レベルアッパー
幻想御手
手に入れることさえできれば能力が発現する魔法みたいな音楽ソフト。
能力が使えないあたしからしたら喉から手が出るほど欲しかった。
苦労して身につけるはずの能力をズルして手にしようとするのはきっと悪いことだってわかってる。
だって努力してもどうにもならないんだ。
生まれ持った才能の壁は受け入れなきゃならない。
そんなことを考えてぼんやりと考えながら歩いていたら。
最悪な場面に遭遇した。
いかにもな連中が一人のオタクみたいな男をよってたかって虐めてた。
相手は三人、この間までランドセルを背負ってたあたしが何とかできるわけもない。
元スレ
佐天「タイガーアッパー?」
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1281177611/
だっていうのに。
「もっ、もうやめなさいよ! その人ケガしてるし」
気がつけばあたしは馬鹿なことをしていた。
ガクガク震える足。
「す…すぐに警備員が来るんだから」
ガァン!って大きな音が響いた。
あたしの精一杯の勇気は派手なピアスをした男が壁を蹴った音でいともたやすく粉砕されたのだ。
「今何つったぁ!?」
髪を掴まれフェンスに押し付けられてじわりと涙が溢れてきそうになる。
「ガキが生意気言うじゃねーか!何の力もねえ非力なヤツにゴチャゴチャ指図される権利はねぇーんだよ!」
ギョロリとした目で舐めるように見られてあたしは怖くて悔しかった。
あたしは負けたんだ。
振り絞った勇気は仮初だった。 こうありたいと思う自分になれなかった。
―――その時だった
蛇に睨まれた蛙って言えばいいんだろうか?
あたしだけじゃない。 不良たちも。 オタクも。 例外なく背筋に寒いものを感じたんだろう。
ビクリと硬直して誰も動こうとしなかった。
私たちを本能的に畏怖させたそれは人通りの少ない道の向こうからゆっくりとこちらに向かって歩いていた。
ジーンズと白いシャツを着たとても大きな身体。岩に刻みこまれたような厳しい顔。 右の目に眼帯をしたスキンヘッドの男だった。
あれは人じゃない、と思った。 あれは猛獣、いや猛獣なんかよりも恐ろしいナニカだと。
きっと不良たちも怖かったのだろう。
あたしのことも絡んでいたオタクのことも忘れて不良みたいな三人はそいつに向き直った。
「…お、おう!オッサン! 何見てんだ! 死にてえかコラァ!?」
一番偉そうなピアスをしたヤンキーがそう叫んだ。
あたしだったら絶対にそんなことはしない。 走って逃げる。
不良に威嚇されても当然そいつは怯えたりなんかしなかった。
それどころか面倒だとばかりにこう言い放ったのだ。
「…消えろ。痴れ者が」
それを聞いて不良たちの顔色が真っ赤になった。
「へ、へへへ。 上等だよ。 ヤクザだかなんだか知んねーけどよ。 丁度いいからオメーの体で俺達のレベルが試してやるよ!」
ピアスがそう言った途端、残りの二人が左右に散った。
「危な!!」
あたしの側に転がっていた鉄柱や角材がふわりと浮き上がり、物凄い速度で大男に飛んでいったのだ。
思わず目を瞑ったけど。 音は防ぐことができなかった。
耳障りな音は大男に間違いなく命中しただろう。 遅れて聞こえてきた甲高い笑い声はピアスの声だ。
あの速さで鉄柱がぶつかったんだ…人の体がどうなるかなんて考えなくても判る。
「ッヒャッヒャ…ヒャ……あ…あぁ!? な、なんだテメエ?」
だからピアスの笑い声が消えて、その代わりに喚き声が聞こえるまであたしは目を開けることができなかった。
おそるおそる目を開けて。
私も声を失った。
そこにあったのはさっきとまるで変わらずに佇んでいる大男の姿。
「チンピラ風情が・・・・そのような攻撃が帝王に効くとでも思ったか!」
その言葉と同時に。
ピアスの隣にいた不良が―――消えた。
「………へ?」
呆気に取られたピアスの遥か後ろでドチャッってゴミ袋が転がるような大きな音が響いた。
――30メートルはあったと思う。 遠目から見ても判るくらいの泡を吹いた不良が一人転がっていたのだ。
