1 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/05/03 23:12:56.91 GwQz5bup0 1/24

質素な部屋。
一台のベッド。
ときおり入る風。
二人の男女。






元スレ
女「お前には失望した」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399126376/

2 : VIPに... - 2014/05/03 23:14:32.48 GwQz5bup0 2/24


「おい」


ベッドの上の女が、ふいに口を開く。

女の隣に座る男は、返事をせずそちらを向いた。

そして目が合ったことを確認してから、女は続けた。


「お前、私の言うことをなんでも聞いてくれるんだよな?」

「ああ、そのつもりだが」


女の問いにすかさず答える男。

あらかじめ決められたことを確認するようにそれを聞いた女は、表情を変えずに口を動かす。


「そうか。じゃあ、ここから飛び降りろ」


女は、少し開いた窓を指さして言った。


「無理だ」

「なぜ?」

「ここは建物の五階だからだ」


男は慣れたようすで言葉を返す。

それを聞いた女は、少し毛布に顔を埋めた。


「お前には失望した」


目をそらさずに、女は冷たく言い放つ。


「なんとでも言え」

「……」

「……」


3 : VIPに... - 2014/05/03 23:17:43.01 GwQz5bup0 3/24


「おい」


しばらくの沈黙の後、再び女は口を開いた。


「どうした?」


男は自然に返事をする。

自然に。

なめらかに。

当たり前のように。


「喉が渇いた。飲み物を買ってこい」

「……何がいい?」


自分から声をかけたのに、聞き返しされてから考える女。

その間、男は表情を変えず、視線をそらさず、催促もせず、ただただ無言で女の返事を待った。


女はというと、少し考えてから顔を上げ、男の目をじっと見据えていた。


吸い込まれるような、深く、底の見えない瞳。

見る人次第ではそれは虚ろにも見える瞳。

そんな、深海のような瞳で、男の目を射ぬく。

しかし、当の男はそれに対して、フッと微笑みを返すだけ。

そして、女はゆっくり口を開いた。


「コーラ」


それを聞いた男は、優しそうな微笑みから少し困った顔に表情を変え、それから、いつもの仏頂面に戻してから答えた。


「それは無理だ」

「なんで」

「うーん、無理だから、かな」


それを聞くと、女はまた毛布に顔を埋めた。


「お前には失望した」

「なんとでも言え」

「……」


女は男から視線を外し、反対側の窓の向こうを見る。

それから、男には顔を見せず言った。


「……じゃあ、お茶を」

「わかった……」

「……」

「……」




4 : VIPに... - 2014/05/03 23:20:43.36 GwQz5bup0 4/24


「買ってきたぞ」


男は、女のいる部屋を開けながら言った。

ノックはしなかった。

しかし、女はそんなことを気にすることもなく、投げられたペットボトルのお茶を受け取る。


「礼は言わないからな」

「そうかい」


女は身体を少し移動させ、窓から見える景色を眺めながらペットボトルのフタ開けた。

ふちに小さな口をつけ、ゆっくりと傾ける。

ゴクリッと喉を鳴らし、一口だけ飲むとキャップ閉めた。


「……」

「……」


それから二人の間には、しばらく沈黙の時間が続いた。

沈黙の時間といっても、二人にとって居づらい空間があるわけではなく、その場の空気に溶けていくようにお互い自然体だった。


どれくらい時間が経っただろうか。

男が腕時計を確認してから立ち上がった。


「そろそろ時間だ」

「そうか」

「また、明日来る」

「ああ」

「……」

「……」



6 : VIPに... - 2014/05/03 23:26:34.57 GwQz5bup0 5/24

ガチャン、という無機質な音。

女が振り返ると、そこには昨日と同じ格好の男が立っていた。


「遅い」


女は表情を変えずに言葉を投げつけた。


「これを買っていた」


男はビニールの袋を差し出した。

中には真っ赤なりんごがいくつか。

