいな)

皮肉な思考に浜面は薄く笑う。
それを見ていた『雑貨稼業』が叫んだ。

「違げぇよ、頭だ!! 頭をぶち抜け!! 頭ぁ吹き飛ばさない限りこいつらは“更に凶暴になって生き返る”ぞ!!」

「……生き、返る? 死なないんじゃなくて?」

適当に弾丸をばら撒きながら、滝壺が問う。
小銃を持つ彼女はやけに似合わなくて、まるで戦争中に無理矢理武器を持たされた子供のような印象さえ受けた。
……とはいえ、この状況にその表現はあながち間違いでもないのかもしれない。
もっと言えば暗部にいた時から、銃が能力と『体晶』に置き換わっていただけできっとそうだったのだろう。

「生き返るんだよ!! やけに凶暴性が増してな!! それを防ぐには頭を弾くか死体を完全に燃やし尽くすかしかねぇんだ!!」

「っ、んなこと、言ったって、なぁッ!!」

再度引き金を引く。肩を襲う衝撃を上手く逃がしながら、浜面は吐き捨てる。

「―――もう、何体も死んじまってるぞ!?」

601 : 以下、名... - 2014/02/11 01:26:40.99 TlEr18gW0 249/887

店内の床の上にはいくつもの死体が転がっていた。
それは浜面や『雑貨稼業』が頭を飛ばしたものだけには限らない。
滝壺の小銃をその身に受け続けて倒れた者。浜面の放ったショットガンの散弾を受けて、巻き込まれる形で倒れた者。
頭部に損傷を負っていない死体が。

『雑貨稼業』からの返答はなかった。返答する必要がなかったし、それを待つ必要さえなかった。
むくりと。平然とした動作で、緩慢ではない、普通の人間のような仕草で。
転がっていた死体が起き上がった。

「……え?」

それはどちらが発した声だったのか。
立ち上がったそれの皮膚は赤く、血の色ではない赤に変色していて。
その目は光り、爪は長く鋭く伸びていた。
これまでのゾンビとは明らかにかけ離れたその化け物は、全く別の生命体となった化け物は。
その爪をブン、と振るい、辺りのゾンビをまとめて数体惨殺した。

「……同種を、殺した? もしかして無差別に―――」

滝壺の呟きは、赤い化け物がこちらへ走ってきたことで否定された。
その速度はのろまなゾンビなどとは比較にならない。
そしてその爪を振るう、直前に『雑貨稼業』の放った弾丸を受けてどうと背中から倒れ込む。

「ちが、う……っ、ただ見境なく障害になるヤツを殺してるだけだ!!」

602 : 以下、名... - 2014/02/11 01:27:37.34 TlEr18gW0 250/887

非常に危険な存在だった。
高い俊敏性に殺傷能力、加えてこの凶暴性。
『雑貨稼業』の言っていた言葉にも思わず納得してしまう。
引き金を引いてその他のリビングデッドを押しのけながらも、浜面は散弾をその身に受けながらも再び立ち上がった赤い化け物を捉える。
俊敏性だけではない、攻撃性だけではない、凶暴性だけでない。耐久力もまた大幅に上がっていた。

だが事態は更に悪化する。
もう一体、倒れていた狭間の者がむくりと起き上がった。
その皮膚や目や爪にはやはり同様の変化が認められ、新たなる脅威が増えたことを証明していた。
しかもその化け物から何かが放たれ、

「クッソ!!」

隣にいた滝壺の手を引き、目の前のテーブルの淵に手をつけ全体重をかける。
するとシーソーのように重みに引き摺られて手をかけた側が沈み、反対側が天を突くように持ち上がる。
バランスを保てなくなったテーブルは浜面と滝壺のいる方へと倒れ込み、ゾンビ共に盾のように立ち塞がる形となった。
そしてそのテーブルが化け物が放った何かを防ぐ。

「あれも、能力者かよ……!!」

やはりレベルは高くないようだが、それでもかなりの脅威であることは間違いない。
まだまだ押し寄せている死人の軍勢に、異常な化け物が二体。しかも片方は能力者。時間が経てばその数は更に増えていくだろう。
それに加えて更なる別の化け物がここを嗅ぎ付けないとも限らない。
―――もう、限界だった。

「はまづら、もう持たないよ……!!」

そんな滝壺の、汗に髪が頬に張り付いている顔を見て。
自分と同じく血と肉に汚れながらもひたすらに慣れぬ銃を握る少女を見て。
自分たちの置かれている状況を冷静に見て。
浜面仕上は決断した。

603 : 以下、名... - 2014/02/11 01:29:10.35 TlEr18gW0 251/887

浜面はザッと素早く目を流す。
目的のものはすぐに見つかったが、死者の軍勢によってそのままでは辿り着くことができない。
だから浜面は、そして同じことを考えていた滝壺は、待った。
そしてその時はすぐにやって来た。化け物が、ゾンビが『雑貨稼業』に襲いかかったその瞬間。
目的の方向にいる亡者が減り隙ができた瞬間。

ドン、と浜面は『雑貨稼業』の背中を押し、その体を永遠の空腹に苦しむ者共の眼前へと突き飛ばした。
同時にズガン!! とショットガンを発砲する。ダダダダダダ、と小銃のトリガーを引き絞る。
ただしその銃口は『雑貨稼業』の方には向いておらず。
大量の鉛球を食らった死者の群れが大きく怯んだその隙を見逃さず、二人は体当たりするようにして強引に進路を確保して。

真鍮のドアノブを掴み、素早く回し。
裏口から逃走した。

「ッ!? お、おい!!」

追いかけては来なかった。
あれだけの数がいたにも関わらず、ただの一体も追いかけては来なかった。
きっと、それはもっと手ごろで身近にまるまる太った獲物がいたからで。

