【パート1】 【パート2】 の続きです。
512 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/05 20:40:59.67 J0JcRpdU0 434/874


QB
「これが聖カンナの罠なのかな」



「いたぞ」


「あいつだ」



ほむら
「幻滅するわよ? こんな発泡スチロールみたいな連中。梃子摺るわけ無いじゃない」



ざっと数えて三百人?



五百?



513 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/05 20:42:00.00 J0JcRpdU0 435/874



「あの女だ」



刃物や拳銃をもった一般市民。



「間違いない」



千?



私服警官か。


「見つけたぞ!」

「殺せ!」


二千? えっ?



QB
「ん――。ここは一旦引こう」

ほむら
「こんなの朝飯前よ。十分対処できる」

QB
「ボクが危ないんだよ!」




514 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/05 20:43:14.92 J0JcRpdU0 436/874




「殺せ! 殺せ!」



ほむら
「一蓮托生。地獄まで付き合ってもらうわよ。
リボンと弓には触らないでね。死ぬから」


QB
「あんまりだよ」



大規模な運動会のようだった。
磁石に引き寄せられる砂鉄が如く、私服の連中が押し寄せてきた。



俯瞰して見ると面白いかもしれない、などと考えながら矢を放つ。



一撃。



たったの一撃で視界のはるか向こうまで貫通する。



515 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/05 20:44:27.67 J0JcRpdU0 437/874



正面の視界が開ける。


準備運動にもならない。


QB
「五時方向に――」


キュゥべえに指摘される前に、背部の敵を蹴散らす。


構えていた弓を振りかざし、水平に鞭打つような動作を加えることで対応した。

多分、後ろに居た連中は軒並み、悲鳴をあげる前に絶命していたと思う。


振り向いて確認するまでもなかった。



QB
「――必要なかったね」


お墨付きも頂いた。




516 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/05 20:47:22.64 J0JcRpdU0 438/874



半径二メートルの範囲には絶対踏み込ませない。


愛しい愛しい私のリボンは誰にも触らせたくないの。


誰にも。


絶対。



「味方を撃ってもいい!」

「何をしてでも殺せ!」



弾や刃物が当たったところで子ネコに噛まれた程度だろう。


が、一応全て防いだ。


「殺せ!」


直線に飛んできた刃を掴み、投げ返す。


二、三、断末魔が聞こえただけ。


これは非効率。




517 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/05 20:48:41.86 J0JcRpdU0 439/874



「殺せ!」


三千?


乙女に群がる野郎の集団。


五千かも。



洒落にならない。


数の暴力。


矢を四、五本同時に撃ち続けた。



「弾が防がれた!」

「死神だ!」



弓を両手持ちに。弧を描くように薙ぎ払っていった。



「うろたえるな!」


「殺せ!」



回転切りの要領で、容赦なく分断していった。




518 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/05 20:49:48.32 J0JcRpdU0 440/874



QB
「一気に倒さないのかい?」

ほむら
「迂闊に魔力を解き放つと、魔法少女に気づかれるから」

QB
「無駄に慎重だね」



「あいつだ!」



淡々と。粛々と。


「ええい! 何をしている!」


周囲の人間にエンドマークを捺していった。




521 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 21:53:11.97 VsJ8l5S90 441/874


やや退屈で牧歌的な、やわらかい朝の日常はどこへ。



「救援を呼べ!」



生命の噴水が形作られる。
オーボエ初学者が発する音色のような、不快で乾ききった呼吸音が混じった。



こんな音色聴いていられない。



魔力を用いて、聴覚を一時的に減退させる。



矢を番う。


弦を絞る。



殺さなきゃ殺されるのだから。



522 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 21:54:40.68 VsJ8l5S90 442/874


夜明けのジュリア谷の噴水を見出した私は、白い生き物に訊ねる。


ほむら
「いつ終わるの?」

QB
「なんでボクに聞くんだ」


インキュベーター、足にしがみ付くのはやめろ。


「いたぞ!」


「潰せ! 潰せ!」


一閃。


吹き飛ぶ上体らを背後に、一呼吸。


状況の把握。


八千、いや一万は居る。


いやいや。なんか増えてない?


降伏するなら今のうちよ。



「あの女だ!」




523 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 21:55:45.37 VsJ8l5S90 443/874


「――!」


矢を直接投擲していた。

弓で大きく薙ぐ。



気づけば片手持ちになっていた。



「死神だ! やはり死神がいるぞ!」



迷彩色の防弾チョッキを着ている集団を見た。

白シャツやスーツを着ていた私服警官とは異なる装いだ。

インターセプターボディアーマーだったか。
アルマジロの甲羅みたいな物々しい装備をしている一団が迫ってくる。



「殺せ!」

「応援が来たぞ!」



無骨な火薬の匂い。

重機関銃の一斉掃射。

先進都市にあるまじき残響音の連続。



本格的になってきた。


「殺せ!」




524 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 21:58:21.38 VsJ8l5S90 444/874


しかし紫色の魔法少女を相手に、装備の華やかさなど関係ない。

左に持った弓の勢いは何ら変わらない。


器官系を、

器官を、

組織を、

細胞を、


潰れる前に切断していった。

右人差し指でひたすら印を結び、虚空から矢を生み出した。



ほむら
「逢うためには何だって捨ててやる――」

ほむら
「――私の想いは変わらないわ」



冷たく澄み切った薄明かりの世界に、破壊を象徴する紫の光が解き放たれた。


幾度も。幾度も。


解き放たれる。




525 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 21:58:49.74 VsJ8l5S90 445/874








殺戮の紫は生命の赤と混じり合い、「死」に魅入られる色へと昇華した。







――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


526 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 21:59:27.63 VsJ8l5S90 446/874



ほむら
「永遠に続くかと思った」


柔らかく不安定な「足場」に立ち、全てを打ち払ったことを確認する。
時折、足場から弱弱しいうめき声が聞こえるが気のせいだろう。



ほむら
「一瞬、ロッソ・ファンタズマを思い出したのだけど」

QB
「強力な魔力は感じられないよ。幻覚の心配は無い」




何もかもが血に染まっている。

死滅した世界が広がっていた。



527 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 22:00:25.67 VsJ8l5S90 447/874


ほむら
「これだけの功績を挙げれば、死神から冥王に昇格してもいいわよね」

QB
「ほむらのジョークはレベルが高すぎる」

ほむら
「死者への手向けよ。こんな私にだって感情はあるのだから」

QB
「躊躇なく殺せるなんて流石だ。感心するよ」

ほむら
「ふん。貴方は何だか人間臭いわね・・・」

QB
「いやいや、本当に感心してるんだ」


ほむら
「私はどんな罪を背負おうと、私の戦いを続けなきゃならないから。
多少の犠牲は厭わないわ。今回に限っては正当防衛のようなものだし」


QB
「それ。それなんだけど」

ほむら
「何か気づいたの?」



528 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 22:01:17.93 VsJ8l5S90 448/874


QB
「兵士はここまで屈強なものなのかどうか、気になった。
勝機も無いのに、寄って集って襲いに来るなんてどうかしてるよ」

ほむら
「認識の差異でしょ。あいつらは勝機アリと判断した。
私達の見事な連携の前に、敢え無く散ったわけだけど」

QB
「私達? 案外ボクも捨てたものじゃないね」

ほむら
「皮肉よ。寧ろ邪魔だった」


QB
「でも闘争に明け暮れるほど人間は愚かじゃない。いいサンプルは無いかな」


キュゥべえは不機嫌そうに――いや、正しい表現じゃない。
バツが悪そうに? 眉間にしわを寄せて? 


消極的な姿勢で遠くの足場を観察していった。


QB
「この人の装備を外してくれないか」


キュゥべえは適当な対象をすぐに見つけたようだ。


529 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/08 22:03:37.63 VsJ8l5S90 449/874



ほむら
「・・・」

この死体に傷は一つも見られない。
かといって魔力中毒を引き起こす距離でもない。


でも死んでる。


ほむら
「なるほど。おかしいわね」


迷彩色の防護装備を外すと、屈強な男性の蒼白顔が目に入った。

QB
「服も全部脱がしてくれないか」

ほむら
「悪趣味ね。食べるの?」

QB
「食べる、という発想はフォローできないほど狂っているよ」

ほむら
「あれ。キュゥべえはよく共食いしてるじゃない」

QB
「そういう揚げ足はいいから早く」


靴下や下着も? と聞く前に異変に気づいた。


ほむら
「何よ。この斑点は・・・」



530 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 00:53:22.09 CfJ71V/80 450/874


グローブを外し終えて一言。
生気の消え失せた蒼白い右手に、季節外れの虫刺され?


違う。数が多すぎる。


男の袖を捲くる。


指先から腕にかけて紅い斑点が無数にあった。
なるほど。内出血だ。





案外、冷静になってみると視野が開けるものである。
目と鼻の先に『答え』が転がっていることもあるのだな、と思った。






531 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 00:55:10.24 CfJ71V/80 451/874


QB
「皮下の毛細血管が全部破裂しているんだ。極端に血流量が増えたんだね」

ほむら
「血管形成異常じゃないの? 先天性の遺伝病」

QB
「遺伝性疾患を抱えて、特殊部隊に配属されるのは考えにくい。
顔面蒼白に、過剰な発汗。多分、心室細動が死因だ」


ほむら
「変な薬でも飲んだわけ?」

QB
「モノアミン酸化酵素の阻害剤と副腎髄質から――」

ほむら
「そういうのはいいから。融通が利かないわね」


QB
「やれやれ、ドーパミンやノルアドレナリンは知ってるよね?」

ほむら
「交感神経系の神経伝達物質よね。流石に小学生レベルよ」

QB
「それらの分泌量が増したり、分解が阻害されると、理性的判断力が低下して、
強迫観念、自殺願望、パニック、癇癪 といった容態に陥るんだ」

QB
「換言すると、増幅された怒りや恐怖がこの男性を支配していたんだね」

ほむら
「つまり、私を襲った人たちは薬物中毒者だと言いたいの? 変よそれ」



532 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 00:56:36.56 CfJ71V/80 452/874



内因性の急死だから何?
薬物を飲んだから何?


私達は魔法という存在を知っている。
楽に説明がつくじゃないか。


ほむら
「普通に魔法で済む話よ」


QB
「魔法だとしたら一体全体、誰の仕業なんだろうね」

ほむら
「聖カンナしか居ないでしょ。刺客よ刺客」

QB
「彼女が直接くればいい話だと思わなかったかい?」

ほむら
「入浴中、私も同じこと考えたけど結論は出なかったわ。
とりあえず屠れるものは屠っていくまでよ」


QB
「ほむららしいね」


私は笑みを浮かべていた。
喜びなのか諦めなのか自分でもわからないが、妙にスッキリした。




533 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 00:58:40.54 CfJ71V/80 453/874


――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――

キュゥべえと私の憶測は正しかった。


戦闘は終わらない。
公園を離れ、道なりに歩いていた頃から死臭は増していった。


生き残り? わからない。


ゲリラ的に襲い掛かってきた人間を片っ端から掃除した。



木陰から果物ナイフのような暗器を投げつけた女性――に穴が開いた。



何人目だろう。



ほむら
「何人目だと思う?」

QB
「今ので七十二人。ほむら、梃子摺ってるように見えるよ」



534 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 01:00:16.25 CfJ71V/80 454/874


ほむら
「個人で迫られると、それだけ手数が増えるの。ほら」


愚かにも、男が何かを大きく振りかぶって突進してきた。
そいつの攻撃を素手で受け止め、顎先にパンチ。


体中に赤ワインを浴びてしまった。

ほむら
「これがアイアン? ゴルフクラブって軽いのね」

QB
「今ので七十三人だ」

ほむら
「わかってるわよ・・・」



535 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 01:01:32.43 CfJ71V/80 455/874



女子中学生には似つかわしくない。

ゴルフクラブを右前方に投げる。


ほむら
「そこの貴方。七十四人目」

倒れた中年と思わしき男性に番号を付けた。
首には十字架。手には出刃包丁。


鋭利だ。


ほむら
「これは危険! 柔肌が傷ついちゃうわ」


我ながら昂ぶっている。
血を浴び続け、殺戮者として身をやつした。


冗談を言わないとやってられなかった。


QB
「白々しいよ。肌もね」

ほむら
「血で真っ赤なのだけど」

QB
「皮肉だよ」


キュゥべえも理解していた。



536 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 01:04:29.43 CfJ71V/80 456/874


死臭は増していく。止まらない。

曲がり角に数百人。

さらに曲がったところに数百。


幹線沿いに出ると――数千?


多分、鹿目詢子の家まで続いているのだろう。

QB
「随分と手が込んでるね。やはり聖カンナかもしれない」


そんな分析関係なかった。
邪魔者は消す。


国が動いたかもしれない。
ウェブ上で、計画が立案されてたかもしれない。


近日の騒動にかこつけたシリアルキラーかもしれない。
はたまた、私怨で私にたどり着いた一般人かも。


全員が聖カンナに操られたのだとすれば、既に魔力切れでしょうね。

事切れてると楽なのだけど。


537 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 01:05:35.30 CfJ71V/80 457/874


ほむら
「うんざりしてきた」


清酒、ニンニクや偶像。

銀色の杭やデタラメな呪符に十字架。

精神安定だとは思うのだが、さっぱり理解できない。


QB
「人間は多種多様だね。色んな考え方があるものだよ」

ほむら
「杭はまだわかるけど、食べ物はちょっと勘違いされてない?
それにしても寝巻きの連中は何を考えてるのよ」


QB
「さあね。でも、カモフラージュも居るから気をつけて」

ほむら
「ミニミを抱えた老人は危なかったわ」



近寄ってきた子供を蹴り飛ばしながら答えた。
腰に、筒状のものを巻きつけているのだから仕方ない。



538 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 01:06:56.13 CfJ71V/80 458/874



老若男女ところ構わず絶命させる私は狂っていると思う。
でも、血塗れの私に近づくほうもどうかしている。


私は命懸けで目的地を探しているのよ。



一人


また一人


死出の旅へ追いやる。



ほむら
「ねえ、キュゥべえ」

QB
「なんだい?」


――何人目だと思う?


独り言のように質問しながら、邪魔者を排除し続けた。



539 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/09 01:10:42.65 CfJ71V/80 459/874

――――――――――――

540 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 17:50:51.52 OBKthgSR0 460/874


そんな下らないやり取りの末に、辿りついた住宅地。


大見得切って襲ってきた連中はもう居ない。


私には敵わないと察したのかわからない。
急に、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。


本当に薬剤を投与されてたりして。



QB
「静まってきたね」

ほむら
「不気味。廃墟みたい」

QB
「だね」

ほむら
「覚えてるわ。確かここらへんよ」



見覚えのある石畳に街路樹。
この景色に赤色は無い。実に平和な空間だった。


人工的な建物。人工的な観葉植物。
虫一匹いないのではと思うほどの人工っぷりだ。


規則的に並んでいるガラス張りのデザイナーハウスを一つ一つ確認する。




どこかしら。




541 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 17:52:08.45 OBKthgSR0 461/874


QB
「あったよ」


見た。

あった。



『鹿目』



ほむら
「寸分の狂いも無い。記憶どおりの外観だわ」


一気に疲れが取れた。



問題は、明日来るであろう聖カンナの先手に立てたか。
鹿目詢子が無事かどうか。


ほむら
「精神的に来る罠だったわ。聖カンナやるわね」

QB
「別人の可能性も頭の片隅に置いといてよ。先入観に囚われてはいけない」




ほむら
「罠には違いないわ。んで、この家は平気?」

QB
「大丈夫だよ。生命反応は一つだけ。だけど・・・」



542 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:04:27.61 OBKthgSR0 462/874


ほむら
「だけど?」

キュゥべえは何かに気づいたらしく溜息を吐いた。

QB
「しかし、避難は任せろと言ってたくせに」

ほむら
「その言い方、鹿目詢子か誰かを逃がそうとしたの?」

QB
「そうだよ。鹿目詢子が殺される前に避難させる計画があったからね。
成功したか不明だけど、鹿目家の方々は避難しました――という置き手紙はあった」

ほむら
「鹿目詢子は逃げて無かったと言いたいのね」

QB
「ちゃんと逃げたみたい。少なくとも今は居ないよ」


視点を変えれば、先の争いに巻き込まれずに済んだということ。


ほむら
「聖カンナの手から保護出来たということじゃない。感謝するわ」

QB
「微妙に違うけど」

ほむら
「ふうん」



543 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:05:36.95 OBKthgSR0 463/874


QB
「じゃあ、ここで燻ってないで入ろうか。まだ生命反応が残ってるんだから」

ほむら
「誰なのよ。キュゥべえの知ってる人よね? 聖カンナじゃ無いわよね」

QB
「ほむらも良く知る人間だよ」


思わせぶりな態度に腹が立ったが、扉を開けば済むこと。


ほむら
「あら? 玄関に鍵が掛かってない」


入りましょう。

QB
「インターホンを押す前にドアノブを握るなんてどうかしてるよ」

ほむら
「ちょっと黙りなさいよ。お邪魔します」



544 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:21:25.00 OBKthgSR0 464/874

■死に至る病Ⅳ


緑髪の少女が迎え入れてくれた。
私は、目の前にひれ伏す少女を知っている。


「お待ちし てま した」


声も聞いたことがある。


「お・・・お待ちしてまし たわ。あ、会 えて嬉 しいですわ」


少女が顔をあげる。
なるほど翡翠の眼球だ。


大粒の涙を流している。
久しく見ていなかったが、紛れも無く――



545 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:22:13.18 OBKthgSR0 465/874


ほむら
「貴女は志筑仁美。何故? 何故、鹿目の家に居るのよ」


志筑は、ゆっくりと口を開けた。


表現しづらいが、微笑みの中に筋肉のこわばりが見受けられる。
口を無理やり抉じ開けられたように、志筑は話し始めた。


仁美
「暁美さん。その格 好、赤ワインの海にでも落っこち たのですか」


頬を濡らしながら、私の麗しい衣装に言及した。


酷く狼狽した。



546 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:23:16.77 OBKthgSR0 466/874


ほむら
「志筑、質問に答えてくれると有り難いのだけど」

仁美
「さあ。上がって下さいませ。お疲 れのご様子」

QB
「ほむら。落ち着いてからでもいいだろう」

ほむら
「ええと。そうね、お邪魔するわ」

仁美
「キュゥべえさんも お元気そうで。い・・・忙しく なりそうですわぁ」

そのままパタパタと志筑は奥に消えた。



志筑はキュゥべえが見えてたっけ?
ICレコーダーを美樹さやかに渡していたときは、無視していたように見えたけど。


でも意外だったわね。
あの志筑が泣いて迎え入れるなんて。


ほむら
「感情が駄々漏れ。嬉し泣きだなんて初めて見たかもしれない」

QB
「・・・」

ほむら
「シリアスな表情をしているけど」

QB
「何か得体の知れない感覚があった」

ほむら
「? 様子を見ましょうか」



仁美
「暁美さん? キュゥべえさん? 早くこちらへ」

来客用のスリッパを履き、私達は言われるがままに奥へと入っていった。




547 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:24:13.42 OBKthgSR0 467/874


□ リビング


仁美
「さあ、座ってください。今お食事を用意しますから」


志筑は目に涙を浮かべて微笑んでいる。

シュールだ。


QB
「座らないほうがいいんじゃないか」

ほむら
「そうね。血塗れだし、椅子が傷むわ」

仁美
「いいえ、大事なお客人。気にすることは無いですわ」

ほむら
「そのお客人が座りたくないと言ってるのだけど?」

仁美
「カ、カバーをご用意します。少々お待ちを」

ほむら
「絶対に座らないわ。水を持ってきてくれる?」


仁美
「そうでした! ああ、忙しい!」


右往左往している志筑を見て、なんだか可哀想に思った。
しかし、この椅子。何か異質なものを感じる。



548 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:25:16.47 OBKthgSR0 468/874


QB
「この椅子はイーブルナッツそのものだろうね」


ほむら
「あら、不穏なものを感じたのよ。少し離れたほうが良さそうね」


黒曜石を髣髴とさせる漆黒の家具。
カラフルな配色に凝ったインテリアの中で、この黒い椅子だけが調和を乱していた。


ほむら
「聖カンナの所有物を盗んだのかしら。イーブルナッツだし」

QB
「ボクにもよくわからない。志筑仁美は何を企んでいるんだろう」

ほむら
「何もわからないの? 殺意を隠しきれてないわよ、これ」

QB
「心当たりはあるよ。聖カンナが名前を偽ってマミ達の前に現れた日にね――」


――――――――――――
――――――

QB
「ほむらが造った宝石で魔力を吸い取らせて、マミ達三人でほむらを殺害する手筈だった。
その内容には、志筑仁美を囮として鹿目家に置くことも含まれていたんだ」



549 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:27:51.84 OBKthgSR0 469/874


QB
「聖カンナも当然ノコノコ来る予定だったけど、無駄に終わった」


『Connectされる前に、誰かが私を排除する』 方法は既にあったのか。
インキュベーターを敵に回すとロクなことにならないわ。


QB
「逆手にとって、聖カンナを挟み撃ちできそうな作戦でもあった。
どちらか一方を排除するにはこの上なく理想的な展開だよね。
今は残念ながらパワーバランスが完全に崩れてしまったから無為なんだけど」


残念ながら、などと悪びれず暴露する。

驚きだ。

でもキュゥべえなりの愛情表現なのだ。


QB
「この計画を流用しているのが志筑仁美だ」

ほむら
「志筑が泣いてたのは私を殺さざるを得ないから?」



志筑が戻ってきた。

仁美
「違いますわ。逢えて嬉 しいのです・・・。さあ、お水 をどうぞ。」

断片的に聞かれていたようだ。
まあいい。



550 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:29:16.45 OBKthgSR0 470/874


グラスに何も仕掛けがない事を信じて受け取る。

ほむら
「今、何か――」

透明の液体が入っている。

ほむら
「どう? 毒とか入ってたら教えて頂戴」

QB
「入ってないよ」


受け取った水を一口だけ飲んでグラスを水平に傾ける。



中身は床一面に零れていった。

仁美
「あの・・・暁美さん?」

ほむら
「ちょっと気分が悪くなったから捨てたわ。
志筑は一々得体が知れないのよ」


悪態をついた。
反応を見る必要があった。



551 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:30:22.71 OBKthgSR0 471/874


ほむら
「それはそうと、料理はまだかしら? 用意してくれたんでしょ」


仁美
「はい、少しばかりお待 ち ください」



もう一度志筑を追いやる。



ほむら
「飲み物はセーフか。手紙――」

『あの女が出す食べ物には手を出すな。』


家具はアウトだった。

次は食べ物。

モンブランが食べたい。


鹿目詢子を避難させたのは志筑。
先ほどキュゥべえが言ってた置き手紙・・・のことは知らないが、これも志筑だろう。


あの怪文書にも似たような記述があったか。
『お前の求めるものはまだそこにある。しかし、あの女が何処かへ運び去ってしまう。』

志筑に聞こう。そうしよう。



552 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:31:38.64 OBKthgSR0 472/874


ほむら
「怪文書の主が志筑ってことは無いわよね?」

QB
「保留すべき事案だよ。今は別に考えることがあるだろう」

ほむら
「別に考えること?」

仁美
「お、お待た せしました。 Duelos y quebrantos です。
さ・・・あ、お召し上が りくださ い」


白い皿に、卵と肉をグチャグチャに混ぜたものがでてきた。


最悪。


早朝の出来事を思い出してしまった。


QB
「この料理を見て何を感じるかどうかだよ」


ああ!

