【関連】
◇01-01[Sad Fad Love]
◇01-02[Xavier]
◇02-01[Mr.Droopy]
◇03-01[FOXES]
◇04-01[Nightmare]
◇04-01[Come Down]
◇01-02[New Year's Eve]
◆05-01[Nowhere]
◆05-01[STALKER GOES TO BABYLON]
◇05-01[Subhuman]
◇06-01[Gazelle City]
◆01[Энергия]
◇01[Happy Birthday]


376 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 01:55:09 2EThNLeI 1225/1236



◆03[Beatiful morning with you]


 ――まっくらな場所にいる。たぶん、まっくらな場所にいるのだと思う。

 でも、本当はまっくらではないのかもしれない。よくわからない。

 自分の目が光をとらえているのかどうか、それがわからない。
 いま、目を閉じているのか、開いているのかも、分からない。

 意味が、見つからない。
 目の前に物があるとして、それが"なんなのか"ということが、うまく認識できない。
 色も、形も、音も、匂いも、すべてがどろどろと混じりあっていて。
 物と物との区別が曖昧になって、すべてが溶け合ってしまっている。

 何も聞こえない。聞こえたとしても、それがなんなのか分からない。
 言葉が失われた混沌。

 暗いような気がするけれど、暗いのかどうかも分からない。
 寒いような気もするけれど、寒いのかどうかも分からない。
 あるのはただ、濁り、汚れ、混じり、溶けた、そんな曖昧な感覚だけ。

 そんな、箱のような場所に、わたしは閉じ込められている。


377 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 01:55:49 2EThNLeI 1226/1236



 あらゆる感覚が鈍麻して、手足がどこにあるのかさえも分からない。
 音も、光も、感触も、すべてが遠く、本当にそこにあるのかも分からないほどに不確かだ。
 
 時間の感覚からさえ見放されたそんな状況で、ときどき、不意に景色が意味を持つことがある。
 
 現に起こったことなのか、そうでないのかも分からない、曖昧な情景。  
 その景色だけが、わたしの意識に、痛みのような、かすかな刺激をもたらす。

 わたしは、その情景が浮かび上がるたびに、必死に目をそらそうと試みる。
 そして、すぐに忘れてしまおうと努める。どうしてその情景を拒んでいるのかは、分からない。

 わたしはとにかく、思い出しては忘れ、忘れては思い出す、ということを繰り返した。

 どうしてなのかは、考えないことにしていた。
 考えるのは、あまりにつらいことだったから。


378 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 01:56:21 2EThNLeI 1227/1236






「……どうして泣くんだ?」

 ――だって、お別れしなきゃいけないから。

「……べつに、違う世界に行くわけでもないだろ」

 ――でも、もう会えないかもしれない。

「会おうと思えばいつだって会えるよ」

 ――きっと、わたしのことなんて、すぐ忘れちゃうよ。

「……そんなことないよ」

 ――本当?

「本当」

 ――本当だったら、うれしい。


379 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 01:57:03 2EThNLeI 1228/1236



「おまえは泣いてばっかりだな」

 ――……ごめんなさい。

「べつに、謝ることじゃない。泣きたいなら、泣いたっていい」

 ――本当は、不安なんだよ。
 
「……なにが?」

 ――みんなと離れること。
 ――だってわたしは、みんながいなきゃ、何もできない。
 ――新しい場所に一人で行かなきゃいけないのが、怖い。

「仕方ないよ。俺たちは子供なんだから」

 ――……。


380 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 01:57:48 2EThNLeI 1229/1236



「……手紙を書くよ」

 ――手紙?

「……ダメか?」

 ――ダメじゃないけど、どうして手紙なの?

「形に残るだろ」

 ――……。

「それを見れば、思い出せる。
 俺たちがどこか遠い世界にいるんじゃなくて、少し離れた場所にいるだけなんだって。
 俺たちがちゃんと、同じ時間に生きてるんだって。
 そういうものが、もしかしたら、必要なんじゃないかって思うんだよ」

 ――……面倒になったり、しない?

