関連
勇者「僕は魔王を殺せない」【前編】
――――共鳴
勇者(魔剣士はあれ以来、鎧の呪いに負けることはなくなった)
勇者(魔女さんは魔法の使用に極端な制限がなくなったし、司祭さんは未来予知することで回復や補助を完璧にこなしている)
勇者(だからあとは僕だけ……なのに)
勇者(どうすれば強くなれるのか、手応えが全くつかめない)
◇街道
魔剣士「ここを進めば川辺に大きな町があるのよね?」
司祭「地図の通りに進めばな」
魔女「いよいよ雪辱を果たす時だものね? わたし、なんだかわくわくしてきちゃったな?」
魔剣士「自信を持つのはいいけど、油断はやめなさいよね」
魔女「ふふ、大丈夫よ? わたしが一番、わたしのことを信用してないもの」
司祭「それはそれでどうかと思うが」
魔剣士「本当にね」
勇者「…………」
魔剣士「勇者?」
勇者「ん、何?」
魔剣士「大丈夫? ぼうっとしてるみたいだけど」
魔女「旅の疲れでも出ているの? お姉さんが癒してあげましょうか?」
魔剣士(むむっ!)
魔剣士「それならあたしに任せなさいよ。今日明日は野宿でしょうけど、町についたら宿でマッサージしてあげるわ」
勇者「はは、そんなに疲れてないから大丈夫だよ」
司祭「緊張しているのか? 勇者は背負うものが多い、再戦への不安もあるだろうが」
勇者「……大丈夫。心配しないで」
魔剣士「そうよね。みんな強くなったもの」
魔女「特に勇者くん。あの魔物に負けてから、人一倍熱心に魔物と戦ったものね?」
魔剣士「んー、そう考えるとあたしって何もしてないのよね。新しい鎧を装備して喜んだくらいだわ」
司祭「それにしたって、神性が少し揺らぐだけでも呪いに負けてしまうのだろう?」
司祭「神性を高く保つ方法はわかっていない、それだけでも大変だと思うが」
魔女「そうよ? 自分は何もしてない、なんて考えはよくないと思うな?」
魔剣士「ええ、気をつけるわ」
勇者(……僕は本当に強くなったんだろうか。気を遣われているだけじゃなくて?)
勇者(目に見えた成果がないのは、僕だけなのに?)
魔剣士「……勇者、頼りにしてるわよ?」
魔剣士(どうしたのかしら、勇者ってば。思い詰めた顔してる。一人で悩みを抱え込むの、止めてほしいのにな)
……
…
魔女「ん……また魔物の気配かしらね?」
司祭「この辺りは特に多いな……予知<コクーサ>」
魔剣士「あたしにも見えたわ。五匹、ちょっと多いわね」
勇者「――――あれは首折り猿だね。腕の筋肉が異常に発達してるから、動きは遅いけど力は強い」
魔剣士「ならあまり近づかないようにしなきゃね」
司祭「この後で感づかれる。お喋りは止めだ」
勇者「なら、行こうか」
魔女「まずは威嚇しないとね? 高炎魔<エクス・フォーカ>」
勇者(これまでより威力は落ちてるけど、魔法を普段から使っていける恩恵の方が強いな)
首折り猿A「キキッ」
魔剣士「お尻の火にばかり注意してちゃダメダメね! はあっ!」ズバッ
司祭「この様子なら問題ないか。私も前に出る」
魔女「あら、気をつけなさいよね?」
司祭「無論だ」
勇者(筋肉の多い腕を攻撃するのは有効じゃない。剣筋は横じゃなく縦を意識して……)
勇者「はっ!」
首折り猿B「ウキャアッ」バタリ
首折りボス猿「……ウキキッ!」
首折り猿A,C,D「キキッ」ダッ
魔剣士「何? 急に動きが良くなって……」
勇者「!? ボス猿が混じってる! 一人だけ攻撃が集中するから、気をつけて!」
司祭「…………狙われるのは勇者だ!」
魔剣士「っ!」
首折りボス猿「キキ、キーッ!」
首折り猿D「ウキャァッ!」ババッ
勇者「このっ、離れろ!」
首折り猿C「ウキッ!」ドンッ
勇者「がっ!?」
魔剣士「勇者っ!」
魔女「……勇者くんに近づかないで、野蛮な猿の分際で」ボッ
勇者(さすがに囲まれると厳しい……ボス猿を先に叩かなきゃ)
勇者(魔女さんに頼む……いや、ボス猿がやられた後、こいつらの狙いが魔女さんにいったらまずい)
勇者(魔剣士や司祭さんは、僕を守ろうと動いてる。二人に頼りながらなら、ボス猿を倒しに行けるはずっ)ダッ
司祭「勇者から離れ……っ、勇者、出るな! 上だ!」
勇者「!?」
首折り猿E「ウキャーッ!」バキッ
勇者「っっ……」ガクッ
魔剣士「勇者!」
勇者(ぎりぎり、頭は守れた……でも鎖骨が折られた、かな)
勇者(くそ……早く、立たないと)
魔剣士「はあぁぁ!!」ブンッ!
首折りボス猿「……キキ、キーッ」
首折り猿D,E「ウキャッ」ババッ
魔剣士「っ、このっ!」
勇者(魔剣士に狙いが変わった? 僕の、せいだ)
勇者(あれだけ近くちゃ魔法だと助けられない……司祭さん一人だと厳しい、僕も行かなきゃ)
勇者「痛っ……く、はっ」
魔女「……早く魔剣士ちゃんから離れなさいよ、その尻の赤さは不快なの」ボッ
魔剣士「ちょこまかと、邪魔なのよ!」ブンッ
首折り猿E「ウキャッ!」ザクッ
首折り猿A「ウキキッ!」
司祭「魔剣士!」
勇者「っ!」
勇者(僕は、間に合わないっ。せめて、せめて何か……)
~
岩石グモU『シャッ?』
アンフィビ『おや? 勇者をかばった、それが女神の加護ですか』
~
勇者(これ、なら……)
勇者「僕じゃない、魔剣士を守って!」
ブォン
首折り猿A「ウキャ?」ガキン
魔剣士「これ……女神の加護。勇者の?」
司祭「勇者、こっちに! 高回復<ハイト・イエル>!」
勇者「ごめん、助かった!」
勇者(魔剣士は女神の加護が守ってくれる。今度こそ、僕はボス猿を倒さなきゃ!)
ブォン
魔剣士「あれ……急に、体が軽くなった?」
勇者(何だろ、力がわいてくる。今ならきっと、あのボス猿に剣が届く)
勇者「はっ!」ブンッ
魔剣士「見える。あと三匹!」
魔剣士「……四の剣、死点繋ぎ」ババッ
首折りボス猿「ウキャーッ」バタッ
首折り猿A,C,D「ウキ……キィ」バタッ
魔剣士「いきなりうまくできた……どうして?」
勇者「――――共鳴」
魔剣士「……女神の加護? なんでかしら、胸が暖かくなる」
勇者「そっか。これが、勇者の……」
……
…
魔女「ごめんなさいね? もっとうまく魔法を使えたらよかったのだけど」
司祭「仕方ない。魔物は私たちにまとわりついて離れなかった。魔法で狙うには難しいだろう」
勇者「僕の読み違いもまずかったよ、ごめん。魔剣士や司祭さんが助けてくれてるから、強引にでもボス猿を倒そうと躍起になってた」
魔剣士「勇者の気持ちはわかるけどね。あたしも同じことしたかもしれないし……それより、最後のあれは何なの?」
勇者「共鳴、って言うみたい」
魔女「共鳴?」
勇者「女神の加護を相手に与えることで、僕と相手の力を引き出すというか……」
司祭「ずいぶんと曖昧だな。それが勇者の力なのか?」
勇者「たぶん。できるってことだけは理解してるんだ。中身がわからなくて、説明できないのがもどかしいけど」
魔剣士「……原理はよくわからないけど、凄かったわよ。実力以上の力を出せたのがあからさまにわかったもの」
魔女「ふうん? その共鳴って誰とでもできるのかしら?」
勇者「できるはずだよ。今度、魔女さんや司祭さんにもお願いする」
勇者「僕自身、これがどういう力で、どんなことができるのか、よくわからないから」
司祭「どんな力か把握できていない、というのも難儀だな。いざという時、思わぬ失敗に繋がりかねないだろう」
魔剣士「まあいいじゃない、今はそのくらいで。おいおい試しましょ?」
勇者「でも、良かった。これでようやく」グッ
魔剣士「勇者? ……ねえ、もしかして――」
司祭「…………さて。そろそろ野宿の準備もしなければならないか。魔女、手伝ってくれ」
魔女「あら、わたしに力仕事をさせようなんて、司祭くんも人使いが荒いのね? 泣きたくなっちゃうな?」
司祭「たまには体を使うのもいいだろう。やるだけやってみろ」
魔女「もう、ひどいなあ? わたしって頼まれたらきちんと仕事をこなすのよ?」
スタスタ
魔剣士「気遣われちゃった。ねえ勇者」
勇者「何?」
魔剣士「最近、どうしてそんなに焦っていたの?」
勇者「……誤魔化しちゃ、ダメかな」
魔剣士「あたしがわかってないと思う? ずっと不安なのを隠してたじゃない」
勇者「魔女さんや司祭さんになら見抜かれてなかったと思うけど、魔剣士相手じゃ無理だったか」
魔剣士「あたしも理由まではわかってなかったわよ。……本当に強くなってるのか不安だなんて、思いもしなかった」
魔剣士「あれだけ頑張っていたのに、自分を信じられなかったの?」
勇者「……どうしても、ね。着実に力をつけていくだけじゃ、目に見えた成果としては表れなかったし」
勇者「けど、もう大丈夫だよ。共鳴っていう、勇者の力の使い方がわかったから。もう不安になんてならない」
魔剣士「…………もう、バカなんだから」ダキッ
勇者「――魔剣士?」
魔剣士「自分の努力を否定しないで。共鳴は確かに凄かったわよ。怖いくらいに劇的な刺激だった」
魔剣士「でも、それが活きるのは実力がついたからでしょ? 与えられた力なんて誇らないで」
魔剣士「あたしたちは勇者の努力を知っているから、勇者に命を託せるの」
勇者「…………そっか」
勇者「ねえ、抱きしめ返してもいい?」
魔剣士「――――どうしてよ?」
勇者「ダメかな」
魔剣士「――――好きにしたらいいじゃない」
魔女「ふふ。覗き見なんて、司祭くんってばいけないんだあ?」
司祭「うるさい。……それにしても、勇者はそんなことを悩んでいたのか」
魔女「自分が見えていないのね、きっと。首折り猿を最初に倒したのも、集中攻撃を受けたのも、勇者くんが一番強いからなのに、ね?」
――――女神の仰せ
◇夢
勇者「ここは……」
女神「ようやく会えましたね。私の勇者」
勇者「あなたは誰?」
女神「こうして会うのは初めてですが、あなたは何度も私の姿を見ているはずですよ」
勇者「……女神様?」
女神「あなたたちは私をそう呼びますね」
勇者「…………僕に何かご用でしょうか?」
女神「聡い子ですね。ですがかしこまらなくていいのですよ。私はあなたたち人間の味方です」
勇者「どうして今、僕の前に現れたんでしょうか」
女神「あなたが勇者の力に目覚めたからです。私は勇者を導くことはできますが、人間に多くの干渉をすることはできません」
勇者「どうしてですか?」
女神「私と関わることで人間に与える影響は大きすぎるのです。あなたに話しかけるだけで勇者の力を与えたように」
女神「ですが今のあなたなら、私の声を聞いても総体としての人間に影響を与えないでしょう。それが話しかけた理由で、目的はありません」
勇者(総体としての人間……?)
勇者「僕が勇者として未熟な内に話しかけたら、どんな問題があるんですか?」
女神「その時々により変わるでしょう。あるいは勇者、あなたが人間を滅ぼすこともありえます」
勇者「……まさか」
女神「ええ。そうですね。きっとそんなことは起きないでしょう」
勇者「…………」
女神「もうすぐ夜が明けます。またいつか話しましょう、私の勇者」
◇朝
勇者「――――」
勇者「夢、じゃないよね」
魔剣士「勇者、そろそろ起きて……なんだ、起きてるじゃない」
勇者「……おはよ、魔剣士」
魔剣士「今日は珍しく遅いお目覚めね。また夜に抜け出しでもしたのかしら?」
勇者「あれは反省してるってば。強くなろうと焦りもしないって。……ちょっと変な夢を見ただけ」
魔剣士「変な夢? 余計なことばかり考えながら寝るから、そんな夢を見るのよ」
勇者「そういう魔剣士は夢を見ないの?」
魔剣士「そうね、最近はあまり……」
魔剣士(あ。この前、勇者がとても甘えてくる夢を見たんだっけ)
魔剣士「……ぜんぜん見ないわね」
勇者「ふーん? まあいいけど」
魔剣士「それで? 勇者はどんな夢を見たの?」
勇者「女神様にからかわれる夢、かな」
――――川辺の再戦
◇市場
魔剣士「ここって大きな川のおかげで交易が盛んなのよね?」
勇者「そのはずだよ」
司祭「……それにしては、見る影もないな」
魔女「そうね? まだお昼前なのに、どのお店もほとんど売り物がないみたい?」
勇者「何があったか想像はつくけど、話は聞いてみようか」
◇町長の家
町長「お察しの通り、今は魔物のせいで船を出せない状況が続いています」
勇者「人の形をした魚の魔物ですね?」
町長「ええ……もともと、この大陸では水辺に生息する魔物です」
町長「手強い魔物ですが、あまり群れない習性なのでしょう、単独で現れるなら船乗りたちでも勝つことができました」
町長「だが最近は、群れで行動するようになりました。人を襲うより、船を壊そうと知恵を使ってきます」
町長「そうなれば、船乗りたちでは勝てません」
司祭(アンフィビ、あの魔物が指揮を取っているのだろうな)
町長「この大陸は魔物が強く、陸路を進む行商が激減したことも災いしました。魔物の脅威が長引くなら、この町は長くありません」
魔剣士(諦めが早すぎやしないかしら。あの喋る魔物ならともかく、普通の魔物なら戦おうとしても良さそうなものだけど)
勇者「僕たちが魔物と戦います。近づけばすぐに現れるんでしょうか?」
町長「……勇者様。お言葉ですが、無理はなさらないでください」
勇者「どういうことです?」
町長「勇者様たちがこの大陸に来てすぐ、魔物に襲われたことは聞いております。勝てなかった、とも」
魔女(話は知っていて当然よね。人の気を引く噂は足が速いもの)
町長「勇者様たちが現れた時期と、魔物が知恵を持った時期は同じようです。けして無関係ではないでしょう」
勇者「……そうですね」
町長「でしたら話は簡単です。勇者様には、すぐに次の町を目指していただきたい」
町長「魔物の狙いが勇者様なら、この町から離れてしまえば船を襲う理由がなくなりましょう」
町長「それだけで、町は救われるのです」
勇者「…………」
魔剣士「なによそれ」ボソッ
魔剣士「おかしいじゃないそんなの! 魔物を倒すことができなかった、でも追い払うことはできた!」
魔剣士「それでも勇者は、あなたたちに失望されなきゃいけないの!?」
勇者「魔剣士」
魔剣士「なによっ!」
勇者「座って。町長さんの考えは間違ってないよ」
魔剣士「――――っ」
魔剣士「外に出てくるわ。あたし、黙って聞いてられそうにないから」
バタン
勇者「……町を出ることに異存はありません」
魔女「勇者くん?」
勇者「ですが、それは船を襲う魔物と戦ってからです」
勇者「僕たちが魔物を倒すのも、倒せず僕が殺されてしまうのも、この町にとっては同じことでしょう?」
町長「……それは、そうですが」
勇者「船の近くでは戦いません。それで構いませんね?」
◇川辺
司祭「魔剣士、そろそろ機嫌を直したらどうだ」
魔剣士「だって!」
勇者「僕なら大丈夫だよ」
勇者「魔剣士が僕の気持ちを代弁してくれるから、僕は落ち着いていられる」
勇者「だからそろそろ、怒った顔は引っ込めてほしい、かな?」
魔剣士「……ふんだ。何よもう、強がっちゃって」
魔女「ふーん? 勇者くんって魔剣士ちゃんを口説くのが得意なのね?」
魔剣士「口説かれちゃいないわよ! 魔女のバカ!」
勇者「そっか、あれじゃまだ足りないんだね」ボソッ
魔剣士「え?」
勇者「なんでもないよ。そろそろ川辺だし、気を引き締めていこうか」
魔剣士「待ちなさいよ! 今なんて言ったの!?」
司祭「……時々思うのだが。勇者は魔剣士に対してだけ、腹黒くないか?」
魔女「そうなのよね? ふふ、おかしいんだあ?」
勇者(みんなから不信のの目を向けられるのは、僕が弱かったから)
勇者(でも、もう大丈夫。僕たちは強くなった。きっと勝てる)
勇者「魔剣士。頼りにしてる」
魔剣士「……何よ急に」
勇者「言っておきたかったんだよ。戦いが始まる前にね」
魔剣士「いいわ、ならいくらでも頼って。私はどんなものでも斬る剣になってみせるから」
◆川上
アンフィビ「ようやく現れましたね。町の人々を見捨てられない、それが勇者の敗因です」
アンフィビ「ウオビトよ、雨乞いをしなさい。この場はこれから嵐になる。多少の風では吹き飛ばない、厚く重たい雲を作るのです」
アンフィビ「ここを勇者の墓標とするためにも、ね」
◇川下
司祭「またこいつらか。あの魔物はどうしても小手調べをしたいらしいな」
魔女「ふふ? それならぱぱっと終わらせちゃいましょう?」
ウオビトA~Y「…………」
勇者「自分たちから切り込む必要はないよ。来た順に倒していけばいい」
魔剣士「一人で突出すると、魔女が魔法を打てないものね」
魔女「あら、学習してくれたようでありがたいのよ?」
勇者「――――空が真っ黒になった。嵐になるのかな。天候は魔物の味方みたいだね」
司祭「関係ないな。こちらには女神の加護があるんだろう?」
◆川上
アンフィビ「わずかな時間で、強くなったものですね」
司祭「魔女! 手負いが近づいてくるぞ!」
魔女「……生臭いのよ近寄らないで」ボッ
ウオビトM「…………っ」グサッ
アンフィビ「これは少し、計算が狂いましたか」
勇者「魔剣士、あとは任せる」
魔剣士「了解、トドメくらいは差してあげるわ」
アンフィビ「ふふ、ふふふ……」
アンフィビ「浅はかなものです。この程度の力で私に勝てるとでも?」
◇川下
魔剣士「やっ!」ズバッ
ウオビトY「……!」バタッ
司祭「今ので最後、か」
魔女「思ったよりも呆気なかったみたいね?」
勇者(急に襲われたか、戦う覚悟をしてあったかの違いもあるだろうけど)
勇者「気を抜くのは早いんじゃないかな。もうそろそろ」
司祭「……! 魔女、こっちだ!」グイッ
魔女「っ」
ベチャァ
アンフィビ「おや、また避けられてしまいましたか。きちんと不意をついているのですがね」
勇者「アンフィビ……!」
アンフィビ「会いたかったですよ、勇者。あなたが息絶えるのを望まない日はありませんでした」
魔剣士「……っ」
勇者「そうなんだ。どうして叶わない願いを抱いちゃったんだろうね」
アンフィビ「強がりますね人間風情が。ウオビトの呼んだ雨雲は前回のように飛ばせません。雨に打たれながら、最後の時間を後悔に使いなさい」
勇者「――魔剣士、共鳴するよ」
魔剣士「ええ、力を貸して」
ブォン
アンフィビ(女神の加護を他人に……? 何の意味が)
魔剣士「――――。やっ!」ダッ
アンフィビ「っ、早い! が、まだまだです!」ガキン
魔女「魔剣士ちゃん離れて! 高氷魔<エクス・シャーリ>!」
アンフィビ「その程度、効きません!」
司祭「ぬんっ!」ブオン
アンフィビ「あなたの攻撃など!」ガッ
司祭「同感だ。お前の攻撃など受けない」ガッ
勇者「はあ!」ブンッ!
アンフィビ「かはっ?」ザクッ
魔剣士「次……!」
司祭「深追いはするな! 引け!」
魔剣士「っ、と……!」ピタ
アンフィビ「…………ぺっ」ベチャ
アンフィビ「予備動作を省きましたが。よく粘液をぶつけると見抜いたものです」
司祭「同じ戦法だからわかっただけだ」
アンフィビ(ふむ……力の差はだいぶ縮まっていましたか。真っ当に戦っていては、私が危ない)
アンフィビ「ではそろそろ攻撃を強めましょうか。極風魔<グラン・ヒューイ>」
魔女「させると思って? 極氷魔<グラン・シャーリ>!」
アンフィビ「おや、あなたにそんな大技が使えたとは。ではもう一度試しましょう、極雷魔<グラン・ビリム>」
魔女「あら、もう一度ね? 極氷魔<グラン・シャーリ>!」
アンフィビ(以前は荒れ狂っていた魔力が沈静化している? まさか、こんな短い期間に魔力の性質が変わると思えません。いったい何が……)
勇者「――――!」ブンッ
アンフィビ「っ!」ガキッ
勇者「反応、できると思わなかったな……っ」ジリッ
アンフィビ「不意打ちですか。正しい戦い方では私に勝てない、人間らしく狡猾な手法ですね」ギリッ
アンフィビ(幼生のままで相手をするのは得策じゃありません、か)
アンフィビ「ふんっ」ガキッ
勇者「とっ……!」バッ
アンフィビ「――――この嵐の中なら変態も可能でしょう。勇者、教えてあげます。人間が魔物には勝てないことを!」
グチャ、グチュ
魔剣士(気持ち、悪い……筋肉がぼこぼこと動き回ってる……)
勇者(手足が退化して、代わりにイソギンチャクみたいな体に変わった?)
司祭「っ! 勇者、魔剣士、戻れ!」
アンフィビ「遅い……ペッ!」ビシャッ
魔剣士「っっ!」
勇者「くっ」
司祭「勇者、こっちへ! 解毒<キヨム>!」
魔剣士「鎧が弾いた! あたしは大丈夫!」ダッ
アンフィビ「ちょこまかと、死になさい!」グニュ!
魔剣士「食らわない、わよっ! やあっ!」
アンフィビ「一五本の触手からは逃げられませんよ!」
魔剣士「痛っ!」ドン
魔女「魔剣士ちゃん! このっ、高雷魔<エクス・ビリム>!」
アンフィビ「ふはは! いいですねえ、もっと私に力を与えなさい!」ビリビリ
司祭「っ、くそ、読むのが遅れた! 魔女、あいつは水と雷を吸収する!」
魔女「何よそれ!? インチキよっ?」
勇者「なら別の魔法を試そうか」
アンフィビ「ゆ、勇者ぁ!」
勇者「はっ!」グサッ
勇者(剣で作った傷に手を入れて……)
勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」
アンフィビ「ぎっ、いあぁああ!!」グニュリッ
勇者「うわっ!」バッ
魔剣士「勇者、大丈夫!?」
勇者「心配しないで、かすっただけ」
アンフィビ「ぐっ、ぎぎ……まだ、まだ私は負けません!」
勇者「――――魔剣士」
魔剣士「――――」コクッ
勇者「させない! この場で倒してみせる!」ダッ
司祭「魔剣士、構えろ! 補力<ベーゴ>、補守<コローダ>、補早<オニーゴ>!」
勇者「はっ、やっ、たっ!」バシュッ
アンフィビ「いくら斬ろうと無駄です! 手数はこちらが多い!」シュバババッ
魔女「なら切り落としてあげる。高風魔<エクス・ヒューイ>!」
ザクザクッ
アンフィビ「ぬぁ、くっ! この、魔女め!」
魔女「あら、名前を覚えてくれたのね? 気持ち悪くて目眩がしちゃうな?」
勇者「アンフィビっ!」ダッ
アンフィビ「こ、のぉ!」グニャッ!
勇者「……その体、背後に隙が多すぎたね?」
アンフィビ「っ」ゾクッ
魔剣士「…………二の剣、空縫い」ズバッ
魔剣士「…………逆手。空破り」ザンッ
アンフィビ「か、はっ」グシャ
勇者「だから言ったんだよ。戦わなければ後悔するってね」
勇者「――――人間を、甘く見るな」
アンフィビ「勇者、め……私が正しいとも、知らず……」
アンフィビ「 」
魔剣士「勝った、のよね?」
司祭「くっ……」
魔女「司祭くん? どうしたの?」
司祭「予知<コクーサ>は長い時間使うと頭痛がひどくなるだけだ。大したことはない」
魔女「……ちょっと司祭くん? それ初耳よ? どういうことかしら?」
勇者「魔剣士、お疲れさま」
魔剣士「勇者…………うん」クスリ
アンフィビ「 」モクモク
勇者(魔物から煙が出てる。前にも同じことはあった。なら)
勇者「魔剣士、下がってて」
魔剣士「どうかしたの?」
ブワッ
魔剣士「きゃっ」
勇者「やっぱり、か」
魔女「勇者くん? 今の風は何?」
魔剣士「勇者、その人……」
司祭「何があった?」
勇者「司祭さんは見るの初めてだったね。……知性のある魔物は、人間が変化したものみたいなんだ」
勇者(この人は、いったい誰なんだろうな)
◆過日
アンフィビ(目が覚めた時、私は愕然としてしまった)
アンフィビ(人間ではありえないほど発達した手の水かきは、自分が怪物になったのだとよく思い知らせてくれた)
アンフィビ(何が起きたのだろう、混乱する頭で冷静に思い出す)
アンフィビ(私は開拓地の視察に行き、そこで――――)
アンフィビ(そこで、そう、見たこともない怪物を見た……今ならわかる、あれは生まれ落ちた魔王だ)
アンフィビ(そして魔王は、私に手をかざし……)
アンフィビ(そこからの記憶はない。気を失ったのだろう。そして起きてみれば、この姿だった)
アンフィビ(状況を把握すると、足は自然と魔王がいるだろう方向に動いていく)
アンフィビ(だって私は魔王様直属の部下なのだ)
アンフィビ「ふふ……」
アンフィビ(頭の中を情報が駆け巡る。体に馴染んだ魔物の血が、私に必要なことを教えてくれる)
アンフィビ「勇者、あなたを殺してあげましょう」
アンフィビ(私を人間じゃなくしたお前を)
アンフィビ(全ての災いの始まりを)
――――知性ある魔物
◇夢の中
女神「悩みを抱えているようですね」
勇者「……女神様」
女神「あなたの迷いは、人間に大きな影響を及ぼします。それは好ましくありません」
勇者「…………」
女神「私の勇者。あなたは何に心を囚われているのでしょう」
勇者「先日、魔王直属の部下だという魔物を倒しました」
女神「知っています。勇者のことは見守っていますから」
勇者「その後、魔物は人間の姿に変わりました。どうしてですか?」
勇者「動物が変化した魔物は、死んだ後も魔物の姿です。人間が変化した魔物だけ、死ぬと人間に戻るのは何か理由があるんでしょうか」
女神「それは簡単なお話ですね。人間は全て、私の祝福を受けていますから」
女神「魔王によって魔性を付加され、知性を持つ魔物となった後でも、それは変わりません」
女神「死んで魔王の呪縛から放たれたことで、私の祝福により人間に戻ったのでしょう」
勇者「女神様の祝福を受けていても、魔物になることは避けられないんですか?」
女神「完璧に、とはいきません。私の祝福は多少の個人差があるようですから。それはあなたたちが神性と呼んでいるものですね」
勇者(なら……魔剣士が魔物になることは絶対にない)
勇者「女神様。魔物になった彼らを、殺すことなく人間に戻すことはできないのでしょうか」
女神「無理ですね」
女神「勇者は、元が人間であれ動物であれ、魔物を救うことはできません」
勇者「……どうしてでしょう?」
女神「勇者とは、魔物を殺す者ですよ」
勇者「…………」
女神「だから」
女神「あなたが人間を救うなら、それはあなたの正しさです」
勇者「そう、ですか」
女神「勇者。知性ある魔物は何が厄介だと思いますか?」
勇者「……単純な力比べでなく、騙し欺こうと知略を用いることでしょうか」
女神「人間の言葉を話すこと、ですよ」
女神「命乞いをされればためらいが生まれます。恨み言なら心に傷が作られます」
女神「そして言葉を話すなら、そこには理解の芽生える可能性があります」
女神「話し合えば理解が深まる。勇者は魔物を理解できるだけの知性があります」
勇者「魔物のことを深く知れば、剣を持つ手が鈍くなる……」
女神「しかし勇者は、魔物のことを理解する必要がありません。あなたはただ、魔物を殺すだけでいいのです」
勇者「…………」
女神「落ち込むことはありませんよ」
女神「勇者とは魔物を殺す者です。ですが、私があなたに託したものはそれだけではありません」
勇者「それはなんでしょうか?」
女神「あなたはきっと、最後までわからないままでしょう。歴代の勇者、全てがそうでしたから。いつか、時が来たら教えます」
女神「あなたが魔王を倒した時に」
――――旅人の影
旅人「売女のくせえニオイがしやがるな」
勇者「……久々に会ったと思ったら、いきなり失礼なこと言うね」
旅人「あん? なんだテメエ、勇者様のくせに夜の店の常連なのかよ!」ゲラゲラ
勇者「誤解を招くようなことは言わないでほしいな」
旅人「おれが言ってるのは商売女じゃねえ、女神のことだよ」
勇者「君はつくづく女神様が嫌いなんだね」
旅人「むしろおれは、テメエらみたいに女神を信仰するバカどもに聞きたいね」
旅人「救いの手を伸ばすわけでもねえのに、なんであんなクソアマを敬えるんだ?」
勇者「魔王が現れるたびに勇者を選んでいるんだから、何もしていないわけではないでしょ」
勇者「直接ではないけど、間接的に人間を救っていると僕は思うよ」
旅人「はーあ、無知ってやつは怖えーな。自分が納得できる理由を勝手に作り上げてやがる」
勇者「……質問するけど、君は女神様が嫌いなんだよね?」
旅人「ったりめーだ」
勇者「僕は、君と似た人に心当たりがあるんだけど、気のせいかな」
旅人「――――はん。どこの誰だか知らないが、他人の空似だろ」
勇者「そっか……」
勇者(僕の勘違いか、言えない事情があるのか、はたまた――――)
旅人「ちっ、気分が白けちまった。テメエのせいだぞ」
勇者「悪かったね、とでも言えばいい?」
旅人「はっ、ざけんな。本音を見せて、せいせいするよとでも言えばどうだ?」
勇者「仲良くなろうとは思わないけど、君と対立したいわけじゃないよ」
旅人「ほお、気が合わねえな。おれはテメエと敵対してえんだよ」
勇者「君はどうしてそう……」
魔剣士「あら、勇者?」
勇者「魔剣士?」
魔剣士「どうしたのよ、一人で立ち止まって」
勇者「いや、この旅人さんと話を……」
魔剣士「誰もいないじゃない」
勇者(まさか……僕に何も気取らせずにいなくなる、なんて)
勇者「魔剣士が話しかける時、僕の前に男の人がいたでしょ?」
魔剣士「見えなかったけど。ちょうど勇者で影になってたのかしら」
勇者「旅人さんは背が低いから、隠れなくはないけど」
魔剣士「ふーん? その人とは友達なの?」
勇者「いや。知り合いより犬猿の仲に近いかも」
魔剣士「何それ。珍しいわね、勇者が誰かを嫌うなんて」
勇者「僕はそんな善人じゃないよ」
魔剣士「ああ違うの。そうじゃなくて、誰かを嫌いだって明言するの、珍しいじゃない?」
勇者「……そういえばそうだね」
魔剣士「でも仕方ないんじゃない? 仲良くなれない人って、どうしてもいるもの」
勇者「確かにね。それでも、あまり多くならないよう気をつけたいかな」
勇者(旅人さん。嫌い、とは違うな。そういう単純な話ではないと思う)
勇者(今の僕と、旅人さんではわかりあえない。それだけな気がする)
旅人「しぶといな、勇者のやつ」
旅人「女神を裏切ってくれりゃ、面白くなるんだがねえ」
――――開拓跡地へ
司祭「準備はできたのか?」
魔剣士「ばっちりね。必要なものは全部買い揃えたもの」
魔女「うーん、保存食がちょっと重いなあ? 勇者くん、持ってくれる?」
勇者「魔女さんにはほとんど荷物任せてないよ。それくらいは我慢して」
魔剣士「というか、勇者や司祭の荷物を見てそれを言うあたり、魔女って神経が太いわよね」
魔女「そう? なら魔剣士ちゃんが持ってくれてもいいのよ?」
魔剣士「あたしだって、勇者よりは少ないけど魔女の倍近くは荷物あるの! それっぽっちは持ちなさいよね!」
魔女「あらあら? ぐすん、司祭くん? みんなから怒られちゃうのよ?」
司祭「嘘泣きをするな。……はあ、やれやれ。特に重いものは持たせてないがな。何が重いんだ?」
魔剣士「ちょっと司祭。魔女を甘やかさないでよね」
魔女「普段から勇者くんに甘やかされてる魔剣士ちゃんには言われたくないなあ?」
魔剣士「なんですって!」
勇者「はいやめやめ。しばらく町に寄れない旅だからって、ちょっとは落ち着く」
魔女「くす、はーい」
魔剣士「あたしは落ち着いてるわよ!」
司祭「ずいぶんと元気な落ち着き方だな」
魔剣士「何よ司祭まで!」
勇者「魔剣士、そろそろ冷静になってよ」
魔剣士(ふんだ! か弱いからって、魔女ばっかり甘やかすんだもの!)
