【前編】 の続きです。
第六章 ―10月16日。
「か、垣根さん!」
オドオドした声で、花飾りが俺に近づいて来る。
テメェ、いつもの威勢はどうしたんだよ。
「あぁ?」
適当に反応する。
ヤクザみたいだ、笑えてきた。
「だ、大丈夫なんですか?」
……は?
一瞬、「アタマ大丈夫か?」と聞かれたようにも聞こえたが、花飾りの表情からそうではないと確信できた。
コイツ…俺を"心配"してやがる。
それは紛れもない"迷惑"だった。
誰を心配してんだ。俺は学園都市の第二位だぞ。
それは紛れもない"不可解"だった。
本当に解せねぇ。俺はお前を殺そうとした悪党だぞ。
そして、
それは、紛れもない。
居心地の良さーーーー。
「……ハッ」
どれもこれも口には出さない。
出してしまえば、俺は自覚してしまう。
「お前らが出しゃばってこなきゃ、今頃アイツの死体が転がってたっての」
俺の求める、"なにか"を。
「で、ひとつ気になってんだけどよ」
紛らわすように、しかし自然に、俺は花飾り達に言葉を放つ。
「いいのか?寮の様子見に行かなくても」
「「あ」」
花飾りとサテン、しまったといった顔つきで互いを見つめる。
「あわわわ、そうですよ!この後どうなっちゃうんですか佐天さん!?私野宿なんて嫌ですよ!」
「初春!?わ、私に聞かれても分からないよ!」
……花飾り、お前が凄い奴なのかそうじゃないのか、
やっぱりよく分かんねぇよ。
「とりあえず様子見に行ったらどうだ。てか、俺を一人にしてくれ」
ヒラヒラと手を振る俺は、二人が寮の方まで行くのを見守る。
二人が視界から消えた事を確認すると、俺は背を向いたまま呟いた。
「いい加減出てきたらどうだ。心理定規」
「あ、やっぱり気づいてたの?いつから?」
「最初からだボケ」
このやりとり。『スクール』では良くあった事だ。
しかし、その時とは雰囲気も気分もまるで違う。
良い意味でも、悪い意味でも。
「『木原』を持ってきたのは流石に驚いたわ。
統括理事会は一体何が目的なのかしらね」
「…知るか」
本当、この一言だった。
もうあれこれ考えねぇ。
一般人をコッチに巻き込まない。
これだけ頭に入れるだけで十分だ。
「それで?」
「…あ?」
「ゴタゴタまみれだった訳だけど、風紀委員には行くのかしらー
この事件は何かしらの形で探られるだろうし、やめとく?」
一瞬、
いや、数秒、言葉が詰まる。
答えは出てる。 が、まだ俺はその考えに理由をこじつけようとしている。
分かってる。
理由なんていらない。 考えた所で答えなんか出やしない。
"本能"なんだ。仕方ねぇだろ。
「行くさ」
肯定する俺と、否定する俺。
双方に混じりながら、俺は続ける。
「ムカつくが………あそこが…、第一七七支部が、俺の今の"居場所"みたいだからな…」
本当に似合わねぇな。とことん自覚が湧いて来る。
心理定規は何も言わない。
なにか安心したような顔つきで、微笑んでる。
……いつか、
俺も、あんな顔。
……出来っかな。
現在時刻 16:12。
今、第一七七支部内ははちょいと殺伐とした雰囲気。
柵川中内で爆破されたのは誰も使わない(らしい)倉庫だけだったため、支部には何とか入れたが、警備員(アンチスキル)が張り付いていてかなり面倒だった。
無能共が見廻りした所で、一つも安心できねぇっての。
ちなみに、今この部屋には俺と心理定規、そして花飾りしかいない。
白井は常盤台から帰って来るなり情報を集めて来ると言って出て行きやがった。
メガネ先輩も白井と同様、今回の事件の全容やら何やらについて警備員と面会中とのこと。
その事件の原因が俺なんて、一生掛かっても分かりそうにねぇのにな。
花飾りは俯いたまんまだった。
寮の爆破については簡単な説明を受けただけで、今後の事についてとかは風紀委員という理由でまだ聞けてないらしい。
サテンが『後で説明に行くね!』と花飾りに言っていたが、結局サテンの声にも不安がこびりついていた。
まぁ、そりゃ不安でならねぇだろうな。
無言が続く第一七七支部のドアが、勢い良く開く。
「初春ー!結果報告だよ!」
入って来たのはサテンだった。
柵川中の体育館で話を聞いてたため、警備員の目に触れずここまで来れたそうだ。
サテンの声は陽気にも聞こえたが、どこか無理をしているような雰囲気も垣間見えた。
それは花飾りも察していたらしく、ある程度の覚悟を備えた上で耳を傾けている。
完全な第三者である俺と心理定規はただ聞いてるだけ。
「一応仮の住居は用意できるだけするみたいだけなんだけど、ウチの学校の予算じゃ人数分は厳しいだろうから学園都市内に親がいる人は実家に帰ったり、都合のきく他校の寮に入ったりしてくれだってさ」
………よくもこんなベラベラと喋れるモンだ。
まぁ、そんなモンだろ。
それこそ常盤台みたいなボンボンの学校じゃなきゃ人数分の仮住まいなんて用意できるわけがない。
そんなどうでも良い考えと共に、どうしても解せない疑問も俺の頭によぎっていた。
「アケミの両親が学園都市内に住んでるらしいから、ムーちゃんとマコちんと私はお世話になる話になったんだけど、初春はどうする?」
何故柵川中の寮まで爆破した?
あの場を去るための手段としては適してない上に、狙いである俺にはなんの意味もない。
……どうしても解せねぇ。
「じ、じゃあ私も……」
「初春さん。アイツの家でいいんじゃない?」
「へ?」
「え?」
「……あ?」
心理定規の言葉に、俺を含む三人は聞き返してしまう。
……全く聞いてなかった。
何の話してたんだこいつら?
「メ、心理定規さん!?」
「だって、佐天さんの話だと初春さん入れたら子どもだけでも5人なんでしょ?」
「オイ何の話してんだ」
全く状況が掴めない俺の視界に、
何かを閃いたような顔をしたサテンが入った。
……イヤな予感しかしねぇ。
「初春……分かった!アケミ達には私から説明するから、垣根さんの家のお世話になってこい!」
………は?
「話聞いてなかったみたいな顔してるわね。行き着く場所のない初春さんを引き取りなさいって言ってるのよ」
「ち、ちょっと二人とも!?何でそうなるんですか!?」
珍しいな花飾り。
俺も全くを持って同じ意見だ。
「何だって俺が引き取んなきゃ行けねぇんだ。
そこまで言うんなら心理定規、テメェが引き取れよ!」
「なに言ってんの?私は常盤台の寮住まいなんだし無理に決まってるじゃなーい」
なに言ってんだこのクソアマ。
……何故ココで嘘を吐く。
意味が分からねぇ……。
「いい機会じゃない。
コミュ障って程じゃないにしろ、一人暮らしよかずっとマシかと思うわよ?」
オモシロイ事言ってくれるな、余計に了承する気なくなったぞ。
「まぁ、あの様子じゃもう取り返しつかないんじゃない?」
心理定規が指差した先の有様に、俺の目が久しぶりに丸くなった。
「もしもしアケミ!?初春なんだけど、引き取ってくれる人がいるらしいから今回は遠慮するって!うん?そうそう、男!!」
「えぇっ!?ちょっと何してるんですか佐天さん!!」
……あり得ねぇ。
この行動力は何だ?
そして、……どうしてこうなった。
一一一一一一一一一一一一一
一一一一一一一一一一一
一一一一一一一
……………。
この際だ、何度でも言ってやる。
「お、お邪魔しまーす」
どうしてこうなった……。
現在時刻、18:24。
結論を言うと、花飾りは俺の家にいる……。
ついさっきの出来事は、俺からしたらまともに覚えちゃいない。
確か、白井が戻ってきて、途端にサテンが白井に告げ口をしたんだったっけか。
後はまさにトントン拍子って言葉がピッタリだろ。
学園都市第二位の俺の意見はガン無視でな、ムカつく。
支部内を未元物質で蹴散らそうかとも本気で考えたくらいだ。
それでもやってない所を見ると、やっぱり俺は丸くなっちまったのか。
元にしろ、『暗部』の人間としてはタブーな状況だってのに、俺に嫌悪感は湧いて来ない。
もうこの感覚にも慣れてきたな。
…どれだけ平和ボケしてんだか。
俺を標的にしてるヤツがいるってのに。
………それはそうと、
「お前、いつまで玄関でつっ立ってんだよ」
そう。
花飾りは何故か玄関から動いていない。
まさか、俺が玄関から動かずに考え事をしてたからって訳じゃねえよな。
キョトンとした顔つきで、花飾りは返答する。
「え?だって垣根さんが気だるい顔しながら動かないからじゃないですか」
…こういう所は変に常識が通用するヤツだ。
つかそもそも、常識って言うには怪しい部分があるが。
「あーそうかよ。とっとと入んぞ」
「では改めて、お邪魔します」
ようやくの帰宅。
……何だかんだ言って花飾りを普通に迎えてやしねーか俺?
久しぶりに自分で自分に呆れた。
「うわっ。凄く広いですよ垣根さん!」
今度は部屋に入るなりキャッキャキャッキャと騒ぎ出す。
「当たり前だ。なんつったって俺は一一一」
っと危ねえ。
下手に第二位と宣告するのは良くねえな。
ましてコイツは俺の裏の顔を少なからず覗いちまってんだから。
ほんの一瞬でも、暗闇に帰ったような表情をした俺を、花飾りは見逃していなかった。
何も言ってこないモンだから、俺は全くを持って気が付かない……。
適当にソファに寝っ転がった俺に、花飾りはオドオドしながら、
「こんな事になっちゃって、なんかすみません……」
「今更なに言ってんだ。下手に遠慮される方がよっぽど腹立つっての」
そう、今更だ。
今更、一般人の意見を否定する事なんざできやしない。
今や光でもなければ闇でもない、中途半端な存在の俺なんかには。
「腹減ったか?適当な時間に済ましときたいんだが」
表情に多少の変化も見せないまま、俺は花飾りに問いかける。
何年、いや、何十年ぶりの家族的な日常を、さもホンモノのような雰囲気を俺は醸し出す。
「え?垣根さん料理できるんですか?」
………、何故そうなる?
腹減ったか?
が、一体どうしたら
飯作ってやろうか?
に聞こえるんだよ…。
見た目だけじゃ物足りず頭まで花畑と見える。
「どうしてそうなる?適当にファミレスで済ませようって話だよ」
そう。
俺の食生活はいつもこんな調子。
暗部にいた人間が、料理なんてできるわけねぇだろ。
「夕飯にファミレスなんて駄目ですよ!
ファミレスが許されるのは昼下がりのパフェとお喋りが目的の人だけです!」
また訳の分からない事を……。
「だったらどうするってんだよ。
悪いが俺に料理スキルなんてものはねぇ」
直後、花飾りは自信気な表情でこう言った。
「私が作ります!!」
……ほう。
悪いが俺は味にかなりうるさい派だぞ?
ファミレスは所詮ファミレスって事で味を区別してるから食えるが、マジで味を識別するとなれば話は別。
ありゃあダメだ。
あんなんただの冷凍食品のオンパレードじゃねえか。
……何故か今、白いクソ野郎が脳裏によぎった。
出てくんじゃねぇっつったろクソもやしが。
「………うめぇ」
俺が目を丸くしたのは本日二回目。
テーブルの向かい側に座る花飾りは無い胸を張って誇らし気な顔になっている。
いや、そんな事よりこの飯は何だ?
だってコイツ中1だろ?
いやいや、中1がコレはあり得ねぇって。
「ふっふっふ……、私の手料理に舌を包んでるようですね垣根さん?
私、なんとなく恥ずかしいから佐天さんには黙ってましたが、それなりに料理出来るんですよ!」
……悔しいが、コレはそれなりになんてレベルじゃないと思うが…。
…というのは当然口にはしない。
「俺相手には恥ずかしくないってか?
