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ほむら「幸せに満ち足りた、世界」(まど☆マギ×禁書)【前編】


179 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/11 04:15:15.60 y0aRDMFn0 109/336

 ×     ×

見知らぬ、天井。
友人宅でのお泊りの夜、
普段は鹿目まどかが一人で使っているベッドで目を覚ました暁美ほむらは、
それを目にしていた。
空が漆黒が藍色に変わっていく辺りかと、カーテン越しに感じられる。

「………」
「………ウェヒヒヒ………」

身を起こしたほむらは、誘惑に負けて
取り敢えず隣で寝息を立てる鹿目まどかの頬をぷにぷにとつついて見る。
それから、ベッドを出て廊下に出る。
用を足したほむらだったが、喉の渇きを覚えてちょっと台所に足を運ぶ。
そうしながら、水音と鼻歌を耳にした。

「ああ、ほむらちゃんか」

ほむらが台所に着いた辺りで、
浴場の脱衣所から体にバスタオルを巻いた詢子が顔を出す。
ほむらが、ぺこりと頭を下げる。

「どうした?」
「すいません、ちょっと喉が渇いて」

バスローブ姿の詢子が髪の毛を拭きながら出て来てほむらと言葉を交わす。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

詢子が栓を切った500mlペットボトルから
コップに移したミネラルウォーターをほむらに渡す

180 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/11 04:22:13.52 y0aRDMFn0 110/336


「ちょっと飲み過ぎたかなー、
ほむらちゃんが来てくれて楽しい夜だったから」

言いながら、詢子は残った水をボトルからラッパ飲みする。

「私も楽しかったです」
「そりゃ何よりだ。二十歳になったら一緒に一杯やりたいな、
まどかも、ほむらちゃんも」
「楽しみです」

「おう。今日は楽しかった、何よりまどかが喜んでた。
それに、タツヤもな。その節は本当に失礼しました」
「いえ。可愛い坊やですね」
「ありがと。タツヤもほむらちゃんの事をすっかりお気に入りだ。
コップそこ置いといていいよ」
「ご馳走様です」

ニカッと笑う詢子に、ほむらも品のいい笑みを返した。

「ん。あぁー、いい汗かいた。
今日は休みだ、もう一眠りすっかー」
「それでは、お休みなさい」
「ああ、お休み」

とんとん腰を叩いて伸びをした詢子が、
首をゴキゴキ鳴らしながらひらひらと手を上げて寝室に戻り、
ほむらもぺこりと頭を下げて階段に向かった。

 ×     ×

「まどか」
「何、ほむらちゃん?」

朝、鹿目家の食卓テーブルに就いた暁美ほむらは、
隣のまどかに小声で尋ねていた。

「確か、昨日も聞いたと思うんだけど」
「うん」
「これ、お父様が?」
「ウェヒヒヒ」
「さあー、食うか」
「くーかー」

181 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/11 04:27:40.30 y0aRDMFn0 111/336


もう、ほむらには気取るまでもないと言う事か、
シャツにパンツに生あくびで洗面所に入り、
何とか生気を取り戻して着席した詢子にタツヤが合わせる。
ここまで準備をしていた知久も着席した。

「いただきます」
「いただきます」

皆が挨拶を交わし、食べ始める。
トーストの歯ざわりが心地いい、実に研究し尽くされた焼き加減だ。
だが、それだけではない。

トーストとなると経済優先的な選択をする事も多いほむらは、
トースト、小麦粉の味をここで改めて実感する。
焼き加減もそうだが、
生地自体が確かな技術で作り込まれている事をほむらにも解らせる。

ソーセージは明らかに既製品ではない。
塩加減と言い肉の味と言い、安易な万人受けをやや外れた野蛮さを
野趣溢れる所に留めて手作りの妙を見せる。
そうやって、リスクを取ってでも逃さなかった肉の旨みが、
熱々の火加減で弾け飛び溢れ出る。

「あー」

濃度の濃い黄身がただ事ではない、
それをとろりと半熟にとろかせつつも白身も黄身も焦がさずに、
しかし確かに白身は固まって温かに火が通っている。
そんな目玉焼きを添えたサラダにほむらがとりかかっていると、
声と共に何かが飛び跳ねる。

「はい」
「ほむあー、ありあとー」

それが、タツヤのお子様フォークを逃れて、
子ども用の高椅子とセットの食卓から転げ落ちたミニトマトだと察知して、
ほむらはひょいと拾い上げてタツヤの皿に返却する。
楽しい朝食を終え、食後の珈琲までいただいた暁美ほむらは改めて確信する。
鹿目知久、只者ではない。

182 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/11 04:33:00.42 y0aRDMFn0 112/336


 ×     ×

「まどか」

帰り際、ほむらは廊下でまどかに声をかけた。

「まどかのお父さん、どう考えても適材適所過ぎるわね。
お母さんは休日しか見ていないけど」
「うん、平日のママ、すっごく格好いいんだ。
朝は弱いけどねティヒヒヒ」

年頃から見て幼い、と言えるのかも知れないが、
それでもてらいなく両親を褒めるまどかにほむらも優しい笑顔を向けていた。
そして、才能も凄いが最善の選択を躊躇いなく実行できる関係性が素晴らしかった。

「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。又来てね歓迎するよ」

頭を下げるほむらに、知久が穏やかに応答する。

「じゃ、又な」
「はい」
「またー、ほむあー」
「又ね、タッくん」
「あー」

詢子と挨拶を交わした後、
ほむらがちょっとママの真似をしてタツヤの額に唇を寄せ、
タツヤはぱーっと両手を上げた。

「それじゃあ、失礼しました」

名残は尽きない中、鹿目家を出る暁美ほむら。
何軒分か離れたか、と言う時、ほむらはふと携帯電話を取り出した。

183 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/11 04:36:28.41 y0aRDMFn0 113/336


 ×     ×

「あら」
「どうも」

鹿目家を出たほむらがバス停に足を向けると、
担任の早乙女和子教諭と遭遇した。

「お出かけですか?」
「ええ」

一歩間違えば箒で落ち葉かきでもしながらと言うほむらの質問に、
和子先生はにっこり笑って返答する。

「………」

そうやって、二人共車道側を向く。
はっきり言って、その方面に関心の薄いほむらでも勘が働く。
性格的にほむらがそうしないだけで、
先生と仲のいい年頃の女子生徒一般であれば、容赦なく突っ込みを入れている所だろう。

普段、つまり学校でほむらと出会う和子は、実の所まどかの母親と同年輩。
ヴェテランに差し掛かった仕事には真面目な女性教師らしく、
見た目で保護者を刺激しない抑制に慣れている、先生にしか見えない。

しかし、今の和子は、ほむらから見ても一人の女性だった。
服装もメイクも一つ一つが大人びて輝いている。
それでいて、変に隠そうともせず浮き立っている和子は、
溌溂と明るいオーラも見えるぐらいに清々しい。
バスが来る。

「暁美さん?」
「いえ、私は」
「そう」

和子は、ほむらににっこり笑いかけてバスに乗り込む。
ほむらはそこに留まり、次のバスに乗り込んだ。

184 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/12 04:11:07.74 J4mTg1M80 114/336

 ×     ×

暁美ほむらは、風見野の路地裏でぎゅっとソウルジェムを握る。
魔法少女に変身すると、
飛び込んだ結界内で米軍M9拳銃の銃口を上に向けて先に進む。
余裕があると見ると、
ほむらは弾薬に限りのある拳銃から魔法の弓矢に武器を切り替えた。

「!?」

さっそくに、弓に矢をつがえて感じた瘴気に討ち放つ。
わらわらと魔獣が姿を現し、
ほむらは慣れた手つきでビーム状の魔法の矢を放ち続ける。

「あらよおっ!」

そんなほむらの斜め後方で、
佐倉杏子が大槍を奮って魔獣を片付けて行く。

「よっし、一気に片すぞっ!」
「ええ」

 ×     ×

魔獣の結界が解除され、
杏子とほむらがキューブを分け合う。

「悪いな、地元なのに遅れちまって」
「確かに、濃度の高い瘴気だったわね」
「ああ、最近見滝原の方に出現傾向が移ってたんだけどな、
最近になってちょっと雰囲気変わって来たから声かけたんだ」
「そう。最近こっちに来た私に?」

「マミさんにもメール入れたんだが返信がない、
多分こういう時は地元で結界に入ってる。
まあ、マミなら大丈夫だろ。
まどかはどっちかってと週末家族の時間だし、
さやかは………今日はあれだ」

185 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/12 04:16:20.10 J4mTg1M80 115/336


「消去法、ね」
「まあな。ま、ありがとな」
「このぐらいなら」

そう言って、ほむらはキューブをきゅっと握る。

 ×     ×

「なかなか、難しいわね」
「アハハハ、でも、いい線行ってるぜ」

魔獣退治の後、ゲームセンターのダンスゲーム対戦で、
足元も危うくしながらのほむらに杏子が明るく笑った。

「結構器用なのな」

UFOキャッチャーを終えて、
ほむらは杏子の声を背にファサァと黒髪を掻き上げる。

「これなんかちょうどいいんじゃない?」

可愛らしいぬいぐるみの山から選り分けたほむらに、
杏子が声を上げる。

「あたしにぃ?」
「モモちゃんとゆまちゃんによ」
「あー、そうだな。で、そっちは?
ほむらの部屋に飾っとくのそれ?」

「悪い?って言ってもいいけど。
んー、ボーイフレンドに」
「はあっ!?」

「あー、あれやってみましょう」
「いやいやほむら、ピストルでゾンビ撃ちまくりとか、
何を今更と言うか」
「だから、気楽だからいいんでしょう」
「へーへー」

活き活きとゲーム機に向かうほむらに、
杏子がくっくっ笑って付き合う。

186 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/12 04:22:03.07 J4mTg1M80 116/336


「いやーすごいおーばーあくしょんだったなほむら」
「仕方無いでしょう。
魔法の体力強化も余り効かないタイプで、
あの重さに慣れるのにどれだけ苦労したかブツブツブツブツ
もう一回よもう一回っ!」

それでも、やはりそこは身に着けたものもあったのか、
二回目の挑戦では杏子が目を見張る程の活躍を見せる暁美ほむらであった。

「お前、麻雀とか出来るの?」
「一応、ルールぐらいは」

別に自分でやる趣味は無かったのだが、
過去に行き掛かり上裏社会との暗闘を経験した際、
しばしば相手に気づかれずにそれを観察し続ける羽目に陥ったために
何となく興味が湧いて覚えてしまった。

「おいおい」

杏子が、周りの人だかりを見て汗を浮かべる。
そういう訳で、興味が赴くままにゲーム機に向かったほむらは、
見た目美少女がこのゲームで見事なハイスコアを更新し続ける珍現象のために
いつの間にか野次馬に取り巻かれる状態になっていた。

「ロン、天衣無縫っ!」

クリアを迎えて右腕を掲げたほむらの周囲で、
ギャラリーがおーっと歓声を上げる。

「?、?、?」

杏子が、そのままほむらを引っ張って出口へと突っ走った。

187 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/12 04:27:06.59 J4mTg1M80 117/336


 ×     ×

「あーあー、めんどくってしばらくあそこ行けねぇよ」
「ごめんなさい、少し熱くなってしまったみたいで」
「だな。ま、楽しそうで何よりだ」
「ありがとう」

等とお喋りしながら歩いていたほむらと杏子が、はたと足を止めた。
二人が振り返った方向では、軽自動車が一台、
物凄い音を立てて駐車場からビストロのガラス壁をぶち抜けて店内で停車していた

「119番っ!」
「分かったっ!」

杏子に指示を出し、ほむらはそちらに走る。
駐車場で、状況を確認して舌打ちしたほむらがさっと変身し時間を停止する。
ちょっと周囲を駆け回り、時間停止を解除して元の場所に戻ったほむらは、
角を曲がった道路工事現場にダッシュしていた。

「交通事故、工具特に金槌貸して下さいっ!!」

後方を指さして叫ぶほむらの怒声を聞き、作業員がその後を追う。

「どけて下さいっ!!」

ビストロで、運転席の窓を叩き呼びかける給仕にほむらが叫んだ。
作業員が後部座席の窓を破壊し、そこから侵入して鍵を外す。
中では、運転席で母親らしき女性が気絶し、
チャイルドシートで幼児が泣いていた。

188 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/12 04:31:22.97 J4mTg1M80 118/336


 ×     ×

「いらっしゃいっ!よう、お嬢さん方」
「よっ」
「どうも」

顔見知りのラーメン屋に入り、ほむらと杏子が大将と挨拶を交わす。
カウンター席が込み合っており、奥のテーブル席に回った。

「脇で聞いてたら踏み間違えだったみたいね」

待っている間、ほむらが杏子と言葉を交わす。

「こえぇなぁー」
「見た感じ、大した怪我人もいなくて良かった、不幸中の幸いよ」
「だな」

ほむらが黒髪を束ね、二人が話している間に注文したラーメンが届く。
相変わらず美味しいラーメンを堪能し、食後に少し話している時に、
ほむらはガラガラ開く扉の音にふと耳を傾けた。

「ごめんね、予約していた店が急に駄目になって」
「事故だって言うんだから、仕方がないわ」
「でも、ここ凄く美味しいんだ」
「あなたと一緒ならどこにでも」

ほむらは静かに立ち上がる。

「ごめんなさい、ちょっとお花を摘みに」
「あ、ああ」

急に動き出したほむらを杏子がチラと見送る。
だが、テーブルには五百円玉が二枚置かれていた。
程なく、杏子の携帯にメールが送られてきて、
杏子は支払を済ませて店を出た。

189 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/12 04:35:20.31 J4mTg1M80 119/336


 ×     ×

「佐倉杏子」
「なんだよ………ん?」

ラーメン屋から少し離れた待ち合わせ場所で、
声を掛けられた杏子がきょろきょろと周囲を見回す。

「佐倉杏子」
「ん?おおっ」

長い黒髪を三つ編みに束ね、黒縁の眼鏡を掛けて
雰囲気的には小柄に見える少女から真正面から声を掛けられ、
杏子はのけぞった。

「何やってんだほむら?」

杏子が、当然の疑問を口にし、
ほむらは眼鏡を外し三つ編みを解く。
雰囲気的には、すいっと眼鏡を投げ捨てたい所だが
もったいないのでそんな事はしない。

「お邪魔しちゃ悪いものね。お釣りもらえるかしら」ファサァ

 ×     ×

「おはようほむらちゃん」
「おはようまどか」

月曜日の通学路で、ほむらはまどか達と合流する。

「おはよう、美樹さん志筑さん」
「おはよう」
「お早うございます」

ほむらの挨拶に、さやかはからりと、仁美は丁寧な物腰で応対する。

190 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/12 04:38:25.80 J4mTg1M80 120/336


「珍しいわね、と言うべきなのかしら?」
「んー、レッスンの都合でちょっと時間差出勤でさ」
「そう」

ほむらの言葉に、さやかが苦笑いしながら応じる。
その側で、こちらはいい度胸と言うべきか、仁美が慈母の微笑みを浮かべていた。

「まどか、週末はご馳走様、美味しかった」
「ウェヒヒヒ」
「なにー、どうしたのー?」

笑みを交わすまどかとほむらに、
さやかがにししと笑って割って入る。

「それは、ね」
「ん」

ちらっとまどかを見て言ったほむらに、まどかがにっこり応じる。
それを見て、仁美がよろっと後退した。

「まさか二人とも、既に目と目で分かりあう間柄ですの?
まぁー、週末の内にそこまで急接近だなんて。
先日のあの後、一体何が?」
「どうかしら?」
「ティヒヒヒ………」

仁美の反応の面白さに、ほむらがファサァと黒髪を払って応じまどかが苦笑いする。

「でも、いけませんわお二方っ。
それは禁断の、恋の形ですのよおぉぉぉーっ」
「バッグ忘れてるよー」

そのままたーっと走り去る仁美の背にさやかが声を掛けていた。

191 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/12 04:42:17.22 J4mTg1M80 121/336


「………改めて、面白い娘ね」
「今日の仁美ちゃん、なんだかさやかちゃんみたいだよ」
「どういう意味だよそれはー。
で、実際んとこどうだったの転校生?」
「だから、いい加減そのタグ外してくれてもいいと思うんだけど。
まあいいわ、まどかの家で勉強会してたら、
まどかのお母様が期限切れ寸前の割引券見つけてね」

「へえー、そんな事もあるんだ」
「その後で、お誘いを受けて夕食を食べてお泊りさせてもらった、そういう事よ」
「ふうーん、しっかり鹿目家に食い込んでんじゃない。
夕食、って、あのまどかパパの?」

「知ってるみたいね?」
「とーぜん、どんだけの付き合いだと思ってるのよ。
最近ちょっとご無沙汰だけど、まどかのお父さんの手料理とか半端ないよね」
「ええ、堪能させてもらったわ」
「いいなぁー、まどかー、今度誘ってよー」
「さやかちゃんなら大歓迎だよティヒヒヒ」

「大体、週末の内に一体何が、って、
それはこっちが聞きたいわよあなた達の黄金トライアングルに」
「いやはははー、
ご想像にお任せします、って事にしといてくれないかなー」