そして。
視線を戻したら。
ピアスの側にいたもう一人の不良が大男に頭を掴まれて『持ち上げ』られていた。
まるで枕を持ち上げるみたいに片手で悠々と成人男性を持ち上げる大男なんて実際目の当たりにすると悪夢でしかない。
吊り下げられた不良はビクビクと痙攣している。
ただ頭を掴まれただけであんなになるんだ、って私はどこかぼんやりしながらそんなことを考えていた…
泡を吹いている不良を投げ捨てて、大男が不機嫌そうにピアスと向かい合う。
まるで猛獣に見据えられたかのようにビクリと全身を震わせたピアスが胸元にから何かをとりだした。
「…ヒ、ヒヒヒッ! ヒヒヒッ!」
狂った半笑いを浮かべたピアスが取り出したのは大きなナイフだった。
無理だ。
私は確信した。
そいつにそんなものが通用するはずがない。
きっとピアスもそれを判っているのだろう。 恐怖に耐えきれず捨て鉢になったんだ。
それでも結末は変わらない。
この大男を相手にナイフを持とうがピストルを持とうが勝てる人なんているとは思えない。
数秒後にはピアスが地面に崩れ落ちるんだろうなって私は思っていたんだけど。
「ジャッジメントですの!」
凛とした声が響いた。
「大きな殿方の癖に少女を虐めるだなんていいご趣味をお持ちですのね?」
白井さん―今は学園都市の風紀を護るレベル4のジャッジメントがビシィっと大男を指差していた。
え? なんで? そして気付いた。
ピアスと大男と白井さんで線を結んだように立っているんだ。
つまり白井さんのいるところからはピアスが見えないってことになる。
白井さんからすれば2メートルをらくらく超えている大男の足元にあたしが尻餅をついているんだろう。
「大人しく連行されることをお勧めしますですの」
違う!って言いたかった。 なのに声が出ない。 喉がはりついたかのように動かなくて。
「私個人の意見としましては佐天さんを怖がらせた罰としてブチのめしたいのですけども」
白井さんのその言葉を聞いて。
大男がゆっくりと白井さんのほうに振り返った。
「ヒ、ヒィィィ!」
大男からの視線が外れてようやく物事の判断がつくようになったのだろう。
その隙をついてピアスが工事中のビルの中に駆け込んでいくのが見えた。
「あら?お仲間はお逃げしたようですけど…貴方は逃げないんですの?」
そう余裕を見せるよう言った白井さんの口元は震えていて。
大男がゆっくりと拳をあげたのだ。
「帝王を審判するだと…やってみるがいい」
えぇ。 とても大きな背中でしたの。
最初見たときは熊かロボットかと思ったくらいですわ。
でも、そんなこともすぐにどうでもよくなったんですの。
佐天さんがその大男の足元に蹲って涙目になってるんですのよ?
私としたことが頭の中真っ白になってしまって。
気がつけばとても失礼なことを言ってしまったんですの…
あの方がこちらを振り向いて。
拳をあげた瞬間…ですわね。
ゾッとしましたわ。
何がって…そうですわね…陳腐な例えになりますけども…『死』ですわ。
まるで巨大な猛獣が潜む檻に放り込まれたネズミの気持ちといえばわかっていただけます?
何で逃げなかったかって?
だって私はジャッジメントですのよ?
学園都市の治安維持をするのに相手が怖いからって逃げ出してはお話になりませんわ。
はい。 もちろんですの。
最初っから全力でいきましたわ。
あの方が超能力を持っているかどうかなんて関係なく…いえ、その時はそんなこと考えてもいませんでしたわ。
テレポートで相手の懐に潜り込んでの仕込み鞄で相手の顔面を強打。
怯んだところを転ばせてからありったけの鉄芯を服に打ち込んでの捕縛。
屋外の戦闘で短期決着を望むのならばこれが最適解ですし、一番慣れている連携ですもの。
勿論、場合によっては四肢に直接鉄芯を打ち込むのも致し方無しと考えていましたわ。
やりすぎ?
実際にあの方の前に立てば判りますわ。
私の言ってることが決して大袈裟ではないっていうことが。
結果が信じられない?