お前今、二人きりの食卓で、一人の男に手料理を振舞ってるんだぜ?」
軽い照れ隠し(似合わねぇ自覚はある)のために、俺は花飾りに問いかけてみた。
「え…?……あっ!そ、そう言えば……」
途端に花飾りは、俺の期待と全く同じ反応を見せやがった。
一人で自分の世界に入り、頬を赤らめながら一人で悶えている。
ハッ、所詮は中1。
ちょろいちょろい。
「じゃあお風呂お借りしますね。
あ、覗かないでくださいよ!?」
「自意識過剰もいい加減にしやがれよクソッ花」
現在、俺は皿洗いをしている(正しくはされている)。
働かざる者なんとやらだそうだ。
第二位の俺にそんな常識通用しねぇってのに、何だってこんなマネ……。
いや、それにしたって俺は変わった。
こんな事してる姿なんて思いつくはずも無いのに。
それが良い意味に転がるのか、はたまた悪い意味に転がるのかは、やっぱり俺には分からない。
二人分だけってこともあって、割りと早く洗い物を終えた俺はソファに寝そべる。
頭に浮かぶのは底の無い暗闇。
そこにはただ一人、案内人(木原病理)が手招きをしているのみ。
………クソッタレが。
ムカつき出した俺を止めるかのように、俺の携帯電話が振動する。
画面には、心理定規の文字。
今は花飾りは風呂でいない。都合が良い。
「何だ」
『ん~?あなたが初春さんを襲ってないか気が気でなくてね』
比喩表現の訂正をしよう。
俺を余計にイラつかせるために、今心理定規は電話してきてる。
「テメェが仕向けたんだろうが。
………で?改めて電話の理由を聞こうか」
『つれない所は相変わらずなのね。
…あなたを襲った『木原』だけど、』
「詳細でもわかったってか?」
『ええ、それも、ただの『書庫』(バンク)からね』
……なんだと?
『書庫』なんてチンケな情報網に、『木原』が乗っているとは到底思えない。
それは、心理定規の話を聞いていくにつれ余計に疑いが深くなって行く。
俺を襲撃した木原病理、
生年月日や出身校、出身地、
そして"表"面での研究成果etc
そこまでならまだ良いんだ。
だが、こっから先はいくらなんでも警備員や風紀委員が覗ける程度の中に入っているものとは思えなかった。
"裏"も匂わせる程の細やかな研究成果、木原加群とか言うヤツを標的とした『諦め』の計画。
そして、木原数多の死後、壊滅にも近い状態となった『猟犬部隊』を一時的に率いている。など。
極め付けは、心理定規のこの一言だった。
『試しに暗部から伝っていた情報網もくまなく詮索してみたけど、木原病理どころか『木原』の詳細すら掴めなかったわ』
……つまり、木原病理を使ってまで俺に近づいてきた統括理事会からの意図的な情報。
しかしその情報に狂いはなく、正しい事を確かにこの俺に伝え、この先を占っている。
『裏がわざと情報を出している事を視野に入れて、職権乱用で書庫を漁ってみたらビンゴだったのよね』
おそらく、いや、確実に心理定規のこの思考回路も全て統括理事会の思惑通り。
嫌気が指す。
全て統括理事会の手の中で踊らされている俺が先に見るのは、一体何だ?
「あのー……」
俺と少なからずも関係を持った心理定規、白井、そして花飾り達も、100%の安全が確保されてあたいる訳じゃない。
………ふざけやがって。
「あの! 垣根さん!!」
耳に声が響く。
花飾りか。
……全く気づかなかった。
『その声…初春さん?
まずいわね、私はここらで切るわよ。くれぐれも、気をつけなさいよね』
心理定規の警告を最後に電話は途切れ、今度は花飾りの声が届く。
「どれだけ声かけたと思ってるんですか!?」
「今の今まで風呂入ってたのかオマエ」
「とっくに出てましたよ!声をかけようとしてもなんか怖い顔してるし、いざ声をいくらかけても気づかないんですもん!」
「あー、悪かったな。許してくれ」
そう言って俺は湯上り後の花飾りの頭を掻き回す。
「わわっ、何ですか垣根さん!?」
似合わねぇ真似してんのは百も承知。
やっぱり俺は変わった。
短期間で、それもどうしようもないほどに。
コイツを、一般人を巻き込むわけにはいかない。
知らない方が幸せってのが一番しっくりくる。
知ってていいのは、まさに俺のようなクソにまみれた汚れ役だけで十分なんだから。
どう足掻いたって、これだけは決めたよ。
自分のツケを、他人に、まして一般人に払わせるなんて真似はしない。
俺は頑固だが、一回考え方をひねる事が出来れば思考はすぐに変わる事に今更気が付いた。
理由もクソもねぇんだ。
本能で動く事を決意し、眠りにつこうとする俺を、
そのままにしておくような事は、どうも無いらしい。
「…………」
俺は深い思考を止めるような事はしない。
現在時刻、23:51。
花飾りは恐らくだが既に寝ている。
つい30分前に、心理定規から一通メールが入っていた。
『いつ来るかなんて分からないんだから、何にしても初春さんは守りなさいよ』
こうして見るととことん分かる。
俺だけじゃねぇ、心理定規も確実に変わった。
ましてコイツは精神系の能力者。
他人を、しかも一般人を思うなんて一番遠い場所にいたヤツだったってのに。
……まぁ俺もとやかく言えた立場じゃねえが。
現在日時、10月17日。00:00。
本当の、暗闇が始まる。
第七章 ―10月17日。
浅い眠りすら許されなかったよ。
それどころか、まだ寝そべってもいねぇっての。
起きたのは、玄関での小規模爆発。
俺の家は他所から見たら高級マンションの一室にしか見えねぇだろうが、このマンション全てが俺の家。
誰も住んで無いマンションの一室で爆発が起きたくらいで、野次馬が集まるなんてイベントは無いはずだ。
眠りが深いのか、花飾りは部屋から出てこない。
「……都合いいじゃねえかよ。なぁ?」
思わず言葉に出して、更に問いかけてしまう。
何も誰もいない空気に話かけた訳じゃない。
いるんだよ。
下手な武装をした、クソネズミ共が。
玄関にごろごろと。
いやぁ不愉快だね。
あぁ不愉快だ。
「ヤベェなこりゃ。久しぶりの感覚だよ」
俺の口から笑みが零れてしまう。
それは当然、憤慨の笑み。
「何をヒトの日常に、入り込んでんだクッソ野郎共がぁァァアアア!!!」
咆哮と共に、俺の背中に六枚の翼が展開する。
嬉しい事にここは最上階。
派手に壊したってなんの問題もない。
「テメェらさぁ、俺に喧嘩吹っかけた意味、分かってんのか?」
クソ野郎共は答えない。
ヘルメット越しでも分かる。
俺の明確な殺意に表情を凍えさせてやがる。
まさか、俺が第二位という非常識を知らずに、仕事気分で襲撃して来た……?
誰の差し金だか知らねぇが……、
「ナメてんじゃ、ねぇぞぉォォオオオオ!!」
今度の咆哮は、確実な攻撃の意思を込めて。
翼の一撃で、玄関ごと吹き飛ばした。
ヤロウ共の行方なんて知らない。
出入り口のドアが吹き飛び、目の前に誰もいない事を確認すると、俺はズカズカとマンションの廊下へと歩いて行く。
「なにコソコソしてんだネズミ共ォ!
テメェらの死体を見なきゃ、コッチは満足できねぇんだよ!」
戦場では常に冷静沈着をモットーにしてきた俺が、揺らぐ。
一撃。
また、一撃。
俺の家となる最上階は、それはもう悲惨な状況だそうだ。
そんな感覚が俺に許される事は無い。
ただ俺の目の前に現れないヤロウ共を追跡し、イラついては、攻撃している。
何がそんなにカンに触る?
牙をむきだしながら、それでも頭の片隅に置かれた疑問。
その答えを俺自らの口から暴露してるってのに、今だからか、俺は全く気が付かない。
「俺の!今の!居場所に、何を勝手に乗り込んでんだって、言ってるんだよォオオオオ!!」
自分でもうろ覚えにすらならなかった咆哮の後、動きが見られた。
俺が先を歩いていると、俺がさっきまで使っていた部屋の二つ隣の部屋から銃声が聞こえてきた。
錯乱としているのかどうだか知らねぇが今はどうでもいい。
これも滅多に見せない。
深い笑みを浮かべ、俺はその部屋のドアも吹き飛ばした。
牙はおさまらない。
膨れ上がるだけ膨れて、それでも動く事を止めない。
ドアが吹き飛ばされたその先に見えたのは、三人のネズミ共。
しかし、別段現れた絶対的な存在である俺を前に震え上がってる訳じゃなかった。
既に意識を失ってるのか、三人が仲良く積み木みたいに寝っ転がっていた。
面倒臭かった。
だから、簡単に頭を消してしまおうと思いついた途端だった。
俺は気が付く。
コイツらの武装、服装を。
「『猟犬部隊』……ッ!」
見た事は当然ながらある。
暗部時の仕事の際に、何度も。
ようやく冷静さを取り戻した俺だが、これまた途端に気が付く。
心理定規の言葉を思い出せ。
ついさっきの事じゃねえか。
『猟犬部隊』は930事件と共に凍結寸前まで追い詰められ、無様に集まった残党を現状束ねているのは一一一一。
思考は途切れる。
開放状態になっていた入り口から入ってきた一人が、俺の背中に銃を突きつけているのが分かる。
今は俺の背中から翼が出現していないから出来る行動。
………都合が良い。
ヤロウを吹き飛ばすためにも俺は再び六枚の翼を展開させる。
勢いですぐ近くの廊下の壁に体を叩きつけたヤロウの元まで俺は歩く。
「オイ」
俺を襲撃してきたのは確か四人。
意識を保っているのは、コイツだけ。
「言えよ。テメェらの頭はどいつだ。
どうせ聞かれたら答えちゃってくださいとでも言われてるんだろうが」
ヘルメットを無理矢理外し、恐怖が滲み浮かんだ表情のヤロウの髪の毛を乱暴に掴み、俺と視線を合わせる形にする。
「き、き、きは」
震え上がる声。
標的が第二位という事も伝えず、随分と結構な雑魚を送ったモンだよなぁ?
「木原…病理」
それが聞き出せりゃもう十分だ。
俺は掴んでいたヤロウの髪を離し、
そして、未元物質の出力を最大にする。
首から上を無様に消し去り、それは俺にだけ鮮血がこびりつかないような攻撃。
転がっている三人も同様に。
残ったのは、花飾りが安らかに眠る部屋とは随分離れた所に広がる鮮血と四体の死体。
そして、深い笑みを残した、俺。
行間 三 ―10月17日。
眠ってなんかいなかった。
最初から、一睡も。
当然じゃないですか。垣根さんの前でこそ余裕を見せて振舞ってましたけど、本当は凄いドギマギしてるんですよ?
こんな高級感しか見てとれないようなマンションで、たった一人の男の人と。
夕飯を振舞った時だって、それは不安でならなかった。
目を丸くして美味いと言ってくれた時なんか、本当に嬉しかったんですから。
そして、風呂上がりに見えた垣根さんの表情、
電話の内容からなのか、私を攻撃したあの時のような、真っ暗な表情。
そして、私は垣根さんの指定した部屋のベッドに横たわり、体を休める。
眠れるわけ無いじゃないですか。
たとえ眠れたとして、あんな爆発があったら普通に飛び上がっちゃいますよ。
だけど、私は飛び上がらない。
寸前まで声を出しかけ、そして寸前で止める。
下手に声を出したら、私が狙われてしまうから。
そんな理由じゃありません。
おそらく、本当に憶測だけど、爆発の標的は垣根さん。
私と佐天さんが昼下がりに見た、垣根さんとパジャマの女性とのやり取り。
言葉こそ聞こえなかったけど、そこに漂う雰囲気は、これもまた10月9日に体験したモノと似ていたんです。
そこに何が潜んでいるのか、その雰囲気が何を意味しているのか。
それも寸前まで声に出かけ、そして寸前で止める。
追求なんてしません。
垣根さんという人は、そういうくだりを一番嫌いそうな人だから。
今この場で声を張り上げ、爆発のあった玄関まで出て行くなんて真似もしません。
嫌でも聞こえた垣根さんの咆哮。
日常に踏み込むなと叫んでいる。
私はきっとその一部で、私がこの場に出てしまえば、垣根さんはきっと私を全力で守ろうとしてくれる。
何の確証も無い、何の事はないただの憶測。
一度私にその牙を向けた人間が、今度はその私を守るために牙を向くなんて、普通では思いもしない非常識。
そんな事は関係なしにと、私は絶対的な自信を持って垣根さんを信じてる。
守ってくれるとかじゃなくて、
もっと大切な。
垣根さんにも、帰る、帰れる居場所が、確かにある事に、気がつけるという事を。
………数分が立ち、散々に私の耳に届いた破壊音はようやく止んだ。
分かってる事は、今私のいない場で起こってる出来事は、私なんかの想像よりも百倍酷くて、悲惨で、悲しい世界。
その世界から、垣根さんは帰ってくる。
「花飾り、ちょっと起きろ」
部屋のドア越しに届いた垣根さんの言葉。
一生懸命隠しているんでしょうけど、すぐに分かってしまう。
言葉だけでも分かる違和感。
「う、う~ん。なんですかぁ?」
隠しているつもりでも簡単に分かってしまうソレを、私はちゃんと隠せてるんでしょうか?
