男「──あの、貴女は…? 魔女様はどちらにいらっしゃるので…」
魔女「私が魔女です」
男「………」
魔女「………」
男「あ、あぁ! 御伽噺でもよくありますものね! 高い魔力をもつ御仁は何百歳になろうとも若いお姿を保たれて……」アタフタ
魔女「先日、十八になりました」ニコッ
男「……からかっておいでで?」
魔女「いいえ」
男「………」
魔女「………」
元スレ
男(最強の魔女…どんな人なんだろう)魔女「えへへ、こんばんは」ニコッ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427070800/
男(おかしい、絶対かつがれてる! だってこの目で見たんだ、去年行われた魔女様の演習!)
男(この砦の最上階から手を翳して、しばらく詠唱したと思ったら閃光が放たれて)
男(視界の果てにある山がひとつ消えて、凄まじい轟音と爆風が遅れて届いて……)
男(あの時、最上階へ移動される魔女様なら見た。後ろ姿だったとはいえ、少なくとももっと背が高かったはずだ)
男(一瞬見えた横顔から察してたぶん二十代後半、それでもお若いなと思ったけど……だからって!)
男「………」チラッ
魔女「……?」ニコッ
男(そんなわけない! どう見てもただの純朴な乙女じゃないか!)
魔女「嬉しいです」
男「はい?」
魔女「やっと貴方の目を見て話せました」
男「昨日までカーテン越しに話していたのは、本当に貴女様なのですか」
魔女「そうです」
男「でも声も口調も随分違います」
魔女「声は違って聞こえるよう部屋に小さな結界を張ってましたから。口調は……ごめんなさい、わざと高圧的にしていました」
男(本当なのか…この人が)
魔女「魔女の本当の姿を世間に知らせるわけにはいかなかったのです。どうかお許し下さいね」ペコッ
男(この月の国を大国たらしめる力を秘めた、恐るべき魔女──)
……………
………
…
…半年前、月の国『魔女の砦』
大隊長「──総員整列っ!」
……ザンッ!
大隊長「皆、良い面構えだ。程よく緊張しているようだな。……赤色小隊、配置を言ってみろ!」
赤小隊長「はっ! 砦より二時方向、盾兵を先頭に放射状配置とし中央に弓兵が控えます!」ビシッ
大隊長「よかろう、黄色小隊!」
黄小隊長「砦より四時から八時方向、槍兵と弓兵を二列帯状配置とし後方の警戒にあたります!」ビッ
大隊長「青色小隊!」
青小隊長「はっ! 砦より十時方向、赤色隊との対象配置で北側の警戒にあたります!」ピシッ
大隊長「今日この日、我々部隊が魔女様の演習警護にあたる事はこの上なき栄誉である」
大隊長「しかしこの砦に部隊が集中している事は、逆に言えば魔女様が姿を見せる事を知らせているも同じだ」
大隊長「ここは内陸といえど、国内にクーデターを目論む者や他国に内通する者がいないとは限らん」
大隊長「魔女様の命を狙うべく襲撃が行われる可能性は、決して否定できない」
大隊長「白色小隊! 貴様らの任務は!?」
白小隊長「はっ! 申し上げられません!」
大隊長「……よし、それでいい。貴様らこそ最も誉ある任に就く、それだけを覚えておけ」
大隊長「十年に一度の演習、総員いっさいのぬかりは許さん! 配置につけっ──!」
………
…
男「──で、結局ただの砦内の警護かよ。そりゃ最後の生命線と言えばご大層ではあるけど、暇な任務だな」
友「まあ、外が慌ただしくならない限り仕事がないものな」
男「でももしかして、この白色小隊の中に裏切り者がいたりして?」ニヤリ
眼帯「おかしなこと言わないでよ。小隊長はピリピリしてんだから、聞かれたら背後から斬られるよ」
男「へっ、俺があの小隊長に負けるとでも?」
友「だから口に出すなって。解ってるよ、お前の腕は。月の国でお前に敵う奴なんかいない……魔法以外はな」
男「それを言うな」
眼帯「だって男くらいだよ? 毒消しの魔法さえ使えずに騎士団に入った人なんて」
男「魔法なんか使えなくたって、小隊長のハゲごとき──」
白小隊長「──実に頼もしいことだな」
男「げっ」
友「うわぁ……」
眼帯「あーぁ…」
白小隊長「この任務の後はどこへ赴きたい? 東西南北、好きな方面の辺境へ就かせてやろう」
男「私は永劫、王都において小隊長殿の右腕として働きとうございます!」ビシッ
白小隊長「ふん……残念だがそれはならん」
眼帯「男、ご愁傷さま」
友「手紙くれよな」ポンッ
男「ええぇ……まさか本当に辺境に飛ばされるので?」
白小隊長「ここを辺境と呼ぶなら、そういうことになるな」
友「ここを? では、今後は…」
白小隊長「そうだ、我々は演習後もこの砦に残り、誉れ高くも魔女様の警護にあたる」
男「……冗談でしょう?」
白小隊長「冗談なものか。しかも男、貴様はそれだけではないぞ」
男「先ほどの発言は謝りますって」
白小隊長「それとは関係ない、個人的には殴ってやりたいがな」
友「それでは…」
白小隊長「男、心して聞け。これは貴様に対する上層部から直接の指令だ──」
………
…
男(でけぇ扉だ……)ゴクリ
『──男、貴様は魔女様の付き人だ。直接に言葉を交わす事になる大役ぞ』
『なんでも下手に魔法適性のある者では、近づくだけで魔女様の御力にあてられてしまうとの事だからな』
『魔力の欠片もない貴様なら、その偉大な力にあてられるどころか、気づく事さえできまいて──』
男(本当に上層部からの命なのかよ…ただ怖いから押し付けてるだけじゃねえの)チッ
男(運んだスープがぬるかっただけで消し炭にされた奴もいるとか……本当か嘘か判らないけど、散々脅されたし)
男(俺だって怖えぇよ…)ブルブル
ギイィィイィィ……
男(扉が勝手に開いた…!)
男「………」
男(入れ…って事だよな)ハァ…
男「し…失礼致します! 恐れ多くも本日より魔女様の手足となるべく命を受け、まずはご挨拶に伺わせて頂きましたっ!」ビシッ
魔女《……こちらへ来い》
男「はっ!」
男(広い部屋だ……奥にカーテン、恐らくその向こうが寝所。声がするのはカーテンの向こうか)
魔女《…名を申してみよ》
男「『男』であります!」ピッ
魔女《ふん……顔色は変わらぬようだな、妾の魔力に臆する様子も無い》
男「は…恥ずかしながら私は魔法適性が皆無でございまして…」
魔女《ほう…? それで貴様が選ばれたわけか》
男「はい、何なりとお申しつけ下さいませ!」
魔女《……よかろう。頼むぞ、男》
男「あ、ありがたき幸せ!」
魔女《昼間は演習の警護、ご苦労であった。退がって休むが良い》
男「はっ、失礼致します」ペコリ
カッ、カッ、カッ……ピタッ
魔女《……どうした?》
男「あの強大な御力、月の軍に身を置く者として誇らしゅうございました」
魔女《思ってもおらぬ事を、安い世辞など要らぬぞ》
男「…いいえ」
魔女《……?》
男「心から、格好良かったです」
魔女《ふ…あははっ、ははははは……面白い奴よ、気に入ったぞ──》
ギイィィイィィ…バタンッ……
………
…
友「──本当かよ、魔女様に気に入られたって!?」
眼帯「なんて言われたの!?」
男「言葉をそのまま受け取っていいかは解らないけどな、気に入ったと言われはしたよ」
友「おいおい…まさか魔女様を娶って大出世とかするんじゃないだろうな」
男「まさか、そんな怖いこと言うなって」
友「ははは……まぁ、うっかり尻なんか触って消し炭にされないように気をつけな」
眼帯「もう、友はいちいち言う事が下品だなぁ」
男「触るもなにもカーテンの向こうだって、顔も見てねぇよ」
友「でも演習で見かけた感じ若かったぜ? 眼帯みたいな男勝りでもないだろうし、その内カーテンの中に呼ばれるんじゃねえの?」クックッ…
眼帯「殺す」
男「だから、よせってば…」
友「なんにせよ名誉な事だよ」
眼帯「羨ましいなら交代してもらえば?」
友「おっと、そいつは御免だけどな」
男「しかし与えられた特別な任務ってのが、この砦の継続的な守護だなんてな…」
友「この白色小隊が編成された時、ちょっと妙だと思ったんだよ」
眼帯「小隊長含む隊員全てが両親も無けりゃ家庭も無い、天涯孤独の身だもんね」
友「それも合点がいったってもんだ」
男「はぁ…退役まで帰れないって事なのかな…」
友「噂だけど十年くらいだって聞いたぜ」
眼帯「つまり次の魔女演習の時までって事」
男「そういや、引継ぎにまだ数名残ってるけど、前任の警護隊も大部分は引き上げてるみたいだもんな」
友「まあなんにしても十年……長いけどな」
男「ちぇっ…もう寝るよ、明日からは魔女様の朝食も運ばなきゃ」
眼帯「大変だね」
友「しっかり顔洗ってから行くんだぞ──」
ZZZzzz…ZZZzzz…
…ムニャ、サケモッテコーイ…ZZZzzz……
『──心から、格好良かったです』
男(……気に入ったと言ってはもらえたけど、軽口だったかな)
男(でも…思ってたほど怖い感じはしなかったんだよな)
男(不思議なのは、騎士団員たる俺が魔女様の召使いをすることの意味…)
男(確かにこの砦では兵士以外にはあまり会わないけど、それでも炊事係や事務方なんかもいないわけじゃない)
男(他人の身の世話をするなんて事に全く慣れない一兵卒を、その役に充てる理由はなんだろう)
男(それに…じゃあ今まではどうしてた? 世話係が引継ぎも無しに替わるなんて、魔女様だって困りそうなもんだ)
男(…俺の知るところじゃないか)
男(無礼を働いて消し炭にされないよう振舞うので、精一杯…ってね──)
……………
………
…
男(えっと…また勝手に扉開くのかな)
男(……あれ? 開かない、まだお休みなのか)
男(ノックしてみよう…)
ソーーーッ……コン、コンッ
男「………」
ギイイィィィ…
男(開いた…)ゴクリ
男「お、おはようございます!」ビシッ
魔女《ん…もう朝ですか…》
男「は?」
魔女《うっ…ごほんっ、ご苦労…》
男(なんか口調が……気のせいか、変なこと言ってお怒りを買うのは御免だな)
男「朝食をお持ちしております」
魔女《うむ、カーテンの脇からこちらへ》
男「失礼いたします」カラカラカラ…
魔女《…では、話すがよい》
男「話す?」
魔女《そうだ、貴様の話を聞こう》
男「……恐れながら私は貴女様の召使いとして遣わされたと存じております。命ずるお言葉を頂戴するは私の役目かと」
魔女《ふん…食事も湯浴みも一人でなせぬほど老いぼれてはおらん、何をさせよというのだ》
男「なんなりと」
魔女《だから妾は『話せ』と命じておる。この砦の中はひどく退屈でな、貴様の話を聞かせてくれ》
男「私の話…でございますか」
魔女《そうだ、なに…時間は売るほどある。生い立ちだろうが戦の話だろうが構わぬぞ》
男(どういう事だよ…召使いって、つまり退屈凌ぎの相手って事なのか)
男(生い立ちとか…そんな面白い話あるかなぁ)
魔女《……話さんのか?》
男「滅相もございません。ただ、何から話せば良いか…」
魔女《貴様、生まれはどこだ?》
男「東の港町であります」
魔女《港町…ならば海に近い地で育ったのだな》
男「むしろ『海しか無い』というべき片田舎でございますれば、魔女様にお聞き頂く価値のあるような話は…」
魔女《いや、興味深い。覚えておる限り古い昔話から聞かせてみよ》
男「……私はその港町で、両親の一人息子として生まれました」
魔女《…その頃の事を覚えておるのか?》
男「し…失礼いたしました! 覚えている限りの昔話をと申されましたのに……お許しを!」
魔女《いや、そういう意味ではない…すまぬ》
男「え…?」
魔女《腰を折ったな…そのまま続けてくれ》
男「は…はい、それでは……私の父は漁師をしており──」
………
…
魔女《──ふむ、それで? 子供達が集い学ぶ『学校』とやらに通い始めて、どうなったのだ》
男「大変楽しゅうございましたが……家に持ち帰ってからこなさなければならない『宿題』だけは憂鬱でもありました」
魔女《学校で学ぶのは楽しいのに、家ではつまらぬのか》
男「学校では友人と共に学ぶから楽しいのです。家に帰れば、今度は外で遊びたくなるものでございます」
魔女《ほう、ほう、なるほど…》
男「……恐れながら魔女様、夕食の時刻でございます。おそらく扉の前に届いているかと」
魔女《なんと…もうそのような時刻であったか》
…パチンッ
ギイイイィィィ……
魔女《男よ、食事を運んだら、貴様も食べてくるといい》
男「ありがとうございます」
魔女《ただし、終わったらすぐに来るのだ。早く続きを聞かせよ──》
……………
………
…
…1ヶ月後
友「おはよう、今朝も早いんだな」
男「ああ、魔女様のとこへ行かなきゃいけないからな」
友「……大丈夫か? 連日、早くから遅くまで…昼の訓練の時間以外はずっと呼び出されてるじゃないか」
男「ありがとよ、でも平気だ」
友「魔女様の部屋なぁ…俺なら重圧でどうかなっちまいそうだ」
男「魔法適性はまるで無いんでね」
友「そういう意味じゃねえよ」
男「はは…解ってる、でも心配ないって」
男「じゃあそろそろ御主人様のところへ行くかな」
友「御主人様…か」
男「……どうかしたのか?」
友「いや……先週、落日の国が降伏勧告を受け入れたって聞いた」
男「ああ、この一ヶ月の間で白夜に続いて二国目だ」
友「そもそも落日は砂漠化が進んだり異常気象が襲ったり、疲弊した状態ではあったと聞くけど」
男「白夜も一昨年、大地震があったらしいしな」
友「でも、きっと最終的に降伏を決断させたのは魔女様の演習なんだろうな…と思ってさ」
男「まあ、あの威力なら一国の首都を灰にするくらい可能だろうからな、歯向かう気を無くすのも頷ける」
友「月王陛下は世界の全てを手中にするおつもりなんだろうか」
男「…かもしれないな」
友「以前、旭日の国から戻った部隊から聞いた話…言ったっけ?」
男「街ふたつ、廃墟にしたってな」
友「『手段を選ばず、女子供を含め全てを殲滅せよ』なんてな、俺たちがその命を受けたらどうする?」
男「……どうもできないよ、俺たちは兵に過ぎん」
友「俺は…月の国を、孤児の俺を施設で育ててくれたこの祖国を守りたくて騎士団に入ったんだ」
男「ああ」
友「違う国に侵攻し、略奪を行うためじゃない」ギリッ
男「解ってる……声が大きいぞ」
友「すまん…だけど、覚えてるか? 騎士団に入隊した時の陛下の演説」
男「『諸君らは偉大なる魔女を守る騎士である』…か」
友「だったら他国への侵攻は魔女様が望んだ事なのか? 魔女様の近くにいるお前はどう思う?」
男「……そうは思わない、魔女様はきっとそんな事を望む方じゃない」
友「自然災害や異常気象が続く世界と暴走する祖国…か、どうなっちまうんだろうな」