えぇ…まったくですわ。
――いくら私でもまさかテレポートした瞬間に頭を掴まれるだなんて思ってもいませんでしたの。
白井さんがレベル4空間移動能力を持っているって話は聞いていたんだ。
レベル4って言ったら学園都市でも数えるほどしかいない高レベル。
普通に考えたら白井さんの圧勝に決まってる。
だっていうのに。
あたしは目の前で起きてることが信じられなかった。
何の前触れもなく白井さんが消えた。
そしてその次の瞬間にはその大男の懐に入りこんでいた。
凄い!って思って。 次にあれ?って思って。 次に悲鳴をあげそうになった。
白井さんが思いっきり叩き込んだように見えた鞄は難なく左手で防がれ、その大きな右手が白井さんの頭を掴んでいたんだから。
「……グッ」
身長の倍はありそうな位置まで持ち上げられて。白井さんが小さな呻き声を漏らした。
そいつに持ち上げられただけで大の大人が泡を吹いて白目をむいたんだ。
手の平に置かれたポテトチップスなら私だって握りつぶせる。
それと同じようにグシャリと白井さんの頭が弾けるんじゃないかって私は思った。
足がガクガクと震えて。 視線は定まらなくて。 頭の中はグジャグジャになって。
そしたらそいつが言ったんだ。
「…己を倒さずして誰を倒す」
―その言葉は白井さんに言ってるはずなのに。
まるであたしに言ってるかのようで。
気がつけばあたしの両足は立ちあがることができて。
気がつけばあたしはまっすぐ見ることができて。
気がつけばあたしの肺の中には大きな風が吹いていて。
気がつけばあたしはそいつに向かって飛びかかりながら叫んでいた。
あの時は驚きましたわ。
絶対に当たるはずの一撃を防がれたかと思ったら気がつけば目の前が真っ暗だったんですもの。
自分以外の意思で高いところに持ち上げられるってのは怖いですわね。
瞬間移動しようにも頭を締め上げている鈍痛でろくに演算もできなくて。
怖かったですわ。
あんなに怖かったのは銀行で…失礼。 脱線しましたわね。
そう、私を宙に掲げたままあの方がこう言ったんですの。
『…己を倒さずして誰を倒す』って。
まるで私の心を見透かしたかのような物言いに心底驚きましたわ。
え?驚きすぎじゃないかって?
いえ。まだですの。ビックリしたのはそれじゃ終わらなかったんですわ。
佐天さんがあの方に飛びついて叫びはじめたんですもの。
やめて!とか…違うの!とか…勘違いだから!とか…まぁそういった類のことですわね。
で、気がつけば私は手を離されて思いっきり地面にお尻を痛打してましたわ。
すぐに左天さんが駆けつけてきて「大丈夫?頭割れてない?」って聞いてきたのには笑いそうになりましたけどね。
私?
…まともにあのお方の顔を見れませんでしたわね。
だって整理すると私が勘違いして喧嘩を吹っ掛けて佐天さんに止められたってことですのよ?
なんて取り繕えばいいのか…そう考えていてふと気付きましたの。
逃げ出した男のことを。
この方が左天さんを助け…結果的に助けたというならばあのピアス男こそ私が本来捕縛しなければならなかったはずの相手!
すぐにピアス男を追わなければとも思ったのですけども、この方をこのまま放置するのもマズイと思って…
えぇ。確かにあの時はどうかしていましたわ。
冷静に考えたならば友人に見知らぬ大男を…逆ですわね。 見知らぬ大男に友人を預けるだなんて有り得ないことですわね。
でも…私はその時理由はなくともあの方を信頼できると判断したんですわ。
ジンジンと痛むお尻をさすりたくなるのを我慢して左天さんとあの方にこう言ったんですの。
「先程は本当に申し訳ありませんでしたわ。 こちらの殿方とも是非本部でお話をさせていただきたいのですが…」
そこまで一息に言ってちらって見上げてもあの方は全然興味なさそうでして。
逆に目を白黒させてる左天さんが面白…いえ?別に洒落のつもりじゃありませんわ。
…続けますわね?
