【前編】 の続きです。
409 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 12:14:05.98 7ofurvBN0 114/249

■学園都市・宙空

太陽は既に沈んでいる。

眩いネオンをその瞳にはしらせながら学園都市を白井黒子が飛ぶ。跳ぶ。翔ぶ。
周りからは点々と見えたり消えたりしてるように映るだろう。

『空間移動《テレポート》』を駆使し、痛む身体に鞭打って白井黒子は赤毛の少女の後を追っているのだ。

ブツブツと電波が寸断される為、途切れ途切れの声が携帯電話からは漏れ聞こえる。

「トラウマ…ですの? …あぁ道理で。 確かに彼女は自らを転移させたりはしてませんでしたわね」

頼れる後輩の情報を聞いて、ビルの外壁を蹴りながら白井黒子がそう答える。

『はい! カウンセラーへの通院リストが確認されています! それより白井さん本当に大丈夫ですか?』

電話の向こうから聞こえる心配そうな声に向かって白井黒子はわざと声を張り上げる。

「大丈夫ですわ。 ほんの掠り傷ですもの。 それよりもまだ赤毛女の逃走予測ルートは特定できないんですの?」

『えっ、あ、はい! 今全力でルートを絞っています! 後30秒もあれば…』

だが、今回に限っては初春飾利の助言は必要がないようだった。

410 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 12:16:53.58 7ofurvBN0 115/249

ドゴン!と響く凄まじい破壊音。

聞き慣れた爆発音が大気を震わせたのに気付いた白井黒子がそちらを見た。
モクモクとあがる黒煙がここからでも目に飛び込んでくる。

「初春… どうやらこれ以上予想する必要はないみたいですの」

『え? それって一体どういう意味ですか?』

きっと電話の向こうでは、ほのぼのとした少女が不思議そうな声をあげながら首をひねっているのだろう。
容易にその姿が想像できてつい微笑みながら白井黒子は静かにこう言った。

「さっさと終わらせて帰ってきますから。 100点満点のおいしい紅茶を用意して待っててくださいですの」

そう言うだけ言って。
返事を聞こうとはせずに携帯電話をポケットにねじ込んだ。

見間違えるはずも、聞き間違えるはずもない。
あの音の元にこそ、あの黒煙の元にこそ、白井黒子が探しているその人がいる。

あれこそ、白井黒子が大好きで大好きで大好きなお姉様の“超電磁砲”だ。

「今行きますの! お姉さま!!」

そう言って、白井黒子は再び虚空へとその姿を消した。

412 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 12:17:53.07 7ofurvBN0 116/249

■学園都市・雑居ビル

建設途中だったのだろうか?
まるで解体されかかった獣のように鉄骨や内壁をさらけ出したそのビルの前には横倒しになったマイクロバスが転がっていた。

「――ッ! いい加減っ! コソコソ隠れてないで出てきなさいって言ってるのよ!!」

ショートカットの少女の苛立った叫び声と共に小さなコインが空を舞う。
どこにでもあるようなゲームセンターの小さなコインは、しかし凄まじい勢いを持って少女の手から射出された。

爆音と共にビルの鉄骨を易々と引きちぎる“それ”は雷神の戦槌のような破壊力で以て大地を揺らす。


少女の名前は御坂美琴。
七人しかいない超能力者(レベル5)の一人であり、学園都市最強の『電撃使い《エレクトロマスター》』である。
中学二年生にして常盤台中学のエースに君臨する少女を人々は恐れと羨望をもって『超電磁砲(レールガン)』と呼ぶ。


そして今、御坂美琴は怒っていた。
ビルの中には10人近くの能力者が篭っている判っている。
だが、それが何だというのだ。

荒れ狂う彼女を止められる者など学園都市に5人もいない。
静まりかえったままのビルに向かって三発目の“超電磁砲”を撃ちこむかと御坂美琴が思った時だった。

「学園都市最強の超能力者のくせに。 …随分と余裕が無いのね?」

ビルから突き出ている鉄骨の上に赤毛の少女がそう言って姿を見せたのだ。

420 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 12:35:18.12 7ofurvBN0 117/249

■学園都市・雑居ビル前

「お姉さま…」

現状の確認と把握のために、今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑えてビルの陰から様子を伺った白井黒子がそうポツリと呟いた。
そこでは御坂美琴と赤毛の少女が相対していたのだ。

「そんなに[実験]が再開されるかもしれないことが怖いのかしら?」

そう試すように。 赤毛の少女が白井黒子では知りえない事を唇に載せる。
そして。それを聞いた御坂美琴は怒りを抑えこむようにして静かに口を開く。

「…ええ、怖いわ。 でもね…わたしはそれ以上に頭にきてんのよ」

御坂美琴の脳裏をよぎるは大量の血液が流れたであろうバスルーム。
血生臭く鉄臭い匂い。
完璧主義者なはずの少女が鏡に飛び散った血痕すら忘れてしまう程なのだ。

421 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 12:36:51.63 7ofurvBN0 118/249

それはいったいどれほどの苦痛と屈辱と苦難だったのだろう。
だから御坂美琴は許せない。

「あのバカ…私が気付かないとでも思ってたのかしら。 医者にも行かないで、今もまだこの空を飛び回っている救いようのない大バカで。
 その癖きっと!私と明日顔を合わせればなんでもない様に笑う! そんな強がりで! バカみたいな! 私の大事な後輩を!」

ギリと御坂美琴が私怨でもって赤毛の少女を見上げて叫ぶ。


「この私の都合で巻き込んだ! そんな私自身に頭にきてんのよ!!」


放電をその身に纏わせて吠える御坂美琴を見てジワリと白井黒子の瞳に涙が浮かぶ。

「…おねえさまぁ」

だが、しかし今は泣いている場合ではない。
意志の力でもって胸に広がる思いを無理やり抑えこんで、白井黒子は赤毛の少女を注視した。


赤毛の少女は怒りに身を震わせる最強の“超能力者”を見て、耐えられないように呟く。

「…そう。 さぞかし気分がいいんでしょうね。 己の怒りのままにそんな力を奮ってるのだから。
 でもね、悪いけれど“私達”にも貴方と同じくらい退けない理由があるの。 ここで改心して謝る気にはなれないわ」

そう赤毛の少女は笑うが、白井黒子の立つ場所からならば油断無く距離をとろうとしているのが一目瞭然である。
それも当然だろう。
“学園都市に七人しかいない超能力者”という言葉は飾りではない。
赤毛の少女は“大能力者”らしいが、このようなひらけた場所で力を奮う“超電磁砲”に抗うのは無謀にも程がある。

425 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 12:48:31.41 7ofurvBN0 119/249

.
その時だった。

「…?」

白井黒子は眉をひそめる。
恐らく御坂美琴の立っている場所からは見えないだろうが、白井黒子の場所からならばそれは舞台裏を覗いたように丸見えである。
ビルの陰でコソリと赤毛の少女の仲間であろう少年が何事かを呟いたのだ。

それを聞いた赤毛の少女はハッと年相応の動揺した感情をその端正な顔に走らせる。

しかし、それも束の間。
御坂美琴を見下ろしながら赤毛の少女が口を開く。

「…貴方も退けない、“私達”も退けない。 ならば“私達”は“目的”を達成させるだけよ。 それじゃあね御坂美琴さん?」

そう言って暗がりの中に逃げこもうとした赤毛の少女に向かって御坂美琴が吠える。

「逃げられるとでも…思ってんの!」

それを聞いた赤毛の少女がどこか苦虫を噛み潰したような顔で、けれど口調は優位を保つようにしてこう告げた。

「えぇ、思ってるわ。 とはいえ“私一人”では無理でしょうけどね」

426 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 12:59:26.82 7ofurvBN0 120/249

赤毛の少女の言葉と共に。
一気呵成と言わんばかりの叫びが轟く。
ビルの中から一斉に赤毛の少女の仲間が飛び出してきたのだ。

風力使いが、念力使いが、電撃使いが死をも恐れんと言わんばかりに闘志をその目に燃やし。
“超能力者”に、“超電磁砲”に向かって突撃を開始する。
しかし、それは無謀な特攻でしかない。

蹴散らされ、吹き飛ばされ、地面に転がされ、絶望と恐怖に呻くために走ってくる彼等のことが白井黒子は理解出来ない。

一方的で圧倒的な実力差を見せつけ、完膚無きまでに叩きのめして。
そしてようやく御坂美琴は気が付いた。

「…やられた」

悔しそうにポツリとそう呟く。
赤毛の少女がいない。
たった一つの目的を達成するために、10人以上もの少年少女たちがその身を呈して赤毛の少女を守りきったのだ。

427 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 13:00:49.44 7ofurvBN0 121/249

悔しそうな、泣きそうな表情を浮かべた御坂美琴の横顔を遠くから見て。
静かに白井黒子が、己の信念を確認するように口を開いた。

「ごめんくださいね、お姉さま。 けれど、ここからが私の出番なのですの」

赤毛の少女が向かう先など、同じ移動系能力者である白井黒子ならば容易に想像がつく。
ゆっくりと立ち上がると制服のポケットの中から彼女の原点を取り出した。

風紀委員《ジャッジメント》の腕章を取り出して、腕につけ。

「貴方のバカな後輩は。 やっぱりどこまでいっても大バカ者で」

痛覚で悲鳴をあげる頭に無理やり演算を押しこんで。

「けれど貴方の元に帰るためにはやっぱり戦い抜くという選択肢以外頭に思い浮かびませんの」

向かう先は赤毛の少女。
戦場の一番奥深くから生還するために、“お姉様”の隣に立つために。
白井黒子の足が大地を蹴った。

430 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 13:14:20.69 7ofurvBN0 122/249

■とあるマンション

「とうまー! とうまー! さっさとこっちに来るんだよ!」

騒がしい食っちゃ寝の同居人の声に引きずられるようにして上条当麻が腑抜けた声をあげる。

「まったくいったいなんなんですかー?」

ふぁ~とアクビをしながらリビングに出た上条当麻に向かってインデックスが震える指でそれを指さした。

「ね、とうま? 私の記憶が確かならば… 猫っていうのはグニャグニャモフモフスリスリだよね?」

「…はぁ? あー…まぁ間違ってはいないだろうけどさ」

何を言い出すんだコイツは?と言いたげな上条当麻の顔を見て、ぷくりとインデックスが頬を膨らませる。

「あらあらどうしたんですかインデックスさん? リスのようにホッペタ膨らませて。 そんなのは食事中だけで充分ですよ?」

そうやって茶化して切り上げようとした上条当麻だったが、それは頭に噛み付かれたインデックスによって中断される。

「むー! 違うもん違うもん! いいからアレを見てってば!」

ガジガジと頭に噛み付いたままのインデックスをそのままにして(慣れ)、言われるがままにインデックスの言葉の先を追って。

「えええええええっ!?」

上条当麻は心底驚愕した。

432 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 13:24:21.14 7ofurvBN0 123/249

なんとそこにはピシッと背筋を伸ばしたスフィンクス(三毛猫)の姿が!

「えっと…インデックスさん? 何かしちゃったんですか?」

常日頃ゴロゴログーグーモグモグと誰に似たのか好き勝手気ままに生きるスフィンクス。
それが軍人のように背筋を伸ばして玄関に向かい座っているのだから、そりゃ上条当麻も驚いた。
思わず頭の上にいる少女にそう尋ねてみるも。

「むぅ ひどいよとうま! 私は何もしてないんだからね!」

ガジガジと上条当麻の齧り付いたまま器用にインデックスが返事をする。

「って言ってもなぁ… …おーい?スフィンクスさん? …ごはんだぞー?」

「ごはん? ごはんなの? ね、とうま? ごはん?」

「あーもー黙らっしゃい! 嘘です! 試しに言ってみただけなんです! モヤシでいいなら冷蔵庫にたっぷりあるからかじってらっしゃい!」

普段ならばこのどこぞのシスターに似た食欲旺盛なスフィンクスは『ごはん』と聞けば何処にいてもすっ飛んでくるはずなのだ。
しかしスフィンクスはピクリとも動かない。
一体どうしたのかと不思議に上条当麻が不思議に思った時だった。
上条当麻は勿論、インデックスも知る由はないが、遠い地で誰かが昔こういった。


“動物に人格は通用しない。彼等は圧倒的な力の前にはただひれ伏すばかりである”


その時。
来客を知らせるチャイムの音が上条当麻の部屋に鳴り響いた。

447 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 13:48:09.33 7ofurvBN0 124/249

チャイムに答えるようにニャアンと鳴いたスフィンクスを珍しく思いながら上条当麻がドアを開けると。
そこには見覚えのある金髪紅眼の男とどう見ても小さい子供が立っていた。

それを見たスフィンクスが再びにゃおんと声をあげる。

「ほう、猫か。 出迎えご苦労」

まるで自分を待っていたように背筋を伸ばした子猫に向かって金髪紅眼の男が偉そうに声をかける。

「えーっと…いったいどちらさま?」

何だか全然意味が判らぬまま、とりあえずそう問いかける上条当麻の言葉を聞いて鷹揚に金髪紅眼の男はこう言った。

「うむ、俺だ」

「……いや、そういうのではなくてですね」

なんか面倒な事態に巻き込まれそうですよ、と上条当麻が内心嘆きはじめたころだった。

それを補佐するように可愛らしい顔をした子供が口を開く。

「えへへ☆ ボク達のこと覚えてない? 君ってコロッケの人だよね?」

勿論このような強烈な印象の男など忘れるはずもない。
まぁ、上条当麻は他にも随分と突飛な格好をしている人間と出会ってもいるが。

「いやそりゃ覚えてるけど…」

しかし何故この男達はわざわざ家にやってきたのだろう、と上条当麻が頭上にクエスチョンマークを浮かべそうなのを見て、金色の男が言葉を発した。

449 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 13:56:26.40 7ofurvBN0 125/249


「なに、俺のほんの気まぐれだ。 俺に非がないとはいえあまりにも哀れに思ってだな」

「は、はぁ……」

ぶっ飛んだ思考回路に周回遅れで置き去りにされたような感覚を感じながら生返事を返す上条当麻。
と、金髪の男がゴソゴソと子供の背負った大きな籠のようなリュックから“ソレ”を取り出した。

「そら、受け取るがよい」

ズイ、と差し出されたのは桐の箱。

「え、えっと…これはまたどうも」

呆けた顔のまま思わずその箱を受け取る。

ズシリと重たい箱の中身など見当もつかなかったが、焼印で刻まれている文字を何となく読み上げてみた。

「えーっと… 本場直送…完全…天然…超高級松坂和牛…特撰肉…3キログラム…?」

普段の生活では悲しいことに全く全然目にすることの無いブルジョアな文字が並んでいるせいか、それを理解するのに1分程時間がかかり。

そして上条当麻はようやくそれらが意味することを、箱の中身がなんなのかに気が付いた。

「あ、あの? あののののののの…? これってもしや、もしかして、もしかすると!?」

震える声で三段活用をしつつも上条当麻がそう尋ねると金色の男は当然だと言わんばかりに頷いた。

454 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 14:03:43.47 7ofurvBN0 126/249

「気にせんでいいぞ。 なに、それしきでは俺の度量などこれっぽっちも現せんだろうが、何せそれ以上の物が見つからなかったのでな」

まったくしょうがないものだ、と言わんばかりに苦笑する金色の男を見て。
上条当麻はまさに感涙にむせんでもおかしくないほどに感動していた。

(見たか…見たか神様仏様! 何が不幸だ! この王様っぽい人がついにこの上条さんに恵みの手を!!!)

そう内心で喜びに震えている上条当麻にかかったのはインデックスの声。

「とうまー!!!」

だが、今そんな事に構ってはいられない。

「ちょっと黙ってらっしゃいインデックスさん! 今上条さんはあまりの感動でもう胸いっぱいなんです!」

しかし、インデックスも負けてはいない。

「何を言ってるのとーま! こっちの準備はもう万端なんだよ!」

「…はい?」

振り返れば、そこには座卓の上に焼肉用のプレートが用意してあった。

「なにをボヤボヤしてるのとーま! こうしている間にも刻一刻とお肉の旨味成分が空気中に散っていってるんだよ! そんなのお肉に対しての冒涜なんだよ!」

今にもお茶碗を箸で叩きそうな様子のインデックス。

そして。座卓の上には普段上条当麻とインデックスが使っているものとは別に。 
何故か来客用の茶碗と箸が2つ用意されていた。

462 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 14:36:41.81 7ofurvBN0 127/249

■学園都市・総合ビル

喉に込み上げてくる吐き気を耐えながら赤毛の少女が[キャリーケース]を引きずって歩いていた。
悪寒で思わず嗚咽をしそうになるが、それでも結標淡希はそれを胃の腑に収める。

もう後には退けないのだ。
結標淡希は耳元で囁かれた“仲間”の願いを叶えなければならない。

あぁ…そういえば“あの男”の名前はなんて言ったっけ?
それすらも思い出せぬほど混迷し、まとまりのない考えのまま結標淡希はただただ亡者のように歩く。

その時だった。

「痛ッ…!?」

激痛と共に“右肩”にワイン抜きが刺さっている。
まるで意味が判らず、呆然とそれを視界に捉えて立ち尽くす結標淡希の身体に次々と激痛が生まれた。

“左脇腹” “右太もも” “右ふくらはぎ”

脳を刺す激痛に耐え切れず、がくりと地に伏せながら結標淡希はようやく事態を把握した。
痛みを訴えてくる全ての箇所に覚えがある。
手加減…という訳でもないが、それでも殺す必要はないと思って。
無力化するためにそれを打ち込んだ記憶がある。

464 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 14:42:50.36 7ofurvBN0 128/249

突然始まった戦闘を見て悲鳴をあげながら店内にいた客が逃げ出していく。

あっという間に静かになったそのビルの部屋の中心で、結標淡希はたった一人痛みに耐えかねられずに蹲った。
細い肢体を震わせて、痛みに耐えることしかできない結標淡希に静かな声がかかる。

「大丈夫。 急所は外してありますわ。 もっとも貴女が打ち込んだ場所にそのままお返ししただけですけど?」

そこに立つは風紀委員《ジャッジメント》の腕章をその腕につけたツインテールの少女。

追いつかれたのか、と考える間もなく閃光のように真っ白く巨大な痛みが脳を灼いて結標淡希は呻いた。

そんな、赤毛の少女を見て。
まるでその痛みを思い出したかのように身体をさすって。
けれど、これは決して交わらない道なのだ、と決意している白井黒子はあえて優しく丁寧に口を開いた。

「さぁ、これでようやく五分と五分ですの。 何なら全裸になって傷の手当をする時間くらいは差し上げますわよ?」

白井黒子はそう言って上品に微笑んだ。

470 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 15:07:05.70 7ofurvBN0 129/249

■とある病院

ムクリと闇の中で一人の少女が起き上がる。
そのままペタペタと裸足の足でリノリウムの床をたたきながら少女は窓から学園都市のまばゆい光を見下ろした。

「急がなければならない、とミサカは己の優先順位を跳ね上げます」

そう言って少女は己の身体を包む簡易な手術衣をストンと脱いだ。
下着も何も付けていないその裸身を隠そうともしない少女からはどこか無機質な印象が漂っている。

少女の名前は検体番号《シリアルナンバー》10032号。
ある[実験]のために“超電磁砲”御坂美琴のDNAマップから製造されたクローンの内の一体である。
通称、御坂妹と呼ばれているその個体は己と同じ条件から形成された“ネットワーク”にアクセスし確認を取りはじめた。

だが、帰ってきた返事はどれもよくないものばかり。
ならばと彼女はふらつく足で歩き出す。
クローゼットから下着を取り、シャツを取り、制服を取り出して着替えだす。

「この時間帯では外出許可はおりないでしょう、とミサカは推測します」

たとえ昼間であろうと絶対安静の患者に外出許可を与える病院など存在しないが、そんなことは御坂妹にとって意味が無いことだ。

471 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 15:09:26.71 7ofurvBN0 130/249

御坂妹…否、“妹達《シスターズ》”の共通認識。
もはやそれは誓いと言ってもいい。


 “もう一人たりとも死んでやることは出来ない”


「絶対に[残骸]による[計画]の復元だけは避けなければならない、とミサカは決意を新たにします」


ならば今出来る最善の手を尽くすだけ。

御坂妹は静かに病院の窓から外へと飛び出した。
脳内の“ネットワーク”からは彼女を心配する声、彼女を鼓舞する声、彼女を励ます声が響く。

御坂妹が向かう先は一人の少年。
また迷惑を掛けるのかもしれないけれど。
だが御坂妹にとってこの学園都市で頼れることの出来る人物はその少年しかいないのだ。
きっとこの時間帯ならば自宅に帰っている頃合いだろう。

御坂妹は夜の学園都市を駆け抜けて。
少年…上条当麻の家へ向けてただ走る。

481 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 16:21:36.37 7ofurvBN0 131/249

■学園都市・総合ビル

ツインテールの少女、白井黒子と赤毛の少女、結標淡希の戦闘。
それは3次元を飛び越え、相手の11次元演算を先読みし裏をとるという言葉には出来るはずもない戦闘だった。

そして結末はあっけなく訪れた。
白井黒子は倒れ、結標淡希が立っている。

誰が見ても明らかな勝者と敗者の図式である。
業務用の巨大なテーブルが白井黒子の上に幾つも積み重なり、今や白井黒子はピクリとも動けない。

敗因は白井黒子が空間移動をできなくなったことに起因する。
考えてみれば白井黒子は多大な怪我を負ったままでいくつもの空間移動をして、ここに辿りついたのだ。
ならばそれは順当な結果ともいえるだろう。

そして白井黒子も負けたことに関しては悔しいものの頭の隅の冷静な感情では既に敗北を認めていた。
目の前に立つ赤毛の少女、結標淡希の能力は使いようによれば“超電磁砲”ですら倒しうる強力な能力だ。

だがしかし。 
けれどやっぱり。
白井黒子は納得がいかない。
戦闘をしながら、結標淡希はこう言い放ったのだ。


『そこまで自分の命を危険に晒す甲斐があるっていうの? “超電磁砲”が思い描く身勝手な未来を守ることに!』


只の罵倒ならばそんなものは気にもとめないはずなのだが。
今でもそれは白井黒子の心に棘のように引っかかっている。

482 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 16:24:44.38 7ofurvBN0 132/249

それにまだ一縷の望みは消えていはいない。
ここで戦闘を開始してまだ10分とたってはいないが、それでも人目には充分すぎるほどついているだろう。
ならばいずれ気付くはずだ。
お姉様が。
学園都市最強の電撃使いである“御坂美琴”が気付いてくれるはずなのだ。

だから白井黒子は口を開く。
たとえ敗者の負け惜しみに聞こえようとも構うものか。

「ひとつ伺いたいんですけど…貴女がこの計画の首謀者ってことでいいんですの?」

それを聞いた結標淡希はキョトンと目を丸くして、それから大きく笑い飛ばした。

「あははは! 何を言うかと思えば! そうよ、私がこの計画の首謀者。 私が計画してこの学園都市に潜り込んでこの計画を始めたの!」

そう言ってこちらを見下すようにして笑う結標淡希を見て、白井黒子は確信を得た。

「…嘘ですわね。 というよりかは… 貴女。 自分が計画の首謀者だと“思い込まされてる”だけなのじゃないですこと?」

それを聞いて。
急に覚めたような目付きで結標淡希が地に倒れ伏したままの白井黒子を見下した。

「…へぇ。 なかなか面白いことを言うわね。 いいわ、傷の手当をする時間までなら聞いてあげる」

そう言いながら結標淡希は軍用の懐中電灯を振りかざした。
金属が硬い床に落ちて硬質な響きをあげる。
それは結標淡希の身体に食い込んでいたコルク抜きや鉄矢といった武器だった。

483 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 16:26:08.97 7ofurvBN0 133/249

ビリとブレザーの袖を破いて太ももに巻きつけながら結標淡希が視線で白井黒子の言葉の先を促した。

「…確かに。 貴女がいなければこの計画は成り立たなかったでしょう。 ですけど、だからといって貴女が[残骸]をその手にしてどうするつもりですの?」

下着が見えるのも構わずに太ももの治療を終えた結標淡希が当然といったふうで答える。

「決まっているじゃない。 私達[組織]は[残骸]を外部に引き渡すためにここにいるのよ?」

そう言いながら両の袖を破いてノースリーブとなった制服の上着を見て結標淡希は僅かに眉をひそめる。
もはや包帯変わりとなるような布地はない。
仕方がなく今度はただでさえ短いスカートを破き包帯の代わりにすることにした。

「あら、そうでしたわね。 私としたことが。 それで貴女は知っているんですの? その[残骸]がもたらす結果を」

「…結果? そうね、いいことを教えてあげるわ白井さん。 [残骸]があれば“私達”は“チカラ”を持たなくてもいいのよ」

無知な子供を笑うようにそう言った結標淡希の手が止まる。
包帯代わりのスカートも、もはや下着が見えるか見えないかのギリギリまで使ってしまった。
しかし、まだ出血を続けている傷口が残っている。

484 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 16:28:07.92 7ofurvBN0 134/249

すこし考えてから、結標淡希は自らの胸を巻いているピンク色のさらしのような布をほどきだした。

同性ならば、別に見られても構わないというのだろう。
店内の蛍光灯に結標淡希の何もまとっていない上半身が露になるが、それも気にせずピンク色の布を最後の包帯替わりとした。
未発達とまではいかないが、それでもまだあどけないその胸をさらしながら結標淡希は治療を続ける。

それを見ていた白井黒子は内心で舌打ちをする。
想像していたよりも治療が早いのだ。

このままでは結標淡希が行ってしまう。
そう考えた白井黒子はイチかバチか彼女が抱えているであろう地雷を踏んでみることにした。


「研究者でも科学者でもない貴女になぜそんな事がお判りになるんですの? ねぇ…結標淡希さん?
 貴女、ただその[組織]とやらに言い様に“使われているだけ”じゃないんですの?」


それは確かに。
白井黒子の予想道理。
結標淡希の“地雷”だった。

485 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 16:34:11.63 7ofurvBN0 135/249

■???