ちろりとさやかを見るほむらに、さやかは後頭部を掻いて応じた。

 ×     ×

等と馬鹿話をしている内に学校の玄関に到着する。
一同が靴を取り出している辺りで、ぴたりと動きを止めた。

ほむらとまどか、さやかが目と目で通じ合い、小さく頷く。
ここに仁美がいなくて良かった。
三人の頭の中に流れ込んで来る巴マミの声は、
魔獣狩りの前線を思わせる真面目なものだった。

「今日の放課後、出来る限り私の部屋に集まって」

195 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/23 03:07:40.27 1YhPzSk80 122/336

 ×     ×

話は先の土曜日にまで遡る。
スーパー銭湯を訪れた巴マミは、一時の喧騒を離れて
百江なぎさと共に洗い場を利用していた。

「はい、終わり」
「有難うなのです」

マミが、なぎさのややぐねぐねな長い髪の毛を洗い、
シャワーで泡を洗い流す。
本来は一人で出来る事ではあるが、二人にとって楽しい時間だった。

「サウナ、行ってていいかしら?」

んー、と、立ち上がって背筋を伸ばしたマミが、
ちらっと下のなぎさを見て声をかける。

「どうぞどうぞなのです」
「なぎさちゃんも来る?」
「いいいいいいです、ハ○ジの山羊さんチーズになっちゃうですっ」
「んー、今度、入り方ちゃんと教えてあげるから。
じゃあ先にお風呂巡りしてて」
「はいです」

こんなやり取りで一旦分かれる。
以前一緒にスーパー銭湯を訪れた時、
なぎさはマミの後をどうしてもと引っ付いて来て目を回しそうになった事がある。

196 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/23 03:12:43.86 1YhPzSk80 123/336


「あら」
「どうも」

マミがサウナに入ると、
ちょうど美樹さやかと志筑仁美がベンチから立ち上がった所だった。
入れ違う様に、マミは無人のサウナでベンチに腰掛け、
んーっと背筋を伸ばしたり顎を上に反らしたりして見る。

その内に、カチャッとドアが開く音が聞こえ、
ハッと気が付いたマミが、さささっと頬杖をついて寝そべっていたタオルの上から起き上がる。
ドアが開き、入って来た美国織莉子ときちんと足を揃えてベンチに掛けたマミが
それぞれお上品に頭を下げて一礼する。

織莉子は、そっとマミの隣に座る。
織莉子がするりとマミに近づいたため、
動かした織莉子の手がベンチの上に置かれたマミの手に被さる。
織莉子は、マミの耳に唇を寄せた。

 ×     ×

「くうぅーっ!」

サウナを出たマミと織莉子が、迷惑にならない程度にずぶんと水風呂に身を沈め、
身を反らして悲鳴と快感の呻き声を上げる。

「おおおっ織莉子、話は終わったかい?」
「ええ」

そこに、どこからともなく現れたキリカが声を掛け、
織莉子は笑って応じる。

「おー、マミ気持ちよさそうなのですっ」
「なぎさちゃん、っ………」

ざぶんと水しぶきの一拍後に、悲鳴が上がった。

197 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/23 03:18:03.34 1YhPzSk80 124/336


 ×     ×

「ワルプルギスの夜?」

月曜日の放課後、呼び出しに応じて巴マミの部屋に集まった面々は、
マミの発したその言葉にそれぞれの反応を示した。

鹿目まどかと美樹さやかはきょとんとしており、
佐倉杏子はガトーショコラをごくんと飲み込み
暁美ほむらは持ち上げていた紅茶のカップを置く。

「ワルプルギスの夜が来る、って言ったわね?」

ほむらが尋ねる。

「ええ」
「どういう情報?」
「先日、織莉子さんが教えてくれた」
「織莉子、予知能力か」

そういう杏子の真剣な表情に、まどかとさやかも、いよいよ以て何事かを察知する。

「ねえ、何なのよねえ?マミさん?」
「魔獣よ」

ほむらが答える。

「実態で言えば怪獣、って言ってもいいかしらね?
それ以上かも知れない」
「………マジ?………」

さやかが言い、杏子を見るが、あの杏子の顔も大真面目だった。

「マジ、なんだね」

さやかが静かに納得した様に言う。

198 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/23 03:23:23.39 1YhPzSk80 125/336


「流石に今日や明日の話じゃない。
だけど、織莉子さんは瓦礫の山を見たと言った、この見滝原で」
「前例から言ってもそれぐらいの被害が出て不思議じゃない」
「そんなに、凄いの?」

まどかが怯えた声でほむらに尋ねた。

「直接の記録が残っている訳じゃない。
だけど、口伝えだったり、
魔法少女の経験から記録や伝説を読み直す事で分かる事もある」
「どのぐらい、分かってるの?」

ほむらの言葉にさやかが応じて質問する。

「確かな事は分からない、推測の域を出ないわ。
だけど、規模は特撮ヒーローでも簡単には倒せないレベル、
或いはもっと上の大怪獣。

天変地異を伴って現れる、或いは素人には天変地異にしか見えない。
結果として、都市一つまともにぶっ壊れるレベルの破壊力がある事は確かみたい。
歴史的には都市が壊滅した大災害とされているものが
実はワルプルギスの夜の通り過ぎた後だった、って事もある」

「な、何よ、それ………」

目を見張ったさやかがごくりと息を呑み、まどかも震えを隠せない。

「それって、結局退治できるのか?」

杏子が尋ねた。

「出来るのか、って、
そんな魔獣、見滝原に来るって言うんなら退治しないと。
だって、そのために魔法少女で」
「そんなビビッた声で生言ってんじゃねーよルーキーが」
「はあっ!?」

199 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/23 03:27:04.53 1YhPzSk80 126/336


「や、やめようよさやかちゃん杏子ちゃん」
「ああ」
「うん、まどか、分かってる。
杏子がリアリストだからそうやって言ってるって」

さやかの言葉に、杏子が舌打ちする。

「そう、本来ならば退治しなきゃいけない、私達魔法少女が」

すっ、と、紅茶で喉を湿らせたマミが静かに言った。

「暁美さん、あなたが調べた範囲では?」

「伝説、なら悪魔は討たれ聖なるものは勝利する。
ヒーローと呼ぶに値する魔法少女であればワルプルギスの夜には打ち勝っている。
只、現実的な規模や破壊力、そこから類推されるものを考えた場合、
私たちの戦力では決して楽観は出来ない」

「もちろん、話を持って来た織莉子さんに呉さんも協力する、そう言ってる」
「正直、あの二人も相当な手練れだけど、
ワルプルギスの夜の情報が少なくて確かな事は言えない」
「そうね、現実的な事を考えなくてはいけないわ」

ほむらの結論に、マミも真面目な口調で言った。

「まず、今までの魔獣退治とは桁が違う。
今回だけは、抜けるなら早く言って欲しい。責める事も恥だとも思わない。
私達を含めて一つでも多くの命がワルプルギスの夜を逃れて遠くに避難するなら、
それは一つの選択だと割り切る。

特に元々ここの魔法少女じゃない佐倉さん、
率直に言って伸びしろはあってもこれから伸ばさなければいけない美樹さん、鹿目さん。
もちろん戦力は少しでも欲しいけど、そこはしっかり考えて欲しい」

完全にチームリーダーモードのマミの言葉を、誰もが真剣に聞いている。

200 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/23 03:32:08.26 1YhPzSk80 127/336


 ×     ×

遠い話ではなくとも今すぐではない。
取り敢えず一日考えると言う事で、マミ宅でのその日の会合は御開きになっていた。

「どうするんだ?」

帰路に就きながら、杏子がほむらに尋ねる。

「私は、やるわよ」
「即答だな」

「色々と守りたいものがある。
魔法少女として蹂躙を許して後悔はしたくない。
あなたはどうするの?
巴さんが言った通り元々が管轄外でしょう」

「ま、そうなんだけどね。
只、隣町だから火の粉が飛ぶかも知れないのを待つなら
戦力の充実してるこっちに加わる方が賢い計算かも知れない」
「そうしてくれると助かるわ」

「それに、あー、なんつーかあれだな、
やっぱ、情が移った、って素直に言っちまおうか?」

そんな杏子にほむらはふっと笑みを浮かべ、
杏子もニッと笑ってチョコ付の細棒クッキーを差し出す。

203 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:16:36.92 hruyZqDh0 128/336

 ×     ×

(………病院………)

風見野に戻った杏子を見送り、
習慣でパトロールがてら見滝原の街をぶらぶら歩いていたほむらは、
ふと目の前の建物を見上げていた。

ソウルジェムを掌に乗せ、眉根を寄せる。
ソウルジェムが感知した気配を頼りに、ほむらは動き出す。
ほむら自身病院暮らしが長かったから、何となく勘が働く。
病院の敷地内、その中の死角じみた場所で結界に取り込まれ、変身していた。

既に、魔獣の群れが結界内に充ち始めている。
ほむらは米軍仕様M9拳銃を発砲しながら、
一旦目の前の魔獣の小さな群れを突き抜けて振り返る。

病院は人の負の感情が滞留し易い。
その分、魔獣が発生し、被害も大きくなる。
ほむらは舌打ちしながら弓に矢をつがえる。
まだ生き残りの少なくない小さな群れと魔獣の本隊との挟み撃ちになった形だ。

「!?」

どちらが先か、と、少し考えている間に、小さな群れが見る見る減っていく。

204 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:24:19.53 hruyZqDh0 129/336


「美樹、さやか?」

減少していく魔獣の群れの中から垣間見えたのは、ぶわっと翻る白いマントの中から
ナイトをイメージさせる、それでいて結構にお肌の露出した青い魔法少女衣装に身を包み、
両手に握る二振のサーベルを操り魔獣を斬り伏せて行く美樹さやかの勇姿だった。

今、ほむらの目の前で、
さやかは魔法少女の力で時に軽やかに宙を舞い、時に力強く魔獣に剣を叩き付ける。
確かに、ほむらも魔法少女として何度かさやかと組んだ事はあるが、
こうして二人だけで、と言う機会はなかった。

一瞬、会心の一撃に笑みをこぼすと、きゅっと真剣な顔で魔獣に立ち向かっていく。
目くらましの様に白いマントを翻し、
少女の手には決して軽くは見えない剣を、それも二刀流で使いこなす。
その姿は或いはアスリート、或いは騎士の様に力強く、凛々しい。

「転校生っ!」

さやかの悲鳴に、ほむらがはっとして魔獣の本隊を向く。
既にビーム攻撃を始めようとしていた魔獣に向けて、
魔力の消費は激しいが分裂矢を放った。

「ごめんなさいっ!」
「ぼーっとしてんじゃないよ、らしくないっ!」
「そうねっ!」

叫びながら、ほむらは手榴弾を幾つかまとめて魔獣本隊に投げ込む。
大音響と共に、小さくないダメージを負った魔獣の群れに
ほむらは分裂矢を叩き込んで行く。

「ふんっ、容赦ない、ねえっ!!」

笑みを浮かべたさやかが、ぶうんっと、思い切りよく剣を振るった。

「ほむらもエンジンかかって来たし、片付けよっかっ!!」
「そっちこそ、調子に乗らないでよっ!!」
「言うねえ、っ!!」

さやかとほむらは、怒鳴り合っている間に、
二つの魔獣の群れに挟撃を受ける様な状態になりつつあったが、
背中合わせになった二人は、全然負ける気がしなかった。

205 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:29:49.05 hruyZqDh0 130/336


 ×     ×

「片付いた、かな」
「そうみたいね」

言葉を交わし、結界が解除されるのを感じながら、
さやかとほむらは魔法少女の力を使って病院の屋上へと移動していた。

「転校生はパトロール?」

キューブの分配の後で、さやかが尋ねる。

「ええ、病院はマイナスの思念が滞留し易い、
魔獣の発生ポイントだから。あなたも?」

ほむらの問いに、さやかは曖昧な笑みで応じる。

「?」
「恭介さ、あの病院に入院してたんだ」
「上条恭介?どこか悪かったの?」

ほむらの問いに、さやかは自分の左腕を右手で握る。

「交通事故、大ケガしてさ、特に左腕がひどかった。
形だけはくっついたんだけど、神経の損傷がひどかったとかで、
聞いちゃったんだよね、恭介の家族に告知があったの。
この先、普通の生活の何分の一まで回復するかが限界だって」
「ちょっと待って、確か上条君はヴァイオリニストで、今も………」

言いかけてさやかを見据えるほむらに、さやかは笑って頷いた。

「上条君はその事を知ってるの?」

ほむらの問いに、さやかは微笑みと共に首を横に振った。

206 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:36:07.31 hruyZqDh0 131/336


「美樹さやか」

ほむらが、ぼそっと口を開く。

「あなたはどこまで愚かなの?」
「ふうん、喧嘩売ってる転校生?」

苦い口調で言ったほむらの言葉にさやかが返答するが、
その口調はどこか楽し気に挑んでいる。

「好きな男子のために命懸けで戦って何も求めない?
私はそんな聖女になる自信はない」
「そりゃ、あたしだってそうだよ」

さやかは、頭の後ろで手を組み、笑った。

「その辺、マミさんとも散々話したけどね、
マミさんからも大反対されたよ」
「私だって反対する」

「あんたの言う通り、あたしは恭介の事が好き、大好きだよ。
それ認めないとマミさんともまともに話出来なかったしね。
それでさ、んんっ、それで好きな男子とまともな人間関係が出来るのか、
単純と言うかホント馬鹿と言うか、そんなあたしが全部飲み込むか
大好きな相手を一生の負い目で縛り付けるのか、意味で言えばそういう事を色々とね」

「それでも、あなたは契約したのね」

「うん。それでも、諦められなかったからさ恭介のヴァイオリン、
ヴァイオリンを弾く恭介。
すっごく素敵なの、音色も、恭介も、
音楽の事なんて何も分からないあたしにだって分かる、涙が出ちゃうぐらい。
その時期になったらあたしも近づけないぐらい入れ込んで、それが凄く凛々しくて」

「はいはいご馳走様」

207 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:40:10.22 hruyZqDh0 132/336


「へへっ。だからさ、あたしは、
あたしが欲しい、諦められない大切なもののために命懸けで戦う、そう決めたんだ。
それは、関係ない、って割り切れるものじゃないけど、恭介じゃなくてあたしがやった事。
事故の前に魔獣に襲われてマミさんに助けられて、その時にキュゥべえに勧誘されて、
最初の頃はそんな命懸けの願いなんてなかったからね。
でも、それだけの価値がある願いが見つかった」

「もちろん、志筑仁美はこの事を?」

「知らないよ。まあ、仁美とは色々あったけどね、
流石に、この事で仁美を苦しめたり身を引かせたり、ってのは嫌だったから。
都合よすぎるかも知れないけどさ、恭介にも仁美にも、
今はあたしが勝手に決めた魔法少女の事を押し付けたりしたくない。
力ずくのコンサートなんて、虚しいだけだからさ」

「やっぱり聖女ね」

「どうだか。口ではこう言ってるけど、
ドロドロと喉まで出かかるなんてしょっちゅうだし。
それでも、恋人も、友達も、あたしが愛して来た本物は、それを我慢するだけの価値はある。
あの音色を聞くだけで、仁美と張り合うのが楽しかったりする時も、
これで良かったんだって思えちゃうんだあたし。
転校生だって呆れてるでしょ、これなんてラ○ベとかって」

「そうね」ファサァ
「即答かよ。そりゃそうか」

さやかが毒づいた次の瞬間、ひょいっとほむらからさやかに投げ渡されたのは、
握り拳程のパイナップル型の鉄の塊だった。

「わっ、たっ、とおっ!?」

ぱんっ、と、爆発音と共に、
塊のてっぺんからは旗が飛び出し小さなリボンやら紙吹雪やらが軽く舞い散っている。

「独り身の私が言えるのは、リア充爆発しろ、ってだけね」
「それだけのためにこんなモン作ったのかよっ!?
それもその瞬間に時間停止までしてっ」

さやかの反応にほむらがくくくっと笑い、さやかもアハハと笑みを返した。

208 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:43:29.07 hruyZqDh0 133/336


「大体さ、転校生ぐらいクールビューティーのスーパー美少女だったら、
男なんてより取り見取りなんじゃないの?」
「そんなモンかしらね?」
「くぅーっ、余裕ぶっちゃってまぁー。
あー、あれか?それともあれか?」
「何かしら?」

「まどかはあたしの嫁になるのだーって、虎視眈々と狙ってるのか?
そーだよね、転校早々一発で仲良くなっちゃって、
まどかも転校生の事、最初っから随分気にかけてたからね。

いい娘だもんねまどかー、素直ないい娘で保護欲に可愛くって、
それでいていざってなったら芯が強かったりしてさ。
そーそー、まどかと転校生、お泊りゲットで家族公認で
ますます親密な空気漂わせちゃったりしちゃってさー。

あれー、どぉーしたのかなぁーほぉーむらちゃぁーんっ?
うぇーっひぃっひっひっ………」

「………」ジャキッ

「オーケー落ち着いて、ジョーク、
クールな転校生の空気を和ませようってちょっとしたジョーク。
だからその銃口ちょっとこっちから外してくれるかな?」
「大体、何時になったらそのタグ外してくれるのかしらね美樹さやか?」

