6話 ほむにゃん、回転寿司に行く
~ぐら寿司 見滝原店 マミside~
杏子「本当におごってくれるのか?」
マミ「ええ、10皿までなら好きに食べていいわよ」
杏子「……」
若干不満そうだった。
わたしなんて10皿も食べれば充分だけど、佐倉さんは予想通り物足りないのだろう。
いくらなんでも、20皿も30皿もおごる余裕はない。
お寿司屋に入った理由は他でもない。
わたしたちが散歩していたら、たまたま店に入っていくあの女の子の家族、それからもふもふちゃんの姿が見えたからだ。
店員「お席にご案内しますね」
マミ「あ、あの……出来れば……」
わたしは店員さんにあの子の席の近くになることをお願いしてみた。
店員「ああ……そうですね……今はちょっと混雑しておりますので……」
マミ「じゃ、じゃあ大丈夫です」
店員「いいですよ。出来るだけ近い席をご案内しますね」
店員さん……ありがとう。
寿司屋さんには、3つのレーンがあって、お昼の時間帯だけあって3つのレーンがフル稼働していた。
もふもふちゃんたちは3つめのレーンの入口側の席にいるのが見えたので、店員さんには出来るだけそこにして欲しいと伝えた。
店員さんに連れられ、カウンター席からテーブル席のある側まで案内されると、佐倉さんは目を丸くしていた。
杏子「すっげー!本当に、寿司がまわってる!」
杏子「しかも、なんだ?レーンの上に何かあるんだけど」
マミ「多分、直接注文するとあそこから運ばれてくるんじゃないかしら?」
杏子「あんなに回ってるのに、注文するのか?」
マミ「食べたいネタが回ってるとは限らないしね」
店員「お席はこちらになります!」
マミ「ありがとうございます」
レーンを超えて反対側には──えへへ。
みつけた!
もふもふちゃん……
~まどかside~
ほむにゃん「!?」
お寿司を食べていると、膝の上にいるほむが急にぶるぶると震えだしました。
ほむはお箸もつかえないので、わたしが食べさせてあげていたのです。
まどか「どうしたの、ほむ?」
まるで姿の見えない敵が近くにいるのを察知して、びくびくしているようでした。
ほむにゃん「まど……かっ!!」
こちらを向いて、ぶるぶると私のお腹に顔をうずめています。
詢子「なんだ、もう食わないのか?」
知久「お寿司が口に合わなかったのかもしれないね」
詢子「ネコのくせに、魚が食えないとか変わったやつだな」
そういうわけじゃないと思うけど……。
~マミ side~
ああああ、な、な、な、なんてうらやましい
もふもふちゃんに、あんなに懐かれてるなんて!!どんな方法で餌付けしたのかしら?
それにしても、震えて甘えるもふもふちゃんが可愛い……可愛すぎる。
いったい何をそんなに怯えてるかわからないけど、
ああ……守ってあげたい。
杏子「まぐろも、生えびも、サーモンも、たこも、アオリイカもうめぇ~、あ、メロンとかもあるんだな。どれどれ!」
わたしはまだ1皿も食べていないというのに、いつの間にか皿の山が積まれていた。
どうやら佐倉さんは、食べるのに夢中になっていて、私に気を払っている余裕は無さそうだった。
お陰でもふもふちゃんを見放題だった。
わたしは文字通り……見てるだけでお腹いっぱいになりそうだった……。
幸せいっぱい。
だが、わたしにはちゃんと目的がある。
あの女の子と仲良くならなければいけないということを忘れていない。
正義の魔法少女の巴マミに死角などないっ!!
──で、でもどうしよう……。
いきなり声をかけるのも変だし……ご家族の方も一緒にいるみたいだし……。
そもそもわたし……こういうのってあんまり得意じゃないのよね。
それに、この前、もふもふしてるところを見られてしまったわけで……。
絶対変な子だって思われた。
……でも、あの子だってきっと──もふもふちゃんのことを可愛がってるのよね。
私「この前はごめんなさい。あんまりかわいいからつい……ね」
女の子ちゃん「そうだったんだ~。わたしもおんなじだよ!いっつももふもふしてるの」
おおおおおおおお!!!!
いける、全然いける!!!
これでなんとか……。
「あ、あのっ!」
マミ「え……」
レーンを挟んだ反対側から声がして、反射的に返事をしてしてしまった。
例の女の子ちゃんが、もふもふちゃんを抱えてこちらを見つめていたのだ。
その途端顔が熱くなる。あの時のことが頭に浮かんで──涙が出そうになった。
「やっぱり、あの時の人! わたしのこと、覚えてます? この前土手で会ったんですけど」
マミ「あ、あ、あ……」
杏子「甘エビうめぇ~」
マミ「あ、甘エビちゃん……?」
横から天啓が聞こえてきて、その子のことを『甘エビちゃん』と呼んでいた。
呼んでから気がついたがぷりっとしたくりくりの目と、二対の縛った髪がまるで、佐倉さんの食べている甘エビのように見えた。
「え? 甘エビ? えっ!? えっと……まどかです。鹿目まどかって言います」
甘エビちゃんの声は、わたしがあまりに焦っていたせいか、お昼すぎの回転寿司屋の盛況っぷりのせいか、よく聞こえてこなかった。
自己紹介されたような気がするが、名前のところだけが聞き取れなかった。
甘エビちゃん「この前はごめんなさい。痛くなかったですか? すごい音がしたんですけど」
今度はよく聞こえた。
なんとか落ち着かせようと、胸を抑えながら、甘エビちゃんに返事をする。
マミ「大丈夫よ。なんともなかったから」
杏子「ん?誰だ、アンタ。マミの知り合いか?」
さっきまで寿司をむさぼっていた佐倉さんが会話に入ってきた。
甘エビちゃん「えっと知り合いってほどじゃ……」
マミ「そこにいる、もふもふちゃんが空から降ってきたから、知り合ったの」
我ながらわけのわからないことを口走っていた。
杏子「もふもふちゃん……って……あ、お前! そっか、アンタそいつの飼い主だったのか」
佐倉さんは自力で合点したようだった。
甘エビちゃん「もしかしてほむのこと、知ってるの?」
杏子「まあね。くくく、魔法少女に飼い主がいるとか……」
もふもふちゃん「っ!!」
佐倉さんが一笑すると、もふもふちゃんは、ギロリと目を光らせて佐倉さんを睨みつけてきた。
笑われたのが癪に障ったのだろうか。
わたしは佐倉さんに耳打ちをする。
マミ「佐倉さん。向こうはもふもふちゃんの正体を知らないかもしれないのに、魔法少女の話題は……ご家族の方も困惑してるみたいだし」
杏子「お、おう。そうだな。つい……」
詢子「まどかの友達……ってわけではなさそうだけど、知り合いなんだな?」
甘エビちゃんのお母さんらしき人が事情がつかめなさそうに聞いてくる。
甘エビちゃん「うん」
知久「じゃあ、向こうのテーブルに行ってきたらどうだい?」
甘エビちゃん「え……でも……」
杏子「アタシは構わないよ。レーン側の席は譲らないけど、隣こいよ。そのにゃんこにも会いたかったところだしな」
マミ「えっと……わたしは、その……いいわよ」
むしろ歓迎したい。
もふもふちゃんの飼い主さんと仲良くなれるなんて。
あまつさえ、もふもふちゃんにご飯を食べさせてあげられるかも……ああ、考えただけでドキドキしてきた。
甘エビちゃん「お邪魔しまーす」
甘エビちゃんがもふもふちゃんを抱えてやってきた。
そして、佐倉さんの隣に座る──えっ? なんでそっちに!?
甘エビちゃん「どうかしたんですか?」
マミ「いいえ。なんでもないの……」
さっき佐倉さん『隣こいよ』って言ってたっけ。
しょぼん……。
まあいいか。正面からもふもふちゃんがご飯を食べてるところが見れるものね。
甘エビちゃん「あの、ほむがお世話になったみたいで……」
杏子「世話っつぅか……なんか忠告されたつぅか、わたしはよくわかってないんだけど。そっちのマミさんの方が詳しいから」
甘エビちゃん「えっ、マミさん?」
マミ「そう。私は巴マミ。それからこっちは、佐倉杏子さん」
気を取り直して、正面を見る。
佐倉さんもご飯を食べるのを中断しているため、だらしない顔はできなかった。
だけど自然と視線が、猫耳に行ってしまう……。
見ないようにと、佐倉さんと甘エビちゃんの間を見つめるのだけど……。
マミ「……そこのもふもふちゃん……もとい、ねこちゃんには大切なことを聞いて」
甘エビちゃん「もしかして、マミさんたちはこの子の正体を知ってるんですか?」
マミ「ええ。まあ……」
やはり甘エビちゃんも知っていたのか……。
それなら話は早いか。
……でも、彼女はどこまで知っているのかしら。
未来から来たこと、魔法少女のこと……。本当は人間だってこと。
見た感じ、この子は魔法少女ではない。
素養はあるみたいだけど……。
──!?
よく見たら、素養があるなんてもんじゃない。
これだけの才能がある子と出会ったのは初めてかもしれない。
当然、もふもふちゃんだってそのことには気づいているはず。
あえてこの子の側にいるというのは、何か理由があるのかしら?
──守りたい人がいる。
あの子はそう言っていた。
なるほど。
そういうことか。
もふもふちゃんはワルプルギスの夜を退けるために、仲間となる魔法少女を探していた。
わたしや佐倉さんの力をあてにしたように、この子のことも同様に──。
恐らくは重要な戦力になると考えて……。
けど、安易にこの子に過酷な運命を押し付けていいものだろうか?
いくら才能があるとはいえ、いつ死ぬかもしれない仕事を勧めることは、さすがに抵抗がある。
まだ魔法少女でないところを見ると、もふもふちゃんもこの子の力を借りることに躊躇っているのかもしれない。
もふもふちゃんが、無理に勧誘しないものを、私がどうこういう筋合いはない……かしら。
一応確認してみよう。
マミ「甘エビちゃんはどこまで、ねこちゃんのことを知っているのかしら?」
甘エビちゃん「なんで甘エビになってるの? 違うってさっきも言ったじゃないですか」
マミ「ごめんなさい。よく聞き取れなくて。
ところで甘エビちゃん。どこまで知ってるの?」
甘エビちゃん「……もうなんでもいいです。 ほむが本当は人間で、未来から来たってことぐらいは知ってます。あとは、なんか魔法が使えるみたいだけど」
マミ「そう……」
やはり、魔法少女のことに関しては詳細は伏せているのかしら。
私情で契約を持ちかけることを躊躇って……。
あるいは頃合いを見て、勧誘をしようとしているのかもしれない。
なんにせよ、わたしが安易に口を挟まないほうがよさそうだ。
マミ「あなたは、もふもふちゃんが未来から来たことを信じてるの?」
甘エビちゃん「だって人に変身したところを見ちゃってるから。そういうこともあるんじゃないかって」
杏子「変身するのか、こいつ?」
マミ「あら。前に教えなかったっけ?」
杏子「聞いてないよっ! てか、今日はやけに大人しいけど……なんかこの前と違わないか?」
確かに。テレパシーで会話に加わってこない。
飼い主であるこの子の前では、ネコでいる時はネコらしく振舞っているのかしら?
マミ「!?」
見つめていると、もふもふちゃんと目があった。
すると、びくっとして、また甘エビちゃんのお腹に顔をうずめて──。
ああ、可愛いすぎる……。
甘エビちゃん「もしかして、マミさんのことが怖いの?」
え……?
もふもふちゃん「ほむ!ほむっ!」
首を縦に振って、肯定する。
マミ「そ、そんな! わたしが何をしたっていうの?」
何も悪いことなんてした覚えがないっ!