「私これから少々捕物がありますので…是非ともジャッジメントの応援が到着するまで彼女の保護をお願いしますですの!」
そう言っても特に反応はなかったのですけど、拒否するような仕草がないのを見て私はビルに突入しましたわ。
えぇ…多少の混乱をしていたってことには同意しますわ。
私としたことが焦っていたんですわね。
レベルアッパーの危険性の証明と拡大の抑止のを実証しなければ上は動いてくれないんですもの。
取引場所を突き止めたまではいいものの勘違いでこんな失態。
これ以上ミスはできない。 レベルアッパーの拡散を防がなきゃって思いで頭がいっぱいでしたわ。
すぐには理解できなかった。
ビルに駆け込んでいく白井さんが残していった言葉の意味。
えっと? 保護? あたしが? この巨人みたいな人に?
いやいやいや? この人が悪い人だったらどうするの?
腕周りなんてあたしの胴くらいあるんだよ?
多分この人を初春が見たら泣き出すどころか心臓止まるんじゃないかな?
なんて頭の中で無数のツッコミしていたけど、そんなツッコミしてるってことは多分あたしは安心していたんだと思う。
全然優しそうじゃないし、怖い顔してるし、今でも威圧感は半端じゃない。
でもさっきのピアスをした不良みたいに自分を誇示しようとしてるんじゃないってことだけは判る。
多分…私には理解出来ない何かを手にするためにこうなったんじゃないのかなって。
拳に刻まれた傷を見てあたしはそう思った。
きっとこの人は生まれ持った才能の壁とかを鼻で笑っちゃうくらいの努力を今までずっとしてきたんだろう。
あたしが諦めようとしたことをこの人は難なく達成している。そう考えたら何だか悔しくなって。
自然と涙がこぼれた。
怖くて流す涙じゃない。
今のあたしに力がないのが悔しくて流す涙じゃない。
努力を諦めようとしたあたし自身に対する悔しさの涙だった。
溢れてくる涙をせめて見られないように座り込んで膝を抱えて頭をうずめた。
きっと私の目の前にいる大男はあたしのことを哀れな娘だって思ってるんだろう。
怯えて泣いて助けてもらってまた泣いて。
白井さんは凄いと思った。
正面から喧嘩を売って。
頭を掴まれても泣き言も言わなかった。
きっとあたしはすぐに泣き出すだろう。
あぁ。 顔をあげるのも怖い。
大男に取るに足らない虫みたいな目で見られていてもおかしくないんだ。
そんなことを思われてるんじゃないかって想像したらまた悔しくて。
涙が止まらなかった。
しくじった…っていうのが正直な感想ですわ。
空間移動に必要なのはまず冷静な判断だというのに私としたことが…
ヤツの能力も厄介なものでしたわね。
周囲の光を誑かす能力。 …偏光能力でしたっけ?
光を曲げて誤った位置に像を結ばせる力。
なによりも私はヤツの精神状態を軽視していたのが最大の失策でしたわ。
考えてもみれば、あの方に面と向かって虚勢を張ったんですもの。
いったいどれほどの殺気がヤツにかかったかなんて想像したくもありませんわね。
窮鼠猫を噛むとはいいますけど…まさにそれですわね。
生きるために逃げようとする者の悪足掻きを私は見くびっていたんですわ。
最上階に逃げたふりを誘い込み、ビルの支柱にガラスを空間移動。
ビルを崩壊させればヤツも逃げ出すだろうって計算にイレギュラーが生じるとは思ってもいませんでしたわ。
まさか狂乱してこちらに襲いかかってくるだなんて…
いったいあたしはどれぐらい泣いていたんだろう?
気がつけば泣くのにも疲れて、ただぼんやりとうずくまっていた。
その時のあたしは泣きすぎて涙が枯れるってあるんだって驚いてたような気がする。
あの大きな人はどっかに行っちゃったのかなって思ったけどそんなことはなかった。
どんなことを考えているのか判らない不思議な顔をしてそこにいた。
チラリとその人を見ていたら目があって。
赤く腫れ上がった瞼を見られるのが恥ずかしくて慌てて顔を伏せた。
弱虫って思われるのが怖くて。
膝に顔をうずめていたら…大きな男が動くのが気配で判った。
ゆっくりと歩いているだけの筈なのに、地鳴りがしているかのような…
――違った。
本当に地面が揺れていた。
えっ?と思って顔をあげたら目の前に大きな掌があった。
えぇ。非常にマズイ状況でしたわ。
崩れていくビルの中で空間移動するだけでも演算に気を使うというのに自暴自棄になったヤツが襲いかかってくるんですもの。
私を殺したところでビルの倒壊が防げるわけじゃないのに襲ってくるってことは物事の判断がつかなくなってたんですわね。
まずは気絶でもさせてなんとかしなきゃ…と思ったのが間違いでしたわ。
一瞬の隙をつかれてヤツに組み付かれて…ナイフを弾くだけで精一杯でしたわ。
そのまま振りほどこうとした時にはもう既に手遅れで。
ビルの倒壊は既に最上階にまで及んでいたんですの。
崩れていくビルに取り残されては確実に死ぬんですから、一か八かで窓からの飛び降りを決行しましたわ。
無謀?