「よくもまぁあの惨事の中寝れたモンだ。
二つ隣の住人が火事起こしたらしくてな、
悪いがここを一旦離れるぞ」
「火事……ですか」
嘘が下手すぎですよ、垣根さん………。
「お前は心理定規んトコに預けるから安心しろ」
ドア越しの会話は続く。
「え……?だって心理定規さんは常盤台の…」
「あんな嘘に振り回されてんじゃねぇ。
場所教えるから、取りあえず適当に着替えて出て来い」
言われるがまま、なんとか巻き込まれてなかった私の部屋から引っ張り出した私服に着替え、私は垣根さんと顔を合わせる。
まず、私は驚いた。
確かに爆発を受けた玄関のドアが、確かに元のまんまになっている。
「念の為の避難ってヤツだ。
ウチのマンションは耐火性がかなり低いんだと。
全く冗談じゃねぇ。」
そのドアが、垣根さんの能力で作られたモノだという事に気が付かなくても、垣根さんが言っている事が嘘だらけという事にはどうしても気付いてしまう。
「分かりました。災害じゃ仕方ないですよ」
「話が早くて助かるな。
んで、心理定規のウチだが一一一」
もう、私に迷いはない。
さっきは出しゃばらない事を前提に部屋にとどまってましたが、今度はそうはいかない。
垣根さんの目が物語っている。
自分の命なんて惜しまないで、何かに向かって歩こうとしてる事が。
「覚えたか?一応メモも渡しておくが、こんな時間なのに送ってやれなくて悪りぃ。
どうしても行かなきゃなんねぇ用事が出来てな」
「分かりました。 大丈夫ですよ。私、これでも風紀委員なんですから」
もう、迷いはありません。
その先に待っているのが後悔だったとしても、私は、
一一一一一己の信念に従い、正しいと感じた行動をとるべし。
第八章 ―10月17日。
花飾りは見送った。
何の変わりもない、何の疑いも見せてこない。
それで良い。
知る必要のない人間が、知る必要のない真実なんて、欠片も知っちゃいけねぇんだから。
俺は歯をたて、力を込める。
顎に痛みが生まれるが気にはならない。
「木原……病理ッ!」
頭に浮かんだ案内人の木原病理は、途端に表情を変えて俺の手を掴み、無理矢理闇へと引きずり込もうとする。
上等だよ。
吹っ切れたって表現の方が正しいのか。
俺は携帯電話を操り、心理定規に電話をかける。
花飾りを送った事を言いたかったのもそうだが、何故か心理定規は木原病理の位置を知っているような気がしたんだ。
それも全て、散々言葉では分かっていた統括理事会の計算通りって事も知らないで。
「………」
電話がかかるまで数分待つ。
まさか、深夜に近い時間だからってもう寝ちまったってコトはねぇよなぁ?
電話が繋がる。
怒り混じりの疑問に、返答があった。
ただし、その怒りを増幅させる、返答が。
『はぁ~い?』
違いなんてすぐに分かった。
違和感なんてバリバリどころじゃなかった。
俺の話し相手は、心理定規ではない。
もっとどす黒い闇を抱え、もっと俺を憤慨させるのに長けているクソ女。
「木原……病理…ッ!!」
俺の、最も殺したいと願う人間。
『あーあー声を駆り立てちゃって、そういう全力っていうんですかね?大嫌いで仕方ないんですよ。私』
そうかよ。
だったら俺はテメェという人間が大嫌いで仕方がねぇ。
言葉にすらならない。
いや、言葉にする必要もない。
ひたすらこみ上げてきた怒りと、急に襲ってきた不安。
……花飾りが向かっているのは心理定規の所。
そしてその場には、木原病理が確かに存在している。
……クソったれが…。
「テメェがそこで俺の電話に応えてるって事は、待ってたんだろ?この俺を。
諦めだか何だか知らねぇが、俺もテメェに会いてぇんだよ。
テメェの頭蓋踏み潰さなきゃ、満足できねぇっつってんだよ……!」
挑発を乗せた言葉だったが、後から怒りが勝り、二回目の珍しい感情的な俺となる。
『凄い口説き文句ですね。病理ちゃん困っちゃいます~。でもでも、女性を急かすのは関心しませんよ?』
……本当に俺をイラつかせるのに長けてやがる。
『御託はこの辺にしましょうか。
あなたの怒りもそろそろ限界でしょうし』
ケラケラという笑い声を交えた木原の戯言。
怒りの限界?もうとっくに通り過ぎてるよクソが。
『ああ、そうだ。 一一一心理定規さん、あなたに一一事が一一翌日の一一一時に一面仕上に一一一一えて下さい』
俺には聞こえない木原の声は、心理定規に向けられたモノ。
今更そんなモンに興味が湧くかっての。
『すみませんねぇオリジナル、それでは本題に入りましょうか』
「早くしろよ。どうせ場所の指定なんだろ?」
『ご名答。場所は一一一』
準備は整った。
ああそうだ、心理定規にメールして置くとしよう。
安否の確認なんかじゃない。
木原の標的はハナから俺、アイツはただの駒としか思われていない。
メールの内容は、花飾りを頼んだ。
でいいだろ。
場所は、昼間に木原と戦り合った第七学区に隣接する荒野だった。
あんな荒野がそもそもあったのかが疑問な訳だが、たとえソレが俺を潰すために用意されたとして、もうまともな思考を持てる状態じゃなかった。
「よう……木原病理…」
「はいはーい、こんな夜中のデートに誘ってくれてありがとうございまーす」
さぁ、デートの時間と行こうじゃねぇか。
広がる暗闇の道を、ただひたすら散歩する、そんなたまらねぇデートをよ。
俺はもう感情的になりすぎて、まともな思考なんぞ出来やしない。
木原はそれを手に取るように理解度し、ソレは諦めに最も行き着きやすい状態だというコトを知っている。
即座に俺が取った行動は、未元物質の出力最大。
一気に距離を縮め、斬撃にも叩きつけるだけの攻撃にも見える一撃を躊躇なく放つ。
昼間と大して変わらない行動をとった俺だが、木原もまるで昼間と同じ行動を取ってきた。
改造された腕で、俺の未元物質を受け止めている。
気を抜けば力負けしてしまいそうなくらいな力量。
「そういえば」
悠長に喋ってられる程の余裕。
その余裕は、木原の表情にも残っていた。
「そろそろ出すのもいいですかねぇ、"ネタバレ"」
言葉の直後に俺を襲う暗闇の出で立ち。
嫌な音がなると同時に、俺の意識はなんとか帰ってくる。
嫌な音の音源は、木原の両足。
嫌な音の具体的な表現は、肉が軋み、骨が交じり、かなりグロテスクな音。
俺には余裕で見えた。
木原の足に途端に浮かんだ、赤色の文字と、その意味が。
Equ.DarkMatter
驚愕も当然ありはしたが、考えてみれば簡単な話。
タダで俺を五体満足にしとくほど、統括理事会は善意にまみれちゃいないっていう、たったそれだけの理由。
簡単な思考くらいは許された俺だが、木原の体の異変に、流石に距離を取らなきゃいけない状態となった。
木原の足が、変形する。
それは比喩表現なんて可愛らしいモンじゃなく、確実に起こっている真実。
「…ハッ 車椅子は所詮飾りだったってオチか」
「自分の足でないにしろ、私の方から歩こうなんて何年ぶりですかねぇ」
タコのにも見える木原の六本の足、
その一本一本が、大地を踏みしめ、木原が降りた車椅子はポツンと置かれたまま。
「じゃあ……」
楽しい楽しい殺し合いの合図は、珍しく木原から。
「始めようじゃねぇか。怪物同士の潰し合いってヤツをよ」
打たれる相槌は、当然俺から。
こういうの、死亡フラグっつーらしいな、聞いたことがある。
だが、そんなフラグがあろうとなかろうと、勝敗なんて、つけるに至らなかった戦いが、この時点よりずっと前から、始まっていた。
一一一一一一一一一一一一一一一一
一一一一一一一一一一一一一
一一一一一一一一
一一一一
「……………。」
「あらあらぁ、そんなに病理ちゃんの演説に惚れ惚れしちゃいました?」
現在時刻………不明。
激しい牙の交じり合いからは、10分くらいって所だろうか。
俺は、もう"ダメ"だった。
『木原』の恐ろしさなんて言われてるモノは、本当に多種多様だとは聞いた事があった。
……コイツは、木原病理の『木原』は、人によれば何の事はない戯言で、人によれば核兵器よりも恐ろしい兵器。
俺からしたら、残念な事に後者だ。
もう、何をベラベラと告げ口されたかなんて、全くを持って覚えちゃいなかった。
ひたすら攻撃を放った。
木原ひそれをひたすら避けてのけた。
一撃の間、一撃の間に、木原の『諦め』は、明確に俺を襲っていたと言うのに。
暗部がどーとか、一般人がどーとか、そんな事をペラペラペラペラ。
気が付いた頃が最後。
まともな思考が出来ないあまりか、戦意すら湧いてきやしねぇ。
「まさかこんなに簡単に諦めてくれるとは思いませんでしたよ。
ちょっと簡単に行きすぎましたかねー?」
笑いながら、俺を見つめている。
よく分からない。
俺は俺の今までの思考に絶望し、失望し、そして諦めている。
相当強く出来上がっている『自分だけの現実』を持っていようが、どれだけ干渉力に耐性があろうが、木原の『諦め』は関係がなかったんだよ。
「私の『木原』に干渉される程度だったら、殺してくれて構わないそうなんで」
ゆっくりと、死刑宣告が下される。
「安心して下さい。殺しはしても脳みそは綺麗に取り出して、綺麗に取り扱ってあげますから」
意味は理解できる。
が、そこから湧き上がる感情はまさに皆無。
とうとう、いや、
案外生き延びた方なのかもしれない。
思えば、10月9日の時点で俺は死んでなきゃ行けなかったんだ。
通常運行していた物語(ストーリー)の中に、俺というイレギュラーが混じったせいで。
花飾りを初めとする、一般人共が、下手に俺と関係を持ってしまった。
関与されちゃいけないヤツらが、俺が生きている、
それだけの理由で、危険が迫る可能性が跳ね上がるんだ。
だったら、
もう、
俺は、
死んだ方がよっぽど、いいんじゃねぇか?
