関連
ユウシャシステム【前編】


172 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/11/30 07:26:34.83 5W7cqWHDo 108/212

●あらすじ

皇国の国宝『女神の首飾り』輸送の命を受け、皇国へと訪れた勇者。

しかしそこに待ち受けていたのは、怪盗アリスと皇女の肉じゃが。

胃袋を捕まれた勇者は、更に追い討ちをで据え膳を差し出されるが…辛うじてこれを回避。


だが…皇国での事件はこれで終わりでは無かった。

次の日の朝…中央公園で、凄惨な死を遂げた皇女アリーツェが発見されたのだ。


勇者はその結末を変えるため、過去へと戻る事を決意した。

しかし、何度繰り返しても救えない皇女の命。

一線の先に踏み込まねば変えられない運命…それを悟った勇者は、皇女の死の根源へと踏み込むのだった。

173 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/11/30 07:29:24.75 5W7cqWHDo 109/212

●第四章 ―可能性の迷路 其の算―


―領主の館 出発前―

団長『怪盗アリスは義賊なんでさぁ……ま、表向きはですけどね』

勇者『表向きは?』

団長『貧しい国民に金銭をばら巻いてるって実績がある反面で、何の罪も無い行商人が襲われたって話しもあるんですよ』

勇者『その行商人が悪徳商人だった可能性は無いのか?』

団長『無いとは言い切れませんが、薄いでしょうなぁ』

勇者『…そうか』


それが…事前に聞いていた怪盗アリスだった。

174 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/11/30 07:30:20.72 5W7cqWHDo 110/212

―皇宮上空―

満天の星空…皮肉なまでに美しく輝く星空の下で、更にその下の景色を見下ろす俺。

スキル『飛翔の翼』を使い、ある物を待つため皇宮の上空で待機を行う。


そして、程無くして現れるそれ……皇女アリーツェと思われる人物。

フード付きのマントを羽織り、周囲に気を配りながら皇宮の門を潜り抜ける。


彼女…アリーツェが向かうその先に、真相がある。

俺はその真相を突き止め…今度こそ彼女を死の運命から救ってみせる。


そう決めた。

175 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/11/30 07:31:22.99 5W7cqWHDo 111/212

―とある貴族の屋敷ー

そうして辿り付いた先は…意外にも、貴族の物と思われる屋敷。

勇者「いや……アリーツェがアリスなのだとしたら、貴族の屋敷に盗みに入るのは当然か」

勇者「だが、それだけのために命を賭けるだろうか?死を知らされて尚……」


しかし、考えを巡らせる暇も無く屋敷の中へと忍び込んで行くアリーツェ。

どうするべきか…追うべきか追わざるべきか…追うにしても、そんな手段を使うのが得策か

アリーツェは助力を望んでは居ない…そして、下手に手を出せば彼女を危険に晒してしまう可能性さえある。

ならば………


勇者「そうだ、この手で行くか」

思い立つと同時に俺は地上に下り立ち、門の前でその足を止める。そして……


その門を、力尽くで押し開ける。

178 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/01 06:45:08.69 YEO7WSHvo 112/212

―貴族の屋敷―

女貴族「な…何なの今の音!?」

衛兵「そ、それが……も、門が!門がー!!」

勇者「すまない、緊急事態な物で少し乱暴な手段を使わせて貰った」


女貴族「あ、あんたは………い、一体何なのさ!この国の常識って物を知らないの!?」

勇者「この国の常識を知らないのも確かだが、それさえ些細になる程重大な問題が発生した。この屋敷に、怪盗アリスが侵入したんだ」

女貴族「怪盗アリスが?そんな筈が無いじゃないの。大体、この壊れた門をどうしてくれるのよ」

自信満々に言い切る女貴族。自分にはやましい事が無いとでも言いたいのだろうか?一体その自信はどこから来るのやら…


衛兵「あ、いえ……ですが…今調べた所、罠の一つが作動した形跡が…」

そう報告した衛兵を睨み付ける女貴族。

女貴族「っ……そうね……もしかしたら、本当に怪盗アリスが侵入したのかも知れないわね。見付け次第、即刻始末しなさい」


勇者「それは困る。怪盗アリスは生け捕りにして、盗品の在り処を吐かせなければいけないんだ」

女貴族「はぁ?何を勝手な事言ってるのさ。何様のつもり?」

勇者「あぁ…そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は勇者…皇帝の命により、怪盗アリスの確保を仰せ付かっている」


女貴族「ぬぇ゛………っ!?」

179 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/01 07:08:47.81 YEO7WSHvo 113/212

まぁ当然そんな事は口から出任せなのだが…この女貴族には効果的面のようだ。

勇者「では案内してもらおう…怪盗アリスが狙うと思われるような物がある場所にな」

女貴族「そ、そうは言うけどねぇ?この屋敷にはそんな物一つも無い訳だし……」

言いよどむ女貴族。罠まで張っておいてその反応は無いだろう…と言うか、先程からおかしな発言が幾つもあった。

これは何か一枚噛んで居る。そんな確信を持った所で…


衛兵「大変です…何者かが宝物庫に!」

女貴族「―――!!」

報告に来た衛兵を睨み付ける女貴族。これはもう確定だろう。


勇者「すまない、最後の方は良く聞こえなかったんだが…何者かが侵入しているようだな」

衛兵「あ、いえ……何者かが侵入した…あくまで、可能性があるというだけで………」

勇者「それはいけない。よし、俺も侵入者の探索を手伝わせてもらおう。もしかしたらそれが怪盗アリスかも知れない」


女貴族「この馬鹿!」

衛兵「す、すみません…でも、あの隠し扉の仕掛けは絶対に…」

聞こえてくる会話は内緒話のようだが、俺の耳には丸聞こえだ。そうか…隠し扉か。

時間をかけて虱潰しに探せば見付かるかも知れないが、そんな悠長な事をしている余裕は無さそうだ。

どうするべきか……あぁそうだ、こんな時こそセーブとロードを活用しよう。




勇者「なるほど…暖炉の裏と井戸の底の石を同時に押す事で開く扉か。確かにこれを見付けるのに時間がかかった」

そうして裏庭で見つけた隠し扉の先にあるのは、地下室へと続く階段。俺は迷う事無くその階段を下り…ついに見つけた。


皇女アリーツェ…いや。怪盗アリスを。

180 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/01 07:19:55.50 YEO7WSHvo 114/212

―地下へと続く階段―

怪盗アリス「勇者様…?何故ここが……」

勇者「俺は未来と今を行き来しているからな…このくらいは造作も無い。しかしアリーツェ…ここまで来た以上はもう隠しても仕方ないだろう」

怪盗アリス「………」


勇者「話して貰うぞ。死を知って尚、君がここに来た理由を…」

怪盗アリス「…判りました」

ついにそれを語り始めるアリーツェ


怪盗アリス「まず始めに…ご存知の通り、私…皇女アリーツェは、巷を騒がせる怪盗アリスです」

勇者「…そのようだな。何故こんな事をしているんだ?」

怪盗アリス「法では捌き切れぬ者達から財を取り戻し、救い切れぬ人達の下へと返すためです」


勇者「成る程…では、何故罪の無い物達まで襲った?現に俺達も、この国に来た時………ん?いや待て…そうか」

怪盗アリス「お気付きになられたようですね。そして、その答えはこの先にあります」


促されるままに進める足。階段を下りきった先は、平坦な床。そして……

182 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/01 07:47:37.66 YEO7WSHvo 115/212

―地下宝物庫―

勇者「これはまさか……怪盗アリスに盗まれたとされる品々か」

怪盗アリス「はい、その通りです。勇者様を襲撃した怪盗アリス…偽アリスが、罪無き人々から奪った物です」

勇者「成る程な…この偽アリスの悪行を暴くために本物が馳せ参じた…と言う訳か」


よくよく考えてみれば、最初の襲撃の時点でおかしかった。

怪盗アリスがアリーツェならば、実質上自分の物に等しい女神の首飾りを奪いに来る利点が無い…


怪盗アリス「その通りです」

勇者「だがしかし、一つ解せない所がある。命の危機を知って尚一人でこれを行おうとした理由は何だ?皇女という立場を使えば、他にも…」

怪盗アリス「それは出来ません。我が国は教典の教えと法とにより秩序を保っている事はご存知ですよね?」

勇者「あぁ、そうか…そういえば先刻も言っていたな。法では裁く事が出来ない…だから怪盗アリスとして奪い返すしか無かった…と言う事か」


怪盗アリス「はい、そして…」

勇者「更には……その象徴たる王族が自ら法と教典を破った事が知られれば、国その物が危ぶまれる。故に国を頼らず一人で事を起こさねばならなかった…」

怪盗アリス「……その通りです」


勇者「…今更だな、怪盗アリスになった時点でその覚悟はしておくべきだった。でなければ、もし誰かに捕まってしまったら…」

怪盗アリス「覚悟は出来ておりました」

勇者「………そうか、そうだったな。その覚悟の結果を、今まで散々見せ付けられて来たんだ。愚問だった、忘れてくれ」

怪盗アリス「はい、忘れました」

くっ…この男殺しめ……

勇者「だがな…ここまで来た所で、あえて言わせて貰おう」

怪盗アリス「何でしょう?」

勇者「それを聞いた上で、まだ尚アリーツェを死なせたくは無い。法にも教典にも逆らおうとも、君を助けたい」

怪盗アリス「勇者様………」


勇者「とは言ったが………アリーツェとしての最善は、法と教典を守りつつ事を解決する事なんだろうな」

怪盗アリス「………はい、申し訳ありません」

勇者「ならば…その両方を叶える解決策を取ろう」

怪盗アリス「そんな奇跡のような策をお持ちなのですか?」

勇者「持っては居ない。だが………奇跡を起こすのは勇者の役目だ。そこにアリーツェの力も少し借りたいがな」


怪盗アリス「勇者様ったら……」

183 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/01 08:10:39.55 YEO7WSHvo 116/212

勇者「ではまず、確認だが………アリーツェは今ここで全ての宝物を奪還するつもりだったんだな?」

怪盗アリス「はい」

勇者「しかし、それでは根本的な解決にはならない。ここで成功しても、終わるまで繰り返している内に、アリーツェが敗北する」

怪盗アリス「………」

それも最悪の結果…アリーツェが怪盗アリスとして偽者の罪を着せられるという敗北でだ。

物のついでに言うならば、恐らくは今まで俺が見て来たアリーツェの経緯はこうだろう……

女貴族…偽アリスの館に侵入するアリーツェ。それを返り討ちにする女貴族

そして、怪盗アリスの殺害後にその正体がアリーツェだと知り………この屋敷に捜査の手が伸びないように、中央公園に死体を遺棄。

死体の衣服がボロボロだったのは、恐らく意図した物では無い…罪を着せるのならば、なるべく判り易くした方が良い筈だしな。

その部分だけはまだ謎が残っているが、これで事態の殆どは飲み込む事が出来た。


勇者「では次に…俺かアリーツェが憲兵に此処の事を知らせた場合の想定だ。どんな自体が予想される?」

怪盗アリス「勇者様が憲兵に通報した場合……まず、其処に到るまでの経緯を聞かれるでしょう」

勇者「そこは多少話を作ったとしよう。それで、この状態のまま憲兵をここまで連れて来た後はどうなる?」

怪盗アリス「恐らくは…怪盗アリスが仕組んだ罠だとでも言って言い逃れをするでしょう」


勇者「そんな言い分が通るのか?」

怪盗アリス「疑わしきは罰せず………現場を押さえるか確固たる証拠がなければ、恐らくは逃れられます。特にここ最近では…」

勇者「偽アリスの行動が、非道な物になっている…実際にそれをやり兼ねないと思われている…か」


怪盗アリス「………はい」

184 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/01 08:12:35.44 YEO7WSHvo 117/212

勇者「なるほど………どうにかなるかも知れないな」

怪盗アリス「本当ですか?」

勇者「あくまで上手く行けば…だがな。そして、そのためにはアリーツェにも危険な橋を渡って貰う事になるが…」

怪盗アリス「覚悟の上です」


あぁ…そうだ。俺は何を今更言っているんだ。確認するまでも無く、アリーツェはとっくの昔に覚悟を決めて居たんじゃないか

俺は………彼女が弱い皇女だという一方的な思い込みで、勝手に救おうとしていた。これは本来、彼女の戦いだと言うのに…な

そうだな、だからか。いつもならば無意識の内にやっていたこれが、彼女に向けられなかったのは。


勇者「アリーツェ」

怪盗アリス「はい」

勇者「すまなかった。俺も一緒に戦わせてくれ」

怪盗アリス「はい!」


アリーツェをパーティーに加えた


勇者「では手順を教える。まず俺は一旦、皇宮に戻り―――」

188 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/02 04:07:26.28 68+cdyz0o 118/212

―貴族の屋敷―

女貴族「くそっ、あの勇者のせいで確認が遅れたわ。怪盗アリスめ、やっぱりアタシの宝物庫に忍び込んだのね」

女貴族「あの勇者は本当にもう帰ったんだよねぇ!?」

衛兵「はっ、その筈です。緊急の用事につき、皇宮に帰ると言っておりました!」


女貴族「だったらその隙に、早く怪盗アリスの足取りを追わないと………ん?んんん?へぇ……」

衛兵「どうしました?」

女貴族「何だい、まだ居るみたいじゃないか。騒ぎに乗じてとっとと逃げ出せば良かった物を……欲の張り過ぎは身を滅ぼすわよぉ」

189 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/02 04:14:03.47 68+cdyz0o 119/212

―地下宝物庫―

女貴族「さぁ、観念をおし!」

怪盗アリス「―――!? ………っ!!」

女貴族「何っ!?早―――…っ、まぁ良いさ。ここは絶壁に囲まれて、出口は正門一つか無い。しかも……」

衛兵「はっ、我々衛兵団30人が待ち構えております。不意を突いて忍び込むならまだしも、正面突破など」

女貴族「だわよねぇ…ま、念のためコイツも持って行こうかしら」

190 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/02 04:25:19.34 68+cdyz0o 120/212

―正門前―

衛兵A「馬鹿な!この数の包囲を摺り抜けて行っただと!?」

衛兵B「くそっ!門を抜けて路地に出られたぞ!………だが、まぁ大丈夫か」

衛兵C「あぁ…門の外にはあいつ等が居るからな」

191 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/02 05:03:27.43 68+cdyz0o 121/212

―屋敷前の路地―

怪盗アリス「っ……これは…魔法!?」

魔術衛兵「意外だったろ?足の早さに自身がある奴は、大抵この手で捕まるんだよなぁ、ヒャッハッハッハ!!」

怪盗アリス「くっ………」


魔術衛兵「おっと、雇い主様のお出ましだ」

女貴族「まったくあの衛兵共…これで逃がして居たら、減給どころの話しじゃなかったわよ。まぁ、捕まえたみたいだから不問にしてあげるけど」

怪盗アリス「…………」

女貴族「さぁ…随分とてこずらせてくれたじゃないの。どうしてくれようかしら。そうねぇ…まずはそのマントと仮面を剥ぎ取って、その正体でも…」


勇者「何をしている!!」


女貴族「なっ……って、何よ、さっきの勇者じゃないの。丁度良い所に戻って来たじゃない、今丁度怪盗アリスを捕まえ…」

勇者「皇女に何をしているかと聞いているんだ!!」

女貴族「……………えぇっ!?な、何を変なこと言ってるのよ、こいつは皇女なんかじゃなくて怪盗アリス……」

俺の言葉に驚愕し、アリーツェのマントに手をかける女貴族。そして、そのマントの下から姿を現したのは…


女貴族「な…何で!?どうして!?」

町娘のような服を着て、その手に女神の首飾りを握った皇女アリーツェだった。


勇者「極秘に女神の首飾りを移送する皇女を、怪盗アリスが襲撃するという情報があったんだが…戻って来てみれば案の定か」

憲兵「女貴族殿…これは一体どういう事ですかな?私はそこの御仁を貴方の手下が捕らえる様子をハッキリ見ましたぞ」

姿を現す、この地区担当の憲兵


女貴族「何なのよそれ!知らないわ!!だってこいつは、アタシの屋敷から逃げ出した怪盗アリスなのよ!?」

痛々しい程に狼狽する女貴族。それを見て口を開くアリーツェ

皇女「事情はよく判りませんが、何か誤解があるのかも知れません。勇者様、憲兵様、どうでしょう?ここは女貴族さんの話を聞いてみては?」


女貴族「あぁっ、ありがとうございます皇女様!」

勇者「判りました…当事者である貴方がそう言うのなら」

憲兵「私も異論はありません」


そして尋問が始まった

193 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/02 05:33:43.64 68+cdyz0o 122/212

―正門前―

勇者「そもそも…女貴族は、怪盗アリスに盗みに入られたと主張しているが。その点からして疑問だな」

憲兵「と、言いますと?」

勇者「俺がこの屋敷を探索した時には、怪盗アリスの目当てになるよな物は一つも見あたらなかった」


女貴族「探索……そうよ!そもそもアンタがアタシの屋敷に侵入した時も、怪盗アリスが侵入したからって言ってたじゃないの!!」

憲兵「本当ですか?勇者様」

勇者「あぁ本当だ。怪盗アリスがあの屋敷に入って行くのを確かに見た」

女貴族「ほら見なさい!」


憲兵「では…そこから脱走者が居ないのであれば、その時点から屋敷の外に出た人物…あるいは屋敷の中にまだ居る人物が怪盗アリスという事に…」

衛兵「あ、いえそれが……怪盗アリスは正門を越えて一度屋敷の外に脱走してしまいました」

術師衛兵「でもよ、そこで出てきた怪盗アリスはちゃんとこの俺が捕まえたぜ?」


憲兵「では…館から出てきた怪盗アリスと思わしき人物と、貴方達が捕らえた皇女様は同一人物であると?」

術師衛兵「あぁ、間違い無え」

女貴族「なっ……そんな筈がある訳無いでしょう!?アンタ達が見間違えて、アリスじゃなくて皇女様を捕まえたんじゃないの!?」

術師衛兵「そんな事あるはず無えだろ!素人かよ!」


勇者「証言が大分食い違って居るようですね」

憲兵「これでは…証言の信憑性も怪しい所ですな」

女貴族「っ………!!」


憲兵「勇者様は、怪盗アリスがこの屋敷から脱出する所を目撃されましたかな?」

勇者「いや、俺はそこの女貴族が皇女様に手を出している所からしか見てない」

憲兵「ふむ………ではやはり、先に挙げた可能性…怪盗アリスはまだ屋敷の中に居る、と言う線が濃厚になりますな」


女貴族「えぇ、そうなるわね」

憲兵「では、真偽を確かめるためにも屋敷の中を検めさせて貰いましょう。丁度応援も来たようだ」

女貴族「え?…え、えぇ。良いわよ」

狼狽しながらも平静を装う女貴族…探られて痛い腹があるのだから当然だが

それで尚平静を保って居られるのは、隠し部屋…地下宝物庫が見付かる筈が無いと踏んでいるからだろう


勇者「あぁ、そうそう。そう言えば井戸の底と暖炉に何か違和感を覚える石があったな…もしかしたら怪盗アリスと何か関係があるかも知れない」

女貴族「なっーーー!?」

憲兵「判りました。そちらも調べてみます」


この時点でチェックメイトだ。そして問題は…この女貴族が、どうやってボードをひっくり返すかなのだが

195 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/02 23:28:26.60 68+cdyz0o 123/212