バゴン!と音を立てて破城槌にも似た現代的な兵器が分厚い金属の扉を吹き飛ばした。

「全員動くな! 警備員《アンチスキル》じゃん!!」

凛々しいその叫び声と共に武装した防護服に身を包んだ武装集団が突撃銃を構えて部屋の中に雪崩れ込む。

だが。

「せ、先輩…どうしましょう?」

メガネを駆けた女性の警備員が上司である長身の女性に振り返る。
そこはもはやもぬけの殻だった。
慌てて逃げ出したのだろう。
ありとあらゆる機材、データもそのままに、ただ人だけがいなかった。

「チッ…一足遅かったじゃん!」

そう言って悔しそうに歯噛みをする長身の警備員。


「先輩! これって!」

そう言った部屋の隅を指さしたメガネをかけた警備員、鉄装綴里は公私共に頼りになる熟練の先輩の意見を仰ぐ。

鉄装綴里の指の先にはこの場にそぐわない華やかな外装やネオンが詰まった段ボール。
それを見た長身の警備員は苦虫を噛み潰す。

「あぁ。 大覇星祭の下準備やらに紛れ込んで逃げ出したってことじゃん…」

486 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 16:36:36.48 7ofurvBN0 136/249

大覇星祭。
それは間もなく行われる超大規模な体育祭の名称である、

学園都市の総力をあげて行われるその一大イベントは、しかしその規模故に外部からのチェックがどうしても甘くなってしまう。
そのためどうしてもこの機を狙った組織やら犯罪者やらが潜り込んでしまうのだ。

「恥も外聞もなく逃げ出すだなんて…大人の風上にも置けないじゃん…」

耐え切れないように長身の女性は悔しそうに呟いた。
その時、別の警備員から報告が届く。

「…連中の目的が見つかった? それ嘘じゃないじゃん?」

そう言いながら簡易モニターに向かう長身の警備員。

モニターに解析されパスワードを解除されたテキストファイルが浮かび上がる。
それを読んでいくうちに警備員、黄泉川愛穂の顔が怒りで歪んでいく。
そして。
黄泉川愛穂は怒りを耐え切れず地面に向かってこう吐き捨てた。

「何も知らない子供たちを手懐けて、たぶらかせて。 絶対に許せないじゃん…」

487 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 17:02:35.10 7ofurvBN0 137/249

■とあるマンション

ジュウジュウと音を立てる鉄板の上では最高級の松坂牛が香しい匂いを立てていた。
そのテーブルを囲むのは上条当麻、インデックスという住人に加え、都城王土と行橋未造がいた。

「ねっとーま!? もう食べてもだいじょーぶ?」

「まだダメです! 生焼けなんてレベルじゃねーぞ!」

飢えた獣のようにギラギラとした目で今にも箸を突っ込みかねないインデックスを必死になって牽制する上条当麻。
フッと遠い視線で宙空を見つめながらボンヤリと呟いた(勿論スキあらば箸を突っ込もうとするインデックスに目を光らせながら)。

「こ、幸福だ… 誰だよ俺のことを日常的に不幸だの不幸フィーバー大連荘中だの空前絶後の大不幸者だの言っていたやつは!」

出てこいよ!とでも言いたげに上条当麻がテーブルの上を見る。
目の前にデン!と鎮座するは特撰和牛が3キログラムだ。

モヤシご飯、モヤシライス、モヤシピラフ、モヤシ炒飯、モヤシパエリヤといった想像するだに青白くなる不幸な一週間とは今日でおさらばである。

都城王土と名乗った金髪の男は何故か当然のように上座に座ってアグラをかき。
さらには何故かその膝の上にちょこんと行橋未造と名乗った少年だか少女だかわからない子供が乗っかっていたが。

んな細かいこたぁ上条当麻にとってどうでもいいのだ。
そんな上条当麻に可愛らしくも慈悲の溢れた声がかかる。

「ね、とうま? 神は言いました。 例え生焼けでも構いません、それを私に食べさせなさい。と」

ファァァといった感じで背景に聖母像を浮かべるインデックスだが、それはいつもの手であって上条当麻はダマされない。

489 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 17:07:47.66 7ofurvBN0 138/249

「ハハハ何をおっしゃるインデックスさん。 こういったお肉はしっかりきっちり焼くのが一番美味しいんですよ」

初対面に近い人間の前なんだから少しは猫をかぶってくれよインデックス!と心のなかで願いながら、まぁまぁと手でなだめる上条当麻を見て。
都城王土が面白そうに笑った。

「ほぅ。 上条…とかいったか。 どうやらおまえも随分と女に振り回されて苦労しているようだな?」

都城王土と名乗ったその男は確か長点上機学園の三年生だと言っていた。
幾ら見知らぬとはいえ上条当麻は先輩に対してタメ口を使うほど愚かではない。
ましてやこの金髪は上条家の日々を豪勢にしてくれたのだ。

「いやもうホント苦労っていうか何ていうか… って、都城先輩も女に苦労してるんですかぁ?」

敬語というわけでもないが、それでも慣れない言葉遣いでそう聞き返す上条当麻。
目前の堂々とした傲慢不遜な都城王土が女で苦労してるなど考えもできないが。

「えへへ! 王土はね、フラれちゃったんだよ☆」

それに答えたのは都城王土の膝の上にすっぽりとはまった行橋未造だった。
いやいやあなたのその距離感こそ友達って感じじゃないですけども、と突っ込みたくなったが、そこは上条当麻はグッと我慢する。

「…へぇ~ そうは見えないけど… 苦労してるんすねぇ…」

とはいえ、不幸自慢なら上条当麻は一家言もっているほどだ。
基本的に朝夕は自堕落シスター、昼はビリビリ、学校ではおせっかいな同級生といったローテーションで噛み付きやらビンタやら電撃やらは日常茶飯事である。
だからこそ都城王土がフム、と言いながら思い出らしきものを語りだしたのを聞いて上条当麻は目を丸くした。

「うむ。 さすがの俺も大変だったぞ。 何せお付きの者に高度数百メートルはある時計台の上から蹴落されるわ」

「…ハイ?」

491 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 17:21:44.45 7ofurvBN0 139/249

笑いながらそう言った都城王土の言葉を聞いて、上条当麻は思わず聞き返してまう。
しかし、都城王土の口は止まらない。

「求婚は破棄されるわ、内臓は破裂させられるわ、13万1313台のスーパーコンピュータは壊されるわ…いやはやまったく大変だった」

なぁ行橋?と言いながら膝の上に収まっている行橋未造が頷くのを見て満足そうに笑う都城王土。

「えーっと… 冗談…ですよね?」

そう言われ、少し気分を害したように都城王土が反論した。

「む? おかしなことを言うな。 この俺が冗談を言ったのならば今頃おまえは笑い死にしてるだろうが」

何だかおかしなことをそう説明する都城王土の顔入りはひどく真面目。

「……そ、そりゃもう何といえばいいのやら」

悪い人間ではないようだがどうにも調子が狂って仕方がない。
何だかこっちの返事を待ってるようだけどなんて言えばいいんだろうか?と上条当麻が悩みだした時だった。

493 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 17:24:39.58 7ofurvBN0 140/249

「えへへ! ね? もういいんじゃない? とっても美味しそうだよ☆」

“まるで”上条当麻のピンチを救うようにタイミングよく、そう行橋未造が鉄板上の状況を教えてくれたのだ。

「あ、ヤベッ! 忘れるとこだった!!」

お腹と背中がくっつきそうなこの状況で焼肉なんてシチュエーションを忘れるはずはないのに、何故か都城王土と相対するとそんな事も気にならなくなってしまう。
でもまぁいいか、と思いながら上条当麻がパンと両手合わせた。

それを見て、インデックスが都城王土が行橋未造も両手を合わせる。
全員が手を合わせたのを見て、上条当麻が声を張り上げた。

「ではでは!」

夢にも思わなかった最高級の和牛を使った焼肉が待っている。
ジュウジュウと牛脂が溶けて、得も言われぬ美味しそうな匂いを前にして。
上条当麻は神様仏様王様に感謝の念を込めて。

「いただきます!」
「いただきますなんだよ!!」
「どれ、俺が満足できる程のものかな」
「いただきまーす☆」

各々そう食前の挨拶を唱和した。


…だが。

残念なことに。
焼肉に箸を伸ばそうとした上条当麻は目の前で手招きをしているようなその肉を口にすることはなかったのだ。

500 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 18:01:52.15 7ofurvBN0 141/249

■とあるマンション・上条当麻の部屋の前。

頭を万力で締め付けられるような頭痛。
ゼイゼイと荒れる息を整えようとするも、心臓や肺や横隔膜がそれを拒否する。

(“あの少年”の前であまり不様な姿は見せたくありません、とミサカはゆっくりと息を整えます)

学生寮として使われているマンションのある一室の前に御坂妹は立っていた。

そう、御坂妹は病院から抜けだしてただひたすら走った。
学園都市の網目のような経路から最短ルートを選びここまで全力で走りぬいてきたのだ。
本来ならばこの程度の距離、苦も無く辿りつける筈。
だが、絶対安静の筈である御坂妹の体調でここまで走れただけでも凄いというべきであろう。

わずかに息が収まったのを確認して御坂妹がドアノブに手をかける。
ドアには“何故か”鍵がかかっていなかった。


よくある話だ。
“来客”が“ドアの鍵”を掛け忘れることなどそこらじゅうに転がっている。


しかし、今の御坂妹にとってそんなことは知る由もなく、また知っていたところで戸惑いはしなかっただろう。
ガチャリとノブを捻り、一気にドアを開け放つ。

部屋の中からあふれてきたのは食欲を誘う匂い。
そしてそこには箸を持ったまま固まった上条当麻がいた。

501 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 18:02:45.07 7ofurvBN0 142/249

ちょうど食事の時間でしたか、と思いながらも御坂妹は目を走らせる。

上条当麻の隣にはインデックスと呼ばれている少女がいた。

そして、部屋の真ん中には見たことのない人間が二人いた。
突然の乱入だというのに、まるでこちらに興味を示そうともしない尊大な態度の男と、膝の上に収まっている小さな子供。

少しばかり、彼等と上条当麻の関係性が気になったが、今そんなことを聞く猶予など無い。

何といえばいいのかと考えて、御坂妹は決めた。
思考を放棄し、ただ思いをそのまま上条当麻に向かって告げたのだ。


「ミサカと、ミサカの妹達の生命を助けて下さい、とミサカはあなたにむかって頭を下げます」


それを聞いて上条当麻は怪訝そうな顔をしつつも立ち上がる。

そして。

何故か金髪の男の膝の上にチョコンと座っていた子供が御坂妹の言葉に反応した。

502 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 18:06:10.09 7ofurvBN0 143/249

突然の来訪者が持ってきた知らせが歓迎される類のものではないというのはその表情を見れば判る。

だがそれでもインデックスは彼女を突き返したりはしない。

今は効力がないとはいえ、こう見えても“歩く教会”をその身につけているシスターなのだ。

そして。この少年はそこに困っている人がいれば何があっても助けに行くのだ。
ならば、彼の思いを後押ししよう。
そう決めてインデックスは口を開いた。

「…止めても無駄なんだよね? 私は邪魔かもしれないし… 一緒に行きたいけどここでとーまの帰りを待つことにするんだよ…」

美しく優しく微笑むインデックスのその言葉を聞いて。

「悪い…インデックス…」

ただ謝ることしか出来ない上条当麻が返事をする。

…この際、インデックスの箸がホカホカと湯気を立てる焼き立ての松坂牛肉をまとめて束ねているのは見なかったことにしよう。

上条当麻は立ち上がり、ただ一言。
その顔にとてもかっこいい笑顔を浮かべて

「…信じてるからな? インデックス?」

それだけ言い残して上条当麻は駈け出した。

519 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 19:55:08.55 ifNATuYe0 144/249

■学園都市・総合ビル

【貴女、ただその[組織]とやらに言い様に“使われているだけ”じゃないんですの?】

その白井黒子の言葉を聞いて、ピシリと音を立てて結標淡希の仮面にヒビが走る。

「…あは、あははは! 随分とまぁ想像力がたくましいのね! たったあれっぽっちの話でよくもそんな妄想ができるものだわ!」

そう言って笑おうとする結標淡希だが、明らかに印象が違っていた。
先程までの彼女ではなく、まるで中身が空っぽの操り人形のような顔をして笑みを作っている。
そんな結標淡希を見て。
やはりそうでしたのね、と心の中で呟きながらも白井黒子は結標淡希の仮面に切れ込みをいれる。

「妄想なら手慣れたものですけども… けれどこれはまず間違い無いですわよ」

白井黒子にそう言われ。
結標淡希は言葉を荒くする。

「…なにが! ねぇなにがよ? 私が言ったことは全て事実! どれ一つとして間違ってはいないわ!!」

白井黒子は望んでいないとでも言いたげに顔を歪め、しかし言葉のナイフを握った手は無慈悲に結標淡希の心を切り開く。

「…先程。 言ってましたわよね? [残骸]があれば“チカラ”を持たなくてもすむ…と」

「ッ! そうよ! その通り! [残骸]があればこの忌まわしい“チカラ”と別れることが出来るの! そう、出来るのよ!!」

まるで自らに言い聞かせるように繰り返す結標淡希に白井黒子が淡々と言葉を投げた。

「……“どうやって”…ですの?」

520 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 19:56:56.94 ifNATuYe0 145/249

.
「――ッ!?」

グッと音を立てて言葉に詰まる結標淡希。

“どうやって?”

そんなことは知らない。
いくら“大能力者”の結標淡希とはいえ科学的な専門分野のことまでは判らない。
ただ、そう言われて。
それを信じたのだ。

そして、思い出したのは具体的な計画を立案した[M000]の言葉。

「…確かに。 具体的な方法までは門外漢ですもの。
 私は知らない。 けどね、[残骸]があれば“能力”を持つのが“人間”だけではないということが判るかもしれないのよ!」

けれど、それは答えにすらなっていない。
まるで子供の言い訳のようなそれを聞いて白井黒子は苦笑する。

「…ですから。 それが判ったところで“どうなる”っていうんですの?」

ポロポロと音を立てて結標淡希の仮面から破片が落ちる。

「ど、どうなるって… だから! 判らない人ね! “能力”を持てるのが“人間”以外じゃないってことが判れば!」

「…そのお話は先ほど覗いましたわ。 で、“それ”と“これ”にどんな関係があるっていうんですの?」

ビシリ!と音を立てて結標淡希の仮面に亀裂が入る。

521 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 19:57:39.42 ifNATuYe0 146/249

「か、関係? 関係…は…」

ぐるぐると結標淡希の頭の中で白井黒子の言葉が回る。
繋がらない。
繋がらないのだ。

“例え”[残骸]が能力を有する可能性があったとして。
“例え”そして[残骸]が能力を有したとして。
“例え”人間以外が能力を有する可能性があったとして。
“例え”そして能力者が“能力”を無くす可能性があったとして。

それを結んでいる筈の糸を辿ってみればプッツリと途切れている。

そして結標淡希はようやく気付いた。
自分がただ“操られていた”だけのことに。
主役のつもりだった自分がその実舞台の上でただ踊らされていただけのことに。

「…は」

バリバリと音を立てて結標淡希の仮面が砕けていく。

「ァ…ァ…アア…ああああああああっっっ!!!」

そして結標淡希は耐え切れず悲鳴のような叫び声をあげた。

523 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 19:59:51.49 ifNATuYe0 147/249

■学園都市・大通り

学生が溢れる繁華街を上条当麻が走る。
ネオンが栄える大通りを御坂妹が走る。
しかし、上条当麻の隣で並走する御坂妹は息も絶え絶えといった様子で、それでもなんとか遅れまいと手足を動かしているだけだった。

「おいっ! 大丈夫か?」

今にも倒れそうな御坂妹に向かってそう声をかける上条当麻。

「だ、大丈夫ですが…こうやって話しながら走るのは少々厳しいです、とミサカは空元気を振り絞って返事をします」

蚊の鳴くような声でそう返事をする御坂妹がチラリと横を見る。
そこには。

何故か並走している行橋未造がいた。

「…あの?、とミサカは理解が出来ず疑念の声をあげます」

思わずそう問いかけてしまう御坂妹に返事をしたのは行橋未造だった。

「えへへ! 気にしない気にしない☆ ちょっとだけボク気になっちゃってさ☆」

小柄な身体のどこにそんな俊敏性が眠っていたのかと驚くほど機敏な動きで行橋未造がそのあどけない顔で微笑む。

525 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 20:03:54.42 ifNATuYe0 148/249

.
「ふむ。 まぁ別段俺は特に興味もないのだが。 行橋の望みならば俺が聞いてやるのも吝かではない」

そして、行橋未造の後ろにはひどく退屈そうな顔の都城王土がいた。

「えへへ☆ そう言いながら王土は一緒に来てくれるんだよね!」

「ふん。 しょうがなくだ。 まぁ俺の夕餉を中断されたのは些か不愉快ではあるがな」

そう言って都城王土が悠々と大地を蹴る。
悠々とは言えその速度は4人の中でも一番速い。
ともすれば懸命に走る上条当麻をあわよくば追い抜きそうなほどの余力を示していた。

そのまま学園都市の繁華街を4人の男女が疾風のように駆け抜ける。

けれど、御坂妹の身体は既に限界だったのだ。
不意に足がもつれ、転びそうになる御坂妹。

「おわっと! 危ね!」

思わず倒れかかった御坂妹の身体を上条当麻が抱き抱えるようにして支える。

「…すいません。 ですが大丈夫です。まだ走れます、とミサカは足に力をいれてみます」

上条当麻の中で力ない微笑みを浮かべる御坂妹。
そして、また走るために立ち上がろうとする。
だが、生まれたての子鹿のように足を震わせるがその様は誰がどう見ても無謀だった。

526 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 20:07:32.58 ifNATuYe0 149/249

「いいから休んどけって。 あ、でも俺達だけで向かう…っていうわけにもいかないよなぁ」

ゼエゼエと青い顔をしてその場に座り込んでしまった御坂妹を見て上条当麻は頭をかく。

「いえ、ミサカを置いて先に行ってください。場所はここから3ブロック先にある総合ビルです、とミサカは懇願します」

そう言って、目的であろうビルの名前を細かく口にする御坂妹。
だが置いていけと言われ、はいそうですかと言えるほど上条当麻は冷静に物事を考えない。。
今にも過呼吸やら心臓麻痺やらを起こしそうな御坂妹をこの場にたった一人置いていけるはずがない。

その時だった。


「おい、上条とやら。 何だか知らんがその厄介事とやらを片付ければいいのだな?」


上条当麻の背に堂々とした男の声がかかる。

「いやまぁ、それはそうなんだけど… でもコイツをここに置き去りにしていくわけには」

そう背を向けたまま思わずタメ口で都城王土に返事をする上条当麻だったが。


「ふむ。 ならばおまえはその女を看病していろ。 俺の夕餉の邪魔をしたのだ。 これは俺への無礼である」


「…はぁ?」

振り返ると、そこには腕組みをして紅い双眸を光らせる都城王土と“何故か”白い仮面でその顔を隠している行橋未造が立っていた。

527 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 20:10:47.60 ifNATuYe0 150/249

白い仮面をかぶってこちらを見上げる行橋未造に向かって都城王土が声をかける。

「そういうわけだ。 いいな行橋?」

「えへへ! 任せてよ☆ ボクは戦闘タイプじゃないし、それに王土の決定に意義をたてることなんてないんだからね☆」

仮面の下では可愛らしい笑顔を浮かべているだろうと行橋未造に向かって都城王土が満足そうに頷いた。

「よし。 それでこそ俺の行橋だ」

ニヤリとそう笑った都城王土に上条当麻の慌てた声がかかる。

「お、おい! 都城先輩! あんた転校生だろ? 場所は判るのか?」

その言葉を聞いて都城王土は振り返らずにこう言った。

「おいおい。 上条。 おまえは誰にものを言っているのだ? 心配いらん。 とはいえ…布束の案内がこうも役に立つとは思わなかったがな」

そう言うと都城王土の足が大地を蹴った。


ドン!と、まるで爆薬が破裂したかのような音と共に都城王土の姿があっという間に消える。

「……うそぉ?」

踏み込んだ足の形でそのままえぐられたアスファルトを見て思わず上条当麻はそう呟くも。
その腕の中にいる御坂妹は懐かしいその言葉を聞いて耐え切れずにポツリとこう呟いた。

