初めて実戦訓練をした翌朝。
その日は、いつもと違う始まり方をした。
佐天「あれ?」
目を覚ますと、時刻は午前7時。
勝手に目が覚めたのだが、何か違和感がある。
何かおかしい。
佐天「ねえ、コーちゃん」
完全反射「んー……」
夢うつつな状態のコーちゃんを起床させる。
妙にだらしない格好をしているのが、鏡を見ているようでちょっと恥ずかしい。
いや、そんなことより……
完全反射「……お姉ちゃん、もう朝ぁ?」
佐天「何かおかしいと思わない?」
完全反射「うー、そうだねぇー……」
間延びした語尾が、コーちゃんの眠さを示しているような気がする。
改めて、2人で時計に目を向ける。
午前7時。
確かに、午前7時に間違いない。
では、この違和感の正体はなんなのだろうか?
完全反射「あれ? 目覚ましは?」
佐天「あ! それだ!」
今日は、黄泉川先生の目覚まし(?)を聞いていない。
これがないと違和感があるというのにも驚きだ。
佐天「おはようございます」
身支度を整えリビングに向かうと、一方通行さんがソファーでコーヒーを飲んでいた。
部屋を見渡すが、黄泉川先生や打ち止めちゃんの姿は見当たらない。
今日は自分で起きたのかな?
完全反射「おはよー。今日は目覚ましなかったみたいだけど?」
一方「あァ。黄泉川のやつは今朝早く出て行ったからな」
佐天「え?」
一方「第14学区で大捕り物だとよ。今日一日かかるかも知れねェとか言ってたな」
完全反射「大変だねぇ、警備員ってやつも」
まったく同感。
ケガとかしないといいんだけど。
まあ、私もケガする確率はかなり高いんですけどね。
佐天「それで今日は何するんですか?」
一方「今日は、オマエらは家から出るな」
佐天「はい?」
おやおや?
休みってことじゃなくて、『外に出るな』ってどういうこと?
あと、一方通行さんの雰囲気がいつもとちょっと違う気がする。
完全反射「『ら』ってことは私も?」
一方「そォだ」
それに、コーちゃんまで閉じ込められる理由が良く分からない。
佐天「ってことは、今日は室内で能力開発ですか?」
素直に疑問に思ったことを一方通行さんに問いかける。
私が狙われているかもしれない状況で、外に出かけるという行為が危険なのは分かっている。
だから、コーちゃんは私のお目付け役として外に出るなと言っているものだと思っていた。
けど、どうやらそういう訳でもないらしい。
一方「今日は休みだ。ここのところ休む暇もなかっただろ」
完全反射「は? 休み?」
おかしい。
今日の一方通行さんは明らかにおかしい。
昨日までのスパルタ教育がウソのようだ。
それにちょっと前に時間がないとか言っていたはずだ。
佐天「え? それじゃ外に出ちゃいけないっていうのは……」
一方「俺が少し出かけてくるからだ」
佐天「ど、どこにですか?」
私だってバカじゃない。
私は、一方通行さんの傍が安全だということを知っている。
離れない限り、一方通行さんは私たちを守ってくれるだろう。
だが、以前にも例外はある。
それは、コーちゃんを探しに行ったときだ。
あの時はコーちゃんの真意が分からずに、敵という認識で外を探索していた。
あれは、外が危険だから家の中で待機していろという意味だったのだ。
しかし、危機感の薄かった私はフラフラと外に出て、その結果はご存知の通り。
つまり、これは危険なところに行くからついてくるなという意味に違いない。
今の状況で、危険な場所に行く理由と言ったら、私をさらったことと関係しているのは間違いない。
それを分かって、黙って見ていることができるのか?
一方通行さんだって、病み上がりの体なのに?
佐天「どこに行くつもりなんですか!?」
だから、もう一度問わずにはいられなかった。
一方「オマエには関係ねェだろ」
佐天「関係なくなんかありません!」
完全反射「お、お姉ちゃん」
隠しているつもりなのかもしれないが、もう理解してしまった。
一方通行さんが、私たちに知られないように、全て解決してしまおうとしていることを。
けど、そんな寄りかかってばかりでは、また一方通行さんに迷惑をかけてしまう。
これまでにも、返し切れないほどの恩があるというのに。
一方「じゃあ聞くが、俺がどこに行くつもりか知ったところで、オマエはどォするつもりなンだ?」
佐天「そ、それは……」
一方「今のオマエの実力じゃ、死ぬのがオチだぞ?」
佐天「ぐ……」
空気が変わる。
自分の問題なのだから、自分でなんとかしたいという気持ちはある。
しかし、それに見合うだけの実力を持っているかと聞かれれば、答えは否だ。
初めて実戦を経験したのが昨日なのだ。
いくら銃を相手に運が良く勝ったからといって、また同じように生き残れるとは限らない。
むしろ、死んでしまう可能性の方が断然大きい。
佐天「ううぅ……」
そう考えてしまうと膝が震える。
怖い。
拳銃を持った人が何人もいるかもしれない。
それに、学園都市の最新鋭武器や、高位能力者もいるかもしれない。
一方通行さんが何をするつもりなのかは知らないが、どう考えても中学生にできるようなことだとは思えない。
一方「今の段階でビビってる様じゃ無理だ」
答えを言い出せないでいるうちに、一方通行さんが踵を返しリビングを出て行こうとしてしまう。
そうだよね。
やっぱり、いくら能力を手に入れたからって私なんかじゃ無理なんだ……。
けれど、一方通行さんがすぐにリビングから出て行くことはなかった。
意味もなく立ち止まったり、私たちの方を振り返ったりした訳ではない。
完全反射「大丈夫だよ」
佐天「え?」
コーちゃんの一言でドアノブにかけた手を止めたのだ。
何が大丈夫といいたいのか私には分からない。
私1人ではどう考えても無理。
だから、コーちゃんも私に何か期待している訳じゃないはずだ。
―――と思っていた。
完全反射「お姉ちゃんと私なら大丈夫」
佐天「は……」
一瞬、呆けてしまう。
期待していないなんてとんでもなかった。
コーちゃんは大きく期待していたのだ。
まだ付き合い始めていくらも経たない私を。
たかだか1~2週間の付き合いしかない私を。
完全反射「1人じゃ無理でも、お姉ちゃんと私ならできる」
佐天「こ、コーちゃん……」
どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか?
その瞳には、一寸の迷いもない。
相手が何人いるかも、どんな武器を持っているかも分からない。
にも関わらず、本当に2人きりでやれると信じている目だった。
佐天「でも……」
完全反射「お姉ちゃんの問題は私の問題でもあるんだからね!」
当たり前のようにそう言い放つ少女は、とても輝いて見えた。
一方「2人ならできる、ねェ……」
それまで黙って聞いていた一方通行さんが振り返る。
その表情からは、どんな感情を心のうちに秘めているのか分からない。
しっかりと今の言葉を吟味しているのかもしれない。
一方「オマエはどォなンだ、佐天」
佐天「わ、私は……」
率直に言うと怖い。
命のかかったやり取りなんてしたこともないし、やろうとも思ったこともない。
けど、今は違う。
いつまでも、一方通行さんに庇ってもらうことなんて不可能。
彼だって、完璧な人間ではないのだ。
だから、自立しなければならない。
自分の身くらい自分で守れるくらいに。
だったら、こんなところで迷っている暇なんてない。
『そのうちいつか』では、きっとそのいつかは永遠に来ない気がするから。
踏み切るのに必要なのは、ほんのわずかな勇気と度胸。
佐天「で、できます」
一方「2人ってことは、俺の手助けは必要ねェンだな?」
佐天「……はい」
一方「いい返事だ」
完全反射「だね♪」
一方通行さんからメモを手渡される。
そこには、住所と研究所の名前が記されていた。
一方「オマエが壊してこい。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を残らず全てな」
佐天「はい!」
力強く答えて、コーちゃんと共に家を後にする。
向かう先は、第23学区の宇宙資源開発研究所。
敵の総本山だ。
佐天と完全反射が黄泉川家を出発した後、リビングには一方通行だけが取り残されていた。
飲みかけていたコーヒーを飲み干し、杖を突いてゆっくり立ち上がる。
一方「演技はこンくれェにして、俺も出かけるか」
番外個体「んんー? あーくん、どっかいくのー?」
出かけようとした矢先、一方通行と入れ違いになる形で番外個体がリビングに入ってきた。
どうやら、つい今しがた起床したようだ。
寝ぼけているのか、抱きついてくる様子はない。
一方「あァ。ちっとそこまでな」
行き先は、第7学区の桐生バイオテクノロジー研究所。
佐天と完全反射が向かった施設とは、異なる研究所だ。
一方通行の勘ではあるが、こちらの方に天井がいる可能性が高いと踏んでいた。
番外個体「あれ? 黄泉川とあの2人は?」
一方「アイツらなら出かけた」
簡潔に事実だけ述べる一方通行。
本当に2人だけに第23学区の研究所を任せるつもりなのかといえば、答えはNOである。
そちらの研究所には、学園都市レベル5の第3位御坂美琴が向かうことになっている。
一方「アイツらには悪ィが、着いた頃には終わってるだろォな」
番外個体「なんか言った?」
一方「なンでもねェよ。オマエは留守番頼むぞ」
番外個体「アイアイさー」
気の抜けたような番外個体の返事を後にして家を出る。
作戦開始時間まであと30分。
研究所強襲作戦開始時刻5分前。
第23学区宇宙資源開発研究所の前には1人の少女がいた。
御坂「そろそろか。アイツは―――ってアイツに心配はいらないか」
第3位の超能力者、御坂美琴。
彼女は現在、PDAに高速で表示されている文字を目で追っているところだった。
実際に研究所に踏み込む時間はまだだが、事前準備として様々なセキュリティを破壊しているところなのだ。
あと1、2分もあれば、堅牢だったはずのそのセキュリティもまったく意味を成さないものと化す。
御坂(問題ないとは思うけど念のため……。前みたいに暗部の連中がいる確率は低いと思うけど)
不安材料を1つ1つ潰していく。
今回の作戦の目標の1つは、天井亜雄と呼ばれる研究員の確保。
どうやらその人物は絶対能力進化計画にも関わっていたらしく、相当デキる人物ということらしい。
ただし、その専門は研究分野のみで戦闘能力は皆無とのこと。
それに、『樹形図の設計者』の残骸がここにあるということを考えると、施設内部には駆動鎧(パワードスーツ)を始めとする学園都市の最新鋭兵器が待ち構えている可能性が高い。
御坂(ま、そんなのいくらいても私の敵じゃない。問題は目標がこっちにいるかどうか……)
施設内の監視カメラなどを操作し、事前に目標がいるかどうかを調べていく。
予想通り、駆動鎧や警備員とは少し異なる装備を持った大人が施設内を警備しているのが分かる。
が、どうしても死角となる部分が多く、その全てを把握することは困難だった。
目標である天井亜雄を捉えることはできない。
御坂(やっぱり直接乗り込むしかないか……)
施設ごと破壊するという手段もあるにはあるが、それでは天井を殺してしまいかねない。
PDAを操る手を止めないまま、思考をフル回転させる。
どのような順序で研究所を制圧していくか。
対象の居そうな位置はどこか。
もうそれほど時間は残っていない。
―――作戦開始まであと2分。
ちょうど同時刻。
第7学区桐生バイオテクノロジー研究所の警備をしていた狭山士人は、1人の人物がこちらに向かって歩いてくることに気づいた。
朝早くから部外者が訪ねてくることは珍しくなかったが、その人物は今までの訪問者と比べて、明らかに異なった雰囲気を纏っている。
本能が関わるなと告げているが、警備をしている以上ここを素通りさせる訳にもいかない。
狭山「君、ここは立ち入り禁止だ」
頭をふって弱気を振り払い、威嚇程度に肩にかけていたマシンガンのような銃を掛けなおす。
大抵の人間は、このときに発せられる鉄と鉄のすれるような音に身を固まらせ引き返していく。
だが、その人物は立ち止まるどころか歩みを止めようとしない。
……聞こえていなかったのかもしれない。
狭山「ここは立ち入り禁止だ! 引き返したまえ!」
「―――てやる」
狭山「は?」
狭山の2度目の警告にも立ち止まらない。
その少年は髪は白く、線は細い。
その上、丸腰で杖を突いているような人間である。
どう考えても、銃を持った自分に太刀打ちできる要素など何もないはずだ。
にも関わらず、そんな少年は理解できない言葉を発した。
「もう一度言うぞ」
徐々に距離はなくなっていくが、少年はまだ歩みを止めない。
それどころか、ますます1歩1歩が力強いものになってきている。
背中に冷たいものを感じた狭山は肩に掛かった銃に手を伸ばす。
それと同時に、その白い少年は首に手を掛けこう言った。
一方「端っこで震えてりゃ命だけは助けてやる」
それが狭山の覚えている最後の光景だった。
午前8時。
2つの研究所に同時にレベル5が突入したということなど知らない私とコーちゃんは、23学区に向かって走っていた。
佐天「はぁっ……、はぁっ……」
完全反射「ぜぃ……、ぜぃ……。ちょ、ちょっと休憩……」
佐天「ん……、オッケー。ふぅっ……」
現在地は23学区に入ったというところ。
目的地もかなり近づいてきている。
このまま歩いても、あと5,6分くらいだろう。
完全反射「な、なんで走って行く訳? じ、時間制限とかなかったよね?」
かなり疲れた様子でそんなことを尋ねてくる。
体力的には私の方が優れているようだ。
能力は負けてるケド。
それはそうと、家を出てから私たちは研究所に向かってダッシュで向かっていた。
何が何でも今日中に済ませろと一方通行さんに言われた訳ではない。
何故こんな疲れることをしているのか不思議に思うのは、確かにごもっともな疑問だろう。
佐天「良く聞いてくれました!」
完全反射「ってことは、何か理由があるんだ」
佐天「ふっふっふー」
意味ありげな笑い方をして、徐々に息の整ってきたコーちゃんに相対する。
もちろん、何の理由もなしに走っている訳じゃない。
佐天「この時間帯が一番安全なのさっ!」
完全反射「は?」
意味が分からないという目で見られてしまった。
仕方ない。
説明してあげようじゃないか。
佐天「いいかね、完全反射クン」
完全反射「お姉ちゃん、調子乗りすぎ」
歩きながら悪乗りしたら怒られた。
ノリ悪いなぁ。
私なら乗っかるとこなのに。
って、似てても同じ人間じゃないんだから当たり前か。
ここは普通に説明することにしよう。
佐天「コホン。研究所っていうくらいだし、中の人はきっと徹夜してるよね」
完全反射「は?」
佐天「つまり、朝方はみんな眠くて夜より安全!」
どうだ、この推理。
完全すぎて一部の隙もないでしょ!
褒めてもいいんだよ?
ってなんでコーちゃんはそんな冷たい目で私を見てるんだろう。
きっと理解できていないに違いない。
やれやれだ。
完全反射「はぁ……」
佐天「た、ため息!?」
理解してないんじゃなくて、なんだかすごくバカにされてるっぽい。
私の理論のどこにそんな要素があるだろうか? いや、ない。
完全反射「……お姉ちゃんって、実はバカ?」
ぐふぅ……。
その言葉が一番キツイ。
完全反射「あ、コレってアレ? 緊張してるだろうからってリラックスするためのジョーク?」
佐天「え? 本気だけど?」
完全反射「うわぁ……」
なんか引かれた。
未だにどこに問題があるのか分からない。
完全反射「えーと……。どこから突っ込んだものか……」
佐天「そんなにいっぱいあるの!?」
長々と語ったわけでもないのに!?
今の短い作戦内容にいくつツッコミを入れるつもりだ。
完全反射「まず、学園都市の研究者は健康管理のプロフェッショナルっていう点」
佐天「睡眠はちゃんと取ってるってこと? その割には木山先生はクマができてたような……」
完全反射「次に、そもそも研究者が施設の防衛にあたってる訳ではないという点」
佐天「む……」
確かに、研究者とは別に施設の警備さんがいるに違いない。
重要なものを守っているのだから、それこそ24時間態勢で厳重警備なのだろう。
そう考えると、自分の作戦がダメな気がしてきた。
というか実際そうだろう。
佐天「……アレ?」
完全反射「何か反論でもあるの、お姉ちゃん?」
佐天「いや、あそこだよね? 私たちが行くのって。なんか煙上がってるけど」
佐天「な、何これ……」
研究所に着いたときに、私たちの目の前に広がっていたのは、戦場のような光景だった。
死んでいる人こそいないようだったが、テレビでしか見たことのないような大きな銃を持った人が倒れている。
それも10人どころの数ではない。
パッと見ただけでも40人はいるだろう。
佐天「い、一体誰が……」
完全反射「そういうことか……」
佐天「え?」
完全反射「第一位がやけにあっさり私たちを行かせると思ったら、超電磁砲が関係してた訳ね」
佐天「み、御坂さんが?」
よく見てみると、研究所の施設内では未だに放電現象が続いている。
いや、よく見なくても分かるくらいにすごい状態だった。
銃撃音が鳴り響くたびに、青白い閃光が輝いているのがこの場所からでも見える。
打ち止めちゃんや番外個体さんの能力を見たこともあるが、やはり御坂さんの能力は別格だ。
能力を覚えた今だからこそ、そのすごさが身に沁みて理解できる。
完全反射「見惚れてるのはいいけどどうするの? ここで待つ?」
佐天「あ……」
戦闘はまだ続いている。
入り口でコレでは、施設内はもっと人数が多いかもしれない。
それも、自分の想像していた以上の訓練された人間が、である。
ここで待って、御坂さんに全て任せることもできる。
佐天「……行こう」
完全反射「ま、そうなるよねぇ」
両手に能力を発動させると、警戒しながら施設内部に侵入していく。
第23学区、宇宙資源開発研究所最深部。
そこそこ広いその部屋には、今回の騒動の発端でもある『樹形図の設計者』の残骸が眠っている。
その数、約2000個。
ただし、実用的なレベルで使えるものとなると20個もないだろう。
侵入者が来たということで、普段はひっそりとしている保管室も、今日は大勢の人間が動いていた。
侵入者との距離はまだまだ十分にある。
すごい力を奮ってはいるが、この最深部に到達するまでには後10分はかかるだろう。
その間に、実用レベルの20個の残骸を保守するために、どこからか外に運び出さねばならない。
しかし、侵入を防ぐために最深部と外を繋ぐルートを1本にしたことが完全に裏目に出ていた。
今からでは、どう足掻いてもその侵入者に遭遇することは避けられない。
ここにも数人の護衛はいるが、その程度でなんとかなる人間だったのならば、入り口の時点で殺されているはずだ。
だが、そんな護衛の中にも、明らかに周囲から浮いている2人組みがいた。
銃火器で武装した大人の中に子供が2人。
それも、武器となりそうなものは何1つ持っていない。
黒夜「一方通行だといいんだけどねぇ」
絹旗「それは超悪いんじゃないでしょうか?」
『一方通行』という名前が出ただけで、周囲の空気が変わる。
「残骸をどうやって外に運ぶか」から、「どうやって見逃してもらうか」という具合に。
しかし、2人はそんなことを気にしてなどいない。
黒夜「問題はどこで戦うか、だが……」
絹旗「あまり効果があるとは思えませんが、狭い廊下の方が超いいんじゃないですか?」
黒夜「ま、広いところよりはマシか」
研究者「き、君たち!」
1人の研究員が、保管室を出て行こうとする黒夜と絹旗を呼び止める。
顔色はかなり悪い。
不安に押しつぶされ、藁にもすがりたい気持ちなのだろう。
黒夜海鳥はそんな男を一瞥し、
黒夜「大の大人がそう心配するなよ。ちょっと外に行って侵入者を排除するだけだろォが」
凄惨な笑みを浮かべてそう言った。
御坂「あー、もうしつこい!」
御坂美琴が研究所に突入してから10分。
未だに彼女は、残骸の保管されている最深部に到達できないでいた。
というのも、どこからでてきたのか分からないほどの警備兵がでてきているからだ。
その全員が銃火器を装備してはいるものの、駆動鎧が見当たらないところを見ると制圧はそう難しくない。
しかし、数が多い。
施設内部の見取り図を確認した際に、最深部の部屋に行くのには一本道になっていることを確認したため、時間に迫られている訳ではない。
だからといって、ゆっくり時間をかけていいというほど相手も甘くない。
あまりのんびりしすぎていると応援がかけつけてくる可能性もあるからだ。
確かに一般的な兵力がいくら集まろうとレベル5である御坂には関係ないのだが、能力者となるとまた違ってくる。
特に、前回の原子崩し(メルトダウナー)ようなレベル5がまたやって来ないとも限らない。
リスクは抱えない方がいいのは小学生にも分かること。
ならば、できるだけ迅速に片をつけてしまおう。
そんなことを考えながら、1人、また1人と雷撃の槍を浴びせていく。
死にはしないものの、今日1日は起き上がれないだろうレベルの威力を、だ。
御坂(ターゲットがコイツらに紛れてる可能性もあるから、あとで確認しなきゃならないのよねー。面倒くさいけど)
奥から飛んでくる銃弾を磁力で作った盾でやり過ごすと、返す刀で雷撃を打ち込んでいく。
最深部まで到達して、樹形図の設計者を破壊、その後にターゲットが紛れていないか確認することを考えると、20分はかかるかもしれない。
いくらセキュリティーを破壊してあるとはいえ、それだけの時間があれば、応援が間違いなくかけつけて来る。
どうやってこの状況を打開するべきか。
手を止めずに様々な策を考えるが、どれもこれも穴がある。
いっその事、最大出力で一気に決めるべきかと御坂が考えたていたその時。
電磁波の微妙な変化で、背後に何か動くものを感じ取った。
御坂(う、後ろ!? まだいたのかっ!!)
電撃を飛ばそうと振り返ると、そこには見知った顔があった。
それも2つも。
御坂「な、佐天さん!?」
佐天「ど、どうもー」
完全反射「あと妹でーす」
なぜ守るべき対象の彼女がここにいるのだろう、と疑問に思わざるを得なかった。
午前8時10分。
第7学区の桐生バイオテクノロジー研究所は、既に静寂に包まれていた。
一方「呆気ねェな……。もォちっとは歯ごたえがあンのかと思ったンだけどよ」
一方的な戦いだった。
いや、戦いとすらいえないのかもしれない。
それほどに一方通行の力は圧倒的だった。
床には何十という人間が覆いかぶさって倒れている。
しかし、それで油断するほど彼は優しくない。
毛ほどの隙も見せず、次にすべきことを検討する。
一方「……虱潰しに部屋を探していくか」
倒した連中の中には天井らしき人物は見当たらなかった。
こちらにいるとも限らないが、いたにも関わらず見逃してしまうという事態だけは避けたい。
でなければ、御坂美琴と組んで2箇所を同時に攻めた意味がない。
適当に近くにあったドアを押して室内に入り込む。
部屋の中は薄暗く、ビーカーを何倍にも大きくしたような機材がいくつもあった。
人間すら入りそうな培養器である。
一方(バイオテクノロジーねェ……。確かにクローンもその分野だろォけどよォ)
一方通行は、複雑な表情で部屋の中を見渡す。
機材の内側を確認してみるが、使われた形跡はない。
もしかしたら、これから使われる予定だったのかもしれない。
どんな悪趣味な用途に使われるのかは分かったものではないが。
一方「くだらねェ。天井の野郎を探すついでにぶっ壊してやるか」
チョーカーのスイッチが入った状態で機材に触れると、それは轟音と共に粉々になった。
その音を聞きつけたのか、先ほどの生き残りが部屋に突入してくるが、1分もしないうちに部屋の中は元の静寂に包まれた。
この部屋に天井亜雄はいない。
次は隣の部屋だ。
天井「くそっ!! なぜ繋がらない!!」
レベル5の2人から標的にされた当人である天井亜雄は焦っていた。
彼が現在いるのは、第7学区桐生バイオテクノロジー研究所。
つまり、一方通行によって制圧されようとしている施設の内部にいた。
もちろん、こうなることも予想しており、一方通行への様々な対抗手段も用意していた。
だが、それらもほぼ意味がなかった。
効果がなかったというレベルですらない。
まったく意味がなかったのである。
天井「くそっ、くそっ! 聞こえていないのか! シルバークロース!!」
彼に最後に残った一縷の望みは、ボディーガードとして雇っていたシルバークロースという駆動鎧を操る男だった。
彼には、一方通行に対抗するための特殊な駆動鎧を提供した。
それにも関わらず、その男とは連絡が取れない。
もしや、既にやられてしまったのだろうか?
