魔王「ふっ、いつもの席は空けてあるか。感心な奴だ」
マスター「どうも…で、今日は何にする?」
魔王「適当に出してくれ。ツマミもな」
マスター「…今日は思いっきり酔い潰れたいって顔だな」
魔王「私の顔はそんなに分かりやすいか?」
マスター「職業柄、そういう能力に長けてるだけさ」
元スレ
魔王「邪魔するぞ」マスター「あぁ、いらっしゃい」
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魔王「ふぅ…」ガタン
マスター「随分と疲れてるじゃないか」
魔王「私は美人で人気者だからな。毎日のように不届き者が現れるんだ」
マスター「ははっそうかい」
魔王「…何とも思わないのか?同じ人間がやられているというのに」
マスター「ここに店を構えてから、久しく人と会ってないからな」
魔王「全く、物好きな奴だ。なぜ人間界に店を建てなかった?」
マスター「人間、若い時には無茶をしたくなるものさ」
魔王「お前はもう良い歳だろう?」
マスター「…歳をとっても変わらなかった。それだけの話だ」
魔王「人間にしては良い根性をしていると思ったが。ただの変わり者だということか」
マスター「魔王なんてモンよりはよっぽどまともで退屈だよ」
魔王「クク…心外な評価だ」
マスター「ほら、どうぞ」
魔王「なんだこれは?見たことがないが」
マスター「常連のお客さんにしか出さないものだ」
魔王「私以外に常連などおるまい」
マスター「そういうことは言わないのが出来た大人というものだ」
魔王「難しいな、魔王になるよりも」
マスター「交代はせんよ」
魔王「賢明な判断だ」
マスター「さ、ツマミもできたぞ」
魔王「ふむ…これは人間界の食い物か?」
マスター「揚げ物だよ」
魔王「先ほどからやかましい音を立てていたのはそのせいか」
マスター「ああ、魔界ではないものだろう?」
魔王「そうだな、食い物と言えば普通は生でしか食わん」
マスター「魔界の住人の口に合うかは分からないが…」
マスター「まあ物は試しだ、食べてみな」
魔王「…どう食べればいいんだ?」
マスター「そのままかぶり付けばいい」
魔王「ふむ…」ガブッ
魔王「……」ムグムグ
マスター「どうだい?」
魔王「…褒めてやらんこともない」
マスター「あぁ、充分だ」
魔王「ん?」
マスター「よっ…と」スッ
魔王「どうした、お前は向こう側に立っているのが商売だろう」
マスター「お客さんとの交流も商売だ。横、失礼するぞ」
魔王「ふっ…好きにしろ」
魔王「そういえばお前、家族はいるのか?」
マスター「人間界に妻と息子がいる」
魔王「…戻ってやらんのか」
マスター「些細なことで喧嘩をしてしまってな。一人家を出て行ったわけだ」
魔王「また若さゆえの無茶か?」
マスター「あぁ、後は分かるだろう?」
魔王「…その歳まで変わらなかったわけか。バカな男だな」
マスター「言うな、百も二百も自分に言ってきたことだ」
魔王「む…」
魔王「そろそろ酔いが回り始めてきたな…」
マスター「もう酔いに任せて魔法を乱発するのはやめてくれよ」
魔王「安心しろ、昼間の戦いのせいで魔力はスッカラカンだ」
マスター「そこまで苦戦するとは珍しいな」
魔王「たまには暴れるのもいいと思っただけだ」
マスター「あぁ、そういうことにしておこう」グビッ
魔王「……でな!私はそこでこう言ってやったんだ!」
魔王「『私を倒したくば人生を百回はやり直せ』とな!」
マスター「はははっ」
魔王「その時の人間の悔しそうな顔ときたらなーひっく…」
魔王「おーいマスター!もっと飲め!ぜーんぜん減ってないぞぉー!」
マスター「酔い潰れたら商売にならんだろう」
魔王「ばかお前ーそーいうのも含めてだな!商売というものは…」
魔王「んー…」パタッ
マスター「おやおや…しょうがない、ソファで寝かせておいてやるか…」
カランカラン…
マスター「いらっしゃ…あぁ、執事さん」
執事「魔王様は?」
マスター「酔い潰れたからソファで寝かせておいたんだ」
執事「いつもすみませんな」
マスター「ははっ構わんよ」
魔王「……むぅ…」スースー
執事「…本当に、お幸せそうな寝顔だ」
マスター「随分とご機嫌に話してたからな」
執事「城でもずっと気を張り続けていて…本当に安らげるのはこの店だけなのです」
マスター「だろうな。毎日毎日戦い漬けなのだから」
執事「それに加えてこの殺伐とした時代。臣下達もいつ誰が謀反を起こすかも分からぬ状況で…」
マスター「そしてあなたは魔王のお付き…苦労するな」
執事「いえ、私は…」
マスター「…気晴らしに、少し飲んでいくかい?」
執事「……えぇ、ではお言葉に甘えて」
マスター「魔王は今日、相当苦戦していたようだが…」
執事「ご存知なのですか?」
