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407 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 00:49:08.20 dCQIvKjAO 987/1642

――――結界の外。

ベアト「――よし、抜けた……大丈夫かい、ハンネ」スッ

ハンネ「…………」カタカタ

ベアト「震えているのかい……?」ギュウッ

ハンネ「お姉ちゃん……私も、ああなるのかな……?」

ベアト「大丈夫さ。きっと直ぐに解決策を見つけてくれるさ」

ほむら「……希望的観測ね」

スタッ

「……言ったそばからまた会うのか」ハァ

ベアト「茜……と、後ろの人たちは?」

「……杏奈の取り巻きって言うか弟子って言うか」

「杏奈は何かあった時の為に、戦い方を何人かに仕込んでおいたらしくて」

「ソイツらと一緒に魔女狩りって訳さ。ほら、行くよ」チャキッ

「はい、茜さん」

ハンネ「ま、待って。あのお化けは私の――」

「友達じゃないよ」

ハンネ「っ」ビクッ

「もう友達なんかじゃない。全然別の何かよ」

ハンネ「そんな――そんなぁ」ポロポラ

「……見たくなければ帰りなよ。ベアトリクス」

ベアト「…………」チラ

ハンネ「……」グスグス

ベアト「……そうさせてもらうよ。行こう、ハンネ」クイッ

ハンネ「ゴメンね――ゴメン――」ポロポロ

ベアト「…………」ズキンッ

408 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 00:50:23.34 dCQIvKjAO 988/1642

――――十兵衛サイド、十兵衛私室

十兵衛「…………」

ガチャッ、バタン

四郎「失礼仕る」

十兵衛「どうだった?」クルッ

四郎「やはり、と言ったところでござる」ペラ

十兵衛「貸してくれ」パシッ

十兵衛「……やっぱりな。そう綺麗なプランな訳ないよな」フム

十兵衛「弱者を飼い殺して、俺たちは生き残るのか……」チッ

四郎「新生児の製造プラント開発とはあるでござるが……これは」

十兵衛「あぁ。ただの牧場に過ぎないな」

十兵衛「そもそも魔法少女は副産物として、長い寿命を手に入れているはずだ」

十兵衛「自分たちさえ生きていれば、種の存続は成る……」チッ

四郎「どうするでござるか?」

十兵衛「……正直分からん。俺に画期的な解決策は無いしな」ハァ

十兵衛「煮詰まった。ちと出かけてくる」スクッ

四郎「お供致す」

十兵衛「いや、いい……動向を監視していてくれ」

四郎「……御意」

409 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 00:51:23.22 dCQIvKjAO 989/1642

ガチャ……バタン

十兵衛「はぁ……やっぱり息が詰まるぜ」

真宵「何処へ行くのかしら?」スルリ

十兵衛「ぁわひゃんっ!?」ビクンッ

バッ

十兵衛「いきなり現れるなと言うに……」

真宵「ねぇ、貴女」

十兵衛「……なんだよ」

真宵「変な顔。何をしに行くのかしら……いや、誰か待ち人がいるのかしらね」クスッ

十兵衛「……関係ねぇよ。じゃあな」スタスタ



真宵「面白そうね……ねぇ」

付き人1「はっ!」ザザッ

真宵「私、少し外出したいの。エスコートして下さる?」

付き人2「畏まりました」ザッ

410 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 00:52:43.97 dCQIvKjAO 990/1642

――――ベアトリクス宅、夜半

「ふぅ……」

ベアト「父さん、どうだった?」

「ようやく寝付いたようだよ。ハンネは随分と辛い体験をしたようだね……」スッ

「――あなた、それ」

「ハンネのソウルジェムの穢れが止まらないから……ちょっとお父さん頑張ってしまったよ」ハハ

ベアト「だ、大丈夫なのかい……?」

「まだ余裕はあるみたいだから、心配ないよ」ナデ

ベアト「……本当?」

「本当だとも。さ、ベアトリクスもお休み」ホラ

ベアト「……分かったよ。お休みなさい」

カチャ、パタン……

「……で?」

「ちょっとしんどいかな……情けないね」タハハ

「――っ」

「嫌よ……そんなの嫌」ギュッ

「大丈夫さ、キミを置いていったりしない」



ほむら「……そんな余裕があるような濁り方じゃあ無いわよ……?」

411 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 00:53:58.15 dCQIvKjAO 991/1642

――――沈み行く心の太陽、されども明け行く朝。

ベアト「……眩しい」バサッ

ベアト「……眠った気にならないや」ムクリ

ベアト「ハンネは……部屋に行ってみようか」



ベアト「ハンネ、入るよ?」コンコンッ

ベアト「……開けるよ?」カチャッ

ハンネ「……お姉ちゃん」

ベアト「まだ眠いのかい?それなら寝ていても構わないんだけど……」

ハンネ「ううん、そばにいて……」フルフル

ベアト「分かったよ」スッ

ハンネ「……夢じゃなかった。寝て起きれば、きっと元通りだって」

ハンネ「――お姉ちゃん、私、怖いよ……お化けにはなりたくない……」

ベアト「大丈夫、きっと大丈夫さ。信じようよ」……ニコ

ほむら「…………」クッ

412 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 00:56:41.56 dCQIvKjAO 992/1642

――――街。

ベアト「…………」テクテク

『本当にベアトリクス一人で大丈夫なのかい?』

ベアト『買い物ぐらい平気さ。父さんは休んでて』

ベアト「……」キョロッ

ベアト「街が死んでいるみたいだ……酷いモノだよ」

ガサッ!

少女「お、お前……!」ガタガタ

ほむら「……追い剥ぎ、って言うのかしら?」

ベアト「……なんだい?刃物は人に向けるモノじゃあないよ」キッ

少女「そ、ソウル、ジェム……渡せよ……!」ブルブル

ベアト「……震えているじゃないか、止めるんだ」

少女「うるさい!こっちには……」

ベアト「――キミの為だ」ハァ

413 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 00:57:59.36 dCQIvKjAO 993/1642

少女「何が――」

十兵衛「優しいな、ベアトリクスは」ザンッ

ガンッ!

少女「ひぃっ!?」ズサァァァッ!

ベアト「コラ、手加減しなきゃダメじゃないか」メッ

十兵衛「いやはや、参ったね……」タハハ……

少女「ひっ……逃げろぉ……」バタバタ

ベアト「行ったね」フゥ

十兵衛「追うぞ」ダッ

ベアト「あ、キミにも分かったんだね。歯車、っと」フワッ

十兵衛「あぁ、あんな泣きそうな顔してりゃ、誰だって分かるさ」

ベアト「流石だね」フフッ

ほむら「あの様子は……確かに何かありそうね」ホム

414 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 00:59:33.92 dCQIvKjAO 994/1642

――――少女の家。

少女「お母さん……大丈夫?」ユサユサ

母親「あぁ……私はもうダメよ……もうきっと死ぬのよ……」

少女「そんな事無いよ、お願いだから起きてよ……」グスグス

十兵衛「ほいほい、お邪魔するよ」ガラッ

少女「――お前ら、何しにきた!」チャキッ

十兵衛「へぇ、良い目だ。母親を守る為なら命を張れるって目だ」ホウ

ベアト「ボクたちは、別に取って食おうって訳じゃないんだ……キミは、お母さんの為にソウルジェムが欲しかったんだね」

少女「…………」

十兵衛「へっ、退きな。お前の親御さんは、お前の度胸に免じて俺が浄化してやるよ」ズイッ

母親「誰……?」

十兵衛「通りすがりの最強さ。覚えなくて良いがね……」コツンッ

シュウゥ……

ほむら「……十兵衛のソウルジェム、どうやら凄まじい容量のようね。あれだけ吸ってもまだ穢れない……」

母親「……身体が、軽い?」フゥッ

ベアト「やった、さすがだね」ニコッ

十兵衛「あたぼうよ」ヘヘッ



ドサッ

ほむら「――子供が!?ベアトリクス、こっちに気付きなさい!ベアトリクス!」

415 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 01:00:13.25 dCQIvKjAO 995/1642

――――ケタケタ笑いの残酷な現実。

誰かの倒れる音で、ベアトリクスは振り返る。

そこには、地に伏せる少女。
微かな笑いを湛えて、そこに居た。

少女「お母さん、治った?」

ベアト「治ったけれど……どうしたんだい?」

その少女を抱き起こして、ベアトリクスは気付く。

ベアト「――キミ!?十兵衛、早く!」

十兵衛「どうした――こりゃあ酷い」

母親「――何、何なの?」

ベアトリクスと十兵衛が見たのは、酷く濁った少女のソウルジェム。

そうか。
自分ではどうしようも無くなったから――

少女「良かった……治って良かったね――」



「おかあさん――」




416 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 01:00:45.43 dCQIvKjAO 996/1642

――――魔女の、結界

母親「そん、な」

少女のソウルジェムは、安心したのか――疲れきったように崩れて魔女を生んだ。

母親はそれを呆然と見つめている。

母親「ゴメンね……心配ばっかりかけるお母さんで……」

十兵衛「――っ」

いや、違った。
強い、母親の目だった。

母親「そこのお方」

十兵衛「……如何なされた、奥方」

母親「私のソウルジェム、どうかお持ちになって下さいませんか。貴方なら、お役に立ててくれそうですし」

そう言って、ソウルジェムを渡す。

十兵衛「……有り難く、頂戴します」

母親「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしました」

深々と、頭を下げた。
魔女はゆらゆらと遊んでいる。

ベアト「……それで良いのかい?」

母親「えぇ……私は、この子といます……最後くらい、母親をやるんです」

笑みは、本当に柔らかかった。

二人は一礼して、その場を去る。

母親は我が子を抱いて――事切れた。

417 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/26 01:01:37.67 dCQIvKjAO 997/1642

――――結界の外

十兵衛「…………」

ベアト「…………」

十兵衛「……俺は、ダメだな」

ベアト「そんな事、無いよ」



ほむら「こんな事……あって良いの……?こんな、バカな事が……」



真宵「――へぇ、あの子がお気に入りかしら?跡を追って正解だったわね」

付き人1「お嬢様――」

真宵「しー、静かになさい。まだ気付かれたくはないわ」

真宵「それにしても……あの白髪の子」

ベアト「――――」

真宵「イイわね……欲しいわ」

430 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/27 00:43:07.55 6pdFPH9AO 998/1642

――――二人

ベアト「街……荒れてるね」テクテク

十兵衛「自棄になって暴れる奴も見た……これが、俺たちの末路だって言うんだから、笑っちまうな」ハハ……

ベアト「…………笑えないよ」

ベアト「こんな恐怖が今もボクを喰らい尽くそうとしているのに――」

ギュウッ

ベアト「――――っ」

十兵衛「大丈夫だ。お前は俺が守る。絶対、絶対魔女になんかさせない」

ベアト「……ありがとう」フルッ

ベアト「少し……泣いてもいいかい?」

十兵衛「あぁ。濁ったら俺が引き受ける」

ベアト「ゴメン――」ヒック



ほむら「…………」フイッ

ほむら「私は何も見ていないわ……何もね」

431 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/27 00:44:32.15 6pdFPH9AO 999/1642

――――寄り添う二人。深まる仲。

ベアト「……ありがとう、十兵衛。少し、楽になった」

十兵衛「おう、そりゃあ良かった」ニッ

ベアト「……ねぇ、十兵衛?」グイッ

十兵衛「ん、何だ――」



「――――」



十兵衛「ベアトリクス……」

ベアト「ボクの初めて、あげるよ」

十兵衛「――足りない」

ベアト「へ――ふむっ」






ベアト「……えっち」カァッ

十兵衛「いやゴメン今頭冷やしてる所だからさ、いやマジで」ウワァァァ

ほむら「…………」マジマジ

ほむら「っ!」ハッ

ほむら「これじゃただのデバガメじゃない……」ホムン……

ほむら「……でも、愛のあるキス――私は」ズキッ

ほむら「もしかして、怒りに任せてとんでもない事をしてしまったのでは……?」



真宵「成る程、ねぇ」

432 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/27 00:46:10.52 6pdFPH9AO 1000/1642

――――とりあえずの別れ

十兵衛「行ったか……アイツも大変みたいだが、まぁ上手くやるだろう」

真宵「それで大丈夫なのかしらね?」ヒョコッ

十兵衛「……つけてきていたのか」

真宵「そうよ。なかなかに面白い物を見せて貰ったわ」

十兵衛「ちっ……悪趣味だぜ、全くよ」ケッ

真宵「しかしねぇ……十兵衛があんな顔をするなんで」クックッ

十兵衛「やかましいわ」カァッ

真宵「まぁ、でも――」

真宵「(興味は湧いたわ)」クスッ

433 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/27 00:47:04.46 6pdFPH9AO 1001/1642

――――幸せのベアトリクス

ベアト「…………」

彼女の足取りは、出掛けた時より遥かに軽くなった。
人を、愛しいと思う事が――こんなにも自分を支えてくれる。

こんな気持ちがあるなら、自分は絶望したりなんかしないと――そう思った。



世界はいつだって残酷だというのに。



彼女が家に着き、扉を開けると――嫌に静かな空気が肌に突き刺さった。

ベアト「――っ、父さん!?母さん!?」

慌てて居間の扉を開けると、ソコには両親が確かにいた。
一時、胸を撫で下ろす。

父親は、母親に膝枕されて――気持ち良さそうに目を閉じていた。

「……ベアトリクスかい?」

ベアト「うん。買い物してきたよ」

「そう……ちゃんと『料理』するのよ?火には気をつけるのよ?」

何だか、様子が変だ。

ほむら「まさか――あぁ、ああぁ……そんなバカな……」

ほむらが見たのは、父親のソウルジェム。



もう真っ黒なそれが、余命を物語っていた。

434 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/27 00:48:12.70 6pdFPH9AO 1002/1642

ベアト「おとう、さん?」

「なぁ……ベアトリクス。ボクはね、幸せだったよ」

「短い間だったけど、家族と一緒に、楽しい事も、辛い事も分け合ってきた」

「二人が成長していくのが嬉しくて嬉しくて、ボクは本当に、恵まれていた」

「本当はもう少し……一緒に居たかったけど……」

ベアトリクスは父親に駆け寄り、その力なき手を取った。

ベアト「お父さん、ヤダよ――待って、当てがあるんだ。きっと助けてくれるよ――」

「ボクは、手遅れさ。ちょっと、無理をし過ぎてしまったね」

「うっ……うぅっ……」

あんなに頼もしい母が、泣いている。
あんなに優しかった父が、今、死のうとしている。

「ベアトリクス……ハンネを、頼んだよ……?」

手が震えながら、ベアトリクスの頭に乗る。


父親が頭を撫でてくれるのは、きっとこれで最後。


ベアト「分かっ……た」

「よかった……母、さん」

「――うぅぅぅぅ……!」



母親が、真っ黒なソウルジェムを叩き割り――父親の時間は、笑ったまま動かなくなった。



ベアト「あ、あああ……」

喪失感がベアトリクスを包む。
もう取り返しが付かないと理解する。

435 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/27 00:50:19.91 6pdFPH9AO 1003/1642

「ベアトリクス……」

ベアト「――っ」

ベアトリクスは、こんな母の顔を初めて見た。
母親ではなく、恋い焦がれる女の顔。

「ごめんなさい……私は、もう――」

ベアト「かあ、さん……?冗談だろう……?」

「あの人を一人で逝かせたくないの……家族を守らなきゃいけなのに、私がもう持ちそうにないの……」

母親はベアトリクスにソウルジェムを渡した。

そして、魔法少女の姿へと変わる。

「それは、お母さんの最後の贈り物……大切に使って?」


そんな寂しい笑顔をしないで。


ベアト「お母さん!?」

「十兵衛君によろしくね。ウチの娘を泣かせたら承知しないって」

最後に懐かしい表情で、母は亡骸を抱いて窓から外に出た。

追いかけようとするが、魔法で窓が閉まり――カーテンが閉じて視界を消す。

開かない。

ベアト「母さん、母さん!?何をしているんだ!?お願いだから――このぉっ!」

ベアトリクスが手近なチェアを使って窓に殴りかかるが、びくともしない。

ほむら「……私はすり抜けられるわ」



ほむらが壁を抜け、見たモノは――

436 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/27 00:51:24.37 6pdFPH9AO 1004/1642

ほむら「――うっ……うぷっ」

今まで見てきた絶望にも、確かに酷いモノは多くあった。
だが、それら全ては自業自得と言っても良かったのだ。

しかしこれは――――

ベアト「こ、のぉっ!」

窓ガラスの砕ける音がして、ベアトリクスがソレを蹴破って現れた。

ほむら「――いけない、貴女だけは見てはいけない!!」

ベアト「――え?」



ベアトリクスが見たのは。

大きな焚火と。

その上から何度も何度も叩き付けられる、巨大な――

『あら、私はもう使いこなしてるわよ?』

――包丁だった。



火と、包丁。

中には何があるのだろう。

何が燃えているのだろう。

ダンダン、ダンダン。

リズム良く、包丁は中身の『何か』を刻んでいく。

刻んで、刻んで。

やがて、刻まなくなった。



ベアト「あは、あはは……」

楽しくも何も無いのに、笑いが勝手に出てきた。

おかあさん

おとうさん

しんじゃった。

おかあさん おとうさん



しんじゃ おかあ おと



いなく しんで なんで おかあさん おとうさん




ベアト「あ――あ――」

437 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/27 00:52:48.76 6pdFPH9AO 1005/1642

現実味が無くて、息が出来ない。

頭が何もかも考え過ぎて訳が分からなくなって。

いっそ壊れてしまえば――

ハンネ「お姉ちゃん?」

ベアト「っ!!?」

強烈な刺激が神経全てを駆け巡る。
振り返ると、妹が不思議そうな顔でこっちを見ていた。

ハンネ「何してるの?」

生唾を飲み込む。

両親は言ったじゃないか。
なら、自分は耐えろ。

大切な、最後に残った道標を護るんだ。



その為になら、道化にだってなる――



ベアト「火を起こすと、魔女が寄ってこないらしいからね。こうしていたのさ」

ハンネ「へぇ……しばらく安心、かな?」

ベアト「あぁ、勿論だよ」

きっと、お父さんとお母さんが守ってくれる。

ベアト「父さんと母さんは、大人の集まりでしばらく帰ってこられないってさ。魔女対策をするらしいよ」

ハンネ「え……」

ベアト「大丈夫さ、ボクがついてるからね。さぁ、ご飯にしよう」



『火には気をつけるのよ?』



泣かないっていうのは、大変だった。



彼女の歯車が、反転を始める。



ほむら「あぁっ……うああっ……」

445 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/28 22:10:27.00 lg6M80cAO 1006/1642

――――夜半、寝静まる子供たちと見えない魔法少女

ほむら「……キュゥべえは」

ほむら「……笑った。取り繕った」

ほむら「感情と言うものが正常に機能していては、到底不可能よ……」

QB『ボクに感情と言うものは無いよ』

QB『一部の個体が、精神疾患としてソレを持っていたぐらいでね』

ほむら「バカね……精神疾患だったのは、貴女じゃない……」

ほむら「……確かに、『人間らしい心』を失えば、少なくとも絶望する事は無い」

また一つ、紐が解かれた。

ほむら「……久しぶりに、弾きましょうか」

バイオリンが、ほむらの手の中に現れる。

ほむらが奏でるその音色は――とても寂しかった。

446 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/28 22:10:59.69 lg6M80cAO 1007/1642

――――逆さまになった世界。

日に日にハンネのソウルジェムは濁っていく。
ハンネのソウルジェムを再び輝かせる為に、喉から手が出るほどグリーフシードが必要なんだ。

だから、ゴメンね。

ベアト「アハハ――アハハハハハ!!」

キミたちを殺してあげる替わりに――グリーフシードを、ちょうだい?

