関連
【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻上【ラノベSS】
【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻中【ラノベSS】
第十三章 危機の予感
後ろからそっと、肩を抱かれる。
それが瑞鶴さんだってことが、振り向いて確認しないでも分かった。
「ごめん、瑞鶴さん。せっかく昨日元気づけてもらったのに」
「ううん、提督は頑張ったわ。話を聞かないあいつらが悪いんだから!」
それでも・・・もし、赤城さんたちに何かがあったら。
僕は自分で自分を許すことが出来そうにない。
「提督、瑞鶴・・・」
洋上はもう深海棲艦の遺骸で埋め尽くされていた。思ったよりも掃討が早い。
先頭が終結しても、蒼い海を見ることはしばらく無理だろうな、なんて。
沈んでいく深海棲艦を見ながら、場違いにも僕はそんな事を思った。
モニターに映る快進撃とは裏腹に、室内はどんよりとした沈黙に包まれる。
このまま何事もなく大勝利に終わることを祈るしかないのだろうか?
でもそれは単なる思考の放棄、逃げじゃないのか?
戦場に出す艦娘は2隻までという命令に逆らって五航戦も投入しようか?
・・・いや、翔鶴さん、瑞鶴さんの練度は一航戦のそれには達しない。
キス効果が無い状態では、尚更。何かあったとしても戦況を変えられるとは思えない。
でも、何かあってからじゃ遅いんだ。その前に動き出さなきゃ・・・。
そんな思いばかりが空回りして、結局、自分の無力さを思い知らされる。
「くそう。何か、何かないのか?」
そんな時だった。
コンコンと、客人など来るはずもないこの部屋のドアがノックされたのは。
昨日、もっとちゃんとした仲直りが出来たていたら・・・。
肩を抱くだけじゃなくって、もっと違うかたちで少年を安心させられたのかな?
瑞鶴はそう思わずにはいられない。
自分たちのためにここまで頑張ってくれた少年が、自分たちのために無力さを味わっている。
そんな彼の力になってあげることが出来ないのが、とてももどかしい。
このまま少年が恐れている事態が起きなければ、赤城も加賀も無事に帰ってくる。
それが、一番いい結末。少年と自分との間には何も起きようがないけれど、また別の機会で頑張ればいい。
でも、もし。
もし、自分の力があれば少年やみんなを助けられる・・・。
そんな事態になったならば、そう。
覚悟を、決めよう。
少年の背中越しに、肩をそっと抱きながら。
空母の少女が決意した。
そんな時だった。
コンコンと、客人など来るはずもないこの部屋のドアがノックされたのは。
「失礼いたしますわ」
ぎょっとするほどの嗄れた声は何度聞いても慣れることはない。
淑女の礼をとって入ってきたのは、昨日のメイドの少女だった。
「何かお困りでしたら、何なりとお聞かせくださいませ、提督さま」
ニコリ、と子供らしさとは無縁の無邪気さを貼り付けて少女が笑う。
紅耀石の瞳に好奇心の灯火を宿して、僕に語りかけてくる。
金色の長い髪が、可愛く小首を傾げる動作とともに怪しく揺れた。
”何かお困りでしたら”その言葉が何故か、僕の耳に残った。
僕がどういう受け答えをするのか楽しみで仕方ない、といったふうな少女の態度。
正直、この子が何かを企んでいようが、そんな戯言に構っている暇は無いはずだ。
でも。僕はここでの選択が、僕が抱えている不安に直結していそうな何かを感じた。
結局、僕はメイドの少女が気に入りそうな返事を必死になって探すのだった。
「君の主を説得出来るだけの情報がないか、探しているんだ」
「主?私の主なんて、いないわ。本当はもういるはずだったんだけど」
「大提督のことさ、君は彼のお屋敷のメイドなんだろう?」
煙に巻く様な少女の喋り方への苛立ちを抑えて、慎重に言葉を巡らす。
「ああ、そうね。そうだったわ」
昨日の自分の発言を覚えていないはずがない。こちらをからかっているのだろうか?
彼女の正体も、今は問題ではない。気になるけれど、ミスリードだ。
見破ったところで何の得にもなるまいし、話題をそこに置いたところで彼女に愛想を尽かされる・・・そんな気がする。
「大提督の傍にお仕えしているのなら。身の回りのお世話も、君の仕事だよね?」
「うん、そうね。あのおじいちゃんのお世話、大変なんだから」
「給仕に身支度、掃除や料理、皿洗いなんかも、全部君一人が?」
「ええ、大変でしょう?」
クスクスと嗤うメイドに何か言おうとした瑞鶴さんを手で制す。
「それだけ近くにいるのなら」
ゴクリとつばを鳴らす。道を間違えていないだろうか、間違えていないはずだ。
僕が求めることを、このメイドは求めているはずだから。
「例えば、今回の作戦にあたって大提督のもとへ集まる報告書に触れる事も可能かもしれない」
「ふうん、それで?」
まるで薄氷を渡るかのような、ジリジリと底冷えした感覚。
「策を却下されて落ち込む僕を慰めるために、それを持ってきてくれる優しい娘がいるかもしれないね」
「女が、口説いてもくれない男のためにそんなことするかしら?」
カンベンしてくれよ・・・。
ええい、男は度胸だ。
「初めて会った時から、可愛い娘だなと思ってたよ」
「君のそのきれいな手から僕の欲しいものを渡されたら・・・惚れてしまうかもしれない」
女の子に慣れていないのが、こんな時に裏目に出るとは思わなかった。
拙い口説き文句に彼女が気分を害さないかが気になってひやひやする。
クスクスと嗤う表情は崩さないまま、メイドの少女が妖しく語る。
「初めて会った時って、いつのことかしら?」
「それは・・・勿論昨日からさ」
僕の答えは正解なのか。
目を閉じて蜀の桟道を渡るかのような心もとなさを感じる。
もうひと押し、いるだろうか?
「君みたいなかわいい娘、一度見たら忘れるはずがないじゃないか」
「忘れるはずない、ね・・・ふぅん」
不味い、間違ったかと思った次の瞬間。
「ま、いいわ。特別に許してあげる」
最後まで貼り付けた微笑みを崩さないまま、メイドの少女は僕に分厚い紙束を差し出したのだった。
どこから取り出したかって、そんなの今はどうでもいい・・・おそらく、これが。
「じゃあ、頑張ってね」
「私を、沈ませないで頂戴?」
そう言って、最後まで優雅な態度を保ったまま退出していった。
「ほんっとに、変な娘ね。それに、それを言うなら私たちを、じゃない?」
「いや、今のはあれで合ってるよ」
僕の返事が意外だったのか、姉妹はぎょっと表情を変えて。
「提督、何か知ってるの?」
「あの娘が何者か、分かったのですか?」
彼女の正体が気になる気持ちは分かるけれど、今はそんな場合じゃない。
「教えてあげたいけれど、時間がない。三人で手分けして読もう」
僕の言葉に渋々矛を収めた二人は静かに頷いて。
さっそく、床に資料を広げて三人で読み漁るのだった。
モニターの中の戦況は、相変わらず有利に進んでいる。
僕たちが沈めたと思わしき深海棲艦の黒が、水底から透けて見えて…。
『ミカサ』周辺の海は一面、黒々とした奴らの死体で塗りつぶされていた。
「ちょっとでも気になることがあったら教えて」
「う、うん」
「はい!」
今出来ることをしよう。いつだって、それだけだ。
無駄に終わるのならそれでもいい、僕たちは目を皿の様にしてメイドの少女がもたらした書類を漁る。
「最近の戦闘記録が大部分を占めているみたいだね」
この作戦を開始するために、まずは各鎮守府近海を掃討したのだから当然か。
開発の状況、『ミカサ』運用に関する報告、近海の戦闘記録…。
大提督のもとへ集まる情報は多岐に渡る。
「うへえ、これ、昨日のアイツの記録じゃない?」
瑞鶴さんがうめき声を上げて読んでいた書類を何気なく渡してもらう。
ああ、昨日赤城さんにからんだ呉鎮守府の七光りか・・・。
「すごいじゃないか、もう前線で戦闘指揮までしてる」
「内容もね」
「うげ」
経験も何もない者でも、士官学校の卒業生だ。現場の長になれる。
七光りは提督の代理、副提督という位置だから実質的にはナンバーツーみたいだ。
杜撰な戦闘指揮は彼自身のものだろう、普通は現場の叩き上げが補佐につくだろうし・・・。
おそらくは参謀役の下士官の意見を却下した上で突出、惨敗している。
せめてもの救いは、すぐに助けに入った味方艦がいて轟沈に至らなかったことか。
負けるだけならまだ良い。問題はその後…仲間を死なせる寸前に追いやった処分。
それは謹慎2日と極めて軽く、これはどう見ても…。
「親が提督だから、でしょうか?」
「うん、ほんっと情けないよ…」
こんな下手を打ったばかりなのにヘラヘラ笑って女の子に声をかけていたのか。
斬られない馬謖を見て、呉鎮守府の下士官たちは大いに泣いたことだろう。
「舞鶴や佐世保では、さすがにそういった報告は見られませんが…」
「僕に知らせるほどの出来事もない?」
翔鶴さんがこくりと頷く。
一方で僕が見ている報告書の類にも、取り立ててヒントになりそうなものは見当たらない。
やはり僕の心配は意味のないことだったのだろうか?
それとも、ここにヒントが見当たらないだけで実際は…。
「ねえ、呉の報告書なんだけど…」
「なあに、瑞鶴。嫌いな人だからと言っていつまでも言っていては駄目よ?」
「いやそうじゃなくって…って、その言い方だと翔鶴ねえだって嫌ってるじゃない!」
「そ、そんな事言っていないわ…ただもう名前も聞きたくないだけで」
それを一般的には嫌うと言うんです、翔鶴さん。
…というか、これだけ穏やかな人に嫌われるってある意味才能かもしれない。
「ぶー、気になることがあったら言う約束だから言ったのにー」
「ああ、ごめんごめん。どうしたの?」
それが、と瑞鶴さんが話を続ける。
特段分厚い紙の束をこちらに差し出しながら。
「これは?」
「その七光りが休んでる二日分の報告書」
「分厚いな…」
他の報告書が紙一枚の適当な出来に仕上がっているのに対して、この二日だけは異常とも言える量だ。
「提督、これはどういう事でしょう?」
「この報告書って、普段アンタが書いているのと同じものよね?」
ほら、いつもいっぱい書いてるヤツよと瑞鶴さん。
逆に呉のいつもの報告書は何でこんなに薄っぺらいのと聞いてくる。
「おそらく、だけど」
こうした報告書の作成は本来提督か、副提督の仕事だ。
横須賀では僕が書いているけれど、呉では副提督が書いているのだろう。
こんな薄っぺらい書類、彼にしか書けそうにないし。
「で、彼の謹慎中に代筆することになった下士官が、ここぞと言わんばかりに書きたいことを書きまくったと」
多分、そういう事。
「でもこれ、凄いよ」
事務から現場の指揮系統に関する問題点、その改善案。
特に目を引くのが敵深海棲艦の特徴や自分なりの戦闘計画の立案だ。
駆逐や軽巡など、各艦種ごとに細かく仕訳した後に分析までしており分かりやすい。
「この人、本当に優秀だよ・・・」
僕が先ほどまで気がつかなかった、“空母ヌ級”ついても触れられている。
火力や装甲、艦載機の搭載数から見て正規空母級と考えることへの疑問符を投げかけていた。
“軽空母”であるとの見解にまではたどり着かなかった様子だけれども・・・すごい。
「僕の鎮守府に欲しいくらいだ」
素直にそう感想を漏らす。
こんな人材を埋もれさせておくなんて、呉は余程優秀な人が集まっているのだろうか?
「へえ、アンタがそんな事言うなんてよっぽどよねー」
「提督の場合、自分の能力を物差しにして人を測りますから…」
何それ、それじゃあ普段の僕の人物評価が辛いみたいじゃあないか。
そんな厳しい人物評なんてしないけどなあ、と思いながら次のページをめくる。
瞬間、時が止まった。そして、察する。
僕の心配が、杞憂に終わらないであろうことを。
「赤城さん、加賀さん。僕の指示を聞いてほしい。艦載機を最小限残して畳んで」
「何が起こっても良い様に、身軽にしておこう」
舞台の脚本を書き換えるために、ペンを執る時が来たのだ。
もしも提督を辞める日が来たら、作家にでもなってやろうか?
「君を呼んだ覚えはないのだが」
艦橋のいっとう高い席に座ったまま、大提督は僕たちを睥睨した。
門前払いされなかっただけマシとはいえ、もう少し歓迎して欲しかったかな。
「撤退を進言します」
「どうした、皆手が止まっているぞ」
その一言で艦橋に詰めていた士官、下士官たちが再び仕事に戻りだす。
ある者は周囲の艦隊に指示を出し、ある者は『ミカサ』の砲手に砲撃を命じる。
そんな兵士たちの怒号を背景に、僕はなおも大提督に向かって告げた。
「このままでは艦隊が全滅します」
投げ込んだ石が大きすぎたかも、という心配はない。
これ程士気を挫く台詞を放ったのに、大提督の反応はといえば眉をピクリと動かしただけ。
昨日の夜、不安に震えていた僕とは大違いだ。
「聞こう。だがもし、君の論拠が聞くに値しなかった場合―」
「二度と口を挟む真似は致しません」
そう言って、数枚の書類を大提督に手渡す。
先ほどの呉鎮守府の報告書から抜き出してきたものだ。
「これは?」
「呉鎮守府から本部への、定例報告書です。お読みになられては?」
静かに首を振られる。まあ、それはそうだ。
大提督ともあろう人が各鎮守府の日報まで、事細かに読んでいられるわけがない。
最も読んでいれば―今、こんな悠長になんてしていられないだろうけれど。
「報告者が呉提督でも、副提督でもないようだが」
「副提督の謹慎中に、代理の士官が書いたものです」
「道理で、きちんと報告書になっている」
皮肉は受け流す。今は笑っている場合じゃないから。
大提督の視線が手渡した報告書へと移った。
帝国歴××年○月△日
出撃報告書
呉鎮守府副提督代理
本日の出撃任務の際、奇怪な深海棲艦を目撃致しましたのでご報告致します。
○ 敵艦隊との遭遇について
大規模作戦を控えた、当該作戦での攻略目標海域への偵察を行った際の目撃。
敵深海棲艦数隻を発見、威力偵察の為交戦。敵の動きに違和感を覚える。
○ 味方艦隊
軽巡洋艦2隻 駆逐艦4隻
○ 敵艦隊
軽巡洋艦1隻 駆逐艦2隻 不明艦3隻
○ 戦闘経緯
我が艦隊の砲撃を浴びるや、敵艦隊は後退を始めたため反航戦の様相を呈す。
通常、深海棲艦たちは我々の姿を見るや1隻でも多く水底に沈めんと殺到し、同抗
戦となる為不自然な動きだった。敵軽巡洋艦、駆逐艦は後に表記する3隻の“不明艦”
を庇うように囲い後退。少しでも我が艦隊との距離を取ろうとする動きを見せる。
これまでにない姿をした深海棲艦とその動きに尋常ではない予感を得たわが軍は突撃
を敢行。敵駆逐と不明艦を1隻ずつを大破、炎上せしめた。
○ 結果
残りの護衛艦を追い払い大破させた不明艦の調査を試みようとしたところ、死の臭いを
嗅ぎつけたのであろうか、敵艦隊に援軍を見る。艦隊数は特定出来ず。深入りは危険
と判断、後退を命じ戦闘海域を離脱した後偵察機を放つ。
○ 不明艦について
詳細は不明である。でっぷりと太ったその体躯は今まで確認されてきたどの深海棲艦の
姿とも異なる。航行速度も遅く敵の撤退の足を引っ張り、火力も敵駆逐艦以下である。
他の深海棲艦がこれを守るように撤退したのは何故かという疑問が残る。
○ 意見
偵察機の撮った写真は異常である。一刻も早く本部へ奏上し判断を仰ぐべきではないか?
当方が今回大破、炎上せしめた敵は駆逐艦1隻、不明艦1隻である。この2隻に関して
まわりの深海棲艦どもがとった行動には明確な違いがあり、無視出来ない事の様に思える。
私は今度の大規模作戦に対し、意見する立場にない事は承知の上で申し上げる。
時期尚早ではないか。このような不安要素を抱えたまま断行すべき作戦なのだろうかと。
奇跡とは出来うる事すべてを為し、それでも尚自身の力ではどうしようもないほどの結果を
望むときに使う言葉である。我々にはまだ、為すべきことがあるのではないだろうか?
報告書を読む大提督の手が小刻みに震えている。
「未知の不明艦を目撃し、この対応」
「この指揮官の慧眼は賞賛すべきです」
そして何故、この報告書が単なる日報扱いで処理されてしまったのか?