杏子「おっ。この前とは力関係が逆転してるのか──さすが、マミさんだな!」
佐倉さんは、佐倉さんでわけのわからないことを言ってるし……。
マミ「なんで、なんで、どうしてっ!?」
杏子「マミ……さん?」
いけない、佐倉さんの前だというのに取り乱してしまった。
弟子の前でかっこわるいところは見せられない。
マミ「その……別に嫌われるようなことをした覚えはないけど」
甘エビちゃん「あ。うん。 この子ってあんまり人に懐かないから。わたしのお友達にも噛み付いたり、乱暴したり……」
杏子「そうなのか? どれどれ」
佐倉さんがもふもふちゃんに向かって手をのばす。
恐る恐る人差し指の先をちょんっ、と猫耳に触れるように──。
すると、ぴくっと耳が震え、それが身体中に伝わるようにぶるっとなって。
怒るかとおもいきや気持ちよさそうに顔をゆるませているのだった。
マミ「っ!?」
その一部始終を見た私はたまらなくなって、胸を抑えた。
杏子「なんだ、思ったより大人しいじゃん!」
そのまま佐倉さんは頭をなでなでしている。
杏子「なんだ、思ったより大人しいじゃん!」
そのまま佐倉さんは頭をなでなでしている。
甘エビちゃん「家族以外で懐いたのは、杏子ちゃんが初めてだよっ!」
杏子「おお、そうなんだな~。へへ、可愛いじゃん」
もふもふちゃん「ににょ~」
杏子「ほら。ネギトロでもやるよ!食え食えっ!」
佐倉さん、そのお金は一体だれが出すと……。
もふもふちゃん「はむっ!」
マミ「!!」
ああ、あんなに美味しそうに。
しかもお口をもぐもぐさせて……。
杏子「おいおいご飯粒ついてんぞ!」
あ……。
そのまま人差し指でつまんで、パクっと口に運ぶ佐倉さん。
胸の奥がふわふわ揺れてドキドキする気持ちと、メラメラ燃えるイライラが、これまでにないぐらいに私の心をかき乱した。
こころなしかソウルジェムがゆらゆらと黒く濁っていく気がするが、私の心の乱れと何か関係があるのだろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。
マミ「わ、わたしも……」
レーンから流れてくるおいなりさんをとって、甘エビちゃんの方を見る。
すると彼女は察してくれたようで、席を移動してこちらにやってきた。
っ!!
もふもふちゃんが、こっちに来る!
杏子「大丈夫なのか、あんまり人に懐かないんだろ、そいつ」
まどか「うん。でも、試してみないと」
私は期待をふくらまし、お稲荷さんを手にとった。
甘エビちゃんの腕の中にいる、その子を満面の笑みで見つめて──。
だがその子は甘エビちゃんの腕をすり抜け、胸からを伝って、こちらを警戒するように見下ろしていた。
マミ「おいで!」
最大限やさしい声で、ちっ、ちっ、ちっ、と手招きすると、お返しに全身の毛を逆立てて「しゃー!」と威嚇してくれた。
杏子「ははは、ダメだこりゃ!」
涙目になりながら、どうして?とつぶやく。
甘エビちゃん「あの、元気出して下さい……」
甘エビちゃん……。
甘エビちゃん「諦めなければ、きっとほむとも仲良くなれるから」
マミ「……うん」
甘エビちゃんの差し出してくれたハンカチで涙をふくと、キリッとした顔で笑ってみせた。
マミ「ありがとう。鹿目さん……」
あれ……鹿目…さん?
なんでわたし、この子の名前を知ってるんだろう?
甘エビちゃん「なんだ……ちゃんと聞こえてたんじゃないですか。わたしの名前」
確かに、さっきはぼそぼそっと聞こえたけど……その音がどこかで繋がったのかしら?
……いや。違う。全く聞き取れなかった。
──鹿目まどか。
確かにこの子の名前は知っている。
どこで、知ったんだったっけ?
この前に土手で会ったとき、もう一人の女の子が喋っていたんだろうか?
土手を歩いているときに、その子が鹿目さんの名前を呼ぶのが聞こえて来たのかもしれない。
あるいは、私の部屋でもふもふちゃんが人間になったときに、飼い主であるこの子の名前を呼んだのかもしれない。
──たしか彼女は暁美さんという名前だったかしら。
そんなことをあの子が口にした記憶など……ないけど。
あの状況で暁美さんが彼女の名前を出す理由があるはずないのだから、どう考えても不自然だし。
その理由を考えようとすると、思い出したい、しかし思い出してはいけないような、どこかで抑制させられる。
もどかしい。不気味で気持ち悪い白昼夢を見た気分だ。
まどか「どうかしたんですか?」
マミ「ううん。たいしたことじゃないから」
その後、当たり障りの無い会話をして彼女は両親と共に店を出ていった。
彼女と友人になれたかどうかはわからないが、仲良くはなれたのではないだろうか……。
しかし、彼女が持っていたとてつもない魔法少女としての資質。
どこかで聞いたはずの──彼女の名前。
もふもふちゃんに佐倉さんのことを相談するという一番の目的を忘れてしまうほど、
彼女の存在に、わたしは呆然と悩まされてしまった。
鹿目……まどか……。
杏子「マミさん、会計! 6,800円だって!」
~6話 ほむにゃん、回転寿司に行く 完~
~7話 ほむにゃん、あまえる~
-まどhome ほむside-
「……」
ん……。
まただ。
このところやけにこの姿のまま意識が戻ることが多くなった。
しかも決まってまどかたちが寝静まってから。
初めは呪いの解ける前兆だと思っていた。
しかし、いっこうに人に戻るような気配がない。
それどころか、最近全くあの姿に戻れていない。
確かにこの姿のままでも、魔女と戦うにさほど支障がないからよいのだけど。
きちんと身体の意識さえコントロールできれば、意外と戦えるものだ。
生命線であるグリーフシードの確保ができる以上、さして慌てて呪いを解くことを優先させる必要がなくなったとも言える。
当面の問題は──佐倉杏子のことだろう。
このままでは彼女の家族は……。
だが彼女に振りかかる運命を変えること、私はまだ迷っていた。
運命を変えることを望んで魔法少女になったわたしが
ここで迷うことは自己矛盾も甚だしい……。
しかしやはりこの件に関しては保留にしておきたいという気持ちが強かった。
佐倉杏子の運命が変わるとすれば、4年後まどかが救われる可能性があるという証明にもなる。
だが、もししくじれば……。
今ここで彼女の運命を変えることに尽力して、それができなかった場合。
自分の手で、未来を変えることは不可能だと証明してしまうのではないか?
過去を改変するということを、恐れているだけではない。
その結末を、わたしは見たくないのかもしれない。
ただ怖いだけなのか。
──あとは……。
ただ単純に、この姿で『巴マミ』に会いたくないという気持ちが何にも増して強かった。
あの人は普段からいろいろと面倒だったが、今回はいつにもまして面倒臭い!!
可愛らしい一面があったと思えば微笑ましいものだが、
正直『アレ』に付き合うだけの度量はなかった。
何をされるかわかったものじゃない。
まさか人の姿に戻って、本気で泣かれるなどとは思ってなかった。
あそこまで、見た目に弱いというのは……。
そんなことだから、キュゥべえなんかに付け込まれるのではないか?
まどか「んんっ……」
……まどか?
隣で寝ているまどかが寝返りをうち、背中を向ける。
か細いうなじが暗闇の中でしっかりと見えるのは、呪いのせいか……夜目がよく効くのだ。
理由は……多分、初めてまどかに出会った時の名残だと思う。
あの時のまどかは頼もしくて、何かあるとついついまどかを探してしまうのだった。
時間が経つに連れて……彼女の背中は段々と猫背になっていった。
とりわけ4年前──今の小学生のまどかは、これでもかというほど丸く見えた。
その背中はどこか自信無さげで……。
確かに頼もしかったあの頃のまどかも良かったけれど、これはこれで魅力的なものがある。
まどかが起きないように、ゆっくりと擦り寄って、その魅力的な背中に肉球を近づけ……。
──そっと触れた。
まどか「……すぅ」
よかった、起きない。
ほっと一息ついて、姿勢を整える。
前々から思っていたことだが、わたしはこの小さくて愛くるしいまどかが可愛いくて仕方なかった。
私は今ネコになっている身であるけども、彼女のほうがネコであるかのように、愛でてあげたくなるのだ。
全身で抱きしめて、髪を撫でたり頬に触れたり……。
残念ながらこの身体ではそれは叶わない。
──叶わないけれど、まどかに触れることができる。
ぐっすり眠っているまどかに。
もし起きていたら、例えネコの姿と言えど、恥ずかしくてできない。
でも、寝ているのであれば多少は自分が出せる。
こういうのは卑怯だし、何か犯罪的な匂いがするけど……。
だけど、わたしだって人肌が恋しいと思うことがある。
毎夜毎夜一人で過ごし、朝を迎えてきた。
その虚しさを、誰に埋めてもらうわけでもなく……ただ耐えて。
人に触れられることも、触れることにも、慣れてなくて。
だからそれだけで幸せなんだ。
触れられるだけで……
それもまどかの背中に。
ふふ。あったかいな……。
きゅうっとほっぺをまどかの背中にすり寄せた。
小さくても、大きく見える背中に頬を合わせると、ふんわり心地よい匂いがしてくる。
まどかの匂いというものが、人のときはわからなかったけど、今はよくわかるようになった。
嗅覚が数万倍になっているせいで、たとえ壁を隔ててもまどかの存在を感じ取ることができる。
ほっぺでまどかのぬくもりを受け止めて、ほっとするような
たぶん、だらしない顔をしてる……わたし。
でも……誰にもみられてない。だから大丈夫。
たとえ誰かに見られたとしても、こんな姿だから平気……だよね?
背中で息をする彼女の鼓動を頬で感じていると、突然まどかが寝返りをうってこちらを向いてきた。
えっ!?
まどか「また寝ぼけて抱きついてきたんだね。仕方ないなぁ」
お、起きてたの?
どうやらまどかは私が寝ていると思っているようだった。
なんとなく目を開けるのを躊躇ってしまい、突然の出来事にどうすればいいかわからなくて──。
まどか「てぃひひひ」
いたずら気味に笑うまどかの声だけが聞こえてきて、胸が高鳴る様な、ドキドキするような感覚を覚えた。
こういう時のまどかは、必ずと言っていいほど普段みんなの前で見せないような態度で私に接してくる。
私はそれを記憶しているが、自分の意識でそれを体感したことがなかった。
そもそもこうして意識を持って行動できる時間など全体の30分の1程度なのだから。
目が開けられないから、まどかの様子が見えない。
何をされるかわからないけれど、意中の相手から校舎裏に呼び出されたかのようにときめいた。
さわっ──。
ほむにゃん「っ──!!」
思わず声が出そうになってしまった。
まどかの指……多分人差し指が、耳のあたりに触れてきたのだ。
全身の毛が総立ちしたみたい。
まどか「ふふ、寝ててもくすぐったいんだね」
まどかは面白がって、指の先端だけで耳のとんがってる部分から付け根にかけて、
触れるか触れないか微妙な力加減で何度も何度も繰り返し撫でてきた。
それが私の反応を見て楽しむもので
彼女のいたずら心が溢れているとすぐにわかった。
ネコになって、耳の皮膚と神経系が過密になっているせいか、
絶妙な力加減で右耳が撫でられると、耐え切れなくて全身を震わせてしまうのだ。
しかもまどかの小さくてか細い指で撫でられているかと思うと、
微笑ましいような、胸が熱くなるような変な気分になってくる。
次にまどかが触れてきたのはおなかだった。
これも指先でつんつんと押すように触れたり、さわさわとゆるり撫でてくる。
ほむにゃん「す──」
くすぐったいという感覚はなくてどちらかと言うと落ち着くという方が正しいか。
母親に頭をなでられる子供みたいな感じ。
まどか「お腹が気持ちいいのかな…」
ちらりと目を開けると、自分のお腹に触れて確かめているようだった。
別にお腹でなくてもいいのだけど、ただ単に触れられることが好きだから……。
まどかと出会って、まだ間もない頃の話だ。
彼女と助けた子猫に名前をつけて、校舎の裏で二人して餌をあげたりして可愛がっていた。
そしてまどかに撫でられる子猫をみて、少しだけ羨ましいと思った。
─そうか。
わたし、ずっと前からまどかにこんなふうにして欲しいと……。
まどか「あれ、涙……?
そんなにくすぐったかったのかな?」
わたしはまどかの背中を見るのが好きだった。
わたしほどまどかの背中を見つめてきた人間はいないのであるかというほど、彼女の背中を見つめてきた。
頼もしげなしゃきっとした背中も、猫背で頼りない背中も知っている。
いろんなまどかを見つめてきた。
その後姿を、どんな想いで見つめてきたのか?