魔剣士(……あたしだって、女の子なのになあ)
◇???
勇者「どうでしょうか?」
商人「お代さえもらえれば仕事はしますよ。半月もあれば仕入れてみせましょう」
勇者「それでお願いします」
商人「しかし、この大陸じゃ珍しくはありますが、あんなもの何に使うんで?」
勇者「思い出の品なんです。心残り、というか」
商人「おっとすみませんね、商売柄か余計なことばかり気にしてしまって。任せてください、必ずお届けします」
◇街道 終わり
魔剣士「ここから先が開拓地、なのよね?」
司祭「……もうその名前は適切ではないな。何を切り拓くというんだ?」
魔女「何もない、ものね……?」
勇者(見渡す限り、干上がった地面が続いてる。草の一本さえ生えてない)
勇者「去年まで、ここには広大な森があったそうだよ。開拓で伐採したのは森の三割程度で、それでも十分な土地の量を確保してたはずだから」
魔剣士「森なんて、どこにもないじゃない……これじゃあ」
勇者(せめて父さんの形見くらいと思ってたけど。期待しないほうがいいな)
勇者「…………」
勇者「行こうか。立ち止まっていたら何もわからないよ。魔王の居場所に繋がる何かがあるかもしれないからね」
◇一週間後
司祭「…………ふぅ」
勇者(司祭さんでさえ息があがってる。戻る時間の方が多く見積もるから、あと一、二日したら引き返さなきゃだけど)
勇者(これで何も見つからなきゃ、次は馬車を借りて移動になるかな。魔物がいないなら、馬の心配をしなくて済むし)
勇者(どちらにしても、今回は自分たちだけで乗り切らないと)
勇者「魔女さん。大丈夫?」
魔剣士「……勇者。魔女、返事する余力もないみたい。休めない?」
勇者「魔剣士も疲れてるでしょ。僕と司祭さんでテントを張るから、そしたら中で休もうか」
勇者「司祭さん、それでいい?」
司祭「そうだな……日差しが遮られないと、ここまで苦しくなるとは思わなかった」
魔剣士「司祭でさえばててるのに、勇者ってまだ元気そうよね」
勇者「そんなことないよ。僕も休みたいから魔剣士の提案に乗ったんだし」
魔女「…………」
勇者「魔女さん? 大丈夫?」
魔女「誰か、抱きしめてくれないかな……」ボソッ
勇者「……司祭さん、それじゃテント張ろうか」
◇テントの中
魔女「あー。生き返るみたいねー……?」
勇者「ごめん、ちょっと無理して進みすぎたね」
勇者「あと魔剣士、ちょっと魔女さんを抱きしめてあげて」
魔剣士「やーよ。ただでさえ暑いのに」
司祭「どうしたんだ勇者? やはり暑さに頭をやられたか?」
勇者「やられてないよ、失礼だな。さっき、魔女さんが抱きしめてほしいってうわごとを言ってたからね。それで元気が出るならと思って」
魔女「ふふ……魔剣士ちゃーん?」ダキッ
魔剣士「うわぁ!? 何よ魔女、離れなさいよ!」
魔女「やわらかーい。おちつくー」ギュッ
魔剣士「さーわーるーなー!」ジタバタ
司祭「私たちがいることを忘れないでほしいんだが」
勇者「テントの外には出たくないし、背中を向けてようか」
魔剣士「二人とも助けなさいよ!」
魔女「ふう……くんくん? 汗のニオイがするのね?」
魔剣士「かがないでよ! というかそういうこと言わないで!」
勇者「……司祭さん。今は地図でいうとこの辺りだと思うんだ」
司祭「ふむ」
勇者「あと少しで魔王が現れた場所のはずだから、そこを中心に二日くらいは探索をしようと思ってる」
司祭「食料はまだあるが、そこで切り上げるのか?」
勇者「この先で食べ物が手にはいるかわからないからね。この一週間、魔物さえ出ていない。期待しちゃダメだと思う」
魔女「ふふ、そろそろ満足かしらね?」
魔剣士「うぅ……」
魔女「魔剣士ちゃん、無理してるでしょ? わたしを払いのける力さえないんだもの?」
魔剣士「……だったら何よ?」
魔女「勇者くんに甘えてきたら? それだけでも元気が出ると思うのよ?」
魔剣士「……イヤよ。勇者の負担にはなりたくないもの」
魔女「強がる子。そういう魔剣士ちゃん、嫌いじゃないけれど、ね?」
勇者「魔剣士」
魔剣士「……何よ?」
勇者「あと半日くらい北上すれば、目的地に着くと思う。それまで頑張れる?」
魔剣士「…………」
魔剣士「勇者は誰に言ってるのかしらね。そんなの当たり前でしょ?」
勇者「ごめんね。僕は心配性みたいだから」
◇陥没地帯
司祭「ひどいな。何か爆発したのか? 何ヶ所も地面が抉れている」
魔女「魔法、ではないと思うな? わたしの知らない魔法だったらわからないけどね?」
魔剣士「勇者、ここなの? その、魔王が現れたのって」
勇者「たぶんね。ちょうどこの辺りまで開拓が進んでいたはずだから」
魔剣士(何もない……本当に、何も残らなかったんだ)
魔剣士「勇者……」
勇者「今日はここで休もうか。さっき司祭さんには話したけど、ここを中心に探索して、すぐに引き返そうと思う」
司祭「――――勇者。向こうに見えるものは何だかわかるか?」
勇者「崖、みたいだね。この距離で視認できるようじゃ、上ることはできないと思う」
司祭「回り道できればいいがな」
勇者「どうだろうね。この先の地図はないから、何とか地形だけでも確認したいけど」
魔女「魔剣士ちゃん? どうかしたの?」
魔剣士「何でもないわ……何でもないの」
魔剣士(おじさん……あたし、風の花を見つけてないのよ?)
魔剣士(からかいなさいよ。笑いなさいよ。『やっぱりオサナちゃんには無理だったかな?』って頭を撫でに来なさいよっ)
魔剣士「ごめん魔女、嘘ついたわ」
魔女「魔剣士、ちゃん? 泣いて……」
魔剣士「どうしていないのよ! からかうなって怒りたかったのよ、あたしは!」
勇者「…………」
――――あの崖の向こう側
勇者(町に戻ってから二日はゆっくりしたけど……魔剣士、まだ落ち込んでるな)
魔剣士「はあ――――」
司祭「ため息ばかりだな。魔剣士にしては気の抜けていることだ」
魔剣士「ほっといて。あたしにも憂鬱な時くらいあるの」
勇者「魔女さん。魔剣士のお相手よろしくね」
魔女「わたしに押しつけないでほしいな? 勇者くんはどうするの?」
勇者「そろそろ体調も良くなったし、崖のことを調べようと思ってる。このまま立ち止まってるわけにもいかないからね」
司祭「私も行くか?」
勇者「今日はいいよ。話を聞いて回るだけだし。明日には町を出ると思うから、軽く準備をしておいてほしい」
司祭「わかった」
魔剣士「…………勇者」
勇者「何?」
魔剣士「……ごめん、何でもない」
勇者「そう。ならいってくるね」ニコ
魔剣士「……うん。いってらっしゃい」
バタン
魔剣士(勇者の方が辛いはずなのに。どうしてあんな風に笑えるんだろ)
魔剣士「はあ。ダメだな、あたし」
◇町長の家
町長「そうでしたか」
勇者「崖の向こう側について、何か言い伝えは残ってませんか?」
町長「聞いたことがありません。もともと、この町より北は森が深く、人が立ち入れませんでした」
町長「森で暮らす人がいたという話も覚えがありませんな。たぶん、その崖について知っている者もいないでしょう」
勇者「……わかりました。ありがとうございます」
町長「これから勇者様はどうするので?」
勇者「考えているところです。あの崖までは人の足で行くには遠すぎますから、馬車が必要だと思います。でもその後、崖を上る手段がない」
町長「ふむ」
町長「でしたら、西の大陸に行かれてはどうでしょう?」
勇者「西の大陸、ですか?」
町長「南の大陸は農業、西の大陸は工業、東の大陸は魔法で栄えたと聞きます」
町長「北の大陸は大半が手つかずの森ですが、その三大陸の交易の中継地として成り立っています」
町長「北の住人としては、崖を越える方法を探すなら西の大陸が近道かと思いますよ」
勇者「わかりました。西の大陸を目指すことにします」
町長「……その、よろしいのですか? 言い出したのは私ですが、そんなに簡単に決められて?」
勇者「僕一人にできることは限られています。手詰まりの中で道を示してくれたなら、そこを進むことに迷いはありませんよ」
町長「そうですか。では、勇者様の旅路に女神様の導きがあることを祈っています」
勇者「……あと一つ、聞いていいでしょうか」
町長「どうぞ、なんなりと」
勇者「魔王によって亡くなった開拓者のために、慰霊碑があると聞きました。場所を教えてもらえますか?」
◇宿
勇者「ただいま」
魔女「ふふ、おかえりなさい? 早いのね?」
司祭「何かわかったのか?」
勇者「手がかりはなかったよ。でも目的地は決まった」
司祭「どこだ?」
勇者「西の大陸に渡って、崖を越える方法がないか探そうと思ってる」
魔女「魔石を作ったことで、色んな機械が生まれた大陸ね?」
司祭「私はあまり詳しくないが……この魔灯も西の大陸が発祥だったか?」ポワッ
勇者「西の大陸製だと知らないだけで、司祭さんの身近にもたくさんあると思うよ。調べてみて、僕も驚いたことがあるから」
魔女「また船旅になるのね? ちょっと気が引けるな?」
勇者「ごめん、我慢して。今回は酔い止めの薬草を買うから、少しは楽な船旅になると思う」
魔女「ふふ、冗談よ? 勇者くんってばまじめなのね?」
魔剣士「…………」
勇者「それと、魔剣士」
魔剣士「何?」
勇者「一緒に行きたいところがあるんだ、出かける準備をしてよ」
魔剣士「……あたしじゃなきゃダメ?」
勇者「魔剣士じゃなきゃダメなんだよ」
勇者「この町を離れる前に、父さんに花を手向けてほしいから」
◇慰霊碑
魔剣士「――――」
勇者「――――」
魔剣士「あった。おじさんの名前」
勇者(父さんの名前をなぞる魔剣士の指と横顔が、いつもよりずっと大人びて見える)
勇者(ただの感傷なんだろうな、これは)
勇者「魔剣士、これ」
魔剣士「そっか、花を手向けなきゃだものね……。……!?」
魔剣士「これ、風の花じゃないっ」
勇者「無理を言って商人に仕入れてもらったんだ。間に合ってよかった」
魔剣士「……なんだ。あたしやっぱり、見つけられなかったのね」
勇者「ここまで来たから、売ってくれる人が見つかったんだよ。ここまで来られたのは魔剣士のおかげでしょ? だから、二人で見つけたんだよ」
魔剣士「……バカ。かっこつけちゃって」
魔剣士「――――おじさん、見なさいよ。風の花、しっかり持ってきたんだから」
勇者「一人で見つけろとは言われなかったからね。父さんの詰めが甘いんだよ」
魔剣士「……ねえ」
魔剣士「勇者はどうして、我慢できるの?」
勇者「父さんのこと?」
魔剣士「勇者はね、きっと泣いちゃうと思ってた。家族思いだから」
魔剣士「あたし、勇者を慰めなきゃって思ってたのに、慰められるのはあたしの方だった」
魔剣士「悔しいな。ねえ、どうして?」
勇者「――――勇者だから、かな」
魔剣士「何よそれ」
勇者「泣いてる暇はないと思った。前を向いて、悲しみを乗り越えて、皆の希望になるよう魔物を倒さなきゃいけないから」
勇者「だから僕は泣かないよ」
魔剣士(そっか……同じ理由なんだ、全部)
魔剣士(魔物を倒せなくて冷たい目で見られても、おじさんの死に立ち止まらないのも、自分が勇者だから、弱さは見せられないと思ってる)
魔剣士(なら……)
魔剣士「あたしが代わりに泣いてあげる」
魔剣士「理不尽なことには怒るし、苦しい時には落ち込んであげる。勇者ができないなら、あたしがやる」
勇者「そっか。うん、ありがと」
魔剣士「…………でもね、ユウ」
魔剣士「今はあたしだけなの。誰も見てない。ここでなら、勇者じゃなくてもいいんじゃないの?」
勇者「でも、さ」
魔剣士「うん」
勇者「泣いたら、進めなくなる気がするんだ」
魔剣士「うん」
勇者「立ち止まるわけにはいかないんだよ。魔王を倒すまで、僕は何があっても歩かなきゃ、さ」
魔剣士「大丈夫よ。だってあたしがいるもの」
勇者「そう、かな」ポロ
魔剣士「涙は弱さなんかじゃないわ。だって、こんなに綺麗なんだもの」
勇者「オサナ……」
翌朝。
勇者一行は町を後にし、一路西の大陸を目指す。
慰霊碑に供えられた花は、ふと風にさらわれ、空のどこかに消えていった。
――――悪意よ眠れ
魔女「西の大陸って冷えるのね……?」
司祭「弱音をこぼすまえに厚着をしたらどうだ?」
魔剣士「ほんとよね、尊敬しちゃう。あたし、船に乗ってる時点で厚手の上着を着てたわよ」
勇者「西の大陸が寒いってことは船に乗る前からさんざん聞いてたしね。魔女さんも上着は買ったんでしょ?」
魔女「上着、そういうものがあったら便利よね?」
勇者「いやいや、遠い目して誤魔化さないでよ。買えって言ったじゃないか」
司祭「買った方がいいよ、程度の言い回しだったと記憶しているが」
魔剣士「勇者って人に命令する姿が似合わないものね」
勇者「今はそういう話をしてないでしょ」
魔女「ふふ、ふ……いいんだもの、わたしはこれで? 大人のおねえさんは、厚着してもこもこするわけにはいかないのよ?」
司祭「やれやれ」バサッ
魔女「あら?」
司祭「私の上着を着てろ。大きめだが、地面にひきずるほどの丈ではなさそうだからな」
魔女「……ごめんなさいね?」
司祭「これに懲りたら厚着をしてくれ」
魔女「考えておこうかしら?」
勇者「魔女さんがカゼひかずに済みそうだし、それなら買い出しに行こうか」
勇者「夜になっても気温はほとんど変わらないようだけど、今の道具で野宿したら凍死するからね」
魔剣士「そろそろボロボロだったし、買い換えにはちょうどいいわよね」
?「さっさとこっちに来い!」
司祭「む……?」
幼女「うぅ、ぐすん」
司祭「…………」スタスタ
魔女「司祭くん?」
司祭「何をしている」
?「ああ? 誰だよお前は」
司祭「その子に何をしていると聞いているんだ」
奴隷商「奴隷をどう扱おうが俺の勝手だろうが」
司祭「奴隷だと? どの大陸にも奴隷の制度は存在しない、売買は禁じられているはずだ」
奴隷商「うるせえな。どけ」
司祭「その子を放せ」ガシッ
奴隷商「てめえ、手をんがっ!?」
司祭「聞こえなかったか? その子を、放せ」ミシミシ
魔女「司祭くん、ダメよ!」
司祭「……なぜ止める?」
魔女「奴隷商なんて、見つかったらすぐに捕まることを公然としてるのよ? なら貴族やらのお偉方と繋がってるのよね?」コソコソ
魔女「助けるにしても、方法を考えないとダメ。この子を一時的に助けても、また捕まったらまずいじゃない?」コソコソ
司祭「だがっ!」
奴隷商「くそっ」ガッ
司祭「ちっ、待て!」
奴隷商「さっさと来い!」
幼女「いたい、よぉ……」チラ
司祭「……!」
魔女「司祭くん。辛いでしょうけど、今は我慢して? 勇者くんと相談して、助ける方法を探しましょ?」
司祭「…………」フルフル
司祭「なぜ、邪魔をした?」
魔女「え?」
司祭「魔女の言いたいことはわかる。私のような聖職者の端くれでは、救えない人も多いだろう」
司祭「だが、だからって傷つけられる子供を見捨てていい理由にはならないはずだ……!」
魔女「…………はあ」
魔女「司祭くんってどうしようもないお馬鹿さんね。ならあなたに何ができて?」
魔女「悲しいけど、あの子を手に入れるために彼らはお金や手間をかけている」
魔女「あそこで強引にさらってしまえば、全力でわたしたちを狙ってくるでしょうね?」
魔女「そうなったら、あなたはどうするのかしら。他の人を助けようにも、警戒されて思うように動けない。そうなってから後悔するのよね?」
魔女「遅い。そんなんじゃ遅すぎるの。世界は司祭くんが思っているよりずっと汚いのよ?」
魔女「泥の中から救いだすなら、自分も泥に汚れる覚悟が必要なの」
司祭「……魔女の生い立ちは私なりにわかっているつもりだ」
司祭「世界が綺麗じゃないと早くに知り、私の軽い言葉では救われないほど辛い経験をしただろう」
司祭「だとしても、それを他人にも我慢しろというのは無理な話だ。いつか助けるから我慢しろ、ならそのいつかとはいつなんだ?」
司祭「助けを求めているのは今なんだ、いつかじゃない。だったら私は、今あの子を助けたい。綺麗事だとしてもだ」
魔女「そう。あなたがこんなに分からず屋だと思わなかった」
司祭「お前がそこまで冷たい女だとは知らなかった」
魔女「見下げ果てたものね」
司祭「見損なったぞ」
魔女「こんな人が仲間なんて」
司祭「こんな奴が仲間なんて」
魔剣士「ゆ、勇者……」
勇者「わかってる。ちょっとだけ待って」
勇者(どっちの言い分も間違っているわけじゃない。二人とも、真剣にあの子を救うにはどうすればいいか考えているから、だからこそ厄介だ)
勇者「――――まずいな、すぐには思いつかない。とりあえず止めてくる」
◇夜
魔剣士「えーっと、魔女? 勇者のことでちょっと相談したいことがある、わ?」
魔女「後にして」
魔剣士「うっ……」
魔剣士「し、司祭? 勇者のことで話したいことがあるんだけど?」
司祭「勇者に聞けばいい」
魔剣士「うっ……」
勇者「魔剣士、無理して話しかけるのはやめなよ」
魔剣士「だ、だって」
勇者「二人は僕たちより大人なんだ、どうしなきゃいけないかくらいわかってる。そうでしょ?」
司祭「…………さあな」
魔女「呆れた。普段は保護者ぶってるのに、こんな時だけ自分の立場を投げ出すのね」
司祭「…………何が言いたい?」
魔女「あなたに言うことなんてないのよ? ただ、同じ空気を吸っていると気分が悪いの」
魔女「わたし、今日は他の場所で一夜を過ごさせてもらおうかしらね?」
司祭「勝手にしろ」
魔女「……ふん」
バタン
魔剣士「ちょ、ちょっと司祭! 魔女が出てっちゃったじゃない!」
司祭「そうだな、私が悪いんだろうな。なら反省して、私も外で頭を冷やしてくればいいのだろう?」
魔剣士「え!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
司祭「ふん」
バタン
勇者「やれやれだね。頭が痛くなるほどこじれちゃってるよ」
魔剣士「ゆ、勇者! 二人が仲直りできるように、もうちょっと手伝ってくれてもいいじゃない!」
勇者「表面上を取り繕うだけじゃ何も解決しないよ」
魔剣士「それはそうだけど……」
勇者「今日は手を出さない方がいいよ。それより、ちょっとこっちを手伝って」
魔剣士「もう、何なのよ……え、何これ?」
勇者「奴隷を扱う商館の見取り図。昼間、魔剣士が二人の仲を取り持とうとしている間に手に入れたんだ」
魔剣士「あたし任せにしないで。……それにしても、よくそんなもの手に入ったわね」
勇者「奴隷として売られていく人に同情する人が多いんだよ。僕が勇者だから、きっと何とかしてくれるって気持ちもあるだろうし」
魔剣士「そう。……たぶん、司祭が思うよりは人間って汚れているけど、魔女が思うよりも人間って綺麗だと思うわ」
勇者「本当は二人もわかってるはずだけどね。ただ、引っ込みがつかなくなっちゃっただけなんだよ」
◇酒場
魔女「へー、やっぱりそうなのね? わたし、この町で初めて奴隷を見たもの?」
酔っぱらい1「だろうな、普通は捕まっちまうし。……お、飲み干したな。ほら、もう一杯」トクトク
魔女「ふふ、ありがとう?」
酔っぱらい2「にしてもあいつら、ほんとあこぎな商売してるよな。貴族様が裏にいるからっていい気なもんだよ」
魔女「……あら? なんだか怖い話になってきちゃったな?」
酔っぱらい2「なんだよ、ビビってんのか?」
魔女「いいえ? わたし、怖いものって好きなのよ?」
酔っぱらい1「はは、気に入ったよ! ほら、じゃんじゃん飲め飲め!」
司祭「……まったく、何をしているんだかな」
司祭(考えることは同じ、か。この時間に商館のことを調べるなら、酒場が簡単ではあるが)
司祭「どんな顔をして店に入れと言うんだ。無理に決まっている」
魔女「ふー? 少し目が回ってきちゃったな?」
酔っぱらい1「おいおい情けねえな姉ちゃん。この程度で潰れるなよ?」
酔っぱらい2「夜はまだまだこれからなんだぜ? ほら、かんぱーい!」
酔っぱらい1、2「…………」ニヤリ
司祭「……魔女に上着を貸したままだったか。外は冷えるな」
……
…
魔女「ふふ、今日は楽しかったぁ? お兄さんたち、またね?」フラフラ
酔っぱらい1「おいおい、そんなんで帰れるのかよ?」
酔っぱらい2「宿まで送ってやるって」
魔女「大丈夫よぉ? ちゃんと歩いて帰れるんだからぁ?」フラフラ
酔っぱらい1「……あんなだらしない格好してる割に、意外と堅かったな」
酔っぱらい2「にしたって、あんだけ酔いが回ってるんだ。ちょっと押し倒せばすぐだろ?」
酔っぱらい1,2「…………」ニヤニヤ
酔っぱらい1「追いかけるか。捕まえたらお前の家に運ぶぞ」
酔っぱらい2「わかってるよ。お前の汚い家でやるなんてごめんだからな」
司祭「…………」スッ、、、
ドンッ
酔っぱらい1「ってぇ~」クラッ
酔っぱらい2「おいオッサン! どこに目ぇつけて歩いてんだよ!」
司祭「そうか。すまなかったな」
酔っぱらい1「てめえ……!」
酔っぱらい2「ちっ……おいやめとけよ、見失うぞ」
酔っぱらい1「くそ、おぼえとけよてめえ」
司祭「すまないな、私は忘れっぽいんだ」ガシッ
酔っぱらい1「あぁ!?」
司祭「言いたいことがあるなら今すぐ言え。そこのお前もだ」
酔っぱらい2「ふざけんな、こらっ!」ブン
司祭「なんだそのふぬけた拳は」パシ
司祭「相手にするのも馬鹿らしいな」ガシッ
酔っぱらい2「てめ、頭放せ!」
司祭「頭に酒が回っているようだな。少しかきまぜておこうか」ゴンッ
酔っぱらい1「がっ……」
酔っぱらい2「うぐっ……」
司祭「喧嘩は教義で禁じられているが……これは喧嘩に入らない、だろうな」
魔女「自分からしかけておいて、喧嘩かどうかを気にするのね?」スタスタ
司祭「魔女か。やはり酔ってはいなかったな」
魔女「当たり前でしょ? 司祭くんが酒場にいるのは気づいてたもの。醜態を見せられないじゃない?」
司祭「だからって、こんなろくでなしどもを誘う必要はないだろう」
魔女「欲望に忠実な人間って扱いやすいのよ? ……けど、司祭くんが余計なことをしたから失敗ね?」
司祭「余計なこと、だと?」
魔女「彼らはまだ何か知っていたみたいだもの? これじゃ聞き出すことはできないものね?」
司祭「……魔女は何を考えているんだ」
魔女「あら、今言ったでしょ? 彼らの誘いにわざと乗って、それから話を聞き出すつもりだったのよ?」
司祭「ふざけるな! 何かあったらどうするつもりだっ!」
魔女「……大丈夫よ? わたしは非力だけど、酔った男にむざむざ襲われるほど弱くないもの。ちょっと魔法を使えば勝てるかしらね?」
司祭「そんなもの、何の保証にもならないだろう」
魔女「司祭くん? 何をそんなに怒っているの?」
司祭「それくらいわかれ! 魔女は自分の性別を考えろ!」
魔女「…………司祭くんを困らせるようなことはしないもの」
司祭「なら自分を餌にするようなやり方は控えるんだな」
魔女「あーやだやだ? こんな時にまでお説教なのね?」
司祭「原因を作ったのはどっちだ。昼間の言い分はわかるところもあるが、今回は一つも認められない」
魔女「そう。……悪かったかしらね」
司祭「わかってくれたならそれでいい」
魔女「…………ふんだ。なーんちゃって?」
司祭「なんだと?」
魔女「保護者ぶってる司祭くんなんて嫌いなんだから? わたしはわたしの好きなように行動するのよ?」タッタッ
司祭「この、魔女! 待たないか!」
魔女「べー、っだ!」
魔女「――――はあ」
魔女「やめてほしいなあ、真剣に心配するのは。わたし、人の優しさには慣れてないのよ」
魔女「ほんと、馬鹿な人」
◇翌朝
魔女「…………」ムクリ
魔剣士「あら、おはよ。今日はずいぶん遅いお目覚めじゃない?」
魔女「夜、帰るのが遅かったもの。大人っていろいろあるのよ?」
魔剣士「はいはい、大人って汚いなあ。それじゃあ早く顔洗って来なさいね。勇者と司祭が戻ったら、話があるらしいわよ」
魔女「……司祭くん、戻ってるの?」
魔剣士「ええ。勇者の話じゃ、魔女のすぐ後に司祭も帰ってきたらしいわよ」
魔女「くすっ。勇者くんってば、いつ寝てるのかしらね?」
魔剣士「全くだわ。ちゃんと寝ろって言っているのに、物音で目が覚めただけだーなんて言うんだもの」
魔女「勇者くん、眠りが浅いのかしらね? 魔剣士ちゃん、抱きしめて寝てあげたら?」
魔剣士「は、はあ!?」
魔女「あら、わたしでもいいのだけど? 人と触れあいながら寝ると、温もりのおかげでぐっすり眠れるらしいのよ?」
魔剣士「……、……魔女は余計なことしないで」
魔女「ふふ、はーい?」
魔女(司祭くんと顔を合わせづらいな。昨日、喧嘩別れみたいになっちゃったし)
魔女(…………)
魔女(何とかなる、かしらね)
勇者「それじゃこの後のことだけどさ。魔女さん、昨日いろいろと調べて回ったんでしょ? 話を教えてくれる?」
司祭「…………」
魔女(教えたのは司祭くんね。どうせなら、聞いた内容を全部話してくれたらよかったのに)
魔女「みんな知ってるとおり、どの大陸にも奴隷制度は存在しないのよね?」
魔女「でもこの町の場合、貴族が主導して商館に奴隷の売買をさせているみたいなのよ?」
勇者「表向きは普通の商館みたいだけどね」
魔女「販売所を別に作って、無関係を装っているそうよ?」
魔女「公然の秘密なのだけど、貴族に目をつけられたくないから誰も文句を言えないみたいね?」
勇者「なら、止めさせるなら貴族にも手を回さなきゃなんだね」
魔剣士「貴族相手の時ってどうするの? やめろって乗り込むとか?」
勇者「西の王に属する貴族にそれをやると角が立つよ。告発はするけど、表向きはこっちが何かするわけにいかないかな」
司祭「表向きでないなら、何をするつもりだ?」
勇者「奴隷の解放、商館と貴族が繋がってる証拠を見つける、この二つだね」
魔剣士「なるほどね、順番にやっていけばいいの?」
勇者「いや、同時にじゃないとダメだよ。奴隷とされている人たちを先に助けたら、貴族や商館が奴隷売買の証拠を隠しちゃうだろうから」
魔女「逆も同じようなものね? 商館と貴族、どちらかを先にすれば、お互いに相手を見捨てちゃうかしら?」
勇者「加えて、奴隷になっている人たちも隠されちゃうと思う。面倒だけど、商館と貴族、捕まっている人の解放を同時にやらなきゃだね」
司祭「三ヶ所を同時に叩くなら、人を分けなくてはいけないな。どうする?」
勇者「体力とかを考慮すると、僕、魔剣士、司祭さんをまず分けないとかな。あとは魔女さんに誰と組んでもらうかだけど……」
魔女「……勇者くんを一人にはできないのよね? 勇者くんが不意打ちをされた場合、女神の加護が出ちゃうもの?」
魔剣士「そっか。勇者だってバレちゃうから」
司祭「なら、勇者と魔女が一緒に行動すればいい」
魔女「わたしは反対だな? わたし、いざという時に勇者くんをかばえないものね?」
勇者「いや、でも……」
魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんと一緒に行動した方がいいと思うのよ? 二人でなら、何があろうと問題なく切り抜けられるものね?」
魔剣士「でも、そしたら魔女は一人よ? 大丈夫なの?」
魔女「ふふ、お姉さんを甘く見ないで欲しいな? 悪い人は魔法でやっつけてあげるんだからね?」
勇者「――――なら、魔女さんの案で行こうか。配置は、一番大変だろう貴族の屋敷を僕と魔剣士で」
勇者「商館を司祭さん。奴隷商から皆を助けるのが魔女さんでいいよね?」
魔女「うーん? わたしは反対だな?」
魔剣士「どうしてよ?」
魔女「司祭くんは昨日、偉そうに言ったじゃない? 助けを求められているのは今なんだ、って」
魔女「そう言った司祭くんは、あの子たちを直接助けるべきじゃなくて?」
司祭「……貴族側よりマシだろうが、それでも秘密を抱えた商館だ。身を守る術のない魔女には厳しいはずだ」
魔女「それが何? 司祭くんが自分の信条を曲げるほどの理由があるかしら?」
司祭「そうか。魔女が言うなら、それでいい」
魔剣士「ちょっと司祭!」
司祭「がなるな。説得に耳を貸さない以上、時間の無駄だ」
勇者「なら、魔女さんに商館は任せるけど……大丈夫だね?」
魔女「もちろんよ? ふふ、心配性だこと?」
魔剣士「勇者、どうするのよっ?」
勇者「どうするも何も……司祭さん」
司祭「なんだ?」
勇者「任せるからね?」
司祭「…………好きにしろ」
◇貴族の館
魔剣士「勇者、魔女は大丈夫かしら」
勇者「司祭さんに頼んだから、何とかなるとは思う」
魔剣士「はあ、なんであんなに仲違いするかなー」
勇者「今朝の感じだとそこまで引きずってなかったし、大丈夫だよ」
魔剣士「そうだった?」
勇者「二人のことは気がかりだけど、今はこっちを何とかしなきゃ。魔剣士、やれそう?」
魔剣士「大丈夫よ。ナイフ一本で乗り込むのは頼りなく感じるけどね」
勇者「さすがに魔剣を持ってたらバレるしね。盗賊みたいな服装にも我慢して」
魔剣士「変装だもの、我慢するわよ。……あ、呼び名とかはどうする?」
勇者「そうだね……いつもみたいに呼んだら正体がばれちゃうし」
魔剣士「むー」ポクポクポク
魔剣士「思いついたわ!」チーン
勇者「うん、どう呼び合う?」
魔剣士「勇者はウーくん、あたしはナッちゃんね」
勇者「はい? 魔剣士、何それ?」
ナッちゃん「ウーくん? あたしの名前はナッちゃん、でしょ?」
ウーくん「……はい」
◇同刻 販売所
司祭(そろそろ勇者たちは貴族の屋敷に突入しているだろう。私も行くか)
ダンッ
奴隷商「な、なんだいきなり!?」
司祭「ぬんっ!」ゴスッ
奴隷商「か、はっ……」
司祭(あと二人!)