大提督直通で届くべき緊急案件と呉鎮守府が判断すれば、そうはならなかった。
だけれども、今それを言っても仕方がない。
もう僕たちはルビコンを渡っているのだから。
「ねえ、これでもまだこの作戦に不安がないっていうの!?」
「新しい空母に役割の不明な敵艦。充分やばいじゃない!」
大提督の沈黙に、たまらず瑞鶴さんが声を張り上げる。
違うよ、瑞鶴さん。大提督は無能なんかじゃない。
だからこそ、次に見せる写真にも意味が生まれる。
「そしてこちらが、先ほどの報告書で偵察機に撮らせたという写真です」
モノクロで見にくいけれども、大空から撮られたそれは眼下の様相を克明に記録している。
たまらず、といった様子で大提督の参謀たちが写真を引ったくり、覗き込む。
「こ、これは・・・!?」
大破炎上する敵深海棲艦の駆逐艦と、“不明艦”。そしてその周囲に群がる同胞たち。
先ほどまで僕たち人間の魔手から守ろうとした“不明艦”に、彼らが何をしているか?
「く、喰っているのか、自分の同胞を!?」
「悪魔め!」
参謀役たちがぼそりと、深海棲艦への嫌悪を漏らす。
そう、同胞を喰らう深海棲艦たちの姿が写真には写されている。
でも、問題はそこじゃない。奴らのおぞましさを言いたいわけじゃないんだ、僕は。
大提督が立ち上がる。ただ一人、この写真から僕の言いたいことを理解したらしい。
翔鶴さんも、瑞鶴さんも、周りの参謀たちも一発では理解出来なかったのに。
やはりこの人は、人の上に立つ事の出来る人だ。
でも、それ故に。分かってしまうからこそ味わう絶望というものがある。
「閣下?」
「大提督閣下?」
「分からんのか」
天を仰ぎながら、大提督がに向き直る。
説明しろ、という言外の命令を感じ取って、僕は口を開いた。
「今まで、深海棲艦が共食いをする光景を見たことのある人は?」
予想通り、ゼロ。だから初めてみるこの光景に、こんなにも嫌悪を露わにするのだ。
「もう一度、写真をよく見てください」
「大破炎上している敵艦は、駆逐と“不明艦”の2隻。でも…」
そこまでで思い至ったのか、あっ、という声が上げられて。
「食べられている艦は、“不明艦”だけです!」
翔鶴さんの気づきに、どよめきが生まれる。
そう。
大破炎上し、今にも沈まんとしている敵駆逐艦はというと。
同胞たちにその存在を無視され、顧みられることはない。
その一方で“不明艦”には深海棲艦が殺到、その身を喰らいつくされている。
「“不明艦”は深海棲艦が食べられるモノを積んでる、ってこと?」
ああ、瑞鶴さん。
彼女は論理的な思考を積上げて解答に至るということに関しては苦手だけれども。
こと、こういう時に発揮されるべき意外な発想力というものに関しては才能がある。
この写真から分かることは、と前置きして僕は告げる。
「“不明艦”は深海棲艦に必要な資源を体内に貯蔵することが出来る」
「だからこそ戦闘開始時。他の深海棲艦は戦闘力皆無の“不明艦”を守る行動に出たんだ」
そしてここに、僕が深海棲艦たちが単なる下等生物ではないと論ずる根拠が在る。
「ねえ、瑞鶴さん。この奴らの動きって、何かに似てない?」
「へ!?わ、私!?」
戦闘力が皆無の、物資を載せたモノを囲んで洋上を進む行為。
途中で敵に遭遇しても無理はせず、退避に専念しようとする行為。
守れなかった物資を、せめて持てるだけ回収しようとする行為。
瑞鶴さんの発想力は、またしても遺憾なく発揮された。
呆然と、精気の抜けた表情で呟かれたその言葉は。
「船団、護衛任務・・・」
僕らの鎮守府が最も慣れ親しんだ任務の名前だった。
「だ、だから、何だってんだ!?」
参謀役の一人が悪あがきをする。そう、これは悪あがきだ。
だってもう、彼だって結論にたどり着いている。でも、否定して欲しいんだ。
この恐るべき事実を戯言だと言って否定して欲しいんだ。
「深海棲艦の活動に必要な何らかの物資をため込んで、彼らに供給する」
「僕は新たに見つかったこの“不明艦”を、“補給艦”と命名したいと思います」
言葉が、砂漠に水を撒くかのように浸透していく。
「奴らは、ただ目の前の人間たちを襲うだけの下等な生物じゃなかった」
「僕たちの様に、来るべき大戦に備えようとする意思があった」
「必要なモノを、必要な場所へ…それを送り届けるための護衛をつけて、確実に」
―戦争ってのは、何も相手を倒すばかりじゃないんだ
何時だったか、僕が鎮守府で艦娘たちに得意げに語った台詞が脳裏に蘇る。
敵は、僕のその言葉を…あるいは僕たち以上に忠実に再現していた。
資源の大切さを理解し、確実な補給を行うための輸送ルートの構築、護衛船団の編成。
人間の僕たちですら、この戦において多大な労力をかけてどうにか成し遂げた…。
ここまでの事をやってのけるモノたちが。
「戦略も持たぬ下等な生物。そんな事がありうるのでしょうか?」
今度こそ場は、水を打ったように静まり返る。
その静寂を破ったのは、先ほど悪あがきをした彼だった。
「あ、ありえない。現に、この戦場の奴らを見ろよ!」
「だからこそ、です」
敵に戦略性の欠片もないからこそ、この快進撃が出来た。
本当にそうだろうか。いくらなんでも勝ちすぎていないだろうか?
だからこそ、僕はあえてこう言った。敵を侮った愚者たちを代弁して。
「僕たちは今まで、勝たせてもらっていたのではないでしょうか?」
艦橋は再びの静寂に包まれる。
目の見えない人に『そして誰もいなくなった』と言ったら信じるだろうな、なんて。
僕はふと、そんな間の抜けた事を思った。
静まり返った世界で、それでも時は進んでいく。
「各艦隊に通達」
「戦闘終了、『ミカサ』連合艦隊はこれより拠点へと撤退する」
長い長い時間をかけて大提督が、静かに告げた。
「どうした、復唱せよ」
数瞬遅れて、艦橋の士官たちが堰を切ったように騒ぎ出した。
「閣下、それでは大本営の意向に反します!」
「将外に在りて、という奴だよ。諸君」
どこかで聞いたことがあるような、皮肉めいた言葉だ。
最近、何かの本で読んだ台詞だっただろうか?
「大提督の責任問題に―」
食い下がる参謀たちに、大提督は自嘲するように続ける。
「責任問題とは、笑わせてくれる」
「海の藻屑となるのと、どちらがマシかね?」
その言葉が決定打となった。
艦橋の将校たちは不承不承、あるいはどこかホっとしながら戦闘終了の準備に移る。
ある者は各艦隊に通達を、ある者は『ミカサ』の砲撃中止を命じ、ある者は帰投する拠点への航路を算出する。
そこまで見届けて、僕は役目を演じきった事を確信し胸を撫で下ろす。
これで『ミカサ』連合艦隊の初戦は、まずまずの勝利を収めて終結というかたちになる。
大本営の意向通りにはならなかったけれど、極めて軽微な損害で矛を収めることが出来た。
後は拠点に帰った後、改めてこの海域の深海棲艦たちの分析を―――。
『ミカサ』が揺れた。
「え、何!?」
「きゃあ!?」
翔鶴さん、瑞鶴さんの悲鳴を背に、僕は戦場へと指示を出す。
「赤城さん、加賀さん。来るぞ、後退して!」
この一言を言うために今までの分析があった。
言い切った後で僕はそう感じたんだ。
敵のボスである正規空母ヲ級。
戦略性を裏付ける補給艦の存在。
腑に落ちない僕らの快進撃。
これらに気付いたおかげで、一航戦の二人を一発轟沈させることがなかったのだから。
「提督、分かりました。でも、どうしたら?」
「加賀、喋っている場合じゃない。見て!」
初めて聞く赤城さんの切迫した声。
何だ、何があった。敵は何をしてきた!?
「赤城さん、何があったの!?」
「モニターを切り替え、『ミカサ』周囲の映像を表示しろ」
僕と大提督がそれぞれ部下に指示を出す。
「これは…」
艦橋にいた全ての者がモニターのが映し出した光景に目を見張る。
ある者は言葉なくへたり込み、ある者は怨嗟の悲鳴を上げ立ち尽くして、その意味を図る。
これは…これは、果たして現実の光景なのか?
「提督、ご報告致します」
震える声で、赤城さんの声が無線を伝って耳に入る。
それは、僕たちの置かれた絶望をこれ以上ないくらい的確に表現した報告だった。
「水底から数多の深海棲艦が浮上…私と加賀を含め、『ミカサ』が囲まれています」
「やられた…」
先ほどの振動は、深海棲艦が『ミカサ』とぶつかった時のものだろう。
これが…これが、敵の策略。
疑問に思うべきだったという後悔ばかりが襲ってくる。
海に浮かぶ、あるいは炎上して沈んでいく敵の死骸が多すぎないかということに違和感を持つべきだった。
…少し、敵を屠りすぎじゃないかという事に気づくべきだった。
僕たちは驕り過ぎた。約束された大勝利という幻想に、状況を判断する目を曇らせた。
深海棲艦たちが下等な生物だと思い込んで、自ら罠に吸い込まれていったのだ。
くそ、くそ、くそ。僕がもっと、もっと、もっと!
ああ。
こうしている合間にも死骸に擬態していた深海棲艦たちが次々と奇声をあげて起き上がり、この洋上を再び埋め尽くしていく。
今度は正面切っての戦いじゃない。
こんな至近距離では『ミカサ』の主砲は役に立たないばかりか、的でしかない。
そしてそれは『ミカサ』を護衛する艦隊も同じ。
深海棲艦たちが『ミカサ』を囲み、敵味方入り乱れた状態になった以上、同士打ちを恐れるばかりに安易な射撃は封じられてしまうだろう。
「ね、ねえ提督…。どうするの、これ」
ぎゅっと、手袋越しに拳を握り締める。
絶望に打ち震えてばかりはいられない。
一航戦の二人にまた会うために、二人を沈めないために。
だから僕は、震える瑞鶴さんの声にこう応えるんだ。
「僕に出来ることをするよ」
いつだって、それだけさって。
この状況から、僕が切れる札…それは。
いよいよ、覚悟を決める時が来た。
第十四章 死の舞踏
無数の深海棲艦が連合艦隊総旗艦『ミカサ』を取り囲む…そんな絶望の最中。
この時の僕の咄嗟の指揮ぶりは、振り返っても賞賛されるべきものだと思う。
”何かが起こる”と前もって身構えていたおかげで、即座に赤城さんに指示を出すことが出来たのだから。
「大提督、艦娘の映像をモニターに。早く!」
「う、うむ。映像を」
彼の指示でモニターの一つが切り替わり、一航戦の姿が映し出されるのを横目にして。
今度は洋上の彼女たちへ指示を出すために無線越しに怒鳴った。
「赤城さん、加賀さん。艦載機は全部しまって回避に専念して!」
「『ミカサ』を狙って敵が攻撃してくる!巻き込まれるな!」
「はい」
「ええ」
「来るぞ、みんな手近な物に捕まって」
「翔鶴ねえ!」
「瑞鶴っ」
三人で手を繋いでその場に伏せたその直後―。
ドン、ドンという地鳴りのような音が立て続けに響いて、その後に迅雷のような衝撃が『ミカサ』に走った。
『ミカサ』を囲んだ深海棲艦たちの一撃が放たれたのだ。
「慌てないで、戦艦の装甲は厚い。そう簡単に沈みはしない!」
一航戦も同時に動いていた。
二人は『ミカサ』への深海棲艦の主砲斉射に巻き込まれることはなく、今のところ無傷で洋上を駆けている。
僕は間一髪の回避に一先ずホっとする。
赤城さんたち二人が事前に艦載機のほとんどを格納していたことが大きい。
もしも『ミカサ』の撃ち漏らしを爆撃するというさっきまでのスタイルを貫いたままだったら…。
艦載機を展開仕切った空母艦娘など、身動きの取れない格好の餌な訳だから…。
『ミカサ』への深海棲艦の主砲斉射に巻き込まれて、一発轟沈していたかもしれない。
その最悪の事態をどうにか回避して、でもそれで終わりじゃない。
状況な何一つ好転せず…むしろ悪化の様相を呈していた。
敵の次の砲撃まで、『ミカサ』はほんの束の間の休息をもたらされる。
「大提督閣下、ご無事ですか!?」
「この状況は一体!?」
「『ミカサ』が…『ミカサ』が敵に囲まれている!」
各鎮守府の提督がすぐさまこの異変に反応し、大提督を含めた共同チャンネルが開かれる。
「どうやら我々は、敵に一杯喰わされたということらしい」
大提督の声は努めて冷静であろうとしていて、逆にそれが現状の緊迫感を如実に表していた。
「呉、佐世保、舞鶴鎮守府とその旗下の泊地提督は、各々個別にこの海域から撤退せよ」
「集合地点は本日出港した前線拠点とする」
「し、しかし。それでは『ミカサ』と大提督は…!?」
『ミカサ』が敵に囲まれている以上、他の鎮守府に出来ることはない。
彼らの位置からの砲撃は『ミカサ』を囲んだ敵ばかりではなく、守るべき『ミカサ』をも攻撃してしまいかねないから。
それを知ってなお、奇跡の戦艦と大提督を見捨てておけるものではない…その心情は痛いほどよく分かる。
でも。
「君たちに何か出来るかね?」
大提督の静かな問いに、一瞬だけ静寂が訪れた後。
「…舞鶴鎮守府、これより戦闘海域から離脱します」
「同じく、呉」
「佐世保も同じく」
そうして無線が切れる。
これで、仮に奇跡の戦艦『ミカサ』が沈んでも、人間側には十分な戦力が残される。
そんな昏い希望は、ただちに、陽炎の様に儚く散った。
ドン、と遠くから爆撃音が聞こえてくる。
これは―空母の爆撃機の音。
「赤城さん、加賀さん!?」
「違います、提督。私たちではありません」
加賀さんの震える声が聞こえる。
艦娘ではない空母の爆撃。そんなの…。
「大提督、我が軍先鋒の佐世保鎮守府が襲われています!」
「同じく左翼、舞鶴。深海棲艦の突撃と爆撃を受けています!」
「呉鎮守府、徐々に後退を始めました!」
佐世保艦隊を襲った敵のボスである空母ヲ級の爆撃は、深海棲艦の反攻の狼煙に違いない。
先ほどこちらが好き放題に主砲の一撃を叩き込んでいた敵深海棲艦の一団がこぞって突撃を仕掛けてきた。
統制の取れない連合艦隊は防戦一方で、これでは撤退どころではない。
『ミカサ』以外の艦隊も、いまや大混乱に陥っていた。
敵軍の本丸を突く奇襲攻撃に合わせた舞台の転進…まったく、大した下等生物だよっ。
そんな暇は無いにも関わらず、つい心中で毒づいてしまう。
艦橋のモニターはというと、淡々と死の舞踏会の様子を映し出していた。
敵深海棲艦ボスである空母ヲ級の爆撃が舞鶴鎮守府の艦隊に降り注ぎ、さらに敵水雷戦隊の大群が殺到していた。
こちらのある艦は必死に敵の突撃を躱し、ある艦は耐え切れず身動きを封じられている。
これでは轟沈艦が出るのも時間の問題だろう…。
そしてそれは他人事では無い。
「うわ」
「きゃっ」
断続的に敵の砲撃を横っ腹に受けて『ミカサ』が揺れる。
今のところ致命的な一撃を食らっている訳じゃないけれど、これじゃあ…。
「接近してくる敵には副砲にて対応。主砲なぞいらん、捨て置け!」
襲い来る敵を何とか退けようと、虚しい大提督の激が飛ぶ。
『ミカサ』が無事撤退するには、この襲い来る悪魔たちの攻撃を受け続けながら反転し、母港を目指さなければならない。
その間『ミカサ』は、この絶望という名の舞台で、死の舞踏を踊り続けなければならない。
一歩でも足を踏み外したら、その先は。
「きゃああああ!」
「赤城さん!?」
踏み外した―。
その感覚に心臓が鷲掴みにされる。
鎮守府のエースの悲鳴に、僕と五航戦の怒号が重なった。
すぐさま僕は無線を繋ぐ。吐きそうになるのを何とか堪えて声を絞り出す。
今悲鳴を上げた彼女の、すぐ隣にいるであろう空母艦娘へと。
「加賀さん、何があったの?」
「提督…提督、私のせいで赤城さんが…」
既に艦橋の映像は艦娘を写しておらず、今頼んだところで無駄だろう。
ああ、こんな時キスの効果が残っていたら。艦載機の視点が使えていたら!
