1 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/11 23:56:07.09 yWZotOlgo 1/143



このSSは、とある魔術の禁書目録に出てくるキャラクター、一方通行(アクセラレータ)を中心とした
もうあまりほのぼのとは言えない感じの二次創作物です。



一方通行「フラグ・・・ねェ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1285654962/

一方通行「フラグ・・・・・・なのかァ?」  風斬「そうですよ!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1289310136/

一方通行「フラグ・・・・・・じゃねェだろ」  エイワス「まだそんな事を言っているのか」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294928027/

一方通行「フラグ・・・・・・だろォな」  垣根「ち・・・・・・くしょ・・・・・・う」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1295564748/

一方通行「フラグだと? って事ァ」  レッサー「私はあなたが好きって事です♪」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1298041227/

一方通行「そンなフラグはヘシ折ってやる」  ヴェント「・・・・・・あ?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1300453744/

一方通行「いいか、フラグってのはなァ」 ガブリエル「vbhti素敵apfrgt」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1303132992/

とあるフラグの天使同盟
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1305963129/




上記のスレからの続きとなっています。もしお暇でしたら、ご一読を。


以下、留意点など。


・投下は基本的に三日以内です、多分。そしてかなり気まぐれに投下するので質悪いです。
・第三次世界大戦は終結。その後のお話です。
・キャラ崩壊しまくりな上に、設定も弄りまくっています ←これ一番重要、ご注意ください。
・地の文と台本形式、両方でお送りします。
・誤字脱字のバーゲンセール。発見した方は厳しく指摘してやってください
・書き溜めはありますが恐らく速攻で尽きます・・・・・・


元スレ
蛇足 とあるフラグの天使同盟
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1307804166/



【関連】

1スレ目
一方通行「フラグ・・・ねェ」【1】
一方通行「フラグ・・・ねェ」【2】
一方通行「フラグ・・・ねェ」【3】
一方通行「フラグ・・・ねェ」【4】

2スレ目
一方通行「フラグ・・・・・・なのかァ?」  風斬「そうですよ!」【1】
一方通行「フラグ・・・・・・なのかァ?」  風斬「そうですよ!」【2】
一方通行「フラグ・・・・・・なのかァ?」  風斬「そうですよ!」【3】
一方通行「フラグ・・・・・・なのかァ?」  風斬「そうですよ!」【4】

3スレ目
一方通行「フラグ・・・・・・じゃねェだろ」  エイワス「まだそんな事を言っているのか」【1】
一方通行「フラグ・・・・・・じゃねェだろ」  エイワス「まだそんな事を言っているのか」【2】
一方通行「フラグ・・・・・・じゃねェだろ」  エイワス「まだそんな事を言っているのか」【3】

4スレ目
一方通行「フラグ・・・・・・だろォな」  垣根「ち・・・・・・くしょ・・・・・・う」【1】
一方通行「フラグ・・・・・・だろォな」  垣根「ち・・・・・・くしょ・・・・・・う」【2】
一方通行「フラグ・・・・・・だろォな」  垣根「ち・・・・・・くしょ・・・・・・う」【3】

5スレ目
一方通行「フラグだと? って事ァ」  レッサー「私はあなたが好きって事です♪」【1】
一方通行「フラグだと? って事ァ」  レッサー「私はあなたが好きって事です♪」【2】
一方通行「フラグだと? って事ァ」  レッサー「私はあなたが好きって事です♪」【3】

6スレ目
一方通行「そンなフラグはヘシ折ってやる」  ヴェント「・・・・・・あ?」【1】
一方通行「そンなフラグはヘシ折ってやる」  ヴェント「・・・・・・あ?」【2】
一方通行「そンなフラグはヘシ折ってやる」  ヴェント「・・・・・・あ?」【3】

7スレ目
一方通行「いいか、フラグってのはなァ」 ガブリエル「vbhti素敵apfrgt」【1】
一方通行「いいか、フラグってのはなァ」 ガブリエル「vbhti素敵apfrgt」【2】
一方通行「いいか、フラグってのはなァ」 ガブリエル「vbhti素敵apfrgt」【3】

8スレ目
とあるフラグの天使同盟【1】
とあるフラグの天使同盟【2】
とあるフラグの天使同盟【3】


3 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/11 23:58:08.72 yWZotOlgo 3/143



【超今更の登場人物紹介・『天使同盟』の構成員】


【一方通行(アクセラレータ)】


本作の主人公にして『天使同盟(アライアンス)』のリーダー。第三次世界大戦終結後、大天使ミーシャ=クロイツェフになぜか好かれてしまい、
その後の生活はほぼミーシャと共に過ごしている。すき焼き屋で風斬氷華とフラグを立てると同時に
『天使同盟』を結成。酒の勢いとノリで結成したこの組織が、後に全世界を揺るがすとんでもない同盟になることは、
その時の彼には予想も出来なかった。ちなみに、この本作では結構な数の女性とフラグを立てている。


【ミーシャ=クロイツェフ】


『神の力(ガブリエル)』。本作のヒロインにして『天使同盟』の顔。第三次世界大戦終結後、
なぜか一方通行に懐いてしまい生活を共にすることになる。身長ニメートル以上、
全身をすべすべとした白の布で覆い、顔のパーツを全て凹凸で再現しているその姿はまさに異形。
しかし彼女の仕草にはどこか可愛らしい一面も見られる。ような気がする。一方通行からはガブリエルと呼ばれている。


【風斬氷華(ヒューズ=カザキリ)】


『天使同盟』の清涼剤にして唯一、常識を持ち合わせている女の子。でも最近はそんな事なくなってきた。
すき焼き屋の一件で一方通行に特別な感情を抱く事になる。キレるとエイワスですら手が付けられなくなる。
アルコールが入ると脱衣属性が追加される上に酒癖の悪さは天下一品。
基本的には誰に対しても敬語で、レッサー以外には『さん』付けで名前を呼ぶ。ミーシャの事は『天使さん』。
超絶鈍感クソ野郎こと一方通行相手に唯一『女性』を意識させた女傑。最もフラグらしいフラグが立っている。


5 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/11 23:58:49.52 yWZotOlgo 4/143



【エイワス】


『天使同盟』のジェネラルマネージャーにして最強の聖守護天使。霊的存在。銀河系宇宙の悪鬼。
アレイスター=クロウリーに必要な知識を全て授けた大馬鹿野郎。ある時は巨乳のパツ金ねーちゃん。
シリアスパートもそうだが、特にギャグパート時のエイワスは全宇宙最強の存在。不可能はない。
『天使同盟』結成に興味を持ったため、垣根帝督というお土産を手に彼らに接触した。
その瞬間、『天使同盟』の命運は決まってしまったのかもしれない。ドラコ=アイワズという偽名をよく使う。
男にもなれるらしいが、現時点でそのような描写はなく、また需要もない。


【垣根帝督】


学園都市第二位の超能力者(レベル5)、『未元物質(ダークマター)』。イケメンホストかぶれ。
現時点では彼が最後の『天使同盟』構成員である。イジラれ役。すぐ死ぬ。
本作で最も死亡フラグを積み重ねてきている男。しかしそれらを全て跳ね除けている彼は
実は不死身なのではないかと囁かれている。あとすぐ死ぬ。でもたまに本気でかっこいい一面を見せる。
一方通行とのデートにおいて自らの心の内を暴露。以降はミーシャを守るために彼らと行動を共にする。
実は彼、この本作で三人ほどちゃんとしたフラグを立てている。


【UNKNOWN】


世界に目を向けるのもいいが、そろそろ己の行いと正面から向き合うべき。
確たる事実がある以上、責任はとらなければならないのだから。


7 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 00:02:49.88 sTktK5qlo 5/143

前スレの誘導、間に合ったかなぁ……。
毎度毎度遅くて申し訳ないです、いつまで経っても成長しねえ>>1をお許しください。

一応、前回のハイライトを。

『一方通行は一人残され、他の皆は消えてしまいましたとさ』

こんな感じですね。

次回更新は三日以内です。

皆様、どうか最後までよろしくお願いします。

6 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2011/06/12 00:02:48.32 l19Nj6UZ0 6/143

>>1
スレ立て乙!
登場人物の【UNKNOWN】が気になってしょうがない

15 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2011/06/12 00:20:27.42 jREoqbxdo 7/143

ちっとも蛇足じゃねぇじゃねぇか!むしろこっからが重要

40 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:13:00.27 sTktK5qlo 8/143

>>15
スレタイに『蛇足』を付けた理由は全てが終わった後に明かします、少々お待ちを!

皆様こんばんわ。ゴールデンタイムより少し早いですが投下します。
前回、一方通行の前から仲間は全て消え、長かった戦いも幕を閉じました。
この先一方通行はどう行動していけばいいのか。

またしても新スレですが、どうかよろしくお願いします。

41 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:13:59.65 sTktK5qlo 9/143



――――――――――――――――――――――


第一九学区の地下道の背景と同化するように、魔術師は浅く呼吸を繰り返しながら座り込んでいた。

アレイスター=クロウリー。

聖守護天使エイワスとの激闘を繰り広げ、敗北を喫し、しかし鼬の最後っ屁と言わんばかりに
虚数学区の制御権を奪取、エイワスと風斬氷華を完全に抹消することで一矢を報い、
けれどもそれによって彼の築いてきた『プラン』はセーブデータを全て消したテレビゲームのような状態になっていた。

『プラン』を遂行する上で強大な障害である『天使同盟』を潰すためにその『プラン』を放棄するという矛盾。
人が見ればすぐさま病院に連絡しそうな傷だらけのアレイスターからは窺いにくいが、
彼は今失意の沼に首元まで浸かっているような心境だった。
エイワスの消失を見届けた後、彼は今にも崩れ落ちそうなこの地下通路に逃げ込んでいた。


カツン、と靴底がコンクリートの床を踏み鳴らす音が反響する。


42 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:14:54.23 sTktK5qlo 10/143



アレイスターがいる場所から距離が離れているせいか、その音は最初の方は
嫌に響いた。だがやがて、反響の規模も小さくなっていく。足音がここまで近付いてくる。
規則的な足音ではなかった。言うなれば、まるで酔っ払いが千鳥足でふらついているような、
不安定なリズムで刻まれる足音。

そしてその足音を踏み鳴らす者はアレイスターのすぐ傍まで歩み寄って止まる。
アレイスターはその人物の顔を見ない。見ずに、ただ冷笑とも微笑ともとれる笑みを浮かべて言う。


「やあ、恋敵」


恋敵、と呼ばれた人物は薄暗い地下空間にぼんやりと浮かび上がる亡霊のように白かった。
アレイスターの最高傑作。学園都市最強。超能力者(レベル5)。第一位。

一方通行。

アレイスターと遜色ないほどに、彼も瀕死寸前の重傷を負っていた。
しかしそれ以上に一方通行から漂ってくるのは、虚脱感。
彼の左手には、ひどく傷んだノートとスケッチブックが携えられている。


43 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:15:47.43 sTktK5qlo 11/143



「・・・・・・・・・・・・」

「最古の神に魅入られ、いや、セトの方が魅入ってしまったのかな。
 セトも、エイワスも、私が愛し崇拝した虚像は全て君が奪ってしまった。
 この泥棒猫、なんてセリフを人生において使用する日が来ようとはな。
 自身の手で作り上げたロボットに恋人を盗られた気分だ。 滑稽とはこの事か」


いきなりそんな事を言われても一方通行には何のことやらさっぱりだった。
そもそも、一方通行はアレイスターの言葉など聞いてはいなかった。
だから返事はない。返事はしない。返事が出来ない。

だから、蹴った。

アレイスターの顔を、死んだ動物の生死を確認するように、小突くようにつま先で蹴った。
杖を失っているためか、それだけで体のバランスが崩れ倒れそうになってしまう。

それを受けてもアレイスターは感情を顕にしなかった。
だから、蹴った。今度は勢い良く。第一位の特権であるベクトル操作の力ではなく、
純粋なる自身の力で、思い切り、容赦なく、躊躇いもなく、蹴った。


44 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:16:45.95 sTktK5qlo 12/143



アレイスターの肢体が汚い地下通路の地面に投げ出される。一方通行も一緒に倒れ込みそうになる。
咄嗟に壁に手をつける事でそれを防ぎ、唇から血を流すアレイスターを再度蹴る。
蹴るというより、踏んでいた。全体重を足に込め、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
顔を。胸を。腕を。腹を。足を。踏んでいる一方通行の方が息切れしてしまうほどに。


しばらくの間、第一九学区の地下通路には鈍い音だけが続いていた。


「・・・・・・・・・・・・気が、済んだかな?」


散々滅茶苦茶に踏まれて出たアレイスターの言葉に、一方通行は更に蹴りを浴びせる。
地下通路を貫くように流れている下水道の汚水に蹴り飛ばされたアレイスターは
よろよろと起き上がり激しく咳き込んだ。

下水道特有の吐き気のするような匂いが一気に狭い空間に広がる。
学園都市は最新技術の集大成ともいえる街だ。下水処理にしたってこんな地下に垂れ流すような手法ではなく
汚水を一瞬で濾過し真水に変えてしまう装置が備わっている施設もある。
こんな古めかしい地下下水道などがあるのも、ここが開発の遅れた第一九学区である所以だろうか。


45 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:17:35.17 sTktK5qlo 13/143



体中を汚水まみれにして惨めに咳き込み、口から血と汚水を吐くアレイスターを
一方通行はそれこそ生ゴミを見るような視線を送りながら言った。


「・・・・・・人間じゃねェか、オマエも」


今のアレイスター=クロウリーは男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見えない。
只の、ただの見窄らしい人間にしか見えない。


「そうだ、私は人間だ。 別に宇宙人だとかモンスターなどと自己紹介した覚えはないがな。
 それで・・・・・・、そんな真人間である私に君は何をぶつけ、何を求める?
 怒りをぶつけているのなら、どの事例に対する怒りだ? 生憎、心当たりが"ありすぎてね"」

「オマエに対する怒りを作文用紙に書き写したら月まで届く量になっちまう」

「それは愉快だな」


一方通行は腹を押さえて尚も咳き込むアレイスターを見下ろしながら、"見下しながら"続けた。


46 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:18:25.00 sTktK5qlo 14/143



「どォして俺達を壊滅させよォとしたンだ」

「・・・・・・、」

「・・・・・・とか、なンでオマエの『プラン』とやらに従って生きていかなきゃならねェンだ、とか。
 そォいうことは聞かねェよ。 オマエの狂い果てた脳みその中身は聞き及ンでるからなァ」


溜め込んだ憤怒を先程の暴力である程度発散したためか、一方通行の声色は冷静だった。


「ならば、何を求める」

「エイワスをここに呼べ。 風斬を元に戻せ。 垣根を五体満足で俺の下に返せ」

「ミーシャを再び顕現させろ、とは言わないのだな、くくく。
 あれが自分の落ち度であると自覚しているからか、意外と冷静じゃないか」


47 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:19:29.93 sTktK5qlo 15/143



汚水に足を取られながらアレイスターは地下水道の脇道に上がる。
その彼の姿に、学園都市統括理事長としての、世紀の大魔術師としての威厳は微塵も感じられない。
この瞬間、アレイスターと一方通行は完全に同じ領域に立っていた。
アレイスターが『堕ちた』のか、一方通行が『昇華』したのか、それは誰にも分からない。

紅い瞳の奥に一方通行が募らせている苛立ちを見て、しかしアレイスターは事も無げに答えた。


「結論から言えば不可能だ。 今の私には何の力も残されていない。
 "君のとこの"エイワスに打ちのめされてしまったからね。 ご覧のとおり私は勿論、
 『私』にも甚大なダメージが及んでいる。 エイワスほどの存在となると『アレイスター=クロウリー』に
 均一に、しかも同時に干渉することが出来るらしい。 ・・・・・・『聖守護天使(アウゴエイデス)』、
 そんなものが相手では私の手には負えんよ」

「・・・・・・・・・・・・」


無言を返す一方通行に、アレイスターは本当に意外そうに眉を上げた。
注意深く観察しないとわからない、瞬きのように一瞬ではあったが。


48 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:21:02.66 sTktK5qlo 16/143



「もう少し食い下がるものだと思っていたのだがな。 私を引きずってでも
 ミーシャ=クロイツェフを召喚させるとか、鞭を打ってでも風斬氷華と
 エイワスを現出させるとか、垣根帝督は・・・・・・、まぁ『彼』なら心配は無用じゃないか?
 もっとも、魔術と原典を酷使したことによる後遺症までは知った事ではないがな」


