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【序章】 【第一章】 【第二章】
【第三章(前編)】 【第三章(中編)】 【第三章(後編)】
【第四章(前編)】 【第四章(後編)】
【第五章(前編)】 【第五章(後編)】

335 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/02 00:50:30.72 nWRqDLEe0 1780/1876

君へ。

336 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/02 00:52:15.16 nWRqDLEe0 1781/1876





一〇月三〇日。




この日学園都市で、この街の命運を決する大きな戦いが終結した。




三人の超能力者と三人の『木原』。
科学の頂点に立つ者同士の、大きな戦いが。




しかしその戦いは人知れず行われ、学園都市の住人たちは何も知らずに今も日々を過ごしている。
その戦火の中で全てを救った一人の青年のことも、誰も知るところにはなっていなかった。




それを知っているのは極一部の人間のみ。
そう、青年は見事守りたいものを守りきってみせたのだった。
相応の代償を払って―――。

337 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/02 01:01:57.30 nWRqDLEe0 1782/1876













終章 彼が願うは遥かなる幻想 Song_For_You.














338 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/02 01:03:42.77 nWRqDLEe0 1783/1876

学園都市第七学区にあるとある総合病院。
神の手を持つとすら評される名医、冥土帰しのいる病院。
その効果も手伝ってか、いつ来てもこの病院は人が多い。

今日も今日とて受付には人が溢れていた。
母親に連れられて泣きじゃくっている少年や怪我をしている学生、大人や一部には老人まで。
看護師も来院者の対応に追われ、忙しなく動き回っていてずいぶんと賑やかだった。
今日はクリスマス・イヴだというのに、あまり変わりのない光景だ。
病院でクリスマスを過ごすというのも何だかな、と思わなくもない。

日本は世界でも特に宗教色の薄い国である。
クリスマスを主なるイエスの降誕祭と祝うこともなく、ただクリスマスというイベントにかこつけて騒ぐだけだ。
このような日には学生たちのタガも外れやすいようで、風紀委員や警備員も普段より多く回されている。
もっとも、クリスマスに仕事を入れられる風紀委員の学生たちはたまったものではないだろうが。

この病院のロビーには大きめのクリスマスツリーが置かれていた。
だがそれだけで、とりあえずツリーを置いておけばクリスマス感を演出できるだろう、という魂胆が見え見えだった。
とはいえここはあくまでも病院なので、そこまで派手にしても問題だろう。
クリツマスツリーを置くくらいが丁度いいのかもしれない。

そういえばクリスマスツリーは中世ドイツの神秘劇でアダムとイヴの物語を演じた際に使用された樹木に由来してるんだった。
何となく頭の中でそんな役にも立たない薀蓄を垂れ流してみる。

見てみるとツリーの周りには子供たちが何人か集まっていた。
飾り付けられたイルミネーションや飾りに興味を示しているのかもしれない。
中にはツリーなどそっちのけで夢中で窓を覗き込んでいる子供もいた。
関東では非常に珍しいことに、今日はこの時期に雪が降っているのだ。
それも結構な大雪で、ここまで来る途中にも雪だるまを作っている子供や雪合戦をしている子供も見ていた。

339 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/02 01:08:56.78 nWRqDLEe0 1784/1876

とはいえ雪自体はそれほど珍しくもない。
一月二月になれば関東でも雪は降る。
今日の雪が殊更に人々の興味を引き、テレビでも取り上げられているのは偏に今日という日が特別だからだ。

クリスマス。正確に言えばクリスマス・イヴ。
信仰心などまるで持ち合わせていない日本人も今日という日は特別で、様々なメディアで大きく取り上げられている。
特にクリスマスケーキなどは飛ぶように売れているらしく、年末というのもあって各メーカーは裏でしのぎを削っているようだった。
バレンタインデーはチョコレート会社の戦略だ、などというのをよく聞くがクリスマスももはや似たようなものでは、などと身も蓋もない感想を抱く。
敬虔な十字教徒にでも聞かれたらありがたい説教をもらいそうだ。

ともあれ、今日はクリスマスなのだった。
そこに時期外れの大雪となれば、もう世間はホワイトクリスマスだなどと大騒ぎである。
もっとも、個人的にもホワイトクリスマスというものに感動しなかったと言えば嘘なのだが。
今までのそう長くない人生の中では初めての経験だ。

ホワイトクリスクマスに感激している子供、巨大なツリーの近くに屯している子供。
病院のロビーは非常に賑やかだ。この空間が温かく感じるのは、単に暖房のおかげというわけではなさそうだった。
中にはさりげなく子供からサンタに何を頼むのか聞き出そうとしている親もいて、心の中で「頑張れ」と応援してあげた。
そんな人たちの間を縫うようにして、世のお父さんは大変だな、などと適当に考えながらするすると慣れた様子で進んでいく。

そんな時、ドン、と肩を誰かにぶつけてしまった。
ずれたマフラーを巻きなおしていて注意が疎かになっていたようだ。

「あ、すみません」

ここを訪れるのは初めてなどではなく、もはや数え切れないほどの回数となっていた。
相手はそんな中ですっかり顔馴染みになってしまった看護師だった。
清潔な白いナース服に身を包んだ二〇代後半の女性だ。
ぶつかった拍子に落ちてしまった紙を拾うのを手伝っていると、看護師は相変わらず一〇〇点満点の笑顔を向けてくる。

340 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/02 01:16:30.97 nWRqDLEe0 1785/1876

「あら御坂さん。いつもいつも大変ね、ほとんど毎日通い詰めで。クリスマスにまで」

「いえ、好きでやってることですから」

美琴は拾い終わった書類を看護師に手渡し、埃のついてしまった常盤台の制服をぱんぱんと払って笑う。

「あの人も幸せ者ね、あなたたちみたいな良いお友達に恵まれて。
そういえば御坂さん、もう少しで卒業じゃない? 高校はもう決まってるの?」

「まあ、大体は。でもあと少し絞りきれてないんですよね~。
もうみんなとっくに決まってて、先生にも呆れられてるんですよ。
この時期になってまだ志望校が決まってないのはお前くらいだー、って」

「まあでもあなたなら長点上機だろうと霧が丘だろうと楽勝でしょ」

「たしかに長点上機や霧が丘、それ以外の色んなところからも『是非うちに来てください』って言われてはいるんですけど……。
やりたい研究ができないと意味ないんですよね。やっぱ設備の整ったところとなると長点上機とか……。
でもあそこ良いイメージないんだよなぁ。なんか黒い噂もあるし。いっそもっと専門的なところの方が良いのかな……」

「……流石超能力者。学園都市の最高ランクの学校から頭下げて来てくれと言われるレベルか。
みんなが必死こいて目指すところを好きに選り好みできるとか、なんて贅沢な悩みなんだこの野郎。
……あ、そういえば上条くんもさっき来てたわよ。もう帰っちゃったけど。
にしても、あなたといい上条くんといい、本当にマメねー。
私だったらもう心が折れちゃうわよ」

「何言ってるんですか、看護師として絶賛活躍中じゃないですか。
クリスマスにまで、ねぇ? 仕事に生きる女って感じですか?」

「あ、なんだこの野郎ニヤニヤしやがって!!」

341 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/02 01:18:21.87 nWRqDLEe0 1786/1876

「いえいえ、別に寂しいなーとか思ったわけじゃありませんよ?」

「おのれ、言うようになったな小娘…・・・っ!!
大体そう言うあなたはどうなのよ、人のこと言えるわけ!?」

「わ、私はまだ中学生ですし節度ある学生生活を……。
ほ、ほら、そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃないですか?
またゲコ太先生に怒られちゃいますよ?」

「またって何よ、一度も怒られたことなんてないわよ!
でも、うん。逃げられるのは癪だけどそうするわ。それじゃ御坂さん、また今度」

「はい」

友達の如く親しくなってしまった看護師と別れた美琴は、そのまま三階へ向かう。
途中看護師と擦れ違う度に挨拶をし、時には返していく。
あまりに通い詰めてしまった結果、美琴だけでなく上条もなのだが、ほとんど職員全員と顔見知りになってしまっているのだ。
とはいえ大抵は顔を合わせれば挨拶をする程度で、先ほどのように談笑する相手はほんの数人であるが。

「こんばんは、御坂さん。メリークリスマス」

「こんばんは。メリークリスマス」

こうしているとまるで妖しげな呪文か何かのようだ、と美琴はどうでもいいことを考える。
そんな具合に対応していると、あっという間に目的の病室まで辿り着く。
美琴はノックもせずに無遠慮にそのスライド式のドアを開け、中に入る。
ノックをする意味がないからだ。

美琴は壁に立てかけてある来客者用の折りたたみ式の椅子を広げ、腰を下ろした。
肩から提げていたカバンを床に下ろして一息ついた美琴は少し長くなった髪を後ろへ流し、悪戯をする子供のような、どこかいじらしい笑みを見せる。

「やっほー。今日も今日とて美琴センセーが来ちゃいましたよっと」

美琴の視線の先には、病院着を身に纏い、人工呼吸器をつけている青年がベッドに寝かされていた。
普段なら絶対に見せないだろうその酷く無防備な表情を美琴はまじまじと見つめる。

(色々あったなぁ……)

美琴はそんな友人を見て、マフラーを外してこれまでをしみじみと思い返してみた。

357 : 以下、新鯖からお送りいたします[... - 2013/09/08 00:58:32.70 h3QEF6oV0 1787/1876

あの時、あの場所で。

358 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:00:20.36 h3QEF6oV0 1788/1876










御坂美琴は記憶の海にダイブする。
今より一年と二ヶ月ほど時は遡る。
それはまだ御坂美琴が中学二年生だった時のこと。

昨年の一〇月三〇日。
その日、第七学区の総合病院に三人の人間が運び込まれた。
一人の少女と二人の少年。
その少女は医師の白衣を乱暴に掴み、今にも泣き出しそうな表情で一方的に言葉を叩きつけた。

「お願いします……ッ!! こいつを、助けてください……!!
先生―――……!! お願い、します……っ!!」

神の手を持つと評される初老の男性はただ一言だけ。「大丈夫だ」とだけ告げた。
すぐさま二人は中へ運び込まれ、医者たちによる戦いが始まった。
二人の内一人が倒れているのは立てないほどの怪我をしているとかそういうことではなく、少し特殊な理由によるものだった。
だがもう一人。その青年の容態は深刻で、すぐに緊急手術が行われた。

手術は数時間に及んだ。医者たちは大いに奮闘し、その結果見事その青年は一命を取り留めた。
だが、その代償は大きかった。

一〇月三〇日。この日から青年は長い眠りにつくこととなったのだった。
以下の出来事は、全て一年ほど前に起きたことである。

359 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:02:30.16 h3QEF6oV0 1789/1876










「つまり、植物人間、ってこと、ですか」

冥土帰しから告げられた重い事実に、美琴は崩れ落ちそうになる体を支えるのが精一杯だった。
垣根帝督は命こそ繋ぎ止めたが、遷延性意識障害になってしまった。
遷延性意識障害とは重度の昏睡状態を指す病状だ。
つまりは美琴の言った通り『植物人間』である。

「いや、正確には植物人間とはまだ言えない。
植物人間には六つの定義があって、それが三ヶ月以上続いた場合を植物人間とみなす。
垣根くんが意識を失ってまだ一日しか経っていない。
明日、いや今この瞬間にも起き上がる可能性はあるんだよ? だから落ち込むにはまだ早いんじゃないかな?」

たしかにそうなのかもしれない。
だが二度と意識が戻らないかもしれないと思うと冷静でなんていられなかった。
そんな可能性があるという事実を認めたくなかった。

何故、と美琴は思う。
世の中は不平等だ。そんなことは知っている。身を以って味わった。
たしかに垣根は悪人かもしれないが、少なくとも今回の彼の行動は褒められて良いもののはずだ。
今学園都市が残っているのは垣根のおかげなのだ。

その行動の結果がこれか。
垣根帝督が望んだのは今までの世界での暮らし、及び彼の世界にいる人間の安寧。
それはそこまで無理な願いだったのか。叶いはしない幻想に過ぎなかったというのか。

「実際に昏睡した患者がふとしたことがきっかけで……。
たとえば恋人や家族の献身的な介護で目を覚ました、なんてこともあるんだよ?
人の脳っていうのは不思議なものだね?」

その言葉がきっかけだった。
この日から御坂美琴らの次なる戦いが始まった。

360 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:04:21.33 h3QEF6oV0 1790/1876










冥土帰しは本当に頑張ってくれている。
その確たる実力の元、たった一度の例外を除き敗北を跳ね除けてきた男が二度目の敗北を喫そうとしているのだ。
冥土帰しはそれを変えるためにあらゆる手段を試してくれている。

以前には脳科学を専攻し、美琴とも関わりのある木山春生という女性が尋ねてきたこともあった。
彼女は優秀な科学者であり、現在冥土帰しと協力して垣根の蘇生に手を尽くしてくれている。
だがあまりそれは芳しくなく、垣根は現在も眠りについたままだ。
その垣根の病室に御坂美琴はいた。

「トリックオアトリート♪ お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ~」

今日はハロウィンということで、明るい声で垣根に呼びかける。
だが返答はまるでない。

垣根の目は開いている。
眼球は小刻みに動いているのだが、その目はきっと何も捉えてはいない。
それが植物人間の定義の一つらしかった。

「アンタね、何が『一緒にいたい』よ。だったらさっさと起きろっつーの」

パイプ椅子を広げ、乱暴にどかっと座り込む。
まるで拗ねたような顔で垣根の顔を覗きこむ。

361 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:06:39.76 h3QEF6oV0 1791/1876

美琴は一切何も返ってこないことを承知で話し続けた。
自分なりに遷延性意識障害について調べてみたのだ。
具体的な治療法が存在するわけではないようだが、本当に所謂『愛の力』なんてもので目を覚ましたなんて事例があることに驚いた。
こればかりは医療の世界であっても精神論が通用してしまう稀有な例らしい。

「……待ってるから」

ふとした瞬間、何でもないようなちっぽけなことがきっかけで意識が戻る可能性がある。
それを知った美琴は科学路線は冥土帰しや木山春生に任せ、こうした路線で行くことにしたのだ。
ちなみにこれは冥土帰しにも提案されたことでもある。

今美琴が、学園都市の全住民が今も生きていられるのは垣根のおかげだ。
今の生活は、今ある命は垣根と引き換えに得たものだ。
美琴はそのことを胸に刻み込み、ただ静かに感謝する。
謝罪はしなかった。こういう時は謝るのではなく、礼を言うべき場面だと思ったから。

美琴は一方的に話し続けた。
何も答えがなくても、それが垣根の心に響くことを信じて。

362 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:07:51.03 h3QEF6oV0 1792/1876










「よう、垣根。色々とさ、謝りたいことがあるんだ」

上条当麻は垣根の病室にいた。
来客用の椅子に腰掛けて、“独り言”を言う。
その表情は引き締まっていて、普段の弛緩した様子はどこにも見られなかった。

「悪かった」

そう言って上条は頭を下げた。
そんなことをしてもそれを見る者などどこにもいないのに、上条はしっかりと頭を下げた。
それほどに上条は罪悪感と無力感を感じていたのだ。

「……俺、何も知らなかった。御坂やお前がずっと戦ってたなんて想像もしなかった。
御坂から大体は聞いた。お前がいなかったら、俺たちがこうして生きてることもなかったんだな」

上条はそんなことも知らずに日々を過ごしていた自分に自己嫌悪していた。
実際上条には何ら非はないのだが、それでも自分で自分を許せなかった。
上条は座ったままぐっとワイシャツの裾を強く握り締める。
だがどれだけ後悔しようと時間は戻らないし、目の前の現実も変わりはしない。

363 : 以下、新鯖からお送りいたします[... - 2013/09/08 01:09:07.58 h3QEF6oV0 1793/1876

垣根帝督は昏睡してしまった。
それが学園都市とそこに住む人々、それらを守った代償。
そして自分たちはそんな垣根の犠牲の上に生きているのだ。

上条はその現実を受け止めた上で、真っ直ぐに生きることを選択した。
もしここで自分が折れてしまったら、そこまでして全てを守ろうとした垣根の気持ちを無駄にしてしまうから。
だがかといって上条は垣根のことを諦めたわけではない。
美琴と同じだ。この領域に限っては愛だの友情だのが本当に通用してしまう。現実にそういう例がある。
ならば上条はいつか垣根が目覚めるその時まで、ずっと支えていようと決意したのだ。

「俺、ちゃんと生きるよ。お前に顔向けできるように、お前に恥じないように。
しっかり真っ直ぐ生きるから。だからさ、お前も早く帰って来いよ」

上条は優しく微笑んで、垣根の手を自身の右手で握手するように掴んだ。
だが幻想殺しは何も砕かない。目の前の光景が幻想であったら良いのに、と上条は思った。
その手でギュッ、と垣根の手を握り締めて上条は宣言する。

「いつまでも、待ってるからな」

364 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:10:37.99 h3QEF6oV0 1794/1876










「申し訳ありません、インデックス……。私たちでは力になれそうもありません」

「僕たちは回復系の魔術には長けていないし……。脳の話となるとこれは科学サイドの領分だ」

神裂火織、ステイル=マグヌス。
イギリス清教第零聖堂区、『必要悪の教会』所属の魔術師だ。
二人はその中でも、いや世界全ての魔術師で見ても極めて強大な力を持っている。

一人は弱冠一四歳にして現存するルーン文字を全て完全解析し、新たなルーン文字さえ生み出した天才。
教皇もかくやという大魔術『魔女狩りの王(イノケンティウス)』さえも習得した絶対的な強者だ。

一人は生まれた時から『神の子』と共通する身体的特徴を持ち、『偶像崇拝』の理論によってその力の一端を得た『聖人』。
世界に二〇人といない選ばれし者。名の通り神を裂く術式、『唯閃』まで所持する『聖人』という魔術サイドにおける核兵器。

『聖人』は視力、反射神経、身体能力、全てが人間離れした力を持つ。
平然と音速を超えた動きを見せる『聖人』だが、その真に恐るべきはその速度域で針に糸を通すような精密な戦闘を行えることだ。
神裂火織に対して勝利を収められる可能性があるのは科学サイドの超能力者でも第一位と第二位だけだろう。

ステイル=マグヌスは本来の領分である防衛戦では他と一線を画す実力を見せ付ける。
いくつもの魔術結社を単身で壊滅に追い込み、その戦果は『必要悪の教会』の中でもかなりの上位。
しかも彼は一度全く専門外の治癒魔術も行使に成功したことがある。

