【1】 【2】 【3】
それが起きたのは突然だった。
チャイムをならしたのは、いつもの宅配のおにいさん。
それを取りに行ったのはママ。
受け取りに出たママは、そんなのたのんでないとおにいさんと言いあってた…。
その時だった。
なにかがピカっと光ったと思ったら、知らない場所にいて……。
そこには宅配のおにいさんとママと、すんでいるマンションのみんなもいて…。
そして、みんなそこに居たこわいこわいお化けにおそわれた。
ママも、宅配のおにいさんも。
おうちに入れなくて泣いていたわたしに親切にしてくれたおじいさんも。
昔はよく遊んでくれたおねえさんも。
たまに作りすぎたと煮物をもってきてくれるおばさんも。
みんなみんなこう言った。
「苦しい」
「助けて」
「死にたくない」
いつもいつもわたしに冷たかったママもそう言った。
ママは初めて、わたしを必要としてくれた。
ママだけじゃない。
苦しそうにしてるみんなみんな、わたしにそう言った。
「力になりたい」
そう思ったとき、あの声は聞こえてきた。
―【第十六話】それぞれの選択―
――使い魔結界内――
さやか「アハハハハ…! ハハハッ!!!!!」
さやか「やり方さえわかっちゃえば簡単なモンだね。
これなら負ける気がしないよ」
薄暗い結界の闇の中、使い魔が一匹、また一匹と切り裂かれる。
魔女になれる日も近かったのか、やたら攻撃が激しい。
が、今のあたしにはそんなモノは意味を成さない。
攻撃が直撃しても……。
傷を負っても、穴が開いても、止まらない……。
なぜなら……。
今のあたしは痛みと言うモノを感じないから…。
全ては…。
あの夜、アイツが言った通りだった。
さやか『こんな身体になっちゃって…』
さやか『あたし、どんな顔して恭介に会えばいいのかな…』
QB『随分と荒れているようだね』
突き付けられた真実に苦しむあたしの前に、あの白い生き物が現れる。
黒い魔法少女にグチャグチャにされて死んだ筈の、あのQBが…。
さやか『QB、アンタ生きて……』
さやか『うぅん、それより……。何で教えてくれなかったのよ!』
QB『聞かれなかったからさ。知らなければ知らないままで、何の不都合もないからね。
実際、戦いにおいては便利だろう?』
さやか『大きなお世話よ! そんな余計な事……!』
QB『君は戦いという物を甘く考え過ぎだよ。
例えば体を貫かれた場合、肉体の痛覚がどれだけの刺激を受けるかって言うとね』
その声、姿、しぐさ。
今となっては全てがわざとらしく見えるアイツは、机に置いてある私のソウルジェムに触れる。
そして、その瞬間、私の体に激痛が走る……。
さやか『うぐぁぁぁぁぁぁッ!!!!!』
QB『これが本来の痛みだよ。ただの一発でも、動けやしないだろう?』
QB『君が今まで戦って来れたのは、強過ぎる苦痛がセーブされていたからさ。
君の意識が肉体と直結していないからこそ可能なことだよ』
さやか『ぐ………ぅ……』
QB『慣れてくれば、完全に痛みを遮断することもできるよ。
最も、それはそれで動きが鈍るから、あまりオススメはしないけど』
さやか『何でよ……。どうして私達をこんな目に……!』
QB『戦いの運命を受け入れてまで、君には叶えたい望みがあったんだろう?
それは間違いなく実現したじゃないか』
願いは実現した。
その点だけは、間違いなくアイツは正しかった。
あたしが勝手に『その願いの先』を期待しただけで…。
あたしが思うよりも遥かに、願いの代償が大きかっただけで…。
恭介の願いが叶う代わりに、あたしの願いは絶対に叶わなくなっただけで………!
結局、薄ら綺麗な事を言いながら、あたしは恭介に見返りを求めてただけなんだ。
だから、仁美に嫉妬した。助けなければよかったなんて最低な事まで思った。
それだけに飽き足らず、あたしはまどかにまで八つ当たりをした。
最後まであたしの事を心配してくれたあの子に…!
こんな最低なあたしは、あそこには戻れない。
戻ったらきっと、みんなを傷つけちゃう。
だから…。
さやか「あたしは戦い続ける………」
さやか「使い魔も………、魔女も………、
悪い魔法少女も………、あたしが全部倒す………」
さやか「そう………、決めた…………」
化け物は化け物らしく、道具は道具らしく。
戦って、戦って、戦って、戦って、戦って…。
そうやって、ずっと戦い続けよう……。
きっと、それだけが…。
あたしに残った存在意義だから………。
不気味な月が輝き、道行く人の姿も見かけなくなった夜遅く…。
美樹さん達を探すも、見つけられなかった私達二人は、鹿目さんの家へと帰宅する。
あれから私は、鹿目さんの提案で、ずっと彼女の家にお邪魔になっている…。
まどか「…………ただいま」
ほむら「すいません。今日もお邪魔します……」
最初は、前に来た時のような温かい家庭だった。
でも、今はその玄関の扉が重い…。
知久「いらっしゃい。ほむらちゃん。
…………まどか、君は言う事があるだろう」
まどか「…………」
知久「遅くなる時は連絡くらい……」
詢子「いいよ。そんな事は後回しだ」
詢子「それよりも、まどか………。
お前、本当にさやかちゃんの事、何も知らないのか?」
まどか「………………知らない」
詢子「あの子が行方不明になって4日…。
いい加減、洒落じゃ済まない事くらいはわかるよな…?」
詢子「ご両親も、和子も心配してる。
何でも良い。何か知らないか?」
まどか「……………」
詢子「まどかッ!!!!!!」
まどか「…………知らないって言ってるでしょ!!!!
いい加減しつこいんだよッ!!!!!!」
詢子「ッ…!」
詢子「………しつこくもなるだろ! あのさやかちゃんの行方がわかんねぇんだぞ!!!!」
まどか「うるさいなぁ……! そんなに知りたいなら教えてあげるよ……!」
ほむら「鹿目さん…?」
まどか「わたしも、さやかちゃんもね……! もう人間じゃな……」
ほむら「鹿目さんッ!!!!!!!」
まどか「ッ………」
ほむら「す、すいません。私、忘れ物を思い出しました!
ちょ、ちょっと鹿目さんと一緒に取りに戻りますね!」
詢子「ちょっと待て! おいッ!!!!」
病みきった鹿目さんと、頭に血が上った鹿目さんのお母さん…。
この二人を一緒にしておけば、さっきのように鹿目さんが自棄を起こしてもおかしくない。
そう思った私は、鹿目さんの手を取り、全力で駆け出していた。
ほむら「はぁ…、はぁ…、はぁ…」
ほむら「逃げて…来ちゃいましたね…」
まどか「…………」
息が上がり、立ち止まっても、鹿目さんのお母さんが来る様子はない。
玄関で大きな音がしたから、そっちも心配だけど、引き返すわけにもいかない…。
それならば…。
ほむら「このままもう一度、美樹さんを探しましょう」
まどか「いいよ。もう無理だよ………」
まどか「本当はあの時、わたしはさやかちゃんを支えてあげなきゃいけなかった……。
でも………」
まどか「わたしには言えなかった……。
さやかちゃんの言う通り……、戦うことしかできない道具で……」
その道具としてもさやかちゃんの役に立てない、中途半端なわたしには……!」
ほむら「そんな事…」
まどか「結局、わたしは……、駄目なわたしのままだった…。
魔法少女になって変わった気になっていただけで…。
まどか「さやかちゃんのように優しくも、マミさんのように強くもなれなかった…」
まどか「自分が辛いからって…、マミさんと杏子ちゃんを見殺しにして…。
そればかりか…」
まどか「一人ぼっちのわたしに手を差し延べてくれて…。ずっと傍にいて、支えてくれた大切な人一人…、
支え返してあげることさえ出来なかった…!」
ほむら「鹿目さん…、それって…」
まどか「さやかちゃんはね…。
転校して来たばかりで、一人ぼっちで不安だったわたしに手を差し延べてくれたんだ…」
まどか「それからずっと傍にいてくれて…。いつもわたしを守ってくれて…。
こんな何も出来ないわたしを友達だって言ってくれた…。なのに…!」
まどか「わたしはそのさやかちゃんを守ることも…、助けることも…。
言葉一つ掛けてあげることさえできなかった…!」
鹿目さんの悲痛な嘆き…。
私はそれに少しだけ驚く。
強い口調に怯んだんじゃない。
彼女は何もかも…。
本当に何もかも、私と一緒だった。
だから…。
ほむら「鹿目さんの気持ち、わかります…」
まどか「知ったような事言わないでよ!!!
わかるわけ…」
ほむら「わかるんです」
ほむら「鹿目さんが美樹さんに感謝し、想っているように……。
私は鹿目さんに感謝し、想っているんです」
ほむら「だって、私は……、鹿目さんに手を差し延べてもらって…。
傍にいてもらって……、支えてもらったんですから………」
ほむら「だから、今の私は鹿目さんと全く同じ思いを抱いているんですよ…?」
まどか「ほむらちゃん…」
ほむら「だからこそ言えます…。鹿目さんは、今ここで立ち止まっちゃ駄目です…」
ほむら「美樹さんに感謝しているなら…。
大切に思ってるなら…、今こそ美樹さんを支えてあげるべきです…」
まどか「でも、わたしは『化け物』だから…。
こんなわたし、さやかちゃんはもう…」
ほむら「関係ないです! 鹿目さんは鹿目さんです…!
それは魔法少女がなんであろうと変わらない…」
ほむら「私を救ってくれて…、私が憧れてて…、私が大好きな…、鹿目さんである事には…!」
ほむら「だから……、こんなわたしなんて……。
もう……、言わないで…」
思わず溢れてしまう涙。
そして、私の言葉はそのまま止まってしまう。
もっと言いたい事があるのに…。
言わなきゃいけないことがあるのに…。
私の言葉は涙に塞き止められてしまう…。
喋りたいのに言葉が出ない。
それが堪らなく悔しい。
鹿目さんが苦しんでるのに…。
鹿目さんが悲しんでるのに…。
私こそ鹿目さんの力になってあげなきゃいけないのに…。
その言葉が出せない…。
結局、力無く泣くことしか出来ない私。
でも、鹿目さんはそんな私を見て、ゆっくりと顔を上げた。
ほむら「うっ…く……、ひっく…、ぐす…」
ほむら「かなめさんっ……、わたし…」
まどか「ほむらちゃん……、ごめん……」
まどか「それと…、ありがとう…」
ほむら「え…?」
まどか「ほむらちゃんに言われて…、想いを聞いて…、その涙を見て…。
やっと……、わかった…」
まどか「わたしはわたしで…、さやかちゃんはさやかちゃんで…。
そして、わたしはさやかちゃんが大好きで…」
まどか「その気持ちは人であっても、そうでなくても、変わらないんだって…」
まどか「だから………」
まどか「『化け物』でもなんでもいい。
わたしは、『さやかちゃん』を失いたくない…」
まどか「マミさんと杏子ちゃんの事だって……、何もわからないまま諦めたくない」
ほむら「ぐずっ…、それなら…!」
まどか「うん…! 我が儘でごめん…。だけど、わたしみんなを探しに行きたい…!
そして、出来るなら助けたい…!」
まどか「ほむらちゃんを危険な目に会わせちゃうかもしれない…。
でも、わたし必ず守るから……。だから……」
ほむら「はいっ! 付き合いますっ…!
私も…同じ気持ちですからっ…!」
まどか「ありがとう、ほむらちゃん…!」
涙を拭うためのハンカチを貸してくれた鹿目さんは、いつもの…。
強い意志と優しさを宿す鹿目さんの姿で…。
私はその背中を追うように、一緒に走り出した。
見滝原市内の廃墟。
絶望し、そこで佇むだけの私の前に現れた白と黒の魔法少女は…。
駄目押しと言わんばかりにさらに冷酷な現実を突きつける…。
織莉子「もう一度だけ言ってあげるわ。美樹さやかは魔女になる。
そして、それを救おうとして鹿目まどかと、その場に居合わせる暁美ほむらも倒れる」
マミ「そんな………」
キリカ「これでいいんだよ。これが正しいんだよ。
世界を滅ぼす存在が消えるんだ。たくさんの人が救われるんだ」
マミ「こんな………、こんなのって……」
キリカ「いい加減認めなよ。織莉子の言葉の正当性はわかっただろう?」
織莉子「無理でしょうね」
キリカ「………」
織莉子「それを受け止めれば、暁美ほむらを裏切る事になり、受け止めなければ、暁美ほむらに裏切られる。
手詰まりなのよ。彼女の正義も思いも」
キリカ「少しだけ同情するよ。
だから、最期はこの手で……!」
???「させないよ…………!」
振りあげられた凶爪を妨害するように揺れる大地。
走った衝撃に足を取られ、黒い魔法少女は態勢を崩す。
キリカ「ちっ…! 誰だ!」
???「………そっちのおねえさんは、よく知っている筈だよ」
???「なぁ? 美国織莉子ッ!!!!」
キリカ「ぐぅッ! お前は……!?」
織莉子「……………間に合わなかった」
大地を揺らす攻撃を行ったんであろう魔法少女が私を守るように立ち…。
もう一人、別の魔法少女が黒い魔法少女へ追撃を仕掛ける。
一人は、猫耳に尻尾、そして可愛らしい衣装と小柄な背丈に似合わないハンマーを持つ、
見慣れない姿と聞き慣れた声の少女………。
そして、もう一人は………。
ゆま「助けにきたよ、マミおねえちゃん」
マミ「やっぱり、ゆまちゃん………。
それに………」
杏子「いつまでヘタレてんだよ、バ~~~カ」
マミ「佐倉さん…………!」
夢でも見ているんじゃないかと思った。
私を庇い、死んだと思っていた佐倉さんと………。
魔法少女ではない筈のゆまちゃんの二人が、私の危機を救うべく駆けつけてくれたのだから。
残酷な現実ばかりが突き付けられる中、ようやく訪れた一筋の奇跡と希望。
それは確かに嬉しかった。
でも………。
それでも、私達魔法少女の危険性と存在意義は…………。
杏子「ゆまに助けられてね。
ただ、体は癒えても、ジェムの穢れがなかなか落ちなくてな……。
遅くなっちまった。悪ぃ……」
マミ「うぅん……。いいの……、いいのよ……。
無事で居てくれたなら、それで……」
杏子「さ~て、感動の再会と行きたいが、その前にけじめ付けて貰いたい奴がいるんでね」
杏子「なぁ………?」
織莉子「…………」
杏子「覚えていないとか、ふざけた事は抜かさないよな?
テメェがゆまにした事………、知らないとは言わせねェぞ!!!!」
マミ「何があったの……?」
杏子「簡単に言えば、コイツはグリーフシードをゆまの家に送り付け、魔女に襲わせたのさ」
マミ「暁美さんの時と同じ……。でも、何故……」
ゆま「あれをゆまの家に送ったのはおねえさんでしょう?」
織莉子「………」
ゆま「おねえさん……」
杏子「答えろよッ!!! このイカレ野郎!!!!!!」
織莉子「えぇ……。それを送ったのは私です」
マミ「美国さん、あなたは………!」
杏子「何の為にそんな真似をした!?」
織莉子「足止め」
杏子「は……?」
織莉子「インキュベーターと暁美ほむらを接触させない為の足止め」
織莉子「その為に、私は彼に素質のあるその子を紹介した。
そして契約が難航し、一旦その場を離れようとする彼を再びその子の元へと戻す為に、
到着する頃に孵化するであろう、穢れを溜めきったグリーフシードを送り付けた」
杏子「足止めだと………。
たった、それだけの為に…!」
織莉子「ありがとう。貴女達の『犠牲』で、世界は救われるわ…」
ゆま「たくさん……、死んだんだよ……。
ゆまも……、頑張ったけど、それでもたくさん死んだんだよ……?」
織莉子「暁美ほむらを止めなければ、未来には全てが滅ぶ。
全てが滅ぶなら、その人達の迎える結末は変わらない。それがその人達の運命だったのよ」
杏子「ふざけんな………」
杏子「未来? 運命? そんなモンで勝手に決められて、それだけの為に殺されてたまるか!」
織莉子「決めているんじゃない。決まっているのよ」
杏子「違ぇだろ! 殺してるんだよ! 他ならぬテメェが!
