1 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/10/27 22:39:50.56 ZLgDwNWAo 1/212前作 マオウシステム
http://ayamevip.com/archives/41903314.html
の続編です
10 : ◆TPk5R1h7Ng - 2014/11/14 02:40:15.48 bXwZNMPao 2/212※今回はマオウシステムの時と異なり、描写は勇者視点による心の声で行われます
(魔法少女ダークストーカーと同じ形式です)
進行速度は まったりです。
●あらすじ
魔王と戦う事を宿命付けられた者…勇者
しかしその宿命は、マオウシステムという名の…人間の集団深層意識に作られたシステムだった。
マオウシステムを巡り様々な思惑が渦を巻く中、勇者は遂にマオウシステムの破壊を決意する。
勇者は覇者となり、全ての人間と魔族に己の思いを告げ…遂にはその存在を揺るがし、一矢報いる事となる。
だが…全ての人間の変革を促す事は敵わず、勇者はマオウシステムに敗れ去ってしまった。
そして………
光りの海の中で、ナビゲーションシステムと名乗る存在に導かれる勇者。
力を保持したまま再び冒険を始める「つよくてニューゲーム」を行う事となった。
●序章 ―つよくてニューゲーム―
―勇者の自室―
??「お兄ちゃん起きて、今日は村のお祭りの日だよ。競牛でぬいぐるみを取って来てくれるって約束でしょ?」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺はその声に促されるまま体を起こす。
勇者「………」
??「やっと起きた…遅いよお兄ちゃん、何?また変な夢でも見てたの?」
勇者「あぁ…俺が勇者になって、エレナや色んな人達と一緒に冒険する夢だ。
それで、夢の最後にこんな事を考えるんだ『もしかしたら…この世界は誰かの見ている夢で、本当は俺なんて存在していないんじゃないのか』ってな」
??「何それ?変な夢…」
勇者「だろうな、自分でもそう思……………ん?」
??「どうしたの?」
勇者「いや待て、お前は誰だ?」
??「何言ってるの?自分の妹の事忘れちゃったの?ぷんぷん!」
勇者「いや、俺には妹なんて居な……はっ…………」
勇者「まさかお前…ナビゲーションシステムか!?」
??「よく気付いた、さすがは勇者。ただその名では長いので、ナビと省略して呼んで欲しい」
勇者「成る程………やはりあれは夢では無かったという事なんだな。前回と違い、頭の中にお前の声が響いて来なかった物だから油断していた」
そう…前回は目覚めと共に勇者に覚醒し、こいつの声が聞こえるようになって…それで勇者になった事を理解したんだ
だが今回は、まさかの……
ナビ「ちなみに…勇者の見た夢は、夢であって夢では無い。前回の記憶を夢として勇者の記憶に刻み込んだ物」
勇者「成る程な…でもそれだと、結局前回の記憶は夢で…前回の世界は……」
ナビ「問題なのは、それが誰かの夢なのか否という事では無い。それが勇者の記憶であり、今の勇者が今の力で何をしたいかという事」
勇者「そうだな…違い無い。それで…ついでに聞いておきたいんだが、何でお前がこっち側に人間として存在してるんだ?しかも…俺の妹という立ち位置か?」
ナビ「正確には義理の妹。勇者の両親に拾われて、勇者と共に育った謎の美少女…という設定にしてある」
勇者「…その設定はお前の趣味なのか?」
ナビ「その通り、肯定する」
開き直られた以上、これ以上突っ込むのは難しい。話を戻すとしよう
勇者「ならシステム側である筈のお前が人間としてこちら側に存在している理由は?」
ナビ「マオウシステムと同様の方法で実体化が可能になったため」
勇者「質問を変えよう。こちら側に存在している動機は何だ?」
ナビ「その方が面白そうだったから」
勇者「……………」
あ、ダメだ。これは突っ込みきれない
ナビ「では、つよくてニューゲームにより追加された要素の説明をして行こうと思う」
勇者「………頼む」
ナビ「ではまず、勇者自身が所持しているスキルの確認を行って欲しい。確認方法は、前回と同様に目を閉じて自分の内を探れば良い」
ナビに促された通り…前回と同じく、目を閉じてスキルを確認する俺。そしてそこで幾つかの事に気付く
勇者「覇者の叫びと軌跡描く奇跡が灰色になって使えないようだが…」
ナビ「そう…その二つのスキルは条件が揃わなければ使う事が出来ない仕様となっている」
軌跡描く奇跡はともかく、覇者の叫びは…マオウシステムを倒す上での必須スキルの筈
勇者「それはつまり………また、魔王であるノーブル様を倒してスキルを取得しなければいけないという事か?」
ナビ「それが最も確実な手段…としか言う事が出来ない」
確実…か、つまり、不確実でも良いなら他に手段があるという事だろう
取り敢えずその問題は先送りにして、次の質問に移ろう
勇者「次に、この『盟友の絆』というスキルの事を聞きたいんだが…」
ナビ「それが、つよくてニューゲームにより追加された要素の一つ」
勇者「どういう効果があるんだ?」
ナビ「勇者とパーティーを組んだメンバーに…勇者特性を与え、勇者のレベルに応じたステータス増加を行う自動発動スキル」
勇者「それってつまり…」
ナビ「今の勇者程では無いが…仲間が全員、ある程度のレベルの勇者と同様の力を持った状態になる」
勇者「それって、物凄く心強いんじゃないか?」
ナビ「当然。だがマオウシステムを相手にする以上は過信は禁物」
ナビはこう言っているが、俺としては過信をせざるを得ない
勇者「それで、次に…この、セーブとロードって言うのは何なんだ?スキルとはまた別枠みたいなんだが…」
ナビ「それは勇者の意思での使用が可能になったシステムの一部」
勇者「システムの一部?……それはつまり、物凄い物なんだよな。詳しく説明してくれ」
ナビ「概要としては、つよくてニューゲームの機能制限版と考えてもらって問題無い」
勇者「どう違うんだ?」
ナビ「まず、セーブを行う必要がある。実行して欲しい」
勇者「枠が三つあるな…とりあえずここの一番上にセーブして……」
その枠の中に『●序章 ―つよくてニューゲーム―』という文字が付いた
ナビ「では次にロードを実行して、そのセーブデータを選択する」
勇者「よし…」
.
.
目の前が一瞬だけ暗転して、また元の景色に戻った
ナビ「では次にロードを実行して、そのセーブデータを選択する」
さっきと同じ事を言っているが…もう一回同じ事をするのだろうか?
とりあえず俺は、ナビの促されるままロードを行った
.
.
目の前が一瞬だけ暗転して、また元の景色に戻った
ナビ「では次にロードを実行して、そのセーブデータを選択する」
勇者「いや、同じ事を一体何回やらせるんだ?」
ナビ「………状況把握。セーブのタイミングが悪く、ループを起こしていた物と推測。しかし、これで説明が容易になった」
勇者「…これは一体、どういう事だ?」
ナビ「勇者は私が同じ事を何度も言ったように感じたのだろうけれど、実際に私がその発言を行ったのは一回のみ」
勇者「……つまり?」
ナビ「セーブによって記録された時点に、ロードによって巻き戻った。その結果、何度も同じ言葉を聞き…何度もロードを行い…」
勇者「それの繰り返しになっていた…という事か」
ナビ「もし途中で状況に疑問を抱かなければ、勇者はそのまま永遠に繰り返していた可能性が…」
勇者「いや、さすがにそれは無い」
ナビ「ともかく…それによりセーブとロードの概要は理解して貰えたと推測する」
勇者「つまりこれは……時間の逆行と、遡るまでの基点を決める事が出来るって事か?」
ナビ「肯定する」
勇者「………これは…何と言うか………いや」
時間に干渉するスキルなんて滅茶苦茶も良い所だ。このスキルの使い道は幅が大きすぎて、逆に限定して使い所を選ぶ事すら出来ない
ナビ「ただし、このスキルを使う上での注意点が幾つか存在する」
勇者「説明を頼む」
ナビ「まず、ロードをした時点で持ち越す事ができるのは勇者の記憶のみ。所持金や所持品。レベルやスキルといった物は、セーブした時点の物に戻る」
勇者「そのくらいは仕方ないな…」
ナビ「次に、マオウシステム自体はこのセーブとロードの対象外。今回マオウシステムの干渉を直に受けた物も同様」
勇者「マオウシステムは巻き戻らない…という事か」
ナビ「肯定。それ故に、マオウシステムに関わる行動を起こす際のセーブとロードは慎重に行わねばならない」
マオウシステムに関わる事以外にも使う時があるような言い方だが…まぁ、そこはあえて流しておこう
勇者「下手をすれば袋小路に迷い込む、諸刃の剣…という訳か」
ナビ「そう……そして、以上で今回追加された要素の説明を終了する。あ、後…私が実体化した事で何かしらの不具合が起きているかも知れない」
勇者「いや、最後の最後に取って付けたように言うな」
●第一章 ―新たな冒険のやり直し― に続く
●前回のあらすじ
打倒マオウシステムのため、つよくてニューゲームを行った勇者
だが、そこに立ちはだかったのはナビゲーションシステムだったはずの少女『ナビ』
ナビのボケに対して勇者は突込みが追いつかず、成す術無く叩き伏せられてしまうのだった。
●第一章 ―新たな冒険のやり直し―
―勇者の自室―
ナビ「さて…まずはどこから手を付けて行く?」
勇者「そうだな…まずは勇者として覚醒した事を、国王様に報告しに行くべきか」
ナビ「それで問題は無いと思われる。国王から勇者の認定を受けた方が、色々と行動を起こし易い」
勇者「あぁ、そうだな。それもあった」
ナビに言われて思い出す勇者認定…確かにそれも大事だが、俺には他にも思惑があった
ナビ「ただ、注意して欲しい点が一つ」
勇者「何だ?」
ナビ「言うまでも無い事だが、前回の勇者の記憶は今の世界では本来あり得ない物。下手に口を滑らせれば、思わぬ方向に流れが変わり兼ねない」
勇者「判っている。軽はずみな言動は控え、打ち明ける時は慎重を期す」
―謁見の間―
国王「おぬしが此度の勇者か」
勇者「はい」
国王「後ろの少女は何者だ?」
勇者「妹です」
国王「………」
勇者「………」
国王「では、此度の作戦についての説明を改めてさせて貰う」
勇者「いえ、存じておりますので必要ありません」
国王「む?…そうか。では次に、軍資金として」
勇者「それも必要ありません」
国王「………ふむ、大した自信のようだな。では、何か他に聞きたい事は……」
勇者「あります」
国王「では何を聞きたい?」
勇者「憎しみの象徴として魔王を作り出し、勇者にそれを継がせるか贄にすると言う……この仕組みについて」
国王「なっ…………!!!?」
ナビ「な――――――っ!?」
国王「お主…何故それを!?魔王か?魔王が先に干渉を…いや、そんな筈が無い。まさか、システムが暴走して勇者に暴露を…」
ナビ「いやいやいやいや、それは違う。暴露したのは私ではない」
勇者「国王様、続きを話すにあたり、人払いをお願いしたいのですが」
国王「いや…良い。今この場に居る者は皆、その仕組みの事を知っている」
勇者「それは知っています。人払いをお願いしたい理由はそこではありません」
国王「……よかろう。皆の者、ここは下がれ」
国王様の合図により下がる側近達。その際、見える位置には居ないがエレルの気配も感じられた。
…この時点でも既に潜り込んでいたのか
勇者「あ、エレルだけは残ってくれ。どうせ聞き耳は立てているんだろうが、一緒に居た方が話し易い」
エレル「………何で勇者さまが私の名前を知っているんですか…と言うか、性格まで把握されてる気がするんですけど…」
と言って、何も無い空間から現れるエレル。フードを深く被っていて顔は見えないが、声は間違いなくエレルだ
勇者「それも後々ついでに話す。さて、話を戻しても良いだろうか?」
エレル「はーい…」
勇者「ではまず二人に説明を。簡単に言うと…俺は未来から来た」
国王「………なにっ…?」
エレル「…はぁっ!?何言ってるんですか?未来から過去への干渉なんて、そんな事できる筈が無いでしょう!!」
勇者「だから簡単に言うと言ったんだ。実際はもう少し複雑な事情がある」
エレル「いやだからですね………いえ、このまま話の腰を折ってもいけないので続けて下さい」
勇者「すまない。では続きだが…俺の経験した世界は―――」
こうして俺は二人に前回の出来事を話した
二人とも最初は納得する事が出来ないようだったが、俺の話に信憑性を見出してからは聞き入っていた
国王「成る程…にわかには信じ難いが……しかし…」
エレル「可能性としては十分で、否定しきる事は出来ない内容ですね…しかし勇者さま、それを私達に話してどうするお積りなんですか?」
国王「うむ…その話の真偽に関わらず、儂は国王としての義務を果たす他は無いぞ」
勇者「協力して貰えるのでしたらそれに越した事はありませんが…今はただ、この事を知っておいて貰いたかっただけです」
ナビ「!?」
何も考え無しに不用意な発言をしたのか!? と言わんばかりの視線が突き刺さる
エレル「あ、じゃぁ国王さま、勇者の剣にかけてある裏技だけでも解除しておきませんか?それとも、そんな物は無いってしらを切ります?」
国王「勇者の剣に仕掛けはある…だが、それを解く訳には行かぬ」
エレル「ぇー……」
国王「全てを聞いた今となっても、この勇者の言葉が真実であるという保障はどこにも無い。そして、真実であったとしても…」
エレル「しても?」
国王「あの仕掛けは、勇者が気を違えた際の防衛線。解く訳には行かぬ」
エレル「強情ですねー…あ、私なら解除方法を編み出せるんですよね?やっておきましょうか?」
勇者「いや、良い。国王さまの言葉も心情も尤もだからな。解いて貰うにしても、そこに国王様の意思が無ければ意味が無い」
俺が勇者として覚醒したという事…それは即ち、先代の勇者エイベル様の死を意味する。
ご子息を亡くした国王様が…陥っている、その悲しみを考えれば…勇者とは言え、赤の他人の俺を信用する方が難しいだろう。
国王「…………」
エレル「甘々ですねー……」
勇者「さて、引き続き…別件で国王様にお願いがあるのですが」
国王「…何だ、申してみよ」
勇者「帝国との国境にある領地…あそこは現時点では領主不在のはずですね?」
国王「うむ、その通りだが…まさか」
勇者「はい、あの領地を私にお売り頂きたいのです。売却が無理でしたら、寄付金により領主任命という形式で構いません」
エレル「………勇者さま、何を考えてるんですか?」
ナビ「………現時点では判らない。勇者の意図が読めない」
勇者「あぁ、そうだエレル」
エレル「あ、はい。何でしょう?」
勇者「一つ―――頼み事をしておいても良いか?」
―エレナの家―
エレナ「聞いたよ勇者くん、勇者就任おめでとう。ナビちゃんも久しぶりだね、元気してた?」
言葉とは裏腹に、あまりそれを良く思っていない様子のエレナ。この辺りは前回と何ら変わりが無いのだが…それよりも
ナビ「うん、元気だったよ。エレナお姉ちゃんも元気だった?」
覚醒の朝に起こされた時もそうだが、ナビのこの豹変ぶりにはどうしても馴れない。
エレナ「それで勇者くん、今日はどうしたの?あ、もしかして…勇者くんのパーティーに私を誘いに来たとか?」
安堵半分不安半分で問いかけるエレナ…前回はエレナをパーティーに迎えたが…
勇者「いや、そういう訳では無いんだ。ただ…胸騒ぎがしてな」
今回はそれを断る。そして
此処へ来た本当の理由の方へ意識を配る
村人A「魔族だ!!魔族が攻めて来たぞーーー!!!」
家の外から上がる声。鳴り響く鐘の音。前回は、あと一歩の所で間に合う事が出来なかった…魔族の襲撃。
勇者「やはり来たか…」
―戦場となった村―
カライモン「グルル……ガァ!!…ァ……ミナ…ゴ…ロシ!!スベテ…コ……コロ…ス!!」
村を襲うのは、カライモン率いる魔王親衛隊。
要である筈の魔王は不在ながらも…奴等は、村人達に恐怖を与えるには十分過ぎる程の力を持っていた。
家屋は焼け崩れ、人々は逃げ惑う…
そんな中、予想外の事が起きた。
エレナ「させない………私が生まれ育ったこの村を、魔族なんかに!」
他者の命…いや、己の命に対してさえ冷めた視野を持っていた前回のエレナ…
だが、今思えば昔の彼女はもっと感情的だった筈
ならば、何故…何が彼女を変えたのか。その答えが今目の前にあった。
魔王親衛隊に村を滅ぼされ、勇者パーティーに加入して仇を討とうとしていたんだ。
………にも関わらず、彼女は俺のために命を擲った。
…そう
勇者「だからこそ。今回は………そんな未来にしてはいけないよな」
エレナ…そして村人達と魔王親衛隊の間に割って入る俺
エレナ「駄目………勇者くんじゃ敵わない。勇者くんは此処で…こんな所で死んじゃいけないよ!!」
カライモン「ユウ………シャ……!!? コロ……ス…ユウシャハ…!!!」
魔王親衛隊員アスモウデス「勇者か……まさかこんな所で新たな勇者に出くわすとは、魔王様に良い土産が出来たぞ」
皆が皆、勝手な事を口走る中…スキル『凍結の息吹』を使って家屋に回った火を消し去る俺
魔王親衛隊員ガープ「なっ……これは上級魔法!?なり立ての勇者が使えるような物じゃないぞ!?」
実際になり立てでは無いからな、まぁ驚くだろう。
………だが驚くのはこれからだ。
魔王親衛隊員セーレ「な…何だこれは!?身体が……身体が地面…いや、影に…飲まれ……」
魔王親衛隊員アスモウデス「ぬ、抜け出せな……っ」
魔王親衛隊員ガープ「くっ…空を飛んでも…駄目なのかっ………」
魔王親衛隊員アスモウデス「これはまさか…魔王様の………!?」
その通り。正確には先代魔王からノーブルさまが受け継いだ『貪欲なる影<アングリー・シャッテン>』というスキルらしい。
これにより親衛隊達は一掃され、残るは………カライモン一人。
エレナ「え………嘘っ…こんな高度な魔法を扱うなんて…本当に……勇者くん…なの?」
見ただけでこれが高度だと判るエレナも相当な物だろう。
勇者「その辺りの説明は後でする。今は村人達を守る事に専念してくれ」
エレナ「あ…うん、判った!」
そして再びカライモンに視線を戻す俺。カライモンの様子は、前回俺が初めて対峙した時と同様の物