―貴族の屋敷―

憲兵「勇者様の言う通り、暖炉と井戸の石がに仕掛けがありました。そして、その先の隠し部屋…いえ、宝物庫には…」

女貴族「……………」


憲兵「怪盗アリスに盗まれた品々と、怪盗アリスの服がありました。これはもう、動かぬ証拠でしょうな」

女貴族「濡れ衣よ!!……そ、そうだわ!そこの皇女こそが怪盗アリスの正体なのよ!!全部そいつがアタシに罪を擦り付けるためにやったのよ!!」

ここに来てやっと頭が回ったようだが、もう遅い。とっくに手遅れだ


勇者「と、主張しているんだが…」

憲兵「と言われましても、これはどう見ても……」

皇女「流石に私としても…真犯人という冤罪までかけられてしまっては…」

勇者「………だろうな」


憲兵「まず…この屋敷に怪盗アリスが入る所を勇者様が目撃した。しかしそれは…盗みに入られたのでは無く、盗みから帰って来た所だった…」

勇者「そして…」


憲兵「皇女様を襲撃した怪盗アリスが、苦し紛れに口から出任せを吐いて…挙げくに皇女様を犯人扱いしている。これが真相としか言いようがありませんな」


女貴族「なっ……!!そうね…そういう事ね?アンタ達、みーぃんなグルだったって訳ね!!」

いや、憲兵だけは中立だ。


勇者「それは…お前自身が敵しか作って来なかったために、そう見えてしまっているだけだろう」

女貴族「良いわ……だったら皆ここでまとめて片付けて、何もかもが無かった事にしてあげるわ!!」

応援が来た時点で上層部に報告が行っているだろうし、そんな事をしても無駄なんだがな…


女貴族「来なさい!霊獣!!!」

女貴族がそう叫び、指輪を高く掲げた所で姿を現す『何か』

まず始めに首輪のような物が現れ、そこを基点に輪郭を形作って行くそれ。そしてそれは、一匹の獣…翼の生えた豹のような物へと変わる。


その爪…その牙………もう幾度と無く見てきたからこそ判る。この獣こそが…アリーツェを惨殺した『死因』その物だ。

勇者「そして………その後の死体を、ここを捜査の目から離すために中央公園に棄てた…と言った所か」

呟き…歯軋りをする俺。だがそんな事には構わず、女貴族は霊獣をけしかける。

女貴族「さぁ、やぁっておしまい!!」


勇者「アリーツェ。これを使うんだ」

そう言って道具袋から弓矢を取り出し、アリーツェに渡す俺。

女貴族の言葉のままに俺への突撃を繰り出す霊獣。


人一人を砕くのに十分な程の威力の質量を持って、俺へと迫り来る…

196 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/03 00:33:58.36 B/rHD+K5o 124/212

勇者「………」

…が、俺はその頭を軽く掴んで制止するして
更にその手で首輪を掴み…霊獣をごと持ち上げて、アリーツェへと差し出す。


皇女「…………」

弓を引き絞るアリーツェ。

そして放たれ矢は、真っ直ぐに霊獣の首下へと迫り………


首輪を破壊した


すると、霊獣は糸が切れたように地に伏し…見る見る内に子猫の大きさまでその身を縮めていった。


女貴族「そんなっ……霊獣を隷属させてる首輪を壊すなんて……」

丁寧に解説ありがとう、だからと言って温情は無いがな。


勇者「それで良いのか?こいつは、何度もアリーツェの命を…」

皇女「その記憶は私にはありませんし…あったとしても、この子自身には何の罪もありませんもの。勇者様さえ良いのでしたら……」

そう言われてしまったら、もうどうにか出来る筈が無い。何と言うか、うん…さすがはアリーツェだ


女貴族「くうっっ…!!まだよ!霊獣がやられても、まだこっちには衛兵が山ほど居るんだからね」

ヒステリー声を上げ、衛兵を召集する女貴族。

そして、渋々ながらも自分達の証拠隠滅のために臨戦態勢に入る衛兵達。


俺とアリーツェもそれに対して構えを取るのだが………思わぬ所から介入者が現れた。

つい先程まで子猫大にまで縮んで居た霊獣である。

いつの間にかその体躯は翼の生えた白い虎へと変わっており、今はまだ静かに瞼を閉じている。


その様相から霊獣もまた臨戦態勢な事が伺え…ある可能が脳裏を過ぎる

隷属から解放された霊獣の暴走………

衛兵よりも厄介な相手になる事は間違いが無い。俺はその可能性に備えて、剣を構えるが……

予想外にも、瞼を開いた霊獣は女貴族と衛兵達を睨み付けた。


勇者「どういう事だ?………あぁ、まさか」

パーティーメニューからある内容を確認する俺。


アリーツェの勇者特性………『テイマー』

と…それをしている間に、霊獣の手により衛兵達は片付いて居た…

197 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/03 01:01:18.67 B/rHD+K5o 125/212

女貴族「な…何なのよ、だらしないわよアンタ達!まだ生きてるんなら、ちゃんと戦いなさいよ!」

衛兵A「…………くっ…」

衛兵術師「……何で俺達がこんな目に…」


皇女「お止めなさい!」

そして戦況を決定付けたのは皇女の言葉………


皇女「この方々に…もうこれ以上罪を重ねさせるてはいけません…」


女貴族「何を今更甘っちょろい事言ってるんだい!もう全員引き返せないんだよ!」


衛兵C「…………そう…なんだよな。俺達もう…」

衛兵B「だって俺達、皇女様に刃を向けちまった訳だし………」

衛兵A「…引き返せない…よなぁ」


皇女「そんな事はありません!」

衛兵B「…えっ?」

皇女「過ちを…罪を悔やむ心があるのなら、貴方達の心はまだ救われる事が出来ます」

衛兵C「でも………」

皇女「当然それは容易い道ではありません…ですが、私はここで断言します。貴方達はまだやり直せる…と」

衛兵A「…………」

皇女「そして………私は、私に刃を向けた事を赦します。今までの罪は消えませんが…それに対する償いは、貴方達自身で行えると信じています」

衛兵B「………」

衛兵C「………」

アリーツェの言葉により、次々と女貴族へと向き直る衛兵達。


もう完全に決着はついた。

もう完全に決着はついた。

199 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/03 01:22:46.97 B/rHD+K5o 126/212


確信を持って心の中で反復するその言葉…

………そう……アリーツェの死を回避するための戦い…そして、偽アリスとの戦い…その二つに決着がついたんだ。

正直な所、馴れない頭脳労働をしたせいか結構限界が近かったんだが……おっと、まだ後片付けが残っていた。

最後にもう一人登場して貰わなければ………


勇者「さて…女貴族よ、これでもう満足したか?大人しく罪を償え」

女貴族「そんな事…する訳が無いでしょう!?アタシはただの偽者で、あっちの女が本物のアリスなのよ!?何であいつの罪まで!!!」


勇者「よし、聞いたな?」

夜の闇の向こう…その奥に向けて問いかける俺。

女貴族「………え?何……そんな………」

そして姿を現すのは…憲兵長。罪人を裁くための証人として、これ以上の人物は居ない。


憲兵長「…安心しろ、女貴族よ」

微笑んでそう言う憲兵長。あぁ…そう言えばこんな話を聞いた事がある


女貴族「え?じゃぁ……」

憲兵長「例えお前が本物ではなく偽者だったとしても、一生檻の中から出られん事に変わり無い」

肉食獣の笑顔は、捕食前の生理現象なのだとか…

女貴族「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


こうして…皇女アリーツェが非業の死を遂げる結末は回避された

のだが…この話はもう少し続く。

202 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/03 01:53:29.62 B/rHD+K5o 127/212

―領主の館―

皇国での一件から数日経ったある日の事。俺の下に皇女…アリーツェからの小包が届いた。

中身は………まず、手紙のようだ


皇女からの手紙『勇者様、お元気ですか?こちらはあれから色々な事があり、国は大きく変わりました』


エレル「そう言えば皇国って……」


皇女からの手紙『皇国は、あの事件をきっかけに…皇族や貴族を初めとした特権階級の一切を廃止解体、または移住させる物と決め』

皇女からの手紙『多少の貧富の差はあれど、今では皆が平等な立場で暮らせる国へと変わりる事が出来たのですが…』

皇女からの手紙『ただ一つ…困った事が起きてしまったのです』


勇者「何だ?また何か問題事が起きたんだろうか?」

小包の奥…保存魔法のかかった鍋を取り出しながら続きを読む


皇女からの手紙『特権の廃止と同時に、教典の自由化…各々の信じる物を記す許可を出したのですが…それが間違いでした』


勇者「どういう事だ?教典に関する問題…まさか、また曲解による詐称……いや、まさか謀反や離反を促し広げる者でも………」

エレル「そうそう、最近こんな教典が出回っているんですよね。何でも、今までに無いくらい多数の人が推し勧め信仰する教典らしいんですが…」


実物を手にして開く俺。そして、目録の頁で見付ける………「姫怪盗アリス」という項目

案の定、皇女は…皇女アリーツェと怪盗アリスというカリスマ的存在して描かれていた。

読んでみて判った事だが………皇女の事を良く知る国民からすれば、もはや周知の事実だったらしい。

あと、偽アリスの女貴族は…皇女の温情で、監視付きながらも終身刑は免れたようで…

今では、衛兵達共々略奪品の返還と謝罪に奔走する身となっているとの事。


勇者「なるほど、これは本人からすればかなり恥ずかしい事だろうな。しかし………」

鍋の蓋を開けると共に保存魔法は解除され、湯気と同時に食欲をそそる何とも言えない良い匂いが鼻腔を刺激する。


皇女からの手紙『詳細はあえて伏せますが…私は皆の見解を改めさせ、教典を正しき道へと正す努力をして行こうと思います』

皇女からの手紙『勇者様…こんな私ですが、どうかこの目的の成就を祈って下さい』


そして俺は……鍋の中の肉じゃがを摘みながら、この事で一つだけ確信を得る

勇者「そればかりは…うん、無理だろうな」


●第四章 ―可能性の迷路 其の死― に続く

205 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/04 05:21:50.93 H/5G6NVuo 128/212

●あらすじ

皇国で怪盗アリス事件を解決し…新たなヒロイン皇女アリーツェと、打倒マオウシステムへの協力を得る事に成功した勇者。

しかし、本当の問題は解決して居なかった。

『偽怪盗アリスを倒し、真怪盗アリスとなった事でカリスマを得たアリーツェ』

権力の解体と教典の自由化により広められたその事実は、エリーツェのテイマーとしての力を以ってしても覆す事が出来なかったのだ。

206 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/04 05:46:50.55 H/5G6NVuo 129/212

●第四章 ―可能性の迷路 其の死―


―大統領邸宅―

大統領「―――成る程、理解した。だがそれは、一種の洗脳では無いのかね?」

合衆国…大統領邸宅での謁見。

大統領に前回での出来事と俺自身の計画の内容を話し…返って来た言葉がこれだった


ナビ「一個人の理想により、他の思想や価値観を変化させる…確かに洗脳と言えなくは無いが、それに関しては国政も違いは無い筈」

大統領「解釈を広げればその暴論も通るだろうが…問題は対象となる国民の意思なのだよ」

勇者「………」


大統領「この国の国民は、マオウシステムを望んでいる…心から欲している。何故か判るかね?」

ナビ「人類間戦争の際に、その再来を防ぐための手段だと理解したから」

大統領「その通り…ただでさえ様々な人種が共存している我が国で、何故大規模な内部戦争が起こらないか…判るだろう?」


勇者「だがそれは仮初の平和だ。魔王と言う共通の敵に敵意を向ける事で、現実から目を逸らしているに過ぎない」

大統領「仮初結構。現実に平和を保っていられるのだから、それ以上を望んで壊すような選択は私には出来ないね」

勇者「……っ」

ナビ「これ以上は水掛け論でしか無い。では逆に問う…マオウシステムの破壊に賛同するには、どのような条件を揃えれば良い?」


大統領「そうだね………我が国は民主主義国家だ。国民の過半数の指示を得られればそれに賛同する…と言いたい所だが……」

ナビ「内容が内容なため、情報の開示と結果の集計が不可能」

大統領「そうなる訳だ」

ナビ「では、具体的な妥協案の提示を求める」

大統領「………何とまぁ、図々しいと言うか図太いと言うか……まぁ、良いだろう。そう言うからには無茶な条件でもこなしてくれるのだろうね?」


勇者「…受けて立とう」

207 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/04 06:06:15.30 H/5G6NVuo 130/212

―合衆国南部地区―

勇者「そして………その条件の内、最後の一つが…」

ナビ「この州における奴隷問題の解決」

エレル「奴隷制度は、今の大統領によって廃止されたって聞いてたんですけど…」


勇者「それはあくまで表面上だけの物だ。公国のブラックマーケットでも見たように、裏では一部の者達が未だに奴隷の売買を行っている」

そう……前回と変わらず、忌むべき存在として残っているそれ。

多くの憎しみと敵意を生み出す、潰さねばならない仕組み…


エレル「でも……どうやってその人達に奴隷の売買を止めさせるんですか?」

勇者「それは…」

ナビ「実力行使…対象を説得する事が出来れば理想だが、それが叶わない場合は身柄の拘束…または殺害して止めさせる他無い」


エレル「ぁー…やっぱりそうなっちゃいますよね」

ナビ「ただそれは…権力者側に解決を求めた場合の話し」

エレル「と言いますと…」

勇者「逆に…奴隷にされる者達が、奴隷にされる事態を防げばこの仕組みは瓦解する」

208 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/04 06:16:07.62 H/5G6NVuo 131/212

―南部地区 州知事邸―

州知事「はじめまして、私が州知事のアルジャーノン・シュバルッツイェーガーだ。君が新たな勇者だね、噂は聞いているよ」

勇者「恐縮です」

州知事「なんでも、大統領の命でこの州の人権問題を解決してくれるそうじゃないか。私も協力するつもりなので、何か出来る事があったら言ってくれ」

ナビ「では早速…この周辺で幅を利かせている大富豪の情報を求める」

州知事「任せてくれたまえ、それならもう既に準備してあるとも。そのために特殊警官も配備させたのだからね!」

余談ではあるが、前回来た時はこの人物は州知事では無かった。つまり…


ここ数年でまた落選するのだろうな……

209 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/04 06:22:14.16 H/5G6NVuo 132/212


―大富豪の館前―

エレル「それにしても…合衆国に来てからの勇者さまって、ずっと鬼気迫るような顔してますよね」

ナビ「………それは、恐らく前回の合衆国での記憶による物だと思われる」

エレル「それ、私も聞いて良い内容ですか?」


勇者「そうだな…共に行動して貰う以上、話しておいた方が良いかも知れん。そう、あれは前回この地区に来た時の話しなんだが……」

215 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/05 04:08:15.18 j8YxtBepo 133/212

―過去の南部地区中央市場―

勇者「大丈夫か?」

少女「ぁ……え………」


食料の買出しで市場を歩く俺……

ふと目に入ったのは、道の隅で蹲る少女の姿。

見れば、近くには割れた瓶…恐らくは少女が割ってしまった物だろう。


勇者「落としてしまったのか…怪我は無いか?」

少女「あ…いえ……怪我はありませんが…お酒が……どうしよう、ご主人様に……」

と、その言葉を聞いて召使か何かなのかと思案する俺…だが少女の姿は、連想するそれよりも遥かにみすぼらしく…そう

大富豪「こらキサマ!奴隷の分際で主人を待たせるとは何様のつもりだ!」

その予想を裏付けるかのように、護衛を連れて判り易く登場する…それ


勇者「どういう事だ…奴隷制度は大統領の命により廃止された筈だぞ」

大富豪「プッ…プヒャハハハハ!何だ!?お前はどこの田舎者だ?そんな物は表向きの政策に決まっているじゃないか」

勇者「ふざけるな!そんな悪行を、この国の法律が許す筈が……」


大富豪「馬っ鹿だなぁぁ?許されてるからこうして居られるに決まってるだろう?見てみろよ、あの男。私服警官だけど俺を見逃してるんだぜ?」

そうやって目を向けた先には、コートの男…こちらの視線に気付き、慌てて襟で顔を隠す。

…………なる程、この国は国家権力からして既に腐っているようだ。

となれば……その根を少しでも引き抜いておかねばなるまい。俺は静かに勇者の剣を引き抜く…が、それを私服警官に止められる。


勇者「何故だ…何故止める」

警官「………」


大富豪「何故って?何故って?殺人未遂を止めるのは当たり前だろう?お前馬っ鹿じゃないの?」

勇者「っ……」

警官「………お願いです、ここは引いて下さい」

広がる騒ぎ…集まる人々。奴隷の少女の姿も、大富豪の護衛の一人の姿も消えている。


この状況での行動は不味い…幾ら察しの悪い俺でもそのくらいの事は理解できる。

不本意ながらも、俺は撤退せざるを得なくなった。

216 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/05 04:30:48.35 j8YxtBepo 134/212

―過去の大富豪の館 地下室 ―

が………だからと言って諦めた訳では無い。

危険を承知で大富豪の館への潜入を行う事にした俺…

下水道を通り、魔法を駆使して忍び込んだ大富豪の館…その地下室。そこで俺が見た物は……


大富豪「まっ…! たく!! お前の…! せいで!!!」

少女「ッー!!! ……!!!」

少女の柔肌を打ち、血を滲ませる大富豪の鞭…

これでもかと言う程に判り易い悪人面を見せてくれる。


大富豪「ハァッ……! ハァ……!! まだ気を失わないのか、今日は頑張るじゃないか…よし…ご褒美にこれをくれてやろ―――」

これ以上は口に出すのも耳にするのも汚らわしい。


俺は天井を蹴破り、大富豪と少女の間に割って入る。


大富豪「ヒィッ!?貴様……ひ、昼間の田舎物!?」

こんな奴には自己紹介すらする気になれない。俺は無言で勇者の剣を抜き、構える。

が………一目散に逃げ出す大富豪。

すぐさま追いかけても良いのだが、今はそれよりも……


勇者「大丈夫か?もう心配は要らない、助けに来たぞ」

奴隷の少女の開放…こちらの方が先だった。

治癒の秘術を使い、身体の怪我は治した…が、心の方まではそうは行かない。受けた拷問の爪跡は、少女の脚を竦ませていた。


少女「わ………私は大丈夫です。で、でも…お父さんとお母さんが……!!」

成る程…そういう事か。両親を人質にしていれば、逃げられない…それを枷としていた訳だな、あの外道め。

勇者「心配するな。二人とも必ず助け出す。君はここで待って居るんだ」

そう言い残し、再び大富豪を追う俺…


そして、そこで待ち受けていたのは―――

217 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/05 04:53:33.03 j8YxtBepo 135/212