ほむら「――――もう止めなさいよ……っ」

彼女の魔法は、傷付け合う事の否定だった。
だが、彼女の心の有り様は変わってしまう。

傷付ける事に何の躊躇いも無く、戦う事に何の恐れも無い。

炎を操り、舞台の観客を操った。
それは、確かに道化。

逆さまになって、歯車に立っている彼女は――何度も繰り返し戦ったアイツに似ていた。

447 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/28 22:12:14.00 lg6M80cAO 1008/1642

――――十兵衛、私室

十兵衛「――くそっ、親父どもの分からず屋め!」

十兵衛が拳を机に叩き付ける。
鈍い音が鳴って、そしてまた静かになった。

机の上には戦術要項と書かれた、虐殺を肯定する書類がある。

『魔女化を免れない者の確保』

十兵衛「体よく言いやがって……これじゃまるで狩りじゃねぇか!」

ベアトリクスの顔が、脳裏に浮かぶ。

このまま放っておけば、彼女も無事では済まないかもしれない。

決断しなければならないのだ。

「暫し待たれるでござる!」

部屋の外から四郎の焦った声が聞こえる。
次いで、ノックもなく扉が開いた。

真宵「こんにちは、十兵衛」

十兵衛「何しに来やがった」

真宵「貴方が、この作戦を書いた紙切れに憤慨していると思って」

含み笑いが不気味だが、悪意が有るようにも思えない。

十兵衛「何か策はあるのか?」

真宵「貴方に、世界の上に立つ覚悟があるなら、ね」

十兵衛「何だと……? どういう事だ」

手を口元に当て、真宵は可愛らしく笑った。
それは小悪魔的なモノで。

448 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/28 22:13:08.06 lg6M80cAO 1009/1642

真宵「その計画の先発隊は、全て私の息が掛かった者たちよ。貴方が行くなら……私は何時だって彼らを止められるの」

十兵衛「……何が目的だ?」

真宵「物分かりが悪いのね。手を貸してあげるって言っているのよ」

甘く優しく耳に入ってくる言葉が、故にとても不安にさせるのだ。
仕方は無いだろう。

真宵「……なら、一つお願い。向こうの先発隊に接触したら、誰でもいいからその子に話しかけて」

十兵衛「……何の意味が?」

真宵「貴方が無事向こうに到着する事に意味があるのよ。貴方は――正義感が強いもの」

憐れむような視線。

真宵「私も、お父様たちのやり方は快く思っていない。それだけよ」

そして、子供の頃に見たような笑顔。

真宵「どうするの?」

十兵衛「…………四郎!」

四郎「はっ、お側に」

十兵衛「支度しろ、出るぞ」

四郎「――畏まって仕る!」

二人は勇み足で部屋を出ていった。
後に残されたのは、真宵ただ一人。
彼女は端末を懐から取り出した。

真宵「行ったわ。そちらに着いたら私に報告するように、全員に伝達を頼むわ……じゃあね」

449 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/28 22:14:09.50 lg6M80cAO 1010/1642

通信を切り、部屋を出る。
部屋の外には、彼女の部下と思わしき者たちが大勢いた。

付き人「お嬢様」

真宵「貴女たちの忠誠に心から感謝するわ。愛してるわよ」

付き人「いえ……勿体無いお言葉です」

皆、彼女に従っている。

が、真宵にも分かっていた。
コイツらは力有る者に着いていくだけなのだ、と。

分かり易くて良い。

真宵「さぁ、合図がくるまで休みなさい。じき、忙しくなるのだから」

小悪魔から、悪魔へと。

450 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/28 22:15:54.33 lg6M80cAO 1011/1642

――――粉々に砕け散る魔女の結界

ベアト「はぁっ――はぁっ――!」

ほむら「さすが……とは言いたくないのだけれど」

息も荒く、傷付きながらも、ベアトリクスは何度も魔女を倒していた。

元々人間だったという事は、暫し忘れて――容赦無く。

疲労からへたりこむ彼女の脇に、懐かしい顔が降り立った。

「――アンタ、だったの」

ベアト「茜……どうしたんだい?魔女はもういないよ」

「っ」

機械的な声色に、怖気すら感じる。
目に光は無く、だと言うのに表情は以前のままなのだから。

「……最近やたらめったらに魔女を狩る魔法少女がいると聞いてはいたけど、まさかベアトとはね」

ベアト「必要なんだ」

「そりゃ皆おんなじだよ。だから困るんだ、ただでさえ皆いっぱいいっぱいなのに」

ベアト「キミは、奪いにきたの?」

ベアトリクスの周囲に歯車が浮かび上がり、噛み合う――

ほむら「バッ――止めなさい!?」

「……やる気か? アンタに直接的な戦闘能力は――」

肉が裂ける音、追って衝撃。

黒い波動が茜の腹部を切り裂いた。

451 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/28 22:16:39.04 lg6M80cAO 1012/1642

「――っ」

ベアトリクスは歯車の作る、空中に浮かんだ舞台に立っていた。

『下を向いて』

ベアト「あは、あははは」

「――――っ!?」

正気じゃない。
あの優しい彼女を、茜は知っていたから――今の彼女が、ネジを外した歯車だと理解出来た。

茜が細身の剣を構える。
適当にあしらって、頭を冷やさせなければ話にすらならない――

炎が波打って覆い被さってきた。

「――このっ!」

大きく距離を取って、それを回避する。
明らかに、そこらの魔法少女より火力があった。

服が僅かに焦げる。

逆さまのまま、彼女はゆっくりと歩いてきた。
彼女だけ違う世界を歩いているような錯覚すら覚える。

「寄るな!」

茜が空を切り裂き、真空波を巻き起こした。

ベアト「ヴァルプルギス・ナハト」

それも、ベアトリクスに当たらず霧散する。
誰も彼女を止める事が出来ない。

出来るとするならば、彼女の妹くらいだろうか。
彼女の傷付ける対象では無いから、ではあるが。

「……くそっ!」

茜が地面に剣を突き刺すと、そこが爆ぜて――辺りは土煙で見えなくなった。

452 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/28 22:17:19.36 lg6M80cAO 1013/1642

ベアト「…………いない」

それに紛れて、茜は居なくなっていた。

ベアト「帰らなきゃ」

彼女はグリーフシードを懐にしまって、まるで何も無かったかのように帰途に着く。

ソウルジェムに、大した濁りは無かった。

468 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/31 17:37:29.14 cnSsdYVAO 1014/1642

――――大切な、街。市街地。ジェム狩りの時間に。

十兵衛「――ふう、まだ大丈夫みたいだな」スタッ

四郎「十兵衛殿、まずは言伝てを済まさねば」

十兵衛「そうだな――」

「十兵衛様ですね?」スッ

四郎「何奴!」バッ

十兵衛「……アンタか?」

付き人「えぇ。まさか本当に来られるとは……父君様に反旗を翻すようなものなのですよ?」

十兵衛「……それでも、やっちゃいけねぇ事がある」

付き人「……成る程、覚悟はとうに済んでいると」

付き人「でしたら、私たちは何も致しませぬ。ですが、一つ条件が」ピッ

十兵衛「なんだ?」

付き人「いくらお嬢様の命令でしても、我々は上に逆らう訳にはいきませんから……」

付き人「我々は全て十兵衛様にやられた、ということにして頂けるなら」

十兵衛「……ふむ、確かにそうだな」

付き人「と言う訳で、どうぞ」バッ

十兵衛「……?」

付き人「さぁこい反逆者め!実は私は触られただけで気絶するし、それが回りに伝達して連鎖気絶するぞぉー!」ゾー!

十兵衛「……ノリが良くて結構」ククッ

ペタッ

付き人「や、やーらーれーたー……ガクリ」パタリ

四郎「ひ、酷い茶番でごさる……」ウワァ

469 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/31 17:38:16.55 cnSsdYVAO 1015/1642

十兵衛「いや、俺は良かったと思うぜ。張った気が適度に緩んだからな」

十兵衛「サンキュ、通るぜ」

付き人「…………」グッ

十兵衛「役者だねぇ。じゃあな」バッ

四郎「ま、待って下されー!」ダッ

ムクリ

付き人「……さて、済ますか」ピピッ

付き人「お嬢様、行きました。警戒心もありません――」

470 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/31 17:38:42.63 cnSsdYVAO 1016/1642

――――真宵、官僚の膝元

真宵「そう、それは良かったわ。じゃあ手筈通りに……ね」ピッ

真宵「さて……こっちも始めないとね。ねぇ?」

護衛「えぇ。準備、全て滞りなく整っております」

真宵「なら始めましょうか――」ニタァ

471 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/31 17:39:32.80 cnSsdYVAO 1017/1642

――――真宵の父親のオフィス。

ノックの音が静かな部屋に響く。
真宵の父親は、今は一人だった。

真宵父「入れ」

真宵「失礼するわ、お父様」

真宵の父親は目を丸くした。
娘がここに来る事なぞついぞ無いからだ。

真宵父「どうしたのだ?緊急の用事か?……真宵には特に大した案件も出していないが……」

真宵「お父様」

冷えた声。
父親を、そう扱っていないソレだった。

真宵「私、欲しい物があるの」

真宵父「……なんだ?言ってみなさい」

異様さに気付けない無能な父親を見て、彼女は微笑む。



真宵「お父様の、ソウルジェム」



真宵父「――ハッハッハ、面白い冗談を言うのだな。心配しなくても良い。今、ジェム狩りを行なっている所だからな」

下卑た笑いが酷く醜くて――もう要らない。

真宵「――お父様」

四回目の『お父様』を合図に、部屋の扉が蹴破られた。
真宵の護衛たちが雪崩れ込む。

真宵父「なっ、無礼だぞ貴様――っ」

真宵「お父様、まだお分かりになられないのかしら?」

そうやって突き付けたのは魔法の拳銃。
事ここに至って漸く合点がいったようだ。

472 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/31 17:40:23.37 cnSsdYVAO 1018/1642

真宵父「こ、こんなバカげた事を……や、止めなさい真宵。いい子だから――」

真宵「私は、貴方たちが好き勝手にやってる世界を欲しいのよ」

真宵「そして貴方たちは要らない。だから殺す。ジェムは使う。それだけよ」

明確な恐怖を、その間抜け面に刻んでやった。

だと言うのにまだ減らず口が開く。

真宵父「こ、こんな事をして、十兵衛君が黙っている訳が――」

真宵「十兵衛は今、遠くにいるわ」

一歩一歩、歩みを進めた。

真宵父「止めろ……止めてくれ……」

真宵「さよなら、お父様」










真宵「さて、じゃあ皆作戦を遂行してちょうだい」

真宵「狩るなら……狩られる覚悟もあるはずだし、ね」

473 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/31 17:42:27.43 cnSsdYVAO 1019/1642

――――十兵衛

十兵衛「よし、とりあえずベアトリクスの家に……心配だしな――」

「待ちなよ」

四郎「――、茜殿?」クルッ

十兵衛「お前か……どうした?」

「余所者が入ってきたって話が流れたから、釘を刺しに来たんだけど……アンタ、今まで何やってたの?」ズイッ

十兵衛「何、って言われてもな……あんまり言える事じゃねぇんだ」

「ふぅん。ま、いっか」クルッ

「…………」

「……ベアトの様子が変だ」

十兵衛「――っ、どういう意味だ?」

「グリーフシードを集めているみたいなんだけど……見境が無いって言うか、とにかく好戦的になってる」

四郎「まさか。ベアト殿はその様な事を仕出かすとは思えないでござる」

「事実だよ。早くしないと――ヤバいかもね」

474 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/10/31 17:43:32.82 cnSsdYVAO 1020/1642

――――意味を無くす『帰る場所』

ベアト「ただいま。ハンネ、いるかい?」

玄関に辿り着いて、声を出す。
と同時に、彼女の身体は重力に負けた。

ベアト「あれ――?」

無理が祟ったのだろう。
全身が酷い脱力に襲われ、起き上がる事すらままならない。

ほむら「何故私は手を差し出せないの……」

ほむらはただ見ているだけしか出来ない。
ソレがこの世界のルールだから。

その時、この場所が姿を変えた。

極彩色の空間がベアトリクスを包む。

ベアト「――魔女」

ベアトリクスは魔女の反応を感じて、幽鬼のように起き上がった。

だが、肝心の魔女の姿は無い。
ベアトリクスは不審に思いながらも、結界の深くへと潜っていった。

ソレは、どこか懐かしい感覚を伴っている。

例えば、朝、家族に言われて――寝坊した妹を起こしに行くような、そんな感覚に似ていた。

ほむら「冗談じゃないわよ!!これ以上、この子に追い討ちをかけないでよ……」

ベアト「行かなきゃ――」

引き留めたい。
行ってはならない。

きっと今度こそ本当に壊れてしまう。



――彼女を支えるモノが、今は何もないのだから。

489 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/02 00:44:58.05 No2Ue+UAO 1021/1642

――――優しくて懐かしい結界の中。

ベアト「ハンネ……ハンネ……?」

結界の中をさ迷い、妹の姿を探す。
一刻も早く見つけなければ、魔女にヤられてしまうかもしれないから。

ベアトリクスの懐には、溜め込んだグリーフシードが沢山あった。
これだけあれば、暫く困る事は無い。



だと言うのに――



ベアト「――こっち?」

振り向けば、其処にはドアがあった。
ドアには写真が一枚張ってある。

『クヴァンツ一家が一緒に仲良く写った』写真だった。

彼女は静かにその扉を開ける。
中に、椅子に座っているハンネを見つける事が出来た。

ベアト「ハンネ……良かった」

一先ず無事だった事に安堵し、ベアトリクスは妹に近寄る。

ハンネ=ローレ・クヴァンツの目に、光は無かった。



ハンネ「お姉ちゃん」

ベアト「なんだい?」

ハンネ「お父さんとお母さんは何処へ行ってしまったの?」

ベアト「何だ、そんな事かい? 二人は大人だから、皆と魔女対策を――そんな事はいいから、グリーフシードを使うよ」

グリーフシードをハンネのソウルジェムに当てるが、一向に浄化される気配が無い。

490 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/02 00:45:54.38 No2Ue+UAO 1022/1642

ベアト「――ハンネ?」

ハンネ「嘘つき」

ハンネ「もうお父さんもお母さんもいないんだ」

ベアト「そんな事は――」

ハンネ「じゃあ」

ハンネ「お姉ちゃんが今持っているのは何?」

ベアト「これ、は――」

ベアトリクスが持っているのは、母親。

ハンネ「お母さん、お父さん、怖いよ、みんな居なくなっちゃう――」

ベアト「――まだボクが居る! しっかりするんだ、ハンネ!」

ベアトリクスは半狂乱になって、グリーフシードでハンネを浄化しようとする。

する、が。

ベアト「――濁る方が、早い?」

ハンネ「やだ、怖い、助けて、寂しい――」

ハンネが遠く離れていく。
慌てて追いかけて、走って、何故か追い付けない。

ベアト「待って、待ってくれ――」

ハンネ「みんなと一緒が良かったのに――」

ハンネは、姉を置いて――両親の元へと向かった。

そして産む。
彼女のソウルジェムが、魔女を。

ベアト「そん、な」

交わした約束は、砕けて散った。

そして、彼女の心さえも。

491 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/02 00:46:21.47 No2Ue+UAO 1023/1642

――――『魔女』の結界の外、十兵衛。

十兵衛「――どういう事だ」

十兵衛が見たのは、魔女の結界に飲み込まれた家屋。

ベアトリクスの家が、呑み込まれていた。

十兵衛「――ふざけんじゃねぇぞ……四郎!!」

四郎「お供致す!!」

二人は結界を叩き切って、その中に乱暴に侵入した。

其処が誰の心の中かとも分からずに。

492 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/02 00:47:18.73 No2Ue+UAO 1024/1642

――――無邪気な子供の結界。

四郎「使い魔は見当たらないでござるな……」

十兵衛「油断すんなよ。何があるか分からねぇからな」

静かな結界の通路を、二人は慎重に進んでいた。
不気味な程に、何も起こらない。
友好的だとすら感じる程に。

十兵衛が辺りを見回す。
このフロアには、辺り一面にテレビがあった。

映っているのは、人形。
家族に囲まれ、幸せそうに笑う人形。



刻まれた人形。

焼け焦げた人形。

逆さまの人形。

そして――バラバラの人形。



十兵衛の胃が、何か冷たいモノを飲んだかのような錯覚を起こす。

嫌な予感を振り払うように、頭を乱暴に掻いた。



その時、空から扉が落ちてきた。
ソレは大きな音を立てて着地する。

四郎「うわっ――襖……でござるか?」

十兵衛「待て……何か書いてあるぞ……?」



『Hilfe』



十兵衛「――行くぞ!」

即座にその扉を開いた。

中には魔女と、ベアトリクスが。

493 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/02 00:48:16.63 No2Ue+UAO 1025/1642

魔女は殊更不気味だった。
一つのマネキンの身体から、四つの頭と八つの腕が出ている。

その魔女を、愛おしそうに撫でているベアトリクス。

十兵衛「――っ」

本当に優しい微笑みを、ソレに向けていて――十兵衛は真に理解する。

アレは――――

十兵衛「ベアトリクス!!」

魔女からベアトリクスを引き剥がす。
不思議と魔女自身は抵抗しなかった。

ベアト「あれ、十兵衛じゃあないか。どうしたんだい?」

十兵衛「どうしたって……お前――っ」

ベアトリクスの顔を見て、気付く。
微笑んでいるけれど、微笑んでいない。

彼女が自分に笑いかける。
そんなささやかな願いも、きっともう叶わないのだ。



ほむら「感情と言うものが、始めから無ければ――悲しむ事も、苦しむ事も無かった……」

ほむら「そんなの、間違ってるのに――」



四郎「――十兵衛殿!」

十兵衛「――なに?」

四郎が異常を感じて呼び掛ける。
魔女が自らを食い千切り、絶命しようとしていた。



十兵衛「――そう、なのか」

あのメッセージの対象は、決して『私を』では無かったのだ。

本当に伝えたかったのは、『姉を』――――

494 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/02 00:49:36.52 No2Ue+UAO 1026/1642

結界が自然に任せるまま崩れていく。

十兵衛「――確かに!! ベアトリクス・クヴァンツ!! お引き受け致す!!」

十兵衛「達者で……!」

ベアト「何処かに行くのかい、十兵衛?」

無邪気な瞳を向けてくる、大事な人を抱き抱えた。

崩れゆく結界から、逃げるように駆け出す。




ベアト「ボクがいなくても、みんな大丈夫かな?」

ベアト「晩御飯はお母さんが作るから……お父さんは今日遅いんだっけ? ハンネはちゃんと宿題をやっているのかな……」

ベアト「十兵衛、どうして泣いているんだい? 何か悲しい事でもあったのかな……?」



私は、こんなにも弱い。

501 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/03 09:20:47.95 RibWytyAO 1027/1642

――――ベアトリクスを連れての帰還。官邸、十兵衛

ベアト「ここは何処なんだい、十兵衛?」

十兵衛「ここは……俺の仕事場みたいなとこだ」

ほむら「大きな建物ね……国会の様な造りを見るに、その類いかしら」

ベアトリクスをその腕に抱いたまま、十兵衛は正面玄関へと歩いていった。
四郎が先に扉を開いて――絶句する。

四郎「――これは如何様な事でござるか!?」

十兵衛「おいおいおいおい……洒落になんねぇぞ……?」

ベアト「きゃっ……」

ホールは、血だらけだった。

パシャン、と水音が右からして、四郎と十兵衛は咄嗟に振り返る。
見知った女が、余計に紅い絨毯を歩いてきていた。

真宵「あら、思ったより早かったのね。まだ掃除が済んでいないのよ、ごめんなさいね」

含んで笑いながら、彼女はやれやれと言った感じで回りを見る。

十兵衛「一体何があったんだ……?みんなは無事なのか?」

真宵「あ、そうね」

何か思い出した様に、真宵は自分のポケットに手を突っ込んだ。

手に取った何かを十兵衛に投げて寄越す。

十兵衛はベアトリクスを下ろしながら、空いた手でソレを取った。



ソウルジェム。

502 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/03 09:21:14.37 RibWytyAO 1028/1642

十兵衛「おい、これは――」

真宵「貴方のお父様よ」

あっさりと言い放った。

四郎「――まさかこの惨状は!」

真宵「そう。私が手引きしたわ」

両手を大きく広げ、心底得意気に喋っている。

十兵衛は堪らずその女に掴みかかった。

十兵衛「テメエ……何やったか分かってんのか……?」

だが、真宵は目を反らさず、彼女を真っ直ぐに見ていた。

真宵「貴方こそ分かっていないんじゃない? 上の連中を排除しなければ、何も解決しないっていうのに」

十兵衛「だからって、殺す事は無いだろうが…………俺の、親父なんだぞ!!?」

だんだんと脳が理解するに連れて、精神が動揺していく。

真宵「貴方だけではないわ」

真宵は別のソウルジェムを取り出した。

真宵「私の、お父様よ」

十兵衛「――――っ」

手を離してしまう。

503 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/03 09:22:10.54 RibWytyAO 1029/1642

真宵「……私はね、世界全てが私の思い通りにならないと我慢ならないのよ」

真宵「誰が好き好んで望まない結果を受け取ると言うの?」

真宵「だから私好みに書き換えるの、世界を」



ほむら「――――この子」



真宵「他の全てなんて知らない。意味も無い」

真宵「私の都合の良い奴だけ生きていればいい」

四郎「――その様なつまらぬ事で、皆を弑したと申すのか!」

四郎が怒りの余り掴み掛かって――襟を取られて投げ飛ばされた。

四郎「うぁっ――!?」

真宵「つまらなくなんかないわ。寧ろ私は自分に正直に生きているもの」

真宵「唯一、私の上を行っていいのは――十兵衛、貴方だけよ」

真宵「私は言ったわよ。覚悟があるかどうか、ね」

十兵衛「おれ、は……」

真宵「恨むなら、甘く物事を見ていた自分を恨むのね。『最強』」

真宵は踵を返して、待機していた部下たちに向き直る。

真宵「ここの掃除お願いね。私は少し眠るわ」

足音が離れていって、四郎と十兵衛は取り残されてしまった。

十兵衛に、一人の従者が近付く。



付き人「ね、案外役者でしょう?」

504 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/03 09:23:07.15 RibWytyAO 1030/1642