「ま、待てよ、頼む、置いていくなっ!! たっ、助け、ひっ、死にたく―――ぎゃ、」

その哀れな犠牲者は誰なのだろうか。
そのとんでもない不幸者は誰なのだろうか。
浜面仕上と滝壺理后は走る。『雑貨稼業』の男を、残したまま。

604 : 以下、名... - 2014/02/11 01:34:24.86 TlEr18gW0 252/887

絶叫が聞こえた。何かを咀嚼するような嫌な音も僅かに聞こえてくる。
おそらく死んだのだろう。浜面が殺したから。滝壺が切り捨てたから。
見殺しどころの話ではない。囮に使った。完全に、殺した。

台風や地震といった何か大きな天災があった後は、食料や水を狙って強盗などが頻発するらしい。
極限の状況に人間の醜い本性が露になるのだ。他者を蹴落としてでも自分が生き残りたいという、素直で残酷な欲望が。
で、あればそれがこんな地獄にあって適応されないわけがない。
自分たちが生き残るために他者を利用し、殺す。
どこかで一人の少女を切り捨てた垣根帝督のように。甘いことを言ってられる状況ではないのだ。

(―――どうしようもないクズ野郎だと笑えばいいさ)

それでも浜面は立ち止まらない。
滝壺は振り返らない。
『雑貨稼業』を殺すことで生き残った彼らは、それについて一切の後悔をしない。

「―――づらを守るためなら、私はどんな所業だって―――」

滝壺が小さく何事か呟いた。
何と言ったのかは聞き取れなかったが、そんなことはどうでもいい。
『雑貨稼業』を犠牲にした。その代わり、滝壺理后は五体満足で生きている。
それだけで十分だった。他のことなどそれに比すればこの上なくどうでもいい瑣末事でしかなかった。

これが許されざる行動だということぐらい、無能力者の浜面仕上にだって分かっている。
悪魔の如き所業。罪人の行い。恥ずべき無恥。きっと真実だろう。

(―――それが、どうした。大切な者を守るって言い訳が出来ればどんなに残酷なことだって出来る)

浜面仕上は正義のヒーローなどではない。
スキルアウトなんて掃き溜めにいたと思えば、次は学園都市の暗部にいたようなどうしようもない人間だ。
そんな典型的なヒーローのような役割はとある少年やとある少女にでも任せておけばいい。
何故なら浜面は、滝壺理后ひとりのためだけのヒーローなのだから。

今更そのために人ひとり切り捨てるくらい、何でもなかった。
そしてそれは滝壺もまた同じ。
もともと暗部にいた二人は、いざとなればそういうことが出来る人間だった。
浜面は死体をよく処理していたし、滝壺は絹旗や麦野が作り出した死体を見ても平然としていた。

人を騙し、裏切り、謀り、漬け込み、利用し、切り捨て、殺す。
それが学園都市の暗部で、それが彼らの過ごしてきた世界だった。
今でこそぬるま湯の日常にあれど、そういうヘドロのような世界でこれまで生きてきた事実に変わりはない。
だからこそ、彼らは―――。

605 : 以下、名... - 2014/02/11 01:35:00.38 TlEr18gW0 253/887



Files

File22.『「雑貨稼業」の記録』

九月八日

客 五
商品 銃器に爆弾、隠れ家に逃走車

九月一一日

客 二
商品 女一人、隠れ家

九月一二日

客 七
商品 女三人、子供二人、両替に整形の紹介

売り上げは上々

606 : 以下、名... - 2014/02/11 01:36:10.73 TlEr18gW0 254/887


File23.『「V-ACT」について』

『T-ウィルス』の変種体が、ゲノムの器である肉体に変化をもたらすことが明らかになった。
このタイプは、宿主の意識がなくなり、肉体が休眠期に入ると体組織の再構築を行う。
その際に細胞を活性化させ、体組織自身の改造をも行うようだ(我々はこれを『V-ACT』と命名)。
特筆すべきは、その『筋力とスピードの大幅な上昇』にある。

一度この状態になった個体は、体組織の変化により、『より素早い』動きを有するようになっているのである。
そして何より、その性質は『凶暴』だ。
既に、これらにエサを与えている際に起きた事故で研究員四人が死亡した。
現場は、まさに一瞬にして血の海となってしまった(我々は、これをそのあまりの残虐性から『クリムゾン・ヘッド』と名付けた)。

一度殺しても、ゾンビは死なない。
むしろその活動を停止させると肉体が休眠期へと突入し、『V-ACT』が始まる。
それを阻止するには頭部を破壊するか、死体を完全に燃やし尽くすかの他にない。

607 : 以下、名... - 2014/02/11 01:40:11.35 TlEr18gW0 255/887

投下終了

この辺りから大体みんなどこか壊れてきます
次回は一方通行シナリオと上条シナリオ
ライブセレクションあり

629 : 以下、名... - 2014/03/13 23:00:39.09 aINuhgPx0 256/887


The last breath of hope fades away.