それほどの戦闘力。それほどの才能。それほどの優秀な魔術師。
ならばこそ、彼、彼女ならばあるいは垣根帝督を救い得るのではないか。
一〇万三〇〇〇の汚濁をその内に抱える魔道書図書館、インデックスはそう思ったのだ。
本当はそんな可能性などまずないことは理解している。それでも諦めたくはなかった。

だが返ってきたのはやはり不可能という言葉。
そんなことは予想できていたはずなのに、こんなことを言うのは完全に筋違いだと分かっているのに、インデックスはその言葉を止められなかった。

365 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:11:48.72 h3QEF6oV0 1795/1876

「そんな……っ!! かおりは聖人なのに!!
すているだって凄い魔術師なのに!! なんで出来ないの!?」

思わずそんな馬鹿馬鹿しい言葉が喉を突いていた。
だが二人はそんなインデックスの気持ちを正面から受け止めて、無力感に震えていた。
彼らは垣根のことなど知らない。ただインデックスの望みを叶えてやれないことに、力になれないことに怒っているのだ。

「すまない……」

「申し訳、ありません……私は、無力です……」

極東の聖人神裂火織がその胸に刻んだ誇り、戦う理由。
『Salvare000(救われぬ者に救いの手を)』。

そんな神裂と、ステイルを見てインデックスは壮絶な自己嫌悪を覚えた。
一体自分は何を言っているのだろうか。八つ当たりもいいところだ。
大体聖人なのに、優秀な魔術師なのに、なんて言ったところでそれは結局インデックスにもそのまま当て嵌まってしまう。

「ごめんなさいなんだよ、二人とも……。
かおりもすているも、助けてくれようとしてるんだよね。
それに、一番無力なのは私なんだよ……。一〇万三〇〇〇冊も何の役にも立たない。
魔術のことなら何でも知ってる気でいたけど、ていとく一人起こしてあげることも出来ないんだよ……」

インデックスは何も出来ない自分を呪った。
そんなインデックスの様子にいたたまれなくなったのか、おずおずと言った様子で神裂が尋ねた。

「あの、『彼』は魔術的攻撃を受けたというわけではないのでしょう?
ならばやはり科学サイドからのアプローチが一番適切で可能性が高いのでは?」

「馬鹿なことを言うな神裂。そんなことはもうとっくにしているはずだ。
でなきゃ、あの子が僕たちを頼ったりするものか」

ですよね……としょぼくれる神裂を尻目に、インデックスは一つの決意を固めた。
結局自分では垣根を目覚めさせることは出来ない。
ならば自分に出来ることはただ一つのみ。
上条や美琴のように。垣根が起きるまでずっと支えてやることだけだ。

「待ってるからね」

366 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:13:39.06 h3QEF6oV0 1796/1876










「変わったのね、あなた。御坂さんに感謝しなくちゃ」

垣根の病室に、一人の少女がいた。
赤い高級感漂うドレスはひたすらに病院という場所にマッチせず、明らかな異物として存在していた。
だが少女は自らが浮いていることを理解していながらもそれを気にする素振りはない。

「ふふっ。あなたがこの街を守ってこうなったなんて、昔のあなたが知ったらどうしたかしら。
もし今のあなたと昔のあなたが会ったら、昔のあなたに殺されてたでしょうね」

けれど、その変化はきっと悪いものではなかった。
これでもう垣根が『スクール』に戻ってくることはないだろう。
目を覚ましても、自分と一緒にあれこれ作戦を考えたりすることはない。
垣根の柔軟な発想に驚かされることもない。

もう垣根帝督は心理定規の手の届かないところにまで行ってしまった。
だが彼女は悲しんだりはしない。
そんなことは分かっていたし、それを覚悟して、それを望んでいたのも心理定規だ。
だから、心理定規は垣根が今の居場所を掴んだことを喜ぶべきだ。
垣根に守りたいものが出来たことを讃えるべきだ。

それは頭では分かっている。だが、同時に僅かな心残りがあることも確かだった。
こうなることを望んで美琴に話したのに、土壇場で迷う自分に心理定規は自嘲する。

(……未練がましいわね。馬鹿馬鹿しい)

心理定規は椅子から立ち上がり、折りたたんだ椅子を元あった位置に戻す。
これ以上ここに留まっていると歪んだ願望が頭をもたげて来そうだった。
そしてそのまま病室を後にしようとドアを開けようとしたところで、その動きをぴたりと止める。
一瞬の空白の後に彼女はゆっくりと振り返り、小さく、本当に小さい声で誰に言うでもなく呟いた。

「これでもうあなたと会うことはない。大丈夫よ、あなたには支えてくれる人がいるんだから」

そして赤い優雅なドレスをたなびかせ、心理定規は垣根の病室を静かに去っていった。

その後、二度と心理定規がこの病院に姿を見せることはなかった。

367 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:28:28.19 h3QEF6oV0 1797/1876










視界がぼやけていた。
けれど、確かにそこに視界はあった。
番外個体はようやく自分が生きていることを理解する。
白い清潔なベッドの上に横たわり、輸血用であろうチューブが腕に繋がれている。

体内で爆発した『セレクター』は粉々の破片となり、体内の奥深くまで潜り込んだ。
加えて左足は根元から千切れ、頭部の傷と合わせてあまりに大量の血を失っていた。
普通なら、いや医療設備の整った病院であっても助からない。

その運命を覆そうとした御坂美琴も、力及ばず番外個体を救うことは出来なかった。
だが。今こうして番外個体は生きている。
冥土帰し。その神の手を持つ最高の名医によって彼女の命はぎりぎりのところで繋がっていた。
いつまで経っても明確な死はやってこない。
それどころかすっかり落ち着いて、体が安定しているのが分かる。

「生き残っちゃったよ……。ぎゃは、ミサカもしぶといねぇ」

何故こうして生きていられるのか、番外個体には分からなかった。
そもそもが『セレクター』が破裂した直後辺りから記憶が途切れてしまっている。
まさか学園都市第三位の超能力者は、あれだけの悪意と狂気に打ち勝つことが出来たとでも言うのか。
負の感情が表面に出やすい番外個体としては信じ難い話だったが、現に死ななければならなかった自分はこうして生きている。

番外個体はしばらく沈黙していた。
その静寂は負の感情ばかりを受け入れるように作られた彼女にとっては戸惑うものであり、同時にどこか心地の良いものでもあった。
しばらくして番外個体の意識が戻ったことに気付いた医師たちが駆けつけ、様々な検査が行われるも彼女は何一つ抵抗することはなかった。

368 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:37:38.14 h3QEF6oV0 1798/1876

そして。その翌日、番外個体の病室に一人の客がやって来た。
番外個体としてはあまり歓迎出来ない客だった。
だがその客はそんなことは気にする様子もなく、ずんずんと近づいて来た。

「……何の用かな、『お姉様』?」

「姉が妹の様子を見に来るのはいけないこと?」

精一杯の悪意に顔を歪めて口の端を吊り上げ、出来る限りの皮肉を込めてその客を睨みつける。
だがその客―――御坂美琴はもはや動じない。
あまりにいも自然な調子で返されて、番外個体はチッと舌打ちして逃げるように顔を背ける。
どうも気乗りしなかった。昨日目が覚めた時から、決定的に自分の本質であるはずの悪意が湧いてこない。

「お望みの品は何かな? 分かってるけどね。
わざわざアンタがミサカをあの状況で助けたのだとしたら、価値は情報くらいしかないもんね」

ただし正確には、以前ほどの悪意が湧いてこない、というべきか。

「私はそんな利か害かでアンタを助けたわけじゃない。分かってくれると嬉しいけど。
っていうかアンタ、九九八二号じゃないんだってね。死んでまで勝手に利用されずに済んだと喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか正直複雑だわ」

またも一蹴される。
以前戦った時とは違い、今の美琴にはこちらの言葉がまるでダメージになっていないようだった。
どうも調子が狂う。番外個体はまたも思わず舌打ちした。

「助けたいから助けたとでも? 馬鹿馬鹿しいね。
ミサカに何かを要求したり、押し付けたりするなら相応の悪意を差し出してくれないと。
お涙頂戴の善意や博愛に訴えるなんて方法はミサカには全く合わない」

「そうかしら。アンタの悪意は全部じゃなくても、大部分は作られたものでしょう?」

「…………」

369 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:42:25.85 h3QEF6oV0 1799/1876

「ネットワークとか、そんなものとは関係なしに本当にアンタ自身が私を恨んでるなら。
その悪意は私に向けてくれて構わないわ。全部受け止める。
でもアンタはそれだけじゃないでしょ。アンタはこの世界に生まれてきた。
生まれたくなかったかもしれないけど、私のせいで生み出されてしまったのかもしれないけど、今アンタが生きてることはどうしようもない現実。
私が言えた立場じゃないかもしれないけど、どうせ生まれてきたなら楽しく過ごしたいと思わない?
そんな悪意とか、復讐とか、そんなものだけに人生全部捧げるのも馬鹿らしくない?」

「……ミサカにはそれしかない。ミサカはそのためだけに作られた。そのためだけに放り出された」

「なら、これから一緒に目標を探していきましょう」

それはかつての御坂妹……ミサカ一〇〇三二号と同じ悩みだった。
『実験』のためだけに生み出され、殺されるためだけに作り出され、一方通行を絶対能力者にするためだけに死んだ妹達。
だが生まれて間もない少女たちは真っ白で、『学習装置』などで“そう”教え込まれればそれが自分の価値なのだと思ってしまう。
だからこそ上条当麻のおかげで『実験』が凍結した際、御坂妹は生きる目標を見失ったと吐露していた。

御坂妹はそれを焦りすぎ、精神的に不安定になったこともあった。
その時美琴は約束した。御坂妹の、妹達のそれを手伝うと。
御坂妹には世界に溢れる楽しいことを一つ一つ知っていけばいいと言った。
番外個体だって美琴からすれば例外ではないのだろう。彼女もまた、紛れもなく妹達なのだから。

「……意味が分からないな。お姉様、アンタ正直不気味だよ」

だが。番外個体には、そもそも理解ができなかった。

「ミサカたちにそこまでして、アンタに何のメリットがあるわけ?
それともミサカたちを助けることで自己陶酔にでも浸ってんの?
もし本当にアンタがただの善意でやってるっていうならそれでもいいけど」

それならそれで分からない、と番外個体は言った。

「ネットワークの悪意とかそういうの抜きにしてさ、ミサカ個人の意見として。
お姉様がそこまで妹達に入れ込む理由が全く分からないよ。
ミサカたちが作られた発端故の罪悪感? だからそれが理解できないのさ。
そもそもお姉様がDNAマップを提供した時、六歳だか七歳だか、知らないけどそんなもんでしょ?
そんなガキに汚ねーやり口覚えてる大人の考えなんて見抜けるわけないじゃん。
アンタの力で困ってる人が助けられます、なんて言われたらそんなガキはそりゃ協力するでしょ。騙されてる可能性なんて考えられない」

370 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:47:02.99 h3QEF6oV0 1800/1876

「…………」

美琴は一切余計な口を挟まなかった。
番外個体はただ純粋に、思っていた疑問を問いかける。
美琴と戦った時、番外個体は最大限に自身を利用した精神攻撃を行った。
だがあれはそもそも美琴が妹達を何より大切に想っている、という前提があってこそ成り立つものだ。

「ミサカみたいなヒトもどきでも分かるよ。
散々これでアンタをいたぶったけどさ、幼いお姉様がDNAマップを提供したから妹達が一万人も殺された。だからアンタが悪い。
これって物凄い暴論だよね。殺人犯の母親に向かって『お前が子供を生んだからこいつに殺された人がいる。ふざけるな』って言うのと何も変わらない。
そもそも普通の子供なら『そんなことは知らなかった、だから自分は悪くない』って保身するでしょ。そしてその通りなんじゃない?」

番外個体は区切って、核心を突く。

「アンタは『あの実験に限っては』何の罪もないんじゃないの?
別に妹達や『実験』を見てみぬ振りしたわけでもなし。
まあ普通の中学生なら見てみぬ振りして当然だと思うけどね、警備員に届けてもこっちが捕まるわけだし。
なのに、どうしてお姉様はそこまで妹達を気にかけるのさ。
あれで『全部自分が悪い』って考えるのはもはや自傷レベルだと思うんだけど。
それとも何? 自分の周りで犠牲者が出るなんて認めない、なんつーカワイソーな頭してんの?
そうやって聖人気取りですか? 自分が欠点なんてない完璧な聖人君子だとでも思ってんの?」

「たとえ私が何も悪くないとしたって」

美琴はそこで初めて言葉を返した。
番外個体の目を見て、はっきりと。

「理屈だけじゃ人って納得できないよ。私はそれを嫌ってほど知った。
結局出来た大人とかじゃなければ感情がどうしても優先されると思うんだ。
だから、仮に私が何も悪くないとしてもそれでアンタが、アンタたちが納得できるかどうかよ。
もしアンタたちが『私のせいで』って思うなら、いくらでもぶつけてちょうだい」

あくまでも『仮に』だ。美琴はやはり妹達や『実験』について自分が悪いと思ってるらしい。
妹達には御坂美琴を糾弾する理由と権利があると美琴は言う。
結局のところ、番外個体には何も理解できないのだった。

371 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:51:48.30 h3QEF6oV0 1801/1876

「わけ分っかんねー。ドMかよアンタ。
何で素直に自分は悪くないって言わねーんだよ。
多分あの『実験』に関しては一〇〇人に聞いたらまあ九〇人くらいはそう答えるだろうに。
つーか、結局なんでそこまで妹達に入れ込んでるのか答えを聞いてないんだけど。
そもそもあそこまでいたぶったこのミサカにこんな態度取れる理由からもう分からないんだけど」

おそらく自分が美琴の言葉をまるで理解できないのは、その本質が違うからだろうと彼女は思う。
もともと悪意ばかりが表面化するように作られた番外個体。
美琴に限らず、こういう種類の人間のことは理解できないのだろう。
逆に一方通行や垣根の打算に裏打ちされた行為や言葉はよく理解できるに違いない。

話に聞く第一位を倒して『実験』を止めたという無能力者。
彼のような人間ならば美琴の言葉を理解できるのだろうか。
いずれにせよ自分にはどこまでも無縁だと思う。

「他の子には言ったんだけどね。……あれ、でもアンタもミサカネットに繋がってるんだっけ。
じゃあ知ってるのかな。まあいいか、実際に聞くのとじゃ違うだろうし……」

「なぁにぶつぶつ言ってんのさ。念仏でも唱えてんの?」

「アンタの質問に対する答えなんだけどね。……妹だから、ね」

そして美琴はかつて第一〇〇三二次実験で、あの操車場で。
御坂妹と一方通行に向けて放ったあの言葉をもう一度繰り返す。

「アンタたちは、私の妹だから。ただそれだけよ」

至って真面目な様子でそんなことを言う美琴を何故か直視できなくて、番外個体は再度顔を背けた。
眩しいのだろうか。恥ずかしいのだろうか。番外個体自身にも分からなかった。

「……馬っ鹿じゃねえの。ホンット、わけ分かんねー……」

ははは、と恥ずかしそうに顔を搔く美琴に番外個体はもはや理解を放棄した。
どうせこんな馬鹿の考えなんていくら考えたって分かりゃしないだろう。
それともこれから人並みに過ごしていけば、いつかは分かるようになるのだろうか。
とはいえ当面は目標もクソもないので、とりあえずこんなことを要求しておいた。

「今度、ミサカにもクレープとか服とか奢ってよ。おねーたま」

「……!! うん、任せて!!」

「おねーたま、顔ちょっと赤い」

本当に嬉しそうな美琴を見て、番外個体はもう一度小さく「ホント、わけ分かんねー」と呟いた。

372 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:54:56.93 h3QEF6oV0 1802/1876










「悪かったな。何も知らなくて、何も出来なくて」

上条当麻と、冥土帰しの今日のカウンセリングを終えた御坂美琴は例の自販機のある公園のベンチに腰掛けていた。
二人の手には缶ジュースが握られているが、上条のものはとっくに空になってしまっている。
それでも上条はその空き缶を握ったままだった。

本当に申し訳なさそうに項垂れる上条に、美琴は苦笑する。
あまりに上条らしい反応だった。

「なーに辛気臭い顔してんのよ。私たちが何も話さなかったんだから、アンタが入って来れるわけないでしょうが」

美琴は足を組んだまま上条の背中をパンパンと叩く。
それが上条当麻なのだとは知っていても、上条が自分を責めるのはおかしいのだ。
今回の一連の事件について、美琴も垣根も何も上条に話さなかった。
意図的に黙っていた。故に上条がこちらの事情を知る機会は一切なかった。

だから、上条が何も出来なかったのは当然なのだ。
出来ないようにしていたのだから、上条には何も非はない。
だが上条はそう簡単には割り切れない。自分の知らないところでずっと友人が戦っていたのだ。
それがいかにも「らしい」な、と美琴は思う。

373 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 01:58:31.48 h3QEF6oV0 1803/1876

「そうは言っても、やっぱりな……」

「ねえ。アンタ、世界全ての事件を自分の手で解決しないと気が済まないの?」

「……? 何のことだよ?」

「今この瞬間にも学園都市内で、東京で、北海道で、イギリスで、カナダで、モロッコで、タイで。
事件なんて絶え間なく起きてるじゃない。アンタはそれをテレビで見る度に『何も出来なくてごめん』って謝ってんの?
……今回のことはアンタとは無関係に起きたこと。そりゃまぁ、垣根のことに関してはアンタも関係あるけどさ。
息つく間もなかったのよね。別にさ、アンタが必ずしも介入しないといけない決まりなんてないじゃない」

上条当麻は完全無欠のヒーローではない。
世界全ての人間を救済する救世主でもない。
この広く、様々な思惑の渦巻く学園都市で上条の知らぬことなど腐るほどある。
今回のこともそうだった。ただそれだけなのだ。

上条の知らないところでも美琴はいくつもの戦いに身を投じていた。
それは『幻想御手』事件であったり、『乱雑解放』事件であったり、ロシアでのデモンストレーションであったり。
『絶対能力者進化計画』や大覇星祭の一件も上条が知っているのは最後の一部分だけだ。
そんな戦いが一つ増えた。それだけのことだ。

「大体、アンタにそういうこと言われる筋合いはないわね。
いきなりフランスだのイギリスだのから電話かけてきたりしたじゃない。
あの説明を私は受けてないし、第二二学区でズタボロになってたのも私は何も詳細を知らないわよ」

「それは……」

けれど、そもそも上条当麻が参加した戦いは御坂美琴のものより遥かに多く、そしてそのほとんどを美琴は知らない。
一〇万三〇〇〇冊の魔道書を使いこなす事実上の魔神。錬金術師。ローマ正教の一部隊。
聖人。カーテナ=オリジナルを持つ英国第二王女。『神の右席』。そんな連中と上条は死闘を繰り広げてきた。
第二二学区で美琴に説明を要求された時でさえ、美琴が協力を申し出た時でさえ、上条はそれを拒んだ。