それを覗いても、女は表情を崩そうとしない。


「んー。じゃあ今すぐ皮をむけ」

「ナイフは?」

「そこの棚の上」

「んー」


静かな空気。

そこには人間がいないかのように、綺麗に滑らかに流れてゆく空気。

無言の空間。


「出来たぞ」

「そうか」

「……」

「……」


女は、綺麗に皮をむかれた裸のりんごに視線を当てる。

自ら手を出さずに見つめる。




7 : VIPに... - 2014/05/03 23:28:02.40 GwQz5bup0 6/24

「おい」


りんごから目を離さずに、女は命令を出す。


「食わせろ」

「フォークがない」


即答する男。

りんご、女、窓ガラスを隠すカーテンの順に目を動かしてから、男は一度目を閉じた。

女は、男が目を開けるより先に口を開いた。


「ならくわえろ」


それを聞いた男は、一瞬目を大きく開け、それから元の仏頂面に戻した。


「こうか?」


と言うと、男はりんごを口でくわえた。

それを見た女は、やはり表情を変えずに続けた。


「よし、こっちへ来い」

「んー」


男の口にくわえられた裸のりんご。

りんごの反対側に女の口が当たる。

互いの呼吸が届く距離。

小さな口でりんごをかじる女。

男はそれを確認して、くわえていたりんごを皿に戻す。


「どうだ?」

「りんごの味だ」

「そうか」


簡素な会話。

揺れるカーテン。

シャリシャリと女がりんごをかじる音。

絶えず流れ続ける空気。

それから、また、沈黙。


「……」

「……」


8 : ◆.fmcEFfgDM - 2014/05/03 23:51:36.11 GwQz5bup0 7/24

長い沈黙。

二人にとってはいつも通りの間。

居心地の良い時間。

安心出来る距離感。

時間の感覚すらわからなくなるような、そんな、不思議な沈黙。


カーテンの揺れる音。

ページを開く音。

遠くで鳴くカラス。


この空間に聞こえる音はどれも美しく、穢れがない。


男は読んでいた小説をパタンッと閉じる。

すると女は、その音に気づき男の方を見る。

女の手には、男が読んでいたものと同じシリーズの小説がある。

少し困った表情を浮かべる男は、立ち上がりながら言った。


「時間だ。そろそろ帰らないと」

「……待て」


いつもならこれで解散。

いつもなら。

しかし、今日の女はそれを拒んだ。


「帰ることを許可しない」

「それは困る」

「どうして?」

「ここの人に怒られる」


いつもなら感情を表に出さない男だが、今は困った表情を隠そうとしない。

自分も出来るのであれば帰りたくない、という意思表示なのかもしれない。

そんな男の心を感じとったのか、女も他の言葉を続けようとはしなかった。

そして再びの沈黙。

今度は気が沈むような、重い沈黙。


「……」

「……」


9 : VIPに... - 2014/05/03 23:53:31.87 GwQz5bup0 8/24


この悪い沈黙に痺れを切らしたのか。

あるいは時間的に、これ以上ここに居ることは悪いことだと判断したのか。

男は静かに沈黙を破った。


「……明日が怖いか?」


それは子供をあやすように。

とびきりの温かさ。

とびきりの気遣い。

男は優しく問いかけた。

すると女は、毛布に顔の半分を埋めながら答えた。


「……怖く、ない」


小さな声。

震えてはいないが、今にも消えてしまいそうなか細い声。

空気に溶けてしまいそうな。

雲に登っていきそうな。


「……明日、頑張れるか?」


女の小さな返事を聞いてから、男は次の言葉を差し出した。

女は、男の言葉に、男の声に安心したのか、またいつもの調子に戻った。


「……当たり前だ」

「そうか……」


女の言葉を聞き、男はベッドの横にある小さな椅子に再び腰をおろした。


「なら、今日だけだからな」

「……ああ」


10 : VIPに... - 2014/05/03 23:59:53.10 GwQz5bup0 9/24

暗い部屋。

相変わらずの沈黙。

ちゃんと、心地の良いほうの沈黙。

これを破るのはいつも女から。


「おい」

「ん、どうした?」

「……なんでもない」


この会話ももう何度目だろうか。