赤城さんからの無線は途絶えたままだから、状況は加賀さんから報告してもらうしかない。
「加賀さん、落ち着いて。まずは何があったか報告を…」
「私が、私がしっかり敵の攻撃を避けていれば…」
「ああ、これで赤城さんが沈んでしまったら、私はどうしたら」
こんなにも動揺している加賀さんは初めてだ。何とか落ち着いてもらわないと…。
「加賀さん駄目よ。提督の言うとおり落ち着いて!」
「加賀さん、今はあなたが頼りです」
五航戦の励ましも虚しくこだまするのを見て、息を吸い込む。
「ごめんなさい、赤城さん。ごめんなさい…」
「加賀っ!」
「きゃっ」
「ええ!?」
無線の向こうから呆然とした加賀さんの声が聞こえてくる。
「てい、とく?」
「落ち着いたね、加賀さん」
「なら状況を報告して。君と赤城さんを助けるために」
切り札は手中にある。戦況を一変させる手段を、僕はこれしか思いつけない。
”それ”がどこまでの成果を生んでくれるか分からないけれど。
”それ”を切るために、とにかく今は一航戦の状況を確認しなければならない。
「私が敵艦の攻撃を避けきれず被弾、小破しています」
「赤城さんは動きが鈍った私を庇うために囮になってくれて…」
「一航戦赤城、不覚を取りました」
「これじゃあ、帰ってからもご飯の前に入渠ですね」
加賀さんの無線越しに赤城さんの声が聞こえてくる。
いつもの僕をけむに巻くような冗談も、今は空々しいだけ。
「加賀さん、赤城さんの状態は?」
「…大破です」
天を仰いだ。
これからの僕の指揮次第で全てが決まる。
「”期待”させてくださいね?」
あの日の赤城さんの言葉が胸に蘇る。
あの時…辛辣な赤城さんの問いかけに、僕はこう答えたんだ。
「させるだけじゃなくって・・・応えてみせるさ」
艦橋を見渡す。いま『ミカサ』司令部は大混乱に陥っていて、僕たちの事など誰も見ていない。
独断で行動しても邪魔されることはないだろう。
そう判断して、それぞれに指示を出す。
「加賀さん、少しの間だけ自分と赤城さんを守りきって」
「瑞鶴さん、翔鶴さん。出るよ」
艦橋を出て、甲板へと続く道を歩く。
五航戦の二人が慌ててついてくるのを背後に感じながら、心中で誓う。
絶望になんか、させやしない。
期待を希望へと、変えてやるんだって。
敵の砲撃と『ミカサ』の副砲での応射が鳴り響く中、僕たちは甲板へと出た。
翔鶴さん、瑞鶴さんは黙って僕について来てくれている。
もう、自分たちがどんな命令を下されるか分かっているはずだ。
瑞鶴さんはちょっと鈍いところがあるけれど。
この状況で僕がどうするかなんて、そんなの答えは一つしかない。
「翔鶴さん」
「はい」
僕が先に指示を出すのは翔鶴さんからで、そのことを彼女も承知している。
何故なら僕が切り札として投入するのは彼女ではないからだ。
「君は先に出撃して加賀さんと合流。赤城さんの救援だ」
「お任せ下さい」
翔鶴さん、加賀さんの2隻で守りに徹すれば、そう簡単に負けることはないだろう。
これで少しの間時間を稼ぐことが可能になる。奇跡への下準備をする時間を。
「翔鶴さん…?」
「翔鶴ねえ?」
でも、翔鶴さんは僕の思ったとおりすぐに動き出しはせず、ただ目を閉じて静かにそこに立っている。
この一刻を争う状況でそうする理由。それが思い浮かばなくって、僕は首を傾げて彼女を見やる。
そうして僕と瑞鶴さんの視線を一身に受けて、翔鶴さんは僕の方に手を伸ばす。
「私にもお守り、下さい」
先ほどの一航戦の出撃を見ていたからだろう。
でも、その儀式に意味があるとは思えない。何故なら…。
「でも、翔鶴さん。翔鶴さんにはキスの効果が…」
「だから、お守りなんです」
「提督のキスがあったから、赤城さんは沈まなかったんですよ?」
真面目な彼女には似つかわしくないおどけた声に耳を奪われて。
もう僕は言葉を発することも出来ずに動いた。
差し出された手を勢いに任せて引き寄せて唇をよせる。
「んっ」
「…」
「翔鶴ねえ、提督…」
5秒か、6秒か。数えたとしたらそれくらいの、わずかな時間が流れたあと。
やや乱暴に引き寄せたさっきとは逆に、翔鶴さんの手の甲に触れた僕の唇が静かに離れた。
自分がキスされたところを一目見て、翔鶴さんが優しく微笑んだ。
「また、唇にされるかと思ってびっくりしちゃいました」
彼女には似合わない悪戯っぽい表情を浮かべて、そう呟く。
それは、覚悟を決めた僕へのエールなのだろうか?
「提督、ではお先に参ります」
「うん」
「頑張って下さいね?」
「…うん。覚悟は、決めたよ」
「瑞鶴も」
「え、わ、私!?」
「提督は覚悟を決めたそうよ?」
「頑張ってね」
「…うん」
そうやって、花の咲くような微笑みから一転。
「五航戦翔鶴、出撃します」
凛とした声でそう告げて、翔鶴さんは赤城さんを助けるべく戦場へと降りていった。
自分はずっと…物静かな、でも優しい翔鶴さんに支えられていたんだなと思う。
この人が優しく微笑んでいるだけで、どんなにか心が救われたか。
翔鶴さんが本当の”お姉ちゃん”な瑞鶴さんが羨ましいなと。
僕は戦場へと赴く彼女に、そんな思いを馳せながら見送ったのだった。
そうして、世界には二人だけが残された。
「提督」
『ミカサ』の甲板に残されたのは、僕とあともう一人。
その一人が、恐る恐る声をかけてきた。
「なあに、瑞鶴さん」
容赦なく響く敵の爆撃と砲撃の音を背景に、僕は固い表情で囁いた。
覚悟は決めたはず、そう思った。この非常事態に甘いことは言ってられないんだから。
僕は提督で、瑞鶴さんたち艦娘を勝利へと導くためにここにいて。
そして早く手を打たなければ連合艦隊どころか、赤城さんまで失ってしまうかもしれない。
そんな受け止め難い事実を前にしてもなお、これからすることが怖い。
「覚悟って、なに?」
ああ、でも。
震える声でそう問いかける瑞鶴さんを見つめる。
なぜ、瑞鶴さんの声は震えているんだろう。
深海棲艦の大反抗というまさかの事態にだろうか。
赤城さんを失うかもしれないという恐怖にだろうか。
それとも、先に戦場に降り立った翔鶴さんの身を案じてだろうか。
それとも、それとも…。
これからされることへの、嫌悪感からだろうか?
胸が痛む。
”それ”をしたところで、状況が劇的に変わるという確証は無い。
前に”それ”をしたときは、瑞鶴さんの爆撃レベルは赤城さんと同レベルだったし、そしてその赤城さんですら今窮地に立たされている。
絶対の勝利を約束出来ない。
でも、”それ”をしなければ。このまま手を打たなければ、僕たちは負けるだろう。
赤城さんを失い、奇跡の戦艦『ミカサ』を失い、全ての希望が絶たれるだろう。
「ねえ、提督?」
遠くから届く爆撃音とともに、一際大きい爆発音が鳴り響く。
襲われている佐世保か舞鶴の水雷戦隊が、どこかやられたなと思う。
数瞬遅れて来た爆風が、瑞鶴さんの浅葱色の髪を激しく揺らした。
瑞鶴さんは顔に掛かる自分の髪を抑えることもなく、風に吹かれながら僕を見つめている。
髪の毛と同じ綺麗な浅葱色の瞳で、ただただ僕を見つめている。
こんな状況なのに僕は…それがこの世で最も美しいものの様に思えた。
”それ”をすることによって、彼女の表情がどんなにか嫌悪に歪むのだろうか。
それとも、歳上の余裕を見せて…仕方ないと諦めた笑いを浮かべるのだろうか。
瑞鶴さんの美しさと、彼女に嫌われるかもしれない恐怖に何も答えられない僕は提督失格だ。
覚悟はしたはずなのに…。
早くしないと、赤城さんが危ない。
行け、僕。行くんだ。
でも、身体が動かない。
「覚悟っていうのは、私とキスする覚悟?」
瑞鶴さんの声に、僕はハっとする。
彼女の声はこんなにも柔らかで、優しかっただろうか?
翔鶴さんみたいな、お姉さんの様な優しさじゃない。
優しさにも種類があるんだ、なんて当たり前の事を思って。
それでも僕は、この優しさがどこから来るのか判別出来ないでいた。
でもそんな彼女の優しさに甘えてばかりはいられない。
僕は男で、しかも提督なのだから。
だからこう答える。
「違うよ、瑞鶴さん」
瑞鶴さんにキスをして、艦娘の力を覚醒させて…この緊迫した戦況を打破する。
僕たち横須賀鎮守府の者なら誰もが思い至るであろう、最後の希望。
でも、僕が決めたのは瑞鶴さんにキスする覚悟じゃない。
うん、本当に違うんだ。僕が足踏みしている場所はそこじゃない。
そこまでヤワじゃあない、舐めないで欲しい。
赤城さんを救うために、深海棲艦に勝利するために、そんな覚悟はとっくに決めているよ。
「じゃあ提督。アンタはどんな覚悟を決めたの?」
「瑞鶴さんにキスして、嫌われる覚悟さ」
洋上に爆発音が鳴り響くなか、僕は静かにそっと告げた。
瑞鶴さんが嫌がろうと、僕はみんなを救うために君にキスをする。
それが提督として正しいあり方。提督として成すべき選択なのだから。
「今から瑞鶴さんにキスをして、力を覚醒させる」
「瑞鶴さんに嫌われてでも、みんなを救うために僕はそうするんだ」
この決意が偽物でないことを伝えるために。
瑞鶴さんに僕のキスを受け入れることを覚悟させるために。
僕はもう一度、はっきりとその意思を伝えた。
ああ、これで本当に嫌われちゃったかな?
「そっか」
かたちの良い眉をピクリと動かして、瑞鶴さんが満面の笑みを浮かべる。
2歩、3歩…僕との距離を詰めて来て、僕のすぐ目の前に立つ。
今度は桜色の唇を開いて、そして―――。
「ねえ、提督。アンタってさ」
続く言葉に、目を見張った。
第十五章 一航戦の誇り
私は結局役立たずのままなのだろうか、と赤城は思った。
自分はいま、敵味方入り乱れるこの海の上にポツンと佇んでいる。
傷だらけで回避すらも満足に出来ない身体を抱えて、情けなくも。
「翔鶴、第二波が来るわ」
「はい、加賀さん」
加賀と『ミカサ』から駆けつけた翔鶴に守られて、自分は二人の戦いをただ見ることしか出来ない。
それは加賀を庇ったための大破だとか、そういう事は言い訳にはならない。
今、こうして無様を晒して何も成せていないこの自分の、いったい何が。
「何が一航戦だと言うのでしょう」
その呟きがどんなかたちで聞こえたのだろうか。
「赤城さん、提督が何とかして下さるまで、あと少しです!」
「ええ。あの人を信じて…頑張りましょう」
自分を励ます加賀と翔鶴に力ない笑顔を返して、赤城は再び思いにふける。
一航戦の誇り。
『赤城』の名を冠した自分は、生まれながらにそれを感じてきた。
それは加賀も、そして鎮守府のどの艦娘も自分たちの名に誇りを感じている。
でも、皆と比べて自分はこれほどまでに…。
大昔のあの戦いで培った誇りをこれほどまでに意識しているのは自分だけだと、赤城は思う。
この世界に軍艦としてではなく艦娘として生まれて。
それでも自分は『赤城』として築いたあの栄光を。
刻んだあの誇りを忘れられない。
”役立たずの兵器たち”
瑞鶴なんかは、人間にどう思われようが関係無いとのんびりしていたけれど。
そう呼ばれることは自分にとって、何よりも耐え難い屈辱だった。
一航戦としての気位と今の実力。
その、埋めることができない溝から湧き出る苛立ちを赴任して来たばかりの少年にぶつけてしまったあの時の事は、未だに負い目に感じている。
だって彼は、私と話す時だけはまだ緊張して気を張っているのだから。
そんな相手に今、自分は期待している。
さしあたっては、この絶望的な状況を何とかしてくれるのは少年しかいないと。
そして、彼なら…役立たずと言われた自分たちを、想像も出来ない高みへと導いてくれるのではないかと。
「あなたは、私の期待に応えてくれるでしょうか」
動けない身体で、空を見上げる。
自分と『ミカサ』の守りに専念している以上、加賀も翔鶴も艦載機の展開は限定的な範囲に留まっているから。
今、この大空を我が物顔で駆けているのは敵空母のヲ級の艦載機だけ。
それが悔しい。この大空を駆けるのは私たち艦娘の―。
「きゃあっ」
「加賀さん、大丈夫ですか!?」
物思いは突然破られる。
突き破る様な主砲の直撃音と、加賀の悲鳴によって。
「くっ、飛行甲板に直撃…」
「やられました、艦載機発着艦困難ですっ」
「まだなの、まだ…」
重たい身体を懸命に支えて、洋上に膝を着きながらも赤城は顔を上げた。
「加賀、被害状況を説明なさい」
「赤城さん…」
翔鶴を深海棲艦の牽制に務めるように目で指示しながら、赤城は加賀に問う。
加賀に直撃したという事は、おそらく提督との通信に使う無線機も壊れたということ。
旗艦は自分だ。この戦場において、いまは自分が冷静な判断を下さなければならない。
「加賀、その様子だと大破はまぬかれたみたいだけど…」
「ええ、中破状態です。艦載機の運用はもう出来ません」
自分という荷物を抱え、翔鶴が来るまでは戦線を一人で支えてきた加賀。
艤装も精神力ももう限界に達していたのだろう。
そして翔鶴も、今度は二人を守りながら一人で戦わなくてはならない。
自分や加賀ほど練度が十分でない彼女にそれは、余りに…余りに酷だ。
思ったよりも早く”その時”が来たわね。
そう思いながら、赤城は加賀を見やる。この世界に艦娘として生まれ落ちて以来片時も離れたことのない相棒のことを。
あなたなら、私がいなくても…これから先艦娘の筆頭としてやっていけるわよねと、そう問いかけながら。
「『ミカサ』へと撤退します」
決断するということは殺すということ。
時にそれは、自分自身さえもその対象となりうる。
「なっ」
「赤城さん!?」
「加賀。中破状態ならばまだ、何とか自力で航行出来ますよね」
「動けない私が敵を引きつけている間に、早く」
3人沈むよりも、それが1人で済む方が良いという単純で冷酷な計算。
この状況で自分にはそれ以外の選択肢を思いつかなかったからこその判断。
後はこの、自分を残して行けないと言うであろう二人をどう説得するかが肝だと思っていたのに。
「いいえ、赤城さん」
加賀の意見は、自分が全く想定しえないものだった。
「私たちがここで耐えていれば、提督が必ず助けてくれます」
「そうです、もう少しなら私、頑張れますから…!」
「なっ」
この二人は最後まで提督の…少年の事を信じるつもりらしい。
期待するだけの自分と、少年を信じている彼女たちとの違い。
そして。
「でも、翔鶴一人ではもう耐えきれない…。それに瑞鶴が来たとしても勝てるとは」
「勝てます」
「ええ」
何故二人は、これほどまでの信頼を少年に置くことが出来るのだろう?
自分と二人の判断が予期せぬかたちで食い違ったことから生まれた、一瞬の迷い。
その迷いが、決定的な隙を自分たちにもたらした。
ドン、ドンという音が鳴り響いて、赤城たちの周囲に水柱が立つ。
「何!?」
「しまった、上ですっ」
「くっ…」
終わった。
気づくと、自分たちの隙を突いて敵駆逐イ級が宙へと跳ね上がり、赤城を射程に捉えている。
キィィと醜い叫びを上げながら、その主砲は真っ直ぐに赤城へと向いていて。
ああ、私はここで沈む。
それでも、感じたのは屈辱ではなくて安堵だった。
これで、守るものが無くなった加賀と翔鶴は『ミカサ』へと撤退出来る。
『ミカサ』がこの窮地を脱せるかはまだ分からないけれど、一先ず命を繋げるだろうと。
世界から音が消えた。
加賀が必死になって何かを叫ぶ声も。
翔鶴が泣きながら上げる悲鳴も。
駆逐イ級が主砲を狙い定める音も、全てが消えて。
この音のない静寂な世界の中で身体を貫かれ、自分は水底へと沈んでいくのだろう。
自分を葬るであろう敵の姿を力なくぼんやりと見上げながら、その時を待つ。
そしてまさに、敵の主砲が放たれるその刹那。
それは赤城の視界の隅から颯爽と現れて。
自分を仕留めるために主砲を放とうとしている敵の横腹をぶち抜いた。
「えっ」
ズガアアン…、と。大きな爆発とともに、世界に音が戻る。
イ級をぶち抜いた何かとは別に、自分たちを遠巻きに囲んでいた深海棲艦たちが次々に爆発し、炎上していく。
これは、いったい…?