アレイスターは一方通行が持っているノートとスケッチブックを見ながら思う。
存外、一方通行にとって『天使同盟(アライアンス)』とはそういうものだったのではないか、と。
一時の夢、または多種多様な人間との交流、魔術という概念に触れるための手段。

一方通行も理解しているのではないだろうか。『天使同盟』はそのほとんどが特殊な存在で構成されている。
もし今回のように壊滅状態に陥ってしまった場合、二度と修復することは出来ないのだと、
表面上は認めたくないものの、心中ではそう思っているのではないか。


「だとしたら、早計だな。 ・・・・・・私が言えた言葉じゃないが」

「何?」


49 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:22:03.36 sTktK5qlo 17/143



「君にとって恐らくだが有益な情報を提供しよう。 ・・・・・・まず垣根帝督だが、
 先も言ったように結果がどうあれ死ぬことはないだろう。 あの医者の事だ、
 私が保証する。 そして風斬氷華とエイワスだが、その二名に私はある一つの懸念を抱いている」

「懸念だと?」

「君がここで私を見逃すというのなら、私はこれからその懸念材料を消すために
 第七学区に『戻ろう』。 懸念、そう、不安。 確かに私は風斬氷華とエイワスを破棄したが、
 それでも油断はできない。 虚数学区のデバック処理を行わなければおちおち休むことも出来ない」


やはりこの魔術師の言っている事が理解出来ない一方通行だったが、一つ引っかかる言葉があった。


「・・・・・・俺がオマエを見逃すのなら、ってのは」

「不思議なものだ。 ここで出会い頭、君は私の頭を吹き飛ばして殺めると思っていたのだが。
 すぐには殺さないにせよ、私に風斬氷華の件もエイワスの件も垣根帝督の件も解決できないと
 知ればすぐに殺されると思っていた。 君には私を殺す理由がある」

「・・・・・・」


50 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:23:28.11 sTktK5qlo 18/143



確かに、その気になれば一方通行は今すぐここでアレイスターを葬ることが出来る。
エイワスとの戦闘でほぼ全ての力を使い果たした今のアレイスターは、一方通行はおろか
下手をすればその辺にいるスキルアウトでも殺せてしまうほどに衰弱していた。
そして一方通行にはアレイスターを殺す理由も動機もある。ありすぎる。選り好み出来るくらいに。

それでも彼がアレイスターに手をかけないのは、


「私が居なくなった学園都市の未来、か。 私が死ねば学園都市を統括する者はいなくなる。
 その事実は直ぐ様統括理事会に伝わり、暗部の上層部に、警備員に、風紀委員に、
 そして全住人に伝わるだろう。 そうなっても統括理事会が間に合わせの対応で凌ぐだろうが・・・・・・、
 さてどうだろうな。 君の場合、最終信号や番外個体、妹達のこともある」


そうなってしまえば学園都市の内情がどうなってしまうかは予想もつかない。
少なくとも、より良い未来が築いていけるとは一方通行には思えなかった。
打ち止めや番外個体、妹達のことだけではない。魔術サイドの中にだって今も
学園都市の寝首をかこうと虎視眈々と狙いを定めている組織もあるはずだ。

学園都市統括理事長という肩書きは飾りではなかった。結局のところ、
今ここでアレイスターを殺す事には何の意味も無かった。


51 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:24:53.28 sTktK5qlo 19/143



もう一方通行は何も言わなかった。壁に背を預けてその場に座り込む。
その行為が、アレイスターに剥く牙が抜けたと暗に示していた。
アレイスターはそんな彼に対して安心も警戒もせず、
背を向けて地下通路の先にある闇へ足を引きずりながら歩んでいく。


「君も私も、何も変わりはしない。 お互い、上位に位置する存在に
 振り回されているだけの哀れな道化に過ぎん。 だがその事実に気付いたところで、」


弱々しい足取りを止め、アレイスターは言った。


「少なくともミーシャ=クロイツェフはもう戻ってきやしない。 例え何者かが再び天使を再召喚しようと、
 それによって降臨した『神の力(ガブリエル)』は君の求める天使ではない。 それは君が一番よく理解できるだろう」


その言葉を最後に、アレイスターは闇に溶けて消えていった。
その後、天上から滴り落ちる水滴の音だけがしばらく鳴り響いていた。


52 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:26:03.08 sTktK5qlo 20/143



足を引きずる音がしなくなった事を確認し、一方通行は傍に置いていた物を拾い上げる。

一冊のノートと、一冊のスケッチブック。
ミーシャ=クロイツェフが消えた後、まるで最初からそこにあったかのように第一九学区の戦地に落ちていた物。
一方通行はまずスケッチブックを開く。表紙やページの端が損傷しているため、慎重に取り扱う。

内容は何とも微笑ましい絵で埋め尽くされていた。幼稚園児が描いたような、
何が描いてあるのかほとんどよく分からないものの暖かみのあるイラスト。
だがよく見るとその絵に描かれている人物に見覚えがあった。
白い髪で仏頂面の少年、困り顔の眼鏡の少女、金色で描かれた長髪の天使、酷い目に遭っている絵の割合が多い茶髪の少年。

特徴を的確に捉えているそのイラストは、間違いなくあの天使が描いたものだった。
『天使同盟』の行動記録を回想のように絵に起こしている。
最後のほうのページになるとほとんどが白い髪の少年のイラストばかりになっていた。


「これじゃストーカーと変わりねェな」


53 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:26:54.77 sTktK5qlo 21/143



失笑するために息を吐くが、表情に変化はない。
次に一方通行はノートを手に取り開いた。
内容はスケッチブックのイラストを字体で起こしたようなものだった。いわゆる日記だ。

『天使同盟』が結成してからほぼ毎日付けていたようだ。一方通行は大体いつもミーシャと一緒にいたが
日記の存在には気付かなかったらしい。物珍しげな目で適当にページを捲っていく。
ミミズが這ったような汚い文字、間違いが多すぎる日本語、要領を得ない内容と、解読に時間がかかる日記だった。

でも、ミーシャがとても楽しげにこの日記を付けている場面が一方通行には容易に想像できた。

最後のページには一方通行に何かを伝えようとしているような文章があった。
かなり流暢な日本語になっている。そこには『やはりこればかりは自分の口から伝えたい』、というような
文章で締めくくられていた。

そして一方通行は彼女の伝えたかった言葉をハッキリと受け取っている。
感謝。
普通ならここでミーシャは思い残すことなく元の位階へ帰したと納得出来るだろう。


54 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:28:25.03 sTktK5qlo 22/143



だが一方通行は聞いている。ミーシャの最後の願いを。『ずっと皆と一緒に居たい』という切実な願いを。

一方通行は、それを叶えてやる事が出来なかった。もうミーシャ=クロイツェフはこの世に居ない。


「・・・・・・・・・・・・」


彼は静かにノートを閉じ、傍らに置き、座り込んだままボーッと地下通路の湿った天上を見上げる。
涙は出ない。やはりミーシャの真意を聞いた時にもう流し尽くし枯れてしまったのか。
それとも所詮、一方通行にとってミーシャとはその程度の存在だったのか。
わからない。自分の事だというのに、自分がわからなかった。
このまま地下通路の闇と一緒に溶けこんでしまえたら・・・・・・、と愚かな考えが浮かびそうになっていたところへ、




「うっわ、何ここ・・・・・・ジメジメしてて辛気臭いなあ。 学園都市にも
 こんな古臭い地下水道とかあったんだね」




55 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:30:04.02 sTktK5qlo 23/143



そんな声が聞こえ一方通行はピクッと体を震わせた。
足音が反響する。こちらに向かって徐々に近付いてくる。足音は、一人分のものではなかった。

そして、




「あ! 見ーつけたってミサカはミサカは指を差してみたり!」




一方通行が人生の中で一番耳にしているであろう少女特有の黄色い声が地下通路に響いた。
虚ろな目で声のした方に顔を向ける。そこには一方通行が『救うことの出来た』少女達がいた。


「捜したよ~ってミサカはミサカは額の汗を拭いながら言ってみる。
 もうっ、なんでこんな見つけにくい場所にいるのかなってミサカはミサカは
 頬を膨らませながらプンプンしてみたり」

「まあ第一位にはお似合いの場所だと思うけどねー。 あ、もちろんミサカ的にも?」


薄暗い地下通路だが、見紛うはずもなかった。
打ち止め(ラストオーダー)。番外個体(ミサカワースト)。一方通行が泥を啜りながら救った少女。
暗部が現存している以上完全に救えたとは言い切れないが、それでも一時の平和を見せてやることの出来た
一方通行にとって『天使同盟』とはまた違う意味での、掛け替えのない存在。


56 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:31:21.47 sTktK5qlo 24/143



打ち止めはトテトテと一方通行の傍に歩いて来る。番外個体も地下通路に充満する悪臭に
顔をしかめながらそれに続いた。


「なんでこんな所に居るの? 引き篭もるにしてももうちょい良い物件あったんじゃないかにゃーん?
 というかこの街で何があったわけ? そして帰って来てるんだったらミサカ達に連絡の一つくらい寄越せよ」

「そんないっぺんに質問したらこの人も困るでしょ! ってミサカはミサカは
 製造番号的には妹の番外個体にお姉さん面で注意してみる!」


陰鬱な空気など全くの無視で二人は"いつも通り"の日常を目の前で展開する。
光の無い紅い目でそれを眺める一方通行。反応がないことに違和感を感じた打ち止めが彼の顔を見る。


それだけで、打ち止めは漠然とだが一方通行の心中を一発で把握した。
一方通行の様子がおかしい理由も、『天使同盟』というあの賑やかな皆が一方通行の傍に居ない理由も、全て。


57 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:32:12.40 sTktK5qlo 25/143






「・・・・・・帰ろう? ってミサカはミサカはあなたに手を差し伸べてみる!」




知った上で、打ち止めは屈託の無い笑顔でそう言った。
あまりにも眩しかった。目を背けそうになった。しかし一方通行は打ち止めの無垢な瞳から
視線を外さない。第三次世界大戦で善と悪という立ち位置を自ら破壊した一方通行は目を背けることは許されない。

その純粋たる好意から。


「もう大丈夫だよ、ってミサカはミサカは言い切ってみる」


大丈夫。もう、大丈夫。
そう言いながら笑顔で手を伸ばしてくる打ち止めが本当に天使に見えた。
地下通路に蔓延る闇が彼女を中心に払拭されていくような錯覚さえした。


58 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:33:02.49 sTktK5qlo 26/143



恐らく打ち止めは理解している。一方通行が、『今回は救えなかった』事を理解している。
二人のやり取りを見ていた番外個体も、漠然と一方通行の事情を察した。


「あともう少ししたら地上の警備員共もここに来ると思う。
 だから何時までもそこでうじうじされてたら困るんだけど?」


彼女の言葉には棘があったが、それでも彼女なりに一方通行を気遣ってくれているのだろうか。
ミサカネットワークという『一つの意思』から悪意を中心的に抽出する彼女にはあり得ない事だが・・・・・・。


「ヨミカワもヨシカワも待ちくたびれてるよ、ってミサカはミサカは
 ヨミカワより先にお家に帰らないとご飯抜きにされちゃう可能性を危惧してみたり」

「そういや芳川はどこに行ったんだか。 何となく嫌な予感っていうか面倒を引っ張り込んで
 来そうな悪寒がするんだけど」

「久々に帰ってきたんだし、今は休んで、そしてミサカ達といっぱい遊ぼうよ、
 ってミサカはミサカはあなたと何をして遊ぼうかなって既に胸を高鳴らせてみる!」


59 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:36:41.00 sTktK5qlo 27/143



一方通行はしばし逡巡した後、震える手をゆっくりと打ち止めの小さな手に重ねた。
冬の寒気が吹き込んでいる地下通路でも、その手はとても暖かかった。
フラフラと、倒れそうになりながら立ち上がる一方通行を打ち止めは慌てて支える。


「あれ、杖が壊れてる、ってミサカはミサカはあなたの右腕を見ながら言ってみたり」


だったらミサカが杖代わりになってあげる! と、打ち止めは一方通行の右手を
ギュッと掴んで馬鹿みたいに嬉しそうな顔を浮かべた。


「んじゃミサカはあなたの左腕をとって歩きづらくしてやろうかな、ひひ」


言うやいなや、番外個体は一方通行の左腕に自分の腕を絡みつけ、
わざとらしくグイグイと引っ張る。その行為に打ち止めが憤慨するも彼女はガン無視を決め込んだ。
両脇でギャーギャーと口論する同じ顔の少女二人の様子に、一方通行は初めて薄く笑みを見せた。


同時に、救えなかった天使にもこんな想いをさせてやりたかったという気持ちが押し寄せてくる。


60 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:37:22.77 sTktK5qlo 28/143



ミーシャ=クロイツェフも、風斬氷華も、エイワスもいなくなった。垣根帝督もどうなるかは分からない。
一一月下旬。学園都市の第一九学区で起きた惑星を巻き込む熾烈な戦闘を経て一方通行が得たものは
何もなかった。それどころか、彼は新たに得た心の拠り所を失った。

こうして自身をギリギリのところで保っていられたのは、打ち止めと番外個体のおかげだった。
二人が来なければ今頃一方通行はこの地下通路で完全に腐っていたかも知れない。
だから彼はまだ歩ける。まだ前に進むことができる。


風斬氷華も、エイワスも、垣根帝督も。そして、ミーシャ=クロイツェフも。


(諦めて・・・・・・たまるかよ)


そう。諦められるわけがない。まだ抗う、まだ逆らう。このどうしようもない現実から。
がむしゃらに走って、走って。光を掴んでみせる。


しかし、結論から言えばそんな一方通行の想いは無駄に終わる事になった。


61 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:41:48.19 sTktK5qlo 29/143



――――――――――――――――――――――


深夜。第一九学区には未だに大勢の警備員が犇めいていた。
死体が出た。死体が出たということは、少なくともこの第一九学区で事件があったということ。
もっとも、これだけの事態が起きておきながら『これは事件ではありません』なんて言い出す
人間がいたら見てみたいものだが。

第一九学区上空には沢山のヘリがプロペラを羽ばたかせている。
学園都市にはHsAFH-11、通称『六枚羽』という無人戦闘攻撃ヘリが存在するが、
今飛んでいるのは警備員の各支部に配備されている普通の大型ヘリだ。

そのヘリの内の一機がゆっくりと現場に下降する。
プロペラの駆動音と共に粉塵が巻き起こる。


「こちら第四九支部。 第一九学区ポイントE-6に到着」

『了解。 各支部の隊員と合流し、現場の調査活動に尽力しろ』


62 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:42:36.30 sTktK5qlo 30/143



ヘリから降りてきた警備員が無線でそんなやり取りをする。
手で軽く合図をした途端、後続部隊がヘリから続々と現れあっという間に四方八方へ散っていった。
この現場で見つかったのは死体だけではない。報告によれば重傷で済んだ者もいるらしいし(それらは例外なく何かに怯えていたようだが)、
街の至る所に妙な文字は刻まれた『札』も発見されている。
この街で一体何が起きたのか、まだ手掛かりが残されている可能性を考慮して次々と警備員が第一九学区に集められているというわけだ。


そんな中、部隊から離れて無許可で単独行動をとっている警備員がいた。
警備員専用の重装備で身を包んでいるため見た目では判別しづらいが、恐らく女性だ。


「ふっふふん、ふっふふん、ふっふっふ~ん♪」


彼女は鼻歌交じりで地盤がめくれ上がり崖のようになっている道を跳ねながら
軽快に歩を進めていく。時折立ち止まっては他の警備員に姿を見られないよう姿を隠し、
隙を見てまた進んでいく、を繰り返していた。

そして彼女はあるポイントに出来た巨大なクレーターに到着すると、


63 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:43:24.13 sTktK5qlo 31/143



「・・・・・・・・・・・・。 む、見つけた見つけた、見つけたるのよ~♪」


あらゆる銃火器が装備されたコスチュームをガチャガチャと揺らしながら
彼女は妙な日本語を漏らしクレーターを降りていく。
そしてある場所で立ち止まった。そこには彼女が回収しようとしていた代物が無造作に落ちていた。