まだ死んでいなかった奴を、何時かは死ぬ、やがては殺される、それだけの理由で!」
キリカ「救えないものは切り捨てて、より多くを救う。
10を守る為に1を、100を守る為に10を犠牲にしても、10の内9、100の内90が助かる。
子供にでもわかる単純な計算だよ?」
杏子「…………その1や10に選ばれた奴は塵同然ってか。
上等だよ!」
杏子「だったら、アタシは世界なんてもうどうでもいい!
切り捨てられる奴の代表として、徹底的にお前らに抗ってやるよ!!!!」
織莉子「自分達が生き残るためだけに、世界を……、多くの人々を犠牲にするというの……?」
杏子「ハッ! 知るか! 生憎とアタシは正義の味方はとうに卒業しててね]
杏子「『守りたいモノを最後まで守り通せばいい』。
それだけが今のアタシの信条さ」
杏子「その守りたいモノが切り捨てられる世界なんて………、クソ食らえだ!!!!」
織莉子「何が……、何が守りたいモノだ……!」
織莉子「その身勝手が……、あなたのような存在が……、人々を苦しめ、世界を滅ぼす!」
織莉子「貴女は、生かしてはおけない……!」
キリカ「くくくあっはははは!!!! 面白馬鹿みたい!!!」
佐倉さんの言葉に怒りを顕にした白い魔法少女、そしてそれに付従う黒い魔法少女。
二人は魔力を以て各々の武器を作り上げると………。
一気に佐倉さんに向かって襲い掛かる。
キリカ「キミのような奴は逆に良い! 織莉子が良心を痛める必要が無いからね!」
織莉子「魔法を使った暴力、窃盗、破壊行動……、自分本位の犯罪の数々!
魔法少女だの危険思想だのの以前の問題……!」
織莉子「貴女のような害虫は、この世界に必要無い!!!!」
動きの読みにくいトリッキーな爪攻撃。
そして、予知を用いた的確過ぎる援護。
型破りと型通りが合わさり、完璧なコンビネーションを生みだす。
速度低下の魔法も手伝っているのか、佐倉さんは一方的にダメージを受け続ける。
それでも、彼女は逆に不敵に笑う……。
杏子「害虫ね……。良いじゃねぇか、アタシらしくてさ」
杏子「神様気どりの糞野郎よりは、よっぽど気分が良いね!」
織莉子「黙りなさい! 自分の事だけを考え、ただただ周囲に害を及ぼす害悪がッ!!!!」
杏子「ぐっ…、かはッ……!」
両手の爪による激しい攻撃の果てに槍を弾かれ、そこへ当然のように魔力球が叩きこまれる。
血反吐を吐き、背中に重傷を負った佐倉さん。
それを見て小さな魔法少女が駆け寄る……。
ゆま「キョーコは、ゆまが守る……!」
杏子「悪ぃ………」
立ち上がろうとする佐倉さんの傍らに来たゆまちゃんは、治癒魔法で彼女を癒す…。
しかし、その背後には…。
キリカ「邪魔だよっ!」
ゆま「うわぁぁぁぁっ!!!」
杏子「ゆまッ!!!!」
織莉子「彼女の事を気にする必要はないわ。
先に終わるのは貴女なのだから…!」
佐倉さんが治癒魔法で癒えた直後、彼女達に迫った黒い魔法少女が笑う。
ゆまちゃんは咄嗟に反応し、その攻撃を受けるも止め切れず、大きく吹き飛ばされる。
そして、それを視ている佐倉さんは魔力球に襲われる…。
圧倒的不利。
この状況を変えられる存在は、この場にたった一人しかいない。
ゆま「マミおねえちゃん! おねがいだよ……、キョーコをたすけて!」
マミ「戦いに……」
マミ「生きる事に……、意味が見出せないのよ……」
マミ「私達魔法少女はいつかは魔女になる存在で………。
私が守ろうとしたあの子は、やがて世界を滅ぼす存在………」
マミ「なら、生きる事に意味はあるの……?
生かす事は正しいの……?」
ゆま「マミおねえちゃん………」
杏子「わかるよ………」
杏子「アタシも同じ事考えた。将来魔女になるのに、何一生懸命になってんだ……って」
杏子「でもさ………、アンタはさっきアタシの姿を見て喜んでくれたろ?
魔女になるから死んでも良いって思わなかったろ?」
杏子「アンタだって同じだよ」
杏子「アタシがずっと憧れて……、離れても忘れられなかった大切な人……。
『巴マミ』のまま………」
杏子「『いつかはいまじゃない』。
だから今はまだ、アンタは『巴マミ』なんだよ」
杏子「なんて……、全部ゆまの受け売り……」
キリカ「ペラペラ喋る余裕がどこにあるッ!!!」
杏子「くっ…!」
ゆま「ゆまもね、ママにいじめられたとき、考えたよ。
このまま死んじゃった方がいいって」
ゆま「こうやって、ずっと痛くて、苦しくて、寂しいのがつづくなら……って思ってた。
でも………」
ゆま「ゆまはあきらめずに生きたから、みんなに会えたんだよ。
キョーコにも、サヤカにも、マミおねえちゃんにも……!」
ゆま「このままマミおねえちゃんが何もしなかったら、いつかはいまになる……」
ゆま「マミおねえちゃんは、ほんとうにいま死ぬの?」
マミ「いつかは…………、今じゃない………」
マミ「じゃあ、私は…………」
織莉子「………このままではまずい。キリカ!!!!!」
キリカ「一気に勝負を付けるんだね! わかったッ!!!!!」
状況が変わる前に、と白と黒の魔法少女が先手を打つ。
黒の魔法少女は、その爪の数を3本づつから5本づつへと増やし、佐倉さんに攻撃を繰り出す。
キリカ「さぁ、散ね!!!!!」
杏子「踏み込みが浅ぇッ!」
攻撃は避けられるも、その隙に白の魔法少女は周囲に無数の魔力球を発生させ始め……。
いつも繰り出す倍以上の数になると、一斉にそれを放つ。
織莉子「受け入れなさい! 貴女の運命を……!」
キリカ「そうさ、これがキミの運命だ!!!!」
魔力球は佐倉さんの全周囲から迫り、取り囲むように飛び交う……。
そして、その中に十本の魔力爪を携えた黒い魔法少女が向かっていく……。
杏子「どうせ織莉子の攻撃は切り払えねぇ……」
杏子「なら、一か八かだ………!」
佐倉さんの周囲を舞う魔力球は、思念操作系の動きを見せている。
それは、黒い魔法少女への誤射はまずあり得ないと同時に、
予知の力を持つ彼女自身が操っている以上、多節槍による範囲攻撃を出しても当たらないと言う事になる。
だからこそ、佐倉さんは槍を真っ直ぐ構え、黒い魔法少女を迎え撃とうとしている。
でも………。
マミ(相手を取り囲む包囲攻撃……)
マミ(でも、魔力球を同時突撃させることはしない……)
マミ(させたくないのは回避…? したいのは足止め…?)
マミ(まさか……!)
マミ(だとしたら、それは駄目………!!!!)
キリカ「終幕だよッ!!!!!」
杏子「終わるのは、お前だけどな!!!!」
先手を仕掛けたのは、武器のリーチに優れる佐倉さんの方。
魔力球の包囲からの脱出を捨て、予知の影響を受けない前衛へ攻撃を集中する。
でも、それこそが敵の狙い。
最も、その狙いに気付いていたとしても、佐倉さんにはどうにもできなかったんだろう…。
佐倉さんの槍が届く前に…。
敵は両手の5本づつの爪を1本づつへと束ねる。
一点へと収束された魔力爪は迫った槍へと向けられ……。
その槍をいとも簡単に真っ二つにした。
キリカ「束ねた十手は、一手で百手の強さとなる……!
さよならだ!!! 罪人!!!!!!」
杏子「クソッ……!」
敵の右手の一撃で獲物を失った佐倉さんは丸腰となり…。
続けて繰り出された左手の一撃で、その体も横に両断された。
杏子「かぁッ………」
ゆま「キョーコッ!!!!!! 今治すよ!!!!!」
切り離された佐倉さんの体を繋ぎ合わそうと、佐倉さんへ駆け寄ろうとするゆまちゃん。。
しかし、黒の魔法少女はそれを許さない。
まだ浮いたままの佐倉さんの上半身の前で、両手の爪を振りあげ…。
さらに、両手の爪を一本に収束させ始める。
キリカ「その隙は与えない!!!!!
次は一手で千手だッ!!!!!!!!」
杏子「………!」
ゆま「ッ………!」
キリカ「じゃあね! ばいばい!!!!!!!」
マミ「ティロ・フィナーレッ!!!!!!」
間に合え……!
そう念じた甲斐があったのだろうか。
私の攻撃の中で、唯一あの収束された魔力爪を破壊できる可能性を持つ切り札…。
『ティロ・フィナーレ』の生成、砲撃がギリギリで間に合う……。
大出力の魔力を放つ砲撃は、敵の二つの爪が一本になるギリギリで左の爪に直撃。
収束されて強度も増している筈の爪をへし折り、さらにその衝撃を以て彼女自身も吹き飛ばした。
キリカ「ッ! く…ぁ…!」
織莉子「巴マミ、貴女はッ………!」
杏子「集中を解いたな? 隙だらけだ…!」
織莉子「!? しまった……!」
怒る白い魔法少女の隙を、ゆまちゃんの魔法で体を戻した佐倉さんが突く。
繰り出された多節槍による範囲攻撃は、予知による回避を行う前に、瞬く間に魔力球の包囲を薙ぎ払った。
杏子「ったく………、遅ぇよ」
マミ「ごめんなさいね……」
マミ「でも………、もう迷わない。
私は私で………、私の信じたやり方で、前に進むわ」
織莉子「ふざけた………、ふざけた事を……!」
織莉子「魔女へ変わる魔法少女! 世界を滅ぼす暁美ほむらの存在!
その危険性……! なぜ、それがわからない!!!!!」
マミ「わかっているわよ。あなたの言葉も、その行いの意味も。
でも………」
マミ「やはり、私はあなたの傲慢なやり方を肯定する事は出来ない」
織莉子「傲慢? 傲慢なのは貴女達でしょう?
何時か世界を滅ぼす存在を守る貴女達こそが……!」
マミ「何時か、やがて、未来は、運命だから」
マミ「あなたが見ているのは結果ばかり。過程がまるで見えていない」
マミ「だから傲慢だと言っているのよ……」
織莉子「なら、平和的に話し合う? それでは元凶を消せない以上、根本的な解決にはならない。
そもそも、一人の人間の為に世界を滅ぼすリスクを背負うなど…」
マミ「世界を滅ぼすリスク自体は、あなたの行動にだってある」
織莉子「………」
マミ「あなたが止めようとしているのが物ならば、それが正解でしょう。
でも、相手は感情を持った人間なのよ」
マミ「非道な行いをされれば苦しみ、大切な人を傷つけられれば悲しむ……。
そして、追い詰められた人間は何をするかわからない。大切なモノの為なら尚の事…」
マミ「事実、暁美さんに契約の意思はなかった…。
でも、あなた達はその彼女を追い詰め、契約してもおかしくない状況を作っている…」
マミ「世界を滅ぼす存在を消す事に捕われすぎて、一つ間違えば世界を滅ぼす状況を作り出しているのよ!」
マミ「あなたの行っている行為はね……。どうしてもわかりあえない相手に降す最後の手段…。
でも、それを行えば、そこから憎しみの連鎖が始まる…」
マミ「敵意を以て向かえば敵意で返される。そうやって人は憎みあい、滅ぼしあって来た。
それを魔法少女の力で行いあえば、どうなるかわからないあなたではないでしょう…?」
マミ「加害者になる筈の者をあなたが狙っても、今度はその人やその周囲が被害者になって、結局憎しみは広まる。
魔女になると言う結末だけを視て相手を一方的に狩れば、別の誰かが憎しみに満ちた堕ちやすい魔法少女になるだけ」
マミ「そして、そんなやり方を続けるのなら、
ここで暁美さんを殺しても、また他の誰かが世界を滅びへ導く未来が視えるでしょう」
マミ「必要だったのよ、あなたにも。
言葉で語り合う事こそが……」
織莉子「くだらない……」
織莉子「そんな甘く、くだらない道徳に感けている間に状況と言うものは悪化する。
そうやって後手に後手に回り続け、やがて取り返しのつかなくなる前に……」
マミ「ねぇ、美国さん」
マミ「そのくだらない道徳を捨てた魔法少女は…………、魔女と何が違うの?」
織莉子「……………」
織莉子「……構わない」
織莉子「私は魔女で構わない」
織莉子「救世を成し遂げる事が出来るのなら…………!
心を失くした魔女になっても、私は私の目指す救世を成す……!」
マミ「…………」
織莉子「………やはり、わかりあえないのね」
マミ「そうね………」
織莉子「なら……」
マミ「私は……」
織莉子&マミ「勝って、自分の道を進む……!」
キリカ「ねぇ、織莉子。何故言わなかったの…?」
織莉子「何を…?」
キリカ「予知で視た時、暁美ほむらを説得する方法では、結果は変わらなかったって…」
織莉子「私と『あの時点での彼女』では、結果を変える未来は視えなかった。
でも、『今の彼女』ならどうなるかはまだ視えていない」
織莉子「そして、視えていないモノを頭ごなしに否定する事は出来ないから…」
キリカ「………」
織莉子「それでも、そんな不確かな可能性に全てを預ける事は出来ない…。
だから、私は彼女を倒し、全ての元凶を取り除く……!」
キリカ「わかった…。なら、私はアイツを刻もう…」
キリカ「全力を以て……!」
マミ≪ゆまちゃん、あなたは下がって≫
ゆま≪ゆ、ゆまも戦える……。戦えるよ…!≫
マミ≪わかってる。だから、合図をしたらさっき繰り出したあの攻撃をお願い≫
ゆま≪うん…!≫
杏子「マミ…。何考えてやがる?」
マミ「佐倉さん、アレやるわよ…」
杏子「アレ、だぁ…?」
マミ「『ステルミニオ』」
マミ「アレなら速度低下の影響を受けた上でも、彼女を確実に撃破できる…!」
杏子「ちょっと待て…! アレをやるには…」
マミ「頼んだわよ」
杏子「ちょ…、おい!」
杏子「無茶苦茶言ってくれるよ……」
キリカ「最後の会話は楽しんだかい…?」
キリカ「でも、続きは『死んでから』にしてくれるかなッ!」
直進してくる黒い魔法少女。
そして、その黒い魔法少女を追う形で飛んでくる魔力球。
予想通り、後衛の私を狙ってきた敵に合わせ、私はゆまちゃんに指示を出す…。
マミ「ゆまちゃん!!!!」
ゆま「えぇぇぇぇぇいッ!!!!!」
先が丸い、どこか可愛らしいハンマーで地面を叩き、大きく揺らす。
当然、それに足を取られるのを避ける為、敵は跳躍して宙へと逃げる…。
キリカ「二度も同じ手にかかるもんか…!」
キリカ「上から行って、切り刻んでやるッ!!!」
私は揺れる地面に残り、片膝と片手を付き、揺れに耐えながらも魔力を地へと放つ。
そして、直進してきた魔力球が当たる直前で、それを食らいながらも後ろへ飛び、魔法を発動させる。
マミ「今よ! レガーレ・ヴァスタリア!!!」
私の一言を以て、仕掛けた拘束魔法が、地面のあちこちから吹き出す。
無数の黄色いリボンは、敵の行く手を阻むように、そして敵を封じるかのように……、
次々と空に向かって伸びて行く…。
キリカ「こんなモノ…! 目暗ましにしかならない…!」
杏子「そりゃそうだ。それは目暗ましと移動範囲に制限を掛ける為だけに放ったんだ」
杏子「アタシが十分にコレを使えるようにな…!」
織莉子「……!?」
織莉子「いけない! キリカ、戻ってッ!!!!」
杏子「もう遅ぇ……」
杏子「ロッソ・ファンタズマ………!」
何かを視たのであろう、白い魔法少女の言葉が響く。
けれど、その言葉が手遅れだと言う事は、僅か数秒後には誰の目にもわかった。
佐倉さんが静かに、けれど力強く放ったその名に呼ばれるように…。
紅の影が一つ、また一つと増え……。
黒い魔法少女のいる、拘束魔法で出来た陣を取り囲むように……。
13人の佐倉さんが、そこに立っていた。
キリカ「なんだ、これは……」
杏子「『ロッソ・ファンタズマ』」
杏子「アタシが昔使ってた…」
杏子「錆びついちまった得意技さ」
杏子「出せるかどうか不安だったんだが…」
杏子「やってみるモンだな」
杏子「どうだい?」
杏子「なかなか壮観だろ?」
分身魔法『ロッソ・ファンタズマ』。
佐倉さんの得意技にして、その願いを映した固有魔法。
彼女の願いと悲劇の元となった『幻惑』の魔法……。
彼女の父親は、教会の聖職者だった。
でも、優し過ぎる彼女の父親は、その思いが強過ぎるあまり、
やがて教義に無い事まで説き始め、教会から破門された。
間違った事は言っていないのに、その言葉には誰も耳を傾けてくれない。
そんな状況を悔しく思った彼女は、『父親の言葉を聞いてくれますように』と願って魔法少女になった。
願いの通り、彼女の父親は新興宗教の一派を築くまでに至るも…。
その全ては魔法の力によるモノだったと知ってしまい、錯乱…。
やがて、佐倉さんだけを残し、彼女の父親は母親と妹と共に一家心中してしまった。
そこで彼女は、自分の願い、そして『誰かの為』に戦う生き方を否定し、一度私と決別した。
そして、同時に彼女はこの技も使えなくなった筈だった。
でも……。
今の彼女は間違いなく『誰かの為』に戦っている。
だから、私は賭けてみたのだ。
キリカ「たかが分身で良い気になるなッ…!