「待たせたわね!」
そうして耳慣れた甲高い声とともに現れたのは。
「瑞鶴っ」
待ちわびた、鎮守府最年少の空母の姿だった。
「赤城さんに、うわっ加賀さんも。みんな大丈夫?」
「ええ。危ないところでした」
「全くあなたは…こんな場面でも騒がしいのだから」
「瑞鶴、瑞鶴~っ」
「ちょ、翔鶴ねえ。抱きつくのやめてってば!」
一先ずの窮地を脱して、空母四人は大破した赤城を囲んで話し合う。
「っと、その前に爆撃機と戦闘機回収するね」
瑞鶴が先ほど放ったのだろう艦載機たちを飛行甲板に着艦させていく。
周囲を囲んでいた深海棲艦を一瞬で葬ったのが爆撃機だとすれば…。
赤城へと迫る深海棲艦を穿ったあの一撃の正体は、瑞鶴の戦闘機だというのだろうか!?
「さっきの一撃、本当に戦闘機が?」
「うん、そうみたい」
敵の艦載機を撃墜することに特化した戦闘機が、深海棲艦の機体に突撃してその身体を貫いた…その事実に驚きを隠せない。
「そんな…嘘」
「加賀さんそれは酷いんじゃない?」
信じられないほどの艦載機運用能力を示した後になっても、瑞鶴の無邪気さは変わらない。
その事が、赤城の心を不思議と落ち着かせた。
まったく、この娘は…。
クスリと笑いながら瑞鶴に問いかける。
「それに瑞鶴。あなたその身体」
「ああ、これ。なんだろうね?」
瑞鶴の身体は今、全身から光を発して輝いている。
それは加賀の手に宿った様なぼんやりとした輝きではなく…。
「前の演習の時も、こんな?」
「いえ、確かあの時は…」
「あの時もぼんやりと全身が光ったけど、こんなにキラキラはしてなかったわ」
今や瑞鶴は、一等星もかくやと言わんばかりの眩しい輝きを放っている。
その輝きの強さはどうやら、先ほどの驚異的な攻撃力とも関係がありそうで。
何故、前回の瑞鶴や加賀へのキスではこの輝きが出なかったのか。
逆に言えば、何故今瑞鶴はこんなにも輝いているのか?
「ああ、なる程」
上気した瑞鶴さの頬の原因は、何もここに駆けつけるために急いでいただけではない。
晴れやかな瑞鶴の表情を落ち着いて観察してみると、それが良く分かった。
その証拠に、赤城が言葉を発すると瑞鶴がビクリと背筋を直す。
あらやだ、そんなに意地悪に聞こえたかしらと思いながら、赤城はやはり意地悪をすることにする。
「キスの効果って、やはり凄いのね。瑞鶴」
「え、ええ。そうでしょう、赤城さん」
「いったいどこにキスされたのかしら?」
自分の唇に人差し指を立てながら、赤城は満面の笑みで瑞鶴に問う。
それだけで瑞鶴は顔を赤くして押し黙ってしまったから、まったくこの娘は分かりやすい。
そうして横に目をやると、今度は隣にいる加賀が、そわそわと落ち着きなく瑞鶴の事を見やっている。
表情の色彩は乏しいのに、同じくこちらもなんて…なんて分かりやすいのだろう?
「ねえ、加賀。あなたと瑞鶴の輝きが違うのは何故かしら?」
「えっ、さ、さあ。分かりません」
「あ、赤城さんそれ以上は…」
翔鶴が引きつった笑いを浮かべながら窘めてくるけれど、あとちょっとだけ。
加賀の耳元で一言だけ囁いたらもう満足するから、待ってくださいね。
「加賀が輝くようになるには、もうひと押し必要なのかしら?」
「あ、赤城さんっ」
「ふふ、ごめんなさい」
苦笑いする翔鶴と、首を傾げる瑞鶴を見てもう一度クスリと笑う。
そうして束の間の休息に心を落ち着かせて。
「もう、そんな話ばかりして…じゃ、私はもう行くよ?」
「赤城さんと加賀さんは『ミカサ』まで退避してね。翔鶴ねえは…」
「このあたりの残党を退治してちょうだい」
「え、でも瑞鶴」
「翔鶴一人でそれは厳しいのではないかしら」
もう、何をされても驚かないと決めたのに。
シャラン、と艤装の弓を取り出して、瑞鶴は放てる限りの爆撃機と雷撃機を放つ。
『ミカサ』を取り囲む無数の深海棲艦たち向かって、艦載機が飛んでいって、そして。
ガガガガガガガ、と連続した大きな音を立てながら…。
あるモノは爆撃機の爆弾に、あるモノは雷撃機の魚雷に打ち抜かれ爆発、次々に炎上していく。
信じられない程の攻撃を放った空母の少女は、赤城たちを振り返って得意げに言う。
「これで、どう?」
あまりの事に3人の空母艦娘は言葉も無かった。
行ってくるわ、と赤城たちに語りかけて、瑞鶴は洋上を駆けていく。空母ヲ級のもとへ。
輝きを纏いながら敵のボスを目指して走る姿はまるで、闇夜に流れる星のような美しさだった。
そんな光景をぼんやりと見つめて、赤城は思う。
「提督、私の期待に見事、応えて頂きましたね」
「赤城さん、そろそろ」
加賀が『ミカサ』への退避を促してくる。
大破状態の自分より、彼女の方が落ち着きがないのはどうしたことだろうか。
「さあ、早く」
名残を惜しむように、もう既に遠くにある瑞鶴の輝きを見つめる。
あの輝きが自分の中の提督への”期待”を、別の何かに変えてしまったと。
そう赤城は感じる。
それは瑞鶴や加賀が少年に対して抱いている想いではなく。
翔鶴が瑞鶴を思うのと同じように注いでいる思いではなく。
信頼ということばでは軽すぎる。
もっと別の、信仰にも似た特別な何かがいま、自分の中で芽生えつつある。
自分の持つ全てをあの少年のために使おう。彼に従うことこそが、一航戦の誇りなのだと…。
『ミカサ』を見上げて、そこにいるであろう彼の姿を想像して、赤城は思う。
「提督、あなたにならば私、どんな事をされても構いません」
たとえこの命を捧げることになったとしても、自分は躊躇うことなくそうするだろう。
彼が沈めと命じるのなら、一瞬の迷いもなく自分は…。
「赤城さん、何か言いましたか?」
「ええ、加賀。もっと頑張らないといけないわね、ってね」
「それは、そうですが…?」
怪訝な顔で自分を見つめる加賀に向けて放つ。
「でないと、誰かに提督を取られてしまうわよ?」
「そんな、私はっ」
「じゃあ私も立候補してしまおうかしら」
あなたの抱く想いとは違うけれど、という言葉は伏せたまま。
真っ赤になった加賀に曳航されながら、赤城は晴れやかな表情を浮かべて『ミカサ』へと帰還した。
最終章 キスから始まる提督業!
大海原を駆ける一陣の風となりながら、私は呟いた。
「何でも出来る」
私の中に渦巻くありとあらゆる感情がごっちゃになって、それが凄まじい爆発となって燃え上がっていく。
その燃え上がったエネルギーが白銀の輝きとなって、私の身体を輝かせているのが分かる。
シャランと、広げた手の中に兵装である弓矢を取り出だす。
こちらも今の私の身体と同じく、白い光に包まれていた。
艦娘の力の覚醒、それをしっかりと肌で認識しながらボスへの路を塞ぐ敵を爆撃で吹き飛ばしていく。
「何でも出来る!」
今度はさっきよりも大きな声で、世界中の誰にも聞こえるように、その思いを叫ぶ。
いま、この世界で。
舞台の真ん中に立っているのは私なんだ!
(ちょっと、瑞鶴さん。油断しないでよ?)
「え、ちょ…ちょっと、何!?」
頭の中で何かの声がする。聞き慣れた、でもこの世で最も緊張する声が。
それが誰の声かは、考える間もなくすぐに分かったけれど。
その声が直接、私の中に響くってことは…。
あれ、これってまさか…まさか、艦載機とじゃなくって。
「私と繋がってる!?」
(うん、そうみたい)
艦載機の視点を共有して、提督が自分に指示を出す。
そういう事が自分と加賀には出来ていたけれども…。
まさか”自分と”意識を共有することになるなんて、私は夢にも思わなかった。
自分が見たものを、離れたところにいながら少年も見ることが出来る。
と、いうことは…もしかして。
(ねえ、瑞鶴さん)
「なあに、提督」
(これで僕も一緒に戦えるね)
「うん」
ああ、やっぱり。
そうだ、彼が見ていてくれる。
私の戦いを、彼が見守っていてくれる。
そう思うだけで私は、どんな強い相手にも、誰にだって負けない気がしてきた。
あれ、でも…ちょっと待って。
こうやって意識を共有するには、例のあの行為が必要で。
しかもそれは、手の甲にとかそんな生易しいものじゃなかったはずで。
「ま、まさかキミ、毎回出撃するたびに私と!?」
(わー、違う違う。そんなやましい事考えてないから!)
いやらしいのは駄目。もちろん駄目なんだけれども!
でも、そんな風に否定されるのは面白くないから…私はこう言ってやった。
「私との…は、やましいことなんだ?」
(いやあの、そうじゃなくて。出来きるのは嬉しいというか、でも毎回するのは恥ずかしいというか)
戸惑っている少年の顔を思い浮かべたら、何だか嬉しくて。
だから私は、そっとこう呟いた。
「別に私は毎回でも良いけど?」
(え、今なんて言ったの?)
「な、何でもない!キミには関係の無いこと!」
聞こえないように言ったんだから流しなさいよ、まったく。
キミはそういう女心、まったく分かっていないんだから!
(瑞鶴さん、敵が集まってきた)
「ああもう、どうしてキミはそう真面目なのかなあ!?」
これから先何回、私はキミの鈍感さに振り回されるんだろう?
そんな、戦場には似つかわしくない想いを抱きながら、私は思考を切り替える。
弓を番えて解き放つ、流れるような動作のあと。
瞬間、次々と爆発が重なって邪魔をする雑魚たちを蹴散らして。
そうして、キミと私は再びこの海を駆ける風になっていくんだ。
進撃を邪魔する敵の姿が途絶えてしばらくしたあと。
少しだけ心を落ち着かせて。それにしても、と私は思い出す。
「キミは結局、ヘタレだったねー」
(う、それを言われると…)
でも、私は…そんなキミだから。そんなキミのことを。
好きになったんだ。
少し前の、戦艦『ミカサ』の甲板での出来事を思い出しながら。
戦場を駆ける風は、吹き止むことを知らずに。
それどころか、どんどん強くなって行く。
戦乱の渦中にある『ミカサ』の甲板で、僕は目の前の彼女に宣言した。
瑞鶴さんにキスをして、嫌われる覚悟があるってことをだ。
「ねえ、提督。アンタってさ」
瑞鶴さんの次の言葉を聞くのが怖くなって、僕は目を瞑る。
最低だとか、嫌いだとか…そういう事を言われるのだろうな、と思ったから。
ズキン、と胸が痛む。そんな痛みを無視するべく、僕は思考の檻に閉じこもった。
いや、それでも良い。それで良いんだ。
みんなを救うために、僕は瑞鶴さんに嫌われてでもキスをしなければならないんだから。
そういう覚悟を決めたんだからって、自分に言い訳して。
そしてそんな僕の陳腐な覚悟は。
瑞鶴さんにあっさりと打ち砕かれる。
「いてっ」
ペチンっと、瑞鶴さんの手が僕の両頬を合掌する様に叩いて、小気味よい音が響いて。
そして…。
「ばっかじゃないの!?」
「へ?」
あの甲高い声で、いつもみたいに罵られた。
「そんなので私がアンタを嫌うわけないじゃない!」
着任してきてから色々あったゴタゴタを、一気に帳消しにしてしまうようなその一言。
その一言に僕は戸惑うばかりで…まともな反応を返せなかった。
えっ、だって。僕は瑞鶴さんに嫌われると思ったから。僕とのキスを嫌がると思ったから。
「だって、だって。瑞鶴さんは…僕とのキス、嫌なんでしょ?」
口から出てきたのは、そんな情けない問いかけ。
僕の肩に瑞鶴さんの両腕が掛かる。
思いもしない瑞鶴さんの反応に僕は棒立ちとなって、ただただ彼女の動きを受け入れるだけだった。
首の後ろまでまわされた瑞鶴さんの腕に、そっと抱き寄せられて。
僕よりも頭一つ背の高い彼女の顔も、それに釣られて近づいてくる。
そして耳元で、優しく囁かれる。
「嫌なわけ、ないよ…」
これまで僕は瑞鶴さんの色々な声を聞いてきた。
初めて出会って…キスしてしまった時の怒った声。加賀さんと喧嘩する声。
照れて上ずった声、爆撃が成功して喜ぶ声、失敗して拗ねる声。
昨日僕を慰めてくれた優しい声。色々な声を聞いてきた。
「嫌なわけ、ないじゃない」
でも、今聞いた声は。
泣きそうで震えて、それでも言わなくちゃって、伝えなくちゃって一生懸命絞り出してくれたこの声は。
それまで僕が聞いた瑞鶴さんのどんな声とも違った、特別な声なんだと思った。
僕に向けられた、僕ための、僕だけの。
「ねえ、アンタは…どうだったの?」
震えている。声も、僕の肩を抱く両腕も震えている。
それでも瑞鶴さんは僕に問いかける。真正面から僕に向き合ってくれている。
「嫌じゃなかったよ」
だから、僕も正直に答えなくちゃいけない。
嫌じゃなかった。嫌なわけがなかったよ、って。
「ね、ねえ。じゃあさ」
「うん…」
視線が重なる。
桜色の唇から放たれたのは…。
「キスしよっか」
そんな、不器用な問いかけ。
真っ直ぐに僕を見据えて、これ以上ないくらいに顔を真っ赤にして。
瞳はもう泣きそうなくらいに濡れている瑞鶴さんの不器用な言葉に、僕は。
「う、うん」
情けないことに、まだ頭が上手く働かなくって。
彼女の問いかけと同じくらい…いや、それ以上に不器用なことばしか返せなかった。
一度、瑞鶴さんの腕の力が緩まる。
お互いの準備のために少しだけ距離が空いて。
「じゃ、じゃあ、行くわよ」
「ず、瑞鶴さん…?」
こういうのは歳上の役目だからとか、そんな様な事を早口に喋って。
少しずつ、少しずつ瑞鶴さんが紅潮した顔を僕の方へ近づけてくる。
ドクンドクンと心臓が脈打つ。緊張のせいで身体がこわばって、僕は目を閉じることもできずに瑞鶴さんを見つめる。
でも緊張しているのは瑞鶴さんも同じようで、彼女もまた目を閉じずに僕を見つめていた。
お互いに唇は固く、きゅっと引き結んでいて。
頭一つ背の低い僕に合わせるために、少しだけ俯きがちに瑞鶴さんが迫る。
ああ、これじゃあ全然だめだ。
いつか、事故じゃなくって女の子とキスする時はって考えていた理想とは全然違う。
こんなに緊張して、固まって身体は動けずに。
目の前の、とびきり美しい少女から逃れることは出来なくて。
そしてこんなに、こんなに熱い思いをすることになるなんて…。
お互いの唇が触れ合うまであと二歩…いや、一歩の距離。
これが触れ合ったら、僕のこの熱も、身体の強張りも、僕を突き動かすこの思いまでも…。
全てが瑞鶴さんに伝わってしまう気がして、急に怖くなった。
僕と同じことを瑞鶴さんも思ったのだろうか?
ふいに彼女の接近も止まって、僕たちはあと一歩の距離のところで硬直する。
その事に僕は何だか無性にホっとして。
あと一歩が来るのはもう少しだけ後のことだと、勝手に油断した。
緊張を誤魔化すために僕は口を開こうとして、そして。
「ねえ、瑞鶴さっ!?」
「んっ」
そして、唇を奪われた。
唐突に、二人の距離は、零になった。
思えば、これが僕にとっての初めてのキスになるのかもしれない。
事故でもなく、勘違いでもなく、そして艦娘の力を覚醒させるための作業でもなく。
お互いがお互いを求め、望む…誓いの儀式としてのその行為は。
啄む様な拙いそれは、時間にしてみればほんの一、二秒の事だったけれども。
僕はいまこの瞬間のこの出来事を、一生忘れないだろうなと思った。
ぽう、っという…うす靄のかかった鈍い輝きが瑞鶴さんの身体に起こる。
これは鎮守府の演習場で、次々と爆撃を成功させた時に見たのと同じ輝きだ。
良かった、これで覚醒が成功した。この力がどこまで通用するかは賭けだけれども。
「えへへ、どうだ。まいったか」
「ず、瑞鶴さんっ」
まだ頬は染めながら…。
でも悪戯が成功した子供みたいな笑みを浮かべて、瑞鶴さんが言った。
「もう、アンタは鈍いんだから。私が嫌がってない事くらい気づきなさいよね!」
まったく…身勝手にも彼女は、成功した途端にそんな事を言い始める。
こ、この人はっ!どれだけ自分の言動が僕を不安にさせたか、ホントにわかってるんだろうか!?
