【前編】の続き。

197 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/03/27 23:54:22.80 6+JCnT200 110/332


二人が体育館についたころには戦いは終わっていた。地に伏す兵士の間
には、仮面党の亡骸。何人かの生徒や教師が帰らぬ人となっていた。
生徒の見張りに対しそこにいた仮面党は人数が多く、兵士たちを
撃破することができた。だが被害もまた多かった。

「ひどい……」

事切れている生徒や教師のなかに、ほむらやマミも見覚えがある顔が
混じっている。マミは唇を噛みしめている。

「巴先輩、暁美さん! どうして!?」

仁美と上条が二人の魔法少女に近づく。ほむらはマミについてきただけ
というのは強かったが、マミは真っ直ぐに二人を見て言う。

「あなたたちが心配だったのよ……私たちを庇ってくれたから……」

元々垂れ目のマミの目じりがさらに下がる。そうすることでとても
柔和に見える。

「無事で……、でも間に合わなかった人がいるのね……」

物言わぬ級友に胸を痛めるマミをほむらは冷静に諭す。マミは情で
救出の動機を生み、ほむらはそのクレバーさで救出の方法を生む。
とはいえ、ほむらの提示できる方法もそう多くない。


198 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/03/27 23:55:08.12 6+JCnT200 111/332


「できるのですか?」

ほむらには翼があり、マミにはリボンでの空中移動が可能だ。
生徒の一人を連れて包囲網と接触。動きを同期させて生徒の脱出と
包囲網の援護を連携させる。

「正直、危なくないわけではないわ。生徒や先生にも危険がある」

「全員を無事に脱出できる保証はない。けれど……」

ほむらの言葉をさえぎるように爆発音と銃声が響く。これは杏子たちが
ラストバタリオンと交戦している音だったが、体育館の人間にわかる
わけがない。

「でもここにいても危ないだけだよね……」

ほむらたちのクラスメイト、中沢が尋ねる。
魔法少女の二人のうち一人が包囲している機動隊たちと接触。
彼らを説得。テレパシーで残った方と連携をとり、脱出とその援護を
同時に行わせる。
魔法少女の能力の中にテレパシーがあることは今ではほとんどの人が
ある程度知っていたため、すんなりと全員が信じる。
仮面党が魔法少女を狙うことが常態化したからだ。

「包囲に接触するのはマ……」

「私はここに残ります。接触はほむらさん、お願い」

ほむらは説得をマミにお願いしたかった。だが、マミはここの守りを
するつもりのようだ。
実際、リボンの結界で出入り口を封鎖すれば、少しの間は体育館に
籠ることができる。さすがにそれはほむらには不可能だった。


199 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/03/27 23:55:45.61 6+JCnT200 112/332


それを察し、仁美が震える声で言う。

「わっ、私が一緒に行きます。昨日の様に私を運んでください」

そこにいた生徒たちが瞠目する。途中狙撃される恐れもあるからだ。
しかし、ほむらはその仁美に覚悟を見た。手が震え、足が震え、声も
震えている。だがそれでもなお危険なことに挑む彼女を買った。

「ええ、お願いするわ。私は口下手なの。皆もそれでいい?」

騒ぎ出すかと思ったが、生徒たちは粛々と従った。目の前の戦闘で
気勢をそがれていたのもあったし、そも逆らう気力がなくなっていた。
教師である責任感から和子先生が改めて周りを見渡した。

「暁美さん。志筑さんを、皆をお願いします」

実際、この作戦は穴だらけだ。ほむらにしろマミにしろ、軍事的な
訓練や経験はない。この方法も思いつきに近い。だがそれ以外に
思いつかないし、この極限状態では代案もない。
マミが体育館の入口を封鎖する前にほむらたちは外に出る。

「暁美さん……志筑さんをお願いします」

松葉杖もなく立ち上がる上条。彼はもうすでに、幼馴染を失っている。
ほむらはその真っ直ぐな瞳にこたえることができなかった。

「わかって……いるわ」

(まどかを救えなかったのに、何をやっているのかしらね)

マミを放っておけないという理由はあるが、それ以外に思いつかない。


200 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/03/27 23:56:21.15 6+JCnT200 113/332


マミは、結界を張ると一時的に変身を解く。私服ではあったが、
見慣れた彼女の姿に級友たちが顔を綻ばせる。緊張した面持ち。

「あの、巴先輩……ありがとうございます」

「え、私を知っているの?」

「知ってます! ウチのクラスでも有名ですよ。
成績良くてきれいな先輩がいるって」

マミの近くにいた中沢がこれ幸いとまくし立てる。だが一方で緊張の
マミの気持ちを解きほぐしたいという思いもあった。自分たちが
役に立たないと知っていたから。
確かにマミは有名だった。成績は見滝原に残るために頑張っていたし
同じ理由で校則も守る。品行方正文武両道。そして柔らかな美貌。
それを言われマミは照れてしまう。おなじくらいほむらも有名らしい。

「その二人が魔法少女だったなんて。驚きです」

「あ、ありがとう」

「それにさ、昨日あんなことあったのに……助けに来てくれてさ」

他の女子生徒が割り込む。彼女は級友として、ずっとマミと仲良く
なりたかったと言ってくれた。仮面党の級友に襲われてもマミは皆を
助けるべく舞い戻ってくれたことに感謝を述べた。

「ほんと、ありがとうね。巴さん」

涙ながらにいう。周りの生徒たちも口々に感謝を述べる。決して大きな
声は出せないが、皆感謝の気持ちと言葉をマミに送る。


201 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/03/27 23:56:47.39 6+JCnT200 114/332


ぽろぽろと、マミは泣き出した。突然の出来事に周囲の人間が慌てる。
マミは涙ながらに微笑みながら、自らのことを話した。自分が
魔法少女になった経緯を。

交通事故に巻き込まれた時QBに出会ったこと。そこで『助けて』と
だけ言ってしまい、両親を助けず自分だけ助かったこと。だからこそ
一人でも多くの人を守ろうとしたことを、生まれて初めて
魔法少女以外の人に語った。

「そんなの仕方ないじゃん!」

「いきなりすぎるよね。あの白い獣って融通聞かないんだね!」

そんなふうに擁護する中、年長者である年配の教師は優しく語る。

「巴さん、ご両親もわかっているはずさ。
子供の幸せを願わない親なんか、世界中どこにもいない。
君は、胸を張っていい。立派に、よく頑張ったね」

頬を流れる涙のまま、笑顔を見せる。その顔に、その場にいた人たちは
見惚れてしまった。
戦う意思を見せる凛々しいマミ、学校での清楚なマミ。
そして今涙ながらに笑う可愛らしいマミ。それらすべてがそこにある。

「はい、ありがとうございます」

その場にいたすべての男子生徒は、彼女に恋をしたと言ってもいい。
それくらい、彼女は魅力的に映った。


202 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/03/27 23:57:14.92 6+JCnT200 115/332


マミに限らず、魔法少女の戦いは誰にも知られるものではない。魔獣に
より、一般人も危険になることもあるのだ。だが、魔獣との戦いは
一般の人たちに知られることはない。魔獣たちを知覚できるのは
魔法少女やその素質を持った一部の人に限られるからだ。
だから、彼女の戦いは石以外、何の見返りもないものだった。

それが、今ここで報われた。だからマミは涙が止まらない。

(もう……もう何も怖くない。皆のためなら、私どこまでも強くなる)

「巴さん、正義の味方だね。あの暁美さんもそうなんでしょ」

「見滝原の英雄?」

「えー、女神?」

「天使がいいよ!」

「アテネってどう?」

唐突に聞かれ、涙のあとのままマミは戸惑う。友人たちを遠ざけてきた
時期が、遠くに感じられるほど皆が優しく接してくれている。

「あっ、あの……そういう肩書は……」

照れくさいとも嬉しいとも言えずしどろもどろになる。

戦場と場違いな優しい空気が、マミをどこまでも強くする。


203 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/03/27 23:57:51.93 6+JCnT200 116/332


その様子を遠くキュゥべえが見下ろす。

本来なら表情のないはずの白い顔には、マミ達を見下すような
嘲るような、傲慢な表情が浮かんでいた。

『せいぜい浮かび上がるといい。その方が、より深く落ちる……』

『かつて暁美ほむらのいた世界で、インキュベーターが行って
いたことだ。同じことをさせてもらうよ』

『最も、ここでは君らは魔女にはならないようだがね』

『そして、絶望の中で足掻くがいい。それは君たちが望んだことだ』


204 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/03/28 00:00:12.96 a66JwONs0 117/332

ネットの書き込みは加速を続ける。


『見滝原中学に軍隊が侵攻した件について』

『中継やべえ、マジ軍隊』

『自衛隊マダーチンチン』

『実況スレがパート18までいってる』

『ウワサの第三帝国が日本をせめとる』

『日本国終了のお知らせ』



そして当然のごとく
『ある特定の人物』に関する書き込みが徐々に増え続ける



『当然総統もいるんだよな』

『あれだと、死んだのもどうせ偽装だしな』

『今頃魔術で生き返って、新生第三帝国指揮してるんじゃね』

『魔法少女の私が願って生き返らせますた』

『私がJOKER様にお願いして生き返らせたんだけど質問ある?』





そして、この文言が踊り出すのに、そう時間はかからなかった。





『なぁ、ヒトラーが復活したってマジ?』

214 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/07 21:31:47.86 OTq625Xi0 118/332


杏子と怪人が睨みつけるのは、全身駆動する機械鎧を身に纏った兵士。
その周りには一般兵がたむろする。二人は戦闘を行うつもりはない。
だが、ラストバタリオンからすれば魔法少女は標的であり、敵だ。
だから闖入者であれ魔法少女は捕獲対象となる。
怪人の足元には、既に数体の兵士が転がっている。二人にかかれば
仮面党が苦戦する一般兵くらいは造作もない。

だが、それを圧倒するのが機械鎧の兵士だ。まるで魔法少女との戦いを
想定したようなスペックを有していた。それがただのロボットであれば
杏子の脅威足りえない。彼女を圧倒する戦闘技術を持っていた。
あの二人をして距離を取らざるを得ない。

それが、マミが接触した女学生の言うロボ……聖槍騎士団だった。

「無傷で逃げないとな」

『接近戦で一気に仕留められないかな』

「あんたそれで一度失敗してるんだ。やめときな」

杏子が怪人の肩を叩く。校舎内は直線が多く隠れるところが少ない。
教室は入り込んだら逃げ場がない。そのため自動小銃が有効に働く。
槍や剣では近づくこともままならない。


215 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/07 21:34:09.82 OTq625Xi0 119/332


また、接近戦を行えない事情もあった。

先に双剣を携えた仮面党の魔法少女が挑みかかった。名前は知らないが
杏子も何度か見かけたことのある、経歴の長い魔法少女だ。
彼女は痛覚遮断で強引に接近。槍を自身の腕にワザと刺し固定すると、
反撃を試みた。
だが、その刃は届く寸前に消滅する。杏子の見る間に彼女は魔法少女の
変身が解け、ソウルジェムを落とした。
機械鎧は彼女の体を槍で貫き、まるで昆虫の標本の様に固定する。一方
の一般兵はソウルジェムを奪う。更に別の兵士が彼女を拘束。
その一事始終を杏子は見てしまった。ゆえに交戦を避け距離を取った。
痛覚遮断をできず、痛みに悲鳴を上げる仮面党の魔法少女。

(あの槍に何かある。あれに刺されたらマズイ)

『杏子。あの槍に傷一つ付けられないようにね』

「そうだな。ああなるわけにはいかないからな」

拘束され、手当てもされないまま運ばれる少女。ソウルジェムが手元に
なければ彼女に何の力もない。所謂ゾンビであるため、ソウルジェムが
破壊されなければ命を落とすことはない。だが命があれば無事だという
わけではない。
特に、若い女性であれば。二人でも想像のつく惨たらしい扱いが
ないとはいえないのだ。


216 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/07 21:35:41.76 OTq625Xi0 120/332


ほむらは仁美を連れて、屋上へ移動する。自分たち魔法少女であれば
問題はない。だが普通の体の仁美がいる以上警戒を強化し、ゆっくりと
移動する。
幸いにして、仮面党との交戦は校舎の階下が中心のようで、そちらに
意識が集まっていた。だからこそ、先ほどは二人も難なく校舎内に侵入
できた。

「ここから文字通り飛んで移動するわ。しっかり捕まって頂戴」

仁美は緊張した面持ちで頷く。途中の銃声が、自分たちが置かれている
状況を如実に物語っていた。緊張しないわけがない。
筋力を強化し飛び上がる。翼を推進力にして飛翔する。高いところから
降りる分には翼は使わなかったが、飛翔するには必要だ。そしてそれは
その形状からかなり目立つ。狙撃の心配があるということだ。

「もっと近くからではだめなのですか?」

「最近使って分かったけれど、人間二人分の重さを浮かばせるには
かなりの魔力を使うの。狙撃の心配があるけれどしかたないわ」

「わかりましたわ。すみません、口を挟んで」

「いいのよ。さ、行きましょう」

ほむらが闇色の翼を広げると、仁美にしがみつくよう促す。そして
念のため弓と矢をだし、攻撃に備える。

仁美は唇を噛みしめ、首に手を回し体重をかけた。


217 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/07 21:36:27.29 OTq625Xi0 121/332


杏子たちは兵士から逃走を続けていた。ラストバタリオンの本隊とも
いうべき人数である。さすがの二人も抗しきれない。別行動をしていた
数体の兵士を蹴散らすしかなかったが、それが同じものを敵とする
仮面党の勢力に有利に働いた。
そのため、ある程度戦線は膠着し、ほむらたちの脱出の一助になって
いた。
兵士のいない方へいない方へ移動する二人。本隊が校庭の真ん中にあり
そこにトラックなどの車両が集まっている。
そこから遠ざかるため、また生徒が拘束されているところを探すため
体育館まで移動したのは偶然ではない。

体育館の入口で何事かしている兵士。その挙動に不審なものを感じ
瞬時に蹴散らす。その際、仮面党のような手心を加えるつもりも余裕も
ない。なぜなら、少なくとも杏子は仮面党を無造作に撃ち殺した連中に
怒りを感じてたからだ。

「ここになんかある……まぁ、生徒がいるのか」

『二人もここにいるかもよ』

「あんだけドンパチやってて? さっき魔法少女は集められてた……」

『マミさんなら、皆を見捨てたりしないよ』

「ちっ……そうだよな。あの甘ちゃんはな」


218 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/07 21:37:27.72 OTq625Xi0 122/332