そう………エイベル様の魔力と記憶を食らって狂気に満ちた物だった。
勇者「待っていろ…今開放してやるからな」
………そうして…思いのほか苦戦を強いられた後、村人達と共に迎える勝利の夜明け。
村人達は、疲労困憊ながらも早速村の復旧に取り掛かり…俺は、カライモンの遺体を村外れの倉に運んでいた。
―村外れの倉―
勇者「さて…そろそろ蘇っている頃じゃないのか?それともこう言うか?そろそろ正気に戻っている頃…と」
カライモン「ふむ………これは一体どういう事でしょう?不可解な程に私の事情をご存知のようですが」
勇者「やっといつものカライモンに戻ったか。その調子に馴れてしまったせいか、あっちの方に違和感を感じてしまったぞ」
カライモン「はて…その言葉の意図を掴む事ができませぬが………こうして私を連れて来た以上、何かしらの交渉を望まれているのでしょうか…」
勇者「話が早くて助かる。では早速本題に入るんだが――――」
カライモン「ふむ……むむ、とても信じ難い話では御座いますが…それ以上になまじ心当たりがある分、否定の方が難しい現状で御座いますね」
エレナ「本当…そんな話を聞いて、いきなり全部信じるなんて事はできないよね」
エレナ「まぁ………まだ開発中の『凍結の息吹』を使われちゃった以上、それも信じざるを得ないんだけど…」
勇者「エレナ!?何故ここに!?」
いつの間にか…いつから聞いていたのか、扉の向こう側から聞こえるエレナの声
エレナ「何故も何も…勇者くんが一人でその魔族の亡骸を倉に運んでく姿なんて、どこからどう見たって怪しいんだよ」
そう言って倉の扉を開くエレナ。そしてその背後にはナビの姿もあった。
ナビ「エレナが様子を見て来る…という形で、辛うじて村人を達を納得させて来た…そうでなければ恐らく村人全員がここに来て居た」
カライモン「!!!?」
そして…ナビを見て、今まで無い程の驚愕の表情を見せるカライモン
カライモン「貴方は…やはり……成る程。此度はそういった役割を担っておられましたか……それでは勇者様の言葉を全面的に信用する他ありませぬな」
え?何がどうなってる?いや…納得して貰えたならそれで良いのだが…どうも、自分が蚊帳の外に置かれているのは余り良い気分では無いな
エレナ「それで…勇者くん?」
勇者「な、何だ?」
エレナ「その前回の事を引き摺って、私を置いて行こうとした訳だよね?」
図星だ、相変わらずエレナは鋭い。だから…なるべくエレナにはこの話を聞かせたくなかったのだが…
ナビ「………」
ほら見た事か、人の忠告を聞かずに軽口を叩くからそうなるのだ と言わんばかりのドヤ顔をナビが向けて来る
エレナ「本当は留守番のつもりだったんだけど…こんな話をお聞いちゃった以上、自分だけ見て見ぬ振りはできないよね」
あぁやっぱり…これは不味い、止めても絶対に止まらない。無理にでもついて来る。
勇者「判った……だが、少しでも危険を感じたら退く事。これが条件だ」
エレナ「オッケー。さすがは勇者くん、物分りが良いねぇー」
前回は、散々周囲から察しが悪いと言われまくったがな。
勇者「そう言えばナビ。誰かをパーティーに加えるには、どうすれば良いんだ?」
ナビ「目を閉じて仲間の一覧を思い浮かべる。そしてその状態で目を開き、対象を仲間だと認識すれば完了」
と説明を受け、その通りに実行した
エレナ「え………うわっ、何これ!?凄い魔力を感じる…と言うか、魔力以外も何か凄い事になってる感じ……」
どうやら加入成功のようだ。スキル『盟友の絆』の効果も現れているらしい
カライモン「これはまた………ふむ、まるで全盛期に戻ったかのような昂ぶりで御座います」
あ、ついカライモンもパーティーに加えてしまったらしい。まぁ前回の最後で一緒のパーティーだったのだから仕方ないし問題も無いか。
ナビ「盟友の絆の効果…確認した」
お前もか
カライモン「しかし…私はこれからどう行動致しましょう?このまま勇者様のパーティーに寝返るのも構いませんが…」
勇者「いや、カライモンにはこのまま魔王城に帰還して貰おうと思っている」
カライモン「ふむ…では、そこから先は?」
勇者「魔王…ノーブル様に、今聞いたありのままの事を話して貰えればそれで良い。あぁ、そうだ…それと―――――」
―領主の館―
勇者「…という訳で。皆様、本日はこの館に集まって頂きありがとうございます」
帝王「んな堅苦しい挨拶は良いってーの。前回はタメ口聞いてたんだろ?ってか、名前呼びで構わねぇよ」
勇者「すまないエイジ」
ヤスカル「んなっ…いきなり……」
国王「儂に対しても敬語は不要だ。今この場所で行われるのは、国と国の問題ではなくこの世界全体の問題なのだろう?」
勇者「はい…ではそのお言葉に甘えます」
国王「それで帝王よ…お主はどこまで知っておった?本来ならば前帝王が伝えておる筈なのだが…」
帝王「聞く前に倒れられちまった。んでも安心しろ。勇者から話は聞かせて貰ったからよ」
国王「ふむ…ならば取り敢えずはよしとしておこう。ではそろそろ本題に…」
勇者「あ、いや…もう少しだけ待って欲しい。あと二人程来る予定なんだ」
国王とエレル…帝王とヤスカル…エレナとナビが席に着き、俺は立ったまま進行役を勤めている。
そして残り二つの空いた席に、皆の視線が集まった…丁度その時
??「すまない、途中で嵐に巻き込まれてね」
扉をノックする音と共に現れる来訪者。
俺はその声の主を招き入れるべく扉を開く。そしてその先には…黒いフードを被った二人組が立っていた。
国王「ふん…相変わらずだな」
国王様がそう言うと共に二人組はフードを取り、その姿を皆の前に晒した。
一人はカライモン…そして、もう一人は…
一同「…………」
ノーブル・グランティーニ…本来ならば人類全ての敵とされている魔王である。
帝王「話しにゃぁ聞いてたが……成る程、本当に勇者ノーブルが魔王だったんだな……」
ヤス「あ、あれ?何ですかこのメンバー。あっしが、こんな場所に居て良いんッスか!?」
今回のヤスは語調が戻るのが早いな。
エレナ「………」
国王「…………」
魔王「やぁ、久しぶりだね。兄さん」
国王「…儂からすれば、お前の姿は記憶と一切変わらん。時の流れを感じる余地さえ無いわ」
勇者「えっ」
いや、さりげなく新事実を明かさないでくれ。ノーブル様が国王様の弟?そんな事、前回は聞いて…あぁ、そもそも二人が顔を合わせる事が無かったんだ
魔王「未来から来た勇者君でも、さすがにこの事は知らなかったようだね」
看破されている
国王「儂の…王家の本筋以外の血族は、その身分を伏せねばならぬ仕来りだったからな。それより、これで揃ったのならば話を進めては貰えぬか?」
勇者「あ…はい。それでは聞いて貰いたいと思う…俺の…打倒マオウシステムの計画を――――」
帝王「人間の集団深層意識…マオウシステムの打倒……か。可能性が無い訳でも無いのは聞いてて判ったが、それを成功させられる確率はどのくらいなんだ?」
勇者「まだ判らない」
帝王「んじゃ、帝国は全面的な協力をする訳にゃぁいかねぇな。ってーかそもそもよぉ…マオウシステムってのは、危険を冒してでも倒さなけりゃいけねぇのか?」
魔王「私も帝王…エイジくんの意見に賛成だね。魔族とは言え一国の主である以上、軽はずみにリスクは侵せない」
国王「その通り…誰かが勇者となり、その勇者が犠牲になる事は儂も遺憾に思う…が、それは勇者のみに限られた事では無い」
帝王「そう………国を抱えて行く以上、誰かを生かすために誰かを犠牲にするってのは避けて通れねぇ道なんだ」
カライモン「私個人…いえ、個魔としては勇者様の計画に賛同致したいのですが…やはり魔王様の意思に反する事は出来ませぬ故…」
エレル「私は勇者さまの計画に賛同ですねー。そのシステム自体が気に入りません」
エレナ「私も勇者くんに賛同だね。各国の王様達から見れば無責任かも知れ無いけど…やっぱり勇者くんを犠牲にするのは間違ってると思うから」
ナビ「…こうなる事は判っていた」
ふと…唐突にナビが口を開く
ナビ「今の人類は、マオウシステムに依存し切っている……それは何故か?その方が楽だから、その方が都合が良いから」
ナビ「国民を盾にして反論を遮り…自分が本当にやりたい事さえも偽って、無理矢理に納得させているだけ」
ナビ「………お前達は……ただの臆病者だ!!」
普段のナビからは想像も出来ない程に感情的な声。その場に居た誰もがその様相に釘付けになる。
帝王「ん…………のっ!!!手前ぇに何が判る!!」
魔王「私は否定しないよ…私は臆病だからこそ魔王になってしまったんだ。けれど…君達にならそれだけの勇気があるのかい?」
ナビ「ある」
魔王「面白いね…ならば証明して貰おう。猶予は…そうだね、三ヶ月。もしそれまでに証明できなければ…マオウシステムの有用性を示すために……」
国王「…まさか…!」
魔王「そう…魔族による、人類の大虐殺を行う。勿論滅ぼしはしないけど…どれだけの命が失われるか判らないね」
帝王「んの……っ…!!」
魔王「さて、では私達はこのタイミングで退散させて頂くとしよう。 …カライモン」
カライモン「はっ…畏まりました」
そう言い残し、影の中へと消えるノーブル様とカライモン。
あの魔法…貪欲な影は転移魔法ではなく単なる潜航魔法…足止めする事も可能だが…今それをした所でどうしようも無い
くっ…非常に不味い…ノーブル様の宣告により、この場の緊張感はただならぬ物になっている。
ナビ「大丈夫、問題は無い」
そんな中、沈黙を破ったのはナビだった
ナビ「条件付きながらも、魔王は協力を申し出てくれた」
帝王「…………はぁっ!?手前ぇは何を言ってんだ!?どこをどう………」
ヤス「あ…っ」
帝王「ん?…そうか……つまり…逆を言えば、三ヶ月以内に勇気を証明できりゃぁ、勇者に賛同してくれるってー事か?」
ナビ「肯定する」
国王「ふん…馬鹿馬鹿しい。儂はそんな危ない道を渡る事は出来ぬ、最悪の事態に備えるのみだ」
エレル「星天の柱を使う気ですね…」
国王「お前は反対のようだな」
エレル「いえ、とりあえず星天の柱を起動させる所までは賛成しておきますよ。第一あれは、勇者―――」
国王「そこまでだ。協力するのならば共に来い」
エレル「はーい…それじゃ転移しますから、身を屈めて下さいねー。あ、勇者さま、今日の所はこれでー…」
そう言いながら転移により消え去る国王様とエレル。
残されたメンバーの視線は、自然と…残った王、帝王エイジの元へと集まり
ヤス「帝王様…乗せられちゃったみたいッスね…」
帝王「はぁ!?」
ナビ「計画通り」
帝王「なっ…一体どーいう…」
勇者「何と言うか…」
エレナ「帝王さんって…本当、勇者くんの話しで聞いた通りの人なんだね。私から説明しようか?」
帝王「くっ……頼む」
エレナ「まずあの場の状況から。一見すると王様達全員が難色を見せていたように感じたよね?」
帝王「そりゃそうだ。ってーか、実際渋ってたぞ」
エレナ「そこでナビちゃんが王様達を叱咤罵倒…痛い所を突かれた王様達は、そこで逆上…したように見えたでしょ?」
帝王「見えたじゃなくて、実際に俺は逆上してたぞ」
エレナ「帝王さんはね。ただ、図星を突かれたって事は…本心では勇者くんの助けになりたかったって事なんだよね。ありがとう」
帝王「るせぇ…いいから話を戻せや…」
エレナ「そこで、魔王さまは一芝居……あ、違うかな。この場合は…一博打打つ事にしたんだよ」
帝王「何でそこで言い間違えんだよ」
エレナ「どっちでもある状況だったからね。魔王さまは魔王さまでこのシステムの事は何とかしたかった筈だし、言ってた事も間違いじゃないよ」
帝王「んじゃあ、何でそれが俺が乗せられたって事になんだよ」
エレナ「大虐殺を止めるために、勇者くんに協力するでしょ?」
帝王「そりゃぁ勿論……ぁー…………」
勇者「エイジは…目の前の戦いから決して逃げ出さない」
ナビ「加えて、敵の敵は味方として受け入れるだけの寛容さも持ち合わせている」
エレナ「そして…勇者くんの話からそれを知っていた魔王さまは、帝王さんの性格を読んだ上であんな宣告を行った…という事なんだよ」
勇者「マオウシステムを倒そうという問題で、マオウシステムに乗るのは癪だがな…」
帝王「くそっ…褒められんのか貶されてんかどっちだよ」
ヤス「褒められてると思っておいた方がお得ッスよ……」
帝王「あー…くそっ!こうなったらとことんやってやろうじゃねぇか!手前ぇら、俺を引き込んだからには半端は許さねぇぞ!」
エレナ「途中で結構ヒヤヒヤしたけど、何とかなったね…」
勇者「あぁ…皆のお陰だ」
ナビ「とは言え…まだ問題は残っている。三ヶ月以内に勇気の証明を行わねば、人類の大虐殺が起こる事…そして、残る公国…皇国…合衆国の説得」
勇者「そうだな…各国の賛同の件は、これから向かうとして…勇気の証明に関しては大丈夫なんだろうな?」
ナビ「何を言っている?」
勇者「えっ……いや、あれだけ自信たっぷりに啖呵を切っていたじゃないか。あれは…」
ナビ「任せた」
勇者「えっ」
……………何も考えていなかったのか。それとも、考える必要も無い程に信頼さえれていたのか…まぁ、ともかく
勇者「雲を掴むような話だが…やるしか無いか。証明する方法が見付からないだけで、勇気ならば持っているからな」
そう言い切り、決心をしたその瞬間……館中に奇声が響き渡った
帝王「なんじゃぁこりゃぁぁぁぁ!?!!?」
ヤスカル「あ、あっしも…えぇぇ、何っすかこれ!?」
…どうやらエイジとヤスカルも、いつの間にかパーティーに加えてしまっていたらしい。
●第二章 ―あの人は今― に続く
●あらすじ
国王、帝王、魔王を交えた三カ国会議を開催した勇者。
だがその会議は難航を極め、座礁しかけた…その瞬間。
「臆病者!!」と響き渡るナビの罵倒。
それに憤慨した魔王は…三ヶ月以内に勇気の証明を要求。出来なければ大虐殺を行うと宣言
その結果、なし崩しに帝王の助力を得る事に成功するのだが…
●第二章 ―あの人は今―
―領主の屋敷―
帝王「ってー訳で、こいつが例のカインだ」
カイン「例のって何さ。て言うか、何で僕がこんな所に連れて来られなけりゃいけない訳?」
ヤス「この…帝王さま直々のご命令を一体何だと」
カイン「ヤスは良いから黙ってて」
事の始まりは、帝王からの伝令…以前より捜索を頼んでおいたカインの所在、それが明らかになったとの知らせを聞いた事だ。
前回は国境で生死を賭けた戦いを行い。星天の柱においては、敵の足止めを買って出てくれた存在。
………だが、それ以上に気になる事があり…今日この場に呼ぶ流れとなった。
エレナ「ふぅん…君がカインちゃんなんだね」
当然ながら、国境で見えた時よりもその容姿は幼く…およそ10…いや、9歳程度。ちゃん付けをされてもおかしくは無い年齢なのだろうが……
その顔は明らかに引き攣っている。
勇者「エレナ…まぁ何だ、カインも子供扱いされるのを嫌がるような多感な年齢かも知れないだろうし…」
カイン「ハハ…ハハハハ。嫌だなぁ、べ、別に気にしてなんか居ない…さ…と言うか、アンタもアンタで、人の名前を軽々しく呼ばないでくれるかなぁ!?」
あぁ…何と言うか泥沼だ。
帝王「んで……コイツをどうするつもりなんだ?勇者に覚醒する可能性があるとは言え、今はただのガキだぜ?」
カイン「ガキじゃない!!」
勇者「それに関しては道々説明しよう。とりあえず、外に馬車を用意してあるから…それで王宮まで―――」
そう促そうとしたまさにその時…
窓の外から突き刺さる閃光、響き渡る爆音。
そう………この領地が襲撃を受けたのだ。
―国境の領地―
帝王「どういう事だ!?魔王の言ってた期限にゃぁまだ程遠いぜ!?」
勇者「いや…そもそもこれは魔族の魔法ではない」
そう…領地を襲うそれは、俺の知る魔族の攻撃とは桁違いに高い威力の魔法。
エレナ「予め結界を張っておかなかったら、危なかったよ…」
エレナの施した結界により、辛うじて防ぎきれる…それだけの威力を持った魔法だ。
それ程の魔法を使える存在は、魔王くらいしか居ない…だが、ノーブル様がこんな奇襲を仕掛けてくるとは思えない
そして何より、魔法の威力もさる事ながら…その魔法その物が、魔族の扱うそれとは異なる形式で発動しているからだ。
俺はその魔法の主を確かめるべく、屋敷の外へと飛び出した。
そして…そこに居たのは…
黒い甲冑の男「やっと出て来たか。幾ら呼び鈴を鳴らしても来ないもんだから、留守かと思ったぞ」
黒い甲冑の女「………」
見た事の無い二人組。そう…前回でも見た事の無い、謎の二人組。それも、魔王と同格かそれ以上の力を持った……
エレナ「何?あれって誰なの?勇者くん」
勇者「俺にも判らない…あんな二人組は見た事も無い」
帝王「見た感じ、魔族って訳でも無さそうだが…何かヤバい感じじゃねぇか」
黒い甲冑の女「っ…………!!」
黒い甲冑の男「ははっ…まぁその反応は予想していたが………正直悔しいな」
どういう事だ?何を言っている?何を悔しがっている?
エレナ「あの様子だと…私達の内の誰かがあの人達と面識あるって事なんだと思うよ。ねぇ…良ければ教えて貰えないかな?」
黒い甲冑の女「………教えてあげない」
女の方は小な声でそう言い切り、巨大な火球を作り始める。どうやら先程までの攻撃魔法はこの女による物らしい
黒い甲冑の男「そうだな…本人が思い出すより先に答えを言うのは、無粋という物だろう」
ではあちらの男は一体何をしてくるのだろうか…それは、考えを巡らせるよりも早く回答が行われた
勇者「そんな………馬鹿な」
帝王「おいおい…まさかあれって……」
エレナ「うん…多分………」
勇者「何故お前達がそれを持っている!」
そう…黒い甲冑の男の方が取り出した武器は……
勇者「その剣……勇者の剣を!」
紛れも無い、勇者の剣だった。
言うまでも無いが、勇者の剣は常人には扱えない…即ち、勇者にしか扱う事の出来ない剣だ
本来ならば、まだ天空山の頂上に突き刺さっている筈のそれ……
にも関わらず、今この瞬間この場所にあり…黒い甲冑の男の手に握られている。
黒い甲冑の男「これは大きなヒントになっただろう?」
勇者「どういう事だ…お前は一体誰なんだ!?」
黒い甲冑の女「まだ判らないなんて…察しの悪さは相変わらず………」
俺か?俺の知っている誰かなのか!?