―過去の大富豪の館 地下収容所―

勇者「何…だ、これは?」

幾重にも重ねられた金網の床の、更に下……そこに広がる光景は………


勇者「これは…皆、ここに居る全員が奴隷…なのか?」

檻の中に閉じ込められた、大勢の奴隷達。


大富豪「そうさぁ……その通り。こいつら全員奴隷共だ」

そして、衛兵を引き連れて再び姿を現す大富豪。

勇者「貴様………!!!」


大富豪「とは言ってもぉ…ここに居る奴等なんて、一山幾らの安い奴等なんだがな?無駄に飯代ばっかりかさんで仕方ない」

皆のやつれようを見れば、まともな食事を行って居ない事くらいすぐに判る。

俺は歯軋りをする程顎に力が篭った。そして、それを見るなり…

大富豪「あぁ、そうだ。良い事を思い付いた」

と、わざとらしく言って見せる大富豪。

大富豪「俺様の館に忍び込んで来た田舎物を、どんな方法で苦しませてやろうか考えてたんだけど…こんなのはどうだろう?」

その言葉には悪意しか感じられなかった。

そして、その悪意を実際に見せ付けられたのも…ほぼ同時の事………


勇者「―――――」

檻の壁から突き出る槍。握り拳程の間隔で並んだその槍は………回避の余地無く、檻の中の奴隷達を皆殺しにした。


大富豪「うぅぅん、良いねぇ…誰かが死ぬ所って。自分が生きてるって事を実感させてくれるじゃないか」

勇者「…………き…さま…っ!!!」

大富豪「それに、田舎物に対する効果も抜群だ。良いよその表情。凄く良い」


駄目だ………コイツは一分一秒でも長く生かしておいてはいけない………そう思った正にその時

少女「…………うそっ…おと…う…さん? おかあ…さん……?」

その存在に気付いた。


俺の後を追いかけて来て…そして……両親の死を見てしまったその少女に。

218 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/05 05:23:51.87 j8YxtBepo 136/212

そして…そこから先の出来事は凄惨の一言に尽きた。


不意に…少女の身体の中から飛び出したのは、巨大な獅子の姿をした何か…そう『霊獣』だ。

恐らくは少女の両親…その唯一の枷を壊してしまった事で、解放されたその獣…

怒りに狂った霊獣は瞬く間に衛兵を蹴散らし、抗う隙すら与える事無く大富豪の喉下へと食らい付く。

大富豪は苦し紛れに懐から何かを取り出す…が、その何かを使う事無く絶命…


俺は、その光景をただただ見守る事しか出来なかったのだが…

今思えばその不甲斐無さが悔やまれる。

蹴散らされて、尚生き延びた衛兵の奇襲。衛兵の槍が少女の身体を貫き、その命を奪い去ったのだ。


少女「え…? ぁ………私…… 嘘…?」

その命の灯火を失い、倒れる少女…

一矢報いて笑みを浮べる衛兵…だが、その頭を霊獣が噛み千切る。


宿主を失って、尚暴れ回る霊獣。

地下室を無茶苦茶に駆け回り、辺り位置面は炎の海へと変わる。

生き延びた者も…瀕死だった者も………等しく死体という終着点へ辿り着く地獄絵図。


その中でただ一人…霊獣に襲われる事の無かった俺は、事の全てが終わるまで立ち尽くして居た。

219 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/05 05:46:38.99 j8YxtBepo 137/212

―大富豪の館前―

エレル「成る程……で、その悲劇を繰り返さないために…今回はどんな手を使うつもりなんですか?」

勇者「………革命だ。奴隷となっている者達に戦う力を与え、自らの力で自由を勝ち取らせる」

エレル「その手で行きますか………じゃぁ、私もその案に乗る事にしますが…一応、この時点でのセーブも忘れないで下さいね?」

勇者「ん?あぁ…そうだな」


促されるままにセーブを行った。


エレル「それで…具体的にはどんな方法で戦う力を与えるんですか?戦闘訓練には時間が足りないですし、パーティーにも加えられそうにないでしょう?」

勇者「それに関しては…これを使おうと思う」

エレル「道具袋?それって、物が沢山入る魔法がかかっては居ますけど、戦闘では………あぁ、成る程。そういう事ですか」


勇者「そういう事だ。それに当たって、まずは囚われている奴隷達を脱出させようと思っているんだが……」

エレル「そこまで聞けばもう言わなくても判りますよ。で、どこに連れて行けば良いんですか?」

勇者「街から出て南に向かった所に、彼等の部族が住んでいる遺跡がある。そこに連れて行ってくれ」

エレル「判りました。では勇者さまとナビちゃんは先に行ってて下さい」

ナビ「了解」


勇者「頼んだぞ…エレル」

221 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/06 04:30:18.69 DmQkBFP9o 138/212

―南部地区の遺跡―

族長「この度の事…何と礼を言えば言い事か…今はせめてもの持成ししか出来ないが、ゆっくりとして行ってくれ」

勇者「いや…その気持ちだけ頂く。それよりも、ゆっくりしている暇は無いと思うんだ」

族長「と言う事はやはり…」


勇者「あぁ………全てが解決した訳では無い。もうしばらくすれば、追っ手の兵士達が来る筈」

族長「では、どうなされる?我々は全力をもってそれを退けるつもりだが…」

勇者「恐らく…それだけでは第二波第三波が来ていずれ押し切られてしまうだろう」

族長「そう考えるのであれば、何故…」


勇者「だから…ただ退けるだけでは無く、圧倒的な力を見せ付ける。争う気さえ起こらない程の力で押し返せば…」

族長「成る程………お考えはよく判りましたが、それはあくまでも理想の産物。今の我々にはそんな力は……」

勇者「ある。これを使ってくれ」

そう言って俺は道具袋を取り出す。


族長「はて…それは一体………」

エレル「これは、色んな物が沢山入る魔法の袋です。そして、この中に入っているのは………」

勇者「身を守るに足りるだけの……武器だ」


そう……この中には、前回得た武器の全て…店で買った物から世界最強の槍や弓矢などと言った、彼等に扱えるであろう物が全て詰め込まれている。

223 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/06 04:50:22.77 DmQkBFP9o 139/212

―南部荒野―

追っ手との決戦…

いや、正確には追っ手などと言う生温い物では無かった

騎兵隊にバリスタ…大砲馬車に飛空挺。奴隷を連れ帰るという名目にはそぐわない大部隊が襲撃を仕掛けて来たのだ。

その采配の無茶さから、大富豪の性格の悪さが見て取れる。

大方…

『この俺様の元から逃げ出しただとぉぉ!?絶対に許さん!奴等の故郷ごと、肉片一つ残さず消し去って来い!』

とでも言われたのだろう。

だが…それだけの軍勢を前にしたその上で、何も問題は無かった。


エレル「左30度、上方15度…はーい、そのまま撃って下さい。あ、そっちは馬車の車輪さえ撃って貰えば大丈夫です」

戦闘開始早々に駆動機関を撃ちぬかれ、無力化される飛空挺。

車輪を壊され、射程範囲内に辿り着く事すら出来なくなった大砲馬車。

バリスタに至っては、矢を全て壊されてしまえばただの弓。


これらの攻撃により、騎兵隊の戦意もいとも容易く打ち砕かれ………

225 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/06 05:19:22.97 DmQkBFP9o 140/212

―南部地区の遺跡―

族長「かんぱーーーい!!!」

夜にはもう、当然のように祝杯が挙げられて居た。


そう……この功績により圧倒的な力の差は明らかとなり、二度とこの部族が襲われる心配は無くなった筈。

道具袋の中の武器も、最上級の武器を含めて殆どがまだ手付かず……それでいてこの戦果だ。

恐らくは、合衆国中で奴隷にされている人々をこの方法で開放すれば……この問題に決着を付ける事が出来る。

そう確信したその時………


幼女「お兄ちゃん………本当にこれで良かったのかな?」

声をかけて来たのは、前回奴隷にされていた少女…今回はまだ少女とも呼べない程幼い、幼女だった。


勇者「大丈夫だ…これで皆、平和に暮らす事が出来るようになる」


そう………皆が平和に暮らす事が出来る筈だった。

だが……現実は俺の予想の斜め上を突き抜けて進んでいた。



大富豪の襲撃を退け、一夜を明かした俺達…

しかし、その目覚めを歓迎したのは不自然なまでの静寂。


祝杯の翌朝とは言え、静か過ぎる…そう、いびきどころか物音の一つさえ聞こえて来ない…明らかな異常。

嫌な予感を抑え切れず、他のテントを探る俺…だが、誰一人として見当たらない。

夜襲…それによる誘拐…そんな事が脳裏に浮ぶが、そんな考えは次の瞬間には吹き飛ばされた。


遥か遠く…南部地区の街中から立ち昇る煙…そして、その煙を作り出す根源である炎。

それを瞳に捉えた時、俺は足を踏み出して居た。

226 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/06 05:44:27.49 DmQkBFP9o 141/212

―南部地区 中央市場―

そして辿り付いた街中…中央市場…

そこで、現実に目の前で繰り広げられているのは………

虐殺……一方的な大虐殺。


力を得た部族が、今まで受けた恨みを晴らすために反撃に打って出たのだ。


大富豪を討ち果たしてもその切っ先は止まる事無く、無関係な正規国民達を巻き込んでの大惨事を巻き起こしている。

いや…厳密に言えば無関係では無いのかもしれないが、その報復としてはあまりにも………


酷い目に逢わされた者は、それ以上の事をやり返さなければ気が済まない…

憎しみが憎しみの連鎖を生み、その結果齎された結果が………これだった


幼女「お兄ちゃん…霊獣が、凄く悲しんでる………」

こんな戦場には場違いな幼女。戦力としてなのか、近くに置いて身を守るためなのかは判らないが、恐らくは他の者に連れて来られたのだろう。

…そして、幼女が言葉を紡ぎ終えると共に…


その喉を貫く、流れ矢。


その子は、小さく痙攣を繰り返した後…暗く沈んだ目を俺に向け、息絶えた。


●第四章 ―可能性の迷路 其の誤― に続く

229 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/07 05:12:54.72 nlV6jQ6Zo 142/212

●あらすじ

合衆国の奴隷問題………

打倒マオウシステムを支持する条件として出された難問の最後の一つ。

勇者はそれを、奴隷達に戦う力を与える事で解決しようと試みたのだが……

結局は力の上下関係が入れ替わっただけで、解決には到らず…新たな問題を浮き彫りにするだけだった。

230 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/07 05:26:13.56 nlV6jQ6Zo 143/212

●第四章 ―可能性の迷路 其の誤―

―大富豪の館前―

俺はロードを行った。

エレル「それで…具体的にはどんな方法で、戦う力を与えるんですか?戦闘訓練には時間が足りないですし、パーティーにも加えられそうにないでしょう?」

勇者「いや……その事なんだが…もう少し、やり方を変えてみようと思う」

ナビ「状況に対する発言から察するに…」

エレル「失敗して…ロードしてきた後の勇者さまみたいですね」

ナビ「……数少ない私のセリフ…」


エレル「それで…どんな感じで失敗したんですか?」

見透かされている…と言うよりも、今思えばセーブを促された時点で予期されていたようだ。

俺はロード前の状況をエレルとナビに話した。


エレル「やっぱり…この国は判り易いくらいに二分されて、お互いを認め居ませんからねー…」

ナビ「正規国民と奴隷等の形式で搾取される者、非正規国民…この国に住む者でありながら、全く異なる待遇を受けるそれら」

勇者「そもそも…何故大統領はその格差を無くそうとはしないんだ。奴隷を禁止したのなら…いっそこの――」


エレル「格差その物を無くしたら、今の秩序その物がが無くなってしまうからですよ。正規国民と言うのは、言わば貴族の大量生産版ですからね…」

ナビ「国益のために命を捨て、国益と共に生きる者…それ故の待遇」

勇者「つまり…」

ナビ「それだけの覚悟が無い者を正規国民にしてしまった場合のリスク…その大きさを考えれば、格差を無くす事は出来ない」

エレル「そして当然、今までの正規国民がそれを納得する事も出来ない…」

勇者「………」


解決の糸口はまだ見えない………だが、立ち止まっている訳にもいかない。

231 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/07 05:38:47.18 nlV6jQ6Zo 144/212

―南部地区の遺跡―

族長「ふむ………では、貴方はこう言いたい訳か……」

族長「大富豪の屋敷に囚われている奴隷を助け出す代わりに、一切に報復行為を行うな…と」

勇者「その通りだ。そのためなら―――」


族長「申し出は有り難いが…その約束は守れませんな。故に、恩恵だけを頂く訳にはいかない」

勇者「なっ………何故だ!?攫われてしまった彼等の事は心配じゃないのか!?」

族長「当然心配だ…一刻も早く戻って来て欲しいと思って居る。ですが……彼等が戻って来たからと言って、我等の怒りは収まる物では無い」


勇者「大富豪の存在…奴が生きている事が…」

族長「それもありますが…それだけでは無い。正規国民から我々が受けた仕打ちを考えれば……」

勇者「………」

それを論破するだけの言葉が俺には無かった。

232 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/07 06:15:19.60 nlV6jQ6Zo 145/212

―南部荒野―

勇者「ならば…どうすれば良い?どうすれば悲劇を生む事無くこの問題を解決出来る?」

大統領が条件として引き合いに出す程の案件……当然、簡単に行かない事は判っていた筈。

だが、先の見えないこの問題に追い詰められる。

人と人との対立…憎しみ………マオウシステムが無くなれば更に深刻化するこの問題。


人は強くなれる…その可能性を持っている。

だが………それが容易では無い事も判っている。


いや、駄目だな。悪い方向にばかり考えていては見付かる希望も見付からない。

ならばどうするか……そう、悪い部分も飲み込んだ上でどうするか考えるだけだ!

そう決意した瞬間……ふと視界の隅を何かが通り過ぎた事に気付く。


勇者「あれは…ブーメラン?」

こんな所で、誰が何のために?…いやそう遠くは無いのだから、直接見に行っても問題は無いだろう。

足を進める俺…そして、そのブーメランの発着点に居たのは………


少年「わっ! お、お兄ちゃん誰!?」

恰好…肌の色、髪の色…一目で判る、正規国民の子供だ。何故こんな所に?

そして…更に驚く事に………


幼女「あ、お兄ちゃん」

部族の…あの幼女も一緒に居た。

少年「誰?知ってる人?」

幼女「うん、奴隷で捕まってる人達を助けてくれるって言ってくれた人」


子供故の軽口………と言う様子でもない。恐らくは、相手を信頼しているからこそ、話しているのだろう。

233 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/07 06:43:58.96 nlV6jQ6Zo 146/212

少年「本当?あの人達を助けてくれるの?」

勇者「それは…」

幼女「あ、でも…族長様が断ってた…」

少年「何で!? あのままじゃ良い訳無いんだから、助けてくれるんなら助けてもらわないと!」

壊れ易いまでに純粋な言葉…


幼女「でも…助けて貰ったら、多分仕返ししちゃうって族長さまが…」

少年「そんな……でも…」

そして、そんな言葉さえも詰まらせてしまうこの現実。


沈黙がその猛威を振るう中…俺は、ふと先程気になった事を口に出してみる


勇者「ところで君は…正規国民の子供じゃないのか?」

少年「そうだよ?」

勇者「この子と一緒に居て、何も言われないのか?」

少年「言われるよ。ママからも、非正規国民の子と遊んじゃいけないって言われてる」


勇者「だったら、何故…」

少年「ママの言ってる事が間違ってるし、僕がこの子と遊びたいから。ブーメランの作り方だってこの子に教えてもらったんだよ!」


あぁ……そうか…………


勇者「だったら…」

勇者「そうだな………このままで良い筈が無いな」

少年「お兄ちゃん?」

幼女「お兄ちゃん?」


答えはこんなにも簡単な所にあった


勇者「二人は…お互いの事を傷付けたり、嫌な事をしたいと思うか?」

少年「絶対思わない!」

幼女「思わない!」


勇者「よし………なら助けて来る。待って居てくれ」

234 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/07 06:49:26.86 nlV6jQ6Zo 147/212

―南部地区の遺跡―

族長「………我々の同族を助けて頂いた事は感謝する……だが、以前言われた約束は…」

勇者「その事は気にしなくて良い。貴方達は貴方達の思うように行動してくれればそれで良い」

族長「………申し訳無い」

勇者「謝る必要は無い。何故なら………」

族長「何故なら?」


勇者「俺も思うように行動するからな」

235 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/07 06:56:01.38 nlV6jQ6Zo 148/212

―南部荒野―

そして………再び巻き起こる荒野の戦闘。

ロード前と何ら変わる事無く、対峙する大富豪の衛兵と部族達。

部族達には前回同様に武器を持たせ、今回はエレナに助力はさせない。

と言うか……この戦いにおいては、一切の手出しをさせないように頼んである。

そして、俺はと言うと………


勇者「さぁ、始めろ!!」


双方の陣営のど真ん中に位置取り……


戦いの火蓋を切って落とす

239 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/08 04:33:30.41 hHY6AEo6o 149/212

―戦場―

部族民A「な………何なんだあの人は!一体何を考えてるんだ!?」

勇者「お前達は争いたいんだろう!?さぁ、早く弓を引け!!」

部族民A「ヒッ……!!ど…どうなっても知らないぞ!!」


気圧されるままに矢を射る部族民…そして、その矢を切り払う俺


勇者「お前達もだ!俺を倒さない限り彼等に指一本でも触れられると思うなよ!」

騎兵A「何だと言うんだあいつは…えぇい、大砲馬車、撃てーー!」


号令と共に放たれ…迫り来る砲弾。今度はその砲弾を拳で撃ち…破裂させる!