売人A「て、てめえナニモンだ!」
売人B「ここをどこだと思ってやがる! オレらに手を出せば、てめえの家族までまとめて地ご」
司祭「黙れ」ガスッ、ドスッ
売人A「うぐっ」
売人B「ぎゃふんっ」
司祭「後は誰もいない、か」
奴隷1「…………だ、だれ?」
奴隷2「や、やめてよ……もうひどいことしないでっ」
幼女「うぅ、ひっく」
司祭「…………私は君たちを助けに来た、聖職者の端くれだ」
司祭「信用できないかもしれないが、ここを逃げても今より悪くならないはずだ。どうかついてきてほしい」ガチャン
司祭「手足の鎖を外していく。時間がない、協力してくれ」
幼女「…………?」
司祭「大丈夫か?」
幼女「おじさん、きのうのひと?」
司祭「…………」ガチャン
司祭「さあな。人違いだろう。昨日の君を助けられなかった、不甲斐ない男とは別人だ」
◇同刻 商館
魔女「ふふ、まずっちゃったな?」
ならずものA「この付近にいるはずだ! なんとしても見つけ出せ!」
魔女「貴族と商館が繋がってる証拠、見つかってないものね……早く探して逃げないと」
ならずものB「相手は女一人だ! 捕まえた奴は好きにしていいぞ!」
タッタッタ、、、
魔女「行った、かしらね?」
魔女(うーん、めぼしい部屋は探し終わってるのよねえ。まさか食堂やらに隠してはいないだろうし)
魔女(金庫の中にあると思ったのにな。こういうところで定石を無視する悪人ってイヤになっちゃう)
魔女「あと、探すとしたら……」ピタッ
魔女(勇者くんからもらった見取り図だと……)ガサゴソ
魔女(ここ、変ね。部屋と部屋の間が開きすぎてるもの。だとすると定番としては……)
魔女「風魔<ヒューイ>」ドカンッ
魔女「やっぱり隠し部屋よね?」
魔女(ならここに証拠はあるはず……)
魔女「んー、帳簿と密書がいくつかあるくらいね。他には……」
ならずものA「おい! さっきのでけえ音はなんだ!?」
魔女「……見つかっちゃったな? 早く逃げないと」
バタン、ドタドタ
ならずものB「てめえ、よくもやりやがったな…?」
魔女「はあ。来るのが早いのよ、あなたたち」
魔女「加減はしないとね? 高氷魔<エクス・シャーリ>」
「ひぃ、体が凍って!」
「誰か助けっ」
魔女「さよなら?」
ガチャッ
「いたぞ、こっちだ!」
魔女「うーん、人が多いかしらね? どうにか下に降りて、そこから屋敷を壊してでも逃げちゃわないと?」
魔女(わたし向きの仕事ではなかった、かな)タッタッタ
ザクッ
魔女「痛っ!」
魔女(投げナイフ……まずいなあ。足に深く刺さってる。歩くの、無理かも)
ならずものC「へへ、やっと追いつめたな」
魔女「全員殺すつもりになれば、いくらでも逃げられるのだけど?」
ならずものC「ならさっさとしろよ。おいてめえら、魔法を使えないように口を塞いじまえ」
魔女(はあ、やるしかないものね。まじない師の娘だけど、殺しちゃったらわたしが誰かに呪われちゃいそう)
魔女「ま、そのくらいじゃわたしは何も変わらないものね?」
「ひひっ……」
魔女「さよなら優しい人間さん。よろしく汚れた世界さん。……どうかわたしを一人にしてて?」
魔女「極<グラン」
司祭「早まるな」ゴスッ
ならずものC「んがっ」
司祭「立てるか? 高回復<ハイト・イエル>」
魔女「助けてほしいなんて、言ったかしら?」
司祭「言われなくても助ける。私たちは仲間だろう」
魔女「…………ありがとう。お礼だけは言わせて?」
司祭「覚えておく。続きはここを抜けてからだ」
◇町外れ
勇者「戻ってきた。二人とも無事みたいだね」
魔剣士「……なんで魔女は肩に担がれてるのよ?」
司祭「もう治したが、足に怪我をしたからな。歩くのが大変そうだから、こうした方が早かった」
魔剣士「それにしたって、もっとマシな運び方はなかったわけ?」
魔女「楽ができたから、わたしは別に文句もないのよ?」
司祭「喋る元気が出てきたなら下ろすぞ」
勇者「捕まっていた人たちは教会にいるんだよね?」
司祭「ああ。二〇人ばかりいたが、何とかしてくれるだろう」
魔剣士「ならあとは貴族と商館が繋がってる証拠を……どうするの?」
勇者「密告だね。勇者からだってばれないよう、ちょっと細工はしなきゃいけないかな」
魔女「ふふ、悪巧みは勇者くんの得意とするところよね?」
勇者「僕の人物像、魔女さんの中でどうなってるの?」
司祭「…………これであの子たちは救われたのか」
魔剣士「そうね。もう奴隷として売りに出されることはないわ」
司祭「そうか」
司祭「……魔女、すまなかった」
魔女「あら、しおらしいこと言うのね?」
司祭「あの子たちを救うためには、魔女の言葉通り、きちんと手を回さなければいけなかった」
司祭「目の前のことばかり見ていた私だけでは無理だったはずだ」
魔女「ふふ、よくわかってくれたのかしらね? ならちょっと歯を食いしばってくれる?」バチンッ
司祭「……そこまで腹に据えかねていたのか?」ヒリヒリ
魔女「ふざけないで。司祭くんは自分が間違っていたと思うの? あの子を助けたいと思った気持ちまで否定するの?」
魔女「あの子を助けられたのはたまたまよ? もう誰かに買われていた可能性だってあるものね?」
魔女「司祭くんの間違いは、一人で全てを何とかしようとしたことなのよ? ……血の冷たいわたしのやり方が、正しかったわけじゃないの」
司祭「そうか」
司祭「だがそれでも、助けられたのは魔女のおかげだ」
司祭「ありがとう」
魔女「――――ふん、だ。最初からお礼を言っておけば、わたしにぶたれないですんだのよ?」
――――閑話?7
女神「鳥はいいですね」
勇者「えーと。なんでしょう、何かの暗喩でしょうか」
女神「いいえ、ただの所感ですよ。空を自由に飛び回れる、人間なら憧れることではありませんか?」
勇者「人間ならそうでしょうけど、女神様が憧れるのは意外です」
女神「そうおかしなことでもありません。私は女神として、どこにもいけずどこにも辿りつけません」
女神「始まることも終わることもなく、ここから人間の成長を見ていることだけが役目ですからね」
勇者「……女神様はこの世界のどこにいるんですか?」
女神「どこにでもいるしどこにもいません。はぐらかしているわけじゃなく、私の存在はそれが正しいのですよ」
勇者「僕には難しい話、ですね」
女神「人間には、ですよ」
女神「――――自由に空を飛び回れる鳥たちが、羨ましいものですね」
勇者(でも、そう言う女神様から羨望や憧憬はちっとも感じられなかった)
勇者(感情というものが存在しないのか、感情を表に出せないだけなのか、僕には判断しかねるけれど)
女神「もし私に別の生き方ができるなら、次は鳥になりましょう」
勇者「空を飛び回るためにですか?」
女神「いいえ。もっと間近で人間たちを見ていられるようにです」
――――地に這いずるは夢の残骸
西の王「崖を越える、か」
勇者「こちらの国で、何かその一助となる技術はありませんか?」
西の王「――――我が国は工業立国だ。魔石を動力にした様々な機械は、多方面から支持を得ている」
西の王「が、崖を越えるという勇者の目的に適う技術は、まだない」
勇者「……そうですか」
西の王「そう落胆するな。技研には話を通しておく、崖を越えるのに役立つこともあるだろう」
西の王「我々としても、新しい技術に繋がるなら歓迎する」
勇者「わかりました。一度足を運びます」
西の王「時に勇者よ」
勇者「なんでしょうか」
西の王「先日、我のもとにある密書が届いた」
勇者「それが何か?」
西の王「ある貴族が、影で奴隷を売買して不当な利益を得ている、というものだな。国に納めることはせず、私腹を肥やしていたらしい」
勇者「それは許されないことですね」
西の王「全くだ」
西の王「貴族の家名は断絶、財産は没収。奴隷禁止令の違反として、追って更なる罰が下されるだろう」
勇者「王の威名を示すには、適切な采配だと思います」
西の王「世辞はよせ。……問題は、その密書の送り主がわからないことだ」
西の王「添えられていた売買の証拠は、本来なら外に出ることがないものだ。貴族の屋敷と商館が襲撃されたのと、恐らく関係があるだろう」
勇者「なるほど。自らの正義を信じた、確信犯だったということですね」
西の王「そうだ。だが衛兵に守られている貴族の屋敷に侵入し、一人として殺すことなく、自身は無傷で証拠を奪取する」
西の王「並大抵のことではないな?」
勇者「そうですね。やれといわれても、できることではないでしょう」
西の王「ほう? 魔王に挑む勇者にしては弱気と見える。勇者であれば、同様のことができるだけの実力はあるだろう?」
勇者「心苦しくはありますが、王は勇者の力を買いかぶっておられます」
勇者「勇者とは、魔物を殺す者。穏やかに事を納めるような力ではありません」
西の王「なら、できないと申すのだな?」
勇者「期待に添えず、申し訳ありません」
西の王「――――ふん、まあ良い。これは仮定を重ねた戯れだ。無駄な話に付き合わせたな、下がって良い」
◇城外
魔剣士「はあ、息が詰まっちゃったわよ。危うくバレるかと思った」
勇者「いや、あれバレてると思うよ?」
魔剣士「なんでよ。だって王様、途中から何も言って来なかったじゃない」
魔女「それはそうよね? だって勇者くんが関わってない方が都合がいいもの?」
司祭「王としては、配下の不始末を余所者の勇者に解決された方が外面が悪いからな」
勇者「とはいっても、僕がやったのは略奪行為だからね。そのことに触れられたくない、ってのは西の王様もわかっていたと思うよ」
勇者「それでも不安だったから、あんだけ回りくどく無関係かを問いただして、黙ってるかどうかを確かめたんだろうね」
魔剣士「……大人って面倒ね。三人とも、そんな小難しいこと考えていたの?」
魔女「ふふ? だってわたしってば、この中で頭脳派担当だものね?」
勇者「でも魔女さんって、わりとなんでも力押しだよね?」
司祭「そうだな。魔法でドカンとやっている姿しか浮かばん」
魔剣士「んー。魔女、がんばって?」
魔女「魔剣士ちゃんに慰められるのだけは納得いかないなあ?」
◇技研
室長「崖を越える、ですか」
勇者「何か妙案があると嬉しいんですが」
室長「難しいですねえ。技研としても取り組んだら面白そうですが、既存の技術を応用して対処できるかどうか……」
魔剣士「そもそも、ここってどんなことをしてるの?」
室長「よくぞ聞いてくれました!」
魔剣士「~~っ、急に大声を出さないでよっ」
室長「まず、我々の技術は魔石が主軸であることは知っていますな?」
魔女「特殊な加工をした石に魔力を帯びさせる、のよね?」
室長「その通り。加工の仕方によって魔石の出力は様々です。温度の上下、発光、振動、回転など。その制御によって機械は成り立っています」
室長「そして我々が主にしていることは、数々の動力や熱量を魔石に置き換えることなのです」
司祭「具体的には?」
室長「旅をしてこられたなら、野宿をしたことはあるでしょう。その時、火の番をしたことがありますね?」
室長「そんな時に役立つのが、たき火の代わりをする魔石です。調理に必要なだけの熱を放ち、また明かりとしての役割も果たす」
室長「しかし魔石の優れているところは、熱は必要な時だけ放出することです。」
室長「仮に火の番をしなくても、何かが燃えることはありませんし、もちろん明かりは消えません」
魔剣士「魔物はどうするのよ?」
室長「女神様に祈ります」
司祭「最後は神頼みか」
室長「たき火でも近寄ってくる魔物はいます。たき火以上の性能を求められても困りますね」
勇者「それなら、これといって新しい技術が生まれているわけじゃないんだね」
室長「……痛いところを突かれました。勇者様の仰るとおり、全く新しい技術というのはありません」
室長「今でもできることを、魔石で手軽に行えるよう置き換えるばかりです」
勇者「能力が十分にあるなら、あとは目的と発想さえあれば発明されるのは時間の問題じゃないかな」
室長「そう仰って頂けるなら幸いですね」
勇者「ところで、技研では今までどんなものを作っているんですか? 崖越えに応用できるかもしれませんし、見せてもらえませんか?」
室長「ええ、もちろん! 事細かに説明しながら案内しましょう!」
………
……
……
………
魔剣士「頭痛いわ……」
司祭「無理についてこないで、休んでいれば良かったろう」
魔女「もう、司祭くんってば女心がちっともわかってないのね。勇者くんが見て回るなら、魔剣士ちゃんも一緒に来るに決まってるじゃない」
魔剣士「別に、そんな理由じゃないわよ……」
室長「とまあ、このようなところですか」
勇者「ありがとうございました」
勇者「…………うーん」
司祭「何とかなりそうか?」
勇者「今のところ、難しいかな。組み合わせて、とかでも考えたけどうまくまとまらないよ」
室長「ところで崖越えに関してですが、機械に頼らず魔法では難しいので?」
勇者「……僕もそれは考えました。例えば氷魔<シャーリ>で崖の頂上まで坂道を造る、とかですよね?」
室長「ええ。崖の大きさにもよりますが、そうして上った事例を聞いたことがあります」
勇者「あの崖は目測でも五〇メートルを越える高さですから、そこまで届く坂道を作るには大人数の魔法使いが必要ですね」
魔女「あら? 勇者くん、わたしってば結構な働き者なのよ?」
勇者「たぶん、魔女さんが魔力を全部使い切るつもりでやって、それでも少し届かないくらいだと思うよ」
司祭「崖を越えた先に何があるかわからない、その状況で戦力を落とすのは得策じゃないな」
勇者「他の魔法使いを大勢呼んで、とも考えたけどね。崖に行くまでの時間やらを考えると、とても雇えないよ」
魔剣士「無料で協力してくれないかしら?」
勇者「それでも無理かな。その場合でも馬車や食料はこっちが準備しなきゃだし、旅の資金を全て使っても全然足らないと思う」
勇者「王様に資金の援助を請願するにも、確証がなきゃ動いてくれないだろうし」
室長「……崖を迂回する道は、もちろんなかったのですね?」
勇者「ええ。どうも切り立った崖に囲まれているようなんです」
室長「時間をかけてもいいなら、崖の向こうに行く方法はいくつかありますが……隧道(トンネル)を掘る、岩肌を削って坂や階段を作る……」
勇者「その場合、おそらく人員が揃いません」
勇者「魔王によって開拓者はほぼ全滅しました。同じ悲劇が起こる可能性を思えば、腰が引けるはずです」
室長「でしたらやはり、勇者様一行のみの力で、大きな消耗をすることなく、崖を上らなくてはならないんですね?」
勇者「無理を言ってすみません」
室長「――――我々も知恵を絞ります。旅の疲れもあるでしょう、本日は休まれてはどうです?」
勇者「そうですね。また明日以降に伺います」
室長「お力になれず申し訳ありません」
魔女「うーん? 前途多難、かしらね?」
◇二日後 宿
魔女「じゃあお留守番は任せるのよ?」
司祭「夕方までには戻る」
魔剣士「のんびりしてきたら? あたし、今日は宿でごろごろしてると思うから」
魔女「あら、運動しないとお肉がついちゃうのに?」
魔剣士「つかないわよ! ……腕がなまっちゃうもの、夜にちょっと体は動かすわ」
司祭「そうからかうな。買う物が多いんだろう、早く行くぞ」
魔女「ふふ? せっかちさんね? それじゃ魔剣士ちゃん、またね?」
バタン
魔剣士「はあ。あの二人、あたしに気を使って勇者と二人きりにするの、やめてくれないかな」
魔剣士「…………今の勇者、どうせ相手をしてくれないだろうし」
勇者「――――」カリカリ
勇者「…………」カリカリカリ
勇者「うーん」カリ、、、
魔剣士(昨日からずっと、ああでもないこうでもないって考えてる。体に悪そうよね)
勇者「んー……魔剣士?」
魔剣士「な、何!?」
勇者「僕は宿にいるから、出かけてきてもいいよ。退屈でしょ?」
魔剣士「いいのよ、今日はそういう気分なの。それに退屈そうだと思うなら、話し相手になってくれてもいいと思うわ」
勇者「考え事の片手間に相手されるんじゃ、魔剣士もイヤでしょ?」
魔剣士「……崖を越える方法、ずっと考えてるのよね?」
勇者「うん。魔王が現れてから一年が過ぎてるのに、その所在はまだわかってないからね」
勇者「そうなると、誰も到達したことのない崖の向こうが一番怪しいと思うし」
魔剣士「何とかなりそうなの?」
勇者「今のままじゃ無理だね。必死に考えてみたけど、人数を用意しなきゃいけない方法しか浮かばないよ。お手上げかな」
魔剣士「煮詰まったなら、外に出てきたらどう? 気分転換したら、何か思いつくかもしれないわよ?」
勇者「うん……そうだね。今日はいい天気だし、ちょっとひなたぼっこでもしてこようか」
魔剣士「それがいいわよ。あ、夜はまた稽古に付き合いなさいよね」
勇者「僕からもお願いするよ。剣術は魔剣士の方が上手だから、教わることも多いし」
魔剣士「うん、任せて。ばっちり鍛えてあげる」
勇者「覚悟しとくよ。それじゃいってくるね」
魔剣士「いってらっしゃい」
バタン
魔剣士「あれ? あたし、バカじゃないの?」
魔剣士「何で送り出しちゃったのよ。あたし、ひとりぼっちじゃない……」
◇野原
勇者「……」ボーッ
勇者「……」ボーッ
勇者(寝転がってると、眠くなってくるな)
勇者(肌寒くなければ寝ちゃえるのにね)
勇者「平和だな。魔王がいるなんて嘘みたいだ」
?「バササッ」
勇者「ん」
?「バサバサッ」
勇者「鳥……あれはムコウドリかな。確か、木の枝に止まってもすぐ移動しちゃう、向こうがいい、向こうがいい、って習性だっけ」
ムコウドリ「バサッ、バサッ」
勇者(ずいぶん頑張って羽ばたいてるな。やっぱり空を飛ぶのって大変なんだね)
ムコウドリ「!」キラーン
ムコウドリ「バサバサッ」ピタッ
勇者(風を捕まえたのかな。今度は羽を動かさないでどんどん上昇していく)
ムコウドリ「バサバサー」ダラー
勇者「翼の角度だけ調節して、あとはそのまま……」
勇者「風を作り出すには……船の動力に使っているようなものさえあれば」
勇者「重量も考えると……計算式がわからないけど、室長ならたぶん……」
勇者「――――これなら、崖を越えられる」
――――航空力学
勇者「水の抵抗よりも空気の抵抗の方が小さいですよね? 船と同じ動力でも得られる速度は大きくなるはずです」
室長「重量自体も大きく違いますから、計算しないとですが……」
室長「しかしどうでしょうね、現段階では何とも……」
勇者「難しいことは理解しています。ですができないとは思っていません」
勇者「速度さえ上げられれば、前方から受ける風の速度も十分なものになるはずです」
勇者「鳥の羽のように風を受け止める機構も必要になりますし、考えなきゃいけない部分は多いですが」
室長「……なるほど、そうか。そちらには一つ当てがありますね」
勇者「本当ですか? だとしたら実現は夢物語じゃありませんよ」
勇者「暫定的に揚力と呼びますが、正面から風を受けることで地面から垂直に働く力に変えられると思うんです」
室長「理屈上はそうなる、でしょうか……試さないことには何とも」
魔女「魔剣士ちゃん?」
魔剣士「魔女……」
司祭「何かあったのか? 技研にいると言伝を聞いて、来てみたんだが」
魔剣士「あたしもまだよくわかってないのよ。勇者ったら、さっきからずっと室長さんと話してるし」
勇者「細かい計算や設計はお願いすることになると思います。僕も手伝えることがあれば手伝いますが」
室長「そうですね。勇者様には、おぼろげながら完成図が見えているのでしょう」
室長「もし時間があるなら、我々と一緒に研究してみてはどうですか?」
勇者「本当ですか? ありがとうございます。けど、もし足を引っ張るようなら遠慮なく言ってください」
勇者「もともと、専門家である技研の皆さんに任せた方がいいと思っていますから」
室長「わかりました。……あと、勇者様には見てもらいたい物があります。用意してきますね」
勇者「なんでしょうか、楽しみにしています」
魔剣士「ゆ、勇者? 話は終わった?」
勇者「なんとか一段落、かな。ごめんね、待たせちゃって」
司祭「あの様子だとずいぶん話し込んでいたんだろう。何があった?」
勇者「崖を越える方法を思いついた、かな?」
魔女「あら? さすが勇者くん、わたしに次ぐ頭脳派よね?」
魔剣士「はいはいそうね。で、どんな方法なの?」
勇者「――――空を飛ぼうと思うんだ」
魔剣士・魔女・司祭「…………」
勇者「あの、何か言ってくれないと不安になるんだけど」
魔剣士「その、ごめん、予想外すぎて頭が真っ白になってたわ」
司祭「あれだけ真面目に話していたから、こんなことを言うのも失礼だが……本気か?」
勇者「もちろん」
魔女「空を飛ぶ、のよね? 鳥みたいに? 空想上の魔女みたいによね?」
勇者「ホウキにまたがって空を飛ぶよりは現実的なやり方だよ。鳥の飛び方を参考にしてるから」
魔剣士「あー、頭痛くなってきたわ。あたしにはついていけない」
司祭「今回ばかりは魔剣士を笑えないな。私も理解が追いつかん」
魔女「想像がつかないものね、人間が空を飛ぶって……」
勇者「なら待っていてよ。実現してみせるから」
魔剣士「待つってどれくらいよ? 一週間とか?」
勇者「あー、いや……しまった、時間を考えてなかったな」
魔剣士「何それ、イヤな予感しかしないんだけど……どれくらいかかるのよ?」
勇者「はは……まるっきり最初からやるし、年単位になるかなあ」
魔剣士「……勇者、正気?」
勇者「ごめん、僕の頭がどうかしてた。魔王がいると決まったわけでもないのに、崖の向こうに行くだけでそんなに時間はかけられないね」
魔女「もう、困った子ね?」
司祭「しかしそれなら、空を飛ぶ方法は技研に任せ、私たちは旅を続けるしかないだろうな。まず西の大陸を見て回り、次は東の大陸か?」
魔剣士「目的なく、ひたすら旅するしかないわよね」
魔女「港で会ったあの魔物みたいに、魔王のことを知る魔物を見つけるのもいいかしら?」
勇者「そうだね。自分たちから具体的な行動は起こせないし、後手に回るのはしかたないかな」
室長「お待たせしました」
勇者「いえ、大丈夫です。それより、見せたいものって?」
室長「皆さん、倉庫にお越しください。きっと驚くと思われますよ」
◇倉庫
魔剣士「わあ! ……うん、これが何かわからないわ」
司祭「左右に伸びた何かに巻いてあるのは布か。どことなくトンボのような形だな」
魔女「それにしても古いのね? 木の部分は歪んでるし、布も変色しちゃってるもの?」
室長「勇者様、どうでしょう?」
勇者「……驚きました。技研では最初から案が出ていたんですか?」
魔剣士「勇者、これ何なの?」
勇者「空を飛ぶための機械だよ。ずいぶん年季が入ってはいるけどね」
魔剣士「へえ、これが?」マジマジ
司祭「こんなもので空を飛ぶのか? 頼りないな……」
魔女「うーん、実物を見ても想像できないな?」
室長「勇者様から話を聞いた後、似たような計画に覚えがあったため、設計書やらを探してみたのです」
勇者「今の進捗状況はどうなんですか?」
室長「何十年も前に計画が頓挫しています」
勇者「……それはどうして?」
室長「計画の柱であった七代目勇者様が亡くなられたからです」
勇者「!」
魔剣士(七代目勇者……前に会った修道女が待っていた人よね)
室長「この試作機は失敗に終わったようです」
室長「飛行距離は数メートル。高度も上がらず、後ろから人が押すか、強風が吹かなければ自力での離陸はできなかったと記録にあります」
勇者「それでも基礎はできあがっている。ですよね?」
室長「ええ。当時よりも技術の改良は進んでいます。当時の問題点を解決できるかもしれません。それに……」
室長「目的を持つ勇者様がいます。勇者様は言いましたね? 目的と発想が必要だと。今、技研にそれをもたらせるのは勇者様のはずです」
室長「飛行する機械、飛行機の作成。我らが技研に協力を願えませんか?」
勇者「……僕がどれだけ力になれるかはわかりませんが。こちらこそ、よろしくお願いします」
魔剣士「先代の勇者ができなかったことを、今の勇者が引き継ぐのね。どうなるかしら」
魔女「あら? 魔剣士ちゃん、勇者くんを信じてあげないの?」
魔剣士「そんなんじゃないわよ。勇者だもん、できるに決まってるわ」
◇一ヶ月後 仮住まい
勇者「それじゃ行ってくる。帰りは遅くなるから」
魔剣士「ご飯はここで食べるのよね? 準備しておくから」
勇者「うん、ありがと」
魔剣士「いってらっしゃい」
バタバタ
魔剣士「…………はあ」
魔剣士(飛行機を作る。勇者がそう言ってから、すごく時間が過ぎちゃったように感じる)
魔剣士(技研で働くなら、と王様から与えられた仮住まいにも愛着がわいてきちゃった)
魔剣士「旅をしていた頃が懐かしいわ……」
……
…
魔女「勇者くん、今日も帰りは遅くなるのかしら?」
魔剣士「そう言ってたわ。ここ最近、ずっとそうみたい」
司祭「不満そうだな。相手にされないのが寂しいのか?」
魔剣士「そういうんじゃないわよ、馬鹿にしないで。……勇者がすっごく楽しそうで、それが複雑なだけ」
魔女「あまり意味が変わらないんじゃなくて?」
魔剣士「全然違うわよ。乙女心は複雑なの」
司祭「気むずかしいものだな、あまり関わりたくないが」
魔剣士「関わんなくていいわよ、あたしの気持ちの問題だもの」
魔剣士「二人は今日、どうするの? また魔物退治?」
司祭「ああ。旅の感覚を忘れてしまいそうになるからな。困っている人もいるんだ、できることはしておきたい」
魔女「たまには魔剣士ちゃんもくる? 夜に勇者くんと稽古してばかりでしょ?」
魔剣士「……ううん、あたしはいいわ。必要なら手伝うけど」
