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QB「シャワーでも浴びておいで」さやか「な、何…?」【前編】
――さやかの部屋
さやかがベッドに腰掛けている
さやか「…あたしって…ほんと馬鹿…」
QB「…献身と自己犠牲を一括りにしようとするのが間違いだ…君は優しすぎる」
さやか「あたしは優しくなんかないよ…。さっきだって、
もう少しであんたに取り返しのつかないことするとこだった…」
QB(そんなことはない…悔しいけど、僕は何度死んでも償い切れない…
代わりのある僕の生命は、人間と比べたらほとんど価値がないんだよ…)
QB「…学校で、何かあったのかい?」
さやか「ん…」
QB「…」
さやか「はぁ…さすが、何でもお見通しだね…」
QB「よかったら話してほしいな…」
さやか「学校終わってから、仁美に『話がある』って呼ばれてさ…
あの子、前から恭介のこと好きだったみたいで…」
QB「ああ…」
さやか「抜け駆けしたくないからって、わざわざそのこと教えてくれたんだ…
それで仁美、丸一日だけ待って、明日の放課後、恭介に告白するって…」
QB「…」
膝に置いた拳を強く握って泣き出すさやか
さやか「恭介の手を治したのはあたしなのに…あたしはずっと恭介に会いに行ってたのに…!
それなのに、黙って見てるしかないんだよ…! 仁美と恭介が付き合うとこ…!」
QB「…!」
QB(何だろう…この感じは…)
QB「さやか、志筑仁美は君にチャンスをくれたんだね…?」
なぜか声が震えた
さやか「…うん。だけど、あたし…!」
QB「…」
さやかは出かかった言葉を飲み込んだ
QB「…君は、生きてるよ」
さやか「…」
QB「ゾンビじゃないよ…」
さやか「…だって…」
ソウルジェムを手のひらに乗せた
さやか「これがあたしの姿なんでしょ…?」
QB「…」
キュゥべえはベッドから降りて鏡の前に立った
QB「君は喜びも悲しみも感じてる」
さやか「…」
QB「人間は感情の生き物。感じることが全てだ…」
さやか「…?」
QB「…知り合いがそう言ってた…」
さやか「…うん」
QB「僕は感情をもらってから、いつも苦しくて、苦しくて、それでも我慢して、
泣いて、泣いて…死にたい時もあった…。だから、感情は病気だと思ってた…」
さやか「……」
QB「だけど、よかったんじゃないかなって、時々思う…」
さやか「…?」
QB「マミやさやかのこと、こんなに好きになれたから…」
さやか「…!」
QB「辛いことばかりだけど、気がついたら『幸せだな』って感じてる時があるんだ…」
さやか「…そっか」
QB「君は恭介のことが好きだろう?」
さやか「…」
QB「さやかは人間だ。これ以上自分をいじめないで…」
さやか「…そんなこと言ったって」
QB「…君の想いを封殺させたりしない…。それは、僕が許さない…」
さやか「え…?」
QB(汚い手だって構わない…!)
QB「…シャワーでも浴びておいで」
さやか「な、何…?」
QB「話すことは話した。あとは君が笑顔で戻って来るのを待つだけだ」
さやか「な…」
QB「止まない雨は降らない。特に嵐の翌日は天気がいいものだ」
さやか「う、うん…」
QB「僕はそれに期待してる。それだけだ」
さやか「…ありがとう」
QB「はは」
さやか「なんか…気味悪いな、急に。はいはい、じゃ行って来るね」
QB「行ってらっしゃい」
さやかを見送るキュゥべえ
QB「……」
QB(寄り道か…? 時間はないのに。感情というのはワガママだ…
…逆だ。急がば回れ。これでいい。さあ行こう…。いいのか? そんなこと…
いいも悪いもない。さやかの為だ…
違う。さやかを利用する為だ…まどかと契約する為だ…!)
キュゥべえは密かに家を抜け出した
―――――――――
(ほむら『どこまで虫のいいことを言うつもり?』)
QB(人間にわかるのかい? 遊びじゃないんだ。戦争と同じだ
僕は聖人でも独裁者でもない。狡猾な蛇で愚かな悪魔
希望という麻薬の売人であり、宇宙という機械の歯車。やるべきことをやるんだ…)
―――――――――
――仁美の部屋
寝ぼけ眼の仁美にキュゥべえが向かい合う
(杏子『だからって強硬手段かよ? それでさやかが満足すると思うか?』)
QB(仕方ないじゃないか。こうでもしないと次の戦いへ進めないんだ
僕はさやかをワルプルギスの夜と会わせる…まどかを追い詰めて契約させる為に
まどかはやがて人類全てを地球ごと破壊し尽くすだろう…それでいい
少女達が魔女になって行く姿を、僕はもう見たくない)
仁美「あなたは…?」
QB「僕は……死神だよ」
仁美「死神…?」
QB「…志筑仁美。君に伝えたいことがあって来た」
キュゥべえは耳の羽で仁美の額に触れた
仁美「!」
QB「今から見せるのは、ある魔法少女が下した決断と、その結果だ」
仁美の頭に映像を送り込むキュゥべえ
仁美「さやか…さん…?」
QB「そう…君の友達だ。彼女は自分の魂と引き換えに、僕と契約して上条恭介の手を癒した
『契約』した者は、願い事が1つ叶う代わりに、魔法少女となる…
さやかは今、君達の為に血を流して戦っている」
ハコの魔女に操られる仁美達が見えた
仁美「これは…私…! ですの…?」
QB「…ああ。よく見るんだ。君は魔女に取り憑かれ、集団自殺の現場に入った…
あの時さやかが現れなければ、君は今頃この世にいない」
仁美「…!」
映像の中のさやかがまどかと抱き合って泣いている
QB「さやかは魂を抜かれた体で恭介と会うことを恐れた
泣いているのは、志筑仁美に恭介を取られると思ったからだ」
仁美「うぅ…」
QB「誰の為に払った犠牲なのか。…そして何を得られるのか。…何を失ったのか」
仁美「…もう、やめてください」
QB「君にも最低限の素質はあるだろう。志筑仁美。君はなかなか興味深い
僕と契約すれば、魂は取り出され、あの子のような過酷な運命を背負うことになる」
仁美「お願いですわ、こんなお話、やめてください!」
耳を塞いでうずくまる仁美
QB「…」
仁美「もう聞きたく――」
QB「『お願い』と言ったね。『話をやめろ』…それが君の願い事か」
仁美「!?」
QB「いいだろう。どんな奇跡も君の望むまま。容易い御用だ。君の祈りは遂げられる」
仁美「!!」
――――――――――
――午前3時
さやかの部屋。土砂降り雨の音がする
キュゥべえがよろよろと机に上った
QB「はぁ…はぁ…」
さやかがベッドで横向きに眠っている
QB(さやか…)
コトッ…
口にくわえていたソウルジェムを机の上に転がした
透き通った『緑色』をしている
QB(杏子もさやかには甘いね…。僕もさやかに振り回されてばかりだ…)
鈍痛を抱えた腹を庇いながらベッドに飛び移った
さやかの横顔を見下ろす
QB「はぁ…はぁ…」
QB(後悔しないと誓ったはずだろう…? 体は元に戻らないけど、それが全てじゃない…
自分によく尋ねるといい…結果がどうなろうと後悔しない選択が見つかるはず…
なぜなら、君の運命は君自身のものでしかないからだ…)
キュゥべえは丸くなって、頭をさやかの額にくっつけた
(ほむら『今は自分でも何をやってるのかわからなくなる時がある』)
QB(僕もそうだ…。こうして奔走しているのが、さやかの為なのか、宇宙の為なのか…
どっちかを選べば、片方は犠牲になる…だけど比べたら価値の違いは一目瞭然じゃないか
僕は宇宙を優先するよ…
なのに、感情が邪魔するんだ…。まるで自分が2人いるみたいに)
QB「うぅ…」
QB(明日は辛い1日になるだろう…ここからが腕の見せ所だ…)
QB「おやすみ…さやか」
――――――――
――朝。ワルプルギスの夜出現まで、あと2日
さやか「ん…」
さやかが目を覚ました
キュゥべえは机の上で、さやかに背を向けたまま呼吸を整える
さやか「…キュゥべえ」
QB「おはよう。さやか」
さやか「ごめん。泣き疲れてたのかな…先に寝ちゃったみたい。…どこ行ってたの?」
QB「人をさらっていた。魔女の代わりに」
さやか「…はぁ…?」
QB「今日は恐らく君にとって大事な日のはずだ。諦めたつもりなら、考え直したほうがいい」
さやか「…何言ってんのよ」
QB「…すまないね。君が恭介から身を引こうとしているのが気に食わなかったんだ」
さやか「……」
QB「仁美は待ってくれると言っていたんだろう?」
さやか「…うん」
QB「事態を甘く考えるな。急いだほうがいい」
さやか「そ、そんな…また大袈裟な…。いいんだよ、あたしなんか…」
コッ コン コト…
緑色のソウルジェムを尻尾で落とすキュゥべえ
さやか「えっ……?」
QB「君1人が我慢すれば済む問題だと思ったら大間違いだ」
さやか「ちょ、ちょっと…これって…」
QB「あの子は緑色の目をしていた」
さやか「…!」
QB「志筑仁美を人質に取った。無理やり契約させて、誰にも見つからない場所へ誘い込んで、
そこでソウルジェムを盗んだんだ」
さやか「あ…あんたどういう――!」
キュゥべえが目を光らせて振り向く
QB「あの子の死体はこうしている間にも少しずつ腐食しているだろう
そして仁美の居場所は僕だけが知っている」
さやか「…!!」
立ち上がって机を叩くさやか
さやか「何てことするの!? 一体どういうつもりよ!」
QB「これは、僕からの、君に対する脅迫だ。日常は終わってしまった
恭介に全て打ち明けるんだ。君の気持ちも、契約のことも」
さやか「仁美は全く関係ないでしょ!?」
QB「そう思うなら尚更だ。言う通りにすれば仁美に会わせてあげる。迷っている時間はない
カラスについばまれてボロボロになった仁美にソウルジェムを返したいか?」
さやか「くっ…!」
俯いて膝をつくさやか
さやか「何なの…?」
QB「……」
さやか「なんでこんなことするのよ…!」
QB(立ち上がってほしいからだよ…。君は自分のことはすぐに諦めてしまう…
けれど誰かの為なら必死になれるはずだ。さあ、自分の力で走るんだ…!)
さやか「…仁美はどこ?」
QB「恭介に会えばわかる」
さやか「教えて」
QB「…誰の為に?」
さやか「それは…仁美の為だし、あたしの為…!」
QB「…口を割るつもりはない。君自身が放課後までに結果にたどり着けば間に合うだろう
僕は最後まで見守っている」
さやか「こんなこと…いくらあんたでも赦さないから…!」
QB(悪魔は悪魔らしく…)
QB「…それでどうする? 僕を殺せば仁美はこのまま時間をかけて白骨化するだろう」
さやか「…」
QB「簡単なことだ。恭介に告白すれば仁美は助かる。それが僕の提示した条件だ」
さやか「…あんたさ…」
QB「…?」
さやか「…もしかして、あたしの為にやってるつもりなの?」
QB「……」
さやか「…だとしたら、あんたは間違ってるよ…。何も悪くない仁美を巻き込むなんて!
こんなことされて嬉しい訳ないじゃん!!」
QB「僕の真意が何なのかも、君にとって最善かどうかも、どうでもいい
問題は『諦める』という選択肢がなくなったことだ」
さやか「…見損なった。こんな奴だったなんて」
QB「…」
QB(これでいいんだ…今は…)
――――――――――
――学校
仁美の姿がない
まどか「――さやかちゃん…それ、本当なの…?」
さやか「うん…ついさっきのこと。どうしよう、あたしがウジウジしてたせいで、仁美が…」
まどか「さやかちゃんのせいじゃないよ…」
さやか「それにしても、キュゥべえは本当何考えてんだろ…
あたしが仁美のこと助けなきゃよかったなんて言っちゃったから…?」
まどか「さやかちゃん…」
さやか「…やっぱわかんないよ。あのキュゥべえが、あたしの恋愛なんかのことで
そこまでムキになってこんなことするなんて、やっぱ信じらんないよ…」
まどか「……」
さやか「今朝のあいつ、いつもと違った…。普段あんなに優しくて泣き虫で、
どんな時も親身になってくれたのに、なんか、人が変わったみたいに…
それこそ氷みたいに冷たくて、あたしが何言っても何とも思ってないみたいで…
…顔も少し怖かった」
まどか「…き、きっとキュゥべえはさやかちゃんに遠慮してほしくなかったんだよ…
上条君のこと、そのまま諦めないでほしかったんだよ…
キュゥべえは、さやかちゃんのことが好きで…」
さやか「…あんたはいいよね…気楽でいられて」
まどか「…!?」
さやか「あんたは魔法少女じゃないから、あたしが戦ってる時は後ろで見てるだけでいいもんね
それで、こんな時も結局傍観者でさ…大変な思いするのは、あたしばっかだ…」
まどか「……」
涙目で下を向くまどか
さやか「大切な友達を人質にされて、助ける為には仁美を出し抜かなきゃいけない…
どっちにしろあたしが悪者になるんじゃん…」
握っていた仁美のソウルジェムを見つめるさやか
まどか「さやか…ちゃん…」
――昼休み
屋上でさやかがフェンスに指をかけてうなだれている
その後ろに恭介
上条「さやか…。話って、何…? 深刻そうな顔して…」
さやか「……」
上条「…えっ、と…」
さやか「…恭介」
上条「うん…?」
深いため息をつくさやか
さやか「…仁美のこと、どう思う…?」
上条「志筑さんのこと…? 志筑さんが、どうかしたの?」
さやか(何から話そう…)
さやか「…前からあんたのこと、好きだったんだってさ…」
上条「え…?」
さやか「昨日聞いちゃった…。それで、本当は今日の放課後、あんたに告白するはずだった…」
上条「…」
さやか「…だけど、仁美は学校休んでる…」
上条「…うん」
さやか「…あのさ、恭介」
上条「…何? さやか」
さやか(…なんでこんなことになっちゃったんだろ…)
不意に涙がこぼれた
さやか(…やばい…何泣いてんのよ)
さやか「ちょっと、待ってて」
恭介に背を向けたまま
上条「…」
さやか(止まってよ…。これじゃ何も言えないじゃんか…)
さやか「……」
恭介が松葉杖をついて近づいて来る
フェンスを掴む手に力が入った
さやか「ごめん、待って」
横からさやかの顔を覗く恭介
さやかは顔を背けた
上条「…さやか?」
さやか「待ってってば…」
上条「…」
恭介は空いている手をポケットに突っ込んでフェンスに寄りかかった
目を閉じて少しうつむいている
さやか(あー駄目だ…頭真っ白…。仁美のこととか契約のこととか理路整然と話せそうにない…)
さやか「あたし…」
上条「……」
さやか「実は、その…」
さやか(言うぞ、言うぞ…)
上条「うん…」
さやか「恭介のこと…」
声が震えた
さやか「好きだよ…」
恭介が目を開けた
上条「……」
さやか(言っちゃった…)
上条「…そっか」
さやか「…?」
上条「それで、あんなによくお見舞いに来てくれてたんだ」
さやか「…うん」
上条「ありがとうね。色々と」
さやか「……」
上条「…さやかの気持ちは、とっても嬉しい」
さやか「……」
上条「…だけど、それならもっと早く言ってくれるべきじゃないかな…」
さやか「な…なんで…?」
上条「…さやかは志筑さんから僕のことを相談されたんじゃないのか…?