織莉子の力なら、本体を見切る程度、造作も無いんだよ…!」
キリカ「織莉子っ!」
織莉子「駄目…。脱出する方法が…」
キリカ「織莉子…?」
杏子「そいつに聞くまでもねぇよ」
杏子「そんなに知りたいなら」
杏子「教えてやる」
杏子「アタシが本物だ」
杏子「最も、そんな事がわかっても意味はねぇけどな…!」
自ら本物を名乗った佐倉さんが指を鳴らし…、分身の内の三体が多節槍を伸ばす…。
黒い魔法少女の動きはあまりに速く、それらの攻撃を掻い潜り、本物へ向かうも…。
さらに次の四体が放った多節槍はさすがに振り切れず、左肩と右脇に命中した。
キリカ「くふッ……」
黒い魔法少女は直撃した左肩と掠めた脇腹から血を流す…。
そして、一旦戻されていく多節槍を驚嘆の目で見る…。
キリカ「この分身…。攻撃力、いや…。実体があるのか…?」
杏子「いいや、そいつは幻さ」
杏子「ただ…、お前の頭は、体は、目は、耳は、鼻は…」
杏子「この幻と幻のした事を『実在するモノ』として認識する」
杏子「だから見えるし、聞こえるし、触れるし、当たれば痛みも感じる」
杏子「さらに見てわかる通り、幻はアンタ自身にも作用して…」
杏子「攻撃を食らえば、血が出て、骨が折れ、肉が裂け、臓器が潰れる…」
杏子「そう………、錯覚する」
杏子「実体はないが、実体があると感じる幻」
杏子「ま、そこまでくると実体と変わらないかもな」
杏子「って事で、本物じゃない12人も本物と同等の戦力ってわけさ」
杏子「さらに………」
マミ「この攻撃はフォーメーションなの」
マミ「敵を『殲滅』する為の……ね」
黒い魔法少女を取り囲んだ拘束魔法の陣。
そして、それを見つめる佐倉さん達の付近の空間に、無数の円形のゆがみが発生する。
それは次々と数を増やしながら、黒い魔法少女のいる陣の周囲を一周し…。
次の瞬間、その歪みの中から私の獲物であるマスケット銃が一斉に姿を現す。
数え切れない程の量の銃は、当然のようにその中心に砲口を向けている。
マミ「フォーメーション『ステルミニオ』」
杏子「元々は数にモノ言わせてくる使い魔に対する、掃討殲滅用の連携だが…」
マミ「この物量なら、速度低下を受けた上で、あなたを仕留められる…!」
キリカ「こんな……、こんなところで…」
織莉子「キリカをやらせて………、たまるかッ!」
杏子「さっきも言ったろ。もう遅ぇ!!!」
マミ「一斉掃射!!!!!!」
私の掛け声に合わせ……。
マスケット銃による弾丸の雨霰と、13人の佐倉さんによる多節槍の範囲攻撃が同時に繰り出される……。
殺傷力の高い槍先、破壊力に優れる分銅、鎖を伴う柄による打撃…。
飛び交い、弾け、貫き続ける弾丸の嵐…。
おまけに拘束魔法で作られた陣と伸びた多節槍の柄が、その動きを制限する。
逃げる事も防ぐ事も許されない一斉攻撃。
それは、獣のように身軽だった黒い魔法少女にさえ、回避を行わせない。
キリカ「う……あ……ぁ……」
織莉子「キリカぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!」
無数の弾丸に貫かれ、多節槍の槍先に裂かれ、それでも可能な限りの防御と回避を行おうとする…。
その彼女を救うべく、白い魔法少女は魔力球を中に飛ばすも、そんなモノが届く筈もなく…。
やがて、黒い魔法少女は無残な姿となり、地面に転がった。
宙には無数の拘束魔法のリボンの切れ端が、返り血で赤く染まりながら舞っていた…。
織莉子「キリカッ! キリカぁぁぁぁッ!!!!」
キリカ「………」
本来なら肉塊になってもおかしくない量の攻撃を受け、尚も体が原型を残したのは彼女の実力の賜物だろう。
ただ、それでも全身がボロボロになった黒い魔法少女に意識などある訳もなく…。
彼女を呼ぶ白い魔法少女の悲痛な声だけが、その場に響き続ける……。
マミ「…………さぁ、撤退しましょう」
杏子「あ…? 見逃すのか、織莉子を…」
マミ「逆よ。見逃してもらうの」
マミ「私は、ここ数日穢れの除去を行っていない…。そして、佐倉さんは元々かなり消耗の激しい分身を久々に繰り出している…」
マミ「対して、あっちは美国さんがまだ余力を残している上…、呉さんが今だ魔女にならず、
ソウルジェムが破壊できたかもわからない以上、速度低下は持続している可能性がある…」
杏子「速度低下と予知が合わさってる織莉子は、ほぼ無敵。
おまけに、戦ってる途中で呉キリカが魔女化して、さらに大乱戦になる危険性まである…か。
確かに消耗しきった今のアタシらじゃ荷が重いな……」
マミ「それに彼女の言葉が本当なら、急がないと美樹さんが手遅れになるかもしれない」
杏子「了解。ここは撤退する」
ゆま「…………うん! 急ごう!」
――??線車両内――
さやか「はぁ……、はぁ……」
さやか「さす…、がに…、しんどい…、な…」
休む事なく敵を探しさまよった弊害か…。
あたしは意識を朦朧とさせながら、ふらふらと歩き…。
辿り着いた電車の席に座りこむ。
席に座った瞬間、状態はますます悪くなり…。
くるくると視界が回り、暗転する。
真っ暗な闇。
何一つ見えない闇。
そして、その闇の中で何故かあたしの声をした幻聴が聞こえ始める…。
さやか?『ねぇ…、疲れてるんでしょ? もうやめちゃいなよ』
さやか『…………』
さやか?『アンタにはもう守るモノなんてないじゃない』
さやか『うるさい…』
さやか?『共働きの両親はアンタなんか見向きもせず…、恭介と仁美に裏切られて…、
杏子とマミさんを失って…」
さやか?「最後には、まどかとほむらにも失望されて…!』
さやか『ほら、もう何もないじゃん』
さやか『うるさい!!!!! それでも、あたしは…』
さやか?『そんな事したって、何にもならないってわかったじゃない』
さやか?『誰かの為に幾ら頑張ったって…、その想いは唾を吐くように否定される。
そんな腐った世界だってわかったじゃない』
さやか?『もう一度考えてみなよ』
さやか?『こんな世界、本当に守る価値あるの…?』
さやか「あたしはっ…!」
言おうとした時、薄ぼんやりとした視界に光がさす。
同時に入って来た電車内の光景を見て、全てが夢だったと理解する。
でも…。
夢の中で言われた言葉は、頭にこびりついて離れず…。
あたしは自問自答を繰り返し始めた…。
さやか(価値はあるんだ……)
さやか(あたしにはもう……、何も無いだけで……)
さやか(だから、守るんだ……)
さやか(マミさん……、みたいに……、一人でも……)
ホストA「言い訳とかさせちゃダメっしょ」
ホストA「稼いできた分は全額きっちり貢がせないと。
女って馬鹿だからさ。ちょっと金持たせとくと、すぐ下らねぇことに使っちまうからねぇ」
さやか「……」
何を……。
何を……、言ってんの?
女って………、馬鹿なの?
だから、あたしも………?
ホストB「いや~、ほんと女は人間扱いしちゃダメっすね。
犬かなんかだと思って躾けないとね。アイツもそれで喜んでる訳だし。
顔殴るぞって言えば、まず大抵は黙りますもんね」
ホストA「けっ、ちょっと油断するとすぐ付け上がって籍入れたいとか言いだすからさぁ…。
甘やかすの禁物よ」
さやか「……」
さやか「…………」
さやか「………………」
あぁ…、そっか。
頑張っても踏みにじられて。
尽くしても捨てられて。
犬のように、塵のように、平然と切り捨てられる。
見向きもされず、裏切られ、奪われ、見捨てられる…。
これが………。
あたしが守ろうとした…。
『この世界』なんだ………。
ホストA「ったく、テメェみてぇなキャバ嬢が、10年後も同じ額稼げるかってぇの。
身の程弁えろってんだ。なぁ?」
ホストB「捨てる時もさぁ、ホントウザいっすよね。
その辺、ショウさん巧いから羨ましいっすよ。俺も見習わないと」
さやか「ねえ、その人のこと、聞かせてよ」
ホストB「あ…?」
ホストA「お嬢ちゃん中学生? 夜遊びはよくないぞ」
さやか「今アンタ達が話してた女の人のこと、もっとよく聞かせてよ。
その人、あんたの事が大事で、喜ばせたくて頑張ってたんでしょ?」
さやか「アンタにもそれが分かってたんでしょ? なのに犬と同じなの?
ありがとうって言わないの? 役に立たなきゃ捨てちゃうの?」
さやか「ねえ、この世界って守る価値あるの? あたし何の為に戦ってたの?」
さやか「教えてよ。今すぐアンタが教えてよ! でないとあたし…!」
???「いいよ…。わたしが教えてあげる」
まどか「わたしが…、教えてあげるよ…」
さやか「まどか…………」
まどか「この世界の価値も、さやかちゃんのした事の価値も、さやかちゃん自身の価値も…。
だから…」
まどか「帰ろう…」
さやか「………なぁ」
まどか「え…?」
さやか「……ガタガタうるさいなぁ」
まどか「………」
ほむら「美樹さん…?」
さやか「とりあえず、次で降りよっか…。
満足に話も出来やしない…」
ホストB「おい……」
ほむら「す、すいません、すいません……」
ホストA「よせよ、ガキの悪戯に構うな」
――見滝原市内某駅――
さやか「で…、何が…、なんだっけ…?」
まどか「………」
さやか「この世界の価値とか…、あたしの価値とか…、だっけ…?」
まどか「うん…。それはね…」
さやか「あぁ…、いいよ。答えなくて」
さやか「何もかも全部、価値なんて無いってわかってるから」
ほむら「美樹さん、そんな………」
まどか「さやかちゃん…」
さやか「正直、今すぐジェムを砕いて死んでもいいんだけどさ…。
死ぬ前にやりたい事があるんだ…」
さやか「杏子とマミさんの仇…、討たないと死ねないよね…?」
まどか「さやかちゃん…、そんなの…、そんなの違う…!」
さやか「だからさ…」
さやか「アンタ、邪魔」
さやか「そこ………、どきなよ」
まどか「嫌だ…」
まどか「もう、絶対さやかちゃんを一人になんてしない…!」
さやか「………魔法少女は多少痛め付けても死なない。ジェムが無事ならいい」
さやか「そうわかってる以上、アンタでも容赦しないよ?」
まどか「わたしは…、さやかちゃんを傷付けたくない」
まどか「でも、ここで行かせたら、さやかちゃんはまた自分を傷付けて……。
そのまま死んじゃう気なんでしょ…?」
まどか「だったら、行かせない…! わたしがさやかちゃんを止める…!」
まどか「だって、わたしは………」
まどか「さやかちゃんが大好きだから!」
―to be continued―
―next episode―
「あたしって、ほんとバカ…」
―【第十七話】いつか救えなかったあなたを―
まどか『だいじょ…ぶ……、わたしは……大丈夫…、だから…』
さやか『結局あたしは、一体何が大切で何を守ろうとしてたのか……』
さやか『もう何もかも…、訳わかんなくなっちゃった…』
まどか『駄目……、さやか…、ちゃん……、自分…、責め、ちゃ…』
さやか『確かにあたしは何人か救いもしたけどさ…。
だけどその分、恨みや妬みが溜まって…。一番大切な友達さえ傷つけて…!』
さやか『誰かの幸せを祈った分、誰かを呪わずにはいられない…。
あたしたち魔法少女ってそういう仕組みだったんだ』
まどか『わたしは…、大丈夫だから……ね…?