「元はといえば瑞鶴さんが僕を避けたのが原因だと思うけど?」
「え…あ、うぅ。あれは恥ずかしくて勢いで言っちゃったというか」
半眼で軽く睨みながら言うと、さっきの勢いは何処へやら。
それでも何か思うところがあったのか、ぷくっと頬を膨らませて。
瑞鶴さんはとても歳上とは思えない拗ねた表情を浮かべだした。
「で、でも、それを言うならアンタだって。私となんかキスしたくなかったって」
「ええ、僕がそんな事言う訳ないじゃないかっ!?」
僕の反論に、でも瑞鶴さんは小さな子供みたいに呟く。
「…言ったもん」
本当に覚えがない。
瑞鶴さんと衝突した事は何回もあるけれど、そんな心にも無いことを言ったことがあるだろうか?
「そんな事、いつ?」
「…一番最初の、喧嘩のとき」
一番最初の…?
喧嘩…?
「あっ!」
―あれは事故じゃないか、僕だって君とキスしたかったワケじゃないからね!?
―どうせキスするんなら、乱暴な君じゃなく女の子らしい翔鶴さんの方がよかったね!
それは、本当に最初の最初。
出会い頭に起こった事件に対する、売り言葉に買い言葉。
「そんな昔の事を…?」
「昔じゃないもん」
「気にしてたの?」
「…うん」
そんなのをずっと、ずっと気にしていただなんて。
目に涙を溜めて俯く彼女は今、もうただの歳上のお姉さんになんて見えなかった。
その子供みたいな姿がなんだか、僕にはとても可愛く見えてしまって。
だから。
「もう一度、キスしようか」
そう言ってやった。
「え、何言って―」
「僕も瑞鶴さんとキスがしたい」
そう言って。
今度は僕が、自分の意思で、瑞鶴さんの唇を奪った。
「んっ…んん!?」
さっきは一瞬の触れ合いだったから分からなかったけれど、今度は。
唇に、温かい感触が広がっていく。
それは出会った頃の彼女から感じた熱よりも、ずっとずっと熱くて。
僕は動くこともせずに、炎のようなその熱を味わっていた。
瑞鶴さんの夕焼けが、頬から顔全体に広がっていくのを見つめる。
「ちょ、ちょっと。ねえ…んっ!?」
怖気づいたのか逃げようとする瑞鶴さんの手をとって、華奢な身体を抱きしめる。
歳上で、僕よりも少しだけ背が高くて…だからこうやって肩を抱くには背伸びするしかなくて。
それでもいま、目の前の女の子を大切に包み込みたい。
いや、違うかな。なんだろう、この気持ちは。初めて抱くこの気持ちは…?
「…ぷはっ」
「あっ」
息が苦しくなって、ようやく僕は瑞鶴さんを解放する。
身体の方は抱きしめたまま、唇だけ。
「ば、バカ!」
彼女の荒い息遣いを自分の顔に感じながら、瑞鶴さんの瞳を見つめる。
泣きそうで、でもそれは僕とのキスが嫌だったからじゃないのを確信して。
「これで、信じてくれる?」
「瑞鶴さんとのキスが嫌じゃないってこと」
「バカ…」
そうやって仲直り出来て、僕の気持ちを伝えることが出来て…。
だからちょっと、僕はいつもより正直になりすぎてしまったのかもしれない。
「あの日、キスしてしまったのが瑞鶴さんで良かった」
言ってしまってから、ストンとその言葉が自分の心の底に落ちていく。
ああ、そうだ。僕は瑞鶴さんで良かったと思ったんだって。
そしてそれは、瑞鶴さんも。
僕の雰囲気に呑まれたのか、彼女もまた、いつもより正直になっていたみたいだ。
「私も…」
「えっ?」
「私も、初めてが…アンタで良かったと思う」
お互いがお互いを見つめて―おそらくその瞬間、僕たちは同じことを思った。
“あの時”が瑞鶴さんで良かったと、僕は確かに思った。
じゃあ…、じゃあ”今”は、お互いどういう気持ちでキスをしたんだろう、って。
「ねえ」
探るように、僕の耳元で瑞鶴さんが囁く。
「なんで、私とキスしたの?」
その、あまりにも真っ直ぐな問いかけに対しての答えは。
艦娘の力の覚醒のため。
それが、答えのはずだ。
そのために僕は、瑞鶴さんに嫌われる覚悟を決めたのだから。
でも、今改めてそれを問われると…さっきとは全く別の答えが僕の中に浮かんでくる。
キスする覚悟は決めていた。それは間違いない。
だけど、その裏側に隠された想いまでも伝える覚悟は持ち合わせていなくって。
「そ、その。瑞鶴さんが可愛い女の子だから…かな?」
僕の真意には一歩遠い、そしてそれ故にとても的外れなことを、僕は口にした。
それは僕が言おうとした答えでも、瑞鶴さんが望んだ答えでもない。
僕のその、情けない言葉を聞いて。
仕方ないなと苦笑して、瑞鶴さんが続ける。
「相手が可愛かったら、誰とでもするんだ?」
「そ、そんな事は…」
「ヘタレ」
…容赦のない評価に言葉も無いです。
「ううん、今はそれで許したげる」
恋人の距離から、提督と艦娘への距離へ。
後ろ手に腕を組んで一歩下がって、瑞鶴さんが今度こそ完璧に微笑んで。
そうして僕たちは、二人だけの世界から帰ってきた。
「これは…」
「うわっ、何なんなのこれ!?」
異変は、突然に起こった。
さっきまで瑞鶴さんの全身を包んでいた鈍い輝きは今、眩しいほどの光となって僕たちを驚かせたんだ。
遅ればせながら僕の思考も提督のものへと切り替わる。
何故だかは分からないけれど…瑞鶴さんに宿っている輝きは、今までの彼女のものとも加賀さんのものとも格段に違う。
ぼやけた鈍い輝きでもあれだけの力を引き出すことができたのだから、これだけ眩しい輝きを誇っているのなら…?
「行かなきゃ」
「うん」
まずは『ミカサ』周辺で助けを待っている赤城さんたちを救援。
それが上手くいったら、敵のボスを叩くために進撃する。
その時に艦載機を放って視点を共有、無線で会話しながら僕の指揮下に入ってもらう。
伝えるまでもない命令を伝えて、僕たちは最後の作戦行動に移っていく。
「五航戦瑞鶴、出撃しますっ。待っててみんなっ!」
「行ってらっしゃい」
まだその輝きの成果を試したわけでもないのに。
何故だか僕は、根拠もなくこの戦いの勝利を確信して瑞鶴さんを見送った。
白銀の矢が敵陣を真っ直ぐに射貫いていく。
赤城さんの救援には間に合った。後はこれで、敵の司令塔を叩けばそれで終わり。
他の鎮守府の艦隊を包囲している深海棲艦の統制も乱れるだろう。
『ミカサ』を取り囲む敵を抜けて。
前衛の佐世保鎮守府艦隊を囲む敵を抜けて。
ボスへと続く路を塞ぐようにして蠢く敵群を抜けて。
敵陣の奥の奥の、そのまた奥まで突き進んでいくと…。
―抜けた。
(瑞鶴さん、ここが!)
ぽっかりと穴が空いたように、目の前には久しく見なかった碧い海が広がっていて。
あんなにうじゃうじゃといた深海棲艦たちが一体としていない―いや。
一体だけ、いた。
「はじめまして、来てあげたわよ」
(さっき見たとおりの、こいつが)
この海域にいる深海棲艦どものボス、こいつを倒せば…。
その正規空母ヲ級は、ただ静かに駆けつけた僕たちを見つめていた。
(こいつは今、どんな気持ちでいるんだろう?)
「化物にそんなのあるわけないでしょ?」
それはそうだろうか。
少なくともこいつには知性がある。
この戦いに備えて、人類と同じく補給ルートを構築して戦力の増強を図り。
深海棲艦側の最も強力な武器足りうるのが数の暴力だということを理解し。
その武器を活かしてこちらを効果的に押しつぶすために奇襲策まで扱ってみせた、知性が。
その、あらん限りの知性を振り絞って立てた戦略。
それが艦娘の力の覚醒なんていう戦術に踏みにじられたという…屈辱。
渾身の一手を放った後の盤上をひっくり返されて、それでもこいつは何も感じないのだろうか。
「ヲ…ヲ…」
「ヲヲヲ…」
「ヲヲヲヲオヲヲヲオオアアアアアアアアアアアアア!」
空母ヲ級が吠える。
「提督っ!」
(来るっ!)
戦術家としての屈辱なんていう、生易しいものじゃなかった。
僕の肉体は『ミカサ』の艦内…遥か遠くにあるというのに、ピリピリと張り詰めた痛みを感じた気がする。
そう、それは言うならば呪詛。
僕たち人間と艦娘に向けられた、耐えることのない深い憎しみがそこにあった。
むき出しの怨念をそのまま艦載機に載せて。
深海棲艦空母ヲ級は、僕と瑞鶴さんに襲いかかって来た。
「ようし、こっちも」
まずは下手に口を出すことなく、瑞鶴さんに任せることにする。
これに限っては艦娘たちの方が良く知っているから、おそらく応手は…。
そうして僕の予想通り、制空権を争うための戦闘機が瑞鶴さんから展開されていく。
その隙に僕は空母ヲ級とその周囲を観察することにする。
蹴散らしてきた深海棲艦たちがここへ追いつく様子もなく、瑞鶴さんと空母ヲ級の一騎打ちの様相を呈していた。
「提督、動くわよ」
(うん)
戦闘機が撃ち漏らした敵艦載機の爆撃を防ぐために、瑞鶴さんが小刻みに回避運動を始める。
この動きもいつもより正確で早くて、爆撃は瑞鶴さんにかすりもせずに不発に終わった。
迎撃と回避の成功と同時に、今度は瑞鶴さんが爆撃機を放って攻撃を敢行する。
回避しながら矢を番え、体勢を整えたところで素早く射出するという流れるような動作。
初戦で使った戦闘機を飛行甲板で回収しながら、瑞鶴さんが叫ぶ。
「第一次攻撃隊発艦。これでどう!?」
瑞鶴さんと違い、艦載機の回収に手間取った空母ヲ級は回避への初動が僅かながらに遅れた。
戦闘機を出して迎撃するか、回避に専念するか、一瞬の迷いが生まれたのだろう。
中途半端に展開された敵艦載機の合間を縫って、瑞鶴さんの爆撃機が空母ヲ級に追いすがる。
隊列の組めない敵艦載機を数機撃墜するも…。
「突破出来そうなのは4機くらいか、無理かなあ」
(あれ、もしかして…)
敵味方の正規空母が撃ち合うという初めての状況を前に、僕は冷静に分析を重ねていく。
空母同士の一騎打ち―しかも制空権が拮抗している―状況では、中々決着が着きにくい。
同時に操る艦載機が増えれば増えるほどそれらの動きは単調になるし、それ故にお互い回避がしやすくなる。
「このままやっててもらちがあかないわ」
(うん)
「まあ、これしか方法が無いからやるけどっ」
結果出来上がるのが、真正面から敵の艦載機を突破して爆撃を仕掛けるという今の戦況。
敵もこれに終始すると思い込んでいるのなら、チャンスかもしれない。
(瑞鶴さん)
「何、今は私に任せて―」
(試したいことがあるんだ)
「へ?」
この輝きの効果が切れる前に戦闘を終わらせる。
その為には、チンタラやってても仕方ないんだ。
何度目かの攻撃権の交代が来て、その間に僕たちは準備を終わらせていた。
僕の目論見通りに事を運ぶことができれば、これで僕たちの勝ちが決まる。
敵の爆撃機を撃ち落とし、あるいは攻撃を躱して、今度は瑞鶴さんが攻める番だ。
矢を放ち、所持している戦闘機以外の全ての艦載機を大空へと解き放つと。
攻撃機に彗星と、今度は天山を混ぜた群れが空母ヲ級目掛けて飛び立って行った。
(瑞鶴さん、天山は)
「分かってる、全部右翼に展開させたわ!」
数の多い彗星は全体に、少数の天山はその全てを右翼に展開して隊列を構成する。
そうして瑞鶴さんの指示通りに艦載機たちが、一つの獣になって獲物に追いすがって行く。
対する空母ヲ級はというと、今までどおり迎撃に戦闘機を展開。
最初よりも幾分数を減らしたそれらの合間を縫って、まずは彗星が敵戦闘機を突破し予定通りの爆撃を仕掛ける。
さあ、決着の刻だ。
空母ヲ級に襲いかかるこちらの爆撃を前にして。
僕は冷静にこの戦いの最後を想像して瑞鶴さんに指示を出していく。
(旋回、旋回、旋回…もっと、もっと大きく。まだだ、まだだよ)
「うん」
重要なのはタイミング。空隙を突く一瞬の煌き。
僕は先遣隊の彗星の爆撃を空母ヲ級が滑らかな動きでいなすのを見届ける。
そして、先遣隊の動きに集中する瑞鶴さんに次の指示を出した。
(瑞鶴さん、ここで天山を)
「うんっ!」
魚雷を積んでいる分、彗星と比べて動きの鈍い天山もこれで十分な射程範囲に入った。
今まで全ての攻撃を彗星で行ってきたから、突然のこの魚雷攻撃はヲ級も意識してなかったはずだ。
回避行動を終えたばかりの奴はすぐさま次の動作に移れないだろうというのが僕の見立て。
これだけの数があれば十分その隙をつける。爆撃の回避に気を取られた空母ヲ級にとっては左側から―。
「行くわよ、天山、魚雷発射っ」
(旋回、旋回…角度を修正して)
瑞鶴さんの天山から発射された魚雷たちが、これもまた真っ直ぐにヲ級へと襲いかかった。
爆撃の回避に気を取られていたヲ級は、別の角度からの攻撃への対処が遅れるハズ…。
碧い海に、まるで飛行機雲の様に真っ白い空の軌跡を描いて。
全てを決める鍵となる魚雷たちが、ヲ級を屠らんと刃を向ける。
彗星の回避のために体勢を崩していた奴を、この攻撃で仕留めることが出来たら―。
「さあ、これでどう!?」
(瑞鶴さん、集中を切らさないで)
「ヲ…」
しかしながら敵もさるもの。僕が思ってもみなかった手法を繰り出した。
空母ヲ級は致命的な一撃を喰らうことをなんとしても阻止しようと、残った艦載機―既に展開している戦闘機以外のもの―を自身の周りに出現させる。
当然、それらは防衛に向かない爆撃機ばかりなわけで。
(今更艦載機を?)
「いっけえええ!」
もう魚雷は発射されていて、天山を迎撃しても遅い…といった僕の常識を。
奴はとんでもない方法で打ち砕いた。
「ヲ…アア…!」
(なっ!?)
「何あれ!?」
空母ヲ級の指示のもと、奴の艦載機が次々と急降下して海へと消えていく。
ああ、なる程。これで天山でトドメを刺すのは不可能になったわけだ。
(瑞鶴さん、奴の動きは無視して。角度を修正、全速だ)
「う、うん」
瑞鶴さんが艦載機に指示を出すのを見届けて僕は思う。
ああ、こいつの知性は本物だ、本物だったって。
天山の魚雷が爆発し、水しぶきが高らかに上がる。
空母ヲ級の僅か手前で、海に沈んだ奴の艦載機にぶつかって。
型破りな奇策に…天山の攻撃の、その全てが防がれてしまった。
不意を突かれた一撃にすぐさま対応してみせるその機転。
(本当に頭が良いよ、奴は)
「そうね、私なんか敵わないかも」
『ミカサ』を脅威に陥れたあの艦隊運営の手腕。
自身の生存を優先して型破りな作戦を思いつく発想力。
(本当に、手ごわい)
正面に展開した全ての艦載機が役目を終えたのを見届けて、僕は呟いた。
(だから、今ここで、トドメを刺す)
全ては、この時のために。
彗星を囮にした天山の魚雷という…僕たちの攻撃を全て防ぎきって。
今度は自分の番だとばかりに空母ヲ級が攻撃体勢を意識するまさにこの時。
空母ヲ級に一瞬の空隙が生まれる。
僕はなるべくゆっくりと、瑞鶴さんに展開した艦載機を回収させる。
全ての攻撃手を打ち終えて、瑞鶴さんが守りを意識したと思い込ませるために。
そう、その動作は敢えてゆっくりと。ブウウウウン、という”ある1機の彗星”の飛行音を悟らせないために、ゆっくりと。
そうして正面の僕たちばかりを見据えていて。
次の自分の攻撃のことしか考えていなかったであろう、ヲ級の表情に違和感が宿るのを見る。
でも、もう。
(遅いよ)
「いっけえええ!」
空母ヲ級が視線を空に向けた時には、もう。
先遣隊の彗星の群れから、その航路を大きく外れた…。
そう、僕らから見て最左翼から回り込んだただ一機の彗星が、呆然と立ち尽くす奴目掛けて真っ直ぐに降下していたんだ。
複数の艦載機を同時展開するのは、非常に困難なことだ。
まして各艦載機に別々の進路を採らせて複雑な動きをさせることなど不可能な訳で…。
だからこそ、制空権が拮抗する瑞鶴さんとヲ級の一騎打ちは膠着した。
お互いに艦載機を正面突破させて相手を攻撃するという単調な戦闘。
どちらかの艦載機が尽きるか、決定的なミスをするまでの我慢比べ…。
でも、そこに僕という要素が加わったらどうだろうか?