司祭「魔女と二人でも何とかはなるだろう。ヒートバタフライの退治は、魔女の魔力さえ尽きなければ手こずることはない」
魔女「火傷しないかは不安だけど、司祭くんが守ってくれるし、これまで危険はなかったものね」
魔剣士「そう。ならあたしは留守番してるわ」
魔女「んー? 魔剣士ちゃん、たまには気分転換するといいのよ?」
魔剣士「そうね……」
司祭「ごちそうさま。ずいぶんと料理が上手になったな」
魔女「司祭くん? 魔剣士ちゃんの料理がおいしいのは、あなたのためじゃなくてよ?」
司祭「そんなこと、言われなくてもわかっているが」
魔剣士「うるさいわね、さっさと出かけなさいよ。片づけられないでしょっ」
魔女「くす、はいはい? それじゃ準備しましょうか?」
司祭「どうして私まで怒られなきゃいけないんだ。とんだとばっちりだな」
魔女「愚痴らないのよ? 男は黙っている時が必要だものね?」
パタパタ
魔剣士「……はあ。しょうがないじゃない。あたしにできることなんて、それくらいしかないんだから」
◇壁外
魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>!」
司祭「この辺りの魔物はあらかた片づいたな。魔力はまだあるか?」
魔女「もちろん? わたしって魔力だけが取り柄だものね?」
司祭「返事に困る言い方をするな。……ならもうしばらく戦うか」
魔女「ところで司祭くん? 魔剣士ちゃんのこと、どう思う?」
司祭「質問が曖昧だな」
魔女「最近は特に無理してるなあって? 勇者くん、帰りが遅くなってきてるものね?」
司祭「……他の女がいないかという心配か? 無用だと思うが」
魔女「はあ。司祭くんは女心がちっともわかってないなあ?」
司祭「悪かったな。それなら少し教えてくれ」
魔女「ふふん、高くつくのよ?」
司祭「覚悟しておく」
魔女「あのね、最近の勇者くんって生き生きとしてるじゃない?」
司祭「そうだな。もともと、戦いよりもああいった机仕事に向いた性格なんだろう」
魔女「でもね、魔剣士ちゃんが隣にいられるのは戦いの場なのよ? 今の勇者くんの隣にはいられないのね?」
司祭「なるほど。それが寂しい……いや、辛いのか?」
魔女「自分の居場所を見失っているみたいね? もう少しすれば、どこかで折り合いをつけられるとは思うな?」
司祭「あまり悩んでいるようなら勇者も動くだろう。あまり心配しなくてよさそうだな」
魔女「そうね? 誰だって居場所や戻る場所があるもの。それがどこにもないのはわたしくらいかしら?」
司祭「…………」
司祭「魔女の居場所は、私や勇者たちの側にあるだろう。悲しいことを言うな」
魔女「――――ふふ。だったらいいなって、わたしは思ってるのよ?」
◇技研
魔剣士「……」ボーッ
勇者「ペダルの踏み込みに対して方向舵の動作量が多すぎないかな。もっと少なくしていいと思うけど」
研究員「なら歯車の組み合わせを調整しますか。でもあまり細かくすると、踏み込む足の負担が増えますよ?」
勇者「僕が操縦する分にはそれでも大丈夫だけど……最終的には量産を見据えているんだし、改善項目に加えておこうか」
研究員「了解。じゃ、調整したら呼びますね」
勇者「うん、よろしく」
魔剣士「……」ボーッ
室長「勇者さん」
勇者「室長。どうしました?」
室長「魔石に三種類の出力を持たせる実験ですけど、今回の飛行機には間に合わないかもですよ」
勇者「そっか……どこで躓いてます?」
室長「出力の制御ですね。三系統にするまでは良かったんですが、複数出力の切り替えがうまくいってないようです」
勇者「でも二系統までの時はうまくいってましたよね?」
室長「ええ、それは前から実証済みですから」
勇者「まず二系統の出力切り替えを組んで、その先でもう一つの出力を切り替えられるような回路にする、とかできませんか?」
室長「あー、どうでしょうね。私もまだ話にしか聞いてないんですよ。機体の強度を見直すのに時間がかかってまして」
勇者「なら僕が見てきますか? みんなと比べれば力不足ですけど、思いつくことはあるかもしれませんし」
室長「いやいや、勇者さんは働きすぎです。私が後で見ときますよ」
勇者「わかりました。それじゃあお願いします」
魔剣士(勇者って、やっぱりこういう頭を使うことがしたかったのよね)
魔剣士(……わかってたわよ、それくらい。勇者は魔物との戦いに向いてないもの)
研究員「勇者さーん。調整したので試してくれませんかー?」
勇者「わかった、今行くよ」
魔剣士(昔からそうだったわよね。あたしと遊ぶ時は外だけど、一人の時は部屋の中でずっと本を読んでた)
魔剣士(ちっちゃい頃のあたし、凄いな。こんな楽しそうにしてる勇者を、どんな気持ちで遊ぼうって声かけてたんだろ)
魔剣士「あたし、もうそんなことできないわよ」
勇者「これ、飛んでる時間によっては足が疲れちゃうかな」
研究員「だと思いますよ。どうします?」
勇者「今回はこれで行こうか。でも次の飛行機を作るまでには改善してほしい」
研究員「わかりました。先輩たちに聞きながら直しときます」
勇者「よろしく。……あれ?」
研究員「どうしました?」
勇者「ごめん、ちょっと離れるから。誰か来たら後で行くって伝えておいて」
魔剣士「はあ」
勇者「魔剣士、どうしたの?」
魔剣士「っ」ビク
魔剣士「ゆ、勇者? そっちこそどうしたのよ、忙しいでしょ?」
勇者「魔剣士の姿が見えたからね。せっかくだし話そうかなって」
魔剣士「……ごめんなさい、邪魔して」
勇者「変なことで謝らないでよ。調子が狂っちゃうから」
魔剣士「む、何よ。悪いことしたかなって反省してるのに」
勇者「悪いことなんてしてないでしょ? ただ技研を見に来ただけなのに」
魔剣士「だって、あたしがいても邪魔でしょ?」
勇者「なんでさ?」
魔剣士「あたし、何の役にも立たないもの」
勇者「魔剣士、頭使うことは苦手だしね。手伝ってもらうことは確かにないかな」
魔剣士(ほら、やっぱり……)
勇者「でも見に来てくれるのは構わないよ。退屈かもしれないけど」
魔剣士「――――え?」
勇者「僕もずっと魔剣士の相手はしてられないしね。それなら司祭さんや魔女さんと一緒にいる方がいいでしょ?」
魔剣士「あたし、ここにいてもいいの?」
勇者「変なこと言うね。いいに決まってるよ。危ないから、機械には近寄らないでくれるならだけど」
魔剣士「……そっか。あたし、バカだなあ」
勇者「魔剣士? あれ、泣いてる?」
魔剣士「泣いてない」ボフッ
勇者「っと。あのさ、抱きつかれたら顔が見えないんだけど」
魔剣士「いいのっ」ギュー
勇者「んー。はは、参ったな」
室長「勇者さん、翼の制御はどうなりました?」
研究員「勇者さんはあっちですよ。忙しいみたいで」
室長「……ああ、なるほど。あれは忙しい」
研究員「垂直尾翼の制御はとりあえず完了しましたよ。他、何か伝えときます?」
室長「いや、後でまた来る。勇者さんは幸せそうだし、邪魔しちゃ悪いからね」
◇夕方 仮住まい
魔女「ただいまー?」
司祭「ただいま」
魔剣士「おかえり。お疲れさま」
魔女「ふふ、目につく魔物はみんな氷付けにしてきちゃったな?」
司祭「頑張った魔女には甘いものでも食べさせてやってくれ。それで明日も張り切ってくれるなら安いものだ」
魔女「あ、失礼な言い方だなあ? 司祭くんなんて知らないんだから」
魔剣士「はいはい、騒がないの。そろそろ夕食の準備するから、着替えてきなさいよね」
司祭「…………ふむ?」
魔剣士「何よ司祭。あたしのことじっと見て」
司祭「いいことでもあったのか?」
魔剣士「別に何もないわよ。変なこと言わないでくれる?」
魔女「司祭くんは変なことを言う人なのよ? 意外と常識がないものね?」
司祭「少なくとも魔女にだけは言われたくないな」
魔剣士「二人とも、あたしがさっき何を言ったか聞いてた? 早く着替えてきなさいよ。まったくもう」パタパタ
魔女「ふーん?」
司祭「あれで隠せているつもりなのか?」
魔女「いいじゃない? かわいらしくて?」
魔剣士「あ、そうだ。明日からお昼はあたしいないわよ? 適当に食べてきなさいねー?」
魔剣士「~~~♪」トントントン
司祭「なあ、ここまであからさまでも質問してはダメなのか?」
魔女「やめときなさいよね? その気になって語られたら、あまりの甘さに胃が重くなりそうだもの?」
◇某日 技研
魔剣士「お弁当を作ってみたの」
勇者「ああ、それで今日は来るのが遅かったんだ」
魔剣士「忙しいのによく見てるわね。寂しかった?」
勇者「心配はしたけど。それくらいで寂しくなるほど子供じゃないよ」
魔剣士「ふーん、つまらないの。寂しいって言ったら慰めてあげようと思ったのに」
勇者「次回に期待しておくよ。それより、お弁当食べていい?」
魔剣士「勇者、今それよりって言った?」
勇者「言ってないよ。そろそろお弁当食べたいなって言っただけ」
魔剣士「まあいいわ、許してあげる。はい」パカッ
勇者「へえ、おいしそうだね。お母さんというより、女の子が作ったお弁当って感じ」
魔剣士「そ、そう? なら食べてみたら?」
勇者「そうする。いただきます」モグモグ
魔剣士「どう?」
勇者「やっぱりおいしいな。魔剣士、この一ヶ月ちょっとでずいぶん腕が上達したよね」
魔剣士「……最初はとても失敗しちゃったけど。魔女が呆れちゃうくらいに」
勇者「はは、あの頃が嘘みたいだよ。今は魔女さんより上手なんじゃない?」
魔剣士「当然でしょ? 弟子は師匠を超えるものだし」
勇者「同意するのは魔女さんに悪いけど……うん、おかげで食事が楽しみだよ」
魔剣士「ならいいわ。しっかり食べておきなさいよ。午後も頑張って、夜はあたしと稽古するんだから」
勇者「そうするよ。いい加減、魔剣士から一勝くらいもぎとりたいし」
魔剣士「剣術だけの勝負なら負けるわけないわ。魔法を使う戦い方が体にしみついてるから、勇者の踏み込みは浅いもの」
勇者「言ったね? なら今夜の勝負、負けた方は勝った方のお願いを一つ聞くとかにしようか?」
勇者・魔剣士 キャッキャ
独身研究員「いいなあ勇者さん。俺もあんな甲斐甲斐しい彼女が欲しい」
童貞研究員「くそ、なんだあの人。頭よくて勇者で恋人までいるとか。理不尽すぎる」
倦怠期研究員「嫉妬すんなよ。……嫉妬したかないけど、うちの嫁さんもああいう健気だった頃に戻ってくれねえかな」
別居中研究員「はあ。女房、たまにはこっちに来てくれたらな。いや、今度の休みに迎えに行って、そこで……」
新婚研究員「あれが許されるなら、俺も妻を呼んでいいっすよね?」
独身研究員「うるせえ黙れ」
童貞研究員「滅しろ」
倦怠期研究員「おまえだけは許さん」
別居中研究員「生きて帰れると思うな」
新婚研究員「俺の扱い、ひどくないっすか!?」
室長「うちの研究員、なんでこんなやさぐれてるんだろう?」
研究員「技研は女っ気が皆無ですからね。室長、若い連中に世話を焼いたらどうです?」
室長「うちの妻は友達がいないんだよ。高飛車すぎて」
研究員「ああ、室長は尻に敷かれてますもんねー」
室長「……君、出世はしばらくないと思っといていいよ」
研究員「ええ!? あんまりじゃないですかっ?」
◇仮住まい
魔女「司祭くん、わたしの作ったご飯はどう?」
司祭「……魔女、魔剣士から料理を習ったらどうだ?」
夜。とてもやる気を出した魔剣士に勇者は完敗する。
魔剣士がどんなお願いをしたかは、また別の話。
◇二ヶ月後
研究員「取り付け、終わりました!」
勇者「これが……」
室長「完成ですね勇者さん! 我々の作り上げた飛行機ですよ!」
別居中研究員「っしゃ! これで女房を迎えにいける!!」
童貞研究員「お、俺、この後魔女さんに告白するんだ!」
倦怠期研究員「いやっはー!! 空を飛べるようになったら、嫁を誘ってぶちかましたる!」
独身研究員「え、そういう目的ありなの? 俺も気になる子ができたら呼んでいい?」
新婚研究員「マジっすか! じゃあ俺も妻を呼ぶんで!」
研究員たち「「「「てめえだけは許さん!」」」」
魔剣士「勇者」
勇者「……魔剣士」
魔剣士「やったじゃない。頑張ったわね」
勇者「はは、やったよ魔剣士! 僕、凄いがんばった!」ダキッ
魔剣士「わわっ/// ちょっと、抱きつかないでよ!」
勇者「ごめんね魔剣士! 今まで苦労かけたけどさ!」カカエアゲ
魔剣士「は、恥ずかしいっ/// 下ろしてよ!」
勇者「ようやくここまで来たんだ!」
魔女「あらあら? 珍しいかしらね、勇者くんがここまではしゃいでるのって?」
司祭「たまにはいいだろう。勇者は普段、あんなに感情を見せることがないからな」
魔剣士「うぅ、ひどい目にあった……」
勇者「あーっと、ごめん。ちょっと興奮しちゃってさ」
魔剣士「別にやるなとは言わないわよ。でも人のいないところにして」
勇者「うん、そうするよ」
室長「勇者さん、もういいですか?」
勇者「っと、はい。なんです?」
室長「最後の点検が終わったら、試験飛行をしなくちゃいけません。予定通り、勇者さんが操縦士で構いませんか?」
勇者「いいですよ。崖を越える時には、僕が操縦することになるでしょうから」
室長「では準備をお願いしますね。こっちは点検を始めています」
魔剣士「……ねえ勇者?」
勇者「何?」
魔剣士「あたし、一緒に乗っちゃダメ?」
勇者「え? うーん、万が一のことを考えると、ちょっとな……」
魔剣士「何よそれ? もしかして、危険なの?」
勇者「あ、いや……うーん」
勇者(理論上は問題ないけど……でもここで変なこと言ったら、試験飛行に反対されそうだし……)
勇者「しょうがないな、いいよ。司祭さんと魔女さんにも話してくるから」
……
…
勇者「というわけだから、たぶん大丈夫だと思うけど、何かあったら助けてほしい」
魔女「ふふ、魔剣士ちゃんってば困った子ね?」
司祭「救命処置はできるが……大丈夫か?」
勇者「正直、多少の危険は目をつぶってる。崖を越えるくらいの高度なら、飛行機にもそこまで負担はかからないはずだからね」
魔女「……んー。わたし、乗らないとダメかな?」
勇者「魔女さんが乗る頃には徹底的に試験した後だから、安心していいよ」
魔女「ふふ、それなら良かったな? 勇者くん、わたしのためにも頑張ってね?」
司祭「どういう応援の仕方だ。人格を疑われるぞ」
勇者「冗談だってわかってるからいいよ。それじゃ、後はよろしく」
司祭「やれやれ。魔王を倒す旅のはずが、おかしなことになったものだ」
魔女「ふふ、そうね? でもわたし、旅に出て良かったって心から思うのよ?」
◇試験中
勇者「魔剣士、きちんと体を座席に固定した?」
魔剣士「大丈夫よ、もう身じろぎもできないくらい」
勇者「なら離陸するよ。前を見てて」
ジジジジジ
勇者(魔石は問題なく動作してる)
魔剣士「わ、動き出した」
勇者(あとは必要な速度さえ確保できれば……)
勇者「そろそろ浮くよ」
魔剣士「うそ、ほんとに……うわ、ふわってしたわ!」
勇者「よし、飛んだ! あとは翼と魔石の制御に気をつけて、えーと……」
魔剣士「ねえ勇者、すごいわ! 地面、あんなに下にある!」ガチャ
勇者「あまり暴れないでよ! 飛行機が落ちたら死ぬからね!」
勇者(風防があるのに、それでも風の音がうるさいな。大声じゃなきゃ会話できないくらいだ)
勇者(あとは……速度の影響かな、離陸する前よりずっと操縦桿が重い。原因を調べないと)
魔剣士「――――勇者ってすごいわね」
勇者「何か言った!?」
魔剣士「あたし、こんな景色が見られるなんて思わなかった」
勇者「聞こえないよ!」
魔剣士「いいのよ、聞こえなくて。あたしの独り言だもの」
勇者「あたしの、何だって!?」
魔剣士「ねえ。あたしは勇者に、どんなものを見せてあげられるのかな」
魔剣士「……何でもないわよ! 綺麗だって言っただけ!」
――――枯渇進行
室長「想定よりは問題が少ないですが、やはり多いですね」
勇者「ええ。特に高度が足らないのが痛手でした」
室長「速度が計算より出なかったことが原因ですが、おそらく魔石でしょう」
室長「出力の系統を増やしたことで、単純に出力量が低下したんだと思います」
勇者「ですが基本的な構造はほぼ問題ありません。問題を一つずつ解決していけば、何とかなりそうですよね」
室長「ここまで短期間でこぎつけたんです。ぜひ形にしたいものですよ」
勇者(……そう、短期間すぎる。そりゃあ時間は惜しげなく注いだけど、それでも三ヶ月で試験飛行ができるのは早すぎるんだ)
勇者(技研の人たちが優秀だったというのもあるけど、何より計画が頓挫した時点での進行度合いが影響してるよね)
勇者(あんな完成間近で計画が頓挫するなんて、考えられない)
室長「勇者さん?」
勇者「……すみません、考え事してました。なんです?」
室長「いや、大したことじゃないですよ。それより、試験飛行ばかりでお疲れでしょう? 今日はもう休んだらどうですか」
勇者「僕はまだ平気ですよ」
室長「それでも、ですよ。飛行機が完成次第、勇者さんは崖を越えるのでしょう?」
室長「その先に魔王がいるかもしれないなら、英気を養ってください」
勇者「……最後の詰めをお任せするのは、申し訳ないですが」
室長「構いませんよ、それくらい。この三ヶ月、勇者さんが技研にもたらしたものはとても大きいんです」
室長「ほら、よく語られるでしょう? 『文明の発展は勇者と共にあった』。我ら技研は、正にその場に立ち会えたんですから」
勇者「なら甘えさせてもらいます。最近は勇者らしいことをしてませんでしたから、魔物と戦って勘を取り戻してきたりしますよ」
室長「勇者さんの休養ってずいぶんと行動的なんですね」ハハ
伝令「失礼します!」
室長「……何事です?」
伝令「先ほど報告がありました! 現在、東の大陸の王城が魔物に襲撃されています!」
室長「なんですって?」
勇者「――――いつからですか」
伝令「本日未明になります! 伝書鳥により状況を確認したばかりでして、被害の規模はわかっていません!」
勇者(東の大陸まで、普通の手段で移動していたら絶対に間に合わない……なら)
勇者「室長さん、飛行機の魔石、魔力の補充は終わっていましたね?」
室長「一通りの試験飛行を終えた後に行いましたが……あれで行くつもりですか?」
勇者「王の許可が得られれば、です。あれは西の王の持ち物だから、僕の勝手で持ち出すわけにはいきません」
室長「……技研の室長として、王への伝令をお願いします。勇者様に飛行機の譲渡、いや貸与の許可を、と」
室長「勇者さんは準備を。王とのやりとりは私が請け負います」
勇者「……ありがとうございます、室長さん」ダッ
伝令「では伝えてまいります!」
室長「お願いしますよ」
……
…
室長「話は以上です。王の許可は私がなんとしても取り付けます。東の大陸まで問題なく航行できるよう、万全の整備をしてください」
室長「時間はありません。各自、最高の仕事をするように!」
室長(技研にできることはここまでです……どうか、勇者さんの旅路に女神様の加護があらんことを)
◇仮住まい
魔剣士「水と食料は備蓄の分だけ持って行けばいいわよね!? あとは何!」
司祭「装備だけ整えておけばいいだろう! 向こうで買えるものなら後回しでいい!」
魔女「ええと、薬草に食糧に水に……?」
ガチャ
勇者「ごめん、準備を任せちゃって。用意できた?」
魔剣士「もう大丈夫! よね?」
司祭「置いていく荷物は多いがな。……しかし間に合うか?」
魔女「悩んでも仕方ないもの、行くしかないのよね?」
勇者「さっき連絡があって、飛行機は貸してもらえるみたい。準備ができたならすぐに行くよ」
勇者「今から順調に進んで、半日はかかると思う。着くのは深夜だから、覚悟しておいて」
◇技研
勇者「飛行機、お借りします」
室長「お気をつけて。勇者さんの帰りを待っています」
勇者「ええ。帰ってきますよ、必ず」
研究員「飛行機が出ます! 進路確認! 進路よし!」
室長「それでは、また」グッ
勇者「…………」グッ
室長「行ってしまいましたか」
研究員「大丈夫、でしょうか」
室長「わかりません。ですが待っている間にやることは多い。技研として、我々にできる戦いをします」
◇飛行中
魔剣士「こんなに慌ただしく空を飛ぶことになるなんて、ちっとも思わなかったわ」
司祭「そうだな。急ぎすぎて、飛び立つ時に感動することさえ忘れていた」
勇者「起きていられるなら構わないけど、疲れたら休んじゃって。一応、寝られるくらいにはちゃんと防音してあるから」
魔剣士「……勇者はどうするの?」
勇者「僕は休めないよ。飛行機が落っこちるからね」
魔剣士「その、無理はしないで?」
勇者「わかった。ありがとう」
勇者(東の大陸は魔法が進んでいる。結界魔法に注力していたはずだし、何とか守り抜けたらいいんだけど)
勇者(――――そもそも、魔物が人の住む場所を意図的に襲撃しているなら。統率する、知性のある魔物がいる)
勇者「…………」グッ
勇者(わかってる。人間に戻す方法はない。魔物になって、人間を殺し続けるなんて悲しいことはやめさせなきゃダメだ)
勇者(やるしかない。覚悟は決めないと)
魔女「気持ち悪い……」
………
……
…
魔女「うぅ……」
…
……
………
魔女「…………」
◇東の大陸 上空
魔剣士「zz……ん、…………ぅぁ」ウトウト
魔剣士「んぅ……あれ……?」
魔剣士「……。……っ!」
勇者「起きた?」
魔剣士「ご、ごめん勇者。寝ちゃってた」
勇者「いいよ。何もしないでじっとしてたら、眠くなっちゃうんだし」
司祭「ただ、静かにしてやってくれ。魔女はまた眠ってしまったようだからな」
勇者「司祭さんも寝たら? あと二時間くらいだし、向こうに着いたら休む暇もないんだから」
司祭「私なら大丈夫だ。さっき、不覚にも十分に休んだ」
魔剣士「みんな起きてるって意地を張ってたのに、全員一回は眠っちゃったのね」
勇者「快適だったようで安心したよ。僕の操縦技術も中々のものみたいだから」
勇者(……飛行機作りにかまけていたし、休憩もろくに取れてないから、僕は戦力として半減してる。皆に負担をかける分、今は頑張らなきゃ)
魔剣士「もうすっかり暗いわよね。月も出てないし、前を照らす魔灯がなかったら何も見えなくなりそう」
勇者「ほんとだね。夜間飛行の可能性も考えて、光源も付けといてよかったよ」
司祭「先見性があって助かったな。……あれは?」
魔剣士「どうかしたわけ?」
司祭「目の錯覚か? 前方に、鳥のような何かが見える」
勇者「夜行性の鳥かな。急にはよけられないから、逃げてくれなきゃ困るんだけど」
魔剣士「――――違う、鳥じゃないわ! 司祭、すぐに予知<コクーサ>使って!」
司祭「くっ……魔女、起きろ! 寝ている場合じゃない!」
アヴェス「はじめまして、勇者。ぼくはアヴェス。あなたを殺しにやってきました。といっても、今のあなたに声は聞こえていませんか?」
勇者(鳥と人間を組み合わせたような……人型? 知性がある? ならまずい……!)
アヴェス「おやおや、面白い物に乗っていますね? 空を飛ぶのは翼を持つ者の専売特許だと思っていました」
魔剣士「何か喋ってる……どうする勇者、風防を外して戦う?」
勇者「ダメだよ、座席から投げ出される危険の方がまずい。何とか逃げ切る……!」
勇者(といっても、魔石の出力はこれ以上あげられない……何とか旋回しながら振り切るしか……)
アヴェス「ふふ、ではとびっきりの妨害をしてあげましょう。空の中で、ぼくに勝てるとは思わないことです!」
勇者(っ……来る、上から! 右に傾けて、方向舵を調整して……!)
アヴェス「ははは、ぎこちない回避の仕方ですね。やはりあなたたち人間では、空を自由に飛び回れない」
アヴェス「ほらほら、あとどれだけ避けていられますか!」
勇者「く、っそ!」
勇者「司祭さん、予知<コクーサ>で敵の動きを教えて! それに合わせて操縦する!」
司祭「右下から来るぞ!」
勇者(上昇はできないっ、高度を無理矢理落として!)ガクン
魔女「きゃっ!」
勇者「我慢して! 次!」
司祭「背後からだ!」
勇者(機体の振動がひどい、立て直しながら上昇するっ)ガタガタガタ
アヴェス「ふふ、なかなかしぶといですね。しかし飛び回るのに必要な場所はわかりましたよ?」
司祭「勇者、魔法を打たれる! すぐにここから離れろ!」
アヴェス「墜ちなさい! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」
勇者「簡単に、言ってくれるね!」
勇者(離脱……間に合ってよ!)
アヴェス「おやおや、翼に穴が空きましたね?」
パラパラ
勇者「こ、のぉ!」ガタガタガタ
魔剣士「あああ!」
アヴェス「おやおや、ひどく間抜けな飛び方ですね。これでは墜落も免れない。さようなら勇者。あの世でお会いしましょう」バサッ
勇者(魔物は……消えた? でもこっちがまともに操縦できない!)
司祭「くっ、勇者、風防を壊すぞ!」ドンッ
司祭「翼の穴が空いた部分……いけるか? 結界<グレース>!」
勇者「っ! 司祭さん、そのまま! 今ならどうにか動かせる!」
司祭「ならいい! だが長くは持たないぞ!」
勇者(どっちにしろ、これ以上は飛んでられない! 高度が足りないけど、何とか速度を落として着陸しなきゃ!)
勇者「司祭さん、もう手を中に入れて! このまま降りる!」
勇者(ダメだ、左右の均衡が狂ってるっ。速度も落としきれてない! このままじゃ……っ)
魔剣士「――――勇者」
魔剣士「勇者なら大丈夫。自分を信じて」
勇者「っ……!」
勇者(左右は諦める、機首が地面と水平になるようにだけして……!)
ガラガラガラッ!
バキバキッ
ダンッ!!