不十分な意識の中で、俺は死ぬという概念を理解する。
理解し、覚悟した。
「…だったら」
弱い言葉が、木原に向かって、
「とっとと殺せよ、回りくどい」
挑発にも聞こえる俺の言葉は、木原にとっては唯一無二の死亡の志願だと受け取れたようだ。
「もはや生きる事も自ら諦めましたかぁ」
だらだらと戯言並べんな。
とっとと殺せよ、嫌になる。
「でもでもぉ、お姫様が見ちゃってる場で、騎士様が簡単に死ぬんじゃ詰まらなくはありません?」
何を焦らしてんだよ。
お姫様?知るかよそんなモン。
大体、お姫様って何の事一一一。
俺の明確な意識が、片隅に見える存在を、確かに確認する。
「な、んでだよ」
何でだ。どうしてだ。
「何で、テメェがいや、がるんだ」
嘘だ。こんな所にこれるはずがねぇ。
ソイツには聞こえないだろう声で、もがき、抵抗する。
だから前から言ってるだろうが。
何で一般人が、一番遠く位置していなきゃいけないこの場所に、軽々しく足を運んでんだよって。
何で俺を揺るがすんだ。
もうメンド臭くなっちまったんだよ。
何で楽に死なせてくれないんだ。
頼むから、俺を善人にしようとしないでくれ。
「何で、来るんだよ……花飾りぃ…」
死を決めて、一度背負った凄く重たい荷物を手放して、楽になろうと決めた今この瞬間に、
護ってやると決めていたお前が、こんな所にいたら、
俺は、
一体、どうしたらいいんだよ……。
教えてくれよ……花飾り…。
第九章 ―10月17日。
「あー、」
深い思考に入っていた俺の耳に、木原の不抜けた声が届く。
「お姫様の顔を見ただけで、まだそんな顔してる所を見ると、まだまだ諦めかま足りてないじゃないですかぁ?」
誰のせいだよ。
テメェが有無を言わさずに、死を覚悟していた殺しちまえば簡単な話だったんだろうが。
木原の足は、現状二本のみ。
それも人間の足のソレにしか見えない。
今更になって、俺から湧いてくる戦意になんて期待は出来っこないのに。
なんで、俺の背中からは、六枚の翼が展開している?
止めろよ。
諦めろよ。
手を出すんじゃねぇよ。
正しく突き動かす俺の意思は、大した事はなく、結局、
本能が、優ってしまう。
「ア」
どこまで行けるかなんて知った事じゃない。
やっぱ、俺は最初からあれこれ考えるタイプじゃなかったらしいぞ?
「アアアアアアアアアアアアあああああああああ!!!」
激しい咆哮。
それに連なり、展開していた六枚の翼は、その大きさを数倍のものにする。
この感覚、身に覚えがある。
あの第一位の、どこから湧いたかもよく分からない漆黒の翼。
なんとなくその場でなんとか演算し、漆黒の翼に形状を真似た形で、展開されたでっけえ六枚の翼だ。
だが、あん時より、力が増しているのは気のせいか?
それは、違う。
俺を突き動かす何かが、確かな力になってやがる一一一!
花飾りはどんな顔してるんだろうな。
気になってチラっと伺って見たら、これもまぁ滑稽な話だ。
俺を心配気に見つめやがって、タダの風紀委員がでしゃばんのも大概にしとけっての。
だがな、これだけは何とか約束できそうだよ。
護ってやるよ。
テメェだけじゃねぇ。
花飾りの、
初春飾利と、その周辺の世界を。
今までで一番なんじゃないかってくらいの力を、木原にぶつける。
「こ、この出力……ちょっと病理ちゃんピンチかもしれませんね……!」
最初はこれまでと同様、改造された両手で受け止めるだけに留まっていたが、危険を察し、俺との距離をとる。
これはもう勘違いなんかじゃねぇ。
俺の頭の中でグルグル繰り返される演算式は複雑で、そこから展開しているこの力は、確かに強大だ。
いや、
そもそも俺の未元物質の力が増した所で、コイツを殺せる可能の原因なんかにゃあならねぇ。
別にいつも通りの、第二位の力だけあれば殺す事なんて簡単に出来たハズだ。
諦める? 馬鹿じゃねぇの?
こんな簡単に崩れちまう程度の覚悟だったら、最初からあんなに似合わねぇ真似するかっての。
もう一度だ。
俺の心の内で、もう一度、宣言させてもらうぜ。
コイツを、木原病理を、潰す。
形状を変化させようとする木原の行動を、俺は許さない。
翼を大きく羽ばたかせ、圧倒的な風を木原の周りに生ませる。
荒野だったがために、起きたのは砂利の嵐ぐらいだったが、木原の行動を止めるには十分だ。
風に耐えることを優先し、足の強化から入る木原の行動パターンは、全て俺の計算通り。
その間に俺は、真っ黒の、テニスボールほどの大きさの球体を数個出現させる。
現実に存在するモノとは全く異なる、この世に存在しない物質を作り出し、応用する。
それが未元物質の能力。
ようやく、頭の中でしっかりと、まともな演算が出来てる気がするよ。
砂利と砂の嵐が、大方収まる。
姿を表した木原の形状は、見たところ特に変化は見られない。
「不愉快だな」
率直な意見を述べると共に、俺は木原の元まで急接近する。
対する木原は、何も喋らない所か、顔の筋肉の一つすら動かさない。
少なくとも、こうして対峙している俺の目、感覚からはそう感じ取れてる。ってだけの話だが。
……ますます不愉快だ。
不愉快でもあるが、同時に不気味でもあった。
今までの木原病理とは全く違っている。
試しも兼ね、出現させた黒の球体を全て木原に向け放つ。
とった行動と言えば、ただ一直線に放たれた黒の球体を、サラっと避けただけ。
反撃の手が出ると踏んだが、避けた後と言うものの、ただじっと静止しているだけ。
………可笑しい。
いくらなんでもそう思うしかできない俺だったが、その疑問の根元は、一秒もかからない間に導き出された。
「コイツ………ダミーかッ!」
一見したら、俺の言ってる意味が分からなくても仕方ないだろう。
だが、俺はこの目で見ている。
木原病理は、超能力者である俺ほどでは無いにしろ、少なからず、未元物質の能力を持っている一一一一。
「クソがッ!」
俺は叫ぶ。
暗部として仕事を全うしていた頃だったら、もっと早く気付けたハズなのに、
平和ボケが、こんな所で裏目に出るとはな。
……本物は、ホンモノの木原病理はどこにいる?
……いや、
俺は、本当はそんな答え、簡単に頭の中では分かっていたんだ。
だが、それはどうしても否定したかった答えで、
どうしてもそれが答えじゃないと願う答え。
……今の俺の活動源は何だ?
そして、アイツは、木原病理という人間は、何を司る『木原』だ?
自分自身に問いかけ、それのどれもが、俺の考える答えの手助け役となってしまう。
「駄目ですねぇ、オリジナル」
嫌な予感なんて言葉は必要ない。
声のした方向。
そこには、木原と一一一。
「か、垣根さん……」
「いつ障害物が来るかなんて分からないんですよー?ちゃーんと姫を見ていて、安全を常に確保しといてあげないと、騎士なんて名乗れませんよぉ?」
………ったくよぉ。
どこのドラマだ?どこの映画だ?
見事なC級っぷりに、笑えてくる。
……いいや。
笑えねぇ。
笑えねぇよ。
「木ィ原ァァァァアアアアア!!!」
咆哮と共に、俺は木原を潰しにかかる。
何も直接の攻撃じゃなくたっていいのによ。
こんなに簡単に、冷静さを失ってたっけか?
「クククッ」
木原は笑っているだけ。
本当にムカつく。本当に。
「あーあー、このままじゃお姫様にも当たっちゃうなぁ」
わざとらしくほざく木原だが、テメェほど俺が誰なのか、どんな人間なのかを知っているヤツはいねぇハズだよなぁ?
学園都市の超能力者でも第二位に位置する、垣根帝督だぞ。
花飾りに何の害も与えず、キッチリとテメェだけを殺してやる。
「なーんてっ」
深い、深い笑みを浮かべて放たれたその言葉は、もう、俺の耳には届いちゃいなかった。
俺が見たのは、鮮血だった。
何度も何度も見てきた、赤黒すぎる血。
それは、紛れもない、俺の血だった。
何が起こった?
痛みを感じるよりも先に、純粋な疑問を浮かべ、もうろうとする中必死に頭を動かす。
花飾りに害を与えず、木原だけを殺す事に専念しすぎたか?
攻撃の手を強めすぎたがために、防御を全く考慮してなかったのか?
俺に出来るのは、ただの憶測だけ。
血相かいて花飾りが叫んでる。
俺の名前を、叫んでる。
俺に出来るのは、朦朧と聞き流すだけ。
木原は心底楽しそうに笑っている。
返り血を浴びたパジャマが、嫌に光る蛍光灯に照らされる。
俺に出来るのは、途切れそうな意識の中で、ただ睨むだけ。
とうとう立つことを奪われた俺は、自身の血が広がる地に崩れ落ちた。
「どうです? さっきみたいな簡単な『諦め』よりも、こんな感じの悲劇に続く悲劇のショーの方が愉快爽快でならないでしょう!?」
華奢な体してる癖に、改造されたその力で、もっと華奢な花飾りの体を抑えながら、動かない俺に話しかける。
「ですが」
置かれた木原のその一言は、確かに俺の耳にも届いていた。
「まだそれじゃ足りないんですねぇ、むしろ、"ここから"なんですから」
確かに聞こえた。
意味も、なんとなくだが受け取れる。
だが、言葉よりも感じ取れたモノが一つ。
これまでにないくらい下劣で、これまでにないくらいソレらしい『木原』。
「安らかな眠りを、お・姫・様」
地べたに横たわる俺にも、確認できた。
意識が遠のきそうな俺にも、確認できた。
木原の言葉の後に、花飾りが意識を完全に失うのを。
俺の意識が、いや、
"何か大切なモノ"が、プツンと、
確かに途切れたのを。
一一一一何を、護りたかったんだろうな。
純粋な疑問の答えは、もう出てくる事はない。
一一一一何を、求めていたんだろうな。
悟るように、深く、思考の奥へ、奥へと沈んで行く。
護る?求める?何を……言ってるんだ?
俺は…垣根帝督だ。
七人しかいない超能力者の中でも、第二位に君臨する存在だ。
今の今まで、まともな友人も、まともな居場所も、許された試しがない存在だ。
その俺が、人を、一般人を護る?
その俺が、誰にも邪魔をされる事のない唯一無二の居場所を求める?
……笑わせんなよ。
こんな無様な格好にまでなって、こんな、まだこんなにも、俺は浸ろうとしている。
居場所が欲しかったんだよ、悪いか。
俺を認めてくれる、綺麗で純粋な居場所が。
人を護りたかったんだよ、悪いか。
汚れきったこの手が、どこまで延びるか知りたかったんだ。
頭の奥から一一一声が聞こえる。
力が欲しいか?と、
……ハッ。
第二位の俺が、それ以上の力を持ったら、どうなっちまうんだか…。
全てを恐怖に塗り替える、絶対的な力が欲しいか?
……以前の俺なら、憎くてたまらないアレイスターを潰すために、その力とやらを全力で欲したであろう。
一一一でも、違うんだよなぁ。
もうそんな力、闇にしかならないような力、必要ねぇんだよ。
………ならば、何を欲する?
一一一そうだなぁ。
力って言うところじゃ、的を射てるんだが、
一一一言うなれば。
護れる、誰にでも延ばせる、長い長い手をくれやしないか。
………護れる力…か。
そうだ。俺はソイツが欲しい。
俺は一一一一一一。
パキンッ、って音がしたと思う。
それは、俺を根こそぎ変化させる音。
それこそ、良い意味でも、悪い意味でも。
「phlc護mg」
本当の戦いの、幕開け。
ドォッ!!と、白色の翼が垣根帝督の背中から爆発的に噴射する。
その翼は、垣根帝督が未元物質を最大出力にした際に出現する六枚の翼とは異なる。
科学という概念をまるで感じさせない、二枚の、膨大な純白の翼。
「ハ、はははははッ!!」
笑い声を思わず零したのは、木原病理。
科学者である木原からは一瞬で見てとれた。
この翼は、科学の産物としてカテゴライズできるような、そんなチンケなモノではないと言う事を。
「諦めないでここまで演出した甲斐があったってモンですよ!!」
歪みきった笑み、
歪みきった声を、木原は張り上げる。
「その非科学!最高ですねぇ、本当に!諦めない心の良さってのが、一ミクロン程理解できた気がしますよ!!」
答えは帰ってこないというのに、それでも木原は身に込み上げる感情やら何やらを思い切り出して行く。
垣根は、何も見えちゃいなかった。
その本能が、目の前の木原病理を、跡形もなく殺せと命じる。
今の垣根には、純粋にその命令に、従うのみ。
どこから噴き出したかも分からない力が、一方的に木原を襲いにかかる。
速度なんて言葉で説明できるものではないと、木原は率直に感じた。
気が付けば目の前に垣根帝督がいて、気が付けば目の前に拳があった。
「ごがッッ!?」
頭に大きな衝撃が走る。
身体のあらゆる箇所を改造している木原からすればまだ大きな衝撃で住んでいるが、常人が受けたら一瞬で意識を奪う一撃。
「……くッ!」
木原に、明確な焦りが生まれる。
目の前の怪物を前に、抱えていた初春が邪魔になったため、とっさに初春の華奢な体を放り投げる。
砂利が広がる地に、放られた初春の体は背中から直撃する。
この、何のけない木原病理の一連の動作の流れ。
これが、垣根を突き動かし、背中から溢れる白い翼がその大きさを増す。
垣根の異変には木原も当然気が付き、遂に木原は垣根帝督の殺戮を企てる。
「形状変化、リトルグレイ参照!」
その言葉の直後、木原病理のあらゆる部分が、人間とは遠く離れた形へと変貌していく。
右腕は巨人を思わせ、左腕には五つもの脳を抱えた、垣根とは違った見た目通りの確かな怪物。
「ここまでさせた責任はちゃんと取ってくださいよオリジナル!