――――ベアトリクスと十兵衛と四郎。私室

十兵衛「…………」ゴロン

四郎「……隣、よろしいでござるか?」

十兵衛「あぁ。広さだけは自慢のベッドだ」

四郎「では、失礼仕る」コロン

ベアト「なんだい、新しい遊びかい? ボクもお邪魔するよ」ポフッ

十兵衛「…………」ボーッ

四郎「…………」フー……

ベアト「…………」ウツラウツラ

十兵衛「現実味がねぇな……」

四郎「確かに拙者らは、お父上殿とは意見を違えていたでござるが……この様な結末は望んでいなかったでござるよ」

505 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/03 09:23:54.70 RibWytyAO 1031/1642

十兵衛「……親父が、死んだのか」

四郎「殺されたのでござるよ、他ならぬ真宵殿に」

ベアト「……十兵衛、お父さんがお亡くなりになったのかい?」

十兵衛「……あぁ、そうだよ」

ベアト「辛いだろうに……ボクで良かったら力になるよ。だから、悲しまないで」ナデナデ

四郎「……ベアト殿」

十兵衛「……あぁ、済まねぇ。ありがとう……ありがとうな、ベアトリクス」ニコ……

どっちにせよ、俺は選び取らなければいけなかったのだ。

だが俺は、安っぽい正義感に駆られて宙ぶらりんだった。

真宵は、俺のぶら下がる糸を切っただけなのだろう。

俺のやりたい事は何だった。

彼女を守る事じゃあないか。

なら、それ以外は切り捨てる。
そういう覚悟を、真宵は聞いたんだ。

やってやるさ。
何があっても、コイツを傷付けさせたりはしない。
俺が生きている限り、必ず――

506 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/03 09:25:36.22 RibWytyAO 1032/1642

――――ほむら

ほむら「資料が多い……さすがと言った所ね」ペラッ

ほむら「……ん? 出生率の低下……?」

ほむら「成る程……繁殖力が弱まっていた。それを打開する為でもあったのね、魔法少女システムは」

ほむら「確かに、永遠の命と言えば聞こえは良いし……だから」ペラッ

ほむら「こんなプランも立てられる……上流階級の選ばれた人間だけを生存させる、なんてね」

ほむら「これは反旗を翻されても仕方ないわよ……それだけでは無いと思うけれど」

ガチャッ

ほむら「あら、奇遇」

真宵「ふぅ……疲れたわ」トサッ

ほむら「……」ジッ

ほむら「(……外見までそれなりに似ているから、何だか変な気分ね)」

真宵「……フフッ」

真宵「遂に二人が手元に来たわ……とてもイイ」クスッ

ほむら「二人……?」

513 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 08:58:50.17 gG47jIVAO 1033/1642

――――翌朝、会議室

真宵「どう、気分は?」スワッテ

十兵衛「最悪だ。最高にな」ストッ

真宵「それは上々。で、これから貴方はどうするの?」クス

十兵衛「……正直、思いつかない」

真宵「あら、意外」ヘェ

真宵「貴方を縛る物はもう何も無いし、貴方を縛る者ももう何処にも居ないの」

真宵「貴方の好きな事を、やりたいようにやればいい」

十兵衛「俺の……やりたい事」

真宵「そう。貴方なら、世界全てを支配する事だって可能……」フフッ

十兵衛「何をバカな事を」ハァ?

真宵「事実よ。もう事態はそこまで進んでいるのだから……これを見て」パサッ

十兵衛「――まさか」

真宵「嘘みたいな真実よ。この国の人口は、既にシステム前と比べて3分の1を切っているわ」フゥ

十兵衛「そんな……こんなに早いのかよ……」

真宵「正直貴方の所為だと思うわ」

十兵衛「っ」

514 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 08:59:25.15 gG47jIVAO 1034/1642

真宵「貴方は全世界に向けて真実を伝えた」

真宵「それが結果的に、弱者の駆逐に繋がったのよ」

真宵「貴方は、貴方のお父様と何ら変わらない」

十兵衛「止めろ……止めてくれ……」

真宵「でも、それを悪いとは言わないわ。その数多の犠牲の上に、私たちは今成り立っているのだから」

真宵「貴方が生き残った理由は至極簡単」クイッ

真宵「私の、お気に入りだからよ」フフッ

515 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 09:01:21.13 gG47jIVAO 1035/1642

十兵衛「……心にも無い事を。私を仕留める自信が無いからだろうが」バシッ

真宵「仕留めるなんて、まさかまさか」アハハッ

真宵「貴方を射止めなければならないのに、何故始末しなければならないのよ」クスクス

十兵衛「……邪魔したな。俺は出る」スクッ

真宵「何をするか決まったのかしら?」

十兵衛「――まずは手の届く場所からだ」ザッ

十兵衛「この辺りの魔法少女を守る。魔女は俺が倒し、魔法を余り使わない様に呼び掛けるんだ」

十兵衛「それで少なくとも寿命は伸びる。後は産めや増やせや……」

十兵衛「世代を総とっかえするしかあるまい。だろ?」

真宵「ま、一理はあるわね。だけど、それまで私たちは滅びずに持つのかしら?」

十兵衛「そこを何とかするのが俺だ。ま、やってみるさ」

真宵「そ。なら貴方はそうして。私は外交で忙しいから」

十兵衛「外交?……何を進めているんだ?」

真宵「これから先、私たちが比較的犠牲を少なく生き残るか。その検討をね」

真宵「貴方は下を、私は上を見る。それだけよ」フッ

十兵衛「……じゃ、せいぜい小石掃除でもしておくわ」ガチャッ

バタンッ

真宵「……さて、と」

516 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 09:04:35.80 gG47jIVAO 1036/1642

――――官邸、入り口。

ベアト「帰るのかい?」

十兵衛「あぁ。向こうの方が、お前も良いだろう?」ナデリ

ベアト「うん、確かにそうだね」ニパッ

四郎「十兵衛殿……」

十兵衛「無理に着いてこなくても構わないんだぞ? 俺一人でも余裕だからな」ハハッ

四郎「いえ、この身は常に十兵衛殿のお側に」

十兵衛「……サンキュー。信頼してるぜ、四郎」ニッ

四郎「誠に有り難きお言葉」ニコリ



「おい」

ベアト「ん、茜じゃあないか。どうしてこんな場所に?」キョトン

十兵衛「……んな物々しい面子連れてきて、どういうつもりだ?」

ザワザワ……

「良く言う。私たちを家畜みたいに扱ってる癖によ」チャキッ

四郎「――如何様な意味合いでござるか?」

「お前らのプランは漏れてたって訳よ。言い訳は聞かない――」ギリッ

十兵衛「――ま、待てっ! その話は既に終わったんだ。話をさせてくれないか……この通りだ!」

「…………」

「……何かあったみたいね。聞かせてよ」スッ

十兵衛「助かる……実はな――」

517 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 09:06:18.73 gG47jIVAO 1037/1642

――――

「――って事は何? 上層部崩壊って訳なの?」フム

十兵衛「まぁ……有り体に言えばそうなるな」アァ

「……で、アタシらを? アンタが? 保護する?」ピッ

十兵衛「あぁ」コクッ

「ふざけるのも大概にしなよ」ヘッ

「これまで私らは上手くやってきたんだ」

「杏奈が残した物は沢山あって、それは今でも私達を守っている」

「はっきり言って、ありがた迷惑だ」

十兵衛「そうは言うが、このままじゃあどん詰まりだろう?」

「それは……まぁ、そうだけどさ」

十兵衛「……なら、こうだ。そちらさえ良ければ俺たちを手伝ってくれないか?」

「……利は?」

十兵衛「戦闘力だな、俺の。後は……配給の安定か」

「配給?」

十兵衛「お前らだって、魔女を安定して狩り続けられる訳じゃないだろう?」

十兵衛「死人は出るし、グリーフシードの容量が少ない時もある」

十兵衛「それを解消しようってんだ……簡単にいえば、会社みたいな物か」

十兵衛「俺たちで魔女を倒し、得たグリーフシードを分け合う」

十兵衛「……お前らだけじゃないだろ。グリーフシードを集めてるグループはさ」

518 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 09:09:01.27 gG47jIVAO 1038/1642

「……よく知ってるね」

十兵衛「まぁな。縄張り――グループの治める範囲があるんだろう?」

「……確かにそうだ。だけど、それがどうしたって言うんだ」

十兵衛「統合する。力を合わせて、出来るだけ現存の魔女を無傷で片付けていく」

十兵衛「これ以上魔女を増やさない為にも、絶望の種は取り除かなきゃならない」

「だからって……グリーフシードを自由に取れないんじゃ、誰も着いてこないって」

十兵衛「ソレがそもそも間違ってる。グリーフシードを狩るって事は、かつて人だった者が……死んだって事だろう」

十兵衛「もう誰も、死んではならない……」

「……理想論じゃん。無理さ、魔法を使えばソウルジェムが濁る」

十兵衛「それは、魔女を倒す以外で使わなければ良い話だろ?」

「便利さを覚えた奴らが、そう簡単にソレを手放せるって言うの……甘くない?」

十兵衛「出来る出来ないじゃあない。やらなきゃ、俺たちは終わりなんだよ」

十兵衛「――それを分からなきゃならないんだ」

「……こっちもそれなりに大所帯だ。意見を纏めさせてよ」

十兵衛「あぁ、頼むよ」

519 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 09:09:56.91 gG47jIVAO 1039/1642

――――暫しの時間

四郎「……しかし、散見するに些か厳しいのではないでござるか?」ウムム

十兵衛「ま、確かにそうだな。でも俺たちに出来る事なんて実は知れてる」

十兵衛「絶望の替わりに希望を受け渡す事は出来ない……だが、束の間の休息を与える事は出来る」

十兵衛「プラスにはならない……がマイナスよりはゼロだ。見てな――人は案外生きたがりなんだ」


「――なんだって?」

「いや……やっぱり、安全に戦えるなら……」

「そ、そうですよ……協力して魔女を倒せば消耗も少なくなるし……」

「私らが一緒なのも、そうじゃないですか」

「正直……魔女狩りが楽になれば、魔力の消費も抑えられるし」

「無駄な抗争が減るなら……確かにあの人なら、逆らうバカも居なさそうだし……」

「あぁん? アタシじゃ役者不足ですってか?」

「そういう訳では……だけど、確実にネームバリューの差はあるじゃないですか」

「逆に考えるんですよ……私たちはついている」

「強力な後ろ楯を得られる……それも他に先んじて」

520 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 09:10:51.59 gG47jIVAO 1040/1642

「……アイツを利用するのかい? だけど、骨が折れるくらいじゃ済まないよ」

「いえ、存外単純だと思いますよ。向こうは私たちに危害を加える気は無いようですし……」

「……アイツは嫌いなんだけどな」チッ

「それだけではやっていけない。分かっているでしょう」

「――あぁクソ、仕方ないな。チクショウめ」ポリポリ

521 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/08 09:11:56.84 gG47jIVAO 1041/1642

――――

十兵衛「纏まったみたいだな。で、どうする?」

「気に食わないが……ウチらはアンタに協力しよう」

十兵衛「それは助かる。事は早い方が良い……行くとするか。なぁ、ベアトリクス」

ベアト「ようやく終わったようだね。全く、すっかり待たされてしまったよ」プクー

十兵衛「わりぃわりぃ……じゃ、行くかね皆の衆」ホラ

ゾロゾロ……

「…………」

「(強い奴にしがみつく、か。現金な奴らだよ、全くね)」

「(杏奈も、こうやって人を信じなくなっていったのかな)」

「(相手の全部が薄っぺらに見えて)」

「(……魔女、か。私らは、実は最初っからソレだったんじゃないのかな)」ハハッ

「寂しいなぁ、杏奈……」

526 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:35:46.58 JqMyby0AO 1042/1642

――――ベアトリクス宅、静かな家

ベアト「ただいまー」

十兵衛「本当に、帰るのか?」

ベアト「? 当たり前じゃないか。可笑しな事を言うんだね、十兵衛は」クスッ

バタン

ベアト「久しぶりの我が家だよ」フゥ

十兵衛「……静かだな」

ベアト「そうだね――」



「みんなりょこうにいっているからね」



十兵衛「っ」ビクッ

ベアト「……?」

ベアト「ふふっ」ニコッ

527 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:36:39.46 JqMyby0AO 1043/1642

――――十兵衛、思案。

十兵衛「(ここに一人でベアトリクスを置いておくのは流石に心配だ)」

十兵衛「(幸い、家具なんかはそのままだが……)ん?」ヒョイッ

十兵衛「……あの魔女のグリーフシードか」

十兵衛「(あの魔女は、きっとベアトリクスの家族の誰かだろう……でなければ、説明が付かない)」

十兵衛「だとしたら、他の家族は……? 俺が少しここを離れている間に何があった?」

ほむら「……それを知る事は、きっともう誰にも許されないのかもしれないわ」

ほむら「或いは、彼女の心を癒せれば……そうね、全て貴方しだいよ」ハァ



十兵衛「っ」ピクッ

十兵衛「誰かいるのか?」クルッ

528 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:37:51.45 JqMyby0AO 1044/1642

ほむら「――!?」ガタッ



ベアト「ボクだよ」ヒョコッ

ベアト「……何か悩んでいるようだけれど、人の家だからって遠慮しているのなら、ソレは必要ないよ?」

十兵衛「いや、そういう訳じゃないんだが……ありがとうな」ニッ

ベアト「礼を言われる程では無いよ。夕食を作ったから、食べていくといい」ニコリ

十兵衛「あぁ……分かった」

十兵衛「(人の脳みそってのは随分合理的に出来てるよな……思い出したく無い現実、忘れ去りたい過去……そういうのを無かった事に出来る)」

十兵衛「(だがそれじゃ、いけないんだ……辛い現実とも向き合って生きなければ、いずれ思い出した時に絶望してしまう)」

十兵衛「(だからと言って、俺は彼女に辛い現実を突き付けるのか……?)」

十兵衛「……今は、ゆっくりでいい、か」

ベアト「十兵衛ー?」

十兵衛「あぁ、今行く」スック

十兵衛「(ベアトリクスの心の支えにならなければ……アイツは優しいから)」

ほむら「……上手くいくのかしら。どちらにせよ、私は見ている事しか出来ないのだけれど……」

529 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:39:31.36 JqMyby0AO 1045/1642

――――魔女、殲滅。十兵衛、茜

十兵衛「さて、一丁上がりだな」シャキンッ

「そうか……よし、よし、上がっていいよ」ピッ

「他のグループも今日のノルマはこなしたみたい」パタン

十兵衛「ふむ……四郎の管轄も終わったようだ。まともにメールを打てるようになったのは成長だな……他のグループにも連絡を――」ピピッ

「……大したもんだよね、アンタさ」ハァ

十兵衛「何がだ?」ピッピッ

「この辺りのグループをあっという間に纏め上げちゃって……一体何をすれば、こう人が着いてくるのよ?」

十兵衛「こう見えて求心力には自信が合ってな。自分で言うのもなんだが、最強だしなぁ」ピピッ

十兵衛「……俺も聞きたい事があるんだ」ピッ――

クルッ

十兵衛「ジェム狩りの情報、何処から手に入れた?」ジッ

「……私も連れに聞いただけだから、はっきりとは分からない。だけど、顔を隠した怪しい奴だったって」

十兵衛「そんな奴を信じたのか?」

「街に物見を走らせたら、たくさん居たよ、偉そうな奴らがさ」

十兵衛「真宵の部下か……成る程な――待てよ?」ハッ

十兵衛「まさかあの野郎……っ」ピピピッ

530 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:41:16.96 JqMyby0AO 1046/1642

プルル――ピッ

真宵『あら十兵衛。貴方から電話なんて、どうしたのかしら?』クスクス

十兵衛「てんめぇ……差し金はお前か!」

真宵『……ようやく気付いた、のかしら?』

十兵衛「『狩り』の情報を漏らしたのはお前だな?」

真宵『正解。花丸をあげるわ、十兵衛』フフッ

十兵衛「いらねぇよ。生憎成績に興味は無いものでね」ケッ

真宵『あら、感謝してもらいたいくらいなのだけれど。何をするにしたって、兵隊は必要でしょう?』

真宵『折角貴方好みのを用意してあげたのに、連れないのね』クスッ

十兵衛「それは!……確かに、そうだが……くそっ」ガシガシ

十兵衛「――まぁいい。話は変わるが、そっちはどうだ?」

真宵『米、露、英、独……諸々の大国と連絡を取り合っているわ』

十兵衛「どうなんだ……?」

真宵『既に滅んだ国も幾つかあるそうよ』ヤレヤレ

十兵衛「――確かか」

真宵『えぇ、西欧内陸なんかは魔女の巣窟らしいわ。南米などの南半球の国は治安が極端に悪化しているそうだし……』

十兵衛「こんな時に……なんで」

真宵『弱者の集まりだから、よ』

十兵衛「……これからは?」

531 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:43:41.11 JqMyby0AO 1047/1642

真宵『生き残った国で連合を組む予定よ』

真宵『各国の技術や情報を総動員して当たらなければ、この問題は解決出来ないと思うし、でしょう?』

十兵衛「……相変わらず舌を巻くぜ」

真宵『このぐらいこなしてこそ、淑女足り得るのよ』クスッ

真宵『話はそれだけかしら?』

十兵衛「……あぁ、それだけだ」

真宵『忘れないで。貴方は何でも出来る訳ではないのだから』フフッ

十兵衛「……お気遣いどーも」ピッ

十兵衛「……くそっ」チッ

「アンタにも苦手な相手がいるんだね。気になるわ」ヘラヘラ

十兵衛「……はぁ、まぁ、そうだなぁ」グッタリ

十兵衛「……なぁ」

「何よ?」

十兵衛「話しておきたい事があるんだ――ちょっと良いか?」

532 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:45:11.67 JqMyby0AO 1048/1642

――――

「ベアト、ねぇ。前も言ったけど、魔女を狩りまくってたよ。それしか私は知らないね」

十兵衛「……ベアトリクスは今、空っぽだ。何にも覚えていないような感じさえする」

「……だから?」

十兵衛「お前も、アイツの力になってやってくれないか?」

「……いや、悪いけど遠慮するし」フリフリ

十兵衛「……何故だ?」

「そういう状況に陥ってる奴ってのは一人や二人じゃない。ベアトリクスが、特別に特別って訳じゃないでしょ」

「まだアンタが居るだけ恵まれてる……アンタは怖いんだ」ビシッ

十兵衛「――なんだって?」

「自分の何気ない行動がベアトを壊してしまうかもしれない、と言う恐怖を感じてるんじゃない?」

十兵衛「そんな、事は――」

「そう。なら、アンタはアンタのやりたい様に、好き勝手にやれよ。アタシは知らないね」クルッ

「もう用件はない?」

十兵衛「……あぁ。時間を取らせて済まなかった」

「全くね」タッ



十兵衛「――俺は、ベアトリクスと本当に向き合えるのか……?」

533 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:46:02.37 JqMyby0AO 1049/1642

――――ベアト宅

十兵衛「――と言う訳で、しばらく泊めてほしい」

ベアト「ふむ、確かに魔女狩りは大変だからね。構わないよ。十兵衛なら大歓迎さ」ニパッ

十兵衛「四郎はどうする?」

四郎「拙者は別のグループの方に寝床を借りたでござる。お二方でごゆるりと」

十兵衛「……いらん気ぃ回しやがって」カァ

四郎「はて、何の事やら。では、拙者此れにて失礼致す」



ベアト「二人っきりだね」ニコニコ

十兵衛「あぁ……そうだな」ナデリ

十兵衛「――そうだ。ベアト、星を見に行こうぜ」

ベアト「いいね。着いて行かせてもらうよ」

ほむら「…………」

534 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:46:49.93 JqMyby0AO 1050/1642

――――二人の丘、静かに輝く空。

ベアト「綺麗だね」

十兵衛「――――ん」

彼女の横顔が、凄く眩しかった。

十兵衛「――あぁ、とても、とても綺麗だ」

ベアト「大げさだね」

彼女は意図に気付かなかったようで、小さく笑っている。

十兵衛「そんな事ないさ」

ベアト「そうかな……?」

十兵衛「そうさ。間違いない」

ベアト「??」

キョトンとした顔も、庇護欲をそそる様なソレだった。

十兵衛「……空は嘘みたいに変わらないのに、何でこんな事になっちまったんだろう」

天に手をかざす。

十兵衛「天罰、なのかねぇ。だけど、神様ってのが居るなら……これは酷いだろうよ」

ベアト「……もしかしたら神様じゃなくて、宇宙人じゃないかい?」

彼女が、手を叩いた。
まるで名案を思いついたみたいに。

十兵衛「……何でだ?」

ベアト「キミも言ってたじゃないか。もしかしたら宇宙人がエネルギーを集めてるかも、って」

ベアト「宇宙人なら、ボクたちの事なんて歯牙にも掛けないさ」

ふっと、表情が見えなくなった。



ベアト「……じゃなきゃ、何でボクの家族は死んだんだか分からないんだ」

535 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:47:38.08 JqMyby0AO 1051/1642