志筑さんの気持ちを知って、焦って抜け駆けするっていうのは、よくないと思うんだ…」
さやか「…!?」
上条「さやかのことは、友達としてこれからも変わらず大事にするよ
でも…そういう裏を知ってしまうと、恋人になろうっていう気にはなれない…ごめんね」
さやか「違う…」
上条「本当にありがとう。好きって言ってくれて」
さやか「違う…!」
上条「本当、ごめん…。でも、さやかに感謝してるのは嘘じゃない…
これからも、よろしくね」
泣き崩れるさやか
上条「…ごめんね…さやか」
さやか「違うって…! 抜け駆けとかじゃないよ…!」
さやかの肩に手をかける恭介
上条「さやか…気持ちはわかるし、こんなことでさやかを嫌いになったりしないから…」
さやか「仕方なかったんだってば…!」
恭介がさやかから目を逸らした
上条(やめよう…言い訳をしたくなるのは仕方ないことだ、さやかは悪くない…
これ以上聞く耳を持つのは返ってかわいそうだ…そっとしておこう)
上条「ごめんね…先に戻るね…」
歩き出す恭介
さやかは歯を食いしばったまま、震える手で床を殴った
それから少しの間だけ泣くと、走って恭介を押しのけた
上条「!」
泣きながら校舎に駆け込んで行くさやか
上条「さやか…」
キュゥべえが別の棟から一部始終を見守っていた
QB(充分だ…。杏子?)
杏子(んー? もういいのか?)
杏子がホテルの窓からキュゥべえを見ている
QB(うん。本当にありがとう)
杏子(ったく、付き合ってらんねーっつーの)
杏子は変身を解いた
杏子「終わったってさ。ほら、釈放だ」
一緒にいた仁美の背中を押す
仁美「ご迷惑をおかけしましたわ…」
杏子「いや。こっちこそ、キュゥべえの奴が悪いことしたね。あたしからも謝るよ」
仁美「いいんですの。今回のことがなければ、私は大切なお友達を裏切ってしまうところでしたわ」
杏子「青春してんねぇ。…ま、さやかみたいになりたくなければ、
あんたはキュゥべえの誘いには死んでも乗らないことだね」
深々とお辞儀をする仁美
仁美「決心はつきましたわ。私自身が後悔しない為にも、恭介君に伝えて参ります
さやかさんが言えなかった、本当のことを」
杏子「ははは、あの坊やにはさやかなんかよりあんたのほうがよっぽど相応しいんじゃねーか」
――暗い表情で教室に戻って来るさやか
さやか「……」
まどか「さやかちゃん」
さやか「…ごめん。ちょっと疲れちゃった…」
まどか「大丈夫!? どうしたの、顔色悪いよ…保健室行こう?」
さやか「…ほっといて」
まどか「さやかちゃん…」
さやか「…なんであたしが、こんな目に…」
まどか「…もしかして、告白…」
冷たい目でまどかを睨むさやか
まどか「…!」
さやか「…あんたは振られて落ち込んでると思ってるんだろうけど、そんなもんじゃないから」
まどか「え…?」
さやか「…仁美の件、うまく説明できなくてさ…なんか勘違いされちゃって
『友達を騙すような卑怯者と付き合うつもりはない』って…そう言われたんだよ」
まどか「そんな…駄目だよ…さやかちゃんはずるいことなんてしてないよ!
今からでもきっと遅くないよ…上条君に、ちゃんと本当のこと伝えよう!?」
さやか「言える訳ないじゃん!」
まどか「…!」
さやか「あたしは魔法少女です、あなたの手を治しました、
告白しないと仁美は死にますだから付き合ってくださいって言えっての?
あんたは何にも知らない恭介にそんなこと言って、信じてくれると思う訳!?」
まどか「さやかちゃん…」
さやか「…もういいよ。どうでも。これで少なくとも仁美は助けられるんだ…」
まどか「こんなの…おかしい…絶対おかしいよ…!」
さやか「…帰るわ。早く仁美を探さないと。でなきゃ恭介に嫌われた意味なくなっちゃうから」
まどか「……」
――校門の前
キュゥべえが座っている
さやか「……」
QB「おかえり、さやか」
さやか「…来てたんだ」
QB「『見守っている』って言ったろう」
さやか「…仁美に会わせてよ。あたしは約束守ったよ」
QB「そのことなんだけど…僕はさやかに嘘をついたんだ…」
さやか「は…?」
QB「仁美のソウルジェムを見て」
さやか「な…なんでよ…」
鞄を開けるさやか
さやか「!?」
仁美のソウルジェムが、小さなセメントの欠片に摩り替わっていた
さやか「何よ、これ…!」
QB「ただの石ころだ。杏子の魔力で、形だけソウルジェムに変えていた
…仁美とは契約してないよ」
さやか「…!」
――――――――
――昨夜の出来事
ホテル一室
QB「――このまま見過ごしたくないんだ…これではさやかが報われない…!」
杏子「だからって強硬手段かよ? それでさやかが満足すると思うか?」
QB「…間違いなく怒るだろうね。だけど、恭介の為に沢山尽くしてきたさやかが
ここで追い出されるなんて、僕はどうしても許せないんだ…」
杏子「…あたしの時は、助けようともしなかったじゃないか」
QB「…!」
杏子「…まー今更文句言うつもりもないけどね
あの頃のお前と今のお前じゃだいぶ違うみてーだし」
QB「…ごめん」
杏子「悪いけど、お断りだわ。だいたい無茶苦茶なんだよ、さやかの恋敵を誘拐しろだなんてさー
さやかの奴もちっとはかわいそうだと思うけど…
人に手伝ってもらわなきゃ告白できないってんなら、所詮その程度の気持ちなんだろ
あいつのことだし、ほっといても何日かすりゃ忘れるんじゃねーの」
QB「…さやかは、真剣に悩んでる…」
杏子「お前もわかんない奴だね」
QB「…」
杏子「どうしてもって言うんならさ」
QB「うん…」
杏子「お前1人でやれば?」
QB「…!」
杏子「とにかくあたしは動かねーよ」
QB「…わかった。茶番に付き合わせようとしてごめん」
――その後、仁美の部屋
QB「――君にも最低限の素質はあるだろう。志筑仁美。君はなかなか興味深い
僕と契約すれば、魂は取り出され、あの子のような過酷な運命を背負うことになる」
仁美「お願いですわ、こんなお話、やめてください!」
耳を塞いでうずくまる仁美
キュゥべえが目を光らせた
仁美「もう聞きたく――」
QB「『お願い』と言ったね。『話をやめろ』…それが君の願い事か」
仁美「!?」
QB「いいだろう。どんな奇跡も君の望むまま。容易い御用だ。君の祈りは遂げられる」
仁美「――!」
杏子(おい! キュゥべえ! 何やってんだよ!!)
唐突にテレパシーが送られて来た
QB(杏子…!)
杏子(テメェ、気でも触れたか? どういうつもりだ!)
QB(…時間を稼ぐ為に少し脅かそうとしただけだ)
杏子(本当か? とにかく出て来い。お前、イカレてるよ)
QB(……)
杏子(話がある。来ねーんならこっちから行くぞ)
QB(…わかった)
QB「志筑仁美…契約は中断する」
仁美「え…?」
QB「用事が済んだら戻って来る」
仁美「……」
――仁美の家の前
杏子がリンゴをかじっている
QB「…話って?」
杏子「…お前、さやかに何の思い入れがあるんだ?」
QB「…別に」
杏子「じゃあさっきのは何なんだよ。どっからどう見ても異常じゃねーかよ」
QB「訳があるんだ」
杏子「言ってみろよ」
QB「…それは言えない」
髪を掻き毟る杏子
杏子「ムカつく。あームカつく! はっきりしろよ!
困った時はあたしに頼るくせに、事情を聞けばダンマリじゃねーか!」
QB「……」
杏子「…説明しろよ。納得のいくようにさ。お前がここまでするぐらいだから、
何かあるのは想像ついてる。内容によっちゃあ協力しないでもない」
QB「…わかったよ」
杏子はリンゴを食べ終えて、小首をかしげながら腕を組んだ
仁美が窓から見下ろしている
QB「さやかのことは…もちろん好きだ。だけど、放っておけない理由はそれだけじゃない」
杏子「…?」
QB「ソウルジェムは君達の魂そのものだ。感情の状態によって、様々な変化が起こる…
例えば、深い悲しみや絶望に落ちた時、ソウルジェムは急激に穢れる…」
杏子「…!」
QB「それは長い目で見れば一時的な落胆であっても、穢れの量が一度限界に達すると、
ソウルジェムはその場で砕けてしまうんだよ…」
杏子「何だって…! それ、本当のことか…?」
QB「ああ、そうだ…。恭介が親友に取られるところを目の当たりにすれば、
1つのことに集中しすぎるさやかのことだから…どうなってもおかしくはないよね」
杏子「……」
QB(嘘は言ってない…でも杏子は鋭いから…)
杏子「なんでそんな大事なこと早く言わねーんだよ!」
QB「魔法少女なら、穢れを溜め込まないように普段から心がけてる…
だから、前もって言うまでもないだろうとたかをくくっていたんだ…」
杏子「ったく…お前は本当に肝心なところが抜けてるな」
QB「ごめん…」
QB(誤魔化し切れた…)
杏子「でもさー、こればっかりはしょうがねーだろ…
あたしやあんたがいくらバックアップしてやったって、
あんな立派な家の天才坊やが、こっちのお嬢様よりさやかを選ぶってのも考えらんねーし」
QB「それはわかってる…ただ、これまでの苦労や覚悟を全部タダで仁美に明け渡すよりは、
真っ向から当たって砕けたほうが後悔は少なく済むんじゃないかな…
そこまでしても駄目だったなら、僕ももう諦めるしかない」
杏子「…さやかは、死ぬってことか…?」
QB「…残念だけど。と言っても、打てる手をできる限り打っておけば、
助かる可能性だってずっと上がるはずだ」
杏子「…かもな」
ガチャ
家の中からパジャマ姿の仁美が出て来た
杏子「!」
QB「仁美…」
仁美「あの…死神さん…」
杏子「…?」
QB「何だい…」
仁美「これ…夢じゃないんですのよね…? さやかさんは、本当に魔法使いなんですのよね…?」
QB「…さっき見せた光景は全て事実だ」
杏子「お前が仁美か?」
仁美「はい…。あなたは…?」
杏子「あたしは佐倉杏子。さやかと同じ、こいつと契約した魔法少女だ」
仁美「よろしければ…その、契約について詳しくお聞きしたいのですが…」
杏子「やめとけ。魔法少女に興味なんか持つもんじゃねー
特にお前みたいな、裕福で何一つ不自由なく暮らしてる奴はね」
仁美「あなたはさやかさんのお友達ですの…?」
杏子「んー…まぁ、なんつーか。…否定するほど遠くもねーな。ああ、友達だ
事情はだいたい知ってるよ。上条って坊やを取り合ってんだろ?」
仁美「……」
―――――――――
QB「僕達は仁美に経緯を説明した。僕の考えた狂言誘拐についても…」
さやか「…」
―――――――――
仁美「さやかさんは私の大切なお友達であるだけでなく、命を救ってくれた恩人ですの
単に1日お待ちするだけでは、同じスタートラインに立てませんわ」
QB「君は、恭介がさやかの恋人になっても、さやかと友達でいられるかい?」
仁美「もちろんですわ。寂しくないと言えば嘘になりますけれど…
恭介君自身がさやかさんを選ぶなら、それが私にとっても一番の幸せです…
嫉妬の涙は一晩で終わり。心からお二人を祝福しますわ」
杏子(出来た子だな…)
仁美「さやかさんと対等である為にも、進んで協力しなくてはなりません
そうでなくては、恩を仇で返すことになりますもの」
QB「…ありがとう」
杏子「ったく…どうなっても知らねーからな」
変身する杏子
杏子「キュゥべえ。さやかが嫌がるってのは承知してるんだろうな?」
QB「…ああ」
杏子「なら取っとけ」
ドコッ
杏子は不意にキュゥべえの腹を蹴り飛ばした
QB「!!」
宙に浮いて背中から落ちるキュゥべえ
QB「うぅ…!」
仁美「死神さん!」
杏子「そいつの名前は『キュゥべえ』だ。死神じゃねーよ」
仁美「…キュゥべえさん。大丈夫ですか…?」
QB「平、気…何ともない…」
むせ返りながら立ち上がる
―――――――――
QB「それから杏子は偽のソウルジェムを作って、仁美を学校の近くのホテルに連れて行った
仁美はわざと誘拐されたんだ」
さやか「…どうして嘘なんかついたのよ。みんなして…」
QB「君にどうしても告白してほしくて、こんなやり方をしてしまった…
これくらいしか方法が思いつかなかったんだ…ごめんね」
さやか「そのおかげで恭介に卑怯者呼ばわりされたんだよ…?」
QB「それは誤解だ…恭介は今日1日の出来事で君を軽蔑したりしないよ」
さやか「なんでそう言えるのよ…。恭介のことなんて何も知らないくせに…!
