まどか☆マギカ × ハリー・ポッター クロスSS

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270 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:16:17.34 LU3rjAJV0 661/755


◇◇◇


 某日。ホグワーツに設けられた自室で、ミネルバ・マクゴナガルは悩んでいた。

 手元には一枚の書類がある。マミ・トモエのサインが綴られた退学届だ。

(これは、自己満足でしょうか)

 祈る様に組んだ手を口元に当て、幾度も繰り返した自問自答を、もう一度だけ試みた。

 マミ・トモエは自分の教え子である。

 ひたむきな努力家で、他人を気遣うことのできる素晴らしい子だ。

 入学当初は引っ込み思案な部分もあったが、それもあの三人組を初めとする友人たちと交流することで改善されてきていた。

(まあその影響で、私の知らない所で校則のひとつくらい破っているかもしれませんが――)

 だが、彼女はそのくらいやんちゃになればいいと思う。

 彼女には両親がいない。11歳の誕生日に、交通事故で亡くなっている。自分はその葬儀に立ち会った。

 初めて彼女を見た時は、よくもこれだけ小さい体に鬱屈としたものを溜め込める、と驚いたものだ。

(周囲の大人たちは、魔法力を発揮した彼女を訝しみ――酷い者は、あまつさえそれを口に出しさえした)

 当時のマミは孤独だった。信頼できる者は誰もいなかった。

 家族を失う辛さは、自分も知っている。だから彼女にホグワーツに来るように促した。

 今思えば、あれは同じく自分の生徒であるハリー・ポッターが"生き残った男の子"になった日のことを重ねていたのかもしれない。

 ダンブルドアに押し切られる形であのマグルの家で育てることに決まったが、心の底では反対していた。

 子供を理解の無い場所で育てることは、往々にして愉快な結果を招きはしない。

 ハリーがあの家で歪まずに育ってくれたのは奇跡といっていいだろう。あるいは、校長はそれも見越していたのかもしれないが。

 閑話休題。

 結果として、マミはホグワーツに入学し、少しずつ両親の死を乗り越えて行った。

 少しでも慰めになればと思い、ペットを見繕うようにアーガスに頼んだのも功を奏したのだろう。

 彼女は上手く学生をやれていたと思う。グレンジャーに次ぐ優等生、と言ってもよかった――

(――実技さえ上達すれば、とあの頃は思っていたものです)

 マミは実技が不得手だった。変身術の授業でも、最下位をネビル・ロングボトムと争っていたものだ。

 だけどそれは全て、自分の勘違いだった。

 マミには才能が有った。恐ろしいほどの才能だ。文字通り、我が身を滅ぼすほどの。

 その才能に、自分はいち早く気づいて然るべきだったのだ。

 あの日、自分が彼女に魔法界のことを伝えに行った日。すでにその才能は発露していたのだから。

(私の、責任。もっと早くに気づいていれば――こんなことには)

 机の上の退学届。そこに記されたサインをなぞりながら、ミネルバ・マクゴナガルは決断する。

「たとえ独善的と言われようが、私は彼女を――」

「――それほどまでの決意があるのなら、ミネルバ。君にも協力を頼みたい」

「……アルバス?」

 降ってわいた声に、顔をあげる。

 いつのまにか部屋の扉の前に、白い猫を従えたアルバス・ダンブルドアが立っていた。

「おそらく、それがもっとも彼女の為になるじゃろう」


271 : 以下、新鯖からお送りいたします[... - 2013/09/04 21:16:48.49 LU3rjAJV0 662/755


◇◇◇

 
 ○月×日 神秘部 保護部屋


 ずっと考えていた。

 私には何ができるのか、ずっと考えていた。

 予見の力は役に立たない。

 死の予見からこっち、その頻度が下がったということもあるが、
 それがどういったものであるのか理解してしまった今、迂闊にその力は望めない。

 魔法は使えるようになったが、それでも人並みの域を出ない。

 学生が使える程度の呪文では、予見に抗うどころか、最悪の魔女とやらにも勝つことは出来ないだろう。

 魔法少女の契約も、それは同じ。私の素質では、予見された運命を覆すほどの願いは叶えられない。

 私には何もできない――ようやく、私はそれに気づいた。

 だから。

(やりたいことを、やろう)

 そうすれば、きっと。私の後悔だらけの人生に、さらなる後悔が積み重なることはない筈だ。

 ムーディ先生、いやその偽物に言われた言葉を思い出す。

『――お前は孤独を恐れている』

 そうだ。私は独りになるのが怖い。友達を失うのが怖い。

 だから、私のやりたいことは決まっていた。例えそれが逃げだといわれても構わない。

 間違っていてもいい。その間違いを押し通せれば、きっと私は満足だ。

 シャワーを浴びて、服を着替え、杖をポケットに突っ込んで、私は部屋の扉に手を掛けた。


QB「……出かけるのかい?」


 振り返る。数ヶ月を過ごした神秘部の部屋。その中心にあるテーブルの上に、いつものようにキュゥべえが載っている。


マミ「――キュゥべえ、私、行ってくるわ。もしかしたら帰りは遅くなるかもしれない。そしたら、あなたは――」

QB「……うん。いってらっしゃい、マミ。僕のことは心配しないでいいよ。いざとなれば、なんとでもなるから」


 片時も離れず、ずっと私の傍に居てくれた彼は、私を心配させることが無いよう、そんな言葉で送り出そうとしてくれている。

 私は微笑みを浮かべた。きっと、彼に向けるのは最後になるであろう微笑みを。


マミ(……さようなら、キュゥべえ)
 

272 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:17:45.36 LU3rjAJV0 663/755

◇◇◇



 ○月×日 神秘部 保護部屋前


無言者「――行ったか」


 巴マミの担当だった無言者は、彼女の出て行った扉を見やった。

 ともすれば迷宮のようにも感じられる神秘部から出る方法は、初日の内に教えてある。

 迷うこともないだろう。あとはきちんと、通勤用の暖炉にまでたどり着ければいいのだが。


無言者「何もかも計画通り、か……喜ぶべきなんだろうな」


 浮かべる表情とは裏腹な言葉を吐きながら、無言者は手近な机をこんこんと指で叩いた。

 とたん、保護部屋の扉から白い猫のような生き物が出てきて、机の上に飛び乗る。


QB「……」

無言者「これで僕の仕事はお終い。君も、もう用済みさ……エバネスコ(消えよ)」


 気だるげに放たれた呪文は、何に妨害されることもなく、正しく作用した。

 白い猫が、この世から消え失せる。


無言者「さて……運命に挑む難しさはよく知っているけど、彼にはぜひとも勝って欲しいものだね」

273 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:18:27.48 LU3rjAJV0 664/755


◇◇◇ 


○月×日 見滝原市 避難所


 ワルプルギスの夜。

 舞台装置の魔女。その性質は無力。

 彼女の正体は、複数の魔女の集合体だ。

 最初の一体にそういう性質があったのか、それとも他の要因が絡んでいるのか。

 なんにせよ、ワルプルギスの夜は他の魔女の波動を受け、吸収し、最悪の魔女になった。

 その特性は彼女の使い魔にも見ることができる。

 黒く染まりきった、まるで影法師のような魔法少女の姿をした使い魔たち。

 あれらは吸収した魔女の、魔法少女時代の姿を象ったものだ。

 つまり"彼女達"は魔法少女であった頃の形質を完全に失ってはいない。

 舞台を上演している時は与えられた役柄に準じているが、台本が破り捨てられた今となっては、
 蓄積した魔法少女の経験、その全てをもって障害を打倒する。


QB「だから、元より暁美ほむらたちに勝ち目はなかった。そもそも人数で負けているのだから。
   本気を出したワルプルギスの夜を相手にするということは、無数の魔法少女を相手にすることと同義だ」

さやか「そんな……」

まどか「……」

QB「さあ、まどか。決断を急いだ方がいい。ほむらと杏子は既に敗北した。
   まだ生きてはいるみたいだけど、そう長くは持たないだろう」

まどか「そんな……杏子ちゃんと、ほむらちゃんが……」

QB「彼女たちを助けたいのなら、二人が死ぬ前に契約するべきだ。
   仮に二人の蘇生を願ったところで、結局はワルプルギスの夜から逃れることは出来ないのだから」

まどか「……」

さやか「まどか……」

QB「それに、君たち自身の心配もするべきだ。周囲を見てごらん?」



「おい、なんとかしろ! いまからでももっと遠くの避難所に移せ!」

「連絡が取れないの。親戚が避難した筈の避難所と――」

「お前らの言う通り、車や家財道具は置いてきたんだ! なら、お前らには俺らを守る義務がある――」


QB「群衆は恐怖に耐えきれず、暴徒と化す一歩手前だ。
   ワルプルギスの夜がこの避難所に被害を出すか、内側から崩れるか、いい勝負だと思うよ」

さやか「……っ、確かに、あんまりいい空気じゃないけど……でも、まどかを犠牲にするなんて」

まどか「さやかちゃん、私――」



市職員「大丈夫――大丈夫で――痛っ、叩かないで――大丈夫ってんでしょうが!
     ああっ、もう! マーリンのヒゲ!」


274 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:20:04.31 LU3rjAJV0 665/755


◇◇◇


○月×日 見滝原市 半壊したマンションの一室


ほむら(終わり……これで終わりなの……?)


 遡行魔法は使えず、魔力も尽き、使い魔に拘束され、外では無傷のワルプルギスが待ち構えている。

 チェックメイト。もはやどれだけ頭を捻ったところで覆せない劣勢。


杏子「くっ、そ……がぁぁぁああああああああ!」


 私と同じように拘束された杏子の叫び声。同時に、視界を覆う使い魔越しにでも分かるような強い炎が部屋を満たす。

 破れかぶれ、なのだろう。だがここで自爆をしても、使い魔を数匹減らせるだけだ。


ほむら(でも――もう、そのくらいしか出来ることはない……)


 どうあがいても、まどかを救うことは出来ない。

 突きつけられるその事実に、私のソウルジェムがじわじわと黒く染まっていく。

 頭の中を、走馬灯が駆け抜けていく。経験した無数のループの記憶が高速で再生される。

 走馬灯が起こる原因は、危機に陥った際、その窮状から脱するために過去の経験を脳が反復するからだという説がある。

 だからなのかもしれない――私は声を聞いた。


「……セ……オ……」


 懐かしい声。まだ、このループでは聞いていなかった声。聞くこともないと思っていた声。


「――リセオ」


 震えながら、何かを決断したようにはっきりと響く――そんな彼女の声を。


「――グリセオ!(滑れ)」


 二条の閃光が走り、次の瞬間、私たちに覆いかぶさっていた使い魔が転がりながら離れていく。

 奇妙な光景だった。部屋や私たちの感覚になんら変化はない。

 ただ使い魔達にとって、まるでそこが急な下り坂になってしまったとでもいうように、彼らは勢いよく転がり落ちていった。

 とは言っても、全ての使い魔達が離れたわけではない。

 数匹の使い魔は、しっかりと身体にしがみ付き、離れようとしなかった。だが、


ほむら「――落ちなさい」


 自由になった右腕で、盾から大型のマシンピストルを引っ張り出す。

 照準は必要ない。弾丸をフルオートでばら撒き、私の下半身に群がっていた使い魔達を穴だらけにして排除する。


杏子「邪魔、だっ!」


 同じく、杏子も身体能力をブーストし直し、使い魔を跳ね飛ばしながら飛び起きた。


277 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:23:24.18 LU3rjAJV0 666/755


ほむら(助かった……でも、今の声は……?)


 辺りを見渡すという行動をわざわざするまでもなく、立ち上がってしまえば、自然とそれは目に入った。

 部屋の中に、緑色の炎が飛び散っている。

 自爆しようとした杏子の青い炎とは違う、エメラルドグリーンの奇妙な炎。使い魔越しに私が見た炎はこれだ。

 その火の出所は、部屋の奥に転がっている巨大なトランクからだった。


ほむら(……なに、これ)


 奇妙な光景だった。そのトランクは私の身長の半分ほどもある巨大さだが、
 それでも絶対に入りきらないであろう、巨大なレンガ造りの暖炉が、開いたトランクから"生えて"いる。

 破壊の余波でその暖炉もところどころ砕けているが、そのお陰で、炎は際限なく燃え盛っていた。

 その炎の中から、一本の腕が付き出されている。

 三十センチほどの木で出来た杖を握った、白く細い少女の腕。

 真っ直ぐに伸ばされたそれは炎に焦がされることもなく、ただ悠然とそこにあった。


ほむら「これって――」

杏子「……マミ、なのか?」

ほむら「え?」


 杏子の言葉に疑問を覚えるよりも早く、緑炎が消える。

 そこから姿を現したのは、どこかの制服の上から、マントのようなローブを身に纏った――


マミ「……良かった。間に合ったみたいね」

ほむら(巴……マミ……? なんで、彼女が)


 理解できない。何故、イギリスにいる筈の、それもただの学生である筈の彼女がここに居るのか。

 だが、その答えを出す時間もない。


ワルプルギス「キャハハハハハ!」

ほむら「……不味いっ!」


 壊れた壁から、紫色の光が差し込んでくる。

 咄嗟に時間を停止させ、二人を抱きかかえながら、壊れた壁から身を躍らせた。

 とはいえ、もともと魔力は枯渇している。大穴から外に飛び出したところで、時間停止は打ち止めになった。


278 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:24:42.00 LU3rjAJV0 667/755


ほむら「……っ、リボンで、着地を――」


 思わずそんなことを口走ってしまったのは、巴マミが居たせいだろう。

 彼女の操るリボンの魔法に、私は何度も救われていた。

 この世界の巴マミが魔法少女でないと事前に知っていた筈だが、
 彼女が鉄火場に出てきたため、その前提を忘れてしまったのだ。


マミ「へ? え、え、なにこれぇえええええ!?」

ほむら「!?」

杏子「ああ、クソ。無茶しやがって――!」


 魔女の一撃でマンションが粉みじんに打ち砕かれる音と、気づいたら空中に放り出されていた巴マミの悲鳴。
 
 そんなものを背負いながら、杏子は多関節の槍を極限まで伸ばし、隣接する別の建物の屋上に突き刺した。

 それを勢いよく縮めることで、まるでワイヤーアクションのように、私達は比較的無事なビルの上に着地する。


マミ「……な、何、今の? 急にマンションの外に……」

杏子「マミ……!」


 コンクリートの床にへたり込むマミに、杏子が近づいて行く。


杏子「馬鹿野郎! なんで、なんでこのタイミングで帰ってくるんだよ!」

マミ「佐倉さん……」

杏子「見ての通りだ。あの魔女は夏休みにあたしらが狩ってた奴らとは違う。
    たった数時間もあれば、見滝原を叩き潰せちまうような奴なんだぞ。見ろ!」


 杏子が指し示したのは、既に廃墟と化し始めている見滝原の光景だ。

 ワルプルギスの夜が居座る中心は、既にその圧力により、すり鉢状に地形が変じている。


杏子「なんでだよ……クリスマスには帰ってこなかったくせに、なんでこんな時に……」


 最初は詰るような勢いだった杏子も、次第に言葉から力が抜け、崩れ落ちるように巴マミの肩に額を預けた。


杏子「……あたしは、あんたを守りたかったんだ。マミの帰ってくる、この街を守りたかった。
    それなのに……それなのにさ……もう、守れないじゃないか……」

マミ「……」


 その背に撫でるように一度触れて、巴マミは杏子を抱き起した。

 どこか儚げに微笑みながら、巴マミは囁くように告げる。

281 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:28:29.47 LU3rjAJV0 668/755

 
マミ「私ね、全部知ってたの」

杏子「え……?」

マミ「今日、佐倉さんがワルプルギスの夜と戦おうとすることも。それが、もうどうやったって覆せないことも。
   全部、知っていて――でも、どうにもできなくて」


 風が吹く。

 どこかの書店が潰れでもしたのだろうか? 紙の束が、私たちの周りを舞った。


『巴マミが加わっても、その結果は変わらない』


ほむら(……?)


 見間違いだろうか? 確認しようとする前に、その紙はさらに風を受け、暗い空の中に吸い込まれていく。


マミ「口にできないような、卑怯なことを考えたこともあったわ――だけど、私は決めたの。
   後悔をしたくない。だから、やりたいことをやろうって」

杏子「マミ……あんた、一体……」

マミ「スコージファイ(清めよ)」


 巴マミが杖を振るう。振り撒かれた煌めきは、私たちの体に降り注ぎ――


ほむら(変身を解かず、グリーフシードも使わないで、ジェムの穢れが――?)


 ソウルジェムが本来の輝きを取り戻していく。枯渇寸前だった魔力が、体中に溢れた。


『魔法使いと魔法少女。二者が扱うエネルギーは同じもの』


 降り注ぐ紙切れと、巴マミの魔法による光。二つが相まって、まるで雪が降っているような錯覚に陥る。

 周囲は相変わらず暴風による破砕が起こり続けている筈だが、それでもこの一瞬には奇妙な静けさがあった。


杏子「マミ……あんた、魔法が?」

ほむら「魔法? でも、彼女は魔法少女じゃ」

マミ「あなたが、暁美ほむらさんよね?」


 その静寂の中で、私と巴マミが相対する。

282 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:29:06.75 LU3rjAJV0 669/755


ほむら「……貴女とは初対面の筈だけど?」

マミ「ええ。それでも私はあたなを知っている。同じ時間を幾度も繰り返していた魔法少女。
   大切なものを守るため、迷わず前に進む人」

ほむら「……貴女、一体――?」


 あまりにも状況が不明すぎて、思わずそう口にする。

 だが同時、頭のどこかで直感的に理解したこともあった。

 ループの基点より前が改変されている。それを私は、私以外の魔法少女の仕業だと思っていたが。


ほむら(その考えは、間違っていた――時間に干渉していたのは"彼女"だ)


 理論も何もないただの勘に過ぎないが、
 不思議とそれを疑問に思わないのは、私と彼女の何かが繋がっているからかもしれない。
 
 そして宙に浮かぶワルプルギスの夜を睨みつけ、彼女は名乗りを上げた。


マミ「私は巴マミ。ホグワーツの4年生。そして――」


 切り返した視線の先にある、空を覆う程の絶望を鋭く睨みつけ、


マミ「――友達と一緒に戦う為に来た、魔法使いよ」

283 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:29:52.85 LU3rjAJV0 670/755


◇◇◇


 ……ずっと考えていたんだ。


 僕にできることは何か、ずっと考えていた。

 動物的な幸福とは、つまり三大欲求を満たすことだろう。

 健康に生きて、子孫を残す。だけど複雑化した人間の感情はそれ以外の、さまざまな価値観を生み出した。

 例えば自己犠牲。ある新興宗教の教祖は、これを愛と尊び自ら十字架に掛かった。

 例えば死への憧れ。別の新興宗教の教祖は、生から離れることこそ苦しみからの解放だと謳った。

 感情を得たばかりの僕には、人類が作り出したそれら全てが、途方もなく輝かしいものに思える。

 だから、ずっと考えていたんだ。

 なにをすれば、彼女を救うことになるのかを。


◇◇◇

284 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:30:46.92 LU3rjAJV0 671/755


◇◇◇



「……なるほど、確かにその可能性はあるね。予見は覆せないが、その解釈は――
 だけど、それじゃあ結局君は」

「僕はいいんだ。それに伴うリスクは承知している。承知したうえで、そうしたいと判断したんだ」

「……だが、難しいな。途中で彼女に気づかれれば、計画は水の泡になる」

「君に協力を頼みたいのはそこなんだ。保険として作っておいた身代わりがあっただろう?
 あれを使って、マミの目を逸らしていてほしい」

「……構わないが――だが彼女が予見してしまえば無駄だぞ。
 君の居場所を知った彼女が不信感を募らせれば、計画も露見してしまう」

「だから最初に一度、計画の前に僕の居場所を予見させておく必要がある。
 "予見は絶対"だ。その重さを一番よく知っているのは他でもないマミ自身だろう」

「……なるほどね。予見の絶対さを逆手にとって、疑いを抱かせないようにするのか。
 その間に君が計画を進めると」

「ああ。タイムリミットはワルプルギスの夜の襲来まで――多分、マミのことだ。
 結局は自らの身を顧みず、友達を助けに行くと思う」

「彼女自身を守る計画でもある、か……」

「……問題は、僕が直訴してもおそらく受け入れてもらえない、というところにある。
 マミ自身の命を救うためには、圧倒的に駒が足りない。その点を煮詰めなければいけないけど――」

「前にも言ったが、私にはコネがない――神秘部だからね。他部署との関わりは薄いんだ。
 だから、君のコネを使うしかないだろう」

「僕の? でも、僕だって魔法界上層部との関わりは……」

「ダンブルドアだ。確実ではないが、彼なら力になってくれるだろう。生徒のことだしね。
 君が接触したい相手との窓口になって貰う人物としては最適だと思う」

「でも、ホグワーツに行くまでの足がないよ」

「私が連れて行くさ。通勤用の暖炉を使ってホグズミードまで飛ぼう。
 ここに来るときは機密性を重視してポート・キーを使ったが、今回はそうではないし」

「それは助かるけど……いいのかい? 君に頼まざるを得ないけれど、君がそこまでする理由は……」

「あるのさ。私が神秘部を希望した理由はね、運命に勝つ為だったんだよ。
 幼い日にそう誓ったんだ。リンゴで死んだ父が、私を守ったあの日からね」

「それって――」

「だから、君の勝利は私の勝利だ、猫君――君が勝てるように祈っているよ」


◇◇◇

285 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:31:55.12 LU3rjAJV0 672/755

◇◇◇



○月×日 見滝原市 スーパーセル中心部


 暴風が渦巻き、瓦礫が舞い、魔女たちが歌う暗闇の中を魔法少女と魔法使い見習いが駆け抜けていく。

 赤い魔法少女が使い魔を振り払い、黒い魔法少女が時を止めて援護し、魔法使いは尽きない魔力を注ぎ込んでいく。

 魔法使いが魔法を使うために用いるのは感情の力。

 友達と一緒に戦うために、その他の全てを投げ捨てる決断をした彼女の意思は、何よりも強い。

 唱えた呪文の数は十を超え、五十を過ぎ、百に届こうとしている。

 それでも、その力の底は見えない。

 感情の力。それは宇宙の栄華を極めたインキュベーターですら生み出すことのできない、あらゆる法則から外れたエネルギーだ。

 ――だからこそ、そのマイナスの極致であるワルプルギスの夜は、彼女たちの上を行った。


杏子「っ……マミ、平気か……?」

マミ「う、うん……二人が守ってくれたから……でも、佐倉さんが」

杏子「気にするなよ。マミは一撃食らったらお終いなんだからな」

ほむら「……ワルプルギスの夜。まさかここまで強大になっているなんて」


 如何に時を止め、大槍を叩き込み、呪いを掛けても。ワルプルギスの夜は傷一つ付かず、泰然と宙に浮き続けていた。

 確かに巴マミのお陰で、暁美ほむらは今やほぼ無制限に時間を止めていられるようになった。

 使い魔を問題なく蹴散らし、ワルプルギスの夜本体に攻撃を仕掛けることが可能になった。

 だが攻撃を当てる瞬間には、どうしても時間停止を解かなければならない。

 その一瞬。その僅かな空隙にワルプルギスの夜は反撃を捻じ込み、そして魔法少女たちを返り討ちにした。

 佐倉杏子の結界を紙切れのように引き裂き、巴マミの妨害呪文を無視して、
 暁美ほむらの時間停止が間に合わない速度の一撃を振るった。

 その結果が、これ。

 佐倉杏子は腹部から大量に血を零し、暁美ほむらは四肢を断たれた。

 二人に守られる形になった巴マミは軽症だが、肉体的には一般人と変わらないのだ。

 その多少の怪我で、彼女は動けなくなってしまう。

286 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:32:58.03 LU3rjAJV0 673/755


杏子「全く、嫌になるね。ここまで手合い違いだと怒る気にもならない――のを更に通り越して、死ぬほどむかつくな」

マミ(……ワルプルギスの夜。最悪の魔女――今日、佐倉さんはあれに殺されてしまう)


 もう、その予見を覆すことは出来ない。


マミ(だから、私はここに来たんだ。逃げでもいい。それでも佐倉さんを救いたいこの気持ちは本物だから。
   私は絶対に、最後まで佐倉さんと一緒にいる)


 空を睨みつける。宙を浮く巨大な魔女――かつて魔法少女だった怪物の哄笑を、指輪が翻訳した。


ワルプルギス『無駄だよ』『あなた達は何もできないよ』『全ての希望を失って』『ここで死ぬんだよ』


 幾人もの声が重ね合わさったような、不快で――そして、底抜けに悲しい声。

 あの魔女の性質は無力。

 それは死ぬか魔女になるかの二択という、どうしようもない魔法少女の構造に打ちのめされた彼女たちの嘆き。

 その集大成が、ワルプルギスの夜という最悪の魔女の正体だ。


マミ(それでも――絶望は、しない。私は無力だけど、それでも後悔をするつもりはないもの)


 震える手で、杖を掲げる。体は動かなくても、この感情が萎えることはない。

 同時、ワルプルギスの夜が紫色の魔力を練り上げて、巨大な弾丸として放った。


マミ「――プロテゴ!(護れ)」


 盾の呪文をぎりぎりで成功させ、魔力弾を受け止める。


マミ「く、うぅぅぅうううううう……!」


 だが、未成年の魔法使いがひとりで何とかできるほど、ワルプルギスの夜は軽くない。

 杖から生じた不可視の力場は瞬時に歪み、弾け、魔力弾の侵入を許そうとしていた。

 懸命に歯を食いしばって耐える。杖からはメキメキと嫌な音が聞こえる。口の中に血の味が広がった。


287 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:34:57.48 LU3rjAJV0 674/755


マミ「だけど、それでも私は――背を向けたりは、しない!」

杏子「ああ、そうだ。絶対に最後まで、あいつからは逃げないよ」

マミ「佐倉さん……」


 杖を握る手に、別の手が添えられる。佐倉杏子。折れた槍にもたれかかりながら、それでも彼女は立ち上がる。


杏子「最後の一瞬まで、抗うのはやめない。そうだろう?」

ほむら「ええ。そうよ――大人しく負けを認められるほど、私は大人じゃない」


 不慣れな回復魔法と、巴マミが名前も知らないような奇妙な道具で千切れた左腕を無理やり癒着させながら、
 暁美ほむらも不倶戴天の敵を睨みつけた。


マミ「暁美さん……!」


 未成年の魔法使いひとりでは、ワルプルギスの夜の攻撃は防げない。

 ならば話は単純だ。ひとりで足りないなら、数を足せばいい。

 感情の力は条理を覆す。それが三人分だ。


マミ(それなら、この程度の攻撃! 弾き返せないわけがない!)