…まぁ確かに。空中で演算さえ終了すればなんとかなると思っていた私が甘かったですわね。
降り注いでくる瓦礫がパラパラと身体に当たり、ろくに演算もできないまま地面へ急降下したときには頭の中が真っ白になったのを覚えてますわ。
…えぇそうですの。
その時ですわ。
気がついたらあたしはヒョイっと帽子みたいに軽々と持ち上げられていた。
何が何だか判らなくて声も出なくて。
自分で言うのもなんだけど借りてきた猫みたいにおとなしかったんじゃないかなって思う。
そして大きなその人に抱えられて道路の反対側にストンと落とされた。
何をしたんですか?って聞く勇気もなくてただその大きな身体を見上げていたのを今でも鮮明に覚えてる。
逆光で見えなくて。 その人がどんな顔をしてるのか判らなかったけど、多分いかめしい顔のままだったんだろうなって。
…数秒後、凄い音がした。
見れば私がついさっきまでうずくまっていた場所に3メートル四方はあるだろう大きなコンクリートの塊が落ちてきてたんだ。
あのままあの場所にいたらきっと私はあれに押し潰されてトマトみたいになっていたんだろうって本能で理解して背筋がゾッとした。
見上げるとさっき白井さんが飛び込んでいた廃ビルがギイギイと悲鳴をあげて崩れだしていた。
そして気付いた。
パラパラと飛び散る破片は全てその大きな身体に防がれてるんだってことに。
あぁ…私は弱いから庇われているんだ。
私に力さえあれば。 白井さんみたいに…御坂さんみたいに…この人みたいに強い力があれば…そう思って下唇を噛み締めていたら。
崩れていく廃ビルの悲鳴を物ともしない、太く低い静かな声が響いた。
「ただ羨むだけか・・・?ならば永遠に強さの真意など掴めぬ」
それは私が諦めたこと。
レベル0は欠陥品だって思って。
ズルして力を手に入れようとして罰が当たったんだって。
人の身体ほどある大きなコンクリートの塊が私に…違う。 あの人目掛けて降ってきた。
でもその人は微動だにしなかったんだ。
上段蹴り。
格闘技に詳しくない私でもそれくらいは知っている。
でも私は人の蹴りでコンクリートの塊が砕けるだなんて知らなかった。
「逃げつづけるか?人生からも、勝負からも」
ねーちゃんチョーノーリョクシャになんの!?
スッゲー!
へっへーん!
それは私の幼い頃の記憶。
私に背を向けている大きな人が拳を握るとギシリと音がなった。
幾重にも重なった鉄材が槍のように先端をこちらに向けて落ちてきた。
何百キロ? ううん何トン?