男「少なくとも俺たちは十年間は他国の侵略には回されないんじゃないか、幸いだと思おうぜ」
友「でも、もし本当に魔女様の力を攻撃に使おうとしたら…」
男「…すまん、行くよ。また夜に酒でも飲みながら聞こう」
友「ああ……そうだな、悪かった」
男「いいよ、気持ちは解る。落日は死んだお袋さんの故郷なんだろ?」
友「その街も砂漠に飲まれたって聞いたよ」
男「…そうか」
友「引き止めてすまない、また昼の訓練で──」
………
…
…カッ、カッ、カッ
男(友の言いたい事も解る……魔女様の力は偉大なものだけど、それを脅しに使うなんて)
男(そんな事を自ら望むような人じゃないはずだ)
男(魔女様は俺なんかの他愛も無い話を楽しみにして下さっている)
男(俺たちみたいな平民の暮らしを、全然知らないだけに興味深いんだろう)
男(そんな御方が他国とはいえ民の暮らす街を殲滅する事など──)
砦長「──魔女様の部屋へ行くのか」
男「はっ…! これは砦長殿、挨拶が遅れ申し訳ございません!」ビシッ
砦長「よい、魔女様は貴公を大層お気に入りのようだ。足止めして悪かった」
男「とんでもない事でございます、ありがたき幸せ」
砦長「解っておると思うが、21時までにはこの階から退去するようにな」
男「はっ、心しております」
………
…
男「──その小島に渡れば、大層たくさんの魚がおりまして」
魔女《ほう…どのような?》
男「魔女様がお口にされるような魚もおりますれば、あまり食用にはいたしません色鮮やかなものも」
魔女《……見てみたいものだな》
男「お勧めはいたしませぬが……何しろ海月が多くございます、刺されて命を落とすようなものはおらずとも、酷く痒みが残ります」
魔女《海月か、知っておるぞ。水面を漂っておるのであろう? そうか…それは刺すのか》
男「他にも、何しろ海辺は水面からの照り返しもありますれば、肌が焼かれる事にも注意せねばなりません」
魔女《なるほど、海辺というのは過酷なのだな》
男「仰る通りでございます。訪れたとしても海に入ろうなどと思われませんよう──」
………
…
男「──その丘には時季になると一面の浜撫子が咲き、緑の織物に薄紅のステンドグラスをちりばめたような鮮やかさでございます」
魔女《浜撫子…初めて聞く花の名だ》
男「この月の国では東部の海岸線にしか咲かぬ花です」
魔女《地に根を張り咲き誇る花か…さぞ美しいのであろうな》
男「華やかな切り花とはまた違った美しさがあるかと」
魔女《………》
男「……魔女様?」
魔女《いや…想像を馳せておった、構わん続けてくれ》
男「はっ、さらに丘を山裾側に下ると泉が湧いており──」
………
…
魔女《──さあ、昨夜の続きを早く聞かせてくれ》
男「はて…どこまで話したか…」
魔女《ええい、勿体ぶるでない! 酒屋の娘が漁師と駆け落ちて、どうなったのだ!》
男「ああ、そうでございました。それはもう大変だったのです。まず娘の父親が激昂いたしまして…」
魔女「うむ、うむ」
男「漁師の家に怒鳴りこもうとするも、既にそこはもぬけの殻でありました」
魔女《それはそうであろうな、近所の家に居ては駆け落ちとは言わぬだろう》
男「しかし街道をいくら探せど、立ち寄りそうな宿場町をあたろうといっこうに見つかりませぬ」
魔女《おお……して、二人はどこへ逃げたのだ》
男「お解りになりませんか? 駆け落ちたのは漁師でございますれば…」
魔女「まさか…海か! しかし舟がない事くらい、すぐ気づきそうなものだが…」
男「彼は隠し持っていたのです、二艘目の舟を──」
………
…
男(平凡な俺の人生だ、じきに面白く話せるような事柄は尽きた)
男(剣技の訓練の話、花や魚の名や姿、訪れた事のある街の風景を語るだけ)
男(それでも魔女様は興味深そうに、度々『早く続きを』と急かしながらそれらを聞いてくれた)
男(魔法学は無論として、生物学も物理学も俺には理解できない知識量をもつ魔女様は)
男(俺の話に補足を下さったり、時に俺が勘違いをしている事に対しては正しい知識を教えても下さった)
男(逆に、平民の暮らしを知らないだけ……と考えるには)
男(あまりにも、この世界に対する本当の意味での知識は乏しいと思われた)
男(俺はいつの間にか、恐れ多くも魔女様と過ごす時間が楽しくなっていた)
男(そして俺がこの役目に就いて、およそ半年の時が流れた──)
……………
………
…
友「──あれ? 今日はゆっくりしてるじゃないか」
男「ああ、魔女様は日中ご多忙らしい。夕食後だけ来いって言われたよ」
眼帯「ちょっと寂しかったりー?」ニヤニヤ
男「からかうなよ……たまには昼まで二度寝するのもいいさ」
友「ははは……しかし魔女様のご多忙と関係あるかは知らんが、妙に外は慌しいな」
男「本当だな、廊下から走る音が聞こえて──」
…ガチャッ!
白小隊長「──貴様ら! すぐに表へ出て整列しろ!」
男「ええぇ…」ガクッ
ザワザワ…ナニガアルンダ…?
ダレカ クル ラシイゼ…
白小隊長「総員、整列っ!」
ザンッ…!
……ゴロゴロゴロ…ヒヒィーン
男(ん…馬車の音…か?)ヒソヒソ
友(国章が入ってるぞ、政府の要人か)ヒソヒソ
白小隊長「国王陛下に敬礼!!」
ビシッ…!
眼帯(国王だって…!)
友(驚いたな…)ヒソヒソ
男(月の国王…こんな間近では初めて見た)
男(50年前、この国が魔女の力を武器に勢力を拡大し始めた頃)
男(皇子の身でありながら、戦線の筆頭に立って数々の武勲をたてたという)
男(そうじゃなきゃ三男が王位を継承するなんて、あり得ないだろう)
男(国を統べる国王と、その国最大の力の象徴たる魔女…)
男(どっちがこの国の盟主なのか……俺には関係ないのかもしれないが)
男(少なくとも今日、それはここに揃ってるんだな──)
……………
………
…
…現在、魔女の部屋
魔女「──驚いたでしょうね、魔女の正体がこんな小娘だなんて」クスクス
男「……滅相もございません」
魔女「いいのです。もうあんな偉そうな話し方はしませんから、どうか『男様』も気楽に」
男「そ、そのようなわけには参りません!」
魔女「えっ」
男「魔女様がどのようなお姿であれ、私の主に違いはございません故…」
魔女「そう…ですか」ポツリ
男「しかし何故……隠してこられたお姿を、私に見せて良かったのですか」
魔女「ええ、許されましたので」
男(許された? 偉大なる魔女様が許しを得る必要が…?)
魔女「……今日の昼間は、よく休めましたか?」
男「はい、陛下をお出迎えする際と訓練以外は怠惰に過ごさせて頂きました」
魔女「毎日お付き合いを願ってごめんなさい、でも本当に貴方のお話を聞くのが楽しくて」
男「ありがたき幸せにございます」
男「しかしながら初めてお目にかかるとはいえ、魔女様は顔色が優れぬようお見受けします」
魔女「陛下のご訪問に少々疲れただけです、平気ですよ」
男「それならば今日は早めにお休みになられては」
魔女「嫌です」
男「……出過ぎた事を申しました、お許しを」ペコリ
魔女「ごめんなさい、心配をして下さったのは解っているのです。…でも」
男「…?」
魔女「やっと男様と偽らずに話せるようになったのですもの。すぐに寝るなんて、嫌です」ニコッ
男「こ…光栄に存じます」ドキッ
男「……先ほど私に姿を明かす許しを得たと仰ったのは、国王陛下よりのことなのでしょうね」
魔女「はい」コクン
男「私以外に対しては…?」
魔女「元より私を知るこの砦の者以外では、男様にのみ明かす事を許されました」
男「承知いたしました。隊の仲間にも決して話しません」
魔女「…ご面倒をおかけしますね」
男「とんでもない……私だけがお目にかかれるなど、この上なき喜び」
魔女「ふふ、ありがとうございます」
男「例え構わぬと申されましても、話したく無うございます」
魔女「あははっ、やっぱり男様は楽しい御方ですね」クスクス
魔女「男様、こちらへおいで下さい。見て欲しいものがあるのです」
男「はっ、すぐに」
魔女「ほら…私のベッドの真上、天の明かりが届くように吹き抜けの窓になっているのですよ」
男「これは見事な、どうりで昼や月夜にはカーテンの内が明るく浮かんでいたわけです」
魔女「それと…ほら、こっちの壁にも窓が」
男(これは小さな窓だな…開きもしない)
魔女「天窓からは空しか見えませんが、こちらの窓からは外が見渡せます。私、ここからの眺めが大好きなんですよ」
男(え…? でも、この方角は砦の裏の岩山しか…)
魔女「昼間だと山肌に草が揺れるのが見えるのです。時季には石楠花が咲いているのを見つける事も」ニコニコ
魔女「きっと…この反対側の眺めは、もっとずっと壮大なのでしょうね。この何倍もの世界があるのでしょう?」
男「何倍ではききません」
魔女「見てみたい、今から楽しみです」
男「……では、やはり去年の演習をなさったのは貴女様ではなかったのですね」
魔女「はい、黙っていてごめんなさい」
男(じゃあ、あの時の魔女様は今どこに…?)
魔女「……およそ10年前、この部屋を与えられました」
男「10年…」
魔女「それからはここと窓から見える景色が私の世界の全て」
男「それまでは…?」
魔女「同じ砦の中、窓のない部屋でした」
男(そんなところに何年間も…)グッ…
魔女「ここを与えられた時は嬉しかった。でも半年前、そして今日はもっと嬉しいのです」
男「魔女様…」
魔女「男様が私の話し相手になってくれて良かった。心から感謝しています」
男「なぜ外の世界をご覧になれないのです?」
魔女「ひとつには、やはり魔女の命を狙う者を警戒しての事です」
男「しかし、たまに砦の屋上に出るくらい…」
魔女「最も大きな理由として、魔女になる者は特別な環境を整えられたこの砦の外では長く生きられないのだそうです」
男「!!」
魔女「幼い内は日光に曝される事も危険だと……部屋に窓が無い事も仕方がなかったのでしょう」
男「今、魔女に『なる者』と…?」
魔女「……口が滑りました、お忘れを」
男「魔女様…やはり顔色が優れません、どうかお掛けを」
魔女「ありがとう、ではベッドに掛けさせて頂きます。男様もそちらの椅子にどうぞ」トスッ…
男「お気遣いありがたく存じます……が、体調が思わしくないなら──」
魔女「──嫌です…と言いました。まだまだ時間はあるはず、今宵も話をお聞かせ下さい」
男「承知いたしました」
魔女「どうか細かに、この目で見た程に想像したいのです」
男「できる限り、努力いたします──」
………
…
…二時間後
男「──ともあれ、何とか人数分揃った虹鱒をその川原で焼いて酒のアテとしたのです」
魔女「………」
男「では、そろそろ今宵はお時間でございますれば、私はこれで…」
魔女「………」フラッ…
男「魔女様…!?」
魔女「…ん……」トサッ……スヤスヤ…
男(……眠られただけか)ホッ…
男(そもそも顔色が優れなかったから、驚いてしまった)
男(しかし、このままベッドの縁に横倒しの状態で置いておくわけにもいかない)
男(一度起きて頂くか……)
男「魔女様……」
魔女「…綺麗……な…花…」スゥ…
男(……良い夢をご覧のようだな)
男(やむを得ん、抱き上げてベッドの中央に移って頂こう)
男(決して疚しい想いはございません故、お許しを…)スッ
フワッ……ポフッ、トサッ
男(これでよし…と)
魔女「………」スヤスヤ
男(さて、隊舎に戻るか)
男(この扉、外からは自分では開けられなかったけど……)
カチャ、ギイィ…
男(よかった、内側からは開くみたいだ)
男「おやすみなさいませ、魔女様。そのまま良い夢を…」ペコリ
ギイイィィィ……バタン…
男(もう21時ちょうどくらいだな、早く降りないと)
男(…魔女様、すごく軽かったな)
男(あんなお美しい乙女だったなんて、未だに信じられない)
男(部屋に訪問するのが尚更楽しみかも)
男(…なんて、それこそ消し炭にされても文句言えないな)クスッ
カッ、カッ、カッ…
砦長「待たれよ、男殿」
男「砦長殿……申し訳ございません、時間が過ぎましたか」
砦長「いや、時間はちょうどだ。すまないが、少しこちらの部屋へ」
男「はっ」
砦長(……くれぐれも、粗相の無いようにな)ヒソヒソ
男(はい…?)
…コン、コンッ
砦長「失礼いたします、国王陛下」
男「……っ…!?」
月王「ご苦労……貴公が魔女殿の話し相手か」
男「お…男と申します! 陛下のお目にかかれるなど、光栄の極み!」ビシッ!
月王「良い、楽にせよ。貴公の話は魔女殿からも聞いておる」
男(なんだ…この部屋は、様々な器具…機械? 白衣を着た職員がいる)
月王「……驚いたであろう? 魔女殿があのような若き乙女だったなど」
男「どのようなお姿、お歳であれ、陛下と等しく私の主である事に変わりはございません」
月王「ふむ、私と等しく…か、良き心構えだ」
男「ありがたきお言葉」
月王「本来なら今宵、貴公が魔女殿に謁見する前に伝えておきたかったが、ままならず今になってしまった」
男「なんでございましょう」
月王「魔女殿を主と呼んだ言葉を信じるなら有り得ぬだろうが、まさか彼女の肌に触れてなどおるまいな?」
男「は──」
『──やむを得ん、抱き上げてベッドの中央に移って頂くか』
月王「どうした? まさか過ちでも犯したと…」
男「め…滅相もございません! 指一本触れておりません!」アセアセ
月王「ならばよい、今後も一切触れてはならぬ」
男「御意に」ドキドキ…
砦長「男殿、解っておろうな? 過ちを犯すなというだけではないぞ」
月王「うむ…貴公は魔法への適性が薄く、それ故に適任であったとは聞いておる。しかし流石に触れればただでは済むまい」
男「ただで済まない…とは?」
砦長「貴公の中に僅かでもある魔力が暴走し、最悪の場合命を落としかねんのだ」
男(……馬鹿な、俺は彼女を抱き上げたんだぞ)
月王「それともうひとつ……砦長、すまぬが少し席を外してくれ」
砦長「はっ」ペコリ
月王「男よ、これは貴公の胸だけに留めるのだ。…魔女殿に対し語る話の内容についてだが──」
男「………」ゴクリ
月王「──彼女の知らぬ外の世界を語って聞かせるのは構わぬ、だが決して生に執着させるな」
男「それは、どういう…」ハッ…
月王「…どうした?」
男「いえ、陛下のお言葉に問いを返すなど……失礼を致しました」ペコリ
月王「良い…全てを話す事は出来んが、ある程度は知っておかねば貴公も惑うであろう」
男「………」
月王「聞いておるかもしれぬが、魔女として産まれた者は外界の環境で生きる事はできん」
男(……え?)