も…、もう……、自分をっ…、責めないで……!』
さやか『あたしってほんとバカ』
―【第十七話】いつか救えなかったあなたを―
わたしは一人ぼっちだった。
見滝原に来てすぐの時だった。
人見知りだったわたしは、転校してすぐに友達なんて出来なくて…。
家でも、たっくんが生まれたばかりで、パパもママも掛かりきりで…。
学校にも、家にも、どこにも…。
わたしの居場所はない。
わたしは一人ぼっちなんだ…。
そう思っていた。
俯き気味に歩く、覚えたての通学路。
沈みきった気持ちで歩くその道は、足取りも重くて…。
何かに足を掛けたきっかけに、勢いよく転び…。
拍子に閉め忘れたランドセルの中身を辺りに散らす………。
雨上がりの水たまりに落ちた教科書やノートやお弁当を見て……。
涙で視界が滲んだ……。
そんな時だった。
???『大丈夫?』
まどか『あ………』
そう言いながら、彼は手を差し伸べてくれた。
短い髪に、半袖半ズボンと、男の子のような格好…。
でも、しゃがみこんだ際に映った赤いランドセルから、彼は彼女であると気付く…。
そして、彼女はポケットからハンカチを取り出すと…。
躊躇う事なく、汚れたわたしの教科書を拭き始めた。
まどか『あ……、ありがとう』
???『教科書とか拭けば大丈夫だよ。ノートは染みが残っちゃうかもしれないけど…。
お弁当も大丈夫。包んでる布巾は汚れちゃったけど洗えば落ちるよ』
ハンカチで濡れた教科書やノートを拭きながら…。
太陽のように明るくて、優しい笑顔を向けながら彼女はそう言った。
その優しさはわたしの涙腺を刺激して…。
堪え切れなくなった涙は、溢れだしていた。
???『あーあー、泣くなって! 全部大丈夫だから!』
わたしの涙に少しだけ困った表情をしたけれど、彼女はまた微笑み…。
また、持ち物を拭き始めた。
???『これで最後、かな。他に落とした物はない? 痛いとこない?』
まどか『ないです…』
???『そっか。じゃあ、いこう。
遅刻しちゃうし』
まどか『ごめんなさい……』
???『あ、謝らなくていいって』
???『じゃ、いこっか』
まどか『あ………、わたし、鹿目まどか………です』
???『知ってるよ。つか、同じクラスなんだけど』
まどか『え………?』
さやか『美樹さやか。よろしく』
これが、わたしとさやかちゃんの出会いだった。
さやかちゃんは孤独だったわたしに手を差し伸べてくれたばかりか…。
その手を引いて、引っ張り上げてくれたんだ。
そして、その後も…。
さやか『まどか、これあげる』
何時も構ってくれて…。
さやか『まどか、今日、遊ぼうよ』
ずっと一緒にいてくれて…。
さやか『まどかをいじめるな!』
どんな時だってわたしを守ってくれた。
わたしが辛い時、苦しい時、悲しい時…。
さやかちゃんはわたしを支えてくれた。
傍にいてくれた。
でも………。
『あたし? 全然平気』
『やだな~、まどかは心配し過ぎ』
『さやかちゃんはこんな事でヘコたれたりしないのだっ』
その逆はなかった……と、思う。
さやかちゃんは何時もわたしを助けるばかりで…。
滅多にわたしに弱い所なんか見せてくれなくて…。
見せたとしても、何時も何時も『平気だよ』って笑って誤魔化してた…。
上条君が事故にあって入院した時だってそう…。
結局、わたしはさやかちゃんの力にはなれなくて…。
でも、思えばそれは当然のことだった。
わたしはさやかちゃんを守って、支えてあげるだけの器が無かった。
何も出来ない、価値のない人間が、優しくて強いさやかちゃんの力になろうなんておこがましいんだって…。
そう思ってたから…。
だから、わたしは魔法少女になれた時、本当に嬉しかった。
自分に自信が持てた。
やっと、誰かの役に立つ事が出来る。
そう思った。
そして…。
まどか『これからはさ、何かあったらすぐにわたしに相談してね。
何があっても。どんなことでも』
さやか『おっけ~! 約束っ!』
これからわたしは…。
やっと、さやかちゃんと肩を並べて歩けるから…。
これからはさやかちゃんを守って、支えてあげられるから…。
そう思えたから、あの約束をしたんだ。
それなのに…。
さやかちゃんが一番苦しい時に、わたしはその手を離してしまった。
さやか「あぁ…、いいよ。答えなくて」
さやか「何もかも全部、価値なんて無いってわかってるから」
さやか「正直、今すぐジェムを砕いて死んでもいいんだけどさ…。
死ぬ前にやりたい事があるんだ…」
さやか「杏子とマミさんの仇…、討たないと死ねないよね…?」
そして、これが孤独に堕ちたさやかちゃんの答えだった。
上条君が入院した時も、魔法少女になった時も、杏子ちゃんの時も…。
苦しい時も、辛い時も、困難な壁にぶつかった時も…。
何時だってさやかちゃんは、わたしなんかに頼らずに答えを出していた。
そして、その答えは多少荒っぽかったりはしても間違いと言えるものはなかった。
だけど…。
この答えだけは……。
絶対に違う。
まどか「さやかちゃん…、そんなの…、そんなの違う…!」
何時も何時も支えてもらいながら…。
さやかちゃんが一番苦しい時に手を離したわたしが、何を今更って思うかもしれない。
でも、この答えだけは認めない。
この答えだけは絶対に間違ってるって……、そう言い切れる。
まどか「ここで行かせたら、さやかちゃんはまた自分を傷付けて……。
そのまま死んじゃう気なんでしょ…?」
まどか「だったら、行かせない…! わたしがさやかちゃんを止める…!」
そして、それ以上に認めたくない。
認める訳にはいかない…。
だって…。
まどか「だって、わたしは………」
まどか「さやかちゃんが大好きだから!」
さやか「大好き、か……」
まどか「………」
さやか「でも、あたしは大嫌い…」
さやか「あたし自身も、この世界も、そして………」
さやか「アンタの………、事も………」
まどか「…………」
ほむら「美樹さん………」
さやか「だから、もう放っといてよ……
でないと…………」
さやか「本当に潰すよ?」
強い威嚇と拒絶の言葉と共に、さやかちゃんのソウルジェムは光を放ち…。
魔法少女の姿へと変わる。
青い衣装に、白いマントに手に握られた刀剣。
ずっとわたしを守ってくれた優しい青の騎士。
でも、その刃の矛先を今は………。
それでも、わたしの答えは変わらない。
まどか「放っとけないよ…」
まどか「放ってなんておける訳ないよ……。
だって、さやかちゃんは今……」
説得の言葉は、そこで遮られる。
さやかちゃんはわたしが言い終わらない内に、その刀剣を前へと繰り出すと……。
その刀身を打ち出して放った。
まどか「………」
ほむら「そ、そんな………」
放たれた刀身はわたしの顔の横を通り過ぎ、掠められたピンク色の髪が宙を舞う…。
その視線の先では、何時もの笑顔が嘘だったかのように…。
悲しく、冷めきった表情をしたさやかちゃんの姿があって…。
さやか「次は当てるよ…、早くそこをどいて」
ほむら「美樹さん………、どうして………」
さやか「あたしはもういらないんだ」
さやか「あたし自身も、この世界も、アンタ達も………。
だから………」
さやか「もうあたしの前に立つなッ!!!!!」
悲しいんだね…。
辛いんだね…。
何を信じたらいいかわからないんだね…。
ごめんね。
苦しんでいるさやかちゃんを支えてあげられなくて…。
こんなになるまで放っておいて…。
そう、伝えてあげたいよ…。
でも、言葉はもう…。
さやかちゃんには届かないみたいだから…。
まどか「ほむらちゃん、下がって」
ほむら「え……? でも、それってまさか……」
まどか「うん…。そうでもしないと、今のさやかちゃんは引き止められそうにないから……」
ほむら「そんな…! そんなの駄目です!
二人が殺し合いをするなんて、そんなの……」
まどか「わたしも嫌だ。さやかちゃんに嫌われちゃうのも、さやかちゃんと争うのも。
でも………」
まどか「さやかちゃんがいなくなっちゃうのは……、死んじゃうのは……。
もっと嫌だから……」
まどか「今は、やれる事をやるよ」
まどか「今のわたしには、それが出来るだけの力があるんだから!」
指輪状のソウルジェムに魔力を込めつつ、翳す。
眩い光に包まれ、わたしもまた魔法少女の姿へと変わる。
魔法を行使しやすい姿へと変わったわたしは…。
まず左手で離れた後方にいるほむらちゃんを指さし、結界を作り出す…。
続けて、その左手を戻しつつ両手で自分の武器である先端に蕾を伴った木の枝のような杖を生成。
さらに、そのまま魔力を込めて弓の形状へと変化させた。
そして…。
一人静かにそれを見つめるさやかちゃんと向き合う…。
まどか「お待たせ」
まどか「わざわざ、全部終わるまで待っててくれたんだね」
さやか「…………」
まどか「今ので確信したよ。
さやかちゃんは優しいさやかちゃんのままだって…」
さやか「何それ…」
さやか「アハハハハハハハハ!!!!! 馬鹿じゃないの!!!!!」
さやか「丸腰のアンタの前で変身して、攻撃を放って殺そうとして……。
そんな最低な奴があたしだよ。何勝手な事を…」
まどか「わたし、思うんだ…」
まどか「言葉にしないと伝わらない事って、たくさんあるけど…。
その逆で、言葉にしなくても伝わる事もあると思うんだ…」
まどか「今みたいにね」
まどか「だから、最後まで諦めないよ」
さやか「……………」
さやか「馬鹿じゃ……ないの?
そうやって勝手に相手に夢見て………」
さやか「それなら…、教えてあげるよ……」
さやか「あたしがどんな奴かなのかを………」
さやか「アンタの体にさ!!!!!!」
一触即発の状況がとうとう崩れ、さやかちゃんがその剣を構える。
そして、わたしも右手に矢を作り出して、その弓を引く…。
誰も望んでいない戦いが、静かに幕を開けていた。
さやかちゃんはわたしに向かって真っ直ぐ突進し…。
わたしはそれに合わせて即座に弓を射る。
放たれた矢は、遥か前方で弾け…。
無数の魔力弾となり、さやかちゃんに襲いかかる。
足の速いさやかちゃんはそうそう捉える事は出来ない。
だからこそ、回避の難しい拡散弾を突進に合わせて放ったんだ。
ほむら「美樹さん!!!!!」
まどか「大丈夫。練習用の矢だから」
さやかちゃんに放ったのは、魔力を絞って殺傷力を落とした模擬戦用の矢。
それでも直撃すれば悶絶するほどの激痛を伴うほどのものだ。
そんなモノを全身で受ければ、ただで済む筈もない。
でも………。
さやか「今のあたしは何も感じないんだ…」
無数に弾けた魔力弾は、確かにさやかちゃんの全身に命中した。
しかし、さやかちゃんは止まらない…。
さやか「そんなモノじゃ…」
さやか「あたしは止められない!!!!」
痛覚遮断。
別れる前に見たあの痛々しい技を完全にモノにしたようで…。
自らの高機動とそれを合わせた圧倒的な突進力を以て、魔力弾の弾幕を通り過ぎると…。
次の瞬間には、わたしを間合いに捉えていた。
繰り出される斬撃。
しかし、わたしはその斬撃をギリギリの所で受け止める…。
さやか「よく止めたね」
まどか「まぁね…」
さやかちゃんの機動力の高さ…。
うぅん、さやかちゃんの実力はわたしが一番よく知っている。
矢を掻い潜られれば、一瞬で間合いを詰められるのは明白。
だから、予め矢を放った直後から弓を杖へと戻していたのだ。
さやか「でも、非力な後衛のアンタは、鍔迫り合いになったらもうどうしようもない…!」
まどか「そうだね…。
そうならないようにって、いつも守ってくれてたよね…」
さやか「…………」
まどか「でも、そんなさやかちゃんの負担を少しでも減らせるようにって、これも生まれたんだよ…」
さやか「……!」
まどか「吹き飛べ…!」
さやか「くッ…!!!!」
わたしの握る杖を纏う輝きが、刃の当たっている一点に収束し、弾ける。
その衝撃に足を取られたさやかちゃんは…。
そのまま発生した爆風に運ばれ、勢い良く後方へ吹き飛んでいく…。
杖先に込めた魔力の衝撃波で、敵と距離を置く為だけの技。
発生する衝撃も爆風も威力はほとんどない、本当にそれだけを目的とした魔法。
近接対処能力を上げて、さやかちゃんの負担を減らしたい。
そう思って作られた技が、さやかちゃんとの鍔迫り合いを制する事となる。
何とも皮肉な話だ。
さやかちゃんは体勢が崩れたまま飛ばされて転がるも、途中で左手を地についてバク転を行いつつ勢いを殺し、
そのまま左手と両足を地につけたまま低く構え、いつでも飛びかかれる状態へと体勢を整える。
そして、わたしは睨むような目付きのさやかちゃんを見つめ、再び言葉を投げかける。
まどか「さやかちゃん…、『アレ』やっぱりまだ続けていたんだね……」
さやか「痛覚遮断の事…? だから、何…」
さやか「言ったでしょ…。あたしは魔女を倒す道具…! それしか価値が無いんだ…!
だから、道具は道具らしく…」
まどか「違うよ…。例え何になっても、さやかちゃんはさやかちゃんだよ」
さやか「そんな屁理屈、何の意味もない…!」
まどか「そうかもしれないね」
まどか「でも、やっぱりわたしは……。
さやかちゃんが、そうやって自分を痛めつけているのを見ると胸が苦しくなるんだ…」
さやか「だったら何よ…!」
まどか「もう、使わせない」
まどか「さやかちゃんを傷つけるだけの魔法は…!」
さやか「アハハハハハ!!!!!!」
さやか「やれるもんなら、やってみなさいよ!!!!」
まどか「…………」
さやか「そもそも、ちょっと鍔迫り合いに勝ったくらいで逆上せ上がって…!」
さやか「あんなモノ…! 鍔迫り合いにさせなきゃいいだけだろ!!!!!」
地面を蹴り、さやかちゃんは再びわたしへと接近する…。
そして、自分の間合いへと入るか入らないかの時、その姿を消す…。
さやかちゃんのその速度を活かし、一瞬で背後へ回り込む強襲攻撃。
並の魔法少女や魔女であれば、そうそう対処できないであろう超高速の斬撃。
しかし、わたしの杖は、再びその斬撃を受け止めていた。
さやか「な…!?」
まどか「無駄だよ……」
先ほどと違い、完全に不意を突いた筈の攻撃を止められ、さやかちゃんも動揺の声を上げる…。
それでも、そのまま立ち尽くしている程さやかちゃんは馬鹿じゃない。
さやか「なら…! これで…! どうだッ!!!」
まどか「無駄だって言ったよ…!」
状況を立て直す為に、一度剣を弾いて強引に連撃しようとするも……。
一撃、二撃、三撃と…。
その連撃は悉くわたしの杖に阻まれる。
さやか「見切られてるって言うの…? それなら…!」
大きく後方へ飛び、さやかちゃんは再度姿を消す。
だけど、結果は同じ。
さやかちゃんの繰り出した背後からの剣撃は杖に阻まれ、わたしには届かない。
さやか「こんな…、こんなの……」
まどか「なんで、当らないかわかる?」
さやか「ッ………」
まどか「それはね……」
さやか「何時までも舐めるなッ!!!!」
煽られたさやかちゃんは意表を突こうと一旦横に跳び、そこから踏み込んで剣を繰り出す。
そして、わたしはさやかちゃんの剣先を見つつ、その表情を見る…。
剣を見るよりもわかりやすい…。
その真っ直ぐ見ているようで、どこかズレた視線…。
その時は多分…。
キィン、と音が響く…。
ピンク色の魔力を纏うわたしの杖は、さやかちゃんの剣をまたも見切り、受け止めた。
まどか「やっぱりフェイント、だね」
さやか「また、止められた……!?」
まどか「わかるんだよ。
さやかちゃんの事は全部…」
一緒に特訓して来たから…。
うぅん、ずっと一緒にいたから、わかる。
さやかちゃんの癖も傾向も得意技も全部。
走っている時に牽制されると、右に避けようとする癖…。
焦ってる時の連撃のパターン。
フェイントの際の視線…。
何もかも全部知ってる。
だって、わたしは…。
まどか「よく見てるでしょ、さやかちゃんの事」
さやか「馬鹿にしてッ!」
さやかちゃんは大きく跳躍して距離を置く。
これもわかってる。
これは癖と言うよりはマミさんからの教え。
相手に攻撃を見切られたら、一旦距離を置いて牽制。
マミさんに素直なさやかちゃんは、確実にそれを守って来る。
そして、焦りで周りが見えなくなっているさやかちゃんは、そこに気付いていない。
距離を置いてしまった時点で、わたしの得意な距離に持ち込まれていると言う事に。
さやか「…!?」
まどか「ごめんね」
射撃型のわたしに対していきなり大技を出そうとするほど、さやかちゃんは馬鹿じゃない。
それなら繰り出してくるのは間違いなく、隙の少ない刀身射出。
だから、わたしはそれを繰り出そうと突き出した刀剣に目掛けて矢を放ち、弾き飛ばした。
さやか「ッ! この程度…!」
まどか「それもやらせないよ」
刀身を失った剣の柄を捨てつつ、その手で次の剣を作ろうとする。
だけど、体を盾にして作られかけた次の剣もまた、同じ末路を辿る。
さやか「!?」
さやか「まだだ…、まだッ…!」
今まさに生成されたばかりの刀剣が、思念操作された魔法ならではの矢に撃ち抜かれて弾かれる。
さやかちゃんはわたしを睨みながら、再度刀剣を作り出そうとするも、わたしはそれをさらに射抜いて、弾く。
今度は両手でそれぞれ剣を作ろうとしたけど、結果は同じ。
わたしは同時に二発の矢を放って、それぞれ出来たての刀剣を弾き飛ばした。
まどか「無駄だよ」
まどか「さやかちゃんの剣の生成より、魔力を直に飛ばすわたしの矢は生成が早いんだ…」
さやか「それにしたって、そんな嘘みたいに正確な早撃ちが…」
まどか「これでも鍛えてるからね…」
さやか「…………」
まどか「さっきも言ったよね…」
まどか「もう使わせない…。
さやかちゃんを傷つけるだけの魔法は…!」
さやか「まどか……、アンタは…!」
あらゆる攻撃を見切られ、行動を封じられ……。
動揺と苛立ちから来る混乱を隠し切れずに立ち尽くすさやかちゃん。
そして、わたしはそんな姿を見つめながら、左手に矢を作り、弓を引く。
ほむら「鹿目さん? まさか……」
まどか「終わりにしよう。さやかちゃん」
さやか「………」
ほむら「駄目ですッ! 鹿目さんッ!!!!」
結界を叩きながら叫び、わたしを制止しようとするほむらちゃんを他所に…。
わたしは右手を離し、丸腰のさやかちゃん目掛けて矢を放つ。
矢は直進し……。
動く事なく、それを見つめるさやかちゃんの目の前で炸裂した。
ほむら「駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!」
響く慟哭。
それに呼応するかのように…。
さやかちゃんを飲み込んだ魔力の光が広がっていく……。
ほむら「あぁ………あ……」
ほむら「もう………やだ……、こんなの……」
ほむら「やだよぉ……」
一面に広がった眩い光。
辺り一帯を照らすその光が減衰していく……。
そして……。
その光が完全に明けた時…。
わたしは、押し倒したさやかちゃんをしっかりと抱きしめていた。
ほむら「美樹さんっ!!!、鹿目さん………」
ほむら「よかった…、よかったよぉ……」
まどか「さやかちゃんっ、やっと捕まえた………」
さやか「離して……、離してよ!」
まどか「イヤだ。もう絶対離さない…」
さやか「どいてよ……、あたしはもう……!」
まどか「やめて!」
まどか「聞きたくないよ……」
さやか「…………」
まどか「ごめんね」
まどか「さやかちゃんが辛い時に一人にしちゃって……。
偉そうなこと言いながら、結局何の支えにもなってあげられなくて……」
まどか「だけど、わたしもう迷わない。
今度こそ……、さやかちゃんを守るから…。もう一人になんてしないから…」
まどか「もう自分を責めないで……。傷つけないで……」
さやか「…………」
さやか「なんで…」
さやか「なんでアンタは構うのよ……」
さやか「アンタを傷つけるあたしなんかに……」
まどか「もういいよ。それも全部わかってる」
まどか「さやかちゃんは、わたしに嫌いだって嘘言ってでも……、傷つけてでも遠ざけたかったんだよね?