想像もつかない大きさの鉄材にその人は真っ向から拳をぶつけ、へし曲げ、はじき飛ばした。
鉄材が宙を飛び怪獣が倒れるような音を出した。
「歪んだ力など借り物にすぎん」
はいお守り。お母さんはあなたの体がなにより一番大事なんだからね
うわぁまたヒカガクテキな…
ハハッ母さんは心配性だなぁ
それは私を誰よりも愛してくれたママの記憶。
ふと気がつけば。
何でか判らないけど今まで悩んでたことがとてもちっぽけに思えた。
不思議に感じて。 やっと気がついた。
あぁ…そうか。
この言葉は全てこの人が自分自身に言いきかせてることなんだ。
きっとこの人は優しい言葉を持たない人。
自分の在り方を言葉ではなく別の形でもって表現する人なんだろうって。
あたしの胸にこの人の言葉が響くってことはこの人もあたしと同じ悩みを持っていたんだろうってこと。
そして…なんだか自分自身が無性におかしく思えた。
だってランドセルを脱ぎ捨てたばかりなのに将来を絶望するだなんておこがましいにも程があるじゃない。
あたしはまだ始まったばかりなんだって。
そう言いたくて。
この胸に渦巻くこの思いを伝えたくて。
大きな背中に声をかけた。
「あ、あの…」
「……」
あたしが声をかけても振り返りもしなけりゃ返事もしてくれない。
廃ビルは倒壊寸前の状態を保ったままグラグラと揺れていた。
乾いた唇がかさついて喋りにくいだけじゃない。
これは今まであたしの胸に巣食っていた嫌な部分。
でも今言わなきゃきっとまた後悔するんだって判ってる。
「あたし…つまんないことにこだわって…ズルしようとして…能力なんかより大切なものを忘れてて…」
相変わらずこっちを見ようともしないその背に届くよう万感の想いを込めて。
「だから…助けてくれてありがとう。 守ってくれてありがとう。 手伝えなくてごめんなさい」
生まれて初めてあたしの胸の内を全部さらけだした告白は。
本格的に崩れだしたビルが倒壊していく音に邪魔されたけども確かに返事が返ってきたんだ。
「まだまだ青すぎる・・・・しかし、胸に宿る決意の輝きは評価しよう」
そしてあたしは決して死ぬまで忘れないだろう『それ』を見ることができた。
ビルの上部分がそのまま耳障りな音をあげながらこちらに滑り落ちてきた。
もうコンクリートの塊とか鉄材なんていうもんじゃない。
御坂さんの超電磁砲だってこの状況は切り抜けられなかもしれない。
それは絶望的な光景なはずなのに。
なんでだろう? あたしは全然怖くなかった。
あたしの目の前にある大きな広い背中が倒れるだなんて想像もつかないから?
そんなことを考えているうちにそのビルはもうあと数秒で自由落下を始めそうにまでなっていたんだ。
「戦車や砲弾とて帝王は阻めぬ…ましてや土塊など!」
そう言って初めてその人が自分から構えをとった。
降り注ぐ瓦礫を蹴り壊し、拳を握った。
その大きな身体が縮んだかと錯覚するほど低い姿勢。
それはまるで獣が襲いかかる直前のようなその姿。
発条のように力を極限まで抑えこんで一気に開放する一撃必殺の拳。
「タイガー…」
それは唸り声だった。
誰にも飼い慣らすことができない誇り高い猛虎
その爪は鋼鉄すら引き裂き、その牙は歯向かうもの全てを噛みちぎる。
獰猛が故に。
凶暴が故に。
孤独となり対等な相手を探していた猛った虎の前に現れたのは龍。
天と地を割る龍虎の闘いは虎に敗北の印を刻み、敗北を知った虎が磨き上げた至高の一撃。
「アッパーカァット!」
その獰猛な虎の一撃は巨大な建築物を一瞬で粉砕して尚、余力を残す程。
砕いた瓦礫の中に見覚えのある姿を見つけ手を伸ばし、捉え、地に戻る。
「……ハハハ…凄」
あたしはそう呟くしかなかった。
あの人が放った天に突き上げるような右拳の一撃。
それが何十メートルもあるコンクリートを砕ききったのを目の当たりにして他になんて言えばいいのかあたしには判らない。
パラパラと雨のように降り注ぐ砕け散った『元』コンクリートだなんて誰が信じてくれるのかな?
ぼんやりとそんなことを思って。
砂煙の中に大きな体のシルエットが浮かび上がったけどなんかおかしい。
そしては今更気付いた。
こっちに向かって歩いてきたその人の腕に二人の人間が抱えられていることに。
「し、白井さん!」
慌てて駆け寄り無事を確かめる。
「……う、うぅん」
心底ホッとした。
見た限り大きな怪我もしてないようだし本当に生きててよかった…
そう思っていたら。 その人は抱えていた二人を地面に降ろして…歩き出した。
え? え? え?