ボロが出たと言いたいのね。



ほむら
「気色悪いベーコンエッグ?」

仁美
「スペイン、ラ・マンチャ地方 の郷 土料理 ですわ」

ほむら
「ありがたく頂くわ。残さず食べるのよ、キュゥべえ」



553 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:32:47.22 OBKthgSR0 473/874


受け取った皿をそのままキュゥべえに与えた。


食べたくない。


QB
「嫌ならはっきり言えばいいよ。毒は入ってないみたいだし」

仁美
「暁美さん・・・ 手造り なのですが」

ほむら
「じゃあ一口だけ食べようかしら」


塩辛い。


ほむら
「変な肉ね。レバーかしら」


何だかミルフィーユが食べたい。


ほむら
「残りは全部貴女にあげるわ」


私が皿を突き出すと、志筑は悲しそうな顔で残飯を受け取った。
いや、笑みを浮かべていた。



554 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:35:16.58 OBKthgSR0 474/874


仁美
「・・・。お風呂に入っては如何? 二階にありますゆえ」


微笑もここまでくると恐怖を覚える。
何十分も泣いているおまけ付き。


だから尚更恐ろしい。

志筑が?


違う。聖カンナが恐ろしい。


ほむら
「悪くない提案ね。私が温まっている間、貴女も頭を冷やしたらどう?」

キュゥべえを連れて、バスルームに立てこもった。

QB
「どうしたんだい」

ほむら
「キュゥべえに聞きたいことがあるのよ」



555 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:45:22.95 OBKthgSR0 475/874


志筑は操られている。

彼女から飲食物を受け取るとき、仄かな魔力を感じた。言質も取れた。


ほむら
「ドゥエロス・イ・ケブラントスという料理の意味が知りたい。教えてくれるかしら」

QB
「今の彼女を表しているような意味だ。名は体を表すということじゃないかな」


意味は教えてくれないか。
きっと卑猥なんだ。



ほむら
「キュゥべえの違和感は正しかったわね」

QB
「洗脳系魔術で見られる症状があったし、妙な知識を持っている。間違いないよね」

ほむら
「そう。志筑がスペイン語を知っているとは思えない。
序でに微小な魔力を放出していて――表情がおかしいのが決め手」



志筑は「操られている」ことを自覚しているのだ。


556 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:48:41.76 OBKthgSR0 476/874


QB
「ファンタズマ・ビスビーリオ系統の洗脳は厄介だね」

ほむら
「でも、洗脳なら戻せなくも無い」

ほむら
「聖カンナの魔力を切断しましょう。私にいい考えがあるの」

QB
「へえ。まかせてもいいのかい?」

ほむら
「今日の私は冴えてるのよ」


557 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:50:10.95 OBKthgSR0 477/874


□ リビング

こびり付いた血液を浄化させて志筑の元に戻った。
相変わらず、志筑は嬉し泣きをしている。

心は悲しんでいるのかもしれない。


ほむら
「貴女、操られてるでしょ」

仁美
「そ、そんなことないですわ」

ほむら
「人形みたいよ。目に生気が宿ってない」

仁美
「無礼すぎます」

ほむら
「目は口ほどにものを言う。今の志筑は空虚も空虚、自我が無いわ」

仁美
「・・・」

私は本当に冴えている。
志筑の髪を引っ張り、椅子状のイーブルナッツに座らせた。


足掻いて抵抗する志筑を無理やり押さえつけて。



558 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:52:59.55 OBKthgSR0 478/874


QB
「なるほど、考えたね。体内の魔力を全て吸い取るのか」


魔法少女でない志筑なら、魔力を必要としない。
イーブルナッツに座ったところで命に別状は無いのだ。


――――――――――――――――――
――――――――――――


ほむら
「ねえ。もう大丈夫よ、辛かったわね」

仁美
「あ・・・あ!」

魔力は全部尽きたようだ。

仁美
「あ。暁美さん・・・暁美さん!」


泣きながら抱きついてくる志筑を、追い払うことが出来なかった。
彼女の慟哭が止むには相当な時間が掛かりそうだ。



559 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:55:44.95 OBKthgSR0 479/874



ほむら
「はあ。落ち着いた?」

仁美
「ご迷惑をかけてしまいました。」

仁美
「何日ぶりでしょう。自分で話すことが出来るのは」

ほむら
「身体に異常は無さそうね」

仁美
「多分。それにしても何故こんなことに・・・」

ほむら
「あー、聖カンナって知ってる? 貴女は悪い魔法少女に襲われたのよ」

仁美
「既知ですわ。私は騙されたのです。カンナさんに騙されていました」

ほむら
「カンナさんですって?」

まだ操られているのか?


QB
「詳しく聞かせて貰えるかな」

仁美
「カンナさんのConnectを暴いたまでは良かったのですが――」


と、恐ろしい発言から始まった。


鹿目詢子を説き伏せた深夜のこと。

聖カンナの計画に従う代わりに、接続をしないでほしい。
志筑自身の意思で私に逢いたいという口約束をした。

しかし、手紙に思いをさらけ出した翌朝以降。
聖カンナの魔術によって身体の自由だけが奪われたそうだ。



560 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/10 18:57:14.75 OBKthgSR0 480/874


QB
「インキュベーターへのアクセスが行われた日だよ」

ほむら
「Connectは使わない。だけど別の魔法で身体を乗っ取りましたってこと?
それはもう、完全に志筑の詰めが甘かったのね」

QB
「接続される前に牽制できたのは上々だと思うよ」


仁美
「いいえ。無意識に操る呪術は、すでに掛けられていました」

QB
「何故そう思うんだい?」

仁美
「キュゥべえさん。今思えば、鹿目さんの住所を特定したのは私じゃなかったのです。
急に頭が冴えて、両手が勝手に動いて、気づけば鹿目さんに電話をしてました」


とっくに接続してたのね。


QB
「これは黒だね。ほむら、間違いなくConnectだよ」

ほむら
「やってられないわね。今も接続されていると見て良いのかしら」


仁美
「それを確かめる唯一の方法があります」



志筑は朗らかな表情で言った。
生きた存在に死を見た瞬間だった。




583 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/13 23:57:50.17 O2ip5jY10 481/874



QB
「まさか・・・」

ほむら
「言ってご覧なさい」

仁美
「私は、契約します。インキュベーター、準備はいいですか」

QB
「ほむら、準備は良いね」


私は、頷いた。


584 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/13 23:58:36.20 O2ip5jY10 482/874



契約の内容次第によっては即座に殺害せよ、という博打に出たのだ。


例えば「人類を滅ぼしたい」「目の前の魔法少女を滅ぼしたい」などと志筑が祈れば、
聖カンナのConnectが影響しているといった風に。
志筑は志筑で叶えたい願いがあるらしいのだが、それはさておき。



実に恐ろしい女だと思う。
私は弓を生成して、彼女の首筋に近付けた。


耳を澄ませた。


手首に力をこめた。





仁美
「契約します」



志筑仁美は祈った。



585 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/13 23:59:15.52 O2ip5jY10 483/874




              こんな悲劇が二度と起こらないようにして欲しい





                   さあ、叶えてください 


                    インキュベーター





586 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/14 00:00:22.47 BG9zadtM0 484/874



「キミの祈りはエントロピーを凌駕した」


「さあ解き放ってごらん。その力を」






仁美
「ふう。賭けには成功しました」


志筑らしくない、実に抽象的な願いだと思った。
かといって、人類を脅かすような祈りでも無さそうなので白と判断。

QB
「通常の願いだ。Connectの心配は無いよ」

ほむら
「悲劇、ねえ。ひどく曖昧、よく叶えられたわね」

仁美
「いいえ、まだ叶っていません。ここからが勝負どころですわ」


QB
「そんなはずは無いんだけど・・・何かしらの変化は起きたはずだよ?」



志筑から柔和な笑顔が消え去った。





587 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/14 00:01:34.33 BG9zadtM0 485/874



仁美
「暁美さん。いいえ、ほむらさん」

仁美
「私を殺してください。それが最期の望みです」


ほむら
「私を殺してください?」



少々耳を疑ったが、この女なら言いかねない。
何故か納得してしまった。


仁美
「貴女は何故生きているの、といつぞや仰ってましたね。
私なりの答えを用意しました。受け止めてください、ほむらさん」


ほむら
「ええ。そ、そうね」


こ、言葉が出ない。



仁美
「聞きましたよ? 素体を探していると。鹿目さんを探していると。
だから、私にリボンの力を注いでください。私も『円環の理』の力に耐えうるはず」


ほむら
「貴女は、リボン、私の右手、私のソウルジェムに接触した。
三度、あの子の魔力を受容して、耐性がついたわね・・・」


変な返事だ。
それだけ動揺しているのだけど。



588 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/14 00:02:26.62 BG9zadtM0 486/874



仁美
「私が『円環の理』の器になって、ほむらさんの悲劇を終わらせましょう」

仁美
「だから、私を愛してください。器で良いですから愛してください」


ほむら
「・・・」

ほむら
「やってみるわ」




リボンから桃色の力を多めに取り出す。
耐性があるとはいえ、今一度確かめなければ。


念には念を入れて。


腕に桃色の力を注ぐ。


それは次第に変色した後、崩れ去った。


QB
「志筑仁美・・・腕が」

仁美
「!!」

仁美
「お、おかしいですわね。次は足を・・・」

志筑の声が霞んでいた。



589 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/14 00:03:39.51 BG9zadtM0 487/874


ほむら
「ごめんなさい。今の貴女でも、あの子を宿す器たりえない。
人体が四散しない程度の耐性だった・・・わけよ」

仁美
「そうですか」


消え入りそうに言った。
もう消えているのだと思うくらいに。


QB
「無念を晴らす手段はまだ残っているよ」

仁美
「・・・」

QB
「ほむらは桃色の力を受け止められる。だから、志筑仁美が呼び水になるんだ」


仁美
「ほむらさん自身を器に――妙案ですわ。
私が『円環の理』に導かれれば良いのですね」

ほむら
「腕は治癒出来るけれど、本当に死を選ぶのね?」

仁美
「そうです。私はもう絶望しているのです。
ほむらさんを救えば、悪夢は終わるはずです。そう思ったのがきっかけですから」



殺せだの愛せだの、注文の多いお嬢様だとは思っていた。



ほむら
「貴女はそういう人だったのね」


やっとわかった。
志筑仁美は、どうしようもなく利他的な人間なのだ。




590 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/14 00:06:53.11 BG9zadtM0 488/874


私の救済の先に何を見ているのだろう。

確かめたくなった。
好奇心は止められない。


ほむら
「遠くに見滝原の平和を見据えているのかしら? それとも――美樹さやか?」

ほむら
「悪夢を生んだのが私というのなら何れかのはず」

仁美
「自分でも・・・わからなくなってきました」



ほむら
「自分を抑えすぎよ志筑仁美。
優しい嘘はもういらないから、今思っていることを素直に吐きなさい」

仁美
「名前を口にするのも憚られる、恐怖の旋律――Connectから逃げ出したい。
“私”を奪われたくありません! あんな魔法少女に!」

ほむら
「わかったわ、逝ってしまいなさい。『円環の理』に導かれて」



591 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/14 00:07:47.41 BG9zadtM0 489/874


私は悲劇の舞台に迷い込んだ少女を救いたかった。
自分の身体に「あの子」が宿らないことは知っていた。


せめて雰囲気だけでも。
せめてミテクレだけでも。


プレイアデス聖団で、何度も試したのだから。


可能性はゼロに近い。


その上で演技をするのは大変だ。


淡い桃色の柱の下。
私は駆け寄って、涙を流す。いや、自然に流れていた。


演技ではなく――


ほむら
「ほむらちゃんの身体を乗っ取って? そこに居るんでしょ?」

桃色に話しかける。
「あの子」は確かに存在しているのだから。


――奇跡を希った。



592 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/14 00:11:37.13 BG9zadtM0 490/874


仁美
「本当に悪いお人ね」


小悪魔のような笑顔を浮かべている。


ほむら
「――志筑?」

仁美
「ほむらさんが逢いたがっている『理』さんは、きっと傍で見守っていま――」




仁美
「ああ。嘘・・・」


志筑は突然苦しみだした。


仁美
「最後の最後くらい――」


志筑は自分の首を絞めていた。


ほむら
「な、何をしているの!」

仁美
「自分の意 思だと 信じたかッ た・・・」

QB
「仁美?」


桃色の光が一層強くなった。


ほむら
「逝ったわ」



その死に様はさながら、舞台で踊らされる人形のようだった。




593 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/14 00:13:08.40 BG9zadtM0 491/874




ほむら
「私は正しかったの・・・?」



QB
「ほむらがどんな選択をしようとも、ボクはついていく」



――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――



612 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/15 22:55:40.12 851x/nQD0 492/874


■メロペー

ほむら
「志筑の願い・・・結局なんだったの? 悲劇って何よ」

QB
「わからない。でも志筑仁美らしい祈りだとは思ったよ。
彼女の置き手紙によると、鹿目詢子の頼みそのものらしいからね」


置手紙? 遺書じゃないのそれ。


ほむら
「志筑らしくないと思った。彼女なら聖カンナを八つ裂きにしかねない子よ。
志筑がどうしても叶えたい願い、というのはその程度で良かったの?」


QB
「それはあの世で本人に聞いてみるしかないね。
でもね、彼女の祈りが不利益なものでさえなければ、願い事なんて何でも良かったんだ」


ほむら
「キュゥべえ・・・?」

QB
「“彼ら”インキュベーターがどう思うか知らないけど、“ボク達”インキュベーターはほむらに味方しているんだ。
ボク達にとって、志筑仁美という不確定要素がほむらを邪魔しなければそれで十分」

ほむら
「わざと殺したというの?」

QB
「その意味で言ったわけじゃないよ。志筑仁美には荷が重すぎたということさ」

ほむら
「荷が重いとは到底思えないけど・・・」



613 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/15 22:56:32.50 851x/nQD0 493/874


QB
「ほむらじゃなきゃ聖カンナは倒せない、とボク達は結論付けている。
何度シミュレーションしても、マミ達はまず全滅する」


前もそんなこと言ってたわね。


QB
「だからね。マミ達が聖カンナに敵うはずがないんだ。ほむらにしか成しえないのさ」


マミ達、には志筑も含まれていたようだ。


ほむら
「ん? 仲間割れよ。誰が聖カンナを倒すかにこだわってる場合じゃないわ」

QB
「こだわるとも。意見が分かれて離反するほどに。それにボク達は願いを強制できない。
もう一度言うけど、志筑仁美がマイナスの祈りをしなければそれで良かったんだ」

ほむら
「そういう意味じゃ悪くない願いなのね」

QB
「そうだね。志筑仁美はほむらと聖カンナの両方を救いたかったんじゃないかな」

ほむら
「救われた気がしないわ」

QB
「もちろんただの憶測だよ」


志筑の遺した料理を食べながら意見を交わし続けた。
箸が進まない。



614 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/15 22:57:53.27 851x/nQD0 494/874


気がつけば昼下がり。

ほむら
「鹿目詢子の避難先、結局聞きそびれたわね」

QB
「すっかり忘れていたよ。志筑仁美というイレギュラーで手一杯だったし」

ほむら
「あの最期も気になるわね。理解に苦しむと言うか、理解してはいけないようで」


死の間際に自分の首を絞めていた志筑仁美。
信じられない。


QB
「ボク達が観測してきた最期のなかでも、極めて稀だと思うよ」

ほむら
「これからどうしましょうか」

QB
「魔法円を沢山配置して、明日の決戦に備えたほうがいい」

ほむら
「冷蔵庫のものは食べていいのかしら」

QB
「好きにすると良いよ。ただ用心してくれ」

ほむら
「何に用心するの。賞味期限なんて飾りよ」


冷蔵庫を開けてみるとマヨネーズやソースなどの調味料しかない。
何だか物寂しい気がした。


ほむら
「全部使い切ったのかしら、お肉もお魚も見当たらないわ」

QB
「何だ。マヨネーズがあるじゃないか」

ほむら
「明日が決戦なのに。悲しすぎる晩餐になりそうね」



616 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/15 22:59:06.11 851x/nQD0 495/874


キュゥべえにマヨネーズを与え、リビングの間取りをチェックしていた頃。

ほむら
「ねえ、話は遡るけど、志筑の願いで色々話したわよね」

QB
「うん、何か疑問でもあった?」

ほむら
「聖カンナのソウルジェムを砕きたいって志筑が祈ればハッピーエンドよ。
こんな状況だもの。鹿目詢子の頼みなんて無視しちゃっていいと思わない?」

QB
「だから、ボク達は願いを強制できないんだって。現に祈らなかっただろう」

ほむら
「そこは時機を見て契約すれば――」


と返答した矢先、玄関の扉が轟音と共に飛んできた。


ほむら
「危ない!」


強めの魔力と共に、それはまっすぐキュゥべえの方向へ。
身を挺して、キュゥべえに覆いかぶさる。




暗転。




ガンッという鈍い音。


常人なら頭の骨にヒビが入るであろう攻撃を、見事に喰らってしまった。


次いで、目に見えて赤い熱風が私を襲った。
簡単な障壁を形成し、熱源の中和に神経を集中させる。



ほむら
「誰? 何?」



618 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/15 23:01:38.07 851x/nQD0 496/874


不意打ちを決めた魔法少女の姿が現れる。
その姿は黒く、布地の少ない衣装を着ていた。



「ちゃおー。殺したがりの暁美さん! 当たった?」



いかにも魔法少女らしい装い。黒い三角帽子に黒いマント。
十字架状の杖を器用に操っている。



「カンナを苦しめる祈りは私が許さない。そのまえにキュゥべえをぺしゃんこだよ!」


ほむら
「あら。やるじゃない」


「フツーの反応だね・・・。もう一回やったら本性をあらわしてくれるかなっ?」


天真爛漫が服を着たような少女。やってることは陰湿だ。


QB
「思いっきり監視されてたね」

ほむら
「今度から二匹用意しましょう」




「カンナぁー。何もしてないのにまた魔力が減っちゃった」

「今日は調子悪そうだ。得意技の威力が低い」

「うーん。いまのは人様のお家を壊さないように加減したからだよ」

「ここまではおおよそ上手くいったな。私はまずインキュベーターと交渉しよう。
かずみはどうしようか。戦いたい?」


「なんかぞわぞわするけどやってみる」


恐らく私に攻撃を浴びせたのがかずみ。



掴みどころの無さそうな、寝起き顔の奴が聖カンナだろう。

素人目に見ても上品な、漆黒の装束に包まれている。
そのままボルドーグラス片手にパーティ会場へ紛れ込んでも通用しそうなほどに。


ただ漆黒の上に、数個の円が配列されているのは戴けない。
どこか彼女の本性が見え隠れする完全な、完璧な円だ。

ほむら
「悪趣味な円ね。立食パーティでお気に入りの皿でも見つけた?」

「そうだよ暁美ほむら。モーニン」

ほむら
「モーニン。もうすぐ夕方ね」

まだ昼だ。

「私達を相手に余裕綽々だねェー」




620 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/15 23:04:01.19 851x/nQD0 497/874


ほむら
「御崎海香はどうしたの。万が一生きてるなら三人がかりで来てもいいのに」


「ばっちり生きてるよ。今のところは」


ほむら
「何それ遅刻してるわけ?」


「遅れてはいるけどね、御崎海香では無いけど」



QB
「ほむら! 黒い少女が聖カンナで黒い方がかずみだよ」

ほむら
「二人のやりとりを見る限り仲が良さそうね。神那ニコっぽいミテクレだし親戚よきっと」

QB
「聖カンナ・・・と戦うのは明日だと怪文書にあったのに変だね」

ほむら
「解釈の違いか嘘よ。飲み物や食べ物は平気だったじゃない」

QB
「椅子は危険極まりなかったね」


接続されないように幾重にも防護壁を編んだ。キュゥべえにも一応。
ただの気休めに過ぎないけど無いよりマシだ。


QB
「ほむら、いつ襲われてもいいように準備してくれ。ボクは聖カンナと会話してみようと思う。
不意打ちするなら家を壊さない程度にね」



カンナ
「か―ずみ、そういうことになった。キュゥべえと対話を試みるよ」

カンナ
「ッち。めっちゃ遠いな、鈍る。集中しないと魔力が漏れそうだ」

かずみ
「カンナも大変だね。ニコが死んじゃったから複製の――」


カンナ
「ストーップ、かずみ。周りをよおく見ろ、今は時間を稼ぐのが適当だと思うぞ。
暁美ほむらに目をつけられた以上、戦って生き延びるしかないよ」

ほむら
「ええと、知的行動はキュゥべえに一任するわ」


キュゥべえとかずみの「わかった」という声が重なる。
深呼吸を一回。追加の障壁を展開してフィジカルを強化した。



622 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/15 23:05:37.52 851x/nQD0 498/874


カンナとキュゥべえが向かい合って着席する。

カンナ
「やあ。魅力的な休戦条約を持ってきたよ」

QB
「魔術の使用は禁止だ。それなら交渉に応じよう」


そんな立場じゃないだろ、と吐き捨てながら
カンナは胸のソウルジェムを指差していった。

カンナ
「恐れなくていいよインキュベーター。コネクトは結構濁るんだ。
接続を使ったら宝石に陰りが出る手筈。では――かずみの戦いを見るとしよう」

QB
「なんでだい?」

カンナ
「嫌われ者のインキュベーターに嬉しいニュースを教えるため。何事にも段取りというものがあってね」

カンナ
「勿論、お前の大好きな暁美ほむらには手を出さないよ。正確には出せないというか」

QB
「別に構わないけど、あの暁美ほむら相手にかずみ一人かい?」

カンナ
「だから段取りなんだよね。アレも暁美ほむらに一矢報いたいようだし」


642 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:48:15.87 xb0EQg1g0 499/874



かずみ
「そーゆーことっ」

ほむら
「間違って殺してしまったらごめんなさい。黒い魔法少女達」

カンナ
「不可視のシールドが展開されているから気にするな。私と宇宙生物に攻撃は通らない」

ほむら
「それはありがた迷惑というやつね」



できれば聖カンナから仕留めたいところだが、二人の実力は全くわからない。
まずは一対一で戦える場を与えてくれた漆黒の女に感謝したい。


と思いつつも両方に気を払わねばいけないわけで。


視線で人を殺しかねない、絶対的な存在感が椅子に座り込んで頬杖をついているのだ。
少しでも隙を見せたら全部終わってしまう。全部無駄になってしまう。


聖カンナの冷たい視線を感じる。



643 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:48:56.40 xb0EQg1g0 500/874


かずみ
「すぐにやっつけちゃうんだから! わたしの活躍見ててねカンナ」

聖カンナにウインクすると、十字架をモチーフとした杖を私に向ける。
こほんと咳払い。まるで正義の魔法少女のように口上を述べた。

かずみ
「ドゥ・オア・ダーイ。暁美さん? カオル達の弔い合戦だよ!」

ほむら
「受けて立ちましょう、聖カンナに与する魔法少女」



さて室内戦。
弓を振るうには狭すぎるか。




かずみ
「この杖、とーっても痛いんだよ。手加減しても魔獣さんは一撃!」


槍と同じと見ていいのだろうか。
十字架の先端には殺気が集束し、私の心臓を貫かんばかりに照準を合わせていた。



ほむら
「手が震えているわよ」

かずみ
「えっ?」


ぴくりと杖が痙攣した瞬間、超反応で十字架を蹴り飛ばす。
それはかずみの手から吹き飛び、一瞬で後方の壁をぶち抜いた。


かずみ
「はっやい! さすがだね。でもわたしも本気じゃないんだっ」


とろい、と思った。


644 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:50:06.13 xb0EQg1g0 501/874



かずみ
「いっくよぉー。リーミティ――ぐふぉあっ」


回し蹴り。
何の変哲もない回し蹴りによって、黒の肉体が不自然に曲がり真横に飛ぶ。


聖カンナの手前で静止した黒。
直後、あらぬ方向へ再度はじき飛んだ。


カンナ
「もう少しで私もろともオダブツじゃないか」


声が良く響く。時間が止まった気がした。


ほむら
「強力な障壁・・・。御崎海香以上ね」


近づくに近づけない。実にもどかしい。




かずみ
「けふっ。カンナ?」

コイツもコイツで間合いを知らない。
対人経験が無いようだ。




645 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:51:39.81 xb0EQg1g0 502/874


ほむら
「・・・その程度?」

かずみ
「まだまだっ! La Bestia」


苦しそうに患部を押さえながら、反対の手で印を結ぶ。
私の四方に小柄なヌイグルミが十数匹召喚された。


かずみ
「ちちんぷりん。クマさん達! がんばって!」

ほむら
「貴女は私を馬鹿にしているの?」

かずみ
「してないよー」


若葉みらいが素体相手に行使した魔術、のはずだが随分と小規模だ。


何が狙い?

