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触手「こちら触手探偵事務所」ウネウネ…【前編】
第四話『触手は温泉がお好き』
< 探偵事務所 >
女助手「──えぇっ、温泉旅行チケット!?」
町長「うむ。今、ワシと実業家君で協力して、色んな地域と交流を図っておるんじゃが、
ある領主さんからお話をもらってのう」
町長「なんでも温泉が湧いたので、領主さん自らオーナーとして旅館を立ち上げ、
領内のスライム集落と力を合わせて、観光地として開拓しておるんだとか」
女助手「へぇ~、すごい! 面白そう!」
町長「ところが、ワシらはどうしても行けそうになくてな。
君たちには選挙の時の恩もあるから、よかったら……と思ったのじゃ」
女助手「行きましょうよ、先生! 最近ヒマでしたし!」
触手「ヒマってのは余計だが……たまには旅行もいいかもな」
触手「町長さん、チケットありがたくもらうよ」ウネッ
町長「楽しんでもらえれば幸いじゃ」
女助手「パンフレットによると、旅館周辺は遊べるスポットがたくさんありますね!」
女助手「ボート乗り場や釣り堀がある湖に、色とりどりの花でいっぱいの花畑、
草原ではスポーツも楽しめるみたいです!」
触手「気合入ってんなぁ」ウネウネ
女助手「こんな風に人と魔物が協力し合ってるなんて……ステキですよね。
なかなか見られる光景じゃないですもん」
触手(コイツ、俺が魔物ってこと忘れてないか?)
触手「んじゃ、近いうちに二泊三日の温泉旅行とシャレこみますか!」ウネッ
女助手「はいっ!」
一週間後──
< 探偵事務所 >
触手「よぉ~し、待ちに待った今日、いよいよ温泉旅行にレッツゴーだ!」
女助手「アイアイサー!」
触手「着替え持ったか?」ウネッ
女助手「はーい!」
触手「剣持ったか?」ウネッ
女助手「はーい!」
触手「親御さんに許可取ったか?」ウネッ
女助手「はーい!」
女助手「……ところで先生の荷物は?」
触手「なーい!」
女助手「なーい、じゃないですよ!」
触手「だって……俺は手ぶらでいいんだもん」ウネ…
旅館までの道のりは、馬車に揺られることとなる。
ガタゴト…… ガタゴト……
触手「調査のため、よその町に行く……なんてことはしょっちゅうだが、
たまにゃこういう旅行もいいもんだな」
女助手「そうですね~、ワクワクしちゃいますよ!」
女助手「今日から三日間、たっぷり楽しみましょうね!」
触手「そうだな、骨休めといくか!」
女助手「……先生に骨はありませんけどね」クスッ
触手「やかましい」ウネッ
< 旅館 >
オーナーを務める領主が、二人を歓迎する。
領主「ようこそいらっしゃいました! 触手さんと女助手さんですね?」
触手「どうも」ウネウネ
女助手「よろしくお願いしますっ!」
領主「すでに町長さんと実業家さんから連絡はいただいております。
どうぞ、おくつろぎ下さいませ!」
触手「楽しませてもらうよ」ウネッ
領主「それでは、彼女が部屋まで案内しますので……ごゆっくりどうぞ」
“彼女”とは、桃色のスライムであった。
桃スライム「こちらへどうぞ……」
触手「!」ピクッ
< 部屋 >
女助手「わぁ~っ、ステキな部屋!」
触手「悪くねえな」ウネッ
触手「ところで、桃スライムさん」
桃スライム「はい?」
触手「ここの従業員は、ほとんどがスライムだって聞いてるが……」ウネ…
桃スライム「ええ、スライム集落の者たちが領主様に雇っていただいておりますの」
女助手「領主さんって、優しいんですねぇ……」
桃スライム「あの方には、感謝してもしきれませんわ」
触手「集落ってのは……どんな場所なんだ? 興味あるんだが」ウネッ
桃スライム「なにもないつまらない場所ですわ……。
それよりも、ぜひ他の観光地を回って下さいませ」
触手「…………」ウネ…
桃スライム「それではごゆっくり……」
触手「あ、ちょっと待った」ニュルッ
触手が桃スライムの体にタッチした。
桃スライム「きゃっ!?」
触手「あ、悪い……」シュルッ
女助手「なぁにやってるんですか、先生! セクハラですよセクハラ!
セクハラならぜひあたしに──」
触手「なにいってんだ! ホコリがついてたから、はらっただけだ!」ウネウネッ
桃スライム「ありがとうございました……失礼します!」シュタタッ
女助手「本当ですか? 怪しいなぁ……」ジロ…
触手(ぐ……こういう時のコイツは異常に鋭いな……)
触手「そうだ、さっそく温泉に入らないか? いつでも入れるみたいだしさ!」ウネッウネッ
女助手「いいですねぇ、そうしましょう!」
女助手「一緒に入りましょうね、先生」
触手「なんでだよ。ちゃんと男湯、女湯に分かれてただろうが。
別々に入るに決まってんだろ」
女助手「え~、でも先生って性別ないでしょ?」
触手「まぁ……そうなんだけど、心は男のつもりだしな」
女助手「ちぇっ、先生にあたしのヌードを見せたかったのに」
触手「なぁ~にいってやがる。
んなこといったら、俺なんか常にヌードみたいなもんじゃねえか」ウネウネ
女助手「あ、そっか!」
女助手「そう考えると、なんだか先生を見る目が変わっちゃいそうな……。
えへへへ……」
触手「そんないやらしい目で俺を見るな!」ウゾッ…
< 温泉 >
女湯──
女助手「はぁ~……気持ちいい……」
女助手「極楽だぁ~……。極楽ってのはこういうことだぁ~……」チャプ…
桃スライム「お湯加減はいかがかしら?」
女助手「もうサイコーですよぉ~……。
このままお湯の中に溶けちゃっても、悔いはありませんねぇ~……」チャプ…
桃スライム「ふふっ、ありがとう」
女助手「この温泉を掘り当てたのも、スライムの方たちなんですか?」
桃スライム「そうですわ。そこで領主さんが協力を持ちかけてくれて……」
女助手「へぇ~」
女助手「この地方では、人間とスライムが一体となって、
地域を活性化させようとしてるってことですね! すごいです!」
桃スライム「ええ……」
男湯──
触手「はぁ~……」チャプ…
触手「ふぅ~……」チャプ…
触手「ほぉ~……」チャプ…
触手(事務所にも風呂はあるが、やっぱり温泉は最高だ!)
触手(他に客がいないから、思いっきり触手を伸ばせるしな!)ウネ…ウネ…
触手(しっかし、あの桃スライム……。あの言葉、あの弾力……)
触手(なぁ~んか気になるんだよなぁ……)チャプ…
温泉を上がった二人は、卓球台を発見する。
女助手「おっ、テーブルテニスの台ですよ!
温泉といったら、やっぱりこれですよね、先生!」
触手「いやいや、その認識はまちがってるぞ」
女助手「じゃあ……やめときますか?」
触手「やるに決まってんだろ! ──来いや!」シュルッ
カッ! コッ! パシッ! コッ!
女助手「でやっ!」バシッ
触手「うおっ!」パシッ
女助手「──あぁっ!」
女助手「先生、ラケットじゃなく触手で打ち返すのは反則ですよ!」
触手「ふ、ふんっ! 探偵ってのはどんな手段でも使うもんなんだ!」
< 部屋 >
女助手「ご飯もおいしかったし、サイコーの宿ですね!
きっとこれからますます流行るでしょうね」
女助手「ところで、明日のスケジュールはどうします?
一つのところで楽しむか、あるいは色々と見て回るか……」
女助手「なにしろ、面白そうな場所が多すぎて、とても一日じゃ……」
触手「…………」ウネ…
触手「明日、なんだけどさ……。集落に行かないか?」
女助手「へ? 集落……ですか? スライムさんたちの?」
触手「ああ……どうだ?」ウネッ
女助手「もちろん、かまいませんよ!
──ってなんで、そんな遠慮がちになってるんですか? 水くさい」
触手「だってさ……お前にもお前なりのプランがあったろ?
ここを回りたいとか、あそこに行きたいとか」
女助手「いえいえ、あたしは先生と一緒にいられれば、幸せですから!」
触手「安上がりでいいよなぁ、お前は」
(……ありがとよ)
夜も更け、就寝の準備をする二人。
女助手「ねえ……先生」モゾッ
女助手「一緒の布団で寝ませんか?」
触手「バカいえ」
女助手「ちぇっ」
女助手「じゃあ……マッサージして下さいよ!」
触手「それもダメ」
女助手「ケチ!」
触手(なるべく……やりたくないんだよ。お前にマッサージはな)
女助手「ま、いいや。明日も早いですし、おやすみなさ~い!」ガバッ
触手「おう」モゾッ…
翌日──
女助手「おはようございます! それじゃスライム集落まで行きましょう!」
触手「そうだな」ウネウネ…
女助手「地図によると、集落までは二時間も歩けば着くはずですよ」
触手「結構遠いんだなぁ。この旅館まで通勤するのは一苦労だろ」
女助手「桃スライムさんの話によると、もっと近くにあったみたいですが、
旅館周辺は観光地にするってことで集落ごと引っ越したみたいです」
触手「……ふうん」ウネッ
女助手「そうだ! 石蹴りでもしながら楽しく歩きましょう!」コツンッ
触手「そんなことしてたら、二時間じゃ着かなくなっちまうよ」
やがて、二人はスライム集落にたどり着いた。
< スライム集落 >
集落はお世辞にも栄えているとはいえない有様だった。
女助手「な、なんていうか……この前の村娘ちゃんの村を思い出しますね……。
静かというか、活気が少し足りないというか……」
触手「やっぱりな」ウネッ
女助手「やっぱり?」
触手「あんないい旅館で働いて、それなりの給料もらってるだろうに、
従業員のスライムたちはみんなやつれてたし、弾力もなかった」ウネウネ
触手「それがどうしても、気になってたんだ」
女助手「あたしには全然分からなかったですよ!
あ、もしかして、桃スライムさんをさわったのもそのためですか?」
触手「ああ、弾力をたしかめたかったんだ」
女助手「セクハラじゃなかったんですね。
だったらあたしにも教えてくれればよかったのに」
触手「やつれてることを他人に話すのは、なんか気が引けたからな。
それに……スライムは体調の変化が外見に出にくい魔物だ。
ほとんどスライムと接したことがないお前が気づかないのも無理はないさ」ウネ…
触手「だけど原因がハッキリした以上、ここからはお前にも協力してもらう」シュビッ
触手「集落のスライムたちに、話を聞いてみよう」ウネウネ
女助手「アイアイサー!」
子スライムA「おなか、すいたね……」
子スライムB「うん……」
触手「おい、これを食いな」ニュル…
触手は、橙色の触手を差し出した。
女助手「あ、あれは『七色(レインボー)触手』の一つ、“橙の触手”!」
子スライムA「なにこれ……?」
触手「食え、うまいぞ。しかも栄養豊富だ」
子スライムB「でも……食べちゃったら、痛いんじゃないの?」
触手「痛くねえよ。それにいくら切られようが食われようが、すぐ再生できるからな。
遠慮せず食ってくれ」
子スライムA&B「…………」ゴクッ…
子スライムA&B「いただきます!」
子スライムA「おいし~!」モグモグ…
子スライムB「なにこれ! すっごくおいしい!」モグモグ…
触手「ほれ、食え食え」ウネウネ
女助手「おいしそうに食べますね~、よっぽどお腹が減ってたんでしょうね」
触手「そういやお前は“橙の触手”を食ったことがなかったんだっけか」
女助手「あたしは助手ですから、先生を食べることはしないって決めてるんです!
本当は食べてみたいんですけどね……」ジュルリ…
触手「舌なめずりしながらだと、食べたいってのが別の意味に聞こえるからやめろ」
触手「──さてと、腹いっぱいになったか?」ウネッ
子スライムA「うん!」プルンッ
子スライムB「ありがとう!」プルルンッ
女助手「おお、すっかり弾力が戻った!」
触手「んじゃ、ギブアンドテイクだ。この集落で一番えらいスライムはどこにいる?」
子スライムA「えぇ~っと、あっち!」プルンッ
触手「そうか、ありがとな!」ウネッ
< ツノスライムの家 >
集落のリーダーは、鋭いツノの生えたスライムであった。
ツノスライム「おうおう、てやんでぇ! 来客たぁ珍しいじゃねえか!
しかも触手と人間の娘のコンビたぁ、まさに珍客だぁな!」
ツノスライム「なにしろあの旅館ができて、あそこでオレらが働くようになってからは、
この集落に客なんか来なくなっちまったからなァ!」
ツノスライム「もっとも、領主の親分にゃ感謝してるがなァ! ガッハッハ!」
触手(領主を親分呼ばわりかよ)
女助手「それにしても、すごいツノですねぇ。10センチぐらいありますよ」
触手「俺もツノが生えたスライムなんてはじめて見たよ」ウネッ
ツノスライム「あ、これ? 取れるよ」キュポン
触手&女助手「え」
ツノスライム「これでも集落を束ねる身だし、まずは格好から……ってなもんよ」プスッ
触手&女助手「…………」
触手「リーダーさん、アンタも旅館で働いてるのか?」ウネッ
ツノスライム「あたぼうよ! ただし、オレは接客はしねェがな!
もっぱら観光地の開拓……力仕事が専門ってわけよォ!」
触手「で、けっこういい給料をもらってるわけだ」ウネウネ
ツノスライム「まぁな! けっこういい額をもらってるぜ!」
触手「んじゃ、単刀直入に聞こう。
どうして、この集落のスライムたちはみんなやつれてるんだ?」ウネッ…
女助手「子供たちも満足に食べられてないようすでしたし……」
触手「それにアンタ自身……強がっちゃいるが、だいぶ疲れがたまってるようだ。
リーダーとして弱いところは見せられないってのは分かるがな」
ツノスライム「…………」
ツノスライム「そのわけは……話すわけにゃいかねェ。悪いが帰ってくれねェか」
触手「ふうん……」ウネッ
触手「もしかしたら……話しちまうと、この地方の観光地としての価値が、
ガタ落ちになるとか?」
ツノスライム「ゲェッ!」ギクッ
触手「図星だな」ウネッ
ツノスライム「くっ、おめェさん……さてはプロだな!?」ハァハァ…
触手「ああ、プロの探偵だ」ウネッ
(つっても今の反応なら、だれだって分かるけど)
触手「俺も魔物だし、こうやって温泉旅行できる身分になるまでは苦労したよ。
せっかく手に入れた仕事を、台無しにしたくないって気持ちは分かる」
触手「だけどさ、女子供をやつれさせてまで、やることじゃねえだろう!」シュビッ
ツノスライム「う、ぐぐ……」
女助手「話して下さい! 絶対、悪いようにはしませんから!」
ツノスライム「…………」プルンッ
ツノスライム「わ、分かった……。全てを話すよ……」
ツノスライム「実は……オレたちはタチの悪い山賊集団に目をつけられてんだよ」
女助手「さ、山賊ぅ!?」
ツノスライム「元々オレたちは自給自足で細々と生活してたんだが、
そこに領主の親分が目をかけてくれてなァ……仕事をくれたんだ」
触手「仕事……旅館での接客や、観光地の開拓とかだな」ウネッ
ツノスライム「オレらもやっと、日の当たる身分になれたってわけよ」
ツノスライム「──ところがだ! ちょうどその頃から
アイツらが出没するようになってよォ。
結局、稼ぎのほとんどは持っていかれちまうんだ」
女助手「グッドタイミング……じゃなくてバッドタイミングですねぇ」
ツノスライム「ホント目ざといねェ、ああいうヤツらは。悪さしか能がねぇくせにさ」
女助手「領主さんに相談してみなかったんですか?」
ツノスライム「親分にチクったら、次のターゲットは親分や旅館にするって
脅されててよ……。それもままならねェのさ」
女助手(……まぁ、当然そうなっちゃうよなぁ。
旅館に被害が出れば、もう観光業はやっていけなくなっちゃうだろうし……)
触手「リーダーさん」
ツノスライム「なんだい?」
触手「山賊たちってのは、どこにいるんだ?」
ツノスライム「オレたちにも分からねぇんだ。
あの旅館のことを知って、どっかから遠征してきたんじゃねェか?」
触手「それじゃ、さっき稼ぎを持っていかれるっていってたが、
これはつまり定期的にこの集落にやってくるってことだよな」ウネウネ
触手「いつも、どのぐらいの時期にやってくるんだ?」
ツノスライム「そうだなァ、毎月月末にやってくるから……明日あたり、だな。
ホント参っちまうよ」
触手「グッドタイミングだ」ウネ…
触手「喜びな。俺たちが山賊をブッ倒してやるよ」ウネッ
ツノスライム「!」
ツノスライム「オイオイオイ、無茶いうもんじゃねェぜ! 触手のダンナ!
相手は屈強な男どもが30人はいるんだぜ!?」
触手(“ダンナ”呼ばわりされるのは初めてだな……)ウネ…
ツノスライム「もちろん、最初はオレたちも戦ったが……
このツノで脅しても全然効果ねぇし、惜しくも惨敗しちまった……」
ツノスライム「観光客をそんな危険な目に合わせるわけにゃいかねェぜ!」
触手「あいにくだが、俺はこう見えても武闘派触手で通っててね」
女助手「初耳ですよ、先生……」
触手「それに、俺一人じゃたしかにキツイが、お前もいるしな」ウネッ
女助手「えぇっ!? あたしですか!?
そりゃま……二人でがんばれば、何とかなるかもしれませんけど……。
あまり期待されても……」
ツノスライム(たしかに……ダンナも嬢ちゃんもとても戦えるようには見えねェなァ)
触手「とにかく……明日、もう一度ここに来る。
そしてこの事件、解決してやるよ! ──探偵としてな!」シュビッ
触手(そして……同じ魔物としてな)
< 旅館 >
領主「いかがでしたかな? 我々が精魂込めて作り上げた観光地は?」
触手「いやぁ~、あっという間の一日だったよ。
なにしろ、回りたい場所が多すぎてさ。回り切れなかった」ウネッ
女助手(え!?)
