クーラーが運転してない理科室は蒸し風呂のように暑い。
クーラーは設置されているのだが、この実験は換気をしながらやらなければいけないのだ。
だからやむを得ず、クーラーを運転せずに窓を全開にしている。
しかし流石に暑い。
セミの合唱も暑さを助長させる。
その鳴き声にも負けじと、廊下から生徒の話し声が聞こえてきた。
きっと、もう放課後になったのだろう。
元スレ
西垣「今日、この日から」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1343551616/
「奈々さん、また実験?」
理科室のドアが空いて、松本が入ってきた。
「まぁそんなとこ」
「今度はなんの実験?」
「んー、一時的に足が速くなる薬。なかなか上手くいかなくてさー。また被験者になってくれない?」
「わかった。いいよ」
松本は二つ返事で承諾してくれた。
「まぁ、この試作品が完成するまでは結構かかりそうだけど……」
「うん。いいよ」
「やっぱり持つべきものは爆友だな!」
ニッと松本に笑いかける。しかし、目をそらすように下を向いてしまった。
「……ねぇ奈々さん、今週奈々さんの家に行っていい?」
「私の家か?」
「そう」
「私の家は二階の屋根が無いぞ」
大砲の実験で壊れた屋根はまだそのままだ。
「まだ直してなかったの?……一階で寝ればいいじゃん」
「まぁ、そうだけど……。んん?寝るっ!?」
「私、何か変なこと言った?」
「『寝る』って聞こえたのは気のせい?」
松本は黙って首を横に振った。
「じゃあ、お泊まり……?」
「そのつもりだけど?」
「まっ、松本……」
ちょっと待ってくれ。
いきなりお泊まりって言われても心の準備が……。
夜にあんなことやこんなことが起こるのだろうか?
ピンクの妄想がもんもんと沸き上がる。
しかし松本はまだ中学生だし……
とはいえ、もうすぐ付き合ってから一年になるのに、まだキスもしてない。
キスしたいと思うことは最近よくある。
でも教師という立場が枷となって躊躇したり、単純に緊張してしまったりするんだ。
「分かった。今週の土曜で大丈夫か?」
「うん。じゃあ、私生徒会あるから……」
「頑張れよー。詳細はまた後でメール送るから」
「分かった。それじゃあ実験頑張って」
そう言うと松本は理科室から出ていった。
さて、お泊まりが決定したのだが、今の私の部屋は他人を上げさせるような部屋じゃない。
実験器具等を入れたの段ボールが山積みになっている。
床も日経サイエンスやNewtonといった雑誌で埋め尽くされている。
さすがにこんな部屋に松本を泊まらせるわけにはいかない。
今日の実験は早めに終わらせて、部屋の掃除をしよう。
私は中断していた実験に再び着手した。
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ジリジリと肌を焦がすように太陽が照りつける。
帽子を被ってきたのは正解だったけど、もう少し厚く日焼け止めを塗っておくべきだった。
「3時に駅前」という約束だが、一番暑い時間に待ち合わせしなくてもよかったな、と少し後悔した。
あんなに散らかっていた部屋の片付けも終わり、無事に今日、土曜日を迎えることができた。
今日は外で買い物をした後、私の家というデートプランだ。
「奈々さん」
バスから降りた松本が小走りで松本が走って来る。
「ゴメン、待った?」
「いや、私も今来たところだ」
自分でもなんともベタな応答だと思う。
このままだと一種の挨拶のようになってしまうかもしれない。
「奈々さん汗だく……」
松本はポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭いてくれた。
「そういえば久しぶりだね、デート」
「そうだな。1ヶ月ぶりくらいか?松本も期末テストがあったり、
私も一応三年部だから忙しくてな……。ゴメンな、松本」
「ううん。気にしないで。……夏休みっていいよね」
「そうだな、今もこうして松本と居られるし」
「もうっ……」
ほんのりと松本の頬が紅くなった。
この表情でご飯三杯はイケそうな気がする。
「じゃあ、行こっか」
「そうだな」
太陽から、アスファルトからの熱気がじんじんと伝わってくる。
でもバテている暇なんてない。
夏を、デートを楽しまないと。
煮え切らない私の気持ちも夏の暑さを借りれば、きっと……
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「おじゃまします」
「ただいまー。……って誰も居ないんだけどな」
外での買い物を終えて、デートは後半戦。
私の家に戻ってきた。
「松本ー?今日のご飯何がいい?」
「んー、奈々さんの作るものなら何でも。……って、奈々さん料理出来るの!?」
松本は目を丸くして驚いた。
「失礼だな松本、私だって人並みに料理出来るぞ」
「そうだったの?」
「勿論だ」
「……てっきり鍋とか爆発させちゃう人かと」
「おいおい、何処の漫画の話だよそれ」
「だってよく理科室で爆発してるじゃない」