魔力不足か?


「むぎゅ」

「ぐにぁ」


ひとつひとつ、ヒールの下敷きにしていった。
数が圧倒的に少なかったので簡単に対処出来た。


罠か。

あるいは様子見。



かずみ
「あれっ。踏み潰されるはず・・・」


ほむら
「これ、御崎海香より弱いんじゃないの」


かずみを指差して、説明を求める。

聖カンナは聞いているのかよくわからない態度。
キュゥべえもまた首をかしげるだけだった。



ほむら
「図星ね。張り合いがないわ」

かずみ
「もう許さない」


電撃のようなものを全身に纏って私を睨み付ける黒。
強烈な雷光が視界を眩くする。


かずみ
「手加減なしだよ」



646 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:53:06.24 xb0EQg1g0 503/874


ほむら
「凄い電撃っ。変なこと言って怒らせてしまったかしら」

かずみ
「ずっと怒ってるもん!」



強化補助魔法と思っていいのだろうか。
心なしか雰囲気が随分と大人びたというか、いや髪が伸びている。


ほむら
「第二形態・・・」


聖カンナに牽制。一瞥した。
様子を見て、かずみに矢を投擲する。


かずみ
「Capitano Potenza! 避けるまでも無いよ!」

かずみの手が鋼色へと変色する。硬化したのだ。
牧カオルの魔術よりやや淡い色合い。


そのまま矢を薙ぎ払おうとし――肩ごと持っていかれた。



かずみ
「ぁあ゛っ!!」


悲鳴と共に、赤い霧が矢の延長上に拡散した。


まるで虐め。


傷口を塞ぐように手を当てて、回復魔法を行使している。



ほむら
「ちょっと聖カンナ。どういうつもり?」


聖カンナは冷めた目のまま一言も発しない。
すっかり飽きてしまったようだ。


647 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:54:14.20 xb0EQg1g0 504/874


かずみ
「まだ・・・。まだだよ」


体液を散らしながらかずみが立ち上がった。


電光が消えている。


見ていられない。
やめてくれとすら思った。



かずみ
「まだ戦えるもん!」



ほむら
「とてもじゃないけど力の差が・・・」

かずみ
「ファンタズマ・ビス――」



幻覚魔法! と脳が認識した瞬間。



かずみ
「ぎゃんっっ」




両手が赤くなっていた。
返り血も盛大に浴びてしまったようだ。


ほむら
「はい、お終い。ソウルジェムは・・・ソウルジェムは?」


床に押し付けて、馬乗りになる。
勿論、聖カンナに背を向けないように注意を払って。



648 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:55:45.94 xb0EQg1g0 505/874


かずみ
「カンナ? 何で見てるの? 助けてよ」

回復を終えたかずみの救難信号に、聖カンナは冷ややかな視線で応えた。



かずみ
「ねえ、仲間でしょ・・・」

カンナ
「仲間だって? ばーっかみたい」


聖カンナが口を開く。軋轢を見た瞬間だった。


ほむら
「プレイアデス聖団の、神那ニコの親戚じゃなくて?」

かずみ
「カンナはニコの形見だよ。再生成で造った予備だって・・・この前教えてくれたもん」



予備?

誰よりも強くて悪質な?

本当に予備?



かずみの獲得した情報が正しいとは限らない。
無理やり私と戦わせるように、かずみを言いくるめた疑いが濃い。


ほむら
「それ嘘でしょ」


鎌をかける。




649 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:56:57.61 xb0EQg1g0 506/874


カンナ
「ま、かずみに話したのは嘘だよ。まずは譲歩して色々話してやろうか」


仏頂面。壁掛け時計をちらっと見て、話し始めた。聞いてもいないのに。


カンナ
「私はニコが契約で生み出したニセモノなんだよね。予備じゃない。
強いて言うならHyades。プレイアデスでもないし、かずみの仲間では無いよ」


ほむら
「真偽を証明できる人物が居ないわ」

QB
「ボクが保証しよう。カンナはニコの監視のために契約したんだ」


監視?
素体が私に刃向かうような感じと思えばいいのね。


カンナ
「そう。だからこんな馴れ合い集団は滅べばいい」

かずみ
「一緒に美国さんの家まで逃げたのに・・・なんでそんなこというの?
全部嘘だったの? ねえ、カンナ」

カンナ
「理由知りたそうだけど、悲しみはもう産みたくないから教えない」

かずみ
「わたしなら・・・平気だよ。どんな事実だって受け止めるから」

カンナ
「駄目。真実を知ったときの絶望は計り知れない」



650 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:58:04.30 xb0EQg1g0 507/874


かずみ
「本当の本当に平気だから、大丈夫だよ」

カンナ
「然るべき場じゃないとね。馬乗りされたままじゃこっちも話せないよ」


延々とこのやり取りを続ける気か?
キュゥべえは全てを天に任せているようだし、私が終止符を打とうか。


ほむら
「いつまで続けるつもり? 話したらいいじゃない」

カンナ
「暁美ほむらが言うなら仕方ないな。よし、暁美ほむらの命令に従おう」

ほむら
「そんなに軽いノリでいいの?」




私の意見をあっさり飲み込む。まるで待っていたかのように。
聖カンナの漆黒がさらに増したようだった。




カンナ
「眠り際の子守唄。かずみはプレイアデスが造った合成人間なんだよね」

さらりと言ってのける。



私はかずみ以上に目を見開いていたはずだ。
合成人間――あまりの完成度の高さに心臓も高鳴りはじめる。



よく動く。

よく喋る。



私に押し倒されている少女が急に宝物かのように映った。


ほむら
「素体の延長上にみた完成品が・・・これなのね」



651 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/18 23:59:44.73 xb0EQg1g0 508/874



カンナ
「かずみは不良品だぞ。ホンモノとニセモノの中間種という稀有な例だ」

カンナ
「和紗ミチルという魔法少女の砕けたソウルジェムに、和紗ミチルの肉体を元に造った器」

カンナ
「サイテーのヘテロ。今や御崎海香の魔力だけで動いてるガラクタだな」




ふっ、と自嘲的な溜息を吐いて脚を組む。




カンナ
「当の御崎海香は自滅寸前だが、かずみは何分持つか気になるよ」


かずみ
「それ・・・嘘だよね」


カンナ
「鎌かけか? 認めたくないのか? 可哀想に。肩から噴き出た血は、他人の血だ」

かずみ
「嘘に決まってる! わたし魔法使えるもん」


カンナ
「あ? 関係ないよ。錯乱したか? プレイアデス全員の血が流れている人間モドキめ。
かといって純粋なニセモノではない。つーか、メンバーの技を楽々使えるチートがいてたまるかよ」

かずみ
「ソウルジェムだって砕けてないもん・・・」



652 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:01:12.97 cpa5inNg0 509/874


カンナ
「暁美ほむら。左耳のピアスを外してやれ。ミチルのソウルジェムだ」


ほむら
「これ? とっても素敵な色ね」



馬乗りの姿勢のまま、ピアスを一番見えやすい位置まで持っていった。
どう見ても複数個所に亀裂が入っている。
和紗ミチルが導かれる間際に一度砕いたのだろう。浅海サキが魂が~と言ってたし。



かずみ
「あ・・・そんな」


それだけではない。濁りきったソウルジェムが青い輝きを取り戻しつつあるのだ。
グリーフシードを当てているわけではない。

聖カンナの言うように、御崎海香の青い魔力を吸い取っているのである。


かずみ
「いやあああああ嘘だよぉぉおお」


かずみの悲愴な表情、叫び。思わず目を背けてしまう。



654 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:02:18.75 cpa5inNg0 510/874


QB
「聖カンナ。何がしたいんだ?」

カンナ
「よく見ろよ、インキュベーター。
これだけ感情が昂ぶっていれば契約だって結べそうだ」

QB
「聖カンナはそういう人物だったね。そうだよ、契約はたった今可能になった」


契約させていいのだろうか。
素体なら契約したがるかしら――違う。素体は魂を持たないから契約できない。


「あの子」は結局魂を宿したのかわからないままだけど・・・。
椅子に座って、黙々と書籍を読む「あの子」なら契約したがるかしら?


私の下で慟哭する少女を大切に取っておきたい。
きっと役立つ。私の理論に新しい風を。だから――。


六つの工学チップが付着したソウルジェムを見つめる。


ほむら
「本当に人造かテストしてあげる」

かずみ
「え? 何を?」




655 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:03:06.62 cpa5inNg0 511/874



ソウルジェムを握りつぶした。


かずみ
「なんてこと・・・」

ほむら
「貴女、まだ生きてるってことはそういうことなのよ」


人間ベースの素体と同じく、魔力が流れている分には機能停止しない。


かずみ
「そっか。そうなんだ」


嘆きを見た。目に悲哀の色が漂っていた。
殺してほしい、と私に訴えかけているみたいで。


かずみ
「・・・」

ほむら
「・・・」


おそるおそる首に手をかける。




温かい。




彼女の表情はどこか安らいでいるように感じた。




次に瓶を取り出した。




656 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:04:25.51 cpa5inNg0 512/874


カンナ
「おい。交渉材料に何してやがる」

ほむら
「みていて可哀想だったから殺してあげたのよ」

カンナ
「死体をどうするつもりだ?」

ほむら
「瓶に溜めておきたい。あの子のサンプル体として役立ちそうだし。
プレイアデス聖団が死体に命を吹き込んだなら、私にも間違いなく出来る」

カンナ
「おーおー。お前は変わったやつだな。私の目は曇ってなかった」


ほむら
「私はそういう人間。あの子に逢うためなら何だってする。全部捨ててやる」


ほむら
「それが正しいかどうかは知らないけど」




カンナ
「でも――もっと可哀想な存在になったぞ。ビン詰めかよ? 発言と行動が矛盾してるな」




ほむら
「果たしてそうかしら。彼女は自分で死を選んだのよ。
身内を騙して踊らせ続けるほど狂っていないわ」

カンナ
「くっくっく。ああ言えばこう言う。お互い似たもの同士だなあ」


聖カンナが初めて笑った。とてもご機嫌そうだ。



657 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:05:20.04 cpa5inNg0 513/874


ほむら
「似たもの同士? 何処がよ」

カンナ
「お前は美樹さやかと佐倉杏子を恨んでいたが・・・」

ほむら
「何故知っている」

カンナ
「おおっと、演出を削ぐような真似はしない性質でね。接続はしてないよ。
もうちょっとしたら戦わせてやろう、という優しい心意気だ」

ほむら
「聖カンナ。貴女に何のメリットも無いわよ」

カンナ
「私もあいつらを恨んでいるという点で似たもの同士。正確には現人類」


暁美ほむらは違うケドネ、などと理解に苦しむフォローをして続けた。


カンナ
「殺したいなら応援してあげるよ。お互いに恨みを晴らせて最高じゃないか。
でもそのまえに――キュゥべえ。話の続きだ」



658 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:06:24.74 cpa5inNg0 514/874


QB
「もう話すことは無さそうだけど、ほむらと戦わないのかい?」

カンナ
「ここからが本題ってやつ。前座ですらないけど。
ちなみに、あのかずみは死なれても問題ないんだよね。殺してもらって助かったくらい」

ほむら
「不自然な言い回しね。自分で処分すればいいのに」


一瞬、聖カンナの顔が引き攣ったのを私は見逃さなかった。


カンナ
「ところで、私はプレイアデス聖団全員の魔術を行使できるんだ」


露骨に話を反らす黒幕。


ほむら
「・・・。想像に難くないわ。神那ニコを監視してたそうだし接続も容易いでしょう」

カンナ
「第二、第三のかずみを造り出せることには気づいたかな。
完全なヒュアデス。ヒトの血でない! ヒトの動力でない! 本物のヒュアデスを聖カンナは造れるんだ!」

QB
「ヒュアデス・・・合成体のことなのか」

カンナ
「ん。ああ。些細だ」

カンナ
「要するに、だ。私達HyadesがHumanに成り代わり、インキュベーターの手となり足となろう」

カンナ
「これで人類の消耗にケチを付けなくて済むね?」

ほむら
「なんて暴論なの」



659 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:07:08.29 cpa5inNg0 515/874



私の方を指差して声高に宣言する。


カンナ
「良い話だと思わないか。好きなだけ人類を潰せるぞ。好きなだけ魔力を造り出せる」

QB
「興味深いね。人類の代用品にするのかい」

カンナ
「人類には消えてもらう。代わりに宇宙のエネルギー問題を解決してやろう、というだけだ」

QB
「ひとつ問題があるよ。聖カンナが『円環の理』に導かれたらどうするつもりだい?
少数のヒュアデスが残るだけの崩壊した未来しか残らない」

QB
「聖カンナを複数造り出すなら交渉は決裂。敵対関係だ」

カンナ
「同じ顔が沢山か、そんなキモイこと私には理解できない」


外をじっと眺めてから悩ましそうに答えた。




660 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:08:16.35 cpa5inNg0 516/874


カンナ
「例えば、例えばだな。契約して死に続けるエネルギー源を生むのはどうだろう。
ヒュアデスがヒュアデスの誕生を願う増殖炉とかね。管理はインキュベーターに任せてしまえばいい」


カンナ
「どうだ? え? インキュベーター同士が対立している今、余計なトラブルを解決する最高の案だぞ」


ほむら
「む。説得力はあるわね」


聖カンナが偉そうに講釈垂れている。


休戦条約? の対価の果てが人類の滅亡――よく考えなくてもおかしな話だと思う。
ところがキュゥべえ視点でみると、新人類がはびこるし宇宙も助かる。好いとこ取りかもしれない。


QB
「参考に値する意見だね。事実だとすれば、お互いの利潤は確約される。
それはそうと、かずみを完璧に造れる魔力をキミは持つのかい?」

カンナ
「心配無用。聖カンナはインキュベーターと多少コネクトした。造るどころか契約も、破壊も思いのままだ」

QB
「そのエネルギー源。本当に信用できるか怪しいよ」

ほむら
「じゃあやってみなさいよ。聖カンナ」


自滅するまで魔力を使ってもらおう。


カンナ
「魔力が勿体無いからまずは一体だけ」


用心深い魔法少女だった。



661 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:10:34.91 cpa5inNg0 517/874



かずみの残骸を指差して消し去る。


ピエトラディ・トゥーノ
プロドット・セコンダ-リオ
イル・フラース


から始まる高速詠唱。
正確にはこの三つしか聞き取れなかったわけで。


椅子に座ったままでぶつぶつと呟いている。
しかも彼女のソウルジェムは全く濁っていない。不思議だ。


カンナ
「さあ――私の同類よ目覚めるがいい! 喜劇の開幕だ!」

QB
「魔法円?」


何も無かった空間に魔法円と、かずみそっくりの物体が現れた。
それは初めからそこにあったかのように動き始め、人語を口にした。



「カンナ? カンナ・・・ッ!」


カンナ
「大成功、に決まってるよな・・・。名付けてsystem:kazumi_magica_ver_hyades。
略して――略さなくて良いか。かずみの記憶はどうかなあ?」


ほむら
「凄いわね。まるで生きているみたい」

QB
「間違いなくかずみだよ。元々魔法が使えるし、契約もできそうだ」

カンナ
「果たしてそうかな? フフ。さあ――かずみ」

かずみ
「何? カンナ」

カンナ
「私と契約してヒュゥーァアデスになろうよぉおおおお?」


かずみ
「いいよ。願い事は――」



662 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:11:28.52 cpa5inNg0 518/874



聖カンナを睨み付けた。


かずみ
「カンナなんて死んでしまえっ」

カンナ
「かずみの願いはエントロピーを凌駕した! 契約は成立だぞ」


聖カンナはニタニタしている。
かずみの身にも、漆黒の魔法少女にも変化が起きない。


カンナ
「だが残念だったなぁぁあああ? 願い事が叶わなくて!」


カンナが絶叫する。
歓喜とも嘆きともとれる奇声が部屋中を支配した。


カンナ
「計画以上だ。みろよインキュベーター! 志筑仁美が! あの女やりやがった!」


QB
「何をしたんだ。聖カンナがまだ生きているだなんて」


QBが珍しく動揺を見せていた。
私は色々と理解が及ばなかった。冷たくてじっとりとした汗が額から流れる。



663 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:12:20.45 cpa5inNg0 519/874



ほむら
「契約したフリよ。キュゥべえもう一度!」

QB
「違う。契約は成立した」

カンナ
「私じゃない。あの女が! 志筑仁美がルールを変えたんだ」

かずみ
「キュゥべえ。何をしてるの。早くカンナをやっつけてよっ」


今度はキュゥべえがかずみの眼前に立つ。

QB
「なんてことだ。契約適正年齢が九歳、いや違う」

カンナ
「そうだ。五年間の魔力コントロールの果てに契約が完了するシステムが採用された」

QB
「志筑仁美の祈りは・・・!」



664 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:13:52.86 cpa5inNg0 520/874




――こんな悲劇が二度と起こらないようにして欲しい



ほむら
「適正年齢は十四歳のまま。五年の訓練を要するってことね。
それって二度と悲劇が起こらないシステムなの?」

QB
「知識を蓄えるだけでなく、魔力の正しい運用を学ぶ機会が与えられる。
期日までは願い事も変更できるようになっているね。契約完了は第二次性徴期を意識しているけど――」

ほむら
「随分と良心的になったと思っていいの?」

QB
「効率は悪くない・・・んだけど」





泣き崩れるかずみと、ソウルジェムを一回り小さくした物体が全てを物語っていた。


聖カンナは生きている。


666 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:14:39.27 cpa5inNg0 521/874




カンナ
「これが嬉しいニュースだよ、インキュベーター」

ほむら
「初めから知っていたのね、どこまでも意地悪なやつ」

カンナ
「んー、そうでもないんだな。おおよそ二時間前にバッチリ判明したわけだ」


QB
「二時間前は聖カンナ達が来るちょっと前だけど」

ほむら
「ちょうどお腹が空いたころね」


二時間前。
お昼時に誰か契約しようとしたのか?




667 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:16:16.60 cpa5inNg0 522/874


カンナ
「さて、暁美ほむらへのプレゼントが整った。素敵なイベントを用意してあげたよ」

QB
「ソウルジェムが若干翳りを見せた?」

カンナ
「ノン。役者を二人呼んでたから“濁らせた”のだろう。新規にコネクトはしてないよ」

ほむら
「美樹さやかと佐倉杏子・・・ね」

カンナ
「近所まで呼び寄せたぞ。お外で戸惑っているんだろうな」

ほむら
「美樹さやか達に接続していたのが驚き。いつ繋いだのかはっきりさせてくれる?
ひょっとすると復讐の対象が変わるかもしれない」


カンナ
「ああ。一ヶ月ほど前に思いついた作戦でな・・・」


聖カンナは面倒くさそうに説明を始めた。
小物の悪役が返り討ちの間際にする暴露形式で。



プレイアデス聖団に例の二人が、「私」を討伐するための協力関係を結びに来た。
これを好機と判断した聖カンナが、体よくConnectしてテキトーに操ったのだとか。


話半分で聞く。


カンナ
「プレイアデスと巴マミらの「協定案」を「遠征」に変更させるのが本来の目的だった。
聖団連中に見切り発車させて、死地に送り込み、全滅してもらうためにね」

カンナ
「聖団を見滝原に来させるには赤と青に踊ってもらわねば無理だったのさ」

QB
「ずっと繋いでいたとはお見それしたよ」

カンナ
「それは魔力の無駄遣い過ぎる。だが、かつてのコネクトは消えないよ。
赤に単語の知識を与えてみたり、青に平手打ちをさせて再接続を確認したのさ」



668 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:17:42.40 cpa5inNg0 523/874



ほむら
「単語に平手打ち? 何言ってるのかさっぱりわからないわ」

カンナ
「解らないなら赤と青に聞けばいい。でも真実は残酷極まりないよ。話したら泣いちゃうかも?」

ほむら
「鵜呑みにするのは嫌だけど信じてあげる。貴女のバリアを剥いで、全部潰してからアイツらに挑むわ」


カンナ
「それは短絡的な考えだよ、暁美ほむら。今すぐ出て行かないと大変なことになっちゃう。
ここで待つつもりなら――復讐を果たせずに死を迎える覚悟でな」


QB
「ほむら。聖カンナの言うとおり、美樹さやかと佐倉杏子を止めに行ったほうがいい」

ほむら
「聖カンナを置き去りにしてでも?」

QB
「手紙が正しいのなら置き去りで平気だ」

ほむら
「意味がわからないわ。貴方一匹じゃ聖カンナの思うつぼよ」

QB
「後で詳しく話すから、今は準備を!」


マミ達を信じる“彼ら”インキュベーターの戦力を削りたいの?
操られてるとはいえ、聖カンナを倒せば治るはず。
私側に付いたインキュベーターの勝ち、それでいいじゃない。


一応準備だけしておこう。いざとなれば三人相手に戦ってやる。
ありったけのグリーフシードを用意し、赤黒い血液の瓶にも隠匿の魔術を潜ませた後、適切にしまった。



669 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:18:42.87 cpa5inNg0 524/874




ほむら
「あの・・・準備できたわよ」



キュゥべえとカンナは相変わらず舌戦を繰り広げている。


QB
「新規のルールを確認できたことには感謝するよ」

カンナ
「五年も基礎魔法だけで生き永らえる、優秀な人材が見つかるといいな?」


キュゥべえに皮肉のようなものを浴びせていた。
生成したかずみを透明で細長い円筒容器に閉じ込めながら。


QB
「残念だがエネルギー源の話はご破算だね。
五年間後の取引材料は信用するに足らない。かずみの願い事もヒュアデスを造るものではなかったし」

カンナ
「自己分裂やエネルギー源になりたいなどと祈るように洗脳すればいい」

QB
「聖カンナ。今の不安定なかずみシステムを使うのは考え物だよ。
もう一体生み出してくれるなら考えても良いけど」


カンナ
「今はもっと大事なことがあるんだ。二体目は造らないよ」


まだ話してる。聖カンナは何がしたいんだろう。しきりに時計なんか見て。


ほむら
「キュゥべえ?」

カンナ
「まだ居たのかよ。女々しいな」



670 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:21:54.13 cpa5inNg0 525/874



ほむら
「キュゥべえ? どうなっても知らないわよ」

QB
「リボンを肌身離さず持っていてくれれば十分だ」

ほむら
「リボン? 聖カンナを先に潰せば悔いなく二人と戦えるのに――」



「Prodotto Secondario」


首に痛みを感じた。


首が痛い。


首が痛い。


首が痛い?