月王「そして彼女らは、どうあっても齢三十を数える事はできぬのだ」
男「!!」
月王「これもまた定め……無論、現在の魔女殿も存じている」
男「それでは、去年の演習を行った魔女様は」
月王「歴代の魔女殿が、その生涯の最期に執り行う務め…それが魔女演習なのだ」
男「生涯の最期…」
月王「最も国の為になる最期の形、もしあの演習を行わずとも彼女の天寿は一年と残ってはいなかった」
男「月の繁栄のために、残り僅かな命を投げ打ったと?」
月王「解るであろうな? 必要悪なのだ。現にその後すぐに白夜と落日は屈した、恩恵は計り知れん」
男「………」ギュ
月王「やむを得ぬ事とは言え外の景色すら満足に見られない魔女殿は、広い世界に憧れの念を抱いておろう」
男「…はい」
月王「その想いは演習の日、叶えられるのだ。この砦の屋上からその身体が許す限りの時間、景観を心に刻む」
男(そして…最期の魔法を放つ)
月王「男よ、どうかその日まで魔女殿にこの世界の素晴らしさを語って差し上げてくれ」
男(より強く憧れを抱かせろ…って事か)
月王「そうすればその日の風景は、なお美しく目に映るであろう」
男(魔女様に望んで自らの命を差し出させるために)
月王「ただし、先も言った通りだ」
男(決して、生きる事の喜びは語らず)
月王「魔女殿を生に執着させてはならぬ」
男(俺の役目は、魔女様に…)ギリッ
月王「よいな、男…魔女の騎士よ」
男(喜んで命を投げ出させる事だっていうのか──)
………
…
男(──だけど、おかしい)
男(俺は魔女様に触れても、なんともなかった)
男(そりゃあ俺がよっぽど魔法適性が無いだけなのかもしれないけど)
男(陛下は話の中で『魔女として産まれた者』と言った)
男(でも、魔女様は今日……)
『──魔女になる者は特別な環境を整えられたこの砦の外では長く生きられないのだそうです』
『今、魔女になる者と…?』
『……口が滑りました、お忘れを──』
男(陛下の言うように生まれ落ちた時から魔女としての力を持っているなら)
男(日の光さえ浴びられぬ赤子をどうやって探し、この砦に運んだっていうんだ)
男(砦の中で産まれた…?)
男(……それなら腹の中にいる内から、その子が魔女だと判ってた事になる)
男(そんな事があるだろうか…)
男(今の魔女様は、残りおよそ十年の生涯って事だ)
男(じゃあ既に他に、次の魔女となる者もこの砦に暮らしているのか?)
男(それは一人だけなのか? なぜ他の国には魔女がいない?)
男(……くそっ、釈然としない)
男(恐らく陛下の話には嘘が含まれている。どの部分か…あるいは)
男(全てが──?)
……………
………
…
男(──それでも、俺になにができるっていうんだ)
男(陛下の話の真偽もはっきりとせず、まして魔女様はそれを信じておられるはず)
男(俺の不確かな考えを告げても、そんなの心を惑わせるだけ──)
魔女「──男様?」
男「はっ…」ドキィッ
魔女「どうされたのです。…なにか考え事でも?」
男「こ、これは失礼を! ええと…漁の話の途中でありました」アセアセ
魔女「……ごめんなさい、連日ここへお呼びしているから疲れも蓄積されているのでしょうね」
男「とんでもない、隊の仲間は日々砦内の警護に立っているのです。それと比べれば楽なものでございましょう」
魔女「ふふっ…最初の頃は緊張ですごく疲れていたように見えましたが?」
男「うっ…気を緩めているつもりはございませんでしたが…」
魔女「いいえ、嬉しいです」
男「……申し訳ございません」
魔女「ここを訪れて頂く事、男様は苦痛ではありませんか?」
男「無論、変わらず光栄の至りと存じております」
魔女「どうか本心をお聞かせ下さい」ジッ…
男「……本心…でございますか」
男「私は…大変楽しゅうございます」
魔女「……どのように?」
男「恐れながら魔女様は、やむを得ず外界に出られた事がありません」
魔女「はい」
男「それを私が語り、魔女様は興味深く聞いて下さいます」
魔女「実際にとても興味深いですから」
男「その…失礼かもしれないのですが」
魔女「?」
男「私は、魔女様をそこへお連れしているつもりで語らせて頂いております」
魔女「……ありがとうございます」
魔女「本当に連れていって貰えたら、どんなに楽しいでしょうね」
男「連れていきとうございます」グッ…
魔女「私は外では生きられませんから」ニコ
男(……やはり魔女様は、そう信じておられるのか)
魔女「ごめんなさい、困らせましたね」
男「いえ、しかし…」
魔女「なんでしょう?」
男「いずれ、屋外で演習をなさるのでは…? その時、お身体に差し障りは無いのでしょうか」
魔女「!!」ビクッ
男「…申し訳ありません、私が知るべき事ではありませんでした」
魔女「演習は短時間の事ですので、心配には及びません」
男(明らかな動揺が見られたな……やはり演習の意味はご存知みたいだ)
魔女「も、もう今宵の時間も少ないですね。なにかお話をして下さいますか?」
男「はい、なんなりと」
魔女「では……ええと、そう…ですね…」
男「漁の話の続きでよろしいでしょうか?」
魔女「……ううん…あ、そうです、歌を」
男「歌…?」
魔女「はい、私は音楽というものをあまり知りません」
男(まずい、俺もあんまり知らない)
魔女「楽譜なども見た事はありますが、音階がよく解らないのです」
男「な…なるほど」
魔女「だから、よかったら歌って頂けませんか?」ニコッ
男「ぐ……聴くに耐えられるかどうか…」
魔女「大丈夫です」ワクワク
男(なにが大丈夫なんだろう…)ダラダラ
魔女「できれば覚えたいので、簡単な歌だと嬉しいです」フンス
男「ううむ…それだと、子守歌くらいしか存じません…」
魔女「子守歌! ちょうどいいではないですか、今は就寝前です」パァッ
男「そ、それはあまりに失礼では? まるで魔女様を子供扱いしているようで…」アセッ
魔女「お待ち下さい、私すぐに横になります」イソイソ…ポフッ、ファサッ
男「えっ、えっ…あの…!?」
魔女「これで大丈夫です! さあ!」キラキラ
男「はぁ…どうか笑わないで下さいますよう…」
魔女「笑いません、約束します」コクン
男「…ごほん、あー、あー…」
魔女「もう始まっているのですか…?」
男「まだです」
魔女「咳払いは覚えなくて良いのですね」ニコッ
男「金色ーのー麦畑ーにー日が落ちーたーのはー♪」
男「母上ーがー焼くーパンのー香りがー煙突ーからー届く頃ー♪」
魔女「………」
男「今はー星がー昇りてー渡り鳥ーがー休む夜ー♪」
男「髪をー撫でるはー命のー左手♪ 掌をー包むはー魔法のー右手ー♪」
男「母に抱かれー魔法にー誘われー眠る愛児よー♪」
魔女「………」スヤ…
男(本当に寝た…)フゥ…
男(……子守歌で眠りにつく魔女様…か)
男(幼い頃は日の光を受ける事もできず、今も満足に世界を見る事すら叶わず)
男(きっと、母の腕に抱かれて眠る事も無かったんだろう)
『──私はその港町で、両親の一人息子として生まれました』
『…その頃の事を覚えておるのか?』
男(あれは、本当に解らなかったんだ)
男(乳飲み子の記憶なんか誰も持っていない、それさえも知らないから)
男(俺が本当に生まれた頃の記憶を語れると思ったんだろうな)
男(……なにが魔女の騎士だ)
男(主を死なせるための務めなど──)
カラーン…コローン…
男「……っ…」ハッ
男(いけない、21時になってしまった)スッ…
ギイイィィィ…パタン…
男(急がないと…)
男「!!」
砦長「──次の王都への定期報告書は二週間後に送る事になる」
砦長「私に見せて差し支えないものは一応目を通しておきたい、分けておいてくれ。いや来週で構わん」
砦長「それでは最後は施錠を確実にな、先に休ませてもらおう」…バタンッ
男(この間の部屋……砦長は引き上げたようだけど)
男(あの白衣の職員はまだいるみたいだな)
男(…いけない、何を考えてる)グッ
男(俺はただの一兵卒だ、月の国軍に属する騎士だ)
男(でも…俺は──)
『本当に連れていって貰えたら、どんなに楽しいでしょうね』
『私は外では生きられませんから』
男(──魔女の騎士じゃないか)
…コン、コン
《…誰だ? 砦長殿か?》
男「先日立ち入らせて頂いた、白色騎士小隊の男だ」
《ああ…魔女様の付き人の、何の御用でしょうか》
男「今後、魔女様に接する上で知っておくべき事があったら、貴方に訊くよう陛下に仰せつかっている。少し話を伺えないか」
《砦長を通して頂けませんか?》
男「陛下は砦長に対しても全てを話してはおられぬようだったが…?」
《………》
男(さっき聞こえた会話からしても、この者は砦長以上に深いところを知っているはず)
《どう言った内容でしょう?》
男「ドア越しに訊けぬ話……と言おうか」
《……少々お待ち下さい》
カチャッ…キイィィ…
男「遅くにすまない、核心に迫る話をする時は砦長にも聞かれないように…と言いつけられていたのでな」
白衣「ふむ…しかし陛下は男殿にどこまで?」
男「陛下が話して下さった事は、さほど掘り下げた内容ではない。しかし中途半端な情報を魔女様ご本人から伺ったのだ」
白衣「…なるほど、それは対応に困るでしょうね」
男「ああ、少し知恵を拝借したい」
白衣「どうぞ、中へ」
男(定期連絡は二週間後…か、下手をしたらその時には首が飛ぶな…)
男「魔女様は幼き頃、日の光さえも受けられなかった…それは聞いた話に合わせてある」
白衣「はい」
男「しかし魔女様ご本人も、その事に疑問を抱かれているようなんだ」
白衣「ああ…やはり、そうでしょうな」
男「私も聞いた時から疑問であったからな。まさかこの砦で産まれたというわけではあるまい」
白衣「確かに、今の魔女様がここへ入られたのは二歳の頃でありました」
男「二歳…か、それでは一切覚えていないわけだな。今後も嘘をつき通すことはできるか」
白衣「ええ、是非その方向で。外に出られない事自体が嘘だと知ったら、魔女様は簡単にこの砦を潰せてしまいます」
男(……!!)
男「……次の魔女になる者は、もうこの砦に?」
白衣「それについても魔女様がなにか言っておられたのですか」
男「ああ…既に決まっている…と」ゴクリ
白衣「そうですか…やはり察せられるのでしょうな。確かにひとつ下の階に一人の少女が」
男「去年演習を行った、先代の魔女様が使っていた部屋にでも?」
白衣「その通りです。ようやくその少女も地下を脱し、日の光を浴びられた…ということですな」
男(地下…それが窓の無い部屋か)
男(しかしまだその少女の事を魔女とは呼ばないんだな…)
男(だったら、これは賭けだが──)
男「──いつ、その少女は魔女に?」
白衣「なんと…そんな事まで」
男(怪しまれた…か…?)
白衣「今までとは事情が違います。高い魔力を持つ方を魔女と呼ぶなら、既に魔女という事に」
男「しかし今現在は私が接している御方こそが魔女…という事か」
白衣「そうですね、全ての行程が終わるまでは。……その様子だとつまり魔力譲渡の件も聞いているのでしょう?」
男「……ああ、ぼんやりとだが」ゴクリ
白衣「はぁ…やはり何も知らない方を魔女様の付き人につけるなどすべきでなかったんだ」
男「魔女様とて人間だ、先入観を持たぬ者に胸中を話したくもなるだろう」
白衣「それは解りますがね……辛い運命を背負わされた方ですから」
男「大丈夫だ、私は魔女様から聞いた話を広めるつもりはない。ただ、疑問を抱えたままではどうにも話がし辛くてな」
白衣「よかったですよ、せめて貴方のような人で。何しろ魔女様が約束と引き換えに話し相手を求めるなど歴代で初めての事だそうですから」
男「約束…?」
白衣「ええ、それこそ魔力譲渡に同意する…という約束です。失礼ながら貴方は褒美の品というわけですね」
男「その譲渡は、いつ行われる」
白衣「魔力の譲渡は六月末、来週に最初の一回を行う予定です…が、これは魔女様も承知しているとはいえ、改めて話題とはしない方が」
男「…なぜだ」
白衣「年に一度、十年に渡り血を分け魔力を譲渡する…それこそが死を手繰り寄せる行為だからですよ」
男(血を分ける…死を手繰るだと…?)