十兵衛「――ベアト、お前」

ベアト「……ホントはね、分かってた」

彼女は夜空を見上げて、其処に見えないモノを見ようとして。

ベアト「悲しかった事を自分に都合よく忘れているだけだって」

ベアト「ううん、今だってそう。急にふっと思い出した」

ベアト「きっと、今はキミがいるから……心が耐えられるんだと思う」

一言、一言、告白していく。

ベアト「――キミまで居なくなったら、ボクは――」

そんな彼女を抱き締めたかった。
だからそうした。

十兵衛「……心配するなよ。なんたって俺は『最強』だからな」

ベアト「……はは、頼もしいね」

何を言うでもなく、見つめ合った二人は――

ベアト「――ん」

十兵衛「……ベアト」

親愛以上の意味を持つ、口付け。
酷い麻薬で、悲しい程に劇薬。

でも、二人にとっては最高の妙薬だった。

ベアト「――十兵衛、それ」

十兵衛「――うわ、これは……?」

十兵衛のソウルジェムが濁りを失い、月の光を反射して輝いていた。

536 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 00:49:18.96 JqMyby0AO 1052/1642

十兵衛「ソウルジェムが……浄化された?」

ベアト「……絶望が穢れになるのなら、その逆だってあるんじゃないかな」

十兵衛「まさか……そんな事があるとしたら――む」

ベアトリクスがもう一度、優しくキスをする

ベアト「――それは、奇跡。かい?」

十兵衛「……そうだな。でも、こんな奇跡なら……悪くないな」





ほむら「これ以上は野暮ね。私は星空でも見上げてましょう」

そして、澄んだ空を見上げる。
そういえば、こうやって星をじっくり見た経験なんて子供の頃にしかなかった。

ほむら「何だか懐かしいわね。星空は未来も今も余り変わらないから、不思議な気分」

戯れに、星空をなぞってみた。
オリオン座、おおぐま座、ふたご座。おうし座に……あの辺り適当に繋いでエリダヌス座。

ほむら「こんな何でもないと思っていた事でも、案外楽しいものね」

北極星があって、そこからこぐま座。月が明るい。近くにカシオペヤ座。それから――――

ほむら「――――っっ!!?」

空をなぞるほむらの手が止まった。
空を見て、愕然としているほむらは、心臓が破裂しかねない程に動揺している。



空は嘘みたいに変わらない。

――空は、嘘をつかないのだ。

548 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 23:39:49.44 JqMyby0AO 1053/1642

――――

日々は彼女たちを置いて過ぎ去っていく。
そんな中、彼女たちが惹かれ合うのに時間は掛からなかった。

ベアトリクスのひび割れた心の隙間を、十兵衛が埋めていく。

彼女にも、だんだんと自然な笑顔が戻ってきていた。

魔女を倒し、愛する人を守る。




そんな日々すら、長くは続かなかった。

549 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 23:40:39.03 JqMyby0AO 1054/1642

――――機械の街

十兵衛「……しかし、技術革新が間に合ったのは幸いだよな。食糧供給は問題無いから……」

十兵衛「このまま俺たちが絶滅しても、機械だけは動き続けるのか……ゾッとするぜ」ハァ

「アタシはアンタの方がよっぽどゾッとするよ」スタッ

十兵衛「茜か。何か用か?」

「魔力切れになりそうな奴が何人かいる。グリーフシードを分けてくれない?」

十兵衛「――またか。いい加減に節度を守ってほしいんだが」チッ

「無茶を言わないでよ。それから、アタシに言うな」

十兵衛「お前のところの魔法少女たち……もう少し何とかならないのか?」

「アタシがリーダーって訳じゃないし、アタシらはグリーフシードの為に群れてただけ。グリーフシードが無ければ、仲間意識も無くなるさ」

「リーダーは居たんだよ? ついこないだ、殺されちまったけれどね。誰かさんに、さ」ジッ

550 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 23:41:09.84 JqMyby0AO 1055/1642

十兵衛「…………それは」

「謝れとは言わないし、別に気にしろって訳でもない。でもアタシは一生忘れないだけ」

十兵衛「……グリーフシードは余り使いたくない。俺が行こう。ソウルジェムにはまだ余裕があるからな」

「それでアンタがグリーフシード使ってたら意味無いじゃん」

十兵衛「あー、それは、まぁ……気にすんな。俺は最強だからな」

「……? 変なの」

551 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 23:41:49.94 JqMyby0AO 1056/1642

――――

十兵衛「……弱ったな」

この辺りの魔女はあらかた狩り終わり、非戦闘員の保護も済んだ。
後は慎ましく皆が過ごしていくだけで良かったのだが――

十兵衛「一度得た『願い』を棄てきれない……か」

魔法の力を存分に扱える者たちだ。
その力を腐らせておくのが我慢出来ないのだろう。

働いた分のグリーフシードと釣り合わない、と不平を洩らす者もいた。
要するに飢えているのだ。
グリーフシードに。

十兵衛「弱ったな……」

最近は、こうして自分のソウルジェムを穢れさす事が多い。
それで誰かが助かるなら万々歳だが、不必要な事に命を削らされていると思うとやっていられなくなる。

552 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 23:42:40.01 JqMyby0AO 1057/1642

ベアト「十兵衛、迎えにきたよ」

思い人の声を聞き、疲れた顔を起こした。
彼女の顔がふっと曇る。

ベアト「今日も大変だったようだね」

十兵衛「……こんな事を日々頼むのは、心苦しいな」

ベアト「いいよ。ボクにくらいさ、甘えてよ」

そう言って、ベアトリクスと唇を重ねた。
目を閉じ、彼女を感じる。
ソウルジェムが癒えていく感覚が、酷く心地よい。

ベアト「んっ……ほら、元気になったね」

十兵衛「あぁ、サンキュ。帰るか?」

ベアト「うん。帰ろう、ボクたちの家に」

小さな手を握って、彼女の隣を歩いた。
心に暖かいモノが染みて広がっていく。



思うに希望とは、こういうささやかなモノじゃあないのかな。

553 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 23:45:00.67 JqMyby0AO 1058/1642

――――真宵。何処かの研究所、地下室。

真宵「ここは……?」

付き人「(……真宵様、こんな場所に着いてきて宜しかったので?)」ボソッ

真宵「問題ないわ。いざというときの為に、貴方を連れてきてんだもの」クスッ

付き人「……お任せ下さい」フッ



「こちらです」

真宵「……この、ガラスの向こうの人は何なの?」

「彼女は我々の希望です。ですが、その魂も擦り切れる寸前です」

真宵「御託は良い。さっさと事実だけ述べなさい」

「……彼女は浄化能力者です。『全ての人々に愛を』と願った結果、絶望の蓄積を打ち消す事が出来ます」

「『世界全て』を対象に願った事で、後天的に他人の因果を束ね、結果このような奇跡を起こしたのです」

「我々は彼女の魔法について研究しています」

真宵「ふうん。で、浄化方法は?」



「『愛』ですよ」



「だが、如何せん効率が悪い……今、改善案を練っている所です」

「ちょうど良い。グループBが始める時間ですし、どうぞご覧になっていって下さい」



少女「――――ァ」



付き人「――な、何を!?」ガタンッ

真宵「ふうん、『愛』ってこういう事ね」

554 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 23:45:59.95 JqMyby0AO 1059/1642

「そうです。我々が発見した画期的な抜け道です。これを我々の手で生産出来た暁には、人類に暖かな未来が――」

真宵「もう良いわ。分かったから」



真宵「どう思う?」

付き人「……正直、現実味が」

真宵「そうね。私もそうよ」



真宵「ああも精液にまみれなければ、世界は救われないなんてね」

付き人「獣みたいで、正直胸糞が悪いです」チッ

真宵「こら、口も悪いわよ。でも、確かに滑稽ね」

真宵「だけど、面白いわ。だって、人類を救うのが性交だっていうなら、それは確かに正解だもの」

真宵「子孫を残すにしてもそうだし、ね」

真宵「さて、私も参加しようかしら」クスッ

付き人「真宵様っ!?」

真宵「まぁ見てなさいよ。構わないわね?」

「えぇ、どうぞどうぞ」ガチャッ

555 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/11 23:46:55.28 JqMyby0AO 1060/1642

――――

キツい臭いが鼻に付いた。

無機質な部屋の中央に、その子はいる。
回りに群がる者は気に止めない。

真宵「退いてくれないかしら」

その言葉に、少女に腰を叩き付けている者以外は道を開けた。

真宵「退け、下郎」

蹴って退けた。
突然の事に、両者様々に驚いている。

真宵「貴女、平気?」

少女「……もう、イヤ」

真宵「そ。なら耳を貸しなさい」

少女「…………?」

真宵が少女の耳元で何かを呟くと、少女は目を大きく見開いた。

真宵「じゃあね」

少女「――――」

真宵「帰るわよ」

付き人「はっ」

真宵はその少女にもう一度目をくれることなく、その部屋を後にした。

研究所の外に出た辺りで、付き人が耐えきれなかったように聞いてくる。

付き人「一体何を吹き込んだので?」

真宵「些細な事よ」

背後で、研究所全てが魔女の結界に飲み込まれた。

真宵「少し、絶望を早めただけ」

真宵「戯れにね。失敗の前例も、あった方がいいじゃない?」

564 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:27:26.10 6Oqz9a4AO 1061/1642

――――夕焼け空と絶望の街

ベアト「――んむ」チュッ

十兵衛「――済まないな」

ベアト「もう。謝るのはダメって言っただろう?」プンプンッ

ベアト「キミとしたいからしてるんだ。ダメかい?」

十兵衛「いや、そんな事はない。大歓迎なんだが……」

ベアト「なら良いじゃないか……それとも、意味の無いキスがしたくなってきたのかい?」ニヤニヤ

十兵衛「……帰るぞ」

ベアト「真っ赤になってるじゃないか」クスクス



ほむら「……見られたわね」チラッ




「――なんだ、アレ」

565 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:28:04.22 6Oqz9a4AO 1062/1642

――――夜の街、茜

「(最近ウチの奴らが迷惑を掛けてばっかりだし、詫びにと思ってグリーフシードを持っていったけど……)」

「そうか……カラクリが一つ分かったわ。ベアトが浄化できるなら、アイツにはグリーフシードが必要ないし」

「なのにアタシらを縛るのかよ」

「……ズルいよ。それ」

「杏奈は居ないのに、ベアトは居る」

「狡いだろ……狡い。それ」ギリィッ

――生きるためなら。



「――ズルいよねぇ、それ」

566 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:28:57.78 6Oqz9a4AO 1063/1642

――――魔女退治定例日、茜

ベアト「な、何を……どうしたんだい、茜?」

ベアトリクスを薄暗い路地裏に連れ込んで、壁に押し付けた。
こんなにも細く小さかったのかと、きっと一生気付く事は無かったであろう事実を知る。

「……アンタさ、ソウルジェム浄化出来るんだろ?」

ベアト「!」

「勘違いしないでね。アイツは何にも喋ってない。アタシが偶然見ただけだよ」

確かに、異性の臭いがして――頭がクラクラした。
成る程、確かに麻薬。

ベアト「ど……どうするつもりだい?」

ほむら「ちょっと!?止めなさいよ!」

ベアトリクスの小さな肩が震えていた。
それが煩わしくて、肩を壁に押し付ける。

「――分かってるんだろ」

そして、強引に乱暴に唇を奪った。
ベアトリクスは精一杯抵抗するも、だんだんと力を無くしていく。

ほむら「あ、あぁ……なんて事……」

「(……凄い)」

ソウルジェムが癒えていくのが分かった。
荒っぽく、情熱的に口付ける程、それは顕著になる。

567 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:29:24.50 6Oqz9a4AO 1064/1642

ベアト「ん……んくっ……」

ベアトリクスの身体から力が抜けて、ソレが重力に任せて落ちようとした。

しかし赦さない。

彼女の腰を掴んで引き寄せ、身体を擦り寄せて口内を貪った。

呼吸も儘ならず、ベアトリクスの息が荒くなっていく。

「(……チクショウ)」

不覚だった。

茜は、不覚にも興奮してしまったのだ。

568 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:31:04.33 6Oqz9a4AO 1065/1642

――――

「――ぷはっ」

ベアト「ふ、ふぁぁ……」

唇を離して手を退けると、ベアトリクスはその場にへたり込んでしまった。

その真っ赤な蕩けた顔を見て、ふっと我に帰る。

「――アタシは、なんて事を」

ベアト「あ……あか、ね?」

茜もまた地に崩れ落ちた。
罪悪感が、心に広がっていく。

「ゴメン……ゴメン、ベアト……どうか、してた……」

顔を見れない。
泣きたいのはきっとベアトリクスの方だろうに、茜は涙を溢していた。

ベアトリクスは、茜に近寄って――頭を撫でる。

「――え」

ベアト「……ゴメンね、茜」

「そんな――謝るのはアタシだろ……止めてよ……」

ベアトリクスは首を横に振った。

ベアト「ううん……キミも辛いのを知っていて、ボクは何もしなかったから……」

ベアト「だから……怒ってないよ。ソウルジェムは大丈夫かい?」

「……凄く光ってる」

ベアト「なら、良かった。でも、今度は遠慮させてくれないかな」

ベアト「……ボクは、十兵衛のだから」

「――ゴメン……ゴメンっ……」

ベアトリクスは、さめざめと泣く彼女を、その両腕で優しく包み込む。

ほむら「…………っ」

569 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:33:14.70 6Oqz9a4AO 1066/1642

ベアト「怖かったんだよね……もう良いんだよ。泣かなくて、良いんだよ」

「――――っ」



ほむら「――っ、上に人!」



「――アレは金魚のフン……と誰かな?」

「アレがあったら、魔法が使い放題じゃん……にしし、運が向いてきたぞう。流石深幸ちゃんだぜ」

四郎「七瀬殿ー、どちらに居られるでござるかー!?」

七瀬「はいはいよー!……全く、四郎が来てから息苦しくってたまんないよ……」

七瀬「ま、それもあと少しかな」

小さく笑った彼女は、七瀬深幸と言う。
四郎が指揮を任されているグループの代表だった。

570 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:33:50.22 6Oqz9a4AO 1067/1642

――――いつもの会瀬

十兵衛「今日も頼めるか、ベアトリクス」スッ

ベアト「うん、分かったよ。こっちに来て――」

『――ゴメン』

ベアト「…………」チュッ

十兵衛「額……?」

ベアト「今日はそういう気分なんだ。もしかして、物足りないかい?」

十兵衛「いや、そんな事は無いが……おぉ、これでも浄化されるのか」

ベアト「みたいだね……」

ベアト「(……とてもじゃないけれど、十兵衛にキス出来ないよ――)」

571 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:34:43.29 6Oqz9a4AO 1068/1642

――――街、ベアトリクス

ベアト「今日も十兵衛は魔女狩りかぁ……最近急に増えたし、絶望する人が多くなっているのかも……」

「ねぇ、キミ。一人?」

ベアト「誰?」クルッ

「貴女は……ベアトリクスで間違いないね?」

ベアト「そうだけれど、キミたちは?」

「なら話は早い。十兵衛さんが大変なんだ、急がなきゃ……いくらあの人でもやられてしまう」

「僕たちも必死で魔女から逃げてきたんだ。十兵衛さんは僕たちを庇って……」

ベアト「何だって!?――早く案内してくれないか――ボクが行く!」

ほむら「――ば、バカっ!コイツは――っ」ハッ

七瀬「了解したよ」ニヤリ

572 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:36:08.22 6Oqz9a4AO 1069/1642

――――薄暗い廃屋の中。

ベアト「んむ、んんっ!?」

人気の無い廃屋に連れ込まれ、魔法少女の集団に囲まれて――その全員がベアトリクスの唇を貪っている。

逃げられないように魔法少女の胆力で羽交い締めにされ、一人ずつ舌を犯していった。

七瀬「君はバカだねぇ。こんな簡単に捕まっちゃうとは思わなかったよ」

耳元で囁くのは、主犯の少女。
ソレに及んだのは、いずれも十兵衛のやり方に不満を持っていた者たちだった。

ベアト「やめて……やめ――ふむっ!?」

七瀬「んむー♪……おいしー♪」

彼女たちのソウルジェムは一様に浄化されている。だが、まだ濁っている

ほむら「やめてっ!!やめなさいよっ!!」

ほむらがいくら掴みかかろうとも、彼女らに触れる事は出来ない。
無力が、心を堕としていく。

七瀬「口ではそう言っても、もうビンビンなんじゃない?――あら?」

七瀬がベアトリクスの股座をまさぐって、不思議に思った。

無い?

七瀬「まさか――♪」

ショーツごとハーフパンツをずり下げる。
其処に男性器などは存在していなかった。

「おぉぉぉっ!?」

「純女じゃん!」

回りの魔法少女からも驚きの声が上がる。

573 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:36:35.51 6Oqz9a4AO 1070/1642

ベアト「あ、あ――」

七瀬「あ、やば、興奮してきた♪」

七瀬が絡める。

足を。

手を。

肌を。

七瀬「ねぇねぇベアトちゃん。私もうガマンできないなー♪」

固くなった彼女自身を、ベアトリクスのソレに擦り付ける。

七瀬「みんなもやろーぜぃ♪」

ベアト「やめて――」

七瀬「やめなーい♪」



ほむら「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

574 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/13 14:37:38.62 6Oqz9a4AO 1071/1642

――――

「あ、すっげー出る」

「おい、これ浄化されてる……」

「へー、なら仕方無いよねー♪」


泣き声。



失神。



崩壊。




ほむら「やめて……お願いだから……もう……彼女が何をしたっていうのよ」

ほむら「……私も、コイツらと――何も変わらない」

ほむら「ごめんなさい……ごめんなさい、キュゥべえ……」



泣いて詫びても、何も変わらなかった。

588 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/15 00:24:06.68 yWOCTU/AO 1072/1642

――――

七瀬「くっはぁ……もう無理だぁ……♪」

ベアト「あ……」

力無く地面に倒れているベアトリクスを背に、七瀬は服装を整えた。
ベアトリクスに魔法をかけて、彼女の身体に付いた汚れは霧散する。

七瀬「ありがとうね、ベアトちゃん♪」

ベアトリクスを抱き起こし、壁にもたれ掛からせた。
目に光は亡い。

七瀬「君のお陰で十兵衛さんを殺さなくって済んだよ」

だが、聞き逃す事の出来ない単語に顔を上げざるを得なかった。

ベアト「なん……だって……?」

七瀬「いやぁ、十兵衛さん厳しくってさぁ。魔力管理が大変だったんだよねー」

七瀬「だから、私たちでねー……大っ変不本意ながらー、ぶっ殺すしかないかなーって」

ベアト「そん……な……」

七瀬がヤらしい笑みと共に手を叩いた。

七瀬「でももう大丈夫!君が居てくれれば私たちは魔力に困らないから……ね♪」

七瀬「いつでも殺せる準備は出来てたんだけどー、やっぱ嫌じゃん?」

――いや、これは。

ほむら「脅迫……飼い殺す気ね……!」

ほむらが強く歯噛みした。

七瀬「だからー、今度も――お願いして、いいかな?」

拒否を許さない嬌笑が、彼女を縛り付ける。

彼女に――

ベアト「……分かったよ」

――拒否権は与えられていなかった。

589 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/15 00:24:38.47 yWOCTU/AO 1073/1642

――――日々。

「十兵衛さん、こっちに魔女が複数います!」

十兵衛「またか……よし、すぐ行く!」

「(グッジョブ!)」

「(後で変われよ!)」

十兵衛が愛する物の為に戦っている中――





ベアト「んぐっ……んん――」

「浄化最高……だな?」

「あぁ、堪らねぇ……へへ」

七瀬「おーい、無茶し過ぎるなよー♪」

その愛する人は穢れていった。

魔法少女らの淫欲は果てる事無く、彼女をただひたすらに犯していく。

異性を目の前に、各々が獣の様に性器を捻り込み、生きようとしていた。

590 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/15 00:25:26.37 yWOCTU/AO 1074/1642

ベアト「お疲れ様、十兵衛」

十兵衛「おうよ」

最近、ベアトリクスと深いキスをしていない。
急に恥ずかしくなったのだろうか。
それはそれで微笑ましいと思う。

……彼女はまだ精神的にも不安定だろう。
余り俺ががっつき過ぎるのも良くない。

抱きたいとは思うが……まぁ、それは、彼女が落ち着いてからの方が――きっと幸せだろう。

うわぁ、俺今凄いキモいな。はは。

ベアト「お風呂は沸いているよ。先に入ったらどうだい?」

十兵衛「お、済まないな。じゃあ、先に頂くとするよ」

新婚みたいだ。へへ。

……全てが終わったら、それも真剣に考えなきゃならないな。
指輪とか、プレゼントしたいぜ。
どんな顔するかな?
アイツを心から、笑えさせれるかな?