「聞き間違えるはずもありません。 布束…それはもしかして、とミサカは淡い期待と懐かしい思いを口にします」

537 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 20:44:07.59 ifNATuYe0 151/249

■学園都市・総合ビル

「ガッ…あ…あああああああああああっっ!!!」

両手で頭を抱え結標淡希は絶叫する。

壊された。
白井黒子に自らの信じるものを壊された。

考えてみればおかしな話だ。
例え[残骸]があったところでそれがどうして能力を消せることに繋がるのだろう。

でも…そんな事は関係なかった。
むしろ判っていてもその希望にすがりたかったのだ。

彼女は、結標淡希は自らのトラウマを思い出す。

“恐ろしいチカラ”
“危険なチカラ”
“迫害されるチカラ”
“嫌われるチカラ”

気がつけばその感情は結標淡希の心に決して消えない傷となって残っていたのだ。
座標転移を失敗した時もそうだった。
ふと、演算中にそんなことを考えてしまって。

気がつけば足がコンクリートの中に埋まっていた。
慌てて足を引き抜いたらベリィッ!という耳を塞ぎたくなる音と共に、足の皮膚がベロリと垂れ下がったのだ。

539 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 20:47:06.00 ifNATuYe0 152/249

誰もいない静かなはずのビルの中で轟音が巻き起こる。

コンクリートがテーブルが椅子が食器が。
ナイフがフォークが鉄骨がスピーカーが。

ありとあらゆるものが空中で浮遊し、衝突し、弾け飛んでいるのだ。

それは結標淡希の能力『座標移動《ムーブポイント》』が暴走していることを意味する。


制御できない能力すらもそのままにして、結標淡希は未だテーブルの下で身動きがとれないままの白井黒子に向き直る。
ただ殺すのならば簡単だ。
このままそっとしゃがみこんで、その細い首筋に鋭利な刃物を突き立てればいい。
いや、もはや何もいらない。
ただ首を締めるだけでも白井黒子は抵抗出来ないだろう。

だが違う。そんなことを結標淡希は望んでいない。

結標淡希は“心”を壊されたのだ。
結標淡希は“心”を破られたのだ。
結標淡希は“心”を破壊されたのだ。

ならばやり返す。

この正義面した風紀委員の心を壊して破って破壊しなければ気が済まない。

540 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 20:49:15.57 ifNATuYe0 153/249

「あはっ! あははっ! ねぇ見てよ白井さん! この光景を! この有様を!」

自らの傷口をさらけだすようにして結標淡希は両の手を広げる。
演者も脚本も不出来な舞台の上で主役が一生懸命踊るように手を広げる。

「ほら! 私たちはこんな“チカラ”を持っているの! 貴女なら判るでしょ! こんな恐ろしい“チカラ”を持っているのよ!!」

耳を塞ぎたくなるような破壊音の中で。 結標淡希は白井黒子の返事など待ちはしない。

「ねぇわかる白井さん!? 貴女の大切な“御坂美琴”は! 私よりもヒドイのよ! 軍隊を相手にして! それでも全員殺してしまうほどなの!」

白井黒子は返事をしない。
ただ無言の視線で以てそれの代わりとする。

「言ってたわよね? 貴女は“超電磁砲”の思い描く未来を守りたいって! でも… それがなに!?」

結標淡希が吠える。

「私も! 私の“仲間”にも! 思い描く未来があって! それを守りたいの!!!」

喉から血が出るように、万感を込めて結標淡希が訴える。

「ねぇなんで! なんで邪魔をするの!? 私達は別に“超能力者”になりたいわけじゃない! ただ“普通”になりたいだけなのに!」


【[A001]! 君には期待している! 君も“普通”になりたいだろう? 我等と同じく“正常”になりたいのだろう?】


そう。
結標淡希はただ“普通”の女の子になりたいのだ。

542 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 20:54:13.49 ifNATuYe0 154/249

白井黒子は答えない。
ただ黙して赤毛の少女の悲痛な叫びを聞くだけだ。

「ねぇ白井さん! 貴女は知らないかもしれないけれど! 私は! 私達は“超電磁砲”と闘ったの!
 作りかけのビルで! 学園都市の最強の能力者! “超電磁砲”を相手にして! そしてその時! …あの子達はこう言ったのよ!!」

ジワリと結標淡希の瞳に涙が浮かぶ。

「後は任せた… ただ一言、たった一言、それだけを口にして! 恐怖で震える唇を無理やり笑みの形にして!」

あぁ…そうか。
あれはそういう意味だったのか。
白井黒子はその現場を目にしていた。

零れ落ちそうな涙をその目尻に震わせながら結標淡希は泣き叫ぶ。

「あの子達はただそれだけで! 自分の思い描く未来を守るために! 最強の電撃使い《エレクトロマスター》に立ち向かったの!」

それはどれほどに恐ろしかったのだろうか。
相手が本気になれば、いとも容易く殺される。
けれど、それでも彼等は命を賭けて結標淡希に未来を託したのだ。

だから結標淡希は退けない。
例えこの道の先が漆黒の崖で断たれていたとしても、ただ突き進むしかないのだ。

結標淡希は己の全てを白井黒子に叩きつける。

「ねぇ! 貴方に否定できるの!? 超電磁砲の思い描く未来を守ろうとする貴方と! 私達の未来を守ろうとするあの子達はどこが違うって言うの!」

547 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 21:08:21.72 ifNATuYe0 155/249

白井黒子は歯噛みをする。
まだ叩いて殴って刺しあう血みどろな戦いのほうがよかった。
そう、まだ闘いは終わっていない。
これは命よりも重い矜持《プライド》を賭けた闘いなのだ。

「…えぇ。 思い当たるふしはそれこそいくつもありますわ」

白井黒子の脳裏には様々な記憶が映り出す。

風紀委員に憧れて。
手柄を欲した自分の独断専行で大事な先輩…固法美偉を傷つけた。

幻想御手《レベルアッパー》。
それは彼女の友人でもある一人の少女を巻き込んで膨れ上がり。
最終的には一万人の無能力者の怨念となって学園都市の危機を招いた。
けれど…その事件を引き起こした一人の女性はただただ己の教え子達を救いたかっただけなのだ。

「否定なんて…出来るわけがありませんの」

ゆっくりと白井黒子は首だけを動かして、視線だけで射殺さんとばかりに結標淡希を睨みつける。

「ですけども…否定が出来ないからといって肯定する気もありませんのよ?」

意志の力だけで白井黒子は結標淡希に立ち向かう。
生殺与奪の権を握られていても決して退けない。

そして。
この闘いは。
元となる根幹、想いの源が仮初と自覚してしまった結標淡希が勝てるはずもなかったのだ。

548 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 21:18:43.89 ifNATuYe0 156/249

自分の能力のはずなのに。
敗北した結標淡希を騒ぎ立て嘲笑うように騒音を立てながら『座標移動《ムーブポイント》』は暴走を続ける。

「…なによ。 …なんなのよ! なんでそんな顔ができるのよっ!?」

積み重なったテーブルに組み敷かれたままの白井黒子が放つ視線に気圧されて後ずさる。
もう既にそれは闘いではない。
結標淡希が口にするのはただの泣き言だった。

「私は! 私達は! 望んで“バケモノ”になりたかったわけじゃない!」

無念の涙が頬から一粒流れる。

「こんな厄介な能力をもった私達を! いったいどこの誰が肯定できるっていうのよ!!!」

能力者は忌避される。
強大な力をもつ故に。
理解が出来ない存在故に。

「人間より優秀な存在なんて! いくらでもいると思わない? 貴方がそれを思わないならそれはただの傲慢《エゴイズム》じゃないの!!」

一度涙が流れば止める術など持ちはしない。
ボロボロと涙を流しながらも必死になって結標淡希は抵抗する。
今ここで折れてしまえば生命を賭けた“仲間”に合わせる顔がない。

だから。

結標淡希は魂を振り絞るようにしてその想いを願いを希望をただそのまま吐き出した。

550 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 21:32:39.82 ifNATuYe0 157/249

もはや形振りを構っている余裕もなく。
裸の上半身が顕になっていることに気付く余裕もなく。
結標淡希は涙でグシャグシャになった顔のまま。

「ねぇ白井さん! 答えてよ! 私も! 貴方も! 能力者なんて結局ただの“バケモノ”じゃない!」

そう。
能力に憧れて違法な手段に手を伸ばす少年少女がいるように。
能力を嫌がって違法な手段に手を伸ばす少年少女もたくさんいるのだ。

それはまるで人を踏み潰さないように怯えながら歩く怪獣。
内から広がる罪悪感と嫌悪感、外から降り注ぐ冷酷な視線と心無い罵倒。


結標淡希はそれらすべての少年少女たちの想いを代弁するかのように白井黒子に叩きつけた。


「手枷をつけられ! 足枷をつけられて! 人を殺さないように怯える“バケモノ”を!
 いったいどこの誰が“人間”だなんて認めてくれるっていうのよ!!!」

嵐のように荒れ狂い暴走していた結標淡希の『座標移動《ムーブポイント》』が不意に凪のように静まりかえったビルの中で。



「 俺 《 オ レ 》 だ 」



威風堂々、泰然自若、大胆不敵な。 悠然と、高らかに、朗々と結標淡希の願いを肯定する声が響いた。

567 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 21:47:29.66 ifNATuYe0 158/249

その声の主は荒れ狂ったビルの床をまるで気にすることなく闊歩する。
そう、なぜか彼の進む道には障害物となるものが一つもないのだ。

金髪紅眼の獅子のような男。

その男に少女たちは見覚えがある。

「アンタ…」

「貴方は…」

そうポツリと白井黒子が、結標淡希が呟く。
しかし。
その男、都城王土はそんな言葉など気にする風もなく少女たちの視線を惹きつけたままただ堂々と歩く。

そして少女たちの眼前に立ち。 腕組みをして。 そこでようやく白井黒子と結標淡希の顔に紅い双眸を走らせた。

「ほぅ…どこの芋虫かと思えば白黒ではないか。 またよりにもよって随分と珍妙な格好をしているものだな」

笑うようにただそれだけ声をかけて。
チロリと血よりも紅い瞳でもって結標淡希の瞳を貫いた。

「…ヒッ!?」

思わずそう悲鳴を口からこぼした結標淡希を検分するように見定めてから。

「む、何処かで見た顔かと思えば案内人の娘か」

ふむ…と笑いながら都城王土が口元に手をやった。

574 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 22:04:50.96 ifNATuYe0 159/249

その瞳にはどこか愉快気な試すような光が浮かんでいる。

「さて…娘よ? さっきは何とも情けない事を言っていたな?」

都城王土がそう口を開いた。
結標淡希はただ何も考えられず、続く言葉を待っていることしか出来ない。

そんな結標淡希を見て都城王土はこう言った。

「“正常”? “異常”? “能力”? “無能力”? 関係あるかそんなもの。 “人間”はどこまでいっても“人間”のままに決まってるだろうが」

ハッ!と結標淡希の積年の悩みを笑い飛ばすようにして都城王土はそう言ったのだ。

もはや仮面がどうのといった話ではない。
都城王土は仮面の奥に隠されたその柔らかで儚いガラスのような結標淡希の心すら諸とも粉砕してもおかしくない。
ポツリと結標淡希は砕け散った仮面の破片を掻き集めて防衛を試みる。

「…うるさい」

だが。

「“バケモノ”だと? ふん、調子にのるなよ娘? 胸のうちに“過負荷[マイナス]の因果律”を抱える“あの女”くらいまでになってようやく“バケモノ”だろう」

582 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 22:15:38.78 ifNATuYe0 160/249

そう。
都城王土は一度“触れている”のだ。

『大嘘憑き《オールフィクション》』という在り得ぬ“異常”を持つ男。

そしてその男に“一人の女”が関わって。

『完成《ジ・エンド》』という他人の“異常”を完成させることが出来る“その女”は。
それを無意識のまま自らの胸の奥深くに固く固く鍵をかけ、鎖を巻きつけて封印したのだ。

“その女”はそれに絶対に触らないように、決してその鍵を開けないように気を付けていたが。
その奥底に都城王土は“触れたのだ”。

空前絶後の悪意と善意をごちゃまぜた、そもそもの本人ですらその能力を使いこなせていない、何とも馬鹿らしく何とも非常識で何とも嘘くさいそれに“触れてしまったのだ”。

だがしかし。

都城王土はここにいる。

気が狂うこともなく、恐怖におののくこともなく、絶望に身を焦がすこともなく。
己の意志でもって己の脚でもって己の存在を己の意義を己自身が決めてここにいる。

果たして…それを一体何処の誰が真似できるだろうか?
触れたとたん腐り落ちる悪意と虚無と害意と殺意と虚偽に触れて尚、己を見失わないということが。

そう。
ありとあらゆる“マイナス”のそれに触れても尚、都城王土は自らを失っていない。


故に、都城王土は己に絶対の自信を持って、己こそが己の超えるべき己だと確信し、結標淡希を否定する言葉を謳うことができるのだ。

584 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 22:30:49.21 ifNATuYe0 161/249

その絶対的な自信は…否。 “絶対”の自信は結標淡希にとって眩しすぎる。
だから否定をするのだ。
しなければ何もかもの一切合切結標淡希の全てが崩れていってしまう。

「…うるさいって」

だがその否定は都城王土にとって何の意味も持たない。

「怪物だと? 己の能力が恐ろしいだと? クハッ! 世迷い事を吐かすなよ娘」

都城王土は全てを笑う。
結標淡希の悩みなぞちっぽけであると言って笑う。

「……うるさいって言ってるじゃない!!」

懸命に抵抗しながらようやく結標淡希は気が付いた。

この男と初めて会ったときに感じた胸に生まれた小さな灯火のような欲求は。
この太陽のような眩しい男に憧れて、自分もそうなりたいという願いだったのだ。

結標淡希は己が手に握っている軍用の懐中電灯を、人造の光を見て。
金髪紅眼の男、都城王土というが発する太陽のような天然の光を見て。

羨ましくてそれこそ気が狂いそうだった。

そして仮面の奥底、結標淡希の魂を都城王土が決定的な言葉でもって粉砕した。

「己が未来を守るのに力が必要ならばそれこそ悩む必要などなかろうが。 全力も果たさぬまま未来を守りたいなど…甘ったれにも程がある!」

589 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 22:42:37.37 ifNATuYe0 162/249

木っ端微塵に粉砕された。
仮面だけではない。その奥底までもだ。
結標淡希は自分に振りかかる責任を無意識に“能力”という言葉に転嫁していた。
自らの願いを他人に押し付けて同意をしてもらおうという知らず知らずのうちに企んでいた。

だがそれら全ては都城王土の辛辣な言葉でもって完全に打ち砕かれた。

暗がりに向かって人造の光を照らして満足していた結標淡希。
その顔を強引に掴んで、その背で輝いている太陽に直視させたのだ。

あまりにも眩しすぎて。
そしてそれが彼女の限界だった。


「いや……いや…あァ…アアああああアアアあああっっっっ!!!!!」


両手で頭を抱え、結標淡希は仰け反って絶叫する。
ブチブチと音を立てて赤毛が一房その手に残る。
それを見た結標淡希は醜いものを見たような顔をして、それを地面に投げ捨てる。

自分に対する絶対の自信とそれにともなう傲慢《エゴイズム》、自分が自分であるという矜持《プライド》

そのどれもが結標淡希が無意識に求めていたもので。
そしてそのどれもが結標淡希が手にしていないもの。

結局…彼女は他人の思想を自分の夢として偽ることでしか自分を保てなかったのだ。

そして…結標淡希は逃走した。

596 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 23:07:48.12 ifNATuYe0 163/249

震える手で[キャリーケース]を[残骸]をその手に掴んで、結標淡希は軍用の懐中電灯すら放り投げて逃げ出した。

そして同時にギシリと空気が歪む。

それは結標淡希の能力『座標移動《ムーブポイント》』が暴走し、引き起こしたものだ。
そもそも“能力”とは『自分だけの現実《パーソナルリアリティ》』が根幹であり。
結標淡希はここから逃げ出したいと切にそう願ったのだ。

ならばそれも当然のこと。
『座標移動《ムーブポイント》』は己の主人の望みを叶えるために、限界まで力を振り絞りその願いを実現した。

間もなく結標淡希の最大値、4520kgもの重圧が空間を超えて襲いかかってくるだろう。

しかし都城王土はそんなことを知るわけがなく消えた結標淡希をフンと鼻で笑った。

「なんともまぁせっかちな娘だ。 この俺がまだ話している途中だと言うのにな」

そんな都城王土を見て、テーブルに押し潰されたままの白井黒子は気が付いた。
同じ空間移動系の能力者である。

肌にピリピリと感じる空気が歪むようなこの感触は間違いなく空間移動攻撃で、間違いなく最大級だろう。

結標淡希の登録データを思い出して白井黒子は絶望した。
4520kgの重量が一気にこのフロアに襲い掛かれば建物全てが倒壊する。

せめてこの男だけでも逃げてもらわなくては。 そう思って白井黒子が青ざめて叫ぶ。

「何をぼんやりしてますの? まだ幾分余裕はあるはずですの! さっさとここから離れてくださいまし!」

必死になって懇願するような声をあげる白井黒子。

597 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 23:11:06.96 ifNATuYe0 164/249

今ここで助けてくれなんてことは口が裂けても言えない。

白井黒子の上に積み重なっているテーブルは重くガッチリと組合っているのだ。
モタモタしていれば二人揃って圧死だろう。

だが都城王土は腕組みをしたまま動こうとはしなかった。

「ッ! 都城さん! 貴方に言っているんですのよ! 危険ですの!!!!」

その白井黒子の言葉と同時にグワリと空間が歪んだ。

泣きそうな顔で白井黒子は理解してしまった。
あぁ…もう間に合わない。
時間切れだ。
巻き込んでしまう。 巻き込んでしまった。
無理だ。 

もう絶対に無理だ。

空間が歪み、転移してくる物体に押し潰されるように建物の崩壊が始まって。
天井の瓦礫が地響きを立てて落ちてようやく。

都城王土が白井黒子に向かって口を開いた。


「おい白黒。 俺に指図するな」


降り注ぐ瓦礫は等しく都城王土と白井黒子に向かって落下してくる中、都城王土は腕組みをしたまま。
“己が配下”に命令を下す。

598 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 23:16:32.75 ifNATuYe0 165/249

.

「 耐 え ろ 《 タ エ ロ 》 」


次の瞬間、白井黒子のその細い首筋にめり込まんとした瓦礫が音を立てて弾け飛んだ。

「……これ…は…?」

白井黒子は目に飛び込んできた光景を見て言葉を失う。

それはありとあらゆる金属が、金属を含んだ全存在が盾となり柱となり壁となりその圧倒的な残骸を食い止めている姿だった。
物言わぬ金属が命ある兵士のように、忠臣となって都城王土の命に従っていたのだ。

もし、彼等に意志があるのならばきっとこう言っただろう。
王の命に従うことこそが本望であるならば、例えこの身が砕け、千切れ、引き裂かれ、最後の一欠片になろうとも遵守するのだ!…と。

そして都城王土は。

その身体から悲鳴をあげてつつも己を守る金属の配下を一瞥すらしなかった。

自らがくだした命令について間違いを認めることはあっても。 後悔なぞは決してしないのだ。
いや、してはならない。 それは彼を信じるものへの裏切りである。

だから…都城王土は無関心ともいえる態度でただこう一言呟くのみだった。


「フン とは言えこれほどの重量ではそう長く耐えきることもできんか」

603 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 23:28:52.26 ifNATuYe0 166/249

そう何事もあらんと言わんばかりに言葉を口にして、ゆっくりとと白井黒子の側まで歩み寄る都城王土。

「どら、いい加減その格好を見続けるのはもう飽きた。 どうせおまえもだろう白黒? 俺が手伝ってやるから気にするな」

そう言って都城王土は白井黒子の上に山のように積み重なったテーブルをただの一蹴りで吹き飛ばした。
直接テーブルがその身体に触ることはなかったものの、衝撃の振動で傷が刺激されて白井黒子の顔が痛みに歪む。

しかし都城王土はそれも気にせず白井黒子の腕を掴むとグイと乱暴に引き上げた。

ロマンチックな持ち方では決して無い。
空のワイン瓶を掲げるようなその扱い方に、白井黒子が思わず嫌味を口にする。

「都城さん? …前々から思ってたのですけど …レディの扱いがちょっと乱暴すぎるのではなくて?」

そんな白井黒子の憎まれ口を聞いてクツクツと都城王土が笑った。

「ハッ どの口でレディなどというか。 それだけ軽口が叩けるのだ。 問題はなかろう」

とはいえ、事態は未だ悪化の一途を辿っている。
未だ演算は出来そうもなく、都城王土の造った柱のような盾もあと少しで超重量に圧し負けるだろう。

だから白井黒子はこれで充分と言わんばかりに微笑んで

「ありがとうございますの。 けれどもう結構ですのよ? 貴方一人でどうぞお逃げなさってくださいな」

淑女の見本のような美しい一礼で以て“殿方”の退出を促した。

605 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 23:37:53.09 ifNATuYe0 167/249

だがしかし。 それでも都城王土は動かない。

「何…で…?」

“御坂美琴”は自分のことを“大バカ”といったが。
冗談ではない。
目の前にいるこの大胆不敵な金髪紅眼の男こそが“大莫迦者”だ。

このままでは、ふたり仲良く死んでしまうだけ。
だから白井黒子は意味が判らず、混乱した頭で都城王土に訴える。
先程の淑女だどうだのはもう知ったことか。

「何でですの!? 私達はただの他人でしょう!? お人好しにも程がありますの!!」

そんな白井黒子の言葉を聞いて面白そうに都城王土が頬を歪めた。

「お人好しだと? 違うぞ白黒。 お人好しというのはだな」

その時、都城王土の言葉に合わせたように雷鳴を伴う圧倒的な破壊力が床から天井へと突き抜けた。

白井黒子は知っている。
この雷鳴の唸りと共に疾るものが何であるか。
この風穴を開けたのは。
ゲコ太というマスコットキャラクターの貯金箱に入っている何の変哲もないゲームセンターのメダルだ。
そしてそれはその子供らしいファンシーな趣味をもつ少女を白井黒子は知っている。
忘れるはずもない。

「こんだけ風通しを良くしてやりゃあ、まだ間に合うでしょ」

その声を聞いた瞬間。 嬉しさのあまり白井黒子の眼から涙がこぼれた。

610 : 以下、名... - 2010/12/05(日) 23:49:14.18 ifNATuYe0 168/249

.
「悔しいけど私の出番はここまで。後はアンタに任せるわ」

そう言って少女は。 “超電磁砲”は。 御坂美琴はバトンタッチする。

その言葉を聞いて、確かにバトンを受け取ったと言わんばかりに駈け出したのはツンツン頭の少年だった。

白井黒子はその少年にも見覚えがある。
上条当麻。 
白井黒子は知るよしもないが、『幻想殺し《イマジンブレイカー》』という異能を殺す異能をもつ少年だ。

右の拳を岩のように固く握りしめて少年が駆ける。
その姿を見て都城王土が面白そうに笑った。


「そら お人好しとはああいった輩のことを言うのだ」


その都城王土の言葉を全身で体現し肯定するように、少年が走り、跳び、異能の中心点に迫る。
眼前に迫る超重量の瓦礫が迫っても上条当麻は微塵も恐怖を見せはしない。

質量4520kgの巨重をまとめて押し返さんと。
歯を食いしばった少年が、上条当麻がその拳を空間に叩きつけた。
凄まじい轟音と共に見えざる何かを殴り飛ばした上条当麻を見て都城王土は満足そうに笑う。