「まったく、まだまだ利用価値のある貴重な霊装なりけるのだから
 もっと丁寧に扱って欲しいものね。 こんな血塗れにしたるとは・・・・・・
 一体どこの馬鹿が使いけりたのかしらー?」


彼女が手にとったそれは、自転車のダイヤル錠のようなリングが並んだ砂時計のような形の物だった。
それは生々しい血糊でベットリと汚れており、まだ乾ききっていないのか手で拭うことが出来る。


「さてさて、遠路遥々学園都市に潜入出来た以上、ここで少し『観光』していっても
 良きなのだけれど・・・・・・さすがにそれは度が過ぎたるというものね。
 アレイスター=クロウリーもしばらくは動けぬようだし、我がイギリス清教は
 どっしりと腰を据えて『チャンス』を待ちけるかな」


64 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/12 18:44:00.55 sTktK5qlo 32/143



にしてもこの装備、死ぬほど蒸したるわね……と文句を言いながら、
彼女は人目につかぬようこっそりと帰路に着こうとする。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


と、不意に彼女は空を仰いだ。すっかり夜になった漆黒の闇を、ただジッと見つめる。


「・・・・・・ふーん。 やりけるわね、科学の虎の子も」


彼女が仰いでいたものは、果たして夜空なのか。


それとも。


66 : 次回予告はここまでです。  ◆3... - 2011/06/12 18:48:56.69 sTktK5qlo 33/143




                          【次回予告】



『・・・・・・なンでオマエと三下がこいつの見舞いになンか来るンだよ。
 オマエら、こいつとどこで繋がりやがった?』
―――――――――――学園都市最強の超能力者(レベル5)・一方通行(アクセラレータ)




『・・・・・・ていとくはね、私のせいでこんな目に遭ったんだよ』
―――――――――――『禁書目録』を司るイギリス清教のシスター・インデックス




96 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:27:34.65 ckTVY4rwo 34/143



――――――――――――――――――――――


一一月某日。学園都市第一九学区で原因不明の『抗争』が発生。
行方不明者と死者は数百名以上。その全てが恐らく非公式に構成された学園都市の暗部の人間と見られる。
学園都市統括理事会はこの事件の詳細を学園都市、及び世間へ公表しないことを決定。
各国へは『第一九学区に建設されていた研究機関の爆発事故』と発表する。
さらにこの事件から学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーが事実上消失。
一切の連絡がとれず、学園都市高層部の間に一時混乱が訪れる。

戦場となった学園都市第一九学区は全壊。尋常ではない被害であることが警備員により発表される。
第一九学区に住居を持っていた住人は全員他学区への移居を余儀なくされる。
第一九学区の復興は困難を極め、地図から消した方が早いという意見も飛び出す。

一般市民の中から被害者は出なかった。警備員と風紀委員による迅速かつ的確な避難指示により
地下シェルターへ避難していた住民は全員無事であることが確認された。
約数名、避難指示に従わず地上で何らかの行動を起こしていた者がいたという情報も出たが真意は不明。


97 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:29:14.08 ckTVY4rwo 35/143



警備員の人員から事件発生直前、『上空から謎の飛行物体が数度飛来してきた』という情報も出たが、
その日は学園都市全学区の監視カメラ、及び人工衛星カメラがハッキングを受けていたため確認できず。
このハッキングを仕掛けた『天使同盟(アライアンス)』という個人なのか組織なのかも定かではない
ちなみにこのハッキングは同日、いつの間にか全て解除されていたことが後に判明する。

謎の勢力の名は一気に世界へ疑念を抱かせた。
今回の一件は『天使同盟』と学園都市の暗部による抗争ではないかという噂が学園都市の間で流れる。

尚、学園都市統括理事会は同日に発生した上空の異常現象、並びに上空から大量に舞い降りてきた謎の羽根と
学園都市の関連性を完全に否定。
イギリスから攻城戦用移動要塞『グリフォン=スカイ』の出撃が確認されているが、
『王室派』、『騎士派』、『清教派』共に英国と今回の事件の関連性は無いと主張。


ネットやマスコミの間で様々な噂が飛び交うも、どれも憶測の域を出ない情報ばかりだった。
ただ、『天使同盟』だけはどう考えても今回の件に一枚噛んでいることだけは確かだと世間は確信していた。
『天使同盟』の正体を追う者も少なからず現れ始めるが、現時点で有力な情報は出ていない。


いつしか『第一九学区事件』と呼称されるようになったこの事件は、
未知の怪奇事件として歴史の一ページの加わることとなった。


98 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:30:30.81 ckTVY4rwo 36/143



――――――――――――――――――――――


ミーシャ=クロイツェフを巡る『戦争』から二日が経過していた。
第一九学区で発生した未曾有の大事件は世間は勿論の事、ここ学園都市でも大きな物議を醸していた。
当然ながら一一月末頃に開催が予定されていた『一端覧祭』も延期することが決定している。
しかし道行く学生達の大半はそれを不満に思う事はなかったようだ。
学生達の間では今、『第一九学区事件』と『天使同盟』の話題で持ちきりになっている。

警備員と風紀委員も『第一九学区事件』の捜査に奔走していた。
それだけでなく、第一九学区に住んでいた住人の引越し手続きに追われていたり、
四六時中かかってくる『事件』についての真相を聞かせろという電話の対応を処理したりと
まさに火の車と言える状況になっていた。


その事件の中心部に立っていた学園都市最強の超能力者(レベル5)、一方通行は第七学区を歩いていた。
新調した杖をつき、学校へ登校する学生が行き交う朝の街を手荷物と共に。


「・・・・・・」


そんな彼の表情は実に憂鬱であった。


彼の隣には今、




誰もいない。




99 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:33:54.25 ckTVY4rwo 37/143



一方通行は件の『第一九学区事件』で、"今回は救えなかった"。
ミーシャ=クロイツェフという天より降臨せし大天使を、自分というバカ野郎に
純粋に接して来てくれたあの天使を、一方通行は救えなかった

間違いなく救えなかったのか、と言われれば証拠はない。
『星の欠片』が結局どうなったのかもわからないまま、ミーシャは姿を消しただけだ。

だから救えなかった、と一方通行は思う。

そればかりか彼は風斬氷華という自分によく尽くしてくれた大切な仲間をも失っている。
ミーシャの場合は『己の失敗』という明確な理由があるものの、風斬氷華については
理由が全く分からなかった。

しかしそれは瑣末なことだと、第一位はとにかく自分を責めていた。
自分がもっとしっかりしていれば。或いはあの戦いでアレイスター=クロウリーを再起不能にしていれば、と
何度も何度も呪いのように胸の内で繰り返していた。

風斬氷華の消失の原因を確実に知っている存在がいるとすれば、それはアレイスター=クロウリーか。


101 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:36:20.39 ckTVY4rwo 38/143



もしくは、エイワスと呼ばれる聖守護天使を冠する地球外生命体くらいものだろう。

しかし風斬同様、エイワスも行方を晦ませていた。
いや、あの金髪の怪物の事だ。気まぐれでこの世界から身を引いたとか、そんな理由で消えただけかもしれない。
今となっては知る由もないが。


ミーシャはともかく、風斬氷華とエイワスについて一方通行はアレイスターに言及する機会はあった。
第一九学区の地下通路。あの場所で一方通行とアレイスターは完全に同じ立場に立っていた。
だが一方通行は聞かなかった。大切な存在を失った彼は半狂乱気味にアレイスターに暴力を振り続け、
その後は茫然自失となり喋る気力すら無くなっていたのだ。

ボロボロになったアレイスターが一方通行の前から去る前に何かを言っていたような気がするが、
一方通行はもう覚えていない。


だから一方通行はこの二日間。とにかく学園都市中を走り回った。必死に。懸命に。滑稽に。惨めに。
まずエイワスが消失したのか否かを確かめるために。風斬氷華を呼び戻すために。

ミーシャ=クロイツェフともう一度巡り合えないか手掛かりを掴むために。藁にも縋る思いで。


102 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:37:22.71 ckTVY4rwo 39/143



そして今日、彼は第七学区のとある病院に足を運んでいた。
『天使同盟』の構成員の一人、垣根帝督という少年の下へ訪れるために。


垣根はあの日全てが終わった後、意識不明と呼吸停止という一刻を争う容態に陥ってしまった。
その時の事を一方通行はほとんど覚えていない。ミーシャと風斬の消失という大打撃を喰らった直後だった事もあり、
垣根帝督まで失ってしまうかも知れないという現実を受け止められなかったのだ。

地下通路で打ち止めと番外個体に連れられ第一九学区を離れた後、黄泉川愛穂からの連絡で垣根の事を説明された。
垣根は病院に搬送され、すぐに緊急手術が施された。担当医はもちろんあのカエル顔の医者。
やはり『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』という名を冠する医者なだけあって、垣根は既の所で一命を取り留める。

しかし、『冥土帰し』の腕を以てしてもそれが限界だったのだろうか。垣根帝督の意識は未だに戻っていない。
いわゆる植物状態というものに酷似しているらしく、魔術の多様と原典の『毒』による脳の損傷が激しすぎて
意識を取り戻す見込みは全く無いとの報告を受けている。

一方通行は一応見舞いという形で垣根帝督と面会するため、ありきたりな果物の詰め合わせを購入していた。
手に持つその荷物を見ながら一方通行は表情を更に陰鬱にする。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・クソったれが」


103 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:38:16.63 ckTVY4rwo 40/143



足を止める。目の前にそびえ立つ病院を一度仰ぎ、浅くため息をついてから
一方通行は重い足取りで病院内へと入っていった。


受付窓口で垣根帝督の部屋を尋ねる。一方通行は今日初めて彼の見舞いに訪れたのだ。
看護婦に渡された書類に名前を書く。と、その看護婦がふいに一方通行に話しかけてきた。


「今日も既にお友達がいらしてますよ。 あなたは初めて見舞いに来られる方ですよね?
 早くお顔を見せてあげてくださいね」

「・・・・・・何?」


既に誰かが垣根の見舞いに来ている、と看護婦はそのような事を言った。
しかも『今日も』と前置きして。つまり昨日今日と見舞いに来ている事になる。

いくらか心当たりがあるが誰なのかは確信できなかった。一方通行は垣根がいる病室の廊下に出る。

そこには、"いろんな意味でよく見知った顔"があった。


「・・・・・・一方通行」

「・・・・・・・・・・・・オマエかよ」


ツンツン頭の少年、上条当麻は垣根の病室の前にあるソファに腰を降ろしていた。


104 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:39:28.99 ckTVY4rwo 41/143



――――――――――――――――――――――


「なンでオマエがここにいやがンだ? 垣根の知り合いだったのか」

「いや・・・・・・、その垣根って名前もついこないだ初めて知ったばかりだよ。
 正直俺はそこまで関係ないんだけど・・・・・・、インデックスのヤツがさ」

「あの暴食シスターまで来てンのかよ」

「部屋の中にいるよ。 俺も今日は学校なんだけどさ、
 インデックスがあんな調子じゃ・・・・・・さすがにな」


陰鬱な表情で上条は部屋の扉に目を向ける。


「なぁ、第一九学区で何があったんだ? ステイルに聞いても『一方通行辺りに聞け』としか
 言わねえし、神裂も同じようなことしか言わねえ。 インデックスはある程度事情を知ってるみたいだけど、
 どうにも問い質せる雰囲気じゃないし。 大変だったんだぞ? 初めて見舞いに来た時なんか、垣根の前で大泣きしちまってさ」


105 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:40:57.26 ckTVY4rwo 42/143



「・・・・・・悪いが、"俺の方も今立て込ンでてな"。 落ち着いて事情を全部オマエらに話す暇がねェンだ。
 俺の方で抱えてる案件が解決したらオマエらにもちゃンと話す。 インデックスを泣かせちまった事は
 いつか必ず詫びるし、詫びさせる。 だから今はそれで納得してくれねェか」

「・・・・・・・・・・・・わかったよ、約束だぞ」


正直なところを言うと上条は納得してなかったが、一方通行の目を見て彼が抱えている事情を
漠然と理解した彼は今は追求しないことを承諾するのだった。


上条から大体の経緯を聞いた一方通行が部屋のスライドドアを開ける。
当然だが垣根に用意されていた部屋は個室だった。
なんでも、上条もよくここの部屋の世話になっているらしい。

部屋に入ってまず一方通行を出迎えたのは、開いた窓から吹く朝の冷たい風だった。
カーテンが靡き、窓の外から見える人工の針葉樹の葉が揺れる音が聞こえてくる。

少し歩くと患者用のベッドが見えてきた。そこにはこちらに背を向けてちょこんとパイプ椅子に座っている少女と、


106 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:41:40.55 ckTVY4rwo 43/143



「・・・・・・・・・・・・垣根」


腕にチューブを繋がれた垣根帝督が、まるで人形のように眠っていた。

一方通行のか細い声にベッドの傍らにいた少女が振り返ってきた。


「あ。 あくせられーたなんだよ」

「・・・・・・」


ぎこちない笑顔を浮かべながら挨拶をしてくるインデックスを無視して、
一方通行は近くのソファに買ってきた果物の詰め合わせが入ったカゴを放り投げる。


「くだもの?」

「・・・・・・食うか?」

「ううん、遠慮しておくんだよ」


107 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:42:43.93 ckTVY4rwo 44/143



そォか、と適当に返事をして一方通行もそのソファに乱暴に腰を降ろす。
だがこれは極めて珍しいケースだった。あのインデックスが食べ物を前に、しかも『食べるか』と
聞かれたというのに遠慮をする。今ここに上条がいればひっくり返っていたかもしれない。

しかしそれも失礼な話だろう。インデックスだって場と雰囲気くらい読むものだ。

第一位はベッドで眠る第二位をぼんやりと眺める。
腹部辺りがわずかに運動している。どうやら(これも当たり前だが)呼吸はしているようだ。


「・・・・・・なンでオマエと三下がこいつの見舞いになンか来るンだよ。
 オマエら、こいつとどこで繋がりやがった?」

「・・・・・・ていとくはね、私のせいでこんな目に遭ったんだよ」


108 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:43:43.97 ckTVY4rwo 45/143



気持ち儚げな表情を浮かべながら言う彼女の言葉に、一方通行は訝しげに眉をひそめる。
インデックスはごまかそうとしていたが、その目尻には少しだけ涙が溜まっていた。


「私の頭の中の・・・・・・一〇万三〇〇〇冊の魔道書。 それをていとくが開いちゃったから・・・・・・
 ていとくの脳に『毒』が浸透して・・・・・・。 私に、もっと力があればていとくを
 止める事が出来たかも知れないけど。 ・・・・・・とにかく私が原因かも」

「・・・・・・オマエがその一〇万三〇〇〇冊の魔道書とやらを垣根の野郎に貸し与えたのか」

「ていとくは『自動書記(ヨハネのペン)』の遠隔制御霊装を、なぜだかわからないけど持ってたの。
 それを使った人間は自由に私の中の『原典』の知識を引き出すことが出来る。
 『魔神』と言っても遜色ない力を手に入れることができる。 でもその代償は・・・・・・」


『自動書記』だの『毒』だの言われても一方通行には微塵も理解できなかったが、
『原典』という代物はあの金髪の怪物から話を聞いていたので何となく分かっていた。
それを使った代償が、これ。垣根は植物状態同然の体になり果て、今も目を覚まさない。


109 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:44:59.79 ckTVY4rwo 46/143



「魔導書の力になんか頼らなくったって、大切なものは救える。
 私がもっとしっかりと言葉を送ってあげてたら、ていとくもこんな事にはならなかったかも」

「自責の念に駆られるのは勝手だがよォ、」


一方通行はカゴの中から桃を一個取り出して掌で弄びながら、


「今回の件、オマエに非は一切ねェよ。 ヨハネがどォたらとか霊装がどォとかは知らねェが、
 聞いてりゃ垣根はオマエの頭ン中に詰まってる愉快な知識を勝手に拝借しただけじゃねェか。
 許可もなくその一〇万なンたらを覗き見した結果がこれなら、そりゃ自業自得ってンだよ」

「でも、」

「うるせェンだよいちいち。 オマエにキャラに似合わねェシケたツラ浮かべやがって。
 オマエがオマエを許せねェンなら、俺がオマエを許してやるよ。 垣根は気にすンな、
 こいつは殺しても死にゃしねェンだ。 前に俺が"一度殺してる"からわかる」