「……どうかな」

 ――……。


381 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 01:58:18 2EThNLeI 1230/1236



「泣くなって。ごめん、面倒になったり、しないよ」

 ――……。

「……おまえのことが好きなんだ」

 ――……。

「面倒になったりしない」

 ――……ほんとうに?

「うん」

 ――……ありがとう。

「……それに、俺たちだってずっと子供ってわけじゃないよ。
 あと何年もしない内に、自分たちの意思で会うことだってできるようになる。
 外国に行くわけじゃないんだ。その気になれば、いつだって会いに行ける距離だ」

 ――……。

「そしたら、会いに行くよ。おまえが住んでる街まで」


382 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 01:58:55 2EThNLeI 1231/1236



 ――本当?

「そのときまで、そっちが嫌になってなければな」

 ――……そんなこと、絶対にないよ。

「……それでも、まだ、不安?」

 ――……うん。

「会いに行く。手紙も書く。忘れたりしない」

 ――……。

「……だったら、約束するよ」

 ――約束?

「俺はたぶん、大人になってもおまえのことが好きだから。
 だから、ずっと後になるかもしれないけど、必ず、おまえにプロポーズしにいく」


383 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 01:59:26 2EThNLeI 1232/1236



 ――……。

「……今、笑ったか?」

 ――……ごめんなさい。

「……いや、笑ってくれた方がいい」

 ――……。

「約束するよ」

 ――……うん。
 ――じゃあ、待ってるね。


384 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 02:00:07 2EThNLeI 1233/1236





 記憶だけが、わたしの心を揺さぶっている。
 それ以外の物はすべて、濁って、薄れて、暗闇に溶けている。

 音は空気の震えであって。
 景色は光のかけらであって。
 そこに意味なんてものはなかった。

 箱の中。

 わたしは、何かの音を聞く。でも、その音がなんなのかは分からない。分かろうとしない。
 記憶だけが、わたしを苦しめる。

 音が、繰り返される。
 ――その音は、わたしの心の中の何かを、静かに掻き立てる。
 わたしの耳は、その音を聞いている。わたしの心が、その音の正体を求めている。


385 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 02:00:45 2EThNLeI 1234/1236



 何の音だろう……? この音。
 無機質なはずなのに、なぜか穏やかな。  
 静かなはずなのに、それでも暖かな。
 この音は……そうだ。

 扉をノックする音だ。わたしは、意識を手繰り寄せる。その音の正体を、たしかめようとする。
 誰かがわたしのドアをノックしているのだ。

 まどろみの中で聞いた音。 
 懐かしいような、胸が締め付けられるような、泣きだしたくなるような、音。

 意識が、少しずつ引きずり上げられる。
 光の束が意味を持ち、音が、言葉の連なりになる。

 夢なのかもしれない。幻なのかもしれない。
 たしかめるのは、少し怖い。
 でも……そこにはたしかに誰かがいて、わたしはそれを待っていたのかもしれない。
 わたしは、それを願っていたのかもしれない。

 だから、わたしは――


386 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 02:01:26 2EThNLeI 1235/1236






 ――ノックの音で、目をさました。


387 : 以下、名... - 2014/05/08(木) 02:02:01 2EThNLeI 1236/1236


おしまい




【全章目次】
◇01-01[Sad Fad Love]
◇01-02[Xavier]
◇02-01[Mr.Droopy]
◇03-01[FOXES]
◇04-01[Nightmare]
◇04-01[Come Down]
◇01-02[New Year's Eve]
◆05-01[Nowhere]
◆05-01[STALKER GOES TO BABYLON]
◇05-01[Subhuman]
◇06-01[Gazelle City]
◆01[Энергия]
◇01[Happy Birthday]
◆03[Beatiful morning with you]


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