「……ぐうの音も出ない」
爆発は好きだが、料理の時はさすがに自重する。
爆発しようと思えば出来るけれど。
「じゃあ松本、ハンバーグでいいか?」
「いいよ」
「じゃあテレビでも見て待ってて」
「手伝う」
「え?いいよいいよ、松本は待ってるだけで」
「手伝うから。……なんか不安」
どんだけ信頼がないんだよ、私。
まぁ、毎日爆発してるから無理もないか。
「エプロン、ある?」
「あるぞ。ぶかぶかかもしれないけど」
一着のエプロンを渡すと、松本は直ぐに私のエプロンを付けた。
「……どう、かな?」
松本は私を見つめてちょこんと首をかしげた。
だぼだぼのエプロンの所為か、松本のちっこい身体がより一層可愛らしく見えた。
エプロンの肩口から伸びるほっそりとした腕や、すらっとした指先に目を奪われる。
「松本っ」
抱き締めたい衝動に駆られて、ギュッと抱き締めた。
細い身体だけど確かに柔らかくて、それに暖かい。
ああ、抱きつくことなら出来るのに……
「……奈々さん」
「ん?」
「苦しい……」
松本は抱き締めていた私の腕をパタパタと叩いた。
「あっ、すまんすまん」
ぱっと腕をほどいて松本から離れた。少し名残惜しくもあったけど。
「じゃあハンバーグつくるか、松本」
「うん」
松本はにっこりと微笑んだ。
ハンバーグを食べるときにも、この笑顔が見れたらいいな。
23 : 以下、名... - 2012/07/29(日) 18:11:29.11 G93V4p1+0 20/51りせが普通にしゃべってるぞ!?
27 : 以下、名... - 2012/07/29(日) 18:15:50.59 Jmotio9o0 21/51
>>23
すいません、最初に言っておけばよかったんですが、
台詞がすべて「……」だと、難しかったので……
原作と同じように喋ってると解釈してくれるとありがたいです。
29 : 以下、名... - 2012/07/29(日) 18:16:36.45 mOzcYJPG0 22/51先生視点だから普通に台詞が聞こえてるということですね
30 : 以下、名... - 2012/07/29(日) 18:17:07.52 Jmotio9o0 23/51>>29
そういうことです
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「じゃあ松本、そろそろ寝るか」
二人で作ったご飯を食べ終えたあとは風呂に入り、他愛のない話で盛り上がった。
そして気付けばもう12時過ぎ。時間が経つのは早いものだ。
「……松本?」
松本はベッドに座ったままじっと足元を向いて黙っている。
私は床に敷いた布団に座ったまま松本を見つめた。
松本は黙って立ち上がり、蛍光灯の電気を消した。
豆電球のあかりがぼんやりと部屋を照らす。
松本はゆっくりと膝立ちで近づいて私を押し倒し、馬乗りになった。
「まつ……もと……?」
急な展開に驚いている私を他所に松本は私のパジャマの裾を掴み、乱暴に捲り上げた。
そしてそっと私の胸に手を伸ばす。
私は咄嗟に目をギュッと閉じた。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
数十秒?数分?
よく解らないけど、とても長い時間に感じられた。
私の胸に冷たい感触がぽつり、ぽつりと波紋のように広がっては直ぐに消え、また広がっては直ぐに消えていった。
想像していたのと違う感触。
私はそっと目を開けた。
「松本……なんで泣いて……」
目を開けると松本の泣き顔があった。
ポロポロと涙の雫が私の胸に落ちては消えていく。
松本の顔は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも、何かに耐えているようにも見える。
松本は力が抜けたように倒れ私の胸に顔を埋めて泣いた。
私はそれを優しく抱き締め、何度も何度も頭を撫でた。
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「落ち着いたか?」
松本は私に背を向けたまま小さく「うん」と呟いた。
「松本、私……悪いことした?」
夏の虫の声だけが薄暗い部屋に響く。
その虫たちの声に掻き消されてしまいそうな声がぽそりと聞こえた。
「……どうして」
「ん?」
「どうして!……何もしてこないの!?」
今度は今まで聞いたことのないくらいの大きな声。
「な、何もしてこないって?」
「だって……今日はお泊まりだよ?二人きりなんだよ?」
「……うん」
「なのにキスもないじゃない……。ずっと……ずっと待ってたのに……」
私は最低だ。
臆病な所為で、偽っていた気持ちの所為で松本を傷つけてしまったんだ。
「ゴメン、松本」
「……解ってない」
「へ?」
「解ってないよ何にも!どうして“りせ”って読んでくれないの!?」
ごめん……。
私は松本が好きだ。
好きなのにそれを伝えきれなかった。
いや、伝えるのを躊躇した。
何処かで「好き」を否定しようとする自分がいる。
だからいつまでも“りせ”と呼べなかった。