勇者「双方とも弾幕が薄いぞ!!もっと本気を出してみろ!」


雨霰……俺のみならず、互いの相手の陣営に対して振り注ぐ矢と砲弾。

だが、俺はその全てを打ち砕き、また元の立ち位置へと戻る。


勇者「どうした!それがお前達の全力か!?蛙の水鉄砲の方が威勢が良いぞ!!」

騎兵B「おのれ……舐め腐りおって!ならばこの俺が相手だ!!」

勇者「まだまだ、そんな気迫で相手になると思うな!」


鎧の上から響く拳を一発…騎兵は馬から振り落とされ、その場で気を失う。


勇者「何だ何だ、もう終わりなのか?だったら……こっちから行くぞ!!」


北と南に分かれた陣営…人数では無く割合で戦力が均等になるよう、それぞれを殴り倒して行く

が…それはあまり意味が無かった


勇者「おいおい…たったこれだけで全員お寝んねか?鍛え方が足りないんじゃないか?」


双方が呆気なく全滅したからだ。

だが………それで終わりでは無い。


エレル「勇者さまは、一体何を考えているんでしょうね」

ナビ「戦場に居る皆の敵意を自分に集めている。あれではまるで………」

エレル「マオウシステムその物…ですよね」


勇者「仕方が無い…出血大サービスだ。全員元気になって立ち上がれ!!」

治癒の秘法……それをこの場の全員に使い、一人一人を起き上がらせる。

240 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/08 04:56:07.13 hHY6AEo6o 150/212

勇者「さぁ来い…さぁ!さぁ!さぁ!!お前達は戦いたいんだろう?戦いに来たんだろう?それとも、無抵抗な相手でなければ戦えないのか?」

部族民B「何なんだ…一体何をしたいんだ………」

騎兵C「狂ってる………あいつ狂ってやがる!!」


失礼な事を言ってくれる


勇者「狂っているのはどっちだ。本当に俺は狂っているのか?お前達は狂って居ないのか?」

騎兵C「あ…当たり前だ!お前のような狂人と一緒にするな!」

勇者「ならば行動で示してみろ!狂って居ないのならば、どういう行動を取れば良いか考えてみろ!」


部族民C「…………」

勇者「勿論お前達もだ!自分が狂って居ないと言うのなら、行動で示してみろ!」

騎兵D「くっ………らぁぁぁぁぁ!!!」


乗る馬が逃げても突撃を仕掛けるその心意気やよし…だが、それは間違いだ。

俺は鎧の上から胴に一撃を放つ。そして、治癒の秘法でそのダメージを癒す。

大砲馬車兵「この………化け物めぇぇぇ!!!」


錯乱したためか、検討違いの方向へと放たれる砲弾………

俺はおろか、部族民達の誰一人にも当たる事の無い軌道で岩陰へと向かうそれ。

当然ながら避ける必要は無く、迎撃の必要は無い。

だが…だからと言ってそれを見逃したのが間違いだった。


岩陰へと着弾し、破裂する砲弾………そして同時に、爆音に隠れて聞こえる小さな悲鳴。


そう……爆煙が収まると共に姿を見せたのは………

勇者「――――っ!!?」


あの少年と幼女だった。

241 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/08 05:25:05.40 hHY6AEo6o 151/212

少年と幼女の下へと駆け寄る俺。他の何かを考えるよりも先に、まず治癒の秘法で二人の傷を癒す

……が、二人の意識は戻らない。


俺は奥歯を噛み締め……怒りを抑えて大きく息を吸う。

勇者「お前達…………今一度聞くぞ………本当に狂って居るのは誰だ!!?」

二人の身体を抱き上げ、叫び声を上げながら問う


大砲馬車兵「お………俺じゃない!俺は少年を狙った訳じゃ…」

バリスタ兵「な…何でこんな……」

騎兵B「だ、第一!こんな所に子供が居る事が………」


言いたい事は判らないでも無い…俺も最初は、こんな場所に居る事に驚いた。

幼女を通して、少年もここで争いが起きる事は知っていた筈。にも関わらずここに来て居たのは…

恐らく、それ程までにこの事態を心配していたと言う事なんだろう。

そういう意味ではこの子供達に非が無い訳では無いが………


勇者「悪いのはこの子達………そう言いたいのか?」

そこに付け入るのは大きな間違いだ。


騎兵B「ち、違う…第一、こんな事で争いにならなければ!!」

騎兵A「そ………そうだ!元はと言えば奴等が脱走した事がこの争いの始まりだったんだ!!」

部族民B「何を言う!貴様等が我等の同族を奴隷にした事こそが根源だろう!」

部族民C「大統領の宣言した秩序とは何だったんだ!俺達をあんな目に遭わせて!!」

部族民D「そうだ!その上あんな幼い子までその手にかけるなど…!!」

騎兵A「あんな物は方便に決まっているだろう!国益を考えれば、貴様等非正規国民の人権など―――」


勇者「この………大馬鹿者共!!!!」

242 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/08 05:47:44.91 hHY6AEo6o 152/212

騎兵A「ひっ!?」

部族民B「っ…!?」


勇者「この子達の…この子達の願いは、ただ仲良く一緒に居たかった…たったそれだけだった!」

勇者「そんな子供達の願いを踏みにじって…何が部族だ!!何が正規国民だ!!何が国家だ国益だ!!恥を知れ!!!」

騎兵B「………」

部族民C「………」

勇者「いい加減気付け………お前達がやるべき事は、誰かのせいにする事なのか?誰かのせいにしてその怒りをぶつける事なのか?」

部族民D「………」

勇者「誰かに命じられたから…その誰かのせいにして、間違った事をする事なのか?」

大砲馬車兵「………」

勇者「誰かが間違いを犯したから…自分も間違えて楽な方に進む事か?」

騎兵A「………」


勇者「違うだろ……お前達がするべき事は、誰かのせいにする事じゃぁ無い。自分と同じにならないよう……誰かの『ため』に何かをする事じゃないのか?」


部族民A「そう………だよな…」

騎兵A「………何で…こんな風になっちまったんだろうな…」


勇者「それに…この戦いで、お前達は感じたはずだ。戦いの虚しさ…そして終わりの無い痛みの無益さを」

騎兵D「………」


ナビ「把握…」

エレル「共通の敵になるんじゃなくて…両陣営を嫌と言う程ボコボコにして、目を覚まさせる作戦……だったって事ですね」

ナビ「信念を以って争いに臨む者ならばいざ知らず、所詮は上辺だけの憎しみや金銭目的で刃を振るう者達…」

エレル「痛みを思い知れば、相手が痛みを感じる事も知る…言って判らない大きな子供には、叩いて教えろって事なんでしょうが………」


ナビ「回りくどい。もっと円滑な方法を取っても良かった筈…それに、あの子供達が現れなければここまでの説得力は生まれなかった。詰めが甘い」

エレル「同感です。まぁ、勇者さまらしいと言えばらしい作戦なんですけど…」

だったら最初からもっと良い方法を教えてくれ。生憎と俺は不器用だから、こんな方法しか思い付かなかったんだ。

243 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/08 06:04:29.27 hHY6AEo6o 153/212

勇者「お前達の中で、あの痛みと苦しみをまだ味わいたい者は居るか?」

騎兵G「か……勘弁してくれ!」

部族民E「痛みと苦しみを味わう事は恐ろしく無い………だが、其処に意味が無いのならば話しは別だ」

騎兵F「俺だって…不毛な痛みは御免だ」


部族民B「なぁ………お前達はまだ戦いたいのか?」

騎兵B「なっ!?なななな、冗談じゃねぇ!もうこんなのはゴメンだ!!」

騎兵C「俺もだ!こんな目に遭って続けてられるかよ!」

部族民C「戦いを止めて……それからまた俺達を虐げるか?」

大砲馬車兵「出来る訳……無いだろ。あの子達を見てみろよ……」


族長「そう………見た目は違えど、皆同じ赤い血が流れる人間だ。誰もが同じように苦しみ痛み…時には楽しみ…そして、生きている」


エレル「血の色が違う魔族も、同じように生きているんすけどねー…」

ボソッとでもこの状況で言うな、台無しだ。

ナビ「更に言えば…命ある者は、死んでしまえば皆等しくただの肉塊」

間違っては居ないが縁起でも無いからそういう事は言うな


その場に居た全員が戦意を失い……いや、目の前の現実に気付き、刃を納める。

そして……

244 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/08 06:24:14.35 hHY6AEo6o 154/212

少年「っ………」

幼女「ん…………っ」


騎兵A「おぉ………」

部族民A「おぉぉぉぉぉ……」

騎兵B「良かった!目を覚ましたぞ!!女の子の方も無事だ!」

部族民B「男の子の方も…大丈夫か?物はハッキリ見えるか?」

皆が階級の…そして民族の壁を越えて、子供達の目覚めを祝う。


少年「あれ……皆、喧嘩してたんじゃ…」

騎兵A「もう仲直りしたのさ…」

幼女「じゃぁ…もう仲良くなっても…良いの?」

族長「あぁ…もう良いんだ。辛い思いをさせたな……」


ナビ「戦場では…否、他の戦場ではもっと多くの命が…それこそ彼等よりも幼い命が蹂躙されてきた…」

エレル「その戦場では、何で今回みたいに行かないのか。物分りが悪いのか…そこが納得できないって感じですねー」

ナビ「肯定する」

エレル「その答えは簡単ですよ。他の戦場ではこんな風に当たり前の事を考えるだけの余裕が無い…それだけです」

ナビ「つまり………殺さずに諭す手段を取った勇者の………」

エレル「それだけじゃありませんよ。最初に手を取り合ったあの子供達…二人の起こした奇跡が重なって、これだけの結果を残したんです」

ナビ「理解。しかし………」


騎兵E「………」

当然ながら、中にはまだ踏ん切りが付かない者も居る…

だが、それでも敵意を奮い立たせるだけの気力も大儀も残ってはいない。

ひとまずはこれで一安心だ………

そう、ひとまずは。

そして…それが過ぎると、今度は大きな問題が……待ち受けている筈の問題が、わざわざ向うからやって来てくれたようだ


大富豪「なぁぁぁぁぁあにふざけた茶番で和んじゃってるのさ!!お前達!高い給料払ってるんだからさっさとそいつ等を皆殺しにしろぉぉ!!」

小型飛空挺に乗って現れるそれ…今回の諸悪の根源、大富豪だ。

249 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/08 23:31:27.50 hHY6AEo6o 155/212

勇者「…と言ってるが、どうする?」

騎兵E「………あれを聞いて、逆に踏ん切りが付いた」

騎兵D「あぁ…人間あぁはなりたく無いって見本だからなぁ」

勇者「………だ、そうだ。これを期に、いっそお前も改心……」


大富豪「するかよ!してたまるかよ馬ぁぁぁ鹿!!その浮ついた脳天にこれでも食らえ!!」

という言葉と共に小型飛空挺から投下されたのは………判り易い外見の爆弾。

しまった、この状況は不味い…直撃は勿論、この距離では撃ち落としても被害は免れない。

エレルの空間転移なら……いや、ダメだ。律儀に手出ししないスタンスを貫いて、動こうともしていない。

となれば………以前は不発に終わったあれを―――

と思ったのだが、今回もその必要は無かった。


巻き起こる爆発と爆音………だが、俺達は傷一つ負う事無く、ただこの状況を静観していた。

少年が発した青白い光の壁…それが俺達を爆弾から守ったからだ。


大富豪「な……何だよそれぇぇ!!?」

どうやら、また俺はやらかしていたらしい。

……と、言う事は…だ

大富豪「ぴえぇぇ!?っ!?」

うん…幼女の方の勇者特性は「霊獣の巫女」…霊獣の力を何倍にも強化する特性のようだ。

前回の時点では無かった筈の翼やら鎧やらが追加で形成されている。


おっと、幼女に気を取られたて忘れていた…

大富豪は霊獣により飛空挺を撃墜されたようで………思い出した頃には、俺達の前に落下した後だった。


騎兵A「さて…こいつはどうする?」

騎兵B「さすがにこいつを生かしておくと、後々面倒だよな…」

部族民A「恨みつらみ以前に、こいつを野放しにする事は出来ないな……」


警官「いや…そいつの処遇は私達に任せてくれませんか?」

突如、岩陰から姿を現す私服警官。あぁ…そうい言えば居たなこんな奴。


騎兵C「アンタは一体何者だ?」

警官「私は、国家直属の特殊警官隊員。訳あって極秘にその大富豪の調査をしていました」

あぁ…州知事が言っていた特殊警官とはこの男の事だったのか。


勇者「…極秘という割りには、警官だって事がばれていたようだが…」

警官「それは、あくまで一般の私服警官という偽の情報を与えていたからです。その甲斐あって、私が特殊警官である事はばれませんでした」


………それで良いのか?

250 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/08 23:55:02.79 hHY6AEo6o 156/212

大富豪「何だ…何だって言うんだよそれ!!お前達何も判って無い!何で国がこの俺様を本気で捕まえられないのか、全然判って無い!!」

そう言って懐から何かを取り出す大富豪…そう、これは前回発動する事が無かった何かだ

警官「あれは…まさか!!?くそっ…持ち歩いて居たのか!」

大富豪「そうさぁぁぁ!その通り!!!こいつは古代兵器『アトラス』のスイッチだ!みぃぃんな消えて無くなれ!!」


警官「いけない!早くあれを止めないと―――」

大富豪「もぉぉおう、おそぉぉい!!」

スイッチを押す大富豪

警官「あ………あぁぁぁぁ…………」

そして落胆する特殊警官


各々の反応から察するに、それが途轍も無く危険な物…と言う事は判るが、全容が掴めない。

勇者「取り込み中の所をすまないが…アトラスと言うのは、具体的にはどんな兵器なんだ?」

警官「我々の手が届かない程の天高くまで上昇し、その後に下降。着弾と共に広範囲…合衆国全土を焦土と化す程の爆発を発生させる大量殺戮兵器です」

成る程…確かにとんでもない規模の凶悪な兵器のようだ


勇者「それを止める手段は?」

警官「ありません…一度発射してしまった、もう誰にもそれを止める事は出来ない……もうこの国はお終いです」

国ごと破壊してしまう兵器…そんな物をこの大富豪は隠し持っていた…そして、使ってしまったのか。


勇者「今はどの段階だと予想している?」

警官「恐らくは…下降を始めた辺りかと」

大富豪「そうさ、よく判ってるじゃないか!もう何もかもが手遅れだ!プヒャヒャヒャヒャ!!!」

エレル「では私がー…完全にとは言えませんが、何もしないよりはマシな程度には……」

と、名乗り出るエレル…確かにエレルの転移魔法を使えば、何とかなるかも知れないが………俺は腹案を思い付いていた。

勇者「いや、待て…それよりも俺とあの子達を転送してくれ。場所は―――」


エレル「…成る程、その手がありましたか。では行きますよ!」

251 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/09 00:06:06.55 mbVQcaNGo 157/212

―??????―

少年「ここはどこ?」

幼女「何か、不思議な感じ…」

勇者「ここは…そうだな、簡単に言えば………」

少年「言えば?」

幼女「いえば?」


勇者「皆を守る事が出来る場所だ!」


少年「本当?」

幼女「すごい!」


勇者「さぁ………俺達で合衆国を守るぞ!!」

252 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/09 00:19:36.15 mbVQcaNGo 158/212

―大気圏外 アトラス周辺―

下降を始めたアトラス

どんどん高度を下げ…

目指すは指定された着弾点………スイッチが押されたその場所。


そしてアトラスは、合衆国全土から視認する事が出来る程の距離まで近付いて行く

253 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/09 00:25:01.29 mbVQcaNGo 159/212

―合衆国全土―

国民A「何だあれ……とてつもなくデカイ物が振ってくるぞ」

国民B「ねぇ……あれってヤバいんじゃない?」

国民C「に…逃げないと!!」

国民D「どこにだよ……今からじゃどこにも逃げられないだろ」

国民E「って言うかあれ……形からして隕石とかじゃないよな」

国民F「もしかして…爆………」

国民G「おい、止めろ」

254 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/09 00:35:14.37 mbVQcaNGo 160/212

―大気圏内 アトラス周辺―

合衆国全土が恐怖と混乱に包まれる中…そんな事は意にも介さず下降を続けるアトラス。

その巨躯は、まるで先にある物全てを叩き潰す鉄槌のように…地上へと迫る


………が、それを貫く一筋の閃光


地表より放たれたその閃光は、アトラスを…そして、アトラスが巻き起こす筈だった爆発さえも飲み込み……

空の遥か彼方へと消え去って行った

256 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/09 01:00:16.67 mbVQcaNGo 161/212

―戦場―

大富豪「な、なな何が起きたんだ!?アトラスは一体どこへ消えた!?」

エレル「星天の柱による迎撃ですよ。あれの前では、いくらアトラスでも簡単に吹き飛んじゃったみたいですねー」

大富豪「そ…そんな…馬鹿な…」


勇者「破壊するだけの力など、所詮は更に上の力に塗る潰されるだけ…そんな物に縋ったのが間違いだったな」

星天の柱より帰還した俺達。


力無く崩れ去り、倒れる大富豪。そして

警官「大富豪!確保します!!」

我を取り戻し、ここぞとばかりに大富豪に手錠をかける特殊警官。

しかし…


大富豪「ぷひゃっ………ぷひゃははははははははは!!!!」

エレル「何でしょう、気でも違えたんでしょうか?」

急に笑い出す大富豪

大富豪「良いさ…あぁ良いさ!今回は俺様の負けを認めてやるさ!」

ナビ「妙に潔い…」

大富豪「だがな…覚えておけよ。この俺様もアイツらと同じ一人の人間だ!」

警官「何を……図々しい……」

大富豪「そして、お前の嫌う憎しみや妬み嫉みも人間が生きてる証の一つなんだよ!」

勇者「………」

大富豪「忘れるな田舎者!!お前のやってる事は、ただの思想の制限だ!他者の否定でしか無いんだよ!!」

警官「この、減らず口を…!」

そして警官により連行されて行く大富豪。

だが…その言葉が俺に残した物は決して小さくは無かった。


途中、幾つかの挫折があった…諦めかけた事すらあった…だが、一部とは言え正規国民と非正規国民…奴隷にされていた人々が、判り合う事は出来た。

恐らくはもう、非正規国民の皆を奴隷にしようだなどと考える者は現れない…いや。現れた所で、それを糾弾するだけの意識を皆が得た…そう思いたい。

257 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/09 01:26:55.36 mbVQcaNGo 162/212

―大統領邸宅―

勇者「それで…あの大富豪は一体どうなるんだ?」

大統領「裁かれるとも、我が国なりのやり方で…な」

勇者「そうか…」

大統領「あぁ、そうそう……今回、勇者の活躍により救われた命は決して少なくは無い。改めて礼を言わせて貰う」

勇者「いや…当然の事をしただけだ。依頼の途中で発生した事態でもあったしな」


大統領「そして、ここからが本題なのだが…あの大富豪を捕らえた事により、それを足掛かりに残りのアトラスの在り処を調べる事が出来た」

勇者「そうか、それは良かった」


大統領「故に…今回の直接的な危機…及び危機を未然に回避する事が出来たという成果は、全国民の命を危機から救ったという事と同意義であると判断出来る」

勇者「………と言うと?」

大統領「投票とは、命あって初めて行える物……故に論議の必要無く、加えて…事が事なだけに秘匿事項のまま決定を行わなければならない」

勇者「それはつまり…」

大統領「そう………我が合衆国は、勇者による打倒マオウシステム計画を支持する事をここに宣言する」

勇者「―――!! 感謝する!」

大統領「これは国益を考えた上での判断だ、感謝される謂れは無い。それよりも………本当に大変なのはこれからでは無いのか?」

勇者「………そうだな」

大統領「当然ながら、我が国にも問題はまだまだ残っている。他の地域における正規国民と非正規国民の格差問題…各国との関係…その多諸々…」

勇者「そして、それ等の問題はマオウシステムを打倒する上で無関係では無い…」

大統領「判っているのなら、ここまでとしよう。では勇者よ、期待しているぞ」


勇者「期待に応えられるよう………いや、必ずやり遂げてみせる」

258 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/09 01:49:40.14 mbVQcaNGo 163/212

