─────────────────────
マミ「……ごめんなさい。みっともなく泣いちゃって……」
ほむら「なに言っているの。
泣きたい時は泣けば良いのよ」
マミ「……私ね、昔、事故で両親を無くしたの。
それ以来、ずっと一人で暮らしてきたわ。
寂し……かった」
──その辺りの事情は、遠い過去の時間軸で少しだけ聞いた記憶があった。
マミ「でも、そんなの人に話したってどうにもならないし、魔法少女の事なんてもっとそう。
だから、一人で頑張らなきゃって……辛くてもなんとかやって来たわ」
ほむら「……あなたは、どうして魔法少女に……?」
これも、知らない訳ではない。
だが、
ほむら(上から見た考えなのかもしれないけれど……)
こうして彼女の話を聞く事で、彼女の苦しみを少しでも楽にしてあげられないか、背負ってあげられないかと──
ただ純粋に、そう思ったのだ。
マミ「聞いて、くれるの?」
ほむら「ええ。話してくれるのなら」
マミ「……あのね……」
巴さんが、ゆっくりと語り始めた。
……………………
…………
マミ「その日は、家族と一緒に車に乗っていたの。
そして──事故にあった。
死ぬ直前だったのでしょうね。
大怪我をしていたはずなのに、痛みもほとんど感じずに薄れゆく意識の中、
私は視界の端に映った影に言っていたの。
『助けて』って。
それで私は助かったわ。
でも、家族はみんな死んでしまった。
私は深く後悔したわ。『みんな助けて』と頼んでいれば、全員助かったはずなのに……」
……………………
…………
ほむら「そんな……
だって、話を聞く限りだとその時はほとんど無意識だったんでしょ?」
マミ「そうね。頭で考えて言ったのではなく、無意識のうちに口から言葉が出ていた」
ほむら「なら……」
マミ「──でも、だからこそ本心が出たのよ。
自分の事しか考えていない、醜い自分の本心が……」
ほむら「だとしても、そうだとしても……
自分が助かろうとして助けを求める事が間違いだなんて、醜いだなんて私は思わない。
だって、そんなの仕方ないじゃない」
マミ「……ありがとう。
──こうして、私は魔法少女として生き始めた。
言葉通り、人生変わったわね」
……………………
…………
マミ「その結果、周りの色々な人達との関係が徐々に疎遠になっていった。
勉強をして、生活もして、魔法少女としての使命も果たす。
それらが忙しくて時間が無かったというのもあるけど、なにより私には資格が無かったから。
だって、私は大切な家族を見捨てたんだもの。
そんな人間に、人と付き合う……人と親しくなったり、仲良くする資格なんてある訳ないでしょう?
……でも、勝手なものね。たまに別の魔法少女と出会う時があったけれど、彼女達とは『絆』を求めてしまった。
クラスメートとかだと、話しかけてくれてもつい逃げちゃうのにね。
まあ、それで絆が出来た事は無かったし、出来かけても結局最後には壊れちゃったんだけど」
……………………
…………
マミ「──ともあれ、そんな中こうして生き残っている……
生き残ってしまったのが私、巴マミ」
ほむら「…………」
そうだ。それで巴さんは……
人を強く求めているのに、それを表に出さない。出せない。
離れていく人に未練があれど、すがりついてその人を止める事も出来ない。
結果、さらに孤独になってゆく──
そんな、不器用な生き方しか出来なくなったのだ。
彼女の苦しみがどれほどのものだったか、もちろん私にはわからない。
ほむら(でも、想像ぐらいなら出来るもの……)
マミ「私ね、頑張ってきたつもり。
この程度で自分の罪が許されたとも、なにかを成せたとも思っていないけど……
やれる事は精一杯頑張ってきたつもりよ」
その通りだろう。彼女が、常に何事も全力で取り組んでいたのは見ていて十分に伝わっていた。
その様は、自分を痛めつけているようで痛々しく感じる事もあったが……
マミ「って、私は駄目な子だから、失敗も沢山してきたけど……ね……」
ほむら「誰だって、失敗するなんて当然じゃない。
大体、巴さんが頑張る事によって救われた人は絶対に居るはずだもの。
そんなあなたが駄目な訳はないわ」
ぎゅっ……
そっと、私は再び巴さんを抱き締めた。
しかし、
マミ「ううん。
私が不甲斐ないせいで、魔女にターゲットにされたり、結界に迷い込んで魔女に呑まれてしまった人達を……
必死に助けを求める小さな子を、助けられなかった時だってあるのよ?」
そう言う巴さんはとても悲しそうで、苦しそうで。
マミ「私の頑張りなんて……そんなものよ」
ほむら「…………」
マミ「でも、でもね。
こんな私だけど、自分の事を理解してくれる人がずっと欲しかった。
その人に側に居て貰って、甘えたかった」
ほむら「……こうして甘えられる相手が出来たのだから、甘えれば良いじゃない。
あなたにはその資格がある。
たとえあなたが否定しても、私が認める。
巴さんは、それが許される」
……私とは違って。
私は巴さんと違って──彼女はああ言ったが──、誰かを助けられた訳でも、なにかしらの結果を残せた訳でもない。
ほむら(そんな私が人に甘える事こそ、許されない……)
ほのかに、寂しさを覚えた。
……だが、
マミ「暁美さん……」
ぎゅっ。
潤んだ瞳で私を見つめ、抱き付き返してくる巴さんの暖かさを感じると、そんな寂しさなどすぐに消えていた。
とくん。
ほむら「……あと、過去の自分の頑張りを否定するような事を言うのはやめなさい。
そんなの、これまで精一杯生きていた自分自身に失礼だし、可哀想よ」
マミ「!」
ほむら「それと……生き残ってしまった、なんて言うのも。
あなたは『生き残ってしまった』んじゃない。
『生きている』の」
マミ「……あ……」
ほむら「だから、ね?」
マミ「……うん。
うんっ……!」
私の胸の中、向けてくる彼女の表情は笑顔のようであり、泣いているようであり……
様々な感情が混じって、不思議な魅力を醸し出していた。
マミ「ふふっ……
私ね、ずっとこんな風に抱かれて、優しい言葉をかけて貰いたかったの。
嬉しいな」
ほむら(…………)
とくん、とくん。
……参ったわね。
彼女の悲しさ、苦しさを少しでも和らげられたらと思っていたのだが、
巴さんにこうされる事で私自身も救われているようだ。
憧れ・尊敬している人にすがられて、甘えられて……
肌と肌で感じるぬくもり。
ここではない世界で、憎悪されて殺し合いすらした事もある分、これはとても甘美だ。
ほむら「巴さん……」
ぎゅっ。
マミ「ん……」
ほむら「……巴さん」
マミ「うふふ、あったかい……」
彼女は、私の胸の中で気持ち良さそうに顔を軽く振る。
とくん、とくん、とくん。
……なんだか、不思議な気持ちだった。
どうして巴さんはこんなに暖かいのだろう? 良い香りがするのだろう?
ほむら(なんで、彼女にこうしてあげる事が……
こうされるのが。
ここまで心地良いのかしら……?)
かかる吐息に、触れる柔らかな身体、髪の毛。
強く私の中に入り込んで心を侵食していく、濃厚な、『巴マミ』という存在。
ほむら(……彼女の唇って、こんなに柔らかそうだったかしら……?)
もっと、したい。
ほむら(えっ?)
……なにを?
ほむら(これって……
私は、私のこの気持ちは……)
なん、だろう……?
マミ「──ねえ、暁美さん」
巴さんが、ぽつりと口を開いた。
ほむら「な、なに?」
マミ「暁美さんは、なにを苦しんでいるの?」
ほむら「……!」
マミ「あなたが私の力になりたいと言ってくれたように、
私も暁美さんの抱えている苦しみを少しでも背負えないかしら?」
ほむら「…………」
マミ「私も、あなたの力になりたいわ」
抱き合ったまま、顔だけを離して見つめてくる巴さんのとても純粋な瞳と、私の瞳が交錯した。
ほむら「…………」
──私に、そんな資格あるのかな──
私は巴さんと違って、なにも出来ていないのに。
──彼女の差し伸べてくれた手を、取っても良いのかな──
巴さんの視線を受けながら、私の心は激しく揺れていた。
マミ「……やっぱり、私じゃ駄目なのかしら……」
ほむら「!」
ズキンッ。
俯き、悲しげに表情を歪めた彼女の姿を見た時、私の胸が大きく痛んだ。
ほむら「いいえ、そんな事は無いわ」
なにを迷っているのだ。
私はまた、彼女を傷付けるつもりなの?
ほむら『……こうして甘えられる相手が出来たのだから、甘えれば良いじゃない』
そう言ったのは、ついさっきの自分だろう?
それに、本当は私だって誰かに……
ほむら(……甘えたい)
一人でずっと戦い続けるのは、辛い。
決して崩れない頑強な心の支えはあるが、それだけではやはり苦しいに決まっている。
そして、そんな私を甘えさせてくれるのが、ずっと憧れていた巴さんだなんて……
ほむら(……最高じゃないの)
ならば、私の取るべき行動は決まっているではないか。
ほむら「あっ、あのね、実は……私は──」
マミ「っ!?」
バッ!
突然、巴さんが部屋で一番暗い所へと顔を向けた。
そこには──小さな影一つ。
ほむら「……!」
キュゥべえ「さすがだね、マミ」
ほむら「キュゥべえ……いつの間に」
しまった。
周囲の──こいつへの注意が疎かになっていた。
マミ「立ち聞きはやめなさいって、前言ったわよね?」
ベッドから立ち上がりつつ、巴さんが激しい凄みを見せた。
ほむら(……え?)
その彼女からは、憎しみや怒り、悲しさなど様々な負の感情が見て取れる。
キュゥべえ「別に立ち聞きしていた訳じゃないよ。
君の元に戻ってきたら、たまたまこのタイミングだっただけじゃないか」
マミ「へえ……」
キュゥべえ「そんなに怒らないでくれよ、マミ。
僕の事が信じられないのかい?」
ほむら「……巴さん、キュゥべえとなにかあった?」
昨日、私があの話をしただけにしては様子がおかしい。
マミ「ええ……
暁美さんが言っていた話が本当だって、わかる事が」
キュゥべえ「やれやれ。随分嫌われたものだね」
マミ「あれから、私が家に帰った後ね……」
……………………
…………
──キュゥべえの正体・目的を聞いて、半信半疑のまま自宅に帰った巴さんの前にキュゥべえが現れた。
彼女は、その時に私から聞いた話を問い詰めたらしい。
すると、キュゥべえは悪ぶらずに言った。
キュゥべえ「その通りだけど、それがどうかしたのかい?
君達が利用される事で宇宙が救われるんだ。
とても素晴らしいじゃないか」
マミ「そ、そんな言い方……!
そもそも、そんな理由の為に私達が利用されているなんて聞かされてもいなかったわ!
みんな、命を懸けて魔女と戦ってきたのに! 戦っているのに……!
利用だなんてっ!」
キュゥべえ「そりゃあ聞かれなかったからね」
マミ「なっ……!?」
キュゥべえ「そもそも君達魔法少女には、
戦いの運命を受け入れてまで叶えたい望みがあったんだろう?
それは間違いなく実現したじゃないか。
それなら、その末に命を落としても本望なはずだよ」
マミ「っ!」
……………………
…………
こうして。
話をはぐらかし、人の気持ちを顧みない発言ばかりを繰り返すキュゥべえに、巴さんの不信感が爆発したのだった。
キュゥべえ「僕は正論しか言っていないはずなんだけどなぁ」
マミ「どこがよ……?」
キュゥべえ「第一、他の魔法少女ならともかくとして、
君に関しては細かい事を説明する時間そのものが無かったはずだろう?
なら、聞かされてないも何も無いと思うけどなぁ」
彼女の契約時の話だろうか。
マミ「確かにそうだけど……
私が言いたいのはそんな事じゃないっ!」
キュゥべえ「うーん、可能なら弁解をしたいと考えていたんだが、無理のようだね。
君とは比較的長い付き合いだから、嫌われたくはなかったんだけど」
マミ「長い付き合いだからこそ、こんな気持ちになっているのよ……」
キュゥべえ「まあ良いや。
でも、彼女……暁美ほむらには気を付けた方が良いよ。
彼女は得体が知れなさすぎる」
ほむら「…………」
タッ。
言いたい事だけ言ってキュゥべえは部屋の暗がりへと歩いて行き、影の中に溶けて消えた。
─────────────────────
トッ。
私は、自分の部屋があるマンションから外に出た。
……朝日が眩しい。
マミ『ごめんなさい、もう一人でも大丈夫だから……』
深夜を越えて明け方に近くなった、数時間前の巴さんのどこか痛々しい笑顔が思い返される。
その言葉は私への気遣いだったのだろう。
彼女は泊まっていっても良いと言ってくれたのだが、
今日も学校がある為に制服などがそのままなのは少し抵抗を感じ、
一度自宅に帰りたい気持ちがあったのは事実だからだ。
しかし、それ以上に巴さんへの心配が上回っていた私は、彼女の側に居る事を選んだ。
マミ『……うん、ありがとう』
正直少々意外ではあったが、私のその選択を彼女は素直に喜んでくれた。
この時の巴さんの笑顔は、先程述べたものとは違って心からのものだった。
キュゥべえが去ったすぐは、お互いに気持ちが高ぶり目が冴えていたので、完徹する覚悟だったのだが……
やはり疲れていたらしく、私達はそれからすぐに眠ってしまった。
そして私が先に目が覚め、隣には深い眠りにつく巴さん。
まだ早朝なので彼女を起こすのも悪いし、すぐに目が覚める気配も無かったので、
さっと家に帰って軽く今日の支度をして来たという訳だ。
魔法少女に変身して移動したので、大して時間は経っていない。
ほむら「……少し体が痛いわね」
元々は眠るつもりではなかった為、私と巴さんはベッドを背に、寄りかかる体勢で居た。
睡眠時間が短いのもあるが、そのまま寝てしまったので体に負担がかかったのだろう。
巴さんも同じく無理な体勢で眠っていたので、そっとベッドの上に移動させておいたが……
ほむら「……大丈夫かしら」
一応目覚ましをセットしてきたし、彼女なら寝過ごしたりなどしないとは思う。
しかし私は、別に巴さんが寝坊したならしたで良いと考えていた。
今の彼女に関しては、学校に行くより、心身とも疲れを取る方が大切だと思うからだ。
それよりも、巴さんがキュゥべえに見せた表情や雰囲気が気にかかる。
あれは確実に『負』のものだ。
彼女の『仲間』や『友達』を求める思いの強さを考えれば、
ずっと共に歩んできたパートナーの真意がよほどショックだったのだろう。
ほむら(巴さん……)
先程までは、登校してから巴さんの姿を探したり、
彼女が学校に来ていないようならば、メールや電話でもしてみれば大丈夫かという考えもありはしたのだが……
ほむら(やっぱり、様子を見に戻ってみましょうか)
それで彼女が起きていて学校に行くつもりならば一緒に登校すれば良いし、
まだ眠っていたらそのままにしておけば良い。
──とはいっても、普通に戻るのではさすがに遅刻してしまう。
パッ!
私は再び魔法少女に変身すると、駆け出した。
─────────────────────
ほむら「…………」
巴邸には、人の気配が無かった。
だが、目覚ましは未だセットされたままだ。
ほむら(目覚ましが鳴る前に起きたのかしら?)
それで、目覚ましの解除を忘れた──もしくは、そもそもセットされていた事自体に気付かず登校した?
……だとしても、恐らく私と同じく疲れが残っているだろう彼女が、さっさと家を出るだろうか。
ほむら(大体、この家からだと登校するにはまだ時間が早いわよね)
なにより不思議に思ったのは、寝室に巴さんの携帯がある事。
ほむら(忘れて……いった?)
こんなに大事な物を、しっかりものの彼女が?
……いや、誰だってミスはする。
──にしても、やはり釈然としない。
一応テレパシーを試みたが、その有効範囲内には居ないらしく、反応は無かった。
続けて魔力の波動を探ってみるも、同じ。
彼女レベルの魔力だと、変身していたり戦闘を行っていれば多少離れた場所に居ても察知出来るのだが……
ほむら(それが出来ないのを見ると、少なくとも魔法少女になってはいないみたいね)
なんにせよ、これでは連絡の取りようが無い。
……まさか、死んでは……いないわよね?
ほむら「……ば、馬鹿な事を」
つまらない想像を振り払う為に、私は頭を振った。
とにかく、これ以上ここに居ても仕方がない。
私は、嫌な胸騒ぎを抱えたまま巴邸を後にした。
─────────────────────
特に何の事件も起こらない一日だった。
まどか、美樹さやかや志筑仁美、上条恭介達クラスメートも元気で、キュゥべえも姿を見せる気配が無い。
ただ、巴さんだけが学校に来なかった。
─────────────────────
まどか「大丈夫? ほむらちゃん。
今日は一日元気無かったね」
下校中、まどかが心配そうに声をかけてきた。
ほむら「あ……
心配かけてごめんなさい、平気よ」
さやか「そうかあ? そんな風には見えないけど……」
確かに、睡眠不足や、一日中頭から離れなかった巴さんの事があって調子はよくない。
それでも、気を失っていたあの時間がよかったのか、昨日ほど肉体的な疲れは感じないが。
仁美「まあ、そんなほむらさんも色っぽくて素敵ですけど……」
今歩いて居るのは、私達四人だ。
志筑仁美は、美樹さやかに上条恭介と帰るよう進めてはいたが、彼も付き合いは私達だけではない。
むしろ友達は多いタイプみたいで、複数の男子に囲まれて出ていった。
美樹さやかは、そんな彼を見るのが好きらしい。
さやか『あいつは病院で散々辛い思いしてきたから……
恭介のあんな元気な姿は、見るだけで嬉しくってしょうがないんだ』
彼女はとても清々しい笑顔でそう言った。
ただ、『まあ、帰ったら後であいつん家行って、二人きりでバイオリン聴かせて貰うんだけどね』と、
惚気も合わせて聞かせてくれたが。
さやか「あー。ほむら、アレ?
重い方?」
ほむら「そうだけど、違うわ」
まどか「まあ、誰でも調子悪い時はあるよね」
仁美「やっぱりほむらさんは重い方なのですね。メモメモ……」
さやか『つかあんたさ、恋してない?』
ほむら「えっ?」
まどか「? ほむらちゃん?」
ほむら「……なんでもないわ」
しまった。いきなりテレパシーで、しかも思いも寄らぬ事を話しかけられ、
つい口に出して反応してしまった。
ほむら『していないわ。
どうしたのよ突然?』
さやか『ん~。勘違いなら悪いんだけどさ、あんたそんな顔してたから』
ほむら『そんな顔?』
さやか『うん。恋する乙女の~って表現はアレだけど、そんな感じ。
あたしもすっごい恋してるから、なんとなくわかるんだ』
恋……? 私が?