何も説明を受けていないのだから、美琴は上条が何と、何故戦っているのか分からない。
だがそれでも分かるのだ。上条がずっと戦い続けていること。そしてその目的も、何となく。

374 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 02:04:08.29 h3QEF6oV0 1804/1876

「私はよく知らないけど、それでもアンタは一人で頑張りすぎてると思う。
ちょっとくらい私が引き受けたっていいんじゃない?」

『絶対能力者進化計画』や大覇星祭の時のように、上条の手を借りたこともある。
だがそうでなくても上条は誰かと常に戦い続けているのだ。
ならば出来るだけ上条には安易に頼りたくはないと思う。

それに、おそらく上条が今回の戦いに参戦していたとしてもそれほど大きな戦力とはならなかっただろう。
相手は『木原』。能力者でもなければ魔術師でもなく、純粋な科学のみを振るう連中だ。
『木原』一族の特性故にあらゆる敵対者を動揺させてきた上条の言葉や信念はまるで意味を成さず。
右手に宿る幻想殺しも何の役も立ちはしない。
相性は最悪と言えるだろう。

ともあれ、美琴は少しでも上条の負担を減らしてやりたかった。
その結果垣根が昏睡してしまったが、それでも美琴は今回上条の協力を仰がなかったことが間違いだったとは思わない。
上条がいたとしても結果が変わっていたかは分からないし、何より垣根自身も上条を巻き込むことを拒否していたから。

「御坂……」

上条はそんなことを言われたのは初めてだった。
彼はどちらかと言えばいつも有無を言わさずに巻き込まれる立場だった。
もちろん中には上条自ら身を投じたことも何度かあった。
だが強制的に外国送りにされたり、協力を要請されたり、『神の右席』のように明確に上条を狙ったものさえあった。

協力を仰がれることはあっても、こういうことはほとんどなかったのだ。
おそらく後方のアックアが攻めてきた時くらいのものだろう。
あの時は神裂火織を始めとする天草式十字凄教が上条の代わりに戦ってくれた。

お前の力なんていちいち借りる必要なんかない。
こっちのことはこっちでやるから引っ込んでろ。
要するに、それが美琴や垣根の今回のスタンスだったのだった。

375 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 02:05:07.55 h3QEF6oV0 1805/1876

「なんつーか……ありがとな。でも、やっぱ何かあったら教えてくれよ。
言ってくれれば出来る限り力になるからさ」

「はいはい、全く同じ言葉を返してあげますよっと」

「うぐっ……」

美琴に鮮やかなカウンターを決められ、言葉に詰まる上条だったがすぐに表情を変えて、

「言えば力になってくれるのか? 俺のために? 俺のためだけに? ……なーんてな、冗談に決まって……」

「ふぇっ!? ちょ、ちょちょちょっと、アンタ何言ってんのよ!? アンタのためだけって……!?」

これに一変して顔を真っ赤にしたのは美琴だ。
逃げるように上条から顔を背け、触ったら火傷しそうなほど赤い顔を必死に隠そうとする。
ちょっとした冗談のつもりが予想外の反応を返された上条の動きがぴたりと止まる。
上条的には「はははー何言ってんのアンタ」「冗談だよ」「何だ冗談かー」みたいなほのぼのとしたやり取りを期待していたのだ。
美琴の様子を訝しんだ上条は美琴の顔を覗きもうと体を動かす。

「あのー、御坂さん……? なんでそんなに顔を赤くしてるんでせう?」

「う、うるさぁい!!」

上条に真っ赤な顔を覗かれそうになった美琴は、逃げるようにベンチから立ち上がり上条から距離を取る。
ただでさえこんな顔は見られたくないというのに、上条が覗き込んだせいでやたら顔の距離が近くなってしまった。
頬にかかる上条の息がまた美琴を混乱させ、わけが分からなくなった美琴はとりあえず電撃をぶち込んでみた。
バチッ、という音と共に美琴から放たれる細い稲妻。

「久しぶりィ!?」

慌てて上条は右手を突き出し、バキィン!! という幻想殺し特有の音をたてて紫電は消滅した。
だがその上条の顔に余裕は欠片もない。むしろ心の底から安堵したと言った表情だった。
以前から美琴の電撃を定期的に受けていた上条だが、美琴は垣根と初めて会った際に垣根を誤射してしまったことがあった。
それからというもの美琴はぱたりと上条や白井に対しても電撃を撃たなくなっていた(代わりにメキメキとダーティな戦いの腕が上がっていったとは白井談)。

376 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/08 02:06:36.58 h3QEF6oV0 1806/1876

おおよそ一ヶ月ぶりに味わう美琴の電撃。
久しぶりすぎて上条は以前のようにすぐさま反応出来なかったらしい。

「おまっ・・・…、危うく食らうところだったぞ!!」

「アンタ、反射神経とか落ちてるの?
これからのためにも定期的に私が電撃食らわせて鍛えた方が良いんじゃない?」

普通に考えれば何を言っているのか分からない言葉である。
だが呼吸をするように死線を潜っている上条は、一瞬「確かに」と美琴の言葉に内心賛成してしまった。
そして上条は一秒後に少しでもそんなことを考えた自分自身に死にたくなっていた。

一瞬でもそんなことを高校生が考えてしまう時点で上条の不幸っぷりが嫌というほど理解できるというものだ。
とりあえず土御門やステイルを始めとする魔術サイドの皆、特に『神の右席』の連中は今すぐ上条に土下座すべきであろう。

「うう……上条さんはもう普通の学生には戻れないというのか……。
既に戦闘民族的な何かにジョブチェンジしてしまったとでも言うのか……っ!?」

頭を抱えてしくしくと悲愴な涙を流す上条に、美琴は思わず追撃の手を止める。
何故泣いているのかは全く分からないが、あまりにも上条が全身から悲しみのオーラを放っていたのでとりあえず適当に背中を叩いて慰めておいた。

「……うぅ……、ミコっちゃん……。俺、もしかしたらもう取り返しのつかないことになってるかもしれない……」

「誰がミコっちゃんだコラ」

そして容赦なく放たれる二撃目の電撃。

「やめてぇ!! お願いだからもうやめて!? 俺は人間をやめるつもりはないの!!
そんな戦闘民族にもなるつもりは……やめてくださいお願いだからァァああああああああ!?
いや、むしろ咄嗟に反応できちゃうのが悔しい!! よく考えたらまずそこがもうおかしいよね!?」

逃げ出す上条。それを追う美琴。
懐かしい光景だった。最初は泣きそうな顔だった上条にも、いつの間にか笑顔が戻っていた。
結局はこれが「らしい」光景なのだった。

425 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/24 23:45:53.69 NoBXWWu80 1807/1876

そして時計の針は現在へ。

426 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/24 23:47:04.69 NoBXWWu80 1808/1876

「なーんかすっげー馬鹿らしいんだけど」

「言うな、友莉。誰もが思ってることではある」

「ちゅーかですよ、そもそも一体誰を連れてくる気なんすかねえあの脳筋」

「まあ面くらい拝んでみても良いんじゃないスか?」

「はっきり言ってその人が不憫に思えるわ」

『白鰐部隊』所属の五人の少女。
坂状友莉、和軸子雛、相園美央、夜明細魚、兵頭真紀。
以前の三人の『木原』と三人の超能力者の戦いと平行して削板と交戦し、そして敗北した少女たち。
彼女たちは削板軍覇に連れられて名門中の名門、長点上機学園の一室にいた。

とはいえ彼女たちも、削板も長点上機の生徒ではない。
削板が自らの通う学校の教師に相談し、その教師がまた別の教師に呼びかける。
そんな具合にいくつかの過程を経てようやく適任者が見つかったらしい。
その適任者とやらが長点上機の人間だったためにここに来ているのだ。

指定の椅子に座りながら椅子の前脚を浮かせ、後ろに体重をかけてグラグラと体を揺らしながらぶーたれる五人の少女。
一応敗者という立場であるため、とりあえずは削板に従った彼女たちだがその削板はというと既に姿を消してしまっていた。
もともと絶対安静だったところを勝手に抜け出していたらしい。
つくづくとんでもない奴である。子雛辺りが「不死身め」と愚痴っていたが、あながち間違っていないように見えるのが恐ろしい。

そもそも五人はここで一体誰を待っているのかというと、それは彼女たちにも分からないのだった。
削板曰く「お前たちを引き上げてくれる奴」らしいのだが、そもそもそんな人間などいないと彼女たちは思っている。
嫌というほど学園都市の『闇』に塗れた五人は曖昧な希望など存在しないということを知っているのだ。
故に「さっさと帰りてーなー」的な気持ちを隠すこともなく露にし、不満たらたらなだらけ切った態度でいるのだった。

427 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/24 23:48:01.15 NoBXWWu80 1809/1876

「どんな奴が来るっていってたっけ」

「なんかスクールカウンセラーとか言ってたけど。あ、私にもポテスちょうだい」

ポリポリと学校の、しかも通っているわけでもないところでスナック菓子を食べながら待つ舐めきった態度を取る真紀と子雛。

「スクールカウンセラーねー。私たちの相手なんかしたらすぐに胃に穴が空きそうだね、けけ」

「つーかポテスなんていつ買ったんですか。私にも一本」

仕舞いには相園は勝手に冷蔵庫を開けて中のミネラルウォーターを飲み始める始末である。
もはやもしかしなくても完全にアウトである。
だが残念なことに彼女たちにそんなことを気にするような感覚は存在しない。

「私にも一本!」

「なら私は三本!!」

「五本!!」

「九本!!」

盗みに入った家でそのままパーティーをしているような騒ぎになってきたところで、ようやくそのスクールカウンセラーとやらがお出ましになった。
「失礼するよ」と一声かかって、ガラッ、とドアが開かれる。
そこにいたのはスーツを着込んだ男性だった。はっきり言ってあまり特徴のない顔だった。
五人はぴたりと動きを止め、一斉にそちらへと目を向ける。
少女たちの合計一〇の眼差しを受けたその男性は思わず一瞬怯む。

「うわ、地味っ。普通っ」

この上なくストレートに毒づく相園。
ちょっとはフィルターに通したりはしないのだろうか。
流石の先生も少々傷ついたらしく、ポリポリと頭を掻いてしまった。
だがすぐに握り拳を口元に当ててごほん、と咳をすると今度こそ毅然とした態度で五人に向き合い、一人一人に目を合わせていった。

「初めまして。僕は君たちのスクールカウンセラーを勤めることになった西東颯太。よろしくお願いするよ」

西東颯太。それがこの男性の名前だった。

428 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/24 23:48:35.80 NoBXWWu80 1810/1876










「お邪魔しまーす……」

「どーぞですの」

「ここはアンタの部屋じゃあないっつの」

「病室ですよ白井さん」

垣根帝督の病室にやって来たのは四人の少女だった。
御坂美琴、佐天涙子、白井黒子、初春飾利。
だが四人の様子は一様ではなく様々だ。
美琴は普段通りと言った感じだが、白井はどこか呆れたような色を見せている。
佐天は理解できないというような困惑を見せ、初春は非常に気まずそうだった。

ベッドに横たわり動かない垣根を見て、佐天が小さく息を呑む音がした。
初春は何かを堪えるようにスカートの裾をグッと握る。
美琴はマイペースにカバンを置いてパイプ椅子を広げ、どかっと座り込む。
白井はベッドのすぐ近くに壁に背中を向けて寄りかかり、腕を組んでため息をついた。

「全く……まぁた貴方は階段から落ちでもしたんですの?」

いつもならすかさず毒に塗れた辛辣な言葉が返されるだろうに、垣根は何も答えない。
そんな垣根を見て白井は何を思ったのか、目を逸らした。
漂う重い空気の中で、遠慮がちに口を開いたのは佐天だった。

429 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:01:07.29 EDwVWTXB0 1811/1876

「あの……そもそも垣根さんは、どうしてこんなことに……?」

そして再度重苦しい静寂が病室を包み込む。
何か重大な失言をかましたかと思った佐天は、思わず「えと・・・…」と言葉を濁す。
いつもの四人組なのに、度々訪れる病院なのに、明らかに空気が異質だった。

「それはわたくしも最初から気になってましたの。一体何があればこうなるんですの?」

「―――……私の、せいなんです……」

か細く、震える声で訴えたのは初春だった。
血が滲みそうなほどに握り締めた拳は震えている。

「……どういうことなの? 初春」

「私が、あの時、失敗したから……っ!! だから垣根さんは……っ」

「それは違うわ、初春さん」

罪悪感に塗れた言葉を苦しそうに吐き出す初春を止めたのは、先ほどから黙っていた美琴だった。

「あの時は時間が足りなかった。でも他に方法がなかったから、それでも初春さんに頼らざるを得なかった。
初春さんのせいじゃない。私たちが最初から不可能なことを無理にやらせただけなの。
……ごめんなさい。軽率な判断であなたに余計な重荷を背負わせちゃったね」

泣きじゃくる初春に、美琴は立ち上がってその頭を優しく撫でる。
あの時は極限の状況下だったとはいえ、浅慮だったのかもしれない。
初春飾利は人一倍正義感が強く、優しい少女だ。
ちょっと考えればこんな風に背負い込んでしまうことが分かっただろうに。

必要のない罪悪感、的外れな自責。
自分が初春にそれを押し付けたという事実に、美琴は情けなくなった。
一方で置いてけぼりの佐天と白井は顔を見合わせ、

「……あの、申し訳ありませんが説明をお願いしますの……」

430 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:02:32.75 EDwVWTXB0 1812/1876

「ごめん。それは出来ない」

今回のことについて、正確に言えば垣根の昏睡について話そうとすればどうしたって学園都市の『闇』に触れることになる。
それでもきっと彼女たちはそこに踏み込んでも美琴の力に、垣根の助けになってくれるだろう。
実際、彼女たちは過去にも暗部の表層に触れたことはある。

だが、美琴は見たのだ。この学園都市に巣くう『闇』の深さを。その狂気を。
一連の事件で骨の髄までその深さを理解した。理解させられた。
この街の『闇』は底なしだ。想像できる領域を二段階も三段階も飛び越えた狂気を見せてくる。
とてもではないがこの三人に関わらせられるものではない。

掛け替えのない友達やその友情。
たしかにそれは大切なものだし、それに救われたことだってある。
それどころか友情を優先し、三人に暗部について一部話して共に戦ったことさえある。
しかし学園都市の『闇』はそんなあやふやなものが通用する場所ではない。
今までが運が良かっただけなのだ、と美琴は嫌というほど理解した。

『アイテム』、『スクール』、『グループ』。統括理事会、そして『木原』。
過去美琴がこの三人と一緒に暗部に触れた時、もし麦野沈利率いる『アイテム』がやって来ていたらどうなっていただろう。
もし垣根帝督が敵として美琴たちの前に現れていたら。一方通行が姿を見せていたら。
果たして今四人は無事に生きていられたのだろうか。

潮岸のような統括理事会を敵に回していたら、暗部でもなくそれに立ち向かえるほどの力もない彼女たちはどうなっていただろう。
もし恋査が立ちはだかっていたら。もし『木原』を相手していたら。

かつてテレスティーナと戦った時はまだ良かった。
あの時はあくまでテレスティーナの目的は『能力体結晶』の完成にあり、美琴たちを潰すことを目的としていたわけではなかったからだ。
だが一度。一度スイッチの入ったテレスティーナが―――『木原』がどこまでぶっ飛ぶかを美琴は知った。
徹底的に、病的なまでに人の尊厳を踏み躙り、人が超えてはならぬラインを高笑いしながら踏み越え、一人を殺すために数百万の命を消す。
木原数多も木原病理も、『木原』とはそういう連中なのだ。科学という人類共通の基盤を用いていながらその領域の外にまで突き抜ける。
いつの日か、本当に笑いながら科学で神さえ殺しそうな一族。

要するに学園都市の暗部はそういう場所なのだ。
一方通行が現れていたら、白井黒子は生きていられただろうか。
垣根帝督が立ち塞がっていたら、佐天涙子は五体満足でいられただろうか。
統括理事会や恋査が敵となっていたら、御坂美琴は笑っていられただろうか。
『木原』と本気でぶつかっていたら、初春飾利はまともな感情を持っていられただろうか。

431 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:03:54.92 EDwVWTXB0 1813/1876

それを痛いほどに理解したからこそ、今までの認識があまりに甘かったことを知ったからこそ。
美琴はたとえ何と言われようと一切を黙秘すると決意した。
テレスティーナによる番外個体を利用した一連の悪夢。
あれを実際に経験した身として、あれを白井や佐天、初春に経験させるわけにはいかない。
そんなことになれば彼女たちが“壊れる”ことは明らかだから。

別に彼女たちとて生半可な気持ちで暗部に関わろうとしているわけではないだろう。
その気持ちは本物であると美琴も分かっている。
だがしかし。実際にその身で触れない限り、暗部の恐ろしさが実感で分からないのだ。
死ぬかもしれない。相手のレベルが違う。どれほどの言葉を重ねたところでそこには決定的に実感がない。

そしてそれはこれまでの美琴もそうだった。
『量産型能力者計画』で学園都市の『闇』を垣間見た。
『絶対能力者進化計画』で『闇』の深さと規模を知った。
大覇星祭や『乱雑解放』、一方通行との再会、鉄橋にて聞いた垣根の話、今回の騒動を通じてようやく正しく理解したのだ。

「ごめんね。どうしても話せないの。
……それなのに勝手だけど、良かったらたまにでいいからこいつに会いに来てやってくれない?
いつかひょっこりと目を覚ますかもしれないしね」

結局は隠し事だ。
白井にも、佐天にも、初春にも、事情は話せない。
どれだけ願われたとしても、もはや美琴は絶対に『闇』に関わる話をしないと決めている。
その上で彼女たちに助力をお願いする。
本当に自分勝手なことだ、と思う。けれど事態が事態だし、勝手に垣根のことについて話すのも躊躇われた。

432 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:04:26.90 EDwVWTXB0 1814/1876

「……分っかりました、あたしたちにお任せください!!」

元気よく引き受けてくれたのは佐天だった。
頼んでおいて何だが、あまりにあっさりすぎて拍子抜けしてしまう。

「良いの? 佐天さん。これってかなり勝手なお願いよ?」

「垣根さんにはあたしも借りがありますし。
それに、全部を知らなくたってあたしたちは友達ですよ!!」

その言葉に同調するように、初春と白井も佐天に続いた。

「分かってます。言われなくてもそのつもりでいます」

「仕方ないですわね。あの方にはまだまだ言いたいこともありますし」

なんて良い子たちばかりなのだろう。
美琴は本当に良い友人たちに恵まれていると思った。そして、垣根も。
こんなにも。自分は物心ついた時から化け物で、恐れられて嫌われるのが垣根帝督だと言っていた青年は。
こんなにも、多くの人間に。こんなにも、想われている。
美琴の考えに間違いはなかった。もはや垣根は一人などでは決してないのだった。