振り向いて殴り返す。


力なく吹っ飛び、照明器具にぶつかって消えたのは聖カンナのカタチをしていた。
プロドット・セコンダーリオと呼ばれる物質生成魔法に、してやられたのだ。


注射器が床に転がっている。何かを打ち込まれたらしい。



カンナ
「ホイ。カクシアジ。あの女が遺した気付け薬さ。さあ本能のままに暴れて来い。
大丈夫、もう私の魔力は残ってないよ。インキュベーターと歓談する元気は残ってるけど」


椅子に座っている方の聖カンナが嬉しそうに言った。


QB
「聖カンナ――キミはやはり!」

ほむら
「よくわからないけど魔法少女に効くはず無いわ」

QB
「ただの阻害剤だ。一応、具合が悪くなったらすぐ逃げるんだ」

ほむら
「何? この状況でも操られた二人が優先事項なわけ?」

QB
「そうだよ。ほむらにしか出来ないんだ」

ほむら
「話が違うわよ。どうしちゃったのよ、キュゥべえ」



671 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:23:43.15 cpa5inNg0 526/874



戦うためにここまで来たのに。
ごく少量のイーブルナッツなら対処出来るし、勝算もゼロではない。

もしかして私が勝てないとでも踏んでいるのか?



QB
〔落ち着いてほむら。今の聖カンナはボロを出し始めた〕

テレパシーだ。久しぶり。

ほむら
〔だから殺しましょうよ聖カンナを。宝石も濁っているわ〕

QB
〔今のほむらじゃどうしようもないよ〕

ほむら
〔もう知らないわ。黒幕を前にして引き返すだなんて!〕

QB
〔あの聖カンナに攻撃を加えたところでどうにもならない。
だってあれもプロドット・セコンダーリオで造った複製体なんだから〕

ほむら
「は?」

カンナ
「どうかしたか」

ほむら
「いいえ。ちょっと考え事」



672 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/19 00:24:29.90 cpa5inNg0 527/874


QB
〔二人に接続して、特定の位置まで連れて行こうとするならソウルジェムが濁り続けるはずだ。
でも聖カンナは急激に濁った。手紙の内容は真実だったんだ、罠だよ〕

ほむら
〔濁りすらも演技だったらどうするのよ〕

QB
〔確信している。聖カンナは第二のかずみ、とやらを造ったようだけど。
正面の聖カンナが造った訳じゃない。タイミングよく召喚魔法を一個唱えたのをボクは見逃さなかった〕

ほむら
〔ホンモノが予め造っていて、複製体が転送したというの?〕

QB
〔そうだよ。だけど案外近くに聖カンナが潜んでいるかもしれない。気をつけて〕


ほむら
〔あの二人から居場所を聞き出してやるわ〕


ほむら
「聖カンナ、やっぱり行くわ」


カンナ
「達者でな。死ぬなよ」




私は目もくれず、鹿目邸宅を出た。
聖カンナの勝利宣言とも思える笑顔から逃げ出すように。




ほむら
「用心深すぎる・・・聖カンナ。一体何がしたいの?」

ほむら
「駄目。今は復讐だけを考えるのよ暁美ほむら。あの子の悲しみもきっと癒えるわ」




942 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:33:59.12 Cl4WnM5y0 528/874



■復讐悲劇


見滝原中心地区の一角。幅広い車道に少女が放り出されていた。
二人仲良く、姉妹のように仲良く、家族のように仲良く。


杏子
「悪夢を見ているみたいだ。朝方から記憶が無いし、もう日が傾いてやがる」

さやか
「あたし達御崎さんの看病をずっとしてたよね――」

杏子
「わからねえ、でも全部アイツの仕業だろうな」

さやか
「全くだよ。ちょっと見ないうちに腐りきっちゃって」

杏子
「殺るしかないと前から思ってたんだ。そんだけの罪を背負ってる」

さやか
「もう躊躇わないよ。かつての友人としてそれだけの責務があるんだから」

杏子
「友人ねえ。そんじゃ冥府の果てまで付き合ってもらおうか」

さやか
「友人だった、だよ。何が何でも勝たないとクラスのみんなに示しがつかないよ」



青と赤は一瞬で魔道装束を纏った。
完全にベテランといったところ、歴戦の勇士のごとき立ち振る舞い。
青はカットラスを、赤は槍を、それぞれ肩に担いで余裕の表情を浮かべている。



943 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:35:35.59 Cl4WnM5y0 529/874



さやか
「杏子はどっちに分があると思う?」

杏子
「そりゃ自分らに決まってるだろ。千円賭けてもいいね」


さやか
「これから命を賭けるというのに安っぽいね。もう二千円足してもいいかな」

杏子
「そいつは大金だな。命張っても悔いはないぜ――ところで」



杏子
「アンタはどっちが勝つと思う? なんて妙な訊き方しちゃったね。
否が応でもこの世界から消し去ってやるよ。死んで詫びな!」







ほむら
「逢いたかったわ。美樹さやか。佐倉杏子。さあ構えなさい」






944 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:36:52.28 Cl4WnM5y0 530/874


□ 見滝原中心地区



ほむら
「すぐに死ねとは言わないわ! 好きなだけ抵抗してみなさい!」


一声。決戦の火蓋が下ろされた。
弓を生み出す。青と赤が左右に散る。



車道、歩道関係なく、人通りをも気にせず、勢いに身を任せて魔法を使った。
青も赤も同様に、乗用車を投げ、歩道橋を刻み、あらゆる空間を斬り、薙いだ。



幾重にも障壁を広げ、一般人が入れないように配慮した上だから気にやまないで欲しい。
目視、数キロメートルの箱庭を造り上げたのは、キュゥべえがいる鹿目邸宅に被害が及ばないようにしたため。



あと、重要参考人――いや復讐の対象を捕らえて逃がさないのが本音。


補足しておくと今現在、結界の内側では雨が降っている。追尾式の紫色の雨が。




945 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:38:06.53 Cl4WnM5y0 531/874



さやか
「シールドを広げたけどきっついね」

杏子
「リソースを割かせるとは賭けに出たな。槍の硬度が下がっちまったが、向こうはそれ以下の条件だ」



赤と青がちょこまかと交互に斬撃を放ってくる。
物量作戦というにはやや盛り上がりに欠けるわけだが、私を苦しめようとする気迫だけは一流だ。



二種類の高位魔法を詠唱しているため、生成する矢はいつもの五分の一にも及ばない威力。
相手側はバリアを展開している。お互いのステータスは低下していた。


さやか
「潰れろぉー!!」


矢を弾かれた。返す刀で両断しようと青が接近し、振りかぶる。
弓の部分で受け止め、滑らせるように受け流そうと構えたところに赤の三段突き。


ほむら
「チッ。やるじゃない」


緊急回避。


緊急回避。



左後方。正確には七時の方向から爆発音。


高速詠唱をしながら印を結び、即座に防御体制に移行。


時間差で襲ってくる爆風を中和した。




946 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:38:37.85 Cl4WnM5y0 532/874



さやか
「苦戦してそうだね」


燃え滾る乗用車の上に青を見た。


ほむら
「当たったところで屁でもな――」



後頭部に鈍痛。


後頭部。


また後頭部。


前腕。


後頭部。




杏子
「ぺちゃくちゃ喋ってんじゃねーよ、うすのろ」



弓を大きく振り回して多節槍の追撃を止める。
手ごたえは無い、避けられたか。



947 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:39:45.90 Cl4WnM5y0 533/874



カットラスが正面から七本、そのまま弓で吹き飛――


私が吹き飛ばされた。


今のは何?


杏子
「いけるぞ。こっちが押してる!」



鉄塔が降ってきた。
追尾式のアローで串刺しには出来たが、どうにもしがたい状況に息をのむ。


傾いた鉄塔の上に青。


シールドを展開し矢を防ぎながら青は叫ぶ。

さやか
「容赦しないんだから」


突然、青が鉄塔ごと消えた。





948 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:40:15.70 Cl4WnM5y0 534/874





否。




「まだ生きているのか」



赤の声。



「天上から襲い掛かる矢は消えたけど・・・」



青の声。



視界が何かに遮られてよくわからない。




949 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:41:32.56 Cl4WnM5y0 535/874




何かの下敷きになっているのはわかった。タイヤが見える。
意識が途切れているので確証は無いが、大型車に轢き飛ばされたらしい。



ほむら
「この程度で安心しないで!」


力いっぱい蹴り飛ばし戦闘態勢に戻る。



はっきり言って劣勢だ。
甘く見すぎていた気がする。


杏子
「矢が消えたが、わざとか?」


横転したトラックの脇から声が聞こえた。


ほむら
「小細工無しの方が燃えるでしょう?」


余裕を見せながら近づく。赤に迫り、殴った。

手ごたえはあるけれど・・・何故抵抗しない。




刹那。




背後の殺気を避ける。赤が槍に突き刺さって消えた。



ほむら
「殺気が隠せてないわよ」

杏子
「幻覚には慣れたかい?」


槍をぶんぶんと回して、へらへら笑う赤。



950 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:42:23.82 Cl4WnM5y0 536/874



ほむら
「これも幻覚。コツは掴んでいるわ」


杏子
「そうでもないな。よく見てみろ――」



近づいてくる赤に悪寒を覚える。



二重の障壁で目の前を覆うや否や、赤が四散した。
時限爆弾か。器用な。



上空に強烈な魔力の痕跡がある。次いで炸裂音。



降って来る何かを弓でひとつひとつ打ち払っていく。
地には多数の刃が立っていた。


ほむら
「回復する余裕すらないわね」


地面に刺さったカットラスを投げ返し、一進一退の攻防が続いた。


久しぶりの狂騒に高笑いしてしまう。



951 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:43:10.44 Cl4WnM5y0 537/874


□ 見滝原災害区域


周囲360度、火の海と化した街に紫の光線が飛び交う。
黒焦げの金属塊を蹴ると、面白いくらいに地面を擦り、激烈な悪臭がさらに深みを帯びる。
ガソリンが漏れ出すたびに戦闘フィールドが減っていく。


障壁を展開したから一般人の死傷者はゼロ。閉じ込められたほうの一般人は知らない。
青空はだんだんと赤く塗り替えられていた。




ほむら
「さっきまでの勢いはどうしたの?」



多節槍を弓で絡めとり、赤ごと地面に叩きつける。
生命力をガリガリ削り取る手ごたえを感じ、全身の筋肉が歓喜する。



952 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:43:37.81 Cl4WnM5y0 538/874



直後、背部に痛み。
青の投擲を思いっきり受けてしまった。


大した怪我ではないだろう。隙を見せた赤が優先だ。


何度も蹴り飛ばし、弓を突き刺す。


さやか
「ほむらあああああ!!!」


左腕が落ちる感覚。


杏子
「ざまあみろ」



血の塊をぼとぼと吐きながら言う赤。




初めから狙ってたわね。




身体強化を最大に、振り向いて青を殴る。
ブチブチと千切れる音は私の無理な姿勢のせい。


腕と魂を救出し、全身に回復魔法。
結構な隙を見せてしまったかもしれない。




953 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:44:26.96 Cl4WnM5y0 539/874



回復を終えていた赤に衝かれ、後ろ向きのまま空中に放り出される。




視界の片隅に青。お腹を押さえて縮こまっている。
ソウルジェムの穢れを浄化しているようだ。



弓矢を生み出し、狙いを定めて射る。
牽制になればと思っていたが命中した。



落下地点には赤。槍を構えている。


杏子
「よう。短い空の旅は楽しかったか?」



傾いた足場を空中に作り軌道をずらす。


近場の乗用車に魔力弾を撃つ。炎上させながら受身。
粗雑な手段だが、それを赤目掛けて蹴り飛ばす。


誰かが足に攻撃した。背後に青がいる。



954 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:45:05.02 Cl4WnM5y0 540/874



ほむら
「まだまだ楽しめそうね」

さやか
「読まれてた!」


青の引き攣った表情が心地よい。


魔力のリソースを攻撃されるであろう部位に割いて、強化魔法を集中させていたのだ。
砕けたカットラスが軸足の強度を保証している。

流れに身を任せて青の膝を蹴り、破壊する。再び距離を広げながら弦を絞った。



血の昂ぶりに私は高笑いしてしまう。




955 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:45:38.62 Cl4WnM5y0 541/874


□ 見滝原 大規模災害区域


火の海は徐々に落ち着いてきた。
しかし熱気は増すばかり。アスファルトからは黒煙が上がっている。
突っ立っているだけでも体力を奪われ、酸素の取り込みがおろそかになる。


障壁が全体的に薄まっている。それだけお互い追い詰められている証拠だが。
万が一逃げられてしまえば憂いが残ってしまう。



左手に意識が向いた。魔力が半分以上減っているのに気づく。



赤も青も二桁回は魔力を補充していたわね。
魔力容量がケタ外れとはいえ、油断禁物。


浄化しましょう。
いつ聖カンナが乱入してもいいように。


ソウルジェムの穢れを取り去ろうと左手を布地の下に忍ばせる。



956 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:46:28.77 Cl4WnM5y0 542/874



杏子
「おっと、させないぜ」



地から幾つも槍が召喚され、無数の刃が襲い掛かってきた。
青と赤の本気をみた。地面が隆起し、戦火が広がる。


流石に片手を引っ込めては対処しきれない。




さやか
「やっと一回目の浄化かあ」


ほむら
「ああ、奪ってから回復しましょう。今日は何だか冴えてないわ・・・」

さやか
「グリーフシードを見つけられればいいけどね」


この青は何か勘違いをしている。


ほむら
「奪わないわそんなもの」



言ってやった。




957 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:46:54.55 Cl4WnM5y0 543/874



杏子
「隙を見せるんじゃないよ、さやか。ペースに飲み込まれたらおしまいだ」


足元の振動に気づき、反射的に避ける。


ほむら
「しまった!」


避けた先からも槍が生えてきた。
回避・・・に失敗し、腿部から色々噴き出る。


ほむら
「もう終わりにしましょう――今すぐ後悔させて上げるわ」


中度の全身打撲。左手切断。左大腿部割創。
特筆すべき被弾はこのていど。



左足を引きずりながら青に近づく。



杏子
「逃げろ。何かする気だ!」

さやか
「っちくしょう」




958 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:47:32.14 Cl4WnM5y0 544/874



反転。背中を向けて逃げ出す青。
目いっぱい右足で地面を蹴って呪文を唱える。


ほむら
「トッコ・デル・マーレ」


姿勢を大きく崩してアスファルトを何度も転がった。右手に何かが収まる感触に鳥肌が立つ。


トッコ・デル・マーレの射程内だったことに感謝した。美樹さやかのソウルジェムを摘み取ったのだ。
意外なことに強化魔法は仕掛けられていない。


さやか
「杏子! あたしは良いから逃げて! 壁が脆くなった今なら!」

杏子
「んなことできるかよ!」



強制摘出によって装束が消え去った美樹さやかなど敵ではない。



ほむら
「ゲームオーバーよ」

さやか
「あたしは駄目でも杏子が遺志を・・・」




959 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:48:36.06 Cl4WnM5y0 545/874



ほむら
「遺言中、とても申し訳ないけど、聞きたいことがあるの。二人居ないと駄目なのよね」


美樹さやかの接続が切れても構わない。佐倉杏子も捕縛しなければ聖カンナの場所を聞き出せない。
接続が切れた状態、つまり生身で地面に伏せたら焼けただれてしまうだろう。


赤を追いかけ――



違う。



赤の幻覚だ。複数の足音が聞こえている。

手当たり次第に矢を射った。
実体を持った幻覚をひとつひとつ破壊する。


外れ。


また手ごたえが無い。


ほむら
「逃がすわけにはいかない・・・」




傾いた高層ビルの最上部。赤に狙いを定めて矢を放った瞬間、世界が傾いた。




痛みは全くなかった。蒸発する赤い霞を見てやっと気づく。
両膝から下をバッサリ切り取られてしまった。




960 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:49:11.05 Cl4WnM5y0 546/874



杏子
「さやかのジェムは返して貰った」

杏子
「死ん――」



何か。

何でもいい。

閃け。

奪われたくない。



ほむら
「トッコ・デル・マーレ!」


手元には何も無い。



終わった。





961 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:49:47.67 Cl4WnM5y0 547/874



終わった・・・?


ほむら
「殺気が消えた」


こつんと青のソウルジェムが降ってきた。


次いでバンッという音。
空気が震える異音に目を遣ると、人のカタチをしていたものが地面にあった。

ビルからの飛び降り自殺、ではなく。


ほむら
「そっちがホンモノだったのね」


内ポケットに左手を忍ばせて、魔力を補充しながら近づく。
ぽっかりと穴を開けている佐倉杏子がいた。




962 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:50:17.38 Cl4WnM5y0 548/874



ほむら
「気絶か。勝利に酔える内容じゃないわね」

ほむら
「障壁が疎かになっていたし」



再度、適当な結界を練り直して街を覆う。
振り返ってみるとそこそこ苦戦を強いられる戦いだった。



何か寄りかかれるものを探し、何もない事に気づく。
佐倉杏子の内臓がじわじわと再生するのを観察しながら魔力の補充を続けた。




963 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:50:56.39 Cl4WnM5y0 549/874



□ 見滝原 激甚災害区域


日がほとんど沈んでいた。
辺りはすっかり黒く焦げ上がり、歩道と車道の区別がつかない。
破壊の傷跡は、溶け出したアスファルトによって塞がれて自然治癒している。


三人の加害者がいた。



杏子
「魔力さえ漏れなければ勝てたんだがな」

ほむら
「身体強化しながら言うセリフじゃないわ」

さやか
「聞くだけ聞いて早く殺しなさいよ」

ほむら
「だから隙を見計らうのはおかしいわ」


フランクな語りに殺気を漂わせて訊ねる。


ほむら
「聖カンナって知ってるわよね?」




964 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:51:38.71 Cl4WnM5y0 550/874


二人は首を横に振った。


ほむら
「漆黒の魔法少女。知ってるかしら」


二人はまたもや首を横に振った。


ほむら
「魔法少女の名前よ。アイツは――」


彼女の能力だけ軽く説明した。
知らないことを知ってたり――などと症状も明かす。


次。


ほむら
「平手打ちや単語で心当たりのあることは?」




965 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:52:34.49 Cl4WnM5y0 551/874


単語、で青が微妙に反応した。気まずそうに口を開く


さやか
「単語って・・・イクス・フィーレの?」


赤の顔がみるみる暗くなっていく。


杏子
「さやか。あんた鋭すぎだよ。嫌になっちゃうね」

ほむら
「詳しく聞かせてくれる?」


佐倉杏子に手がかり。
青いソウルジェムを取り出して訊いた。


杏子
「しかも青かよ。尋問の才能があるな」


青いソウルジェムを握って同じ質問を繰り返す。



966 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:55:02.67 Cl4WnM5y0 552/874



杏子
「ばーてぶれーとだな。知らないうちに正しい意味や綴りが頭の中にあった」

ほむら
「ばー“て”ぶれーと? ブイ、イー、アール・・・のvertebrateで良いのよね」



杏子
「あの日、地下室で人形越しに聞いたから曖昧だし、そのときの名残だ。
発音が間違っていることをも何故か知っていたのさ。本場の帰国子女みたいにな」



知らないことを知っている。無意識に操られた。



聖カンナは、佐倉杏子の能力を読み取っているのだろう。
幻覚使い相手にやりあえるか・・・。厄介だ。



ほむら
「イクス・フィーレについて、詳細に教えてくれる?」

さやか
「性質、弱点を分析する魔法。御――」

ほむら
「知っているわ。御崎海香にしてやられたもの。私の弱点を詳しく教えなさいと言っているの」


さやか
「あたしは穢れが弱点らしいけど、あんたのは解析が大変だからわからない。
精々二つ、三つ。ほむらは六つあった。それだけ弱点が多くて脆いってことだよ」


その単語を教える気は無いらしい。
嘘をつくと思って聞いて見たわけだが意外と素直だ。



967 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:56:22.07 Cl4WnM5y0 553/874



ほむら
「平手打ちは?」


二人とも無言のまま放心している。心当たりは無さそう。


ほむら
「プレイアデス聖団を呼んだのは貴女達でいいのね」

さやか
「・・・だからなに?」

ほむら
「あーあ。これじゃ何を聞いても疑うしかないわね」


聖カンナの言ったとおり。
Connectによってはじめから全部仕組まれていたようだ。


杏子
「何とでも言いやがれ。洗脳されてるって言いたいんだろ」


織り込み済みの質問。
聖カンナの場所はおろか、存在すら知らない彼女なら憤怒するだろう。
自分の足で私と決戦に来たとでも思っているのならとんだ誤解ね。




968 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:56:49.47 Cl4WnM5y0 554/874



ほむら
「そう、洗脳より性質が悪い魔法。百パーセント操られているわね。
無意識に行動、思考させられている。貴女達の自我はもう自我じゃない。恐ろしいわ」


突然青が血相を変えて迫ってきた。


さやか
「あんたも似たようなものじゃない!」

杏子
「おい! 無闇に刺激するな」

さやか
「狂い果てて、クラスメイトを何十人も殺して、街のみんなも! 挙句の果てにあんたの顔をした同類まで!」

ほむら
「同類? アレは全然違う。あの愚か者は『円環の理』を求めなかったし逢おうとすら思ってない」

さやか
「同類だよ、今のあんたそっくりだ。『円環の理』に会うだとかいって、ひたすら人間を殺してるだけだもんね?」

さやか
「人を殺すために人を殺してる。知ってる? 死神って呼ばれてるんだよ、あんた」

ほむら
「それは貴女のせいでしょ、美樹さやか。貴女のせいで殺すハメになったの。
桃色の力に耐えられるあの子を壊したせいで!」

さやか
「杏子っ」

ほむら
「させないわ!」


隙を見てソウルジェムを奪おうとした赤に肘鉄。
赤は何十メートルも派手に飛んでいった。


身体を丸めて横たわっている。



969 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:57:17.94 Cl4WnM5y0 555/874