この状態から人間の肉体に戻すのは、結構大変なんですから!!」
………だが、今の垣根にとって見たら、所詮はその程度だった。
言葉はいらない。
取る行動なんてのは、目の前の怪物、いや、垣根にとっての障害物をただ力で粉砕するだけの、至ってシンプルで、至って簡単な話なんだから。
木原とは到底思えない怪物に、大きな、大きな衝撃が、走った。
木原が意識の奥底へと沈んで行ったのは、垣根の正体不明の一撃で十分だったようだ。
「は、はは」
人間のソレではない口から、笑みと共に言葉が漏れて行く。
「9月30日での数多さんの死の理由が………何となく分かりましたよ」
言葉の後に、肉が軋む音が響く。
怪物だった身体の部品達は、徐々に人間のモノに戻っていき、最後にはあのゲテモノから見事木原病理の姿に戻っていた。
だが、変化があったのは木原の姿だけに言えた事ではなかった。
純白の、絶対的な力を象徴するような翼を噴射させていた垣根の背中からは、もうその翼は見られない。
更に、木原からつけられた腹部の斬撃の跡も、綺麗になくなっていた。
「元に戻るのは……メンドウじゃなかったのかよ」
かすれながらも蘇って行く意識の中で、垣根は……俺は、木原に問いかけた。
「ええ、メンドウですよ。
確かに思考一つでどうにでもなりますが、今私、体中がかなり痛いんですよ?歩く事も諦めてきた病理ちゃんにはマジで死活問題なーのでーす」
まだ、いやかなり余裕が感じられる木原の言葉と表情だが、俺がさり気なく会話できる状態まで戻っているという所には、あえてなのかツッコんでこない。
「これは私にも言えた事なんですがねぇ。
あなた、今戦意ないでしょう?」
これがそのツッコミなのかは怪しいが、確かに木原の言っている事は的を射ていたので、なんとなくだがムカつく。
「……テメェが戦意ないですなんて言った所で、信じられっかっての」
警戒心を残しておいて損はない。
毒づくように、大きな壁に体を預けている木原に向けて言葉を放った。
「ふふ、"分かってるクセに"」
笑いながら返ってくる木原の言葉。
……ウザってぇな。戦意が少しずつ湧いて来てる気がするよ。
………とは言ったものの、確かにお互い、味方ではないという認識はあるものの、今この場で殺してやるといった殺意や敵意があるとも言い難かった。
「それにしても………」
呟くようにして聞こえる木原の声に敵意はないが、思わず俺は硬調する。
「あの"翼"……。
これも第一位についであなたも……ですか」
諦めかけ、立ち上がり、傷つき、意識も奪われる寸前まで来た俺に明確な戦意をもたらしたあの白い翼。
頭に浮かんでくるのは、俺が死ぬ日のハズだった10月9日の、俺が死ぬ瞬間のハズだったあの光景。
俺と牙を交わした、あの第一位の背中から噴射する、真っ黒の、二枚の翼。
皮肉な話、本当に反吐が出るが、俺がさっきまで背中から生やしていた白い翼も、それにそっくりだったんだ……。
敵として、あの翼の前に立ったから分かるんだ。
断じてでも言えるよ。
あれは、あの翼は、決して科学の産物なんてちっぽけな器で収まる話じゃあない。
何か、別の異物が混じった、それでも確かな、能力。
「………知りたがってますねぇ。
翼について」
俺の顔をジロジロ見ながら、木原が言ってくる。
……当然だった。
知りてぇな。是非とも知りてぇ。
あの翼の情報を根こそぎ理解し、あの翼の力全てを、自由に使えるようになったとしたのなら、
あの第一位にも、勝てるかもしれない。
あのアレイスターに、堂々と宣戦布告できるかもしれない。
……………なんて事、頭の片隅にも出てこやしなかった。
思い浮かんでくるとしたら……そうだな。
未元物質に、あの翼を自由に使えたなら、
花飾りも、その周辺の世界も、
誰にも文句言われる事なく、護れんだろうな………。
「………フフッ」
「……何を笑ってやがる」
今この場でテメェを見下せる立場にいるのは明らかに俺だってのに、相も変わらず木原から余裕だけは消える事はない。
「ここまで光にすがる人に変わっちゃあ、もう私のする事は一つくらいかなぁ、と思いまして」
ムカつくと共に、思わず身構える。
敵意はない…が、テメェが、『木原』かが"やる事"だと……?
「……やる事ってなぁ、どういう意味だよ」
簡単に問うが、俺の心中はそこまで簡単ではない。
「あなたの、翼を知るであろう者に会わせる事、とでも言いましょうか?」
……ほォら。
こういうメルヘンな返答が来ると思ってたから、複雑な心中だったってんだよ。
「……誰なんだよ。その知ってるってヤツは」
今度の問いは、本当に簡単なモノではない。
どうせ、裏から翼を出現させたらこう仕向けろとか言われてるんだろ。
だが、それが踏みとどまる理由にはならない。
俺としても、その敷かれたレールに乗ってメリットになる事はそれなりにあるんだから。
「"誰"という問いには、私の答えは適合しないんですがねぇ」
……は?
一瞬、木原の頭を心配したが、ある程度の冷静さは保っていた俺は、その必要はないと自覚した。
『木原』の頭が可笑しいなんてのは、当然の知識だったな。
「何だって良い。とにかく知ってる事を教えろ」
ゆっくり、俺の問いに答えるべく、木原の口が動きを見せる。
「今日の……10月17日の夜…時間は追って連絡します。
第二学区に在るとあるドーム施設まで行ってください」
……ここまで詳細な場所まで指定されてるとなると、そこには相当な裏にとっての利益があるんだろうが……、それは俺の利益にもなり得る。
「今言える情報は、それだけなのか?」
だから、
「そうですねぇ。
『ドラゴン』と言うコードを、頭にいれて置いてください」
俺は、さらなる暗黒の道を覗きに行く。
第十章 ―10月17日。
「………」
現在時刻、09:12。
木原の元を離れてから、随分と時間がたった。
俺は花飾りを心理定規の家に送ってから顔を見ていない。
軽く睡魔も襲ってきてたので、半壊した最上階ではなく一階の部屋で数時間睡眠をとった。
…で、今しがた届いた心理定規からのメールで、目を覚ましたって所だ。
『第一七七支部……来れる?』
……ったく、
体をゆっくり起こし、適当に着替えてから外に出た。
……朝日が眩しいったらありゃしねぇ。
こんな、陽の当たる場所にのうのうと立ってていいものか、今更ながらクソったれるが、とりあえず今はどうでもいい。
今夜、俺は何かしらの真実を知る事になるんだから。
「あ!か、垣根さん」
「……学校はどうしたんだよお前」
第一七七支部に着いて一番最初に目に付いたのが、花飾りだった。
「あんな爆発沙汰があったんだもの。
柵川中は多少の期間休みに入るそうよ」
その柵川中の中にあるこの支部を、だらだらと使ってもいいのかよ……。
最近、俺に常識が通用してきたようにも思えてきた。
案の定と言うべきか、
心理定規が俺を呼び出したのは、昨晩の事についてだった。
花飾りは終始硬調し、落ち着きを一つも見せやしない。
「……で、今日、木原が言った場所まで行く…と」
あらかたの流れを説明し、心理定規は状態を確認する。
別に、この場に花飾りがいると言っても、俺は何かを隠して通り過ぎるつもりなど毛頭なかった。
昨晩は花飾りをちゃんと心理定規の元まで送らなかった俺の責任もある。
ちゃんと心理定規の元まで連れて行き、安全を確保させる。
昨晩の木原のように、前持って心理定規宅に潜入するといった可能性も最低限考えなければならない訳だが。
そこについては、既に心理定規と話をつけておいたので、大した問題は思い浮かばない。
「あ、あの……」
花飾りが、オドオドしながら俺と心理定規を見つめる。
昨日あんな事があったんだ。
自分の身は安全なのか、知りたいに決まっている。
「…垣根さんは、それで……無事に帰ってこれるんですか?」
………………。
久しぶりだな。久しぶりに、お前の解答に目を丸くしたよ。花飾り。
「ふふっ」
心配気な表情を崩さない花飾りと、目を丸くしたままの俺。
その双方を心理定規は見つめ、突然笑い出しやがった。
「…おい、何が可笑しい」
「いや、だって…普段のあなたなら大きなお世話くらいで済ませてるのに、満更じゃないんだもん」
クスクスという笑い声を交えながら心理定規が言い放った言葉には、もう俺は大して驚いちゃいなかった。
……俺の求める居場所ってのは…こういう事を言うんだろうな………。
「これにも動じない……?」
怪訝そうな表情でそう呟いた心理定規だったが、言われてる俺は全く気がついていない。
「じゃあ……」
しかし、こればっかりは聞こえた。
どうしようもないくらい面倒臭い、心理定規の悪戯。
「昨日……家でどんなお楽しみがあったのかしらぁ?」
花飾りからすれば今の心理定規は小悪魔にでも見えてるんだろうが、
何なんだこのウザさは。
「お、おた、お楽しみって……そ、そそそそんな!」
……オイ、
テメェも何故そこで激しくどもってやがる。
とても自ら闇を覗こうとした中学生とは思えねぇ。
「あれれ~?初春さん慌てちゃってるけど?あれ?あなた何したの?あれ?」
……ウゼェ、
テメェは何を女子特有のウザいムードで絶えず俺に接しやがる。
とても闇に居座っていた中学生とは思えねぇ。
そんな感じのくだらない時間が流れ、時刻は刻限へと確実に迫っていた。
「……行くか」
俺は今まさに自室から出ようとしている所だった。
花飾りは随分前に、確かに心理定規の元まで預けに行ったから問題はない。
心の準備………なんてのは元から持ち合わせちゃいねぇから問題ないだろ。
体をゆっくり動かしていくと同時に、意識もゆっくり明確としていく。
第二学区のドーム施設。
そこにあるシェルターまで行けば何かしらの答えが見つかる、
と、木原病理は俺に言い残した。
誘い口なんてのは分かっている。
どんなかまでは知らんが、統括理事会にとって何かしらの利益になると言う事も。
が、そんな事は関係あるか。
あの力……"翼"がどういうものなのかがどうしても知りたかった。
第一位から直接くらったからこそ、あの力の底のなさくらいは分かってる。
「………」
無言のまま、薄暗く広がる夜空の中で、一歩ずつドーム施設まで近づいて行く。
『ドラゴン』
木原が覚えとけと言った謎のコード。
俺は知らない。
今まさにその『ドラゴン』の情報を得るために、『グループ』が闇の中で戦ってる事を。
俺は知らない。
その『ドラゴン』の正体は、そもそも常識なんていう概念からすら外れている存在だという事を。
…そして、
俺は知る事になる。
奮闘する『グループ』の戦場へと、俺は介入するという事を。
そのどうしようもない"存在"と、対峙するという事を。
現在時刻、不明。
まぁ夜って事は確かだな。
生憎、木原との一戦で腕時計は壊れちまったから詳細な時間は分からねぇが。
わざわざ携帯を見る気ももうない。
何故かを聞かれちまえば……、
目的地に、着いたからって所か?