白衣「もし魔女様が薄々ともその事に勘付かれているとしたら、自らの命を切り分ける事に恐れはあるでしょうから──」
……………
………
…
…1週間後
男「──魔女様、どこか具合が悪くございますか?」
魔女「いいえ…大丈夫です」
男「しかし顔色が優れません」
魔女「明日から少しの間、男様に会う事もできないのです。どうか今宵は今しばらく話をお聞かせ下さい」
男「三日間…でございましたね」
魔女「はい、魔力を高めるための儀式のようなもので」
男「それが顔色が優れぬ理由なのでは?」
魔女「…関係ありません」
男「ならば結構です。またつまらぬ話でも聞いて頂くとしましょう」
男「まず外を歩くというのは、存外疲れるものでございます」
魔女「そう…ですか」
男「ましてやずっと同じ部屋におられる魔女様であれば、最初は日に5里も歩く事は望めますまい」
魔女「………」
男「そのくらいの距離しか進めないという事は、満足に日々の湯浴みなどは得られないという事」
魔女「なんの話を…?」
男「無論、食事も携帯に向いた簡素なものとなります」
魔女「男様…」
男「ただし街道は緑も豊かで、時には川の流れや滝、海が見晴らせる事もございます」
魔女「男様、おやめ下さい」
男「夜は天窓に切り取られることなく、満天の星空を見ながら眠りにつく事に…」
魔女「やめて下さいっ!」
魔女「私を連れているつもりで話して下さるのは解ります!そういうお話はいつも楽しいです!」
男「………」
魔女「でも、今日はどうされたのですか…? そんな言い方をされたら、それが叶わぬ事が辛くなります」
男「ならば…叶えては如何です」
魔女「できないから辛いのです! 知っておられるでしょう…!?」キッ
男「ええ、存じております」
魔女「ならば──」
男「──明日から三日間、最初の魔力譲渡に臨まれる事も」
魔女「!!」
魔女「なぜ…それを…?」
男「魔女様、気づいておいでなのではありませんか」
魔女「……なにをです」
男「その魔力譲渡…次の魔女に血を分ける行為は、貴女様の命そのものを切り取る事」
魔女「そんな事はありません」
男「そう確信されているのですか」
魔女「だって…魔力の引き継ぎとは関係なく、魔女は長く生きられないのです!」
男「二十代の内に亡くなってしまう…?」
魔女「……そうです」
男「幼い内は太陽の光を受ける事さえ許されず」
魔女「はい」
男「今も貴女様の世界の全ては、この部屋から望める景色だけ」
魔女「そうです、この砦の外では生きられません」
男「誰にそう教えられたのです?」
魔女「…男様、おやめ下さい」
男「幼少を過ごした窓の無い部屋、決して開かぬよう作られたこの部屋の窓…いつその真偽を確かめられたというのです」
魔女「それ以上言ってはなりません! 反逆罪で罰する事に…!」ダンッ
男「誰に対する反逆ですか」
魔女「国王陛下に対し──」
男「──私は魔女の騎士です」
魔女「……男様…」
男「魔女様、お手をこちらへ」
魔女「な…なりません! 如何に貴方が魔力への感応が低くとも、私に触れたら…!」
男「それを教えたのは誰です」
魔女「!!」
男「…お手を」スッ
魔女「………」フルフル
男「失礼致します」
魔女「あっ…だめっ──!」
──ギュッ
男「……どうです?」
魔女「嘘……触れてる…のに」
男「外界を歩いてみたい、世界を目にしたい、死にたくない…」
魔女「あ…ぁ……っ」ツーーッ
男「魔女様、もう一度申し上げます」
魔女「……っ…!」ポロポロッ
男「その望み、叶えては如何ですか」
魔女「でも……私…は…っ!」グスッ
魔女「自分は…外で生きられない……そういう病だと…!」
魔女「それ…をっ……特別な環境を整えたこの砦で…陛下はっ……私を生かして下さって…!」
魔女「どうやって、ここまで連れて来られたのか…病は本当なのか…っ」ヒック
魔女「疑問に思っても…恩が…あるからっ…!」
男「魔女様…」
魔女「だから…! それを返す…ためにも……魔女になる…って!」グスンッ
男「これまでの時間を思えば、あまりに残酷かもしれません」
魔女「うっ…うぅ……っ」
男「しかし貴女様は病など患ってはいない、本当は外の世界でも生きられるのです」
魔女「じゃあ……どうすればっ…!?」
男「ご命令を」
魔女「命…令……?」
男「私は貴女様の騎士にございますれば」
魔女「騎士…私の…」
男「なんなりと」
魔女「……でも」ギュウッ
男「以前も申し上げました」
魔女「……?」
男「私は語らせて頂いた、その景色を見せとうございます」
魔女「う…ぅ…」
男「貴女様に死んでなど欲しくないのです」
魔女「…でも私は、あと十年足らずしか生きられませんっ」
男「それも偽りだと申しました」
魔女「だけどっ……私が生きるために、自由になるために貴方を巻き込むなど…!」
男「先ほど私は何と言ったか、もうお忘れですか」
魔女「……ぅ…」
男「貴女に世界を見せたい、私自身がそう望んでいるのです」
魔女「………」グッ
魔女「………」フルフル
魔女「………」スゥ…
魔女「男様……私の騎士…」ジワッ
魔女「それでも私は命ずるなど…できません」ポロッ
魔女「だから……お願い…します」ボロボロ…
魔女「私を…ここから」グスン
魔女「連れ去ってください──」
男「──御意に」
魔女「……ぅ…」グスッ
男「では早速、参りましょう」スッ…
魔女「え……どちらへ?」キョトン
男「この部屋の出口は、あの扉をおいて他にありません」
魔女「で…でもっ、正面からでは…」
男「魔女様、決して離れませぬよう」
ギイイイィィ……
男「…さあ、早く」
魔女「……ぅ…」
男「大丈夫、ここはまだ砦の中ですし、貴女は外でも生きられます」
男(この階に人の姿はないみたいだな…)
魔女「……あの、私…ずっとここにいても建物のつくりはほとんど解りません」
男「ご心配なく、私はもう半年もここにおります」
魔女「もしかして…隠し通路でも?」
男「いいえ、廊下と階段の位置くらいは解ります」
魔女「ええぇ…」
男「気をつけて、階段です。降りるのも初めてでは?」
魔女「そ、そんな事はありません! 今までもこの廊下は歩いた事があります!」ムッ
男「これは失礼を」
魔女「…でも、ありがとう」ニコ
男(先代の魔女様から魔力を引き継ぐ施術の時…だろうな)
カッ、カッ、カッ…
砦長「──男殿?」
男(砦長殿…!)
魔女「!!」ササッ
砦長「今、誰が後ろに隠れたのだ?」
男「夜の散歩にはちょうどいい季節ですのでね」
砦長「答えよ、貴公の後ろにいるのは誰だ」
男「誰…などと、そのような雑な呼び方をなさいませんよう」
砦長「貴様…まさか」
男「偉大なる我が主、魔女様の御前です。お言葉に気をつけて頂きたい」
砦長「くっ…! 誰かっ、警護隊っ!!」
ダダダダダッ…!
友「砦長殿、いかがなさいました!?」
砦長「おお…あそこを! 男め……魔女様を攫わんとしておる! 斬り捨てよ!」
友「なんと…砦長殿、お怪我はありませんでしたか」
砦長「私の事はいい! 早く反逆者を!」
友「そうですか、ご無事なら何よりでした」…スッ
男「魔女様、お許しを」
魔女「え…?」
男「隊の誰にも話さない…と約束いたしましたが、いたしかたなく」
…チャキッ
砦長「な…!?」
友「動くな、叫ぶ間も与えんぞ」
砦長「貴様も…!」
友「我々白色小隊以外にも僅かといえど常駐の兵がおりますからな。人質は大事かと」ニヤリ
砦長「なんだと…小隊全員が裏切ったというのかっ──」
………
…
…砦一階
友「──眼帯、首尾はどうだ」
眼帯「はん、一人残らず縛りあげたからね。もう人質に用は無いわ」
砦長「貴様ら…! 魔女様の御力を我が物にするつもりかっ!」
…カッ、カッ、カッ
男「笑わせるな、そうしてきたのはこの国の方だろうが」
友「男、どうだった?」
男「すまん、待たせた。だめだ、部屋は見つけたがどうやっても扉が開かん」
眼帯「次の魔女となる少女…救いたかったけど」
魔女「魔女の部屋は内側からしか開けられません…」
眼帯「…驚いた、貴女が魔女様なの? ただの女の子じゃない」
男「眼帯、口が過ぎるぞ」
魔女「お気になさらず、多くの方を巻き込んでしまってごめんなさい」
友「何を仰います、我々は望んでこうしているのです」
──ザンッ!
眼帯「白色騎士小隊、隊士32名! 砦警護を離れ、只今より魔女様護衛の任につきます!」
魔女「ありがとう…皆さん、男さん」
男「友、あとの一人は?」
友「解らない…昨夜、話をした時から悩んでいたようだが今は姿が見えん」
眼帯「開門するよ!」
砦長「よせっ! 魔女様は外では生きられぬ!」
魔女「……っ…」
男「大丈夫、信じて下さい」
魔女「…はい」グッ
ギイイイィィィ……ゴオオォォン
魔女「………」
男「さあ、魔女様」
魔女「これが…外の世界」
友「光溢れる朝でなく申し訳ありません、今は急ぎましょう」
魔女「はいっ」グスッ
眼帯「魔女様、お手を」スッ
魔女「ありがとうございます──」
──バチィッ!
魔女「きゃ…っ!」
眼帯「痛った…!?」
男「魔女様っ! お怪我は…!?」
魔女「びっくりした……でも私は平気です」
友「よかった…」
眼帯「私は痛かったんだけど?」フリフリ
友「痛いだけでどう心配しろって?」
眼帯「あんた、覚えてなさ…い……うぅっ!?」ゾクゾクッ…フラッ…
男「眼帯…っ!?」
友「!!」ダダダッ……バッ──!
──トサッ
眼帯「う…ごめん、友…なんか突然…」クラクラ
友「もしかしてこれが魔力にあてられる…って事なのか」
男「魔女様、大変失礼ですが私の後ろに」
魔女「も、申し訳ありません…」
眼帯「いいえ、私が不用意だっただけ…です…」
男「すまん、眼帯。俺が『大丈夫だ』と伝えてたから」
眼帯「ありがと、友……もう大丈夫。さっきのはチャラにしたげる」
友「どこも打たなかったな?」
眼帯「うん」コクン
友「まあ、打ってもおつむの出来は変わらないだろうけどさ」
眼帯「やっぱ覚えときなさい」チッ
男「…友は? 魔女様との距離はそう変わらないと思うが、なんともないのか」
友「俺は平気だな、眼帯そんなに魔法に長けてたっけ?」
眼帯「失礼ね、あんたよりは得意よ」
友「はいはい……でも、少なくとも魔法適性のある者は魔女様に触れられないってのは本当だったみたいだな」
魔女「……ごめんなさい」シュン…
男「いいえ、自分が触れて問題がないからと勝手な判断をしたのは私です」
友「まあ元々そうだけど、やっぱり魔女様の付き人は男しか務まらないって事か」
男「……では失礼ながら」スッ
魔女「はい」ソーーッ…
…ギュッ
友「本当になんともないんだな」
男「堀を渡ります、丸太を組んだ橋ですので足元にお気をつけを」
眼帯「おお…姫様って感じ」ニヤニヤ
魔女「お、およし下さい」テレテレ
男「冷やかしてないで、急ごう。夜の内に街道の分岐を幾つかは超えておきたい」
友「だな、どこかで馬車でも調達できればいいが…」
ザッ、ザッ、ザッ…
眼帯「一応、砦屋上にある通信台の日射鏡は壊しておいたよ」
男「砦から一番に通信を中継するのは、あの山の尾根にある連絡塔だ。念の為そこの反射鏡も壊しておけば更に時間が稼げるな」
友「総員で行く必要はないだろ、5人くらいでも送るか」
眼帯「まずは砦から見えなくなるくらいまでは離れなきゃ、そこから進路を予定の方向に──」
??「──動くな、貴様ら」
男「誰だっ!」ザリッ!
??「ふん、誰だとは随分なご挨拶だな」
眼帯「あーぁ…」
友「…やっぱり出てくんのかよ」ハァ…
魔女「あの方は…?」
男「我々の…クソ親父代わりです」
白小隊長「魔女様の拉致、施設の破壊……許し難い反逆ぞ」
男「小隊長…」
友「すまん…打ち明けはしたものの、説得しきれなかった」
眼帯「行動を起こそうとした時には、もう部屋にいなかったんだよね…」
白小隊長「貴様らの馬鹿げた話になぞのると思ったか。これ以上の暴挙は断じて許さん、全員剣を捨て地に膝をつけ」チャキッ…
魔女「男様…」ササッ
友「魔女様、隊の後方へ」
眼帯「みんな、魔女様を囲むように! 魔法に長けた者は一定の距離を保って!」
白小隊長「……聞こえんのか、すぐに剣を捨てろと──」
男「──小隊長、剣を捨てるのはそちらです」
友「そうですよ、これだけの隊士を相手に独りで勝てるとでも?」
白小隊長「勝つか負けるかは問題ではない、我が配下が反旗を翻すなら身をもって正すまで」
男「この国は魔女様に嘘を教えてまで、その力を武力としていたのです」
白小隊長「我々もその武力、月に忠誠を誓う騎士だ。軍人の誇りも失ったか」スラッ……キンッ
男「我々は魔女の騎士、その誇りは失くしてなどいない」チャキッ
眼帯「やるしかないの…?」
友「…多勢とはいえ、小隊長相手に手を緩め互いに無傷とはいかないだろうな」
男「友、眼帯……俺が相手をする。手を出さないでくれ」
魔女「男様…!」
友「魔女様、男はこの小隊…いや我が軍の誰よりも優れた剣士です」
眼帯「魔法はてんで駄目だけどね」
白小隊長「男……このような形で貴様と対峙するとはな」
男「小隊長、退いて下さい」
白小隊長「それはならん…っ!」ザリッ
男「くそっ…! 分からず屋め!」ヒュッ──!
──キイイイィィン…!!
シュンッ…ザザッ、キィンッ!
ギリギリギリ……!
男「小隊長! あんたを斬りたくはない!」シュルッ…ヒュンッ!
白小隊長「ならば我が剣の錆となれ! 反逆の首謀者に対し退く剣など持たん!」ブンッ!
カンッ、キンキンッ!
魔女「あの…押されているのでは…っ!?」
友「男は手を緩めています。くそ…あれで勝てる相手じゃ…」
…ガキィンッ!!
白小隊長「くっ…!」グラッ…
眼帯「やった、体勢を崩させた…! 男、今の内に小隊長の剣を払って!」
友「だめだ! 誘いに乗っちゃ…!」
男「おおぉっ!」ブンッ──
白小隊長「──凍てつけ、小童」チリチリッ!
魔女「凍結魔法…!」
友「男、離れろっ!」
男「くそっ…!」ザザッ…!
白小隊長「そら……今度は貴様の懐が空いたぞっ!」ブンッ──!
──キイイィィィンッ!!
男「ぐっ…」
友「危ない…なんとか止めたが…」
眼帯「だめだよ、本気でいかなきゃ勝てない…」ギリッ
魔女「男様…」
白小隊長「口ほどもない、魔法なぞ無くとも負けぬのではなかったか?」グググ…ッ
男「くそっ…たれ…!」グラッ…
白小隊長「知る顔だからと斬る事もできない程度の覚悟で反逆とはな…呆れさせてくれる」ニヤリ
男「小隊長…お願いです…っ」ザッ…ザリッ…
男「退いてくれっ! 小隊長……親父殿っ!」ググッ…!
白小隊長「出来の悪い息子を正すは親の務めだっ」シュルッ…
男(離れた……いや、来るっ!)チャキッ
白小隊長「どうしても信ずる道をゆくなら…!」スチャッ…ググッ
男「よせっ!」
白小隊長「ワシを斬ってゆけ!!」バッ…!