部屋が暗くなってから、無意味で短いやりとりが増えてきている。

男が近くにいることを確認するように。


「おい、……やっぱり、少し話しがしたい」

「ああ」


互いに表情が確認出来ない状態。

女の言葉が続く。


「話し、というよりは質問だな」

「なんだ?」


男の素早い返事。

まだ次の言葉を探している女。


「お前は……、その、私といて、面倒、ではないか?」


少し目を見開く男。

暗い部屋。

女には男の顔など見えていない。

だからこそ、男は表情の変化を隠そうとはしなかったのかもしれない。

それから口を開く。

声はなく、フフッという息だけが漏れた。



12 : VIPに... - 2014/05/04 00:02:23.39 mjVIhoJA0 10/24

「笑うな」


静かな空間だからこそ、微かな空気の振動も目立つ。


「すまんな。そういうつもりじゃなくて、つまり、少し可笑しかったから」


男に悪気はまったくない。

ただ、女の不安げな表情が見えたような気がしたから。

だから男は可笑しくなったのだ。


「もういい」

「悪かったって。ちゃんと答えるから」


男は優しい声で女をなだめる。


「今さら何を弱気になっているのか知らないけど、俺はそういう風に思ったことは一度もないぞ」


そう聞くと、女は小さく『そうか』と呟いた。

まただ。

男には安堵の表情を浮かべる女が見えた気がした。

今度は息が漏れないよう気をつける。

なんとなく微笑ましい姿。

間違いなく、男にはそれが見えていた。


「……」

「……」


長い沈黙。

女が小さく呟いてからは、互いに声を発することはなかった。

長い時間。

少しずつ呼吸が深くなる。

それが、だんだんと寝息に変わっていく。

もう、女は寝てしまったのだろう。

男は手探りで女の髪に触れた。

長く、柔らかい髪。

起きないだろうかと少し警戒しながら、男の手は女の額を探す。


「深く眠れているな」


男は声を小さく漏らす。

鼻をすする音。

自分の頬に手を当てる。

目を擦る。

声が漏れないように食いしばる。

穏やかに眠る女の横で。


13 : VIPに... - 2014/05/04 00:07:58.12 mjVIhoJA0 11/24

部屋に冷たい風が入る。

その空気の変化に、女は目を覚ました。

窓を確認すると、ちょうど男が開けているところだった。


「ん」

「あ、起きたか」


射し込む朝日の眩しさに目を覆う女。

それを見て、男はカーテンを閉めようとした。

しかし、女が『いい』と言ったので動きを止める。


「調子は?」


男がにっこりとした表情で女に尋ねた。

おそらく、男がこの部屋でこんな表情を見せるのは初めてだろう。


「最悪」


女はいつもと変わらない口調で答えた。

そんな女の様子を見て、男はまた笑顔になる。


「昨日の約束、覚えているな?」


また。

昨日と同じ声。

優しい声。

柔らかい口調。

女を安心させる、男の話し方。


「わかってる」


女は呆れたように答える。


「今日の昼、頑張ればいいんだろ?」


いつも通りの女。


「必ず戻るから」


いつも通り。


「だから……」


いつも、通り。

そう。

それはいつも通りの喋り方。

作った喋り方。

本心を喉の奥に押し殺した喋り方。


14 : VIPに... - 2014/05/04 00:08:45.68 mjVIhoJA0 12/24

「だから?」


男は優しく聞き返す。


「だから……」


女はそこで口ごもる。

毛布に顔を押し当て、睨むように男を見つめる。

顔を赤くし、下を向いた。


「やっぱいい。終わったあとで話す」

「……わかった」

「それから」


呼吸をひとつ。

目は合わさない。


「……今日は、もう、一人になりたいから……」


うつむいたまま言った。

男は笑顔を崩さない。


「そうか。……そうだな。わかった」

「あっ」

「ん?」

「終わったら、また……」

「わかった。明日来るから」


そう告げると、男は部屋を後にした。



15 : VIPに... - 2014/05/04 00:11:34.38 mjVIhoJA0 13/24




『生きる』って、どういうこと?