ドアに手をかけると何かの魔力を感じた。それが先ほどの怪人の発言の
裏付けになったのだろう。杏子はにやりと笑った。

「マミが無事ならあいつも無事だろ」

『そう、だろうね』

「顔合わせてもまともに会話なんかできねえしな」

『そう……だろうね』

ドアから手を離し、その場を立ち去ろうとする。何をするかわからない
にせよ、マミたちが生徒を見捨てるはずはない。方法は不明だが
恐らく逃がすつもりだろう。

「何する気かわかんねえけど、軍隊の方を攪乱してやればいいよな」

『たぶんね』

その中で思いついたのはあの聖槍騎士の存在だ。あの槍の危険性を
マミやほむらは知らない。そのためかなり危険ではあるが、あの槍の
注意をマミやほむらから逸らす。

つまりは陽動だ。


219 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/07 21:38:18.33 OTq625Xi0 123/332


屋上のフェンスを飛び越え飛翔する二人。高いところからであれば
推進力だけのため、魔力の消費は抑えられている。眼下には校舎と校庭
を見下ろし、中空を飛ぶ。
慣れない浮遊感。仁美はもっとそれを感じているだろう。バランスを
とるのに精一杯で背中の仁美を思いやる余裕もない。この状態では弓を
番えることもできないだろう。そんな状態で狙撃されたらと思うと
ほむらは気が気ではなかった。

仁美はほむらを尊敬していた。
学業と習い事を両立させる自分が大変だと思っていた。だがそれ以上に
大変だという言葉すら軽いことを、素知らぬ顔で行っているほむらに
驚いていた。
そして、なにより学校を追われたにもかかわらず、こうして学校に戻り
皆を救いに来た。
もちろんそれはマミの意思であり、ほむらはそれについてきただけだ。
だがそれを仁美が知ったとしても、評価は変わらなかっただろう。

交戦の音は散発的にだがまだ続いていている。それが運が良かったの
だろう。大きな障害もなく、二人は学校の敷地外に着地した。
ほむらは翼を収め、弓矢をしまう。緊張のあまり顔色の悪い仁美を
慮る暇もなく、手を取って刑事を探す。

「さっき私たちを押しとどめようとした刑事さんを探すわ」

「はっ、はい」

「確か、すおう……と呼ばれていたわ」

なんの確証もないが彼に渡りをつける。彼がどれだけ警察組織内で
発言力があるかは不明だが、何としてでも生徒の救出に協力させないと
ならなかった。
ほむらは未だ魔法少女の姿のままだ。恐らく噂が流れているため、
そのほうが事情が説明しやすいと判断したためだ。


220 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/07 21:39:25.56 OTq625Xi0 124/332


果たしてそれは当たった。あのとき二人を止めた刑事と出会うことが
できた。その若く精悍な刑事はほむらを認めると些か怒気をはらんだ
声で話しかけてきた。ほむらの身を案じてのことだ。

「君! どこにいって……。その姿は?」

「この方は魔法少女です。私たちはあの包囲から逃げ出して
まいりました。見滝原中学校の生徒です」

「……どうやって?」

「この方、暁美ほむらさんが魔法少女の力を使って、です」

「君も、なのか?」

「いいえ、私は違います。皆さんに助けを求めにまいりました」

刑事の応対にかなりの早口で応じる仁美。それだけ緊張もしていたし
切羽詰まってもいたからだ。
ほむらは内心、信じてもらえないだろうと諦めていた。だからせめて
仁美だけでも保護してもらえたらいいと思ってはいた。
その思いを知ってか知らず科、仁美は早口で続ける。
皆が体育館に集められていること。仮面党として一部の生徒や教師が
襲撃した軍隊と戦い始めたこと。一般生徒にも仮面党にもかなりの
死者がでていることを。
そして、体育館から生徒や教師を逃がす手伝いをしてほしいことを。

若い刑事は黙って聞いていた。

「信じてもらえるかわかりませんが……」

「……いや、信じる。経験があるからな」


221 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/07 21:41:50.38 OTq625Xi0 125/332


二人は瞠目している。たかが中学生の言葉を信じ実行に移そうとする
ことに。
仁美は父親を通し、大人の世界を見続けていた。何につけても動きが
遅いことが多々あったから。それは保身などではなく、人との繋がりで
がんじがらめになることが多いからだ。そのうえで無理をお願いする。
それが大人の世界だと解釈していた。

一方のほむらは諦念があった。まどかを救うため、皆を救うため真実を
伝えたにもかかわず、願いとは真逆の方向に運命は流れて行った。
そのため斜に構えた見方で世界を見ていた。

「あ、ありがとうございます」

「突入の人員を集める。タイミングを君に一任すればいいんだな」

「ど、どうして……」

「志筑さんといったね、君が必死なのがわかった。だからだ」

確かに仁美は必死だった。あの中にまだ上条がいるのだから当然だ。
あの体育館が爆破でもされようものなら、たとえマミがいても皆を
守りきれるものではない。その守りきれなかった中に、上条が
含まれないとも限らないからだ。

「ありがとう、ございます、刑事さん」

準備をするつもりなのだろう。周囲の人員に声を掛けようとした。
そこを遮る形になってしまったが、仁美は尋ねた。

「お名前を聞いてもよろしいですか」

「周防……」

振り返り言葉を続けようとするが、そこで一端詰まった。理由は
ほむらたちにはわからない。

「周防、達哉」

かつて反発していた兄と同じ道を歩み出した彼は、憧れた兄に連絡を
とった。


229 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:06:01.92 7lL9Z2vO0 126/332


『わかった。任せろ。だが、無理をするな』

「今無理をしないでいつ無理をするんだ。救いを求められているのに」

電話越しに話す兄の言葉が詰まる。反論ができなかった。慌てて話を
変える。自分が声をかけて動員できる人数の話になった。それを受け
二言三言話をかわす。互いに納得し通話を切ると、仁美に向き合う。

「兄は増援を連れてきてくれる。だが間に合わない」

仁美が言葉に詰まる。ほむらもやや不安げに達哉を見つめていた。
散発的に鳴り響く銃声が、状況が差し迫っていることを教えてくれる。

「だから自分が行く。大丈夫だ。連れていける人数も多い」

「あ、ありがとうございます」

「まだ礼は早い。準備ができたら知らせるから、少し待ってろ」

拳銃を確認し、防弾チョッキを準備する。これでどこまで軍隊の重火器
に対抗できるか不明だが、一警察官に準備できるのはせいぜいここまで
だろう。ましてや組織のバックアップもない。

にもかかわらず、彼は戦いに赴くのだ。

仁美はその行動に、覚悟に涙した。

230 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:06:38.07 7lL9Z2vO0 127/332


促され、いわゆる『制服組』に保護される仁美。一度ほむらも
保護されそうになったが、魔法少女を理由に拒絶した。マミのことも
あるし、突入のタイミングはほむらが握っている。ここで保護されて
いるわけにはいかない。

「貴女はここで待っていなさい。いいわね」

「はい、皆さんを……上条さんをよろしくお願いいたします」

包囲から離れたパトカーに乗せられて首を垂れる。さすがに仁美がこの
突入に際してできることはない。

「なんとかするわ。もう、失わない」

仁美にはその言葉の意味は分からなかった。問いただす前にほむらは踵
を返し歩き出す。
そのほむらの視線の先には、周防刑事と、武装した警察官。暴動鎮圧
などに使いそうな盾や武器をかき集めたようだ。かなりの人数が、
ぎらぎらとした視線をほむらにむけていた。

「さぁ、準備はできた。そちらはどうだ?」

「今向こうと連絡をつけるわ」

警察官を無能扱いする人は決して少なくはない。だが、こういう有事の
際に奮い立つものこそ警察官たりえるのだろう。自らを省みず戦う
彼らを、ほむらは見直した。


231 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:07:22.12 7lL9Z2vO0 128/332


テレパシーによる連絡を受け、マミは皆に声をかける。その顔に陰りが
見える。周囲の生徒たちはその反応に固唾を飲む。

「人数は多くありませんが、警察官が動いてくれるそうです」

生徒たちから安堵のため息が漏れる。だが、そこに不安の色もにじむ。

「裏門から警察官たちと脱出します。ほむらさんは正門を攻撃し陽動」

計画に様々な反応をする。喜びの声を上げるもの、成功を訝しむもの、
そして……ほむらの身を案じるもの。
クラスメイトの上条が不安の声を上げる。

「暁美さんが陽動? 一人で?」

「……ええ……。そうです……」

マミは唇を噛みしめる。彼女の行動に不安がある。マミたちと知り合う
前、ほむらは一人で戦い続けていた。そのときの排他的な戦い方や
思考が今のこの作戦の元になっているのではないか、という危惧だ。
大雑把にいえば、彼女が死ぬつもりで無茶な陽動をやるのではないか
と疑っているのだ。あるいは彼女が自らの高い戦闘能力を頼みに陽動を
するつもりでいるのなら、危険なところまでは戦うことはない、はずだ。
マミは自分に言い聞かせた。


232 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:08:11.04 7lL9Z2vO0 129/332


戦闘は再度小康状態に陥っていた。仮面党と合流した杏子たちが
共同戦線を張り、協力姿勢を見せたからだ。だが、全幅の信頼を
仮面党に持ったというわけではなく、あくまで一時休戦、といった
スタンスだ。

「あたしらを襲ったことは忘れてないからな」

にしても奇妙だと、杏子は思う。仮面党は魔法少女を襲っていたはず。
にもかかわらず仮面党の中には魔法少女そのものも、素質を持ったもの
すらいる。殺すつもりではなかったのか。

彼女たちは気付かない。素質があっても契約するつもりがない少女が
ラストバタリオンや仮面党の襲撃によりやむなく契約していることに。
今回のラストバタリオンの襲撃で、抵抗すべく魔法少女になり戦いに
身を投じた少女が大勢いたのであった。

『見てたやつもいるかもしれないけど、あの槍は危険』

「遠距離武器のあるやつで戦わないとだめだな」

仮面党の中からは罠の設置を提案する者もいた。だが相手の方が戦闘は
上手だ。漫画やアニメの様にはまるとは思えない。最初のころ、
油断している状態ならいざ知らず、今はもう本気でかかってきている。


233 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:09:31.83 7lL9Z2vO0 130/332


そこはどこかの事務所。薄暗い部屋に一組の男女がいる。

「ちっ、なんだこれは。あんときと同じ……それ以上か」

「なに? ……ひょっとして、これ……全部?」

「ああ、『噂』だ。あのときと同じような、な」

画面を見つめる男と、その相棒の女性。この二人と、あの刑事の兄弟、
そしてある一人の女性が世界を救ったと言ったら、いったい誰が
信じられるだろうか?

「魔法少女、キュゥべえ、第三帝国……。今度は新世塾の代わりが」

「あの軍隊ってことなのね」

「ラストバタリオン。オカルトじゃ有名なネオ・ナチス。眉唾だな」

実際、ラストバタリオンは「最後の大隊」と直訳される。概ねオカルト
でヒトラーが残した「UFOを持つ戦闘部隊」「超人たちの戦闘集団」
的な意味合いを持っているようだ。もちろん当時からあるいわゆるデマ
であったりするのだろう。だが

「あの時みたいに噂が現実になるってんなら、
これも現実になったんだろうな」

「見滝原市か。行く?」

「あの刑事たちにも呼ばれてるんだ」

「多分……またあいつが裏で手を引いてるんだろしね」


234 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:10:09.99 7lL9Z2vO0 131/332


パトカーに乗せられ、見滝原の正門に移動するほむら。テレパシーは
辛うじて届くようで、その間マミに散々心配された。

嬉しかった。

見殺しにし、殺し、見捨てた人からの好意が重く感じたこともある。
けれど、マミはほむらを案じ助けてくれた。それが本人の寂しさから
くるものであったとしても、ほむらはそれに救われたのだ。
動機が何であれ、それに感謝してはいけない理由は……ない。

「これから突入して暴れます。そうしたら、刑事さんに連絡を」

「わかりました。お気をつけて」

”暁……ほむらさん、どうか無事で”

歩きながら変身し、土嚢で陣形を作る軍隊に近づく。
その背中には巨大な闇色の翼が広がる。それは陽動に都合のいい、
派手な演出だった。そんな派手さは彼女の性格にはそぐわないのだが。

弓を引き絞り、魔力を込める。前の世界での貧弱な魔力ではない。
隣にマミもいない。陽動のため、派手に魔力を使う。出し惜しみもない。

魔力を込めた矢を放つ。
土嚢に着弾したそれは弾けるように土嚢を吹き飛ばす。

「魔法少女が突入を開始しました!」

『了解! こちらは裏から突入するぞ!』


235 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:10:53.39 7lL9Z2vO0 132/332


「なんかおっぱじめやがったな」

『マミさんは体育館だから、ほむらかな』

二人はほむらの実力の高さを知っている。だがそれが軍隊に匹敵する
ものか自信がない。
それに基本陽動というものは危険を伴う。更に、ほむらは一人だ。
バックアップや支援として、誰かがいるわけではない。
だが、杏子や怪人が向かって、果たして協力することができるか?
答えは否だ。あれだけ攻撃を繰り返しておいてできるわけがない。

「二人同時に行けば多分駄目だ……」

「なら私たちが行くよ。貴女達は体育館に行って」

陽動の方が派手に戦う分、おそらく出てくるのはあの聖槍騎士だ。
槍や剣を使う二人には分が悪い。そして仮面党の魔法少女は何人か
銃器などの飛び道具を武器とする者がいる。

「私らがその暁美さんを援護すりゃいいんでしょ。
暁美さんが逃げたら私らも逃げればいいし」

一般の仮面党は杏子たちと共に体育館に移動する。仮面党とはいえ
生徒だ。そちらを護衛し一般生徒たちと合流することで同意した。
軍隊から奪った銃器を、カードを握り締め戦いに臨む仮面党。彼らも
心は一般市民と変わらないはずだが、戦いに心を染めている。
全幅の信頼を置くわけにはいかないが、杏子はそれに頼らざるを得ない。


236 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:12:04.44 7lL9Z2vO0 133/332


とにかくほむらが奇妙に思ったのは、一部の警察官がこの陽動に
『率先して』参加したことだった。皆一様に体が大きいが、若かった。
所謂『今どきの若者』として揶揄されるはずの彼らが、最も危険な
役割に積極的に参加していたのだ。
そのため、思ったよりもほむらは『安全に』陽動を行えていた。

しかし、それでも直接的な攻撃力はほむらにしかない。拳銃程度の火器
では、ラストバタリオンのボディアーマーらしきものを突破できない。
それでも銃は銃。当たり所が悪ければ危険であるため、辛うじて
牽制として機能をしていた。

(だめね、これじゃ陽動にはならない)

軍隊の経験がないほむらでも、これで注意を逸らせるとは思えない。
内心臍をかんでいた。やはり自分たちには無理だったかと思ってしまう。

そこに魔法少女の一団がラストバタリオンの背後から襲い掛かる。
ほむらも自分の思考の盲点に気付き、呆気にとられる。
何も自分たちでやらなくても、仮面党の魔法少女を巻き込めば
よかったのだと。だが、仮面党に襲われたほむらやマミにそれを求める
のは、酷ではなかろうか。