ほむら『たぶん勘違いよ。私にはそんな暇は無いもの』
さやか『そうか? つーかそれって恋してない理由にはならないっしょ。
恋なんて、暇とかがあろうが無かろうがしちゃうもんだし』
ほむら『そういうもの?』
さやか『そういうものよ』
……そちらの経験が皆無の私にはいまいちピンと来ないのだが、彼女が言うならそうなのか。
さやか『それにさ、仁美も以前似たような顔してたんだ』
ほむら『志筑さんが?』
さやか『そ。
……あたし達の三角関係ってヤツが解決するまではね。
あたしに気を使ってくれてたからだと思うけど、どこか思い詰めた感じで、度々今日のあんたみたいな空気出してた』
……恋。
もし私が恋をしているのだとすると、巴さんに?
そうなるだろう。こんな気持ちになっている原因は彼女なのだから、他の人は考えられない。
ほむら『……確かに、『もっとしたい』とか思ってしまったけれど……』
さやか『へっ?』
ほむら『あ』
しまった。テレパシーを切らずに思ってしまった。
さやか『それって、キスとか?』
ほむら『……キス……』
ほむら((……彼女の唇って、こんなに柔らかそうだったかしら……?))
昨夜のあの時、巴さんの唇が気になったのはそういう事なのだろうか?
さやか『それとも、もっと先?』
ほむら『っ!?///』
ニヤリと笑いかけてくる美樹さやかに、私は思わず言葉に詰まってしまった。
いくら恋愛経験が無いとはいえ、その意味くらいはわかる。
ほむら『……やめて頂戴』
さやか『あははっ、照れなさんなって』
ほむら『てっ、照れてなんていないわ』
さやか『いやいや、しょうがないって。好きな人相手にそんな欲望が湧くのって普通だし。
……実の所、あたしも恭介と早く……ってなに言わせんだこいつはっっっ!!!///』
パシッ!
いきなり、美樹さやかが私の肩を叩いた。
まどか「ハヒェッ!?」
仁美「まあっ!?///」
ほむら『……痛いわ』
私の抗議の視線を、しかし美樹さやかは流してテレパシーを続ける。
さやか『けどさ……
アレもそうだけど、キスだって好きな人とじゃなきゃ、したくなんて絶対ならないはずだよ』
ほむら『ええ。同意するわ』
さやか『だよね。普通はそうだと思う。
少なくともあたしはそういうの、恭介以外の人とは絶対したくないし』
中にはそうでない人も居るのだろうが……
私も彼女と同じでそうだし、そうありたいと思う。
さやか『だから、ほむらがキスしたいって思う人が居るなら、
あんたはその人に恋してんじゃないかとあたしは思う訳さ』
ほむら『…………』
さやか『……うん、つかまあアレだ。
恋愛に関して悩みがあったら、いつでも恋の大先輩であるあたしに相談しなさいな。
この魔法少女さやかちゃんなら、バッチリ完璧に解決しちゃいますからね』
ほむら『調子に乗りすぎよ』
さやか『ははは。
まあでも、いつまでもそんな顔してると、お節介しちゃうぞ?』
ほむら『大丈夫よ。
……ありがとう』
──恋? この気持ちが……?
─────────────────────
ほむら(さて、どうするか……)
やや人通りの少ない住宅街を歩きながら、私は考える。
一人になったし、いつも通りまどかを……
しかし、巴さんが気になって仕方ない。
結局、今日は学校には来なかったみたいだし……
ほむら(巴さん……)
昨夜の彼女のぬくもりが忘れられない。
朝から胸騒ぎが続いて不安になっているせいもあるだろうが、もう二度と巴さんに会えないような気がする。
ほむら(……嫌だ)
ジワッ……
そんな未来を想像するだけで、自分のソウルジェムが微かに穢れていくのがわかる。
ほむら(これまでは、まどか以外の相手との別れを──
それも、死別すら覚悟してもここまで心が揺れたりはしなかったのに……)
この想いが恋なのだとしたら、
上条恭介への想いを遂げられずに壊れていってしまった、別の世界の美樹さやかの気持ちがよくわかる。
大切な人が二度と会えない場所へ離れて行ってしまうと考えると、とても恐ろしく、心がはちきれそうに痛い。
まあ『彼女』の悲劇は、上条恭介の件以外に、
ソウルジェムの秘密を知ってしまった上にそれの穢れをそのままにしていたからなど、
様々な要因が重なったから起きたというのもあるのだが……
ほむら(なんなのよ、これ……)
でも、不思議だ。
もし再び残酷な結末を迎えたとしても、乱暴に言ってしまえばまたやり直せば良いのだ。
私はずっとそう割り切って生きてきたし、それは決して間違った考えではないはず。
実際そうする事が、これまでどんな目にあっても希望を捨てず・諦めずにやって来られた理由の一つなのだから。
なのに、どうして今回の巴さんにはこんな気持ちになり、割り切れないのだろう……?
ほむら(仲良くなれたから?
それも、過去記憶に無いレベルで)
それとも、こうして割り切れないからこそ『恋』なのだろうか?
だが、それはまどかに対しても同じのはずだ。
ほむら(……わからない)
巴さんに対するこの気持ちは、ただ単に尊敬している人相手へのものや、
まどかへの──『友達』に対するそれとも違う……
ほむら(私の知らない種類の気持ちだという事だけは、わかるのだけど……)
思えば、こうやって『恋』というものを深く考えたのは初めてだ。
もちろん私だって多少の興味はあったし、おぼろげな恋愛観もありはしたが……
そんなものと、しっかり向き合う暇も余裕も無かったから。
ほむら(……キス、か)
ふと、先程の美樹さやかとの会話を思い出す。
ほのかに濡れて、柔らかそうで、綺麗な薄桃色をした巴さんの唇。
その唇と、私の唇が……
ほむら(……っ!)
リアルな想像をしてしまい、私の頭に血がのぼってしまった。
これは、気恥ずかしいけれどとても幸せな動揺。
さやか『キスだって好きな人とじゃなきゃ、したくなんて絶対ならないはずだよ』
ほむら(……そうか。
やっぱり私……)
キスなんて、他の人としたいとは思わない。
恥ずかしいような嬉しいような不思議な感情の中、私は一つの結論を出そうとした──
その時。
ほむら「っ!」
背後から激しい殺気が生まれた!
振り向く間も惜しみ、前に跳びつつ私は変身する。
ブンッ!!!
ついさっき私が立っていた場所が、大きく凪がれた。
それを行ったのは、チョコバーを咥えながら槍を構える、赤髪の魔法少女。
杏子「これを避けるか!
やるじゃないかっ!」
ほむら「佐倉杏子……!」
杏子「……!?」
この子、正気!?
今はたまたま辺りにひと気が無くなっていたが、ここは郊外でも裏通りでもない普通の道だ。
そんな中襲撃なんて……
ほむら「──来なさい! ここでは人目につくっ!」
こんな場所で相手など出来ない。私は叫ぶと、高く跳んだ。
杏子「望むところだっ!」
彼女は不敵な笑みを浮かべ、私に続いた。
─────────────────────
誰も居ない路地裏。私達は、ここで向かい合っていた。
ほむら(別の時間軸では、
まどかと美樹さやかが、佐倉杏子と初めて出会う可能性が一番高い場所だったわね……)
ここは裏路地だけあり、薄暗くて狭い。
建物の側面にはあちこちに配管が無数に伸びていて、それはまるで植物の蔦のようだ。
杏子「話には聞いてたけど、あんたやっぱりただ者じゃないね。
あたしの一撃をキレイに避けただけじゃなく、冷静に場所移動までしてくれちゃって」
ほむら「そんな事より、あんな場所で襲ってこないで貰えるかしら?」
杏子「なーに。ちゃんと、周りにあんたしか居ない時に攻撃してやったろ?
それに、結果的にこうして誰も居ない場所に来れたんだ。グダグダ言ってんじゃねーよ」
と、佐倉杏子は不敵な笑みを浮かべた。
その様子を見るに、彼女自身元々あの場所で本格的な戦闘をするつもりはなかったようだ。
というより、あの不意打ちは、その後の判断・対処も含めて私の力量を図る為のものだったのだろう。
杏子「ところでさ、あんたはなんであたしの名前知ってるんだ?
マミの奴から聞いたのか?」
ほむら「……そんな所よ」
杏子「ふーん。
──まあ良いや。
構えなッ!」
ジャギンッ!
佐倉杏子は、鋭い瞳で槍の切っ先をこちらに向けた。
杏子「戦ろうぜ」
ほむら「待ちなさい。
あなたはなにが目的でこの町に来たの? 私達とあなたが戦う理由は無いはずよ」
巴さんが死んだ世界では、かなりの確率で彼女がやって来る。
その目的は時間軸によっていくつかあり、
大体は、『魔法少女不在となったこの町を自分のテリトリーにする』為という場合が多いが……
言うまでもなくこの世界での巴さんは生きているので、それは無い。
ともあれ、彼女に上手く対応する為にもその目的は聞いておく必要があるだろう。
杏子「ふざけた事を企む、あんたらをぶっ潰す。
この答えじゃあ不満かい?」
ほむら「?」
彼女はなにを言っているのだろう。
杏子「……まあ一番の狙いは……その後に、魔女が沢山居るこの町を頂く事なんだけど。
だがそれを抜きにしても、あんたらを放ってはおけないね」
ほむら「私達の企みって何の話かしら?」
恐らく、キュゥべえになにか吹き込まれたのだろうが……
杏子「しらばっくれるか……まあ良いや。
じゃあ、さよなら」
バッ!
ほむら「!」
抑揚無く呟くと、佐倉杏子は猛スピードで跳びかかってきた!
ほむら「くっ!」
ブンッ、ブンッッ!!
そのまま放ってくる攻撃は、凄まじいキレだ。
杏子「チョロチョロしてんじゃねえっ!」
ほむら「話を聞きなさいっ!」
杏子「話す事なんて無いだろっ!」
ブンッ!
駄目だ。取りつく島も無い。
ならば、彼女が興味を持つ事……
ほむら「あなた、私の正体を知りたくない?」
杏子「あぁん!?」
ほむら「私が何者で、なにを考えているか。
キュゥべえはそこまでは知らなかったでしょう?」
杏子「はんっ、お見通しって訳か!
だが興味無いねっ!
そんなもの、あんたを倒しちまえばどうだって良い事さ!」
ザッ!
ほむら「っ!」
佐倉杏子の鋭い突きが、私の服の裾を掠めた。
やはり……強い。
動きを見る限り、彼女はまだまだ本気ではないようだ。
しかしそれでも、このまままともにぶつかれば、なす術も無くやられてしまうだろう。
ほむら(仕方ない。時間を止めて……)
ビュンッ!
突如として、上空からなにかが伸びてきた!
ほむら「!?」
杏子「っ!?」
私と佐倉杏子は、すんでの所でそれをかわす。
ほむら(これは……!)
杏子「──ちっ、もう感付きやがったか? さすがじゃねえか……」
巴さんのリボン!?
杏子「マミっ!!」
マミ「…………」
巴さんは変身した姿で、高所に這う配管の上に立っていた。
顔は逆光でよく見えない。
……なにか、様子がおかしい。
杏子「しかしらしくねぇ。技が荒いじゃねーか。
お仲間まで巻き込む所だったぞ?」
ほむら「巴さん……?」
私は声をかけようとしたが、
マミ「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫し、彼女は襲いかかってきた!
ほむら「!?」
杏子「おっ、おい!?」
リボンを操り、マスケット銃を乱射し、巴さんは突撃してくる。
マミ「ああああっ! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
彼女は、鬼のような表情をしていた。
ただ、そこから感じられるのは、怒りではなく……絶望?
ドンッ!
流れ弾が、壁を削っていく。
ほむら「巴さんっ、やめなさい!」
杏子「な、なんだってんだ!?」
マミ「あああああああああああ!!!」
ドンッドンッドンッッッ!!!
これはまずい!
今の巴さんは、佐倉杏子以上に話が通じそうにない。
時間を止めた所でどうにもならないだろう。
ほむら「いったん引くわよ!」
バッ!
杏子「え?
おいっ!」
私は、狭い間隔で立っている壁と壁の間を交互に蹴り上がり、上からこの路地裏を抜け出した。
─────────────────────
気が付くと、もう日が落ちていた。
ほむら「はぁ、はぁ……」
あの路地裏からは少々離れた公園まで逃げてきたのだが、どうやら巴さんを撒けたようだ。
杏子「ふぅ……」
石で出来た階段に座り込む私の横には、佐倉杏子も居る。
彼女はいつの間にかマシュマロの袋を左手に持ち、白いそれを食べていた。
私達は共に変身を解いている。
ほむら「とりあえずは……大丈夫みたいね……」
これは、佐倉杏子の事も含めて、だ。
今の彼女からは、戦意は感じられない。
杏子「なあ……なんだってんだ一体……?
さっきのあいつ、本当にマミなのか?」
ほむら「見ての通りでしょう……?」
杏子「だが、あいつにしては雰囲気もなにもかもが違ってたぞ!
大体、マミはあんなバカな戦い方はしねぇ!」
ほむら「そうね」
杏子「そうねって……
まさかてめえがマミに何かしやがったのか!?」
ぐいっ!
いきり立って、佐倉杏子が私の胸ぐらを掴んだ。
ほむら「違うわ。
だったら、私まで襲われるはずがないでしょう……?」
杏子「……そうだな……」
ぽつりと呟くと、彼女は視線を逸らして私を離した。
──巴さんは、本気で私達を襲ってきた。
明らかに演技でもなんでもなく、『殺す』為に。
ほむら「私だって……わからないのよ。
どうして……」
どうして? 巴さん……
ぐしゃっ……!
頭皮に押し付けた指が髪の毛を押し込み、嫌な音を立てる。
杏子「……あんた、本当に魔法少女を皆殺しにするとか企んでいるのか?」
ほむら「なんの話よ……」
杏子「キュゥべえがそう言ってたぞ?
突如現れたイレギュラーの魔法少女・暁美ほむらは、マミや新しい魔法少女を抱き込んで、
他の魔法少女達を皆殺しにしようとしているって」
ほむら「……?」
……………………
…………
佐倉杏子の話によると、先日彼女の元にキュゥべえが現れたらしい。
あいつは、そこで唐突に話を切り出したのだという。
杏子「魔法少女を皆殺しだと?」
キュゥべえ「恐らく、ね」
杏子「はっ、バカバカしい。なんだそりゃ」
キュゥべえ「そう言いたくなる気持ちはわかるよ。
でも、その暁美ほむらって子は普通じゃないんだ。
他の子は知らない事を沢山知っているようだし、僕だって何度も殺されかけた」
杏子「お前を……?
それが本当なら、確かになに考えてるかわからない奴だな」
キュゥべえ「そもそも、僕にはあんな子と契約を結んだ覚えが無いんだよね」
杏子「なんだと……?」
キュゥべえ「不思議だろう?
──ともあれ暁美ほむらは、マミと、最近新しく魔法少女になった子の三人で仲良く魔女退治をしているよ」
杏子「…………」
キュゥべえ「多分、これはグリーフシード集めと、新人の子の育成の為と考えられる。
そして、両方が満足いく所まで来たら、自分達の活動範囲を広げるはずさ」
杏子「魔法少女達を殺す為に、か」
キュゥべえ「そう」
杏子「そんな事して何になる? なにを求めているっていうんだ?」
キュゥべえ「これはあくまで僕の想像だけど……
そうする事によって、戦いの運命を背負った魔法少女達を救うつもりなんじゃないかな?
解放してあげるつもり……と言っても良い」
杏子「ふん。いくらなんでもそんな──」
キュゥべえ「──マミだったら、そんな考えを持ってもおかしくないだろう?」
杏子「……魔法少女達を救いたい、と思う所までならな。
だが、そいつらを殺してまで、となるとありえねーよ」
キュゥべえ「しかし、マミが暁美ほむらと手を組んで仲良く動いているのは間違い無いんだ。
恐らく、暁美ほむらがマミを上手く言いくるめて抱き込んだのだと思われる」
杏子「だとしても、あいつがそんな……」
キュゥべえ「ちなみに新人の子は、マミの考え方には全面的に同意、そして尊敬までしているような子だよ。
もちろん、マミはそんな彼女を可愛がっている。
とても、ね」
杏子「…………」
キュゥべえ「繰り返すけれど、マミがその二人と仲良くしているのは確かな事実だよ。
なんなら、自分の目で確かめてみても良いんじゃないかな?」
杏子「あたしは……もうあいつと関わる気は……」
キュゥべえ「もし暁美ほむら達を倒す事が出来たら、あの町は君の物になるよ?
知っての通り、魔女が沢山居る絶好の狩場の町さ」
杏子「…………」
キュゥべえ「……そうか。まあ無理にとは言わないよ。
ただ、僕としては彼女達の野望は止めたい。
他の子に頼む事にするさ」
杏子「!」
キュゥべえ「邪魔したね」
杏子「待て!」
キュゥべえ「どうしたんだい?」
杏子「……わかった。行くだけ行ってやるよ」
キュゥべえ「助かるよ!
ただ、いくら君でも三人をまとめて相手にするのは厳しいだろう。
知っての通りマミは凄腕だし、暁美ほむらは得体が知れない。
新人の子も実力をつけてきているようだからね。
すぐにでも他の子を援軍に向かわせるよ」
杏子「いらねーよ。そんなもんやり方一つでどうにでもなる。
あたし一人にやらせろ」
キュゥべえ「わかった。君がそう言うなら。
くれぐれも気を付けてね」
─────────────────────
ほむら「……なるほど、ね」
こうして聞いてみると上手いものだ。
細かい具体的な内容までは知らないが、巴さんと佐倉杏子はかつて師弟関係で、
しかしなにかがあって袂を分かつ事になったという過去だけは知っている。
キュゥべえは佐倉杏子に気付かせないように上手くその因縁を利用して、
彼女が見滝原に来るように誘導したのだろう。
佐倉杏子を私達にぶつけ、まどかへの守りを薄くする為に。
ほむら「キュゥべえ……相変わらず汚い奴ね」
杏子「……違うのか?」
ほむら「当たり前よ」
杏子「……だよな。
さすがにありえないか」
ほむら「その言いようだと、あなたはキュゥべえの話を鵜呑みにはしていなかったみたいね」
杏子「まあな。あんな胡散臭い奴の言う事なんざ、せいぜい話半分さ」
ほむら「なら、なぜ昨日は巴さんを、今日は私を襲ったの?」
杏子「…………」
私の問いに、佐倉杏子は困ったように黙り込んでしまった。
ほむら「……まあ、話したくないならそれで良いわ」
杏子「おいおい。やけにさっぱりしてるな。
それで良いのかよ?」
ほむら「良いも悪いも、それを知っても、あなたが私を信じられなければまた襲ってくるでしょう?