領主「それはなによりでした。町長さんと実業家さんにもよろしくお伝え下さい。
あのお二人を通じて、私はこの地をもっと宣伝したいので……」
触手「そうさせてもらうよ」ウネウネ
女助手「…………」
女助手「あのぉ……集落の件、話さないんですか?」ボソッ…
触手「必要ないだろ」
女助手「はぁ……」
< 温泉 >
女湯──
女助手「はぁ~……極楽、極楽」チャプ…
女助手「山賊かぁ~」
女助手「明日は忙しくなりそうだから、今日はゆっくりつかって体を癒そうっと」
女助手「ふんふ~ん」チャプ…
男湯──
触手「あ~……気持ちいい」ウネ…
触手「そういや、温泉の湯ってのは飲んでも効果があるらしいな。
“黄の触手”でちょっと吸ってみるか」チュウチュウ…
触手「効くゥ~!」ウネッウネッウネッ
触手「俺……温泉、大好き!」
< 部屋 >
部屋の中で、ストレッチを行う二人。
触手「今日はよぉ~く、体をほぐしておけよ」ウネウネ…
女助手「はいっ!」グッグッ…
触手「明日は朝一番で旅館を出て、山賊たちを待ち構える」ウネウネ…
女助手「はいっ!」グッグッ…
触手「多分……お前に頼ることになる」
女助手「ってことは……マッサージですね!?」ゾクゾクッ
触手「ああ。なんとしても、あのスライムたちを救うんだ!」シュビッ
女助手「アイアイサー!」
女助手(なんだか先生、いつになく燃えてるなぁ……)ペター…
触手「それにしてもお前、またさらに体が柔らかくなったんじゃねえの?」
女助手「そりゃまぁ……いつも先生を目指して運動してますから」
触手(そのうち、ホントに俺みたくグニャグニャになりそうで怖い……)ウゾ…
翌朝──
< スライム集落 >
触手「おはよう」ウネッ
女助手「おはようございまぁ~す!」
ツノスライム「おっ、ダンナに嬢ちゃん! ホントに早いな!」
桃スライム「長(おさ)から話は聞きましたが、ホントに来て下さるなんて……」
触手「山賊ってのは、いつもどのぐらいの時刻に来るんだ?」ウネウネ
青スライム「だいたいいつも、お昼過ぎぐらいに来ます」
ツノスライム(しっかし、ホントに戦えるのか? この二人が……。
やっぱり今のうちに止めた方がいいかもしれねェな……)
触手「よ~し、十分“チャージ”する時間はあるな。女助手、こっち来い」クイクイッ
女助手「はいっ!」
ツノスライム(チャージ? いったいなにするつもりだ?)
すると──
触手「よし……やるぞ」ニュルルル…
女助手「んっ……」ピクン
触手「今度はこっちだ」ニュルッ…
女助手「んああっ! あ、あっ、あああああっ……!」
触手「ここはどうだ?」ウネウネ…
女助手「うひぃっ! そ、そんなとこはダメですよぉ、先生っ!」
桃スライム(あらま……)ポッ
青スライム(背中や肩をマッサージしてるだけなのに……なんかやたらエロイ!)
ツノスライム「オイオイオイ、なぁ~にしてやがんでぇ! おめェさんたち!」
触手「今回はコイツの力が必要なんでな。ほ~れほれ」シュルル…
女助手「いいっ! すごくいい! いいですぅぅぅぅぅっ!」ビクビクンッ
昼すぎ──
スライム集落の天敵“山賊集団”が、押し寄せてきた。
ザッ……!
ボス「スライムども! 今月分のカネをもらいにきたぜぇ!」
ボス「テメェらがどのぐらい稼いでんのかは、調べがついてんだ!
きっちり払ってもらうぜぇ……?」
ザワザワ…… ドヨドヨ……
「また来たよ……」 「でも払うしかないんだ……」 「チクショウ!」
手下A「オラ、とっとと出せや!」
手下B「いつだったかみてぇに痛い目にあわされたくねぇだろ!?」
触手「ちょい待ち」ウネッ
ボス「!」
ボス「(触手の魔物……!?)なんだテメェは!?」
触手「お前らさ、山賊なんだってな?」
ボス「スライムどもから聞いたのか? そのとおりだ! オレらは泣く子も黙る──」
触手「ふうん……。そのわりに、身なりが整ってるし、
山で暮らしてる奴特有のニオイもしないんだよなぁ……」ウネウネ
触手「お前らってさ……本当に山賊?」
ボス「!」
ツノスライム「ダ、ダンナ!? なぁに寝ぼけたこといってんでい!
ツノでつついて目ェ覚まさせてやろうか!?」ツンツン
触手「やめてくれ! 今いいとこなんだから!」ウネウネ
ボス(コ、コイツ……! まさか……!)
触手「お前らの正体は──」シュビッ
ボス「テメェら、あの触手を殺せぇっ!」
手下A「い、いいんすか!? 魔物とはいえ、もし観光客だったら──」
ボス「かまうもんか! いざとなりゃ殺しもオーケーって許可ももらってるしな!
ここで口を封じておかねえと、面倒なことになるぞ!」
手下A「そりゃそうっすね!」
手下B「ようし、金を巻き上げる前に運動といくか!」
ウオォォォォォ……!
手下たちが触手に襲いかかってきた。
触手「ふん……やっぱこうなるかよ!」ウネウネ
触手「『七色(レインボー)触手』でもっともパワーがある──“赤の触手”ッ!」ブオンッ
赤い触手がムチのようにしなり、山賊たちに襲いかかる。
ズドォッ!
「ぐげぇっ!」 「いだだぁっ!」 「ギャアッ!」
触手「もいっちょ!」ビュオッ
バチィンッ!
手下A「あの触手……手強いっすよ!」
ボス「なら囲んじまえ! あの触手が生えてる“核”を狙えば倒せるはずだ!」
ザザザッ……!
触手(さっすが……対応が早い! この人数に襲いかかられたらひとたまりもねえ!
やっぱり、アイツに頼るしかねえってことか!)ウゾッ
触手「女助手っ!!!」シュビッ
触手の呼びかけに応じ、女助手がやってきた。ところが──
女助手「先生ぇ~……」スタスタ…
ボス(お、女……!? なんだ、あのトロ~ンとした目つきは……!?)
「へっ、女かよ!」 「油断すんな、剣を持ってる!」 「……酔っ払ってねぇか?」
女助手「あふっ!」ビクビクッ
女助手「ああ……まだ、あたしに先生の感触、残ってるぅ……」
女助手「き、気持ちよかったぁ……。
今ならあたし、先生のためならなんだってやります……やれます……」
しゃべるたびに、女助手の目が虚ろな光を帯びる。
女助手「なにをすれば……いいですかねぇ?」
触手「…………」
触手「俺を囲んでる人間ども……こいつらはみんな悪い奴なんだ。
こいつらを殺さないよう、やっつけろ!」
女助手「アイアイサ~!」
返事とともに女助手が駆け出す。
──普段の彼女では考えられないようなスピードで。
女助手「失礼しまぁ~す」ヒュバッ
ザシッ!
手下A「いだっ!? ──ぎゃあああっ! あ、足がぁっ!」
女助手「大丈夫! 歩けなくなっちゃうような箇所は斬ってませんから~!」
ボス(なんだ、今のスピード……! あの女のがよっぽどやべぇじゃねえか!)
「おい、先にあの女を片づけろ! ──全員でだ!」
女助手「あたしね……先生に気持ちよくしてもらったのね?
だから恩返ししないといけないの……。だから動かないでね?」
女助手「あ、だけど……動いても一緒だけどね?」
ビシュッ! ザシィッ! シュパッ!
「あがっ!」 「ひぃぃっ!」 「ぐわぁぁっ!」
女助手の振るう剣が、手下たちを次々に行動不能に追い込む。
手下B「もらったっ!」ブオンッ
女助手「あはぁ……」ヒョイッ
手下Bの棍棒を、のけぞって回避する女助手。
手下B(なんだぁ、今の動き!? まるで……触手じゃねえか!)
女助手「惜しかったですねぇ~。惜しかったので……お返しです!」
シュザッ!
手下B「ぐおああああっ!」ドサッ…
女助手「ごめんね? だけど、これも先生のためだから許してね?
きっと、全治一週間ぐらいだから」
女助手「じゃあ、体もあったまってきたので……」チラッ
女助手の恍惚とした目が、“山賊集団”を射抜く。
「なんなんだよ、この女ァ!」 「こっち来たぞ!」 「うわぁぁぁっ!」
ビシュッ! ザシィッ! シュバッ!
子スライムA「おねえちゃん、つよ~い!」
子スライムB「山賊を次々にやっつけてるよ!」
ツノスライム「いったいどうなってるんでえ!?
あの娘があんなに戦えるなんて、オレのツノもビックリだ!」ビンビン
触手(付けヅノのくせして……)
「……普段のアイツは、多分子供のスライムにも勝てないよ」ウネッ
ツノスライム「マジかい!?」
触手「だけど……俺に長時間くすぐられたりマッサージされると、ああなっちまうんだ」
触手「ああなっちまったアイツは俺に絶対服従で……強い。
小さいとはいえ、盗賊団をやっつけたことだってあるくらいだ」
青スライム「たしかに、先生のためならなんだってやる、といってましたね」
触手「だから、女助手をあの状態にすることを
二人で“チャージ”って呼ぼうって決めたんだ。
『今日も触手でエネルギーチャージ!』みたいなノリでな」
ツノスライム「なるほどねぇ! ガッハッハッハッハ!
すぐ栄養補給できる携帯食みたいなフレーズで、粋じゃねえか!」
触手「…………」
桃スライム「二重人格のようなものなのかしら?」
触手「いや、そういうわけでもないらしい。
アイツ、ああなってる時の記憶はちゃんとあるからな」ウネッ…
ツノスライム「不思議な人間もいるもんだなァ! オレもツノ生えてるけど!」ピーン
触手(付けヅノのくせして……)ウゾッ
青スライム「なんにせよ、ありがたいです! 山賊を退治してくれてるんですから!」
「がんばれぇっ!」 「いいぞっ!」 「俺たち(スライム)みたいに柔軟だな~」
女助手を応援するスライムたち。
触手(エルフ医師でも、アイツがああなる原因は分からなかった……)
触手(強いて原因を推理するなら──)
触手(普段、アイツの優しさに封じ込められてる、
俺を手入れするための剣の稽古の成果だったり、剣の才能みたいなもんが、
マッサージやくすぐりの快感であふれ出る……ってところなのかな)ウゾウゾ…
触手はどこか複雑な心境で、女助手の戦いを見つめていた。
手下C「あがぁぁぁっ!」ドサッ…
女助手「痛かった? ごめんね? でも先生のためだからね?」
女助手「さぁ~て、残るはあなた一人!」チャキッ
ボス「みくびるなよ、小娘!」スラッ
ボスはサーベルの使い手であった。
ビュバッ!
鋭い突きが女助手を襲う。
女助手「ひえぇっ! あっぶないなぁ、もう!」
ボス「オレは他の奴らのようにはいかんぞ!」
女助手「ううう……」ゾクッ
ボス「ふん、怖気づいたか?」
女助手「うあ、あっ、あっ、あっ、あああ~……」ゾクゾクッ
女助手「あなたぐらい強い人倒したら……先生、きっともっと喜ぶ……よね?
ね? ね? ね、ね、ね?」
ボス(なんだコイツ!? ますます目がトロ~ンと……)
女助手「先生! あたし、どうですかぁ~?」
触手「うん、すごいよ(……色んな意味で)」ウネッ
女助手「アッハァ~、じゃ、もっともっとすごいとこ見せますねぇ~!」シュタタタッ
ボス「このアマァ!」ザザッ…
ガキンッ! ギンッ! キィンッ!
女助手「あらら」ヨロッ…
ボス「死ねぇっ!」シュッ
女助手「おっと」ヒョイッ
ボス「ウソ──!?」
まちがいなく当たるタイミングで放たれた突きを、持ち前の柔軟性でかわすと──
女助手「えぇ~い!」
ガツンッ!
ボス「ぐおぁ……!」ドサッ…
柄を用いての一撃で、ボスを失神させた。
女助手「あはぁ~……これで先生、喜ぶ、喜ぶ……」ニコニコ…
女助手「…………」ビクンッ
女助手「!」ハッ
役目を果たし、我に返る女助手。
女助手「あ、先生! あたし、勝っちゃったみたいです!」
触手「おう、よくやったな」シュビッ
女助手「え、と……次はどうすればいいですかね?」
触手「俺の触手を切って、ロープ代わりにして、全員縛り上げてくれ」ウネウネ
女助手「アイアイサー!」
ツノスライム「オレたちも手伝わせてくれェ!」ビーン
女助手「ありがとうございます、皆さん!」
こうして“山賊集団”は全員捕縛された。
しばらくして──
ボス「……ん」
触手「やっと起きたかい、大将」ウネッ
目を覚ましたボスは藍色の触手によって縛られていた。
ボス「ぐっ……! こんなもん……!」グッグッ…
触手「ムリムリ」
触手「『七色(レインボー)触手』でもっとも丈夫な“藍の触手”で縛ってんだ。
いくら力んでも切れねえよ」ウネウネ
ボス「くっそ……! オレをどうする気だ!?」
触手「俺はお前らみたく野蛮じゃないんでね。質問に一つだけ答えてくれりゃいい。
お前らを動かしてる黒幕、いったいだれだ?」
ボス「黒幕ぅ? 笑えないジョークだな。オレたちゃ山賊だぜ? 黒幕なんかいるかよ」
触手「あっそ……答えないんだ」ウゾッ…
触手「笑えない上に答えないんだったら、くすぐらせてもらう」ウゾウゾウゾ…
ボス「くすぐりだと? ハハハ、下らん! くすぐりなど屁でもない!」
触手「ちなみに今までの最高記録は37秒な。ヨーイ、スタート!」
無数の触手がボスの体のあちこちをくすぐる。
コチョコチョ…… コチョコチョ……
ボス「ん!? むぅぅ!? んほほほほほほほっ! あひゃひゃっひゃっ!」
ボス「んひひっ! あひゃっ、あひゃひゃっ! ぶほっ、ほっほほぉう!」
ボス「や、やめれ……うっ、うひゃああああああああああああっ! ひゃあっ!」
ボス「やめれええええええええええええっ!!!」
ツノスライム「おっそろしい……!」ビンビン
女助手(いいなぁ……)
触手「吐くか?」コチョコチョ…
ボス「はっ、吐きましゅぅっ! 全部吐く、吐くから……ゆるしてぇぇぇぇぇんっ!!!」
触手「記録、13秒。まさに口だけだったな」シュルル…
ボス「オ、オレたちのく、黒幕は──領主でぇっす!」
ツノスライム「!」
ツノスライム「なんだとォォォ!?」
女助手「ええっ!?」
ザワザワ…… ドヨドヨ……
集落のスライムたちに動揺が走る。
触手(予想してたとはいえ……つらいな)
ツノスライム「親分が……黒幕だァ!? ど、どういうこった!」
触手「ようするに、コイツらは回収係だったんだよ。
領主が従業員であるスライムに対して支払った給料のな」ウネウネ
女助手「そんな……」
触手「おおかた、お前は傭兵崩れ、残りはそこらでかき集めたゴロツキってとこだろ?