 盾の呪文が変化する。プロテゴから一段上のトタラム。さらに最上級の魔法使いだけが使えるマキシマムへ。

 そうして――未だ絶望を知らぬ少女たちは、ワルプルギスの夜の放った魔力弾を相殺した。


マミ「やった――」


 全力を出し切った疲労感に、その場に座り込む。会心の魔法だ。

 これからの生涯においても、これ以上の魔法を使うことは出来ないだろう。

 頭上では紫色の光が視界を閉ざしているが、すでにその光には熱も衝撃もない。

 ただの光に変じた、ワルプルギスの夜の魔力が消え去り――



288 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:35:38.65 LU3rjAJV0 675/755


 その先に番えられた、無数の砲弾を見た。


杏子「んなっ――」


 ワルプルギスの夜の周りに浮かんでいた巨大建造物の残骸。その巨大質量を、魔女は第二陣として用意していた。

 その数は優に30を超える。もう一度盾の呪文を試みても防ぐことは叶わないだろう。

 暁美ほむらの腕も、まだ接合を終えていない。時間を止めて逃げることすら不可能だった。


ワルプルギス『死んじゃえ』


 宙を裂く轟音と共に、瓦礫の槍が、まるで流星のように降ってくる。

 回避も防御もできない。思考する時間すら与えず、無慈悲な鉄槌が下される。


マミ(それでも私は――逃げなかった)


 そうして予め来ると知っていた死を、巴マミは勝ち誇った微笑みを受かべながら受け入れた。



289 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:36:29.10 LU3rjAJV0 676/755


◇◇◇


○月×日 見滝原市 避難所


まどか「……決めた。私、魔法少女になる」

さやか「まどか!」

まどか「だって、仕方ないじゃない! 私がそうしなきゃ、みんな死んじゃうんだよ!?
     ほむらちゃんも、杏子ちゃんも、パパもママもタツヤも、さやかちゃんだって!
     私、そんなの耐えられないよ……!」

さやか「……っ」

まどか「大丈夫、私、魔女にはならないよ。皆を殺しちゃう魔女になんて、なってやるもんか……
     それを、ほむらちゃんたちに押し付けたりもしない」

さやか「……まどか。あんた、死ぬ気なの?」

まどか「ううん。違うよ。私、守るの。皆を守るヒーローになるんだよ。
     ……だから、そんな顔しないでよ、さやかちゃん。
     ごめんね。こんな、辛くなるようなことを聞かせることになっちゃって」

さやか「そんなこと! 一番辛いのはアンタでしょうが……!
     っ、決めた。キュゥべえ。あたしも魔法少女になる」

まどか「さやかちゃん……」

さやか「まどかにだけ責任を押し付けたくない。私の願いは、まどかを一人にしないこと。
     叶えられるよね、インキュベーター?」

Incubator「ああ。どんな形で叶えられるかは分からないけど、その願いで契約することは可能だ。
       君たちの決断を、僕は喜ばしく思う。さあ、祈りをささげてくれ。それで契約は完了する」


290 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:39:00.14 LU3rjAJV0 677/755


さやか「……まどか」

まどか「うん。私は、ワルプルギスの夜を――……」

さやか「……まどか?」

まどか「……ぐぅ」

さやか「は? ……っと、っとぉ! まどかが急に倒れた!?
     一体どうしちゃって……寝てる? え、このタイミングで?」

Incubator「……!」

さやか「一体、なにがどうなって……ぐぅ」バタッ


 鹿目まどかを支えていた美樹さやかも急に倒れ、二人は同じように床の上に寝転がる。

 その時になって、インキュベーターはようやく周りの状況が変化していることに気づいた。

 周囲の群衆は、相変わらず大声でわめいている――だが、その性質が変わっていた。


「お、おい――どういうことだ」「お前、いったい――?」


 群衆に落ち着くよう声をかけ続けていた市の職員が、床に尻もちをついている。

 おそらく、突き倒されたのだろう――そしてその際、壁際に設置してあった掃除用具入れにぶつかったらしい。

 その掃除用具入れの扉が開き、中から座り込む市職員と全く同じ顔をした人物が、気絶した状態で転がり出てきていた。


市職員?「……あー……」


 疑惑の視線が集中する中で、座り込んでいたそいつが取った行動は極めてシンプルだった。

 立ち上がり、埃を払うように二回ズボンはたく。そして次の瞬間にはベルトの間に挟んでいた杖を引き抜き、掲げていた。


291 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:39:53.68 LU3rjAJV0 678/755


市職員?「ドルミーテ!(眠れ)」


 一瞬で避難所を満たす閃光。それがおさまった時には、群衆は一人残らず、鹿目まどかのように床の上で眠りこけていた。

 やれやれ、と首を振る市の職員――いや、その振りをしていたそいつは、段々と元の姿を取り戻しつつあった。

 日本人特有の黒髪は桃色に、男性の体つきは小柄な女性の物へと変じていく。

 最後に、だぼだぼになったスーツを振り回すようにその場で一回転すると、その服装も"魔女"のものに変わっていた。


「あーもう! 失敗した! マッド-アイに怒られる! やっぱりロッカーにも検知不可能拡大呪文を掛けとくべきだった!」

「トンクス、そりゃ仕方ねーことだろう」


 喚く桃色頭に呼応するように、ばさり、と何か布を取り払うような音がした。

 同時、ひとりの男がまどかとさやかの傍に現れる。

 男も杖を持っていた。どうやら、先に少女二人を眠らせたのはこの男の仕業らしい。


「なにしろ、準備する時間なんざほとんどなかった。入れ替わるんで精一杯だったろうがよ」

トンクス「そうは言うけどね、マンダンガス。マッド-アイに怒られるのを想像してみてよ。
     あの人、私にはやたら厳しいんだから」

マンダンガス「それこそ、しかたねーさ。奴さんが手塩にかけた弟子なんだから」

トンクス「あーもう本当に……ってそれより、煙草臭いよ。この距離でもにおってくる。
      それじゃあ透明マント着ててもばれちゃうでしょ」

マンダンガス「……俺ぁ闇祓いじゃねえし、そんなとこまで気づかねえよ。
         それにどうせ、普通のマントに目くらまし術かけただけの粗悪品だ。ニーズルも騙せねえさ」

トンクス「じゃあそれ、売ったりしないでちゃんと返してよ。
     どうせちょろまかした挙句、『マッド-アイ謹製の~』とか謳って売りさばく気だったでしょ」

マンダンガス「は、ははは、はあ? 何を馬鹿なこと――って、おい。猫が、ああいや、インキュベーター?
         とにかく居なくなっちまってる」

トンクス「ええ!? ちょっと! 捕まえておかなかったわけ!?」

マンダンガス「んなこといったって、猫一匹くらい、逃げようとしてからでも捕まえるのはわけねえと……」

トンクス「説明聞いてなかったの!? その猫は、私達を星ごと塵にしちゃえるんだから!
     マドカとサヤカ、それに接触するインキュベーターの監視はアンタの仕事だったでしょうが!」

マンダンガス「あ、あー……それじゃあ俺ぁ、ちょっくら猫を探しにいってくる――」パシッ

トンクス「あっ、ちょ――姿くらましした! もう! ……はぁ。とりあえず、どうしたもんかな、これ。
      法案可決までここを守るのが私の仕事だったけど……」


 溜息をつきながら、トンクスは身じろぎもせずに眠る大勢のマグルを眺めていた。

 と、そこにまた新たな人影が虚空から現れる。


ルーピン「――ナイスタイミングだね、トンクス。たったいま、法案は可決したよ。私がそのメッセンジャーだ」

トンクス「リーマス! ああ、よかった。もうさ、本当にどうしようかなって……」

ルーピン「……ああ、なるほど。全員眠らせたのか。失敗した?」

トンクス「うー、ちょっとだけ……マッド-アイには秘密にしてね?」

ルーピン「……君がムーディに嘘をつき通せるとは思わないけどね。
      どのみち、もう時間だったんだ――さあ、もう一仕事だ。行こう。
      既にみんな動き始めている。ここはもうすぐ派遣されてくる忘却術士達が何とかするだろうさ」

292 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:41:43.60 LU3rjAJV0 679/755


◇◇◇


○月×日 見滝原市 スーパーセル中心部


 予想した衝撃がいつまでたっても来ないことを訝しみ、巴マミはいつの間にか閉じていた瞳を開けた。


マミ「……え? これって……」


 見れば、射出された瓦礫の砲弾は、その全てが空中に縫い付けられたようにぴたりと止まっていた。


マミ「暁美さん、時間を――?」

ほむら「……私じゃないわ。まだ左腕は動かないし……それに、あなた達は普通に動けている」

杏子「風も吹いてるしな……一体、なにがどうなって」


「――ピエルトータム・ロコモーター(全ての石よ、動け)」


 声は後ろからした。その聞き覚えのある声に、思わず振り返る。


マミ「……そんな、どうして……」


 そこには"魔女"がいた。

 四角い眼鏡にひっつめ髪。黒いローブとマントを纏った、厳格そうな老婦人。

 それは巴マミのような見習いではない、正真正銘の魔女だった。


293 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:42:56.00 LU3rjAJV0 680/755


マミ「マクゴナガル先生――!?」

マクゴナガル「久しぶりですね、トモエ。息災――とは言えませんが、それでも元気そうで何よりです」


 常人ならば立っていられないほどの暴風の中、ミネルバ・マクゴナガルは何の気なしにそう返してくる。


マミ「どうして――先生が、どうしてここに?」

マクゴナガル「私がここに来たのは、仕事だからですよ」


 なにやら聞き覚えのある台詞を口にして、マクゴナガルは巴マミの瞳を覗き込んだ。


マクゴナガル「トモエ。私は貴女にホグワーツに残る意思があるかどうか、確認するためにここに来ました」

マミ「え……? でも、退学届はフィルチさんに渡して」

マクゴナガル「ああ、これですか」


 言いながら、マクゴナガルはローブのポケットから四つ折りにされた書類を取り出した。

 その書類には退学する意思がある旨と、巴マミのサインが綴られている。だが、


マクゴナガル「"ちょっとした手違い"で、変身術の練習に使った紙をアーガスに渡してしまいまして。
         これは、退学届として機能しないのですよ」


 言った瞬間、書類に印字されているサイン以外の文字がうねうねと蠢き、構成する文章を変えていく。

 大した時間もかからず、退学届が"ミネルバ・マクゴナガルを後見人として指定する"と記された書類へと変じた。


マミ「後見人、って――」

マクゴナガル「危うく、詐欺師のような真似をしてしまうところでした。
         きっと"最初からこの書類だったら貴女はサインをしなかった"でしょうしね」


 予見の力に怯えていた巴マミは、その申し出を拒んだだろう。

 彼女は孤独を恐れていたが、同時に、親しい誰かを思うことも我慢していた。

 後見人――それはつまり、ハリーにとってのシリウスと同じ立ち位置だ。


294 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:43:51.62 LU3rjAJV0 681/755


マミ(……両親のいない私がホグワーツを退学したら、その先にあるのは……
   普通の学校にも行ってないし、魔法も使えなくなっちゃう……)


 その先行きは、決して明るいものではなかっただろう。

 そのことを一番心配してくれていたのは、誰だったのか。


マミ「……先生。もしかして、それ」

マクゴナガル「いいえ、ただのミスです」

マミ「でも――」

マクゴナガル「トモエ。私がまさか、職権を乱用した挙句、生徒を騙すような真似をすると?」


 三人を通り越すように、マクゴナガルが前に歩み出る。

 それはまるで、見られたくない表情を隠すように。


マクゴナガル「さあ、トモエ。改めて聞きますが、あなたはホグワーツに残る意思がありますか?」

マミ「私は――でも、予見の力が……それに、私は」

マクゴナガル「私が訊ねているのは」


 マミの言葉を遮るようにして、マクゴナガルはいつものように鋭く言葉を放った。


マクゴナガル「貴女が一体どうしたいのか、ということです」

マミ「……私が、どうしたいか」

マクゴナガル「そうです。自ら道を狭めるような考えはおやめなさい。
         貴女が成したいこと。ただそれだけを思い浮かべなさい」

マミ「私、は……」


 佐倉杏子と一緒に、ここで死ぬまで戦うつもりだった。

 予見を覆すことができないと知っていても、それが無駄な行為だと知っていても、抗おうとした。

 ――だけど、もし。死の予見なんてものが無くて。

 ただ平和な時間を過ごすことが出来るのなら、今の自分は何を望むのか。

295 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:45:48.97 LU3rjAJV0 682/755


マミ「私は……皆と一緒に居たい。佐倉さんとも! ホグワーツのみんなとも!
   ずっとずっと、一緒がいい!」

マクゴナガル「――なるほど。ではもう、これは要りませんね」


 マクゴナガルが手を放すと、風に煽られた書類は、遥か彼方へと飛んで行った。


マクゴナガル「マミ。貴女は再び前に歩み出した。その勇気を、私はグリフィンドールの寮監として高く評価します。
         そして貴女がそれを選択するのなら、私も約束を果たしましょう」


『――マミ。ホグワーツの学生である限り、私は絶対に貴女を見捨てはしません』


マクゴナガル「教師とは先達者。生徒に道を示す者。
         ならばその道を塞ごうとする大馬鹿者を取り除くのも、我が仕事のうち」


 ミネルバ・マクゴナガルが、希代の魔女が杖を振るう。

 宙に静止していた瓦礫の大群が、一斉にその形を変じ始めた。


ほむら「これは……」

杏子「……これがマミの言ってた"魔女の先生"か」


 ただの瓦礫に過ぎなかったものに仮初の命が吹き込まれ、それらは巨大な竜の石像へと"変身"する。

 数十にも上るドラゴンの群れが、ワルプルギスの夜の嘲笑をかき消すように咆哮した。


マクゴナガル「あらゆる障害、あらゆる理不尽、あらゆる困難。
         生徒がそれと立ち向かう時、常に私達も傍にある。そしてその悉くを粉砕して見せましょう」


 ワルプルギスの夜が無数の魔力弾を放ち、使い魔が石竜を拘束せんと舞い踊る。

 それでも半分以上の竜がそれらを掻い潜り、ワルプルギスの夜へ食らいついた。

 さしもの大質量による突進に、ワルプルギスの夜の巨体が揺らいだ。


マクゴナガル「お聞きなさい。私の名はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ変身術教授にして、マミの師」


 ワルプルギスの夜が笑いながら身を捩る。砕けた石竜の破片は、そこからさらに小さな百舌鳥へと変化した。

 無数の鳥の群れが、使い魔達を翻弄するように飛び回る。


マクゴナガル「――そして、教育して差し上げましょう。怪物に対する、魔法界の流儀を」

マミ「"魔法界"の……?」


 マクゴナガルの言葉尻を捕えたマミが、疑問の声を漏らした瞬間。

 その問いに答えるかのように、見滝原のあちこちから、数百の閃光が打ち上げられた。

296 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:47:35.11 LU3rjAJV0 683/755


◇◇◇


某日 魔法省 魔法大臣室


ファッジ「……うーむ」


 その日、コーネリウス・ファッジ魔法大臣は落ち着きなく部屋の中を歩き回っていた。

 その直接的な原因は、数ヶ月前、わざわざダンブルドア自身が伝えにきた情報のせいだ。


ファッジ(例のあの人が復活したなど……確かにある程度の証拠はあるようだが……)


 正直なところ、それを認めたくないという気持ちは多分にある。

 "あの人"は魔法界における恐怖の象徴だ。とくに活動の拠点でもあったイギリスではその傾向が強い。

 数年間、自分は魔法大臣として職務を果たしてきてそれなりに自信もついたし、この椅子に愛着もわいた。

 そこにきてあの人の復活などという大スキャンダルは、出来れば目が覚めたら無くなっていて欲しい物の筆頭だった。

 だからこそ"今しばらく、この事実を公表することは控えるように"というダンブルドアからの忠告を、自分は頑なに守っている。

 多分、言われなくてもそうしただろうが、ダンブルドアからのお墨付きという後ろ暗い免罪符によって、多少は心苦しさも減っていた。

 とはいえ、このままでは何の解決にもならないということは流石にわかる。

 夏休みの宿題を、確実に来ると分かっている最終日まで溜めている気分だ。


ファッジ(しかし……この件が解決できるとして、本当にそんな人物がいるものだろうか?)


 つい先日、ダンブルドアがまた新たに連絡を寄越してきた。

 なんでも、あの人に対抗できる力を持った人物とコンタクトが取れたらしい。

 その人物が今日ここに、そろそろやって来る筈だった。だからこそ、こうして落ち着きなく部屋を歩き回っているのだ。


ファッジ「……それにしても、何で私のところにくるのだろうか?
     そんな凄腕の魔法使いがいるなら、ダンブルドアと組んで勝手にやっつけてくれればいいのに」

「それはできないよ、コーネリウス・ファッジ。僕は慈善事業をやっているわけじゃないからね」

ファッジ「……!? だ、だだっ、誰だ!」


 唐突に響いた声に、思わず狼狽する。

 周囲を見渡しても、声の主らしき人物はいない。咄嗟に緊急用の執行部直通ベルを鳴らそうとして、


「そう慌てないでくれ。僕は君に敵意を持っていないし、姿を消してもいない。
 君の視線が高すぎるんだ。もっと下だよ」

ファッジ「……猫?」


 言われて視線を下げると、確かに自分の足元に、一匹の白い猫のような生き物が佇んでいた。

297 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:48:08.75 LU3rjAJV0 684/755


ファッジ「おやおや――職員のペットかな? それだったら、今の醜態は忘れてくれると嬉しいのだが。
      ほら、お菓子をあげよう。だから早く、ご主人様の下にお帰り。もうすぐ来客があるんだ――」

QB「やっぱり覚えていなかったか。まあ、半年以上前に一度会っただけだからね。
   期待はしていなかったけど」

ファッジ「?」

QB「どうでもいいことだよ。それより、その来客っていうのは僕のことだ。
   ダンブルドアからメッセージは受け取っていただろう?」

ファッジ「君、が? ペットとかじゃなくて? ……私を担ごうとしているのかね?」

QB「いいや。真面目な話さ。なんなら、ダンブルドアに確認してくれてもいい」

ファッジ「……そこまで言うなら。それで? あの人に対抗できる力を持っているとのことだったが……
     まさか君が例のあの人を倒してきてくれるとでも?」

QB「いいや、そんなことは無理だ」

ファッジ「……まあ、君の姿を見てその答えを予想していなかった、と言えば嘘になる。
      が、それならなんでダンブルドアは君を送り込んできた? 癒し効果かね?」

QB「僕自身が倒すのは無理だ、と言ったのさ。僕はただ協力するだけ。
   そして僕が協力すれば、確実にヴォルデモート卿に対抗できるだろう」

ファッジ「ああ、その名前をあまり呼ばないでくれると――
     それに協力する相手を選ぶなら、私よりダンブルドアの方が良いのでは?」

QB「いいや。ダンブルドアでは不可能だ。これは君にしかできない」

ファッジ「私が? はっは、馬鹿をいっちゃいけないよ。私がダンブルドアに勝る点など、ひとつも――」

QB「僕が重視したのは、どんな能力を持っているか、ではない。
   どんな素質をもっているか、ということだ」

ファッジ「……私がそれを持っていると?」

QB「ああ、その通りだ。君はダンブルドアにはない、この計画に必要な素質を持っている。
   それが無ければ例のあの人は倒せないし、僕の要求に応えることもできない」

ファッジ「私が、ダンブルドアを……いや、待て待て待て。要求? 要求だと?」

QB「そうだ。最初に言っただろう。これは慈善事業じゃない。
   見返りを求めて、その分の報酬を与える。それだけの事に過ぎない」


QB「――だから、僕と契約してくれ。コーネリウス・ファッジ」


298 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:50:20.68 LU3rjAJV0 685/755