………
……
…
魔剣士「――――生き、てる?」
魔剣士「勇者、大丈夫!?」
勇者「うぅ……っぁ」
魔剣士「頭、怪我してる……落ち着いて、あたし。きっとできる。だから、」
魔剣士「……高回復<ハイト・イエル>」ポォ
魔剣士「怪我、治ったわよね? 勇者、しっかりして?」
勇者「ん……魔剣、士?」
魔剣士「良かった」
司祭「くっ、頭がふらつくな」
魔女「…………ごめん待って、とても気持ち悪いの」
魔剣士「全員、無事よね? 怪我はしてない?」
勇者(何とか着陸できた、かな)
勇者「大丈夫なら、みんな降りようか。またさっきの魔物に襲われるかもしれないし」
魔女「司祭くん、酔い止めの薬草ちょうだい……」
司祭「良かったな。この一枚だけは残っていた」
魔女「他、は?」
司祭「着陸した時、外に投げ出されたのだろう。どこにあるかはわからない」
魔剣士「食料と水もほとんどこぼれちゃってたわ。一人ずつ、少し喉を潤すくらいしか残ってない」
司祭「勇者、状況はそんなところだが」
勇者「――――」
魔剣士(飛行機……左の翼が完全に折れちゃってる。きっと他にも壊れたところがあるし、もう乗れないわよね……)
勇者「ふう。飛行機が頑張ってくれて良かったよ。皆、死なずに済んだ」
魔剣士(バカ、笑わないでよ。あんなに頑張って作ったんだもの、もっと言いたいことあるはずでしょ?)
魔剣士「……これから、どうするの?」
勇者「ここから魔物に襲われている王城まで、たぶん六〇キロくらい距離があるはず」
司祭「六〇、か。ここは山間の場所だろう。直線距離で六〇でも、移動距離は更に増えるだろうな」
勇者「それでも今から歩き出せば、明日の夕方には着くと思う」
魔女「寝ずに歩いて、よね? 勇者くんにそんな体力が残っているの?」
勇者「できるできないでは考えてない。やる」
魔剣士「勇者……」
司祭「無理を言い出すものだな」
勇者「わかってる。だから僕一人で行くよ。体力の問題もあるだろうし、皆は無理しないで」
魔剣士「無理する張本人が言うんじゃ、何も説得力ないわよ」
魔剣士「……あたしは行くわ。勇者を一人になんてしない」
勇者「……ごめん。ありがとう」
魔剣士「司祭、魔女をよろしくね。いくらなんでも、魔女の体力はもたないわよ」
魔女「あら? 魔剣士ちゃんってばひどいなあ? わたしを置いていくつもり?」
魔剣士「……わかってるのよね? なら何も言わない。無理して倒れたら、司祭に任せて置いていくわ」
司祭「私の意見を聞いて欲しいものだがな。魔女の体力が尽きたら、私が背負ってでも連れて行く。魔女の魔法は必要なはずだ」
勇者(――――僕は)
勇者(一人で戦ってきたつもりなんてなかった)
勇者(でも今、僕はようやく、自分の仲間がどれだけ頼もしいかを思い知った)
勇者「水と食料は僕と司祭さんで持って行く。魔剣士と魔女さんは、体力の温存を意識しながら進んで」
勇者「ここまで来たんだ。間に合わないなんて、そんな結末は許さない」
◇翌日 昼
魔剣士(山岳地帯のど真ん中、か……降りた場所が本当に悪かったみたい。せめて町に寄れたら、水が飲めるのに)
司祭(魔物と交戦する頻度が多い。それだけ王城に近づいているのか? 距離はあとどれだけある?)
司祭「魔女。まだ歩けるか?」
魔女「…………」コクッ
魔女(わたしは、歩く、のよ。他は今、どうでもいい)
勇者(食料と水は朝の時点で尽きた。西の大陸と違って、こっちは汗ばむくらいの陽気だ)
勇者(湧き水でも見つかってくれたら……空から見た感じだと、山肌がしばらく続いてた。木が生えてないなら、水は期待できない……)
勇者(たぶん皆、気温差にやられてるはず。無理して進むのは間違いだった? でも他の町まで行くのも距離的には変わらない)
勇者(どちらにしろ、他の町に行こうと休んでる暇はない。それなら、王城に着いた時、まだ結界が破られてない可能性に賭けた方がいい)
勇者(それに王城が落ちれば、東の大陸は大きく国力を失う。徒党を組んだ魔物に襲われれば、小さな町や村では対抗できない)
勇者(……くそ、わかってるよ。進むしかないんだ)ザリッ
――――東方戦線
◆夕方
衛兵「女王様! 結界はこれ以上魔物を防げません!」
東の女王「騎士団、出撃の準備を。私の警護はよい、全兵でもって魔物を迎え撃て」
大臣「女王様にもしものことがあってはなりません! 撤回を!」
東の女王「黙れ。私の代わりなどいくらでもいる。何度でも首をすげかえればいい」
東の女王「大陸の要であるこの場所さえ守れれば、魔物の勝利にはならない」
東の女王「魔術隊は戦闘に出るな。破られた後、結界の復旧を急がせろ」
東の女王「……西と南の王に書状は送ったな?」
大臣「間違いなく」
東の女王「ならばよい。次は自分の番だと腹をくくり、魔物と戦う覚悟ができよう」
東の女王「大臣よ」
大臣「はっ」
東の女王「勇者は今、どこにいる?」
大臣「西の大陸にいると聞いております」
東の女王「なら間に合わないな。期待はやめておこう」
東の女王「――――結界が破れる前に、最後の仕事をしてくる」
大臣「それは……?」
東の女王「兵士たちへの激励だ」
東の女王『聞け! 国を、いや民を守らんと立ち上がった兵士たちよ!』
東の女王『魔王が現れて一年! 人間に怯えていた魔物たちは、ついに人間の世界を脅かそうと牙を剥いてきた!』
東の女王『残念ながら、最初に狙われたのはこの城だ! なぜか!』
東の女王『……言うまでもない。それは、この国の兵士諸君らが、魔物にとってもっとも脅威であるからだ!』
東の女王『間もなく結界は破られる! 戦闘は熾烈を極めるだろう!』
東の女王『だが忘れるな! 女神の加護は我らにあり! 皆の持つ剣は、放つ魔法は、背に守る人々が最も頼る誇りである!』
東の女王『何としてでも魔物を打ち倒せ! 最後の一人になろうとも、だ!』
東の女王『そして! 最後の兵も倒れたのなら、私が最初に殺されよう。それで民が守られるなら本望だ!』
東の女王『だが、相手は野蛮な魔物! こちらの言葉に耳を貸すとも思えぬ! ならばここで、倒れるわけにはいかないのだ!』
東の女王『皆が掲げる誇りを蹂躙されるな! 魔物と違い、私たちには守るべきものがある! それを胸に、戦い抜け!』
ワアアアアアア!!
◆
アヴェス「気の強い女王だ。三大国の中でなら、彼女の器が一番大きいというのも頷けますね」
アヴェス「でも、ぼくの好みじゃない」
アヴェス「いいでしょう、自慢の兵は皆殺しにしてあげます」
アヴェス「そしてその後、最初に殺されるのはあなただ」
◆
パキッ
サラサラサラ,,,
騎士団長「結界が破られた! 全員、構え! 第一隊、行けえ!」
騎士団長「第二隊、魔法準備! 第一隊が後退した後、雷魔<ビリム>系統の魔法で応戦せよ!」
過食コウモリ「ィィィィィッ!」
蠅の王「――――」ブブブ
ビーストレイブン「ガァァアア!」
騎士団長「怯むな、進めぇ!」
騎士4「がはっ」グサッ
騎士7「ぎゃああ!」
騎士団長「くっ……第一隊、引け! 第二隊、ってええ!」
「高雷魔<エクス・ビリム>!」「雷魔<ビリム>」「雷魔<ビリム>!」「雷魔<ビリム>っ」「高雷魔<エクス・ビリム>!!」
アヴェス「あまり刃向かわないでください、極風魔<グラン・ヒューイ>」
騎士9「ま、魔法! 相殺されました!」
騎士団長「バカな!」
アヴェス「まとめているのは……あの男ですね」バサッ
アヴェス「ふっ……!」ビュンッ
騎士団長「なっ、こ」ザンッ
アヴェス「ふん。人間の首など、もろいものです」
騎士5「うわあああ!?」
アヴェス「さて……マーリアに頼まれていたのは、結界魔法の組成でしたね」
騎士8「団長の仇だ! 何としてでも殺せーっ!」
アヴェス「あなたたちの相手をしている暇はありません」ビュオン
騎士8「うあっ!」
アヴェス「壊れた結界の破片ですが、魔力を強引に流し続ければ帰るまで保存できるでしょう」
騎士12「だ、ダメだ! 結界の魔法を研究させるな! ここで打ち落とせ!」
「高炎魔<エクス・フォーカ>!」「雷魔<ビリム>っ」「氷魔<シャーリ>!」「風魔<ヒューイ>!」
アヴェス「そのような遅い魔法、鳥であるぼくには当たりません」バサバサ
アヴェス「さて。今回は結界を壊すのに二日ほどかかりました。ですが次はどうでしょうね?」
アヴェス「ぼくが戻るまで、魔物の相手をしながら絶望するといい」
騎士8「くそ、くそっ! 団長を殺したやつを、みすみす逃がせるか!」
副団長「やめろ、深追いするな!」
騎士12「団長……団長ーっ」
副団長「うろたえるな馬鹿者が! 魔物に囲まれていることを忘れるな!」
副団長「団長の指示を思い出せ! 私はすぐ反対側の指揮に戻る! 団長の部下であったなら、その教えを死んでも貫き通せ!」
騎士12「くっ……」チャキ
騎士12「魔物一匹たりともここを通すか! 全て叩き斬ってやる!」
◇
勇者「始まってる。結界、破られたみたいだ」
魔剣士「――――行くわ。魔物の好きになんてさせない」
司祭「魔女、大丈夫か?」
魔女「当たり前よ……? わたし、何のためにここまで来たと思っているの?」
勇者「皆、一人では行動しないで。僕は魔剣士と、司祭さんは魔女さんと二人で動いて」
勇者「守り終わったら、皆でご飯を食べよう」
司祭「ふっ。それはいいな、やる気が出る」
魔女「ええ。魔力を使い切るのも怖くないものね?」
魔剣士「そのためにも……勝つわ。絶対に」チャキ
蠅の王A「…………」ブブブ
蠅の王B「…………」カシュカシュ
蠅の王C「…………」ギョロ
新米騎士「う、うああ! 来るな、来るなぁ!」ブンブン
蠅の王D「…………」ブンッ!
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>」
新米騎士「うあ、はっ……? ハエが、全滅してる……?」
司祭「立て。お前は騎士だろう。何のためにここにいるんだ」
魔女「司祭くん。近寄ってくる魔物、全部やっつけていいのよね?」
司祭「魔力を使い切っても構わない。魔女は私が守る」
魔女「……ならいいのよ。わたしね、きっと、後を考える余裕はないもの」
ビーストレイブン「ガアア!」バサッ
魔女「落ちなさい。極氷魔<グラン・シャーリ>」
魔法使い7「だ、ダメです! 前線を保てません!」
副団長「弱音を吐くな! 我らに退路はない! この身を盾としてでも魔物を進ませるな!」
過食コウモリ「ィィィィッ!」ガブッ
副団長「がっ!?」
魔法使い7「副団長!?」
副団長「人間を、なめるなあっ!」ズバッ
過食コウモリ「イギッ!?」
副団長「はあ、はあ」
魔法使い7「大丈夫ですか!?」
副団長「くそ、薄汚いコウモリめ……だいぶ、血をもっていかれたっ」
魔剣士「イヤになるくらいコウモリが多いわね」
副団長「だ、誰だ……騎士団の人間ではないな? 下がれ! 殺されるぞ!」
魔剣士「ハエ、カラス、ヒツジ……こんなお出迎え、望んでないわ」
勇者「共鳴」ブォン
魔剣士「ありがと」ブォン
勇者「背中は任せる」
魔剣士「頼りにしていいわ。魔物は一匹も近づけないから」
魔剣士「すっ……やあぁ!」
ビーストレイブン「ガッ!?」
イビルモスキート「!?」ブブ、、、
蠅の王「…… 」ズズ
魔法使い7「な……強……」
勇者「高風魔<エクス・ヒューイ>」
勇者「逃がさない。はっ!」
過食コウモリ「ィッ!?」
クロヒツジ「メゲッ!?」
副団長「まさか……南の王家の紋章……」
魔法使い7「それって……勇者様、ですか?」
副団長「勝てる……勝てるぞ!」
副団長「全隊、陣形を立て直せ! 我が国に勇者の守護あり! 繰り返す! 我が国に勇者の守護あり!」
魔剣士「期待されてるわね、勇者様」
勇者「皆の力になれるなら、それでいいよ。そのためなら、実体のない偶像にだってなる」
魔剣士「……バカ。そんなことさせないわ」ズバッ
過食コウモリ「ィっ?」
魔剣士「あたしは勇者だけの剣なの。だから、勇者に向かってくるなら……どんな相手も許さないわ!!」
勇者「はは、僕だけの剣か……」
勇者「ならいつか、僕は魔剣士だけの勇者になるよ」
勇者「――――だから、魔剣士を傷つける魔物は、何があろうと許さない」チャキッ
◇
魔女「っ、は…………極風<グラン・ヒ…………」ガクッ
司祭「よくやった、魔女」ダキッ
司祭「そこの騎士。魔女を命に代えても守れ。魔女は全てを賭して、倒れるまでお前を守り抜いた」
司祭「次は、お前が守る番だ」
新米騎士「で、でも! 魔物が!」
司祭「たかが八匹だ。魔女はどれだけの魔物を倒したと思ってる?」
司祭「これくらい、何ともない」
新米騎士「……っ!」
新米騎士「た、たとえ私が死んででも、この女性を守り抜きます!」
司祭「……いい顔だ」
司祭「だが惚れるなよ。彼女は私たちの仲間だ」
蠅の王「…………」ブブブ
ビーストレイブン「ガガッ、ガアァ」
クロヒツジ「フッ、フゥッ」
司祭「予知<コクーサ>。補力<ベーゴ>。補守<コローダ>。補早<オニーゴ>」
司祭「…………来い。一匹残らず打ち倒してやる」
◇
魔剣士「っのおお! やあぁああっ!」
過食コウモリ「イグッ!?」
魔剣士「はあ、はあ……」
勇者「魔力……もうない、か……」
勇者「この……! はっ!」
ビーストレイブン「ガふっ」
勇者「く、そ……」ガクッ
魔剣士「ゆ、勇者……」
勇者「ごめん……そろそろ、限界」
魔剣士「ふふ……いいわ、休んでなさいよ……」
魔剣士「勇者には、近づかせない……ぜったい……」
副団長「全員戻れ! 結界が復旧する!」
魔剣士「…………はは。何よもう。遅い、ってば……」
副団長「勇者様! こちらへ!」
魔剣士「勇者、動ける……?」
勇者「ふーっ、ふーっ」
魔剣士「そりゃ、そうよね……無理よね。勇者、一番がんばったんだもの……」
魔剣士「いい、わ。魔物さえ倒せば、あの人たち、来てくれるでしょ……」
魔剣士「くっ……」フラ、、、
魔剣士(ダメ……意識、飛びそう……)
副団長「第一隊、進め! 勇者様たちを守るんだ!」
騎士団「うおおおお!」
副団長「魔物の攻撃は防ぐだけでいい! 勇者様たちを結界の内側に運ぶのが最優先だ!」
蠅の王「…………!」シュバ
騎士12「くっ、あっちへ行け!」
騎士8「らあっ!」
イビルモスキート「っ」ブブ
騎士5「勇者様、こちらへ!」
勇者「…………」
魔剣士「ゆう、しゃ……」
副団長「勇者様たちの保護は終わった! 全員引け! 結界を張り直すぞ!」
魔剣士「司祭、魔女……無事よ、ね……?」
副団長「ご安心ください。勇者様含め、四名の方が救援に来られたんですよね?」
魔剣士「ええ……」
副団長「全員、結界の内側におられます」
魔術隊「いきます! 高度結界<カーサ・グレース>!!」
シャランッ!
勇者「…………」
勇者(良かった……間に合って……)
◇翌朝
勇者「…………」
勇者「…………ここ、は?」
勇者(体中、とても痛い……寝返り打つだけできつい……)
魔剣士「zzz……」
勇者「魔剣士……司祭さんと魔女さんも」
勇者「――――そっか。守れたんだよね、僕たちは」
コンコン
勇者「っと。どうぞ」
ガチャ
大臣「失礼します」
大臣「勇者様、お体はもうよろしいでしょうか?」
勇者「はい。おかげさまで、しっかり休めました」
大臣「でしたら、早々ではありますが女王様との謁見をお願いします。何分、魔物の襲撃は喫緊の問題です。ぜひ勇者様のお力をお借りしたく」
勇者「わかりました。僕で力になれるなら」
◇謁見の間
東の女王「あなたが勇者か。此度の助力には感謝している。今回、団長を含めて騎士三七名が亡くなる被害を受けたが、勇者がいなければより多くの死者が出ていただろう」
東の女王「兵を、民を守ってくれて、礼を言う」
勇者「顔をお上げください。僕は勇者としてできることをした。それだけです」
東の女王「ならば対等に話そう。聞けば勇者は、つい先日まで西の大陸にいたという」
東の女王「海路だけでも五日を越える日数がかかろう。どのような手品でここまで来た?」
勇者「魔王討伐のため、西の国の技研と協力し、空を飛ぶ機械を作成していました。東の国の危機を聞かされ、それに乗り駆けつけた次第です」
東の女王「空を飛ぶ機械……西め、また変なものを作り出したな。まあいい、そのけったいな機械はどうした?」
勇者「……道中、知性のある魔物に襲われ、破壊されました。僕たちは辛くも無事でしたから、そのままこちらに直行してきたのです」
東の女王「なるほど……西の王には私から伝えておく。必要なら搬送も行おう。その機械はどこにある?」
勇者「ここから六〇キロほど西に置いてきました。木製で、片方の羽がもがれたトンボのような姿をしています」
東の女王「そうか。…………待て、六〇キロだと? そこはちょうど山岳地帯の中心になるはずだ。人間がいないせいで魔物も繁殖している」
東の女王「お前たち、どうやってここまで来た?」
勇者「……自分たちの足で、です」
東の女王「バカな……伝書鳥がそちらに書状を届けたのは、一昨日の昼前なはずだ」
東の女王「それを知ってすぐ、空を飛んでここまで来たとして、山道を六〇キロも進む時間は……」
勇者「…………」
東の女王「いや、すまない。驚く場合ではなかった。それほど身を粉にしてまで、この国の危機に駆けつけてくれたのだな」
東の女王「感謝する。これは言葉ばかりの礼ではない。魔物の襲撃が止んだ後、できる限りの謝礼をしよう」
勇者「多くはいりません」
勇者「今回、僕の独断で、仲間に無理をさせてしまいました。次に魔物の襲撃があるまで療養させて頂ければ、それで十分です」
東の女王「しかし、それでは」
勇者「ではもう一つだけ甘えさせてください。西の大陸まで伝書鳥を飛ばして欲しいのです」
東の女王「内容は?」
勇者「飛行機を壊してしまったことへの謝罪です」
東の女王「……魔物に襲われたのだろう。不可抗力だ」
勇者「だとしても、借り受けたものを無事に返せなかったことには変わりません」
東の女王「わかった。今の言葉を確実に伝えよう」
勇者「感謝します」
東の女王「――――では、これから話すのはこの世界の今後だ」
東の女王「魔王が現れて一年余り。これまでも魔物による被害はいくつもあったが、今回のように規模の大きい襲撃はなかったはずだ」
東の女王「私は魔物の側に動きがあった、と見ている。勇者としての意見はあるか?」
勇者「魔物側に変化があったか、というのは情報が少ないため断定できません」
勇者「ですが、今回の襲撃で魔物を統率している魔物がいることは知っています」
東の女王「ほう?」
勇者「道中に僕たちを襲った魔物は、明確な意志を持って飛行機の破壊を行ってきました。人間のように知性のある魔物です」
東の女王「……人語を解し、他の魔物に指示して人間を襲わせる、か。北の大陸で似たような出来事があったのは聞いている」
東の女王「その魔物は、人間が変化した姿なのだろう?」
勇者「…………ええ」
東の女王「姿を変えたとはいえ、元は同じ人間。それを聞けば、兵の中には剣の鈍る者もいよう。そのことは口外無用にするつもりだ」
勇者「そうですね。知らないに越したことはないと思います」
東の女王「だが、知性ある魔物の存在は騎士団に知れ渡っている」
勇者「……僕たちが来た時、あの魔物の姿はありませんでした。それなのに、どうして?」
東の女王「騎士団の団長を殺し、この国の結界魔法について情報を奪っていったのは、その魔物だからだ」
勇者「…………」
東の女王「この国で最も腕の立つ騎士団長が、赤子の手をひねるように殺された。それを知った騎士団の動揺は大きい」
東の女王「加えて、結界魔法が暴かれようとしているのも、兵の不安を煽る情報だ」
東の女王「兵は魔法に深い信頼を寄せている。その基盤が崩れようとしているからだ」
勇者「ならばやることは一つです。知性ある魔物、あれを倒すしかありません」
東の女王「だとしても、矢継ぎ早に同様の魔物が差し向けられればこちらが追いつめられるだろう」
勇者「知性ある魔物はその数自体が少ない、と考えています」
東の女王「どういうことだ?」
勇者「これまで旅をしてきましたが、人間が魔物に変化した事例は二つだけです。今回のことを入れて三つですね」
勇者「動物が変化した魔物と比べて、圧倒的に個体数が少ないのです」
勇者「ましてや、魔物を率いるほどの能力も兼ね備えなくてはいけない以上、条件を満たす魔物は少ないはずです」
東の女王「なるほど……しかし、どうして動物と違い人間は魔物に変化しにくい?」
東の女王「それがわからなければ、現状は安心できる、以上の保証にならないだろう」
勇者「――――僕は人間が魔物に変わる条件を知っています。女神様からお聞きしました」
東の女王「なに?」
勇者「ですが、お話することはできません」
東の女王「理由は?」
勇者「その条件を満たしかねないと見なされれば、魔物になる前にと殺される事態が考えられるからです」
東の女王「ふむ」
勇者「安心してください。その条件はとても厳しいものです。ですからその不安は胸の内に留めて頂けたら、と思います」
東の女王「それは民のためなのだな?」
勇者「はい」
東の女王「よい。それならば私は口をつぐもう」
勇者「ありがとうございます」
東の女王「礼はいい。為政者として、合理的に判断したまでだ」
東の女王「民衆の不安は恐慌を生む。恐慌は社会を蝕み、崩壊させる。ならば、知らない方が健全でいられる」
東の女王「西や南のもそれは知らないだろう? なら、誰も何も知らない。私も勇者も知らない。それで話はおしまいだ」
東の女王「さて。勇者たちはまだ疲れが残っているだろう。次の襲撃があるまで、休んでいるといい」
勇者「ありがとうございます。……ところで、魔物の迎撃に際して、一つ進言してよろしいでしょうか?」
東の女王「なんだ?」
勇者「結界魔法を解析されたとして、その知識を元に破れるのは知性ある魔物だけでしょう」
勇者「他の魔物に破られないなら、次の襲撃では一度結界を解きましょう」
東の女王「……説明を続けよ」
勇者「僕たちと騎士団の方が外に出た状態で、再び結界を張ります。そうして他の魔物の攻撃は防ぎつつ、僕たちが鳥人の魔物を倒します」
勇者「騎士団の方たちには、他の魔物を引きつけてもらいたいのです。勝つ必要はありません。必要なのは防戦です」
勇者「知性ある魔物さえ倒せば、魔物の統率は乱れます。その時こそ、騎士団の方たちで魔物を掃討すればいい」
勇者「どうでしょうか」
東の女王「わかった。話は伝えておく。実際にどうなるかは、騎士団を筆頭に兵長の意見を聞いてからだ」
勇者「ありがとうございます」
◇客室
勇者「ただいま」
魔剣士「おかえりなさい。……女王様、なんだって?」
勇者「魔物の襲撃があるまでは休んでいてくれってさ」
魔女「あら、ずいぶん短いのね? 他には何を話したのかしら?」
司祭「そう疑ってやるな。勇者の心労が浮かばれない」
勇者「はは、ありがと。でも今は、お腹一杯ご飯を食べて、そのままひたすら眠りたいかな……」
魔剣士「それもそうね。ご飯の準備、もうできてるらしいの。行きましょっ」ギュッ
勇者「ちょ、急に腕を組まないでよ。びっくりするから」
魔剣士「いいじゃない、それくらい。早く早くっ!」
司祭「なんだ? 何があった?」
魔女「ふふ、何かしらね?」
◆???
アヴェス「ほら、持ってきましたよ。マーリア」
マーリア「ふん。遅かったじゃないか」
アヴェス「うるさいですね。ここから東の王城まで、どれだけ距離があると思ってるんです?」
マーリア「お前なら一日で往復できるだろ」
アヴェス「無茶を言わないでください。自慢の翼が痛んでしまいますよ」
マーリア「ふん……なるほど、組成はこんなものか」
アヴェス「で? それをもっと手軽に破るにはどうすれば?」
マーリア「結界は網目状になっている。面で押しても効果は薄いな」
マーリア「鋭く細い針のように風魔<ヒューイ>を調整しろ。それを突き刺し、爆発でもさせれば、結界は楽に崩壊するはずだ」
アヴェス「風魔法の形状と性質をいじれと? あなたもずいぶん無茶を言いますね」
マーリア「なんだ、できないのか?」
アヴェス「まさか。ぼくにできないことなんてありません」
マーリア「なら、お前が仕留め損ねた勇者を殺してくるんだな」
アヴェス「……ちっ。あの高さから落ちて、生き残るとはね」
マーリア「世界が何も変わっていないんだ、勇者はまだ生きている」
マーリア「きちんと自分でトドメを刺さないからそうなるんだ」
アヴェス「うるさいですね。死ぬ時期が前後しただけで、勇者がぼくに殺されるのは同じです」
マーリア「なんなら手伝ってやろうか。お前の手には余るようだしな」
アヴェス「ふん、余計なお世話だ。勇者は空を飛ぶぼくたちの矜持を汚したんだ、生かしちゃおきません」
アヴェス「ところで、魔王様はまだ動かないんですか?」
マーリア「いつもと変わらんよ。玉座に座り、何もせず、ただ時間を無駄にしている」
アヴェス「魔王様が戦えば、人間なんて三日で滅ぶでしょう? どうして動かないんだか」
マーリア「さあな。それこそ、人間なんてどうでもいいのだろ」
マーリア「魔王の食べ物はまだたくさん残っている。開拓者どもの肉がなくなるまで、動く理由はないんだろうさ」
◇翌日 早朝
騎士団員「失礼します!」
勇者「現れた?」
騎士団員「はい! 現在、魔物の大群が押し寄せている途中です!」
勇者「なら僕たちも行こうか。作戦は話した通りだから、僕たちは鳥の魔物だけを狙うよ」
魔剣士「わかってる。今度はきちんと戦えるんだもの、いいようにはされないわ」
魔女「ふふ。それに、勇者くんが頑張って作った飛行機を壊された恨みがあるものね?」
司祭「ああ、なるほど。健気なものだな」
魔剣士「そ、そうよ悪い!? 勇者の努力を一瞬で壊されたのよ! 怒るに決まってるじゃない!」
魔女「あら、魔剣士ちゃんってば素直な子になったのね?」
勇者「締まらないなあ。これから戦うんだから、もっと緊張感を持とうよ」
司祭「これくらいはいいだろう。肩に力が入るよりはマシだ」
騎士団員「あ、あの?」
勇者「僕らもすぐに行くよ。一緒に戦おう」
騎士団員「は、はい! 光栄であります! では失礼しました!」
バタン
勇者「期待されるなら、勇者としてしっかり応えなきゃね」
◆城外
アヴェス「あれだけの魔物を送り込んだにも関わらず、攻撃をしのがれてしまった。納得がいきませんね」
アヴェス「ぼくが殺した男は、この国で最も強かったようですが……あの程度の実力で対抗できたとは思えない」
アヴェス「何かあると見た方がいいですね。けれどまあ、ぼくのやることは変わりませんか」
アヴェス「人間め。今回はお使いを頼まれていない。全員、ぼくの手で殺してあげます」
過食コウモリ「ィィ、ィ」バサッ
アヴェス「ぼくに何の用だ。さっさと行け。人間を殺し、殺されてこい」
過食コウモリ「ィィ!」
アヴェス「なんだって? そうか、それで前回は城を落とせなかったのか」
アヴェス「くそ、どこまでも僕の邪魔をする」
アヴェス「……ですがいいでしょう。勇者がここにいるなら、人間を襲う手間が省けたというものだ」
過食コウモリ「ィィ……」ブルブル
アヴェス「勇者め。世界を救おうとするお遊びを、ここで終わらせてあげましょう」
◇城外
魔術隊「結界を復帰します! 高度結界<カーサ・グレース>!」
副団長「勇者様。件の魔物を見つけ次第、連絡します。ご武運を」
勇者「お願いします。そちらもお気をつけて」
司祭「いよいよだな」
魔女「ふふ。魔剣士ちゃんじゃないけど、勇者くんの宝物を壊されたんだもの、仕返しをしなきゃね?」
勇者(でも、どうしようか。あの魔物、具体的にどう倒すかはまだ方法が浮かばない)
勇者(アンフィビのように明確な弱点があるとは限らない)
勇者(最初の予定どおり、まずは翼を攻撃して機動力を削がないと。空を飛ばれているのは厄介だ)
魔剣士「勇者」
勇者「ん。何?」
魔剣士「考え事があるなら、皆に相談しなさいよ」
魔剣士「一人で抱え込んだりしないで。ね?」
魔剣士「あたしたちは、仲間なんだから」
勇者「…………」
勇者「うん、そうだね。これは僕の欠点だから、直さなきゃ」
司祭「それで、何を考えていたんだ?」
勇者「あの鳥の魔物の倒し方だね。まず翼を優先的に狙うけど、たぶん空を飛び回るだろうから、僕と魔女さんの魔法で頑張らないとかな」
勇者「その間、司祭さんは補助、魔剣士は近寄ってくる魔物を倒しつつ鳥の魔物を警戒」
勇者「空を飛べなくなったら、あとは総力戦になる。騎士団の負担を軽くするためにも、できるだけ早く倒したい。そんなところかな」
魔女「わたしの責任が重大ね? 頑張らないとな?」
勇者「そうだね。だから今回、共鳴は魔女さんにお願いするよ」
魔剣士「今回は適任だもんね」
魔女「あら、嫉妬しないでくれるのね?」
魔剣士「しないわよ。あたしはもう子供じゃないの」
魔剣士(この前は無我夢中で言っちゃったけど……あたしは勇者だけの剣なんだもの)
司祭「話は終わりだ。もうすぐ魔物が来る。鳥の魔物が見つかるまでの間は、無理せず魔物を倒していいればいいんだな?」
勇者「それでよろしく。前に出過ぎないようにね」
新米騎士「僕は、もう逃げない! あっちへ行け、魔物めっ」
ビーストレイブン「ガガッ?」
副団長「鳥人の魔物を早く探せ! 見つけたら戦わず、すぐに勇者様へ知らせるんだ!」
魔法使い7「副団長、いました! 奴です!」
副団長「あれは……勇者様たちのいる方向か?」
騎士12「このっ、らああ!」
副団長「全隊、聞け! 問題の魔物は発見した! 勇者様の方へ他の魔物が向かわないよう、死力を尽くして防ぎきれ!」
アヴェス「あの高さから落ちて生きているとはね。あなたたちのしぶとさには反吐が出る」
魔剣士「この前はよくもやってくれたわね。あんただけは、絶対に許さない」
アヴェス「ほざけ! ぼくはアヴェス、鳥類の覇者だ!」
アヴェス「アンフィビのような出来損ないと違って、欠点など抱えちゃいない。勇者はここで失われるんだよ!」
勇者「今度は僕たちも戦える。勝てると思わないことだね」
アヴェス「うるさいんだよ人間が!」ヒュンッ!!
