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勇者「魔王捕まえた」【後日談】
夜が来る。
それでも目は見開いておくんだ。
いつか闇に光が瞬くかもしれない。
でなくとも閉じているよりはいい。
さよならだ。
ぼくの最愛の――
元スレ
勇者「魔王捕まえたその後に」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1313973611/
◆◇◆◇◆
魔族と人間の争いが、突如休戦という形でとりあえずの終わりを見た。
半年前のことだ。
公表された内容によれば、その時に起きた大規模戦闘の結果、騎士軍が魔王軍を圧倒し有利な条件で協定を結んだことになっている。
だが、見る者が見ればそれは特別優位性のある協定ではないことが明らかだった。
とはいえ、幸か不幸か両者とも相手については無知であったし、ぼんやりと違和を感ずる者はいても、それは多くなかった。
結局、世界はうやむやにそれを受け入れた。
ただ、当時騎士軍に参加していた者は別だ。
彼らの間でまことしやかにささやかれている噂がある。
曰く、「皇帝陛下が人質にとられ、それによって無理のある協定が結ばれたのだ」と
馬鹿な、と笑う者もいる。まことか、と血相を変える者もいる。
だが、噂は噂に過ぎず、真偽のほどは定かでない。
首をかしげる者も少なくない中で。この物語の幕は、密かに上がった。
◆◇◆◇◆
<夜の底で>
「君は、そうだな、何かを諦めたことはあるかい?」
「本当は諦めたくなかった、そういう大事なことをさ」
「そうか、ないか」
「ならそれはきっと、とても幸福なことだ。誇ってもいい」
「……」
「ぼくはあるな」
「できることなら諦めたくなかった。でも、諦めざるを得なかった」
「そう、とても残酷なことさ。どうしてもそうしなければならない時があるという、その現実は」
「でもね」
「そういう現実を目の当たりにしながらも、それでも生きていけちゃうって事実が」
「それこそ残酷だと、そうは思わないかい?」
「だから君にも味わってもらおう」
「絶望の味を、さ」
<帝都.宮殿.執務室>
サラサラ サラサラサラ――シャッ!
勇者「ん――ふう」
勇者「ひと段落、か? いやこれだけ積み上がってるとどうにも分からないな」
勇者(片付けなければならない書類が多い。各種許可、確認書に報告書……)
勇者(あれから半年。休む暇はない)
勇者(気だるい疲労……だが、満足感もある。十分だ)
勇者「とはいえ」
勇者(明らかに以前より仕事量が増えている)
勇者(他の者に任せられない案件が多いからだが……なぜ、そういった案件が増えるかが問題だ)
勇者(理由は一つしかない。それは――)
勇者「魔界と人間界の休戦協定」
勇者(長年対立してきた二つの勢力の仮調停)
勇者(当然無理もあったしリスクも高かった。いや過去形じゃない、依然高いままだ)
勇者(目立った軋轢やその兆候はないものの、不穏な気配は常にある)
勇者(魔界では過激派有力氏族の不満の声。人間界では騎士軍の力の低下を危ぶむ声)
勇者(とりあえず徐々に商業分野でつながりを増やして溝を埋めようと、色々手を尽くしてみたが……)
勇者(いまだ両勢力の大々的な交流は実現せず。代わりに休戦の維持のため仕事が増えるばかり)
勇者(これはどうにもうまくないな)
ガチャ
「仕事の増加にあえいでいるようだな」
勇者「……元帥殿」
元帥「恨むなら半年前の自分を恨め。皇帝陛下を人質にとり最高権力者の座に収まろうと画策した愚かな自分をな」
勇者「……一応身分は元帥補佐官ですが」
元帥「後悔しているか?」
勇者「いいえ」
元帥「ふん。ならばこれから存分に後悔するがいい」スッ
勇者「新たな書類ですか」
元帥「私宛に密かに届けられた嘆願書だ」
勇者「嘆願書?」
元帥「読んでみればわかる」
勇者「……」
元帥「……」
勇者「これは……」
元帥「せいぜい頭痛に悩まされろ。願わくば死ね」クル ツカツカ……
勇者「……」
<翌日>
「――以上です。さらなる詳細はこちらの報告書に」
勇者「ありがとう、下がってくれ。あとは例の件、頼む」
「は!」ガチャ バタン
勇者「――さて」
勇者(面倒なことになったな)チラ
『南部地方において独立を目的として起こされた諸運動に関する報告』
勇者(南部地方……帝国南部の貧困地域だ)ペラ
勇者(帝国内には建前上奴隷制度はない)
勇者(だが、中央部が栄えるために辺境に負担を強いていることは、政に関わる者ならだれでも知っている)
勇者(中でも南部は特に搾取の度合いが強い地域だ)
勇者(前々から不満はあったろうが、魔界との争いの中でそれを叫ぶだけの余裕はなかった)
勇者(だがに休戦よって魔族という脅威が、一時的にとはいえなくなった。そのため自分の周囲を見回す余裕ができたようだ)
勇者(現在、南部地方は独立、ないしは自治権獲得に向けた活動を行っている……らしい)
勇者(昨日の嘆願書もその一環か)
勇者(搾取の機構を即刻廃止し南部に自治権を認める、だったな)
勇者(長年続いた重い税、安い賃金と激しい労働、賄賂や汚職の横行)
勇者(特に、中央から移ってきた有力者は、南部の人間を軽く扱っているという現実がある)
勇者(これは帝国の主要民族と南部の構成民族が異なるせいもあるんだろうが……)
勇者(とにかく、できることなら独立、ないしは自治権を認めてやりたい。しかし……)
勇者(しかし、現実の問題として独立を望む地域は少なくないはずだ)
勇者(南部の独立を認めれば、我も我もと名乗りでるところが相次ぐだろう)
勇者「そうなれば、帝国の国体は危うい……」
勇者(間違いなく国は乱れる。魔界の過激派が休戦協定を反故にし、攻め込んでくる可能性も無視できない)
勇者「……困った」
勇者(こんな問題を残して、まったく……恨みますよ皇帝陛下)
勇者「一つの解決策としては――」
勇者(騎士軍による武力鎮圧)
勇者(だが、これはリスクが大きい)
勇者(騎士軍の力は大きすぎる。一度動かせば、一定の成果が上がるまでに南部は浅くない傷を負う可能性がある)
勇者「それにだ」
勇者(それほどの力に頼らざるを得ない程帝国の求心力が低下していると民に思われるのは良くない)
勇者(加えて隣国が力をつけてきているから、無駄に刺激するのもまずいな)
勇者(よって却下だ)
勇者(もうひとつの解決策としては、魔界との小規模の争いを演出することだ)
勇者(民の目は再び魔界との闘争に向き、独立の流れは止まるだろう)
勇者「だが、これは一時的な解決にしかならない……」
勇者(やはり俺が直接出向いて問題の根本を取り除くしか、ないか)
勇者「ならきっと長丁場になるな。そうなる前にあっちに顔、出しとくか」
<数日後.夜.魔王城.食堂>
メイド「もう一杯いきますわよー!」
剣士「もう勘弁して……」
皇帝「zzz……」
勇者「……」
勇者「……何をやってるんだ?」
メイド「あ! 勇者さま!」
剣士「え、勇者……?」フラフラ
勇者「部屋の端に寄せられてるあれは、全部酒樽に見えるけど」
メイド「ようこそ勇者さま、ちょうどいいところにいらっしゃいましたわ!
わたくしたちは今、祝会を開いていたところでしたの!」
勇者「祝会?」
メイド「ええ、今日は何の日か覚えてらっしゃいます?」
勇者「休戦協定締結からちょうど半年」
メイド「その通り!」
勇者「なるほど、それを祝って、か」
皇帝「ウーム……」ムニャムニャ
剣士「勇者」ギュッ
勇者「おっと。剣士?」
メイド「!」
剣士「勇者ぁ♪」ギュゥゥゥ!
勇者「ずいぶんのんでるな。いやのまれてるのか」
メイド「剣士だけずるいですわ!」ギュッ
皇帝「死せよイケメン……」zzz……
勇者「ん? 結構いい酒じゃないか。こんなもの気軽に飲めるもんじゃないだろう?」
メイド「確かにメイド長の許可は取ってませんけれど」
勇者「じゃあどうやって持ちだしたんだ?」
メイド「わたくしの特技をお忘れですの?」エヘン!
勇者「そういえばピッキングが得意だったな」
剣士「ふにゃ……」ムニャムニャ
勇者「抱きついたまま器用に……本当に深酒してるな」
メイド「まったく剣士ったら情けないですわ」
勇者「君は飲まなかったの?」
メイド「多分一番多く飲んでるはずです」
勇者「酒豪なのか。意外だ」
メイド「そういえば何杯飲んでも酔ったことはありませんわね。
それにしてもちょうどいいところにいらっしゃいましたわ勇者さま。
勇者さまもお飲みになって。ほら」
勇者「いやごめん、よしとくよ。俺は下戸なんだ」
メイド「……意外ですわ」
勇者「よく言われる」
皇帝「zzz……」
勇者「皇帝陛下まで。人質だと言うのに気楽なものだな」
メイド「あの方が一番楽しんでらっしゃいましたけどね」
勇者「まあ気がふさいでるよりもマシなのかも」
剣士「ムニャ……」
勇者「ほら剣士、抱きついたまま寝ると危ないから部屋いくぞ」
メイド「でしたらわたくしが」
勇者「いや、俺が運ぶよ。久しぶりだし、ちょっと一緒にいる時間が欲しい」
メイド「……わたくしとは?」
勇者「君にも話しておきたいことがある」
メイド「! わかりましたわ!」
<寝室>
――トサ
剣士「ううん……」
勇者「大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
剣士「だいじょーぶ……」
勇者「そうか、よかった」
剣士「……ねえ勇者」
勇者「ん?」
剣士「まだ仕事……?」
勇者「……ああ」
剣士「そっか……」
勇者「すまない、明日からもまた仕事だ。大きめのやつ。
しばらくこっちに顔出せなくなるだろうから、来れる内に来た」
剣士「……そう。無理してない?」
勇者「心配しなくとも俺は手の届く範囲でしか動けないよ」
剣士「なら、いいんだけど……」
剣士「……」
勇者「……」
剣士「あのね。式の事なんだけど……」
勇者「まだ、無理だと思う。忙しくてね」
剣士「そう、よね……」
勇者「ごめん、近いうちに必ず」
剣士「気にしないで。式は挙げてなくともわたしはあなたのパートナーよ」
勇者「そうか。そうだな」
剣士「で、さ。大きめの仕事って、何?」
勇者「ん、いや……大した案件じゃないんだ。ちょっと手間がかかるってだけで」
剣士「……」
剣士「勇者」
勇者「何?」
剣士「わたしも手伝いを……」
勇者「それは断らせてもらうよ」
剣士「なぜ?」
勇者「君はあの日以来、剣とは決別したはずだ。
俺もそれは心から歓迎したし、それなら君を剣の道に引き戻すのは筋違いだ。
それにこれは、俺の仕事なんだ」
剣士「……」
勇者「俺を信じて待っていてほしい」
剣士「つまり……武力行使があり得る案件ってことよね?」
勇者「……そうだ」
剣士「……無理、しないでね」
勇者「ああ」
剣士「……」
勇者「行ってくる」
・
・
・
勇者「――そういうわけで、剣士を頼む」
メイド「いえ、それならかまいませんけれど……いつものことですし。
でも、今回の勇者さまの仕事はいつものことではなさそうですわね」
勇者「ああ」
メイド「他に何かできることは?」
勇者「俺を信じて待っていてくれ」
メイド「……はい」
勇者「じゃあ、行ってくるよ」
メイド「お気をつけて」
<魔王城.中庭>
――……
魔王「……スゥゥゥゥ――」
魔王「――ッ」カッ!
魔王「"貫拳"!」シュッ!
パァァァン――バス!
魔王(対象、打撃点の反対側が破裂……成功だ)
魔王「よし」
勇者「ここにいたか」
魔王「……勇者さん?」
勇者「いきなりすまないね、ここで鍛錬をしていると聞いたものだから。邪魔したか?」
魔王「いいえ。来てたんですね」
勇者「ああ、ちょっと皆に挨拶しておこうと思って」
魔王「? なんでまた急に?」
勇者「お前には詳細を話しておこうと思う。実は――」
魔王「……なるほど。独立運動」
勇者「いつかはこうなるとは思っていたが」
魔王「魔界でも不穏な動きは出ていますが、そちらほどではありませんね。
なんとか、なりそうですか?」
勇者「まだ何も分からない」
魔王「そうですか……」
勇者「思うに」
魔王「?」
勇者「これはツケが回ってきたということなんだろう」
魔王「ツケ?」
勇者「ああ。魔界と人間界の調停。
これは一方がもう一方を征服するという形よりはマシだったんだろうけど、最善ではなかった。
基盤ができていないまま無理に結んだ休戦協定は、単なる問題の先延ばしだったんだ」
魔王「……」
勇者「だから今、そのツケを払わなきゃいけない」
魔王「ぼくにできることは?」
勇者「ない。これは俺の仕事だ」
魔王「手の届く、範囲内ですか?」
勇者「分からないが、届かないなら届かせるさ」
魔王「もう、全力では戦えないのに?」
勇者「……」
魔王「医師の話では、半年前の騒動以来勇者さんの身体には小さくない負荷が残っているそうですね。目には見えませんが。
あなたが習得した拳法、その大部分がもう撃てないのでしょう?」
勇者「……そうだ」
魔王「聞いた感じ、今回の勇者さんの仕事にはそれが必要になるようにぼくには思えます」
勇者「ないものねだりはしない。埋め合わせは別のものでするよ」
魔王「でも」
勇者「大丈夫だ」
魔王「……わかりました」
勇者「ありがとう」
魔王「いえ」
魔王「でも覚えておいてください。
ぼくは……いえ、ぼくたちはいつでも勇者さんの味方です。
いつでも勇者さんの力になれます」
勇者「……」
魔王「もし駄目だと、手が届かないと思ったその時は、ぼくたちを頼ってください。
あなたと一緒に手を伸ばします。
ぼくはまだ十四ですが、それでも四人でならば、一人ではつかめないものもつかめるはずだから」
勇者「……わかった。覚えておくよ」
魔王「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
勇者「ああ、行ってくる。あの三人をよろしくな」
魔王「ええ」
<翌朝>
勇者「これで準備は整ったな」
勇者「では出発しよう」
勇者「願わくば――そうだな、この閉塞した状況に何かしらの解決がありますように」
勇者「……よし」
ガチャ――
・
・
・
<どこか>
「そろそろなんらかの動きがあってしかるべきだね」
「きっと、帝国中央からもアクションがあるはずだ」
「ぼくが送り付けたこの間の嘆願書は、表面上は無視できても全く気にかけないなんてできるはずがない」
「さて、どうなる……?」
<数日後.南部地方.警衛隊事務所>
勇者「お初にお目にかかります、元帥補佐官です。
事前にご連絡差し上げた通り、南部地方の現在の治安状況についてお話をうかがいに参りました」
警衛隊長「これはこれは遠いところをわざわざ。おかけください」
勇者「どうも。早速ですがお話よろしいですか?」
警衛隊長「まあ……かまいませんよ」
勇者「……」
勇者「最近、南部の主要都市で変わったことはありませんでしたか?」
警衛隊長「……変わったこと、とは?」
勇者「例えば、南部の人々が怪しい活動をしているとか、何か騒動が起きた、とか」
警衛隊長「ああ、ええ……皇帝陛下がお定めになった税率に、恩知らずにも不満がある愚か者たちが文句を言ってきたりもしますな」
勇者「それで暴動が起きたことは?」
警衛隊長「……いいえ。そのようなことは神に誓ってありません」
勇者「そうですか」
勇者「では、人々の動向の方はいかがです」
警衛隊長「南部で農園を管理している方々がいます。
彼らが……なにやら労働者たちの動きが怪しい、とは言っておられます」
勇者「怪しい?」
警衛隊長「いえ! ただ単に、夜に集まって愚痴を言い合う程度のもので!」
勇者「……」
勇者(嘘だな)
勇者(隠すまでもなく、南部では深刻な搾取が行なわれている)
勇者(南部の人々の間に不満が募っているのも公然の秘密だ)
勇者(不満。自治権の付与を元帥殿に嘆願する程に)
勇者(問題は、その嘆願書が元帥殿に直接届けられたことだ。
いや、直接でなければ破棄されていた可能性が高いけれど)
勇者(ともかく、自治権を勝ち取るために南部の人々が何らかの組織を立ち上げていることは予想できたが……)
勇者(元帥殿に直通するコネクションを持つ程のものであることは想定外だった)
勇者(南部の人々の集会は、愚痴を言い合うだけの小さなものではない……)
勇者(こっちの筋の調査では、小規模ながらも警衛兵との衝突も数件起きていることが分かっているし……)
警衛隊長「補佐官殿……?」
勇者「ああ、いや……」
勇者(警衛隊長はもちろん知っているだろう。
それでも俺に明かさないのは、ペナルティが怖いのと、失態を理由に甘い汁を吸う権利を横取りされるのが嫌だからか)
勇者(となると)
警衛隊長「と、ところで、あなたのために宴の準備をしています。
どうか招かれて頂けませんかね?」
勇者(俺を取り込み、中央へのコネクションを持とうとしてくる、よな)
勇者「ありがたいですが……急ぎの仕事がありますので」
警衛隊長「それは残念です……」
<数刻後.南部.都市.路地裏>
勇者「それで、どうだった?」
「は。補佐官がおっしゃった通り、確かに隣国の介入している痕跡が」
勇者「やはり……」
「南部地方のさらに南。山脈を越えた先にある"駿馬駆ける国"。
最近密かに軍事面、経済面でその力を拡大させています。それを可能にしている要因はまだ分かっていませんが」
勇者「"風歌う民"か」
「ええ。南部地方の主要民族と同じですね」
勇者「というよりも、南部地方はもともと隣国の領土だった。
戦争の結果、帝国が取り込み帝国南部となったわけだ。
これはずいぶん昔の話だけれど」
「帝国初期ですね」
勇者「自分たちと違う民族だから、彼らに無茶をさせることに抵抗はなかった……」
「そして、違う民族だからこそ南部民は独立を渇望していて、隣国は南部を取り戻したがっている」
勇者「この情報の他に何か収穫は?」
「警衛兵が捕えた隣国からの刺客を確保しました」
勇者「!」
「しかし、彼からは何も情報が引き出せません」
勇者「……そうか」
「ただ、持ち物の押収は可能でした」
勇者「見るよ」
「こちらです」
勇者「……山越えの装備が大部分だ」
「ええ」
勇者「ん? これは?」
「乾燥花ですね。それは私も違和感を覚えたのですが」
勇者「……」
「なにか?」
勇者「これは確か、ある山の高所にしか生えないもののはずだよ」
「?」
勇者「……うん。使えそうだ、もらっておこう」
「かしこまりました」
勇者「では、俺はこれから独自視察に入る。君はこれ以上残ると身元が割れる危険があるから、いったん中央に戻ってくれ」
「はい。それではお気をつけて」
・
・
・
勇者(さて、まずは独立運動を指揮している組織と人物を特定しよう。
問題解決のために打てるかもしれない手はいくつかあるが、それは特定後の話だ)
勇者(……とりあえず貧しい南部民に見えるように変装はしてきたが――)
勇者(どうにも視線を感じる……路地裏を出た方がいいかな)
?「おい」
勇者(……出口に大男が一人。いや、もっといる?)