──わたしは期待していたんだ。
まどかがが振り向いて、笑顔を向けてくれることを。
なんとなく温かそうで、今にも折れてしまいそうな心を支えてくれそうだから……。
そして、できることなら。
こんなふうに……。
──ずっと前から。
まどか「そろそろねよっかな……」
まどかの指が止まると、思わずその指にしがみついた。
まどか「ほむ……?」
~続き まどか視点~
中指を止めると、ほむがわたしの指をとり、思わずどきっとしてしまいました。
当たり前です。
だって、てっきりほむは寝ているものだと思っていたから。
まどか「起きてたの?」
ほむは、こくこくと頷きます。
なぜか、恥ずかしそうに私の指に顔を隠してしまうのです。
うわぁ……可愛いなぁ。
あんまりにも可愛くて、眠気が少しずつ冴えてきました。
可愛い……というか、何かさっきから変に胸が苦しいのです。
あれ……なんかおかしい。
なんだかいつもとほむの様子が違う気がします。
いつもと比べて、どこか大人しいというか……。
ほむにゃん「まど……かっ!」
ほむは顔を上げたかと思うと、私をまっすぐ見つめて、耳をぴくぴくと動かしました。
ピク……ピク、ピク……。
ほむの耳が……動いてる?
な、何その特技!? 可愛すぎるよっ!
たまらなくなってほむを夢中で抱きしめました。
声を出すと、ママたちに怒られてしまうので、声を出さないように気をつけ……。
それでも布団の中で足をバタバタさせてしまうのでした。
世界を探しても、ほむに勝る可愛いものはないでしょう!
ふへへぇ……とだらしない声を漏らしながらぎゅぅっとほむを胸の中で愛でます。
冬毛でもふもふしたぬくもりが温かくて、きゅっと曲がった円錐状の耳がほほに触れて気持ちいいのです。
夜でほむも眠いせいか、ほとんど暴れませんでした。
むしろ力を抜いて、リラックスしているようで。
そうなると、無性にまたいたずらがしたくなってしまうのです。
中指をもちもちしたお腹に当てて撫でると、いつもくすぐったそうに笑うので……。
またまた絶妙の力加減でそのぽんぽんをくすぐりました。
まどか「えへへ、くすぐったい?」
さわさわ……。
しかしほむは、身動ぎせずにただ仰向けになっているだけです。
でもそれでだけではありません。
顔が真っ赤になって、短い両腕を胸元にクロスして……。
恥ずかしそうに泣きそうになりながら、私から視線をそらしてはこちらをちらりと見ては何か期待するような……
続けて欲しそうな顔をしているようでした。
な、な、な……。
今まではずっと可愛いだけだと思っていたのですが……。
胸が熱くなって、押しつぶされそうになるのです。
苦しいと言っても間違いないと思います。
この子はわたしをこの不思議な痛みで殺そうとしているのではないかと思うほどでした。
ほむが可愛いいのは充分承知していましたが、この子を見て苦しくなったことなんてありません。
そんな隠し球に引っかかってしまった私は、怒るどころか、ただ息を呑むことしかできないのです。
もっとほむに触れてみたい……。
泣きそうなほむを見ていると、狂おしいほどの衝動に駆られました。
ほむのスカートと服の隙間をのぞきます。
わたしはつばを飲みました。
今まで直接触ったのは、お風呂で身体を洗うときぐらいです。
別に誰かに見られているわけじゃない……。
ペットのお腹を撫でるなんて別に普通だし……。
でも……。
ほむが私を見ないように、わたしもほむから目を逸らしました。
何かとてもいけないことをしているような気がしたのです。
わたしは思い切ってほむの服の下に指を入れました。
ほむにゃん「っ!?」
ほむは一瞬びくっと驚いたようにぶるっと震えたのですが、それだけで……。
ちらりと顔を見ると──
ほむ目をぎゅうっと瞑って──
ぽろぽろと涙を溢しているのでした。
……どうしてほむ泣いてるの?
ただ直にお腹を撫でただけなのに……。
さっきまで、物憂げな顔でくすぐってほしそうにしていたのは、わたしの勘違いだったのでしょうか?
本当はとても嫌で、気持ち悪いと思っていたのでしょうか?
そんなふうには見えなかったのに……。
やっぱり女の子だから急に服の中に手を突っ込まれたのがショックだったのか?
──女の子?
……まさか……まさか。
今のほむって……。
~ほむside~
わたし……何やってるんだろう。
幼いまどかに、なんてことをさせてるんだ!
ネコのフリしてこの子の気を引いて……。
涙が止まらない。
柔らかいまどかの指が、肌に触れて……。
それがあまりに温かくて……。
もっとやって欲しいと思ってしまう。
人としてこんなのでいいのか思うと恥ずかしくてたまらない。
年下の女の子に甘えるために、ネコらしく振舞って……
もっと強く触れて欲しいがために、わざと恥じらってみたり……。
誰にもこんな姿を、こんなわたしを誰にも知られたくない。
特にまどかには……。
お腹を撫でる指が止まる。
まどかを見つめた。
こちらを驚いたように覗きこんでいる。
ああ、泣いているせいだろう。
なんとか涙を止めようと試みるも、こみ上げる嬉しい気持ちと、恥ずかしさが邪魔してうまくいかなかった。
これまでの苦労した記憶が蘇ってきて、それも涙腺を緩ませるのだ。
もっとまどかに触れて欲しい。
ほむにゃん「まど……かっ!」
まどかに再び熱を帯びた視線を送りながら、肉球で服の下にあるまどかの指を撫でて動かすように促した。
すると彼女は不思議そうに私を見つめながら聞いてくる。
まどか「嫌じゃなかったの……?」
こく、こく、と頷く。
嫌なはずがない。
まどか「うん、わかった」
耳がピンッと張り詰めたように立ち上がり、尻尾の先も硬くなって……。
わたしはぎゅうっと目を閉じた。
ほむにゃん「っ!」
まどかの人差し指と中指が川底の砂が流れていくように緩やかに何度も同じ場所を撫でてくる。
それは脇腹をくすぐられるように我慢できないほどくすぐったいものではない。
でも直にお腹に触れられるというのはどうしてもくすぐったいものだった。
油断をすると声が漏れそうになる。
まどか「ふふ、やっぱりくすぐったいんだね」
面白そうに指をぐるぐる回転させたり、爪先を立てるように這わせたり、私の反応を観察しているようだった。
いつの間にかもう片方の手が、わたしの頭にあてられていて
よしよしと、子供をあやすように撫でている。
そのせいで気分も落ち着き、涙も止まっていた。
ネコの時の記憶があるから、どんなことをすればまどかが喜んでくれるかは知っている。
そしてどんなことをされるのかも。
わたしはもっと撫でて欲しいと思い、鼻を右腕に押し付け「にゃぁ」と鳴く。
まどか「んーーーー! 大好きだよ!ほむーーーーっ!」
ほっぺをすりすりされて、私はますます嬉しくなった。
顔がだらしなく緩んでしまうのが恥ずかしいけど、それは自然──いつも通りだからいい。
いま本当の私が表に出ていることを悟られたら、舌を噛んで死ぬしかないだろう。
ネコだからできること。
ネコだから得られた幸福。
初めて魔女に感謝をしたいと思った。
そして再びまどかの指が服下に潜り込んでくる。
今度は背中を這わせ、上から下へと撫でる。
ぶるぶると震えながらも、やはり触れられるのが嬉しい。
~まどか~
いつから、ほむらちゃんと入れ替わったんだろう?
ほむを撫でているうちにやはりおかしいことに気が付きました。
いつものほむとは微妙に反応が違うのです。
どこか、表情を作っているというか、何かを躊躇っているというか。
ネコっぽさが足りないことを疑問に感じました。
だからいまほむにゃんはほむらちゃんの意識があるのではないかと。
けれどそのことをなかなか言い出しづらくて……
というか、結局可愛さにやられて、ついついいつも通りに……。
お姉さんだとわかっていても、姿がほむにゃんでは。
そもそも、ほむらちゃん自体がネコのように振舞っている時点で威厳も何もあったものではないのですが……。
わたしはほむらちゃんのことを何も知りません。
魔法使いだってこと。
おうちに帰ってないこと以外何も。
でも、それはきっと大変なことだと思うのです。
わたしよりお姉さんだとしても、家族に会えないのが辛くて……。
わたしだったら寂しくて耐えられないんじゃないかって思います。
だからわたしに甘えてくれるかと思うと、何かとてもあたたかい気持ちになるのでした。
ネコのように可愛いほむらちゃんが、とても愛しく思えるのです。
あまり誰かに頼られたことのない私だから嬉しくなってしまうのです。
つんつんと、ほっぺをつくと、むくっと膨れて返してくるのはいつも通りです。
わたしには気づかれないようにしているのでしょうか?
その気持ちはなんとなくわかります。
このまま黙っていたほうがほむらちゃんにとってはいいのかと思いました。
わたしもその方がほむらちゃんが、気の向くままに甘てくれるのではないかと思ったので、敢えて口にだすのはやめました。
毛布でほむの身体をくるむようにして抱き寄せ、ちょこんと鼻元から上が顔をのぞかせているのを見て笑顔になって……。
まどか「あったかいねー、ほむ!」
ほむにゃん「ほむー」
ほむも、わたしに笑いかけてくれました。
~7話 ほむにゃん、あまえる 完~
~8話 ほむにゃん、雪遊びをする~
3時間を迎えたあたりで、クラスの誰かが窓の外を指さすと雪が降っていることに気づきました。
見滝原に来てから初めての冬、そして初雪を迎えたのです。
後ろの席のさやかちゃんと顔を見合わせて、「降ったねー。積もるかな」と目で会話をします。
積もるといいなぁ……。
~マミさん~
雪だわ……。
授業なんて早く終わればいいのに。
そして早くあの子を探しに行きたい。
こんな日は、もふもふちゃんと二人きり……
二人で雪だるまをつくって、かまくらをつくって、その中であつあつの鍋をつつくの。
あ……でもきっと猫舌だろうから、わたしがふぅふぅして冷まして、食べさしてあげて。
マミ「あはぁ……そんな、いいのよ!お礼なんて。
あっ、でもどうしてもっていうのなら、今夜一晩中私の布団の中で……」
先生「あ~~。巴。立っとれ!」
~杏子~
…………
……
…餅食いてぇ。
ああ……雪見てたら腹減ってきた。
学校の帰りにコンビニでも寄ってくか。
~知久~
ほむにゃん「ほむ?」
知久「どうしたんだい?」
窓辺でほむが外を見上げていたので、ぼくも気になって外を覗いてみた。
ああ……道理で冷えるわけだ。
今朝の天気予報では雪がちらつくかも知れないと言っていたけれど、この空を見る限り積もってもおかしくない。
庭の小松菜とサヤエンドウは大丈夫かな?
詢子さんは車だからいいけれど、まどかは傘を持っていかなかったような気がする。
ああ、でも雨ほど濡れるわけじゃないからいいか。
一応お風呂を沸かしておこう。
それと今夜はなにか温かいものでも……。
知久「ほむ、僕は夕飯の買い出しに行くけれど一緒に行くかい?」
ほむにゃん「ほむ!」
ほむは言葉を理解しているらしい。
半分人間に見えるけど、本当、賢い子だよなぁ……。
まどかの話ではさやかちゃんには意地悪で噛み付いたりするみたいだけど、とても信じられない。
ぼくの前では大人しいんだけど。
出かける支度をして、家の鍵をかける。
85cmと書かれたシールをはがし、その黒い傘をさし、ほむはコートのフードの中に収めた。
たまにこうして二人で出かけることがある。
さすがに目を引く出で立ちをしているので、あんまり自由にはしてあげられないけれど、
家の中で一人にしておくのは可哀想なので。
(1話ではタツヤが出てきていますが、指摘の通り4年前はまだ生まれていないはずなので、なかったことにさせて下さい。
すいません!!!)
雪が降っているせいか、今日はいつも以上に交差点の人通りが少なかった。
ほむにゃん「ほむ、にゃー!ほ、ほ、ほむ、にゃー♪」
二人で赤信号を待っている間ほむはノリノリで歌っている。
多分テレビのCMでやっていた、モチモチだいふくの歌だろう。
家でも、CMが流れるとマスコットのモチモチ君に合わせて踊っている。ほむお気に入りの歌だ。
さり気なくお菓子をねだっている……わけではないと思うけど。
知久「大福買ったら、食べるかい?」
ほむにゃん「にゃー!」
あれ?