「あくせられーた・・・・・・」


110 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:46:33.28 ckTVY4rwo 47/143



「仮にこれが誰かのせいだってンなら・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・俺が気付いていれば、」

「?」


ぼそぼそつ何かを呟いたようだが、インデックスの耳には届かなかった。


しばらくして、インデックスは上条当麻に連れられて帰っていった。
『また来るね』と笑顔で言いながら。
一方通行は上条当麻と携帯の電話番号とメールアドレスを交換する。そして彼も複雑そうな表情で去っていった。

病室には一方通行と、石のように動かない垣根帝督だけが残された。
インデックス達が帰る前に聞いた上条の話によると、見舞いには黄泉川や芳川、打ち止めや番外個体も来ていたらしい。
今は一方通行しかいないが、時間が経てばまた誰かが見舞いにやってくるのだろうか。


「よォ」


一方通行は果物の詰め合わせの中から林檎を取り出し、セットで付いてきたプラスチック製のフルーツナイフで
皮を剥きながら垣根に声をかける。返事が返ってこない事は承知の上で。


111 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:47:26.82 ckTVY4rwo 48/143



「よかったなァ、生きてて。 あンだけ暴れるだけ暴れといてその本人はこォしてぐっすり安眠中ってンだから、
 世の中はつくづく平等じゃねェよな。 植物状態だって聞いたが・・・・・・オマエ本当にこのまま目ェ覚まさねェつもりか?」


実際、垣根がどうして魔術書なんかを使って暴れていたのか、垣根が何と戦っていたのかは
一方通行も知らなかった。
だがこんな状態になるまで戦ったという事実と、垣根が一方通行に『槍』を渡したときに吐露した真の気持ち。
それらを考慮すると、垣根も一方通行同様必死で、がむしゃらだったんだと理解できる。


「・・・・・・・・・・・・なァ。 ・・・・・・・・・・・・起きろよ、垣根」


一方通行の声は若干震えていた。林檎の皮を剥いているその手も同様に。
項垂れながら彼は壁に向かって話しかけるように続ける。


112 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:47:59.83 ckTVY4rwo 49/143



「あと少しだったンだ・・・・・・あと少しで、アイツを救う事が出来たンだよ。
 オマエの想いを無駄にはしたくねェ。 だが俺はオマエの頼みを聞いてやれなかった。
 すまねェと思ってる。 だからよォ、起きてくれよ。 起きて、俺に土下座で謝らせてくれよ」


いつもの一方通行の口調とは少し違っていた。
いや、これこそが本来の彼なのかも知れない。いつもの乱暴な口ぶりではなく、
優しく語りかけるような口調こそが、一方通行という人間なのかも知れない。

それこそ、本来の彼にしかわからない事だが。


「・・・・・・皆、消えちまった」


それは、二日前まで絶対に認めたくないと頑なに目を背けていた一方通行が
現実を受け入れた言葉だった。


「でも、まだ手はあるンだ。 風斬を、エイワスを、そしてガブリエルを救える方法が」


113 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:48:55.06 ckTVY4rwo 50/143



項垂れていた顔を上げ、一方通行は言う。


「エイワスなら多分放っといてもいずれまたひょっこり顔を出してくるに違いねェ。
 ・・・・・・・・・・・風斬だが、学園都市にAIMに詳しい研究員が一人いるらしくてな、そいつに当たってみよォと思う。
 で、問題のガブリエルなンだが、こいつはまた俺達で呼び出すンだよ。 フィアンマってヤツに会いに行こう。
 そいつならきっと方法を知ってるはずだ。 シメあげてでも聞き出して、ガブリエルをまた呼ぼう。
 ・・・・・・どォだ? 希望が出てきただろ? 可能性なンざ漁ればいくらでも出てくンだ。 楽勝なンだよ。
 そしたら俺達は、またやり直せる。 オマエもそォ思うだろ? こォなったら泥啜ってでも足掻いてやろォぜ」


滔々と言葉を紡いでいく。その様子は絶望のどん底に突き落とされて、
しかしそこで僅かな光を見つけたときの高揚感を思わせた。

歳相応の笑顔で寝たきりの垣根に嬉しそうに打開策を話す今の一方通行に第一位の面影はない。
どこにでもいそうな、普通の少年のようだった。


114 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:49:54.39 ckTVY4rwo 51/143



「・・・・・・話聞いてンのかよ、このメルヘン野郎が」


これじゃただの独り言じゃねェか、と一方通行は舌打ちをしながら、
それでも垣根に話し続ける。


「・・・・・・・・・・・・それとなァ、インデックスのヤツが泣いてたぞ。
 自分のせいでオマエがこンな目に・・・・・・ってな。
 オマエ、女は泣かせちゃマズいだろォよ、俺も人の事言えねェけどな。
 目ェ覚ましたら会いに行ってやれよ。 とりあえず謝って、ブン殴られろ」


こうしてひたすら声をかけていれば、いずれは目を覚ますんじゃないかと一方通行は思っていた。
実際、意識が戻らない患者に話しかけ続けるという行為は無駄ではないらしい。
そうすることで何年も寝たきりだった患者が目を覚ますケースもあるようだ。

だから、


115 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:50:53.20 ckTVY4rwo 52/143



「・・・・・・・・・・・・なァ、垣根。 俺達、またやり直そォな」


その身に最強の能力を秘めていながら、目の前の仲間に何もしてやれない
"学園都市最弱の超能力者"は、諭すように言う。


「そンでオマエの願い通り、また皆で集まって、バカしよォな」


皮を剥き終えた林檎の実を適当に切り分け、その辺にあった皿に乗せる。
他にやることのない一方通行が林檎を一切れ口に入れようかと思ったが、

結果として、彼が林檎を食すことはなかった。


116 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:51:24.66 ckTVY4rwo 53/143







「・・・・・・ナニ急にキャラ変えてんだっつーの。 誰だよテメェは」






ボトッ、と。 切り分けられた林檎の実が病室の床に落ちる。
だが一方通行はそんな事など気にもかけず目を丸く見開いていた。

一方通行以外に言葉を発するものがいないはずの病室で、

一方通行以外の人物の声が、確実に聞こえた。


「・・・・・・・・・・・・垣、根・・・・・・?」

「失礼な野郎だ、幽霊でも見たような顔してやがる。 祟るぞこのクソ白髪」


117 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:52:21.22 ckTVY4rwo 54/143



言わずもがな、それは垣根帝督だった。この病室には今、垣根帝督と一方通行しかいないのだから。
どういうわけか急に目を醒ました垣根は左腕に違和感を感じると、透明な液体の入ったパックと繋がっている
チューブを邪魔くさそうに外した。


「オマエ・・・・・・いつから意識が戻ってたンだ」

「呪いみてえにどっかのガキが俺の傍でグズグズ何か言いやがるし、
 テメェも俺の傍でガタガタ何か抜かしてやがるんだ、嫌でも目ェ醒めるっての」

「チッ」


聞かれたくない独り言を聞かれたかのように一方通行は若干照れくさそうに目を背けた。
反面、一生目が醒めることはない可能性もあった垣根の復活にこっそりと安堵の息を吐く彼の姿がそこにはあった。

奇跡、としか言い様がなかった。

能力者が魔術を使う事の拒絶反応で全身の血管や細胞が傷つき、
さらに『原典』の酷使による毒の汚染で脳をひどく損傷した垣根が意識を取り戻した。
魔術サイドから見てもこれは異例の事態と言えるだろう。


色々と言いたいことがありすぎてどう切り出していいのか分からず若干混乱する一方通行は、
とりあえず垣根の容態を確認するのが最優先だと判断しナースコールを連打した。


118 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:54:52.40 ckTVY4rwo 55/143



――――――――――――――――――――――


第一位によるけたたましいナースコールによって集まってきた数名の看護婦は
意識を取り戻した垣根を見てあからさまに驚いてみせた。
その中で唯一いつも通りだったのはカエル顔の医者。部屋に入った時こそ多少は驚いていたようだが、
もう二度と目覚める事はないであろう垣根をここまで回復させてくれた医者は他でもない、彼なのだ。
カエル顔の医者はわずかに目を見開いた後、すぐに柔和な笑みに表情を切り替えた。

そしてその医者は垣根帝督の容態、今後の対応について一方通行に詳しく説明してきた。

やはり垣根は五体満足で復活、というわけにはいかなかった。下半身に多少の障害が出ており、
しばしのリハビリ生活が必要との事らしい。
だが垣根はあの『原典』を用いて毒の汚染を喰らっていた身だ。下半身に対するリハビリで済んで
むしろ幸運だったと言える。


それと、


119 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:55:40.60 ckTVY4rwo 56/143



「"原因は分からないけど"、脳細胞の損傷の仕方が不自然だったね?
 脳細胞の破壊はあらゆる原因があるけど、君のケースは僕も初めて見た。
 超能力の演算はリハビリの要領で行えばまた使用できるようになるだろうけど、
 魔術の使用は長い時間を掛けても使用できる見込みはないね? そして君の場合、
 そうまでして魔術を使用する理由がない。 もう今後は魔術は使用できないと
 考えたほうが賢明だと僕は思うよ?」

「・・・・・・そうかよ」


魔術が使えなくなった。カエル顔の医者によれば魔力を貯蓄する『タンク』のような物が
人間の体にあり、垣根の場合そのタンクに穴が空いており、魔術を使おうとしても
魔力が漏れ出してしまい上手く行使出来ないのだという。
『自動書記(ヨハネのペン)』の乱用による弊害だった。だがそれだけで済んだのが奇跡と言えよう。
普通ならとっくに死に至っていたような状態だったのだから。

一方通行はカエル顔の医者が魔術という概念について当たり前のように説明している事に
大して驚きはしなかった。
垣根は、恐らく特殊な訓練でもしない限り二度と魔術は使えないという事実を突きつけられて、
しかし落胆する様子は見せなかった。


120 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:56:59.22 ckTVY4rwo 57/143



一週間前後、リハビリを行いながら様子をみるとカエル顔の医者は一方通行と垣根に言って
病室を後にした。


「リハビリとか・・・・・・クソ面倒くせえ、やってらんねえよ」

「せいぜい泣きべそかきながら足掻いてろ三下」


そう言いつつも、一方通行はどこか嬉しそうだった。

そして一方通行は全てを話した。ミーシャ=クロイツェフ、風斬氷華の消失。
エイワスの失踪。アレイスターの件。上条とインデックスが毎日見舞いに来てくれていたこと。
垣根帝督は自分に全く似合わない入院服に顔を顰めながら彼の話を黙って聞いていた。


「・・・・・・なるほどな。 フィアンマって野郎やAIM専門の研究員に接触するってのは
 そういう事情があったからか。 エイワスはどうでもいいが、ミーシャと風斬は
 どうにかして呼び戻してやりてえな。 あいつら居ねえとつまんねえし」

「オマエのリハビリが終わり次第、実行に移すつもりだ。 いけるか?」

「誰に向かって言ってんだテメェ。 その気になりゃ今からでも動けるんだよ俺は。
 つかお前、なんでアレイスターのクソ野郎にトドメを刺しておかねえんだ」

「だからさっき話しただろォが。 今あのクズを殺ったところで・・・・・・・―――――」


121 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/13 21:58:04.43 ckTVY4rwo 58/143



そんな会話をしばらくの間続けていた。失った物も大きいが、こうして学園都市第一位と第二位が
二人きりでゆっくりと談笑できる日が訪れようとは、本人たちも思わなかっただろう。

同時に、ついさっき上条当麻と交換した連絡先をこんなにも早く使用するとも思わなかった。
一方通行は携帯電話を操作して上条に垣根の事を話す。学校が終わったらすぐに飛んでいくと返事をされた。
インデックスだけじゃない、ステイル=マグヌスも神裂火織も連れて皆で垣根をフルボッコにする算段のようだ。
その内容からして、ステイルと神裂はまだ学園都市にいるらしい。


「ちょっと学園都市の研究機関を回ってくる。 お大事になァ、垣根ちゃンよォ」

「このリンゴ剥いてくれたのお前か? 上手いじゃねえか、テメェとよく似た
 ウサギちゃんのリンゴはさぞ美味なんだろうなぁ」


茶化す垣根に顎が外れるまでウサギちゃん型リンゴをぶち込むと、一方通行は病院を出て行った。

垣根帝督は見事というかまたしてもというか、とにかく意識を取り戻した。
一方通行は少しだけ胸に希望を携え、行きよりも気持ち軽い足取りで街に向かう。


123 : 次回予告はここまでです。  ◆3... - 2011/06/13 22:05:56.67 ckTVY4rwo 59/143




                          【次回予告】



『まずいな、・・・・・・胃が痛くなる。 やはりデバック作業を実行しておいて正解だった。
 「異物」・・・・・・。 こんなデータを構成した覚えは全くないのだが』
―――――――――――失踪した学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー




『お前、こんなところで何やってたのかは知らねえけど、あんまこの辺は彷徨かない方がいいぞ?』
―――――――――――新生『アイテム』構成員・浜面仕上




『どうしてこんな所で泣いてるの?』
―――――――――――新生『アイテム』構成員・滝壺理后




160 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:09:51.33 Ed56a2AEo 60/143



――――――――――――――――――――――


学園都市第七学区。ここには『窓のないビル』と呼称される
核兵器を受けてもビクともしないという噂がある建造物が存在する。

そのビルの中には呼吸をする際に必要とされる酸素他、生活に必要な物は全て生産出来る仕組みになっており、
とある部屋の中央には生命維持槽という透明なビーカーが設置された機材が置かれている。
その中は弱アルカリ性培養液で満たされており、

そして、


「・・・・・・・・・・・・肉体復元率一二パーセント。 エイワスめ、ここまで私に傷を負わせるとは。
 それに学園都市上層部と各国の状況も芳しくない。 こんな寂しい場所で一人火の車とは、
 己の惨めさに涙が出てくるな」


161 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:11:47.67 Ed56a2AEo 61/143



『第一九学区事件』で聖守護天使エイワスに敗れ、しかし最後の足掻きとして風斬氷華とエイワスを
この世から抹消した世界最強最高の魔術師、アレイスター=クロウリーが緑色の手術衣を身に纏い逆さまで浮かんでいた。

普段、彼はここで『滞空回線(アンダーライン)』を初めとする学園都市最先端技術を駆使して
学園都市内、及び世界の内情を集めているのだが、今現在のアレイスターはそんな事すら出来ない。
エイワスが裏で密かに行っていた破壊活動のせいでこのビル内にある生命維持装置と虚数学区の
干渉以外の全ての作業が行えなくなっているのだ。

しかもアレイスター自身もエイワスに深刻なダメージを負わされ、『本当に』外部に干渉出来なくなっている。
当然、外部との接触も、観測も、何も出来ない。このビルには窓も扉もないため、アレイスターは
真の意味で孤独な状態に陥っていた。

世界はおろか学園都市の状況すら把握出来ない現状はアレイスターにとって手痛いものだったが、
それでもまだ虚数学区への干渉は行える。

アレイスターは指も動かさずに宙に浮かぶモニタを眺める。

そして彼にしては珍しい、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


162 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:13:05.70 Ed56a2AEo 62/143



「・・・・・・おかしい」


そう呟くアレイスターの瞳は、複数のモニタの内の一つを捉えていた。
そこに表示されているのは虚数学区の構造を英数字に変換したプログラム画面。
恐らくその画面を見ても世界中の誰もが理解出来ないだろう。これを理解出来るのはアレイスター本人と。


「まずいな、・・・・・・胃が痛くなる。 やはりデバック作業を実行しておいて正解だった。
 『異物』・・・・・・。 こんなデータを構成した覚えは全くないのだが」


テレビゲームに例えてみよう。
ある程度シナリオを進行させたゲームのタイトル画面に表示されている『LORD』、または『CONTINUE』、『つづきから』
を選択し、セーブデータ画面へ移行する。
その時、自分が作ったセーブデータ以外の、何らかのデータがいつの間にか作成されていたらプレイヤーはどう思うだろうか?
アレイスターが怪訝な顔を浮かべたのもそれが原因だった。


そして、


163 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:14:05.79 Ed56a2AEo 63/143







「覚えがないのも当然だろう。 それは私が事前に組み込んでおいた『命綱』のようなものだからな」






自分しか居ないはずのビルの中で、自分以外の声がするという怪奇現象。
しかしアレイスターは恐怖も、驚愕も顕にしなかった。顕にしたのは、『落胆』。
アレイスターはひどくわかりやすく深いため息をつく。