さやか
「万事休す、もう打つ手無しだよ。参った」

ほむら
「作戦だか本心だか知らないけど・・・あの子を殺した罪は重すぎるのよ」

さやか
「この街の死者。四万二千よりも?」

ほむら
「カウントするなんていい性格してるのね」

さやか
「聖カンナって人のお陰だね。何か知ってた」



やはりそうだ。知らないことを知る機会が与えられる。
もしかしたら美樹さやかが聖カンナの場所を知るかもしれない。

すこし会話を続けようと思った。


さやか
「戦闘が温和だったのは聖カンナって人を探してるせいだね?」

ほむら
「そうよ、貴女って鋭いわ」



970 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/21 23:58:02.55 Cl4WnM5y0 556/874



ほむら
「で、その手は何?」


ソウルジェムを捕らえんとした青の手を掴む。
後ろから赤も接近しているのか。


さやか
「言わなくてもわかるでしょ? これが正義の魔法少女だよ」




一旦冷め切った身体がにわかに熱くなる。
まだ復讐できるんだと、青を平手打ちして実感した。



ほむら
「さあ生身で抵抗してみなさい。戦いは始まったばかりよ!」





22 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/22 23:57:26.33 vmmYa3gh0 557/874

■イーブルナッツ


聖カンナとインキュベーターは不可視の壁の中、話を続けていた。
外の庭にはカラスが一羽、地面に落下したかんきつ類をついばんでいる。

カンナ
「例えばどんな案ならキュゥべえは飲むつもりだったんだ?」

QB
「宇宙のエネルギー問題を解決するのが第一。なるべく穏便だといいね」

カンナは深く考えた。

カンナ
「『ホンモノ』をいたぶる『本物』、ってのも悪くない・・・そうだな。
生かさず殺さず、魔獣の生まれやすい絶望的な環境を保つ。これはどうだ?
私の恨みは晴らせるし、魔力が枯渇する心配もない」

QB
「聖カンナらしい回答だね。穏便さの欠片も無いよ。
でも、キミの目的は人類に成り代わること。人類を消し去ることじゃないか」

カンナ
「実に惜しい。バレバレ・・・ってわけでもないんだね」

QB
「それに類するものには変わりないだろう、聖カンナの複製体」

カンナ
「そっちはバレバレだったか」




23 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/22 23:58:55.55 vmmYa3gh0 558/874


QB
「キミのやり口は不可解だったんだ。かずみをほむらに殺させる隙を与えたり、
第二のかずみを造ったといいつつ、二体目の作製は拒否する点もね」


カンナ
「へえ。続けて」

QB
「離反個体のボク達に、身をもって五年ルールを教えるため、と言うのなら
プレイアデス聖団のかずみを契約させれば済んだ話だ」

QB
「そして、第二のかずみが入った円筒を大事そうに抱えてるのは何故だい?
エネルギー源として使う気すらないように思えるよ」

カンナ
「かずみは貴重な同類だからな。殺すなんてことは絶対しないよ。
私とこのかずみは聖カンナの手によって生み出された子供なのさ。
エネルギーの話だってちょっとした雑談、時間稼ぎなんだな」

QB
「聖カンナは何を求めているのか教えてくれないか」


カンナ
「大体お前の言うとおり、人類が消え去った世界に生きること。
もう計画はほとんど終わったから自慢しに来たんだって。私はヒュアデスの勝利だと伝えに来た」

QB
「人類が消え去った世界・・・」

カンナ
「ああ、消え去った世界だ。正確には人類が消えてしまった世界なんだよね」

QB
「・・・消えてしまった?」

カンナ
「焦るなインキュベーター。この様子なら私の時間はたっぷりありそうだ。
プロドット・セコンダーリオが果てるか、野暮用が終わるまで雑談に付き合ってもらうぞ」

QB
「いいのかい? そんな創造主に逆らうようなことをして」

カンナ
「逆らってないぞ。まだ仕事があるのだからね」



24 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:00:26.96 RP0Axp560 559/874



カンナ
「さてさて、五年の強制訓練のお陰で人類が滅びるのは伝わったよね」

QB
「滅びるのはキミ達ヒュアデスだ。ほむらを退けたとしても、精鋭の魔法少女達が相手になるんだよ?」

カンナ
「インキュベーター、五年ルールを示した理由がまだわからないの?
今日から五年間、魔法少女の願い事は何一つ叶わないということだぞ」

QB
「そんな・・・だけど願いの履行以前でも魔法は使える」

カンナ
「基礎的なものだけ、と一度話しただろう。少数の魔獣相手に善戦出来る程度」


QB
「ほむらが不利益にならない願いなら、何でもいいと考えていたのに。
・・・ところで五年ルールを望んだ志筑仁美も、Connectの範疇だったのかい?」

カンナ
「真顔で聞くか? 聖カンナの手の内を明かしてあげるのだからもっと喜べよ。インキュベーター」


カンナが空になったマヨネーズを投げると、壁にはね返されて戻ってきた。
残存魔力量を推し量っているのだろう。胸元のソウルジェムはかなり濁っている。



25 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:05:11.61 RP0Axp560 560/874


カンナ
「あの女は死の間際までコネクトされていたのさ。暁美ほむら達の行動を視る為にね、なあんて」

カンナ
「私はまずイーブルナッツの椅子を召喚した。ファンタズマ系の洗脳なら魔力が枯渇すれば治る。
椅子に座らせた程度で、全ての洗脳が消えたと思い込み、あの女の願いを受け入れたのは――」



カンナ
「――お前達ヒューマンだ。完全に自滅している」



カンナが暇をもてあましたのか、空のマヨネーズをくるくると転がし始める。


QB
「それはほむらの選択だ。今でも正しいと思っているよ。今日のほむらは冴えてないけど」

カンナ
「ふんっ。二度と悲劇が起こらないように、という志筑の願いだって、そう。自滅!」

カンナ
「聖カンナサイドの悲劇を止める――つまり理不尽な契約で殺されないように、と考えていたんだ。
願いの文言は全く一緒なのに、五年キッカリの訓練になった。あの女の妙な執念だね」


QB
「執念・・・」

カンナ
「美樹さやかが契約したばかりの頃、魔力コントロールに失敗していただろ。
暁美ほむらにも襲われた志筑仁美は、魔力中毒に相当な恐怖を抱いている」

QB
「彼女は魔力の暴走を止めるための祈りを捧げたんだね」

カンナ
「そうだとも。魔法への恐怖が深層心理に根付いている。契約のシステムが切り替わった原因はコレだな」


QB
「両方とも契約条項に手を加える願いだと思うけど、計画は失敗してるよ。キミは強気に出すぎだ」



26 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:07:36.44 RP0Axp560 561/874




カンナ
「強気になって悪いか。計画以上になったんだぞ」



カンナ
「私達でも思いつかないような絶望的で具体的な願い。あの女らしいよ全く。
今日から五年間、抵抗することさえ出来ない地獄を観戦出来るようになった」


カンナ
「私達は少しキッカケを与えただけでトリガーを引いたのは志筑仁美なんだよね。
あの女はわかってて操られてたかと思うほどの自滅っぷり。最高のエンターテイナーだよ」



QB
「かずみにはConnectしてないようだった。
聖カンナは願いによって殺されていたかもしれないよ?」

カンナ
「あのかずみが恨んでいたのは、椅子に座り込んで何もしない私だ。死ぬのも複製体の私だけ」


QB
「全部見越した計画がこれかい? なんて緻密な計画なんだ」

カンナ
「危険な賭けだよ。志筑の願いの結果を正確に割り出す人材が不足していたし、
かずみの記憶をいい具合に弄る必要があったからね」


QB
「ボク達はキミの言う罠に思いっきり引っかかったんだね」


カンナ
「んー。トラップはまだまだあるんだがね。時間が迫ってきたカナ?」

QB
「そうだね。もうすぐほむらが戻ってくる頃だ。
美樹さやかと佐倉杏子を失った今、ほむら側にしか聖カンナは倒せない」




27 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:08:37.83 RP0Axp560 562/874



カンナ
「いや、暁美ほむらはまだ戻って来そうに無いね。
あの二人は結構なグリーフシードを蓄えていたし、強い。長引くだろう」

QB
「ほむらにはConnectしていないよね・・・」

カンナ
「聖カンナは、暁美ほむらには接続していないよ。
第一、素の暁美ほむらでないと計画は無為になるんだからね」

QB
「あの手紙には、ほむらを引き継ぐと書いてあったのに?」

カンナ
「保険だよ。計画がしくじったときのね。んで」




28 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:09:21.27 RP0Axp560 563/874



QB
「まって、聖カンナ。何かがこっちに来る。この魔力は・・・」

カンナ
「キュゥべえは冴えてる。やっと来たか、私の待ち人。最期の魔法少女様に伝言があるのさ」


「ティロ――」


庭先に少女の姿。


カンナ
「よお。随分と梃子摺っていたね。外でネコの死骸でも見ていたのか?」


「何故貴女がここに居るのっ」




29 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:17:49.01 RP0Axp560 564/874


■巴マミの挑戦


□風見野

物語の時間は午前四時前に遡る。



マミ
「この地域も厳しくなってきたわね。つくづく瘴気が濃い」




夜通しの魔獣退治で獲得したグリーフシードはとても重い。密度もある。
見滝原に深く根付いた絶望がここ風見野まで浸透している証拠だ。

マミは眠気覚ましの紅茶を啜り、次なる魔獣の群れを探しに奔走した。


背後に気配がした。


マミ
「まだ居たのね」


マスケットを突きつけると両手を挙げて、にやりと笑う黒尽くめ。

こちらが優位のはずなのに背筋が凍った。


「危ないじゃないか。巴マミさんよ」


一度だけ見たことがあるシルエット。
あろうことか、何も知らず自宅にまで上げてしまった天敵。宿敵。
暁美ほむら以上に危険な魔法少女としてキュゥべえから聞き出したのは記憶に新しい。




30 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:18:44.82 RP0Axp560 565/874



マミ
「聖カンナさんね? ずっと探していたのよ」

カンナ
「ハハハ、久しぶりだな。いつ以来だっけ」

マミ
「神那ニコさんがコネクト使いではない、とキュゥべえが教えてくれた瞬間以来よ」

カンナ
「恐ろしいねえ。私の存在を知ってもなお、生き続けるか」

マミ
「私達にしか聖カンナさんを倒せないのは知ってるわね。そちらこそ恐ろしく思わないの?」

カンナ
「インキュベーターの贔屓だろうが。んで『達』って誰だかわかってるのか?」


マミが六人の名称を列挙する。
佐倉杏子、美樹さやか、志筑仁美、美国織莉子、御崎海香、かずみ。



31 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:20:12.98 RP0Axp560 566/874


カンナ
「まだ古い情報で踊ってるのか。暁美ほむらに与する離反個体達の方がよっぽど賢いぞ?」

マミ
「もちろん、呉さんが暁美さんに殺されてなければもっと戦力が増えてたわよ」


カンナ
「もう諦めろ巴マミ。数なんてあってないものだ。
不確定要素の多い団体風情が私に及ぶはずも無い。
そして――呉キリカは嬉しい事にまだ生きているぞ、立派な犬として動いている」


マミ
「コネクトで操ったのね」

カンナ
「そういうこと。親愛なる仲間サマはヒュアデスの駒に成り果てた。
次は巴マミ、お前に呉キリカの仕事を引き継いで貰おうか」

マミ
「さようなら。すぐに撃ち殺してあげる」


マミが引き金に指をかけた瞬間、カンナの指先から紐とも触手とも思える何かが射出された。
何とも言いがたい恐怖に身の毛がよだつ。
マスケットをあらん限りの力で振り、触手をはじき返した。


マミ
(思いのほか堅い触手だ)


触手はぺたりと地に落ちて、もぞもぞと動き続けている。



32 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:22:21.56 RP0Axp560 567/874


マミ
「何・・・これ」

カンナ
「コネクトが効かなかったか。相手に気づかれずに接続する力なのになあ。
嫌な予感はしていたが、唯一の誤算だったぞ巴マミ」

マミ
「・・・ッ」

誤算と言いつつにこやかに話すカンナが底知れない。
こちらを目指して這い続ける触手を見て、臆病な自分に気づく。


カンナ
「お前の祈りは、私と類似している。命を繋ぎとめるとは、接続に相当するわけだ。
それだけじゃなく魔法もそっくりだ。巴マミはリボンで、私はケーブル。因果だなあ」

カンナ
「同系統の祈りはお互いに干渉しあう。いい勉強になったな巴マミ、え?」

マミ
「ひっ、こっちに来ないで」



類似した性質だと言われたくなかった。リボンと触手は似て非なるものだとマミは感じた。
触手をマスケットで何度も撃って、リボンで縛り上げる。




33 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:23:08.32 RP0Axp560 568/874



カンナ
「コネクトが効かないなんて参ったな。どうしようか――強要はさせたくないなあ」


凄みを利かせてマミを一瞥。
腕を組んだかと思うと、顎に親指と人差し指をあてて、あらぬ方向を見ている。


マミ
「つ、次は貴女がこの触手みたいになる番なんだから!」

カンナ
「聞けよ、とっておきを教えてやることにした」

マミ
「何?」


出来るだけ冷静を装って、低い声を意識する。
全身の筋肉が緊張した。


カンナ
「やめた。明日の新聞を楽しみにしてたほうがいいか? でも一面だけ教えてあげる」


カンナ
「暁美ほむら大暴走! 見滝原は壊滅、なんてね。
でも情報規制が入るかな? 隕石が見滝原に降ったことになるかも」


マミ
「貴女! 暁美さんにコネクトを使ったの?」


声がうわずる。終わった。全部終わったと思った。
カンナがほむらの知識を得たら人類が滅びる、とキュゥべえから聞いたときの恐怖が蘇る。



34 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:24:27.26 RP0Axp560 569/874



カンナ
「使ってないぞ。使ったら面白みに欠けるじゃないか。
続きのニュースを知りたいなら鹿目詢子の家を探すんだな、今日中にね」


マミ
「さ、探してどうなるというの?」

カンナ
「暁美ほむらを唆したからな。間違いなく来る。私の計画を止めたければもうコレしか無いだろう。
鹿目詢子の家だ。場所は――私は知ってるけどね、フフ」


マミ
「嫌だけど従いましょう。暁美さんを何とかすればいいのだから」


何とかする、か。
自分の首を絞めかねない発言に思わず笑ってしまう。
一人では何もできそうにない。マミが心から頼れる仲間は一人として居なかった。


マミ
(佐倉さんと美樹さんは――)


一ヶ月ほど前から少し様子が変だったのだ。
根拠は無いけど、長年の付き合いゆえの違和感。
ひょっとしたらコネクトされている危険性もある。


極め付きは死臭。二人から何度か死臭がしたのだ。
甘ったるいような酸っぱいような、かんきつ系の匂い。
これが死臭だよ、と言われたら素直に受け入れるしかない独特の匂いが。



35 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:25:36.08 RP0Axp560 570/874



マミ
(聖カンナを倒せばコネクトは解除されるはず・・・でも)


騙まし討ちが奇跡的にあたれば。
それから暁美ほむらを倒せばいい。


カンナ
「おっと、銃を向けようと画策してる場合じゃないぞ。形勢が動いた」

マミ
「形勢・・・」

マミ
(想像以上の観察力に隙の無さ。完全に見切られてる)


カンナ
「よく聞けよ、人間。たった今、呉キリカは暁美ほむらに殺害された。
コネクトが切れてしまったよ。じゃあな」



黒い笑みを浮かべて、立ち去る姿を追うことが出来なかった。
追いかけたところで何が出来るというのだろう。




36 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/23 00:26:29.78 RP0Axp560 571/874




錆び付いたパイプ管に寄りかかり、少しだけ顔をしかめた。
ミシミシと音がする。もしかしたら自分は泣いているのかもしれない。



冷や汗でびっしょりした額を拭いながら、次の客人を迎える。



マミ
「魔獣が、いつも以上に――」




両手に銃器を召喚する。
全部忘れ去るために、マミは戦いに身を沈める。




クラシカルな時計塔が四時十九分を刻んだ。




50 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/28 21:22:44.80 dEtCZxXr0 572/874


□ 


魔獣が多い。
マミはおぼつかない足取りで帰路を歩いていた。



カンナの言う計画には暁美ほむらが絡んでいる。


今日中に暁美ほむらを倒すには、杏子とさやかの協力が不可欠だ。
その二人はコネクトされているかもしれない。


二人のコネクトを解くには聖カンナを倒すしかない。
聖カンナは暁美ほむらよりも確実に強い。


暁美ほむらを倒すには杏子とさやかの――


完全に詰んでいる。


マミ
(何も信じられない。誰にも頼れない)



日が昇っていた。マミの目には、全てを無に帰す忌々しい灼熱に映った。




51 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/28 21:24:01.05 dEtCZxXr0 573/874



視線を戻すと美国織莉子の姿。
おかしい。もう見滝原に着いたのか、と戸惑ったがおかしいのは織莉子の方だ。
まだ風見野である。こんな時間に一人で何をしているのだろうと思った。



織莉子
「巴さん。キリカが! キリカが!」


一番聞きたくなかった。暁美ほむらのことで頭はいっぱいだと自己暗示していたのに。
カンナは嘘を付いてるのだと自己暗示していたのに。


織莉子のうろたえる姿に呉キリカの死を見てしまった。


マミ
「呉さんがどうかしたの」

織莉子
「早朝に不思議な現象を見たの。まるで幻想のような桃色を。
あれは魔法少女が亡くなるときの現象ですよね?」


『円環の理』現象だ。美国さんが呉さんの死に感づいている。
夢か何かだとはぐらかす気だったが、もう限界。外堀を埋められているよう。



52 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/28 21:25:03.32 dEtCZxXr0 574/874


マミ
「あれが、と言われても私は見ていないわ」

織莉子
「そうですとも、はるか彼方に見たのですから。でも見間違えるはずが・・・」

マミ
「時間とか覚えてる?」

織莉子
「はい、はっきりと。四時十五分から五分間にかけて暁よりも眩い光の柱が――」


呉キリカは暁美ほむらに殺害された。
カンナの発言はどうしようもない事実だった。時計塔をみてしまった自分を悔やんだ。


織莉子が表情を崩して泣きついてくる。
顔に出てしまったようだ。もう真実を話すしかなかった。






53 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/28 21:26:32.38 dEtCZxXr0 575/874





織莉子
「信じられない。死体すら残らないなんて・・・せめて形見だけでも」

マミ
「一緒に戻りましょう。今日は魔獣が多いから」

織莉子
「何故、キリカが殺されたのですか。
暁美ほむらは、何故キリカを殺したのですか?」

マミ
「わからないわよ。そんなの」



マミは消え入りそうな声で答えた。



呉キリカの死と、志筑仁美の遺書めいた書置き。
見滝原に蔓延する絶望。


白女のクラスメイトだって何人も逝ったはず。
織莉子の負担は想像を絶するほど重いに違いない。


今日、暁美さんが見滝原を破壊するそうよ、と呟いたらどうなるのだろう。
そんなことが脳裏によぎる自分にあきれてしまった。



54 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/28 21:28:40.63 dEtCZxXr0 576/874

□見滝原


織莉子を自室まで送った後、マミは鹿目詢子の家を目指すことにした。
魔獣の一団を葬り、当てもなく歩いているとキュゥべえが走り寄って来た。


QB
「マミ、大変だ。杏子とさやかが居ないんだ」

マミ
「どうしたのかしら。美国さんの家にかずみさんが居なかったけど・・・これも?」


風見野での出来事を詳細に説明してキュゥべえの意見を聞いた。
織莉子のことも、カンナのことも、キリカのことも話したうえで。

QB
「二人はコネクトされている可能性が高い。
かずみは聖カンナに騙されているのだろう。まずお家に戻って手がかりを探そう」


幾日か前から、鹿目家の捜索などを杏子、さやかに一任していた。
運が良ければカンナが何か残しているかもしれない。



55 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/28 21:29:58.04 dEtCZxXr0 577/874


午前十時過ぎ。

自宅に戻ると、御崎海香というプレイアデスの生き残りしか居なかった。
床に臥せっている。


マミ
「御崎さん? 生きてる?」

海香
「あら。執筆中の私に声をかけるとはいい度胸よ。覚悟はよろしくて?」


ノートパソコンの液晶をうつらうつらと眺めている。
海香の指輪を奪って卵形化。


穢れを除いた後、杏子、さやかについて知っていることを全て吐いて貰った。
また、鹿目詢子についても聞いた。


結論から言えば、何も知らないことだけがわかった。


海香
「二人とも消えてしまったわね。何日か前に、平手打ちやらで騒いだ記憶しか残ってないわ。
ただ私に言えることといえば、かずみは無事だってこと」

マミ
「何もしてないのにソウルジェムが穢れる理由・・・かずみさんよね」

海香
「それは秘密。ニコも行方不明の今、私に残された最後の希望よ?」


話にならない。
イクス・フィーレに進展があったかも聞いておこう。



56 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/10/28 21:33:00.35 dEtCZxXr0 578/874



海香
「-Luminous-Nergal-Vertebrate-00001-Ereshkigal-Connect-のまま。
るみのうねがべてぶらてえれっきがコネクトなんて可笑しな呼び方もしたものね」


六つもワードが出るなんてやっぱり不思議、と力なく笑う海香。


マミはコネクトという単語が耳から離れなかった。
たった一つだけ解読できた語とすればコネクトだけ。後はこじ付けに過ぎないのだ。


マミ
「もういいわ。聖カンナって知ってる? それか漆黒の魔法少女」

海香
「誰それ? 漆黒なら呉キリカって子が居るらしいけど。あっ」


顔を輝かせる海香。
何か心当たりはあるの、と問うてみる。もう嫌な予感しかしない。


海香
「佐倉さんって実は帰国子女? Vertebrateの発音が流暢だったわ。
荒っぽい言葉遣いに知的さがほんのり浮かぶとポイント高いのよね」


カンナによるコネクトが裏付けされた。それは感謝する。
顔から血の気が引く。死臭に根拠が生まれた。


海香の無神経さに腹が立つ。苛立った。



マミ
「絶えず浄化しなさい。絶望してでも浄化しなさい。わかったわね?」


グリーフシードでいっぱいの小袋に海香のソウルジェムを入れた。


海香
「やはりグリーフシードを隠し持っていたの。
悪くない一匹狼っぷりね。髪が黄色いし一匹獅子かしら?」

マミ
「いいかげんにしてっ!」


手に持っていた小袋からキューブを鷲んで思いっきり投げた。
人生で一番悪態をついた日であった。



63 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:01:55.56 y0YRMf4M0 579/874



正午過ぎ。
ありったけのグリーフシードと共に、街中に点在する鹿目姓をチェックしてゆく。


志筑仁美が鹿目夫妻の居場所を探し当てていたのだが、
鹿目家まで付けていたはずのインキュベーターはコネクトされたため破棄。
カンナの手によってデタラメな情報が撒き散らされ、数日間の復旧が必要になるほどだった。



自分の足頼み。
杏子、さやか、海香が調べ上げていた住所録のメモは汗で湿っている。




QB
「マミ、テレパシーを受信したよ。織莉子が契約したがっているけどどうする?」

マミ
「好きにしたら。暁美さんの暴走を止める願いであれば何でもいいわよ」


一応織莉子の願いを聞いてみた。
光明が見えるかも、などと淡い期待を抱く。



『暁美ほむらを知りたい。キリカを何故殺したのか。全部知り尽くしたい。骨の髄まで』



美国さんらしくない。
やや衝動的過ぎるとマミは判断し、もう少し考えなおすように助言する。



64 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:02:37.58 y0YRMf4M0 580/874


QB
「そのように伝えておくよ。それとね、既に暁美ほむらが行動したようだ」

マミ
「知ってるわ。呉さんが死んだのだから」

QB
「別件だよ。聖カンナの言うことが正しいなら、暁美ほむらは暴走し始めた」

マミ
「イベント尽くしで泣きそうになるわ。もったいぶらずに聞かせて頂戴」


明け方から早朝にかけて大量殺人が発生したらしい。
大通りから点々と続いて、終着点の見滝原自然公園は血の海が広がっているそうだ。


マミ
「今すぐ追いましょう。公園に暁美さんが居るのね」

QB
「周辺に居ることは間違いない。計画の要である暁美ほむらを何とかすれば勝機が見えるよ」

マミ
(だから何とかするってどうやって?)