そんな不安が天井の頭の中を駆け巡る。
天井「……なぜ、なぜあの男は私の邪魔ばかりするのだ!」
思えば、天井の人生が転落を始めたのは、一方通行に出会ってからだ。
妹達を利用した絶対進化計画が破綻し、山のようにあった借金を返す当てのなくなった男に待っていたのは悲惨な末路だった。
それも、一方通行が名も知らぬレベル0などに負けたせいだ。
学園都市最強の名が聞いて呆れる。
それだけではない。
学園都市外部に脱出しようと試みた際には、一方通行が直々に天井のところへ来た。
そして、その計画も見事破綻させられ、危うく死ぬというレベルまで追い込まれてしまった。
だが、生き残った。
こうして再びあの悪魔に生命の危機に追いやられていることを考えると、それが幸か不幸かは判断しにくい。
天井「もう少し時間を稼がなければ―――」
「時間がどォしたってェ? よォ、天井くゥン?」
さらなる絶望を与えようと、天井の背後から悪魔の囁きが聞こえてきた。
天井「あ、ひっ……」
一方「見っともねェなァ、天井くンよォ」
驚きのあまり地面に倒れこんだ天井を見下ろすように一方通行が告げる。
天井は言葉を紡ごうとするが、それが言語として自身の口から発声されない。
いや、そんな些細なことはどうでもいい。
どうやってこの場を生き残るか。
天井の頭の中は、そのことに対する解を求めることに全力を尽くしていた。
一方「久しぶりだなァ。生きてるとは思わなかったぜェ?」
天井「な、なななん」
一方「芳川の話じゃ胸を打ち抜いたって話だったからなァ」
当然、周囲からは何の物音もしない。
誰も助けになど来ないし、来るはずもない。
そんな極限の状態でまともに思考が働くはずもなく、一方通行の話は天井の頭の中で空回りするだけだった。
耳に入る言葉が意味をなさない。
というよりは、意味を理解できない。
まるで違う言語を使われているような感覚に陥ってしまう。
一方「それでオマエは今度は何を企んでるンだ?」
天井「ひぃ……、ぐっ……」
一方「話にならねェな」
まともな思考が天井に残されていないと知った一方通行は、右の人差し指を突き出した。
そして、そのまま天井の額に軽く触れる。
天井は知っている。
その指は、拳銃を遥かに凌ぐ兵器であることを。
恐怖で体の震えが止まらない。
そんな状態の天井に、一方通行は1つだけ、この男しか知りえないことを尋ねた。
一方「完全反射のオリジナルの人格データはどこだ」
天井「は?」
天井は今の一方通行の言葉を理解できた。
完全反射のオリジナルの人格データの場所を尋ねられたのだ。
いや、その言葉を理解できたからこそ、意味が分からなかった。
天井「完全反射……?」
一方「そォだ。佐天涙子のクローン体のことだ」
あの一方通行が、どうして完全反射の人格データなど欲しがる?
確かに完全反射にはいくつかウィルスを打ち込んだ。
1つは、天井と繋がる証拠を一切出さないこと。
これは可能な限り徹底させた。
こうして一方通行が目の前に現れた今となってしまってはもう遅いが、こういったことを防ぐために取った防護策である。
そして2つ目は、周囲に対する無差別な攻撃……だっただろうか?
その部分は、打ち止めの際に使用したウィルスをそのままし使用したため、詳しい内容は思い出せない。
どうせその頃までは生きていまいと、遊びで付け加えたウィルスである。
打ち止めの際には達成できなかったことを、完全反射で試したかったのかもしれない。
天井「生きて……いるのか?」
一方「そォいうことだ」
目の前にいる男が誰だか分からなくなってきた。
楯突く敵は全て殺す。
一方通行はそんな悪魔だったはずだ。
しかし、目の前の男はどうだ?
自分のことを殺しにかかった『敵』を生かすどころか、救おうとすらしている。
それが理解できない。
今の一方通行と、天井の頭の中にいる一方通行の姿が噛みあわない。
天井「ひ、は、ははは……」
一方「何がおかしい」
だが、そのお陰でかすかな光明は見えた。
後は僅かな隙さえできれば……。
天井「は……、貴様が人助けだと?」
一方「何が言いたい?」
天井「てっきり私は、打ち止めを助けようとしたことで懲りたものだと思っていたが」
一方「急にしゃべるよォになったじゃねェか」
今の天井にできることは時間を稼ぐこと。
どうにかして一方通行から隙を見つけなければ、待っているのは無残な最後だ。
何か起こる可能性に賭けて、会話で時間を繋ぐことは、天井に残された最後の足掻きだった。
まともに戦闘をして一方通行に勝てるはずがない。
だが、天はまだ完全に天井を見捨てた訳ではなかった。
天井の正面、つまり、一方通行の背中側に1つの希望を見つけたのだ。
天井「は、ははは……」
一方「追い詰めすぎたかァ? 壊れちまったンじゃ使いものにならねェぞ」
天井「やれ! シルバークロース!!」
一方「……?」
一方通行が振り返ると、そこには一機の駆動鎧がドア越しにいるのが分かった。
クモのように8本足で自立し、丸みを帯びた胴体が一方通行の方を向いていた。
胴体を支えている足とは別に4本の腕が胴体部分から伸び、その先端にはライフルのような銃が取り付けられている。
見たことのないタイプの駆動鎧だ。
一方「ンだァ、天井くンよォ? こンなオモチャで俺を止められるとか思ってンのか?」
シルバークロース「私では無理だろうな。だが、依頼主を放っておく訳にもいかないのでね」
一方「随分と仕事熱心なもンだ。5秒でスクラップにしてやるからゆっくり休め」
一方通行はそう言い放つと、完全に天井に背を向け、その駆動鎧に向かい合う。
すると、先ほどまでは暗くて良く見えなかったが、胴体部分には機体名なのか文字が彫ってあった。
―――『anti-accelerator』と。
御坂「それで2人はどうしてここにいるのかしら?」
佐天「えーっとですね……」
御坂さんと合流できたと思ったら、さっそく質面攻めにされた。
廊下の先から飛んでくる銃弾も激しく、そこそこの大声でないと御坂さんまで声が届かない。
御坂さんが様々な金属を磁力で盾にしているので、それに銃弾が当たってスゴイ音を出しているのだ。
そんな訳で、おそらく向こう側からは、私とコーちゃんの姿を見つけられてはいないはず。
完全反射「私たちの問題なんだし、黙ってみてる訳にもいかないでしょ」
佐天「……そんな感じです」
御坂「はぁ……」
ため息をつかれてしまったが、今更帰るわけにも行かない。
それでは何のためにここまで来たのか分からなくなってしまう。
……けど、こんな状況ではっきりいってできることなんてあるのだろうか?
御坂「けど、ちょうどいいかもね」
佐天「え?」
御坂「状況を変えるためにちょっと手伝って欲しいんだけどやってくれる?」
佐天「も、もちろんです!」
私には、私のできることが思いつかないけれど、御坂さんクラスになると何か策が浮かぶのだろう。
一体どんな作戦を立てるつもりなのか?
ちょっとだけ不安も浮かんでくる。
御坂「佐天さんたちにやって欲しいことは1つ」
完全反射「何?」
御坂「前の連中は私が引き受けるから、奥に行って『樹形図の設計者』の残骸を壊してきて欲しいの」
佐天「わ、私たちがですか?」
御坂「そ、作戦としては簡単。まず、私がちょっとずつ後退していくの」
完全反射「んー……。そしたら、連中は追ってくるんじゃない?」
佐天「そうかなー?」
守ってるものがある以上、その場で防衛ラインを固めるって選択肢もあると思う。
にも関わらず、向こうが攻めに回る理由があるのだろうか?
完全反射「そりゃちょっとは人が残ると思うけど、急に優勢に攻めてる方が後退しだしたら何かあるって思わない?」
佐天「んー……」
完全反射「たとえば、外から増援が来て挟まれそうになってる、とか」
佐天「あ、なるほど」
御坂さんなら、それでも両方を相手できるかもしれないけど、あちら側とすれば、そこまでの実力者だとは思っていないだろう。
となれば、前に出て侵入者を排除しようと動く可能性は高い。
御坂「そしたら、佐天さんたちが空き部屋に隠れて連中をやり過ごす」
完全反射「それって、あなたが危険じゃない?」
御坂「んなもん危険のうちに入らないわよ」
佐天「そんなにうまくいくかなぁ……」
御坂「そっちの子に派手に突っ込んでもらってもいいけど、あなたの反射は完璧じゃないんでしょ?」
完全反射「そうなんだよねぇ……。名前負けしてるんだよなぁ……」
実はちょっと気にしるのかもしれない。
完璧じゃないって言ったって、こんな銃撃戦の真っ只中に突っ込めるっていうんだからスゴイよ。
私だったら、間違いなく出た瞬間蜂の巣だ。
御坂「質問は?」
完全反射「なんでそんな重要なことを私たちに任せるのか聞いておこうか?」
御坂「理由は時間の節約。本当に増援なんて来たら、あなたたちも私も危ないからね」
すらすらと御坂さんが即答する。
ここまで来てしまった以上、引き返すにしても、それ相応のリスクが生じる。
倒れている人の中に、目を覚ました人がいないとも限らないからだ。
だが、私たちを守ったまま引き返せば、それこそ時間のロス。
それに、私たちを保護したまま進むという選択肢はありえない。
ならば、ある程度のリスクは承知で、お互いに有効な行動を取るべきだろう。
というのが、御坂さんの作戦だった。
御坂「何回も言うけど、この建物の中にいる限り危険ってことは変わらない」
佐天「はい」
御坂「その上で、私の作戦に協力して欲しいんだけど……。……返事は聞かせてもらえる?」
完全反射「そんなの決まってるよね、お姉ちゃん?」
佐天「……やります、やらせてください!」
その程度の危険は承知の上だ。
何しろ、元々は私とコーちゃんの2人だけでここに突入するつもりだった訳だし。
身のすくむような兆弾の音に負けないように、しっかりと意識を保つ。
御坂「……分かった。くれぐれも無理だけはしないでね?」
佐天「御坂さんこそ」
完全反射「よし! それじゃ行こう、お姉ちゃん」
佐天「うん!」
威勢の良い返事と共に、向こう側に見つからないよう空き部屋へと体を滑り込ませる。
それと共に、御坂さんが後退を始めた。
佐天「行った……かな?」
完全反射「もうだいぶ音が遠くなったね」
結果から言うと、出来すぎなほどにあっさり成功した。
空き部屋に入り、内側からカギをかけただけで、防衛にあたっている人たちは御坂さんを追っていった。
他に仲間がいるという選択肢を考えていないのかもしれない。
しかし、成功したというのは、あくまでまだ第一段階。
施設内の警備兵は、ほぼ御坂さんのところへ行ったと思うが、それでも何人かはまだ奥に残っているだろう。
本当に危険なのはこれからなのだ。
佐天「それじゃ、行こっか」
完全反射「ここから先なんだけど、お姉ちゃんは私の後を付いてきてね」
佐天「え?」
完全反射「ほら、私なら大抵の攻撃は反射できるし。お姉ちゃんは近づかないと戦えないし」
佐天「そりゃそうだけど……」
ここまで来たというのに、結局お荷物なのかな?
いつもいつも守られてばかりのような気がする。
私だって、守りたいという思いは強いのに……。
完全反射「大丈夫、大丈夫」
佐天「え?」
完全反射「『樹形図の設計者』を壊すのには、お姉ちゃんの能力が必要になるだろうしね? そこまで無事に届けるのが私の仕事」
佐天「……ありがと」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で感謝すると、気合を入れて立ち上がる。
ここから先は、一瞬の油断が命取りになる戦場。
完全反射「それじゃ行くよ、お姉ちゃン」
ここから私たちの戦いが始まる。
御坂「本当に数が多いっ!」
佐天と完全反射が奥に進んでいるとき、御坂美琴はその施設の警備の殆どを引き付けることに成功していた。
急に逃げに反転するのではなく、ジリジリと後退することによって、押されているという演出をしていたからだ。
御坂が突入してから約15分が経過した。
時間的にまだ増援が来るとは思えないが、あまりゆっくりしていることもできない。
御坂(佐天さんたちが壊しに行ってる間に、コイツら片付けて『天井亜雄』ってのがいないか確認しなくちゃならないのよね)
鳴り止まない兆弾の音の雨を浴びせられながら、冷静にそんなことを考える。
ターゲットのことは、書庫(バンク)にあった画像でしか見たことはない。
すばやく判断できるとも限らない為、一刻も早く目の前の敵を眠らせてしまわねばならない。
こうしている今も、刻々と時間は過ぎてゆく。
御坂「く、くっそー。強いやつはいないみたいだけど、一体何人いるのよ!」
既に倒したであろう人数は100人前後になるかもしれない。
それにも関わらず、見える範囲には20人はいる。
どうしてここまで人数が多いのか。
それには理由があった。
追われている人間が取る行動は主に2つ。
それは、追っ手の人間よりも強い人に保護してもらうか、追っ手を撹乱するか。
「天井亜雄」を知らない御坂にとっては、そのどちらを選択する人間か分かるはずもない。
しかし、既にヒントはあった。
御坂(ま、こっちには十中八九いないでしょうねー……)
追っている人間が、御坂だけでなく一方通行も存在するという点だ。
あの怪物に対抗しうるジョーカーが存在しない限り、ここまで目立つ護衛はつけない。
いや、そんなジョーカーがあっても、あの男に見つかりたくはないだろう。
そう考えると、こちらの施設にターゲットがいる可能性は低い。
それより心配なのは―――
御坂「佐天さんたちにちょっと無理いいすぎたかしら? 無事だといいんだけど……」
完全反射「どう、お姉ちゃン」
佐天「うん。誰もいないみたい……」
御坂さんと別れてもう数分経った。
あれから私たちは、廊下に誰もいないことを確認すると、施設の奥へ奥へと向かっていた。
御坂さんの話では、一本道だという話を聞いていたが、その割には曲がり角が多く、もう方向感覚を失ってしまっていた。
佐天「ええと、こっちが北……?」
完全反射「どうせ一本道なンだし、方角なんて気にしないでいいでしょ」
佐天「それもそうか……」
一本道といっても、途中には多くの部屋があった。
その部屋には、何に使うのか検討もできないような装置が並べられており、人の気配は感じなかった。
最初のうちは、警戒して1つ1つの部屋を調べていっていたが、5つを過ぎたあたりからは、部屋の中を確認することもなくなっていた。
もしかしたら、警備の人たちも同じ理由で私たちを見落としたのかもしれない。
というか部屋が多すぎ。
完全反射「一応、それぞれの部屋で違うことやってるっぽいけどね」
佐天「私から見れば全部同じに見えるけど」
小声でコーちゃんと会話しながら、足早に廊下を進む。
応援が駆けつけてくる前にケリを着けなければならない為、もう少し急いだ方がいいかもしれない。
しかし、どうやら私の物語の場合、そこまで順調に物事が進むわけではないらしい。
次の曲がり角に到達したところで、コーちゃんから手で静止の合図が出されたのだ。
完全反射(ストップ。……誰かいるみたい)
佐天(警備の人?)
前を進んでいたコーちゃんに尋ねる。
誰かいるということは、そろそろ目的地が近いのかもしれない。
完全反射(2人か……)
何を話しているかは聞こえないが、会話しているような声が耳に入る。
声の高さ的には女の人だろうか?
ここからでは姿も見えないため、想像するしかない。
佐天(女の人なら一気にいけるんじゃない?)
完全反射(……そォ簡単にはいかないと思うけどね)
佐天(どうして?)
完全反射(正体不明の敵に襲われてるってのに、声に焦った様子が見られない。能力者の可能性もあるかもね)
そのセリフに、わずかに緊張勘が走る。
実践訓練を積んだとはいうものの、未だに能力者を相手したことはない。
そんな不安の芽がわずかに顔を出す。
完全反射(って言っても、どォせ一本道だし行かなくちゃ行けないンだけどね)
佐天(よ、よし)
深呼吸をして、緊張感を和らげる。
ここに来てからというもの少し緊張しすぎて硬くなりすぎていたかもしれない。
覚悟を決めよう。
相手を倒す覚悟を。
そして、迷いを振り切るかのように、力強く一歩前へ踏み出した。
佐天「って、あ」
完全反射(ば、バカ!)
踏み出した拍子に、カツンという足音が静まり返っていた廊下に響いてしまった。
当然、あちら側にも聞こえていたようで、ピタリと会話が止まる。
それと同時に、呼びかける声が聞こえてくる。
黒夜「待ってたぜェ、一方通行」
すみません、人違いです。
完全反射(しょうがない……。いくよ、お姉ちゃン。ここにいても解決しないし)
佐天(う、うん)
こうなってしまった以上、奇襲する作戦は使えない。
となると、正面から突破して、奥に進まなければいけなくなる。
時間がない都合上、隠れてやり過ごす作戦は使えない。
廊下の曲がり角へと足を踏み出す。
黒夜「ハハッ。やっとお出ましってかァ? ……ンンっ?」
絹旗「……超どういうことですか?」
佐天「あ、あれ? 女の子?」
そこにいたのは、2人組みの女の子だった。
年は、私と同じか下くらいだろうか?
あまりにも場違いな存在に、思考が固まってしまう。
完全反射「窒素縛槍(ボンバーランス)の黒夜海鳥に、窒素装甲(オフェンスアーマー)の絹旗最愛か」
絹旗「……そういうあなたたちはどこのどなたですか?」
コーちゃんの知り合い……という雰囲気ではなさそうだ。
素性を知られていたこともあったのだろうか、向こうの2人が身構える。
こちらも既に能力は発動している。
咄嗟に動けるようにしておかなければ。
完全反射「うーン……。この場合、あなたたちの後輩って言った方がいいのかねェ?」
黒夜「後輩だと?」
絹旗「暗闇の五月計画ですか」
なんだか良く分からない会話が始めってる。
ど、どうしよう。
黒夜「絹旗ちゃンよォ。こンなやついたの覚えてるかァ?」
絹旗「いいえ。超覚えてませンねェ」
完全反射「そりゃそォでしょ。あくまで、『便宜上は』ってことなンだから」
黒夜「ってことは、また新しい実験の被験者かなンかか」
絹旗「そォ考えるのが妥当でしょうね」
完全反射「『原点超え(オーバーライン)』って言えば分かるかな?」
黒夜「あァ。クローン実験のやつか」
お互いに身構えたまま会話が進んでいく。
あまり事情が分からない私は、ただ見ていることしかできないが、なんだろうこの感覚。
なんかすごくアウェーな気分にさせられる。
絹旗「じゃァ、そっちの超奥にいるのがオリジナルってことですか」
佐天「―――っ」
黒夜「へェ? オマエが、一方通行と同じ能力者って噂のヤツか」
2人の視線がこちらに集まる。
まだ殺気はないものの、明らかに私よりも場慣れして落ち着いている感じがする。
同年代でここまで違うのもなのか。
急に話の中心に持ってこられてテンパった私は、思わずこう返してしまった。
佐天「……そ」
絹旗「そ?」
佐天「そォだ」
完全反射「…………お姉ちゃン」
……は、恥ずかしい。
つい周りに合わせてしまった……。
シルバークロース「はははっ。どうした? とっくに五秒は過ぎているようだが?」
一方「そのぐれェでハシャグンじゃねェよ、三下」
口ではこう言ってはいるが、一方通行は苦戦していた。
もう2分近くもシルバークロースをしとめられないでいたのだ。
その原因は2つある。
一方(クソッ。まだだ)
1つは、ベクトル操作の調子が悪いこと。
特に、物体を持ち上げ、投げるという動作に多大な誤差が生じていた。
手元にあった机などを投げても一向に当たる気配がない。
シルバークロースはその駆動鎧の八本足を操り、上下左右へと回避運動を取っている。
一方(まともに狙ったところに行きやしねェ)
誤差というより、無理やりに的を外されているような感覚。
これでは、足元のベクトルを操作しての高速移動もおぼつかない。
加速しても、明後日の方向に行ってしまったり、きちんと思い通りに静止できない。
明らかに能力になんらかの影響が出ている。
そして、もう1つの原因。
シルバークロース「どうした? お得意の能力とはその程度だったのかね?」
一方「チッ!!」
4つの砲塔から、一方通行に向かって弾丸が射出される。
普段の一方通行であれば、避ける必要もない。
だが、避けざるを得なかった。
それは既に、反射を貫通して一方通行にダメージを与えていたからだ。
威力は鎮圧用のゴム弾程度だろうか?
しかし、それだけでも一方通行の動きを止めるには十分な威力だ。
おそらく、特殊な弾丸を用いて、木原数多と同じことをゴム弾でやっているに違いない。
研究が間に合わなかったのか、そのように作られたのかはわからないが、即死するほどの威力がないのは不幸中の幸いだった。
一方(どォなってやがる? こンなに苦戦する相手じゃねェぞ)
相手の動きは、通常の駆動鎧より少し早い程度。
その程度の速度ならば、一瞬でケリがついていてもおかしくない。
にも関わらず、ここまで苦戦する原因。
それは、能力が十全に使えていないことに尽きていた。
シルバークロース「不思議だろう?」
そんな一方通行の不安を見抜いたかのように、シルバークロースが問いかけてくる。
そのセリフだけで、駆動鎧に能力に齟齬を発生させる何かがあることは間違いない。
シルバークロース「AIMジャマーなど使ってはいない。アレは大きすぎる上に、衝撃に弱いという欠点がある」
一方「だろォな。アレ特有の不快な感覚じゃねェしな」
その上、能力を使えているという点から、キャパシティダウンとかいう機械でもないだろう。
能力は使える。
ただし、狙いが外れる……というよりは外される感覚。
そこから考えられるのは―――
一方「ミサカネットワークか」
シルバークロース「ほう。さすがに気づくか」
あの駆動鎧には、なんらかの方法でミサカネットワークに介入する装置が搭載されている。
それによって、演算結果に齟齬をきたすことでベクトル操作の精度を著しく低下させているのだろう。
能力が使えるところを見ると、そこまで完璧なシロモノではないらしい。
考えてみれば、天井亜雄はミサカネットワークを構築した張本人だ。
そこに介入されたのも不思議ではない。
一方(しかし、どれもこれも中途半端なもンだな。よっぽどギリギリで完成させたと見える)
だとすれば、そこに勝機がある。
戦闘が始まる少し前、天井亜雄はその部屋から脱出することに成功していた。
シルバークロースの登場によって、一方通行の注意が反れた瞬間に、奥の部屋へと駆け込んだのだ。
これは逆転の一手を打つためだけではなく、2人の戦闘に巻き込まれないようにするという点でも必要なことだった。
後ろ手にドアを閉めると同時に、部屋の中をかき混ぜているようなすごい轟音が響いてくる。
天井「ど、どこだっ……」
休んでいる暇はない。
一方通行に対する切り札として、あの駆動鎧の作成にも携わったが、アレはまだ未完成だ。
ミサカネットワークへの介入。
特殊ゴム弾。
そして、唯一完成したある特殊機能。
一方通行に対する3つの武器を持ってはいるが、それでも時間の問題だと天井は踏んでいた。
勝てる可能性が決して低い訳ではない。
だが、相手はあの一方通行だ。
切り札の1つや2つで止まる相手ではないことを天井は知っている。
その追加の切り札として、あるものを探していた。
天井「ここじゃない……。ど、どこだ……」
次々と、震える指でパソコンを立ち上げては中身を検索していく。
万が一、ウィルスに犯されては厄介だとデータを分散させたのが裏目に出た。
それぞれが独立して存在しているため、リモートで検索をかけることもできない。
天井「こ、この部屋じゃないのか……」
シルバークロースと一方通行が戦闘している部屋を迂回し、廊下に出る。
そして、隣の部屋に入るとすぐにさきほどと同じ事をして回る。
探しものは、随分前に作って以来、触りもしなかったものだ。
どこへ保存しておいたか記憶も定かではない。
だが、見つけた。
それは、その部屋の中央のパソコンの中に眠っていた。
天井「あ、あったぞ……。ひ、は、ははは……」
天井亜雄の探していたもの。
それは、完全反射のウィルス感染前人格データであった。
絹旗「あなたも暗闇の五月計画の後輩という訳ですか」
私が赤面していると、茶髪の子……たしか、コーちゃんは絹旗と言っただろうか。
その絹旗さんがそんなことを言ってくる。
暗闇の五月計画って何だろう?
どうやら、私以外はそれの関係者っぽい雰囲気なんだけど、その実態は良く分からない。
黒夜「ふン。同じ能力ってンなら、せめて本番の準備運動くれェにはなってくれよ?」
黒髪の少女、黒夜さんがそう言うと、彼女の右手に透明な槍のようなものが現れた。
長さは3m前後。
恐らく、あれが彼女の能力。
完全反射「あれは窒素で槍を作る能力。破壊力じゃ相当なもンだから気をつけて」
黒夜「ンだァ? 『気を付ける』程度でなンとかなるとか思っちゃってるのかにゃーン?」
絹旗「超律儀に待ってないで、さっさと攻撃したらどうですか?」
黒夜「いやいや、それじゃつまらないじゃンよォ、絹旗ちゃン。暇なンだし、アイツらには楽しませて貰わなくちゃ勿体ねェだろォが」
舐められている。
けど、これはチャンス。
相手が本気になる前に倒してしまえれば、生き残る確率もグンと高くなる。
完全反射「随分余裕だねェ? こっちは反射が使えるンだけど?」
黒夜「だから?」
黒夜さんが、こちらを視界に入れながら軽く素振りをする。
まだこちらとの距離はそこそこあるため届きはしないが、コンクリートの地面に鋭利な傷が生まれる。
ちょ……、そんな威力あるのそれ?
黒夜「こっちは一方通行相手にしよォと思ってンだぞ? 対策打ってない訳ねェだろォが」
え? これって結構ピンチじゃない?
完全反射「対策ねェ? 生半可な策じゃあの人には通用しないよ?」
黒夜「ンなことはオマエらなンぞより100倍詳しく知ってる」
絹旗「私もその対策とやらを聞いてないンですが、本当に超大丈夫ですか? 場合によってはここで降りますけど」
どうやら、黒夜さんと違って、絹旗さんの方はそれほど乗り気ではないっぽい。
まあ、普通に考えたら一方通行さんに勝とうってのが無謀だよね。
でも、その割には黒夜さんは自信満々な顔してる気がする……。
黒夜「機械ってのは便利だよなァ。数値を入力するだけで完全にデジタルで操れるンだから」
完全反射「?」
絹旗「どういうことですか?」
もったいぶった言い方をしないで欲しい。
こっちは1秒でも時間が惜しいんだから。
でも、説明中に攻撃ってのもなんかなぁ……。
だって、わざわざ手の内明かしてくれてるんだし。
黒夜「なァに。こォいうことだ」
佐天「え?」
その瞬間、ゴキンという音が廊下に響き渡る。
黒夜ちゃんの腕が曲がってはいけない方向に曲がったのだ。
それも直角以上の角度で、だ。
あまりにもショッキングな映像に思わず言葉を失ってしまう。
絹旗「そォいうことでしたか……」
完全反射「……まさか、サイボーグとはね」
さ、サイボーグ?