なら無理に聞くほどの事では無い。
……でも、話してくれるのなら聞きたいのは確かだけれど」
私の言葉に彼女はしばし沈黙し、やがて小さく吹き出した。
杏子「ぷっ……」
ほむら「なに?」
杏子「さっきから思ってたんだが、
殺しにかかって来た奴を前に、そうやって落ち着いて物事を考えられるなんて大したもんだよ」
ほむら(……そうね)
もちろん、無感情な訳ではない。内心では思っている事は沢山ある。
しかし、だとしても、私はまどかの件以外の大抵の事柄には冷静な判断・対応が出来るし、その自信もあった。
……はずなのだが……
ほむら(……巴さん)
杏子「なるほど。確かにあんたの言う通りだ。
──あたしは、冷静な奴は嫌いじゃないよ」
ほむら「ええ、私も」
杏子「……チッ、なんか毒気がすっかり抜けちまった」
バリバリと頭をかきながら、佐倉杏子が言った。
杏子「悪かったね。
なんにせよ、キュゥべえなんかに踊らされちまってさ」
ほむら「いえ、わかって貰えれば良いのよ」
杏子「しかし、だ。あんたは本当に何者なんだ?
キュゥべえが契約した覚えの無い魔法少女って一体……」
ほむら「…………」
『その返答によっては、再び一戦交える覚悟があるぞ?』──佐倉杏子が私に向ける視線は、そう物語っていた。
それは、少なくとも現段階で彼女は敵ではない、なくなったという事でもある。
ほむら「……すべては話せないけれど、そうね。
巴さんと、美樹さん──新人の子に話した事をあなたにも伝えるわ」
佐倉杏子は、繰り返すひと月で私が出会う可能性のある魔法少女の中で、一番精神が安定している。
だから、それらを説明しても彼女ならば変に動揺はしないだろう。
その末に佐倉杏子が味方になってくれたら心強いし、私は今がその為の大きなチャンスだと判断した。
杏子「ふむ、とりあえず聞かせて貰おうか。
……と、その前に」
彼女が、左手に持つマシュマロの袋を私の前に差し出した。
杏子「食うかい?」
─────────────────────
杏子「……キュゥべえが……」
ほむら「ええ」
私の話を聞き終えると、彼女は眉を釣り上げて黙り込んでしまった。
ちなみに、ソウルジェムとグリーフシード、魔女と魔法少女の関係は話していない。
理由は、巴さんと美樹さやかに話さなかったのと同じ。
いくら佐倉杏子といえど、やはりそれらすべてを一度に伝えるべきではないだろう。
それほど、ソウルジェムの秘密は魔法少女にとっては重い。
ほむら(もし彼女が仲間になってくれて、かつそれも話さなければならない状況になったら……
巴さんや美樹さんも集めて、一緒に話せば良い)
杏子「……にわかには信じられないね」
ほむら「でしょうね。証拠は無い。
だけど、私はそんなあいつの思い通りにさせない為に動いている」
杏子「宇宙がどうとかってーのと、キュゥべえの奴が執着している『鹿目まどか』ねぇ……」
ほむら「ええ。
彼女を、魔法少女になんかさせないわ……!」
杏子「…………
まあ、もう感覚が麻痺しちゃってるけど、
魔法少女だのどんな願いも叶うだの、確かに現実離れも甚だしいけどさ」
……ついでだ。彼女ならば、ここでこの話をしても大丈夫だろう。
ほむら「それと……近々、ワルプルギスの夜がこの町に来るの」
杏子「はっ!? なんだと?」
めずらしく、佐倉杏子がすっとんきょうな声を上げた。
杏子「……確かなのか?」
ほむら「間違い無いわ。
……本音を言うとね、ワルプルギスの夜を倒す為にあなたの力も貸して貰えないかなと思っている」
杏子「ふーん。
マミや、さやかってーのと仲良くしているのはそれが目的か?」
ほむら「……正直言って、何割かはそうね。
悔しいけど、一人では勝ち目は無いもの」
杏子「まあ、ワルプルギスの噂を聞く限りじゃあそうなんだろうね。
だが、あたしとしてはそっちの方がわかりやすくて良い」
ほむら「えっ?」
杏子「マミ達とあんたの関係がなんにせよ、だ。
戦力が欲しいからあたしの力を貸せ。
明快かつ納得出来るし、これぐらいハッキリ言ってくる方が信用出来るってもんさ」
ほむら「……そうね」
佐倉杏子はこういう人間だった。
彼女は、とにかくとても割り切った考え方をしているのだ。
現実的とでも言うのだろうか?
これは先天的なものには見えないのだが……
巴さんとの細かい因縁もだが、私は彼女の過去も知らない。
ほむら(この子はどんな願い事をし、どんな世界を見て今日まで生きてきたのだろうか……)
杏子「オーケー、とりあえずあんたの話はわかった。
ただ、すべてを信用した訳じゃないけどな」
ほむら「それは、少しは信用してくれたって事ね?
十分よ」
杏子「ちっ、食えない奴だな。
まあ良いけどさ」
佐倉杏子が苦笑した。
杏子「ワルプルギスに関しては、返事は後にさせて貰うよ。
まずはマミの奴を捜さないとね。
あれは……普通じゃなかった」
ほむら「そうね。
……どうせまた、キュゥべえがなにかしたんでしょう」
ざわり。
そう口にしただけで、私の中で激しく憎悪が燃える。
杏子「…………」
ほむら「彼女を……救わなければ」
私と佐倉杏子は立ち上がった。
まどかも気になるが、巴さんを見捨てる事も出来ない。
まずはまどかの様子を確認してから、すぐに巴さんの捜索に回るか……
ほむら(巴さん……)
私は怖かった。
折角ここまで最高に近い流れで来ていたのに、それが壊れてしまう事が。
大切な人と、二度と会えなくなってしまう事が。
恐ろしい。
想像するだけで耐えられない。
出来る事はすべてやってやる。
絶対に負けるものか。
杏子「さてと。
あたしは群れるのは性に合わない。勝手に動かせて貰うよ」
ほむら「ええ、もちろん」
軽く笑い合うと、私達は跳び──
杏子「むっ?」
立とうとした時、魔力の波動を微かに察知した。
ほむら「これは……巴さん?」
杏子「この感じだとだいぶ距離が離れてるね。
だけど、いくらマミとはいえ、それでここまで魔力が届いてくるって事は……」
戦っているのだ。
それも、結界の中ではなくこの現実世界で。
誰と?
ほむら「──まさか!?」
杏子「急ぐぞっ!」
─────────────────────
近くに大きな川があり、適度に草の生えた、なだらかな土手の下にあるひと気の無い河原。
夜の闇に包まれたここに、変身した巴さんと美樹さやかが居た。
さやか「ぐ……ぁ……」
マミ「ごめんね、美樹さん……」
苦しげに呻きながら仰向けに倒れている美樹さやかに、巴さんがゆっくりと歩み寄る。
そこへ、
杏子「マミぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
ほむら「やめなさい!」
私と佐倉杏子が到着した。
マミ「二人とも……
よかった、また会えた」
巴さんが悲しげに笑う。
杏子「お前なにやってんだ!
そいつ、仲間じゃないのかよっ!?」
マミ「待ってて、まずは美樹さんを楽にしてから……」
彼女は再び美樹さやかの方に向き直り、
スチャッ。
右手に持つマスケット銃を構えた。
杏子「!」
ほむら「くっ!」
カチッ!
私は慌てて時間を止め、巴さんの前に閃光弾を投げてから、美樹さやかを丁寧に担ぎ上げた。
そして、時を戻す。
マミ「えっ?」
カッッッ!!!!!
マミ「!?」
杏子「っ!?」
強烈な光を受けて巴さんが怯んでいる間に、私は美樹さやかを抱えたまま佐倉杏子の元へ戻った。
この手榴弾には殺傷力は無い為に、炸裂しても、巴さんはもちろん辺りの地形もどうにかなったりはしない。
ほむら「大丈夫? 美樹さん……」
美樹さやかを地面にゆっくりと寝かせ、声をかける。
さやか「……う、うん……」
それは、返事というよりもうわ言に近かった。
……彼女は、ソウルジェムは無事だし、命に別状は無いようだ。
しかし、巴さんの銃弾をまともに・多数受けてしまったのだろう手足は、無数の穴が開いて酷く出血している。
ほむら(……ここまでやられて、よく手足が千切れなかったものだわ……)
なんにせよ、こんな状態ではとても一人では動けないだろう。
杏子「お前……なにしたんだ?
さっきの爆弾を投げただけじゃないよな?」
ほむら「そんな話は後よ」
佐倉杏子の問いに軽く答えると、私は巴さんに視線を戻した。
ほむら「……巴さん、どうしてしまったの?
どうしてこんな事……」
私の問いに、しかし巴さんは昏い瞳を向けるだけ。
マミ「……知ってしまったからよ」
ほむら「?」
杏子「な、なにをだよ……?」
マミ「私達、魔法少女の行く末を」
ほむら「!」
巴さん……まさか……!
杏子「行く末?
あたし達はどうやっても普通の奴みたいに暮らす事は出来ないし、
死にザマなんざ戦いの中で殺されるしかないとか……そういう話か?
なにを今更……」
マミ「違うッッッッッッ!!!!!」
杏子「っ!」
巴さんの絶叫に、佐倉杏子は怯んだように押し黙った。
マミ「うふふ、知ってた? 魔女の正体」
杏子「な、なんだよ……
グリーフシードを落とす、あたし達魔法少女の獲物だろ?」
マミ「良いわ、佐倉さんにも教えてあげる」
杏子「……?」
マミ「『あれ』、元は魔法少女なんですって」
杏子「……は?」
ほむら「くっ……!」
マミ「私達はみんな、魔法少女になる時に、キュゥべえの手によって魂をソウルジェムに移されていたの。
つまり、ソウルジェムこそが私達の今の心臓。命。体。
そうです。いつの間にかこの肉体は、ただの物に成り下がっていましたーっ!」
けたけたと笑いながら、巴さんが自分の肉体を指差した。
杏子「い、意味がわかんねえ……」
マミ「それでね、ソウルジェムってマメに浄化しないと穢れていくじゃない?
そのまま放っておいて、完全に穢れ切るとどうなるでしょう?」
杏子「どうなるんだよ……?」
マミ「ふふふふっ、グリーフシードに変わってぇ……」
巴さんは優しく呟くと、
マミ「魔 女 に な る の よ っ ! ! !」
杏子「っ!?」
すぐさま表情を一変し、まるで鬼のような、狂気の顔で叫んだ。
マミ「ふふふ、知らなかったでしょ?????」
そして、彼女は口元だけで笑った。
杏子「お、おいっ、マミの奴なんなんだよ!?」
ほむら「……巴さんの言っている事は本当よ」
杏子「はあ!?」
ほむら「今の話を理解出来なかった訳じゃないでしょう?」
杏子「そりゃ話自体は……
けど、そんなの信じろってのかよ!?」
ほむら「…………」
やられた。
いつの間にかキュゥべえが巴さんに接近し、その事を話したのだろう。
恐らくは、朝。私が自分の家に帰っている間か。
ギリ……
噛み締めた奥歯に巻き込まれた口内の肉から、血の味がする。
マミ「……暁美さん、知っていたのね」
ほむら「ええ」
マミ「ならどうして?
どうして話してくれなかったのよっ!!!!?」
ほむら「美樹さんや、杏子にも同じ理由なのだけど……
キュゥべえの正体とかと一緒に、そこまでいっぺんに話すと理解が大変で混乱してしまうと思ったから……」
マミ「嘘よッッッッ!!」
ほむら「!? う、嘘じゃ……」
マミ「嘘、嘘、嘘よっ!
あなたは自分にとって都合の良い相手に自分にとって都合の良い事だけ伝えて、
みんなを利用しようとしていたんでしょう!?」
ほむら「ち、違……」
マミ「違わないっ!」
ほむら「っ!」
マミ「最初から自分でそう言っていたじゃないのっ!
利用してるだけだって!」
ほむら「あ……」
その……通りだ。
ほむら(でも、昨夜違うって謝って……巴さん、わかってくれて……)
──いや、それこそ自分本位な甘い思い込みだったのではないか?
相手が傷付くような事をしておいて、本当にあれだけで許されたとでも?
巴さんは、ただ許したふりをしてくれていただけだったのでは?
ほむら(で、でも、あの時の巴さんの笑顔はっ、そんなんじゃ……
けどっ……!)
私は混乱していた。
マミ「お前はそうやって私達を騙して、最終的にみんなを魔女にしようとしていたのよ!
そして魔女になった私達を皆殺しにして、グリーフシードと、この見滝原を手に入れようと企んでいたんだ!」
ほむら「ち……違……」
マミ「そうだ! そうなんだっ!!
やっぱりそうだったんだ!!! やっぱりっ!!!!
あはは、あーーーーはははははははははっっっ!!!!!」
ほむら「あ……あぁ……」
どうして?
昨夜は私達、確かに通じ合えたはずなのに。
ほむら(なのにどうして……?
こんな、こんな事に……)
ザッ。
絶望に、私は両膝をついた。
ほむら(……違う)
これは、自分が蒔いた種なのだ。
ほむら(私が、彼女に嫌な態度を取ったり、嫌な事を言ってきたから……)
それが無ければ、たとえキュゥべえがどう動こうともこんな事態にはならなかったのではないか?
ほむら(この現実は、自業自得……)
私のせいで。私の、せいで……!
ドゥンッ!
ほむら「っ!!!」
杏子「!」
私の胸を、巴さんが放った弾丸が直撃した。
ドサッ。
私はそのまま地面に倒れ伏す。
杏子「マミ、てめえ!」
マミ「許さない! 暁美ほむらッ! キュゥべえの思い通りにもさせない!!!」
頭を抱えて叫ぶ巴さんは、もはや目の焦点が合っていなかった。
カクンッ。
マミ「……うふふ」
杏子「っ!」
佐倉杏子が一瞬震えた。
首を横に倒した巴さんに、狂気の笑顔を向けられて。
マミ「佐倉さんと美樹さんは大丈夫。
そんな狂った運命から救ってあげるわ」
ほむら「ま、まずい……」
巴さんのソウルジェムの穢れが激しい。
このままでは彼女は……
でも、私に巴さんを助ける資格があるのだろうか?
彼女を追い込んでしまったのは、私の……
ほむら(……いや、違う!)
そうだとしても、だからこそ私は巴さんを救わなければならない。
ほむら(ここで罪の意識に負けて呑まれてしまうのは、ただの逃げに他ならない……!)
これまでに幾多の世界を巡る中で、どんなに悲しい結末を迎えても私は諦めなかったじゃないか。
少なくとも、決して逃げ出しはしなかったじゃないか!
ほむら(だから今だって!)
私は自分を奮い立たせ、なんとか立ち上がった。
マミ「魔女になんかさせない。みんなを魔女になんかさせない。
させないさせないさせないさせないさせないさせないさせないさせないさせるものかぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!」
ドンッ!
杏子「ぐっ!」
襲いくる巴さんの銃弾を、佐倉杏子は上に跳んでかわす。
ほむら「杏子っ!」
マミ「あなたはじっとしていなさい!」
ビュンッ!
ほむら「ぅあっ!」
ギリギリギリッ……!
信じられないほどのスピードで、巴さんのリボンが私をきつく拘束した。
ほむら(し、しまった!)
動けない!
これでは、腕を使う時間停止の能力は使えない。
いや、そもそもこんな状態で、
私に触れているものには何の効果も表れない時間停止をしても無駄ではあるのだが……
なんにせよ、この時点で私は役立たずになってしまった。
ほむら(そんな、そんなっ……!)
しかし、どれだけもがいてもリボンは緩みすらしない。
ほむら「こんなっ、時に……っ!」
マミ「まずは元気な佐倉さん……」
スッ。
巴さんは、左手の中に一瞬でマスケット銃をもう一丁召喚し、
ニコッ。
笑った。
杏子「!」
バッ!
そのまま巴さんは、佐倉杏子が落下してくるスピードよりも速く、彼女へと向かって跳んだ。
二丁のマスケット銃を、まるで二刀流の剣のように構えて。
杏子「あたしと接近戦するつもりかッ!」
ガギィンッ!
ガヅッ!
ガッ!
ギィィンッ!
空中で、巴さんのマスケット銃と佐倉杏子の槍が激しくぶつかり合う。
スタッ!
バッ!
その攻防は二人が着地するまで続き、足が地面についた瞬間、巴さんが後ろに跳んで間合いを取る。
バッ!
しかし、佐倉杏子はそれを許さずすぐさま跳躍し、追随した。
剣のように使っていても、巴さんの持つ得物は遠距離で真価を発揮する銃だからだ。
杏子「おらっ!」
ブンッ!
巴さんが再びの着地をする間も無く、佐倉杏子の鋭い突きが放たれた。
避けられる体勢でもタイミングでも無い。
しかし、
ガチッ!
杏子「!!!」
巴さんは右手を伸ばし、その手に持つマスケット銃の銃口でそれを受け止めた。
グアッ!
そのまま、押される力に逆らわずに巴さんは吹っ飛ぶ。
そちらには、土手。
タッ。
しかし、巴さんは微塵も慌てずに空中で体の向きを変え、坂になっているその大地に着地して──
ドンッ! ドンッ!
両手のマスケット銃を撃ち、
バッ!
その銃を捨てながら土手を蹴って佐倉杏子の方へと跳んだ!
杏子「ぐっ!?」
追撃をかけようとした佐倉杏子だが、慌てて足を止めて迫り来る弾丸をかわす。
ドンッドンッドンッ!!!
しかし巴さんは跳びながらも再びマスケット銃を召喚し、
撃っては捨て、また召喚してを繰り返して銃を乱射する。
杏子「くそっ!」
ババッ!
これは避けきれないと判断したか、佐倉杏子が毒づきながら魔力の壁を眼前に展開した。
ドドドドドドッッ!!!
巴さんの放った銃弾は、その壁に当たり、弾けて消えた。
杏子「おらあッッ!!!」
ジャギンッ!
攻撃が止んだとみると佐倉杏子はすぐに魔力の壁を解除し、巴さんに向かって槍の切っ先を向ける。
まだそれが届かないほど巴さんとは離れているが、
ドンッ!
槍が伸びた!
それは跳んでくる巴さんとの距離を一瞬で縮め……
ドドンッッ!
巴さんを貫くという時、彼女が二つのマスケット銃を地面に向けて放ち、その反動で空中へと飛んだ!
杏子「そうくるだろうと思ったよっ!」
ブンッ!
しかし佐倉杏子は叫ぶと、伸ばした槍を上へと振り上げる。
ジャランッ!
長槍が巴さんに向かう最中に、槍の節々が、鎖に繋がれた──
例えればヌンチャクのような形にいくつも分離した!
そう、佐倉杏子の扱う槍は多節棍なのだ。
ジャララララララッ!!
ビュンッッッ!!!
さらに長さを増すそれは、まるで蛇のように空中で動いて巴さんの包囲した後、鋭い切っ先が彼女を襲う!
これでは回避したとしても不規則な動きで追尾してくるだろうし、どこへ避けたとしてもその先には鎖の壁。
この『結界』から抜け出すのは、いかな巴さんと言えど容易ではないはずだ。
マミ「──そうね」
しかし、空に舞う巴さんは冷静に呟くと、両手足を開いて仁王立ちのような体勢になり……
バッ!
杏子「っ!?」
身体全体から全方位にリボンを放った!
バババババッ!