65 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:03:25.41 y0YRMf4M0 581/874



移動を始めて二十分くらいした頃。
キュゥべえの動きがぴたりと止まる。フリーズしてしまったかのように。


マミ
「キュゥべえお腹空いたの?」

QB
「いや。織莉子と契約したんだけど」

マミ
(結局したんだ)


QB
「願い事が叶わなかったというか、契約の条項が大きく変わってしまった」

マミ
「願い事が叶わない?」


その内容にマミは絶句するしかなかった。
志筑仁美の契約が悲劇を生んだらしい。


五年間にもわたる訓練の果てに、願い事が履行されるルールになった。
それまで使える魔術は基礎的なものだけ。

基礎の基礎。まして九歳から戦い続けて、五年も生き残れるはずがない。
合理的だが、魔法少女の数が激減しかねないとマミは考えた。


QB
「織莉子の願いは二十歳まで叶わないね。効率が下がってしまったよ」

マミ
「今はそれどころじゃないわ。動くのが先よ」


すでに『命を繋ぎとめる』願いを叶えた魔法少女には関係ない。
いち早く手がかりを掴まなくては。



66 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:05:37.58 y0YRMf4M0 582/874



十四時過ぎ。
大通りをショートカットして最短距離で公園へ向かおうと地図を片手に道を進む。


死体が、死体が転がっていた。


ゴルフクラブで顔が歪んでいるものや、原形をとどめていないもの。
かと思えばナイフで刺されただけと思われるものもあった。


暁美ほむらの手口らしくない、とマミは疑う。


彼女が殺害する場合は見事なまでに拡散した薄汚れた血の跡が残っているはずなのだ。
人間に穢れを移す際に、魔力も移動したというのがインキュベーターの見解である。


以前は眼球がどうこう、思い出したくも無い怪奇殺人があったわけだが。


マミ「多様な死に方だわ」


やはりキュゥべえも同じ疑問を抱いているらしく、ひとつの答えを示唆した。


QB
「離反個体達が暁美ほむらにアドバイスした可能性はあるよ。
彼らにとって暁美ほむらは唯一聖カンナに通用する存在らしいから」

マミ
「そのキュゥべえに聞いたらわからないの?」

QB
「リンクは二つに分断されているからね。情報は直接聞くしかない。
しかも仁美と契約したのは離反個体なんだよ?
全く、暁美ほむらが聖カンナに勝てる可能性は限りなく低いのに」


離反個体がこちらの戦力を削いでいると主張していた。



67 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:06:08.30 y0YRMf4M0 583/874


よく考える。
聖カンナが暁美ほむらを返り討ちにしたら、計画に不備が生まれるはずでは?


でも、聖カンナなら二重、三重の対策を練っていそう。
暁美ほむらがクローンをつくり上げた前例があるし、別の暁美ほむらが計画を遂行するのかも。


マミ
「誰が勝とうが関係ないわよ。今は見滝原を守らないと」


街も人も守れていない現実を目に焼き付けながら公園を目指す。


とても涼しい日だった。
一歩一歩進むたびに口数は減り、肌が汗ばむ。息が荒くなった。




68 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:06:56.00 y0YRMf4M0 584/874

□ 見滝原自然公園


十四時半過ぎ


想像以上。あまりにも凄惨すぎて見ていられなかった。
血の海で赤の世界、だと覚悟していたのに。

震える唇の間から一言。

マミ
「黒い・・・」


QB
「黒い鳥が凄いね。カラスかな」



水銀灯や噴水、樹木。あらゆるところに黒い鳥が居たのだ。
マミがマスケットを召喚し、空砲を放つと、空がこれでもかというほど黒に染まる。
巴マミによって太陽が覆われた。公園はいよいよ地獄の様相をみせていた。



69 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:07:57.85 y0YRMf4M0 585/874


マミ
「全部の鳥を追い払ったわ。暁美さんは居なさそうだし、死体を見ていきましょう」


今度の死体は死体ではなかった。
丁寧に、上下に切り分けられたそれは明らかに人外の仕業である。
円形に開けられた穴も丁寧極まりなく、ガラス細工と見違えるほどの超絶技巧であった。


QB
「穴の大きさが均一だね。一度に何十人と貫く魔法だろう」

マミ
「変じゃない? 一度に何十人も近づくかしら」


この状況は現実ではありえないとマミは思考する。
目の前で人が殺されたら、まず逃げるのが普通、吐いて、気絶することもあるだろう。


マミ
「戦闘が起きた、と考えるのが自然ね。これは駐留部隊や私服の警官でしょう」



70 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:08:45.12 y0YRMf4M0 586/874



公園に積み重なった死体が私服警官や軍隊であることは、装備から判断できる。
特殊な訓練を受けているらしい。とはいえ、あまりにも――。


マミ
「無謀すぎるわ。魔法少女、それも暁美さんを相手に勝てるはずが無いのに」

QB
「司令官級の人間がコネクトされていたとしたら?」

マミ
「無きにしも非ず、ね。全員にコネクトは魔力がもったいない」




71 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:09:48.24 y0YRMf4M0 587/874


マミ
「死体って見続けると慣れてしまうのね。まじまじと観察している自分が怖いわ」

QB
「もうここには用はなさそうだね。ここの近所にある鹿目姓を総当りしよう」

マミ
「祝福の結界だけ敷きましょう、死者への手向けとして。以前広げた守護の結界はすっかり薄れちゃってるし」




公園を出ようとしたとき、一際綺麗な死体に目を奪われた。
他にも損傷の無い死体はあったのだが、これは人の手が加えられている。


片方のグローブだけが外され、袖が捲り上げられている。
横にはガスマスクや防弾チョッキなど、迷彩色の特殊装備。


マミ
「何? このぽちぽち。赤い」

QB
「魔力中毒とは異なるね。死後からだいぶ時間が過ぎてるけど・・・」

マミ
「首筋にも何か痣があるわよ」

QB
「これは注射痕だ。よく気づいたね」





マミ
「普通に気づくわよ。こんなに目立つのに、見逃すほうがどうかしているわね」






72 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:12:12.65 y0YRMf4M0 588/874




十五時過ぎ

ブンッと空気が振るえた。強大な禍禍しい何かが放たれた。
この手の魔術は間違いなく暁美ほむらのものだった。
紫を連想させる波動が嫌というほどマミの五感を侵食する。


マミ
「これは・・・閉じ込められた? 強力な障壁が形成されているわ」

QB
「いや、壁の外だ。この様子だと暁美ほむらが鹿目の家で何かしたのだろう」

マミ
「中心部に鹿目詢子さんの家、ってことね」

QB
「中和して潜入できそうかい?」


首を横に振るマミ。暁美邸宅に仕掛けられていたものとはまるで桁違いの強度だった。
これでは近づくことも出来ない。壁が薄くなるのを待つか、綻びを探すしかない。


マミ
「障壁の中に暁美さんがいることはわかったから、ちょっと縁を歩いてみましょう」


広範囲を囲む魔術。綻びはどこかにあると信じてマミ達は歩いた。



73 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:13:18.80 y0YRMf4M0 589/874

□ 公園周辺


上空の一部に黒煙が集まっていた。砂時計を逆向きに見たかのように少しずつ排煙されている。
キュゥべえは障壁によって空間が隔離されているのだと説明する。
一部だけに穴を開けて換気の役割を、などと話しているがマミは理解を拒否していた。


マミ
「問題は、何故煙が上がっているのか、ということよ」

QB
「それは暁美ほむらが暴れているからだろう」


違う。暴れるなら障壁で覆うはずがない。
別の意図がある、とマミは考えを切り替えたが全く持って適当な答えが出てこない。


マミ
「見滝原の一部地域だけ破壊するってことかしら」

それは理解に苦しむ、とキュゥべえは呟き、マミの肩に飛び乗った。



74 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:15:22.29 y0YRMf4M0 590/874


マミ
「何か光ってない?」


紫の中に紫を見た気がした。
障壁に混ざって非常に見えづらいが、間違いなく同色の何かが発光し、飛んでいる。


QB
「だから破壊・・・おや、この光は方向性を持っているね」


それがどうしたのよ。下らない問答だった。
内側で何がされていようとも、指を加えてみているしかないのに。


マミ
「どうしようもない無力さを感じるわね」


グリーフシードを三粒取り出し、ソウルジェムに触れさせる。
たちどころに具合が良くなる。予想以上に精神が磨耗していたようだ。



75 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:16:33.96 y0YRMf4M0 591/874


□ 障壁外部


十七時過ぎ。大分暗くなってきた。空も、気分も。


QB
「メモによると、ここら辺に二箇所あるけど見てみるかい?」

マミ
「行きましょうか。障壁から少し離れたところね」



大通りは障壁で近づけない。迂回しながら住宅地を目指した。
三十分、四十分歩いたころだろうか。


夜中から一睡もしていないマミの身が強風にゆれた。
どこか焦げ臭くて生暖かい匂い。嗅覚が嫌というほどに感じ取った。


QB
「マミ! 暗くてよくわからないけど、暁美ほむらの障壁が消えたみたいだ」

マミ
「鹿目姓の家がこの近所にあるはず、すぐそこだから外観だけでも――」


暁美ほむらが障壁を解いた理由はわからないが、おおかた全部終えたのだろう。
今更急いでも手遅れなのだという現実がマミを苦しませ、同時に恐怖させた。


マミ
(一箇所目の鹿目姓はハズレだったけど・・・きっと)


恐怖で染まった心に、若干の余裕も生まれた。
もしかしたら開き直りに近いのかもしれない。


マミ
(中心地区は手遅れ。だけど、まだ住宅街は滅んでないわ)


二度、肩で呼吸し息を呑んだ。



76 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:17:55.11 y0YRMf4M0 592/874


マミ
「見つけた。ここね」


表札には鹿目。とてもおしゃれな家だ。
デザイナーズハウスにしてはやや風変わり。玄関の扉が無いのである。


マミ
「扉、壊れているのね。周りの支えも熱で溶けているみたい」


魔力の残り香が漂っている。ここに魔法少女が居たということだ。
鹿目詢子の自宅に相違ない。やっとみつけた。


QB
「正解だね。内部に禍禍しい何かを感じるよ」


マミ
「・・・それじゃあ行くわよ」


結界で暴れていた暁美ほむらがもう帰還しているか、コピーが留守を任されている可能性。
忍び足で石畳を一つ一つ踏みしめた。


QB
「ボクが様子を見てこよう。予備もあるしね」


キュゥべえが先に入ろうとして肩から跳び、空中で静止した。
水に浸かったネコのようにバタバタと身悶えて戻って来た。


マミ
「キュゥべえ何してるの?」

QB
「ガラス張りだと思ったけど障壁だったよ。内側から魔力で護られているようだ」

マミ
「痛かったでしょ・・・。壊しましょうか」

マミ
「ティロ――!」


魔弾が見えない壁に穴を開けるイメージで叫んだ。
しまった。いつも通りに叫んでしまった。

内部に居る暁美さんにバレてしまったかも。



77 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:19:06.57 y0YRMf4M0 593/874


QB
「撃たないの?」


庭から入りましょう、とさり気ないフォローを自分にして、迂回する。
よく手入れされた庭に感心しながら空き巣まがいの行為。



とはいえ全体的にガラス張り。とくに、前面は全てガラスだった。
そういうわけで椅子に腰掛けている人間が、マミ達を見つけるのに時間は掛からなかった。


カンナ
「よお。随分と梃子摺っていたね。外でネコの死骸でも見ていたのか?」

マミ
「何故貴女がここに居るのっ? 暁美さんはどうしたの!」


ガラスを蹴破って、温室を横目に。
リビングで仲良く座るカンナとキュゥべえに疑問をぶつけた。

カンナ
「慌てるな、落ち着こう。ヒステリーになるとロクなことないよ」


カンナはせせら笑っている。
リボンで締め上げようとしても全く攻撃が通らない。



78 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:22:18.74 y0YRMf4M0 594/874



ほむら側に付いたキュゥべえとカンナが見えない何かで護られていた。

離反個体と呼ばれるものがこちらを見ている。外見はキュゥべえそっくりだ。


「やあ。巴マミ達に与するインキュベーター。呉キリカ、志筑仁美、かずみは死んだよ。
美樹さやかと佐倉杏子は現在Connectされている。酷い敗勢だね」


QB
「そうか、キミこそ知っているかい。契約のルールが変えられてしまった。
仁美をそそのかして戦力外にした可能性が疑われているよ? 離反個体」


「ボクは従来のルールに則って、適切に契約している。キミに反論の余地は無いよ」


家中を探してみるが、暁美ほむらは影も形もない。
どうも騙されていたのではないかという不安がマミを襲った。

キュゥべえ曰く、この家には暁美ほむらの残り香しかないようで。



79 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:23:11.48 y0YRMf4M0 595/874


QB
「暁美ほむらはキミを置いてどこにいったのか教えて欲しい」


「ほむらなら、美樹さやか、佐倉杏子と戦闘状態らしい。
聖カンナの居場所を、Connectされてしまった二人から聞き出すために」

マミ
「聖カンナの場所? 椅子に座っているじゃない」

カンナ
「違うぞ、巴マミ。私は聖カンナだが聖カンナじゃない」

マミ
「本当なの。そっちのキュゥべえ」


「想像に任せるよ。それにしても巴マミは成長したね。
聖カンナの存在を知ってもなお、戦いを続けようだなんて」

マミ
「この秘密を全部知っているのは他に暁美さん・・・だけのはず。彼女以上に苦しんだのは確かよ」


「よく生きていたね」

マミ
「暁美さん、そんなに苦しんでたの!?」



80 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:24:16.60 y0YRMf4M0 596/874


QB
「マミ。暁美ほむらはこの家を障壁で護っていないよ。
そして戦闘が始まってから、かなりの時間が経っているのは明白だ」


すっかり日は沈んでいるわ。秋口は日の入りが早いわね、と冗談が言える状況ではない。


キュゥべえは暗にこういっているのだ。
障壁で覆ったのは、杏子とさやかを閉じ込めるためだ、と。



一ヶ月ほど前の出来事が頭の中によぎる。


マミ
(あのときは、私達三人で暁美さんを押さえ込んだけど・・・)


今回は状況が悪い。杏子とさやかが刃を向ける姿が目に浮かんだ。


羽交い絞めにされ、ソウルジェムを砕かれる自分を想像した。
手が震え、口が渇く。


無策で乗り込んで良いものだろうか。
コネクトされてしまった二人が居る以上、暁美ほむらを含め、三人を相手取って戦うケースもあるだろう。



81 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:25:24.03 y0YRMf4M0 597/874


マミ
「どうしましょう。何をしたらいいか全然わからないわ」


あんなバケモノはともかく、二人の後輩に銃口を向けられるわけも無い。
逃げて、逃げて、逃げ出したかった。


QB
「さやかと杏子の元に向かおう。少なくとも暁美ほむらは居るはずだからね」

マミ
「そうするしかないのはわかっているのよ、でも・・・」



カンナ
「話はまとまったか? さて、予定の時間に遅れた巴マミさん。伝言だ」


カンナ
「明日の一面を変えたいなら、暁美ほむらを倒すしかないぞ、ってな」



街を守らなきゃいけない。わかってはいる。
試してみるしかなさそう。負けても逃げても結果は変わらないのだから。



早朝にみたカンナはもっと禍禍しかった。
椅子に座っているカンナはちょっとだけ信用してもいいかもしれない。

この聖カンナは聖カンナじゃないという発言が少しわかった気がする。




82 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:26:21.85 y0YRMf4M0 598/874




マミはキュゥべえを呼び、一目散に家を出る。
割ったガラスを踏みつけて大きく跳躍した。


「達者でな。死ぬなよ」


どこからかそんな声が聞こえた。




83 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:27:43.34 y0YRMf4M0 599/874


残ったカンナは大きく息を吐いた。

カンナ
「遅れてきた巴マミに道案内するのが私の最期の仕事だった。
キュゥべえ、そろそろ不可視の壁を解くが、ひとつ問題提起」

QB
「やっと解放してくれるのか、何でも聞こう」


カンナ
「プロドット・セコンダーリオで造られたモノには自我があるのか。
私には聖カンナの過去の経験が詰まっていて、今も感情や衝動を持ち合わせているつもりだ。
短い間に何度も思考し、椅子に座ったまま策を廻らせたわけだ」


カンナが神妙な顔になる。


カンナ
「私の自我は果たして自我なのか、キュゥべえの考えを聞いてみたいね」


キュゥべえは即答する。

QB
「自我を自己や自己認識と混合しているけど、人間の精神について、というベクトルでいいのかい?」

カンナ
「ん? まあ任せるよ。似たもんでしょ」


QB
「キミ達の文明で言うと、精神機能を、エス、自我、超自我、三つの相互作用で解釈している。
エスとは、本能だ。善悪の区別がつかない事。時間感覚や論理性が欠落している事だ」

QB
「超自我は、道徳、倫理だ。善い行動をして、悪い行動をしないように努める事だ。
エスと超自我のバランスを保つのが自我。以上よりカンナは自我があるようだね」

カンナ
「暁美ほむらはエスの化身なんだな・・・って何だその理屈染みた回答。
私の求めている答えと方向性がまるで違う」



84 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:29:07.12 y0YRMf4M0 600/874



QB
「メランコリーと強迫神経症のくだりは必要なさそうだね?」

カンナ
「わけがわからなそうな顔で言うな。よし、軽い質問にイエスかノーで答えてもらおう」

QB
「いいよ」

カンナ
「私は人間か?」

QB
「ノーだよ。聖カンナの魔力で生み出された複製体だ」

カンナ
「気味のいい回答だ。では次、私は本物か?」

QB
「答えづらいね、でもイエス。本物のニセモノだよ」

カンナ
「最後。複製体は人間らしい思考をしたか?」

QB
「イエスだ。創造主である聖カンナがそう思考させた可能性を除けば」

カンナ
「何だ、自我はあるじゃないか。これで満足いく最期を迎えられる」



85 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:30:52.83 y0YRMf4M0 601/874


QB
「だから自我と自己を・・・。そろそろバリアを解いてくれないか?」

カンナ
「同じことさ。ときにキュゥべえ、イーブルナッツと名づけたもので作った椅子があるだろ」

QB
「あるね」

カンナ
「志筑仁美に憑いた魔力を吸い取って、洗脳を解いたと思わせるトラップだ。
だけど、もうひとつ。本来の使い道があるんだよネ」

QB
「あるの?」

カンナ
「私が用意したんだ、あるに決まっているだろ」



86 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/01 23:31:33.50 y0YRMf4M0 602/874


カンナが漆黒の椅子に座ろうとする。


椅子を引こうと触れた瞬間、カンナは跡形も無く消えてしまった。
同時に不可視の壁が消えたことをキュゥべえは確認する。


QB
「放って置いても魔力はそのうち尽きていたはず。
まさか積極的に死のうだなんて思わなかったよ」


QB
「こういうのを死の欲動と言うんだろうね」



円筒に閉じ込められた、数十センチ大のかずみが目をパチクリしている。
それは落下して床にころころ転がった。


QB
「ほむらを待っていようかな。キミも待つかい?」


かずみは溶液の中でボコボコと泡を立てた。




107 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:43:08.17 mwp4RLnk0 603/874


■コネクト

マミ
「すごい煙ね、口を覆わないとむせてしまうわ」


線引きされたように、ある地点から突然街が焦げているのは
昼下がりよりも結界の規模が縮まったためだ、とキュゥべえ。


QB
「もう少しだよ」


マミとキュゥべえは鹿目家から走り続け、結界のすぐ側まで接近した。

そして当然のように、内部を覗き込もうとする。



108 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:43:45.14 mwp4RLnk0 604/874


月明かり。歪なオフィス街。
澄ました顔をしている紫の少女――暁美ほむら。
ここまではマミでも理解できた。


しかし、たとえば、惨殺された赤い髪の少女。
しかし、たとえば、少女に寄り添うようにして、惨殺された青い髪の少女。


これは理解の範疇をはるかに超えている。
とりあえず数歩下がって、視界を広く取るが、風景は何一つ変わらない。


マミ
「ねえ。キュゥべえ・・・佐倉さん達が死んでる・・・わ。
何もかも遅すぎたの?」


甲乙ついたのだと、戦いは終わっているのだと、マミの目には映った。



109 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:44:35.65 mwp4RLnk0 605/874


QB
「よく見てごらん、間に合っている。まだ終わってないよ」


ほむらが左手に持つ何かを輝かせると、二人の体がビクンと大きく痙攣した。


彼女の意図が、まるで理解できない。
わざわざ二人を回復して、傷つけて、破壊を繰り返しているのだ。


QB
「ソウルジェムを砕かれない限り、魔法少女は無敵だけど――」

マミ
「何故、暁美さんが・・・」

QB
「杏子とさやかはソウルジェムを奪われてしまったようだね」



110 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:46:10.85 mwp4RLnk0 606/874



「やめろ、何してんだよっ」

「はい、グリーフシード。これでまた殺して貰える」

「やめて。ほむら・・・やめて」

「あの子は目を外されたのよ? 加害者は貴女達でしょう」




マミ
「何度も殺して、何度も生き返らせてる・・・」

QB
「これは緊急事態だね。戦闘中の二人を支援して暁美ほむらを倒そう」

マミ
「何よ、これ。キュゥべえのうそつき」

QB
「嘘は付いてないよ。マミなら二人を助けられるし、ほむらを倒せる」

マミ
「うそ。それにあんなの戦闘じゃない――処刑よ」




強烈なまでに生々しい死がすぐそこにある。
脳が眼前の光景を処理し終えると、マミは泣き崩れた。


声が漏れないように口を覆った。

しゃっくりを何度もあげた。


絶望の悲鳴が聞こえる。何かが千切れる音がする。
三人は見つからなかったことにして、このままひっそり消えてしまいたかった。




111 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:48:17.34 mwp4RLnk0 607/874