433 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:05:05.52 EDwVWTXB0 1815/1876










「あの、さ。その、あ……あり、が……」

「蟻? 夏休みの自由研究かしらぁ?」

「んなわけあるか!! 大体今は冬だっつーの、あの馬鹿と全く同じ反応しやがって!!」

学舎の園にあるとある高級感漂うカフェに彼女たちはいた。
片や世界の四つの基本法則の一つを統べる学園都市第三位の超能力者。
片や人の思想や信条を軽々と神の気まぐれのように捻じ曲げる学園都市第五位の超能力者。

『超電磁砲』と『心理掌握』。
御坂美琴と食蜂操祈。
学園都市の頂点に立つ七人の超能力者の二人。

そんな彼女たち。恐ろしいほどの力を秘め、ただ二人が並んでいるだけで何か恐ろしい陰謀すら感じさせる超能力者。
……なのだが、実際に行われているのはなんてことのないやり取りだった。
そもそも美琴と食蜂が一緒にカフェにいるという光景がまず異常だった。
事実、二人は数日前には常盤台にて衝突寸前まで行ったこともあった。

434 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:06:44.03 EDwVWTXB0 1816/1876

きっかけは美琴からだった。
いつものように派閥メンバーを引き連れてぞろぞろしていたところを、美琴が呼び止めて誘ったのだ。
そんな食蜂は今目の前で優雅に紅茶を飲んでいる。
網目模様のデザインされた白いレースの手袋のようなものをはめた手でカップを持つ。
ただそれだけの仕草だが、どこか気品が漂っていた。
この派手なシャンデリアが下がり、多くが鮮やかな紅や金で統一されたやたらと豪華なカフェに何ら違和感なく溶け込んでいる。

美琴も普段は全く見せぬお嬢様モードで紅茶を一口飲んで自身を落ち着かせる。
食蜂がカップを戻したのを確認して美琴は切り出した。

「あの時。私にあの男を使って道案内させたの、アンタでしょ。
あん時は事態が事態だったし混乱してたけど、落ち着いて考えりゃアンタしかいないもんね」

食蜂はくすりと笑って、

「まあ隠すことでもないわねぇ。そうよぉ、私の洗脳力、見事だったでしょぉ?
でも私も私で大変だったんだから。何だっけ……乱数とかいう『木原』と戦うことになっちゃってねぇ。
私は面と向かっての勝負をするタイプじゃないのに。ああいう幻覚力のかけ合いは初めてだったわぁ」

「……アンタ、『木原』と戦ったの?」

静かに肯定する食蜂に美琴は戸惑っていた。
食蜂が『木原』と戦っていたという事実もそうだが、それ以上に。

「アンタ……なんでそこまでするわけ? ……やっぱりドリーのこと?」

「もちろん、それはあるわぁ」

でもぉ、と食蜂は区切って、

「アナタは言ったじゃない。人の気持ちなんて心力で理解するもの。
私なりに考えてみたのぉ。私には信じられる人間なんて一人しかいない。
アナタみたいに何を考えてるのか読めない人間となんて関わっていたくない。
でも、きっとそんなだから私は孤独なんだって」

435 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:08:55.90 EDwVWTXB0 1817/1876

食蜂は初めて自身の心境を吐露していた。
こんな風に内心を語るのは初めてのことだった。

「別にそれでも構わないと思ってたわぁ。
何考えてんだか分からない人間と関わって馬鹿を見るのは間抜けだと思ってたから。
……でも、私だって初めからこうだったわけじゃない。
素直に人を信じられるアナタみたいな人への憧れ、懐古力。きっとそういったものねぇ。
あの時、中庭で大胆に啖呵力を切ったアナタを見て、考えて。思っちゃったの。
―――もう一度くらい、人を信じてみても良いんじゃないかって」

「…………」

「あの時、私の理屈力は正しかったはずなのに何故だかちっぽけに思えた。
逆にアナタは何の根拠力も伴ってない綺麗事だったはずなのに、何故だかやけに大きく見えた。
堂々と人を信じるって言えるアナタが輝いて見えたのよぉ、困ったことに。
そして今回の妹達の一件を見て思ったの。私が人を能力抜きで信じられるとしたら。
そんなことはまだ無理だけど、その可能性があるとしたら。……アナタしかいないってねぇ」

そう言う食蜂は恥ずかしいのか顔が僅かに赤くなっていた。
それを隠すように紅茶の入ったカップに口をつけ、ちびちびと飲んでいる。

「だから……ま、まあ? アナタがどうしてもって言うなら? お、お友達になることも、考えてあげないこともないけどぉ?」

「いや、その理屈はおかしい。勝手に私が頼んだみたいに捏造すんな」

数秒前までの自らの発言を綺麗さっぱり忘れてしまったかのような食蜂に、美琴はすかさず突っ込みを入れる。
けれど、内心美琴はあの食蜂からこんな言葉が出て来たことに驚いていた。

「でも……そうね、アンタが望むなら考えてあげる」

「な、なんですってぇ!?」

「自分の言葉で言ってみなさいよ。ほら」

「うう……御坂さんの鬼!! 悪魔!! 人でなし!! 『心理掌握』しちゃうわよぉ!?」

436 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:10:05.32 EDwVWTXB0 1818/1876

「なんとでも」

「阿婆擦れ短パン!!」

「何つった貴様!!」

涼しい顔で食蜂の言葉を聞き流していた美琴だが、その一言に怒りを露にする。
かつてある子供に同じことを言われたことがあったが、美琴にとって大切な何かにこの言葉は触れてしまうらしい。
椅子から半ば立ち上がって大きくテーブルに身を乗り出し、向かい側に座っている食蜂の頬を両手で掴み左右へ引っ張る。

「生意気言うのはこの口かー?」

「ひゃ、ひゃめてみふぁかさ~ん」

食蜂がぺちぺちと腕を叩いてくるので、それをギブアップの合図と受け取った美琴は手を離した。
はあ、とため息をついて、頬をさすっている食蜂に向けて、

「ま、最初からハードル高かったか。ああ言えただけで大進歩ね、うん」

「黙りなさぁい!! いつまで経ってもツンデレ力全開の御坂さんに言われたくないわぁ!!」

「わ、私はツンデレじゃない!!」

若干赤くなっている顔を誤魔化すように握り拳を口元に持っていきこほん、と咳払いする。

「それより食蜂。代わりと言ったらなんだけど、お願いがあるの」

「なにを不利になった途端シリアス力に持っていこうとしてるのかしらぁ?」

「……お願いがあるの」

「強引に押し切ったわねぇ。でもぉ、アナタの頼みは分かってるわよ。残念だけど私にはどうにも出来ないわぁ」

へ? と美琴は思わず間抜けな声を漏らす。
どうして、と追求する前に食蜂が説明を追加した。

437 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:11:20.07 EDwVWTXB0 1819/1876

「あの医者に頼まれたのよぉ。えーっと……垣根帝督、だっけぇ? 第二位の。
御坂さん、一体いつの間に第二位なんてビッグな奴と知り合ってたのよ」

「はは……まあ、色々あってね。本当に、色々と」

「ふぅん……まぁそれはいいんだけどねぇ。
それでぇ、あの医者には私も恩があるし、第二位さんを私の天才力で起こそうとしたんだけど……失敗しちゃったんだゾ☆」

「最強の精神系能力者(笑)……冗談よ、冗談だから拗ねんな」

「ふん……とにかくあれは完全に脳科学とか医学でどうにかするべき分野よぉ。
能力とかで手を出して、っていう領域じゃないわ。
でもぉ、男前な御坂さんがキスでもすれば一発なんじゃないかしらぁ?」

「ぶっ飛ばすわよ。そんな童話みたいなメルヘン展開があるわけ……。でもメルヘン、か……」

メルヘン野郎のメルヘンな翼を出したメルヘンな姿を実際に見ている美琴は僅かに言葉に詰まる。
ともあれ、食蜂の『心理掌握』を使うというのは失敗のようだった。
だが美琴に落胆はあまりない。想像は出来ていたし、焦っても仕方ないと思ったからだ。
どうせ常識の通用しないあの男のこと。最後には普通に起き上がることだろう。

「ふーん。じゃあ私がキス力を発揮しちゃおうかしらぁ?」

「どうぞどうぞ」

「そこはノってよぉ!?」

果たしてこんな会話をしている御坂美琴と食蜂操祈は、傍から見たらどういう関係に見えていたのだろうか。

438 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:12:10.39 EDwVWTXB0 1820/1876










佐天涙子と絹旗最愛は二人並んで街中を歩いていた。
ちなみに目指している場所は映画館。
自分の隣で笑っている佐天を見て、絹旗はニットのセーターの裾を掴んで全力で頭を回していた。

(一体何が超起きてるんですか……。なんで私がこの子とこんなことに……)

そもそものきっかけから意味が分からなかった。
絹旗は痛む頭を手で抑えて数分前の出来事を回想する。

あれは『アイテム』のメンバーで街を歩いていた時のことだった。
フレンダと下らないやり取りをし、滝壺の無気力さに呆れ、麦野の言葉に同調する。
そんないつもの風景だったはずなのだが、

「ん? ……あれ、あの人ってもしかして……」

そんなことを言いながらこちらを見てくる一人の少女が現れたのだ。
絹旗はその顔を見て、心の中でうげっ、とらしからぬ悲鳴をあげた。
佐天涙子。それはかつて『アイテム』が美琴を誘き出すために利用した少女だったのだ。
当然、そんな少女と堂々と顔を合わせられるはずもない。
絹旗は焦り、思考に僅かな空白が生まれた。それが致命的だった。

気付いた時には他の『アイテム』メンバーは全員どこかへと逃げてしまっていたのだ。
フレンダも、麦野も、そればかりかちゃっかりと滝壺までいなくなっている。完全に置いていかれていた。
だが絹旗にはそれに対して怒りを見せる間もなかった。すぐに佐天が声をかけてきたからだ。

439 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:13:02.35 EDwVWTXB0 1821/1876

「やっぱり!! 久しぶりですね、絹旗さん!!」

「あ、え、ええ……」

しどろもどろになる絹旗。
一体どんな顔をして、どんな風に接すればいいのかがまるで分からなかった。
しかし対する佐天はそんな絹旗の悩みなどどこ吹く風で、極めて明るくフレンドリーに接してきた。

「一人ですか? どこに行こうとしてたんですか?」

「え、えっと、映画を観に……」

今日はついに説き伏せた『アイテム』メンバーたちを連れて前から気になっていた映画を観る予定だったのだ。
もしかしたら彼女たちは佐天から離れる以外にも、映画を回避するためにも逃げたのかもしれない。
とりあえずフレンダ超殴る、などと考えながら素直に答えてしまう。

「映画ですか。じゃあ行きましょう!!」

「は? え、ちょっと……!?」

佐天に腕をぐいと引っ張られ、半ば強制的に連れ出された。
そして今に至るというわけだ。

「……佐天さん。貴女、何を超考えてるんですか?」

絹旗には佐天の思考がまるで読めなかった。
自分を攫った人間に何故声をかけようと思ったのか。
何故こんなにも明るく接してこられるのか。
何故自分に着いてくるのか。疑問は多い。

440 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:21:05.34 EDwVWTXB0 1822/1876

「ん? 何が?」

きょとんとした顔で疑問符を飛ばす佐天に、絹旗はますます疑念を深める。

「私たちが貴女に何をしたか、超忘れたわけじゃないでしょう?
それにあの時も超お話しましたが、私たちは貴女と違って……」

「あー、ごめん。別にそういうのはいいんだ」

「へ?」

言葉途中に佐天に割り込まれ、絹旗は思わずそんな声を漏らす。
そういうのはいい、とはどういう意味なのだろう。
少し考えてみるもまるで見当もつかなかった。
だが少なくとも、

「あたしはもう全く、全然、これっぽっちも気にしてないから。
それにあなたたちの事情にも深く関わるつもりはないよ。気にならないって言ったら嘘になるけど。
……あたしはただ、絹旗さんと友達になりたいだけなんだ」

―――こんな言葉は、完全に想定になかった。

結局のところ、全く立場の異なるこの二人が友人になれたのかは分からない。
ただ間違いなく言えることは、この日絹旗のアドレス帳に『佐天涙子』という文字列が追加されたこと。
そして絹旗お勧めの映画を観た佐天が映画館から出て来た時、佐天は精も根も尽き果てていたということだけだ。

441 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:22:20.40 EDwVWTXB0 1823/1876










「とりあえずこの件はこれで解決。いやー、疲れたな」

気だるげな声をあげながら、下着姿のままベッドへごろりと転がったのは雲川芹亜だった。
髪は少々乱れていて、表情にもどこか力がなくその疲労具合が多少なりとも覗える。
大の字に手足を広げベッドに深い皺を作る。その女子高生としてあまりよろしくない格好にも気にする様子はなかった。
ふへー、と息を吐く雲川に答えたのは携帯越しに話している統括理事会の一員、貝積継敏だった。

『どうせまた下着姿なのだろう。いい加減に風邪を引くぞ』

「余計なお世話だけど。それよりお前分かっているのか。
今回の潮岸包囲網を完成させたのは私なんだぞ。一体どれだけの手間をかけたことか。
限りなくセーフに近いアウトな手段も取らせてもらった。
そんな最大の功労者である私をもっと労わってほしいものだけど」

『感謝はしているさ。君の助力なくして第三次製造計画は打倒し得なかっただろう。
だが最大の功労者は君ではなく、あの三人だと思うのだが』

その言葉を聞いた雲川は上半身だけをむくりと起こし、深いため息をつく。
一度ベッドのシーツをぐっと掴み、すぐに力が抜けたように離す。
右足を体育座りのように折りたたみ、携帯を左から右へ持ち直す。

442 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:23:10.75 EDwVWTXB0 1824/1876

「……御坂美琴。結局巻き込んでしまったけど」

『あれは君のせいではないだろう』

「いいや、潮岸にばかり囚われて他への注意を疎かにしていた私のミスだ。
まさか別口で第二位までが動いていたとはな。
御坂美琴を監視でもしていれば一発で気付けたというのに、彼女に関わることを恐れて一切の手出しをしなかったのが裏目に出たか。
結果的には無事だったようだが、彼女は今もあの医者のカウンセリングを定期的に受け続けているようだけど」

『……精神的なショックが大きかったのだろうな。どんな力を持っていても、彼女はまだ一四歳の中学生に過ぎん』

「『絶対能力者進化計画』は知っていたが止められなかった。
妹達が消耗品のように死んでいくのを見ていることしか出来なかった。
だから今度こそ止めようと思った。雲川芹亜個人としてのリベンジ戦として。
その結果がこれだ。〇点とは言わないが、赤点を免れたかどうかは怪しいな」

珍しく自虐的になっている雲川に貝積は慰めにも似た言葉をかける。
そもそもが雲川に多くを任せざるを得ず、最後の詰めを学生にやってもらうしかなかった貝積とて己の無力感を嘆いていたのだ。
そしてそれはこの場にいない親船最中も同様だった。

『だが結果的に第三次製造計画の犠牲は最小に食い止めた。
唯一作られてしまった妹達も助かった。御坂美琴も無事に生きている。
相手が『木原』だったことを考えれば十分な結果じゃないか』

「まあ、そうとも言えるが……。第一位はまあどうでもいいけど。
どれだけの犠牲を受けようがあいつの場合は自業自得、因果応報としか言いようがないからな。
第二位は、まあ似たようなものだけど。奴とてこれまでしてきたことを考えれば仕方ないとも考えられる。
そうなると結局、御坂美琴か。よくもまああれだけのやり方を思いつくものだ。『木原』の執念には流石の私も頭が下がるけど」

『……そういえば、第七位はどうしたんだ?』

443 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:23:45.76 EDwVWTXB0 1825/1876

貝積が訊ねると、雲川はまるでどうでもいいことを思い出したかのようにああ、と前置きして、

「奴なら病室から脱走しようとしては見つかってを繰り返してるけど。
あの馬鹿、どうやら絶対安静という言葉の意味が理解できていないと見える。
アドレナリンでも出まくってたのか知らんが、何度も死んで当然のダメージを負っているというのにな」

『もし彼に死なれでもしたら、君が悲しむものな』

貝積があまりにも自然にそう言ったためか、雲川はは? というような顔をして動きを止める。
そして数瞬の後にその意味を理解し、雲川は必死になって反論した。

「な、ち、違うぞ!! 誰があんな脳筋の心配などするものか!!
私はただ自分の体の調子もろくに把握できないあいつの馬鹿さ加減に呆れているだけだけど!!」

その精一杯の反論もはいはい、と言った風に軽く貝積にいなされ、雲川は珍しく悔しそうに顔を歪める。
やがて何かを隠すように雲川はわざとらしく咳払いし、「と、とにかくだな」と呟いた。

「どうあれ今回の件はこれで終了だが、まだ気は抜けないけど。
我々の前にはやらなければならないことが山積しているのだからな」

『自覚が出て来たようで何よりだ』

雲川は通話を切断し、気だるそうにむくりと上体を起こす。
ふあ、と口を大きく開けて盛大にあくびをするとデスクの椅子の背もたれにかけてある服を手にとり、するりとベッドから下りる。

「さってと、まずは……着替えてからあの馬鹿のしけた面でも拝みに行ってやるとするかな」

444 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:24:30.48 EDwVWTXB0 1826/1876










「ていとくん……ってミサカはミサカはしょんぼりしてみる……」

「一体いつまで寝ているつもりなのでしょうか、とミサカは頬をぷにぷにと突いてみます」

分かりやすく沈んだ表情をしている打ち止め。心なしかその聳え立つアホ毛までが垂れているように見える。
そんな打ち止めとは対照的に、御坂妹はいつもと変わらない、つまりは無表情だった。
そんな二人の妹の正反対な様子に、美琴は苦笑する。

開け放たれた窓から吹き込んでくる少々冷たい風と、燦々と輝く太陽の日差しをその身に浴びる美琴はシャンパンゴールドの髪を風に靡かせる。
椅子に座って買ってきた林檎を紙袋から取り出し、片手にナイフを持つ。
丸々とした鮮やかな赤の色彩を放つ林檎を、綺麗にナイフで皮を切りながら美琴は適当な調子で言った。