そうやって美国さんと刺し違えて、罪滅ぼししようと思ったんだよね?」
まどか「死んじゃう前に………、せめて死ぬのならって………」
さやか「…………」
まどか「でも、わたしいらないよ。そんなの嬉しくない…。
そんな事よりも、わたしはさやかちゃんに生きてて欲しい…」
さやか「わけ……、わかんないよ……」
さやか「なんで…? あたしはアンタに八つ当たりするような……。
そんな最低な奴なのに…」
まどか「それを言ったら……、さやかちゃんはなんでわたしなんかに構ってくれたの?」
まどか「わたし…、ずっとさやかちゃんに迷惑ばかりかけてた。お世話になりっぱなしだった。
けど、わたしからはさやかちゃんに何もしてあげられなかった……」
まどか「それなのに、どうしてわたしの友達でいてくれるの…?」
さやか「それは………」
まどか「それと同じだよ。小難しい理由なんていらない」
まどか「わたしはさやかちゃんが大好き。だから助けたい。
それだけだよ」
まどか「だから、全部話してよ。全部わたしにぶつけてよ。
今度はちゃんと受け止めるから……」
さやか「…………」
まどか「そう言う……、約束でしょ…………?」
さやか「ふ………」
さやか「あっはははははは…」
さやか「アンタには敵わないわぁ……」
それまで、ただ辛そうで悲しそうだったさやかちゃんの表情が変わる。
一瞬だけ目を丸くして、そのまま笑いながらそう言う。
それは少しだけ寂しそうだけど……、いつものさやかちゃんの笑顔そのもので……。
やっと、いつものさやかちゃんが帰って来た気がした。
さやか「まずは……、あたしも謝んなきゃだね。
ごめん、まどか。それにほむらも……、ごめん」
さやか「でもね……」
さやか「もう何もかもわからなくなったんだ」
寂しそうな…、それでいてどこか吹っ切って笑ったような……。
見た事のない表情をしながら、さやかちゃんは胸中を語る…。
わたしは、そんなさやかちゃんをまた抱きしめようとしたけど、それはもうしなくていいって拒まれてしまい、
そんな様子を、ほむらちゃんに笑われた。
ほむらちゃんはもう結界から出てもらっていて、今は駅のベンチに三人並んで座っている。
さやか「結局あたしは恭介に見返りを求めてて……、事情を知らない仁美を妬んで恨んで……。
まどかに八つ当たりした……」
さやか「こんなあたしはもう、みんなの所に帰る資格はないってそう思った。
そして、そんなわたしが出来る事、すべき事を考えた……」
ほむら「それって、魔法少女の使命…、魔女退治ですか?」
さやか「そう…。あたしはマミさんを見殺しにしてる。
だから、マミさんの代わりに守らなきゃって思った」
さやか「まどかも、ほむらも、この街の皆も………」
さやか「だけど……、『誰かの為に生きる馬鹿は犬も同然』って言ったあのホスト達の話を聞いて……。
どうしようもなく虚しくなったんだ………」
さやか「うぅん、それは引き金に過ぎなくて……。
戦い疲れたあたしは、どこかで薄々感じてたのかもしれない…」
さやか「同時に、そこにいたホストもこの世界もどうしようもなく憎くなった。
でも、それ以上にそんな事を考えたあたし自身はもっと許せなかった……。
だから、もう……」
さやか「消えちゃいたかったんだ………」
まどか「さやかちゃん………」
さやか「あたし、嫌な女なんだ……」
さやか「勝手にした事の見返りを求めて……、得られなかったって妬んで……。
そして、友達に八つ当たりして……。最後には全部嫌になって……」
さやか「ほんと、どうしようもないくらい最低だよね……。
救えないくらいバカ……、だよね………」
??「そんな事ないんじゃないかしら」
さやか「え…?」
まどか「その声………」
??「誰だって、した事の見返りくらい欲しい。当然だと思うわ」
??「すべき事をしたから見合った報酬が欲しい。そして、それが得られずに他人を妬む…。
どれも人として自然な…、当然の感情よ」
??「それでも『誰かの為に』って頑張れるあなたを、私は尊敬しているわ」
??「そもそもさ…。人間なんて、本来そんなもんだろ?」
??「なぁ……、さやか」
聞き覚えのある声。
見覚えのあるシルエット…。
間違える筈が無い……。
振り返った先に立っていたのは…。
死んだと思っていた二人の姿で…。
まどか「マミさん!」
さやか「杏子………」
ほむら「二人とも、無事だったんですね…!」
マミ「ごめんね。遅くなって」
杏子「とりあえずは…、まどか。これを使ってやりな。
さやかの奴、その様子じゃ相当まずい事になってんだろ?」
まどか「うん……」
わたしに向かって、グリーフシードを投げて渡す杏子ちゃん。
まずい事、と言う言い方が少し引っ掛かったけど、その場は聞き流しつつ、
さやかちゃんからソウルジェムを預かり、その穢れを移す。
元の色がわからなくなるほど真っ黒に染まったソウルジェムは、ようやく元の輝きを取り戻していく…。
さやか「悪いね……、手間かけさせちゃって」
杏子「ふん…。それ見た事か。
だから『誰かの為』なんて、どうなるかもわからねぇ格好付けはやめとけって言ったんだよ」
さやか「ほんとだよね……。
あたし、アンタに偉そうな事言いながら、結局はこんなになってさ…」
杏子「チッ……。ウゼェ! 何時までもうじうじすんな!」
杏子「誰かの為に何かしたいって事は間違いじゃないんだろ?
じゃあ、少なくともお前の行動自体は正しいんだ。胸を張れ」
さやか「うん………」
杏子「ったく…。世話が焼けるよ」
杏子「そうだ…。なんなら、特別にアタシの面貸してやろうか?
ぐだぐだうるせぇ奴をボコボコにするだけでも、結構すっきりするもんだぜ?」
さやか「…………バカ」
目を潤ませながら………、けれどさやかちゃんは笑ってそう言う。
頭を掻き、少し照れくさそうに明後日を向く杏子ちゃん。
そして、そんな杏子ちゃんの後ろに居た小さな人影が、ひょっこりとさやかちゃんの前に出てくる。
ゆま「サヤカっ」
さやか「ゆまちゃん、どうしてここに……」
ゆま「サヤカにありがとうを言いに来たの」
さやか「…………」
ゆま「サヤカはゆまを助けてくれたよ…。
そのことをゆまはいつもいつもありがとうって思ってるよ」
ゆま「ゆまのありがとうじゃ、足りないかもしれないけど……。
でも、ゆまもたくさんありがとうするから……、消えちゃヤダよ……」
さやか「ゆまちゃん…………」
ほむら「じゃあ、私からも。
美樹さん、今までありがとうございます」
さやか「ほむらまで………。あたしはそんな事言われる資格…」
ほむら「私、美樹さんが居なかったら魔女か、あの魔法少女に殺されてとっくに死んじゃってます」
ほむら「それだけじゃないです。私も美樹さんにはたくさん優しくしてもらって……。
たくさん元気をもらいました……」
ほむら「私は、鹿目さん達と違って美樹さんの力にはなれないけど……。
それでも、お礼くらいは言わせてください」
さやか「でも、あたし………」
ほむら「コンプレックスがあるのは美樹さんだけじゃないです。
誰でも皆、それを隠したり、ごましたりして生きてるんです…」
ほむら「それを理由に死ななきゃいけないなら、私なんか何回死んでるかわかりませんよ?」
ほむら「それに……、負の感情を覚えたり、その感情に悩んだりするのは、化け物や道具なんかじゃない何よりの証…。
美樹さんが、私と同じ人間である証拠だと思うんです」
さやか「ほむら………」
まどか「ねぇ、さやかちゃん」
まどか「わたし達は上条君じゃないから、さやかちゃんが一番に望むモノをあげる事は出来ない。
でもさ………」
まどか「さやかちゃんが頑張って来た事は知ってるよ。
上条君の為に自分の身を捧げた事も、わたしや皆の為にって戦ってくれた事も……」
まどか「だから、そんな自分を否定しないで。
何もかも自分一人で背負おうとしないで」
まどか「さやかちゃんが誰かを救ってきたように……。
今度はわたし達で、さやかちゃんを支えるから」
さやかちゃんを取り囲み、みんなが支えている。
それは多分…。
さやかちゃんが望む光景の一つなんじゃないかなって……、そう思う。
そして、その中でさやかちゃんは…。
さやか「あたし……、一人じゃなかったんだね…」
さやか「なのに一人で恨んで、妬んで……。
勝手に何もかも嫌になって……」
さやか「みんな……、こんなに…、あたしの事見ててくれたのに……。
それなのに……、こんなになっちゃうなんて……」
さやか「あたしって、ほんとバカ…」
まどか「帰ろ、さやかちゃん」
さやか「うん……。うんっ……」
泣きじゃくるさやかちゃんをもう一度だけ抱きしめる。
そして、そのまま…。
さやかちゃんが泣きやむまで、ずっと抱きしめていた。
────────
────
──
さやか「ねぇ…、まどか」
まどか「なぁに?」
さやか「実はね…、あたしの願いって恭介の腕を治す以外にもう一つあったんだ」
マミ「…? おかしいわね。QBは魔法少女が叶えられる願いは一つだって言ってた筈だけど…」
ほむら「何かを満たすと二つになるとか、隠し条件でもあるんでしょうか…?」
ゆま「あ~っ! サヤカばっかりズルイ! ゆまも二つめのお願い叶えたいよ~!」
杏子「やめとけやめとけ。仮に叶うとしたって、その分あの白饅頭になんか持ってかれるぞ。
つーか、そう言う事じゃなくて、魔法少女になって出来た事とかそんなんだろ?」
さやか「うん」
まどか「それって………」
さやか「そう。あたしは恭介の腕を治すのと同時に、ピンチだって聞かされたまどかを助ける事が出来たんだ」
さやか「そして、あたしは今日まどかに救われた……。
だから、しっかり見返りを受け取る事が出来たんだなって、そう思ったんだ」
まどか「その願いの見返りはそのくらいじゃ終わらないよ」
さやか「え…?」
まどか「わたしはこれからもずっと、さやかちゃんを助けちゃうからね」
さやか「ぷっ…、あははははははっ」
まどか「もうっ、どうして笑うの!」
さやか「ははははっ……。いや~、見返りは無限大ですかぁ!
我ながらお得な願いをしたもんだなって」
まどか「でしょ…?」
さやか「うん…。なら、これからも頼むね。
あたしは弱いから、またまどかに迷惑かけちゃうかもしれないけど…。
その分、あたしもまどかを守るから…」
さやか「改めて…、これからもよろしくね、相棒」
まどか「うんっ!!!!」
交わした約束。
それは…。
わたし達の辿るべき運命さえも変えていく…。
――見滝原市内???――
織莉子「ふぅ……、あと……少し……」
キリカ「………」
織莉子「重いわ……、キリカ……」
織莉子「ふふ……、後ろから抱きつかれた事はあったけど……。
貴女をおんぶする日が来るとは思わなかったな」
キリカ「ぅ…………」
織莉子「ごめんね。もう少しだけ頑張って……」
織莉子「あの薬……、多めに貰っておいてよかった……。
あれを全て使えば………」
織莉子「……………」
織莉子「本当に容赦が無いわね、この力は………」
織莉子「希望に縋る時間すら、満足に与えてくれない…」
織莉子「え………?」
織莉子「何故、『美樹さやか』がキリカの前に現れるの……?」
織莉子「こんな……、こんな馬鹿な……!」
織莉子「彼女は今日、鹿目まどかを倒したショックで魔女化して……。
満身創痍の鹿目まどかはそれを説得しようとして戦死、そこに居合わせる暁美ほむらも魔女の手によって死ぬ……」
織莉子「その………、筈だったのに……!」
織莉子「何故…」
織莉子「どうして……?」
織莉子「私が視た未来は……」
織莉子「私が視た『いつか』はどこへ行ったの!?」
織莉子「巴マミ達を逃がしたのが大きかったの……?」
織莉子「違う………。足止めは十分だった。
あそこまで足止めすれば、彼女達は間に合わない。
状況を変える因子が無い以上、もう未来が変わる筈は無い…!」
織莉子「では、何故!? どうして…!?」
織莉子「……………」
織莉子「キリカ………。どうやら、私の『運命』も決まったみたい……」
――見滝原市内廃墟――
QB「一足遅かったみたいだね。
戦闘の痕跡があるから、ここに彼女達が居たのは間違いないんだけど」
???「……………」
QB「念の為、もう一度彼女達の特徴を説明しておくよ」
???「必要無い」
QB「それは困る。彼女達以外の魔法少女に手を出されると……」
???「くどい! 一度聞けば覚える!」
QB「…………」
???「絶対に許さない」
???「おまえたち……、おまえたちだけはッ………!!!!」
QB「全く………、頼もしい限りだよ。
性格には難があるけど、実力と目的に対する執着は折り紙つきだからね」
QB「さぁ………、役者も揃ったし、始めようか」
QB「『魔法少女狩り』を」
―to be continued―
―next episode―
「愛は無限に有限か。良い言葉だよ。だけどね…!」
―【第十八話】白と黒(前編)―
???『ほっといて…。もって三ヶ月。終わったの。私の人生』
???『終わってなんかない』
???『アンタが生きたいと思うなら…、アタシはどんな手を使ってもあんたを助ける』
???『助けて………。私死にたくない。もっと生きていたい』
???『夢色のお守り。アタシが戻るまで持ってて』
???『ねぇ…、やったよ! 私治ったんだって…! 病気…!』
???『お守り効いたでしょ…?』
???『うん…! あ、このお守り返しておくね』
???『今度は…をお守りください』
???『どこ行ったの…? この中で迷ってるのかな…?』
???『え…? このお守り………、まさか…!!!』
???『う、うわぁぁぁぁぁ!!!!!!』
???『酷い……、酷いよ!!!! なんで? なんで…がこんな目にあわされるの…?』
???『許さない…』
???『絶対に許さない…………!!!!』
―【第十八話】白と黒(前編)―
――見滝原市内 人里離れた家屋――
織莉子「ここに籠ってほぼ丸一日、か……」
例の薬の効力もあり、ボロボロだったキリカの肉体も幾らか回復した。
しかし、その傷は未だ深く、左腕は欠損したまま…。
織莉子「けれど、この薬はもう使えない…」
理由は二つ。
この薬は、『肉体の再生』と言う形を取った薬の製作者の固有魔法を服用者に発動させるモノ。
魔力消費は服用者のモノで賄われるのは勿論、無茶な仕様から消費量は著しく大きい。
その副作用は今のキリカには重すぎるほどに…。
そして、もう一つ…。
織莉子「ソウルジェム………」
魔法少女の本体にして、唯一癒す事の出来ない弱点。
それをキリカは破損してしまった。
本来、普通に過ごせばそうそう溜まる筈の無いソウルジェムの穢れ。
その穢れが破損した箇所から次々に溢れ続ける。
これは魔法少女として致命的な状態と言えた。
織莉子「キリカ……、本当にごめんなさい…」
織莉子「私はずっと、貴女に助けられて来たのに…」
織莉子「私は貴女に何も…………」
織莉子「…………」
織莉子「追手、か…」
織莉子「…………そんな!?」
織莉子「何故、彼女が……、ここに………!?」
突如起こった爆発で、私達の居た家屋が粉々に吹き飛ぶ。
予知により脱出した私は、キリカに結界を張りながら、爆風の向こうにある影を見つめる。
長い金髪のツインテール、やや釣り上がった金色の目、見覚えのない露出の多い紫の衣装。
全ては予知の通り、家屋の残骸と爆煙の向こうから現れたのは怒りを狂気に変えて笑う復讐者。
織莉子「何故………」
織莉子「何故、貴女が………!」
???「よう、美国織莉子。このユウリ様のことが気になるご様子で!」
彼女の名は飛鳥ユウリ。
魔女になり、多くの犠牲を出す運命から、私が始末させた魔法少女の一人。
つまり、とうに死んでいる筈の人物…。
織莉子「その貴女が、何故生きている…!?」
ユウリ「へぇ……、意外。ちゃんと覚えてるんだ」
ユウリ「アタシにとっては唯一<オンリーワン>でも、あんたたちにとっては十把一絡げ…」
織莉子「答えなさい…!」
ユウリ「答えはか~んたん」
ユウリ「アタシはあんたたちに復讐するために還ってきたんだ!!!!!!」
見てわかる通り、私は驚いていた。
自分に対する復讐者が現れた事に対してではない。
多くの者を救う為とは言え、私は人殺しを繰り返している。
私に恨みや憎しみを向ける者が現れる事は当然だろう。
けれど…。
まさか、殺した当人から復讐されるであろう事は考える由もなかったのだ。
驚愕。
それと同時に、予知を持っていながら、こう言った事態を見切れなかった自分の未熟さを痛感していた。
織莉子(半狂乱の敵は有無を言わさず仕掛けてくる)
織莉子(武器は二丁のハンドガン。射程はそう長くない…)
織莉子(回避コースは右、右、左、下、右…)
ユウリ「はッ! 避けた!」
私の固有能力『未来予知』。
以前、私が言ったようにこの力は確かに全知全能ではない。
それでも、極めてそれに近い力であると自負している…。
織莉子(弾丸はこのまま走っていれば当たらない。けれど背後から伏兵)
織莉子(召喚済みの魔牛…、弾丸の事も含めれば、今大きく飛んでもギリギリか…?)