「なるほどいい拳だ。 さすがの俺も感服したぞ」

そして、たわんだ空間はまるで少年の気迫に押し負けたように自らの使命を完遂することなく。
幻想は打ち飛ばされて消し飛ばされて、殺された。

636 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 01:49:15.97 ETpJE1mG0 169/249

不条理の連続にもはや言葉もない白井黒子の前で。
先程までの気迫は何処へやら、フゥーと額の汗をぬぐいながら上条当麻が振り返った。

「ま、間に合ったぁ… いやー途中で美琴と合流してなかったらどうにもならなかっただろうし…
 って都城先輩がそこにいるのはわかるけど何でオマエはそんなにボロボロになってんだぁ!?」

そう驚いた上条当麻の邪気のない顔を見て、眼下では心配そうにこちらを見上げている愛しのお姉様を見て。
白井黒子は嬉しさのあまり、泣き笑いのような顔でフニャフニャと言葉を唇にのせた。

「…バカですの …みんな…みんな 大バカ者じゃないですの…」

そう言ってグスッと鼻をすする白井黒子を見て都城王土が面倒臭そうに眉をひそめた。

「…おい上条」

「えっ?あ、はい、なんでしょか都城先輩?」

そう言って振り返った上条当麻に向かって都城王土は苦笑しながらこう言った。

「涙と鼻水まみれの女など俺はお断りだ。 そら、女で苦労するのには慣れているのだろう? 遠慮せず受け取るがいいぞ」

そう言って。
都城王土はポーイと腕の中の小さな少女を上条当麻に向かって放り投げたのだ。

638 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 01:56:14.04 ETpJE1mG0 170/249

「ちょっ!? 何を考えてるんですのぉーっ!?」

突然の浮遊感に驚いて抗議の声をあげる白井黒子の目に映ったのは面白そうにニヤニヤとした笑っている都城王土だった。

「いやいやいきなりそんなマジっすかぁぁぁああああ!?」

驚愕の声をあげながら緩やかな放物線を描いた少女を慌てて受け止める上条当麻。
そして何とか無事に少女を受け止めることはできたのだが何故か腕の中で白井黒子がプルプルと震えているのに気付く。

「え、えっと…… 大丈夫か?」

何となく声をかけづらい雰囲気のまま、腕の中にいる少女に向かってそう声をかける上条当麻だったが。
腕の中で勢い良く立ち上がった少女にガゴン!と顎を打たれ、上条当麻は「そげぶっ!?」と奇妙な声をあげて悶絶する。

そして当の本人、白井黒子は上条当麻がぶっ倒れたのにも気付かずにムキーと激昂して憤慨していた。

「ちょ…ちょっと…都城さん? いやもうこれはどう考えても酷すぎじゃあないんですの!?」

ツインテールの先っちょまで怒りに身を震わせる白井黒子だがそれは無駄な労力である。
既に都城王土はそこにはいなく、白井黒子の文句は虚空に吸い込まれて消えていく。

都城王土は階段も使わずに10メートルは優にあるであろう半壊した部分から地面に向かって飛び降りていたのだ。
あんにゃろう傷が治ったらしこたま鉄矢ぶちこんでやりますの!と腕まくりをしそうになってふと気が付いた。

「……あぁ。 そうでしたわね。 人の話など聞くような殿方ではないんでしたっけ」

どうせ都城王土に文句を言ってもそれは無視されるか茶化されるだけなんだろうと思って、けれどそれが言うほど嫌なわけではなく。
苦笑してしまう白井黒子の隣にはようやく顎の痛みから回復した上条当麻が立っていた。

640 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 02:02:59.34 ETpJE1mG0 171/249

「アイタタタ… いや、っていうか俺らも降りましょうよ、ね?」

そう話しかけてきた上条当麻に向かってポツリと白井黒子が真顔になってこう問いかけた。

「貴方…怖いとか恐ろしいとか思わないんですの?」

唐突にそう言われキョトンとした顔をする上条当麻だが、それが真剣な質問であると判って顔を引き締めた。
あたりをキョロキョロと見回して誰にも聞かれないように注意をしながら上条当麻は白井黒子の耳元に口を近づける。

「まぁ怖いっちゃ怖いけど…ほら、それがアイツとの約束だしな」

約束?と白井が繰り返すと少年は小さな声で

「そう、約束だ。アイツとアイツの周りの世界を守るって約束したんだよ」

それは上条当麻の記憶。
ヒビわれた仮面の奥からこちらに問いかけるその声は、今でも上条当麻の胸に信念となって刻まれている。

【――守ってもらえますか?】

そう問われて。 上条当麻は頷いて。 約束したのだ。

【いつでもどこでもまるで都合のいいヒーローのように駆けつけて】

名も知らぬ己の生命を狙ってきた敵といえど。

【彼女を守ると――約束してくれますか?】

それは男と男の約束。

641 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 02:07:18.23 ETpJE1mG0 172/249

だから上条当麻は“アイツ”を全力で守る。 
守ってみせる。
“御坂美琴”がどこにいてもヒーローのように駆けつけて守りきるのだ。

そう言ってどこか恥ずかしそうに鼻の頭をポリポリと掻きながら上条当麻が白井黒子に恐る恐る問いかけた。

「あー… でさ。 俺は今、そいつとの約束をちゃんと守れてるか?」

その問は。

「えぇ。 ちゃんと守れてますわ。 …半分ほどは」

間髪いれない白井黒子の答えに半分だけ肯定されて、それを聞いた上条当麻は笑った。


「そっか。 それじゃあ残りの半分も守らないとな」


その屈託の無い笑顔を見て白井黒子は思う。

あぁ。確かにこの少年は、都城王土が言ったとおり。
お人好しで大バカ者でそして金髪の男とはまた違う道を歩く男なんだな、と。

644 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 02:16:17.62 ETpJE1mG0 173/249

――そして地上では。


空から降ってきたこの偉そうな男は誰よ?といった目をしている御坂美琴を完全に無視して都城王土が行橋未造に話しかけていた。

「さて、どうなったのだ行橋? 俺に事情を簡潔に話せ」

「うん☆ 任せてよ王土!」

そう聞かれ行橋未造が待ってましたと言わんばかりに返事をする。
行橋未造にとって都城王土は絶対である。
彼に仕え、補佐し、役に立つことこそが行橋未造の喜びなのだからただ話を聞かれるだけで嬉しいのだ。

「えへへ! えーっとね☆ あのゴーグルをしていた女の子とはもう話がついてるよ☆」

そう言って御坂妹と何らかのコンタクトを取ったことを伝える行橋未造。
勿論自己紹介などしている余裕はなく、王土が名前を知るわけもないが言われてみればこの場にあの青ざめた顔をした少女の姿はない。

けれど。

都城王土はそれを聞いてもフムとだけ頷いて続きを促す。

これ以上考えたりはしないし考える必要もない。
それは都城王土と行橋未造の絆の深さそのものだ。

都城王土にとって行橋未造が何を考えて誰とどんな話をしたかなんてことは関係がない。
だが都城王土は行橋未造の好きにさせる。

そう、行橋未造がすることならば。
それはきっと確実に都城王土の為を思ってのことなのだ。

646 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 02:30:55.19 ETpJE1mG0 174/249

そして。

もしもそれが都城王土が知っておかねばならぬことならば、行橋未造は黙っていても全てを伝えているはず。
だから都城王土はそれ以上深く聞くこともせず、ただその小さな頭を撫でた。

「ふむ。 さすがは俺の一番の側近だ。 喜べ。 この俺が褒めてやろう」

やわらかい髪をクシャクシャとかきまわすそのゴツゴツとした手。
小さな頭を撫で回す乱暴な感触にされるがままになりながらも行橋未造が嬉しそうな声を出す。

「えへへ… 今更当たり前じゃないか☆ ボクは王土の語り部でボクは王土の忠臣でボクは王土の臣下なんだからさ☆」

今、行橋未造が仮面の下で満面の笑みを浮かべているということなど都城王土は見なくても判る。

だからほんの少しだけ。

水中を数十時間潜水する巨大な鯨がほんの僅か空気を取り込むだけの僅かな間だけではあるが。

静かな褒賞の時間がその場を支配した。
誰も邪魔が出来ないその儀式のような時間。

そして…都城王土はゆっくりと行橋未造の頭から手を離して遠くを見る。
もう息継ぎの時間は終わりだ。
自分から離れていく都城王土を見て、思わずその背に飛びつきたくなる衝動にかられた行橋未造だが、そういう訳には行かない。

都城王土は絶対者で解析不可能な男なのだ。

だから、ここで彼の足を引っ張ってはいけない。
共に歩くことは自分には出来ないが、それでも彼の後ろについてその背を追うことは出来る。
行橋未造はそう思いながら都城王土を見送るのだ。

649 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 02:36:47.94 ETpJE1mG0 175/249

それが意味することそれはつまりこれより再び、都城王土と行橋未造は二手に別れて行動するということ。

「よし。 ならば行橋よ、判っているな? 俺は先に行く。 後の事は任せたぞ」

そう聞かれて行橋未造は己の役回りを思い出して、道化のような仮面をつけたままエヘヘ!と笑う。

「大丈夫に決まってるじゃないか☆ ボクにまかせてよ王土☆」

その言葉を聞いて満足そうに都城王土が笑い、そして次の瞬間、都城王土が大地を蹴った。
純粋な筋力のみで人はこうまで速く動けるのだという事実をその場の全員の目に焼き付けながら都城王土は瞬く間に姿を消したのだ。


都城王土からは逃げられない?

否。

都城王土が追うのではない。

ただ“都城王土が進む先にいる” ただそれだけのことなのだ。


大地を蹴り、重力を無視したように風を裂く都城王土が向かう先はあの赤毛の少女の絶望のように黒くポッカリと口を開けた学園都市の闇。
ならば。闇を照らすのは何なのかなど今更問うまでもないだろう
己は太陽と匹敵すると豪語する都城王土がその闇の中を眩く照らしていく。

…そして当然。
太陽があれば月がある。

金髪紅眼と白髪紅眼。
まるで太陽と月のように対照的な二人の男が再度邂逅を果たすということだ。

650 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 02:59:35.10 ETpJE1mG0 176/249

都城王土のその姿が消えるまでその場に立ってただ見送ることだけに務めていた行橋未造がようやく振り向いた。
そしてこちらを見つめていたままの御坂美琴に向かってトテトテと歩み寄る。

「はいこれ! ケータイ電話ありがとね☆」

そう言ってファンシーな携帯電話を御坂美琴に差し出す行橋未造。
だが、御坂美琴は都城王土と行橋未造の掛け合いがまるでラブシーンのように見えてしまいポーッと頬を染めていた。

「……え!? あ、あぁ別にいいわよ? でも君、携帯電話持ってないの?」

ようやく我に帰り、そう言いながら屈んで行橋未造の頭を撫でようとした御坂美琴だったが。
その手が頭に触れるよりも早く、行橋未造の身体がクルンと宙に浮いてから放った回転蹴りがポコンと御坂美琴の胴体にヒットする。

「お、おぅふ!?」

行橋未造にとっては手加減も手加減、軽ーい一撃ではあったのだが。
それでも御坂美琴は脇腹を抑えてヨヨヨと崩れそうになる。

「……ち、ちょっとアンタ! いきなり蹴っちゃダメでしょ!」

思わずそう子供をたしなめる口調で行橋未造を怒った御坂美琴だが。

「コラー☆ タメ口はダメじゃないか! ボクはこう見えて高校三年生なんだからね! 長幼の序はちゃんと守りましょー☆」

えっへんと胸をはる行橋未造のそのセリフを聞いてぽかんと口を開ける。
なーんかこの台詞聞き覚えあるわー、と思いながらも御坂美琴は仕方なく渋々と言い直した。

「…い、いきなり蹴るのはお止しになってください?」

オッケー☆と言って頷く小さな子供を見て、御坂美琴は疲れたような溜息を吐くしかなかった。

687 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 15:48:55.64 AU8Ez6kC0 177/249

■学園都市・大通り

夜も更けたとはいえ、まだ深夜という訳でもない。
だというのに少女が歩く道にはおかしなことに誰もいなかった。
人も獣も、それこそ警備ロボや清掃ロボも。
点々と道路の脇に佇む街灯が放つ冷たい光だけがアスファルトを照らしている。

それはまるでこれから赤毛の少女に襲いかかる寒々しくて救いのない未来を示唆しているようだ。

「……う…ぐっ」

嘔吐が喉に込み上げて、我慢できず道端に胃の内容物をぶちまけようとするがそれすら叶わない。
吐けば少しはスッキリするかもしれないのに、何も入っていない胃から搾り出された胃酸はただ喉を焼くだけだった。

ツ…と唇から銀露のように一筋の液体が流れ落ちるが、それにすら気付くことが出来ず。
結標淡希は幽鬼のような表情でただ歩くだけの逃走を再開した。
ゼッゼッと瀕死の重症をおったように息を短く吐きながら結標淡希は彷徨う。

重症だ。
身体ではない。
心が魂が割れて砕けて粉砕されたのだ。

(……なに、を… これから…わたしは…なにをすれば…)

ガンガンと割れ鐘のように響く頭痛は過去最大級をそのたび更新している。
きっとそのうち頭蓋骨が耐え切れずに内部から破裂してしまうんじゃないかと結標淡希は思った。

688 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 15:49:41.22 AU8Ez6kC0 178/249

足がもつれ、何も無い道の上で無様に転び、裸の上半身にひっかけただけのブレザーがずるりと肩から垂れさがる。
蛍光灯がそのきめこまやかな白い肌を、美しい胸を照らすが、それすら結標淡希はどうでもよかった。

結標淡希は完璧に徹底的に完膚無きまでに壊されたのだ。

結標淡希の使命をあの風紀委員に完全に壊された。
結標淡希の本質をあの金髪の男に完璧に言い当てられた。

そして結標淡希の有様は都城王土という男に完膚無きまでに粉砕されたのだ。

結標淡希は自分が只の傀儡で只の演者で只の子供であったことを自覚してしまった。

だがそれでも結標淡希は歩みを止めない。

結標淡希の心には微かな拠り所がまだあるのだ。
それはまるで今にも潰えそうで消えかけそうな蝋燭の炎のように頼りないものであったが。

“仲間”

そう、結標淡希には”
結標淡希には共に行動をして“超電磁砲”に立ち向かった“仲間”がいる。
そして間違い無く彼等は捕縛されているだろう。

689 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 15:53:02.86 AU8Ez6kC0 179/249

ならば“仲間”を救わなければ。
ただそれだけを胸にして結標淡希は棒切れのように感触のない足を交互に動かしていた。

(…そうだ…連絡…連絡をしなきゃ…)

もはや[残骸]があっても能力が無くなる訳は無いと結標淡希は理解している。

けれど、この[残骸]を[組織]が手にすれば。
きっとこれを切り札として学園都市と交渉できる。

そして、うまく話を進めることが出来たのならば、きっと捕らえられている“仲間”を解放することが出来る。

聞いているだけで都合のいい夢物語だと笑いたくなるその儚い希望だけが今の結標淡希の行動原理だ。
結標淡希は震える手でブレザーのポケットから小さな無線機を取り出して短縮ナンバーを押した。

もうこれ以上は何も望まない。
せめて…せめて“仲間”だけは救わせてほしい。
泣きつかれた顔で結標淡希は心の底からそう願いながら最後の希望を託す。

「…こちら…[A001]より[M000]へ。 …[A001]より[M000]へ」

返事はない。
結標淡希の願いは無機質なノイズ音が冷酷に撥ね付ける。

「こちら[A001]より[M000]へ。 ・・・ッ! ねぇ! 聞こえてるんでしょ! 何とか言ってよっ!!」

残酷な現実への感情をそのまま無線機に向かって叩きつける結標淡希。
握りしめた無線機がミシミシと音を立てて。

そして、ようやく無線機が応答を返してきた。

690 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 15:57:27.96 AU8Ez6kC0 180/249

『[A001] 貴様何処にいる!? キャリーバッグは何処にある!? [残骸]は無事なんだろうな!!』

随分と苛立ちが混じっているがそれは幾度も耳にした[M000]の声である。
届いた、と結標淡希は泣きそうな顔でもって[組織]に、[科学結社]にすがりつく。

「[A001]より[M000]。 [残骸]は手元にある。 それよりも“同士”が、“仲間”が捕らえられた。
 こちらの“能力”は使用不可能。 これより回収を それと同時に“仲間”の解放を前提とした学園都市への交渉を願いたい」

そう、結標淡希の手元には彼女の能力の導となる軍用懐中電灯が無い。
あの金色の男と相対して錯乱して逃走するときに放り投げてしまったのだ。

結標淡希は今“チカラ”を使うことが出来ない。
“普通”の少女となった結標淡希が頼れるものは、頼りない己と頼りない[組織]だけだ。

けれど。
そんな結標淡希の願いは土足で踏み躙られた。

『黙れ! ちくしょう! 何のために貴様等“バケモノ”を使ってやったのか判ってるのか!?』

彼女の砕けきった魂に。
唾を吐いて糞便をなすりこむように[M000]は罵倒する。

枯れ果てたはずなのに、泣きつくしたはずなのに。
再び結標淡希の瞳に涙が浮かぶ。

「…なん…で…? なんで…そんなこと言うの? …やめて ……やめてよぉ」

涙ながらでそう訴えることしかできない結標淡希。
声の主、[M000]が言い放った砂糖のように甘くて親よりも優しい言葉だった。

692 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 16:17:03.93 AU8Ez6kC0 181/249

【そう! 君達は誰かを傷つけることに怯えなくてもいい!】

【君と!私と!君達は! 共に等しく“仲間”なのだ!】

これが“仲間”への仕打ちなのだろうか?

傷つき、羽をもがれ、びっこをひいて歩くことしか出来ない結標淡希。
けれどそんな能力者は[組織]にとって[科学結社]にとって[M000]にとって無用の長物以外の何者でもなかったのだ。

無線機の向こうからは情報が錯綜しているのだろう。
何事かを問われて、それに怒鳴るように返事をする[M000]の声が漏れ聞こてきた。

『あ!? 先発部隊? 馬鹿か貴様! そんなものは放っておけ! 今は[残骸]の回収が最優先だ!!』

そして同時にブレーキ音のような悲鳴が無線機のスピーカーにハウリングを起こした。

『クソックソッ! ちくしょう!! 警備員《アンチスキル》の動きが早すぎだ! …まさか [A001]! 貴様裏切ったのか!?』

そんな事を言われても結標淡希は知らない。
知るわけがない。
だから、結標淡希は訴える。
届いてくれと訴える。

「知らない… 知らないわよそんな事… ねぇ…お願い。 お願いだから“私”を…“私達”を助けてよ…」

返ってきたのは…・・・[M000]の罵声だった。

694 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 16:22:42.28 AU8Ez6kC0 182/249

『うるさい黙れっ! あぁそうだ! 先発部隊なぞ無視しろ! ちっいいか[A001]! 今から向かってやるからそこを動くなよ!
 [残骸]だけは死んでも守れ! お前ら“バケモノ”の代わりはいくらでもいるが[残骸]の代わりはないんだからな!!』

そう[M000]は罵声を浴びせ指示を押し付けて。
そしてブチンと無線機が音を立て、通話が終了したことを結標淡希に突きつける。

諸とも切り捨てられた。
自分も。 “仲間”も。 儚い“望み”も。
全ては結標淡希が今引きずっている[残骸]に劣るものであると判断された。

最後の希望が砕かれて、それを支えにしていた足がもう限界だとでもいうように立ち続けることを放棄する。
ペタンと座り込んで、結標淡希はうつろな笑い声をあげた。

「・・・は・・・あは・・・…あはは…」

また言われた。

“バケモノ”

それが嫌で、”それを無くしてくれると言っていた[組織]すら彼女を認めはしなかった。
結標淡希からすればよっぽど組織のほうが“バケモノ”だ。
命を手駒として扱い、失敗をすれば切り捨てられた。

ボロボロと涙を流しながら結標淡希は自分の肩に両腕を巻きつける。
そうでもしなければ自分が消えてしまいそうで。
絶望で死んでしまいそうで。

「いやだ… いやだよぉ… なんで…なんでこうなったのよぉ……」

だから、結標淡希は涙でぐしゃぐしゃになってただその場に蹲り泣くことしかできなかった。

697 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 16:47:29.10 AU8Ez6kC0 183/249

■学園都市・総合ビル前

そこには和やかな雰囲気の少年少女達がいた。
上条当麻、御坂美琴、白井黒子、行橋未造の4人は一つ所に集まって今後どうするかという相談をしていたのだ。

「あ、そういや… 都城先輩は何処行ったんだ?」

愛しのお姉様の胸元に飛び込んでスリスリ頬ずっている白井黒子に若干ヒきながらそう上条当麻が行橋未造に問いかける。

「王土? 王土なら話の続きをしにいったんだよ☆」

そう言ってエヘヘと笑う行橋未造。

確かに都城王土は言った。


【なんともまぁせっかちな娘だ。 この俺がまだ話している途中だと言うのにな】


そう、都城王土が話すと決めて話をしたのならば、それを終わらせるのは都城王土でなければならない。
第三者の都合でそれを中断などということは決して許されない。

行橋未造の言う「話の続き」がなんであるか察した白井黒子はガバと振り向いた。

「待ってくださいですの! 私も向かいますの!」

白井黒子は、あの赤毛の少女の気持ちが判る。
それは能力を持つものならば誰しもがその胸に秘めている想いなのだ。
だから白井黒子は赤毛の少女を止めたい。

701 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 17:03:36.63 AU8Ez6kC0 184/249

あの赤毛の少女の慟哭のような願いを白井黒子は肯定出来ないけれど、それでも理解は出来る。

彼女は。
結標淡希という名の少女は。

ほんの少し、ほんのちょっとだけ道を歩み間違えただけなのだ。
人は人と繋がって自分を認識する。

白井黒子は御坂美琴と出会わなければ。
御坂美琴は上条当麻と出会わなければ。

それこそ御坂美琴や白井黒子が能力を呪い“チカラ”を呪っていてもおかしくはない。

今にも走り出しそうな白井黒子だったが、その肩を優しくショートカットの少女が押し留める。

「事情は聞いたから大体わかるけどさ。 …アンタもうボロボロじゃない」

御坂美琴はそう言いながら白井黒子の身体を案ずる。
放っておけばこの後輩はどんな傷を負ったとしても信念を貫こうとするだろう。

「心配ご無用ですのお姉様! 黒子はもう大丈夫ですの! 演算も今ならば恐らく出来るでしょうし…何より放ってはおけませんの!」

この細い身体のどこにそんな意志が眠っているのだろうと御坂美琴は思う。
実は白井黒子のその信念は“お姉様”がいるからこそなのだが、それに気付かない御坂美琴は苦笑いをするしかない。

