51 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 17:59:52.31 G664KNCI0 1/14

※BD/DVD特典ドラマCD+キャラクターソング未視聴の方は注意

「まどか」

名前を呼ぶ。
今日何度目だろう、こうしてあなたの名前を堪えきれずに呼んでしまうのは。

「ほむらちゃん?」

いつものように私の名前を呼んで振り向いてくれる、まどかが見たくて。
まどかの、声が聞きたくて。

「……ごめんなさい、何でもないわ」

「えぇ?変なほむらちゃん」

そう言って笑うまどか。
私も小さく笑い返す。
ワルプルギスの夜が、近付いていた。

元スレ
まどか「パパとママが喧嘩しちゃった」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1305444420/

52 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:01:42.47 G664KNCI0 2/14

「明日学校が臨時休業なんてラッキーだよね」

強い風がまどかの髪を揺らす。
私の髪が、鬱陶しいほどにばさばさと煽られる。
何も知らないまどかは嬉しそうにそう言いながら前を向いた。
まどかの後ろ姿。
私が初めてこの子と会った日から、何度もみた、小さな背中。

守りたい。
守らなくちゃいけない、今度こそ。

自分に言い聞かせる。
必ず、絶対に……。

不意に、まどかの肩が震えた。立ち止まる。

54 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:03:48.12 G664KNCI0 3/14

「……まどか?」

「どうしてかなあ……こういう特別に早退とかした日って、遠回りしたくならない?」

まどかが振り向き、まるでいたずらっ子のように笑った。
「でも、危ないわ」私がそう言うと、「大丈夫だよ、ちょっとだけ!」
手を、つかまれた。

「……でも」

「ほむらちゃんと手、繋いでたら大丈夫、危なくなんかないよ」

ギュッ。
まどかの小さな手が、私の手を優しく包む。
また昔の泣き虫な自分が出てきそうで、私は唇を噛締め顔を逸らした。
返事の代わりに、まどかの手を握り返す。

55 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:05:49.54 G664KNCI0 4/14

「へへっ、それじゃあ行こっか、私ちょうどいいお散歩コース知ってるの!」

まどかが歩き始める。
私も、少し遅れて歩き出す。まどかと手を繋いだまま。

何だか、ずっと昔に戻ったようだった。
魔法少女のまどかと、何も出来ない私――
違うのに。
今は、私がまどかを守らなきゃいけないのに。

「ほむらちゃん?どうしたの?」

「……いいえ」

いつのまにか、強く手を握ってしまっていたらしい。
手を離そうと力を緩める。

57 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:07:41.45 G664KNCI0 5/14

「だめ」
けど、まどかは私の手をもう一度掴んだ。

「……ほむらちゃんと手繋いでたら、安心するから」

照れ隠しのように笑い、まどかは言った。
さっきよりも強く私の手を握ったまま。
うん、と頷く。
凄く嬉しくて、少し寂しくなって。



「あ、そうだ。ここだよほむらちゃん」

「え?……路地裏?」

暫く歩いた後、突然立ち止まったまどかの前にはぽっかり空いた真っ暗な空間。
訊ねると、まどかはこくりと頷いた。

58 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:10:12.35 G664KNCI0 6/14

「この裏通ったら海が近いの。たぶん、ほむらちゃん家にも私の家にも帰れるはずの
 道に出られるはずだよ」

「……大丈夫なの?」

「平気だよ、私たまに通ってるから」

まどかはそう言いながらズンズン先に進んでいく。
私も少し躊躇いつつ身体を前に進める。
中に入ってしまえば、思ったより暗くも狭くもなく、お散歩コースとは言い難いものの
歩くのには困らないし不思議と心が落ち着いた。

「本当はね、お散歩コースっていうのは嘘なんだけど」

「……でしょうね」

「でもよく来るのは本当」

60 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:11:53.58 G664KNCI0 7/14

前を向きながらまどかは言った。
私はただ頷く。

「……ほむらちゃんに、知っておいて欲しいことがあって」

その言葉に、ドクンと、小さく心臓が脈打った。

「あ、別に大したことじゃないんだよ?ないんだけどね……ほむらちゃんになら、
 話しても大丈夫かなって」

そう思ったから。
まどかがそう呟くように言ったとき、少し開けた場所に出た。
自然と足が止まる。まどかも、私も。

62 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:16:43.92 G664KNCI0 8/14

「……エイミー」

小さな声で、まどかが呼んだ。
ドクンッ。
さっきよりも大きく、心臓が鼓動を刻んだ。

エイミー。

「……にゃあ」

弱弱しい声がして、とととっと地面を走る音。
暗い物陰から、黒猫の大きな瞳が覗いた。

「……猫?」

「うん、たまたまここで出会って……餌あげたら懐くようになっちゃって」

よーしよしよし、まどかはそう言いながらくすぐったそうに身を捩る黒猫の頭を撫でる。
私も、しゃがみ込むとエイミーに触れた。いつか感じた感触と、まったく同じ。
泣きたくなってしまうほどに。