630 : 以下、名... - 2014/03/13 23:04:20.84 aINuhgPx0 257/887


上条当麻 / Day1 / 17:23:41 / 第一三学区 『博覧百科』

テレビのCMでも頻繁に放送されていた。
図書館や美術館、水族館、プラネタリウムなどを一箇所にまとめてテーマパーク化した場所。
それは『博覧百科(ラーニングコア)』と呼ばれている。
そしてその『博覧百科』は大きく屋外、地下、『避雷針』と呼ばれる高層複合ビルに分けられている。
上条当麻はその『避雷針』の三階を走っていた。

「はっ、はっ、はっ、はっ……!! クソ、冗談じゃねえぞ!!」

美術館や博物館といった高価なものが並ぶこの『避雷針』の中の、博物館エリアを上条は駆ける。
博物館エリアは五階分もの高さがあるのだが、その全体が大きな吹き抜けになっており、巨大な肉食恐竜の骨格標本が上下に貫いていた。
高度な知識を平和利用すれば災害さえ克服できる、という意味を込めて名付けられた『避雷針』。
美術品や骨董品を扱う以上、そのセキュリティはやはり並大抵ではなかったがこの状況ではもはや意味を持っていなかった。

「あいつは、どこに……」

上条は張り裂けそうな呼吸を落ち着けて、しかし一切気を抜くことはしない。
そんなことをすればそれが即座に死に直結すると分かっているのだ。
限界まで張り詰める緊張の糸は、ともすれば簡単に切れてしまいそうで。

「―――ッ!!」

631 : 以下、名... - 2014/03/13 23:05:09.43 aINuhgPx0 258/887

だがそれよりも早く、『それ』が姿を現した。
展示室へと続くドアを内からいとも簡単に粉砕し、粉塵を突き破ってその姿を見せる。
三メートル程度はあるだろう高い身長だった。
肌は病的なまでに白く、つま先から頭の頂点までが白かった。
心臓の辺りは赤く隆起した血管のような肉の塊のようなものが不自然に浮き出ており、それが顔にまで届いている。
右の太ももは熟れ過ぎた果実のように爛れて見え、何よりその左手は異常発達を遂げており、その五指から伸びる爪が一メートルはあろうかという長さにまで伸びていた。
太さも明らかに普通ではなく、コンクリートや人体などいとも容易くズタズタにしてしまうだろう。

顔もはっきりと目、鼻、口が見て取れるわけでもなく、まるで皮膚の凹凸で形づくられているようにさえ見える。
そんな化け物に上条は追われていた。
化け物は上条の姿を確認するなり獲物を追う獣のように走り出す。
対して上条は逃げる。いいや、その表現は正確ではない。逃げることしかできないのだ。

まず大前提として、上条当麻は無能力者だ。
だから方向性を自在に操作することや世界の法則を覆したり、四つの基本法則の一つを自在に操ったりすることはできない。
加えて、上条はあくまで一般人だ。この場合の一般人とは暗部の人間ではない、という意味だ。
つまり上条は銃器を扱ったことがない。
唯一の特別が『幻想殺し』だが、これもこの化け物にはまるで意味を成さない。

故に逃げることしかできなかった。
捕まれば間違いなく逃れようのない死が待っている。
そしてそうなれば、いつか命のない上条の肉体はひとりでに起き上がり、飢えた亡者として街を徘徊し、今も尚抗う誰かを食い殺すのだろう。
それだけは絶対に嫌だし、それだけは絶対に駄目だ。

「ちっくしょう、どこまで着いてくる気だよあの木偶野郎……っ!!」

体力には自信があった。だがそれもつきかけている。
対してあの化け物は底なしだ。いつまで経っても速度の衰えは見られない。
上条に残された時間は多くない。その間に何か策を考えなければ……。

632 : 以下、名... - 2014/03/13 23:05:54.52 aINuhgPx0 259/887

とりあえず上条は粉々に割れたガラス窓を跨いで隣の部屋へと移動する。
そこにはやはり大きな恐竜の標本が展示されていた。
それが何という恐竜なのかは上条でも分かった。有名な恐竜だったのだ。

四本の足に三本の長い角。形状としてはサイによく似ていた。
トリケラトプス。白亜紀の北米に生息していたとされる体長およそ一〇メートル、体重約一〇トンの大型草食恐竜だ。
この骨格の全てが発掘された本物なのであれば、その価値は相当のものだろう。
だがそんな骨格標本が長身の化け物によって粉々に砕け散る。
壁も展示品も容赦なく粉砕し、粉塵を巻き上げながら化け物は足裏でブレーキをかけて減速し、やがて止まる。

あのトリケラトプスの骨格にどれほどの価値があったのか、正確なことは上条には分からない。
上条では一生かかっても弁償はできないだろうし、そもそも考古学的な価値で考えれば値段を付けられる類のものではないのかもしれない。
いずれにせよこんな状況ではどうしようもない、と上条は場違いな感想を抱いた。

もう後がなかった。部屋の出口に行くにはこの化け物の真横を通過しなければならないが、これがそれを許すとは到底思えない。
上条はゆっくり近づいてくる化け物に対してじりじりと背後に下がるも、後方へと動かした靴底は何も掴まず空を掻いた。
ここは吹き抜けに接している一室だ。上条のすぐ背後は最上階まで突き抜けている吹き抜け。
もう一歩だって下がることはできない。そんなことをすれば一階まで真っ逆さまだ。
三階もの高さから落下すれば、死を免れたとしても完全に行動不能には陥ってしまうだろう。そうなれば結局は死を待つのみだ。

上条は薄く笑っていた。その額には冷や汗が流れている。
完全に追い詰められたこの状況で、だ。人は恐怖を感じると笑うことがあると言うが。

「―――どうしたよ? 俺はここだぞ。捕まえてみろよ」

挑発するような言葉を放つ。
その言葉をこの化け物が理解できているはずもないだろうが、まるで分かっているように化け物が走り出す。

633 : 以下、名... - 2014/03/13 23:06:47.95 aINuhgPx0 260/887

「ほら、早くしろよ。俺を殺してみろよ……っ!!」

化け物が相応の速度で上条へとその長い爪を振りかぶって襲い来る。
やはり上条の顔には笑み。だがそれは“恐怖によるものではない”。
いや、恐怖といえば恐怖ではあるのだが、それはこの化け物に殺されるという恐怖ではない。