しょうがない、そんなら私も付き合うか、と御坂美琴が思った時だった。

「んー… でもね☆ それちょっと無理かも☆」

白い仮面をつけた行橋未造が笑った。

703 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 17:21:45.17 AU8Ez6kC0 185/249

「えっと… そりゃまたいったいぜんたいどゆことですか?」

唐突にそんな事を言った行橋未造に上条当麻が不思議そうな声をかける。
そんな上条当麻に向かって行橋未造はひいふうみいよと指を折って。

「えへへ☆ あと30秒もすれば判るんだけどまぁいいか。
 防弾仕様のバンが5台。 内部には銃火器で武装した人間が平均5人ってところかな?」

それは警備員《アンチスキル》ではない。
彼等は装甲車を使っているのだ。
それが意味することを何となく理解しながら上条当麻が問う。

「…それって …つまり」

そんな上条当麻に向かって行橋未造がエヘヘと笑って答えた。

「うん☆ 白井さんが言ってた[組織]ってゆーのじゃない? ボクはよく分からないけどさ、多分それだよ☆」

何故こんなことを知っているのか。
それは行橋未造の“異常”、『狭き門《ラビットラビリンス》』に起因する。

行橋未造は“人の心を読む”ことが出来る。
厳密に言えば“思考を読む”といったほうが正しいだろう。

人間の体内外から漏れ出る電磁波をその皮膚で“受信”するのだ。
そしてそれはその実、人間相手に使うよりも適した相手がいる。

機械だ。
ノイズが混じりやすい人間の思考よりも電磁波の塊である精密機械を相手取る時のほうが行橋未造はその“異常”を発揮できる。
いうなればそれこそが行橋未造の真骨頂である。

708 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 17:39:06.39 AU8Ez6kC0 186/249

そう。
行橋未造は電磁波の塊で精密機械である“携帯電話”を御坂美琴に借りていた。

ならば出来る。
学園都市に通じている端末からありとあらゆる情報をその目にすることが出来る。

御坂美琴が電子の世界に“侵入”をすることができるのならば。
行橋未造は電子の世界で“閲覧”をすることができるのだ。

行橋未造と同じことを“超電磁砲”である御坂美琴が出来るのか?
否、それは不可能である。

以前、御坂美琴に向かってそのようなことを聞いた子供がいた。
電話のように遠方にいる相手と“意思の疎通”が出来るのか?という疑問に御坂美琴は笑って無理だと答えた。
脳波の波形が近似しているならばともかくとして。
“意思の疎通”どころか相手の居場所すら判るわけがないと。

だが、例外は存在する。
それは都城王土の“異常”である『創帝《クリエイト》』にも同じことが言える。

『異常《アブノーマル》』は大抵の場合たった一点のみに絞られて特化していると言われている。

都城王土も行橋未造も“超電磁砲”のような大出力の電力を体外に放射したり、バリアーのように電磁波を貼れるわけではない。

けれど…学園都市風に言うならばだ。

御坂美琴は“汎用型”で応用のきく『電撃使い《エレクトロマスター》』と呼ぶならば。
都城王土と行橋未造は“超特化型”の限定的な『電撃使い《エレクトロマスター》』と呼ぶべきが相応しい。

もっとも…都城王土ともう一人の“生徒会長”に限ってはそれすら例外ではあるのだが。

715 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 19:21:59.20 bvjVDNez0 187/249

行橋未造の宣言通り。
きっかり30秒後だった。

けたたましいブレーキ音が鳴り響き黒いバンが何台も止まったかと思うと、次々に黒いスーツを着た男達が車から降りてくる。
その手には引鉄を絞るだけで相手を殺すことが出来る拳銃が握られている。

しかし、その黒いスーツの男達は顔を見合わせたまま。
…情報と違う。
ここには[A001]が“バケモノ”が[残骸]を持って待機しているはずなのだ。

けれど目の前にいるのは見たこともない少年少女達。
黒いスーツの男達は知らない。
自分達までもが切り捨てられたことを。

だから銃を振りかざして、銃口を突きつけて子供達に詰問する。


「おいガキ共! 答えろ! これはいったいどういうことだ! [残骸]はどこだ!
 [A001]はどこにいった! 貴様等はあの“バケモノ”がいう仲間なのか!」


その言葉が決定的だった。

黒いスーツを身につけ、武装した[科学結社]の男達は気づいていない。
その言葉が持つ意味を。
その無遠慮な物言いが4人の少年少女達の純粋な魂を侮辱しているということを。

718 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 19:41:53.09 bvjVDNez0 188/249

既に白井黒子から話を聞いて理解している。
今、目の前にいるこの黒いスーツを着た男達。
こいつらが哀れな少女の心を弄び、操っていたのだということをだ。

ならば、代弁しなければならない。
赤毛の少女の…いや“チカラ”を呪う全ての能力者の苦痛を利用した“大人達”に、抗わなければならない。
銃口の奥、ポッカリと闇のように広がっているその悪意に向かって、“子供達”は立ち向かう。

ショートカットの少女がバチン!と凄まじい音をたてて雷をその身に纏った。

「……へぇ~ つまりさぁ… こいつらが元凶ってわけよね?」

荒れ狂う雷のような怒りを抑えきれずに『超電磁砲《レールガン》』が声を震わて。
そしてその隣にシュン!と音を立ててツインテールの少女が並び立って。

「お姉さま…待って下さいまし。 あの娘を言い様に操っていた“クズヤロウ”達がお相手ならば… ワタクシも少々怒りが抑えられないんですの」

『空間移動《テレポート》』が太もものガーターベルトから鉄矢を取り出しながら、赤毛の少女の無念の涙を思い出し歯噛みして。
その隣にボキリ!と拳を鳴らしながらツンツン頭の少年が並び立って。

「世界の半分…にしちゃあちょっとばかし数が少ないけどさ。 それでも約束は守らないとな」

約束を守るためならば、誰が相手だろうと退きはしない『幻想殺し《イマジンブレイカー》』の隣には。
バサリ!とマフラーを舞わせるようにして仮面をつけた子供が並び立って。

「えへへっ! ボクはバトル向きじゃあないんだけどなぁ☆」

『狭き門《ラビットラビリンス》』は道化のようにおどけながら、己の絶対者の足を引っ張らないよう自らの役割を遂行するのだ。

そして。 4人の“子供達”は、20人を超える鉄の凶器をもった“大人達”に向かって“革命”を開始した。

721 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 19:54:58.27 bvjVDNez0 189/249

■学園都市・大通り

蹲って泣きべそをかきながら。
結標淡希はいっそ死んでしまいたいと思った。
傍らには[残骸]があるけども。けれどそれは何の役にも立ちはしない。


カツン、カツンと不規則な音が響く。
暗い夜道の向こうから“ダレカ”がやってくる。


ぼんやりと濁った目をあげて、“ダレカ”を見て。

「あは…あはは… そう…アンタなのね」

結標淡希は乾いた笑い声をあげた。
どれだけ“仲間”を救いたくても叶わなかったのに。
死にたいと思った途端、まるでその言葉を待っていたように。


恐ろしい死神がやってきたのだ。


その人影は狂ったように、歪んだように、澱んだように、狂った月のように純白の光を放っていた。
暗がりに浮かび上がるようにして佇むのは学園都市最強の能力者。
そこにいるのは闇に浮かぶ月のように白く、白く、白い一方通行《アクセラレータ》だった。

722 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 20:13:55.30 bvjVDNez0 190/249

ダルそうな声をあげながら一方通行は憮然とした声をあげる。

「あァー …かったりィ あのガキ共の一大事って聞いて二日続けて出歩いてみりゃあ、これかよ」

白髪紅眼のその男は退屈そうに頭をガリガリとかく。

「ただでさえこちとら脳味噌シェイク状態でよォ… そのうえ昨日こしらえた傷やら筋肉痛やらで歩くのもだりィってのによォ…」

そこまで言うと一方通行は再び歩みを開始する。
カツンカツンと杖の先でアスファルトを叩きながら、赤毛の少女の元へと歩く。

一方通行《アクセラレータ》は結標淡希など知らない。
だから奪って壊してそれで終わりだ。

そして結標淡希には、もはや抵抗しようとする気力すら残っていなかった。
痛いのはいやだなぁ、とぼんやりと願うだけで。
結標淡希は死神の鎌が振り下ろされるのをただ待っているだけだった。

一方通行のゆっくりとした歩みが止まる。
足元で蹲ったまま動こうともしない結標淡希を見て。
カッ!と一方通行が喉の奥で笑った。


「何だァ!? この馬鹿みたいな三下はよォ? “昨日の愉快な馬鹿”に比べりゃあ笑いが止まらなくなるくらいちっぽけな三下が相手かよ!?」


それだけ言って、一方通行がさっさと終わらようとしたその時だった。

724 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 20:26:13.34 bvjVDNez0 191/249

.

「ほぅ… その“昨日の愉快な馬鹿”とやらは誰のことだ? 事と次第によっては聞き捨てならんぞ“一方通行《アクセラレータ》”?」


愉快な冗談を聞いたとばかりに笑いながらそう問いかける声。


その声を聞いて結標淡希は蹲ったままビクリとその身体を震わせる。
忘れるものか。
この声の主はありとあらゆる全てを肯定して、そして否定する計り知れない男の声だ。

そしてそれを聞いた一方通行は面倒くさそうに面白そうに振り返ってこう言った。

「……よォ 一日振りだなァ? お・う・どくゥン?」

わざと区切るようにして名前を呼んだ一方通行の言葉にフンと笑いながら・・・声の主はゆっくりとその姿をあらわした。


恐ろしい覇者がそこにいた。


その人影は王者のように、覇者のように、絶対者のように、燃え盛る太陽のように黄金色の光を放っていた。
暗がりを照らすように佇むのは箱庭学園至高の異常者。
そこにいるのは闇をはねつける太陽のように眩く、眩く、眩い都城王土だった。

726 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 20:43:02.00 bvjVDNez0 192/249

紅い双眸が闇を裂いてぶつかる中心で、結標淡希は思った。


もういい。
もういいのだ。
もう何もかもがどうでもいい。
もうどちらでも構わないから早く終わらせてくれ、と。

太陽のような都城王土と月のような一方通行に挟まれて、皮肉めいた自嘲の笑みを浮かべる結標淡希。


その時だった。


太陽の化身のような都城王土と月の化身のような一方通行に向かっていくつもの人造の光が降り注ぐ。
それは車のヘッドライト。

見覚えのある車を見て、結標淡希はその車に乗っている人間が誰なのかすぐに判った。
[残骸]をその手にすることを一心不乱に追い求める集団。

それの名称は[組織]と呼ばれ[科学結社]と呼ばれている。

車のドアから転がるようにして黒いスーツの男達がわらわらと降りてくる。

そして最後部の車から[M000]が降り立った。

729 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 20:56:50.38 bvjVDNez0 193/249

総合ビルへ向かった先行部隊からの連絡は不思議なことに途切れてしまったが、そんなこと[M000]は気にしない。
今、目の前にあるのは念願の[残骸]なのだ。


「おお! それはまさしく[残骸《レムナント》]! いやぁご苦労だった[A001]! よくやってくれた!」


そう笑いながら[M000]がねぎらいの言葉を掛ける。
先程、罵倒したことなどもはや微塵も覚えていない。

彼にとって[A001]の価値は。
ただ[残骸]を運び、守れるかどうかなのだ。
そして[A001]が頼れるのは[組織]だけで、そして“バケモノ”をおだてて運用することができるのは自分だけ。
だから[M000]は[A001]を歓迎する。

笑いながら[A001]を歓迎する。

「さぁどうした[A001]! すぐに警備員《アンチスキル》がやってくるぞ! はやくこっちに[残骸]を持ってこい!」

しかし。
結標淡希は動かない。
動きたくない。

だってもう裏切られたのだ。
だから。

結標淡希は自分たち能力者を“仲間”と呼んだこの男に向かって震える声で問を発した。

730 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 21:10:10.31 bvjVDNez0 194/249

.
「………ねぇ。 …その前に答えてよ。 …[A001]じゃなくて。 …コードネームじゃなくてさ」

[M000]の顔に張り付いた仮面のような笑いを見て、結標淡希は確認する。
それは何処の誰だろうと必要なもので、それこそ原点とも言えるそれを。


「……“私の名前”を… ……貴方は覚えてくれているの?」


名前。
それはとてもとても大切なモノだ。
それが無ければ呼べない。繋がれない。触れ合えない。
人が文字を造った理由。

それが名前だ。
名前があって、名前を呼んで、名前を覚えるからこそ人なのだ。
それがなければ獣と同じ。
“バケモノ”という名称も[A001]というコードネームも結標淡希の求めているものではない。

けれども。
そんな悲痛な結標淡希の問はいとも容易く残酷に無視された。

「…はぁ? 何を言ってる[A001]? いいからさっさと[残骸]をもってこっちにこい!」

[M000]は突然おかしなことを言い出した子飼いの“バケモノ”に苛立った声を叩きつける。
そしてようやく疑問が湧いてきた。

何故[A001]の両隣に立っているガキ共は逃げ出さない?
20人近い黒いスーツの大人の集団に立ち向かって、何故それで笑っていることができるのだ?

733 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 21:30:52.64 bvjVDNez0 195/249

[M000]は理解が出来ない。
[組織]にとって当面の敵は警備員《アンチスキル》だけであって、それ以外は勘定に入れていない。

能力者は確かに厄介だが、所詮ガキの集まりだ。
そしてそれに対抗するためにわざわざこちらも“バケモノ”を使っている。

警備員《アンチスキル》の突入が想像以上に早かったため、後手になりはしたものの未だ[M000]の優位は消えていない。
[残骸]は10メートル程向こうに転がっているのだ。
[組織]が一枚上手だったは一目瞭然で、あとはそれを持って逃げ出すだけ。

そこまで考えて…もしかして、と[M000]は推測する。
そうだ、考えて見ればおかしな話だ。
10人近くの“バケモノ”共が一斉に捕まったなどと[A001]は言っていたが常識的に考えて、そんなことはありえない。

だからきっとこれは狂言なのだ。
[A001]は土壇場になって[残骸]の価値に気付いたのだろう
わざとモタモタ振舞って、値を釣り上げようとする浅ましい魂胆をその胸に抱えているのだ、と。

そう考えてみれば両隣のガキ共の態度にも納得は行く。
きっとあのガキ共は“怖がらない自分”を演じているのだろう。
百戦錬磨の大人を相手にそのような取引を持ちかけようとは何と愚かか。

まったく大人を馬鹿にしやがって、と内心で罵りながらも[M000]は最高の笑顔でもって[A001]に話しかけた。

「い、いやなに… 勿論覚えているさ! だが今はそんなことはどうでもいいだろう? さぁ逃げるぞ[A001]!
 約束しよう! 君の“チカラ”は私が取り除いてやろう! “仲間”だってすぐに解放してやるさ!」

これが舞台ならば万雷の拍手が鳴り響いてもおかしくない演技だったと[M000]は自画自賛するが。
そんな“大人”を嘲笑うかのようなくぐもった笑い声がその場に響いたのだ。

741 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 21:55:30.42 bvjVDNez0 196/249

「クッ…クハッ… クハハハハハハッッッ!! おい見たか聞いたか一方通行《アクセラレータ》!」

呵々大笑と笑う都城王土が一方通行に同意を求め。

「カカッ…カッ…ギャハハハハハハハッッッ!! あったりめェだろォ! つかこれ以上笑わせンじゃねェよ!」

そして一方通行は都城王土の問に同意をしながら嘲り笑っていた。

その傍若無人な笑い声を聞いて、[M000]はブルブルと屈辱の怒りに身を震わせる。
例えるならそれは自信満々で提出したレポートが0点であると冷たく突き返されたようで。
[M000]は怒声をあげて“クソガキ共”を威嚇した。

「…だっ…黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! 貴様等なぞには言ってない! 俺は[A001]に言っているんだ!!!」

それを聞いた金髪紅眼と白髪紅眼の男は、キョトンとした顔をして、お互いの顔を見合わせて。
さらに爆笑した。

その羞恥はこれまでの[M000]の人生の中でも最大で。
思わず、[残骸]を手にするよりも早くこのガキ共を皆殺しにしてやるか?と胸の内で罵りながら[M000]はその嘲弄に懸命に耐えていた。

そして、ようやく笑いが収まった都城王土がふと、足元に目をやった。
そこに蹲っているのは都城王土にとって案内人であり赤毛の少女であり哀れな少女である。

「ククッ… どら、おまえも見てみろよ。 何とも醜く笑える道化だぞ? あれがおまえの信じてた末路だ」

そう言って哂う都城王土に向かって蹲ったままポツリと結標淡希はこう呟いた。

「……違う。 ……私は。 “バケモノ”でも[A001]でも“おまえ”でもない」

それを聞いた都城王土は笑いに歪んでいた顔を引き締めて問いかけたのだ。

748 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 22:11:54.06 bvjVDNez0 197/249

.

「ふむ。 ならば俺に名乗ってみろよ娘。 おまえは俺が名乗り返すに値する程の者なのか?」


朗々とした声で結標淡希の有り様を問う都城王土。
問われて結標淡希はゆっくりと答える。

例え今まで信じていたものの99%が、仮初でまやかしで嘘っぱちだったとしても。
けれども残りの1%は違う。

結標淡希は“バケモノ”ではないということ。
そして“仲間”と共にただ己の道を守ろうとしたということ。
それは結標淡希の願いであり、それは誰にも否定はできないのだということを。

結標淡希は能力者であるまえに案内人であるまえに[組織]の一員であるまえに。
ちょっと変わった名前だけれども、けれどもそこらにいる只の“女の子”となんら変わりはないのだということを。


「……淡希。 …私の名前は結標淡希。 …それが私だけの名前よ」


否定されたらどうしようと思うと何故か唇が震えて、最後の言葉は尻すぼみになってしまったが。
けれど結標淡希の名乗りを聞いた都城王土は腕組みをして満足そうに頷いたのだ。

「ふむ。 覚えておいてやる結標淡希よ。 そして忘れるな。 俺の名は都城王土。 これこそが俺の名だ」

あぁ…それは本当に久しぶりだった。
結標淡希はようやく呼ばれた。
“仲間”以外の人間に己の名前を呼んでもらえたのだ。

750 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 22:31:49.59 bvjVDNez0 198/249

それを見て、[M000]は今度こそ激昂した。
飼い慣らしていたはずの“バケモノ”の癖に。
あの金髪の男に向ける視線はなんなのだ!?

あれは自分だけのものの筈。
[M000]は許さない。
[A001]を“バケモノ”を扱えるのは自分だけなのだ。

だから[M000]は片手をあげて、背後に控えた男達に射撃の準備を伝える。
もしものことを考えて手荒な真似はしたくなかったが、それももうしょうがない。
どうせ[残骸]は[キャリーケース]の中だし、あれは近代科学を体現した強固な防壁でもあるのだ。

そして、無数の銃口を向けられて。
都城王土は哂った。

「おい、結標淡希。 俺が問うぞ? これがおまえの望む世界なのか?」

俺にはそうは見えんがな、と言って笑う都城王土に向かって首を振る。

「…違うわ。 …こんなんじゃない。 こんな馬鹿げた世界を私は、“私達”は守りたかったんじゃない」

震える足でゆっくりと立ち上がった結標淡希はそう言って否定をする。
今にも倒れそうだが、都城王土は支えたりなどしない。

「まぁそうだろうな。 なに、そう気にすることもない。 俺とて間違えることもあったのだ」

結標淡希には見当もつかないことを言って、都城王土は[組織]に向かって相対する。

751 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 22:39:42.17 bvjVDNez0 199/249

獅子のような若い男が発する気迫に呑まれて男達は気がつけば後退っていた。
都城王土はそれを見て苦笑しながらも、紅い双眸でもってゆっくりとその場を見渡して。


「さて… …確か貴様等は“正常”な“人間”らしいな?」


そう言って都城王土はニヤリと口を歪める。


「まぁそれならそれでも構わんぞ? なに、貴様等が“正常”を“人間”を謳うというのならばだ」


都城王土は哂いながら歓迎するように両の手を広げる。
銃口を向けられて、それでも哂い、それでも足を踏み出していく。


「そして。 貴様等が“異常”を“バケモノ”を排除するつもりならばだ」


カツン、と杖の音を立てながらニヤニヤと哂う白髪紅眼の男が、金髪紅眼の男の隣に並び立つ。


「よい舞台ではないか? そら お望みどおり“異常”が“バケモノ”が敵になってやろうではないか。
 さぁ死に物狂いで抗ってみせろよ“正常者”!」


そう言って宣言する都城王土の後を追うように赤毛の少女が足を踏み出して。

結標淡希もまた己の意志でもってそこに立っていた。

759 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 23:00:23.04 bvjVDNez0 200/249

■学園都市・総合ビル前

爆音などという生易しい言葉ではない。
大地が振るえ大気が悲鳴をあげていた。

命からがら防弾装甲を施した車の陰に黒いスーツの男達が隠れるけども。

「ハッ! そんなうっすい盾が! 通用するとでも思ってんの!?」

その怒声と同時に凄まじい轟音が響き、まるで紙細工のように黒いバンが宙を舞った。
その破壊力を生み出せるのは学園都市に一つしかない。
『超電磁砲《レールガン》』と呼ばれる学園都市が誇る超能力者、御坂美琴が放つ“超電磁砲”だった。

蜘蛛の子を散らすようにして、逃げ出した男達の何人かがそれでも拳銃を向ける。
それは恐怖の源を消そうという後ろ向きな殺意であるが、けれどそれは叶わない。

「あら、御免遊ばせ? 悪いですけど引鉄を引かないほうがいいですのよ?」

言われて見れば拳銃の銃身には何時の間にか鉄矢が貫通していた。 引鉄をひけば暴発しそれこそ指が吹き飛ぶだろう。
『空間移動《テレポート》』を扱う白井黒子が本気になれば、それこそ対抗出来る人間など極わずかなのだ。

そして埃が舞い上がる中を少年が疾走する。
視界など届かない筈なのにそれを的確にサポートするのは愉快そうな子供の声。

「えへへ☆ 三時の方向、壁の向こうに一人いるよ☆」

その言葉を疑いもせず少年が指示のとおりに突き抜けてみれば、確かにそこには慌てた様子でガチャガチャと弾倉を交換している男が一人。

上条当麻は一対一の喧嘩ならば、相手が武器を使えない状況ならば、並大抵の相手には負けはしない。
握り締めた拳がアッパーカットの軌跡と共に混乱している黒いスーツの男顎を打ち抜いた。

760 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 23:23:35.52 bvjVDNez0 201/249

上条当麻をサポートしたのは白い仮面をかぶった行橋未造である。
本来、行橋未造は相手の思考だけではなく痛みなどといった感情すらも受信する。

しかし、今の行橋未造に届く電磁波は極僅かなものだった。

行橋未造が痛みを受信しない理由。
それは御坂美琴の存在である。

電磁波を発することに特化した都城王土には叶わぬものの。
けれど、荒れ狂う電撃をその身に纏う御坂美琴の側にいればある程度それが緩和されるのだ。
行橋未造はそれを判っていたから都城王土の後を追わなかった。