64 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:22:20.13 G664KNCI0 9/14

ぺロッ

ざらざらとした感触を手に感じた。
エイミーの舌が、昨日の魔女との戦いで負った傷を舐めていた。

「わあ、やっぱり」

「やっぱり?」

「うん、エイミーってね、結構人見知りなんだけど……ほむらちゃんには懐くんじゃないかなって、思ってて」

まどかが嬉しそうに言って笑った。
「まださやかちゃんたちにも言って無いんだよね、この子のこと」

「……そう」

「ほむらちゃんが初めて」
まどかの優しい声。まどかの、優しい言葉。エイミーの、直に感じる温もりが。

このままじゃ、私はまたワルプルギスの夜に負けてしまう――
だから、いつもどおりにまどかと別れようと思ったのに。
いつもどおり別れて「またあした」

そうしなきゃ、私は途端に弱い私に戻ってしまう。

66 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:26:42.42 G664KNCI0 10/14

「……そろそろ、帰らない?」

ぽつぽつ。
雨が、降り始める。
私は何でもない顔をして、ゆっくりと立ち上がった。

「……そうだね」

不意に、思う。エイミーが「にゃあ」と鳴いてどこかへ駆けて行く。
あの時――
まどかが、私にエイミーを預けて行ってしまおうとしたあの時……まどかも、同じ気持ちだったのだろうか。
こんなゆらゆらと中途半端な、宙ぶらりんな。

「ざーざー降りになる前に早く帰らなきゃね!」

まどかがばっと走り出す。
私もその後を追いかける。このままどこまでも走っていければいいのに、なんて。

68 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:31:59.75 G664KNCI0 11/14

路地裏を抜ける。
荒れ狂う海が、すぐそこにあった。

「……はあ、はあ」

息を切らして立ち止まる。
雨はもう、本降りになろうとしていた。

「……雨に濡れちゃうや」

「……えぇ。だから、早く帰らなきゃ」

「……うん、そうだね」

そう。早く帰って、私は明日のワルプルギスの夜に備える。
まどかは――何も知らずに、嵐が過ぎるのを待てばいい。それで私は。

「じゃあ、またね」

まどかが手を上げる。
私も、小さく手を振り返す。一回、二回――

69 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:32:51.06 G664KNCI0 12/14

大丈夫、もう行ける。
私はまどかに背中を向ける。まどかの「じゃあ、またね」を消し去るために、早足で。

「まどか……」

さよなら――
そう、心の中で呟いたときだった。

「……ほむらちゃん!」

手を、つかまれた。
強くきつく、つかまれた。

まどかが泣きそうな顔をして、私の手をつかんでいた。

70 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:38:02.66 G664KNCI0 13/14

「……どうしたの?」

訊ねる。
私の不安が、まどかに乗り移ったような表情でまどかは私を見上げていた。

「……ほむらちゃんの、聞けてないなって」

「……え?」

「またあした、って」

私は、ゆっくりと前に向き直った。
まどかに、今の私の顔を見られたくなかった。

「またあした」なんて、いえるわけ、ないじゃない――

「明日、学校ないのに変かもしれないけど、でも……」

あの日、まどかはどういうつもりで「またあした」と言ったのだろう。
あの時、まどかだって私と同じ状況で――

「……ほむらちゃん?」

……あぁ、そうか。
今更ながら、私は気付く。あれは私を不安にさせないための――まどかの、最期の優しさ。

雨が、きつくきつく。
それでも私たちは、手を握りあったまま。

71 : まどか「またあした」 - 2011/05/15(日) 18:40:35.51 G664KNCI0 14/14

切ないほどに、優しすぎるまどかの――
だったら私も、あの時のまどかのように……言わなきゃいけない。

あの時、気付かなくってごめんね。
あの時、あなたを引き止められなくて。
あの時、「またあした」なんて言っちゃって。

ごめんね

それから、今のあなたに――

「……またあした、まどか」

ありがとう。

「……」

まどかが、ゆっくりと笑った。
嬉しそうに、寂しそうに、辛そうに、笑った。
手が、離れる。離れてしまう。

「また、あした」

終わり

記事をツイートする 記事をはてブする