「さあねー。よっぽど睡眠不足だったんでしょうねこいつも。一体どれだけ寝れば満足するのやら」

そんなことを言いながら、美琴は器用に一度も皮を切らずに林檎の皮を剥き終える。
裸になった林檎を更にカットし、その一つを口の中に放り込むと「食べる?」と打ち止めと御坂妹に林檎を差し出す。
御坂妹は勿論、しょんぼりしていた打ち止めもしっかりと林檎を頬張っているのを見て思わずこちらの頬まで緩んでしまう。

「一九〇九〇号も来ていましたね、とミサカは記憶を引き出します。
『あなたが起きてくれないと、ミサカはいつまで経ってもあの時の約束を果たせないのですが、とミサカはクレームをつけます』などと言ってしましたとミサカは報告します」

「へぇ……」

445 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:25:08.60 EDwVWTXB0 1827/1876

あの時の約束というのは垣根と三人でいた時の話だろうか、と美琴が考えていると、

「……お姉様、ごめんなさいってミサカはミサカはぺこりと頭を下げて謝罪してみる」

「へ?」

見てみると御坂妹もいつの間に頭を下げていて、美琴は突然の事態に混乱しぴたりと動きが止まる。
思わず林檎を喉に詰まらせてしまい、呻きながら、そして胸を叩きながらペットボトル入りの烏龍茶を慌てて喉に流し込む。
すると今度は烏龍茶が妙なところに入ってしまい、げほごほ咳き込む美琴の背中を慌てて打ち止めと御坂妹が摩った。
しばらくして、ようやく復活した美琴は今さっきの醜態をなかったことにして佇まいを直した。

「……それで? 何のことよ、一体。私、謝られるようなことに心当たりないんだけど」

「さらりと情けない姿をなかったことにしたお姉様パネェ、と思いながらミサカはとりあえず普通にスルーします」

「ミサカたちが言ってるのは第三次製造計画のことだよってミサカはミサカは白状してみたり。
……ミサカたちミサカの問題だったのに、何も知らないであの人やていとくん、そしてお姉様に全部押し付けちゃったからってミサカはミサカは……」

打ち止めのその言葉を聞いた美琴はぽかんとした表情を浮かべる。
その顔は言ってることが理解できていないとかそういうものではなく、「なんだ、そんなことか」と言うようなものだった。

「そのことなら私らが勝手にやったことだから、気にすることないわよ。
大体アンタたちに何も話さなかったのは私なんだし、ね」

「それでもミサカたちがお姉様に全てを任せてしまったことは事実です、とミサカは反論します。
それに、それだけではありません。むしろこちらが主題とも言えるのですが……番外個体のこと、です、とミサカは歯切れ悪く後を濁します」

「……うん」

その御坂妹の言葉だけで美琴は静かに全てを悟る。
目の前の二人の妹が一体何を言わんとしているのかを。
打ち止めが服の裾をギュッっと握り締め、言いづらそうに、しかしはっきりと言った。

「お姉様……多分、ミサカたちの一部は自分でもそうとは気付いてないかもしれないけど。
……きっと、お姉様に嫉妬してるんだと思うってミサカはミサカは打ち明けてみる」

446 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:26:12.89 EDwVWTXB0 1828/1876

「私に?」

「お姉様はミサカたちの姉になってくれた、優しい人ですから。
きっとミサカたちにはそれが……とミサカは適切な言葉を見つけられません。
ですがこれはミサカたちの意識の問題であり、お姉様の問題ではありません。
何であれ一つだけ断言しておきたいのはミサカたちはお姉様を恨んでなど決してない、ということですとミサカは強い調子で宣言します」

「うん、それだけはほんとのほんとだよってミサカはミサカは下位個体の言葉を保障してみる!!
一万のミサカたちはそれぞれに個性が生まれて、考えも多様化してきてるの。
たとえば一〇〇三二号みたいにあの人を恨んでないっていう個体もいれば、……残念だけどあの人を強く恨んでるミサカもいる。
でも、それでもお姉様を恨んでるミサカは一人もいないよってミサカはミサカは満面の笑顔で断言してみたり!!」

もしかしたら。そう思っていられるのは今の内だけかもしれない。
だが、それでもそう言ってくれる二人の妹の気持ちがありがたかった。
美琴はしゃがみ込んで、目の前にいる打ち止めを包み込むように、優しく抱き締めた。
ありがとう、と呟いてその頭を撫でてやると、打ち止めは蕩けたような表情で甘い笑顔を浮かべた。

「大好きだよ、お姉様ってミサカはミサカは大胆告白!!」

よだれを垂らしそうな表情でえへへ、と笑う打ち止めを解放すると、今度はどこかそわそわしている御坂妹をしっかりと抱き締める。
その未だ感情の起伏の浅い顔を仄かに赤くして、ただ姉の抱擁を受け入れる。
やがて御坂妹は抱き締められたまま美琴の耳元にそっと口元を寄せ、打ち止めには聞こえぬよう、美琴だけに届くようその言葉を口にする。

「お姉様、大好きです、とミサカは率直な心情を吐露します」

美琴は感極まって、胸から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
嬉しかった。純粋に、嬉しかったのだ。
それ以上にこの感情を的確に表現する言葉など見つからなかった。

「ありがとう。私もアンタたち全員、大好きよ」

満面の笑みで心からそういってやると、虫歯になりそうなほど甘い笑顔を浮かべて打ち止めが胸に飛び込んでくる。
優しく受け止めて再びしっかり抱いてやり、御坂妹も美琴が一声かけるとすぐに甘えてきた。
同じ顔。同じDNA。オリジナルとクローン。本来歪ではあるけれど、それでもそうしている彼女たちは姉妹、もしくは母子にすら見えた。

447 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:27:12.49 EDwVWTXB0 1829/1876

「まった下らないこと言ってるし。アンタ本気で馬鹿なんじゃねぇの?」

そんな時、突然第三者の声が響いた。
いや、第三者という表現は誤りかもしれない。何故ならその声は今ここにいる彼女たちと全く同じものだったからだ。
ドアの方を確認した美琴の視界に映ったのは自分と同じ顔をした少女だった。
未だ全身に治療の痕が見え、痛々しい姿ではあるがしっかりと二本の足で立っていた。
その左足は数日前に失われているのだが、冥土帰しによって本物と遜色ない性能の義足が取り付けられていた。

その少女に名前はなかった。
名前とは本来大勢いる人間たちの中で、互いを区別するためのものだがその少女にその必要はなかったのだ。
しかし少女は便宜上、番外個体と名乗っていた。

「あ、アンタ。勝手に出歩いて大丈夫なの?」

「やっほう、おねーたま。一応許可は出てるよ。
しかし、相変わらずムカつく面してるねぇ。殺していい?」

番外個体は美琴の軍用クローン『妹達』の一人だが、その仕様は少々特別なものになっている。
このように美琴に対して毒を吐くのも呼吸をするように行われているのだ。
そしてそれを知っていて、受け入れて、慣れている美琴はあっさりとその言葉を受け流す。
それに対して番外個体が腹を立てる、というのが定番になっているのだった。

「はいはい。でもまだ本調子じゃないんだから気を付けなさいよ」

「というより、ミサカたちは全員同じ顔なのですからその発言はおかしいのでは、とミサカはあくまで冷静に指摘します」

「もう、お姉様にそういうこと言っちゃ駄目!! ってミサカはミサカはお姉ちゃんとして末っ子を窘めてみたり」

「ぐっ……」

同じ顔をした三人に次々と突っ込まれ、劣勢に追い込まれる番外個体。
美琴は当然として、御坂妹や打ち止めも番外個体とは初対面ではなかった。
彼女たちだけでなく一九〇九〇号を始めとするこの病院にいる他の妹達とも面識があり、そして全員に妹扱いされているのだ。

448 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:28:29.38 EDwVWTXB0 1830/1876

「納得行かないんだけど!! アンタら全員ミサカよりお子ちゃまのくせに!!」

「ふっふっふ、製造番号的にミサカの方がお姉ちゃんなのは自明なのだってミサカはミサカは勝利宣言!!」

「もうあなたはミサカたちの妹的立場からは逃れられないのです、とミサカは宣告します」

「すっかり可愛がられてるわねー。おとなしく諦めなさいよ」

「うっせえ死ね貧乳!!」

「奥歯カタカタ言わせんぞコラ!?」

その後もしばらくの間そんなやり取りが続いた。

切れた番外個体が美琴を殺そうとしたり。
「胸が抉れてる、マジきめぇ」とか言って美琴のみならず御坂妹と打ち止めの怒りまで買ったり。
「アンタムカつくから殺していい? いやどっちにしろ殺すんだけどさ」ととりあえず美琴を殺そうとしたり。
御坂妹、打ち止め、番外個体の間で林檎の取り合いが勃発したり。
美琴が快く自分の林檎を譲って姉の貫禄を見せつけ、それに悔しがった番外個体が美琴に暴言のシャワーを浴びせるもスルーされたり。
御坂妹と打ち止めに言ったのと同じく、美琴が番外個体に「大好きだ」と言ってあげたり。
どう反応していいのか分からず混乱する番外個体を見て御坂妹と打ち止めがニヤニヤしたり。
番外個体が美琴を殺そうとしたり。

そんなこんなで大騒ぎして、今美琴は一人椅子に座っていた。
御坂妹も、打ち止めも、番外個体も、もう去ってしまっている。
楽しかったなあ、と思いながら美琴はぼーっと垣根の整った横顔を見つめる。
これからもあんな楽しいやり取りがいくらでも出来る。それはこの垣根帝督のおかげなのだ。

「ったく。すぐ隣であんだけ騒いで起きないって、ほんとにどんだけ熟睡してんのよアンタ」

垣根はこんなに寝起きの悪いタイプなのだろうか、と美琴は疑問に思う。
実際どうかは知らないが、性格的に寝顔を見られるのは酷く嫌いそうなものだが今はこうして無防備にその顔を晒している。

「写メっちゃうぞくのやろー」

足をバタバタさせながら美琴はいつものように話し続ける。
もはや完全にこれは日課となっていた。
美琴は物言わぬ垣根に笑顔で、一方的に話しかける。

449 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:29:21.06 EDwVWTXB0 1831/1876

「結局、“約束”は守れそうもないわねアンタ。けど来年には守ってもらうわよ」

美琴はそのまま時間を忘れるほどに語った。
気が付いた時には相当の時間が経過しており、もう夜になっていた。
窓から差し込む闇を晴らす月光が垣根を照らし、どこか幻想的な光景を作り上げる。
これじゃ本当にメルヘンだな、と美琴は苦笑しながら窓とカーテンを閉める。

「それじゃ、もう帰るわね。また明日」

垣根に手を振って、美琴はドアをスライドさせ……る前に、ドアがガラッっと開いた。

「わっ!?」

美琴はまだドアを開けていない。
だが美琴が驚いたのは勝手にドアが開いたからではなかった。
単に、突然目の前に現れた白髪紅目の男の顔に驚いただけだった。
一方通行。彼はそう呼ばれていた。
学園都市第一位の超能力者が外からドアを開けたのだ。

それにしても、突然ぬっとこんな顔が現れてはたまったものではない。
それだけで人を殺せそうな凶悪な顔立ちをしているのだ、少しはそれを自覚してほしいものだ。
だが驚いたのは一方通行の方も同じだったらしく、彼はしばしの間フリーズしたように一歩も動かなかった。
互いの硬直が解けたのはほぼ同時。しかし先に口を開いたのはこれまでと違って一方通行だった。

「……悪ィ」

「……別に」

やはり、二人の間に漂うのは重い沈黙なのだった。
二人の関係を考えれば至極当然のことであるが、これでも以前と比べるとかなりマシにはなっているのだ。

450 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:31:21.01 EDwVWTXB0 1832/1876

「アンタが垣根のお見舞いに来るなんてね。明日は雪かしら?」

「……チッ」

一方通行は隠しもせずに舌打ちし、

「クソガキがうるせェンだよ」

「ふーん。ま、何でもいいけどね。
……それより、一応、礼は言っとくわ。私の妹を助けるの手伝ってくれて」

三人の超能力者と三人の『木原』の戦い。
そして『地球旋回加速式磁気照準砲』。

もともと妹達関連に限っては一方通行を信用すると決めていたし、妹達のためなら個人のわだかまりなど捨てる気でいたが、それでも。
本当なら美琴は一方通行の力など借りたくはなかった。協力などしたくなかった。必要以上に関わりたくもなかった。
けれど事実は事実だ。本当に癪だが、一方通行の力が助けになったのは紛れもない事実なのだ。
一方通行は僅かに顔を顰める。美琴に礼を言われるということをどうも一方通行は嫌っているようだった。

「なァンでオマエが礼なンてするンだよ。ありゃ俺が勝手に自己満足でやったことだ」

「それでも、アンタの力に助けられたのは本当だから。それと結標淡希にも同じこと伝えといて」

「……あァ」

美琴はあの戦いの中で結標淡希に助けられるという想定もしていなかった事態に直面した。
かつて『残骸』を用いて神の頭脳を再び蘇らせようとした人物。
『実験』の再開を拒む美琴と幾度か対峙しているが、そんな彼女がいなければ今回番外個体は助からなかっただろう。
美琴本人だって絶望に呑まれたままテレスティーナ=木原=ライフラインの手によって死を迎えていたかもしれない。
だから感謝すべきなのだろう、と美琴は思う。

結標淡希にも、一方通行にも。
自分の妹を一万人以上も殺した男に対して。

「でも、それでも」

美琴は一歩を踏み出し、一方通行の隣を通る。
その瞬間、一方通行の真横をよぎるまさにその瞬間に、美琴は一方通行にしっかりとした声で宣告した。

「私はアンタを許さない」

それ以上美琴は何も言わなかった。振り向きもしなかった。
一切後ろを向かず、前だけを見て美琴は歩いていく。
一方通行にはそれはまさに美琴の生き様のようにも思えていた。

451 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:32:11.73 EDwVWTXB0 1833/1876










「……許されたって俺も困るけどな」

一方通行は美琴の後姿が曲がり角を曲がって消えるまで見送ると、ぼそりと呟いた。
それ以上一方通行はそこに留まることはなく、カツカツと杖を突いて室内へと入った。
当然と言うべきか、その部屋は個室だった。
隅々まで清掃が行き届いているのか、リノリウムの床には目立ったゴミや塵は見当たらない。

窓際には何らかの花が活けてあった。
ゴミ箱を見てみると林檎の皮やその他、色々な物が入っている。
それは明らかに誰かが定期的にここを訪れている証拠だった。

室内の一部を占領しているベッドには男が横たわっている。
意識を失った植物状態でありながら、尚その顔立ちは整っていると言える。
だがその金に近い茶髪は心なしか若干くすんで見えた。
その男は一方通行に何の反応も示さない。ただ静かに眠り続けていた。

「よォ、第二位」

一方通行が適当に声をかけるも、やはりその男は答えなかった。
だが一方通行は無視して言う。

452 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:34:18.77 EDwVWTXB0 1834/1876

「前からメルヘンな野郎だとは思っていたが……随分と滑稽になっちまったモンだ」

学園都市第二位、『未元物質』の垣根帝督。
その男は七人しかいない超能力者の中で、更に頂点に立つ二枚の双璧の片割れだった。
だが垣根は一方通行の挑発するような言葉にも何ら反応を示さない。
あり得ないことだった。普段の垣根なら、百にして返してくるはずなのに。

「眠り姫ってかァ? どこの童話のヒロインだよオマエは。……今ならオマエを殺すのも容易いが、つまらねェな」

実際のところ、第一位にとっては第二位がどうなろうと興味はなかった。
むしろ永遠に起きないでくれた方が、死んでくれた方が個人的には嬉しくさえあった。
だが。それでも一方通行には見過ごせない理由がある。

「オマエがどォなろォと俺はどォでもいいンだがよ。
……クソ面倒なことに、全員が全員そォ思ってるわけじゃねェらしい。
クソガキはうるせェし、妹達も気にはしてるみてェだし。
何よりあの無能力者とオリジナルは、今でもオマエが目を覚ますと信じてる」

大体、と一方通行は区切って、

「どンだけオマエはオリジナルに手間かけさせりゃ気が済むンだよ。
普通ならとっくに死刑だ。そォしねェのは、他の連中がそれを望まねェからだ。
目が覚めたら真っ先にオマエが世話焼かせた奴らに会いに行くこったな。
っつゥかよォ、オマエ本当に起きるンだろォな。これ以上アイツら悲しませたらマジで殺すぞ二番目」

そンだけだ、と一方通行は言うとさっさと垣根に背を向けて出口へと歩いていく。
お見舞いなどという大層なものではなかった。
だがそもそも、一方通行が垣根帝督の元を訪れるということ事態が異常なのだ。

「あばよ、垣根」

そう言って一方通行は闇に溶けるように姿を消した。
一方通行が姿を現したのはこの一度切きりだった。
その後、二度と彼が垣根の元を訪れることはなかった。

453 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:35:51.47 EDwVWTXB0 1835/1876










「仕方ないのでまた来てあげましたわよ。いい加減に起きたらどうですの?」




「まあ……この殿方がお二人がお世話になったという……」




「垣根様……なんてことなのでしょう……」




「一日でも早く目を覚まされるよう、お力添えしたいと思いますわ」




「こんちわー。元気してますかー? ……って、そういうのも変か。
私は最近気になる噂がたくさんあって大変ですよー。
『第一九学区で工場が突然崩壊』とか、明らかに人為的なものらしいんですよね。
第七学区の一角が更地みたいになっちゃったのも、高位能力者同士の戦いじゃないかって。
『空を飛ぶ二つの白い影』なんて目撃情報もありますし、まあ一番は例の『世界の終わり』ですよね。オカルトの臭いがぷんぷんしやがるぜ!!」




(あはは……それ全部私が関係してますなんて言えないなぁ……)




「おはようございます、垣根さん。垣根さんのおはようはいつになるんですかね?」




「おっすー。ちょろっとアンタ、一端覧祭終わっちゃったわよ。一緒に回るって“約束”はどうしてくれんのよ、ったく」

454 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:37:31.21 EDwVWTXB0 1836/1876

「メリークリスマス、垣根。今日はちょっと重大報告があってな。……わたくし上条当麻は、何とか進級できそうです!! うれしー!!」




「今年も今日で最後だねってミサカはミサカは激動の一年を振り返ってみたり。ていとくんはどんな一年だった? ってミサカはミサカは質問してみる」




「あけましておめでと。いや別にそんなめでたくもないんだけどね、誰かさんが起きないせいで」




「おみくじというものを初めてやってみたのですが、凶でした。これもあなたが起きないせいでは? とミサカは前代未聞の責任転換を試みます」




「上条さんはですね、まあ今更語る必要もないというか、例によって大凶でしたよちくしょう!! 美琴は大吉だったのに!! 超能力者は運もレベル5なのか……」




「まあ、今日はバレンタインなわけだけど。アンタにも一応用意したんだけど……義理よ? 全っ然起きないわね。このチョコどうすんのよ?」




「この世界は残酷なんだ……バレンタインなんて駆逐してやる!!
当たり前ですけどチョコを一つももらえなかった世界非モテ連盟会員№1の上条当麻はバレンタインデーの廃止を提唱します!! もう去年やっただろいい加減にしろ!!」