いつの間にか隣に人が立っている。
巨体にも関わらず、近づいてきたのにまるで気配を感じなかった。
雪が降っているというのに、傘どころかシャツにジャケットを羽織るのだけ薄着。
ぼくは頭をぽんぽんとたたいてほむにゃんに『静かに』と合図を送る。
別にその人が変わった人だからじゃない。
フードの中から変な声がするというのは、他の人からすれば気持ちのいいものじゃないと思う。
ふぅっと一息つくと、しばらく無言で二人で信号が変わるのを待っていた。
無性にその時間が長いと感じていたら、彼は口を開いた。
男「……頭のなかに何がいるのかは知らんが、オレのことは気にしなくていい」
こちらを見ずに、信号を見ながら言っているようだった。
知久「……お気遣いありがとうございます」
多分僕より少しばかり若いかな。
変わった人だなぁというのが第一印象。
だからそれ以上何も話そうとは思わなかった。
知久「ええ。娘が拾ってきたんですよ」
なんて言っていいのか、少し返答に困りながら答えた。
男「この国はいつの間にこんないきものが徘徊するようになったんだ」
知久「まったくですね……」
苦笑いを浮かべて、信号に目をやる。
それきりにしようと思ったのに、ほむはくんくんと鼻で何かをかぐように頭の上でもぞもぞと動くのだった。
すると、いきなり「にゃー!」と鳴き、男の肩に飛び乗った。
しかし、フードからほむが顔を出して、ドキッとした。
ほむにゃん「ほむ!」
何故かいつもは人前では隠れたままのほむにゃんは、彼に挨拶するかのように現れた。
男「ほう……変わった生き物だな」
さすがに珍しいらしく、ほむを見下ろすように眺めていた。
驚くより先に手が伸びた。
知久「こらっ!」
僕はほむに向かって慌てて手を伸ばしたけどその人の持っている紙袋の中に飛び降りるように潜っていく。
知久「す、すいません!」
しかし男は僕を見ない。
それどころか紙袋の中を覗いて何か嬉しげにつぶやいた。
男「ほう……なかなか見る目があるじゃないか?」
もしかしてほむに向かって言っているのかな?
男「いいだろう。この中身はお前にやる」
わけのわからないことを言うと、ほむが入った紙袋を手渡された。
というか押し付けられた。
男「……」
そのまま男は信号を渡らず歩道橋を越えていき、僕はぼんやりとその後ろ姿を眺めていた。
雪の中彼は姿を消してしまった。
なんだったんだろう?
ほむにゃん「ほむー♪」
知久「こら、ダメじゃないか! 知らない人の持ち物に手を出しちゃ」
正直怒りより、困惑のほうが強かった。
知久「ところで、紙袋の中は何が入ってるんだい?」
ほむが大事そうに抱えている箱を一緒に取り出すと、それは洋菓子店でありそうなケーキの箱のように見えた。
一応開けてみると、中には数人分の円形になったチーズケーキが入っている。
なんとなくそんな気はしていたけど、やっぱり食べ物だったか。
女の子だから、やっぱり甘いものに目がないのかも。
しかしどうして彼はこれを……?
もしかして、変なものが入ってるんじゃないか?
じっとその中身を見つめていると、僕は無性に確かめたくなった。
流石に毒は入ってないだろう。
ほむにゃん「ほむ!!!ほむっ!!!」
……ちょっとだけならいいかな?
よ、よし。
知久「いいよ、食べて」
箱の中に同封されたプラスチックのスプーンで一欠片だけすくってほむに食べさせてみる。
もぐもぐ、と小さい口の中を膨らませ……。
ほむにゃん「ほむ~~」
ほわ~っと、顔を緩ませて……まるでお花畑が頭の上に浮かんでいるようだ。
美味しかったんだ……。
僕も同じようにスプーンで掬ってみた。
どう見ても普通のチーズケーキなんだけどなぁ。
しかし、口の中に入れ、味わおうとした途端……。
知久「……美味しい」
自然と声が漏れた。
多分今まで食べたどんなケーキよりも美味しいと思う。
僕も主夫だから、まどかに食べさせてあげるためにそれなりにお菓子作りも嗜んだりする。
そのために食べ回ったりしたけれど……。
……あの人が作ったのか?
まさかね。 まるでお菓子作りなんて縁のなさそうな人だったし。
信号が変わるのをまた待ちながら、彼が消えた先を見つめていた。
今度あった時は、お礼をするべきか。
あれ……?
ほむがいない。
しかもいつの間にか紙袋ごとケーキも無くなってる!?
~まどか~
まどか「積もったね~」
学校が終わると、さやかちゃんの手を引いて校庭へと出ました。
もう何人かの生徒が雪合戦や雪だるまを作って遊んだりしています。
まだ雪が降っているので、益々積もると思うとワクワクしてきました。
さやか「わたしたちも雪だるま作る?」
まどか「うんっ!」
~マミ~
初めて廊下に立たされるという経験をした。
マミ(11)「案外悪くなかったわ」
雪が積もるように、私の妄想も積もり積もって……
もふもふちゃんの子供たちに囲まれているところまでシュミレーションが完了している。
心なしか友達が授業以降に私を遠ざけているような気がするけど、まあ気のせいよね。
そして学校は終った。
いざぁああああああああああああ。
~杏子~
学校が終わり傘を蹴りながら一人雪道を歩いていた。
雪が頭に積もってくけど、あんまり気にならない。
むしろなんで傘が必要なのかがよくわからない。
ん?
杏子「……匂うな」
食い物の匂い。
しかも極上の。
私はその匂いを頼りに走りだした。
あれ?この展開たしかどこかで……。
しばらく走り続けていると見覚えのあるにゃんこがその身体に不釣合いな紙袋を背負っているのが見えた。
杏子「やっぱりお前だったか!?」
ほむにゃん「きょう……こ?」
ほむにゃん「にゃーーーーーーーー!!!」
杏子「あ、こらっ!!何故逃げるっ!?」
杏子「待てよーーーー」
まさか、食い物を盗られると思ってんのか?
なんてセコいやつなんだ!
思ったより脚が速い。
自分の身体よりずっとでかい荷物を抱えてるにも関わらず速いのはヤツが魔法少女だから。
くそ、無駄に魔力を消費するのは避けたいが……。
あの中身どうしてもおんがんでやりたい。
こうなったら意地でも追いついてやる。
~まどか~
まどか「これでいいかな?」
さやか「おっ、いい感じに土台が出来てるね。じゃあ、乗っけるよ?」
いっせいのう、せっ!
二人で雪塊を持ち上げて、乗っけて……。
まどか「出来た、できたっ!!」
さやか「やったね。さてさて、んじゃせっかくだから手とか作ろうか?」
その時。
学校の柵の上から、黒い影が二つ飛び出して来るのが見えました。
私は何かとても嫌な予感がして、さやかちゃんの手を引きました。
さやか「まどか?」
そして黒い影のうち一つが、つくりたての雪だるまに刺さるように突っ込んできて……
埋もれてしまったのです。
なんとなくそんな気はしてたんだけど、やっぱりほむだったんだ。
まどか「どうしてほむがここに?」
雪だるまのてっぺんで足をバタバタさせていたので、さやかちゃんと二人で引っ張ります。
ほむにゃん「にゃにゃにゃ!!にゃ!!」
雪のせいでくしゃくしゃとなった顔を左右にブルブルと振りながら雪を払うと、怖い目にあったかのように、私に抱きついてくるのでした。
ほむにゃん「まど……か!」
すると、後ろから柵を越えてやってきたもう一人の女の子が、顔を出します。
ランドセルを背負っているところを見ると、彼女も学校帰りだったのでしょうか?
杏子「なんだ、アンタか。おっす。たしか、まどかだっけ?」
するとさやかちゃんが不思議そうな顔をして、私を見るのです。
さやか「まどかの知り合い?」
まどか「うん。杏子ちゃん。」
杏子「おいにゃんこ。紙袋は?」
紙袋?
ああ、ほむが右手にかかえているこれでしょうか?
それを調べて見ると、中には何も入ってませんでした。
杏子「…んっ? あああああああっ!」
わたしたちの作った雪だるまに手をのばすと、そこにはぐしゃぐしゃになったお菓子の箱のようなものが置いてありました。
封を切ってそれを開けると、当然の如くぺしゃんこになったケーキがあったのです。
杏子「なんだよ。滅茶苦茶じゃないか?」
まどか「どうしてこんなものをほむが?」
ほむはそのぐしゃぐしゃになったケーキを見ると、途端飛び出していきました。
ほむにゃん「しゃーーーーーーーーーーっ!!」
がぶっ!!
杏子「いってぇえええええ! 何すんだこの野郎!?」
突然杏子ちゃんのお尻に噛み付きました!
さやか「もしかして、このケーキまどかに食べさせてあげようと思ってここまで持ってきたんじゃない?」
まどか「そ、そうなのかな?」
杏子「こらっ、離れろ!」
右手で引き剥がそうとする杏子ちゃんに対して、ほむはぴくりとも動かないのでした。
さやか「ありゃあ相当キレてるね」
これまで散々ほむに噛まれたさやかちゃんは腕を組んでうんうんと頷いていました。
まどか「いいから早く止めないと!」
しばらくして、ほむをなだめることに成功しました。
ほむはさっき壊してしまったわたしたちの雪だるまを修復しようと、
両手に雪球を抱えてペタペタと穴を塞いでいるのでした。
杏子「いってぇ。酷い目にあったよ」
杏子ちゃんはおしりを抑えながら、片目でほむを睨みつけています。
さやか「アンタがケーキを横取りしようとしたせいじゃないの?」
杏子「なっ!失礼なこというなよ!アタシはただ中身が気になっただけだ!」
杏子「大体、お前はなんなんだよさっきから。妙に突っかかってきやがって」
さやか「わたしはまどかの友達だよ。」
まどか「二人とも仲良くしようよ……」
~マミさん~
たしか……甘エビちゃんもとい鹿目さんの学校は、あそこだったわよね。
あぁ、もふもふちゃん。 早く逢いたい。
やっと校門が見えてきた。
鹿目さんについていけば、きっともふもふちゃんに逢える。
マミ「うふふ……ふふ……ふ?」
マミ「あれっ?」
今更ながら素朴な疑問が浮かんだ。
鹿目さんはまだ学校にいるのかしら?
もう下校してしまっているのでは?
そもそも私はまだ彼女のお友達になったと言えるのかしら?
回転寿司でちょっとお話しただけで……。
いきなり学校まで押しかけて、待ち伏せして……
も……もし、変な子だって思われたらどうしよう。
ここまで来て、立ち止まるなんて……。
やっぱりやめようかな……。
「なんだ、やんのかこらぁ!」
その時聞き覚えのある声が校内から聞こえてきた。
あの声は……佐倉さん?
どうしてこんなところに?
校門からこっそりと覗いてみる。
やっぱり佐倉さんだ。
横にいるのは、見知らぬ女の子……それから鹿目さん。
よかった、まだ学校に……はっ!
あ、あれは……
あの雪だるまを作ってるのは。
マミ「いやぁあああああああああああ、可愛い。かわいい!!
雪遊びしてるわっ!
もふもふちゃんが雪遊びしてる!
いつの間にか冬毛になって耳があったかそう……。
ツンツンしたい、なでなでしたい……ああああああ。
可愛い、もふもふちゃん可愛いいよぉおおおおおおお。」
近所のおっちゃん「おい、お嬢ちゃん。大丈夫かい?」
~まどか~
雪をぶつけあっている二人を遠目で見ていると、校門のところに見知った顔があるのに気づきました。
マミさん? どうしてここに?
私と目が合うと、伏し目がちにこちらにやってきます。
マミ「こ、こんにちは……」
まどか「どうしたんですか?」
マミ「たまたまこちらの方に用事があって……」
そうだったんだ。
ほむと杏子ちゃんといい、マミさんといいすごい偶然だなぁ。
マミ「どうして佐倉さんがここに?」
二人はマミさんの存在には気づかず、お互い血眼になって雪をぶつけあっています。
まどか「杏子ちゃん、ほむを追いかけてきたみたいなんですよ。そしたらここまで」
まどか「ほら、ほむこっちにおいで! マミさんが逢いに来てくれたよ」
マミ「そ、そんないいわよ……」
顔を真赤にして照れている様子が、歳上ながら可愛らしいなぁと思い、ほっこりしてしまうのでした。
あれ? ほむ?
おかしいな。さっきまで雪だるま直してくれてたのに……。
まどか「どこにいっちゃったのかなぁ」
マミ「……」
マミさんは黙りこんでしまいました。
気落ちしているかと思いきや、薄っすらと笑っていて……
何か怖いです。
マミ「そこにいるのよね?」
すると雪だるまの後ろから、ピンと伸びたしっぽが見えました。
隠れていたの?