それらは息をする間もなく佐倉杏子の得物にまとわりつき、動きを止めた。
杏子「バカな……っ!?」
驚愕する佐倉杏子は、手にする武器を完璧に拘束される事によって、自身も動けなくなってしまった。
手を離すなり今実体化させている槍をいったん消すなりすれば問題無いのだが、
マミ「そうくるだろうと思ったわ」
スタッ。
マミ「私もね」
佐倉杏子がそれを思い付いて実行するより速く、彼女の目の前にはすでに巴さんが居た。
杏子「!!!」
ビュンッ!
巴さんの左手のマスケット銃での右切り上げを、
佐倉杏子は槍を消しつつ左足を軸に右半身だけ一歩後ろに旋回し、何とかかわした。
ガギンッ!
続けて放ってくる巴さんの右手のマスケット銃での袈裟斬りは、
体勢を崩しながらも再び実体化した槍を両手で握り締め、それで辛くも受け止める。
杏子「ぐっ……!」
だが、受けた体勢が悪かった影響か、今の一撃の重さに押されて佐倉杏子の右膝が大きく折れ、体が沈み込んだ。
バッ!
そんな彼女に僅かな間すら与えない巴さんは、右肩から逆回転して佐倉杏子の懐に深く潜り込み、
その流れのまま勢いのついた両の手の銃を振る!
これは……
かわせない!
ドガッ!
杏子「がはっ!!」
まずは右手のマスケット銃が佐倉杏子の右脇腹に。
ガヅッッ!!!
杏子「っ!!!!!」
続けての左手のそれは佐倉杏子の右こめかみに直撃し、
彼女は上半身を左側に大きく反らした状態でたたらを踏んだ。
普通ならばありえない、とても不自然な動きをする佐倉杏子は、今の一撃で脳震盪を起こしたのだろう。
バッ。
そして、巴さんは二丁の銃を佐倉杏子へ向け──
ほむら(まずいっ!)
ドンッッッッ!!!!!
放った。
杏子「──!!!」
ドザッ!
声一つ上げられずに佐倉杏子は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
ほむら「あ……」
彼女は……動かない。
私達魔法少女は、魔女化するかソウルジェムを砕かれない限り死なない。死ねない。
だが、今の一撃は佐倉杏子の首付近に放たれた物であり、その辺りには彼女のソウルジェムが……
私の脳裏に、昔の悪夢が再びフラッシュバックした。
マミ『みんな死ぬしかないじゃない!』
あの時も、巴さんが撃ち殺したのは佐倉杏子だった。
ほむら(な、なんて……事……)
悲劇は、再び繰り返されてしまった……
マミ「あら……外しちゃったわ」
ほむら「えっ?」
しかし、目の前が暗闇に包まれかけた私の耳に届いたのは、抑揚のない巴さんの呟きだった。
マミ「ソウルジェムを狙ったのだけどね」
彼女は、無表情に肩をすくめた。
よく見てみれば、倒れている佐倉杏子は確かにまだ魔法少女の姿のままだ。
もし魔法少女が変身した状態で死亡してしまえば、その変身は解けるはず。
……そうか。
恐らく、強烈な一撃が直撃する瞬間、佐倉杏子は僅かながら身をよじったのだろう。
その為に狙いが逸れ、彼女のソウルジェムは助かったのだ。
ただ、大きなダメージを負った事には違いないだろうが……
マミ「まあ良いわ。
とどめをさせば良いだけだもの」
にこにこと笑うと、巴さんはこちらに向き直った。
ほむら「……!」
マミ「でも、今ので佐倉さんよりあなたの方が距離が近くなっちゃったぁ。
先に暁美さんから殺ろうかな???」
ほむら「巴さん……」
私の拘束は、未だに解けない。
スタ、スタ……
巴さんが、どこかおぼつかない足取りで向かってくる。
……駄目だ。どうやってもリボンから抜け出せない。
美樹さやかも佐倉杏子も、今はとても動ける状態ではないだろう。
私の最後の手段である時間遡行も、体を動かせなければ使えないというのもあるが、
そもそも、とある『制約』によって今の段階では行う事自体が不可能だ。
ほむら(こんな所で……)
終わるのか。
私の頬に、涙が流れる。
誰も救えず。
ほむら(まどか……)
なにも出来ないまま。
ほむら(巴さん……っ!)
絶望に、私は自分のソウルジェムが黒くなっていくのを感じた。
マミ「──さようなら」
私の目の前まで来た巴さんが、私の左手の甲にあるソウルジェムに、マスケット銃を向けていた。
ガヅッ!
しかしその時、横から飛んで来た『なにか』が、巴さんが右手に構える銃を弾き飛ばした!
ほむら・マミ『!?』
私と巴さんは、その『なにか』が飛んできた方を向く。
ほむら「み、美樹さん……」
そこには、左肘をついて上半身を起こしただけの状態で、巴さんを睨む美樹さやかが居た。
彼女が、得物の剣を投げてくれたのだ。
マミ「驚いた……一年は寝た切りになるような怪我だったはずなのに」
美樹さやかの手足に開いていた無数の穴は、この短時間で半数ほどが塞がっていた。
……そうか。
忘れていたが、美樹さやかの力の源は『癒し』。
そんな彼女の回復力は群を抜いていて、だからこそ今こうして動けているのだろう。
さやか「話……ずっと聞いてたけど、さ……
マミさん、もうやめてよ……」
マミ「どうして?」
さやか「せっかく大切な人がっ、恭介……が元気になって幸せ、だったのに……
どうしてこんな……」
マミ「でも、それはそう遠くない未来に最悪の形で必ず消える。失うわ。
戦いの中殺されるか、魔女になる事によって」
さやか「それでもっ!
……嫌だよ……
せっかく、マミさんやほむら……みたいな『仲間』だって出来たのに……」
マミ「!!!
…………」
さやか「あたし、さ……やっぱり、戦いとかすっげえ不安で怖かったんだよ?
でも、最初からマミさんが支えてくれたおかげでなんとかやって来れたんだ……!
マミさんが居てくれたから、ほむらとだってここまで仲良くなれたんだっ!」
マミ「…………」
さやか「正直、魔法少女が魔女になるとか言われてもすぐにはピンと来ないけどさ……
どんな理由があっても、やっぱりこんなの嫌だっ!
マミさんに殺されるのも、マミさんが人を──仲間を殺すのも……!」
マミ「あ……」
……死人のようだった巴さんの瞳に、微かに感情が戻った。
さやか「こんなの認めない! 憧れのマミさんが仲間にこんな事するなんてありえない!!
ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
美樹さやかは泣いていた。
巴さんを睨みつけたまま、泣いていた。
マミ「け、けど、だからよ! だからよっ!!
仲間だから失いたくないっ!」
ほむら「じゃあ、なぜ殺すの……?」
マミ「だって! 失いたくないけどっ! けどっ、私達は生きていたって最後は魔女になるしかないのよ!?
そんなの嫌っ! みんながそうなるのなんて見たくない!!
だから殺すのっ! 殺して救ってあげるのっ!!
魔女になって他の魔法少女に殺されてしまうくらいなら、私の手でっ!!!」
杏子「ふ……ざけんなよ!」
ほむら「杏子っ!」
腹の辺りを押さえ、足を引き擦りながらこちらへと歩いてくるのは佐倉杏子だった。
彼女は辛うじて魔法少女の姿ではあるが、
もはや武器を実体化する魔力は残ってないのか、その手に槍は持っていない。
杏子「救うとか言って、結局自分の為っ、自分が嫌だからじゃねえかっ!」
マミ「!」
杏子「あたし達は誰もそんな事されるのを望んでねえ!
なのにお前は、てめえのエゴで仲間殺すのかよっ!」
マミ「わ、私……」
佐倉杏子の叫びに巴さんは狼狽し、視線が泳ぐ。
杏子「あたしだって、絶望に負けそうになって、なにもかも捨ててやろうと思った時は何度もあったさ……
でも、昔あんたがくれた『優しさ』が、あたしを今日まで生かしてくれたんだ。
その事を、すっごく感謝してんだぞ?」
マミ「佐倉さん……」
杏子「あたしがバカで弱かったせいで、あんたに酷い事して嫌な別れ方しちまったけど……
本当は、本当はね……」
詰まりながらも、佐倉杏子は必死に言葉を紡ぐ。
杏子「あたし、甘っちょろい……でも、どんなに辛くても、絶対に負けずに理想を求めて頑張る、
優しいマミの事が大好きだったんだ」
マミ「さ、佐倉さ……」
杏子「──そんなっ、そんなお前が仲間を殺すなんて嘘だよな!?
魔女になろうが何だろうが、お前だったら逆に助けようとするんじゃないのかよっ!
殺して、とかそんなやり方じゃなくてさぁっ!」
マミ「わ、私……私……!」
杏子「頼むよ、あたしにそんなお前を見せないでくれよ……」
ドサッ。
力尽きたのか、私達まであと二メートルほどまで来た所で、佐倉杏子は座り込んでしまった。
杏子「こんなの、嫌だよ……」
マミ「う……」
ほむら(……杏子)
さやか「マミさん、あたし死にたくないよぉ」
マミ「!!!」
さやか「恭介やまどか、マミさんやほむらに仁美……ずっと、みんなと楽しくしてたい。
それが無理なんだったら、せめて魔女になったり魔女に殺されるまではみんなと一緒に居たい……」
マミ「美樹、さん……」
ドッ……
涙を流す美樹さやかの視線を受け、巴さんの左手からもう一つの銃が落ちた。
さやか「あたし、マミさんに殺されるなんて嫌だぁっ!
そんな死に方寂しいよ! 悲しすぎるよぉっ!!!」
マミ「あ……!」
ほむら(美樹さん……!)
ほむら「うん。
私も、死にたくなんかない」
杏子「あたしだって……そうだよ」
マミ「わ、私……なんて事を……!」
巴さんは、頭を抱えて両膝をついた。
そして、戦意を失ったのか、正気に戻ったのか──それと同時に彼女の変身が解けた。
ほむら「大丈夫よ、巴さん。
先の事はわからないけど、みんなで頑張りましょう?」
もはや、まどか『さえ』救えれば、という考えは、私の頭から完全に消えていた。
やっぱり、みんなを救いたい。みんなで幸せになりたい。
巴さんと幸せになりたい。
ほんの僅かでも、妥協するつもりは……無い!
ほむら「ほら、私達が──
私が居るから。
泣かなくても、心配しなくても良いの」
マミ「暁美、さん……」
巴さんは、涙に濡れた瞳で私を見た。
マミ「あり、がとう……」
ほむら「うん」
私は、そんな彼女にそっとほほえみかけた。
……しかし。
マミ「……でも、ごめんね。
もう、駄……目みたい……」
ほむら「えっ?」
ゴウッ!!!
突如、巴さんから激しい風が吹き荒れた!
さやか「!?」
杏子「なっ!?」
ほむら「こっ、これは……!」
まさか、魔法少女が魔女になる時の──
マミ「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
邪悪な風の中、巴さんが体を軽く後ろに反らした状態で数センチほど浮いた。
彼女の胸の前には、巴さんのソウルジェムも浮遊している。
穢れを溜め込みすぎた、『それ』が。
……私を拘束していたリボンが消えた。
ピシッ!
巴さんのソウルジェムに、無数のひびが入る。
ビッ、ビビッ……!
そして、そのソウルジェムは闇色に染まり・発光して、私達のよく知る存在の気配を徐々に放ち始める。
さやか「こっ、この魔力って、そんな!?」
その存在とは、そう……
杏子「魔女の……」
ゴウッ!!!!!
杏子「──ぅわっ!」
さやか「あぁっ!」
疲弊している美樹さやかと佐倉杏子が烈風に吹き飛ばされ、土手に強く叩きつけられた。
二人はその状態のまま、風に押し付けられて動けないようだ。
ほむら(そんな……)
このまま、巴さんのソウルジェムは完全にグリーフシードへと変わり、彼女は魔女になる。
この段階まで及んで、魔女化を止められた例は無い。
ほむら(そんな事って……)
そんな事って……!
認 め ら れ る も の か ! ! ! ! !
この段階まで及んで魔女化を止められた例は無いが、
この段階で止める事が不可能だと断言出来るほどの経験や情報も、私には無い!
ほむら(巴さん!)
バッ!
私は左手の盾からグリーフシードを両手に持てるだけ取り出すと、
巴さんのひび割れたソウルジェムにそれらを当てた。
ほむら「巴さんっ!」
キュゥゥゥゥゥゥゥ……
『穢れ』が、複数のグリーフシードにどんどん移り、巴さんのソウルジェムを浄化していく。
その影響か、烈風が少しだけ弱くなった。
ほむら(これなら間に合う!?)
だが、
マミ「うっ! あ、あああああああああああああああ、あああああッッッッッ!!!!!」
ほむら「っ!?」
浄化を押し返す勢いで、再び彼女のソウルジェムが黒く穢れていく!
ほむら(こっ、これでも足りないのっ!?)
ゴウウウウウッ!!
ほむら「くっ!」
駄目だ! これ以上穢れを吸わせると、今使っているグリーフシードのすべてが孵化し、魔女が生まれてしまう!
しかし、どんどん強くなる風に、私は身動きが取れなくなっていた。
下手に体を動かすと、そこから吹き飛ばされてしまいそうだ。
バッ!
私は両手を離し、それによって今まで持っていたグリーフシード達が風に飛ばされていった。
……取り出したグリーフシードはすべて使い切ってしまった。
グリーフシード自体はまだあるが、それはすべて盾の中。
また取り出そうにも、これほどの強風だと動けない。
もう手は……無い?
ほむら(嫌だ)
巴さんが居なくなる。
ほむら(嫌だ、嫌だ!)
そして、魔女になった彼女をどうする?
放っておいて逃げる?
……殺す?
ほむら(嫌、嫌だ嫌だっ! どっちも嫌っ!)
この世界での、巴さんと過ごした時間が脳裏に蘇る。
月夜の晩に、神秘的に現れた巴さん。
普段の、優しい巴さん。
戦闘での、凛々しい巴さん。
昨夜の、弱々しくて儚げな巴さん。
その一つ一つの彼女が、私の心に深く刻み込まれていた。
それは、幾多の世界で何度となく出会った『巴マミ』としてではなく、『あなた』という唯一の存在として。
ほむら「……行かないで」
『あなた』が良い。
そうだ。
いくら時を繰り返そうとも、『あなた』とはこの世界でしか会えない。この世界にしか居ないのだ。
今の私は、ずっと不可解だった、巴さんに対する自分の気持ちが何だったのかを完全に理解していた。
そして確実に言えるのは、もはやなにがあっても『あなた』を見捨てる選択肢など存在しないという事。
ほむら「巴さんっ! 行かないで!!
私の側に居てよっ!!!!!」
マミ「っ!?」
一瞬──
ほむら「!」
風が止んだ。
ギュッ!
その一瞬で、私は巴さんをきつくきつく抱き締めた。
ほむら「あなたを失いたくない!」
だって私、あなたを……
ドンッ!
ほむら「っ!」
すぐに再び彼女から烈風が生まれ、密着している私の体に直撃した。
ほむら「ぐ……!」
強くて脆くて、優しい。
憧れの、愛しい巴さん。
彼女を癒したい。力になりたい。支えたい。
ほむら「あなたが良いのっ!」
あなたを失いたくない。
ほむら「ずっと、一緒に居てよっ……!!!」
気が付くと、私は涙を流しながら──
巴さんにキスをしていた。
──永遠に、あなたに触れていたい──
マミ「……!」
私の腕の中の巴さんから、力が抜けた。
……今度は、完全に風が止んだ。
長い長いキスの後に唇を離し、私は彼女を見つめる。
マミ「暁美、さん……」
そこに居るのは、いつもの巴さんだった。
ほむら「……お帰りなさい」
マミ「ぅ……
あぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!!!!」
巴さんは泣きじゃくりながら、私に抱きついた。
強く、強く。
─────────────────────
杏子「マミの奴はどうだ?」
巴さんを、彼女の部屋に寝かせて戻ってきた私に、かりんとうを頬張る佐倉杏子が聞いてきた。
ほむら「変わらず眠っているわ。落ち着いてる」
何度となく訪れた、巴さんの家のいつものリビング。
ここに、私・美樹さやか・佐倉杏子の三人が集まっていた。
杏子「そっか」
さやか「よかった……」
例のおしゃれなテーブルの前に座って、安堵の表情を見せる二人を横目に、私もゆっくりと腰かける。
──あれから、さらに沢山のグリーフシードを使用した事もあり、
巴さんのソウルジェムの穢れは止まって彼女は救われた。
しかし、巴さんは号泣した後に泣き疲れて眠ってしまったのだ。
……いや、巴さんも睡眠不足気味だったはずだし、精神的なダメージも酷くあったに違いない。
だとすれば、それは気絶といっても良いだろう。
私達はそんな彼女を、ここ──巴さんのマンションに運んで来たのだった。
ほむら「……二人こそ、身体は大丈夫?」
杏子「ああ、問題無いよ」
さやか「あたしもなんとか」
先の戦いで傷付いていた佐倉杏子と美樹さやかだが、魔力を使って回復した為、今は共に五体満足だ。
杏子「つっても、あたしは言うほど大したケガでもなかったけどね。
それより驚いたのはこいつだよ。
まさに致命傷ってレベルだったのに、凄いもんだ」
さやか「はは、なんかあたしは治癒ってのが得意みたいでさ」
美樹さやかの手足にあった沢山の穴も、今は一つの例外も無く塞がっている。
ほむら(……まどかは大丈夫かしら)
まだ彼女が眠る時間には早いし、出来れば様子を見に行きたい所だが……
今はやめた方が良いだろう。
まどかが無事だと推測出来る材料があるし、それならば私はここから動かない方が良い。
これから起こるだろう問題に備えて。
さやか「しっかしキュゥべえの奴許せないよ。
この子けしかけてきて、なにを企んでんのか……!
今度会ったらただじゃおかない!」
ほむら「杏子から話を聞いたの?」
杏子「あんたがマミを寝かせてくる少しの間に、『キュゥべえの奴に頼まれて』ってだけね」
まあ、話すにしても時間的にそれが限界か。
しかし……
杏子「だけど、面識は皆無と言っても良いあたしの話をアッサリ信じるとはね。
もちろん嘘じゃないけど、ちょっとばかり単純すぎない?」
ほむら「そうね、正直私も思ったわ」
さやか「うるさいなぁ、もーっ。
別に……えっと、佐倉さんだっけ?」
杏子「あたしの事は『杏子』で良いよ。
こっちもあんたの事、『さやか』って呼ばせて貰うからさ」
さやか「ん、わかった。
──あたしは杏子がどうとかってより、キュゥべえが信用出来ないだけ。
だってさ、あいつソウルジェムの事全然話さなかったじゃん……!」
低く、憎々しげに美樹さやかが呟いた。
ソウルジェムや魔女・魔法少女の秘密に関しては、
彼女達も巴さんが魔女に変わりかけるのを間近で目撃した為、もはや二人とも疑ってはいないようだ。
さやか「マミさんが言ってたのが本当なら、それってあたし達魔法少女にとってなによりも大切な情報だよね!?