男「くそおおぉぉっ──!!」
──ドンッ!
…ポタッ…ボタボタ……ブシュッ
白小隊長「……ふん、甘いな」
男「小…隊長…」
白小隊長「なぜ…殺さんかっ…た……」グラッ……ドサァッ
魔女「ぅ…わ……脚が…」ガタガタ
友「魔女様、あまり見ませんよう」
眼帯「片脚を飛ばし戦闘不能にする……そうしかなかった」グッ…
白小隊長「……今からでもいい、殺せ」
男「断る」
白小隊長「部下が反乱を起こし、それを止められず敗れた上官など極刑に決まっておろう」ハァ…ハァ…
男「……俺たちはこれから尾根の通信塔を沈黙させ、東の海沿いへ向かいます」
白小隊長「なにを言う…嘘の情報で撹乱しようなど」
男「いいえ、必ず言った通りに動きます。どうかその情報をもって赦しを乞いて下さい」
白小隊長「……ワシを生かすために自らの主を危険に晒す気か、どこまで甘いのだ」
男「俺は、貴方に生きていて欲しい」
白小隊長「………」ハァ…ハァ…
男「孤児だった俺たちの糞親父になってくれて嬉しかった。…俺は──」
友「──みんなだよ」
眼帯「みんな、貴方が好きだった」グスッ
白小隊長「…ふん」
男「おさらばです…親父殿」ペコリ
白小隊長「……馬鹿息子、阿呆娘共が──」
………
…
『──新入り共、名は』
『男であります!』
『友であります!』
『眼帯です!』
『我が隊に配属されたという事は、貴様ら全員孤児であったのだろう』
『はっ…』
『この白色小隊、ワシを含め総員が天涯孤独の身よ。恐らくは戦になれば先陣を切る事となる』
『覚悟の上であります!』
『誰が先に逝こうと、恨み言は零すな。この隊の者は皆同列と思え』
『同列…しかし我々はまだ入隊したばかり、そのような意識をもつわけには参りません』
『…兄弟は産まれ落ちた時から同列、違うか?』
『兄弟?』
『兄の為なら弟は死ぬべき、貴様らはそう思うのか』
『それは…そうは思いませんが』
『貴様らを合わせおよそ30名……大所帯な事よ』
『小隊長殿…』
『歓迎するぞ、末弟ども。どうだ…我が家を得た気分は──』
……………
………
…
…五日後、魔女の砦
白小隊長「──何卒ご容赦を!」
月王「隊士が反逆を謀るなど、上官の不徳以外の何物でもないぞ」
白小隊長「くっ……どうか…」
砦長「陛下、束縛された我々を解き放ったのはこの者…寛大な措置を」
月王「ふむ……そうだな、単騎で片脚を失ってまで逆賊を止めようとした、その心意気は汲まねばならぬか」
白小隊長「ありがたき幸せっ!」
月王「部下に裏切られ傷を負い、生き残っても命乞いをせねばならんとは憐れなことよ」
白小隊長「全てあの不届き者共のせい……おのれ、孤児を育てて下さった陛下への恩を仇で返すとは…っ」ギリッ
月王「それで、その反逆者共の動向は?」
砦長「はっ…尾根の連絡所を沈黙の後、山越えの進路をとる…と」
月王「それはこの者が言ったのか」
白小隊長「正に! 脚を落とされた後、辛うじて保つ意識の中たしかに聞き申した!」
月王「ほう…」
白小隊長「奴らは魔女様の御力を盾に、西の廃城に立て篭もるつもりでございます!」
月王「…なるほど。砦長、追手は出しておるのであろうな」
砦長「無論でございます。西の廃城へと続く街道全てに対し厳重な捜索を行わせております」
月王「たわけめ……だがしかし──」チャキッ
──ズシュッ!
白小隊長「ひ…!? ぎゃああああぁぁっ!!」
砦長「陛下っ…!?」
月王「どうだ? 脚の切り口を更に抉られる心地は?」ザクッ…グリグリ…
白小隊長「ぐぁっ…へ…陛下っ、ひいぃっ!!」ブシュッ!ボタボタ…
月王「反逆を止められず、手傷を負い」
白小隊長「お…お許し下さいっ…」ハァ…ハァ…
月王「命乞いをしながら部下を売る言動…」
白小隊長「どうか…! 私はこれからも陛下に忠誠を…っ」
月王「そしてこの媚…砦長が騙されるのも無理はない」
砦長「はっ…?」
白小隊長「……っ…!」
月王「逆賊は恐らく東に向かったであろう……違うか、役者」
白小隊長「ち、違いまする! 奴らはたしかに西へ向かうと…!」
月王「私を甘くみるな。砦長、すぐに部隊を呼び戻せ、東…恐らくは海岸線の街道を目指したはずだ」
砦長「なんと…この者は逆賊を庇いだてしていたと…!?」
白小隊長「……くっ…」
月王「どうした、もう喚くのはやめたか」
白小隊長「ここまでする所存ではありませなんだ、しかし──」
──チリチリッ
白小隊長「どうせ死ぬなら…! 我が子が信じた道、このワシが開いてくれるっ!」
砦長「陛下っ! 魔法を放つ気です!」
白小隊長「王よ! 凍てつくがいい!」キイイイィィン…!
月王「ふん…こざかしい──」
…ボッ!
白小隊長(炎…!? 凍結魔法が消える…!)
月王「──そのような矮小な魔力で、私を凍らせるつもりとはな」
??「陛下…お怪我は」
月王「見ておっただろう、触れられてもおらぬ。…よくやってくれた」
白小隊長(ローブを纏った…女…?)
??「ありがたきお言葉」
月王「さあ、もういい。この屑を焼き払うのだ」
…ザッ、バサァッ
月王「…魔少女……最後の魔女よ」
魔少女「火炎魔法モード、出力2%…」スッ
ゴオォッ!
白小隊長「くっ…うぐっ! あああああぁぁぁっ…!!」
月王「これで僅か2%か…素晴らしいぞ」ニヤリ
白小隊長(…最後の…魔女だ……と…)ガクッ
魔少女「陛下に楯突く愚か者め、燃え尽きるがいい」
ゴオォ……メラメラメラ…
白小隊長(…逃げろ……男…我が子…達よ──)
──ボロッ…ドシャァッ
砦長「へ…陛下、この御方は…」
月王「次の魔女としてこの砦におった者だ、知らぬ訳ではあるまい。それよりもこの失態、貴公の罪も軽くはないぞ」
砦長「…返す言葉もございません」ブルルッ
月王「だが『あの手段』に出なかったのは英断だ。此度は不問としてやろう」
砦長「ははっ…」
魔少女「…陛下、私も逆賊を追いますか」
月王「急くな、魔少女。魔女の失踪は自分の意思でなく、無理に拉致されたもの……そう思わせておかねばならん」
魔少女「………」
月王「お前の存在を知られる事は、兵達に余計な詮索の余地を与える事となりかねんのだ」
月王「なに…魔女はなんとしても生かしたまま捕らえ、その力をお前に譲渡させる」
月王「お前が本当に無尽蔵の魔力を得るためには、今の魔女の力を吸収せねばならんのだからな」
月王「これが最後、もう十年もかけるものか。一度にほぼ全ての魔力を吸い出しても構わぬ」
月王「そして残りかすの魔力で最期の演習を執り行わせ、代わってお前は真の魔女となる……あと少しの辛抱よ」
魔少女「…仰せのままに」
月王「その時こそ遂に、無限の力をもつ魔女が進軍を開始するのだ」
月王「くっくっ…世界が月の前に平伏す時は近い──」
………
…
ザアアアァァァン…サアアァァァ…
魔女「──これが…海」
男「想像と比べていかがです?」
魔女「こんなに大きいなんて…青いなんて、想像できませんでした」
男「ここから数日、見飽きるほど眺めて頂く事になりますので、覚悟の程を」ニコ
魔女「…飽く事などあるのでしょうか」クスッ
眼帯(いい雰囲気だねー)ヒソヒソ
友(坂とか以外でも、もう手繋いどきゃいいのに)ヒソヒソ
眼帯(羨ましいなー、憧れちゃうなー)ヒソヒソ
友(このへん熊が出るらしいから誘惑してみたら?)ヒソヒソ
ブッコロス!
ギャー!ソンナダカラ テヲツナグ アイテモ イナインダロ!
ヤカマシイ!シネ、ニブチン!
魔女「賑やかですね」
男「仲がいい証拠、いつもの事です」
魔女「いいな…」ボソッ
男「さあ…海を眺めながらで結構です、進みましょう。あの者達もすぐついてきますよ」
魔女「はい……私に海を見せるために、わざわざこの街道を?」
男「それも無くはありませんが、何より都合が良いからです」
魔女「でもこのように開けていては見つかりやすいような気がします」
男「それは言葉を返せばこちらからも追っ手に気づきやすいという事ですよ」
男「…昨年、先代の魔女様が行われた演習、凄まじい御力でした」
魔女「『心から格好よかった』…でしょう?」クスクス
男「おやめ下さい…あの頃は演習で見たのが貴女様だと考えておりました故…」ポリポリ
魔女「あはは、ごめんなさい……それで?」
男「あのような全力の魔法は命に関わるのかもしれませんが、やはり同じ御力を持っておいでなのでしょう?」
魔女「…自慢ではありませんが、遥かに上かと」
男「なんと…」
魔女「先代が演習を行った際には、既にほぼ全ての魔力を私に引き継いでおられたはずですので」
男「それでは、例えばあの水平線に浮かぶ島を消し飛ばす事も…?」
魔女「はい、恐らく三割程度の力で」
男「…これは驚きました」
魔女「魔法については、別に学んだわけではないのです」
魔女「先代から5回に分け血を受け継ぐ時、自然と理解していました」
魔女「血が覚えている…という事なのかもしれません」
魔女「砦の地下で魔法の修練をした事はありますが、施設を破壊しないよう力の一割も出せませんでした」
魔女「それでも何となく、自分が持てる力の量は判るのです」
男「それなら尚更、追っ手は姿を見せては近づけますまい」
魔女「え…?」
男「我々が魔女様を連れ去った事、恐らくは我々がその力を私物化するために拉致したもの…と説明されていると思います」
魔女「追っ手にとっては小隊の方々は悪者になっているのですね…」シュン…
男「まあ半分事実でもありますし」
魔女「そんな事はありませんっ」
男「…ありがとうこざいます。我々は主にそう言って頂けるならそれで充分です」
魔女「男様…皆様は私を救い出して下さったのです」
男「しかしながら強大な魔力をもつ魔女様を、ただの一個小隊が力ずくで連れ去るなど不自然な話です」
魔女「…たしかに」
男「つまり例えば我々がそそのかしたにしても、魔女様は自らの意思もあって我々と行動を共にしているのではないか…そう考え及ぶはず」
魔女「ああ…なるほど、理解しました」
男「失礼ながら、私が追う立場であれば消し炭にされるのは御免ですのでね」クスクス
魔女「なんだか本当に失礼な気がします…」ムム…
男「追っ手にしてみれば、物陰から近付いての奇襲しか有効な手立てはないはず」
魔女「ということは…このような海岸では」
男「はい、少なくとも約半分の方位は時おり船の影に気をつければ良いという事です」
男「そしてそれと近い考えのもと、この行軍には目的地とするところがあります」
魔女「……どこでしょうか?」
男「そこを拠点とすれば全方位、船影に気をつけるだけですむのです」
魔女「全方位……もしかして」
男「お解りになられましたか」ニヤリ
魔女「では、今向かっているのは…港でしょうか?」
男「その通り、私の故郷である東の港町へと歩んでおります」
魔女「やはり…しかし男様の故郷ということは、軍も警戒しているのでは」
男「無論、細心の注意を払わねばなりません。…が、船を出せばこちらのものです」
魔女「つまり、行き先は島…でしょう?」
男「そう、この隊の目的地は新たな魔女様の住まいとなる、いわば『魔女の島』です」
魔女「そうするに都合の良い島があるのでしょうか…」
男「私は漁師の手伝いをしておりました故、心当たりはございます」
魔女「それは──」ハッ…
『──その小島に渡れば、大層たくさんの魚がおりまして』
『魔女様がお口にされるような魚もおりますれば、あまり食用にはいたしません色鮮やかなものも』
『…何しろ海月が多くございます、刺されて命を落とすようなものはおらずとも、酷く痒みが残ります』
『海辺は水面からの照り返しもありますれば、肌が焼かれる事にも注意せねば──』
男「──小島とは申しましても、周囲を歩こうと思えば小一時間程度はかかる大きさです」
魔女「…はい」
男「昔は漁師の島でございました。今は住む者はおらず家屋は少しの修繕で、畑や井戸はそのまま使えます」
男「結局限られた土地に魔女様を閉じ込めてしまう事に変わりはございませんが…」
魔女「身に余るほどです」ジワッ…
男「食べ物も今のような携帯食ではなくとも簡素です。主に魚や野菜になりましょう」
魔女「自分達で作った野菜…?」グスン
男「ご不満もありましょうが魔女様にはその島で太陽の下、長生きして頂きます」
魔女「不満…など…」ポロポロ
男「…それならなによりでございます」
魔女「海月に気をつけねばなりませんね」グスッ
男「そうです、日焼けにも注意しなくては。決して泳ごうなどと思われませんよう」
魔女「それは無理です、きっと泳ぎます」ニコ
男「……そう仰ると思っておりました、港町で海月に刺された際の塗り薬を買っておくとしましょう」
魔女「お手間をお掛けします」
男「この魔女の騎士、例え沁みると申されましても心を鬼にして塗りますのでご容赦を」クスクス
魔女「あはは…ちょっと怖いです」
魔女「はぁ…可笑しい、私はこんなに幸せで良いのでしょうか」
男「まだ気を抜かれませんよう。見晴らしが良いとはいえ、特に夜間などは注意せねばなりません」
魔女「はい、気をつけます」
男「島に着けば見張りが船影を捉えない限り、寝るなり泳ぐなりお好きにできますので。それまでご辛抱を」
魔女「私も交代で見張りますよ」
男「あはは…お願いするかもしれません」
魔女「魔女の島…楽しみです」
男「島を消し去る程の力を持つ怖い御人は幸いその島の中にいる事となりますので、ご心配なく」
魔女「む…その方は怖くなどありませんっ」フンス
男「おっと、怒らせると消し炭にされかねませんな」ニヤニヤ
魔女「もうっ、またそのような事を──」
……………
………
…