「・・・・・・予想通りというか案の定というか、やはり"あなた"か」

「そう、みんな大好き―――」

「・・・・・・エイワス」


164 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:14:54.27 Ed56a2AEo 64/143



アレイスターが浮かぶビーカーの目の前に、足音も立てずそれは歩み寄ってきた。

エイワス。

『第一九学区事件』でアレイスターに抹消されたはずの、聖守護天使にして銀河系宇宙の悪鬼にして
ケテルとティファレトを繋ぐ道標にして『天使同盟(アライアンス)』のジェネラルマネージャー。
直視することさえ躊躇ってしまうほどの美しい金髪、ゆったりとした白の装束、フラットで女性的な顔つき。

エイワスは何一つ変わった様子もなく、この世界に再び現出していた。


「二日ぶりくらいか? 随分と窶れたなアレイスター。 食事はちゃんと取っているのかね?」

「栄養摂取ならあなたが"情け"で残しておいてくれた生命維持装置で賄えている。
 私が窶れた原因を知りたいのなら、あなたの胸に直接聞いてみればいいだろう」

「結構」


166 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:18:44.42 Ed56a2AEo 65/143



エイワスはアレイスターの前でわざとらしく指を胸に当ててなぞっていく。
その挑発するような演技臭い行為に、それでもアレイスターは再度ため息をつくしかなかった。


「面倒な事をしてくれる。 虚数学区に『バックアップ』を仕込んでいたとはな。
 『天使同盟』発足初日から私の虚数学区を奪って掌握した時にでも作成したのか」

「仕込んだのは私だが、"我々"のバックアップシステムを構築したのは他でもない君だろう?
 私はそれを使わせてもらっただけだ。 君の『プラン』の保険とやらをね」


そう言ってエイワスはとても愉しそうに自分の頭を指で差す。
時折半透明になるエイワスの頭の中には三角柱の『核』が確かに活動していた。
アレイスターはそれを見ても声を出さず、そして動じない。

アレイスターが構築した虚数学区のバックアップシステム。あり得ない事だが、万が一
虚数学区が崩壊の道を辿るような状況に陥った場合、それを修復出来るシステム。
エイワスは遙か前から、このシステムを自身に組み込んでいたらしい。

アレイスターは心の底からうんざりとした表情を見せる。


168 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:19:50.09 Ed56a2AEo 66/143



「『ホルスの永劫』のために用意しておいた保険が、まさか保険対象である
 あなた自身に利用されるとはな。 もっとも、二日前までの私には保険の対処まで
 手が回らなかったという如何ともし難い事実があったが。 そして当然、
 この世に再び現出したのはあなただけではないのだろう?」

「その通り。 だが『彼女』はこれから迎えに行くんだ。 間もなく再構成が終わる頃だろうしな」


時間がないので私はこれで、とエイワスは踵を返してアレイスターに背を向ける。
アレイスターは引き止めることはしない。引き止める力も無いし、そもそもこれで
彼の『プラン』はほとんど二日前の通りに戻っているからだ。

エイワスと『彼女』の復活はアレイスターにとって面白い出来事ではないが、
『いずれはこうなるかも知れない』と考えていたアレイスターには大した衝撃ではなかった。

どの道、ミーシャ=クロイツェフが消失した以上、『天使同盟』という『プラン』最大最強の
障害が復活することはあり得ないのだから。


と、


169 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:20:33.11 Ed56a2AEo 67/143



「・・・・・・そうそう。 久々にここ、『叡智への架け橋』に訪れたんだ。
 土産の一つでも君に贈ろうと思ってね。 ま、私と君との絆を再確認するための
 気遣いだとでも捉えてもらえればそれでいい。 では、"また後でな"」


そして今度こそエイワスは姿を消した。
エイワスの最後の言葉にフン、といじけたように返事をするアレイスターはまさに人間そのものだった。

音もなく、唐突にアレイスターの目の前に新たなモニタが二つ表示される。
それがエイワスからの”ささやかなプレゼント"だとアレイスターは瞬時に理解した。
さて、どんなくだらん代物だろうとアレイスターはモニタを閲覧する。


瞬間、アレイスターは人生で恐らく一度言ったかどうかというセリフを
素っ頓狂な声と一緒に発する事となった。




「ウソだろオイ」




170 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:21:31.88 Ed56a2AEo 68/143



――――――――――――――――――――――


ちょっとした憧れだった。


朝、柔らかい日差しを浴びながら起床し、普通に顔を洗ったりして。
キッチンに立ち、朝ご飯を作る。

とんとんとん、と小気味良い包丁の音を清々しい朝のBGMにして、
味噌汁なんかも定番かな。もちろん、事前に炊飯器でお米を炊くのも忘れずに。


そして、一緒に暮らしている彼を起こす。心底眠たそうに目を開ける彼。
朝に弱い彼が自分の作った朝ご飯の事を知って、やっと目を覚ましてくれる。
小さいけれど、確かな喜び。


そんな何でもない日常を、いつか送ってみたいと思っていた。


ただ、それだけだったのに。


私はもう、涙を流すことしか出来ないの……?


171 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:22:29.13 Ed56a2AEo 69/143



――――――――――――――――――――――


『無』とは。
草木が無い、海も無い、街も無い、人も無い、動物も無い、
空も無い、星もない、色も無い、空間も無い、時間も無い、意識も無い、概念も無い、自分も無い、何も無い。

それが『無』というものだ。物理学的には『絶対無』は存在しないとされているが、
その他の観点から考慮してみると存外そうでもない。

何も無い、無。植物や生物はおろか、色や空間や時間の流れさえも存在しないのだから認識も観測も出来やしない。
生物が死んだらその魂は天国や地獄、冥界や霊界、その生物によっては煉獄など、死んだ後も何らかの
イベントが発生するという認識が広がっている世の中だが、中には『人は死んだら何も残らない、無である』という
意見も存在する。

とある無で、それは有った(有る時点で無ではないという矛盾が生じているが)。

泣き声、いや、これはすすり泣きというものだろうか。
真夜中に誰もいないはずの部屋から聞こえてきたら安っぽいホラーストーリーが一本作れそうな、
そんなすすり泣く声が響いていた。


172 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:23:32.22 Ed56a2AEo 70/143



場所はない。何も無く、しかしその声だけは確実に響いていた。
声があるということは、そこに誰かがいて、その誰かが泣いているということになる。

その泣き声は、寂しさに溢れていた。痛みや苦しみ等の感情も含まれていたが、
泣き声は圧倒的に寂しさから漏れているものだった。


悲しいという気持ちや寂しいという感情は有る。だがそれ以外が無い。
自分の手も、足も、耳も、目も、どこを見ても何も無い。『どこかを見る』という行為すら取れない。
悲しむという感情表現が出来る時点で無では無いのだが、その者にとってはこんなもの
無以外の何でもなかった。

何も無い空間をふよふよと浮かびながら漂っている感覚。ということは少なくとも空間は存在するのだから、
やはりその時点で無では無くなっている。
『空間は有るのだから"ここ"は無では無い』、と考えることさえさっきまで出来なかったのだから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


考えている。今自分は思考を巡らせている、とその者は"考える"。
全く何も無かった無から、思考という概念がいつの間にか誕生していた。


173 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:24:10.39 Ed56a2AEo 71/143



(?)


"彼女"は"目"を"開く"。そこに広がるのは"闇"。『目を開く』という仕草と、闇という空間と色が
そこには存在していた。
先程まで本当に絶対無だったはずなのに、気がつけば次から次へと有が生まれている。


「・・・・・・・・・・・・何?」


声も出た。そしてその声に応えたかのように、目の前の闇にピシッ、と亀裂が入る。
その亀裂は瞬く間に広がっていく。最初は亀裂でしかなかったが、それはもはや模様と言っても
差し支えないほどにまで拡大し、所々からまるでこの闇がただの壁であると言わんばかりに
ポロポロと破片が落ちてくる。

そして、


『いつまでそんなところで嘆いているつもりだ?』


174 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:24:56.42 Ed56a2AEo 72/143



闇の壁から、黄金に輝く腕が伸びてきた。思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
だがその腕は、自分をこの虚無から解放してくれる救いの手ではないかとも思えた。

しばし逡巡し、自分も手を伸ばす。黄金の手は優しく自分の手を握ってくれた。


『さあ、こんな何も無い「無」などに引き篭っていないで帰ってきたまえ。
 そしてもっと私を愉しませてみろ。 "彼ら"と共に』


自分の手が引っ張られる。強引な力ではなかった。が、何故だか逆らえなかった。
逆らう気も起きなかった。

彼女は流されるままに闇の向こうへと誘われていく―――――。


175 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:25:42.84 Ed56a2AEo 73/143



――――――――――――――――――――――


「えーっと、・・・・・・確か風斬、って名前だったよな?」

「そうだね。 かざきり、どうしてこんな所で泣いてるの?」

「・・・・・・・・・・・・、・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・へ?」


都会独特の空気の匂いが鼻腔をくすぐった。
気がつけば、風斬氷華は学園都市のとある一角で鳶座りをしてめそめそと泣きべそをかいていた。
風斬の目の前には自分を見降ろす二人の男女の姿が。風斬はその二人と一度出会ったことがある。


「俺らの事、覚えてるか? 前に偽造パスポートを一方通行に渡すときに会ってるんだけど・・・・・・」

「・・・・・・浜面さんに、滝壺さん?」

「うん、久しぶりだね」


176 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:26:31.91 Ed56a2AEo 74/143



浜面仕上と滝壺理后。新生『アイテム』の構成員の二人は風斬が自分たちの事をちゃんと覚えていてくれた
事を確認するとホッと安堵する。
だが風斬の顔には困惑しかなかった。この二人がなぜここにいるのか、ではない。




なぜ自分はこんなところにいる?




眼鏡を少し動かして瞳に溜まった涙を拭いながら風斬はこれまでの経緯を振り返ってみる。
が、振り返るまでもなかった。風斬は"ついさっきまで"第一九学区に居たはずで、
そこでミーシャ=クロイツェフという掛け替えのない存在を失い絶望していて――――、


177 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:27:39.19 Ed56a2AEo 75/143



「・・・・・・天使さんは?」

「え?」

「天使さん、ミーシャ=クロイツェフはどこに行ったんですか!?
 あ、一方通行さんは・・・・・・? エイワスさんは? 垣根さんは?」

「お、おいおい。 ちょっと落ち着け、いきなりそんな名前を羅列されても
 わかんねえって!」


眼鏡の少女の口から出てきた複数の名前はどれもこれもとんでもない人物の名前だった。
浜面と滝壺がわからなかったのは『エイワス』くらいで、残りの三人は忘れたくとも忘れられない。
しかしそんな彼らの現在の行方など、二人が知っているわけもなかった。

風斬は壁に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。


「ここは・・・・・・?」

「ここは第七学区だよ。 時間、わかるか? 今は朝の九時前。
 お前、こんなところで何やってたのかは知らねえけど、あんまこの辺は彷徨かない方がいいぞ?
 第七学区の中でもこの辺は治安が悪い方だからな」


178 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:28:20.21 Ed56a2AEo 76/143



「第七学区・・・・・・」


繰り返すが、風斬氷華は"ついさっきまで"、大袈裟に言ってしまえばほんの一秒前まで
第一九学区に居たはずだった。
それがまるで、瞬きをしたらもう今のような状況になっていたような、そんな感覚。
第一九学区で自身の体が急に崩壊するというあまり覚えていたくない記憶までは残っているが。

とりあえず行動しなければ始まらない、と風斬は顔を上げる。


「あ、あの・・・・・・ご迷惑をおかけしました。 ありがとうございます・・・・・・!」

「ああ、いや別にいいけど・・・・・・っておい! どこ行くんだよ!?」


浜面が後方から何かを言っていたが、風斬は申し訳なく思いながらも無視して走っていく。
なぜ自分が再び学園都市に現れる事が出来るようになったのか、ミーシャは、一方通行は、
エイワスは、垣根帝督は。何一つ状況が把握できない。

だから、風斬は走る。

がむしゃらでもいい、とにかく行動を起こしていれば一秒でも早く会いたい仲間たちと
会えるのではないかという存在するかも疑わしい一縷の望みを胸に抱いて。


179 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:29:27.66 Ed56a2AEo 77/143



どれほどの時間を走っていたのか分からない。
一年くらい走っていた気もすれば、まだ一分も走っていないような気さえする。
時折、AIM拡散力場の集合体である風斬の体がホログラム映像のようにブレ、
周囲の学生達が若干怪訝な視線を送ってきたが、いつものことなので風斬は気にしなかった。

とにかく走って、たまに立ち止まっては忙しなく首を動かして辺りを見回し、また走るを繰り返していた。


そして、


「あ・・・・・・」


風斬の視線の先には、一人の少年がいた。
ただそれが少年かどうかは、普通の人間なら分からなかっただろう。
その人物はこちらに背を向けて歩いていた。髪は透き通るような白。
右手には特殊な形の杖が装着されていて、そこだけ見れば老人とも思える。

だがそれでも、風斬はその少年とも老人とも取れる後ろ姿を見て、
体が徐々に震えているのを感じた。
あの日以来、『天使同盟』という面白可笑しな団体が誕生してからずっと、
風斬は彼の背中をずっと見てきたのだから。


180 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:30:31.62 Ed56a2AEo 78/143



だから―――わかる。
わかるから、走った。

走って、彼の――――一方通行と呼ばれる少年の華奢な背中に思い切り飛びついた。

周りの目など気にもせず。飛びついたというより、それはもうタックルと言っても過言ではなかった。
当然、一方通行は前のめりに倒れる。コンクリートの地面に顔面からぶっ倒れる。
予期せぬ背後からの奇襲に最強の第一位は全く対応出来なかった。第一位だというのに情けない、
この程度の不意打ちにしてやられてしまうとは。何かいい事でもあったのだろうか。

追い討ちをかけるようにうつ伏せで倒れた一方通行の上に風斬が背後霊のようにのしかかる。
背中に何か非常に柔らかい感触が伝わるが一方通行は無視して呻き声を上げた。


「死にてェらしいなァ・・・・・・」


瞬間、ひとりでに風斬の体が真後ろに吹き飛んだ。
一方通行の手が首元に移動している。電極チョーカーのスイッチを切り替えたことで
『ベクトル操作』の能力が行使出来る状態になったのだ。


181 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:32:03.22 Ed56a2AEo 79/143



ベシャッ、と尻餅をつく風斬。だがそれでも風斬の表情は屈託の無いスマイル一〇〇パーセントの笑顔だった。
遅れて一方通行がよろりと起き上がり、自分をこんな目に遭わせた愉快な三下をさぁどう料理してやろうかと
後ろを振り向いて、


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・風、斬?」

「えへへ・・・・・・良かった。 また会えましたね、また・・・・・・ふっ、うぅ・・・・・・ぐすっ」


掛け値なく、一方通行の中の時間が止まった。

それだけで世界各地で今も起きている戦争が収まりそうな風斬の笑顔が、ゆっくりと崩れていく。
代わるように出てきたのは、今にも泣きそうな、一方通行が非常に苦手としている顔だった。
なぜ消えたはずの風斬がここに、という疑問を今は置いておき一方通行はとりあえず宥めようと試みる。


「待て、泣くンじゃねェ。 クソ面倒なンだよオマエに泣かれると」

「ごめん、なさい・・・・・・ひっく。 ・・・・・・でも本当に良かったです。
 もう、もう二度と会えなくなっちゃうかと思って・・・・・・・・・・・・」


それはこちらのセリフだ、と一方通行は喉まで迫ってきた言葉をなんとか飲み込む。
何となくだがそんな事を面と向かって言うのが小っ恥ずかしくなる第一位なのであった。


182 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:33:05.09 Ed56a2AEo 80/143



――――――――――――――――――――――


何とか落ち着きを取り戻した風斬は一方通行と共にその辺に設けられていたベンチに座る。


「・・・・・・・・・・・・で、気がついたら学園都市にいたってわけか」

「はい。 第一九学区の事が夢なんじゃないかって思えるくらい、あっという間に・・・・・・。
 あの日、私がこの世界から消えた後どこで何をしていたかは全く覚えてないんです・・・・・・」