勇者「なんでしょう?」
大男「なんだじゃないだろ、こんなとこで何してる。……お前、見ない顔だな?」
勇者「……最近、移ってきたので」
大男「風の民じゃねえ」
勇者「確かにここでは"風歌う民"が多いですが、そのほかの貧民だって珍しくないでしょう? それにあなたは?」
大男「……決まりだ。お前ら、やれ」
「へい」
ザザザ……
勇者(! まずい!)ダッ!
タッタッタッタ――
「そっちだ! 回り込め!」
勇者「くっ……」
勇者(なぜ!? 俺はなんて言った!?)
『――そのほかの貧民だって珍しくないでしょう? それにあなたは?』
勇者(風の民以外の貧民は間違いなく珍しくない……はず)
勇者(いや! だが数は多くない。となると把握は簡単だ。
あの大男がそのチェック係だとしたら、正規のルートを使わずに入ってきた俺は、見かけない顔という以外でも疑われていた?)
勇者(そして、普通に入ってきた場合には絶対にあの大男の顔を見知るシステムになっていたとしたら……)
「いたぞ!」
勇者「チッ――!」クル
タッタッタッタ――
勇者(しかし、そうなると分かってくるのは、そうしたチェックシステムが構築されるほど独立運動組織が大きくなっているということだ)
勇者(俺の考えすぎということも考えられるが……あまり希望的観測は持たない方がいい)
勇者(ただ、問題は、なぜ調査員がこれに引っかからずに、俺だけ釣りあげられたかだ)
勇者(調査員は正規のルートを使っていた?)
勇者(いや、俺は同じ方法で南部に入ったはず……となると、何かの罠?)
勇者「!」ザッ
勇者(しまった、行き止まり!)
「こっちか!?」タッタッタッタ――
勇者(近付いてくる……やるか?)スッ
勇者(人間相手なら、勝つのは……まあ不可能じゃない。
しかし、ここで騒動を起こすと、後の活動に支障が……)
「あの……!」ヒソヒソ
勇者「?」
「こっちこっち……!」
勇者「!」
『こっちにはいないぞ!』
『どこ行きやがった!?』
勇者「ここは……」
「私しか知らない秘密の通り道です。表からは分からないですよ?」
勇者(風の民の少女……)
勇者「俺を助けてくれたのか?」
少女「ええ。お兄さん、困ってそうでしたから」
勇者「俺は風の民ではないのに?」
少女「助けてほしくなかったんですか?」
勇者「いや、そんなことないよ。ありがとう」
少女「素直でいいですね、ふふ」
勇者「君は? 名前を聞いてもいいのかな?」
少女「……」
勇者「?」
少女「名前。名前ですか」
勇者「……まずいこと、聞いたかな?」
少女「いいえ、名前はありますよ。ただ、ここではその名で呼ばれることはめったにありません」
勇者「どういうことだい?」
少女「この街では、その人の役割や性質を表した呼び名で呼ばれます」
勇者「……つまり?」
少女「わたしは、ヤドリギ、と呼ばれています。
人に寄りかかり、支えてもらうことでしか生きられない、ヤドリギです」
勇者「……」
少女「お兄さんは?」
勇者「俺の名前? そう、だな。実は俺もその役割を名前として生きているんだ」
少女「それは?」
勇者「でも、ある事情でそれは明かせない。ごめん。
代わりに、そうだな……ネズミ、とでも呼んでほしい。
招かれざるところに知らん顔ですみつく厄介者だよ」
少女「ネズミさん、ですか」
勇者「よろしく」
少女「ええ」
少女「ネズミさんは、なぜ追われていたんですか?」
勇者「それは……ええと、名前と一緒で明かせないのだけれど」
少女「そうなんですか?」
勇者「無理な相談だと思うが、怪しまないでくれると助かる。
俺は、南部地方を良くしようと外から調査にやってきた者なんだ」
少女「南部地方を、良くする?」
勇者「ああ」
少女「もしかして……独立運動について、ですか?」
勇者「! ……ああ、そうだ」
勇者「これを見てほしい」スッ
少女「これは……」
勇者「少しでも信じてもらえるといいんだけれど」
少女「……なるほど。分かりました、少なくともわたしは信じます。
あなたは悪い人には見えませんし」
勇者「そうかな?」
少女「わたしについてきてください」
勇者「それは、どういう……」
少女「それを持っているということは、あなたはわたしたちにとって益となる人物ということです。
早急にリーダーにあっていただかなくてはなりません」
勇者「リーダー……」
少女「そう、わたしはヤドリギ。独立を目指す会に宿った、小さなヤドリギです」
<半地下>
少女「ただ今戻りました」
男性「ヤドリギかい? おかえり」
少女「リーダーに会わせたい人がいるんです。
独立運動に参加したいという新人さんです」
男性「分かった。通して」
勇者「――初めまして。俺はネズミといいます」
男性「ネズミさん、か。
ということはここの呼び名のルールは聞いているってことでいいね? 僕は役割で、リーダーと呼ばれているよ。
独立を目指すこの組織、"風解き放つ会"のリーダーだ。
よろしく」
勇者「……怪しまないんですね。見張りすらいないとは」
男性「見張りは役に立つかもしれないが、反面そこに大事なものがあるという目印になってしまう。
それに、今までヤドリギが連れてきた人の中に特別害のある輩はいなかったからね」
勇者「分かる気がします。この娘はとても利発な人間のようだ」
少女「ふふふ」
勇者「ですが、あなたにも一応これを見ていただきましょう」
男性「花?」
勇者「乾燥花です。分からないフリは、俺を試しているんですか?」
男性「分かるかい? 僕は演技が苦手でね」
勇者「この青い花は、隣国と帝国南部とを分ける山脈の高所にしか生えない種類のものです」
男性「うん、それで?」
勇者「そしてこれは、風の民の間では"自由"を象徴する花でもあります。
独立を求める者たちのシンボルなんです。
独立運動支持者の証でもある」
男性「よし合格」
勇者「どうも」
勇者「わざわざこれを説明させるのは、俺を完全には信用していないということでもある、そうですね?」
男性「まあね。
ヤドリギが連れてきた人間は危険ではないと分かっていても、あった瞬間全面的に信用するのは無理がある」
勇者「それに俺は風の民ではない」
男性「そこら辺はどう説明するんだい?」
勇者「正直にお話ししましょう。
俺は帝国中央の役人です」
少女「……!」
男性「それはそれは。ずいぶん若いね」
勇者「……なのですが、帝国南部の厳しい現実を知り、なんとかしたいと思いました。
そして聞けば南部はその圧政に負けず、独立を目指しているというではありませんか。
俺も、何かしら役に立てればと思い、この花を得て南部入りを果たした、そういうわけです」
男性「なるほど」
勇者(一応嘘は、ついていない……はず)
男性「では、君は具体的には何をしてくれるのかな?」
勇者「調査を」
男性「ん? それはどういうことかな?」
勇者「まず第一に、中央民はこの南部の現実を知らないわけです。
よって、その現実を広く知ってもらう必要があります。そのために取材をして、帝国民の間に広めるんです。
無知は怖い。それによって明確に存在するものが、まるでそこにないかのように扱われますから」
男性「第二には?」
勇者「あなた方の現状把握のお手伝いを。
というのも、敵を良く知り、さらに自分を詳しく知った上での戦いは敗北の要素がないからです。
調査によって、あなた方に最善の方策を提案します」
男性「ふぅむ」
少女「リーダー……?」
男性「ふふ、いいんじゃないかな。
中央役人の善意は信用に足るか未知数だし、君はどうにも一筋縄ではいかなそうな予感がするが、それでも何かしら力はありそうだ。
一か八かの賭けになるかもしれないが、それでもその力は僕たちの役に立つはず。
悪い言い方をすれば、利用させてもらいたい、かな
僕たちはとにかく力が欲しい」
勇者「かまいません。その方が俺としても気が楽です」
男性「じゃあ、商売風にいえば契約成立かな?」
勇者「ありがとうございます」
男性「いや、気にしないで。明日からでも活動を開始してもらって構わないよ。
じゃあヤドリギ、ネズミさんに住むところを手配してやってくれ」
勇者「いや、俺は……」
男性「予想するに、厄介な奴に絡まれたんじゃないかな?」
勇者「ええ、まあ」
男性「多分彼だろうから話を通しておくけど、僕の影響力が及ばない相手に絡まれることもある。
それを避けるためにも乗っておいた方がいいと思うけど」
勇者「そうですか……なら、甘えさせてもらいましょう」
男性「代わりに、と言っちゃなんだけど、君には調査活動以外にもいろいろ頼むことになると思う。
かまわないかな?」
勇者「ええ、俺にできることならなんでも引き受けましょう」
男性「ありがとう」
<隠れ家>
勇者(ずいぶんスムーズに事が進んでしまった)
勇者(簡単にすぎて怖い程だ)
勇者(リーダーが豪胆なのか、それとも考えなしなのか。はたまた俺のごまかしが上手かったのか)
勇者(あるいは――)
「罠」
「――とでも思っているころじゃないかな。
ねえヤドリギ?」
「ん……はい……」
「いい子だね」
「ありがとう、ございます……あっ……」
「今日は誰もいないからね、もっと声を上げてもいいよ」
「はい……んっ……ひぅ……」
「さて、彼は何者だろうね」
「中央の役人さんって……ぅあっ」
「君はそれを信じるのかい?」
「い、いえ」
「いや、嘘はついていないかもしれない。
でも、全ての情報を明かしてはいないかもしれない」
「……」
「ヤドリギ、君に任を与えるよ。
彼の案内役だ。
もちろん、その意味合いは分かっているよね?」
「……ええ」
「ならいいんだ。じゃあ、任せたよ」
「はい……んっ」
「よし、もういいだろう。いくよ」
「は、はい……ああっ……!」
「そうだね、ヤドリギ。君は、僕のものだ」
<朝.隠れ家>
――コンコン
勇者「……」
『ヤドリギです』
勇者「わかった、今開けるよ」ガチャ
少女「おはようございます」
勇者「ああ、おはよう。俺に何か用事かな?」
少女「リーダーから、あなたの調査活動を支援するように言われました。
これから数日間、あなたの案内役を務めさせていただきます」
勇者「いいのかい?」
少女「本当ならば、リーダーが直々に案内するつもりだったようですが、都合が合わずわたしに任されました」
もしよろしければ早速案内をはじめますが」
勇者(……俺の見張りも兼ねている、ということだろう。
ただ、それに少女をあてがうのはどういうことだ?
それだけ、余裕があるということかもしれないが)
勇者「……」
少女「ネズミさん?」
勇者「準備は問題ないよ。そういうことならお願いしようかな」
<街路>
少女「では案内を始めますが、ネズミさんはどんな調査をするつもりですか?
それによって内容も違ってきますけど」
勇者「そうだな……」
勇者(ここは南部の中心都市。
南部の政治経済の中枢はここにある。
議会の構成員は一応風の民。
とはいえ、それは中央の思い通りに動く傀儡の機構にすぎない
都市も、広さはあるとはいえ雑然としていてまるで……)
少女「スラム街みたい、ですよね」
勇者「……」
少女「ふふ、中央の人々は南部を"ごみ箱"と呼ぶそうです。
いろんな不要物が集まった、屑かごの都市です」
少女「中央の人々が豊かに暮らすため、益のあるものは根こそぎ吸い取られ、代わりに汚物が投げ捨てられる……」
勇者「……ああ」
少女「でも」
勇者「……?」
少女「人々は、風歌う民は生きています。風が絶えない限り、民もまた、絶えません」
勇者「なるほど……そうか」
少女「ではまずはこの街の人々とその暮らしを見てもらいましょうか」
勇者「そうだな、そうさせてもらうよ」
少女「歩きながら話しますね。
わたしたちの生活は、主に農園での労働による収入で成り立っています」
勇者「中央からやってきた農園主が経営している農園だな」
少女「そこでは小麦などの食用作物、そのほか綿花などが栽培されています。
中央がそれを買い上げる、という形です」
勇者「食糧や原料を安く買い上げ、原料で作った品物を南部で売る。
さらに金などの資源を吸い上げる」
少女「そう、南部は自力で原料を加工することができません。
南部地方が経済的に自立できないようにある種の悪意をもって作られた仕組みなんです」
勇者「競合相手がいないから、値段のつけ方は思いのままというわけだ」
<都市の外.直近の農園>
労働者「ふぅ、ふぅ……」ガサゴソ
「進みが遅いぞ、さっさと終わらせろ」
労働者「は、はい」
「休むな。賃金分は働いてもらわねばならん」
労働者「ええ、わかっとります」
「それに、お前がのろのろしているとあっちにいる子供にまで害が及ぶぞ」
子供「……っ」ビク
労働者「……踏ん張りますんで、それは勘弁してもらえませんかね?」
「急げ」
労働者「はい……」
勇者(あんな小さな子供まで働いているのか)
子供「……」プチ、プチ
勇者「……酷く痩せているね」
少女「ここではこれが当たり前の光景です。
人々は他の生活を知りませんから、この生活に疑問を覚えることはありません」
勇者「それでも疲れはたまるだろう?」
少女「疲労で倒れることすら当たり前です。
それでも働かなくてはなりません。
作業が遅れた場合は労働者全員で罰を受けねばならなくなるので。
逃げることもできません。
残された家族や仲間が鞭で打たれ、最悪の場合殺されてしまうので」
勇者「……」
「お前たち、何を見ている! さっさと行け!」
少女「都市に戻りましょう」
勇者「ああ」
<街路>
勇者「思ったより人が少ないね」
少女「この時間は農園に出ている人が多いですから。
街に残っているのは、別の商売を営んでいる人か仕事にあぶれた人だけです」
勇者「なるほど。ところで」
少女「なんですか?」
勇者「そろそろ君のことについて聞いてもいいかな?」
少女「わたしのこと、ですか」
勇者「うん」
勇者「君はさっき、この街の人々は疲労困憊のまま働かせられるのが当たり前で、疑問に思わないと言った。
でも、君は当たり前でないことを知っている。
加えて、何かしら教育を受けている雰囲気を感じるよ」
少女「この街に、教育というものはありません。
識字も完璧でない大人も多いです。
学校というものが世界にあることを知らない人がほとんどですね」
勇者「君は、もしかしてこの街の人間ではないのかな?」
少女「いいえ。わたしはこの街とともに生きてきました」
勇者「では?」
少女「わたしの目を開いてくださったのは、リーダーです。
リーダーは身寄りのないわたしを拾って、色々と良くしてくれました。
今のわたしがあるのは、リーダーのおかげなんです」
勇者「リーダーが君を引き取って教育を施した。
だから君は物事を見ることができる」
少女「ええ」
勇者「なるほど」
少女「会でもリーダーから直々に教えてもらえるのは少数なんですよ」
勇者「ふうん?」
カツカツ カツカツ!
「おい、そこの!」
勇者(警衛兵……!)
警衛兵「止まれ!」
少女「……なんでしょうか」
警衛兵「巡回中だ。いくつか質問させてもらう。いいな?」
勇者「……」
警衛兵「お前たちはどこに住んでいる?」
少女「街の東の方に」
警衛兵「仕事は?」
少女「こまごまとしたものを売るお仕事を」
警衛兵「ふうん……もっといかがわしいものも売ってるんじゃないのか?」
少女「そんなことはありません」
警衛兵「へえ、そうかね。若いのだからずいぶん高く売れるだろうに」
少女「……」
警衛兵「まあいい。お前たちは家族か何かか?」
少女「はい」
警衛兵「おいお前、本当か?」
勇者「……はい」
警衛兵「それにしては、似てないんじゃないか?」
少女「よく言われます」
勇者(風の民と帝国民の区別がつかない人か)
警衛兵「ふうむ」
少女「すみません、急ぐのでもう行ってもよろしいですか?」
警衛兵「ならん! 何か誤魔化そうとしてないか!?」
少女「そんなことは……」
警衛兵「お前、ちょっとこっちへ来い!」グイ!