さ、もう全部吐いちまえよ」ウネッウネッ
ボス「うぅぅ……。わ、分かったよぉ……」
~ 回想 ~
領主『──では頼んだぞ。毎月、スライムどもから金を巻き上げてくれ。
山賊のフリをしてな』
ボス『了解した……。だが、もしスライムどもがアンタに助力を求めたら、
アンタはどうするつもりなんだ?』
ボス『領主として、動かないわけにもいかないだろう?』
領主『心配いらん。口外すればこの私を次のターゲットにする、とでもいっておけば
スライムどもがよそにこのことをバラすことはない』
領主『奴らは私を“仕事と役割を与えてくれた素晴らしい人間”だと信じているからな』
ボス『観光客がスライム集落に行って、このことを知ってしまう可能性は?』
領主『それも心配いらん。この旅館の周辺は、観光スポットの宝庫だ。
なにしろ、奴らをこき使って、あちこちを開拓させたからな。
わざわざスライム集落までいく物好きなどおるまい』
領主『それにスライム側としても、わざわざ山賊のことを観光客に話して、
この地方の観光地としての価値をおとしめるようなことはすまい』
領主『つまり、スライム集落を狙う山賊のことが発覚することは絶対にありえないのだ』
ボス『……なるほど』
ボス『しかし、スライムがくたばっちまったら、働き手はどうするつもりだ?』
領主『そうなったら、今度はちゃんと人間を雇えばいい。
ようするに、奴らは“つなぎ”だよ』
領主『こんなすたれた地域の領主に任命された時は、絶望したもんだが、
頭を使えばこんな土地でも観光地として盛り上げられるということだ』ニィッ
………………
…………
……
ボス「──ってわけだ……」
桃スライム「こ、こんな話って……」
青スライム「なんてことだ……!」
女助手(みんな、領主さんを信じてたのに……)
触手「どうする? リーダーさん」
ツノスライム「…………」
ツノスライム「ずいぶんと長い間、だまされてたもんだ……。ガハハッ……。
働いて、金奪われて、働いて、金奪われて……情けねェ」
ザワザワ…… ドヨドヨ……
女助手「ツノのスライムさん……」
触手「なぁ」ウネッ
触手「もし領主に報復するんなら、存分に手伝ってやれる」
触手「俺だって魔物だ。人間に頼りにされて舞い上がる気持ちはよく分かる。
俺だって……領主を許せねえ」ウゾウゾ…
女助手(先生がいつになく燃えている理由……そういうことだったんだ……)
青スライム「長(おさ)……」
ツノスライム「…………」
ツノスライム「……触手のダンナ」
ツノスライム「たしかに領主は許せねェ……ド外道だ」
ツノスライム「だがよ、利用してただけとはいえ、
オレたちに新しい生き方を示してくれたのは紛れもない事実……」
ツノスライム「それに……戦ってもらって、真相を暴いてもらって、
後始末までやってもらう……そこまで世話になるわけにゃいかねぇ」
ツノスライム「ダンナ、幕引きはオレたちの手でやらせてもらえねェか。頼む……!」
触手「……分かったよ。アンタたちの意志を尊重しよう」ウネッ
触手「俺たちは何も見なかったことにする。女助手も……いいな?」
女助手「はいっ!」
触手は後のことはスライムたちの手に委ねることにした。
スライムたちが真に自立できることを信じて。
触手「よぉ~し、旅館に戻るか!」
女助手「アイアイサー!」
< 旅館 >
旅館に戻ると、領主は相変わらずの営業スマイルを振りまく。
領主「おおっ、朝から姿が見えないので、心配しておりましたよ」
触手「今日で旅行も終わりだし、色んなとこを回ろうとしたら、時間を忘れちゃってね。
早起きしたかいがあって、いっぱい楽しめたよ。なぁ?」ウネッ
女助手「ええ、楽しめました!」
領主「ハッハッハ、楽しんでいただけて光栄ですよ。
ぜひとも、また遊びに来て下さいませ」
触手「もちろんさ。ところで……」ニュルル…
コチョコチョ……
領主「あひゃひゃはははははっ! ──な、なにをなさるので!?」
触手「おっと失礼……。近いうち、笑えなくなることが起こるかもしれないから、
今のうちに笑ってもらおうと思ってさ」ウネッ
触手「アンタもせいぜい旅館経営を楽しんでくれよ! ……悔いのないようにな」ウゾ…
領主「…………?」
女助手(先生ったら……)
触手と女助手の温泉旅行は終わりを告げた。
帰りの馬車にて──
ガタゴト…… ガタゴト……
触手「ふぅ~……あとはスライムたちがうまくやれりゃいいがな」ウネウネ
女助手「大丈夫ですよ! スライムさんたちが一致団結すれば、
絶対に悪徳領主を追い出せます!」
触手「……すまなかったな」ボソッ
女助手「へ?」
触手「本当は二泊三日、もっと色んなところで遊びたかっただろうに……
俺のワガママに付き合わせちまって……」ウネウネ
触手「今回の事件に首を突っ込んだのは、正義感とかじゃなく、
ほとんど私情だったんだ」ウネッ
触手「あのやつれた桃スライムを見たら……
なんとなく、領主のやってることが分かっちまってな……」
触手「いつだったかの毒虫で悪さしてた薬売りからは
まだ“良心”を感じられたが、領主からは全く感じられなかった」ウゾッ
触手「いくら力や知恵があっても、魔物はしょせん少数派(マイノリティ)だ。
だから、人間に認められたくて必死なんだ……。
その心を利用するなんて……とても許せなかった……。だから……」ウネウネウネ…
女助手「もう、なにいってるんですか! あたしはぜーんぜん気にしてませんよ!」
触手「だが、お前に“チャージ”して、好きでもない戦いまでやらせて──」
女助手「かまいませんよ。あたしは先生の助手なんですから!」
女助手「それに……正直いって、あたしは“チャージ”された時の方が
役に立つと思いますから……」
触手「フッ、それはそうかもな。あの状態だと俺のいうことを完璧に聞くしな」ウネッ
女助手「うぐっ! や、やっぱり……」
触手「だけどな、俺はなんでもいうことを聞くお前なんか、面白くないんだよ。
なるべくなら、あの状態にしたくないんだ。
普段のお前の方が、ずっと魅力的だからな」ウネウネ
女助手「…………」ポッ…
女助手「や、やっぱりあたし……」ドキドキ…
触手「?」
女助手「先生と結婚したいですっ!」
触手「それはダメ」シュビッ
それから二週間後──
< 探偵事務所 >
町長と実業家が事務所にやってきた。
触手「町のトップ二人がそろい踏みとは……だれかの弱みでも握りに来たのか?」ウネッ
町長「い、いや! なにをいうんじゃ!」
実業家「う、うむ! あれはもう終わった話じゃないか!」
触手「こりゃ失礼」
実業家「実は……ついこの前、君たちが行った温泉旅館で事件が起きたんだ」
女助手「事件……?」
実業家「スライムたちの訴えで、あの地方の領主が、
スライムに不当な労働をさせていたことが発覚したのだよ」
触手&女助手「!」
町長「事態が事態だけに、まだニュースにはなっておらんがのう」
実業家「そんなこととはつゆ知らず、我々は手を貸してしまっていた。
まったく恥ずべきことだよ」
女助手「旅館は……どうなっちゃうんですか?」
実業家「旅館や観光地の運営はスライムたちに委託される予定だ。
領主については、最低でも追放か……あるいはさらなる重罰が下るだろう」
女助手「スライムさんたちだけで、大丈夫でしょうか?」
実業家「心配はいらない。この件でスライムたちの努力は評価されるだろうし、
我々も全力で支援するつもりだからね」
女助手「そうですか! よかったぁ!」
町長「もしかして、おぬしらはあの旅館の“闇”に気づいたりしとったか?」
触手「い~や、全然」ウネウネ
女助手「まったく気づかなかったです!」
町長「ある意味ではその方がよかった。おぬしらの性格なら、
気づいていたら旅行どころじゃなくなったじゃろうからな」
町長「それと、おぬしらの住所を知らんかったのじゃろう。
旅館のスライムたちから、手紙が来ておるぞ。あとで読むといい」サッ
触手「ありがとう」シュルッ
二人が帰った後──
女助手「手紙……読んでみましょうか?」
触手「おう」ガサゴソ…
『触手のダンナ 助手の嬢ちゃんへ
今回の件では本当に世話になった! いくら感謝してもしきれねえ!
大した礼もできなかったが
アンタたちならタダで泊めてやっからまた遊びに来てくれ!
ツノスライム スライム集落 一同』
触手「……だとよ。また近いうちに遊びに行くか?」
女助手「今度はめいっぱい遊びましょう!」
~ おわり ~
204 : ◆DZVn09wdis - 2015/03/26 02:07:11 ItPF/wgU 170/318これで第四話終了となります
間が空くかもしれませんが引き続きよろしくお願いします
第五話『騎士団闇討ち事件』
< 騎士団兵舎 >
真夜中、騎士が兵舎内を巡回していると──
騎士A「……ん?」
甲冑「…………」ガチャッ…
騎士A「なんだ、お前は?」
甲冑「…………」チャキッ
騎士A「おっ、お前はまさかっ! 団長をやった──」サッ
ビュアッ!
キィンッ! ザシッ……!
「ぐああああああっ……!」
………………
…………
……
< 探偵事務所 >
触手「なるほどねぇ。騎士だけを狙った闇討ち事件、か……」ウネウネ
銀騎士「最初に団長が倒され、これで五人目になります。
さいわい皆、命を奪われたわけではありませんが……」
女助手「五人もですか……」
銀騎士「団長はもちろん、他の四人もすばらしい腕前を持っていました。
なのに……敵わなかった」
銀騎士「あなたがたの『ソードオブザイヤー』品評会でのご活躍は、
陛下からうかがっております」
銀騎士「そして私自身、人を見る目には自信があるつもりです!
どうか、お力を貸していただきたい!」
触手「俺は腕っぷしには自信がないんだが、そこまで見込まれてるなら、
逃げるわけにもいかないだろうな……」ウネ…
触手「女助手、準備しろ」ウネッ
女助手「アイアイサー!」
< 騎士団兵舎 >
騎士団の兵舎は、外観も大きさもまさに一流と呼ぶべきものであった。
女助手「わぁ~、立派な建物ですね!」
触手「屋敷……。いや、ちょっとした城だな、こりゃ」ウネッ
銀騎士「剣術が盛んである我が国では生まれに関わらず、
大きな武勲を立てた者は勲章をたまわることで騎士となれますが、
この兵舎に入れるのは、騎士の中でも特に優れた者だけです」
触手「王国の精鋭部隊、ってわけか」ウネウネ
銀騎士「おっしゃるとおりです」
銀騎士「今現在、世の中は平和ですが、水面下では国同士の抗争は絶え間なく
続いています」
銀騎士「我が国にもスパイが潜んでいるのではというウワサもあるほどです」
銀騎士「今回の件も、敵国の仕業ではないか? ──などともいわれてましてね」
女助手「騎士団の方々がやられたら、国を守る人がいなくなっちゃいますもんね!
この事件、絶対に解決しないと!」
触手「さすがにここでは石蹴りなんかするなよ」ウネッ
女助手「しっ、しませんよ!」ギクッ
まず触手たちは、兵舎の中にある団長の部屋に案内された。
< 団長の部屋 >
銀騎士「団長、触手探偵をお連れしました」
右足に包帯を巻き、ベッドの上に横たわる団長。
団長「横たわったままで失礼……。はじめまして、私がこの騎士団の団長だ」
触手「よろしく」
女助手「は、はじめまして!」
団長「今回の事件は我が騎士団始まって以来の危機であり、恥辱である。
犯人はもちろん悪いが、たるんでいる我が騎士団もまた悪い」
団長「このとおり、私もしばらくは職務に復帰できそうにない」
団長「触手探偵殿、女助手殿。陛下からあなたがたのことは聞いている。
どうか、力を貸していただきたい」
触手「もちろん、全力を尽くすよ」ウネッ
女助手「強そうな人でしたね~」
銀騎士「ええ、実際に団長の剣の腕は騎士団でもナンバーワンですから。
団長に憧れている騎士も多いですよ」
触手「今回の犯人……どうやら相当に手強そうだな。
銀騎士さん、アンタは今回の犯人像をどう考える?」ウネッ
銀騎士「……そうですね」
銀騎士「騎士団兵舎はある意味、もっとも安全な場所ですから、
ここを叩いて動揺させることで……なにかを得ようとしている人物……
と考えています」
触手「スパイってことか?」
銀騎士「いえ、そこまでは……」
銀騎士「ただし、安全であることもあって、兵舎の近くには
重要機密が眠る倉庫もありますから……可能性はゼロではないかと」
触手「…………」ウネ…
銀騎士「続いて、兵舎の主だったメンバーを紹介します。ついてきて下さい」
< 大部屋 >
兵舎内の大部屋に騎士たちが集められる。
ズラッ……
触手(強そうなのばっかだな……。こういう雰囲気、苦手……)ウネリ…
女助手(うわぁ~、すごいすごい! こんな間近で騎士を見られるなんて!)
銀騎士「紹介しよう。今回の闇討ち事件解決に協力してくれることとなった、
触手探偵と女助手さんだ」
銀騎士「しばらくこの兵舎に滞在してもらうことになる」
触手「ども」ウネッ
女助手「よろしくお願いしますっ!」
シ~ン……
触手(さすが騎士……。触手である俺にもまったく動じず、リアクションも薄いな)
銀騎士「では、騎士団の主だったメンバーを紹介しましょう」
赤騎士「……よろしく」
触手(赤い鎧の騎士、か……。いかにも猪突猛進ってツラだな)ウネ…
青騎士「よろしくお願い致します」
女助手(青い鎧の騎士さん。さわやかでカッコイイ! ……先生ほどじゃないけど)
黄騎士「よろしくねぇ~」
触手(黄色い鎧の騎士……間延びした喋り方しやがるな)ウネ…
女騎士「よろしく頼む」
女助手(女性の騎士もいるんだ。すごいなぁ……)
銀騎士「この四人は若手ながら、武勇にも優れており、
“四騎士”などとも呼ばれています」
触手(団長をトップ、銀騎士をナンバーツーとすると、
この四人がその下に来る……ってところか)ウネ…
銀騎士「今回の事件は、騎士団の存亡にすら関わる重大事件である。
また、他国のスパイが関わっているというウワサもある」
銀騎士「もちろん、先入観を抱くことはよくないが、
それだけの事件であることを心得よ!」
ビシィッ!
銀騎士の一喝で、その場にいた騎士全員の姿勢が引き締まった。
触手(さっすが……)
女助手(おぉ~、カッコイイ)
銀騎士「──では、私は執務があるのでこれにて失礼いたします。
お二人の部屋は、女騎士が案内しますので」
銀騎士が大部屋を出て行く。
すると──
赤騎士「ふん……」
赤騎士「ウワサにゃ聞いてたが、触手の探偵なんてもんがホントにいるんだな。
犯人の脇腹をくすぐって、自白させたりすんのか?」ケラケラ…
触手「まぁな」ウネッ
女助手「はいっ!」
赤騎士「……ふざけんなッ!」ドンッ
二人は正直に答えたのだが、赤騎士は茶化されたと感じたようだ。
青騎士「赤騎士、よしたまえ。もう少し上品なふるまいを──」
赤騎士「うるせえ! こういうのはな、ハッキリいっといた方がいいんだ!」
赤騎士「いいか……。この件にお前らみたいなよそ者の出る幕はねぇ!
まして魔物風情がな……!」ギロッ
触手(あ~、めんどくせえな。予想してた反応だけどさ……。
こういう手合いは適当にハイハイすみませんって受け流すのが一番──)
女助手「なんですか、よそ者とか魔物風情って!」
触手(え)
女助手「そうやって、人を邪険にするのが騎士団のお仕事なんですか!?」
赤騎士「なにィ……!?」
触手(ちょ、ちょっと……)ウネウネ
赤騎士「ほぉ~う、いい度胸だな。ねえちゃん」
女助手「ありがとうございますっ!」
赤騎士「……へ」
一瞬、呆気に取られる赤騎士。
赤騎士「ねえちゃんも剣差してるってことは腕に覚えがあるんだろ?
手合わせしねえか?」
赤騎士「もしオレに一撃浴びせられたら、さっきのは訂正してやるよ。
なんなら土下座してやったっていい」
女騎士「赤騎士!」
赤騎士「いいじゃねえかよ。やらせろよ」
女助手「受けて立ちます! あたしが一撃当てたら先生に謝って下さい!」
触手(お、おいおい……)
売り言葉に買い言葉。女助手は赤騎士と勝負することになってしまった。
< 鍛錬場 >
触手と騎士数名の立ち会いのもと、訓練用の剣を手にする二人。
赤騎士「打ち込んでこいよ、ほれ」スッ
女助手「…………」ゴクッ…
女助手「でやぁぁぁっ!」
赤騎士「!」
ガッ!
女助手の攻撃は簡単に受け止められ──
赤騎士「ぬあっ!」グイッ
女助手「きゃあっ!」ドザッ…
赤騎士が強引に剣を振ると、女助手は腰からダウンした。
触手「なっ!」ウネッ
女助手「あうぅ……いたた……」ググッ…
触手「おい、大丈夫か!?」ウネウネ
女助手「は、はい! だ、大丈夫です! ……うっ!」
赤騎士「くっ……」
触手「おい! なんてことしやがる!
アンタほどの腕前なら、勝負にならないことぐらい分かってただろ!」ウゾゾッ
赤騎士「ふん!」
赤騎士「……忠告しといてやるがな。
この件は今までお前らが解決してきた事件みてえに生易しいもんじゃねえんだ!
命が惜しかったら、首を突っ込むなよ!」
触手「…………!」
< 客室 >
ベッドにうつ伏せになる女助手。
女助手「事件が解決するまでは、ここに泊まるわけですね。 ……んっ!」ズキッ…
女助手「あだだっ……!」
触手「大丈夫か? 試合を止められなくて、すまなかったな……」
触手「これぐらいの打ち身なら『七色(レインボー)触手』のうちの一つ、
“緑の触手”から出る汁を塗りたくってやれば、すぐ治るはずだ」スリスリ…
緑色の触手が、女助手の腰をさする。
女助手「あぁ~……き、気持ちいい……! あぁぁ~っ!」
触手「あえぐなって」スリスリ…
女助手「くぅあ~……いいですっ!」
触手「しっかし、あの赤い騎士はホント腹が立つヤロウだな」スリスリ…
触手「できるもんなら、証拠でもなんでもでっちあげて、
アイツを犯人にしてやりたいぐれえだ」スリスリ…
女助手「先生、あたしのために怒ってくれてるんですか?」
触手「当たり前だろうが! こんな目にあわせやがって!」スリスリ…
女助手「先生……あ、あたし、嬉し──」
コンコン……
触手&女助手「!」ビクッ
姿勢を正す二人。
触手「入ってくれ」ウネッ
入ってきたのは女騎士だった。
女騎士「触手殿、女助手殿……。先ほどは赤騎士がすまなかった」
女騎士「我々も得体の知れぬ相手に、闇討ちを繰り返され、気が立っているのだ。
どうか許して欲しい」
女助手「いえいえ、かまいませ──」
触手「気が立ってるから、で済まされるんならこの世に騎士はいらないよなぁ~。
そもそもこういう場合、本人が来なきゃ意味ないよなぁ~」ウネッ
女騎士「む……。それはそのとおり、なのだが……」
触手「冗談だよ。アンタはなにも悪くないしな。
ついでにあの赤騎士のことも許しておいてやるよ」ウネッ
女騎士「そ、そうか。かたじけない……」ホッ…
女助手(よかったぁ~、またケンカになるかと)
女騎士「それだけをいいたかった。これにて失礼する」
触手「わざわざどうも」ウネッ
女助手「あたしはなにも気にしてませんから!」
バタン……
女助手「あの人、美人で凛々しくて、なんか……憧れちゃいますねぇ。
とても敵わないですよ」
触手「だな」ウネッ
女助手「だな、ってウソでもいいから『お前も負けてないよ』とかいって下さいよ~!」
触手「ん? 俺がそう思ってることくらい、わざわざいわないでも分かるだろ?」
女助手「え……!?」
触手「ウソだよ」ウネッウネッ
女助手「……んも~っ!」
この日、特に事件は起こらず、二人は兵舎での一日目を終えた。
翌朝──
< 大部屋 >
触手「おはよう」ウネッ
女助手「おはようございまーっす!」
黄騎士「やぁ~、おはよぉ~」
青騎士「昨日のケガは大丈夫でしたか? お嬢さん」
女助手「はいっ! 先生のおかげで、すっかり痛みはなくなりました!」
赤騎士「……昨日はすまなかったな。つい力が入っちまった」
女助手「!」
女助手「いえいえ、あたしはけっこう丈夫ですから!」
(それに、おかげで先生の“緑の触手”を味わえたし……)
触手「…………」ウネ…
触手(あの女騎士がたしなめたんだろうが、案外いい奴らなのかもな)
朝食として、トーストを食べる女助手と、水を飲む触手。
触手「お~、うめえ」チュウチュウ…
女騎士「本当に水だけでいいのか?」
女助手「はいっ! 先生は水だけでも生きていけますから!」サクッ
女騎士「……便利なものだな」
触手「そういや、今日のアンタたちの予定は?」ウネッ
女騎士「午前中は鍛錬で、午後は魔法講義の予定だ。
ところでどうだ? よかったら、お二人も参加してみないか?」
女助手「えっ、いいんですか!? やります、やります!」
触手「元気だなぁ、お前は。俺はパスさせてもらうよ」
女助手「えぇ~、先生もやりましょうよ!」
触手「俺は運動、苦手なんだよ……。
ま、昨日ちょいとケガしたんだし、あまりムチャすんなよ」ウネウネ
< 鍛錬場 >
まずは、体をほぐすためにストレッチを行う。
女助手「よっと」ペター…
黄騎士「おぉ~、すんごいねぇ~」
青騎士「これはこれは、すばらしい柔軟性ですね……」
女騎士「私も柔軟性においては騎士団で一番という自負があったが、
女助手殿にはとてもかなわんな」
赤騎士「ハッハッハ、まるで触手みたいだな!」
女騎士「無礼だぞ……!」ギロッ
女助手「ありがとうございます! あたし、少しでも先生に近づきたくて、
体を柔らかくしてきたので!」
赤騎士「えっ。あ、そ、そうなんだ……」
女騎士「……えぇ~と、その体の柔らかさを生かせば、きっといい剣士になる」
女助手「はいっ! がんばります!」
訓練開始──
赤騎士「さぁってと、いくぜ!」
青騎士「悪いけど、今日はボクが勝たせてもらうよ」
ガッ! バシィッ! ガガガッ! ガッ!