自販機で買った缶コーヒーを飲みながら一方通行は風斬の話を聞いていた。
話と言っても、風斬から聞けた事は『気がついたら第七学区でベソかいてて、
そこを浜面仕上と滝壺理后に発見された』というだけの内容だったが。

コーヒーをのんびりと飲みながら聞く一方通行の姿は、そこだけ見ると
経緯もクソも無い風斬の話を落ち着いた様子で聞いているだけにも窺える。

だが違った。一方通行は必死で抗っていた。風斬も言っていたように、
彼は風斬とはもう二度と会えないんじゃないかという不安が残っていた。
だから、こうして彼女に巡り合えた事の喜びを必死で隠そうとコーヒーを飲んでごまかしていた。
彼なりの意地だった。何とも幼稚な、可愛げのある意地。


183 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:33:42.51 Ed56a2AEo 81/143



それでも完全には隠しきれていなかった。手に持つ缶コーヒーが小刻みに震えている。
本当なら思い切り風斬を抱きしめて喜びたい気が―――――あるような無いような。


「一方通行さん・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・った」

「?」

「クソッ。 良かった、オマエ・・・・・・どォいう事かは分からねェが、
 とにかく戻ってこれて良かった・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・会いたかった、オマエに」


搾り出すように出たその言葉を聞いて、風斬は若干頬を赤らめるも
一方通行に満面の笑みを返すのだった。


184 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:34:34.76 Ed56a2AEo 82/143



――――――――――――――――――――――


その後も一方通行と風斬は談笑を続けていた。
彼は風斬に垣根帝督がどうにか無事であった事を伝える。それを聞いた風斬は歓喜していた。
垣根が入院している病院を教えると風斬はすぐにでもお見舞いに行きたいと言ってきたので
一方通行は第七学区の病院の場所を教えてあげた。

そしてミーシャ=クロイツェフの件について話すと、


「私も一方通行さんと同じ気持ちです・・・・・・。 天使さんをもう一度連れ戻す方法は
 きっとあると思います。 天使さんは私たちと一緒に居たいって言ってくれました。
 だから私たちが諦めるわけにはいかない・・・・・・ですよね?」

「そォだな・・・・・・。 とりあえず垣根の容態が落ち着いたら、天使に関する情報を
 片っ端から集めまくる。 『天使同盟』として旅をしてきてわかったが・・・・・・
 世界ってのは広い。 天使を連れ戻す手掛かりなンざその辺に転がってるに違いねェンだ」

「必ず・・・・・・また一緒に」

「あァ」


185 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:35:44.67 Ed56a2AEo 83/143



風斬は笑顔で手を振って『では、また後で』と言い残し、一方通行の前から去っていった。

一方通行はコーヒーを飲み干すと傍らにあったゴミ箱に缶を放り投げる。
これで垣根帝督と風斬氷華は自分の下に戻ってきた。戻ってきてくれた。

あの日、結局何も出来なかった無能な自分の傍に、それでも彼らは居てくれた。


(風斬が戻って来たことで研究所を回る必要は無くなったか・・・・・・。
 エイワスは、・・・・・・あのクソったれに関しては考える必要はねェな。
 どォせまたどっかで俺を、世界を傍観でもしてンだろォよ)


と、なると残るはミーシャ=クロイツェフだけ。あの天使の場合はまた魔術サイドに
踏み込んで調査をしていかなければならない。
だが彼も言っていたように、世界は広い。きっと天使を再び降臨させる方法が残っているはずだ。

天使ならどんなやつでも構わないというわけではない。一方通行が再会したいのは
隙があれば抱きついてくる、常識知らずで無邪気で人間より人間臭いあのアホ天使だ。


「・・・・・・チッ、消えた後も手間ァかけさせやがる辺り面倒なンだよあのクソボケ」


心に抱く想いとは全く逆の言葉を吐き捨て、一方通行は杖をついて歩き始めた。


186 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:36:35.30 Ed56a2AEo 84/143



――――――――――――――――――――――


第七学区のとあるファミレスに勤務しているウェイトレスの少女は頭を抱えていた。


時刻は正午を少し過ぎた頃だった。学生が大半を占めるこの学園都市でも
この時間帯になればやはり客がごった返す。東奔西走する日本の企業戦士なんて言える
くらいに忙しいわけではないが、原因の一つに『一端覧祭』が延期になったことで逆にオープンキャンパスを
どう展開させることで入学志願者を増やせるかと躍起になった生徒が作戦会議のために
このファミレスに集まるので、結果的に店員は休む暇が無くなるのだ。


(うあ~・・・・・・恨むよ『第一九学区事件』。 あんな事が無ければ私も今頃
 一端覧祭で思う存分羽を伸ばせたのになぁ~~~・・・・・・)


と考えている余裕すらない。頻りにウェイトレス呼び出しスイッチは押され、
呼び出し音が鳴るたびにテーブルに向かっては『ご注文を承りますぅ~♪』と
ビジネススマイル全開でお客様に対応しなければならないのだから。


187 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:37:46.36 Ed56a2AEo 85/143



(そういえばあのうさぎさん、最近来ないなぁ。 いつもしかめっ面で怖い人だけど、
 話せば割と普通だったりしたから楽しかったんだけどな・・・・・・)


このファミレスにはとある常連客がいた。白髪赤眼、首元にはオシャレなチョーカー、
右腕には現代的デザインの杖という一風変わった出で立ちの少年は、一時期は毎日のように
このファミレスに来店してくれていた。
このウェイトレスも不思議とその少年の接客をすることが多かったので、極稀に
二言三言会話をする事もあったのだ。

だが一一月中旬頃からとんと姿を現さなくなっていた。だからどうしたとうわけでもないが、
このウェイトレスにとってそれはほんの少し寂しい事でもあった。

最後に来たのは何とも"珍妙な客"を連れてきたあの時だろうか。
と、そんな事をボーッと考えていると、


ピンポーン。


188 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:38:30.93 Ed56a2AEo 86/143



呼び出しスイッチの音色が流れ、スイッチが押されたテーブルの番号が
業務員が待機するスペースに設けられた液晶画面に表示される。


(あ、私しか動けないんじゃん。 って、あのテーブルのお客さんかぁ・・・・・・。
 って事は、)


彼女が抱く懸念は見事に的中した。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンピンポーンピピピッピピッポポッピピポッピンポーンと
ショボいクラブにいそうなDJのようにに呼び出しスイッチが連打される。


「は、はいはい~。 少々お待ちを~」


そう言っている間にも呼び出しスイッチは某名人も裸足で逃げ出す速度で連打されている。
ウェイトレスは呆れたようにため息をつく。今から向かうテーブルに座っている客は
どうも"初来店"の時から呼び出しスイッチを連打する癖があった。

最初の方は彼女もそれを面白がっていたが、今の状況だと正直いってウザい。


189 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/14 22:39:11.96 Ed56a2AEo 87/143



店内のBGMが呼び出し音でかき消される中、ウェイトレスは猛ダッシュで
そのテーブルに向かった。


「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・、お、お待たせしました。 ご注文を承り―――」

ピンポーンピンポーンピピポッピポポパッ ポポピッ ポポパポポ

「だからご注文を承りますっつってんだろうがああああ!!!!!!
 ピポパポうるせえんだよ!!! どこのR2-D2だお前はぁぁぁぁ!!!」


思わずキャラを崩壊させてツッコミを入れてしまうウェイトレスに
周りの視線が集中する。
『し、失礼しました~』と冷や汗を流しながら謝罪するウェイトレスを横目に、


そのテーブルの客は要領を得ない言葉で注文をするのだった。


191 : 最終回予告はここまでです。  ◆... - 2011/06/14 22:44:23.26 Ed56a2AEo 88/143




                          【最終回予告】



『・・・・・・フラグってのも馬鹿に出来ねェな。 何が条件で立つのかわかったモンじゃねェ』
―――――――――――学園都市最強の超能力者(レベル5)・一方通行(アクセラレータ)




245 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:06:00.74 McQqNrw+o 89/143



――――――――――――――――――――――


――学園都市・第七学区 とある病院 垣根帝督の病室


垣根「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

垣根「魔術はもう使えねえと思った方がいい、か」

垣根「・・・・・・、」

垣根「チッ。 まあ、もう魔術に拘る必要はねえかもしんねえけどよ」

垣根「そんな自らの可能性を自ら潰すようなマネはしたくねえな」

垣根「まだステイル達は学園都市にいるみてえだし、どうにか出来ねえか
   聞いてみるか? いや、まずあいつらが今日見舞いに来る前に
   ここを逃げ出す方法を考えねえと・・・・・・さすがに一〇万三〇〇〇発も
   ぶん殴られるのはゴメンだしな」


246 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:06:42.47 McQqNrw+o 90/143



           ガチャ


垣根「えっ」ギクッ


「か、垣根さん・・・・・・」


垣根「・・・・・・・・・・・・あ、れ? え? 風斬じゃねえか。
   あれ? お前消えたんじゃなかったのかよ?」

風斬「な、何とか無事に帰還出来ました・・・・・・!」エヘヘ

垣根「・・・・・・そうか。 ハッ、そうかそうか。 んだよ、
   良かったじゃねえか。 つか良かったなぁお前」

風斬「垣根さんも無事みたいで・・・・・・良かったです」ニコッ

垣根(あー・・・・・・若干ブルーな今の俺にこいつの笑顔は眩しすぎるな)


247 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:07:24.77 McQqNrw+o 91/143



風斬「?」

垣根「一方通行の野郎にゃもう会ったのか?」

風斬「あ、はい。 さっきバッタリと・・・・・・」

垣根「ふん、愛しの王子様と離別した後に訪れる運命の再会か。
   B級ドラマのシナリオにありがちだな」

風斬「か、からかわないでください!///」

垣根(これこれ、俺が求めてた日常だな)

風斬「あの・・・・・・天使さんの事は聞きましたか?」

垣根「また天界から連れ戻すってんだろ? 上等じゃねえか」

風斬「私ももちろんそのつもりです。 ・・・・・・それと、エイワスさんの事は
   何か知りませんか? 一方通行さんには聞きそびれちゃって・・・・・・」


248 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:08:14.88 McQqNrw+o 92/143



垣根「あいつはどうでもよくねえか?」

風斬「よ、よくないですよ! 確かに勝手な人ですけど・・・・・・
   第一九学区であそこまで戦えたのも大体エイワスさんのおかげじゃないですか」

垣根「・・・・・・・・・・・・」

風斬「アレイスターに消されそうになった時も助けてもらいましたし・・・・・・
   それにエイワスさんなら天使さんを呼び戻す方法を知っているかもしれませんよ?」

垣根「そりゃあ・・・・・・そうだがよ」

風斬「五人揃わないと『天使同盟』じゃありません! ・・・・・・と、私は思います」オドオド

垣根「・・・・・・お前の言うことも分かるけどよ。 じゃあその肝心のエイワスは
   一体今どこで何をしてんだよ? そもそも生きてんのか?」

風斬「私がこうして現出できているということは、恐らくエイワスさんも
   この世界のどこかにいると思います。 でもどこにいるのかまではちょっと・・・・・・」


249 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:09:05.93 McQqNrw+o 93/143



チャーチャチャッチャー パーパパパパー テンテレレレレテンテン テン♪


垣根「!?」

風斬「!?」ビクッ


        フッ


垣根「あぁ? なんだよ、急に辺りが真っ暗に・・・・・・」キョロキョロ

風斬「て、停電でしょうか・・・・・・?」

垣根「勘弁してくれよ、暗闇はロシアでトラウマになってんだ俺。
   おい、どっかに黒騎士と黒王号が闊歩してたりしねえだろうな?」

風斬「?」


250 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:09:58.17 McQqNrw+o 94/143



ドン ドンドン パーパパパッパッパー デン デデデデデン!! パラパーパパッパパー♪


垣根「そもそもこのチンケなBGMはどこから流れてきてんだよ・・・・・・」

風斬「あの・・・・・・こういうふざけた演出や現象が起きる時って・・・・・・
   大体あの人が関わっているような・・・・・・」


「よいしょ・・・・・・っと」ヌッ


垣根「どわぁっ!!?」ビクゥ

風斬「ひっ・・・・・・!!」

「何をそんなに怯えている? リアクションを考える猶予は充分に与えたはずだが?」

垣根「て、テメェいきなり窓から入ってくるんじゃねえよ!!
   ていうかここ四階だぞ!?」


251 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:10:41.21 McQqNrw+o 95/143



風斬「え、エイワスさん・・・・・・」


エイワス「そう、皆大好きエイワスだよ」ドーン


垣根「テメェ・・・・・・やっぱ生きてやがったか」

エイワス「私に死の概念など存在しない。 私はどこにでも居るし、どこにも居ない。
     まぁ今回は君たちが私との再会を"心から"願っていたため、リクエストに
     応じたまでなのだがね」

垣根「願ってねえよ!! 今すぐ消えろこのクソ野郎が」

風斬「良かった・・・・・・エイワスさんも無事だったんですね」

エイワス「聞いたかね垣根帝督。 風斬氷華はこんなにも私の身を案じてくれているというのに
     何だ君のその態度は。 もっと彼女を見習ってみてはどうかな」

垣根「調子に乗りやがってこの野郎・・・・・・」ギリリ


252 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:12:54.50 McQqNrw+o 96/143



風斬「きっと私の事も救ってくれたのもエイワスさんなんですよね・・・・・・?
   ありがとうございます、おかげで大切な仲間とこうして再会出来ました・・・・・・」

エイワス「礼などいらんよ、私にとって必要だから君を現出させただけに過ぎん。
     それよりどうかな、このまま『ドキッ! AIMだらけの百合百合大会! ~貝合わせもあるよ☆~』
     を今すぐここで開催しようじゃないか」スッ

風斬「触らないでください」パシッ

エイワス「ふふ、絶妙な飴と鞭だな」

垣根「テメェら俺の病室で気色悪いことしてんじゃねえよ」

エイワス「そういえば、具合はどうかね垣根帝督?」

垣根「どうせ知ってるんだろうが。 『未元物質(ダークマター)』は
   リハビリ次第で取り戻せるかもしれねえが、魔術は難しいんだとよ」

風斬「魔術も能力も失うなんて・・・・・・、その、頑張ってくださいとしか言えないですけど・・・・・・」

垣根「ハッ、気持ちだけで充分だ。 どーも」

エイワス「・・・・・・さて、」


254 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:13:43.75 McQqNrw+o 97/143



風斬「あ、あの、エイワスさん・・・・・・」

エイワス「?」

風斬「天使さんの事なんですけど、その・・・・・・私たちは天使さんを呼び戻す方法を
   捜す事にしました。 それで、エイワスさんも手伝ってくれたら心強いんですけど・・・・・・」

垣根「お前なら今すぐここにミーシャを連れてくるくらいの芸当が出来るんじゃねえのか」

エイワス「言っただろう、私とて万能ではない。 天使の召喚などという
     とてつもない規模の事象をそう簡単に行えるわけがないだろう」

風斬「・・・・・・、」

エイワス「まぁ、そうだな。 別にひた隠しにする理由もないし、
     君たちもすぐに分かることだ。 ここで話しておこうか」

垣根「?」

風斬「?」



エイワス「我々が躍起になって保護をしようとした『星の欠片』についてなんだが―――――」



255 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:15:59.52 McQqNrw+o 98/143



――――――――――――――――――――――


一方通行の腹が抗議を送っていた。『真っ昼間だというのに何も胃袋に詰め込まないとは何事か』と。
さっきから学園都市最強の超能力者の腹は恨み言のように鳴り続いている。
いわゆる空腹というやつだった。一方通行は朝から、いや『第一九学区事件』以来まともに食物を
喉に通していないことに今更気付く。

しかし無理もなかった。今日だけで一方通行という少年の運はどれだけ消費してしまっただろうか。
垣根帝督は絶望的な状況から奇跡的に生還し、風斬氷華もいい意味で代わり映えのないあどけなさが残る
その姿で一方通行の前に現れてくれた。

垣根帝督の時も風斬氷華の時もあまり感情を表に出さなかったが、本当なら一方通行は学園都市中を
全力疾走して喜びを顕にしたいくらいの気持ちがあった。食事という概念など忘れてしまうくらいに。

彼の中に残る稚拙な意地がそれをさせなかったが、それでもやはり嬉しいものは嬉しいのだ。
街を歩く足取りもどこか軽い。


(エイワスは置いといて、あとはガブリエルだけだな・・・・・・)