マミ「魔力が見えるんだもの。どこにいるかなんてすぐわかるのよ」
まどか「そっか、マミさんもほむも魔法少女なんだっけ…」
わたしは魔法少女について詳しくわかっているわけではないのですが、
お互いにどこにいるかがわかるものなんだなぁと感心しました。
でも、どうしてマミさんから隠れてるんだろう。
観念して、ほむが雪だるまの後ろから顔を出しました。
ブルブルと震えていて、マミさんの顔を見上げているのです。
苦手……なのかな?
そういえばこの前回転寿司の時も、マミさんを避けていたかもしれない。
杏子ちゃんには懐いてたけれど……。
マミ「こんにちは、もふもふちゃん?」
マミさんはほむに近寄って、右手を伸ばすと、また雪だるまの後ろに隠れてしまうのでした。
マミ「あら、恥ずかしいの? ふふ。緊張しているのね」
するとマミさんは、ランドセルから新体操で使うような黄色いリボンを取り出して……
それを振りかざして雪だるまごとほむを絡めとるように巻きつけたのです。
ええ!?
ほむを拘束して、満面の笑みを浮かべるマミさん。
ほむにゃん「にゃ~~~!?」
一方全力で暴れるほむは、リボンを解こうと必死です。
ああ……
なんとなくわかってしまいました。
マミ「やっと逢えたね」
マミさんはほむを見つめながらうふふふ、と自分でも気づいていないのか、不気味に微笑んでいます。
怖い……
怖いです。
それを私はどうしていいのかわからないまま震えて見つめていると……。
杏子「あれ、マミさんじゃん! どうしてこんなところに?」
マミ「え……、あ、さ、佐倉さん?」
杏子ちゃんがマミさんのもとへ近寄っていくと、その存在を認めて我に帰ったのか、あたふたとしています。
そして顔を真赤にして「ま、またやってしまったのね」とぼっそりつぶやくのが聞こえました。
なるほど、やはりマミさんはほむのことが可愛いくて仕方ないようです。
ほっ……と、ほむがため息をついているのをみて、私も安心しました。
マミ「こ、こんなところで偶然ね……」
杏子「ああ! せっかく合ったんだし、何か美味しいものでも食べていこうよ?」
マミ「ていよくまた、奢らせようとしているわね? もうお寿司はいかないわよ」
杏子「んなことないって、今日は財布持ってんだ!自分の分ぐらい払うからさ」
二人で楽しそうに会話をしていると、ほむとさやかちゃんがこっちにやって来ました。
さやか「誰、あのお姉さんみたいな人? どっかで合ったこと気もするんだけど」
まどか「杏子ちゃんの知り合いで……多分土手でわんちゃんと遊んでいた時にみたんじゃないかな?」
さやか「あ、思い出した!」
さやかちゃんは合点のいったという顔をして、ほむはマミさんを遠目に見つめながら私の後ろに隠れています。
相当マミさんのことが苦手なようです……。
あの様子では無理もないです。
マミ「えっと、ご飯を食べるのはいいけれど……」
チラリと私の後ろにいるほむを見ていました。
どうやらほむの事が気になっている様子で、なんだかこのまま黙っているのも可哀想な気がしました。
まどか「もしよかったら、わたしたちも……」
ぼそぼそっと躊躇いがちに私が言うと、言い終わる前にマミさんは輝かせて
マミ「ほんと!?」
さやか・杏子「ええっ!?」
歓喜するマミさんに対して、さやかちゃんと杏子ちゃんはなんで!?としかめっ面で私とマミさんをそれぞれ見つめ、
やがてお互いを睨みつけるよに牽制しているのでした。
積もった雪に転ばないよう気をつけながら、見滝原の町を5人?で歩いていました。
ほむは相変わらず私のランドセルにこもりきりで、隣にいるマミさんをしゃーーーー!と威嚇しているようです。
マミさんはというと、杏子ちゃんがいるせいかさっきのように性格が変わることなく、落ち着きを保っているようでした。
でも私と話しているのに、時々ランドセルの隙間から顔を覗かせているほむを、羨ましそうに見つめているのがわかって
少しだけでも触らせてあげたいなぁ……でも、ほむが暴れるからだめかなぁとか、いろいろ考えてしまいます。
そして私とマミさんの後ろを、顔を渋らせながら二人が歩いています。
何故二人は険悪なのか……
その理由がよくわかりませんが、どうしてかうまがあわないのでしょうか。
色々板挟みになって心苦しい状況ですが、
提案した手前、ここで逃げてしまうのは無責任な気がして引けないのでした。
まどか「ごめん、ちょっとパパに電話してきていいかな?」
私はまだ携帯電話を持っていなかったので、駅の近くの公衆電話に駆けつけました。
マミさんの後ろでは、まだ二人が睨み合っています。
受話器をとって財布から10円玉を取り出すと、新しい家の電話番号を入力します。
しかし、家にかけても誰も出ないのでした。
まどか「……あれ?留守かぁ。どうしよう」
私があたふたしていると、急にほむがランドセルから飛び出していくのが見えました。
まどか「あ……」
ほむにゃん「にゃぁ!!」
勢い良く飛び出して、高くジャンプするとその先にいた人の肩へと飛び乗るのでした。
「また、お前か?」
ほむにゃん「ふんふん!」
ほむが頷くと、その人の身体に張り付いて、嗅ぎまわっているようでした。
パパよりよほど背の高く、中途半端に伸びた髪のせいで片目が隠れています。
威圧するでもないのに、私が声をかけるのを躊躇ってしまうぐらい怖そうな人でした。
男「お前1人なのか? 飼い主はどうした?」
ほむにゃん「にゃぁ!」
ほむが私を勢い良く私に向かって手を伸ばします。
その人にぎろ、っと睨まれると竦んでしまって、声が出なくなってしまいました。
男「そうか……若そうに見えて、随分大きな子供がいたもんだな……」
何かよくわからないことを言っていますが、怒っているわけではなさそうです。
まどか「あ、あの……」
まどか「ほむとは知り合いなんですか?」
男「知り合いというほどでもないが……」
男「ケーキは食べたか?」
まどか「ケーキ?」
男「いや、わからないならいい」
そう言うと、ほむを片手でつまむようにして私に差し出し……去っていきました。
不思議な人だったなぁ……。
ケーキがどうとか言ってたけど、何だったんだろう。
そしてマミさんたちのもとへ戻ります。
マミさんはにやけながらほむを見つめているのでした。
結局近所のファミレスに腰を落ち着けると、4人でそれぞれ好きなものを注文することにしました。
さやか「いただきますよー」
わたしの隣でハンバーグを食べているさやかちゃんを、ほむが横目で眺めていると
ニヤッとしながらフォークを差し出します。
さやか「ほれ、あーん!」
さやかちゃんが頼んだハンバーグを、見せつけるとじゅるりとほむがよだれをたらしつつ、
わたしの肩から身を乗り出してフォークに向かって小さな口を開きます。
やった、ついに二人が仲良く慣れるチャンスっ!?
が、すかさずそのフォークを手元に引き寄せて、自分の口に運ぶのでした。
さやか「残念、さやかちゃんのものでしたー」
ほむにゃん「しゃーーーー!」
美味しそうにもぐもぐ口を動かすさやかちゃんを厳しく睨みつけます。
マミ「あの……よければわたしのエビピラフ…」
何か言いたそうにしているマミさんを無視して、ほむは、テーブルの上を斜めに歩いていきます。
マミ「……」
そしてそこには、頼んだチョコレートパフェをすごい勢いで平らげる杏子ちゃんが……。
ほむにゃん「にょうにゃい!」
ちょうだい!とおねだりしているのでしょう。
その姿があんまりにも可愛くて、わたしなら笑顔で差し出し、マミさんなら失心してしまうでしょう。
しかし……。
杏子「あんっ!?」
私でさえ竦んでしまうほど怖い顔で睨まれ、すかさずわたしの元へ帰ってきてブルブルと震えています。
それにも動じず、ガツガツと杏子ちゃんはパフェを平らげていました。
マミ「店員さーん、チョコレートパフェを一つ!」
まどか「ま、マミさん。そこまでしなくても」
マミ「いいの。わたしのおごりよ。二人で食べてちょうだい」
マミさん……こんなにいい人なのに。
私はデザートにマミさんのおごってくれたパフェをほむと二人で半分こしました。
正面には、ほわぁっとした顔でマミさんがわたしたちを眺めていて……。
さやかちゃんと杏子ちゃんは大人気ないだの、お前も似たようなもんだろうが、と
また言い合いを始めているのでした。
お腹も満たされて、ファミレスから出て行き着いた先は近くの空き地でした。
まだ足跡もついていない、白い広場を見て、我先にと走っていったのは杏子ちゃんです。
杏子「すげーー、まだ誰も着てないよ。ふーー気持ちいい」
ドカドカと空き地に踏み入って、足跡をつけていきます。
その後ろに、ほむが続いて、私もそれを追いかけていきます。
振り返って、マミさんとさやかちゃんにも声をかけようとすると……
マミ「もふもふちゃんと雪遊び……もふもふちゃんと雪遊び……」
ぬふふ、と怪しく笑うマミさんに、さやかちゃんが一歩引いて怯えているのでした。
バシッ!
その時、雪球がマミさんの顔面にぶつけられたのです。
わたしたちが驚いていると、
後ろに両手を組んだ杏子ちゃんが笑っています。
杏子「ごめん、マミさん。そっちのヤツにぶつけようとしたんだけどさ」
さやか「なんだと、こらーーー」
さやかちゃんが、両手で雪球を掬って杏子ちゃんを追いかけていきます。
マミさんは、何がなんだかわからずにいるようだったので、
私が「大丈夫ですか?」と声をかけると……。
マミ「……」
雪の上を、ゴロゴロ、ふにふにと寝転ぶほむを、
鼻血とよだれを出しながら嬉しそうに眺めているのでした。
わたしは何も考えず持っていたポケットティッシュを取り出しました。
~8話 まどか、風邪をひく~
あれ、身体が重たい……。
目がさめると、いつもより気だるさが全身にのしかかり、なんだかぼぉっとするのです。
起きようと身体をおこしても頭がぐらぐらして、足元がおぼつきません。
まどか「風邪……かな?」
そっか、昨日あれからずっと雪遊びしてたから……。
誰かがかまくらを作ろうと言いだして、何時間もかけて、
なんとかみんなが収まるぐらいのものを作りあげました。
驚いたのは杏子ちゃんが力持ちだったということ。
さやかちゃんがそれに負けずと雪を抱えようとしても、杏子ちゃんの力には敵いません。
そんな様子をマミさんが遠目で見て微笑んでいたのを何となく覚えています。
結局一番家から近かったさやかちゃんのお家で、お風呂とお菓子をごちそうになって帰りました。
帰ってそのまま疲れて……。
このざまです。
トントン。
部屋をノックする音が聞こえました。
まどか「パパ?」
知久「まどか?そろそろ起きてくれないとご飯が……あれ?」
私が部屋の真ん中で座り込んでいるのを見て、頭に手をあてます。
知久「なるほど。昨日は随分はしゃいだみたいだね?」
パパがニッと笑って立ち上がると、のそのそとほむがやってきます。
ほむにゃん「まど……か?」
知久「今日は学校もお休みだし、ゆっくり寝てるといいよ」
せっかくお休みなのに……。
ほむにゃん「まど、か!」
ふんふん!っと私を励ますように両手を振り上げる姿に、私もパパも笑ってしまいました。
少し元気をもらって、ベッドまで戻り、パパにあとでおかゆを持ってきてもらうように頼んで、ベッドで再び横になります。
まどか「ま、いっか。今日はずっと一緒にいられるね」
身体が動かせないのは残念だけど、わたしは1人きりじゃないことに救われました。
ほむの身体を抱き寄せ、
人差し指でサラサラの耳毛を撫でると、ほむーと脱力するのです。
面白がって撫でていると、次第に眠気に襲われて……。
いつの間にか私は眠ってしまいました。
意識が戻ると、なにやらふんわり温かい心地がしました。
ああ、そういえば自分が風邪で寝ていたんだ……と目をつぶりながら思い出します。
おかゆ食べたっけ?とぼんやり考えていると、不思議な違和感に気がつきました。
お腹の上に腕のようなものがあり、耳元には温かい息がかかります。
それでいて動こうとすると、前の方になにかに遮られているようで……。
まるで、隣に誰かが寝ているような……。
そこまで考えてはっとして、目を開きました。
目と鼻の先には、これでもかというぐらい綺麗な女の子の顔があって……
ほむらちゃん!?
あまりにびっくりして、声になりませんでした。
いつの間に変身していたの?