十兵衛「ふはぁ……」

風呂はちょうど良い温度だった。

591 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/15 00:26:56.39 yWOCTU/AO 1075/1642

――――日々。紛れもない現実。

「あっあっ、あぁぁぁぁっ!!」

「うっせ、静かにしろよ……」

「あ、悪い……」

「しっかし、役に立つなぁ」

「やべぇ、アイツ今ちょっと近くまで来てる」

ベアト「!!?」

「ねぇベアトちゃん。早くしないと来ちゃうよ。彼」

「そうだ、――――ってさ」

「ねぇ言って?そしたら興奮して早く出せるからさっ」

ベアト「あ……ああ……」

ほむら「もう見たくないの……やめてよ……」

折角直っていた彼女の心が、緩やかに砕けていく。

ベアト「だ――」

希望なんて無い。
心の歯車が動いていないから、絶望しないだけ。

ベアト「だして。ベアトのおくちのなかヌポヌポッてつかっていっぱいだして……おくちまんこいっぱいにしていいよ」

ほむら「やめてっ……聞きたくないっ……」

「うっわ、良いなコレ……やっぱアイツとも毎晩ズコバコやってんのかな」

「まぁどうでもいいよ。今は私たちの牝猫で、穴なんだからさ」

「そうそう。アイツだけじゃズルいもんね」

「エロいよー、ベアトちゃん早くー」

新手の拷問なのだろうか、とほむらは思ってしまう。
ほむらは許してくれと懇願した。

それが届いたのだろうか。

「――おい、何を、やってる?」

592 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/15 00:28:49.98 yWOCTU/AO 1076/1642

――――

茜は自らの目を疑った。
かつての友人が、名も知らない奴に跨がって腰をイヤらしくくねらせているのだから。

「ベアト――お前、何を!?」

七瀬「おやおやー? それは無いんじゃあないのかなー、杏奈さんの金魚のフン?」

茜が声の主を睨み付けた。
甘ったるい声が、酷く不快である。

「七瀬……お前――」

七瀬「いやー、この間さー、茜ちゃんが面白い事しちゃってんの見てさー?」

「っ!?」

心当たりにたじろいでしまった。
したりと言った顔で、七瀬は話を続ける。

七瀬「私らもソウルジェム浄化したくってさー。知ってる? セッ○スするとすっごくキレイになるんだぜぃ?」

「こんな――こんな事が奴に知れたら、お前らはたたじゃ済まない!」

七瀬「知ってるぅ」

「っ」

浮世離れした台詞に、茜の背筋が凍った。

七瀬「でも、アタシらってもう死んでんじゃん?」

七瀬「べっつに、どーでもいーって言うかさー?」

七瀬「生きれてきもちーならさいこーじゃん♪」

七瀬「ね、ベアトちゃん♪」

ベアト「――そうだね」

ほむら「――キュゥべえ?」

593 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/15 00:29:53.72 yWOCTU/AO 1077/1642

ほむらはふとベアトリクスの目を見た。
光は戻っていて、とても不自然。

ほむら「あ、あぁ……あぁ――」

人間の脳とは上手く出来ている。
例えば精神が駄目になってしまおうモノなら――別の、運用に耐えうる精神を造り上げてしまうのだ。

ベアト「生きる為に、と言えば彼女たちは比較的合理的だね。だってボクはこれによって、体力は消耗せどもソウルジェムが濁る訳では無いからね」



そしてベアトリクスは――ほむらが良く知るキュゥべえになる。



七瀬「ほら、アイツは友達なんだよね? 助けなきゃ♪」

ベアト「確かにその通りだね」

茜を二人の魔法少女が押さえつけた。

「な、お前ら――止めろ!?」

「まぁまぁ」

「すぐ良くなりますから、ね」

仰向けに押し倒されて、七瀬によって下半身を露にされてしまう。

七瀬「あは、勃ってんじゃん♪ ベアトちゃーん?」

ベアト「失礼するよ、茜」

「バカ――やめろ、やめろってベアト!?――かはぁっ――!?」

深く、彼女の一番奥に侵入する。
吸い付き、求めるその壺が――茜に肉体的快楽と精神的葛藤を押し付けた。

ベアト「あっ、あん……んくぅ♪」

今や享楽すら感じているようで、それがほむらには、酷く悲しいモノに見えた。

水面下の宴は、まだ終わらない。

607 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:46:10.81 rMfQ8UaAO 1078/1642

――――真宵

真宵「紅茶」

付き人「どうぞ」カチャリ

真宵「ありがと」

真宵「…………」カタカタ

付き人「……情勢はどうですか?」

真宵「実験体がもう居ないから、理論構築だけに留まっているようね」

真宵「まぁ、適材適所って言うし……研究は研究者に任せておきましょ」コクンッ

真宵「煮詰まってきたわ……十兵衛の様子でも見に行きましょうか」ノビー

付き人「お供致します」

608 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:47:56.64 rMfQ8UaAO 1079/1642

――――白き恋人(ラブドール)。

ベアト「あ――――」ビクンッ、ビクンッ

七瀬「あーあ、みんな無茶なんだからー……ほら、回復ー」ポワン

ベアト「あ……あ」クター

七瀬「今日はみんな満足したみたいだからさー、もーいーよ」ニコッ

ベアト「そう……かい」ググ……

七瀬「おやおや、足が立たなくなっているよー。ちょっとおいでー?」グイッ

ほむら「――おまえっ!」

ベアト「わ――?」

ギュムッ

七瀬「よーしよし、お疲れ様ー♪」ナデリコナデリコ

ほむら「今さら何のつもりよコイツ……」

ベアト「?」キョトン

七瀬「何を不思議そうに……自分のオモチャにぐらい愛着はわくよー?」キヒヒ

ベアト「……わけがわからないよ」

七瀬「勿体無いよねー、こんないーのを独り占めなんてさぁ」

七瀬「ま、バレて死ぬのもやだしー?」

七瀬「楽しい事は、みんな一緒に、だからね!」ニハハ

ほむら「くそっ……茜、早く何とかしなさいよ……」

609 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:48:24.47 rMfQ8UaAO 1080/1642

――――茜

「……いつまで着いてくるんだよ」

「いえ、彼女に情でも沸いたら困りますし」

「生きる為に必死になれ、ってのはあなたの教えでしたから」

「まさかあなたがアレを否定するとは思っていなかったんですよ」

「……情けなくないのか?」

「カッコつけて死ぬよりマシでしょう」

「それに、事実を隠していたのはヤツですよ?」

「…………」

『生きる為なら、何だってやる』

「――もう、何もかも分からない……何が正解で、何が間違ってるんだよ……っ」

610 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:50:40.34 rMfQ8UaAO 1081/1642

――――七瀬、その器から溢れる水。

「終わりました!」スタッ

七瀬「おつかれー。んで?」ニィ

「はい、上質のソウルジェムです。穢れもあまりありません」スッ

七瀬「やったね♪それはみんなで分けていーよ」ヘヘッ

「ありがとうございます、では」ダッ

七瀬「おーおー、乱暴だねぇ。抵抗出来ない一般魔法少女を殴る蹴る殺すー、だからね」キヒヒ

七瀬「強いヤツがさぁ、一番って事はさぁ、そういうルールなんでしょ?」

七瀬「雑魚は死ね!」ドヤッ

七瀬「アハハッ!」ケラケラケラ



「お母さん……」ポロポロ

七瀬「ん? そこの子、その死んでるの母親?」ヒョイッ

七瀬「うっわー頭グシャーじゃん。ひっでー♪」ワオ

「お、お母さんを返して!?」

七瀬「うっせーよ」ドガッ

「ぎゃっ!?」

七瀬「見てろよ……」ニタァ

グググッ……パァンッ

七瀬「はーいおかーさんバラバラー♪」キッヒヒ

「あ――あぁ……」

七瀬「おら泣けよ、ほら、ほら泣けよ♪」

「――――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

七瀬「ひひ、魔女様一人ごあんなーい♪」

七瀬「いただきまーす♪」ジャキンッ

611 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:51:42.65 rMfQ8UaAO 1082/1642

――――十兵衛、ベアトリクス宅

十兵衛「ただいま……おっと」フラ……バタンッ

ベアト「っ、十兵衛、どうしたんだい!?」タタッ

十兵衛「何でもない……ちと疲れただけだ……悪いが、今日はもう寝る……」フラッ

ベアト「ほら、捕まって」ダキッ

十兵衛「悪い……」

十兵衛「(妙だ……ここのとこ魔女の発生が、速度も量も尋常じゃねぇ)」

十兵衛「(その上、味方はろくな戦い方が出来ない奴らばっかりだ……俺がやるのが一番効率も良い)」

十兵衛「(俺が始めた事だ……着いてきている奴は守ってやらにゃあ)」

612 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:54:06.06 rMfQ8UaAO 1083/1642

――――十兵衛、疲れから熟睡。ベッドルームで。

ベアト「……十兵衛」ギシッ

十兵衛「」クー……

ベアト「今日はね、47人だったよ」

ベアト「日に日に人が増えるし、昨日したばっかりの人も来たりするからね」

ベアト「魔法少女で良かったと思うよ。怪我は直ぐに治るからね」

ベアト「慣れると意外と痛くないんだね。びっくりしたよ」

ベアト「……愛しているよ、十兵衛」

ベアト「愛してる」

ベアト「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」

ベアト「ボクはキミを愛しているんだ」

ベアト「だから嫌わないで……こんなボクを――こんな汚れたボクを――っ」

ベアト「――だから、はやくたすけて」





ほむら「何寝てるのよ……」

ほむら「起きなさいよ……」

ほむら「キュゥべえは、今、泣いてるのよ……?」

ほむら「起きてよ……」

613 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:55:22.19 rMfQ8UaAO 1084/1642

――――四郎、七瀬との定期魔女狩り。

四郎「さぁ、今日こそは是が非でも作戦通りに戦闘して頂くでござるよ!」バッ

七瀬「もー四郎ちゃんは固すぎなんだよ……童貞ってこれだから」ヤレヤレ

四郎「それとコレとは関係無いでござる!」プンスカッ

七瀬「抜いたげよっか?」アーン

四郎「はしたないでござるっ!口を閉じられよ!」ガウッ

七瀬「あーあ、つまんない。最近からかっても反応が薄いんだもん」ハァ

四郎「流石の拙者も慣れるでござるよ……全く、少しは恥らいと言う物を――」

七瀬「あーあーきこえなーい」フサギッ

四郎「……ハァァ、まぁとにかく……魔女を倒すでござるよ。……それ事態気は乗らないでござるが」

七瀬「はいよー」

614 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:56:37.80 rMfQ8UaAO 1085/1642

――――討伐、のち。

七瀬「疲れたわー、マジ疲れたわー。ダメージ無いけど疲れたわー」

四郎「拙者は誠に疲れたでござるよ……」ハァァ

七瀬「ん……四郎ちゃん、それ。ソウルジェムヤバくね?」ピッ

四郎「このくらい余裕でござる……おっと」フラッ――ダンッ

四郎「見ての通りでござる」キリッ

七瀬「いやいやいや見ての通りだよ。何でそんなに頑張るかなー、しかも一人で」ヤレヤレ

七瀬「こんな世の中なんだから、誰かに支えてもらわなきゃ。好きな人とかいないの?」ニヒッ

四郎「……いた、とだけ」

七瀬「?」ン?

七瀬「どゆことー♪?」カシゲ

四郎「そのお方は……別の御仁に惚れ込んでいたのでござる」

四郎「故に拙者は身を引いたのでござるよ……後悔もござらん」フゥ

615 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/16 21:59:02.08 rMfQ8UaAO 1086/1642

七瀬「はぁ?」ピョコン、スタッ

七瀬「奪っちゃえばいーじゃん?」カシゲ

四郎「それはあの方の幸せではござらぬよ……情けなき事でござるが」

七瀬「誰よー? ちびっとなら四郎ちゃんに借りもあるし、ぶっ殺してやんよー」シュッシュッ

四郎「遠慮するでござるよ。七瀬殿が返り討ちにあってしまうでござるからな」ハハッ

七瀬「にゃにおぅ!? 私だってけっこーやるんだぞぅ!」ムキーッ!

四郎「いやいや、不可能でごさるよ。何せ『最強』でござるからな」ククッ

七瀬「っ」ピクッ

四郎「七瀬殿?」



七瀬「へぇぇぇ……」ニタァ

四郎「っ?」ビクッ

七瀬「四郎ちゃんの好きな子……当てたげよっかぁ?」ニヒヒヒヒ

四郎「何を――?」

七瀬「ベアトリクス・クヴァンツ」キヒヒヒヒッ!

四郎「!?」ドキッ

四郎「な、何故ご存知で?」

七瀬「なーんだ、簡単じゃーん♪」クルクルッ、スタッ

七瀬「ねー四郎ちゃん、私ならキミの願いを叶えられるよ」ニヒッ

四郎「――それは如何様な意味合いで?」ムッ

七瀬「着いてくれば分かるよ」スルル……

四郎「は、離れるでござ――」



七瀬「――い・い・こ・と、しない?」

630 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:06:58.28 EdA+JvnAO 1087/1642

――――酒池肉肉肉肉林

七瀬「やっほー、やってるかーい?」

七瀬は四郎を連れて、人気の無い廃屋へとやってくる。
奥から小さく聞こえる声の色を、しかし四郎は感じ取る事が出来なかった。

四郎「な、何を……?」

四郎は、何かに群がるような――ハイエナのようにも見える魔法少女たちに驚く。

四郎の声に、それらが一斉にこちらを見た。

四郎「っ」

経験足らずの四郎にも分かる、異様。
この場の誰もが正常で無い。

七瀬「ほら……止まらないでぇ、ね?」

背中を押され、たたらを踏んで前に進んで『しまった』。

ほむら「……また新しいヤツ?――四郎っ!?」

四郎「――なん、で」

ベアト「んむ……っ?」



好きだった人と目が合った。

汚らわしい物を口に加えて、淫らに顔を紅潮させた、その人と。



ほむら「――何で、よりによってソイツを連れてきたのよ!!」

ほむらの激昂は、世界に吸い込まれて消えた。
今ほど、他人を憎いと思った事はそう無い。

631 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:07:33.76 EdA+JvnAO 1088/1642

四郎「――これは、如何様な事で……?」

四郎は四郎で、目にした事が余りに現実離れし過ぎていて――理解が追い付いていなかった。

七瀬「ベアトちゃんはね、優しい子なんだよー♪」

七瀬が四郎に絡める指が、もう逃げられないと暗喩している。

七瀬「こうやって、私たちのソウルジェムをキレイにしてくれるんだぁ♪」

成る程、確かに彼女らのソウルジェムは鈍く輝いていた。

だから――

四郎「――巫山戯るな!!」

七瀬「……なにかなー?この手はー?」

「七瀬さん!?」

七瀬「いーよいーよ、こっちでやるから。君らは早く抜いちゃいなよ」

襟首を捻り上げ、殺意すら内包した目線を突き刺す。

四郎は我慢ならなかった。
何に我慢ならないのかも分からない程に、腹の底から叫びが飛び出てきて。

632 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:08:31.58 EdA+JvnAO 1089/1642

七瀬「ふざけてなんかないよー?」

七瀬「だってベアトちゃんは無限のグリーフシード」

七瀬「それだけだよ♪」

四郎「下郎……っ」

七瀬「いいじゃん。私たちも幸せ、そして――」

声を遮って、四郎を後ろから抱き締める者がいた。

白く透き通る肌。
白濁に染まり尚香る彼女。
振り替えれば紅い目と、桃色の唇が――

七瀬「その子も気持ち良いんだからさ♪」

四郎の唇と重なった。

四郎「――――っ」

快楽なんて言う度合いの物じゃなかった。
ソウルジェムの穢れが口淫によって吸い取られていくような、深く激しいソレ。

四郎「――ベアト、殿」

ベアト「良かった、四郎」

彼女は笑っていた。

ベアト「キミが魔女にならなくて、嬉しい」

笑っている。

何で、何でそんな表情が出来るんだ。

七瀬「君も、心の底では欲しかったんだろ?♪」

覆い被さってくる彼女を振り払えない。
そんな気力も起きない。

七瀬「素直になりなよ♪」

七瀬「……愛したい時に、誰も居ない。そんなのは――寂しいから」

ほむら「…………っ」






七瀬「ね、良かったでしょ?」

633 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:09:19.77 EdA+JvnAO 1090/1642

――――

ベアト「あっ、あはっ」

四郎「くっ……」

何もかもどうでも良くなりそうだった。

下半身に脳があるみたいに、腰は勝手に動く。

満足感、背徳感、罪悪感。

全てがない交ぜになって、自分をぐちゃぐちゃにしていく。

ベアト「ん……」

でも。
撓垂れかかってくる彼女が。
息遣いが。
柔らかい肌が。
唇が。

自分を優しく溶かしていく。

萎える事の無い自分のソレが彼女を貫く度、切なそうに声を上げる彼女が、たまらなく可愛らしくて。

気付けば、自分は奥へ奥へとソレを捩じ込み――キツく彼女を抱き締めて、穢れを吐き出していた。

自然と涙を流してしまった自分を、柔らかく包んでくれたのも――また彼女だった。



そんな時、現れたのは。

真宵「全員動かないで」

精鋭たちと共に魔法少女らを取り囲む、真宵だった。

634 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:09:55.60 EdA+JvnAO 1091/1642

――――

七瀬「……誰かな。穏やかじゃないけど」

七瀬は回りを取り囲む、統率の取れた集団に対して構えた。

真宵「あら、当然の対応だと思うわ」

付き人「真宵様――これはまさか」

真宵「えぇ、間違い無いわ――浄化能力者ね」

どうやら向こうも事情を知っているようだ、という情報だけは伝わる。

七瀬「あげないよ。そのつもりなら容赦しない」

真宵「あげない?貴女、何を勘違いしているの?」



真宵「世界の全ては例外無く私の所有物よ」

真宵「その子もそう」



プレッシャーが重力になったみたいに、七瀬たちに押し潰されているような錯覚を与えた。

七瀬「……わーがままぁ。財はみんなで分けてこそ、じゃない?」

真宵「それを決めるのは私。貴女じゃあない」

真宵「まぁ、咎めはしないわ。私の所有物を愚民が使うのはいつもの事だもの――でもね」

真宵の背後の地面に突き刺さる、ありとあらゆる武器。
その中の、一際業物の剣を手に取った。

真宵「私の思い通りにならない子はいらないのよ。そんなのは『最強』だけで十分」

そしてソレを突き付ける。

真宵「貴女はどっち?」

635 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:13:01.82 EdA+JvnAO 1092/1642

それを見て、しかし軽い笑みを絶やさない七瀬。
恐怖は昔に無くしてしまっていたから。

「七瀬さん……どうするんですか?」

小さな声で取り巻きが訪ねてくる。
衣服はいつの間にか魔法で着替えていたようだ。
それが可笑しくて、七瀬はクスリと微笑する。

七瀬「何もしないよ」

真っ直ぐに七瀬は真宵を『見下した』。
このくらいの傲慢が無ければ、こんな事はやらない。

真宵「チッ……」

七瀬「何がお望みなのかな?♪」

何も思考していないような笑いと、真逆な内心の打算。

だって、知っているって事は――つまりそういう事だから。

真宵「……彼女の保護よ」

七瀬「それは困るなぁ。ボクたちは彼女のお陰で生きていられるんだからさ♪ねぇ?」

ベアト「うぅ……?」

四郎とベアトは未だ覚めやらぬ余韻に浸っていた。
頭の中が真っ白になって、回りを感じ取る余裕もないのだろう。

七瀬「ねぇ、君の名前は?」

真宵「真宵水城。貴女は?」

七瀬「七瀬深幸。でさ、だよね?」

真宵「――へぇ、意外と切れるのね。ただのバカじゃないみたい」

636 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:13:39.93 EdA+JvnAO 1093/1642

七瀬は会話の中から答えを探した。
向こうのやりたい事は、ベアトリクスの保護なんかじゃない。
ましてや、私たちを成敗する事でもない。

向こうの連中も、同じ様に求めているだけ。
そして、『咎めない』。更に『全て私の所有物』。
それに私の『共有』を掛け合わせて導かれる妥協点。

七瀬「下げてよ、物騒だしさ♪交渉は成功だよ♪」

真宵「あらそう。それは良かった。なら今一度言うわ」



真宵「私の部下になりなさい、七瀬」
七瀬「貴女の部下になりましょう、真宵」



真宵「ふふっ」

七瀬「きひっ」

真宵が手を上げると、周囲の付き人らは構えを解いた。
真宵が四郎の傍に歩いていき、取り巻きは道を開ける。

四郎はベアトリクスの下で意識を手放していた。
眠っていると言った方が良いだろうか。

ベアトリクスはそれに身体を擦り寄せて、気持ち良さそうに目を閉じている。

637 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:14:11.98 EdA+JvnAO 1094/1642

真宵はしゃがみ込んで、四郎の頬をつついた。
反応は無い。

真宵「早苗の一族もやるじゃない。反骨する気概くらいは持ち合わせていたのね」

真宵「今日はここまでにしてくれるかしら?」

七瀬「今から再開は流石に興が乗らないし、嬌も乗らないよ」

真宵「なら、ベアトリクスは私たちが送らせてもらうわね。今日は解散なさいな」

真宵「私の部下で居れば……美味しい思いも出来るわよ」

七瀬「分かってるよ。君の付き人を見れば分かる……有権者でしょ?」

真宵「……読心魔法かしら?」

七瀬「残念。人の顔色を見るのが得意なだけさ」

真宵「ふぅん……ま、構わないわ」

真宵「起きなさいベアトリクス。帰るのよ――」

638 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:15:14.25 EdA+JvnAO 1095/1642

――――暫時経って。

四郎「――――っ!」ガバッ!