サイボーグって人型の機械のことだよね?
黒夜「私の場合、腕だけだけどなァ」
絹旗「ということは、木原数多の……」
黒夜「ご明察」
良く分からない。
確かにサイボーグというものが存在していることにはかなり驚いた。
けれど、それで一方通行さんが倒せるものなのだろうか?
完全反射「一方通行の反射も完全じゃないンだよ、お姉ちゃン」
佐天「完全じゃない……?」
反射を教わった時に、核でも反射できるということを聞いた覚えがある。
そんなものを破ることができる?
一体、どんな手品を使えばそんなことができるの?
完全反射「理論は簡単。反射なンだから、反射の膜に触れた瞬間に手を引けば、それが反射される。つまり、自分から殴られにいくってこと」
なるほど。
たしかに理論だけなら簡単だ。
しかし、反射を使っている身としては、言葉ほど簡単なものではないことを知っている。
何しろ、反射の膜に触れたら引くという『触れたら』のタイミングはほんの1瞬しかない。
太平洋に放したメダカに石を投げて当てるようなものだ。
完全反射「けど、それを前に実行したヤツがいる」
それが木原数多。
一方通行さんの能力開発を行った研究者の1人だということだった。
それをサイボーグという機械によって再現する、というのが黒夜さんの対策というものだった。
……これって、どうやって私たちが対抗すればいい?
あの長さの槍を、こちらが倒すまで避けきるのは不可能。
間合いが違いすぎる。
では、どうする?
完全反射「でも、その程度であの人がやられるとは思えないけどねェ?」
黒夜「ハッ! ここで死ぬオマエが心配することじゃねェよ」
そういうと、改めて窒素の槍を構えなおす。
その顔には『ためらい』や『躊躇』などという文字は浮かんでいない。
反射なしにあの槍を喰らってしまったら?
想像するだけでも恐ろしい。
完全反射「やるしかないか……」
佐天「ど、どうやって?」
完全反射「…………」
沈黙という形の返答。
如何に今のこの状況が苦しいものであるかを現している。
黒夜さんがスタスタとまるで何でもないかのように間合いを詰めてくる。
逃げる?
いや、どちらにしろ奥の部屋に行くには、ここで2人を倒すしかない。
幸い、今のところ絹旗さんは傍観しているだけのようだ。
もっとも、それも絶対の勝利を確信しているからだろうけど。
そんなことを考えているうちに、間合いが5mを切った。
少し踏み出しただけで、向こうの射程範囲に入るという距離だ。
黒夜さんはゆっくりとした動きから槍を構える。
黒夜「まず一匹目ェ!」
1歩踏み込むと、右腕を袈裟に切り下ろしてくる。
狙いは……私!?
前も後ろもダメ。
横に動くには相手の動きが早すぎる。
避けられないっ!!
佐天「うわぁぁあぁあぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」
私は、本能的に左腕を槍の前に突き出した。
時が止まった。
やけに時間が長く感じる。
痛みはまったくない。
相当な痛みを受けると人の脳は痛みを拒否するとテレビか何かで聞いたことがあったが、それだろうか?
それか、まだ私は切られていなくて、走馬灯ってやつを見ているのかもしれない。
黒夜「…………は?」
絹旗「え?」
佐天「!?」
時が動き出す。
まだ痛みはない。
……左手はくっついている。
血の1滴すら垂れていない?
私が切られる代わりに、黒夜さんの右腕から先がなくなっていた。
それと一緒に槍も消えている。
私はとっさに反射を使っていた左手を突き出しただけだ。
それなのに、なぜこんな結果になった?
消えるように黒夜さんが何かつぶやいているが、こちらまで聞こえてこない。
機械ということもあって、血のようなものは出ていない。
いや、それよりも黒夜さんの様子がおかしい。
黒夜「なン……」
佐天「は、……え?」
黒夜「なンなンだよ、それはァァァああああああああああああああああ!!」
感情を爆発させるように、残った左手に槍を発動させる。
しかし、それだけ。
攻撃はしてこない。
私が何をしたのか分かっていないので、攻撃できないのかもしれない。
私自身だって分かっていない。
けれど、コーちゃんは冷静だった。
完全反射「隙だらけ☆」
完全にノーマークだったコーちゃんの蹴りが、黒夜ちゃんの鳩尾の辺りに突き刺さった。
黒夜「がァァァあああああああああああああああっ!!!」
見事に決まった蹴りの威力はかなりのものだった。
黒夜ちゃんは、立っていた場所から後ろに弾き飛ばされると、数m地面を滑っていく。
何が起こったのかわからないが、とにかく私は生きている。
汗が体中からドッと出てくるのが分かった。
完全反射(大丈夫、お姉ちゃン?)
佐天(う、うん)
向こうの2人に聞こえないように小声で話しかけてくる。
黒夜さんにダメージはあるが、深追いはしない方がいいという判断だ。
離れて見ていた絹旗さんは、多少驚いたような顔をしているが、慌てている様子はない。
その辺りも、追撃をしなかった理由なのかもしれない。
完全反射(さっき何が起こったか分かった?)
佐天(全然。コーちゃんは分かったの?)
完全反射(うン。というか、お姉ちゃンが槍を反射しただけだよ?)
佐天「え?」
相手は反射対策をしたサイボーグなのに?
故障していたとかそういうオチなんだろうか?
完全反射(いい? 黒夜海鳥が対策していたのは、一方通行であってお姉ちゃンじゃないの)
佐天(ど、どういうこと?)
頭が混乱してくる。
一方通行さんの対応策であって、私の対応策じゃない?
完全反射(一口に『反射』って言っても、個人差があるって話)
一方通行とシルバークロースの戦いはますます激化していた。
一方通行の現状は、能力は使えるが、ベクトル操作の精度は著しく低下。
敵の攻撃は反射を貫通してこちらに届く。
未完成とはいえ、どちらも一方通行用に練られた対応策。
『anti-accelerator』など名前負けしているとも思ったが、それほどまでに不相応という訳でもなさそうだ。
一方(だが、触っちまえば俺の勝ちだ。ベクトル操作自体が封じられてる訳じゃねェンだからな)
シルバークロースの放つ弾丸を回避しつつ、取るべき行動を選択する。
ベクトル操作の指向性は思い通りに制御できていないが、能力が発動することに変わりはない。
ならば、直に駆動鎧に触れて、その内部をズタズタに破壊してしまえば動きが止まるはずだ。
いくら駆動鎧が頑丈だとはいえ、相手は機械。
精密な機械を守っている外装ではなく、内部を破壊されて動き続けるはずはない。
それに、操っている人間を直接狙うことでも止まるだろう。
シルバークロース「逃げ回るだけとは。もう万策尽きたのか、第一位?」
一方(後は、どォやって触れるかだが……)
シルバークロースの挑発も軽く聞き流す。
こうしている今もベクトル操作による高速移動で回避を続けているものの、相変わらず指向性が制御できていない。
そのため、部屋の中にある机や椅子といったものを蹴散らしながらの回避運動となっているが、シルバークロースに近づくための足がかりが得られない。
そちらへ移動するためのベクトル操作をしても、多少ずれた方向に行ってしまうのだ。
もちろん、それを計算に入れた上での演算も行った。
だが、結果はダメ。
どうやらミサカネットワークへの介入具合はランダムなものらしい。
どうしてもシルバークロースが捉え切れない。
一方(能力がまともに使えねェなら手段は3つ。アイツからこっちに来てもらうか、まったく能力を使わないか、あるいは―――)
シルバークロース「……む?」
一方(―――正面突破だ)
シルバークロースが怪訝な声を出したのも無理はない。
一方通行が急に動きを止めたのだ。
深追いはせずに、一方通行への攻撃を一時中断する。
シルバークロース「もう逃げるのは終わりか。随分早かったな」
4つある駆動鎧の銃口を一方通行の方へと向けながら、勝ち誇ったようにシルバークロースが言い放つ。
たしかにこのままでは一方通行に勝ち目は薄い。
貴重な30分という能力を使える時間を過ぎてしまえば、勝敗は決する。
だから、その前になんらかのアクションを取らねばならない。
一方「1つ分かったことがある」
シルバークロース「何?」
一方「オマエがミサカネットワークに介入して、俺のベクトル操作の指向性に誤差を生じさせているンだろ」
シルバークロース「……確証は?」
一方「ンなもンねェよ。だが、見てりゃ分かる」
指向性に対する誤差はそれほど大きい訳ではない。
例えば、真っ直ぐ前に進もうとすると、大体30度くらいの範囲で左右どちらかにずれる。
回避しつつ、何度も試したがそれ以上の範囲で誤差が生じたことはなかった。
しかし、本来、その程度の角度ならば、大きな駆動鎧に触れられてもおかしくはない。
だが、シルバークロースの操る機動鎧は『必ず』誤差の生じる方向と逆方向へと回避運動を取ったのだ。
ミサカネットワークから一方通行の思考に誤差を生じさせるだけでなく、思考を読み取り回避にも繋げるという機能がある。
そう一方通行が考えるのも当然だろう。
実際、その通りだった。
シルバークロース「なるほど、確かにその通りだ。しかし、それが分かったところで何ができる?」
一方「知ってるのと、知らねェンじゃ戦い方が違うって話だ」
一方通行が、その赤い瞳でシルバークロースの操る駆動鎧を見つめる。
電極のバッテリーの残り時間はあと20分。
動きが止まっていたのは、わずか数刻。
再び室内が戦場へと戻る。
先に動いたのは、一方通行だった。
しかし、シルバークロースにはなんの問題もない。
ベクトル操作の誤差を誘導し、それと反対方向へと避けるだけでいい。
シルバークロース「―――ッ!!」
―――はずだった。
しかし、駆動鎧が左右のどちらにも回避運動を取らなかった。
8本の足は、前後左右どこから来ても反対側に移動できるようにと作られたものだったのだが、足の1本も動かない。
一方通行の動きに対してきちんと反応はしている。
一方通行の思考回路も、駆動鎧を通じてシルバークロースには理解できている。
だが、動かない。
―――それはなぜか?
答えは、『一方通行が何度も方向修正をしてきたから』だ。
今まで、一方通行の取った行動は、一直線に始点から終点に移動するというものだった。
そのため、最初のうちは多少の誤差があろうとも問題がなかったのだが、距離が増すにつれてその誤差は大きくなっていった。
しかし、今回は、方向がずれるたびに、それとは逆方向にベクトルの方向を変更しなおすことで、誤差を限りなく小さなものにしていた。
細かく中継地点を設けたのだ。
ゴルフに例えると分かりやすいだろう。
ホールインワンは限りなく難しいが、何度も打ち直し、距離を詰めていけば、カップに入れることは難しくない。
それと似たようなものだ。
また、左右に動くことによって、駆動鎧がどちらに回避すればいいのか解答不能になってしまった。
その上、そうやって小刻みに動いていることで、対一方通行用のゴム弾を回避にも繋がる。
シルバークロース(やってくれるッ!!)
ここまでくれば、あとは簡単に触れられる。
手動に切り替え、一方通行との距離を取ろうとしているようだがもう遅い。
一方「コレで終わりだ、糞ったれ」
一方通行の手が駆動鎧に向かって伸びた。
一方通行の手がその機体の胴体部分に触れた。
それだけで駆動鎧がバラバラになり、戦闘も終わると思っていた。
が、触れた瞬間、異変が起こった。
一方「―――ッ!!」
―――手が弾かれた。
ベクトル操作を使っている暇もなかった。
ビリビリと手に鈍い痛みが走る。
シルバークロース「さすがに今のはひやりとした。だが、そこまでのようだな」
一方「―――何をした?」
何をされたのか良く分からなかった。
ただ、手を弾かれた訳ではない。
『反射』していたはずの手が弾かれたのだ。
つまり、あのゴム弾以外にも、反射を無効化する武器が存在するのだ。
シルバークロース「……く、くはははは。本当に通用するとは思わなかった」
一方「なンだと?」
シルバークロース「『KvSSZ-01』が、対反射用の剣ならば、『DuSSV』は対反射用の盾といったところか」
『KvSSZ-01』とはゴム弾の正式名称だろう。
とすると、『DuSSV』というのはさきほど手を弾かれた原因。
シルバークロース「やるじゃないか、技術班の連中も」
一方「…………」
シルバークロース「いいだろう。教えてやる」
『DuSSV』の正体。
それは、駆動鎧全体の表面に施された“超高速振動装置”であった。
佐天(個人差……?)
事実として反射できてるんだから、コーちゃんの言うことに間違いはないはず。
けど、イマイチピンと来ない。
そもそも、反射に違いなんてあるのだろうか?
完全反射(分かってると思うけど、アイツらがやろうとしてることは、かなり緻密な攻撃なンだよね)
佐天(反射に触れた瞬間に反対側に引き戻すんでしょ? 私には絶対無理無理)
完全反射(そもそも、そんなことできる人間がおかしいんだって)
コーちゃんの説明はこうだ。
能力者は、それぞれの異なった計算式を経て、能力という現象を引き出す。
つまり、反射に限らず、まったく同じ方法で能力を使える能力者はいない。
ただし、常に例外は存在する。
それが、『暗闇の五月計画』。
『暗闇の五月計画』は、一方通行の思考パターンを能力者に植え付けることによって、能力の向上を図ろうという実験だった。
劇的な成果は上がらなかったが、それでもある程度の結果は残った。
その結果が、絹旗最愛であり、黒夜海鳥であり、そして、完全反射も含まれる。
もっとも、副作用がない訳ではない。
思考の一部を埋め込まれたことによる性格の凶暴化などはその一例だ。
そういう経緯もあって、一方通行の『反射』と完全反射の『反射』は、まったく同じ方法で導き出されている。
佐天(え、えっと……)
完全反射(つまり、アレがお姉ちゃンに効かなかったのは、私たちとは『反射』の適応される範囲が微妙に違うからだね)
適応される範囲の違いは、体の表面から何mmか。
あるいは、もっと誤差は少ないかもしれない。
だが、それが今のこの状況を生み出したのだ。
完全反射(私が狙われてたらアウトだったねェ)
それはちょっと笑えない。
黒夜「ぐぐぐ……」
絹旗「また超見事にやられたもンですね」
黒夜「うるせェ……」
絹旗の一言を一蹴する。
完全反射から受けたダメージは大きい。
黒夜「ふざけやがって……」
絹旗「手を貸しましょうか?」
黒夜「黙ってろよ、絹旗ちゃン」
このままでは引き下がれない。
右腕を失ってしまったが、左腕はまだ動く。
こういうときに、腕の痛みを感じないサイボーグがいいものなのかどうかは判断の難しいところだ。
いや、すぐに戦えるという意味では良かったのかもしれない。
だが、そのことより、反射の対抗策である窒素爆槍が反射されてしまったという精神的なダメージが、黒夜を引き止めていた。
なぜ反射されてしまったのか。
未だその答えが出せない。
黒夜(反射を切っていた? ……いや、ありえねェか。それじゃ私の腕が吹っ飛んだ理由がつかねェ)
絹旗「しかし、そォなると超マズイですねェ」
黒夜「あン?」
絹旗「あちらは反射の使える能力者。対して、こちらは窒素を操るだけの能力者。どっちが優勢かなンて超イチイチ言うまでもないですよねェ?」
絹旗の能力は、自身の周囲に窒素を操る『窒素装甲』。
その破壊力はコンクリートを砕き、その防御力はライフルの弾をも受け止める。
しかし、操作できる範囲が極端に狭いため、もっぱらその防御力に主眼を置くべきだろう。
『暗闇の五月計画』によって、一方通行の防護性の色を強く引き継いでいる能力者が彼女なのだ。
しかし、そんな絹旗も反射の前には無力と化す。
その攻撃力も、防御力も、能力によるものであって、彼女自身は普通の12歳の少女でしかないのだ。
黒夜「それにしちゃ妙じゃねェか?」
絹旗「?」
徐々に回復してきたのか、黒夜がゆっくりと立ち上がる。
そもそも、蹴りのダメージもあまり入っていたなかったのかもしれない。
蹴り飛ばされたにしては、少々吹き飛ばされすぎている。
おそらく、後ろに飛んでダメージを殺したのだろう。
黒夜「絹旗ちゃンが言うよォに、アイツらが反射を使うってことは分かってる」
絹旗「それだけ超やられて分かってなかったら、私は帰ってるところですけどね」
黒夜「オマケに、私の窒素爆槍も効かないときた」
絹旗「超壊れてンじゃないですか?」
呆れたように絹旗が言う。
しかし、黒夜の顔色は変化しない。
まるで、まだ勝負がどうなるかは分からないといった顔をしている。
黒夜「それじゃ絹旗ちゃン、質問だ」
絹旗「この廊下は一本道。他から侵入される心配は超ないですけど、逆にいうと袋のネズミってことですよ?」
黒夜「じゃあ、なンでアイツらはトドメを刺しに来ないンだろうねェ?」
絹旗「―――!」
逃げる算段を立てていた絹旗の思考が止まる。
確かに、反射を使えるのであれば、この絶好のチャンスに様子見をしてくる理由がない。
現に、今も同じ顔をしている2人は小声で何か話し合っている。
絹旗「つまり、あちらにも弱点が超あると?」
黒夜「諦めるにはまだ早ェな」
それだけ言うと、黒夜は笑みを浮かべた。
一方「超振動?」
シルバークロース「その通り」
一方通行の手を弾いた原因は『超振動』。
シルバークロースの搭乗している機動鎧の表面が、超高速で振動しているということのようだ。
あまりにも高速で振動しているためか、目視ではそれを確認できない。
一方「解せねェな」
シルバークロース「?」
一方「多少振動してよォが、反射は適用されるはずだ。それこそ、反射に完全にタイミングを合わせねェ限り」
シルバークロース「さすがに気づくか」
おかしいとは思っていた。
なぜ、対一方通行用の駆動鎧が8本足なのか?
しかも、こんな室内における戦闘では、その機動性を十分に発揮できない。
足が多いことで有利に働くのは、足場が不安定な場所だろう。
こう障害物の多いところでは、その利点も奪われてしまう。
ならば、あの8本足には、別の機能が搭載されていると見るべきだ。
例えば―――、
一方「索敵装置……か」
シルバークロース「―――っ!? そこまで見破るか」
反射を無効化できない以上、通常の方法で一方通行の動きを捉えるのには無理がある。
赤外線レーダーや、熱感知レーダーも、一方通行の前では役に立たない。
その反射によって、位置情報を誤認させられるか、あるいは、見失ってしまうのが関の山だ。
それを防ぐためには、カメラなどによる目視に頼るしかない。
が、この『anti-accelerator』は敢えてその方法を採らなかった。
理由はいくつかある。
そのうち最も大きな理由が、対策がされやすいということにあった。
現在、学園都市で製造されている駆動鎧のほとんどは、カメラによる視認システムを用いている。
これは単に、その方がより多くの情報を取得できるからという理由からだ。
しかし、それだけに頼っている駆動鎧は存在しない。
例えば、悪天候時。
1m先も見えないような状況で、カメラによる視認システムが役に立つだろうか?
例えば、市街戦。
障害物の多い市街では、どうしても死角も多くなってしまう。
例えば、閃光弾。
扱いの易い武装によって、一時的にその『目』が簡単に奪われてしまう。
それを補うために、駆動鎧には必ず多種類のレーダーが搭載されている。
赤外線、熱感知など、レーダーの種類は多岐にわたる。
つまり、情報量の多さという長所の裏側に、対策のしやすさという短所が潜んでいるのだ。
だから、『anti-accelerator』では、カメラによる視認を重要視していない。
一方(じゃァ、何を使って俺を捕捉してやがる?)
8本足に秘密があることは間違いない。
しかし、それが何による感知方法なのか分からない。
いや、絞りきれない。
超音波などによる音は論外だ。
一方通行が音速以上で動ける以上、それ以下のスピードの『音』では反応できない。
そうすると、可能性があるのは……、
一方「光……、『赤外線』か」
シルバークロース「…………」
シルバークロースは返答しない。
大雑把に光によるのレーダーといっても、その種類は多々ある。
『赤外線』によるレーダーは、物体との距離を測れる。
研究所内のあらゆるMAPデータを入力しておけば、一方通行の場所を測ることは難しくない。
なぜなら、データより測定された距離が大きくなったとき、その直線状に一方通行がいることは間違いないのだ。
反射や、その障害物によって、距離が短くなるという可能性は大いに有り得る。
だが、逆にその距離が大きくなるという可能性は存在しない。
ありえるとすれば、一方通行の反射によって、赤外線を捻じ曲げられたときしか有り得ない。
8本足は、その誤差を少なくするための保険。
様々な位置から無数の赤外線を放つことによって、その一方通行の位置を的確に見抜いているのだ。
一方「なるほどな」
理解はしたものの、厄介なことに変わりはない。
一方通行は、あの8本足によって、距離を正確に測られていることになる。
つまり、例の超振動が使われるタイミングは、まさに一方通行が攻撃したその瞬間になる。
おそらく、超振動を使い続けることは、バッテリーに負担が掛かりすぎるのだろう。
そうでなくとも、ミサカネットワークに介入するなど、その負担は大きいはずだ。
弱点はバッテリー。
だが、それは一方通行にもいえる。
それを見越していれば、最低30分は稼動するように作られているはずだ。
今、残っているバッテリーの残量は、15分といったところだろうか?
一方「分かってみりゃ、随分チープな方法だなァ」
シルバークロース「果たしてそうかな?」
意味深な笑い声が、駆動鎧を通して一方通行の耳に届く。
まだ奥の手があるのか。
あるいは、それは虚勢なのか。
そんなことはどうでもいい。
もうすぐ終わる。
一方「遊びは終わりだ。もォすぐ演算も終わる」
シルバークロース「ははははっ、何の演算だ? 逃げるためのか?」
一方「ンな訳ねェだろォが」
シルバークロースは知らない。
一方通行は、一度した失敗を二度と繰り返さないことを。
一方「オマエをスクラップにする為のに決まってンじゃねェか」
規定値を変更する演算は終わった。
これで形勢は逆転する。
シルバークロース「スクラップだと? 私を? 逃げていただけの君が?」
シルバークロースからは余裕の色は消えない。
あるのは、逃げている獲物をどうやっていたぶろうかという嗜虐の思考だけ。
第一位というものに対する優越感だけだった。
一方「だからオマエは二流なンだよ」
シルバークロース「何?」
一方「獲物を前に舌なめずりは、ザコのすることだ」
その一言とともに、一方通行の姿がぶれる。
シルバークロースに向かってジグザグに移動してきたのだ。
シルバークロース「バカの一つ覚えがっ!!」
4つの砲身で一方通行を狙うも、弾はかすりもしない。
そして、あっという間に懐に潜り込まれた。
しかし、シルバークロースに危機感はない。
なぜなら、自動防衛システムが―――
一方「邪魔だ」
シルバークロース「なっ!?」
働かなかった。
駆動鎧による回避運動を取っていた為、本体に影響はなかったが、8本足のうちの1本がもぎ取られていた。
『超振動』が働かなかった?
いや、違う。
一方通行が何かしたのだ。
一体、何をした?