実戦さながらの激しさで、熱戦を繰り広げる両騎士。
黄騎士「さあさあ、どんどんかかってきてぇ~。ほれほれぇ~」
黄騎士も口調に似合わぬ素早い動きで、他の騎士を指導する。
触手(おぉ~、すげぇな。女助手が“チャージ”してもかなわねえかもしれねえ)ウネッ
触手(さて、アイツは──)チラッ
女騎士に胸を借りる形で、訓練する女助手。
女騎士「さぁ……好きなように攻めてきてくれ」
女助手「い、いきますっ!」
女助手「でいっ! でやっ! でいっ!」ブンブンッ
女騎士「どこを振っている? ちゃんと私を狙わねば!」
女助手「は、はいっ!」ブンブンッ
女騎士「う~ん……。決して筋は悪くないのだが、
他人に剣を振り下ろすことに遠慮しているように感じるな」
触手(案の定、だな……)ウネリ…
触手のもとに銀騎士がやってきた。
銀騎士「いかがですか?」
触手「ん……なんつうか騎士の鍛錬ってもっと優雅なもんを想像してたから、
こんなにバチバチやり合うとは思ってなかった」
触手「いつもこんな感じなのか?」ウネウネ
銀騎士「ええ、なにしろ我が国は剣に秀でた国ですから。
鍛錬も当然、激しいものになるのです」
銀騎士「ちなみにこの後は、他国からお招きした魔術師殿による、
対魔法講義も予定しております」
触手「はぁ~……そこまでやってるのか」
(アイツ、ついていけるのかな……)
触手「さて、と」ウネッ
銀騎士「おや、どちらへ?」
触手「せっかくだから、騎士団兵舎の敷地内を回ろうかと思ってさ」ウネウネ
銀騎士「でしたら、私がご案内しましょう」
触手「そりゃ助けるけど……鍛錬はいいのかい?」
銀騎士「かまいませんよ。それに触手探偵お一人では、怪しまれる可能性もありますから。
本来、この敷地内は騎士以外は入れないのです」
触手「じゃあ、よろしく頼むよ」
銀騎士「かしこまりました」ニコッ
鍛錬場を出た触手と銀騎士。
触手「改めて、兵舎の敷地内について確認しておきたいんだが」ウネッ
銀騎士「はい」
銀騎士「まず兵舎内には、客室や騎士たちの部屋の他──
皆が集まる大部屋、講義室、医務室などがございます。
兵舎の外には先ほどの鍛錬場、あとは倉庫と武具庫がございます」
触手(ふむふむ……。デカイ兵舎の他には、鍛錬場、倉庫、武具庫、ね……)ウネ…
触手「……で、闇討ちはいつも兵舎の中で起こってるんだったな?」
銀騎士「はい」
銀騎士「夜間、兵舎内を見回る騎士を次々と……」
銀騎士「今のところ、比較的軽傷で済んではいるのですが……」
触手「神出鬼没ってやつか……」ウネ…
触手(ちょっとした城っていっていいほどの広さの兵舎だし、
潜める場所はいくらでもあるからな……)ウネウネ…
< 倉庫 >
銀騎士「こちらが、国の重要資料が眠る倉庫です。
この中には、王国の兵士や騎士に関する機密が詰まっております」
触手「見張りの騎士がいるな……三人も」
銀騎士「ええ、ここは24時間、見張りをつけております」
触手「騎士のスケジュール管理は、アンタがやってるのか?」ウネウネ
銀騎士「そうですね。私と……団長で相談して決めております」
銀騎士「ここの警備をする時のみ、騎士には異常を知らせるベルを持たせます。
これは貴重な品で、兵舎の敷地全体に響き渡る音が出るというシロモノです」
銀騎士「騎士三人とベルがある以上、ここを突破するのはいかなる賊でも不可能です。
たとえ私や団長でも、無理でしょうね」
触手「ようするに、特別扱いってわけか」ウネッ
触手(もし、この倉庫が目的なら、チマチマ闇討ちなんかやらねえよなぁ。
余計に警戒されちまう)
触手(ってことは、ここが目的って可能性は薄い、か……?)ウネ…
< 武具庫 >
触手「ここは……?」ウネウネ
銀騎士「武具庫です。刀剣の類や、盾、甲冑などが入っています」
触手「こっちは全然、警備されてないんだな」
銀騎士「ここに置いてある武具は、どれも一昔前の骨董品ばかりですからね。
武具庫というより、博物館といってもいいぐらいです。
若い騎士には、ここに入ったことがない者も多いでしょう」
触手「武器防具の進歩は日進月歩だからなぁ。
なにしろ『ソードオブザイヤー』なんつうもんをやるくらい、
武器の開発が奨励されてるしな」
銀騎士「我々騎士も、当然その進歩に追いつかねばなりません。
国や市民を守るために……」
触手(騎士ってのも大変なんだなぁ)ウネッ
< 騎士団兵舎 >
触手たちの客室の前にて──
銀騎士「……こんなところでしょうか」
触手「ありがとう。色々と勉強になったよ。
ここで知ったことは、口外しないから安心してくれ」
銀騎士「恐れ入ります」
ちょうど、訓練を体験してきた女助手も帰ってきた。
女助手「あっ、先生! お疲れさまで~す!」
触手「お、どうだった?」ウネッ
女助手「なんかもう、今日一日でだいぶ強くなった気がしますよ!
今ならもう、どんな相手にだって負けません!」
触手「そういうのをな、気のせいっていうんだよ」ウネッ
女助手「うう……。先生のせいで、元に戻っちゃいましたよ……」
< 客室 >
大げさに両手を動かし、魔法講義について語る女助手。
女助手「もうすごかったですよぉ~! 魔術師さんが呪文を唱えると、
炎がボワァってなったり、氷がビュアアってなったり……」
触手「へぇ~」ウネッ
触手「この国には魔法を使える奴なんて、ほとんどいないからな。
貴重な体験ができたじゃんか」
女助手「なんでですかねぇ? あんなに面白いのに」
触手「この国は、剣や鎧といった武具が発達した国だからな。
『ソードオブザイヤー』なんてもんを設けるくらいにな」
触手「事実、この国の兵士は魔法に劣らないぐらいの精強さを誇ってる」ウネウネ
触手「だけど、騎士ってのは国を守るために常に進歩しなきゃならねえからな。
魔法使いを招いたのも、そういうことなんだろう」
女助手「なるほどぉ~! 勉強になります!」
触手(ほとんど、銀騎士さんの受け売りだけどな)ウネッ
女助手「ところでどうです? 闇討ち事件についてなにか分かりました?」
触手「いやぁ~……さっぱりだな」ウネッ
触手「だけど、銀騎士さんのおかげで、敷地内のことはだいたい把握したし、
明日は団長さんを始めとした被害にあった騎士たちに、話を聞いてみようと思う」
女助手「もう、なにも起こらなきゃいいんですけどね……」
──その時であった。
ぐあぁぁぁ……!
触手&女助手「!!!」
触手「悲鳴……!?」
女助手「今のはたしか……青騎士さんの声ですっ!」
触手「くそっ!」ウネウネウネッ
兵舎の廊下には、すでに大勢の騎士が集まっていた。
ザワザワ…… ドヨドヨ……
触手「どうしたんだ!?」ウネッ
女騎士「青騎士が襲われた! 足を斬られたようだ……!」
青騎士「ぐうっ……!」
触手「ちょいと出血が多いな……止血だ!」シュルルッ
ギュッ……!
一本の触手が青騎士の太ももに巻きつき、出血を止める。
触手「女助手! 切って結んでくれ!」
女助手「はいっ!」スパッ
女助手「これで大丈夫です!」ギュッ…
二人の連携プレイで、応急処置は完了した。
青騎士「あ、ありがとうございま、す……!」
女騎士「よし、医務室に運ぶんだ!」
< 大部屋 >
赤騎士「ちくしょう……とうとう青騎士まで! ……ちくしょうッ!」ダンッ
女騎士「落ちつけ、赤騎士!」
黄騎士「そうだよぉ~」
銀騎士「興奮したところでどうにもならん。
出血は多かったが、さいわい復帰に時間がかかる傷ではないようだ」
赤騎士「そういう問題じゃないでしょう!」
銀騎士「赤騎士! くれぐれも軽率な行動は──」
赤騎士「銀騎士さん! アンタだって分かってるはずだ!
この件はオレたちの手でケリをつけなくちゃならないって!」
銀騎士「…………」
赤騎士「次はオレがやってやる! これから毎晩、オレは巡回をさせてもらいますよ!」
赤騎士「おい、探偵とねえちゃん!」
触手「ん」
女助手「は、はいっ!」
赤騎士「マジでいっておく……アンタらは手を出すな」
赤騎士「いっとくが、これはアンタらがうっとうしいからいってるんじゃねえ……。
本当にヤバイからいってやってるんだ」
触手「……心にとどめておくよ。守るかどうかは別だがな。
なにしろ、触手ってのは獲物がでかけりゃでかいほど、よくうねる」ウネッ
赤騎士「へっ」
バタンッ!
ザワザワ…… ドヨドヨ……
騎士たちの中でもトップクラスの実力を誇る青騎士がやられたことは、
騎士団に大きなショックを与えた。
翌日──
今日は合同訓練はなく、ほとんどの騎士たちはそれぞれの任務のために解散した。
< 客室 >
女助手「おはようございます!」
触手「おう」ウネッ
女助手「うっ! あだだっ……!」ズキッ
触手「おいおい、大丈夫か?」
女助手「トレーニングの筋肉痛、ですかね……」
触手「だから、ケガしてんだからムチャすんなっていったのに……」
女助手「先生の“緑の触手”で治してもらったので、ついはりきりすぎちゃいました」
触手「俺はケガの専門家でもなんでもないっつうの。
そうやって気を抜いた時が一番危ないんだ。気をつけろよ」ウネウネ
女助手「はいっ! 気をつけます!」
客室の外へ出ると──
銀騎士「おはようございます。触手探偵、女助手さん」
触手「おはよう」ウネッ
女助手「おはようございます!」
銀騎士「本日はどちらへ?」
触手「情報収集、ってとこかな。今までは遠慮してたが、
やっぱり闇討ちされた騎士から話を聞かなきゃならないと思ってね」ウネウネ
銀騎士「そうですか」
触手「もしできるなら、仲介役を頼みたいんだが……」ウネ…
銀騎士「申し訳ありません。これから私、王都の病院へ向かわねばなりませんので」
女助手「病院? まさか、銀騎士さんもどこかおケガを?」
銀騎士「そういうわけではないのですがね」
銀騎士「おっと、そういえば魔術師さんがぜひあなたにお会いしたいと……」
触手「魔術師?」
銀騎士「我々騎士に、魔法講義をなさっている方です。
あなたがたと同じく、今は客室に泊まっております」
触手「分かった、ありがとう。あとで寄ってみるよ」ウネッ
女助手「もしかしたら、面白い魔法を見せてもらえるかもしれませんね!」
まず、触手たちは団長の部屋に向かった。
< 団長の部屋 >
団長「おや、君たちか」
触手「ちょいと聞きたいことがあってね」ウネッ
女助手「ご協力お願いします!」
団長「かまわんよ」
触手「あんまり話したくないことだろうが、ずばり聞かせてもらおう。
団長さん、アンタどうやって負けたんだ?」ウネウネ
団長「ふむ……」
団長「あれは十日ほど前、深夜に兵舎内を歩いていたら、
いきなり斬りつけられてしまったのだ」
触手「いきなり? つまり不意打ちだったってわけか」
団長「……ああ、気づかなかった」
女助手「うむぅ……団長さんに気づかれないなんて、恐るべき使い手ですねぇ」
触手「で、肝心の相手はどんな奴だったんだ?」
団長「……甲冑を身につけた……戦士だったよ。顔は……分からなかった」
女助手「ちゃんと顔を隠しているとは……恐るべき使い手ですねぇ」
団長「私の足をこのように斬りつけた後、あっという間に逃げ去ってしまった」
女助手「剣も速ければ、逃げ足も速い、と……恐るべき使い手ですねぇ」
触手(コイツ……恐るべきボキャブラリーのなさだな)ウネ…
触手「ところで、他の騎士が比較的軽傷なのに対して、
アンタは十日経ってもベッドにいなきゃならないほどの傷だが、心当たりは?」
団長「さぁ……騎士団リーダーであるから、強めに斬られたのかもしれんな。
あるいは私個人に恨みがあったのか……」
団長「いずれにせよ、この傷は騎士団をたるませてしまった私への罰なのだと
認識しているよ」
触手「なるほど、ありがとう。参考になったよ」ウネウネ
女助手「ありがとうございました!」
触手(さてと、今度は医務室に行ってみるか……)
< 医務室 >
団長の次にターゲットになった四人の騎士たち。
騎士A「真夜中、巡回をしていたら、犯人が突然現れて……
立ち向かったんだが、足を斬りつけられて──」
~
騎士B「兵舎を歩いていると、甲冑をつけた剣士がやってきたんです。
戦闘になりましたが、あえなく……」
~
騎士C「とてつもない強さだったよ。
とっさに剣を抜いて応戦したんだが、あっさり打ち払われてさ──」
~
騎士D「俺の剣をかわし、足に斬りつけた後、無言で逃げていきやがったよ……」
そして、昨日闇討ちにあった青騎士。
青騎士「おやおや……お二人とも、昨晩はお世話になりました」
女助手「いえいえ、こちらこそ!」
触手「なにか、犯人について分かることがあれば教えて欲しいんだが」
青騎士「…………」
青騎士「面目ありません。犯人の手がかりとなるようなことはなにひとつ……」
女助手「なにも……ですか!?」
青騎士「……ええ、なにも、です」
触手「そうか」ウネッ
青騎士「協力することができず、申し訳ありません」
触手「いや、気にすることはない。ゆっくり傷を癒してくれよ」ウネ…
医務室を出ると、二人は約束通り魔術師のいる客室に向かった。
< 魔術師の客室 >
魔術師「オォ~、よく来てくれたァ~」
触手「うっ……!」ビクッ
魔術師「ワタクシの国にも、人間と生活する魔物はいるけど、
探偵をやってる魔物ってのはさすがにいないからねェ~」
触手「ど、どうも……」ウネッ
女助手「じゃあ、先生に会いたいっていうのはもしかして──」
魔術師「うんうん、単なる興味本位だったんだねェ~」ニカッ
触手「…………」ウネッ…
女助手「ああっ、先生が露骨に不機嫌なうねり方を!」
魔術師「おおっ、こいつは失敬! せめてものお詫びとして、
ワタクシの魔法の数々、披露させていただこう!」
炎を出し、氷を飛ばし、電気を操り──数々の魔法を披露する魔術師。
触手「ほぉ~……」ウゾッ
女助手「ね、先生! 魔術師さんってすごいでしょ?」
魔術師「こんな魔法だってあるよ! ほォ~ら」パァァ…
近くにあったロープが、触手のように動き出す。
女助手「うわっ、すごい! まるで先生みたい! こんな魔法もあるんですね!」
触手「おおっ! たしかに俺みたいだ! 模倣(コピー)したのか!」
魔術師「もっと魔力を使えば、もっと複雑な動きや命令をこなさせることも可能さァ~」
魔術師「他にもこんな魔法も……」パァァ…
壁に付着している汚れが、きれいさっぱり落ちた。
魔術師「ね?」
女助手「お掃除に便利ですねぇ!」
触手「う~ん、魔法ってすげえ!」ウネッウネッ
女助手(あれ……? 先生の触手が一本、ぼんやりと光ってる……)
魔術師の客室を出た二人。
触手「──俺としたことが、すっかり楽しんでしまった」ウネッ
女助手「先生ったら、はしゃぎすぎですよ~!」
触手「しょうがないだろ! この国じゃ、なかなか魔法なんて見られないんだから!」
女助手「失礼しましたっ! ところで先生、闇討ち犯の方はどうですか?」
触手「…………」ウネ…ウネ…
触手「今のところ……なぁ~んか怪しいのは団長だな」
女助手「えええっ!? どうしてです!?」
触手「あの人だけ他の騎士に比べ、目撃した内容があやふやだった。
騎士団ナンバーワンの人が、不意打ちを喰らうってのもおかしな話だしな」
女助手「それは……たしかにそうですね」
女助手「ですが、団長さんは足にケガをしてるんですよ?
いくらなんでもそんな状態で、他の騎士の方を闇討ちできますかねえ?」
触手「そりゃもちろん、さすがにムリだろうな」ウネウネ
女助手「でしょう?」
触手「だが……そんなムリが可能になる状況がひとつだけある」
女助手「え? なんですか、それ?」
触手「たとえば、最初からケガなんかしてなかった……としたらどうだ?」ウネリッ
女助手「あ……」
触手「自分が最初にやられたふりをして、闇討ちを繰り返す……。
なんのためにやってるのかまでは分からんが、ありえそうな話だ」ウネッ
触手「それに……騎士を次々に闇討ちするなんて、
そもそも相当な実力がなきゃできないハナシだ」
女助手「ようするに、強いから犯人だってことですか?
それなら、仲間の騎士の方々がとっくに追及してるんじゃ──」
触手「あの人は騎士団にとっちゃ、憧れの的だぜ?