ほむらが、手にした拳銃の銃口からぴゅーっと水を吹きだして嘆息する。

「まあー、冗談はさておき転校生、クール系もいいけど最近大分柔らかくなったよね。
やっぱそれもまどかの………オーケーオーケー懐から手、出して、ゆっくりと。
そっちの方がいいと思うよ。
これでばっちりスマイルしたらもってもてだよほむらちゃーん」

「そうね、それじゃあ早速、
上条恭介にとびっきりのスマイルをプライスレスで………」
「………」チャキッ

209 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:46:50.60 hruyZqDh0 134/336


「取り敢えず、私の顎の下からそのサーベルの刃、
どけてくれるとありがたいんだけど」
「ふふっ、冗談はさておいて、分かるよ。
幼馴染として言わせてもらえば、どっちかって言うと鈍くさくて口下手で、
でも、あったかいもんねまどかって」

「そうね」

「あ、その笑顔その笑顔、いいねぇ、その笑顔いいねー、
いいよいいよほむらちゃーん、はい、そのままちょっと脱いでみよっか。
取り敢えずほむら、その銃口はあっちに向けといて、
その笑顔で恭介に近づいたら命の保障出来ないから。
あたしもそうだけど、仁美も結構素でヤバイし。
だからさ、思うんだよね」

「何を、かしら?」

ふと、上を向いたさやかにほむらが尋ねる。

「あたしは恭介が好き、大好き愛してる。
その恭介とも、それで本当だったら漫画じゃなくても修羅場りそうな仁美とも、
これなんて○ロゲって感じでなんかいい感じにまとまっててさ。

嬉しいよ、恭介もそうだけど、仁美も小学生の時から大事な友達なんだから。
仁美の気持ち知って、あたしは魔法少女で、
世間並に男の取り合いってなったら色々覚悟したけど、
本当は仁美との友情、無くしたくなかった。それが、今は八方丸く収まってる。
そりゃ、揉めない事も無いけど、それでも幸せ」

「それを聞かされてる私は必ずしも幸せなのかしらね?」

210 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:50:27.39 hruyZqDh0 135/336


「なははー、ごめんねー。そんな感じで魔法少女になってさ。
マミさんはあれでちょっと甘々で脇が甘かったりするけど、
最初はカッコヨス一辺倒なのがそんな所も見せてくれる様になったぐらいいい関係でいい先輩。

杏子もね、最初に会った頃なんてあたしとボッコボコの喧嘩しまくりで
マミさんが背後でゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴって感じで笑って仲裁するのがいつもの事だったけど、
それでも、根は悪い奴じゃない、いい仲間だと思ってる。

それにまどか、うん、最っ高の友達で幼なじみであたしの嫁。
それに転校生だって信頼できる魔法少女の仲間でいい友達だって思ってる。
そう考えると幸せ過ぎて幸せ馬鹿、って感じかなー」

「断言してあげる、馬鹿丸出し」

「だよねー。そぉーんな馬鹿な状況なんだって。
だからさ、時々思うんだよ。
なんか、どこかで気まぐれな神様がさ、全部が上手くいく様に
ちょちょいって調整してくれてるんじゃないか、ってね」

「………あなたって、鋭いわ」
「へ?」

ぽつりと言ったほむらに、さやかが聞き返す。

「ああ、あんまりユニークな発想だったから」
「そうだよー、あたしは不思議ちゃんだよー。
恭介、今度結構大きなコンサートに参加するんだ」
「それは楽しみね」
「うん、楽しみ」

そう、素直に言い切ったさやかの笑顔は、
まぶしいぐらいに輝いていた。

211 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:54:32.70 hruyZqDh0 136/336


「奇跡の腕が奏でる奇蹟の歌、最高でしょ。
陰の功労者として人知れず感涙にむせぶのぐらい、やったっていいでしょ。
今更、諦める訳ないでしょそんな事もこんな事も」

そう言って、さやかはぐっと前を見た。

「魔法少女になったあたしに神様がくれた奇蹟だって言うんなら、
守り抜くぐらいの事はやってみせる。
恭介も仁美も家族も、学校も見滝原の街も友達も仲間も、
ワルプルギスだろうがゴ○ラだろうが、
欲張りでもなんでも魔獣にくれてやるものなんて一つもない。
だから、力を貸して暁美ほむら」

「奇遇ね」

ほむらに向き直ったさやかを、ほむらは静かに見据えて口を開く。

「あなたが両腕広げて欲望の限りかき集めてるその辺りに、
私の守りたいものが随分と色々あるんだけど。
この際、まとめて守備についた方が効率がよさそう」
「有難う。みんなが言う通りあたしはまだまだだけどさ、だけど戦力ぐらいにはなるよ。
多分、他のみんなもなんだかんだ言っても、って事になると思うし」

「同感」
「また、その落ち着いた笑顔がいいんだなぁほむら。
そろそろ行こうか、誰か来るかも知れないし」

「そう。それじゃあ………でも、何か不思議」
「何が?」
「何と言うか、別にあなたがどうこう言う訳じゃないけど、
私達がこんな風に一緒にとっくり話すってイメージが」

「それはあたしも、ハッキリ言ってあたしは苦手って思ってたよ。
お高く留まってる、ってのはあたしの勝手な先入観。
一緒に活動しててもいい奴だってのは分かってるつもりだけど、
それでもクールビューティーで孤高で賢そう、ってのが
ちょっととっつき難いって言うかさ」

212 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/02/25 15:58:22.88 hruyZqDh0 137/336


「ぶっちゃけてくれるわね。
まあ、例の事が近づいてる訳だし、意思疎通はしておきましょう」
「覚悟しなよ転校生、あたしって相当うるさい方みたいだから」
「ええ、まどかから聞いてる」

「そう、じゃあほむらちゃんからも聞かせてもらおうかなまどかの事。
ドーナツでも食べながら。近くにあるんだけどどう?」
「そうね、色々エネルギー使って丁度甘い物が食べたい所」
「決まりっ、行こうかほむら」
「そうね」

意気揚々と動き出すさやかの後に続きながら、
ほむらは静かな微笑みを浮かべていた。

216 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:20:03.63 aGtsKvXH0 138/336

 ×     ×

「お邪魔します」

とある放課後、暁美ほむらがマミの家を訪れると、
リビングは既に千客万来の状態になっていた。

「ちょっと、場所作ってくれるかしら」
「はいはいっと」

ほむらの言葉に、美国織莉子の側にいた呉キリカがささっと場所を移動する。
ほむらが魔法道具の楯を取り出し、その中からごそごそと色々取り出す。

「取り敢えずハザード・マップその他、
役所と学校と市立の図書館で集められるだけの資料、集めてみたわ」
「サンキュー」

ほむらの言葉に、美樹さやかが応じた。

「大前提として、現れるのは見滝原で間違いないのね?」

「ええ、現時点では間違いないわ。
私の予知は変更可能な不確定なものだけど、
見えた風景から言って見滝原、
今までの例から言ってもそう遠い時期ではない」

「被害の規模は?」
「大災害、そこら中の建物が普通に瓦礫になってた」

ほむらと織莉子のやり取りに、一同改めて息を呑む。

217 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:25:25.08 aGtsKvXH0 139/336


「だったら、私達に出来る事は限られるわね。
私達は魔獣退治しか出来ない。
魔獣による被害を最小限に食い止めるしかない」
「要は魔獣、ワルプルギスの夜をぶっ倒す、って事か?」
「それが、すぐに出来ればいいんだけど」

杏子の言葉に、ほむらが苦い反応を見せる。

「集めた情報から言っても、まずそう簡単にどうこう出来る相手だとは思えない。
伝説的な魔法少女がいても甚大な被害が出てる相手よ」
「それに、私が見た限りでも、
とてもじゃないけどすぐに対処できるイメージではなかったわ」

ほむらと織莉子が口々に否定してしまう。

「じゃあ、止められないのワルプルギスって?」

さやかが真剣な口調で尋ねる。

「退治、或いは退散、それは出来る、少なくとも伝説の上では可能な事になってる。
それに、放置したらどれだけ被害が拡大するか見当がつかない」

ほむらが答える。

「ビジョンを見た私の考えは、人命優先でやるしかないと思う」
「ワルプルギスの夜が人を襲わない様に、って事?」

さやかの問いに、織莉子が頷く。

「災害級の破壊力を持つとなると、
街そのものの損害を私達で対処するには限度がある、それが現実的だと思う」

ほむらも同意した。

「表面上が災害だとして、住民の避難がどこまで成功するかね。
これは何とか行政に上手くやってもらうしかないわ」

そう言いながら、織莉子は難しい顔をしていた。

「取り敢えず、想定される避難箇所は出して見たけど」

ほむらがコピーされた地図にバツ印を付けて行く。

218 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:30:43.50 aGtsKvXH0 140/336


「だったら、そこに近づけたら駄目なんだよね」
「けど、全部はカバー出来ないよな」

さやかと杏子がそれを見て言葉を続ける。

「被害の少ない場所にワルプルギスを回避、封じ込めて攻撃する、
なんとかそれを成功させるしか………」

あれやこれやと話し合うが、実際の所は分からない事が多すぎて
もどかしい話にしかならない。
とにかく、災害の資料を基に被害を減らす想定をするしかない。

「煮詰まって来たわね」

どちらかと言うとほむらと織莉子が話を主導する中、
聞き役に回りながらも話に参加していたマミが話を引き取る。

「お茶の支度をさせてもらうわ」
「有難うございます」

立ち上がったマミにほむらが言い、杏子が元々崩れていた脚を崩しさやかが伸びをする。

「お待たせー」

会合は続きながらも空気がダレ始めた辺りで、
明るい声と共にマミが戻って来た。

「難しい会議だったし、趣向を変えて温かいものにしてみたわ」
「やったーっ」
「有難うございます」

マミがなぎさと共に並べる蒸籠を見て、
さやかや杏子が声を上げ、ほむら達も少しほっとした様に礼を述べる。

「こういう時は、一旦すぱっとやめるのもいいものよ。
確かに時間は少ないけど、そうした方がいい考えが浮かぶ事もある」
「そうですね」

割とぴったりとした紅のチャイナドレスにお団子髪で雰囲気を変えたマミの言葉に、
ほむらも素直に同意する。
正直、結論の出ない会議に中学生に過ぎないほむらの精神も疲労を自覚していた。

219 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:36:33.73 aGtsKvXH0 141/336


「いただきまーっすっ、美味しいっ」
「うめぇよこれマミさん」
「ほら、美味しいよ織莉子」
「ウェヒヒヒ、美味しいよほむらちゃん」
「そうね、美味しい」

そう言って、確かに美味しい芝麻球と中国茶を嗜みながら、
それでもふと難しい顔を見せたほむらが、マミに視線を向ける。

「?どうかしたかしら暁美さん」

お茶を入れ終わって自分の楽しみも始めたマミがにっこり尋ねる。

「ええ、巴さんにはやっておいて欲しい事があります」
「私に?」
「ええ、出来るだけ早く、間に合う様に」
「私に出来る事なら手伝わせてもらうけど」
「どうしたほむら?」
「ほむらちゃん?」

真面目な口調のほむらに、口々に質問が飛ぶ。

「私達は中学生に過ぎない、って事よ」

 ×     ×

「ただいまー」

ある晴れた昼下がり、
特に市場に向かうでもなく自宅で午後の一時を過ごしていた鹿目知久は、
いつも通りの娘の元気な声を聞いて玄関に向かう。

「ねーちゃ、おかえりー」
「只今、タツヤ」
「こんにちは、タツヤ君」
「お帰りまどか、それから巴マミさん」

知久が玄関に出向いてみると、先行したタツヤが、
まどかと同じ見滝原中学の制服を着て前のめりになった巴マミに頭を撫でられご満悦だった。

220 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:41:54.48 aGtsKvXH0 142/336


「初めまして、巴マミです」
「こんにちは、まどかから話は聞いてるよ」

礼儀正しく頭を下げるマミに、知久が優しい笑みを返す。
既に玄関には、二人が買い込んで来た買い物袋が置かれている。

 ×     ×

「やあ」
「パパ」

台所にひょっこり現れた知久に、
エプロンに三角巾装備のまどかが応じる。

「焼けたわよ、あ、どうも」

同じ姿のマミが、まどかを促しながら知久に頭を下げる。
そして、マミとまどかがオーブンからスポンジを取り出す。

「美味しそうに焼けてるね」
「お蔭様で」

優しい知久の言葉に、マミも嬉しそうに応じた。

「マミさん、氷水こっち置きます」
「ありがとう」
「メレンゲを作るのかな?」
「はい。お父様もケーキ、作ったりするんですか?」
「うん、多少は」

「とか言って、パパのケーキも美味しいんですよマミさん」
「そうなんですか」
「いや、巴さんこそこの焼き加減、見事だと思うよ。
美味しそうな匂いにつられてお邪魔したけど、
良かったら少しお手伝いさせてもらおうかな?」
「お願いします」

マミの言葉を聞き、知久がちょっと台所を探ってからひょいとボウルを持ち上げる。

221 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:45:53.68 aGtsKvXH0 143/336


(安定はレモンを使用。この、手つき………)

半ば社交辞令でにこにこ眺めていたマミの目つきが、
ふと魔獣の結界に挑む様に変化する。

「お粗末様」
「有難うございます」

(三度振り掛けたあの手つきも、あくまで丁寧に確実に、間違いなく手練れのもの。
見た目は滑らか、ムラなく綺麗に泡立てられて)

マミは、頭を下げながら泡立て器をそっと持ち上げる。

(硬さも固すぎず、それでいて落ちない程度の十分な安定。
………これは、っ!?………)

マミは、泡立て器からすくった指を唇に当て、カッと目を見開いた。

(しっかりとした土台を残しながら重すぎない。
華やかな程に花開きながら、一片のベタつきも感じさせない。
この春の淡雪の如き潔さはどうだ。
それでも、コクのある味わいは、丸で散華した桜の様に舌の記憶に残り続ける)

マミが、相変わらず優しい笑顔の知久に視線を向ける。

「じゃ、楽しみに待たせてもらうよ」
「あ、有難うございます」
「ウェヒヒヒ」

知久の言葉にマミがぺこりと頭を下げ、知久はさらりと台所を立ち去る。

(………出来る………)

222 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:50:59.06 aGtsKvXH0 144/336


 ×     ×

「お待たせしましたー」

まどかとマミが、食堂にケーキを運び込む。

「苺ショートのデコレーションケーキです」
「これは美味しそうだ」
「有難うございます」
「わあー、ねーちゃケーキケーキ」
「うん、ケーキだよタツヤ」

温かい歓迎を受け、まどかがケーキを切り分ける。

「どうぞ」
「本格的だね」

マミが紅茶を入れ、知久に声を掛けられてぺこりと頭を下げる。

「いただきまーす」

みんな揃って、唱和。

「うん、美味しい」
「有難うございます、お父様のお手並みも見事でした」
「有難う」
「おいしー」
「ありがとうタツヤ君」
「このお茶は巴さんが?」
「はい、少々嗜むものでして。お宅にいいポットがあって良かったです」

「ケーキもだけど、マミさんの紅茶、美味しいんだよ」
「うん、美味しいよ。
素材もいいものだけど、色々なタイミングがしっかり合ってる」
「そう言っていただけると」

出す前は少々怖いぐらいだったが、結果はこの通り、
マミもそれだけやり甲斐のある相手にこれだけの反応をもらい、
喜色が隠せない程の上機嫌。
お茶会の昼下がりは温かく過ぎて行った。

223 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:54:20.15 aGtsKvXH0 145/336


 ×     ×

「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」

夜、食堂で丁寧に挨拶したマミに、知久が礼を返す。
お茶会の後はまどかの部屋での勉強会。
マミも一人暮らしだと事前に話していた事もあり、
夕飯を一緒に、と言う話は簡単にまとまった。

白いご飯に葱と豆腐の味噌汁にハンバーグ・サラダのセット。
シンプル、素朴だからこそ、センスと技量、
もっと言うと誠意がよく分かる料理だとマミは改めて納得していた。
一度とっくり教わってみたいと真面目に思ったりもする。

「たっだいまーっ」

夕食を終え、まどかとマミがリビングでちょっと寛いでいると、
偉く上機嫌なご帰還と重なった。
一同が玄関に移動すると、スーツ姿の鹿目詢子がにこにこ手を振っていた。

「お帰り、ママ」
「おーっまどかたっだいまーっ………
えーっと確か………」
「巴マミ先輩」
「あーそうだそうだ、こないだ会ったっけ」

詢子は、ずいっとマミに顔を近づける。酒臭い。

「まどかから聞いてるよ、美人で格好良くってケーキの美味しい先輩って。
ああー、確かにその通りだわー」

酔っ払いはカラカラ笑って離れるが、マミも嫌な気分ではなかった。

224 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 02:57:56.33 aGtsKvXH0 146/336