呼吸をすること?

違う

心臓を動かすこと?

違う

何かを考えること?

多分、違う

じゃあ、なに?

……やりたいことを、する

……楽しいことを、する

……やりたくないことをしている時間は、生きていない時間

……ベッドの上で退屈している時間も、生きていない時間

……だから私は

……最期まで生きたい



16 : VIPに... - 2014/05/04 00:13:37.56 mjVIhoJA0 14/24

「おはよう」

「……ん?」


ぼんやりとする視界。

女は、男の声で目を覚ました。


「ここは?」

「いつもの部屋だ」


意識がはっきりしてくるにつれて、少しずつ理解をする。

『ああ、そうか』と呟くと、女は身体を少し起こした。


「夢を見ていた」


女が窓の向こうを見ながら言う。


「どんな?」

「私は真っ白なところにいて、誰かが何かを聞いてくるんだ」

「うん」

「で、ただそれに答えてた」


女が思い出しながらなんとなく話すのを、男は隣で、真剣な表情で聞いていた。


「以上、それだけ」

「……質問の内容は?」

「忘れた」


女はうつむいている。

男も落ち着かない様子で、座っている椅子の金具部分を指でなぞっている。

沈黙。

間の悪い感覚。

互いに話したいことや聞きたいことはたくさんあるはずなのに。

言葉が出ない。

嫌な空気が流れる。

男がなんとなく窓を開ける。

部屋に冷たい空気が入り込む。



17 : VIPに... - 2014/05/04 00:17:17.51 mjVIhoJA0 15/24

「……おい」


女が口を開いた。


「どうした?」

「なんでも言うこと聞いてくれるって言ったよな」

「ああ、そうだが」


男の返事を聞き、女は窓を指差した。


「なら飛び降りろ」


男は一瞬きょとんとした表情を見せ、それから時間差で吹き出した。


「なに笑ってる?」

「いや、まだそんなこと言っているのかと思ってね」


そう答えながら男は全開まで窓を開けようとするが、数センチ開いたところで窓は突っかかってしまった。

そして、少し困った顔をしながら女のほうを見た。


「まったく。お前には失望した」

「なんとでも言え」


このお決まりのやりとりもなんだか久しい気がする。

男は少し笑ったような顔を浮かべながら、いつもの所へ戻った。

いつもの、女の隣の椅子に。


「お前は死ぬことすら出来ないのか?」

「今はまだその時じゃないみたいだな」


男の返事に、女はやれやれとため息をついた。

それから顔を上げ、男の目を見た。

まっすぐ。

一点を。


「いつ死んだって大差ないだろう?今日死んだって。明日死んだって。十年後死んだって。肉体が朽ちて、そこから心を離脱させて、そういう作業をすることに対して、早く死ぬ分には大した変化はないだろう?」

「……そうだな」


珍しく饒舌になる女。


「要するに、タイミングの問題だろう?若い内に。綺麗に終われるタイミングに。スムーズに肉体から心を切り離せるか。この世界の引力に引っ張られないように、地球の重力から未練なく飛べるか……」