だが今回、勇者として覚醒してからあんな者達と会った覚えは無い。覚醒する前ならば尚更、あんな異質な存在を忘れる筈が無い。
黒い甲冑の男「よし…時間切れだ」
勇者「何…?」
その言葉と共に黒い甲冑の男から放たれる一閃。
勇者の剣を用いて放たれたそれは、エレナの張った結界を易々と切り裂き…大地にまでその爪跡を残した。
しかし、それだけでは終わらない。結界が消滅した所で、黒い甲冑の女の方からは巨大な火球の魔法。
これはいけない…俺一人ならば耐え切れるかも知れ無いが、仲間達は…いや、仲間達が耐え切れたとしても、ここの住人が無事では済まない。
そして……もう、このタイミングであの火球を防ぐ方法は一つしか無い。
俺達の下へと迫り来る火球…俺は瞬時に大地を踏み締め、力を込める。全ての防御を捨て、光の速度で突撃するスキル―――
―――が、発動するよりも早く、事態は収束した。
俺達に向けられた炎は、その熱で皆を焦がすよりも先に……一点に…カインの下へと集まり、その暴挙を鎮められていた。
カイン「ふぅん…これがボクの勇者としての特性か………ま、悪くは無い感じかな」
何時の間にかカインをパーティーに加入していたらしい。
そして今度はその炎を開放し、炎の柱として黒い甲冑の女に向けて放つカイン。
だが寸での所で黒い甲冑の男が割って入り、勇者の剣をもってその炎を切り裂く。
黒い甲冑の女「驚いた、そんな隠し玉が居たなんて……でも、もう同じ手は…」
ナビ「待て」
黒い甲冑の男「お前は…そうか、今はそちら側に居るという訳だな」
ナビ「こちら側もそちら側も無い。今は退け」
黒い甲冑の女「何を勝手な事を…こんな絶好の機会に…」
黒い甲冑の男「いや…止めろ。機会ならまた作れば良い、今は退いておこう」
黒い甲冑の女「っ………」
俺の知らない範囲の情報で交わされる交渉…
俺はただそのやり取りを呆然と見守るしか無かった。
そしてそれが終わると、黒い甲冑の二人組は空の彼方へと飛び去って行き…
爪痕だけを残した静けさが周囲を支配した。
エレナ「何だったんだろう…あの二人組」
帝王「とんでもねぇ強さだったな……思い出してもヒヤヒヤするぜ」
カイン「そう?ボクは全然そんな事無かったけどね」
エレナ「そうそう、カインちゃんはファインプレーだったよね。ご褒美に頭を撫でてあげようー」
カイン「だから止めろって!!」
勇者「ナビ…お前はあの二人の正体を知っていたようだが…」
ナビ「あの二人は…言うなれば勇者とエレナの遺恨。正体を私の口から言う事は出来ない…知りたくば勇者自身がその正体を掴むべき」
ある意味予想通りの答えが返ってきた。
そしてその後…
辛うじて無事に残った屋敷の中で身なりを整え直し、襲撃で先送りになってしまった出発の準備を行う俺達。
先の襲撃で馬車が逃げ出したため、仕方なく帝国の馬車を借りて代用する事となる……等の騒動の後
やっとの事で、カインを連れて王宮へ向かう事となったのだった。
―謁見の間―
勇者「国王様…こちらのカインが、エイベル様のご子息。即ち、貴方の孫です」
国王「なん……と…!?」
カイン「はぁっ!?何とち狂った事言ってんのさ、帝国生まれのボクが、国王の孫な訳無いじゃん!」
勇者「その件に関しては…エイジ、解説を頼む」
帝王「俺かぁ!?…ったく、本当はこーいうのは苦手なんだがなぁ…まぁ良い、お前等ちゃんと聞けよ?」
国王「………」
カイン「………」
帝王「まぁ簡単に言やぁ…カインはエイベルの隠し子って事だわなぁ」
国王「…な…に?」
帝王「10年くらい前に、魔王討伐の名目で王国から出て…今まで思いを募らせてた帝王の姫と逢引。あ、ちなみに逢引ってーのは…」
カイン「いや、いちいち言わなくて良いから。両親のそんな話し聞きたくも無いよ」
帝王「んじゃ続き行くぜ?その事を知った当時の帝王は、そりゃぁもう激怒したみてぇだ。自分の娘を勘当して、平民にまで落としちまったんだからな」
国王「………」
帝王「ついでに言うと、勇者エイベルが逢引の際に使ってた名前がカイン……そう、母親がお前に付けた名前だ」
カイン「…」
国王「しかし解せぬ…そんな事を、エイベルは一言も……」
帝王「そりゃぁ言わねぇだろ…ってか言えねぇだろ。純血主義の王国王家に、帝国の血が混じったなんて知れたら……そう、最悪の事態も考えてたんだろーな」
国王「そんな…そんな事は………いや」
帝王「おっと、結論は今出さなくても良いぜ。とにかくエイベルはそれを恐れてたんだろ。で…今までずっと隠して来た訳だ」
カイン「いや、待ってよ。それってあくまで仮説でしょ?大体…母さんが帝国の姫だったかどうかだって、今となっては確かめようが…」
帝王「いや、あったぜ。カインん家じゃなくて、帝国にだがな」
カイン「…それって、どういう事?」
帝王「そりゃぁ………あぁ、さっき前帝王が激怒したって言ったが、ありゃぁ無しだ。多分娘の身を案じて勘当したんだろうな」
荷物の中から資料を取り出し…それを手にして訂正する帝王
カイン「え………」
帝王「いや、前帝王の命令で姫さんの所在や安否を記録してたみてーなんだが…こりゃ、俺が宣戦布告した後の話しだな」
カイン「………はぁっ!?…どういう事なのさ!」
帝王「つまりだな…前帝王は、戦いに敗れて姫さんが手篭めにされるのを恐れて平民に落とした…つまり、俺から隠したみてーな事が書かれてるんだわ」
勇者「帝王…」
エレナ「帝王さん…」
帝王「いやいやいやいや、これは前帝王が勝手に書いた事だからな?俺はそんな事しよーとして無ぇぞ!?なぁヤス?」
ヤス「………………え!? あ、えぇ……まぁ………絶対にしてたとは言い切れないッス…ね」
一同「…………」
エレナ「それにしても…良かったね、カインちゃん」
カイン「何がさ」
エレナ「カインちゃんは、皆の優しさに守られていたって事…今まで身分を隠されてたのは、皆がカインちゃんを大事に思ってたからって事だよね」
カイン「ふん………どうだか」
エレナ「どうだかねー…どうだろうねー…どうなんだろうねー……ねぇ王様?」
エレル「国のためだとか…そういうのは良いんで、とっとと自分の感情で動いちゃいましょうよ。皆も、何気いても流布したりはしないでしょう?」
突然玉座の後ろから現れるエレル。相変わらずの神出鬼没さだ
…そして、珍しく良い仕事をしたらしい
国王「………突き詰めれば…国の体制に拘った儂が招いてしまった事だ。お前はこんな儂でも許してくれるか?」
カイン「はぁ…馬鹿馬鹿しい。別に許すも何も、嫌な事をされた訳じゃ無いし。今までの境遇に不満を持った事も無いよ」
国王「だが…儂は、もし間違えていればお前を…」
カイン「あーもう、そんな事知らないっての。それじゃアンタは、現在進行形でボクを抹殺したいの?」
国王「そんな事がある物か!」
カイン「んじゃ、それでこの話しはお終い。ほら、何時までも過去に縛られてるとか止めてくれないかなぁ?そういうの格好悪いよ?…爺さん」
エレナ「国王さまとカインちゃん…無事に出会えて和解できて…本当によかったね」
勇者「あぁ…そうだな」
帝王「んじゃ…水入らずって事で、俺達お邪魔水は外まで流れてくとすっか」
ヤス「帝王さま…」
勇者「……何と言うか、そのセンスは相変わらずだな」
―帰りの馬車―
エレナ「そう言えば…あの場の空気だったから言い辛かったけど、ちゃんとお別れして来なかったね」
帝王「なぁに、別に今生の別れってって訳でも無ぇし。いずれまた会えんだろ」
ヤス「そうッスよ。またいつか…」
カイン「いや、いつかじゃ良く無いから」
ヤス「って、カイン様!?」
あ、いつの間にか様付けになっている。と言うか、カインは一体いつの間にこの馬車に?
…あぁ、エレルの転移魔法か。移動中の馬車に転移とは、また無茶な事をする
カイン「爺さんから聞いたよ。今、世界を救ったり変えようとしたりしてるんだってね?ボクもそれに連れてってよ」
勇者「…危険な旅になるぞ。第一、国王の許しを…」
カイン「あ、その事なら大丈夫…ちゃんと言って来たし。それとこれ、爺さんからの手紙」
そう言ってカインは手紙を俺に手渡し、俺はその手紙を広げる
国王からの手紙『勇者よ…この度の事はいくら礼を言っても足りぬ程感謝をしておる。』
国王からの手紙『お主の言う通り、儂はエイベルの死によりマオウシステムに執着し、大事な物を忘れて居てたようだ。』
国王からの手紙『真に勝手ながら、僅かでもお主の力になれるよう尽力させて貰おうと思う。』
国王からの手紙『ついては先ず、この鍵…星天の柱の鍵をお主に託す。これは勇者にしか使う事が出来ぬ物だ、有事が来れば力になるだろう。』
国王からの手紙『お主の…そして全ての人々の未来に、光ある事を願う』
勇者「国王様…」
俺は、星天の柱の鍵を手に入れた。
―帰路の森の中―
勇者「ん?カインはどこに行った」
エレナ「カインちゃんなら、汗かいたって言って水浴びに行ったよ」
帝王「ぁー…そーいやぁ、あの襲撃のせいで風呂に入り損ねちまってたしなぁ…」
と言ってこの場を去る帝王
勇者「エレナは良いのか?」
エレナ「私はあんまり汗かかない方だから、別に良いかな。あ…何?勇者くん、覗きたいの?」
勇者「違う!」
エレナ「ムキになって否定する所がまた怪しいんだよねー…」
勇者「…もう良い。俺も水浴びに行ってくる」
エレナ「…ってチョイ待ち。どこに行くつもり?」
勇者「どこも何も…水浴びと言っただろう?先にカインとエイジが居るだろうし…」
エレナ「………え?ちょっと待って。カインちゃんと一緒に水浴びするつもりだったの!?」
勇者「ど…どうした?男同士の裸の付き合いくらい、別に変な事でも無いだろ?」
エレナ「…勇者くん。それ本気で言ってる?」
勇者「本気も何も…例えば銭湯にしたって、芋洗い状態なのはエレナだって知ってるだろ?」
エレナ「そっちの事じゃなくて………カインちゃんの事。男だと思ってたの?」
勇者「…え?」
俺が疑問符を浮かべたその直後………突如、背後の川から立ち登る巨大な火柱。
予期せぬ事態に目を向ける俺とエレナ…
更にその中から現れたマグマの柱が、まるで龍のような動きで大きくうねり…大きく口を広げ牙を剥く。
そして……
その頭の先に見えるのは、手拭一丁の帝王。
あぁ、そういう事か……さすがにこれは…察しの悪い俺でも、オチの判る話だった。
―帰りの馬車―
カイン「あーもう!本っ当!信じられない!!!」
帝王「しょうがねぇだろ!前帝王の記録にゃぁ、お前が女だなんて書いてなかったんだからよぉ!」
エレナ「もし書いたら手篭めにされるって、心配して書かなかったんだよ……きっと」
帝王「しーねーっての!ってか、カインってどう考えても男の名前じゃねぇか」
カイン「あ、それは偽名だしね」
帝王「はぁっ!?」
カイン「身を隠して生きてた事くらいは流石に気付いてたからね。母さんが付けた偽名だからそのまま使ってたんだよ」
あぁ本当だ、パーティーメニューには本名が書いてある。
エレナ「それにしたって…見れば女の子だって気付くと思うんだけどなぁ」
耳が痛い…すまない、俺も気付かなかった
エレナ「国王様に紹介する時にしたって、ご息女じゃなくてご子息とか言ってたし…うん、あれって誤用じゃなくて素だったんだね……」
反論の言葉も無い。
帝王「いや、そもそもだな…そんな凹凸も無い身体で女だって判れって方が無理だろ!?」
そうだよな、全くもって同意見だ。だが…それは決して口には出さないでおこう。
そう、今まさに…カインからガチンという固い心の音が聞こえてきた所だ
カイン「……へぇー…ふぅん………あぁそぅ…そういう事言っちゃうんだ…… 今に見てなよ」
ただならぬ殺気…これは前回国境での戦闘で感じたよりも明らかに膨大で鋭い物。この殺気が自分に向けられたら…そう想像するだけでも寒気が走る。
エイジよ………骨は拾ってやるぞ。
●第三章 ―それは二人の問題― に続く
●あらすじ
帝王の助力によりカインと再会した勇者。
しかし、ついでとばかりにそこに現れたのは黒い甲冑の二人組。
カインとナビの助力により事無きを得るが、それは本当の戦いの前奏でしか無かった。
カインを国王の下に連れて行き、孫だと明かしたその帰り道…
帝王のラッキースケベによりカインが女性だと言う事を知る勇者一向。
だが、その代償として帝王の命は今風前の灯となってしまったのだった…
●第三章 ―それは二人の問題―
―帰りの馬車―
勇者「エイジ…惜しい奴を亡くした」
エレナ「うん…スケベだったけど、根は良い人だったのにね…」
帝王「死んでねぇよ!勝手に殺すな!」
勇者「しかし…時間の問題だろう?」
帝王「死の宣告すんな!勇者が言うと洒落にならねぇんだよ!」
ヤス「と言うか今更ッスけど…帝王様、カイン様のあれを食らってよく生きてられましたね…」
ナビ「それは恐らく、帝王の勇者特性による物」
帝王「うぉっ!?ビビッた…お前居たのか…」
エレナ「二人組の襲撃以来、ずっと喋って無かったもんね…」
正直俺も忘れていた。
勇者「ところで…その勇者特性とやらは一体何なんだ?」
帝王「勇者がそれを聞くのかよ…いや、俺も聞きてぇ所だったんだが」
ナビ「読んで字の如く…勇者となった時、顕著に現れる特性の事。そう、判り易い例を挙げるのならば…」
と言ってカインを指差すナビ
ナビ「カインの勇者特性は、大地と火炎の加護…最も得意とするのは溶岩の操作」
カイン「みたいだね」
帝王「成る程なぁ……んで、問題の俺の勇者特性ってのは何なんだ?」
ナビ「しぶとさ」
帝王「おい!!」
帝王「せめて頑強さとか、鉄壁だとか他に言葉があんだろ!?」
ナビ「それは適切ではない。防御力に変化が無い以上、しぶとさとしか言いようが無い」
一同「………っ…」
帝王「おい手前ぇら!笑い堪えてんじゃねぇよ!」
ヤス「じゃぁ…その勇者特性って言うのはあっしにもあるんッスか?」
ナビ「当然ある。ヤスの勇者特性は、スカウト…脚が早くなり、器用さが増加。加えて気配を消し易くなっている筈」
帝王「……何だその実用性ありまくりの特性。俺のと大違いじゃねぇか」
エイジの肩を叩く俺
エレナ「じゃぁ私の特性は、魔法マスターって所かな?何か思い通りの魔法を作って使えるみたいだし」
ナビ「その通り。ちなみに…勇者はパーティーメンバーの特性を各ステータスメニューで見られる」
あ、本当だ。
…………と言うか俺の勇者特性……何だこれは
―帰路の森―
エレナ「あ…ちょっと馬車止めて!!」
そして唐突に声を上げるエレナ。ヤスは慌てて馬車を止め、エレナの方を見る
ヤス「一体どうしたんッスか?」
エレナ「何かこの辺りから魔力を感じる…それも、大分弱ってる感じ」
いつの間にそんな魔法を覚え…いや、作ったんだろうか。心強い反面、ちょっと底知れない物があるぞ
勇者「よし…行ってみるか。ヤスは馬車を頼む」
ヤス「了解しましたッス」
そして森の奥へと進む俺達。エレナを先頭に獣道を歩き…湖の近くまで辿り着く
エレナ「あ、あそこだよ」
指差された場所に居たのは、どこかで見た顔………
そうだ…前回の魔王城で星天の柱の攻撃を受けた時、生き残った連合軍の兵士だ
そしてその腕の中で、力無くうな垂れているのは………魔族の女だ
帝王「この組み合わせ…普通に見りゃぁ、襲ってきた魔族を返り討ちにしたってー所なんだろーが…」
エレナ「どうもそう言う状況って訳じゃ無さそうだね」
俺達に気付き、兵士が刃を向けて来る。
そこに瀕死の魔族が居て、同じ人間である俺達に刃を向ける…可能性として高いのは、魔族に操られての行動…なのだろうが
勇者「待て、俺達は敵じゃない。まずは話を聞かせてくれ」
兵士「黙れ!そうやってまた彼女を罠に嵌めるつもりだろう!!」
どうやら低い可能性の方のようだ…となると、この流れは…
エレナ「黙るつもりは無いよ。信用できないならただ聞いてくれるだけで良いんだけど…もしかしたらそこの女性。カライモンさんの姪っ子じゃない?」
魔族の女「……!?…っ………な、何故…それを………?」
先にエレナに言われた。まぁ良い、そうなれば話は早い
勇者「話せば長くなるんだが…俺達は勇者パーティーだ、そしてカライモンはそのメンバーであり友人でもある」
兵士「………はぁっ!?」
魔族の女「………え?……ぇ…?」
エレナ「勇者くん………そこは端折っちゃダメだと思うよ…」
ナビ「明らかに相手を混乱させてしまっている」
勇者「……………」
とても気まずい。こうなったらどうするか…よし、とりあえず敵意が無い事を示すためにも、彼女の傷を治してしておこう。
俺は兵士の隙を見て、魔族の女に回復の秘術を使った
魔族の女「え……何?嘘…あれだけの傷が一瞬で…?」