だから行橋未造は痛みに悶えることなく己の使命を完遂できる。
とはいえたとえそれが痛みを伴うものだったとしてもやっぱり行橋未造はそれを遂行しただろう。

なぜなら行橋未造にとって都城王土という男は絶対なのだ。
彼が望むのならばそれこそ命すらも捨てるのも躊躇わない。

だって行橋未造は都城王土に出逢うためにこの時代に生まれて。
行橋未造の感受性《アブノーマル》は都城王土を理解するためにあるのだから。

その時、こっそりと忍び寄っていた一人の男が行橋未造に襲いかかった。
子供ならば組み易し、と判断したのだろうがそれは間違いである。

“相手の心を読む”という多少なりとも誰しもが備えている力でもって、行橋未造は“異常”の中の“異常”である都城王土に仕えているのだ。
バトル向きではないといえ、いざ戦闘となればそれこそ行橋未造は相手に触れられることなく圧倒できるほどの力を秘めている。

振りあげた銃口の先には誰もいなく、気がつけば目の前には白い仮面を被った子供が宙を飛んでいる。
虚を突かれた男の意識が瞬く間に薄れ、昏倒する。
麻酔ガスの近接噴射を食らったのだ。

762 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 23:34:13.91 bvjVDNez0 202/249

戦闘は圧倒的な展開で以て、5分もたたずに終結した。

静寂が辺りを包み、誰も動こうとはしない。
そこかしこに倒れている黒いスーツの男達を見回して、ようやく“子供達”が一息ついた。

この惨状で逆に一人も死人が出ていないのがまるで冗談のようだった。

これ以上この場に留まっていれば警備員《アンチスキル》がやってくるだろう。
とりあえずはこの場を離れようと思って。

あることに少年が気が付いた。

「あれ…? そういやぁ…バンが5台って言ってなかったっけ?」

ひいふうみいと数えるも、目の前には4台しかない。
4台のうち2台は大きくひしゃげて白煙をあげ、残りの2台は無残にバラバラにされ血のようなガソリンを垂れ流しているが。

けれどやっぱりどう数えても4台しかない。
上条当麻のその不思議そうな声に可愛らしい声で答えたのは仮面を被った行橋未造だった。

「だいじょーぶ☆ さっき電話を借りた理由がそれだからさ☆」

そう言って仮面の下でおどける行橋未造。
行橋未造がこの件に関わった理由。
“心を読む”行橋未造は少女たちの言葉を聞いて思考を受信したからである。
そう、まだ舞台に演者は出尽くしていない。
まだ残っている。


[残骸]に関わって、[実験]を止めようとして、[実験]の当事者である少女達が舞台袖で自分の出番を待っている。

773 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 23:49:09.28 bvjVDNez0 203/249

■屋上

遠方で黒煙があがっていた。
ゴーグルをかけた少女がいる場所は主戦場になっているであろう総合ビルよりも1ブロック程離れている。

「病み上がりの身体ですし…本来ならば面と向かって戦いたかったのですがこれもやむなしでしょう、とミサカは嘆息します」

その言葉と共にガチャリと肩にかかったアンチマテリアルライフルを地面に置く少女。
ライフルのターゲティングスコープからケーブルを外し、主観情報を己のゴーグルへと移行する。
足元には両手の指では足りないほどの空になった弾倉が転がっていた。

ビル風に吹かれながら少女が、御坂妹が標的を見下ろした。
暗視光学センサーならば、この程度の距離はなんの問題もない。

ゴーグルの中、その特徴的な緑色の視界の中では。
もはや車と呼ぶにはおこがましい金属の塊の側には失神し、失禁し、哀れな姿をさらす黒いスーツの男達がいた。

あの小さな子供が教えてくれた情報通りだった。
いや、それどころかまるであの子供はこちらのネットワークの内容すら把握しているようで。
けれど嫌悪感はなく、御坂妹はそれ以上は上位個体に意見を申請して、その事について考えることをやめる。

と、辛うじて意識を取り戻したのだろうか? 一人の男が同士の筈である仲間を置き去りにしてほうほうの体で逃げ出そうとしていた。

「…少しばかり手心を加えすぎたかもしれません、とミサカは呟きながらゴム弾に換装したライフルを構えます」

スコープの中で正確に目標を捉えるも。
しかし御坂妹の指は引鉄をひくことはなかった。

視界の端に映った一人の少女。
御坂妹はそのモシャモシャとしたパーマをかけている少女の情報を共有し、知覚し、覚えているのだ。

779 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 00:04:44.93 53D6e0i00 204/249

■路地裏

「き、聞いてねえぞぉ! 警備員《アンチスキル》が警告もなしに発砲するのかよ!」

黒いスーツの男が泣き喚くようにして文句を吐く。
思い出すだけでゾッとする。
先発部隊の中で一番最後を走っていたと思ったら、凄まじい衝撃が車体に襲いかかったのだ。
防弾仕様であるはずのフロントがバゴン!という音と共に陥没し、それからはもう地獄だった。

喩えではない。
それはまさしく砲煙弾雨だった。

まるで天から降り注ぐ雷の鉄槌のようにそれは延々と続く。
それは信じられないほどの精密な射撃で、反撃するどころか逃げることも動くことすら許されなかった。

しかも恐ろしいことにその射撃は決してこちらの命を奪おうとはしない。
逃げようと思って一歩足を踏み出した瞬間、爆音と共に目の前のアスファルトが破裂する恐怖は味わおうと思っても味わえない。
いっそのこと頭をブチ抜かれる方がましだと思う程の審判の時間。
もはや絶望に身を震わせることしか出来ない男達が次々と恐怖のあまり失神していくのも当然だろう。

そして。
幸か不幸か何とか一人の男は目が醒めて。
同士を見捨てて逃走を始めた。

とはいえ。
それは幸か不幸かでいえば間違いなく不幸だろう。
ようやく男は気が付いた。

すぐ隣に、ギョロリとした目をした幽霊のような女が立っていたのだから。

784 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 00:17:33.29 53D6e0i00 205/249

男はギョッとして目を見開く。
いつの間にこんな側に近付かれたのだろう?
けれどその幽霊のような女は無表情のまま男の目をただ見つめているだけだった。
怯える男を観察するように見つめ続け、そしてようやくギョロ目の少女が口を開いた。

「顔色が悪いわね。 息も荒いし冷や汗も凄いわ」

ボソボソとそうこちらの身体を気遣うような台詞を口にするが、その実それは男の体調を気遣っているわけではないだろう。
暗がりの中に浮かび上がる幽霊のような少女に怯え、尻餅をつく男。

「でも気にしなくてもいいの」

恐ろしさのあまり、思わず身をかがめた男の耳元に少女が口を近づけて。

「because  ・・・・・・・・・・・・・」

ボソリと何事かを囁かれ、男の眼が耐え切れんとばかりに恐怖で見開いた。

「ぎにゃああああああああああああああ」

情けない悲鳴が路地裏に響く。
数秒遅れて路地裏に駆けこんできた御坂妹だが、目の前に泡を吹いて失神している男だけだった。
けれど、御坂妹は嬉しそうにこうポツリと呟いた。

「見間違えるはずもありません、とミサカは確信を持ちます」

御坂妹は、“妹達”は布束砥信を忘れはしない。 [実験体]である自分たちを救おうとしてくれた少女なのだ。
御坂妹は目尻から小さな光の粒が頬を流しながら虚空に向かってただ己の感情を口にした。

「…よかった。 生きていてくれて本当によかった、とミサカは素直に貴女の無事を喜びます」

789 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 00:34:25.90 53D6e0i00 206/249

■学園都市・大通り

[M000]は目の前で傲然とした金髪紅眼の男の振舞いが理解出来ない。

無数の銃口に囲まれて何故こうも哂える?

[M000]は目の前で病人だろう白髪紅眼の男の態度が理解出来ない。

20人を超える大人に囲まれて何故こうも哂っている?

けれど、それでも判っていることがある。
こいつらはきっと恐ろしい。
逆鱗どころではない。

それこそほんの少し機嫌を損ねればきっとこのガキ共は容赦なく牙を剥くだろう。
だが、磨耗した精神を持つ[M000]は本能が発する危険信号の本当の意味を判っていなかった。

まずとりあえずはこの紅い双眸を持つ男達よりは[A001]のほうが組み易い。
だから[M000]は[A001]に向かって怨嗟の声を吐く。

「き…貴様ぁ! [A001]! 貴様よくも我々を! よくも“仲間”を裏切ってくれたな!」

しかし、そう怒鳴る[M000]を見て結標淡希は冷たい目でそれを否定する。

「違う… アンタ達なんか“仲間”じゃない 私の“仲間”は。 あの時私と共に超電磁砲に立ち向かった“あの子達”だけよ」

そうすげなく否定され、屈辱に震え、そしてようやく[M000]は一つのことに気が付いた。

793 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 00:46:15.21 53D6e0i00 207/249

[A001]がいつも持っているはずの軍用懐中電灯がない。

あぁそうか、だからこいつは心変わりをしてそんなガキに依存したのか。
[M000]の顔が醜く歪んだ。

ならばその勘違いに気付かせてやろう。
[A001]の心を陵辱して組み伏せてやろう。
結標淡希の心を、本質を、魂を再び汚して調教してやるのだ。


「ハッ…ハハハッ! “仲間”だと!? どっちつかずの中途半端な“バケモノ”が知ったふうな口を聞くな!
 知っているぞ! 貴様はくだらない懐中電灯がなければ能力もろくに振るえない欠陥品だろうが!」


そう言われて、ビクと結標淡希の身体が震えた。
確かに今、結標淡希の手には懐中電灯がない。
能力の指針となるべきそれがない。

どっちつかずの中途半端の欠陥品?

やめてくれ。
それ以上その汚い手で触らないでくれ。
トラウマに触れられて結標淡希の心が悲鳴をあげる。

その先は結標淡希のむき出しで柔らかい場所なのだ。
悪意の言葉でもって触れられて掻き回されて抉られたくはない。

その時だった。
硬直してしまった結標淡希の背に都城王土の指先がトンと触れたのだ。

796 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 01:03:19.98 53D6e0i00 208/249

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「おいおい結標淡希よ。 何故それを俺に言わないのだ?」

そんな事を言われても結標淡希は困る。
けれど都城王土は別に結標淡希の答えなど待ってはいなかった。

「なに、怯えんでいいぞ結標淡希。 痛みは無いはずだからな」

そう言うと都城王土は己の能力『創帝《クリエイト》』を己の思うがままに行使した。

パシンと微かな電流をその身に纏わせて。

都城王土はニヤリと笑いながらこう言ったのだ。


「なに、その程度の欠点ならばだ。 “この俺がカバーしてやる”」


パシリと極微小な電流が結標淡希の脳内を走った。

これは洗脳ではない。
ましてや都城王土の真骨頂その②でもない。

[演算補助デバイス]とは言ってみれば脳波の電気パルスを強制的に一定にするものだ。
脳内に流れるストレスの波形を分析し、逆の波形を当てることで中和するもの。

そしてその程度ならば都城王土にとっては児戯にも等しい。
都城王土は人間の人格を丸々書き換えることすら可能なのだ。
ならば、当然出来る。 
一時的にとはいえ結標淡希をストレスから解放することも当然出来るのだ。

803 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 01:20:24.12 53D6e0i00 209/249

結標淡希の脚に活力が戻る。
度重なる能力の行使と暴走により、破裂しそうだった脳が嘘のように静かになる。
嫌悪感が嘔吐感が罪悪感が荒れ狂った感情全てがゼロになる。

いや、プラスマイナスゼロになったどころではない。

今、結標淡希は己が思うままに己の100%の力を100%己の制御下で行使できる。

…勿論、これは継続的な効果があるわけではない。
トラウマは自分で乗り越えるものであり、それを完全に解消するにはそれこそ人格の書き換えが必要だろう。

だけれども。
この瞬間この時間に限って言えば、結標淡希のトラウマはストレスは完全に解消されたのだ。

今、結標淡希の手に懐中電灯はない。

けれど、今そんなものは要らない。
今ならば人造の光は必要ない。

だって。
結標淡希の後ろには太陽のような男がいる。
都城王土が結標淡希の歩む先を照らして導いてくれている。

太陽よりも眩しい光など世界の何処にも存在しないのだから。

そして結標淡希は都城王土の期待に応える。
太陽のように己を照らしてくれているその眩しい光に応える。
自分が歩むべき道を歩みたいと思う気持ちを示すように。

スッと結標淡希が[組織]の男達に、自らが突破するべき道はあそこなのだと言わんばかりに指を伸ばした。

805 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 01:35:37.86 53D6e0i00 210/249

結標淡希に指を差され、[M000]は…[組織]は恐れた。
誰だ?
この目の前にいる小さな赤毛の少女は一体誰だ?

違う。
これは[A001]ではない。
これは今にも倒れそうな、嗜虐心をくすぐらせる顔をした欠陥品ではない。

「みっ…見るな! こっちを見るなっ! 見るなぁぁぁああああっっ!!!!」

だからもう耐えられなくて、[M000]は[組織]は“大人達”は一斉に拳銃の引鉄をひく。
殺してしまえばあの恐ろしい視線にさらされなくてもすむはずなのだ。

だが、銃爪に掛かっていた指は呆気無く宙を掻きむしるだけ。

「…なっ!?」

前方、結標淡希の目の前にガシャガシャと音を立てて積み上げられる黒い金属の山。
それは拳銃で造られた山で、その山を造ったのは結標淡希の『座標移動《ムーブポイント》』だ。

男達は顔を青ざめる。
“超電磁砲”ですら倒せる可能性をもつ結標淡希の強大な能力の恐ろしさを今やっと男達は理解したのだ。
“バケモノ”だ。
こいつらはとんでもない“バケモノ”だ。

だから男達は抗議する。 有り得ないと抗議する。

「ふっ!ふざけるなっ! そんな! そんなっ! 窮地に陥ったところを都合良く救うなんて! そんな現実信じられるものかっ!!!」

それを聞いて都城王土はハンと鼻で笑ってこう言った。

809 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 01:46:32.06 53D6e0i00 211/249

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「フン、 いいではないか。 週刊少年漫画のような現実があってもよかろう。 
 そも都合よく仲間を救う存在をすら信じられぬ貴様の現実がちっぽけだっただけだろうが」


弱者の代表のような顔をして抗議する[M000]を都城王土は笑い飛ばす。

「まぁとはいえ 俺の心にそびえたつ三本の柱は『友情』・『勝利』・『努力』ではないがな」

そう言って都城王土は結標淡希の前に立ち、腕組みをして朗々と言い放つ。

「俺の心にそびえたつ三本の柱は当然ながら『俺』・『俺』・『俺』だ」

そう言って都城王土は恐怖に身を慄かせる男達を圧倒する。

この男は誰であろうと変わらない。
進む先に気にくわないものがあれば、障害物があればそのまま粉砕して進む男なのだ。

[M000]はガタガタと震え、それでも負け惜しみを口にする。

「だっ黙れぇ! 認めんっ! 認めんぞっ! 断じて貴様達の現実など! 認めはしないっ!!!」

そう言う[M000]を見て都城王土はつまらなさそうに首を振った。

「はっ! まったくもって愚かしく哀れで救いようがないな」

と、不意に何かに都城王土は気が付いた。

「あぁそう言えばだ。 貴様等いい加減にしろよ? この俺に向かって頭が高いだろうが」

816 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 01:59:47.78 53D6e0i00 212/249

そして都城王土は口にした。
ただそう言うだけでそれが実現される恐ろしい“チカラ”を都城王土は当然のように行使する。


「 平 伏 せ 《 ヒ レ フ セ 》 」


バギン!と嫌な音が響いた。

その音の正体はそこに並ぶ[組織]の男達全員が自ら全力で以てその顔面をアスファルトに叩きつけた音だ。
鼻がへし曲がり、歯が折れてもまだ肉体は自らをアスファルトに押し付けようと力を込める。
今、彼等の肉体は己の頭脳ではなく都城王土に従っているのだ。
アスファルトの隙間から漏れ聞こえる阿鼻叫喚の悲鳴を聞きながら都城王土は話にならないというふうに首を振った。

「やれやれ、なんとも醜い姿勢だな。 どうやら貴様等には奴隷の才能すらないようだ」

平伏したままの男達の間を悠然と歩く金色の覇者。
土下座をしたままピクリとも動けない男達はもはや命を献上しているに等しい。

「ふっふざけるなぁ! この“バケモノ”どもがっ! お前たちのようなガキがっ! 能力者がいるからこの世界には争いが絶えんのだ!!」

アスファルトに叩きつけられ鼻血を垂らしながらも懸命に[M000]が抵抗する。
そう、この男は口先だけで今の地位まで登ってきたのだ。
[M000]にとって最も強い攻撃は拳でもなく脚でもなく言葉である。

だがそんな[M000]の言葉は一笑に付された。

「ハッ! 訂正しろ愚か者が」

そう言ってグイと都城王土が[M000]の髪を掴んで乱暴に持ち上げる。

819 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 02:09:16.18 53D6e0i00 213/249

眼前に迫った紅い双眸は灼熱のような感情を宿していた。
魂ごと燃やし尽くされそうで言葉を失う[M000]に都城王土はこう告げた。


 「俺達は“人間”だ」


そう言って都城王土は真剣な顔で高らかに謳いあげる。
絶対の自信で持って言い切る。


「俺達はだ。 平和な日本の一介の通常の普通の並大抵の通り一遍のただのありふれた一般的な学生なのだ」


そう言って都城王土はその手を離す。
バギャン!と音を立てて再度平伏した[M000]に向かって静かにこう言った。


「ただほんの少し。 “普通《ノーマル》”か“異常《アブノーマル》”か“幸せ《プラス》”か“不幸《マイナス》”かの違いがあるだけだ」


“人間”であること。
都城王土はその尊大な態度でもって“人間”であると断言する。

そう。
“バケモノ”などでは決してない。
“人間”なのだと都城王土は自信をもっている。

そして、都城王土のその言葉を聞いて一方通行は、結標淡希の胸に蘇るものがあった。

822 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 02:20:09.53 53D6e0i00 214/249

その頃はもう既に本名は無くしていた。

【特別クラスだァ?】

周りの人間を傷つけてしまって。
隔離されて迫害された。

【そうよ。 [絶対能力《レベル6》]に進化する可能性があるのは最強の能力者である君だけだもの。 “君一人だけの”クラスよ】

だから彼はこう思ったのだ。
たった一人の特別学級という名の監獄の中で。

【…“変わる”のか? 最強の先の無敵に進化したら何かが“変わる”のか?】

今のままでは嫌だ。

【――チカラが争いを生むなら争いが起きなくなるほどのチカラを手にいれればいい】

だから彼は変わろうとした。
遮二無二になって変わろうとした。

【最強の先の無敵に、絶対的な存在になれば】

その道が例え血に塗れていても構わずに。
己がどれほど後悔するかも考えないで。

【認めてもらえるはず。 きっと、きっと誰かに認めてもらえるはずだ】

ただの一人の“人間”として認めてほしい…ただそれだけを拠り所にして。
一方通行《アクセラレータ》は修羅の道に突き進んだのだ。

823 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 02:28:48.17 53D6e0i00 215/249

【何故自分に“チカラ”があるのだろう】

彼女はいつからかそう思っていた。

【自分に“チカラ”を与えられた理由】

けれどそれには誰も答えてくれなかった。

【自分に“チカラ”を与えられなくても良かった理由。】

いくら考えても判らなくて。
そして彼女はそのうちこう考えるようになった。

【“チカラ”があるから迫害されて差別されて疎まれる】

ならば、と思った。
それは名案のように思えた。

【じゃあいらない。 “チカラ”なんていらない。 私はそんな“チカラ”はいらない】

例えそのように思考を誘導されていたのだとしても。
けれど彼女は確かにそう思ったのだ。

【だって。 怪物は嫌だもの。 “バケモノ”は嫌だもの】

ただの一人の“人間”として認めてほしい…ただそれだけを拠り所にして。
結標淡希は歪んだ道に突き進んだのだ。

824 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 02:37:33.06 53D6e0i00 216/249

そう、結局のところ異端児は関係性に飢えている。

友人がほしい
恋人がほしい
知人が欲しい
他人が欲しい
理解者が欲しい
保護者が欲しい
敵対者が欲しい
第三者が欲しい

だが、己が人間から外れた“バケモノ”であると自覚してるがゆえに。
どれだけ欲しても彼等は豊かな人間関係を築けない。

だから彼等は関係性をなにより望む。
己が傷つかない、己が傷つけない世界を望んでいるのだ。

それが決して叶わない夢だとしても彼等はそれをずっと追い求める。

一方通行《アクセラレータ》は都城王土と闘った。
道を譲るだの譲らないだの、そんな些細なことで喧嘩を始めたけれど、その実それは関係性を望んでいただけで。

結標淡希は都城王土に己の在り様を主張した。
それはもやっぱり関係性を欲していただけで。

当然、都城王土だって関係性を望んでいる。
だから彼は間違いを犯した。
誰も傷つかない王道楽土を犠牲のもとにつくろうとして失敗したのだ。

それは誰にだって、行橋未造だって、御坂美琴だって、白井黒子だって、上条当麻だって。 ありとあらゆる人間に言えることなのだ。

826 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 02:53:58.50 53D6e0i00 217/249

だから都城王土は主張する。
関係性というものは築くのが“人間”と“人間”というのなら。
それなら確信して断言して言い切ろう。


俺は“バケモノ”ではなく、俺は“人間”で。

ならば当然俺が関係性を望む相手だって“人間”で。

つまりそれは俺達が“人間”なのだということだ。


だから都城王土はその尊大で傲慢な態度のまま許す機会を与える。
昔の己は愚かだったし、昔の己は間違いをした。
ならば当然この男達にも許される機会は与えられるべきだろう。

「…こう見えて俺は寛大でな」

そう言って、都城王土は地面に平伏したままの[M000]に言葉を掛ける。

「おいおまえ。 立て。 曲がりなりにも長ならば長らしいところを見せてみよ」

その声と同時に己が身を縛り付ける謎の力が無くなっていることに気づき、バネ仕掛けのおもちゃのように[M000]が飛び上がった。
[M000]に都城王土は視線だけで辺りを示唆し、話しかける。

「見ろこの有様を。 貴様の成したことにより貴様の仲間たちは今もまだ苦しんでいるのだ」

20人近い男達が土下座をしたまま、呻いている。
だから都城王土は機会を与えるのだ。

828 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 03:06:23.61 53D6e0i00 218/249

ガタガタとその身を震わせる[M000]に向かって都城王土は本心から静かに告げる。

「長ならば…配下を束ねるものならばだ。 それは責任であり受け入れるべきものだ。 だから反省し、心を入れ替えるのならば俺も許す」

それを聞いて結標淡希は目を見開いて口を挟む。

「…ッ!? アンタなにをっ!?」

冗談ではない。
もはやこいつらを許せるはずはない。
だというのに、そんな激昂しかかった結標淡希に向かって都城王土は真剣な顔でこう言った。


「まぁそう言うな。 誠心誠意謝ることが出来るのならばだ、どのような者であろうと考えを改められるはずだろう?」


それは己の経験から出てきた言葉であり、だからその言葉はとても重い。
結標淡希は、一方通行は、己が犯した間違いを思ってしまって。
それ以上は言葉を挟めなかった。

そして都城王土は待つ。
誠心誠意謝罪して謝ってくるのを待つ。
もしかしたら、仲間を傷つけたと激昂して殴りかかってくるかもしれない。
けれどもそれだって間違ってはいない。