「タツヤは?」

詢子の問いにまどかがにっこり微笑み、場所を移動する。

「おー、ぐっすりだな」
「うん、ちょっとはしゃいでたから」
「そうか」

小声でやり取りをしながら、タツヤの可愛らしい寝顔を覗き込む。
その詢子の顔は幸せに満ちていた。

 ×     ×

「ご機嫌だね、ママ」
「ああー、ちょっと取引先のロシア人とウオツカで張り合っちまってさ」

ざっと着替えてリビングに戻った詢子が、声を掛ける知久に明るく応じた。

「はい、ママ」
「サンキュー」

まどかが、コップとミネラルウォーターの500mlペットボトルをテーブルに置く。

「マミさんと、ママの分もケーキ作ったんだよ」
「おー、そうか。ありがとな。
じゃあそれ、もらおうかな。
お茶漬けでも貰おうかって思ってたけど甘い物がいいや」
「もーっ、太るよママ」

豪快な詢子にまどかが苦笑いしながらも、
冷蔵庫から切り分けたケーキが渡された。

「うんっ、美味しいっ」
「有難うございます」
「これ、マミちゃんが?」
「はい、私と鹿目さんで」
「ウェヒヒヒ」

「ふーん、で、こいつは知久だな」
「はい、その舌触りはお父様にはかないません」
「こいつーっ、でも、旨いよこれ、有難うマミちゃん」
「こちらこそ」

225 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 03:01:35.92 aGtsKvXH0 147/336


「全く、素敵な先輩だ、
まどかが褒めちぎるだけの事はあるよ」
「いえ、そんな、私の方こそ」
「ちょっと時間遅いけど、家の方は?
確か、一人暮らしだったっけ?」
「はい」

「ご両親、あっちでお仕事?」
「はい、イタリアで。
父は研究………母はミラノの………」
「へぇー、そのブランドなら興味あるわ。
ま、ここで仕事は持ち込まないけどね」

詢子はカラカラ笑ってケーキをパクつき、
気を良くしたマミがスマホを操作する。

「この間も、お仕事が上手く行ってパーティーだって」
「ふーん」

酔眼でマミに差し出されたスマホを覗き込んでいた詢子が、
段々と眉根を寄せて行く。

「ちょっと待て、マミちゃん、このパーティーの写真これだけ?」
「え?あ、ちょっと待って下さい」

マミがデータから取り出した画像を、詢子はじっと凝視していた。
そして、ミネラルウォーターをボトルからラッパ飲みする。

「マミちゃん」
「は、はい」
「悪いんだけど、お母さんの最近の仕事の事、
分かるだけ話してくれないか?」

真剣な詢子に完全に気圧されて、
マミは知っている限りの事を口にしていた。

「ちょっと待っててくれ」

そして、詢子は自分のノートパソコンを起ち上げスマホを操作する。

226 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 03:05:23.72 aGtsKvXH0 148/336


「ああ、私、そう………
悪いんだけど、ちょっとそれ送って、ああ、そう」

怖々と見守るまどかとマミの前で、
詢子は舌打ちして呟き、更に二人を恐れさせる。

「やっぱりかよ………
マミちゃん、お母さんと話、させてくれないか?
不躾で悪いんだけど、マジで急を要する」
「は、はい」

マミは、言われるままに自分のスマホを操作する。

「もしもし?お母さん?
うん、友達のお母さんが今すぐお母さんとお話ししたいって、
凄く急な用事で、うん、ごめん」

マミが詢子にスマホを渡す。

「もしもし、わたくし、
見滝原中学校二年生鹿目まどかの母親で鹿目詢子と申します。
お嬢さんには娘が大変よくしていただき、本当に有難うございます
大変に差し出がましい事は重々承知しておりますが、
私、…………に勤めておりまして」

完全にビジネスモードに入った詢子を、二人は只、見守る。
それでも、その頼もしさは見事と言う他ない。

「………ああ、そう。だから、そもそもそいつがグルなの。
うちもロンドンでやられかけた。
だからそのルートで調べて………

ああ、色々知ってるから、一刻も早くそっちの事務所と連絡取って対策を………
だからしっかりしろって、お互い娘泣かせたくないだろっ。
いい仕事してるんだから、大丈夫だって今なら、ああ、
じゃあ、そういう事だから、取り敢えず、ああ………」

通話を終え、マミにスマホを渡した詢子は台所に向かった。

227 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 03:08:46.15 aGtsKvXH0 149/336


「悪い、やっぱ茶漬けもらえるか?」
「分かったよ」

知久と言葉を交わした詢子は、
そのまま洗面所に向かってざーっと頭に水を被る。

「あの………」
「だーいじょうぶだって」

リビングに戻り、流石に不安そうなマミに詢子が笑って応じる。

「マミちゃんのママ、いい仕事してんだから。
ま、ちょっと授業料は出たけど、
まだどうにでもなる段階だからさ。
後は大人に任せな」

「よく分かりませんけど、有難うございます」
「あー、遅くなっちまったな。
マミちゃん今夜泊まっていくか?」
「え、ええと………」
「マミさんなら大歓迎ですよ」
「な、マミちゃん」

「それでは、お言葉に甘えて」
「まどかは先風呂入ってな、
ちょーっとばかしさぁーう゛ぃす残業ぉって奴だから」
「うん」

気軽に言いながら、
視線は徐々に真剣にノーパソに向かう詢子を頼もしく思いつつ、
まどかも返答した。

228 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:01:31.76 aGtsKvXH0 150/336

 ×     ×

「んーっ」

しばらくまどかの部屋で過ごしていたマミが一度リビングに下りると、
ノーパソに向かっていた詢子が伸びをしていた所だった。

「まーまー」
「おー、タツヤ、起きたかー。只今タツヤ―」
「まーまー」

とてとて近づくタツヤの額に詢子がちゅっと唇を寄せ、
マミは微笑ましくそれを見守る。

「あの、有難うございます」
「あー、いいっていいって。あたしの得もないではないから。
さ、お仕事も終わったし、一緒にお風呂入ろっか」
「おふよー」

ノーパソを閉じた詢子が、
てきぱきと用意を済ませてタツヤと共に浴室へと移動する。

「麦茶どうぞ」
「有難うございま、すっ!?」

マミが知久から二人分の麦茶を受け取った所で、マミは異変を感じた。

「大丈夫かいっ!?」
「え、ええ、大丈夫です。鹿目さんっ」

揺れが収まり、知久の呼びかけに応じたマミが階段に駆ける。

229 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:06:38.46 aGtsKvXH0 151/336


「鹿目さん、地震、大丈夫だった?」
「だいじょーぶ、そっちは?」
「うん、大丈夫みたい」

大声でやり取りをして、マミはリビングに戻る。

「ママ、タツヤ、大丈夫っ?」
「ああー、大丈夫だ?そっちはっ?」
「うん、みんな大丈夫だよ。
結構大きかったね、大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫です」

風呂場とやり取りしていた知久と言葉を交わし、マミが手を伸ばす。
とっさにサイドボードの上に乗せた麦茶のコップが、
不安定な場所に移動してマミが距離感を誤りマミに向けて飛翔した。

 ×     ×

「おわりー」
「って、タツヤ君、全然洗えてないじゃないの。ほらほらっ」
「やーっ」
「こらまてーっ」

浴室の洗い場で、マミが逃げ出そうとするタツヤを後ろからぎゅっと抱き留める。

「うーっ」
「むーっ」
「「ぷっ、あははははっ」」

タツヤがマミの腕の中でくるりと一回転し、
そのままにらめっこして二人とも笑い声を上げる。

230 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:11:45.80 aGtsKvXH0 152/336


「ぶくぶくー」
「はいはい、いい子ねー」
「じゃねーってタツヤ、ホントはちゃんと自分でやるんだからなー。
慣れてるなーマミちゃん」
「時々親戚の子とお風呂入ってましたから」

マミとタツヤの泡だらけのやり取りをのんびり眺めながら、
湯船に浸かった詢子がマミとやり取りする。

「で、大丈夫だった?さっきの地震でコップとか?」
「ええ、中身はとにかくコップはキャッチしましたから。
こちらこそ、汚してしまった上にお風呂までいただいて」

「いいっていいって、服の方は任せときゃ染みとか残さないから」
「何でも出来るんですね」
「ああー、自慢の専業主夫、並の女子力じゃかなわないって」
「そう思います」

どっかで聞いたやり取りをしながら、詢子とマミがくくくと笑う。

「よーし、タツヤこっち」
「まーまー」

タツヤがとててと湯船に向かい、詢子と入浴する。
その間に、マミは体を洗った泡を流し長い髪の毛を洗う。

231 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:17:17.96 aGtsKvXH0 153/336


「綺麗な髪だな」
「有難うございます」
「うちのまどか、素敵なマミ先輩にすっかり憧れてるよ」
「ふふっ、そんな時期もありました。
でも、最近だと割と本性ダダ漏れみたいな」
「それでも、だからこそ憧れてるさ。
まだまだあの通りのお子ちゃまだから、頼むよマミ先輩」

「はい。まどかさん、とてもいい子ですよ。
素直で可愛らしくて、でも………」
「でも?」
「でも、やっぱりお母さんの娘さんだとちょっと思いますよ。
何と言うかのんびり屋さんですけど
意外な程に芯が強いと言うかしっかりしてる所があると言うか、
こんな可愛い弟さんがいるからかも知れませんが」

「まあな、まだまだあの頃の泣き虫に見えて、
あれで結構図太いんだわ。
元々のんびりなのに年食ってから弟出来て、
結構プレッシャーかけちまったからなぁ。
こんな素敵なお姉ちゃんが出来て嬉しいのかもな」

「私も、可愛い妹弟が出来て嬉しいです。
でも、お姉さんも大変です」
「お姉ちゃんなんて、家じゃ駄目駄目なぐらいでちょうどいいんだよ。
まどかはちゃんと見てるよ、
マミちゃんのだらしない所も、その何倍もいい所も。
あいつはそんだけの目は持ってる」
「有難うございます」

マミが髪の毛の泡を洗い流し、立ち上がった。

「おーっ」
「?」

湯船からの詢子の感嘆の声に、マミがきょとんとする。

232 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:20:31.92 aGtsKvXH0 154/336


「いやー、そうだとは思ったけど、
想像以上のナイスバディだねマミちゃん。
うちのちんちくりんのぺったんことは大違い、男子なんかいちころだなこりゃ。
今時のお子ちゃまは末恐ろしいわ」

「まどかさんに悪いですよ。それにちょっと恥ずかしいです」
「ああ、悪い悪い」

からりと言われて、流石にマミも笑いながらちょっと腕で隠して身をよじる。

「このぷにぷにな遠い青春の日々が羨ましい、
オバサンの戯言と許してくれたまえ」

マミのほっぺたをぷにぷにする詢子にマミが苦笑いしながら、
二人がすれ違って詢子が洗い場に、マミが湯船に入る。

「ぷはっ」
「すごいすごいー」
「ぷかぷかー」
「はい、お上手」

湯船の中で、一瞬潜水芸の後でぷかーっと水面に浮いて顔を上げるタツヤに、
タツヤの両手を掴んだマミがにこにこ笑いかける。

「マミちゃん見ててくれてるけど、調子乗ったらあぶねーぞタツヤ。
スタイル抜群の美人さんで、礼儀正しいパティシエ。
くぅー、女子力スカウターどんだけ持ってんだって。
実際もってもてだろうぇーっひいっひっひ」

湯船に身を沈めるマミに、洗い場に出た詢子が笑いかける。

233 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:23:40.76 aGtsKvXH0 155/336


「いえ、そんな事、ないです」
「へえー、ほおー、ふぅーん。
まぁー、そんだけの実力者だからこそ気を付けろよー」

腰を下ろし、体を洗い始めた詢子が言う。

「実際そんだけいい女だからこそだ、
その若さの張りに驕っている内にだ、タイミング間違ったら男も女も引いてる内に、
自分ちで干物んなってるジャージのアラサーおばさんまっしぐらいっちまうから。
ああ、ちょっとオバサンの意地悪が過ぎたかな?」
「いえ、家だと結構ずぼらな方ですから」
「そっか」

タツヤがきょとんとマミを見上げる中、マミと詢子があははと笑い合い、
詢子は髪の毛を洗い始める。

「うー………」
「あー、タツヤ、そろそろ熱くなってきたか?」

髪の毛の泡を洗い流し、
立ち上がってシャワーを浴びていた詢子が言う。
それを見ているマミに言わせれば、そちらこそナイスバディとしか言い様がない。
とてもおばさんとは言えないメリハリのあるスタイルの良さの中に、
バリキャリでお母さんの力強さが溢れている。

「タツヤ君の髪も私が洗いましょうか?」
「いいのか?」
「はい」
「だってよ、ほら、いい子にしてるんだぞタツヤ」
「みーみー」
「ほらー、慌てるんじゃないって」

最終的に、詢子が湯船に戻り、
湯船を出るマミに半ば持ち上げられる様にしてタツヤが洗い場に移動する。

234 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:26:51.94 aGtsKvXH0 156/336


「自分で出来る?」
「シャンプー、やってみな」
「しゃんしゃんー」

紆余曲折を経て、マミが手を添えながら手伝いながら結局洗いながら、
と言う過程を詢子も微笑ましく眺めている。

「目、開けちゃだめよ」
「じゃー、じゃー」
「………はい、終わり」
「あー」

しゃがんでにっこり笑うマミに、
洗い流して顔を拭かれたタツヤが向き合ってぱーっと両手を上げた。

「さて、と、はいはい、慌てないの」

マミが立ち上がろうとした所で、ささっと腰をかがめ、
マミの後を追おうとしたタツヤを抱き留める。

「はい、滑らない様にママの所にね」
「まーまー」
「あー、いい子してたよいい子いい子」

マミが改めてざっとシャワーを浴び、
詢子が数を数えて詢子とタツヤが湯を上がる。

「みー、まーまーみー」
「ふふっ、又ねタツヤ君」

きゅっとシャワーを止めたマミが微笑みかける。

235 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:30:07.63 aGtsKvXH0 157/336


「あーあー、こないだまでほむほむやっかましいぐらいだったのに
この浮気者がー」
「ほむ………暁美さん?」
「ああー、大のお気に入りだったんだけどなー、
タツヤー、マミお姉ちゃんの方が良くなったかー?」

「ふふっ、タツヤ君、ほむらお姉ちゃんの事好き?」
「ほむーっ!ほむほむーっ」
「ありゃりゃ、悪いねーマミちゃん。じゃ、後適当に」
「はい」

「ほむーっ」
「………」
「ほら、マミお姉ちゃんに」
「みー、みー」

流石にどうしようかとちょっとだけ考えつつもマミが小さく手を振り、
詢子とタツヤが浴室を出る。
マミは浴槽に浸かり、ふーっと息をつく。

 ×     ×

「お風呂、上がりました」

声を掛け、マミがリビングに移動する。

「悪いなー、ありあわせで。
まどかのだとつんつるてんのぱつんぱつんだから。
マミちゃんスリムでスタイルいいのにさー」

「もうっ、ママ。
でも、マミさんスタイルいいのホントだし」
「もうっ、鹿目さんも。
お借りして有難うございます」

Yシャツにゴム入りパンツ姿のマミがようやく頭を下げる。

236 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:33:24.33 aGtsKvXH0 158/336


「みーまー」

そこに、たたたーっとタツヤが駆けつけて来て、すとんと転倒する。
マミが腰をかがめる前に、むくっと身を起して顔を上げた。

「うーっ」
「もうっ、危ないんだから」

マミが両腿に両手をついてタツヤの顔を見ると、
タツヤはよいしょと立ち上がる。

「ふふっ、強い子」
「あー」
「ま、コケ方は知ってるからな。
変な時間に寝てたからハイになってんの」

とててとマミに近づいたタツヤの頭をマミが撫でて、
詢子が口を挟む。

「みーまーみー」

ぱーっと両腕を上げたタツヤを、マミが抱き上げた。

「おーおー、最近お姉ちゃんの友達にモテモテだから、
すっかり赤ちゃんしてんなー」
「あ、すいません」

「ああ、いいよ。あたしがちょっと厳しいタチだからな。
他所のお姉さんぐらいはそんぐらいで丁度いい」
「あー、まーみー」
「ふふっ、ありがとう」

にこにこ微笑みながら、マミがタツヤの額をつんとつつく。

237 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/07 18:36:31.31 aGtsKvXH0 159/336


「ったく、こないだまでほむほむ言ってたのにこの浮気者が、
先が思いやられるわ」
「まみー、まーみー………」
「あらあら」

マミに抱き上げられながら、ことん、と、
その胸で舟をこぎ始めたタツヤをマミが詢子に引き渡す。

「それでは、お休みなさい」
「ああ、お休み」

小声で挨拶を交わし、それぞれの部屋に向かった。

 ×     ×

「何か、予想以上に色々あったわね」
「ウェヒヒヒ」

まどかの寝室で、客用布団から声を掛けるマミにまどかが苦笑いする。

「でも、達人のお父様にパワフルなお母様、
それに可愛い弟さん。楽しかった。
みんな、鹿目さんの事が大好き」
「うん、私もみんな、家族の事も友達の事も、みんな大好き」

「ふふっ、その内に特別な好き、が言える相手が出来たりするのね」
「ティヒヒヒ、ママもさやかちゃんもそう言ってくれるんだけど、
正直よく分からないんですよね」

「焦る事はないわ、鹿目さんならきっと素敵なひとが見つかると思うから。
凄く楽しかった。私、両親が仕事で離れてるから。
それでも、凄く大事に思ってる、尊敬もしてる。
だから、守りましょうね」