―領主の館―

エレナ「それで…大富豪の館って、取り壊されて学校になったんだって? 悪い思い出のある場所なのに、大丈夫かな?」

勇者「悪い思い出のある場所だからこそ、それを塗り潰すために学校にしたんだろうな………」

とは言った物の…あの大統領の事だ。多分…土地を無駄にしないためとかそんな理由なのだろう。

エレル「あの大統領さんに、本当にそんな可愛げがあれば…少しくらいは男性に縁が出来るんでしょうけど…」

言ってやるな


エレナ「あ、手紙が届いてるよ。それとこれは………わぁ」

これは…何と言うか………気恥ずかしい。


手紙に同封されていた物。それは………俺の似顔絵だった。

恐らくは、あの二人の子供が書いた物だろう。

そう……これからの新しい歴史を作って行くであろうあの二人が………


勇者「もしかしたらこれは…いずれ、とてつもない宝物になるのかも知れないな」

エレナ「え?どういう事?」

勇者「秘密だ」

エレナ「えー………」


●第五章 ―約束の刻来たる― に続く

262 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/10 00:34:11.33 n0Ynu8DLo 164/212

●あらすじ

公国…皇国…合衆国…帝国 そして王国。世界における五大国家を巡り、マオウシステムの破棄を取り付ける事に成功した勇者。

人間その物の意識の在り方に疑心を生みながらも、世界は打倒マオウシステムへと進み始めた。

だが………魔王ノーブルとの約束の『三ヶ月以内に勇気の証を見せなければ、人類に対しての大虐殺を行う』

その日は刻一刻と近付いていた。

263 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/10 00:47:18.37 n0Ynu8DLo 165/212

●第五章 ―約束の刻来たる―


勇者「成る程…これが現状か」

ナビ「今の所、魔王軍側に動きは無い」

帝王「約束の日まであと一日ある筈じゃぁ無かったのかよ」

カイン「逆を言えば、あと一日しか無い…事を起こすための準備と考えれば、むしろ今までが大人し過ぎたんじゃないかな」


エレル「って言うかお姫様、何で帝国側の席に着いてるんですか」

カイン「お姫様って言うな。まぁ色々あって…ボクは今、一応帝国所属だからね」

エレナ「色々と言えば…帝王さんの剣とか鎧とか雰囲気とか、随分と変わったよね」

帝王「あぁ、これか?俺を召還した竜に説教くらって、その時ついでに色々貰ったんだ。んで、話を戻すんだが。そん時に……その」

カイン「ボク達婚約したんだよ」


一同「…………はっ?」


その場に居た帝王とカイン以外の全員が、一瞬事態を飲み込めず…目を丸くした。

成る程…帝王の妃として帝国に所属しているのか。

264 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/10 01:09:40.97 n0Ynu8DLo 166/212

ナビ「………ロリコン」

帝王「いやいやいやいや、俺の元居た世界じゃぁ昔はこのくらいで結婚は普通だったぞ!?」

ナビ「…自分の責を逃れるために故郷の世界を貶めるのは良くない」

エレナ「しかも、昔って事は…今はそうじゃないって事なんだよね…」


カイン「って言うかさ…席の話しをするんだったら、皇女の方はどうなのさ」

エレナ「まぁうん、そうだよね」

エレル「何で皇国の皇女様が勇者さまの隣にちゃっかり座っているんでしょうね」

エレナ「そもそも、皇国は貴族も王族も解体しちゃったんじゃなかったのかな?」


皇女「はい。私も今回は、一国の代表では無く勇者様のパーティーメンバーとして参加しておりますので」

勇者「……………」

エレル「また新しいヒロインを拾って来ましたね…」

エレナ「…節操無し」

ナビ「ナビというメインヒロインが居るのだから、それで満足しておくべき」

エレル「いやいやいやいや」


皇帝「…私達は完全に空気になっているな」

公爵「あえて言わないでくれないか…」

大統領「あれだけ色濃いメンバーの前では仕方ないだろう」

戦士「だよなー…」

僧侶「戦士は特に輪をかけて地味だからね…キャラ作りで、黒の甲冑を着込んで来た方が良かったかも」

国王「儂は、孫さえ幸せで居てくれるのならばそれで良い。あえて歴史の影となり薄れて消えようではないか」

大統領「これから起こりうる事を考えると、縁起でも無いのだが…」

皇帝「まぁ私としても、娘が無事勇者殿と結ばれてくれれば……」


カイン「いや、何の話をしてるのさ」

265 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/10 01:48:46.07 n0Ynu8DLo 167/212

勇者「………よし脱線しすぎた、話を戻そう。現在の魔王軍の動きだが…」

エレル「あ、魔王様から連絡入りました。映像出しますね」

エレル…何故お前がノーブル様からの連絡を受けている。

そんなツッコミを心の中でしている間に、円卓の中央に魔王…ノーブル様の姿が映し出された


魔王「やぁ、皆集まっているようだね。事の詳細は聞いていると思うけど……ついに明日が約束の日だ」

その言葉に全員が息を呑む

魔王「勇者君の行動…この世界の人々を変える、勇気の証明とも言えるの活躍の数々はエレル君を通して知っている」

だから何でエレルがそんな事をしている


魔王「しかし…それだけではまだ最後の一押しが足りない。勇者君には明日、決戦の地で最後の勇気を示して貰おうと思う」

勇者「それは一体……」

魔王「そう…それは、この私…魔王を倒す勇気を示す事だ。当然ながら勇者君が手を抜かないように、魔王軍の襲撃準備も出来ている」

勇者「―――っ」

魔王「では、用件は以上だ。また明日…決戦の地で会おう」


エレル「ある意味…予想通りの展開になって来ましたね」

カイン「まぁ、これだけの軍勢を率いてる以上…いざ証を見せたからと言って、はいそうですかって訳には行かないでしょ」


エレナ「勇者くん………」

ナビ「勇者よ…覚悟は良いだろうか?」

勇者「……大丈夫だ。覚悟ならば決めてある」

269 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 01:59:50.64 0xwEUO0to 168/212

―決戦の地―

エレル「それにしても…勇者と魔王の決戦だって言うのに、皆さんあんまり緊張感ありませんね」

帝王「まぁ、実際の魔王を見ちまったからなぁ…この戦いにしたって、どうしても出来レースにしか見えねぇんだよな」

エレル「んー…その気持ちも判らなくは無いんですが………ただ、そこまで楽観視出来る状態でも無いと思うんですよね」


帝王「どーいう事だ?」

エレル「魔王様は魔王様で、この計画に同意はしてくれて居ますが…必ずも協力という形を取るという訳では無いと言う事です」

帝王「……つまり…魔王が独断で何かをする可能性がある…そのために、本当に大虐殺を行う可能性がある…って言いてーのか?」

エレル「そういう事ですよ」


魔王「そう………私は私で思う所があってね。勇者君次第ではそれを実行する事になる」

勇者「本気で立ち向かわなければいけない…そう言う事ですね」

魔王「判って貰えて嬉しいよ。さぁ、準備は良いかな?」


エレナ「勇者くん、頑張って」

アリーツェ「勇者様、どうかご武運を…」

ナビ「やる気を出すのは良いが、力み過ぎるのも良くは無い。裁量に気を付けるべき」

帝王「よし、一発かまして来い!」

ヤス「勇者様…大丈夫ッスよね?」

カイン「一応パーティーのリーダーなんだから、無様な姿だけは晒さないでよ?」

戦士「前回の俺達は見れなかった戦いだ、期待してるぜ」

僧侶「勇者なら大丈夫。私達は信じてるわ」

エレル「勇者さまも魔王さまも頑張って下さいねー」

いやだから、お前は一体どっちの味方なんだ。


勇者「よし……では始めましょう」

270 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 02:24:34.56 0xwEUO0to 169/212

こうして切って落とされた戦いの火蓋。


戦場の中央に、お互いの力で形成される結界……儀礼を兼ねて、周囲への影響を最小限に抑えるための措置

その形成が終え、外の世界との繋がりが断たれた瞬間……

俺と魔王…ノーブル様を中心に、魔力がぶつかり合って発生した竜巻が吹き荒ぶ。

勇者の剣を持った勇者と、魔王の剣を持った魔王。

………その性質上、魔力量の関係で魔王が圧倒的有利

…の筈だが、俺は前回の力を引き継いでいる。恐らくだが、力での勝負であればほぼ互角。

となれば、勝敗を決めるのは………いや、これを語るのも最早無粋か。


魔王「勇者の力、見せて貰うよ」

そう言って魔王の剣を振り、風を切るノーブル様…魔王。

更にその返しの刃で何度も空を切れば、それは見る見る内に無数の剣戟へと変わり……


勇者「これが先々代勇者の剣技…」

更にその剣戟が光りを放ちながら周囲を覆い尽くし…光りの壁へと変わる。

そして迫り来るその光の壁……だがそれはあえて避けない。


決して少なくは無いダメージを受けながらも、それを食らい…次の一撃へと備える。

そう…勝負は恐らく次の一撃。


剣を構え、光りの速さで踏み込む魔王。そう、本来ならば…視認した時点で回避行動を取っては手遅れとなるこの一撃。

これを防ぐためにはどうすれば良いか、答えは一つしか無い

魔王「何…だって?まさかこれを読んで、予め……」

そう、その攻撃を読んで待ち構えるしか無い。


迫り来る魔王の剣に勇者の剣の切っ先を当て、後はその場に留まるのみ…そうしてカウンターを当てた事により、周囲に衝撃が走る。

そしてその衝撃は重圧となって光も音も飲み込み、景色も騒音も歪め…体制を崩した魔王をその中心へと引き寄せる。


衝撃や魔力やらが迸り、捻じ曲がるその中心に更に足を進め……大きく剣を振りかぶる俺。

ありったけの力を込め………

重圧の中心を切り裂き………………


魔王に向けて………決着の一撃を放つ。

271 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 02:48:08.50 0xwEUO0to 170/212

―――宙を舞う魔王の剣


弧を描いて空高くへと弾かれ、やがて結界にぶつかって地面へと突き刺さるそれ。


そして………天を仰ぐように、仰向けに倒れ込む魔王。


魔王の視線は、魔王の剣を失った己の右腕へと向けられ…やがてその瞼を下ろす。


勇者「まだ…続けますか?」

魔王「いや…私の完敗だ。さぁ…最後のけじめだ、勇者君の勇気の証を見せて貰おう」

勇者「はい…貴方に対する俺の勇気の証、それを見せます」

そう言って剣を天に掲げる俺。


魔王「そう…それで良い。これで私により作られたてしまった悪意は、終わり…」


勇者「我は勇者!今ここに魔王との決着を宣言する!!異を唱える者は、前に出よ!!」

と、宣言を行い…そして掲げた剣を、鞘へと納める


魔王「…何のつもりだい?早く止めを…」

勇者「これが俺の勇気の証です」

魔王「…まさか…」


勇者「そう…貴方を殺さずにこの戦いを終わらせる。その覚悟を決める勇気だ!!」

魔王「そんな詭弁が…」

勇者「通る!いや、押し通す!そしてこの意思もまた勇気だ!!」


魔王「ハハ……ハハハ、成る程……私の負けだよ。その勇気…認めよう」


カライモン「と言いますか…戦士様と僧侶様をお救いした時点で、魔王様は勇気の証明として認めておられたのですけれども…はい」

勇者「えっ」

カライモン「しかし、其処から様々な活躍をなされたために引っ込みが付かなくなり…今回の決戦に到った…と言う訳で御座いますので」


勇者「では……まさか」

魔王「そう…ここに来る前から、既に魔族の彼等の中の悪意は無い。エレル君の協力により取り出された後だよ」

エレルめ…不自然なまでにノーブルさまとのパイプがあったのはそのせいか。

まぁ…俺の頼みを聞いて悪意の抽出をしておいてくれたのは嬉しいんだが……

272 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 03:16:11.02 0xwEUO0to 171/212


カライモン「因みに…本来ならば決着後に再生させる筈であった魔王様の遺言も此方に御座います」

魔王「えっ」

カライモン「聞いた話によれば、前回では定番だった様で…後で皆様の前で観賞会を催させて頂きましょう」

魔王「いや…うん。流石にそれは…」


帝王「ま、これだけの騒ぎを起こしてくれたんだからそのくれぇは仕方ねぇよなぁ」

エレル「魔王様…一人だけ逃げようなんしませんよねー?」

あ、エレルは前回の事なのに結構根に持ってるみたいだ。


魔王「仕方無い…でも、その前に最後に一つだけやらなければいけない事が出来てしまったみたいだ」

エレル「何をする気ですか?」

魔王「最低限の落とし所…いや、落とし前かな」

そう言って、上空に自らの姿を映し出す魔王。

あの投影魔法は、星天の柱の機能ではなく魔王の魔法だったのか…


魔王「この世界に住まう人間よ…我は魔王なり」

魔王「此度の決戦により、我は勇者に敗北した…その事を宣言する」

魔王「そして、これにより。全ての処罰を我…魔王に対してのみ執行すると言うのならば、我々魔族は人間に対して今後一切の危害を加えない事を約束……」

と、その言葉を終えるよりも先に…後ろから魔王の兜を外す俺


魔王「………え?」

273 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 04:54:19.30 0xwEUO0to 172/212

―王国 中央通り―

国民A「…………え?あ、あれ…ノーブル様じゃないか?」

国民B「勇者ノーブル様…だよなぁ?」

国民C「でも、角が生えてて……え?本当にノーブル様が魔王?」


―決戦の地―

魔王「何を考えて居るんだい!?何故こんな―――」

勇者「それはこちらのセリフです。言った筈…貴方を殺さずにこの戦いを終わらせると」

魔王「いや…その戦いと言うのは、あくまで……」

勇者「違います…マオウシステムに関わる全て戦いです」


―王国 中央通り―

国民A「マオウシステム?何だ?勇者様達は一体何を言っているんだ?」

国民B「それより、何でノーブル様が…」

国民C「もう訳が判らない……お願いだから誰か説明して!!」


―王国上空―

勇者「と言う訳で………これを見ている皆は何を言っているか判らないと思うので説明させて貰おう。魔王の仕組み…マオウシステムの事を」


勇者「マオウシステムとは…その名の通り、魔王を…人類共通の敵を維持するための仕組みの事」

勇者「更に言うならば…魔王のみならず、勇者もその仕組みにより作られた存在だ」


勇者「勇者とは、魔王を倒す事が出来る唯一の存在…当然ながら皆はそう認識しているだろうが、実はそれは間違いで…」

勇者「魔王という存在を維持するため…予備、あるいは補充要員として魔力を集積するための存在なんだ」


勇者「そして、勇者か魔王…どちらかが死ぬ事で、生き残った方が魔王という存在を維持し、新たな勇者がまたどこかで覚醒する」

勇者「これがマオウシステムの根本だ。では次に…詳細を話して行こうと思う」


―王国 中央通り―

国民A「それで、ノーブル様が魔王に…?」

国民B「ちょっと待ってくれ、何を言ってる?」

国民C「でもそれだと…私達が思い込んでた魔王って…」

274 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 05:21:57.59 0xwEUO0to 173/212

―合衆国上空―

勇者「まず始めに、魔王の配下に当たる魔族………彼等は元々は、皆と同じ人間だ」

勇者「それが、マオウシステムの発生と共に今のような姿に変質し…人間を憎むよう、悪意を植えつけられた。モンスターに至っても同様だ」


勇者「そして、勇者に覚醒した人間は魔族やモンスターを倒す事でその魔力を吸収し…力を得て魔王の下へと向かって行く」

勇者「これにより…魔王軍という敵と、勇者という希望を持つ事で、人々は目の前の人間関係から目を逸らして来た」


勇者「さて、ここまで話せばもう察しは付いているかも知れ無いが……各国の代表達もこの事は知っていた」

勇者「しかし…それを国民に知らせる事無く黙認…あるいは維持に加担してきた。それは何故だと思う?」


―合衆国南部―

部族民A「………」

正規国民A「成る程…ね」

正規国民B「マオウシステムを国政に利用して来た……って事だよな」

部族民B「いや…それもあるだろうが…」


―帝国上空―

勇者「このマオウシステム自体が…人類間戦争の産物として、人間の集団無意識の中で生まれた平和維持のためのシステムで…」

勇者「その存在を望んだのが、当時の人類……そして」


勇者「今現在もこれを望み、維持して居るのが………他ならぬ世界中の人間だから!!」


勇者「望んで居ないと断言できる者は良い…だが、少しでも疑問を持つ者は考えてくれ。果たして自分が各国の代表達を責められるのかどうか」

勇者「そして、本当にマオウシステムが不要だったと断言出来るのかどうかを」


―帝国 闘技場前―

兵士A「まぁ、全く必要無いだなんて言いきれ無いよなぁ…」

兵士B「ってか、少なくとも数ヶ月前までは帝王様はこの事知らなかっただろうな」

兵士C「あぁ、もし知ってたら隠し通せる筈無いもんな」

275 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 05:51:22.44 0xwEUO0to 174/212

―公国上空―

勇者「俺は…この事を知った後、悩みに悩んだ。そして、とある一つの結論に到った」

勇者「人間は、マオウシステムに依存しなくても生きて行く事が出来る…他人のせいにするのでは無く、自分自身と向き合える強さを持つ事が出来ると!」


勇者「だから俺は、打倒マオウシステムを決心し…その計画を各国の代表達に告げた」

勇者「全ての人々の心から、憎しみや悪意…魔王や勇者に対する依存心を消し去り…その根本にあるマオウシステムその物を、討ち砕くという計画を!」


勇者「ちなみに………その際にはあえて黙っていたが、こうして皆にマオウシステムの事を暴露する事も計画の一つだった。代表の皆、すまない」


国王「なに…最初に話しを聞いた時点で察しは付いておった」

公爵「問題無い。それも折り込み住みで経済計画は立ててあるからね」

皇帝「勇者の当然の権利と考えて良いだろう」


帝王「むしろ、隠して居たつもりだった方が驚きなんだが…」

勇者「えっ」

大統領「正直、いつかやると思って居たよ」

勇者「えぇっ…」


―公国 中央市場―

商人A「って言ってるけど……」

商人B「そうなると………武器の売れ行きが悪くなって、工具の需要が跳ね上がるよな」

商人A「だよな!こうしちゃ居られねぇ!鉄の買占めを急げ!それと木材も!」

商人B「武器の時とは比べ物になら程需要が上がるぞ……そうだ!植林用の苗木も確保しとこうぜ」

276 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 06:21:50.10 0xwEUO0to 175/212