そして[M000]は。
[組織]の長は。
[科学結社]のリーダーは。

逃げた。

829 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 03:16:17.17 53D6e0i00 219/249

「ハヒッ! ハヒヒッ!!!」

恐怖を超えて、笑い声のような悲鳴をあげながら。
じりじりと後退りをして…勢い良くその組織のトップは、[M000]は逃げ出したのだ。

何もかもを投げ捨てて。
ただ己の生命を最優先として。
地に平伏したままの“仲間”を“正常”な者を捨てて[M000]は脱兎の如く逃走を開始した。

ボキッ!と骨が折れる音と共に平伏したままの黒いスーツの男が呻く。
土下座をしているその手を[M000]が踏んでいったのだろう。

それを見た結標淡希は怒りで頭が真っ白になる。
また切り捨てた。
また裏切った。

「アンタが……逃げるかぁ!!!!」

そう叫びながらズタボロの身体で腕を振り上げた結標淡希だが、それは都城王土の手によって遮られた。

「…っ! …止めないでよっ!!!!」

そんな結標淡希の叫び声を聞いて都城王土は面白そうに哂っていた。

彼は一度許す機会を与えた。
そしてそれは何度も与えてやれるほど安いものではないのだ。

誤解してはいけない。
都城王土は善ではない。
その烈火の如く気性は敵と認識したものを容赦なく残酷に叩き潰すのだ。

833 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 03:32:49.77 53D6e0i00 220/249

その紅い瞳には残酷な見世物を期待するような光が浮かんでいる。
それを見てしまえば結標淡希もう二の句が継げなくて黙るしかない。

今から面白い見世物が始まるのだから辛抱しろ、とでも言いたげに都城王土は笑う。

「まぁ待てよ結標淡希。 なに、そのままおまえがやっても構わんのだが……」

そう言って都城王土は隣に立っていた一方通行を見る。

「それよりもだ。 おい一方通行《アクセラレータ》。 随分と手持ち無沙汰に見えるが?
 まぁとはいえだ 。おまえが無理だと言うのなら構わん。 結標淡希か俺がやるが……どうする?」

返ってくる答えなどわかりきっているだろうに都城王土はそう問いかけて。
そしてそれを聞いた一方通行の顔が面白そうにぐちゃりと歪んだ。


「お・う・どくゥン!? 今なンっつったァ? てめェ…誰に物言ってンのかわかってンのかァ!?」



[M000]は防弾装甲のバンに飛び乗って、震える手でエンジンをかける。
ギアをバックにいれて、ハンドルが折れるくらい傾けて車体の向きを180度変更して。

目の前に広がっている誰もいない安全な夜道を見て[M000]は判った。

この道の向こうに行くことが出来るならば。
このままスピードを出して、ここから逃げきることが出来ればこの悪夢から逃げ出すことができるのだ。
この暗い夜道を突っ切ることさえ出来ればいいのだ。

無我夢中にギアを変え、もう勢い余って足が折れても構わないと言わんばかりにアクセルを踏み込もうとしたけども。

834 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 03:43:20.86 53D6e0i00 221/249

.
ドン!と一方通行の軸足が地面を踏みしめる。

その軸足から凄まじい衝撃が生まれて。
硬い地盤が振動し放射状に亀裂が走る。

「ヒッ!?」

[M000]は思わず悲鳴をあげてハンドルにしがみつく。
耳障りな音を立て、電柱が標識が地盤という支えを失い次々と倒れていくのだ。
まるでこの世の終わりを見たように恐怖で顔を引き攣らさせた時だった。

ガギャン!と音を立てて道路標識が大きな音とともに車のフロントガラスに突き刺さる。

「ヒィィッ!?」

例え防弾だろうとも、質量の攻撃を防げるはずもない。
フロントガラスは呆気無く砕け散った。
突き刺さっている道路標識には。

“青地に白い矢印”が描かれている。

その標識が指し示す意味を本能で理解して、男は絶望の悲鳴をあげた。
けれどそれでは終わるはずもない。
次の瞬間、槍と化したアスファルトが地面から突き上げられたのだ。

ガゴンガゴンと凄まじい音をたてながら車体が幾度も突き上げられる。
コンクリートの槍は車体の中心部に食らいつき、突き刺していて。
もはや防弾装甲のバンは百舌の早贄のようだった。

836 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 03:50:45.73 53D6e0i00 222/249

アクセルを踏み込んでみるが今更そんなことをしてもそれはもう徒労でしかない。
ギャルギャルと白煙をあげながら空回りを続けるタイヤの音だけが虚しく響く。

けれど[M000]はそれしか出来ない。
半狂乱になりながら何度も何度も必死にアクセルを踏み込むことしか出来ないのだ。
そして…バックミラーに映る影に気づく。

そこには白く哂う影があった。


「よォよォ? こんな夜道にどこ行くつもりだァ?」


その恐ろしい声に耐え切れずバンの中にあった拳銃を取り出して狙いを絞って引鉄を引き絞る。
けれど、その銃弾が彼に届くことなど有り得ない。
引鉄をひいたと思った瞬間、手の中の拳銃が破裂して[M000]は激痛に耐え切れず悲鳴をあげる。

そしてその悲鳴を聞いた白い影は下品な笑い声をあげた。


「あはぎゃはァ! 不様な抵抗ゴクローサンってかァ?」


そして。
嘲笑とともに爆音が破裂し、白い影のアスファルトが砕け散った。
背中に竜巻の渦のような暴風を接続した白い影はロケットのように宙を飛び、フロントガラスの上に立つ。

839 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 04:03:38.81 53D6e0i00 223/249

“青地に白い矢印”の道路標識の上からグニャリと覗き込んで。

白い男が哂ってこう告げた。


「悪りィがここは“一方通行”だァ。 侵入禁止でェ、転回も禁止。 あァ…当然だけどよォ “後退” も禁止だぜェ?」


もう恐怖のあまり息もできない。
けれど白髪紅眼の男に言われるがまま、ちらりとバックミラーに眼を走らせて。

そこに映った姿を見てしまって。

[M000]は何で拳銃を使ってしまったのだろうと思った。
今、手元に拳銃があったならば自分の頭に銃口を向けて引鉄を引いている。

そこに映るのは金髪紅眼の男。
金色の影は哂いながらゆっくりとこちらに向かって歩いてきているのだ。

[M000]はようやく本能で理解した。

あぁ。ここは、こいつらは、学園都市は。
[組織]にとって[科学結社]にとって[M000]にとってまさしく“一方通行”だったのだ。
この袋小路に入ってしまえば進むことも戻ることもできやしない。

だってこの紅い双眸を持つ男達は“人間”でありながら“バケモノ”なのだ。
前門の虎、後門の狼ならぬ前門の月、後門の太陽。
どちらに進もうがその強大な業火で焼き尽くされる。

もう[M000]が出来ることは極光に焼かれるか白光に消されるかを選ぶだけなのだから。

842 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 04:25:04.29 53D6e0i00 224/249

恐怖におののく男を嬲るように一方通行《アクセラレータ》は言葉を紡ぐ。

「…っつーかよォ。 俺としたことが間違えてたぜ。 テメーには三下なんて呼称すら生温いわなァ」

なァ?と問いかけてくる白い影だが、それに答えることなど出来やしない。
この問には同意も否定も許されないのだ。
答えてしまえばそこで終わる。

だからもうただ震えていることしか出来ない。
そして、白い影はさらに嘲笑う。

「ゴミはよォ…ゴミらしくさっさと屑籠の中に頭から突っ込んで汚物に塗れてんのがァお似合いだよなァ?」

ギシリと哂う白い影が拳を振り上げて判決を下した。

「っつーわけでェ! とっととおとなしく泣きながら不様なゴミクズに生まれ変わってこいよォォォ!!!!!」

振るわれたその拳は衝撃が伝わった瞬間にベクトルを加速して。
凄まじい勢いで前方に。 “金色の男”に向かって車体ごと飛んでいった。

「クハッ! おいおい一方通行《アクセラレータ》。 この俺に当たるだろうが」

瞬く間に目の前に迫った半壊状態の防弾車を見て哂いとばす都城王土。
そしてその鋼鉄の塊をまるで空き缶のように無造作に蹴りとばした。

数トンの重さをもつそれは都城王土の只一撃の蹴りを喰らってピンボールのように直角に跳ねた。
吹き飛び、轟音と共にその先にあるビルに突っ込んでガラスを破りそのまま内部に突っ込んで、コンクリートの柱を何本もなぎ倒して、そしてようやくその動きを止める。

どちらに進むか結局選べなかった[M000]は。
金髪紅眼と白髪紅眼、極光と白光、太陽と月、都城王土と一方通行という二人の紅い双眸をもつ男によって焼きつくされたのだ。

844 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 04:44:37.41 53D6e0i00 225/249

胸に広がるその怒りを代弁したどころか利子をつけたような徹底的なその破壊を見て結標淡希は静かに息を吐いた。
自分ではあのような恐怖を与えることなど決して出来ないだろう。
都城王土と一方通行という規格外の存在が自分の敵とならなくて本当に良かったと結標淡希は思う。

そして、当の本人達は。

「む…さすがに死んだか? おまえはどう思うのだ一方通行《アクセラレータ》?」

その凄まじい破壊の後を見ながら何故かのんびり話していた。

「まァ…学園都市製の車使ってんならだが、運がよけりゃァギリギリ生きてんじゃねェのォ?」

息のあった連携プレイの感想戦をするように声を掛け合うその姿が面白くて結標淡希はクスリと笑う。
その小さな笑い声を聞いて、金髪紅眼の男と白髪紅眼の男が同時に振り向いた。
クスクスと笑う結標淡希を見て、その笑いの原因を察した一方通行がガリガリと頭をかく。

「…あァーだりィ。 つーかよォ別にアレがどうなろうと知ったこっちゃねェわァ」

そう言って一方通行が踵を返して。

「おい…“王土ォ”。 まずはテメエは殺すのは後回しにしてやンよ。
 まずはヒーロー気取りの“三下”をブッ殺して…… で、そン次がテメエだ。 忘れンじゃあねェぞォ?」

背を向けたままそれだけ言って一方通行はゆっくりと杖をついてその場より去っていく。
その背に向かって都城王土が面白そうに言葉をかけた。

「覚えておいてやるぞ一方通行《アクセラレータ》。 何、なるべく早く来いよ? 俺が強くなりすぎる前にな」

それを聞いた一方通行はくだらねェ、と言わんばかりに後ろ手を振って。
そして不規則な杖の音を響かせながら去っていった。

873 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 13:29:05.39 S/6hsmSk0 226/249

闇の中で尚、自らを主張するように白く、白い、白い一方通行がその場から姿を消して、10秒ほど経った頃だろうか。

ようやくすべてが終わったと理解して緊張がとけ、結標淡希は小さく長い溜息を吐いた。
そして、こっそりと隣に立っている都城王土を見上げる。

そういえば何故この金色の男はここにいるのだろうか?
この金髪紅眼の男は[残骸]なんてどうでもいいはず。

そんな結標淡希の心中で生まれた疑問に気がついたように都城王土がニヤリと笑う。

「おい、そんな顔をするなよ結標淡希。 俺の話はまだ終わっておらんのだからな」

そう。
都城王土の話はまだ終っていない。
だから都城王土はここにいる。
不思議そうな顔をした結標淡希の正面に立って、都城王土は朗々と謳いかけた。


「結標淡希よ。 世界は平凡だと思うか? 未来は退屈だと感じるか? 現実は残酷だと悲しむか?」


都城王土はそう問うが返事を望んでいるわけではない。
ただ都城王土は己の信じる己の真実を高らかに謳いあげるだけだ。


「安心しろ。俺がこの世にいる以上、世界は劇的で未来は薔薇色で現実は刺激的だ。 なんせこの俺が中心なのだからな」


.

876 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 13:39:02.52 S/6hsmSk0 227/249

ニヤリと都城王土は笑ってその指先を結標淡希の胸におく。
トクントクンと鼓動を続けている結標淡希の心の臓の響きを感じて都城王土は笑うのだ。


「貴様達の夢はすなわち俺の所有物でもあるのだ。 その夢、その身で以て叶わぬのなら、全てを俺に献上しろ。
 俺の気が向いたら俺が叶えてやってもよい。 なに、叶えるかどうかは俺が決めるがな」


それは傲慢で不遜で傲然で大胆不敵で泰然自若な宣言だったけど。
だけどそれは結標淡希の心の奥底、ひび割れていた魂を優しく暖めてくれた。

でも甘えるわけにはいかない。
結標淡希はまだ最後まで抗っていない。
胸に灯ったこの夢を。希望を。信念を。
自分一人で叶えたいのなら、都城王土に依存してはダメなのだ。
だから結標淡希は万感の思いを込めて礼を言う。


「…ありがと。 …でもさ。 …アンタに…都城王土に私の夢を献上するのは最後の最後にするね」


そうだ、結標淡希には共に視線をくぐりぬけた戦友がいる。
“あの子達”を結標淡希は絶対に見捨てない。


「だってさ、まだ私には。 まだ私のことを信じて待ってくれている“仲間”がいるんだし」


そう言ってゆっくりと大輪の白い花が咲くような笑みを見せる結標淡希はとてもとても美しかった。

879 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 13:51:46.11 S/6hsmSk0 228/249

その笑顔を見て、都城王土は感心したように小さく呟いた。

「…ふむ」

それだけ言ってただこちらを見つめる都城王土の視線に何故か胸が高鳴ってしまい慌てて結標淡希は問い返す。

「な…なに? …なによ?」

もしかして自分は変なことを言ってしまったのだろうか?
いやそんなはずはない。
でもそれならばどうして都城王土はニヤニヤと笑っているのだ?

混乱して立ち尽くしたままの結標淡希に向かって都城王土は笑いながら賛辞を述べる。


「なに。 中々いい気概だと思ってな。 涙だの鼻水だので笑いたくなるような酷い顔をしているが…
 まぁ俺の視界に存在することを許してやってもよいということよ」


そう言って都城王土は呵々と笑って。
更にもう一言意地悪そうに付け加えた。


「それとだ。 まだ成長途中のようだが。 だがまぁその身をもってこの俺を楽しませようというその心がけを褒めてやろうと思ってな」


「……え゛?」

そう言われて。
やっとようやくついに結標淡希は今の状況に気がついたのだ。

882 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 14:06:54.47 S/6hsmSk0 229/249

ブレザーがずり落ちてるなどいうレベルではない。
その白くきめこまやかな肌を、ふっくらとした女性らしい胸を盛大にまろびだしていて。
スカートなんてもう本来の機能を失い、布のベルトかと言いたくなるようだ。
しかも。
しかもしかも“心臓の直上”に都城王土の指先が触れている。

心臓の直上っていうことは“それはつまり都城王土が結標淡希のその瑞々しい果実のような胸に手をあてがっている”ということだ。

瞬間、結標淡希の頭が沸騰する。
顔どころではなく耳たぶやら首筋やらも真っ赤になって結標淡希はバババッ!と距離をとって抗議した。

「ちょっ!?ちょっと! 見ないでよ! ていうか気がついたらさっさと言いなさいよ! そもそも男なら服くらい貸しなさいよ!」

だが、そんな文句も都城王土にとっては意味が無い。


「なに、そう謙遜するでないぞ。 俺は高千穂君や雲仙二年生のように巨乳だ貧乳だので区別はせん。
 例え凹凸の感触がいささか不満だったとしてもそれはそれでまた一興というものだ」


ウムウムとそう頷く都城王土。
そして、肌を赤く上気させた結標淡希を見て片目をつむりながら面白そうに気付いたことを口にする。


「結標淡希よ。 おまえ随分と面白いぞ。 赤毛で赤い頬で赤い首筋で赤い肌とは芸が凝ってるな。
 ならもういっそのこと結標“赤希”にでも改名したらどうだ?」


もうそれが結標淡希の限界だった。

887 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 14:27:15.39 S/6hsmSk0 230/249

「…ッ! バ、バカッ! アンタバカじゃないの!? もうアンタなに言ってるのよぉぉぉぉ!!!」

結標淡希はなんか不出来な体育座りのような珍妙なポーズをとりながら一生懸命、都城王土に文句を言う。

ある意味もはや全身急所だらけで動くとも出来ない。
立てば上半身の胸とか下半身の下着が丸見えで、座ってもやっぱり上半身の胸とか下半身の下着が丸見えなのだ。

服を貸してよ! 断る。 貸してったら貸してよ! 断固として断る。 などといった文字におこすのも馬鹿らしい口喧嘩が数分続く。

で、やっぱり結標淡希は都城王土から服を剥ぎ取ることが出来なかった。
まぁある意味それは当然だろう。
北風と太陽だって旅人の服を剥ぎ取るのは太陽だし、ましてや太陽のような都城王土が服を剥ぎ取られるのをよしとする訳がない。

結局。
結標淡希は『座標移動《ムーブポイント》』を使って、そこらに平伏したままの黒いスーツを来た男達から服を徴収することにした。
さすがにシャツを着るのはどこか気持ちが悪くて、素肌の上に黒いジャケットを羽織り、ウエストがぶかぶかなズボンを履くことにして。


「ッ!? だから見ないでってば!!!」


いそいそと着替えようとする結標淡希を都城王土は当然のように面白そうに笑って見ていた。
女子の着替えを見て、目を伏せるとか明後日の方向を向くとかいったデリカシーが都城王土にあるわけはない。


『座標移動《ムーブポイント》』で服を剥ぎ取ることが出来たのだ。
ならそれを応用して服を着ればいいのに結標淡希はそんなことにも気付かない程恥ずかしくて。

結標淡希は真っ赤になりながら都城王土が“見守る”なかで生着替えをお披露目することになってしまったのだ。

892 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 14:45:10.99 S/6hsmSk0 231/249

きっとそこに行橋未造がいたら少しだけ頬を膨らませながら

『王土はそんなんだからフラれちゃうんだよ!』

なんて類のことを言っていたかもしれないけれど、残念ながら行橋未造はここにはいない。


そしてようやく着替えが終わって、ずり落ちるズボンを片手で抑えながら結標淡希が自分を取り戻す。

その時、都城王土が不意に顎で“ソレ”を指し示しながら問いかけた。

「おい結標淡希。 そう言えばだ。 アレはどうする?」

乙女の一大事である生着替えを一部始終見ていたことなどもう忘れたかのようなその口調。
何だかこれ以上文句を言うのも馬鹿らしく、肩を落としながら結標淡希が言われたままに“ソレ”を見た。

そこには。 [キャリーケース]が[残骸]が転がっていた。

何の役にも立たないそれ。
むしろ[組織]の[M000]の残り香のように思えて結標淡希は鼻にシワを寄せる。

例え今自分がこれを奪って逃げたとしても、学園都市と交渉する術はない。
そしてそんなことをしたら、また白い死神がやってくるだろう。
よく考えてみると、きっと一方通行《アクセラレータ》は結標淡希が言うだろう答えを予見して、都城王土がするだろうことを確信していたから去ったのだろう。

だから結標淡希はいらないという。
そんなものは必要ないという。

“仲間”は自分の手で救うのだ。
泥水をすすって、苦痛に塗れて、後悔の念に苛まれてもそれが結標淡希の責任なのだから。

894 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 15:05:03.89 S/6hsmSk0 232/249

.

「“ソレ”は私の間違い。 …だからさ。 アンタに頼んでもいいかな?」


それを聞いて、都城王土はクハハッ!と笑った。


「よく言った。 ならばそれは俺が請け負ってやろう。 なに、気にせんでもよい。 これは俺の気まぐれだ」


それと同時にフワリと[残骸]が宙に浮く。
[残骸]は超高気密性の各種宇宙線対策すら施してあるスペースシャトルの外装よりも硬い近代科学の金属結晶で守られている。

だが、だからといってそれがどうした?
所詮そんな結晶も太陽に突っ込んでしまえば等しく燃え尽きるだけなのだ。

当然、都城王土にとってそれの破壊など赤子の手をひねるよりも容易い。
さらに別段、都城王土は言葉を口にしなければ『創帝《クリエイト》』が使えないわけではない。
ましてやいちいちそんなことに口を開くのも面倒だ。

だから。

宙に浮いた[残骸]は無言の都城王土と無言の結標淡希が見つめる中で、何の前触れもなくただ呆気無く粉砕され四散した。


例えるならそれは特大の満塁ホームランを目の前で見たように爽快で。
木っ端微塵となった[残骸]はまるで過去の惨めな自分の“残骸”のように結標淡希は見えて。
結標淡希はゆっくりと大きく息を吐いて、過去の哀れな自分に別れを告げる。

896 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 15:18:05.05 S/6hsmSk0 233/249

そして…それが意味することは。
もうそろそろ舞台の幕が降りるということ。
豪華絢爛、華麗奔放、大盤振る舞いな、どんな夢よりも刺激的な一夜限りの大舞台の終りを告げるブザーのように。
遠方からは警備員《アンチスキル》の乗る装甲車のサイレンが響いてくる。

だから結標淡希は別れを告げる。

「…最後までありがと。 でもね、ここからは私の一人舞台なの。 だからさ。 …アンタはもう行きなよ」

そう静かに、けれどその瞳に信念の炎を燃やして結標淡希はそう別れの言葉を告げる。

「………」

都城王土はそれを聞いて何も言わず。 ただ黙して静かに結標淡希の続きを促す。

「あと少しで警備員《アンチスキル》がここに来る」

そう言って結標淡希は叱られた悪戯っ子のように少し笑う。

「私は[組織]の一員で。 風紀委員《ジャッジメント》を思いっきり痛ぶって。 ビルをぶち壊したんだ」

結標淡希は過去の愚かな自分がしでかした行為の責任をとると決めたのだ。

「だから私はここに残る。 そして全部話して、罰を受ける」

結標淡希は迷わないし、もう逃げない。

「このまま逃げ出したらそれこそ“仲間”を裏切っちゃうことになるしね」

だから結標淡希は都城王土に別れを告げるのだ。

899 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 15:32:21.50 S/6hsmSk0 234/249

そして都城王土はそれを止めない。
止める気もない。

ただ鷹揚に頷いて結標淡希を肯定するだけだ。

「なるほど、いい意地の張り具合だな結標淡希。 ならば俺も安心しておまえにこの場を譲ってやろう」

相も変わらず最後の最後まで我を突き通す都城王土を見て、結標淡希は面白そうに眩しそうに羨ましそうにクスリと笑う。

「…ね。 普通、こーゆー時はさ。 俺もここに残る!とか。 また会おう!とか言うべきなんじゃないの?」

そう言って笑う結標淡希を見て、都城王土も笑う。

「おいおい。 なんだよ結標淡希。 俺にそんなことを言って欲しかったのか?」

だけど、そんな言葉は都城王土が口にすべき言葉でないのは判っている。
だから結標淡希は満面の笑みを浮かべて、こう答えるのだ。

「フフッ…全然! そんなのアンタには似合わないよね」

そして、トンッと軽く大地を蹴って。 
太陽のように巨大な男に別れを告げる。

「じゃあね“王土”。 私は忘れないよ。 都城王土という男を。 絶対に絶対に忘れないからね」

その言葉と共にゆっくりとカーテンが降りる。 舞台のどん帳が降りていく。
もうこれで終わりだ。
長い長い舞台が今この瞬間、完全に完璧に十全に終りを告げたのだ。

けれど…実はまだもう少しだけ。 カーテンコールが残っている。

902 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 15:59:28.10 S/6hsmSk0 235/249

■翌日・とある病院

学園都市どころか世界で5本の指には入るだろうと言われている名医がいる病院の待合室。

なんとそこにはほっぺたに真っ赤なモミジを貼りつけて泣きそうな顔をしている上条当麻が!
そしてその隣に座っているのはツヤツヤとした幸せそうな顔のインデックスが!