兵士「な…何をした!?」
駄目か…また混乱を煽ってしまったようだ
エレナ「勇者くん…本当こういう不測の事態に弱いよね。前回の私の死ってあんまり役に立たなかったのかな…」
面目無い
帝王「あー…ってかよぉ、勇者の事はまだ知らないとしてだ。俺の顔くれーは判んだろ?」
兵士「え?……あ、貴方は。帝国の……帝王!?な、何でこんな所に」
帝王「それを納得してくれるってんなら話は早ぇな。こいつは勇者で、さっき言った事も全部本当だ…ってかこんな状況じゃ落ち着いて話しも出来ねぇか」
エレナ「私達の馬車に来て貰おうよ」
勇者「そうしよう」
兵士「………」
帝王「そう警戒すんな。ここは帝王の名と名誉にかけてお前等に危害を加えねぇと誓うぜ」
兵士「判りました…その言葉、信じます」
意外とこういう時のエイジはまともに帝王をしているようだ…ここの所急下降していた株も上昇したぞ
―帰りの馬車―
兵士「知らぬ事とは言え、本当に失礼しました!!」
勇者「いや、良いんだ」
エレナ「そうそう、勇者くんが話しをややこしくしちゃったのが原因だからね。で…どうしてあんな状況になってたのか聞いても良いかな?」
兵士「はい…それは…」
そうして語り始める兵士
兵士「まず事の始まりは、公国内に魔族が侵入したとの通報があった事です」
兵士「そこで私はいつものように巡回を行い……」
魔族の女「私は、そこで彼に見付かりました」
兵士「となれば当然…最悪、戦闘も已む無し…と覚悟を決めていたのですが。その………彼女に一目惚れしてしまいまして」
勇者パーティー一同「……………」
魔族の女「私の方も…本当は、公国にしか生えない珍しい薬草を摘みに来ただけの所を彼に発見され……一目惚れしてしまいました」
エレナ「それで…あんな怪我をしていた理由は?」
兵士「………私と彼女が出会ったすぐ後…他の兵士達に見付かってしまったんです」
魔族の女「そしてその兵士から逃げる道中…この方が村人を説得して、匿って貰っていたのですが……」
兵士「その村人に売られました」
勇者「………」
兵士「俺と彼女に襲い来る、かつての仲間達。その猛攻により彼女は深い傷を負い…」
帝王「命辛々、国境を超えて王国の森まで逃げてきた…って事か」
兵士「はい、その通りです」
エレナ「そうか…彼の今の立場は脱走兵なんだね。こうなって来ると、中々難しいと言うか…」
帝王「帝国としても、さすがに今の状態で魔族と脱走兵を匿う訳には行かねぇからなぁ…」
兵士「いえ…その辺りはお気持ちだけで十分です。彼女と逃げると決めたその時から、元より安住に未練はありません」
勇者「あぁ、その件なんだが…ちょっと良いだろうか?」
兵士「何でしょうか?」
勇者「行く宛が無いなら、俺の領地に来ないか?」
帝王・カイン・ヤス「はぁっ!?」
エレナ「あ、うん…それ結構良い考えかも」
帝王「な…いや、そりゃぁいくら何でも…」
エレナ「さすがに魔族って事と逃亡者って事は、外部には黙っていて貰う事になるけど…」
勇者「逆を言えば、外部にさえ漏らさなければ…内部から外部に漏れる事は無い。その点は保障する」
エレナ「もし万が一漏れたとしても、その時はもみ消せるだけの手段はあるし…地理的にもかなり良いと思うんだよ」
帝王「あぁ、そうか。あそこは帝国と王国の国境…下手に手を出せば両国を敵に回す事になるから…」
エレナ「そう、公国は迂闊に近寄る事すら出来ない」
ヤス「それならあれッスよね。ついでに……公国からの侵入者、魔族と一緒に居た怪しい侵入者を勇者様が始末した…って事にすれば」
帝王「それだっ!!そうすりゃ公国の奴等、口も出しては来れねぇだろ!」
兵士「しかし…遺体の返還を求められたりでもしたら…」
カイン「灰でも送り付けてやれば良いんじゃない?消し炭にしちゃったって事にしてさ…」
怪しい笑顔を浮べながら言うな。
エレナ「うぅん、むしろ向こうがそう言って来たならチャンスだよ。何故欲しがるのか、何か隠蔽したいんじゃないか…と、あらぬ噂を立てる口実になるからね」
何とまぁ悪だくみに長けたメンバーだろう…皆が敵でなくて本当に良かったと思う。
魔族の女「え……では…」
兵士「と言う事は………勇者様のお言葉に甘えても…」
勇者「良いに決まっている」
エレナ「むしろ、甘えて欲しいってこっちからお願いする所だよ」
帝王「何だそりゃ」
こうして兵士と魔族の女…カライモンの姪の移住が決まった。
エレナ「うん…非公式だけど、国王様の承認も貰えたよ。もし他所に知られるような事があったら、魔王討伐のための勇者の作戦って事にするって」
勇者「手回しが早いな……と言うか、それがエレルとの文通魔法か」
エレナ「あぁ、勇者くんはまだ実物を見た事が無かったんだっけ…」
カイン「あ、そうだ。話しの腰を折って悪いんだけどさ」
エレナ「ん?何かな?」
カイン「そもそも何で人間が魔族を恨んでるかってので思い出してたんだけど…魔族ってさ、人間に対する悪意を植え付けられてるんじゃなかったっけ?」
帝王「………そーいやぁそうだよな」
カイン「前回はその悪意をエレルが抜き取って結晶化させたから、途中から争いが無くなっただけで…」
勇者「今の彼女には、その悪意がある…そう言いたいんだな?」
ナビ「当然ある…しかし、ここは本人の口から聞くのが一番」
魔族の女「はい…ナビさんの言う通り、私の中には人間に対する悪意が今も渦巻いています。ですが………それ以上に。彼への愛が溢れて仕方が無いんです!」
帝王・ヤスカル・カイン「………」
エレル「うんうん、愛の力は偉大だよねえ。勇者じゃ無くったって、これだけの奇跡を起こせるんだから」
帝王「やべぇ…俺ついて行けねぇ」
ヤス「あっしもッスよ…」
カイン「……………」
ナビ「そう言えば、質問を一つ…お互いに一目惚れをした時、何かきっかけになる様な物を感じた覚えは?」
兵士「え…何故その事を?」
魔族の女「そうですね…何と言いますか……こう」
兵士「以前…どこかで彼女に出会った事があるような………そう、立場は逆なんですが、前にもこういう事があったような…」
魔族の女「はい…私もどこかで彼に会ったような気がして………」
勇者「……………」
ナビ「確認完了。返答に感謝する」
勇者「愛の奇跡には間違いは無いが……愛の奇跡だけという訳でもない…そう言う事なんだな?」
他の皆には聞こえないよう、小声でナビに問う俺。
ナビ「………」
ナビは否定も肯定も行わず、ただ沈黙を保っていた。
そして………それを問い質す暇も無く、次の難関が俺達を待ち構えていた
―勇者の領地入り口―
勇者「………」
エレナ「………」
カイン「………」
帝王「………」
ヤス「………本当、何なんッスかね…あいつ等」
我慢出来ずに口火を切ったのはヤスだった。
馬車を走らせ、今まさに領地へと踏み込もうとした俺達の前に現れたのは…そう、黒い甲冑の二人組。
黙したまま俺達の前に立ち憚り、行く手を阻む。
そして俺達は馬車を止め、パーティーメンバーは馬車の外外へと下り立った。
エレナ「貴方達は何者なのかな?どうして勇者くん達を付け狙うの?」
黒い甲冑の女「まるで自分が標的では無いような物言い…まぁ、その記憶が無いのだから仕方ないけど」
黒い甲冑の男「その点を言えば…記憶があっても尚気付かないそこの勇者はもっと問題だな」
勇者「…随分な物言いだな。気付いて欲しいのならば、二人共その仮面を取ったらどうだ」
黒い甲冑の男「自分の無力を棚に上げ、他人からの答えを求めるな。せめて…お互いの剣を交えて答えを見出せ」
勇者「良いだろう…その勝負、受けよう」
エレナ「っていう流れになるって事は…」
黒い甲冑の女「そう…貴方の相手は私」
カイン「………何か面倒臭い事やってるよね…はぁ、もうボクが出て片付けちゃっても良いかな?」
帝王「止めとけ。どうやらあいつ等の問題みてぇだ、口も手も出すだけ野暮って物だぜ」
カイン「そういう物なのかなぁ…」
黒い甲冑の男「では……行くぞ!」
勇者「……来い!」
黒い甲冑の男…その男が手にした勇者の剣から繰り出された一撃は…剣圧だけで周囲の木々を薙ぎ倒し、空気を震撼させる。
エレナと黒い甲冑の女の戦闘に至っては……魔法の応酬を行っているとしか表現出来ない。
あえて付け加えるならば…エレナの放った魔法は予め読まれていたかのように、飲み込まれて瞬時にかき消され
逆に黒い甲冑の女の魔法は、エレナが即座に解析して対応しているように見える。
黒い甲冑の男「戦闘中に余所見とは…余裕だな」
勇者「―――!!」
反論の余地も無い。余所見をしている間にこの男の一撃が振るわれ、俺はそれを辛うじて防御するが…
受けた剣にはヒビが入り……いや、もたない。ヒビが入った次の瞬間には、折れて砕けてしまった。
こうなってしまっては戦法を変えざるを得ない。俺は男の懐まで一気に踏み込み、魔法『閃光の連弾』を使った
黒い甲冑の男「なっ……に!?」
男の腹部で幾重にも放たれ弾ける光の弾。さすがにこの攻撃は予想していなかったようで、十分なダメージが見て取れる。
黒い甲冑の男「……くっ、中々やるな」
勇者「お前の方こそ…その剣術………」
そしてここで脳裏に走る違和感。黒い甲冑の男の剣捌きに感じる既視感。
相手の主張を肯定するその感覚に、思わず手が止まり…
黒い甲冑の男「隙有り…!!」
男の攻撃が直撃。俺は鎧の胸部を打ち砕かれ。その身で地面を抉りながら吹き飛ばされる。
エレナ「勇者くん!!」
そして更には、俺の失態が生んだエレナの危機。意識を此方に向けた隙に、黒い甲冑の女から放たれる魔法。
空に描かれた円の中心から光りが降り注ぎ、エレナの障壁を次々に削り取って行き……
ついには宙へと弾き飛ばされるエレナ。俺は辛うじてそのエレナ受け止め、二人組を見据える
黒い甲冑の男「さて…これ以上のヒントを与えるつもりは無い」
黒い甲冑の女「そして、貴方達の死に場所もここでは無い」
勇者「くっ………どういう事だ」
黒い甲冑の女「最高の死に場所を用意したから…」
エレナ「………それは一体どこなのかな?」
黒い甲冑の男「勇者の剣が眠っていた地…天空山。そこで最後の決着を付けよう」
勇者「………良いだろう」
黒い甲冑の男「では決まりだな…日時は今日より七日後。日暮れと共に始めよう」
勇者「………心得た」
二人組の正体は未だに判らない…だが、ほんの僅かに見えた糸口。
その糸口をどう掴むのか…それが恐らくはこの戦いの鍵となるのだろう。
カイン「あのさ…ナビ。ちょっと確認したいんだけど」
ナビ「質問を許可する」
カイン「あいつらの正体とかは判んないんだけどさ。あいつらってもしかして………―――」
ナビ「その推測の通り…ただし他言は無用」
カイン「あぁ…やっぱりねぇ………大丈夫、こんな事馬鹿馬鹿し過ぎて言う気にもなれないって」
―天空山―
エレナ「わぁ…ここが天空山かぁー…山の上に更にもう一つ山が浮いてるなんて凄いねえ」
帝王「お前は勇者と一緒に来た事があるんじゃねぇのか?」
エレナ「それは前回の私…でもないか。前回の私はここに来る前に死んじゃったみたいだから、どの道ここに来るのは初めてだよ。ね?勇者くん」
勇者「あぁ……前回はここに向かう途中…いや、ここに辿り着く正にその直前に魔王軍の攻撃を受け…」
帝王「あー………これから決戦って時に湿っぽい話は止めにしようぜ。今は生きてんだから良いじゃねぇか」
エレナ「そうそう。折角今を生きてるんだから、この命を無くさないように頑張らないと」
ヤス「とか言ってる内に…あちらさんも来たみたいッスよ」
夕日を背に現れる黒い甲冑の二人組。決戦の時は近い。
俺とエレナは互いの獲物を構え、黒い甲冑の二人を組を見据える
黒い甲冑の男「さて…遂に今この時この瞬間まで俺達の正体に気付けなかったようだな」
黒い甲冑の女「………」
勇者「焦る事は無い…まだまだ時間はある。そうだろう?」
黒い甲冑の男「…そうだな。確かに…この戦いが終わるまでは刻限では無いな」
エレナ「私としては推測が幾つかあるんだけど…情報を出し惜しみする物だから、どれが正解なのか確信が持てないんだよ」
黒い甲冑の女「私としては…別にそのどれにも確信を持ってくれなくても良い。そう…ただ死んでくれれば」
…物騒な事ばかり言う女…だが、向けられる殺意は今までの非では無い。何か信念の篭った…目的を果たす前のような……
いや…そもそも、黒い甲冑の男と黒い甲冑の女は、目的に食い違いがある…そんな感じがした。
が………それを深く詮索している余裕は無さそうだ。
男は勇者の剣を両手で構え、俺を射抜くように見据える……それが仮面の向う側からでも判る。
対して俺は鋼の剣を片手で構え…最初から全力で行く。魔法『加速の時計』を使い、自らの行動を速めた上での…『力溜め』
そして………剣戟一閃!!
黒い甲冑の男「なっ………!!!?」
空振り…では無い。大気ごとその場を斬り裂き、間合いの外から男に斬りかかる。
男はそれを勇者の剣で受け止め、足場に大きな裂け目を作り出す。
そして更に俺からの追撃。
今度は一気に間合いを詰め…打ち上げの一撃
男の体は大きく弧を描いて吹き飛び、岩肌に激突……するかに見えたが、寸での所で停止した。
黒い甲冑の男「すまない…助かった」
黒い甲冑の女「気にしないで…それよりも、気を付けて」
エレナ「一対一の二回戦じゃなくて…二対二…って事で良いのかな?」
黒い甲冑の女「そう…その方が手早く二人とも殺せるから」
と…語りながら男に回復魔法をかける女。向うは向うで相性もコンビネーションも良い事が見て取れる
勇者「これは…長期戦になるな」
エレナ「うん…そうみたいだね」
ヤス「何て言うか……互角の戦いッスね…」
帝王「あぁ…お互いの力が拮抗してやがる。こりゃぁどっちが勝つのか本気で判らねぇぞ」
カイン「いやさぁ…二人とも、本気でそんな事言ってる?あれで互角の戦い?力が拮抗?」
ヤス「違うんッスか?」
カイン「はぁ………まぁ良いやそれで。結果的に同じくらいの力でぶつかり合ってる訳だし…」
帝王「だからそれが拮抗してるって事じゃねぇか…」
黒い甲冑の男「どうした…大分息が上がって来ているな」
黒い甲冑の女「そろそろ決着の時が近い…そういう状況ね」
勇者「息が上がっているのはお互い様だろう」
エレナ「終わりが近いって言うのも同感かな。やっと見えて来たし…」
黒い甲冑の男「ではそろそろ…」
勇者「決着をつけよう…!!」
恐らく次がお互いに最後の一手。俺は、先の戦いで一つの事に気付いていた…
この黒い甲冑の男は、俺の事をよく知っている…だが、ある一定の線を超えるとその知識は途端に枯れ果て、その場に応じた行動を取らざるを得なくなる。
その線が一体どこにあるのか…現時点で判っている限りでは、俺が上位魔法を使えるようになった時よりも前…つまり
それ以降に取得した手段を用いれば、この男を倒す手段となり得る
加えて、エレナの方も相手の出方や思考を掌握した様子。魔法への対応速度が格段に高まり…恐らくは次の手で直撃を当てられる。
そう………そしてその読みは見事に当たり、黒い甲冑の二人組を見事討ち果たす事となったのだが…
黒い甲冑の女「認めない…認めない…認めない認めない認めない!!!」
倒されて尚立ち上がる女…そして、その女を中心に渦を巻く……『悪意』
俺はこの現象を知っていた。そう、これは………
ナビ「非常に不味い………このままでは…」
勇者「マオウシステムが………実体化する」
そしてその予感と予期は的中………
黒い甲冑の女は、マオウシステム…いや、デミ・マオウシテウムへと変貌した。
デミ・マオウシステム「ミトメナイミトメナイミトメナイ。コンナセカイ…アイツガイキテルセカイ、ゼンブゼンブミトメナイ…」
ナビ「…これは想定外の事態」
勇者「あれは一体何なんだ…前回のマオウシステムとは別物に見えるんだが…」
ナビ「あれは…デミ・マオウシステム。マオウシステムでありマオウシステムとは異なる物」
ナビ「激しい悪意により形成され、マオウシステムの一部を取り込んだ物…」
勇者「つまりは…マオウシステムの亜種……という事だな」
ナビ「その見解で問題は無い」
黒い甲冑の男「馬鹿が……自分自身が呑まれる程の悪意を内包するなんて…」
これほどの悪意を内包する存在…この二人組は一体何者なのか
俺はこの二人について何も知らない…いや、知っているのかも知れ無いが、それに気付く事が出来ない。
この二人は俺達の事を熟知していると言うのに………
ん………?いや、待て?こんな時に考えるのも何だが、逆に考えてみたらどうだろう?
この二人は俺達の事を知っている…では、何を知っている?どこまで知っている?