256 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:17:02.55 McQqNrw+o 99/143



ふと立ち止まり、空を仰ぐ。
『第一九学区事件』の時の底気味悪い空とは違う、突き抜けるような青空がどこまでも続いていた。
そして俯瞰風景を天から照らす恒星。太陽。一方通行は手を額にかざしながら輝く太陽を睨みつける。

あの太陽に、全てを奪われた。

大天使の存在を、太陽という偉大過ぎる星は造作もなく、呆気無く、ミーシャ=クロイツェフを飲み込んでしまった。
『星の欠片』。そこに残る儀式場さえ保護出来ていれば、今頃は・・・・・・。


(終わったことをいつまでも引きずってちゃ始まらねェ。 早ェとこ手掛かり見つけて
 あのアホ天使を人間界に"堕として"やらねェとな・・・・・・)


改めてミーシャを救う事を決意しようとした矢先、空腹を知らせる鬱陶しいサイレンが
一方通行の腹で鳴り響く。
舌打ちをする彼は仕方がないとばかりに表情をいつもの険悪なそれに戻すと、再び歩き出した。


257 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:17:54.07 McQqNrw+o 100/143



改めてミーシャを救う事を決意しようとした矢先、空腹を知らせる鬱陶しいサイレンが
一方通行の腹で鳴り響く。
舌打ちをする彼は仕方がないとばかりに表情をいつもの険悪なそれに戻すと、再び歩き出した。


一方通行は第七学区にある行きつけのファミレスの前に到着する。
行きつけと言っても『天使同盟』発足以来はご無沙汰だった店だ。
店内をちらりと一瞥する。やたらと客の数が多かった。時間帯が時間帯なだけに、
ウェイトレスが引っ切り無しに店内を駆け巡っている。


(・・・・・・めンどくせェ。 他ァ当たるか・・・・・・)


大勢の客で賑わう中での食事は落ち着かない、一方通行もそういうシチュエーションは好みじゃない。
彼はため息をつくと踵を返してコンビニで適当に弁当でも購入しようと考えた。

しかし、


「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」

「・・・・・・あァ?」


258 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:18:41.45 McQqNrw+o 101/143



恥も外聞もない大声で叫んできたのはそのファミレスのウェイトレスだった。
一方通行はこちらに向かってくる彼女の顔をしばらく睨みつけ、若干眉を上げる。


「すみません! ちらっと外を見たらあなたを見かけたもので・・・・・・!!」

「オマエ・・・・・・、あァいや、名前までは知らねェし興味もねェけど」

「さらりと酷い事言われたッ!!! ってそうじゃないです! あのー・・・・・・
 あなた、よくここに来てくれる方ですよね?」


ウェイトレスの少女は肩で息をしていた。こちらに向かってくる時も走っていたが、
店から一方通行までの距離はわずか五メートル。息が上がるほどの距離ではない。
恐らく店内での客の対応に疲労しているのだろう。

ウェイトレスは勤務中の笑顔ではなく、恐らく素の表情で一方通行の手をガッシリと掴んできた。


「一一月の初旬頃、あなた妙なお客さん連れてここに来たんですけど、覚えてますか!?」

「妙な客だァ? 一一月初旬なら・・・・・・、」


259 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:19:39.19 McQqNrw+o 102/143



一瞬、一方通行の表情が固まる。一一月初旬にこの店に連れてきた妙な客など、一方通行には
たった一人しか心当たりが無かった。

ミーシャ=クロイツェフ。あろうことか一方通行は天使をファミレスに連れて来るという
前人未踏の行為を働いている。だが、


「・・・・・・あのマネキンみてェな顔した、身長二メートルくれェの怪物の事だろ?」

「そうです! その人(?)です!」

「・・・・・・で、」


それがどォした? と一方通行はウェイトレスに聞き返すと同時、"とある予感"が脳裏をよぎった。
いや、認めなくてはなるまい。それが予感などという曖昧なものではなく、


トクン、と。心臓が高く脈打つような"期待"だということを。


260 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:20:51.13 McQqNrw+o 103/143



「それがどうしたじゃないですよ!! あなた、あの人の保護者ですよね?」

「保護者・・・・・・」


表面上での一方通行はあの天使の保護者なのかと尋ねられ、思わず苦笑していた。
天使の保護者とはまた面白い言葉だと思ったからだ。

が、胸の内ではそんな瑣末な事など捨て置いた。さっきから気持ち涙目で捲し立ててくるこの
ウェイトレスの言葉に一方通行にとっての、『天使同盟』にとっての全ての希望が詰まっているような気がした。
自分でもそう思う意味がよくわからなかったが、それでも心臓の鼓動は徐々に早まっていく。


まさか。そのまさかが本当に起きるんじゃないかと、嫌でも期待が高まる。


ウェイトレスに悟られぬよう体の震えを止め、呼吸を落ち着かせる。
そして、


261 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:21:56.52 McQqNrw+o 104/143



「保護者って言やァそォなるが・・・・・・それがどォしたって聞いてンだ。
 もしかして前にあいつとメシ食った時にあいつが店のガラス全部ブチ割った事を
 今更責め立ててンじゃねェだろォな? それなら生憎、あのアホはもう―――」

「あのガラス割ったのやっぱりあなた達だったんですか!? ・・・・・・ッ、で、でも
 今はそんな事どうでもいいです! ガラスはもう直しましたし。 そうではなくてですね、」


そしてウェイトレスから出た言葉に、一方通行は驚嘆する他なかった。




「あの人が食べた料理代、あなたが払ってください! あの人あれだけ料理を注文しておきながら
 お金持ってなかったんですよ! おまけに言葉は通じないし何言ってんのかさっぱりだし・・・・・・」




262 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:22:40.83 McQqNrw+o 105/143



思考が完全に停止した一方通行の事など構わずウェイトレスは
もはや懇願の想いで一方通行にしがみついていた。

と、その時。ファミレスの出入口の扉が豪快に開けられる。
そこから出てきたのは―――――。


「に、逃がすかこの野郎ォォォォォおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「出入口から堂々と出て食い逃げするたぁいい度胸してんじゃねえかぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あ、おいお前! なんで外でサボってやがんだバカ女!! さっさとこいつ
 取り押さえろォッ!!!!」

「わわわ、ほ、ほら! あの人! あの人の保護者なんですよね!?
 だったらどうにかしてくださいよもう私達の手には負えませんよ~~!!」


ウェイトレスが言う『あの人』にしがみつく三、四人の従業員と、


263 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:23:21.93 McQqNrw+o 106/143







「sabnzayf御馳走様jjbxwpe解放uxuy要求hshcrhggab」






今まで幾度と無く耳にしてきた。うんざりするほど聞いてきた。二度と聞きたくないほど鼓膜を揺さぶった。


そして今、一番聞きたかったあのノイズまみれの音声が、一方通行に届いた。


「・・・・・・・・・・・・ガブリエル?」

「! ohoxb貴方cdehi」


一方通行の声に反応したのは、従業員数人がしがみついても全く堪えず
そのままズルズルと引きずりながら歩いて来るフード付きでクリーム色の、ボロボロのポンチョのような
衣服を身に纏った『食い逃げ犯』だった。


265 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:24:45.07 McQqNrw+o 107/143



一方通行はこの時、人生で初めて『自分の頬を抓る』という行為に走った。
別に彼は乙女ちっくな心を持っているわけではない。
ああ・・・・・・神様、これは夢ですか? なんて少女漫画にありがちな質問を神に向かってしているわけでもない。

しかしそれでも、一方通行は目の前の光景が夢だとしか思えなかった。
なぜなら、


「bknf貴方adof」

「ぐ、ぬぬぬちくしょうッ!! なんて力だこいつゥゥゥゥゥううううううう!!!!」

「あ、あの! そこでボーッと見ていないで何とかしてくださいよ!
 ていうか代金ちゃんと支払ってください!」


ファミレスの従業員がお金も支払わずに店を出て行こうとする『異形』に必死でしがみついて抑えようとする。
しかし全身をポンチョで包んだその『異形』は高校生くらいの男女が複数人の力を以てしても
何事もなかったかのように一方通行の下へズンズンと歩み寄っていく。


266 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:25:43.87 McQqNrw+o 108/143



と、従業員の一人の手がポンチョには普通付いていないフードに引っ掛かり、
その『異形』の顔を曝け出してしまった。

一方通行は今度こそ確信を得る事が出来た。


「のわぁっ!!? なんじゃあコイツは!? 人間か!?」

「だから前にも言ったじゃないですか! みんな信じてくれなかったけど
 ラッパみたいな頭の人が店に来たってぇ~!」


"彼女"の姿を見た従業員がまるでこの世のものではない化物を見た時のようなリアクションを取った。
それを機に他の従業員達との間で何やら言い争いが始まったが、一方通行の耳には一切入ってこなかった。
だが一方通行の視界には確かに映っている。

すべすべとした布のような膜が皮膚の代わりを努めており、パーツの全てが凹凸で再現されている顔。
髪のように後ろに流れているそれは、ラッパのように広がった布だった。
着ているポンチョに隠れているため確認できないが、もう確認する必要もなかった。
ポンチョの下には恐らく、金色の葉脈のようなものが白とも灰ともとれる色の布に流れているだろう。


267 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:26:33.78 McQqNrw+o 109/143



見紛うはずがない。疑いようもない。こんな化物は、世界でたった一人しか居ない。
それ以上いるとなったらむしろ大変な騒ぎになってしまう。




「ガブリエル・・・・・・」

「gmjdg何pyuizv」




水を司る、正真正銘本物の大天使。
『神の力(ガブリエル)』。別称、ミーシャ=クロイツェフ。

『第一九学区事件』で一方通行達の前から消失したはずの『天使同盟』の顔が、
当たり前のようにこの世に顕現していた。


「・・・・・・どォいう事だよこいつは。 オマエはあの時・・・・・・」


268 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:27:20.23 McQqNrw+o 110/143



第一九学区でミーシャを失った時もそうだったが、今回も一方通行は目の前の現実を受け止めきれていなかった。
やはり理解が追いつかない、脳が紛う事無き事実を処理しきれないでいる。
宇宙空間を漂っていた『星の欠片』は消滅したはずだ。確認したわけではないが(『槍』の投擲の影響でジャミングが発生し
妹達と連絡が取れなくなったため確認しようが無いのだが)、それが原因でミーシャは消えてしまったはずなのだ。

なのになぜ、そのミーシャがこの世界で、第七学区で、食い逃げなどという面倒な事をやらかしている?
放心状態でミーシャをじっと見つめていると、


「あのー・・・・・・」

「あァ?」

「何だか取り込み中のところ恐縮なんですが・・・・・・、お金払ってください」


とにかくミーシャに話を聞いてみないと、いや、今一度このミーシャが本物なのかどうかを確認しないと
一方通行の気が収まらなかった。
ウェイトレスに催促されて彼はミーシャから従業員達を引き剥がし、ポケットから財布を取り出した。

お会計一二万円。一体どれだけ食えばファミリーレストランでそんな金額を叩き出せるのか。
一方通行はうんざりとした様子で頭を掻きながらカード払いで事なきを得た。


270 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:28:20.26 McQqNrw+o 111/143



さすがに人気の多い通りでミーシャと話すのは面倒事が起こりかねないため、
一方通行はミーシャの手を引いて人通りの少ない場所を求めて歩き回った。
その間、ミーシャは特に一方通行に話しかけることなく、初めてこの学園都市に来たときと同じように
辺りの景色をキョロキョロと興味津々な様子で見回していた。

歩き回っている間、一方通行はとにかく無心を貫き通した。
余計な事を考えたくなたかった。もし今自分の掴んでいる天使の手が何の前触れもなく消えていったら。
やはりこれはただの夢で、後ろを振り返るとミーシャの姿は無いというドラマや漫画にありがちなオチだったら。
そんなネガティブな考えばかりが次々と湧いて出てくるからだ。


しかしそんな不安も現実となることはなく、一方通行とミーシャはほとんど人が寄ってこないような
路地裏に身を潜めた。こういう場所は大抵スキルアウトの溜まり場と化しているのが定番なのだが
今回はそのような事は無かった。あったとしても一方通行と大天使に刃向かえるスキルアウトなどいないだろう。

一方通行はミーシャの手を解放し、路地裏の壁に背を預ける。
そのまま数瞬の間思考を巡らし、やがて口を開いた。


「とりあえずその服脱げ」


271 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:29:56.68 McQqNrw+o 112/143



それは八月三一日。一方通行が『怪人チビ毛布』に初めて出会った時に放ったセリフに似ていた。
たった一枚の布しか被っていない(一応)女性に向かって服を脱げなど、もし周囲に聞かれていたら
それだけで警備員のお世話になっていたかもしれない。

対するミーシャは第一位様のとんでも発言を受け、照れ隠しなのか肘で彼の胸を小突いた。
ただし相手は天使。その照れ隠しだけで肺が押し潰されるところだった。変な咳が出てくる。

だが、やがて逡巡した後ミーシャはごそごそとフード付きのポンチョを脱いでいく。


何というか、やはり予想通り、紛れもなく一方通行の眼前にいるのはミーシャ=クロイツェフだった。
一方通行の中の確信が『安心』に変わっていく。


「オマエか・・・・・・、オマエで間違いねェンだな? これで仮に
 学園都市の実験で街中を自在に歩く自立型ロボットでしたとかいうオチだったら
 八つ当たりで数学区ほど消し飛ばすぞクソったれ」


一方通行の言葉に、ミーシャはコクンと静かに頷いた。
その仕草に綻びそうになるが、まだ油断は出来ないと彼は表情を引き締める。


272 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:30:44.87 McQqNrw+o 113/143



目の前にいるのは本物の大天使。それは理解した。だが、懸念材料はまだある。

なぜ消失したはずのミーシャが再び現世に舞い戻る事が出来たのか?


「オマエ、どォやって戻って来たンだよ? 第一九学区でオマエは確かに
 消えたはずだ。 宇宙にあった『星の欠片』の儀式場が消えて、跡形もなく。
 ・・・・・・エイワスの野郎が裏で手ェ回してたってオチか?」


もしそうだとしたら結局、『天使同盟』はほぼエイワスのおかげで持ち直すことが出来た事になる。
ミーシャも風斬も垣根も無事であった以上、誰の手柄でなどというくだらない事は言わないが、
それでも一方通行は複雑な気分になった。

だが、


「・・・・・・・・・・・・、」


273 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:31:34.02 McQqNrw+o 114/143



ミーシャは物言わず、ただ首を横に振るだけだった。違う。そうではない、と暗に示してきた。
それはつまり、ミーシャの復活はエイワスの仕業ではないという事だ。


「だったら何が原因なンだ? どっかの魔術師が儀式場を作り直して、
 またオマエを再召喚したってか? でもそれだと『俺を知ってるオマエ』が
 戻って来たことにはならねェはずだ。 妹達みてェに天使の間にもネットワーク
 みてェのが繋がってて、そこで記憶のバックアップを取っていたとかじゃねェだろォな」


一方通行が提示した次の可能性も、ミーシャは首を横に振って否定する。
そこで一方通行の口は止まった。更なる可能性がすぐに考えつかなかった。
その後も一通り思い当たる可能性をぶつけてみたが、天使の反応に変わりはなかった。


「・・・・・・ちょっと待て、もォ『星の欠片』が消滅したにも関わらず
 オマエが顕現出来ている理由なンてねェだろ。 俺が知り得ねェ
 何らかの魔術による可能性まで全否定されたら、あと残ってンのは・・・・・・」


と、自分で言葉を紡ぎながら一方通行は自分の言葉にハッとする。
自分が何か重大な勘違いをしている可能性に気付いた瞬間だった。


274 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:32:16.87 McQqNrw+o 115/143



「ま、さか」

「・・・・・・、」


あの日、第一九学区で勃発した未曾有の争い。その最後を締め括ったのは
一方通行による『槍』の投擲で『星の欠片』の儀式場を保護するというとんでもない作戦だ。
それが、




「あの投擲で『星の欠片』が保護出来た・・・・・・? 儀式場は今も無事だってェのか・・・・・・!?」




ミーシャは初めて首を縦に振った。そして腰から足元に伸びている布に
手を入れて何かを取り出してきた。

それはメモ帳のような小さな紙が数枚。そこには幼稚園児が描いたような下手くそな絵があった。


275 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:33:25.15 McQqNrw+o 116/143