果たして、ラストバタリオンの正門防衛部隊は挟み撃ちの形になった。
正面はほむらと警察官。背後には魔法少女の一団。
ほむらはチャンスとみて、攻勢に転じる。


237 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:13:08.91 7lL9Z2vO0 134/332


一方のマミたちは結界の一部を解き、脱出を図る。前衛はマミと
仮面党の党員。手にカードや奪った銃器を持ち周囲を見渡しながら
一般生徒を誘導。殿にも党員と教職員がつく。
その視線の先には周防刑事率いる突入部隊。
体育館自体、ラストバタリオンには優先順位が低かったのだろうが
そこにいるはずの兵士は多くなかった。
けれども、その動きを察知されないはずはない。側面から襲い掛かる
ラストバタリオン。それに気づいたマミは真っ先に飛び出す。

「皆さんは先に! 私がここで食い止めます!」

無数のマスケットを召喚し、一斉に放つ。今更ながら、陽動には
マミの方が適任だったかもしれない。だがこれはこれでマミにしか
できない戦い方だ。
雨の様に放たれる弾丸が兵士を足止めする。何発かは直撃して倒した。
だが残った兵士は怯むことなく全身を続ける。離れた距離から撃たれる
弾丸が偶然一般生徒たちに届いた。距離があるとはいえ当たれば危険
である。恐慌を着たし移動速度が上がった。

そこに取り残されるのは足の悪い上条と、それを補助する中沢。二人は
中央の生徒たちから徐々に後れを取ってしまっていた。

「僕はいいから先に行って!」

「っざけんな!」

極限状態でそんなことが言える二人を褒めるべきであろうか。しかし
有事にはそれは美徳とは言い切れないのではないだろうか。
恐怖に蒼白になりながらも友人の補助を止めない中沢に、最後尾の
仮面党が近づく。
徐々に倒される仮面党。後方から数は少ないながらもラストバタリオン
が近づく。

迫るのは硝煙と、死の匂い。


238 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/14 22:14:39.18 7lL9Z2vO0 135/332


魔法少女の一団は、土嚢に阻まれ身動きが取れない兵士たちに
襲い掛かる。痛覚を消し銃弾をものともしない彼女らはほとんど死兵と
化して突っ込んでくる。互いに二十名ほどの戦闘は、魔法少女優勢
のまま押し切れるようだった。

そこにさらにほむらである。仮面党の魔法少女を巻き込まぬよう、
射線を下げているため、矢が土嚢に刺さり吹き飛ばす。それが混乱を
呼び、援護としての機能を果たす。

そこにポリカーボネイトの盾を持った警察官が突っ込む。軍隊の銃に
対しどれほど効果的かは不明だが、その威圧感は無視できない。
血気にはやる若い警察官達は、ほむらを追い抜こうと速力を上げる。
それを愚かと片づけるには彼らは若すぎた。 彼らには自分たちより
年若い少女たちが命を懸けて戦っている姿に、触発されたのだ。

その突進は、彼らの死を持って止められる。

騒ぎを聞きつけたのか、聖槍騎士が現れ空中から掃射を行った。
かろうじてそれに反応できたものはよかったが、頭上からの銃弾に
数人の警察官が犠牲になった。
突進を止めたことで良しとしたのであろう。その聖槍騎士は魔法少女の
一団の前に着地する。

『魔法少女どもめ。この槍ですべて標本にしてやる!』

その口調は怒りではなく、蔑みが大いにこめられていた。


244 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:00:52.69 YaGGxMA80 136/332


魔法少女の一団と正対する聖槍騎士。その槍先は二十名ほどの少女たち
に向けられている。その風貌から滲む威圧感に怯む少女たちを尻目に、
土嚢をはさみ矢をつがえるほむらを見る。

「――んちょうの者には今は手を出すべきではないが、さて」

(私のこと? )

ほむらはそれが自分に向けられた言葉だと察した。だが戦場の喧騒に
紛れ、上手く聞き取れなかった。
それを振り払うように弓を構える。真っ直ぐ聖槍騎士を狙う。その周囲
にはまだラストバタリオンの兵士が半分ほど残っている。
さらにほむらの周囲にはこれまた十数名の警察官が事切れた同僚を
気遣う余裕もなく立ちふさがっている。

「魔法少女どもは任せ、お前たちは彼の者の足止めをせよ」

号令とも命令とも取れない淡々とした指示に従い、兵士が土嚢を超えて
ほむらたちに迫る。それに合わせ聖槍騎士は槍を構え、背中の
プロペラを回転させ浮遊する。突進にその推進力を上乗せするつもりの
ようだ。高速で移動し、槍による一撃離脱の攻撃を行う準備をする。

陽動作戦の第二ラウンドが始まった。


246 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:01:56.38 YaGGxMA80 137/332


徐々に倒される仮面党。決して数は多くないがラストバタリオンたちは
ひたひたと生徒たちを追い詰めていく。生徒たちの速度が上がったため、
先頭を走る(文字通り走っていた)生徒たちは達哉率いる警察官と合流
することができた。
それでもなお、ポリカーボネイトの盾の内側である。拳銃程度なら
いざ知らず、手りゅう弾や大口径の銃器には抗しきれない。まだまだ
安心はできない状態だ。

後方の仮面党はラストバタリオンの銃弾に倒されつつも、なんとか敵の
数を減らしていった。だが遅れて列からはみ出した上条と中沢の二人に
追いつく兵士が現れる。走り込みながらのため、拳銃ではなく大ぶりの
ナイフをかざし振り下ろそうとする。
中沢はなんとか上条の松葉杖を振り回しそれを追い払う。だが兵士に
そんな雑な攻撃が当たるわけもなく、小ばかにするような動きで
避けられてしまう。

「早く行ってくれよ!」

「ふざけんなよ! 志筑さんが悲しむだろ!」

重ねて言う。彼の行為は平時では美徳である。だが、有事の際にはそう
とは必ずしも言えない。けれども、それを彼に求めるのは酷だ。
彼は兵士でもなければ戦士でもない。
もっと別の、もっと尊い、気高い魂と勇気を持つ『何か』だ。

その気高い魂が、勇気が、時間を作った。


247 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:04:20.55 YaGGxMA80 138/332


もうかれこれ三十人の兵士をたった一人で屠りつづけていた。
実質これは彼女にとって殺人行為ではあったが、それを受け入れていた。

(皆を助けられるなら、私……、どんなことも怖くない……)

穢れ、汚れ、堕ちることを良しとした。皆を守れるなら修羅道も
畜生道も恐れない。そういう覚悟と魂の輝きがあった。
マスケットを大量召喚し、兵士の一団に魔弾の雨を降り注ぐ。更に
撃ち終わったのマスケットを兵士の前に突き立て、接近を阻害する。
まだある。兵士に当たらず地面に当たった弾からはリボンが生えて、
進行を更に邪魔する。

ライフルのような銃器を持つ兵士の狙撃。単発の銃声が響き、マミの
太ももに当たる。あまり動かず、遮蔽物もないグラウンドで銃撃に
専念していた弊害であろう。それを見た生徒から悲鳴が上がる。
だがマミは一切怯まない。リボンを止血の包帯代わりに使い、痛覚を
遮断すると再び攻撃に転じる。

「私は大丈夫よ! 皆の前なら、私、絶対負けないっ!」

強がりでもあろう、虚勢でもあろう。けれどもそれはマミの覚悟であり
宣言のごときものだった。
その言葉のまま、戦線を押し返すべく前進する。そうすることで戦線と
生徒たちの距離を作り、安全な逃走を確保しようとしたのだ。
それは当然、兵士たちとマミの距離が短くなることを表していた。

無数の銃声がマミに迫る。


248 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:06:47.27 YaGGxMA80 139/332


残った兵士たちがほむらに襲い掛かる。人数もさることながらその練度
も侮れない兵士。それが十数名、ほむら目がけて攻撃を行った。
その兵士の足止めに、警察官が盾を頼りに防衛を行う。近距離での
軍用の銃撃にそう何度も耐えきれるわけではないが、兵士たちの狙いが
ほむらだとはっきりわかった以上、退くことはなかった。

「止めて! 下がりなさい!」

ほむらの叫びも空しく、兵士とぶつかる警察官。気迫だけで兵士を押し
返す。手に持った拳銃で反撃を行うも、一人、また一人と倒される。

「いやっ! 止めて! お願い! 逃げてぇ!!」

無限とも思えるループで、ほむらは散々人が死ぬところは見てきた。
それゆえ、見て見ぬふりをする心の持ちようは身に着けることはできた。
だが、今まさに目の前で『自分のため率先して戦い死ぬ人たち』を
見て見ぬふりはできなかった。
それをしてしまったら、ほむらは本当に人であることを捨てることに
なるから。それを知っているから。

「俺たちよりガキに命かけさすんじゃねーぞ!」

「応!」

リーダー格の青年の激励に全員が喜び応じる。
ほむらは歯を食いしばって矢を放つ。聖槍騎士と戦う魔法少女の援護
よりも、目の前の警察官の命を救うべく攻撃を行った。

それが聖槍騎士の目的、作戦だと知っても、だ。


249 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:08:01.93 YaGGxMA80 140/332


『きょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

怪人は神速の勢いで兵士たちをなぎ倒す。一刀で兵士を切り倒し
全く足を止めることなく走り抜けた。
上条や中沢に襲い掛かった兵士に追いつくとその体を剣で両断する。
生徒たちを後ろから追いかけていた十数名の兵士たち。その半分を
怪人一人で斬り伏せていた。
だが怪人も無傷とは言えない。斬りかかる際の隙に銃弾をナイフを受け
ところどころ刀傷や銃創を作る。

上条の頭上で肩で息をする呼吸音が聞こえる。頭部の紙袋にも裂傷が
見られ、そこから頭髪が見え隠れする。
上条はそれを見て瞬時に判断する。

「さやか! さやかなんだな!」

その声にびくっとする怪人。同じく動揺する中沢。礼よりなにより
口からこぼれた言葉。それが怪人を締め付ける。

「消滅したって聞いたよ! けど、生きていたんだね!」

「美樹さんなのか?」

『そんな奴は知らない!』

だが上条は確信していた。
紙袋の裂傷から除く頭髪に、音楽記号であるフォルティシモの髪飾りが
あった。
それがさやかの証拠であるわけではない。そんな髪飾りを付けてたこと
などない。にもかかわらずそれが彼の確信を呼ぶ。
更には声質や体つき、そして何よりあの声がさらに確信を深めさせた。

「さやか! 顔を見せてくれ!」

『うるさい! 早く逃げろ!』

(見せられるわけないじゃない! 『こんな顔』)

涙を『流せない』ことにわずかに感謝しながらもラストバタリオンに
相対する。決意と怒りを内に秘めて。


250 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:09:53.33 YaGGxMA80 141/332


ほむらの前で、一人、また一人と倒される警察官。そして仮面党の
魔法少女。無力な自分に怒りと虚無感を感じつつも弓を引き絞り兵士を
射殺していく。
一中一殺。かつて友人だった魔法少女を殺したこともあった。あの時の
感情を思いだし吐き気すら催す。それらを飲み下し狙撃を続ける。

更にその視線の先では、魔法少女たちが一人ずつ槍に倒されていった。
幸い槍によって変身が解除されても、ソウルジェムを拾う兵士が少ない
ためか、全員が全員捕獲されているわけではないようだ。
だがそれでも、一人、また一人と倒されるのはこちらの警察官と同じ
だった。

歯噛みするほむらの背後に、一人の男性が立つ。三十がらみだが、その
顔は若々しく精悍だった。特徴的な四角い小さめの眼鏡をかけている。
その眼鏡を左手で直しつつ叫ぶ。

「ペルソナ!」

その声に気付いたほむらは驚いて振り返る。その男性の背後に、
霊のような不可思議なものが見えた。

その霊が放つ轟音と灼熱の炎が、警察官を避け、ほむらを避けて
兵士だけを包み込む。
ほむらも彼らも炎の高熱を盾で避けるので精いっぱいの熱量だった。
兵士の何人かを焼き尽くし、周囲の酸素を使いきり炎が収まると、
その男性はほむらの肩を叩く。ほむらは咳き込んでいて、返事がすぐに
できない

「遅くなって済まない。……何人か間に合わなかったか」

今さっき超常現象を引き起こしたとは思えないほど、合理的で理性的な
顔立ち。その顔は彼によく似ていた。その美麗な顔が悲しみに歪む。

「君が暁美ほむら君だね。僕は周防克哉。生徒の方には部下を行かせた」

それで説明は終わりとばかりに言葉を切り、僅かに残った兵士に視線を
向ける。


251 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:11:14.44 YaGGxMA80 142/332


突入した警察官と同じくらいの人数が達哉の後ろから生徒たちに走り
寄る。それがすぐに克哉の集めた人員だと気付いた達哉は生徒たちの
保護を任せ、要救助者の一団の最後尾に走り抜ける。

その視線の先には、怪人……美樹さやかにすがりつこうとする上条。
上条の腕を取ると中沢とともに逃走を促す。

「だめです! さやかが! さやかが戦ってるんです!」

「今の君に何ができる! 彼女たちの邪魔になるだけだ!」

確かにあの怪人がさやかであれば、上条を庇おうとするだろう。戦いに
集中できなくなれば、彼女の身が危うい。彼女を思うならここは逃走の
一手だ。少なくとも達哉はそう判断した。
幸い、もう一人の魔法少女である杏子も追いつき、さやかと挟撃する
形でラストバタリオンを攻撃している。二人の戦力であれば、殲滅は
時間の問題だった。
その杏子は槍を巨大化し、さらに鉄鎖鞭に変化させ薙ぎ払う。
その威力で数人の兵士をなぎ倒し、戦闘不能にする。
杏子も猛っていた。

「さやか! 待ってるから! ずっと、君を待ってる! だからァ!」

達哉に引きずられつつも大声で叫び続けた。何度も、何度も。
その叫び声が、さやかの心に傷を与えつつも、最愛の人を守る
無敵の力を与えてくれていた。

(恭介……、ごめんね……)


252 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:12:36.69 YaGGxMA80 143/332


マミが四発目の銃弾を受けてとうとう倒れる。
魔法少女として手練れの彼女がいくら工夫しても、多数の訓練を受けた
兵士たちに敵うはずがない。それでもなお撃破した五十人という数字は
驚嘆に値するだろう。
体を半身にすれば最悪右腕を残し戦うことはできた。だが彼女は皆の
盾となるべくまっすぐに立ちふさがっていた。その背中に生徒たちは
祈るような思いを込めていた。
警察官に保護された生徒の中には、助けを求め大人に食って掛かったり、
盾や武器を奪ってマミに助勢しようと騒ぐものもいた。

そのマミを助けたのは克哉の部下たちだ。完全武装した彼らの中で
特に命知らずの大馬鹿者たちが、盾ごとラストバタリオンの集団に
側面から体当たりをかける。
その背後からもう一列が襲い掛かる。殺害を厭わない攻撃はもはや
鎮圧などという状態ではなかった。相手の武器を奪い、乱射する。
彼らはマミのその献身的な戦いに逆上していたのだ。

一時気を失っていたマミはすぐさま覚醒する。そして、自分が警察官に
守られていることを知る。
彼らが自分を顧みない戦い方をしていることにも。

(あの人たちも、誰も死なせない! 私は、正義の味方なんだ!)