いくら怪しくとも、面と向かって『お前犯人だろ』なんていえる奴はいないだろ」
触手「犯行を暴くには……正々堂々倒すしかない」
触手「それに赤騎士のイラ立ちや、青騎士のなにかを隠すような態度は、
団長が犯人だと分かってるから……って気がしてならないんだよな」ウネウネ
女助手「じゃあ……どうしましょ? 今の話、銀騎士さんにしてみますか?」
触手「い~や、証拠がないしな。それに……銀騎士さんだって怪しい」ウネッ
女助手「え!?」
触手「騎士団で実力が飛び抜けてるのはあの人も同じことだからな」
女助手「だけど……銀騎士さんはあたしたちの依頼人じゃないですか!」
触手「まぁ……そうなんだけどさ」ウネウネ
触手「とにかく今夜もう一度、団長さんの部屋に行ってみよう」ウネッ
触手「──で、俺が合図したら、団長さんにケガを見せてくれといってみてくれ」
女助手「あたしが……?」
触手「俺が聞くと、警戒されちまうかもしれねえからな」
触手「もし、ケガを見せようとしなければ、団長さんは怪しくなる。
逆にケガが本当だったら、銀騎士さんが怪しくなるって寸法だ」ウネウネ
女助手「アイアイサー!」
その夜、触手と女助手は再び団長の部屋を訪れる。
< 団長の部屋 >
団長「おや……? 触手探偵殿」
触手「夜分おそくに失礼。気になったことがいくつかあってね。
質問、いいかい?」
団長「……かまわんが」
女助手(う~ん、たしかに今ためらったように見えた、かも……。
ダメダメ! 先入観を持ったら!)
触手「アンタは普段からこの騎士団兵舎に常駐してるのか?」
団長「いや……このところは城での執務がほとんどだ。
騎士団長とは名ばかり、ほとんど銀騎士に任せきりになってしまっているよ」
触手「ってことは、騎士たちとも訓練はしていなかったってことか?」
団長「うむ……私と手合わせしたことがない騎士も多い。
さすがに銀騎士や、四騎士らとは剣を交えたことは幾度もあるがね」
触手(つまり、仮に変装した団長と戦っても、
気づく奴と気づかない奴が出るってことか……)
団長「しかし、リーダー不在という状況が続いたせいか、
騎士団はすっかりたるんでしまった」
触手「…………」
団長「そのせいで、こんな闇討ち事件が起こってしまった」
団長「残念ながら、騎士だけでは解決できず、君たちを巻き込むことになってしまった。
本当にすまない」
触手「いや、気にしないでくれ」ウネッ
女助手「そうですよ!」
団長「ありがとう」
触手(……演技っぽくはねえが、なんともいえねえな)ウネ…
触手(そろそろ、本題に入るとするか!)
触手(よし……女助手!)ニュルルッ
女助手(あたしの出番ですね!)
女助手「あ、あのっ!」
団長「ん?」
女助手「けっ……けけけ、け、けっ」
団長「毛?」
女助手「ケ、ケガを見せてくれませんか? 団長さんのケガ、見たいんです!
お願いしますっ!」
触手(あっちゃ~、不自然すぎる……。やっぱこういうのは向いてなかったか……?)
団長「…………?」
団長「かまわんが……」ベリベリッ
触手&女助手「え!?」
団長が足の包帯を解くと、痛々しい切り傷が姿を見せた。
女助手「うっ……!」
触手(かなり深いな……)
団長「こんなところでいいかな?」ギュッ…
女助手「は、はいっ! ありがとうございましたぁっ!」
触手(この傷で、騎士たち相手に大立ち回りをするのは難しいだろうな……。
う~ん……)
騎士団兵舎内の廊下にて──
赤騎士「……出やがったな」
赤騎士「このオレが、アンタの正体を暴いてやる! 覚悟しやがれぇっ!」
甲冑「…………」ガシャン…
ギィンッ! キンッ! ガキンッ! キンッ! ──ギンッ!
激しい打ち合い。やや押されているのは赤騎士。
赤騎士「ちいっ!(あの重装備で、なんてすばやい!)」ザッ…
甲冑「…………」サッ
赤騎士(長期戦は不利……一気に仕留める!)
赤騎士「だああああっ!」ダッ
ビュオァッ!
赤騎士捨て身の一撃は、甲冑に危なげなくかわされてしまう。
甲冑「…………」ザッ…
赤騎士「しまっ──」
ビシュッ……!
赤騎士「ぐぅぅっ……!」ガクンッ
腰のあたりを斬られ、赤騎士が膝をつく。
甲冑「…………」クルッ
ガシャンガシャンガシャン……
甲冑は逃げ去ってしまった。
赤騎士「ち、ちくしょォ……。待ちやがれ……」ヨタヨタ…
赤騎士も追うが、到底追いつけるはずもなく──
「赤騎士さん!」 「赤騎士!」 「血が! 大丈夫ですか!?」
< 団長の部屋 >
ガチャッ!
女騎士「失礼します、団長!」ザッ…
団長「どうした?」
女助手「女騎士さん!?」
触手「血相変えて、どうしたんだ?」
女騎士「お二人もおられたか。実は、赤騎士が……襲撃を受けました」
触手「なんだってぇ!?」ウネッ
女助手「赤騎士さんが……!?」
団長「……分かった。触手探偵殿、どうか騎士たちに力を貸して欲しい」
触手「もちろん!」ウネウネッ
< 医務室 >
医務室にはすでに大勢の騎士が集まっていた。
ザワザワ…… ドヨドヨ……
赤騎士「あれだけ大口叩いといて、面目ねぇ……完敗だったよ」
黄騎士「まさかオマエを倒すほどだなんてぇ~!」
女騎士「気にするな。この借りは騎士団の名誉にかけ、必ず返す」
女助手(勝負にならなかったとはいえ、あたしも戦ったから分かる……。
赤騎士さんはものすごく強い……。なのに、完敗だなんて……!)
触手(俺たちは団長さんと話していた……。つまり、あの人は犯人じゃない)
すると、銀騎士がやってきた。
銀騎士「赤騎士が倒されたと聞いたが……」ザッ…
赤騎士「銀騎士さん……このザマです。オレが……甘かった。
あなたも娘さんの件で大変な時に、すみません……」
銀騎士「済んだことだ。とにかく今は傷を癒すことだけを考えろ」
触手「…………」ウネ…
触手「銀騎士さん、アンタは病院に行くといってたが、今はどこにいたんだ?」ウネウネ
銀騎士「私ですか? 私は王都から戻ったあとは、
あちらの騎士三人と打ち合わせをしておりました」
騎士E「ええ。銀騎士さんの部屋で、明日の予定について話し合ってました」
騎士F「まさか、赤騎士までやられるなんて……」
騎士G「くそっ! 騎士団をなめやがって!」
触手「…………」ウネ…
触手(赤騎士を襲った闇討ち犯は、銀騎士さんでもありえない、か……。
今日で目星をつけられると思ったんだが、当てが外れたな……)
触手「ここにいてもジャマになるだけだし、一度部屋に戻ろう。
んで、明日どう動くか話し合うぞ」ウネッ
女助手「分かりましたっ!」
女騎士「その話し合い、私も参加させてもらえないだろうか?」
女助手「もちろん、かまいませんよ! 女騎士さんもいた方が心強いです!」
触手(闇討ち犯は全身を甲冑で固めた人間……。
女性である女騎士さんが犯人である可能性は薄いだろう)
「よろしく頼むよ」ウネウネ
< 客室 >
女騎士「まさか、青騎士に続き、赤騎士までやられるとは……」
女助手「あんなに強い人たちなのに……」
触手「こうなったら、俺も巡回に参加しよう」ウネッ
女助手「ええっ!? 危ないですよ!」
触手「俺はちょっとした微振動でも感知できるからな。
もしかしたら、先制攻撃できるかもしれない」ウゾウゾ…
女助手「だ、だったら……あたしも連れてって下さい!」
女騎士「私もだ!」
触手「まぁいいけど……。今回は事前に“チャージ”するぞ」ウネウネ
女助手「アイアイサー!」
女騎士「チャージ?」
触手「信じられないかもしれないが、コイツは触手でくすぐったり、
マッサージしてやると、強くなるんだよ」ウネウネ
女騎士「な、なんだと!?」
(とても信じられん……)
女助手「あ、そうだ! 女騎士さんもぜひ体験して下さいよ!
先生のマッサージは絶品なんですから!」
女騎士「ほう、いいのか?」
触手「俺はかまわんぜ」ウネッ
女騎士「では、よろしく頼む」
ベッドにうつ伏せになる女騎士。
触手「んじゃ、マッサージ開始!」ニュルル…
うつ伏せになった女騎士の肩や背中を、無数の触手が揉みほぐす。
シュルル…… ウネウネ…… モミモミ…… ムニュムニュ……
女騎士「ほう……」
女騎士「うむぅ……」
女騎士「ふむ……」
30分後──
触手「よぉ~し、バッチリだ!」ウネウネッ
女騎士「おおっ、たしかに体が軽くなった!」クイクイッ
女助手「でしょう? 先生のテクニックはすごいんですからぁ~!」
触手「…………」
女騎士「うむ、堪能させてもらった。では明日の巡回について、
銀騎士殿に報告してこよう」
女騎士は客室を出て行った。
触手「…………」ウネ…
女助手「?」
女助手「先生、どうしました?」
触手(あの女騎士、結局ほとんど声をあげなかったな……)
触手(なんだろう、この敗北感……)ウネ…
触手(俺は自分が触手であることに特に誇りなんざ持っちゃいないが──)
触手(なんか……触手という種族の名に傷をつけちまったような……
そんな気持ちになっちまってる……)ウネ…
女助手「せ、先生……? なにか悩みでも……?」
触手「──ん、ああ、なんでもない。なんでもないんだ」ウネウネ
触手「この事件、明日が正念場だ。体調整えておけよ!」シュビッ
女助手「アイアイサー!」
< 女騎士の部屋 >
バタン……
女騎士「…………」
女騎士「くっ……」ビクッ
女騎士「うっ、くううっ! ──あぁっ! ああっ、くっ……あぁっ!」ビクビクッ
女騎士「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
女騎士(なんという恐ろしいテクニック……!
もう数分長くやられていたら、みっともない声を出すところだった……!)
女騎士(あの触手殿……できる!)
女騎士「……コホン」
女騎士(さて、と……今日は早めに寝るとしよう。
せっかく軽くなった体も、寝不足では重くなってしまうからな)
翌日──
触手たちが兵舎にやってきてから、今日で四日目となる。
< 医務室 >
改めて赤騎士を見舞いにやってきた触手と女助手。
触手「傷は浅いようで、なによりだ」ウネウネ
女助手「ええ、よかったです!」
赤騎士「心にもないこといいやがって……」
触手「まぁな。ちょいとばかり“ざまあみろ”とも思ってるよ」ウネッウネッ
女助手「せ、先生!」
赤騎士「へっ……。で、こんなザマなオレになにか用か?」
触手「今夜、俺たちも巡回に参加する。もちろん、銀騎士さんに許可は取ってある」
赤騎士「!」
触手「アンタには反対されてたから、一応報告だけでも、と思ってな」
赤騎士「……やられちまったオレに、止める権利はねぇよ。
せいぜい気をつけるんだな」
赤騎士「それと、ねえちゃん」
女助手「は、はいっ!?」ビクッ
赤騎士「アンタ、剣の筋はけっこういい。あとは自分の力を思いきり出せるようになれば、
もっとすごい剣の使い手になれるはずだ」
女助手「……ありがとうございます、赤騎士さん!
今日は先生に気持ちいいことしてもらう予定ですから!
きっと自分の力を出し切れるはずです!」
赤騎士「へ? 気持ちいいこと?」
触手(バカ、余計なことを……)
触手「あと……最後にひとつ伝えとくよ」ウネッ
赤騎士「なんだ?」
触手「昨夜、アンタが戦ってた頃、俺たちは団長さんとしゃべってた。
したがって、団長さんは闇討ち犯じゃない」
赤騎士「!!!」
触手(今の反応……やっぱり団長さんが犯人だと思ってたようだな)
赤騎士「そうか……ありがとよ」
赤騎士は、どこかほっとしたような表情をした。
赤騎士「しかし、そうなるといったい誰が──」
ガチャッ!
黄騎士が医務室に入ってきた。
黄騎士「やぁ~! ベッドの上じゃ退屈すると思ってねぇ~!
本を買ってきたよぉ~!」
赤騎士「お、ありがとよ!」
触手「それじゃ俺たちはこれで」ウネウネ
女助手「どうぞ、お大事に!」
夜になり──
< 騎士団兵舎 >
触手、女助手、女騎士が集合する。いよいよ巡回の始まりである。
触手「さてと……行くか」ウネッ
女騎士「うむ、黄騎士らが回っていない場所を中心に、巡回するとしよう。
と、それはいいのだが……」チラッ
女騎士が女助手に目をやる。
女助手「アハァ~……。気持ちよかったぁ……」
女騎士(女助手殿の目つきがおかしい……。まるで別人ではないか……。
これが“チャージ”というものなのか……!?)
女助手「あたし……ぜぇったいに、先生のお役に立ってみせますからぁ……」
触手「張り切るのはいいが、三人で協力することを忘れるなよ」ウネッ
女助手「アイアイサ~!」
三人で、薄暗い兵舎内を歩きまわる。
女助手「いっぱいマッサージされて……くすぐってもらえて……天国だったなぁ~」
女騎士「…………」
女騎士「触手殿、本当に大丈夫なのか?」ボソッ
触手「心配しなくていいよ。目つきはおかしいが、まちがいなく戦闘では役に立つ」
女助手「そうでぇ~す。どんどん頼って下さいね? ね? ね?」
女騎士「う、うむ……」
(もはやただの酔っ払い……いや、もっと危ない人にしか見えんが……)
触手(さてと、気配を探るか)ウネウネ…
床や壁に触手をくっつけることで、微振動探知に取りかかる。
巡回を始めて、およそ30分。
なかなか、それらしき気配には出会えずにいたが──
女助手「うふふ、ピクニックみたいで楽しいですねぇ~」
女騎士(少なくともピクニックという気分ではないが……)
触手「!」ピクッ
触手(──これだ! 今までに出会った騎士と、明らかに歩き方がちがう!)ウゾッ…
触手「あっちだ! 三人で固まっていくぞ!」シュビッ
女騎士「承知した!」
女助手「アイアイサ~!」
ついに──触手たちが闇討ち犯“甲冑”と出会う。
甲冑「…………」ガシャン…
触手「コイツか……」ウネ…
女騎士「キサマが闇討ち犯かッ!」チャキッ
女助手「アハァ~……こんばんはぁ~」ニコニコ…
触手「二人とも、あまり刺激するな」シュビッ
触手が甲冑に話しかける。
触手「女二人はともかく、俺は腕っぷしには自信なくてね。
できれば、平和的に話し合いってやつをしたいんだが……」ウネウネ
甲冑「…………」チャキッ
触手「聞く耳持たずかよ……」ウゾ…
女騎士「よくも、騎士団の名誉に傷をつけてくれたな……許さん!
いざ尋常に勝負しろ!」ダッ
勢いよく、女騎士が甲冑に斬りかかる。
キィンッ!
女騎士の剣を受け止めた甲冑は、即座に反撃に出る。
ビュオッ!
女騎士「くうっ!(あの装備でなんという速さだ! ……信じられん!)」
触手「女助手! 援護してやれっ!」
女助手「アイアイサ~!」
女助手「い、い……い……」ビクッビクッ
女助手「今助けまぁ~す!」スタタタッ
ギャリィンッ……!
女助手が横から斬り込むが、これも難なく受け止められる。
女助手「アハッ」ザッ
甲冑「…………」ザッ
女騎士「この男は危険だ! 女助手殿、今すぐ下がって──」
全身のバネと柔軟性を生かした軽快なフットワークで、猛攻をしかける女助手。
キィン! ギン! ガキィン!
女助手「アッハァ~」ヒュババッ
甲冑「…………」キキキンッ
女騎士(なんという剣だ!)
女騎士(体の柔軟性を最大限に活用し、上下左右から入り乱れるように
剣を放っている!)
女騎士(触手殿に“チャージ”されただけで、ここまで変わるものなのか!)
女助手「でぇ~い!」シュバッ
甲冑「…………」キンッ
キキンッ! ギンッ! キィン!
甲冑「…………」グッ…
ガキンッ!
甲冑の一撃が、女助手を大きく吹き飛ばした。
女助手「あうっ!」ドサッ
触手&女騎士「!」
触手(やっぱり……あの甲冑のがずっと強い! ……ムリはさせられねえな!)
「おい、一度戻れっ!」シュバッ
女助手「強い……ですねぇ~」
女助手「ってことは、あなたをやっつければ……
先生、ものすごぉ~く、喜んでくれるってことですよねぇ?」トローン…
再度、甲冑に立ち向かう女助手。
触手「おいっ!」ウネッ
ギィンッ!
女助手「くぅ~、やりますねぇ~! だけど、あたしだって……!」ビュアッ
キィンッ! ガッ! ギャリッ!
さらにトロ~ンとした目つきとなって粘るが、甲冑の優勢は覆せない。
触手「女騎士さん、手助けしてやってくれ!」ウネウネッ
女騎士「もちろんだ!」
女騎士「加勢する! ──はぁぁっ!」ヒュオッ
ガキィンッ!
女騎士「くうっ!(スキを突いたのに、あっさりと防御するとは!)」
キィン! キンッ! ギィンッ!
女助手と女騎士の二人がかり。にもかかわらず、甲冑の防御はビクともしない。
女助手「一発も当てられないなんて、すごい、スゴォ~イ」キンッ
女騎士(青騎士や赤騎士をも倒している相手なのだ……。
やはり、私たち二人でもどうにもならんか……!)シュバッ
キィンッ! ヒュオッ! ギンッ! キン! シュバッ!
ガギィンッ!
甲冑が、女助手と女騎士を同時にハネのける。
女助手「きゃあっ!」ドサッ
女騎士「ぐっ……!」ザッ…
甲冑「…………」ガシャ…
だがこの一瞬、さすがの甲冑も動きが止まった。
触手「!」ピクッ
触手「(今だッ!)どりゃあああああっ!」ニュル…
ブオンッ!
『七色(レインボー)触手』の一つ、“赤の触手”が唸りを上げる。
ズガァンッ!
ドガシャァンッ!
派手な音を立てて、壁に叩きつけられる甲冑。
ところが、ダメージなどないかのように平然と動き出す。
甲冑「…………」ムクッ
女助手「わぁ~お」
女騎士「バカな! 今の一撃を喰らって、なんともないのか!?」
しかし、触手は甲冑のタフネスに驚くよりも、むしろ──
触手(今の感触……)ウネ…
触手(……そうか! そういうことだったのか!)