(空母ヲ級、僕たちが君に勝つことができたのは)
「私たちが、二人でいたから」
(そう。たった一人で戦ってきた君とは違って、ね)
瑞鶴さんは、囮となる彗星や天山の動きに注力して。
そして僕が単機で迂回する艦載機の動きに集中し、進路の修正を瑞鶴さんに指示する。
これなら瑞鶴さんは正面に展開した本隊の艦載機たちの動きに集中したまま、左翼の彗星もコントロール出来る。
そうして、敵が意識しようがなかった領域外の攻撃を実現させたんだ。
(空母ヲ級、君が『ミカサ』へと仕掛けた奇襲―お返しにやらせてもらうよ)
必中を確信する座標を、確かに捉えて。
(ここだ、瑞鶴さん)
「うん!」
彗星から放たれた爆弾が、今度こそ障害物に阻まれることなく目標へと直撃した…。
その、一瞬後。
終わりを告げる爆発が引き起こる。
そう、これで全ての戦闘が終わる…そのはずだった。
「う、嘘よ」
(なんて、なんて硬さだ…)
『ミカサ』周辺の敵を軒並み壊滅に追い込んで。
ここまでの路を塞ぐ障害の全てを蹴散らしてきた彗星渾身の爆撃。
その一撃は、それでもなお、この戦いの終わりを告げる祝砲足り得なかったんだ。
僕たちが撃沈を確信したはずの敵空母ヲ級は。
「ヲ…ヲヲ」
半壊した身体をよろめかせて、それでもなおこの海の上に立っていた。
僕たちへの更なる憎しみをその瞳に宿らせて、それでもなお、この海の上に立っていた。
深海棲艦の血も赤いんだな、だなんて…その時の僕は、そんな間の抜けたことを思った。
呆然と突っ立つ瑞鶴さんはというと、逆に何も考えられない状態らしい。
空母ヲ級のフゥ、フゥと獣のような荒い息遣いが鋭い視線とともにここまで聴こえてくるような…。そんな錯覚を感じてしまう。
実際、撃沈には至らなかったものの、彗星の一撃は奴に相当の損害を与えているんだから、それも当然かもしれない。
「あっ、奴が逃げるわ!」
この状態から一騎打ちを再開すれば、確実に僕たちが勝ち奴が負けるだろう。
その見解はお互い同じだったようで、空母ヲ級が退却を始める。
(瑞鶴さん、追撃戦に!)
「言われなくても!」
海域のボスである空母ヲ級が撤退することで、他の深海棲艦たちもしばらくすれば去っていくだろう。
でも、深海棲艦に囲まれた鎮守府の艦隊を一刻も早く救うには今ここで奴を撃沈する必要がある。
そして何よりも…こんな賢い敵は逃がすべきではない。
僕と瑞鶴さんは海域の外へ逃げようとする空母ヲ級を追う。
空母ヲ級は舞鶴鎮守府を攻撃する深海棲艦たちと合流することもせずに、奴らを見捨ててひたすら逃げる。
手傷を負っているとは思えないほどの俊敏な動きだ。
「ちょ、逃げ足早いんだから!」
(艦載機を放つのはしばらく待ってね)
空母艦娘は艦載機の発着艦時にどうしても航行速度が遅くなるから、一発で決められなければヲ級を取り逃してしまう恐れがあった。
僕の指示に瑞鶴さんも頷く。
慎重に、確実に。
空母ヲ級はもう、味方と合流することも出来ずに逃げるしかないのだから。
逃げる奴の背中を目で追いかけるうちに、そんなことを考えて。
…ん?
それはまったくの偶然か、それとも天啓か…僕の中にある違和感が芽生え始める。
(ねえ、どうしてヲ級は逃げているのかな)
「何言ってんの、自分が沈みそうだからに決まってるじゃない」
「味方を見捨てて自分だけ、さ」
僕らの背後に陣取っている佐世保艦隊を取り巻く深海棲艦はそう、見捨てるしかないだろう。
手負いの奴が僕たちを突破して合流を図る策は現実的じゃあないからだ。
だけど、舞鶴艦隊方面へは?
何故奴はあそこへと合流しなかったんだろう、進路を阻むモノは何も無いというのに。
逃げるにしても体勢を立て直すにしても、どう考えても味方と合流した方が良いに決まっているのに。
敵味方が入り乱れて混乱することを嫌った?そうじゃないだろう。
共食いすら平気でする連中が、ここにきて同士打ちを恐るとは思えない。
ならば…ならば。空母ヲ級のこの逃走ルートには意味が有るというのだろうか?
撤退するのならば”この航路しかありえない”という意味が。
…と、前を走っていた空母ヲ級が僕たちの方を振り返って、目が合って。
ゾワっと、背筋が凍るような感覚が僕の中を駆け抜ける。
(今…)
「どうしたの、提督?」
(なんで今、奴は振り返ったんだろう?)
「そりゃあ、追ってくる私たちを確認するためじゃないの」
そうだ、それしかない。
でも、何のために?
先ほどの、空隙をついた彗星の一撃。
あの一撃が決まったのは、そう。瑞鶴さんの攻撃は天山が最後だと、敵が思い込んだからだ。
そしてあの一撃が僕たちの勝利を確定させたからこそ今の状況がある。
…確定させた?
違う、戦闘はまだ終わっていない。
追撃戦―それは圧倒的に優位なかたちでの戦闘。
勝利を疑っていない僕たちの心に生まれた、これこそが…。
敵にとって、最後の逆転に賭けるべき一瞬の隙なのではないだろうか?
丁度僕たちが絶妙のタイミングで彗星の一撃を叩き込んだように、今度は、奴が。
「あっ、また」
空母ヲ級が再び僕たちの方をみて、そして今度はそれだけじゃない。
傷ついた身体を反転して、僕たちに向き直って―ニヤリと口元を綻ばせるのを見て。
(瑞鶴さん、翔んで!)
意識する前に、そう叫んでいた。
僕の指示を疑問に思うことなく、瑞鶴さんが前方へと大きく跳躍する。
その直後―。
ついさっきまで瑞鶴さんが走っていた位置に、水底から浮上した一隻の駆逐イ級が襲いかかっていた。
(瑞鶴さん!)
「何よ、これ!」
即座に爆撃機を放ち、駆逐イ級を撃沈させる。
おそらくは、おそらくはこれが最後の一手だろう。
万一負けそうになった時の逆転策。例え失敗しても、退却の時間稼ぎになるだろうという。
やられた。
駆逐イ級迎撃のために、瑞鶴さんは残った艦載機を全て発艦させてしまった。
再び空母ヲ級を攻撃するためには、展開したそれらを回収して再び矢を番えなければならない。
その間瑞鶴さんの航行速度は格段に落ちるし、それをヲ級が待ってくれるとも思えない。
事実…最後の奇策が外れたことを察すると、奴は悠々と海域外に視線を向けていた。
航路を見極めて、空母ヲ級が撤退への道筋を組み立て直しているのが分かる。
今度こそ奴は舞鶴鎮守府を取り囲む深海棲艦たちに紛れて、この海域を脱するだろう。
駄目だ、取り逃がしたか。
…と、僕は内心で奴を仕留めるのを諦めたというのに。
まったく、キミって奴は。僕があれこれ材料を集めて組み立てて…。
そうしてメンドくさく遠回りに考えて、やっとたどり着く答えに…一足飛びに駆けて行ってしまうんだから。
「逃がさないっ」
(え!?)
このひとの持つ意外な発想力は、時として僕のそうした理論を平然と超えていく。
駆逐イ級の突撃を躱すために跳躍した瑞鶴さんは、その勢いを殺すことなく空母ヲ級へと迫る。
自分が展開しきった艦載機になど目もくれず、ただ敵を逃がさんと。
「これで…どう!?」
言葉とともに、今彼女が持ちうるただ一つの兵装を振りかぶる。
そんな瑞鶴さんの動きに圧倒されたのは、敵の空母ヲ級も同じ。
身を翻えさんと前方へ身体を傾けていたまさにその状態のまま、奴がいっとき棒立ちになるのが見えた。
それこそが、今度こそ、終わりをもたらす決定的な空隙。
一騎打ちの…そしてこの戦いの趨勢を決める天意はいま、ここにあった。
その身と同じ白銀の輝きを纏った、空母艦娘にとっての半身とも言えるそれを。
弦になど構いもせず、両手で弓の胴と姫反を握って振りかぶった弓を、思いっきり。
深海棲艦稀代の戦略家へと、頭から振り下ろした。
「ごめんね」
血しぶき舞う奇跡の舞台の中央で、瑞鶴さんはそう呟いたんだ。
勝利に酔う台詞でも、敵を呪詛する台詞でもなく。
ただただ寂しそうに、謝罪の言葉を口にした。
ああ、だから。これだから…。
キミの提督は辞められないよ。
そんな事を思いながら、勝利のことばを胸に刻む。
「提督、やったよ」
(うん、これで…)
海域、攻略だ。
カツ、カツ、カツと、艦内に革靴の音が鳴り響く。
キスの効果が切れて意識を取り戻した僕は、戦艦『ミカサ』の廊下を歩いていた。
というか、完全に意識が瑞鶴さんと一体化していたなあ…これは相当危ないかもしれない。
だってその間、僕自身の身体…つまり戦艦『ミカサ』にいた本体はあまりにも無防備なんだから。
今度から安全な場所を確保して望まないといけないなと、そんな事を考える。
瑞鶴さんは無茶な動きがたたってか、一時的に航行不能状態になってしまった。
今は『ミカサ』から迎えの小型艇が急行してくれている。英雄の凱旋だ、これくらいの待遇は当然だろう。
カツ、カツ、カツ。
『ミカサ』へと帰還した翔鶴さんは負傷した赤城さんと加賀さんの手当へ。
こちらも配慮をもらって、医務室をひと部屋貸してもらった。持ち込んだ艦娘専用の修復材―バケツを使えば、思ったよりも早く元気になるだろう。
カツ、カツ、カツ。
深海棲艦たちは予想通り、ボスである空母ヲ級が倒れた途端に統制を失った。
包囲されていた各鎮守府と反転してきた呉鎮守府の艦隊を合わせて、今は掃討戦に移行している。
後は人間たちに頑張ってもらうとしよう。
そう、だからこの部屋には今、誰もいないはずなのだ。
横須賀鎮守府の僕らのために割り当てられたこの部屋には、誰も。
でも僕には…ある予感がしてしまって仕方がない。
いや、もったいぶるのはよそう。確信しているんだ。
ここに来れば彼女に会えると、そう思って僕は歩いてきたんだから。
そのまま黙って室内に入ろうとして、ふと身体の動きが止まる。
一瞬の迷いの後、ドアノブに掛かっていた手を握って。
コンコン。
自分の部屋に入るためにノックする、この滑稽さはなんだろう?
着替えをしている同居人など、ここにはいようはずもないのに。
でもどうやら、僕の選択は正解だったらしい。
「ふふ、どうぞ?」
思った通り、部屋の中から声が聞こえてきた。
このしゃがれた老婆の様な声を、聞き忘れるはずがない。
扉を開けると、思ったとおりの人物がこちらを向いて僕を出迎えた。
メイドの少女は、まるで僕がここへ来るのを待っていたと言わんばかりに…。
白い付け袖から伸びる小さな指で、スカートの裾をちょこんと摘んでみせる。
そこから優美な仕草で片足を引いた完璧な淑女の礼を見せられて、僕はしばし言葉を失った。
「あら、お入りにならないの?」
その一言で、僕は扉を開けたまま棒立ちだったことに気づく。
駄目だ駄目だ、気がついたらまたしても少女のペースになってしまっていた。
落ち着け、僕。深海棲艦を相手にするのと違って、死にはしないんだから。
大丈夫大丈夫、こわくない。そう思って室内へと入っていく。
「あなたのおかげで大勝利ね。おめでとう」
「僕だけの成果じゃないよ。みんなが良く頑張ってくれたから」
君にも助けられたしね、という僕の投げかけは一笑に付される。
どうやらまだ、尻尾を見せてはくれないらしい。
「勝利の凱歌を背に…私と一曲、踊りませんこと?」
「軍人の僕が触れて、あなたの綺麗な手を汚したくはありませんから」
「あら、お上手なのね」
差し出されたその手をとらずに、僕はその誘いを固辞した。
本題以外には乗らないよ、ということをアピールするためだ。
僕との掛け合いが、よほど面白かったのだろうか。
メイドの少女が紅耀石の瞳をすっと細めて、口元から上品な微笑が漏らす。
それから首を傾げて彼女の腰まで伸びる長い長い金色の髪が、妖しく揺れた。
もう一度、今度は彼女のことを真っ直ぐに見据えて言う。
「助けてくれてありがとう」
「提督さまのお世話はメイドとして当然ですもの」
それでもまだ、けむに巻くような態度を崩さないと言うのなら。
これは自分の正体を暴いてみせろ、という挑戦だと受け取るしかない。
いいだろう、乗ってあげるよ。どうせそのためにここへ来たんだからから。
「前に、瑞鶴さんが爆撃の練習で怪我をしてしまったことがあるんだ」
「?」
突拍子もないことを口に出して、会話に惹き込む。
小首を傾げて僕を覗き込む、彼女のそんな仕草までもが完成されていて恐ろしい。
「弓の弦で指先を切ってね、血が流れるのをみて僕は大慌てさ」
「ふふ、お人好しの提督さまなら、やりそうなことよね」
そこでまた更なる事件を起こしちゃったことは今、言わないでおく。
人間の僕にはものすごく大事に見えたんだけどね、と前置きして。
「艦娘のみんなは冷静でさ、こんな怪我すぐ治るからって」
「艦娘と人間は違うからでしょう?おばかな提督さま」
事実、瑞鶴さんが切ってしまった指はすぐに治った。身体の作りが違うんだ、今はもうとっくに傷の後なんて欠片もない。
鎮守府の空母艦娘はみんな弓を扱うけれど、例えば指にたこが出来たりなんて話も聞いたことがない。
話題にしないのは、もし出来たとしてもすぐに治るからだろう。
「ところで」
何故僕がこんな恥ずかしい失敗を思い出しているのか。
それは、ここに答えがあるからだ。
三度目の賞賛で、おそらく意味は伝わるだろう。
「君は、とても綺麗な手をしているね」
「…」
少女から薄ら笑いが消えて。
驚きに目を見張ってか、紅い瞳の輝きが増した。
「君は普段お屋敷で、大提督の世話を一手に任されていると言った」
―給仕に身支度、掃除や料理、皿洗いなんかも、全部君一人が?
―ええ、大変でしょう?