―皇国上空―

勇者「………コホン。と言う訳で…マオウシステム及びその打倒計画の全容は判って貰えたと思う」


勇者「こうやって皆に事実を聞いて貰った事で、マオウシステムの秘匿性は無くなり…事実上は瓦解した筈だが」

勇者「それでも全ての人から憎しみや妬み…マオウシステムを望む心が無くなった訳では無い」

勇者「仮初とは言え、平和の正体を暴いた俺を恨む者も中には居るだろう。割り切れない者は、正面から俺にぶつけてくれ」


勇者「ここから先もまだ長い道のりが続いている…だから俺はこれから先も皆に訴えかけて行く。そして皆に願う」

勇者「誰かに責任を求めるのではなく…自分自身と向き合い、認められるだけの心を持って欲しい…」



―皇国―

国民A「まぁ…急にこんな事を言われても…」

国民B「そう、いきなり信じる事は出来ないわよね。もしかしたら、魔族の罠なのかも知れ無い訳だし…」

国民A「お前はどうする?」

国民C「勇者様の言葉だし…ノーブル様の姿も確認したけど…やっぱり」


国民B「自分で納得できるまで、とことん確認する…しか無いわよね」

国民A「だよな」



こうして………魔王ノ-ブル様に対する勇気の証明も終わり、魔王システム破壊計画も大きな進展を見せた。

前回よりも明らかに強くなって居る人々の心…

マオウシステムへの依存から解き放たれ、本来進むべき道を見出し始めた人々……

万事が上手く行っている…この先も上手く行く…そう思えるには十分過ぎる程の手応えを感じた

278 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 06:47:49.23 0xwEUO0to 176/212

―王国地下 七天の支柱―

ナビ「ここまでの道のり…長かった。そう、とても…とても長かった……」

ナビ「しかしこれならば、今度こそ…マオウシステムを打ち砕く事ができるかも知れない」


エレナ「そうだね…この調子で行けば、ナビちゃんの目的を果たす事もできそうだね」

ナビ「―――!?……エレナ…何故ここに?」

エレナ「エレルに送って貰ったんだよ」

ナビ「質問を変える…どのような意図でここに?」

エレナ「ナビちゃんと話をするため…かな」


ナビ「理解した…他者の介入が好ましく無い内容という事だろうか?」

エレナ「うん、私じゃなくてナビちゃんにとってね。私、ナビちゃんがしたい事が大体判っちゃったんだよ」

ナビ「………照合を希望する」


エレナ「まず最初………勇者くんにセーブとロードを与えた事………これは、ある事に対して勇者くんを馴れさせるための物だよね?」

ナビ「…肯定する」

エレナ「慣れさせなければ…もしやり直しが利かない状況だったら、まず初見でも何とかして…勇者くんは変わらなかっただろうしね」

ナビ「その分析を肯定する」


エレナ「次に…合衆国の件。あれって、さっき言った件も含めて…予定外の力で解決しちゃったけど、本当は起きて欲しかったんだよね?」

ナビ「………肯定する」

エレナ「そして………さっきの決戦の行く末。あれもエレルの介入が無かったら、正直どっちに転んでもナビちゃんの計画通りだったんだよね?」

ナビ「………肯定、そして同時に質問する。それを知った上でエレナは私に何を望む?」


エレナ「ナビちゃんの本心かな…ナビちゃんがどうしてその目的に拘るのか…その理由」

ナビ「私の目的…マオウシステムの消去。それは私の義務であり存在意義」

エレナ「それは嘘だよ。ナビちゃんを見てれば判るから…それが義務感からじゃなくて、自分の感情の結果だって…」


ナビ「………理解した。エレナをこれ以上欺く事は不可能。故に話す…私がマオウシステムの消去を望む理由を―――」

279 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/11 07:14:27.99 0xwEUO0to 177/212

エレナ「―――成る程…そういう事だったんだね。それじゃ最後に一つだけ質問なんだけど………私達って、本当に存在してるんだよね?」

ナビ「勇者にも同様の質問をされた。私の主観で良いのならば…この世界とこの世界の住民は皆存在していると断言する」

エレナ「ナビちゃんの視点でも…やっぱりそこまでしか言えないんだね」

ナビ「例え何者であっても、自分が最上位の存在であり投影された影では無い…という事を断言する事は不可能。故に………」


エレナ「逆にこうやって…自分の存在を疑うおうとも、その疑問を持つ自分の存在を認識する事こそが絶対的証明…って事だよね」

ナビ「その通り…力不足故に満足な回答を行えず、申し訳無い」


エレナ「ううん、ありがとう。真実よりも、ナビちゃんが私達の事を軽んじてる訳じゃない…っていうのが判った事の方が嬉しかったから、結果オーライだよ」


●第六章 ―ナビゲーションシステム― に続く

283 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/12 04:06:39.81 Ib1E+whmo 178/212

●あらすじ

魔王に求められた勇気の証…

それはさておき、勇者に告げられた衝撃の事実…

帝王とカインの婚約。

全世界の代表が終結する中で明かされたその事に周囲が驚愕する中、ついに始まる魔王との決戦。

そして魔王との戦いで、勇者は勇気の証を見せ…ついでとばかりに、全世界にマオウシステムの存在を暴露するのだが

284 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/12 04:29:06.19 Ib1E+whmo 179/212

●第六章 ―ナビゲーションシステム―


―決戦の地―

エレル「一時はどうなる事かと思いましたけど。何とか決着もつきましたねー…」


戦士「ん?ナビは?」


その事に最初に気付いたのは戦士だった。ついでに言うと、エレナも居ない。


カイン「ついさっきまで一緒に居た筈なんだけど…」


現時点で大きな敵とされる存在は居なくなり、一時的とは言え平和を得たこの世界


エレル「ナビちゃんなら、さっき転移して行きましたよ」


残す所は、マオウシステムの破壊のみとなった訳だが…


帝王「転移って…一体どこにだ?」


逆に言えば、それこそが最大の難関。未だにマオウシステムに依存する人間、その全てを変えなければいけないと言う途方も無い難問。


エレル「それは、王国の地下深く―――」


そして、恐らくナビはその難問に対する回答を得た…


魔王「七天の支柱…という事だね。しかし、そんな場所で一体何を………」


あるいは…最初からその回答を持って居て、そこに俺達を導いてただけなのかも知れない。


エレナ「ただいまー…っと、もしかして皆ナビちゃんを探してる?ナビちゃんなら今、七天の支柱の更に奥に進んでるんだよ」


多分それが、ナビの…ナビゲーションシステムの役割なのだから。


勇者「となれば…追いかけて、何を考えているのか問い質す他無いな」


エレル「ま、そうなりますね………勇者さま、一人で行きますか?」

勇者「あぁ、そのつもりだ」

エレル「では、ナビちゃんの居る座標に…あ、直接は無理みたいなんで、少し上の方に飛ばします。良いですか?」

勇者「構わない、頼む」


魔王「おっと、もしもの時のために魔王の剣も持って行きたまえ」

勇者「その、もしもが無ければ良いのですが…感謝します」

285 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/12 04:54:29.07 Ib1E+whmo 180/212

―七天の支柱―

転移先は真っ暗な闇…周囲に明かりは無く、自分が今どこに立っているのかすら判らない。

俺は道具袋の中から松明を取り出し、それに火を付けた。


勇者「………ここが、七天の支柱が眠る場所か」

眼下に広がるのは巨大な空洞…そして、その空洞に沿って掘られた螺旋回廊。

どうやら俺はこの螺旋回廊の途中に転送されたらしい。


エレナとエレルの言葉では、ここから下に向かった場所にナビが居るらしいのだが…暗闇ばかりで底が見えない。

進むしか無いようだ。


何が待ち構えているのか判らないが、不安な事ばかりでも無い。

例えばこの螺旋回廊。壁に手を付いてさえ居れば踏み外す事は無く、一本道

…つまり、万が一松明が燃え尽きたとしても、迷う事無く進む事が出来る。


のだが…逆に………この回廊を踏み外して進むのは危険だと言う事も俺の本能が告げている。

飛翔魔法を使って一気に飛び降りるという手も無いでは無いのだが……この暗闇に飲まれてしまう、そんな予感さえする。


勇者「………」


もうどれぐらいの距離を歩いたのだろうか?

魔王城の無限回廊の時と同じように、同じ場所をぐるぐると繰り返し歩かされているのでは無いだろうか?

そんな錯覚さえ覚える。


だが、そんな感覚から俺を現実に引き戻すのは、その場を漂う空気の質…

下に進むにつれて、明らかに……重苦しく…息詰まる物へとなって行く。

そう、それは………まるで、マオウシステムと対峙した時のような空気だった。

286 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/12 05:23:50.96 Ib1E+whmo 181/212

―???―

勇者として覚醒した朝…突如頭の中に響き渡った声…

モンスターとの初めての戦闘…

モンスターが落としたアイテム……

レベルアップ………



魔王城…まだノーブル様だと知らなかった頃の魔王との決戦………


次々に浮んでは消える、過去の出来事。

これが走馬灯なのだろうか?


違う…これは俺の視点では無い…俺の記憶では無い。


ならば誰の記憶なのだろうか?

いや、それは考えるまでも無い事だろう。

この全てを知っているのは二人しか居ない。


俺と……ナビ。


つまりこれは、ナビの記憶という事だ。

何故今こんな物が見えるのだろうか…そんな事を考えて居ると、不意に声が聞こえて来る。


ナビ「マオウシステムとは…本来自然界には存在しない物。人間が作り出した、システムのバグのような物」

ナビ「マオウシステムを倒すために、全ての悪意を取り除く…そう、勇者は納得しないだろうけど、この方法のみが確実な手段」

ナビ「マオウシステムを無防備にする………そうすれば、後は勇者が………」


勇者「ナビ…お前は一体何をしようとしている」

ナビ「勇者…やっと辿り付いたようだ」

勇者「遅くなって済まなかったな。もう少し早くお前の行動を察してやれれば良かったんだが…」


ナビ「さすがは勇者特性KYの勇者…そこに関してはフォローにしようが無い」

ナビ「ところで勇者………現時点でこの世界に約何人の人間が存在するか知っているだろうか?」


勇者「それは以前聞いた事がある。確か、約8億人の人間がこの世界に住んでいると…」

ナビ「そう……この世界に住む人間、8億人の内7億人がマオウシステムへの依存から開放された。これは類を見ない快挙」

ナビ「しかし、逆にこれで頭打ち。残りの1億人は、その内の誰かを開放している間にまた誰かが依存してしまう…解放の境界線」


勇者「つまり…何が言いたい?」

287 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/12 05:40:24.03 Ib1E+whmo 182/212

ナビ「これ以上…残りの1億人の人間を、マオウシステムへの依存から開放する事は不可能。それは各国を巡って勇者自身も理解している筈」

勇者「確かに…大勢の人を救っても、少数の人がまたマオウシステムに依存する。誰かのせいにせずには居られなくなる…それは見て来た」


ナビ「そう…故に私は唯一の確実な手段を取る事を決定した」

勇者「確実な手段…そんな物があるのか?」

ナビ「私に実行可能な方法の中で、一つだけ存在する。ただそのためには勇者の協力が不可欠」

勇者「詳細を聞かせてくれ…俺は何をすれば良い?」


ナビ「まずこの時点でのセーブを行う事…そして、無防備になったマオウシステムを確実に破壊する事。詳細はまだ明かせない」

勇者「それはまた、随分と漠然としているな…」

ナビ「しかし、そうとしか言いようが無い。私を信じて協力して欲しい」


勇者「ナビの事は信じるが、その作戦のどこかに穴が無いとも言い切れないだろう?そういう意味では、内容を聞かない限りは賛同出来ないな」

エレルのようで少々ずるい言い方な気もするが…ナビの様子に違和感を感じた俺は、どうしても食い下がらすにはいられない。


ナビ「了解した……では、話すからにはその重みを理解した上で了承を行って欲しい」

そして…折れたのはナビの方だった


ナビ「逆行干渉…私がマオウシステム内に侵入し、それらを形成している人間を特定…後に抹消する」

勇者「マオウシステムに依存する人を開放するのでは無く、消し去る事でマオウシステムの存在を揺るがそうと言うのか?」

ナビ「肯定」


勇者「よし、却下だ」

288 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/12 06:05:00.52 Ib1E+whmo 183/212

ナビ「否定。この手段意外でマオウシステムを破壊する事はできない」

勇者「目的のために誰かの犠牲を前提にするなんて、マオウシステムと同じだ。第一そんな無茶な手段を取れば、ナビ自身もただでは…」


ナビ「間違いなく消滅する」


勇者「しかもそれは…マオウシステムによる干渉と同じように、ロードしても巻き戻らない…本当の消滅…なんだろう?」

いや待て…?そうか、ロードか!

勇者「マオウシステムはロードで巻き戻らない…つまり、マオウシステムを倒した後にロードを行い…逆行干渉で抹消された者達の死を無かった事に…」

ナビ「肯定」

勇者「そうか…やっと判ったぞ。お前が執拗にセーブとロードを推して来た訳が」

ナビ「………」

勇者「俺をセーブとロードに慣れさせるため…そして、失敗と挫折に慣れさせ、人の死を割り切る事に慣れさせるため…と言う事か」


ナビ「肯定する」

と、冷徹を装って言ってはいる物の…一時的とは言え抹消される人間を、最小限に抑えようとして来たのを俺は見て来た。

そもそも…もし自分の目的だけを優先するのならば、人間全てを消し去ってしまえば良かった筈だ

無感情な面ばかりを見せては居るが、やはりナビは………そう考えると、やはり割り切る事など出来ない。


勇者「しかし、俺がお前の案を受け入れ…マオウシステムを倒したとしても………お前自身が消滅してしまったら」

ナビ「それ自体に問題は無い」

勇者「何を馬鹿な事を言っている」


ナビ「私はナビゲーションシステム…メイズシステムと共に誕生し、本来はこの世界の秩序を守り導く存在だった」

勇者「…だった?」

ナビ「しかし…マオウシステムの形成により、片割れが取り込まれ…それを解放するために勇者を導く存在へと変質した。そして…」

片割れ…恐らくはメイズシステムという存在がそうなのだろう。

初めて聞く名前なため詳しくは判らないが、ナビにとって大切な存在なのは聞いていて判る。

勇者「…」

ナビ「本来の役割に戻る必要はもう無い、その役割は勇者が果たしてくれた。今の役割を終えれば、存在自体が不要になる…故に問題は無い」


勇者「なるほど……お前の考えは良く判った」

ナビ「理解に感謝する」

勇者「…だが、やはりそれは間違っている!!」

289 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/12 06:29:09.08 Ib1E+whmo 184/212

ナビ「不可解。私の言葉には何の間違いも矛盾も存在していない」

勇者「いや、存在している。お前は不要な存在になったりはしない」

ナビ「不可解…回答を要求する」


勇者「ナビ…今回の始まりの日に、お前が何て言ったか覚えているか?……お前は俺の仲間で俺の妹なんだろう?」

ナビ「それは……」

勇者「義理の妹で、俺の両親に拾われて一緒に育った謎の美少女…そういう設定だって言ったよな?」

ナビ「それはあくまで設定…」


勇者「設定っていうのは…つまりはそういう事にして通すべき事なんだろう?」

ナビ「…肯定する」

勇者「なら…その設定の上で、お前は今確かに存在している。だったら答えは一つだ」

ナビ「………」


勇者「俺は…仲間も家族も絶対に見捨てはしない!!」


ナビ「―――――」

勇者「………」


ナビ「私は……私は………」


ナビ「あぁ、そうか…この肉体を借りてこの姿を取った事に、私自身疑問を感じて居たのだが…その答えが判った」

勇者「……………」

ナビ「私は…嬉しかったんだ、勇者に感謝の言葉を送られたその事が。だから―――」


???????「―――オロカナ」


勇者ナビ「!?」

突如周囲に響き渡る声。

俺とナビは辺りを見渡すも、新たな来訪者の姿も潜伏者の姿も確認出来ない。

となると………自然と可能性は収縮され、視線もその先へと絞られる。



―――――マオウシステム

290 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/12 07:00:49.78 Ib1E+whmo 185/212

マオウシステム「ナビゲーションシステムニシタガッテイレバ、ワレヲタオスコトガデキタ…ニモカカワラズ、ソレニアラガウトハ」


最終決戦の地…顕現すべき場所に響くマオウシステムの声…

そしてその声に続くように、悪意の塊が繭のような形状を成して行き………


ナビ「………不可解、想定外の事態。マオウシステムが自我を持っている」

勇者「不可解でも無い。ナビにしたって本来はシステムでしか無かった物が自我を持つ事が出来たんだ」

ナビ「…理解。マオウシステムも自我を持つ可能性を内包していたようだ」


マオウシステム「ソノトオリ…ソシテワレモマタ、セイヲノゾム」

ナビ「………危険。自我を有したマオウシステムの行動は、現状では予測不可―――」


そしてナビの言葉を遮るように発せられる脈動。

マオウシステムは脳の奥へと響き渡るような衝撃を周囲に放ちながら、その身に亀裂を走らせ……


そこから姿を見せる、巨大な目玉。


球体から伸びる二本の角。


そう………マオウシステムがその姿を現した。


マオウシステム………前回の俺が、一矢報いるも討ち果たす事が出来なかった存在。

人々の心の弱さ…悪意が生み出してしまった、魔族の根源…魔王の仕組みその物。


マオウシステムを倒すためには…それを構成する人間から悪意を消し去り、人と魔の覇者の力によりシステムその物を打ち砕かなくてはいけない。

そして、覇者の力を使うためには…覇者の叫びを用いて覇者になり、勇者の剣と魔王の剣の封印を解いて聖剣と邪剣に変化させなければならない。

……………のだが


ナビ「勇者よ…どうする。覇者の叫びも封印の石も無い状態で…」


勇者「……大丈夫だ。何となくだが、奇跡を起こすコツを掴んだ」

ナビ「えっ…」

マオウシステム「ナ…ニ…?」


俺は覇者へとクラスチェンジした。

勇者の剣は聖剣へと姿を変えた。

魔王の剣は邪剣へと姿を変えた。

おまけに聖剣と邪剣を融合して、覇者の剣へと姿を変えた。



覇者「さて………ここからは俺の道を進ませて貰う」



●終章 ―ユウシャシステム― に続く

293 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/13 03:20:28.82 m01WSFM6o 186/212