少女「っ……」
警衛兵「抵抗するな! どうせ飽きるほど抱かれてるんだろうが!」
勇者「ちょっと待ってください」ズイ
警衛兵「邪魔だ、どけ!」
勇者「俺の妹を連れて行かれては困ります」
警衛兵「うるさい、少し取り調べるだけだ!」
勇者「十六、七の娘に、それはちょっと難儀かと」スッ
警衛兵「……なんだこれは。私を買収する気か?」
勇者「いえ、ただのお気持ちです。いつも街の安全を守っていただいているお礼のね」
警衛兵「ふん……いいだろう、さっさと行け」
勇者「ありがとうございます」
・
・
・
少女「ネズミさん、さっきのはまずいです」
勇者「え?」
少女「いえ、助けていただいて感謝はしてますし賄賂はここの常識ですが、あれはちょっと多すぎです。
賄賂はことをスムーズに運ぶ半面、出しすぎると目をつけられちゃいます」
勇者「あ……そうか。軽率だった、ごめん」
勇者(とはいえ、あのまま行かせていてもあまり愉快なことにはならなかったろうけど)
少女「わたしはいいんです。
でも、ネズミさんがまた何か理由をつけてたかられちゃいますよ」
勇者「絡まれるのは勘弁願いたいな……」
少女「まあ、やってしまったものは仕方ありません。
これからはよりいっそうの注意を払ってください」
勇者「わかった」
少女「あと、こちらもすみません、勝手に家族ってことにしちゃって」
勇者「ん? ああ、そのことか。全然構わないよ」
少女「わたしみたいないやしい娘が家族だなんて、失礼でした」
勇者「そんなことはない。むしろ光栄だ」
少女「ふふ。なんですか、それ」
勇者「俺にも家族はいなかったようなものだからね」
少女「え?」
勇者「さて、次はどこを案内してもらえるのかな?」
少女「あ、え、ええ。でしたら、とりあえず街をぐるっと案内します」
勇者「頼むよ」
<どこか>
「なるほど、彼にも家族がいなかったのか」
「どうりでぼくらと同じ匂いがすると思ったよ」
「それにしても好都合だ」
「それなら利用するのはたやすいかもしれないからね」
「人の弱さにつけこむのはぼくの得意手。存分にこの掌の上で踊ってもらおう」
<翌日>
少女「おはようございます」
勇者「ああ、おはよう」
少女「本日は教会へお連れしようと思います」
勇者「教会?」
少女「ええ、そうです」
<街路>
勇者「なぜ教会?」
少女「一応独立運動の支援者に会っていただこうかと思いまして」
勇者「支援者? 教会に?」
少女「意外に思われますか?」
勇者「そりゃ……だって教会、というか帝国の国教は風の民に無理やり押し付けられたものだ。
風の民がもともと信奉していた神じゃない。
精神的な基盤をそちらに無理やりシフトすることで独立への意思をなくす。
むしろ独立とは対極にある存在だ」
少女「確かに本来風の民が信奉するのは風の精霊ですしネズミさんの言う通りですけれど、神父さまが変わり者なんです」
勇者「変わり者?」
少女「まあ、会えば分かります」
少女「それではこの道をまっすぐいけば――」
「おい」
勇者「ん?」
大男「……」
勇者(あの時の……)
少女「ああ、おはようございますアリさん」
大男「……おうよ」
勇者「アリさん?」
大男「俺の呼び名だ。文句あるか?」
勇者「いや。ただ見かけによらない可愛い名だな、と」
少女「働き者なんですよ」
大男「喧嘩売ってんなら買うぜ。リーダーにはああいわれたが、俺はお前を信用しちゃいねえ」
少女「やめてください、警衛兵が来ちゃいます」
大男「そこの路地裏にでもはいりゃわかんねえよ。
それに俺が警衛兵ごときにビビるとでもおもってんのか?」
少女「それでもやめてあげてください」
勇者「気に障ったなら謝ります」
大男「ふん……」
少女「それよりアリさん、何か用事でした?」
大男「いいや。ただよそ者にくぎ刺しとこうと思ってな。
怪しい動きをしたら即ぶっ殺す、と」
勇者「俺は南部地方のために危険を冒してやってきました」
大男「関係ねえよ。
俺はお前を信用していない、それだけだ。
じゃあなヤドリギ、せいぜい気をつけろよ」
少女「ネズミさんは悪い人じゃないですよ」
大男「どうだかな」スタスタ……
少女「気を悪くしないでくださいネズミさん。
あの人は根が真面目なんです」
勇者「疑われるのは当然だよ、気にしてない」
少女「ならいいんですけど」
勇者「あの人は会の偉い人?」
少女「ええ。会が持つ解放軍――といえるほどまだ大きくもないですが――のまとめ役です。
この街に入ってくる人間のチェックもやってますね」
「ちくわ大明神」
勇者「なるほどね」
勇者「――ん?」
「迷える子羊たちが曲がりくねった道を行く……先は奈落と知らぬまま」
勇者「……」
「いや、仮に知っていても哀れな彼らは進むことをやめることはできない。
なぜなら、他の道を知らぬからだ」
勇者「……」
「私の役目は、そんな彼らに正しい道を示し導いてやること!
さあ、そこの子羊よ、私に導かれて存分に救われるがいい!」
勇者「……」
「さあ歩け、進め、驀進せよ! ちくわ大明神さまの照らす救いの道を!」
少女「おはようございます神父さま」
神父「おはよう、かよわき娘よ!」
勇者「なんと」
少女「紹介します、ネズミさん。
こちらがこの街に唯一ある教会の神父さまです」
神父「苦しゅうないぞ子羊!」
少女「神父さま。こちらが最近会に加わったネズミさんです」
勇者「どうも」
神父「ぬ!?」
勇者「はい?」
神父「この子羊の中にただならぬ光が見える」
勇者「光?」
神父「闇を切り裂く聖なる光だ、人々を導く星の明かりだ」
勇者「それが俺の中に?」
神父「子羊はきっと苦しみの中にある人々を救い、その輝きで照らすだろう」
勇者「……」
神父「ただ一つ残念なことは、これが全てでたらめだということだ」
勇者「でしょうね」
少女「神父さま、教会にいらっしゃらなくて良いのですか?」
神父「真に迷える子羊は教会の外にいる。
まだ救いの道を知らぬものに道を教えるのも私の役目だ」
少女「なるほど」
神父「ぶっちゃけあそこは今人がいなくて暇なのだ」
少女「なるほど」
神父「ちくわ大明神さまも今日は啓示を下さらない」
勇者「国教の神に名前はないはずでは?」
神父「然り。
とはいえ同時に二柱の神を信奉してはいけない理由もない」
勇者「駄目でしょう」
神父「え、そうなの?」
勇者「いえ、俺も詳しくありませんが」
神父「まあそれはどうでもいい。私に何か用だったかね?」
少女「いえ、ネズミさんの紹介だけです」
勇者「あなたは、風の民ではありませんね」
神父「いかにも。そういう子羊も帝国民だな」
勇者「ええ」
神父「きっと子羊も私と同じだろう。
私は迷える多くの子羊たちを救いに来たのだ。
彼らは愛に飢えている」
勇者「もともとの宗教が違うのに?」
神父「強要するつもりはない。
私は風の精霊が救えなかった子羊を救う。
そして救うためならば、どんな神――ちくわ大明神だろうがなんだろうが――にだって祈ってみせる」
勇者「帝国がここに教会を置くのは、南部地方の人々を精神的に支配するためですよ?」
神父「仮にそうだとしても、私は救いの手を伸ばすことをやめない」
勇者「……」
神父「子羊には、この南部の悲鳴が聞こえるか?」
勇者「いいえ」
神父「私にも聞こえない」
勇者「え?」
神父「なぜならば、彼らは悲鳴を上げることすら許されないからだ」
勇者「……」
神父「私は子羊たちに安心して泣ける場所を与えたいと思う」
勇者「……」
神父「そのために金が必要だ。寄進せよ」スッ
勇者「……」チャリーン
神父「子羊に神の祝福あれ」
勇者「しまった思わず」
神父「馬鹿めが」
勇者「うかつ」
神父「さて、私はもう行く。
用があれば教会を訪ねるといい。
いる保証はないが」
少女「ええ、分かりました」
勇者「納得いかない」
神父「もし病気などをしたら来い。
よい医者がいるからな」
少女「ええ、彼ですね」
勇者「?」
・
・
・
少女「教会は中央から金銭的な援助を受けています。
神父さまはその資金を密かに会に流してくれているんです」
勇者「それは……とても危険じゃないのか?」
少女「……既に警衛兵に目をつけられているそうです」
勇者「ううむ。
あ、ところで話は変わるけれど、教会にいる医者ってなんだい?」
少女「ああ、それですか。
……ちょうどよかった。あれを見てもらえますか」
勇者「ん、ずいぶん立派な建物だね」
少女「病院です」
勇者「病院。へえ、意外だ。ここの医療環境はもっと困窮していると思っていたのに」
少女「あれは帝国が置いている病院なんです」
勇者「なるほど、それでしっかりしたつくりになっているのか」
少女「でも、あそこを利用する人は多くありません」
勇者「どういうこと?」
少女「あの病院に勤めている医師は、きちんとした診察をしません。
どんな病気や怪我に対しても同じ薬しか出さないんです」
勇者「……酷いな。他に病院は?」
少女「公式にはありません。
半分地下にもぐって経営している病院もあるにはありますが、そういうところは高いんです」
勇者「深刻な病気や怪我をしてしまったらどうするんだ?」
少女「諦めるしかありませんでした」
勇者「そうか……」
少女「でも、今は違うんですよ」
勇者「それが、教会の医者?」
少女「その通りです」
少女「彼は無料で人々を診てくれています。
腕もなかなかのものですよ」
勇者「無料で?
……ああそうか、中央から教会に入ってくる資金があるから」
少女「ええ。それを密かに利用しているそうです」
勇者「その医者は風の民?」
少女「そうです。独学で医療を学んだとか」
勇者「頭がいいんだね」
少女「ええ、会ったらびっくりすると思いますよ。別の意味でも」
勇者「? どういうこと?」
少女「今度教会に行ってみましょう。これは聞くより実際見てみた方がいいです」
勇者「ふうん?」
勇者「あ、ところで、ちょっといいかな」
少女「なんですか?」
勇者「ちょっとこっちへ」グイ
少女「?」
「!」タッタッタ
勇者(やっぱりだ。誰かがつけて来ていたな)
少女「ネズミさん?」
勇者(そこの路地に入って……)
勇者(陰に隠れて待ち受ければ)サッ
……タッタッタ
少女「!」
勇者「来る。静かに」
ザッ……
「どこに……」
勇者(風の民?)
少女「……」
「くそ、ここに入ったのは間違いないはず……」
勇者「ちょっと待ってて」スッ
少女「あ、ネズミさん……!」
勇者「誰かをお探しですか」
「!」
勇者「それとも俺に何か用でしょうか」
「チッ――!」クル
勇者「! 逃げるな!」
「っ……っ……」タッタッタッタ
勇者(逃げ足が早いな。土地勘もないし、このままじゃ撒かれる……)
「はあ、ひぃ……っ」
勇者(だが、体力的には……)
ドゴッ!
「ぐべっ!」ドサッ
勇者「!」
大男「……ふん」
勇者「あなたは……」
大男「こいつは裏切り者だ」
勇者「はい?」
大男「仲間を帝国に売るクソ野郎だ」ペッ
勇者「この男のことですか?」
大男「帝国は金の力で風の民を買収し、その絆を断ち切ろうとしてくる。
こいつはおおかたその誘惑に負けて下働きさせられているんだろうよ」
勇者「それで、俺たちの尾行を……」
大男「胸糞悪い……っ!」ドン!
勇者「……」
大男「……よく尾行に気づいたな?」
勇者「ええ、まあ。昔から勘だけはいいもんで」
大男「そうかよ」
「ネズミさーん!」
勇者「ヤドリギ」
少女「置いていかれては困ります……アリさんもいらっしゃったんですね」
大男「また裏切り者だ」
少女「……そうですか」
大男「俺はこいつを運ぶ。お前たちには密かに護衛をつけるが、またつけられないかもわからん。
怪我しないよう気をつけろ」
勇者「はい」
大男「俺はヤドリギに言ったんだ」
勇者「助けてくれてありがとう」
大男「チッ……」スタスタ……
少女「……」
・
・
・
少女「……仕方のないことだとは思います」
勇者「え?」
少女「彼らだって追い詰められていたんです。
そこにつけこまれれば、従うしかありません」
勇者「尾行の彼かい?」
少女「ええ。あの人のように買収されてしまった人は少なくありません」
勇者「……」
少女「彼らだって進んでわたしたちを裏切ったわけではないでしょう。
仕方のないことなんです。
暗闇に居続ければ、絶望し、目を閉じるしかないように」
勇者「……そうかもしれない」
少女「でも、彼は許されないでしょう。
解放軍によって罰を与えられ苦しむはず。
なにより同胞を裏切ったという罪悪感は、何よりも彼の心を焼くでしょう」
勇者「追いかけたのは、間違いだったかもな」
少女「いいえ、ネズミさんは悪くありません。
きっと、誰も悪くないはずです」
勇者「帝国を憎まないのかい?」
少女「それが純粋な悪意ならば憎みます。
ですが、中央だって自分たちの国を守るために必死なのではないですか?」
勇者「……」
少女「誰も悪くない……そして誰もが平等に悪い」
勇者(……聡い娘だ。もしくは優しすぎるというべきか……)
少女「すみませんネズミさん。今日の案内はここまでで許していただけますか?
少し休みたいです」
勇者「かまわないよ。こんなことがあったしね、休んで心を落ちつけるといい」
少女「ありがとうございます。代わりに明日はいいところに案内しますよ。
楽しみにしていてください」
勇者「分かった、また明日」
少女「失礼します」
勇者「――さて、俺はどうするかな」
黒衣の人影「……」
勇者「……ん?」
黒衣「……」クル スタスタ
勇者「……またスパイかな?」ダッ
黒衣「……」ササッ
勇者「? 消えた?」
――……
勇者「……おかしいな」
<翌日.近隣の村>
「ねえねえお兄ちゃん、これはなんてよむの?」
勇者「どれどれ……ああ、それは"星"だよ」
「よるのぴかぴか?」
勇者「そうそう」
「お姉ちゃん、ちがでちゃった……いたいよぅ」グスグス
少女「ああ、これなら大丈夫よ。一緒に洗いに行きましょうね」
「うん……っ」ヒック
「お兄ちゃん、おそといこう!」
「だめ! お兄ちゃんはわたしとあそぶの!」
「お姉ちゃん、こっちきて!」
勇者「ううむ」
少女「賑やかでしょう?」
勇者「こちらの体力がもつか不安になってきた」
少女「あらあら」
村女「うるさくてごめんねえ」
勇者「いえ、元気なのはよいことです」
村女「あんたたちが来てくれてうれしいよ。
あたし一人で村の子供たち全員の世話はできないから」
少女「何でも言ってくださいね」
勇者「昨日言ってたいいところってここ?」
少女「そうですよ。お気に召しませんでした?」
勇者「いや、そんなことないよ。確かにいいところだ」
ワイワイ バタバタ
勇者「子供の笑顔が見れるところって、実は結構貴重なんじゃないかな」
少女「南部では特にそうですね」
少女「村ではまだ働けない小さい子は、人が出払っている日中、世話当番の家に預けられます」
村女「けっこう体力勝負でねえ、一人で全員の面倒をみなきゃいけないんだよ。
でも時々ヤドリギちゃんが来てくれるから助かってるんだあ」
少女「わたしもここに来るのは楽しいですから」
勇者「……」
少女「どうしました?」
勇者「あ、いや。久しぶりに活気があるところに来て、なんだろう、少し感動してるんだ」
少女「なるほど」
勇者「街の空気は重苦しいからね、正直に言っちゃうと」
少女「そうですね、否定できません」
少女「とはいえ、この村だって貧しさにあえいでいます」
村女「冬を越えるのに何人か死んじゃったしねえ……」
少女「けれど、それでも人は笑えるんです。
街の人々だって、少し何かが変われば笑えるはずなんです。
きっと、そうなんです……」
勇者「……そうだね」
村女「……しんみりしちゃってるところ悪いんだけど」
少女「え、はい、なんでしょう?」
村女「あんたたちってそういう関係?」
勇者「?」
村女「変な顔しないでちょうだいよ。この娘が年頃の男を連れてくるなんて珍しいじゃないか。
いつもはあの愛想のない大男とかだし」
少女「ええと……」
勇者「ああなるほど」
村女「あんたたち結構お似合いだとあたしは思うんだけど、そこのところどうなのさ?」
少女「い、いえ、ネズミさんとは別にそういうんじゃ」
勇者(婚約者がいることは言ってもいいんだろうか)
村女「見たところあんたたちもまんざらじゃなさそうだし、試しに付き合ってみたらどう?」
少女「ど、どうしますネズミさん?」
勇者「落ちつけ。落ちつくんだ」
村女「そんな照れなくてもいいじゃないか。恥ずかしいことじゃあるまいし。
さっさと乳繰り合っちまえばいいのに」
少女「ち……って、そんな」
村女「どうだい、ネズミさんとやら。この娘、かなりのべっぴんさんだろ?