(……さぁて、果たして上手くいくか)

化け物が容赦なく突進してくる。
そして、絶妙なタイミングで。

上条当麻は前を見据えたまま背後へと飛んだ。

飛ぶ方向に背を向けての三階からのジャンプだ。
相当の恐怖が付きまとったが、このままではどちらにしろ殺されるという事実が上条を奮わせた。
上条を捕らえるはずだった巨大な化け物は見事なまでに空振り。
車が急には止まれないように、慣性を殺しきれずに上条と同じくその巨体が空中へと投げ出された。

足場を失った化け物は為す術なく“墜落”していく。
だが上条はこのまま落ちるわけにはいかない。
一階下の階層、二階の吹き抜けに接しているフェンスを上条は重力に引かれて自由落下しながらも両腕でしっかりと掴んだ。
ガクン、とフェンスを掴む両腕の二点のみで全体重を支え、ぶら下がる形となりギチィ!! と両腕が激しく悲鳴をあげる。

「が、あ、ぁぁああああああ!!」

何せ上条の体重に落下エネルギー、それらの負荷が一気に両腕にかかったのだ。
このまま筋肉が断裂してしまいそうな衝撃に上条は全力で歯を食いしばって耐える。
幸いにも腕の腱が切れるとか筋肉が断裂するという事態は避けられたようだ。
足を上げてフェンスに引っ掛け、必死に這い上がった上条が見たものは。

634 : 以下、名... - 2014/03/13 23:07:52.02 aINuhgPx0 261/887

「……マジかよおい」

見事なまでに“着地”し、こちらを見上げている長身の化け物の姿。
別に上条とてあれでこの化け物が死ぬとは思っていなかった。
ただある程度の間動きを封じることができれば、その隙に逃げることができる。
それくらいのダメージは与えられると踏んでいたのだが、どうやら認識が甘かったらしい。

ふと我に返った上条は弾かれたように走り出す。
ズキズキと半端ではない痛みを訴える腕は振る度に上条の動きを阻害する。
痛みは伝播し関係ない部位にまで影響を及ぼした。
それでも上条は止まらない。止まるわけにはいかない。

そして、僅か一分ほどが経過した時。
上条当麻は動力室のようなある一室に追い詰められていた。
この部屋に出入り口はたった一つしかなく、そしてその出入り口の前には長大な爪を遊ぶ白い化け物の姿。

(―――どうする)

上条は猛烈に思考を回す。
その大したことのない演算能力をありったけつぎ込んで打開策を模索する。
だが化け物にはそんな上条が答えを導くまで待つ道理はない。
容赦なく上条を突き殺さんと、その爪を掲げた。

(どうする、どうする、どうする……っ!?)

化け物が走り出す。
猶予はあと二秒程度。
絶望的な制限の中、

635 : 以下、名... - 2014/03/13 23:09:00.25 aINuhgPx0 262/887

「――――――、」

それを見つけた。
だからこそ、上条は何もせずに化け物が突っ込んでくるのを待ち。
そして化け物が爪を突き出したその瞬間。
入れ替わるように、半ば飛び込み前転をするような形で化け物の横をすり抜ける。

「う、ォォおおおおおおおおッ!!」

上条は自身を奮い立たせるように叫んで、無理矢理に体を動かす。
床を転がった直後の無理な体勢から、強引に動かしたせいで足首に負担がかかりながらも。
そして上条を貫くはずだった化け物の爪が火花を散らしながらその後ろにあったものを貫いた。
即ち、『DANGER』『火気厳禁』と注意書きのされた真っ赤なボンベを。

上条がダイブするように出入り口に向けて大きく跳躍したのと、ボンベが爆発を起こしたのはほぼ同時だった。

「―――、つ、ぅ、が、ハァ……!!」

激しい爆風と熱に煽られ、それをその背中で受け止めた上条の体がノーバウンドで紙屑のように吹き飛んだ。
それでも直前に大きく飛んだのが効いたのだろう、ふらふらで今にも倒れそうではあるが何とか立ち上がることが出来た。
壁に手をついて、肩で息をして、背中を叩かれ一時呼吸が止まって、腕はぎしぎしと悲鳴をあげて。
けれど、そこまでした成果は確かにあったようだった。

零距離であの爆発と熱風を受けた化け物の姿は炎と黒煙に遮られて見えない。
見えないということは追ってこないということに他ならない。
熱に歪む向こう側の、その生死を確認する余裕は上条にはなかったし、また必要もなかった。

「……早く、ここから、離れねぇと……」

掠れた声で呟いて、壁に手をつきながら上条は歩く。
『避雷針』の外へと、『博覧百科』の外へと。

636 : 以下、名... - 2014/03/13 23:11:13.99 aINuhgPx0 263/887



Files

File24.『「B.O.W.」に関するレポート』

これまでの研究で、『始祖ウィルス』を生物に直接投与しても、急激な細胞変化は元の組織を破壊するだけでなく兵器としてのコントロール面においても最適でないことが判明した。
やはり細胞レベルでの融合を行い、その上で生物として成長させる必要がある。
私は成果を見るためにいくつかの実験を行った。これはそのレポートである。


『虫』

この太古から生き続けている生命体は半ば進化の袋小路に達しているのか。
『始祖ウィルス』を投与しても莫大なエネルギーによる巨大化や攻撃性の向上といった変化しか確認できない。
現状、これらを『B.O.W.』として実用化することは非常に難しい。