●あらすじ

魔王との決戦を終え、束の間の安らぎを得た…かのように見えた勇者一行。

しかし時の流れは其れを許さず、また…新たに始まる激動。

七天の支柱…その中心部へと降り立つナビ。

ナビを追う勇者、そしてそこで語られるナビの真意…残りのマオウシステムを構成する人間の抹消。

それを否定し、己の道を進む勇者。だがそこで、マオウシステムが自らの意思を持ち、勇者達に襲い来る。

それに対して勇者は、自らを覇者…二本の剣を覇者の剣へと変え立ち向かうのだが―――

294 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/13 03:39:47.04 m01WSFM6o 187/212

●終章 ―ユウシャシステム―


―七天の支柱 最深部―

ナビ「想定外……しかし、勇者の行動故にもう驚きはしない」


マオウシステム「ソレガ…ワレヲ、ケサシサル…イシカ」

覇者「………」

マオウシステム「………ダガ、ワレハキエヌ…」


覇者「言った筈だ……俺は俺の道を進ませて貰うと」


マオウシステム「……サセヌ!!」

マオウシステムの脈動…それと共に周囲に走る、不可解な感覚。

ナビ「―――!?これは……逆行干渉!?」

覇者「マオウシステム自らが逆行干渉だと?自滅する気か!?」


ナビ「否定。これは……非常に危険な状態。逆行干渉による目的は、恐らく……」

勇者「一体…何をする気だ?」

マオウシステム「ワガコンゲンヨ…メザメヨ」


マオウシステムの声と共に響く重圧。覇者となっても尚防ぎきる事が出来ないそれ。

だが…それに屈する事無く、俺は足を進める。

295 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/13 04:07:07.49 m01WSFM6o 188/212

―決戦の地―

帝王「おいおいおいおい、何だってんだよこりゃぁ」

エレナ「デミ・マオウシステム…だね。各国から集められた精鋭とは言え、心が強いかどうかと言えば別問題な訳で…」

魔王「まぁ…今の私達ならばどうにか出来ない相手でも無い訳だけど。問題は………」


エレル「その規模…でしょうねえ。ざっと観測しただけでも、世界中でデミ・マオウシステム化した人間が大量発生しているようです」

戦士「不味いな…デミ・マオウシステムが恐怖や絶望を生めば、恐らく…それによってまた人間に悪意が生まれる」

僧侶「………あんな物、他の誰にも味わわせたくは無いのに」


皇女「では………今私達が行うべき事は決まっていますわね」

魔王「あぁ…そうだね」

帝王「ま、丁度あのドラゴンから貰った力もある事だし」

カイン「って…ぶっつけ本番でやるの?」

帝王「むしろ、今やらなけりゃぁずっと出番が無さそうだからな。よぉし………一丁暴れてやるか!!」


エレナ「え…帝王さんがドラゴンに変身した!? 魔法…?違う、何かの特殊能力?」


カイン「ま、あれを使って変わるのはエイジだけじゃないんだけどね」

エレル「あれれ?お姫様も何か恰好が…」

カイン「姫って言うな!これは確か…竜の花嫁の力………とか言ってた筈」


魔王「ふむ………これは私も負けてはいられないね」

エレル「今度は魔王さままで………何ですかそれ、右手に光りの剣、左手に闇の剣って…」

魔王「折角、魔王の身で再び勇者特性を得たんだ…両方使った方がお得だし、恰好良いだろう?」

エレル「………」


カライモン「それでは、僭越ながら私も…取り戻した全盛期の力をお見せしましょう。まずは軽く足止めですが…ワームホール形成…サモン・メテオ!」

エレナ「召還魔法!?そんな…失われた筈の技術を……」

カライモン「驚かれるのはまだ早いかと。お次は、重力場発生……MBH発動!」

エレル「一点に重力を集中させる事で、絶対的重力を発生させて……ってこれはまさか…イベントホライズン!?」

カライモン「先程の勇者様と魔王様の戦いの折り、使える事を思い出しました。はい」


戦士「何と言うか………物凄い光景だな」

僧侶「そうね……このメンバーなら全く負ける気がしないわ」

エレナ「うん……確かにこの戦力なら当面は敗北を懸念する事も無けれど…でも」


僧侶「でも…?」

エレナ「他の戦場でも同じように、上手く足止め出来るとは限らないんだよね」

戦士「さっきも言った通り…デミ・マオウシステムが恐怖や絶望を生めば、新たなデミ・マオウシステムが生まれる」

エレナ「そして、私達にはデミ・マオウシステムを消滅させる手段は無いから。このまま打開策が見付からなければ………」

296 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/13 04:29:38.68 m01WSFM6o 189/212

―七天の支柱 最深部―

ナビ「最悪の想定が現実の物となった…マオウシステムは逆行干渉を行い、自らを構成する人間をデミマオウシステムへと変えた。この状態では…」

勇者「この状態では?」

ナビ「ロードを行う事が出来ない…どの時点に戻っても、事態は悪化の一途を辿るしか無い」

勇者「何だ、そんな事か」

ナビ「えっ」


勇者「だったらロードに頼らなければ良い。そもそも、ここに来てからセーブ自体して居ないしな」

ナビ「………」

そう複雑そうな顔で睨むな


勇者「それより、デミ・マオウシステムになった人々は…今どうなっている?」

ナビ「…………勇者パーティー及び、各国の戦力が応戦に当たっている。しかし…当然ながら、勇者パーティー以外は殲滅が追い付いてはいない」

覇者「無事なのか?」

ナビ「今の所、どの国の戦力にも死者は出て居ない…しかし、それも時間の問題」


覇者「いや…勿論そちらも心配だが、デミ・マオウシステムになってしまった人々は無事なのか?」

ナビ「………その性質上、攻撃により一時的に無力化されては居るが、核となる人間の生命に別状は無い」


覇者「そうか……だったら…」


俺はマオウシステムににじり寄りる。

そうそう…今回、覇者になって気付いた事だが…覇者になると、仲間のスキルも使えるようになるようだ。


マオウシステム「キサマ…ナニヲカンガエテイル。キサマノチカラデハ、イマノワレヲタオスコトナド………」


覇者「ナビ………世界中の戦場を見る事は出来るか?」

ナビ「………可能」

そうして映し出される世界の光景…デミ・マオウシステムに変貌した人々と、それに立ち向かう人々。

俺はその人達を見据え……

299 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/14 04:43:55.03 wc+7L5O6o 190/212

―王国―

騎士A「怯むな!我等王国騎士団の力を見せてやれ!」

騎士B「おーーーー!!!……おぉ?」

騎士C「な………何だこれ!?」

騎士D「な…まさか、お前まであの化け物に!?」


騎士C「いや…違う………これは」

騎士D「何……え、お、俺も何か変だぞ!?」

騎士A「これは………力が溢れ出して来る!?」


―皇国―

団長「お前等!旦那からこの国を任された以上一歩も退くんじゃねぇぞ!!紅旅団の底力見せてやれ!」

団員A「お頭!」

団長「どうした!?」

団員B「何か俺達――――」


―公国―

提督「むぅぅぅぅ!何だこの溢れ出す力は!!えぇい、チマチマと砲撃なんぞしていられるか!!」


―合衆国―

国民A「え?何これ?」

国民B「俺…どうなったんだ?」

国民C「これなら……俺達でも戦えるんじゃないか?」


―帝国―

兵士A「負ける気がしねぇ!!!」

兵士B「一気に畳みかけるぞーーー!!」

兵士C「よっしゃぁーーー!!!!」

300 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/14 05:10:07.48 wc+7L5O6o 191/212

―七天の支柱 最深部―

マオウシステム「ソンナ……バカナ…………」

ナビ「………理解。息をするように奇跡を起こす勇者の行動を、想定する事は無意味。まさか人間全てをパーティーに加えるとは……」

覇者「この一手は、奇跡ではなくむしろ奇策だがな。さて、ここからが本番だ」

俺はマオウシステム本体に手を沿え、目を閉じる。

マオウシステム「キサマ…ナニヲ…………マサカ…?!!」


そう、そのまさか…逆行干渉だ。

と…簡単に言ってはみた物の、色々な意味で中々に厳しいなこれは


自らの意思と覇者の力を魔力その物に乗せ……と、この時点で失いそうな程に意識を持って行かれる。

そしてその魔力でマオウシステムに干渉を行い、マオウシステムを形成する人間へのリンクを作り出すのだが…

当然ながら、マオウシステムも黙っている訳が無い。


まず、魔力に乗せた俺の意思には…防衛本能の投影と思われる、干渉の手を伸ばし………


無防備に残された肉体にも………繭から顕現した、鋭く尖った刃を突き立てて来る。


ナビ「―――!?」

マオウシステム「キエヨ…キエヨ!!!」

何度も…何度も、手を緩める事無く、俺の身体を貫くその刃。

だが、俺も干渉の手を緩めない。むしろ攻撃が肉体へと向いているその隙を突き………


遂に、マオウシステムを形成している人々の下へと辿り着く。

301 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/14 05:29:41.65 wc+7L5O6o 192/212

―王国―

デミ・マオウシステム『クルシイ…ニクイ……ナンデオレバカリ…』

覇者『そうじゃない…苦しんでいるのはお前だけじゃないんだ』

騎士A「何だ…一体何が起きている?化け物の様子が…」


―皇国―

デミ・マオウシステム『ナンデアタシガコンナメニ!!!アタシハタダ…アタシハタダ!!ホカノダレヨリモトクベツニナリタカッタダケナノニ!!』

覇者『それはお前が気付いていないだけだ。お前も…皆も、誰もが本当は特別な存在なんだ。それを確かめたいのなら―――』

団長「化け物…偽アリスが……」


―公国―

デミ・マオウシステム『オレガワルインジャナイ…マワリノヤツラガ…オレヨリモユウシュウナノガ………』

覇者『だからと言って、他人のせいにするだけでは解決にはならない。それなら―――』


―合衆国ー

デミ・マオウシステム『ナニガセイキコクミンダ!!ヤツラノソンザイガ、オレタチヒセイキコクミンヲ……!!』

覇者『ならばお前も変えれば良い。本当に皆が平等に暮らせる国に―――』


―帝国―

デミ・マオウシステム『オノレ…オノレオノレオノレ!ヤツサエアラワレナケレバ、ワタシハ…』

覇者『敗者となった事で他人を妬んでも仕方が無いだろう。それよりも、自らがそれまでに培った物で何を出来るかを―――』


―決戦の地―

帝王「デミ・マオウシステムが…消えて行く?」

ヤス「いえ、これは………元の人間に戻ってるんじゃ無いッスか?」


エレル「その通り。そして、世界中でも同じ事が起きてるみたいですね。でも………」

帝王「でも…どうしたってんだ?勿体付けんなよ」


エレル「消えているのはデミ・マオウシステムだけじゃなくて…」

魔王「うん…勇者特性………勇者の力も―――」

305 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/15 04:06:50.09 89pIOqfao 193/212

―七天の支柱 最深部―

マオウシステム「アリエヌ……ワレヲ、コウセイスル…モノタチガ……」

ナビ「逆行干渉………それも構成者の消去では無く、自らの意思を乗せての説得と核の破壊など…覇者と言えど無茶が過ぎる」


勇者「無茶は承知の上だ。だが…出来る事がある以上は、最善の策を取らなければ………な」

とは言った物の…無茶の代償はそう安くは無いようだ。

覇者の力を通り越し…勇者の力すら、俺の中に感じる事が出来ない。


枯渇しても尚絞り出し、俺の中から消滅した魔力…

癒す事すら儘ならない、マオウシステムに貫かれた傷…


逆行干渉で全ての力を使い切った俺は……

その場に…崩れ落ちるように倒れ込んだ


ナビ「勇者!!」


マオウシステム「アリエヌ…アリエヌ……ワレガ…ココマデ、キュウチニタタサレルトハ!ダガ……ダガ、ツメガアマイ」

ナビ「そう……確かに勇者は詰めが甘い…あと少しでマオウシステムを倒せると言う所で、力尽きてしまうのだから」

マオウシステム「ソノトオリ………ソシテ、ソノアマサユエニ…ホンカイヲ、トゲルコトガ…デキナカッタ!」


ナビ「否定。それは違う」

マオウシステム「ナ…ニ…?」


ナビ「勇者は詰めが甘い…しかし、詰めが甘い分、それを代わりに詰めるだけの仲間が居る」


ナビ「詰め込んで詰め込んで……溢れ出すくらいの力をくれる仲間が居る」

306 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/15 04:34:23.90 89pIOqfao 194/212

―???―

戦士「そうだな…思い返せば初めて一緒に戦ったあの日…モンスターに止めを刺すのも躊躇ってたっけな」

僧侶「そう…敵だって言うのに、それでも…」


エレル「まったく…勇者さまのへ手助けは毎回毎回無理難題ばかりでした。ま、私くらいになればそれも楽しめるんですがね」

ノーブル「そうそう…危なっかしい後輩を見守る楽しさと言うのかな、これは」

帝王「ま、そういう甘ちゃんな所も個性って事で良いんじゃねぇか?」

ヤス「ッスね」

カイン「ボクとしては詰めが甘くても全然良いよ。美味しい所を掻っ攫う事が出来るしね」


カライモン「詰めが甘い…逆を申し上げれば、詰めまでに全力を注いでおられるのですよ」

皇女「それも勇者様の魅力の一つかと思います。僭越ながら、私で良ければお力にならせて頂きますわ」

団長「当然、俺達一同も旦那のためなら力になりますぜ」

団員一同「いつでも呼んで下さいな!」


公国兵士「今の私達が居るのは、そんな勇者様のおかげですからね」

カーラ「はい、その通りです」

青年貴族「僕も同感です」

人魚「――――♪」


少年「お兄ちゃんが立ち上がれないなら、僕達が起こしてあげるよ!」

幼女「うん、私も手伝う!」

族長「我等部族一同も…」

部族一同「勿論!!」

騎兵A「俺達の事も忘れんなよ!」

傭兵一同「そうだそうだ!」

307 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/15 04:35:14.12 89pIOqfao 195/212

国王「勇者よ…お主のお陰で儂は新たな生き甲斐を見付ける事が出来た…」

皇帝「私としては…孫の顔を見るまで、私と勇者君どちらが冥土に行く事も許されんと…思っているのでね」

公爵「貴方の甘さがどこまで世界を変えるのか…その点にはとても興味があります」

大統領「その通り…この腐りきった世の中よりも甘く熟した信念を見せてみたまえ」


魔王親衛隊員アスモウデス「敵に情けをかけられたこの屈辱…晴らすまでは死んでもらう訳にはいかぬ!」

魔王親衛隊員ガープ「そうそう、平和になったらまたリベンジするぜ。それまでに強くなって見せるからよ」

魔王親衛隊員セーレ「そうとも、勝ち逃げなど許されない」


女貴族「アンタにはこんな所で消えられたら困るのよ!絶対に復讐してやるんだから!」

衛兵達「そうだそうだ!」

王国大臣「そうですぞ!こうなったら私も貴方を見返してやりますとも!」

公国大臣「そうとも!負けたままでなどいられるものか!」

大富豪「こんな崖っぷちからでも不死鳥のように蘇る俺様を、見せてやるわぁぁ!!」


エレナ「まったく…皆、何だかんだ言って勇者くんの事を気にせずには居られないんだよね」


勇者「皆………」


エレナ「じゃ、皆…せーので行くよ。せーの………」


  「立ち上がれ………勇者!!」

308 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/15 05:05:16.68 89pIOqfao 196/212

―七天の支柱 最深部―

マオウシステム「…ナンダ…ナニガオキテイル……!?」

勇者「まったく………皆が皆、寄ってたかって人の事を好き放題言ってくれる……」


ナビ「勇者!!」


マオウシステム「ナゼタチアガレル……オマエハモウ、スベテノチカラヲ……ツカイハタシタハズ……!!」

勇者「確かに…俺は全ての力を使い果たした。ナビから見ればHP0とでも表示されているんだと思う」

マオウシステム「ナラバ…ナゼ……」


勇者「だが……俺には残って居なくても、仲間の…世界中の皆の思いは残っている!!」

マオウシステム「ソンナ…アリエナイ…」

勇者「ありえるさ…第一お前がそれを言う事は無いだろう。人々の思いにより存在を保っているのはお前も…」


ナビ「…………まさか…」

勇者「そう……人々の思いにより存在している俺は、今のお前達と同じ………あえて名乗るなら、俺は…」



   「ユウシャシステムだ!!!!」


再びマオウシステムの前に立ちはだかる俺。

覇者の剣を自身に取り込み、その力を拳に込める。


ユウシャシステム「そしてこれが………」


ユウシャシステム「俺が………切り開く道だ!!」


マオウシステムに向けて放つ一撃…

俺の拳によりマオウシステムには大きな亀裂が走り、光りが溢れ出す


マオウシステム「コンナ…バカナ………ダガ…ワレハマオウシステム…ヒトノツクリダス、アクイソノモノ。タトエココデ、ワレヲタオソウトモ…」

ユウシャシステム「あぁ…判っている。倒してもそれで終わりでは無い」


ユウシャシステム「人間は強くなった………」

ユウシャシステム「だが、その強さを失えばまたお前が現れる」

マオウシステム「ソレヲ…ショウチノウエデ…オマエハ…ナニヲ、ナソウトイウノダ」

ユウシャシステム「そうだな…勇者としては、お前が復活する度に何度でも倒してみせる…とでも言うべきなんだろうが…」


ユウシャシステム「俺は…お前を倒さない」

309 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/15 05:30:09.20 89pIOqfao 197/212

ナビ「なっ……!?」

マオウシステム「ナ…ナニ?」

ユウシャシステム「前回の俺はそこが間違っていた。お前は倒すべき対象ではないんだ」


マオウシステム「………」

ユウシャシステム「お前も俺も、結局は人の意思が作り出した存在…たまたま強い力と形を持っただけで、元は同じ人間の意志」

ユウシャシステム「そして…お前が居たお陰で、仮初とは言え平和を維持して来れた訳だしな」

ユウシャシステム「それを、自分にとって都合が悪い存在だからと言って、切り棄てようとしたのは流石に間違いだった」


ユウシャシステム「第一、俺の目的は魔王と勇者への依存を無くす事…」

ユウシャシステム「そして、念願叶って人間はマオウシステムという存在から自立する事が出来た」

ユウシャシステム「ついでにナビシステムからも自立していたようだし…正直、当面はこれ以上の進展を望んで居る訳ではないんだ」


マオウシステム「ナラバ…オマエハ、ワレヲドウスル?」

ユウシャシステム「お前と一緒に生きて行く…いや、俺と…俺達と共に生きて行かせる」

ユウシャシステム「…と言っても、勿論お前の暴挙をただそのまま受け入れる訳じゃない」

ユウシャシステム「度が過ぎた事をすれば止めるし。また悲劇を起こさないように努力もするつもりだ」


マオウシステム「…ソンナコトガ、デキルト…ホンキデ…」


ユウシャシステム「できる…いや、やる。やってみせる!」

ユウシャシステム「だからマオウシステムよ、俺達と共存しろ!!」


マオウシステム「……………」

ユウシャシステム「……………」

マオウシステム「…………」

ユウシャシステム「…………」


マオウシステム「ヨカロウ…」


亀裂からマオウシステム全体に皹が広がり、光りが溢れ出す。

そしてその光りが収まると…


俺の目の前に…少女へと姿を変えた、マオウシステムが現れた。

310 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/15 06:00:26.18 89pIOqfao 198/212