昨夜の一戦は終わってからが大変だった。
急行した警備員《アンチスキル》に昏倒した男達の素性を事細かく説明するも信じてもらえそうになく。
どうしようと顔を見合わせた上条当麻達を救ったのは鉄装綴里だった。

御坂美琴と白井黒子の二人の少女と関わったことのあるメガネの警備員《アンチスキル》は事情をすべて聞いてくれて。
隊長の黄泉川先輩とは別行動をとっているので後日またお話を聞かせてもらうと思いますけど、と笑いながら信じてくれた。
そしてようやく4人の少年少女達は解放されたのだ。

で、上条当麻は傷を負った白井黒子のお見舞いに来たのだけれど。
運悪く不幸にも結果的に偶然白井黒子の着替えを覗いてしまうこととなり、まぁそれは当然ながら猛烈なビンタを喰らって部屋から閉めだされているのだ。

「あぁ…不幸だぁ…」

ボソリと呟く上条当麻を見てインデックスがポンポンと慰めるように肩を叩く。

「気落ちしちゃダメだよとーま? 諦めなければ道は開けるっていうのはどの宗教でもどの世界でも共通なんだよ?」

それを聞いて上条当麻は、この暴食シスターが…、とプルプル身体を震わせる。

最高級の特選和牛が3キログラム。
さすがに幾ら何でもインデックスは全部食べはしなかったけれども。
半分の1.5キロは平らげて、しかも残りの半分は生焼けだか黒焦げだか良くわからない状況で保存されていたのだ。

904 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 16:13:27.76 S/6hsmSk0 236/249

こ…これはいったいどういうことですかインデックスさん?と聞いてみれば。
ごめんね…とーまの為に一番美味しい状態で保存してあげたかったんだよ?と殊勝に言われてはそれ以上責めることもできない。

だから上条当麻のお腹は今日もモヤシでいっぱいだ。
そんなモヤシ臭い気がしなくもない溜め息を吐いたその時だった。


「おいおい、なんだ上条。 俺が来たというのにその腑抜けた顔は何事だ」


自信満々の男の声が病院の待合室に響く。

「え? …あ、都城…先輩?」

病院と都城王土という組み合わせがまるっきり似合わなくて、思わずそう問い返す上条当麻だが。

「うむ。 俺だ」

そう言って頷く金髪紅眼の男などこの世に二人といまい。

「なに。 正直なところ退屈でな。 いい暇潰しになりそうだから俺が来てやったのだ」

そう言って何が可笑しいのかクククと笑う都城王土の隣には当然行橋未造がいる。

「えへへ☆ 昔の王土なら『俺じゃなくておまえが来い』とでも言いそうだけどね☆」

そう言って行橋未造が可愛らしく笑った。
当然仮面はつけていない。
都城王土が隣にいるなら行橋未造は仮面で己を隠す必要がないのだ。

908 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 16:25:13.69 S/6hsmSk0 237/249

.
「クハハ 言っただろう行橋? 俺は常に進化して俺の限界を超えているからこその俺なのだ」

そう言って、都城王土が白井黒子の病室のドアをガラリと開けた。
その自信に満ちた動きを上条当麻は止めることも出来ず。

上条当麻は“下着姿”の白井黒子を目撃してしまい、退出を強制的に促されたけど。
体を拭いて着替えるのならそりゃ当然“下着も外さなけりゃ”ならないわけで。

つまり、都城王土の目の前には上半身裸の白井黒子がそこにいたのだ。

「…なっ!? なななななっっ!!!?」

上条当麻の耳には素っ頓狂な声が届く。
あぁご愁傷さまです…都城先輩、と上条当麻は心のなかで念仏を唱えるけれど。


「…おい白黒。 幾ら何でもその胸は薄すぎるだろうが。 前か後ろか判らんぞ? もう少し成長しろよ」


お茶でも飲んでいたら確実に吹き出していただろうすんごい無礼な言葉を都城王土は口にしたのだ。

「くぁwせdrftgyふじk!!!!!!!」

悲鳴をあげながらバッグやら携帯やら鉄矢やら枕やらゲコ太ストラップやら(この時は病室の中にいたもう一人の少女が悲鳴をあげた)で都城王土を攻撃する白井黒子だが。
それらすべてを都城王土は苦も無くヒョイヒョイと躱しながら笑う。

「なに、それだけ騒げるなら問題あるまい。 あぁ白黒よ。 おまえ“も”牛乳を飲むがいいぞ」

そう言うと都城王土は、もう用はすんだと言わんばかりに背を向けて白井黒子の病室から退出をしたのだ。

910 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 16:42:48.74 S/6hsmSk0 238/249

そんな都城王土を見てインデックスはポカンと口を開けたままの上条当麻の袖を引っ張った。

「…ね、とーま? 女の子の着替えを見て文句を言えちゃうってどうゆうことなの? なんだかわたしには全然判んないんだよ?」

「いやいやそんなの上条さんが判るわけないじゃありませんか…」

凄すぎませんかこの先輩? なんかもう着替え姿が気に食わなかったら逆に叱りつけそうな感じですよ?、と上条当麻は思っていたら。

「えへへ☆ そんなことはない…とは言い切れないけど多分ダイジョーブだと思うよ☆」

何故か行橋未造が上条当麻の心の声に返事をする。

「…ん? あれ今俺口に出してた?」

不思議そうに眉をひそめる上条当麻だが、それに返事はなく。
それどころかさらに不可解なことを行橋未造は口にした。

「ねっ! それよりさ。 あのゴーグルをかけた女の子。 えっと…御坂妹さん?だっけ?
 あの娘のとこに行くのはもうちょっと“待っててあげて”よね☆」

そう言って行橋未造は可愛らしいイタズラを仕掛けた子供のように笑ったのだ。

「は、はぁ…? 了解ですよ?」

時間は有り余っているし、どうせそこらに散乱した白井黒子の私物も自分が拾うんだろうし。
だから上条当麻はよく判らないけどもとりあえず生返事を返しておいた。
そう。 これは都城王土も知らない。
行橋未造が自分で決めて自分で誘導して自分でセッティングした“二人の少女”の再会なのだ。
だから誰にも邪魔してほしくはない。
道化師はロマンチックな出会いの時間を演出することだって得意なのだ。

912 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 17:02:03.17 S/6hsmSk0 239/249

■とある病院・特別集中治療室

その病室にはベッドがなく、代わりにSF映画に出てきそうなカプセルがあった。
その中心でフワフワと浮かんでいるのは御坂妹だった。
絶対安静状態だというのに学園都市を駆け巡り、更には戦闘をしたせいで、今御坂妹はここから出ることが出来ない。

瞳を閉じてビスクドールのように液体の中に浮かんでいる御坂妹だが、側にある心電図からはしっかりとした鼓動を示すモニターがあった。

そしてその前には一人の少女が立っていた。

「最初は嫌がらせか冗談かと思っていたけれど…」

小さい呟きと共に強化ガラスの向こうにいる御坂妹の頬に触れるようにして手を伸ばす。
ウェーブ髪の少女の名前は布束砥信。

深い眠りについているのだろうか?
御坂妹はまぶたを閉じたまま液体に揺られている。

布束砥信は昨夜の事を思い出す。
自室にいたら突然携帯電話に謎のメールが飛び込んできたのだ。

宛先不明なだけでも怪しいというのに、文面は更に怪しかった。

【[残骸《レムナント》]?とかいうので“妹達《シスターズ》”のピンチ?かもしれないんだ☆ 暇だったらこっちにおいでよ☆】

たったそれだけの簡易なメッセージと添付された地図。
けれど気がつけば布束砥信は居ても立ってもいられず自室を飛び出したのだ。

915 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 17:11:14.90 S/6hsmSk0 240/249

言われるがままに走ってみれば。
そこには確かに情報通り、謎の黒服達が倒れ伏している。

惨状の中、それでも誰一人死んでいないその様を見て[学習装置《テスタメント》]を監修した布束砥信は確信を深めた。

“彼女”は“妹達”は決して人の命を軽々しく扱わない。
命令ならばともかく、“彼女達”は己の意志で人を殺そうとは望んでいない。

そして更にはもう一つ。
この針の穴を通すような精密射撃は間違いない。
きっと絶対恐らく“彼女”だ。

だから布束砥信は追った。
逃げ出そうとする黒服の男を。
絶対にもう[実験]は再開させないしさせるつもりもない。

そして、今。
布束砥信はここにいる。
再び舞い込んできた謎のメールを信じてやってきたのだ。

「indeed あれが誰の仕業だろうと構いはしないわ …だってこんなに嬉しいんですもの」

そう言ってもう一度強化ガラスを撫でると布束砥信はその場より去る。
きっと“彼女”は自分のことを恨んでいるし、もしかしたら忘れているのかもしれない。

けれどそれでもいい。
自分は縁の下で支えるだけでいい。
きっと“妹達”には大事な人がもういるはずだ。

そう思って布束砥信は姿を消して、けれどそれを待っていたかのようにパチリと“彼女”が液体の中で目を開いたのだ。

916 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 17:28:57.34 S/6hsmSk0 241/249

.
「フッフッフ…甘いですね、とミサカは狸寝入りの上達っぷりを自画自賛します」

液体の中で御坂妹はにんまりと笑う。
けれどもその笑みはすぐに終わる。
液体をかき分けて、ゆっくりと布束砥信が触れた場所に手を当てた。

どれほど言葉をかけたかった。
どれほど感謝を伝えたかったか。
どれほど笑顔を見たかったか。
私は“妹達”はこんなに成長したのだと、どれほど言いたかったか。

だって布束砥信はある意味で親のような人なのだ。
今の自分達は布束砥信がいたからここにいるのだ。

けれどそれは伝えるのは今じゃない。
薄暗い部屋の中で、液体の中で浮かんでいる今じゃない。

布束砥信と会うのならば、それこそ“太陽”の日差しの下で出会うのが一番だろう。
だからここは我慢して、グッと言葉を飲み込んで、知らないフリをした。

どうやって声をかけてやりましょうか?と御坂妹はミサカネットワークで案を募集する。
スカートめくり! 後ろから目隠し! パンをくわえて曲がり角! 途端、大盛況に盛り上がる“妹達”による脳内会議。

そういえばあの金髪の男性と小さな子供は誰なんでしょう?ふと御坂妹はそう思う。
カッコイイのでは? 正直怖いです。 ちっちゃいお子さんがお気に入りです。 そんな思いを聞きつけてあっという間に脱線しだす会話は布束砥信の望む年相応の少女そのもの。

「どちらにしろ…きっとあの方達は敵ではないはずです、とミサカはそう思います」

そう呟いた御坂妹の意見には1万の“妹達”による満場一致の肯定が返ってきた。

917 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 17:52:36.87 S/6hsmSk0 242/249

■とある病院・個室

「あァ~…だりィ。 …よォそういやァヨミカワはどこ行ってンだァ?」

心底気怠そうな声がどうでもいいようにそう問を投げかける。
当然、この特徴的な声の主は一方通行《アクセラレータ》である。
そんな一方通行に返ってきたのは子供をたしなめるような打ち止め《ラストオーダー》の声だった。

「あ、今ネットワークを駆使して劇的な出会いを検索してるからあなたの相手はちょっと無理かもってミサカはミサカは言ってみる」

ヒクヒクと一方通行の頬が引き攣る。

「…あァァァ!? おいこらクソガキィィ!? 逆だろうがそりゃァ!!!」

同時に枕をぶん投げる音やキャイキャイとはしゃぐ音が響きだして。
そのうちようやくじゃれあうのに疲れたのだろうか、打ち止めがその問に答えだした。

「もぉーしょうがないなぁ。 ヨミカワは[科学結社]の連中から話を聞き出すために今も警備員《アンチスキル》本部にこもってるんだよ、とミサカはミサカは教えてあげる」

目の下にクマをつくってお肌の年齢がやばかったかも、とどうでもいい情報も一緒に伝えてくるがそれは無視。

「はァーン。 で、なァーンでそれがこんなに時間かかってるンだァ?」

なんとなく予測はつくけどそれでも一方通行は問いかける。

「んーとね。 まず[科学結社]のリーダーがとんでもない重症で話を聞き出すだけで一苦労なんだって、ってミサカはミサカはあなたの疑問に答えてあげる」

ゴミクズの癖に随分としぶといもンだなァと笑いそうになって、ふと打ち止めの言葉が気になった。

919 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 18:03:30.49 S/6hsmSk0 243/249

「…“まず”? つーこたァまだ他にもあるのかよ」

そう問う一方通行に打ち止めがコクンと頷いて、[残骸]の事件の本質を説明した。

「ヨミカワが言うには、[科学結社]の目的は要するに[残骸]に“超能力”を宿して学園都市に対抗したかったんだって、ってミサカはミサカはそのままあなたにお伝えしてみる」

そう、結局のところそれが[科学結社]の[組織]の[M000]の目的だった。
とどのつまりは“チカラ”への対抗手段を欲していただけだった。

[残骸]に“チカラ”を押しこめば絶対に制御ができる。
機械に意志はないのだから、“バケモノ”なんかよりも簡単に制御できる。
そうすれば学園都市にだけデカイ顔はさせない。

自分で手を汚す覚悟もない癖に“チカラ”だけを欲していた連中が[科学結社]と名乗っていたのだ。

「カッ! …くだらねェ」

どうでもいいと笑いながらゴロリと一方通行は布団に横になる。
結局はあいつらの自業自得だったっつーことだろ、と一方通行は笑う。

求めるならば奪われることもあるという“人間”の。 否、“生物”のルールを忘れたんだから同情の余地はない。

「つゥーかよォ… 退屈すぎてたまンねェよ。 おいクソガキ、なンか面白いことやってみろやァ」

そんな無理難題を打ち止めに一方通行が押し付けて。
それに返ってきたのはやっぱりタイミングのよすぎる“アイツ”の声だった。


「クハハ! 丁度良かったな一方通行《アクセラレータ》。 喜べ。 俺が来たのだ。 退屈なぞはさせんぞ」

922 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 18:19:46.93 S/6hsmSk0 244/249

堂々と怖じることも遠慮することもなく部屋に入ってきたのは都城王土である。

「……ンだよ。まァた“王土”かよ 随分とまァ、テメェも暇してンだなァ?」

そう言ってベッドに寝転がったまま挑発するように笑う一方通行。
けれどそれを聞いて都城王土も楽しそうに笑う。

「クハッ! こんな昼日中からベッドに寝転がってるおまえ言われたくはないわ」

それを聞いて一方通行がガバとベッドからその身体をおこす。

「あァ!? うっせェよコラァ! 別に好きでこうしてンじゃねェンだよォ!」

そしてポンポンと罵詈雑言と挑発が飛び交う中。
行橋未造と打ち止めはニコニコとその様を見ていた。

「あの一方通行があんなに楽しそうなのは初めて見たかもってミサカはミサカは親のような気持ちになって頷いてみる」

そう言って打ち止めが笑って。

「えへへ☆ そういえば高千穂君も言ってたなぁ。 『俺より強い奴がいるだけで嬉しい』ってね☆」

そう言って行橋未造が笑った。
しかし、ふと打ち止めがその言葉に気になって聞いてみることにした。

923 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 18:28:06.77 S/6hsmSk0 245/249

「あれ?ちょっと待って?この場合強い方ってどっちなの?ってミサカはミサカは答えを確信してるけども一応聞いてみる」

そう打ち止めに問われて。

「エヘヘ☆ おかしなことを言わないでよ。 そんなの当然決まってるじゃないか☆」

行橋未造が間髪いれずにそう答えて。
気がつけば行橋未造と打ち止めはメラメラと燃え盛って対立していた。

「そりゃまぁ?あなたの金髪さんも強いかもしれないけど?でもウチの一方通行のほうが絶対強いから、ってミサカはミサカは言い切ってみる!」

そう打ち止めが一方通行最強説を推せば。

「エヘヘ☆ そんな訳ないじゃないか☆ 王土は絶対者なんだから王土のほうが強いに決まってるよ☆」

行橋未造は都城王土絶対者説を推す。

そんな感じでガチンと額をぶつけて己が信じている人の強いところやカッコイイところを言い合ってるその姿を見て。

当の本人達の熱はそりゃもう完全に冷めていた。

今の議論の内容は一緒に何回お風呂に入ったのか?という議題になっていて、それがどうして強いのかという結論になるのかお互い判らぬまま言い争う。

「エヘヘ! お風呂に入るときにバスタオル巻いてるの? それならボクの勝ちだよ? だってボクは王土にならどこを見られても構わないんだからね☆」

えっへんと勝ち誇る行橋未造に打ち止めが懸命に抗議する。

「ち、違うから!あれは一線を超えるときはロマンチックなムードでって決めてるから巻いてただけであって!
 ミサカもミサカも別にどこを見られても構わないんだから!」

924 : セロテープ ◆CERO.HgHsM - 2010/12/07(火) 18:45:24.09 S/6hsmSk0 246/249

じゃあもう今からお風呂に入るから見ててよね!とか言い出しそうな打ち止めを見て一方通行がため息をつく。

「…おいコラなにコッパズカシイこと言ってンだァ? クソガキは黙ってろ」

その言葉と同時に打ち止めの顔面を枕で抑えつける一方通行。
ぷぎゅ!といった鼻声と共にバタバタと暴れる打ち止めの耳元で一方通行が叱る。

「おいコラテメェ。 これ以上変なこと言ったらよォ… マジもマジ、大マジで怒ンぞォ!?」

そう言われ、ようやく暴れるのをやめて打ち止めはコクンと枕と共に頷いた。

「チッ… 判りゃあいーンだよ判りゃあな」

そう言っておとなしくなった打ち止めの顔面から枕を放し、自分の枕と打ち止めの間にヨダレの橋ができてるのを見た一方通行がゲッ!と呻いて。
行橋未造も行橋未造で都城王土にたしなめられていた。

「おい行橋よ。 いい加減にしろ。 俺の従者であるおまえが俺と共に風呂にはいることなど何の自慢にもならんだろうが」

凄まじい理論でそう都城王土が行橋未造を叱れば。

「う、うん…ごめんね王土」

行橋未造はショボンとした顔で何故か謝る。
この場に第三者がいればそれこそ全力でもってブッ飛ばされるだろうそんな騒動も収まって。
ようやく、改めて一方通行と都城王土が対峙した。

「…で? 一体何しにきやがったンだァ“王土ォ”?」

そう問われて都城王土がようやくここに来た目的を口にする。

925 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 18:55:23.95 S/6hsmSk0 247/249


.
「なに、この俺は施しなど受けんのだ。 覚えているか“一方通行《アクセラレータ》”?」


【おい、一方通行《アクセラレータ》 忘れ物だぞ?】

地面に転がってるのは缶コーヒーがつまったコンビニ袋。

【…いらね どっかの馬鹿とやりあったおかげで充分目が覚めちまったンでなァ 欲しけりゃあくれてやンよ】


つまりはたったそれだけの理由だった。
都城王土が行橋未造の籠のようなリュックから“ソレ”を取り出して、ドン!とサイドテーブルに置く。

けれど“ソレ”は缶コーヒーではない。
都城王土はニヤリと口を歪めてこう言った。

「俺が見るに、どうもおまえは生っちろい。 きっとカルシウムが足りてないのだ」

何せちょっとばかり唇が切れただけで涙ぐむのだからな、と都城王土は意地が悪そうに笑う。

サイドテーブルに置かれているのは牛乳だった。
愛飲家は多く、どこぞの巨乳でメガネな風紀委員《ジャッジメント》もそれを飲むのは欠かさない。

一方通行はテーブルに置かれた“ムサシノ牛乳”を見て、プルプルと肩を震わせて。

「テメェこら“王土”ォォッッ!! 今ここでぶっ殺すぞコラァァァァ!!」

枕をぶん投げて都城王土を追い返した。

931 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 19:07:30.59 S/6hsmSk0 248/249

■とある病院・個室

「おお怖い怖い。 何もあんなに怒る必要もないだろうが。 なぁ行橋?」

そう笑いながら都城王土が歩く。

「エヘヘ☆ あれはまぁ怒ってもしょうがないと思うよ☆」

トテトテと都城王土の後ろを歩きながら面白そうに行橋未造が笑う。

結局、一方通行は完全にへそを曲げてもう話そうともしなかった。
けれど“ムサシノ牛乳”を投げつけなかったところを見れば、きっと今日か明日にでも飲むのだろう。

ならばまぁそれでもよいか、と都城王土は思った。

そんな都城王土の後ろに付いていく行橋未造はふと思った。
今、都城王土は何処に向かっているのだ?
もう都城王土は都城王土と関わった人間全員と話をして触れ合ったはずだ。

ここにいる人間を行橋未造は見たことがない。
そして都城王土はある病室の前に立ち止まり自分の部屋のように遠慮なくその中に足を踏み入れながらこう言ったのだ。


    「この俺が来てやったのだ。 まさか忘れたなどとは言わせんぞ?」


【じゃあね“王土”。 私は忘れないよ。 都城王土という男を。 絶対に絶対に忘れないからね】


そこには苦笑をして都城王土を迎える結標淡希がいた。



終わり

956 : 以下、名... - 2010/12/07(火) 19:39:47.01 S/6hsmSk0 249/249

○予告!(未定)

大覇星祭。
それは学園都市で行われる超大規模な体育祭の名称である。
能力を駆使した学生達の熱血バトル!
燃える魔球や凍る魔球、消える魔球は当たり前。

そして優勝候補の長点上機学園は今年も絶対の自信をもっていた。
なんせよりにもよって今年は三人の強力な男女がいる。

知略の布束砥信。 肝略の行橋未造。 そして絶対者の都城王土が率いる長点上機学園!

それに立ち向かうは上条当麻率いるとある高校、更には御坂美琴率いる常盤台中学が!
佐天涙子や初春飾利が率いる柵川中学だって黙っちゃいない!

更には一方通行がこっそり覗きに来てたり。
御坂妹が布束砥信と劇的な再会を虎視眈々と狙っていたり。
チアガール姿のインデックスを見て行橋未造が対抗心を燃やしたり!

それだけでも大変なのに、今度は魔術側も関わってくるから上条当麻は超大変。
「刺突杭剣」と呼ばれる聖人を殺す霊装を巡って都市に潜入したシスターと運び屋とのバトル!

そしてやっぱり当然ながらそれを知った都城王土は黙っちゃいない。
俺の知らないところで俺が知らないことをするなとばかりに事態に関わったからもうやばい!!

次回!

 「ねぇねぇなんで結標淡希さんはお弁当を2つ用意してるんですか?」

予定は未定!

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