◇◇◇



「ステューピファイ!(麻痺せよ)」

「ディフィンド!(裂けよ)」

「コンフリンゴ!(爆破せよ)」


 花火のように打ち上げられた数百の閃光が、色取り取りに夜を照らした。

 燃やし、砕き、凍らせ、押しつぶす。あらゆる作用が、同時にワルプルギスの夜へ収束する。


マミ「あれが全部、魔法?」

杏子「……すげえ、そこら中に"居る"」


 魔力によって強化された佐倉杏子の視覚は、閃光を打ち上げた彼らの姿を見て取った。

 暗闇や瓦礫に紛れて、突如現れた老婦人と似たような恰好をした無数の人影が杖を掲げている。


マクゴナガル「……採決が間に合いましたか」

マミ「採決、って――……! 先生、危ない!」

杏子「っ」


 無うすの石像を動かしているマクゴナガルを狙うように、四方から使い魔が押し寄せてくる。

 マミは先ほどの一撃ですでに力を使い果たしていた。咄嗟に杏子が槍を構えようとするが――


「――悲鳴を上げるくらいなら呪文の一つでも唱えろと、わしの偽物は教えなかったのか?」


 それよりも早く、新たな人影が間に割り込んだ。


マミ「……え?」

「なら、教えてやろう。敵の陣地では常に360度、土の中まで警戒することだ。
 援軍が来たからといって気を抜くようでは、その隙を刺される。左様――」


 一瞬で、複数の使い魔が地に叩き落とされる。

 その中心にいるのは一人の老人だ。

 傷だらけの凶相に収まった魔法の義眼が、ぐるぐると節操なく回転していた。

300 : 以下、新鯖からお送りいたします[... - 2013/09/04 21:51:55.00 LU3rjAJV0 686/755


ムーディ「――油断、大敵」

マミ「ムーディ先生!?」

ムーディ「お前さんが知ってるのは偽物の方だろうがな」


 ふん、と鼻を鳴らし、マッド-アイ・ムーディは生身の方の目でマミを見つめた。


ムーディ「お前がトモエか。一応、礼を言っておくぞ。お陰で早々に復帰できた。
      わしを襲った死喰い人も、アズカバンに叩き戻してやったしな」

マミ「あ、あの、いえ。私、大したことは――それより、これってどういう……」

ムーディ「どういう状況か、か? 見たままだろう」


 いまだ途切れることない呪文の群れを、忙しなく動く義眼で追いながら、ムーディは呟く。


ムーディ「オーラーにマジカルロウ・エンフォースメントスクァード。その最精鋭であるヒット・ウィザーズ。
      更には執行部以外の部署からも魔法に秀でた者を選抜し、引き抜いてきた。
      イギリス魔法省――いや、イギリス魔法界に在る全戦力。それが集結している」

マミ「全戦力、って……」

ムーディ「本来、こんな無茶な動員は出来ん。空前絶後。まさしく歴史的な出来事だ。
      ここまで大勢の魔法族が一か所に集まり、組織的に杖を振るうなどな」


 呪文の弾幕が着弾し、弾ける魔法の光にワルプルギスの姿が覆われていく。


ムーディ「戦力的には、ドラゴンだろうがキメラだろうがヴォルデモートだろうが倒せるだろう。
      ……まあ、もっともそれを出来なくさせたからこそ、ヴォルデモート卿は恐るべき存在だったわけだが」

マミ「あの、そうじゃなくて……一体、どうしてここに……」

ムーディ「無論、お前さんを助けに来た――訳ではないぞ。
      ひとりの魔法使い見習い、ましてやマグルどもの為にイギリス魔法省は動かん。
      魔法省が動くのは法に基づき、大臣が命じた時のみだ」

マミ「法律……でも、"魔女"のことなんて、魔法界の人は誰も」

ムーディ「ほんの数分前に、ここ数ヶ月ほど省内で極秘に審議されていた、とある法案が可決された。
      プエラ・マギ・コード。"魔法少女法"だ。提出したのはコーネリウス・ファッジ」

ほむら「魔法少女……ですって?」

ムーディ「うん? ああ、お前さんが"そう"なのか――小娘の集まりと聞いていたが、なかなかどうして、ふむ」



301 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:54:43.59 LU3rjAJV0 687/755


 ムーディはじろりとほむらを、正確にはほむらの周囲に散らばっている使い魔の残骸を見た。

 先ほど飛びかかってきた使い魔の内、半数を叩き落としたのは、この黒い魔法少女だったのだ。


ムーディ「――今の闇祓い局にいるひよっこ共なんぞより、よっぽど修羅場を潜っているようだな。
      ならば、なるほど。ファッジの演説も、誇大妄想だったわけではないのか」

マミ「あの、なんで大臣が魔法少女のことを?」

ムーディ「さあな、そこまでは知らんよ。だが奴は魔法少女の存在や、その力の"危うさ"も知っていた」

ほむら「……ソウルジェムの秘密のことね。それで?」

ムーディ「ファッジはお前さん達の存在を公表すると同時、その庇護を訴えた。
      曰く、お前さん達はわしらと同じ力を持っていて、おまけに悲劇的な存在だと。
      それを見て見ぬ振りをすることは魔法族として恥だとか、まあ耳障りの良いことを色々とな」

ほむら「つまり貴方達は……私達を助けに来た?」

ムーディ「より正確に言えば、あのワルプルギスの夜とやらを倒しに来たのさ。
      魔法少女法は、ざっくり言えば魔法少女をマグルとは別の存在だと定義し、魔法界の一員だと認めるものだ。
      省内に新しく魔法少女対策委員会を設け、ソウルジェムの浄化や、魔法界での就職支援などを行う」

ほむら「……聞いた限りじゃ、わざわざここまで、大人数を引き連れてやってくる必要はないんじゃないかしら」

ムーディ「最後まで聞け。魔法少女法には"魔獣"に関する条項も定められているのさ」

ほむら「魔獣?」

ムーディ「ああ、お前さんらは"魔女"と呼んでいるんだったか?
      だが紛らわしい上に、それじゃあ士気も上がらんのでな。呼び方は改めさせて貰った。
      ともかく、魔法少女法では"魔獣"を有害な魔法生物と認め、その駆除を行うとある」

ほむら「……それでも、ここまで大部隊を送れるものなの?
     並大抵の労力じゃなかったはずよ。リスクに見合うような見返りだってない。
     わざわざ苦労を背負いこんでいるようなものじゃない」

ムーディ「随分と疑ってかかるじゃないか、ええ?」

ほむら「昔、騙されたことがあってね。上手い話は信じないようにしているの」


302 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:56:41.66 LU3rjAJV0 688/755


ムーディ「まあ、警戒しない馬鹿よりは数倍ましだがな。
      しかし実際、そう突っ込まれるとわしは答えることが出来ん。
      さきほども言ったが、確かにこんな大人数を、しかも他国で動かすなど普通は不可能だ」

ほむら「……」

ムーディ「魔法少女法は、イギリス魔法省内で定められた法律だからな。
      この国の魔法省に対する影響は、少なくとも未だない。
      世論の反発やらなにやらもあるだろうしな。お前さんの言う通り、不自然な状況ではある」

ほむら「なら、どうして?」

ムーディ「さっきも言ったが、正確な理由をわしは知らん。これをほぼ独断で強行したのはコーネリウス・ファッジだ。
      奴の一声で、この法律は制定され、今回のワルプルギスの夜討伐作戦も決まってしまった」

マミ「ファッジ大臣が……? でも、あの……」

ムーディ「お前さんの言いたいことは分かる。ファッジはそんな強権を振るえるタマじゃない。
      支持率も低空飛行だし、カリスマもない――少なくとも、ついこの間まではそうだった」

マミ「今は違うんですか?」

ムーディ「ああ。奴はいまや"英雄"だ。しかも国内だけではなく、全世界でな。
      だからこそ、こんな無茶を押し通せるというわけだ」

ほむら「……その人、一体何をしたの?」

ムーディ「お前さんに言っても、その意味は伝わらんと思うが……一ヶ月ほど前のことだ」


 未だに納得できない、という表情を傷だらけの顔の片隅に浮かべながら、ムーディはその事実を告げた。





ムーディ「――復活したヴォルデモート卿が、ファッジの手によって捕縛、処断されたのだよ」





.

304 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 21:59:44.49 LU3rjAJV0 689/755

◇◇◇


一ヶ月前 魔法省 とある一室


ヴォルデモート(……ここは……?)


 ヴォルデモートが目を覚ました時、そこは自分がいた筈の廃屋ではなく、清潔な建物の一室だった。

 そして辺りを見渡すまでもなく、真正面に立っていた人物の声を聞くことによって、
 自分が最大の窮地に立たされていることを思い知らされる。


ダンブルドア「お目覚めのようじゃのう、トム。こうして君と向かい合うのは何年ぶりじゃろうか?」

ヴォルデモート「……ダンブルドア!」


 咄嗟に腰に手を伸ばす――が、そこに杖の感触はない。


ダンブルドア「探しているのは、これかね?」


 手慰みのように、目の前の老人が自分の杖をくるくると回していた。

 あのダンブルドアの前で、自分は無手を曝している――


ヴォルデモート「貴様、俺様の杖を……いやそれよりも……」


 これは、どういう状況なのか。

 室内には自分達二人の他にも、複数の人影があった。

 こちらに杖を向ける、フードを目深に被った闇祓いらしき魔法使い。その奥に、守られるように佇むコーネリウス・ファッジ。

 その存在と現状の意味不明さに、ヴォルデモートは油断なく周囲を見渡した。

 改めて確認してみれば、囲まれて杖を突きつけられてはいるものの、特に体が拘束されているわけでもない。

 ただし、直前の記憶が一切存在しない。久しく覚えることのなかった不気味さに、ヴォルデモートは歯噛みをした。


305 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 22:02:01.38 LU3rjAJV0 690/755


ヴォルデモート「……どういうことだ、これは。
          ダンブルドア、貴様が何か俺様も知らぬ魔法でも使ったか?」

ダンブルドア「それは半分当たりで、半分外れというところじゃのう」

ヴォルデモート「なにを?」

ダンブルドア「君がここに居るのは闇祓い達による"服従の呪文"によるものじゃ。
        君に操られていたクラウチ氏がその昔、彼らにその権限を与えたことは知っておろう?」

ヴォルデモート「……ホグワーツに潜入させていた俺様の忠実な死喰い人はしくじったということか。
          だが、服従の呪文だと?」


 ヴォルデモートは訝しむ。そんなものを掛けられた覚えが一切ない。

 一対一で自分に勝てる魔法使いなど存在しない。目の前のダンブルドアとて、そこまで実力差はないだろう。

 そもそも、闇祓いとはいえ、そこらの魔法使いに自分が支配されるということは考え辛い。

 有り得るとすれば複数人の魔法使いに呪文を掛けられた場合だが、
 それほどまでの大人数が動くのなら、自分は事前にそれを知ることが出来ていた筈だ。


ダンブルドア「ああ、確かにのう、トム。君に気づかれぬよう忍びよって"服従"させることはわしにも無理じゃろう。
        つまり謙遜せずに言えば、そんなことは誰にもできんというわけじゃな」

ヴォルデモート「……俺様をその名前で呼ぶな」

ダンブルドア「トム。トム・マールヴォロ・リドル。君はある意味で、わしよりもよほど偉大な魔法使いじゃろう。
        じゃが世の中は常に未知で溢れておるよ。君が、かつてはホグワーツの存在を知らなかったように」


 そう言いながら、ダンブルドアは懐から宝石をいくつか取り出し、中央の机にひとつひとつ丁寧に並べていく。

 ブラックオニキスのような深い闇色をした、卵型の石だった。


ヴォルデモート「これがなんだと――?」

ダンブルドア「先ほど言った、"当たりの半分じゃよ"。わしも知らなかった異星の技術。
         契約を交わし、願いを対価に生み出されるもの」


 七つ目の宝石を置き終ると、ダンブルドアは少しだけ悲しげに笑った。


ダンブルドア「――凝固した魂。名を、ソウルジェムという」



306 : 以下、新鯖からお送りいたします[... - 2013/09/04 22:04:53.03 LU3rjAJV0 691/755

◇◇◇


死の予見より一ヶ月後 ホグワーツ 校長室


ダンブルドア「……なるほど、理解はした。君の計画も、その為に君が支払うという対価についても」

QB「……」

ダンブルドア「まず、君の計画についてじゃが――確かに上手く行く確率はある。というより、最善手じゃろうな。
         運命に打ち勝つ方法はいくつかある。君の考えたそれは、その中でも確かに上手い」

QB「なら、力を貸してくれ。マミは君の生徒でもある筈だ。彼女を救う義務がある。
   それに、見合う対価は払うと言った筈だよ」

ダンブルドア「……ヴォルデモート。トム・リドルの捕縛」

QB「ヴォルデモートは、滅びたといわれる今もなお、名前を呼べないほど恐れられている。
   何故なら、彼の死を確認した者が誰もいないからだ。実際、復活したようだしね。
   どうして彼が復活したのか――その仕組みを僕は知らない。それでも、彼の魂を完全に滅ぼすことは出来る」

ダンブルドア「それが、このソウルジェムか」


 ダンブルドアは手の中にある黒い宝石を見つめた。

 それは、ついさっき目の前で、キュゥべえが"トム・リドルの日記から抽出した"ソウルジェムだ。



307 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 22:05:53.73 LU3rjAJV0 692/755


◇◇◇


『君が願えば、そうだ。君はかつての力を取り戻せる。僕にはその願いを叶える用意がある。
 君には魂と意思がある。最低限そのふたつが揃っていれば、契約には十分だ』

(ならば――)


 迷うことは、ない。


(叶えろ。僕に力を寄越せ。かつての記憶を、力を僕に与えろ)


『いいだろう。合意の下、確かに契約は成立した。その願いを叶えよう、トム・リドル。
 君の祈りは、エントロピーを――』






QB『――凌駕"しない"』






(……なに、を――?)

QB『それでも叶えよう。取り返しのつかない契約を結ぼう。
   宇宙の為でなく、僕の為に魂を差し出してくれ』



◇◇◇

308 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 22:10:38.55 LU3rjAJV0 693/755


QB「彼が復活できた詳しい理由は分からない。だけどこの前ここに来た時、この日記を見て大体の事情は悟った。
   ヴォルデモート卿の日記には記憶だけじゃなく、彼の魂――それも、酷く傷ついたそれが封じられている。
   おそらく、彼が復活したというのはこれが原因なんだろう?」

ダンブルドア「分霊箱。ホークラックスという。君の言う通り、分割した魂を保存する禁断の魔法じゃ。
        これがある限り、真の意味でヴォルデモート卿を滅ぼすことは出来んし、
        分霊箱自体も、並大抵の手段では破壊することが難しい」

QB「だけど、ソウルジェムにしてしまえば簡単だ。ジェム自体の物理抵抗や魔法抵抗は皆無に等しい。
   簡単に魔法の影響下におけるし、ハンマーを使えば砕いてしまえる。
   もっとも、契約を結ぶという相手の了承が無ければ抽出できないけどね。この日記に記憶が封じられていたのは幸いだった」

ダンブルドア「……彼は、この日記は何を願ったのかね?」

QB「"かつての力を取り戻したい"。望みの通り、日記としての力、即ち記憶を元に戻しておいた。
   もっとも、それだけだ。魔法少女としての素質は無いから、魔法を使うこともできない」

ダンブルドア「なるほど……新たな脅威となることはない、か。
         しかし、分霊箱はあと六個あるのじゃが?」

QB「分割されていたとしても、元はひとつの魂だ。既に僕は、この魂の願い事を叶えた。
   残りの分霊箱からは、もう自由に魂を抽出し、ソウルジェム化できるだろう」

ダンブルドア「まるで詐欺のような手法じゃな」

QB「君に言われたくはないな――計画に協力してもらう見返りとして僕はこの提案を挙げたけど、
   おそらく君の中では既に、似たような計画の素案があった筈だ」

ダンブルドア「……」

QB「マミの記憶を見た時から、君は僕の能力を知っていた。"誓い"でマミが禁じたのは、記憶を外部に漏らすこと。
   逆に言えば、君は頭の中でそれをどうとでも利用できたわけだ。
   分霊箱の位置も、あの質問で分かっていたんだろう?」


◇◇◇

ダンブルドア「――もしもヴォルデモート卿が、自分の魂と同じくらい価値のあるものを隠すとしたら、
        一体それは何処にあると思うかね?」

◇◇◇



QB「あの質問は、マミが本物の予見者かどうかを調べる為だけのものじゃなかった。
   つまり君はマミの記憶を見てからのごく僅かな時間で、この計画を考え付いたんだ」



◇◇◇

QB『……契約のシステムは、個体そのものに搭載されている。当然、僕にもだ。
   通常のインキュベーターが効率を重視して素質のある二次性徴期の少女としか契約しないことを考えると、
  それを無視できる僕の方が、契約できる対象に関しては幅広いともいえる』

◇◇◇


QB「君にとって僕が今日ここに来たのは、まさに鴨が葱を背負ってやってきたようなものだろう。
   君は怖いほど正確に、事態の推移を予測していた――」

ダンブルドア「……あまり悪者扱いせんでくれ。確かに君に協力して貰えれば、とは考えていた。
        じゃがミス・トモエの件を交渉材料にしようと思ったことはないし、
        彼女を救いたい、と思っているのはわしも同じじゃよ」

QB「じゃあ――」

ダンブルドア「ああ、協力を約束しよう。コーネリウスへの取り次ぎは任せるが良い。
        ……しかし、彼は君の計画に乗ってくると思うかね?」

QB「ほぼ間違いなく。コーネリウス・ファッジは為政者として、もっとも大切な素質を持っている。
   自らが愚か者であるということを受け入れ、正しい助言を受け入れることができる、という素質だ」

QB「もっとも、長らく権力に触れ続けたせいで、今のポジションに固執し始めてもいるようだけどね。
   だからこそ、そのポジションを盤石にできる僕の提案には必ず乗ってくる。
   ヴォルデモート卿を打ち倒した英雄という名を手に入れる対価としてなら、マミを救うことを約束してくれるはずだ」

ダンブルドア「なるほど、のぅ――ならば、わしは分霊箱を集める準備をしておこう。
        内ひとつは常に奴の傍にあるようじゃが、残りの5つがあれば"服従"させることも容易じゃろう」

309 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 22:13:06.65 LU3rjAJV0 694/755


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ダンブルドア「――あとは分かるかのう。君は優秀な闇祓い達の服従の呪文により、自らここにやってきた。
         そして君のペットであり、同時に分霊箱でもあったあの蛇からソウルジェムを抽出し、
         そうして今のこの状況というわけじゃ。ああ、クィレル先生は今頃アズカバンにおるじゃろう」

ヴォルデモート「この石ころが、俺様の魂だと……!?」

ダンブルドア「その通り。そして、既に分霊箱としての性質は失っておる。
        君が掛けておった呪いの類も、全て解呪されてしまったよ」

ヴォルデモート「馬鹿な――」

ダンブルドア「……こういった結末になってしまったことに関して、わしは君に謝らねばならぬ。
         トム。君の持つ優れた才能を、正しい方面に発揮させてやれなかったのは、
         まことにわしの力不足じゃった……」

ヴォルデモート「黙れ……! 勝った気でいるなよ、ダンブルドア!」


 叫び、ヴォルデモートは右腕を強く伸ばした。

 狙いはヴォルデモートのもっとも近くにいた、酷く小柄な闇祓いだ。


闇祓い「……!」

ヴォルデモート「忘れたか? 俺様があの薄汚い孤児院で、マグルの餓鬼どもを支配してい事を。
          杖などなくとも、俺様の力は完全に制御されている……!」


 見えざる力が働いたように、闇祓いの手から杖が飛び出し、ヴォルデモートがそれを掴み取る。

 ファッジとダンブルドアの瞳が、驚愕に見開かれた。

 
ファッジ「!? な、なにをやっている!? 制圧しろ!」

ヴォルデモート「遅い――アバダ・ケダブラ!(死ね)」


 その場に居る誰よりも速く、ヴォルデモートは死の呪文を唱え終わった。

 姿くらましをしても、このソウルジェムとやらが存在する限り、自分に勝ちの目は無い。

 この場で、全員を皆殺しにするしかない。


310 : 以下、新鯖からお送りいたします[... - 2013/09/04 22:15:17.62 LU3rjAJV0 695/755


ヴォルデモート「……な!?」


 だが、それは叶わなかった。

 ヴォルデモートの手の中にある杖が、魔法を発しない――それどころか、いまやそれは杖ですらなくなっていた。

 ゴムで出来た、アヒルの首にすり替わっていた。


ダンブルドア「ああ、それと――もうひとつ、言っておかねばならないことがあった」


 ダンブルドアの声を尻目に、状況は動き続ける。

 杖を取られた、小柄な闇祓いが動いた。

 ポケットから、友人の兄たちに貰った試作品のだまし杖ではない、"本物の杖"を抜き取り、素早く構える。

 その反動で、目深に被っていたフードがぱさりと落ち、その下から眼鏡と、稲妻の形をした傷が見えた。


ヴァルデモート「ハリー・ポッター――!?」

ハリー「エクスペリアームス!(武器よ去れ)」


 如何にヴォルデモートが最強の闇の魔法使いと言えど、杖無しでは、完成された呪文を防ぐことは出来ない。

 真紅の閃光が直撃し、ヴォルデモートは壁に叩きつけられた。

 薄れていく意識の中で、ダンブルドアの声が響く。


ダンブルドア「君も前半分を昔、部下から聞いたことがあるじゃろうが。
         ハリーには、君を倒すという予言がされておったのじゃ。
         じゃから君を正しく打ち破るためには、どうしても一度、ハリーに打ち倒して貰わねばならなかった」

ダンブルドア「そうでないと"予見されていた機会はまた別にある"ということにもなりかねんからの。
         故に、こうしてハリーにも協力をお願いしたわけじゃが――」

ダンブルドア「それも、計画された勝利では駄目なのでな。手筈は全て、彼ひとりに任せた。
        故にわしもコーネリウスも、その手法がどんなものかは知らなかったのじゃが……ほっほ。
        この杖が君に奪われた時には、わしもうっかり騙されてしまったよ」

ダンブルドア「のう、トムや。こんな素晴らしいものを作ることが出来る子供たちが育ってきておるのじゃ。
         もはや、わしらのようなロートル達は幕に引っ込むべきではないかね?」


 そうして、ヴォルデモート卿の意識は途絶えた。


311 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 22:18:24.94 LU3rjAJV0 696/755


ファッジ「ひ、冷や汗をかいたぞ、ダンブルドア。それにハリーも……一言くらい言っておいてくれてもよかろうに!
      ……こほん。では、"例のあの人"の身柄は魔法省が引き取ろう。
     数日中には予言者新聞の一面に今世紀最大のビッグニュースとして掲載される。うむ――」

ダンブルドア「コーネリウス。もうきちんと名を呼ぶべきではないかね? ヴォルデモート、と。
        でなければいつまで経っても、本当にその恐怖から脱却したとは言えんじゃろう」

ファッジ「あー、それはまあ、確かに……では改めて、ヴォルデモートの身柄は預かった。
      それと、その。彼を捕まえるに至った経緯についてだが……」

ダンブルドア「おお、君に一任しよう。わしは口外せんよ。ハリー、君はどうかね?」

ハリー「はい――大臣、僕も誰にも言いません。有名になんてなりたくないですし、大した苦労もしていませんから」

ファッジ「そうかそうか! うむうむ。ああもちろん、個人的に何かお礼はするつもりだよ――」

ハリー「いえ……それよりも、キュゥべえとの約束のことを……」

ファッジ「うん? ああプエラ・マギ・コードか。もちろん、契約は果たそう。なに、この手柄を利用すれば即座に可決されるさ!
     心配はいらんと、彼にも伝えておいてくれ……おい! 闇祓いをありったけ呼べ!」


ばたん!