パパたちには見つかってないの?
おかゆはどこ?
などと慌てながら考えていると、
ほむら「んん……」
と声をあげて、離れようとする私の身体にしがみつくようにして、再び寝息を立てるのです。
すらっとした綺麗な髪が鼻元にかかり、いい匂いがして……。
わたしは逃げることも、声を上げることも出来ず、焦ることしかできないのでした。
布団がかかっていない部分から、ほむらちゃんの白い素肌が露わになっていて、
この状況がなんだかとても不謹慎であるような気がして、
私はどうしよう、どうしようと、目を閉じながら考えていました。
どうして、ほむらちゃんは急にほむらちゃんになっちゃったの?
こんなの絶対おかしいよ。パパやママに見つかったら、どう説明すればいいの?
すらっとした綺麗な髪が鼻元にかかり、いい匂いがして……。
わたしは逃げることも、声を上げることも出来ず、焦ることしかできないのでした。
布団がかかっていない部分から、ほむらちゃんの白い素肌が露わになっていて、
この状況がなんだかとても不謹慎であるような気がして、
私はどうしよう、どうしようと、目を閉じながら考えていました。
どうして、ほむらちゃんは急にほむらちゃんになっちゃったの?
こんなの絶対おかしいよ。パパやママに見つかったら、どう説明すればいいの?
起きて、早く起きてよ、ほむらちゃん。
そもそも私なんで、起こさないんだろう?
それはきっと……
このまま目を冷まして、ほむらちゃんと顔を合わせるのが何となく気まずいからで。
それに、気持よさそうに寝ているほむらちゃんを起こすのが何かためらわれて……。
ああ……どうしよう。
早く起こしてあげないと……
パパたち見つかったら絶対ほむらちゃんが変な子だって思われちゃうよ。
トントン!
その時、部屋をノックする音が聞こえ、心臓が跳ね上がりそうになりました。
知久「まどか? おかゆはもう食べたかい?」
まどか「えええええ、っとた、食べたよ。あ、あとで持っていくから……」
知久「いいよ。持ってってあげるから寝てな」
部屋の戸がガラリと開く音が聞こえると、まずい!と思いました。
わたしは咄嗟に布団をベッド全体に広がるようにかけて、ほむらちゃんを隠しました。
パパが入って、ベッドのそばまで寄ってくると不思議そうな顔をしています。
なんだろう?と冷や汗をかいていると
知久「全然手をつけてないじゃないか?」
と、私を見てきたので
まどか「そ、そうだっけ? おっかしいなぁ……」
そう言ってとぼけるとパパはおかしそうに笑っていました。
知久「きっと夢の中で美味しいものを食べてきたんだね」
あ……。
なんだか嘘を付いたみたいで、胸が苦しくなりました。
知久「じゃあ、もう冷めちゃっただろうから、これは持って行くよ」
まどか「う、うん……ありがとう、パパ」
そして、部屋から出て行きました。
いつもにも増して、優しいパパに秘密を持ってしまったことが後ろめたくて、
でもバレなくてよかったという安心感に、ほっと一息つきました。
まどか「ひゃっ!」
脇腹に指が押し当てられ、思わず変な声を出してしまいました。
ほむら「ご、ごめんなさい」
まどか「ほむらちゃん?」
布団の上の方だけあげると、泣きそうになっているほむらちゃんの顔がそこにありました。
ほむら「わたし、さっきまで本当に寝ていて……多分あなたに何か迷惑を」
まどか「だ、大丈夫だよ。いいから服を、このままじゃほむらちゃんまで風邪引いちゃうよ」
ほむら「ごめんなさい」
また謝って、私はおぼつかない足取りでタンスから私服を取り出して、
ベッドにいるほむらちゃんにこれでいいかな?と手渡しました。
ほむら「え、ええ……でも……やっぱりあなたのし……し……までは」
ぼそぼそとほむらちゃんが何かを言っているのですが聞き取れませんでした。
まどか「何?」
ほむら「いえ……なんでも……」
ほむら「着替えたから、もう大丈夫よ」
自分の服を着ているほむらちゃんがなんだか恥ずかしそうに私を見ていました。
まどか「えへへ、似合ってるよ」
ほむら「そんなことは……」
まどか「せっかくだから、お出かけして来る?そとはまだ雪が積もってるかもしれないけれど」
ほむら「え、でも……それだとあなたが」
まどか「うんう、平気。それに、もしさっきみたいにパパたちが来ちゃったら今度は隠し切れないかも
一緒にいて、ほむらちゃんまで風邪引いちゃったら大変だし」
ほむら「……そう。」
ほむら「じゃあ、せめて何か美味しいものでも買ってくるから」
まどか「うぇひひ、待ってるね」
て、え……窓から?
まどか「ほむらちゃんっ!?」
何事もなかったかのように、飛び出していくほむらちゃんを見て、
私は思わず布団を蹴飛ばし、その行く末を見届けようとしたのですがそこにはもうほむらちゃんの姿はありませんでした。
大丈夫なの……かな?
ゆっくり窓を閉め……
すると、ほむらちゃんの寝顔がまた脳裏によぎりました。
ぐっすりと眠る綺麗な横顔……。
思わずベッドに倒れこみ、頭から布団をかぶりました。
胸を押さえるとまだ心臓がドキドキしているのがわかります。
心なしか、まだほむらちゃんの髪の匂いが残っているような気がして……。
そうすると、抱きしめられたときの感触が蘇ってきて、また顔が熱くなってしまうのでした。
まどか「……どうしちゃったんだろ」
~ほむら~
玄関から出るのはまどかの家族見見つかってしまう危険があったので、
窓から誰もいないのを見計らって外へと飛び出した。
後ろから、私を呼ぶ声が聞こえたが、魔法少女だということを事前に明かしているので、問題はないだろう。
本当はまどかのそばで看病したいが、それが仇になってまどかを困らせては元も子もない。
美味しいものを買ってくると言ったはいいが、お金なんて持っていただろうか?
盾の中には武器をしまっているが、金銭などを入れた記憶などない。
…………
……
また見られた。
ガクっと首を落とす。
これで何度目だろう?
この姿でまどかのそばにいる限り、いずれまたこんな失態を犯すことになるのかと思うと、気が重くなる。
わたしは何かまどかに変なことをしなかっただろうか?
寝言でおかしなことを呟いていなかったか……。
それが気がかりだ
ほむら「……そういえば」
私はネコの姿のままで、自我を保つことが出来たときのことを思い出した。
あの時は真夜中に、ネコ姿のまま目が覚めて、まどかに……
あろうことか小学生のまどか相手に、ネコであることをいいことに甘えようとしたのだ。
ありえない。
ため息をつくよりも、自分の情けなさに愕然とし、そばにある電柱に右手をそっと置いて肩を落とした。
耳をピクピクさせたり、熱を帯びた視線を送ったり、撫でてもらおうとまどかの指を掴んだり……
挙句の果てには顔に鼻をを押し付けて……にゃぁと鳴いてみせたり……
ああああああああああああああああああ……
ありえない、ありえない、ありえないっ!!
なんてことをしたんだ、わたし……。
あの時の自分がどうしてあんなことをしたのか問いただしたかった。
何故、どうして!?
たしかに、まどかに撫でられるのは嫌いじゃない。
むしろ歓迎するところ……かも……。
でも、それはそれ、これはこれで……冷静になって考えてみるとなんて情けない話だろうか?
4歳も年下の女の子に、もふもふされて喜んでいるなんて……。
ああ……そうだ。
自我を保っていたとはいえ、やはりネコはネコ。
自然と甘えることを本能的に欲していたに違いない。
まどかの気を引くために、耳をピクピクさせたのも、熱を帯びた視線を送ったのも、にゃぁ~と鳴いてみせたのも
全部ネコの意識がやらせたのだろう。
ああ、そう。あれは私じゃない。
私じゃない
なんて恐ろしい呪いだっ!!
よし。
合点がいったところで、深刻な問題をまだ抱えていることに気づいた。
自分が無一文であることを思い出したのだ。
まどかのお見舞い用に桃でも買って行ってあげようと思うけど、
缶詰1つ買うお金さえ持ち合わせていない。
どうしよう……。
すると前の方から見知った顔が姿を見せた。
ほむら「美樹さやか……」
この姿で逢うのは、初めてだった気がする。
思わず舌打ちをしてしまう。
いつもネコの姿では彼女のことを敵視しているが、あれは本能的にさやかのことを毛嫌いしているということか?
などと考えていると、何やら怪訝そうに私を見つめていることに気がついた。
さやか「じーーーっ」
まさか私があの小さなネコだということに気づいているのではなかろうか……
いや、それはないだろう。
あの時は魔法少女姿の服を着ているし、ネコミミもしっぽも今の私にはない。
……
あれ?
裏を返せば、それはネコミミとしっぽと体格以外、全てネコの時のままということにならないか?
まどかだって、私が正体を明かす前に、私がほむにゃんだと言い当てた。
美樹さやかがいくらバカとはいえ、顔が変わらなければ流石にわかってしまうということか……。
く……。
さやか「じ~~~っ」
ほむら「……」
さやか「アンタ、アタシとどこかで会ったことない?」
ほむら「さぁ、私には覚えがないけど?」
髪をさっと払って踵を返すと、わざわざ私の前に立ちふさがって指を向ける。
さやか「そのムカつく態度と顔には身に覚えがあるんですけど!」
ほむら「あなたにはあっても、私にはないから安心して。お得意の勘違いだから」
さやか「ほら、なんかアタシのこと知ってる口ぶりだし! 絶対、あんたアタシのこと知ってるでしょっ!」
ほむら「知らないって言ってるでしょ。いいからどきなさい」
さやか「いいや、絶対どかないし。つか、アンタの着てるその服って、まどかのじゃん!」
ほむら「!?」
さやか「てことはやっぱりアンタはあのにゃんこ!」
ほむら「そ、そんなわけないでしょう?」
さやか「じゃなきゃ、部屋に押し入って、まどかの服をこっそり盗んだ変態かっ!」
ほむら「失礼ね!これはまどかから借りたんだからっ!」
さやか「やっぱりまどかのこと知ってんじゃん!」
ほむら「……し、知ってるけど、だからって私がまどかの飼ってるネコということにはならないでしょ」
さやか「いいよ。じゃあ、これからまどかの家に行ってアンタのこと聞いてくるから」
美樹さやかのクセに……。
さやか「アンタ、ただのにゃんこじゃなかったの?」
ほむら「私はれっきとした人……ではないけど、ネコではないことは確かよ」
さやか「はぁ? なにそれ。言ってる意味がわからないんですけど」
ほむら「別に理解しなくてもいい。あなただって別に私に興味があるわけではないでしょ?」
さやか「そりゃアンタに興味はないけど……いや、むしろ気になるけどさ、
とにかくアンタみたいな変な奴がまどかの周りにいるってのは、親友としてほっとけないつうか……」
ほむら「親友?」
その言葉を盾にとる美樹さやかに、私も引くことを忘れた。
なんだそれは……。
ほむら「まどかと出会って1年と経たないあなたが、親友という言葉を語るなんて、片腹痛いわね」
さやか「じゃあなにっ。アンタはまどかとアタシより長い時間を過ごして来たって言うの?」
ほむら「少なくとも今のあなたよりはまどかのことを知っているつもりよ」
さやか「そりゃあネコになれるんだから、さぞかしまどかのことも知ってるだろうさっ!
でも、それって、あんたはまどかの優しさにつけこんで、そばに置いてもらってただけじゃないの?」
ほむら「だとしたらなんだと言うの?