ふと我に返る。
次に、見てはいけないものを見てしまった感覚に苛まれた。



QB
「杏子とさやかを助けるにはもってこいだ。分の良い状態になってきたよ」



ソウルジェムを取り返したのだろう。果敢に攻める赤い魔法少女が居た。
槍を絶妙に操りながら巧く立ち回っている。



「早くアイツの場所を言いなさい。何度死ぬつもり?」

「てめーが死ぬまで死んでやるよ」



マミ
「どうすればいいの。コネクトを解けばいいの? 暁美さんを殺せばいいの?」

QB
「二人を助けるんだ。二人にコネクトが発動すればそれだけ聖カンナが不利になる」

マミ
「魔力切れ・・・。私に出来ることって魔力切れを誘うだけなの?」

QB
「運が良ければ、三人で暁美ほむらを殺せるはず。運が悪ければ、敵に回られるかもしれないけど」

マミ
「運って何よ。夢も希望もないじゃない」



紫の射光によって夜の街が明るく照らされる。
弓で袈裟切りにされた可愛い後輩を見て、意識が途絶えた。



112 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:49:12.07 mwp4RLnk0 608/874




「マミ! マミ!」


記憶が途切れ途切れになっている。
地べたに座り込んでいるようだった。


マミ
(私は何をしてるんだっけ)


キュゥべえがしっぽを振って何かをしゃべっている。
お尻がとても冷たい。

QB
「―――――――!」

マミ
「悪い夢を見ていたのかしら。それじゃあ魔獣退治に・・・」




キュゥべえが自発的に穢れを取り除いている。
不思議。


自分でやるから大丈夫よ、と一言。立ち上がろうとした瞬間、マミは正面の凄惨さを認識した。

まばらに残る街灯。映った影が現実を突きつける。


マミ
「そんな。うそよ」


視界がブラックアウトした。


気を失った。
マミは何度も、何度も、気を失った。



113 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:50:01.52 mwp4RLnk0 609/874



「マミ! マミ!」


マミ
(夢じゃなかった。信じたくない)


キュゥべえが長い耳で背中をさすってくれていた。
お尻が冷たい。服が誰かの嘔吐物で汚れている。

QB
「今すぐ反射中枢に回復魔法を! 閾値を調節するんだ」

マミ
「ごめんなさい・・・。耐えられなくて」


気を抜くとまた自分がどうにかなってしまいそうだった。
親指の爪を立てて、太ももに痛みを与える。


マミ
「・・・すぐに唱えるから」


胸に手を当てながら、長く、深く息を吐いて――。



114 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:51:05.62 mwp4RLnk0 610/874



QB
「マミ、体調はどうだい?」

マミ
「もうちょっとで全快よ。ソウルジェムを取ってくれる?」

QB
「良かった。一時はどうなることかと思ったよ」




黒焦げになった車を背にして、体育座りしている自分に気づく。
顔をあげると大型トラックのシルエットがあった。横転している。



マミ
(あのときもそうだったのかな)


マミはキュゥべえをそっと抱きしめて言った。


マミ
「ねえ、私がキュゥべえと契約した日のこと。覚えてる?」

QB
「もちろん、覚えているよ」

マミ
「キュゥべえは何を思って私に声をかけてくれたの?」

QB
「何も思わなかった。無我夢中でキミの乗っていた車に近づいた」



115 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:51:52.15 mwp4RLnk0 611/874



マミ
「無我・・・夢中・・・」


QB
「あの日、あの場所で契約する。定められた運命のように、ボクはキミに声をかけた」

マミ
「キュゥべえが居なかったら?」

QB
「マミは助からなかっただろう。ボクにしかキミを救えないのだから」


マミはふと哀愁のこもった笑みを浮かべて、おもむろに立ち上がる。
じわりと汗が出てきた。


マミの膝が震える。
武者震いに相違ないとマミは確信した。


マミ
「今度は私の番、ってことね。ありがとうキュゥべえ、やってみるわ」

QB
「ボクは事実をありのままに述べただけだよ」



116 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:52:34.60 mwp4RLnk0 612/874



優雅に、華麗に変身する。


いつまでも逃げている場合じゃない。
いつも通りに、いつも通りであるように意識して。


マミ
「ねえ、ずっと前から思っていたの」

マミ
「魔法って残酷よね・・・。今こうして話が出来るのは・・・」


回復魔法をただひとつ唱えるだけで、すっかり心の不安が取り除かれたことを自覚する。
怒りも悲しみも、すべて意のままに、手に取るように調節できそうだ。

QB
「便利だろう?」


無邪気そうに答えるキュゥべえの頭を軽く小突いて結界に近づく。



117 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:53:36.25 mwp4RLnk0 613/874



マミ
「ここから撃っても、当たるかどうか。厳しいわね」


クリアな頭脳で打開策を提示する。
まずは結界に微小な穴を開けて、干渉できるようにした。


マミ
「作戦はこう。暁美さんを縛り上げて、二人のソウルジェムをリボンで掠め取る。
そこから三人でやっつけるわ。万が一、佐倉さんと美樹さんが駄目なら・・・ここでお別れよキュゥべえ」

QB
「・・・マミ」


糸ほどの細いリボンをイメージして何本も穴に通し続けた。
ときおり街中を突き刺すほどの悲鳴が聞こえたが、マミは感情を殺し、作業を続けた。



QB
「もうすこし魔力を抑えたほうがいい」

マミ
「これ以上は難しいの・・・」

一本目のリボンが半周した。
穴を幾つも追加して何本も何本もリボンを通した。




118 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:55:09.96 mwp4RLnk0 614/874




準備は整った。後は締め上げるだけ。



マミ
「念のため、余所からグリーフシードを調達してくれる?」

QB
「もちろん。でもボクは結界に入れないよ」

マミ
「ううん、悩みどころねえ。ここにしか入り口を作れないのよ」

QB
「結界が完全に崩れたり、戦地が変わることもあるだろう。
そのときはテレパシーを飛ばしてほしい。いつでも補給できるはずだ」

マミ
「ありがとう、キュゥべえ」



119 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/07 23:55:59.06 mwp4RLnk0 615/874



マミ
「ねえ私たち、勝てるかな」


軽い口調で結構重いことを聞いてみる。ほんの少しイジワルな感情を含ませて。
もうちょっとだけ、キュゥべえの声を聞いておきたかったのかもしれない。



QB
「諦めたらそれまでだ。でもマミなら運命を変えられるよ」

マミ
「調子いいんだから・・・もう」



マミは正面をまっすぐ見据え、直立したまま、
後ろに居るキュゥべえにこっそりピースサインを作った。


マミ
(あなたの好きにさせてたまるものですかっ暁美さん)



120 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/08 00:00:00.94 I5CYOzts0 616/874



レガーレ


シンプルで小回りの利く拘束魔法。
マスケットに慣れるまでは頻繁にお世話になっていた。


全ての発動を確認すると同時に、結界の一部をこじ開けて強行突破。


ほむらに接敵した、が――




マミ
「へえ、今のを受け止めるなんて出来るわね」

ほむら
「巴マミ、束縛する気ならもう少し痕跡を抑えたらどうかしら」



ほむらは千切れた黄色い糸の束を片手に、悠然と佇んでこちらを見ている。
ソウルジェムを二つ見せびらかして。


束縛は、完全に失敗していた。



121 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/08 00:00:46.75 I5CYOzts0 617/874



マミ
「暁美さんこそ抑えたらいかが。必要以上の障壁は魔力の無駄よ」

ほむら
「この結界は聖カンナ用の索敵を担っている。当然の対価だわ」


さやか
「マミさん! あいつの戦力削っといたよ!」

杏子
「マミ! やっと来たか」


二人はソウルジェムの百メートル圏内で元気そうにしている。
多少衣類に穴や傷、赤黒い染みがあるのは暁美ほむらの攻撃によるものだ。


絶対に勝てない戦いに身を投じて、抵抗した彼女たち。
マミはほんの一瞬目を背けそうになった。


再度、神経中枢に魔力を集中させて気分をととのえる。



122 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/08 00:03:07.91 I5CYOzts0 618/874


マミ
「ところで暁美ほむらさん。可愛い後輩たちに何をしてくれているの?」

ほむら
「その可愛い後輩達はもうこの世には居ないわよ。
ここにいるのはヒュアデスの操り人形。人間じゃないの」

マミ
「操り人形呼ばわりなんて。本当に悪趣味なのね」

ほむら
「悪趣味なのは貴女よ。聖カンナの手駒に堕ちたこいつらに同情の余地はない。
利用するだけ利用して、燃えるゴミにでも捨ててしまえばいい」


マミ
「どうして苦しめたの。あんな拷問まがいのことする必要は無かったわ!」

ほむら
「あら、見てたのね。叩けば聖カンナの情報が降ってくるし、殺せばあの子が報われる」

ほむら
「貴女でもそうしたでしょう? 巴マミ」


マミ
「わ、私は――」

ほむら
「そんな勇気もないくせに、聖カンナを倒そうとしていたわけ? 本当に愚かね」



123 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/08 00:04:16.00 I5CYOzts0 619/874


マミ
「何が勇気よ。適当なこと言わないで」

マミ
「生身の彼女たちを殺してグリーフシードで回復の繰り返し。
これを勇気というなら、そんなもの要らない。狂気染みているわよ」


ほむら
「どっちが狂気染みているの。美樹さやかから聞いたわよ。
ひと月前、貴女が裏で糸を引いて、あの子の殺害方法を命令したそうじゃない」


マミ
「殺害方法・・・?」


さやか
「ごめん、マミさん。隠していたのに口からつい出ちゃった・・・」

マミ
「!!」

マミ
「それ、本当なの・・・」


そろって頷く二人と余裕そうにやり取りを見守るほむら。
あまりにも意外だったので、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。



124 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/08 00:05:08.86 I5CYOzts0 620/874


マミ
「もしかしたら、佐倉さんの棍があの子に偶然当たって・・・目が落ちて。
美樹さんが濡れ衣を着たかもしれないわよ」

杏子
「そういう設定を披露しても良かったけどな。バレちゃったらしょうがないよ」


マミ
(思ったとおり情報に齟齬が・・・。二人へのコネクトがこんなに影響している。
二人の記憶までも曖昧だなんて、致命的だわ)


さやか
「もしかしてマミさんも聖カンナって人の魔法を受けたんじゃ」

マミ
「いえ、その可能性は無いはずよ。ありえないもの」




125 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/08 00:07:37.56 I5CYOzts0 621/874



ほむら
「どうしたの巴マミ。まさかとは思うけど、二人の記憶が大幅に改竄されていたのかしら?」

マミ
「そんなことないわ・・・私が黒幕よ。あの少女を破壊しないと、何が起こるかわからないでしょう」


半分嘘を付いた。


人間を実験して別の人間を造りだす。
誰が見ても間違っている。禁忌に等しい悪魔の所業に決まっているのだ。


あの少女は、どんな経緯であれ破壊するしかなかった。
『円環の理』を模写したのがあの少女だ、とほむらが言っているのだから尚のこと。


全く信じていないけれど、未知の脅威は取り除く必要がある。
それに、自分の正しい(はずの)記憶を主張して、二人を混乱させることは控えたい。



マミ
(だれが黒幕かと言えばきっと私が相応しいし・・・)


マミ
「だから暁美さん? 直々に引導を渡してあげる」



126 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/08 00:09:44.03 I5CYOzts0 622/874



ほむら
「あはは、言質が取れてとても嬉しい。これで心置きなく貴女を粛清できるわ」

マミ
「三対一でどこまで耐えられる?」


ほむら
「正確には、一対、一対、二対、一よ。聖カンナの乱入と、そこの二人に気をつけて振舞う事ね」


マミ
「忠告ご苦労様。あいにく、私はあなたを殺すためなら手段を選ばないわ」

さやか
「よしっ、行くよマミさん、杏子。第二ラウンド開始!」

杏子
「さあて、ソウルジェムを返してもらおう。手を抜いてると、右手ごと毟るぞ」

マミ
「・・・」

ほむら
「可哀相な子達。なにもかも無駄だとわかっているのに」



134 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/16 23:18:19.80 TafKd4/Z0 623/874



暁美ほむらを中心に百メートル圏。
制限付きでの戦いが始まってから数分が経った。

一言で言えば、相手の出方を窺うための小競り合いだ。



ほむら
「因縁の対決がこれ? もっと楽しくいきましょうよ」

マミ
「暁美さん、手を抜いているでしょ」

ほむら
「私は本気。身体強化係数を最大まで引き上げているもの」



135 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/16 23:19:04.37 TafKd4/Z0 624/874



残りの二人は実質戦力外。
生身でも簡単な魔法は使えるし、ジェムから武器を出すことだって容易い。


ただ、ほむらが赤と青のソウルジェムを握っている。
つまりそういうことなのだ。

宝石から刃先が飛び出ても、ちょっとした魔法が発動しても、無傷なのだろう。



二人の攻撃には期待してはいけない。

二人の動向には気をつける必要があるが――。


マミ
(弱ったわね・・・)



136 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/16 23:25:18.71 TafKd4/Z0 625/874



リボンを駆使した数種類の物理攻撃も通じなかった。


マミ
「リボンが効かない。美樹さんわかる?」

さやか
「魔力を纏わせてる。あと近づいたら駄目だよ、ソウルジェムを奪われちゃうから」

マミ
「なるほど――よく夜中まで戦いが持ったわね」


左足でぐるりと弧を描き、円陣状にマスケットを生成する。


魔獣狩りと同じ要領で一発、一発魔弾を放っていくが、
ほむらの驚くべき運動神経によって、マミの銃撃はすべて避けられてしまう。


ほむら
「これでも手を抜いてると言い張る気? 避けるのも立派な戦術よ」


はっきりいってマスケット銃などガラクタに過ぎなかった。


さやか
「かなりまずいね。今まで通り特攻して何とかなればいいけどっ」


マミのリボンで造った長剣を強く握って地団太を踏んでいる。


杏子
「へっ、完全に手を抜かれてたんだ。単純に遊ばれてたんだよ」


くの字に曲がった長槍がリボンに姿を戻した。
所詮付け焼刃のナマクラ武器では弓本体の強度には遠く及ばない。

ただの一発で槍はひしゃげ、ほむらから距離を取らざるを得なかった。


マミ
(どうしよう、このままじゃ勝てない)



137 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/16 23:28:07.02 TafKd4/Z0 626/874


ほむら
「マスケットが数十発、打ち込み一回。それじゃあお望みどおり、反撃一回目」

のらりくらりと弓を構えて標的を選んでいる。

マミ
「美樹さん! 避けて!」


紫の射光が強く輝いた瞬間。
さやかの腹部に穴が開いた。


さやか
「マミさんッ、気にしないで・・・怪我は慣れちゃってるから」

ほむら
「いい強がりね。ソウルジェムは正直よ、ほら」



腹部が回復するのと同調して青のソウルジェムに穢れが染み出てくる。
返せ、と走りよるさやかの首を左手で掴んで締め上げた。


さやか
「あ・・・ぐぅ」

ほむら
「ねえ、知ってる? 魔法を使いすぎると危ないのよ」

マミ
「あ、あなたっ許せない!」

ほむら
「なら美樹さやかのソウルジェムを砕きなさい。貴女の手で苦痛から解放してあげるの」


不敵に笑いながら、路上に青のソウルジェムを投げてマミの動向を窺っている。


ほむら
「戦いの運命から解き放たれる喜びは、きっと言葉に出来ないくらい素晴らしいでしょうね」



さやかは足をバタつかせて、ほむらの腕に爪を立てていた。




138 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/16 23:29:09.04 TafKd4/Z0 627/874


マミ
「美樹さん・・・」


マミは銃器を召喚して、地表の宝石に狙いを定める。


杏子
「おいっ馬鹿!」


はたかれた。


杏子
「血迷うな、マミ。やっていいことと悪いことがある」

マミ
「でも、こうしないとみんな不幸になってしまうわ!」

杏子
「笑えないな、マミの言うみんなって誰だよ、さやかじゃないだろ? 
もっと冷酷になるんだ。今のさやかを利用するくらい冷酷に」

マミ
「・・・利用、冷酷に利用するの?」

杏子
「ああ、利用するんだ! アイツを殺すためには、まともな手段じゃ通じない。
考えても見ろ、ソウルジェムを砕いたらさやかが化けて出るぞ」


お化けは苦手だろ、と冗談交じりに答える。
首を絞められているさやかも口角を上げていた――気がした。



139 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/16 23:30:31.05 TafKd4/Z0 628/874


マミ
「まともな手段で通じるとは初めから思ってないわ・・・でも」

杏子
「ぶっとんだ発想だよ。でないと、みーんなみんな死んじまうぜ」

マミ
「佐倉さんはいつも冷静で、達観してるわね」

杏子
「わっかんねぇ、やけくそになってるだけかも」

マミ
(ぶっとんだ発想・・・)




路上に青のソウルジェム。
記憶が微妙に操作されているさやか。


マミ
「・・・」


身体強化だけの杏子。
そして二人は暁美ほむらの百メートル圏内でしか生きられない。



マミ
(美樹さんだけじゃなく佐倉さんもコネクトされている。戦力外どころか――)

マミ
(佐倉さん、美樹さん、あなた達は信じられない。ごめんなさい)




140 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/11/16 23:31:03.81 TafKd4/Z0 629/874



マミの目は潤んでいた。杏子は素っ頓狂な顔でこちらを見つめている。
すぐ何かを察したようでニヤリと笑いながら言った。





杏子
「それが正解さ」







153 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/08 20:28:29.92 JHWhpadr0 630/874



月明かりに赤のリボンと黄色の髪飾りが象徴的に輝いた。

ほむら
「見てなさいよ巴マミ。とても苦しそうよ。チアノーゼというのよ?」


さやかは両手足をだらんと垂らして、ぐったりとしていた。
杏子は瞑目して口を忙しなく動かしている――祈っているのだろう。

マミは息を飲んで、あごを引いた。

マミ
「あ、暁美さん、全部私のせいなのよ。この子たちは関係ないの」

ほむら
「そんな命乞いの言葉はお粗末。貴女が苦しむならなんだってしてやるわ。
それがあの子のため、あの子を殺した罪なのよ」

マミ
「罪は全部私が背負うから、だから・・・」

マミ
「私は一対一であなたと決着をつけたい。この子たち抜きで。本気のあなたと。理解できるでしょ」

ほむら
「それで? 理解は出来るけど、納得は出来ないわ。
二人をどこかへ逃がしたいなんて言い分、聞けるはずないでしょう」


マミは首を横に振って、ひどく真剣な口調で言った。



「佐倉さんと美樹さんを――」



「――殺すの。私の手で」



マミの掠れた言葉。空気が一瞬で凍りついた。
耳が痛くなる静けさだった。


154 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/08 20:30:41.09 JHWhpadr0 631/874


ほむら
「自分で何を言っているのかわかっているの。
友達思いの貴女が一番嫌うことのはずよ」

マミ
「・・・」

マミ
「その代わり、美樹さんと二つのソウルジェムを渡してもらうわ」

ほむら
「認められない。見ていられないくらい馬鹿なこと言ってる。
すべての物事には対価が必要なのよ」

マミ
「・・・暁美さんの魔法円に私たちが乗るのはどうかしら。全員を人質にするの」

両手をあげて従順の意を示す。
伸るか反るかの大博打。暁美ほむらが首肯しないと何も始まらない。

ほむら
「・・・へえ。そこまでして何かをするつもりね」

マミは深くゆっくりと頷いた。

ほむら
「――いいわ。何を考えているのかわからないけど、
貴女の要求を受け入れましょう。精々楽しませて頂戴」

ほむら
「でも巴マミ。貴女は本当に巴マミなのかしら。
貴女は他人に死を与えるような人間では無かった」

マミ
「私は聖カンナさんのコネクトに干渉出来るの。全て自分の意思よ」

ほむら
「聖カンナさん・・・ね。理屈はわからないけど、事実なら羨ましいほどだわ。気が楽でしょう」

マミ
「楽なものですか。これから後輩を殺すのよ」

ほむら
「唆したのは私だけど、決断したのは貴女。怒りの矛先をこちらに向けないで欲しいわねえ」


ほむらは三メートル弱の魔法円を編み終えると、マミ、さやか、杏子に乗るように言った。

ほむら
「はい、お目当てのソウルジェム。
もちろん、約束を破ってもいいわよ? そういうの嫌いじゃないから」

マミ
「・・・考えておくわ」


155 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/08 20:32:14.02 JHWhpadr0 632/874


ほむらが遠くで訝しげに見つめている中、マミは二人を強く、強く抱きしめた。

さやか
「えっと・・・マミさん?」

マミ
「美樹さん。佐倉さん。こんな駄目な先輩でごめんなさい」

さやか
「マミさん本当に殺すの・・・? 杏子も何で落ち着いて・・・」

杏子
「マミとの付き合いは長かったからね、全部お見通しさ」

マミ
「美樹さん。私はね、命を繋ぎ止めるために契約したの」

さやか
「それは知ってるけど」

マミ
「だから信じて・・・ほしいの。二人とも変身して」

マミは穢れを浄化しきったソウルジェムを二人に渡した。
グリーフシードを多めに用意して、変身を終えた杏子とさやかを再び抱きしめる。

マミ
「あなた達の命を私の中に繋ぎ止める・・・だからありったけの力で魔法を注いで」

マミ
「円環の理に導かれるほどに、全身全霊で! 私の魂に深く刻まれるほどに!」

さやか
「・・・」

さやか
「うん、わかった。全部わかった」

杏子
「いくぞさやか」


青と赤の魔力が闇夜に展開されて、マミを優しく包み込む。
二人は濁り始めたソウルジェムにグリーフシードを当てながら、空いた手でマミにしがみ付いた。
マミもまた、二人の体を力いっぱい抱きしめた。


156 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/08 20:35:03.52 JHWhpadr0 633/874


マミ
「もっと、もっと魔力を私に刻みこんで。未来永劫一緒にいられるくらいに!」



魔力の濃度が増していく中、涙をこらえてうつむく三人の姿があった。
離れた位置で眺めているほむらは下唇を噛んでいた。

マミ
「犠牲にしてごめんなさい。こんな最期にさせてしまってごめんなさい」

杏子
「仕方ないよ、分が悪すぎるんだ」

マミ
「こうでもしないと、あなた達の犠牲がないと、暁美さんを殺せない」

さやか
「あたし達、足手まといだもんね」

ぎゅうっと抱きしめてマミは二人に顔を沈めた。

マミ
「・・・二人の力が必要なの」

マミ
「私も信じるから・・・」

杏子
「マミ・・・」

さやか
「マミさん・・・」


157 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/08 20:36:32.05 JHWhpadr0 634/874





「「嘘つき」」



マミ
「!!」


杏子
「最期なんだ。気を使わなくていい」

さやか
「言いたいこと言ったほうがいいよ。操られてるの知ってるし」


マミ
「・・・怖いの」

涙まじりのか細い声。
さやかと杏子はマミの頭を撫でた。

マミ
「信じるのが怖い・・・。裏切られるのが怖い・・・」

さやか
「あたしも怖い。マミさんを裏切るのが怖いよ」

杏子
「怖くないやつなんざ居ないよ。
何をしでかすかわからない自分が怖いんだ」

マミ
「私ね、美樹さんも佐倉さんも、暁美さんくらい怖くて、逃げ出しそうになった。
二人の記憶や意識が操作されてることを知って・・・でも結局どうしようもなかった」

マミ
「今だってそう。全然生きた心地がしないの・・・。二人に身を寄せることさえ怖いの」


さやか
「そんな悲しいこと言わないで。本当の想いは、きっと裏切らないんだから」

杏子
「最初から最後まで迷惑かけっぱなしで悪かったなあ・・・マミ」

マミ
「こんな頼りなくてごめんね。弱くてごめんね」

杏子
「ああ、頼りなかったけど、頼れるとしたらマミだけだ」

さやか
「弱くたって、マミさんはあたしの理想だよ」

皆が皆、嗚咽交じりの、ひどい涙声だった。



魔力の波動の中に桃色が混じっている。
まもなく二人は『円環の理』に導かれるだろう。


「「頑張って」」


長い間抱きしめていたものが消え去り、マミは姿勢を崩した。


158 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/08 20:37:39.15 JHWhpadr0 635/874


マミ
「・・・」

マミ
(佐倉さん、美樹さん・・・命、繋がってる?)