マミは昨日かき集めた石を使い、魔力を回復させると再びマスケットを
乱立させる。それを乱射させながら血まみれの体を前進させる。
その小脇には一際巨大な銃を携えて。

「ティロ・フィナーレ!」

裂帛の気勢と轟音が、複数の兵士をなぎ倒す。
血に塗れてもなお美しい戦乙女の姿が、警察官たちの士気を上げる。


253 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:13:48.02 YaGGxMA80 144/332


兵士という遮蔽物が減ったため、ほむらは直に聖槍騎士を狙い撃つ。
高ぶった精神が魔力を高め、通常よりも高い威力を示す。
何らかのセンサーでそれを把握したのであろうが、回避が間に合わず
直撃する聖槍騎士。大きくぐらつき体勢を崩す。

「ぐぅ……さすがに彼の者の魔力か」

それまで単体で魔法少女と戦って消耗していた聖槍騎士は、
前後に挟まれる不利を理解した。そして、奥の手を繰り出す。

槍先に集まる電流を、槍を振りぬきながら解き放つ。広範囲にわたり
高電圧の電撃がほとばしる。さすがの魔法少女たちも雷より早く動ける
わけではない。感電し、僅かに動きを阻害されてしまう。
だが、聖槍騎士の方もそれが精一杯だったようだ。また、ほむらからやや
離れた位置から近づく、異能を持つ克哉の存在が大きかった。

聖槍騎士は克哉に威嚇の銃撃を向け、かろうじて足止めをすると照明弾
らしきものを複数打ち上げる。

それが退却の合図だったようだ。

積極的な攻撃から一転、警察官たちを寄せ付けない戦い方に変更した
兵士たちは距離を取りながら下がり出した。
血気にはやる警察官たちは追撃しようとしたが、一丸となって退却する
兵士たちに近寄ることもできなかった。


254 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:14:56.17 YaGGxMA80 145/332


漣の様に、引いていく兵士たち。校庭内に置いたままのトラックに
乗りこむと、凄まじい勢いで逃走を始めた。事切れた兵士を捨て置き、
包囲をしていたパトカーを体当たりで吹き飛ばして。

ほむらたち魔法少女はそれを追う気力すらなかった。魔獣たちとは違う
人間との戦いに心も体も疲弊しそれどころではなかったのだ。
魔力はともかく、精神を消耗したほむらは気を失い、克哉に
抱き抱えられる。

血まみれのマミは警察官に背負われながら、生徒たちの祈りの中
運ばれていく。口々にマミの容体を案じながら警察官に並走するものも
いた。

杏子は比較的ダメージが少なく、生き残った仮面党たちに
簡単な治療魔法を施す。すでに事切れているものも少なくない中、
慣れない魔法を使う。そこにさやかも合流した。杏子以上の
治療魔法の使い手の彼女は、自分の怪我も省みずに治療に当たる。
それでもなお、助けられない命は数多くあった。


警察官の殉職者も十六名を数え、生徒教師の死者も四十名余り。
負傷者に至っては百名を超えた大参事である。

そして何より、魔法少女そのものやその素質を持つ少女たちの行方不明
が数多くいた。
その多くはラストバタリオンに連れていかれたものと思われた。


255 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/21 22:18:28.84 YaGGxMA80 146/332


だがこれでラストバタリオンの脅威がなくなったわけではない。
今日、この日この時から、見滝原は戦場と化した。

どこからともなく集まるラストバタリオン。そしてそれを憂慮する
人々。

「Kei? 今どこに?」

『君は見滝原か。残念ながら、今すぐにはいけない』

「私は仕事を抜け出して移動しています」

『今向かっているところだ。君が先につくはず。周防刑事と合流を』

「わかっています。Keiも急いでください」

『代わりにだが、こちらの手の者も支援に行かせている』



そしてまた別のところでは……。

「やっと見つけた」

「誰だあんたは」

「探偵だ。力を借りたいと言う人間がいる。あの時の再現だとさ」

「ちっ。少しばかり指先が器用なただの営業になにを期待してんだあいつ」

「さぁな。俺はお前にこれを渡すように依頼されただけだ」

「あの野郎……。しかたなねぇ、受け取るよ」

「確かに渡した。無理はするなよマジシャン。……あばよ」


261 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:12:02.37 8XGZlnNx0 147/332


ほむらやマミは、その場で魔法少女による治療を受けていた。
特にマミは外傷が激しく、大量の血液を失っていたため意識が朦朧と
していた。
精神的な疲労から立ち直ったほむらは温かい飲み物と毛布を
渡され、無傷のパトカーの後部座席に座っていた。

そのほむらに駆け寄ったのは仁美だ。半ば制服組を振り切り助手席側の
後部ドアを開けて入ってきた。そして、そのままほむらの首に
かじりついた。

「ご無事だったのですね……、よかった……よかった……」

はらはらと涙を流す仁美。あれからずっと座ったままだったらしい。
爆発音や銃声、さらには遠い悲鳴が響くたびに、身を焦がすような
焦燥感にさいなまれ続けていた。
今までほむらは受け取ったことのない、感謝というものを彼女自身が
持て余していた。

「上条さんも、中沢さんも、和子先生もご無事と聞きました」

「……助けられなかった人も大勢いるわ」

ほむらの声色は昏い。自分を責めているようにも聞こえ、仁美は声を
荒げた。

「でも、助けられた人も大勢いらっしゃいます。貴女のおかげで!」

けれどもほむらは唇を噛みしめる。自分のために笑いながら死んだ
警察官たちを思って。

「何より、貴女が無事でよかった……」


262 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:13:49.37 8XGZlnNx0 148/332


一方のマミは簡易寝台の上で目を覚ます。止血用の包帯の上から治療の
魔法をかけられていたため、あちこちがぐるぐる巻きにされている。
けれども、ほとんど外傷は塞がっているが本格的な治療は翌日にという
ことで後回しだ。
トリアージという形だろうか。ほかにいる重傷者に治療が優先された。
包帯は魔法による治療の前に血止めなどに使っていたもので、
拘束にもなっていない。そのため外そうと思えば外すことはできたが、
応急処置に近い治療や疲労困憊の状態では動く気にはなれなかった。

意識を取り戻したところに、周防達哉が現れる。手には某かの資料を
持っていた。

「目が覚めたか」

「あ、周防さん。……み、皆さんは!?」

「意識がはっきりして最初がそれか。大丈夫、君のお蔭でほとんどの
生徒が保護できた。良くやってくれた。ありがとう」

やや上から目線とも取れる言い回しだが、達哉にはこういう言い方しか
できないのが玉に傷だ。

「では、亡くなった方もいらっしゃるんですよね。警察の方も?」

「ああ、殉職者は十六名。だが大規模な戦闘状態では……」

達哉の慰めが始まる前に、マミは涙を流した。

「うっうううう……、た、助けられなかった……。正義の味方なのに
皆を……助けたくて……魔法少女を……続けてるのに……」

包帯ばかりの手で顔を覆い、声を上げて泣き出した。その姿は戦うもの
というよりは、自分の大きすぎる夢に苦しみ、裏切られ、苦悩する
只の中学生の姿だった。

マミを庇い、三人の警察官も死亡した。けれども彼らは一様に笑って
励ましていた。その中の一人、一番年若い警察官はとんでもないことを
言ってのけた。

「ねえ、君可愛いね。この後デートしないか?」

致命傷を受けた彼の、それが最後の言葉になった。 
彼が笑顔を向け、マミの心労を和らげようとした。その優しさが
マミの心を打った。


263 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:16:06.04 8XGZlnNx0 149/332


事情聴取と称し、杏子とさやかは保護されていた。紙袋は捨てられ
顔をさらしたさやかは、目を閉じたまま俯いていた。
事情聴取とは名ばかり。実際には周防達哉の保護下にあるのが正しい。
あれこれ事情を知らない警察官の手に渡ってはどうなるかわかったもの
ではない。
特に彼らには独自の情報網があり、彼女たちの事情を把握していた。
仮面党が跋扈し、魔法少女を狙っていると知ってから古い知人に渡りを
つけ、情報のやり取りを行っていた。

「君たちが魔法少女だということは知っている。
それがどういうものかも」

そのため、魔法少女はすべて達哉の管轄だ。婦警を手伝いに要請し、
彼女たちの保護と世話をさせていた。そしてそこに克哉がもぐりこみ
事情聴取と称してケアを行っている。

「ここで無断で立ち去れば指名手配の可能性も出てくる。だから
今はここでじっとしていてもらえないかい?」

克哉としては脅す意味ではない。そうならないよう全力を尽くすという
意味だった。だから事情聴取も急いでやるつもりはない。怪我の治療を
優先するという名目でなるべく遅らせるつもりだった。

「ああ、わかったよ。他の魔法少女もいるんだろ」

杏子の問いに克哉は一言、そうだ、と答えた。そっけない言い方だが
そこには優しさが含まれていた。


264 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:18:47.19 8XGZlnNx0 150/332


魔法少女の治療を終えたマミの部屋に生徒たちが集まる。達哉が制止の
声を上げる間もなく、簡易寝台の周りに人だかりができる。

「巴さん! よかった。無事だったのね」

あのノートを貸したクラスメイトだ。激しい銃撃やマミの怪我を聞き
保護されたところから慌てて抜け出したとのことだった
マミにすがりつくと、大きな声を上げて泣き出した。感謝の言葉を
続け、嗚咽を上げながら。自分の死も怖かったが、マミの怪我も同じ
くらい怖かったと、涙ながらに伝えながら。

脱出ができた生徒たちも同様だ。彼らは特に銃撃され崩れ落ちるマミを
直に見てしまっていた。血まみれで運ばれるマミに顔面蒼白で見送った
生徒も一人や二人ではない。

「ほら言ったじゃん! 巴先輩が、し、死ぬはず、ない……ってぇ……」

後輩の女子生徒の言葉が途中で涙声に変わった。それを皮切りにその場の
嗚咽が始まる。マミの無事を喜び、感謝の声を上げて。

「君が自分を責めるのはわかる。だが、これが君の守り抜いたものだ」

達哉は淡々と、だがはっきりを言う。

「君は誇っていい。見滝原の生徒を守ったのは……、君だ」

それは『別の自分』ができなかったことをやり遂げた、英雄への最大の
労いの言葉だった。
その心は、マミに届いたのだろう。微笑みつつ泣きじゃくりながら
クラスメイトと抱き合い、互いの無事を喜び合った。


265 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:20:35.51 8XGZlnNx0 151/332


日も落ち、やや薄暗くなる街。だが夜なお喧騒が残る見滝原は、
不気味なほど沈黙していた。やはりそれは、ラストバタリオンのせいで
あり、まるで戦時下のような不安感のせいだろう。

「さて、ここは安心していい。交代で警邏の人間が付く」

杏子とさやかが最後に入ってきたことを確認すると、達哉は集めた
魔法少女たちの前で静かに言う。事情を聴きたいということで、マミの
簡易寝台の前に集まってもらったのだ。もちろん、相互に戦闘行為を
しないことを条件に、だ。

「君ら魔法少女に、あの仮面党や軍隊について知ってることを
教えてほしい。あまり時間がないんだ、協力してほしい」

本来なら調書を取るために、少人数や一人一人聞くのが普通なのだが
今回はそうも言っていられない。もはやここは戦場で、敵は軍隊だ。
悠長なことができる時間はないのだ。

そうして、魔法少女たちはぽつぽつと自分たちの状況を説明する。
概ね仮面党の魔法少女たちは、仮面党に襲われた時や今回の戦争行為
において身を守るついでに自分の願いを叶えてもらった口だった。

一方で、一部ベテランの杏子、マミ、そしてほむらは事情が違う。
そして何よりさやか自身も、だ。事情を聴く流れでほむらたちは杏子に
気付いたが、俯いたままのさやかまでは目が届かなかった。

「なるほどな。そして君らはあの『噂』が出る前に、契約したほうか」

「あの『噂』?」

鸚鵡返しの様に杏子が問いかける。それにあわせ達哉が溜息をついて
返す。

「JOKER様呪いだ」


266 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:23:53.71 8XGZlnNx0 152/332


魔法少女たちに事情を聴く内容が『JOKER様呪い』に及んだ。

「ひょっとして、『噂が現実になる』って話ですか」

マミが横たわりながら呟く。キュゥべえを通じ、魔法少女のほとんどに
伝わっている情報だ。ほとんどの魔法少女はあまり信じていないように
思えたが、達哉の顔は真剣だ。

「やっぱり君らはそれを知っているんだな。誰から聞いた?」

「そんなこと、本当にあり得るんですか?」

別の魔法少女が尋ねる。キュゥべえから聞いていたとしても半信半疑と
いうのがほとんどだったからだ。いや、半分も信じてはいないだろう。
自分たち魔法少女というものがあるにせよ、そんな奇想天外なことを
誰が信じるだろうか。

「それが、ありえるんだよね」

「実際にあったんだから、しかたねえよな」

達哉より年上の泣きぼくろが特徴の女性と、腰まで伸ばした長い髪の
いかつい男性が現れる。

「二人とも、すまない」

「人使いが荒いってんだよ。あいつに渡すのに結局探偵頼んじまった」

「またそうやって愚痴る。しょうがないじゃん」

「ん? ああ、すまない。この二人は協力者なんだ」

「一応『ペルソナ使い』だ」

いかつい男――パオフゥと名乗った――が丸いサングラス越しに、
しれっとそんなことを言う。


267 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:25:27.29 8XGZlnNx0 153/332


一方の女性、芹沢うららは名乗りながらパオフゥをたしなめる。

「そういうことあっさりばらしていいの?」

「いいんじゃねえか。どうせ隠すまでもなく見せることになるさ」

うららの非難の声もどこ吹く風だ。それを溜息一つで諦める達哉。

「それに、信じてもらえるかどうかわからん。どっちだっていい」

「私は見たわ。あの周防克哉刑事が、『ペルソナ』と言って……」

ほむらが言葉をはさむ。自分が見た超常現象のことを伝えた。
霊のような不思議なものを召喚し、魔法少女でもあり得ないほどの火力
でラストバタリオンを一掃したこと。
兄がそういうことをしたということで多少頭を抱えることもあるが、
それだけ非常事態だったということだろう。

「見たなら話が早い。俺たちはそれを使って……ある事件を解決した」

ここから少し離れた地方の珠閒瑠(すまる)市で起った事件。天誅軍
と新世塾が引き起こした大災害。だがそれは大地震と隠蔽された事件。
だが彼らはそれの多く語らなかった。かつていて消えたある少年の
罪と罰であり、彼を弄ぶんだ加害者がいることだけを伝えた。