それを隠していた奴なんか、絶対に信じられない!」
杏子「だね。
……ほむらの言ってたキュゥべえの目的とやらも、これで信憑性が増したよ」
さやか「え?」
杏子「なんでも、キュゥべえは宇宙を救うやらの為にでっかいエネルギーを欲していて……
それには、第二次性徴期の女の感情エネルギーが一番効率が良いとかだったよね?」
ほむら「ええ」
杏子「マミが魔女になりかけたあの時、とんでもない力が放出されていた。
──キュゥべえが求めるエネルギーって、ようするにそういう事なんじゃないのか?」
佐倉杏子が、鋭い瞳で私を見た。
ほむら「その通りよ」
それを受け、私は深く頷く。
ほむら「……これに関しては私の推測だけれど、その為にあいつは──『インキュベーター』は、
利用出来ると目をつけた子の身体をこんな風にしているのだと思う」
杏子「いずれ、魔女にならざるをえない身体に……」
昔ソウルジェムの件をキュゥべえに問い詰めた時、
『生身のまま魔女と戦えなんて無茶は言わない』という風な話をされた事があった。
だがそれは嘘ではないにしても、
あいつが契約した子の魂を、ソウルジェムに移す一番の理由ではないと私は考えている。
嘘こそついていなくとも、事実すべてを話しているとは限らない……これは、キュゥべえの得意技だ。
さやか「なるほど……そこまでは気付かなかったな。
杏子って頭良いんだね」
杏子「キュゥべえの話を聞かされたのが河原に行く前で、その後忘れる間も無くすぐにマミのあんな姿を見たからね。
それがデカかっただけさ」
さやか「あ……
そういえばさ、二人ともありがとね。
二人が来てくれなかったら、あたし……」
ほむら「気にする必要は無いわ」
杏子「ま、あたしは別にあんたを助けに行った訳じゃないから、礼なんて言われても困るよ」
さやか「……でも、さ」
美樹さやかが、ソウルジェムを取り出した。
さやか「これが魔法少女の本体ってなら……
あたし達、もう人間じゃないって事なんだよね」
ぽつりと呟く彼女の顔には、大きな影が差していた。
そして、
ほむら「あ……」
そのソウルジェムが、ゆっくりと濁っていくのが見えた。
杏子「そういう事になるな。
──だよな? ほむら」
ほむら「…………」
さやか「ちょっと、ここでだんまりは無いでしょ?」
美樹さやかが不機嫌そうな声を上げる。
……当然、こんな流れになるわよね。
気持ちが高ぶっていた先程までならともかく、一度緊張の糸が切れたらこうなるだろうと予測していた。
ほむら(やっぱり、この場を抜け出さなくてよかった)
ここで上手く美樹さやかに対応しなければ、取り返しのつかない事態になる可能性があるからだ。
……いや、それは一見落ち着いた様子の佐倉杏子にしたってそうだろう。
ほむら(……大丈夫。
大体、まどかから離れてかなり時間が経っている。
ならば、今すぐに彼女の元に駆けつける意味はほとんど無い)
もしキュゥべえに接触されて、彼女が契約をするつもりならとっくにやっているはずだし、
そもそも今のまどかにはすぐに叶えたい願いなど無いはず。
また、だからといって『なんでも願い事を叶える』と迫られ、
こんな短時間で願いを決められるほど、まどかは決断力があったり短慮な人間ではないはずだ。
ほむら(……これが、他人が関わってくると、
一転して普段の彼女からは信じられないほどの行動力・決断力を見せてくるのだけど)
それは逆に言えば、自分一人の問題だけならばそんな力は無いという事でもある。
ほむら(……しかし、『はず』ばかりで落ち着かないわね)
これは、ただの私の弱さ。
それを排除して見れば、現状を冷静に考えた上でのこの推量に間違いは無い自信がある。
そして、まどかの無事が確信出来ていて他の仲間が危機に陥っていれば、私はそちらを助けようと決めたのだ。
ほむら(私は、もう迷わないわ……!)
さやか「ねえっ、ほむら!?」
ほむら「……この身体がただの入れ物になってしまった以上、そうね」
さやか「っ……!」
考え方は色々あるだろう。
しかし『人間』という生き物は、この肉体があり、
それに心が──魂が宿っているからこそ『人間』なのだと私は思う。
その二つがソウルジェムという宝石みたいな物に一纏めにされた私達は、やはりもはや『人間』とは呼べない。
さやか「……こんな大事な事知ってたのに、なんであんたも話してくれなかったのよ?」
ほむら「河原で巴さんにも言ったと思うけど……
そこまでいっぺんに話すと、理解が大変で混乱してしまうと思ったから……」
さやか「だからって、だからってこんな……!」
ほむら「ごめんなさいっ!」
さやか「わっ!?」
私は、美樹さやかに大きく頭を下げた。
ほむら「理由はどうあれ、嫌な思いをさせてしまったのなら謝るわ。
だから……お願いだから早まらないで!」
さやか「ちょっ……」
ほむら「自暴自棄にならないで。魔女に……ならないで……!」
さやか「や、やめろって!
なんかあたしがいじめてるみたいじゃんっ!」
杏子「違うのか?」
さやか「違ぁうっ! てか、なにニヤニヤしてんだっ!
ほむらも頭上げろぉ!」
ぐいっ!
と、美樹さやかが私の両肩を掴んで上半身を上げさせる。
さやか「……!」
そのまま私と目があった彼女が、目を見開いて絶句した。
ほむら「美樹、さん……?」
さやか「……わかったよ」
ほむら「えっ?」
さやか「信じるよほむらの事。
ってゆーか、そんな悲しそうな顔されたら信じざるをえないし」
ほむら「……顔?」
私は自分の顔に手をやった。
……その感触でわかるほど、私の表情は歪んでいた。
自分では気付かなかったが、どうやらよほど酷い顔をしていたらしい。
さやか「ただしっ!
ここまで来たからには全部話して貰えるんだよね?」
ほむら「ええ。
……といっても、ソウルジェムに関しては巴さんが話していた事ですべてなんだけど……」
さやか「そ、そうなのか……」
ほむら「ただ、キュゥべえの事も含めて、一度すべての情報を整理する必要はあると思う」
さやか「……確かにね。
ハッキリ言って、この一日二日で色々ありすぎ。
もう、何がなにやらでイライラするよ!」
美樹さやかが不愉快そうに唇を噛みしめるが、ふと苦笑して私を見た。
さやか「──そう考えると、あんたの判断は正しかったのかもだね」
ほむら「えっ?」
さやか「いっぺんに話すと混乱してしまうと思ったから云々。
確かにあれもこれも一気に話されてたら、理解出来ないを通り越して頭パンクしてたかもしれない。
で、あたしもマミさんみたいになってたかもね」
その可能性は、ゼロではない。
さやか「まあ、なんの事件も起きずに済んだ可能性もあるけどさ。
それ言い出したらキリが無いし、こうしてみんな無事なんだからやっぱりそれでよかったんだよ、うん」
早口気味に言う彼女は、どこか自分に言い聞かせているようだった。
……いや、実際そうなのだろう。
そうやって『これでよかった』としないと、この現実に耐えられないから。
さやか「でも……そっか。あたしもう人間じゃないんだ。
だって、話聞く限りだと、ゾンビになっちゃったようなもんじゃん……?」
もはや、どうやっても私達の身体は元には戻らないのだから。
杏子「……ゾンビ、ね。上等じゃん」
これまで黙っていた佐倉杏子が、口を開いた。
さやか「えっ?」
杏子「ソウルジェムが魔法少女の本体ってーなら、つまる所こいつさえ無事なら、
この身体は刺されようが貫かれようが死にはしない訳だ? それこそ頭が吹き飛んじまおうがさ」
ほむら「そうなるわね。
身体が損傷しても、魔力で治せる訳だし……」
ただ、例えば肉体が完全に消滅したりしたら、
その肉体を治す前に絶望して魔女化してしまうかもしれない。
どれだけ精神力の強い人でも、
度を超えた自分の状態に動揺・動転して、それが抑えられなくなり呑まれてしまったりするだろうし、
第一それほどの損傷を回復させるだけの魔力が残っているかもわからない。
色々と考えてみると、理論上は可能でも、事実上不可能な状況もあるのではないかとは思うが……
杏子「だったらさ、こうなっちまったのはむしろメリットだと考えれば良いのさ」
さやか「メ、メリット!?」
杏子「だってそうじゃん?
ソウルジェムをやられなければあたし達は不死身な訳だし、
そいつを知った今なら、それを踏まえた戦い方だって出来るんだ」
そう言う佐倉杏子は、笑顔だ。
杏子「大体、魔法少女になったおかげで今まで好き勝手やってこれたんだしね。
そして、これからもそのつもりだ。
それを考えれば、少々の不満なんざ屁でもねえ」
さやか「少々の不満って……!
あんた現状わかってんの!?」
杏子「わかってるから言ってんのさ。
こうなった以上、泣こうが喚こうがどうしようもないし、どうにもならないんだって事をな。
──だよな?」
ほむら「そうね。
ただ、未契約の子がキュゥべえに頼めば、あるいは……だけど……」
杏子「そんなお人好し、居る訳ないな」
……唯一、まどかなら、もしかしたら頼めば助けてくれるのかもしれないが……
ほむら(──いや、たとえそうだとしても、それは私が絶対に許さない)
これは考えるだけ時間の無駄だ。
杏子「つー訳だから、うじうじ悩んで下向くより、現実を見て今の良い所捜した方が得だろう?
どっちみち、一生この身体で生きてかなきゃいけないんだからさ」
さやか「……うん。わかってるよ。
わかってるけどさ……」
杏子「それにさ、あたしは契約の時にソウルジェムの話をされていても、願い事はやめなかったろうね。
……あの時は、それだけ叶えて欲しい願いがあったから」
さやか「……!」
杏子「だからどっちにしろ、キュゥべえと出会った以上あたしの運命は絶対に変わらなかったと思うよ」
さやか「…………」
杏子「だったらこの現実は、自分で選んだ自己責任の結果だと割り切って生きるのが一番だろ?
そりゃあキュゥべえの奴はムカつくが、それはそれだ」
さやか「そう……だね」
……佐倉杏子の言葉に、喧嘩腰だった美樹さやかの放つ空気が徐々に和らいでいく。
さやか「うん、あたしもきっとそうだ」
そして、ゆっくりと漏らす彼女の声は、穏やかなものだった。
さやか「そりゃ、悩みはしただろうけどさ……
こうして魔法少女になる未来は変わらなかったと思う。
あたしの願いも、なにがあっても絶対に叶えたいものだったもん」
ほむら「……私もよ」
杏子「おっ、同類かい?
なら、あたしの言ってる事はわかるはずさ」
ほむら「それに、美樹さんには誰よりも大切な人が居るでしょ?
……ううん、その人だけじゃない。
家族とか友達とか、色々な人達の為にも自分を諦めちゃ駄目よ。
もしそんな事をしたらみんな悲しむわ。
もちろん、私だって」
さやか「……うん。
こんな身体になっちゃったけどさ、でも、だからこそ出来る事だってあるはずだよね?」
そう問う美樹さやかは、とても不安そうな顔をしていた。
今の言葉を肯定して欲しいのだろう。
杏子「たりめーだろ。魔法少女なんだからさ」
ほむら「杏子の言う通りよ」
誰だって不安な時・心が潰れそうな時は、優しくされたり、優しい言葉をかけて貰いたいものだ。
ほむら「人間ではなくなった分、私達は大きな力を手に入れた」
私にはわかる。どんなに強がっても、私もずっとそうだったから。
ほむら「この力を使えば、大切な人達を守る事が出来るはずよ。
失ったものは確かに大きすぎるけれど、でも、その代わりに手に入れたものだって決して小さくはない」
だから、私の言葉なんかであなたの心が少しでも楽になるのなら……
ほむら「自分の頑張り次第で、失ったもの以上の大きな『なにか』を、
これからさらに手に入れ続ける事だって出来るはず」
いくらでも肯定してあげたい。
ほむら「私は、そう信じてる」
さやか「ほむら……」
ようやく──
さやか「うんっ!」
美樹さやかに笑顔が戻った。
ほむら(……よかった)
杏子「…………」
さやか「──あっ!」
しかし突然、美樹さやかが横を向いて青い顔で叫んだ。
その先には、時計。
さやか「あ、あたし、家に連絡とかしてない……また怒られる……」
時間は、もう22時を回っていた。
美樹さやかが慌てて携帯を取り出す。
さやか「うっわ、着信めっちゃ来てるしっ!」
話によると、今日に限って学校でバイブにしてからそのままにしていて、着信にまったく気付かなかったらしい。
さやか「えっと、色んな事の話の整理? まとめ? って明日にして貰って良い!?」
ほむら「そうね。本音を言えば私もその方が助かるわ。
今日はさすがに疲れちゃったし、どうせなら巴さんも交えて話したいから」
丁度明日は土曜日で学校も無いので、尚更都合が良いだろう。
さやか「じゃあそうしようっ!
んじゃ、あたしは帰るねっ!」
パタパタと慌ただしく美樹さやかは出て行き、私と佐倉杏子はリビングに二人きりになった。
杏子「……そのまとめとやら、あたしも混ざらせて貰うよ。
馴れ合うつもりは無いけど、このままサヨナラじゃあモヤモヤしてしょうがないからね」
ほむら「ええ、それはこちらからお願いしたいくらいだから、ぜひその場に来て頂戴」
杏子「──ああ。そういや、ワルプルギスの件が宙ぶらりんなままだったか」
思い出したように佐倉杏子が呟く。
そう。ワルプルギスの夜との戦いに佐倉杏子の力も借りる為、ここで彼女に去られては困るのだ。
ほむら「でも……ありがとう」
杏子「あん? なんだ急に?」
ほむら「私一人だったら、さっきの美樹さんを上手く落ち着かせられたか自信が無い……
フォローしてくれて、凄く感謝してる」
杏子「別にフォローとかそんなつもりは無かったんだけどね。
ただ、同じ魔法少女が同じ事でヘコんでんのを見てらんなかっただけさ」
この言いようだと、やはり彼女もショックを受けていたのだろう。
ほむら(……当然よね……)
杏子「あと、あんたらにはキュゥべえに踊らされたからとはいえ、襲っちまった借りがあるからね。
さやか自身には手は出してないが……まあそれは置いといて、だ。
河原ん時は結局なにも出来なかったようなもんだし、それを返す意味も含めてね」
ほむら「理由はどうでも良いの。あなたが居てくれてよかったわ」
杏子「……やめろよ。くすぐったいな」
佐倉杏子が、どこか居心地が悪そうに視線を泳がせた。
ただ、やや赤くなった頬を見る限り、不機嫌になった訳ではないようだ。
杏子「あとさ、さっきさやかに言ったあんたの言葉……」
ほむら「?」
杏子「素直に同意出来ない部分はあったけど……
けどさ、嫌いじゃないよ」
噛みしめるように彼女は言った。
ほむら「……杏子」
杏子「──さて! あたしも行くよ」
一瞬の間を置いて、彼女は一転して元気な声を上げた。
杏子「集まる場所はここで良いのか? 時間はどうするんだい?」
ほむら「あ……場所はそのつもりだったけど、時間は決めてなかったわね。
後で美樹さんとメールでもして決めるわ」
この家を使う許可はもちろんまだ巴さんに取っていないが、万が一駄目ならば私の家に行けば良い。
杏子「まあバタバタしてたしな。
んじゃあ……そうだな、朝にでもまた来るよ」
ほむら「泊まる場所はあるの?」
杏子「……そんな事までお見通しなのか。あんたって本当に不思議な奴だね。
なーに、いつも通りなんとかするさ」
ほむら「……今晩は、ここに泊まっていけば良いんじゃないかしら?」
杏子「ん? そりゃあ、寝床がさっさと決まるのは嬉しいが……」
ほむら「まあ、私が言うのも変な話だけどね。
でもあなたなら、巴さんも良いって言うと思うわ」
杏子「……そうかな」
ほむら「そうよ。
むしろ喜んでくれるわよ」
杏子「ん……情報通のあんたが言うならそうなのかもね」
彼女はどこか嬉しそうな表情を見せると、
杏子「わかった。じゃあそうさせて貰うか」
ドサッ。
その場で横になった。
杏子「で、あんたはどうするんだい?」
そのまま彼女は懐からさきイカを取り出すと、それを頬張りつつ片腕を枕代わりにして私に問う。
ほむら「……私は、巴さんについているわ」
それは彼女が心配というのもあるが、なにより……
河原での事が忘れられなかった。
彼女の剥き出しの感情に触れ、肉体に、唇に触れ……
そのすべてが私の感覚を捉えて、離れなかった。
──巴さんの側に居たい──
杏子「……だな。マミには『人のぬくもり』って奴が必要だ。
今のあいつには尚の事、な。
悔しいけど、それはあたしよりもあんたのが適任だろうよ」
そう呟いてほほえむ佐倉杏子は、少し寂しそうだった。
ほむら「えっ?」
杏子「いや、なんでもない。
ほら、そうと決まったらさっさと行った行った。マミの奴を頼むぞ」
ほむら「ええ」
─────────────────────
闇の中、月明かりが射す部屋のベッドで巴さんは眠っていた。
ここは、昨日倒れた私が巴さんに運ばれた部屋だ。
ほむら(あの時と逆ね)
彼女を起こさないようにそっと近付き、私はベッドに腰掛ける。
巴さんは──綺麗だった。
元々美人ではあるのだが、微かな月光に照らされて、その美しさは何倍にも増しているように見える。
そして、表情。
大人びている中に幼さも見られ、安らかさと切なさが混じり合って、瞳の端にうっすらと涙が浮かんでいる。
それは造形の美しさだけではなく、強く・脆く、でも繊細で──
とても複雑で魅力的な彼女の内面が滲み出ていて、より色香を高めていた。
ほむら「…………」
私は唾液を飲み込みながら、彼女の目尻の涙を指でそっと拭う。
その指が微かに震えている。
私はどうしたのだろう? 彼女の美しさに圧倒されているのだろうか。
いや……それもあるが、嬉しいのだ。
こうして彼女が生きている事が。
一度は本気で失ってしまうと思ったこの人に、また触れられる事が。
だから、私の身体が、心が。歓喜に震えているのだ。
マミ「ん……」
ドキン。
巴さんの閉じられたまぶたがわずかに揺れ、私の心臓が跳ねた。
ほむら「…………」
こうして、反応があるのはなんと幸せなのだろう。
ほむら「巴さん……もう居なくなっちゃ嫌だよ。
死んじゃ、嫌だよ……」
巴さんの目尻から涙が無くなると、今度は私の目から流れ出した。
ほむら「う、っく……」
それは次から次へと溢れ、嗚咽と共に止まらなくなった。
マミ「ん……
……暁美──さん?」
その声の為か、巴さんが目を覚ましてしまった。
ほむら「ご……ごめんなさいっ、起こして、しまって……っ」
私は慌てて身をよじり、巴さんの視界に自分の顔が入らないようにする。
マミ「……泣いているの?」
だが、当然そんなもので誤魔化せる訳は無かった。
巴さんはゆっくり上体を起こすと、そっと私の頭を撫でた。
ほむら「あ……」
マミ「ごめんね……私のせいで凄く迷惑かけちゃった……」
……どうやら、彼女にはきちんと記憶があるようだ。
ほむら「本当、よ……」
マミ「泣かないで。
暁美さんが泣いていたら、私まで悲しくなっちゃう……」
ほむら「!」
その言葉に、私は怒りが沸き上がった。
ほむら「なによその言い方。他人事みたいに……!」
マミ「えっ?」
ほむら「誰のせいで泣いてると思ってるのっ!? あなたのせいじゃない!