こんな綺麗な娘を好きにできるなんて最高じゃないかい?」
勇者「そうですね」
少女「ネズミさんっ」
バタン!
「大変だ!」
村女「あら隣の。どうしかした?」
「ちょっと来てくれ!」
村女「なんだいいいところだったのに」
「大変なんだよ!」
<隣の家>
子供「――」グッタリ
「昨日から風邪で具合が悪かったんだが、今日になってさらに悪化してたんだ……
そんでさっき吐き戻してから、話しかけても反応がない……」
村女「……!
――大丈夫かいあんた?」ペチペチ
「俺も頬を軽く叩いてみたけど、それも駄目だった」
勇者「ちょっと失礼」
少女「ネズミさん?」
「なんだ?」
勇者「ええと」ゴソゴソ
「ちょっと! 具合悪い奴の口に手を突っ込むな!」
子供「っ――」ゴボ
少女「!」
子供「ハァ ハァ……」ヒュー ヒュー……
勇者「多分、さっき吐き戻したってのが喉に詰まって呼吸困難に陥ってたんだ」
村女「もう大丈夫なのかい?」
勇者「呼吸は。でも、だいぶ衰弱しているように見える。
ちゃんとした医者に見せたほうが……」
「村にはいないぞ……?」
少女「なら都市まで行きましょう。教会にならばいます」
勇者「俺が背負っていきます」
村女「あたしも行くよ」
勇者「いえ、子供の番がありますのであなたは残らないと」
「俺が行く!」
少女「そうですね。急ぎましょう」
・
・
・
<都市.教会>
少年「結構弱ってたが、とりあえずもう大丈夫だ」
「本当か……よかった」
勇者「……」
少年「まあ、村があまり遠くなかったのが幸いしたな。
神サマにでも感謝しとけよ」
神父「ありがとうございますちくわ大明神さま」
少年「いやその神はやめとけ」
勇者「……驚いたな」
少年「あん?」
少女「ネズミさん、紹介します。この子が教会つきのお医者さんです。呼び名はドクター」
少年「この子、なんて子供扱いすんなよ。たいして歳も違わないくせに」
勇者「……まさか子供とは」
少年「言ったそばから」
神父「腕は本物だぞ、子供だが」
少年「てめえ……」
少女「口は少し悪いですが。子供なので」
少年「なんだ? 喧嘩ならまとめ買いすんぞ?」
勇者「君が独学で医学を学んだっていう……」
少年「そうだ。方々から医学書を集めて勉強した」
勇者「すごいな」
少年「大したことないぜ? ただ覚えて応用すりゃいいだけだからな」
少女「天才なんですよ」
少年「まあな」フフン
神父「そんな彼も昔はハナタレ小僧だった」
少年「いらん情報を足すな!」
神父「いや今もか」
少年「ちがわぁ!」
「あ、あの……子供のところへ行っても?」
少年「あ? ああ、好きにしろよ」
「ありがとうございました!」
少年「おう」
神父「感謝されるのも悪くないな、と彼は思ったそうな」
少年「ん?」
神父「背徳的な快感とともに」
少年「どこが背徳だ!」
勇者「仲がいいですね」
少女「ほほえましいです」
少年「ぶっ殺すぞ」
少年「ったく……」
勇者「不快なことを訊いて申し訳ないけど、君は孤児かい?」
少年「ああそうだぜ? 別にこの街じゃ孤児は珍しくない。
ヤドリギだってそうだしな」
勇者「どういう経緯でここで医者に?」
少年「俺はヤドリギと一緒でリーダーに拾われたクチだ。
幸い学才があったから、帝国とのつながりもあるここに預けられた。
何しろ書物を手に入れるのにそのつながりがないといけないもんでな。
まあ、駿馬の国からも来るには来るが」
勇者「なぜ医学?」
少年「そりゃお前……アレだよ」
勇者「アレ?」
少年「べ、別になんでもねえよ」
神父「年頃の男子には色々あるのだ」
勇者「なるほど」
少年「なに納得してやがる!」
少女「怪我をしている人を助けて、感謝されたのがうれしかったんですよ」
少年「お前!」
少女「わたしたちは十分に愛を与えられていません。
でも愛を与える側にもなれるんです。この子はそれに気付いたんです」
少年「そんなんじゃねえやい! 恥ずかしいこと言うな!」
神父「この返事。認めたようなものである」
少年「さっきからうるせえよ!」
勇者「君の腕前はどんなものなんだい?」
少年「ん? なんだお前。俺の技術を疑ってんのか?」
勇者「実技は机上では学べないだろう?」
少年「俺はそこらへんも天才だぜ?
道具さえそろえばそれこそ神経一本、血管一本の縫合だってやってみせる」
勇者「ふうむ」
少女「どうかしました?」
勇者「いや……」
勇者(もし知識と道具があれば、"あれ"も可能ということか)
少年「さて、用が済んだならお前たちはもうかえんな。医者が相手すんのは病人って決まってる」
少女「それもそうですね、村に戻りましょうかネズミさん」
少年「でも、ま……暇を持て余してるって時なら相手してやらないことも、なくはないぜ?」
勇者「ありがとう」
少年「……お前じゃねえよ」ボソ
少女「また来ますね」
少年「お、おう」
神父「ほほう」
少年「なんだよ!」
勇者「?」
<外>
少女「じゃあ、行きましょうか」
勇者「ああ。――ん、いや」
少女「?」
勇者「ちょっと忘れ物した。先に行っていてくれないか?」
少女「忘れ物? だったら一緒に……」
勇者「頼む、行ってくれ」
少女「? 分かりました。ではお先に」
勇者「……」
勇者「――よし、間に合った」
警衛兵「おいお前」
勇者「おや、以前お会いしましたね、何か用ですか?」
警衛兵「あの娘を逃がしたな?」
勇者「はて、なんのことですかね?」
警衛兵「とぼけるな!」
勇者「もしそうだとしても、何か問題でも?」
警衛兵「あの娘には帝国治安維持法違反の容疑がかかっている!
厳重に取り調べる必要がある!」
勇者「……」
勇者(確かに彼女は独立運動組織に参加している。
だがどうだろう、治安維持法は任意に身柄を拘束するための口実にも使われていると聞く。
ヤドリギは綺麗な娘だ。良からぬことを考えているのかもしれないな。
もしくは賄賂狙いか)
警衛兵「お前に用はない、消えろ!」スタスタ
勇者「……」スッ
警衛兵「! 邪魔する気か!?」
勇者「穏やかじゃありませんね。どうでしょう、何かつまみながら話でも」
警衛兵「いいからどけ!」
勇者(……参ったな)
警衛兵「そこをどかないと痛い目をみるぞ……」スチャ
勇者「無抵抗の市民相手に警棒を抜きますか? それはまずいでしょう」
警衛兵「市民だと? 南部民がいっぱしに人間気取りか! 笑わせるな!」
勇者「……それは思っていても言ってはいけない言葉ですよ」
警衛兵「ははは! 下賤な民が何かほざいているわ!」
勇者「……黙れ」
警衛兵「なんだ? 本当の事を言われて怒ったか?」
勇者「いいや、怒りは感じない。
これからその下賤な民にぶちのめされるご立派な警衛兵さまがかわいそうで憐みすら覚えるよ」
警衛兵「言わせておけば!」ブン!
――スカッ
勇者「おや?」
警衛兵「くっ!」ブン! ブン!
――スカ スカ
勇者「おやおや?」
警衛兵「警衛隊を馬鹿にすると後悔するぞ!?」
勇者「警衛隊を馬鹿にはしてないよ。
あなた個人をかわいそうとは思うけど」
警衛兵「このぉ!」ブン!
勇者「っと」バックステップ
勇者「……」ダダ!
警衛兵「待て!」
タッタッタッタ……
勇者(よし、路地裏に誘い込んだ)
警衛兵「この!」
勇者(一般警衛兵の装備はあの警棒だけだったはず。
致命的な傷は負わせられることはないだろうし、打撃法なしでも勝てる。
とはいえ堂々と警衛兵を傷つけるわけにもいかないし、どうしたものか……)
警衛兵「待て!」
勇者(地図はもう頭に入ってるし、このまま撒いてもいいが、そうすると可能性として彼が村まで行くことが考えられる。なら――)
タッタッタッタ……
警衛兵「はぁ、はぁ……」フラフラ
――シーン……
警衛兵「く、どこに逃げた……?」
警衛兵「……」
――……
警衛兵「く、くそ……はぁ、はぁ」フラ
――トン
勇者(ここだ! "貫拳・透"!)ビュッ!
ドゴゥッ――!
――ゴウンッ!
警衛兵「がッ!」
ドサ!
・
・
・
<壁向こう>
勇者(走り疲れた敵は壁に背をつく)
勇者(そこを狙って壁の反対側から浸透性のある打撃を加える)
勇者(確実性はだいぶ低かったけど、この手応えは成功、かな?)
勇者(この方法なら、最善とは言えないけれど警衛兵を直接傷つけたことにはならない)
勇者「……はず。いやどうだろう?」
勇者(まあやっちゃったものは仕方ない、さっさとここを離れるか)
タッタッタッタ……
<どこか>
「まさか警衛兵を叩きのめすとはね」
「手際も悪くないし、彼は武官なのかな?」
「分からないけれど、どうやら上級役人であることは間違いなさそうだ」
「引き続き監視をしておこうか」
<数日後.半地下>
男性「やあおはよう」
勇者「おはようございます」
男性「どうだい、ここにももう慣れてきたんじゃないかい?」
勇者「ええ、おかげさまで。ヤドリギの案内もとても役に立ちました」
男性「そうか、それはよかった」
勇者「今日俺が呼ばれたのは、調査結果を聞きたいからということでよろしいですね?」
男性「ああ、その通りだよ。ぜひ君の所見を聞いておきたいんだ」
勇者「了解です」
勇者「帝国中央民に南部の現実を知ってもらうための方法はまだ検討中です」
男性「そうか。で、次は?」
勇者「ええ、南部が真に独立するための方策を考えてみました。
これからそれについてお話します」
男性「頼むよ」
勇者(さて、ここでは信用を得るために考えたことを正直に言っておこう)
勇者「現状を確認しておきましょう。
帝国が南部を支配する方法として、傀儡の議会と産業の掌握があります。
南部を政治面、経済面の両方から支配しているということです」
男性「その二つだけじゃないけれど、支配のための最も重要な要素だね」
勇者「ええ。ですから、まずは南部民の意思をしっかりと代弁した政治機構を作る必要があります。
方法としてまずは選挙による方法が挙げられますが、これは当てにしない方がいいでしょう」
男性「一定以上の税を払わないと議員に立候補できない仕組みだからね。
そうなると帝国に媚を売っている人間しか議会に入れないことになる。
会のメンバーを議会に押し込むのは極めて難しい」
勇者「会の資金を回すこともできますが、警衛兵に目をつけられる危険を考えるとよした方がいいでしょう」
男性「ああ」
勇者「次に考えられる手段としては抗議運動です」
男性「それは?」
勇者「集団の力を利用して、選挙のルールを変えるんです。
その仕組みが不平等ならば、平等になるよう働きかければいい」
男性「具体的な活動としては?」
勇者「集団で議会に訴えかけるだけでも、多少は効果があるでしょう。
他には農園の労働を一斉に休んでしまっても抗議の意を示すことにはなるはずです。
もちろんリスクはありますが」
男性「なるほど、結構シンプルなんだね」
勇者「ただしこのとき注意しなければならないのは、暴力を決して使わないことです」
男性「というと?」
勇者「そうなると警衛兵ほか治安維持勢力に、武力鎮圧の大義名分を与えてしまうからです」
男性「武力を使って議会を掌握する方法もあると思うけど」
勇者「もちろんその通りです。
しかし、それは抗議運動とは別にして考える必要があるでしょうし、やるにしても最後の手段にすべきです」
男性「……騎士軍か」
勇者「ええ。最終的には彼らが出てくることになるでしょう。そうなれば会に勝ち目はない」
男性「……」
男性「騎士軍は相手にとっても最後の手段だ。そう簡単には使わないんじゃないかな」
勇者「南部の未来がかかっています。そう考えれば無慮に決定するわけにはいきません」
男性「勝ち目があればいいんだね?」
勇者「え?」
男性「……」
勇者(……なんだ?)
男性「続けて」
勇者「……ええ。
では次に経済面ですが、こちらは政治面をクリアしてからの話になります。
先に政治面で独立が達成されなければならない問題が多いので」
男性「ふむ」
勇者「その前提で、ですが、南部で完結したものづくりの仕組みを作るべきです。
原料を自分たちで加工する技術が手に入れば、帝国に依存せずにすみます」
男性「そうだね。それについては手は打ってある。
手始めに紡績機と塩を仕入れてみた」
勇者「……どこから?」
男性「言えない。でも想像はつくだろう?」
勇者「……」
男性「これで終わり?」
勇者「ええ」
男性「そうかありがとう。実は今夜、会の秘密集会がある。
君は現在それに参加する権利はないけれど、今聞いたことは皆に説明するよ」
勇者「分かりました」
男性「じゃあ悪いけど、もう下がってくれ」
勇者「ええ、それでは」
・
・
・
勇者(紡績機と塩の仕入れ先……か。
考えられるのは――)
勇者「隣国……駿馬駆ける国、か」
<集会>
男性「――以上が彼の所見だ。
何か質問は?」
――……
男性「なければこれで集会を終了する。解散」
ザワザワ ザワザワ……
男性「……アリ、ヤドリギ、ドクターはちょっとこっちに来てくれ」
大男「なんでしょうリーダー」
少年「手短に頼むぜ。俺はねむてーよ」
少女「……」
男性「すまないね、そんなに長くはならないよ。
……実は"巨人"と"薬"が手に入った」
大男「!」
男性「今は倉庫に隠してある」
大男「数は?」
男性「十分に」
大男「そうですか」ニヤ
少年「……」
男性「次にドクター。例の道具は揃ったよ」
少年「……そうかよ」
男性「あとは君の覚悟だけだ」
少年「……ちょっと考えさせてくれ」
男性「返事は早めにね」
男性「最後にヤドリギ」
少女「……なんでしょう」
男性「後で部屋に来なさい。それだけだ」
少女「はい……」
男性「それじゃ、今度こそ解散だ」
・
・
・
「呼んだ理由は分かっているね?」
「……」チュプ ペチャ……
「もちろんこれのためもあったけれど」クス
「……」クチュ レロ……
「僕は――そろそろ事態を動かそうと思う」
「……!」
「ほら、やめないで」ナデナデ
「……」ムチュ ヌル……
「とはいってもこちらから仕掛けるわけじゃない。
これから起こるのは不幸な事故だ。
ただそれだけのことなんだ」
「……」チュパ ヌロ……
「楽しみだろう? 僕もだ。
……さて、そろそろだよ」
「っ……」ゴポ……
「ふふ。愛しているよ、ヤドリギ」
<夜.隠れ家>
ザァァァ――……
勇者「……降ってきたな」
勇者「……」
勇者(そろそろ、魔王城を出てから二週間になるか)
勇者(あれから問題解決のためにいろいろ調べ回ったつもりだけど、上手くいっているのだろうか。
余計なことをして、変に事態をややこしくしている可能性もある。
……だが、だからといって、逃げ出すわけにもいかない)
勇者「粘るしか、ないよな……」
コンコン……
勇者「?」
勇者「……誰だ?」
『……ヤドリギです』
勇者「ちょっと待ってて」
――ガチャ
少女「……」
勇者「! びしょ濡れじゃないか……一体どうしたんだ?」
少女「……」
勇者「? とにかく中に入ってくれ」
・
・
・
勇者「……やっぱり俺の服じゃ大きかったね。
とはいえそれしかないから我慢してほしい」
少女「ええ……」
勇者「さて……」
少女「……」
勇者「何かあった?」
少女「……」
勇者「もしよければ聞くよ」
少女「……あの」
勇者「うん」
少女「……」
勇者「ゆっくりでいいよ。何から話してもいい」
少女「ごめんなさい……」
勇者「謝ることないさ」
少女「……闇に光を見ることはできますか?」
勇者「え?」
少女「常闇に、光が輝く瞬間はあるでしょうか……?」
勇者「……」
勇者「それは、どういう?」
少女「いつも祈ってました。
誰か、私たちを救ってくださいって」
勇者「……」
少女「……そんな奇跡、起こるはずなんて、ないのに」
勇者「……そんなことは」
少女「ない、と断言できますか?」
勇者「……」
少女「中央で恵まれた生活をしてきたあなたに、断言することができますか?」
勇者「……」
少女「あなたには帰れる場所があります。わたしたちとは根本的に違います。
わたしたちは逃げられません」
勇者「……」
少女「……変なこと言ってごめんなさい」
勇者「……いいや」
少女「わたし、ちょっと疲れてるんです。
やっぱり帰りますね」
勇者「目は閉じない方がいい」
少女「え……?」
勇者「さっき暗闇に光を見ることができるか、と聞いたね。
君の言う通り、見える、とは簡単に断言できない。
ただ、それでも目は閉じない方がいいとは思う」
勇者「夜の闇は、人の気持ちを沈降させ眠りに誘う。
疲れてしまったのなら、少し眠るのもいいかもしれない。
でも、できることなら目は見開いていた方がいい。
一瞬の光でもいい。見ることができるかもしれないから」
少女「……」
勇者「奇跡が起こるなんて言いきれない。それでもそれを待ち構えることはできる」
少女「……」
勇者「人間はね、手を伸ばせる範囲内でしか何かを変えることはできないんだ。
だって手は、届くところにしか届かないしね」
少女「……」
勇者「でも、だったら手を伸ばせる範囲ではあがいていた方がきっといい。
だから、目は見開いていた方がいいと思う」
少女「……綺麗事です」
勇者「だろうね」
少女「ですが……わたしには兄がいました」
勇者「そうなの?」
少女「ええ。数年前に死んでしまいましたが」
勇者「……」
少女「その兄も言っていました。
例え暗闇であっても、目は見開いておきなさいって。
閉じているよりはきっといいって」
勇者「……そうか」
少女「ええ……」
少女「……」
勇者「……」
少女「あの」
勇者「ん?」
少女「そっちいっても……いいですか?」
勇者「……どういうこと?」
少女「ほんの、少しの間だけでいいですから」スク
ギシ ギシ……ギュッ
少女「少しの間だけ、胸を貸してください」
勇者「……」
少女「……そして、あの」
勇者「……?」
少女「わたし、ネズミさんのこと、嫌いじゃないので、その……」
勇者「……」
少女「わたしと――」
勇者「俺は」
少女「え?」
勇者「俺は、君の敵に当たる人物だ」
少女「確かにネズミさんは中央の役人さんだそうですが、でも」
勇者「いや……俺は、本当は君たちを苦しめている帝国のトップなんだ」
少女「……?」
勇者「わからないかな。俺は皇帝……じゃないけど、現在それと同じ地位にある者なんだよ」
少女「!?」
勇者「分かったかい? 俺はこの搾取の仕組みを作りだしたわけじゃない。
でも、最高権力者であることは事実だ。問題を先送りにしたのも事実だ。
すなわち、君たちが苦しんでいる原因は俺にあると言っても過言じゃない」
少女「……そん、な」
勇者「だましていて、ごめん」
少女「で、でも……信じられません。
そんなお人がなぜここに?