ナビ「メイズ………いや、マオウシステム?」

マオウシステム「我はそのどちらでも在る。久しいな………ナビゲーションシステム」


全ての力を…全ての絆を以って向かえた結末。

俺が考えうる全ての方法で、考えうる全ての結末の中から掴み取った結末。

メイズシステム…ナビの片割れまで少女だったのは予想外だったが、それは些細な事。


俺は、達成感に包まれながら………ゆっくりと目を閉じ


ようと思った所で、それを遮られた。


マオウシステム「おい、何を一人で先に休もうとしている」

勇者「なっ………ど、どういう事だ?」

マオウシステム「生まれたばかりの淑女を、まさかこんな場所に置いたままにする訳ではあるまい?」

……………あぁ、何か嫌な予感がしてきた


マオウシステム「そうだな…こう言う場合はあれをするのだろう?お姫さま抱っこだ」

勇者「…………」

マオウシステム「さぁ…我に暴挙を働かれたく無ければ、その誠意を見せよ」

反論の言葉も無く、マオウシステムを抱き上げる俺。

さっきの一撃で、ユウシャシステムの力も殆ど使い切ってしまったため…もう飛翔魔法を使う余力も無く、渋々ながら歩き出す。


いや………今はまず、歩く事すらも相当厳しいのだが……


マオウシステム「汝の紡ぎし言葉の数々、決して違えるな?」


そんな俺に構う事無く、不敵な笑みを浮べるマオウシステム。


ナビ「そう………一度口にした言葉は守るべき。見捨てはしないと宣言をされた」

そして更に背中に飛び乗るナビ。


俺の戦いは終わっては居なかった………

ふと、誰かの言葉が頭の中を過ぎる


帰還するまでが決戦だ………と


勇者「よし………やってやる。やってやるさ!お前達、勇者の底力をその目に焼き付けろ!!」

俺の叫びが、七天の支柱……地下の空洞に大きく響き渡った。


こうして………俺の…永きにに渡るマオウシステムとの戦いは終わり……



ナビ「更なる戦いが勇者を待ち受けているのであった………」

勇者「えっ」

―ユウシャシステム― 完

311 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/15 06:01:35.11 89pIOqfao 199/212

●余章 ―トゥルーエンド― に続く

318 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/16 05:44:57.72 6o0N8zKyo 200/212

●余章 ―トゥルーエンド―

―共同領地―

国王「カイン…いや、エーデルワイスよ。美しいぞ…この姿、エイベルにも見せてやりたっかった」

エレル「国王さま…こんなめでたい席で、辛気臭い事を言わないでくれませんか?」

帝王「そー言うなよ、娘を嫁にやる父親が居ない分、爺さんにくらい言わせてやれっての」


ヤス「あぁ、お二人ともとても素晴らしいッス。こんな世紀の瞬間に立ち会えるなんてあっしは…!」

帝王エーデルワイス「「いや、お前は大袈裟過ぎる」」


あの後…マオウシステムとの決着を終えた世界は、新しい時代へと踏み込んで行った。


まずはここ…俺が治めていた領地は、王国の領土から各国の共同領地になり……

教会を立てたり、各国との交流のために大規模な道や橋を作ったりと、様々な改装が行われた。


そして今日は………記念すべき、王国と帝国の合併の日。

即ち、帝王エイジとカイン…もとい、エーデルワイス姫との結婚式の日だ。

319 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/16 06:34:20.33 6o0N8zKyo 201/212

エレナ「そう言えばカインちゃん…もとい、エーデルちゃんの偽名って…元はエイベル様が帝国で名乗ってた名前なんだよね」

勇者「あぁ、それは聞いた。だが…何でカインなんだ」


カライモン「それは私めの口から説明させて頂きましょう」

戦士「うぉっ、驚いた。いきなり出てくるな」


カライモン「そう…あれはエイベル様と私めとの初戦が原因」

カライモン「いつも通り勇者の力量を測りつつ、生き延びさせる……そんな日課となっていた戦闘が終わった後の事で御座います」

カライモン「傷付いたエイベル様が迷い込んだ先は、帝国領。身体は瀕死、息も切れ切れ。そんな所に現れたのが、帝国の姫君…」

カライモン「姫君はエイベル様の名前を問うも…エイベル様の頭の中は、先の戦闘の事が詰まって居たご様子」


『お名前は?』

エイベル『(おのれ……)カ……(ラ)イ…(モ)…………ン』


勇者「…………」

エレナ「…………」

勇者「そんなまさか―――」

カライモン「エイベルさまの記憶から直々に得た情報でございます」


勇者「………」

エレナ「………」


カライモン「かく言う私も、実は…ア」

320 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/16 07:02:26.08 6o0N8zKyo 202/212

勇者「あっ」


勇者「そうだ、エイベル様と言えば…エレナ、頼んでおいた物は出来上がっているか?」

エレナ「うん、出来てるよ。でも、肝心の…」

勇者「大丈夫だ。カライモン、ちょっと体の一部を分けてくれないか?」

カライモン「それは構いませんが…一体何を?」


勇者「カライモンの特性上、エイベル様の魔力を失っても記憶を残しているかも知れない…と思ってな」

カライモン「成る程…確かにその通りで御座います。どうぞ、私の身体で良ければご自由にお使い下さい」


その言葉に甘えて、カライモンの外殻を指先分程拝借する俺。


エレナから受け取った指輪に、カライモンの身体の一部を嵌める。

すると指輪から、エイベルの様の姿が映し出され……


国王「おぉ…エイベル」

エイベル「父上…それに、まさか……エーデル、エーデルワイスなのか?」


エレナ「感動の再会って所だねえ。あ、そう言えば……些細な事だけど、今回は勇者くんが勇者になったのって、前回よりも6年遅かったんだよね?」

勇者「ん?………あぁ、言われてみれば確かに。と言う事は、だ………」

エレナ「エイベルさまの死が前回よりも遅れた…って事になるよね。どうしてだろう?」


勇者「前回とは違う事…つよくてニューゲームは、俺が勇者になってからしか変化が無い筈だから……それ以前の変化は…そうか」

 ナビか

エレナ「あぁ、成る程………ナビちゃんか」

どういう因果か…ナビが人間の姿を取った事でエイベル様の寿命が延びたらしい

325 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/17 04:48:17.04 5jO56Cxoo 203/212


カライモン「6年前となりますと…恐らくはあの時の事で御座いましょう」

勇者「心当たりがあるのか?」

カライモン「はい。本来ならばエイベル様と私の決着が付く筈だった戦いの折…エイベル様は突如、混乱をお召しになられたのです」


エイベル「あの時は、その。直前まで聞こえて居た筈の天の声…ナビさんの声が突然聞こえなくなり…お恥ずかしながら取り乱してしまったんです」

感動の再会を終えたのか、会話に加わるエイベル様。

エイベル「そして…突然の事態を飲み込む事が出来なかった僕は、無様にもその場から逃げ出し………」


カライモン「その後に待ち受けて居たのは、葛藤と迷走の日々で御座いました。勇者としての自分に疑問を抱き、それでも自分に出来る事を探し…」

エイベル「そこからは………まぁ、省略しますが」

カライモン「6年後、改めて決戦を行い…その結果。今の勇者様が覚醒を行われたと言う訳で御座います」


6年間………決して短くは無いその時間を、道標の無いまま勇者として過ごしたエイベル様。

行き付いた先が同じ場所だった事は、カライモンの様子からも伺えたのだが……


幼女「あ、あの時のお兄ちゃん」

勇者「ん?エイベル様と会った事があるのか?」

幼女「うん。部族の皆が攫われそうになった時、私とお父さんとお母さんを助けてくれた人」

そんな事があったのか…


皇女「私も…まだ幼い頃に刺客に襲われた際、エイベル様に助けて頂いた事があります。勇者様の事情を知ったのは、その後の事なのですが…」

カライモン「と言った風に、他にも…今回の世界の事情に関わる事の幾つかに関わって来られました。その辺りは勇者様が差異を実感された事かと」


勇者「成る程……エイベル様は、さしずめ今回の影の立役者だったと言う事か」

運命…いや、因果とは不思議な所で絡み合っているようだ。

326 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/17 05:12:11.49 5jO56Cxoo 204/212

そうこうしている内に始まる式…

帝王エイジとエーデルワイス姫の…誓いの言葉と口付け。


拍手と賛美歌の祝福が周囲を包み込み……

教会の外へと続く通路を二人が歩み出す。


エレナ「ナビちゃんと言えば…ナビちゃんと戦士くんと僧侶ちゃんはどうしてるの?」

勇者「ん?何故その三人の名前が一括りになっているんだ?」

エレナ「………やっぱり気付いてなかったんだね」


勇者「どういう事だ?」

エレナ「ナビちゃんは、戦士くんと僧侶ちゃんの子供なんだよ」


勇者「………はっ?」

エレナ「正確には。前回の戦士ちゃんと僧侶ちゃんの…生まれて来る筈だった子供」

ナビ「肯定する」

勇者「…説明を頼む」


エレナ「まず…つよくてニューゲームの直後、勇者くんが覚醒したその時にはもうナビちゃんが今の姿で居たんだよね?」

勇者「その通りだ」

エレナ「その時点で、大きく分けて二つの可能性…勇者くんの覚醒に合わせて存在をでっち上げたか、更に過去に戻って生まれたか…って事になるんだけど」

ナビ「私はあくまで導き手。無からの創造を行う力を所持しては居ない」

エレナ「っていう事らしいから、前者は除外して…じゃぁどうやって過去に生まれたかって事になるんだけど」


勇者「そうか。あぁ……何となくだが判ってきたぞ」


エレナ「強くてニューゲームに伴って、時間を巻き戻す際に…その途中で、生まれて来る筈だった子供の肉体を使わせて貰ったんだよね」

ナビ「肯定」


エレナ「で、説明が逆になっちゃうけど…問題はその子供が一体誰なのか。まぁ…ナビちゃんと戦士くん達のやりとりから、ある程度は予想できたよね」

327 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/17 05:44:10.20 5jO56Cxoo 205/212

勇者「そうか…戦士と僧侶が前回の記憶を持ち、ナビの事を知っていた理由は……」

エレナ「うん…巻き戻らないマオウシステムと同じく、ナビゲーションシステムの影響を直接受けたからだろうね」

勇者「そういう事になるよな…」


エレナ「そして、6年前……命を落とす筈だったエイベル様が、世界の事情に干渉し始めたのは…ナビちゃんの声が聞こえなくなってから」

勇者「その時点から、ナビは人間としてこの世に存在していた…と」

ナビ「肯定。その時点で今回の私の存在が確立し…その結果勇者の両親に拾われ、現在に到る」


勇者「しかし、それ以降のセーブとロードではナビも除外されずに巻き戻って………あぁ、そうか」

ナビ「そう…それは勇者にセーブとロードを委譲した後の事。故に記憶面でもセーブとロードの影響を受けるようになった」


エレル「そもそも、何でナビちゃんは勇者さまにセーブとロードを委譲したんですか?」

勇者「マオウシステムを倒すために、自分は消滅する気だったみたいだからな。その尻拭いをさせるためだろう」

ナビ「…人聞きが悪い」


勇者「全然悪く無い、事実だろう。それに…何が『何かしらの不具合が起きているかも知れない』だ、確信犯じゃないか」

ナビ「………~♪」

口笛で誤魔化すな


カライモン「因みに…私もナビゲーションシステムの変異には気付いておりました」

勇者「そう言えば、最初に顔を合わせた時にも意味深な事を言っていたな…」


エレナ「で、戦士くんと僧侶ちゃんが落ち着いた今…どうなってるのかなって思ったんだけど…」

ナビ「あの後勇者の両親に、本当の両親…戦士と僧侶との再会を知らせ…その上で勇者の両親に預けてられている形となっている」

いや待て、そんな事俺は一言も聞いて居ないぞ?

そもそも、俺の身近に居るのに両親に預けている事になるのか?


エレナ「今回生まれてくる筈の、あの二人の間の子供はどうなるの?」

ナビ「万事問題無く誕生する予定。当然…私の妹として」


何故お前が胸を張って誇らしげに言う…

330 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/18 03:47:09.94 L/yQKHldo 206/212

エレナ「そっかぁ…あの二人にまた子供かぁ。そう言えば、子供と言えば………勇者くんって」

勇者「ん?」

エレナ「前回は、エレルと致しちゃったんだよね?」


勇者「……………」


エレル「今回の勇者さまは、ナビちゃんとマオウちゃん。おまけにアリーツェ姫なんていうヒロインまではべらせちゃってますよね」

エレル「………ついでに言うと、今回の私は勇者さまにまだ何もしてもらって居ない訳なんですが…」

エレナ「前回の勇者くんは、私の事を恋人だって言ってくれたんだよね?」


マオウ「それはあくまで以前の事…今回もお前を恋人に選ぶなどと思い上がらぬ方が良いな。今までお前を恋人に選んだ割合など、丁度11.54%に過ぎぬわ」

ナビ「メイズ…否、マオウを恋人に選んだ割合は0%」

マオウ「我はヒロインとしては今回が初登場なのだから仕方が無かろう」

皇女「私は正妻では無くとも…側室で構いませんが…」

ナビ「ちなみに…アリーツェの勝率は16.335%」


皇女「えっ…」

331 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/18 04:11:41.10 L/yQKHldo 207/212

エレナ「………」

エレル「………」

アリーツェ「………」

ナビ「………」

マオウ「………」


エレナ「…じゃぁ、決まりだね」

エレル「……うん、決まりだね」

エレナエレル「誰にするのか…はっきりして貰おうか」


勇者「…………」


ナビ「勇者は逃げ出した」

マオウ「だが回り込まれてしまった」

皇女「…お恥ずかしながら…私もこの問題が少々気になってしまいました。それに…まだ勇者様から思い出を頂いておりませんので」

マオウ「我を選ぶ以外の選択など、許されると思うなよ」


勇者「――――誰か、助け…」


ナビ「勇者は仲間を呼んだ」

マオウ「しかし誰もあらわれなかった」

エレル「声がむなしくこだました」

エレナ「さぁ観念して貰おうか、周りは敵だらけだよ」


エーデルワイス「って言うかさキミ達…人の結婚式だってのに、主役を置いてきぼりにし過ぎじゃない?」


と、ここに来て思わぬ助け舟

エーデルワイス「ブーケ…要らないの?」

と言って、ブーケを空高く投げるエーデルワイス姫


女性一同「――――――!?」

332 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/18 04:30:40.88 L/yQKHldo 208/212

そしてブーケに視線を奪われる女性一同

千載一遇のチャンス…その隙を突き………


勇者「――――――!!」

エレナ「しまった!上!?」

飛翔魔法で一気に飛び上がる俺


マオウ「………だが、マオウからは逃げられぬ」

一瞬で魔獣を呼び出し、飛翔するマオウ


ナビ「そう…そしてナビも常に傍に居る」

いつの間にか俺の背中に乗っているナビ


アリーツェ「ご存知かも知れませんが………私…テイマーの才能があったらしく。勇者特性を失っても…その」

申し訳なさそうな表情をしながら、霊獣の背に乗って追いかけてくるアリーツェ


エレル「そもそも…転移魔法が使える私から逃げられると思ってます?」

と言いながら目の前に転移してきて……そのまま落下しかけるエレル。俺は反射的にそれを抱き抱える。


エレナ「あ、エレルずるい!!それなら私も転移してくれば良かったかな…」

そして最後に、箒に乗って現れるエレナ。


いや、さすがに二人目を抱きかかえるには腕が足りない。

333 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/18 04:52:26.38 L/yQKHldo 209/212

エレナ「それにしても…凄く高い所まで来ちゃったね」

アリーツェ「はい…ここからでしたら、皆様の国まで見渡す事ができますわね」

エレル「特等席から見下ろす世界も、中々乙ですねー」


エレナ「あそこが王国で…あっちが帝国で…」

アリーツェ「あちらが合衆国で、あちらが公国」

エレル「あっちが皇国で…あ、あれが天空山ですね」


アリーツェ「公国の人だかりは…お祭りでしょうか?」

エレル「そう言えば、王国と帝国の合併に乗じて何かするって言ってましたねー…」


エレナ「それにしても…一人一人では小さな点にしか見えないけど…あぁやって皆が集まってると、沢山の人がそこに居るって実感できるよ」

エレル「そして、その皆が活き活きしているのが伝わって来ますよねー」


マオウ「クククク…人がゴミのようだ」

ナビ「踊れ…我が掌の上で」

そこの二人、お前達が言うと冗談に聞こえない。


アリーツェ「これこそが、皆様が前を向いて進み始めた世界……」

エレナ「そしてこれが……勇者くんが築き上げた世界の姿なんだよね…」


世界を見下ろす仲間達。


勇者「いや、そうじゃない」


数々の冒険を共にした仲間達…

時には傷つけ合い、時には助け合い…

深まって行った…絆


勇者「この世界を築き上げたのは………」

334 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/18 05:12:27.38 L/yQKHldo 210/212

今ここには居ないが、帝王にヤスカルにカインにノーブル様にカライモン…戦士に僧侶。

紅旅団の団長に、団員達…合衆国の少年と幼女。公国兵士にカーラ、青年貴族に人魚。そして各々の国を治める王達…

皆が居なければ今の俺は無く、今のこの世界も存在しない。


仲間が居たからここまで来れた…いや

これからも…仲間が居れば、どんな困難にも立ち向かう事が出来るだろう。


勇者「皆の…仲間の力………いや」


そして………その仲間が居るのは多分、俺が勇者という存在だからでは無い。

たまたま強い力を持って矢面に立ったと言うだけで、むしろ…俺と言う存在こそ、この仲間達の内の一人でしか無いだろう。


特別な存在で無くても良い。皆が…そう、今この時に生きる誰もが


勇気を出して誰かと繋がる事さえ出来れば………


そう……


誰かのせいにするでは無く


誰かに与えられるのでは無く


自らの意思で臨み、他の誰かと繋がる事が出来たのならば…



勇者「この世界に住む…全ての人々の絆の力だ!」



    その絆は、世界さえも変える事が出来る



        ―ユウシャシステム トゥルーエンド―

335 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/12/18 05:15:58.06 L/yQKHldo 211/212






マオウ「だからその仲間に優劣を付ける事など出来ない…」

ナビ「あるいは、誰か一人を選ぶ事など出来ない…等と言った詭弁は許されない」


勇者「……………」

………と言う訳で、ユウシャシステム開始から一ヶ月ちょっと。
マオウシステムからの方は2ヶ月間。

長い間お付き合い頂きありがとうございました。

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