七瀬「お、よーやく起きたの」

四郎「ここは――ベアト殿は!?」

七瀬「うっせー騒ぐなー……ここは私の家、ベアトちゃんは連れられて帰ったよ」キーン……

四郎「な、何者に――」

七瀬「真宵水城って人。知り合いっぽかったけど?」

四郎「――――っ」ゾクッ

七瀬「見られたねぇ♪」キヒヒッ

四郎「拙者は――何と愚かな事を……」

七瀬「……四郎ちゃんさぁ、あの子好きなんでしょ?」ハァ

七瀬「もっと強欲になっていいんじゃない? 私らから奪い還すくらい出来ないの?」

四郎「――拙者に、そんな資格があるのでござろうか」

七瀬「何鬱入ってんのさ。好きな子とエッチ出来て幸せっしょー?」ニヒヒッ

四郎「――拙者は!!」

七瀬「出来なかった私なんかより、よーっぽどマシさ」

四郎「えっ――」

639 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:16:33.92 EdA+JvnAO 1096/1642

七瀬「彼女居たんだ、私♪」

七瀬「まぁ願いが『彼女欲しい』だったから♪」

七瀬「毎日何となく生きてて」

七瀬「だからすっげーてきとーに、ソレ願った」

七瀬「叶ってさ、そしたら彼女出来た♪」

七瀬「何かじゅーじつしてたね、あの時はさ♪」

七瀬「もう彼女可愛すぎでさぁー、命だって余裕で張れたね」

七瀬「ま、でも魔法少女ですからー――そのうち居なくなって」

七瀬「そこに魔女が居たから半泣きになりながら倒して」

七瀬「後でソレがあの子だった事に気付きましたチャンチャンおしまい♪」

七瀬「キスもしてなかったのに。『好きだ』って言ってなかったのに」

七瀬「そんなんに比べたら、マシマシ。うらやましーよ」

四郎「だからと言って――」

七瀬「いーたい事は分かるよ。でも仕方無くない?」

七瀬「グリーフシードは限られててー、みんな死にたくなーい♪」

七瀬「じゃーどうする?」

四郎「…………しかし」

七瀬「割り切っちゃえってー」ポンッ

七瀬「……最高だったよね?」ニヒ

四郎「…………」

640 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/20 01:18:34.73 EdA+JvnAO 1097/1642

――――真宵、とあるホテルの一室。

真宵「人払いを命じられたい?」

付き人「出来れば」

真宵「なら命じるわ、頼んだわよ」クスッ

付き人「ハッ」

バタンッ

真宵「こっちに来なさい、ベアトリクス」

ベアト「……ありがとう」

真宵「キレイになったみたいね。流石にあのままじゃあ、酷いもの」フフッ

ベアト「キミは……あの屋敷で会った人だよね?」

真宵「えぇ。十兵衛とも長い付き合い……貴女の事は聞いているわ」

真宵「でも、そんな事は今は気にしないわ」グイッ

トサッ

ベアト「……キミも」

真宵「私のソウルジェム、浄化して頂けるかしら?」

ベアト「助け――」ピクッ

ベアト「仕方無いね……ほら、好きにして構わないよ」ピラッ

真宵「――ふふっ」

真宵「すっかり壊れちゃってまぁ……」

真宵「でも、これはコレで……」クスクスッ







ほむら「(前に感じた通り――)」

ほむら「彼女は、酷く我が侭で、傲慢で、不遜で、狡猾」

ほむら「彼女は――まるであの時の私」

ほむら「四郎も、茜も、真宵も……誰も彼女を救わない――」

ほむら「十兵衛、貴方しかいないのよ――」

647 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:28:30.20 N5mCpbOAO 1098/1642

――――迷える侍

四郎「…………」

「なに黄昏てるんだ?」スタッ

四郎「……茜殿でござるか」

「……たまたま魔女狩りの様子を見たから――酷いよ、アレは」

四郎「ハハハ……面目無いでござる」ポリポリ

四郎「――茜殿に聞きたい事があり申す……もし、自分が好いた女人が――囚われていたら、如何致すか?」

四郎「その方に非は無いのでござるが、社会が、環境がソレを容認してしまっているのでござる……」ググッ……

「……ベアトか」

四郎「――っ、知っておいでか?」

「…………巻き込まれた形だけど、その――」

四郎「……茜殿も、でござるか……?」

「……そうだよ」

四郎「茜殿はどうお考えで?」

「ダメだってのは心が分かってる。だけど、実際に生きていくにはベアトに頼るのが一番だ」

「勿論、それは極論だ。私たちはもう二度と十兵衛には顔向け出来ないだろうね」

四郎「……拙者は、今、悔いております」

「アタシもさ……」ドサッ

648 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:29:20.35 N5mCpbOAO 1099/1642

「座りなよ」チョイチョイ

四郎「お言葉に甘えて……」ドサッ

「……今日は良い天気だ」

四郎「誠に……」



「……どうしてこんな事になったのか、今でも分からなくなるよ」

「ホント、ホントにちょっと前まではさ、皆でのんびり笑ってたはずなんだよ」

「なのに、なんでさ」

「こんなのが奇跡だって言うなら――アタシは奇跡なんて欲しくなかった」

「アタシの願いなんかすっごく下らないしさぁ……」

四郎「立派な侍になる……」

四郎「御笑い種でござる」

四郎「大事な人を傷付け、主君を裏切り――」

四郎「魔法少女とは、かくも罪深い――」

四郎「奇跡を願うのは、其れ即ち業を背負うのと同義でござった……」



「「――何故、自分はまだ生きているのだろう?」」

649 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:30:30.55 N5mCpbOAO 1100/1642

――――四郎、茜と別れて。

四郎「…………」フラフラ

「ん、あれは……」オッ

十兵衛「おい、久しぶりに見たと思ったら、随分しけた面してんじゃねぇか」バシンッ

四郎「わっ……じゅ、十兵衛殿!?」ビクッ

十兵衛「そんなに驚くなよ。お前もしっかり戦えてるようで何より」ハハハッ

四郎「……いえ、主君に仕える者として当然の働きにてござる」



ベアト「前に会った時はもっと元気がなかったよ」ヤァ

真宵「あら、それは見てみたかったわ」クスクス



四郎「――――お二人とも」

真宵「何よ、そんな鳩が機関銃食らったみたいな顔しちゃって」フフッ

ベアト「それは死んでしまうから、表情は読み取れないと思うよ?」

真宵「言葉の文よ……四郎も『身体に気を付けなさい』」クスッ

四郎「っ」

十兵衛「そうだぞ、お前が死んだら俺が困るぜ」ハハッ

四郎「――御意」

ほむら「…………」

650 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:31:38.76 N5mCpbOAO 1101/1642

――――端から見れば、仲のよい四人組。

真宵「ほら、パトロールでは無かったのかしら十兵衛? 歩きながら話しましょう」

十兵衛「お、おぉ。悪いな、付き合ってもらって」スタスタ

真宵「こっちの用事もあるから……手短に話しましょうか」フゥ

四郎「……?」

真宵「ベアトリクスについて、貴方何か隠してないかしら?」チラ

十兵衛「っ」ギクッ

真宵「……ソウルジェムの浄化能力。調べは付いてるわよ?」クスリ

ベアト「…………」ニコニコ

四郎「――ベアト殿?」

ベアト「ん?」

ベアト「『何?』」キョトン

四郎「(――失念して、おられるのか)」

ほむら「いくつもの人格を使い分けている様な素振りもあるわね……」

十兵衛「……何処から?」

真宵「外でイチャつかないで欲しいわ、全く」フフッ

十兵衛「あ、あー……いや、アハハ……」タラー

651 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:32:31.98 N5mCpbOAO 1102/1642

真宵「ま、ソレは良いわ。副産物だったようだから、ね」

真宵「本題はここからよ」ピッ

真宵「今、全世界の科学者達が合同、かつ総力で研究を進めているの」

真宵「それは、浄化能力者のメカニズム解明と、それに準ずる魔法少女の量産よ」

十兵衛「魔法少女の量産……って、それじゃ親父のやろうとした事と何も変わらないじゃないか!」

真宵「犠牲は遥かに少なく済むわ。それに、確定事項ではない」

真宵「研究次第では、代替エネルギーの生産も可能だと考えられているわ。だけど、被験者がいないのよ」

真宵「浄化能力者は極めてレア。正確な発生条件などはまだ分かっていないわ」

真宵「『世界』に対しての願いは後天的に因果を練るらしいから、恐らくソレでしょうけれど」

十兵衛「……成る程。だから」

真宵「そう。ベアトリクスも研究に協力してほしいの。本部は米国だから、少しばかり遠いけれど」

十兵衛「しかし、なぁ……なぁベアトリクス、お前はどうしたい?」

ベアト「ボクかい?」チラ

真宵「…………」クスッ

ベアト「――『みんなの為になるなら、ボクは喜んでお手伝いしたいな』」ニコッ

四郎「っ」ゾクッ

652 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:35:46.97 N5mCpbOAO 1103/1642

十兵衛「うー……マジかー……うーん……」ポリポリ

十兵衛「……もう少し待ってもらえないか? ベアトリクスとじっくり話がしたい」

真宵「構わないわ。私だって、貴方たちの仲を裂くのは忍びないもの」クスクス

四郎「――――っっ。四郎殿!」ダンッ!

十兵衛「うぉっ!? どうした、四郎?」キョトン

ほむら「っ!」

四郎「実は――実は――……」パクパク

四郎「…………何でも、ないでござる」

真宵「――ふふっ、可笑しな四郎」クスクスクスッ

十兵衛「どうしたんだよ四郎……疲れてるなら言ってくれよ、いつでも休んでいいからな」ポンッ

四郎「お心遣い……感謝いたす……」

ベアト「…………」

653 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:36:26.96 N5mCpbOAO 1104/1642

――――そして過ぎ行くかつての奇跡

月が綺麗だった。
夜だからといって、魔女が出ない訳では無い。
自分たちは駆り出され、当然最強も魔女と戦っているのだろう。

四郎は一人、自らの情けなさに涙していた。

四郎「ぐっ……うう」

真宵の言っていた『研究』という事柄の意味は、四郎には容易に予想出来た。
なのに、あの時の自分は引き止められなかったのだ。

我が身可愛さに、彼女を売ってしまった。

ここ最近の魔女の多さも見当は付いている。
単にこれは最強の足止めに過ぎないのだ。
隠れ蓑にくるまって、影でその恋人を犯しているだけ。

四郎「拙者は……一体……」

力が抜けて、倒れてしまう。
ソウルジェムは濁っていないというのに、身体は動こうとしなかった。

頬に当たる地面が、酷く冷たい。

このまま眠ってしまえば――



そんな思考を遮る様に、目の前に金属質の何かが落ちてきた。

654 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:37:26.89 N5mCpbOAO 1105/1642

それは小さな音を立てて、月の光で鈍く光る。

四郎「――これは……っ」

虚空から現れたソレは、確かにかつて存在していた奇跡の残滓。

何の変哲も無い――鎖だった。

四郎「――――」

――彼女は、自分と向き合っていたと聞いた。

弱さから逃げず、現実から目を反らさず、ただ真っ直ぐに。
彼女はソレの苦痛を知っていたから、と。

自分の願いは、何だったろう。

四郎「――ハハッ」

思わず漏れた笑いと共に、ゆっくりと起き上がった。
気付けば、鎖は消えている。

四郎「存外、易き事でござった」

不思議と、心は澄んでいた。

四郎「拙者は拙者なりに、願おう」

犯した罪は決して消えはしない。
だが、だからと言って塞いでいても仕方無いのだ。

四郎は、あの穢れた建物へと足を向ける。

きっと今も苦しんでいるだろう、ベアトリクスが居る場所へ。

655 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:39:16.37 N5mCpbOAO 1106/1642

――――肉欲の檻と、サムライ。

件の建物の前で、一人の魔法少女が見張りに就いていた。
とは言っても、例の『最強』は魔女に掛かりっきりだから、特に見張るモノもないのだが。

「ふぁ……」

思わず欠伸が漏れる。
良くもまあ、あぁ連日性欲が持つものだ。自分は一日置きぐらいでいい、と見張りは思った。

そこに、砂利を踏む音が一つ。

「ん……お、アンタか。アンタも楽しみに来たのかい?」

目を上げて顔を見れば、つい先日見知ったソレだった。
頭の七瀬から事情は軽く聞いていて、見張りは多少気の毒に感じる。

「あー……まぁ、あんま気にすんなよ。女なんて星の数いるんだからさ――」

四郎「ご無礼」

「――な」

最後の言葉は呆気なかった。
胸に付いていたソウルジェムごと身体を真っ二つに斬られ、見張りは一瞬で絶命する。

返り血を右半分、顔に浴びて――薄く笑った。

四郎「うふっ、あはは……今参ります、ベアト殿」

太刀を振って、血糊を飛ばす。

656 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:39:56.05 N5mCpbOAO 1107/1642

思うに、今まで自分の振るう刀には迷いがあったと感じた。
だが、今はこんなに軽い。命も、刀も。

四郎「身体が軽い――このような気持ちで刀を振るうのは、初めてでござる――」

ドアノブを回そうとして、面白い事を考えた。
今さら何に遠慮するというのか。
どうせなのだから、ルールなんて全て投げ出してしまえばいい。

わざわざ出した手を引っ込めて、思いきり扉を蹴り抜いた。

面白い様に弾け飛んで、大きな音を立て――そして、早苗四郎正宗は檻の鍵をぶち壊したのだ。

657 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:44:21.93 N5mCpbOAO 1108/1642

――――檻の中。姫は喘ぎ、サムライは嘆き。

乱暴な侵入者に一同は騒然とする。
淫らな肢体を絡ませて、白髪の少女を貪り喰らっていたソレら。

そんな凄惨な状況を目視して尚、表情を変えずに四郎は強く真っ直ぐに歩いていった。
自慢の奇跡の結晶――無銘の太刀を、今は持たず。

ほむら「――四郎?」

この状況にも慣れてきて嫌気が差していた暁美ほむらが、思わず声を上げた。
それほどに、何の変哲も無く違和感を発していたのだから。

四郎「退いてくれぬか」

「だ、旦那。どうしなさった? 何あったか知らねぇが、先に使うかい?」

気圧され、魔法少女たちはベアトリクスから一歩間を置いた。

七瀬「どしたの? 今日はヤりたい感じ♪?」

甲高い笑い声が耳障り。

目線を下に落とせば、様々な液体で汚れてしまっている彼女が、意識も朦朧に浅く息をしていた。

「…………」

部屋の脇で壁に背を預けながら、茜もその様子を見ている。四郎自身もそれには気付いていた。

ベアト「あ、う――し、四郎……?」

四郎「えぇ、四郎にござりまする。姫」

跪き、首を垂れて、深々と礼。

658 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:45:24.03 N5mCpbOAO 1109/1642

ベアト「ボクが姫……? キミは面白い事を、言うね……」

優しい笑顔は、変わっていなかった。

四郎「いえ。主の恋人と在れば、某にとってはお妃様同然にござりまする」

ベアト「そうかい、それは素敵だね」

手を取り、魔法を掛けて、元通りの美しさへと磨き直す。

ベアト「? ……しないのかい?」

四郎「某、気付いたのでござる」

「おい、旦那まさか――」

何かを察した魔法少女が四郎の肩を掴もうとして――その右腕が短冊の様に切られ裂ける。

「うぎゃ――!?」

「お、おい大丈夫か!?」

「何しやがる!」

七瀬「へぇぇ……」

ほむら「――行きなさい!!」

一瞬にして臨戦体制になる魔法少女たち。
茜は目を開いて驚いた。

目が合い、そして四郎は不敵に笑う。

四郎「某は魔法少女である前に――」



四郎「――侍でござる」



四郎から近い順番に八人。
ソレはとうの昔、ベアトリクスに声を掛けた時点で死んでいた。

魂が別にあるから、そんな些細な事実に――気付けない。

659 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:46:17.02 N5mCpbOAO 1110/1642

太刀を召喚し、鞘に手を掛けた。
その瞬間で、あの八人が血飛沫と共に弾ける。

紅色の噴水を障子にして、四郎は持てる限りの最速で、太刀を抜刀ざま、辺りを薙ぎ払った。

空気が赤色に犯されていく。

「ひぃ――」

七瀬「おー、こわいこわい♪」

兵隊の数が一瞬にして半分程度になってしまったというのに、七瀬はまだ余裕といった様子だった。

ベアト「し、ろう――?」

四郎「さ、参りましょう」

真っ赤な太刀を携えて、侍は檻の中の姫の手を取った。

歯車は、急速に回り出す。

660 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:48:03.79 N5mCpbOAO 1111/1642

――――人の檻、孤軍奮闘のサムライ。

四郎「ふむ、流石に簡単には出奔出来ぬでござるか」

七瀬「ま、呼べば来るからさ♪」

建物から出る事を許さない、魔法少女の軍勢。
よくもまあ、これほど集めたモノだ。

攻めあぐねる四郎に、徐々に距離を詰める兵隊たち。
大小様々な武具の切っ先は、全て四郎に向いていた。



なら、自分も覚悟を決めよう。



「四郎ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

四郎「っ!」

突然の奇襲に、四郎は咄嗟に太刀を合わせた。
四郎の魔法と鍔迫り合うのは、細い剣。

四郎「――茜殿?」

「四郎、アンタっ!」

四郎「ベアト殿、離れないで!」

ベアト「う、うんっ」

白き姫を守護するサムライは、赤髪のフェンサーを弾き返した。

だが、もう一度強く斬りかかってきて、再び迫り合う。

ほむら「茜、貴女って人は――!」

七瀬「お、やるじゃん♪」

切迫し、顔は息が掛かる程に近く、気を抜けば太刀諸とも断ち斬られそうな迫力だった。

四郎「邪魔をしないで、頂けるか!」

「私は『生きる』って決めたんだ! それを邪魔する奴は誰にだって屈しないと『決めた』!!」

四郎「――っ!」

661 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:49:43.71 N5mCpbOAO 1112/1642

たまらず一歩下がり、刃先が離れた。
そこを逃さず細剣は疾く鋭く、斬撃は壁となって太刀を削るように踊る。

四郎「では――?」

「話す事なんて、無い!!」

痛烈な蹴りが、四郎の顎を叩き上げた。
世界が揺れ、意識が持っていかれそうになる。

茜の本気を感じ、四郎の心は昂った。

やはり、茜は茜だったのだから。

太刀を強く強く握り直し、負けじと神速で斬りかかる。
斬撃の放つ音が、まるでソレ自体が刃物の様に鳴り響いた。

魔法少女たちは、その凄まじい剣舞に目を奪われる。
風のように、見ることは叶わないのに速さだけは感じる事が出来た。

七瀬「……っ。お前ら、構えろ――」

七瀬がふと違和感を感じて、思わず指示を出す。
あれだけ激しく斬り結んでいるというのに、渦中のベアトリクスは微動だにしていないというのに――傷一つ無かった。

四郎が大きく太刀を振りかぶり、茜に向かって横一閃を叩き付けた。
茜はソレを細剣で受け止めて、しかし力に負けて――地面に水平に吹っ飛ばされてしまう。



その直線上に、ベアトリクス。

七瀬「――奴ら、逃げるぞ!!?」

662 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/22 17:52:30.72 N5mCpbOAO 1113/1642

