暑い夏がやってきたところで日々の生活にさして変化があるわけではない。退屈な授業が終われば熱射病みたいなハルヒに引きずられて部室へ直行。
古泉とオセロやら将棋をして時間を潰すことが大半ではあるが、たまにハルヒに相手をさせられることもある。そんな時は少々アレなのだが、
比較的穏やかな日々を送っている。
さてさて、そんなある日のことである。今日は掃除のせいで部室に行くのが遅れてしまった。
ハルヒはそういうことに対してもう少し寛大になるべきなのだが、掃除なんかサボれなどとあるまじきことを宣う。
いや、別に掃除をそこまで一生懸命にしているわけではないのだが、調和を乱す行為を嫌う日本人としては当たり前である。
ハルヒは調和などといったものはつまらないの一言で一蹴しそうではあるが……。
部室のノックをして返事を待つ。この時間帯ならもう全員揃っているだろう。そんなことを考える間もなく、はぁ~いと返事が返ってくる。
もう朝比奈さんの恒例となったコスチュームチェンジは終了しているようだ。安心しと扉を開けた。
出迎えてくれた朝比奈さんの御姿を網膜に焼き付けながらいつもの席へ。
本当に眼福である。
「あ、お茶入れますね」
そう仰ってトテトテと動き回る御様子はなんとも癒される。この東京という名の人間砂漠に咲いた一輪の花といったところか。
別にここは東京でも何でもないが。そういう気分なのだ。
「お待たせしました~」
熱いから気を付けて下さいねと微笑まれ、何故か俺の座っている正面に回り込んで前屈みになりつつ湯呑みを置いて下さった。
いや、その態勢だとふくよかな胸が強調されて――
「どこ見てんのよエロキョン!」
別に見ようと思って見ていたわけではない。不可抗力だ。なんてことを言ったところでハルヒは聞く耳を持ってくれないんだろうね。
怒りを顕に団長席からずんずんと近づいてきてどかっと乱暴に俺の隣に座った。
「……何をしてるんだ?」
「キョンがみくるちゃんに変なことをしないように見張るのよ」
「だったらこんなに席をくっつける必要はないだろ?狭いんだが」
「うるさいわね。つべこべ言わないの」
やれやれと言いたくなるのを我慢して、はいはいと投げ遣りに相づちを打って終わりにする。
夏真っ盛りなのに、肩が触れ合う距離でいるせいか正直なところ暑い。ボタンを一つ外してパタパタて胸元に空気を送り込んでやる。
たいした冷却効果を得られるわけではないが、幾分か涼しくなったような気がした。
「どうかしたのか?」
「な、何でもないわよ!」
視線を感じてハルヒの方に顔を向けると、顔を思いっきりそらされてしまった。
その横顔は暑さのせいかいささか紅潮しているようだった。
「本当に暑いですよねぇ」
朝比奈さんも何やら胸元に風を――って、待て待て待て!ハルヒ熱湯はマジでヤバイ!
「覗いてんじゃないわよ!ホントエロキョンは隙があったもんじゃないわ。みくるちゃんはあっちに行ってなさい。みくるちゃんのこと襲わないようにあたしが付きっきりでエロキョンの面倒は見とくから」
酷い言われようである。
今回のことも不可抗力だと言い張りたいのだが、付きっきりとかなんとかで俺の腕にしがみついているハルヒのせいで正常な思考が出来ない。
別に柔らかいんだなとか思っているわけではない。ただ、脳ミソが溶けそうなくらい暑いのだ。
朝比奈さんが入れてくださった熱々のお茶にも負けないのではなかろうか。もしかすると沸騰しているんじゃないかと少し心配になる。
「何ボーッとしてのよ?また変な妄想してんじゃないでしょうね」
「またってなんだ、またって」
非難の声を上げるが、間近で見るハルヒの顔に見惚れてしまいそうに――だ、断じてそんなことはない。
やっぱり暑さでどうかしてしまったんじゃなかろうか。どうにもさっきからまともな思考が出来ていない。
「むぅ……。涼宮さんもなかなかやりますね」
「えっと、何か言いましたか?」
「いえ、何にも」
天使様がにっこり。隣で般若様もにっこり。ああ、脳ミソが沸騰する。
というか、そんなに腕をつねると身が引き千切れるから止めていただきたい。
「みくるちゃんにへらへらしてんじゃないわよ。エロキョンはみくるちゃんの半径3m以内に近づいたらダメだからね。あ、あと喋りかけてもダメだから」
なんだ、そのアメリカのストーカー裁判の判決のようなものは。別に俺は朝比奈さんのストーカーでも何でもない。
むしろ、朝比奈さんをストーカーから守る正義の味方といったところか。自分で言ってて悲しいが、俺にはそんな主人公体質は無い。
精々名も無き一般生徒Bぐらいが妥当なところだろう。
「あ、あしがすべりましたー」
そんな棒読みくさい台詞が聞こえたと思ったらハルヒとは逆側から柔らかい衝撃が。
いやいやいやいや、それはないだろう。朝比奈さんは確かにおっとりしていらっじゃるが、意外に歳上らしい落ち着いたところもある。
そんな方が足を滑らすだろうか。百歩譲ってあったとしよう。だからといって、足を滑らせて俺に抱きつくようなことが有り得るだろうか。
ああ、神様ありが――
「何やってんのよ、こんのエロキョンがー!こら、さっさと離れなさい!」
「あ、あ、大変です。腕が絡まっちゃいました~」
ええ、ええ、大変でしょう。でも俺はもっと大変なことになってますよ。ハルヒに首を掴まれて頭をシェイクされてますからね。
意識が失くなる瞬間、長門と目が合った。普段はあまり感情の籠もらない瞳が、羨ましそうだったのは果たして幻想か。
残念ながら、俺にはそれを確認する術はなかった。
終わり