ユウリ「コルノ・フォルテ!!!!!」
コル「オォォォォォォッ!!!!!!!」
織莉子「ッ…!」
ユウリ「これも避けたか。すごいなぁぁぁぁぁぁぁ」
織莉子(弾丸はまだ切れない…!? 次の攻撃は食らったらまずい拘束弾。でも、この体勢じゃ…)
ユウリ「よく頑張りました。あはっ」
織莉子「くッ…!」
けれど…。
残念ながら、それを使うのは所詮人の成り上がりに過ぎない私。
予知と言うのは、正確な未来が書き連ねられた分厚い本のようなもの。
戦闘などの積極的な干渉を受ければ、多少の歪みが生じるとは言え、即座に予知自体もそれに対応してくれる。
それでも…。
今日起きる事を視る事が出来るとしても、視ているとは限らない人並みの視野しか持たず…。
どれだけ起きる未来が正確でも、それに対応できるとは限らない程度の器しかない…。
力を使っているのが私である事。
それがこの力の欠点だった。
織莉子(左肩、右手首)
ユウリ「あははっ!」
織莉子「ぐッ…! うぅ…」
織莉子(左脇腹、右胸)
ユウリ「あははは! うふ!」
織莉子「かぁはッ! あぐ…く…ぅ…」
織莉子(また腹……、そして左眼…)
ユウリ「あはははははッ! ひゃーはははははははは!!!!!!」
織莉子「あっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ユウリ「悲鳴の独唱? 最高!」
織莉子「はぁ…はぁ……、はっ…」
ユウリ「でも、許してあげない」
織莉子「はっ……はぁ……………」
ユウリ「あんたはアタシの一番大事なものを奪った」
ユウリ「だからね、アタシはあんたの一番大事なモノを…………」
ユウリ「殺すの!!!!!」
そう言って、血まみれの私を見下すのをやめ、敵は視界をずらす。
ずれた視線の先に居るのは勿論…。
キリカ「………」
ユウリ「うふふふふっ! あはははははははははは!!!!!!」
織莉子「それだけは……させ…、ない……!」
その右手とソウルジェムを重ねて魔力を放ち、キリカの周囲に魔法陣を展開し始める敵…。
それを止めようと放った魔力球は悉くかわされ、代わりに右肩にも銃弾を受ける。
織莉子「うぅッ!」
ユウリ「しゃらくさいんだよ」
ユウリ「さぁ………、死ね!!!!!!!」
織莉子「ごめん……なさい。キリカ…」
ユウリ「イル・トリアンゴ…」
ユウリ「かッ…!」
敵が言おうとした魔法の名は遮られ、その発動を止められる。
さらに振り向けば、あり得ない速度で魔力球を炸裂させ、拘束を解いた私が立ち上がる姿。
復讐の妨害と、起こりうるはずの無い事態に相手は再びその苛立ちと狂気を私へと向ける。
ユウリ「鬱陶しい、うっとうしい、うっとお! しいッ!!!!!!」
織莉子「………行きなさい」
ユウリ「そんななまくら玉…………、速い!?」
違う。
魔力球自体の速さは、先ほどと変わらない。
しかし、それを知る筈もない敵はゆっくりと攻撃を避けようとし、魔力球の直撃を受ける。
ユウリ「うぉッ…! おまえぇぇぇぇぇ!!!!!」
織莉子「……………」
ユウリ「当たらない…! 見切られたのか!?」
ユウリ「なら…、コルッ!」
コル「オォォォォォッ! オォ…!?」
織莉子「…………無駄よ」
ユウリ「馬鹿な…!? くぅおッ…!」
形勢は完全に逆転した。
敵の放った攻撃は全て当たらず、魔牛を使った連携でも変わらない…。
対して、こちらの攻撃だけが一方的に敵に命中し続ける。
ユウリ「くそッ、糞…! 待てよ………」
ユウリ「あはははッ! それなら、あいつだけでも……!」
ユウリ「やれッ! コルノ・フォルテ!!!!!」
コル「オォォォォォォォォォッ!!!!!!!!!!」
指示を受けた魔牛は、右の後ろ足で地面を二度ほど蹴ると…。
ミサイルのような速さで、キリカのいる結界に突撃、それを粉砕し……。
血飛沫と共にバラバラに解体された。
コル「ォォォァァァァァァァ……………」
ユウリ「コルッ!!!!!!」
???「牛かぁ…、今夜の晩御飯はステーキかな…?」
???「いや、もっと細かく刻んで潰してハンバーグにしよう! それがいいなっ。
そうしようよ、織莉子」
キリカ「牛の肉も、そこのふざけた奴も…、今私がミンチに仕立てるからさ!!!!!!」
ユウリ「チッ…!」
返り血のシャワーが染める赤一色の闇から、怒りの表情を見せながら現れるキリカ。
さすがに状況を悟ったのか、敵はハンドガンを地面に向けて放つと…。
煙幕を発生させ、そのまま行方を眩ませた。
キリカ「逃がしたか」
キリカ「……………八つ裂きにしてやろうと思ったのにッ…!」
キリカ「織莉子、大丈夫…?」
織莉子「私は………」
キリカ「織莉子?」
織莉子「私は……無力だ………」
織莉子「貴女をあんな目に遭わせたのに、世界を救うどころか敵の一人も倒せていない…」
織莉子「今の敵のように……、他者から憎まれるしかない茨の道を共に歩ませて……」
織莉子「そして、今も傷付き、弱り切った貴女にまた無理を強いている…!」
キリカ「そんなこと……。織莉子は気にしなくていいんだ」
織莉子「良いわけが無い! 私は貴女を傷付けることしかできない…!」
キリカ「いいんだ」
織莉子「よくないわ!」
キリカ「本当に…………いいんだ」
キリカ「それが………、それだけが、私の望みなんだから」
キリカ「そもそも……、謝罪が必要なのは私の方なんだ」
織莉子「キリカ……?」
キリカ「うん…、そうだね。良い機会だ」
キリカ「私の告白をきいてほしい」
織莉子「…………」
キリカ「私はね…………」
この世の全てがキライだった。
いいや、嫌うよりもっと酷い。
私は何もかもに興味が無かった。
いつもバラバラで家に居た事なんてない、あるだけ無意味な家族ごっこも。
「そうなんだ」で返せるようなスカスカの会話を繰り返す、バカ丸出しの友情ごっこも。
下心が透けた盛った猿共の間に合わせにしか見えない、薄ら寒い恋愛ごっこも。
全部。
くだらない、つまらないって何もかもを見下していた。
そんなある日の事だった。
私は列を成したコンビニのレジで、財布の中身をひっくり返した。
飛び散った小銭、お札、カード。
けど、自分の事しか見えていない周囲の人間はただ冷たい視線を送るだけ。
「邪魔だ」「早くしろ」と、隠しすらしない声が漏れてさえいた。
そんな時だった。
???『よいしょ…』
キリカ『…』
???『これで全部かしら?』
天使のような姿をした女の子が、私の財布の中身を拾うのを手伝って…。
微笑み返して去っていった。
それが織莉子。
キミだったんだ。
些細な出会いの筈だった。
だけど、私にはそれが何時までも引っ掛かった。
たったそれだけの事で惹かれるなんて、私はどれだけ希薄な日々を歩んでいたんだって笑えてくるけど…。
それでも、私はキミの姿を探し続けて、やっと見つけたんだ。
キリカ『偶然を装って声を掛ければいい。一度あったことあるんだし…』
キリカ『そして、聞けばいい。私のこと……、覚えてますかって……』
そう呟きながら、遠くに見かけたキミに近寄ろうとした。
でも………、出来なかった。
「私のことなんか覚えてるわけがない」そう思ったから。
その時、気がついた。
何もかも興味がないなんてウソだ。
何にも興味がないフリをして…。
みんなを見下したフリをして、妬んでたんだ。
私なんかの事を気に止めてくれる人なんていないって…。
そして、願った。
「変わりたい。違う自分になりたい」って。
織莉子「………」
キリカ「ゴメンよ。織莉子が知ってる私はニセモノだったんだ」
キリカ「本当の私は嫌われるのが怖くて、友達も恋愛も何も出来ないいじけた子供なんだ」
キリカ「織莉子、私のウソに付き合わせてごめんね。ありがとう」
織莉子「キリカ………」
キリカ「でもね、何もかもウソで出来た私が、ただ一つ誇れるモノがあってね…」
キリカ「それがキミへの思い……、キミへの『愛』なんだ」
キリカ「だから、キミの為に戦い、キミの為に恨みを買い、キミの為に傷つく事は全て私の誇り…。
そして、私の望みなんだ……」
キリカ「でも、私にはもう時間が無い…」
キリカ「死ぬのなんて怖くない。だけど、ただ死ぬのは絶対にイヤだ……」
キリカ「だから、お願いだ、織莉子。最後まで私を使って…」
キリカ「織莉子の為に生きて…、織莉子の為に死ぬ…。
私の望みを最後まで叶えさせて…」
織莉子「本当…………、困った子…、ね……」
キリカの告白。
そして、その思い。
それに打たれた私は涙をこらえ、懸命に顔をあげる…。
織莉子「わかったわ…。キリカ。貴女は最期まで私の為に在りなさい…。
例えどんな姿になっても、私に尽くし護りなさい…」
織莉子「それが私を欺いた貴女に課せられた罰よ」
キリカ「わかった。約束する」
キリカ「そんな罰なら、喜んで受けるよ……」
違う…。
お礼も、謝罪も…。
そして、罰を受けるのも…。
本当は全て私の方なんだ。
キリカ、私の身勝手に付き合わせてごめんね、ありがとう。
私は何も与えられないばかりか、貴女が傷つくような事ばかりさせているけど…。
それでも…。
私を慕う貴女を駒として使い続けよう。
憎しみも悲しみも怒りも全て踏みにじる冷酷な私であり続けよう。
救世を成す事だけを考え、他の全てを切り捨て続けよう。
そう在る事を貴女が望んでくれるから…。
そして、それが私が貴女にしてあげられる唯一の事だから…。
――見滝原市内道路――
ほむら「今日からは美樹さんも来れるんですよね?」
まどか「うん。さっき連絡あったからそろそろ…、あ、来た来た」
行方不明になっていた美樹さんが戻って来て二日目の朝。
敵への警戒から私と佐倉さん、ゆまちゃんは鹿目さんの家に泊まり…。
同じ理由から、学校近くで待機する為に佐倉さんとゆまちゃんも含めた四人で通学路を歩いていた。
あの夜戻ってからは大変だった。
鹿目さんのお母さんは真っ赤になって怒っており…。
私も含めてそれはそれは壮絶なお説教の時間が朝まで続いた。
最も…。
さやか「お~っす」
マミ「おはよう、みんな」
当然ながら、美樹さんはこの比ではなく…。
捜索願が出されていた事もあり、昨日一日先生や親御さんにこってり絞られた様子で…。
今日から久々の登校となる。
巴さんはその美樹さんが一人になる危険から、彼女の家の近くに張り付いていた、と言う訳だ。
まどか「てぃひひ。大変だったね」
さやか「ほんとよ、も~! 同じような話を延々と繰り返され…。
同じような事を何度も聞かれ…」
さやか「でもさ…。実際悪い気はしてなかったんだ」
さやか「怒られてるんだけどさ、なんか嬉しいんだよ。
本気で自分の事を思ってくれてる……、それが端々から伝わって来てさ…」
まどか「あぁ…、なんかわかる」
さやか「今になって思えば馬鹿だったってよくわかるよ」
さやか「アンタがいて…、ほむらもいて…、ウチの親だって何だかんだであたしの事思っててくれてて…。
先生もなんか本気で泣いてくれて…。杏子やマミさんも帰って来て、ゆまちゃんも来てくれて…」
さやか「あたしはまだ、こんなに必要とされてるんだって気が付いた」
杏子「………ようやくわかったか馬鹿」
マミ「全くね」
ほむら「です」
ゆま「そうだよ~」
さやか「たはは…」
さやか「正直……、まだ色々とモヤモヤしてる事はあるけど…。
とりあえず馬鹿やって自分を傷つけたり、捨てたりしようって気だけはなくなったよ…」
そう言いながら、どこか遠い目で話す美樹さん。
その顔は居なくなる前のような鬱な様子は見て取れないけれど、晴れきった爽やかなものとも言えない…。
太陽のような笑顔と、底なしの元気を誇る美樹さんのモノとはほど遠い何とも複雑な表情だった。
けど、当然だろう。
あれだけの事があった以上、美樹さんにだって心の整理は必要なんだ。
少しづつでも、いつもの美樹さんに戻れるように、今度は私達で支えてあげよう。
そう思い直した矢先だった。
さやか「あ…………」
まどか「…………」
美樹さんの表情が一辺に曇る。
それもその筈だった。
視線の先に居たのは、美樹さんがあぁなってしまった一因を作りだした彼女…。
志筑さんだったのだから。
さやか「…………お、お~」
まどか「いいよ」
さやか「な、何言ってんの…? 仁美もこっちに誘って一緒に…」
まどか「無理しなくていいよ」
まどか「まだ、気持ちの整理付いてないんでしょ?