ベアト「わぷっ!?」

「舌噛むなよっ!!」

茜はベアトリクスに飛び付き、その勢いのまま加速して建物の窓を突き破った。

外に着地し、剣士は姫を抱え直して――全力で走る。

七瀬「ヤられた――グルだったんだ。追って!」

「は、はいっ!」

一人残ったサムライは、足で床を豪気に踏み鳴らした。
重厚な音と共に、建物は魔女の結界に包まれる。

和風の城の様な内装と、深い堀。
結界の入り口であろう、跳ね橋は上がっている。

四郎「まぁ、そう焦らず――是非遊んでいって頂けぬかな?」

外も中も、二人とも心から笑っていた――――

677 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:44:13.50 b1Tbp4yAO 1114/1642

――――懸命の一騎当千

四郎「はっ!!」

一陣の疾風の様に、魔法少女と擦れ違って――その身を斬り裂く。

見事な太刀回りで得物ごと太刀斬っていくその様子は、紛れもなく侍だった。

「ひっ――」

「七瀬さん、あの人強い……っ!」

四郎「如何にも」

日々を魔女狩りに費やした四郎と、淫蕩に耽る日々を過ごした彼女らと。
その差は歴然だった。

七瀬「ありゃりゃ、結構な人数いたのになぁ……」

四郎「有象無象では、拙者の相手は務まらぬでござるよ」

四郎の足元には、大小様々な斬り傷を付けられた魔法少女たちが転がっている。
中にはソウルジェムを割られ、真に絶命した者もいた。

七瀬「おーこわ、人殺し♪」

四郎「笑わせる。人と云う定義が存在するとも、既に拙者らは其れ成らざる者だ」

四郎「人を名乗るなら、其れ相応の振る舞いをしては如何でござるか?」

太刀を振って血糊を飛ばし、切っ先を七瀬に向ける。
今すぐ斬り捨てる事すら容易だという意思表示。

678 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:44:58.64 b1Tbp4yAO 1115/1642

七瀬「君だって私たちの事は言えないよ?」

四郎「痛く存じているでござる」

四郎「既に此の身畜生へと堕ち、身体は腐り、魂は穢れ――」

四郎「――拙者に残ったモノは、小さき志のみ」

口角を吊り上げて、嘲る様に笑う。

四郎「嘆くが良い。貴様の悪事は拙者程度に打ち壊されてしまうのでござるよ」

七瀬「――上っ等、お前らぁ! コイツ全殺しだ!」

七瀬の回りに岩石が現れて浮き上がり、四郎へと飛来した。
ソレを太刀で叩き斬り、畳に突き刺す。
空いた両手に小刀二本、それは四郎の爪と牙。

四郎「既に――」

死んでいる、とは言わなかった。
真っ赤な華を咲かせながら、サムライは敵を斬る。

ただ其れだけだった。

679 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:45:45.42 b1Tbp4yAO 1116/1642

――――茜色の剣士。

「……追ってこない。四郎が足止めしてる?」

周囲の気配を気にしつつ、茜はベアトリクスを下ろした。
白き少女は事此処に至って、ようやく混乱を治める。

ベアト「――戻らなきゃ」

ほむら「なっ」

覚束無い足取りで、来た方向へと向かう少女を、茜は肩を掴んで制止した。

「バカ、何を考えてる!?」

ベアト「ボクが行かなきゃ――四郎が酷い目に遇う……」

茜が無理矢理に目を合わせて、そして見たのは真っ赤な目。
瞳の奥まで吸い込まれそうな、血のような紅色だった。

「――だからどうした!」

ベアト「え――?」

「四郎は覚悟の上だと、アタシは感じた……だから、アタシもこんな――柄に無い事をやってるんだよ」

手を離す。
ベアトリクスには、『ソレ』が最後なのだと――無意識に理解した。

「……待ってて。ホントのヒーローを呼ぶからさ」

端末の番号を見て、運命の数奇さを感じる。
こんな時に役に立つとは、正直思っていなかった。

コールは、二度。

『……どうした?』

「よ。十兵衛だよね?」

680 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:47:07.82 b1Tbp4yAO 1117/1642

――――十兵衛、分岐点。

急な連絡に、十兵衛は慌てて会議室を出た。

十兵衛「あぁ……何か用事か?」

『アンタ、今どこだ?』

突っ込んだ質問をされる間柄では無かったはずなのだが、と十兵衛は訝しむ。

十兵衛「今は……魔女狩りを終えて、真宵と――なんだ、世界のお偉いさん方と会議の最中なんだが」

十兵衛「悪いが、大した用事じゃないならかけ直し――」

『――バカ野郎!!』

怒声が耳を劈いた。

『そんな事は放って、ベアトを――なっ』

十兵衛「――ベアトリクス? おい、どうした! おい!」

意味深な言葉を最後に、通信が途絶える。
かけ直しても繋がらず、向こうに何かあったのは確実だった。

681 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:48:03.37 b1Tbp4yAO 1118/1642

十兵衛「くそっ……何だってんだよ」

真宵「十兵衛、どうかしたのかしら?」

真宵が会議室から顔を出した。
叫び声を聞いての、純粋な興味。

十兵衛「真宵……悪いが話は保留って事で、説得をしてくれるか?」

真宵「今さら? もう引き返す気はないみたいよ、彼らはね」

十兵衛「悪い……ベアトリクスに何かあったようなんだ。少し様子を見てくるから、その間待ってもらうだけでも構わない……」

真宵の表情が変わる。

真宵「ふぅん……なら、行ってきなさいな」

十兵衛「済まない。後で埋め合わせは必ず!」

言うが速いが、十兵衛は飛び出していった。
残された真宵の、背後の扉が開く。
各国の要人が揃っているようだった。

真宵「察するのも時間の問題かと」

「ふむ、仕方あるまい」

「えぇ。彼には悪いが、彼女は我々にとっての希望」

「女神であり、再生の象徴ですからな」

建物の外で大量の魔法少女が動く気配がした。
制圧の為の、もはや軍隊と化した各国の魔法少女たち。
ソレらの魔力だった。

682 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:51:39.27 b1Tbp4yAO 1119/1642

――――侍死してサムライ死なず。

四郎「くそっ……」

いくら質が良かろうと、圧倒的な数には叶わない。
例に漏れず四郎に、隠しきれない疲弊が蓄積していった。

四郎「――邪魔!」

飛び掛かってきた魔法少女を斬り飛ばして、再び構え――その魔法少女の上半身が四郎の足を掴む。

四郎「なっ」

それは致命的な隙となって、四郎にツケを払わせた。
右腕に槍が突き入れられる。

四郎「がっ!」

七瀬「今だ、やっちゃえ!」

左足にナイフ。
腹に西洋剣。

戟。
鎌。
銃剣。

四郎「がっ――がぁぁぁっ!!」

全身至る所に刃物を突き立てられ、尚戦意を燃やして動く。
その狂気じみた様子に魔法少女らは気圧された。

683 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:52:33.54 b1Tbp4yAO 1120/1642

「ばっ、今だろ! 槍を使え!」

槍使いであるのだろう、魔法少女がソレを量産して仲間に手渡す。

ソレを受け取った魔法少女が、次々と四郎を針鼠にしていった。

刺す刺す刺す刺す刺す刺す。

四郎「あ――――」

皮膚の下を金属に犯され、四郎は程無くして地面に倒れた。
意識も既に虚ろで、ソウルジェムは暗黒と言って刺し差さえない程に穢れて。

七瀬「……ふー。てこずったぁ。さ、みんな追うよ♪」

動かなくなった四郎をそこに捨て置き、七瀬らは気配を頼りにベアトリクスを追う。

四郎「――――」

四郎の、最早呪詛である小さな呟きを聞く者は――誰も居なかった。

684 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:53:14.03 b1Tbp4yAO 1121/1642

――――茜、広がる結界に呑み込まれ。

「――何だ?」

急に端末の通信が切れ、そして自分達を包んでいく魔女の結界を感じた。

その結界の雰囲気は――

「……おい、冗談じゃないよ」

ほむら「これ――まさか!?」

何故か、四郎を想起させた。

ベアト「魔女が近くにいる……?」

「行こう、ここは危険だ」

ほむら「――っ、気配っ!」

「いました!早く応援を!」

「っ」

不意の声に振り向けば、そこに小柄な魔法少女。
どうやら七瀬の使い走りらしい。

「黙ってろ!」

茜が細剣を三度振って、同じ数の真空波が魔法少女の身体を刻んだ。
斥候は崩れ落ちる。

「ヤバい、急がないと――ベアト、ほら!」

ベアトリクスの手を引くが、彼女は踞って動こうとしなかった。

ベアト「四郎の……四郎の声が聞こえる――」

「――何だって?」

微かな震えも混じり、ただ事では無いのは痛い程伝わってくる。

ベアト「――忠誠を、誓う?」

彼女が聞いた声は、一人の侍の遺言だった。

685 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:53:54.28 b1Tbp4yAO 1122/1642

――――十兵衛、結界の外。

十兵衛「何だこりゃあ……電波の反応があったのはこの辺りだろ……結界に巻き込まれたか?」

結界を入ってすぐ、行く手を深い堀が阻んだ。

十兵衛「ふん、こんなの飛び越え――」

言い終わる前に、跳ね橋が十兵衛の前に降りてくる。
まるで主を招き入れるように。

十兵衛「――入れってんのか?」

警戒しながらも、十兵衛はそこに足を踏み入れた。

十兵衛が十分進み、橋から見えなくなった辺りで、ソレは行儀よく元の位置に上がっていく。

有り様は、とても良く似ていた。

686 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:54:23.40 b1Tbp4yAO 1123/1642

――――茜

「ほら、行くよベアト! もたもたしてたら――」

七瀬「追い付かれるからねぇ♪」

「――っ」

嫌な声。

声の主は死角から瓦礫を弾丸にして、それは茜を貫く軌道を描く。

ほむら「(やられた――)」

振り返るまでに行われるであろう、ソレだった。

「(間に合わ――?)」

刹那、何かが弾丸を叩き落とし――茜の前に束まって壁となる。

「――鎖」

虚空から伸びる、無骨な鎖が茜を守っていた。
確かに――『彼女』の奇跡だ。

687 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:57:22.21 b1Tbp4yAO 1124/1642

七瀬「あっれー? 何それ。杏奈さんの猿まね?」

七瀬の背後からぞろぞろと子分が現れ、茜とベアトリクスは包囲されてしまう。

「……これはまずいよ」

下がりたくともそれを出来ず、このままではきっとなぶり殺されるだけだろう。

鎖が、震えた。

無意識に、ソレに手を伸ばす。

「――お願い、アタシを守って……っ」

魔法少女たちがソレを皮切りに、各々が武器を奮って茜を討とうとした。

茜に握られた鎖は――ソレを一団ごと薙ぎ払う。

「――ありがと」

「うん。もう怖くないから――!」

声無き声に返事をして、茜は魔法少女たちに単身突撃した。

右手に細剣、左手に鎖。

とてもちぐはぐなソレは、しかし見事だった。

688 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:58:13.96 b1Tbp4yAO 1125/1642

――――寂しがりの剣と、臆病な鎖。

「どぅりゃあぁぁぁぁ!!」

身体が軽い。
誰かと一緒に戦っているような錯覚さえ覚えた。

いや、事実そうなのだろう。

「失せろっ!」

負ける気がしない。
木っ端の様に敵は吹っ飛ぶし、自分に攻撃は当たらない。
見えなかったモノが容易に見える。
感覚が鋭敏になる。

動きは鋭い。
打撃力もある。

一対多に不向きな剣という武器を、鎖が見事にカバーし合っていた。

もう、何も怖くな――

七瀬「ところがどっこい♪」

「がっ!?」

さっき防いだはずの瓦礫が、散々暴れまわった今――足元から不意に飛び出し、茜の背を切り裂いた。

その後、炸裂。
鎖を持っていた左手が、巻き込まれて千切れ飛ぶ。

「あ――がぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

痛みは身体だけでは無い。
急に一人になった子供の様に、不安が瞬間的に襲いかかる。

そこに追い討ちをかける、七瀬の石。
凄まじい速度で飛来したソレは、彼女のソウルジェムをかすって胸を貫いた。

「ぐっ――」

七瀬「今のは殺せたんだけどさ♪ じっくり行こうと思ってね♪」

689 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:58:55.77 b1Tbp4yAO 1126/1642

身体が力を失って地面に抱擁される。
倒れ伏した彼女の頭を、七瀬は強く踏みつけた。

ほむら「あぁ……なんて事……」

下卑た笑いを披露する。

七瀬「ざまぁないねぇ♪」

七瀬「いい加減分かるべきだよ、魔法少女なんだから」

七瀬「現実的に、勝てる訳ないじゃん♪」

七瀬「そんな希望なんて、始めから与えられていないんだから♪」



コイツも、哀れだ。



「――楽だよな」

七瀬「あぁん?」

「そうやってさ、絶望から逃げてばっかり」

「嫌な事から目を反らして、自分に都合の良い事だけ欲しがってさ」

七瀬「それが普通じゃん♪?」

ほむら「――――」

茜の目は、まだ絶望していない。

690 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/25 23:59:52.69 b1Tbp4yAO 1127/1642

「普通ってのは便利な言葉だと思う」

「どんな間違った事でも、回りが正しいと思えばそれは普通だから」

「私は――誰かに間違いを正して欲しかっただけだったみたい」

ほむら「――――っ」

七瀬が足に掛ける力を強めた。

七瀬「普通ってのをさ、やらなきゃ――生きられない」

七瀬「それは間違いじゃない。やっぱり私とお前は合わないんだ――しね♪」

「あっ――!」

ベアト「や、止めてっ!」

白い髪も、既にくしゃくしゃになってしまった少女が、七瀬の足にすがり付いた。
懇願する瞳が酷く愉快だと、七瀬は思う。

七瀬「だって君逃げたよー?」

ベアト「逃げない逃げない! もうどこにも行かないから! だから――」

ほむら「……」

七瀬「んふー♪ どーしよっかな?」

「――ふっ!」

七瀬「――あぶ、おまえぇぇぇぇぇぇ!!」

呑気な声を吐き出している七瀬に向かって、茜は最後の魔力で細剣を遠隔操作した。
それは神速中の神速で空気を斬り裂き、青い熱を纏う程の真空波となって七瀬の頬を裂く。

691 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/26 00:00:40.56 aXDwfo4AO 1128/1642

七瀬「そんなに死にたいなら――ぶっ殺してやるよ!」

ベアト「や、止め――」

七瀬は茜の襟首を掴んで、魔法少女の怪力をもって空中に放り出した。

地面から鋭い石柱が飛び出して、茜の腹を貫く。

ほむら「茜!」

七瀬「ほら、槍!」

「「「「はいっ!」」」」

完全に動かなくなった身体に、魔法少女たちは念を入れて槍を襖の如く突き刺した。

刺される度に茜の身体は痙攣し――やがてそれも無くなった。

692 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/26 00:02:29.81 aXDwfo4AO 1129/1642

七瀬「ハハッ。あーあ、死んじゃったよ。私の言う事聞けば良かったね♪」

七瀬は茫然自失とするベアトリクスの頬を撫でる。
反応が薄くていまいち面白くない。

ベアト「茜……あかねが……」

七瀬「そもそも君が悪いよ?」

ベアト「ボクが……?」

七瀬「あぁ。キミが一緒に逃げなければ、私たちだってここまではしなかった」

まだ、この上この子を追い詰めるつもりなのか。
自分が涙を流している事に気付く様子も無い、この子を。


ほむら「どの口が……ほざくのよ……っ」

魔法少女たちに、一仕事終えた後の安息感が訪れた。

その一人が言う。

「七瀬さん、ちと疲れてしまって……ヤっちゃっていいっすか?」

七瀬「おー、ヤっちゃえヤっちゃえ♪」

ベアトリクスは抵抗も無く、魔法少女に抱えられた。

ベアト「ボクが……ボクのせいで……」

和気藹々とした雰囲気の中、一人が気付く。

「あれ、そういえば結界がまだ消え」



そして頭から真っ二つに両断された。
悲鳴を上げる暇すら、赦されない。

七瀬「なに――?」

巨大な太刀を持った、がらんどうの武者鎧が――鬼の面を向けて返り血を浴びていた。

693 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/26 00:03:00.38 aXDwfo4AO 1130/1642

ほむら「――四郎」

鎧武者の魔女、その性質は愚直。

まだ何も終わっていないのだ。
ソウルジェムを砕かれて、速贄の様になった茜洋子の――死して尚不敵に笑っていた意味とて、誰も気付けない。

茜の最後の一撃は空へと吸い込まれて、鮮やかな青色を結界の中に撒き散らした。

それは、目印。

十兵衛「あの光は――?」

自分の役目を終えた、笑みなのだから。

744 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:42:32.39 sqTWRNsAO 1131/1642

――――魂の泣き骸

魔女「ヴォォォ―――ッッ!!」

「な、七瀬さん、助け――」

「何だコイツ――今までの魔女とは比べ物に、ぎゃっ!?」

七瀬「は、はは……何だよこれは」

身の丈が倍ほどもある、人型の魔女が、藁を散らす様に魔法少女を殺していく。
その余りに圧倒的な様子に、乾いた笑い声しか出なかった。

ほむら「――強い」

ベアト「四郎、四郎だね――?」

魔女「――――」

魔女は背中を向けたまま小さく頷き、大太刀を振って鮮血を散らす。

魔女らしからぬ体躯の速さを目の当たりにして、兵隊達は狼狽えた。

「た、助けて、助けて――ぴっ」

足元を誤って転んだ魔法少女の、喧しい口唇ごと頭部を踏み砕く。

猛る心を抑える様に、雄叫びを空へと解き放った。
其れだけが、其れだけで戦意を挫く。

七瀬「おくびょー……こっちだ死に損ない!」

七瀬は四郎の事を他人よりかは知っていた。
故に、『アレ』の性質を予測できる。

七瀬「『バカ正直』、かなかな?♪」

当たらずとも、しかし遠からず。

七瀬は魔女に向かって小さな石礫を大量に飛ばした。
魔女はその弱き数撃を一太刀に振り払う。

745 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:43:30.24 sqTWRNsAO 1132/1642

そして気付く。七瀬の姿が無い事に。

地面に、大きな影がぽつりとあった。

七瀬「上だよ!」

声に釣られて上空に有る物質を切り刻む。

――ただの瓦礫。

七瀬「ばーか♪」

七瀬は限界一杯に姿勢を低くして、魔女の股下を滑り抜けた。

狙いは――

ベアト「ひっ」

お姫様ただ一人。

魔女「ヴォゥ――!!」

だが、その肩に手を掛ける寸前。
魔女の体当たりで七瀬は紙切れの様に吹っ飛ぶ。
僅かに水平飛行、そして地面に何度も殴られて身体はそこを無様に転がった。

七瀬「あ……いたた……」

無視できないダメージが蓄積されたのが分かる。
骨は役に立ってないし、筋肉はズタズタだろう。

それでもまだ立ち戦える事に、少しばかりの恐怖を覚えて覚えない。

七瀬「やっべー……マジヤベー。年貢は納めたくないのになぁ」

魔女は未だ白き姫を守る侍でいて、そして正しく成されていた。

攻めあぐねたソコに、落ちた水滴は――一つの波紋を世界に呼び起こす。

十兵衛「――何だ、これは?」


ようやく、彼女は辿り着いたのだ。
そして、世界も辿り着いて――

746 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:44:28.82 sqTWRNsAO 1133/1642

――――主、明智十兵衛武政の御成

ほむら「――やっと来たのね!」

十兵衛「な、なんだこりゃ――?」

見れば、大勢の魔法少女と、殺られたであろう犠牲者。
生きている魔法少女たちにも、幾つもの手傷が見えた。

石と槍に身体を突き刺された茜。
それに、魔女。そしてその傍にベアトリクス。

ベアト「――じゅうべ」

七瀬「十兵衛さん、助けて下さい!」

ほむら「なっ」

ほむらが愕然とした表情で振り返った先には、内心笑っているであろう七瀬。

状況を良く観察した、狡猾な判断だった。

七瀬「あの魔女、かなり強いんです! 早くしなきゃ、彼女が!」

十兵衛「ベアトリクス――分かった、加勢する!」

ベアト「え――」

十兵衛が自らの武器、業物の薙刀で鎧武者に斬りかかる。
鎧武者は何の抵抗も無く、左肩から先を失った。

十兵衛「茜もお前がやったのかよ……ただで済むと思うなよ!!」

怒りに任せた蹴りが、巨大な鎧を空中に浮かせ上げる。

そのまま薙刀の腹で地面に叩き付けた。
金属音がけたたましく鳴り響き、なお魔女は抵抗しない。

七瀬「……さっすがぁ♪」

747 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:45:05.77 sqTWRNsAO 1134/1642