あんたが余計なことするから――!」
QB「さやか」
さやか「……」
1人で歩き出すキュゥべえ
さやか「! ど、どこ行っちゃうの…?」
体ごと振り返る
QB「一緒に帰ろう?」
さやかは下を向いた
さやか「……」
無言でキュゥべえを拾う
それから、少し強く抱き寄せたまま歩いて行った
―――――――――――
――魔女結界
さやか「くっ! えい!」
さやかが魔女を滅多斬りにしている
粘液状の使い魔達がさやかに取り付く
ジュ…
腕やふくらはぎから煙が上がった
構わず魔女を斬り続ける
さやか「くっ…! もう、さっさと消えて!」
QB「……」
やがて結界が崩落した
まとわり付く使い魔が溶けていく
さやか「はぁ…はぁ…」
剣が重い
あちこちに深い火傷を負っている
倒れ込むさやか
キュゥべえがグリーフシードをくわえて駆け寄る
QB「さやか。よく頑張ったね。さあ、ソウルジェムを貸して」
さやか「うぅ…ちょっと、待って…」
皮膚のただれを癒していく
変身を解いてソウルジェムを差し出した
――帰り道
下を向いたまま黙々と歩いていくさやか
QB「大丈夫…?」
さやか「…何が?」
QB「すごく痛そうだった…」
さやか「…平気。すぐ治るのわかってたし、もう慣れっ子だよ」
QB「…そう。ならいいんだ」
さやか「具合悪い訳でもないのに早退して、ずる休みみたいになっちゃったし…
これくらいの仕事はしとかないとね」
QB「…ああ。ともあれグリーフシードが手に入ったのは大きい…」
さやか「……」
QB(どうしよう、本音で話ができない…きっとさやかもそうなんだろう
…これが『気まずい』という状況なのか…嫌な感じだ…)
――夕方。さやかの家の前
さやか「…?」
恭介が壁にもたれて座り込んでいる
QB「恭介だ…」
顔を上げる恭介
上条「! さやか…」
さやか「あっ…」
杖にすがって歩み寄って来る
さやか(ちょっと…なんで恭介がここにいるのよ…何しに来たの…?)
キュゥべえがさやかの肩から降りた
QB「…行ってあげな」
さやか「え…う、うん…」
キュゥべえを置いて早歩きで近づいていく
さやか(な、何…? 何て声かけたらいいんだろ…)
上条「さやか…」
さやか「……」
上条「よかった…家にいないから心配したんだ…」
さやか「そ…そりゃ、どうも…」
上条「あの後早退したって聞いて、すごく怖かった…
さやかが僕の前からいなくなってしまうような気がして…」
さやか「あはは…またまた…」
さやか(何…?)
さやかは屋上での別れを思い出した
さやか「あ…そうだ、さっき…ごめん。突き飛ばしたりして…」
恭介は首を振った
上条「確かめたいことがあるんだ…」
さやか「え…?」
上条「志筑さんから聞いたんだけど…君は…」
さやか「…仁美が、何か言ったの…?」
上条「君は…一体何をしたんだ」
さやか「は…?」
上条「僕は真偽を知らなくちゃいけない。僕の手が急に動くようになった理由を…!」
さやか「…!」
上条「さやか…君なのか? 君が僕の手を――」
さやか「な、何言ってんのさ。そんなことある訳ないじゃん」
上条「答えてよ…奇跡も魔法も、今なら信じられる気がするから…」
さやか「う……」
振り向いてキュゥべえの姿を確認する
キュゥべえはいなくなっていた
上条「さやか。僕の目を見て」
さやか「…!」
恭介が真剣な眼差しでさやかを見つめている
さやか「うぅ…」
上条「さやかは『奇跡はある』って言ってたよね…あれからすぐに奇跡は起きた
君が偶然だって言うならそれで構わない…僕もそうだと思いたい
だけど、もし本当だったら…?」
さやか「……」
恭介が杖を手放してさやかの肩を掴んだ
さやか「!」
上条「僕は、責任を取らなきゃいけない…!」
さやか「せ…責任って…」
上条「……」
さやか「馬鹿…」
上条「……」
さやか(…やっぱり、あんたはあたしのこと好きな訳じゃないんじゃん…
それで付き合ってもらっても、嬉しくなんかないよ…)
さやか「もう、やんなっちゃうなー。あんたはあたしを振った。あたしの恋もこれまで!
今日から心機一転、さやかちゃんは自由気ままに生きていくのでしたー
めでたしめでたし! さ、恭介は帰った帰った。あたしはもう吹っ切れてるからさ」
恭介は手を下ろした
上条「さやか…」
さやか「そーいうことで! んじゃねー…」
語尾が震えた
歩き始めるさやか
さやか(これでいいんだよ…あたしなんか…)
恭介が後ろからさやかの服を引っ張った
さやか「…?」
上条「…何から何まで聞いてしまった…」
さやか「……」
上条「今ので、なんとなくわかったよ…全部本当だったんだって…」
さやか「な……」
上条「悪魔は本当にいるんだね…さやかは魂を売り渡したんだね…」
さやか「……」
上条「君の心はもうここにないってことなんだね…」
さやか「……」
上条「今までごめん…こんなになるまで、さやかを追い詰めてしまって…」
さやか「…信じるんだ」
上条「……?」
さやか「…魔法だとか、魂の契約だとか、そんなおとぎ話、本当に真に受けるんだ…」
上条「僕は、『さやかを』信じる…」
さやか「…!」
上条「いや…どうだっていいんだ…。奇跡が偶然でも必然でも、そんなのは関係ない
さやかが、どんな気持ちで会いに来てくれてたか、やっとわかったから…」
涙ぐむさやか
上条「その気持ちさえ本当なら、僕は安心してさやかを抱ける…。君に与えられたこの手で…」
さやか「……」
上条「今までの僕を赦してくれるなら、こっちを向いてくれ…」
さやか「…ねぇ、いいの? 恭介…あたしの体がどんなものか、知ってるんだよね…?」
上条「…うん」
さやか「…あたしは嫌。だって、死んだ体で、中身もないのに動いたり喋ったりするんだよ…!?
恭介に触らせられないよ…こんな体…!」
上条「……」
さやかの耳に、鼻をすする音が聞こえた
さやか「あたし…」
上条「そんな思いをしてまで、どうして…!」
さやか「決まってんじゃん…恭介に立ち直ってほしかったからだよ…!
幸せになってほしかったからだよ…! たったそれだけのことじゃん…!」
上条「それがさやかの望みなんだね…?」
さやか「…うん…」
恭介が後ろからさやかを抱き締めた
さやか「…!」
上条「だったら、こうしていたい…」
さやか「なんで…」
上条「……」
さやか「…放してよ」
上条「放さない」
さやか「…放してってば」
腕を振り解くさやか
上条「…」
恭介に向き直る
さやか「…こうでしょ」
向かい合ったまま、遠慮気味に抱き付いた
上条「! ……」
恭介がさやかの頭を抱き寄せる
上条「…ありがとう」
さやか(…どうしよう…嬉しすぎ…)
涙が流れた
上条「泣いてるの?」
首を振るさやか
上条「さやかは天邪鬼だな…」
さやか「うるさいな…」
上条「……」
さやか「…何、考えてる?」
上条「さやかの息が聞こえる」
さやか「…」
上条「心臓も動いてる」
さやか「…」
上条「これでも『死んでる』って言い張るの…?」
さやか「…あたしは…『ゾンビ』なんだよ…」
上条「さやかはさやかだよ。少なくとも、僕にとっては」
さやか「…うん」
上条「僕のさやかでいて」
さやか「…もう」
―――――――――――
――廃屋の倉庫
ガンッ ガンッ ビキ
QB「はぁ、はぁ…!」
ドカ バリ
キュゥべえが壁に立てかけられたガラスに頭を打ち付けている
ガシャン
QB「うっ…く…」
額が何箇所か切れている
QB「はぁ、はぁ…」
QB(目を醒ませ。事態がどこへ向かっているかわかるだろう?)
ガン ガン ガン
QB(腐り始めた手足を自分で切り落とすことぐらい人間でさえやっている…!
とっくに手遅れの魔法少女に一体何を入れ込んでいるんだ!)
ドン カシャン
QB(もうすぐ決着をつける時が来る。揺さぶりをかければまどかなら折れてくれるだろう
扇情でも脅迫でも何でもいい。『魔法少女になる』とさえ言わせればいいんだ
大丈夫、僕ならできる…! さやかもろとも首をはねてやろうじゃないか…!
人間との違いを見せ付けろ!)
ガシャーン
QB「はぁ、はぁ、はぁ…」
QB(やるんだ…いや、やれ! インキュベーター!!)
―――――――――
――夜。さやかの部屋
さやかがベッドの上で足を下ろしたまま寝転んでいる
さやか「……」
QB「ただいま」
さやか「おかえり」
ぼんやりと天井を見つめたまま
QB「…顔が赤いよ…?」
さやかは両手で顔を覆った
QB「…そばに行ってもいい?」
さやか「おいで」
片手を伸ばすさやか
キュゥべえがさやかの胸の上に乗って丸くなる
さやかは軽く手を添えた
QB「顔つきが変わったね」
さやか「そうかな…」
QB「…誤解、解けたみたいだね」
キュゥべえを抱いたまま体を横に向けて膝を引き付ける
さやか「…あー。…やばいわ」
QB「心臓の音、すごいよ」
さやか「…だよね」
QB「うん…」
さやか「あたし…ちょっと、大人になっちゃった…」
QB「?」
さやかが唇を濡らす
さやか「…あー恥ずかし」
QB「はは」
さやか「キス…されちゃった…」
QB「…そう」
さやか「…あーやだやだ! 何だろこれ…」
キュゥべぇを手放して再び顔を隠す
QB「……」
さやかから目を逸らしたまま尻尾でくるくると8の字を描いた
QB(『希望から絶望へ』…こんなにも残酷で悲しいものなのか…)
閉じた目から涙が溢れる
QB(なるほど…だから感情エネルギーは強いんだ)
顔を濡らしたままさやかに近寄った
さやかは虚ろな目で脱力し切っている
QB(さやか…)
さやかの頬にキス
さやか「え?」
QB「…」
QB(さよならだ)
さやか「ちょ、何…?」
QB「悪い知らせがある…」
さやか「あ、っていうか、あんた怪我してんじゃん。どうしたの?」
QB「どうでもいいよ」
さやか「…」
QB「君に最後の決断が迫っている…」
さやか「何よ、それ…」
QB「明後日、この町にワルプルギスの夜が来る…」
さやか「…?」
QB「魔法少女の間に伝わる、伝承の巨大魔女だ…
それは結界に身を潜める必要がないほど強大な力を持っていて、
具現しただけで天変地異が起こる、規格外の存在だ…」
さやか「……」
QB「魔法少女である君は、2つの選択肢から、1つを選ばなきゃならない
――『逃げる』か、『戦う』か」
さやか「…」
QB「失礼を承知で忠告させてもらうなら、君では到底歯が立たない相手だ…
まともに戦えば、恐らく再起不能…完全に『死ぬ』ことになるだろうね」
さやか「…!」
QB「さやかを失いたくない人がいる…。君自身は気に入ってなくても、大切な体だ…
ワルプルギスの夜には、杏子とほむらが対抗する…
勝てる保証はないけれど、『魔法少女だから』という理由で君が無理をする必要はない…」
さやか「…つまりさ…『逃げろ』って言いたいんでしょ…?」
QB「…確認したいだけだ」
さやかはしばらく手の中でソウルジェムを転がしながら考えた
さやか「…うん。やっぱり…逃げても、いいかな…」
QB「…!?」
さやか「あたしさ…恭介の手が治ってくれれば、他に見返りなんか要らないと思ってた…
魔女と戦うのだって、マミさんはずっと独りでやってたんだし、
あたしも『誰にもわかってもらえなくたっていい』、
『どんなに傷ついても1人で陰からみんなを守るんだ』って、そんな風に考えてた…」
QB「ああ…」
さやか「…なんだけど、今日…初めてはっきりと『生きたい』って思ったの…
あいつと離れ離れになるのが、嫌で嫌で仕方ない
それこそ『一生くっついていたい』って思った」
ソウルジェムを握り締めた
さやか「…だから…あたしが戦っても勝てっこないような魔女が現れるなら…
あたし…逃げるしかないよね…? あの転校生にヒーロー面されるのは悔しいけど…
あたしなんかが加わったら、きっと足手まといだし…」
QB(いつもいつも…君は…)
QB「ねぇ、さやか。君は今、幸せかい?」
さやか「うん…めちゃくちゃ幸せだよ。なんか罰当たるんじゃないのってくらい」
さやかが体を起こして笑いかけた
QB「…!」
QB(…苦しい…!)