それをどこで知った?一体誰ならばそれを知りうる事が出来たのか…
そう…そして、何故このような感情を持つに到ったのか…………答えが見えた
勇者「そうか………お前達は………」
黒い甲冑の男「………その様子だと、やっと俺達の正体に気付いたみたいだな」
男は仮面を外し、素顔を晒す。そう…俺が良く知っていた顔………気付くべきだった顔だ
勇者「やはり……と言う事は、あっちの方は…」
黒い甲冑の男「そういう事だ。あぁなってしまったのは流石に想定外だが…察してやってくれ」
勇者「お前は……一体どうするつもりだ?」
黒い甲冑の男「あぁなってしまった責任の一端は俺にもあるからな…その分のかたは付けるつもりだ」
エレナ「私は……覚えて無いけど、私が手を出すべきじゃ無いんだよね」
黒い甲冑の男「そうだな…あいつのためにも、エレナのためにも…それは控えて貰いたいな」
勇者「それは同感だ…だが、俺にも力を貸させてくれ。お前だけに背負わせるわけには……いや、これは本来俺の役目だから…だな」
黒い甲冑の男「相変わらず難儀な性格をしてるな…まぁ、それがお前らしいと言えばらしいんだが」
勇者「判っているのならば、共に行こう…」
黒い甲冑の男「あぁ……そうだな……」
デミ・マオウシステムへと向けて足を進める俺達
黒い甲冑の男「この剣はお前が使え。でなければ、あれは倒せないんだろう?」
勇者「すまない……ただ、この剣があるからと言って倒せるとは限らない」
黒い甲冑の男「なら……倒せる可能性を掴んで貰うとするか」
勇者「そうだな。それが勇者としての義務だからな」
俺は黒い甲冑の男から勇者の剣を受け取った。
いや……ここまで来れば、あえて黒い甲冑の男だなんて呼ぶ事は無いか
勇者「よし、行くか……戦士」
戦士「あぁ!」
エレナ「候補者を挙げる事自体は、難しい事じゃ無かったんだけどね…」
ナビ「…」
エレナ「勇者の剣を手に入れるだけの条件を揃えて居て、あれだけの力を有した存在…その条件に当て嵌まるのが誰なのか」
エレナ「ただ、イレギュラーな状況を考慮に入れると…きりが無いんだよ」
エレナ「国王様みたいな裏技を使って勇者の剣を使ってるのか…」
エレナ「帝王さんみたいに、異世界からの来訪者だったり…もしかしたら、どこかで重複した私と勇者くんなのかも…そんな事も考えた」
ナビ「………」
エレナ「でも、その考えは途中で無くなったよ。男の方は魔法を使えなかったし、女の方は神聖魔法しか使ってこなかったからね…」
エレナ「それで…仮定に仮定を加えて、さっきの条件と…今までの発言を行うだけの根拠を持った人物を割りそうとしたんだけど」
ナビ「……」
エレナ「何だかんだで、察しが悪い筈の勇者くんに先を越されちゃったよ」
カイン「ボクは…正体も何も元のあいつらを知らないから、答えには辿り着かなかったけど…盟友の絆の効果が出てる人物だって事はすぐに判ったね」
エレナ「…前回、勇者くんと一緒に勇者の剣を取りに行ったメンバー…そのメンバーがもし勇者特性を持っていて、前回の記憶を残していたら…」
ナビ「その推論の通り。前回から継続してパーティーを組んでいた二人が、先回りして勇者よりも先に剣を手に入れた」
エレナ「そして………二人を殺した私と、その原因になった勇者くんに復讐に来た…って事なんだね」
ナビ「………」
カイン「加えて言うなら…あいつらが記憶を残してたのって、ナビが一枚噛んでたんだろ?おまけに…」
ナビ「否定は行わない」
エレナ「私は…ナビちゃんを責める気は無いよ。私が同じ立場なら、きっと同じ事を……うぅん、多分もっと残酷な事もしてたと思うから」
ナビ「………」
戦士「それで…マオウシステムを倒すにはどうすれば良いんだ?」
勇者「マオウシステムを構成する存在…この場合は僧侶から悪意を消し去り、核となるマオウシステムを覇者の力で破壊する。この方法で倒せる筈だが…」
戦士「成る程…しかし、今の僧侶から悪意を消し去るなんて事は出来そうにないな。となると、取れる手段は……」
勇者「………」
ナビ「………取れる手段は限られる。そして、それは勇者にとって最も難しい手段」
戦士「悪意の更に大元………僧侶の命ごと、マオウシステムを消し去る事…だけか」
ナビ「肯定。僧侶の命とデミ・マオウシステムが直結している今の状態ならば、その方法でも消し去る事が出来る。ただし…」
戦士「ただし?」
ナビ「物理的な手段での破壊を試みる場合…最低でも勇者の剣を用いらなければ、それも叶わないと推測する。他の攻撃では精々行動を阻害する程度」
戦士「成る程…な」
勇者「戦士…お前は本当にそれで良いのか?」
戦士「本音を言うなら、良いとは思わないさ。だが…仕方の無い事だ。それだけの報いを受けるだけの事をしてしまったんだからな」
勇者「それは……」
戦士「おっと、勇者は謝るな。今となっては思い出してくれただけで十分だ」
勇者「しかし………」
戦士「まぁ…殺された事に文句が無いと言えば嘘になるがな」
勇者「………」
戦士「俺達は勇者のために殺された…そこまでは良いんだが、問題はその後だ。勇者が何も果たせないまま、あれに負けてしまった事が許せなかった」
勇者「………そんな俺の不甲斐無さに怒りを覚え…お前は…」
戦士「と思ってたんだが…別にお前が弱かった訳じゃないのは良く判った」
勇者「………」
戦士「それで僧侶に至っては、エレナに理不尽に殺された事自体が許せなかったという訳だが………あぁ、あと…」
勇者「………何だ?」
戦士「実はな…あの時、僧侶の腹の中には俺の子が居たんだ。それで…無事勇者が勇者の剣を手に入れたら、俺達はパーティーを抜けて………」
勇者「―――っ…」
戦士「…という事情もあったんだが………まぁ、それも今思えば………」
と言ってナビを見る戦士。そして、不意に口を開くエレナ
エレナ「………うん」
勇者「エレナ…?」
エレナ「私は前回のエレナじゃなくて今回のエレナ…だから、二人を殺した本人じゃないから、言葉の重みはあまり無いと思うけど…」
戦士「………」
デミ・マオウシステム「エレナ………?……エレナァァァァァ!!!!」
エレナ「私は、二人を殺した事を、後悔していないと思う!」
勇者「なっ……!?」
エレナ「二人を…そして私自身を殺した事で、勇者くんは生き延びる事が出来た。そして、マオウシステムという核心まで辿り着く事ができた」
デミ・マオウシステム「ナ……ッ…ニ……」
エレナ「だから…二人の命も、私の命も無駄じゃなかった、そう断言するよ」
戦士「それに…あえてエレナが言わなかった事を付け加えるなら。あの時俺達がエレナに殺されていなかったとしても…」
エレナ「………」
戦士「どうせ魔王軍に殺されていた。当然勇者も一緒に殺されて…文字通り、完全な無駄死にになってただろうな」
エレナ「………」
戦士「そして、エレナもそれを感謝しろとは口にしていない。俺達の死に意味を持たせる事に、恩着せがましい優越感なんて感じていない」
デミ・マオウシステム「……………」
戦士「なぁ………もうそろそろ許してやろうぜ?お前も疲れただろ?」
デミ・マオウシステム「ソンナコトバ……ワタシハ………ワタシハ…私は………」
エレナ「僧侶ちゃん……」
デミ・マオウシステム「私自身が殺された事が悔しかった…うぅん、怖かった。何の意味も無く、無意味に消えてしまう事が…どうしようも無く」
勇者「無意味なんかじゃない!」
デミ・マオウシステム「………?」
勇者「エレナの言った通りだ!戦士と僧侶のお陰で今の俺が居る。俺にとっては、二人とも決して無意味な存在なんかじゃない!」
勇者「お前達は、俺の……俺の、大切な仲間だ!!」
戦士「勇者……」
エレナ「勇者くん……」
デミ・マオウシステム「じゃぁ………本当に意味があったの?私が生きて、私が死んだ意味………あったの?」
勇者「当然だ!!」
戦士「あぁ…勿論だ…」
デミ・マオウシステム「そっか………じゃぁ、私……このまま安らかに眠って良いんだよね?…もう…何もかもお終いにして………」
戦士「あぁ………だが心配するな。俺も一緒に…」
勇者「いや、それは違う!!」
戦士「えっ?」
デミ・マオウシステム「…え?」
ナビ「えっ…」
勇者「戦士も僧侶も…二人共、ここで死なせる訳には行かない!前回の分も生きて貰う!!」
戦士「いや…だが、マオウシステムが…」
ナビ「そう…マオウシステムを倒すためには…」
勇者「悪意なんて物はとっくに消えている!」
ナビ「しかし…勇者の剣だけでは、核のみを破壊する事など…」
勇者「覇者の叫びも…勇者の剣の封印石も魔王の剣も無い……だが、何とかして見せる!!」
ナビ「…………」
勇者「何とか出来ないとしても何とかする!それが勇者だ!!」
ナビ「判った………ではこの場の収拾は勇者に一任する」
勇者「あぁ…心得た!!」
エレナ「でも…実際問題、どうするつもり?マオウシステムを倒すには…」
勇者「足り無い物が山ほどあるな。だが……逆に、満ち足りている物がそれ以上にある!」
俺は大きく息を吸い込み、目を閉じる。
思い出す。
覇者になった時の感覚を
聖剣を手にした時の感覚を
邪剣を手にした時の感覚を
マオウシステムに一撃を与えた時の感覚を。
………そして、強く想う
仲間に…二人に生きて欲しいと言う、その思いを!!!
勇者「聖剣も邪剣もここには無い………だが、ここには俺の拳(けん)がある!」
エレナ「えっ…まさか……」
勇者「その………まさかだっ!!!!」
俺は、デミ・マオウシステムの核に向け………勇者の拳を放った
デミ・マオウシステムの核は、粉々に砕け散った。
ナビ「…………この結末は想定外」
勇者「まぁ正直、俺自身あんな事ができるとは予想して居なかったからな」
ナビ「………」
エレナ「ところで…僧侶ちゃんの具合はどう?」
戦士「まだ目は覚めない…が、この顔を見ている限り心配は無さそうだ」
エレナ「安らかな寝顔…してるよね」
勇者「ところで二人とも、この先どうするつもりなんだ?」
戦士「正直な所、何も…ここで決着をつけて終わりにする心算だったからな」
勇者「よし、ならば俺の領地に来れば良い」
戦士「……………いや、さすがにそれは。領地を襲撃した張本人だぞ?」
エレナ「あの領地を襲撃できた人物だからこそ、あの領地を防衛するにも適してる…そう言えるよね」
戦士「なっ………」
カイン「諦めなよ…この二人にここまでペースを捕まれたら、もう逃げられっこ無いよ………」
戦士「………」
勇者「その通りだ」
エレナ「そうそう」
戦士「本当に………良いのか?本当にそれで……」
勇者「しつこい!俺が良いと言ったからそれで良い。たまにはリーダーらしく命令させて貰おう、俺の領地に来るんだ」
戦士「勇者…お前という奴は……」
吹っ切れたように笑顔を浮べる戦士。
こうして俺達は新たな仲間を加え……いや、呼び戻し
また一歩、打倒マオウシステムへの道を進むのだった。
ナビ「…勇者の可能性は未知数…これならば、本当にマオウシステムを破壊する事が出来るかも知れ無い」
ナビ「けれど……その可能性に甘えて手を抜く事が出来ないものまた事実」
ナビ「私に出来るだけの事を、全て行う」
ナビ「マオウシステムを……完全に消去するために」
●第四章 ―可能性の迷路 其の市― に続く
●あらすじ
カインを王国へと送り届けた帰り道…前回の戦友であった公国の兵士と遭遇する勇者一行。だが、そこで明かされる衝撃の事実…
前回顔を合わせる事無く終わったカライモンの姪は、実は勇者達の想像を裏切る美形だったのだ!
そして、兵士と魔族の女…カライモンの姪を勇者の領地へと向かえる最中、再び襲い来る黒い甲冑の二人組。
……しかしそれは、決戦の前の前哨戦でしか無かった。
天空山にて繰り広げられる、黒い甲冑の二人組との決戦………
激しい戦いの末、勇者とエレナは辛くも勝利を収めるのだが…突如。デミ・マオウシステムへと変貌してしまう黒い甲冑の女。
更にその窮地の中、勇者は遂に二人の正体…かつてのパーティーメンバー、前回の記憶を引き継いだ戦士と僧侶だという事に気付く。
僧侶を倒さなければデミ・マオウシステムを倒す事は出来ない…覚悟を決める面々
だが、勇者はそんな前提を討ち破って勝利を収め…戦士と僧侶を再び勇者パーティーへと呼び戻す事となるのだった。
●第四章 ―可能性の迷路 其の市―
―帰りの山道―
エレナ「それでナビちゃん、ちょっと質問なんだけど」
ナビ「質問を許可」
エレナ「前回存在していた人物しか、今回も存在していない…っていうのは間違い無いんだよね?」
ナビ「肯定する」
エレナ「じゃぁやっぱり………ナビちゃんが今ここに存在しているのって、二人―――」
ナビ「肯定する」
エレナ「まだ最後まで言って無いんだけど」
ナビ「エレナが正解を導き出している事は想定済み。それよりも勇者」
勇者「何だ?」
ナビ「話は変わるが、セーブとロードの活用をしているかが疑問。経過と反応を見ている限り、初見で無茶をしているように見える」
勇者「あぁ…そう言えばそんな物もあったな。すっかり忘れていた………いや、無言で毒針を刺すのは止めてくれ」
ナビ「ぷすぷすぷすぷすぷすぷす」
勇者「いや、訂正する…有言でも刺すのも止めてくれ。地味に痛い」
ナビ「では、次回からは活用する事を要請する。否、今から活用するべき」
勇者「わ…判った」
ナビに促されるまま、俺は早速セーブを行った。
カイン「で…それは良いんだけど、この後はどうするのさ。何かやる事が一気に片付いちゃって、次の目的が無いよね?」
勇者「そうだな………とりあえずは、勇気の証明を行う手段を探さなければいけないんだが」
エレナ「それこそ雲を掴むような話なんだよね。だから…」
帝王「その手段を探すのが、当面の目的…ってぇ事だな」
ヤス「ッスね」
勇者「しかし、それを探すためとは言え時間を無駄に出来ないのも事実。まずはやれる事からこなして行こうと思う」
ナビ「では勇者……当面の目的地を決めるべき」
勇者「そうだな…なら」
何となくここが分基点な気がして、俺はここでまたセーブを行った。
勇者「まずは…マオウシステムの破棄を提言するため、公国に行こう」
―公国の関所―
検査官A「それでは…王国からの確認が完了しましたので、次の手続きへ」
天空山での決戦後…一旦領主の館に戻り、改めて公国に訪れた俺とエレナ。
国王様からの言伝があったため、関所で行われる検問もそれ自体は順調に進んでいた…のだが
ひょんな事から、暫く足止めを食う事になった。
検査官B「おい、そっちはどうだ?」
検査官A「問題無い。前もって連絡のあった勇者様ご一行だ」
検査官B「そうか…では悪いが、もう少し待って貰ってくれ。あっちの部屋で問題があったらしくて、人手が必要なんだ」
検査官A「おいおい、またか……」
勇者「何があったんだ?もし良ければ力になるが…」
検査官A「いえ、勇者様のお手を煩わせる程の事では……あぁでも、手伝って貰えた方が早くお通し出来るのかも…」
そう言って悩んだ挙句、協力の申し出を受け入れる検査官。
そして俺達は、連れられるまま奥の部屋へと進み…
検査官B「こいつら…全員が全員、密輸犯なんですよ」
部屋を見渡すと、ざっと10数人。これら全てが密輸犯だと言う
勇者「これだけの数…よくある事なのか?」
検査官A「いえ…今まではこんな事は殆どありませんでしたが…逆に、ここ数ヶ月になってからは毎日のように…」
検査官B「巷で噂になってるブラックマーケット…それにこいつ等が関わってるんんじゃぁ無いかと思うんですが…」
勇者「成る程…つまり、ここで早急に全員の尋問を済ませられれば、事が早く進む…という事か」
検査官B「はい、そういう事です」
勇者「確かにこの人数は骨が折れそうだ。まぁ…実際に骨を折れば手間を減らせるのかも知れんが…」
と言って威圧を行う俺。その甲斐あってか、密輸犯達は怯えてるようだが………人数が人数なだけに、そう簡単には終わらなそうだ
エレナ「あ、じゃぁここは私に任せて。丁度試したい魔法があったんだよ」
と進言するエレナ。
ここから先はあえて省略するが………一つだけ言うべき事あるとすれば、そう
自白させる魔法があったのなら、最初からそれを使ってやっても良かったのでは無いだろうか………と言う俺の感想だけだ。
検査官A「ご協力ありがとうございました」
そして…自供から得られた共通の情報はこうだ
エレナ「ブラックマーケットに参加するために、違法な品を持ち込んだ人達……まぁ、これで終わってくれて居れば良かったんだけど」
勇者「関所で捕まるよう、誰かに仕組まれた形跡がある者も多数…これはつまり」
エレナ「スケープゴート…だね。その本命はもう、裏から入国を済ませてるんじゃないかな」
勇者「裏から…か。そのマーケット自体に裏がありそう…と言えば当然なのだが、まだ何かが隠れている気がする」
エレナ「前回の冒険では、ブラックマーケットの存在自体知らなかったんだよね?」
勇者「あぁ、それどころでは無かったからな…」
エレナ「それじゃぁ…」
本来の目的からは大分逸れるが、見過ごしておく訳にも行かない。
勇者「潜入してみるか。そのブラックマーケットに」
―兵士と魔族の女の愛の巣―
勇者「………と言う訳で…ブラックマーケットの開催場所を探しているんだが、何か心当たりは無いだろうか?」
エレルの転送魔法の力を借り、一時的に自分の領地…その中の、兵士と魔族の女の住む家へと訪れた俺達。
エレナ「スケープゴートの人達は、そこまでの情報を知らされてなかったんだよ…」
兵士「と、言われましても…私が所属していた頃にもブラックマーケットの捜索は行われていたのですが…」
勇者「その時も成果は無し…か」
エレナ「具体的には、どんな捜索方法を取ったのかな?」
兵士「それは…ええと。まず、公国が東西南北と中央の5つの地区に分けられているのはご存知ですよね?」
エレナ「うん」
兵士「そこを、4つの部隊で毎日ローテーションで捜索していたのですが…あ、多分今でも実施されていると思います」
エレナ「5つの地区なのに、4つの部隊だったの?」
兵士「はい、何分人手不足で」
勇者「と言う事は、常に一つ穴が出来る。その地区を確認してから、ブラックマーケットを開催すれば…」
と、問う俺
兵士「あ、いえ。それは無理です」
だが否定されてしまった
勇者「何故だ?」
兵士「ブラックマーケットを開催するためには…規模を考えれば最低でも1週間前には、場所の準備だけでも始めておかなければならないはずです」
勇者「準備中の所を押さえられないのか?」
兵士「それは無理です。違法な品物でも確認出来ない限り、準備段階でそれが合法なのか違法なのかの区別は…」
勇者「成る程…つまり開催側からすれば、開催当日だけ警備の穴を突けば良いだけなのか」
兵士「しかし、それは容易ではありません。5つの地区の内の警備が無い1つを、何度も当てるなんて……」
エレナ「成る程ね…逆を言えば、誰かから事前に警備の穴を聞けば、そこで開催出来る…って訳だね」
勇者「あるいは…特定の部隊が買収されていて、意図的に見逃して居たか…」
兵士「いえ、そのどちらもありえません」
勇者「何故そう言い切れる?」
兵士「警備のローテーションは、5日前に上層部が決定するんです。それに、編成される部隊も毎回入れ替えられていましたから…」
勇者「ローテーションの発表があってからでは、遅い…と言う事か」
エレナ「これまた開催にも裏がありそうだねえ…まぁ、目下の所は重大な問題じゃないけど」
勇者「いや、大問題だろう?」
エレナ「話が脱線して忘れてるみたいだね……私達の最初の目的は、ブラックマーケットに潜入する事だよ?」
勇者「あぁ………そうだった。潜入だけなら今の話しで十分だったな」
エレナ「そう…捜索隊が巡回しない地区を探せば良いんだよ」
兵士「しかし、探すと言ってもそう簡単には…どの地区も、開催場所になりそうな場所が沢山ありますから…」