ハリー「……先生、大丈夫でしょうか?」

ダンブルドア「なに。コーネリウスはあれでいて真面目な男じゃ。約束は守るじゃろう。
         さあ、ハリー。ご苦労様。学校に戻ろうかのう? 課題の準備もあるじゃろう」

ハリー「そうじゃなくて――いえ、確かに課題のことは心配ですけど、僕が心配なのは……」

ダンブルドア「マミが助かるかどうか、かね?」

ハリー「はい、そうです――死の予言のことは聞きました」


 十数年前、ハリーがヴォルデモートの死の呪文を弾き返した時、偶発的に、ヴォルデモートの魂の欠片が宿った。

 今回、その魂の欠片をソウルジェムに変換する際、予めその辺りの説明は受けていたのだ。


ハリー「もしもマミが、その死を予言されてしまった友達を助けにいったら――そんな怪物を相手にしたら――」

ダンブルドア「その為の法案じゃ……もっとも、準備が間に合うかはぎりぎり、といったところじゃろう。
        実際、猫君の話が本当なら、世界中の魔法使いが束で掛かっても勝てるかわからん」

ハリー「そんなに――?」

ダンブルドア「だからこそ、わし個人としても備えはしている。猫君にはこれで大きな借りができてしまった。
        わしは持てる力の全てでを使って、それに報いねばならん」

ハリー「先生。僕達にも何か、できることは……?」

ダンブルドア「君は、すでに多くを背負い込んでおる。それでもかね?」

ハリー「その背負い込んだものの内、半分はこうして下すことが出来ました。
     マミやキュゥべえには、僕も感謝しています――それに、なにより彼女たちは友達です。
     ロンやハーマイオニーも、ずいぶん心配してますし……」

ダンブルドア(――だからこそ、君達をその場に居合わせたくない、というのはあるのじゃがな)

ハリー「……先生?」

ダンブルドア「何でもないよ。しかし、君たちはまだ未成年じゃ。
         その身を預かる者としては、そうそう危険に晒すわけにもいかんのう」

ハリー「でも――」

ダンブルドア「……どうしてもというのなら、ハリー。もしも君たちに、その気があるのなら――」

312 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/04 22:22:05.58 LU3rjAJV0 697/755


◇◇◇


○月×日 見滝原市 スーパーセル中心部


マミ「ヴォルデモートが、大臣に……?」

ムーディ「ああ――実際に、現場でどういうやり取りがあったのかは知らんがな。
      わしも、ファッジが単身闇の帝王に挑み、あまつさえ倒したなどという冗談を信じるつもりはない」

ムーディ「とはいえ刑の執行は、民衆の不安を払拭するという建前のもと、公開的に行われた。
      ヴォルデモートという闇の魔法使いがもうこの世界に存在しない、というのは事実だ」

ほむら「……」

ムーディ「まあ、そんなわけだ。信じないというならそれもいい。わしらはわしらの仕事を果たすだけだからな」

ほむら「……話は分かったわ。協力も、してもらえるならありがたい」

杏子「……ねえ、さっきから全然話についていけないだけど……味方でいいんだよね?
    とりあえず、日本語で話してくれって伝えてくれない? ほむらみたいに英語もしゃべれないし」

ほむら「その必要はないわ。今からじゃ、そこまで緻密な連携が組めるとも思えないし……
     ……問題は貴方達の協力があっても、ワルプルギスの夜に勝てるのか、ってことよ」

ムーディ「なんだ? わしらの力を疑うのか?」

ほむら「貴方達の力は見せて貰ったわ。確かに魔法少女と比べても劣るものではないでしょう。
     でも、ワルプルギスの夜は別格。現にいまの攻撃で傷一つ付いていない」


 暗い空を見上げる。数多の呪文が直撃しているにも関わらず、ワルプルギスの夜は健在だった。


ワルプルギス「キャハハハハ!」

ムーディ「……確かに、予想を超えて奴が強大なのは認めよう。
      正直、この一斉攻撃で蹴りがつけば、と思っていたのは事実だ」


 しかし――と、凄絶な笑みを浮かべてムーディが続ける。


ムーディ「しかし、我等の杖の歴史を舐めて貰っては困るな。
      よかろう……ならばこのマッド-アイ・ムーディの"戦術眼"をご覧に入れようじゃないか」


 青い魔法の瞳が、戦場をぐるりと一瞥した。 

351 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:21:43.66 EjxpIt8c0 698/755



 星明りすらない暗闇の下、ふたつの人影が背中合わせに立っている。


シリウス「さて、久しぶりの仕事だ。ヴォルデモートの脅威が消えた以上、不死鳥の騎士団は解散。
      最後の任務として、これ以上のものはないな」

ルーピン「全くね……もしかしたらヴォルデモートの方が幾分ましかもしれない。
      あれだけの呪文を食らえばどんな魔法使いでも粉々になるっていうのに、あいつはピンピンしてる」


 空を見る。ワルプルギスの夜は、ドラゴンでも百度は殺せる量の呪文を浴びたにも関わらず、未だ健在だった。


シリウス「杖の振るい甲斐があるというものだろう? リーマス、君は昔から心配性だな」

ルーピン「生憎、周りの連中が無茶ばっかりしていたものでね……それにしても、君は浮かれすぎだ。
      まさかあの怪物と戦うことを楽しんでやしないだろうね?」

シリウス「あんな歯車お化けなど! それより、もっと素晴らしいニュースがあるのさ。聞きたいか?」

ルーピン「……」

シリウス「ダンブルドアがようやく折れた! 来年からハリーはあのマグルの家を出て私と一緒に住むぞ!
      ああ、安心してくれ。部屋はいっぱいあるから、君もこのまま居てくれて構わない」

ルーピン「……これからとんでもない怪物と戦うって時に、何で君はそんな話をするんだ。
      "未来"に"家族"なんて! 最悪のNGワードじゃないか」

シリウス「くだらないジンクスだ! 私達が共に戦って、何かに負けたことがあったか?」

ルーピン「掃いて捨てるほどあったよ……だがまあ」


 それでも、とリーマス・ルーピンは続けた。

 胸中に蘇るのは人生の黄金時代。あの"三人"と、危険な冒険を何度もした。

 暴走するジェームズとシリウスのせいで、無数の死喰い人に囲まれるような目にも遭った。それでも。


ルーピン「――それでも、背中を向けて逃げ出そうとは思ったことは一度もないがね」


 物陰や瓦礫の隙間。目に見えぬ至る所から、小さな何かがこちらを伺っている気配がする。

 その中で怯えもせず、二人の魔法使いは背中合わせに笑いあった。


シリウス「その通り。逃げる必要などない。私たちは常に真正面から挑んできた。
      さあ――始めようか、我が友ムーニー」

ルーピン「パッドフット。学生時代みたいに羽目を外しすぎないでくれよ」

353 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:24:38.82 EjxpIt8c0 699/755


◇◇◇


 強い光が周囲を照らし出す。強靭で、鋭い。そんな熟練の魔法が、接近する使い魔を一匹ずつなぎ倒していく。


バグマン「はっはぁ! やるな、バーティ! 連中、羽虫みたいに吹っ飛んでいくぞ!」

クラウチ「……これでも元執行部だ。それより、君も防衛に専念してくれ。
      この区画は私達の担当だ。一匹たりとも後ろへは通せない」

バグマン「相変わらず真面目だな! まあ、任せてくれ。君が元執行部なら、私は元ビーターだ。
      目の良さと反射神経には自信がある――さ、っと!」

使い魔「ギッ!?」

クラウチ「その調子で頼む。私の役人としての最後の仕事だ。完璧にやり遂げたい」

バグマン「……ふぅむ。その件だが、もうどうにもならんのか?」

クラウチ「妻に懇願されたとはいえ、息子をアズカバンから脱獄させたのは私だ。
      くだらん情に流されて、むざむざ妻を殺し、ひとりの未成年魔法使いを危険に晒した。
      元とはいえ、執行部長がこれでは示しがつかんよ」

バグマン「だからといって、アズカバンで終身刑は……君のコネを使えば、数年で出てくることも可能だろうに」

クラウチ「本当なら、既に私は収監されている筈の身だ。
      ヴォルデモートに掛けられた服従の呪文のせいで、先送りにされていたに過ぎない。
      この作戦とその後処理が終われば、すぐに裁判が始まるだろう。それを拒む気はない」

バグマン「なら、なんでわざわざこの戦いに参加した? 得る物なんてないだろう。
      君は自ら志願したと聞いたぞ」

クラウチ「得るべきものはない。確かにな。だが支払わなくてはならないものがある」

バグマン「……憂鬱になる言葉だな。支払いだって?」

クラウチ「けじめだ。妻の最期の望みの、その意味を汲めもしなかった馬鹿息子。
      そして、その馬鹿息子をあんなになるまで放っておいた私自身の愚行に対するけじめさ」


354 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:26:40.26 EjxpIt8c0 700/755


 クラウチ・シニアは決して良い父親ではなかっただろう。

 彼は規律を愛し過ぎた。息子はその反発から死喰い人になり、ロングボトム夫妻を廃人になるまで拷問し、
 法廷で己の罪を認めず、情に訴えかけるような卑劣な真似さえした。

 実の母に命を賭して救われても、その行為を笑いながら踏みにじった。

 バーミテウス・クラウチ・シニアは規律の側に立つ人間だ。あらゆる罪を許すことは出来ない。

 己の息子がしでかした行為も、そのきっかけとなった自分の罪も。

 ――だからこそ、少しでもその罪を減じてくれた存在には感謝している。


クラウチ「ルード。君の言うことろのコネのお陰で、私は少しだけこの一連の事情を知っている。
      息子を止めてくれた彼女に、私は最後に報いたいのだよ」

バグマン「……よくわからん話だ。だがその決意が固いのは分かったよ、バーティ。
      もしも行ければ、面会には行かせてもらおう」

クラウチ「……ところで、ルード。君はなぜ参加した?
      最後だから言わせてもらうが、君はさほど職務に忠実だと思えんのだがね」

バグマン「あー、その、なんだ。ちょいと子鬼に借金をしていてな。
      魔法省からの参加者には、少しばかりボーナスがでるだろう? 返済の足しにでもしようと思って……」

クラウチ「金勘定に関して、子鬼は容赦がないぞ。どうせギャンブル絡みだろう。
      その調子だと、そう遠くない内に身を滅ぼすだろうな、ルード」

バグマン「脅さんでくれ――まあ正直、もうどうにもならんとこまで来ている。
      最後の賭けも負けが濃厚だし、その内、夜逃げでもするしかないだろうな」

クラウチ「――ふん。ついでだ。もし君がギャンブルをこれ切りにするというのなら、少しばかり都合してやらんでもない。
      親類縁者もいない私には、どうせ不要になる金だ」

バグマン「ほ、ほんとか!? そりゃ大歓迎だが……いったいどうして?
      君は私を嫌っていたと思ったが」

クラウチ「ああ、嫌いだ。お前のように不真面目な男はな。魔法省に入ると聞いた日には眩暈がしたよ。
      ……だからこそ、最後にひとりくらい、真っ当に更生させられれば、と思ったのさ」

バグマン「何やら酷い言われようだが……まあいい。これで首の皮も繋がった。
      よし、そうと決まれば仕事を果たして無事に帰るぞ、バーティ! 私も、君もな!」


355 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:29:45.73 EjxpIt8c0 701/755


◇◇◇



 巨大なビルの屋上に蠢く、目深にローブを被った一団があった。

 全員、杖を掲げるその腕に、蛇の舌を突きだす髑髏の紋様を彫り込んでいる。

 死喰い人――かつてそう呼ばれていた者達だった。


ルシウス「……まったく、なぜこのような極東くんだりまでやってきて、怪物退治などしなければならないのか……」


 それを率いるように一団の先頭に立つ、ひとりの男が憂鬱そうにぼやく。

 血の気の無い、青白い肌をした男――ルシウス・マルフォイ。かつて死喰い人の中でも高い位置にいた男。

 その背後から、嫌味な成分を多分に含んだ声が飛んだ。


スネイプ「無論、魔法省から疑われたくないからでしょう?」

ルシウス「……セブルス・スネイプ。この蝙蝠め」

スネイプ「蝙蝠で結構。はっきりと闇の側に付いていた者達よりは大分マシだと思われますが?
      例えば――獄中でヴォルデモートの後を追ったレストレンジ夫妻のように」

ルシウス「……まあ、そうだな。私達のように清廉潔白な身としては……あー。
      ヴォルデモート卿が滅んだというのは、実に喜ばしいニュースだ」

スネイプ「そうでありましょうとも……もっとも、闇の陣営側に付いていた者は、内心戦々恐々といったところでしょうがな」

ルシウス「いや全く。はっはっはっはっは……」

スネイプ「……まあ、魔法省への従順を示すには絶好の機会ですからな。
      貴方達は、精々この機に点数を稼いでおくべきでしょう」ボソッ

ルシウス「貴様に言われずとも分かっている! ……こほん。まあ、いい。
      我が家は常に瀟洒に、勝者となるべく立ち回ってきた。今回も同じことだ」


 ルシウス・マルフォイはワルプルギスの夜に向け、杖を高々と掲げた。


ルシウス「――諸君! 思い知らせてやれ! 血を裏切る屑どもに穢れた血! 奴らに思い知らせてやるのだ!
      真に魔法族の誇りを受け継ぐ者は誰か! 最高の杖の担い手は誰か!
      それは我ら純血だ! あのデカブツを下し、それを思い出させてやれ!」


 その腕を振り下ろす。呼応して、数十の呪いが宙に奔った。


「アバダ・ケダブラ!(死ね)」

「クルーシオ!(苦しめ)」

「インぺリオ!(服従せよ)」

「フィン・ファイア!(悪霊の火よ)」

356 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:32:21.11 EjxpIt8c0 702/755


◇◇◇



ムーディ「――よし、A-21班は安全地帯まで下がれ! 休み? 甘ったれるな!
      薬でドーピングしたらまた最前線送りだ! それ一気に飲み干せ!
      犬っころども、貴様らが前に出ろ! 高さそのまま、北西に40メートル!」


 マッド-アイ・ムーディ。その二つの名の通り、彼の片目は魔法の義眼だ。

 その魔眼は透明マントを含むありとあらゆるものを透過し、見たいモノだけを見せてくれる。

 ムーディはそこから一歩も動かず、だが戦場の全てを把握していた。


ムーディ「A-10から13までのライン! 貴様らの区画が突破されかかっているぞ! B班まで届かせるな!
      30秒後に予備戦力を投入する! それまで踏ん張らんか!」


 手に持った奇妙な形をした石に向けて、ムーディは次々と指示を飛ばしていた。

 おそらく、それが通信機と似たような役割を果たすのだろう――そんな風に納得して、ほむらは頷いた。


ほむら「……つまり、二重に防衛線を張ったのね。
     前衛で食い止めて、後衛が思いっきり火力を――もとい、魔力を振るう。そんなところかしら?」

ムーディ「正解だ。なにぶん時間が無かったのでな。緻密な連携など組みようがない。
      最低限の連携だけ仕込んだ――前に出過ぎるな! 二人一組だ! 片方が常に防御を担当しろ!
      危なくなったら盾の呪文で凌いで、"付き添い姿くらまし"で下がれ! ――とまあ、こんな風にな」

マクゴナガル「彼の他、数人の魔法使いが指揮を取っています。
         陣形を柔軟に流動させ、被害を少なく、それでいて常に最大の攻撃力を発揮できるように」


 マクゴナガルが杖を振るうと、ざあ、と巨大な石造りの百舌鳥の群れが周囲を旋回した。

 百舌鳥自身が杭となって、近づいてきた使い魔達をそこらにある廃墟の壁に磔にしていく。


杏子「なあ、マミ。こいつらなんて言ってるんだ?」

マミ「あのね、基本的に複数人で行動して、危なくなったら姿くらまし……ワープして仕切り直すんですって」

マクゴナガル「ええ、このように」


 マクゴナガルの両手が伸びて、マミと杏子を捕えた。

 暗転。次の瞬間には全員が数十メートルほど後方にさがり、
 同時に、さっきまで居た地点がワルプルギスの夜の攻撃で粉々に爆砕されるのが見えた。

357 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:35:43.48 EjxpIt8c0 703/755


ワルプルギス「キャハハハハ――」

ムーディ「忌々しい奴だ。早々に指揮者が誰か見抜いたな」

ほむら「ええ。今回のワルプルギスの夜は、異常よ。単純に強いだけでなく、こちらの動きに素早く対応してくる」


 同じく"姿現し"したムーディとほむらが、空を苦々しげに見つめていた。


ムーディ「そのようだな。既に、わしらの魔法にも対応を始めている――」


 ムーディの視界には、使い魔の群れがその密度を下げ、広範囲に展開しようとしている様が写っていた。

 姿くらまし・姿現し対策だろう。姿現しをした瞬間、連携を取り直す間もなく攻撃するつもりのようだ。


ムーディ「事前に提供されていた情報から判断すると、最悪のパターンだな。奴は"本気"なのだろう。
      ふむ……許されざる呪文も、糞っ垂れた闇の魔術も目立った効果は無し、か。
      仕方あるまい。少し早いが、作戦を二段階目に移行する……」

ほむら「……情報を、事前に提供されていた? ちょっと、それはどういう――」

ムーディ「選抜メンバーは全員、杖を構えろ!」


 ムーディの号令に、一瞬、空を舞う呪文が止んだ。


ムーディ「合わせろ! 3――2――1!」


 斉唱。

 それまでバラバラに唱えられていた魔法が、ひとつに収束する。

 まったく同じ呪文の詠唱が、見滝原に響いた。


『エクスペクト・パトローナム!(守護霊よ、来たれ)』 


 

358 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:38:45.20 EjxpIt8c0 704/755


◇◇◇



 空が白く染まる。先ほどまでの花火のような色取り取りの魔法とは違う、単一の魔法。

 白光を放つ様々な動物が、縦横無尽に見滝原を闊歩する。

 その内の数匹が、ほむら達の足のすぐ脇をすり抜けるように駆けていった。


ほむら「これは……?」

ムーディ「パトローナス・チャームで作り出した守護霊だ……ふむ、やはり数は減じるか。
      守護霊を作り出せない者は、そのまま戦線の維持に努めろ!」

ほむら「パトローナス?」

ムーディ「あの"魔獣"と対になる、プラスのエネルギーの集合体だ。だから奴を食い止められる。
      更に、守護霊は単純な力押しでは破壊できん。最高の壁役だ」

マミ「へえ、そうなのね……」

ほむら「……待って。なんで同じ魔法使いの貴女が知らないのよ……」

マミ「だ、だって、あんなのまだ習ってないもの……」

マクゴナガル「あれは非常に高度な呪文です。4年生ではまだ習いません。
         大人の魔法使いでも、完全なパトローナスを出せる人は少ないでしょう」


 マクゴナガルの言う通り、先ほどまで雨あられと飛び交っていた呪文に比べれば、守護霊の光はその数を減じさせていた。

 だが確かにワルプルギスの夜の侵攻を食い止めるには相性がいいらしい。

 その身に食らいつく守護霊の数が増えるにつれ、ワルプルギスの動きが少しずつではあるが鈍っていく。


マクゴナガル「そう――本当に高度な呪文です。
         4年生では、いかにムーディ先生が付きっ切りだったとしても、本来覚えられる呪文ではないでしょう」

マミ「?」


 マクゴナガルの言葉に対し、疑問を唱える前に。

 マミの背後から使い魔の一団が飛びかかった。瓦礫の陰を伝って忍び寄ってきていたらしい。


杏子「マミ!」

ほむら「っ!」


 多節槍と銃弾が空間を蹂躙する。だがその隙間をすり抜けて、一匹の使い魔がマミに迫り――


359 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:40:45.60 EjxpIt8c0 705/755


マミ「……え?」


 びちゃり、とマミの頬に粘ついた液体が張り付いた。

 蹄に踏みつぶされた、使い魔の残骸が。


マミ「これって……牡鹿の、守護霊?」


 マミを守る様に、巨大な白く透き通る美しい牡鹿が立ち塞がっていた。

 牡鹿だけではない。周囲を見渡せば白いテリア犬が唸りながら使い魔を追い散らし、
 その背中の上ではカワウソの守護霊が使い魔をかみ砕いている。


杏子「……マミの知り合いか?」

マミ「え?」

杏子「いや、なんかマミの周りに集まってるからさ」


 言われてみれば、他の守護霊は一目散にワルプルギスの夜に向かっているというのに、この三匹だけはその様子がない。

 呆然として見ていると、カワウソの守護霊がテリアの背中から飛び降りて、マミの目の前まで駆けてきた。

 ぴょこんと二足立ちしながらキィキィと非難するように鳴くその様子をみて、ふと、マミは級友のひとりを思い出す。


マミ「……ハーマイオニーさん?」

ムーディ「奴らも大したタマだよ」


 ムーディ指示を飛ばす合間に、ムーディが呟いた。


ムーディ「僅か数ヶ月で、ゼロからパトローナス・チャームを習得してしまったのだから。
      わしと、元から習得していたポッターのしごきがあったとはいえな」

マクゴナガル「よほど、貴女の助けになりたかったのでしょうね――
         ウィーズリーとポッターは、あの熱意を少しは勉強に振り分けて欲しいものです」

マミ「じゃあこれって、ハリーくん達の……皆もここに来てるんですか?」

マクゴナガル「彼らはそれを望んでいましたが、さすがに未成年を戦場に立たせるわけにはいきません。
         ですがホグズミードの暖炉を使って、守護霊を飛ばすくらいなら……まあ、そういうことです」

マミ「みんな……」


 三匹の守護霊が自分を守る様に整列するのを見て、
 マミは守護霊を構成している暖かい成分が、胸の内に満ちていくのを感じた。

361 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:45:12.87 EjxpIt8c0 706/755


ほむら「……だけど、足止めだけじゃジリ貧には変わりないわ」


 冷静に現状の推移を眺めていたほむらが口を開いた。

 確かにワルプルギスの夜の動きは緩慢なものになっているが、それでも完全に動きを封じられたわけではない。

 使い魔の問題もある。守護霊の呪文に人数が裂かれてしまったため、足止めの人数が足りていない。


ほむら「こんな風に時間稼ぎしているは、この後の手があるということよね。それは?」

ムーディ「御見通しか。その通り。今回の作戦は、大きく分けて三つの段階がある。
      姿くらましからの奇襲攻撃が第一段階。それで仕留められん場合の、守護霊による足止めが第二段階。
      そして第三段階目は、驚くなよ、ただひとりの魔法使いに全てを託すという、目も覆いたくなるような悪手だ」

ほむら「それって一体――」


「――アラスター。さすがにわし一人に全てを押し付けるのはずるいと思うのじゃが」


 かつかつと、奇妙なほど通る足音を響かせながら、一人の老人が現れた。

 豊かな白いひげを蓄えた、絵にかいたような外見の魔法使い。

 使い魔の群れの中を歩いてきたというのに、ローブには皺ひとつ付いていない。

 彼は、まさしく魔法界でも頂点を争うほどの魔法使いだった。


マミ「ダンブルドア先生……それじゃあ、先生が?」

ダンブルドア「やあ、ミス・トモエに、そのお友第も。元気そうで何より――
        というようなことはきっとマクゴナガル先生が先に言ったじゃろうから、省かせて貰おうかの。
        そう、わしが最後の攻撃を担当することになっておる」


 まあ、攻撃というのは正確ではないのじゃが、と続けて呟くダンブルドア。

 その周囲に、きらきらと輝く物が浮いているのが見えた。

362 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:45:39.06 EjxpIt8c0 707/755