「で、その加害者なり黒幕なりが
今回も同じことをやってんじゃないか。ってことなの」

うららがまとめ、言葉を切る。


268 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:26:58.61 8XGZlnNx0 154/332


その事件の際も『噂が現実になる』ということがあったため、それが
再びここでも起ってもおかしくない、というのだ。
そんな非現実的なことを受け入れる大人たちを、魔法少女のほうが
受け入れることができない。

そんな状況を見かねて、パオフゥはもっていたノートPCを見せる。
そこに映っていたのはネット上の掲示板。そこにはありとあらゆる噂が
飛び交っていた。
「仮面党」や「第三帝国」や「ラストバタリオン」そして、あの総統の
ことなどが書かれていた。

「正直あのときより厄介だぜ。口コミの噂より広がるのは早い」

「けれど、それはこっちも同じ。逆手にとってやることもできるよ」

パオフゥの悲観的な言い方に対し、うららは自信ありげに反論する。
マミはその彼らの『手慣れた』様子から、あることに気付いた。
解決したというならば、当然、知っているはずだ。

「なら、今起っていることの首謀者……黒幕も知っているんですね」

マミが呟く問いかけに、うららが頷く。その名前を伝えようとしたその
瞬間、全く同時にその名を言うものがいた。

「『ニャルラトホテプ』ってやつ……よ……?」

その名を呟いたのは、ジョーカー様に扮していた美樹さやかだった。


269 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:28:38.76 8XGZlnNx0 155/332


その声に、マミとほむらが瞠目する。

「美樹さん? 美樹さんなの!?」

声に悲鳴が混じる。包帯だらけの体を起こし、立ち上がろうとする。
魔法による治療は終わっているが、とても完治とは必ずしも言えない。
バランスを崩し寝台から落ちそうになる。
だがそうなってもなお、さやかは顔を上げようとはしない。俯いたまま
顔を隠している。

「お願い! 顔を見せて!」

必死に懇願するマミをうららが抑える。興奮し落下する恐れがあるから
だが、マミの形相に不安を覚えたからだ。

「マミ落ち着け! こいつは確かに……美樹さやかだ……」

「どういうこと?」

うららがマミに尋ねるが、興奮状態のマミは聞く耳を持たない。半ば
錯乱している。そのため、事情を知るほむらが口下手のまま話を受ける。

「彼女は美樹さやか。魔獣との戦いで、『円環の理』に導かれ……
消滅したはず、でした」

事情を知り察したパオフゥが飛躍した

「消滅したはずのそいつを、呪いか契約で甦らせた……てところか」

つまらなそうにいうパオフゥをやはりうららが窘める。彼にとって
簡単でつまらない推理であっても、呪いなり契約なりはつまらないこと
ではない。
少なくとも魔法少女にとっては。


270 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:31:59.02 8XGZlnNx0 156/332


『顔なんて、見せられるわけありません』

辛うじてさやかが言えたのはその言葉だ。苦しそうにいうそれは
明らかに彼女の言葉であり、あの紙袋から発した禍々しい言葉では
決してなかった。

「マミ落ち着け。こいつは……あたしが呪いで……蘇らせたんだ」

大人たちの表情が変わる。そこには何か理解し、察したような色が
浮かんでいた。さすがに彼らがそれを口に出すことはない。それは
余りにも、禍々しすぎた。

そしてその甦ったさやかが、あのジョーカー様と同じコートを
着ている。それが何を意味するか馬鹿にだってわかる。

「そう……、そして私たちを……、いいえ、ほむらさんを襲わせた」

マミの声色に詰問の音が混じる。その視線は鋭く真っ直ぐに杏子を
射抜いていた。

「ま、まってくれ! あんたたちを襲いたくて蘇らせたんじゃない!」

杏子も必死だ。ふたりしてマミの容体を心配しこの集まりに参加して
いたのだ。気付かれなければそのまま立ち去るつもりだったのに、
なぜかさやかが敢えて気付かれるようなことをしてしまったのだ。

「ではどういうつもりなの?」

「そこのさやかが、ほむらを襲わせた、ということか」

達哉がまとめ、それをマミが頷き肯定する。だが何のために、という
部分に疑問が残る。


271 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:34:59.45 8XGZlnNx0 157/332


『クロッカスの花言葉』

とだけいうとまた口をつぐむ。

「『愛することを後悔する』と言いたいのね」

マミの言葉に鋭さが増す。まさかさやかがほむらにあのような言葉を
投げつけるとは思ってもいなかった。

だが、マミは誤解していた。花言葉の意味を。まさにQBの言うとおり
情報の齟齬が発生するのだ。だがそれは仕方ないことと言えた。

「花言葉は『信頼』『青春の喜び』『私を信じて』『切望』
『愛したことを後悔する』……」

うららが呟く。彼女は習い事をいくつもしており、その中で花言葉に
ついても学ぶ機会があった。それでなくても、彼女は多少そのあたりに
詳しい。

その一つ一つに首を左右に振り否定するさやか。まるで彼女は喋れない
かのようだった。

「そして『あなたを待っています』だね」

そこで大きく頷き、観念したかのように顔を上げ、目を見開く。
その顔を見た魔法少女は悲鳴を上げ、大人たちを溜息をつく。

『こんな顔、見せられるわけ……ないですよ』

あの可愛らしいさやかの顔がすっかり変わっていた。可愛らしい風貌は
変わってはいない。
唯一変わったのは、その眼下に眼球はなくがらんどうの黒い穴が
開いているだけだった。

「ニャルラトホテプに魅入られたか」

パオフゥは怒りの表情で唇を噛みしめた。


272 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/04/29 22:37:31.53 8XGZlnNx0 158/332


――『あなたを待っています?』――

――誰を? 花を投げつけられたのは私……私を? 待っていた?――

――誰が、誰が私を待っていたの? さやかが?――

――いいえ、それでもないわ。待っている相手を消滅させる?――

――さやかはどこからきたの? 彼女はいつも、誰かのために――

そして、ほむらはそこにたどり着いてしまった。

――待っていたのは……――


――私の、最高の、友達――




「……鹿目……、まどか……」


279 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:05:12.15 Vc5e54U90 159/332


精悍な顔のセールスマンが、女性向け雑誌の編集部を訪れる。あまりに
場違いなところのため非常に気が進まない。だがここには旧友がいる。
その人物に渡りをつければ、問題なくことが進むだろうと思い、それを
期待していた。

「すんません~。包丁のセールスの城戸玲司って……」

「あんたね! こんなところで包丁なんて……って城戸!?」

「なんだ。黛かよ。なら話がはやい。これ知ってるよな」

城戸玲司に黛ゆきの。共に同じ高校の出身であり、共にペルソナ使い
でもある。高校時代とある大事件に遭遇し、その渦中にてペルソナの
能力を得た。
また、同じ事件に遭遇した玲司の友人二人は達哉たちと一時共に戦い、
ニャルラトホテプの計画を阻止することに協力した。そうした繋がり
から今回玲司は彼らの要請を受け、女性ティーン向け雑誌の編集社に
足を運んだ。

玲司から渡された名刺を受取り、はっきりと顔色を変える。それだけで
もはや彼が何をしに来たか、何を確認しに来たかをゆきのは察した。

「……知ってるも何も……」

そのゆきのの口調に怒りと悲しみが混じる。それは『かつて』
相棒としてともに仕事をしていたこともある女性の名刺。

「なら、いくか?」

「当たり前だ」

ゆきのが、青白い怒りに燃えて文字通り立ち上がる。


280 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:07:22.49 Vc5e54U90 160/332


「これで首謀者がはっきりしたな。やつの標的もな」

パオフゥのまるで慮るつもりのない言葉。うららが睨むがそれも流す。
あの時の事件では、ニャルラトホテプは達哉を標的にした。彼の心に
付けこみ、幼馴染らとの関係を利用し、世界を破滅に導こうとした。
そして今回、その標的が暁美ほむらになった。

「あのとき、君と同じように噂で蘇らせられた男がいた」

神取鷹久。あの事件の更に前、大企業セベクの最高責任者であり、
セベクスキャンダルの首謀者であった男。その男の知識を求め新世塾は
噂により蘇らせた。
その時の彼にも、眼下に昏い穴があるだけだった。

「今度は、君が狙われている。かつて、僕が狙われたように」

達哉はパオフゥの話を受けて、ほむらに向き合う。
その真摯な目は、優しさと共に、悪意の者に対する怒りも見えた。

「やつの手口はわかってる。君や仲間の心の弱い部分を揺さぶり……」

「……嘲笑い、弄び、君と世界を破滅に向かわせる」


281 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:09:07.40 Vc5e54U90 161/332


魔法少女は言葉にならない。話が飛躍し続けてまるでついていけない。

『じゃ、じゃあさ、こんなことになったこの暁美ほむらのせい?』

「そ、そうだよ! こいつがいなければこんなことにはさ!」

一人目の言葉を受け、友人を失った魔法少女が激する。その言葉に
顔面蒼白になる杏子。そしてさやか。

「ちがう! 悪いのはあたしだ! あたしが呪いなんかするから……」

彼女の目に怒りが灯る。身勝手ないいように感情が高ぶる。

「そこのバケモノ蘇らせちゃったのがいけないんじゃん!」

ともった炎は燃え上がり膨れ上がった。

「なんとかしろよ! 私も友達が死んだんだぞ!」

壁を殴りつけるうらら。大きな音がして、壁が陥没する。彼女もまた
ペルソナ使いである。さらにボクシングの経験もあり、その威力は
魔法少女に引けを取らない威力をもっていた。
その威力と音に、場が静まり返る。魔法少女が例え歴戦の戦士で
あってもしょせんは子供だ。大人の明確な怒りに抑えつけられた。

「うるさい! その子も被害者なんだ! そういう仕組みなんだよ!」

「誰のせい、なんて妄想吐いたって何も変わらねえ。
ならよ、その気持ちを問題解決に費やすべきだろうよ」

「狙われている君が体験したことを、教えてくれないか」

達哉が努めて優しく穏やかに問いかける。


282 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:11:10.93 Vc5e54U90 162/332


最初は口ごもり、話す言葉を探すほむら。それを受けてマミが
代わりに説明する。包帯で動きにくい体を起こし、皆に説明した。

転校生のほむらがマミたちと見滝原で魔獣と戦っていたこと。
その戦いでさやかが円環の理に導かれたこと。そのショックで杏子が
二人と距離を置いたこと。
そして、話しかけられた雑誌記者の女性から聞いたあの呪いを、親友と
幼馴染を失ったほむらのクラスメイトに教えたこと。

うららの顔色が変わる。それに気づかずマミは続けた。

幼馴染がジョーカー様を呼び出したこと。そしてそれに襲われたこと。
そして……。

「ちょっと待ってくれ。その雑誌記者とは?」

「ティーン向けの雑誌の編集者って言ってました。名前は……」

名刺が手元にないので、と言葉を濁す。

「あまのまや、だろ。あたしにも話しかけたやつと同じ奴だ」

と言って私服のポケットからくしゃくしゃになった名刺を出す。それを
みた魔法少女たちも一様に驚いた風だった。

「あ、たぶんそれ、私も貰った」

私も私も、という言葉が続く。その言葉の中名刺を達哉に渡すと、
顔色が変わった。うららも覗き込み、表情を変えた。


283 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:12:56.53 Vc5e54U90 163/332


「ふっざけやがって……、ここまであいつの予定通りってことか」

パオフゥが怒りを露わにする。

「お知り合いなんですか」

マミはその様子に不安を感じる。彼らの知り合いがこの件に
かかわっていることはわかった。だがそれだけでここまで激高するか。
それがわからなかった。

「ああ、知り合いも知り合いだ。そいつもペルソナ使いだった」

とパオフゥは語る。彼女と達哉、そして彼の幼馴染が標的となり
苦しめられたという。

「信じられないかもしれないが、この世界は新しく作られたらしい」

ペルソナ使いたちが俗にいう【向こうの世界】はニャルラトホテプの
策略により滅んだという。その原因は、達哉とその女性。そして彼らの
幼馴染が遊んだ記憶だという。そのころから、噂は現実になっており
世界の端々に影響を与え続けていた。

「詳しい話は端折るけどよ。それが原因で世界が滅んだから……」

「その記憶を消して、新しい【こちらの世界】を作った」

それがもう六年も前の話だという。当時達哉は高校生だった


284 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:14:43.32 Vc5e54U90 164/332


「そんなこと……信じられません」

「信じるかどうかはどうでもいいんだ。
俺たちはこっちの世界で生きて、ニャルラトホテプの野郎と戦った」

「そして、そいつがそれを今ここで再現しようとしているの」

そんな途方もない話を信じろというのか。魔法少女たちは訝しんだ。
だがそんな魔法少女たちの心を無視するかのように、達哉は尋ねる。

「その、名刺を渡したあまのまや、っていうのはこの人じゃないか」

携帯電話で撮影した女性の写真を回し見させる。魔法少女一人一人に
回させるたびに上がる言葉は、大人たちの顔色を変えさえた。

「あ、そうそう、こんな人」

「たぶん間違いないよ。こんなふうににこにこしてたもん」

「エネルギッシュっていうか、すごく元気だったよね」

青くなるもの、赤くなるもの、白くなるもの、様々だった。
だが、その意味は同じだった。

怒り。


285 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:16:42.10 Vc5e54U90 165/332


しばしの沈黙ののち、克也も合流する。彼がその部屋のドアを開けた
ときに感じた重苦しい空気が、事態の重さを物語っていた。皆が一様に
無言。どこからか手に入れたレンズ部分の大きなサングラスを無言で
さやかに渡す。色の濃い、さやかには必要なサングラスだ。

「達哉、どうした」

俯いていた顔を上げる弟の返事を待つ。パオフゥもうららも言葉を
発することすらできない。
無言で名刺を渡す達哉。受け取るまでもなく目を落としたそれに克哉も
驚きと、怒りを表す。

「ああ、俺だ。……ああ、そうか。『新しく刷った記録はない』んだな」

タイミングよくかかってきた電話をパオフゥが切る。深い溜息をついて、
周防兄弟に向き合う。その佇まいが変わっていないため、これから何を
起こすかが魔法少女たちにはわからない。

「あの編集社は、あれ以来その名刺を新しく刷ったことはないそうだ」

「そりゃそうよね……。『死んだ人』の名刺をわざわざ印刷なんかね」

うららも暗澹とした声を出す。再び拳を握り震える怒りに耐えていた。

「な、なんなんですか?」

マミがその様子に怯える。パオフゥは冷め切ったような声でいう。

「天野舞耶は二年も前に死んでるんだよ。当然死んだ人間の名刺なんて
会社は印刷なんかしない。面倒の元だからな」

「舞耶姉の姿を騙って、君らを罠に落とし込んだんだっ!」

達哉がはっきりと怒りを露わにした。自分の姉のような存在を使い
弄ぶ存在……ニャルラトホテプの画策だった。


286 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:18:33.19 Vc5e54U90 166/332