勇者「となると…公国の地理に詳しい人物が必要になるな」
エレナ「あと、警備の情報を得る事が出来る人物………」
勇者「前回はともかく…さすがに今回は、まだそこまでの人物の心当たりは………」
兵士「そうですね…」
エレナ「……………」
勇者「…………」
兵士「ん?皆さんどうしました?」
居た
―ブラックマーケット会場―
エレナが開発した不可視化の魔法を使い、警備の情報を得る事に成功した兵士…
そして穴となった地区で開催場所を……兵士の協力とセーブとロードで、やっと探し当てた俺達。
更には入場手続きやら何やらで手間取ったが……
俺達は今、ブラックマーケットの会場に居る。
幸か不幸か、会場内はマスカレード…仮面着用必須となっており、変装と相まって俺達の正体はばれていない。
まずは観察…会場内を歩いて周るのだが…
エレナ「嘘………あれって、霊獣隷属の首輪?」
魔族の女「あちらの方は…古代の装飾品のようですね」
エレナ「あの魔除け、装飾に魔法金なんて使ってるよ!?あれだったら魔法銀で十分なのに…」
魔族の女「実益よりも見栄を重視した結果なのでしょうね…」
ウィンドウショッピングに花を咲かせる女性陣。
頼むから、余り目立ってはくれるなよ…
…などと心配を抱える最中。ふと…オークション会場の一角が目に止まる。
勇者「あれは……」
エレナ「あれは………奴隷のオークションだね」
数年前…合衆国で行われた奴隷制度廃止を皮切りに、今や全世界で禁止されている制度………奴隷
勇者「……まだこんな所に」
魔族の女「需要と供給…需要を持つ人達が居なくならない限りは、こういうのも無くならないのでしょうね…」
心底軽蔑するような冷ややかな声で言う魔族の女…と、彼女の事も呼び方を変えておこう。
つい先程知ったのだが………彼女の名はカーラ。
ブラックマーケットにおいて、彼女の知識が何か助けになるかも知れ無いと進言してくれたので、ついて来て貰っている。
勇者「捨て置けないな…今すぐにでも……」
エレナ「あ、待って勇者くん。あれ見て」
勇者「ん?…………あれは…」
エレナ「うん、間違いないね…あれ、人魚だよ」
人魚…人間とも魔族とも異なる存在で、その肉を食らえば不老不死になれると言われている伝説の種族だ
ただその姿は、魚の下半身に人間の上半身…と言うよりも、人間と同じ形状をしている上半身…と表現するのが近いかも知れない。
半漁人…では無く人魚と呼ばれるのは、語り手の手心なのだろう…そう思う俺であった。
勇者「まさか…こんな所でお目にかかれるとはな」
エレナ「うん…多分あの人魚が今回の本命…」
勇者「大量のスケープゴートに隠された物の正体か」
エレナ「さて…この後はどうする?」
勇者「どうするもこうするも…人魚を含め、全ての奴隷を開放する…それだけだろう」
エレナ「まぁ…私もそれに賛同したいのは山々なんだけど………多分今回はそれじゃ解決しないと思う」
勇者「…と言うと?」
エレナ「多分これは氷山の一角だよ。例えここでブラックマーケットを潰したとしても、また同じ事が繰り返される」
勇者「マオウシステムと同じく…根幹から断たねば意味が無い…と言う事か」
カーラ「そういう事になりますね。それで…私に一つ考えがあります。そのためには、あの人魚と話がしたいのですが……」
勇者「あの警備の厳重さでは、気付かれずに近付くのは無理だな。だが、ただ話すだけなら…」
カーラ「それはあまりお勧めできませんね………恐らく、この場に居る全員の目を引く事となります。そうなると…」
勇者「潜入捜査に支障が出る…と言う事だな」
エレナ「となると…ちょっと癪だけど。オークションで競り落としてから、落ち着ける場所で話をしてもらおうか。勇者くん、その作戦で行けそう?」
勇者「問題無い。金ならいくらでもある」
そう、前回の冒険で溜め込んだ金と、領主として運用した桁違いの金が俺の手元にはあった
だが…伏兵は思わぬ所から現れた。
―オークション会場―
青年貴族「1000万G!!」
司会「1000万G!!1000万Gが出ました!!」
勇者「1001万G」
司会「1001万G!!1001万G!!他にいらしゃいませんか?!」
青年貴族「………2000万G!」
司会「2000万G!!2000万Gが出ました!!」
ざわめく周囲…しかしそれも当然の事。2000万Gと言えば、小さな国が買える額だ。
しかも、そんな法外な額の入札を行っているのは俺と同年代の貴族と思われる青年。
エレナ「2000万Gかあ…観賞用だとしたら法外にも程があるし…」
勇者「となると…それだけの価値のある用途はやはり………」
カーラ「でしょうね………それだけは避けるべきかと。勇者様、行けますか?」
勇者「金の事ならば任せろ……3000万Gだ!!」
俺の言葉に再びざわめく周囲…貴族の青年もまた、表情こそ見えない物の驚愕の動作を隠せない。
司会「3000万G!3000万G!! さぁ、他にいらっしゃいませんか?」
貴族の青年「くっ………!!」
司会「いらっしゃいませんね?それでは、3000万Gにてあちらの方の落札で御座います!!」
こうしてオークションは終わり、俺達は受け渡し部屋へと向かった
―商品受け渡し部屋―
商人「3000万G…現金で確かに頂きました」
勇者「…俺達の身元の確認はしないのか?」
商人「それはまた、おかしな事を聞かれる。私達は本来ここには存在しない人間…存在するのはお金と品物だけ…でしょう?」
成る程、そういう事か。余計な詮索をされずに済むのは助かるが、逆に捜査の糸口を掴めない。………悔しいが良い仕組みだ。
勇者「そうだったな…ではこの人魚、頂いて行くぞ」
商人「はい…あぁ、そうそう……最近は物騒で、ここでの品物を奪おうとする輩も少なくは無い様子」
エレナ「物が物なだけに、警備隊にも届出を出す事が出来ないから…正に恰好の獲物って訳だね」
カーラ「加えてここは今日の警備外区画…ですからね」
勇者「忠告感謝する。では。俺達はこれで失礼…」
―帰路―
そうして人魚の入った水槽…勿論それとは判らないように偽装した物を引き、ブラックマーケットの外へと出る俺達。
そこから先は…案の定と言うか予想通り。人魚目当ての賊が、次々と襲撃をかけて来た
が………まぁ、それは大した問題では無かった。あえて予想外な事を挙げるとするならば…
勇者「お前は………オークションに居た貴族だな」
青年貴族「良く判りましたね…ですが勘違いしないで欲しい。僕は君達を襲いに来た訳じゃない」
勇者「………」
エレナ「まぁうん………さすがに丸腰で襲撃する盗賊は居ないよね。どうする勇者君。大体想像は付くけど、話しだけでも聞く?」
勇者「………あまり良い予感はしないが…話だけなら聞いても良いか」
―宿屋の一室―
青年貴族「あれだけの入札を行った人が、こんなひなびた宿屋に宿泊しているだなんて………」
勇者「いかにも襲って下さいと言わんばかりの高級施設に泊まるよりは、幾らか裏をかけるだろう?」
青年貴族「成る程…言われてみれば確かに…」
いや、口から出任せだがな。実際は貧乏性が染み付いた故の習慣的行動だ
勇者「それで…大体の察しは付くが、用件は?」
青年貴族「他でもありません。貴方が落札した…その人魚を私に譲って頂きたい。時間さえ頂ければ、貴方の落札された価格の倍でも…」
勇者「では質問するが……この人魚を手に入れて、貴方は一体何をする積りだ?」
青年貴族「そ………それは……」
言いよどむ貴族。この反応を見る限りでも、何を目的としているのかは聞くまでも無い。
カーラ「人魚の肉による不老不死が目的…でしょうね」
俺だけに聞こえるよう、小さな声で呟くカーラ。俺も同感だ。
勇者「では…お引取り願おう」
青年貴族「そんな!!僕には…僕にはどうしても………」
必死の青年…その気迫だけは通じるが、だからと言って人魚を見殺しにする訳にもいかない。
少々不本意だが、力付くでの退散を申し出ようとした……その瞬間。
盗賊達が、窓を破って乱入してきた。
先は出任せで言った物の、盗賊がこんなボロ宿屋をこうしてわざわざ狙うと言うのもおかしな話。
しかも他の部屋への侵入の様子は無く、脇目も振らずにこの部屋に………これは明らかにおかしい。
勇者「エレナ…これは多分」
エレナ「うん…今調べてみたら、追跡魔法がかかってた」
青年貴族「え…それは一体どういう……うわぁ!?」
運悪く盗賊の不意打ちを受ける青年貴族。
気絶こそしている物の、致命傷は負っていないのがせめてもの救いだろう。
カーラ「これはまた…何ともキナ臭い事態のようですね」
エレナ「うん……3人だけだとちょっと手回しが間に合わなそうだから、今回はエレルの力も貸して貰おうか」
襲い来る盗賊を軽く殴り、気絶させる俺。手早くエレルへの連絡を行うエレナ。気絶させた盗賊を魔法の鎖で縛るカーラ。
そうして盗賊の襲撃をやりすごし―――
エレル「という訳で、パパッと調べてきた事を、ササッと説明しちゃいますね」
勇者「頼む」
エレル「まずそこの盗賊は…案の定商人に雇われて、商品…人魚を奪いに来たようです。だた相当な下っ端らしく、それ以上の事は知りませんでした」
エレナ「私が調べた部分だね」
エレル「そして次に、そこでのびてる青年貴族…彼はまぁとりあえず、婚約者が重い病に臥せっているという事と…そうですね。これは直接見た方が早いでしょう」
そう言って俺達に手招きをするエレル。その意図を察した俺達は、エレルにぴったりとくっつき…
勇者「4人同時でも大丈夫なのか…?」
エレル「範囲内に居さえすれば、ですけどねー。では行きますよ」
空間転移で、4人同時に別の場所へと飛んだ。
―青年貴族の自室―
カーラ「これはまた……」
勇者「何だこの部屋は………」
エレル「見ての通り…判り易く病的なまでに人魚の資料ばかりです」
カーラ「人魚の生態……それだけではなく、人魚解剖学…人魚の肉の調理法方…」
エレナ「信じられない程貴重な資料ばかりだね…」
勇者「言うまでも無いかも知れないが…これはつまり…」
魔族「………はい、人魚の肉を食らう上での下準備…と考えるべきかと」
勇者「しかし…先の話を聞く限りでは、彼自身が食らうのでは無く」
カーラ「婚約者……愛する者のため。自らの財産を擲ち、それでも婚約者を助けようとしている…と言う事でしょうね」
勇者「彼の婚約者の命か、人魚の命か…天秤にかける事など出来ないな」
カーラ「私が同じ立場だとしたら………そう考えると、私もあの青年貴族を責める事は出来ません」
エレル「と言う訳で……このまま話して居ても仕方ないので、そろそろ戻りましょうか?」
エレナ「うん…そうだね。あんまり長居してると、それだけリスクが増えるし」
カーラ「すみません、感傷に浸りすぎました」
勇者「………頼む」
―宿屋の一室―
エレル「それで、この青年貴族さんは柱に縛り付けておくとして………この後はどうします?」
勇者「カーラに何か考えがあった筈だが…」
カーラ「はい。少々いざこざが起きて遅れてしまいましたが…少し、そこの人魚に話を聞いてみようかと思います」
勇者「そう言えばそんな事を言っていたな。しかし、あの時あの場所では話せないとも言っていたが…」
カーラ「それは、実際に聞いてれば判るかと…あの場所でこれをやっっていたら…」
そう言って一呼吸置くカーラ。そして
カーラ「――――――――」
周囲に響き渡るそれは、耳を裂くような超音波。
成る程…これをあの場でやったら、騒ぎどころの話しじゃない
人魚「―――!?――――-!!」
そして、人魚の方からも返される超音波。
水槽の中に居るおかげか、人魚の方の声はカーラの発したそれよりは大分マシなのだが…聞き続けていると、頭が揺れるようだ。
カーラ「…っと言った感じですので、ある程度の事情が聞けたら話します。あと…我々は味方で、貴方に気外を加えるつもりは無いとも伝えておきました」
勇者「さすがだな……」
カーラ「いえ、人間には珍しいかも知れませんが…魔族ではそれ程特異な事では無いので」
そうか…そう言えば魔族はよくモンスターと連携を取ったりしていたな
カーラ「では…まずこの人魚を捕縛した人間達の特徴ですが―――」
エレル「―――あぁ、それは紅旅団の人達ですね」
勇者「知っているのかエレル!」
エレル「紅旅団…それは世界を股にかけ、主に国家や権力者の命を受けて。護衛から殺人まで、様々な荒事を引き受ける集団である」
エレナ「何か口調変わってるような…」
エレル「ちなみに彼等はこっち側の業界では有名ですが、あまり表舞台には出て来ないので…前回の勇者さまは知る機会が無かったんでしょうね」
エレナ「あ、戻った」
勇者「つまり…今回のブラックマーケットには、それだけの集団を操れるだけの力を持っている者が関わっている。という事か」
エレナ「規模が規模なだけに予想はしてたけど……問題は、その権力者が誰なのか…って事だよね」
エレル「じゃぁ聞いて見ましょうか。丁度今王宮に来ていますから」
エレナ「えっ」
カーラ「………」
勇者「なっ………」
エレル「と言うか、勇者さまが直接聞いた方が早そうですね。行きましょうか」
カーラ「あ、少々お待ち下さい。その前に……」
カーラ「―――――――」
人魚「―――――――」
今度は先刻よりも抑えた声で会話しているようだ。
カーラ「これで大丈夫です、人魚には事情を説明しました。あと…声帯に制限かけられていたようなのでそれも解除しておきました」
エレナ「これだけ手際が良いと、今回私が居る意味あんまり無いね…」
拗ねるな拗ねるな。
エレル「では改めて……いざ王宮へ!」
―謁見の間―
勇者「…お前達が紅旅団か」
団長「そう言うアンタが勇者様か」
勇者「答えて貰おう…何故人魚を攫った、誰の差し金だ?」
団長「何故それを……おっと、依頼主の名前は言えないな。ただ、何故かってのは至極簡単だ。金のため、団員全員で食ってくために決まってるだろ?」
団員の一人が国王の視線を伺っている。どういう意図だ?
エレル「にしても…今回は随分と危ない橋を渡ったみたいじゃないですか」
団長「何故かは知らないが、ここ最近はめっきり魔族が現れなくなったからな。こんなのでもなければ仕事が無かったのさ」
カーラ「………」
団長「な…何だそこの仮面の姉ちゃんは!?物凄い殺気なんだが…」
まぁ当然だろう
エレル「では王様…こういうのはどうでしょう?ブラックマーケットを根絶するため、黒幕探しを紅旅団に依頼する…と言うのは」
国王「ふむ、それは名案だ。どうだ団長よ、この依頼受けてはくれぬか?勿論、この依頼のためという事にして、人魚の件も不問に処すつもりだが…」
団長「……………………………いや………いや、やっぱり依頼主を裏切る訳には………」
勇者「よし、追加報酬3000万Gだ」
団長「…………………はぁっ!?」
勇者「因みに、人魚の落札価格も3000万Gだったんだが…」
団長「………嘘だろ?」
エレナ「本当だよ」
団長「………………」
エレル「相当安値で買い叩かれたみたいですね………」
団長「………いや、それでも駄目だ。雇い主の事を言う訳にはいかない。投獄したければ好きにしろ。ただし俺だけだ、団員達は関係無い!」
エレル「無駄に男らしいですねー……」
エレナ「あっ!」
勇者「どうした?」
エレナ「人魚ちゃんがまた襲われてる………うぅん、命が危ない?!!早く戻らないと!」
いつの間にそんな魔法を…どんどんエレナの力の底が知れなくなってきたぞ
と言うか、人魚の命が危ないとはどう言う事だ?
エレル「それは不味いですね…行きましょうか。3人とも此方に!!」
―宿屋の一室―
勇者「これは一体……」
宿屋に戻った俺達…そして、そこで待ち受けていた物は………
粉々に砕けた硝子と陶器と盗賊の鎧…加えて、内側から爆ぜたような無残な死体の山…恐らくは盗賊達だった物だろう。
人魚は水槽の外に身を乗り出して息を引き取り、唯一原型を留めている青年貴族も………盗賊の刃により絶命している。
カーラ「恐らくは…彼女が、水槽の外に出て声を使ったのだと思われます」
勇者「声…?どういう事だ?」
カーラ「人魚の声は、物体の固有振動数に合わせて波長を変える事が出来、ありとあらゆる物を破壊する事が出来るんです」
勇者「こゆ………?」
カーラ「ただし…その力を使うためには水の外に出て直接声を当てなければいけない。そして長時間水の外に居れば、当然呼吸は出来なくなり…」
勇者「………」
カーラ「私の…私のせいです。下手に彼女に戦う術を与えてしまったばかりに……」
カーラの説明は何となくだが理解した…だが、一つだけ腑に落ちない点が一つあった。
そして、それを確かめるための手段が脳裏を過ぎる。
勇者「すまない。エレル、エレナ…少しだけ前の時点に戻ってくる」
エレル「えっ」
エレナ「あぁ…そう言えばその手があったね。勇者くん……頼んだよ」
勇者「………任せておけ」
そう宣言して…俺はロードを行った。
―帰りの山道―
戦士と僧侶との決戦の後…帰りの馬車の上。
セーブをした地点に戻った俺。
そう……ここは確か、行き先を決める選択の途中の筈。
宣言するべき俺の答えは決まっていた。
勇者「公国に行こう。そこでブラックマーケットを潰すと同時に、やるべき事がある」
ヤス「えっ?ブラックマーケット?何ッスかそれ?」
ナビ「…情報の齟齬から、ロードを行った物と推測。全員に道中での説明を推奨する」
―オークション会場―
勇者「5000万G」
司会「5000万G!!なんといきなり5000万Gの入札です!!どなたか他にいらっしゃいませんか?いらっしゃいませんか?」
勇者「さてエレナ…一つ聞きたいんだが、追跡魔法を使う事は出来るか?」
エレナ「え?出来るけど…」
勇者「そうか、だったら………―――」
司会「5000万G!5000万Gにてあちらの方の落札で御座います!!」
―帰路―
勇者「さて…居るんだろう?青年貴族」
青年貴族「良く判りましたね…では、早速ですが用件を…」
勇者「人魚の事だろう?俺からもその事で君に話しがある。道中、盗賊共でも撃退しながら話そう」
青年貴族「えっ…」
勇者「それで…単刀直入に聞くが、君は人魚を手に入れて一体何をするつもりなんだ?」
盗賊を切り伏せながら問う俺。安心しろ、みね打ちとは行かないが致命傷でもない。
青年貴族「それは………」
そしてやはり言いよどむ青年貴族。後ろ暗い事があるのは見て取れるが、どうも様子がおかしい。
ここはやはり…強引ながらも核心を攻めて行くか
勇者「婚約者の命を助けるため…か?」
青年貴族「えっ……?」
ん…? 図星を突かれた驚きと言うよりも、突拍子も無い事を言われた時の驚きのようだぞ
勇者「違うのか?」
青年貴族「あの娘のために彼女を犠牲にするなんて、とんでもない!!あの娘の病気は、金さえ惜しまなければ治せる病気なんだ!」
勇者「………すまない、その辺りは詳しく知らないんだ。説明をして貰って良いか?」
青年貴族「そもそもあの娘との婚約は親同士が勝手に決めた事で、僕もあの娘も気乗りして居なかったんだ」
勇者「………本人同士が望まないような婚約を、何故?」
青年貴族「あの娘の両親が、僕の金を欲しがった…ただそれだけの理由ですよ。そしていざ婚約を行った直後、あの娘は重い病気にかかり…」
勇者「それから?」
青年貴族「治療費と称し、多額の金を渡す事で婚約の解消を取り付けました。ただ、その金を本当にあの娘の治療に使っているかは別ですが」
勇者「なら…この人魚を欲する理由は何なんだ?彼女では無く、自分の不老不死のためか?」
青年貴族「そんな筈が無いでしょうぅ!?!?何を言っているんですか!!!」
勇者「だったら何故…」
青年貴族「そもそも!そもそもですよ!?人魚の肉を食べたら不老不死になるだなんて、大嘘も良い所なんですよ!」
ん?何だか話しの雲行きが怪しくなってきたぞ?