一方通行がもぎ取った足を弄びながら言う。
一方「天井のヤロォには言ったことなかったかもなァ」
一方「『デフォじゃ反射だ』ってよォ」
絹旗「含み笑いしてるとこ悪ィンですが、何か策はあるンですか?」
たしかに黒夜の言うとおり、佐天たち2人は絹旗たちにトドメを刺しにこない。
弱った獲物をいたぶるような人間が相手だったのなら、絹旗たちにもまだ勝機はある。
だが、それも見込めない。
あの2人は、一方通行の思考の一部を移植された人間。
そんな趣味も情もかけるほどお人よしではないはずだ。
つまり、こちらに踏み込んで来れないなんらかの理由があるはずなのである。
黒夜「まァ、ねェけどさ」
絹旗「はァ……」
絹旗自身、元々黒夜の答えに期待していた訳ではないが、あまりの無策さにため息がこぼれる。
理由としていくつか考えられる。
1つは、黒夜の能力を反射できた理由が不明だから。
あちら側でも、なぜ反射できたか原因が分かっていない。
次も反射できるとは限らないと、慎重を期して様子を窺っている。
もう1つは、向こう側に弱点があるということ。
先ほどの攻撃は偶然回避できたが、それが何度も続くものではないと分かっているという可能性。
あるいは、あちら側に何らかのトラブルが発生したか……。
どちらにしろ、この隙に作戦を決めなければやられてしまう。
絹旗「対一方通行用の奥の手は超それだけですか?」
黒夜「……チッ! 今ので別の奥の手もぶっ壊れちまったぞ、畜生!」
黒夜海鳥の用意していた別の対一方通行対策とは、サイボーグによる自身の拡張にあった。
彼女の能力は、『両手』に窒素の槍を発生させる能力であり、人間では必然的に2本までの槍しか発生させられない。
だが、学園都市の技術はそんな人間の領域を超えることに成功した。
サイボーグとして作成された腕を黒夜の身体に接続することによって、能力の使える腕を無数に増やし、彼女の弱点の1つを埋めていた。
もっとも、そんな便利なものも所詮は機械。
マスターとなる腕を自身の体に直接接続し、それをアンテナとしてスレイブとなる腕に電気的な信号を送っている。
外部接続であるマスターを操作するための装置は、右腕のサイボーグの内部に搭載されていた。
しかし、その右腕はさきほどの反撃で見るも無残な姿に成り果てている。
そのため、いくら奥の手がまったくの無傷であろうと、マスターとなる腕が動かないのでは元も子もない。
黒夜に残されたのは左手1本。
ハンデは大きい。
黒夜「…………」
視線を投げかけてくる黒夜を無視し、冷静に自分の現状を分析する絹旗。
自分の能力。
相手の能力。
使える道具。
黒夜の状態。
狭い廊下。
退路はない。
まだ12歳の彼女ではあるが、暗部という世界でみるとベテランというほどに場数を経験している。
死に掛けるような修羅場もいくつも潜り抜けてきた。
絶対的な逆境からも光明を見出すような経験も多々ある。
絹旗「……となると、まずは相手の弱点を見つけるところからでしょうねェ?」
黒夜「こォして膠着状態を維持してりゃ、そのうち増援が来るンだろ?」
絹旗「そうして、あちらが超破れかぶれになる前に決着は付けておきたいですね。それに―――」
黒夜「それに?」
絹旗「あちらの増援が超来ないとも限りませンし」
黒夜「―――ッ!!」
黒夜の背中に冷たいものが走る。
こうして戦っている相手は、たかが少女2人。
右腕と奥の手を失った状態で、『あの男』が増援に来たら勝てるはずがない。
その前に身を引いて態勢を整えるのが必要なのは言うまでもない。
絹旗「ともかく、きっかけは作ります。ですので、あとは自己判断で超やってください」
黒夜「そりゃいい。素晴らしすぎる作戦で泣けてくるねェ」
あてもなければ、勝機もあるかどうか分からない。
だが、この程度楽勝だ。
『一方通行』を相手に戦うことと比べれば。
黒夜「ンじゃ作戦会議も終わったことだし……」
絹旗「そろそろ超行きますか」
佐天「うっ……」
黒夜さんの腕がバラバラになって戦意喪失してくれるかと思ったけど、どうもそう甘くないらしい。
奥にいた絹旗さんがゆっくりと黒夜さんの隣に移動する。
一方通行さんの思考回路の一部を植えつけられているということは、彼女も高レベルの能力者である可能性が高い。
思わず身構えてしまう。
完全反射(でも、2人で来られる前に腕一本潰せたのは大きいね)
佐天(う、うん……)
けれど、その程度で安心はできない。
何しろ私がベクトル操作できる範囲は両腕の肘から先だけ。
それ以外の部分にあの槍を受けてしまったら、豆腐のようにバラバラ。
コーちゃんはもっと酷い。
私より広範囲の反射を使いこなせても、あの槍を防ぐことができないのだ。
それに加えて、未知の能力を使う絹旗さんも参戦するときている。
完全反射(相性的には、私が窒素装甲で、お姉ちゃんが窒素爆槍だね)
佐天「え?」
完全反射(窒素装甲は近接戦闘型で、私の反射も効くだろうからね)
イマイチ能力は分からないが、コーちゃんに任せておけば大丈夫ということらしい。
となると、私の相手は黒夜さんか……。
なんか黒夜さんの方が目つきが怖くておっかないんだよね。
完全反射「―――来るよ。気をつけて」
こちらにも時間はあまりない。
覚悟を決めて戦うしか道はないのだ。
4人の中で一番始めに動いたのは絹旗だった。
もちろん、佐天と完全反射に対して突っ込んでいったりはしない。
彼女は自分の能力がどれほど反射に相性が悪いかを理解していた。
絹旗(あの2人が一方通行レベルの能力者とは超考えられません。ならば、何か欠落している部分があるはず)
ほんの1、2歩だけ前に進むと、絹旗はその足を止める。
佐天と完全反射は動いていない。
この間合いでは、お互いに攻撃は届かない。
……はずだった。
絹旗は足は止めたが、動作を止めてはいなかったのだ。
完全反射「―――っ!! マズ―――」
絹旗「超遅いです」
そう言うと、地面に散らばった黒夜の右腕の残骸を適当に握り、アンダースローのフォームで佐天と完全反射に投擲した。
絹旗は能力を発動していないため、殺傷能力はまったくない。
だが、それを避けることはできない。
細かい部品が、散弾銃のように2人に浴びせられた。
佐天「い、痛っ!?」
完全反射「くっ……」
頭部を腕で守る佐天と、絹旗の方を睨み続ける完全反射。
今の攻撃で、はっきりと2人の差が出てしまった。
絹旗「へェ、そォいうことですか」
黒夜「なるほど。そっちの奴は反射できるのが腕だけなンだな」
絹旗と黒夜の2人は、そういいながら躊躇いなく走り出す。
反射の使いこなせていない佐天に向かって。
最悪の展開になってしまった。
完全反射はそう思っていた。
今まで、あの2人の攻撃を押しとどめていたのは、こちらが反射を使えるという長所が存在したためだ。
オマケに黒夜の言っていた対一方通行用の秘密兵器が通用しなかったという点も挙げられる。
だが、それで保っていた均衡は、さきほどの投擲で崩れてしまった。
『弱いものから潰す』
それはある種のセオリーだ。
特に、実力の均衡している者同士で重要になってくるのは数。
1人では、2人を相手に勝てないのは自明の理だろう。
それこそ、一方通行のような圧倒的な力を持っていれば話は変わってくるが。
完全反射「くそっ!!」
元々、完全反射が絹旗、佐天が黒夜と個別に戦う予定だった。
ならば、完全反射が絹旗を止めることで、元来の予定通りに事を進めるしかない。
向かってくる2人に対して、完全反射も前に出ることで距離を詰めていく。
完全反射(ただでさえ、お姉ちゃンは危険な目に遭ってる。これ以上は―――)
絹旗「ところで」
お互いの距離があと10歩といったところで、突然絹旗がしゃべりだす。
話しかけている相手は、もちろん黒夜だ。
絹旗「こっちの私服の方には、窒素爆槍は超効くンですかねェ?」
完全反射は、その答えを聞く前に身を屈める。
その頭上を黒夜の窒素爆槍がブンという音と共に通過していった。
その隙に絹旗が横を通り抜け、少し遅れる形で髪の毛の先がわずかに空中を舞う。
黒夜「どォやら、絹旗ちゃンと組んだのは正解だったみたいだねェ! ぎゃはははは!!」
完全反射(最悪だ、クソったれ! なンでこンなタイミングで!)
防御不可能な死の槍が目の前をゆらゆらと揺れる。
完全反射の頭の中では、うるさいほどの心臓の音が響いていた。
まずいことになってしまった。
絹旗さんの攻撃自体でダメージはなかった。
けれど、気が付いたら最初に戦うはずだった黒夜さんはコーちゃんと、絹旗さんはその隣を通り抜け私の方に向かってきている。
佐天(どうすれば―――っ!!)
絹旗さんの能力は分からない。
けれど、コーちゃんの隣を通るときに攻撃をしなかったところを見ると、反射はできるはずだ。
ただ、向こうもこっちが反射できるのは肘から先だけだということを知っている。
条件はかなり悪い。
そんなことを考えている間にも、絹旗さんと私の距離は縮んでいく。
佐天「うぁっ!!」
これ以上距離を縮められてはマズイと、手元にあったものにありったけのベクトルを込めて飛ばす。
飛んでいったのは……さきほど投げつけられた残骸だろうか?
さすがにこれが当たったら痛いでは済まされないスピードだ。
しかし、絹旗さんはまったく避ける素振りを見せない。
絹旗「超残念ながら、その程度で私の『窒素装甲』は破れませン」
佐天「くっ!!」
飛ばした残骸が命中するも、ダメージらしいダメージは見受けられない。
そうしている間に、お互いに攻撃の射程に入ってしまった。
絹旗さんの鋭いパンチが左肩にかする。
佐天「あぐっ……」
それだけで、2~3mも地面を滑ってしまった。
関節は外れていないようだが、ジンジンと鈍い痛みが肩に響く。
まともにあのパンチを喰らってしまったらどうなるか想像もしなくない。
それに、私以上にマズイのはコーちゃんだ。
相手が左手1本とはいえ、相性が悪すぎる。
この最悪の状況をなんとかするには、どうすればいいのだろうか?
どうすればいいか、その答えは簡単に出た。
最初の計画通り、私が黒夜さんを、そしてコーちゃんが絹旗さんと戦えば相当有利になる。
佐天「ただ、それをどうやって実行するかが問題なんだけどさ」
ズキズキと痛む肩を押さえながら目を前に向けると、通路を塞ぐような形で絹旗さんが立っているのが見える。
さっきのパンチを見る限りでは、カラテやケンポーのようなものをやっているようには見えなかった。
ただ殴ることには慣れている、そんな印象を受けた。
体の軸がブレたりしていなかったし、何より動きがスムーズだった。
となれば、まともに戦って私が勝つのは無理だ。
絹旗「どォしました? あちらでは妹さンが超ピンチのようですが?」
奥ではコーちゃんが戦っている。
いや、戦っているというよりも、必死に避けている。
黒夜さんの槍の長さは3m前後。
とてもではないが、あの槍を掻い潜って攻撃に移るまでに反撃を受けないのは不可能だ。
黒夜さんとの距離を常に3m以上取ることによって回避をしてはいるが、それもいつまで持つか分からない。
このままではジリ貧だ。
ならば―――
佐天「コーちゃん!!」
完全反射「そんなに大きな声じゃなくても聞こえるよ……」
黒夜さんの方に神経を集中させながら、コーちゃんは私の声にこたえる。
突然の大きな声に驚いた顔をする絹旗さんを尻目に、こう続けた。
佐天「戻ってきて!!」
絹旗・黒夜 「「は?」」
完全反射「……オッケー、お姉ちゃン」
コーちゃんは、バックステップで黒夜さんから少し距離を取ると、一目散に振り返り全力で絹旗さんの隣を駆け抜ける。
通り抜けざまに絹旗さんの腕が少し動くが、反射の完璧なコーちゃんに攻撃できない。
ここからは、私たちが攻める番だ。
相手の態勢が整えられていない今がチャンス。
むざむざ時間を置いて、相手に立て直しを図る時間を与えることはしない。
コーちゃんに一瞬だけ目配せをする。
それだけで、その意図を理解してもらえたようだ。
完全反射「せいっ♪」
絹旗「くっ……!!」
コーちゃんが絹旗さんに向かって攻撃を開始する。
あちらは攻撃も防御もできない。
できるのは回避行動だけ。
オマケにこの位置取りならば、黒夜さんも絹旗さんが盾となって私たちに攻撃できない。
黒夜「そいつはどォかなァ?」
佐天「え?」
黒夜さんがそう言ったかと思うと、左手に構えていた槍を横に一閃した。
射程圏内には、コーちゃんも絹旗さんもいるのに、だ。
コンクリートの床や壁を豆腐のように裂く槍に触れたらどうなってしまうかは、見なくても分かるだろう。
絹旗さんの背中越しにそんな光景を見たコーちゃんはギョッとしながら、慌てて回避行動を取る。
完全反射「あぶっ!?」
絹旗「はい?」
その直後、ゴスッという鈍い音が辺りに響いた。
窒素でできた槍が絹旗さんに直撃したのだ。
しかし、辺り一面が血の海になるようなことはなかった。
いや、それどころか、槍は絹旗さんに傷の1つもつけていない。
絹旗「さ、さすがに直撃は超痛いンですけどね」
状況は一転、そしてまた一転とする。
コーちゃんと絹旗さん。
この2人の戦いならば、どちらが勝つかは明白だ。
しかし、この場にはあと2人の人間が存在している。
もちろん、私と黒夜さんだ。
私がここからできることは非常に限られているが、黒夜さんは違う。
黒夜「さすがの防御力だねェ、絹旗ちゃン」
絹旗「それでも超痛いンですから、当てないよォにしてくださいよ」
黒夜「オッケー、オッケー」
完全反射「チッ!!」
今のやり取りだけで状況が変わってしまった。
具体的に言うと、黒夜さんが攻撃のパターンを変更したのだ。
『薙ぎ』から『突き』へと。
その効果はバツグンだった。
今まで攻撃していたコーちゃんが防御に転じていた。
というのも、絹旗さんによって視界を塞がれているため、黒夜さんの動きが完全に把握できないのだ。
それに今までの薙ぎによる攻撃と違い、槍を常時実体化させずに、突く一瞬だけ能力を解放しているので、回避しにくいという状況に陥っていた。
その上、射程も分かりにくい。
バックステップで回避できる距離なのかどうかも分からない。
完全反射「こりゃマズイねェ」
コーちゃんは黒夜さんに絶対的に相性が悪い。
ならば、相性のいい私が黒夜さんの相手をすれば、勝機は見えてくる。
無言のまま前に走り出す。
目標は、2人の後ろにいる黒夜さん。
―――だったのだが、
絹旗「すンなり通すと思ってンですか?」
牽制程度に絹旗さんが拳を壁に振るったかと思うと、ゴガァァンというもの凄い音が廊下を包む。
私は思わず、前に出る足を止めてしまった。
さきほどの轟音がまだ耳の奥に残っている。
壁にできたクレーターのような大きな凹みが、その威力のもの凄さを物語っていた。
けれど、私たちにとって重要なのはその威力ではない。
硬直によりできた隙を活かし、コーちゃんがバックステップで私の隣まで戻ってくる。
ここまでは黒夜さんの槍も届かない。
完全反射(どう? アレ突破できそう?)
佐天(無理無理無理無理。全然手の動き見えなかったし!)
小声でコンタクトを取り合う。
コーちゃんも若干呼吸が乱れている。
今のところ回避できてはいるが、この調子でいつまで持つかは分からない。
それはもちろんコーちゃんも理解しているだろう。
完全反射(マズいねェ。お姉ちゃンを前に行かせる訳にもいかないし……)
あの2人とこちらの2人で異なるところは、後衛の攻撃力。
私がベクトル操作で適当なものを投げつけても、絹旗さんには何の効果もない。
しかし、黒夜さんの攻撃が命中すると、コーちゃんに多大なダメージを与えられる。
オマケに向こうの連携もよくなってきている。
絹旗「もう分かったでしょう? そろそろ諦めたらどォですか?」
黒夜「そうそう。私らだって、別にオマエらと戦いてェ訳じゃねェンだ」
『ここから立ち去るなら、命だけは見逃してやる』ということなのだろう。
つまり、樹形図の設計者を破壊するのは諦めろ、と。
私は現在の状況を確認する。
自分の能力、狭い廊下、目の前に立つ2人の少女、入り組んだ施設、凹んだ壁、コーちゃんの状況。
数々の要素を勘案し、わずかながら考えた末にある1つの判断を下す。
佐天「分かった。帰ろう、コーちゃん」
絹旗・黒夜 「「…………は?」」
完全反射「……はい?」
私以外の3人の声が一斉にハモった。
同時刻、第7学区桐生バイオテクノロジー研究所。
そこの一室では、まるで室内に台風が来たかのような有様だった。
部屋の中に立っているのは、一方通行1人。
2mはあった巨大な駆動鎧は、八本の足と四本の腕を捥がれ、胴体部分だけが地面に横たわっていた。
人が乗り降りするためのハッチも歪んでいるため、シルバークロースが脱出することもできない。
しかし、一方通行は、もう興味がなくなってしまったかのようにそちらに視線を向けたりしない。
一方「さァて、天井のヤロォはどこ行きやがった?」
チョーカーのスイッチをOFFにし、奥の部屋へと入ってく。
部屋の中は薄暗い。
だが、天井亜雄の姿は簡単に発見できた。
唯一電源の入っているPCの巨大ディスプレイの前に立っていたからだ。
一方「見つけたぜェ。天井くゥンよォ?」
天井「ひっ……」
蛇に睨まれたカエルのように天井はまるで身動きが取れなかった。
体中から冷たい汗が流れるのが分かる。
一方「散々手こずらせやがって。楽に終わるとか思ってンじゃねェだろォなァ?」
天井「く、来るな!」
もう少し。
もう少しで、一方通行を足止めできる『武器』ができあがる。
画面に表示されている進捗具合は98%。
あと30秒足らず時間を稼げば命が繋がる。
ゆっくりと一方通行が天井に近づく。
首のチョーカーに手をかけ、いつでも能力が発動できる状況だ。
天井が妙な行動を取った瞬間に、組み伏せられてしまうだろう。
だから、動かない。
ジリジリと間合いを詰める一方通行に対し、動けなかったのかもしれない。
しかし、それが功を奏した。
画面は進捗具合100%を示し、天井が生き延びるための道ができあがった。
天井「ふ、ふはははははははっ!!」
一方「何を笑ってやがる」
突然笑い出した天井を前に、怪訝な表情をする一方通行。
以前死にかけた恐怖がフラッシュバックしておかしくなったのだろうか?
しかし、違った。
天井「う、動くな! こいつがなんだが分かるか!!」
一方「あン?」
そういって、天井が掲げた手の中には1枚のデータチップが握られていた。
それこそが、天井の生き延びるための『武器』。
一方通行がこの施設に攻め込んだ理由でもあるものだ。
天井「これは『完全反射の人格データ』だ」
一方「……なンだと?」
天井「おっと、変なマネはするな。オリジナルデータは削除した。オマケにこいつは繊細で、簡単に壊れるぞ」
一方「ぐっ……」
一方通行の顔色が変わるのを見て、天井はますます大きな笑みを浮かべる。
一方通行が変に警戒してくれたお陰で、こんなに簡単に時間を稼ぐことができた。
それに、以前の彼ならこの程度のデータで二の足を踏んだりはしなかった。
そもそも、彼は自分以外に守る物がなかったのだから。
だからこそ、そこに付け入る隙がある。
天井「ひ、ひははははははっ! 能力を切って両手を上げろ、一方通行!」
一方「……チッ」
スッと一方通行が手を上げる。
それを見た天井は、チップを持つ逆の手で、ゆっくりと懐から拳銃を取り出した。
完全反射「ちょっとお姉ちゃん、どういうこと?」
一本道の通路を戻って、すぐのところにある角を左に曲がったところで、コーちゃんが私にそう問いかけてきた。
口調からすると、能力使用モードを解いているのだろう。
コーちゃんの問いに数秒答えず耳を澄ませてみるが、絹旗さんと黒夜さんは案の定追っては来ない。
彼女たちの目的はあの奥の部屋を守ることであって、私たちを倒すことではないから、当たり前といえば当たり前かもしれない。
もちろん、それは私たちも同じ。
彼女らを倒すのが最終目標ではなく、樹形図の設計者を破壊することが目的の1つなのだ。
もう1つの目的である、『天井亜雄の発見及び無力化』は御坂さんに任せることになっている。
完全反射「お姉ちゃんってば!」
佐天「ん? あぁ、ゴメン、ゴメン。ちょっと考え事しててさ」
完全反射「もしかして、一旦引いたのは行き当たりばったりだとか言わないよね?」
佐天「もちろん」
答えはNO。
あの2人にまともに正面からぶつかっても、勝ち目は薄い。
それに偶然2人に勝つことができても、そのころには敵の応援も駆けつけ、逃げることができなくなってしまう。
これ以上学園都市に被害を拡大させないことに対し、命の2つで解決できるなら安い買い物だろう。
けれど、そんなバーゲンの品として棚に並ぶのだけはごめんだ。
ならば、その突破困難な壁をぶち破るような方法を見出さなければならない。
コーちゃんと話しながら、角を曲がってすぐのところにあった左側の部屋に入っていく。
部屋の中は暗い。
わずかながらこぼれる廊下の光が、唯一の明かりだった。
逆転のための一手はこの部屋にあるはずだ。
完全反射「それで―――」
佐天「しっ!」
しゃべろうとするコーちゃんを制止する。
暗くて表情は分からないが、きっといぶかしげな顔をしているのは間違いない。
なぜなら、私も同じ状況ならそうなるだろうから。
暗い中、手探りで電灯のスイッチを探し、明かりを付ける。
そこには、おおよそ想像通りの光景が広がっていた。
部屋中を覆いつくすような数の機械、機械、機械。
『おおよそ』という言葉を使ったのは、天井が見えなくなるほど多くの機械、機材類が置かれているとは思っていなかったからだ。
わずかな通路を残して、整然と部屋の奥まで機械が並んでいる。
ただし、そんな機械だらけの部屋の中の例外として、一部壁が露出している部分があった。
入り口から向かって、左側の壁だ。
完全反射(……そういうことね)
壁付近の床には、バラバラに散っている様々な部品がぶちまけられていた。
元々そうなっていたとは考えにくい。
ただ単に、高いところから落ちて壊れたような飛び散り方だ。
佐天(壁がへこむとかなら見たことあるけど、出っ張ってるってのは初めてかな)
原因は、さきほどの絹旗の一撃。
そのあまりの拳の威力は、壁を挟んだ隣の部屋にまで影響を与えていた。
具体的に言うと、その部分だけ球状に膨らんでいる。
もう一度、同じことをされたら、間違いなく穴が開くに違いない。
完全反射(ま、へこんでるってのもあんまり見ないけどね)
佐天(クローゼットとか出窓とかは、部屋がへこんでるようなもんでしょ)
完全反射(んー、まぁ確かに……)
こういうところの感性も私に似ているのだろうか?
この前、似たようなことを初春に言ったら理解してもらえなかったことがあって、へこんだものだ。
ともかく、これで私が一旦引いた理由がわかって貰えたはずだ。
完全反射(ここからあの2人を奇襲するってことだね)
佐天(それも1つの方法だけどさ)
感性が似ていても、考えていることは一致するとは限らないか。
佐天「―――って感じかな」
完全反射「……なるほどね」
コーちゃんに作戦の内容を説明すると、一言だけそう言った。
おでこに人差し指をあて、何か考えているようなポーズをとっている。
おそらく、作戦が成功するかどうか、穴がないかどうかを思案しているんだろう。
私もたまにそうするが、特に意味はない。
強いていうなら、「私は考え事をしてますよー」というアピールだろう。
ともかく、コーちゃんは「うーん」と声を出しながら、問題点を探り出している。
完全反射「その方法だとさ、無事に脱出できるかどうかは五分五分ってとこじゃない?」
佐天「そうなんだよねぇ……。諦めて退いてくれればいいんだけど……」
完全反射「まぁ、どちらにしろいい策もそれしかなさそうなんだけど、せめて保険は欲しいところだよね」
佐天「でも、奇襲をかける作戦でも、位置がちょっとずれてたら意味ないし……」
完全反射「んー……」
そもそも、作戦なんて大それたものじゃない。
ただ単に、入り口の前にいる2人に見つかる前に、奥の部屋の樹形図の設計者を破壊するというだけだ。
この作戦なら樹形図の設計者を破壊できる可能性は高い。
けど、壊したら100%バレる。
つまり、逃げ道がふさがれる可能性がかなり大きいのだ。
そうなった場合、今のように逃げ隠れすることはできない。
完全反射「……あ!」
佐天「何かいい案でも思いついた?」
ふっふっふ、という笑い声がもれるほど満面の笑みを浮かべてこちらを向いてくるコーちゃん。
なぜだろう? 何か嫌な予感がするのは。
完全反射「説明するのもめんどくさいから、とりあえず服脱いでよ、お姉ちゃん」
そんな会話がされている頃、第7学区のある研究室の一室では、蛇を目の前にしたカエルのような顔をする中年と、線の細い白い男が立っていた。
純粋な力関係で言えば、線の細い男、「一方通行」が言うまでもなく上だ。
だが、その圧倒的な力関係を覆しつつあるのが、中年の男、「天井亜雄」の手の中に握られたデータチップ。
つまり、完全反射のオリジナルの人格データだ。
天井「動くなよ? 絶対に動くんじゃないぞ?」
一方「ンだよそりゃ。フリか?」
苦虫を潰したような顔をしつつ、吐き出すように言う一方通行。
手を上げるなどというサービスまではしないものの、その場からは動こうとしていない。
佐天と完全反射を騙してでもここに来たのは、そのデータチップを入手するためだ。
決して天井を倒すためなどではない。
無論、そのことを一方通行に問いかけても否定するだろうが。
一方「それでこれから俺はどォすりゃいい? 逆立ちでもするか?」
天井「はは。それはいい」
天井は口でこそ笑っているが、目がまったく笑っていない。
むしろひきつっているといった方がいいくらいだ。
これではどちらが優位に立っているか分からない。
一方(しかし、こいつは面白くねェな。天井のクソ野郎を殴るのに1秒もかからねェが、そォすると弾みでデータまでぶっ壊しかねねェ)
天井「ひ、ひひひっ。は、反射も使うんじゃないぞ?」
キッと刺すような眼光で睨みつけると、天井は一瞬たじろぐ。
だが、それ以上一方通行が何もしないところを確認すると、唇の端を少しだけ吊り上げる。
そして、一方通行に視線を向けたまま、手探りで机の上を物色した。
天井の腕が震えているためか、バサバサと様々な書類が落ち、床に広がっていく。
そのまま適当なファイルを手に掴むと、一方通行に向かって軽く投げつけた。
反射を切っている一方通行は、飛んでくるファイルをそのまま頭で受ける。
辺り一面に紙が散らばり、部屋が白で埋められていく。
ぶつけられた痛みはほぼない。
だが、次はそうはいかない。
それを見た天井が、懐から拳銃を取り出したからだ。
佐天「ううう……、恥ずかしかった」
結局、脱がされた。
今はもう服を着ているものの、こんな場所で下着姿にさせられる身にもなって欲しい。
完全反射「ま、いいじゃん。私も恥ずかしかったし」
佐天「ぐぐぐ……」
完全反射「ほら、まだ心臓がドキドキしてるよ」
ムニュリ。
ふむ、我ながらいい乳だ。
じゃなくて、たしかにドキドキしているのが手のひらに伝わってくる。
それなら仕方ない、御相子ということで―――
佐天「と言うとでも思った?」
完全反射「や、やっぱりダメ?」
こんなことしてて時間は―――
大体、侵入開始してから20分くらい。
早ければ、もう敵の増援が駆けつけてきてもおかしくはない。
佐天「ん、ぐずぐずしてる暇はないか」
完全反射「そうそう。さっさとやってちゃっちゃと帰ろーよ」
佐天「オシオキは帰ってからね」
ゲッというコーちゃんの声に軽く笑いつつ、腕に能力を発動させる。
そして、そのままありったけにベクトルを込めて、気合の掛け声と共に壁へと叩きつけた。
機械の積まれている部屋の奥の壁に向かって。
第23学区宇宙資源開発研究所の最深部、樹形図の設計者の残骸が保管されている部屋には、20人ほどの研究者たちがいた。
というのも、襲撃者になんら対抗手段を持たない彼らが、最も安全な場所と判断したのがそこだったからだ。
その中で、阿岳海斗は震えていた。
阿岳「くそっ! 学園都市の闇に攻撃を仕掛けてくるなんてどこの大バカ野郎だ」
ついさきほどまで、入り口近くのドアから戦闘の音らしきものが聞こえていた。
しかし、今はもうすでに聞こえない。
あの腹の底まで響くような爆音があるまでだった。
もし、あの音を出したのが侵入者だったのならば、既にここの部屋に到達していてもおかしくはない。
ということは、あの音は、避難するときにすれ違った少女のどちらかが出したものということになる。
阿岳の背中に冷たいものが走る。
それもそのはずで、阿岳は、元々第23学区にて宇宙工学に関わる精密機械の開発に勤しんでいた。
そのため、周りに能力を持った学生が来ることも少なく、学園都市にいながらほぼ能力と無関係な生活をしてきた。
その身を闇に落としてからも、それまでとほぼ変わることのない暮らしをしてきている。
阿岳(銃なんて見えるもんも脅威だが、能力はもっとやべえじゃねぇか)
金属探知にもひっかからない。
ならばどうやって見分ける?