「大方、噂について聞いて回る雑誌記者がいる、とか噂流したんだろ」

ニャルラトホテプが噂を現実にする際、実在の人物であればその人の
過去に関係なくその内容が事実になる。実在しなかったり故人であれば
その人物にニャルラトホテプ自身が成りすます。

「じゃ、じゃぁ……美樹さんも?」

『そうなるよ。私はそういう役割を振られた、ただの人形なんだ』

サングラスに顔を隠したまま、俯いて答える。そういう意味ではさやか
の立場は、ラストバタリオンの兵士たちと大差ない。あの学校での
戦争状態は、ニャルラトホテプが仕組んだ茶番に等しい。

「そんなことねえよ! 
さやかは、さやかは今も、今でもあたしの……友……達で……」

克哉が自分の苦しみを押し殺して、杏子の肩を抱く。きつめだが真摯な
視線が、杏子の憤りを緩やかに押さえつける。それによってなんとか
心のバランスを保つことができた。

そして全員が気付く。あの戦闘での死は、すべて茶番の結果なのだと。
ニャルラトホテプの奸計により発生した、無駄な死だったと。

ほむらの願いを無視して死んだ若者。上条を救うためさやかが止む無く
見捨てた仮面党員の生徒。マミを口説きながら笑って死んだ好青年。
杏子の目の前で銃殺された仮面党の教員。ニャルラトホテプから見れば、
それらすべてが茶番による無駄な死だったわけだ。


287 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:20:25.65 Vc5e54U90 167/332


「許せない……」

マミのそれまで挫けた心に灯が燈る。それはゆらゆらと燃え上がり、
次第に大きくなる。

「ああ、そうだろうな。こっちもさ。
知り合いを出汁にされてキレてるやつが何人もいるんだよ」

マミが必死になって救おうとした人々。そして救えなかった人々に
涙まで流した。それがすべてその首謀者の嘲笑を伴う茶番によるもの
だと気付いてしまっては、許せるものではない。

「なぁ、あたしもなんとか……手伝え……手伝っていい、かな」

マミの怒りを知り、身をすくめながら杏子は尋ねる。青白くゆらゆら
燃えるマミの怒りを彼女は知っている。それは本気で怒った時のマミの
怒り方だと。一時行動を共にしていた時にあったそれは杏子やさやかを
竦み上がらせるのに十分なものだった。

「美樹さん、佐倉さん、協力しなさい。いいわね」

マミが静かに吠える。その異様な威圧感に二人は頷くほかなかった。
だが二人は気付いているだろうか。マミが二人を許し、受け入れようと
していることを。

「私らも協力するよ。舞耶を出汁にしてコケにされたのに……、
黙ってられないよ」

マミ同様、うららも燃え上がっていた。


288 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:22:16.41 Vc5e54U90 168/332


「けれども、その黒幕はどこにいるの? 何が目的なの?」

「居場所はわからない。けれど、嵯……、パオフゥたちが調べて
狙いがある程度わかるはずだ」

克哉の視線の先には、パオフゥが持ってきたPCがある。そこには
あの時なら霧散して消えてしまうはずの、噂の影が残っている。
掲示板、チャット、ツイッター、ブログetcetc……。それらは視認する
ことが難しくはなっても、ログとして残り続ける。
つまり、どんな噂が立ち上がって広まっているか掘り起こすことが
時間と人員を駆使すれば不可能ではないというのだ。

「あのお坊ちゃんの組織にも力を貸してもらってる。
そこから察するに……」

『なんでもその中学校の地下にUFOが埋まってるらしい』
『あのでかい時計台になんか仕掛けありそうだよな』
『当然総統もいるんだよな』
『あれだと、死んだのもどうせ偽装だしな』
『今頃魔術で生き返って、新生第三帝国指揮してるんじゃね』
『その組織は魔法少女を拉致して超人を作る研究をしているらしい』
『魔法少女の私が願って生き返らせますた』
『私がJOKER様にお願いして生き返らせたんだけど質問ある?』
『なぁ、ヒトラーが復活したってマジ?』

「目的は、見滝原中学校。場所は時計台……そして敵は」

そこでため息交じりに言葉を切る。そこには苦々しさが滲んでいた。

「甦ったアドルフ・ヒトラーと第三帝国。
そしてそいつらが作った超人どもだ」


289 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/05 21:25:05.46 Vc5e54U90 169/332


モデルのような美女が夜の見滝原を歩く。途中まで車で移動していたが
軍隊に気取られることを恐れ、徒歩での侵入を余儀なくされた。
彼女もまたペルソナ使いである。桐島英理子。やはり城戸玲司や
黛ゆきのと共にあの異変と戦い、達哉たちと共に悪意と戦った女性だ。

手慣れた、本当に鮮やかな手並みでラストバタリオンの兵士たちを
倒し、指定された合流地点へ移動する。そこに待っていたのは、やはり
旧知の知り合いだった。
だが彼女はそこに、知らされていない人物がいることに気付き驚く。

一人は、バラエティに引っ張りだこのユーモア溢れる友人、上杉秀彦。
彼もまたペルソナ使い。
そして、もう一人もまた、ペルソナ使いである。これであの大事件に
遭遇した高校の出身者のほとんどが集まったことになる。

「あ、あなたは……」

「でひゃひゃひゃ。その顔が見たくて、俺様が呼んどいた」

お調子者な言い回しに、英理子は困ってしまう。何しろ、今なお彼女
の心に燃え残っている小さな灯の原因だからだ。
彼はあの頃の表情のまま、ニコリと笑った。

その耳には、出会った当初から変わることのない特徴的なピアスが
付けられていた。

296 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:22:50.63 lGf5VtO70 170/332


その夜、戦いに疲れ果てた人々は各々体を休めていた。その中で
警察官は休むことなく哨戒を続けている。その警戒の外側は不気味な
ほど静まり返っていた。本来なら夜も人が多い見滝原の市街地のはずが
人っ子一人いない。
もはやそこはただの街ではない。戦場だった。
ほとんどの住人が仕事を早く切り上げ、家族の無事を確認した。
専業主夫の知久が子供のタツヤと共に出迎える。

「あー、うちは無事か」

鹿目詢子。キャリアウーマンとして経済雑誌にも取材される才色兼備の
女性で、二児の……一児の母でもある。
だがそんな彼女も、今日の見滝原の不穏な空気に不安を感じていた。
しかも、先ほどまで友人である見滝原の教師の無事が確認できずにいた
のだから、その不安たるや相当なものだっただろう。

「あの子……ほむらちゃんは大丈夫だったかねぇ」

「そうだね。見滝原に通っていたんだろう。心配だね」

彼女とは、一時河川敷でタツヤと出会い遊んだことがあった。そのとき
に見滝原の中学生だということを聞いていたし、その美貌と品の良さは
好感が持てた。

そこに一台の大型バイクが通りがかる。ライダースーツとヘルメットに
身を固めた美丈夫が夫婦に声をかける。

「失礼。このあたりの警察署の所在はご存知でしょうか」

「あ、ああ確かこの先に……。大雑把で良ければ」

知久が説明する。彼も詳しいわけではないがなるべくわかりやすく
伝えていた。
こんな街の状態だ、この美丈夫の知り合いがこの街にいれば安否確認に
どうしてもそこに行きたくもなるだろう。知久は自分の状況を棚に上げ
心配した。

「ご丁寧にありがとうございます。また近くに行って人に尋ねます」

礼儀正しく一礼し再び鉄馬にまたがると、法定速度を超える速度で
走り去った。

詢子と知久は、この街の行く末を案じた。


297 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:24:54.23 lGf5VtO70 171/332


ライダースーツの彼、南条圭。彼もまた過去の異変に巻き込まれ、
ペルソナ能力を得た。そして克哉たちと協力しニャルラトホテプの奸計
を打ち破ることに協力した人物の一人だ。
彼は今回財閥としての自分の力を使い、見滝原にいる住民の安全確保に
乗り出した。財閥の人脈を使い、陸自などに影響を与えたり、非合法な
人物たちに協力を要請したのだ。先ほど彼が道を尋ねた夫婦も保護
されることだろう。

「あの時は後手に回ったが、今回は違う。好きにはさせん」

彼の組織の口添えもあり、一部の陸自が独自行動を起こしている。
本来なら内閣の指示がなければ災害派遣などもできないはずだ。だが
財閥のコネクションを使い、現場に直接働きかけた。だが、そんなこと
は自分一人でできるわけではない。自分の部下に指示をだし働きかけを
おこなったのだ。

そのバイクの前に、ラストバタリオンの哨戒任務でもしているのだろう
一団が見えた。
彼は迷わず速度を上げ、突っ込む。迎撃態勢を取る兵士たちに全く
怯む様子はない。

「ペルソナっっ!」

彼のバイクの横に並走するように機械仕掛けの翼をもつ老人の霊が
浮き上がる。老人は、手に持った薙刀のような武器を振るい一撃で
兵士を薙ぎ倒す。
それで十分とばかりに高速で通り過ぎていった。


298 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:25:30.87 lGf5VtO70 172/332


警察官たちは他の魔法少女を各々休ませる。
マミの周囲の魔法少女はほむらと杏子、そしてさやかだけになった。

マミはさやかに事情を聴きたかった。だが彼女の容体では詰問は難しい
であろう。だから、歯噛みする思いでさやかを見つめていた。
そのさやかは意外な行動をした。自らマミに近づいたのだ。

「まてっ、さやかっ!」

一同が一触即発の事態を想定したが、動きが不自由なマミの体に
触れると、魔法による治療を施す。

「こんなことで許してくれるとは思いません。ですけど……」

マミは、さやかの治療を受け入れる。回復魔法の効果は
よく知っている。この魔法もあの時と変わらないほど効果が高い。

「貴女、まどかの記憶があるのね」

ほむらの問いかけに魔法に集中しつつ頷くさやか。マミや杏子もほむら
から聞いている。夢物語とも思える、彼女の【前の世界の記憶】だ。

「……暁美さんを消滅させようとした、といったね」

ほむらがそれを受け頷く。さやかは表情のない顔で治療を続けている。
その魔法はあのときと変わらない回復量を見せていた。

「喋れないんだ」

ぽつりとつぶやく。

「わたし、言っちゃいけないことは喋れないんだ」


299 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:26:02.30 lGf5VtO70 173/332


苦々しげに言いながら、治療を止めようとはしない。おそらくそういう
風にニャルラトポテプに作られてしまったのだろう。杏子の願いを
叶えるという口実を使って。

「だから、花言葉を……」

彼女の魔法で花を作ることは簡単ではない。けれどもそれを作ることで
言葉にできない事情を説明するために、クロッカスの花を使った。

「ほむらさんを消滅させたいんじゃなくて、
まどかさんに会わせようとしたの?」

さやかが辛うじて頷く。

「なのに、何も言わないのに、杏子は協力してくれたの。
だから……私は許さなくていいから、杏子は許してあげて」

「そんなのかんけいねーよ! あたしだってさやかと同罪だ!」

マミは治療を受けながら険しい表情を崩さない。じっとさやかの治療を
見つめていた。その流れ、魔力の使い方、指先の仕草などなど……。
どれを見ても、あのさやかにしか見えない。

「あなたはどう? ほむらさん」

ほむらはただただ黙っていた。自分が狙われることには正直慣れっこ
だった。マミに、さやかに、杏子に、はてはまどかに武器を向けられる
ことがなかったわけではないからだ。
それに、許すの許さないもない。自分が償えない過ちをしたのだ。
だれを責められようか。

「二人が私たちを攻撃しないというなら、いいわ」

「そう、決まりね。私はね、その黒幕が許せないわ」

マミの青白い怒りが燃え上がる。
察したさやかはうなずく。

「わかった。協力する。もし、信じられなくなったらいつでもいい。
私を撃ち殺していいから」

「おい!」

杏子が声を上げる。だが言われてみれば納得できる話で、
ニャルラトホテプによって作られた人形がいつ裏切るかなどわかるわけ
がない。
それを信頼してもらうには、自らを投げ出すほかないではないか。
杏子は止める手だてが思いつかず、それ以上言葉を発せなかった。


300 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:26:46.96 lGf5VtO70 174/332


英理子は内心の動揺を隠しつつ、二人と共に行動を開始する。やはり
目的地は警察署。すでに上杉の相棒も警察署に向かっているという。

「相棒?」

ピアスの青年は苦笑交じりに思い当たる人物の名を言う。

「Keiと相棒に? いえ、それはいいのですが……」

「そーそー、あっちから連絡あってさ。警察署で落ち合う予定だ」

またさらに彼らには役割があるらしい。お笑い芸人と、モデルとしての
人脈を使って欲しいとのことだ。その打ち合わせのために一度合流し
その後目的地に移動する。
その役割にすぐ気付いた英理子だが、逆に彼はどうするのだろう?