青年貴族「元々海洋生物に近い構成なのだから栄養価は高くて当然ですよ。でもだからと言って、それで不死になれるなんて考える方がおかしいんです!」
勇者「お、おう……」
青年貴族「元々は飢饉により漁村の村人全員が早々に死に行く中、一人だけ人魚の肉を食べて生き延びた者が居たのが原因なんです!!」
勇者「………」
青年貴族「皆がバタバタ死んで行く中で一人だけ生き延びて居られれば、そりゃぁ不老不死だなんて噂も立つでしょう!
青年貴族「そしてその食料が人魚だと知られれば、人魚なだけに尾ひれが付いて寓話にもなるって物ですよ!」
青年貴族「だっておかしいでしょう!?本当に人魚の肉を食べる事で不老不死になるなら、何で実際に不老不死になった人が居ないんですか!」
あぁ、そうか…彼の部屋にあった人魚に関する資料の数々は、それを活用するための物では無かった…それを否定するための物だったんだな
勇者「では改めて聞くが…君は人魚を手に入れて一体何をするつもりなんだ?」
青年貴族「一緒に暮らすんですよ!!僕は彼女に恋をしてしまったんだから!!」
話しの勢いで、今度はよどむ事無く言い切る青年貴族。
またこのパターンか………人魚の見た目が見た目なだけに油断していた
勇者「…………………」
まぁうん…趣味は人それぞれだ、口を出す事でも無いだろう。
しかし………色々と予想を大きく外れた事もあったが、結果的にこれで合点がいった。
勇者「よし…だがその前に、もう一つ確認する事と条件がある」
青年貴族「何でも来て下さい…もう何も怖い物なんてありません」
語る事で相当興奮しているようだ
勇者「カーラ、ちょっとその人魚に聞いて欲しいんだ。この青年貴族の事をどう思うのか…あ、出来れば小声でな?」
カーラ「その青年貴族の事を………ですか?では、少々お待ち下さい」
カーラ「――――――」
人魚「―――――――」
小声でも中々耳に響く音で会話する二人…いや、一人と一匹か?ええい、もう二人で良いだろう。
カーラ「えっ…そんな……こんな偶然って……」
青年貴族「―――――――!!」
お前もか!頼むから音量を抑えてくれ
カーラ「…………と言う訳で、この人魚の方も、この青年貴族に一目惚れだったようです」
エレナ「正に種族を超えた愛の奇跡だねぇ…異種族恋愛の先輩としてはどうなのかな?」
物は言い様…という野暮な事は言わないでおこう。実際、こうして異なる種族が判り合い結ばれるというのは尊い物なのだから。
それにしても…やはりそうか。
商品として狙われている以上、無抵抗でじっとしていれば攫われるだけで助かった筈の人魚
それが何故か、ロード前は抵抗の痕跡を見せ盗賊達と相討ちになっていた。
加えて、盗賊達と同じ構成……同じ人間であり、同じ固有振動数を持つであろう青年貴族が原型を保っていた理由…
そう。人魚は青年貴族を守るために声を使い…青年貴族を避けるように声を出し…結果、盗賊達を迎撃するため窒息するまで無理をした。
青年貴族の方は、人魚を助けるため縄を自力で解き……盗賊と戦い、その刃により命を落とした。
皮肉にもお互いが助けようとした相手を助ける事が出来ずに、お互いが命を落としてしまった……
…こういう事なのだろう。
勇者「では…条件の方を出させて貰おう」
青年貴族「……はい」
勇者「二人とも、俺の領地で暮らして貰う。このままではまた何時襲われるから判らないからな」
青年貴族「………え?」
勇者「心配しなくても大丈夫だ…君達と同じような境遇で、異なった種族同士で暮らしている者が他にも居る」
カーラ「そう…私のような魔族と、人間の彼が一緒に暮らす……そんな事が出来る土地ですよ」
そう言って仮面を外すカーラ。
青年貴族「まっ…魔族!? あ、いえ………失礼。予想外の事なので驚いてしまいました」
カーラ「大丈夫、驚かれるのには馴れて居ます。それよりも…そうやって納得して頂ける事の方があまり馴れませんね」
よし、カーラの冗談で場が和んだ
エレナ「ちなみに…非公式だけど、国王様と帝王さんも味方だよ」
勇者「という訳だ………まぁ、今の暮らしに比べれば色々と不便にはなるだろうが…」
青年貴族「え…それが条件?それだけですか?」
ん?何か予想していた反応と違うぞ?
勇者「良いのか?」
青年貴族「えぇ、だって…元々全財産を注ぎ込んででも、彼女をあそこから助け出す積りでしたし。そうなっていれば、後は不便も何も…」
あぁ、そう言えばそうだった
青年貴族「むしろ、お金の面での条件かと思っていました。だって、彼女のために貴方は…」
勇者「あぁ、成る程……そう言えばそうだったな。まぁ、その事は別に良い。その金は移住に使って、余ったのなら彼女に何かしてやると良い」
エレナ「えっ!?」
何か不服なのだろうか…驚愕と怒りの視線を此方に向けて来るエレナ。
だがまぁ…男としては、一度言った事を取り消す事は出来ない。
ロードしてやり直す事も出来るが、一応のハッピーエンドなんだから気が引けるしな……
青年貴族「ありがとうございます……本当に何とお礼を言えば言いのか。あ、所でお聞きしたいのですが……貴方の領地とは何処ですか?そもそも貴方は…」
あぁそうだ…まだ自己紹介をしていなかった
勇者「俺は………勇者だ」
―謁見の間―
勇者「―――と言う訳で。ブラックマーケットの黒幕について話して欲しい」
団長「おいおい、冗談はよしてくれ。俺達が雇い主の事を話す訳が……」
勇者「5000万G」
団長「……はっ?」
勇者「5000万G…お前達の黒幕が人魚を売って得た金だ」
団長「………はぁぁっ!?んな……っ…!!」
勇者「そして5000万G」
団長「な……今度は、何の話しだ」
勇者「黒幕の情報でお前達に支払う報酬の額だ」
団長「……………はっ………?」
団長は膝をガクガク震わせながら迷っている。やり過ぎたか?
しかしこうかはばつぐんだったようで、脂汗を流しながら団員達と話し合っている。
団長「……………よし」
大臣「フ~フフン、フンフンフンフ~ン」
と、そこに現れたのは鼻歌を奏でる大臣
エレル「おや大臣さん、今日は珍しく上機嫌じゃないですか」
大臣「おや、これはエレル殿。いえいえ、ちょっとした投資で大勝ちしましてなぁ…がっはっはっはっは」
ちなみに…国王様の視線を気にしていた団員が、今度は大臣を凝視している。
そうか………あれは国王の何かを伺って居たのではなく…国王の視線を気にしていたのか。
エレナ「うわっ………!」
そして驚愕するエレナ
勇者「どうした?」
エレナ「あのさ…勇者くんに頼まれて、金貨に追跡魔法をかけたよね?」
勇者「あぁ…」
その話をここでする時点で……つまり。そう、俺の中の予感は確信へと変わった
エレナ「あれに触ると、触ってた時間に応じてその箇所に痕跡が残るようにしておいたんだけど………」
勇者「ふむふむ?」
エレナ「大臣さん……全身めっさ光ってる」
勇者「うわぁ…………つまりそれはあれか?そういう事か?」
ある意味予想以上だった。
………あぁ、あまりその光景は想像したくない。だがまぁ、これで一応の解決にはなるのか
事情を知っているであろう団員が、国王の視線を気にしていた理由…
ブラックマーケットで支払った金貨の痕跡が、大臣の全身に残っている理由…
それは………
団長「…俺達に仕事を依頼したのは………」
勇者「大臣…お前が公国のブラックマーケットの黒幕だな!!」
大臣「なっ………何故それを―――」
―公国商店街―
それからの事………
まずブラックマーケットの件。
芋蔓式に明らかになった事らしいのだが、どうやら王国の大臣だけではなく公国の大臣もぐるになってブラックマーケットを開催していたらしい。
開催場所や警備の穴………上層部でしか知り得ない事を事前に知って居たからこそ予め開催場所を決められた。当然と言えば当然の話しだ。
尚、ブラックマーケットの一斉検挙により回収された商品と金に関しては…各国と公爵が未だに交渉中。逞しいと言うか何と言うか…
あと余談ではあるが、ブラックマーケットの件で両国で大規模な人事異動が行われたという話しも聞く。
次に紅旅団の件。
返答が遅れたとは居え、協力の意思はあったと言う事で、王国公国両国からの情状酌量あり。
加えて、流石にあの状態からそれ以上突き落とすのも気が引けたので…
あの時提示した5000万Gで、紅旅団全員の生涯雇用…勇者領専属の旅団化という形式で決着が付いた。
続いて………また脇道に逸れ過ぎて忘れそうになって居たが、公国に対してのマオウシステム破棄の提言の件。
これに関しては、また思いも寄らぬ方向から解決の糸口が見付かった。
青年貴族の元婚約者…事情を聞いておいて放置する訳にも行かず、僧侶に病気を治して貰ったのだが…彼女は実は記憶喪失で、それまで治療してしまったのだ
そしてそこからが怒涛の展開…彼女は公爵の妾の娘だった事が判明し、母親に捨てられて居たところを今の親に拾われた事が発覚。
だが今の両親は今の両親で、これまで彼女を利用してあくどい金稼ぎをしていたようで………
これを知った公爵は、当然今の両親から親権を剥奪。改めて彼女を自らの娘として迎え入れるという結末に到った。
と言う経緯があり………話は驚く程すんなりと進んだのだった。あぁ、ちなみに
公爵『元々我が領土は、科学と商業を主体に民の欲望で栄えて来た。マオウシステムの維持など、他の国に合わせて来たに過ぎんのだよ』
との事らしい。
あと兵士に関しては…今回の件とブラックマーケット検挙に貢献した事で晴れて無罪放免。
カーラとの仲に関しても、これまた非公式ながら公国の助力を得られる結果となった。
そして最後に…………
団長「旦那ぁ!良い情報が入りましたぜ!それと、姐さんには皇国の土産でさぁ!」
エレナ「で…勇者くん。考えて見たら勇者くんが勇者になってから、私は何もプレゼントされた記憶が無いんだよね…」
勇者「……」
エレナ「前回から持ち越したお金も沢山あった筈なのにおかしいよね?これって記憶の欠落かな?」
勇者「………」
エレナ「それにしても、まさか前回稼いだお金を殆ど使い切るなんて…うん、まぁ勇者くんのお金なんだからどう使おうと自由なんだけど…」
勇者「面目ない」
エレナ「…………」
勇者「今日は…その、その何だ……埋め合わせと言う事で………」
団長「お、姐さん。こっちの自由市場に掘り出し物がわんさかありますぜ!!」
エレナ「うん、容赦しないからね?」
物凄く良い笑顔で言い切られた。
頼む…持ち堪えてくれ、俺の財布
●第四章 ―可能性の迷路 其の煮― に続く
●あらすじ
何だかんだあってセーブとロードを活用したりお金の力をフル活用して、公国のブラックマーケットの取り潰しに成功した勇者一行。
その功績と公爵の娘の奪還と言う大儀を果たし、公国におけるマオウシステムの放棄を取り付ける事に成功した。
また、その途中で人魚と青年貴族と紅旅団を仲間に加え…領土の住人を一層色濃くするのだが………
押収品と共に、有耶無耶になったまま公爵の手に渡ってしまった5000万G。
残された財力はあと僅か…にも関わらず、訪れる危機。
最強の強敵エレナの容赦無い猛攻により、勇者は残りの全財産を失ってしまうのだった。
●第四章 ―可能性の迷路 其の煮―
―領主の館―
団長「それで…これが問題のブツです」
団長が差し出した物…それは皇国の国宝とされる物の一つ。女神の首飾りだった。
今回の事の始まりはこうだ。
以前ブラックマーケットを潰した際、応酬した品の中に…本来ならば金銭で出回る筈の無い物が幾つか雑ざっていた。
その中の一つが、この女神の首飾りだ。
他にも皇国において重要とされる品々が幾つも発見され…王国と公国はこれを報告。
皇国からも当然のように返還要請が行われ、両国共にこれを受諾。
そして、その返還役として命を受けたのが……俺達。勇者と紅旅団という訳なのだが………
。
勇者「これを皇国に届ければ、それで無事終了…と言う訳だな」
団長「はい、そうなりまさぁな」
勇者「だが………今回も、そうすんなりとは行かないんだろうな…」
団長「でしょうなぁ……皇国では今、怪盗アリスってのが好き放題やってるみたいですからなぁ」
勇者「………それはあれだな…」
団長「えぇまぁ、十中八九………」
―皇国中央公園―
勇者「やっぱり来た」
怪盗アリス「アンタ達が女神の首飾りを持っている事は知ってるんだ、それを渡せば命だけは助けてやるよ!」
勇者「包囲網敷いた上に殺す気満々の装備で言われても、説得力が無いな…」
団長「でさぁなぁ…」
際どい衣装に、顔を覆う仮面…まさに怪盗と言うのに相応しい姿で登場した、怪盗アリス。
その部下と思われる全身タイツの男達に囲まれる俺達。
怪盗アリス「やれやれ、人が折角親切に忠告してやってるって言うのに…素直に言う事を聞かない悪い子には…お仕置きだよ!」
アリスの合図で襲い掛かる男達。だがまぁ………ここは相手が悪かったと言うべきか。
団員達の手により、あっさり全滅。さすがは全大陸を股にかけていただけの事はある。
怪盗アリス「な…中々やるじゃぁないかい。こうなったら、霊獣で……」
手下「あ、姐さん…今回は、隷属の指輪を持って来て無いんじゃ…」
怪盗アリス「はっ!?…くっ………今日の所は見逃してやる!お前達!ずらかるよ!!」
そして、お決まりのセリフを残して撤退。
勇者「これで終わると良いんだが…」
団長「終わらないでしょうなぁ………」
―皇宮 謁見の間―
皇帝「ふむ………そなたが此度の勇者か…女神の首飾りの護送、ご苦労であった」
勇者「いえ、勿体無きお言葉…」
皇帝「聞く所によれば、道中で怪盗アリスに遭遇したとの事…新米の勇者と聞いておったが、大事は無かったか?」
勇者「お気使い感謝致します。団員の皆の活躍により、万事滞り無くお届けに上がる事が出来ました」
と、報告を終えた所で現れる女性……歳は今の俺と同じか一つ下くらい。全体的に線の細い体躯と、それを包む純白のドレス。
膝丈まで真っ直ぐと伸びた金色の髪に、済んだ蒼の瞳。その姿から皇女である事は一目瞭然だった。
皇女「お父様……少々宜しいでしょうか?」
皇帝「構わぬ」
皇女「初めまして…私は皇女、アリーツェと言います。貴方が勇者様ですね?この度の任務、ご苦労様でした」
勇者「国王様に続き、勿体無きお言葉に御座います」
皇女アリーツェ……俺はその名前だけは知っていたが、実際に会う事が出来たのは今回が初めてだ。
何故かと言うと前回は………
皇女「と言う堅苦しい挨拶はここまでにして……宜しければ皆様、夕食をご一緒に如何でしょう?」
団長「お、良いですねぇ。って事は久しぶりに皇女様の手料理が食べられるって事ですか」
皇帝「うむ、それは私も楽しみだ」
ん?何だこのアットホームな雰囲気は。ここは謁見の間で、目の前に居るのは………
団長「あぁ、旦那は初めてだから混乱してますなぁ。この国の王宮はこう言う所なんですよ」
…………何だそれは、前回はこんな事無かったぞ。
―皇宮 食堂―
勇者「皇帝と皇女が食堂で皆と食事………だとっ!?おかしい。ここは帝国か?何か歪が生じているのか!?」
団長「いやいや、ちゃんと皇国ですって」
勇者「それに…料理を作っているのが皇女!?あそこは食堂の叔母さんの聖域では無いのか!?」
勇者は混乱した。あぁいや、俺は混乱した。
勇者「しかも、割烹着を来ても尚失われる事の無い気品と優雅さ……これが皇国の崇拝対象たる女神の姿だと言うのかっ!!」
僧侶が崇拝する対象…それこそ一目で納得の行く姿だ…!!
団長「あれは女神じゃなくて皇女様ですぜ。勇者様、落ち着いてくださいな。ね?」
勇者「済まない…とり乱してしまった」
当然ながら落ち着ける訳が無い、だが表面だけでも平静を取り繕う。
皇女「お待たせしました、召し上がり下さい」
勇者「ありがとうございます」
そして眼前に出された料理は…ジャガイモを主役に豚肉と玉葱と人参………そう、これは 肉じゃがだ!!
お袋の味として定番とされる肉じゃがだが、皇女が作ったという事実だけでもキラキラと輝いて見える。これは何と言う魔法だ!?
勇者「では……頂きます!」
まずはメインのジャガイモ。これは………どう表現すれば良い?