「今日は『ひなまつりー』って日なんだよ!! 『ひなあられー』って食べ物がとっても美味しいからていとくも食べるといいかも!!」




「今日は私の誕生日なのよね。だからアンタもとっとと起きて盛大に私を祝えこの野郎。
黒子とか佐天さん、初春さんはあんなに祝ってくれたのに……あの馬鹿も。う、嬉しくなんてなかったんだからな!! 変な勘違いするんじゃないわよ!?」



455 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:39:10.92 EDwVWTXB0 1837/1876

「はっはっは、大覇星祭が近づいてきたな!! お前がいないのは何とも残念だ。
スポーツマンシップに則り、堂々とお前と熱い根性をぶつけ合いたかったぞ!!」




「夏休みといえば学生の青春!! 一度しかない中学校生活、楽しまなくっちゃ損!!
ってわけで『二メートルくらいの長刀を持つ露出癖のある性人』っていう噂を調べてたんですけど……。
白井さんたちに『そんな変態が学園都市にいるわけないだろー、変なことに首突っ込むな』って怒られちゃいました。絶対いると思うのになぁ」




「聞いてくださいよ垣根さん。佐天さんったら、何度も何度も変なことに首を突っ込まないでくださいって口を酸っぱくして言ってるのに。
なんと今年もまたおかしな事件に巻き込まれてるんですよ!? 一体どういうことなんですか!!」




「今年の盛夏祭も無事終了。でもちょっと酷いと思わない?
『去年の評判がすこぶる好評だったから』って話し合いも何もなく即決でまた私が代表よ? 流石に胃が痛いっつーの」




「けっけっけ。今年の大覇星祭は見事わたくしたち常盤台が栄光の頂に登りましたわよ!!
まあ、貴方がいたら長点上機はより手強くなっていたでしょうが……なんであれ優勝ですわ!! ざまあみろですの!!」




「ミサカも競技に参加したかったって、ミサカはミサカは不満を漏らしてみたり。
それでね、ていとくんも見た? お姉様の活躍。すっごく格好良かったんだからってミサカはミサカはお姉様を自慢してみる!!」




「今日という日、ついに我々純白の白組は怨敵である赤組を打ち破りましたよ!!
御坂も同じ白組だったんだけど、長点上機は赤組だったな。もしお前が参加してたらお前が敵に回ってたのか……怖っ」

456 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/09/25 00:41:24.57 EDwVWTXB0 1838/1876

「秋と言えば食欲の秋!! 食欲の秋!! そして食欲の秋!!
だって言うのにとうまと来たら全然ご馳走してくれないんだよ。あんまりかも。
ていとくの『ぶらっくかーど』ってやつでお腹いっぱい食べさせてくれると嬉しいな♪」




「一端覧祭なるものが今年も開かれるようです、とミサカは内心の興奮を隠せません。
そういえばお姉様があなたを引っ張り出すと騒いでいましたが大丈夫なのでしょうか、とミサカは疑問を口にします」




「はあ……一端覧祭終わっちゃったわよ。去年も今年結局約束守らないんだから。いいわよ、来年も再来年も時効はないからね」




「今年は何事もなく一端覧祭を楽しめましたよ。なんだか後で反動が来そうで怖いなぁ。
まあお前がいなかったのは残念だけど、来年こそは御坂と三人で回ろうな」




「さあさあ、今年もクリスマスが近づいてきましたよーっと。
アンタ、そのメルヘンな能力使えばサンタになれるんじゃない?
『どんなものも一つだけプレゼントしてやろう。望みを言え』『容易いことだ』みたいな?」




「クリスマスか…・・・ 今年ももう終わりだな。俺もいよいよ高三だよ。留年しなかったのが奇跡に近いと自分でも思いますよ」

479 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:13:50.49 n+Uhy5zP0 1839/1876

この空の下に、彼を祝福する場所は―――

480 : >>478 黄泉川を忘れていた ... - 2013/10/06 00:17:05.53 n+Uhy5zP0 1840/1876










「……うん。本当に、色々あったよ」

美琴は儚い笑みを浮かべると、そっと垣根の手に自身の手を重ねる。
結局、垣根は一年以上経った今でも目を覚ましていない。
けれど、誰も諦めていなかった。一人だって投げ出していなかった。
美琴や上条は毎日のようにこうして垣根の元を訪れるし、白井や佐天、初春も定期的に姿を見せる。
妹達も、冥土帰しも。多くの人間が今も彼の回復を待っていた。

勿論、美琴もそれを誰より強く願う一人。
美琴は立ち上がり、窓から学園都市の夜景を覗き込む。
ネオンでライトアップされた街並みが闇を照らし、そこに舞い散る羽のような雪が相まって幻想的な美しい光景を作り出していた。
光を受けて雪が煌き、それはさながらダイヤモンドダストのようにさえ見える。

「綺麗ね……」

美琴は素直にそう思う。
ホワイトクリスマスなど、滅多に見られるものではない。
是非この機会に存分に堪能しておきたかった。
そして、垣根にもこの美しい光景を見せてあげたい。

「ねえ、垣根。ちょっと屋上行かない?」

481 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:20:48.14 n+Uhy5zP0 1841/1876










御坂美琴と垣根帝督は、病院の屋上にいた。
本来なら意識のない患者を無闇に動かすなど論外なのだが、そこは冥土帰し。
特製の車椅子に乗せ、そしていくつかの条件をクリアすることで短時間ではあるが許可を貰えたのだ。
入念に調整が行われ、安全面は何ら問題ないようだった。

どうもあの医者はこうした交流に関しては非常に寛容に見える。
垣根が目覚める可能性に賭けて、なのだろうか。
実際そうなのだろう、と美琴は思う。
垣根の意識を戻せないことに、あの医者は口や表情にはあまり出さないものの相当の悔しさを感じているはずだ。
もっとも、一年前のあの日にここに運び込まれた垣根はどんな医者でも匙を投げるような状態だった。
その命を繋いでみせたのは冥土帰しなのだから、彼に対して不満などあろうはずもないのだが。

美琴は片手で車椅子を押し、片手で大きめのビニール傘を差していた。
一年前は肩にかかるかどうか、といった長さだった髪は今ではすっかり肩下まで伸びている。
そのシャンパンゴールドの髪が凍えるように冷たい風に靡かれ、鼻先をくすぐる。
突き刺すような寒さに美琴は身をぶるっと震わせ、マフラーをしっかりと巻き直す。

「大丈夫? 寒くない?」

車椅子に乗せられている垣根の防寒対策は当然しっかりと為されていた。
だがそれでもこの寒さだ。あまり長居するべきではないだろう。
風に乗って傘を掻い潜り、垣根の髪に小さく溜まった雪を美琴は手で払ってやる。
まるで幼子の世話をしているようで、美琴は小さく笑った。

482 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:22:37.09 n+Uhy5zP0 1842/1876

もし垣根に意識があったならぶっきらぼうに「殺すぞ」とでも言うのだろうな、と思う。
しかし現実には今の垣根は美琴にどれだけ子供のような扱いを受けても抵抗することができない。
少しばかりの悪戯心が湧いてくるが、それをぐっと堪えて美琴は垣根が濡れないように気を付けながら傘を差し、車椅子を押していく。
当然と言うべきか、小さなビオトープのようになっている屋上には誰もいなかった。
いるのは美琴と垣根の二人だけ。この幻想的な光景を独占しているようで、ちっぽけな満足感を感じる。
足元にだいぶ雪が積もっており、美琴の足跡と垣根の車椅子の車輪の跡だけがまだ誰も踏み込んでいない新雪に残る。

まっさらな雪に最初に踏み入ったことに、子供のような喜びにも似た何かを僅かに覚える。
それを確かに感じながらも、自分はここまで子供っぽい感覚の持ち主だっただろうかと考える。

屋上の淵には落下防止用の鉄柵が敷設されており、美琴はそこで歩みを止めた。
眼下に広がるは広大な学園都市。眼前にあるは光を受けて輝く舞い散る純白の羽。
日々の悩みとか、疲れとか、不満とか、そういったものが問答無用で全部吹っ飛んでしまいそうな景色だった。
自然と科学のコラボレーションは見る者の意識を丸ごと攫ってしまう不思議な力があった。

「――――――……」

言葉では形容できない、荒々しい、暴力的とさえ比喩できるような衝撃が襲ってきた。
それは真の意味で『良い』絵画を見た時にも似ている衝撃。
どんな高名な画家が描いたとか、それを描くに至るまでにどれだけの積み重ね、ストーリーがあるとか、どんな素晴らしい技術が使われているとか。
おそらく本当に『良い』絵とはそういうことではない。むしろそれらの知識などない方が良いのだ。
そういったものを知ってしまうと、その背後にある重みを感じて嫌でも感動しなければいけない気になってしまう。
それに感動できない自分の感性が鈍いのではと、作られた虚構の感動を演出してしまう。

それを見た時に、一切の予備知識などなくとも心に強く響く何か。
その人間の感性にダイレクトに叩きつけられる、どうしようもない衝撃。
それこそが本当の『感動』だ。

483 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:25:03.22 n+Uhy5zP0 1843/1876

美琴は今、まさにそれを味わっていた。現象としてはただの雪に光が照り返っただけのもの。ダイヤモンドダストの紛い物。
だがその程度の現象が、美琴の感性をどうしようもなく刺激していた。

それを表現する言葉など存在しない。表す必要さえない。
それは美琴の中だけで生まれ、そして完結する感動。
すぐ隣にいる人間、全く同じ光景を見ている人間とすらそれを共有できるとは限らない。
御坂美琴の持つ感性だけが感じ取ることの出来る、美琴だけの衝撃。

舞い散る穢れのない純白の輝きに包まれながら、極限まで美琴の内で膨れ上がったもの。
美琴は溜まりきったそれを解放するための手段を『歌』に求めた。
何故かは分からない。ただ、気が付いた時には自然とそうしていた。
一度目を閉じて、そしてゆっくりと薄く目を開ける。




「―――ve、 Ma――a」




美琴の唇から声が漏れる。それは明確なる歌だった。
体内が震え、腹の底から出てくる歌声。けれどそれはただ大声を張り上げるものではない。
明らかに普段の美琴の声色とは違っていた。
ほんの些細な衝撃で失われてしまいそうな、酷く繊細で祈るような声。
儚く、それでいて力強い。そんな矛盾した表現が的確だろう。

美琴はただ静かに、そして荘厳に歌う。
旋律に乗った言霊は風に高く運ばれ、白い空の果てまで祝福を届かせる

484 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:27:03.83 n+Uhy5zP0 1844/1876



 ungfrau mild,


 Erhöre einer Jungfrau Flehen,


 Aus diesem Felsen starr und wild


 Soll mein Gebet zu dir hinwehen


 Jungfrau mild, Erhöre einer Jungfrau Flehen,


 Aus diesem Felsen starr und wild


 Soll mein Gebet zu dir hinwehen.


 Wir schlafen sicher bis zum Morgen,


 Ob Menschen noch so grausam sind.


 O Jungfrau, sieh der Jungfrau Sorgen,


 O Mutter, hör ein bittend Kind! Ave Maria!




485 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:30:28.07 n+Uhy5zP0 1845/1876

学園都市を聖歌が包み込む。
それは絶望の底からも救う乙女の祈り。
奇蹟を起こすような歌とはまた違った。
どこまでも純粋な『歌』そのもの。

雪に覆われて、美しく輝く学園都市。
まるで街ごと抱擁するような祝福の歌。
穏やかで、優しい歌声は生の質感を持って静かに科学の街を満たしていく。

御坂美琴は聖歌を歌い終え、しかし再び口を開く。
まるでこの程度では到底収まらない、とでも言うように。
この時御坂美琴が何を思い、何をその歌に込めていたのか。それは彼女にしか分からないことだった。
けれど、確実に『何か』は込められている。理屈ではない。聞けば誰でも感じることだった。

祈りの時は終わらない。再び美琴の唇が動く。
腹の底からこみ上げるそれに逆らわず、美琴は厳かに、しかし静謐さを持ってただ詩(ことば)をメロディに乗せる。




「Ama――ng、Gra―――e」





美しい次なる響きが、少女の口から漏れ出した。

486 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:31:31.98 n+Uhy5zP0 1846/1876



 how sweet the sound


 That saved a wretch like me.


 I once was lost but now am found,


 Was blind but now I see.


 'Twas grace that taught my heart to fear,


 And grace my fears relieved,


 How precious did that grace appear,


 The hour I first believed.


 Through many dangers, toils and snares


 I have already come.


 'Tis grace hath brought me safe thus far,


 And grace will lead me home.

487 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:32:14.21 n+Uhy5zP0 1847/1876



 The Lord has promised good to me,


 His Word my hope secures;


 He will my shield and portion be


 As long as life endures.


 Yes,when this heart and flesh shall fail,


 And mortal life shall cease,


 I shall possess within the vail,


 A life of joy and peace.


 The earth shall soon dissolve like snow,


 The sun forbear to shine;


 But God, Who called me here below,


 Will be forever mine.


 When we've been there ten thousand years,


 Bright shining as the sun,


 We've no less days to sing God's praise


 Than when we'd first begun.


488 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:39:00.01 n+Uhy5zP0 1848/1876

今度は許しの歌が学園都市を包み込む。
その歌声と詩に込められた力は聴く者を魅了する。
道行く子供が、学生が、主婦が、サラリーマンが、老人が、ふと足を止めてつい聴き込んでしまう。
剣を持って戦っている兵士が思わず剣を取り落としてしまう。
そして気が付いた時には何分もの時間が経過している。これはそんな祈りだった。

神秘的で、どこか神々しいとさえ言える旋律が白く染まる。
全てを覆い隠そうとするほどの雪。如何なる闇であろうと切り裂いて晴らしそうな歌。
どんな罪人だろうとすぐに涙を流しそうな、不思議な力があった。
もともと歌にはそういう力がある。一時間の説教に動じない人間でも、一分の歌に涙を流すこともある。

白く輝くこの景色の、なんと綺麗なことだろう。
それはまるで神の恵みのようでさえあった。
聴く者全て、等しく純白のベールに包まれて喜びと安らぎを得る。

旋律は止まって尚残滓として残り、それは余すところなく学園都市を飛び回る。
どこまでも純粋な神への捧げ物はこの科学の街にあって、しかし確かな力を持っていた。

「―――やっぱ、良い歌だな」

「……似合わないわね、メルヘン野郎」

「心配するな。自覚はある」

冷たい風に髪が流され、僅かに雪のかかった髪が鼻先や目元、口元をくすぐる。
美琴はそれをゆったりとした動作で耳にかけ、どこか意地の悪い笑みを浮かべた。

489 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:41:24.12 n+Uhy5zP0 1849/1876


「でも、もう閉幕。カーテン・フォール。……アンコールはないわよ?」

現実離れした煌きを見せるビル群から目を離さずに、美琴はそう言った。
ダイヤモンドダストのように輝く学園都市。これほどまでに美しい風景を美琴は見たことがない。

「チッ、ケチな奴」

「どうしてもって言うなら考えてあげないこともないけど」

美琴は決して目を離さない。まるでこの景色を、この時を、この日を、脳に強烈に焼き付けようとしているかのように。

「……じゃあどうしても、だ」

「はいはい。お客さん、リクエストはどちらで?」

「どっちも。そうだな。―――じゃあ、祝福の歌から」

美琴は微笑んで、再びその旋律を街に放つ。
それはもしかしたら、少女からの聴く者全てへのクリスマスプレゼントだったのかもしれない。

490 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:42:52.56 n+Uhy5zP0 1850/1876





 Ave Maria,ungfrau mild,


 Erhöre einer Jungfrau Flehen,


 Aus diesem Felsen starr und wild


 Soll mein Gebet zu dir hinwehen


 Jungfrau mild, Erhöre einer Jungfrau Flehen,


 Aus diesem Felsen starr und wild


 Soll mein Gebet zu dir hinwehen――――――






491 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/10/06 00:43:33.31 n+Uhy5zP0 1851/1876

御坂美琴の祝福が学園都市を再度包み込む。
ありとあらゆる不幸を払い、約束された祝いを届ける聖歌。
続けて許しの歌が、もう一度。
その旋律と想いは天の彼方まで昇って行く。










この日。少女は人生最高のクリスマスプレゼントを得た。












551 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 22:56:21.95 5JB1eDij0 1852/1876

ヒーローたちの下らないやり取り。

552 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 22:58:27.78 5JB1eDij0 1853/1876

「はっ、はっ、はっ……!!」

息が上がる。ペース配分など考えずに無闇に走ってきたせいか、横腹が痛い。
スタミナには相当の自信があるのだが、朝食もろくに摂っていないのが効いているのだろうか。
ともあれ、御坂美琴は走っていた。道行く人たちに度々不審そうな目で見られるも、それを気にする余裕はない。
以前と比べれば長くなった髪が乱れ、美琴は鬱陶しそうに髪を後ろへ流す。
そして逆にずれ落ちそうになるマフラーはしっかりと固定。
これだけ走っていてもやはりこの時期の寒さは並大抵のものではない。

数分後、美琴がやって来たのは第七学区の総合病院だった。
もはや完全に見慣れてしまったその病院には美琴の大切な友達がいるのだ。
バクバクと上がっている心拍数を落ち着け、深呼吸して呼吸の乱れを整える。
二〇秒もしただろうか、ある程度落ち着きを取り戻した美琴は病院の中へと歩みを進める。

この病院には冥土帰しという反則的存在がいるために、基本いつでも問答無用で混雑している。
だが流石にこの時期になると人はかなり減るようで、普段と比べれば遥かに人数が少なかった。
一年以上毎日のようにここに通っていた美琴が言うのだから、それは間違いない。
いつもなら満席近くにはなっているはずの待機用の椅子も、ぽつぽつと人が見られる程度でしかなかった。

もっともそんなことは美琴には関係ない。混雑していようと閑古鳥が鳴いていようと関係はないのだ。
完全に顔見知りになってしまっている受付の人に一声かけると、それだけで何も用件など口にしていないのに意思が伝わった。
先ほども述べたように、美琴は一年以上ほぼ毎日通っているのだ。
しかもずっと全く同じ目的で、である。嫌でも覚えられるというものだ。
もはや料理店の「おっちゃん、いつものお願い」「はいよ!!」みたいな会話のようなものなのだ。