マスター「向こうから聞いた」
執事「資源も食糧も、無限にはありませんからな…」
執事「我々の不手際のせいで、少しずつ魔王様の負担が重くなってしまう」
執事「…歯痒い状況です、実に」
マスター「…そうか」
マスター「私は既に俗世を離れた身だ……何も、言わんよ」
執事「そうして頂くと嬉しいですな…」
魔王「ん…んん?」
マスター「お目覚めか」
執事「魔王様、私です」
魔王「あぁ…来ていたか、執事」
執事「帰りましょう、臣下共が待っております」
魔王「馬鹿を言うな。今頃全員夢の世界に旅立っているだろう」
執事「大人の世界では建前は重要でしてな」
魔王「ふ…厄介なものだ、大人というのは」
魔王「では失礼するぞ、マスター。金はここに置いておく」
マスター「あぁ、また来るといい」
「…ん?」
「な、なんでこんな所に店が…?」
「誰かいるのか…?入ってみるか」ガチャッ
マスター「おや、今日は早…」
マスター「っ!」
「……え?」
マスター「お前…」
「………おや、じ……?」
マスター「お前、討伐隊に入っていたのか…」
「おっ俺のことなんかより!なんで親父がここにいんだよ!」
「母さんと俺をほったらかして!一人勝手に家を出て行って!」
マスター「…すまん」
「どれだけ…俺達がツラかったか…!」
マスター「…………すまん、本当に…」
―――――――
―――
―
「…で、親父はここで何をしてるんだ?」
マスター「見ての通りだ、店を経営してる」
「魔物が酒なんて飲むのかよ」
マスター「あまり飲む奴はいないが…」
マスター「…一人、とびっきりの酒好きがいてな」
マスター「ところでお前はどうしたんだ?」
「さっき親父が言った通りだよ」
マスター「魔王を討伐しに来たというわけか…」
「あぁ、近い内に奇襲をかける。今日は偵察だ」
マスター「…そうか…」
「何か魔王について知らないか?どんなことでもいいんだ」
マスター「……」
マスター「…知らないな、会ったこともない」
「…さて、昔話の一つでもしたいけど」
「仲間が待ってるんだ。そろそろ帰る」
マスター「…あぁ」
「じゃあ、な…」スッ…
マスター「……待て」
「なんだよ?」
マスター「お前が故郷に戻ったら…」
マスター「母さんに伝えてくれ…『お前のことは一日も忘れたことはない』と」
「……伝えておくよ、約束する」
マスター「…ありがとう」
「…元気でな、親父。全部終わったら…酒、飲みに来るよ」ガチャッ
マスター「あぁ、待ってる」
カランカラン…
マスター「……」
数日後
魔王「ふむふむ、やはりこの揚げ物とやらは褒めてやるに値すると認めてやっても…」ムグムグ
マスター「今日はどうしてこんな昼間から?」
魔王「不届き者の気配が全くなかったからな。たまには昼に行ってもいいだろうと」
魔王「ま、お前も客がいなくて寂しいからちょうど良かっただろう?感謝しろよ?」
マスター「ははっ、光栄だ」
ガチャッ!
魔物「魔王様!!!!」
魔王「なんだ、騒々しい」
魔物「大変です!敵が奇襲を仕掛けてきました!!」
魔王「なに?」
マスター「…奇襲…?」
魔王「どうした、マスター」
マスター「……その敵」
マスター「おそらく、私の息子だ…」
魔王「なっ…お前の息子…!?」
マスター「数日前に店に来た」
魔王「なんだと…クソッ…!」
マスター「……魔王」
マスター「私は、お前側にも息子側にもつかん」
マスター「だから…気にするな」
魔王「…しかし…」
マスター「…いいんだ」
魔王「…分かった」
魔物「魔王様!早くお戻りになってください!」
魔王「分かっている!すぐに行くから先に帰っていろ!」
魔物「はっ…!」ガチャッ
魔王「…マスター」
マスター「…なんだ?」
魔王「我々は、今非常に厳しい戦況にある」
魔王「さらに今回は奇襲を受けた…正直、生き延びる自信はない」
魔王「だから…今日で一応の別れとさせt…」
マスター「…………おく」
魔王「え?」
マスター「また…揚げ物を用意して待っておく」
魔王「…マス、ター…」
マスター「私はここのマスターで、お前は客だ」
マスター「それ以上でもそれ以下でもない」
マスター「そうだろう?」
魔王「…ふっ、その通りだな」
魔王「じゃあ…行って来る」
マスター「あぁ、またの来店を待っている」
魔王「…マスター」
マスター「ん?」
魔王「……揚げ物、美味かったぞ」
マスター「…どうも」
ガチャッ バタン
数週間後
マスター「……ふぅ、これくらい掃除したら充分か」
マスター「…ん?」
スタスタスタ…ザッ
マスター「おや…お客さんか…」
ガチャッ
カランカラン…
マスター「いらっしゃい」
マスター「あぁ…お前か」
マスター「…ちゃんと用意しておいたぞ」
…さあ、食べな
Fin