QB「さや、か…」
さやか「ん?」
QB(さやかが笑ってる…。ここ最近落ち込んでばかりいたさやかが…)
QB「……僕から、大事なお願いがある」
さやか「な、何?」
QB(降参だ…僕は君を殺せない…。こんな切ない笑顔を見た後で、
君が惨たらしく切り刻まれる姿に耐えられる訳がない…!!)
QB「今から言うことを必ず守ってくれ…」
さやかは体をキュゥべえに向けて背筋を伸ばした
さやか「はい」
QB「いいかい? 絶対に守るんだ。理由も聞かないで、黙って従ってくれ」
さやか「な…何なのよ」
QB「明後日、町の住民は大規模な避難を強いられると思う…
君は、明日のうちに恭介を連れてもっと遠くへ逃げるんだ」
さやか「ええ…?」
QB「誰にも言わないで、こっそり町を抜け出して、
戦いが始まってから駆けつけることができないくらい遠い所で待っててくれ」
さやか「ちょっと、それまさか…あたし達だけが助かるようにってこと…?
ただ『避難』するだけじゃ間に合わなくて…みんな死んじゃうってこと…!?」
QB「…先にはっきりさせておくと、それは全くの見当違いだ」
さやか「え…じゃあ、なんでなの…?」
キュゥべえは窓辺に立って月を見上げた
QB「…『理由は聞くな』って言ってるんだ」
さやか「…」
QB(目くらまし…ちゃんと別れを言えないのが心残りだ…)
QB「…僕を信じて。さやか」
さやか「……わかった。あんたが間違ってたこと、1回もないから…」
QB(君のいなくなったこの町の中で、まどかには『さやかは戦っている』と伝える…
ほんの1分で終わらせてやる…。大災害という異常な状況に放り込まれれば、
後先なんて考えられるはずがない…。殊に、あの素直なまどかなら…)
QB「…ありがとう」
QB(僕は君もまどかも裏切って、全てを終わりにする…
まどかとの契約が済めば、あとは目を閉じて耳を塞いでいればいい…
時が来たら、何も考えず、エネルギーを手に入れて、この星を去る…単純な作業だ…
君はまどかが地球を壊すまで、幸せな夢を見ていてくれ…)
QB「さやか」
さやか「…?」
QB「…幸せにね」
さやか「…! まったく…」
――――――――――
――ワルプルギスの夜出現まで、あと1日。天気は土砂降り
さやかが神妙な面持ちで制服に着替えている
QB「学校へ行くのかい? さやか」
さやか「…昨日の話、間違いないの…?」
QB「ああ。残念ながら」
さやか「町中が避難するほどの事件が起きるなら、当分学校には行けなくなるよね…」
QB「…そうだね」
さやか「だったら、今日ぐらいはしっかり決めてかないとね」
QB「…怖いかい?」
さやか「…。ねぇキュゥべえ…。みんなは、助かるの…? 友達や先生達は…大丈夫なの?」
QB「ワルプルギスの夜によって引き起こされる災害は、一般人にも関知できるものだ
普通に避難すれば問題ないはずさ。あとは杏子達を信じるしかない」
さやか「…そっか」
QB「心配しないで。あの2人なら必ずやってくれる。君は僕の言った通りにすればいい」
さやか「…うん」
――通学路
ザー
土砂降り雨の中、仁美が傘を肩にかけて歩いている
さやか「おっはよーう!」
仁美「あら、さやかさん。それにキュゥべえさんも」
QB「おはよう、仁美」
仁美「おはようございます」
さやか「あの、仁美…?」
仁美「何ですか? さやかさん」
さやか「えっと…その…。昨日は、なんか…」
仁美「…恭介君のこと…?」
さやか「あ、う、うん…」
仁美「……」
さやか「…ありがとうね」
仁美「…」
さやか「……」
仁美「いいんですの。気にしないで」
少し寂しそうに笑う仁美
さやか「うぅ…」
QB「志筑仁美…。あの時はごめんね」
仁美「…」
QB「僕は、どうかしていた…」
仁美「…あの言葉、本気でしたの?」
QB「……本気だったよ。今は反省してる」
仁美「……」
さやか「何? 『あの言葉』って」
仁美「ううん。過ぎたことですわ。それより、まどかさん遅いですわね」
バシャバシャ
まどか「おーい!」
まどかが半分濡れながら駆けて来る
まどか「はぁ、はぁ…おはよう!」
仁美「おはようございます」
さやか「おっす、まどか! もう、遅いぞ」
まどか「ごめーん」
まどか(さやかちゃん…もう平気なの…?)
さやか(うん! ごめんね、心配かけちゃって)
まどか(あれからすぐ上条君がさやかちゃん探しに来たの)
顔を赤くして下を向くさやか
まどかは口を閉じたまま笑った
―――――――――
――教会堂
杏子が両手を組んでひざまずいている
息だけの声で早口に祈った
杏子「1つ目の祈りは告白の祈りです
私は罪深い娘です。あなたに背きました。あなたを惑わしました
何度もあなたを盗みました。あなたを殺しました
あなたを見捨てました。あなたを傷つけました
私は魔女を殺す者としてあなたの魂を売りました
私は魔法の力によってあなたの業を否定しました
私は自分の意思によって罪に堕ちた娘です」
杏子は短く息をついた
杏子「2つ目の祈りは懺悔の祈りです
あなたの慈悲によって私をお赦しください
私の盗みをお赦しください。殺しの罪をお赦しください
魔法の力にまつわる沢山の過ちをお見逃しください
願わくば私への罰が明日より後に下されますように」
目を閉じたまま額の汗を拭った
杏子「3つ目の祈りは問いの祈りです
あなたはなぜ敬虔な父をお救いくださらなかったのですか
なぜ私を罪への堕落から遠ざけなかったのですか
なぜ魔女と戦わせるのですか
願わくば私の苦しみが一生のうちに犯す全ての罪への罰であり、
全ての葛藤があなたに近づく為の試練でありますように」
両手をついて目を開いた
杏子「はぁ…はぁ…」
ポタ ポタ
歯を食いしばって祈りの姿勢に戻る
杏子「最後の祈りは力の祈りです
私にあなたが下す罰に耐え抜く力をお与えください
あなたが課す試練を乗り越える力をお貸しください
明日の戦いを生き延びる力をください
魔女に打ち勝つ力を……」
ゴン
頭を落とした
杏子「はぁ、はぁ……願わくばワルプルギスの夜を無事に倒せますように」
杏子(…いよいよだ…。なるべくなら現れると同時に短期決戦で締めたい…
傷ついてからじゃ魔力を攻撃に回せなくなる。ほむらの実力もわからねーし…
何が起きてもおかしくない。今回ばっかは本気で覚悟しなきゃかもな…)
―――――――――
――学校
さやかが教室の入り口から恭介の姿を覗いている
さやか(キュゥべえはあたしに何をさせたいんだろう…
今朝の仁美のセリフも意味深だったし、なんか…やな予感するな…)
恭介がさやかに気付いて手を振った
上条「さやか」
さやか「あっ…」
上条「どうしたの?」
さやか「う、うん…」
さやか(でも、正しいのはいつだってキュゥべえだった…
あいつが色々してくれなかったら、あたしは今頃…)
歩み寄って小声で話すさやか
さやか「あのさ…。ちょっと、今日、時間あるかな」
上条「え? 悪いけど、今日は5時には帰らないと…」
さやか「うーん…じゃあ、夜でもいいんだ。何時頃なら会える?」
上条「あんまり遅くなければ大丈夫だと思うけど」
さやか「う…。そう」
さやか(そうだよねぇ…恭介のパパやママが外泊なんて許してくれるとは思えないし…
いっそのこと、ちょっと強引に連れ出して、事情は後から説明しようかな…
…でも、恭介はそれをどう思うの?
やっぱり、『みんなを置いて黙って逃げ出すなんて』って、怒る…?)
上条「何か…大事な用?」
さやか「あ…いや、ううん! ほら、何…夜中にこっそり、してみたいなーって…
えーと…手とか繋いでさ。その…デート…」
上条「……」
さやか「……」
恭介が笑った
上条「さやかは可愛いな」
さやか「え!? ど、どこが…!?」
上条「あはは。いいけど、傘はさやかが持つんだよ。僕はまだ杖が手放せないんだ」
さやか「う…うん! 任せて、傘ぐらいいくらでも持つから!」
上条「ありがとう」
笑顔のままさやかを見つめている
さやか「ちょ…うぅ…。何見てんのさ…」
上条「…楽しみだなぁ」
さやか(うわあ…やばいってば。めちゃドキドキしてる…。顔赤いよ絶対…
…って、違うでしょ。何考えてんのよあたしは…浮かれてる場合じゃないのに)
さやか「何時頃行けばいい?」
上条「いや、僕が迎えに行くよ」
さやか「ううん! 恭介はまだ無理しなくていいの!」
上条「ははは、大丈夫だよ。それに、ご褒美があったほうがリハビリも捗るしね」
さやか「ご褒美…」
恭介がしきりに周りを気にしている
さやか「っていうか…さっきから何キョロキョロしてるの?」
上条「ちょっとしゃがんで」
さやか「え? …こう?」
ゆっくり腰を落として恭介を見上げる
恭介は一瞬、目だけを動かして周りを見た
さやかの唇にキス
さやか「!」
上条「ごめんね、いきなり」
少し恥ずかしそうな恭介
さやかは下を向いた
さやか「学校で何てこと…! あんたって人は…」
上条「続きは今夜ね。親が寝てからとなると、12時過ぎると思うけど…」
さやか「う、うん! あたし、待ってるから。何時まででも」
―――――――――
――放課後
まどか「ごめんね、さやかちゃん、仁美ちゃん。私今日、ちょっと用があって一緒に帰れないんだ」
仁美「あら、そうですの…」
さやか「用って?」
まどか「その…ほむらちゃんがね」
さやか「……」
まどか「大事な話があるからって…」
さやか(…気をつけなよ、まどか。あいつ、学校ではおとなしくしてるけど
グリーフシードの為に平気で人を見殺しにする奴だよ)
まどか(そんなこと…ないよ。ほむらちゃんだって、本当はみんなと仲良くしたいはずだよ…)
さやか(だったら――!)
仁美「あの…お2人とも? 急に黙ってどうしたんですの?」
さやか「あぁ、いやーごめんごめん! んーちょっと、めまいがね…」
座り込んで頭を押さえるさやか
まどか「あはは」
仁美「そう…。心配だけど、私はお稽古事がありますので、もう行かないと。ごめんなさいね?」
さやか「う、うん! じゃあね、仁美」
まどか「また明日ね!」
さやか(――だったら、あいつはなんでマミさんが魔女にやられるのを待って現れたって言うのよ
マミさんを死なせて、手柄を横取りする為に決まってる!)
まどか(…さやかちゃん…それ違う…!)
さやか(あんなものを見せられて、それでもまだあんたは『偶然だ』って言える訳!?
どこまでお人好しなのよ! そんな都合のいい偶然、ある訳ないじゃん!!)
まどか(聞いてよ…! 違うんだって…!)
さやか(…?)
まどか(あれは…ほむらちゃんのせいじゃないんだよ…)
さやか(…どういうことよ)
まどか(その…実はね。あの時、ほむらちゃんはマミさんに『今回の魔女は危ない』って
教えに来てくれたんだよ…。でも、マミさん……)
さやか(…!?)
まどか(ほむらちゃんのこと、リボンで縛って…そのまま置き去りにしちゃって…)
さやか「う、嘘だ!」
まどか「!!」
さやか「あ…」
さやか(まどかはどうしてそんなにあの転校生を庇うの?)
まどか(嘘じゃないよ…本当だもん…。マミさんの悪口みたいで言いたくなかったけど…
でも、だからほむらちゃん、マミさんの魔法が解けるまで来られなかったんだよ…!)
さやか(『自業自得』だって言うの…?)
まどか(そんなんじゃ…ないけど…)
さやか(…わかった。ごめん、まどか…)
まどか(ううん…)
さやか(でも、その話が本当だとしても、あたしにはやっぱりあいつが何か隠してるとしか思えない
いつも空っぽの言葉を喋って、心の底では全然違うこと考えてるように見える…
それにこんな日にわざわざまどかを呼び出すなんて…)
まどか(『こんな日』って…?)
さやか(あぁ、まどかはキュゥべえから聞いてないんだ…)
まどか(あ…。もう、行かないと…ほむらちゃん、待たせてる…)
さやか(ちょ、ちょっと待って。これだけ)
まどか(…?)