『両生類』

カエルに『始祖ウィルス』を投与した結果、ジャンプ力と舌が異様に発達した。
しかし、知性という面では全く変化が見られない。
というより、捕食性が強すぎるのか、動くものは何でも食おうとしてしまう。
『B.O.W.』としての限界が見られる。

『哺乳類』

サルの細胞に『始祖ウィルス』を組み込み、その遺伝子をサルの受精卵に加えた。
結果、生まれた個体は攻撃性の向上とある程度の知能の発達が見られるようになった(副作用のせいか、視力の低下とそれを補う聴力の発達も見られた)。

だが、兵器としてはまだ不十分である。
やはり人間をベースとしなければ、これ以上の発展は望めないだろう。

そして『T-ウィルス』投与による『タイラント』経過報告について……(以下判読不能)

637 : 以下、名... - 2014/03/13 23:14:16.79 aINuhgPx0 264/887


一方通行 / Day1 / 13:04:29 / 第七学区 総合病院

燦々たる有様とはこのことだと一方通行は思った。
まるで廃墟だった。多くの利用者で溢れていたあの病院が、今や見る影もない。
建物のあちこちは崩れ落ち、どう見てもそれは機能していない。
そしてそれはそのまま―――。

「―――クソッタレ」

一方通行は吐き捨て、能力を行使して病院の入り口前に降り立った。
その自動ドアは故障しており、ガラスは容赦なく砕けていた。
靴底でジャリジャリとガラス片を踏みしめて一方通行と番外個体は中へと入る。

「…………」

番外個体は一言も言葉を発さなかった。
その表情から感情は読み取れなかった。
きっと、分かっているのだ。地獄の底で待っているであろう最悪を。
彼女は誰よりもそれを感じ取ることができるから。

一方通行は言葉を発さなかった。
その表情からは何も読み取れなかった。
きっと、認めたくないのだ。地獄の底で待っているであろう最悪を。

二人は無言のまま並び立ち、ロビーへと踏み込んだ。
やはり中も強盗に遭ったかのような、いや、それ以上の有様だった。
天井は一部崩落し、観葉植物は倒れ、ガラスは全て割れ、書類が散乱している。
清潔だった以前からは想像もつかぬ様子に、しかし一方通行は顔色を変えることはない。

638 : 以下、名... - 2014/03/13 23:16:26.92 aINuhgPx0 265/887

そんなロビーに人影が三つあった。
どれも見知った顔だった。皮膚は爛れて青白く変色し、その目は濁り涎を垂れ流していたが、見知った顔だった。
三人。どれもが数時間前、あの新聞社で見た顔だ。
風紀委員の少年。避難していた一般人。
どうやら彼らは無事にこの病院に辿り着けていたらしい。
無事に辿り着き、そしてここで死んだのだろう。

けれど、死んではいない。
事実こうして一方通行の前に彼らは立っているのだ。
そのどうしようもない矛盾に一方通行は気付きつつも。
ここはもう地獄の底なのだから仕方ない、と納得した。

だからこそ迷いはなかった。
腰につけたホルスターから黒光りする拳銃を引き抜く。
幸い、ゾンビは未だこちらには気付いていない。
動きは迅速で鮮やかだった。パンパンパン!! と意外に軽い音が三連続する。
発砲した反動で上がる銃口の動きさえ利用して素早く次のターゲットへ。
悲しいほどに呆気なく三体のゾンビは見事に頭部に風穴を空けられてその場に沈んだ。

「…………」

一方通行は何か言葉を紡ごうとして、やめる。
今更かける言葉に意味などないと思ったのだ。
何故なら、ここは既に地獄の底で。だからこそ希望など存在しない。
貼り付けたような、異常なまでの無表情さを保つ一方通行。
そこには人間である以上必ず排除できない感情が見えず、まるで機械だった。

639 : 以下、名... - 2014/03/13 23:17:51.26 aINuhgPx0 266/887

番外個体は何も言わない。
何も言わず、ただ静かに銃を構える。
その顔に表情はない。いつものような悪意すら感じられない。
無言のままに、無感情のままに彼女は一方通行の顔にちらりと視線をやった。

歩く。


―――かつん、


……ジャリッ、


―――かつん、


……ジャリッ、


靴底がリノリウムの床を叩き、遅れて砕けて飛び散ったガラス片を踏み抜くもう一つの足音が響く。
そのすぐ後ろに、一方通行を見守るかのように番外個体の姿があった。

歩く。

640 : 以下、名... - 2014/03/13 23:19:05.85 aINuhgPx0 267/887





―――かつん、かつん、




―――かつん、かつん、






――――――こつ、






辺りに反響していた小気味のいい足音がぴたりと止まる。
一方通行の赤い眼がまどろみに沈むように細められる。
すぐ後ろで息を呑んだようなため息をついたような、よく分からない音がしたが一方通行はそれに構わない。
見えないところで、彼の心の内で、どす黒く巨大な蛇がのたうつように何かが暴れていた。

その視線の先には、二つの人影があった。
幽鬼のようにゆらりと揺れ、ともすればそれは実体を伴わない陽炎にも見え、しかしどうしようもない現実で。
指先で触れればするりとすり抜けてしまいそうなそれは、悪夢そのもので。