「はい」
「大事な人も、大事なひとと出会う未来も」
「はい」
「それじゃあお休みなさい」
「お休みなさい」

240 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:00:25.68 gqzaQKCs0 160/336

 ×     ×

「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様」

鹿目家でのトーストでの朝食を終え、
マミが食器をシンクに運ぶ。
諸々を経てマミはまどかと詢子と共に玄関に立つ。

「それじゃあ、有難うございました」
「うん、又おいで」

ぺこりと頭を下げるマミに、知久が優しく声を掛ける。

「行ってきまーす」

 ×     ×

「おはよー」
「おはよー」
「お早う、まどか、巴さん」
「ほむらちゃん」

通学路で、まどかとマミはほむらと合流する。

「まどかの家で、泊まりだったんですか?」
「ええ」
「歓迎はされましたか?」
「お蔭様で」

側を歩きながらのほむらとマミの会話は、
事務的な程に淡々としていた。

241 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:05:29.16 gqzaQKCs0 161/336


「それは何よりです」
「楽しかったんだよ、マミさんとケーキ作って」
「そう。私もご相伴に預かりたかったわね」

まどかの言葉に、ほむらは優しい笑顔で応じる。

「おーっすっ転校生」
「お早うございます皆さん」
「だから、何時になったらそのタグ外してくれるのかしら美樹さやか?」
「あ、マミ、おはよー」

そこにさやかと仁美が現れ、マミも自分の同級生と合流する。

 ×     ×

「これで、日付は決まりね、大体の時間も」

放課後、自宅に戻ったほむらは、大量の資料を展開しながら言った。

「助かったわ、有難う。ソウルジェムは大丈夫かしら?」
「ああ、途中で結構魔獣に遭遇したからね、
その辺のフォローは私がした」

同じ部屋で、マミの問いに織莉子に代わる様にキリカが答える。

ワルプルギスの夜に就いて、唯一と言っていい程直接的な情報の手がかりとなっている織莉子は、
何とか工夫して日付が分かる情報を可能な限り絞り込みながら予知能力を発動。
様々な情報と照合しながらワルプルギスの夜が出現する日付を予測していた。

「決して長いとは言えない、だけど、まだ時間がある」

そうして得られた情報に接して、改めてマミが言う。
その言葉に、集まっていた面々も頷いた。

242 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:11:00.50 gqzaQKCs0 162/336


「美樹さん、そろそろ」
「うん」

マミとさやかが立ち上がる。

「じゃあ、あたし達はこれで」
「頑張って」

マミと共に動くさやかに、ほむらが言う。

「それじゃあ、私達はもう少しこれからの事を詰めましょう」

マミ、まどかと共に自宅でのケーキ作りに向かうさやかを見送り、
杏子、織莉子、キリカに緑茶を出しながらほむらが話を続けた。

 ×     ×

様々に限られた条件の下、それでも最大限の努力を傾注しながら迎えた
ワルプルギスの夜到来予定日前日。
巴マミの家の玄関に、二人の濡れ鼠が到着していた。

「これは、お茶で温まる、って言うレベルじゃないわね。ちょっと待ってて」

後ろ髪のツインドリルからだはだばと遠慮なしに水流を垂れ流す巴マミが、
一歩間違えたら画面の中の井戸から這い出て来そうな有様の暁美ほむらに声を掛けていた。

 ×     ×

「生き返るわぁー」
「クールビューティーも形無しね、ふふっ」

浴槽で心底声を上げたほむらに、洗い場でシャワーを浴びるマミが笑いかけた。

「色々ごめんなさい、一緒のお風呂で良かったかしら?」
「ええ」

ほむらも年頃の少女として、
特に、ややほっそりし過ぎている部分が玉に瑕と自覚が無いでもない身として、
年上だからでは済まないマミのスタイルには気圧されるぐらいではある。
それでも、今は時間を惜しむ合理性と優しい姉の様なマミへの信頼が勝っていた。

243 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:16:24.98 gqzaQKCs0 163/336


「一時的な豪雨でしたけど、今の時点で想像以上の土砂降りでしたね」
「そうね、事によっては予定が、って事も考えられるけど、
もう予定通りに動くしかないわ。
急な追加調査に付き合わせてごめんなさい」
「いえ、あそこを十分に調べるには私の能力抜きでは無理です。
それに、巴さんが指摘するまで見落としていたのは私達の落ち度ですから」

話しながら、二人は浴槽と洗い場を交代する。

「そうね、感謝してる。それから、時間やお金の事も、本当に助かった」

ほむらは、かつて行き掛かりで裏社会との暗闘を繰り広げた際、
一石二鳥、三鳥その他で、知略と能力を駆使して
武器弾薬と表に出せない現金を大量に奪取詐取恐喝して相手を破滅させた事がある。
その現金の使用は魔法少女として必要な事に限定して私用を厳に戒めて来たが、
今回事情を話してその一部をマミに提供していた。

「正直言って、助かったのはこちらです。
巴さんの性格から言って、受け取ってもらえないならまだしも………」
「軽蔑されると思ったかしら?
私もそこそこ長い事魔法少女やってるから、多少は汚い事を見たり触れたりもしたつもり。
現実問題として、見滝原防衛隊秘密基地の管理人は間違いなく物入りだし」

「あれだけ遠慮無しの大食らいが何日も半ば常駐、ですからね」
「ええ。半分以上私が楽しんでるし腹が減っては戦は出来ぬ、だもん。素直に感謝させてもらうわ」
「有難う」

もう一度礼を言い、きゅっとシャワーを止めたほむらは両肩に手触りを覚えた。

「本当に、感謝してる。
どんな局面であっても、見滝原にワルプルギスの夜が現れていたら私は戦いに出ていた筈。
これだけ準備が進んだ今、暁美さん抜きにそんな事をしたら、なんて想像するだけでぞっとする」
「そんな、巴さんは強い人です。私なんか比べものにならないぐらい」

震える掌に掌を乗せ、ほむらが言った。

244 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:22:31.00 gqzaQKCs0 164/336


「正直言って今でも怖いわよ。分からない事が多すぎるし、分かっている事は強すぎると言う事だけ。
それでも、暁美さん、美国さん、他のみんなも、みんながいるから何とか頑張れる。
私はその程度のものよ」
「それは、私も同じです。巴さんやみんながいてくれるから、
私のため、私の守りたいもののために、なんとか逃げずに踏み止まっていられる」

「ええ。あの脅威の前では誰も彼も一人一人は大したものではなくて一人一人が大事な仲間。
じゃあ、もうひと踏ん張りしましょう。
上がって、お茶にしましょう。それからタオルも用意して。
この分だとみんな震えて到着しそうだから」
「手伝います」
「有り難う」

 ×     ×

「ただ今ー」
「お帰り」
「おかえりー」

自宅に帰った鹿目詢子は、穏やかな夫、可愛い息子の出迎えを聞き、
過酷な外界の疲れも吹き飛ぶ心地の幸せを実感する。

「いやもうこの通り、先シャワーするわ」
「そうだね」

全身から水滴ってレベルじゃない雨水を溢れさせた詢子が言った。
知久に歩いた後に続く洪水の始末を任せ、詢子は浴場に辿り着く。

「はい。今ご飯出来るからね」
「悪い、食って来るって言ってたけど、
急にここまでひどくなっちゃあな。あー、生き返るわ」

熱いシャワーを浴びて楽なTシャツパンツ姿になり、
知久の用意したブル・ショットを傾ける事で、詢子の体もようやく人心地ついた様だった。

245 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:25:41.07 gqzaQKCs0 165/336


「まどかは、マミちゃんトコだっけか?」
「うん、泊りがけのお勉強会だって」
「ふーん。まあ、学校も休みだしなぁ」

何日前だったか、
この家に泊まりに来た娘の先輩の名前を聞き、詢子は返答する。
いい娘だったので外泊に心配はないと思うし、
この急激な天候悪化だとむしろそっちの方が安全ではあるが。

「お待たせ」

知久の用意した白いご飯と丼の豚汁を見て、詢子は歓声を上げた。

 ×     ×

「いただきまーすっ」

マミの部屋のリビングでは、ワルプルギスの夜対策メンバーとして少なくとも現時点で同意している、
巴マミを初めとした鹿目まどか、暁美ほむら、美樹さやか、佐倉杏子、百江なぎさ、
美国織莉子、呉キリカの面々が鍋を囲んでいる所だった。

「うめえっ」
「美味しいっ、マミさんこれって?凄く美味しいけど」
「そうね、港の雑魚と牡蛎と各種お豆の洋風お鍋、って所かしら。
それから赤身オージービーフのお手頃ステーキとチキンサラダ」
「美味しい」
「美味しいですマミさん、出汁が出て美味しいスープになってて」

ほむらの賞賛にまどかも続く。

「ええ、鹿目さんのお父様が美味しい浜鍋を作ったって言うから、
それがヒントになったのかも」
「へえー、まどかの親父さんが」

「まどかパパはすっごいよー、ねえまどか、ほむら」
「うん」
「確かに、只者ではないわね」
「師匠と呼ばせて貰いたいわね」

まどかに続くほむら、そして杏子から見たら十分只者ではない我が師匠マミの反応に、
杏子は目をぱちくりする。

246 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:28:58.97 gqzaQKCs0 166/336


「はい、なぎさちゃんにはチーズ仕立てを用意したわ」
「うわーい、マミ大好きなのですーっ」
「そっちもうまそうだな、ちょっとくれない?」
「だーめなのですっ」
「こいつっ」

「ほらほら、佐倉さんも欲しいならすぐ出来るわよ」
「あ、ああ、おほんっ、じゃあ貰おうから」
「あたしもちょっと欲しいかな」
「はいはい」

全く以てガキとしか言い様の無い顛末で、
杏子、さやかも新たな味に挑戦し感嘆する。
元々、事態の規模が規模なだけになぎさを巻き込むのは躊躇されていたが、
丁度なぎさの家の都合でこのタイミングにマミが預かる事となっていた。

「なぎさちゃん」
「はいです」

織莉子がなぎさに声を掛ける。

「前にも言ったけど、ワルプルギスの夜の実力からして、
ハッキリ言ってあなた程度では足手まとい、迷惑よ。
それは、あくまで私達と一緒に戦う、と言う場合の話。

だから、あなたの事は最短距離で避難所まで送り届ける。
その間防御に徹する事。それがあなたの事が大好きであなたが大好きな
巴さんのためでありみんなのためでありあなたのため、
あなたが出来る一番大事な事。いいわね」

「分かってます。それは、分かってます」
「本当は私が連れて行けたらいいんだけど」
「あなたの火力は主力過ぎる」

本来の保護者であるマミの言葉に織莉子が言う。

「任せとけって、マミさん。なぎさを送り届けてとっとと引っ返して来るからさ」
「お願い、佐倉さん」

杏子とマミが言葉を交わし、頷き合う。

247 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:32:56.39 gqzaQKCs0 167/336


「でもこれ、チーズのもお鍋のも美味しいですね。
食べ易いしあったまるし」
「ええ、明日に備えて力が付いて温かくてそれでいて重過ぎないメニューにしたから。
大蒜たっぷりだからデートには向かないけどね」
「そうですなー、どっちかって言うとデートってよりデートの後の焼肉屋って感じですなー」
「ごほっ」

にこっと笑うマミにさやかが応じ、ほむらがせき込んだ。

「大丈夫、ほむらちゃん?」
「あれー、ほむらちゃん、どうしたのかなー?」

まどかに続いて、さやかがにこにこ笑って問いかける。

「な、何でもないわ」
「ええと、ほむらちゃん大丈夫?どうしたの?」
「ほーむらちゃーん、なーに想像しちゃってるのかなー?
うぇーっひいっひっひっ」
「さやかはとにかく、まどかも天然なのかあれ?」

三人のやり取りを眺め、杏子がぼそっと呟く。
取り敢えず、目下の懸案が片付いた後、
真っ先にやる事は美樹さやかと屋上で話を付ける事だとほむらの心は再確認する。

 ×     ×

「お風呂、上がりましたー」
「はいはい」

美味しいお鍋を雑炊までいただき、風呂から上がったさやかと杏子がリビングに戻ると、
既に先に入浴を済ませたマミとなぎさ、織莉子、キリカが寛いでいる所だった。
風呂から上がった面々は大体が白いTシャツか黒いタンクトップにジャージズボン姿。
既に自然現象は窓を叩く程の荒れ模様でも決戦は明日。
それでも、一応動ける状態は維持していた。

「それじゃあ、お風呂お借りします」

ほむらが言い、まどかと共に頭を下げて浴室に向かう。

248 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:36:33.84 gqzaQKCs0 168/336


「ほむらちゃん」
「何かしら?」
「ほむらちゃん、やっぱり綺麗だねその髪」
「ありがとう」

シャワーを浴びていたほむらが、浴槽からまどかにそう声を掛けられ素直に礼を言う。

「羨ましいなぁ、私の髪、なかなか決まらなくて」
「とても可愛いわよ、まどかの髪」
「うー、ほむらちゃんのその大人っぽい長い黒髪が羨ましいんだけどなー」

ぶーたれるまどかを、ほむらは微笑んで受け流す。

「まどかがいて、あのパワフルなお母様がいて達人のお父様師匠がいて、
それに可愛い弟さんがいてまどかがいる」

一度交代して、湯に浸かりながらほむらが言う。

「んー、タツヤも末っ子で可愛がってもらって、
昔は私ちょっと拗ねちゃってたみたいだけど。
今はそんな事ないよ。
でも、そう言われるとなんか私って特徴無いって言うか」

「そんな事、どうでもいいわ」
「いいのかなぁ」

「ええ、まどかはまどかだから、そんなみんなに愛される素質があるの。
言語化したら齟齬が生じる、論理的に簡単に説明できる概念じゃないけど、
まどかはそういうものを持ってるって、私はそう思う。
私だけじゃないわ。美樹さやかを見なさい。それに、巴マミ、佐倉杏子だって。
外から改めて割り込んだらよく分かる、まどかがそういう娘なんだって」

「ウェヒヒヒ、なんか照れ臭いけど、有り難う」

髪の毛を洗っていたまどかが苦笑いと共に礼を述べる。

249 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:40:14.00 gqzaQKCs0 169/336


「だから、守りましょう」
「うん」
「大事な人達、大事にしてくれる人達、
そんな幸せの源になっている人達を私達の手で」
「うんっ」

浴槽を挟み、正面を向き合って、
二人は互いの右手を正面から掴んでいた。

 ×     ×

「明日、なんだね」

夜、最後の打ち合わせの後、消灯近くにさやかが口を開く。

「ええ、様々な情報を総合しても明日に間違いないわ」

織莉子が言った。

「あー、なんかまずいテスト前って感じだなー」
「ついでだからヒロインが大昔にワープして
ご先祖様ごとワルプルギスの夜を消してくれる、なんて奇跡は起きないかなー」
「現実を直視しなさい」

杏子の言葉にさやかが言い、ほむらが冷静に宣告する。

「ま、テスト、って言ったらギリギリ学校休みの時間も作ったしね」
「バレてねーだろな?」
「祈るしかないわね」

さやかに続く杏子の問いにほむらは応じる。

「大事の前の小事、あの犠牲を前にしたやむを得ない犠牲、
そう思うしかないわね」

織莉子が静かに言う。
予定日までの三日間程度を丸ごと使える様に、そのためにほむらが用いた手段は、
実害をギリギリ最小限に留めつつ、余り褒められたものではない、
公言し難いものであった事を否定するのは難しいものであった。

250 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:43:36.97 gqzaQKCs0 170/336


「そこまでやったんだからさ、色々迷惑かけた分もみんなまとめて、
やろう、みんなで大事なものを守り抜こう」

さやかの言葉に一同が頷く。

「そのためには十分な睡眠がとても大事よ。
美容のためにもね、どうせ明日はズタボロになるんだから」

マミが言い、一同既にテーブルの撤去されたリビングで雑魚寝に入る。

「お休みなさい」
「お休み」

 ×     ×

翌朝、決して安くはないマンションの一室にいても、
伝わる嵐の感覚はいよいよ以て洒落にならなくなって来ている。
マスコミや広報車でも避難を呼びかけ、最低でも不要の外出を控える様に求めている。
避難指示が出るのも確実だ。
そんな中、このマミの部屋では鶏肉と野菜のリゾット風お粥で朝食を済ませ、めいめい支度に動く。

「うん、ママ。ここから避難所に向かうから」
「仕方がないな、災害用の伝言ダイヤルとサイト、登録したな。
通じなくなったらそっちに連絡入れろよ」
「うん」

携帯で話していたまどかが、マミに近づく。

「ママが」

まどかに促され、マミはまどかの携帯を借りる。

251 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/13 03:47:04.55 gqzaQKCs0 171/336


「もしもし、巴です。この様な事になって申し訳ありません」
「約束しろ」
「はい、まどかさんは必ず………」
「何かあったら大人を頼れ、間違っても一人で抱えて無茶はするな。
それから、マミちゃんのケーキ、今度は素面でご馳走してもらいたいな」
「………はい、必ず」