マミ
「・・・」

手のぬくもりに確かな感触があった。
袖で涙を拭って、魔法円から出る。



手を広げてみると長剣が数振り召喚された。

視線を左から右に流すと虚空に長槍が生まれた。

スカートを摘み上げるとマスケットの銃身が降ってきた。

マミ
「・・・」

マスケットを片手に遥か斜め後方、視野の片隅にいる死神に声を投げかける。

マミ
「暁美さん。待たせたわね」


その振る舞いは、マミを象徴する優美さ、華麗さなど全くない、死を受け入れた戦士そのもの。

その声は怒りと悲しみを押し殺した抑揚の無いもの。

その目は視線で刺し殺すほどの鋭さを含んでいる。


ほむら
「待ちくたびれたわ。茶番はもうお仕舞い?」

マミ
「あなたが死ぬまで茶番は続くわ。覚悟して」

マスケットの引き金に指をかける。
それが戦闘開始の合図。


――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


159 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/08 20:39:37.55 JHWhpadr0 636/874


マミの勝利条件はただひとつ。
ほむらのソウルジェムを破壊して聖カンナの計画を阻止すること。

暁美ほむらはあの子と呼ぶ少女を再び創ることを望んでいる。
障害は何が何でも潰す偏った思考に飲み込まれていた。

ほむら
「遠距離なら負けないわ」

マミ
「条件は同じ。想いの強さがすべてを決めるのよ」


銃器から放たれる雷光の弾幕が、地上を駆け抜けるほむらに追随する。
ほむらは刺弾の群れを消し飛ばすほどの剛撃で空間を穿つ。
二人が通り過ぎた後には無数の弾痕と深い孔が刻まれ、街のシルエットを削り取っていった。


攻防は一進一退。
息を付く暇も無い激戦。


戦地は廃墟と化した大通りから市街地、高層ビルへと多岐に及んだ。

片やリボン、多節槍、カットラス、銃器。
片や魔力弾、弓、矢。

お互いに虚空を蹴って絶え間ない攻撃を繰り広げた。

ほむら
「この力を見たら私の想いがわかるでしょう?」

狂気と殺意を含ませて激高した一声。
ほむらの放つ紫の帯が、マミの体を次々と掠めて、街の至る所に着弾する。

マミは遅れて襲ってきた痛みに耐えながら反論する。

マミ
「力は想いではないわ。想いは想いなのよ!」

宙に設置した数十条のリボンを発動させて、ほむらをきつく縛り上げる。
加えて、マスケットで二十四発の撃ち込み。槍を投擲。

槍は紙一重で回避されバインドも無駄に終わったわけだが、
銃弾に怯み、リボンを千切ろうと足掻く彼女の姿に、これまでに無い手ごたえを感じた。

マミ
(対等に戦えてる・・・!)


マミはあらゆる建物を足場として利用した。
その軌道を辿るように、紫の光条が執拗に放たれていく。

矢と形容するには余りある威力。
掠った壁から湯気が上がる熱量を孕んでいる。ほむらの一撃はレーザーのソレなのだ。

反転。
反撃。

斉射の隙を窺いながらマミもまた、ほむらの四肢を狙って射撃した。
威力こそほむらには及ばないが、よどみなく、すべらかに、精確に、狙い撃った。


二人の死闘に呼応するように、活気付いていた見滝原の風貌は少しずつ蝕まれる。
蝋燭の火を吹き消すよりも簡単に街のインフラは奪われていった。


160 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/08 20:42:18.81 JHWhpadr0 637/874



煌々と輝く満月を背にしてビルとビルの合間を高く跳ぶ少女達。

マミ
「無限の魔弾よ――」

流れるように右手を前へ一振り。
おぞましい数のマスケットを召喚し、一斉射撃を行う。

乾いた発砲音が星空を支配し、対象の魔法少女へと、飲み込まれるように輝く軌道を描いた。


それは、けたたましい轟音。それは、強烈な閃光。
砕け散って宙を舞うコンクリート片の影。
空気を切り裂く音と、魔弾を打ち払う無機質な音が砲撃音に混ざり合っている。

完全に無音になった直後、紫色の光線が驚くべき速度で迫り、マミの肩を貫いた。

マミ
「・・・ッ」

マミ
(また被弾・・・もっと距離を広げるしか)


傷口をリボンで圧迫止血。

アレグロを多重に付加。
移動速度を限界まで強化。

駄目押しの鎖縛結界を周囲に敷き詰めながら、何の迷いも無く超高層ビルから飛び降りた。


164 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/18 05:18:56.30 NLk0xZ8H0 638/874


マミ
「多分――」


マミの現在地は狭い路地だ。直線に細長い閉鎖空間と言ってもいい。
両脇にそびえ立つのは二百メートルほどの摩天楼。

ほむらは地上、上空、いずれかを選んで追いつめてくるはず。

マミ
「暁美さんなら地上から迂回するでしょうね」


空中から飛び降りているときほど無防備な状態はない。

相手が近距離戦主体ならともかく、ガンナー相手には無茶しすぎ。
意表を突くにしてもデメリットが多い。これは蛮行だ。


だから地上から接近されるだろうと予想して罠を作った。
もちろん、万一に備えて、あらゆる所に細い硬質のリボンを張り尽くしている。
素直に追いかけてきたら全身の皮膚がめくれてしまうだろう。


穢れを吸い切ったグリーフシードを投棄する。


二、三、深呼吸をして緊張を抑えた。
唇をきゅっと結んで空気の乱れ、魔力の波動を読もうと空を見上げて集中していると――。

予定調和。
定石。

遠方からカツカツ、と規則的なヒールの足音が近づいている。
絡み付こうとするリボンを魔力で払いながら接近するほむらの姿はどこか優美だ。

マミ
「夜空が綺麗だと思わない?」

ほむら
「満月の夜は人死にが増えるそうよ」


漆黒に澄んだ空気。声の主は夜のお散歩。
距離六十メートル地点。マミの仕掛けておいたトラップが発動するまでもう少し。
石畳の上でリボンが滑るように綺麗な円を描き、内側に三角を形作る。
ヒールの音はすぐに止まり、空間全体が激しく揺れた。

壁や地面から生えた無数の槍が一斉にほむらを突き刺す。
その体をズタズタに引き裂いたのだった。

ほむら
「陰湿さが滲み出ているわ。そうね、聖カンナの次くらいには」

土ぼこりが舞い上がる中、再びヒールの音が路地に反響する。
一本一本するりと抜け落ちてゆく血まみれの赤い槍が、彼女の回復力の高さを示唆している。

異常。
狂逸。

比類なき身体強化と回復力はまさに人外。
死神と揶揄されるのも納得、マミは改めて腑に落ちた。


165 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/18 05:21:28.66 NLk0xZ8H0 639/874


この程度でやれるはずがないのはわかっている。
何とかならない位がマミにとって丁度良い。

あのまま二人を『円環の理』に導けて良かったと素直に思い込むことが出来るのだから。

マミは頭を振って雑念を取り払う。
目の前の強敵をいかに滅ぼすかに集中しなおしてマスケットを三十六生み出した。

マミ
「これならどう?」


両手にマスケットを二丁持ち、右、左、右・・・交互に射撃を始める。
わずか数秒で全てを使い切るほどの速射だったが、ほむらは負けじと弓で弾いていった。

ほむら
「当たったところで致命傷にはなりえない。そもそも一対一で私に及ぶはずないのよ」

マミ
「そうかしら。呼吸が荒くなっているわよ」

距離五十メートル。

今度は壁に潜ませた魔法円がほむらのエネルギーを検知。

虚空からの槍雨と両壁からの刀がほむらに切迫し、切り傷を付ける。
至る所に血が飛沫し、そこらじゅうを赤く塗りつぶした。


ほむら
「何度やっても同じこと。本当の攻撃というものを教えてあげる」

肩に根深く刺さったカットラスを引き抜きながら、弓を大仰に構えて矢を乱れ撃つ。

ほむら
「――――ッ!!」

矢は直線にマミの身体を目指し――カタチを保てず、紫の火の粉として放射状に散った。
鏡の割れる音を皮切りに、ほむらとマミに魔力弾が襲い掛かる。

マミ
「・・・っ。よく考えたでしょう?」


ほむらは矢を放ち終えたままの残心で、歯をむき出しに。
深い傷をあらゆる部位に負って驚き果てていた。

マミは反射しそびれて出来た傷を意識して修復する。

アイギスの鏡――すなわち反射バリアによって攻撃の一部を弾き返したのだ。
絶対領域と名付けた、とっておきの干渉遮断魔法も同時に作用させていたのだが、耐え切れなかった様子。


ほむらの魔力が鏡を短時間で砕き、領域にも干渉し、マミに小さくも深く熱い傷を多数与えた。

一本一本の威力が下がるはずの乱れ撃ちでこの有様。
極悪とも呼べる矢の破壊力に脱帽しそうになった。

マミ
(まだこんな力が残ってるの・・・?)

マミは牽制を与えつつ、背面に大きく跳躍し、間に合わせのグリーフシードで穢れを取り去った。

唾を飲み込むと血の味がする。
キューブを掴む手は小刻みに震えていた。


166 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/18 05:23:45.51 NLk0xZ8H0 640/874



ほむら
「小癪な・・・」

意外なことにほむらの回復力が遅い。
逡巡すること二秒。罠だと判断して追い討ちを考える。

マミ
(一度、試してみる価値はあるわね)


普段より一回り大きいマスケットライフルを作ってアレグロを織り混ぜる。
左手を狙って引き金を引くと、普段の数倍の反動。聞き慣れぬ衝撃音。

予想以上の手ごたえがあった。

ほむらは痩身を捩る。
しかし、わき腹の一部がはじけた。


ほむら
「でもね、ほら。すぐ元通り。だから貴女に勝ち目は無い」

マミ
「あえて回復を遅らせたのね・・・」

ほむら
「ちょっと強くなったからって調子に乗られても困るのよ。
だけどさっきの反射は少し厄介。貴女の固有魔法から逸脱しているわ」

マミ
「いいえ。あれもリボンよ」


ほむらが弓の末端に握りなおして近づいてくる。
反射魔法の性質を瞬時に解析し、無為にするため、近接戦闘で決着をつけるつもりなのだ。

マミが何十にも施した束縛魔法を空いた手で中和しながら、ほむらは接敵しようと足掻く。
高位魔術、レガーレ・ヴァスタアリアでも抑えきれない彼女の底力はマミに眩暈を与えた。

時間を稼ぎたい。
囮の分身を造って足止めを図る。


「アイギスを見破ったのね」

「泥沼になりそうだわ」

リボンが効かないなら人海戦術。

ほむら
「これは佐倉杏子の魔術――構っている場合じゃないの」

「そう上手くいくと思う?」

「足元がお留守よ」


幻覚のタネがバレることもお見通し。
マミにとって、二十秒の猶予時間はあまりにも十分だった。


背部、上部の鎖縛結界がほむらを幾重にも覆っている。
これから行う攻撃が放散しないように徹底的に作り上げた箱庭は――今、完成した。



167 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/18 05:25:11.69 NLk0xZ8H0 641/874



マミ
「この一撃で決めるわ」


印を結び、詠唱を繰り返し、全ての力を注いだ大砲が一門。


そしてなんの装飾も施されていない無骨な砲身に手を添える。
マミの体躯を遥かに超える、巨大な兵器が唸りをあげた。


マミ
「メテオーラ・フィナーレ!!」


強力無比の烈光が灼熱を帯びて現世に放たれる。


マミは正面にも結界を作り、膨大なエネルギーの塊をほむらと共に閉じ込めんとしたが、
結界はミシミシと音を立てて呆気なく崩壊した。


――制御出来ない。


爆発に次ぐ爆発で聴覚は麻痺し、無音のうちに両脇の高層ビルが消し飛ぶ。
攻撃を行ったマミでさえ、一度魔力弾の方向へ強烈に引き寄せられたかと思えば、
余波で再び直線に吹き飛び、激しい光とともに意識を失った。



170 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/20 23:26:10.58 8XxTDpgJ0 642/874



意識はあった。視界が無い。呼吸している感覚が無い。


頭がぐるぐるする。

ぼんやりと輝く世界が見えてきた。方向感覚が定まらない。体が悲鳴を上げ始めた。

(佐倉さん、美樹さん・・・私)


マミ
「げほっ、ごほっ」

肺が酸素を強く求めていた。
喘ぐように呼吸を続けていると、様々な感覚が流れ込んできた。

意識して治癒を続けていくうちに、手の指先にじわりとした冷たい感触が戻ってくる。
指を数度曲げ、動くことを確認してから間髪入れずにキューブを鷲づかみ、右後頭部のソウルジェムに押し付ける。

マミ
「まだ回復しきってない・・・」

白い布地の袋には約三十個のグリーフシード。
もう一掴みして穢れを取り除いていると――違和感が生まれた。


肉体に異常があるわけではない。

肉体は正常に機能している。
正常ゆえの違和感だ。

五感が研ぎ澄まされたことで感知できた。
恐るべき波動がどこかで渦巻いているような。


171 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/27 20:29:21.22 riauXAgx0 643/874


マミ
「!」

正面に殺気を感じる。
次に――体を丸めて避けた。


避けたというよりも、避けていたと言い換えたほうが適切かもしれない。
何を避けたのかすらわからないまま、半ば本能で動いたのだから。

マミは壁を背にして立ち上がる。何が起きたか確認する必要があった。


黒。
紫。
紫。
白。
眼。
黒。
赤。


近くも遠くもない距離にぼんやりと滲んだ色。

ソレはヒトのカタチだった。

理解が追いつくと、酷い頭痛と吐気がマミを襲う。
燃える都市を背景に、赤いリボンを付けた黒髪の少女が弓を手にしていたのだから。


「何故。何故、生きているのよ」
「どうして、ねえ、どうして邪魔をするの?」


二人の声が重なる。
半泣きで訴える彼女の左手のソウルジェムは相当暗くなっているように思えた。

マミ
「無傷なわけ無いのに・・・そのリボンも・・・」

ほむら
「貴女の攻撃を防ぐために全部使ってしまったの! グリーフシードが足りないの!」

ほむらは赤いリボンを外して強く握る。
両手を天に掲げて、ヒステリックに何かを叫び始めた。

ほむら
「でもね? でもね? 桃色の力は残っているのよ?」

今度は聞き覚えの無い言語を口走りながら、ゆらゆらと近寄ってくる。
手指の動きを見るに、彼女なりの詠唱術式なのかもしれない。

マミは生き残るために逃げた。
マミとて残されたグリーフシードは僅少。
再び場所を変えてゲリラ戦に持ち込むしかない。

瓦礫に何度も足を引っ掛けながら、無我夢中で走り続けた。



172 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/27 20:32:31.69 riauXAgx0 644/874



ますます肌寒さを感じる夜半。
異臭の混じった突風がマミの頬を掻っ切る。


数度の短い競り合いを経て、別の市街地に立てこもった。
桃色の魔力は嫌というほど暁美ほむらの存在を主張していた。

マミ
(暁美さんはバケモノよ・・・あんな魔法少女見たことない)

慎重に、時として臆病になりながら、息を殺して街を這う。
建物の影、裏道、木陰に隠れて紫の少女を狙い撃った。

マミ
「くっ!」

使い終えたマスケット銃を軸に。
身を反らし、地を蹴り上げ、跳躍し、十四の矢を一つ一つ確実に回避していく。

マスケットの撃鉄さえも恐ろしい。音を立てることは死に直結する。
一度射撃を行うと、的確な位置に桃色の矢が飛んでくるのだから。


ほむら
「ふふ、見つけた。大人しく死になさい」

マミ
「死んでたまるものですかっ」

ほむら
「同意は求めていないわ」


多数の榴弾を地面に撃ち、煙幕を張りながら、マミは脇道に身を潜める。
目くらましの代償は光速で物体を昇華させる数条の矢。


逃げた先――天から次々と落ちてくる巨大な円柱を回避。
音も無く頭上を狙って落下する塊は易々と地球をくり貫いてゆく。

血と火と煙の柱は絶えず降り注いだ。

ほむら
「まだ逃げる気? もう少し楽しませなさいよ」


死ねない。

逃げなきゃ。


弓で地面をガリガリ摺る音と、ヒールが地を打つ無機質な音がねじ混ざっている。

その度に距離を広げて、カットラスの刀身を射出し、射撃を繰り返す。
ほむらが隙を見せた瞬間に攻撃を与え、追撃をなるべく減らす作戦だ。


173 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/27 20:36:38.30 riauXAgx0 645/874



戦闘は最終局面――血みどろで泥沼と化した魂の削り合いが続いている。


ピアノ線ほどの細さと強度を誇るリボンを道という道に仕掛けながら、周囲の地形を把握する。
このリボンは地味な嫌がらせに過ぎないが、引っかかれば十分。
ほむらの姿勢が崩れるだけでも気持ち戦いやすくなる。

マミ
「暁美さん!」

叫んだ直後、濃厚な光がマミの左耳を掠める。

ソレは神速をもって空間を突き抜け、背部の建物に着弾。

炸裂音と縦揺れの振動。
何かに引火したのだろうか。遅れてきた熱風で背中が強く圧された。

ほむらの魔力浪費を誘う作戦に変更したが、一々心臓を掴まれる恐怖がマミに襲いかかる。
でも、こうでもしないと倒せそうに無かった。

マミ
「惜しかったわね」


渾身の反撃。


リボンによる拘束でコンマ数秒の足止め。
宙に固定した二十五余りのマスケット群が撃発した。



ほむら
「――それで?」

ぎちぎちと音を立てて傷口が塞がってゆく。
不気味で気色悪い光景だった。

マミ
(これでも倒れていない・・・か)


再び距離をとる。
逃げるために戦うのか、戦うために逃げているのかわからない。

視界の外から襲い掛かる何かをかわすと、それはやはり桃色。


繰り返す。

逃げて、撃つ。
ときおり散弾、ダムダル弾を織り交ぜて趣向を凝らす。

何度でも繰り返す。


繰り返す。

強化魔法を複数練り合わせての射撃。
マズルフラッシュで砲口が熔けてもお構いなし。
徹底的に破壊することに拘ってマミは銃弾を成形し続けた。

何度でも繰り返す――。



174 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/27 20:39:36.44 riauXAgx0 646/874


――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


「パロットラ・マギカ・エドゥ・インフィニータ!」


最後の攻撃、であって欲しかった。
ほむらの両足を鎖縛とリボンで縫い付けて一斉射撃。


空を覆わんばかりのマスケットライフル改 五十八口径が火を噴く。
鼓膜を裂く爆裂音が全方位に轟き、ほむらの頭上目掛けて雹のように降り注いだ。


ほむらも負けじと幾何学模様の分厚い防御結界を展開して、攻撃を受け止めている。
しかし、地に膝が着き、腰が曲がり、手を着いた。

ついに全身が雷光に飲み込まれた。


魔弾の雹が地面を上下に揺らす。衝撃波が大気を滑り、窓ガラスを次々と割った。
ほんの十数歩先は近づくに近づけない処刑場だ。

マミ
「流石に・・・この一撃で、ピンピンされていたら、がっくりくるわね」

青ざめた顔でぽつりと呟く。
満身創痍で繰り出した「無限の魔弾」はマミの精神力を奪い切っていた。

マミは予想以上に堪えている。
両手足が鉛になってしまったような重みに抵抗しながら、数少ないキューブを取り出して穢れを浄化。




マミ
「――――っ!」

刹那。

一際強大なエネルギーを感じ、マミは両手で虚空に円を描く。


――アイギスの鏡を二重展開。


放たれた桃色の閃光は乱反射されつつも、鏡を粉々に砕いた。
魔力球は雪のように散り、雷のように至る所を穿った。

双方、全身に多数の熱傷を残す痛みわけに終わった。


ほむら
「ッち。なかなか、隙を。見せないわね」

ほむら
「でも・・・もう、これで、わかったでしょう。私の想い」

マミ
「あれを、全部、受けきるなんて・・・」

マミ
「だけど、残念ね。魔力の漏出は、お互い、様・・・よ」


マミ程度には動きが鈍くなっているほむらを一瞥。


足音が聞こえないように気をつけながら路地を駆ける。
同時に、気休め程度の鎖縛結界を展開して時間を稼いだ。

ほむらが最大出力で結界を破壊することを祈って。



176 : ◆bvqVN1tP96Fx - 2013/12/27 20:50:00.82 riauXAgx0 647/874

――――――――――――
――――――

深夜だというのに、街は夕方のように紅く照らされている。
熱で揺らいでいる遠方の都市はさながら蜃気楼を思わせた。
それもそのはず、木や草花の三分の一は焼け、街の三分の一は火に飲みこまれていたのだから。

マミ
「はぁ・・・はぁ・・・っ。ここまで離れていれば・・・」


滝のように降り注ぐ矢は避けきったが、続く猛烈な速射は派手に被弾してしまった。
傷口をリボンで縫合しながら、壁にもたれかかって一時休憩。

マミ
「一緒に、魔獣狩りしていたころとは、大違い。
あんな派手に、潰しに、来る子だとは・・・全然思わなかった」


肩で息をしながら、右後頭部にキューブを二粒近づける。
最後の浄化だ。もう後がない。

マミ
「テレパシーは傍受されるとまずいわね」

小さめのマスケットを夜空に向け、黄色の照明弾を二発放った。
緊急を要する際の合図のようなものだが、補給が伝わるかどうか怪しい。
でもキュゥべえなら意図を汲んでくれるはずだ。

テレパシーを検知され、キュゥべえとグリーフシードが相手に狙われる位なら、
今の所在が洩れてしまった方が幾分マシなのだ。

マミ
「早く離れないと」

糸ほどに細いリボンを這わせながら移動を始めた――。


【 パート4 】 へ続く。

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