心配したのよ!?」
マミ「ごっ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……
謝っても謝りきれないような事、しちゃったよね……」
巴さんは悲しそうに俯くが、しかし私の怒りはどんどん大きくなっていく。
これは別に、本当に彼女の言動が気に入らなかったとかそういう訳ではない。
落ち着いた場所で、巴さんが無事に動き・喋っているのを──生きているのを見れた事で緊張の糸が切れ、
溜まっていた感情が爆発したのだ。
だからさっきの巴さんの言葉は、こうなってしまったただのきっかけ。
でも、私は溢れるこの感情をあえて止めようとしない。
怒っている事は嘘ではないから。
ほむら「本当よ。
あなたは馬鹿よ。たとえ何を聞いたのだとしても、あんな風に勝手に思い詰めて勝手に絶望して!
言ったでしょ!? 苦しかったら人に助けを求めろって! 私はあなたの力に、支えになるからって!」
マミ「……うん」
ほむら「あなたは最低よ。どんな理由があっても仲間を殺そうとするなんて最低だわっ!」
マミ「あ……ご、ごめ……」
私の本気の怒りに触れていくにつれ、巴さんの動揺もどんどん大きくなっていくのがわかる。
良い気味よ。
ほむら「悲しい? これに関しては少しは苦しみなさい。
自業自得だわ!」
私は立ち上がると、巴さんに背を向けた。
マミ「あ、や、やだ……!
待って、行かないで……」
ほむら「──でも」
マミ「えっ?」
しかし私はすぐに彼女の方へと向き直ると、
バッ!
マミ「きゃっ……」
飛びかかるようにして巴さんに抱き付いた。
ドサッ!
その勢いで、私達はベッドに倒れ込む。
ほむら「……か……った」
マミ「暁美……さん?」
彼女の首筋に顔を埋めている為、私にはおどおどとした呟きしか聞こえない。
ほむら「よかった。あなたが無事で……」
一度は止まったはずの嗚咽が、また漏れ始める。
ほむら「悲し、かったんだから。巴さんに襲われた事が。
怖……かったんだから。巴さんが居なくなるっ……事が……!」
マミ「ごめ……んなさい」
ほむら「こうして戻ってきてくれて。生きていてくれて……
本当によかったっ!」
マミ「ごめんなさいっ……!」
月明かりの中でそのまましばらく──私と巴さんは、抱き合ったまま泣いた。
─────────────────────
マミ「私ね、魔女になりかけた時……
暗い暗い『闇』の中に居たの」
ほむら「うん……」
二人ともが少しだけ落ち着いた後、巴さんがぽつりと語り出した。
……………………
…………
マミ「『闇』は、私を呑み込もうと濁流しながら、語りかけてくるの。
『生きていても、お前が望むものは永遠に手に入らない』
『死にたくないという気持ちを誰よりも知っている癖に、死を望まない仲間を殺そうとする──
愚かで救いようのない大罪を犯しておいて、まだのうのうと生き続けるつもりか』
……って。
最初のはともかく、二つ目はその通りよね……
そして、『闇』が私の顔まで浸食して来た時、
心が無くなっていくような感触と共に、もう駄目……もう良いや──なんて思ってしまった。
こんな人生なんて、もう捨てちゃおうって。
でもね、ふと──みんなの事が頭に浮かんだの。
美樹さんは、みんなと……私なんかとも、死ぬまで一緒に居たいと言ってくれた。
佐倉さんは、私なんかを大好きだって言ってくれた。
暁美さんは、『私が居るから大丈夫』って、私なんかに優しく笑いかけてくれた……
それを思い出したら、『闇』に抗う力が湧いてきたわ。
何がなんでも死にたくなくなった。生きたくなった……!
でも『闇』は強くて、やっぱり私は負けそうになったんだけど、その時あなたの声が聞こえたの。
強く、強く私を求める声が。
その後、上から一筋の『光』がそっと私に向かって伸びてきた。
私は必死でその『光』に手を伸ばしたわ。
『闇』は激しく抵抗したけれど、私だって死に物狂いにもがいた。
そしてなんとか……やっと、その『光』を掴む事が出来た。
すると『闇』は霧散して、私の身体はまばゆい『光』に包まれ──」
……………………
…………
マミ「気が付けば、目の前にあなたが居た」
ほむら「巴さん……」
マミ「……私ね、人からなにかを求められたり、頼られたり……期待されるのって、重荷に感じる時があったんだ。
ふふっ、勝手よね。
人に嫌われるのが怖いから真面目な先輩ぶって、いつもみんなに良い顔しておいてこれだもの」
ほむら「そんな事……」
しかし、巴さんは笑顔で続ける。
マミ「でもね、『闇』の中ですべてを失いそうになってようやく気付いたの。
期待されるって、頼られるって、どれだけ嬉しい事なんだろう。幸せな事だったんだろうって」
この笑顔に、曇りは一切無い。
マミ「私は、誰かに甘えたい……誰かに優しくするんじゃなくて、優しくしてくれる人が欲しいと思っていたけれど、
人からそんな風に求められる事で、その願いは叶っていたのよ」
ほむら「えっ?」
マミ「だって……
──えっと、自分で言うのも何だけど……
例えば、美樹さんは私に憧れてくれているみたいよね」
確かに、それは美樹さやか自身が常々公言しているし、河原でも言っていた。
マミ「佐倉さんも、
『魔女になろうが何だろうが、お前だったら逆に助けようとするんじゃないのか~』
とか言ってくれたのを考えたら、私になにかしらの期待をしてくれていたみたい」
少し照れくさそうに、でも嬉しそうに巴さんは言う。
マミ「今にして思えばね、そんな風に私に憧れ・期待してくれる人が居てくれたから、
私はこうして生きて来られたんだと思う。
その人達は、私に『期待する』という気持ちをプレゼントし、逆にずっと助けてくれていたのよ」
ほむら「…………」
マミ「その人達が居なかったら、
私は『寂しい』とか『苦しい』を通り越して、とっくに自殺していたんじゃないかしら……」
彼女が、伏し目がちに呟く。
マミ「だって、期待してくれるって事は、私の存在を認めてくれているって事じゃない?」
ほむら(そうか……)
重荷に感じる時があったとしても、それは彼女にとって、
実は寂しさを埋める大切でかけがえのない贈り物だったのだ。
マミ「だから、私が求めるものは昔から与えられていたんだわ。
私はそのありがたさにずっと気付かず、ただただ自分が可哀想だと、悲劇のヒロインを気取って……
素敵なプレゼントをくれていた優しい人達に、知らないうちに甘えさせて貰っていたの」
再び私を見つめてくる巴さんは、とても澄んだ瞳をしていた。
ほむら「巴さん……」
マミ「……そして、今は暁美さんも居てくれる」
ほむら「……!」
マミ「私を支えるって──永遠に、私に触れていたいって言ってくれるあなたが」
そっと、彼女が私の肩に寄りかかって来た。
マミ「私に期待し、憧れてくれる人が居て、支えてくれる人も出来た」
ほむら「…………」
マミ「ああ……私って、幸せだったんだ。幸せなんじゃないのって──
そう気付いたら、絶対に死にたくなくなった。生きたくなったの。
……ふふっ、私って大馬鹿よね。どうしてこんな簡単な事に今まで気付かなかったのかな」
ほむら「巴、さん……」
──巴さんが魔女にならずに済んだ直接にして最大の理由は、
彼女が『闇』から帰ってきた後にグリーフシードを沢山使ったからだ。これは間違いない。
だが、佐倉杏子の言葉が、美樹さやかの叫びが……私のキスが。
その一つ一つは、彼女が救われる為のただの小さなきっかけにすぎなかっただろう。
けれど小さなそれらが合わさった結果、巴さんに『闇』と戦う力を与え、
グリーフシードを使用する隙を作り上げるほどの巨大な力となった。
あの時私達三人のうちの誰が欠けていても、どの行動が欠けていても、巴さんは助からなかったのだ。
ほむら「……私はあなたを支えてみせるけれど、私にだってあなたが必要だわ」
マミ「えっ?」
ほむら「だから、もうどこにも行かないで。
たとえ『闇』がまた巴さんを狙っても、今度はあなたに近付ける事すら許さないから……
ずっと、側に居て」
マミ「暁美さん……!」
巴さんが、まるで満開の花のような笑顔を浮かべた。
マミ「私なんかにそう言ってくれるなんて……」
ほむら「さっきから気になっていたけど、『私なんか』とか言っては駄目よ。
……って、昨日も似たような事を言ったかしら……?
とにかく、あなたはもう少し自分の価値を──自分を信じなさい」
マミ「ん……その通りね。ごめんなさい。
ありがとう」
ほむら「……うん」
マミ「けど……こうやってあなたとわかり合えてよかった。
最初から、それをずっと望んでいたから……」
ほむら「最初?」
マミ「ええ。
あの、初めて出会った時から……」
ほむら「ああ……」
それは、あの夜の事だ。
室内と外という違いはあるが、今と同じ月明かりの下での、この世界で彼女と初めて出会った夜。
ほむら「……!」
唐突に──私は思い出し、気付いた。
ほむら『……暁美ほむらよ。
よろしく』
マミ『……こちらこそ』
その時の握手の後に彼女から感じた、当時の私にはわからなかった『感情』。
ほむら(そうか……)
それがなんだったのか、今ようやく理解出来た。
縄張り争い等の問題で、本来心を許してはならない・許さない方が良い──
しかし、同じ魔法少女だからこそ一番心を許したい存在と握手をする事で、彼女は期待してしまったのだ。
どれだけ接近しても、握手という肌と肌を重ねる行為までしても、敵意のまったく感じられない私に。
大きな期待を。
この人とは、この人とならわかり合えるんじゃないか。この人とわかり合いたい、と。
でも巴さんは、その時にその気持ちは口に出せなかった。
……後日の学校の屋上で、
私と仲良く・仲間になろうとやって来た彼女は、ありったけの勇気を振り絞って頑張ったのだろう。
でも、私も同じ気持ちだったのに、
弱くて、素直になれない私は愚かにもそれを突っぱねてしまったのだが……
ほむら「……私だって同じ」
マミ「えっ?」
ほむら「私だって……
みんなと、あなたと。出来ればもっと早く仲良くしたかった。
苦しい時はずっと誰かに助けて欲しかったし、優しい言葉だってかけて貰いたかった」
それは、身を切られるような現実を繰り返してきた為に、
求めても決して与えられるものではないと自制していたが……
ほむら「けれど、素直に求めるなんて、それを口にするなんて……
なかなか出来ないのよね」
マミ「……うん。とっても難しいわ」
怖いから。
結局それなのだ。
自分の弱さを見せたり、誰かにすがろうとする事で人が離れてしまうのが怖いのだ。
巴さんはその過去故に、少しでも接点が出来た人との関係を失うのを過剰に恐れすぎてしまうから。
私は、どれだけ求め・訴えても、誰にも決して信じて貰えないどころか、憎しみすら向けられたりしたから。
自分の気持ちに素直になれなくなってしまった。
そっか。
私と巴さんは、どこか似ている所があると思っていたけれど……
似ている、なんてものじゃない。
ほむら「……私とあなたは同じなのね」
今まで巴さんと関わる事で、それは十分わかり得たはずなのに、どうして今まで気付かなかったのだろう。
もちろん、すべてがすべて一緒などとは言わない。
けれど、深い所では同じ。
そして、
マミ「でも、今はあなたの側には私が居るわ。
私、どんなにわがまま言われたって、理不尽な事をされたって……
もう暁美さんから離れるつもりなんてないもの」
ほむら「そうね。
けれど、それは巴さんもそう。あなたには私が居る」
今はきっと……
ほむら「これからは、いくらでも『巴マミ』を見せても良い……
ううん。
むしろ私には──私だけには見せて欲しい」
二人の『想い』も同じなのだ。
マミ「……うん。私も、あなただけに見せたい。
それだけでもう……満足だわ」
ドクン。
そう言って、まるで女神のような笑顔を見せる巴さんに、私は自分が徐々に理性を失っていくのを感じた。
ほむら(……やっぱり、そうだったんだ)
私だって、こんな欲望にかられた経験くらいはある。
でも、こうやって『誰か』に対してその欲望が湧いたのはあなたが初めて。
まどかにも、当然他の誰にも湧いた事は無かった。
これは、どちらの方が上だとかそういう事ではなくて。
大切な一番の友達には、一番の友達への深い気持ちが。
恋をしてしまった相手には、恋をしてしまった相手への深い気持ちがあるだけ。
まったく別物で違った、だけどなによりも尊く・愛おしい想いが同時に存在している──
ただそれだけなのだ。
ぎゅっ。
ほむら「……ずっと離さない」
私は、彼女をきつくきつく抱き締めるとキスをした。
そして……
─────────────────────
ほむら「私ね、未来から来たんだよ」
マミ「未来……?」
ベッドに座ってしばらく二人で窓から月を眺めていたその最中、
呟いた私の言葉に、隣のマミさんがこちらを向いた。
マミさんの綺麗な髪が私の裸の肩に擦れ、ちょっとくすぐったい。
今、私はいつものヘアバンドを外しているし、彼女も髪をほどいている。
見慣れない髪型のマミさんも、やっぱり美しかった。
ほむら「うん」
……………………
…………
私は、ゆっくりと話し始めた。
自分がなにを目的に動いていて、なにを考えているのか。
遠い世界でのまどかとの約束や、私が同じ時を繰り返している事も……全部。
今なら──彼女ならばそのすべてを信じ・受け入れてくれると思ったし、一緒に背負って欲しくなったのだ。
自分の運命を、マミさんに。
ほむら(最初は……
あなたの力に、支えになって、あなたが側に居てさえくれれば満足だと思っていたけれど)
愛しい人とは、お互いに求め合い、支え合う。
その両方がどれだけ嬉しいか。
心と身体が一つになる事で、私は学んだ。
……………………
…………
マミ「…………」
私の話が終わり、彼女は黙り込んだ。
ほむら「やっぱり……信じられないかしら」
マミ「ううん、そんな事ない。信じるわ。
むしろ今の話を踏まえて考えたら、ほむらさんのこれまでの行動のすべてに納得がいくもの」
そう言ってくれるマミさんから、嘘はまったく感じられない。
話して……よかった。
ほむら「……ありがとう」
私は、自分の頭を彼女の肩にそっと乗せた。
452 : ◆LeM7Ja3gH2ba[s... - 2013/09/11 22:49:12.13 CqqKe4Aqo 452/705挿絵。
セミヌードなので、閲覧注意でお願いします。
http://myup.jp/y1OlLiGc
マミ「辛かったのね……」
ほむら「うん。辛くて苦しくて、何度諦めようとしたかわからない。
でも諦められなかった。
キュゥべえの思い通りになんてさせたくないというのもあったけど、なによりも……
まどかとの約束は、絶対に、絶対に守りたかったから……!」
ギリ……
マミ「……そんな事しないで」
血が滲むくらい唇を強く噛みしめる私を、マミさんが優しく咎めた。
ほむら「……ごめんなさい」
マミ「でも、今回は大丈夫なのね? いけそうなのよね?」
ほむら「うん。
みんなとこれだけ良好な関係を築けたのは初めて。
そもそも、みんながここまで無事に生きていてくれる事自体ほとんど経験が無いもの」
マミ「そう……
じゃあ、なんとしてもこの時間軸で決めてしまわないとね」
その言葉に、私は大きく頷いた。
ほむら「まどかを魔法少女になんかさせない。
誰も死なせない。
全員で幸せになる。
なってみせるわ……!」
マミ「うん。
……話してくれてありがとう」
ほむら「私の方こそ、聞いてくれて、信じてくれて嬉しいわ。
でも、こうなったからには、あなたにも私の運命を半分背負って貰うつもりだから……大変よ?」
まどかに対しては、私は影で良い。
もちろん、出来れば友達でい続けたいし、一緒に遊びに行ったり楽しくお喋りをしたいな、と、
友達として求めてしまうものはあるけれど……
たとえまどかがそう思わなくても、私が彼女の事を一番の友達だと思っていれば、それで十分だ。
彼女を救えさえすれば、それだけで満足出来る。
その結果嫌われても、離れ離れになったとしても構わない。
それほどの固い固い覚悟と決意がある。
でも、マミさんに対しては違う。
彼女には私の側に居て私を支えて欲しいし、彼女を支えたい。
その分、マミさんには絶対にまどかに対するような固い覚悟は持てないし、逆もまた然りだ。
ほむら(やっぱり、彼女達への想いは別物)
そして、誰よりもなによりも大切な二人。
ほむら(私は幸せだわ)
これほどまでに強く・深く想える人が、同時に二人も存在してくれているのだから。
マミ「ふふっ、わかってるわよ。
むしろ、そうさせてくれなかったら怒るわ。
……一緒に頑張りましょうね」
ほむら「うん、マミさん」
私と彼女は再び横になって向かい合い、お互いの両手を結んだ。
ほむら「……愛してる」
私達はこのまま、明け方まで色々な事を語り合った。
─────────────────────
結局深夜の深い時間まで起きていた為、私とマミさんが目覚めたのは昼過ぎだった。
杏子「やーーーーっと起きたかお前ら」
そんな私達を迎えたのは、横になってグミを頬張りながらリビングでくつろいでいた佐倉杏子。
だが彼女は、マミさんの姿を見ると体を起こし、胡座をかいて座った。
杏子「で、だ。えっと……その……
マミ、邪魔してるぞ」
マミ「ええ、ほむらさんから聞いているわ。
気にせずのんびりしてね」
どこかバツの悪そうな佐倉杏子だったが、
マミさんは彼女がここに居る事がとても嬉しいといった様子の笑顔でそう言った。
杏子「……うん」
しかしマミさんはすぐにその笑顔を曇らせ……
マミ「でも、あの……
佐倉さん、昨日は……」
杏子「──っとっと! そいつは後にしようぜ。今日はその為にも話をするんだろ?
なら、その話はさやかの奴が来てからでも遅くはないはずだ」
なにやら言いかけたマミさんを、佐倉杏子が止めた。
マミ「……わかったわ」
杏子「つ、つーかさ、結局その集まりとやらはいつ始めるんだよ?