甲冑「…………」クルッ
ガシャンガシャン……
背を向け、三人から逃げ出す甲冑。
女助手「ダメですよぉ~! 逃げたらダメですよぉ~!」
触手「よせ、追うな! これ以上暴走したら、嫌いになるぞ!」シュバッ
女助手「!」ビクッ
女助手「はいぃ……すみませぇん……」シュン…
結局、三人は大きな負傷こそしなかったが、甲冑も逃がしてしまうという結果になった。
女騎士「悔しいが、あのままヤツが逃げずに戦ったとしても、
倒すことは難しかったろうな……」
女助手「あぁ……あたし、役に立てなかった……。あぁぁ……」
触手(いや……十分役立ってくれたよ)ウネッ
女助手「!」ハッ
我に返る女助手。
女助手「犯人は逃げてしまいましたね……って、いたたたたっ!」ズキッ…
触手「斬られたわけじゃないが、派手にふっ飛ばされてたからな……。
すぐ“緑の触手”で治療してやる」ウニュル…
女助手「ありがとうございます……!」
女騎士(いつもの女助手殿に戻った……。まったく、不思議なものだ)
女騎士「女助手殿の奮闘があったおかげで、大きな被害がなくて済んだ。ありがとう」
女助手「いえいえ! 女騎士さんこそ! かっこよかったです!」
女助手「だけど……結局、闇討ちを止めることはできませんでしたね……」
触手「なぁに、もういいんだ」ウネウネ
女助手「先生?」
触手「もう……カラクリはだいたい分かった」
三人は解散し、騎士団兵舎四日目の夜は終わりを告げた。
そして、五日目の朝──ついに触手が動く!
早朝──
< 武具庫 >
こっそりと、兵舎近くにある武具庫に忍び込む触手と女助手。
触手「…………」ウネウネ
女助手「ふぁぁ……。先生、こんなところになんの用ですか?」
触手「ほれ、この甲冑を見てみろ」シュビッ
女助手「!」
一つだけ、大きくへこんでいる甲冑があった。
女助手「こ、これって、まさか……!?」
触手「そうだ。お前たちのおかげで、俺が一発お見舞いした時にできたやつだ。
“赤の触手”とへこみがピッタリ合うし、まちがいねぇ」
触手「そして、これを──こうする!」シュルルル…
紫色の触手が、へこみのある甲冑に巻きつく。
触手「…………」ボァァ…
女助手「“紫の触手”が……うっすらと光り始めました!
そういえば、魔術師さんの部屋に行った時もこんな風に光ってました!」
女助手「ところで、“紫の触手”って、どんな能力があったんでしたっけ?」
触手「お前にはどこかで話してたが、忘れちまうのもムリはないな。
なにしろ、お前とつるんでから、これを使う機会は一度もなかったからな。
『七色(レインボー)触手』の中じゃ、一番影が薄い」
触手「ちなみに、なんで光ってるかっつうと……“魔力を感知した”からだ。
ようするに、この甲冑には魔力が込められていた痕跡がある」ウネ…
女助手「魔力! ──ということは、まさか犯人は……!」
触手「そう。そのまさか、だ」
触手「女助手、昼にでも騎士を大部屋に集めてくれ。俺から全て説明する」シュビッ
女助手「アイアイサー!」
< 大部屋 >
正午過ぎ、騎士団の主だったメンバーが大部屋に集結する。
触手「みんな……お忙しい中、集まってくれてありがとう」ウネウネ
銀騎士「まさか、闇討ち犯の正体が分かったのですか!?」
触手「ああ」ウネッ
赤騎士「マジかよ……!」
青騎士「まさか……!?」
黄騎士「いきなりそんなこといわれても、とても信じられないよぉ~!」
魔術師「ほォ~う、こりゃまた興味深い!」
女助手「本当なんですか、先生!?」
触手(……なんで、お前まで驚くんだよ)
女騎士(昨晩のあのやり取りで、犯人を特定したというのか……!?)
団長「……では教えてもらおうか、触手探偵殿。
多くの騎士たちを傷つけた、恥知らずの正体を明かしてもらおう!」
触手「分かった。俺の至った結論を、順序立てて説明させてくれ」ウネウネ
触手「まず、闇討ち犯の最大の特徴は、凄腕の剣の達人ってことだ」
赤騎士「ああ。なにしろ、オレや青騎士がやられてる。
アンタらも追い詰めたが、仕留めきれなかったって聞いてるぜ」
触手「そして、もう一つの特徴は──」
触手「闇討ち犯は、騎士たちに深手を負わせることはしなかった……ってことだ」ウネッ
青騎士「おっしゃるとおりですね。ボクや赤騎士も、このとおり回復しています」
触手「仮に、犯人が他国のスパイだとかの“悪意ある者”だとして──
騎士を“殺さない理由”は、色々と推測することができる」
触手「たとえば……死人を出すと、騎士団を本気にさせてしまうから、とかな」ウネッ
触手「だが、わざわざ“軽傷で済ませる理由”は正直いってピンとこない。
つまり、犯人は“悪意のない者”だと考える方が自然だ」
触手「よって、犯人は騎士団に情を持っている、剣の達人と考えられる……。
たとえば、団長さんとかな」ウネ…
ザワッ……
多くの騎士が、団長に遠慮がちに視線を向ける。
団長「…………」
赤騎士「なにいってんだ! アンタ、団長じゃねえっていってただろ!」
ドヨドヨ……
触手「そうだ。あの甲冑は……団長さんじゃない。
赤騎士が甲冑と戦ってた時、団長さんは俺たちとしゃべってたんだからな」
青騎士「では……あの甲冑の中身はいったい誰なのです!?」
触手「誰でもないよ」ウネッ
青騎士「……へ?」
触手「あの甲冑の中に……人間は入ってない」
女騎士「な、なんだと!?」
黄騎士「人じゃないってことは、動物かなぁ~?」
触手「(そんなわけねえだろ!)俺は昨夜、あの甲冑にキツイ一発を浴びせた」ウネッ
触手「で、その時の感触……想定よりやけに軽かったんだ」
触手「つまり、あの甲冑は空っぽだったってわけだ」
赤騎士「──ってことは甲冑が勝手に動いたってのか!? ──んなバカなッ!」
触手「誰も見向きもしない古い武具ばかりが集められた武具庫……。
その中に、昨日俺が与えた一撃の跡が残ってる甲冑が保管されていた」
触手「……さてと、話は変わるが、俺は『七色(レインボー)触手』を持っている。
無数の触手のうち、七本だけ特殊な能力を持ってるんだ」ウネウネウネ…
銀騎士「それらを駆使して数々の事件を解決してきたと聞いています」
青騎士「これはこれは、カラフルで美しいですね」
触手「そして、その甲冑は……俺の“紫の触手”が反応した」
触手「女助手、“紫の触手”の能力はなんだっけ?」ウネッ
女助手「はいっ! 魔力を感知することができます!」
女騎士「魔力を……?」
赤騎士「魔力だと……!?」
青騎士「となると、甲冑は魔力……魔法で動いていたということになる……!」
黄騎士「ま、まさかぁ~……!」
触手「そうだ。闇討ち犯の正体──その一人はアンタだ! 魔術師ッ!」シュビッ
触手で指された魔術師は、満面の笑みを浮かべる。
魔術師「んふふ……おみごと! 正解だァ!」
赤騎士「てめぇっ!」ガシッ
魔術師「ぐうっ……!?」
赤騎士「なんでこんなことした!? てめぇがウワサのスパイだったってのか!?
とっとと答えねぇと、この剣で──」
銀騎士「よせっ、赤騎士!」ガシッ
黄騎士「やめろぉ~!」ガシッ
銀騎士と黄騎士が、赤騎士を取り押さえる。
触手「さっきいったばかりだろ。犯人に悪意はないって」
触手「それに、魔術師は剣に関してはシロウトのはず。
剣のシロウトが、あれほどの強さの戦士を生み出せるわけがない。
いくらなんでも、そこまで魔法は万能じゃない」ウネウネ
触手「魔術師は、俺の動きをロープにマネさせる魔法を見せてくれた。
あの時、もっと魔力を使えば複雑な動きをさせることも可能、といっていた。
おそらく、あの魔法を使ったんだろう」
青騎士「マネ……模倣(コピー)ですか。そんな魔法が……」
女騎士「魔術師殿に己の動きを精密にコピーさせた者こそが、魔術師殿の共犯者──
いや、主犯だということか」
触手「ああ」ウネッ
触手「メチャクチャ強い闇討ち犯を作り出すには、当然……
メチャクチャ強い戦士の動きをコピーしなきゃならない」
触手「コピーすれば当然……甲冑の動きも本人に似ることになる」ウネウネ
触手「そして……剣ってのは人それぞれクセがある……。
今回の件、少なくとも赤騎士と青騎士は“誰の動きに似ているか”が
分かってたはずだ」シュビッ
青騎士「ま、まさか……」ゴクッ…
赤騎士「闇討ち事件の“真犯人”は──」
「──私だ」
赤騎士「だ、団長……ッ!」
団長「……この事件の責任は全て私にある。魔術師殿に協力してもらい、実行したのだ」
団長「触手探偵殿、事件を解決してくれてありがとう。
君たちには本当に迷惑をかけてしまった。この償いは必ずさせてもらう」
触手「…………」
女助手「団長さん……」
女騎士「団長……」
黄騎士「ううぅぅぅ~……」
団長の告白に、騎士たちは動揺を隠せない。
赤騎士「…………」ギリッ…
赤騎士「団長ォッ! ──どうしてだ!?」
赤騎士「わざわざ魔術師を使ってまで……なんでこんなことをした!?
なにがしたかったんだよ!」
銀騎士「…………」
団長「騎士団のため……だったのだ」
団長「この国は、平和になって久しい」
団長「他国との戦争もなくなり、治安もずいぶん安定している。
今この場にいる者の中で、戦争といえるような戦いを経験した者はいないだろう」
団長「……むろん、これは残念がることではなく、喜ばしいことだ。
しかし、それゆえに我が騎士団内においても“たるみ”が発生してしまった」
団長「だから、私は一騒動を引き起こして、今一度騎士団を引き締めたかった……」
団長「そして、魔術師殿に協力してもらい、“闇討ち犯”を作り上げたのだ」
触手「……足の傷は、自分でつけたものだな?」ウネッ
触手「第一被害者を装って自分を容疑者から外すためと、
コピーとはいえ自分の手で傷つけることになる部下たちへのけじめのために……」
団長「おっしゃるとおりだ」
団長「……すまなかった」
団長「元々処罰は覚悟の上で始めたことだが、こうして明るみに出た以上、
私は陛下に全てを報告するつもりだ」
すると──
赤騎士「いえっ! オレたちがまちがってたんです!」
青騎士「ボクたちが情けないばかりに、団長にこんなことをさせてしまって……」
黄騎士「団長、すみまぁせぇ~ん!」
女騎士「団長がそこまで思い詰めているとは……気づきませんでした」
「申し訳ありませんっ!」 「団長は悪くないっ!」 「団長ォ~!」
ワイワイ…… ガヤガヤ……
次々に謝罪を口にする騎士たち。中には涙を流している者すらいた。
女助手「せ、先生……? これはどういうことでしょう?」
触手「え、えぇ~と、俺の役目は犯人を当てるとこまでだから……」ウネウネ…
銀騎士「団長は騎士団にとって、象徴ともいえる存在です。
この程度のことでは、団長への尊敬や忠誠心が揺らぐことはありませんよ」
女助手「うぅぅ……いいおハナシですねぇ」
触手「う~ん……。ま、本人たちがいいなら、かまわねえけどさ」ウネッ
団長「触手探偵殿、すまなかった」
団長「騎士団の中で解決すべきことに、君たちを巻き込んでしまって……」
触手「ったく、ホントだよ。
俺の助手は、アンタのコピーと戦ってふっ飛ばされたんだからな」ウネッ
団長「申し訳ない……!」
女助手「いえ、あたしは全然気にしてませんから! もう全然!」
触手「……ま、コイツはこういってるし、もうゴチャゴチャいうのはナシだ。
あとは事件の後処理さえ、ちゃんとやってくれればな」
団長「うむ……きちんと責任は取るつもりだ」
魔術師「ワタクシも反省しております……」シュン…
ワイワイ…… ガヤガヤ……
ようやく緊張から解放され、談笑し合う騎士たち。
赤騎士「団長のコピーにすら不覚を取るとは情けねえ……もっと腕を上げねえとな!」
青騎士「そうだね。今まで以上に厳しい鍛錬をしなければ……」
銀騎士「よし、今日だけは特別だ。お前たちもゆっくり休むといい」
騎士E「はいっ!」
女騎士「ふうっ、兵舎がこんなにも和やかな雰囲気になるのは、本当に久しぶりだな」
黄騎士「事件が解決してよかったねぇ~」
女騎士「うん、これも触手殿と女助手殿のおかげだ」
ワイワイ…… ガヤガヤ……
女助手「今まで騎士の人たちがピリピリしたところしか見られませんでしたけど、
こういう姿を見ると、同じ人間なんだなってホッとしますね」
触手「そうだな。これを機に、さらに結束が固まればいいけどな」ウネッ
< 客室 >
銀騎士「触手探偵、女助手さん、本当にありがとうございました」
銀騎士「団長があそこまで騎士団について思い詰めているとはつゆ知らず……
これからは、騎士団をよりよくしていく所存です」
触手「なんのなんの」ウネッウネッ
女助手「これがあたしたちの商売ですから!」
銀騎士「ところで……もしお帰りになるということであれば、
馬車を用意させますが……?」
触手「ん~、もう一日ぐらい泊まっていってもいいか?」ウネウネ
銀騎士「もちろん、かまいませんよ」
女助手「やったぁ!
あたし、ここのふわふわベッドがクセになっちゃったんですよねぇ~」
銀騎士「ハハハ、それは光栄です」
触手「…………」
触手(なぁ~んか、まだ頭に引っかかってんだよなぁ……。俺に頭はねえけど)ウネ…
夜になり、帰り支度を整えた二人。
女助手「いよいよ明日、この兵舎ともお別れですね」
触手「…………」ウゾ…
女助手「……どうしました? 悩みがある時のうねり方してますけど」
触手「いや、なんつうか、なにかが引っかかってんだよ……」ウネウネ
女助手「なにかが……」
女助手「あ、もしかして、あたしのことが心配なんじゃ?」
触手「へ?」
女助手「ほら、あたしの体のことですよ!」
女助手「少し前にいってたじゃないですか! 気を抜いた時が一番危ないって。
だからあまりムリはするなよって。でもあたしはへっちゃらですよ!」
触手「…………」シーン…
女助手「す、すみません! 変なこといっちゃって……」
触手(そうか……! やっと分かった!)ウネッ
触手「……女助手」ウネ…
女助手「はい?」
触手「これから出かけるぞ。二人きりでな」ウネウネ
女助手「ええっ!? まさか、兵舎内でデートですか!?
どんな過ちが起きても、あたしは受け入れますよ!」
触手「悪いがデートじゃない」
触手「これがこの闇討ち事件における、俺たちの最後の仕事になるだろう」ウネウネ
女助手(仕事……!? なにがなんだかさっぱりだけど──)
女助手「アイアイサー!」
深夜──
< 倉庫 >
騎士団兵舎近くにある倉庫にて、人影が動いていた。
(よし、狙い通りだ……)コソッ…
(今が唯一にして……最大のチャンス!)