マミ「? 先生、それは一体……」 

杏子「砂時計……か?」


 魔法少女である杏子が目を凝らさなければ判別できないほどの速度で、宙に浮いた砂時計が回転している。

 それもひとつではなかった。非常に細く、長い鎖で繋がれたいくつもの時計が、同じ動作を反復している。


ダンブルドア「魔法の鎖でつなげて一つにした、現存するすべての逆転時計(タイム・ターナー)じゃ。
        これを一ヶ月ほど前から、わしが魔法で昼夜問わず回転させ続けている。
        触れてはいけないよ。少しでも回転が乱れると、とんでもないことになるからのう」

ほむら「逆転時計? とんでもないことって……」

ダンブルドア「逆転時計は時を戻す道具じゃ。ひっくり返した分だけ、過去にさかのぼれる。
        既にこの逆転時計には、既存の単位では表せない程の"時"が詰め込まれている。
        触ったらどうなるか、わしにも見当がつかんよ」

ほむら「……時を戻す時計、ね。そう、それでワルプルギスの夜を消すつもりなのね」

マミ「ワルプルギスの夜が生まれる前に戻って、その魔法少女を助けるってこと?」

ほむら「いえ、あれが魔女になった正確な年代は分からないし、確実性に欠ける。
     時計を使うのは、正確にいうなら"使わせる"のは、ワルプルギスの夜自身。そうでしょう?」

ダンブルドア「その通り。ワルプルギスの夜を過去に送るのじゃ。
         それも現在にはたどり着けぬほどの昔へ。星々を湛える夜空が生まれるよりも前に」


363 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:47:17.99 EjxpIt8c0 708/755

ムーディ「御託はそこまでしておけ! ダンブルドア! やるなら早くしろ!
      もうもたんぞ! 連中、わしらの魔法を覚え始めた!」


 ムーディの視界には呪文を躱しながら、町中に拡散しようとする使い魔の群れが写っていた。

 呪文の射程や速度、その全てを学習し、対応を始めたのだ。


ダンブルドア「うむ……じゃが、ちょびっとばかし問題が残っておっての」

ムーディ「だから、早く言えといっとろうが!」

ダンブルドア「簡単に言うとじゃな。現状では、この逆転時計作戦は成功せん」

マミ「……え?」

ほむら「どういうこと?」

ダンブルドア「あれの力を読み違えておったのはわしも同じだった、ということじゃ。
         先ほども言ったが、この逆転時計はいま、非常にデリケートな状態での。
         もしどれか一つでも回転がぶれると、中に溜められた"時"が暴走しかねん」


 ダンブルドアはちら、と空を見上げた。

 その視線の先に浮かぶワルプルギスの夜は、ありったけの守護霊によって動きを緩慢にしている。

 緩慢――それは、完全に動きが止まったわけではないということ。


ダンブルドア「本来なら守護霊を使って、完全に動きを止める予定じゃった。
         しかし結果は見ての通り。奴を完封することは叶わなかった。
         これでは回転を保ったまま、奴の周囲に逆転時計を設置することができん」

マミ「あの、それなら守護霊以外の魔法も足止めに投入するのは……?」

ムーディ「無理だ! 設置に当たっては、使い魔の方も食い止めておかねばならん!
      ただでさえ手が足りんというのに、これ以上魔獣の方に割いては……
      ダンブルドア! 貴様の方で何とかならんのか!?」

ダンブルドア「だから今、いろいろと考えてはおるのじゃが……」

ほむら「――時を操るのは、私の専門ね」


 繋がった左腕の具合を確かめるように髪を掻き上げて、ほむらが呟く。

 つかつかとダンブルドアに近寄り、逆転時計のひとつに向けて左腕を振るう。

 次の瞬間、逆転時計のひとつが盾の中に飲み込まれ、
 そこから伸びる鎖で繋がった他の逆転時計も一斉に動きを止めた。


364 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:48:09.70 EjxpIt8c0 709/755


ダンブルドア「ほう、これは……」

ほむら「私の盾の中は時間が止まっている。
     逆行する為の時間を蓄えたまま、この砂時計を保管できるわ」


 言いながらも次々と逆転時計を盾の中に仕舞い、さほど掛けずにその全てを飲み込んだ。


ほむら「あとは時間を止めて、その間に準備を済ませる。
     そうすれば、あとは残った使い魔の処理だけよ」

マクゴナガル「時を止める、ですか。なんとも規格外の魔法があったものです」

ムーディ「なんでもいいが――早くしろ! 防衛線が崩壊し始めている!」

ほむら「言われなくても――それじゃあ、行ってくるわ」


 カチン、という軽い音を立てて盾の機構が動作した。同時に、ほむら以外の時間が静止する。

 停止した時間の中を彼女は歩き出した。

 幾重にも繰り返し、停滞していた暁美ほむらの時間。それが今、動き出そうとしている。


ほむら(これで……終わり。永遠に思えたこのループに、ようやく出口が見えた)


 まどかを救える。その望外の喜びに、ほむらの足は加速する。

 一歩、二歩、三歩。そして、四歩目を踏み出そうとしたところで、

365 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:48:37.38 EjxpIt8c0 710/755


ほむら「……え?」

杏子「ほむら、どうかしたのか?」


 意に反して、時間が動き出した。


ほむら「そんな、魔力はまだ十分にある筈――っ、もしかして!?」


 最悪の事態が脳裏をよぎった。左腕の盾を見る。

 ほむらの時間停止には制限がある。それは遡行してから一ヶ月の間だけしか使えない、という点だ。

 時間操作の使える期間は、奇しくも逆転時計と同じく、盾に仕込まれた砂時計の残量であらわされる。

 その砂時計の残量が、ゼロになっていた。


ほむら(……あれから、一時間。既に経過していた……)


 巴マミを初めとする魔法使いたちの参戦で、意識が残り時間に向いていなかった。


マミ「暁美さん……?」

ほむら「……ごめんなさい。時間停止の魔法は、打ち止めになってしまった。
     もうどんなに魔力を注ぎ込んだところで、一秒も止められない……!」


 がくり、と膝をついて、暁美ほむらは慟哭した。

 ワルプルギスの夜の攻撃は、いまだ続いている。使い魔達はさらに活発に行動する。

 時間停止無しで、逆転時計を正しく設置するのは難しい。

 触れられるほどに近づいた希望が寸前で消えた。その虚無感に、全身が脱力する。


ほむら「……なんで、こんな時に! せっかく終わりが見えたのに――まどかを救う道が、見えたのに!」



366 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:49:50.25 EjxpIt8c0 711/755


杏子「……道が見えたんなら、進めばいいでしょ?」


 その泣き言を遮るように、佐倉杏子が言った。


杏子「立ち止まってちゃ先は見えないさ。ほむら、あんたはさっき、最後まで足掻くっていったじゃないか」

ほむら「杏子……でも、時間停止無しじゃ、この時計を設置するのは……」

ムーディ「いいや。そっちの赤い小娘の言う通りだ。その道は、まだ断たれていない。
      逆転時計の時が停止しているなら、まだ無事に敷設できる目はある」


 ムーディが前に進み出た。守護霊に群がられているワルプルギスの夜を睨みつけ、鋭く宣言する。


ムーディ「言っただろう。魔法界が積み重ねてきた歴史をみくびるな、と。
      相手が世界を滅ぼす怪物とはいえ、少女一人を守れぬほどわしらは軟弱ではない。
      そうだろう、御両人?」

マクゴナガル「当たり前です。子供を守るのは、教職にあるものとして当然のこと。
         それに、私はまだ杖を存分に振るい切ってはいませんよ、ムーディ」

ダンブルドア「謙遜という素晴らしい美徳を排して、あえて言わせてもらおうかの。
         ここにいるのは、最高の魔法使い達じゃ。
         君に希望を見せるくらいのことはやってみせよう」


 ダンブルドアとマクゴナガルが杖を振るう。

 瞬時に、見滝原市全域の道路が蠢いた。大量のアスファルトが大地から剥離していく。

 ワルプルギスの夜を中心にして、八方向からアスファルトが隆起。

 魔女を目掛けて伸び、うねり、合流し、形を変えていく。

 そうして八つの柱を支えにして、ワルプルギスの夜をドーナツ状に取り囲むような"道"を形成した。



368 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:50:33.39 EjxpIt8c0 712/755


ダンブルドア「進みたまえ。それは君にしか出来ぬことじゃ」

ほむら「出来ない……だって、時間操作の無い私は……」 

マミ「問題は、出来るか出来ないかじゃないと思うの」

ほむら「……巴、マミ」


 何処からともなく現れた分厚い本を片手に、巴マミは座り込む暁美ほむらに手を伸ばした。


マミ「後悔しないためには、やりたいことをやっておくこと。私は、そう教わった」

ほむら「……私は、まどかを守りたい。でも、ひとりじゃできない……
     もう誰にも頼らないと、そう決めていた……」

マミ「そんなの無茶よ。確かに私たちは普通じゃない力を持ってる。
   でも魔法少女だろうが魔法使いだろうが、まだ出来ないことの方が多いような子供なんですもの。
   私なんて、その魔法すらずっと満足に使えなかった」


 それでも、これまで自分がやってこれたのは。


マミ「周りの人に助けて貰ってきたの。そうして、少しずつ色んなことができるようになってきた。
   望まないような結果になったこともあったけど、それでもきっと、独りきりでやるよりはましよ。
   そうすればきっと、変えられない未来だって少しは良いものになる……」

ほむら「……貴女、は」


 数多のループを経て、暁美ほむらは人に頼ることを止めた。

 巴マミ。美樹さやか。佐倉杏子。そして鹿目まどか。

 誰に頼っても、悲惨な結末になるのは避けられなかった。

 誰も未来を信じない。誰も未来を受け止められない。

 それなら、自分一人で全てを終わらせる。そう、断じていた。

369 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:51:30.87 EjxpIt8c0 713/755


ほむら「……貴女は、未来を受け止められるの……?」

マミ「……一度、私はそれに失敗してる。たぶん、今も一人じゃできないわ。
   それでも、こんな駄目駄目の私でも、見捨てずに支えようとしてくれる人がいる。
   その人達がいるから、私は未来を前にして、こうしてここに立っていられるの」


 巴マミの胸中には、白い猫の像が浮かんでいる。


『何をしてでも。嘘をついて、人を騙して、傷つけてでも――僕は、君を一番に守るよ』


 現実かどうかも分からない、夢のような狭間で聞いたあの台詞。

 だけど、それがまやかしの様にはどうしても思えなかった。

 腕の中の本を抱きしめて、巴マミは暁美ほむらの瞳を見つめた。


マミ「一緒にやりましょう。あなたや皆が一緒に居てくれれば、きっと私は未来を受け入れられる」

ほむら「……私は……」


 暁美ほむらが立ち上がる。

 盾から一つだけ逆転時計を取り出して、がちり、と盾の機構にはめ込んだ。


ほむら(もう一度だけ……人を信じてみよう。
     他でもない、魔法少女の未来を受け入れることのできなかった、彼女がそう言っているのだから)


 差し伸べられた巴マミの腕に、手を伸ばす。

 佐倉杏子との共闘も、魔法使いたちの支援を受け入れたのも、全ては自分の願いを果たす為。

 これは違う。結果の一部を他人の裁量に委ねる、ある意味では逃げともいえる行為。

 だけど、それが今はどうしようもなく頼もしい。


ほむら「私を……手伝ってくれる?」

マミ「ええ。私は、そうしたい。私がそうしたいの」


 伸ばされたマミの手を、ほむらが握りしめた。


370 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:52:17.83 EjxpIt8c0 714/755


ムーディ「決まりだ――いいか貴様ら! 作戦は最終段階に入った!
      わしらはこれより、あの魔獣の下へ、二人の少女を無事に送り届けねばらならん。
      既にこちらの戦術に対応されつつある今、奴の膝元に付き添い姿現しする愚は犯せん」


ムーディ「暴風の中、箒による輸送も難しい。徒歩で接近するしかないわけだ。
      だが、たったの二人だ。パレード隊を護送しろといっているわけじゃあない。
      まさか出来んなどと言う腰抜けはおらんだろうな!?」


ムーディ「――よろしい。ならば総員、全力で道をこじ開けろ!」


 怒号と共に放たれた呪文が、雲霞の如く押し寄せる使い魔の群れに風穴を開けた。

 その中に突入していく二人の少女の後ろ姿を見ながら、ムーディは狂ったような哄笑をあげた。


ムーディ「さあ、最後の仕事だぞ! 奴らの為に道を開けろ!
      どんな犠牲を払っても、だ! なぜならば――」


 すでに、少なくない被害が魔法使いの側にも出ている。

 それでもムーディの頭の中に、ここで退くという考えは一切ない。

 アラスター・ムーディはプエラ・マギ・コードに関する一連の流れを知らない。

 だがそれでも想像することくらいは出来る。

 ファッジが都合よくヴォルデモートを下し、同時に奇妙なほど熱烈にプッシュしだした魔法少女法。

 両者に関係がないと思う方が無理だ。


ムーディ(十中八九、ヴォルデモート逮捕の主軸は魔法少女の関係者……だからこそ、だ)


 その恩に、自分たちは報いねばならない。

 ヴォルデモート卿が魔法界に住む者達にどれほど被害をもたらしたのか、闇祓いだった自分は良く知っている。

 部下を何人も失った。守るべき住民を幾人も無残に殺された。

 治安は悪化の一途をたどり、隣人すら信じられないような、暗黒の時代が続いた。

 ワルプルギスの夜は強大だ。単純な力なら、ヴォルデモートよりも圧倒的に上だろう。

 だが、それを上回る恐怖とおぞましさをヴォルデモートは振り撒いていた。

 ――その闇が払われたのが、彼女達に起因するものならば。


ムーディ「だからこそ、だ。わしらの闇は晴れた――今度は、わしらがこの夜を明けさせる番だ!」


371 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:53:35.61 EjxpIt8c0 715/755

◇◇◇


 夜闇の下を疾走する二人の少女。暁美ほむらと巴マミ。魔法少女と魔法使い。

 手を取り合い、身体能力に優れるほむらがマミを引っ張る形で、二人は使い魔の群れを突破していく。

 ここに来て、ワルプルギスの夜が自身に対する本当の脅威を取り違える筈もない。

 街中に散らばっていた使い魔は、この二人を止める為に集結しつつあった。

 魔法と武装の大部分を失った暁美ほむらと、未成年魔法使いの巴マミに、それを乗り越える力はない。

 ――そう、彼女たちだけでは、無理だった。
 

トンクス「ボンバーダ!(砕けよ) ――進め進めー! 脇目も振らず真っ直ぐ進め!」 

キングズリー「小物はこちらで引き受けよう。君たちはただ、進み続ければいい! コンファンド!(錯乱せよ)」


チャーリー「デプリモ!(沈め) ――あのドラゴンも真っ青な怪物によろしく!」

ビル「インペディメンタ!(妨害せよ) ついでにグリンゴッツの金庫番にならないか勧誘しておいてくれ!」

パーシー「兄さんたち、少しは真面目に――言っても無駄か。インカーセラス!(縛れ)
      マミ! きちんとホグワーツに戻ってロンやハーマイオニーを安心させてやってくれよ!」


オーガスタ「ステューピファイ(麻痺せよ) あれがお前さんの自慢の生徒かい、ミネルバ?
       なるほど、良い目をしている。きっと素晴らしい魔女になるだろうよ」

マクゴナガル「当然でしょう。私の生徒なのですから。ピエルトータム・ロコモーター!(全ての石よ、動け)
         お行きなさい、マミ! 貴女は既に、気概だけなら一人前の魔女です。
         魔法の腕もそれに見合うものにすべく、無事にやり遂げて帰ってきなさい!」


 あらゆる呪文が頭上から降り注ぎ、彼女たちの為の道を開ける。

 魔法使い達も戦力を結集していた。

 持ち場を放棄して、とにかく使い魔の群れを吹き飛ばし、道を開く為に杖を振り続ける。

372 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:54:32.91 EjxpIt8c0 716/755


マミ「みんなが……!」

ほむら「全く――泣き言なんていってる場合じゃないわね」


 ほむらは左手でマミの手を引きながら、空いている手で残り少ない爆薬を取り出した。

 遅延信管を起動させ、投擲。爆発。

 使い魔の群れが散り散りになった隙間に、強引に体を捻じ込んで進んでいく。


ほむら「見えた……!」

マミ「……マクゴナガル先生たちが造った、ワルプルギスの夜に向かう道」


 坂道、と形容するのも馬鹿馬鹿しくなるような巨大な隆起が二人の前に現れた。

 天へと続く巨大な柱。そう形容した方が近い。

 ――その麓に、使い魔達は網を張っていた。


ほむら「っ、さすがに、密度が濃すぎる!」


 目の前にそびえるのは、使い魔の壁。もはや一分の隙もない、ただここを通さない為だけの布陣。

 時を止めることができない以上、暁美ほむらが瞬間的に発揮できる火力は、これを崩せるものではない。


ほむら「足を止めたら後ろに追いつかれる! なんとかしないと――」

マミ「――大丈夫。このまま真っ直ぐ進んで!」


 片手で開いた本の内容をちらりと一瞥して、巴マミが叫ぶ。

 次の瞬間、豪快な破裂音と共に、眼前の使い魔の壁が崩れた。

 壁の向こう側には、杖を構えた二人の魔法使いが佇んでいる。

 
シリウス「やあ、待たせたねマミ! だが主役は遅れてくるものだ!」

ルーピン「なら、彼女達より遅れてきちゃ駄目だろう?」

マミ「ルーピン先生! それにシリウスさんも!」


 壁を二つに割いた二人の魔法使いは、立て続けざまに呪文を放った。

 両脇から崩れ落ちて、開いた中央の穴を埋めようとした使い魔達が見えない力で掴まれ、その場に釘づけにされる。


シリウス「再開を喜びたい気持ちは分かるが、後だ。さあ、ここは私達が食い止めよう!
      メインディッシュは譲ろうじゃないか。さっさとあの怪物をやっつけてこい!」

ルーピン「マミ、君ならできるさ。授業でやっていたように、障害をぶち壊しながら進めばいい。
      誇りなさい。その点に関して、君は間違いなく優秀な生徒だった」

マミ「は、――はい!」


 駆け抜ける。置き去りにした背後では、連続して炸裂する強大な魔法の音が響き続けた。


373 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:56:00.61 EjxpIt8c0 717/755


◇◇◇


 少女たちは天へと駆け上がっていく。目指す先には、数えきれないほどの守護霊に抑え込まれたワルプルギスの夜。

 近づく程に、パトローナスの放つ白い光が強くなっていく。

 背後からの襲撃は、ない。地上の魔法使いたちがすべてを食い止めているのだろう。

 残りは、上から散発的に振ってくる使い魔のみ。だがそれでもなお、少女二人で凌ぐには多い。

 いかに巴マミの周囲を三匹の守護霊が守っているといっても、その全てを蹴散らすことは出来ない。

 ――しかし、少女達は足を止めなかった。
 

マミ「――暁美さん! 次、三秒後、右から使い魔! 2匹!」

ほむら「――っ!」


 銃声。散弾銃から吐き出されたスラッグ弾が、使い魔の一部を抉り取った。

 反動に顔をしかめながらも、ほむらは弾を撃ち切った銃を捨て、次の武器を引き出した。


ほむら(未来予知……ね。正直、あまりいい思い出のない力だけど)


 ちら、と巴マミの抱える本を見やる。

 片手で広げられたその本には、次々と自動的に文字が浮かび上がっていた。

 そのどれもが、これから数秒後に起こる出来事を示しているらしい。

 巴マミを一緒に連れてきたのもこの力があるからだ。

 テレパシーができれば一番いいのだが、
 魔法少女でない以上、中継にインキュベーターを使わなければ巴マミはテレパシーを使えない。


ほむら「……ところでその力、もっと先は見えないの? 例えば、ワルプルギスの夜を倒せるかどうか、とか」

マミ「ようやく制御できたばかりだから……
   もしかしたら、まだどこかで結果を知るのを怖がってるのかもしれないけど」

ほむら「そう……大丈夫よ。その力の強力さは、私もよく知っている。
     だからきっと私たちは勝てるし、その――頼りに、させて貰うわ」

マミ「……ええ! 次は三匹、七秒後に頭上から!」


 そうして無数の使い魔をやり過ごし、気の遠くなるような距離を駆け――

374 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:56:30.00 EjxpIt8c0 718/755


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ほむら「着――いた! ……大丈夫? 生身の貴女に、この距離は……」

マミ「っ、はあ、はあ……帰ったら、少し運動するわ。
   ホグワーツって、体育の授業もないし……」

ほむら「体育が苦手だった私には天国みたいなところね――さあ、もう一仕事よ」

ワルプルギスの夜『……――!』


 彼女たちは柱を登り切り、ワルプルギスの夜を取り囲む円環にまで辿り着いていた。

 体長百メートル以上にも及ぶワルプルギスの巨体をぐるりと取り囲むだけあって、
 この道だけで数百メートルの距離はあるだろう。

 間近で見るワルプルギスの夜はあまりにも巨大で、その全容を把握することも難しい。

 今は無数の守護霊が張り付いている状態の為、なおさらだった。


マミ「暁美さん、逆転時計を……」

ほむら「ええ――まずはひとつ」


 盾から鎖で繋がれた逆転時計を取りだし、軽く放る。

 何か不思議な力が働いているのか、砂時計は地面に落ちようとはせず、そのまま目線の高さで浮かび続けた。

 じゃらり、と宙に浮いた逆転時計から盾の中に続く鎖を引っ張って、ほむらは円環の先を見据える。


ほむら「急ぎましょう。次の設置場所は――」

マミ「――暁美さん、上!」


 マミの手にしていた本のページが、凄まじい勢いで黒く染まる。

 それは大量の使い魔が、逆転時計を破壊するために襲来するという予言だった。


ほむら「……っ、坂を上る時、使い魔の妨害が妙に少ないとは思ったけど……
     こっちに戦力を集中させていたの!?」

マミ「あと二秒! プロテゴ!(守れ)」

ほむら「くっ――弾薬も、もう残り少ないのに!」


 天を仰ぐように杖と拳銃を構える二人に、空から無数の使い魔が降り注ぎ――

375 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:57:06.80 EjxpIt8c0 719/755


杏子「通すかよ……!」


 一閃。跳躍してきた佐倉杏子の巨大な槍が、その暴流を吹き飛ばした。


マミ「佐倉さん!」

ほむら「……遅いわよ、杏子」

杏子「悪いね。ただ、ちょいと準備に手間取ってたもんでさ」


 そう言う杏子の背後から、幻惑の魔法で生み出された分身たちが現れた。

 その数、12体。本物を含めて13人の佐倉杏子が槍を構えている。

 ほむらは驚愕した。佐倉杏子は、つい先ほどまで一体の分身を生み出すのが精々だったはずだ。


ほむら「これだけの数の分身を生み出せるなんて……」

杏子「無理はしたけどね――遅れた分、仕事はするさ。
    さあ、その時計の守備は引き受けた。マミ、ほむら。こいつをブッ飛ばすのは任せたよ!」

マミ「……ええ、もちろん! 時間の果てまで吹っ飛ばしてやるわ! 暁美さん、行きましょう!」


 盾からのびる金色の鎖を駆け抜けた道筋の軌跡として残しながら、二人の少女は再び走り出す。


杏子「行ったか――さぁて、まったく、手酷くやってくれたもんだな……」


 佐倉杏子は、守護霊の光で白くて駆らされる円環の上から、見滝原市を見下ろした。

 辺り一面酷い状態だ。倒壊したビルに、潰れた住宅街。

 完全な復興には一体どれだけの時間がかかるのか、想像もつかない。


杏子「あたしの街をこんなにしやがって――落とし前はつけさせてもらうよ!」


376 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:57:54.50 EjxpIt8c0 720/755


◇◇◇


ほむら「これで、ラスト!」


 設置を繰り返しながら円環を一周し、最初に設置した逆転時計に鎖を接続。

 ワルプルギスの夜を囲む輪を形成する。

 すべての逆転時計は盾の中から外へと出た――だが、暴走する様子はない。

 逆転時計の内の一つが、ほむらの盾の機構に組み込まれている。


ほむら(私はもう時を止めることは出来ない。だけど、それでも残された力はある。
     時間遡行。同様の性質を持つ逆転時計とこの魔法を、盾を介してリンクさせた)


 宙に浮かぶワルプルギスの夜を包囲する、ドーナツ状の道。

 俯瞰視点から見れば、それはちょうど、ライトアップされた時計のようにも見える。

 文字盤を煌めく逆転時計が彩って、中心に鎮座するワルプルギスの夜を守護霊の群れが照らし出している。

 ――その守護霊の光が、一斉に消えた。

 地上の魔法使いたちがざわめく。

 守護霊を維持しきれず、既に何人かの魔法使いが脱落しているが、それでも一斉に消えるということはない。


ワルプルギス「――キャハ」


 ならばそれは、外的要因によるものということだ。

 解放された両腕を誇示するように高々と掲げて、ワルプルギスの夜が笑った。


ワルプルギス「キャハハハハ――!」

ムーディ(完全に――守護霊に対応したというのか!?
      方法は分からんが、その仕組みを理解し、消したなどと――いかん!)