い、いえ、そんなことより皇帝の地位にあるってどういうことです?
皇帝陛下はまだご存命では?」
勇者「皇帝陛下まわりの事は言えないな。事情が込み入ってる。
なぜここに来たか。そっちの答えは、問題を解決するため、だ」
少女「問題を解決……?」
勇者「あえてそういう言い方をしたのは、単に南部に独立させるために来たわけではないということだよ」
少女「……」
勇者「独立計画を頓挫させることも視野に入れていた。そういうことだ」
少女「!」
少女「う、嘘です……」
勇者「残念ながら、本当だ」
少女「ひどい……こんな、こんな……」
勇者「……」
少女「……」
勇者「……俺から離れた方がいい」
少女「それは、いやです」ギュゥ
勇者「君をだましていた」
少女「……ネズミさんは悪意をもって人をだますような人じゃありません」
勇者「……」
少女「それに仮にそうだとしても、敵陣の真っただ中とも言える場所で正体を暴露するなんて、変です。
ネズミさんは、何か考えがあって嘘をついていたんでしょう?」
勇者「君は……本当に聡いな」
少女「やっぱりそうなんですね!?
ならばきっと、わたしたちを救うために……!」
勇者「それは、どうだろうな」
少女「……わたしは、信じていますから」
勇者「……」
少女「あ……いえ、でも……」
勇者「……?」
少女「もう、手遅れですね……」
勇者「え?」
少女「近いうちに……事態が動きます」
勇者「事態が動く……?」
少女「……」
少女「……やっぱり、その、わたしとは無理ですよね」
勇者「それは……ごめん」
少女「きっとお付き合いしている素敵な人がいるんでしょう。
ふふ……わたしって馬鹿だなあ……」
勇者「……」
少女「……帰ります」
勇者「送っていくよ」
少女「結構です」
勇者「でも……」
少女「大丈夫ですから」スッ
勇者(……触れ合っていたところのぬくもりが消える……
これじゃあまるで……)
――何かの別れのようじゃないか
少女「また、明日」
勇者「……ああ」
少女「それじゃあ……」
ガチャ バタン……
勇者「……」
――ザァァァ……
<路地裏>
――ザァァァァァァ……
神父「――」
――ピチョン ピチョン……
<どこか>
「……もう後戻りはできないね」
「岩は、山頂から転がり始めた……うねりは堰を押し流した」
「あとは終わるまでは止まらない。止める気もない」
「全て、きれいさっぱり壊してしまおう」
「それだけが、ぼくの望みだ」
<隠れ家>
勇者「え……?」
大男「……」
勇者「今、なんて……」
大男「二度も言わせるな」
勇者「でも、そんなまさか……」
大男「事実だ」
勇者「……」
大男「死んだんだよ、あの神父はな」
勇者「……」
大男「いや、殺されたんだ」
勇者「誰に?」
大男「あの帝国の犬どもだ」
勇者「警衛兵……」
大男「神父の死体は路地裏で見つかった。
全身を硬いもので打ちすえられた形跡があった。
だが、最終的に死因となったは、鋭利な刃物によって胸につけられた傷だそうだ」
勇者「つまり……」
大男「そうだ、そのクソ野郎は散々いたぶった上でとどめを刺しやがったってことだ……っ」
勇者「なぜそんなことに?」
大男「二人が激しく口論をして路地裏に入っていったところを人が見ていたらしい。
で、出てきたのは警衛兵だけだったと。その路地はそこしか入口はない。
覚えてるか? 俺がお前と最初に会ったあそこだ」
勇者「そうですか……それじゃあ、トラブルを起こして警衛兵がやったので間違いありませんね」
大男「くそっ、あの野郎どもめ! きっと俺たち南部民の命なんぞ何とも思ってないんだろうよ!
事実あいつらはこの件を住民同士のいざこざってことで片付けようとしてやがる……!」
勇者「これからどうするんです?」
大男「すぐに集会だ」
勇者「俺はやはり出席できませんよね」
大男「悪いがな」
勇者「……ところでヤドリギは? なぜ彼女じゃなくてあなたが」
大男「あいつはリーダーに呼ばれてる」
勇者「そうですか」
勇者(昨夜のことは、どう思っているんだろうか)
大男「伝えることは伝えたから、俺は行くぜ。お前も気をつけな」
勇者「心配してくれるんですね」
大男「ああん!? 何か変かよ!?」
勇者「そんなにムキにならなくても……。ありがとうございます」
大男「ふん、じゃあな」
勇者(神父さんが、殺された)
勇者(犯人は警衛兵、らしい)
勇者「だが、そうすると少し違和感が……なくもないな」
勇者「……」
『近いうちに……事態が動きます』
勇者「……」
<集会>
男性「――以上だ」
「神父さんが……」
「あいつら、なんてことを……」
男性「……」
「ちくしょう、俺たちの仲間を殺しやがって!」
「そんなに俺たちが自由になりたがるのが気に食わないのか!」
「復讐だ! 今こそ闘うときだ!」
男性「落ちつくんだみんな」
「でも!」
男性「今は、神父さまに神の御国での幸福があるように祈ろうじゃないか」
「……」
男性「何事にも順番がある。
神父さまのご遺体はこちらにあるし、まずは彼の葬儀を行わなければならない」
「それは、確かに」
男性「明日、早速執り行う。
みんなも参加してほしい」
「もちろんです」
男性「その方が神父さまも喜ぶだろう。
独立運動の一環でもあるけれど」
「どういうことですか?」
男性「労働よりも葬儀を優先するんだ。
帝国の横暴に屈せず、それに抗っていることを間接的に示す」
「……」
男性「だから、明日の葬儀はそれ以上の意味合いを持つことになる。
参加する場合は覚悟してきてくれ」
「分かったぜ!」
男性「よしじゃあ、解散だ」
・
・
・
少年「……」
男性「やあドクター。……君にはつらい出来事だったね」
少年「……」
男性「彼らに復讐したいとは思わないかい?」
少年「それは……」
男性「君にはその手段がある。それを使うことをとがめられる人間なんていないさ」
少年「……」
男性「神父さまの仇をとろう」
少年「でもよ……!」
男性「君はまだ迷っているのかい?」
男性「じゃあ、そうだなあこうしよう」
少年「……?」
男性「君はヤドリギのことが好きだろう?」
少年「そ、それは」
男性「隠すことはないさ。素敵なことじゃないか」
少年「……」
男性「で、だ。もし僕に協力してくれたら、彼女を君にあげよう」
少年「……なに?」
男性「ヤドリギを君のものにしていい。そう言っているんだ」
少年「あげる……ってどういうことだ?」
男性「彼女は僕のものだからね。
そう、僕の所有物さ」
少年「何を、言っている?」
男性「僕は彼女を愛してるから、本当は手放したくないけれど。
でも、目的のためには手段は選べない。
どうかな?」
少年「……」
男性「今回は考える時間はないんだ。この場で決めてほしい」
少年「っ……」
男性「さあ、ヤドリギを君のものにするんだ」
少年「お、俺……俺は……」
・
・
・
<翌日.警衛隊事務所>
警衛兵「隊長!」
警衛隊長「どうした」
警衛兵「住民らに怪しい動きあり!」
警衛隊長「まさか……!」
警衛兵「いえ、暴動などではありません!
ただ、行列をなして街を練り歩いています!」
警衛隊長「なんだそれは?」
警衛兵「まだ、分かりません!
ですが、何かしら対策をとった方がよいかと……!」
警衛隊長「ううむ、そうだな。警衛隊を動かすぞ!」
警衛兵「はっ!」
<街路>
「……神父さまに御国での安息がありますように」
「……安らかにお眠りください」
警衛幹部「ええい、止まれ止まれ!」
「警衛隊だ……!」
警衛幹部「お前たち一体何のつもりだ!?」
「神父さまの葬儀を行っているのです」
警衛幹部「なんだと! それはならん!
かの神父には帝国治安維持法違反の容疑がかかっていた!」
「ですがお優しい方でした」
警衛幹部「駄目なものは駄目なのだ!
さっさと解散せんか!」
「俺たちは死者を悼むことすら許されないのか……!」
「あまりに横暴すぎる……!」
警衛幹部「何か言ったか?」
「……」
警衛幹部「ふん、臆病者どもめ!
言うことがなければさっさと散るがいい!」
「……っ」
「やめろ、リーダーは手を出すなと言っていた……」
警衛幹部「手を出すな? 馬鹿を言え、手を出す度胸などない、の間違いだろう!」
「……それでは私たちは葬儀の続きを」
警衛幹部「ならんと言っておろうが!」バキィ!
「っ……!」ドサ
ザワザワザワ……
警衛幹部「なんだ、どうした?
これぐらい大したことはないだろう?」
「この……!」
警衛幹部「南部民はおとなしく我らに従っておればよいのだ!」
「ふざけるな」ダッ!
警衛幹部「ふん!」ブン!
ガスッ! ドサァ……
「! もう我慢できるか! 俺はやる!」
「俺もだ!」
「もう、たくさんです!」
「後悔させてやる!」
警衛幹部「はは! 後悔するのはお前たちだ!
治安維持法違反でお前たち全員逮捕してやる!」
<隠れ家>
――ォォォォオオオオオオ!
勇者「な、なんだ?」
<どこか>
「ついに、始まった」
「張り詰めた弦が爪弾かれた」
「さて、奏でるのはどんな音かな?」
「とびきりおぞましいものがいい」
「聞けばもう二度と忘れられぬくらいに……」
「ふふふ……」
「――あはははははは!」
「……その中で彼は、さてどう動くのだろうね?」
<街路>
「駄目だ、かなわねえ!」
警衛幹部「ふははは、逃げろ逃げろ!
どうせこんな小さな騒動は揉み消せる!
お前たちは存分にやれ!」
警衛兵「はっ!」
警衛幹部「ふふ、見せしめにはいい機会だな。
もう変に逆らうことなどできないくらいに――」
――ズン……!
警衛幹部「ん、なんだ?」
――ギャアアアアアアア!
警衛幹部「!?」
警衛兵「幹部! ば、化け物が現れました!」
警衛幹部「化け物……?」
警衛兵「きょ、巨大な……」
警衛幹部「な、何を言っているのだ!?」
「フシュー……」
警衛幹部「! な、な……!?」
巨人「ガアアアアアアアッ!」
警衛幹部「なんだあれは!?」
大男「巨人族、って知ってるか?」
警衛幹部「ど、どこから現れた!?
い、いやお前は何者だ!?」
大男「そいつらは魔族の一種でね、身の丈人間の二倍程、特別力持ちだ。
魔界と北西で接している駿馬の国は、そいつらを捕まえて利用することができるそうだぜ?」
警衛幹部「お、お前あいつを何とかしろ! これは命令だ!」
大男「さあて……」
警衛幹部「早くしろ!」
大男「しかたねえな。おーいお前、こっち来い」
警衛幹部「な!?」
巨人「……」ズン ズン……!
警衛幹部「う、うわあ!」ダッ
大男「……巨人と接するのに大事なことがいくつかあってな」
巨人「ッ――!」ダンッ!
ドガァッ! ……ブシャ!
大男「理性をなくした奴に背中を見せると、襲われちまうんだと」
警衛幹部「――」
大男「もう聞こえちゃいねえか。巨人の拳の味はどうだった? ははっ」
「ガアアアアアア!」
警衛兵「ひっ……て、撤退――」
カッ――!
警衛兵「ッ!」
ドゴオオオオオオオオッ!
警衛兵「うっ……こ、これは……血陣魔術!?」
<警衛隊事務所>
警衛兵「た、大変です隊長!」
警衛隊長「どうした!?」
警衛兵「街のあちこちに化け物が!」
警衛隊長「なに!?」
警衛兵「それと、血陣魔術を行使する住民が!」
警衛隊長「馬鹿な! あれは血で魔方陣を描画しなければならない!
南部民にそんな知識があるはずなど……」
警衛兵「そ、それが……彼らは魔方陣無しで魔術を……」
警衛隊長「!?」
警衛兵「誓って見間違いなどではありません!」
警衛隊長「……」
警衛隊長(き、聞いたことはある……
帝国が、魔方陣無しで魔術を使う"魔術士"と呼ばれる輩を作り出そうとしていると。
だが、なぜ一般市民が!?)
警衛兵「隊長、どういたしましょう!?」
警衛隊長「うろたえるな! 今――」
カッ――!
警衛隊長「ひっ!」
ドゴォっ! ガラガラガラガラ……
警衛隊長「ぎゃ――ッ!」
ズズン……
・
・
・
勇者「い、一体何が起こっているんだ……? 血陣魔術が使われているのか?」
勇者「! ヤドリギは!?」
巨人「!」ギロ!
勇者「な!? あ、あれは巨人族!?」
巨人「フシュー……」ズン ズン……!
勇者「くっ!」クル ダッ!
巨人「ッ!」ズダン!
勇者「!?」サッ
ズガン――!
勇者(なんだ? 急に襲ってきた?)
巨人「フー、フー……」
勇者(背中を見せてはまずい、ということか?)ジリ……
巨人「グオオオオオオオ!」
勇者(巨人族にしては様子がおかしい。
こんな理性の欠片もないような奴らじゃないはずなのに……)
「こいつらには"薬"を打ってあるからな」
勇者「アリさん!」
大男「駿馬駆ける国は薬学大国だ。
彼らは魔界から巨人種族を捕まえて、薬で理性を失わせ調教する術を持っている。
使う際にも同じ薬を打つことによって思い通りに操ることができるんだぜ?
まあそれ以外にも超速効性の筋力増強剤なんかも打ってあるけどよ」
勇者「何を言っているのか分かりません」
大男「俺たちの独立が目の前ってことだよ!」
巨人「ガアアアアアアッ!」
警衛兵「ひ、ひぃ!」
大男「こんなところにもいやがったか、やれ!」
巨人「ギッ!」ダンッ!
警衛兵「うわぁっ!」
巨人「ガァッ!」ブオン!
勇者「"貫拳"!」パァンッ!
巨人「っ……」スカッ
警衛兵「ひ、ひぇ……」ダダッ!
大男「……何をするんだ、逃がしちまったじゃねえか」
勇者「何をするはこっちの台詞です。あなたは一体何をしようとしたんですか」
大男「見ての通りだ。復讐だよ」
勇者「復讐……?」
大男「神父のための復讐だ、俺たちを虐げたことへの復讐だ!」
勇者「……」
勇者「それは……」
大男「ん?」
勇者「それは子供を死なせてしまってまでも成すべきことなのですか?」
大男「何を言っている?」
勇者「……」チラ
子供「――」
勇者「……死んでますね」
大男「……死んでるな」
勇者「風の民です。
彼はこの騒動の意味を理解して死んだのでしょうか。
訳も分からず巻き込まれてしまったのでは?」
大男「だが! それは仕方のないことだ! 俺たちには犠牲を払ってでもなすべきことがある!」
勇者「間違っている、なんて断言はできません。
でも、間違っていると思う、とは断言します」
大男「邪魔するんだな?」
勇者「俺はこの騒動を止めます」
大男「お前のことは嫌いじゃなくなってきていたところだったが……ふん。
――やれ!」
巨人「ギッ!」ダン!
勇者「……」スッ……
巨人「グオオ!」ブオン!
勇者「っ……」サッ!
ズガン――!
勇者(拳で地面が、えぐれた……なんて威力だ……!
まともにやりあったら、負ける!)
巨人「ウオオォォォォ!」
勇者「くっ……」ビリビリビリ……
勇者(体力・筋力・質量・精神力、そのどれもが必要量に届かない……
これは手の届く範囲の外……!)
巨人「ガァァァ!」ブオンブオンブオン!
ズガガガガガガ!
勇者「くそっ!」バックステップ
大男「逃がすな!」
巨人「ッ!」ダンッ!
勇者(踏み込みも速い!)
勇者(……だがこっちが踏み込む手間もない)
巨人「アアアアアア!」ブン!
勇者(引きつけて――)
スカッ――!