……さて、適当にドーム内を歩いているのはいいが、思っていた以上に死体……もとい戦いの跡が少ねえ。
本当にここで当ってるんだろうなと心配になってきた矢先、
目の前に、真の目的地であるシェルターまでたどり着き、
そして、
そのシェルターで、一つの乾いた銃声が響いた。
……いきなり修羅場に巡り込まれるとは、俺もなかなかついている。
表情に笑みを残したまま、勢い良くシェルターへと足を踏み入れていく。
聞こえる。
二人の声が。
聞こえる。
『ドラゴン』の情報を聞き出そうとしている声が。
聞こえる。
聞き覚えのある、虫唾が走る声が。
その声……紛れもない、第一位の声が。
瞬間、俺は奥歯に力を入れ、10月9日の光景を思い出す。
何故第一位がここにいる?
何故第一位が『ドラゴン』を知っている?
疑問を浮かべる事しか叶わない俺は、もう考えるのはやめにした。
声のする方向へと、確実に距離をつめていく。
そして、聞こえた。
それは第一位とは別の男の声で、
それは俺の視界に、ちょうど第一位とその男が入った所だった。
「『ドラゴン』はどこにでもいる。ほら、今は君の後ろにいるだろう」
一瞬、たちの悪い冗談かとも思ったが、男のその言葉は、質問に対する答えだとすぐにわかった。
『ドラゴン』とは何なのか。
『ドラゴン』はどこにいるのか。
第一位の質問も、こんな所だろう。
そしてその答えが、今まさに繰り出された。
男の解答の直後に、身体が倒れる音が三つほどシェルターに響く。
俺は、ある程度の状況が見える場所に立っていた。
倒れたのは、『グループ』の三人。
第一位は、怪訝そうな顔で三人の名前を呼んでいる。
が、その第一位の声も途切れた。
別段、第一位も意識を失って声を出す事が叶わなくなった、と言う訳じゃない、残念ながら。
原因は、ただ一つの"存在"が、二本の足で立っていたのに気が付いたから。
「ヒューズ=カザキリではない」
男の意味不明な一言が、目の前に現出する存在に呆然と立ち尽くす俺と第一位の耳に届く。
「あれは、『ドラゴン』を形成するために用いられた、単なる製造ラインに過ぎない」
まだ訳の分からない事を言うだけ言うと、出血多量のためか男の意識はそこで途絶えた。
「一一一一一『ドラゴン』か」
第一位は問う。
「その呼び名も間違いではないが……ふむ…」
"存在"は曖昧な答えを出す。
答えの後に、視線は何も変えぬままゆっくりと口を動かす。
「いい加減に、出てきたらどうだ?垣根帝督」
予想通りの展開だな。
『ドラゴン』(?)の言葉の後に俺が姿を現すなり、第一位が余計に怪訝そうな表情をした。
「テメェ……なンで生きてる…?」
「……ハッ、悪かったな生きてて。生憎、良い医者に巡り会えたんだよクソボケ」
くだらない会話は直ぐに終わりを告げ、前を見る。
「……これはこれは、実に面白い光景だ。第一候補に第二候補」
金色の長い髪を靡かせ、喜怒哀楽の全てを持つとも受けて取れるが、一転その表情からは何の感情も読み出せなさそうな、怪物を前に。
「教えろ」
先に切り出したのは、第一位よりも俺の方だった。
聞く情報は限られているんだ。早漏と思ってくれても構わねぇ、さっさと答えが聞きたい。
「翼ってのは……何なんだ?」
直球の質問に、『ドラゴン』の表情が変わる事はないが、発せられた言葉には、愉快じみた感情が垣間見えた。
「第二候補……君も翼を発現させたからこそ、私は君に興味がある……」
その言葉は、俺の質問に対する答えと言うよりかは、ただの独り言で、
その独り言は、どうしようもないくらいに俺を奮い立たせた。
轟ッ!
瞬間的に俺は攻撃を放つ。
威嚇のための一撃だったつもりで放ったんだが、これは少々強くやりすぎたかもしれない。
「……オイ、やりすぎなンじゃねェか?」
「……うるせぇよ」
適当な相槌を打っているが、そんな余裕も行動もすぐに消え去る。
「やれやれだな」
確かに直撃した感触はあったのに、
外傷一つないどころか、その無表情すら何にも変わっちゃいなかった。
……ハッ、結構な事だ。
テメェには聞かなきゃならねぇ事があるんだ。
簡単に殺せないくらいが、丁度
いい。
「"翼"について聞いていたな」
絶妙なタイミングで俺の耳に響いて来る『ドラゴン』の言葉。
「一方通行も聞いといた方がいいかもしれん。君たちが発現した"翼"は当然科学の産物なんかじゃない」
翼。
一瞬そのキーワードに気後れしていた第一位だが、即座にあの黒い翼が頭に浮かんだらしい。
表情を見れば一発で伺える。
「さっさと教えろよ『ドラゴン』
悪いがコッチはそこのクソ野郎と違って、テメェがナニモンだとか言うのには興味が皆無でな」
「ここ最近の行動からも全く同じ事を言えるが、せっかちは君らしくない事だ、垣根帝督」
…ムカつく。
俺らしさって何なんだよ。
ただでさえ一般人がどうのこうのってだけの話でも変わっちまってる俺の、一体何が分かるってんだ。
「まぁ、いい」
無表情からの退屈そうな声。
とうとう来る。
ここまで俺が一つの情報に釘付けになるのも中々珍しい事で、俺の手には意外にも汗が浮かんでいた。
「翼……か、アレは一概にああだこうだと言えないのが辛い所でな」
いちいち焦らしやがって…。
「何だっていい!翼に関係してんだったら何だっていい!さっさと教えろよ!!」
思わず大声を張り上げ叫んでしまう。
一つの情報にここまで感情的になるのも、おそらく普段の俺にとっては珍しすぎる事だろうな。
「……随分と荒れてるようだが、そうだな。いい加減に言うとしよう。
天gbmfと、私は解釈しているよ」
……何だと?
『ドラゴン』の言葉に今、確かにノイズのような音が混じっていた。
それも、俺が聞き出したかった場所に限って。
このノイズに似た音には、俺も第一位も心当たりがなければ可笑しいのだが、当然双方共に何に対しても気付く事はない。
かく言う『ドラゴン』も、何かしまったと言った風な感じに陥っている。
「……そうだったな、すっかり忘れていたが…これだから人間の言葉は不便でならん」
とうとう人外の存在らしき言葉を吐きやがったと第一位は思ってるんだろう。
倒れている統括理事会の人間らしきヤツに『ドラゴン』は何だと聞いていた所を見ると、
コイツ、いや、『グループ』の目的は『ドラゴン』の正体。
……が、んな事はどうでもいいんだよ。
肝心の俺の目的がまだ果たされちゃいない。
「…他に伝える方法は?」
また叫ぶ所だったが、一旦冷静さを取り戻し、俺は静かに問う。
「テレjchq……これでも駄目か」
今回ばかりは、『ドラゴン』もわざと焦らしている訳ではないらしい。
そんな考え、俺には全く浮かばず、余計にイライラが誇大していくだけ。
「そう怖い顔をするな、垣根帝督」
だったらさっさと教えろ、
何も言葉じゃなくたっていいんだ、そう。
直接その力を俺に見せて見たらどうだ?
人外であろう存在なんだ、どうって事なくこなせんだろ?
ヤケクソ気味に思考を広げていく俺を、『ドラゴン』は制止する。
…思考の内だけで、どれも口には出していないのに。
「やめておけ」
「……何?」
最初は唯の独り言だと思った。
「君たち如きでは、ptlwである私をdqyす事などできはしない」
肝心な部分に限って走るノイズだが、コイツの言いたい事は簡単に分かる。
学園都市の第一位と第二位程度の力じゃ、テメェの顔色一つも変えられやしない……と。
……面白ぇ。
ふつふつと湧き上がる戦意。
だが、それは俺だけに言えた事であって、第一位は警戒心を多少強めているだけで冷静さは失っていない。
「……でェ?『ドラゴン』ってのはなンなンだ。
お前は……誰だ?」
次に切り出したのは、第一位。
俺がもう一発、適当な攻撃を『ドラゴン』に放とうとした時に被さってきた、第一位、『グループ』の核心。
俺が質問した時と同じく、返ってきた答えは結局曖昧で、俺たちに想像させる枠を広げるようなモノだけであった。
……多少話を飛ばそう。
未だに誰も血は流しておらず、第一位と俺の頭の中には謎が深まっていくだけで、
『ドラゴン』……いや、『エイワス』なる存在は、現れた時と全く同じ表情を崩す事はない。
足して、分かった事は本当に少なかった。
とりあえず、エイワスは人間ではないらしい。
エイワスと言うのも、明確な名ではなく、とにかく不十分すぎる存在。
そんな中途半端な存在に、俺は舐められてるってのか…。
どうとも言いにくい感情に陥る。
ここまで不安定なのに、ここまで悠々と立ちはだかっている姿は、俺そのもののような気がしてならなかったんだ。
もう暗部の人間でもなければ、当然光の住人でもない不安定な存在なのに、悠々と居場所を求めて、知らん顔で普通に居座っている。
正しいのかが分からない。
理由をこじつけまいと考えてきた思いが、ここで余計に思考回路を大きくしていく。
そんな俺の心情など知る由も無く、エイワスは話を進める。
最も、これは第一位がメインの話な訳だが、そこには俺も絡み上がるみたい……だ。
「打ち止め(ラストオーダー)」
短く言葉を放つエイワス。
即座に雰囲気を硬直させていく第一位。
単に第一位の様子を変えようとしただけに放たれた一言だろうと鷹をくくった俺だが、そうではない事をエイワスは次々と証明しようとする。
「君には何の前振りもいらないだろう。
一方通行、彼女は早かれ遅かれ、"崩壊"するよ。
もっとも、単なるクローンなんだ。そこまで気に病む話でもない。
同じ機能の個体を作り直せばいい。それだけの話さ」
この一言、
俺にとってはどうでも良い一言で、
第一位にとっては、戦意をフルで起動させるに十分すぎる一言。
瞬間、
チョーカー型の電極のスイッチを入れ、
なんとか目に留まる程の速度で、第一位はエイワスへと突っ込んで行く。
遠距離からの一撃で様子を見た俺とは違い、真っ向からの直接的な一撃。
「血の気の多さはどっちもどっち、か」
当のエイワスは何のけなしに呟き、何のけなしに、第一位の一撃を避け、
直後に、二発目を放とうとした第一位の身体から、鮮血が吹き出した。
まるで刀で身体を一刀両断したかのような血の吹き出し方に、俺は目を張らずにはいられなかった。
……何が起きた?
これは第一位が一番感じてる筈だが、第三者の俺でもこの疑問は大きく頭にこびりついて来る。
「ごっ……ぼ、ァァがあああああああああああああああッ!?」
謎の衝撃による激痛に耐えず声を張り上げ叫ぶ第一位。
「しまった。これはこちらの落ち度だな」
それでも、顔色一つ変えず立っている怪物に、俺は……。
「おおおおおオオオオオオオオォォォオ!!」
自分でも、可笑しな話だと思うよ。
普通だったら様子を伺って、なにかしらの変化を探るのが専決なのに、
俺は全く逆の方法に出ているんだから。
大きく叫び、六枚の白い翼、もとい未元物質の出力を最大にして、第一位同様エイワスに突っ込んで行くだけ。
俺には第一位と違って、『反射』なんて大層な防御壁はない。
だからどうしたと、心底痛感したよ。
そんな防御壁があろうとなかろうと、起きる結果は何の変わりもないのに。
「がッ……は」
身体が崩れ落ちる。
第一位のような大きな叫び声が俺から上がらないのは、傷口が第一位よりも相当浅いから。
…と言っても、死に向かわせるには十分な傷口だが。
「随分と加減ができるようになってきたが、私の意思ではこれが限界…か」
表情も、声色も、
何も変わらないエイワスだが、一つの変化が起きたのを、俺は確かに確認できた。
背中から、何かが生えている。
いや、何かという表現は使うまい。
形として、翼が一番しっくりくる。
青ざめた輝きを放つプラチナという、これまたメルヘンチックな色をした翼が、第一位と俺を引き裂いたモノの正体なのか?