641 : 以下、名... - 2014/03/13 23:22:18.07 aINuhgPx0 268/887

肩にかかる程度の亜麻色の髪、

整っていたであろう顔つき、

スカートにブレザー、

常盤台中学の制服、

水色のキャミソール、

その上から羽織っているサイズの合わないワイシャツ、

白く濁った虚ろな瞳、

爛れてずらりと並んだ歯が露出している顎、

青白く変色し鬱血している皮膚、

肉が腐り落ちて筋繊維や骨が外気に晒されている太もも、

白く膨れた指先、

死んでいて、

生きていて、

死んでいて、

生きていて、

642 : 以下、名... - 2014/03/13 23:25:10.18 aINuhgPx0 269/887

ただ、どうしようもなく変わり果てた異形がそこにいた。
生ける亡者と成り果てた妹達と、打ち止めがゆらりと揺れながらも立っていた。

こちらに気付いた彼女たちがゆっくりと動き出す。
言葉にならない呻き声をあげながら、極限の飢えに駆られて、ただ生者の新鮮な肉を求めて、欲望のままに。
酩酊したように足取りは不確かで覚束なく、ただ落ちた武者のように。
そこには人間としての尊厳はなく、あるのはただ、バケモノの姿だけだった。

「――――――くは、」

ドロドロしたタールのような粘着質な静謐に、哄笑が弾けた。
今の今までずっと無表情だった一方通行が、ずっと無言だった一方通行が、その感情が、爆発した。

「くは、はははは。あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

壊れたように嗤った。口は裂けたように三日月に広がり、頬の筋肉は吊り上がる。
目はおそらくは何も見ておらず、心は既に空っぽになりかけていた。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

「―――――――――…………」

番外個体は何も語らない。
どんな顔をしているのかも分からない。
そんなことを確認する余裕も気にする余裕も一方通行には欠片もなかった。
決定的な、彼のこれまでの生き様を全て根本から粉々に破砕する悪夢的な光景を前に。
第一位の超能力者はたった二つの屍に、その全てを叩き折られていた。

これが垣根帝督だったなら、割り切れていたかもしれない。
これが浜面仕上だったなら、心が砕けるまではいかなかったかもしれない。
これが上条当麻だったなら、これほどの絶望ではなかったかもしれない。

だが一方通行だった。垣根でもなく浜面でもなく上条でもなく、一方通行だった。
『絶対能力者進化計画』。そこから始まる物語に縛られる少年だった。
もはや一方通行の身体と精神は機能を停止しかけ、絶望と恐怖とに全てを蝕まれた少年は、だからこそ。
命に代えても妹達を守り抜くと、かつて『お姉様』に誓った一方通行は、だからこそ、『守る』ために。
またも命を弄ばれているこの顔をした少女を、『守る』ために。

643 : 以下、名... - 2014/03/13 23:28:19.32 aINuhgPx0 270/887







1.打ち止めと妹達から逃走する
2.打ち止めと妹達を殺害する







644 : 以下、名... - 2014/03/13 23:30:45.17 aINuhgPx0 271/887

安価>>645->>649まで

645 : 以下、名... - 2014/03/13 23:33:51.39 0OY96pjho 272/887

マジでこうなるとかやだよこんなの選びたくな




2がマシ

646 : 以下、名... - 2014/03/13 23:35:51.49 kPWuzdxWo 273/887

2
せめて

653 : 以下、名... - 2014/03/13 23:50:22.01 aINuhgPx0 274/887

一方通行の姿が唐突に掻き消えた。
否、消えたのではない。目視できぬあまりの速度にそう錯覚しただけだ。
脚力のベクトルを操作した一方通行の体が猛烈に加速し、瞬間で距離を零にまで詰める。
音が遅れて聞こえた。そうして、腐肉を晒す打ち止めと妹達の眼前に辿り着き。

腕を、振るった。

二人の体がまとめて薙ぎ払われる。吹き飛んだその体が壁に叩きつけられ、ずるずると二つの体が折り重なるように崩れ落ちた。
一方通行はそれに馬乗りになる。そして、容赦なくその腐った体を打ちつけた。

元々、一方通行は学園都市に七人しかいない超能力者の一角に座す人間だ。
そんな彼と他では圧倒的な力の差があった。
それは軍用として作られた彼女たちと比べても例外ではない。
まして、リビングデッドと成り果て知能や身体機能が著しく低下した状態では尚更だった。

故に彼女たちは抵抗することができない。
故に一方通行の暴虐は止まらない。

「――――――ギャハ、ガハッ!? ガッ、ハハハハッ!? ぎぃはぁはははははははははははは!!!!!!」

ぐちゃ、ぐちゃ、ねちゃ、ねちゃ。
焼く前のハンバーグをこねくり回すような粘着質な音。
もはや水分の多い何かを叩くような音に変わっていた。
一方通行の拳が振り下ろされる度に地が揺れ、『彼女たち』の足が震え、そのつま先がビクッ、と震えるように持ち上がる。
背後からは馬乗りになっている一方通行の背中に隠れ、二人の上半身は見えない。
ただその下半身のみが不気味に振動していた。

654 : 以下、名... - 2014/03/13 23:52:45.02 aINuhgPx0 275/887

「ぐ、ハァ!? ハ、ごば、はははッ!! はははははははははははははははは!!!!!!」

全てが崩れ、何もかもが終わっていくのを一方通行は感じた。
自分自身のアイデンティティ、尊厳、矜持、夢、『自分だけの現実』。
そういったものが跡形もなく崩れ、ゼロ以下の最悪になっていくのが分かる。
理由もなく力を振るい、理由もなく人を惨殺し、理由もなく世界を食らい尽くす。
そんな最悪の怪物に、いやそれ以下の何かになっていく感触が確かにあった。

一方通行は以前、これと似たような感覚を味わったことがある。
第三次世界大戦。あの雪原の大地で、番外個体という少女を相手に。
だがその時と今とでは状況は似ているようで決定的に違った。
既に彼女は死んでいるのだ。それこそ、一方通行が手を下す前から。

打ち止め。一方通行の希望。彼の全て。唯一無二の最上。
彼を地獄から引き摺り上げ、繋ぎとめてきた楔。一筋の光。
命よりも大切。世界よりも重要。七〇億の人間よりも優越する。
打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。打ち止め。

「ギャァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!
ゲェ、が、ぼっ!? カ、けひ、ぐぅ、ェああ!! あ、ひゃ、がァあああああああああああああアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。なのに生きている。生きている!!