さやか(明日、今までの魔女とは比べ物にならないくらい大物の魔女が現れるんだって…
それで、大勢の人が避難することになるらしいの…)
まどか(…ほむらちゃんの『大事な話』って…そのことなのかな…)
さやか(わかんない…わかんないけど、一応。とにかく気をつけて)
まどか(ありがとう)
―――――――――
――夜。大雨暴風警報が発令された
――ほむらの家
杏子がロールケーキをかじっている
ほむら「作戦に変更はないわ。質問はある?」
杏子「あんたにとっちゃ細かいことかもしんないけどさ。早く準備しなくていいのか?」
ほむら「…平気よ。仕掛けは整ってるわ」
杏子「あんたが戦ってるとこ、1回も見たことないんだけど?」
ほむら「言ったでしょう。無駄な争いは馬鹿のすること」
杏子「そーゆーこと言ってんじゃねーっての。敵は桁外れの化け物、味方も謎だらけのイレギュラー
わからねーことばっかりでいきなり命賭けろって言われても困るんだよね
あんたの能力、教えてくれたっていいんじゃないか?」
ほむら「明日になればわかるわ。あなたの足を引っ張ったりはしない」
杏子「ふーん…。本当に勝ち目はあるんだろうな?」
ほむら「もちろんよ。あなたが『生きている』以上は」
杏子「…そいつは皮肉のつもりか?」
ほむら「深い意味はないわ」
杏子は呆れ気味にため息をつくと、上着を脱ぎながら立ち上がった
杏子「風呂、借りるよ」
ほむら「ええ。着替えを用意しておくわ」
杏子「サンキュー」
――数十分後
影に紛れてキュゥべえが現れた
ほむら「…何の用?」
QB「挨拶に来たんだ」
ほむら「そう。お利口さんね」
QB「まずは友達として。また会えて光栄に思う」
ほむら「心外だわ」
QB「次に敵として」
ほむら「……」
QB「覚悟は決まった…僕は、感情という猛毒を自分で解毒する…
思い残すことは何もない。大事なものは既に捨ててある…」
ほむら「…」
QB「君達をシナリオから除外することはできなかったけど…
同時に、君の計画もまた失敗に終わる。なぜなら僕は明日、まどかと契約するからだ」
ほむら「…そんなくだらない挑発に乗ると思う?
楽に死なせてほしいのでしょうけれど、そのつもりはないわ」
QB「……」
ほむら「そして、まどかとも契約させない」
QB「ワルプルギスの夜を相手取りながら、君にそんなことができるのかい?」
ほむら「…知っていたのね」
QB「口に戸は立てられないよ」
ほむら「杏子ね…」
QB「僕がまどかと契約する前に、ワルプルギスの夜を無事に倒せば君の勝ち
まどかが契約せざるを得なくなったら、君の負けだ」
ほむら「手は打ってあるわ」
QB「こっちもだ…負ける訳にはいかないから」
ほむら「佐倉杏子を生かしておいたのが失敗だったわね
あなたは策士を気取る割に愚かだわ。お礼を言わせて」
QB「僕からも、健闘を祈る」
杏子が裸のまま髪をくしゃくしゃと拭きながら歩いて来た
杏子「おい、着替え用意してくれるんじゃなかったのか?」
ほむら「……」
QB「……」
杏子「お…」
キュゥべえは杏子と目が合った
QB「来てたのか」
杏子「……さやかの面倒はいいのかよ?」
QB「…さやかとは縁を切った」
杏子「はぁ? 急にどーしてさ」
QB「さやかに肩入れしすぎた」
杏子「……」
QB「深く関わるべきじゃなかったんだ…」
杏子「…やーっぱそうじゃん。いつもさやかのことになると目の色変えてさ」
QB「……」
ほむらが立ち上がって奥へ歩いていった
杏子「坊やとはどうなんだ?」
QB「…上手く行ってるよ」
杏子「妬いてんのか?」
QB「そういう感情じゃない」
杏子「お前はさやかをどうしたいのさ?」
QB「さやかのことは考えたくない」
杏子「いいから言ってみろよ」
QB「それが本当の気持ちだよ。もう関わりたくないんだ」
杏子「…宇宙人だからか?」
QB「関係ないね。事実、マミとだって最後までいい関係でいられたんだ…」
杏子「……」
QB「…同じように、僕は君のことも好きだよ。杏子」
杏子「は…?」
杏子の全身を見つめるキュゥべえ
QB「…本当に頼もしくなった。出会った頃はあんなに小さかったのに」
杏子「…お前はあたしの爺さんかっての」
QB「あはは。そうか。なるほど、そんな感じかもしれない」
ほむらがパジャマを抱えて戻って来た
ほむら「脱衣所に畳んでおいたのだけれど」
杏子「ん? あぁ、それだったのか。洗濯物かと思った」
パジャマを着始める杏子
QB「君達は仲がいいのかい…?」
ほむら「…」
杏子「んー…仲がいいっていうか。別に喧嘩の種もねーしな」
丈の足りないズボンの裾を捲り上げながら
ほむら「ええ。私達はワルプルギスの夜と戦う為に口を利いているだけの関係」
杏子「まぁこいつ、何考えてんだかわかんねーけど、悪い奴じゃないみたいだし」
QB(もし人間に生まれていたら、僕もこんな風になれたんだろうか
裏切らなくていい…捨てなくていい友達。傷つけ合わなくていい関係…)
杏子「全部終わったらさ、せっかくだし飯でも付き合えよな」
ほむら「考えておくわ」
QB(罪悪感も葛藤もなく、一緒に遊びに行ける…
相手の目を見て心から笑える友達に…)
グスン
QB(あ……)
ほむら「…」
杏子「…?」
キュゥべえが泣き出した
QB(こんな時に…)
杏子「どうした!?」
QB「いや…」
ほむら「いつものことよ」
杏子「本当かよ…キュゥべえも泣くのか」
ほむら「……」
ほむら(美樹さやかと『縁を切った』…)
ほむら「杏子。明日は忙しくなるわ。もう寝なさい」
杏子「こいつほっとくのか?」
ほむら「すぐに泣き止むわ。私が相手をしておく」
杏子「……」
杏子(内緒話か…バレバレだっつーの。まぁいいや…あたしの出る幕じゃなさそうだ)
杏子「ほむらも早く来いよ」
杏子は寝室に向かっていった
ほむら「……」
QB「…」グスン
ほむらはしゃがみ込んでキュゥべえの背中を撫でた
QB(!?)
ほむら「死ぬつもりね」
QB「…。大はずれだ」
ほむら「まどかと契約すれば、美樹さやかを裏切ることになる
本当は望んでいないくせに。あなたはいい子だから」
QB「…見くびらないでくれ。僕は人間のように甘くはない」
背中を撫で続けるほむら
ほむら「そうだとしても、あなたはまどかと契約できない。諦めなさい」
QB「…『ノー』だ…!」
震えている
ほむら「…自分の意思に関係なく、大きすぎるものを背負ってしまったのね。その小さな体に」
QB「……どうして僕に優しくするんだい? 僕を憎んでるんだろう?」
ほむら「…。いいえ、嫌いじゃないわ。今のあなたは」
QB「それでも…君がどう思おうと、僕が今どうしようと、僕は未来永劫、君の敵だ…
『敵』なんだ…! この星に来た時から、ずっと…!」
ほむら「…。借りを返しているとでも思って。あなたには命を救われたから」
QB「その前に魂を奪ったさ。君が見た未来の世界で」
ほむら「…あれは、きっとあなたじゃなかった」
QB「なら、今度こそ奪ってみせる…君の守ろうとして来たもの、全て…!」
ほむら「…無駄よ」
QB「…もう行くよ。手をどけて。…孤独の練習をしなくちゃいけないから」
ほむら「…」
手を離すほむら
QB「…ありがとう。撫でてくれて。君の優しさは忘れない…」
ほむら「…ええ」
キュゥべえは寝室に向かった
杏子がベッドの上で手を枕にして天井を見上げている
QB「…」
杏子「よう。落ち着いたか?」
QB「1つ、頼みがあるんだ…」
杏子「何だ? 遠慮なく言ってみな」
QB「…笑ってくれ」
杏子「はぁ?」
体を起こしてキュゥべえを見下ろす
QB「嫌ならいいんだ」
杏子「……」
杏子は睨むような目のまま口だけでニヤっと笑った
杏子「これでいいか?」
QB「…ああ」
QB(見納めだ。君とも長い付き合いだった)
QB「邪魔して悪かったね。おやすみ、杏子」
杏子「どっか行くのか?」
QB「1人になりたいんだ」
杏子「そうか。元気でな」
キュゥべえは嵐の中へ消えていった
――さやかの部屋
さやかが窓辺に立っている
さやか(うわぁ…風やばすぎでしょ…。恭介、大丈夫かな…)
時計はまもなく12時を回る
さやか(そろそろ来てもいい頃なんだけど…)
そわそわと鏡の前に立つ
さやか「恭介…」
さやか(はぁ…。なんか未だに信じらんないなぁ。恭介があたしなんかに…)
不意に恭介の唇の感触を思い出す
顔が少しにやけた
さやか(こらこら! しっかりしろってば! あたしが恭介を守らなきゃいけないんだから!)
部屋を出るさやか
父親の大きな傘を拝借してエントランスに降りた
外を見回すが、恭介の気配はない
さやか(もうすぐ来るんだよね? 恭介は、あたしに会いに来てくれるよね…?)
――同じ頃、上条邸
恭介が部屋の扉にもたれて座っている
上条(父さん達、まだ起きてる…。どうしてこんな日に限って…)
壁時計を見上げる
もうすぐ12時だった
上条(さやかが心配してる…。早く行かないと…
弱ったな…こんな時間に電話はかけられないし…
さやかは携帯持ってないから…)
廊下で少し速い足音。恭介の部屋に近づいて来る
上条(父さん…?)
コンコン
父「恭介、開けてくれ。話があるんだ」
上条「え…?」
ガチャ
父「…まだ着替えていなかったのか」
上条「…? う、うん…眠れそうになくて…」
父「ちょうどいい…。大袈裟と思うかもしれないが、この町から避難しようと思うんだ」
上条「え…!? 避難って…!?」
父「予報では、この嵐はこれからますますひどくなると言っていた…
せっかく退院できたんだ。今お前に何かあっては、父さんは悲しい…」
上条「待ってよ…。家にいればいいじゃないか。急にそんなこと――」
父「すまない――あんなことがあったばかりで、父さんも神経質になっているんだろう…
とても嫌な予感がするんだ…。お願いだ。一緒に来てくれ」
上条「…だったら…」
父「何だ?」
上条「…さやかも、連れて行きたい」
父「…さやかちゃんか…」
上条「…さやかが一緒じゃないなら、僕は行かない…」
父「…。こんな夜遅くに呼び出したりしたら、迷惑だと思わないか…?」
上条(さやか……)
上条「嫌だ…!」
父「…!」
上条「父さんが心配するほどの嵐なら、さやかだって危ないじゃないか…!
病院で僕がどんなに苦しい思いをしたか、父さんならわかってくれるよね…?
さやかは、そんな僕をいつも支えてくれたんだ…もうただの友達じゃないんだ!」
父「恭介…」
上条「……」
父「…。さやかちゃんは、本当にお前によくしてくれたな…」
目を見て頷く恭介
父(非常識と思われるだろうな…。いや、私は実際非常識な父親だ…)
父「…お前がそこまで言うなら、一応声をかけよう…
お前からも、あちらのご家族にちゃんと謝るんだぞ」
上条「! 父さん…!」
父親が恭介の両肩に手を置いた
父「父さんと母さんはずっとお前のそばにいるが、
もしもの時は、お前がさやかちゃんを守っておやりなさい」
上条「…うん!」
――――
ガタガタ
エントランスの自動ドアが風で揺れている
さやか(…あと10分待っても来なかったら、あたしが行こう)
―――
父「え…? そうですか…。こんな夜分に申し訳ありません…では」
電話を切る恭介の父
上条「さやかは…?」
父「家にいないそうだ…」
上条「何だって…!?」
父「これだけは仕方がない…。さあ、もう車に乗るんだ」
上条「待って! さやかはどうするの!?」
父「残念だが連れて行けない…。雨が強まってきた。洪水でも起きないうちに――」
上条「話が違うじゃないか!」
父「…すまない」
上条「さやかがいないならここを動かない!」
父「お願いだ…!」
恭介を抱き締める父
父「お前を…愛しているんだ」
上条「父さん…」
父「もう二度と、後悔したくないんだ…。あの事故で、お前がどんなに大切か改めて思い知った
わかってくれ…この通りだ。恭介…」
上条「…さやかは、ここに向かってるかもしれない」
父「…? どういう意味だ? 恭介」
上条「…今夜、会う約束をしていたんだ…父さんや母さんに内緒で」
父「……」
上条「ごめんなさい…。出かける準備をしてたのは、その為だったんだ…」
父「…そうか」
上条「…10分だけ待って。…さやかの家なら、そう遠くないから…」
父「…ああ」
――――
さやか(10分経った…行こう)
傘を深く握り締めて走り出すさやか
――――
父「恭介…」
上条「……」
父「…さあ、10分だ」
上条「…」
父「…さやかちゃんならきっと心配ない。…何か事情があるんだ」
上条(…さやかは、もう普通の人間じゃないんだ…
もしかしたら、僕にはわからない急用ができてしまったのかもしれない…
家を出てから少なくとも10分は経っているのに、結局来なかったんだから…)
上条「…うん」
恭介は車に乗り込んだ
車が走り出す――
――――――――
バシャバシャ
さやか「はぁ、はぁ…」
恭介の家に着いた
さやか(いいの…かな)
ためらいながらインターホンを押す
返答はない
さやか(これ、絶対迷惑だよね…)
もう一度押した
さやか「……」
――――――――
――車の中
上条(さやか…)
ワイパーが絶えず大粒の雨を弾き飛ばしている
上条(こんな雨さえ降っていなければ、今頃僕達は…)
さやかとの時間を思い描く
涙が滲んだ
上条(さやか、どこに行ったんだ…。せっかく父さんにもわかってもらえたのに…
ああ、早く会いたい…抱き締めたい…さやかの温かい体を…!)