(カギを壊し、すばやく侵入──)ガキンッ
ギィィ……
触手「おっと! カギなんか壊してなにやってんだ? スパイさんよ」
触手「いや……」ウネッ
触手「──銀騎士ッ!」
銀騎士「…………!」
倉庫に侵入しようとした人影の正体は、銀騎士であった。
女助手「銀騎士さんが……! どうして……!?」
触手「今回の闇討ち事件、本当の黒幕はこの人だったってことだ」シュビッ
触手「さっきお前が話してくれただろ? 気を抜いた時が一番危ないって」ウネウネ
女助手「あ……」
触手「アンタは……ずっとこの時を待ってたんだ。いや、作り出したんだ。
闇討ち事件が解決し、騎士団全員の気が緩む──この瞬間を!」ウネッ
銀騎士がゆっくりと振り返る。
銀騎士「……どうして分かったんです?」
触手「俺は団長さんにある違和感を抱いていた」ウネウネ
銀騎士「……ほう?」
触手「団長さんは今の騎士団について、ことあるごとに“たるんでる”とこぼしてた」
女助手「たしかに……そうでしたね」
触手「だが、俺からしてみれば、騎士団は──
たしかに騎士としてのプライドが高くて暴走してるようなとこはあったが、
少なくとも“たるんでる”って印象は受けなかった」ウネッ
触手「むしろ、この平和な世によくやってるな、ってなもんだ」
触手「この俺の印象と団長の評価の食いちがいが、ずっと俺の中でくすぶってたんだ」
女助手(これが先生の引っかかっていたことか……)
触手「しかも、近頃は団長さんが騎士団を直接指導することはなかったという。
それなのに、なんで“たるんでる”なんて分かる?」ウネッ
触手「団長さんに“近頃の騎士団はたるんでる”って報告した奴がいるってことだ」
触手「そんな報告ができる立場にある奴は、アンタ以外に考えられない」ウネ…
触手「それに、兵舎内を巡回する騎士を一人ずつ闇討ちするのも、
団長さんと魔術師だけでやるのは、やっぱり難しすぎる」
触手「その計画を練られるのは、騎士団のスケジュールを完全に把握してたアンタだけだ」
銀騎士「…………」
触手「団長に騎士団の“たるみ”を報告した際、
きっとアンタはこんな提案をしたんだ」シュビッ
“団長、騎士団を引き締めるため、一騒動起こしませんか”
女助手「騒動……」
触手「こうして始まったのが、一連の事件だ」ウネッ
触手「魔術師によって、団長の剣技をコピーされた強力な甲冑が、
夜な夜な騎士を襲撃する……」
触手「騎士団の存在意義をも否定しかねない大事件だ。
犯人は団長か? それともスパイか? 騎士団の緊張感がピークになる」ウゾウゾ…
触手「そこへ登場するのが、俺たちだ。
『ソードオブザイヤー』の件で王様に認められた実績もある俺たちが、
甲冑の謎を解き、みごと事件を解決してみせた」ウネウネ
触手「事件の真相は、騎士団を案じた騎士団長によるものでした……。
めでたし、めでたし……」ウネウネ
触手「普段、部下に『たまには警備サボってもいいぞ』なんていっても、
『そんなわけにはまいりません』と返されるのがオチだろうが──」
触手「これだけやれば、一晩ぐらいは“任務を解除”させてもいい、
ってムードになるもんな」ウネッ
銀騎士『よし、今日だけは特別だ。お前たちもゆっくり休むといい』
騎士E『はいっ!』
触手「人間がもっともたるむのは、極限まで高まった緊張感が解けた直後──
アンタは騎士団をたるませたかったのさ」
触手「そう、国家機密が眠るというこの倉庫に侵入するために」ウネッ
触手「団長さんの性格なら、自分が提案したことをバラさないってことも、
計算のうちだったんだろう」ウネウネ
触手「このことが分かってから、アンタの行動を振り返ると、色々と見えてくる」ウネッ
触手「“事件の犯人はスパイかもしれない”とやたら強調してたのは、
真相が解明され事件が団長の自作自演と分かったら、
逆にみんなは“スパイなんかいなかった”って安心してしまうからだ」ウネウネ
触手「それと、俺たちに魔術師に会うよう勧めてきたのもアンタだったな」
触手「あの時、魔術師は色んな魔法を見せてくれたよ。
今回の事件のカラクリだった、模倣(コピー)の魔法もな。
あの魔法は普段の講義じゃ見せてなかっただろう」
触手「だから俺たち以外には、甲冑が魔法でひとりでに歩いてるなんて、
想像することすらできなかったはずだ」
女助手「で、でも先生! どうして銀騎士さんはそこまでして、
あたしたちに解決させようとしたんですか!?」
女助手「たとえば……赤騎士さんや青騎士さんにヒントを与えて、解決させても、
結果は一緒だったんじゃ……」
触手「お前もいってたろ? 俺にケガを治してもらったから、はりきりすぎたって。
人は、えてして“専門家”ってのに弱い」ウネウネ
触手「“専門家”がいったなら、無条件で信用し、安心しちまう。
医者に大丈夫だ、といわれたら自分はもう健康なんだと信じてしまう。
騎士に君は強い、といわれたら自分は強いんだと信じてしまう」
触手「そして……事件解決の“専門家”が事件を解決したんなら──
みんな、もう終わったんだと信じてしまう」
触手「だから、“専門家”である俺を利用したんだろ? アンタは」ウネッ
銀騎士「…………」
女助手「今の先生の話……。当然、魔術師さんも銀騎士さんの仲間だってことですよね?」
触手「ああ、ヤツもスパイだ。すでに兵舎敷地外で、この人を待ってるんだろう」
ここにきて、ようやく銀騎士が口を開く。
銀騎士「すばらしい……。すばらしいですよ、触手探偵」
銀騎士「認めましょう……あなたがいったことは全て正しい。
私は……この倉庫に侵入する機会を得るためだけに、事件を起こさせたんです。
団長を口車に乗せてね」
銀騎士「それだけの信頼は得ていましたから……」
女助手「銀騎士、さん……」ゴクッ…
触手「銀騎士さん。俺は触手だが、人を見る目はあるつもりだ」ウネウネ
触手「まだ間に合う。考え直してくれないか」シュルッ
触手「アンタが他国のスパイに協力した理由……なんとなく想像はつく。
おそらく、娘さんのため、だろう……?」
銀騎士「ええ、そのとおり……。娘が原因不明の難病に侵されてしまったのですが──
あの魔術師が自分ならば治せる、と私に近づいてきたのです」
女助手(まるで、薬売りさんの事件じゃない!)
女助手「そっ、そんなの、絶対怪しいじゃないですか!
魔術師さんが病気そのものを仕組んだ可能性もあります!」
触手「そのとおりだ」ウネッ
触手「今の医者どもは、互いの知識や技術を披露し合わないとも聞くしな。
もし他国の薬物による症状なら、この国の医者じゃどうにもならない」
触手「だが、俺たちは……幅広い知識を持ってる奴を知ってる。
力になれるかもしれない」ウネウネ
女助手「お、お願いしますっ! 銀騎士さん! どうかっ……!」
銀騎士「……そうですか」
銀騎士「今の口ぶり、私のことはまだ誰にも伝えていないのですか」
触手「伝えてない。安心してくれ」ウネッ
銀騎士「…………」
一瞬、銀騎士の口がほころんだ。
銀騎士「触手探偵、依頼時にいったように、私もまた人を見る目には自信があります」
銀騎士「あなたを解決役に選んだのは、『ソードオブザイヤー』のことだけではない。
ちゃんとした理由があるのです」
女助手「残念でしたね! 先生は実は人じゃなくて、触手なんです!」ビシッ
触手「お前はちょっと黙ってて」ウネッ
銀騎士「あなたのことは調べさせてもらいましたよ」
銀騎士「あなたの町の選挙では、町長と実業家が同じ条件で戦えるよう取り計らったり、
『ソードオブザイヤー』品評会でも連行される犯人に、
次はもっといい商売をしろ、と励ましたそうですね」
銀騎士「おそらく私が知らない事件でも、そういったことをされているのでしょう」
女助手(たしかに……薬売りさんをあえて村の人に突き出さなかったり、
スライム集落の件でも、後始末をツノのスライムさんたちに委ねたっけ……)
銀騎士「魔物であるあなたはいわば、“事件”を我々人間とはちがった角度から見られる。
だから、そういった計らいをする“余裕”があるのでしょう」
触手「……それがどうしたってんだ?」ウゾ…
銀騎士「ようするに──」
銀騎士「あなたが私のことを読み切ったように、私もまた読んでいた」
銀騎士「あなたなら、仮に私の正体がバレたとしても、
私を気遣い、他の騎士たちにそれを明かすことはないとね」
触手「な……!?」ニュルッ
銀騎士「たしかに私がスパイに身を落としたことはバレてしまった。
しかし……今ここであなたがた二人を殺せば、なんの問題もない」チャキッ
銀騎士が剣を構える。切っ先は、明らかに殺気を帯びている。
女助手「銀騎士さんっ……!」ゾクッ…
触手「ぐっ!」ウネ…
(銀騎士は説得できる! ──はずだったのに! そう思ってたのに!)
触手(女助手も“チャージ”させてねぇ! ……なんてマヌケだ、俺は!
これじゃみすみす殺されに来たようなもんじゃねえか!)ウネウネウネ
触手「だったら、実力を捕えるまでだっ!」ニュルニュルニュル…
無数の触手が銀騎士に群がる。
銀騎士「ふん」ヒュッ
銀騎士の一閃で、数十本の触手がまとめて切断された。
ボトボトッ……
触手(おいおいおい、マジかよッ!)ウネ…
女助手「先生っ!」
触手(だったら……“藍の触手”を巻いた、“赤の触手”でっ!)ビュオンッ
銀騎士「無駄だ」ヒュバッ
ザンッ!
もっとも頑丈な“藍の触手”と、もっともパワフルな“赤の触手”の合わせ技すら、
銀騎士はあっさり斬り払う。
触手「ぐっ……!」ウゾ…
銀騎士「いくら触手を斬ってもダメージ無し、か。
やはり、触手を生やしている本体──“核”を狙わねばならないようだ」
ザシィッ!
触手「ぐおああああっ……!」グニュル…
女助手「先生ぇっ!」
触手の根がある中心部──すなわち“核”に傷がついた。
この部分を破壊されてしまえば、触手にも“死”が訪れる。
触手(やべぇ……コイツ、とんでもなく強い!
とても、やり過ごせる相手じゃねえ!)グニュル…
触手(せめて、女助手を逃がさなきゃ──)
銀騎士「触手探偵……さらばだ!」
ヒュバァッ!
トドメの一撃が、触手に迫る。
キィンッ!
銀騎士の剣を、女助手が受け止める。
銀騎士「む」
女助手「先生、逃げてっ!」グググッ…
触手「なにやってんだ、バカ! 今のお前じゃどうやったって勝てねえっ!」グニュ…
女助手「“チャージ”してなくたって……先生を守るためならっ!」グググ…
触手「バカヤロウ、とっとと逃げろ! これは俺のミスだ!」ウゾッ
女助手「先生はミスってなんかいません!」グググ…
女助手「銀騎士さんはいい人です! あたしもそう思います!
だから……先生は間違ってなんかいないッ!」
銀騎士「いい人? 私が? ──笑わせるなァッ!」ブオンッ
女助手「あうっ!」ドサッ…
女助手「まだまだぁっ!」ダッ
女助手「だあああっ! でいいいっ!」
銀騎士「…………!」
キンッ! ガンッ! キィンッ!
ザシィッ!
銀騎士の刃が、女助手の肩を切り裂いた。
女助手「うああっ……!」ガクッ…
触手「女助手っ!」ウゾウゾッ
銀騎士「いい加減にしろ! その程度の腕では私は倒せんッ!」
女助手「倒せなくていい……先生が逃げてくれればっ!」
銀騎士「くうっ……!」
再び女助手が斬りかかるが、実力差は歴然であった。
触手「落ちつけっ! 退けっ、退くんだ! 死んじまう!」ウゾゾッ
女助手「あたしは……落ちついてます!」
触手「!」
女助手「あたし、先生が好き! 好きな人を守るのは当然のこと!」
女助手「それに、ここで先生がやられちゃったら──
銀騎士さんも、これから事務所に先生を頼ってやってくる人たちも、
救われなくなっちゃう!」
女助手「あたしより、先生の命を優先するのは当然です!」
銀騎士「まだいうかァ!」ビュアッ
女助手「はいっ!」キンッ
キィンッ! ギィンッ!
女助手(普段のあたしは……“チャージ”してもらってないあたしは……
弱くて、役立たずかもしれないけど……!)
女助手「先生だけは守るッ! うわあぁぁぁっ!」ダッ
銀騎士「!」
女助手が銀騎士の手元を狙うが──
ガキィンッ!
ついに剣をはじき飛ばされてしまう。
女助手「あっ……!」
銀騎士「諦めろ! もう剣はなくなった!」
女助手「ま、まだですっ!」
ガシィッ!
銀騎士の両足にしがみつく女助手。
女助手「先生、逃げてっ! 逃げてぇっ!」ググッ…
銀騎士「ええい、はなせっ!」
触手「逃げられるわけねえだろ! お前がいなきゃ……俺なんてただの触手だ!」ウネッ
女助手「逃げてぇぇぇっ!」ググッ…
銀騎士「おのれ……!」
銀騎士が、しがみつく女助手の背中に剣を突き立てようとする。
触手「やめろォッ! ──やめてくれぇっ! やるんなら俺をッ!」ウゾッ
女助手「逃げてぇぇぇっ!」
銀騎士「く……!」
次の瞬間、闇を切り裂くような凛々しい声が響き渡った。
「待て、銀騎士ッ!!!」
銀騎士「!?」ビクッ
銀騎士「こ、この声は──」
銀騎士「団長……ッ!?」
団長「間一髪、といったところか」ザッ…
銀騎士「な、なぜあなたが……ッ! 兵舎とこの倉庫は距離がある……。
あの程度の騒ぎで、気づかれるはずが……」
団長「触手探偵殿の“青の触手”が私のもとまで伸びてきて、導いてくれたのだ」
触手「お前が……必死になって戦ってくれたおかげだ!
俺たちは、お前のおかげで助かったんだ!」ガシィッ
女助手「は、はい……っ!」
触手に抱きかかえられ、女助手は嬉しそうに微笑んだ。
団長「まもなく、他の騎士もやってくるだろう。観念しろ」
銀騎士「……まだだッ! ケガをしてるあなた相手なら、十分勝機はある!」
団長「……バカモノめ!」
銀騎士が団長に猛然と襲いかかる。
ガギィンッ!
銀騎士の剣を受け止めた衝撃で、団長の足の傷が開いてしまう。
団長「ぐうっ……!」ブシュッ…
銀騎士「自分でつけた傷が命取りになるとは……実にあなたらしい!」ニヤ…
団長「なんの……これしきィ!」ビュオッ
銀騎士「なっ!?」
ドシュッ……!
起死回生の一撃が炸裂し、銀騎士が膝をつく。
銀騎士「ぐおおっ……!」ガクッ
銀騎士「ぐぐっ……! あの傷で、あれほどの……踏み込みを……!」
団長「敵の負傷を当てにするような心の持ち主などに、私は負けはせん。
普段のお前が相手ならば──倒れているのは私の方だっただろうがな」
銀騎士「ハ、ハハ……。さすが、です……」
勝敗を分けたのは、剣ではなく心の強さ。戦いは団長の勝利に終わった。
女助手「団長さん……つ、強いですねぇ……」ゴクッ…
触手「今の動き、団長のコピーのはずの甲冑よりも速かった。
さすがは剣で栄えた王国で、もっとも強い騎士団長ってところか」
触手「やれやれ、オイシイところを持っていかれちまったな」ウネッ
女助手「ふふふっ、先生ったら……」
触手「ありがとよ、団長さん。助かったぜ」ウネウネ
団長「いや……助けられたのは私の方だ。
触手探偵殿がいなければ、銀騎士の企みは成就していたのだから……」
触手「おっと、礼ならコイツにもいってやってくれ」ウネッ
団長「これは失礼。女助手殿、君の奮闘が騎士団を救ってくれたのだ。
本当にありがとう」
女助手「いえいえいえっ! あたしは悪あがきしただけですから!」
うなだれる銀騎士に、団長が剣を向ける。
団長「──さて、魔術師はどこにいる?」チャキッ
銀騎士「……兵舎の敷地外に馬車を待機させて……私を待っているはず、です。
おそらく、護衛も十数名、いるはず……」
団長「そうか」
すると──
ザザザッ!
赤騎士「団長ッ! 銀騎士さん! これはいったい……!?」
青騎士「なにがあったのですか!?」
黄騎士「団長ぉ~!」
女騎士「触手殿と女助手殿まで……!」
騎士たちが続々と駆けつけてきた。
団長「詳しく説明しているヒマはない。ただちに敵国のスパイを捕えに向かう!」
赤騎士「分かりましたァッ!」ビシッ
ザッザッザッ……!
迅速な行動で、スパイ討伐へと向かう騎士団。
触手「さぁて、こっから先は出番ナシだな。ゆっくり休ませてもらおうぜ」ウネッ
女助手「アイアイサー!」
触手「とりあえず、傷を手当てしとかないとな」ニュルッ
“緑の触手”が、女助手に近づいていく。
女助手「先生、タンマ! 手当てなら、あたしより銀騎士さんが先です!」ビシッ
触手「なにいってんだ、お前!? この人はさっきまで俺たちと戦ってた相手だぞ!」
銀騎士「そうです……。それに私の傷口、死ぬほどではない……」
女助手「死ぬほどではなくても、痛いでしょう? 先生、お願いしますっ!」
触手「……しかたねぇな」ニュルル…
もっとも頑丈な“藍の触手”で傷口周辺を縛り、“緑の触手”で治癒を施す。
触手「気休めにしかならんが、痛みを多少和らげるぐらいの効果はある。
じっとしててくれよ」スリスリ…
銀騎士「なぜだ……なぜ私を助ける!?」
触手「そりゃこっちのセリフだ」スリスリ…
触手「アンタの腕なら……今の女助手ならたやすく斬れただろう。
なんでやらなかった?」スリスリ…
銀騎士「…………」
女助手「そりゃもう! 銀騎士さんは騎士道精神の持ち主ですから!」
銀騎士「いや……本当にそんなものを持ってるなら、スパイなんかやらないでしょう」
女助手「あ、いや、その、あの……」
銀騎士「私は騎士にも、スパイにもなれなかった半端者……それだけのことです」
女助手「そんなことありませんっ!」
銀騎士「!」
女助手「銀騎士さんは、スパイはスパイなんですけどいいスパイであって……
スパイ精神を騎士道精神で乗り越えて……えぇっと……
娘さんのために戦い、あたしの命も助けてくれた、真の騎士なんです!」
シ~ン……
銀騎士「…………」
触手「…………」ウネ…
触手「ようするに、アンタはスパイだったが、最後に騎士に戻ったといいたいらしい」
銀騎士「ど、どうも」
触手「せっかくだ。ぜひ、娘さんの件も協力させてくれ。
さっき女助手のいったとおり、魔術師が仕組んだ病気の可能性が高い」
触手「俺たちには似たような事件をやらかした知り合いがいてな……。
きっと力になれるはずだ」
女助手「そうですよ!」
銀騎士「……ありがとう、ございます」
一方、魔術師たちの居場所を突き止めた騎士団はというと──
赤騎士「このクソヤロウどもが!」ザシュッ
青騎士「ボクの美しい剣技を披露させてもらうよ!」ズシャッ
黄騎士「今までの借りはきっちり返すぞぉ~!」ザクッ
女騎士「騎士団の誇りを踏みにじったその罪、あまりに重い!」ドシュッ
ドサッ! ドササッ……!
「うげぇ……」 「つ、強すぎる……」 「あぎゃぁぁぁ……っ!」
団長「キサマらの負けだ」チャッ
魔術師「んふっ……分かりきってたことだけど……
やっぱり真っ向勝負じゃ太刀打ちできないかァ~……」
魔術師たちは一網打尽にされ、事件はようやく本当の終焉を迎えた。
………………
…………
……
その後──
< 病院 >
触手は親友であるエルフ医師と、再起を図る薬売りの青年を呼び寄せた。
もちろん、銀騎士の娘を救うためである。
娘「うう……」ハァ…ハァ…
薬売り「この症状は……世界各国を放浪してた時、見たことがあります!