分かるわけがない。
辺りを見回すと、顔を青くしている人間がほとんどだ。
生きて出られれば上等。
下手をしたら、自分たちも研究材料(モルモット)になる可能性がある。
部屋の中はしんと静まり返っていた。
そんな緊張が高まっているときだった。
いきなり、『部屋の中』に轟音が響いたのだ。
阿岳「―――っ!!」
音のするほうに目を向けると、そこには壁があった。
そう、『あった』のだ。
今はもうその一部に大穴が開いていた。
いや、部屋の向こうから無理やり開けられたのだ。
それを理解した瞬間、部屋の中の緊張感が振り切れた。
絹旗「追わなくて良かったんですか?」
引き返すという言葉を聞いたときにはにわかに信じられなかったが、実際に佐天と完全反射が通路を曲がってしばらく経つと、絹旗が黒夜に問いかけた。
こうまであっさりと引き返されると、逆に不気味なものがある。
黒夜「んな必要もねえだろ。精々、超電磁砲とか一方通行を連れてくるとか、その程度のことだろうし」
それだけ言うと、黒夜は佐天たちが去っていた方向とは逆の方へと歩き出す。
その程度、と言ってはいるが、そのどちらかが実現しただけで2人の敗北は確実だ。
『だろう』や『かもしれない』といった曖昧な表現ですらない。
実現すれば2人は負ける。
それが超能力者(レベル5)と大能力者(レベル4)の絶対的な差なのだ。
ただし、『実現すれば』だ。
超電磁砲は、入り口の辺りでうまく足止めできている。
第7学区の天井から定時連絡がないところを見ると、一方通行はそちらに向かったのだろう。
もしそうならば、今から23学区に間に合うはずがない。
絹旗「それでも、万が一に備えて小細工をしていることは、超評価してもいいですけどね」
黒夜「せっかく用意した奥の手だ。使わねえのはもったいないだろ」
自分の体の一部として使用するはずだった機械(サイボーグ)。
壊れているのは、命令を送信するマスターだけであって、命令を実行するスレイブは無傷だ。
マスターさえ修復できれば、恐れるものは何もない。
そんな風に、2人は油断してしまっていた。
佐天と完全反射の2人がしばらくは戻ってこないと思い込んで。
だから、隣の部屋で起こった大砲を撃ったような爆音に対して、対応が遅れてしまった。
絹旗「―――なッ!?」
それに遅れること数瞬、バタンという音と共に、樹形図の設計者の置かれた部屋に避難していた研究者たちが、一斉に廊下に飛び出してきた。
人数は2、30人くらいだ。
しかし、彼らは皆、一目散に外へ逃げ出そうとしている。
入り口付近では、超電磁砲との銃撃戦が行われているにも関わらず、だ。
黒夜「なん―――!?」
そんなパニックになって、正常に物事の判断ができなくなっている人の群れが、絹旗と黒夜を飲み込んだ。
樹形図の設計者の置かれている部屋の入り口は1つしかない。
そして、その部屋につながる入り口の前には、黒夜さんと絹旗さんの2人が守っている、
ならば、別のところに入り口を作って、そこから侵入すれば2人をうまく回避することができる。
片道だけではあるが。
佐天「よし! 行くよ、コーちゃん!」
完全反射「オッケー、お姉ちゃン」
口調から、コーちゃんの方も臨戦態勢になったことが分かる。
壁にあいた大きな穴から部屋に入ると、その部屋がそれなりに広いことが分かった。
そして、目当ての樹形図の設計者が―――ない。
あるのは、おびただしい数の棚だけ。
佐天「なっ!? ここにあるはずなんじゃ!?」
完全反射「落ち着いて、お姉ちゃン。樹形図の設計者なら、ほら。目の前にあるよ」
佐天「え?」
棚に近づいてみる。
すると、そこには微細な部品の数々が透明なケースの中に保存されていた。
どれもこれも1円玉よりも小さいというサイズだった。
佐天「こ、これ全部そうなの?」
完全反射「この辺は小さいやつだし、放っておいても大丈夫。問題なのは、握り拳以上の大きさのヤツだね」
せいぜい10個か20個でしょ、とか言って笑ってるけど、この何万個もありそうな部品中から10個を見つけるって相当時間掛かるんじゃ……。
早くも計画が破綻しかけてる。
完全反射「大きいのは一箇所に集まってるだろうし、すぐ見つかると思うけど……」
佐天「けど?」
完全反射「見つける時間はなさそうだね」
ちょうどその時、私の後ろからカツンと足を鳴らす音が聞こえてきた。
黒夜「随分と舐めたマネしてくれるじゃねェか、よォ? お二人さン?」
クライアントのオーダーの1つに、『研究員を殺すな』をいうものがなかったならば、黒夜は間違いなく皆殺しにしていただろう。
何人かは絹旗が死なない程度に気絶させたのだが、殺していなければセーフのはずだ。
ともかく、最優先事項である『樹形図の設計者を保護すること』はまだ遵守できそうだ。
佐天と完全反射がまだここでウロウロしているということは、最悪な状況の中でもまだマシな方だといえた。
結局、マスターを修復している暇もなかった黒夜は、腕一本で戦うことを強いられていたが、それでも、この2人に負ける気はしなかった。
そもそも、この程度で怯んでいるようでは、一方通行に立ち向かうなど無理に決まっている。
黒夜「覚悟はできてンだろォな?」
佐天「くっ……」
黒夜は左手に能力を発動させる。
コンクリートでさえ軽々と切り裂く窒素の槍。
絹旗「ここでそれを超使うつもりですか?」
黒夜「お利巧さんは黙ってな」
場所的なものを考えると、後ろにいる絹旗に戦闘を任せるのが妥当なのかもしれない。
だが、黒夜は舐められたことが気に喰わなかった。
それに、入り口付近の残骸ならば、いくら破壊したところでクライアントに咎められまい。
完全反射「お姉ちゃン、2手に分かれるよ!」
佐天「ん、分かった!」
黒夜「させるか!」
あまり奥に行かれると困る。
そう判断した黒夜は、射程から逃げられていない佐天に向かって窒素爆槍を振り下ろした。
そう、『私服』を着た佐天に向かって。
黒夜「は?」
コーちゃんの作戦は、怖いくらい見事に決まった。
目の前には、残った左腕を粉々に砕かれた黒夜さんがいる。
何が起こったのか分からず、呆然としている。
まるで、先ほど右腕を破壊したときのリプレイのようだ。
だが、私は違う。私は何が起こったのか、しっかりと分かる。
出来事としては単純だ。
黒夜さんが振り下ろしてきた槍を、彼女の左腕に向かってベクトルを操作しただけ。
何故、黒夜さんが私に向かって攻撃を仕掛けてきたのか、という問いに対しての解も非常に簡単なことだ。
彼女たち、つまり、黒夜さんと絹旗さんは私とコーちゃんを服でしか見分けられていなかった。
ただ、それだけのことだった。
壁を破壊する前、万が一戦闘をする場合の保険として、コーちゃんが服を取り替えようと言い出したのだ。
完全反射「これで後は……」
絹旗「私だけですか?」
佐天「みたいですね」
私は少しだけ後ろに下がり、代わりにコーちゃんが一歩前に出る。
黒夜さんの能力を封じた以上、絹旗さんがコーちゃんに勝てるはずもない。
経験の差以前に相性が最悪なのだから。
絹旗「これは引き際ってやつですかね……」
黒夜「き、絹旗ちゃン!!」
絹旗「あなたがもう少し慎重になってれば、どうなったか超分かりませんでしたけどね」
黒夜「ぐっ……」
両腕をなくし、戦闘不能状態になった黒夜さんが忌々しそうな目で私を睨みつけてきた。
いや、そんな目されても、私たちだって命かかってるんだし。
黒夜「次会ったときは、八つ裂きにしてやるからな」
絹旗「ま、あなたたちが生きて超脱出できればですけど」
それだけ言い残すと、黒夜さんと絹旗さんは部屋から逃げていった。
佐天「ふ、ふぅ~。な、なんとか乗り切ったね!」
2人が部屋から出て行き、足音が遠ざかっていくと、思わず安堵のため息が出てきた。
それだけ緊張していたということなのだろう。
足がまだ少しガクガクしている。
完全反射「でも、まだ終わりじゃないよ、お姉ちゃン」
佐天「分かってる」
樹形図の設計者を破壊することが私たちの目的なのだ。
それに、敵の増援が来てからでは、脱出も難しくなってしまう。
こんなところで休んでいる暇はない。
今一度、自分自身に活を入れる。
完全反射「それにしても、ここまでうまくいくとは思ってなかったなー」
佐天「服を変えただけなのにねぇ」
棚を調べながら、部屋の奥へと進んでいく。
どうやら部屋の奥に行くに従って、大きな残骸が保管されているようだ。
とは言っても、今のところは、まだ500円玉くらいだから、無理に破壊する必要もないのだろうけど。
佐天「逆にここまでうまく行くと何か落とし穴があるんじゃないかって疑心暗鬼にもなるよね」
完全反射「分からなくはないけどさー。一体どんな落とし穴が……」
佐天「ん? コーちゃん?」
急に会話を途切れさせたコーちゃん。
もしかして、残骸を見つけたのだろうか?
―――いや、違う。明らかに様子がおかしい。
完全反射「が……、ぎ……」
佐天「コーちゃん?」
天井「それほどまでにあのクローンが大事かね?」
一方通行はその問いに返答しない。
銃を向けられても、あまり態度も変わらなかった。
一方で、ファイルに対して反射を使用しなかったのを見たことで、天井は落ち着きを取り戻した。
そしてある確信を得ていた。
それは、『一方通行はこのデータチップを破壊できない』ということだ。
以前であれば、一方通行の性格データから確信はもてなかった。
だが、8月31日にその性格データが決して正しいものではないということに気づいたのだ。
データ上の一方通行の性格であれば、あの時、銃弾を反射したはずだったのだ。
―――打ち止めの救出を後回しにしてでも。
だが、実際にはそうしなかった。
天井「はははは!! こいつは傑作だ。そろそろ暴走を始めるクローン1体に、そこまで命を張る理由がどこにあるというのだ」
一方「……何?」
そろそろ暴走を始める?
タイムリミットまでは、あと1日以上時間があるはずだ。
それとも、またダミー情報を掴まされたのか?
天井「何だその顔は? まさか何も知らなかったのか?」
一方「俺が知ってるのは、タイムリミットが明日だってことぐれェだよ」
天井「それは正確じゃない」
教鞭をとる講師のように、一方通行の言葉に反論する。
一方通行は、天井が何を言わんとするのか理解できない。
天井「正確な起動時間は私にも分からない」
一方「ンな訳ねェだろ」
天井「最後まで聞け。そもそも、オマエはウィルスの起動条件を知らないのだろう?」
一方「…………」
天井「ウィルスの起動条件。それは―――」
天井「―――規定回数の脈拍だ」
完全反射「adfiefo:@//asdehgnc9833kjifhlkj12k342;jfij-;2123iji@@1g―――ッ!!」
一方「脈拍……」
天井「ふん? あまり驚いた様子ではないな」
一方「ま、そンなトコロだろうとは思ってたしな」
時刻でウィルスを発動させようとすると、問題が1つ生じる。
学習装置(テスタメント)で人格形成プログラミングをする際に、余計な作業を増やさなくてはいけないことだ。
それは、正確な時刻を知らせる時計のプログラミングの作成。
当然、コンピュータのように単純なプログラミングを作ればいいという訳ではない。
なぜなら、人間には一定のリズムを刻むものがないからだ。
天井「それならば、最初からあるものを利用すべきだと思うだろう?」
生きている以上必ず存在し、尚且つ、ある程度規則性を持っているもの。
例えば、『脈拍』。
そして、テンポを刻んでくれるものがあるならば、それを計測するプログラムを組むだけで済む。
調整の難しい時計を作って頭に埋め込むより、無意識下で数を数える方がより有用性があったのだ。
8月31日の時に12時を待たずにウィルスが発動したのも、ダミー情報などではなく、芳川が計算を間違えていただけという話。
打ち止めが、調整不足のまま街中を歩き回っていたお陰で、最終的には倒れるほどの状態だった。
つまり、拍動が常人のそれとは大きく異なっていた可能性が高い。
一方(そして、そンな状態だったってことは芳川は知らなかった、ってかァ?)
確かに、芳川のいる研究所を訪れた際に、打ち止めの体調の話をした記憶はない。
となれば、芳川が打ち止めの体の異常に気づけたのは、早くとも、BC稼働率を伝えたときくらいかもしれない。
しかし、今回は?
完全反射が体調不良だった等の異常はなかったはずだ。
であれば、冥土帰しの言っていた『明日』がタイムリミットであるはずだ。
つまり、目の前の男が言っていることは、あくまで個人的見解であり、自分を追い込むためのブラフの1つに過ぎない。
だが、天井亜雄のこの自信はどこから来ている?
何か見落としはしていないか?
そんな思考が頭の中を回っている一方通行を満足そうに眺めながら、引きつった笑みを浮かべながら天井が続ける。
天井「さて、ここで1つ問題だ。『どうやって冥土帰しがタイムリミットを計算しているか』分かるかな?」
あの医者がどうやってタイムリミットを計算しているか?
完全反射の脳内をデータ化したものからは、現在の心拍数は読み取れないはずだ。
なぜならば、この場合は無意識下での計算であるため、刻々と変化するデータのどの部分なのかが特定できない。
呼吸、発汗、まばたきや、体を動かすための微細な電気信号に至るまで、データとして脳構造に影響を与えている。
つまり、それらの事象が複雑に混在しあっているのだ。
一方で、意識的に数えているものであれば、脳の特定部分を解析すれば事足りる。
脳の記憶領域において、他のものと混在することなく独立して存在し、そこで計算されているためだ。
例えば、多くの人間が雑談している状況を思い浮かべて貰いたい。
ある特定の人物の言動に集中することの方が、すべての雑談を聞き分けることよりも容易なはずだ。
すべての雑談が耳に入っていても、それがすべて理解できることは不可能に近い。
では、どのような方法によって、完全反射のタイムリミットを計算したのか?
一方「推定値を取るしかねェな」
天井「如何にあの男が天才だとしても、生まれてからの鼓動の回数までは正確に分からんよ」
脳をバラバラに分解してもな、と一言付け加える。
要するに、1日の平均拍動回数を計算し、そこにウィルスを注入してからの日数を掛けるということになる。
ウィルスを注入したのは、学習装置を使用した日であり、完全反射が自我を獲得した日でもある。
生成されて間もない完全反射が、その日から今日までの日数を間違えるとは考え難い。
かといって、平均の拍動回数も、余裕を見るために多めに設定しているはずだ。
一方「……腑に落ちねェな。間違える余地がねェはずだ」
天井「本当にそう思うのか?」
一方「何だと?」
確かに平均の拍動回数は間違える可能性が十分にある。
何しろ、計算上の数値なのだ。
運動すれば数値は上昇するし、落ち着いて生活していれば、数値は下降する。
だが、いくらクローンであるとはいえ、そこまで差異がでるとは考えられない。
そもそも、そんな1日もズレが生じるような数値が出てしまうならば、人間としての様々な機能を損なってしまう。
生命活動に支障がでてくる。
ということは―――
天井「そうだ。完全反射が学習装置を使用してからの日数を1日勘違いしていただけだ」
一方「…………」
天井「最終信号(ラストオーダー)とお前の思考回路プログラムを、単純に組み合わせただけでは不具合が生じてな」
完全反射の1つの脳の中に、打ち止めと一方通行の両方のデータを詰め込んだ。
人格データ、演算式、行動パターン、能力特性、etc・・・。
さすがに、一方通行だけのデータを詰め込むという、あまりにもリスクのある行動はできなかった。
完全反射を比較的コントロールしやすくするために、打ち止めの人格データに目をつけたという訳だ。
その結果、完全反射という個の人格の形成に致命的な欠陥を与えることとなってしまったのだ。
天井「自我が形成できなかったのさ」
一方「自我……」
天井「2人の人間が、1つの脳、1つの体で生活するようなものだ」
一方「想像したくもねェな」
そこで、打ち止めよりも親和性の高い番外個体の人格データが採用されることとなったということだ。
人格のベースは番外個体で、演算方式は一方通行のものを使用する現在の方式になったのである。
一方通行への態度がそれなりに普通だったのは、ネットワークから悪意の影響を受けていないことが大きい。
また、この不良動作は元々予想されていたものだった可能性が高い。
でなければ、1日という短時間で、そのような複雑な調整が必要とされる作業が終わるはずがない。
むしろ、この作業を1日で終えた天井の偉業を称えるべきだろう。
だが、その1日が致命的だった。
そのことを完全反射は知らなかったのだ。
彼女が、明確な自我を持ったのは、ウィルスを入力された翌日だったのだから。
一方「本人も知らねェ空白の1日か。なるほど。そりゃ、オマエがはしゃいでンのも分かるかもな」
天井「さて、おしゃべりもそろそろ終わりにしようじゃないか。これ以上時間を掛けて、余計な邪魔が入られても困る」
一方「……チッ」
舌打ちをして、銃の引き金に手をかける天井を睨むが、こちらは動けない。
天井の手の中にあるデータチップを手に入れるまでは。
優勢は決まっていた。
どちらが優勢かなど問うまでもない。
静まり返った部屋に、ダァンという爆発音が響き渡る。
一方「がっ……」
一方通行の右肩に鋭い痛みが走った。
歯を食いしばり、地面には膝をつけないようにする。
無駄な抵抗であるかもしれないが、あまり天井亜雄をいい気にさせておくのも気分が悪い。
ジワリと服が朱で染まっていく。
派手に血がでていないことを見ると、銃にあまり破壊力はないのかもしれない。
もっとも、それを急所に受けてしまえば、死んでしまうことは間違いない。
天井「どうした? この程度の余興で、もうギブアップか?」
一方「あァ? 今、何かしたのかよ?」
天井の顔から、ニヤついた笑みがサッと消える。
そして、そのまま2発、3発と撃鉄を下ろしていく。
最初の1発は外れたものの、左上腕、続いて右太腿に激痛が走る。
さすがに、それだけのダメージを受けて、余裕を出し続けるのは不可能だった。
だが、無様に倒れるようなマネはしない。
一方「ぎっ……。く、クソ野郎ォが」
天井「くっ」
一方「?」
天井「はははははははっははははははは!! かっこいいじゃないか、一方通行!! いつから君はヒーロー気取りをするようになったんだ!?」
ヒーロー気取り。
その言葉が、一方通行の心に刺さる。
あの地獄のような日々を終わらせた男と、自分とでは何がそこまで違うのか?
自問自答するが、その答えは当然のように出なかった。
痛い。
肩が、足が、腕が痛む。
体は軋み、立っているのもやっとという状況だ。
目の前で、火花がパチパチと飛び散っているような感覚さえ受ける。
一方(酷ェもンだ。なンて無様な姿晒してンだよ、俺は……)
何故、自分はこんなにも辛いことをしているのか?
それは、目の前の天井亜雄に撃たれたからだ。
何故、そんなことを許したのか?
それは、反射が使えなかったからだ。
何故、反射が使えなかったのか?
それは、天井亜雄に反撃することができなかったからだ。
何故、天井亜雄に反撃することができなかったのか?
それは、天井亜雄が握っているデータチップが必要だからだ。
何故、そのデータチップが必要なのか?
それは、完全反射の人格データが記録されているからだ。
何故、そのデータでなければならないのか?
それは、天井亜雄のみにしか再現できないオリジナルのデータだからだ。
何故、オリジナルの人格データが必要なのか?
それは、ウィルスによって完全反射が無差別に攻撃を始めるからだ。
何故、完全反射が無差別攻撃をしてはならないのか?
それは―――
一方(いや、待て。何か引っかかる。何か見落としていねェか?)
天井「ははははっ!! 愉快、愉快だ!!」
一方通行の思考を遮るように、天井の声が割り込んでくる。
右手に銃、左手にデータチップを握ったまま、見下すように一方通行に目を向ける。
そして、勝利宣言をするかのようにこう言った。
天井「以前のお前ならば、こんなデータチップなど無視して、私を殺していたはずだ!! それが愉快でなくてなんだと言うのだ!?」
その一言。
この一言が、一方通行にとある閃きを与えた。
逆転の閃きを。
状況が変化したのは、まさに直後だった。
天井は、一方通行が震えているのに気がついた。
痛みに震えているのかと思ったのだが、それは違った。
一方「くはっ……」
天井「ん?」
一方「ギャハハハハハハッ!!」
笑っていた。
かつて一方通行が、そうだったように。
嗜虐性を含んだ笑みで。
まるで、何かの答えを得たかのように。
そして、そのまま無造作にチョーカーのスイッチをONにする。
その瞬間、いや、それ以前から勝敗は決していた。
一方「そォだよ!! そォじゃねェか!!」
天井「ひ、ひっ……。く、来るな!」
急に態度が変わった一方通行に怯える天井。
そうでなくとも、元々、力関係は一方通行の方に一方的に傾いていたのだ。
それこそ、奇跡が起こっても勝てないほどに。
それを優勢でいられたのは、データチップによって天秤のバランスを保っていたからだ。
しかし、それも崩れてしまった。
つまり、行き着く結果は1つしかあり得ない。
一方「ンだァ? 天井くンよォ。さっきまでの威勢のよさはどこ行ったンですかァ?」
無造作に一方通行が、天井に近づいていく。
それに対し、天井亜雄は、構えていた銃を取り落とし、反対側の手を一方通行に突きつけた。
必死で最後の抵抗を試みる。
そこにはもちろん、完全反射のオリジナルの人格データが記録されているチップが握られていた。
番外個体の人格データに独自の調整を加えたものであり、一方通行が求めていたものだ。
だが、
一方「それがどォした?」
天井「ぎ、があああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
一方通行の取った行動は単純なものだった。
天井の抵抗を完全に無視し、左手ごとデータチップを握り潰した。
メキメキメキという音と共に、天井亜雄の左手が変容していく。
当然、データチップも粉々になっていることだろう。
ボタボタと床に赤い液体が零れていく。
天井「が、お……、ま」
一方「『俺の目的はこのチップだったはずだろ?』ってかァ?」
苦悶の表情を浮かべる天井に向かって問いかける。
まともな返答が来るとは思っていない。
そもそも、その問いが耳に届いているかもあやふやだ。
しかし、聞こえないことを承知であえて言った。
一方「ハッ!! お生憎様だが、オマエのお陰で別の方法を見つけたンだよ!!」
その言葉を耳にしたかどうかは定かではないが、天井は糸が切れたように床に崩れ落ちた。
呆気なく、あまりにも呆気なく天井と一方通行との決着は終結した。
一方「この程度で済ませてやる。あンまりオマエに構ってるヒマはねェンだ。いろいろやることができちまったからな」
気絶した天井に向かってそれだけ言うと、一方通行は研究所を後にした。
『多種能力者の生成可能性における考察』
第一章 能力の個体差とその特異点
この学園都市において、もはや異能力として珍しくもなくなった『超能力』。
レベル0が圧倒的多数を占めるとはいえ、微力ながら能力の使えるレベル1以上の能力者は40万人を超える。
しかし、その能力が何なのかは、未だに全容を解明できてはいない。
いや、『能力とは何なのか』という答えも出せていない。
現段階では、『自分だけの現実』と現実の差異が、能力として発現されるとされている。
そのため、『自分だけの現実』の構築が粗雑なものは能力を発動させられないし、演算能力が低いものは力を扱いきれない。
―――とされている。
だが、この学園都市で開発されている『超能力』はそれだけでは説明できない部分も多い。
なぜ『多重能力者(デュアルスキル)』が理論上不可能とされているのか?