アッサリとしていて、それでいてしつこくない?いや、そんな在り来たりな表現では料理に対して失礼だ。
そう……口の中に入れた瞬間に濃厚な味が染み渡り、食の本質を容赦なく叩きこんで来る……だが
決してその一撃を不快には感じない。そうだ、これは……皇女のか細い腕から繰り出される、乙女の拳
その行為に微笑を覚えながらも、決して苦痛とは感じられない拳その物だ!!
なら次は玉葱だ。…………うん、しっかりと火が通っていて、それでいて煮崩れて居ない。
普通に美味しい…だが何だ、この違和感は?そう…完成されているのに何かが足りない。
………そうか!そういう事か!!
うん、間違い無い。ジャガイモと一緒に食べる事で、その水分とジャガイモに染み込んだ煮汁が調和して二口目に相応しい調和を奏でている
……………これが福音の鐘か!!!
そして人参……そう、これは大きな衝撃を必要とはしない。ジャガイモと玉葱を味わった舌を、休ませるだけで…………
何だと!?
これは人参の青臭さでは無い。明らかに別格。柔らかい歯応えに馴れ切った口の中を引き締める歯応え…これは
そうか、牛蒡か!!人参の芯を刳り貫き、牛蒡が差し込んである!しかもこの牛蒡は、灰汁抜きをしていない!
一般的に牛蒡は灰汁抜きをする物と言われているが、実はそれは大きな間違いだ。
灰汁とされている成分には重要な栄養素が含まれている。疲れた体にはこれが染み込み…
あぁ、何と言う事だ。休むつもりで居たら癒されていた…これこそが皇女の慈悲………
断言しよう。この食事の時間は…こう、何て言うか救われている。
となると……これは…この付け合わせは……
あぁ、やはり人参の芯と皮……そして牛蒡と鷹の爪のきんぴら。煮込まれた牛蒡とはまた違ったシャキシャキの歯応え…
そう……もし物足りなさを感じた者が居ても、救いの手を差し伸べる……まさに救世手
しかし、異なる味ながらも微妙に感じるこの既視感…………そうか、これは胡麻油か。
肉じゃがときんぴら、両方に隠し味として存在し…食べ終えた所で後味としてその存在を僅かに示す……女神の悪戯か
俺はいつの間にか覇者にクラスチェンジしていた
団長「旦那…大丈夫ですか?何か雰囲気が…って言うか見た目が変わってるんですが」
覇者「大丈夫だ…いや、大丈夫な筈が無いな。この料理を食べて平常心で居られる筈が無い」
皇女「そう言って貰えると私も作り甲斐がりますわ。まだまだたんとありますので、宜しければ…」
覇者「おかわり!!と言うかむしろ、今この時に限らず毎日食べたいくらいです」
ここはもう即答である。そして心からの言葉だ。
皇女「え………?あの、それって…………」
頬を染めて真っ赤になる皇女。
……………………はっ、しまった。
覇者「あ、いや!すみません!そういう意味では無く!!」
皇女「あ…は、はい。そうですよね。すみません、私ったら………」
覇者「いえ、俺の方こそ……」
おっと、またクラスチェンジして勇者に戻った
皇帝「何だ、折角嫁の貰い手が出来たと喜んだというのに…ぬか喜びか?」
皇女「もう…お父様…!」
皇帝「しかし本当の所…お前が早く嫁に行ってくれた方が私も安心出来るのだがなあ…?のう?」
団長「全くでさぁ」
勇者「団長まで悪乗りをするな。皇女様が困っているだろう」
と言うかこの二人、いつの間にか飲んで居る。あぁ…酔っ払いの相手は帝王だけで十分だと言うのに、こんな所に来てまで…
皇女「あ、でも私は……その、勇者様さえ宜しければ………」
いけません皇女様。貴方の口からそんな事を言われたら、抗える男などこの世には……ん?
勇者「皇女様…?」
手元のコップから酒の匂い………誰だ皇女様に酒を飲ませたのは!
まぁうん…酒の勢いでの冗談ならば仕方が無い。皇女様も意外とあぁいう類の冗談を言うのだなと驚いた。
と考えてる暇も無く、俺に向かって倒れ込む皇女様。
俺はそれを咄嗟に抱き止めたのだが…
皇帝「ふむ…さすがにそういった事は二人きりの時にして欲しい物だが」
勇者「いや、どう見ても酔い潰れて倒れているだけでしょう!」
皇帝「はっはっは、判っている。しかしここで助けたのも何かの縁。そのまま寝室まで運んでやってはくれないか?」
勇者「はっ?!」
皇帝「深読みをするでは無い。言葉通りの意味だ。それとも勇者は、皇女をこんな酔った野獣達の巣窟に置き去りにする程薄情なのか?」
勇者「…………っ、畏まりました」
皇帝「あぁ、そうそう…」
勇者「何でしょうか?先に言っておきますが、襲っても良いとかそういう類の戯言は聞き流しますので」
皇帝「……………」
視線を逸らして沈黙しないでくれ!それでも父親か!!
勇者「では、これにて……」
―皇女の寝室―
勇者「…これで良し…」
皇女をベッドに寝かせ、毛布をかける。割烹着のままというのが少々問題かも知れないが、着替えさせる訳には行かないのでこのままにしておく。
勇者「さて……」
食堂に戻ろうとしたその矢先、袖の裾を摘まれる。誰にか?言うまでも無い……
皇女「勇者様……御迷惑をおかけしました」
勇者「いえ、お気になさらず。それよりもご気分は如何ですか?」
皇女「少しお酒が残っているようですが、もう大丈夫です。所で…一つお願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」
勇者「はい、私に出来る事でしたら何なりと」
皇女「言葉遣い…そんな無理に取り繕わず、自然にして話して頂けますか?」
勇者「……………やっぱりばれてたか」
皇女「えぇ、時々『私』が『俺』になられて居ましたので」
勇者「そんな所まで見られて居たとは…流石は皇女。侮れないな」
皇女「あ、その事なんですが…出来れば私の事は、アリーツェと名前でお呼び頂きたいのですが」
勇者「…………努力する」
何だこの可憐さと可愛さを兼ね添えた存在は…男殺しの才能が半端では無い。
皇女「所で…いきなりこんな質問をして可笑しいかとは思うのですが…勇者様は、この国をどう思われますか?」
勇者「この国?俺はまだこの国の事を余り知らないから、さっきまでの感想で良ければ…」
そう…俺はこの国の事を良く知らない。正確には、今回のこの国の事を。
前回の皇国は、教典に縋り現実を見て居ない…狂信者の国だった。王宮の内部も当然そうだった。
だが今回の皇国は、それとは真逆。笑顔と暖かさに溢れていた。
勇者「良い人が沢山居る国…勿論そうでない人間も見たが、それが俺の感想だ」
皇女「ありがとうございます。勇者様の口からそう言って頂ける事、とても嬉しく思います。ですが…悲しい事に、悪い面もその通りです」
勇者「………」
皇女「この国では…教典による教えで、この世を良くしようとする人が沢山居ます」
勇者「そのようだな…」
皇女「ですが…教典の教えを曲解させ、その人達を食い物にして自らの私腹を肥やす悪人が居るのもまた事実」
勇者「皇女様…貴方は、その現状を憂いて居るんだな」
皇女「はい………そしてそのような悪人は法の目を掻い潜り、今も闇夜に潜んで人々を苦しめています」
勇者「法も万能では無い…か」
皇女「その通りです…しかし、法と教典が無ければこの国が存在し得ないのもまた事実………そして」
勇者「何より、国民が法と教典を必要している…故に、先のような悪人が蔓延っている…と」
皇女「はい………権力の象徴たる皇家の物が言うのもおかしな話ですけれど、この国の権力者は明らかに腐敗しています」
皇女の言葉の意図は何と無くだが理解出来た
勇者「皇帝は法を守るため制裁を行えず……本来立ち上がるべき国民もまた……」
皇女「魔王と言う上位の悪……それを隠れ蓑にされ、権力者を覆すまでの行動を起こせない…と言うのがこの国の現実です」
勇者「……」
皇女「このような偽りの平和の上で、法がどれだけの意味を持つのか…そして、何者かがそのために犠牲になるのが本当に正しいのか…」
勇者「――――!!」
そうか……皇女という立場上、マオウシステムの事は知って居ておかしくは無い。だとしたら…
皇女「私は…貴方を死なせたくはありません。そして―――」
もしかしたら……ここが分基点なのかも知れない。
俺はセーブを行った
勇者「俺は魔王にもならない」
皇女「―――………え?何故それを……?」
勇者「掻い摘んで話すが…俺は未来から来たんだ」
皇女「…そんなご冗談を…え?でも……」
勇者「突拍子も無い事を言っているのは理解している。だが…魔王の仕組みを壊したいと思っているのはアリーツェと同じだ」
皇女「勇者様……」
勇者「当然、信じてくれとはも言えない……戯言と捉えられても仕方ないだろうな」
皇女「………」
勇者「………」
皇女「少し…考える時間を頂きたいのですが…」
勇者「…構わない」
そう言って、俺は部屋を出―――
皇女「では…後ろを向いて居て頂けますか?」
出られなかった。日を置くのでは無く、本当に少しの時間という意味だったららしい。
言われるままに背を向ける俺。
背後から聞こえる衣擦れの音。着替えている事くらいは容易に想像が付く。
まぁ…さすがに割烹着のままする話でも無いだろうし、ここは野暮な言葉で場を濁す事はしない。
皇女「もう…結構です」
促されるままに振り向く俺。そして。振り向いたその先には………
勇者「皇女………な、何を」
ネグリジェ姿のアリーツェの姿があった
皇女「私は決めました…勇者様の言葉の真偽ではなく、勇者様の瞳を信じたいと」
勇者「それはありがたいのだが……その…その恰好は……」
皇女「こんな恰好で言うのも変ですが…はしたいない女だとは思わないで下さい。私も…その…恥ずかしいのです…」
だったら何故!?……とは口に出せない。
判ってしまうからだ。
これは皇女なりの決意。俺…勇者と共に進むという決意。
だが、同時に判ってしまった……
勇者「俺が…俺の知る真実を話さなかったとしたら…アリーツェは、生贄にされる勇者への慰めとしてその身を捧げるつもりだった…」
俺の呟きと同時に強張るアリーツェの身体
皇女「それは……」
否定しきれない言葉と、よどみが告げる真実の肯定。
勇者「ならば…その行為は間違いだ。やりたい事と義務を繋げるのでは無く、まずはやりたい事を貫き…その後で、自分の心に問うべきだ」
皇女「勇者様…………」
勇者「では、俺はこれにて………くれぐれも風邪を引かないようにな」
皇女「勇者様の…馬鹿」
語調に僅かな笑みが含まれていた。そう、これで良かった筈。この選択で良かったと確信していた
次の日…あんな事が起こるまでは
―皇国中央公園―
皇帝「何故だ…何故こんな事になってしまったんだ………!!」
皇国中央公園…その中央に聳え立つ大樹の根元
団長「何でだよ…なんでよりによって……」
大樹を取り囲むように張られた縄が、野次馬の侵入を阻むその中央
国民「嘘……そんな……」
そこに…………
皇帝「勇者よ……何故皇女を抱いてやらなんだ……もしそなたがアリーツェを抱いていれば、いや…一緒に居てさえいれば……もしかしたら……っ!!」
無残に四肢を切り刻まれ、切り離された………
勇者「そんな……アリーツェ………」
皇女の…………アリーツェの 死体が あ っ た
―皇宮 食堂―
一人きり…他の何者も居ない食堂。
昨日の騒ぎが嘘のように静まり返り、肌寒さだけが突き刺さる。
厨房の奥には、昨日アリーツェが作った肉じゃがの残りが入った鍋。
もうそこに居ない彼女…もうそこに立つ事の無い彼女。
その彼女が残した痕跡。
俺はその鍋に手を伸ばし………途中で止める
勇者「いや…駄目だ」
そう…それを「彼女が残した物」にしてはいけない。
勇者「前回……俺がこの国に来た時には、アリーツェは既に死んでいた」
勇者「その時も、死因や詳細は不明なま謎の怪死扱いだった」
勇者「だが……今回のアリーツェは生きていた。生きていられる筈だった」
勇者「そして…その可能性はまだ潰えては居ない」
俺は静かに目を閉じ、ロードを行った。
―皇女の寝室―
勇者「大丈夫…俺は死なない。魔王に負けはしない」
もしかしたら…マオウシステムの存在を俺から言い出した事が原因なのかも知れない
そう…これなら…
―皇国中央公園―
勇者「口封じのために殺された…訳では無いのか……くそっ!!」
俺は目を閉じ、ロードを行った。
―皇女の寝室―
勇者「魔王に負けはしない…必ず朗報と平和を届けると約束しよう」
皇女「勇者様……貴方のその勇気の…糧に、少しでもなれるのなら…」
勇者「その気持ちだけ頂いておく。正直、そこから先を義務感で行われても罪悪感しか沸かないんだ」
皇女「……勇者さまの馬鹿」
勇者「その替わり……今夜は日が登るまでアリーツェの話を聞かせて欲しい。アリーツェ自信の事、この国の事…全部」
皇女「………はいっ」
そう…これで良い。これで今夜アリーツェは城の外に出る事無く、命を落とす事も無い。
事実、夜は明け、日が登り……
乗り切った。
―皇宮 食堂―
俺は…昨夜の残りの肉じゃがを味わっていた。
アリーツェが生きている…アリーツェがこうしてここに居る今を噛み締めながら………
結局この後何が起きるでも無く、ロード前に何が起きたかは判らず終い。
だが、これで良かった。アリーツェが生きているのなら、それ以上の事は無い。
そうして…女神の首飾りの輸送と、裏でアリーツェの救命という使命を果たし…俺は自分の屋敷に帰った。
―領主の館―
が…………屋敷に帰った俺を待っていたのは、アリーツェの死の知らせだった。
俺は目を閉じ、ロードを行った。
―皇国中央公園―
勇者「駄目なのか………どうしても」
俺は静かに目を閉じ、ロードを………
勇者「いや、待て…その前に、出来る事がまだあるんじゃないのか?」
…そうだ、アリーツェの遺体を確認するべきだ…もしかしたら、死因や状況を特定する何かを見付ける事が出来るかもしれない
俺はアリーツェの遺体を見た。
痛々しい程無残に切り刻まれた身体、ボロ布になるまで切り裂かれた衣服。
勇者「………これは、いや……」
そして気付く。原型を留めて居ないが、逆に…その衣服を繋ぎ合わせた姿を想像した時、そこに見覚えがある事に。
勇者「これは……怪盗アリスの服?」
そこで真っ先に浮んだ可能性は、皇女アリーツェ=怪盗アリスの構図。
怪盗がここで誰かを襲い、返り討ちに逢った…という筋書きならば、この上無く単純で説明も要らない。
だが、どうしようも無く喉に引っかかって姿を現さない違和感…それをそのまま飲み込む事は出来ない。
しかし、アリーツェ≠アリスであるのならば何故アリーツェがこの服を着ているのか。
それと……
勇者「この血の量……傷の状態に対して、明らかに少ないな……」
謎を解く筈が、また謎が生まれてしまった。だが…もうこれ以上、ここで得られる情報は無さそうだった。
俺は静かに目を閉じ、ロードを行った。
―皇女の寝室―
この夜…皇女を足止めしても先送りにしかならず、それを辞めた夜にはまた皇女が死の運命へと向かう。
この夜…俺が皇女と共に居る間、どんな行動を取っても結果は変わらない。
唯一の救いは、これがマオウシステムの影響下の出来事では無い事だが…
やはり……知るしか無い。
何が彼女をそうさせるのか…何が彼女を死地へと赴かせるのか…それを知らずして改変は成し得ない。
勇者「俺も……君を、アリーツェを死なせたくは無い」
皇女「………えっ…?」
勇者「結論から言えば…君は今夜、これから向かう先で殺される」
皇女「そんな……何故そんな事を……」
勇者「それは、俺が未来の記憶を持っているからだ」
皇女「そんな…いきなりそんな事を言われても」
勇者「魔王の仕組み…」
アリーツェの身体が強張る
勇者「いや、それだけでは証明としては薄いか。そうだな……」
ここから先は一つの賭けだ。
勇者「君が…怪盗アリスとして殺される事も知っている」
身震いするアリーツェ。どうやら賭けに勝つ事は出来たが、これで同時に一つの可能性も消えた。
無実のアリーツェがアリスの服と言う濡れ衣を着せられ、身代わりとして殺された可能性。
とは言え、原型を留めない程に引き裂かれた服ではその役割も果たさなかったのだが……
皇女「わた……くしは………死ぬ、のですね……」
勇者「アリーツェがこのまま死地に乗り込むのならば、必ずそうなる」
皇女「死んだ私は……どのような死に方をしていましたか?」
勇者「怪盗アリスの姿で…四肢を切り刻まれ、切り離されて死んでいた…………」
アリーツェは震える体を無理矢理に抑える
皇女「それで……その、私を殺した犯人は………」
勇者「…最後まで見付からなかった。それどころか、アリーツェの死因さえも謎のまま……」
皇女「そう……です…か」
弱々しい声で答え、更に言葉を続けるアリーツェ
皇女「勇者様は……例え無理だと判っていても戦わねばならない時が来たら、どうしますか?…いえ、どうして来られましたか?」
勇者「戦ってきた」
皇女「そう…ですよね」
勇者「アリーツェの覚悟は判る。だが………俺は、君を死なせたくは無い!!」
皇女「そのお気持ちだけで十分です。ですが、もし我儘を許されるのなら…私に思い出を下さいませんか?」
そうか……ここまで来て初めて気付いた。
彼女は、俺を哀れんでその身を捧げようとしてきた訳じゃない…
彼女自身が望んでいたんだ…不安を埋める何かを。
だが、それならば尚の事………
勇者「それは出来ない」
皇女「…………」
勇者「アリーツェはまだ思い出を作る事ができる…だが、その可能性を自ら閉ざそうとしているだけだ」
皇女「ですが……このままでは…」
勇者「アリーツェ…君が何かを隠している事は判っている。そしてそれを隠し通したいと思っているのも判っている。だが…」
皇女「………」
勇者「それは逃げているだけだ」
皇女「判って……居ます」
勇者「だからこそ…俺は君を追い続ける」
皇女「………え?」
勇者「追い続けて追い続けて…必ずその手を掴み、引き寄せてみせる」
皇女「勇者様………」
勇者「そして………アリーツェが望む物よりもずっと良い思い出を、嫌と言う程詰め込んでみせるさ」
皇女「では…お待ちしております。逃げ続けるしか無い私の手を掴んでくれる、その時を…」
そう言って身を寄せ、俺の唇に自らの唇を重ねるアリーツェ。
悠久にも感じるその数秒間の後…俺達は背を向け、踏み出した。
…それぞれの道を。
●第四章 ―可能性の迷路 其の算― に続く
続き
ユウシャシステム【後編】