「まぁ、このルックスならへーきなんじゃねえの。
俺には及ばないけどな」

あの時と変わらない軽口に彼も英理子も苦笑い。だがこの混乱した
空気の中では、彼のその抜けの明るさが何よりも頼りになる。だから
相棒も、彼を指名し、協力を要請したのだろう。

そして何より、彼がそばにいる。それが英理子にも上杉にも安心感と
心強さを与えてくれる。寡黙だが、じっと真っ直ぐ見つめる彼の眼が
後ろにあるとそれだけで自信がわいてくるのだから、奇妙だった。


301 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:28:02.05 lGf5VtO70 175/332


傷がすべて塞がり、行動に支障がないとわかると包帯を取る。力任せに
引きちぎってもよさそうなものだが、丁寧に外すあたり彼女の気性が
見て取れた。
包帯の下はほとんど半裸。その上に病衣を着せられていた。包帯を解き
きると、自分の体の具合を見るべく、あちこちを確認する。体を捩じる
艶めかしいポーズは、それを見る三人の視線を泳がせた。

仁美から融通してもらっていた衣服は血に塗れている。魔法少女の衣装
から元に戻る際、出血が触れ、汚れてしまったためだ。

「さ、行きましょう?」

「え、どこへ?」

「決まってるわ。中学校の時計台よ。そこにいるらしいのだから。
協力するのでしょう?」

さやかと杏子は受け入れてくれことに安堵した。と同時に奇妙なことに
気付いたが、尋ねることはできなかった。

「マミ、今から行くというの?」

ほむらが制する。ややもすると激高しかけてるマミを抑えないと
彼女は持前の正義感であらぬ方向に転がってしまう。今はとくに、
今までないほど怒っていた。

「全裸で?」

いつのまにか立っていたうららが、ため息をつく。廊下で騒ぎを聞き
ドアのそばで待機していたのだ。


302 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:28:59.58 lGf5VtO70 176/332


一瞬顔が赤くなるマミだが、すぐに気を取り直す。魔法少女の衣装なら
復元するのだから問題はない。そう思い変身する。

「これなら平気です。止めないでください」

衣服のことを口実に、足止めをしようとしたとマミは判断した。

「魔法が解けたら全裸でしょ。適当に見繕ったからこれ着なさい」

彼女は下着メーカーに勤めていた経緯がある。そのため、ある程度で
あれば女性の体であれば目測でサイズがわかる。またその時のつてを
使い、マミの衣類を探してきたのだという。
そんな形で手に入れた衣服を紙袋で受け取る。気まずそうに着替える
マミに対し、うららは呆れたようにつぶやく。

「いいスタイルしてるわね。まだ中学生なのにさ」

「そ、そうですか?」

赤面しつつも場違いな言葉にマミは腹を立てる。自分のスタイルが
あれこれ言われることが多く、正直げんなりしているのだ。
……などというと、世の女性たちを敵に回しそうな気もするが。

「でも、あんたら中学生なんだ。もうちょっと大人を頼ってよね」

とポケットをまさぐり、何かを探している。煙草の箱だ。だがそれが
空だと気付くと手の中で握りつぶす。いつかやめようと思っていはいる
のだが、なかなか踏ん切りがつかない。

「こっちで準備してるんだ。明日まで待ってくれないかい」

泣きぼくろがセクシーな瞳で、ウィンクした。


303 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:29:45.62 lGf5VtO70 177/332


続々と警察署に集まる面々。魔法少女たちは克哉たちに任せ、達哉は
旧知の友人を一堂に集めていた。
もっとも、彼にはあのときの戦いの記憶はない。すべて伝聞系だ。だが
のちのちに聞いた事情から、彼らが信用のおける人間だときかされて
いる。それと信じ、事情を話す。

南条圭、桐島英理子、黛ゆきの、城戸玲司、上杉秀彦……そして、彼。

事情を知り、飲み込み、そのうえでなお戦おうという、ペルソナ使い。
彼らはもはや学生ではない。社会に某かの責任のある大人だ。
ゲームや漫画の様に、救世主ごっこに現を抜かす年齢ではない。
ではないにも関わらず、こうして協力に応じてくれている。

「来てくれて、ありがとうございます。力を貸しに来てくれて……」

達哉が口火を切り、頭を下げる。見知った顔、見知らぬ顔に。

「礼は、すべて終わってからにしよう。
これから皆に各々にお願いすることがある。頼めるだろうか」

南条が礼を遮った。彼はパオフゥから連絡を受け、いち早く行動を
起こした人物である。
戦場となる見滝原住民の保護や敵が狙いそうな施設、行動原理などの
情報を集め、それによる対策を立てていた。


304 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:30:32.42 lGf5VtO70 178/332


南条の組織がまとめたところ、やはり噂は見滝原中学校を中心に
広がっている。曰く、地下に何かある。曰く、時計台が怪しいなど。
それが確定するのであれば、おそらく奴らは再び見滝原を襲うはずだ。
幸い、先の襲撃で警察が封鎖をしている。だがそれが軍隊に抗しきれる
とは限らない。多少の抵抗はあるだろうが突破され破壊されてしまう
ことだろう。

「だからパオフゥたちに予防線を張ってもらっている。
これが成功すればかなり時間を奪えるはずだ」

「だが封鎖を簡単に破られるわけにはいかねえよな」

「それともう一つ。『噂が現実になる』なら狙うところがあるだろう」

「そっちが俺たちの担当だな」

「そうだ。業界人二人と、君なら上手くいくのではないかと思う。
幸いこちらの手の者も何人かはいりこめている」

「それじゃ残ったメンバーで……」

「ああ、軍隊を殲滅しつつ、住民を保護する。
確約はできないが自衛隊にも干渉している。上手くいけば」

「当てになるのかい? 動きが鈍いのが相場だろ」

「……先の震災の教訓もある。それに骨のある奴に話を付けた」

南条は、まったく笑わずに言う。

「今度こそ、息の根を止めてやる。ニャルラトホテプ」


305 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:31:42.02 lGf5VtO70 179/332


『自衛隊は相変わらず動かないな』

『そりゃトップが駄目駄目だしな』

『でも、命令無視した隊長とかいなかったっけ』

『懲罰喰らうの覚悟で動くのってかっけー』


『やっぱり見滝原中学校になんかあるのか』

『なんかあるなら来るよな、ヒトラーとか』

『つか魔法少女拉致って何すんの? ヒトラーの趣味?』

『超人作ってんじゃね? 漫画みたいにさ。こう、頭に電極ぶっさして』

『リョナ駄目リョナ禁止』

『きめええええええええええええ!』


『見滝原の生徒守った魔法少女がいるらしいな』

『黄色い服で銃打ってる女の子でしょ。むちゃかわいい子』

『ロリ乙』

『いいえレズです』

『生徒を守った巴マミのクラスメイトだけど質問ある?』

『嘘乙』

『いやマジ。俺今日ガッコサボった。不幸中の幸い』

『不謹慎』

『人がしんでんねんで!』


306 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/12 23:32:47.92 lGf5VtO70 180/332


「ちっ、無責任な噂流しやがって」

「だからこそこっちだってそれに乗れるんだよ」

忌々しげなパオフゥをうららが窘める。これはもう何度目かのやり取り
だろうか。さすがにそろそろその斜に構えた態度を改めてほしいもの
なのだが。

「まぁ、それもそうだな。こっちも南条のところに合わせて……」

「「噂を流させてもらう」」


『ヒトラーが魔法少女を集めているのは、超人を作るだけじゃない』

『魔法少女が、鍵になっているから』

『魔法少女じゃなければ開けられない』

『だからそれまでは拉致られた魔法少女は無事のはず』

『友人を誘拐された魔法少女が反撃するらしい』

パオフゥと南条のネットワーク担当が打ち合わせ方向性を決めた噂だ。
これが全部通るとは思いにくいが、それでも時間稼ぎにはなるはずだ。

かつて、噂は一日二日では広まることはなかった。だが先の戦闘により
全国区で注目されている、見滝原を舞台にした噂はネットワーク
の中を駆け巡る。


311 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:01:54.15 8651lMCs0 181/332


明朝、皆がそれぞれ動き出す。魔法少女は目覚め身支度をする。
とはいえ、彼女たちの武装は変身だけだからせいぜい普通の
身だしなみ程度だ。
彼女たちのどこが気に入ったのか、うららはマミやほむら、さやかに
杏子の髪を甲斐甲斐しく梳る。特に、素材がいいのに手入れをしない
杏子を弄っていた。

「舞耶も、こんなんだったなぁ」

彼女のいわゆるだらしなさは、憧れていた達哉ですらドン引きするほど
だった。一方でルームメイトのうららはきちんとしており、彼女が
いなければ舞耶は化粧水一つどこにあるかわからない有様だった。

「これから、戦いに行くんだぞ」

「戦いだけじゃないよ。終わった後のことも考えな」

それはうららの気遣いではあった。だが魔法少女としての戦いに
終わった後などない。いずれは力尽き消滅する宿命だ。
愛するパートナー(敢えて男性とは限定すまい)と添い遂げて、
白髪の生えるまで生きることなどできはしない

「生きて、帰ってくるんだよ。
……そうしたら、お化粧のやり方、教えたげる」

そのうららの思いを、彼女たちはくみ取れただろうか。


312 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:02:51.24 8651lMCs0 182/332


一方のペルソナ使いたちは早々と行動を開始した。上杉たち三人は
業界人としての顔を駆使し、テレビ局へ。そこを抑え、噂の現実化に
一定の歯止めをかける。迂闊な噂を流させないためだ。

南条、玲司、ゆきのは、南条家の私兵とともに魔法少女らが拘束されて
いる地点をあぶり出しそれを奪還する役目だ。ラストバタリオンは
あれだけの大部隊だ。隠れるところなどそう多くはない。
ほむらたち以外の魔法少女も友人の保護のため、協力を申し出るものが
多くいた。

パオフゥ、うららはほむらたちと共に見滝原中学校へ潜入する。一応の
監視と実況見分という名目で周防兄弟が魔法少女たちを中学校へ連行
するという形を取っている。

南条グループのバックアップの元、周防兄弟に共感した(あるいは
同僚の遺志をついだ)警察官やペルソナ使いたちは武器を用意された。

「ここ、日本のはずなんだけどな」

タレントとしてお茶らけた姿勢を崩さない上杉は、その物々しい武器に
呆れかえりつつも、かつて使ったマシンガンや槍を懐かしそうに眺めて
いた。

「もはやここは日本ではない。よく似た市街戦の戦場だ」

大袈裟なため息交じりに呟くと、テレビ局組に合流した。


313 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:04:06.33 8651lMCs0 183/332


ここまで自分の意思を発していないほむらだが、彼女もまた怒りを
持っていた。あのまどかを出汁にされたことが、逆鱗に触れたに
等しいからだ。
だが、逆に感じるのはそれが何らかの罠ではないかということだ。
彼女が特別クレバーだというわけではない。マミの(ほむらを慮り、
生徒たちの死に対する)怒りを目の当たりにして自分が一歩冷静に
慣れたというのが正しい。
それと同時に感じるのは、なぜ、ということ。なぜ自分が狙われる
のか、まどかとかかわりがあるから?

それに、聖槍騎士が言っていた言葉も気にかかる。ほむらを指して
『――んちょうの者』と言っていた。それは……

「さぁ、ほむらさん、行くわよ」

マミに声を掛けられ思考を遮られる。準備ができた三人に近寄り
声をかける。

「あのときのことは今は忘れてあげる。
けれど、すべて許したわけではないわ」

「ああ、それでいい」

『私が先頭に立つ。回復能力もあるし。罠とかの見極めにつかって』

さやかはそれが償いの形だと信じているようで、昨夜からそれを主張
して譲らない。杏子の心配をよそに、だ。


314 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:05:30.16 8651lMCs0 184/332


未だ、警備で封鎖されている見滝原中学校。自分たちの学び舎に銃創が
あり、ガラスが砕かれている様子にマミは心を痛めた。さやかも同じで
あったのだろう。サングラス越しの顔が歪む。

「周防さん、その子たちは……」

「実況見分だ」

克哉はにべもない。それで説明は終わりと言わんばかりにすたすたと
歩き去ろうとする。その後ろにコスプレ衣装の美少女達が歩いていく姿
は何とも形容しがたい雰囲気だった。
昨晩ほとんど寝ていないであろう達哉もまたそのあとに続く。
人間にしてはタフだな、と杏子は思った。

そのまま実際には戦場になっていない、つまり実況見分とは無関係な
場所に行く。もうそれが口実であるとは明白ではあったが、
周防刑事たちの自信に満ちた態度や姿勢に口をはさめる制服組は
一人もいない。

そして一行は時計台へ。マミもほむらも立ち入ったことはない。さして
理由がないこともあるが、基本的に立ち入り禁止になっているからだ。

「噂通りなら、ここに何かがあるわけだ」

「そんで、ここから地下にある何かのところに行けるんだね」

「ああ、あいつらが狙っている何かがここにある」

だが、彼らは気付いているだろうか。まるで何かに吸い寄せられる
ように、ここにきていることに。それが奸計だということに。


315 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:06:16.44 8651lMCs0 185/332


パオフゥはPCとにらみ合っている。ほとんど眠っていない。専ら噂
対策をしている。

「まぁ概ね、こっちの期待する噂は流れてるようだな」

「じゃぁあそこに鍵はかかったのかな」

「そう思うんだがな。あとは周防兄弟の連絡まちだ」

ネットの話は危機感がない。何しろ先の襲撃事件ですらショーの様に
報道されていたからだ。まるで他人事である。だが彼らは気付かない。

日本各地に魔法少女は存在し、それを狙ってラストバタリオンが動く
可能性があることに。
たまたま、どういうわけか見滝原に魔法少女が多くいるため、最初に
狙われただけだ。

日本各地がどこでも戦場になるということに気付き、逆に噂として
広まってしまったら……。
ペルソナ使いたちのの危惧はそこにある。
なんとか噂を見滝原だけに封じ込めなくてはならない。そのための
英理子や上杉の行動である。

かつてワンロン千鶴がJOKER呪いを広めたときの様に。だが
逆に、前向きな噂が流せれば。それは戦いに有利にすることができる。

「頼んだぜ」

初対面であるはずの、左耳にピアスをしたあの男の頼りがいに期待した。


316 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:07:09.02 8651lMCs0 186/332


時計台に入り込んだ一行。中の構造は学校関係者でも資料がすぐに
用意できないらしく、鍵もすぐに準備できなかった。そのため銃器など
で破壊するつもりでいた。だがすでにそこは破壊されていた。恐らくは
ラストバタリオンが破壊したのであろう。火薬による破壊が行われて
いた。

「やはりか」

苦々しい口調で呟く克哉。だが、侵入方法に噂で鍵がかかっている以上
ラストバタリオンも易々と入り込むことはできないはずだ。

少なくとも、聖槍騎士のあの巨体は時計台のドアをくぐることは
できない。一般兵や高官が入り込む程度であれば、魔法少女の敵では
ないはずだ。ただ問題は、ヒトラーら高官が、かつての神取や千鶴の
ようなペルソナ使いである可能性。

「決して楽観視はできないが、パオフゥたちも後で合流する予定だ」

「そんなに、強いんですか?」

実際にペルソナ使いの戦いを見ていないマミの、当然の疑問。
彼らペルソナ使いは悪魔を飼い馴らす、という方法でペルソナとして
降魔させている。つまり、人非ざる魔の力をその身に降ろしていると
いうわけだ。その超常の力が魔法少女を上回る可能性が十分にある。

「信じられません」

説明を受けたマミが呟く。

「僕らもそうさ。魔法少女……その驚異的な身体能力に驚いているよ」

彼女たちの力は魔獣と戦うため。自らの願いのため契約をした彼女たち
はその身体能力を魔獣たちのために使っていたはずだ。
それがいつのまにか、全く別のものを攻撃するものとして使われている。

317 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:08:08.05 8651lMCs0 187/332


時計台は、歯車が張り巡らされているわけでもなく、いたって
シンプルな『塔』の形をしていた。
そうしてしばらく、時計台の捜索が行われた。杏子やさやかは罪滅ぼし
のためか、必死になって探していた。マミもリボンを駆使し不審な
ものがないか探している。

「だめだな。塔の中にはこれといったものはないね」

疲れたように杏子が呟く。しばらくして中を確認し続けたが見つかる
様子はなかった。

「見つかりやすいのなら、噂にはならないからな」

克哉は納得したかのように言う。確かにすぐ見つかるようならば噂には
ならず、ただの常識や事実にしかならない。ゆえに見つかりにくい、或いは
簡単な方法ではいくことができない場合に限られる。

「けど、上の方まで探した。それでないとすれば……」

「下ですね」

言うが早いか瞬時にリボンを取り出しそれを素材にして巨大な銃を作る。
先にラストバタリオンに撃ちこんだのは小脇に抱えられるほどだったが、
今回のそれはまるで大型バイクのようなサイズで……。