655 : 以下、名... - 2014/03/13 23:55:48.76 aINuhgPx0 276/887

その天真爛漫な笑顔で常に彩られていた可愛らしい顔立ちは、生々しく晒されている腐肉と血と膿とに取って代わられていた。
溌剌とした光が灯っていた眼は白濁としてどろり濁りきっており、虚ろで何も捉えてはいなかった。
そのマシュマロのようにふわりと柔らかかった頬は、肉が腐り落ちていて頬骨や赤々とした筋繊維が露出していて、所々鬱血を起こしていた。
彼女に似合う明るい色の服は、やはり血と膿と肉片に染め直されていた。
張りのあった腹は食い千切られ叩き潰され、腸や膵臓といった様々な臓器が一部粘り気を伴って床にこびりつきながらも顔を覗かせていた。
薄い胸板は完全に陥没し、肋骨や胸骨も粉々になり心の臓は辺りにバケツをひっくり返したように散らばっている肉片に混じり所在が分からなくなっていた。

一〇〇三一の死体を積み上げ、一〇〇三一の罪を犯し、一〇〇三一回この顔をした少女を終わらせた。
それは既に確定してしまった過去であり、どれだけ悔いようと変わろうと変えることのできない不変の事実だ。
しかしこれから先は違う。過去は変えられずとも、未来と現在は意思次第で変えることができる。
だから一方通行は決意したのだ。もう一度だってこの少女たちに手をあげることはしない。
命に代えても守り抜くのだと、場違いだろうと滑稽だろうとそう決めたのだと。

にも関わらず。にも関わらず、今一方通行の殺した少女たちの数は増えてしまった。
あってはならないことであり、あり得るはずのないことだった。
だがたしかに今の彼の罪は一〇〇三三だった。もっとも、既に『死んでいた』それを『殺した』のか、というと疑問を差し挟む余地がありそうではあるが。
その罪の証が。まるで染みのように歪な模様を描いて広がっていく。
赤と黒、ピンクの入り混じった奇怪なペイントが。

もう、何も分からなかった。
殺した。潰した? むしろ解放した。それで? 何が。壊す? ニンゲン、バケモノ? 壊す。
わけの分からない無茶苦茶な思考とも呼べないそれが頭を駆け巡る。
一方通行という人間の全てが床の染みと消えていく。
他でもない、自分の手によって打ち止めがカタチを失っていく。
はみ出した内臓が破れ、潰れ、撒き散らされ、顔がなくなり、頭蓋が砕かれ、その脳髄がパンパンに膨らませた水風船を叩き割ったような勢いで四散し、壁や天井にべっとりとこびりついていく。

656 : 以下、名... - 2014/03/14 00:01:38.14 Ls0P6s/B0 277/887

いつの間にか、二人の少女だったものは床と同じ高さになっていた。
床に横になってみれば明らかであるが、絶対に自分の体の幅の分だけ床の高さとは差が出る。
自分の体の分だけ隆起したように床から盛り上がる形となる。
だが彼女たちは、床に倒れているにも関わらずその体の高さが床と限りなく等しかった。

まるで伸ばし棒を幾度も転がして、ピザの生地を薄く引き伸ばしたように。
粘土の塊を上から広げた掌で押し潰したように。
極限まで薄く、薄く。
グロテスクな色彩をしたヒトノカケラと赤いナニカだけが辺りに飛び散り、けれど白い少年にはただの一つもそれらは付着しない。
『反射』。悪意も善意も全てを拒絶する盾によって彼は守られ、ただ打ち付ける。

とっくに彼女たちの生命活動は停止している。
屍となった二人は完全なる死を迎えている。
分かっていた。けれど一方通行は止められなかった。
少女だったものの、不自然なほど残っている下半身だけが拳が振り下ろされる度に振動する。
だがそれとは対照的に、腰から上の上半身は見事なまでになかった。

全てが瓦解する。何もかもが失われていく。
何も残らない。何も残らない。何一つ残りはしない。
冷たい部屋の隅で足を抱えて震えていることしか出来なかった自分に、暖炉の暖かさを教えてくれた小さな少女。
何かを守りたいだとか大切だとか、そんな当たり前の感情を教えてくれた少女。

打ち止めだけではない。彼女以外の妹達とてまた一方通行にとって大事な存在だ。
だがもうその妹達は原形すら残ってはいない。他の誰でもない、一方通行が破壊したから。
結局、何も変わってなんかいない。変われてなどいない。

657 : 以下、名... - 2014/03/14 00:04:07.48 Ls0P6s/B0 278/887

死んでいた。生きていた。不気味に白く膨れた指を伸ばし、ただ幽鬼のように餓鬼のように、猛烈な飢餓に駆られて動く亡者として。
一方通行が何もしていなくても死んでいた。初めから全て終わっていた。
だからこれは救済ともいえる。彼女を死して尚縛り付ける呪われた忌まわしき鎖を断ち切ってやった、と考えることもできるかもしれない。
この期に及んで尚命を弄ばれ、死ぬことも出来ない苦痛の螺旋に出口を示してやったのだ。
そのために打ち止めの可愛らしい顔を文字通り潰し、胸を、腹を、全てを壊し殺した。
二度と起き上がらぬよう、打ち止めの眼球を押し潰し頭蓋を砕き脳髄を圧縮し骨を粉砕し皮膚を破り肉を千切り繊維を断裂させ血管を引き裂き臓器を叩き固体を液体へ変えた。