それを眺めていたほむらが、ふと携帯を取り出す。

「もしもし?………ええ、大丈夫。安全に避難できる手筈になってるから。
うん、だから、今は間違ってもこっちに来ようなんて思わないで。
じゃあ、もしもの時の災害伝言ダイヤルの確認………
うん、大丈夫。それじゃあ」

 ×     ×

上条恭介は、軒下で嘆息していた。
コンサートの準備で市外から戻って来る所だったのが、
交通事故と災害級の天候急変にかち合って、その嵐の中を直接避難所に向かう羽目に陥った。
暴風雨の中を突っ切る事になるが、とにもかくにも安全な居場所が無いのだから仕方がない。
さて出発するかと心を叱咤しながら、我が身の運の無さを呪う一言が口から漏れそうだった。

253 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/20 03:48:51.06 0Feb1A2u0 172/336

 ×     ×









「見える?」
「ああ」

川沿いの公園に集結していた巴マミ以下の魔法少女達。
既に嵐と呼ぶべき天候の中、
暁美ほむらと佐倉杏子がやり取りをする。

素人であれば何となく薄暗い気味の悪い悪天候、ぐらいの状況だが、
魔法少女に言わせるならば、周辺一帯、
下手をすると見滝原全域が魔獣の放つ瘴気に覆われている。

そして、恐らく素人目には竜巻なのだろう、遠くの空間が歪んで、
その中にとてつもない存在感が、

「よけてっ!」
「防壁っ!!」

キラッ、と、遠くで何かが光った。
次の瞬間には魔法少女は散り散りとなり、元いた場所に爆発が起こる。
そう思った時には、遠くで巨大なストロボの様な光が。

254 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/20 03:54:12.64 0Feb1A2u0 173/336


「くっ!」
「あ、サンキュー!!」

美樹さやかが、周辺の時間が止まっている事に気づく。
そして、暁美ほむらに手を引かれ場所を移動する。
遠くに、巨大な何かが存在している。
黒い靄に覆われた、柱の様でもあるし木の様でもある。
地面から立っているのか浮遊しているのかも定かではない。
只、それが、普段魔法少女達が闘っている魔獣、
それを桁違いに禍々しく強力にしたものである事は、何となく理解出来る。

次に飛んで来たのは、固体だった。
巨大な槍の様なもの。
皆がそれを交わすと、猛スピードで地面に突き刺さろうとしていた槍はバラバラになる。
次の瞬間には、辺り一帯に銃声が響き渡っていた。

マミが大量のマスケット銃を、ほむらがM16をフルオートで発砲し、
周辺に大量発生していた、ちょっと前まで槍に見えた魔獣が一掃される。

「固まってたら狙い撃ちされるっ!」
地図は叩き込んでるわね、あのビルを目標にバラバラに接近してっ!!」
「分かったっ!!」

ほむらの叫びに杏子が返答し、皆が動き出した。

 ×     ×

普段は当たり前の様に車が行き交っている高架橋上の幹線道路に銃声が響き渡る。
巴マミが魔獣に取り巻かれながら、ヴェテランらしい手並みで応戦していた。

「オラクルレイッ!!」
「はいはいはいはいっ!!」

そこに飛び込んで来た多量の水晶球が、その後に続く呉キリカが残りの魔獣を斬り裂いていく。

「有り難う」

マミの言葉に、続いて現れた美国織莉子が頷いた。

255 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/20 03:59:32.09 0Feb1A2u0 174/336


「丸で、街中に結界を溶かし込んだみたいね。
避難指示で事実上のゴーストタウンじゃなければ大変な事になってる」

織莉子の言葉にマミが頷く。
そして今も、丸で空気から湧き出す様に魔獣が姿を現す。
魔法少女達は異変に気付く。

彼女達が戦う魔獣は、普段は巨大な男性が
体に例えば古代ローマ装束を連想させる白い布を巻き付けた様な姿をしている。
その布が不気味にもごもご動いていた。
魔獣達に巻き付いた布が弾け、その中から大量の触手が飛び出した。

「つっ!」

戦闘の中、その触手の中でも特に太い、両腕を思わせる触手が高架橋の壁に叩き付けられ、
破片が織莉子の頬を走る。

「な、に、を、し、て、い、る?」

その時には、頭部を半ばメロンと化したキリカは既に跳躍していた。

「あああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっっっっっ!!!
ヴァンパイア・ファングッ!!!」

連結された爪が、猛烈な勢いで魔獣を斬り裂き、叩きのめしていく。
そのキリカの横を一斉射撃が通り抜け、キリカの背後で魔獣が消滅する。

「落ち着いて、呉さん」
「落ち着け!?落ち着けって!?織莉子がっ」
「お願い、キリカっ!」
「分かった、よっ!」

叩き付ける様な織莉子の懇願に、キリカはその爪を手近な魔獣に叩き付ける。
織莉子は、ハッと顔を上げた。

「巴さんっ」

そして、織莉子と言葉を交わしたマミは、駆け出してこの場を離れる。

256 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/20 04:04:43.18 0Feb1A2u0 175/336


「ここから先は行かせない」
「織莉子の手を煩わせるなんて、雑魚共にはもったいないよ」

大量の水晶球を浮遊させて道を塞ぐ織莉子の側にキリカが馳せ参じた。
言葉通り、キリカの長い爪は次々と魔獣を片付けて行く。
だが、魔獣も又、従来のビーム攻撃を加えた遠近両用の攻撃を展開し、
何より当たり前の様に湧いて出て来る。

「しつっ、こいなあっ!!」
「焦ったら負けよっ」

織莉子が言うが、元々物量戦に向いているとは言えない織莉子からは疲労の色が隠せない。

「くっ!ヴァンパイア・ファングッ!!」
「へえー、長い爪だねキリリン」

どがあっ!!と、キリカの長い爪が魔獣ごと路上を抉った時、
何か気楽な声が聞こえて来た。

「んじゃあ、こういうのはどう?」

確かに、五本の指から伸びていると言う点では、
文学的修辞として爪、と呼べない事もない。
但し、それは固体ではなく、光だった。
一見すると少女の様にも見える少年の手からは、青白い光が伸びている。

只、爪と呼ぶには光である事も問題ではあるが、何よりもその規模が些か尋常ではない。
工業用の切断用熱線を思わせる光が、
建物の一つ二つぶち抜ける規模で直線を維持できる範囲で自在に走り、
近かろうが遠かろうが魔獣どもを好き放題に斬り裂き仕留めて行く。

「つーか」

そういう訳で、金髪の少年は途中からはややルーチンにダレた様子で口を開く。

「こんなんじゃ俺の喧嘩には全っ然足りねぇってレベルじゃないんだけど、
ま、いっか。だったらちゃっちゃと片付けようぜっおりりんキリリンッ!!」
「いきなり誰だ馴れ馴れしい!!」
「頼りにさせてもらうわっ!!」

257 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/20 04:09:49.68 0Feb1A2u0 176/336


 ×     ×

「このっ!!」

事務所や製作所が並ぶ間の国道で、美樹さやかはうぞうぞと迫る触手を懸命に斬り払っていた。
次々と現れた魔獣が、全身からにょろにょろ触手を伸ばしてわらわら迫って来る。

「こぉのぉっ!!」

消耗戦を避けるためにも、さやかは二刀を振るい、
触手を斬り払いながら魔獣の群れへと突っ走る。
取り敢えず、手近な魔獣の群れを片付け、肩で息をしていた。

「次来たっ!」

気配を感じてさやかは剣を振るう。

「あつっ!」

だが、腕の様な触手が鞭の様にさやかの脛を襲い、隙が生まれた。

「しまっ!………」

気が付くともう、剣も振るえない。
体は持ち上がり、大量の触手が全身に絡みつき、後は飲み込まれるのを待つばかり。

「ドジッ、たなぁ………」

痛い程の雨粒が未練の痕跡を無理やりにでも洗い流す。
ふと、体が軽くなった。
気が付くとさやかの体は地面に投げ出されており、
魔法少女の防御力と巻き付いたまま切断された触手が落下のショックを和らげていた。
見ると、周囲からは魔獣そのものが一掃され、
魔獣の群れは全滅ではないが随分遠巻きな存在となっていた。

「たすかっ、た………」

その場に尻もちをつき顔を上げ、さやかの目が点になる。

258 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/20 04:14:34.62 0Feb1A2u0 177/336


「………へ………へ、へ………」

さやかの周辺から魔獣共を一掃し、更に接近するものをばっさばっさと薙ぎ倒す。
そんな頼もしい命の恩人を前にして、さやかは、
ようやくその勇姿に相応しい定義を自分の語彙から引っ張り出していた。

「………変態だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

仮にも命の恩人に対する第一声としては実に失礼な絶叫が嵐の街に鳴り響く。
確かに、仮にも魔法少女であるさやかの戦線に乱入し、
苦戦を強いられた魔獣の群れを一掃したぐらいだ。

それを可能とした武器は、水だった。
今更魔法少女が細かい物理的矛盾を言っても仕方がない。
恩人の背負ったホースと手に持っている薙刀の様な道具がホースで接続され、
その薙刀から噴射される、文字通り破壊的な威力の水を
自在に操り魔獣共をぶった斬り破壊していくのは頼もしい事この上ない。

そもそも、魔法少女自体が知らない者から見たらコスプレ軍団であり、
美樹さやか等は、取り敢えず今の仲間の中で比べるならば
ぴっちぴちに健康的なお色気を発散している方である。
もっとも、街によっては、根本的に色々間違ってるとしか言い様の無い
面積やカッティングを当たり前とする同業者の集団もあるらしいのだが、
その辺りの事はここでは割愛しておく。

259 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/20 04:17:49.59 0Feb1A2u0 178/336


だが、それでも何でも、首から下はバニーガール。
そして首から上に被っているのは、目の所に穴をあけた、
この暴風雨の中でもそれ以外さしたる損傷も見えない辺り
どんな素材加工なのか無駄に手間暇かけた、見た目だけはスーパーで貰えそうな紙袋。
コスプレ通り越してまんま不審人物の同志は流石にさやかも見た事も聞いた事もない。

その、スーパーセルど真ん中で寒そうってレベルじゃない普通に痛そうな
ハイレグバニースタイルの中身がすらっとしてむちっとしてぼんきゅぼんで
無駄にハイスペックなのがまた頭が痛い。

有り難い事にそんなさやかの魂の叫びを気にもかけず、
紙袋バニーはバニーで何やらにゃんにゃか絶叫しながら魔獣を片付けて行く。

そして、さやかが周囲を見回すと、剣道着の袴を身に着けた少女の細腕が、
杭打ちハンマーを思わせる威力の竹刀で魔獣を叩きのめし、
魔獣にも急所があるのか、くるくる動き回る女学生の指の間で
よく切れそうなカラフルな栞がひらめく度に側にいる魔獣が倒れて行く。

コートを羽織ったレオタード姿の少女の可憐な舞と共に、
長いリボンが豪雨の中でも構わず火花を散らして触れる野獣を切り刻み、
その側では既に瓦礫の街となりつつある一帯をスキーで滑り回る少年もいる。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

そんな修羅場の中でも一際大きな絶叫、
明らかに機械を通した声に、さやかが思わず耳を塞ぐ。

「さぁさぁさぁさぁ制裁制裁制裁ライブ!!
血みどろ嫌なら伏せちゃってえええええっっっっっっっっっ!!!!!」

さやかはそれに従っていた。
とにかく暴力的な音声、それだけでも立っていられない程だ。
そして、次の瞬間には、本格的に物理的暴力、破壊力を直接伴った大音響が一帯を通り抜け、
うぞうぞと発生していた魔獣が一斉に粉砕される。
そして、さやかは物理的破壊の音と振動を感じる。

さやかが顔を上げてそちらを見ると、
複数台のトラックが頭から建物に突っ込んでいる。
どこから見ても交通事故です本当に有難うございました。

260 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/20 04:21:13.14 0Feb1A2u0 179/336


「ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!
はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!
れっでぃーすっあーんじぇんとるめーんっっっっっ!!!!!
飛び入りゲストのご登場だァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

そして、そのトラックのコンテナの上で、
見た目拡声器らしきものを通して絶叫する一人の少女にさやかは目を向ける。
この土砂降りの中、ぶかぶかのズボンはいいとしても上は素肌にビキニ。
彼女が何者であるか、美樹さやかは確信する。

「さあさあさあっ!ここから先はメーンエベント!!
扶桑彩愛の制裁ライブにお客は任せて
次のステージに向かいたまえヒィーッハァーッ!!!!!」
「サンキュー変態っ!!」

 ×     ×

暁美ほむらは、何かの跡地の草原でM16を掃射していた。

(まずい所に誘い込まれた。時間も無いのに、
この全域結界状態で無限増殖ゾンビ戦になったらこっちが不利………)

その時、ほむらの両脇を一抱えはありそうな円盤がびゅうっと通り抜け、
背の高い草ごと魔獣共を刈り倒していく。
はっとほむらが頭上を見る。
そこでは、丸で透明な巨人がお手玉をしている様に、
ずっしりと重そうな複数の袋がジャグリングしながら魔獣を次々叩きのめす。

「そぉーれえっ、やっちまいますよぉーっ!!!」

それを合図にした様に、ほむらの両脇を、手に手に得物を持った黒装束の集団が駆け抜け、
魔獣の群れと互角以上の白兵戦を開始した。
更に、その後に続く様に、こちらは一般的な普段着の、
一見して日本人の老若男女の、これも手に手に武器を持った集団が通り抜け、
チームプレイで魔獣の群れと互角以上の白兵戦を展開する。

「遅くなったのよな、魔法少女」

264 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 14:46:59.33 GycRbxdN0 180/336

 ×     ×

「困りましたわね」

静止したエレベーターの中で、一人背中に壁を預けている志筑仁美が呟いた。
他の用事もあって、むしろこちらの方が安全だと言うつもりで
この建物に来ていたのだが、結果は裏目に出た。

最初は只の突発事故かと思ったのだが、
非常電話で確認して見ると急激に尋常ではない災害に巻き込まれたらしく、
修理の目途が立たないと言う返事だった。
仁美が、壁から背中を離し、ふと上を向く。

「すううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

体の前で両腕を交差、回転させながら呼吸を整える。

 ×     ×

「うぜぇうぜぇうぜえっ!!!!!」

行く手を阻む魔獣を槍で斬り払いながら、佐倉杏子は突き進む。
その後に百江なぎさも続く。
なぎさも善戦してはいるのだが、土砂降りの大嵐とシャボン玉の相性は最悪だ。

そうやって、一時的廃墟の街を駆け抜けながら、二人の耳はクラクションをとらえた。
一瞬、そちらに目を向けた杏子の表情は硬直し、一旦その場を走り抜ける。
そして、二人は変身を解いてから何食わぬ顔で元の道を戻った。
杏子は、路肩に停車したワンボックスカーに近づき、ドンドン窓を叩く。

265 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 14:52:03.61 GycRbxdN0 181/336


「きょーこっ!」
「お姉ちゃんっ」
「何やってんだこんな所でっ!?」

パワーウインドが開き、車内からの叫びに杏子が叫び返す。

「人影が見えた気がしたからさ、鳴らしてみたら佐倉さんのお姉ちゃんかよっ」
「どういう事だ大将っ!?」

杏子となぎさが開いたドアから車中に入る。
運転席から声を掛ける顔なじみのラーメン屋の大将に、
杏子は殺気すら込めて尋ねていた。

「大体、なんでモモがここにいるっ!?」
「ああ、お姉ちゃんは友達ん所って言ってたな。
牧師さん一家で見滝原の後援者の人からの歓待を受けて、
それでこのスーパーセルに巻き込まれたって話だ。
何か、直前までの予測とも大幅にずれたこの辺で大嵐になってるからさ」

大将の言葉に、杏子は額を押さえる。

「俺っちは動ける間に知り合いの町内会長とナシ付けて、
炊き出し持って風見野から見滝原の避難所入ってたんだけど、
牧師さん一家は避難所に入ってから、モモちゃん預けて救助に向かったんだ。
近くで、素人でいいから人手がいるって事だな。

そしたら、その間に避難所の方が駄目になってな。
車の事情でゆまちゃんの爺ちゃん婆ちゃんは別の車に乗って、
顔見知りの俺っちがこの二人を引き受けて避難してたんだけど、
この通りドジっちまって立ち往生だ。
この際このままやり過ごせるか考えてたんだけど」

「無理だ」

杏子が吐き捨てる様に言った。

267 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 14:59:13.43 GycRbxdN0 182/336


「何が飛んで来るか分からない、下手したらこの車でもぶっ壊される。
子ども連れは正直厳しいけど、場所分かってる近くの避難所に入る方がまだ安全だ。
大将はゆまを頼む」
「ああー、分かった。
絶対連れてくから、俺っちから離れるんじゃないぞ」
「うんっ」

「行くぞモモ、あたしから離れるな。
なぎさ、歩けるな?」
「うん」
「はいです、お姉ちゃんなのですっ」

 ×     ×

大量に集結した魔獣の群れが、うぞうぞと外側の道から堤防を登り始める。
そうしながら、腕の様な触手を振り上げる。
その触手が振り下ろされようとしたその時、
激しい銃声と共に多くの魔獣が撃ち抜かれ、消滅する。
それにも関わらず、残った魔獣達は腕を振り上げ、堤防と言う坂の上からの銃撃に撃ち抜かれる。