「こっち向かなくてもいいから、ベッドの枕元の棚を見てくれ」
「……チョコ?」
「そう、チョコだ」
子犬ロボットのチョコ。
小学校の頃から大人になった今も、ずっと大切にしている。
以前、理科に興味を持った理由について聞かれた時にチョコの話をしたことがある。
小学校の頃、ひとりぼっちの私の唯一の遊び相手がチョコだった。
何処へ行くにもチョコを連れて行った。寂しい時はチョコが話を聞いてくれた。
チョコは私の親友だったんだ。
だけどある日、急にチョコが動かなくなった。
大切な、大切な親友を亡くした。悲しくて、苦しくて涙がとめどなく溢れた。
いっぱい勉強して、いつか直してあげるから。
幼い私はそう強く誓った。
確かその時、そんな話をした。
「……チョコの話って本当だったんだ」
「……ごめん」
チョコの話は実話だったけど、この話をしたときは、後ろめたくて「嘘だが」と最後に付け加えた。
「チョコと何の関係があるの?」
「まあ、聞いてくれ……。これは小学校の頃、転校した友達から貰ったんだ。」
「それは初耳……」
「『これを私だと思って』って言って、その子の宝物だったチョコをくれたんだ」
引っ越しの日、泣きじゃくってる私の頭を優しく撫でて、チョコを渡してくれた。
その子は泣いてなかったけど、目がうるうるしていて、
今にも泣きそうだったのを鮮明に覚えている。
「その子は私の一番の親友だった。何処に行くにも一緒だった。
口が固くて、とっても優しい子で、私の悲しみとか、悩みとか色々聞いてもらった」
その子の隣が一番好きだった。離れたくなかった。
だけど、残酷にも、その子はお父さんの転勤で引っ越すことになった。
「だから…………ゴメン」
「何が?」
松本は怪訝そうな声で尋ねた。
「私……その子と松本をずっと重ねてきた。
上手く言えないけど、雰囲気が凄く似てたんだ、その子と」
二人とも、何処かミステリアスで、だけどポッと火の灯ったような温かさを持っている。
ふんわりと纏っている優しさもそっくりだった。
「だから一緒にいると昔に戻ったような気がして……。
付き合い始めた頃、私は恋人として見てなかった。…………ゴメン」
「……最低」
背を向けたまま、松本は呆れたような、怒ったような声で言った。
松本の言うとおり、私は最低だ。
松本の想いを踏みにじるような気持ちを抱いていたのだから。
「でも!!一緒に居て、どんどん好きになっていったんだ……
教師なのに、好きになって……」
いつの間にか惹かれていた。
過去の親友の投影ではなくなっていった。
「好き」という気持ちが溢れて、苦しかった。
「抑えても抑えても、気持ちが膨れるばっかりで……、
どうしたら良いのか解らなくて……」
抱き締めたい。名前で呼びたい。キスしたい。
でも、「教師」という立場が桎梏となり、
底無し沼に溺れていくように、ズブズブと沈んでいく。
「……だったら」
松本はこちらを振り向いて言った。
「……だったら、約束してよ。
私は奈々さんの爆友じゃなくて、これからずっと、私は奈々さんの彼女なんだって」
松本はベッドから降りて、私の前にちょこんと座った。
「解った。目、閉じて」
「……うん」
松本はそっと目を閉じた。
窓から差し込む月明かりに照らされて潤んでいる唇に惹き寄せられるように、私も唇を近づる。
そして優しくキスをした。
柔らかくて、ほんのりしょっぱい涙の味。
これは贖罪と誓いのキス。
「ごめんね、りせ」
りせは顔も目も真っ赤にしてふるふると首を横に振った。
「……そんなことない。やっと想いが通じあえたんだなって……」
「ずっと待ってごめん。今日、この日から私はりせの彼女で、りせは私の彼女だ」
「うん」
りせは今までで最高の笑顔で微笑んだ。
教師だなんて関係ない。
一人の女性として、りせを愛してるのだから。
「ところで、りせはしたいの?」
「……したいって何を?」
「エッチ」
そっとりせの耳元で囁くと、りせは顔が茹で蛸のように真っ赤になった。
「そ、それはまだ早いっていうか……その……」
「私を押し倒したときとは違って、何かしおらしいなー」
「だってあのときは頭がごちゃごちゃになって……」
「……そっか。まぁ、まだ中学生だし、そっちの方はりせが相応の年になったら教えてあげよう」
私はニッと悪戯っぽくりせに微笑んだ。
「……うん、お願い……」
りせは顔を更に真っ赤にしてもじもじしている。
ああもう、可愛いすぎる。
「りせ、もう一回キスしていい?」
「……うん」
りせは照れながらゆっくりと目を閉じる。
私は華奢な身体をそっと抱きしめ、桜色の唇にキスをした。
想いも感覚も、全て溶けて混ざりあう。
りせも私の背中に腕を回し、抱き返してくれた。
「奈々さん、大好きだよ」
「りせ、私も大好きだ」
バカな彼女だけどよろしくな、りせ。
―――――終わり―――――
70 : 以下、名... - 2012/07/29(日) 18:59:34.17 Jmotio9o0 51/51
無性に西りせが書きたくなったので頑張ってみた。
地の文って難しいですね……
拙い文章でごめんなさい