そして、この翼はやっぱり俺を引っ掻かせる。
圧倒的な存在感の違いだけで、質のそのものは俺や第一位の翼にそっくりなんだ。
自分の血で濡れた地面に倒れながらこんな事を考えているのも馬鹿みたいだが、局面は進み続ける事をやめない。
「abeoughabaeougbao殺wobnoweuferya……ッ!!」
とうとう、第一位の力がその一線を越えた。
背中が弾け、そこから飛び出す漆黒の翼。
相対的な色の翼を持つエイワスはやっぱり無表情のままだが、俺は起き上がりたくて仕方がない。
この局面に、興味が湧いてきている。
そんな余裕はないのもわかっているが、この双方が持つ羽の本質を…こんな状況でも俺はやっぱり知りたい。
「やはり、rgg時ri代priegjが違うか」
轟音が炸裂した。
漆黒と青ざめたプラチナの、二つの翼が激突した事による衝撃波。
二つの大きすぎる翼が生み出したのは嵐。
第一位とエイワスを中心に起きる爆風に、倒れたままの俺は耐えず体を吹き飛ばされ、壁に背中をぶつける。
思わず口の中に広がる血を吐くが、俺の視線の先は変わらない。
あんなでかい嵐が生み出されたのだから、多少なりとも互角の衝突が起きていたのかと思ったが、人外の怪物はやっぱり怪物だった。
最初の一撃だ、たった一撃で、第一位の黒い翼は根元から千切られる。
続く二撃目、無表情のまま振るわれたプラチナの翼で、完全に分断されていく。
直後に上がった絶叫、いや、咆哮と言うべきか。
上を向いて声を張り上げている第一位を、もはや待ちはしない。
繰り出された、三撃目。
真っ赤な鮮血が、多少距離があった俺の元まで飛び散り、第一位の華奢で真っ赤な身体が見事に宙を舞って行く。
「……ハハ」
俺は気が付けば真っ赤な口から笑みがこぼれていた。
次元が違いすぎる。
10月9日の最後に、俺が第一位の黒い翼を見た時にもコレと似たような事を考えたものだが、コレはもう言葉にならないくらいの格の差だと俺は確信を持てる。
現にエイワスは、「こんなものか」ともはや倒れている第一位の方向すら見ていない。
そう。
今、エイワスの視線の先にいるのは、俺だ。
「ッ!!」
起き上がらない体を無理矢理上げようとする。
当然それは叶わず、余計に傷口を広げて、吐血するだけで終わった。
「アレイスターは彼を第一候補と置いているが、私は君の方が興味が持ててね」
静かに近づいて来る。
青ざめたプラチナの翼を生やしたまま、確実に。
「見せてくれないかね。一方通行のように、君の知りたがる"翼"ってヤツを」
近づいて来る。
余裕をかましたその面が気に食わねぇ。今すぐにブチ抜いてやりたい。
そうだ、ブチ抜いちまえばいい。
そのためには…ああ、力が必要だ。
力をくれよ。
今度のは護れる力なんかじゃなくて、コイツにも引けを取らない、圧倒的な、破壊のための力だ。
……よこせよ、力だ!!
「ftdykpyewsdvhksah殺ajtohpawnkhgr……ッ!!」
俺の意識は薄れていき、こっから先は俺の知らない未知の支配によりエイワス、ドラゴンを駆逐するべく立ち上がる。
出血は止まり、痛みも感じない。
そんぐらいの意識は持ち合わせている所を見ると、木原と戦りあった時よりかはなにかしらの変化が有る様だ。
「……ほう」
目の前に映るエイワスの表情は、上手く伺えない。
ただ俺の取るべき行動は決まっているため、そんな事には気を止めなかった。
自分でも、どんな攻撃を放ったのかと聞かれれば返答に困るだろう。
背中から出現する二枚の白い翼を叩きつけたと言ってしまえばそれまでなんだが、力を放つ直前に、大量の数式に似たような式が頭にぶち込まれていくから答えに困るんだ。
「君のもオシリスの頃のrsg力nopheだろうが、どうも形式ayjmが違うな。ふむ、興味深い」
複雑に入り込む式の中でも放った俺の一撃は当然エイワスに届く事はなく、
圧倒的な力で潰されるかと思ったが、まさか、
反射的に放った俺の拳を、握って止めて来るとは思いもしなかった。
「………成る程」
ものの数秒、
俺の拳を止め、そのまま握り続けていたエイワスが呟いた。
瞬間、
ドバッ!っと、俺の体から鮮血が吹き出した。
突然の衝撃に頭が着いてこず、二枚の白い翼の形がブレる。
例えるなら、正常だったテレビの画面がいきなり砂嵐に切り替わったような。
大量の出血により、俺は支配されていた意識からは脱出できたものの、肝心の意識そのものがうすれちまっているみたいだ。
「やはり、私なら彼より君を第一候補にするんだがね」
簡単に引き裂いておいて、何をほざいてるんだこの怪物は。
「一一一汝の欲する所を為せ。それが汝の法とならん、か」
結局、何も得られないまま終わるのか。
花飾りと、その周辺の世界を護る、なんて馬鹿げた決心は未だ揺らいじゃいない。
そのために、俺には未元物資じゃ足りないと思ったんだ。
そう思った矢先に出てきたのがこの翼だった。
その翼の手がかりが、この怪物だってのに………。
立てよ、手がかりはすぐ目の前にいるんだ。
本能が俺の五感を刺激する。
立てる、まだ立ちはだかる事が出来ると信じたが、今の状態じゃあ、やっぱりキツイらしい。
「気に病む事はない。そのために、私がこれから言う事はよく聞いておいた方が良い、垣根帝督。
当然、一方通行も、だ」
とことん、外も内も見透かされてる気がしてならない。
これから言う事……ねぇ。
ここに来て、翼について教えてくれるなんて、ハッピーな展開でも期待しておくか。
「ロシアに行け」
………は?
まともに続いてもない意識の中に届いた言葉に、耳を疑った。
こればかりは第一位も同じだろう。
「ああ、いきなりすぎたな済まない。上手く言葉が使えない身なんだ、これくらいは許してくれ」
必死に意識を留め、変な汗が吹き出し始めた頃にもなって来たってのに、この怪物は自分のペースをまるで壊さない。
「まず、一方通行。あの子は難しいな」
この一言、第一位にはどうな意味を持たせる一言なんだろう。
もし、俺が同じような言葉を投げかけられたら?
俺の周囲の人間、数は本当に少ないが、心理定規、花飾り、白井と他のヤツら。
そいつらの、俺が護りたいと願うヤツらの命が、難しいと一蹴されたら……?
「アレイスターのプラン次第だが、今すぐであれ遠い未来であれ、あの子は死滅するだろう。
あの医者を頼るのは止めておけ。
彼もまた人間なんだ。人間の技術、いや、この街の技術でどうにかなるならアレイスターも不安材料を放ってはおかないだろう。
後で嘆くのが嫌ならば、既存のものとは違う道でも歩んでみたまえ」
ペラペラと、神のお告げのように言葉を振りかけられた一方通行に反応が見える。
「ふ、ざけン……な」
血みどろの口から発せられた言葉に、俺は確信する。
コイツの目には、『諦め』なんか映っちゃいなかった。
あのガキは助ける。と、
言わずとも、俺にさえ伝わって来る。
「ロシアと言ったが、正確にはそこから独立したエリザリーナ独立国同盟か。
そこは今、惑星規模の戦乱の中心点へと変貌しつつある。ありとあらゆる文明の知識や技術が、軍事と兵器に鍛えられて集結する事だろう。
……一方通行に垣根帝督、君達が見た事もないような、"全く別の法則"もね」
その全く別の法則ってヤツが、一方通行の護りたい、打ち止めを助けるための材料になる。と、エイワスは言いたかったんだろうか。
一方通行は今にもエイワスを引き裂いてやろうかと意識を強めて睨めつけているが、俺の掠れた声がそこに覆いかぶさる。
「待て、よ」
エイワスの視線が俺へと移る。俺は半ばヤケクソ気味に、途切れながらの声で質問していく。
「それ、が、その法則が、俺の知りたがる翼……に、直結するってか?
そのため、に、わざわざロシアまで行けってか?
…打ち止めのため、だとか言って、そこのクソ野郎は何が何でも向かうだろうが、俺は……御免、だぞ」
ああ、御免だよ。
確かに翼については知りたい。その気持ちは今でも変わらない。
…が、そのためだけに、俺の本当の目的が居る、在る学園都市を離れるってんなら話は別なんだ。
木原からこの場所を聞いた時から、意図的に敷かれたレールに沿って進んでるとしたって、護れるためなら何だってするって決めた。
そのために力を欲したが、護る対象から離れてまで手に入れようとも思わないんだ。
それが、俺が今生きてる、奇しくも10月11日に目覚めちまった俺の、唯一の存在価値なんだよ……。
「一方通行のサポートも兼ねつつ、そこから真のrsg力nopheを引き出してもらいたい。と、言わなくともこの反応か。
やはり、保険はかけておくに限るな」
……嫌な予感がする。
少なくとも、今の言葉でコイツの意図は大体理解できた。
打ち止めの助けとなる、エリザリーナ独立国?は戦火の中心で、学園都市の第一位でも不安が残るから、そこに俺を増援として送り、そこから翼もろとも何かしらの力を出現させる、と言った所か。
意識は薄れ薄れなのに、こういう事だけは変わらず頭の中をずっと回り続けている。
そして、次のエイワスの一言は、
俺を、確実に突き動かす。
「初春飾利」
「……ッ!!」
さっきから気にかかっていたエイワスの言う"保険"、
この単語一言で十分だった。
俺を何が何でも一方通行に同行させるため、花飾りを人質にでもとったってか。
そもそも、俺と多少なりとも関係があるからって、こうも簡単に一般人を引っ張り出すってのか。
プライバシーも何もあったもんじゃない。
「いやはや、君が彼女を心理定規の、いや、第三者が居る所に預けておいてくれて助かったよ。
もしも君の家に一人で留守でもしてたなら、わざわざ私から出向かねばならなかったからな」
「どういう……意味、だ」
単に人質を取るってだけとなると、少々腑に落ちないエイワスの言葉に、俺は尋ねる。
心理定規の所に連れて行ったのが功を奏した……?
「君は知ってるだろう?」
俺を見下ろし、そんな言葉から切り出したエイワス。
「彼女は、初春飾利は、初対面の打ち止めを庇い、君の前に立ちはだかった」
「それ、が、どうしたってん…だよ」
「その彼女が、打ち止めの現状、つまりはいずれの崩壊と、打ち止めの正体……量産型能力者計画から作られたクローンだと言う事を聞いたら、一体どうするんだろうな?」
「ッ!!」
……どこまで引っ掻き回すつもりなんだ。
なんで、知っちゃいけない場所にいる人間に、知っちゃいけない情報を聞かせる……?
エイワスの言いたい事は、もう十中八九理解したよ。
俺をロシアに行かせるためだか何だか知らねぇが、花飾りまでロシアに道連れにするって言いてぇんだろ?