上条「さやか…」
―――――――
――見滝原全域に避難指示
橋の上でほむらと杏子が遠くの空を見上げている
ほむら「…来る」
杏子「いつでも来いっての。覚悟は昨日済まして来た」
突風が吹いた
ほむら(まどかが私を信じてくれたとすれば、あの子なら契約を拒否するはず…
あとは、奴さえ倒すことができれば、この悪夢は終わる…)
2人は押し寄せる使い魔のパレードの隙間に入っていった
杏子「使い魔だけでこの戦力か…」
ほむら「本体はこんなものじゃないわ」
杏子「……」
雲の切れ間からワルプルギスの夜が出現
ほむら「…行くわ」
杏子「おう」
変身する2人
戦いが始まった
―――――――――
――避難所
居住スペースを抜け出して佇んでいるまどか
まどか(ほむらちゃんの言ってたことが本当なら、キュゥべえはそろそろ…)
後ろから視線を感じ、振り返る
まどか「…!」
キュゥべえだった
QB「…久しぶりだね。鹿目まどか」
まどか「キュゥべえ…」
QB「君にもう一度お願いしよう」
まどか「……」
QB「いきなりで混乱すると思うけれど、よく聞いて。いいね?」
まどか「……」
QB(これが最後の戦いだ…。絶対に契約してみせる…!
どんな汚い言葉を使っても…! まどかにどんな思いをさせてでも…!)
QB「この異常気象は、自然の力が生み出したものではない
ワルプルギスの夜――ここに現れた史上最大級の魔女が発生させたものだ」
まどか「……」
QB「今この瞬間、3人の魔法少女がワルプルギスの夜に懸命に立ち向かっている
暁美ほむら、佐倉杏子、…そして、君の親友、美樹さやかだ」
まどか「……」
QB「ワルプルギスの夜は今までの魔女とは比べ物にならない強さなんだ
マミの死を覚えているかい?」
まどか「…!」
QB「あの魔女も君の目には相当恐ろしいものに映っただろうけれど、ううん
あれはむしろ可愛いくらいだ。今回の奴は、マミがもし生きていて、全力で挑んだとしても
ものの数分でガラクタにされてしまうようなレベルだ」
まどか「…そんな言い方やめてよ…!」
QB(抑えろ…何も考えるな。感じようとするな、キュゥべえ…
マミは死んだ。悲しいことじゃない。単に『死んだ』という事実を知っているだけだ)
QB「僕はただ本当のことを言っているだけだよ。別に君を傷つけたい訳じゃない
そこは勘違いしないでくれよ」
まどか「…『わざと』だよね…」
QB「…!」
まどか「……」
QB(飲まれるな…こっちのペースに引き込むんだ…)
QB「…いいかい。問題はここからだ。さっきも言った通り、さやかがそんな魔女と戦っている
さやかは君の親友なんだよね? ベテランの2人はともかく、
先週契約したばかりのさやかは果たしてこの戦いを生き残れるんだろうか」
まどか「……」
QB「簡単な計算じゃないか。認めたくないのかい? ならこっちからはっきり言ってあげるよ
『このままではさやかは死ぬ』。マミと同じようにね
いや、それより悲惨な最期を遂げると考えていい」
まどか「……!」
QB「いくら2人が強いからと言っても、経験の浅いさやかをワルプルギスの夜から守るのは
至難の業だ。それどころか、放っておいたら3人とも負けてしまうかもしれない
そうなればこの町はたった一晩で文字通り丸ごとひっくり返されてしまうね」
まどか「……」
QB「そこで君の力が必要になる訳だ。鹿目まどか。君に備わっている素質は凄まじく強大だよ
今すぐ契約すれば、ワルプルギスの夜を一撃で倒すことができるだろう
町は昨日まで通り、平和に戻る。さやかも助かる。最善の結末じゃないか」
まどか「……」
QB「迷ってるのかい? 仕方がないな。ルールには抵触するけど、背中を押してあげるよ
まどか。もう迷ったらいけない。僕と契約して、魔法少女になってよ!」
まどかがキュゥべえを見た
――――――――
傷だらけの杏子が魔女に飛び込んでいった
使い魔が次々と立ちはだかる
杏子「…ああ、鬱陶しい使い魔だ! どきやがれ!」
別の方角から、ほむらがサブマシンガンを両手に提げて突っ込んでいった
魔女が吐き出す炎をかろうじて盾で防ぐ
ほむら「くっ…」
――――――――
まどか「…絶対嫌」
QB「な……!?」
QB(馬鹿な…! まどかはその言葉が何を意味するかわかっているのか…!?)
まどか「昨日ほむらちゃんに呼び出されたの…。私に大事なことを教えてくれるって…」
QB(ほむら…!)
まどか「ほむらちゃんのこと、きっと本当はいい子だって思ってたし、
嘘つきだなんて思いたくないって、今あなたに会うまで考えてた…」
QB「何を言ってるんだ…」
まどか「キュゥべえが私を騙しに来るって教えてくれたの…
でもキュゥべえはさやかちゃんとあんなに仲良かったし、悪い子に見えないし…
なんだか上手く信じられなくて…全然、すっきりしなくて…
だけど今、ほむらちゃんの言ってたこと、全部本当になって…」
QB「僕が君を騙そうとしている…? 嫌だなぁ…嘘なんか1つも言ってないのに」
まどか「キュゥべえにも、私達と同じように心があるんだよね…?
あなたも、誰かに幸せになってほしいって思うんだよね…?」
QB「……」
まどか「キュゥべえはさやかちゃんを戦わせたりしない…
って…ほむらちゃんが言ってたの…」
QB「!」
まどか「私もそう思う…。全部聞いちゃったんだ…ワルプルギスの夜のことも
ほむらちゃん、キュゥべえは『さやかちゃんが戦ってる』って嘘をつくって…」
QB「そんな…」
まどか「キュゥべえ…嘘つき、なんだね…」
QB「くっ…!」
まどか「ていうことは…ソウルジェムのもう1つの秘密…やっぱり本当に隠してるんだよね…
黙ったまま契約させようとしたんだよね…」
まどかが顔を隠して泣き出した
QB「…!!」
QB(謀られた…! 暁美ほむら…!!)
まどか「私…魔女にはなりたくない…!」
―――――――――――
魔女の圧倒的な火力に苦戦する2人
ほむら「使い魔が多すぎて、奴に直接攻撃できない…!」
杏子「おい! 来るぞ!」
ほむら「!!」
吹き飛ばされるほむら
ビルの瓦礫に体がめり込む
ほむら「うっ…」
使い魔達がほむらを取り囲んだ
杏子「クソ…いい加減にしてくれよ…!」
ほむらの元へ駆け寄る杏子
ズバッ
どこからか投げつけられた剣が使い魔を一掃した
杏子「!」
涙で顔中を濡らしたさやかが歩いて来る
さやか「……」
杏子「さやか!?」
ほむら「…!?」
さやか「あれがワルプルギスの夜…」
杏子「おい! こんな所で何やってんだ! さやか!!」
さやか「…あたし、逃げないから…」グスン
杏子「馬鹿! お前じゃあいつの相手は務まらねーよ!」
続々と現れる使い魔をさやかが斬り捨てた
さやか「あたしだって魔法少女なんだ…。この町を…恭介を守るんだ…!」
杏子「お前…」
さやか(恭介の行方がわからない今、こんなとんでもない魔女を野放しにできる訳ない…!
あたしが逃げて、もし恭介が死んじゃったら…!?)
さやか「うぅ…!」
顔を歪めて泣くさやか。構えは崩さない
杏子「…お前は使い魔だけ狙え。ちょうどいいじゃねーか…邪魔でしょうがなかったんだよ」
ほむらがよろよろと立ち上がった
頭から血が流れている
ほむら「はぁ、はぁ…美樹さやか…」
さやか「…何よ」
ほむら「断っておくけれど、私達はあなたを守り切れない…わかっているの…?」
さやか「…当たり前だよ」
ほむら「ただ死ぬだけじゃ済まないかもしれないわよ」
さやか「……」
ゆっくりと頷いた
3人が魔女に向き直る
杏子はひざまずいて両手を組んだ
ほむらは大口径の機関銃を構えた
さやか(絶対に死ぬもんか…もう1回恭介に会うまでは…!)
――――――――
QB「……!」
まどか「…?」
QB(さやか…いるのか…?)
QB「……」
さやか(キュゥべえ?)
QB「!!」
さやか(ごめん、キュゥべえ…約束、守れなかった…)
QB(何をしているんだ! なぜ君が戦っている!!)
さやか(昨日…恭介に会えなかったんだよ…うちに来るって言ってたんだけど、
待ってても来なくて…。家に行ってみたら誰もいなくて…)
QB(何だって…!)
さやか(キュゥべえは、どこにいるの…?)
QB(避難所だ…今朝、避難指示が発令されて住民がここに集まってる…)
さやか(恭介は…?)
QB(……)
さやか(…嘘でもさ。『元気にしてる』とか言ってよね…)
QB(さやか…)
さやか(恭介を見つけないと…。その前にこいつを倒さなきゃ、あたし生きた心地しないわ)
QB(やめろ、さやか! 逃げるんだ! 殺されちゃう…!!)
さやか(2人じゃ結構キツいみたいだよ。今なら、あたしでも役に立てるのかな…)
QB(言うことを聞いてくれ…! お願いだから…!!)
さやか(ごめんね…)
QB(くっ…!)
QB「まどか!!」
まどか「!?」
QB「さやかは逃げてなんかいない! 戦ってるんだ!!」
まどか「……」
QB「さやかを助けて!!」
まどか「……」
QB「嘘じゃないんだ! 本当に…今度こそ本当にさやかが危ないんだ!!」
まどか「もうやめてよ…駄目だよ…私は契約できないよ…」
QB「信じて! 信じて…!!」
まどか「ごめん…」
QB「契約なんかしなくていい! もういい! もう終わりだ!
テレパシーを中継するから、さやかを止めて!!」
まどか「…?」
まどか(さ、さやかちゃん…?)
返事はない
QB「…さやか…!」
まどか「……私、もう戻るね…。ごめんね…」
QB(まどかを契約させない為に逃げたふりをしているのか…!?)
さやか(まどかは、あたしの一番大切な友達だから…
あの子を、こんなことに巻き込みたくないんだ)
QB「くっ…!」
泣きながら猛然と走り出すキュゥべえ
避難所の外へ出た
魔女の攻撃が激化している
宙に浮いた瓦礫が容赦なく飛び交う
QB「はぁ、はぁ、はぁ…!」
小石が頭にぶつかる
木片が皮膚をかすめる
QB「うぅ…!」
コンクリートの塊が落ちて来た
QB「!!」
尻尾が下敷きになった
激痛で体がよじれる
QB「うっ、うぅ…!」
――抜けない
QB「さやかぁーー!!」
――――――――
――その後
空が晴れている
町は瓦礫の山
QB「はぁ…はぁ…」
ボロボロになったキュゥべえが瓦礫の上を歩いていく
赤い人影が見えた
QB(杏子…?)
足を引きずるように近づく
背中向きの杏子は槍を構えたままふらふらと歩いていた
QB「…杏子」
頭のリボンがなくなって、髪は乱れている
QB「…杏子!」
杏子「!!」
槍の間合いに入ると、杏子は突然振り返ってキュゥべえを警戒した
QB「うわっ!」
ひどい状態だった
QB「杏子!」
杏子は何度かキュゥべえに向けて激しく槍を突き出した
QB「杏子! 聞こえる!? 僕だよ! キュゥべえだよ!」
杏子「はぁ…はぁ…」
顔の大部分が焼け爛れ、両目と鼻と口から赤黒い血が流れている
QB(杏子! 僕だよ、聞こえる!?)
杏子が構えを解いた
杏子(キュゥべえか…?)
QB(大丈夫…!?)
杏子(悪い、敵も味方もわからねーんだ…。奴は…?)
QB(もういない…君達が勝ったんだ)
杏子は変身を解いて崩れるように座り込んだ
QB(ひどい傷だ…)
杏子(…イタチの最後っ屁ってやつだったのかもな…
ワルプルギスが強烈な爆発を起こしたんだ…それで目と耳が駄目になった
グリーフシードもないし…しばらくはこのままだろうね)
QB(なんてことだ…)
杏子(それより…)
QB(…?)
杏子が青色のソウルジェムを出した
QB(…!!)
杏子(さやかはあの時、あたしより近くにいたんだ…
あの馬鹿…離れろって言ったのに…!)
QB(さやかの体は…!?)
杏子(わからない…。飛んで来たソウルジェムをどうにか掴んだんだが
これが吹っ飛ぶぐらいだから…)
QB(…!)
杏子がソウルジェムをキュゥべえに投げ渡した
杏子(お前が探せ…あたしはちょっと休む)
むせ返って血を吐く杏子
QB(杏子!)