――――――――――――――――――――――


――学園都市・第七学区 とある病院 垣根帝督の病室


垣根「・・・・・・・・・・・・。 テメェ、ただ考えついたデタラメを口にしてるだけじゃねえだろうな」

エイワス「私とて空気を読むくらいの努力はする。 出鱈目などではない」

風斬「じゃ、じゃあ・・・・・・」


エイワス「そう。 あの日、一方通行が放った聖槍は見事に『星の欠片』に命中した。
     完璧な演算処理を施された聖槍は儀式場の『門』を司る柱が残っていた
     場所を『星の欠片』からもぎ取り隔離、保護する事に成功しているよ」


垣根「マジ・・・・・・かよ・・・・・・」

風斬「・・・・・・・・・・・・」ドサッ

垣根「おい、大丈夫か?」


276 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:34:37.04 McQqNrw+o 117/143



風斬「それなら、天使さんは・・・・・・天使さんは無事なんですね?」

エイワス「ふふ、第七学区の飲食店で料理を食い散らかしているところを
     アレイスターに送っておいた。 今頃、弱アルカリ性培養液で
     満たされたビーカーの中で死んだ金魚のようになっているんじゃないか?」ケラケラ

垣根「ちょっと待て。 『星の欠片』に向かって投擲した槍は
   俺が『星の欠片』に施されてる防御術式の性質を『禁書目録』から
   検索して逆算した代物だ。 防御術式を貫ける性能は組み込んであるが、
   『星の欠片』ほどの質量の物をそのまま太陽から遠ざけるほどの威力はねェはずだぞ?」

エイワス「だから儀式場の柱があった部分をもぎ取ったと言ったはずだ。
     今宇宙にある『星の欠片』は正真正銘、本当に"欠片"だ。
     残りの大部分は『歳月の船』に飲み込まれて消失している」

風斬「なら天使さんは・・・・・・もう本当にギリギリのところで顕現している、と?」

エイワス「確かに際どいが、しかし『安定』している。 まあ、余程のことがない限り
     消失する心配はないんじゃないか? 垣根帝督が意識を失ってしまった事で
     『星の欠片』に突き刺さっていた槍は消滅したが、儀式場は今も太陽系の
     惑星軌道上ラインに乗って回っている。 防御術式も健在だ」


278 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:36:53.14 McQqNrw+o 118/143



垣根「人工衛星はハッキングから復帰してんだろ? どっかの国に『星の欠片』が
   見つかったら面倒な事になるんじゃねえのか」

エイワス「後ほど、ミーシャ=クロイツェフに『星の欠片』へ迷彩術式を施してもらえばいいだろう。
     時間はかかるだろうがその程度の力は戻っているはずだ」

風斬「惑星軌道上のデブリに衝突して『星の欠片』が壊れちゃう可能性は・・・・・・?」

垣根「それはねえよ。 『禁書目録』の中にあった情報は断片的に覚えてるが、
   ミーシャのやつが施してた防御術式はハンパなもんじゃねえ。
   デブリくらいで壊れるようなヤワな欠片じゃねえことは何となく分かってる」

エイワス「そういう事だ。 おめでとう、『天使同盟』の諸君。
     君たちは再び、共に過ごす事が出来るというわけだ」パチパチ

垣根「ふん・・・・・・」

風斬「良かった・・・・・・良かったぁ・・・・・・」ポロポロ

垣根「ああ~鬱陶しい、テメェは本当にすぐ泣くな」


279 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:38:01.03 McQqNrw+o 119/143



風斬「だって・・・・・・嬉しいじゃないですか、ぐすっ。 またみんなで
   一緒に暮らしていけるなんて・・・・・・本当に嬉しいですよ・・・・・・」

垣根「・・・・・・ま、否定はしねえけどよ」ポリポリ

風斬「あ、こ、この事を早く一方通行さんにも教えてあげなくちゃ・・・・・・!」

エイワス「必要ない。 今現在、一方通行もミーシャ=クロイツェフ本人に
     私がした説明と同じような説明を受けている」

風斬「あ、そうなんですか・・・・・・。 よかった、会えたんだ・・・・・・」ソワソワ

エイワス「ともあれ、後で一方通行とミーシャに合流する必要は出てくるだろうな。
     "私もこれから忙しくなるし"、ふふ・・・・・・胸が高まるよ」

垣根「そうなると、一刻も早くここからおさらばしてえところだが・・・・・・。
   おいエイワス、お前の力でパパっと俺を回復出来ねえのかよ」

エイワス「横着をするな。 自身が失った力は自身で取り戻してみせろ。
     その方が君のためでもあるし、私も愉しい。
     そもそも私の『アーユルヴェーダ』は毒素の治癒や病気の排除に特化している。
     肉体的損傷の治癒は時間がかかるから面倒極まりない」

垣根「ちっ、偉そうに説教垂れてんじゃねえよクソボケ」


281 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:38:48.27 McQqNrw+o 120/143



風斬「これからどうしようかな・・・・・・とりあえず天使さんと一緒に遊びたいなあ・・・・・・」ワクワク

エイワス「あ、そうそう」

垣根「?」

風斬「?」

エイワス「一二月初旬に変更になった『一端覧祭』の事で報告があるのだが、」

垣根「ああ・・・・・・そういやそんなイベントもあったなこの街」

風斬「私、一端覧祭って参加したことないんですよね。 そうだ、天使さんも一緒に
   連れてみんなで遊んで回りましょうよ」

エイワス「その件に関してなんだが」

垣根「何だよ」


282 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:40:02.39 McQqNrw+o 121/143





エイワス「君たちには長点上機学園で行われる私が主催の『能力向上プラン特別講座』の
     講師として参加してもらう事になった。 我々『天使同盟』が
     学園都市の生徒の見本となるわけだ、しっかり頼むぞ」




垣根「・・・・・・・・・・・・は?」ポカン

風斬「え、ええええぇ・・・・・・!!?」

エイワス「魔術・・・・・・、オカルト専門講座枠の講師も招かないとな。 
     やはり"六人目"が必要になる。 さあ、忙しくなってきた♪」ルンルン


283 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:41:09.05 McQqNrw+o 122/143



――――――――――――――――――――――


風斬氷華と垣根帝督がエイワスから『星の欠片』の行方について話を聞いていた頃、
一方通行も第七学区の路地裏でミーシャ=クロイツェフからほぼ同じような説明を受けていた。

と言っても、ミーシャはエイワスのように、普通の人間のように流暢に言葉を紡げない。
対象に触れて脳に直接『声』を送る方法も今は取れなくなってしまったようだ。
だから天使はファミレスで貰ったメモ帳に必死でイラストを描き、それを見せる事によって
『星の欠片』の行方とミーシャの現存の理由について説明していた。


「・・・・・・・・・・・・つまり、『星の欠片』の大半は太陽に飲み込まれちまったが、
 俺が投げた槍が儀式場の柱が残っている部分にギリギリの所で命中して、
 惑星軌道上まで運ぶ事が出来た・・・・・・ってわけか?」

「pjsqx肯定fjaofm」

「こンな猿が目隠しで描いたよォな絵でわかるわけねェだろォが」


286 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:42:19.76 McQqNrw+o 123/143



と言いながらも一方通行はその猿が目隠しをして描いたようなミーシャのイラストを見て
事の顛末を全て把握していた。さすがは学園都市最高の頭脳の持ち主・・・・・・というのは関係ないだろうか。


なぜあの時、ミーシャは一度一方通行の前から消えてしまったのかというと、
イラストを何とか解読して判明したのだが『星の欠片』の大部分、つまり槍が運んでいった
部分ではない方にも『門』を司る柱は残っており、それが太陽に飲み込まれた事で一時的に現世に顕現する力が衰弱し、
この世に顕現し辛くなってしまったためらしい。


その後、残った『星の欠片』の柱が働き、ミーシャは再びこの世に顕現する事が出来たのだ。
再び戻ってきた時は何時なのか、どこにいたのかは不明だが、恐らく学園都市内だろう。
『第一九学区事件』から今日まで、よく騒ぎを起こさず過ごせたものだ。


「結論をまとめると、オマエはこれからもずっとこの世界に留まり続ける事が出来るンだな?」


『星の欠片』がどうこうよりも、一方通行にとって一番大事なポイントはそこだった。
『ずっと、皆と一緒に居たい』。天界の天使が望んだささやかな願いを、自分は果たして成就する事が出来たのか。
それさえ確かめられれば正直残りの懸念事項などどうでもよかった。


288 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:43:34.80 McQqNrw+o 124/143



そしてミーシャは笑顔とも取れる表情を作り、首を縦に振った。振ってくれた。
瞬間、今日何度目になるかも分からない歓喜の波が一方通行の胸を支配していった。


「そォかよ・・・・・・」

「aptdfr貴方slowhx」

「そォか・・・・・・ならイインじゃねェのか。 あァ、とりあえず問題ねェな」


ズルズルと、壁に預けた背中を擦りながらしゃがみ込む一方通行。
垣根帝督が目覚め、風斬氷華が復活し、ミーシャ=クロイツェフが戻ってきた。
この調子ならエイワスも恐らく無事だろう。もう人生の運を全て使い果たしてしまったとしても
それでいいと一方通行は思った。




天使の救出は成功した。『天使同盟(アライアンス)』は数々の苦難を乗り越え、完全復活を遂げたのだ。




289 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:45:10.67 McQqNrw+o 125/143



心の底から安心した途端、急にドッと疲れが押し寄せてきた。
この二日間、彼は学園都市中を駆け回っていたのだ。ろくに食事もとらず、ただ仲間のために。
空腹を報せる音がより一層強くなっていた。そろそろ何かを口にしないと本気で倒れてしまうかも知れない。

だがそれでも、今はこの喜びを噛み締めたい気持ちでいっぱいだった。




「・・・・・・フラグってのも馬鹿に出来ねェな。 何が条件で立つのかわかったモンじゃねェ」




失笑しながら一方通行はビルとビルの隙間から覗く青空を見上げる。


291 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:46:32.80 McQqNrw+o 126/143



振り返ってみると、案外短かったようにも思う。


このどうしようもなく滑稽な物語は一一月初旬、第三次世界大戦終結後すぐに歯車を回し始めた。
事の発端は、ミーシャ=クロイツェフという名の大天使との再会から。
それだけでも歴史に刻まれても不思議なじゃない大事件だが、そこから人工天使、聖守護天使、
学園都市第二位の超能力者。魔術サイドの人間との交流。学園都市での最終決戦。

改めて自分という存在と向き合う機会も、この『天使同盟』から生まれた。
過去と向き合い、前にも向き、大切な存在が増えていく事の苦痛と素晴らしさを経験し。


一方通行率いる『天使同盟』は天使を救った。


だが結局、救われたのは一方通行達の方かも知れなかった。


しかしそんなもの、どっちだって構わない。ここにいる。それが一番大事な事なのだから。


一方通行はこれから先もずっと、この大天使と共に未来を歩んでいくと決めているのだから。


293 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:47:34.26 McQqNrw+o 127/143



「・・・・・・・・・・・・vsmcut貴方xairyf」

「・・・・・・あァ? なンだよ、そォいや随分おとなしいじゃねェかオマエ」


見ると、しゃがみ込んでいる一方通行の前でミーシャが何だか落ち着かない様子で佇んでいた。
それはまるで何かをしようとして、しかし遠慮しているような、そわそわした雰囲気。
そんなミーシャを見上げて、一方通行は笑った。笑って、ゆっくりと立ち上がる。


「・・・・・・抱き着きたいンだろ?」

「・・・・・・・・・・・・」


わずかに首を縦に振るミーシャ。そわそわしているというより、オドオドしているとう表現の方が適切な様子だ。
だが遠慮をするミーシャ=クロイツェフなど、ミーシャ=クロイツェフではないだろう。

一方通行は両腕を少しだけ横に広げる。飛びついてくる子供を受け止める親のように。


294 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:48:38.96 McQqNrw+o 128/143



「構わねェよ。 ・・・・・・今まで辛い思いさせて悪かった、だからもォ遠慮すンな。
 今までの分まで、思い切りかかってきやがれ」

「・・・・・・!」


後光が見えてきそうなほどに明るく振舞うミーシャ。その姿の、なんと子供らしい無邪気な事か。

遠慮無くミーシャは一方通行に向かって飛び込んできた。
再会を喜び、分かち合い、そしてこれから先に待っている明るい未来を想うように。


そしてミーシャの最後の日記に書かれていた『自分の口から一方通行に伝えたい言葉』を彼女は言った。
『ありがとう』、という感謝は戦いの最中で送っている。だが彼女はもう一つ、彼に伝えたい言葉があった。

遠慮はもうしない。だからミーシャは贈る。ノイズなど吹き飛ばして、透き通った声で。伝えた。


295 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:49:14.78 McQqNrw+o 129/143






グシャボキメキバキャッ!!!! という、一方通行を鯖折りにして雰囲気にそぐわない音を奏でながら。




「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!?」

「大好き」


297 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:49:46.08 McQqNrw+o 130/143








――――――――――――この物語は、"あくまで天使"がヒロインです。







301 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:50:12.79 McQqNrw+o 131/143

終わったあああああああああああああああああああああああああああ

302 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2011/06/15 21:50:27.75 nQqQEg3Z0 132/143

超乙!!
第一回の投下から見てた!いい意味でこんな素晴らしいスレになるとは思わなかったよ
一方さんやガブリエルたちもだけど、こんなに可愛い風斬は初めて見た
最高だよアンタ

ところで最後になったけど過去に他の投下作品って何かあった?
もう出てた話ならスマン

320 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:53:58.49 McQqNrw+o 133/143

>>302
いいえ、この『天使同盟』が初のSSです。


そしてこんな初SSにここまで付き合ってくれた皆様にはもうどう感謝していいかわからん。
これにて、本編を終了させていただきます。乙、私。


…………が、まだ回収していないフラグやら六人目やら一端覧祭がどうとか。
改めて考えてみると全然消化しきれてない件について

335 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 21:59:15.50 McQqNrw+o 134/143

後日談を望むお声が思ったより多くて嬉しいです、戸惑いもありますけど。

シンジ「やりますよ、続編。 やればいいんでしょ、やればミサトさんだって父さんだ(ry」

そういうわけで……、もうちょっとだけ続くんじゃとか言ってみる。

339 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2011/06/15 22:00:33.20 9RiTTz+w0 135/143

乙!!
結局「蛇足」が付いた意味ってのは?

346 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 22:03:52.44 McQqNrw+o 136/143

>>339
あ、そうでした。蛇足っていうのは『突き詰めれば必要のない部分』。

つまり続編の事です。実を言うとここで最終章を投下している時、既に続編を書きためておりました。
だからわざわざキャラ紹介欄に六人目をわざとらしく載せたり……。

続編の内容は本当に読む必要のない、蛇足です。
だからこんなスレタイになったんですww

356 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/15 22:12:58.24 McQqNrw+o 137/143

続編の投下はいつになるかちょっとわからないです。
遅くなるようならこのスレはHTML化しようと思ってます。

本当に長い間、付き合ってくれた皆様には感謝しております。
続編の内容は……あまり期待しないでください。


次回更新は未定。


それでは、本当にありがとうございました!

366 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2011/06/15 22:37:58.55 DPHKEINWo 138/143

乙!後日談も楽しみ

368 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2011/06/15 22:47:34.67 LGn7eSDSO 139/143

うおおおお超超超乙!!!
続編待ってます!!!

412 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2011/06/21 00:54:00.63 u5lcwtuIO 140/143

スレ当初から見てました。
今最初から読み直してるけど、新たな発見が、あって面白いなぁ。





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※後日談について

この後、後日談として、『蛇足 とあるフラグの天使同盟』シリーズが続きますが、残念ながら未完結です。

作品の結末も気になりますが、それまで3日以内の定期更新を続けていた作者さんが、何も言わずに姿を消してしまったので、作者さんの安否も気になるところです。

もし別のところで続編が書かれていることをご存知の方がいらっしゃれば、情報を教えていただきたいと思います。

あやめ速報としては、未完結作品はまとめない方針ではありますが、後日談が気になる方もいらっしゃると思いますので、『未完結である」旨を提示した上で、続きもまとめていく予定です。



後日談(未完結)
蛇足 とあるフラグの天使同盟 壱匹目


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