「心理定規の体を借りたのは声だけだから、どんな顔をして聞いていたのかは分からないが、君にまで立ち向かった彼女の事だ。
既に何かしらの決意はしてそうだけどな」
そのために、打ち止めの惨状をありのままに伝えたってのか。
花飾りと一緒にいる、心理定規の声帯だけを都合良く利用して。
「…クソ、が」
「ああ、もう一つ程釘を刺そうか。
初春飾利は、クローンの元である御坂美琴と友人関係にあるんだよ、全く、皮肉な話だな」
もう、まともに物事を考えていられない。
怒りで目の前が貸すんですらいる。
そんな怒りだけで、いや、何を武器にした所で、コイツの戯言一つも止める事なんて出来ないのは分かってる。
その現実が、余計に俺を怒りのドン底へと誘うんだ。
一方通行もそんな所だろう。
さっきから息をするのも苦しい状態で、ヒューヒューと必死に息をして何か、エイワスを、怪物を黙らせる方法はないのかと考えているのが見てとれんだよ。
アイツも、そんな事は不可能で無意味なんて、分かっているんだろうが。
「……さて、そろそろアレイスターのヤツがうるさくなる頃合いか」
どこまでも無表情で、どこまでも絶対的な存在でい続けた怪物は、つまらなさそうに言葉を並べて行く。
「もう一度言うぞ、第一候補に第二候補」
ゆっくりと、血で広がる床に突っ伏す俺と第一位に、告げる。
「ロシアに行け」
本当に、10月9日に俺が死ななかったのかが謎に思えて来る。
アレイスターの野郎が掲げたプランは、ここまで俺が絡みつくようなプランだとは、俺には思えなかったんだよ。
「禁書目録という言葉を覚えておくといい。アレ自体はそこにはないが、それに関わる重要な品がある」
幕は開けていく。
今にもアレイスターにイレギュラーとカテゴライズされそうな第二候補(垣根帝督)と、
アレイスターお気に入りの第一候補(一方通行)の、戦いが。
一一一一一一一一一一一一一
一一一一一一一一一
一一一一一一
怪物がこの場から消え去って、何分が経ったろうな。
傷心なんて心底似合わない真似をしてる訳じゃないんだが、俺はどうもまだ起き上がる気分じゃないらしい。
別段、傷のせいで動きたくても動けないとかいうんじゃない。
傷の痛みは、第一位も俺も随分マシになった方だ。
……ムカつくが、自然治癒なんかでどうにかなる傷口でもなく、それでも痛みが確実に柔らかいでるのは、エイワスの野郎のせいだ。
『選別だ』
とか言って、去り際に俺と第一位に最低限の行動は許される程度の処置を施して行きしやがった。
とことん舐めやがって……。
一人でクソッたれる俺を他所に、第一位が俺より心底重たそうな体を起き上がらせる。
「どこに、行く、つもりだ……?」
第一位に質問するなんて簡単な行動に出ただけなのにまだ声が掠れちまっている。
所詮は最低限の処置って所か。
「あの、ガキを……連れて、『外』に出る」
俺よりも重く掠れた声で、第一位は呟いた。
……いきなり『外』か。
展開早いっての、まだ追いつくような頭してねぇよ。
「待て、よ」
気が付けば俺は第一位を制止していた。
「その体で、『外』に出られると思ってんのか?
エイワスが施したのは、たかが応急処置だぞ」
こんな戯言、言うキャラじゃないなんてのは百も承知だが、俺達が学園都市の第一位と第二位でも、いくらなんでも、この状態じゃ『外』に、ましてロシアに行けるなんてとても思えやしねぇ。
打ち止めの状態にもよるが、俺達、少なくとも第一位が五体満足の状態じゃなけりゃ、まともに、全く別の法則と渡り合えない気がしてならねぇ。
似合わないなんて事は分かってる。
……が、エイワスと対峙して、少なからず感じたんだよ。
いくら他所から、230万の能力者の頂点だとか、頂点から二番目とか褒められた所で、絶対にたどり着く事が不可能な存在がいるって事が。
「うる、せェよ…」
それでも、と、
そんな事はハナから分かってるよ、と、
まるでそう言われているかのような錯覚に陥る俺は、いよいよ末期なんかな?
「あの、ガキの……命だけ、は」
途切れ途切れでも、根っこから強い意志が潜んでる第一位の言葉を聞いて、俺の取る行動は決定された。
「そう、かよ」
俺も、重い体をようやく起こす。
まだ耐えられないと言わんばかりに、身体のあちこちが悲鳴を上げてるのが分かるが、そんな事はどうでもいい。
必死に足を踏ん張り、必死に第一位の前に立つ。
「なンの……真似だ」
そう、俺は、第一位の前に立ちはだかってる。
「分からねぇか。"今の"テメェ、じゃあ、足で纏いだって言ってんだよ……」
ああ。
俺は、このまま第一位と一緒に『外』に出るなんて行動を取る事はしない。
このままの状態で、やすやすと行かせる訳には、いかねぇんだ。
「ふ、ざけンな」
『外』へと向かう邪魔をする俺を睨みつけて言葉を放った第一位は、今にも倒れそうだった。
「ふざけてんのはテメェの方、だろ……。
無茶してでも、死んでも助けるのが"悪党"か?
そうじゃ……ねぇだろうが」
尚更、許す訳には行かなかった。
ここまで他人の、それもあの第一位の意気地を咎めるなんて思ってもなかったのに。
「テメェが死んだら、打ち止めはどうなる?
たとえ助けたと、して、打ち止めは本当に助かったって、思えんのかよ?」
似合わない。反吐が出る。糞くらえ。
分かってる。
全部、分かってるさ。
「テメェの命も、打ち止めの命も、全部が全部安全だと確信できた時に初めて、助かったって、言えんじゃねぇのかよ?」
今の第一位の目に映る俺は、一体何に見えんだろうな?
どこぞのツンツン頭の野郎か。
どこぞのジャージ爆乳教師か。
何だって良い。どうと思われたって構わない。
「テメェの都合で、俺と花飾りは振り回されなきゃなんねぇんだよ。足で纏いになるくらいだったら、黙って、寝てろ」
言葉の後に、俺は第一位の腹に自分の拳を、
出来る限りの強さで入れた。
「……クソッタレが」
俺は肩に第一位を乗せ、ようやく第七学区まで辿り着いた所だ。
随分と手間の掛かった作業だったが、俺を誰だと思ってやがる。
こんなひょろっちいモヤシの一匹や二匹、たいした事ねぇっての。余裕だ余裕。
……とは言え、やっぱりこの身体で人一人担いで移動するのは、実際の所結構な具合でキツかった。
一方通行より大分傷が浅いって言っても、俺も重傷者だっての。
……そんな事はどうでも良い。
俺には、行かなきゃなんねぇ所があった。
一つは、カエル顔のクソ医者の病院まで。
俺は何とかなってるが、ひとまずこのモヤシを預けなきゃなんねぇからな。
二つは、モヤシの仮住まいまで。
俺がコイツの腹に拳を入れた後も、
『あの……クソ、ガキは…』
だとか言って終いには打ち止めの回収を、すぐにでも途切れそうな意識の中で俺に頼んできやがった。
まさかテメェから頼み事をされるなんて、思ってもなかったが、打ち止めを身近に置いておけるのはコッチとしても都合が良い。
何よりも、打ち止めの状態が確認出来るのはありがたい。
心配なんてちんけなモノじゃない。
状態の悪化速度によって、俺もこのモヤシも、いつ『外』に出ればいいか、その的確なタイミングが伺えるからな。
先に病院までコイツを送り込もうとした俺だったが、途中でその考えを止める。
どうせあのクソ医者の事だ、
俺の話は一つも聞かないで、モヤシだけを置いて俺を向かわす可能性は皆無と見ていいだろう。
病院は、打ち止めを先に回収し、俺のマンションの適当な部屋に寝かせておいてからだな。
「……ここか」
第一位が指示した場所まで着くと、目の前に大きなマンションが俺の視界に入った。
俺のマンション程まではいかないものの、それなりの高級マンションと見て取れる。
セキュリティだとかがかなりメンドくさそうだが、問題ない。
俺はスーツの内ポケットから、何の変哲もないカードを取り出した。
まぁ、普通に見たら確かにコイツはただのカードに見えるかもしれんが、実際の所は、学園都市製の建物のカギなら絶対に開ける事が出来るっつー優れモンだ。
しかもセキュリティにも関与しないから助かる。
なんでそんな代物持ってんのかと聞かれちまえば、暗部の時に使ってたのがまだポケットに入ってたから、としか答えようがない訳だが。
マンションの位置と一緒に呟いていた号室の前まで行くと、目の前には【黄泉川】の苗字が目に入る。
さっさと用事は済ませるに限る。
俺は気配を殺し部屋の中へと入って行く。
体のどっかしらから血が垂れてないか気になったが、まぁいい。
試しに入った一室が見事ビンゴ、打ち止めの眠ってる姿がそこにはあった。
……しかし、ここで一つ重要な事が思い浮かぶ。
…なんの前触れもなく、打ち止めが姿を消したらどうなる?
当然第一位と一緒にいる事を疑うだろうが、何かしらのメッセージは必要だよな……。
俺は多少頭を悩ませた。
もし、第一位がこの状況下にいたら、どんなメッセージを残すんだ?
そもそもメッセージを残すのが前提ってのは自分の神経を疑うが、まぁ仮定だ、仮定。
数十秒考え、これが一番しっくり来るか。と、俺は一人で納得した。
…もう一つ、もっと重要な事に気が付く俺。
……書きとめるメモ翌用紙は辛うじて持ってたんだが、肝心の書くものがねぇ。
どうしたものかと再び頭を悩ませようとしたが、……止めた。
俺は親指を口の中に突っ込む。
…最初に言っとくが、赤ん坊みたく指をしゃぶってる訳じゃねぇからな。
口の中にまだ広がってる血を指に絡め、ある程度の量がついたと思ったら指を口から出す。
そして、真っ赤な血がある程度絡みついた親指で、メモ翌用紙に、震える文字を書きとめた。
『このガキの命は、必ず助けてみせる』
「……随分とご挨拶な格好だね?」
現在時刻……知らん。
もう朝日が出る頃になるのかって感じの時間だってのは確認できた。
「御託はいい。とりあえずコイツのベットを用意してくれ」
俺は肩を担いでいた第一位を駆けつけてきたナースに預ける。
「全く掴めない状況だが、患者の必要するモノならなんでも用意するよ?」
つか、冥土返しも冥土返しで、いつもこんな時間まで仕事してんのか?
ご苦労なこった。
「……君、一方通行の腹部付近でも殴ったのかな?」
「……あ?だったらどうしたってんだよ」
「いや、ね?当たりどころが悪かったのか、アバラ骨が折れてしまってるんだね?」
………いや、え?
黙らせるだけの一発で、え?
しかも俺の体力なんてかなり擦り切れてたんだぞ、そこからの拳で?折れ?
いやいやいや……体弱すぎにも程があんだろ第一位…。
「だから、五体満足にするのが多少厄介になった事を伝えたんだよ?
まぁ、君が望むんであれば5日くらいでなんとかするがね?」
俺のあの惨事をたった4日で治しやがった医者は、骨を無理矢理くっくけるのはどうも好んでないらしい。
それでも5日って……、やっぱりコイツの腕に常識は通用しねぇ。
「急ぐ必要ねぇ。って言ったら?」
「う~ん、彼の体の強さにもよるが、見た所こういった大怪我の経験も彼は浅いからね?
まぁ、一週間と5日って所かね?」
「……なら、"今"は急ぐ必要はねぇ」
一週間と5日……まぁ予想通りの速度だな。
急いで『外』に出るのも構わねぇが、焦りすぎな行動は俺のスタイルじゃねぇってのも確かだ。
「……それで?君はどうするつもりだい?
言われた程度の処置はしたが、五体満足と言う分にはまだ少し足りないんだが?
入院すると言うのならベットを用意するし、入院しないと言うのなら無理に止めようともしない。
まぁ、君の顔を見れば大丈夫だと思うがね?」
「……ハッ」
違いねぇ。
しつこいようだが、『外』にすぐ出るつもりもねぇんだ。
日常生活に支障が出ないくらいの状態なら、無理に入院する必要はない。
「俺は入院しねぇ。第一位を急かす必要もねぇ。ただ、黄泉川とか言うやつとその関係者には、第一位がここで入院してる事は黙っておけ」
解せなそうな冥土返しなど構わず、俺は釘を刺しておく。
第一位がどうなろうが俺の知った事じゃないが、善人気取りの第一位と打ち止めを引き取ってるような野郎の事だ、第一位と打ち止めの現状を知ったらどんな行動を起こすか不安でならんからな。
「じゃあ、俺は行くぞ」
「ああ、なんかあったら電話でもなんでもするといい。
二度目だが、患者が必要とするモノは、なんでも用意するからね?」
それにしても、冥土返しもよく俺と第一位が一緒にいる経緯だとかを聞いてこないモンだ。
少なからずも『闇』を知る医者だっつー噂ってのはマジなんだろうと思うと共に、俺はある場所へと向かう。
知っちゃいけない真実を知った花飾りを、迎えに行くために。
【 後編 】 に続きます。
私の唄にも関係あるのかな?後編も見るんだよ!!!