また、同じ能力者であっても、多様な能力の用途が存在するのか、といった問いは解明されているとはいえない。
前者は、無数の犠牲の結果辿り着いた結論であるし、後者は研究しているものすら少ない。
そういったことを勘案してみると、やはり不可解な点が発生する。
『自分だけの現実』にしても、それだけでは、ただの想像力豊かな人間に過ぎない。
それだけで能力が発現するならば、学園都市の外部にも能力者は存在していてもおかしくないからだ。
そのような症例もなくはないそうだが、それも、学園都市でカリキュラムを受けたものと似た特殊な環境下でのみの事例ということだそうだ。
そう考えると、投薬や暗示にどのような秘密が隠されているというのだろうか?
その答えはまだ出せていない。
そして、それらと同じように未だ答えの出せていない未知の領域が存在する。
それが、『人物の違いによる能力の差異』だ。
前述した同能力、多種用途と似ているかもしれないが、その本質は異なる。
その最たる具体例として挙げられるのは、『絹旗最愛』と『黒夜海鳥』だ。
この2人は『暗闇の5月計画』の被験者。
つまり、彼女らは最強の能力者である一方通行の思考の一部を移植されたのだ。
同じ窒素を操る能力者でありながら、絹旗最愛は窒素を身に纏う『窒素装甲』。
対する黒夜海鳥は、窒素を槍として操る『窒素爆槍』という能力を使う。
これは、一方通行の攻撃性たる『ベクトル操作』と防護性たる『反射』の特質が良く現れている。
また、この実験の結果として観測された事象は『性格の凶暴化』。
言葉遣いを始めとする性格の変容により、普段よりもより高い能力値を出すことが確認されている。
だが、それも根本的な能力に変化はしない。
性格が凶暴になったからといって、絹旗最愛が窒素の槍を作ることはできない。
攻撃性を発現させているにも関わらず、だ。
つまるところ、能力の強弱に性格の差異は深く関連してはいないという結論が導き出される。
では、この2人の能力を大きく分けている差異とは何か?
現段階では『自分だけの現実』の差異という他ない。
まことに遺憾なことではあるが。
そんな何も解明できないない中で、先日、新しい出会いがあった。
そのうちの1人が佐天涙子。
佐天涙子は2人目のベクトルを操る能力者であり、出会った際にはまだレベルも1そこそこ程度だった。
できることといえば、風を多少操れる程度で、最強たる一方通行とは比較にならないほどの差があった。
そしてもう1人が完全反射。
彼女は佐天涙子のクローンであり、妹達の後継機にあたるらしい。
能力は、反射をメインとしたベクトル操作。
学習装置により一方通行の思考を積んではいるものの、レベルは4程度だろう。
私は、この2人に注目した。
レベル5の第三位である御坂美琴のクローン『妹達』は、電気的なネットワークを構築しているために、差異というものがほぼ存在していなかった。
だが、完全反射は異なる。
完全反射はネットワークを介して他の個体とリンクしていない。
いや、そもそも『原点超え(オーバーライン)』シリーズはワンオフのみであるという話だそうだ。
その点を置いておいても、佐天涙子と完全反射の個体差には興味を惹かれた。
なぜなら、御坂美琴と妹達のように圧倒的な能力差がある訳ではないからだ。
つまり、どういうことか?
御坂美琴が妹達の能力をフルカバーしているのと異なり、佐天涙子と完全反射の能力には差異が見られた。
完全反射が『反射』を得意とするのに対し、佐天涙子は『ベクトル操作』を得意とする。
つまり、能力は遺伝情報のみでは決まらないという仮説が得られる。
もし、この仮説が正しいとするならば、何で能力は決定付けられるのだろう。
性格でも、遺伝情報でもないとすると、その人間の魂だろうか?
あるいは、能力が人を選んでいるのかもしれない。
(中略)
ここで興味深い例がある。
ごく少数ではあるが、能力者の中でも変わった条件でのみ能力を発現する人間が存在する。
その最たる例が、体晶を利用した能力者だ。
体晶により意図的に能力を暴走させることで、より能力を発現しやすくしているというものだ。
ここで、また1つの仮説が挙げられる。
体晶を使う能力者は普段は無能力者であり、体晶を摂取することで能力者になる、というものだ。
つまり、体晶とは、能力を暴走させるためのものではなく、なんらかのスイッチをONにする転換のための物質ではないかということになる。
能力が暴走しているのではなく、能力を生成していることに対する副作用が大きい、という可能性も捨てきれない。
もっとも、それらの能力者の中には、普段から能力の一端を使用するものも存在するが、体晶を摂取したときほどの能力を使えるものは、当然ながら存在しない。
もし、『これが同じ能力でなかったなら』という推論を考察することは時間の無駄ではないと考える。
前述の絹旗最愛と黒夜海鳥、あるいは、佐天涙子と完全反射ほどの差異は存在しないかもしれないが、僅少ながらでも差異が存在するならば非常に面白い。
根幹は同じ能力ではあるが、なんらかの要因により多様な用途で能力を使う能力者。
仮に、『多種能力者(デュアルパーソナリティー)』と呼称するならば、その存在は否定されるべきではない。
現にレベル5の人間たちは、すでに多様な用途で能力を使用しているからだ。
第一位は『ベクトル操作』と『反射』を、第三位は『電気』、『磁力』、『電磁波』等々と。
自身のなんらかのスイッチを切り替えることにより、異なる用途で能力を使用する『多種能力者』は、研究に値する分野ではないかと考察する。
と、そこまで論文を書き上げると、芳川桔梗は一度手を休め、コーヒーを口にした。
壁掛けの時計に目をやると、時刻は午前10時を過ぎたところだった。
芳川「あら、もうこんな時間?」
論文を書き始めたのが昨夜だったのだから、もう10時間はこうしていたことになる。
そして、今更ながら、口にしたコーヒーが冷え切っていることに気づいた。
物事に集中してしまうと、まわりがまったく見えなくなってしまうのが、芳川の長所であり、短所だった。
体を伸ばし、固まった筋肉をほぐしていく。
芳川「出だしでこんなに時間がかかるとは思わなかったわ……」
いつ論文を書いても、問題提起の部分には苦労する。
研究内容については、実験や観察の内容を記載していけばいいだけなのだが、序盤はそうはいかない。
論文の読者に、続きも読もうと思わせるような出だしでなければならない。
そういう理由で、タイトルを決めるのも苦手なのだ。
とはいえ、主に時間がかかったのは、『多種能力者』の名称だったりする。
他にもいい名称があるのではないかと模索していた時間は長かったが、こういう時間は嫌いではない。
芳川「当て字はマルチプレイヤーでも面白かったかもしれないわね」
徹夜明けのテンションでフフフと笑いを溢しながら、コーヒーをすする。
どれほど悩んだところで、『暗闇の5月計画』だったり、『原点超え』などというワードが含まれているため、この論文は表舞台に出すことができない。
だが、そんな日の目を浴びない研究だからといって、研究を止める訳にはいかない。
むしろ、自分から研究を取ったら、甘さだけしか残らないのではないか?
芳川「そう。このカップの底に残った砂糖のように」
コーヒーを飲みきったところで、ドヤ顔をしながらそんなことを言ってみるものの、誰もツッコミは入れてはくれない。
そもそも、自分以外その部屋にはいなかったのだから仕方がない。
そしてポツリと呟いた。
芳川「多種能力者……。可能性があるとすれば、後は多重人格者くらいかしら?」
完全反射「dkrfj8sdfmz0dajfemnsdaui・・woijsalk;lkdfa」
佐天「こ、コーちゃん!!」
突然倒れたコーちゃんが、暗号のような言葉を紡ぎ続けている。
何が起こっているのか分からない。
分からないが、これは明白によくないことが起こっていることだけは分かった。
それも、致命的になりかねないほど深刻なものだ。
佐天「どうすれば―――」
こういうときこそ慌ててはいけないことは分かっているのだが、どうしても思考が空回りしてしまう。
辺りを見回してみるが、助けてくれる人もいなければ、役に立ちそうなものもない。
そんなことをしている間にも、コーちゃんは謎のコードを呟き続け、時々痙攣したようにビクッと仰け反っている。
額には汗が滲み、その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
そのまま放置しておくことはできず、コーちゃんの現状を調べようとしゃがんだところで、上着のポケットに何か入っていることに気づいた。
この服は元々コーちゃんが着ていた服だ。
もしかしたら、何かこの状況のヒントになるものが入っているかもしれない。
そう思い、ポケットに手を突っ込み中身を取り出した。
佐天「―――!!」
ポケットに入っていたのは、携帯電話だった。
どう考えても、自分だけでこの場を乗り切るのは不可能だ。
どうして、他の人に助けてもらうという思考に至らなかったのだろう。
この状況を打破できるならば、誰でもいい。
私は、震える指を操って携帯電話を開いた。
だが、結果としては無意味だった。
圏外だったのだ。
佐天「どうしてこんなときに―――ッ!!」
いろいろ理由が浮かんでくるが、当然答えなどでてこない。
そもそも、そんなことを考えている場合ですらない。
今、自分にできることはなんだろうか?
―――どうすることもできなかった。
結局、やったことといえば、苦痛に顔を歪めるコーちゃんの手を握っただけ。
その手は、じっとりと汗が滲み、体温は風邪でも引いているのかというほど高かった。
呼吸は荒く、心拍数は驚くほどに跳ね上がっている。
頭の中がめちゃくちゃにかき回されている感じなのだろう。
能力があれば、世界は変わると思っていた。
たしかにその通り、私の世界は大きく変化した。
レベル0とバカにされていた私が、能力開発を通じて新たな人と出会い、大きな力を得た。
だが。
だが、それでもこうして目の前で苦しんでいるコーちゃんを救うことはできない。
完全反射「89gadkzieplvc,dwrmaios89snvebziidjレジスト0z・・・awxルートAからw、コード08からコード72
までの波形レッドをルートC経由でポイントA8へ代入エリアD封鎖コード56をルートSへ迂回波形ブルー
をイエローへ変換」
佐天「…………」
意味の分からなかったコーちゃんの暗号文のような言葉が、日本語へと変換されていく。
だが、意味はない。
その言葉の意味を理解できなければ、日本語であろうと、暗号であっても同じようなものだ。
ここに何をしにきたのか、今、何をすべきなのかなどということがすっかり頭の中から飛んでいた。
異常な光景を目の前に、何も考えられなかった。
完全反射「コード112までをルートAに集中以下をコード13としルートG経由でポイントDを占有コード84の波形ブルーを接続
ポイントF1、K3に分岐ルートKからのコードを全て波形イエローに変換しポイントV2、H5、Y0へ分割」
刻々と時間だけが経過していく。
今、何分くらいたっただろう?
室内に自分たち以外に人はいない。
それが相まってか、コーちゃんの苦悶の声が部屋にこだまする。
そして―――
完全反射「Success_code_No000001_to_No357081. 上位命令文は正常に処理されました。更新された記述に従い検体番号Overline0002号は再覚醒します」
―――コーちゃんのデータの上書きが完了してしまった。
どれほどの時間が経ったのだろう?
最後に言葉を発してから、それほど時間が経ったとは思えない。
だが、さきほどまでのような苦しそうな表情は治まり、呼吸も整ってきている。
コーちゃんの体調は良化に向かっているようだ。
この様子ならば、目が覚めるまであまり時間もかからないだろう。
完全反射「―――ううっ」
佐天「コーちゃん!!」
わずかに漏れる声に、大声で呼びかける。
その声に応えるように、コーちゃんはゆっくりと目を開けていく。
そして、そのまま頭を押さえながら、上半身を起こした。
完全反射「―――えぇっと、私は……」
佐天「大丈夫!? 痛いところとかない!?」
キョロキョロと周りを確認した後、やっと声を出していた私の方を向いた。
なぜかキョトンとした表情をしている。
見た様子では、特に大きな障害なんかはなさそうだ。
思わずホッと息をつく。
完全反射「んー……。ま、手っ取り早く済ませるか」
手っ取り早く済ませる?
今は何よりも、病院で診察してもらうべきなんじゃないだろうか?
―――とそんな心配を余所に、コーちゃんはゆっくりと立ち上がり、笑顔で私にこう言った。
・ ・ ・
完全反射「じゃ、さっさと死ンでよ、お姉様」
佐天「え?」
その言葉の直後、私の体は壁に吹き飛ばされた。
佐天「……かはっ!!」
部屋の壁に思い切り背中を打ち付けられ、肺の中の空気が外へと逃げ出していく。
目の前がチカチカする。
何が起きた?
何が起こった?
完全反射「あれェ? おかしいな、殺したと思ったのに……」
そうだ。
急にコーちゃんに攻撃されたんだ。
それも、もの凄いスピードで。
その心臓をえぐり取ろうとするコーちゃんの腕を、右腕で防御した。
だが、それでも壁まで吹き飛ばされるほどの威力が、その一撃にはあった。
いや、そもそも、なぜここまで威力のある攻撃がコーちゃんにできる?
彼女の能力は『反射』であって、『ベクトル操作』ではなかったはずだ。
出きるのは、自分の力を使った『ベクトル操作』くらいであって、ここまでの威力がでるはずがない。
だが、今のは間違いなく『ベクトル操作』を使った攻撃だった。
佐天「こ、コーちゃ……」
完全反射「ンンっ? なンでそンなに不思議そうな顔をしてるのかな?」
声を出した瞬間、ビキィという痛みが頭の中に走った。
まずい。
これは右腕が折れているかもしれない。
しかし、その程度で済んでいるのが幸運なくらいだ。
たまたま反応した右腕で防御しなければ、本当に死んでいたかもしれない。
腕がくっついているところを見ると、反射的に能力を使って、威力を分散させたのだろう。
完全反射「ああ、そっか。いきなり同じ顔の人間が目の前に現れたら、誰だって混乱するよね」
佐天「え?」
完全反射「初めまして、お姉様。私の個体名は『完全反射』。あなたのクローンってことになるのかな」
まるで、あの初めて会ったときの夜のようなセリフ。
だが、決定的に違うことがある。
それは、今の私はもうコーちゃんを知っているということだ。
佐天「コーちゃん……?」
完全反射「へェ……。お姉様は、いきなり他の人にあだ名を付けるタイプの人かァ」
胸にズキンと痛みが走る。
コーちゃんは私を知らない。
というよりは、忘れてしまっている。
ここ2週間近く、一緒に過ごしてきた時間を。
あまりの展開に、腕が折れている痛みなどどこかに飛んでいってしまった。
頭が真っ白になる。
完全反射「ギャハハハハハッ!!」
佐天「―――っ!!」
その彼女の出したとは思えない笑い声で、現実に引き戻される。
コーちゃんは、嗜虐性溢れる顔をしている。
こんな笑い方をする子じゃなかったはずだ。
完全反射「ま、そンなことどォでもいいから、さっさと死ンでよ」
佐天「ど、どうしてこんなことっ!!」
そういい終わるか終わらないかのうちに、コーちゃんが猛スピードで接近してくる。
私は能力を使い推進力を得て、適当な棚の間に飛び込んだ。
直後、もの凄い音と共に、さきほどまで私がいた壁に大きなクレーターができた。
絹旗さんのときの倍はありそうなものが、だ。
攻撃の余波で、砕けた壁の破片が散弾のように飛んでくる。
しかし、そちらを向いている余裕はない。
状況を把握するために、急いで距離を取らなければならない。
こんな何をすればいいのか分からない状態では、本当に死んでしまうのだから。
佐天(一体何がどうなって……)
コーちゃんからある程度の距離を取り、私は物陰に隠れた。
幸い、この部屋には、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の破片を保管しておくために多くの棚が存在している。
棚は整然と設置されていたが、さきほどの攻撃の影響か、所々棚が倒れていたり、ななめになっているところもあり、死角は多い。
現にこの場所は、コーちゃんのいる場所からそれほど離れてはいないが、その姿はまったく見えないと言っていい。
コーちゃんが追撃をしてこなかったことは気になるが、今はそれどころではない。
状況を整理しなければならない。
当初、私たちは樹形図の設計者を破壊しにやってきた。
御坂さんの協力もあって、奥に進み、黒夜さん、絹旗さんを倒して、この部屋に入ったところまではいい。
問題なのは、突然攻撃をしてきたコーちゃん。
さっきのは『反射』だけでは不可能な動きだった。
今のコーちゃんは『ベクトル操作』までも使えるのだろうか?
そもそも、なぜコーちゃんは私を攻撃してきたのか?
突然倒れ、意味の分からないコードを口にした直後に性格が急変したことを考えると、アレが原因だとしか考えられない。
でも、アレはなんだったのか?
佐天「痛っ……」
ズキンと痛む右腕。
動かないことはない。
一応、これでもベクトル操作の能力者だ。
普段使っている右腕を、能力で補助して通常通り動かすことくらいは問題ない。
しかし、その影響で、能力を万全に使えるかと聞かれれば問題ないとは言えない。
それに、腕以外の部分をケガしたら、それこそ終わりだ。
今のコーちゃんと正面から戦って勝てる見込みはない。
佐天(コーちゃんを説得……。いや、そもそも……)
前提条件から間違えている気がする。
あれは、操られているとか、乱心しているとかそういう感じではなかった。
いうなれば、『人が変わった』。
私のことを覚えていないことといい、能力の性質が変わったことといい、まるでコーちゃんじゃないみたいだった。
ともかく、分かっていることは、コーちゃんが私を殺そうとしているということ。
そして、このままではその通りの未来がやってくるということだ。
その未来を回避するためには、逃げ道が塞がれている以上、戦うしか方法はない。
佐天(―――戦う? 私とコーちゃんが?)
果たしてできるだろうか?
勝つ、負ける以前の問題だ。
短い期間ではあったが、今まで本当の姉妹のように過ごしてきたコーちゃんと戦うことが、私にできるのだろうか?
とてもではないが、中途半端な気持ちでは、勝つことはおろか、生き残ることすらできない。
ただでさえ、タイムリミットは刻一刻と迫っているのだ。
佐天「こんなとき、一方通行さんならどうするのかな……」
ぼそりと現実逃避気味に呟く。
自分を救ってくれたあの人は、こんなピンチでどんな行動をするだろうか?
そもそも、ピンチなんて作らないかもしれない。
けれど……、
もし、こんなピンチに陥ったとき、一方通行さんなら―――
佐天「コーちゃんを助けて、樹形図の設計者を木っ端微塵にして、迫り来る増援を蹴散らすのかなぁ……」
と、そんなことをポツリと言って気づいた。
―――どうして、私にはそれができないんだろう?
同じ能力を持っているのにも関わらず。
……簡単なことだ。
私は、一方通行さんと違って、『選ばれた人間』じゃないから。
特に何の取り得もない中学生。
勉強だって得意な訳でもないし、つい最近まで無能力者だったのだ。
そんな自分にいきなりこのピンチを乗り切れといわれても、到底無理というものだ。
……そう、こんな『無能力』な自分に。
佐天「……っ! 違う!! 私は……、私は、能力者になったんだ!!」
能力者になれば世界は変わると思っていた。
能力があれば、世界は今までと違った景色で見え、困っている人を助けることもできると。
しかし、今、私は逃げようとしている。
能力者になったにも関わらず逃げていたのでは、いつまでたっても、無能力者のままの自分と変わらない。
コーちゃんを見捨てて逃げたら、次もきっと逃げてしまう。
それが嫌ならば、今、古い自分を捨て去り、勇気を出して一歩前に進むべきなのだ。
わずか数分。
わずか数分の間にこんな状況になってしまい、これからコーちゃんと命がけの戦いをしなければならない。
そんなことを考えると、体の震えが止まらなくなりそうだ。
どうしてこんな状況になってしまったのか、なんてことはもはやどうでもいい。
いや、よくはないのだが、それは後でゆっくりと考えることだ。
今は、目の前の事象から、一瞬たりとも隙を見せてはならない状況であるということを忘れてはならない。
お互いに、相手を『殺してしまう』可能性を秘めているから。
私の僅かばかりの能力でさえ、コーちゃんの速度に対してカウンターが入れば、十分に危険な攻撃には違いない。
そんな状況を作りたくないし、自分が死ぬのも、もちろんゴメンだ。
時間はない。
もう数分もしないうちに、私の能力も打ち止めになり、そうなったら、生きてここから出られるという可能性も相当低くなってしまう。
こうして、考えている時間すら惜しい状況なのだ。
佐天「ふーっ」
大きな息を吐いて、思考を整理する。
どうやってコーちゃんを救うかなんて考えてついていない。
それでも、お互いに生き残る可能性を求めるならば、すぐに行動を起こさなければならない状況に追い込まれてしまっている。
佐天(……ここでいくら考えていてもダメだ。コーちゃんと向き合わなきゃ)
私はゆっくりと立ち上がる。
右腕を動かすと痛みはあるが、思った通りに動いてくれた。
体の調子は万全とはいい難いが、能力の調子はいつもよりもいいくらいだ。
これも、一方通行さんのスパルタの恩恵だろうか?
しかし、そのお陰でまだ十分に戦える。
後は、コーちゃんを目の前にして戦えるかどうか。
…………。
うまくイメージができない。
例えば、コーちゃんではなく、初春ならどうか?
―――きっと、10秒もあれば倒せる。
そんなイメージを思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。
佐天「……よしっ!」
そうして意を決すると、見通しの悪かった物影から、開けた見通しの良い通路へと踏み出した。
―――が、そこで私が見たものは予想もしていなかった光景だった。
先ほど私が回避した場所に、大きな凹みができていたのだ。
それも、さきほどの絹旗さんの時より一回りは大きいだろうか。
いや、確かにその点に関しても驚いたが、私が驚いた原因は、それだけではなかった。
コーちゃんがズタズタになって倒れていたのだ。
まるで、誰かから攻撃を受けたような状態だ。
頬からは血が流れ、先ほどまで私が着ていた制服からは所々にコーちゃんの肌が見え隠れしている。
まるで、目の前で爆発でもあったかのような状態だった。
佐天「こ、コーちゃ―――」
完全反射「……っててて」
軽く首筋に手を当てながらゆっくりと立ち上がり、体の関節の調子を確かめるコーちゃん。
そんな風に体のどこにも異常がないことを確かめると、服についている埃をぽんぽんと払った。
想定外の状況に、ただただ見ていることしかできなかった。
そうしていると、コーちゃんは頬から垂れている血を手の甲でぬぐい、私の方に視線を向けてきた。
完全反射「ふゥン? まさか避けられるとは思ってなかったよ、お姉様」
佐天「―――ッ!!」
背中にゾクリとしたものが走る。
つい先ほどまで、コーちゃんのことを本気で心配していたにも関わらず、そんな心配は私の思考の中から消え去ってしまった。
理解したのだ。
あのクレーターの意味を。
そして、コーちゃんは本気で、あの威力の攻撃を私にしようとしたのだ。
―――殺意を込めて。
佐天「……本気、なんだね」
完全反射「あはははっ! 本気? 何がァ?」
唇の端を大きく歪め、両腕を広げると、手の平を上に向ける。
私を威嚇している、そんな態度に見える。
ボロボロになっているにも関わらず、コーちゃんは余裕の態度を取っていた。
私を殺すことをなんとも思っていないような目。
そんな態度が、今までのイメージとまったく合致しない。
むしろ、以前コーちゃんの話に出てきたあの人のイメージだ。
御坂さんのクローンを殺し続けていたという一方通行さんの。
完全反射「それで? 結局どうするの?」
佐天「え?」
完全反射「私と戦うのかどうか、って話だよ。お姉様」
そんなもの本音を言ってしまえば、戦いたくなどない。
つい数日前まで、普通の学生をしていた私が、殺し合いなどという状況に置かれているのが冗談のような話だ。
多分、昨日までの私に話を聞かせてみても、信じるわけがないという確信がある。
それも、戦う相手というのが自分のクローンだ。
どこぞのSFの話だ、と一蹴する話でしかない。
しかし、この目の前の状況が現実だ。
理由は分からないが、目の前にいる彼女は、本気で私を殺すつもりなのだ。
完全反射「ま、ご覧の通り、ベクトル操作の方にステータス全振りしちゃってるから、反射はほとんど使えないンだよね」
佐天「ベクトル操作……?」
完全反射「そ。だから、さっきみたいにカウンターでも決まれば、お姉様にも勝ち目はあるかもね」
いや、さっきのやつは、カウンターじゃなくて、コーちゃんの自爆だから。
などと、そんなことは口には出さない。
何をきっかけに戦いが始まってしまうか、分かったものではない。
より多くの情報を得て対処しなければ、このイレギュラーな状況を脱することはできない。
そう考えると、理由は分からないが『反射が使えない』というのは重要な情報だ。
少なくとも、こちらの攻撃も相手に届くということなのだから。
完全反射「それにしても……」
佐天「―――っ!!」
鋭い眼光で私を睨むコーちゃんに、思わず身構えてしまう。
ジロジロと、頭の先から足元まで見られている感じだ。
何か弱点を見つけられたのかとも思ったが、そうではなかった。
完全反射「お姉様の能力って、本当に『ベクトル操作』なの?」
佐天「……え?」
時間がないとか、今からコーちゃんと戦わなければならないとか、そういった思考が完全に途切れた。
私の能力が『ベクトル操作』ではない?