「させないっ!!」

坂の上の方で、大量のマスケット銃を用意して叫んだのは巴マミだった。
ようやく、脅威を感じたのか、魔獣達がビームを放った時には、マミはひらりと跳躍していた。
堤防壁面の下り坂半ば近く、魔獣の群れのど真ん中に着地したマミが、
魔法で大振りに作り出した小銃を斬馬刀の様に振り回し、
不意を突かれた魔獣を次々と葬らんに吹き飛ばす。

そうしながら左手に取った帽子を振り、スカートの両端を摘み上げる。
魔獣がようやくマミの急襲に反応を始めた時には、
マミが両手に握ったマスケット銃が魔獣を撃ち抜き、
周囲に林立したマスケット銃がとっかえひっかえマミの手に渡り、
魔獣に攻撃の暇を与えず引き金が引かれる。

風も雨も荒れ狂い、半ば水を踏んでいる様な堤防壁面にあって、
巴マミは跳躍し、走り、滑り、交わし、そして撃つ、撃つ、撃つ。
魔獣も又、撃っても撃っても新手が湧いて来る様だが、
それでも、もしかしたら発生スピードを追い抜いたら終わるのでは、
と思わせる様な勢いでマミは次々とマスケット銃を発生させ、
その銃口から破魔の弾丸を解き放つ。

268 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 15:04:41.53 GycRbxdN0 183/336


果てしなく何もない堤防の上、荒れ狂う嵐の中にあって、魔獣共相手に必ず、
必ず確実に的確な攻撃を仕掛け、仕留めて行く巴マミの勇姿を飾るに相応しいのは、
本来は終わりの歌、であるが、からから回ったフイルムの後一番最初に聞いた歌か、
或いは、始まった時には超異色だった
光と闇と武器多彩な時代劇の一番最初の終わりの歌か。

腕の様な鞭打ちの触手を交わしていたマミが、
魔獣の全身から伸びる大量の細長い触手にとらえられ空中に吊り上げられる。

その間に、半ば水面と化した地面から黄色い長いリボンが長く大量に増殖し、
魔獣の群れを絡め取っていく。
マミは、僅かに笑みを浮かべ、胸元のリボンを抜き放ちながら、
弱った魔獣から解放され落下する。

「ティロ・フィナーレッ!!」

とても抱えきれない抱え筒の必殺の一撃が、
リボンで押し固められた魔獣の中で爆発した。
堤防のダメージを考えると、容易には使えない大技。

そのままマミは壁面の坂を駆け上り、
未だ残っている、或いは新手で迫って来る魔獣に対して
頂上近くから用意のマスケット銃を激しく撃ち下ろす。
そして、堤防の頂上に上り、堤防上を走る道から川を見る。

マミが見下ろす先では、泥の川が破壊的な程の音を立てて、
川上から川下へ、と言う法則性を辛うじて維持し流れている。
高度を増して益々激しく風に吹かれ雨に打たれながら、
それを見下ろしていたマミが息を呑む。

ぼっ、ぼっ、と、その濁流と随分と高くなった川岸の境界辺りから、
自分の敵が湧き出しているのを目にしていた。
マミが、マスケット銃を発砲しながら、渦巻く濁流に向けて堤防を駆け下りる。
ずぶずぶの地面を駆け下り、必死に勢いを殺す。
うっかり真っ逆様となったら、魔法少女でも死ぬ勢いの濁流だ。

269 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 15:10:10.09 GycRbxdN0 184/336


「くっ」

ざざざ、っ、と、辛うじて足を止めながら、
マミは銃撃と共に空中で奇妙に回転して着地しながら水しぶきを上げて転倒する。
それでも、既に堤防を登り始めた魔獣がマミを攻撃する前に、
マミは攻撃こそ最大の防御を大量の銃弾をもって実践して見せる。

周囲を片付け、再び、土気色の川面に銃口を向ける。
いる、想像以上にいる。
距離を取らないと、このままかち合ったら引きずり込まれたら終わりだ。

「ウンディーネ、杯の象徴にして万物から抽出されしものよ」

 ×     ×

「ありがとう、助かったわ」
「あー、いいってこってすよ」

魔獣の一掃された草原で、礼を言うほむらに、
黒ずくめの頭領らしきちびっこな少女は気のいい返事を返す。
そして、ふと携帯電話を取り出した。

「もしもし?ママ?
うん、教会のお仕事、災害で困ってる人を助けに。
大丈夫大丈夫危ない事なんてなーんにもないから。
うん、うん。じゃあ、ママのサンドイッチがいいな。
チャオ、ママ」

と、こんな通話をしていたのだが、
生憎と巴マミですらない暁美ほむらに流暢なイタリア語の読解は荷が重すぎた。

「もしもし………何?」

そのすぐ側で何やら通話をしているおっさんの日本語は、
ほむらにも易々と理解できるのだが、
こちらはとてもほのぼのと言った様子ではない。

270 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 15:13:34.85 GycRbxdN0 185/336


「どうかしたんですか?」

その様子に気が付いたほむらが、通話を終えたおっさん建宮斎字に声を掛けた。

「ああ、うちの五和が別働隊で動いてたんだが、
大き目の群れと出くわしたらしい。
それで、五和が一人だけチームからはぐれたって連絡入れて来たのよな」

「心配ですね、手助けしたい所ですけど」
「いや、魔法少女は魔法少女の本分を果たすのよな。
こっちはそんなにヤワじゃないのよな」

「そうさせてもらうわ、助けてくれてありがとう」
「ああ、結局はあんたらが大元退治するのが一番効率がいいって事だ。
だから、後は頼んだのよなっ!!」
「引き受けた、だからあなた達も無事で!」

立ち去るほむらの言葉に、どちらのチームからもおおっと声が上がった。

 ×     ×

「へ………へへへ………
変態だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

次の瞬間、絶叫したさやかの頭にバールのやうなものがスパコーンと振り抜かれた。
とは言え、ここまでの実績を見ると、
魔法少女に対するハリセンで済む程度には手加減をしてくれたらしい。

そういう訳で、今、国道沿いで魔獣と遭遇していた美樹さやかの周辺では、
赤い服装の女大工(変態)がバールやらトンカチやら鋸やらで手近な魔獣を次々と退治し、
その遠景として、巨大な炎が魔獣の群れを殲滅している。

痛い突っ込みの割にはいい人だったらしく、
十分な戦力で魔獣を引き受けながらバールの先を先に向けて促してくれたので、
さやかは赤い女大工(変態)に礼を言って先を急いだ。
そして、国道沿いの歩道を青い魔法少女が駆け抜ける。

271 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 15:16:54.27 GycRbxdN0 186/336


「っとぉー、どっちだったかなぁ」

横に叩き付ける痛い雨粒に顔をしかめながら、
さやかは交差点に立っていた。
取り敢えず、顔を上げて目標のビルを確認するが、
それでも道を確定するには至らない。

取り敢えず、大雑把な方角だけを把握して無人の道路を横切る。
そして、およその行く先を見回しながら、その動きをぴたりと止める。

一瞬、それは自分自身の内的経験がもたらした幻覚かと疑い、
そして何故そのような幻覚を見てしまったのか自己分析しかけて顔が赤くなりそうにもなったが……

一応魔法少女の体力で、まだそこまでイカレていない筈だ、とも思い直す。
だとすると、今、最優先すべきは、今自分が遠くに見たもの。
美樹さやかは、そのために。
さやかが、脚を踏みしめ周囲を見回す。

「結、界」

元々大気自体が結界に近い状態だったのが、一帯が結界そのものになる。

「あの、さぁ………」

さやかが、サーベルの棟を肩に掛けて嘆息する。

「偶然ばったりのお邪魔虫とか、
空気読めってぇーのっ!!」

272 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 15:20:02.95 GycRbxdN0 187/336


 ×     ×

「大丈夫ですかっ?」

嵐のゴーストタウンと化した見滝原の街中で、
歩道に蹲っていた上条恭介は、ようやく声に気づき目を開ける。

恭介の顔を覗き込んで声を掛けたのは、
眼鏡を掛けて紅ネクタイにブラウスの制服姿で若干年上の女の人。
全体に茶色がかった長い髪で、一房分かれて伸ばした髪の毛が恭介の顔をくすぐっても、
それ以前に土砂降りの雨足が酷すぎて気にならない。

「え、ええ」

恭介が、よろりと立ち上がる。

「大丈夫かっ?」

その声で、恭介は側にもう一人いた事に気づく。
蹲った恭介に声を掛けていた風斬氷華に同行し、
周囲を伺っていた吹寄制理が立ち上がった恭介に声を掛けて来た。

「すいません、ちょっと、脚を………」

左足首を押さえながら、恭介は顔を歪める。

273 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 15:23:11.71 GycRbxdN0 188/336


「取り敢えず、場所を移動しよう」
「すいません」

吹寄と風斬の肩を借りて、恭介が辿り着いたのは
この際無いよりはマシと言う程度の屋根付きバス停のベンチだった。
そこには、紺色のセーラー服姿の雲川芹亜が腕組みして待っていた。

「大丈夫じゃん?」

そこに、ちょっと遅れて戻って来たのは、
作業ズボンに安手の透明雨合羽、その下に黒いタンクトップを着た黄泉川愛穂だった。

「痛いか?骨は大丈夫みたいじゃん」
「ええ。捻ったみたいで。皆さんは?」
「災害ボランティア、の予定だったんだけど」

そう言って、雲川芹亜が嘆息する。

「途中でバスが事故に巻き込まれてね、
脱出した所をこの大嵐って訳」

体育の授業そのままのTシャツショートパンツ姿の吹寄が言った。

「正直参ってるじゃん」

黄泉川が言う。

「本当は待機場所で準備して安全が確認できた所で救援に入る予定だったんだけど、
結果はほとんど着の身着のまま、命からがら脱出して災害のど真ん中に放り出されたんだけど。
そういう訳で、災害ボランティアとしては全く以て失格なんだけど」

普段は飄々と知性で圧する雲川先輩も、天の配剤にはお手上げだった。

274 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/22 15:27:07.80 GycRbxdN0 189/336


「実際その通り、わざわざ他所から来て災害の真っ最中にこっちの公共機関を煩わせる、
お詫びの仕様も無い所じゃん。
只、言い訳をさせてもらうと、スーパーセルの予測が大幅にずれてる。

事前の予測では普通に無関係だった所を直撃して、
こっちは事故で装備ごと車なくした上に居場所も無い。
この分だと私達以外にも少なからず難民化してる筈じゃん」

「僕もその口です」

黄泉川の言葉に、恭介が応じた。

「そういう訳で、他所から来たボランティアが
住民用のリソース奪うのは非常に心苦しいんだけど、なんとか避難所に入りたいんだけど」
「それなら、多分この近くに一つある筈です」

雲川の言葉に恭介が応じる。

「こちらにバスは来ないのでございますね」

見るからに当たり前の事を確認したその声の主は、
バス停の外から中に新たに入ってきていた。

277 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:11:55.07 xv+5Ry0X0 190/336

 ×     ×

「つまり、教会のボランティアで救援活動のためにここに来た訳だけど、
途中で予想外の事故とスーパーセルに巻き込まれて
辛うじて脱出してここまで彷徨って来た、そういう事ですか」
「そうでございます」

日本ではナポリタンと呼ばれるパスタ料理を美味しく作るための
膨大な情報の中からここまで的確な見解を引っ張り出した
雲川芹亜の話術に上条恭介は只只感心しきりだった。

「教会から来たんですか?」
「そうでございます」

普段であればジ○リ宮○映画の中のヨーロッパの片田舎ででも見かけそうな、
素朴な長袖ロングスカートの上下に飾り気のない金色ショートヘアが、
今はここにいる他の面々同様そのままプールに沈んで引き上げられたよりひどい有様の
オルソラ=アクィナスが吹寄制理の問いに返答した。

「持ち物とかはやっぱり脱出する時に?」

黄泉川が尋ね、オルソラは頷いた。

「小さなリョカンでございました。
私の様な者が暴風圏に直接乗り込んでも何も出来ません。
ですので、安全地域のリョカンに泊まって天候が落ち着くのを待つつもりでございました」
「私達も同じです」

吹寄が口を挟んだ。

278 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:17:20.04 xv+5Ry0X0 191/336


「私が到着した時には既に雨が降り出しておりまして、
雨の中で着ていた修道服を預かってもらったのですけど、
窓から部屋の中に竜巻に乗った看板が貫通した上に
地盤自体が想像以上に危なかったと言うお報せで、
いわゆるパニック状態になったのでございます」

「滅茶苦茶じゃん」

黄泉川が天を仰ぐが、ここまでの情報から言って起こりそうな事でもあった。

「取り敢えず、ここにバスは来そうにございませんね」
「確認するまでもなく全面運休じゃん」

何度目かの問答だったか思い出すと頭が痛くなるが、それでも黄泉川は律儀に返答する。

「避難所に行きましょう」
「そうね、ここは屋根があるだけほんのちょっとマシって言っても、
又何が飛んで来るか分からないし
流石にこの状況は不健康ってレベルじゃないわ」

恭介の言葉に吹寄が賛同する。

「歩ける?」
「ええ、何とか」

吹寄の問いに恭介が応じる。

279 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:24:39.07 xv+5Ry0X0 192/336


「無理はしない方がいいじゃん。
男らしくとかそういう事じゃなくて、
この有様でどれだけ歩くか分からないのに本格的に動けなくなられたら
そっちの方が迷惑じゃん」
「どうぞ」
「すいません」

年上で、一見するとややふっくらかぽっちゃり目にも見えるとは言え、
ブラウスタイにスカートと言う着の身着のままの姿で
焼け出されに近い形で土砂降り暴風雨の大嵐の中に放り出されている。

そんな、素人目にも当然体力ゲージがゴリゴリ音を立ててノンストップでマイナス進行している筈の
風斬氷華の肩を借りるのは男として間違いなく心苦しいが、
骨折こそしていなくともむしろ痛みを忘れそうなぐらい危ない怪我人の身として、
黄泉川の合理的な発言に逆らう気力も体力も持ち合わせてはいなかった。

「よっ、と、適当な所で交代だからね」

風斬と共に立ち上がった恭介を補助し、吹寄が風斬に声を掛ける。

「はい」
「本当にすいません」
「この際、形振り構っていられる状況じゃないわよ」
「ああ、この際人命優先なんだけど」
「で、ございます」
「さあ、出発するじゃん」

280 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:29:44.41 xv+5Ry0X0 193/336


 ×     ×

ばしゃばしゃ水を跳ねながら鹿目まどかが走っているのは、
住宅街のただ中だった。
そこそこ昔からありそうな家屋が立ち並ぶ通りを駆け抜けながら、
時折振り返り、弓を引き矢を放つ。
どこからともなく魔獣が湧き出し、まどかに追い縋って来る。

そのまま、走り抜ける予定だったが、途中で足を止める。
まどかが向かった先は、木造住宅があったらしい一角だった。

「聞こえますかーっ!?」

まどかが叫び、耳を澄ますと、確かにまどかは声を聞いた。
ごくりと息を呑む。

魔法少女の体力補正、確かに人間業を超えた力技も可能ではあるが、
既に原型を失った家屋をどうにかして救助する、となると、
ギリギリを遥かに超えた無理のある話だ。

だからと言って、絶対に出来ないのか?と言われるとそれも疑問がある。
一方で、この災厄の大元であるワルプルギスの夜に辿り着き、討伐しなければならない。
それが最も多くの人を助ける道だと言う理屈も理解出来ている。
そして、背後には魔獣がわらわらと迫って来ている。

「すぅーっ、はぁーっ」

鹿目まどかは、呼吸を整えた。
魔獣に向けて、続け様に分裂矢を放つ。
それが終わると共に、踵を返して家屋へと駆け寄った。

281 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:32:56.03 xv+5Ry0X0 194/336


 ×     ×

「嘘、だろ………」

佐倉杏子は、公民館の前で立ち尽くしていた。
公民館の正門は閉じられ、
使用に耐え得ない状態になったとして避難先を案内する張り紙が
ビニール袋入りで看板にくくり付けられていた。

「くっそっ、行くしかねぇかっ」

暴風雨の中のこの仕打ちに、気のいい大将も流石に吐き捨てる。

「ちょっと、待て」

正門前に立った杏子が呟く。

「大将、子どもら連れて先行ってくれ」
「はあっ!?何言ってんだっ!?」
「人がいる、かも知れない。恐らく子ども」
「マジか?いや、だけど………それなら俺が………」

「あたしの空耳かも知れない、今目の前の子どもら頼めるのは大将しかいない。
大丈夫、危ない事はしない、確認したらすぐに後を追う。
頼む、寝ざめが悪いのは嫌なんだ」

「………絶対、危ない事するなよ、すぐ追いついて来るんだぞ」
「おねーちゃん」
「きょーこ」
「大丈夫、すぐ戻る」

びしゃっ、と、濡れた手で杏子がモモとゆまの頭に触れる。

282 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:37:40.35 xv+5Ry0X0 195/336