勇者(懐に入った!)
勇者「喰らえ"崩け――"」
――ドクン!
勇者「っ!」
ズキズキズキィ!
勇者「が、ああッ!」
勇者(やはり、崩拳は、無茶だった……っ)
大男「はっ、どうした!? ――やっちまえ!」
巨人「ギッ!」ブオン!
勇者「ッ!!」ドゴゥッ!
――ダン! ズザアアア……
勇者「がはッ! ゴボッ……」ビチャビチャ……
大男「いいざまだなネズミィ!」
勇者「ガボッ……くっ……」
大男「……とどめだ」
巨人「ガアッ!」ビュッ!
勇者(ここまでか……)
――ヒュッ! ヒュッ!
大男「ぐっ!?」トス
巨人「ガ!?」トス
勇者(……なんだ? 弓射?)
大男「カフッ――」ドサ
巨人「グオオ……」キョロキョロ
「大丈夫ですか勇者さま!?」
勇者(あの……黒衣の……)
黒衣「あの大男は仕留めましたが巨人族は止められません!
離脱します!」
勇者(誰、だ……?)
黒衣「"行け"!」
――ピシュン!
・
・
・
◆◇◆◇◆
その日、南部地方が独立を宣言した。
そして、一人の男の奮闘むなしく、事態は緊迫の局面に突入する。
◆◇◆◇◆
・
・
・
<数日後.魔王城.医務室>
勇者「――ううん……」
剣士「!」
メイド「勇者さま!」
勇者「……ここ、は?」
魔王「魔王城ですよ」
勇者「俺は……」
コボルト魔術兵「私がお連れしました」
勇者「君、は……?」
コボルト魔術兵「魔王さまの命によりあなたを監視しておりました」
勇者「そう、か……黒衣の……」
コボルト魔術兵「ええ」
魔王「すみません、勇者さんを信用してなかったわけではないんですが。
それでも念のため、と思いまして」
勇者「いや、いい……助かった……」
剣士「……勇者」
勇者「剣士……俺……」
剣士「怪我が酷いそうよ。今は喋らないで」
勇者「ああ……」
メイド「勇者さまぁ……」グス
魔王「そのままで聞いてください。
僕たちは彼から大体の流れを確認しました」
コボルト魔術兵「失礼ながら監視結果を全て報告させていただきましたよ」
魔王「大変でしたね、勇者さん……」
勇者「……」
魔王「南部は今、警衛隊を追い出して一時的に帝国の支配下から外れています。
独立、ですね」
勇者「!」
魔王「あれから二日がたっているんですよ」
メイド「その間、勇者さまはずっと気を失ったままで……」グスグス
剣士「元帥は隣国がこの期に攻め込んでくることを警戒して、騎士軍を出すことを決めたわ」
勇者「……」
剣士「南部は巨人と薬、そして魔術士によって大幅に戦力を強化しているけど、きっと負けるでしょうね。
隣国の支援があっても同じ」
勇者「……」
剣士「南部は、もう終わりよ」
勇者「っ……」
勇者「そんな……」
剣士「残念だけど……」
勇者「そんな……の!」ググ
メイド「起きちゃだめです!」
勇者「そんなの、は……!」
魔王「……」
勇者「認めて……たまる、か……がふっ!」ビチャ
剣士「勇者!」
勇者「あそこには、妹が……」ゼイ ゼイ……
メイド「妹ですの……?」
剣士「あなた、以前家族のことは覚えていないって……」
勇者「血は、つながって、いない……出会って、さほども、たっていない……でも、妹だ」
魔王「風の民の少女ですか」
勇者「……そう、だ」
剣士「ヤドリギとかいう?」
勇者「そう、だ……!」
勇者「彼女は、待っている……奇跡が起こるのを……
だからこんな、終わり、認めるものか……!」ギシ
メイド「た、立とうなんて無茶ですわ!」
勇者「うるさいっ……」
メイド「っ……!」ビク
勇者「駄目だろうがなんだろうが、俺が覆す……俺がこんな終わりを否定する……!」
魔王「……」
メイド「ゆ、勇者さまぁ」アワアワ
勇者「俺、だけでも、俺一人でも――」
剣士「馬鹿!」パァン!
勇者「っ……!」
魔王・メイド「!」
勇者「つっ……剣士……?」
剣士「勇者、あなた全能の神にでもなったつもり?」
勇者「……」
剣士「違うでしょう、あなたはただの人間よ。
ちょっと限界を超えた程度のね。
そんなのでこの事態を何とかできると思ってるの?」
勇者「でも」
剣士「あなたいつも言ってるじゃない、手の届く範囲でしか物事は動かせないって」
勇者「それでも……!」
剣士「無理よ」
勇者「そんなことはっ……!」
剣士「一つ聞くわ」
勇者「……?」
剣士「わたしたちは、あなたの何?」
勇者「え……?」
剣士「ハァ……あなた人よりできることがちょっと多いからって、それはないんじゃないの?」
勇者「それは、どういう……?」
剣士「あなたにだって不可能はあるの。何でもかんでもできるわけじゃないの。
そんなことも忘れたの?」
勇者「……」
剣士「一人で抱え込みすぎなのよ。まったくありがちね。
もったいぶらずに言うわ。わたしたちを頼りなさい」
勇者「え?」
魔王「ぼくは前にも言いましたよね。
もし駄目だと思ったときは、ぼくたちを頼ってくださいと」
勇者「あ……」
魔王「勇者さんは何でもできますから、無理なこととそうでないことの見切りができないのかもしれませんねえ」クス
勇者「……」
魔王「ぼくたちが一緒に手を伸ばします。四人でならば、きっとつかめます」
剣士「そのためならば、わたしは今一度剣を取るわ」
勇者「……!」
剣士「念のためもう一度聞くわよ。わたしたちはあなたの何? 言ってみなさい」
勇者「ああ――」
勇者「最高の、家族だ……!」
・
・
・
魔王「では、元帥さんへはぼくが話を通しておきます」
剣士「騎士軍を引っ込めることはないでしょうから、せいぜい少し待ってもらう程度だろうけどね」
魔王「その間に全ての決着をつけます。
――では駿馬の国はぼくが」
剣士「わたしは南部を」
メイド「……わたくしはどうしましょう?」
魔王「ぼくの方へきてほしいです。
もしかしたらメイドさんの力が必要になるかもしれないですから」
メイド「……」
剣士「どうかした?」
メイド「……いえ、かしこまりました」
勇者「みんな、すまない……」
剣士「あなたは怪我が治るまで安静にね」
勇者「ああ……でも、すぐに、追いつく」
魔王「それまでに舞台を整えておきます」
剣士「待ってて」
メイド「……」
魔王「では、行きましょうか」
剣士「行ってくるわ勇者」
勇者「ああ……」
メイド「勇者さま」
勇者「……ん?」
メイド「今までありがとうございました。楽しかったです。
魔王さまへと同等の、変わらぬ忠誠をあなたに」ペコリ
勇者「え……?」
<魔王城.廊下>
剣士「さっきのは何?」
メイド「……魔王さま、先に行っていてもらえますか?」
魔王「え?」
メイド「お願いします。剣士に話があるんです」
魔王「……そうですか? 分かりました」スタスタ
剣士「……で、私に話って何?」
メイド「剣士」ジワ
剣士「えっ、な、なに?」
メイド「勇者さまを、よろしくお願いいたします」ペコリ
剣士「……どういうこと?」
メイド「わたくし、今日をもって勇者さまを追うのをやめますわ……」グス
剣士「……え?」
メイド「わたくしは、勇者さまの力になることができませんでした。
それでむざむざあの人に怪我を」
剣士「それってわたしも同じだけれど……」
メイド「先ほど勇者さまが、一人でも闘うと声を荒げたとき」
剣士「……」
メイド「剣士はあの人をいさめることができました。
魔王さまもそれは同じ。
わたくしにはできませんでした……」
剣士「そんなの」
メイド「たいしたことではないと?
わたくしも、もちろんあの家族の一員ですわ。
でも、分かってしまいましたの。わたくしにはあの人の隣にいる資格はないと」
剣士「……そんなに難しく考えることかしら」
メイド「わたくしの気持ちの問題なんです。
それに……あなたたちは近いうちに結婚してしまうではないですか……!」
剣士「……」
メイド「ここが引きどきです」
剣士「あなたはそれでいいの?」
メイド「ええ」
剣士「……大丈夫?」
メイド「心配してくれるんですの……?」
剣士「親友だからね」
メイド「……ふふ。ありがとうございます、剣士」
・
・
・
「魔王さまー!」
魔王「ん?」
メイド「すみません、話は終わりました」
魔王「そうですか。じゃあ出発の用意をしましょう。
きっと長丁場に――」
メイド「魔王さま」
魔王「なんですか?」
メイド「がんばりましょうね」
魔王「ええ、もちろんですよ」
メイド「それと、よろしくお願いします」
魔王「? こちらこそ」
<南部>
「ここまではシナリオ通りかな」
「もう少し事態が進めば、おのずと僕の望むとおりになる……」
「……」
「おや、ヤドリギじゃないか。
どうしたんだい、君はもうドクターのものだろう?」
「……」
「もしかしてドクターじゃ満足できなかったのかい?」
「……」
「沈黙は肯定と受け取るよ。ふふ。
じゃあ、いつも通りかわいがってあげよう。
僕に身をゆだねなさい」
「っ……」
「ふふふ……いい子だ」
<翌日.魔界と駿馬の国の境にある村の宿にて>
仮面人「……」
「……」
仮面人「……お初にお目にかかる、駿馬駆ける国の交渉役殿。
我輩は魔王さま直属の交渉役、仮面人と申す。
本日は急な会談に応じて頂きありがたく思う」
駿馬の国交渉役「いえ、こちらこそ光栄ですよ。
人間界と魔界の休戦協定以来初の会談の相手に我が国を選んで頂き、うれしく思います」
仮面人「このような小さい部屋しか用意できずに申し訳ないな」
交渉役「お気づかいなく」
交渉役「さて、早速ですが本題に入りましょうか」
仮面人「うむ。まずはこちらから失礼する。
この資料を見ていただきたい」
交渉役「ふむ……」
仮面人「魔界の一氏族、巨人族の行方不明者数だ」
交渉役「ずいぶん多いですね」
仮面人「ああ、これは何者かの手による誘拐ではないかと我輩らは考えている」
交渉役「誘拐、ですか?」
仮面人「そうだ。そちらの国に心当たりはないか?」
交渉役「さて……これといってありませんな」シレ
仮面人「ほう……」
交渉役「こちらでもそれについては調査いたしましょう」
仮面人「……頼む」
交渉役「そちらからの話はそれで全部ですか?」
仮面人「まだあるが、次はそちらのを聞こうではないか」
交渉役「ではお言葉に甘えまして。
仮面人殿は、帝国の南部地方が先日独立を果たしたのはご存知ですかな?」
仮面人「話だけなら」
交渉役「周辺諸国では、帝国の威信に陰りが見え始めたと騒がれています」
仮面人「それで?」
交渉役「帝国はこの世界の要です。
その大国が揺れているとなっては、広域に影響を与えてしまいます」
仮面人「申し訳ない。話が見えないのだが」
交渉役「つまりですね」
交渉役「駿馬駆ける国が帝国に代わって世を治める必要がある、ということです」
<南部地方.都市.路地裏>
――ピシュン
コボルト魔術兵「着きました」
剣士「ありがとう。
それにしてもすごいのね、血陣魔術と魔族魔術の合成法がここまで進んでいたなんて」
コボルト魔術兵「魔王さまが独自にそれを研究されていましたから」
剣士「あの子、やっぱり頑張り屋ね」
コボルト魔術兵「我らの誇りです。
――では私はこれで。
ここより先はあなた一人での戦いです。
どうか、勇者殿を悲しませることのなきよう」
剣士「分かってるわ。それじゃあね」
コボルト魔術兵「ご健闘をお祈りします、元帥補佐官夫人殿!」ピシュン
剣士「……夫人、ね」クス
剣士「さて……」
剣士(わたし一人でできることにも、もちろん限界があるわね)
剣士(せいぜい独立運動組織の頭を"止める"ことぐらいかしら)
剣士「……説得できるにこしたことはないけどね」
剣士(まあなにはともあれ、そのリーダーの場所を突き止めないと話にならないわ。
……いきましょうか)
剣士(……)
剣士(ヤドリギとかいったわね。彼女も助けだせるといいのだけれど)
<国境の宿の一部屋>
――ガチャ バタン
仮面人「……ふう」
メイド「おかえりなさいませ、魔王さま」
――カポ
魔王「……疲れた」
メイド「ええ、お疲れ様です。会談はどうなりました?」
魔王「ええとですね――」
・
・
・
メイド「――つまり、予想通りというわけですか」
魔王「駿馬の国は帝国に代わって覇権を手にしようとしている」
メイド「ずいぶん簡単に明かしましたわね」
魔王「魔界と同盟を結びたいのだそうです」
メイド「なるほど……魔王さまはなんとお答えに?」
魔王「『帝国の威信が陰り、世の秩序に乱れが生じてしまうのならば協力もやぶさかではない。
しかし、魔界と帝国とは休戦協定を結んだばかりでそれを乱すことはしたくない』と」
メイド「そうですか……
これからどうなさいます」
魔王「そうですね……」
メイド「……」
魔王「……」
魔王(こんなとき、勇者さんなら、どうする?)
魔王(目標としては、やはり駿馬の国による打倒帝国を阻止しなければならない……)
魔王(その方法は、何がある?)
魔王(……考えろ考えろ)
魔王(ぼくはもう、周りに振り回されるばかりの子供じゃないんだ……!)
魔王「……」
メイド「大丈夫ですか……?」
魔王「……メイドさん」
メイド「ええ、なんでしょう」
魔王「一つ、作戦があります。
ですがメイドさんの協力なしには、きっと成功しません」
メイド「! でしたら何なりと」
魔王「待ってください。これは危険な作戦です。
場合によってはメイドさんの命にかかわります。
ぼくとしても気が進みません」
メイド「それでも」
魔王「メイドさんは、ぼくに命を預けられますか?」
メイド「問題ありません!」
魔王「でしたら」
メイド「ええ」
魔王「メイドさんの全てをぼくにください」
メイド「え?」
魔王「ぼくと結婚してください、そう言ってるんです」
メイド「え、ええ!?」
魔王「それぐらいの覚悟が必要ということです」
メイド「ひ、比喩ってことですの?」
魔王「いいえ、結婚してもらわなければこの作戦は任せられません」
メイド「……正気ですか?」
魔王「本気です」
メイド「勇者さまと同じようなことを、言うんですね」
魔王「ぼくもまた、勇者さんの生徒ですからね。
でも、勇者さんの代わりではありません。
ぼくを、ぼくの全てを愛してください。
ぼくもまた、あなたの全てを愛します」
メイド「……」
魔王「脅しみたいになってすみません。
飛躍しすぎてもいます。
ですが、覚悟がキーなんです」
メイド「……」
魔王「メイドさん」
メイド「わたくしは――」
・
・
・
<裏通り>
メイド「はっ、はっ」タッタッタ
メイド(多分、ここら辺に……)
「ちょっと待ちなよ姉ちゃん」
メイド「!」
「今、暇かい? ならちょっと俺たちに道案内をしてほしいんだけどよ」ニタニタ
メイド「ひっ……」
「そんなに怖がらなくてもいいだろう。こっち来いよ」ガシ
メイド「わ、わたくしには用事が……!」
「いいから来いよ!」グイ!
メイド「痛!」
?「ちょっといいかな」
「ああん?」
青年「そちらの女性に用があるんだけど」
「なんだあ兄ちゃん、俺たちは忙しいんだからさっさと失せろよ」
青年「いや、そんなこと行っても僕にも事情があるんだよ」
「痛い目見るぞ」
青年「それはこっちの台詞だよ。
何だか変にうるさいから自警団にも連絡しちゃったし」
「な、なに?」
青年「ここでは自警団に結構自由な裁量が与えられているからね。
女性に乱暴を働こうとした人たちには、それなりの痛みが与えられるだろうよ」
「は、ハッタリだ!」
青年「そうかもね。でもどうかな。
もし本当だっとして、女性をナンパしようとして捕まるってのは割にあわないと思わない?」
「くっ」
青年「ちなみに自警団はホモが多いって有名だ」
「チッ……ずらかるぞ!」
タッタッタッタ……
青年「……」
青年「ふぅ……」
メイド「あ、ありがとうございました」
青年「いやハッタリがバレなくてよかった」
メイド「や、やっぱりハッタリでしたの……」
青年「まあ、結果オーライ」
メイド「は、はあ」
青年「それより、ちょっと君に用があるんだけどいいかな?」
メイド「え、あ、その、わたくしちょっと用がありまして……
お礼はしたいんですけれど、それを片付けてからじゃないと」
青年「いや大丈夫。そんなにかからないよ。
ちょっとそこの酒場で話を聞くだけ。ね?」
メイド「はあ、それぐらいならば」
・
・
・
<夕方.酒場>
青年「――で、君は何歳なの?」
メイド「何歳に見えます?」
青年「えー、そうだなあ、困ったなあ」
メイド「ふふ、なんだかいい気分ですわ」
青年「だろう、ここの酒はおいしいんだ。もっと飲んでよ、おごるから」
メイド「ええ? でもわたくしもう……」
青年「あともう一杯だけ! 僕も一緒に飲むから、ね?」
メイド「……しょうがありませんわねぇ」グイ
青年「よっ、いい飲みっぷり!」
・
・
・
青年「――で、その噂は本当なのか?」
メイド「……ほんとう、ですわぁ……」トロン
青年「では、やはり皇帝は魔王城にいるということか」
メイド「はいぃ……」ムニャ……
青年「ふうむ」
メイド「もう飲めませんわぁ……」クテ
青年「たわいもないな」
青年(帝国の皇帝が、魔界側に人質として攫われ、それによって休戦協定が結ばれた噂は本当だったか)
青年(我ら駿馬駆ける国の情報網をもってしても真偽が分からなかったそれが、こうも簡単にわかるとはな)
青年(酒に弱い女でよかった)
青年(それにしても……)
メイド「……ううん」ムニュ
青年(……悪くない、な)
青年(ちょっとぐらいいい思いさせてもらうか)ニヤリ
「あ、いた! お姉ちゃん!」
青年「ん?」
魔王「こんなところで何やってるのさ、お姉ちゃん」
メイド「ふみゅ……」
魔王「うわあ、お酒臭い!」
青年「……?」
魔王「あ、お兄ちゃんがお姉ちゃんの相手をしてくれてたんですか?」
青年「君は?」
魔王「弟です」
青年(……チッ。何者だ?)