 ムーディの目には、円環の上で巨大な怪物と対峙する少女達が見えていた。

 逆転時計の設置はほぼ完了しているが、その制御役となる黒い魔法少女がやられてしまえば、
 暴走した逆転時計がどんな大惨事を起こすか分かったものではない。


ムーディ(だが――わしひとりの魔法では――)


 他の魔法使いたちに連携の指示を飛ばす時間は無い。

 ワルプルギスの夜が、既に魔力を目に見えるほどに収束させていた。

 それが解き放たれれば、二人の少女は逆転時計ごと砕けて――


377 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:59:03.09 EjxpIt8c0 721/755


ダンブルドア「――させぬよ」


 びしり、と水が急速に凍りつくような音が、空間自体から聞こえた。


ワルプルギス「ギッ――!?」

ダンブルドア「"魔女"、ワルプルギスの夜。君が哀れむべき存在であることは知っている。
         その上で、わしらは君をこの世界から消し去らねばならん……!」


 たった一人が唱えたたった一つの呪文で、だが確かに最悪の魔女の動きが停止した。

 最高の魔法使い、アルバス・ダンブルドア。その手に握るのは『死すら下す』と謳われた最強の杖、ニワトコ。

 老魔法使いの形振り構わぬ全力に、世界が慄くようにして凍りついた。

 それでも、効果は一瞬だ。


ワルプルギス「キャ――ハハハ――!」


 ワルプルギスの夜が、見えない糸を断ち切るかのように身を捩った。

 同時、大粒の汗を顔中に浮かべたダンブルドアが、何かの反動を受けたように、その場から跳ね飛ばされる。


マクゴナガル「アルバス――!?」


 瓦礫に上に飛び込むようにして倒れたダンブルドアを、マクゴナガルが駆け寄って抱き起した。

 ダンブルドアは酷く消耗した様子で、荒く短い息を繰り返し吐いている。

 ――その顔に、勝利を確信した笑みを浮かべながら。


ダンブルドア「――それが、わしの果たすべき約束じゃ」


 視線の先――ワルプルギスの夜を取り囲む円環が、強い光を発していた。


378 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 21:59:59.65 EjxpIt8c0 722/755


◇◇◇


 守護霊の群れがかき消されてしまった瞬間、だが暁美ほむらの胸に焦りは無かった。

 目の前でワルプルギスの夜が再動し始めても、暁美ほむらの胸に恐怖は無かった。

 何故なら、


マミ「――大丈夫」


『アルバス・ダンブルドアの捨て身の魔法で、ワルプルギスの夜は停止する』


 全てを見通す彼女が、平然とした様子で自分の隣にいる。

 予言を見たわけではない。ただ、隣にいる彼女が何も言わなかった。だから自分も動かなかった。

 そう――それが人を信頼するということだ。暁美ほむらが遠い昔に忘れ、そして今取り戻したもの。


ほむら「永かった――この光景を、私はずっと待ち望んでいた」


 ほんの数十メートル先に、ワルプルギスの夜の顔があった。

 幾度も自分の前に立ちふさがってきたその存在と今、暁美ほむらは決別する。


ほむら「時間遡行。それが私に残された最後の力。
     この魔法を使って、私は数えきれない程の世界を渡ってきた」


 幾度も幾度も失敗して、その度にこの魔法に頼ってきた。だけど、


ほむら「だけど、ワルプルギスの夜。この魔法は、お前から逃げる為の魔法じゃない。
     全てはまどかとの約束を果たす為。お前という壁を打ち破るために」


 盾を構える。その中央にはめ込まれた逆転時計が、主の命令を待っていた。


ほむら「――その為に私が得た、最高の魔法よ!」



379 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:01:00.59 EjxpIt8c0 723/755


 カチリ、と盾の機構が作動した。

 反転した盾のタイム・ターナーに連動し、設置した全ての逆転時計が作動する。

 逆転時計の鎖で作った結界の内側に在るもの、即ちワルプルギスの夜を遠い過去に送り始める。


ワルプルギス「キャ――ハ――?」


 ワルプルギスの夜の嘲笑が、奇妙に歪んだ。

 薄く薄く、まるで遠ざかるサイレンのように極限まで引き延ばされて――

 その果てに、声だけではなくその姿まで薄れ始め――

 ――時間にしてみれば、ほんの一瞬。

 その一瞬で、ワルプルギスの夜は永遠に消え去った。


ほむら「終わった……の?」

マミ「……勝っ、た? 私、生きてる……佐倉さんは!?」

杏子「おーい! マミー! ほむらー! 生きてるかー!?」


 使い魔から時計を防衛していた佐倉杏子が、円環の向かい側で元気に手を振っていた。


マミ「生き、てる……予言が、外れた……?」

ほむら「? 貴女、何を言ってるの?」


 呆然と何事かを呟く巴マミと、その意を問いただそうとする暁美ほむらの言葉。

 それらをかき消すように、地上から魔法使いたちの大歓声が上がった。


マミ(生きてる――生きてる! 佐倉さんが生きてる!
   なんで予言が外れたのかは分からないけど、でも、それでも、佐倉さんは――!)


 歓声とともに花火やら流星群やらが狂ったように打ち上げられる夜空を見ながら。

 巴マミは微笑み、そして体力の限界を迎えてその場にへたり込んだ。

380 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:01:50.21 EjxpIt8c0 724/755


◇◇◇


 ――その光景を、離れた場所から観察している存在があった。


 驚くべき光景だった。まさか、本気になったワルプルギスの夜を消してしまうとは。

 おまけに以前送り込んだ廃棄個体の報告には無かった現象がいくつも確認された。

 グリーフシードを用いないソウルジェムの浄化や、大規模な時間操作。

 何らかの対策を講じる必要があった。

 下手をすれば、魔法少女システムそのものが崩壊しかねない。それほどの非常事態だった。


Incubator「それなら一番いいのは――彼らが絶滅してくれることだよね」


 インキュベーターは勝利に沸き立つ魔法使い達を見て、そんな結論を出した

 この星でのノルマは未達成となってしまうが、仕方ない。

 それよりもこの星の突然変異体が、他のシステム実施惑星に伝播する可能性の方が脅威だ。

 インキュベーターは便宜上、自分たちの"母星"と区分している場所に連絡を取った。

 
 この地球ごと、彼らを消滅させる要請を出すために。


 自分たちにとって、それは容易いことだ。インキュベーターは高度に発展した種族である。

 宇宙を渡り、エネルギーさえあればどんな願いも叶え得るシステムさえ構築した。

 必要がないならそんな無駄なことはやらないが、必要があれば、星のひとつやふたつは簡単に消してしまえる。

 
Incubator(それほどまでの緊急事態だ。システムも再構築の余地があるね。
       記憶は共有したし、あとは他の個体がやってくれるだろう)


 命令が受諾される。あと十数分で、地殻から核に至るまで余さず蒸発する程の熱量が降り注ぐだろう。

 そんな未来を知らず喜びの声をあげる彼らを見ながら、インキュベーターはその時を待つ。

 ――その時、背後から声がした。


「ああ、見つけました――はい、今から接触します」

Incubator「……おや、変異体のひとりか。なんの用だい?」


 振り返ると、そこにひとりの男が立っていた。

 三角帽にローブという格好で、すぐにあの変異体の仲間だと知れた。


忘却術士「初めまして。えー……魔法事故惨事部、魔法事故巻き戻し局の者です。
       あなたを探していました――インキュベーター」


381 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:03:19.78 EjxpIt8c0 725/755


Incubator「僕たちの名称を知っている、か。ワルプルギスの夜の対策もされてたし……
       ああ、そうか。廃棄個体がそっちにいるんだね?
       ま、いいさ。それで繰り返すけど、君は何をしに来たんだい?」

忘却術士「法を執行しに。魔法少女法、というのがこの度制定されまして――」


 忘却術士は簡単に、その内容を説明した。


忘却術士「――そして当然同法内には、魔法少女という存在に深く関わる、
       あなた達インキュベーターに関する条項も存在しているというわけです」

Incubator「まあ、当然だろうね。それで? その法はだいぶ魔法少女たちに同情的なようだし、
       僕を排除しに来たのかな? でも、それが無駄だってことは知ってる筈だけど」

忘却術士「ええ。ですから服従の呪文で服従させて、
       忘却術で真っさらにした記憶を強制的に全個体へ同期させます――」


 と、そこまで言って、忘却術士の男は芝居がかった動作で肩を竦めた。


忘却術士「――というのが、あなた達の勢力をよく分かっていなかった時、議会で出た一番過激な意見でした。
       ああもちろん、今はそんな気ありませんよ。出来ませんし。
       というか出来たとしても、人道的にあなた達の種族を滅ぼすわけにはいかないんですよね」

Incubator「確かに記憶の同期に関しては精神疾患まで伝染させる恐れもあるからね。
       ある程度のセーフティは設けられているよ。でも、人道的に、だって?」

忘却術士「あなた達が可哀想だ、ということではないですよ。当たり前ですが。
       聞くところによると、あなた達は他の星でも魔法少女を生み出しているとか」

Incubator「ああ。この星はノルマ対象のひとつに過ぎない。
       他にも無数の惑星で、僕らは魔法少女システムを施行している」

忘却術士「そうしますと、もし仮にあなた達がいなくなったら、その星々はどうなります?」

Incubator「遠からず滅びるだろうね」


 何の気なしにインキュベーターが口にした台詞に、そうでしょう? と忘却術士が頷く。


382 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:04:33.71 EjxpIt8c0 726/755


忘却術士「グリーフシード。あの怪物の卵でしたか。私達の魔法でも、孵化する前のあれは損なえませんでした。
       当然、マグルにも無理でしょう。そうすると、あれを処理する手段は――」

Incubator「僕たちの技術だけだ。システムを施行してる星は、おしなべて技術レベルが低いからね。
       だから僕たちが居なくなってしまえば、GSを処理できない」


 そしてGSが処理できなければ、その惑星は魔女で溢れかえることになる。

 インキュベーターがいなければ、魔女に対抗できる魔法少女も新たに生まれない。


忘却術士「酷い話です。毒をばら撒いておいて、その解毒剤はあなた達しか持っていないというのですから。
       詐欺みたいな話ですよ――まあ、それに関しては言えた義理でもないんですが」

Incubator「なるほど。人道的に、というのはそういう意味か。
       でもそれなら、君が僕に会いに来たのは――」

忘却術士「お察しの通り、交渉です。それも極めて平等な契約を結ぶ用意が、イギリス魔法省にはあります」

Incubator「魔法省、というのは君の属する組織の名前だろうけど……君にその全権があるのかい?
       人間の慣習を鑑みるに、重役を任されるにはだいぶ若過ぎるようだけど」

忘却術士「ああ、別に私が全権大使、というわけではないんですよ。新入りですし。
       とにかく急いで契約しろとのことで、あなた達の捜索に当たっている、
       戦力外通知を出された魔法使いは全員、その権限を持っています。監視の上で、ですけど」

Incubator「急いで……そうか、廃棄個体がそっちにいるなら、僕らがどういう行動にでるのか予測できるよね。
       なら、単刀直入に聞こう。君たちが持ちかける契約。その内容は?」

忘却術士「単純なギブ・アンド・テイクです。こちらが求めるのは、この星での魔法少女システムの順次廃止。
       そしてグリーフシードの処理と、それに関する技術の供与です」

Incubator「もちろん、見合う条件を出せるのなら飲むよ。さあ、君たちは対価に何を差し出すんだい?」

忘却術士「あなた達が一番欲しがっている物ですよ。つまりは、エネルギーです。
       先ほどの戦いを見て分かったでしょうが、私達と魔法少女の使う力は根本的に同じものです。
       あなた達風にいえば、エントロピーに縛られない力ですか。そのエネルギーを提供します」

Incubator「……ふむ」

忘却術士「契約と怪物になる際のエネルギーには及ばないでしょうが、常に一定の供給が可能です。
       長期的な目で見れば、個人の資質に依存する従来のシステムよりも安定するでしょう。
       情報提供者曰く、システムもさほど時間を掛けずに構築できるとのことですが」

Incubator「確かに、ワルプルギスの夜の動きを封じた生物状のエネルギーには強い力を感じた。
       それを定期的に供給してもらえるのなら、契約の対価としては十分だ。
       根本的に同種のエネルギーなのだから回収用のシステムの改編にも時間はかからないだろう」

忘却術士「それでは?」

Incubator「ああ。細かい取り決めは後で詰めるとして、君たちとの契約は考慮に値すると判断した。
       もうしばらく、この星でのエネルギー収集作業は続けさせてもらおう」


 インキュベーターは暗雲に覆われ、未だ暗い空を見上げた。まるで、何かが遠ざかっていくのを見送る様に。

383 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:05:35.29 EjxpIt8c0 727/755


Incubator「――それにしても、まさか魔法少女システムが君たちのような存在を生み出すなんてね。
       やはり、僕らのシステムは宇宙を救うのに最も適した形だったということか」

忘却術士「……最も適した形、ですか」

Incubator「そうだろう? 結果として、僕らは君たちという効率の良いエネルギーの供給源を生み出した。
       それは紛れもない事実だ。僕らがいなければ、君らは生まれることも無かっただろう」

Incubator「そういった意味では、僕らは最初から手を組むべきだったのかもしれないね。
       精神疾患の誘発存在として君たちを避けていたけど、
       本来は持ちつ持たれつの間柄になるべき関係だったんだし――」

忘却術士「例え、私の杖があなた達から与えられたものだとしても」


 インキュベーターの言葉を遮るように、忘却術士が口を開いた。


忘却術士「それをどう振るうかは、私たちが決めることです。
       どうせ気を悪くするということもないのでしょうし、言わせて貰いますが――
       私たちは、既に自分の足で歩くことができている」

Incubator「僕らから言わせて貰えば、君たち人類が常に正しい道を歩いてきたとは思えないけどね」
       
忘却術士「間違ったのなら歩みなおせばいい。ひとりが怖いのなら手を繋げばいい。
       我々が劣って見えるのでしょうが――舐めるんじゃあない。
       私たちはその人生を生きる中で、目指すべき"星"を見つけ――」


 風が吹く。ワルプルギスの夜が消えた今、それは最後の暴風だった。

 夜天を満たす星々の明りが差し込んだ。風の影響で、空を覆う厚い雲が割れていく。

 忘却術士が杖を取り出した。天を示すように、杖の先を掲げる。


忘却術士「――やがて自身が同じような"スター"になろうと歩き出せるのです!」


 被っていた帽子が飛んでいく。ウェーブのかかったブロンドを揺らしながら、その忘却術士は叫んだ。


忘却術士「オブリビエイト!(忘れよ)」


 街の至る所から忘却術の光が上がった。その中でもひときわ強い光を、この忘却術士は放つ。

 1932年のイルフラクーム事件において使用されたものを上回る、今世紀最大の忘却術が発動。

 光が見滝原を満たし、そこに住むマグルと電子機器の全てから今夜の記憶を奪い去り、修正していく。


Incubator「記憶の修正……これだけの範囲を一度に?」

忘却術士「どんなに劣る人間でも、ひとつくらいは特技があるものです――受け売りですけどね。
       さ、これで私の初仕事は終わりです。魔法省まで御同行願いましょうか?」


384 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:06:34.77 EjxpIt8c0 728/755


◇◇◇


 ――次に巴マミが目を明けた時には、既に円環の上から地上に降りていた。


マミ「あれ……私……?」

マクゴナガル「起きましたか、トモエ。
         上で気を失ったようで、ミス・サクラが担いで降りてきてくれましたよ。
         あとでお礼を言っておきなさい。体は大丈夫ですか?」

マミ「は、はい。どこも痛くは……あの、私、どれくらい寝て……?
   周り、とても静かですけど」

マクゴナガル「ほんの三十分ほどです。周辺住民への記憶処置などは終えたので、
         ほとんどの参加者はイギリスに戻りました。今頃、向こうはお祭り騒ぎでしょう。
         残っているのは、私やこの国の魔法省に引き継ぎをしなければならない者だけです」

マミ「そう、なんですか……佐倉さん達は?」

マクゴナガル「ムーディ先生と話しています。この国の魔法省への事情説明に必要なので。
         ほら、あそこに」


ムーディ「ふむ。つまりひとりが使える魔法は一種類だけなのだな?」

ほむら「結界とか、ある程度汎用的な魔法は才能があれば使えるわ。
     正確にはひとり一種類、その子にだけしか使えない魔法がある、ということね」

杏子「つうかおっちゃん、目え怖いな。それどういう仕組なわけ?」

ムーディ「魔法の義眼でな。物を透かして見ることのできる機能がある」

杏子「……それ、服の下とかも?」

ムーディ「当然だ。敵がどこに武器を隠しているか分からんからな。
      ――やめろ! なぜいきなりわしの目を奪おうとする!?」


マミ「佐倉さん……良かった……夢じゃなかった……」

マクゴナガル「……さあ、マミ。ホグワーツに戻りましょう。復学の手続きがあります。
         魔法省に手紙も書かねば――」

マミ「はい……あら、あれって――」


 マミは遠くの瓦礫の上に、ちょこんと佇む、白い猫の姿を見た。

 それはインキュベーターではなく、この数年、ずっと自分の傍にいた――


QB「……」

マミ「キュゥべえ!? なんでここに――すみません、先生! ちょっと待っててください!
   キュゥべえも連れて帰らないと――」

マクゴナガル「……マミ、彼は――」


 返事も待たず、駆けだす。その生徒の背中に、マクゴナガルは手を伸ばそうとして、


ダンブルドア「――行かせておやり、ミネルバ。
         例え行く先に悲しみがあっても、生きる為にはそれを乗り越えねばならん」

マクゴナガル「……はい、アルバス」



385 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:07:14.39 EjxpIt8c0 729/755


◇◇◇


 疲労したフラフラの身体を無理やり動かして、巴マミはキュゥべえの下に駆け寄っていった。

 牛歩にも劣る速度だったが、それでも懸命に走る少女を、白い猫は律儀にそこで待っている。

 そうしてようやく会話ができる距離まで近いたマミに向けて、キュゥべえが口を開いた。


QB「やあ……マミ。上手く行ったみたいだね。おめでとう」

マミ「っ、はぁはぁ……キュゥべえったら! なんでここに――危ないじゃない! 魔法省にいた筈でしょう?」

QB「飼い主のピンチだからね……僕も、ただ待っているわけにはいかなかったんだよ」

マミ「調子の良いこと言って……ふふ、でも嬉しくないっていったら嘘になるけど。
   ねえ、キュゥべえ! 全部終わったのよ! 全部、良い方に終わったの!
   予見も制御できるようになったし、佐倉さんの死の予言も外れたんだから!」

QB「予見を……そうか、それは予想以上だったな……」

マミ「そうでしょ? さ、キュゥべえ、ホグワーツに帰りましょう。
   暖炉は壊れちゃったけど、マクゴナガル先生がなんとかして――」

QB「……マミ」

マミ「なに? お腹でも減った? もう、相変わらず食いしん坊なんだから。
   ホグワーツに戻れば何かあるわよ、きっと」

QB「マミ」

マミ「……どうしたの? さっきから元気が無いみたいだけど……」

QB「最後に、君が無事か確認しに来たんだ……元気そうで、本当に良かった。
   これからも、君は……楽しい……」

マミ「……キュゥべえ?」


 最後とは、どういう意味なのか。

 なぜそんな、燃え尽きる寸前のマッチの様な、か細い声でしゃべっているのか

 それを言葉にして、口に出す前に。

 ――ぱたり、とまるで糸の切れた人形のように、キュゥべえがその場に倒れた。


マミ「――え?」


『その日、巴マミの大切な友達が死ぬ』


 予言は、覆らない。

386 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:08:24.96 EjxpIt8c0 730/755


◇◇◇


マミ「キュゥ、べえ? ねえ、なに、それ……笑えない、わよ?」


 眼前のキュゥべえを見ながら、途切れ途切れにそう呟く。

 気づけば膝が地面についていた。疲労のせいか、あるいは、別のものか。

 手を伸ばし、倒れたキュゥべえを抱き上げる。


マミ(……冷たい。冷たく、なって行く……!?)