553 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:01:05.00 5JB1eDij0 1854/1876

目当ての部屋は三階。そこに垣根帝督がいる。
ようやく目を覚ましてからというもの、当たり前だが垣根の体は以前のように自由には動かなかった。
いくら看護師による運動があったとはいえ、一年以上も寝ていれば間接が固まったりなど色々あるものだ。
本人は乗り気ではなかったものの、そうして垣根のリハビリ生活がスタートしたのである。
とはいえ、もうリハビリも終局を迎えていていよいよ今日で退院なのだが。

(にしても、いよいよ日常って感じだわ。やっとすぎる……)

友人たちの、一人でも欠けることがあればそれだけで日常は色褪せる。
垣根がいないこの一年はやはり何か歯車が欠けている感じが拭えなかった。
たとえるなら一ピースだけ足りないジグソーパズルを目の当たりにしているような。

その、欠けていた最後の一ピース。
それがこのドアの向こうにはある。

「入るわよー」

美琴はそう言うとガラッとドアを開ける。
そして一歩足を室内に踏み込んで、ピタリと動きを止めた。
いや、その表現は正しくない。美琴が自身の体の動きを止めたのではなかった。
当然、美琴の身体は美琴だけのもので、他からの制御など出来はしない。
けれど今、大いなる別の何かが美琴の体の制御権を奪っていた。

(―――嘘、でしょ)

人は圧倒的な恐怖や信じられないものに直面した時、体が硬直して動けなくなることがある。
美琴の顔は完全に青ざめ、冷や汗すら流しているようにも見える。

何故だ、と美琴は思う。
それは垣根に対してだけではない。自らに対しても、だ。
甘かった。もはや認めざるを得なかった。完全に、考えが甘かった。
第三位を誇る美琴の頭脳がようやく回転を始める。
その圧倒的な演算能力によって高速で駆け巡る思考は後悔ばかりだった。

554 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:05:31.01 5JB1eDij0 1855/1876

それほどに目の前の光景は凄惨だった。
垣根帝督はこの時間は間違いなくこの病室にいるはずなのだ。
受付にも確認はしたのでそれに関しては間違いない。
そして、事実垣根はちゃんとその部屋にいた。

ただし。それは、決していつもと同じ光景ではない。
決定的な違いがあった。致命的な違いがあった。
―――そう。そこに広がっていたのは美琴を安心させる光景ではなく。見る者の精神を汚染し破壊する、『原典』だった。

もし。美琴に耐性があったなら、話は別だっただろう。
魔術師が聖書を読み込み、数多の魔術知識に触れ、築き上げた宗教防壁で『毒』を阻むように。
そういったものに対しての免疫さえあれば。
だが、美琴はそれを有していなかった。むしろそんなものとは正反対の立ち居地にいる人間だったのだ。
もっとも美琴の年齢を考えれば、それも至極当然のことではあるのだが。

「……あ? 御坂、か?」

話を戻そう。その『原典』について。
部屋の中にある物は何も変わったところはない。
そこにいる人間も、垣根帝督ただ一人。




ただし。―――有り体に言って、垣根帝督は全裸だった。







555 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:06:41.15 5JB1eDij0 1856/1876

丁度着替えようとでもしていたところだったのだろうか。
理由は分からないし、そして今はどうでもいい。
問題なのは。垣根が一糸纏わぬ生まれたままの姿を晒していることだ。

普通着替えるにしろ、鍵もかけずに全裸になることなどそうないだろう。
しかし悲しいかな、常識の通用しない男垣根は正真正銘、完膚なきまでに全裸だったのだ。
だが不幸中の幸いと呼ぶべきか、垣根は美琴に対して背中を向けている。
つまり美琴はまだ垣根の尻しか見ていない。いや、それだけで謝罪と賠償を要求したいレベルではあるのだが。

しかし、悲劇は更に加速する。
第二位に君臨する垣根帝督にはやはり常識は通用しないのだ。
あろうことか、垣根は―――咄嗟に、ではあろうが―――美琴の方へと声に反応して振り返ってしまったのだ。

だが、よく考えてみてほしい。
今、垣根はあられもない卑猥な姿を晒している。
当然の如く下半身に関しても何も纏ってはいない。
その結果。

垣根の『コア』が、美琴の視界を掠め――――――。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」

美琴は則巻アラレを超えるかのような速度でその場から全速力で逃げ出した。ついには光速で逃げ出した。
直視などしていない。ほんの一瞬、ちらりと、おぼろげに視界を掠めただけだ。
だが『原典』というものは非常に強烈で、その程度であっても激しい精神汚染を引き起こす。

「いやあああああああ!! 来るなああああああああああ!!」

もはや美琴は涙すらその瞳に浮かべていた。
速攻で記憶から消去を試みるが、あまりに強く脳裏に焼きついてしまっていて簡単には行かない。
繰り返すが、美琴は『コア』をはっきりとは見ていない。おぼろげに輪郭が視界の端に、一瞬映りこんだだけだ。
しかしそれでも、それは美琴にとっては十分すぎる衝撃であった。

556 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:09:12.27 5JB1eDij0 1857/1876

そして一人病室に残された垣根はというと、とりあえず戦闘民族ではない方のトランクスを着用してじっと立ちつくしていた。
今、一体何が起きたのか。第二位の演算能力は現実を正しく認識できていなかった。
ゆっくりと、時間をかけて一つ一つ噛み砕いて咀嚼していく。
やがてようやくこの状況を飲み込んだ垣根は、猛烈な後悔に苛まれていた。

何故、ここで鍵もかけずに着替えてしまったのか。
何故、美琴の声に反射的に反応してしまったのか。
何故、全裸になってしまったのか。
何故、何故、何故……。

「俺が悪いってのか……?」

これは事故だ。最悪のタイミング、悪夢のような偶然。
神の気まぐれのような引き合わせがこの状況を作り上げてしまった。
これでもう垣根は変態の烙印を欲しいままにしてしまうだろう。
美琴からはゴミを見るような目で見られ、上条からは失望にも似た視線を向けられる。
そして垣根の高価な陶磁器より繊細(笑)な心はそんな想像に耐え切れない。

「俺は……俺は悪くねえぞ。こんなことになるなんて知らなかった。誰も教えてくれなかっただろ。
俺はただ着替えようとしただけだ。ちょっと振り返っちゃっただけだ!!
俺は悪くねえっ!! 俺は悪くねえっ!! 悪いのは一方通行だ!! そうだ、一方通行が全部悪いんだ!!」

一方通行が一体何をした。

だが、ここにいると馬鹿な発言に苛々させられるとばかりに美琴は去ってしまった。
「あまり、幻滅させないでほしいわね……」という美琴の声が、そして上条の声が脳内で勝手に再生される。
待ってくれ貧乳、違う。俺は変態じゃない。見られて悦ぶ趣味はない。
あるのかないのか分からないような断崖絶壁に興味はないんだ。
そんな垣根の嘆きは、しかし誰にも届かなかった。

美琴ではなく、垣根の全裸。
そして美琴には一切それを喜ぶ理由がなく、また垣根にもそのような性癖はない。
結局、誰も幸せにならない嫌な事件になってしまったのだった。

557 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:12:30.24 5JB1eDij0 1858/1876










病院の中庭に上条当麻と御坂美琴はいた。
美琴はぶつぶつと見ただの見せられただの見られただの、そんなことを呟いていた。
一体何があったのか。上条は適当に美琴を慰めながら、垣根が美琴の着替えシーンでも“覗いた”のだろうと当たりをつける。
“見た”ではなく“覗いた”である。垣根が故意にやったと上条は根拠もなく思っているのだ。
流石に酷い。自分も何度もそういうイベントを起こしているくせに、垣根には容赦のない男である。

そんな時に、垣根が姿を表した。
当然ではあるが全裸ではない。しっかり衣服を着用している。
先ほどまで絶望したような表情だったにも関わらず、開き直ったのか悟りを開いたのか何なのかは知らないが、いつもと同じ顔つきに戻っていた。
しかし一安心である。もしここでもう一つの『未元物質』を晒していたら上条によるゲンコロが発動していたかもしれない。危ないところであった。

「垣根ぇ……。お前、一体何したんだよ?」

上条が半ば呆れ顔で問うと、垣根はフッ、と不敵に笑った。
ファサッ、と前髪をかきあげて、

「―――この俺に常識は通用しねえ」

そう言うのだった。殴りたい、この笑顔。

「…………」

垣根と美琴の目がばっちり合った。
その美琴の視線、目からは何も感情を読み取ることができない。

558 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:15:09.14 5JB1eDij0 1859/1876

「そもそも、何で俺とお前が第二位と第三位に分けられてるか知ってるか。
―――その間に、絶対的な壁があるからだ」

「その壁を超えて禁断のエリアに入ったんですね分かります」

「あ? 入ったって何がだ。別に俺は覗いたりとかしたわけじゃ、っつかむしろ覗かれて―――」

垣根の言葉は最後まで紡がれなかった。
美琴がすたすたと垣根に近寄って、

「疾ッ!!」

鋭い掛け声と共に、華麗なる美琴の回し蹴りが超音速で垣根の『未元物質』に叩き込まれたのだ。
ぐちゃ、という世にもおぞましい音が響く。
『コア』に深刻なダメージを負った垣根の目玉が飛び出して、もう何と言うかとにかくヤバい顔になっていた。
それを見ていた上条も思わず下条さんを手で押さえてしまう。
あれはまずい。二度と『竜王の顎(ドラゴンストライク)』できなくなってしまう。

「oh……this way……」

思わずそんなことを呟く上条。
しかし『原典』を見せられた美琴はそこで止まらなかった。
垣根の肩にぽん、と手を置くと容赦なく電撃を流し込む。
痛みに意識が飛びそうになりながら垣根は咄嗟に『未元物質(ちゃんと能力)』で防壁を張るも、あっさりと貫かれてしまった。
序列の壁をトラウマを負わされかけた怒りが上回った瞬間である。

「がああァァァァあああああああああああああああ!?」

こんがりと良い塩梅に焼けた垣根はぷすぷすと黒煙を上げて倒れそうになる。
だが、美琴がそれを許さない。
垣根が倒れるよりも早くその両手首を手錠を繋がれたように合わせる。
そしてそのまま美琴は縦にしたその双掌を垣根の胸に思い切り叩き込んだ。

エルステッド流の奥義を食らった垣根は無様に吹き飛んでいく。
ふう、と息を吐きパンパン、と手を叩く美琴。

「今のは『かみなり』じゃねぇ……『でんきショック』だ……」

残された上条はブルブルと子犬のように震えるのだった。

559 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:18:06.47 5JB1eDij0 1860/1876










吹き飛ばされた垣根のダメージは甚大だった。
そりゃあんな風に電撃を食らえばそれも当然であろう、と思われたが……。

「こんなもの……ッ、こんな、もの……!! こんなっ……!!」

股間を両手で押さえ、ピョンピョンしながら叫ぶ垣根。
電撃などより美琴の回し蹴りの方が遥かに第二位を追い詰めていた。
自己暗示のようにぶつぶつと呟くが、一向に効果は見られない。
今、垣根帝督は生まれて初めて本気でピョンピョンしていた。

「さ、流石の俺も今のは死ぬかと思った……。この俺が死にかけたんだぞ!!」

しばらくの後、ようやくある程度回復させることに成功した垣根。
一先ず『竜王の顎』出来なくなったり『超電磁砲』が撃てなくなるという事態は避けられたようだ。
とはいえ、当分は戦線復帰できないかもしれない。
股間を押さえたまま叫ぶと、

「……何やってンだオマエ……」

すぐ近くにゴミを見るような目をした一方通行がいた。
本当に、心の底から見下げ果てたといった風な目。
だが今の垣根にそんなことを気にしている余裕はない。

560 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:20:59.25 5JB1eDij0 1861/1876

「ア、一方、通行……」

「え、オマエなンで股間押さえてンの? ちょっとマジで気持ち悪いンで死ンでもらえませンかねェ?」

「う、るせえよキョンシー野郎が……。股間の一方通行をベクトル操作出来るお前にゃ分かんねえだろうよ……」

「……不能?」

「誰がだコラァッ!!」

垣根がムキになって叫ぶと、その声を聞きつけたのか上条と美琴が歩いてきた。
上条は蹲る垣根を見て同情したように小さく何度も頷いていた。
同じ男同士、悲惨さが理解できるのかもしれない。
対して美琴は一方通行を見て「え、なんでこいつここにいんの?」みたいな目を向けていた。

「……つーか垣根、よく生きてられたな。あんなえらいのもらったらグッバイしちまいそうだ」

「ちょっと加減しすぎたかしら……?」

美琴が自分の手を見ながら恐ろしいことを言い始めた。
もう一発あれを食らったら本当に垣根帝子が爆誕しかねない。
そんな世界の歪みを生むわけにはいかない。垣根は咄嗟に叫んだ。

「待て御坂!! いや美琴さん!! 全部一方通行の指示だったんだ!!」

「アァッ!?」

「一方通行にやらされたんだ!! セクハラしないと殺すって脅されたんだよ!!」

「何やってンだオマエェッ!? つゥか、はァ!? 意味分かンねェこと言ってンじゃねェぶっ殺すぞ第二位ィ!!」

いきなりわけの分からない汚名を着せられた一方通行は必死になって反論する。
当たり前である。完全な変態の烙印を今まさに押されようとしているのだ。
しかも全く身に覚えのないことで。が、

「……そう、やっぱりアンタだったのね、一方通行」

「やっぱりって何!? え、なンなの!? 本当なンなの!?
何であっさり信じてンだよォオリジナル!! おかしいだろォが!!」

561 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:23:30.95 5JB1eDij0 1862/1876

「アンタより垣根の方が何倍も信用度高いし」

「クッソ、オリジナルからすれば正論すぎて何も返す言葉がねェだと……ッ!!」

歯噛みする一方通行に美琴はさらりと告げる。

「それにアンタだったら別にいいやと思ってるし。実際そうでしょ?」

激しく取り乱す一方通行を、上条は微笑ましげに見つめていた。
過去同じような不幸を何度も味わっているが故かもしれない。
一方、一方通行に全てを押し付けた垣根はそんなことは気にもせず、ただ冷や汗を流してごくりと唾を飲み込んでいた。
垣根は静かに美琴の将来が半ば本気で不安になっていた。

(恐ろしいぜ第三位……。御坂の奴、スゲェドSになってやがるだと……。
一体俺が寝ていた一年の間に何があったって言うんだ……!?)

「いやほンと俺は関係ないンすよ。マジそこのクソメルヘンが調子乗っただけで、……いやマジで!!
マジでそォなンだよ!! 別に俺は一切関係……ちょ、やめ、話し合おうじゃねェか!!」

スッ、と身構えた美琴に一方通行は慌てふためく。
明らかにその美琴の構えは洗練されており、鋭く狙いを定めていた。
勿論その矛先は一方通行の一方通行である。
名刀なのかなまくらなのかはこの世の誰も知るところではないが、九九,九パーセント後者であろう。

「語る言の葉はないわ」

「軽率な判断は悲劇しか招かねェぞ!! 待っ……よせェェええええええ!!」

全力で叫ぶ一方通行。悲しいくらいに残念な第一位がそこにいた。
が、現実は非情である。情け容赦なく刑は執行された。

「破ッ!!」

562 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:24:18.81 5JB1eDij0 1863/1876









……グチャッ









「おーい、ってミサカはミサカは勝手にはぐれたあなたをようやく見つけて駆け寄ってみた、り……?」

「あくせられーたー、お腹減ったんだよーってインデックスはインデックスは食事を要求してみるん、だよ……」






「ミンチより酷いんだよ」









563 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:25:56.60 5JB1eDij0 1864/1876

第一位だったものを放置、いや垣根が一度蹴りを入れて美琴と垣根は病室へ戻っていた。
上条はと言えばインデックスに捕まってしまったので、今ごろは滝のような勢いで財布が軽くなっていることだろう。
ちなみにこの二人は上条を置いてさっさと逃げていた。
あのシスターに捕まるとろくなことにならないことを知っているのだ。
見捨てられた上条の潤んだ瞳を見て、垣根は内心涙を禁じえなかったという。見捨てたけど。

「アンタ、退院の準備は出来てんの?」

「とっくにな。まあ最後の仕上げだけ残ってるか」

それにしても、と垣根は美琴にちらりと目をやる。
以前肩にかかる程度だった髪は完全に肩下まで伸び、その長い髪も手伝ってか幾分大人びて見える。
美琴は一年前より綺麗になっていた。いたのだが、

(胸が……な。いや、垣根スカウターによると多少大きくなってはいるんだが。
何と言ってもなぁ。如何せん元が、)

「まだ生きてたいでしょ?」

「はい」

女神のような温かな微笑をたたえて問うてくる美琴に、垣根は本能的に生命の危機を感じていた。
ちなみに垣根スカウターとは選ばれしジャパニーズ紳士のみが使用可能なE難度の技であり、それを使えるのは垣根の他には二〇〇〇万人ほどいるという。

「そういやアンタ、能力はどうなったの?」

「問題ねえ。ほぼ全快だ」

564 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:27:44.66 5JB1eDij0 1865/1876

垣根帝督は一年前の『木原』との戦いで昏睡状態に陥った。
その期間は一年にも及び、周囲の人間を大いに心配させた。
そしてある時ようやく目が覚めたのだが、後遺症とでも言うべきものが残っていたのだ。
一つは体の不自由。一年も寝たきりだったのだから当然だ。
そして一つが能力についてである。

目覚めてすぐに垣根は自身の能力『未元物質』が行使できないことに気付いていた。
よって通常のリハビリと平行して(むしろ優先して)『未元物質』を取り戻すリハビリに取り組んでいたのだ。
流石第二位というべきか、独自に組んだ取り戻すための演算式やリハビリ法は効果覿面で、みるみると垣根は元の力を取り戻していた。
そして今では完全ではないものの、ほとんど以前と変わらぬところまで回復していたのだ。

「アンタがこのまま能力使えなかったら私が第二位になってたのに」

「そんな繰り上がりで嬉しいんかよ、お前」

「凄く不本意だわ」

「だろうな」

そんな話をしていると、いきなり現れた長い金髪に常盤台の制服、鞄を肩から提げた少女が、

「トゥットゥルー。みさきちでぇす☆」

とか言っていた気がしたが、多分気のせいなので二人は普通にスルーした。

565 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/11/09 23:29:01.65 5JB1eDij0 1866/1876