杏子(…大丈夫…。ほむらに会ったら、ここを教えてくれ…
あいつならグリーフシードの余分を持ってるかもしれない…)
QB(わかった…)
杏子は火傷だらけの手で付近を探り、瓦礫にもたれた
それから、深く息をしながらすすり泣いた
QB(杏子が泣いてる…)
キュゥべえはソウルジェムをくわえて歩き出した
――――
ほむらが大きなコンクリートの塊の上に立ち尽くしているのが見えた
QB「ほむら…」
近づいていくと、ほむらが振り向いた
頭から流れた血で顔中が赤く染まっている
ほむら「……」
QB「暁美…ほむら」
ほむら「…」
QB「君は何てことをしてくれたんだ…」
ほむらは物陰を見下ろしている
QB「ほむら…?」
ほむら「……」
手に何かを持っているのがわかった
QB「…!!」
人間の手首だった
ほむら「…あそこよ」
QB「何が…」
ほむら「……」
ほむらが掴んでいる手の中指に、見覚えのある刻印があった
QB「ま…まさ…か…」
QB(見たくない…見てはいけない…!)
既に気付いていた
ほむらの視線の先を探すキュゥべえ
QB「……」
バラバラになったさやかが水溜まりに浮かんでいた
背中や顔に所々骨が見えるほどの熱傷
QB「――!」
キュゥべえの呼吸が止まる
ほむら「…ソウルジェムは無事なようね。…できる限り『修理』するわ…」
QB「こんなこと…」
ほむら「…美樹さやかは、これくらい覚悟の上で、この場所に現れた
あなたはそうでなく契約などしたの?」
QB「……」
QB(さやか…)
キュゥべえの目から、血の涙が流れた
――――――――
――1ヵ月後、モーテルの一室
QB「そろそろ危ない…回収しておくね」
グリーフシードを取り込む
さやか「……」
無表情で毛布に包まっているさやか
QB(ソウルジェムの浄化が追いついてない…どうすればいいんだ…)
QB「さやか…欲しいものはあるかい?」
さやか「……」
さやかは遠くを見たまま涙だけ流した
QB「…」
さやかの毛布に潜り込むキュゥべえ
さやか「…足が欲しい。できれば手も…。返して…」
QB「……」
QB(僕にはどうすることもできない…。君の右手と左足は、結局見つからなかった…)
さやか「…馬鹿だよ、あたし…何やってんだろ…」
QB「もう仕方ないよ…。できるだけ悲しいことは考えないで。杏子達に感謝しよう…?」
さやか「あの時油断しなければこんなことにならなかったかもしれないのに…
あたしが素人のくせに見栄張って無茶なことしたから…」
QB「…さやかがいなかったら、2人ともやられていたよ」
さやか「……」
QB「…それに、君は最後までまどかを守ったんだ。僕やワルプルギスの夜から…」
さやか「…ねぇキュゥべえ。あたしも、やっぱ魔女になるの…?」
QB「……。もしかすると、君はいっそそのほうが楽なのかもしれない…」
さやか「…あたし、やっぱり人間じゃないんだって改めてわかった…」
QB「君は人間だ」
さやか「あの時…一瞬見ちゃったんだ。…ちぎれていく自分の体の中…
…めちゃくちゃ怖かったよ…」
QB「……」
さやか「あんな風になっても、ロボットみたいに『部品』さえあれば元通りなんだよね…
あたしなんで生きてんだろ…魔法少女になるってこういうことだったの…?」
QB「さやか、何も考えないで…頼むから…」
さやか「…あんたは、あたしがいなくなったら、また別の誰かに同じことをするの…?」
QB「…しなきゃならない」
さやか「…こんなの、ただの拷問じゃん…」
QB(言い訳にもならないだろう…人間にとって、何千年も未来の宇宙のことなんて
僕が頭の中に思い描いた夢物語も同然だ…赦してくれなくていい…)
さやか「…あんただって、本当は嫌なんでしょ…?
あたしは…あたしを助ける為にあんなに必死になってたキュゥべえが、
魔女を産み出したくてこんなことやってるなんて思えない…」
QB「…!」
さやか「…魔女になるって、どんな気分なのかな…」
QB「…魔女は理性を持たない存在だ…感情も記憶も一応はあるけれど、
狭い結界の中、『好き』と『嫌い』くらいの価値観でしか物事を判断できないだろう…
そして平穏な日は来ない。なぜなら魔女は『呪い』から生まれるから…
滅ぼされるまで、ひたすら誰かを祟りながら生きていく…泣き叫びながら、ずっと」
さやか「…そうなんだ」
QB「……」
さやか「…もう、いいよね…」
QB「…?」
さやか「あたし、もう充分頑張ったよね…」
QB「…!」
さやか「今のあたしは魔女と戦えない…。完全になくしちゃった手と足は、
あたしの力でも元に戻るまで何年もかかるんでしょ…?
それもグリーフシードはいっぱい必要で…
だから杏子は、あたしの為に使い魔を魔女に成長させてる…」
QB「……」
さやか「大勢の命を奪って、その人達の代わりに生きるなんて…
あたしには、ちょっと…荷が重いかな…」
QB「さやか…」
さやか「…そもそも、本当に助かる見込みなんてあるの…?
あたし馬鹿だけど、自分のソウルジェムがどんな状態かぐらい、一目見ればわかる…
…いつ魔女になってもおかしくないんじゃないの…?」
QB「…うぅ…」
さやか「…もう、諦めてもいいよね…?」
本格的に泣き始めるさやか
QB「…」
さやか「…本当は怖いよ。怖いけど……
闇雲に友達や恋人まで殺すものになるぐらいだったら…その前に…」
QB「……」
さやか「…死ぬしか、ないよね……」
QB(僕は……)
さやか「…キュゥべえ。…あたし、楽しかったよ。…そりゃ、いっぱい泣いたけどさ」
QB「…さやか…」グスン
さやか「もう…あんたが泣いてどうすんのよ…」
QB「ごめん…」
さやかはキュゥべえの頭を撫でた
コンコン
上条「さやか…入っていい?」
さやか(恭介…)
さやか「ちょ、ちょっと待って…」
キュゥべえはベッドから降りた
QB「君を忘れない…」
さやか(待って、キュゥべえ。仁美に伝えて…!)
QB(何だい?)
さやか(『恭介のことお願い』って…『恭介を幸せにしてあげて』って…!)
QB(…わかった)
さやか(絶対だよ…!)
QB(…ああ)
去っていくキュゥべえ
さやか「…いいよ、入って」
ガチャ
バイオリンのケースを提げた恭介が入って来た
上条「さやか…」
さやか(うわぁ…泣いてたのバレてるな…)
さやか「鍵…かけて」
部屋の鍵を閉め、ベッドに歩み寄る恭介
上条「……」
さやか(恭介とも、これが最後…)
さやか「ねぇ、恭介…」
上条「…?」
さやか「こっち、来て…」
上条「え…」
既に手が届く距離だった
少し戸惑って、さやかの隣に座る
さやか(寂しいよ…)
さやか「恭介…」
さやかが恭介の肩を掴み、吸い込まれるようにキスした
上条「…!」
上条(また何かあったんだ…。どうしてさやかばっかり苦しまなきゃならない…!)
上条「…さやか。どうしてほしい? 何でも言って。新しい曲も弾けるようになったよ」
さやか「恭介…恭介…」
泣きながら恭介に甘えるさやか
上条「さやか…」
片腕のないさやかを軽く抱き締める
さやか(あたし…最後まで恭介のものでいるから…。恭介を忘れたりしないから…)
さやか「ごめん…。ちょっと、ワガママ言っていいかな…」
上条「もちろん…」
さやか「その…もし、あたしなんかでよかったら…」
さやかが恭介の耳に口を近づけた
さやか「恭介の好きにして…」
上条「…?」
上条(どうしてなんだろう…僕があの時約束を破ったから、さやかはこんな体になったのに…
さやかは、自分を犠牲にして僕の手を取り戻してくれたのに…)
上条「…さやかの望みは?」
さやか「後悔しないこと…」
恭介はさやかの額と首筋にキスして顔色を伺った
さやか「……」
少し赤くなって目を逸らしている
上条(…いいよ。さやかの為なら何でもする…一生を捧げたっていい…)
パジャマのボタンに手をかけた
さやか「!」
さやかは咄嗟に恭介の手首を掴んだ
さやか「えっ…と…」
上条「あっ…ごめん、さやか…ごめんね。何もしない…」
首を振るさやか
さやか「う、ううん…いいんだけど…その、こっちの腕は…あんまり見ないで…」
体をひねって右肩を遠ざける
上条「……」
上条(なんて残酷なんだろう…)
さやかはゆっくり手を放した
恭介がさやかの前髪を掻き分ける
上条「じゃあ…行くよ…」
さやか「いいよ…」
恭介はさやかの目を見つめたまま、上から順にボタンをはずした
下着はつけていなかった
上条「さやか…」
さやか「ん…?」
上条「不思議な気分だな…今、目の前にいるのがあのさやかだなんて…」
さやか「何それ…」
上条「付き合うまでは異性として見たこともなかった…」
さやか「ほんとひどいよね…」
上条「ずっと気付けなくてごめんね…。世界で最高の女性が、こんなに近くにいたなんて…」
さやかは笑った
さやか「うわぁ、馬鹿じゃないの?」
上条「あはは」
ボタンの開いた服に手をかける
上条「…いい?」
さやかは強く目を閉じて頷いた
恭介がパジャマを脱がす
華奢な体。さやかの胸が意外に大きいことを知る
途切れた右腕に思わず目が行った
上条(……!)
ぞっとする恭介
上条(くっ…僕は何を怖がっているんだ…。さやかの気持ちがわからないのか…!)
さやかの体を支えながら押し倒す
上条(集中しろ…さやか1人に…)
さやかは目を開けて恭介の首に腕を絡めた
さやか「こんなんでごめんね…」
上条「…!!」
さやか「やっぱ、嫌だよね…こんな体…」
上条(違う…悲しいだけだ…)
鳥肌気味の胸にキスした。唇が沈むほど柔らかかった
上条「…さやかは可愛いよ」
さやか「…腕ないんだよ…? 気持ち悪くないの…?」
上条「僕の彼女を悪く言うな」
さやか「……。はーい」
見つめ合ったまま2人とも笑った
―――――――――
――夕方
QB「はぁ…はぁ…やっと見つけた…」
仁美「私に…何か御用ですの…?」
QB「伝えなきゃならないことがある…」
仁美「…?」
QB「さやかが…さやかが……」
―――――――――
恭介がバイオリンを弾き終える
さやか「…ありがとう」
上条「ううん…」
さやか「…恭介」
バイオリンをケースにしまってさやかに寄り添った
上条「何?」
さやか「…別れよう?」
上条「…!?」
さやか「ごめん…」
上条「…どうして!」
さやか「あたし、死ななきゃいけなくなっちゃった…」
上条「嘘だ…。さやかを死なせるもんか!」
さやか「ごめん……」
さやかは事情を説明した
――――――――
――魔女結界
サングラスをかけた杏子が槍で魔女を切り裂いた
杏子「はぁ、はぁ…チッ」
結界が消滅。グリーフシードは落ちて来ない
杏子(また無駄骨かよ…。魔女のくせにグリーフシードを持ってないなんて…
クッソ…さやかはとっくに限界だってのに…!)
次の獲物を探す為にソウルジェムを取り出す
杏子「…!」
予想以上に穢れが溜まっていた
――――――――
上条「そんな…こんなのって…!」
さやかは持っていたソウルジェムを恭介の手に握らせた
さやか「本当はもっと一緒にいたかったけど…」
上条「そうだ…さやか、教えてくれ…! 君が僕の手を治した『契約』について…!
どこへ行けば叶うんだ…! それで奇跡を起こせるんだろう…? 僕が助けるから…!」
さやか「ううん…。『契約』はキュゥべえに選ばれた女の子じゃないとできないんだよ…
恭介は男の子だから駄目」
上条「くっ…!」
さやか「あたしの最後のワガママ、聞いてくれない…?」
上条「今日は初めからそのつもりで…?」
さやか「ごめんね…」
上条「できる訳ないだろ…さやかを殺すなんて…!」
さやか「このままだと、あたしも先月の化け物になっちゃうんだよ…
あたし、恭介にこんな怪我させたくないから…」
上条「僕は…それでもいい…!」
さやか(あたしとキュゥべえみたい)
さやか「わかって…。恭介にしかお願いできないんだ…」
上条「さやか…」
さやかにしがみついて泣きじゃくる恭介
上条「お願いだ、死なないで、さやか…! 置いて行かないで…!」
僕を独りにしないでくれ…!」
さやか「…恭介には、仁美がいるよ…」
上条「さやかの代わりなんていない…! さやかじゃなきゃ駄目なんだ!」
さやか「……嬉しい」
上条「…さやか」
さやか「恭介にそこまで想ってもらえて…」
ベッドに座ったまま変身するさやか
上条「…!」
さやかは泣きながら笑っている
さやか「もう逃げて…ソウルジェムがグリーフシードに変わりそう…
あたしは未練なんかないよ…。人生最後に、最高の贅沢しちゃったから…」
さやかが剣を恭介に向けた
ピキッ
ソウルジェムにヒビが入る
さやか「早く……」
上条(そうかい、さやか…)
恭介が切っ先を素手で掴んだ
さやか「!?」
さやかは思わず手を放す
恭介は剣を捨てると、ケースに入ったバイオリンをさやかに押し付けた
上条「それを僕だと思って、持っていてくれ…」
ケースに鮮血がついている
さやか「恭介…」
恭介はさやかに少し強引なキスをすると、すぐにドアの前に立った
上条「さやかを独りにはしないから…!」
部屋を出ていく恭介
さやか「……」
―――――――――
泣きながら走っていく
上条(さやか…)
時折ソウルジェムを見つめながら
上条(それが君の望みなんだね…。いいよ…今の僕にできることがこれしかないなら…)
―――――――――
さやか(未練がないなんて嘘だよ…でも他にどうしようもないんだもん…!