 在りし日の、あの小動物特有のぬくもりが感じられない。

 それどころか、残っている僅かな体温さえ消えていく。

 はっきりと理解した。これは、死に行く途中の――


マミ「や、だ……キュゥべえ!? ねえ、どうしたのよ!
   怪我? やっぱりどこか怪我をしてるの? 大丈夫よ、すぐに治してもらうから――」

Incubator「――それは難しいだろうね」

マミ「……インキュベーター……?」


 見間違えるはずもない。

 自分のキュゥべえとそっくりな、けれど決定的に違う生物が、いつの間にか背後に現れていた。


マミ「あなたが、キュゥべえを……?」

Incubator「違うよ。君たちに危害を加える理由はない。魔法省とは友好関係を結べそうだしね。
       その廃棄個体が活動停止に陥ろうとしているのは、単に寿命のせいだ」

マミ「寿命、ですって?」

Incubator「正確には活動に必要なエネルギーの枯渇だ。
       使用済みGSを回収していなかったのか、無駄にエネルギーを使っていたのか。
       記憶の共有ができない以上、正確な理由は分からないけどね」

マミ「GSを食べないと、死んじゃうってこと……?」

Incubator「緊急手段として、僕らはこの星の有機物を取り込む機能も持っている。
       だけどあくまで緊急手段だ。
       そんな活動サイクルを何年も続ければ、やがて供給も追いつかなくなるだろう」


 その言葉を聞いて、思い当たることはあった。

 キュゥべえが体の大きさに見合わぬほどの食事を取っていた理由。

 ホグワーツに居る限り、グリーフシードを取り込む機会などないこと。

387 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:09:23.64 EjxpIt8c0 731/755


マミ「で、でも……今年の夏は、佐倉さんと魔女を退治して……
   そうよ! その時のグリーフシードは、キュゥべえが食べた筈……」

Incubator「……? 君は何を言っているんだい?」

マミ「……え?」

Incubator「佐倉杏子が生産した使用済みのGSは、僕らが回収していた。
       そりゃあ、ひとつかふたつは取りこぼしがあったかもしれないけど……」

マミ「そんな……どうして……」

キュゥべえ「……まどかとさやかを……契約させない為には……」

マミ「キュゥべえ!? 大丈夫なの!?」


 浅い息を早いペースで繰り返しながら、そのわずかな隙間に言葉を挟むようにして、キュゥべえが呟く。

 それを聞いて、ああ、と納得したようにインキュベーターが頷いた。


Incubator「そういうことか。確かに、佐倉杏子がその生涯で生産するGSの予測数はかなりのものだった。
       鹿目まどかの素質が異常な増え方を見せたから勧誘したけど、
       それがなかったら、確かに僕は不確定要素をこの街に解き放とうとはしなかっただろう」

マミ「何を、言ってるの……?」

Incubator「君たちは契約そのものに否定的だっただろう?
       佐倉杏子から使用済みのGSが提供される限り、僕らは鹿目まどかに契約を持ちかけなかった。
       だからそこの廃棄個体は、あえてGSを摂取しなかったんだと思う」

マミ「あ……そ、それじゃあ! いまからでも、グリーフシードを――」

Incubator「いや、ここまでバイタルが低下してしまっては無理だろうね。
       一度燃えた火を維持するのに比べたら、最初の火を起こすのには苦労するだろう?」

マミ「そんな……」

Incubator「通常の手段で廃棄個体を回復させるのは難しいと判断せざるを得ない。
       その廃棄個体の死に、なぜか多量の因果が集中している」

マミ「……どういうこと?」

Incubator「さあ、分からないな。だけど奇妙だよ。
       まるで……活動停止という運命が決定づけられているみたいだ」

マミ「運、命……」


 その二文字に、どうしても胸がかき乱される。

388 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:10:40.11 EjxpIt8c0 732/755


マミ「違う……そんな筈ない! だって佐倉さんは生きてる!
   ワルプルギスの夜は倒した! あの予言は、もう外れたじゃない……!」


 そんな、取り乱すように絶叫をあげたマミの背後から、声が掛けられた。


ダンブルドア「……マミ。落ち着いて聞きなさい」

マミ「ダンブルドア先生……! キュゥべえ、キュゥべえを助けてあげてください!
   先生なら、できるでしょう……?」

ダンブルドア「……彼がこうして、死に瀕している理由はの」


 力なく首を振りながら、ダンブルドアは言った。


ダンブルドア「素質の無い人間の魂を、七個もソウルジェムに変換してしまったからじゃ。
        無論、それがどういった結果を齎すかは、彼も知っていた。
        他ならぬ、彼がそれをわし達に持ちかけたのじゃ」

マミ「キュゥべえが、自分から死のうとした……? そんな筈……」

ダンブルドア「君の死の予言は――」

マミ「っ!」


 ダンブルドアの言葉に、マミがびくりと体を震わせる。

 まるで、目を逸らしていた傷口を突かれたかのように。


ダンブルドア「君の予言した内容は"この町にあの魔女が現れた日、君の友人が死ぬ"というものじゃった」

マミ「それは! でも、ワルプルギスの夜は倒したし、佐倉さんは死んでなくて――」

ダンブルドア「その考えは、前提から間違っておるのじゃよ」


 底知れぬ悲しみを湛えた瞳で、ダンブルドアはじっとマミの目を覗き込んだ。


ダンブルドア「"この町にあの魔女が現れた日、君の友人が死ぬ"。
        分かるかの? 君の友人が"魔女に殺されて死ぬ"という予言ではなかったし、
        その友人というのがミス・サクラだと限定されてはいなかった、ということじゃ」

マミ「あ……」

ダンブルドア「つまり、戦いとは無関係に誰かが階段から足を滑らせるという可能性もあったし、
         避難所が壊れて、ミス・カナメとミス・ミキが被害に遭う可能性もあった。
        無論、単純にワルプルギスの夜が世界すべてを滅ぼしてしまうということも有り得た」

マミ「……それとキュゥべえが死ぬことに何の関係があるっていうんですか?」

ダンブルドア「……わしが思うに、もっとも可能性が高かったのは世界すべてが滅ぶことじゃった。
        魔法少女は勇敢に戦いながらも破れ、君の心は傷つき、そして最終的にはみんな死んでしまう。
        そんな運命になる可能性が、もっとも高かった」

マミ「で、でも! ワルプルギスの夜は、撃退して――」

ダンブルドア「――だからこそ、彼は運命に挑んだのじゃ。
         その残酷な運命を、もっと良いものにするために。
         少しでもハッピーエンドに近づける為に、彼は最も強大な敵と戦う道を選んだ」

マミ「キュゥべえが……救ってくれた……?」

ダンブルドア「今宵、君がワルプルギスの夜を撃退できたのは、魔法省の協力があってのことじゃ。
         その魔法省はなぜ協力したか? コーネリウスが魔法少女法を制定したからじゃな。
         では、なぜコーネリウスはそんなことをしたと思う?」

ダンブルドア「全て、君のキュゥべえがお膳立てしたのじゃ。
        彼は死の予言がもたらす運命を、もっとも害のないものにしようとした」

マミ「キュゥべえが、死の予見を覆してくれたってことですか……?」

ダンブルドア「いいや、予言自体は覆せん。マミ、よくお聞き。運命を覆すことは出来ない。
         予言はそれが未来にあるというだけで、すでに確定した事象じゃ
         言い方を変えれば、その予言の内容は絶対に成就させなければならない」

389 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:12:19.17 EjxpIt8c0 733/755


ダンブルドア「だから彼は違う戦い方をした。予言自体は覆せない。
         だが覆せずとも、その"解釈"を変えることは可能なのではないかと彼は気づいたのじゃ」

マミ「解釈を、変える……そ、それじゃあ、もしかして……」


 マミは腕の中のキュゥべえをみつめる。

 抱えてしまえるほどの小さな体躯。その中に秘められた、強すぎる覚悟を垣間見た。


ダンブルドア「……そう、"この町にあの魔女が現れた日、君の友人が死ぬ"。
         その予言が成就した上で、最小の犠牲で済ますには――君の友人がひとり死ぬ他ない。
         ……そのただひとりの犠牲に、彼は自ら立候補したのじゃ」


 無言者から聞いた話を元に、キュゥべえはある計画を立てたのだ。

 この日に自分が死ねば、最低限、予言が成就した形にできる。

 あとはその死を最大限に利用して魔法省の協力を取り付け、
 佐倉杏子を初めとしたマミの友人達を死なせないようにする。

 そう。全ては巴マミの為。彼女の生命だけではない、何もかもを守るために――


マミ「……そんなの、嫌」


 ぎゅっ、と。どんどん冷たくなるキュゥべえの身体を抱きしめて、囁く。


マミ「そんなの、いやぁ……! キュゥべえ、起きて。起きてよぉ……
   ずるいじゃない、そんな、自分勝手に決めちゃって……
   私は、あなたにだっていなくなって欲しくないのに……!」


 認められない。こんな現実を、認めることは出来ない。


マミ「キュゥべえを、死なせたくない……死なせない……!
   なにか、なにか方法は……」


 縋るように、ダンブルドアを見る。老人は無言で首を横に振った。

 キュゥべえを救うには、通常の手段では難しい。最高の魔法使いであるダンブルドアにもそれは不可能だ。

 死の予見による因果の収束が、彼の死を運命に組み込んだ。

 ならば通常の手段ではない、もっと奇跡のような手段はないか――

390 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:13:38.82 EjxpIt8c0 734/755


マミ「……契、約」


 ――あった。

 魂と引き換えに、願いをひとつだけ叶える奇跡。

 数年前は使い損ねたが――いまなら躊躇いもなく、自分の魂を差し出せる。


マミ「間違えない……今度こそ、間違えない。救ってみせる。
   キュゥべえ、起きて……!」

QB「……マ、ミ」


 うっすらと細く目を開けるキュゥべえ。

 よく見えるように、言葉を伝える為に、ほとんど触れ合うほど近くまで顔を寄せた。


マミ「契約よ、キュゥべえ。私を魔法少女にして。私は、あなたを助けることを願うわ」

ダンブルドア「マミ、それは――」

マミ「黙っててください! 私は、キュゥべえがいないと――キュゥべえと、一緒に居たい!
   さあ、叶えて。キュゥべえ……」


 ダンブルドアの制止を乱暴に切り捨て、マミはキュゥべえの瞳を覗き込んだ。

 それに対する返答は――


QB「……だめ、だ」


 力のない、だけどはっきりした拒絶。


マミ「どうして……!? 全部、全部あげるわ! 私の素質も、魂も!
   願い事だって、キュゥべえが死なないでくれるんなら、他に何もいらない! だから!」

QB「きみを……魔法少女に、したくない」

マミ「それは……そんなの、些細なことよ! ソウルジェムだって、魔法で浄化できる!
   ねえ、聞いてキュゥべえ。私、魔法も使えるようになったのよ?
   もう、劣等生なんて言わせないんだから……だから……一緒にいてよぉ……!」

QB「……それでも……だめだ。魔女化のリスクが、なくなったわけじゃない……」


 魔法省の協力があればグリーフシードは不要になるだろうが、それでも完璧ではない。

 生きていく上で、一度や二度は何もかも嫌になってしまう時が来る。

 魔法少女は、そうした絶望を乗り越えることが難しい。

 深い絶望を抱いた瞬間、人としての生を強制的に奪われる。それはどう足掻いても回避できない、魔法少女の宿命だ。


391 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:14:48.45 EjxpIt8c0 735/755


マミ「それでも!」


 それでも構わない、と少女は叫んだ。


マミ「それでもいいわ、魔女になったっていい! キュゥべえと一緒に居られるなら――」

QB「違う……僕が嫌なんだ。マミには、幸せに暮らしてもらいたい……だから、契約はできない」

マミ「どうして……!? どうして、そこまで……だって、キュゥべえにずっといじわるばっかりしてきて……
   私、キュゥべえに何もしてあげてない……」


 巴マミは思う。自分はキュゥべえにずっと救われてきた。

 家族がいなくなって、独りぼっちになった自分がここまで立ち直れたのは、彼が隣に居続けてくれたから。

 彼からたくさんのものを貰った。それなのに、自分はまだ何一つ返すことができていない。


マミ「だから、死なないで……」

QB「違うんだ……マミ、救われたのは、僕の方だ。僕は、君に救われた」

マミ「わたし、が?」

QB「そうだよ。独りが怖かったのは……僕も同じだった」


 感情を得た自分が、それまで属していた巨大なネットワークから外されて。

 最初に覚えたのはどうしようもない寂寥感だった。孤独という初めての恐怖がその身を貫いた。

 インキュベーターには個々の自我というものがない。種としての総意があるだけで、個体ごとの意思はない。

 あの廃教会で再開したインキュベーターが驚いたように、
 ネットワークから外されてなお生き続ける個体というのは、本来なら有り得ない。

 歩むべき道が見えなくなってしまった――そんな自分を救ってくれたのは、ひとりの少女だった。

 巴マミ。彼女が隣に居てくれたから、自分はこうして生き続けられた。

 だから、彼女を救うためなら、自分は何でもできる。

 嘘をついて、人を騙して、傷つけることになっても。この命を全て彼女の為に使い切れる。


QB「――僕は、君が好きだから」

392 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:16:00.25 EjxpIt8c0 736/755


マミ「キュゥべえ……でも、そんなの私だって……キュゥべえが好きよ。
   だから、離れたくない気持ちもわかるでしょう……?」

QB「それは、そうだけど……ごめんね。 どの道、僕がここで死なないと、他の誰かが死んでしまう。
   そうすれば……君はやっぱり傷つくだろう――僕は、そんな光景を見たくなかった。
   君を生かして、被害を最小限にするには、この道しかないんだ」

マミ「……いやだぁ……」


 消えていく体温を僅かにでも取り戻せればとでもいうように、さらに抱きしめる腕に力を込めた。

 ――分かってはいる。もう、キュゥべえが助からないということは。

 死の予言の絶対さを誰よりも感じていたのは、他ならぬ自分だ。

 例え奇跡が起きて、ここでキュゥべえが助かっても、他の誰かが代わりに死ぬ。

 それでも、自分の為に犠牲になるというキュゥべえの為に、何もできないという現実が嫌だった。


QB「……そんな顔をされると……辛いなぁ……ねえ、マミ。
   それじゃあ、最後に……僕の我が儘を、きいてくれないかな?。
   それさえ果たせれば……僕は……ここで終わってしまっても、救われる」


 キュゥべえの言葉に、マミは飛びついた。

 彼の為に何かができるというのなら、是非もない。

 彼がしてくれたように、自分だってどんなことでもしてみせる。


マミ「! いいわ、なんでもする……どんなお願いでも聞いてあげる! 
   一体、なにを――?」


 キュゥべえが乱れる呼吸をどうにか整えようとするのを、静かに待つ。

 ――永遠のようにも感じられる、あまりにも長い沈黙を挟んで。

 キュゥべえが口にしたのは、たった一言だった。


QB「――生きてくれ、マミ」

マミ「……生き、る? 私、が? ねえ、キュゥべえ、違うわ。私、あなたの為に……」

QB「君が幸せに生き続けてくれることが、なによりも僕にとっての幸福だ。
   ……ああ、そうだ。最後に、ようやく見つけられた」


 インキュベーターは、自分の幸福を願えない。

 だけど感情を得て、彼女と暮らして、その最期にそれを手に入れた。


QB「生きて、笑っておくれよ、マミ。君には、素敵な友達がたくさんいる。
   彼らと一緒に、とても楽しい人生を歩んでほしい……それが、僕の最後の願いだ。
   この祈りを叶えてくれたら、きっと僕も安心できる」

393 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:17:08.33 EjxpIt8c0 737/755


マミ「……私が、それをできれば、キュゥべえは嬉しい?」

QB「ああ……そうだ。頼りない飼い主が、これからも頑張ると約束してくれたら。
   僕も……安心して、眠れる」

マミ「……っ」


 涙が溢れた。キュゥべえの口にした言葉が、これ以上ない別れの言葉だと分かってしまった。

 自分の浮かべる表情がくしゃくしゃに歪む。喉の奥から生まれる嗚咽が、言葉をせき止める。


マミ(それでも――キュゥべえを、安心させないと)


 それが最初で最後の、彼が自身の為にした願い事だというのなら。

 奥歯を噛みしめて、悲しもうとする表情筋を黙らせた。

 胸元を手で押さえ、嗚咽を押し込める。

 そうして無理やり笑顔を作って、キュゥべえにかける最後の言葉を絞り出した。


マミ「わた、しっ……がんば、るわ。べんきょ、も、たくさんして……料理も、もっとうまくな、る。
   立派な魔法使いに、なって……いっしょうけんめい、生きる……っ!」


 途切れ途切れの拙い言葉を、死にゆく彼が聞き取れていたのかは分からない。

 だけど、それでも彼は目を閉じて、ゆっくりと、小さく息を吐き出した。


 ああ――ありがとう、マミ。


 体温の低下が止まる。

 もう、下がらない――下がりようがない。

 それまでほんの僅かに脈打っていた何かの鼓動の、最後の一つが余韻として手に残った。


マミ「あ……キュゥ、べえ……あ、ああ、ああああああああ……!」


 ――決壊する。少女の全てが決壊する。

 二度と動かない亡骸を抱きしめて、少女はひたすらに、途切れることなく泣き続けた。


杏子「……マミ?」

ほむら「いったい、なにが……」


 異常を感じた魔法少女たちが近寄っていく。

 その光景を見ながら、ダンブルドアは魔法少女たちと入れ替わるようにしてその場を離れた。


マクゴナガル「アルバス……彼女は、マミはこれからどうなるのでしょう。
         ああ言ってはいましたが、立ち直ることができるのでしょうか」

ダンブルドア「……それも無論、彼女次第じゃろうが」


 キュゥべえの最後の願い。それを叶えるのも放棄するのも、全ては巴マミの選択だ。

 だが、それでも――


ダンブルドア「それでも、そこまで心配せんでいいと思うがの。
         彼らの間にあったのは、真に我らが尊ぶべき感情じゃった――」

394 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:18:47.43 EjxpIt8c0 738/755


◇◇◇


死の予見より一ヶ月後 ホグワーツ 校長室


ダンブルドア「――だが、その計画にはひとつだけ穴があるのう」

QB「穴……かい?」

ダンブルドア「君とミス・トモエは、本当に"友達"といえるほど親しいのかね?」

QB「……っ」


 鷲の様に鋭い目つきで、ダンブルドアは追及した。


ダンブルドア「本来、君は感情を持たない生き物じゃった。
         感情を持ってから数年で、その全てを理解したというわけでもなかろう。
         君の抱く友人の定義は、果たして適当なものといえるのか――」

QB「……」

ダンブルドア「どうかね? 自信を持って、君は自分がミス・トモエの友達だと言えるかね?
         その前提がなければ、君の計画は上手く運ばんのじゃが」

QB「……僕は……」


 一緒のテーブルで、巴マミとご飯を食べた。

 ――それじゃあ、グリフィンドールの生徒とはみんな友達だろうか?


 ずっと一緒に住んでいる。

 ――学校の寮に居る時間の方がずっと長い。ラベンダーやパーバティは友達だろうか?


 友達であるという論拠を見つける為に、膨大な自問自答を繰り返す。

 そしてその果てに出た答えを、キュゥべえは恐る恐る口に出した。


395 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:19:21.80 EjxpIt8c0 739/755


QB「――それでも、僕とマミは、友達だ」

ダンブルドア「その証拠は?」

QB「……それは……思いつかない」

ダンブルドア「そうかね。だというのに、君は友達と言い切るか――」


 ふう、とため息を吐いて、ダンブルドアは座っていた椅子にもたれかかり、天を仰ぐように首を曲げた。

 重苦しい沈黙が落ちる。その静寂を破ったのは白い獣の方だった。


QB「……やはり、無理だろうか。僕では、マミの友達には……」

ダンブルドア「いいや、いいや」

QB「?」


 ダンブルドアが顔を戻し、キュゥべえを見やる。

 白いひげの奥に好々爺とした笑顔を浮かべて、老魔法使いは優しく告げた。


ダンブルドア「確証がなくとも、なお友と思え、尽くそうとすることができる――
        なればこそ、君たちの間にあるのはまことの愛なのじゃよ」



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ダンブルドア「――あの子もそれは分かっていることじゃろう。彼の願いを無碍にすることはあるまい。
         ミネルバ、わしらに出来ることは、その手助けをすることだけじゃ」

マクゴナガル「はい……」


 星明りの下、壊れた街の片隅で、少女の泣き声だけが響き渡る。


 そうして、ワルプルギスの夜は終わりを告げた。


 とある少女の時間は再び前に進みだし。

 とある少女の胸には、友達と交わした大切な誓いが立てられた。


 ――ここに、ワルプルギスの夜が終了する。


396 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:20:11.20 EjxpIt8c0 740/755



◇◇◇






 あれから、色んなことがありました。







◇◇◇

397 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:21:08.80 EjxpIt8c0 741/755


◇◇◇


 ホグワーツ スネイプ私室


スネイプ「あー……わざわざ新年度早々に貴様を呼んだのは他でもない。ハリー・ポッター。
      6年次からの魔法薬学授業において、我が輩は最高レベルの者しかクラスに取らん。
      O.W.L試験、魔法薬学の科目において、貴様は"NEWTレベル"の受講を許されない程度の成績だった」

ハリー「……はい。上から二番目でした」

スネイプ「E(期待以上)だろうがT(トロール並)だろうが、同じことだ――同じことだった。本来ならば」

ハリー「? 先生、それってどういう意味ですか?」

スネイプ「……コーネリウス・ファッジ魔法大臣が失脚したのは貴様も知っているな?」

ハリー「ええ。あの後も、無茶な政策を立て続けに推し進めようとして……」

スネイプ「経緯などどうでもいい。
      問題は奴の最大の功績であるヴォルデモート捕縛の真実が一部、漏れてしまったことだ。
      ――おっと、これは我が輩が言う必要もないか。英雄ハリー・ポッター殿には?」

ハリー「皆勘違いしてますけど、僕がひとりでやったわけじゃ――」

スネイプ「説明などいらん!
      貴様の行いがどれだけお素晴らしいものだったか、毎日のように抗議の手紙が来ている!
      全く、何がハリー・ポッターを闇祓いに、だ。それで我が輩の授業に干渉してくるなど……」

ハリー「あの……結局どういうことなんです?」

スネイプ「……ふん。まあ、話をそう急ぐことも無かろう……
      そら、紅茶でも飲んで、まずは落ち着きたまえ」

ハリー(!? あのスネイプが、僕に紅茶を出した!?
     なんだこれ――とうとう僕を直接的に殺しにきたのか!?)

スネイプ「飲まんのか、ポッター。我が輩が手ずから入れてやったというのに。
      そういう礼儀知らずには、やはり授業を取らせぬようすべきか……ふむ、美味い」

ハリー(飲んだ……少なくとも、毒殺はないのか?)