一人ぽつんと残された少女(匿名希望)は俯いたまま顔を赤くして、ぷるぷる震えていた。

「無視したわねぇ……。この私がここにいるのよぉ?
無視したわぁ……!! 目に入らなかったとでも言うのぉ!?
恥ずかしかった、私だって恥ずかしかったのよぉ!!
でも初対面のインパクトは大事でしょぉ!? なのに何よぉ第二位さんだけならともかく御坂さんまでぇ!!」

「あ、あの、どうされました? 大丈夫ですか?」

「アナタ……私のこのやるせない気持ちを分かってくれる?」

「は、はぁ……。事情を話していただければ……」

「アナタなんかに私の何が分かるって言うのよぉばーか!!」

少女は涙目でどこかへと走り去っていった。

610 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:22:19.10 A0oKyevk0 1867/1876

これからの日々に想いを馳せて。

611 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:23:22.72 A0oKyevk0 1868/1876

少ない荷物を纏めている垣根が、来客用のパイプ椅子に腰掛けている美琴に問うた。

「もしかしてお前さ、俺が眠ってた一年の間に第一位のクソと打ち解けたりしたのか?」

「……笑えない冗談ね」

美琴の顔が不快そうに顰められる。
当然である。一方通行と打ち解けるなど想像するだけでゾッとする。

「よく復讐は何も生まない、なんてクソみてえな綺麗事を耳にする。
が、俺はそうは思わねえ。復讐することで少なくともそいつは満足できる。
……なあ、もし妹達と第一位の繋がりがなかったら。―――お前は、どうしてた?」

垣根の問いに、美琴は素直に答えた。

「―――どう、だろうね。私は本気でアイツを殺そうとしてた。
でも、その前は本気で殺そうとしてたのに結局できなかった。
……分からないかな。こればっかりは、その時になってみないと分からない。
でも、殺してた可能性も低くはないかもしれないわね」

実際、そうなっていたらどうしてただろうか、と美琴は思う。
そうであったら自分は道を踏み外してしまっていただろうか。
それをあり得ないと一蹴できないことに、美琴は自分という人間の限界を悟る。

「私は、善人なんかじゃないから」

ただ一言、そう言うのだった。

「でも、そうならずに済んで良かったって今は思うよ」

「ん?」

「人を殺す。『殺人』っていう行為は、結局そういうものなんだと思う。
命だけは取り戻せない。命だけは償えない。
だから人殺しが許されるなんてことは絶対にあり得ない。
私は永遠にアイツを許せないし許さない。私も永遠に許されることはない。
そもそも私たちを許せる人間は、もういないんだもの。
それを分かった上で……私もアイツも、せいぜい素敵な悪足掻きを」

動きをぴたりと止めていた垣根は美琴の言葉を聞くと。
ハァ、と。大きな大きなため息をつくのだった。

612 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:24:55.01 A0oKyevk0 1869/1876

「……本当に。自分に厳しいなぁお前は」

「そうかしら」

「じゃあ、俺はどうなんだよ」

垣根は右手の親指を立て、自身の胸を指し示す。

「俺も一方通行と同じ、数え切れないほどの人間を殺してきたクズだ。
しかも俺はお前みてえに必死で償っていこうとか、そんなことも考えちゃいねえぞ」

「それを糾弾するのは私のやることじゃないでしょ?」

垣根の声に自嘲するようなものはない。
ただひたすらに疑問を消化するような問いに、美琴も淡々と答える。

「アンタは人殺しかもしれないけど、私の周りの人間には手を出していない。
でも一方通行は私の妹を殺した。それは決定的よ、私にとってはね」

命とは、主観において等価ではない。
別に美琴に限った話ではない。自身の妻を、夫を、恋人を、兄弟を、姉妹を、両親を、子供を殺した人間に対して感じる憎悪と。
全く関係のないところで、たとえば遠い外国で起きた殺人事件の犯人に対して感じる怒りは果たして同じだろうか。
もしかしたらそんな人間も世界にはいるのかもしれない。
だが普通の人間なら確実に前者の怒りの方が比較にならぬほど強いはずだ。同じ人の命にも関わらず。

自分の知らぬところで、誰かを殺したらしい垣根。いつ、どこで、誰を。そんなことも何も知らない。
それを実際に見たわけでもなく、当然殺された人間のことなど知るわけもない。
対して一方通行は一〇〇三一人もの大事な妹を手にかけた男だ。
その瞬間を二度も目撃していて、美琴の主観において二人の罪は釣り合うはずもない。

客観的に見ればそれはおかしいのかもしれない。
けれど人間は主観的で感情的な生き物だから、必ずバイアスがかかるのは避けられない。
そんな美琴を歪んでる、という人間もいるかもしれない。構わない、と思う。
しかし垣根帝督とは既に友人として過ごした時間の積み重ねがあるのだ。
そして御坂美琴は、善人ではない。

613 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:26:56.66 A0oKyevk0 1870/1876

「アンタを糾弾する人間は間違っても私じゃない。
もしかしたらこれから先、アンタが殺した人間の家族なり何なりが出てくることもあるかもしれない。
アンタを糾弾する権利があるのはその人たちだけで、アンタはその時否が応にも過去と向き合うことになる」

美琴が一方通行と再会し、自らの過去と罪とに向き合ったように。
一方通行が美琴と再会し、自らの過去と罪とに向き合ったように。

「……そうかい。そりゃ怖ぇなあ。今の内にあのクソシスターにでも懺悔しとくか」

「似合わないわね」

「心配「心配するな。自覚はある」

「……オイ」

言葉の途中で割り込んできた美琴に、垣根は不服そうな目を向ける。
しかし当の美琴はどこ吹く風で、わざとらしく視線を窓の外に投げ口笛を吹いていた。

「つうかよ、さっきの女第五位だろ? なんでいるんだ?」

「さあ。第七位も来てるらしいわよ?」

「げっ……」

露骨に嫌そうに顔を顰める垣根。
思わず動かしていた手まで止まっていた。
よほど第七位が嫌いなのだろうか。

「何、どうしたのよ。まあ私も第七位にあまり良い思い出はないけど」

「……オマエ、あいつの能力が何なのか知らねえのか?」

「知らないけど……」

「……『人の話を聞かない能力』、だ。しかも超能力者だぞ。あいつある意味学園都市最強だから」

「Oh……」

614 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:29:45.43 A0oKyevk0 1871/1876










「―――見つけたぞ第二位ィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

「うわっ、来やがった!?」

荷物を纏めた垣根と美琴が中庭で上条を待っていると、どこからか酷くボリューム調整を間違った声が聞こえてきた。
ここが病院であるということを失念しているとしか思えない。
まるで地響きが起きているかのような錯覚さえ伴って突然空から鉢巻を巻いた時代錯誤な男が降ってきた。
明らかに登場の仕方がおかしい。声量がおかしい。ついでに服装もおかしい。
愛と根性のヲトコは一年経っても何も成長していなかった。

ダン!! と垣根のすぐ近くに降り立った削板は自らの奇行を気にする素振りも見せずに笑う。
笑って、実に馴れ馴れしく垣根の肩を叩いた。

「よう!!!! 今日退院なんだってな!!!!!! よし、いっちょ根性入れてメシでも食いに行こうぜ!!!!!!」

「何? 何なの? ホント何なの? オマエ俺を労わるつもり欠片もねえだろ?」

「そうか!!!! それでこそ男だ!!!!」

「俺何も言ってねえから。OKしてねえから。相変わらず会話が異次元で成立しねえなオマエ。それとちょっと黙ってろ」

削板の大音量ボイスに鼓膜が震え、垣根は隠しもせずに心の底から嫌そうな表情を浮かべる。
だが削板には通じない。謎のスマイルでごり押ししてくる。

「まあまあ!! 男二人仲良くしようじゃないか!!!!」

「だからうるせえんだよ脳筋野郎!! ……っつか、二人?」

垣根が辺りを見回してみると、気が付けば忽然と美琴の姿が消えていた。
一体いつの間に移動したのか。素早く危機を察知し垣根を残したまま去ってしまっていた。
随分と強かになったものだ、と思いながらも、

「オイ待て御坂ァ!! オマエ一人だけ逃げようったってそうはさせねえぞ!!」

既に視界から消えかけている美琴の背中に向かって叫ぶも、全く反応はない。
見捨てられた垣根ががっくりと項垂れると、削板が美琴に気付き、

「ん? おお!? ありゃナンバースリーか!!!!
いやああいつの根性は凄かったぞ!!!! あれほどの根性を持ってる熱い男はそういないぞ!!!!!!」

「テッメェ……!! うるせえっつってんだよブッ殺すぞコラ!! ……ん? 男……あれ」

615 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:37:09.22 A0oKyevk0 1872/1876










上条当麻と御坂美琴は、その光景を遠くから我関せずといった様子で眺めていた。
削板が「超すごい何ちゃら」とか言って拳を突き出すと変なビームみたいのが出たり。
空を舞う垣根を削板がどういうわけか普通に一五メートルくらい垂直にジャンプして追いかけたり。
垣根の翼が杭に変じ、人体程度形を失いドロドロした粘液レベルにまで変えてしまうほどの一撃を躊躇いなく削板に見舞ったり。
要するにドンパチやっていた。

「……どうするんですかあれ」

「私は関わらないわよ、面倒くさい。アンタが行けば?」

「やめてください死んでしまいます」

流石にあの二人も本当に病院を破壊してしまうほど馬鹿ではないだろう。
その証拠に削板の攻撃も建物には一切向けられていないし、垣根もその全てを白い翼で易々と防ぎ周囲に被害が拡散しないようにしている。
それでも病院の中庭で超能力者同士の戦いをおっぱじめるあたりまともではないのだが。
というか流石に本気の潰し合いではないだろう。
被害が出てないとはいえ、冥土帰しが顔面蒼白になっていることを彼らは知らなかった。

「……お前さ、一方通行と一応和解したんだっけ」

「―――またその話か」

「俺は一方通行が昔のあいつじゃないって知ってる。
でも同時にあいつがしたことも、どれだけ美琴が傷ついて一方通行を憎んだかも知ってる。
別に仲良くする必要なんてない。嫌いなままでだって良い。
ただ、あいつが存在することを、償おうとしてることを認めてやれたら良いなって、そう思うんだ」

「……そうね。結局その辺りが私とアイツの限界なのよ。
それでいい。その先へ行こうなんて思いもしないわ。
それに、もうこれ以上あんな野郎のために頭を割きたくない。脳細胞の無駄遣いよ」

「ははっ、酷でえなぁおい」

そう言って二人は笑った。
この一年で、というよりその前からだが美琴は比較的上条と普通に話せるようになっていた。
丁度垣根と知り合ったころからだろうか。彼を通して男との対話に慣れたのかもしれない。
それは良い変化だと美琴は感じていた。

616 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:44:00.83 A0oKyevk0 1873/1876

と、垣根が二人の方へスタスタと歩いてきた。
何やら物凄く美琴を睨みつけているように見えるのは気のせいだろうか。
多分気のせいだろうと美琴は考えないことにした。

「……おう垣根。軍覇はどうしたんだ?」

垣根は無言のままに自身の後ろを親指で指して上条の問いに答えた。
二人がそちらを覗いてみれば、そこには愉快なオブジェが鎮座していた。
地面から足が二本生えている。一瞬何が起きているのか理解できなかった。
つまるところ、削板が上下逆さまになって上半身が丸ごと地面に突っ込んでいるのだ。
まるでYの字のように開脚された二つの足がシュールだった。

「……やりすぎじゃね? 死んだんじゃね?」

「あいつは無駄に頑丈だから大丈夫じゃねえの? 知らんけど。俺はうるせえから黙らせただけだし?
つうか美琴ちゃん? ちょっとお話があるんだけど」

「な、何よ。ちょっと記憶にないわね。ワー、キットショクホウノシワザダワー」

「……イイ度胸してるじゃねえか。流石に男女は言うことが違うなー」

いっそ清々しいまでの棒読みで弁解する美琴だったが、垣根のその言葉にぴくりと肩を震わせる。
上条は敏感にその気配を察知して退避した。

「男女……? ごめんね、ちょっと耳が遠くなっちゃったみたいで聞き間違えたみたい。もう一回言ってくれるかしら?」

ゆらり、と幽鬼のように立ち上がる美琴に上条は更にザザザ、と後ずさって距離を取る。
この辺りの危機察知能力は流石というべきであろう。
長い髪で顔が隠れているあたりも恐怖感を煽っていた。
しかしそんな某呪いのビデオに出てそうな様子の美琴にも垣根は怯まない。

「あそこで埋まってる馬鹿が言ってたが」

「よし私ちょっととどめ刺してくる」

「待て待て待てぃ!? 一度落ち着こうか!?」

617 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:53:17.29 A0oKyevk0 1874/1876

上条が慌てて美琴の手首を掴んで止めに入る。
こんなことで殺人事件を起こすわけにはいかないと必死になる上条だが、すぐに掴んだ手首を離した。
そんな上条の様子にちょっとしか不信感を覚えた垣根は上条の襟首を掴み、ずるずると引き摺っていく。

「な、何だよ垣根」

「一つ聞くが、お前ら……お前と御坂って付き合ってんの?」

「は、はぁっ!?」

ぎょっとしたように大声をあげる上条に、美琴が少し離れたところから不審そうな目を向けてくる。
上条は慌てて自身の口を塞ぎ、

「何言ってんだお前!? なんでそうなる!?」

「……付き合ってねえんだな?」

「お、おう。上条さんに彼女なんているわけないじゃないですか。……言ってて悲しいけど。
大体俺と付き合うなんて、俺は良くても御坂が嫌がるだろ」

「よーく分かった。とりあえずお前は後でラリアット十連発な」

「何ゆえ!?」

美琴の元へ戻りながら、一見普通に見える垣根は大変混乱していた。

(えぇー……付き合ってねえの? こいつらマジか?
何なの? 馬鹿なの? 一年経ったんだよな? 俺一年寝てたんだよな?
一年だぞ? まだ御坂の奴告白してねえの? っつかまだ上条は何も気付いてないの?
どうしたの? 一体何が起きてるっていうの? ねえ何なの?)

こんな具合に。
勝手に既に二人は付き合ってるものと思い込んでいた垣根からすれば結構衝撃の事実だった。
というか勝手にもうやること済ましてると思っていた。
だが垣根のそんな下世話な思考を断ち切るように、わけの分からない大声と共に何かが突っ込んできた。
削板軍覇である。

「っっっしゃあぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

618 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 00:59:18.79 A0oKyevk0 1875/1876

「不死身が……っ!! よし御坂、お前があいつに触れて生体電気を片っ端から逆流させるんだ!!」

「いややらねえから。できるけどそれは流石に死ぬから、冗談抜きで」

何が「しゃあ」なのか分からないが、ノリの悪い美琴に失望しながらもとりあえず垣根は冷静にドン、と上条を前に突き飛ばした。

「え、おい」

そして突然突き飛ばされた上条はわけも分からぬまま前方を見遣る。
そこにあるのは高速で突進してくる謎の前時代物体。
上条は咄嗟に右手を突き出し、そしてバキィン!! という何かが砕けるような音が響いた。

削板は異常な身体能力を持つが、当然それは彼の素のスペックではない。
彼自身はあくまでただの凡人であり、その力は全て正体不明の能力によるものだ。
それを幻想殺しによって打ち消されたことにより削板は急激に減速し―――。

そして能力を失った削板の体を、垣根が飛んできたボールをフルスイングでホームランを決めるように白い翼で薙ぎ払った。

「―――ああァァァあああああああああああああああああああああ―――……」

声は徐々に遠のき、削板は中庭まで見事に吹き飛ばされた。

「いやいやいやいやいや!! 死んだだろ!! これは死んだだろ!!」

上条が顔を青くして叫ぶ。
幻想殺しによって能力を打ち消され、ただの常人と変わらないところにまで落ちた状態での垣根の一撃だ。
耐えられる道理などなく、上条が焦るのも当然というものである。
しかし、

「……あ、大丈夫よ。ほら、手ぇ動いてるわ」

「不死身だな……」

「あいつガチの化け物だから。マジで殺しときてえよ」

翌日、削板は普通に歩き回っていたという。

619 : ◆nPOJIMlY7U[sag... - 2013/12/21 01:02:19.90 A0oKyevk0 1876/1876










「よし、このまま退院祝い行くか!!」

「お店予約しといたわよ?」

「とりあえずゆっくりしたいという俺の意思は無視ですかそうですか」

ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、ようやく三人は病院を出た。
ちなみに削板は無事冥土帰しの元に届けられたらしい。
そんなわけで、美琴と上条は垣根の帰って寝るという意見を即時却下し勝手にこれからの行動予定を決定する。
元々今日が退院日というのは分かっていたため、既に店の予約は済ませていた。

その店とはすき焼き屋である。
勿論、美琴が目利きした店なのでそのグレードは並ではない。
学園都市にあるあらゆる店舗を合わせた中でも最高級ランク。
当然その値段も最高級ランクなのだが。

そんな店に行くというのに上条がはしゃいでいるのは、ひとえにそれが美琴の奢りだからである。
今度美琴の言うことを可能な限りで一つ聞くという取引ではあるが。
それにしても、と垣根は思う。

(……楽しいねえ、ホント)

やはりこの二人といると、楽しくて楽しくて仕方がない。
もう血生臭い戦いは終わった。目も覚めた。三人が揃っている。
これからは毎日こんな楽しい日々が送れるかと思うと、柄にもなくわくわくした。
明日が楽しみでならない。今日はこんなに楽しかった。明日はもっと楽しいのだろう、と。

垣根が死に物狂いで掴み、必死にしがみついた居場所にはやはりそれだけの価値があった。
二人に気取られぬよう、垣根はふっ、と笑う。
以前からは考えられぬ光景。想像もつかぬ環境。
だがそれこそが今の垣根帝督の世界だ。

(……さってと。それじゃあ、俺は一年経っても進歩のないお二人の恋のメルヘンキューピッドになってやりますか。俺翼生えるし。
よし、とりあえず『未元物質』で上条の目の前で御坂のスカートを捲り上げて……。
短パンとかいう最終兵器があったか。だが俺の『未元物質』に常識は通用しねえ。慎重に演算を組み上げて……。
落ち着け。冷静になれ。超精密演算にミスは許されねえ。二人に、特に御坂に気付かれたら終わりだ。バレねえように、確実に……)

ビュオッ、という小さい風が吹いた。垣根は自身の組み上げた演算式に狂いがないことを確信する。
世界で一番の『未元物質』の無駄遣いを本気で行っていると、

「何やってんの、アンタ」

美琴が天使の笑顔で問いかけてきた。

「…………ッ!!」





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【第三章(前編)】 【第三章(中編)】 【第三章(後編)】
【第四章(前編)】 【第四章(後編)】
【第五章(前編)】 【第五章(後編)】
【終章】

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