だったら、そんな時くらい無理しなくていいんだよ」
さやか「でも………。そうだ! まどか、アンタだけでも仁美の所にいって…」
まどか「いかない」
さやか「な、何でよ………。仁美の事嫌いになったの……?」
まどか「ちょっとだけ怒ってるけど、嫌いにはなってないよ」
まどか「だから、一人でいる仁美ちゃんを見るのは心苦しいけど…。
それでも、わたしが仁美ちゃんの所へ行ったら、さやかちゃんが寂しい思いをするから、いかない」
まどか「仁美ちゃんが上条君とさやかちゃんで、上条君を取る事を選んだのと同じ。
わたしも、さやかちゃんと仁美ちゃんのどっちかしか取れないなら、さやかちゃんといる」
さやか「まどか………」
まどか「さやかちゃんはね…、人の事考え過ぎだよ。
自分が辛い時くらい、自分の事考えようよ…」
薄らと目に涙を浮かべる美樹さん。
その美樹さんに微笑みかける鹿目さん。
人の為ならどこまでも強くも優しくもなれる美樹さんだけど…。
代わりに自分の事を省みない悪い癖があるから…。
鹿目さんの判断はきっと正しいんだろう。
でも…。
ほむら「どうにかならないんでしょうか…」
杏子「何がだ」
ほむら「志筑さんの事です…」
ほむら「元々鹿目さんや美樹さん以外の人とは、あんまり話が合わないみたいで…。
そこに美樹さんの行方不明の件と、上条君の件の噂も広まって、尚更他の人との折り合いが悪くなってて…」
杏子「さぁ…? 知らね」
ほむら「そんな…。そうだ! なら、せめて私だけでも……」
杏子「死にたいのなら、そうしな」
ほむら「え…? なんで…、死…?」
杏子「何時もだったらそうしてやるといいさ、とでも言ってやってたよ。
けど、お前は今の状況わかってんのか?」
ほむら「あ………」
杏子「まどかやさやかに守られてる身の癖に、折り合いの悪いお嬢の方に行く…。
まぁそれはそれでお前の勝手だけどさ…」
杏子「その代わり、二人から離れた隙を突かれて死んじまっても、二人を絶対に恨むなよ?
ただの自業自得なんだから」
ほむら「自業……、自得……」
杏子「先に断っておくとな、別にアタシはさやかの肩持ってる訳じゃねーぞ?
恋愛騒動に関しちゃモタモタやってたさやかにも非があるし、むしろそのさやかに断り入れたお嬢に関心してるくらいだ」
杏子「ただな、お嬢の行動は、自身の思惑はどうあれ…。
まどかの言う通り、さやかを切り捨てて、その上条って坊やを選んだ事には違いないんだ」
杏子「で、その結果が今の現状だって言うんなら、それはお嬢自身が受け止めるしかないだろ」
杏子「それが、お嬢の起こした行動の結果なんだから」
ほむら「…………」
杏子「ほむら。お前もよく覚えとけ。
自分の行動の先にあるのが、今考えてたり、そこで見えた結果だけだと思うな」
杏子「思わぬものが思わぬ絡み方をして、思わぬ方向に進んだり、転んだり…。
それが現実ってもんだ」
杏子「だから、行動する時はよく考えろ。よく周りを見ろ。
起きた結果や、自分の望みや目的だけを見るな」
杏子「動いた後に、気付いたらもう取り返しがつきません、じゃ遅い事なんて山ほどあるんだからな」
杏子「まして、予知の事があるお前は尚更………、な」
ほむら「はい。わかってます…」
杏子「まぁあんな話聞かされて、今更魔法少女になるなんて思わね―だろうけどな」
昨日の帰り道だった。
みんなが別れる頃になって、巴さんと佐倉さんが顔を合わせ、
突然、みんなに大事な話がある、と切り出した事から始まった。
真剣な顔をした巴さんの口から語られたのは…。
ほむら『魔法少女が魔女に……』
マミ『えぇ。実際にそうなる瞬間を私は見た。確定情報よ』
さやか『…………』
まどか『…………』
杏子『お前らがおかしくなるのを一番警戒してたんだが…。
案外驚かないんだな?』
さやか『ん…。まぁ何となくわかってたって言うか…。
ほら、あたしはさっきまで穢れ溜めて暴れまわってたじゃない』
さやか『でさ、その時になんか自分の中にモヤモヤした……、こう……。
なんかうまく説明できないけど、とんでもなくヤバくて悪いモノが吹き出そうになった…。
そんな感じがしたんだよ』
杏子『な~る。魔女になる直前まで行ったお前は、感覚的にそれがまずいのがわかってたってか。
まどか、お前は?』
まどか『わたしは……、さやかちゃんほど確信があった訳じゃないんだけど…。
やっぱり、さやかちゃんの様子からしておかしいって思ってた』
まどか『傷心から来る自虐、ネガティブ、八つ当たりや威圧的な態度。
どれもさやかちゃんの性格や精神状態からして全く無いとは言えないし、
実際それら全てさやかちゃんの意思で行ってたってのは嘘ではないと思う。けど…』
まどか『それにしたって、何かネガティブ過ぎるし、何か攻撃的過ぎる…。
なんとなく、そんな気がしたんだ…』
まどか『だから穢れが溜まった先に悪い事が起こる……ってまでは考えてたから…。
その結果が魔女だって言うんなら、やっぱり納得しちゃうって言うか…』
まどか『そもそも……、ずっと引っ掛かってはいたんだ。
ソウルジェムが魔法少女の本体なら………、そのジェムに溜まる穢れって何なのか。
その穢れが溜まったら何が起きるのかって………』
杏子『そう……か。二人ともジェムの事は知ってたからな。
そっから碌でも無い答えを予想はしてたってとこか』
まどか『まぁ、ショックじゃない訳じゃないんだけどね…』
さやか『でも、もう色々起き過ぎて頭がパンク寸前って言うか…』
マミ『……災い転じて福となる、か。
今回の一連の事件が結果的に良い方に転んだのね』
願いを叶えて魔法少女になる。
みんなそれだけが望み、考えた結果だった筈だろう。
でも、佐倉さんの言う通り、現実は違う。
願いを叶え、魔法少女になると言う行動は…。
誰も予想だにしない…、魔女になるかもしれないと言う結果を突きつけている。
行動の結果に起きる事が、自分の望むモノだけとは限らない。
自分の悲しい過去の体験談から、それを語る佐倉さんの悲しそうな表情を見た私は、改めて肝に銘じた。
いや、銘じざるを得なかった。
だって、私は…。
世界を滅ぼすと予知された存在だから…。
佐倉さんの言う通り、いや佐倉さんが言う以上に…。
もっと、より慎重に行動しなきゃいけないんだ…。
ほむら(けど……)
ほむら(このまま志筑さんを放っとかなきゃいけないなんて…)
ほむら(私は……、志筑さんにもお世話になったのに…)
ほむら(こんなの……嫌だな……)
仁美「…………」
今日もまた一人きりで通学路を歩く。
途中、さやかさんが私に声を掛けようとしていたけれど…。
その声を受ける訳にはいかない私は、少し早足になってその場を通り過ぎた。
仁美「こんな状況になってまで、私に声を掛けようとするなんて…」
仁美「どこまで………、お人よしなんですの………?」
私がやったのは横恋慕。
さやかさんの気持ちを知りながら、それでも自分の気持ちを抑えきれずに優先した。
それがどれだけ残酷な事か、私はそこまでは考えなかった。
どころか、さやかさんは許してくれる。
そんな甘い気持ちまで…。
だけど、実際は…。
彼女が失踪するまで、私はさやかさんを追い詰めた…。
彼女が大事にしている物を、私は奪い取ろうとした…。
さやかさんは強いから大丈夫だって、勝手に決め付けて…。
仁美「最低ですわね…、私……」
???「良いモノ見ぃつけた♪」
――見滝原中学教室――
ほむら「…………志筑さん、遅いですね」
さやか「…………」
まどか「うん…………」
ほむら「私達の先を歩いてたのに…」
まどか「…………」
さやか「…………」
さやか「………………」
さやか「……………………」
さやか「あ~~~~~!!!!! もうッ!!!!!」
さやか「やっぱり、こんなのあたしらしく無い!!!」
さやか「今朝は気使ってくれてありがとう、まどか。
でも、やっぱり、あたしはこう言うモヤモヤしたのって好きになれそうにないわ」
まどか「うん。それで?」
さやか「だからさ…、ちょっと一っ走りして仁美見つけて、腹割って話してくるよ!」
早乙女「ちょっと美樹さん、どこへ…!?
もう出欠取るわよ…?」
さやか「ごめん、先生! 青春にはわかってても止まれない時があるんですっ!」
早乙女「もう…! また後でお説教ですからね!」
な~にが青春だ、とクラス中に笑いを起こし…。
早乙女先生と入れ替わる形で教室を出て、そのまま走り去っていく美樹さん。
その元気な様子とオーバーな台詞を聞いて、私と鹿目さんは少し呆れながら笑う。
早乙女先生も、駆けて行く美樹さんを叱りつけたものの、それを追ったりはせず、そのまま教壇に立った。
そして、もう一人…。
恭介「うん。それでこそ、さやかだ」
ほむら(……上条君?)
小さく呟いただけだから、その言葉は私にしか聞き取れなかったけど…。
どこか嬉しそうな顔をして、彼がそう言ったのを私は聞き逃さなかった。
早乙女「さぁ…、問題児は放っといてみんなは席に座って。
そろそろ朝礼のアナウンスが…」
教壇に立った早乙女先生が手を叩き、生徒たちを席に座らせた時、それは起きた。
本来であれば、朝礼のアナウンスと放送が流れる筈の時間…。
代わりに流れたのは…。
???『あ~、あ~、テステス。マイクテス~』
???『こほんっ…。
この放送はッ…、私とッ、織莉子がッ、占拠した!』
聞き覚えのある無邪気な声。
聞き慣れた私達の敵の名前…。
ざわめく教室に応えるように現れた立体映像には…。
美国織莉子と呉キリカ。
白と黒の魔法少女のそれぞれの学校の制服姿で映っていた。
まどか(あの二人…!)
まどか≪杏子ちゃん…!≫
杏子≪マミから聞いた。ゆまも連れてすぐそっちへ…。チッ!≫
まどか≪杏子ちゃん…!?≫
織莉子『皆さんには愛する人がいますか?』
織莉子『家族、恋人、友人。心から慈しみ、自らを投げ打ってでも守りたい人がいますか?
そして、その人達を守るに至らぬ自分の無力を嘆いた事はありますか?』
まどか「何を……、言っているの…?」
マミ≪時間稼ぎね≫
マミ≪仕掛けてくる。鹿目さんも先手を打って変身しなさい…!≫
織莉子『私には……います』
織莉子『けど、それを捨てて……。
ここに居る方々全員を犠牲にしてでも…』
織莉子『私は戦う!』
彼女の宣告と共に…。
周囲の景色が歪み、教室の壁が消え、白と黒のチェック柄の床が広がっていく…。
この嫌な感じ、間違いない。
彼女達は、ここに魔女の結界を展開したんだ…。
早乙女「み、みんな落ち着いて…」
ほむら「せ、先生ッ! か、肩に…!」
まどか「先生、動かないでッ!!!!!」
早乙女「ひッ!」
ほむらちゃんの警告通り。
シルクハットを被った綿で出来たいも虫のような使い魔が、早乙女先生の肩に乗って牙を向く。
その牙が早乙女先生の肩に触れた時…。
わたしの放った光の矢が、その使い魔を討ち抜く…。
早乙女「は…、はひ…」
まどか「大丈夫ですか…?」
中澤「な…、なんだよ。鹿目のあの格好…」
クラスメイトB「それより、この周りに居るの何なんなの…!?」
クラスメイトA「は…? 何か居るか…?」
クラスメイトB「いるでしょ、そこいら中に!」
中澤「それよりも鹿目…、先生に何やったんだ…?」
クラスメイトA「なんかぶっ放してなかったか…? まさか…!」
クラスメイトB「馬鹿! 見て無かったの! 鹿目さんはその変なのに襲われそうな先生を助けたんだよ!」
クラスメイトC「何でも良いわよ! 誰かどうにかしてよぉ!!!!」
突然訪れた非日常にパニックを起こすクラスメイト達。
クラス同士を隔てる壁が消え、その混乱はますます大きくなる…。
使い魔を見る事の出来る者は見えないモノに混乱し…。
見る事の出来る一部の人は、それに恐怖する…。
泣き叫ぶ人。
逃げようとする人。
訳もわからず、立ち尽くす人。
みんながバラバラになって、ますます喧騒は大きくなる…。
けど、このままじゃ使い魔達の思うツボだ。
だから…。
まどか「みんな、静かにしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!!!!!!!!!」
クラスメイトA「…!」
中澤「あ…」
クラスメイトB「鹿目さん…」
今までの人生で出した事の無いような大声を出して、喧騒を鎮める。
そして、同時に使い魔を討ち落とし、みんなを一ヶ所に誘導し、結界を作る準備をする。
まだ結界が出来たばかりで使い魔の数が少なく、戦闘力が低かったのと…。
授業前で大半の人達が密集してたのが幸いし…。
ほむらちゃんや使い魔が見えている人や先生の協力の元、わたしのクラスと隣のクラスのみんなを集める事に成功した。
まどか「今、結界を張ります。ここの中に居れば安全ですから、みんなは絶対にここを出ないで…」
早乙女「鹿目さん…、これはどう言う…」
まどか「後で必ず説明します。 けど、今は事態を収拾する事を優先させてください…!」
早乙女「わかったわ…」
ほむら「鹿目さん…、私も連れてってください…!」
まどか「ほむらちゃん…? 駄目だよ…!」
ほむら「ここに居たら、みんなを巻き込んでしまうかもしれない…。
だって、私は…」
まどか「わかった。わたしの傍を離れないでね」
ほむらちゃんがみんなの中から離れたのを確認し、わたしは結界を作る。
正直、わたしの未熟な結界では多少心許無かったけど…。
それでも、あの使い魔達には十分だったらしく…。
結界に阻まれて勢いよく弾き飛ばされる姿を確認し、わたし達はその場を離れた。
――見滝原中学魔女結界入口――
ゆま「杏子、これ…」
杏子「あぁ…。連中…、やっぱり形振り構わない腹積もりらしい」
アイツらの居る学校のすぐ近くで待機してたのに…。
駆けつけた時にゃ既に遅い。
マミ達が通う見滝原中学がまるまる魔女の結界に収まっていた。
ゆま「助けに行かないと、人がたくさん死んじゃう…!」
杏子「…………」
ゆま「杏子…?」
杏子「ゆま、お前先に行け」
――見滝原中学魔女結界入口――
ゆま「キョーコ、これ…」
杏子「あぁ…。連中…、やっぱり形振り構わない腹積もりらしい」
アイツらの居る学校のすぐ近くで待機してたのに…。
駆けつけた時にゃ既に遅い。
マミ達が通う見滝原中学がまるまる魔女の結界に収まっていた。
ゆま「助けに行かないと、人がたくさん死んじゃう…!」
杏子「…………」
ゆま「キョーコ…?」
杏子「ゆま、お前先に行け」
ゆま「へ………? どうするの?」
杏子「アタシらは五人。対して防衛対象はこの学校中の人間数百人。
普通にやったんじゃ、10分の1も守れやしない」
ゆま「だったらはやく………」
杏子「まぁ聞けよ。アタシらがここで頑張って10分の1を助けたって…。
そのほとんどは救えない。何もかも全部アイツらの思うつぼだ」
ゆま「…………」
杏子「それでも、それしか救えないってんなら仕方ない。
けどさ、それじゃ面白くないだろ…?」
ゆま「キョーコ、まさか…!」
杏子「あぁ。全員とは言わないが、9割助けられるかもしれないとっておきがある。
ただ、それをやるには時間がちょっとばかし時間が掛かるんだ…」
ゆま「だから、ゆまたちが中で、その時間をかせぐんだね…?」
杏子「あぁ、頼む!」
ゆま「うんっ! たのむね、キョーコ!」
杏子「………さ~て」
あぁ言っちまった以上、もう引き返せない。
それに、失敗も許されない。
杏子「はぁ…、何でアタシは得意げに言っちまったかなぁ…」
杏子「半ば、賭けみたいなもんだってのに…」
一応、そのとっておきってのは嘘じゃない。
ただ、試した事も一度もない。
だから成功する保証も無ければ、自分に掛かる負担も想像できない。
杏子「………下手すりゃ回復する間もなく、ソウルジェム真っ黒で即お陀仏。
どころか、魔女になってむしろ被害拡大、全員全滅ってか…?」
杏子「冗談じゃねぇよ…」
正義の味方。
そんなもんに戻るつもりはない。
だけど、それを目指している奴がいる。
そんな奴に、頑張ったけど9割助けられませんでしたって結果を見せるのか?