混乱。 大混乱だった。
意識を失ってる白井さんをこのままにはしておけない。
けど、このままじゃあの人が行ってしまう。
どうしようもできなくてあたしは叫んだ。 叫ぶことができたことに自分が驚いた。
「あの!!」
あたしの悲鳴にもにた叫び声を聞いて足を止めてこちらを振り向いたその人の顔は相変わらず厳しかった。
「…」
人がしゃべらないってだけでここまで怖いものなのかって思うけど。 今はそんなことよりも。
「あ、あの…またどこかで会えますか!?」
眼帯をした顔に刻まれた険しい顔は出会った時とまるで変わっていない。
「…貴様が戦士となればいずれ会うことになろう」
もうこれ以上答える気はないと言わんばかりに歩き出すその背。
このままじゃあたしはこの人を『この人』としか呼べない。
だからきっと最後の、そして私にとっては始まりになるだろう言葉。
「わ、私! 佐天涙子です! 今はまだレベル0ですけど! きっと! きっと!」
その続きを言おうとして言葉が詰まって。 …なんて言えばいいんだろう?
戦士になる? 判らない。
でもあの人に嘘は言いたくなくて。
そうなっちゃうと何も言えなくなって。
…うなだれそうになった時だった。
「サガットだ…猫とて獅子になりうることを忘れるな」
そう言って。
あの人――サガットは夕焼けの中に消えていった。
その時のあたしはきっとものすごく気持ち悪い顔をしていんたんじゃないかなって思う。
だって瞼は泣きはらして真っ赤だったはずだし、口元がフニャフニャしちゃってたんだもの。
えぇ。
そうですわね。
話を戻しましょう。
学園都市に突如として現れた『二人』の男。
学園都市最強の能力者である一方通行に会いにきたという男。
そしてその男と闘うために学園都市にきたもう一人の男。
そう。 それがサガットと名乗っていた大男ですわ。
え? 一方通行と闘いに来た男はどうなったかって?
残念ながらその結果は私も知りませんの。
最重要機密らしいですわ。
ただ…一方通行が『もうひとりの男』とやりあった翌日の夜ですわね。
コンテナ倉庫…えぇそうですわ… あの憎き山猿とお姉さまが初めての共同作業を行った因縁の…
コホン。 失礼。 脱線しましたわね。
そのコンテナ倉庫にて破壊音と二人の男性の姿が確認されています。
…いえ。 私が知っているのはここまでです。 もう知っていることは全部話しましたし失礼してもよろしいですか?
息を潜めこっそりと対象の後ろに貼りつく。
ターゲットは依然こちらに気付く様子もなく行動中。
焦らず、それでいて迅速に行動を決行!
「うーいーはーるーん♪」
「…ヒャアァァァ!」
ほほう…今日は淡い紫の水玉か…
良き哉良き哉
「佐天さんっ!めくらないでくださいって何度言えばぁ…!」
アウアウと半べそかく初春も可愛いのなんの。
でも今日は初春のパンツより大事な事があったんだった。
「そんなことより初春!」
「人のスカートめくっておいてそんなことって…何ですかぁ…?」
しょぼんとしつつもそう聞き返してくれる初春は本当にいい娘さんだなぁ。
「前に御坂さんと三人で行ったデパートでさ、あたしが言ったこと覚えてる?」
「えっと? 第七学区のセブンスミストですか?」
「そう!そこそこ!」
「左天さんが言ったことって…ハッ! まさかあの際どい下着ですか!? わ、私穿きませんからね!」
そう言ってズササって距離をとる初春。
「違うってば。 ほらあたし必殺技欲しいなーって言ってたでしょ?」
「はぁ…そういえばそんなこと言ってたような…?」
ただの雑談だったしね。
「そうそれ! あのね…あたし必殺技の名前決めたの!」
初春が覚えてなくてもしょうがないけど。
「…はぁ…名前だけですか?」
でもこれはあたしが決めたこと。
「そう!まだ見ぬあたしの必・殺・技! どんな名前か知りたい?」
「えっと…はい」
そして初春には知っていてほしいこと。
「フッフッフ…ほんとに?」
「もー何ですかぁ? 左天さぁん…」
「しょうがないなぁ…じゃあ初春だけには教えてあげる」
私の必殺技の名前はね―――――――
おわりー
付き合ってくれた人thx
60 : 以下、名... - 2010/08/08(日) 00:54:41.01 dWaUOcIz0 35/35乙~
佐天さんってレベルアッパーのときに風起こしてたっぽいし、
タイガーアッパーじゃなくてスクリューアッパー覚えそうだな