「働き者のメイドの手は、常に荒れているものなんだ」
「君はいつも、仕事をサボっているのかな?」
それとも。
さて、このメイドの…メイドのフリをした少女は、まだ戯れを続けるのだろうか。
僕は固唾を飲んで少女の機嫌の行く末をただ見守る。
すると…。
「うふふ、あはは。あはははははははっ」
「へ?」
老婆の声が幾分若返った様な…今までよりは若干高い、無邪気な笑い声が室内に響いた。
「提督さまったら、すごいすごい、すごい!」
「まさか、そんなところからお疑いになるなんて!」
さっきまでの小馬鹿にした態度とは裏腹に、今度は純粋な好意の眼差しを向けて近寄ってくる。
はしゃぎようだけ見れば、年頃の女の子みたいだと僕は思った。
「ねえ、いつから私の正体が分かっていたの?」
「う~ん。昨日僕らの部屋に来てくれたあたりから、大体は」
最初に会った頃は、実は大提督の孫娘あたりなんじゃないかと思っていた。
呉の提督が、自分の息子が彼女に食ってかかるのを見て慌てたのを見ての推測。
彼女には鎮守府の提督すらもたじろかせる権力者が身内にいるんだろうなと。
「加えて、僕たち横須賀鎮守府をこの作戦に呼んだ何者かの存在」
「その人は大提督ですら無視できない影響力を持っているということになるけれど」
「そしてどうやら、僕と艦娘が呼ばれたのは…悪意からじゃなかったらしいし」
この作戦中、連合艦隊で僕たち横須賀鎮守府に好意的な態度を見せたのはこの少女ただ一人。
そこに突拍子のない―けれど僕ならば考えつくであろう―ひらめきを当てはめたら難しい問題じゃなかった。
身近に人知を超えた女の子たちがいるんだ、これで気づかなきゃ嘘というものだろう。
それに彼女自身、昨日部屋を出るときの発言で正体を仄めかしていたし…あれが決定打になった。
「僕を呼んだのは君だよね?」
「ふふふ、ちゃんと名前を言ってくれなくちゃ、教えてあげないわ」
素直に見えたのも一瞬のこと。
あくまでも僕で遊び倒すつもりらしい。
いいよ、ここまで来たら…トコトン付き合ってあげるとしよう。
「助けてくれてありがとう、そして、僕たちを呼んだ理由も教えて欲しい」
息を吸って、ただ一言。
彼女の名前を呼ぶ。
「三笠」
奇跡の戦艦の、その名を。
「はい、提督さま」
悪戯が成功した時の子供の様な無邪気な微笑みのまま、三笠が答える。
僕は内心で、自分の推理が当たっていたことに胸をなで下ろした。
自信はあったけど…もしも外れていたらと思って、気が気じゃなかったんだ。
「三笠。君が僕たちをここへ呼んだんだよね?」
「ええ、そうよ」
「君は瑞鶴さんたちと同じような存在であり…」
「そしてこの戦艦『ミカサ』とも無関係じゃない、どうかな?」
「その通りよ、提督さま」
正体を指摘すると、まるでご褒美と言わんばかりに素直に教えてくれる三笠。
僕に対する三笠のこの好意的な態度は、思えばここで出会った最初の頃からだった。
戦艦『ミカサ』に乗り込む時に、僕たちを歓迎してくれているんじゃないかって感じたのもあながち間違いじゃなかったらしい。
「教えてよ、三笠。何故僕たちをここへ呼んだのか」
そして何故、助けてくれたのか。
僕たちは、妙にこの少女に気に入られている様な気がするんだ。
「だって三笠も、提督さまと遊びたかったんだもの」
どんな真相が飛び出すかと思えば、そんな拍子抜けした答えが返ってきて…。
ぽかんと口を開けて、僕はその場に棒立ちになってしまった。
そんな僕を尻目に、赤城たちはズルイわ、だなんて…今度は本当の子供みたいに拗ねてみせる。
これまで感じていた怪しげな雰囲気は鳴りを潜めていて、三笠は今やただのワガママなお嬢様といった感じだ。
って、あれ。今三笠は僕たちと遊びたい、じゃなくって。
「えっと、あの。僕と?」
「そうよ!」
可愛く小首を傾げるのは演技じゃなくて癖なんだろうか。
何で分からないの、と言ったふうに見られても、その…困るんだけれど。
あれ、何か思ってたのと展開が違うぞ。
僕はもうちょっとこう、シリアスなのを想像していたのに…?
「だから僕を呼んだの?この海域攻略作戦に」
「ええ。おじいちゃんに、じゃなきゃ動いてあげないって言って」
大提督をおじいちゃん扱いって…。
でもこれで、不本意ながらにも僕たちが召集された理由が分かった。
でもそうすると…この少女の正体が三笠なのだとすると。
三笠と戦艦『ミカサ』との結びつきは何なのだろうか?
「君は…三笠は、艦娘なの?」
人間の姿を持った軍艦。
人はそれを艦娘というし、今のところ自分をそうじゃないなんて言った艦娘は一人もいない。
だけれども、僕の推測通り三笠は戦艦『ミカサ』と何かしらの密接な関係を持っているようだ。
そこだけが僕には分からない。三笠は赤城さんたち他の艦娘と何が違うのか?
だから僕は三笠にそう問いかけたんだ。
「艦娘だと思うわ」
ふざけて言っている訳ではないのはすぐに分かった。
飄々としていた彼女に、この質問にだけは自信のなさが感じ取れたから。
「でも、三笠は『ミカサ』でもあるの」
「三笠が『ミカサ』でもある?」
『ミカサ』と目の前の少女を結びつけて考えた僕にも分かるような、分からないような。
そんな答えを三笠は呟いた。
忘れてしまった何かを思い出すように。
もしくは、言葉にならない感覚を必死に言語化する様に。
「三笠も、本当なら艦娘としてこの世界に生まれてくるはずだったわ」
ぐずる子供のように不満の色を浮かべながら、三笠が語りだす。
「横須賀の鎮守府でみんなと一緒に暮らして…そんなはずだったの」
「ああ、なるほど」
うん、それが出来なくなってしまったというのなら拗ねるのも仕方ない。
あそこは本当にみんな、いい人たちばかりだからなあ。
「横須賀の鎮守府に住むことが出来たら、きっと今頃…」
「今頃提督さまに口説かれて、手篭めにされている予定でしたのに」
うんうん、僕が口説いて手篭めにして…ってそんな訳ないから!
「あら、でも瑞鶴は手篭めにしていらしたのに?」
「いやいや、瑞鶴さんだって手篭めにしてないから…」
「あら、キスまでなさったのに。提督さまは薄情なのね?」
うぅ…それを言われるとぐうの音も出ない。
というか、何でそれを知ってるんだよこの娘は!?
「あら、だって私が『ミカサ』なんだもの。艦内で起こっていることは分かるわ」
ああそうでした…。大提督宛の資料を拝借できるのに比べたら、簡単だったろう。
さっき得意げに解いた問題に自分でハマっている僕が、なんだか無性に滑稽に見えた。
そうやって落ち込む僕を見て、三笠は楽しそうに笑っていた。
「やっぱり提督さまとお喋りしていると面白いわ」
難儀な娘に目を付けられたものだと、僕は深いため息をついた。
私がこの世界に生まれ来るときに丁度、このふねが造られたの。
そうやって三笠は語りだす。
「それで、三笠はここに呼ばれたの」
このふねが『ミカサ』と名付けられたから。
そこまで言われて、僕はあっと驚きの声を上げた。
他の艦娘たちと三笠との決定的な違いが、確かにあったんだ。
これでやっと、僕の中で『ミカサ』と三笠の存在がカチリと噛み合った。
赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴…そして他の鎮守府のみんなの名前を思い浮かべる。
それは彼女たちの名前でもあると同時に、かつてあの戦争で活躍した軍艦の名前でもある。
艦娘によっては、軍艦時代の影響を強く受けている様子も見受けられるけれど…。
三笠は…彼女だけは、もっと違ったかたちで艦娘としての魂が呼び寄せられてしまったんだ。そう。彼女だけだと、そう断言出来る。
だって今この国の軍艦で、かつての軍艦の名前を継承したふねは存在しないのだから。
奇跡の戦艦、この『ミカサ』を除いては。
「艦娘として生まれる瞬間、呼ばれた気がしたの」
「ほんとうよ?」
そうして、気がついたらこうなっていたの、と…思い出すように彼女は語った。
返事をするように、僕がこう結論付けると。
「だから三笠は一人の艦娘でもあり、意思を持った軍艦でもある」
「提督さまを呼んでくれなきゃ、私、動いてやらないって言ってやったの」
エンジンをいくら動かそうが、いくら舵を切ろうが。
三笠がその気にならなければ、『ミカサ』はうんともすんとも言わない…らしい。
だから大提督をはじめとした軍のトップは、嫌々ながらも僕たちを召集したというわけか。
そんな、子供みたいなワガママを明かした三笠に苦笑する。
この国のトップたちがそんな事でてんてこまいだったなんて…なんて痛快なんだろう。
「まずはあなたが艦娘の提督さまになれるようにお願いして」
「それで、会いたくなっちゃったから呼んでもらうことにしたの!」
「どこまで自由なんだ、君は…」
でも。
自由、という僕の言葉に、それまでにこやかだった三笠の表情が陰る。
「ちっとも自由なんかじゃないわ」
「だって私は、この『ミカサ』から放れられないんだもの」
三笠曰く、彼女が行動出来るのは『ミカサ』の艦内とその周辺のみ。
自身と遠く離れた場所までは、どうしても行くことが出来ないらしい。
「そうじゃなかったら、とっくに提督さまの鎮守府まで行ってるわ」
そんな恐ろしいことを言う。
こんな娘が鎮守府にいたら、僕はおもちゃにされてしまって大変だ。
「だからね、三笠は」
「本当はこの戦いで沈んでしまっても良かったと思っているのよ?」
「な、ん…!?」
なんだって?
あまりのことに僕は声を荒げる。
「それは、どういう事?」
「だって、今この『ミカサ』が沈んだら」
「今度こそ艦娘として生まれて、提督さまのもとへ行けるかもしれないもの」
本当に、この娘は僕を驚かせてばかりだ。
でも今の発言は半ば本気なのだと、僕は思った。
三笠が未知の補給艦の存在を大提督に知らせなかった理由が、それでやっと分かる。
うぬぼれではなく事実として、今日僕が深海棲艦側の戦略に気がつかなかったら。
戦艦『ミカサ』は彼女の艦隊とともに、確実に沈んでいただろう。
だから、ずっと不思議だったんだ。何故彼女があの報告書を直前までひた隠しにしたのか?
どっちでも、良かったんだ。自分が沈んでも、沈まなくっても。
「『ミカサ』が沈むと、三笠はどうなるの?」
「死んじゃうわ」
「その後、艦娘としてもう一度生まれてこれるってことかな?」
「それは分かんない、死んじゃったままかもしれないもの」
絶句する。
この少女は、自分の命を軽く見積りすぎている。
それはなんて危うくて、なんて際どい存在なのだろう?
「何でそんな事を言うの?」
そう問うと、当然とばかりに一言。
「おばかな人間たちの都合に振り回せれるのなんて、もうたくさんだからよ」
「だから私、一度沈んで…今度は艦娘として生まれ変わるのも悪くないかなって」
今回の人間たちの無様な戦い方を、一番間近で見ていたこの少女は。
僕たちを乗せて戦いに赴くことに、嫌気がさしていたのだろうか。
全てを台無しにして、リセットしたいと思うほどに。
でもね、と前置いて三笠が続ける。
「三笠は、このまま『ミカサ』を続けても良いかもしれないわ」
ああ、その発言はなんとなく分かる。
「三笠は、迷っていたから僕を助けてくれたんだね?」
退却しようという進言を取り下げられないように、僕にヒントを渡してくれた。
あの行動は、沈んでも良いと思っていた彼女に迷いが生まれていた証拠だ。
「だって沈んじゃったら、提督さまともう会えなくなるかもしれないんだもの」
自分の命を大切にするには、いささかずれた理由も添えて。
そう言って試すような目でこちらを見てくる。
ああ、彼女は…三笠は、本当に賢い娘だ。
『ミカサ』としての自分の存在意義をきちんと理解している。
その上で、艦娘の提督である僕に取引を持ちかけてきているんだ。
もちろん僕は、三笠が僕に何を期待しているか、ちゃんと分かっている。
だって僕も、”それ”を彼女に持ちかけることがこの部屋に来た目的なんだから。
そうだね、と返事をして僕はことばを紡いでいく。
これは契約。僕が彼女を、瑞鶴さんたち鎮守府の艦娘と同じように扱うという契約だ。
「でも、このまま三笠が『ミカサ』でいてくれたら」
「いつも…とは言わないけれど、こうしてまた会える日が来るよ」
瑞鶴さんとのキスの効果がもたらしたのは、この戦いの勝利だけではない。
艦娘の戦いに人間である僕が参戦できるということ。さっきの空母ヲ級との戦いを見れば自ずと答えは見えてくるけれど…。
提督の判断を戦場で直接下せるということは、計り知れないほどの戦果をもたらすだろう。
みんなの期待に応えて、更なる高みへと誘う…この力はそのための鍵となるんだ。
「そしてその鍵を握るのは三笠、君だ」
「これからも、僕を…僕たちを助けて欲しい」
横須賀鎮守府は艦娘がいる代わりに、乗り込むべき軍艦を持たない。
せっかくキスの効果を発動させても、海域攻略で出向くようなのような遠い戦場では役に立てない。
目的地へ向かっているうちにその効果が切れてしまうのは明白だからだ。
でも、三笠がいるならば話は違ってくる。
今回の様に僕たちを乗せて戦場に向かってくれるのなら…。
今回の様に、キスの効果を最大限に発揮した戦い方がこれからも出来る。
そして、ある意味大提督よりも発言権のある三笠が今後も僕たちの側に立ってくれるのであれば。
「これから先…艦娘たちの活躍の場を格段に増やすことが出来るんだ」
”役立たずの兵器たち”
そんな不名誉な評価を一蹴することができる、唯一の道しるべ。
それが三笠、君だ。
「海域攻略作戦がある度に…僕たちはまた、会うことができるよ」
三笠も、僕がこうした提案をしてくるのは予想通りだったのだろう。
僕の話に対して驚いたような印象は見受けられない。
問題は、僕たちにまた会えるというのが…彼女にとってどの程度のメリットになるのかというもの。
「ふうん、やっぱり三笠の力は提督さまのお役に立てるのね」
命を軽々しく捨てようとしたくせに、自分の価値は正しく見積もっているようだ。
「提督さまは、お役に立った三笠を大切にしてくれるのかしら?」
微笑んで、三笠は僕にそんな問いかけをする。
彼女にとって先程までの謎かけはただ謎かけであって、それが僕らの心の距離を縮めるものでは無かったのだろうか。
いや、そうじゃない。分からないんだ、心の距離の測り方が。
その結論に思い至って…ああ。やっぱりこの娘はどこかずれていると、そう僕は感じた。
既に僕は、この目の前の、一筋縄ではいかない少女に親しみすら感じているというのに。
そんな僕にとって、三笠が役に立つか、立たないかなんていう物差しが意味を成さないということが分かっていない。
身近にそうしたことを教えてくれる人がいなかったのだろうか?
そうだろう、この娘は今まで、ずっと一人でいたのだろうから。
だから、教えてあげることにする。
「ううん、そうじゃないよ」
僕の言葉に三笠がすっと目を細める。
怒りとも憎しみとも寂しさとも似つかない、そんな表情を浮かべるのを見て。
やっぱり分かってないんだなと思った。
僕は出来るだけ優しく微笑んで彼女を見つめる。
こうして見ると、油断ならないと気を張っていたさっきまでの自分が馬鹿みたいだ。
すごく賢い娘だけれど、この娘は。
ただ寂しがっている、小さな女の子じゃないか。
「役に立つから大切にするんじゃない」
「もう三笠は僕の…僕たち横須賀鎮守府の仲間だから」
「だから、大切にするんだよ」
諭すように、この気持ちが真っ直ぐに伝わるように。
さっきとは違ったかたちで、三笠の目が見開かれるのを見て。
ちゃんと伝わったかなって、そんな事を思った。
「提督さまったら、いけない人なのね」
クスクスと笑いながら、三笠が答える。
「瑞鶴を手篭めにして、もう次の女の子?」
ぶっ…!?
何てことを言うんだ、この娘は!?