…王都、騎士団駐屯地
赤小隊長「──急げ! あと15分以内に出撃準備を整えろ!」
青小隊長「慌ただしいな」
赤小隊長「逆賊の追撃命令だ、急ぐに越したことはない」
青小隊長「まさか魔女様が攫われているとはな。最初から騎士団に命ずればいいものを」
赤小隊長「当初は砦の兵を中心に派遣していたらしいが、見当外れだったとか…」
青小隊長「表沙汰にしたくなかったのだろうな」
赤小隊長「解っていると思うが、騎士団の外に漏らしてはならんぞ」
青小隊長「もちろんだ。…気をつけていけよ、王都の事は心配するな」
赤小隊長「ああ、頼む。まあ今この月の王都に攻め込もうという国もあるまいが」
青小隊長「万一の事があったところで、我われ青だけでなく黄と灰も残るんだ。お前らの帰るところは無くなりゃしないさ」
赤小隊長「はは、こっちの事も心配はいらん。白小隊ひとつに対して緑・橙と我々の合同隊だからな」
青小隊長「しかし白は腕っこきばかり、気は抜くなよ」
赤小隊長「……白小隊、なぜこんな真似を」
青小隊長「わからん…白小隊長にそんな野心があったなど、とても信じられん」
赤小隊長「孤児を集めた隊だ、白の小隊長は家族のように大事にしていた。それ以上を望むような奴ではなかったのに…」
青小隊長「魔女様が望み、白小隊を巻き込んだのか…?」
赤小隊長「そうは聞いていないな。それに魔女様程の御力があれば、お一人でどうにでもなるはずだ」
青小隊長「確かにな、むしろ目立つ方が不利だろう」
赤小隊長「だとすれば、やはり白小隊が魔女様を我が物にしようとした…その方がまだ納得がいく」
青小隊長「正直、俺も行きたかったよ。白の小隊長と剣を交え、その理由を問いただしたかった」
赤小隊長「…その想い、預かろう」
青小隊長「頼んだぞ。…さあ、部下に急げと言った手前、お前が遅れるわけにもいくまい」ポンッ
赤小隊長「ああ」
青小隊長「武運を。願わくば白の奴らの目を覚まさせ、生きて連れ帰ってくれ──」
……………
………
…
…東の海岸線
男「──よし、今日はここで休もう」
友「両側が切り立った崖か、これなら見張る範囲も狭くてすむな」
男「この先は行き止まりだから、三人ずつくらいが谷の入り口側を見張れば充分だ」
眼帯「さっすが、地元に近づいてるだけに詳しいね」
魔女「男様の故郷まで、あとどのくらいなのです?」
男「このペースだと四日というところでしょうか」
友「…東の港町か、どう考えても警戒命令は届いてるだろうな」
眼帯「気をつけないとね」
男「今夜ここを宿営地としたのは、ひとつ理由があってな」
友「へえ…? どんな?」
男「その理由は、谷をもう100mくらい進んだ行き止まりにあるんだ。眼帯の後ろを流れてる小川の水に触れてみれば解るよ」ニヤリ
眼帯「へ?」
魔女「私、触れてみます──」
──チャプッ
魔女「えっ……温かい!」
眼帯「私も触ってみる! …うわ、ほんとだ!」キャッキャッ
友「じゃあ、行き止まりにあるのは温泉か」
男「この辺りの沖合は良い漁場でな。何日も漁に出る時はたまに寄ってたんだ」
眼帯「やった! お風呂だ!」
魔女「嬉しい…」
男「魔女様、眼帯と共に先に湯浴みをどうぞ」
魔女「はいっ」ウキウキ
眼帯「覗いたら斬り捨てるからね」ジトッ
友「へへっ、剣持って風呂に浸かる気かよ?」ニヤニヤ
魔女「あの…覗いたら氷漬けにしますから…ね?」モジモジ
友「えっと、洒落になりません」ガクブル
眼帯「じゃあ魔女様、着替え持ったら行きましょう」
魔女「はいっ」
………
…
眼帯「うう、暗いなぁ。足元よく見えないや」
魔女「えいっ」ボッ
眼帯「わ、すごい。空中に炎を出したままなんて初めて見ました」
魔女「普通に地面や物を対象とするよりはちょっと難しいですね」
眼帯「ていうか、そんな事できるって初めて知ったんです…」テヘヘ
魔女「…このくらいの距離で、お身体は大丈夫ですか?」
眼帯「このくらいなら平気のようですね。あっ…湯気がたってる、あそこみたいですよ」
魔女「わあ、思ったより広いですね」
眼帯「……このへんで脱いだらいいかな」
魔女「誰もつけて来たりしてませんよね…?」キョロキョロ
眼帯「あはは…ほんとに魔女様のご入浴を覗こうなんて命知らずはいませんよ」
魔女「じゃあ、脱ごうかな……なんだか恥ずかしいです」モジモジ
眼帯「よっ…と」カチャカチャ…バサッ
魔女「うっ」
眼帯「…はい?」タユン
魔女「な、なんでもないです…」フイッ
眼帯「誰かと入浴とか初めてなんでしょう? 照れ臭いかもしれないけどお気遣いなく」クスクス
魔女(胸当てとか装備してるから判らなかったけど、眼帯さん意外と胸大きい…)ドキドキ
眼帯「さ、魔女様も早く脱いで。さすがに置いといて先には入れないですからね」
魔女「は…はい、じゃあ後ろ向きで…失礼します」モゾモゾ
…シュルッ、ファサッ
魔女「ん…解けない、あら…?」モタモタ
眼帯(月の国最高の人間兵器たる魔女…か、そうとは思えないなぁ)ジリッ
眼帯(背中向けて服を脱いで…ほんと隙だらけ)
ジリッ、ジリッ…
眼帯(果たしてどのくらい近づいたら──)
魔女「──ぷぁっ…脱げた。恥ずかしい、早くお湯に浸かりましょう」クルッ
眼帯「ん、じゃあお先にどうぞ」
魔女「熱くないかな……あ、丁度いいです」チャプッ
ザブッ…バシャバシャ
…チャポン
魔女「気持ちいい…」ホゥ…
眼帯「失礼ながら、お邪魔しますね」チャプン
魔女「…あの、同じお湯に浸かって魔力にあてられたりはしませんか?」
眼帯「ん? ああ…大丈夫です。これ以上は近寄れないかもですけど」
魔女「わあ…上、星が見えます」
眼帯「両側が谷だから満天とはいきませんけどね」
魔女「そうじゃなかったら周りが気になって入ってられないですよ」
眼帯「どこかから追っ手がくるかも…って事です?」
魔女「どちらかというと、見られてそうで…」
眼帯「あははっ…小隊にそんな不埒な事をする者は…友くらいかな…?」
魔女「大丈夫じゃなくないですか」
眼帯「もし友だったら遠慮なく私が斬り捨てちゃいますよ。男だったら魔女様のためにもそうはいかないけど…男はそんな事しません」ケラケラ
魔女「ふふ……嬉しいなぁ」
眼帯「…なにがです?」
魔女「女性とこんなお話ができるの、初めてです」
眼帯「あー…そうか、今まではまともに話せるの男だけでしたもんね」
魔女「あの…眼帯様、その…」
眼帯「や、やめて下さいよ『様』づけなんて…呼び捨てで結構です」
魔女「じゃあ、私もそうがいいです」
眼帯「えっ…そんなわけには…」
魔女「…今、言いかけたこと。変なお願いなんですけど…」
眼帯「なんでしょう?」
魔女「うぅ……と、友達に…なってくれますか…?」モジモジ
眼帯「………」
魔女「嫌ですよね! こんな山を吹き飛ばす力をもつ女の友達なんて! 触る事さえできな──」
眼帯「──魔女ちゃん」
魔女「は、はいっ!?」
眼帯「呼び方、それでいい?」
魔女「……はいっ!」パァッ
眼帯「私の事は好きに呼んで? えへへ…よろしくね」
魔女「わぁ、どうしよう…嬉しくてにやにやしちゃう」ニヘラ
眼帯「手を繋いだりできないのが残念だけど、私も嬉しいよ。オトコばっかりの小隊だったから」
魔女「眼帯さんはどうして騎士団に入ったんですか?」
眼帯「どうして…かぁ、私は孤児だけどもともと王都に暮らしててね」
魔女「孤児…」
眼帯「月の国ってどんどん勢力を拡大してたから、軍は慢性的な人手不足で」
魔女「……魔女の力を誇示して…ですよね」
眼帯「う、ごめん。そんなつもりじゃ」
魔女「ううん、ごめんなさい。大丈夫です」
眼帯「…その中でも孤児は特に優先的に雇い入れてたの。最前線に送るには好都合だからだと思う」
魔女「………」
眼帯「私も志願して…でも最前線の捨て駒なんて嫌だし、頑張って騎士団の入団試験を何度も受けてね」
魔女「それで白色小隊に…」
眼帯「うん、孤児ばかりを集めた小隊。長年に渡り魔女の警護につくための隊だったわけだけど」
魔女「はい」
眼帯「だからこうなるのは運命だったんだよ。まさかその魔女サマとお友達になっちゃうなんて考えもしなかったけどね」クスクス
魔女「あはは……前に私が男様に姿を明かした時、男様ともお友達になれたらって思ったんです」
眼帯「断られたの?」
魔女「ううん、私が不躾すぎたんです──」
『──もうあんな偉そうな話し方はしませんから、どうか男様も気楽に』
『そ、そのようなわけには参りません!』
『えっ』
『魔女様がどのようなお姿であれ、私の主に違いはございません故──』
眼帯「──もう、融通きかないなぁ…男ってば」ハァ
魔女「ふふ…でも、男様が自分を『魔女の騎士』だと言って下さることもちょっと嬉しかったり」
眼帯「男だけじゃないよ、友も私も…小隊みんながそう」
魔女「うん、ありがとう」
眼帯「でも私以外のみんなにも『様』づけはやめてもいいかもね、男も友もそんな呼び方似合わないよ」
魔女「うっ…が、がんばります」
眼帯「白小隊はね、みんな家族なの。あのハゲ小隊長が糞親父、不本意かもだけど…もう魔女ちゃんも家族だよ」
魔女「不本意だなんて、すっごく嬉しいです」フンスフンス
眼帯「…まあ魔女ちゃんにとって、男だけは特別なのかもしれないけどね?」ニヤリ
魔女「そ、そんなことは…」アセアセ
眼帯「あはっ、そんなことありそうだよー?」ケラケラ
魔女「はぅ…私、もう上がりますっ」ザバッ
眼帯「えー? もっとゆっくり入ってようよ」
魔女「なんだか逆上せちゃったみたいです。さっきの話とは関係ないですけどっ」
眼帯「どうだか? じゃあ、私も上がろうかな」ザァッ…
魔女「ご遠慮なく。先に戻ってますから、ゆっくりなさって下さい」
眼帯「……ん、じゃあ…お言葉に甘えてもう少し」チャプッ
魔女「よかったら友さん呼びましょうか?」ニヤリ
眼帯「ば、馬鹿なこと言わないで……もうっ!」
魔女「あははっ、逆上せちゃいますね──」
………
…
魔女「──お先でした」
男「湯加減は良かったですか? あれ…眼帯は?」
魔女「まだゆっくりされてます」
友「おいおい…地形的に護衛は要らないだろうけど、暗い道を独りで帰らせるなんてアイツ…」ハァ…
魔女「ご心配なく、明かりなら魔法で…ほら、大丈夫」ボッ…パァッ
男「おぉ…何もない宙空に炎を、初めて見ました。そんな便利な使い方ができるのですね」
友「男は普通に魔法で草を燃やす事もできないもんな」
男「うるせえ」
友「どうやるんだろ、人差し指たてて…んん? 目標物が無いと魔力が集中できないぞ…?」
魔女「ふふ…けっこう難しいですよ。正直、高位の魔道士の方でないとできないかも」
男「へっ、お前もできねえんじゃねえの」ニヤニヤ
友「うっせ、燃やすぞ」チッ
………
…
…チャプン
眼帯(──魔女ちゃん…かぁ)
眼帯(まさか恐ろしい魔女があんな女の子だったなんてなぁ…男から聞いた時は驚いた)
眼帯(同じように孤独の身、辛い運命を負わされて)
眼帯(ようやく自由になろうとしてるんだよね…)
眼帯(みんなの家族…)
眼帯(そして、私の友達…か…)ハァ
ザァッ…
眼帯(…暗いな)スッ…
眼帯「えいっ」
ボッ、パアァッ…
眼帯(便利な事聞いたなぁ──)
……………
………
…
…二日後
魔女「──綺麗…!」
眼帯「うわー、ピンクの花が群生してる」
友「こりゃ風光明媚なところだな、奥に見えるのが枯木の禿山じゃなきゃもっといいのに」
男「馬鹿な…あそこはたくさんの動物が棲む森だったんだぞ」
眼帯「……この辺も、植物の枯死が進んでるんだね」
友「十年で砂漠の規模は倍にもなったっていうしな」
男「くそ…これじゃ水の補給に寄るつもりだった泉も…」
魔女「……男さん、その泉は本来どこに?」
男「あの禿山の裾野でした…」
友「遠目にだけど、山裾に沼みたいなところがあるぞ」
男「とても飲料水にはできそうにないな……水の備蓄は?」
眼帯「今日いっぱいの分で限界かな…」
友「参ったな、せめて川でも通ってりゃいいが」
魔女「どうして植物が枯れたり水が澱んだりするのでしょう…」
眼帯「…弱ってるんだよ」ボソッ
魔女「なにがです…?」
眼帯「大地…この星が、力を失ってる」
魔女「…それはどういう──」
友「──おい、あそこ…行商のキャラバンじゃないか?」
眼帯「あっ、本当だ」
友「三頭引きの馬車五台も編成してる。丁度いい、水かせめて酒でも積んでないかな」
男「あまり金に余裕はないが、やむを得んか…」
眼帯「おーい! 停まってー!」
商人「これは軍人さん達、なんの御用で? 当キャラバンは税金ならちゃんと……」
男「検問ではない、飲料にできるものを積んでいたら分けて欲しいんだ」
商人「それは失礼を、商売の話でしたか。それなら荷台にいくらも積んではいるのですが…」
友「…が? なにを勿体ぶってるんだ?」
商人「重い樽でございますのでね、そちらの手持ちの容器に移して小売いたしましょう。どうぞ後方へ」
男「この荷馬車か」
商人「左様でございます、幌は綱を引けば開きますので…」
友「こうか?」
…グイッ、バサァッ
眼帯「友っ! 危ない!!」
ダンッ!…シュッ、ズバッ──!
友「──ぐっ…!?」ブシュッ!
男「友っ!! くそっ、追っ手か…!」キンッ
赤小隊長「いけッ!! この至近距離なら魔女様の力も使えまい、一気に制圧しろ!!」
赤隊士「おおおおぉぉっ!!」ザンッ!
男「赤色小隊! 騎士団が追撃部隊とは…!」チャキッ
キイイイィィィンッ!
眼帯「友! くそっ、どけ! どいてよっ!」ブンッ!キィンッ!
赤隊士「剣を捨てろ! 勝ち目はない!」ギャッ!カイィィンッ!