司祭「速い……!」
アヴェス「地に降り注げ! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」
魔女「極風魔<グラン・ヒューイ>」
ブワッ!
魔剣士「くっ」
勇者「高炎魔<エクス・フォーカ>!」
アヴェス「風魔<ヒューイ>!」
勇者(風を起こして炎を流した……)
アヴェス「ぼくの早さについてこれると思わないことです!」ビュンッ
司祭「ぬんッ!」ガキッ
アヴェス「ちっ」
魔剣士「司祭、そのまま押さえて! やあっ!」
アヴェス「離せ!」ゲシッ
司祭「くっ」バッ
魔剣士「この、ちょこまか動かないで!」
魔女「逃げ回るなら、逃げる場所なんてなくしてあげましょうね?」
魔女(範囲を広げないと。連発すれば、何とかなるかしら)
魔女「極雷魔<グラン・ビリム>」
アヴェス「この程度!」
魔女「極氷魔<グラン・シャーリ>」
アヴェス「ふん!」
魔女「……極炎魔<グラン・フォーカ>!」
アヴェス「しつこいんだよ! 極風魔<グラン・ヒューイ>!」
勇者「高氷魔<エクス・シャーリ>!」
アヴェス「この……ああああ!」バサバサバサッ
勇者(あれだけ魔法を打って全部避けるなんて……機動力が違いすぎるな)
勇者「魔女さん、ちょっと作戦を練る。魔法は牽制程度に控えて」
魔女「なんとか頑張ってみようかしらね?」
勇者「司祭さん。予知<コクーサ>で敵の動きを完全に予測できない?」
司祭「それはできるが、私が見るのはあくまで三秒後の未来だ。私たちが行動を変えれば、当然相手の行動も変わってくる」
魔剣士「あの速い魔物には効果が薄い、ってことね」
魔女「高氷魔<エクス・シャーリ>」
アヴェス「もう息切れか! これだから人間は脆弱なんだ!」
魔剣士「魔女。魔法を止めて」
魔女「何か考えがあるの?」
魔剣士「あいつが魔法で攻撃したら対抗して。そうじゃないなら――降りて攻撃してくるなら、そこを斬り伏せるわ」
勇者「……アヴェスはかなりの早さで飛び回るよ。できる?」
魔剣士「勇者、自分の言葉を忘れた?」
魔剣士「できる、できないじゃない。やるのよ」
アヴェス「攻撃を止めた。ついにぼくが倒せないと思い知りましたか? ならそのまま死になさい! 極風魔<グラン・ヒューイ>」
魔女「あなたの魔法、弱々しいの。これで十分ね、高風魔<エクス・ヒューイ>」
アヴェス(ちっ……ぼくの魔法を軽々と打ち消すなんて。なら!)
アヴェス「ふーっ」バサバサバサッ
アヴェス「しっ!!」ギュンッ
勇者「くっ」ブンッ
アヴェス「遅い遅い遅いっ!」ズバッ
司祭(何とか防げたが……二度目はない、か?)ガキッ
アヴェス「ははは! はーっはっはっは!」ビュンッ
魔剣士「芸がないわ」フッ
アヴェス「な!?」
魔剣士「同じ速度で動くなら目が慣れる。もうあなたは切れない相手じゃない」
魔剣士「…………二の剣。空縫い」ズバッ
アヴェス「がァ!?」ザクッ
魔剣士(腕を深く切っただけ……でも次は翼を切り落とす!)
魔剣士「はああ!」
アヴェス「くっ! 突き刺され羽よ!」
司祭「ま、まずい! 避けろ魔剣士!」
魔剣士「っ!?」
ダダダダダッ
魔剣士「っ……」ガクッ
勇者「魔剣士!」
魔剣士「平気よ! こんなの、羽が刺さっただけ」グラッ
魔剣士「だ……け……」バタッ
司祭「くっ……解毒<キヨム>!」ポォ
魔剣士「うぁ……あぁ!?」ガタガタッ
司祭(バカな、なんだこの毒は!? 解毒ができない!)
アヴェス「くっ……あんな女のために、羽を飛ばしてしまうとは」
勇者「――」ジャッ
アヴェス「!?」
勇者「――」ズバッ
アヴェス「ぐっ」ザクッ
勇者「――!」ヒュッ、ブンッ
アヴェス「ち、ちィっ!」バサバサッ
勇者「――――」フッ、、、
勇者「司祭さん。魔剣士の具合は?」
司祭「まずい、解毒<キヨム>がちっとも効かない。このままでは……」
勇者「…………」
勇者「――――」
勇者「魔女さん、全力で炎魔<フォーカ>を放って」
魔女「普通に放つだけでいいの?」
勇者「一カ所だけ逃げ道を作って。あの魔物は今飛んでいるから、それ以外の部分はくまなく炎で覆って」
勇者「普通に魔法を打つだけじゃ逃げられる。追い込んで、そこを潰す」
魔女「……わかった。任せて?」
魔剣士「ぐっ……ひぅ、あぁ!?」ゴフッ
勇者(魔剣士――――!)
魔女「勇者くん、いいのね!?」
勇者「やって!」
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>!」
アヴェス「あの女、まだ魔力を残してましたか……!」
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極炎魔<グラン・フォーカ>!」
アヴェス(バカな。いくつ打つ気だ!)
魔女「極炎魔<グラン・フォーカ>。極炎魔<グラン・フォーカ>っ」
アヴェス「くっ……!」
アヴェス「――――! あそこだけ炎が薄い! あそこにっ」
勇者「落ちろ。高風魔<エクス・ヒューイ>」
アヴェス「!?」
アヴェス「ぐが、あああっ!?」ゴォォ
魔女(炎を風で吹き飛ばして……)
アヴェス「ぐフっ」グシャッ
勇者「右の翼は燃えたね。これでもう空は飛べない」
アヴェス「この、勇者め! くたばれっ」
勇者「念のため左の翼も切り落とそうか」ズバッ
アヴェス「があああッ!?」
勇者「あの羽の毒。どうすれば解毒できる」
アヴェス「教えるか、この人間め!」
勇者「……」ザシュ
アヴェス「が……はっ」
勇者「質問じゃない。喋れ、と言っているんだよ、僕は」
アヴェス「くく……くっく」
アヴェス「ははは! 知るかよそんなこと! ぼくの羽は猛毒だ! 七日七晩苦しんで、その後は世界に絶望しながら死ぬだけだ!」
アヴェス「解毒!? そんなものはない! お前の仲間は死ぬ運命なんだよ!」
勇者「ならもう君に用はないよ」
勇者「死ね」
アヴェス「…………」ニヤリ
アヴェス(ぼくの体内で羽の毒を凝縮し……これをぶつければ、人間は一瞬で死ぬ!)
アヴェス「プッ!」ビチャッ
ブォン
勇者「…………」
アヴェス「ちっ……女神の加護……」
アヴェス「っ!」ゲシッ
勇者「……」バッ
アヴェス「くそ、くそ、人間め! ぼくの大切な翼をよくも!」ハァハァ
アヴェス「今は無様だろうが逃げてやる! 翼を治して、それから今度こそ殺してやる!」
勇者「誰が逃がすと言った?」ヒュッ
アヴェス「ひ、ひィ!?」
魔女「勇者くん、離れて! 極氷魔<グラン・シャーリ>!!」
アヴェス「あガっ!?」ザスザスザスッ
アヴェス「あ……っぁ……」
勇者「――――」
副団長「!? 魔物の様子が変わった? 勇者様、やりましたね!」
騎士12「逃げていく……魔物が逃げていくぞ!」
副団長「逃げる魔物は深追いするな! ただしこの周辺に残る魔物は一匹も生かしておけない! 複数で囲んで確実に殺すんだ!」
新米騎士「やった……やった! 僕は勝ちました! 見ていてくれましたか、司祭さん、魔女さん!」
ワアアア!!
勇者「魔剣士、は?」
魔剣士「けふ……ぃ、ぁ……」ビクッビクッ
司祭「勇者、まずい! すぐにでも解毒しなければ」
勇者「共鳴」ブォン
司祭「そ、そうか、これなら!」ブォン
司祭「解毒<キヨム>っ!」ポォッ
魔剣士「ああ………あああァァ!?」ガタッ
司祭「これでも、ダメなのか?」
魔女「魔剣士ちゃん……!」
勇者「――――魔剣士を教会まで連れて行く。神性の高い人が使う解毒<キヨム>なら治せるかもしれない」
勇者「それでもダメならその人と共鳴をする。解毒できるまで、魔力がなくなるまで僕が解毒<キヨム>をする」
魔剣士「ぐっ……あぁ……っは……」
勇者(七日七晩苦しんで、それから死ぬ? そんなこと、絶対にさせない。魔剣士は、僕の……僕は魔剣士だけの……)
――――星が墜ちた後
大司教「解毒<キヨム>」パァッ
魔剣士「くっ、あぁ……あああ!?」ビクンッ
大司教「これでもダメなんですか!?」
勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>。解毒<キヨム>」
魔剣士「ひぐっ……うあぁ……」
勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>。解毒<キヨム>」
魔女「ゆ、勇者くん。もうそれ以上は」
勇者「解毒<キヨム>。解毒<キヨム>!」
司祭「くっ……何か他の魔法はないのか! ここは魔法の大国だろう!?」
大司教「――――無理は言わないでください」
大司教「魔法を懸命に使っていますが……極回復<フィニ・イエル>でも効果が現れません。これでは……」
司祭「ならどうすればいい!?」
勇者「司祭さん。怒鳴っても仕方ないよ」
司祭「仕方ないだと!? よくそんな冷ややかなことが言えたものだな!」ガッ
魔女「司祭くん!」
司祭「お前と魔剣士は特別な関係だろう! なのにっ」
勇者「…………離して。こんな無駄なことをしている暇があったら、一度でも多く解毒<キヨム>をしたい」
司祭「っ――――」バッ
司祭「すまない。一番辛いのは勇者だったな。頭に血が上っていた」
◇謁見の間
東の女王「大変な時に呼び出してすまないな」
勇者「いえ……」
東の女王「魔物の羽から採取できた毒を調べているが、複合性の猛毒ということしかわかっていない」
東の女王「解毒<キヨム>の効かない毒が多すぎるそうだ」
東の女王「今、国中の薬草をかき集めて、毒を消せる薬効のあるものを探している」
勇者「ご尽力、ありがとうございます」
東の女王「礼など言うな。国を救ってくれた恩人にできる、最大限のことをしているだけだ」
東の女王「だから勇者には、別の線から解毒の方法を探してもらいたい」
勇者「何かあるんですか?」
東の女王「勇者は解毒<キヨム>がどのような成り立ちで生まれたか知っているか?」
勇者「……魔力を帯びた水に解毒作用があった」
東の女王「そうだ。この近くにある涙の洞には泉があり、その水は魔力を帯びている」
東の女王「天然の魔石によって作られた洞窟だから、そんなことが起きたらしい」
勇者「その水さえあれば、ですね」
東の女王「もちろん、問題はある。洞窟には魔物が出る以前から凶暴な生き物が住んでいる」
東の女王「何百年も前の勇者を除いて、生きて帰った者はいない」
東の女王「洞窟は魔石に覆われているせいか、侵入者の魔力を大きく乱してしまう」
東の女王「この国の兵士は魔法を主体に戦うから、これではお手上げだ」
勇者「でも、勇者の僕なら……」
東の女王「確証の薄い方法になる。もともと、解毒<キヨム>はその水――女神の涙を元に編み出されたのだ」
東の女王「全く意味がない可能性も否定はできない」
勇者「いえ、行きます。可能性が少しでもあるなら、行かない理由がありません」
◇教会
司祭「解毒<キヨム>の原型となった水、か」
勇者「僕はすぐに行く。魔法が使えない洞窟だけど、二人はどうする?」
司祭「私は行く。魔剣士ほどではないが、勇者の盾くらいにはなれるだろう」
勇者「魔女さんは? 正直、かなり相性の悪い洞窟になるから、魔剣士を看てもらおうかとも考えてるけど」
魔女「…………行く。わたしもじっとしてられないもの」
勇者「ありがとう」
魔女「お礼なんて言わないで? 水くさいじゃない」
司祭「そうだな。仲間を助けるためなんだ、感謝されるようなことじゃない」
勇者「――――うん、わかった」
司祭「なら準備をしてくるか。魔女、行くぞ」
魔女「もう、わたしは子供じゃないのよ? 言われなくたってついていくのにな?」
バタン
勇者「…………魔剣士」
魔剣士「っ、ぁ……」
勇者「行ってくる。すぐに戻るから」
魔剣士「ュ……ゥ――」
勇者「必ず助ける。待ってて」
◆???
マーリア「アヴェスは死んだか。精神的に未熟な個体ではあったし、驚きはないが」
マーリア「ふん。勇者か。世界の人々から歓迎されるとは、どんな気持ちなのだろうな」
スタスタ
マーリア「魔王、入るぞ」
開拓者「 」
魔王「――――」
魔王「――――」グチャ、グチャ
マーリア「食事中だったか。悪いな、報告だけだからそのまま聞け」
マーリア「アンフィビに続きアヴェスも勇者に殺された。アンフィビの触手、アヴェスの翼は回収してある。多少の戦力にはしてみせよう」
マーリア「しかし、もはや野生の魔物に勇者は殺せない。ここに来るのも時間の問題だ」
マーリア「食事ばかり楽しむのもいいが、殺されたくないなら、魔王らしい仕事をしろ。俺は守ってなどやらん」
マーリア「…………くたばれ。俺はずっと、そう思っているんだからな」
マーリア「邪魔をした。悪食を続けるがいい」
ガチャッ
魔王「――――」
魔王「――――」チュグ、ムグムグ
クチャ、クチャ
パキッ
◇涙の洞
魔女「うっ……」
司祭「どうかしたか?」
魔女「この中、魔力の量がすごい……気持ち悪くて、倒れちゃいそう……」
勇者「無理はしないで。洞窟には入らないで、ここで待っててよ」
魔女「ん……大丈夫。わたしも行くのよ?」
勇者「なら進むよ。司祭さん、魔女さんをよろしく」
司祭「それはいいが……先に行くなよ?」
勇者「約束はできない」ブォン
司祭「共鳴、か」ブォン
勇者「ついてきて」
司祭「くっ、やはり焦っているな。行くぞ魔女」
魔女「ごめんなさい……足手まとい、かしら?」
司祭「余計なことを考えるな。言霊が使えそうなら、それで魔物を威嚇していろ」
おおづめトカゲ「シャーッ」
勇者「邪魔だよ」ズババッ
おおきばイモリ「シッ」
勇者「僕の前に立つな」ザクッ
勇者「あまり深くないといいな。早く進んで、泉を見つけたらすぐ戻らなきゃ」
魔女「司祭くん……勇者くん、大丈夫なのよね?」
司祭「鬼気迫る強さ、だな。止められる魔物は少ないだろうが、心に余裕が全くない。あれでは早死にするだろう」
司祭「やはり一人にはさせられない。離されないように進むぞ」
魔女「うん……魔剣士ちゃんが助かった時、勇者くんに何かあったらいイヤだものね?」
勇者「はっ!」ザンッ
おおのみヘビ「……」ビクビクッ
勇者「はあ、はあ」
司祭「急ぎすぎだ、勇者。体力を考えろ」
勇者「これくらい、大したことないよ」
司祭「魔剣士を早く助けたいのはわかっている。だが、無理はするな」
勇者「うん、わかってる」
魔女「今の勇者くんの言葉、どこを信じてあげればいいのかしらね?」
勇者「手厳しいね……大丈夫、本当にわかってるから」
司祭「だといいんだがな」
勇者(冷静さが欠けているのは自分でもわかる。自分で思うより早く体が動いてしまうのは、不安に駆られているからだ)
勇者(落ち着かないと……二人に心配をかけていたら、魔剣士に叱られる)
勇者「すぅーっ……はぁーっ……」
勇者「…………よし」
魔女「あら、いつもの勇者くんに近づいた?」
司祭「どうだろうな。子供っぽい表情に戻ったとは思うが」
勇者「司祭さんの言葉にはトゲがある」
司祭「心配をかけさせた駄賃だ、受け取っておけ」
魔女「わたしは魔剣士ちゃんに告げ口するだけなの、直接なんて言わないのよ?」
勇者「それは勘弁してよ」
司祭「くくっ」
魔女「ふふっ」
?「ガアアアアァァァッッ!!」
勇者「っ!?」
司祭「なんだ、今のは……」
魔女「だめね、魔物の魔力だけなんて探れない……洞窟の奥、よね?」
勇者「僕が先頭に立つ。二人とも、ゆっくりついてきて」
勇者(女王様の言っていた凶暴な生き物、かな)
勇者(この洞窟は爬虫類の魔物が多い。今の咆哮も爬虫類のものだとしたら、何か当てはまる動物は……)
……
…
勇者「魔物はいないけど、代わりに小さい泉が見えてきたよ」
司祭「なら、それが女神の涙か」
魔女「何があるかわからないもの、早く水をくんで帰りましょ?」
勇者(気配はない。どこか違う場所に移動した?)ポチャン
勇者「魔女さん、水を預けるね」
魔女「任せて?」
勇者「それじゃ、すぐに戻」
?「グオオォォッ!!」
勇者「っ!」バッ
勇者(上、から!?)
竜「フシューゥゥ」
勇者(何だこれ……真っ赤な体。頭に生えた大きな角。全身を覆うウロコ。指に生える鋭い爪。ワニのような口。長いヒゲのようなもの……)
勇者(何より、人間を遙かに越える大きさ。こんな爬虫類、聞いたことないよ)チャキッ
司祭「化け物、だな……」
魔女「ゆ、勇者くん」
勇者「二人とも、先に戻って」
司祭「バカなことを言うな!」
勇者「僕は真面目に言ってるんだよ。相手の出方がわからない。背中を向けた途端、僕らを殺そうと牙をむくかもしれないんだ」
勇者「だから、先に行って。逃げられるなら、僕もすぐに逃げる」
魔女「司祭、くん」
司祭「……逃げろ、あんな怪物と戦おうとするなよ、勇者」
勇者「わかってる。魔剣士に早く水を届けてあげて」
魔女「無理しちゃダメよ? 約束してっ?」
勇者「わかってるって。もう何度も念押しされてるんだから」
司祭「魔女、行くぞ」
魔女「……勇者くん、待ってて? すぐ戻るからね?」
タッタッタ、、、
勇者「僕から目を離そうとしない。逃がしてくれるつもりはないのかな」
竜「グルルル……」モゴ
勇者(口を開いて……?)
竜「ガアアアッ」ゴオォッ!
勇者「っ!?」ボッ
勇者(炎!? くそっ、かすっただけなのに……!)ザブンッ
勇者「ゲホッ、ガハッ。ひどい、な。この泉がなかったら、焼け死んでるよ」
竜「グルルル……」
勇者「はは……逃がしてくれる気、ないかな」
勇者(背中を向けた途端、炎を吐かれちゃたまらないか。幸い、炎の範囲は狭い。顔の正面にさえ立たなければ避けられる)
勇者「魔法が使えればまだ戦い方に目処がつくけど……ないものねだりしてもいられない、か」
勇者「恨みはないけど、黙って行かせてくれないなら、容赦はしない」
勇者「――――やっ!」ガギッ
勇者(ウロコが堅すぎる。刃が全く立たない)バッ
勇者「……なら腹部っ!」ブス
竜「ッガアアッ!」ブワンッ
勇者「っ!?」ダンッ
勇者「げほっ、くっ……」
勇者「割に、合わないな……腕の一振りでこうなるんだ」ポタポタ
勇者(胴体部分に攻撃しても効果は薄い。攻撃は頭部、顔付近か……)
竜「――――ッ!」ブンッ
勇者「……はあっ!」ザシュッ
勇者(指の末端。爪の下に剣を突き刺せば、いくらこいつでも……!)グリッ
竜「グガッ、ブァァアア!」パキンッ
勇者「なっ……?」
勇者(剣……折られた。指の先に剣が残ったままだから血が出てるけど、もちろん致命傷じゃない……)
竜「グルル……ウウウゥゥッ……!」ゴゴゴ、、、
勇者「怒らせちゃった、かな。……はは、どうしよ」
◇涙の洞 外
司祭「勇者は……ついてこない、か。あんな怪物を相手に自分から挑んだとは思えないが……」
魔女「たぶん、逃がしてくれないんでしょうね……助けに戻るのよね?」
司祭「私はそうするが、魔女はその薬を魔剣士に届けてくれ」
魔女「……司祭くんも、無理はしないのよ?」
司祭「当たり前だ。こんなところで死んでたまるか」
魔女「その言葉、忘れないで? わたしもすぐに戻ってくるの、それまで待ってて」
タッタッタ、、、
司祭「……とは言ったものな。魔法なしで自分が戦力になるとも思えない、か」
司祭「それこそ本当に、勇者を自分の体でかばうしかないな」
◇涙の洞 最奥
勇者「今度こそ……!」
勇者(この化け物にとって洞窟は狭い。自由に動かせるのは短い腕くらいだ)
勇者(背中に乗って、振り落とされさえしなければ、あとは無防備な頭に取り付ける!)
竜「グルル……グアッ!」グネッ
勇者「っと! そう何度も落とされちゃたまらないよ!」
勇者(――――よし、登り切った!)ガシッ
竜「グアッ、ガアア!」グンッ
ドカッ
勇者「がっ……はっ」
勇者(自分の頭を天井に叩きつけるとか……会話こそできないけど、知性はあるみたいだ……でもこれくらいで離れてやるもんか)ギュッ
勇者「耳……折れた剣を持っていけばいい」ザクッ
竜「ギアアアッ!」ガンッ、ガンッ
勇者「ぐっ……げ、ほっ……」ボタボタ
勇者(ダメだ、この調子で頭と天井に挟まれてたら殺される……早く動けないようにしないと……)
司祭「勇者! 無事か!?」
勇者「司祭さん……!」
竜「グルルッ……」
竜「ヒューッ……」
勇者(熱……。……っ! まずい、また炎をっ)
勇者「司祭さん、泉に飛び込んで! 早くっ!」
司祭「……くっ!」ザブン
竜「ガアアアッ」ゴオォッ
勇者「な……?」
勇者(一瞬で泉が干上がった……)
勇者「っ! 司祭さん!」
司祭「ぐ……っ」ボロッ
勇者(意識がない……! 早く手当しないと、司祭さんが……!)
勇者「っの、くらえっ!」ズグッ
竜「ガッ、アアァァ!?」
勇者「ごめんね、もう片方の目も諦めて」
◇教会
魔女「はあ、はあ……気持ち、悪い……わたし、こういう体を使うの向いてないのよ……」
大司教「魔女様、どうかしましたか?」
魔女「これ、魔剣士ちゃんに……お願いね?」
大司教「見つかったのですね! すぐに飲ませてみましょう」
ガチャ、バタン
魔女「……ふう」ヘタリ
魔女「司祭くん、勇者くん……早く戻らないと。あの二人でも、あんな大きな相手じゃ、危険だものね……」
ガチャッ
大司教「効きましたよ魔女様! 魔剣士様の毒がなくなりました!」
魔女「そう……良かった。ねえ大司教さん、わたしに回復魔法を使っていただける?」
大司教「すぐに。極回復<フィニ・イエル>」パァッ
魔女「これで楽になった、かしらね……ふふ、早く戻らないと」
大司教「まだ息が上がっていますが、どちらへ?」
魔女「洞窟よ? まだ勇者くんと司祭くんが残っているもの。大きなヘビを相手にね?」
大司教「大きな……まさか涙の洞のヌシと戦っているのですか!? 無謀ですよ!」
魔女「逃がしてくれなかったのよ、仕方ないじゃない?」
大司教「だとしても危険すぎます! ずっと昔、洞窟の探索に騎士団が向かいましたが、何度も全滅しているんですよ!」
大司教「勇者様の身に何かあったら――!」
ガラガラッ
魔女「……今の音は?」
大司教「まさか……やはり!? 魔剣士様がいません!」
◇涙の洞 最奥
竜「ンガアァ!」グンッ、パキン
勇者「ぐっ……」グシャッ
勇者「あ……?」ザシュッ
勇者(折れた角が……肩に……)クラッ
勇者「うぐっ」グシャッ
勇者「まず……左手、動かない……血も止まらない、とか……散々だな」ドクドク,,,
竜「グァ、ガッ!」ブンッ
ブォン、パリン
勇者(女神の加護……竜の爪からかばってくれた? でも砕かれちゃったから、再生されるまでは守ってくれない、かな)
竜「…………グルル。ンガッ」ヌゥッ
勇者「――――はは、勘弁して。食べられちゃったら、さすがに死ぬよ」
勇者(左手だけじゃなく、足まで言うこと聞いてくれない。逃げられないか。何か、生き残る方法は……)
勇者「まいったな。思いつかない」
竜「ガガッ」ダラー
勇者「…………ごめん、オサナ」
魔剣士「させ、ない」ダッ
魔剣士「この……っ、やあぁ――!!」ザン
竜「ンギッ!? ガアァァッ!?」
勇者「魔剣、士?」
魔剣士「……バカ。命を捨ててまで、あたしを助けようとしないで」
魔剣士「もう」クラッ
魔剣士「ほんと、バカなんだから」パタリ
勇者「魔剣士!?」
勇者(息は……ある。無理してここまで来たから? とりあえず、早く逃げないと)
竜「ギギィ……グァッ……」
勇者(魔剣士が斬ったのは……まぶたの上だね。今は見えなくても、傷が治れば何とかなる)
勇者(――――洞窟の奥に、小さな子供ぐらいの大きさの卵がある。あれを守るために、この生き物は攻撃してきたのかな)
司祭「ぐっ……高回復<ハイト・イエル>――――がはっ、はあ、はあ……勇者……?」
勇者「司祭さん、無事?」
司祭「なんとかな……」
勇者「なら悪いんだけど、僕と魔剣士を運んでくれないかな……もう動けないよ」
司祭「魔剣士? なぜここにいるんだ」
勇者「後で本人に聞いて。予想はつくけどね」
◇教会
魔女「魔剣士ちゃん……よかった。いなくなった時、本当に心配したのよ?」
勇者「それ、魔剣士が起きてから言ってあげてよ」
魔女「イヤよ? こんな優しい言葉、かけてあげないんだから」
大司教「彼女を犯していた毒は消え去りました。ですが憔悴していますから、数日は安静にした方がいいですよ」
司祭「すまない、感謝する」
大司教「いえ……私は彼女を救うことはできませんでした。お礼を言われるようなことではありませんよ」
司祭「それだけではない。短気になって、あなたには失礼なことを言った。本当にすまなかった」
大司教「それでしたらお構いなく。あなたの仲間を思う気持ちは、きっと女神様も認めてくださるでしょう」
大司教「……あなたたちの旅路に、女神様の祝福がありますように。では、私はこれで失礼しますね」
魔女「司祭くん、わたしたちも休みましょ?」
司祭「そうだな。勇者はどうする? まだここにいるのか?」
勇者「魔剣士が目を覚ますまでは待ってるつもり」
司祭「あれだけ大怪我をしたんだ、無理はするなよ」
魔女「ふふ。それじゃ勇者くん、おやすみね?」
勇者「おやすみ、二人とも」
バタン
勇者(魔剣士。今はもう穏やかな顔で眠ってる)
勇者(よかった。失うんじゃないかって、ずっと怖かった。落ち着けって何度も言われたけど、落ち着けるわけないよ)
勇者「だって僕は、魔剣士のことが――――ー」
◇翌日
勇者「へえ、解毒<キヨム>の強化をするんだ」
司祭「せっかく女神の涙を手に入れたからな。洞窟の泉は干上がってしまったし、できるうちに挑戦した方がいいだろう」
魔女「勇者くんは魔剣士ちゃんの看病で忙しいだろうし、その間わたしたちは退屈だものね?」
勇者「そこまでつきっきりで看病しないよ。男の僕にはできないこともあるし」
魔女「魔剣士ちゃんなら気にしないと思うなあ?」
魔剣士(するに決まってるでしょ!)