「なぎさも………」
「みんなを頼むぜ、なぎさお姉ちゃん」
「………はいです」

なぎさと杏子が頷き合う。

「よっし、しっかり掴まってろよ」

大将に連れられた面々が遠くもない視界から消えるのを待って、杏子は動き出した。
杏子が、塀を超えて公民館の敷地に入る。

「やっぱりだ」

それと同時に変身して、現れる魔獣を薙ぎ倒していく。

「使用不能はこいつらの仕業か?
見えない奴からは災害にしか見えないカモフラージュで
おいっ、大丈夫かっ!?」

杏子が声を掛けたのは、この嵐ではほとんど役に立たない
軒下の壁際に蹲っている女の子だった。

「あ、あなたは?」
「助けに来た、行くぞっ!」
「お姉ちゃんが………」
「はあっ!?」

283 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:41:06.30 xv+5Ry0X0 196/336


 ×     ×

「っ、らああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

浅古小巻の振り回した長斧が、まずは周囲の魔獣を薙ぎ払う。
そのまま、うぞうぞと接近する魔獣に次々と斧を叩き付け、数を減らしていく。
それでも、生活道路の塀際に立つ小巻が魔獣に取り囲まれていると言う
全体状況にはほとんど変化が無い。

「時間は、稼げたかな?」

小巻が、近くの塀の裏口にチラと視線を走らせる。

「だからって………」

小巻が展開した楯に、ビームや触手が叩き付けられる。

「捨石なんてなるつもりはないからさっ!
つもり、はね………」

決意を口にしながらも、小巻は見たくもない背後の現実に目を向ける。
すぐそこまで迫った魔獣の群れが、豪快な槍働きに一蹴された。

「あんたがお姉ちゃんか?あっちで心配してるよ」

槍を担いだ佐倉杏子が、逆さにした親指を裏口に向ける。

「はあっ!?まさか、付いて来たのっ!?先に逃げろってあんだけ………」
「って事だ、さっさと片付けて迎え、行くんだよなっお姉ちゃん!?」
「ったり前でしょっ!!」

ずばあんっ、と、大業物が豪快に振り抜かれた。

284 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:44:30.56 xv+5Ry0X0 197/336


 ×     ×

堤防の川側斜面から見下ろす巴マミの前で、
濁流の中から巨大な泥水の竜巻が巻き上がる。
空中で竜巻が砕けて泥水の塊が再び降り注ぐ。
それと共に、泥水の竜巻に巻き込まれた大量の魔獣も濁流の川面に叩き付けられた。

その間にも、堤防上でうぞうぞ迫る魔獣にマミが銃を向けようとしたが、
その堤防上にぼごっ、ぼごっ、と次々と土柱が上がり、
魔獣が土柱に飲み込まれ動きを止めた所をマミが撃ち抜いていく。

堤防上の川近くに黒い人影がうごめき、何やら川面に箒を向けている。
それと共に、再び泥水が巻き上がり、
それは細長い泥水の結晶の様な槍と化して川面をうごめく魔獣に飛翔し仕留めて行く。

マミが、ハッと振り返りマスケット銃をそちらに向ける。
そちらでは、魔獣の小さな群れが、既に攻撃体勢に入っていた。
そこに、びゅうと風が吹き抜ける。

マミが目を開いた時には、そちらにいた魔獣の群れは
泥水の槍の餌食になっていた。
残った少数の魔獣とマミは互いに戸惑いを見せたが、
一瞬早く立ち直ったマミが小銃の連射で魔獣を駆逐する。

「流石に、ここまで魔力交じりの嵐だと、
風の支配権をとるのは簡単じゃないみたい」

どこからともなく現れたジェーン=エルブスがばっと扇子を扇ぎ、
泥水の槍が彼女の横を通り抜けて、遠くから接近していた魔獣を討伐する。
何でもいいが、この大嵐の中、実に寒そうな女の子だ。

(ぬりかべ?)

マミの一瞬の連想と共に、マミの横にどんっ、と土の壁が盛り上がり、
どどどどどっと何か、恐らく魔獣の攻撃が激突して壁が崩れる。
崩れた壁の向こうでは、魔獣の群れが泥に半ば押し潰されていた。

285 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/03/28 03:49:01.97 xv+5Ry0X0 198/336


「大丈夫ですか?」
「ええ、有難う」

そこに接近して来たマリーベート=ブラックホールにマミが頷いて言う。
その間に、泥の中の魔獣は泥水の槍の落下を受けて倒されていく。

「ひっ!?」

そんなマミの側に、巨大な蛇と言うか龍の様な泥水が
川からぐわっと接近していた。

「そこの人っ!」

その声と共に、泥水の龍はぐわっと引きかえし、
どっぱーんと川の水に戻る。

「魔獣の群れをあちらのテニスコート跡地に誘導したい、出来る?」

すとんとマミの側に着地していたメアリエ=スピアヘッドが箒を向ける。
その先は、どう見ても泥水のプールと化した一角だった。

「水責めでどうにか出来る相手だとも思えないけど、
何か策があるのかしら?」
「ええ」
「分かったわ」

返答した時には、マミの肩には、
明らかに現代的なロケットランチャーみたいなものが担ぎ上げられていた。
マミの放った砲弾が川面の上で爆発し、辺りを明るく照らす。
その時には、三人の魔術師も堤防上に展開していた。

288 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 03:22:58.30 MLMjVOwK0 199/336

 ×     ×

「恭介っ!、いるの恭介ーっ!?」

嵐に負けない様に、と、それが容易ではない事を実感しながら美樹さやかは叫ぶ。

「恭介えぇっ!!」

マントでぐるりとその身を包みながら見滝原の街を駆け、叫び続ける。
そんなさやかの周囲に、うぞうぞと不穏な影が忍び寄る。

「邪魔っ!!」

バッ、と、白いマントが開き、
結界も張らずに、或いは見滝原全体を薄い結界と化して襲撃して来る魔獣の群れを、
さやかは二刀流で一閃する。

途中、これ又馬鹿強い北欧のなんとかの見習いだかに助けてもらったりもしたが、
恐らく大元であるワルプルギスの夜が健在である限り斬っても斬ってもきりがない。
だから、一刻も早くワルプルギスの夜を叩っ斬るのが最善。
見滝原を守る正義の魔法少女としては。

だが、さやかは見てしまった。
幻覚、と、片付けられる事であればどれ程良かっただろう。
だが、一縷の望みを託した携帯電話もつながらなかった。
逆に、ほんの僅かな可能性であっても、
それが大当たりしてしまったら自分は死ぬ、色んな意味で、

只、そのために契約した魔法少女である美樹さやかはそう思わずにはいられない。
心の中で何度でも土下座で詫びながら、
後で実行する事に何ら躊躇うつもりもないと腹を決めて、今は探し続ける。

289 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 03:28:29.62 MLMjVOwK0 200/336


 ×     ×

巴マミが、川の流れとは逆方向に堤防を走る。
走りながら両手持ちにしたマスケット銃を発砲する。
魔獣達は、むしろそれを目標にしてわらわらと寄って来る。

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。」

マミが、ずぶ濡れの堤防にバッと伏せる。
痛い程の雨の中、本当に痛い水の槍が降り注ぎ、
マミの周囲の魔獣を攻撃する。

「それは生命を育む恵の光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」

一旦散開しようとする魔獣の群れに対して、
次々と土の壁が盛り上がりその動きを制約する。

「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

マミが、大風に巻き込まれた。
文字通り吹き飛ばされながらも、魔力で次々とマスケット銃を生じさせ、
更に担ぎ砲を撃ち込んで魔獣を刺激して見せる。

「その名は炎、その役は剣」

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ
と、挑発を受けて移動する魔獣の動きを察知しつつ、
マミはぐるんと向きの変わった風に乗り、スカートの両端を摘みながら堤防に着地する。
元々、魔法少女として大規模跳躍自体はお手の物だ。
そんなマミの側にぼごんっ、と、土の塊が盛り上がる。

「耳、塞いだ方がいいわよ」

そこに駆け寄っていたメアリエに倣いマミもその場に伏せる。

「顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ………
………イノケンティウスッ(魔女狩りの王)!!!」

290 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 03:33:37.29 MLMjVOwK0 201/336


それは、堤防を揺るがす様な大爆発だった。

「な、な、な………」

土の壁を抜け、立ち上がったマミが呆然とする。

「大方片付いたか。さっさと一服付けたい所だが」
「今のはあなたが?」

その、マント姿の大柄な少年に押し殺した様な声を掛けた時、
マミは銃口を少年に向けていた。

「そうだけど?」
「魔獣ごと堤防を決壊させるつもりっ!?
それで済むなら………」
「それなら大丈夫」

マミの背後から声を掛けたのは、メアリエだった。
次の瞬間、オレンジ色の輝きと共に、だあんっ、と、辺りに銃声が響き渡る。

291 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 03:39:14.66 MLMjVOwK0 202/336


「続ける?」

濡れた焦げ臭さが微かに漂う中、炎剣を潜り抜けて距離を取り片膝をついたマミが、
銃口を大柄なマントの少年ステイル=マグヌスに向けて尋ねる。

「師匠っ!」
「無暗に銃口を向けられてへらへら手を上げる程、
甘く優しい人格をしている訳ではないからね。
どうだ、マリーベート?」
「なんとか、抑え込みました」

そこに戻って来て報告したマリーベートは、明らかに疲労困憊していた。

「何をしたのか、教えてくれるかしら?」
「イノケンティウス、大量の溜まり水を飲み込む程の大火力で水蒸気爆発を引き起こすと共に、
土に力を注いで堤防の決壊を回避した。
綿密かつ大規模なルーン配置を狭いエリアに集中させたから出来た事よ」

メアリエが代わって答えた。
それを聞き、立ち上がったマミとステイルが向き合う。

「Fortis」
「師匠っ!!!」

ぼそり、と、ステイルの口から洩れた言葉に、
今度こそメアリエが絶叫した。

「931いっ!!」

292 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 03:45:07.82 MLMjVOwK0 203/336


 ×     ×

「んーんっ!」

鹿目まどかが、魔法少女として強化された感覚と体力を駆使して、
懸命に目の前の家屋だった廃材の山を除け、その下の声に耳を澄ませる。
そうしながら、時折振り返り迫る魔獣に矢を放つ。
絶望的な作業効率であり、現に、作業分配の効率が完全に崩れている事を理解する。
幾度目か、まどかは、弓を引き絞りながら最期を覚悟した。

「?」

思わず目を閉じた、その瞬間に大量の銃声が響いた。

(マミさん?)

まどかが目を開けると、まどかの左右に射撃体勢の十人近い兵士が、
更にその周辺にも二桁の兵士がヘルメット軍服姿で展開していた。

「マジカル・ガールッ!」

周囲に、まどかには辛うじて英語と分かる怒声が響く中、
自分に向けられた声にまどかはぎくりとした。

「救助は我々に任せて敵を討て。ユーの攻撃に合わせて我々が援護する。
オーケー?マジカル・ガール?俺の日本語、大丈夫か?」
「はいっ!有難うございます」
「センサー確認、直接じゃない周辺の不自然な物理的変化に気を付けろ、
勘を信じてぶち込めっ!」
「イエス・サーッ!!」

立ち上がり、弓を引き絞るまどかの周囲で、
M16やランチャーを構えた兵士が体勢に入っていた。

293 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 03:50:11.98 MLMjVOwK0 204/336


 ×     ×

「これは………」

上条恭介に肩を貸しながら進んでいた雲川芹亜が、目の前の光景に目を見開いた。

「一応聞くんだけど、前からこんなだったのか?」
「いえ、少なくともこんな空地ではなかった筈です」

雲川の問いに、恭介も苦い口調で応じる。

「丸で爆弾か何か。地震だったら分からない筈がないけど」
「竜巻でも通ったじゃん?」

目の前一杯の瓦礫に、吹寄制理に続いて黄泉川愛穂が言った。

「なんか、ここ………だけど………」

理論家肌の雲川が、口ごもりながらも言葉を探している。
その感覚は、恭介にも分かりそうだった。
この、普段着で大嵐に巻き込まれている状況を考えるならば
驚異的にほわほわしているオルソラ=アクィナスですら
恭介が見ても分かるぐらい目を細め、何かを警戒している様に見える。

「くっ!」

恭介を守る雲川とオルソラが、とっさに何かを交わす様に身を縮め、
恭介は雲川が縮めた体に頭から巻き込まれる。

294 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 03:53:39.63 MLMjVOwK0 205/336


「風斬さん?大丈夫っ!?熱でもっ………」
「い、いえ………」

青い顔で歯をカチカチ鳴らし始めた風斬の異変に気づき、
駆け寄った吹寄が叫ぶ。
ブラウスネクタイにスカートの制服姿で土砂降りの嵐に放り出されての行進。
風邪をひかない方がどうかしていると言う程の状況ではあるが、
風斬の様子はそういう病気とはちょっと違っても見える。

「くあっ!」

黄泉川が近くに落ちていたドアのノブを引っ掴み、
そのままぶんっとドアを振り回していた。
二度、三度、決して軽くはない筈のドアを振り回す内に、
ドアはぐしゃっ、ぐしゃっと確実にダメージを受けている。

「おかしいじゃん」

黄泉川が呻く様に言う。

「嵐に巻き込まれているだけなのに、
何か、悪意の攻撃を受けているみたいじゃん」

言いながら、黄泉川はがんっ、と、何かに向けてドアを振った。
ゆるゆると体勢を立て直す雲川の側で、
上条恭介は確かに聞いた。

「なっ!?」
「つっ!」

既に忘れそうになっていた左足の痛みがぶり返し、
顔を顰めながらも恭介は駆け出していた。

295 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 03:58:03.24 MLMjVOwK0 206/336


「ちょっ!?」
「逃げるじゃんっ!」

吹寄が、黄泉川が叫ぶ。
恭介は、確かに聞いていた。
何が、と、聞かれると少々困るのだが、一見すると不気味な悪天候、と、言う状況の中、
恭介が聞いた何かは、恭介の頭の中でこれから起こる事のイメージをおぼろに描き出す。
だから、恭介は駆け寄っていた。

上条恭介は、決して体力自慢と言う方ではない。
最近入院して取り戻すのに苦労したぐらいだ。
拳を使った喧嘩もしない。そちらの方は、幼馴染の女の子の方が得手なぐらいだ。
ヴァイオリンに関しては人並み以上の自信はあるが、この場合余り意味がない。
しかも、この大嵐の中、動くのも辛い負傷者だ。

それでも、その怪我人である恭介のために、
この大嵐に普段着で投げ出されて体力的にも限界の筈の女の人が、恭介を見捨てず支えてくれた。
本人がどう自覚しているかはとにかく、
そんな人達の危機から逃れる程、上条恭介の矜持は落ちぶれてはいなかった。

「ぐ、っ」

衝撃が、改めて恭介の左足に痛みを呼び起こす。
吹寄と風斬の前で両腕を広げて仁王立ちになった恭介の前で、
何かと何かが激突していた。

「逃げなさいっ!」
「こっちじゃんっ!」

鋭い叫びと共に、吹寄と風斬が黄泉川の方向に駆け出した。
その時には、恭介はぎゅっと押し付ける様に抱き寄せられ、
そのまま跳躍していた。

「坊やの癖に格好いいトコ見せてくれるじゃない。
だからお姉さん、中までこんなにびしょ濡れよぉ」

その場に恭介を座らせたオリアナ=トムソンは、
窮屈な作業服をバッと脱ぎ捨て、
この嵐の中では素晴らしく寒そうな普段着姿で単語帳の一片を口にくわえた。

296 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/04/01 04:01:23.79 MLMjVOwK0 207/336


「!?あーーーーーーうーーーーーーーーーーーー………」

ぴっ、と、オリアナの唇から単語帳が離れ、
強力なつむじ風が恭介をその場から吹き飛ばした。
無論、そんな恭介に、
新たな単語帳を噛み千切ったオリアナの激闘を目にする余裕などない。

あちこちに崩壊した廃墟があるこの一帯、
恭介は完全に体の自由を失っての飛翔に気絶しそうな恐怖を覚える。
だが、叩き付けられた背中の感触は、案外に優しいものだった。

術式と行動のバランスに優れたいつもの格好でこの戦場に現れた神裂火織は、
全身で受け止めた上条恭介の胸板に左腕を回す形で抱き留め、
そうしながら斬馬刀にも勝る鋼糸を駆使して前面に展開する魔獣の群れを見る見る切り刻んでいく。

「えーいやーとぉーっ!」

そんな神裂の側では、薄い緑色のブラウスにこげ茶色のショートパンツ姿の五和が、
魔獣の激しい攻撃に晒されながらも着実に相手の数を減らしていく。

文字通り目を開ける事も辛い大雨暴風の中、ようやく薄目を開いた恭介も、
すぐ側で身軽に跳ね回り、器用に力強く槍を振り回す五和の勇姿を目にしていた。
上条恭介はまだ知らない、今正に、この場所目がけて
最愛なる少女が猛然と突き進んでいる事を。



続き
ほむら「幸せに満ち足りた、世界」(まど☆マギ×禁書)【後編】


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