当然一方通行はこれが救いの行為だなんて考えてはいないけれど。
これが破壊だろうが救いだろうが、もう起こってしまったことは何も変わらない。

「ぎ、げはッ!? ぐ、げ、バッ!?」

何か不快なものがこみ上げたと思った瞬間、一方通行は口から黄色い吐寫物を撒き散らした。
びちゃびちゃと床を叩く生理的嫌悪感を掻き立てるような音。
血と肉片と臓器と骨のプールにブレンドされ、更に醜悪な光景を作り出す。
打ち止めの体にかかるかと思われたが、そうはならなかった。
何故なら打ち止めは、もう『ない』のだから。

激しく咳き込みながら蹲った一方通行の背中から、見ただけで心の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の底から破滅するような、世界で最もグロテスクで醜悪なものが噴出す。
だが、まるでそれを止めるように背中に何かが触れた。
当然それは『反射』され、しかし停止したはずの一方通行の心がふと動いた。

―――待て。

今、背中に何かが触れている。今この瞬間も触れている。
だがそれは『反射』したはずで、

658 : 以下、名... - 2014/03/14 00:06:31.19 Ls0P6s/B0 279/887

「バッ……!!」

一方通行は瞬時に『反射』をオフにした。
振り返る。そこにあったのは、崩れて壊れてゼロ以下になる彼の心を繋ぎとめる楔。
番外個体という少女が、少年を抱きしめていた。
『反射』されても尚、その腕を懸命に離すまいと。

彼女の両腕は悲鳴をあげながら、しかしそれでも番外個体は動かなかった。
もし一方通行が『反射』を切るのがもう少し遅れていたら本当にその腕は弾け飛んでいたはずだ。
そしてそんなことは彼女だって分かっていただろう。
第一位の能力がいかなるものか、彼女が把握していないはずがないのだ。
それでも番外個体がそう行動したのはきっと、単純にそれ以上に優先するべきことがあったからで。

「―――こうでもしないと、あなた気付かないでしょ」

ぽつりと呟く。その顔に何か雫が零れたような跡がはっきり残っているように見えるのはきっと気のせいではない。
その声があり得ないほどに震えているのも、きっと気のせいではない。
一方通行を半ば強引に振り向かせ、ほっそりとした指をその白い頬にかける。
その指が震えているのも、やはり気のせいではない。

「……このミサカにしなよ。そうでなきゃあなたはここで終わる。何の比喩でもなく、文字通りね。
だから、ミサカが理由になってあげる。このミサカを守って。そのために、それまで生きて。
ここであなたに死なれるのは―――困る。ミサカも、悪いけど―――余裕を取り戻してたつもりだったけど……一人じゃ、この世界に食い尽くされる。やっぱり、耐えられない」

659 : 以下、名... - 2014/03/14 00:10:56.96 Ls0P6s/B0 280/887

(――――――あァ)

一方通行は気付く。
たしかにこの世界はどうしようもなく狂ってしまったけれど。
それでも、まだこの少女がいる。
同居していた本物の姉妹のようであった打ち止めが歩く亡者となり。
自身の一部とも言える妹達がアンデッドとなり。
それが目の前で肉片となり、血と肉と腐敗臭が支配するこの凄惨極まる地獄にいて、尚生きている少女が。

だから、ここで壊れるわけにはいかないのだ。
この救いようのないイカれた世界から番外個体を解放するまでは。
狂気の渦から彼女の身と心を守り抜くまでは、絶対に。

「―――あァ――大丈、夫だ―――」

何も大丈夫なことなどないけれど。
確かに頬から伝わるのだ。命の拍動が。生の喜びが。生者の温かさが。
何も、大丈夫なことなどないのだけれど。
一方通行はそう告げて振り向き、躊躇しながらもそのほっそりとした白い指を伸ばしてその細い体を抱きしめた。

一方通行には、もう死しかない。独り惨めに、打ち止めを殺した一方通行はもう死ぬしかない。
あの少女を喪ったその瞬間、彼の死は決定された。この惨劇がどういう結末を辿ろうと、きっとそこは変わらない。
だがそれはこの少女を完全に守りきってからの話。

体から未だ溢れ続ける絶望と怒りと嘆きと破壊衝動を確かに感じながらも。
この時だけは、ただ静かに希望を抱擁した。
番外個体は抵抗しなかった。今この時ばかりは、何も言わなかった。

少女はそれ以上一言も発さず、無言を貫いた。
そんな番外個体に縋りつくように一方通行は抱きしめる。
その紅い眼から何かが零れたような、気がした。
結局それが錯覚だったかどうかは分からなかったけれど。

少年と少女は、最も大切だった者の亡骸の上でいつまでも抱き合っていた。

660 : 以下、名... - 2014/03/14 00:21:39.25 Ls0P6s/B0 281/887

投下終了

やはり大体満場一致
前回のライブセレクションで打ち止めを連れて行っていた場合、打ち止めが主要メンバー入りし一方通行シナリオのヒロインになっていました
まあその場合、代わりにここで番外個体が同じ末路を辿ることになっていましたが……

Day1では悲惨なことにばかりなる上条さん、美琴、一方通行ですがDay2ではもうちょっと休めると思います
なおその分は他の二人に回るもよう、多分

次回は垣根シナリオと随分久しぶりの美琴シナリオの予定


続き
とある都市の生物災害 #03 Day1

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