それが現実だって、ここで全部諦めさせるのか…?
杏子「できねぇよな、そんな事…」
杏子「甘っちょろい事を言うマミやさやか、まどかの事は気に入らねぇ…。
けど…」
杏子「何もかも織莉子の思い通りってのもまた、面白くねぇ…!」
杏子「なら…、やってやるよ…。
あっと驚く奇跡って奴を起こしてやるよ…」
杏子「そういうもんじゃん? 最後に愛と勇気が勝つストーリー、ってのは!」
――見滝原中学結界内1F――
見滝原中学生徒「た、助けてぇぇぇぇぇ!!!!」
さやか「早く、こっちに来て!」
見滝原中学生徒「はぁ…はぁ…はぁ…」
さやか「よし、結界張るよ!」
さやか「じゃ、ここの中に居る間は安全だから!」
仁美を探す為に、校庭の階段を下り、下駄箱へ向かっている時だった。
突如、発生した魔女の結界に捕われる混乱に巻き込まれる。
いや、今回ばっかりはむしろ幸いと言えるかもしれない。
あたしはまだ結界を出る前で、かつまどかと別動する事で、
まどかやマミさんの居ない一階に居る人達の救助を迅速にこなせている。
さやか「けど、全員助けられるって訳じゃない…」
さやか「むしろ、分断されてるって意味じゃ結構まずいのか…」
この現状を対処する方法は一つ。
魔女を倒して、あたしらがみんなに張った結界が壊れる前に、この状況を打破するしかない。
だだっ広い上に入り組んだ魔女結界さえ無くなれば、みんなを襲う使い魔の動きも見やすくなり…。
あたし達の合流も楽になって、犠牲も減って、アイツらに対抗する手段も生まれる。
さやか「魔女が直接見つかれば良いんだけど、そううまくも行かないか…」
さやか「なら、とりあえず放送室に行ってアイツらを問い…」
???「放送室には誰もいないよ」
さやか「アンタは…」
キリカ「やぁ。ご機嫌はいかが」
そこに立っていたのは、黒いショートカットに黒い眼帯、黒い装束…。
黒の魔法少女、呉キリカ…。
杏子達との戦いで負った傷が癒えなかったのか、左腕を失っており、
あの魔力の爪は右手から伸びる五本のみである。
さやか「最悪よッ!」
キリカ「そうか…。なら、わたしは最高だ!」
最大の速度を以て敵に踏み込み…。
斬撃を浴びせるも…。
平然といなされ、蹴りによる反撃を脇腹に受ける。
最も、そんなものを物ともしないあたしは、続けて斬撃を繰り出し…。
相手の左肩の辺りに掠り傷を付ける。
キリカ「へぇ…、やるようになった」
さやか「こっちは急いでんのよ!」
キリカ「ふぅん…。なら、焦りなよ。私の役割は足止め。
キミがここに居る時点で私の、そして織莉子の思惑通りなんだから」
さやか「挑発のつもり? 舐めんな…!」
ヘラヘラと笑いながら挑発する敵。
だけど、それには乗らない。
敵のフェイントを見切って、本命の攻撃を剣で止め、逆に相手を腹から思い切り蹴り飛ばしてやった。
キリカ「くっ…ふ…。案外冷静なんだ」
さやか「冷静? 全然冷静じゃないわよ!
むしろ滅茶苦茶苛立ってるっての!」
さやか「これから喧嘩した友達と仲直りしに行くとこだったのに…!
このモヤモヤした気持ちをどうすればいいのよ…!」
キリカ「喧嘩した友…? あぁ志筑仁美の事かい? へぇ…」
さやか「なんでアンタが…、って例の予知の力か。
うざったいなぁ、プライベートも筒抜けな訳…?」
キリカ「ふむ。しかし、また…なんでかな?
キミは彼女を恨んでいる筈だろう?」
キリカ「もう少しで魔女になる程にさ…!」
さやか「…………また、挑発?」
喋っている間も敵は動きを止めない。
あたしは、その攻撃を受けながらも要所要所で反撃を仕掛ける。
戦いは拮抗していたけれど、それは敵がそれだけ弱っている事を意味していた。
キリカ「いいや、単純に興味深いだけだよ」
キリカ「彼女がやったのは言わば愛の略奪だろ…?」
キリカ「なんで、そんな相手とのやり直しを望むのか…。
私には理解できないからさ」
さやか「…………」
キリカ「愛してたんだろ? 自分の身を捧げてまで彼を救う事を願うほどに」
さやか「わかんないけど…、多分そう」
キリカ「なら…、何故その彼への愛に横槍を入れる輩を許そうとする?」
キリカ「許し難いじゃないか。そんなの…、そんな奴…!」
さやか「簡単だよ…」
さやか「このまま腐って、仁美を恨んで妬んで、モヤモヤしてたら…。
あたしがあたしで無くなる。そんな気がする…」
さやか「ただ、それだけ!!!!」
鍔迫り合いの末、互いの武器が弾き合い、大きく距離が離れる。
あたしはその隙を逃さぬよう、足先に魔力を込め…。
空中に魔法陣を作り出し、それを蹴って再加速して切り込む。
相手は回避が間に合わず、防御しながら吹き飛んでいくも、その口調を強めていく…。
キリカ「なんだい、それは…」
キリカ「キミの愛はその程度のモノなの…?」
キリカ「キミの深い献身は、愛では無かったの…?」
キリカ「キミの愛は無限に有限じゃなかったのッ…!?」
さやか「恭介の事はまだ好きだよ。多分、忘れられない」
さやか「けど、あたしが愛しているからって…、それを恭介に強要する事は出来ない。
だから、あたしの愛を邪魔されたからって…、仁美を恨むのもなんか違うんじゃないかなって思うんだ」
さやか「それにね…」
さやか「愛はあたしに振り向いてはくれなかった。でもね…」
さやか「代わりにもっと良いモノを見つけたんだ…!」
互いの速度を最大限に活かし、すれ違いざまに打ち合いを続ける。
治っていない傷口が開いたのか、あたしが攻撃をした覚えのない箇所からも血が滲む…。
それでも、敵は自分の信じるモノを語る口調を強めると共に、少しづつ動きのキレを増していた…。
打ち合いの末に離れた距離。
その絶妙な距離を好機としたあたし達は互いに決着の為の、大技を繰り出そうとする…。
あたしは地面でクラウチングの構えを取りつつ、足元に魔力を溜め…。
敵は右手に魔力を収束させ、恐らくは速度低下の重ねがけを狙う…。
キリカ「くくくっ、くくっ、あっはははははははッ!!!!!!」
キリカ「愛は無限に有限なんだ…! その愛に勝るものなんて…!」
さやか「愛は無限に有限か。良い言葉だよ。だけどね…!」
さやか「友情は無限に無限…!」
さやか「無限大だよッ!!!!」
互いに狙ったのは先手…。
最大限まで速度を活かす、ないし殺す事で相手より早く斬りつける。
これだけの事。
しかし、結果は互いの考えていた通りにはならなかった。
さやか「んッ…!」
キリカ「ちぃッ…!」
互いの攻撃はほぼ同時に繰り出される。
同時に繰り出された攻撃同士は当然のようにぶつかり、鍔迫り合いとなる。
その結果…。
さやか「はぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
キリカ「くぅッ!!!!!!!!!」
身体中のダメージが響く黒の魔法少女は、力比べではあたしには敵わず…。
速度の乗ったあたしの攻撃を受ける事が出来ずに、そのまま大きく弾き飛ばされて壁に激突した。
叩きつけられた壁を背にして、座りこむ敵。
あたしはその敵へ剣を向ける。
あたしの剣の刀身は射出する事が出来る。
つまり、この微妙な距離から行ったホールドアップと言う訳だ。
キリカ「やる………ね……」
さやか「勝負あったね」
キリカ「くっくくく…、それでいい…。それで…」
キリカ「やっぱり……、キミは愛の何たるかを理解しているよ……」
さやか「…?」
キリカ「愛ってのはね……、好きとか…、大好きとか…、単位で表すようなモノでも無ければ…。
奪うだの、横槍だの…、そんな小さな事に拘るモノでも……無い……」
キリカ「見返りを……求めず………、ただ相手を愛し、尽くす……!
それが……、それこそが『愛』……」
さやか「見返りを求めず…、尽くす……」
キリカ「美樹さやか、キミは誇っていい…。
キミが彼に行った行為は……、願いは………、紛れもなく『愛』そのものだ…!」
さやか「なんで………、なんで敵のあたしにそんな事を…?」
キリカ「敵、か…。くくっ…、確かに敵だね…」
キリカ「だけど、私はキミの事だけは…、最初から嫌いじゃなかった…」
さやか「…………」
キリカ「愛に生きて、愛故に苦しみ、愛に死ぬ…。そんな面白い生き方を…、覚悟をするキミは……。
ある意味では成りたい私であり…。興味深い存在であり…、同士とも言えた……」
さやか「あたしはアンタの事が嫌い」
さやか「けど、やっぱり…。
アンタの言う『愛』だけは理解できるよ…」
キリカ「くくっ…。本望だ。
『私』の最期を看取るのが、キミで……」
???「そんなキモチのイイ終わらせ方、させると思ったのか?」
???「バーーーーーーーーーーーーカ!!!!!!!」
キリカ「この声と陣…! 離れろ!」
さやか「え…?」
???「イル・トリアンゴロ!!!!!!!」
黒の魔法少女を中心に金色の魔法陣が展開すると…。
謎の声の掛け声とともにその周辺が炸裂した。
キリカ「うッ…く…」
さやか「くっそッ…!」
???「あはははははははっ! キレイに飛びましたぁぁぁぁぁ」
ユウリ「けど、息はあるようで関心かんしぃぃぃんッ」
炸裂して吹き飛んだ壁の向こうから現れたのは…。
金髪のツインテールに金色の釣り目、さらに紫の際どい衣装を着た見慣れない魔法少女。
両手にハンドガンを持ち、明らかに気が狂った笑みを満面に浮かべている。
ユウリ「よぅ…、探したぜぇ…。
な~に、勝手にキモチよく死のうとしてるんだよ?」
ユウリ「困るんだよなぁぁぁぁ。勝手なことされちゃあ」
ユウリ「お前は、アタシがぐちゃぐちゃにしてやるって決めてるんだからさぁ!」
キリカ「また…、キミか…。せっかくいい所だったのに…」
ユウリ「そう言うなよ! 今度はお前を蜂の巣にしてやろうと思ってきたんだから!
ほら、あの白いのみたいに良い悲鳴あげてくれよっ!」
キリカ「…………」
ユウリ「乗らないか。けど、ボロ雑巾をもっとボロくしてもつまんないなぁ…。
もっと面白いモノないかなぁ…?」
黒い魔法少女と話す気が狂った紫の魔法少女が突然、その向きを変え…。
視線をあたしへと合わせる。
そして、ここに来た時と同じ狂った笑みを満面に浮かべると…。
ユウリ「そうだぁ…! あんたがやけに気に入ってるあの子にも悲鳴で歌ってもらおうかな!」
標的をこちらに定めた。
ユウリ「さ~て、そうと決まれば…。お~い、魔女のお嬢さん!」
ユウリ「あんたの出番だ!!!!!」
紫の魔法少女の呼び声に合わせ…。
全身が金色のマネキンのような魔女が姿を現す…。
壊れた壁の向こうの闇から這い出たその姿はどこか神々しく、登りかけの朝日のように見える…。
ユウリ「そっちの黒いのの相手を頼むわ」
魔女「…………」
ユウリ「かなり弱ってるけど、殺すなよぉ?」
魔女「…………」
魔女に指示を出す紫の魔法少女。
そして、それに黙って従い、縦に首を振るだけの魔女。
その光景は奇怪そのものだけど、そう言う能力だとすれば頷けなくもない。
それよりも…。
ユウリ「全部終わったらあんたの探し人も見つけて一緒にボコし…」
さやか「この結界を作ってる魔女を倒せば…!!!!」
あたしは状況を打破するために魔女へ向かって駆けだす。
結界を作っているであろう魔女が自ら出てきてくれたのだ。
それを逃す手はない…。
さやか「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
魔女「…!」
もう少しで間合いに入るかと言う時、その全身が金色の魔女の緑色の瞳と目が合う。
どこか見覚えのある瞳をしたその魔女は突如、苦しそうに頭を抱えると…。
周囲に高熱と炎を伴う衝撃波を発生させ、あたしと隣に居た紫の魔法少女を吹き飛ばした。
そして、さらに全身の炎を魔力で吹き飛ばした紫の魔法少女に、魔力爪の追い打ちが入る。
ユウリ「何やってんだッ!」
ユウリ「…!?」
キリカ「残念だったね…! 思惑が外れて!」
ユウリ「くッ…!」
キリカ「どこの誰だか知らないが……、キミの相手はこの私だ!!!!!」
紫の魔法少女同様、軽い火だるまになりながら吹き飛んだあたしは…。
受け身を取りながらも、その勢いを殺し切らずに技と転がり、体中に付いた炎を消す。
それでも炎の消えないマントを捨てつつ飛び起き、追撃に来た金色の魔女を迎え撃つ。
つもりだった。
さやか「上等…! あんたからこっちに来てくれるなんて願ったり叶ったりだね…!」
魔女「サヤ…カ………」
さやか「気持ち悪い奴だな…! なんであたしの名前を…」
魔女「サ…ヤ………サ………」
敵の両掌に発生した小さな太陽の如く燃える炎の魔力球を受け流しながら、敵の様子のおかしさに気付き始める。
いや、正しくはこの敵に戸惑っている自分に気付く……。
その声、その瞳、そして…………。
魔女「サヤカ…………サン………」
さやか「その呼び方…」
さやか「アンタ、まさか…」
さやか「仁美?」
気付いた戸惑いは、最悪の確信へと変わる。
――見滝原中学結界内2F――
まどか「ほむらちゃんが説明と誘導をやってくれるから、助かるよ」
ほむら「いえ………」
まどか「…………でも、わたしの傍を離れないでね」
まどか「怖い人も来たみたいだし」
???「あら…? もう気付かれてしまったのね」
織莉子「御機嫌よう」
今や薄気味悪さしか感じない綿の山の物陰から…。
白い装束、栗色の髪、そして美しい碧眼をした…。
天使のような魔法少女が現れる。
中身は悪魔のような、と言いたいけれど…。
彼女の目的を考えれば…。
ある意味では、中身も冷酷な天使のようであるとも言えるだろう…。
まどか「この結界を解いて…!」
織莉子「何のことかしら?」
まどか「しらばっくれるの?」
織莉子「あらあら、怖い子ね」
織莉子「はじめから話しあうつもりなんてなかったのでしょ?」
まどか「ッ…!」
矢を即座に作り出しつつ、早撃ちを狙っていた事を見透かされる。
それでも、わたしはそのまま弓矢を構える…。
今のわたし一人では敵わないかもしれない。
それでも…。
まどか「ほむらちゃんはわたしが守る…!」
織莉子「心配しなくても大丈夫。貴女の相手はあとみたい」
織莉子「ねぇ…、巴マミ?」
マミ「…………決着を付けましょう。美国さん」
―to be continued―
―next episode―
「その時は、わたしが命に代えても責任を取るよ」
―【第十九話】白と黒(後編)―
パート【5】へ続く。
お嬢って(笑)