一方通行さんの能力と比較してはおこがましいが、反射にしろ、ベクトル操作にしろきちんと使えている。
実際に、『ベクトル操作』の能力なしでは、ここまで辿り着くまでに何度死んでしまったか分からない。
佐天「……そ、そんなはずは―――」
完全反射「本当に?」
佐天「…………」
その言葉を、ゆっくり咀嚼しながら考える。
幸いというか、コーちゃんはすぐさま攻撃してくる態勢を取っている訳ではない。
私の能力は、『ベクトル操作』で間違いないはずだ。
しかし、コーちゃんは私の能力がそうではないと言う。
であるならば、コーちゃんが想定していることは1つ。
つまり、『ベクトルを操る能力』の中に分類される、『ベクトル操作』ともう1つの特性である―――、
佐天「私が『反射』に特化したベクトル操作能力者だ、って言いたいの?」
『反射』の能力。
それはベクトル操作の能力の1つであり、『ベクトル操作』は攻撃に特化した能力であり、『反射』は反対に防御に特化した能力であるといえる。
確かに、それであれば私の能力が『ベクトル操作』ではないことになり、さきほどのコーちゃんの攻撃からほぼ無傷で生還できた理由にもなる。
しかし、それはありえない。
なぜなら、私が樹形図の設計者を付けられ操られていた際には、『ベクトル操作』の能力を行使し、一方通行さんと互角の勝負を行ったのだそうだ。
あの時の私の反射能力は、「種類」はほぼ完全だったが、反射自体の質はコーちゃん以下という話を聞いている。
であるにも関わらず、私が『反射』に特化した能力者であるというのは矛盾が生じる。
完全反射「…………」
コーちゃんの返答を待つが、特段の反応はない。
答える気がないのか、あるいは余計なことを考えさせて集中力を乱そうという作戦なのだろうか?
―――と、そんなことを考えている最中に、コーちゃんが動いた。
いや、違う。
コーちゃんは微動だにしていない。
正確には、足元に無数に散乱していた破片のいくつかが、音速にも迫ろうかという勢いで一直線に私に向かって飛んできたのだ。
佐天「―――ッ!!」
ベクトルを操作して足元の瓦礫を飛ばしたのだ、と気づいてから動いたのでは完全に遅かった。
何しろ、コーちゃんと私の距離は精々数十m。
それも、数が少ないとはいえ、1つ1つが握りこぶしほどもある破片だ。
0.1秒もしないうちに、破片が私に突き刺ささり、いや、貫通すらしていたかもしれない。
何しろ、全身に反射をかけることもできないのだから、腕に当たったもの以外は、例外なくこの華奢な体に降り注ぐはずだ。
―――だが、そうはならなかった。
いつまで経っても、痛みがあるのは骨折した右腕だけだ。
ゆっくりと視線を自分の体に向けても、体に異変があるようには思えない。
無論、コーちゃんがワザと避けてくれたということはないはずだ。
では、一体何が起こったのか?
佐天「一体何が……」
完全反射「気づいてないの?」
佐天「え……?」
完全反射「お姉様が、瓦礫を全部弾き落としたんじゃン」
そんな訳の分からないことを、コーちゃんは言った。
私が……弾き落とした……?
そんなバカなことはありえない。
私が辛うじて分かったのは、足元から何かが飛んできたことだけ。
生理的反応で、両腕を多少上げようとはしたかもしれない。
だが、それだけだ。
それだけでいくつもの飛来物を落とせるだろうか?
―――できるはずかない。
そんな唖然としている私の様子を見たコーちゃんが、こう続ける。
完全反射「ふ~ン? その様子じゃ無自覚に能力を使っているンだか、はたまた、お姉様が超幸運の星に生まれたのかは分からないねェ」
どうやら、能力うんぬんの話は、コーちゃんの絶対の自信の元に発言した訳ではないらしい。
それはそうだろう。
一方通行さんは、ベクトルを操る能力を『ベクトル操作』と『反射』の2つだと言っていたではないか。
たまたま、私が超幸運の星の元に―――、とそこではたとあることに気づいた。
ここで1つ質問をしよう。
それは、『佐天涙子は超幸運か?』という質問だ。
その答えに対しては、私自身でもNOと言えると思う。
もちろん、自分が不幸な人間だとは思っていない。
だが、学園都市に来てから数年、私はレベル0という落第者の烙印を押され続けた。
さらには、それが原因でレベルアッパー事件やポルダーガイスト事件にも巻き込まれた。
御坂さんに助けてもらわなければ、どうなっていたかも分からない。
そういう意味では、私は幸運なのかもしれない。
しかし、果たして私は、さきほどの瓦礫による攻撃から、かすり傷1つすら負わないほど幸運だろうか?
佐天(ありえない……)
自問自答する。
なにしろ、能力によって狙い澄まされた攻撃だったのだ。
私を本気で殺そうとしているコーちゃんがワザと狙いを外すとは考えられない。
であるならば、コーちゃんの言葉どおり、私が何らかの能力により、攻撃を防いだことになる。
改めて思い返してみると、いくつか有り得ないことが起こっていたことに思い当たった。
初めて実戦経験をしたときには、銃弾を弾いた。
絹旗さんとの戦いでは、幾度か攻撃を回避した。
そして、今回はいくつもの破片による攻撃を防ぎきった。
どれもまともにダメージを受けていたら、大ケガどころでは済まないようなものばかりだ。
佐天(一番受けたダメージは、右腕のコレくらい……)
これだけの奇跡を、『超幸運』の一言で済ませていいものだろうか?
確かに、コーちゃんの言っている通り、私の能力がそういった能力である可能性も考えたくなる。
しかし、それならば、その能力とはいったい何だ?
未来予知?
―――違う。
それでは、そもそも『ベクトル操作』や『反射』を使えないことになる。
ベクトル操作を使った回避能力?
―――違う。
私が回避しきれないものは、ベクトル操作によっても防御している。
反射神経の強化?
―――違う。
コーちゃんが豹変した直後の攻撃でも、私に向かって破片は飛んできていたはずだ。
何しろボロボロになっているコーちゃんと、それほど位置的には変わらない場所にいたのだから。
棚の隙間に向かって飛び込んだとはいえ、タイミング的には全身間に合ったとはいえない。
しかし、その攻撃の余波も回避したか、防御をしている。
ならば、私の能力は何か?
ベクトル操作が使え、高速の攻撃を防御・回避できるような能力。
―――考えられるのは、
完全反射「さて、そろそろいいかな? お姉様」
もう十分に時間を与えたでしょ、とでも言いたい顔をしている。
相変わらず構えを取るようなことはしないが、コーちゃんはあの態勢からでも、いきなりトップスピードで移動ができる。
もう少しだけ時間をくれても、と思わなくもないが、これ以上時間をかけている余裕もない。
この後には、樹形図の設計者を破壊して、御坂さんと脱出しなければならないのだ。
コーちゃんを説得するのは意味がないだろう。
アレは、もはやコーちゃんとは別人だと考えるべきだ。
しかし、だからと言ってこのままで言いわけでもない。
コーちゃんを気絶させ、あのカエルっぽいお医者の先生のところまで連れて行かなければならない。
そう考えると、更に時間は限られてくる。
いや、まずはこの戦いに勝たねばならない。
完全反射「返事がないようだから、行くよ?」
私の心境の変化も知らず、コーちゃんはそう宣言した。
その次の瞬間には、コーちゃんの姿が私の視界から消え去る。
能力を使った高速移動だ。
目に追いきれていないということは、移動速度はさきほどよりも早い。
佐天「けどっ!」
完全反射「!!?」
ガキィィィンと刃物と刃物がぶつかったような音が部屋中に響く。
私の手刀と、コーちゃんの拳が交錯した音だ。
お互いにベクトル操作を使用しているため、直接のダメージはない。
しかし、反射同士がぶつかった際と同様に衝撃波が発生し、私とコーちゃんをそれぞれ5mずつほど吹き飛ばす。
地面を転がるが、それほどダメージはない。
それよりも、今のコーちゃんの攻撃は、見えない場所からの見えない速度での攻撃だった。
だが、私はその攻撃に、手刀をあわせる形で、意識して防御ができた。
その結果から、私はある仮定を導き出した。
―――私の能力は、ベクトルの『感知』に特化している、という仮定を。
私の能力が、ベクトルの『感知』に特化しているという仮定を出したのには、理由がいくつかある。
まず、初めての実戦の時(一方通行さんに強盗と戦わされたアレだ)に、私は銃弾を能力で弾いている。
あのときは、偶然、能力のかかっている腕の部分に弾が当たったと思っていたが、きっとそうではなかったのだ。
無意識のうちに弾道を計算し、その直線上に腕が来るように体を動かしていたはずだ。
もしかしたら、私自身の体を、ベクトル操作で動かしたりもしていたかもしれない。
そして、こんな奇跡染みた回避を、私はいくつか経験している。
その後の一方通行さんからの修行では、思い出せる範囲でも2、3度。
この施設に来てからは、もっと多い。
絹旗さん、黒夜さんからの攻撃が複数回に、コーちゃんからの攻撃が3回。
徐々に、その感知能力の精度も上がってきている気がする。
むしろ、そうでなければ、ここまで私が生き延びていること自体がおかしい。
もともと、私の戦闘力はその辺の学生とそう変わらなかったはずだ。
それが、能力が開花してから一ヶ月に経たないうちに、こんないくつ命があっても足りないような戦場で、生き延びていることが自体おかしいのだ。
完全反射「なるほどねェ。それがお姉様の本当の能力の使い道か……」
佐天「…………」
完全反射「余計なことは言わない方が良かったかもしれないけど、ま、弱点がない訳じゃないしねェ」
佐天「―――!」
確かに、コーちゃんにとってみれば、私が能力を使いこなし始めたのは計算の外だっただろう。
しかし、この能力には、今、私が気づいているだけでも3つの決定的な弱点がある。
1つめは、私が臨戦態勢に入っていないと発動しない能力だということ。
ここに来てから、私がダメージを負ったのは2回。
絹旗さんとの対戦途中に受けたパンチと、コーちゃんが急変した直後の攻撃の2回だ。
特にダメージが大きかったのが後者。
つまり、コーちゃんから攻撃を受けるとも思っていなかったが故に、能力を完全に切ってしまっていたときだ。
だが、この弱点は戦闘が開始してしまった今となっては、もう関係はない。
そして2つめは、前者のパターン。
これはまだ仮定の域を出ないが、ベクトル操作直後には、感知の精度が若干落ちるかもしれないというものだ。
絹旗さんから攻撃を受けたときは、直前にベクトル操作を行い、攻撃をしていた。
それに対する反撃によって、肩をかすめる攻撃を受けた訳だ。
直撃しなかったことを考えると、それでも事前に感知し、回避行動を取っていたということになる。
ただ、この2つの攻撃を回避できなかったのは、私自身、能力について理解していなかったからかもしれない。
だから、もしかしたら実際には、対処できなくはないのかもしれない。
しかし、その2つのことを差し置いても、あまりにも大きな3つめの弱点がある。
もちろん、そんなことにはコーちゃんも気づいているはずだ。
3つめの弱点、それは―――
完全反射「お姉様が絶対的に防御できるのは、両腕でカバーできる範囲でのみ、ってのは痛いよねェ?」
私がベクトル操作できるのは、手の指先からひじの少し上の辺りまで。
それ以外の部分は、普通の女子中学生の体でしかない。
だから、私が攻撃から逃れるために取れる選択肢は2つ。
腕で防御するか、回避するか。
体の前から来る攻撃はまだいい。
回避にしろ、防御にしろ自由に選択できる。
しかし、後ろからの攻撃に対しては、そうもいかない。
手の届かない場所があるからだ。
相手に対して構えを取っていると、もう最悪だ。
ほぼ必然的に、ひじは曲がっているので、指先は前に向いている。
そこ状態で、後ろからの攻撃に対処するには、1テンポ遅れてしまうことになる。
完全反射「つまり、来るのが分かっていながら、どうすることもできない」
佐天「そうとも限らないよ?」
完全反射「あのさァ、お姉様。さっきの攻撃でもいいケド、防御とか回避とか考えてる余裕あった?」
佐天「だったら、試してみる?」
そういうと、私は体の右側を前に向け、半身の態勢を取る。
ハッタリを含んだ部分もあるが、それだけではない。
そして、そのままゆっくりとコーちゃんとの距離を空けていく。
コーちゃんは、私が何を狙っているのかわからず、急には踏み込めないようだ。
佐天「1つ聞きたいんだけど」
完全反射「ン? 何を聞きたいの?」
佐天「今のコーちゃんに、今までの記憶があるのかないのか」
本当に聞きたかったことは、どうしてコーちゃんが急に私の命を狙ってきたのか、ということだが、回答はある程度読めてしまう。
「理由なんてない」か、「分からない」というのが関の山。
だったら、ここは、質問で時間稼ぎをさせてもらおう。
完全反射「今までの記憶ゥ?」
佐天「そう。私や一方通行さんと今までにしたことの記憶」
ジリジリと後退しながら、コーちゃんに問いかける。
ここまで態度が急変したのには、何か理由があるはずだ。
彼女の雰囲気としては、初めてコーちゃんと会ったときに似ているが、あのとき以上の殺気を感じる。
つまり、何らかの外的要因によって、コーちゃんの記憶を改竄、もしくは、初期化した可能性を考えたのだ。
完全反射「記憶、記憶ねェ……」
佐天「…………」
完全反射「ギャハハハハハッ!! ンなもンある訳ねェだろォが!!」
佐天「!!」
ゴッという音と共に、コーちゃんが大きく跳躍した。
と同時に、私は大きく後ろへ飛び下がる。
まともに取り合ってもらえないのは、今までのパターンからも予測はできた。
だから、対応できた。
私の感覚では、この一歩で弱点をカバーできるはずだ。
その証拠に、コーちゃんは一度は距離を詰めたものの、私に攻撃を加えることなく、大きく後退した。
それはなぜか?
その理由は、私の立っている位置に関係があった。
完全反射「ふゥ~ン? 意外に、何も考えてないって訳じゃないみたいだけねェ?」
佐天「そりゃまあね。記憶にはないみたいだけど、ここのところ一方通行さんとコーちゃんにはしごかれたからね」
私の能力の弱点を補うために、必要だったのは距離。
それも、コーちゃんとの距離ではない。
私の背後に控える壁までの距離だ。
今の私の位置から、後ろの壁までは1mほどしかない。
さきほどの攻撃に際に、大きく弾き飛ばされたのが功を奏した形だ。
これで、また優劣はわからない。
完全反射「単純なことだけど、確かに効果的だねェ。お姉様」
佐天「そりゃどーも」
弱点が背後にあるならば、その背後を埋めてしまえばいい。
ここまで壁までの距離を詰めてしまえば、どう後ろに回り込もうとしても、腕の届く範囲内を通らなければならない。
また、壁を破壊して後ろに回り込むしにても、今のコーちゃんは反射が完璧ではないようだ。
つまり、壁を破壊する際に、自身に大きなダメージを覚悟しなければならない。
だが、そうして弱点を埋めたことによって、また新たな弱点ができてきしまう。
完全反射「けど、逆に言えば、お姉様はそこから動けないってことになるよねェ?」
現状では、防御面での弱点は解消したが、移動が不可能なのだ。
そもそも、私の能力の特性として、相手の出方を見てから反応するというところがある。
後の先を取るというやつだ。
絹旗さんとの対戦のときのように、こちらから攻撃する戦法には、弱点の有無がはっきりしないため些か不安がある。
しかし、だからといって、攻撃ができないわけではない。
身をかがめて、適当な大きさの瓦礫を2つ持ち上げる。
佐天「これなら大丈夫かな?」
完全反射「はァ? そンなのが当たると思って―――」
佐天「てりゃーっ!」
コーちゃんが何かを言い終わる前に、大きな方の瓦礫を投擲した。
速度は、100km/hくらいだろう。
コーちゃんとの距離は20m程度あるので、一般人でもなんとか避けられるスピードだ。
もちろん、容易く回避されてしまう。
が、コーちゃんが回避行動を取った直後、もう1つの小さい方の瓦礫を、コーちゃんが通過するであろう地点へと向かって飛ばす。
瓦礫の速度はそれほどでもないが、コーちゃんの移動方向、速度を計算した上での直撃コースは『感知済み』だ。
完全反射「―――ッ!!」
そんな攻撃が来るとは予測していなかったのか、コーちゃんの右腹部に瓦礫が直撃する。
一瞬だけ、苦悶の表情を浮かべたのが見えたが、右手でその部分を押さえると、戦闘の余波で乱雑な状態になっている棚の間へと入っていた。
攻撃を命中させた瞬間、私の中にはいくつかの感情が生じていた。
1つは、高揚感。
今までに感じたことのないほど、能力が体に馴染んでいく感覚。
何をどうすれば、より効果的に攻撃、もしくは防御に能力を活用できるかが、次々と溢れてくる。
今までの私だったら、1回目の攻撃をワザと回避させ、本命の2撃目を回避動作中の相手に命中させるなどという能力の利用方法など、思いつきもしなかったはずだ。
それに、こうしてコーちゃんが身を隠している現在も、彼女の潜伏位置は把握できている。
それは、呼吸であったり、心拍であったり、空気の流れであったりという様々な情報が、『感知』できるからだ。
思い出してみれば、さきほども似たような場面はあった。
コーちゃんが妙な豹変した直後の一撃。
それを回避したあと、私が物陰から出て行くまで、コーちゃんは倒れていたままであったが、それを目で見ることなく確認できていた。
だから、奇襲などの心配をしないで、一度頭を整理できた。
そして、こうして能力について理解の深まった今では、コーちゃんがどのような状況あるのか手に取るように分かる。
呼吸は短く、荒い。
そして、直撃した患部を手で押さえているようだ。
おそらく、体内のベクトルを操作し、応急処置を行っているのだろう。
さきほどの一撃が、想像以上にダメージを与えているのかもしれない。
その事実が、私の中に生じている感情を変質させていく。
佐天「はっ、はっ、はっ、はっ―――」
今、私が感じている高揚感は、色で言えば黒。
真っ黒だ。
開花し始めている能力によって、コーちゃんを傷つけてしまったという後悔と、これ以上戦闘を続けても良いのかという躊躇いの感情の色。
過呼吸になり気味の肺を、胸に手を当てることで落ち着かせる。
あれはコーちゃんではない、と頭を整理していたはずだったのだが、さきほどの苦悶に満ちた表情が頭に焼きついて離れない。
心の奥がズキリと痛く、気分が悪い。
そう感じた一瞬、コーちゃんの動向を感知してる能力が揺らぐ。
この状況はまずい。
能力の強さは、心理状態によって大きく変動する。
こんなメンタルの状態である今、コーちゃんに攻撃をされたら、防御すらできないかもしれない。
佐天(落ち着け、落ち着け……)
呼吸を整えながら、自分に言い聞かせる。
自分の目的は、コーちゃんを傷つけることではない。
樹形図の設計者を破壊し、ここを脱出することが目的なのだ。
そのために、最小限の被害でこの場を乗り切らなければならない。
ここで私が倒れてしまっては、誰も救われないままだ。
佐天「よし!」
揺らいだ心に気合を入れ直し、コーちゃんの隠れている場所へと視線を向ける。
能力は―――問題ない。
一瞬ゆらぎはしたが、今では、再びコーちゃんの居場所や呼吸の荒さが、手に取るように分かる。
両手で発動しているベクトル操作にも、異常はない。
ここから先は、一瞬の躊躇いが命取りになってしまう。
今、私が優勢だからといって、このまますんなり終わるとは思えない。
もう動揺して隙が生まれないようにしなければ、誰も救うことなんてできない。
佐天(まず、コーちゃんを戦闘不能にする。もちろん、絶対死なせちゃダメ)
一番いいのは、無傷で気絶させることだが、実力が近い相手に、そこまで気を使っている余裕はないだろう。
生きてさえいれば、あのカエル顔のお医者さんがなんとかしてくれる。
それは、一方通行さんのときに実証済みだ。
つまり、ある程度の怪我はさせても仕方ないし、私も死ななければオッケーということになる。
あとは、時間との勝負。
ここに入ってから、もう数十分が経過している。
コーちゃんが隠れているからといって、こちらから攻撃せずに、ただ時間を浪費していくばかりでは状況は悪くなる一方だ。
そう考え、私は、再び手のひらサイズの瓦礫を手に取る。
そして、そのまま物陰にいるコーちゃんへと向かって投げた。
佐天「はぁっ!!」
狙いは、先ほどの攻撃でダメージを受けていた腹部。
放った弾丸は、問題なく障害物を貫通し、コーちゃんを十分に戦闘続行不能にする威力のものだ。
実際、そのとおり、大きな金属音と共に棚を貫通した。
回避行動をとっておらず、直撃し、戦闘不能になるのは間違いない―――はずだった。
佐天「……え?」
間違いなく直撃はした。
しかし、コーちゃんには何も変化がなかった。
起こった現象だけでいえば、瓦礫が彼女に直撃した途端、私の込めていたベクトルが失われ、地面へと落下した、ということになる。
……分からない。
ベクトルの流れが分かるからこそ、何が起こったのかわからなかった。
佐天「一体、何が……」
完全反射「いやァ、実際のトコロ、危ない賭けだったよ」
目の前で起こった現象が理解できず、混乱している私に、ゆったりとした口調でそんなことを言ってくる。
コーちゃんは相変わらず、棚の向こう側におり、姿は確認できない。
もっとも、呼吸が安定してきており、ダメージからは回復しつつあるようだ。
完全反射「理論は頭の中にあったンだけど、それが実行可能かどうかは、ぶっつけ本番だった訳だし」
佐天「…………」
完全反射「まァ、イチイチそんなことをお姉様に説明したりはしないけどね。ギャハハッ!」
落ち着け、私。
今までの情報を集めれば、起こった現象が理解できない訳が無い。
コーちゃんの話によると、今起こった現象は、一方通行さんの能力演算を利用したもの。
経過を考えると、今のコーちゃんは反射を使えない。
つまり、さきほどの現象はベクトル操作によるものだ。
しかし、コーちゃんは一方通行さんと違い、全身にその能力を発動させることはできない。
それはボロボロになった姿を見れば、一目瞭然だ。
ということは、能力を使用したのは、瓦礫が直撃してから。
佐天(……直撃した瞬間、アースみたいにベクトルを逃がしたってこと?)
あるいは、威力を拡散させたということも考えられる。
だが、そんなことが可能なのだろうか?
可能だとすれば、どんな物理攻撃も無効化する盾となるだろう。
それ以上に、そのベクトルを攻撃に転換することすら可能となってくる。
反射を使えないという弱点をカバーした能力の使用方だ。
こうなっては、状況は均衡状態に逆戻りに―――
完全反射「残念だけど、もう状況は大きく私に傾いてるんだよ、お姉様?」
そんな思考を読み取ったように、コーちゃんはそう言い放った。
その言葉がどのような意味を持つのかを理解する前に、コーちゃんは先に動いた。
隠れていた棚を、私に向けて吹き飛ばしてきたのだ。
そこそこのスピードはあるが、その程度の攻撃が私に通用しないことは承知済みのはず。
ならば、さきほどの言葉はブラフなのか?
ともかく、意図は分からないが、防御行動を取らざるを得ない。
佐天「こんなもの!」
能力の発動している右腕を、水平に振り切る。
いくら攻撃力が高かろうと、当たらなければ意味はない。
これで金属製の棚は、大きく右側へ吹き飛び、私には何のダメージもない。
―――はずだったのだが、もちろんそれだけで終わるはずがなかった。
異変を感じたのは、その直後だ。
佐天「んなっ!?」
棚は問題なく防御できた。
小さな瓦礫を防御できる私が、人間より大きいサイズの棚を防御できないはずがない。
しかし、その中身は別だった。
棚の内部に保存されていた樹形図の設計者の破片が、散弾のように弾けたのだ。
樹形図の設計者は、破片といえど相当な強度があるらしく、薄い金属棚を容易く突き破る。
佐天「きゃっ……」
幸いなことに、散弾となった弾は小粒なものばかりだった。
急所に飛んでくる破片をとっさに左手で弾いたおかげで、頬に一筋の切り傷程度の軽傷で済んでいる。
大丈夫、この程度なら―――
完全反射「まだ、油断するのは早いよン」
佐天「ッ!!」
いつの間に接近したのか、至近距離からかけられるコーちゃんの言葉にギョッと身を固まらせる。
さっきの攻撃は目くらましに過ぎなかった?
私の能力であれば、コーちゃんの接近にも気づけたはずだった。
しかし、散弾となった破片の防御に全神経を集中させてしまったため、コーちゃんの接近に気づくのが遅れてしまった。
時間で言えば、1秒にも満たない時間だったが、その1秒は致命的になっていた。
何しろ、右手で棚を弾き、左手で散弾の雨を防御したため、私自身が完全に無防備な状態になっていた。
佐天「まずッ―――」
完全反射「遅いよ!」
頭に向かって振り下ろされる手刀に対し、防御が間に合わない。
このタイミングでは回避も不可能。
ならば、なんとしても致命傷だけは避けなければならない。
そう一瞬で判断した私は、ベクトルを無理やり操作し、頭を僅かに右側へとずらす。
折れた右腕が悲鳴をあげているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
これを回避できなければ、間違いなく死んでしまう。
その思いが通じたのか、わずか数センチではあるが、手刀の攻撃ラインから頭部を外す。
とその瞬間、メキッという鈍い音と共に、コーちゃんの攻撃が私の首筋付近に直撃した。
佐天「っあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
間違いなく、左側の鎖骨は砕けた。
追撃を防ぐために、がむしゃらに腕を振り回す。
しかし、コーちゃんは既に私の射程距離から退いていた。
鎖骨の痛みが、ズキンズキンと遅れて脳に届く。
気絶してしまいそうなほどの激痛が、私を襲いかかる。
けれど、今は寝ているヒマなんてない。
歯を食いしばり、コーちゃんへと神経を集中させる。
完全反射「本ッ当に、シブトイねェ、お姉様。さっさと倒れちゃったほうが楽なのに」
しかし、そんな余裕あふれる言葉とは裏腹に、コーちゃんは切迫した表情をしていた。
何かがそんなに意外だったのか?