司祭「それにしても、魔剣士はまだ起きないのか。ずいぶんと寝ぼすけだな」
勇者「疲れてるんだよ。寝かせてあげて」
司祭「騒がしくなるから起こすつもりはない。では、また昼にでもな」
魔女「寝ているからってイタズラしないのよ? ふふ」
バタン
勇者「……で、魔剣士はいつまで寝たふりしてるのさ」
魔剣士「気づいてたの?」
勇者「付き合い長いしね。あと、寝てるかどうかは喉の動きを見ればわかるんだよ」
魔剣士「それ、今までどうして教えてくれなかったのよ」
勇者「魔剣士が寝たふりする時って、恥ずかしがってたり慌てふためいていたりする時だから、指摘するのも野暮かなって」
魔剣士「……思い出したら死にたくなってきたわ」
勇者「死なないでよ。そのために頑張ったんだから」
魔剣士「ん、その……ありがと」
勇者「いいよ。魔剣士が無事だったらそれで」
◇数日後
魔剣士「んーっ! そろそろ体を動かさないとかしら」
勇者「大丈夫? 無理はしないでよ」
魔剣士「平気よ。まだ万全じゃないし、毒に苦しんでた時の夢を見てうなされたりはするけど、それくらいだもの」
勇者「それならもう何日か休んでもいいんじゃないかな」
魔剣士「のんびりするつもりはないの。これから西の大陸に戻らないといけないでしょ? じっとしているのは苦手だし、ちょうどいいじゃない」
勇者「ならいいんだ。何かあったら言って、魔剣士の体調に合わせるから」
魔剣士「そうね、その時はお願いするわ」
コンコン
魔女「勇者くーん? 扉を開けても問題はなーい?」
魔剣士「ないわよ! さっさと開けなさいよね!」
魔女「ふふ。魔剣士ちゃんが元気になって、お姉さんは嬉しいな?」
魔剣士「まだ本調子じゃないのよ……だから疲れさせないで」
勇者「僕たちらしい会話な気がするけどね。ところで、どうかしたの?」
魔女「極解毒<フィニ・キヨム>のことだけどね、やっぱりわたしと司祭くんだけじゃ上手くいかないみたいなのよ? また見てもらえる?」
勇者「あとはそんなに手を加えるところなかったと思うけど。どこが問題かな……」
魔剣士「確認してきたら?」
勇者「ん、そうだね。ちょっと行ってくるよ」
パタン
魔剣士「ふう。勇者が戻るまで、あたしは体を動かしてよっと」
魔剣士「ずっと寝ていたから、鎧を着るのも久々なのよね。起きてすぐの時は、魔剣だけ持って出て行っちゃったし」
魔剣士(まずは悪夢の指輪……)ズシ、、、
魔剣士「…………え?」
魔剣士「体、重くなった……ううん、気のせいよね」
魔剣士(気のせい、気のせい……次は鎧を)バチッ
魔剣士「!?」
魔剣士「嘘……まさか」
魔剣士「魔剣は……大丈夫よね?」ギュッ
魔剣『真実…一……え……』ジジジ
魔剣士「っ」バッ
魔剣士「そんな――――待ってよ、なんで……」
魔剣士「なんで、あたしの神性が落ちてるの?」
――――あなたの隣に立てるなら
勇者「それじゃ出発しようか。準備はいい?」
司祭「名残惜しくはあるな。滞在した日数は多くないが、密度の濃い時間を過ごしたし、もっと見て回りたかった気持ちは否定できない」
魔女「行く先々でもてはやされて、居心地悪そうにする勇者くんを見るのは楽しかったものね?」
司祭「私はそういう、ひねくれた気持ちで名残惜しいと言ったわけじゃないんだが」
勇者「またいつか来ればいいんだよ。平和な時にこそ、国のあるべき姿が見られるんだから」
勇者「……魔剣士、大丈夫?」
魔剣士「何がよ?」
勇者「元気なさそうだからね。まだ体が辛いなら、出発を遅らせるよ?」
魔剣士「いいの。ちょっと体調が悪いくらいで、立ち止まってられないわよ」
魔女「んー、でも無理は禁物よ? 魔剣士ちゃんがいないと、勇者くん、すぐ暴走するんだものね?」
勇者「変なこと言い触らさないでよ。誤解を招くから」
司祭「誤解、か。本当にそうだったらいいんだがな」
勇者「司祭さん。何か言った?」
魔剣士「はい、やめやめ。行くんなら早く行きましょうよ」
勇者「納得しかねる……ま、いいか。おいおい問いただせば」
魔女「ふふ、司祭くんってば余計なこと言っちゃうんだから?」
司祭「私に責任をなすりつけるな」
魔剣士「…………」グッ
魔剣士(魔剣の声は聞こえてこない。理性もしっかりしてる。体は重いけど、体調が悪いだけ……大丈夫、大丈夫……)
勇者「ここから西北西に半日くらい歩けば町があるから、今日はそこで休もうか。あまり進まないけど、旅は久々だからね」
魔女「それもそうね? ちゃんと旅をしたの、もう何ヶ月前かしら?」
司祭「魔王を倒す旅に出て、あんなにも落ち着いた生活を送れるとは思っていなかったからな。得難い経験をしたものだ」
勇者「旅は何があるかわからないっていうしね」
司祭「ふっ、全くだ」
魔剣士「くす……」
魔剣士(ダメ、雑談に意識を向けられない……)
勇者「でもそっか、これからしばらくは魔剣士の手料理を食べられないんだね」
魔剣士「ん……」
司祭「それは残念だな。旅をしている間に魔剣士の腕が落ちないことを祈ろうか」
魔女「司祭くんっておバカさんね? 魔剣士ちゃんの料理には愛情がこもってるのよ、味が落ちるわけないでしょう?」
魔剣士「そうよ、余計な心配だわ」
魔女「……んー。最近の魔剣士ちゃん、開き直っちゃったのね。からかってもつまらないなあ?」
魔剣士「っ」
司祭「どれだけ性悪なんだ。いつか本当に嫌われるぞ」
魔女「それはイヤだなあ? ならほどほどに控えましょうね?」
勇者「お喋りもいいけど、魔物がいるよ。準備して」
魔女「あら? わたしとしたことが気づかなかったな?」
司祭「だらけすぎだろう……」
魔剣士「――――行くわ」チャキッ
勇者「僕も行くよ。一匹だけだし、無理せず戦おうか」
人堀モグラ「!」キラーン
魔剣士「っ、やあ!」ブンッ
魔剣士(余計なことは考えない、敵を倒す、魔物を倒すっ)
人堀モグラ「!」チョイン
勇者「すばしっこいね。このっ」ヒュッ
人堀モグラ「!?」ザクッ
魔剣士「やっ、はっ、ああ!」
人堀モグラ「…………!」コテッ
魔剣士「倒し、た……?」
魔女「魔剣士ちゃん、ずいぶん力が入っているのね?」
司祭「息もあがっている。肩が強ばっているし、緊張のしすぎだろうな」
勇者「病み上がりなんだから、こんな時くらい僕を頼ってくれてもいいよ」
魔剣士(ダメ、ダメなの、優しくしないで。今優しくされたら、立っていられなくなる……)
魔剣『………………………』ジジ
魔剣士「っ!?」
勇者「あれ?」
魔女「どうかしたの?」
勇者「いや、何か変な感覚が……耳鳴りかな」
司祭「私もそんな気がした。この前いたコウモリのように、不快な音を出す魔物が近くにいるのかもな」
魔剣士「そうね……何がいるかわからないし、早く進んだ方がいいわ」
魔剣士「…………」
◇町中
旅人「よう、また会ったじゃねえか」
勇者「奇遇だね、とでも言っておけばいいの?」
旅人「はっ、本音を口にすればいいじゃねえか。もう会いたくなかったとでも言っておけよ」
勇者「そんなこと思ってないよ。君の口の悪さには慣れないけど」
旅人「テメエにどう思われようとおれには関係ねえな」
勇者「はいはい。それにしても、君ってどういう目的で旅して回っているの? 僕と会う頻度が多すぎるよ」
旅人「んだと? それはあれか、おれがテメエをつけ回しているとでも言いてえのか?」
勇者「前ならそう思ったかもね……今はそうでもないけど」
勇者(西の大陸から東の大陸まで来たのは最近だし、僕を追ってきたとしても会うのが早すぎる)
勇者「うーん……もしかして君も魔王を倒そうとしているとか?」
旅人「あん? なんでおれがそんなことすんだよ。それは女神にしっぽ振っているテメエの役目だろ」
勇者「なら君って何のために旅をしているの?」
旅人「決まってんだろ、世界を見て回るためだ」
勇者「へえ、旅人らしい理由だね」
旅人「バカにしてんのかテメエ」
勇者「感心しただけなのに」
旅人「けっ。ま、そろそろ旅は終わらせたいんだけどな。いい加減、飽きた」
勇者「飽きたなら休めばいいのに」
旅人「冗談じゃねえよ。北の大陸にある未開の地、ようやくあそこに行く算段もついたんだ、休んでられるか」
勇者「……ちょっと待って。それ、どういう」
旅人「あん? おい勇者、あれ何だ?」
勇者「あれってどれ? 何もないよ。……はは、冗談でしょ。消えた?」
◇宿
魔剣士「ふう……」
魔剣士(今日はどうにかやり過ごせた……でも明日は? 明後日は? こんな隠し事、いつまでしなきゃいけないの?)
魔剣士「明日からは、指輪くらい外しとこ……これくらいならばれないわよね」
ガチャッ
勇者「ただいま」
魔剣士「おかえり。何か面白い話は聞けたの?」
勇者「特にはなかったよ。司祭さんと魔女さんは?」
魔剣士「お城を出る時、魔術書をもらったじゃない? それの練習をするからって出かけたわよ」
勇者「ひどいな、抜け駆けされた。僕にも見せてって言ったのに」
魔剣士「戻ってから見せてもらえばいいじゃない。子供っぽいわよ?」
勇者「……んー」
魔剣士「何よ」
勇者「元気になったなって。ここまで来る途中は、口数は少ないし顔色もよくなかったから」
魔剣士「別に……久々だから疲れちゃっただけよ」
勇者「ならいいんだ。安心した」
勇者「――――あれ? 珍しいね」
魔剣士「何の話?」
勇者「団長の奥さんからもらった悪夢の指輪。外してるとこ、初めて見たよ」
魔剣士「っ……!」
勇者「懐かしいな、旅に出たばかりの頃。魔剣士がいたのは本当に驚いたけど」
勇者「いまさら言うけど、どうして教えてくれなかったのさ。一緒に稽古できたかもしれないのに」
魔剣士「…………」
勇者「魔剣士?」
魔剣士「え? あ、ごめん、何?」
勇者「大した話はしてなかったよ。大丈夫?」
魔剣士「ん……そうね。ちょっとだけ」
勇者「夕方まで寝ててもいいよ? 食事の時には起こすから」
魔剣士「うん、ありがと。……ねえ」
勇者「ん?」
魔剣士「手、握ってほしい、の」
勇者「どうしたの、急に」
魔剣士「ダメ?」
勇者「いいよ」ギュッ
魔剣士(指輪は外せない……勇者はきっと気づいちゃう)
魔剣士(――――本当はわかってるのよ。言わなきゃダメだって。神性が落ちて魔剣を装備できなくなっても、置いて行かれたりはしないもの)
魔剣士(けど、それでもあたしは……勇者の頼れる剣でいたい)
◇壁外
魔女「名前を知らない魔法もたくさんあるのね?」
司祭「確かにな。全てを古の勇者一人で考えたというのだから驚きだ」
魔女「あ、司祭くんの予知<コクーサ>も見つけちゃった?」
司祭「どうせなら役立ちそうな魔法を探してくれ」
魔女「要求が多いなあ? なら司祭くん、これなんかはどう?」
司祭「……蘇生魔法、復活<ソシエ>か。死者を蘇らせる? そんな大それたことが魔法で可能なのか?」
魔女「できるんでしょうね、きっと。でもやっぱり条件は厳しいみたいよ?」
司祭「回復<イエル>で回復可能な傷が死因の場合、か」
魔女「わたしにはわからないのだけど、回復<イエル>はどこまでの治療が可能なの?」
司祭「基本的には傷を塞ぐ魔法だと思っていい。高回復<ハイト・イエル>なら骨折や深い傷を治せる」
司祭「極回復<フィニ・イエル>になれば体に穴が空いても、よっぽど大きくなければ治せるらしい」
魔女「体に穴が空くとか、考えたくないなあ。でも、それなら治せない傷がないみたいね?」
司祭「私の話を聞いていたか? あくまでも傷を塞ぐ魔法なんだ」
司祭「失われた四肢が生えることはないし、首を両断されてしまえばくっつけることもできない」
魔女「うーん、治療できる傷の限度がよくわからないな?」
司祭「あまり大怪我はするなということだ。魔法は万能じゃない」
魔女「だとしても、助かる命なら助けたいでしょ? 覚えてみたらどう?」
司祭「覚えるのはやぶさかではないが、使えるようになるかどうか……」
魔女「ふふ、がんばってね? 応援してあげる」
司祭「そういう魔女は何か覚えないのか?」
魔女「この魔術書、攻撃魔法は載ってないんだもの? わたし向きじゃないのよね?」
司祭「ならちょうどいい、私の特訓に付き合ってくれ」
魔女「もう、しょうがないなあ?」
◇数日後
魔剣士「っ……やあっ!」
アイスバタフライ「ピギィ!」パタリ
魔剣士「はあ……はあ……」
魔女「魔剣士ちゃん、大丈夫?」
司祭「それほど動いたわけではないが……体力の消耗が激しいようだな。高回復<ハイト・イエル>」ポォ
魔剣士(回復魔法……悪夢の指輪で減った体力は、どうにもならないのよね)
勇者「――――ダメだね。町に戻ろうか」
魔剣士「っ……まだ町を出たばかりじゃない!」
勇者「魔物と戦うのはもちろん、歩くのもしんどそうだとは思っていたけど、今日は特にひどい。旅に出ていい体調ではないよ」
魔剣士「あたしはまだ行けるわ!」
勇者「僕はそう判断しない。急ぐ事情がないなら、仲間に無理をさせて進む理由がないからね」
魔剣士「でもっ」
司祭「そう騒ぐな、心配している勇者の気持ちもわかってやれ」
魔剣士「でも……」
魔女「わたしも慣れない旅の疲れが溜まってるのよね? 司祭くん、荷物持ってくれる?」
司祭「変わりに私の荷物を持ってくれるならな」
魔女「もう、ケチだなあ?」
魔剣士「…………ごめん、なさい」
勇者「進めないことを謝るなら聞かないよ。無理したことを謝るなら聞いてあげる」
魔剣士「…………」
◇宿
宿娘「あれ? 勇者様、忘れ物ですか?」
勇者「ちょっとやることがあって戻ってきました」
宿娘「くす、わかりました。同じ部屋でいいでしょうか?」
勇者「お願いします」
司祭「さて、荷物を置いてくるか」
魔女「魔剣士ちゃん、一緒に行くのよ?」
魔剣士「引っ張らないでよ……もう」
タッタッタ
勇者「……ところで、聞きたいことがあるんですが」
宿娘「なんですか?」
勇者「この町のお医者さんはどこにいますか。ちょっと看てもらいたいんですよ」
宿娘「お医者様ですか? でしたら、」
魔剣士「魔女、ちょっと離して。勇者と一緒に行くから」
魔女「……そう? なら二人で来なさいね?」
魔剣士「うん……」タッタッタ
司祭「疲労の特効薬は勇者、か」
魔女「いいじゃない、かわいらしくて」
魔剣士(さっき、無視するような感じになっちゃったもの……謝らないと)
宿娘「あとでこちらにお呼びしましょうか?」
勇者「そうしてもらえたら助かるけど、いいですか?」
宿娘「ええ、任せてください」
魔剣士(何の話をしてるのかしら……)
魔剣『……』ジジ
魔剣士「っ!」
魔剣『真実を一つ教えよう』
魔剣『勇者は今、あの娘を必要としている』
魔剣『汝ではない』
魔剣士「そんな……」
魔剣『我を手に取れ。結末は我が用意する』
魔剣士「いや、いやよ……勇者は、あたしの……」チャキッ
魔剣士「――――!?」
魔剣士「うあ、ああ……ああああっ!」ガシャン
魔剣士(あたし……何をしようとしたの? 違う、違う、こんなのあたしじゃない!)
勇者「魔剣士!」
魔剣士「勇者……っ」
魔剣『どうした。我を手に取るのだ』ジジ
勇者「この声……魔剣?」
◇部屋
司祭「いつからだ」
魔剣士「…………っ」
司祭「いつからだ、と聞いている」
魔女「司祭くん、脅すような言い方はやめて」
司祭「脅してはいない。だが本気で怒っている。神性が下がっていることを、どうして教えてくれなかったんだ。私たちは仲間だろう」
魔剣士「ごめんなさい……」ポロポロ
勇者「魔剣は置いたし、鎧と指輪も外した。今はもう大丈夫でしょ? 落ち着くまで待つから、ゆっくり話してよ」ポンポン
魔女(迂闊だったなあ。宿では体調がいいのに、町を出る時には顔色が悪くなってるの、こういう理由だったのね。気づけてもよかったのに)
魔剣士「魔物の毒を受けた後ね、体を動かそうと思って魔剣を手に取ったら、呪いを無効化できないことに気づいたの」
魔剣士「すぐ治るだろうって自分に言い聞かせてたんだけど、ちっとも良くならなかった……ごめんなさい」
司祭「なるほどな。だが言わなかったのはどうしてだ?」
魔女「そうね? 別に魔剣じゃなくたって、普通の剣でも魔剣士ちゃんは強いでしょ?」
魔剣士「駄目なのよそれじゃ!」
勇者「魔剣士?」
魔剣士「だってあたしは……勇者の……」
勇者(ちょっと魔剣士に頼りすぎだったかな)
勇者「よし。それじゃ買い物に行こうか」
魔女「買い物?」
司祭「どうしてそんな話になる」
勇者「おかしくはないでしょ? 魔剣士の新しい剣と鎧を買わないとね」
魔剣士「勇者、怒らないの?」
勇者「怒ってるよ。だから慰めてあげない」
司祭「その怒り方はどうなんだ?」
勇者「うるさいな、僕の勝手でしょ」
魔女「やっぱり勇者くんって魔剣士ちゃんに甘いのよね?」
勇者「魔剣士が自立したら対応が変わるかもね」
魔剣士「あ、あたし、別に勇者がいなくたって大丈夫よ!」
勇者「ん、ちょっとは調子が出てきた?」
魔剣士「っ……バカ」
司祭「やれやれ、気勢がそがれたな」
魔女「司祭くんってわりと短気よね? 聖職者のわりに」
勇者「あー、それは確かに」
司祭「勇者まで言うのか!?」
魔剣士「……それこそほら、西の大陸に入ったばかりの頃だって荒れたじゃない」
魔女「ふふ、懐かしいなあ。わたし、司祭くんにたっぷり叱られちゃったもの」
司祭「くっ……もういい、知るか! あとは勇者に任せる!」
魔女「あら、どこに行くの?」
司祭「外で風に当たってくるだけだっ」
魔女「ならわたしも行こうかしらね? 司祭くん一人じゃかわいそうだもの」
司祭「いらん、ついてくるな」
魔女「いいからいいから」
ガチャ、バタン
勇者「司祭さん、気を許した相手には子供っぽくなるんだな」
魔剣士「そうみたいね」
魔剣士「勇者」クイッ
勇者「服を引っ張る魔剣士も子供っぽいけど。何?」
魔剣士「ごめんね、ありがとう」
勇者「うん」
勇者「買い物はちょっと休んでから行こうか」ナデナデ
魔剣士「ん……でもあたし、勇者に甘えちゃっていいの?」
勇者「無理をするよりはずっといいよ」
魔剣士「何よそれ、あまりよくないってことじゃない……」
勇者「だって、魔女さんや司祭さんから甘やかすなって怒られるし」
魔剣士「ならやめればいいでしょっ」
勇者「いいんだよ。僕が甘やかしたいんだから」
魔剣士「…………もう。本当に、バカ」
◇数日後
魔剣士「やっ!」ズバッ
マジカルラット「チュチュッ!?」
司祭「すばしっこい奴だ。ふんっ!」ゴスッ
マジカルラット「チュ~」コテッ
魔剣士「…………」
魔剣士(さっきの感じなら、倒せていてもおかしくなかったのに。あたし、魔剣の力を自分の力と勘違いしてたみたい)
勇者「そろそろ休憩しようか。湖畔にちょうど着いたところだし」
司祭「これで予定の半分だったか?」
勇者「そうだね。あと三時間も歩けば町に着くと思う」
魔女「魔剣士ちゃん、一緒に水浴びしましょ?」
魔剣士「イヤよ。勇者も司祭もいるのに」
魔女「勇者くんも司祭くんも、覗き見するほど気骨ある男性だったかしら?」
司祭「ひどい言われようだな。魔女の常識が足りないだけだと思うが」
勇者「実際その通りではあるけどね。別に見たりはしないから、行ってきてもいいよ」
魔女「ほら、勇者くんのお許しが出たのよ? 行きましょ」
魔剣士「何よもう、強引なんだから。……ちょっと勇者! 本当に覗かないでよね!」
勇者「信用ないなあ。いいから行ってきなよ」
魔女「それじゃあまたね?」
司祭「やれやれ」
司祭「しかし、良かったな」
勇者「何が?」
司祭「魔剣士のことだ。元気になって良かったじゃないか」
勇者「空元気みたいだけどね。本調子ではないと思う」
司祭「神性が下がったままなんだ、それは仕方ないだろう?」
勇者「肉体的にじゃなくて、精神的にね。魔剣士、無理しちゃう性格だから」
司祭「……ふむ」
勇者「もっともらしく考え込んでどうしたの?」
司祭「いや、私に手の出せる問題じゃないと思ってな。勇者に任せる」
勇者「丸投げされちゃったな。でもいいよ、魔剣士のことは引き受ける」
◇
魔剣士「んー」チャプチャプ
魔女「憂鬱そうね? 勇者くんが見に来ないのがご不満?」
魔剣士「そんなわけないでしょ。魔女も一緒なのに。来たらビンタしてやるわ」
魔女「あら、魔剣士ちゃんだけだったら別にいいの?」
魔剣士「……時と場所と雰囲気を選んでくれたら」
魔女「ふふ、最近の魔剣士ちゃんって素直なんだあ? 何があったのかしらね?」
魔剣士「別に大したことじゃないわよ。うっかり口を滑らせただけ」
魔女「ふーん? なんて?」
魔剣士「……ちょっと待って、恥ずかしい」
魔女「いいじゃない、言っちゃいなさいね?」
魔剣士「――――あたし、勇者だけの剣になるって」
魔女「くすっ、かわいらしいのね。そしたら勇者くんはなんて?」
魔剣士「僕は魔剣士だけの勇者になるって言われたわ」
魔女「それ、もう告白じゃないのかしら?」
魔剣士「そんなんじゃないわよ! そんなんじゃ……」
魔女「勇者くんも魔剣士ちゃんも大人になったのね? なんだか嫉妬しちゃうなあ?」
魔剣士「あたしと勇者のことはほっといて。だいたいそういう魔女はどうなのよ」
魔女「わたし?」
魔剣士「最初はあたしと勇者を二人きりにしてくれてるんだと思ってたけど。最近、よく司祭と二人でいるじゃない」
魔女「んー?」
魔剣士「何よ、誤魔化すつもり?」
魔女「そういうんじゃないのよ? ただ、よくわからないなあって」
魔剣士「何がわからないのよ。自分のことでしょ?」
魔女「自分のことが一番わからないものなのよ? 心の形って複雑だもの」
魔剣士「やっぱり誤魔化すんじゃない」
魔女「違うのになあ? だって、わたしの気持ちも司祭くんの気持ちも、よくわからないんだもの」
◇宿
魔剣士「あたし、ちょっと買い物してくるわ」
勇者「一緒に行こうか?」
魔剣士「勇者には見られたくないものを買うんだけど?」
勇者「ああ……じゃ、いってらっしゃい」
魔剣士「また後でね」テクテク
司祭「やれやれ。町に着くたび、何を買いに行っているんだかな」
魔女「司祭くん、そういうこと言うと女の子を敵に回すのよ?」
勇者「余計なことは言うものじゃないね」
勇者(……普段なら、そういう買い物だってことさえ匂わせないのに。魔剣士、嘘が下手すぎるよ)
◇教会
魔剣士「…………」
魔剣士(母なる大地の女神様。どうかあたしに、もう一度祝福を)
魔剣士(これからも勇者の隣にいられるように。そのためなら、あたしは――)
神父「熱心ですね」
魔剣士「……ええ。どうしても祈らなきゃいけないことがあるの」
神父「女神様も、きっと聞き入れてくれることでしょう。ですが、今日はもう遅い。見たところ旅の方のようですが、宿は大丈夫ですか?」
魔剣士「ええ、仲間が一緒だもの。……待って、今は何時?」
神父「もう一九時になりますよ」
魔剣士「やっちゃった……早く帰らなきゃっ」バタバタッ
神父「お気をつけて」
バタン
神父「……彼女の旅路に、幸多からんことを」
◇宿
司祭「遅い」
魔剣士「だ、だからそれは悪かったってば」
司祭「謝って済む問題じゃない。魔剣士がいない間、どれだけ勇者が心配したと思っているんだ」
勇者「僕に話を振らないでほしいんだけど」
魔女「そうよ、わたしも魔剣士ちゃんの心配したものね?」
魔剣士「ごめんなさい、今後は気をつけるから」
司祭「全く。……ご飯は食べたのか?」
魔剣士「まだ。皆は?」
勇者「僕らもまだだよ。魔剣士が戻ったら食べに行くつもりだったから」
司祭「これだけ町をうろついていたんだ、おいしいお店を紹介してくれるんだろうな?」
魔剣士「え……ちょっと待って、宿の人に聞いてくるから」
バタン
司祭「…………ふう」
魔女「司祭くん、お疲れさま」
司祭「本当に疲れた。怒ったふりなんてするものじゃない」
勇者「ごめんね司祭さん。こうでもしないと、確かに魔剣士は気にするだろうけど……」
司祭「別にいい、自分から願い出たことだ。仲間が迷っている時くらい、力になるのは構わない」
魔女「ふふ。でも魔剣士ちゃん、こんな遅くまで教会にいるとは思わなかったな?」
勇者「神父さんもそう思っただろうね。明日、町を出る前に改めてお礼にいかなきゃ」
司祭「……だが、神に祈りを捧げることで神性が回復するのか?」
魔女「そうね……」
勇者「それじゃ神性は回復しないよ。調べたけど、どれだけ熱心に祈っても神性の回復には繋がってなかった」
勇者「――――ごめん、付き合わせて。方法は何としても見つけるから、もう少しだけ手伝って」
◇???
勇者「聞きたいことがあるんだ」
◇数日後 市場
行商「さあさあここで買わなきゃ大損だよ!」
魔女「……」ワクワク
行商「取り出したるは魔力の水晶体! こいつはとんだ代物さ、ひとたび使えば魔力を大きく回復してくれる!」
行商「え、副作用はないかって? もちろんあるさ、使った後にゃあ体が熱っぽくなるんだとよ!」
行商「ま、あっしは魔力がないんで実際は知らないがね!」
魔女「……」クスッ
行商「一度使えば砕けちまうのが困りもの、だがその効果は折り紙付きだ!」
行商「そんな魔力の水晶体、今なら何と銀貨七枚! 在庫一〇個を全てお買い上げなら銀貨五〇枚だ!」
行商「さあさあ買った買った!」
魔女「いただこうかしら? 一〇個ちょうだいな」
行商「へい毎度! お姉さん、いい買い物したねえ!」
魔女(込められた魔力は本物みたいだし、効果は間違いなさそうだもの。ふふ、いい買い物しちゃったな)
……
…
司祭「何を考えているんだ! アホなのかお前は!?」
魔女「だ、だって」
勇者「まあまあ司祭さん、怒ってもしょうがないよ」
司祭「これが怒らずにいられるか! 路銀を預けておいたら、それを全部うさんくさい道具に変えられたんだぞ!」
魔女「こ、効果は確かなのよ? しっかり魔力を見極めたもの?」
司祭「だからって、今日の宿にも困るような買い物をする奴があるか!」
魔剣士「はあ。ちょっと勇者、どうするの?」
勇者「んー。その行商さん、ここにいたんでしょ? もういないみたいだし、返金してもらうわけにもいかないね」
勇者「しょうがないから、地道にお金を稼ごうか」
魔女「勇者くん、ごめんなさいね?」
勇者「いいよ。魔女さんの金銭感覚を信じた僕が馬鹿だったんだ」
魔女「う……ひどい、勇者くん。司祭くんより辛辣なのね?」
司祭「全く、どういう風に育てられればあんな大枚を一瞬で使えるんだ」
魔女「あら知らなかった? わたしって浪費家なのよ?」
司祭「今くらい反省をしていろ!」
勇者「司祭さん、もう怒ってもしょうがないよ。今後、魔女さんには銅貨一枚だろうとお金を持たせないし、わかっただけ良しとしなきゃ」
司祭「それにしたってな。こんなことになるとは思いもしなかった」
魔剣士「とりあえず魔物退治でも引き受けるしかないわよね。手当たり次第」
勇者「旅を初めて結構経つのに、こんなところでお金に困るとは思わなかったな」
◇壁外
魔剣士「あたしと勇者で洞窟の魔物調査、魔女と司祭が昆虫の魔物の駆除ね」
司祭「駆除の方が報酬が高いからな。働き者の魔女にはちょうどいいだろう」ジロリ
魔女「……ねえ勇者くん、司祭くんの変わりにわたしと組まない?」
勇者「じゃあ魔剣士、そろそろ行こうか。魔女さん、頑張ってね」
魔女「ひどいなあ。わたしに味方してくれる子はいないのかしら? 涙が出ちゃいそう」
司祭「ぐだぐだ言うな、さっさと行くぞ」
魔剣士「なんだか先が思いやられるわ」
◇洞窟
怪人ひまわり「ヒマーッ!」
魔剣士「うるさい! どんな叫び声よ!」ズバッ
勇者「はっ!」ザクッ
怪人ひまわり「シオシオーッ」ヘニャリ
勇者「いたた……こんなへんちくりんな見た目のくせに、結構強かったね」
魔剣士「お腹、攻撃されたの? 待ってて、回復<イエル>」ポォ
勇者「つっ……ありがと」
魔剣士「嘘、治りきらなかった……回復<イエル>」ポォ
勇者「ん、もう大丈夫だよ。助かった」
魔剣士(そんなに深い怪我じゃなかったのに……神性が落ちてるから、回復魔法の効果まで下がってるの?)