あたし、朝から待ちくたびれちまったぞっ」
ほむら「──ああ、それなら……」
──今日、ここで四人集まって話をしたいという旨はもうマミさんに軽く伝えているし、
この部屋を使わせて貰う許可も取ってある。
集合時間は、『昼前辺りにでも』とひとまず軽く決めたのだが……
それが深夜だった為にすでに佐倉杏子は眠っていたし、
時間的に美樹さやかにも連絡がし辛く、二人まとめて朝に伝える事にした。
細かい時間はそれから決めてもよかったからだ。
……が、肝心の私とマミさんが眠りすぎてしまった為、
それは目覚めた今(美樹さやかにはついさっき)になってしまったのだった。
私達が眠っている間に美樹さやかからの着信が何回か入っていたので、気付いてから慌てて電話を返したのだが、
彼女は『もう準備万端だから、すぐにそっちに行って良い?』と言ってきた。
もちろんそれを断る理由は無いので、私達はそれを承諾して今に至る訳だ。
ほむら「今から美樹さんが来るから、その後すぐに始めるわ」
杏子「そうか。了解」
マミ「……私、ちょっとシャワーを浴びたいわ」
マミさんがぽつりと言った。
ほむら「……そうね」
昨夜も(すでに佐倉杏子が寝ていた為に)こっそりお風呂に入りはしたのだが、
目を完全に覚ます為に私もマミさんの言葉に同感だった。
ただ、マミさんにとっては眠気覚ましではなく、気合を入れる為なのだろうが……
……これからの集まりは、確実に昨日の河原での件にも言及する為、彼女にとっては少々辛い物になるはずだ。
ただ理由はどうあれ、マミさんが私達に迷惑をかけた事には(その私達が気にしてはいなくとも)違いないので、
彼女はそれから逃げる訳にはいかない。
ほむら(でも、大丈夫よ。マミさん)
私もついているから頑張りましょう。
ほむら「じゃあ、軽く浴びて来ましょうか?」
杏子「おいおい、これからあいつが来るんじゃないのかよ?」
マミ「大丈夫よ、すぐに上がるつもりだから」
まあ、電話ごしながら、美樹さやかは魔法少女に変身してこちらに来るような勢いだったので、
確かに髪の毛をしっかり洗ったりする時間は無いだろう。
ほむら「悪いけど、ちょっと行って来るわね」
杏子「ああ……
って、時間無いっつっても二人いっぺんに入るのかよ?」
─────────────────────
さっと体を流し終えた私とマミさんが、
湿気と飛沫の為に少しだけ濡れた髪をドライヤーで乾かしていると、美樹さやかがやって来た。
さやか「やあっ!」
ほむら「おはよう」
美樹さやかは挨拶をしながら、
テーブルを挟んで私とマミさんの向かい側の、干し芋をかじっている佐倉杏子の隣に腰掛ける。
マミ「……美樹さん、えっと、あの……昨日は……」
さやか「はいそれは後っ!
これから話し合い? 情報の整理? するんだから、そいつはマミさんのターンになってから聞くよ」
マミ「う、うん……わかったわ」
ほむら「…………」
杏子「…………」
ついさっきマミさんと佐倉杏子がやったようなやり取りをする二人を見て、
私と佐倉杏子は思わず顔を見合わせて苦笑してしまった。
ほむら「──ところで美樹さん、着信に気付かなくてごめんなさい」
さやか「ああ、良いって。
昨日大変だったし、爆睡くらいするだろ」
と、彼女はパタパタと両手を振った。
さやか「んじゃあ早速話を……
っとその前にっ!
ほむら、まどかの事はちょっとだけ安心して良いよ!」
美樹さやかが、満面の笑顔で私に向かって親指を立ててくる。
ほむら「えっ?」
……この集まりは、キュゥべえと同レベルで厄介な超怪物・ワルプルギスの夜打倒の為に必要だし、
マミさん達の心に残っているだろう不安・疑心を完全に振り払う為にも絶対に不可欠。
それはつまり、マミさん達の迷いを無くす=彼女達が戦闘で最大限の力を発揮出来る事に繋がるし、
そうなる事がマミさん達──そして、まどかが救われる未来に直結するのだから。
それなりに時間もかかるだろうから腰を据えて行いたく、小声しか出せないのもやりずらいと思ったので、
この間のようにまどかの家の屋根に集合するのは不適当だと判断して、ここを使わせて貰う事にした訳だ。
だからこそ、その分なるべく早く話を終わらせてすぐにまどかの元へ向かおうと決めていたのだが……
さやか「ここに来る前にふと思い立って、『まどかを連れ出してくれ~』って頼もうと仁美に電話したのね。
ほら、一人で家に居たりどっか行かれると、キュゥべえの奴に付け込まれる可能性が高まるじゃん?
それを少しでも防ぐ為にさ」
ほむら「ええ」
さやか「するとさ、あの二人とっくに遊びに出てやんのっ!」
美樹さやかが右手の指先を揃えて、テーブルをぽんっ、と軽く叩いた。
さやか「なんでも、まどかに相談したい事があるからだってっ」
ほむら(……それって)
さやか「それ聞いた時は、
『なんだよーっ、あたしとほむらには出来ない相談事?』ってちょっとだけイラっときちゃったんだけど……
……えっと、電話切る時ね?
『私、必ずさやかさんにぶたれますわっ!
ほむらさんを振り向かせてみせますわっ!』
──なんて言ってたからさ。
ほら、その……わかるじゃん? あー、そっかぁって」
……想像通り。
そして、美樹さやかの志筑仁美のモノマネはなかなか上手い。
ほむら「志筑さんにも困ったものね……」
軽い眩暈を覚え、私は右手を軽く握ってこめかみを押さえた。
しかし、(恐らく)私と美樹さやかに内緒にするつもりでまどかに相談しに行ったはずなのに、
そうやって喋ってどうするのだろう……?
ほむら(志筑仁美……
やっぱり少し変わった子)
さやか「ともあれ、おとといの下校中での仁美の活躍考えたら、
これでまどかの事はちょっとは安心出来ると思うぜっ」
ほむら「……そうね」
そういえばこの世界で初めて佐倉杏子が現れた時も、
志筑仁美のおかげで、私が戻って来るまでまどかとキュゥべえが接触(会話)するのを防げたのだったか。
なんにせよ、これは嬉しい誤算だ。
昨日述べたのと同じ理由で、
まだまどかは大丈夫だという計算は当然ある(これは過去のループでの経験上、一晩強程度では変わらない)のだが……
この集まりが終わるまではなんの手も打てないと思っていたのだから、
そんな中少しでも安心出来る材料が新たに生まれたのはありがたい。
杏子「おい、まだ始めないのか?
もう干し芋無くなっちまったよ」
佐倉杏子が、待ちくたびれたように横から声を上げた。
さやか「っと、ゴメンっ」
マミ「あ……よかったらお菓子持ってきましょうか?
杏が入った、美味しいケーキがあるのよ」
杏子「おっ! なんだよ、そんなもんがあるなら早く出してくれよっ」
マミさんの言葉を聞くやいなや、先程とは打って変わって期待に満ち溢れた笑顔になる佐倉杏子。
マミ「ごめんね、うっかりしていたわ。
ついでにお茶も一緒にすぐ持ってくるわね」
そんな彼女に柔らかなほほえみで答えると、マミさんは立ち上がってキッチンへと向かって行った。
ほむら(……いつものマミさんなら、率先して──かつ一番最初にお菓子の用意をしてくれるのに)
そんな彼女が今回忘れていたのは、ただうっかりしていたからではないだろう。
緊張しているのだ。
……言葉通り、マミさんは全員分の紅茶とケーキを乗せたトレーを手に短時間で戻ってきて、
それからすぐに話は始まった。
─────────────────────
まず、佐倉杏子がマミさんと美樹さやかに話し始めた。
その内容は、昨日公園で私にしたものと同じだ。
─────────────────────
さやか「なるほどね。
キュゥべえ……汚い奴」
マミ「…………」
佐倉杏子の話を聞いて、美樹さやかが冷たい表情で呟き、マミさんは怒りと悲しみの混じった表情で唇を噛み締めた。
杏子「まあ、でもさ……
あたしも悪かったよ。
あんな奴に踊らされた訳だからね」
そんな二人に、佐倉杏子がバツが悪そうに言った。
さやか「あー、まあ確かにそうだね」
杏子「む……」
さやか「ホントそういうの困るわー。やめて欲しいわ。
でもまあ、マミさんと二回戦って両方とも一方的にボコられてたし……
それ考えたら許してやっても良いかな?」
にやり、と、美樹さやかはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
杏子「なんだよ、そこまで言わなくても良いだろっ!
大体、前言ったようにマミとは互角だ!」
さやか「まあ、山の上の時はともかくとして、昨日はまぎれも無くマミさんにやられてたじゃん」
杏子「ご、互角なんだから十戦やれば五勝五敗になるっ!
昨日はたまたまあたしが負けただけだっ!」
さやか「ふふふっ、ごめんごめん。からかいすぎた」
顔を赤くしてムキになる佐倉杏子を見て、美樹さやかがによによと謝った。
杏子「なにー!?」
さやか「昨日も言ったけどさ、むしろあたしは感謝してるんだ。
だってあんた、ほむらと一緒にあたしを助けに来てくれたじゃん」
そう言う彼女は、さっきと違ってとても優しい表情と口調だ。
杏子「……いや、だから別にあんたを助けに行った訳じゃないし……
それこそマミに負けちまったんだから、大して役に立たなかっただろ?」
さやか「そう? そんな事無いと思うけどなあ」
ほむら「美樹さんの言う通りね。
私はいきなり拘束されてしまったし……」
首を傾げる美樹さやかに、私は頷いた。
ほむら「杏子が居なければ、こうやってみんなで話す事なんて出来なかったと断言出来るわ」
今こうして居られるのは、あの時このメンバーが揃い、全員が全力を尽くしたからこそなのだから。
さやか「そうそう。だから謝るどころか、あんたが来てくれてよかったんだって。
──ね、マミさん?」
マミ「……そうね。
って、えっと……迷惑かけちゃった張本人が偉そうに発言するのもなんだけど……」
話を振られ、今まで黙っていたマミさんが申し訳無さそうに口を開いた。
マミ「それと、私にはわかっていたわ。
二回の戦闘とも、どれだけ激しい攻撃を仕掛けてきても、佐倉さんは決して私を殺そうとはしていなかった事」
杏子「!」
マミ「……あのね、私ね、また佐倉さんと仲良く出来てとっても嬉しいの」
杏子「…………」
──私は昨夜、過去にあったマミさんと佐倉杏子の因縁のすべてを聞いた。
その昔を思い出しているのだろうか。
そっと閉じられたマミさんのまぶたから伸びる、長いまつ毛がどこか切なそうに揺れる。
マミさんはしばしの間の後に再びまぶたを開くと、
マミ「だから、ありがとう。
馬鹿な私と、私の大切な仲間を助けてくれて。力になってくれて。
こうして、ここに居てくれて」
一言一言噛み締めるように丁寧に言いながら、佐倉杏子を優しく見つめた。
杏子「……っ……だよ」
その言葉と視線を受けた佐倉杏子は、顔を手で押さえて後ろを向いた。
杏子「なんで謝らないといけないはずのあたしが、礼……言われてんだよ。
意味、わっかんね……っ!」
その呟きは、彼女の魂が歓喜に叫んでいるように聞こえた。
─────────────────────
次にマミさんの話だ。
まずは、彼女の土下座から始まった。
私達三人は大して気にしていない為、すぐに止めさせたが。
……昨日の朝、私が帰ったすぐ後に彼女は目覚めたらしい。
すると、キュゥべえが現れた。
そしてそそのかしたのだ。
魔法少女のソウルジェムが穢れ切ると、その子は魔女になると。
魔法少女は、戦いで死ぬか魔女になるか、どちらかの結末しか無いと。
暁美ほむら……私は、それを知っておきながら周りには隠し、自分の目的の為に他人を利用していると。
憎々しくも上手いやり方だ。
昨日の、精神的なショックが抜けきれていないマミさんに悪夢しか待っていない未来を伝え、
心を許しかけた私がいずれ必ず裏切ると口にする事で、彼女の不安と絶望を最大限に煽ったのだ。
それで狙い通りマミさんをあそこまで追い込んだ話術は、さすがキュゥべえといった所だろう。
もちろん、これは皮肉だが。
─────────────────────
マミ「それで、まんまと絶望に呑まれてしまった私は……」
すべてを壊そうとした。
壊して、私達を魔女になる運命から救おうとした。
歪んだエゴと、やり方で。
マミ「……とんでもなく自分勝手だったよね。
本当に……ごめんなさい」
杏子「そいつはもう良いさ」
さやか「そうですよ。みんな無事だったんだし、結果良ければなんとやらって言うじゃん?
それよりも……」
笑顔でマミさんを慰めた佐倉杏子と美樹さやかだったが、すぐに暗い顔になった。
杏子「……あの時のお前、明らかに正気じゃなかった。
あたし達を救おうと~って気持ちがあったのも別に嘘じゃなかったんだろうけどさ……
なんつうか、人が変わったようだったよ」
ほむら「あれが、魔女化が近付いた魔法少女の姿よ」
さやか「えっ?」
ほむら「深く絶望した魔法少女は、心の闇に呑まれ、負の感情を剥き出しにしてしまう。
ううん、徐々に負の感情しかなくなってしまうの。
それが暴走し、あんな事になってしまう」
マミ「…………」
俯くマミさんの手を、隣に座る私がそっと握った。
ほむら「昨日の彼女みたいに心が追い詰められ、
あそこまでソウルジェムが穢れてしまえば、魔法少女なら誰だってああなってしまうの。
きっと私だってそう。杏子も、美樹さんもよ」
さやか「そっか……」
ほむら「そして、心の闇に完全に喰われてしまうと、暴走すら超えて存在自体が変わってしまう」
杏子「……魔女に」
ほむら「本来は、あんな状態から無事に生還出来るなんて考えられないし、考えてもみなかった。
少なくとも、私が知っている限り前例は無い。
これは間違い無く奇跡だわ」
みんなの頑張りが生んだ、奇跡。
無意識に、私のマミさんの手を握る力が強くなった。
マミ「……ほむらさん」
さやか「──ともかく、もう自分を追い詰めすぎないで下さいよ」
マミ「そうね……ご迷惑をおかけしました」
さやか「ホントですよ。
体中に穴いっぱい開けられて、ホント痛かったし怖かったし悲しかったんだから」
マミ「うぅ……」
さやか「でも」
ぎゅっ!
マミ「!」
ほむら「!」
杏子「!」
唐突に、美樹さやかがマミさんに抱きついた。
さやか「よかったよ。またマミさんとこうしてお喋り出来て」
マミ「……うん」
ほむら「…………」
そんな二人の様子に、私の中でほのかに嫉妬心が生まれた。
マミ「私もよかった。みんなを殺してしまわなくて。昨日の愚かで馬鹿な私を止めてもらえて。
許して貰えて、嫌われなくて……
私、寂しいのはもう嫌だもの……」
杏子「…………」
さやか「まあ、また昨日みたいな事したら、今度は問答無用で軽蔑して大嫌いになりますけどね」
マミ「ぅうっ!?」
さやか「はははっ!
でもマミさんって、ほんとバカ。
マミさんみたいな人を、そんな簡単に嫌いになってたまりますかって!
つーか、憧れとか尊敬の念って奴は今だって全然変わってないし!」
ぎゅっ。
マミ「美樹さん……」
ほむら「…………」
杏子「チッ、なんだよ。マミの奴、随分素直になったじゃん。
……まあ、お前はそれで良いんだよ」
横で佐倉杏子がなにやら言っているが、私は我慢の限界でそれどころではなかった。
──二人とも、いつまでやっているのよっ!──
ほむら「……マミさん!」
ぐいっ!
私はマミさんの服を引っ張り、彼女の身体を美樹さやかの腕の中から離した。
さやか「あっ、なにすんのさほむらっ!」
ほむら「……別に」
さやか「てか、ずっと気になってたんだけどあんたら親密度増しすぎてない?
ほむらとか昨日、マミさんの大ピンチにキスとかしてたし……」
ほむら・マミ『!』
杏子「ああ、そういえば……」
みっ、見られていた!?
……いや、まあ彼女もあの場所に居たんだし当然か……
杏子「なんであんな事したんだ?
なんか意味とかあったのか?」
ほむら「あ、あれはつっ、つま……そう、躓いて……」
杏子「?」
さやか「はっはーん!
さては昨日言ってた、ほむらが『もっとしたい~』って思ってしまった人ってマミさんか!?」
ほむら「ちょっ……!///」
マミ「えっ!?///」
杏子「?? なにを?」
さやか「それに、あんたらお互いの呼び方変わってない?
いつの間に名前で呼び合う仲になった訳?」
ほむら「! こ、これはその……」
マミ「…………」
さやか「……もしかして二人とも、昨夜になにか?」
ニヤリと笑い、からかうように言う美樹さやか。
ほむら「っ!///」
マミ「///」
さやか「え……
…………マジ?」
本当に冗談のつもりだったのだろう。
真っ赤になって顔を背ける私とマミさんを見て、
あるいは私達以上に顔が赤くなった美樹さやかは唖然とする。
一瞬リビングを沈黙が支配した……が、
杏子「──っだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁもうっ!!!」
さやか「うひゃぁっっっ!!!?」
ほむら「っ!?」
マミ「きゃっ!?」
佐倉杏子の絶叫が、それをあっさり破壊した。
さやか「ビッ、クリした!」
マミ「さ、佐倉さん?」
ほむら「どうしたのよ……?」
杏子「羨ましい」
さやか「は?」
小さな呟きを聞き返す美樹さやかに、佐倉杏子はそっぽを向いた。
杏子「……実はな、羨ましかったんだ」
さやか「なにが?」
杏子「~~~っくそっ!
マミの奴もだいぶ素直になったから、あたしも正直に言うぞ!?」
ビシッ!
と、視線を外したまま佐倉杏子がマミさんを指差した。
マミ「えっ、ええ」
ほむら「杏子、人を指差しては駄目よ」
杏子「あたしは確かにキュゥべえにそそのかされてこの町に来たが……
ここでマミの奴が、ほむらやさやかと楽しくやってるって聞いて、あんたらが羨ましく……妬ましくなったんだよ」
ほむら「え?」
さやか「あたしとほむら?」
杏子「ああ。
それで、あんたらとマミの事がどうしても気になっちまって、つい見滝原に戻ってきて……」
マミ「…………」
杏子「で、実際あんたら──つっても最初見付けた時はマミとさやかだけだったが、見たら確かにその通りだ。
楽しく談笑したり、仲良く魔女退治してやがる。
それで『ちくしょう』って思っちまって……それで、さ……」
さやか「……あたしとマミさんが仲良くしてるのに我慢出来なくなって、襲いかかったって事?」
杏子「……本当はね、戦闘をしかける気なんてなかったんだ。
いや、そもそもは様子を見るだけで、マミの前に姿を現そうとすら考えていなかった。
……ほむら。あんたには、
『あたしの一番の狙いは、魔女が沢山居るこの町を頂く事』みたいな話をしたけど、あれは嘘さ」
私に困ったような笑顔でそう言うと、佐倉杏子は再びよそを向いた。
杏子「ただね……ただ、あたしだってマミとじゃれ合ったり、仲良くしたかったんだ。
でも、もうあたしにはそんな資格は無いんだなって……
あの女の──さやかの居る場所は昔はあたしのもんだったのに、今はもう違うんだなって思ったらさ……
自分の感情を抑えられなかった」
マミ「佐倉さん……」
杏子「──へっ、つまんねえよな。ガキみたいだよな。
そんなの自業自得だってのにさ。
笑って良いよ」
マミ「そんな……笑わないわ」
マミさんがとても嬉しそうにほほえみ、
さやか「うん。
……けどさ」
ぽんっ!