「……」


18 : VIPに... - 2014/05/04 00:19:32.31 mjVIhoJA0 16/24

言い終わると、女は下を向いた。

一呼吸。

顔は上げない。


「……喋りすぎたな」

「いや、構わない」


男にはわかっていた。

女の言いたいことが。


「なあ、お前はなんでも言うことを聞いてくれるんだよな?」

「毎回律儀に確認しなくていいよ。で、なに?」


男の返事にも顔を上げない。

ただ自分の上に乗っている毛布を見ながら、女は静かに言った。


「海」

「海?」

「そう。海に行きたい」


男は少し黙る。

考える素振りを見せようとするが、女はまったく見ていない。

苦笑い。

それから微笑み。


「……着替えは?」

「必要ない。今すぐ連れてけ」

「……わかったよ」


男の承諾に、女の表情は明るくなった。

笑顔。

多分、この部屋の中では初めて見せる笑顔。


「ほら、立てるか?」

「ああ。ただ、私が歩くと時間がかかる。おぶっていけ」

「はいはい」


男は女を背に乗せ、神経質に周囲をうかがいながら部屋を出た。

女は、そんな男などお構い無しに笑っていた。


「誘拐されてる気分だ」

「他の人にバレるから、なるべく静かに頼む」

「はいはい」

「……」




19 : VIPに... - 2014/05/04 00:23:01.41 mjVIhoJA0 17/24

駐車場。

男は車の助手席に女を座らせると、運転席に回り込んでエンジンをかけた。

スムーズな発進。

道の細い駐車場を慣れた様子で通り、道路に出る。


「お前の車に乗るのは久しぶりだな」

「ああ」


ギアチェンジ。
スピードを上げる。


「おいっ、窓、開けていいか」

「ああ」


右手。
助手席側の窓を全開まで開ける。


「ああ、風が冷たくて気持ちいい」

「そうか」

「おい、あれを見ろ。あんな所に新しい店ができたんだな」

「ああ、たしか去年できた」

「そうなのか。それにしてもお前の車の助手席は相変わらず居心地が良いな」

「それはどうも」


女はこれ以上になく機嫌が良かった。

高いテンション。

当たり前のように饒舌になる。

止まらない。

アクセルを踏む。

スピードが更に上がる。

止まらない。

止まらない。



20 : VIPに... - 2014/05/04 00:24:12.12 mjVIhoJA0 18/24

「おい、聞いてるか?」

「ああ、ちゃんと聞いてる」

「だったら私の目を見ろ」

「そんなことしたら事故るぞ」


直線。

アクセルを離す。

ギアチェンジ。

どんどんスピードが上がる。


「事故死はさすがに嫌だな。綺麗じゃない」


女が笑いながら言う。

男は表情を変えずに、ただじっと前を見て運転している。


「こんなオンボロの棺桶じゃあ死ねないな」

「居心地良いんじゃなかったのか?」

「そうだけど、私を肉体から切り離すにはいささか窮屈だ」

「ふーん。あの部屋も?」

「あの部屋も」


21 : VIPに... - 2014/05/04 00:26:12.16 mjVIhoJA0 19/24

「着いたぞ」


男は道路の端に車を止めた。

すぐ横には青い蒼い海が見える。

女は車に降りる。

すでに興奮気味だ。


「おお!海!海だ海だ!」

「そうだな」


嬉しそうな女の顔を見て、男も少しやわらかい表情を浮かべる。


「砂浜まで運んでやる。おんぶとだっこ、どちらがいい?」


うーん、と唸る女。

顎先に手を当てながら首を斜めに傾ける。

あからさまなこのポーズは、答えは決まっているけど言っていいものか考えている、というときに見せるポーズだと男は知っていた。
何を考えてるのか簡単にわかる。


女。

わがままな女。

自分勝手な女。

寂しがりな女。

少し単純な女。

まっすぐで。

純粋で。

綺麗。

全部同じ人。

大口を開けて笑っていても、ベッドの上で仏頂面していても同じ。

美しく生きている。

今、生きている。


「じゃあ、後者。お姫様仕様で」


ハイテンションな女が笑顔で言う。

それを聞いて、男は声にならない返事をしながら抱き上げた。

笑っている女。

そっと涙を流す男。

バレないように。

女にはバレないように。



22 : VIPに... - 2014/05/04 00:29:09.25 mjVIhoJA0 20/24

「綺麗だな」


女が呟いた。

砂浜で、波の先端がギリギリ当たらない所。

二人は裸足で膝を抱えている。