魔王「すみません、お姉ちゃんお酒に弱くて。
もう夜も遅いので、これで失礼させてもらいますね」
青年「消えろよガキ」
魔王「……」
青年「お前の姉ちゃん今日は俺に付き合ってくれるんだと。
だからクソして寝てろよ、邪魔なんだよ」
魔王「ほら、お姉ちゃんしっかり」
青年「聞いてんのかよ!」
魔王「黙れよ」
青年「ああ!?」
魔王「ぼくのお姉ちゃんに手を出すなッ!」
青年「っ……」
魔王「……じゃあ行こうか、お姉ちゃん」
メイド「ムニャ……」
<同時刻.南部>
剣士「……これはどういうことかしらね」
「どういうこと、とは?」
剣士「わたしは細心の注意を払って行動していたはずよ。
それがなんでこんなに早くバレて囲まれてるかってことよ」
「僕たちを舐めてもらっては困るよ。
仮にも帝国を相手に闘おうって集団なんだからね」
剣士「それも、そうかしらね。
……あなたが独立運動組織のリーダー?」
男性「そうだ」
剣士(思ったより若い……)
男性「そういう君は、帝国側の人間だね?」
剣士「どうかしらね」
男性「はは。それはごまかしにもならないよ。
君はネズミの知り合いだろう?」
剣士「……ええそうよ」
男性「そうかそうか、やっぱりそうか。
じゃあ、殺されても文句は言えないね。
彼は僕たちをだましていたんだから」
剣士「……」
男性「君たちは支配者だ。僕たちの敵だ。
この弾圧された者たちの怒りを身に受けるがいい」
剣士「魔術士……」
男性「その通り。僕たちお抱えの医者は腕がよくてね、血管の並び変えなんてお茶の子さいさいなんだ。
隣国から取り寄せた各種資料と道具で簡単に魔術士を作り出してくれたよ。
この者たちは南部の住民たちだ。
さて、君に彼らを斬る権利はあるかな?」
剣士「興味ないわ」
男性「そうか、じゃあ早速だけど死ぬといい」ス――
剣士「その前にちょっといいかしら?」
男性「遺言でも?」
剣士「いいえ、もっと大事なことよ」
男性「面白いことなら許可しよう」
剣士「なら期待にそえると思うわ」
男性「……」
剣士「この間の騒動の原因となった神父さんの死についてなんだけれどね、ちょっとおかしいことに気付いたのよ」
男性「……!」
剣士「流れとしては、警衛兵と神父さんが口論になって、
それから警衛兵が神父さんを路地裏に引っ張り込んで暴力をふるった後刺殺したってことよね。
でもそれだとおかしいわ」
男性「……」
剣士「だって一般警衛兵の装備は警棒だけよ。ナイフは持っていないはずね。
予め殺意があったってことならわかるけど」
男性「なにがいいたい?」
剣士「わたしの推測だけどね、警衛兵は誰かに頼まれて殺しをしたんじゃないかしら。
例えば、騒動を起こして、その機に乗じて独立を果たそうと狙った誰か、とか」
――ザワ……
剣士(今だ!)タタッ!
男性「逃げたぞ! 追え!」
「し、しかし……」
男性「……君は、僕とあの剣士のどっちを信じるんだ?」
「も、申し訳ありません!」
男性「分かったら追うんだ!」
「は!」
・
・
・
剣士「シッ――!」ザク!
「ぎゃあ!」ドサ
「く、くそ!」
剣士(物陰を伝って各個撃破……はいいけど、やっぱり急所を外して無力化するのは骨ね。
長らく剣をとっていなかったからなまってもいるみたい)
「喰らえ!」ゴウッ!
ドゴゥ――ッ!
剣士(止まったらやられる……!)タタタ!
男性「回り込め! 追い詰めろ!」
「は!」
――ヒュンヒュン!
男性「っ!」
「危ない!」バッ
――ザク!
「がッ――!」ドサ
男性(スローイングダガーか!)
剣士(あと、頭を入れて三人……! 結構減らしたわね)
男性「隠れてないで出てこい、横暴な支配者め!」
剣士「……何か勘違いしているようだけど!」
男性「何がだ!?」
剣士「わたしは支配者だったことなんてないわね!
むしろ支配されていた方よ!」
男性「何を馬鹿な!」
剣士「嘘じゃないわ!
わたしはある男のおもちゃだった!」
男性「……!」
剣士「だから、あなたたちの気持ちはわかるわ!
でも、帝国と戦っては駄目よ! 投降なさい!」
男性「断る! 僕たちは一筋の光を見出した!
だからそれを諦めるわけにはいかない!」
剣士「……」
剣士「……」スッ
男性「出てきたか!」
剣士「わたしはある人によって救われたわ。
あなたたちも救ってあげたい。
でも期待はしないで」
男性「戯言を! やれ!」
「喰らえ!」
カッ――ギュオオオオウウ!
――剣の軌道には、終わりがある
剣士(……ああ、なんでこんなときにあの男を思い出すのよ)
――斬り裂くための最後の軌道だ
剣士(……)
――その究極に至れば斬れぬものはない。たとえ形なきものであろうとそれは斬れる
剣士(剣を取らなかったから、下手になった?)
――極致を目指せ、我が娘よ
剣士(そんなことはないわね、こんなときだけど、あんな下衆だったけど)
剣士(ありがとう、パパ)
剣士「はッ――!」ビッ!
――ズバシュゥ!
男性「な!?」
「魔術を、斬った!?」
剣士(ついで、必殺の距離!)
――ブン ヒュンヒュンヒュン!
男性(剣がこちらに飛ん――!)
ズブシャッ!
男性「っ――!」グラ ドサ……
「リーダー!」
「ちくしょう!」ドゴウ ドゴウ!
剣士(もう、ここに用はないわね、退散しましょう)バックステップ
――タタタタッ!
剣士(……やっぱり、殺さざるを得なかったわね。
ヤドリギって娘の居場所も分からないままだし……)
・
・
・
「そうか、リーダーが死んだか」
「長い付き合いだったけど、感慨はないな」
「当たり前だ、ぼくはあの人を憎んでいるからね」
「いい気味だ。これが素直な感想かな」
「……」
「さて、仕上げだ」
「物語はどんな終わりを迎えるんだろうね。楽しみだよ……」
<翌日.国境の村.宿の一室>
仮面人「……今、なんと?」
交渉役「おや、聞こえせんでしたかな?
皇帝の身柄をお引き渡し頂きたいと申し上げたんですよ」
仮面人「皇帝。帝国の?」
交渉役「分からないふりは必要ありません。
そちらに皇帝がいることは調べがついています」
仮面人「一体どのような調査筋かね?」
交渉役「それは申しあげかねますね」
交渉役「とにかく、魔界に皇帝がいることは分かっています。
その方をお引き渡しください」
仮面人「なぜ?」
交渉役「この間のそちらの言い分を聞いておりますと、
この非常時にありながらあなた方魔界は混乱を避けるための努力をする気がないようだ。
ここは帝国から権力を取り上げ、より力のある国が平定を行うべきです」
仮面人「……それが駿馬駆ける国と?」
交渉役「ええそうです」
仮面人「……」
交渉役「あなた方はその大変動を恐れているように思える」
仮面人「ほほう」
交渉役「ですからこちらからも譲歩です」
仮面人「皇帝を引き渡すことが、か。
いや、こちらにいることを認めたわけではないが」
交渉役「もし皇帝を引き渡して頂ければ、帝国から権力を即取り上げることはしないことにしましょう」
仮面人「……」
仮面人(つまり……皇帝を人質に取ることによって帝国を裏から操作するつもりか)
交渉役「……いかがですか?」
仮面人「……」
交渉役「今! この場でお決めいただきたい!
でなければ同盟などどうでもいい!
本日中に帝国に対して宣戦布告をいたしましょうぞ!」
仮面人「……」
交渉役「さあ!」
<同時刻.南部.都市.路地裏>
――ピシュン!
コボルト魔術兵「……着きましたよ」
勇者「ありがとう」
コボルト魔術兵「まったく……あなたも無茶をなさるお人だ。
妖精族の回復魔術を限界まで使用するなんて」
勇者「時間がなかった」
コボルト魔術兵「反動はすぐ出ますよ」
勇者「今動ければ問題ないよ」
コボルト魔術兵「肝心なときにそうならないとも限らないからこう申し上げてるんです!」
勇者「気をつける」
コボルト魔術兵「ハァ……」ゲンナリ
勇者「それより、頼んだ二つ、どうだった?」
コボルト魔術兵「……ええ。まずはこちら"薬"です」スッ
勇者「ありがとう」ガシ
コボルト魔術兵「劇薬ですからご注意を」
勇者「もちろん」
コボルト魔術兵「次に例の警衛兵のことですが、一応見つけまして、話を聞くことができました」
勇者「本当か、それは良かった。彼はなんて?」
コボルト魔術兵「殺すつもりはなかった。リーダーには怪我をさせることだけ頼まれた、だそうです」
勇者「……」
コボルト魔術兵「決まり、ですかね?」
勇者「……ああ」
勇者「ちくしょう……こんな、こんなことだったのか」
コボルト魔術兵「お気を落とさず。やるべきことが待っています」
勇者「ああ、分かってる。でも……くそ……!」
コボルト魔術兵「ご健闘を、お祈りします」
勇者「ああ、ありがとう」
コボルト魔術兵「では例の手配をいたします」ピシュン!
勇者「……」
・
・
・
剣士「勇者!」
勇者「剣士、無事だったか! ……うわっと!」
剣士「ごめん、ちょっとだけ……」ギュッ
勇者「……」ギュッ
剣士「……もう、大丈夫なの?」
勇者「ああ、すっかり治ったよ」
剣士「どうせ無理してるくせに」
勇者「……バレたか」
剣士「――じゃあ報告するわ。
わたしの方は目標達成。
でもヤドリギは……」
勇者「そうか」
剣士「あまりがっかりしないのね?」
勇者「これからがっつり落ち込むと思うからね」
剣士「?」
勇者「それより、つらい仕事を押しつけて悪かった」
剣士「大変だったは大変だったけど、それほどじゃないわよ?」
勇者「再び君に剣を取らせてしまった……」
剣士「そういうこと? わたしは剣士よ。
剣とともに歩むことが運命づけられてるんだわ、きっと。
だから気にやまないで」
勇者「ごめん……ありがとう」
剣士「それより、いいかしら。
なんだか様子がおかしいの」
勇者「様子がおかしい?」
剣士「リーダーがいなくなったっていうのに、解放軍はいまだ力を失わないの。
風解き放つ会だったっけ? あれも機能したままよ」
勇者「……」
剣士「どういうことかしら……?」
勇者「……きっとまだ、リーダーは健在ってことさ」
剣士「どういうこと?」
勇者「すぐにわかる。それよりいいかな?」
剣士「何?」
勇者「帝国最高権力者が南部入りしたと、情報を流してくれ」
<夕方.国境の宿前>
皇帝「……」
交渉役「これは! 間違いなく皇帝!
こんなに早く手配していただけるとは……」
仮面人「……背に腹は代えられんからな」
交渉役「ふふ、感謝いたします」
仮面人「……」
交渉役「おいお前、皇帝の手枷をこちらの用意したものに替えよ」
青年「は!」
――ガチャン!
皇帝「っ……」
交渉役「ふふ、これからよろしくお願いいたしますね、皇帝陛下」
皇帝「――この!」ダダッ!
仮面人・交渉役「!」
――グワシ
仮面人「っ……」
皇帝「よくも、よくも余を……!
この裏切り者……!」ギリギリ!
仮面人「我輩の胸倉を掴んでもどうにもならんよ」グイ
皇帝「っ……」ヨロ
交渉役「……お前たち、皇帝を馬車に乗せろ!」
「は!」
「こっちへ来い」グイ グイ!
皇帝「……」ヨロ ヨロ
交渉役「では、これにて失礼します。仮面人殿、またの機会に」
仮面人「……ああ」
ヒヒーン ゴトンゴトン……
仮面人「……」
仮面人「皇帝陛下、頑張ってくださいまし」
・
・
・
<数時間後>
交渉役「よおし、夜も更けてきたし、ここらで夜営だ」
「はは!」
交渉役「夕餉の支度をせよ。皇帝にも運んでやれ」
「かしこまりました!」
青年「よお皇帝」
皇帝「……」
青年「どうだ、これから敵地に行く気分ってのは?」
皇帝「……既に一度経験しておる」
青年「魔界と同じと思わない方がいいぞ、手厚く歓迎されるものと思え」
皇帝「ふん……」
青年「ほれ、飯だ」
皇帝「……なんだこれは。犬の餌か?」
青年「食えるだけでもありがたいと思え」
皇帝「なんだ、これが駿馬の国の食事なのかと思うたわ。ずいぶんみじめな民族だな、と」
青年「……ああ?」
――バキィ!
皇帝「っ……」ドサ
青年「捕虜のくせしてナマいってんじゃねえぞオラァ!」ガス
皇帝「くっ……」
青年「立てよ」グイ
皇帝「う……」
青年「はん! 皇帝なんてご立派な称号があっても所詮はジジイじゃねえか。
偉そうにしてんじゃねえぞおい!」
皇帝「……耳に響くわ阿呆が」
青年「もっと痛い目見たいようだな……」
皇帝「ときに訊く」
青年「あ?」
皇帝「お前がメイドにあれこれしようとしたのは本当か?」
青年「……あの女か? ならそうだぜ。
あのガキが来なければ今頃俺のコレクションが増えてたのによー」
皇帝「……」
青年「俺んとこの国の薬はすごいぜ?
人を完全に服従させてよがり狂わせることができるんだからな」
皇帝「……」
青年「あー惜しいぜ、あの体すげーうまそうだったのに」
皇帝「いいたいことはそれだけか?」
青年「うん?」
皇帝「貴様には万死に値する」
――ガチャン ゴトン!
青年「へ?」
「大変です、交渉役殿!」
交渉役「どうした騒がしい」
「皇帝が、逃げました!」
交渉役「なに……?」
「一人が剣を奪われて殺害され、馬車の中に転がっていました!」
交渉役「や、奴はどこに?」
「わ、分かりません!」
交渉役「つ、捕まえろ! 絶対に逃がすな!」
――ギャアアアアアアア!
交渉役「っ!」ビク!
「余は皇帝」
交渉役「ど、どこだ!?」
「く!」
「帝国を育てた者なり」
交渉役「ひ、ひっ!」
「こっちか!?」ダッ
交渉役「ま、待て!」
――ズバシュ!
「が、はッ……!」ドサリ
「そなたらは考えたことはなかったか?
それほどの者が、ただ守られ攫われ、人質にされるままを許すはずがないと」
交渉役「く、くそ!」
「我は皇帝。世を統べる者。その力を思い知るがいい……」
交渉役「集まれ、集まれ! 防御の陣を敷くぞ!」
「は!」
「ふんッ!」
――ギャ! グハ!
「新たに二人やられました!」
交渉役「ちくしょう……ちくしょう――!」
交渉役(なぜこのようなことに……)
交渉役「だが、完璧に敷いたこの陣形!
いかに皇帝といえども突破できまい!」
――……
交渉役「さあ、かかってこい! そして無様に這いつくばるがいいわ!」
◆◇◆◇◆
魔王(やはり相手を騙すには何かしら餌で釣った方がいい)
魔王(だとしたらおじいちゃんに出てもらうのが多分最善だ)
魔王(その餌に食いつかせるために、酒豪のメイドさんによって酔った振りで情報を流す……)
魔王(駿馬の国はまず酒に酔わせて情報を引き出すのが常套手段だからこの手はいけると思った)
魔王(だけれど、本当におじいちゃんを渡すわけにはいかない)
魔王(だから引き渡し時にメイドさんが仮面人に扮し、胸倉を掴んだ手を外すふりをして手枷の鍵を外す)
魔王(こうすればあちらの手落ちということになり、交渉の結果を裏切ったことにはならない)
魔王(おじいちゃんは本当は強いから、あとはなんとかしてくれるはず)
魔王(これが、ぼくの作戦だ……)
◆◇◆◇◆
交渉役「さあ来い! 今日がお前の命日だ!」
「……」
交渉役「覚悟しろ! この屈辱、倍にして返してやる!」
「あの……」
交渉役「馬車で引きずって、晒しものにしてくれようぞ!」
「あの……」
交渉役「その後は私が直々に……ってなんだ?」
「もしかして、ですが。逃げられたのでは?」
交渉役「……」
「……」
交渉役「……」
・
・
・
<同時刻.南部.夜の街路>
勇者(月がきれいだ……)
カツ カツ……
勇者「ん、来たか」
「……」
勇者「久しぶりだね」
「ああ、そうだね」
勇者「……?」
「ああ、これかい。これがぼくの素なんだ。兄の影響でね」
勇者「そうだったのか。……君がもう一人のリーダーだね?」
「……いつから気付いていたんだい?」
勇者「……」
勇者「思えば、最初から怪しかったんだ。
だってそうだろう? 調査員が追われずに俺が追われ、ちょうどそこに居合わせた少女が俺を助ける。
そんな偶然あってたまるか」
「その時に既に?」
勇者「いや、君じゃないかと思ったのはつい最近だ。
神父さんが殺された事件があっただろう?