眼帯「ぬかせっ! 模擬演習で一度でも白に勝った事があったっての!?」ヒュンッ…ザザッ
赤隊士「…数が違うのでな」
バサァッ!ザンッ、ザザンッ!
緑小隊長「後方へ! 魔女様を確保しろ!」
橙小隊長「総員、魔法による援護! はぐれた白隊士のみ狙え!」
男「三隊編成だと…!?」ザザッ!
赤隊士「どこを見ている、魔法音痴」ヒュッ…!
…ザシュッ!
男「うっ…!」ポタポタッ…
魔女「男さんっ!」
白隊士「魔女様、できるだけ離れて下さいませ! もしもの場合は我々もろとも貴女様の魔法で!」
魔女「そんなことっ…!」
男「く…そっ! 魔女様っ…斬られた者を治癒する魔法はございますか!?」キィンッ!ギリギリッ…
魔女「は、はいっ! 切断されていない傷なら…!」
赤隊士「ふん…もう怪我の心配か! 腰抜けめ、そのまま強情を張れば命もないぞ!」シュッ…キンッ!カァンッ!
男「勘違いするな──」ヒュッ
赤隊士(消えた…!?)
──ズバァッ!
赤隊士「ぐぉ…」グラッ…ドサッ
男「治癒されるのは貴様らだ。自分の為に人が死ねば、魔女様が嘆くだろう」
眼帯「はん…斬り落とさなきゃいいのね──」
ザシュッ!ズバッ…!
赤隊士「がぁっ…!」ドシャアッ
眼帯「──オッケー、こんな感じ。でも手元が狂ったら許してよね…!」キッ
橙隊士「くっ…強い…!」ザリッ
眼帯「友のところへ…! 道を開けろぉっ!」ザシュッ…!
赤小隊長「くそ…白小隊め、こんなにも練度が違うのかっ!」
橙小隊長「中でズバ抜けているのは、伏した友を除けば男と眼帯だけだ! 集中して狙え!」
赤隊士「おのれ…っ!」
男「はっ…!」ズバッ!ザシュッ…!
橙隊士「怯むな! 囲めっ!」ザザッ
赤隊士「おおおぉぉっ!」
男(くっそ…多過ぎる…!)ギンッ…カンッ、キィンッ!
橙隊士「凍りつけ、男っ!」キイイィィン…
男「!!」
橙隊士「凍結魔法っ!」ピシイィィッ!
眼帯「男っ…!」
男「喰らうかっ!」バッ!
赤隊士「よく躱したな、だが隙だらけだ──」
──ザシュッ!
男「がぁっ…!」ボタボタボタッ
魔女「男さん! やだっ…男さんっ!!」
男「く…態勢を整えろ! いったん丘上へ撤退するんだ…!」ガクッ、ハァッ…ハァッ…
眼帯「待って、友がっ! しっかりして、立って! 友!」ガバッ
友「馬鹿やろ…先に逃げろ…」ボタボタ
緑隊士「魔女様、大人しく我々とご同行を」
魔女「…それならばなぜ最初から話し合いを求めないのですっ」キッ…
緑隊士「うっ…」タジ…
魔女「なぜ──」ババッ
…バチバチバチッ!
魔女「──男さんや友さんに血を流させる必要があったのですかっ!」ピシッ…バチッ、バリバリバリ!
緑隊士「ひっ…!?」
魔女「痺れてなさいっ! 雷光魔法!」バチイイィィィッ!!
緑隊士「うあああああぁぁぁっ!」ビリビリビリ
赤小隊長「魔女様、まさか本当に自ら望んで…!」
橙小隊長「橙隊士っ! 防壁魔法、すぐにだ!」
橙隊士「おおおぉぉっ!」ブウウゥゥゥン…
魔女「…舐められたものです──」ゴゴゴ…バチッ…バチバチッ!
橙隊士「う…わわ…」ガタガタ
魔女「──そんな紙の壁でも、貫くためには手加減できなくなりますが、よろしいですか…?」スゥッ…
…バチッ…バリバリッ……カッ!
ズドオオオォォォォン…!!
橙隊士「う…ゎ……隣の丘が消し飛んだ…!」
魔女「次は脅しではありません。この美しい花咲く丘を抉らせないで下さい…」スゥッ
赤隊士「ひ、退けっ!」
緑隊士「馬鹿言え! 距離を空けたら一網打尽にされるぞ!」
男(追撃隊が怯んでいる…今なら…!)ザリッ…
男「白小隊隊士の総意として告げる…!」ハァッ…ハァッ…
男「我々は貴隊と交戦を望まない! 剣を降ろし、対話を!!」
緑小隊長「逆賊の言葉を聞く耳などないわ! 総員、怯むなっ!」
男「なにをもっての逆賊か! 我ら騎士団は魔女に仕える者! 貴公達は今、誰に剣を向けている!」
ザワザワ…
…ドウイウ コトダ?
マジョサマ ハ ノゾンデ ニゲタノカ…?
…バカナ!
橙小隊長「……おのれ、魔女様をそそのかしておきながら」
赤小隊長「待て、兵達が動揺している。強行を命ずる事は混乱を増すばかりだ」
男「もう一度言う……どうか…対話…を……」グラッ…バタッ
魔女「男さんっ!」タタタタッ…
…ガバッ
魔女「すぐに! すぐに治しますから!」アセアセ
男「だめです…まだ、癒してはなりません……交戦が止むなら、先に…追撃の隊士…を…」ハァ…ハァ…
魔女「そんなっ…! でも…でもっ」フルフルフル
男「対話を願ったのはこちらです…先に自分達が治癒され、戦力を取り戻すわけにはいかない…」ゲホッ…ゲホッ…!
魔女「ぅ…」
男「大丈夫…死にはしない…です」ニコ…
眼帯「魔女ちゃん、友も傷はそこまで深くないよ」ズルズル
友「おぅ…よ…乱暴に引きずられる方が…ダメージでかいぜ…」ハァ…ハァ…
眼帯「うるさいっ」グスン
魔女「…追撃隊の皆さん、聞いたでしょう! お願い、交戦をやめて話を聞いて下さい!」
緑小隊長「どうする…」
橙小隊長「しかし対話が決裂した際、いきなり魔女様の魔法を喰らえばひとたまりもないぞ」
魔女「交渉の間は白小隊の方々を包囲して頂いて結構です! それなら私は魔法攻撃できません! お願い…早く停戦の決断をっ!」
赤小隊長「…良いでしょう。追撃隊総員、傷の深い者から魔女様の治癒を受けよ──」
………
…
赤小隊長「──今の話は真なのか」
男「はい」
緑小隊長「演習が魔女様の命と引き換えの行為だとは…」
橙小隊長「しかも魔女様ご本人を騙し、砦に幽閉して…か」
魔女「間違いありません、私はずっと砦の外では生きられぬと教えられてきました」
男「我らは魔女の騎士団、いかに月の部隊とはいえそれでは主の半分を蔑ろにするも同然」
赤小隊長「……確かに」
橙小隊長「他国への侵攻、魔女様を単なる兵器とする暴挙…いずれも正義とは呼べぬ」
緑小隊長「だが、我らは月の軍人だ」
赤小隊長「いかにも…それが国の方針であれば、従う事こそ正義に他ならん」
男「しかし…!」
緑小隊長「男よ、気持ちは解る。個の想いとしては騎士道を捨てた正義など意味はない」
橙小隊長「よせ、緑の。騎士道以前の問題だ」
赤小隊長「そう…貴様らと同じく天涯孤独の身であれば、我らとて協力を惜しまなんだかもしれん」
男「赤小隊長殿…」
赤小隊長「だが我らには王都に家族がある。己の信念だけの為に動くことはできぬのだ」
男「……では、再び剣を?」ゴクリ…
緑小隊長「そうしたくはない…」
橙小隊長「………」ギリッ
赤小隊長「もうひとつ聞かせろ、男よ。…貴様らの小隊長はどうした?」
男「……っ…」
緑小隊長「…その返答次第だ。奴は我らの友人であった」
男「小隊長殿は…私が斬りました」グッ
橙小隊長「!!」
赤小隊長「…殺したのか」
男「いいえ…しかし片脚を斬り飛ばしました」
緑小隊長「………」
男「そしてその忠義の傷と我らの行方の情報をもって、王に対し赦しを乞うよう願ったのです」
赤小隊長「なるほど…では決まりだな」
橙小隊長「うむ」
友「くっ…」
男「……解りました。交戦の再開はどうか騎士道に則り、合図と共に──」
緑小隊長「──たわけが、誰が決裂だと言った」
眼帯「え…?」
赤小隊長「白の隊士諸君よ…落ち着いて聞け。残念だが我が友人である白小隊長は、恐らくもう生きてはいまい」
男「なっ…!?」
友「どういう事です!」
緑小隊長「諸君らが魔女様を連れ去ったあと数日、砦周辺の一般兵により組織された追撃隊が捜索にあたっていた…」
橙小隊長「どこを探していたと思う…? なんと真反対、西の廃城の方面だ」
眼帯「そんな…じゃあまさか…」
赤小隊長「白小隊長め…貴様らを庇いだてし、嘘の情報を渡しておったのだろうな」
緑小隊長「貴様らに敵対したのも演技…あるいは自らを斬らせ、覚悟を与えるためかもしれん──」
『──知る顔だからと斬る事もできない程度の覚悟で反逆とはな…呆れさせてくれる』
『どうしても信ずる道をゆくなら…! ワシを斬ってゆけ──!!』
男「──小隊長…糞親父め…」
橙小隊長「脚を落とされ、それでもなお貴様らに信念を貫かせようと庇った…我らはその想いを踏みにじる事などできぬ」
赤小隊長「だが、本当に貴様らと行動を共にするわけにはいかぬのだ……許せ」
緑小隊長「追撃隊総員、白の勇士達に必要なだけの水と食料を分配せよ!」
男「ありがとう…ございます…っ」
眼帯「でも、それじゃ追撃隊が処罰を…」
橙小隊長「なに…魔女様の御力に敗れて帰ったとすれば無理もあるまい」
緑小隊長「厳罰までは喰らうまいし、かといって何も無しではいつかあの世で亡き友人に合わせる顔がないというものよ」
赤小隊長「次に貴様らと会う事があれば、やはり争わねばならぬかもしれん。その時は互いに運命と思おうぞ──」
……………
………
…
…三日後の夜、東の港町
眼帯(──うぅ、スースーするんですけど…)モジモジ
眼帯(ダメだなぁ…普段から騎士団の隊装ばっかだから、スカートとか全然慣れない)
眼帯(……しかし、いくら夜だからって人影が無さ過ぎるような)キョロキョロ
眼帯(灯りが点いてる家自体、見当たらないよ──?)ウーン…
『──どうもおかしい、遠目とはいえ静か過ぎる』
『港町ねぇ…田舎だし、こんなもんじゃねえの?』
『この夕暮れの時間帯なら、漁から戻る船の影くらい幾つもあるはずなんだけどな…』
『もしかして月の軍が待ち構えてたり…?』
『そんな風にも見えないが、可能性はあるな…』
『じゃあ、私が偵察に行くよ』
『馬鹿言ってんなよ眼帯、本当に待ち伏せされてたら一人で太刀打ちできねえだろ』
『だから女の私が行くんじゃない。ふっふっふ…衣装ひとつでオンナは化けるのよ…?』
『その衣装はどこにあんだよ』
『あるんだな、これがっ! こないだの赤小隊とかが乗ってたキャラバン、ほんとに商品の荷物も積んであってさー』
『女物の服もあったから、私も眼帯さんも数着頂いたんですよね──』
眼帯(そうは言ったけど、やっぱり巻きスカートはやめとくべきだったなぁ…動き難いし)
眼帯(着替えて見せた時、友がぽかーんとしてたのは面白かったけど)クックックッ…
眼帯「こんばんはー?」トン、トンッ
眼帯(夜の酒場すら誰もいない、やっぱりおかしい)
眼帯(そしてなにより…)チラッ
眼帯(…このところどころに散った血痕……どういう事? 既にひと騒動あったみたい──)
…ザッ
??「──動くな、女」
眼帯「!!」
………
…
…港町手前の森
友「──遅いよな? なっ? そろそろやばくねえ?」ソワソワ
男「23時くらいまでに戻るって言ってたろ。今、まだ22時だぞ?」
友「いやいやいや、町の様子がどうかなんて小一時間もかけりゃ判るはずだろ。絶対おかしいって」イライラ
男「まあ落ち着けよ、心配なのは解るけどさ…」
友「アイツが心配なんじゃねーし、バレたら余計に警戒がきつくなって不利だからさ」
男「はいはい、そういう事でいいよ」ハァ…
魔女(素直じゃないなぁ…)
白隊士「男、もしも…だぞ? もし港町に警戒が敷かれてなかったら、一杯飲んでいいか?」
男「ふざけんなよ、ここが正念場だぞ?」
白隊士「ちぇっ…まあ、そう言うと思ったよ…」ガックリ
男「舟に乗ったら少しは余裕もできるよ、それまで我慢しな」
魔女「……お酒、私も飲んでみたいです」
男「一応この国では十八から飲酒は認められておりますが…」
魔女「じゃあ飲めますね!」ニコニコ
男「しかし慣れぬ舟と慣れぬ酒では、目も当てられない事になりますよ」
魔女「うーん…じゃあ島まで我慢します」
男「そうなさって下さい、さっきの者のようなうわばみを見習ってはいけません」
魔女「そんなにたくさん飲むのですか?」
男「あいつは王都のスラム出身ですのでね、十八といわず年少の頃から水代わりだったようです」
魔女「王都…では眼帯さんとは以前からのお知り合いかもしれませんね」
男「眼帯と?」
魔女「ええ、眼帯さんも王都の出身だと聞きました」
男「……そんな話は聞いた事がありませんでした、おかしいな」
魔女「なにか…?」
男「いえ…王都の騎士団駐屯所にいた時、眼帯は図書館の場所も知らなかったような──」
友「──男! 俺、ちょっと様子みてくるわ!」イソイソ
男「ちょ…!? 馬鹿やろ、お前さっき自分でバレたら不利だって言ってたろ!」
友「うるせえ! だってアイツ、あんな可愛い格好してさ…!」
魔女(可愛いとか、本人に言ってあげたらいいのに…)
男「落ち着けって、もう帰ってくるよ…」
友「でももし本当に警戒の兵にバレてて、捕まってたらどうすんだよ!」
男「携帯用の照明弾持たせたろ? 何かあったら打ち上げるって」
友「急に背後から来られたらできないだろ! そんで押し倒されて、なぶりものに……やっぱ行ってくる!」ダダダッ!