勇者「……魔剣士」ナデナデ
魔剣士「な、なによ?」
勇者「いつも僕に言っていたでしょ。一人で抱え込まないでよ」
魔剣士「でも」
勇者「僕ってそんなに頼りないかな」
魔剣士「そんなんじゃないわよっ」
勇者「ならいいんだ。それだけ覚えていてくれたら、今は何も言わない」
魔剣士「……バカ。ありがとう」
勇者「それじゃ進もうか。この洞窟、どうも植物が魔物になっているみたいだし、慎重にね」
魔剣士「ここに来るまで植物の魔物って見なかったけど、どうしてこの洞窟はこんなに多いのかしら」
勇者「植物の魔物化自体はどの大陸でも報告されているよ。ちょっと性質が変わるだけだし、人間を攻撃できるほど大きな変化はないだけでね」
勇者「王城の近くにあった洞窟もそうだけど、大陸のいろんなところに魔力が流れている分、魔物の変化にも違いがあるのかな」
魔剣士「ふうん、いろいろと面倒ね」
勇者「興味深くはあるけど、楽しむのは不謹慎なのが困りものかな」
四葉黒越「ジーッ」コッソリ
魔剣士「…………なんかこっちを見てる魔物がいるわ」
勇者「襲いかかってはこないのかな。それなら見逃していいと思うけどね」
勇者「えーっと、ここまでの道で出会った魔物は……」
魔剣士「近寄っても逃げないのね。変なの」ソーッ
四葉黒越「ビクビクッ」
魔剣士「えい、えい」ツンツン
四葉黒越「イヤァーッ!?」
勇者「うわっ、何この声!?」
魔剣士「さ、さっきの襲ってこない魔物いたじゃない? 触ったら、急に叫びだして……!」
勇者「え? なんでそんなことしたのっ!?」
魔剣士「イヌイヌみたいに無害な魔物だと思ったのよ!」
勇者「不用心すぎるよ!」
四葉黒越「モウイヤァー!」
ズシン、、、ズシン、、、
勇者「何か、来る……」
魔剣士「なんなのよもうっ」
ブルーローズ「…………」
四葉黒越「クク、クロロッ」
魔剣士「な、なんかあたしのこと指さしてるわ」
勇者「というかあれ何……? 巨大なバラの魔物?」
ブルーローズ「ロォ……ロォ……ズゥ!」ブワッ
魔剣士「な、何か飛ばしてきた!」
勇者「花粉か何かだと思う、離れて!」
ブルーローズ「…………ズズ、ズ」
四葉黒越「バーバーッ」ノシ
ズシン、、、ズシン、、、
魔剣士「逃げてった、の?」
勇者「好戦的な魔物ではないみたいだね」
魔剣士「ごめん、こんなことになると思わなかったわ」
勇者「こっちこそ、さっきは取り乱しちゃってごめん。でも大丈夫だよ」
勇者「もともと魔物の調査が目的なんだし、手を出しちゃいけないことがわかったんだから」
魔剣士「ならいいんだけど……」
勇者「この花粉は持ち帰って調べようかな。どんな毒性があるんだろ。……花粉が舞ってる中を進むのは気が引けるし、今日は戻ろうか」
魔剣士「でも、まだ洞窟の半分も進んでないわよ?」
勇者「急ぐ仕事ではないしね。それにほら、きっと魔女さんが今日の宿代くらいは稼いでるだろうから」
◇夜 宿
魔女「くすん、わたしもう疲れちゃったな?」
司祭「自業自得だ。泣き言をこぼすな」
魔剣士「そろそろ許してあげなさいよ。かわいそうじゃない」
魔女「うぅ、わたしの味方って魔剣士ちゃんだけなのね?」
勇者「僕、お金のことで魔女さんを責め立てたつもりはないけど」
司祭「なんだこの流れは。私が悪者だというのか」
魔女「だって司祭くん、わたしをいぢめて喜ぶような人なんだもの?」
司祭「誤解を招くようなことを言うな!」
勇者「ちょっと魔剣士、聞いた?」ヒソヒソ
魔剣士「堅物そうな顔して、そういう人だったのね」ヒソヒソ
司祭「ところ構わずイチャイチャしているお前たちにだけは言われたくない!」
魔剣士「へ、変なこと言わないでくれる!? あたしと勇者はそういうんじゃないわよ!」
魔女「まだ、ね?」
勇者「うん、そろそろやめとこうか。話がこじれるし」
司祭「勇者、この借りは必ず返す。覚えていろ」
魔女「ふふ、独身男の嫉妬ってみっともないのね?」
勇者「魔女さん、僕の話を聞いてた?」
魔剣士「…………」
魔剣士(今日は失敗しちゃった……ただでさえ弱くなってるのに、魔物の調査さえろくにできないなんて)
魔剣士(こんなんじゃ、勇者の隣になんていられない。勇者に頼られる剣になんてなれない)
魔剣士(頑張らなきゃ。もっと、もっと)
◇数日後 壁外
勇者「司祭さんたち、今日は何をするの?」
司祭「配達を引き受けたところだ。急ぎらしくてな、明日中に二つ隣の村に届けてほしいそうだ」
魔女「今から出て、帰ってくるのは三日後かしらね? あーあ、司祭くんと二人きりなんて息が詰まっちゃうな?」
司祭「魔女が余計なことさえしなければ、私は小言をぶつけずに済むんだぞ?」
魔剣士「止めてくれる人がいないんだから、あまり喧嘩するんじゃないわよ」
魔女「ふふ、大丈夫よ? 本当に怒っているわけじゃないんだもの?」
司祭「うるさい。それより、そっちは何を引き受けたんだ?」
勇者「この付近で大きな魔物が目撃されたみたいなんだ。そいつの探索、危険なら討伐だね」
魔剣士「ものすごく首が長いらしいのよね。どんな魔物なのかしら」
魔女「勇者くんと魔剣士ちゃんならまず勝てるだろうけど、無理はしないのよ? お姉さん、心配しちゃうな?」
司祭「怪我には気をつけろ。帰ってきたら治しはするが、その後で説教しなければならなくなる」
魔剣士「司祭の説教、くどくど長いからイヤなのよね。怪我しないようにするわ」
勇者「そっちこそ、急ぎだからって無茶はしないようにね」
司祭「わかっている。しっかり魔女を見張っておこう」
魔女「わたしが何かやらかすみたいに言うの、やめてもらえるかしら?」
勇者「こうして二人でいるとさ、旅に出たばかりの頃を思い出すよ」
魔剣士「そんなこと言い出すなんて、勇者も年を取ったものね」
勇者「ひどいこと言うね。ちょっと大人になっただけだよ」
魔剣士「ムキになって言い返すところがまだまだ子供なんじゃないかしら」
勇者「魔剣士にだけは言われたくないけど…………あれ?」
魔剣士「どうかしたの?」
勇者「あそこ、誰か魔物と戦ってる」
?「うらぁ!」ブオン
魔剣士「囲まれてるわね。ちょっと苦戦してるみたい。行く?」
勇者「そうだね、行こうか」
……
…
女傭兵「いやぁ、助かったよ! あたし一人じゃ倒せなかった!」
勇者「僕らがいなくても負けはしなかっただろうけど……相手が悪かったね」
魔剣士「ずいぶん大きい斧よね。それじゃ、小さくてすばしっこい相手と戦うのは大変じゃない?」
人掘りモグラ「 」
マジカルラット「 」
女傭兵「まあな。それよりあんた、めちゃくちゃ強いだろ。ここは女同士、腕比べでもしようぜ!」
魔剣士「しないわよ。そんなに暇じゃないの」
女傭兵「残念だな……ならそこのあんたでもいいや。ひょろひょろしいわりに、そこそこ戦えるみたいだしな」
勇者「僕も遠慮するよ。単純な腕力じゃ勝てそうにないし。それに、早く首の長い魔物を見つけなくちゃ」
女傭兵「ん……? それって魔物討伐の依頼か?」
魔剣士「そうよ。よくわかったじゃない」
勇者「ああ。君も同じ依頼を受けてるの?」
女傭兵「まあな。腕試しにも、魔物と戦える依頼は積極的に受けてんのさ」
魔剣士「ずいぶん強さにこだわるのね」
女傭兵「そういう血筋なんでね。あたしゃ放浪する狩猟民族に生まれたんだ。強くなければ、命を奪って生きる資格はない。そう教わってるよ」
魔剣士「物騒な思想してるわ……」
勇者「そうでもないと思うよ。その強さって、単純に戦う能力だけを言ってるわけじゃないだろうから」
女傭兵「族長みたいなこと言うんだな。なあ、それってどういう意味なんだ? あたしにちょっと教えてくれよ」
勇者「聞かない方がいいと思う。僕なりの考えを教えることはできるけど、表面的なことしか理解できないと思うから」
女傭兵「わっかんないなあ。どういう意味だ?」
勇者「例えばだけど、人を殺すことについてどう思う?」
女傭兵「犯罪じゃねえか」
勇者「そう、いけないことだね。じゃあ、誰にも裁かれることがないなら人を殺してもいいのかな?」
女傭兵「そんなわけねえだろ?」
勇者「どうして?」
女傭兵「だってそりゃあ……」
勇者「そうだね。決まりがなくたって、みだりに人を殺しちゃいけない。それは理屈じゃないんだ」
勇者「それと同じことだと思うよ。強さに込められた意味はさ」
女傭兵「…………よし決めた!」
魔剣士「何を?」
女傭兵「あたしゃしばらくあんたらについていくよ!」
魔剣士「はあ!?」
勇者「そりゃまた……急な申し出だね」
女傭兵「いや、これはそっちの意思を確認してるわけじゃない。ただの宣言だよ。ついていくけど、気にしないでくれ」
魔剣士「無茶苦茶を言わないでくれる?」
女傭兵「別にあんたらの邪魔はしないよ。魔物と戦う時以外、いないものとして扱ってくれていい」
魔剣士「それもやっぱり無茶なこと言ってると思うわ……」
勇者「今はこうしてお金を稼いじゃいるけど、僕らにも旅の目的があるしね」
女傭兵「あんたって勇者だろ? 魔王討伐だよな?」
勇者「そうだけど」
女傭兵「なんならあたしを誘ってくれてもいいぜ? 強さには自信がある」
魔剣士「え……でも、危険な旅よ?」
女傭兵「あたしは女の一人旅をしてきたんだぜ? いつだって危険と隣り合わせさ」
魔剣士「けど……」
勇者「強情だね。ならとりあえず、どこか区切りのつくところまで来たらいいよ。首の長い魔物の依頼とか、港に行くまでとかね」
女傭兵「さすが勇者さま! 懐が深いねぇ!」
勇者「もう諦めたけど、傭兵さんはもうちょっと人の持ち上げ方を覚えるといいよ」
◇翌日
女傭兵「ははっ、ようやく見つかったな!」
魔剣士「声が大きいわよ。気づかれたらどうするの?」
勇者「耳はそこまでよくない、ってわかったから良しとしようか。あとは近づいてみて、すぐに襲いかかってくるかどうか、かな」
女傭兵「そんな面倒なことするのか? さっさと倒しちまえばいいじゃねえか」
勇者「魔物のほとんどは人を襲うけど、イヌイヌみたいな例外もある。何でもかんでも倒せばいいってものじゃないよ」
女傭兵「ふーん、そういうのも強さの一環なのかねえ。まあいいや、あんたに従うよ」
勇者「まず僕が近づいていく。攻撃してきたら、三人で応戦しようか」
魔剣士「勇者が行くの? あたしが行くわよ?」
勇者「不意の攻撃には女神の加護が自動で守ってくれるからね。どんな魔物かわからないし、攻撃力の高い二人は控えてもらいたいかな」
魔剣士「ん、わかった。気をつけてね?」
勇者「魔剣士が守ってくれるから大丈夫だよ」
女傭兵(ん……? これ、もしかしてあたしってお邪魔なのか?)
勇者「それじゃ、行ってみようか」
ものぐさキリン「……」ムシャムシャ
勇者(何か食べてる? というかこいつ、動けるのかな。四肢のほとんどが細く短くなってる)
勇者(退化なのか、環境に適応した証なのかわからないな)
ものぐさキリン「……」ジロッ
勇者(こっちを見た!)
ものぐさキリン「ペッ」ベチャ
勇者「……肉食に変わったみたいだね、ずいぶん行儀が悪いけど」
ものぐさキリン「ヴォォ!」
勇者「っ、早!」タッ
女傭兵「っしゃあ、狩りだな! 行くぜっ!」
魔剣士「傭兵、前に出過ぎないでよ!」
勇者「あの二人、連携とか取れるのかな。心配だけど」
ものぐさキリン「ヴォッ!」
勇者「っと。器用に首を動かしてくるね。それに、見た目よりも伸びるみたいだ。首しか動かさないせいで、足はそんなに衰えちゃったのかな」
女傭兵「まずは一撃……ぉぅわっ!」
魔剣士「あなた死ぬ気!? 飛び出しすぎ!」
女傭兵「へへ、いいんだよこれで! 生きるか死ぬか、これこそ狩りの醍醐味だろ!?」
勇者「ひとまず首の動きを封じるから、二人とも下がってて! 氷魔<シャーリ>!」
ものぐさキリン「ンヴォ!」パリン
勇者「足りないか。なら、高氷魔<エクス・シャーリ>!」
ものぐさキリン「ンッ、ヴォッ!」パリンッ
勇者「……まいったな。首の筋力、相当あるみたいだ」
女傭兵「まどろっこしいこたあ抜きだ! 力で打ち勝ちゃいいんだよ!」
女傭兵「だらぁ!」ブォンッ
ものぐさキリン「ヴォ!」
女傭兵「っが!」ドンッ
勇者「傭兵さん!」
女傭兵「くっそ、心配すんな! かすり傷だ!」
魔剣士(首の動きは早い。斜め後ろから攻撃した傭兵に対応できるくらい、視野も広い。なら――――)
魔剣士「勇者、もう一度氷魔<シャーリ>を使ってみて!」
勇者「わかった。任せるよ」
ものぐさキリン「ヴォ……!」
勇者「また氷を砕いてもらおうか。氷魔<シャーリ>!」
ものぐさキリン「ヴッ」パリン
魔剣士(首をよじった、今なら!)
魔剣士「やあっ!」ヒュン
ザクッ
魔剣士「っ……浅い!」
ものぐさキリン「ヴォア!」
女傭兵「あたしを忘れてもらっちゃ困るんだよ!」ブォンッ!
ザッ!
ものぐさキリン「 」
女傭兵「へっ、いっちょあがりだな!」
魔剣士「…………」
魔剣士(あたしは浅く切るだけだったのに、首を一撃で切り落とした?)
勇者「何とかなったけど、どうせ動かないなら遠くから魔法で戦いたいところだね」
女傭兵「いいじゃねえか、勝てたんだから」
勇者「次に同じ魔物と戦う時の参考に、だよ。この三人じゃ、一人が囮になって別の二人で攻撃するってことになる」
勇者「囮役が危険なのはちょっとね」
勇者「そういえば話してなかったけど、依頼の報酬は僕らと君の半々でいいよね?」
女傭兵「あん? 三人で分けりゃいいじゃねえか」
勇者「その方がこっちはありがたいけど、一人の時より傭兵さんの取り分が大きく減っちゃうけどいいの?」
女傭兵「いいんだよ細けぇこたあ。ケツの穴の小せえ勇者だな」
勇者「ケ……まあ、傭兵さんがいいならいいよ」
女傭兵「にしてもあんた、踏み込む早さがすげえな」
魔剣士「……あたし?」
女傭兵「そうだよ。ああ、やっぱ戦いてえなあ。考え直してくれよ」
魔剣士「イヤよ……そんな暇ないもの」
魔剣士(この人はあたしと同じ立場よね。戦闘の切り込み役。これで負けちゃったら、あたしは……)
勇者「僕は戦うの認めてないんだから、あまりしつこくしないでね。報酬も受け取りたいし、早く帰ろうよ」
女傭兵「はいはい、わぁったよ。ったく、こんなんでどうして強くなれるかねえ。不思議なもんだ」
魔剣士「…………」ギュッ
勇者「?」
勇者(手を握りしめたりして、どうしたんだろ。何かあったかな)
◇夜 宿
勇者「ああ、気持ち悪い……」
魔剣士「お酒を飲み過ぎなのよ。あまり飲んだことないのに」
勇者「傭兵さん、僕にお酒をくみすぎなんだよ……潰す気だったでしょ、あれ……」
魔剣士「ほら、お水。飲んで?」
勇者「ありがと……」
魔剣士「傭兵は浴びるように飲んだのに、帰る時はけろっとしてたわよね。勇者とは大違いだわ」
勇者「体の出来が違うんだよ……魔剣士は? 酔ってないの?」
魔剣士「あたしはそんなに飲まなかったわ。――――ううん、でも酔ってるみたい」
勇者「全然そうは見えないけど……え、ちょっと、何を」ストン
魔剣士「勇者……」
勇者「勘弁してよ魔剣士。頭が回ってるんだからさ、寄りかかられても支えられないよ」
魔剣士「…………バカ。寄りかかったんじゃない、押し倒したのよ」ギュッ
勇者「え……ちょっと、魔剣士?」
魔剣士(あの人はたぶん、ずっとついてくる。……あたしよりも強い、勇者の剣として)
勇者「魔剣士にお酒、飲ませなきゃ良かったな……ほら、立ち上がって。遊びはおしまい」
魔剣士「遊びじゃない」
魔剣士(それでもあたしは、勇者の一番でいたい。剣としてじゃなくてもいいから、だから……)
勇者「…………なら、なおさら止めなよ。僕らはまだ、そういうのじゃないでしょ」
魔剣士「それでもいい。勇者があたしを、必要としてくれるなら」
魔剣士「あたしは、どんな形でも……」
勇者「――――。魔剣士。もう一度だけ確認するよ。酔って、ないんだね?」
魔剣士「酔ってる。酔ってるわよ。だから、ねえ、いいでしょ?」
勇者「――――そう」
パシン
魔剣士「……痛い」
勇者「どいて」
魔剣士「でも」
勇者「どいて」
勇者「どかないなら、嫌いになる」
魔剣士「っ……」
魔剣士(ぶたれた頬が痛い……ぜんぜん強くなかったのに、どうして、こんなに痛いのよ……)
勇者「外に出てくる。魔剣士は一晩頭を冷やしなよ」
魔剣士「ま、待って。待って勇者」
勇者「おやすみ」
バタン
魔剣士「あ……嘘、よね?」
魔剣士「ねえ、お願い。戻ってきて? もうしない、こんなことしないから。ねえ!」
勇者「…………魔剣士のこと、こんな風にぶったのは初めてだったかな」
勇者「どうして、こんなに右手が痛いのさ」
◇翌日
魔剣士「…………」
魔剣士「…………」
ガチャッ
魔女「ふふ、ただいまー? ようやく司祭くんと二人っきりから解放されるのね?」
司祭「そうか、よっぽど苦痛だったようだな。今後の付き合い方を考えてやる」
魔女「もう、冗談の通じない男の人は嫌われるのよ? ねえ勇者くーん? ……あら、いないのかしら?」
司祭「魔剣士一人か? 珍しいこともあるものだ。魔剣士が窓の外ばかり眺めてるのも珍しいが……魔剣士、勇者は出かけてるのか?」
魔剣士「…………おかえり、二人とも」ボロボロ
魔女「魔剣士ちゃん、泣いて……?」
魔剣士「違うわ、泣いてなんかない……そんな弱い子、勇者と一緒にいられないでしょ? だから、泣いてないわ」
魔女「司祭くん、外に行ってて? 魔剣士ちゃんとはわたしが話すから」
司祭「任せる。私は勇者を見つけたらとっちめておこう。何を喧嘩したんだか知らないがな」
魔女「もう、話は聞いてあげるのよ? 司祭くんってばそそっかしいんだもの」
司祭「うるさい。こんな時までからかうな」
魔女「さーて? それじゃ魔剣士ちゃん、わたしとお話しましょうか?」
魔剣士「別に、話すことなんてないわ」
魔女「もう、ひねくれないの。そんなの勇者くんだけで十分だもの? だからお姉さんに話しなさいね?」
◇町中
旅人「――――つうわけだ。どうだ、参考になったか?」
勇者「正直、驚いてる。女神様でさえわからなかったのに、答えを見つけてくるなんて」
旅人「あんな醜女(しこめ)と一緒にすんな。寒気がする」
勇者「……本音を言えばね、君がこうして僕のために調べてくれるとは思わなかった」
旅人「あん? じゃあなんでおれに頼んだんだよテメエ」
勇者「可能性が僅かでもあるなら、それにすがりたかったんだよ」
旅人「はっ、いい根性してやがるな。だが役に立ったならおれを崇め奉りやがれ」
勇者「…………それなんだけどさ。もうちょっと、せめてあと一日、早く調べてくれてたらね」
旅人「んだとっ! 人を無償でこき使っといてそういうこと言うのかテメエ! おれを越える悪魔じゃねえか!」
勇者「――ごめん、悪気はないんだ。ちょっと、自己嫌悪してるだけ」
旅人「けっ……これだから勇者って輩は嫌いなんだよ。今も昔も、な」
勇者「――――」
勇者「答えてくれなくてもいい。聞くよ。君はもしかして……」
旅人「うお! あんなところに素っ裸のねえちゃんが!」
勇者「そんな手にひっかからないよ」
旅人「バーカ、それでもテメエは見るんだよ」パチン
勇者「うわっ、目の前にいきなり……! ……消えた。旅人さんも消えた」
勇者「ちょっと待ってよ、意味がわからない。手を叩いただけで、僕に幻を見せた?」
◇宿
魔女(事情はわかった。勇者くん、魔剣士ちゃんをとても大切にしていたもの、関係を軽く扱われたら怒るのも無理はないかな)
魔女(でも、魔剣士ちゃんの気持ちもわかるし……お姉さんには難しいなあ)
魔剣士「駄目よね、あたし。こんなんじゃ、勇者に嫌われて当然よ」
魔女「もう、弱気になっちゃってるのね? そう思うなら勇者くんに謝ってくるといいのよ? きっとすぐに許してもらえるもの」
魔剣士「無理よ。だってあたし、自分で自分が許せない」
魔女(重症ね。どうしたものかしら)
ゴンゴン ガチャッ
女傭兵「お邪魔するよっ。今日も依頼を受けてきたし、早速行こうぜ!」
女傭兵「……なんだこの空気」
魔女「ごめんなさいね、取り込み中なの? あなたは?」
女傭兵「一昨日から一緒に魔物を倒してる間柄だよ。あんたはあれか、勇者の仲間だっていう魔女か?」
魔女「知ってるなら話が早いかしらね? 少し後にしてもらえる?」
女傭兵「ちぇ、残念だな。まあいいや、報酬独り占めと思えば悪くない」
魔剣士「待って」
女傭兵「ん?」
魔剣士「行くわ。今、あたしたちはお金に困ってるもの。稼げる機会を減らせない」
魔女「でも、大丈夫なの? 魔剣士ちゃん、目が真っ赤よ? きちんと寝たのかしら?」
魔剣士「行けるわ。……心配なら魔女も一緒に来て」
女傭兵「ま、あたしゃ何人でいってもかまわないぜ。報酬がいくらになろうが、大半は酒代に回しちまうからね」
魔女「なら……ご一緒させてもらおうかしら?」
◇壁外
女傭兵「だらーっ!」ブンッ
いかさまゴート「グペッ」グシャ
魔女「武器の重量に任せて一撃で切り潰す、っていう戦い方なのね?」
女傭兵「まあな。あたしゃこの斧に命を懸けてる。親父から引き継いだ斧だから、これ以外の武器は考えられないね」
女傭兵「……にしても」
魔剣士「…………」
女傭兵「魔剣士さんよ、今日のあんたは何なんだ? その気の抜けた剣はあたしへの当てつけか? ええ?」
魔剣士「そんなんじゃ、ないわ」
女傭兵「ならしゃきっとしろよ。一緒に依頼をこなすと言ったのはあんただろ」
女傭兵「今のあんたと一緒に魔物と戦っても、あたしゃちっとも興奮しないね」
魔女「あなたの言い分はもっともよね? でも今日だけは許してくれる?」
女傭兵「いいや、許さない。あたしの狩りに、こんな軟弱者が同行したなんてな!」
魔剣士「……ごめんなさい、あたしが悪かったわ。依頼の報酬はあなたが全てもらって。お金をもらえる働きはしなかったもの」
女傭兵「金の話じゃねえんだよ!」
魔剣士「…………」
女傭兵「魔女さん、ほらよ。依頼書だ。これにヤギの頭も持ってけば、あたしの代わりに金がもらえるだろうさ」
魔女「どういう考えで、わたしたちにお金を譲るのかしら?」
女傭兵「あんたらに貸しを押しつけるためだな」
女傭兵「魔剣士さんよ。あんたは言ったな、戦うつもりはないと。だが聞き入れてもらうぜ、そっちはあたしに金をもらったんだ」
魔剣士「……そこまでして、自分より弱いあたしと戦う理由は何?」
女傭兵「今のあんたじゃわからないよ。あんたらと一緒にいく気は失せた、どうせ港でおさらばだ」
女傭兵「だから、自分より強かったかもしれない女をぶっ倒したいだけさ」
魔剣士「――――わかった。お金はありがたくもらうわ。あなたが満足するまで、戦いに付き合ってあげる」
◇町中
司祭「ようやく見つけた」
勇者「司祭さん、か」
司祭「ずいぶんひどい顔をしているな。恋煩いでも人は死ぬのか?」
勇者「はは、さんざんな言われようだね」
勇者「……魔剣士、どうしてた?」
司祭「泣いていた。だが、弱虫は勇者と一緒にいられないから、泣いていないと言い張っていた」
勇者「……そっか」
司祭「何があったかは聞かない。喧嘩することくらいあるだろう」
勇者「ん、そうかな」
司祭「だが町中を逃げ回るのには反対だ。さっさと宿に戻って、君がいなきゃ駄目なんだとでも言ってきたらどうだ?」
勇者「司祭さん、よくそんな青臭い言葉が言えるね」
司祭「ほっとけ」
勇者「でも、ちょっとは気が紛れたよ。ありがとう」
司祭「ならいい。勇者と魔剣士がぎくしゃくしていると、雰囲気が悪くてかなわない」
勇者「司祭さんと魔女さんが口喧嘩してても、雰囲気は悪くならないのにね。不思議だな」
司祭「私たちを引き合いに出すな」
勇者「……司祭さん」
司祭「なんだ?」
勇者「魔剣士の助け方、わかったんだ。わかったのに、僕は自分でそのやり方を駄目にしちゃったよ……」
◇宿
魔剣士「血塗りの魔剣」ソーッ
女傭兵『戦いは港を出る前日だ』
魔剣士「っ」ピト
ジジジ
女傭兵『それまでに、ちっとはましになっておくんだな』
魔剣士「ダメみたい……魔剣の呪い、やっぱりまだ消せないのね」
魔剣士「あたし、何のためにここまで来たんだろ」
魔剣士「あたしが抜けて、傭兵さんが一緒に行った方が、勇者の力になれるわよね、きっと……」
魔剣士「だってあたしは、もう……」
コンコン
勇者「魔剣士、いる?」
魔剣士「……いるわ」
勇者「ごめん、怖じ気づいて帰るのが遅くなった」
魔剣士「いいわよ。悪いのはあたしだもの」
勇者「だからって、手を上げる理由にならないよ。ごめん」
魔剣士「……いいの。勇者の気持ち、痛いくらい伝わったから」
魔剣士「ねえ勇者、扉越しに聞いて」
勇者「うん」
魔剣士「あたしね、弱くなっちゃった」
魔剣士「さっきまでね、魔女と傭兵の三人で魔物を倒しに行ってたの」
魔剣士「……ひどかったわ。ちっとも魔物を倒せなかった。攻撃を何度も外したの」
魔剣士「そのせいで傭兵を怒らせちゃうくらい。せっかく仲間になってくれそうな人だったのに」
勇者「僕はあの人を仲間にするつもりないよ」
魔剣士「どうして? あたしより強いのに」
勇者「もし、傭兵さんが魔剣士より強くても、仲間にはしない」
勇者「何日か一緒にいてわかった。あの人の強さは自分のためだけにある。他人はもちろん、仲間のために振るわれる強さじゃないよ」
魔剣士「言ってること、よくわからないわ」
勇者「魔剣士は最初からわかってることじゃないかな。言葉にしてこなかっただけでさ」
魔剣士(かばわれてる、のかしら。幼馴染だから? 弱いあたしにも、情はわくものね……)
勇者「魔剣士?」
魔剣士「何でもないわ。……いいの。あたしは平気よ」
勇者「……それなら、いいんだけどさ」
◇夜
魔女「勇者くん、それは本気かしら?」
司祭「もしばれれば魔剣士の信頼を失うぞ」
勇者「それでもやる。魔剣士の心を助けるためなら、僕は嘘つきにだってなるよ」
勇者「僕が魔物に殺されそうなところを、魔剣士に助けさせる。僕には魔剣士が必要なことを思い出してもらう」
勇者「二人とも気は進まないと思う。だから協力はしなくていい。でも黙っていて」
勇者「自作自演だとしても、こんな形しか僕には思いつかない」
続き
勇者「僕は魔王を殺せない」【後編】