別れたくないよ…死にたくないよ…!)
バイオリンを強く抱いている
さやか(ねぇキュゥべえ…あたし、間違ってたかな…
そもそもあたしは契約しちゃいけなかったのかな…)
恭介の笑顔がよぎる
さやか(…ううん。こうでもしなきゃ、恭介は一生あのままだったんだから、
これでよかったんだ…他になかったから…。それに…あたしの願い、全部叶ったもん…
恭介のバイオリンがまた聴けたんだし…何より恭介にあんなに愛されたから…)
体に微かに残った恭介の感触と匂いを感じ取った
さやか(仁美なら安心だよね…? 恭介、幸せになってくれるよね…?)
バイオリンを包むように体を丸めた
さやか(大好きだよ…恭介)
さやか「――!」
さやかの心臓が止まった
―――――――――
杏子(大丈夫だ…よっぽど手ごわい奴に当たらなきゃ魔力は大して使わない)
ソウルジェムが反応している
杏子(…駄目だね。こりゃ使い魔だ。…どこかへ向かってるみたいだな…
獲物でも見つけたのか? 魔女になった時すぐ見つけられるように、
魔力のパターンを下見しておくか…)
使い魔の気配を追っていく杏子
――廃ビルの屋上
恭介がさやかのソウルジェムを握り締めたままヘリに立っている
上条(上から見るとすごい高さだ…)
ソウルジェムのヒビを軽く引っ掻いた
上条(…さすがにこの高さから落ちれば壊れるだろう…)
杏子が廃ビルに到着
杏子(向かってるのは多分この辺りだな…。目標がこのビルだとしたら、
弱った人間が近くにいるか、誰かに憑いて自殺でもかますように誘導してる最中だ)
上条(…ずっと一緒だ)
杏子が屋上を見上げた
杏子「…!」
使い魔が忍び寄っている
恭介がソウルジェムを抱いて飛び降りた
杏子(あいつは…!)
変身して跳び上がる杏子
槍を4階の外壁に突き刺して恭介に腕を伸ばす
ガシ
ジャラジャラジャラ
落ちて来た恭介に引きずられて仕込み多節棍の鎖が伸びていく
バンッ
槍を捨て、恭介を抱き抱えたまま着地
杏子がかけていたサングラスと恭介が持っていたソウルジェムが砕けた
上条「…?」
たどり着いた使い魔が2人に襲いかかる
――結界
上条(この人は確か……)
杏子(まさか上条の坊やが狙いだったとは…)
結界内は七色に光る宝石が散乱している
杏子(サングラスがないとこの程度の光でも目がチカチカしやがる…)
タキシードを着た首のないマネキンが恭介の手を掴む
杏子は手のひらから槍を出して使い魔の腕を切り落とした
杏子「お前なんかに用はない。他を当たれ。でなきゃここで殺すぞ」
使い魔は両足を引きずりながら浮遊して去っていった
結界が消える
上条「……」
恭介が膝をついてうなだれている
杏子「おい」
上条「…?」
杏子「お前、自分でここに上ったんだよな
さっきの使い魔はまだお前を操ったりも何もしてなかった」
上条「……」
杏子「くっ」
変身を解く杏子
恭介の胸倉を掴んで勢いよく壁に押し付けた
杏子「シカトか?」
上条「……」
恭介は下を向いたまま泣いた
杏子「……?」
青い破片に気がつく
杏子「…まさかお前…!」
上条「…さやかを殺した…」
杏子「…!」
上条「どうして助けたりしたの…。さやかを一人ぼっちにするなんてあんまりじゃないか…」
杏子「こ…いつ…!」
壁に押し付けたまま顔面を思い切り殴った
恭介の唇が切れる
杏子「テメェ頭おかしいんじゃねーのか!?」
腹に膝蹴りを入れて投げ落とす
杏子「何やってんだお前!!」
馬乗りになって頬を引っぱたいた
杏子「何やってんだよ! おい!!」
上条「…さやかに頼まれたんだ…」
杏子「はぁ!?」
上条「『もう助からない』…『魔女になる前に殺して』って…さやかに言われたんだ…」
杏子(あの馬鹿…! こっちがどれだけ苦労して世話してやってたかわかんねーのかよ…!)
恭介の首を掴んで爪を立てる杏子
杏子「で? なんでお前まで死のうとしてんだよ…!」
上条「うっ…うぅ…」
杏子「テメェはさやかの犠牲の上で生きてんだろーが!
誰のおかげで病院から出られたと思ってんだ!!」
上条「さやかのいない世界に意味なんてないんだよ…!」
杏子「それはテメェの勝手な意見だろ! …これだから男ってやつは…!」
恭介が横目でソウルジェムの破片を見た
上条「…どいてくれ」
杏子「……」
杏子が立ち上がると、恭介は這いつくばって破片を集めた
杏子「チッ…」
手伝おうとする杏子の手を恭介が弾いた
上条「…さやかに触るな」
杏子「……」
上条(さやか……)
杏子はしばらくの間黙って見届けると、髪をまとめ直し、フードを目深くかぶって歩き出した
杏子(坊やはぶっ壊れちまったよ。お父さんがそうだったように
他人の為に魔法なんか使うとロクなことにならねーよ)
歩きながら、パーカーのポケットに両手を突っ込んだ
杏子(なんでいつもこうなんだろうな。一度魔法少女の世界に入ると
大事な人がバタバタ死んで逝きやがる。どいつもこいつも)
杏子は唇を噛んで、少しずつ加速した
杏子(あー…ムカつく)
涙がこぼれた
杏子「畜生…!」
がむしゃらに走り始める
―――――――――
――ドイツのホテル
恭介が洗面所で鏡と睨み合っている
カーテンの向こうからシャワーの音
上条(生きていたら今頃どんな大人になっていたろう
夢の中でもいい。もう一度ちゃんと話したい
君がどんなに大切だったか。君が何をもたらしてくれたか
そして聞かせてほしい。今、君がどう思ってくれているのか)
洗面台に置かれた錠剤の小瓶を手に取る
上条(…こんなものに頼るからいけない。さやかの決意を思い起こせ。僕も大人になろう)
蓋を開けて薬をトイレに捨てた
シャワーの音が止まる
濡れたままの仁美が出て来た
仁美「あ……」
上条「……」
仁美「…いいの?」
上条「…もっと高価で、害のない薬がある」
仁美「……」
恭介は仁美を抱き締めた
上条「君だ」
仁美「…ええ」
仁美は目を閉じて笑った
恭介のバイオリンの弓には青い宝石が埋め込まれている
上条「…君に悪いような気がしてた」
仁美「…とんでもないわ」
上条「これからは誇りに思う…」
仁美「うん…それでいいの」
上条「愛してる」
仁美「私もよ」
―――――――――
――オフィス
まどかがパソコンに向かって穂村あけみについて調べている
まどか「『インキュベーターは『希望から絶望への転位』を超えるエネルギー生成技術を
未だに開発できずにいる。ソウルジェムが生む魔力そのものを
物理的に回収する方法も見つかってはいるが、従来の手法を核エネルギーに例えるなら、
こちらは差し詰め石油であるという』…うーん、難しいなぁ」
内線が鳴った
まどか「はい、開発部です」
詢子「まどかか」
まどか「あ、ママ」
詢子「ここでは社長と呼べ」
まどか「はい…」
詢子「昼は済んでるか?」
まどか「いえ、まだです…」
詢子「ちょっと来い。話がある」
まどか「わかりました…」
――社長室
まどか「失礼します」
詢子が両腕を肘掛けに置いてまどかを睨んでいる
まどか「えーと…話って何でしょうか? しゃ、社長…」
詢子「座れ」
まどか「はい…」
対面の椅子に腰掛ける
詢子「お前、ヤクザとツルんでるのか?」
まどか「え…!?」
詢子「佐倉って奴がお前の名前を口にしてたって、その筋の奴が言ってたんだけど」
まどか「…『佐倉』…杏子ちゃん…?」
詢子「知ってんのか」
まどか「え? えーと…杏子ちゃんは、中学校の時からの友達で…」
詢子「……」
まどか「はい…」
(まどか『どうしよ…どうしよう…! キュゥべえが言ってたこと、本当だったんだ…!』)
(杏子『何お前が慌ててんだよ』)
(まどか『私がさやかちゃんを助けなかったから…キュゥべえに『助けて』って言われたのに…』)
(杏子『はぁ? なんでそこでお前が出て来るんだよ。あんなの一般人の出る幕じゃなかったよ
さやかは魔法少女だ。それで進んで戦いに来た。負けるってわかっててな』)
まどか(私…)
(ほむら『あなたは美樹さやか1人を助けた後、世界中を滅ぼして回ることになる』)
まどか(私、やっぱりずるいよね…)
吐き気がした
詢子「…まぁ、縁切れとまでは言わないけどさ。くれぐれも危ない話には首突っ込むなよ?」
まどか「う、うん…わかってる」
詢子「ならよろしい」
まどか「……」
詢子「…今夜、飲みに行くか?」
まどか「……?」
詢子「たまには付き合いな。ここんとこ忙しかったからな
腹割って話したいことも色々ある」
まどか「…うん」
まどか(あの時、ママならどうしたのかな…)
本棚の一番下に、『絶対に契約してはいけない』の背表紙が見えた
まどか「!」
―――――――――
――路地裏
杏子がベンツのトランクを閉めた
杏子「用心しろよな。お前はもう日本中に顔見られてる
フットワークのしょぼい魔法少女はお前を目の敵にしてるぞ」
『不死身のお杏』は過去に拳銃で頭を2回撃たれたが、それでも死ななかった
今は組の用心棒をやりながら、ほむらと結託して魔女の撲滅に向けて活動している
ほむらは最後の銃を盾にしまった
ほむら「ここまで来てしまった以上、後戻りはできないわ
目の前に敵が現れたら、魔女だろうと人間だろうと容赦はしない」
ほむらはさやかの遺族に了承を得て、半自叙伝『絶対に契約してはいけない』を自費出版した
キュゥべえの新たな目撃者(契約を迫られた少女達)の存在によって、
『実話ではないか』との噂が絶えないが、世間では専ら都市伝説とされている
杏子「生きてる間毎日毎日魔女狩りして、魔女がいなくなったらこっちが魔女になって…
マジでクソッタレな人生だ…」
ベンツの助手席の窓が開いた
男「お杏さん…すんませんけど、また事件です」
杏子「ああ?」
男「ちょっと前にグリーフシードに目つけた組がありまして…
何でも、使い物にならなくなったグリーフシードを高値で売りつけてる連中がいるそうです
そっちの筋の奴が言うには、えーと、魔女が出て来てどうたらこうたら…」
杏子「ああまどろっこしい」
杏子は後部座席に乗り込んだ
杏子「悪い、急用できちまった。もう行くよ」
ほむら「ええ。ありがとう」
杏子「出せ」
ベンツが走り去った
ほむらは大型のバイクに跨り、フルフェイスをかぶった
エンジンをかけると、盾の中からキュゥべえが顔を出した
QB「ふぅ…。君にはお手上げだよ。大した執念だ」
ほむら「あなたは早く代わりのエネルギーでも探しなさい」
QB「そう簡単にできたらいいんだけどね…」
ほむら「……」
QB「少なくとも、この国では当分契約はできない
君が書いた本の影響は、僕が思っていたよりも大きかった
…本を読んだ子はみんな、さやかの最期に相当な衝撃を受けている…」
ほむら「そう。なら海外にでも行けばいいわ」
QB「それでも君は追って来るつもりだろう?」
ほむら「…本心じゃないわね」
QB「まぁね」
ほむら「何のつもり?」
QB「…休暇が欲しいんだ。少女達を悲しませながら暮らすのは、しばらく御免だから…」
ほむら「信じたことにしてあげる」
QB「そっか。さあ、ほむら。ここから一番近いのはそこを右に曲がって8キロ走った所だ
魔女ではなさそうだけど、行ってみるかい?」
ほむら「魔法少女?」
QB「いや、十中八九使い魔だろう。最近は紛らわしいパターンも増えたけどね」
ほむらは『監視』と称してキュゥべえと共にバイクで魔女狩りの旅をしている
行く先々でグリーフシードの奪い合いになり、それに勝つ度に現地の魔法少女は苦しんだ
魔法少女の残党は、漏れなく魔女になって更なる魔女を産むか、死ぬしかなかった
ほむらは『正義の味方』とは程遠い存在だった
ほむら「掴まってなさい」
QB「準備はいいよ」
ほむらが一気にアクセルを開ける
髪をなびかせて高速で走り抜けていく
ほむら(誰かが語り継がなければ、惨劇は繰り返される
魔法少女なんて、綺麗に死ぬことさえできない哀れな生き物だわ
美樹さやかはその最たる例。きっと終わりにしてみせる)
QB(僕にゴールはない…。ほむらの策謀のおかげで、人間は僕らの計画に抵抗を始めた
エネルギー問題の解決は予定を更に遅らせなきゃいけなくなった
いつか僕自身も力尽きて、再び感情を失うだろう
それまでは、嘘くさい平穏に身を沈めていたい…
よくも悪くも、今はさやかと暮らした時期を忘れられないから
感情はまるで麻薬だ。人間って不思議な生き物だな…
この宇宙さえも、ゆくゆくは感情エネルギーに依存して止まない時が来るだろう
その時は、僕も容赦しない――)
ほむらは膝がつくほどバイクを傾け、使い魔の群れに向けてマシンガンを乱射した
――完