「そ、そんな、違うよ、人聞きの悪い!」
「三笠にキスしてくれる日は来るのかしら?」
人をからかって面白がるのはこの娘のコミュニケーションの取り方なのだろうか。
もし鎮守府に来ることができたなら、赤城さんとは仲良くなれそうだ。
…この二人が組むところは、絶対に見たくないけれども。
「まあ、いいわ。今日のところは許してあげる」
「楽しかったけれど、そろそろ時間みたいだから」
「えっ?」
そう言うと…三笠の身体がすう、っと薄くなっていくのが分かった。
幽霊みたいに身体の輪郭が朧げになって、体越しに向こう側が透けて見える。
「艦娘の姿をとっていられるのは、一日のうちでそう長くはないの」
「また会いましょう、提督さま?」
「うん、またね」
そう言って三笠が『ミカサ』へと戻っていった。
さよならの挨拶をして、部屋に一人残された僕は考えを巡らせる。
もちろん反芻するのは、先ほどの出来事のことだ。
メイドの少女の…三笠の正体がこれで分かった。
艦娘であり、軍艦であり、女の子である、ということが。
そしてどうやら、僕たち横須賀鎮守府の大切な仲間であるということが。
…随分とおしゃまで、付き合うのが一苦労な仲間かもしれないけれど。
戦艦としての彼女の協力があれば、格段に艦娘たちの戦果を上げやすくなるだろう。
今後の鎮守府の運営の仕方を、しっかりと考え直す必要がありそうだ。
「よろしくね、三笠」
そう呟いて僕は部屋を出る。
ガチャリと後ろ手に扉を閉めてもたれかかった後…ふと疑問に思った。
賢い彼女の相手をするのに気を取られていて、全く気がつかなかったけれど。
「ここに呼ばれたのは、僕が三笠に気に入られたから」
そこまでは、この部屋に来る前からなんとなく分かっていた。だけど…。
「いったい僕は、どこで彼女に気に入られたんだろう?」
彼女と会ったのは、ここに来てからのはずなのに。
あどけない笑い声が廊下に響いた、そんな気がした。
エピローグ 僕たちの門出
戦艦『ミカサ』の甲板に、乗組員たちがひしめき合っていた。
大提督を一番奥に据えて、既に英雄の凱旋を出迎える準備は万端だ。
「あっ、提督。来ます!」
姉である翔鶴さんが、一番にその姿を捉えた。
まだ遥か遠く、ついさっきまで戦場だった洋上を小型艇が『ミカサ』を目掛けて進んでくる。
どんどんその姿は大きくなっていき、待ちきれない僕たちを落ち着かせない。
小型艇は一度『ミカサ』の艦影に隠れて横にこぎ着け、舳先に備え付けられていた縄梯子まで近づいてくれた様子で。
おそらく今、彼女はそれを登っているのだろう。
『ミカサ』の甲板中央で僕と艦娘一同は、ただただ無言で待つ。英雄の帰還を。
そして、その瞬間は突然に訪れた。
「よいしょ、っと」
ひょっこりと『ミカサ』の舳先から瑞鶴さんが顔を出した瞬間。
わあ、っと、甲板にいた全員が歓声を上げて彼女を出迎えたんだ。
「瑞鶴っ、瑞鶴~!」
翔鶴さんが妹の名前を呼びながら駆け寄って、そのまま瑞鶴さんを抱きしめる。
遅れて僕たちはそれを追いかけて、抱き合っている姉妹のもとへ。
「翔鶴ねえ、ただいま…って、どうしたの!?この歓声は一体何!?」
「瑞鶴、瑞鶴。無事で良かったわ」
涙声になっている翔鶴さんと、まだ状況が飲み込めずにキョトンとしている瑞鶴さん。
「翔鶴、あなたは少し落ち着きなさい」
「瑞鶴、みんなあなたを出迎えるために待っていたのよ」
「え、私を?何で?」
赤城さんに言われても、やはり瑞鶴さんは戸惑っている。
瑞鶴さんは、自分がどれほど凄い事を成し遂げて帰ってきたのか…。
もたらした奇跡の規模が大きすぎて、イマイチ理解出来ていないらしい。
「瑞鶴さんが敵のボスを倒してくれなかったら、この作戦の勝利は無かったよ」
「戦艦『ミカサ』も僕たちも…みんなこの海に沈んでいただろうから」
だから、キミはここにいる僕たち全ての命を救ったんだ。
僕がそう締めくくると、ようやく瑞鶴さんはまわりを見渡して。
『ミカサ』の全ての乗員たちが自分の事を褒め称えているということに、やっと気がついたらしい。
「あ、え!?わ、私!?」
「だからさっきからそう言っているでしょう」
呆れ顔で加賀さんが諭す。
瑞鶴さんの活躍を自分のことのように喜んでいるのが、弾んだ声色から分かった。
「奇跡の戦艦ならぬ、奇跡の空母ですね」
「はい、赤城さん!」
今この時だけは大げさとは言い切れないほめ方をする赤城さんと、それを喜ぶ翔鶴さん。
「い、いや…でも、これはみんなが頑張ったから勝てた訳で…」
普段こんなに褒められたことがないからか、予想外の賛辞に戸惑う瑞鶴さんを見ると。
何だかおかしくって、つい僕はクスリと笑ってしまった。
「あ、ちょっとキミ。何笑ってんのよ!?」
そう言って僕に詰め寄ってくるのは、この状況を何とかして欲しいからだ。
あまりにいきなり注目を集めすぎて、どうしたら良いか分からないって顔してる。
ちょっと可哀想だから、そろそろ助けてあげようかな。
「そうだね、この勝利はこの戦場にいるみんなが、命懸けで戦ったから得られたものだ」
前のめりの作戦や、諸々の見落としなど…反省すべき点は色々あると思うけれど。
今は、今だけは、ただこの勝利を喜んでもバチは当たらないんじゃないだろうか?
「でもやっぱり、それは最後の瑞鶴さんのあの働きがあってこそなんだ」
いくら瑞鶴さんが照れようとも、そればっかりは否定出来ない。僕が、させない。
それに、僕は瑞鶴さんのあの活躍をきちんとみんなに認めさせてやりたい。
「だから、瑞鶴さん。みんなの気持ちを受け入れて上げてよ」
瑞鶴さんを囲んでいた僕たちの輪を解いて、英雄の姿をみんなに見せつける。
「で、でも。どうすればいいの?」
「みんなの方を見て、手を振ってあげて」
おそるおそる、『ミカサ』乗組員全員を前にして。
瑞鶴さんが片手を高々と上げた瞬間。
わあ、っと…先ほどとは比べ物にならないほどの歓声が、『ミカサ』甲板を埋め尽くした。
「え、あ、あの…え、えぇ~!?」
「もう、瑞鶴ったら。もっと誇っても良いのよ?」
「同感です、あなたは今、私たちの代表なのだから」
そんな光景を見て。
ああ、成った、と僕は思った。
自然と赤城さんの方を見ると、彼女もまた僕の方を見ている。
「第一歩、ですね」
「うん」
赤城さんたち艦娘の提督として、彼女たちを高みへと導いていく…その第一歩が。
今、この瞬間。確かに踏み出されたんだ。
そして、この一歩が最後じゃない。
再び、碧く澄み切った海をこの手に取り戻すまで…。
僕たちの歩みは止まらない。
…だなんて。
横須賀鎮守府の、僕たちがこんな綺麗なお話の終わり方をするなんて、ある訳がなくて。
「さあ、瑞鶴さん。戦闘の結果を報告するために、大提督のところまで」
「うん!」
無意識に瑞鶴さんへと手を差し出す僕。
三笠と話すうちに気取った仕草が板についてしまったのだろうか?
今までには考えられないほど素直に僕の手を取る瑞鶴さんを見て、周りがおや、っと注目する。
…特に加賀さんは何で急に無表情になるのかな?目が怖いんだけれど…。
瑞鶴さんも大分、この過剰な賛辞の雨に慣れてきた頃に。
その声は唐突に、でも確実に『ミカサ』の甲板のみんなに聞こえてしまった。
「お前ら、もうキスはしないのかよーっ!」
どこからともなく飛んできた野次に、周囲がドっと沸いた。
ああもう、最後くらいは真面目に終わらせて欲しかったんだけどなあ!
「うえぁ!?なんで、なんで!?」
うろたえる瑞鶴さんを前に、僕はため息を一つつく。
戦いに赴く前にした、瑞鶴さんとのキスは…艦娘の能力の覚醒には必要な処置だった訳で。
そしてそのキスはまさにここ、『ミカサ』の甲板でした訳で。
それが誰にも見られなかったというのはあまりにも都合の良い話だ。
艦娘の特性を知らない『ミカサ』乗組員が”あれ”を見たなら…僕たちはどう見えたんだろう?
まあそれは、周囲から聞こえる様々な野次から推測するまでもないことなんだけれど…。
うん、まあ決まってるよね。戦場に赴く恋人と蜜月を過ごしていたようにしか見えなかったに違いない。
「なんなら、またここでやってみせてもいいんだぜー!」
別の方向から、もう一つ飛んでくる野次。その度に周囲が沸く。
親しみのこもった、だけれども本当に、本当に余計なお世話の一言。
ああ、良かった…艦娘にもこんな風に好意がこもった冷やかしが来るようになったんだ。
なんて、からかわれている張本人である僕が思える訳もなく。
「ち、ちがっ…あれは必要な事だからやっただけで」
慌てるあまり誰にともつかない言い訳をしてしまった瞬間。
僕の背筋を、久しぶりに味わうヒヤリとした感覚が駆け巡った。
「ふうん、そっか」
「ず、瑞鶴さん!?」
先ほど僕の手を取った朗らかな笑顔は消え失せていて。
今の彼女が浮かべているのは…般若の形相…?
「キミは私とのキス、そんな風に思ってたんだね」
「い、いやこれは…みんなにからかわれたら嫌だし」
「嫌!?今私とのキス、嫌だって言ったの!?」
だからそうじゃないって!
ああもう、せっかく誤解を解いたばかりだっていうのに!
唐突に始まった言い争いを、周囲はこれまた面白そうに眺めている。
誰だよ、煽ったやつ。出てこい!
「提督」
「か、加賀さんっ」
そんな僕に隣から声がかかる。女性にしては低いこの声は加賀さんのものだ。
良かった…加賀さんなら瑞鶴さんを叱って、この場を取り持ってくれるかも知れない。
「もう瑞鶴としかキスをしないのかしら?」
「へ?」
でも、加賀さんから出てきたのは、瑞鶴さんを宥めるのではないこんな言葉だけ。
あのう、今その話題は…全くと言っていいほど重要じゃないと思うんだけれど。
「答えて頂戴」
「そうね。どうなんですか、提督?」
赤城さんはちょっと面白そうに合いの手するのやめてくれないかな!?
加賀さんにいたってはすっごく真剣な顔をしているし…訳が分からないよ、もう。
「しょ、翔鶴さっ…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
…逃げ場がない。
こうなったらここは、正直に話すしかないか。
何故だか、言ったら無事じゃすまないようなそんな気がするんだけれども。
「瑞鶴さんの発動させた能力は驚異的なものだったし…」
「他のみんなにも使いこなせることが出来ればと思う…んだけれど…」
「あらあら、提督。なら、頑張らなければいけませんね?」
え、なんで僕が?
頑張るのは艦娘たちじゃないかな。
僕とのキスを嫌がる娘も出てくるだろうから尚更…。
「別に、嫌とは言っていません」
「加賀さんが協力してくれるのなら嬉しいよ」
だって、瑞鶴さんの他には唯一キスの効果が出ている艦娘だから。
なんで二人だけに効果が出るのかも解明しないといけないしね。
「わ、私だと嬉しい、ですか」
「うん、そうだけど?」
「…そう」
加賀さんも瑞鶴さんの覚醒にあてられて、能力を磨きたくなったのだろうか。
何か思うところがあるのか、それだけ言うとまたむっつりと黙り込んでしまった。
「提督…」
「あらあら、これは大変ですね」
顔を真っ青にして固まっている翔鶴さんと、楽しそうにウキウキしている赤城さんの声を聞いて。
僕はある事実に気がついてしまう。
…さっきから瑞鶴さんが、全く言葉を発していないという事実に。
おそるおそる、後ろを振り返る。
「あのう、瑞鶴さん?」
そこには、久しぶりの仁王が立っていた。
「…瑞鶴さん?」
「加賀さんともキスしたいんだ」
「いやだからその、それは提督として」
「私とのキスは、遊びだったんだ」
だからなんでそうなるのさ!?
こっちだってずっとずっと悩んで真剣に…!
「じゃあどういう気持ちでキスしたのよ!?」
そんな事みんなの前で答えられる訳が無いじゃないか!
狼狽えて何も答えられない僕の態度を瑞鶴さんがどう捉えたのか。
その答えを僕は、身を持って知る事になる。
「もう分かった、女の子とキス出来れば誰だって良いんでしょ!?」
「だから違うってばー!」
「アンタなんか…アンタなんかやっぱり大っきらい!」
シャラン、と鈴のなるような音がして。
次の瞬間、瑞鶴さんの手には弓矢が握られている。
あれ、ちょっと待ってよ。この光景はどこかで…?
「瑞鶴、落ち着いて!?」
「ここは戦艦の上よ、大概になさいっ」
「危ないから爆発だけは駄目よ?」
「もう爆薬無いから大丈夫っ」
何が大丈夫なんだろうね!?
「瑞鶴さん、だからちょっと待って」
「問答無用っ!」
駆け出した僕の背後からヒュン、と弓が放たれる音がして。
「嘘だろおおお!?」
艦載機から落下した爆弾に頭を打たれて、僕の意識は途絶えていく。
周囲を取り巻く野次は最高潮に盛り上がっていて、慌てた翔鶴さんの声だけが間近で聞こえる。
翔鶴さんの膝の上にぼうっとした頭を預けながら…薄れゆく意識の中で。
僕はこんなとりとめのないことを考えていた。
仲直りのキスが出来たからもう大丈夫、って思っていたのに。
出会い頭のキスから始まった僕たちの問題は…。
まだちっとも解決していなかったみたいだって。
キスから始まる提督業!① 了
144 : ◆VmgLZocIfs - 2015/07/05 21:18:19.53 v4pUu0Tbo 822/832お、終わった・・・疲れました。
長い長いこの作品にお付き合いいただけた方には本当に感謝しかありません。
以降は今後の展望、後書きなんかをダラダラ書きたいと思います、良いよという方はどうぞ。
本編はこれをもちまして終了です、2巻というかたちでもし続きを書く事が出来ましたらそのときはよろしくお願いします、では。
143 : 以下、名... - 2015/07/05 21:18:14.58 dvNQlT5B0 823/832乙①ってことは続くのか?
145 : ◆VmgLZocIfs - 2015/07/05 21:30:19.82 v4pUu0Tbo 824/832>>143
そこも含めて投下します。語りたがりなんで好き勝手喋ります、よろしくどうぞ。
あと忘れてましたが「元ネタにしたラノベがある(キリ」なんて言ってたんですね。
似ても似つかぬ作品になりましたがこれも書こうかと思います。
146 : ◆VmgLZocIfs - 2015/07/05 21:38:00.92 v4pUu0Tbo 825/832【②巻について】
元々ハーレムものを描きたいと思ってはじめた作品なので続きも挑戦したいです。
メインストーリの構想はまだですが加賀さんをぐっと、翔鶴をちょこっと少年と近づけられたらいいなという感じです。
瑞鶴は嫉妬します。赤城はどう恋愛感情まで落とすか難しいですね。
後は戦艦艦娘とかニューフェイスも登場出来たら上々かなあというところ。
次回はもっと内容を絞って最小限に、というのも目標。1巻が長すぎた、ラノベだったら鈍器認定されてます。
147 : ◆VmgLZocIfs - 2015/07/05 21:41:40.64 v4pUu0Tbo 826/832【三笠について】
伏線というにはあからさまだったのでメイド少女の正体はバレバレだったかも。
初登場した第十章の章題でも言ってます、その名は『ミカサ』だって。
「綺羅付け瑞鶴が赤城のピンチを救う」しか考えておらず、鎮守府の提督とキスした後どうすんだ!?という考えから登場してもらいました。
オリキャラは今後でしゃばり過ぎないように使っていきたいです。メインはあくまでも一航戦五航戦ですから。
キャラのイメージは一番好きなゲーム「空の軌跡」のレンから。
148 : ◆TD8XgNJhE2 - 2015/07/05 21:51:43.81 v4pUu0Tbo 827/832【元ネタのラノベ】
当初の構想は
・少年主人公(学生)
・カードの封印が解け、軍艦の魂が女の子に憑依⇒回収しないと!
・再封印方法はキスすること。これで女の子が軍艦の能力を使うことができるように
というもの、出来上がったものと全然違います。
結局残ったのはキスでヒロインを強くする、この一点でした。
ラノベ、カード、キス。この字面で分かったら相当なラノベ通でしょう。
次レスでタイトル出します。
149 : ◆VmgLZocIfs - 2015/07/05 21:53:14.23 v4pUu0Tbo 828/832【元ネタのラノベ】
当初の構想は
・少年主人公(学生)
・カードの封印が解け、軍艦の魂が女の子に憑依⇒回収しないと!
・再封印方法はキスすること。これで女の子が軍艦の能力を使うことができるように
というもの、出来上がったものと全然違います。
結局残ったのはキスでヒロインを強くする、この一点でした。
ラノベ、カード、キス。この字面で分かったら相当なラノベ通でしょう。
次レスでタイトル出します。
150 : ◆VmgLZocIfs - 2015/07/05 21:54:34.37 v4pUu0Tbo 829/832タイトルは「タロットのご主人様。」
意思を持つ特別なタロットの封印を破ってしまった主人公が回収に走るお話です。
封印が解かれたタロットたちはその能力を駆使して暴れまくります。それを止めるのが陰陽道の異能を持つ主人公な訳です。
再封印するために“仕方なく”その手段として美少女たちにキスしていきます。素晴らしい発想です。仕方なくというのが最強の免罪符。
風呂敷のたたみ方だけは駆け足でしたが、萌えとストーリーの両立がしっかり出来た良作でした。学生時代に友人から借りて読み、後に全巻購入しました。
これと「学校の階段」、「世界平和は一家団欒の後に」は何故アニメ化しなかったのか不思議でしょうがない!あと「付喪堂骨董店」と「さよならピアノソナタ」もな!
151 : ◆VmgLZocIfs - 2015/07/05 21:56:10.40 v4pUu0Tbo 830/832ふぅ、自己満足タイム終了です、たぶん言いたいこと全部言ったと思います。
それでは、長い長いこの作品を読んでくれた方、本当にありがとうございました。
153 : 以下、名... - 2015/07/06 00:11:32.91 XhM+D1c4o 831/832乙
素晴らしいな
156 : 以下、名... - 2015/07/06 01:42:31.22 tzgPHkYDO 832/832次巻も待ってるからな乙!
オリキャラ論争としては肯定派なので、確固たる目的と意図の上でキャラを組んでいるならバンバン使ってしまって良いかと。アレが問題なのは作中における背景も一切無視し、意図も目的も皆無なままただ無闇に『オリキャラTUEEEEE!!無双』やらかすのがいるからであって。ちゃんと登場に納得の行く背景とリミッターが組まれてますから、その点は問題なく運用できる作者さんなんだなぁと(笑 艦娘と船魂の中間を行った結果メンタルモデルっぽくなったのはご愛嬌ってヤツでしょうね。ニヤリとできて面白い←
レンはとても良い子だけど、《碧》でパテル・マテルと別れてからどうなったかが気がかりで仕方ない… とまあ横道に逸れつつ、一日も早い更新を楽しみに待ってますよ。作者氏と管理人氏、お疲れ様でした。