美樹さやかが佐倉杏子の頭に手を乗せた。
杏子「むっ」
それに反応した彼女が、美樹さやかを見る。
さやか「あんたがすっごい可愛い女の子だってのは、よ~くわかった」
杏子「なんだよそれ……」
ナデナデ。
杏子「だぁっ、やめろよ!」
さやか「良いじゃん。
あんたはもうマミさんだけじゃなくて、あたしやほむらとも友達で仲間なんだからさ」
杏子「はあ!? 何だよ、なんでだよっ!?」
佐倉杏子は頭を撫でられる事に抵抗していたが、次第にそれは弱くなり、やがて完全に抵抗を止めた。
杏子「……ちっ、くせえよこの野郎」
さやか「はいはい」
ほむら『……マミさん。
これが、あなたが積み上げてきたものよ』
ほほえましい二人の姿を見ながら、私はマミさんにテレパシーで語りかけた。
マミ『えっ?』
ほむら『昔に悲しいすれ違いがあったにせよ、こうして杏子が笑顔でここに座っているのも、
あんな目に合わされながら、未だにあなたへの尊敬を失わない美樹さんの気持ちも……
ずっとマミさんが精一杯頑張ってきた『結果』よ」
マミ『…………』
ほむら『もちろん、今回みたいに失敗した時もあったでしょう。
でも、やっぱりあなたがこれまでにやってきた事は正しかったのよ。頑張ってきてよかったのよ。
だから、こんなに嬉しい現実がある』
マミ『ほむらさん……』
さやか「ところでさ、ずっと気になってたんだけど……
あんたとマミさんは前から知り合いだったの?」
杏子・ほむら・マミ『あ』
そういえば、美樹さやかには二人の関係の事はまったく話していなかった。
反応を見るに、佐倉杏子とマミさんも同じだろう。
杏子「……まあ、そうだ。昔色々あってね」
さやか「色々?」
杏子「ああ。
気が向いたら話してやるよ。
──な、マミ?」
マミ「そうね。この集まりがひと段落したら、ゆっくりと……」
さやか「ふむ、ならさっさと終わらせて……って、他にも話す事あったっけ?」
杏子「──ほむら」
マミ「…………」
さやか「えっ?」
ほむら「……そうね」
佐倉杏子とマミさんの視線に促され、私は頷いた。
私にとっては、これこそがこの場で一番話さなければならない事だ。
ほむら「杏子には昨日、マミさんには昨夜軽く話したのだけど……」
さやか「おいおい、これに関してもさやかちゃんハブ?
あたしってハブかちゃん?」
ほむら「近々、この町に『ワルプルギスの夜』がやって来るの」
─────────────────────
キュゥべえ「やれやれ、まさかこんな展開になるなんてね」
ほむら「!」
あの集まりから一日経った日曜日の朝、
まどかを見守る為に彼女の家の屋上に来ていた私の元に、キュゥべえが現れた。
ほむら「何の用かしら?」
キュゥべえ「そんな目で睨まないでくれよ」
ほむら「マミさんや杏子にふざけた事をしておいて、よく姿を見せられたものね」
キュゥべえ「ふざけた事とは酷いなぁ。
杏子には僕が懸念していた話をしただけだし、マミには事実を伝えただけじゃないか」
ほむら「ふん……」
キュゥべえ「まあ、仲間が利用されたように見えて気分を害したのなら謝るよ」
ように見えて、ではなく確実に利用された訳だが、
それを突っ込んでもどうせまた論点ずらしなり言い逃れなりするだけだろう。
ほむら「……私と世間話でもしに来たのかしら?」
キュゥべえ「うん、そんな所かな」
ほむら「?」
キュゥべえ「しかし、鹿目まどかはあの志筑仁美って子と随分仲が良いんだね。
一昨日は帰宅してから眠るまでずっと電話していたし、昨日は君も知っての通りその子と遊びに行っていたよ」
ほむら「…………」
昨日は、話し合いを終えて即まどかを捜しに行ったのだが、彼女を見付けた時にはまだ志筑仁美と外で遊んでいた。
キュゥべえの姿は一度も見なかったのだが、
今の奴の言葉を考えると、私が現れた事ですぐに撤退したのだろう。
まどかには契約をした様子が無かったので、
一昨日も合わせてこいつの思惑は外れた・防げたと喜んでいたのだが……
それは正しかったようだ。
キュゥべえ「だけどあの志筑仁美って子は凄いね。
昨日も一昨日も、鹿目まどかは何やらずっと恋? の相談とやらを受けてて、とても邪魔出来る空気じゃなかった……
というか、出来なかったよ」
表情は変わらないが、こいつがどこか疲れている感じがするのは気のせいだろうか?
ほむら「……という事は……」
キュゥべえ「うん。二日とも、鹿目まどかとは会話一つ出来なかった」
なんと。
一昨日はマミさんの事件があった為、接触どころか魔法少女の話をされたぐらいは覚悟していたのだが……
しかし、ならばまどかはまだ、佐倉杏子が現れた日にしかキュゥべえとまともに会話をしていない事になる?
ほむら(……志筑仁美、やるわね)
これは素直に感謝だ。
キュゥべえ「まあ仕方ないさ。人間にとって恋愛というのは大切らしいし。
あの子の君への想いも成就すると良いよね」
ほむら「…………」
……志筑仁美が私を好きになったというのは、本当に本気なのかしら……?
キュゥべえ「それに、チャンスはまだまだいくらでもあるからね」
ほむら「!
そんな物は無い。お前には、無い……!」
キュゥべえ「そうかい。
──けれど、マミを救った上に佐倉杏子との因縁を解決して、友好関係まで築くとは驚きだよ」
ほむら「当てが外れたわね」
キュゥべえ「純粋に感心しているだけさ。
……そういえば、もしや君は二週間後のこの町に訪れる事件を知っているのかい?」
こいつ、さっきから何なんだ。
かまをかけているのだろうか?
これに関しては、どう答えても問題は無いとは思うが……一応とぼけるか。
ほむら「……何の話かしら?」
キュゥべえ「やっぱり知っているんだね」
!?
ほむら「なぜそうなるの?」
キュゥべえ「わずかな体の動き──顔だったり瞳だったり、拳を握るとか、
そこまで行かなくても指先の些細な動きなどを見ていると、人間の本心はおおよそわかるんだよ。
僕には感情が無いんだからね」
感情が無い──
これまでのキュゥべえの言動を見る限り、私の中でそれは嘘だと決めつけていたのですっかり忘れていたが……
ほむら(確かにこいつはそれを自称していたわね)
だが、
ほむら「意味がわからないわね。
感情の無いあなたが、人の気持ちを見抜けると?」
本心がわかるとは、つまりそういう事だろう。
キュゥべえ「そうさ。僕は感情が無いし、その大半を理解も出来ないが、感情の推察は出来る。
まして人類と出会ったばかりの頃と違い、
今は人間という種に関しての知識は十分積み上げてきたつもりだからね」
ほむら「……?」
キュゥべえ「その知識と合わせ、僕には感情が無いからこそ色々読めるものがある。
人がなにかを取り繕ったり、はぐらかそうとすると違和感を強く覚えるんだ」
ほむら「感情が無いからこそ、感情を持つ者では気付きえない、些細な気持ちの変化を察知出来ると?」
キュゥべえ「そうさ。
それで、建前や嘘を言っていたりすると簡単にわかる訳だよ」
……しかし、こいつがべらべらと喋るのは頂けない。
それは大抵なにか企みがあった上で、一見正論と思える話をしながら、
実は詭弁や論点のすり替えなどで自分のペースに持ち込もうとしている場合が多い。
その企みがなにかはわからないが、あまりこいつに自由にさせすぎない方が良いか。
ほむら「なるほど。
……ところで、さっきの言い方だと、理解出来る感情もあるみたいだけど?」
キュゥべえ「そうだよ。とても合理的なものならば、理解は、出来る」
ほむら「ならば、それと……
さっきあなたが言った、違和感を覚えたりするのは、あなたに感情があるからじゃないの?」
キュゥべえ「なぜそう思うんだい?」
ほむら「それ自体が、自分の『意思』のなせる技だからよ」
キュゥべえ「……ふむ」
ほむら「あなたは、自分の知らない──
理解出来ない種類の感情があるだけで、感情そのものは持っているんじゃないの?」
実際私は、過去のループの時のものも含め、そう思わせるだけの言動をこいつが取るのを幾度も見てきた。
例えば、キュゥべえがきちんと抑揚のついた喋り方をするのもそうだ。
これはスピードの緩急だけではなく、声のトーンなども含めて、である。
そんな真似は、完全に無感情の生き物には不可能だと思うのだが。
私の問いに、キュゥべえは一瞬思案する様子を見せた。
キュゥべえ「……そんな事、考えてもみなかったよ。
どうなんだろうね。僕にもわからない」
……その言葉からは、こいつが本心を言ったのか、それともいつものはぐらかしなのかは読めなかった。
ほむら(まあ良いか。
キュゥべえ主導の会話を途切れさせたかっただけだし、そもそもこいつの事なんか興味無い)
キュゥべえは、絶対に信用の出来ない存在──それだけわかっていれば十分だ。
キュゥべえ「とりあえず僕はおいとまするよ。
これで用は済んだしね」
ほむら「?」
キュゥべえ「君は、この時間軸の人間ではないね?」
ほむら「……!」
キュゥべえ「一昨日マミから詰め寄られた時に聞いたけど、君は僕の目的を知っているらしいね。
その他にも、君は普通なら知りえない事を把握し、それらを踏まえて行動していた節が多々あった。
だから、この結論には割と早い段階でたどり着けたよ」
ほむら「…………」
キュゥべえは私の瞳をじっと見つめている。
相変わらずの無表情だが、私にはこいつが薄ら笑いを浮かべているように見えた。
ほむら(……不愉快な存在め)
キュゥべえ「ただ、君がそんな存在だという確証は無かったから、確認しに来ただけさ。
そして、さっきまでの話でそれを確信出来た」
ほむら「!?」
キュゥべえ「例えば……僕は君とそれほど深く関わったり、会話をしてはいない。
なのにそこまで僕の事を推察出来るのは、沢山の積み重ねがあったから。
その推察自体が正しいかどうかは別としてね」
こいつ……!
キュゥべえ「それはつまり、君がそういう存在だという事なんだろう?」
ほむら「…………」
キュゥべえ「……君はすべてを知った上で、鹿目まどかを助けようとしている訳だ。
仲間を集めるのも、ワルプルギスの夜を倒してその目的を果たす為の一環」
ほむら「……勝手に想像していなさい」
キュゥべえ「そうさせて貰うよ」
ほむら「ふん……」
キュゥべえ「じゃあね」
朗らかに言うと、キュゥべえは去っていった。
ほむら(不愉快な……存在めッ!)
……落ち着け。
あと少しなのだ。
キュゥべえがこれ以上なにを企んでいようと関係ない。
あと少しで悲願は達成されるのだ。
最高の形で。
─────────────────────
それからはまどかを見守る傍ら、マミさん達と対ワルプルギスの夜に向けてのミーティングを幾度となく行った。
マミさんと美樹さやかは私の話をすぐに信じ、私に協力すると言ってくれた。
佐倉杏子も、『ワルプルギスの夜を倒した後に、見滝原の魔女退治やグリーフシードを好きにさせろ』、
という約束で参戦してくれる事になった。
ただ、美樹さやかは、
『仲間の頼みに見返り求めるわけ?』
と少し不満そうだったが、佐倉杏子いわく、
『それはそれ。ずっとこんな生き方してたから、もうそう簡単には変えらんないのさ』
との事。
それに対してこの町の今の魔法少女であるマミさんは、
『私達が必要な分のグリーフシードをわけてくれて、
あなたよりも先に私達の誰かが魔女を見付けた場合は、その人が退治しても良い』
事を条件に出し、佐倉杏子はそれを了承した。
なおも美樹さやかは不満げだったが、ここもマミさんが説得し、上手くなだめてくれた。
そして、ミーティングは順調に進み、作戦は問題無く完成していった。
……………………
…………
さやか「うーん、聞けば聞くほどその何とかの夜ってのは化け物ね……」
ほむら「そうね……あいつは、これまでの魔女とは次元が違う。
この世の天変地異は、すべてワルプルギスの夜が起こしていると言われるほどなのだから」
さやか「一回具現化するだけで数千人の被害とか……意味わかんねーし」
マミ「私も詳しくは知らないのだけど、
ワルプルギスの夜に戦いを挑んだ魔法少女で、生き残りは居ないのよね……」
ほむら「そう言われているわね。
それは噂ではあるけど……私は正しいものだと思うわ」
杏子「まあ、生き証人的な存在が発見されていないんだから、確認のしようがない。
──はずなんだが、ほむら」
ほむら「なに?」
杏子「さっきから聞いていると、あんたがその『生き証人』みたいだね。
魔法少女の間でも、正体不明の超怪物としか知られていないはずのワルプルギスの情報にやけに詳しい。
どうしてだい?」
ほむら「……それは……」
杏子「別に疑ってるとかじゃないんだけどね。
あんた、嘘とも冗談とも思えない密度の話してるから。
ただ気になっただけさ」
ほむら「…………」
マミ「ま、まあ良いじゃない。
ほむらさんの過去を聞いたって、なにか作戦を閃くとも思えないし……」
杏子「まあそうなんだけどね」
ほむら「──あの、その説明は……
この戦いに、みんなで……全員で生き残ってからにさせて貰えないかしら?」
杏子「ん? ああ……
でも、話したくないなら別に聞かないよ?
無理に他人を詮索するのは主義じゃないからさ」
さやか「そうだね。
気になるっちゃ気になるけど、マミさんの言ったようにそれでどうにかなる感じはしないし」
ほむら「ううん。
話したいの。あなた達にも……」
マミ「ほむらさん……」
ほむら「けど、正直言って今それを話す勇気が無い。
だから……」
杏子「……ああ、わかった。
じゃあ、さ。さやか」
さやか「──だね、杏子」
杏子「そいつの説明をして貰う為にも、ちゃんとみんなで生き残らないとな」
さやか「あっ! でも、これまで謎だったあんたの能力の事は教えてよ!
これはみんなで協力して戦う為には必要でしょっ」
ほむら「ふふっ。
ええ、そうね」
……………………
…………
別に、美樹さやかと佐倉杏子を信用していない訳ではない。
この時間軸の今の彼女達ならば、きっと信じて貰えると思う。
ただ……私が真実を述べる事によって、
私達が仲違いしたいくつもの経験が、とてつもなく大きなトラウマになっているだけだ。
すべてが通じ合えたマミさんには、何とか──それでも、『何とか』話す事が出来たが……
けれど、この戦いが終わったら。
不思議と、美樹さやかや佐倉杏子にもそれをすんなりと話せるという確信があった。
─────────────────────
マミ「いよいよ明日ね……」
ほむら「うん」
私とマミさんは、私の家のソファーで二人寄り添い、ワルプルギスの夜襲来前夜を過ごしていた。
マミ「……大丈夫?」
体が密着している為に、先程から私の震えが止まらない事が気になっていたのだろう。
マミさんが、俯く私の顔を心配そうに覗き込む。
ほむら「……怖いの」
俯いたまま、私はぽつりと言った。
ほむら「結果だけ見れば、ここまでは完璧よ。
ここに至るまで危ない時はあったけど、文句のつけようもないわ。
でも、だからこそ……怖い」
マミ「もし、また駄目だったらって思うと?」
ほむら「うん……」
再び敗北してしまうと、この世界からも去らねばならない事を意味する。
それはつまり、まどかはもちろん、かつてないほど大きな絆を築けた、佐倉杏子や美樹さやか……
そして、マミさんとの別れだ。
ほむら「そんなの嫌……」
ドライに言ってしまえば、私が死にさえしなければまたやり直せば良いし、やり直せる。
しかし、これまでの自分ならともかく、今の私にはそんな考え方は出来なかった。
これから別の世界で何度チャンスを得ても、もはや今の彼女達ほどの関係を築く自信が無いというのもある。
だがそれ以上に……
ほむら「私、マミさんと離れたくない……」
マミ「それは私だって……死んでも離れたくないわ」
マミさんが切なげな瞳で、私の肩に頭を乗せる。
マミ「……でも、大丈夫よ」
ほむら「どうしてそう言えるの?」
マミ「だって、今あなたが言ったじゃない。
『ここまでは完璧。文句無い』って」
ほむら「そうだけど……」
マミ「それって、これまでに無いくらいの準備も出来ているって事でしょ?
なら、かつてないレベルの勝率を手にしているって事でもあるわ」
ほむら「……そうね」
その通りだけれど……
ワルプルギスの夜『アーハハハハハハハハハハハハハッッ!!!』
ほむら「っ!」
ゾクッ。
ある意味では、キュゥべえ以上に絶望を味わわされた伝説の化け物の姿がフラッシュバックし、私の震えが強くなる。
マミ「……だからね、あなたがこのひと月を繰り返す中……
考えられる最大のチャンスが今なのよ」
確かに。
まどかの魔法少女化・戦力化を考慮したら話は別だが、もちろんそれは論外中の論外だ。
マミ「私はね、あのお菓子の結界の魔女との戦いから自分の弱点を身を持って知り、反省した。
佐倉さんは、ああ見えて誰よりも冷静な戦い方が出来る子。
美樹さんは……まだちょっと心配だけど」
マミさんが、一瞬だけ苦笑した。
しかし、すぐに表情を引き締めて私の肩から顔を離し、私の瞳を見つめる。
マミ「……少なくとも私達は誰も気を抜かないし、勝利を信じて精一杯戦う。
持っている力のすべてを発揮してね。
なのに、肝心のあなたがそんなんじゃあ勝てる戦いも勝てなくなっちゃうわよ?」
ほむら「…………」
マミ「ほむらさんは、私達の中で唯一ワルプルギスの夜と戦った経験があるんだから、
指揮だって取って貰う必要があるんだし」
ほむら「……うん」
マミ「──ごめんなさい、怒っている訳じゃないのよ」
と、マミさんは私の肩に手を置き、優しい笑顔を向けた。
マミ「思い付く限りの最悪の想定はしたわ。
ならもう、ここで悩んでも仕方ない。
最善を信じ──全力を尽くしましょう」
トクン。
……湧き上がる、力。
もはや、私に先程までの弱気は消えていた。
大切な人が側に居て、こうやって言葉をかけてくれるって……こんなに凄い事なのね。
望んでそうしていた訳ではないにしても、一人で戦っていたり、仲間を利用していた頃には決して気付かなかった。
……思えば、この世界では心の支えになるものが沢山増えた。
その一つ一つが、今の私を大きく・強く支えてくれている。
ほむら(中でも、マミさんの存在は私の新しい道しるべ)
まどかの存在と、あの『約束』だけを胸に生きていた私の前に現れた、もう一つの道標。
ほむら「……はい」
私は、笑顔でそう頷いた。
【後編】に続きます。