あれを思い返していて気付いたんだ」
「ふうん?」
勇者「あれは仕組まれたものだった。
ただの口論から始まったはずの喧嘩で、警衛兵が一般装備にないナイフを使って神父さんを殺害するなんておかしいからね」
「そうだね」
勇者「前のリーダーは警衛兵を買収して神父さんに暴力を振るわせた。これが真相だ。
でも全てじゃない」
「というと?」
勇者「とどめは君が刺した。違うかな?」
「……ふふ」
勇者「やっぱりそうなんだね……
目撃者の証言では、入口の一つしかない路地裏に警衛兵と神父さんの二人が入っていき、出てきたのは警衛兵一人だけだった。
だから犯人はその警衛兵だ。普通はそう思う」
「……」
勇者「でも違う。あの路地裏には抜け道があるんだ」
「……」
勇者「俺と君だけしか知らない抜け道がね。
そうだろう、ねえ――ヤドリギ?」
少女「……ふ」
少女「――ふふ、あははははは!」
勇者「……」
少女「お見事! 感心したよ! そうだ、ぼくがやった!」
勇者「……人々の怒りをより高めるため、だね?」
少女「その通り。どうしても皆には振るい立ってもらわねばならなかった」
勇者「そんなことのためだけに、一人殺した……」
少女「ふふ、いまだに思い出すよ。人にナイフをさし込むのは酷く恐ろしい。
夢に見るほどだ。あの感触はいくら手を洗っても落ちてくれない……」
勇者「……」
少女「はは、何を俯いているんだい?」
勇者「……俺と一緒にいた時の顔は、全て演技だったのか?」
少女「ああそうだよ。ぼくはあの人と違って演技が得意なんだ」
勇者「俺を騙していたのか……」
少女「……それはお互いさまだろう?」
勇者「……。なぜ、こんなことを……?」
少女「復讐だ」
勇者「誰への?」
少女「全てへの、だ」
勇者「……?」
少女「分からないって顔だね。
いいだろう。まだ時間はある。話してあげるよ」
勇者「……」
少女「ぼくと兄は、この都市で生まれた。
兄が十歳、ぼくが八歳のときに、ぼくたちは親の下から逃げ出した。
あそこはあまりに……ひどかったからね」
勇者「……」
少女「兄とぼくは必死だった。必死に働き、必死に生きた。
それが五年ほど続いた。続いて、終わった」
勇者「……」
少女「今からちょうど四年前だ。あの男が現れた。
彼は裕福な人間で、ぼくたちを引き取ってくれるという。
死と隣り合わせだったぼくたちは、もうそんな思いをしなくていいと言われ、喜んだ。
……でも、違った」
少女「あの男は、ぼくを兄の前で汚した」
勇者「っ……」
少女「そしてそれを止めようとした兄を殺したんだ」
勇者「リーダー、が?」
少女「信じられないと思うかい? でも事実だ。
あの男はそういう奴なんだ。
この今回の騒動だって、自分が帝国内で高い地位を得るためのパフォーマンスに過ぎなかったのさ。
口では南部の人々のためとか、怒りがどうとか行っていたけれどね」
勇者「そんな……」
少女「……あの男は、それ以来ぼくを汚し続けた。ぼくは汚濁にまみれて呆然としていた。
でも状況が変わった。一年後の事だ。
彼がぼくに文字を教え始めた。
文字が終わったら、数学、それが終わったらまた他のこと。
初めは何かと思ったが、今ならわかる。
彼はぼくに溺れ始めていたんだ」
勇者「……どういうことだ?」
少女「どうやらぼくには、人を魅了する才能があるらしい」
少女「つまり、あの男はぼくを喜ばせようと学問を教え始めた。
汚すだけなら、別にそんなこと必要ないしね。
彼はぼくの心を欲し始めた。
とにかくぼくは、勉学によっていろいろなものが見えるようになった」
勇者「……たとえば?」
少女「ぼくと兄が苦労して生きてきたこれまでは、何ともくだらないことだった、って分かったりね」
勇者「……」
少女「ぼくたちが苦しんでいたのは、中央が豊かになるためだった。
ぼくたちはそのための踏み台だった。
兄が死んだのは全てそのくだらないことのためだった……」
勇者「……」
少女「世界はぼくたちが嫌いらしい。
だから、復讐することにした」
勇者「それが、独立?」
少女「いや、浄化だ。ぼくは全てを破壊し、全てを洗い流す」
勇者「そんなことが……」
少女「可能だよ。
ぼくが可能にした。
解放軍を暴れさせて、騎士軍とぶつける。
騎士軍は帝国の要だ。崩れれば帝国は崩壊する」
勇者「騎士軍は強力だよ」
少女「帝国中央にも、既に魔術士は入り込んでいる。
彼らが突如暴れまわれば、どうなる?」
勇者「!」
少女「隣国もこの騒動に加わる。
世界は秩序を失う。
戦乱の世の再来だ。
決して不可能じゃないさ」
少女「君は、そうだな、何かを諦めたことはあるかい?
本当は諦めたくなかった、そういう大事なことをさ」
勇者「……いいや」
少女「そうか、ないか。
ならそれはきっと、とても幸福なことだ。誇ってもいい」
勇者「……」
少女「ぼくはあるな。できることなら諦めたくなかった。でも、諦めざるを得なかった」
勇者「それは……」
少女「そう、とても残酷なことさ。どうしてもそうしなければならない時があるという、その現実は。
でもね。
そういう現実を目の当たりにしながらも、それでも生きていけちゃうって事実が。
それこそ残酷だと、そうは思わないかい?」
勇者「……」
少女「だから君にも味わってもらおう。絶望の味を、さ」
勇者「させない」
少女「止めることは無理さ。もう転がり始めたんだ、事態は」
勇者「俺が、いや俺たちが止めるよ」
少女「ならさらにそれをぼくが止めよう」パチン!
――ズン……!
巨人「グオオオオオオオオオオオッ!」
勇者「巨人族!」
少女「君の事は調べさせてもらったよ。
コードネーム:勇者の極めて優秀な暗殺技能者。得意なのは特殊拳法。
でも半年前の戦いで、その戦闘能力の大半を失っている。その打撃法のほとんどが撃てない」
勇者「……その通りだ」
少女「加えて、先日の戦いで大けがを追って、今立っているのも精一杯のはずだ。
……さて、勝ち目はあるかな?」
勇者「動く限りは、手を伸ばすさ」
少女「――行け」
巨人「ガアッ!」ズダン!
勇者「……!」スッ
――ガツン!
少女「……受け止めた?」
勇者「くっ……!」
少女「そんな、馬鹿な」
勇者「セイッ!」パシン!
巨人「グ……」
少女「押し返すとは……
情報は虚偽だった?」
勇者「いいや、違う」
巨人「ガアアアアアアア!」ブオンブオンブオン!
勇者「"連拳"」ジャッ!
ズガガガガガガガガ!
勇者「破ッ!」ガス!
巨人「ガ……」ヨロ
勇者「ふぅ、はぁ……」ゼイゼイ
少女「まさか……」
勇者「そうだ。
俺とこいつじゃ、体力・筋力・質量・精神力、全てにおいて大きな差がある。
俺が勝ってるのは、技の精緻さぐらいだ。
それを埋めるために――」
少女「"薬"――超速効性の、筋力増強剤……」
勇者「当たりだ。知り合いに探してもらった」
少女「あ、あれは巨人用だ、そんなの無茶だ。身体が、精神が持つはずはない。なんで耐えられるんだ!」
勇者「そうだな、今も身体が、心が軋んでいるのがわかるよ」ギシ
勇者「……でも、それも贖罪のためだ。我慢するさ」
少女「贖罪?」
勇者「俺がここまで問題を先延ばしにした罪の償いだ」
少女「……」
勇者「そして、君の気持ちに答えられなかった罪の償いでもある」
少女「……?」
勇者「あの雨の日。君がずぶ濡れで訪れた日。
あのときの君は演技をしているようには見えなかった。
でも俺は拒絶してしまった。
もっと俺が君を受け入れていれば、何かが変わっていたかもしれないのに……」
少女「……あれも演技だ。君を魅了するための」
勇者「俺にはそうは思えないんだよ。
君は泣いているように、見えた」
少女「この……!」スッ
勇者(注射器?)
少女「っ!」ブス!
巨人「! ガア、アアアアアッ!」
勇者(巨人に刺した、あれは……何かの薬剤?)
少女「さらに強力な超速効筋力増強剤だ」
勇者「……!」
少女「これで君の能力を上回る……さてどうする?」
勇者「こうするさ。――剣士!」
剣士「……」スッ
少女「助っ人か。だが人数が増えたぐらいで何とかなるなんて思わない方がいい」
剣士「分かってないわね。わたしたちは最強の家族なの。
そんなデカブツには負けないわ」
勇者「俺が前。剣士は斜め後ろだ」
剣士「ええ、了解よ」
少女「いいだろう、二人まとめて殺してあげるよ!」
巨人「ウォォォォォオオオオオオッ!」
少女「行け!」
「グオッ!!」ズダン!
勇者「来いッ!!」グッ!
勇者(真正面からの衝突。普通にぶつかり合えば――)
勇者(俺が負ける)
勇者(体力・筋力・精神力は薬剤で埋められる……)
勇者(だがどんなに小細工を練ろうと、どんなに力を振り絞ろうと、質量の差は埋められない)
勇者(これは俺の手の届く範囲外だ。負ける)
勇者(……一人ならば。でも)
――俺には一緒に手を伸ばしてくれる仲間がいるじゃないか
勇者「剣士!」
剣士「ええ!」
――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
少女・巨人「!」
勇者(投剣ははずれ、たが! 突進は鈍った!)
巨人「――ガアッ!」
ブオンッッ!!
勇者「くらい、やがれッ!」ギュゥゥゥゥゥゥン!
ガッ――――!!
――拳と拳……重、い!)
――筋肉が軋む! 潰れる! ひしゃげる!)
勇者(それでもこれは俺の範囲内!)
――ッバツン!
剣士「弾き返した!」
剣士(……けど)
勇者(く、そうだ、力は常に両者に。反作用が――必要なのは後半歩、それだけ、なのに!)グラ……
勇者(……届け!)
勇者(届け届け届け届け!)
――……
勇者(畜生!)
『いつも祈ってました』
『誰か、私たちを救ってくださいって』
『……そんな奇跡、起こるはずなんて、ないのに』
そんなことはない
勇者「ぁぁぁぁぁあああああ――!」
勇者「らァッッ!!」ザッ!
剣士(踏み込んだ! 浅い、でもちゃんと半歩!)
勇者(下腿筋、始動! 振動発生!)ヴン!
勇者(大腿筋、始動! 無減衰伝達!)ビリビリビリビリ!
勇者(全筋肉、振動増幅! 一点収束! そして解放!)カッ!
勇者「くらえ!」ジャッ!
巨人「グガ……!」
勇者("崩拳――")
ガ――
勇者("極"!)
ズドン――ッ!
――ッズシャアッ!
少女「そん、な……」
勇者「がッ……」ビリビリ……
剣士「勇者、大丈夫?」タタッ
勇者「問題、ない……!」ズッ ズッ……
少女「来るなぁッ!」スチャ!
勇者「そんなナイフでは、止められないよ……」ズッ ズッ
少女「うっ……くっ……」ジリ
勇者「もう、いいだろう、ヤドリギ……
やめよう、こんなこと」
少女「来るな……来るな!」
勇者(身体が、重い……)
勇者(今度こそ、限界かもしれない)
勇者(でもここまで来たんだ……)
勇者(やっと、届いたんだ……!)
勇者「ヤドリギ、今ならやり直せる」
少女「もう無理だ! 全ては手遅れなんだ!」
勇者「……」
少女「夜明けとともに、全てが始まる……始まって終わる……
もう、手遅れなんだよ……」
勇者(……! もう明るい。日が、昇る……)
――ォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!
<帝国中央>
コボルト兵「族長、全ての魔術士取り押さえが終わりました!」
コボルト族長「うむ、ご苦労!」
<中央と南部の境>
ゴブリン兵「来ます、南部民の解放軍です!」
ゴブリン族長「ここで食い止めろ! 絶対に通すな!」
<南部>
妖精兵「暴徒の主力を魔術で眠らせることに成功しました!」
妖精族長「~♪」
<南部.路地裏>
少年「……」
コボルト魔術兵「お前が、ドクターだな」
少年「なんだよ獣顔のおっさん……俺に用か……?」
コボルト魔術兵「お前を迎えに来た」
少年「……殺すのか」
コボルト魔族兵「いいや。お前を許しに来たんだ」
少年「なに……?」
コボルト魔族兵「お前は、何も悪いことはしていない。ただ人を助けたかっただけだ。
俺も医者を目指していたことがあるから分かる」
少年「俺は、犯罪者だ……」
コボルト魔族兵「そう思うなら、裁かれに行こうじゃないか。
お前を迎えてくれる世界は、まだあるんだよ」
少年「……」
少年「……好きにしろよ」スク
・
・
・
少女「……声が、止んだ」
勇者「手が届かないなら、届く人に助けてもらう。そういうことさ」
少女「……」
勇者「もう、終わりだ」
少女「……」
勇者「やめよう、な?」
少女「それでも――ない」
勇者「え……?」
少女「それでもぼくは、許されない!」
少女「ぼくは、神父さまを殺した! 兄もぼくのために死んだ!
巨人たちも踏み台にした!
生きていく資格がない!」
勇者「そんなことあるものか!」
少女「もう、だめなんだよ……」シュッ……!
勇者「やめ……!」
――ザク ブシュ!
少女「かふっ……!」ドサ
勇者「ヤドリギッ!」
勇者「おい、しっかり!」
剣士「……。駄目よ、頸動脈をやっちゃってる」
勇者「か、回復――妖精族を!」
剣士「……間に合わないわ」
勇者「ちくしょう!」
少女「あ……あ……」パクパク
勇者「なんだ……!? 何がいいたいんだ!?」スッ
少女「闇、に光……兄さん……大、好き……」
勇者「……」
少女「――」
剣士「……」
勇者「……くそ」
・
・
・
◆◇◆◇◆
南部地方の騒動は、想定よりはるかに早い決着を迎えた。
南部地方は住民保護の名目の下、再び帝国領にもどったのだった。
◆◇◆◇◆
<数日後.魔王城>
皇帝「ただ今帰った」
魔王「あ、おじいちゃんおかえりなさい!
あれから無事に帰ってこれたんですね!」
皇帝「うむ、造作もない。
……ところで他の者どもはどうしたのだ?」
魔王「結婚式の準備中です!」
皇帝「えっ」
剣士「勇者、準備はできた?」
勇者「ああ……って」
剣士「ふふ、どう?」クルリ
勇者「すごく……綺麗だ」
剣士「ありがとう。あなたもとっても素敵よ」
勇者「どうも」
勇者「……」
剣士「……また、思い出してるの?」
勇者「……ああ、色々ありすぎた。本当は結婚式なんて気分じゃないのだけれど……」
剣士「でも、そんなときだからこそ、立たないとね」
勇者「うん、分かってる」
勇者「式が終わったら、墓に報告に行こうと思う。
ヤドリギには伝えてやりたい」
剣士「帝国は遠くない将来、変革を迎える、だっけ?」
勇者「ああ。南部が再び独立するのも遠くないはずだ。
もともと無理のある仕組みだったんだよ、帝国のやり方は。
だから、一度全てを元に戻す。
もちろんすぐにとはいかない。
帝国の支援を受けて少しずつ、ゆっくりと諸国は独立していくだろう」
剣士「それでいいの?」
勇者「今回のように独立を望み、力をつけているところは少なくないんだ。
だから、むしろ独立してもらって、協力関係を築く。
とはいえ今まで抑圧された分、感情的に難しい面もある。
一筋縄ではいかないだろうな」
剣士「それでもやるのね」
勇者「正直を言うと、ヤドリギみたいな子を、もう一人も出したくない。
それが一番の理由だ。
……俺はやるよ」
剣士「隣にいるわ」
勇者「……ありがとう」
――ガチャ
魔王「失礼しまーす! 準備はできましたか?」
メイド「待ちくたびれましたわ」
勇者「ああ」
剣士「オッケーよ」
メイド「わあ、綺麗ですわね剣士!」
剣士「ありがとう」
メイド「わたくしも着たいですわぁ……」
剣士「近いうちに着れるでしょ。わたし、知ってるんだからね」
メイド「あらよくご存知で。ふふ」
魔王「じゃあ広間に来てください。式を執り行います!」
勇者「ああ頼むよ」
・
・
・
――これからも色々あるだろう
――それでも、皆で手を伸ばせばきっと届く
勇者(失うものもあったけれど、それでも進まねばならない)
勇者(それがのこされたものの義務だ)
――だから歩こう
剣士「……扉、開けるわよ」
勇者「ああ」
ギィ……
――どこまでも、どこまでも
title:勇者「魔王捕まえたその後に」
~了~