あの子が誰に優しくしようと、あなたには関係のないことでしょ」
さやか「この、言わせておけばっ!?」
そこまで言うと、さやかはこちらをめがけて走ってくる。
我慢強くないのはやはり昔から変わらないようだ。
いい機会だ。
少し痛い目をみさせてやろう。
私の胸ぐらをとろうとするのがわかる。
もちろん思い通りにさせるつもりは毛頭ない。
その右手を掴んで、逆に投げ返してやろうと構えると……。
ガシッ。
ほむら「!?」
さやか「え……」
私を掴もうとしたその手は、私ではないもう一人によってがっしり握られていた。
いつの間にそこにいたのか……。
驚くべきことにまるで気配を感じなかった。
さやか「なんで止めるのっ!?」
「喧嘩するのは構わん。手を出そうが出すまいが、男同士だろが女同士だろうが、
勝手に殴りあって、お互い痛い目を見りゃいい」
「だが、その子を相手にするのはやめておいた方が良さそうだぞ、さやか」
無造作に伸びた髪が片目を隠し、代わりに隠しきれないほどの威圧感を放っていた。
まるで気配を感じさせなかったくせに、大柄な巨体には見覚えがある。
いつぞやのケーキの男。
初めて出会ったのは、まどかのお父さんと一緒にいた時。
二度目はまどかと一緒にいた時。
二回ともこの姿ではなくネコでいる時に出会った。
男「身内がみすみすやられるのを見過ごすのもなんだが……」
男「何より、お前の親父が『さやかが怪我をした』と泣きながら電話をかけてくるのが鬱陶しい」
さやか「なんで、アタシがボロ負けすることになってんの!」
私は暴れる美樹さやかの手を掴む男を見上げた。
口ぶりからするとさやかの知り合いのようだが……
さやかとは違い、油断のならない……そんな相手だと思った。
男「お前たちが何を話していたか、詳しく聞いてはいなかったが……
しかし姪が何か悪いことをしたなら代わりに俺が謝ろう」
姪?
つまり、さやかの親戚ということか?
……全然似てない。
ほむら「こちらこそ。つまらない喧嘩を売ったのは、私のほうだし……」
男「さやかと同い年ぐらいに見えるが、えらくしっかりしたお嬢さんだな。見習って欲しいものだ」
さやか「なんですとーーー」
男「それより、お嬢ちゃん。最近どこかでオレと会わなかったか?」
やはり気づいたか……。
さやかに気づかれて、この男に気づかれないはずがないか。
ほむら「さぁ? 身に覚えがないけれど」
男「……そうだな。きっと俺の勘違いだろう」
男は我関せずという態度で、私から視線を外し、そのままさやかの手を引いて。
さやか「いい加減放してよ」
長いこと右手を掴まれていたさやかが、再び暴れだした。
男「いや、そういう訳にはいかんな。手が足りないからちょうどお前の家に迎えに行こうとしていたところだ」
さやか「えっ……」
男「お前の親父には話をつけてある。いいから来い!」
さやか「嘘でしょーーー、せっかくの休みが。これからまどかの家に遊びに行こうと思ってたところなのに」
ほむら「生憎だけど、まどかなら風邪で寝込んでるわよ」
さやか「ええ、そうなの? じゃあお見舞いに行かないと」
男「体良く逃げようとするな」
結局美樹さやかは、親戚であるという男に連行されていく。
傍目には誘拐にあっているように映るのではないだろうか?
さやか「って、なんでアンタまでついて来んの?」
ほむら「別に構わないでしょ」
美樹さやかのことはどうでもいい。
が、この男には用事がある。
あのケーキをどこで手に入れたかを教えて欲しい。
男「……何か?」
ほむら「別に。こっちに用事があるだけ」
男「オレにはただ跡を追って来てるようにしか見えんのだが。
暇ならこいつと一緒に店の手伝いをしてくれないか?」
ほむら「店?」
男「店と言っても、まだ開業しているわけじゃないんだが……いろいろ準備があるんでな」
もしかして……あのケーキは?
ほむら「短い時間でいいのなら。 少し、気になることもあるし」
いつまた変身してしまうかわからない。
あまり長いこと、この人のそばにいないほうがいいかもしれない。
しかし、あのケーキが手に入るかもしれないというのであれば、話は別だ。
この前は佐倉杏子の邪魔が入ったせいで、せっかくのケーキが台無しになってしまったが
今度こそあの味をまどかに食べさせてあげたい。
バスで風見野へ向かうと、住宅街に出た。
その中の一角に、カフェのようなお店があり、さやかと男はそこへ入っていった。
まだオープンしていないと言っていたが、見た目は新しかった。
ほむら「喫茶店?」
男「いや、菓子屋だよ。表で客商売するだけだ」
やはり、ケーキを販売する店なのか。
さやか「随分片付いたじゃん」
男「表はな。だが厨房がごちゃごちゃしてたり、倉庫が片付いてない」
店は一般住宅を改装したものらしく、その中は普通の一軒家と相違なかった。
さやか「叔母さんは?」
男「奥にいるはずだ。倉庫で片付けでもしているだろう」
さやか「じゃあ、挨拶してくるよ。アンタも来る?」
ほむら「おばさん……え、もしかして奥さんが?」
男「何か?」
男はギロっとこちらを睨んで来る。
ほむら「いえ……」
気圧されて、なんとなくこの場に留まりづらかったので、
仕方なくさやかと二人で家の奥へと向かうことにした。
ほむら「どんな相手なのかしら」
さやか「多分びっくりするよ」
あの男の嫁なのだからとんでもない人には違いない。
普通の女性であれば、裸足で逃げ出すぐらいの威圧感を垂れ流しているのだから……。
よほど屈強な精神、あるいは無神経でなければ相手はつとまるはずがない。
2階への階段を通り過ぎようとした時だった。
ほむら「え……」
私の目の前に、何か白い布のようなものが突然降り注いだかと思うと、
今度は背中に何者かの手が添えられた。
「思ったとおり、よく似合ってるわ」
継いで女性の声が耳元から聞こえた。
「初めまして、さやかちゃんのお友達かしら?」
その方向を向くと、まだ若い……綺麗な長髪の女性が私に微笑んでいた。
ほむら「え……え?」
あどけない顔立ちはまだ10代にも見えるし、
柔らかい物腰からはまどかのお母さんと同じぐらい
人生の経験を積んだ風格を感じ取ることもできる。
私は何が起きたのかわからずいると、さやかが口を開いた。
さやか「やっぱり驚くよね。この人が叔母さんだよ」
ほむら「え……」
女性「いきなりごめんなさいね。2階からあなたたちの姿が見えたの。
そしたらさやかちゃんが、あんまり可愛いお友達を連れてたから、
慌てて引き出しから引っ張りだしたんだけど……」
女性が携えているドレスのような衣装が目につく。
それは、ウェイトレスが着るような、フリルのついた制服だった。
ほむら「この店の?」
女性「うーん。半分は趣味で作ったものだけど……」
ほむら「お手製ですか?」
女性「もっと沢山あるから、よかったら見てってね」
さやか「それはそうと、わたしたちお店を手伝いに来たんだけど」
女性「あらっ、助かるわ。じゃあ、まずは2階に上がってもらっていいかしら」
…………
……
ほむら「ねえ、ちょっといい?」
さやか「ん。なにさ」
ほむら「わたしたち、裏の雑用をしに来たんじゃないの?」
さやか「まあね」
ほむら「なのにどうして、こんな格好になっているのよ!?」
さやかの叔母さんに2階にあがってもらうように指示され、
当然のように「じゃあ、二人ともこれに着替えて」と言われた。
さやか「まあいいんじゃない、似合ってるし」
冗談じゃない。私はもともとケーキをもらいに来ただけだ。
なのにいつの間にか店の手伝いをする流れになって、挙句の果てにこの格好。
叔母さん「着替えたみたいね」
ほむら「店の中で作業するのに、なんでこんな格好しなくちゃいけないんですか?」
叔母さん「何故って……その方が可愛いからだけど」
叔母さん「かわいい女の子には、可愛い格好させたいじゃない?
あなたの回りにも可愛い女の子がいるでしょう?
その子が、フリフリの服着てたら嬉しくならない」
可愛い子……まどか?
まどかがフリフリ……。
ほむら「いいっ……」
さやか「なんか遠い目してるんですけど?」
~まどか~
ベッドの中で一日過ごすことになってしまいました。
頭に浮かぶのは、あの綺麗な寝顔のことばかりです。
ほむらちゃんが出かけてから、
もうだいぶ時間が経ったというのにまだ忘れられません。
風邪のせいか、頭がぼぉっとして……。
でも、その時のことを思い出すとまた恥ずかしくなって、
顔のあたりが熱くなってしまうのでした。
まどか「うう……」
まだ帰って来ないのかなぁ、などと、気になって仕方ありません。
私がお出かけを薦めたの……。
もしかしたら、ほむらちゃんはもう猫に戻ってしまっているかも知れません。
それならそれで構わないはずなのです。
どちらにしよ、ほむらちゃんには変わりがないのですから。
だけど、私は……
それが何か勿体無いような、惜しいような気がしていました。
自分でほむらちゃんを追い出したくせに、まだ帰って来ないのかなぁとか
今、何時だろう? 外でほむらちゃんが何をしているのかな……
と考えてしまうのです。
もし、私の風邪が今すぐ治れば……。
でもたとえ治ったところで
どこで何をしているか知れないほむらちゃんを探し出すことなど出来ないでしょう。
見つけ出したところで、私なんかの相手をしてくれるかわかりません。
それに、わたしは何も知らないのです。
本当は私よりもお姉さんだというあの女の子のこと。
もともとどこに住んでいて、どうしてこんな場所にいるのか……。
魔法使いになった理由も、どうして猫の姿になってしまったのかも。
どうして、わたしなんかのところへやって来たのかも。
ほむらちゃんにとって、"わたし"はなんなんだろう?
その時、またほむらちゃんの寝顔が頭に浮かびました。
まどか「っ!?」
スラリと伸びる黒髪に、雪のような白い肌。
寝息が私の鼻先にかかり、
ほむらちゃんは温もりを求めるように私の身体を細い腕でしがみついてくるのでした。
どうしていいかわからない私は、逃げることも出来ず……。
ただ無垢な寝顔に吸い込まれていくしかありません。
途端胸が苦しくなってきました。
熱がどんどん上がっていくような気がして……。
ずっと朝からこんな調子なものだから、
明日からまた学校に行けるのか心配になってしまうのでした。
~ほむら~
男「だいぶ片付いたな」
さやか「やった……これで遊びに行けるよ」
男「まだ終ったとは言ってないだろう?」
私とさやかは倉庫からキッチンへと調理器具を運ぶ手伝いをしていた。
当然私はケーキ屋に務めたことがない。
だが決してその仕事はケーキのような甘いものではなく、体力の要るものなのだと思った。
調理器具だけならまだしも、食材が山積みにされておりそれを運び出すだけでも汗が滲んでくる。
男「おい、お嬢」
ほむら「何か?」
男「さっきから時間を気にしているようだが、何か用事があるのか?」
ほむら「……別に」
…よく見ているわね。
私はいつ"ネコの姿"に戻ってしまうか、気になっていた。
この男の前で変身してしまうのだけはまずい気がしたのである。
さやかの叔父ということはわかったが、どこか油断ならない匂いがする。
本来なら滅多なことに口を挟まない私だが
しかし、何故かいっこうに元の姿に戻る"気がしない"のだ。
今まで何度か変身を繰り返して来たおかげで戻るときの予兆を
体感的に予測することができるようになっていた。
巴マミの家で彼女に追い回されたときは、
逃げまわっているうちに、その気配を察知できた。
あの時はおよそ2,3時間程度だったか。
初めて人の姿に戻ったときはものの数分だったのに、
今はその数十倍もの時間、この姿が維持できるようになった。
もしかしたら……。
呪いが解ける日も近いのかもしれない。
さやか「ところで、アンタいつまでまどかの家に居座るつもりなの?」
ほむら「……心配しなくても、そう長い間いるわけじゃないから」
呪いが解ければ、まどかの家を出て行くつもりだ。
さすがに、この姿で居候は出来ない……。
でもそうなったら、わたしはどこへ行けばいいのか?
どこにも行くあてなどない。
この世界に私を受け入れてくれるところなどない。
いや、一つだけ心当たりがないわけではないが……。
巴マミ……
いや、ない。なかった。
準備が終わると、
男は冷蔵庫の中から何かケーキの生地のようなものを取り出した。
さやか「ケーキ焼いてくれるの?」
男「ああ。朝のうちに準備しておいたものだが、まあ食べていけ」
ほむら「待って……お願いがあるのだけど」
まどか~
まどか「ん……」
いつの間にか眠ってしまっていたみたいです。
冷たい風が部屋の中に流れて来るのを感じ、私はうっすらと意識を取り戻しました。
「あら、起こしてしまった?」
ふわりとカーテンが揺れると、軽い足取りでこちらに向かって歩みを進めてくるのです。
まどか「ほ、ほむらちゃん!?」
ほむら「おはよう。まだ具合が優れないみたいね」
少し鼻声になっているせいでしょうか?