「どうしても、ここに来たかった」


女は海を見ている。

遠く。

地平線の向こう。


「私とお前が、その、こういう関係になった、えと、ん、そう、思い出の場所」


女は言葉を探しながら言う。

その青い面から目を離さずに。


「たしか、お前から告白したんだよな」

「いや、違う」


即答で否定する男。


「そっちから告白してきたんだろ」

「違うね。絶対お前から」


目を合わせて言い合う二人。


「そっち」

「お前」

「違う」

「違う」

「うー」

「んー」


一通り言い終えると、今度は笑いだした。


「こんな言い合うのは久しぶり」

「お前が私の犬になってからはじめてだな」

「ああ、介護犬な」

「なんだ、皮肉か?」

「滅相もない」

「……」

「……」


再び視線の先を海へ向ける二人。

そして沈黙。




23 : VIPに... - 2014/05/04 00:31:59.33 mjVIhoJA0 21/24

海の色が青から赤に変わってきた頃。

二人は立ち上がっていた。

波は膝の辺りまで来るようになっていて、互いの足の指が海水でぼんやりとしてきた。


「……そろそろ帰るぞ」


男は、まだ海の向こうを見ている女に言った。


「……嫌」

「それは困る」


女の明るかった表情はもう消えていた。

ザブンッ、と波が当たる。


「もう、ここから動きたくない」


女の言葉。

たくさんの思いが詰まった、重たい言葉。

それを聞いた男は表情を変えない。

冷めた無表情。

明らかにさっきまでとは違う雰囲気。


「でも、これからどんどん潮が満ちる。ここから動かないと溺れるてしまう」


男の冷たい言葉。

女の意志を曲げる最後の手。

それでも、女は聞こうとしなかった。


「そんなの知らない。私はずっとここにいる」

「……そうか」

「前に話したな。私にとっては、もう、いつ死んだって大差ない。だったら、これから日に日に衰え蝕まれていく姿をお前には見せたくない」

「……」

「それに、私はまだ若い。動かないでいれば、健康な人と見た目になんら変わりはない。綺麗でいられる」

「……」

「この場所もそう。綺麗な景色。綺麗な空気。綺麗な思い出。すべてが綺麗な場所。そんな所で、私も綺麗なまま、それらを抱き寄せて、空気に溶けて、一緒になりたい」

「……」

「だから……」


24 : VIPに... - 2014/05/04 00:34:06.46 mjVIhoJA0 22/24

「言いたいことはわかった」


黙って聞いていた男が口を開いた。


「俺は、ずっとそばにいる。そう約束したろう?」

「……そうだったな」


男はまっすぐと女の目を見つめる。

涙ぐんでいる女。

それでも、しっかりと男の目を見返す。


「俺はずっとそばにいる。これからもそれは変わらない。肉体がなくなっても、心は一緒」

「……」


そういい、男は女を抱きしめた。

波が二人の膝の辺りにあたる。

気にしない。

唇を合わせる。

二秒。

三秒。

四秒。

離れる。

呼吸が顔に当たる距離。

夕焼け。

互いの顔が紅く染まる。

微笑み。

濡れる頬。

いつの間にか強くなっている波の音。



25 : VIPに... - 2014/05/04 00:34:39.47 mjVIhoJA0 23/24

「今まで、ありがと」


女はその音に被せて言った。


「どういたしまして」


声が聞こえなくても男には伝わっている。


「ベッドの上で点滴を射たれながらゆっくり死ぬなんて、お前には似合わないな」


男が少し笑ったような顔で言う。


「なんだ、最後になって言ってくれるじゃないか」

「まあな。死ぬのはタイミングが大事、なんだろ?」

「まったく、こんなときにまで。お前にはホント、失望したよ」

「なんとでも言え」


再び抱きしめ合う二人。

互いの愛を交わす。

日が落ちても。

潮が満ちはじめても。

いつまでも。

いつまでも。

そして。

飲み込まれていった。


26 : ◆.fmcEFfgDM - 2014/05/04 00:38:28.22 mjVIhoJA0 24/24

以上です。
『生きるって一体なんなんだー!?』と軽い厨二かかってたときに書いたものです。
そのとき読みまくってたスカイクロラシリーズの影響もかなり受けてるときで、読み返して一人で笑ってしまいました。

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