たしか、魔法毒薬の一種だったかと……」
エルフ医師「よし……オレが延命治療をするから、キサマは急いで解毒薬を作れ。
このくたばりぞこないの小娘を健康にし、生の苦しみを味わわせるのだ!」
薬売り「はいっ!」
娘「あ、ありが、と……」ハァ…ハァ…
触手「さっすが元犯罪者。毒薬に関しちゃお手のものだな」ウネッウネッ
女助手「先生!」ジロッ
エルフ医師「ふん、あの小娘はどうにかなりそうだ……。
しかし、触手よ……こいつァ高くつくぞ?」
触手「分かってる」ウネッ
女助手(もしかしたら、何百万ゴールドだとか請求されるんじゃ……)
触手「今度、新技“触手(ショック)ウェーブ”を見せてやるよ」ウネウネウネ…
エルフ医師「よし、それで手を打とう」
女助手(案外、安上がりだった……)ホッ…
女助手「……薬売りさんも、ありがとうございました!」
薬売り「いえ、ぼくなんかがお役に立つことができて、嬉しいです!」
触手「やっぱりお前は人を苦しめるより、助ける方が性に合ってるらしいな。
表情が生き生きしてるよ」
薬売り「は、はいっ! これもみんな、あなたたちに出会えたおかげです!」
触手「よせやい」ウネリッ
女助手「アハハ、先生ったら照れちゃって。うねり方で分かりますよ」
触手「お前にゃかなわねえなぁ……」ウネウネ
事件から一ヶ月ほど経ったある日──
< 探偵事務所 >
女助手「先生、先生! 女騎士さんが来て下さいましたよ!」
触手「なんだと?」ウネッ
女騎士「失礼する」
女騎士「だいぶ遅くなってしまったが、本日は事後報告に参った」
触手「おお、ずっと気になってたんだ。
あの事件は新聞でも報道されなかったしな」
女騎士「まず……事件の黒幕である銀騎士殿は、本来極刑でもおかしくなかったが、
どうにかそれは免れることができた」
女騎士「結果的にはスパイを捕えることができたので、だいぶ情状が酌量されるそうだ」
触手「そうか……」ウネ…
女助手「よかったぁ……」ホッ…
女騎士「また、事件の一因となってしまった団長は、謹慎と降格処分となった。
本人は騎士を辞するといっていたが、どうにかそれは押しとどめたよ」
女助手「……それじゃ、今はどなたが騎士団長なんですか?」
女騎士「赤騎士に決定した。それを私や青騎士、黄騎士で補佐していく、
という形になるだろう」
触手「赤騎士ィ~? あんな血の気の多い奴が団長なんて務まるのかよ!?」ウネッウネッ
女助手「せ、先生っ!」
触手(ふん、アイツが女助手にやったことはまだ根に持ってるぜ。
触手はしつこいからな)ウネッ
女騎士「むろん、赤騎士はまだまだ団長や銀騎士殿には及ばない。
しかし、剣技もリーダーシップもメキメキと成長していることはたしかだ。
地位が人を作る、とはよくいったものだ」
女助手「きっと騎士団は、これからもっとすごくなりますよ!」
女騎士「ところで……女助手殿」
女助手「はい?」
女騎士「団長のコピー……あの甲冑との戦い、みごとだった。
我々騎士と比べても、決して見劣りしない戦いぶりだったよ」
女助手「ア、アハハ……いつもあれぐらい強ければいいんですけどねぇ」
女騎士「それだけではない。銀騎士殿にも勇敢に立ち向かったと聞いている。
その心こそがすばらしいのだ」
女騎士「騎士団のみんなも──」
赤騎士『あのねえちゃんは絶対いい騎士になれる!
経過報告に行くんなら、ぜひスカウトしてきてくれ!』
青騎士『それはいい考えだ。二人目の女性騎士というのも悪くはないね』
黄騎士『本格的に鍛えれば、絶対エースになれるよぉ~』
女騎士「──と」
女助手「えぇ~!? あた、あたしが騎士!?」
触手「あいにくだが──」ウネッ
触手「コイツは俺の助手だ。騎士団なんかにゃ渡さねえよ」ニュルニュルッ…
決して渡さないという意思表示をするように、触手が女助手を抱き寄せる。
女助手「せ、先生……!」ポッ…
女騎士「フッ……そうだったな」
女騎士「では私は失礼させてもらうが……ところで、触手殿」
触手「ん?」
女騎士「あの時のマッサージ、大変気持ちよかった。またいつかお願いしたい」
触手「……任せときな!」シュビッ
女助手「な……! 女騎士さんにばっかり、ずるいですよ! 先生!」
~ おわり ~
最終話『触手と女助手』
< 探偵事務所 >
触手「この書類仕分けしといてくれ」ニュルッ
女助手「はいっ!」
女助手「うっ……」クラッ…
触手「おい、どうした?」ニュルルッ
触手が女助手の額に触れる。
触手「ん……? 熱があるんじゃねえか……? 今日はもういいから帰れ!
で、明日もとりあえず休め!」
女助手「そんなぁ~……イヤですよ」
触手「給料か? 給料のことなら心配すんな。
休んだからって減らしゃしねぇよ。だから帰って休め! な?」
女助手「いえ、帰りません、休みません……。その代わり、給料はいりませんから……」
触手「お前はなんのために働いてんだよ!? いいからとっとと帰れ!」ウネウネッ
翌日──
< 探偵事務所 >
この日は朝から雨が降っていた。
ザァァァ……
触手「雨か……」
触手(そういや、アイツと初めて出会った日もこんな雨の日だったっけな……)ウネ…
触手「アイツのことだから、心配ないとは思うが……
見舞いぐらい行っておいてやるか」
触手は早々に事務所を閉め、女助手の家に向かった。
< 女助手の家 >
女助手の両親が触手を出迎える。
母「あら、触手さん。いらっしゃい」
父「やぁ、久しぶり! 娘がいつも世話になってるね!」
触手「ども」ウネッ
触手「見舞いに来たんだけれど……娘さんのようすは?」ウネウネ…
母「どうやら風邪をひいたみたいで……」
触手「会っても大丈夫かな?」
母「ええ、大丈夫です」
母「あの子、今日も出勤しようとしてたんですけど止めたんですよ。
そんな体じゃ足手まといになるっていったら、やっと……」
触手「昨日もなかなか帰ろうとしなかったんで、大変だったよ」ウネウネ
触手「それにしても、いつもいつも娘さんをあちこち連れ回したり、
時には危ない目にあわせたりして……本当に申し訳ない」ウネッ…
父「……たしかにね」
父「一度、娘にいったことがあるよ。
助手をやるのはいいが、危険なことはしないでくれって……」
触手「…………」
父「だが、娘はこういったよ」
女助手『あたしにとっては、先生といる時が一番楽しくて、安全なの!』
父「──ってね。だから、俺としては君と娘を信じることにしたんだ」
父「それに、昔は娘も引っ込み思案で、一人きりで石を蹴ってるような子だったが、
君と出会ってからはすっかり明るくなったからね」
父「本当に感謝しているよ」
触手(この期待と信頼……裏切るわけにはいかねえな)ウネ…
母「ところで、いつ娘と一緒になるの?」
触手「へ!?」
父「うん……。娘は真剣なようだが、どうなんだ?」
触手「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はアイツと結婚するつもりはないよ!
俺みたいなイソギンチャクもどきと結婚しても、アイツは幸せになれない!」ウネッ
母「あら、そんなことはないと思いますけど?」
父「うむ……。俺も触手さんであれば……」
触手(え~……!?)
「だって……孫の顔とか見られないぞ?」
父「案外できるかもしれんよ? なぁ?」
母「ええ」
触手「あの……それじゃ、見舞いに行ってくるんで!」ウゾウゾウゾ…
触手(やっぱりどっかおかしいって、この両親は……)
逃げるように、触手は女助手の部屋に向かった。
廊下でばったりと、女助手の弟と出会う。
触手「よう、元気か?」ウネッ
弟「触手さん! 姉ちゃんに会いにきたのか?」
触手「ああ、風邪ひいたんだって?」
弟「うん、バカなのになぁ」
触手「人間なら、だれだって風邪はひくんだよ」
弟「ハハハ、バカは否定しないんだ」
触手「バカには、いいバカと悪いバカがいる。アイツは……いいバカだ。
姉ちゃんを大切にしてやれよ」ウネウネ
弟「分かってるよ! ──じゃな、触手さん!」スタタタッ
触手「おう!」ウネッ
女助手の部屋──
部屋では、パジャマ姿の女助手が横になっていた。
触手「具合はどうだ?」ウネッ
女助手「あっ、先生!」ガバッ…
触手「起きなくていいよ。寝てろ寝てろ」ニュルッ
女助手「はいっ!」モゾッ…
触手「ほら、お前の好きなクッキー」シュルッ…
女助手「わぁっ、ありがとうございます!」
触手「ゆっくり治せよ。お前がいた方がそりゃ助かるが、
俺だってそこまでヤワじゃねえんだからな……信頼してくれよ」
女助手「そうですよね……すみません」
触手「それに、ちゃんと治さずに風邪が長引いちまったら、
弟にますますバカにされちまうぞ」
女助手「アイツ、さっきもバカなのに風邪ひいた、なんていってきたので、
枕投げつけてやりましたよ!」
触手「なぁ~にやってんだか」ウネッウネッ
触手は女助手の机の上に、小さな石が置かれているのを見つけた。
触手「!」ウネッ
触手「あの石は……。お前、あんなもんまだ持ってたのか」
女助手「はい……だってあれはあたしの宝物ですから!」
触手「懐かしいなぁ……」ウネ…
触手(そう、あの日も今日みたいに雨が降ってたっけ──……)
………………
…………
……
~ 回想 ~
およそ10年前──
触手は町で探偵事務所を開いていたが、
依頼人は全くやってこないという日々が続いていた。
< 探偵事務所 >
触手「ちっ……」ウネッ
触手(森で生まれて、知能を得て、旅立ってからもうどのくらいになるか……)ウネ…
触手(ようやく魔物として、人間たちが住む町への居住権を得て、
『七色(レインボー)触手』を使って探偵業を始めてはみたが──)
触手(この三ヶ月、だぁ~れも来やしねえ)ウネッ
触手(ま、俺は金なんかなくても、最悪水だけで生きていけるからいいんだけど……
そうそううまくはいかないもんだな……)
触手(どっちにしろ、今日は雨だから客なんか来なかったろうけどさ──)
コンコン……
ノックの音がした。
触手「ん? どっ、どうぞっ!」ウネッ
ガチャッ……
少女「あの……あなた、探偵よね?」
入ってきたのは、まだ10歳にも満たないであろう幼い少女だった。
触手(なんだ子供か……。迷子か?)ウネウネ
少女「…………」
触手「なにか用か?」ウネッ…
少女「あたし、石蹴りが好きなんだけど、せっかくいい形の石を見つけたのに、
どっかいっちゃったの!」
少女「だから、あたしが蹴ってた石を探して!」
触手「ハァ!?」
石を探して欲しい。探偵に依頼するにしては、あまりにもふざけた内容である。
触手(本当なら、追い出してやりたいところだが……どうせヒマだったしな……)ウネッ
触手「いいぜ、探してやるよ」ウネウネ
少女「ホント!? あっ、ありがとう!」
まさかの快諾に、少女は涙を浮かべるほど感激する。
少女「自分で探してもダメで、みんな手伝ってくれなくて……」ウルッ…
触手(そりゃなぁ……手伝うわけねぇよ、雨の中で石探しなんて。
俺みたいなヒマ人……じゃなくてヒマ触手でなきゃな……)
少女「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」
触手「ありがとうは一回でいい。ついでにいうと、まだなにもやってない。
とにかく、その石をなくしたところに連れてってくれ」
少女「うんっ!」
< 町 >
ザァァァ……
雨の中、町の一角で石探しを始める二人だが──
触手「これか?」ヒョイッ
少女「ううん……もっと平べったかった」
触手「そっか」ポイッ
ニュルニュル…… ウネウネ…… モゾモゾ……
一時間は探しただろうか。少女がなくしたという石は一向に見つからない。
触手「…………」ウネウネウネ…
少女「……ごめんなさい」
触手「ん?」
少女「触手さん、ありがとう! ……もう帰ろう!」
触手「!」
触手「じゃあ、先に帰っててくれ。俺はもうちょっとやってくから」ウネッ
触手「候補の石をいくつか見つけたら、お前んちに持ってって見てもらうよ」
少女「でも……見つかりっこないよ! 触手さん、風邪ひいちゃうよ!」
触手「ふっ、心配すんな。俺は風邪をひかねぇから」
少女「え、それって……触手さんはおバカさんってこと?」
触手「ちげーよ! 触手は風邪なんかひかねぇんだよ!」ウネッ
触手「それに、お前だって本当は俺みたいな触手、話しかけるだけで怖かったはずだ。
なのに、勇気をもって俺に話しかけてくれた。
だったら俺は探偵として、お前の期待に応えてみせる!」ウネウネッ
触手「分かったら、先に帰ってな。そっちこそ風邪ひいちまう」
少女「触手さん……」
触手(くっそぉ~……! こんな小さな子供に気づかわれるとは情けねえ!
絶対見つけてやる!)ウネウネッ
触手と少女は石を探し続けた。
さらに一時間後──
触手「こ、こいつはどうだ?」ニュルッ
少女「!」
少女「これ! これだわ! うん、まちがいないよ!」
触手「本当か? 本当だな? 俺を気づかってちがう石なのにウソついてないよな?
触手に妥協の二文字はないぞ?」ウネッ
少女「ううん、絶対これ! ……ありがとう!」
触手「どういたしまして」
二時間以上かけ、ようやく触手は初めての依頼を達成した。
触手(はぁ~……やっと終わった)グニュル…
少女「嬉しい……!」ポロッ…
触手「!?」ギョッ
少女「ありがとう、触手さん……」ポロポロ…
突然の涙に、触手は戸惑ってしまう。
触手(なんで泣く……? ど、どうすりゃいいんだよ! ──ええいっ!)
触手「泣くな! こういう時は笑うもんだ!」ニュルニュル…
とにかく泣き止ませるために、少女をくすぐる。
触手「ほれ、笑え」コチョコチョ…
少女「ひひひっ、あははっ! す、すごいっ! あはははははっ!」
触手「よぉ~し、笑ったな」シュルル…
少女(き、気持ちよかったぁ……)ハァハァ…
触手「──お、ちょうど雨も上がったな。んじゃ、これでお別れだ。
まっすぐ帰るんだぞ」
少女「あ、でもなにかお礼しなきゃ……」
触手「いらねえよ、礼なんて。サービスだ」ウネウネ…
少女「そんなわけにはいかないよ! だって、お父さんもお母さんも
人にお世話になったらきちんとお礼しなさいっていってたもん!」
触手「う~ん……。だったら、もうちょいでかくなったら、俺の助手になってくれ。
たっぷりこき使ってやるから」ウネッ
少女「うん、分かった! あたし、絶対今日のこと忘れない!
触手さんの役に立つから!」コクッ
触手(……なぁ~んてな。どうせ忘れちまうだろ、こんな約束)
少女(よぉ~し、あたし絶対、助手になる!)
なお、この一件はある種の美談として、町じゅうに広まり、
触手は頼れる探偵として少しずつ町の人々に受け入れられるようになる。
やがて、成長した少女は約束通り触手の助手となるのだった。
……
…………
………………
触手(あ~……懐かしい)ウネ…
触手(そうか……。俺がくすぐったりすると、
コイツがあんな風になっちまう理由がなんとなく分かった気がする……)
触手(多分、あの時の嬉しさみたいなもんがよみがえって、
持ってる力を丸ごと発揮できるようになる、って感じなんだろうな)
触手「ふふっ……」ウネッ
女助手「先生が笑うなんて珍しい。どうしました?」
触手「いやぁ~、お前ってさ、ホント面白い奴だなと思ってさ」
女助手「な、なんですか、それ~?」
触手「わるいわるい」ウネウネ
触手「……ありがとな」
女助手「どしたんです、いきなり?」
触手「魔物である俺が町で受け入れられて、こうしてやっていけてるのは──
お前のおかげだ」ウネ…
触手「お前がいなきゃ、今の俺はなかった」ウネ…
触手「だから……ゆっくり休んで風邪治せよ」
女助手「それって……プロポーズと受け取ってよろしいんですか!?」
触手「ちげぇよ!」シュビッ
女助手「アハハッ、冗談ですよ、冗談!
だけどいつかきっと、あたしに惚れさせてみせますからね!」
触手「そんだけ元気がありゃ、すぐ復帰できそうだな」ウネウネ
触手(今一瞬、コイツと結婚したい、なんて思っちまった。危ない、危ない……)
しばしの談笑の後、触手の見舞いは終わった。
三日後──
< 探偵事務所 >
女助手「お待たせしました!」シャキンッ
女助手「すっかり風邪も治ったので、今日から助手復帰です!」
女助手「剣さばきもこのとおり!」ヒュババババッ
触手「元気があり余ってるようだな。なら、手加減しねえぞ?」ウネッ
女助手「はいっ!」
触手「じゃあまず……そっちに溜まった書類を仕分けしてくれ」
女助手「アイアイサー!」
てきぱきと、書類をまとめ終わった女助手。
女助手「終わりました~!」
触手「ご苦労だった」
(早いな……。やっぱりコイツがいるとはかどるよ)
女助手「次はなにを?」
触手「よぉし……ご褒美だ。久々にやってやるよ」ニュルッ
女助手「え、え、え……ま、まさかっ!」
触手「たっぷり楽しませてやるよ」ニュルニュル…
女助手「そ、そんな……」
触手「俺のマッサージをな!」ウネッ
女助手「や、やったぁ!」
女助手「先生、あたしにはあんまりマッサージしてくれないんですもん」
触手「お前はいちいちでかいあえぎ声出すし、
やりすぎると“チャージ”状態になっちゃうからな」ウネウネ
ソファに横たわる女助手の背中を、無数の触手が揉んでいく。
触手「どうだ?」ニュルニュル…
グッグッ…… モミモミ……
女助手「あっ……! あああっ……!」
女助手「あああっ! んあああっ! あああああっ……!
せ、先生ぇ! き、気持ちよすぎっ! どうにかなっちゃいそう!」
触手「だ~か~ら、あえぐな!」ニュルニュル…
女助手「でもぉ~……あぁっ! あうぅぅ……あぁ~……」
女助手「あ~……最高ぅ~……」ビクッビクッ
触手「おっと、この辺にしとかないと“チャージ”されちまうからな。
あんなトロ~ンとした表情で事務所にいられたら困る」シュルル…
女助手「ありがとうございましたぁ……」ハァ…ハァ…
女助手「う~ん、気分爽快! 体もさらに柔らかくなった気がします!」ペター…
触手(うおっ! ホントにますます柔らかくなってる!)
女助手「さ、今日も一日がんばりましょう!」
触手「おう」ウネッ
すると──
ガチャッ……
町民「すみません、依頼したいことがあるんですが……」
触手「どうぞどうぞ、ソファにかけてくれ。女助手、お茶を頼む」ウネウネ
女助手「アイアイサー!」
~ おわり ~
391 : ◆DZVn09wdis - 2015/04/06 02:43:01 9cH4pGWM 318/318以上で完結です
投下ミスをやらかしてへこんだりもしたのですが
皆さんのレスが大変励みになりました
全六話お付き合いいただきありがとうございました!
好きやで