ハリー「いただきます……でも、授業を取らせないようにするって?
     僕はもともと取れないんじゃ……」

398 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:22:08.12 EjxpIt8c0 742/755


スネイプ「再試験、だ。このままでは抗議の手紙に押しつぶされかねん。
      そこで校長と相談し、望む者に再試験を課すことになった」

ハリー「ほ、本当ですか!? 僕、受けます!」

スネイプ「当たり前だ! 貴様のせいで再試験をするようなものなのだからな!
      まったく、魔法界の誰もかれもが、この小僧に甘すぎる……」

ハリー「……それで、試験はいつなんですか? 授業が始まる前にやるんでしょう?」

スネイプ「……ああ、そのことだが、もう始まっている」ニヤリ

ハリー「え?」

スネイプ「闇祓いになりたいのだろう? ならば自分で飲んだ毒薬に対する解毒薬を、
      その場で煎じられる程度にはなって貰わなくては……」

ハリー「あの……」

スネイプ「さあ、お待ちかねの試験の内容を発表するぞ、ポッター。
      "今飲んだ紅茶に入っている毒薬を特定し、その解毒薬をつくること"
      期間はこれより一時間。材料は魔法薬学の教室にあるものならなんでも使っていい……」

ハリー「え、え? だって、先生も紅茶を飲んで……」

スネイプ「ポッター……我が輩は魔法薬学の教授なのだがね?
      飲ませたい相手にだけ効く毒薬というものもある。ひとつ勉強になったな」

ハリー「」

スネイプ「安心しろ、死にはしない……もっとも、失敗した時には死んだ方が良かったと後悔するであろうが」





・セブルス・スネイプ

 ヴォルデモートの脅威が早々に去った為スラグホーンは来ず、魔法薬学の教授を続ける。
 ハリーに対する態度は卒業するまで相変わらず。
 結局彼の一番素晴らしい部分は、彼の望むとおりに、ダンブルドア以外の誰にも知られることは無かった。

399 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:22:52.78 EjxpIt8c0 743/755


グリフィンドール寮 談話室


ロン「で? 結局その試験は上手く行ったんだろ? ここに五体満足で座ってられるってことは」

ハリー「ああ、まあね……魔法薬学の教室にあった昔の教科書に、
     ヒントが書き込まれてなかったら駄目だったろうけど」

ハーマイオニー「ハリー! それってカンニングじゃない!」

ロン「じゃあ君、ハリーが顔面から七色の光を放つようになるほうがましだったって言うわけ?」

ハリー「それに、教室にあるものなら何でも使っていいって言ったのはスネイプだし。
     あーあ! それにしても、あの時のスネイプの顔ったら痛快だったなぁ!
     怒りで顔が真っ赤だったよ」

ロン「でもハリー、そのスネイプの授業を取るんだろ?」

ハリー「……まあ、なんとかなるんじゃないかな。それより闇祓いへの道が開いたことが今は嬉しいよ」

ロン「将来かぁ……僕は何になろうかなぁ。フレッドとジョージの店でも手伝おうかな……」

フレッド「おっと残念! ロニー、経営陣の手はもう十分足りてるんだ。
      バイトとしてなら雇ってやってもいいけどな!」

ジョージ「どの道、僕らの店にお前を引き込んだらママに殺されっちまうよ!
      おっと失礼。それじゃあ僕らはハッフルパフの連中に行商に行くから、これにて」

ロン「なんだよ、もう! 僕ら、血を分け合った兄弟じゃないか!
    最近、羽振りがよさそうで羨ましいなぁ……にしても、二人はどうやって資金の都合をつけたんだ?」

ハリー「あははは……」



・フレッド&ジョージ

 ウィーズリー・ウィザード・ウィーズを無事に開店。次々にヒット商品を生みだし、大儲けする。
 ちなみに資金は、ファッジがヴォルデモートの件で"お礼"としてハリーに送った金貨の山から提供された。



400 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:24:08.95 EjxpIt8c0 744/755


ハーマイオニー「もっと真面目な方法で稼ぐことを考えたらどう? 
          たとえば……魔法省に入って、屋敷しもべ妖精の地位向上を目指すとか――私と」

ロン「え? やだよ、反吐をやるなんて」

ハーマイオニー「だからS.P.E.W! 反吐って言わないの!
          それに、とっても意義のある活動よ! ここに居る以上、彼らにはたくさんお世話に――」

ロン「まあ、百歩譲って"えすぴーいーだぶりゅー"をやるのは構わないけどさぁ……
   君と一緒、っていうのがね」

ハーマイオニー「……へえ、それはどういう意味かしら、ロナルド・ビリウス・ウィーズリー?」

ロン「だってさぁ、職場まで同じって……息がつまりそうだし。
   君が大量の書類をこなしつつ、同じくらいの量の仕事を僕に振り分けるのが目に見えてるしなぁ……」

ハーマイオニー「……」

ロン「あれ? ハーマイオニー? なんで杖を振り上げて――」


「うわー! ロンがまたナメクジを吐いたぞ!」「やめろ、こっちにくるな――!」「ネビルがナメクジ塗れに!」


ハリー「……はぁ。あの二人も懲りないよなぁ。まあ、これも平和な証なんだろうけど……」

ネビル「わぷっ――ぷは! 全然平和じゃないよ! ナメクジ塗れの平和なんてごめんさ、ああ!」

ジニー「……」



・ハリー・ポッター

 卒業後は魔法省で闇祓いになる。最終決戦が無かったため、原作ほど出世は早くなかった。
 ヴォルデモートの暗躍が無かったため、結婚するまでブラック邸に住み続け、充実したスクールライフを送る。
 ジニーと結婚し三子を設けるが、その中に"もっとも勇敢な人"の名前は無い。


・ロナルド・ウィーズリー

 双子が健在なため、WWWの手伝いはせず、そのまま魔法省に就職。
 結局、なんやかんやありながらもハーマイオニーと同じ局で働く。
 学年が上がるにつれ、ハーマイオニーとの仲は周囲がうんざりさせられるものになった。


・ハーマイオニー・グレンジャー

 最終巻での分霊箱探しの旅が無かったため、原作よりも一年早く卒業する。
 その後は魔法生物規制管理部に入り、ハウスエルフの地位向上に努めた。
 ロンとは喧嘩が絶えないが、それでも仲は良いらしい。


・ネビル・ロングボトム

 闇の勢力の台頭が無くなったことで、急成長する機会は失われた。
 それでも着実に薬草学の成績を伸ばし、将来、スプラウト先生の後任を引き継ぐ。
 その人生の中で、彼の素晴らしい才能はゆっくりと花開いて行くだろう。

401 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:25:07.11 EjxpIt8c0 745/755



ガチャ


シリウス「やあやあ、何の騒ぎだい、これは? ……ああ、またロンとハーマイオニーが喧嘩したのか」

ハリー「喧嘩……まあ、喧嘩かなぁ。ロンが一方的に呪われまくってるけど」

シリウス「女の子に杖をあげないのは評価すべきところだろう。
      ハリー、そういえば君は、気になる女の子とかいないのかい?
      ジェームズは、君のお母さんにこれでもかというほどアピールをして――」

ジニー「……!」ピョンピョン

ハリー「それ、談話室の真ん中でする話じゃないと思うよ、シリウス。
     あと、また無断で入ってきて……寮監でもないのに、どうして合言葉が分かるわけ?」

シリウス「なあに。悪戯小僧の味方、パッドフットを舐めて貰っちゃ困る、というわけさ」

マクゴナガル「――ほう。では、その悪戯坊主のなんとやらを叱るのは、私の役目ですね」

シリウス「あ……あ、あははは。マクゴナガル先生、今日もご機嫌麗しく――」

マクゴナガル「シリウス・ブラック! あなたという人は、いつまでたっても学生気分で――
         もっと教師としての自覚をもったらどうです!?」

シリウス「あー……もちろん、私もそのつもりで努力は――」

マクゴナガル「ならば結果をお出しなさい!
         授業計画もルーピン元先生に書かせて、ふくろう便で送らせてるとかいう話も聞きましたが!?」

シリウス「いや、それは大丈夫。もちろん給料は支払って――」

マクゴナガル「そういうことを言ってるのではありません!」

ハリー(……こっちに飛び火する前に逃げよう……)コソコソ




・ミネルバ・マクゴナガル

 ハリー達の卒業後、ホグワーツの校長に就任。
 その際、グリフィンドールの寮監をシリウスに譲るが、しばらく本気で悩んだという。
 最後まで彼女は厳しく、そして理想的な教師だった。



・シリウス・ブラック

 ホグワーツにて"闇の魔術に対する防衛術"の教授職に就く。
 スネイプとは犬猿の仲であり、皮肉合戦が絶えない。たまに杖もでる。
 ハリーが結婚して家を出ていくことが決まった時は、しばらく吸魂鬼にキスされたような状態が続いた。


402 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:26:07.93 EjxpIt8c0 746/755


グリモールド・プレイス 十二番地 ブラック邸


ルーピン「さて、シリウスは上手くやってるかな……彼に教職が向いているとはあまり思えないが」

トンクス「大丈夫じゃないの? 魔法も上手いし、そこまで厳しくもないし……」

ルーピン「厳しくない、というのは別に教師向けの資質ではないと思うがね」

トンクス「だってさー! こっちは相変わらずマッド-アイが無茶苦茶やるんだよ!?」

ルーピン「ああ……確か、闇祓いの教導役として復帰したんだっけ?」

トンクス「そーなの。なんだかしらないけど、一年前のあの戦いで奮起しちゃったみたいでさ。
      どう考えてもこのままじゃ死んじゃうから、いまはキングズリーと闇討ちを計画してる」

ルーピン「まあ、それでストレスが発散できるのなら、いくらでも計画するといいさ……
      ほら、お茶が入ったよ」

トンクス「ありがとー! ……うーん。やっぱりリーマスの淹れるお茶は美味しいねえ。
      私は家事の魔法がさっぱりだからさ」

ルーピン「葉が良いんだよ。私の腕じゃない」

トンクス「でも、私よりは上手じゃない?」

ルーピン「君のプライドを傷つけない為にも、ノーコメントにしておこうか」

トンクス「……ところで、あー……一年前さ、日本に行ったでしょ? 
     それで向こうの職員とも仲良くなったんだけど……」

ルーピン「ふむ。まあ、若いうちに繋がりを増やしておくのはいいことだ。それで?」

トンクス「うん……あの、ね――」


トンクス「――いまさ、向こうでは主夫っていうのが流行ってるんだって」





・リーマス・ルーピン

 一時期、ブラック邸に居候する。結果的に、ハリーとシリウスのいない学期中は管理人のような立ち位置に。
 後にトンクスと結婚。色々葛藤しながらも子を設け、一児の父として頑張る。


・ニンファドーラ・トンクス

 ムーディにしごかれ、めきめきと実力をつける。後にハリーの先輩に。
 ルーピンと結婚し、家庭を築く。家事の魔法は相変わらず苦手のようだ。

403 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:26:47.97 EjxpIt8c0 747/755


ホグワーツ 廊下


ハリー「しばらく一緒に暮らしてみてわかったけど、シリウスって意外とだらしないんだよなぁ。
     リーマスが呆れるのも少しわかるよ、うん……あ」

ドラコ「あ……ポッターじゃないか。ふ、ふん! いつものお友達はどうした?
    とうとう愛想つかされたか?」

ハリー「マルフォイ……嫌な時に嫌な奴にあったなぁ……まあいいや。
     二人なら仲良く喧嘩してるよ。それじゃ、僕はこれで」

ドラコ「待て待て待て! 最近なんか、僕の扱いがぞんざいになって来てないかポッター!?
    いいか? 父上はこの前の魔獣との戦いで多大な功績をだな!」

ハリー「この前って……一年も前のことじゃないか」

ドラコ「黙るフォイ! そんな細かいこと気にしてるから、ウィーズリー達にも愛想つかされるんだぞ!」

ハリー「だから、二人は喧嘩中だって……っていうか、君こそ手下はどうしたんだ?
     ここ最近、一緒に居るのを見てないけど」

ドラコ「……」

ハリー「……もしかして、愛想つかされたのは――」

ドラコ「ち、違う! 違うぞぉ! マルフォイ家の次期当主たる僕が、あの二人に見限られる筈ないだろ!
    ……あ! 噂をすれば、ゴイル! クラッブ!」

クラッブ「……」

ゴイル「あー、えっと……」

ドラコ「どこ行ってたんだよ、一体! まあいい。これから働いてもらうからな!
    さあ、この生意気なポッターをたたんじまえ!」

クラッブ「ふん!」バキッ

ドラコ「ふぉうい!?」ドサッ

ゴイル「……」オロオロ

クラッブ「……ぺっ」スタスタ

ハリー「唾まで吐いて行った……ねえ、マルフォイ。何があったのさ。
     急に手のひら返されてるけど」

マルフォイ「わ――分かるもんか畜生! 例のあの人が失脚した頃からずっとあんな調子だ!
       くそ、でも諦めないぞ! マルフォイ家に後退の二文字は無い!
       やいクラッブ、止まれ! ほら、餌だぞ! ――フォイッ!?」

ハリー「……」

ゴイル「……」

ハリー「……君も苦労してるんだね。仲のいい二人が喧嘩して困るその気持ち、分かるよ」

ゴイル「……」コクリ



・ドラコ・マルフォイ

 在学中は小悪党のまま終わるが、閉心術の才能をスネイプに見込まれ、鍛え上げられる。
 その結果、魔法省の重役に就任。ハリーとは会ったら憎まれ口を叩き合う仲のまま。
 アーサーとルシウスが増えた、とは魔法省職員の談。なお、クラッブとは最終的に仲直りしたらしい。


・ビンセント・クラッブ

 死喰い人だった親の立場を考えた上でドラコに従っていた為、ヴォルデモート失脚後は反旗を翻す。
 腕力はいうに及ばず、実は意外と魔法の才能もあったため、フォイに対して終始有利に立ち回った


・グレゴリー・ゴイル

 ドラコとクラッブを何とか仲直りさせようと奔走。
 結果として、ハリー達にちょっかいを掛けることは少なくなった。
 後年では、三人でホグワーツ時代の思い出を語り合える程度には関係修復したとか。


404 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:27:25.28 EjxpIt8c0 748/755


 マルフォイ達三人と別れて――というより、向こうが勝手に絡んできた挙句勝手にいなくなった――
 ハリーは散歩を続行した。

 6年生の新学期が始まって、初めての週末である。

 夏休み中に帰ってきたO.W.L試験の結果を肴に、大多数の生徒は自分たちの将来について話し合っていた。

 当然、廊下にあまり人影はない――筈だったのだが。


ダンブルドア「やあ、ハリー。散歩かね?」

ハリー「……ダンブルドア先生」


 窓から入る暖かい日差しを浴びるようにして、ダンブルドアが佇んでいた。


ダンブルドア「外は風が冷たいが、こうしていると太陽の暖かみが感じられるのう。
         学校の中の日光浴スポットを見つけるのが最近の趣味でな。
         ハリー、君もどうかね?」

ハリー「えーと……遠慮しておきます。ロン達の喧嘩が収まるまでぶらぶらしてるだけですし」

ダンブルドア「喧嘩、かね?」

ハリー「はい。将来のことで、ちょっと意見が食い違ったみたいで」

ダンブルドア「そういえば、ふくろう試験の成績が返ってきたのじゃったな。
         君の防衛術の成績は目覚ましいものだったと聞いているよ、ハリー」

ハリー「ありがとうございます――でも、ほとんどパトローナスの呪文のお陰だと思いますけど」

ダンブルドア「ふむ。確かに君の歳で完全な有体の守護霊を出せるのは珍しいからのう。
         おまけに試験では、"伝言"まで披露したとか。確かに稀有なことじゃろう。
         しかし、それは君の努力が実った結果じゃよ、ハリー」

ハリー「……」

ダンブルドア「それでも納得いかないという顔をしているが……どうしたのかね?」

ハリー「……いえ、すみません。少し……マミのことを考えていて」

ダンブルドア「ミス・トモエか……」


 二人の間に、僅かな沈黙が共有された。


405 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:27:58.88 EjxpIt8c0 749/755


ハリー「――僕たちは少しでもマミの助けになればと、守護霊の呪文を練習しました。
     でも結局、マミは――」

ダンブルドア「彼女を助けられなかったのに、その呪文で高得点を取るのは心苦しい?」

ハリー「……はい。そんなところです」

ダンブルドア「ハリー、それは違う。君たちは彼女の助けになった。それは確かなことじゃよ」

ハリー「でも、マミは僕らと一緒にふくろう試験を受けられませんでした」


 ハリーの記憶には、今年度最初の授業の風景が焼き付いている。

 彼女が絶対に取るであろう変身術の授業。そこに、巴マミの姿は無かった。

 永遠に、もう二度と、彼女は自分たちと同じ教室で授業を受けることはない。


ダンブルドア「……どれほど彼女が頑張っても、彼との約束を果たそうとしても。
         それでも、覆せぬものはあるのじゃ……それこそ、運命の様に」

ハリー「……」


 それでもなお、諦めきれないという感情を瞳に宿すハリーに、ダンブルドアは残酷な現実を告げた。


406 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:29:23.82 EjxpIt8c0 750/755


ダンブルドア「さよう――たとえば出席日数とか」

ハリー「駄目ですか、やっぱり」

ダンブルドア「半年も休学しておったしのー。そりゃもう一回4年生やるしかなかったろうて」


 そう言って、ダンブルドアは顔の向きを変えた。真正面から日差しを受け、眩しそうに目を細める。


ダンブルドア「まあ、それでも彼女がそれを気にしているようには見えないが。
         彼女は十分、人生を楽しんでおるよ――彼との約束を、果たし続けている」


 ダンブルドアの視線を追うように、ハリーは窓の外を見やった。

 ――そこには、一生懸命杖を振るう、ひとりの少女の姿が。



・アルバス・ダンブルドア

 ハリー達の卒業後、校長職から退く。
 ワルプルギスの夜との戦いの後遺症が、とのことだが真偽は不明。
 ゴドリックの谷で静かに余生を過ごすが、後年、ホグズミードのホッグズ・ヘッドにて度々目撃された。


407 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:30:28.17 EjxpIt8c0 751/755


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 ――あれから、何年も経ちました。当然、色々と変わったこともあります。

 私の予見の才能は、あの夜以来、すっかり消えてしまいました。

 いまでは一生懸命水晶玉を見続ければ、ごくたまに、未来の景色が靄のように映る程度です。


「おそらく、それが君の持つ本来の才能だったんだろう。
 君にあった予見者としての才能は、ごく僅かなものだったんだ」

「じゃあ、あれは一体?」

「可能性としてもっとも高いのは、暁美ほむらの魔法だ。
 何度も繰り返された時間遡行によって歪められた因果が、君にも作用した。
 鹿目まどかを救いたいという彼女の願いが、その願いにとって都合の良い存在を生み出したんだ」

「でも暁美さんが繰り返せるのは、ワルプルギスの夜までの一ヶ月だけだったんでしょう?
 私の予見は、その前から――」

「過去の積み重ねが未来になるのではなく、過去と未来は同時に存在するものだとすれば問題は無くなる。
 暁美ほむらはいうまでもなく、君の力も広義で言えば一種のタイムトラベルだ。
 つまり主観時間軸を自在に選択できる者同士の意識が交わる時、主観未来の混合が――」

「……そういう話はやめて。頭が痛くなるわ」

「大事な話なんだけどね。まあ、いいさ。それより急がないと遅刻するよ。
 煙突飛行のお陰で移動自体は一瞬だけど、向こうの暖炉は混雑するだろう?」

「分かってるわよ――もうすぐ終わるわ」

「そもそも君たちの慣例として、初出勤の日は早めにでるものじゃないのかい?
 それなのになんでこんなにのんびりしているのか、やれやれ、理解に苦しむよ」

「迎えが来る筈なのよ。だから、それまでに終わらせればいいのっ」

「それは、君たちで言うことろの屁理屈だと判断する。
 いまこの瞬間に、その迎えがこないという理由にならないからだ」

「……相も変わらず、理屈っぽいわね、もう」


 制服であるマントとローブをようやく鞄に詰め終えて、私は背後にいる白い猫に振り返った。

408 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:32:10.41 EjxpIt8c0 752/755


「そもそも、なんであなたがここにいるのかしらね――インキュベーター」

Incubator「一応、形式的には、今日から同僚になるわけだからね、巴マミ。
       この個体はイギリス魔法省魔法少女部・対魔獣課の専任として派遣されているんだから。
       職員の管理や動向の把握も、僕に課せられた仕事の内で――」

マミ「はいはい。それじゃあ少しでも支度が捗る様に、少し静かにしていてくれないかしら?」

Incubator「分かったよ……あとそれと、ひとつ言おうとしていたことがあったんだけど」

「なぁに?」

Incubator「僕の呼び名だけど、インキュベーターというのは長くないかい?
       そういうことを考慮して作ったのが"キュゥべえ"という呼称だ。
       別に、あの廃棄個体だけのコードではないんだが」

マミ「私にとってのキュゥべえはあの子だけよ」


 そう言って、私は壁に目を向けた。

 僅かに思い出に浸る――そんな暇もなく、玄関のチャイムが鳴る。


杏子「おはよう、マミ。支度出来てるか?」

ほむら「あなたじゃないんだから。巴さんが寝坊なんてするわけないでしょう?」

Incubator「いや、それが――」

マミ「おはよう、二人とも」


 何か言おうとしたインキュベーターを軽く蹴り飛ばして、玄関の外に立つ二人に挨拶する。

 そこにはリクルートスーツ姿の、つまりは今の私と同じ格好をした暁美さんと佐倉さんの姿があった。

 二人はあの後、魔法省にできた魔法少女局に就職した。

 暁美さんはしばらく学生との二足のわらじで大変だったみたいだけど、いまは落ち着いたらしい。


409 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:34:08.58 EjxpIt8c0 753/755



マミ「準備は出来てるわ。さあ、行きましょう?」

杏子「ああ。……にしてもめんどくさいよねー。
    家から直接煙突飛行できりゃ、こんな恰好しなくていいのに」

ほむら「仕方ないでしょう。まだようやく、この街にも支部が出来たばかりなんだから」


 ワルプルギスの夜の影響で、ようやくこの街にも魔法省の支部ができた。

 私達は、そこからイギリスの魔法省に煙突飛行で通勤することになる。

 昔、ロックハート先生から貰った暖炉は完膚なきまでに壊れてしまったため、私もそうせざるを得なかった。


マミ「そういえば今度の週末、鹿目さんと美樹さんが、私の就職のお祝いをしてくれるって……
   二人も来てくれる?」

ほむら「もちろん、行かせてもらうわ。私達、巴さんの先輩になるわけだしね」

杏子「年上の先輩ってのも、おかしな話だけどな……まあ、学校の城壁に大穴開けちまったんだし、
    留年で済んで幸せだったと思わなきゃぁ」

マミ「わ、若気の至りよっ。また佐倉さんはそのことを持ち出して! というか、別にそれと留年は関係ないわ!」


 結局、"ホグワーツの歴史"に載ることになってしまった五年生の時の大惨事を思い出して、思わず声が上ずる。


マミ「まったく……確かにハーマイオニーさん達からみて一年遅れての卒業だから、最後の年は寂しかったけどね。
   ああ、そういえば会うのも久しぶりよねぇ。みんな、元気にしてるかしら」

Incubator「……それを確かめる為にも、はやく出発した方がいいと思うけどね」

杏子「あ? ――げっ、もうこんな時間か! のんびりしすぎた! 走るぞ、おい!」

ほむら「あ、ちょっと待って――もう。ほら、巴さんも行きましょう?」

マミ「え、ええ……そうね」

410 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:36:10.47 EjxpIt8c0 754/755


 荷物を持って、暁美さんんの後に続く。

 開いた玄関の向こうには、ようやくあの夜の傷跡を埋め直し終えた見滝原が広がっていた。

 空は晴天。九月の太陽が、街に光と熱を放射し、その光景を煌めかせている。


マミ「それじゃあ――行ってきます」


 部屋の中にそう言葉を掛けて、ドアを閉める。

 振り向けば、佐倉さん達は随分先に行ってしまっていた。

 追いつくために、新鮮かつ、窮屈にも感じるタイトスカートを翻しながら、私も足早に駆け出した。


マミ「もう、待ってったら――!」


 私は、いまもこうして歩いています。彼との約束を果たすために。

 時には辛いこともあるけれど、それでも私はやめるつもりはありません。
 
 ――彼がくれたこの素晴らしい人生を、その果てまで歩むこと。

 その為に、私は今日も歩み続ける。




・鹿目まどか&美樹さやか

 忘却術により、事件当夜の記憶は失われている。よって、魔法界のことは知らない。
 彼女たちにとって、二人の魔法少女は誇るべき英雄であり、友達である。
 現在は二人して同じ大学に通っている。美樹さやかは上条恭介と、未だに微妙な距離感を保っている模様。

 
・佐倉杏子&暁美ほむら

 イギリス魔法省で新たに設立された魔法少女局に就職する。
 主な仕事は魔獣の討伐や他国魔法省にも魔法少女法の整備を呼び掛けること。
 フィールドワーク派の杏子と、デスクワーク派のほむらでバランスは取れているらしい。
 

・巴マミ

 神秘部に半年以上引き籠っていた為、出席日数の関係で卒業が一年遅れる。
 それでも勉強に励み、ひたすら頑張り、限界まで踏ん張り――
 そうして張り切り過ぎたせいで、五年生のふくろう試験の際、ホグワーツの城壁に大穴を開けた。
 偶発的にとはいえホグワーツの防御を破った魔法使いとして、ホグワーツの歴史に名を残す。
 卒業後は魔法省の魔法少女局に就職。
 彼に誇れるような魔法使いを目指して、日々努力を重ねていく。

411 : ◆jiLJfMMcjk[sag... - 2013/09/26 22:37:12.21 EjxpIt8c0 755/755


◇◇◇



 巴マミが見つめていた部屋の壁。

 そこには少し日焼けした、一枚の古い写真が貼ってある。
 
 アルバス・ダンブルドアが気を利かせて、撮影しておいてくれた魔法界の写真。

 そこにはホグワーツの教室で、その机の上に、ちょこんと座る白い猫の姿。

 ドアが閉まる音に反応してか、その猫は目を瞑り、柔らかく微笑んだ。
 

 ――いってらっしゃい、マミ。




≪完≫


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