あるいは、コーちゃんに余裕が失われてきているのか?
そんなことは分からないが、その表情だけで、私が一方的に不利な状況ではないことだけは理解できた。
それなら、戦い続けるしかない。
まだ、私に勝ちの目は失われていない。
気絶だけはしないよう強く歯を食いしばり、さきほどの攻撃の際の状況をすばやく頭の中で整理する。
その中であった不可解な点といえば、棚の中身の樹形図の設計者が、散弾のように私に降り注いだ点だ。
普通であれば、棚の中身ごと右方へと弾き飛ばされていたはず。
それにも関わらず、樹形図の設計者が散弾となって私を襲った。
そこに、コーちゃんの能力が使用されていたのは間違いない。
完全反射「やっぱり、戦ってるうちに、お姉様の能力の弱点は見つかるもンだねェ」
痛みで乱れた呼吸を整えながら、コーちゃんの声に耳を傾ける。
相変わらず、声には余裕の色が出ているが、表情は険しい。
自分の能力に弱点があるのは、承知の上だ。
そもそも、さきほど本当の使い方を知ったばかりの能力が完璧である方がおかしい。
佐天「それで、弱点って何かな?」
完全反射「敢えて言う必要があるとでも?」
佐天「……ごもっともで」
けど、自分の能力だ。
想像はついている。
まず、感知するベクトルは物体の大まかな流れだけで、その内部のベクトルまでは把握できない点。
無力化されたコーちゃんの攻撃にしろ、さきほどの散弾にしろ、その内部でどんなベクトルが操作されていたかまで把握できていない。
つまり、私に有効な攻撃方法としては、ベクトル感知が追いつかないほどの物量、もしくは近距離での攻撃が挙げられる。
特に、さきほどのような触れただけで炸裂するような弾は効果的だ。
そして、もう1つ。
ベクトルの感知を、ある程度の狭い範囲に集中できてしまう点だ。
その効果により、さきほどのコーちゃんの接近に気付くのが遅れてしまい、手痛いダメージを受けてしまった。
だたし、これは完全に弱点と言い切れるものでもない。
逆に狭い範囲に感知を集中させることで、その範囲のベクトルの流れをより完璧に把握することができるからだ。
今のところ、コーちゃんが気づいている弱点もこんなところだろう。
完全反射「さて、そろそろ、ラストスパートと行こうか、お姉様」
佐天「―――ッ!!」
完全反射「お互い時間もないし、さっさとケリをつけないとね」
コーちゃんがそう言い終えた瞬間、背筋にゾッと冷たいものが走った。
彼女は本気だ。
次の攻撃で、本気を出して私を殺しに来る。
そう理解できてしまった。
佐天(さっきのに対抗するには―――)
全速力で、生き残るための道を模索する。
その次の瞬間には、2人ほぼ同時に動作を開始していた。
コーちゃんが再び近くの棚に手を伸ばし、私はとっさに地面に転がっている瓦礫をいくつか取り上げる。
時間的には、1秒もかからないほどのすばやさ。
それでも、わずかにコーちゃんの方が速いことを、私は感じ取る。
ならば、それすらも計算に入れて行動をとるだけ。
完全反射「せェッ!!」
佐天「ふっ!!」
お互いに、手にしたものを投げつけあう。
タイムラグはコンマ数秒。
コーちゃんの投げる金属の塊は、正確に私の体を狙って飛んできていた。
けれど、それは想定通り。
対する私の投げた複数の瓦礫は、コーちゃんを狙って―――ではなく、私へと向けて投げられた棚へと向けて放っていた。
より正確には、棚の貫通しにくい部分である『フレーム』を狙って、だ。
プロの野球選手も驚くような威力、精確さで、私の投擲した瓦礫が、棚を空中で捉える。
そうして勢いの弱まった棚の内部から、再び散弾が発射された。
しかし、さきほどとは違い、回避するにも、防御するにも距離は十分ある。
けれど、コーちゃんの攻撃はまだこれで終わりではないはずだ。
迫り来る散弾を防御するため、右腕を、右から左へと振り始めると同時に、一瞬コーちゃんへと意識を寄せる。
すると、コーちゃんは、両手にこぶし大の瓦礫を手にしており、それらを私へ向けて放つところだった。
……まずい。
放たれた2つの瓦礫には、人間を貫通するほどのベクトルが込められている。
目の前まで迫っている散弾を、そのまま右手一本で弾き、その勢いに逆らわず、右半身を大きく後方へと外らす。
これで、片方の射線上からは外れた。
もう片方の瓦礫を左手で防御すれば、乗り切れる。
しかし、まるでその考えを読んでいたかのように、今度は、コーちゃんが地面を蹴り、私へと向かい接近してきた。
それも、がら空きとなっている背中側に回って。
タイミング的に、振り向く時間はない。
威力は弱まったとはいえ、金属棚は停止していない。
その上、恐ろしい威力で放たれている瓦礫も、私を貫かんとこちらへと近づいている。
瓦礫、コーちゃん、棚の順に迫る3パターンもの攻撃に、一度に対応しなければならない。
こんなの、ほとんど無理な難題。
正に、絶体絶命のピンチ。
佐天(それでも―――)
棚を突き破った瓦礫を防御するため、左手を逆袈裟斬りに切り上げる。
と同時に、体に無理やりベクトル操作を施し、右手を腰付近からまっすぐ伸ばす。
狙いは、もちろん2つの瓦礫だ。
佐天「うあああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!」
無理な体勢からの攻撃だったため、体のあちこちが軋む。
痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
体が悲鳴をあげる。
右腕、左鎖骨はすでに折れているし、無理やり体の軸を捻ったことで、背筋や腰もズタズタになっているかもしれない。
頭の中を電流のようなノイズが走る。
目の前がチカチカする。
下手をしたら、もう動かないところもあるかもしれない。
ここで倒れても、よくやったと言われるだろう。
けれど―――
佐天(―――ッ!! 負けられないッッ!!)
まだ、何も始まっていない。
コーちゃんとは、まだ全然話をしたりないし、友達も紹介できていない。
初春も、御坂も、白井さんも、コーちゃんとは仲良くしてくれるだろう。
―――そんなことを考えると、こんなところで死ぬことなんてできない。
私たちはスタートラインに立ったばかりなのだから。
左側の瓦礫を振り上げた左手の手刀で弾き、右側の瓦礫を突き出した右手で捉える。
そして、それをそのまま防御に使った。
左の瓦礫をコーちゃんへ。
右の瓦礫を棚に向けてベクトルを変更する。
それも、瓦礫を砕いて『散弾』にして、だ。
完全反射「―――ッ!!」
こぶし大だった瓦礫は、くだかれたことによって、数センチ四方の塊となった。
雨となった散弾は、コーちゃんの全身に降り注ぎ、威力の弱まっていた金属棚を易々と弾き返す。
しかし、それでもコーちゃんは止まらない。
致命傷だけは避けたのか、肩やふくらはぎからは出血している。
ダメージがあるのか、スピードもさきほどとは比べるほどもない。
それにも関わらず、その目だけは戦意を失っていない。
体を無理やりねじり、コーちゃんに相対する。
距離はもう数メートルもない。
お互いに攻撃の射程距離に入る。
その瞬間―――
完全反射「ああああああああああああああああァァァァァァァぁぁぁッッッッ!!」
顔に向かって突き出される右腕。
普段ならば十分避けらるスピードだが、体が言うことを聞かない。
避けられない。
コーちゃんの攻撃は、そのまま私の頭を捉えた。
ゴッと骨と骨がぶつかるような音が、室内に響く。
視界は眩み、額がズキズキと痛みを発している。
―――だが、それだけだった。
頭と体が正常にくっついている。
コーちゃんの能力であれば、頭が粉々になっていてもおかしくない。
そういう意味では、私にダメージはほぼないに等しいものだった。
何が起こったのか?
それを理解する前に、コーちゃんはぼそりと、
完全反射「…………ははっ。時間切れかぁ」
それだけ言うと、コーちゃんは崩れるように地面へと倒れた。
コーちゃんの右腕には、能力が使われていなかったのだ、と理解したのはコーちゃんが倒れてからだった。
能力が使われなかった理由。
それは、単純に一言でいうと、『電池切れ』だ。
よく考えてみれば、思い当たることはいくつかある。
この施設に突入してから数十分経過している。
コーちゃんの能力が、使用不能になっていてもおかしくはない。
それに、コーちゃんは私と違い、奇襲を防ぐため、突入時から常に反射を使用していたことも影響していたはずだ。
ゆっくりと倒れているコーちゃんに近づくと、呼吸をしている音が聞こえる。
気絶しているだけのようだ。
この様子ならば、放っておいても問題はないだろう。
佐天「はははっ。……やったぁ」
正直なところ、勝てたという気がしない。
安堵のせいか、満身創痍の体から力が抜けそうになる。
もう眠って、楽になってしまいたい。
けれど、そうする訳には行かない。
それはやることが終わってからだ。
歯を噛み締めると、体の痛みが脳に直接響いてきた。
眠気覚ましとしてはちょうどいい。
まだ、やらなければならないことが残っている。
佐天「樹形図の設計者を壊さなくちゃ」
それがこの施設へ来た目的なのだから。
ボロボロになった体を引きずるようにして、部屋の奥へと進む。
コーちゃんと戦ったのは、どうやらほんの入口の部分だったらしく、奥の方には戦闘の形跡すら見受けられなかった。
奥行にすれば、まだ50mはあるだろうか?
そこにずらりと並べられた樹形図の設計者の残骸。
その最奥を目指して、歩みを進める。
奥に行けば行くほど、残骸の大きさが大きくなっていったからだ。
そこから、数分かけて壁際にまで近づくと、普通に整列されているものとは別個に保存されていた残骸を見つけた。
佐天「……あった」
もっと時間のかかるものかと思ったが、意外と簡単に見つけることができた。
その残骸は、人間の頭ほどもある大きさをしていた。
他の残骸が、爪先ほどの大きさも持たないことを考えれば、いかに規格外な大きさなのかを実感できる。
佐天「これを壊せば―――」
と言いかけたところで、部屋の入口の方から誰かが入ってくる音が聞こえた。
足音が聞こえる。
御坂さんが、外の人たちを倒し終えて、こちらにきてくれたのだろうか?
いや、それだったら、倒れているコーちゃんに向かって、何も言わない訳が無い。
佐天(……タイミングが良すぎる?)
こちらへと向かっている人間は、敵の可能性が高い。
そう念頭において、今、何をすべきなのかを組み上げる。
いや、それであっても、すべきことは変わらない。
接近される前に、この樹形図の設計者の残骸を破壊しなければ。
そう考え、残った力を振り絞り、手刀を振り下ろす。
その瞬間―――
「悪ィが、まだこいつを壊させるワケにはいかねェンだ」
と、ここにいるはずのない人の声を聞いた気がした。
第七章『Accelerator(現在と過去)』 完
激闘をくぐり抜けてから、数日が経った。
骨折などの外傷が酷いことから、検査を含め何日か入院していた。
幸いながら、後遺症となるような大怪我はなく、両腕をミイラのように固定されて、退院することとなったのだ。
佐天「こんにちはー!」
初春「あ、佐天さん、お久し―――って、そのケガはどうしたんですか!?」
帰宅し、1日明けた本日。
午後一番で、私は久々に風紀委員第一七七支部に訪れていた。
室内には、初春、白井さん、御坂さんのいつもの4人だけ。
包帯だらけの私の姿に、初春と白井さんが驚いた顔をしている。
佐天「いや~、ちょっと転んでけがしちゃってさー」
白井「また、そんなベッタベタな言い訳を。どうせ、また変なことに頭でも突っ込んだのではありませんの?」
佐天「そ、そんなことないですよー。ねー、御坂さん?」
御坂「ははは……」
関係者としてその場に居合わせた御坂さんに話を振って見たのだが、返ってきたのは苦笑い。
確かに、どうやって誤魔化せばいいのか悩むところだろう。
私だって、どういう反応を返していいか分からないに違いない。
初春「大丈夫なんですか?」
佐天「まだちょっと痛むけど、私生活には問題ないかな」
白井「無茶はほどほどにしてくださいませ」
御坂「本当にね……」
ゲンナリとしている御坂さんはさておき、初春と白井さんには安心してもらえたようだ。
ほんの数日しか経っていないはずなのに、ずいぶんと久しぶりにこんな会話をした気がする。
思わず顔がニヤけてしまうが、それも仕方のないこと。
こんな風に、また友人たちと会話することができるのだから。
初春「そういえば、学園都市の第一位に能力開発してもらってましたけど、その後はどうなりました?」
佐天「ふっふっふー。それはねぇ~」
あまり突っ込まれるとまずい流れだったのを、初春の一言をきっかけに修正をかけた。
能力開発の状況などを3人に話し、レベル3程度の力が使えるようになったことを説明したら、2人ともかなり驚いてくれた。
わずか数日でレベル1からレベル3になったのだから、そういった反応も仕方ないのかもしれない。
というか、実際に自分が当事者でなかったならば、その秘訣を探り出そうとしていた自信がある。
そして、また事件に巻き込まれて……というのはさすがに冗談だけど。
また、あまりにもハードな能力開発のせいでこんな怪我をしてしまったのではないか、と心配もされたが、
佐天「それはないよ。むしろ、あの人は私を守ってくれたし!」
という一言で納得してくれたみたいだった。
それからも、4人でいろいろな話をした。
一方通行さんと同居していること。
特訓の方法。
ピンチだった出来事。
そして、私の能力がベクトル操作の中でも、感知に特化しているらしいということ。
もちろん、コーちゃんのことや、樹形図の設計者に関わることは話していない。
こちらからペラペラとしゃべることでもないと判断したからだ。
初春や白井さんを無駄な危険にさらさせたくないし、御坂さんにも止められていた。
そんな話をどれだけの時間していただろう?
気づけば、時計の針は午後5時近くを指していた。
佐天「おっと、そろそろ行かなくちゃ」
初春「??? 誰かと待ち合わせですか?」
佐天「ん、まぁそんなところかな?」
もう少し話していたいのは山々だったが、これ以上遅くなると、あの人たちにいろいろと文句を言われそうだ。
「それじゃあ」とだけ言い残し、私は風紀委員第一七七支部を後にした。
外に出ると息が白くなり、肌にピリッとした寒さを感じる。
学園都市の冬ももう近い。
そんな寒さを吹き飛ばすように、私はもう1つの「居場所」に向かって歩き出す。
風紀委員第一七七支部を出てから十数分後、私は第7学区のとあるマンションに帰ってきていた。
ここに来ていなかったのは、1週間程度のはずなのだが、もう数ヶ月、数年も来ていなかったような気がする。
それほどに、濃縮された一日を過ごしていたためだろうか?
自分のために用意された合鍵を使って、久しぶりとなるそのドアを開ける。
佐天「こんにちはー」
寒くなり始めた外とは違い、生活感のある暖かさがこの身を包む。
思わずほっとするような気持ちになったが、それも長くは続かなかった。
ドドドドという下の階にまで聞こえそうな足音と共に、人が近づいてくる。
ここの住人の中でそんなことをするのは、間違いなくあの子だろう。
打ち止め「おかえりなさい、ってミサカはミサカはサテンお姉ちゃんをお出迎えしてみる!」
黄泉川「おっとお! この子は怪我してるんだから、抱きつくのは待つじゃんよ!」
勢いよく飛び込んできた打ち止めちゃんを、空中でナイスキャッチする黄泉川さん。
初春たちと久々に会えたときと同じくらいの気持ちが、胸の内側からこみ上げてくる。
やはり、ここは私にとって大切な居場所なんだ。
2人と挨拶を交わすと、廊下を進み、リビングへと入っていく。
佐天「ただいまー」
自然にでた言葉に、思わず頬をゆるませてしまう。
どうやら、さきほどの2人はテレビを見ているところだったようで、電源がつけっぱなしになっていた。
テレビでは、アナウンサーがニュースを読み上げているところだった。
キッチンの方では、夕飯の時間も近いこともあり、ゴトゴトと何かが煮えているような音がする。
そちらへと視線を向けると、水蒸気を噴出するいくつもの炊飯器と「あの人」がいた。
その人は、冷蔵庫からコーヒーを取り出すところだったらしく、
一方「よォ、元気そォじゃねェか」
といつもの調子で、私のことを出迎えてくれた。
番外個体「私が治ったと思ったら、次はあなたか~」
ニヤニヤとした表情を浮かべながら、番外個体さんは腕をぐるぐると回す動作をする。
固定しなくてもいいようになったようだけど、まだ完治してるわけではないと思うが、あえてそのことは言わずにおいた。
というか、相変わらず一方通行さんとの距離が近い。
私が適当なことを吹き込んだことで、番外個体さんがこうなってしまったのならば、責任は私にあるのだろうか?
当の一方通行さんは、鬱陶しそうに番外個体さんを遠ざけながら、
一方「そろそろ時間じゃねェのか?」
と、ソファーに座りながら言う。
壁に掛かった時計に目を向けると、時刻は午後6時半になろうとしていた。
予定の時間までは、もう30分ほどしかない。
炊飯器が動いているとはいえ、今から夕飯の準備して間に合うのだろうか?
黄泉川「心配いらないよん。キッチリ10分前には出来上がるようになってるじゃんよ」
来たばかりの私を安心させるように、黄泉川さんが炊飯器を叩きながらそう言った。
とはいえ、時間が迫っていることもあり、そこからは慌ただしく準備をすることとなった。
番外個体さんと黄泉川さんが配膳を行い、7人分の食器をテーブルに並べる。
さすがにこの人数になると、この大きなテーブルでも手狭に感じるのはしょうがない。
あいにく両手が満足に使えない私は、せめて邪魔にならないように、隅の方で打ち止めちゃんと遊んでいた。
少しすると、ピーという炊飯器の出来上がり音が鳴り始めた。
黄泉川さんが、手馴れた手つきでご飯、ハンバーグ、煮魚、八宝菜を盛り付けると、番外個体さんがテーブルへと運んでいく。
おおよその準備が完了したところで、玄関のチャイムが鳴った。
はやる心を抑えながら玄関へ向かおうとしたら、打ち止めちゃんが猛スピードで先にいってしまった。
その後を追いかけるように、小走りで玄関に向かうと、そこには毎日見ている私の顔と同じ顔を持つ少女が立っていた。
完全反射「―――ただいま、お姉ちゃん」
佐天「おかえり、コーちゃん」
彼女は、はにかみながら帰宅の挨拶をしてきた。
―――あのコーちゃんとの激闘のあとのことを少しだけ話そう。
一方通行さんと第23学区の宇宙資源開発研究所で合流した後、驚く程簡単に事態は収束した。
私の残り少ない力を振り絞って行った攻撃は、容易く一方通行さんに止められてしまい、樹形図の設計者の破片を破壊できなかった。
戸惑う私を放置して、破片のうち大きいものをいくつかポケットに詰めると、出口の方へ向かって歩き出したのだ。
佐天「一方通行さん!!」
説明を求めるために大きな声を出してなお、一方通行さんは歩き続けた。
唯一止まったのは、途中で気絶していたコーちゃんを肩に抱える動作の時くらいだろうか?
そこから先、出口へ向かう通路の途中でも、一方通行さんは何も言葉を発さなかった。
どうしてここへ来たのか。
どうしてコーちゃんが倒れていたのか。
どうして残骸への攻撃をとめたのか。
このまま出口から出て行って大丈夫なのかどうか。
あの人は、そういったことを何も聞かなかったし、話さなかった。
きっと、私がいろいろと問い詰めても、同じだったはずだ。
長い通路を抜け、出口にたどり着くと、そこには多くの人が倒れうめき声をあげていた。
体のどこかを抜かれた人、意識を失った人がほとんどだったが、幸い死んでいる人はいないようだった。
そんな人たちを見下ろすかのように、ひとりの少女が立っていた。
御坂「………」
ひたいの少し前から、バチンという電気を発生させた音と共に、こちらへと視線を向ける。
その時の御坂さんが、安堵と敵意を含んだ複雑な表情をしていたのをはっきりと覚えている。
おそらく、安堵の意味は、私が無事だったから。
だとすれば、敵意は一方通行さんに向けて?
その答えが出る前に、一方通行さんは御坂さんとすれ違い、施設の外部へと立ち去っていってしまった。
どうすればいいのかわからなかった私は、小走りで一方通行さんの後に付いて行こうとした。
御坂さんとの距離が近づくが、なんと声をかけていいのかが分からない。
けれど、すれ違う瞬間に、
佐天「行ってきます」
という一言だけを言い残して、その場を離れた。
その言葉に、御坂さんがどんな反応を示したのかを、私は知らない。
コーちゃんを抱えた一方通行が向かったのは、やはり例のカエル顔のお医者さんのいる病院だった。
病院に着くと、まるでそうなることがわかっていたかのように用意されていた担架に、コーちゃんを乗せて、あとを看護師さんに任せた。
それにわずかに遅れ、自身の診察室から出てきたカエル顔のお医者さんは、いくつかのことを一方通行さんと話すと私に近づいてきた。
冥土返し「彼女のことは心配いらないよ。必ず元に戻してみせる」
佐天「あ、あの……」
冥土返し「どうしたんだい?」
佐天「コーちゃんは、普通のケガじゃなくて……、ええと―――」
冥土返し「急に人が変わったようになったんだろう?」
その言葉に、私は驚いた。
気絶しているにもかかわらず、今、コーちゃんがどうなっているのかがわかった?
いや、それも違う。
このお医者さんは、変わったあとのコーちゃんまだを見ていないはずだ。
それに、都合よく担架が用意されていたことも気になる。
つまり、こうなることを知っていた?
そんな考えが、一瞬頭をよぎったが、今重要なのはそんな些細なことじゃない。
コーちゃんが元に戻るのかどうかだ。
いくらこのお医者さんが凄腕でも、あんな風になってしまったコーちゃんを治すことなんてできるのだろうか?
冥土返し「そんなに心配をしないでも、大丈夫だ」
佐天「え?」
まるで、私の思考を読まれたかのように告げられた一言。
その一言に、いつのまにか下を向いていた顔を上げて、カエル顔のお医者さんを視界に捉える。
そこには、自信に満ちた表情を浮かべる医者が立っていた。
そして、彼が広げた手の平にはいくつかの機械の塊、―――樹形図の設計者の破片が収まっていた。
冥土返し「彼女は助かるよ。彼が持ち帰ってくれた『これ』があればね」
その後のことは、おおよそのことしか分かっていない。
コーちゃんが大きな機械に入れられたということ。
そして、その調整には、数日がかかるということ。
私の骨折が、全治3ヶ月で済んだということ。
骨折の治療をしているときに耳にした、「ウイルスだけを削除」という言葉だけが、いやに頭に残っている。
おそらく、なんらかの原因でコーちゃんにウイルスが侵入し、人が変わったかのような症状がでたのだろう。
そして、その治療のために、樹形図の設計者の一部が使われたはずだ。
―――その結果として、目の前に以前と変わりないコーちゃんの姿がある。
完全反射「それで、お姉ちゃんの怪我の方は大丈夫なの?」
迎えに行っていた芳川さんを含め、全員がそろったところで夕食が始まると、コーちゃんがすまなさそうな顔でそんなことを聞いてきた。
特に外傷がなかったためか、コーちゃんはもうすっかり回復しているようだ。
自分の心配よりも先に、私の心配をしている。
そんなコーちゃんの心遣いに、思わずホッと胸を撫で下ろす。
ここでまた、死闘を繰り広げるような展開にならなくてよかった。
心からそう思える。
佐天「大丈夫―――とは言えないけど、後に残りそうなものはないってさ」
芳川「あら、それは良かったじゃない」
打ち止め「良かった良かった、ってミサカはミサカはサテンお姉ちゃんの将来に安堵を抱いてみたり」
番外個体「でも、入院中って何してたの? 時間はいっぱいあったんでしょ?」
一方「どォせ、暇だったンだろ? だったら、今後のことも考えて能力開発でもしておくべきだったかねェ?」
茶々をいれるようにいう一方通行さんだったが、私も何もしてなかった訳ではない。
退院までにしようと考えていたことが、1つあったのだ。
佐天「……実は、その暇な間に、能力の名前を考えてたんですよ」
一方「ハッ、言ってみろ。ダセェ名前だったら、腹抱えて笑ってやる」
そんなことを言われたら、すごく言いにくくなる。
6人の視線が私に集まる。
大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。
よし、心の準備はオッケーだ。
完全反射「それで、お姉ちゃんの能力の名前は?」
佐天「完全反射(オートシールド)!!」
・ ・ ・
私はそう反射的に答えた。
佐天「ベクトルを操る能力?」
最終章『Epilogue(日常へ)』 完
911 : SSS ◆5pbDteB19s - 2013/02/22 00:22:01.95 plWmnaWt0 426/426
というわけで、長々と続いてしまった佐天さんの冒険もここで一度幕を下ろさせてもらいます!
いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけましたか?
自分的には、大体の書きたい部分は書けたので、おおよそ満足しています。
ただ、地の文については、もっと練習する必要があるのかな、と感じましたね。
まあ、ちょこちょこ変な部分はありましたが、おおらかな目で見守っていて頂けるとありがたいです。
それにしても、時間をかけすぎましたねぇ……。次の作品があれば、もっとテンポよく更新していきたいと思います!
後日、後記をブログに載せる予定ですので、興味があればどうぞ。
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