ほむら「そのままでいいわよ。楽にしてて」
まどか「う、うん……」
何か袋を抱えて、ベッドの前までやって来ました。
ほむら「隣に座ってもいい?」
まどか「……うん。その袋は?」
そして、ほむらちゃんは私の枕元にやってきてベッドに腰をかけました。
ほむら「お土産よ」
毛布の隙間から覗くように、ほむらちゃんの横顔を眺めます。
やっぱり綺麗だなぁ……
ほむらちゃんは私の視線に気づいていないようでした。
そばにある台に袋から取り出した箱を置くと、その中から丸いチーズケーキが出てきました。
ほむら「焼きたてだから、多分美味しいと思う」
まどか「え、もしかしてほむらちゃんが作ったの?」
すると優しく微笑んで、首を横に振ります。
ほむら「隣町のケーキ屋で貰ったものだから」
まどか「貰った?」
ほむら「ええ。 色々あってね……」
もしかして、私の為に?
聞いてみたい。ほむらちゃんのこと。
まどか「……あ、あのっ!」
ほむら「何?」
まどか「あ、ええ、えっと……ほむらちゃんはっ……」
ほむら「……?」
まどか「わたしの……」
途端、顔が熱くなって……。
ほむら「大丈夫?」
まどか「え!?」
そっと顔を近づけてくるほむらちゃん。
その右手が、私のおでこに触れると絶句してしまうのでした。
ほむら「寝てれば、きっとすぐよくなるから……ね」
まどか「……」
右手が離れていきました。
まどか「うん……」
ほむら「……ねえまどか? 」
ほむら「わたし、この家を出ようと思うの……」
え……?
ほむら「いつまでもあなたの厄介になるわけにもいけないし、
それにもしこの姿で、ご両親に見つかったらきっと迷惑がかかるはずだもの」
まどか「……」
ほむら「何も今すぐ出ようってわけじゃない」
ほむら「きっとまたネコの姿にもどってしまうから、
そうしたら、私はあなたの元に行くはず……」
ほむら「でも、もうしばらくしたら……」
ほむら「この呪いも解けるはずだから」
呪い……が。
そうか、ほむらちゃんはだから私のそばにいるんだっけ。
未来から来たというほむらちゃん。
その呪いが解けたら……
未来に帰っちゃうの?
胸の奥が潰れそうになりました。
まるで1人で置いてけぼりにされて、取り残されてしまったようで……。
ほむら「まどか?」
ほむら「泣いているの?」
堪らず私は嗚咽を漏らしてしまったのです。
ほむら「やっぱり昔から優しい子だったのね、まどかは」
布団に顔を埋める私の頭を、ほむらちゃんは撫でてくれました。
優しくなでられるのはとても嬉しいはずなのに、
どうしてか余計に涙が止まらなくなってしまって……。
ほむら「わたしもね、楽しかったんだよ。まどか」
ほむら「未来ではずっとあなたのそばにいたけれど、こんな風に過ごすことはなくて……」
ほむら「たとえどんな姿になってしまっても、まどかの側にこんな長くいられて……」
ほむら「それだけで、わたしは幸せだったの」
幸せだった、というほむらちゃんの口調はどこまでも穏やかで。
なのに私とほむらちゃんと過ごす日々がいつか壊れていくという意味であるということが
頭の悪い私にさえわかってしまって……
ほむら「そんなに、泣かないで。何も今すぐ家を出ていくわけじゃないのだから」
ほむら「もしかしたら今まで以上に、手のかかることをするかもしれないけど、その時は許してちょうだい」
ネコになればほむらちゃんは、思い通りに身体を動かすことができないのです。
けれど、いつも一緒にいたはずのほむにゃんのことよりも、
たった数回しかお話したことのない、
目の前の女の子のことが気になって仕方ないのです。
未来から来たはずの女の子。
いつか、きっとまた出会える可能性があるはずで……。
でもそれがいつか、私にはわからなくて……。
そもそもこの先私と出会うほむらちゃんは、私のことを覚えててくれるかわからなくて。
こんな素敵な女の子が、私なんかのことを気にかけてくれる保証はどこにもないのです。
今のほむらちゃんが消えてしまえば、二度と遭うことが叶わない気がしてなりませんでした。
ほむら「でもね、まどか。私はやっぱりあなたのお友達でいたいから」
ほむら「あなたに守られているばかりの私では、辛いから……」
ほむら「ごめんね……」
温かい言葉。
でも、私はそれを穏やかに受け止めることはできませんでした。
お友達でいたいというほむらちゃんの想い。
嬉しいはずなのに、何か胸に閊(つか)えるようで……。
ただでさえ別れを予告され、
ほむらちゃんと離れ離れになる日が来ると思うだけで悲しいのに……。
あれ……また頭が……
ほむら「まどかっ!?」
意識が遠くなって……ほむらちゃんが、
わたしの名前を呼ぶ声だけが
頭のなかで何回も響くのでした。
もし、このまま風邪が治らなければ、
ほむらちゃんはわたしの側にいてくれるのでしょうか?
だけどきっと、そんな弱虫なわたしに幻滅して……。
いなくなって……。
~2時間前 ほむら~
私たちはケーキ屋の厨房で、3人で話をしていた。
男「行くあてがない? そんなはずがないだろう?」
ほむら「ないものはないのだから、仕方ないでしょう」
さやか「実家は?」
ほむら「両親ともにこの世にいないわ。親戚もたらい回しにされてきたけど……」
男「……ほう」
もちろん嘘だ。実家もあるが、
今わたしの実家には、本当のわたしがいるはず。
だから、帰れる場所なんて何処にもない。
ほむら「人手が足りないのでしょう? 従業員もいないようだし」
男「……」
男はじろりと、私のことを睨みつけてくる。
その視線に重圧が感じられ……何かこう……自分に似ていると思った。
男「……お嬢、名前は?」
ほむら「暁美ほむら」
男「えらく変わった名だな」
ほむら「よく言われるわ」
男「ふん。 随分と威勢がいいみたいだな。 まあ、嫌いではないが……」
男「おい、聞いてるんだろう?」
するとどこからともなく、さやかの叔母という例の女性の声が聞こえてきた。
女「もちろん」
すると、次の瞬間には私の肩を掴まれていた!
ほむら「はっ!?」
思わずその手を振り払って、くるりと前転し、ソウルジェムに手をあて身構える。
私の一連の行動をみた、美樹さやかはあっけに取られている。
さやか「アンタ、いったい?」
美樹さやかが驚くのも無理はないが、
私はその比にならないほど驚きを隠せなかった。
まるで気配を感じなかった。
この人たちはいったい?
女「あらら、ごめんなさい。二人ともびっくりさせてしまったみたいで」
男「構わんさ」
男「おい、お嬢。何の理由があってここまで来たかは聞かない。
どうせ答える気がないんだろう」
男「だが、その驚きようからすると、オレたちが何なのかは知らないみたいだな」
男「こんな得体の知れないものと同居する理由が、お前にはあるのか?」
ほむら「……」
ケーキ屋の手伝いをしていたせいで、すっかり忘れていたが
男がただものではないということはわかっていた。
美樹さやかの叔父であることが判明しただけで、
油断していたのは私のミスだ。
しかし、この女性は何者か?
ただの人間にここまでヒヤリとさせられることがあるとは夢にも思わなかった。
けれど私は……。
私はまどかのもとを去らなければいけない……。
ほむら「ええ。厄介になれないかしら?」
女「わたしは歓迎よ」
すると、女性は男に微笑みかける。
男「……」
面倒なことになったという顔で天井を仰いぎ、男はため息をついた。
男「ここに帰ってくれば、少しは普通の生活に戻れると思ってたんだがな……」
~ほむら まどHOME~
まどかの髪を撫でながら、
私の選択は正しかったのかと考えていた。
そもそも、なぜ私はあの男に手を借りようとしたのか?
危険な香りがしていたはずだ。
その直感を無視してまで、あの家を選んだ理由がわからない。
家に住まわせてもらえれば、なんでも良かったのか?
あるいは、まどかに世話になることが申し訳なかったのか……
『あんたはまどかの優しさにつけこんで、そばに置いてもらってただけじゃないの?』
わかっている。
まどかがどれだけ優しいか……そんなこと私が一番わかっている。
だけど、まさか泣かれるとは思ってもみなかった。
まどかを泣かせてしまったことを申し訳なく思ったけれど、
それだけわたしのことを身近に感じてくれていたことが、嬉しくもあった。
ほむら「呪い……か」
思えば、呪いのせいで何か困ったことがあっただろうか?
せいぜい巴マミが鬱陶しく付きまとってくるぐらいのもので……。
ここぞというときにはまどかを守ることが出来た。
一番初めは、確か林間学校に行った時。
まどかが魔女の結界に入っていく瞬間に、人の姿に戻れたし……。
巴マミに追い詰められた時でさえ、人の姿に戻ることが……。
もしかしたら……
この変身はコントロール出来たのかしら?
何か私の意志と関係しているようにも思える……。
いや、そんなはずは……。
私だってネコの姿になんてなりたいと思っていなかった。
はずだが……。
果たしてそう言い切れるか?
だって、ネコの姿になれば私はいつでもまどかの側にいることが出来る。
あの姿で、不覚にもまどかに甘えてしまった夜のことを思い出すと、
顔が真っ赤になるが……。
まどか「うーん……むにゃむにゃ」
もしかして、私はずっと……この子に甘えたかっただけなの?
こんなあどけない顔をした、まどかに……?
だけど……
まどかが私に笑いかけてくれる度に、どれだけ嬉しかったことか。
『おいで、ほむっ!』
たとえ人の姿をしてなくても、まどかと過ごした思い出は私の中にあって……
ほむら「まどかっ……」
いつもより遥かにグリーフシードの消費量が少ないことに疑問を感じていた。
てっきり、ネコの姿をしているせいで身体の維持にかかる魔力の量が軽減されていると思っていたが……。
ソウルジェムの淀みは精神の摩耗にも深く影響している。
おそらく、通常の消費量であれば、とうにわたしは……。
私は、心からまどかの温もりを欲した。
その瞬間……意識が遠くなって……。
ただ全身に優しい温かさが包まれていくような気がした。
~ まどか~
目を覚ますと、私の隣にほむらちゃんはいませんでした。
その代わりぐっすりと寝息をたてるほむがいるのです。
『私はやっぱりあなたのお友達でいたいから』
思い出すと、また悲しくなるのです。
ほむを抱き寄せては長く伸びた髪、白い素肌を思い出します。
家には帰れないと言っていたほむらちゃん……。
ほむらちゃんに帰る場所はあるのでしょうか?
もし、呪いがとけ、そしたら未来に帰ってしまうのでしょうか?
帰る場所がないのであれば、うちに……。
だけど、私のお願いをママやパパが聞き入れてくれるかはわかりません。
ほむらちゃんにも事情があるでしょうから……
だから、私の家から出て行くとはっきりと宣告したに違いないです。
ほむらちゃんは、どうして私の家に来たの?
ネコの呪いにかかって、どうして私に助けを求めたのか?
未来でほむらちゃんにとって私は『特別な存在』なのでしょうか?
……そんな。
そんなことがあるんでしょうか?
ただ弱虫で、何も出来ない私が……。
未来のほむらちゃんの側で笑っていることが、
わたしにはとても信じられないのです。
だけど……。
『まどかの側にこんな長くいられて……それだけで、わたしは幸せだったの』
ほむらちゃんの言葉が、私は忘れられません。
そんなことをただの気まぐれで誰かに言ったりするものでしょうか?
幸せだった?
私といることが?
ほむらちゃんにとって、わたしはそんなに大事なのかな?
本当に?
そして、ほむにゃんであるときに、一度だけほむらちゃんの意識が覚醒していると思える時がありました。
あのときのほむは、ほむらちゃんは……
とても弱々しくて……見ているこちらの胸が苦しくなるほどで。
泣いていた……。
私が触れると、その指に縋(すが)るように手を伸ばして涙を流していた。
思えばあの時から……。
ほむらちゃんを見ると……
いてもたってもいられなくなって……。
何かほむらちゃんが私に対して特別な気持ちがあるのではないかと、
期待してしまうのです。
その期待というものが、何なのか私にはわからないのです。
ただ、ほむらちゃんが私のことを必要としてくれているのではないかと思うと、
胸の奥が熱くなるような、その期待に応えてあげたくなるような、抱きしめてほしいような、
よくわからない気持ちに襲われて……ただ苦しいのでした。
ただ、もしほむらちゃんも私と同じような、もやもやとした気持ちを抱えているとしたら、
同じような苦しみを感じているのであれば……。
まどか「ほむらちゃん……」
~8話 まどか、風邪をひく 完~
続き:まどか「ネコみたいなのを飼うことになった」【3】