男「うわ、自分で言って心配になってんじゃねえよ──!」
…ザッ
眼帯「──ただいま…って、なにやってんの?」
友「眼帯!」ビクゥッ
男「ああ…よかった、こいつがお前のこと心ぱ…うぐっ!?」ドスッ
友「黙れ」
魔女(うわぁ…)
友「それで、町はどうだったんだ?」キリッ
眼帯「…静かだけど、何事も無かったよ」
男「何事も? 警戒もされてないのか?」
眼帯「……うん」
友「それ、なんか逆に怪しいような」
眼帯「大丈夫……行こう──?」
………
…
友「…なんか、確かにすんなり町には入れたけどさ」
男「真夜中にしても不気味なくらい静かだな」
眼帯「………」
魔女「そのまま港へ…?」
男「ええ、夜に紛れるに越したことはありません。故郷を懐かしむ心持ちでもないですしね」
友「舟のあてもあんのか?」
男「俺の舟がある。地元の友人に託してはいたが、消えても文句は言わんだろう」
魔女「この隊全員が乗れる程の大きさなのですか?」
男「まあ、なんとか…獲れた魚と同じような扱いで良ければ」
友「魚臭い生簀の中は勘弁してくれよ」
男「ん…? 眼帯、遅れてるぞ」
魔女「さっきから無口ですね…」
眼帯「………」
男「その角を出れば港だ、慎重にな…」
友「……人影は見えんな」
魔女「舟に乗り込めばひと安心なんですよね…?」
男「魔女様の乗る舟に安易に近づける者などいないでしょうからね」
友「風も緩いし船出にはいい夜だ、行こうぜ」
男「よし、油断するな…」
…タタタタッ
友「大丈夫そうだ、来い」
男「魔女様、遅れませんよう」
魔女「はいっ」
眼帯「………」
友「どの舟だ?」
男「ええと…手前から七艘目だな」
友「なるほど、けっこう大きいな」
魔女「あの…男さん」
男「はい?」
魔女「帆…っていうんですよね、あの…あれで普通なんですか?」
男「舟の帆が何か…」
友「…おい! どういう事だ…!?」
男「!!」
友「どの舟も…! 全部、帆が焼け焦げて破れてるぞ!」
魔女「そんな…」
眼帯「………」
男「…まずい」ゾクッ
友「これをした奴がいるぞ、この町に。…決断は早くした方がいい」
男「戻ろう……とりあえず、元いた森まで。みんな、できるだけ静かに…速やかに戻れ──!」
??「──そうはいかんな」フワ…スタッ
友(なに…! 仮面の剣士…どこから現れた!?)
男「くっ、構うな! 退け!」ダダッ
──ブンッ…スタッ!スタスタッ!
??「逃げ切れると思うか?」
??「残念だったな…月の騎士よ」
友「ちくしょ…いきなり増えやがって…!」チャキンッ
白隊士「おおおおぉぉっ!」ダダッ…ヒュンッ!キィンッ!
??「…野蛮な事だ、いきなり斬りかかるとは」シュッ…カァンッ!
友「男! まだ数じゃこっちが勝ってる! 今の内に魔女様を連れて逃げろ!」ヒュンッ!カァンッ…キンッ!
男「友…みんな、頼んだ! 魔女様、こちらへ!」
魔女「は…はいっ!」タタタッ
友「眼帯も行けっ!」
眼帯「……っ…」ギュウッ…
友「早く! こいつら幽霊みたいに現れるぞ! 魔女様の傍にいろ!」キイイイィィィンッ!
眼帯「ごめん…友っ…」タタタタッ──
魔女「はあっ…はぁっ…!」タッタッタッ…
男(いかんな、魔女様は走る事にも慣れていない…)
──ブンッ…スタッ!
??「そこまでだ、止まれ」
白隊士「なめるなっ…! ようやく舟に乗って酒にありつけるとこだったのによ!」チャキッ
…スタスタッ!ザンッ!
男「しつこいぜ、何人現れるんだ…!」
白隊士「男、眼帯、止まるな! 俺達が食いとめる!」
魔女「でも…! 相手の方が人数が…っ!」ゼェ…ゼェ…
??「おっと…やめておけよ。手加減した魔法じゃこの装備には通用せんぞ」
??「だが周囲の家屋には住人がいる、眠らせているがな。本気を出して巻き込みたくはなかろう?」チャキンッ…
キイイイィィィンッ!
カンッ!キンキンッ…ギィンッ!
男「くそったれ…! みんな、頼む!」
眼帯「………」
タッタッタッタッ…ガッ!ズシャッ!
魔女「うっ…!」ドサッ…
男「魔女様! 大丈夫ですか!? お手を…!」
魔女「はぁーっ…はーっ…大…丈夫…」ゲホッ…ゴホンッ
──ブンッ…スタッ!
??「…捕らえたぞ」チャキッ
男「ほざけっ!」チャキンッ…シュッ!
ギイイィィンッ!
??「凄まじい速さの初撃だ…強いな」ギリギリギリッ
男(次の一人が現れたら眼帯の手まで塞がっちまう…!)グググ…ッ
魔女「くっ…! 凍りつきなさいっ!」ヒュオオオォォォ…
??「無駄だというのに」
魔女「凍結魔法!」コオオォォォ…ピシッ!ビシビシビシッ…!
…バリイイィィィン……
魔女「!!」
男(氷柱が届く前に割れた…!?)
??「この特殊兵装に力を絞った魔法は届かん…町を破壊する気で放つならともかくな」ヒュンッ!
キィンッ!ギンッ…カァンッ!
魔女「そんな…!」ハァ…ハァ…
男「眼帯っ! 魔女様を頼むっ!」ビュンッ!キンッ!
眼帯「………」グッ…
魔女「男さん…お願い、死なないで!」
眼帯「…行こう、魔女ちゃん……」
タタタタタッ…
??「………」キィンッ…!
男「おら、目で追ってる余裕なんか与えねぇぞ!」シュンッ!
ガキイイイィィン!ガンッ!ガガンッ!
??「くっ…なんて重さだ…!」ビリビリビリ…
男「おおおぉああぁぁぁっ!」ザリッ、ブゥンッ!
??「弾け飛べ…爆砕魔法!」カッ…!
男「──!!」
──ザッ!ザザッ…!
男(…危ねえ、なんて魔法使いやがる。発動まで一瞬だったじゃねえか)ハァ…ハァ…
??「恐ろしいセンスだな…今のを避けるか」
男「何者だ貴様、月の者ではないな……あんな魔法見た事もない」ジリッ…
??「これは失礼した、仮面のままではそなたらの騎士道に反したか」スッ…ファサッ
男(仮面を…あの瞳は…!)
??「ほう…? 先の魔法は見た事がなくとも、この左眼の意味するところは解ったようだな」
男「左の瞳だけが真紅…貴様、魔道士の国と名高い星の兵か。道理で魔法に長けていたわけだ」
??「私は星の国、魔法剣士隊長を務める『魔剣士』だ。名乗る意味もないが、騎士殿を相手とするなら礼儀だろう」
男「ふん…不意打ちをかけておいて今さら騎士道を語るとは笑わせる。…なぜ姿を消したまま斬りかからなかった?」
魔剣士「矮小な魔法を弾くのも姿を消す事も、この特殊兵装の力…しかし特に後者は酷く集中力と魔力を消費するのでな」
男「剣を振るうことも出来ない…というわけか。ではなぜ星の国の兵が我々の邪魔をする?」
魔剣士「騎士道に則ったとしても、そこまで話す義理は無い」
男「そうかい…俺は月の国騎士団白色小隊所属の男だ──」ヒュッ…!
ガキイイイィィィンッ…!!
男「──今は逆賊だがな…っ!」グググ…ッ
………
…
タタタタタッ…
魔女「はぁ…はぁっ…」
眼帯「………」タッタッタッ
『──動くな、女』
『何者…っ』
『ふん…やはり眼帯か、なんだその格好は』
魔女「…はぁっ…はっ……どっち…でしたっけ…」ハァ…ハァ…
眼帯「……右」
『仮面をとらねば判らんか…これでどうだ』
『……兄様…!』
『久しいな、妹よ。魔女の砦に入って以後、満月の夜の通信も絶えどうしているかと思ったぞ』
魔女「もう…そろそろ…はぁっ……町の出口……はぁーっ…」タタタタッ…
眼帯「そこを…左…」タッタッタッ…
『しかし何故これまで目的を果たせていないのだ』
『その…魔力にあてられる…から…近づけなくて…』
『一瞬の機会ならありそうなものだ』
『………』
『…属する隊に情を移している…違うか?』
魔女「はぁっ…はぁ……えっ…!?」タタタッ…ザッ
眼帯「………」…ザッ
魔女「どうして……はぁっ…眼帯さん…行き止まりです…戻りましょう」ハァ…ハァ…
『この後、我々がお前達の行動を阻害する』
『お前と魔女だけが残るように、他の隊士を足止めしよう』
『それならお前がやったとは疑われない』
魔女「眼帯…さん?」ハァ……ハァ……
眼帯「…忘れてたかった」ポツリ
魔女「なにを…あの、話は森に戻ってから…」
眼帯「このまま、魔女の島に着ければ」スッ…
『魔女の力は強大だ…なりふり構わなければ、全てを巻き込み消し去る事も容易いだろう』
眼帯「それで関係なくなると思ってた…そうしたかった」シュルシュル…
魔女(左眼の帯を…?)
眼帯「でも…この左眼からは、逃げられなかったみたい」ファサッ…
魔女「その瞳は…? 眼帯さん…貴女は…」
『油断を誘い、隙をつけ、さもなくば魔女に対し勝機は無い。いいか、眼帯…我が妹よ──』
眼帯「私は元・星の国魔法剣士隊候補生──」チャキッ…
魔女「……嘘…」
『──魔女を殺せ』
眼帯「──魔女の暗殺者」
魔女「…こんな時に冗談言うわけないですよね」
眼帯「うん」
魔女「だったら…暗殺者が名乗っちゃだめじゃないですか」
眼帯「うん」
魔女「…それに」
眼帯「………」グスッ
魔女「そんなに泣いてちゃ、殺せるわけないですよ」
眼帯「う…ん…」ポロポロ…
魔女「眼帯さん…私、なにもしません」
眼帯「……っ…」グスン
魔女「殺さなきゃいけないんだったら…今しかないですよ」
眼帯「でも…」
魔女「今なら友さんにも知られずにすみます。男さんにも、みんなにも」
眼帯「できない…よ…」
魔女「…うん」
眼帯「家族だもん…友達だもん…っ」ボロボロ…
魔女「眼帯さん、私…貴女と一緒に魔女の島へ行きたいです」ニコッ
眼帯「だけど…私は魔女ちゃんを…みんなを騙してて…」
魔女「つい今、みんな家族な事、私の友達である事は嘘じゃ無いって話してくれたじゃないですか」
眼帯「魔女ちゃん…」
魔女「眼帯さん、森へ行きましょう? きっとみんな無事に合流しますよ」
眼帯「…みんなを危険な目に合わせたのは私なんだよ」グスッ
魔女「男さんも友さんも、負けないです」
魔女「剣を交える音ももう聞こえなくなりました、みんなこっちへ向かってるはず」フルフルフル…
魔女「大丈夫…大丈夫ですよ…」ギュッ
眼帯(魔女ちゃん…震えてる、不安なんだよね)グッ…
眼帯「私…戻る」
魔女「えっ…?」
眼帯「みんなに加勢する。魔女ちゃん、ここは街の外壁に面したところだから、万一の時は遠慮なく魔法を使って──」
魔剣士「──その必要はない」ズル…ズル…
眼帯「兄様…!」チャキッ
魔女(眼帯さんのお兄さん…?)
眼帯「み、みんなはっ!? 男…友は…!」
魔剣士「男…というのは、これの事だったな」グッ…
ポイッ…ドシャアッ!
魔女「男…さん…!」クラッ…
眼帯「……っ…!」ギリッ
魔女「嘘…男さん……嘘でしょう…」ヘナヘナ…ペタン
魔剣士「手強かったがな、しかし──」
魔女「──許さない」ボソッ
眼帯「うっ…!?」ゾクゾクッ
魔女「絶対…許さない…っ!」ゴゴゴゴゴゴ
…パチッ!ピシィッ…バチバチッ!
魔剣士「ぐ…まずい、こんなにも…!」フラフラ…
眼帯(魔力にあてられるどころじゃない…! 押し潰されそうな…)ガクッ
魔女「男さんの亡骸を渡しなさい。苦しめはしません、一瞬で灰にして差し上げます…!」スゥッ…
魔剣士「よすんだ…! ま…待てっ!」
魔女「姿を消してはどうです? そのあと一秒で一里以上も離れられるなら…ですが」
魔剣士「くそっ…! 違う、この者は死んではいないっ!」
眼帯「!?」
魔女「…苦し紛れの嘘ですか」
魔剣士「本当だ! 魔法で昏睡させただけだ!」
…ZZZzzz…ZZZzzz…
魔女「へ…?」プシュウ…
眼帯「昏睡ってか…ぐっすり寝てる…?」
魔剣士「はぁ…はぁ…やはり恐ろしい魔力だな……」ゼェ…ゼェ…
魔女「では、なぜ殺さなかったのです?」
魔剣士「我々が殺害しようとしたのは魔女…貴様だけだからだ。我が国は何も戦を望むわけではない…」
眼帯「じゃあ、友も…他のみんなも…」
魔剣士「お前が魔女を不意打つその時間を稼げ…そうしか命令してはいない。恐らくは無事だろう」
魔女「戦を望まない…そうは言いつつも、やろうとした事は脅威となる魔女の排除ではありませんか」
魔剣士「…脅威か、それは星の国に限った話ではないな。世界各国…そう、この月の国さえも例外ではない」
魔女「……月も?」
魔剣士「ふん、どうせ此度の計画は失敗だ。先の話からして眼帯は我々と共に戻る気もないのだろう。そいつから聞くがいいさ」バサァッ
眼帯「う…」
魔女「ま、待ちなさい! まだ話は終わって…」
魔剣士「覚悟して聞く事だ、知れば苦しむ事になろう」
男「…う……ぅ…」グッ…グググッ…
魔女「男さん!」タタタッ
魔剣士「こやつ…恐ろしいほど強いが、魔法への耐性は皆無だな。まさか触れもせずに放つ催眠魔法が効くとは思わなかった」
男「く…そ……てめぇ、なぜ殺さなかった…」ズズ…
魔女「男さん! 無理しないで…!」ガバッ
魔剣士「なるほど…魔女に触れられても平気なほど魔法適性が無いという事か。起き上がる前に退散するとしよう」スッ
男「待てっ…!」
ブゥンッ…キュイイイィィン…
魔剣士《…我々はなんとしても魔女を殺さねばならん、恨みはなくともな》
男「ふざけろっ…! 次は千切りにしてやらぁっ!」
眼帯「兄様!」
魔剣士《眼帯、達者でな──》
魔女「消える…」
──フワリ……スゥッ
続き
男(最強の魔女…どんな人なんだろう)魔女「えへへ、こんばんは」ニコッ【後編】