十兵衛は強く、空を貫かんばかりに薙刀を振り上げた。
それは、トドメの構え。

十兵衛「覚悟しな――っ?」

地に横たわり動かなくなった魔女の前に、ベアトリクスが飛び出す。

小さな肩だったが。

小さな身体だったが。

十兵衛には、魔女を守る鋼鉄の盾に見えた。

十兵衛「どうした、ベアトリクス……?」

ベアト「ダメだ……キミがこの子を殺しちゃいけない――」

ベアトリクスは不思議な表情をしていて、それが更に十兵衛に疑念を植え付ける。

だって、無表情で涙を溢しているのだから。

七瀬「ダメです! 彼女は魔女に操られているんです!」

ベアト「十兵衛、聞いてくれないか――」

どういう事だ、と思案する間に魔女は起き上がってしまった。

慌てて構え直し、そして見る。

自分の前に跪く魔女を。

ベアト「この子は――」

魔女は右手をこちらの頭に向かって伸ばし、何かを伝えようとしていた。

頭に、誰かの記憶が流れ込んで――

ベアト「四郎……なんだ」

――その記憶の一番最初に、満面の笑顔で手を差し出す、子供の頃の自分が居た。

748 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:46:04.68 sqTWRNsAO 1135/1642

――――役割、完了。

十兵衛「――――――――」

ほむら「……動かない?」

魔女と最強はお互い微動だにせず、その場の緊張感を一手に担っていた。

徐々に険しくなっていく表情。

全てが終わると、魔女は右手に小刀を生み出し――自らの腹部を裂いた。

十兵衛「許さん。が……ご苦労だった。済まん、無理をさせた」

本当の意味で崩れ堕ち――彼女は死ぬ。
結界は溶ける様に消えていき、空には嘲笑うような満月が浮かんだ。

七瀬「……どうしたんですか――」

十兵衛「口を開くな」

七瀬「――っ」

今。

今、一回、七瀬は死んだ。死んだと思った。

そんな錯覚を抱かせるような、質量を持った殺意がソコに満ちている。

だがしかし、恐怖はとうに捨てた。

七瀬「……あーあ、四郎ちゃんもホン……ットちゅーぎバカだねぇ。最後の最後に最後っ屁かぁ♪」

十兵衛「黙れ、頼むから」

「それ以上喋られると、街ごと抉りそうだからな」

一言一言が、波となって世界を揺らす。
十兵衛の足元の小石などは、既に粉末になっている。
怒りが現実を侵食しているのだ。

749 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:48:59.70 sqTWRNsAO 1136/1642

七瀬「出来るのかな♪?……ベアトちゃん、コイツ、もう知ってるよ♪」

ベアト「え――?」

十兵衛「………………ベアトリクス」

ベアト「――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

ベアトリクスは頭を抱えて震える。
きっと十兵衛は、こんな汚れた自分を許しはしない――

七瀬「ベアトちゃんは悪くないよねー」

ベアト「ボク、は――」

十兵衛「――気安く呼ぶな!!」

怒声を無視して話を続けた。
甘ったるい、優しい声で。

七瀬「ベアトちゃんはさー、僕らのソウルジェムの為に頑張ってくれてたんだぁ♪」

七瀬「だから君は悪くない。寧ろ良い事をしたんだよー♪」

七瀬「――お前はコイツを独り占めして、自分だけ生き残るつもりだったんだろ? 明智のじゅーべーさん♪」

十兵衛の突きだした薙刀が、七瀬の首の皮を薄く裂く。
血が少し、流れる程度。

750 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:49:29.41 sqTWRNsAO 1137/1642

七瀬「ヒュー♪」

十兵衛「今、殺さなかった自分を誉めたい――こんなにも、右腕はお前を殺したがっているのに」

七瀬「殺せないの? 殺せないよね?」

七瀬「ベアトちゃんが望んだなら、アンタに否定する権利は無いから」

七瀬「好きな女が、人の上で腰を振る淫売でも」

七瀬「アンタには関係無い」

七瀬「寧ろ、アンタは私たちとベアトちゃんの仲を裂く無粋者だ」

十兵衛は、十兵衛自身として矛盾していた。

自分の生きている意味は、人々を守る為。
しかし、自分の怒りによって傷付けようとしているのは、その対象。

二律背反。
自己の否定。

それに、自信が無い。
幾ら最強とて、人の心だけは、どうにもならない。

四郎の記憶の中の彼女は、本当に悦んでいるようで――

思い出して、頭が焼けそうになる。
脳が理解を拒んでいた。

ベアトリクスが、一生こんな目に合うくらいなら、いっそ全て――

真宵「その辺りで武器を下ろしなさい、十兵衛」

751 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:50:19.69 sqTWRNsAO 1138/1642

――――取り囲む屈強な者たち。

十兵衛「……何の冗談だ、水城」

真宵「酷い人。ようやく名前を読んでくれたのが、こんな時だなんて」

十兵衛と魔法少女たちは、みな一様に取り囲まれていた。

十兵衛「……そういう事か」

様々な国々の人種で組まれた軍隊で、十兵衛にはちぐはぐに見える。

十兵衛「お前は、ベアトリクスの浄化能力がどういう物か知って、敢えて計画を進めていたんだな?」

真宵はただ縦に首を振った。

七瀬「よっす、真宵さん♪」

真宵「随分とやり過ぎたようね。全く、向こう見ずで呆れるわ」

成る程、ここもか。なら。

十兵衛「物騒なソイツらは何だ」

真宵「分からないの? 今、世界中の人間が、喉から手が出る程欲しがっているモノが」

真宵「彼女がいなければ、世界は滅ぶ。彼女一人の犠牲で、世界は蘇るのよ」

全体を見れば、膨大に対する、たった一。
そんな事、分かっていた。

会議室で見た顔が口を開く。

「出来れば君は真実を知るべきでは無かったのだがね」

「知らなければ、ベアトリクス君は世界の救世主だと思って生きられただろうに」

「いや、今となってはもう遅いだろうが、やる事に変わりは無い」

752 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:51:35.02 sqTWRNsAO 1139/1642

勝手なモノだ。
誰も彼も、俺という存在を分かっちゃいない。

ベアトリクスの方を見る。
もう、ソレが怯えているのかどうかも、曖昧だ。

俺のソウルジェムは、夜みたいに濁っていた。

十兵衛「――――」

ベアト「うむっ――――」

戯れに、ベアトリクスに口付ける。
彼女は――――受け入れてくれた。

ソウルジェムの穢れが堕ちる。
輝くソレが、少し羨ましかった。

彼女に背を向ける。

怖い。けど、聞こう。

十兵衛「ベアトリクス。一回しか聞かないから、良く聞けよ」

ベアト「え」

喉が乾く。
息が苦しい。

十兵衛「お前は、『嫌』か?」

投げ掛けるソレは、簡単な選択肢。

『嫌』か、『構わない』か。

酷く簡単だ。
何せ二択だから。
しかも、片方を選べば世界は緩やかに滅ぶと確定している。

だけど、彼女は『一度だけ』と言った。

それが怖くなって、やり直せないと知って、ベアトリクスは我が侭を言ったのだ。

『ボクは――嫌だ』

世界を滅ぼしたのは、彼女だった。

皮肉にも、愛が、嫉妬が、滅ぼしたのだ。

753 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:52:05.89 sqTWRNsAO 1140/1642




――そして彼女は、世界にとって『最強』の敵になり



――そして世界は、『最強』の彼女の敵になった。




754 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:55:26.37 sqTWRNsAO 1141/1642

――――暁美ほむらの見た最期。

私は、この世界をずっと見ていた。
存在だけを鑑みるなら、この身は神的存在と言っても良かっただろう。

ここで見たのは、インキュベーターの過去。

私は、最初ここは宇宙の何処かにある、インキュベーターの母星だと思っていた。

しかし、ある日気付く。
空に映る天体の一つ一つが、私の見知ったソレだった。

私はソレにより、ある仮説を立てた。
一つは、ここが別の因果線上の地球である事。
彼らが魔法と称して因果を奪っている世界が、私たちのいた地球だという、仮説。

もう一つは、インキュベーターたちが地球を捨てて私たちを飼う檻として使っているという、仮説。

「…………」

彼女は一人踞って、ずっと『ごめんなさい』と呟き続けている。

世界を滅ぼすのが彼女だったとしても、それは目に見えない程にゆっくり訪れるはずだった。

実際、私もそう思っていた。

だが。

今、彼女の目に映る範囲に、『モノ』は無い。

水平線の果てまで、更地になった浅瀬があるだけ。

あの時織莉子が見た、風景。

――『最強』は、今は何処で戦っているのだろうか。

755 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:56:21.45 sqTWRNsAO 1142/1642

……彼女は世界の敵になった。
その瞬間、世界全ての因果を凌駕するように――彼女の奇跡は彼女を塗り替えた。

ソレが人間の姿を保てるとすれば、既に神域の存在で――そして良くも悪くも、明智十兵衛武政は人間だった。

魔法少女として人のカタチを保たなくなり、ただ愛する人に仇なす者を殺し、排除し、削除し続けた。

魔女とはまた違う、魔法少女のままで。

……彼女が『嫌だ』と言うのは、それ程までに罪だったのだ。

それ程までに――

この世界に来た意味は、知識の収集だった。
この世界にも、私が戦う為に、たくさんのヒントが散りばめられていた。

ソウルジェム同士での浄化や、願望器の存在。浄化能力者。

だが、一つだけハッキリとしない事実がある。

『インキュベーターは何故、地球に居たのか』

私たちの世界のインキュベーターと、この世界のベアトリクスは余りに合致しない。

同一では無いのかと、勘繰ってしまう程に。

――いや、まさか。

それならば、どうなるのだろうか。

私のした事は、一体どういう意味があって、世界にどう影響を与えたのか。

誰も、答えはくれない。

この世界が滅べば、何か分かるのだろうか。

756 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:57:02.29 sqTWRNsAO 1143/1642

あの時、あの選択から凡そ三日。

この地球は、あと四日もすれば全て死に絶えるだろう。

魔女も、魔法少女もいなくなった世界。

リセットされた世界。

あぁ、彼女が『最強』を願わなければ。

あぁ、彼女が『全ての不幸を取り除く』事なぞ願わなければ。

いや、いっそ出会わなければ――世界は滅ばなかったのかも、しれない。

757 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 02:57:46.83 sqTWRNsAO 1144/1642

――――帰ってきた彼女は、もう。

「やだよ……ボクを独りにしないで……」

「――なぁ、『ベアトリクス』」

「っ」

「前、しただろ?――宇宙の話」

「……うん」

「いつか宇宙も終わっちまうのかな……宇宙人がいるなら、会ってみたかったねぇ」

「ボクなら、ボクの能力ならきっと大丈夫だよ……だから――」

「ダメだ」

「何故!?」

「間に合わねぇよ。このままなら、俺は魔女になっちまう……お前を、殺したくない……」

「――っ。『最強』なんだろう……?」

「いやぁ……やっちまったね。『最強』ってのは、比較対象が居て始めて『最強』らしい……『全能』を願っておけば良かったな、ハハッ」

「そんな……そんなの、わけがわからないよ……」

「――生きろ」

「……」

「生きてくれ……少しでも長く……俺たちのいた、世界を……俺たちがいた、証を……」

「――分かったよ、生きる、生きるから! まだ逝かないで、ボクといてよ……独りは嫌だよ――寂しいよっ!」

「ありがと、う」



空に、薙刀が浮かんでいた。

それは、死に行く魔法少女の武器。



「さよならだ、『ベアトリクス』」

「待っ――――」

黒き魔法少女のソウルジェムは、自らの武器によって砕けた。





世界に残されたソウルジェムは、たった一つで。

世界で動いている物は――

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

――泣いている彼女だけだった。

758 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:01:12.67 sqTWRNsAO 1145/1642

――――

「どういう、事なの」

十兵衛は、自分が自分で何を話しているかすら、分かっていない様子だった。

アレは、きっと彼女の本心。
心からの声。

自分を否定してまで叶えたかった、奇跡。

しかし――このままでは、ここで全て終わりのはずだ。

何も起こらない。
宇宙からの生命体なんか居ない。

「なら、一体私たちはどうやって。いや、インキュベーターは、インキュベーターとは、一体何?」

ベアトリクスが、泣きながら意識を失って、その身体は水面に吸い込まれた。

波紋が――世界に広がって。

そこには、良く見知った魔女が居た。

ほむら「――ワルプルギスの、夜」

しかし、様子はまるっきり違う。
直立で、顔は悲しんでいて、嘆き声を振り撒いていた。

魔女が手を水に付けると――

「世界が――進化していく!?」

もう一度、もう一度。
速回しのビデオを見ているように、水から生命が生まれ、進化し、絶滅し、進化し、絶滅した。

圧縮された時間が、そこにあった。

759 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:01:55.32 sqTWRNsAO 1146/1642

ほむら「成る程――!!」

確かに、そう。
世界の全てが、一秒前に生まれた事は、誰も証明が出来ない。

記憶すらただの電気信号だ。
全てが作られていたとしても、ソレを疑う、者は、居ない?



ソレヲ、ウタガウ、モノハ、イナイ?



恐ろしい事実に触れた様な、平衡感覚が無くなっていく気分だった。

彼女は――死に際に交わした、約束を果たして、いや、果たし続けているのか。

生きる。

世界を。

その二つを?

だから似ていたのか――?

崩れた積み木を、積み直す子供の様に――過去の世界を模倣して造りあげているとでも、言うのか?

ワルプルギスの夜が魔法少女からエネルギーを集めているのは――この世界を、あの時も、直し続けているから?

「っっ――!!?」

そして気付く。

私は二つの仮説を立てた。

しかし、そのどちらも違っていたのだ。

ここは――確かに地球で。

そして今は、単純に過去だった。

今思えば、何で疑問に思わなかったのだろう。

何故、ワルプルギスの夜は『結界を張らない』?

760 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:02:22.85 sqTWRNsAO 1147/1642

私は、ワルプルギスの夜が強力だから、隠れる必要は無いと思っていた。
事実、魔女化したまどかも結界は張らなかった。

だがしかしどうだ。
確実に強力な魔女だった、あの時の美樹さやかは――大きいなりに結界を張っていたではないか。

強力であるが故に、広大な結界。

それは、つまり――

「ワルプルギスの夜にとっての結界は――世界全て?」

つまりそれは。

つまりそれは。



「――私たちは、使い魔?」



叫びたい。



居なくなりたい。



死んでしまいたい。



いや、死ぬぐらいなら、叫ぼう。

「いや、いやぁぁぁぁぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁ、ぁぁぁぁぁ!!!!」

761 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:02:50.71 sqTWRNsAO 1148/1642







「ボクと契約して、魔法少女になってよ!」
『誰か、ボクを助けて――』







762 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:04:09.44 sqTWRNsAO 1149/1642

――――

「――っ」

唐突に頭に声が響いた。

彼女もまた、因果に囚われているのだとしたら。
システムとしての役割を強制されているとしたら。

私は、助けを求める彼女の手を――

何度も。
何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

撃ち落としたというのか。

私がやっていた事は、前提から間違っていたというのか。

使い魔だから、魔女の為に生きるのは当然ではないのか――?

「違う!!!」

強く否定する。

私が生きた世界、関わったたくさんの魔法少女たち。

彼女らは、確かに、自分の意思で――生きていた。

私たちは、つまらぬ事で泣き、些細な事で笑い――

誰かを愛し、誰かに愛されて生きていた!

それは否定出来ない真実だ。
何物にも変えられない真実だ!

「私は、魔法少女よ――!」

自己を完結し、胸を張って立ち上がる。

そして虚空に向かって叫んだ。

「居るんでしょう!」

『――良く気付いたな』

声が返ってくる。

ワルプルギスの夜、ベアトリクスの真実を知った今、最後の疑問はこの盾。

時間を遡る私の力。

「――貴方、ジュゥべえね?」

763 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:06:36.85 sqTWRNsAO 1150/1642

『ほぅ、オイラだと分かるのかい』

「この盾は、私のソレとは似て非なる。貴方の与えたモノでしょう?」

『オイラだけじゃないし、オイラにはそこまでの力は無い。無意識にだが、キュゥべえの力が大半だな』

「ふむ。差し詰め、最後に残った魔法少女の私に――」

『可能性を懸けた』

「私にインキュベーターを救う役目を、与えようとしたのね?」

声は答えない。

「あの、使い魔のインキュベーターは……本当に彼女?」

『……キュゥべえの記憶と――とあるお伽噺を参考にして、不都合の無いように作られた人格、だな』

お伽噺……と言えば。
十兵衛が死ぬ寸前に思い出させたアレ、か。

宇宙の為、と銘打てば罪悪感も無くなる……といった所だろうか。

「最後に……貴方は『何』?」

『一つ上の段階、だ。ま、オイラは亡霊みたいなもんだけどな』

『いつでも、どこにも、オイラはいる……ただ、オイラは残り滓だから、そんなに干渉できない』

『かずみたちは、ダメだったよ』

「……風の噂に聞いたわ。魔法少女システムの否定、なんてバカげた事を言っている集団がいるって」

「貴方たちだったのね」

764 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:07:10.44 sqTWRNsAO 1151/1642

「貴方は、自ら魔法少女を育てる事によって、ベアトリクスを因果の糸から解放しようとしていた」

『そうだ』

「これで、全て繋がったわ……」

あの時まどかが『私も舞台の上で踊っているだけ』と自らを嘲った事も。
ジュゥべえの意味深な言葉の意味も。

「それでも、私たちにインキュベーターがした事は変わらない」

『分かってる……だけど――』

「だけど、私はまどかを助ける為に、世界全てを救うと誓ったわ」

ようやく目標が見えた。
正解に辿り着いた。

「そうね、でも、もしかしたら――」

髪をかき揚げ、盾からバイオリンを出した。

「――そのついでに、救ってしまうかもしれないわね」

魔女は世界を治していく。
私が存在出来るようになるまで、幾年掛かるかは分からないが――

それまでは、彼女の傍で、彼女が寂しくないように――音楽を奏でよう。
さながら、お祭りの様に、ね。

765 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:07:47.79 sqTWRNsAO 1152/1642

――――エピローグ

ほむら「失礼」

「……君は誰だ。ここには誰も入れるなと言っていたはずだが」

ほむら「バイオリンを一つ、作って頂けないかしら?」

「私は、もうバイオリンを作らない――」

ほむら「あら、何故?」

「見ろ、コレを」

ほむら「……ガラクタね」

「――ガラクタに見えるのか!?」

ほむら「えぇ」

「貴女には信じられないかもしれないが、皆にはコレが素晴らしいバイオリンに見えるらしい」

「私のバイオリンとは――」

ほむら「貴方のバイオリンは、とても素敵よ」

ほむら「……新しい、コレが欲しいの。作って頂けないかしら?」

「コレは、私の――一体どれだけ使えばこんなに……」

ほむら「さぁ、1000年か、10000年か……定かじゃないわ」

「……貴女は一体」

ほむら「さぁ、作ってちょうだい。とびっきり、『思い』を込めてね」

「……分かった。作ってみよう。貴女のお陰で、私はまだやれそうだ」

男は、バイオリン職人である。
とても良い腕だが、生涯弟子を取る事は無かった。

名を、アントニオ・ストラディバリと言った。

766 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:08:19.07 sqTWRNsAO 1153/1642

――――見滝原、市街地。

ほむら「随分、懐かしい気がするわね」

あの後、最初の魔法少女の誕生と同時に、私は世界に再構築された。
たかが数千年。
もう時間の感覚なんて麻痺していたから、さほど苦では無かった。

過去の奇跡も集めている。
新たな、自分の武器も手に入れた。
まどかのグリーフシードもある。

そして何より、私は知った。

惜しむらくは――かつての仲間達が、この世界の何処にもいない事だった。

ほむら「……行きましょう。あの一月の箱庭へ」

そしてほむらの意識は落ちた。

767 : 伊吹 ◆LPFQRD/rxw - 2011/11/29 03:09:43.42 sqTWRNsAO 1154/1642

――――病室

ほむら「おはよう……うさ、ぎ?」ホムッ

ほむら「うさぎだったかしら……? まぁ良いわ」ムクリ

ほむら「……例え一人でも、やってみせる。私しかいないのだもの」スタスタ

ガチャッ

ほむら「さて――?」





「あ、ようやく起きたぜコイツ……おいほむら! アレだけの事をやったんだからな――」

何が、起きているのだろうか。

「まぁまぁ……起き抜けに怒ったって仕方無いわよ?」

「そうだよー」

「しかし病院とは味気無いね。主に壁が白い。黒も混ぜなきゃ」

「おはよう、暁美ほむら。加減はいかがかしら?」

何が。

杏子「お、おい、何で泣くんだよ!?」

マミ「ほら、暁美さんだって気にしてるのよ?」

ゆま「ほむらおねーちゃん、泣かないで」

キリカ「織莉子、確かハンカチが……」

織莉子「はい、暁美ほむら。拭きなさいよ……私たちが困ってしまうわ」



私は久しぶりに、子供みたいに泣いた。



続き: ほむら「キュゥべえをレイプしたらソウルジェムが浄化された」#08


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