「ちょ、ちょっと待ちなさいマミ!」

「ティロ・フィナーレ」

ぼそりと呟くと、砲撃を床に打ち込む。魔力の弾丸であるため跳弾の
恐れがないようにすることは可能だろうが、飛び散った破片が危ない。
本来のマミであればそこまで考えて撃つだろうが、若干激昂している
ためか些か性急な行動がみられた。


318 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:11:46.16 8651lMCs0 188/332


もうもうと立ちこめる土煙のなか、ぽっかりと空いた穴の先に空洞が
見られた。案の定と言ったところか。さすがにラストバタリオンたちも
足元を破壊するのは最後の手段にしたのだろう。それを行う前に
ほむらたちの陽動作戦があり、最後まで調査が行われなかったのかも
しれなかった。

そして案の定、そこには通路のようなものも見える。明らかに人工物と
わかるものだ。

「ちょっとマミ。ずいぶん荒っぽいじゃない」

「なんかマミじゃないみたいだ」

「昨日からそうだが、彼女は少し怒っているようだ。
君も友達なら、少しフォローしてあげてくれ」

「あ、ああ、分かったよ刑事さん」

杏子のつぶやきを拾う克哉。その彼は杏子の肩に手を乗せ応じただけで
あとは達哉がパオフゥあたりと連絡を取っている姿を見ていた。
連絡がつき次第、突入する。

その連絡を待たず、マミが飛び降りる。やはり頭に血が上っているようだった。
後をほむらがため息交じりに追いかけ、さやかと杏子も後に続いた。

その勝手な動きを見て、克也は溜息をついた。

319 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:12:46.23 8651lMCs0 189/332


『やっぱりあれか。見滝原中の地下にUFOでも埋まってるのか』

『第三帝国が火星に行くとか噂もあるしな』

『で、やっぱ魔法少女が鍵なんだ? だから集めてたんだろ』

『モウスグセカイハオワル』

『さぁマジで盛り上がってまいりました』

『火星でなにするんだろうな』

『凡人にはわからないことするんだろうぜ』

『UFOノアの方舟説』

『オワリノトキハチカヅイテクル』

『ああ、ずいぶん前そんな都市伝説あったよな』

『珠閒瑠市のことだろ。大地震の前後にUFOが飛び立ったとかなんとか』

『どうせたいしたことないって』

『つかカタカナだけで書き込む奴こええって』


320 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/19 21:14:47.89 8651lMCs0 190/332


パオフゥの狙った通り、噂が流れ鍵がかかったようだった。入口発見の
のあとの連絡でそれが確認できた。通話を切りうららに話しかける。

「さて、今度は俺たちが行く番だな」

「あの時は後手後手だったけど、今回は先んじていける」

「噂の通りならラストバタリオンがもう一度見滝原中を攻めるはずだ」

そこを、ペルソナ使いの一部や魔法少女たちで迎撃する。その間に
ほむらや周防刑事達がUFOを抑え無力化する。
また余計な噂を垂れ流すTV局もおさえる。これでできることはほとんど
のはずだ。
二人は武装して、迎撃を行うために立ち上がる。

だが、この二人にしても知らないことがある。

第三帝国とヒトラーが、このUFOらしきものを狙っているという噂に
自分たちが侵食されていることに。
それが「なぜ?」という部分にあまり意識が向かっていないことに。
彼らが狙っているからそれを防ごう。そう考えるあまり理由やその整合性
に考えが向かっていない。

ペルソナ使いですら視認できないキュゥべえが、PCの横に鎮座
していた。
そこにQBではありえない、邪悪な笑みを浮かべて。

327 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/26 23:54:30.43 wWG9sfLo0 191/332


さやかや杏子は、先ほどからのマミの行動に驚きを隠していない。
性急な行動。周囲を省みない砲撃。いつもの彼女らしくないその行動が
信じられないのだ。

「……彼女はいつもああなのかい?」

克哉が訝しげに尋ねる。長い通路を歩きながら。途中、パオフゥが
追いかけることができるよう目印を忘れない。
それに対し杏子が応じる。

「いや、あんなんじゃなかったはずだ。もうちょっと……」

優しかった、という言葉を飲み込んだ。こうなった原因がそもそも自分に
あるのかもしれないのだ。それをいうには、彼女の罪悪感は大きすぎた。
だが、それを克哉はくみ取ることができた。

「そうか。いつもと違うようなんだね。
……今すぐ切り替えるのは難しいかもしれない。だから君らがフォローを
してあげてほしい。彼女のためにも」

杏子は頷き答えた。それが償いになるかもしれない淡い期待を抱きながら。
先ほどまで俯いていた杏子が顔を上げる。克哉はそれを見て彼女の心が
上向きになったことを理解した。落ち込んだままで戦闘を行わせるわけには
いかないからだが、それ以上に大人として子供を導いてやりたい、そんな
老婆心が働いたからだ。

そして、それはさやかにも届いた。彼女もまた同じ苦しみを感じていた。だが
彼女が杏子と違うのは、自分がマミのために何かをすることができる存在なのか、
わからないという点だ。
咄嗟にマミを助けようとしても『できない体』なのではないかという危惧だ。


328 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/26 23:56:19.09 wWG9sfLo0 192/332


ずいぶん歩いたであろう距離の果てに、入口らしいものが見つかる。らしいと
いうのは、そこが扉ないしは門のように閉ざされているからだ。
周防刑事達はそこでいったん止まり、パオフゥの到着を待った。
連絡では先を越されている様子がないと意見が一致した。あとはここで
ラストバタリオンを迎撃するだけだ。だがパオフゥの意見はそれより
一歩先を行く。

「パオフゥは先に侵入しこれを破壊してしまおうということなんだ」

当然、可能ならという但し書きつきだ。だがそれによりニャルラトホテプが
何をたくらんでいようと、ヒトラーがUFOを何に使おうとも動かなければ
用をなさない。

「確かにそのほうがいいっちゃいいよな」

希望が出てきたのが嬉しいのか、杏子の声が弾む。それにより、全員の雰囲気も
僅かながらによくなったようだ。
その中で、ずっと思案顔なのがほむらだ。
彼女はずっと考えていた。当然、まどかのことだ。まどかが待っている、という
ことが頭から離れない。それについて、さやかは喋ることすらできないという。
まさかまどかが、ほむらの死……すなわち消滅を望んでいるということだろうか、と。

「ほむらさん。まだ固くならないで。私たちで、解決しましょう」

朗らかにいうマミ。先ほどまでの性急な態度が少し収まっているようだ。さすがに少々
反省したらしい。少しだけ恐縮していた。

「それはいいけれど、先ほどみたいな砲撃をするときは、一声欲しいわね」

「う、わ、わかったわ……、ごめんなさい」

「貴女なら大丈夫だと思うけれど」


329 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/26 23:57:46.62 wWG9sfLo0 193/332


ほむらは結局、さやかに問いただすことはできなかった。話しかけづらい話題
ではあったが、単純にさやかが苦手だからだ。なんとなく声をかけるのを憚る
というか、躊躇う。それはほむらの性根の問題でもあるし、前の世界からの
確執(ほむらからの一方的なそれではあるのだが)のためでもあった。

「もうすぐ後続が着く。彼らを待って突入しよう」

一方のさやかも問題がある。罪悪感から項垂れ落ち込んでいるからだ。というのも
先の戦いにおいて、彼女は上条に会ってしまった。さやかを心配する彼の声が、
彼女をほむらを狙う刺客としての気勢を奪ってしまったようなのだ。
上条の前でさやかは、クラスメイトを消滅させることができなくなってしまった。
そのため、もはや彼女にほむらを狙う意思や気力はない。むしろ今は杏子の
罪滅ぼしを手伝う意思の方が強い。

「達哉はここで戻れ。ここから先はペルソナがなければ危険だろう」

マミは先ほどまで滾っていた怒りが少々収まってきている。黒幕への怒り、
茶番により殺された生徒たちへの悲しみ。自分の無事を泣いて喜んだ級友への
感謝。それらを束ねてここに挑んだわけだ。だが先の砲撃をし八つ当たりを
済ませると、その後に自己嫌悪が襲い掛かってきた。
また、うららが戻ってきたときに化粧を教えてくれるという。そんな気遣いを
思いだし、自分が逆上していたことを恥じた。

「いや、行く。舞耶姉を出汁にされて……引き下がれるわけがない」

克哉の気遣いも意固地な彼には効果がなかった。だが克哉にしても天野舞耶を
出汁にされて黙っていられない。彼も彼なりに、彼女の人柄を好いていたからだ。


330 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/26 23:59:07.34 wWG9sfLo0 194/332


そんな空気の中、パオフゥたちが到着した。うららは真っ先に達哉のことを案じたが
聞き入れるはずもない。パオフゥは彼の憤慨を受け入れており、それを止めるつもりが
全くなかった。

「どうでもいい。いくぞ。だが……どうやってここから入るんだ?」

頭をひねるペルソナ使いたちの前で、一度顔を見合わせる魔法少女たち。よく見ると
皆一様に顔色が悪い。なにか、青ざめているかのようだった。示し合せ、マミが一人
すたすたと入口らしき所に近づく。まるで、開け方を知っているかのようだった。

「確かに、噂が現実になる、というのは本当のようです……」

先の怒りの状態から落ち着いたマミが手をかざす。

「その、自分でも戸惑っているのですが……。
頭の中に、やり方が浮かび上がってくるんです。知らないことなのに……」

それがどういうことか理解できると、ペルソナ使いたちは青ざめる。自分たちのように
事情を知っているはずのものですら、噂が現実になるということの影響を受けている
ということだった。

確かに噂が現実になるならば彼女たちに開け方がわかってしかるべきではある。
だがそれが自分たちにも影響し開け方がどこからか焼き付けられるという状況に
恐怖を感じずにはいられない。
これが事情を知らない人間たちにはどう感じられるのだろうか。

その『焼き付けられたやり方』に従い、一同は入り口をくぐる。


331 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/27 00:00:49.30 yS7A6VP80 195/332


そこは、異様な空間だった。四本の柱に囲まれた狭い空間。それ以外は
真っ暗で何も見えない。地平線すら。そこを囲うように魔法少女たちが
立っている。まるで、中央に立つ役者を見守るかのように。

「ここが、UFOのなか? なの……?」

マミが不安げに周囲を見渡す。同じように杏子もほむらも辺りをうかがう。
UFO、宇宙船というならばもっと機械的なものを想像した。だがこれは
まるで、何かの悪夢のようだった。
よく見ると、そのまわりの何かが流れるように動いていた。

「ん? さやか? それにおっさんたちがいねえ」

「えっ? は、はぐれてしまったの?」

『そうではない』

その声にならない声が響き、三人の中央に奇妙な蝶が浮かび上がる。鱗粉の
ような光をこぼし、あわあわと頼りなげに浮かぶ。

『ここはUFOの中ではない。意識と無意識の狭間の世界だ』

「な、何のこと?」

『わからなくてもいい。私はフィレモン。意識と無意識の狭間に住まう者だ』

動揺し混乱する魔法少女を気遣うふうでもなく、フィレモンと名乗る蝶は
淡々と話す。

『本来ならば君たちに試練を課し、困難に立ち向かう力を与えるのだが……』

あわあわと力なく床に舞い降りる。飛び上がる力もないかのようだった。事実
フィレモンには力がないようで……。

『その試練を与える力すらない。ゆえに君たちには言を持って助力するしかない』

「試練? 力? 何のことだ?」

「ひょっとして、ペルソナの力?」

『そうだ。だから君たちにはこれだけしか言えぬ。き奴に立ち向かうには……』

声もだんだん小さく弱くなっていく。心なしか明滅する蝶の光も弱く薄くなって
いるようだった。魔法少女たちの目にもそれとわかるほどに。それは魂の輝きの
消失。

『すべてを受け入れたうえで諦めないこと。君らが困難に立ち向かえることを……』




――油断ならぬやつめ――

332 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/27 00:02:13.50 yS7A6VP80 196/332


「……うした? 君たち?」

ほむらたちの聴力視力が戻る。立ったまま気を失っていたかのように
たたらを踏むほむらたち。心配そうに見つめるうらら。声を掛けようとした
瞬間、別方向から声がする。

『どうしたんだい? 気を失っていたかのようだったよ』

キュゥべえがいつの間にかそこにいた。昨日の戦闘中、杏子たちの視界から
いなくなって以来だった。何事もなくいつものように杏子の肩に乗る。

「あれ、QB、いつの間に? 一緒に入ったの?」

「お前どこに行ってたんだよ」

『僕の別個体を探していたんだ。すでに破壊されていたけれどね』

「ん? 君たち大丈夫か」

心配そうに克哉が声をかける。ペルソナ使いたちには彼女たちが虚空に
話しかけているようで心配していた。

「いえ、大丈夫です。私たちを魔法少女にしたQBと話をしているんです」

マミが説明する。QBと契約することで魔法少女になること、その素質が
ないと、QBを知覚することができないことを語った。
釈然としないまま、ペルソナ使いたちは納得してくれたようだった。

333 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/27 00:03:17.57 yS7A6VP80 197/332


次いで、先ほどの奇妙な体験を話す。フィレモンの存在。見知らぬ空間の
話。マミが語る間、ほむらも杏子も同じ体験をしていたことに気付いた。

「あの野郎。相変わらず役に立たねえな」

克哉も説明する。フィレモンなる人物は、ある特定の呪いをすることで
その人の夢に現れる存在だ。ある試練を課したのち、それに打ち勝つと
ペルソナの力を与えられる、というのだ。
そもそもフィレモンというものは、ユングの夢に現れた老賢人の名前である。

「あなたたちも会ったことが?」

それとなく全員が頷く。ペルソナ能力を持っていることから察するに
嘘ではないように思われた。

「すべてを受け入れたうえで諦めないこと……か」

それができなかったゆえに、ニャルラトホテプに膝を屈した者たちがいた。
耳触りのいい言葉に惑わされ、受け入れがたい現実から目をそらした。

「それが奴に対する敗北なんだとさ」

パオフゥが苦々しく呟く。それを皮切りに、幾何学模様が描かれた船内に
歩き出す。それに続くペルソナ使い。そして、魔法少女。
ちぐはぐな心の動きのまま、ばらばらに歩き出す。


334 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/27 00:04:29.96 yS7A6VP80 198/332


『彼らは何者なんだい?』

「ペルソナ使い、と言っていたわ。この一件の黒幕と敵対するもの、とも」

些か頼りなげなほむらの言いよう。確かにことが動きすぎ、ほむらも完全に
理解しきれていない。彼女が辛うじてわかることはこの首謀者が人非ざるもので
少なくとも、自分を標的にしていることだ。そしてその首謀者と敵対する彼らと
共に、その首謀者に一矢報いるためここにいるのだと、説明した。

『ニャルラトホテプ……ナイアーラトテップともいう、創作された神話の神だね』

それをペルソナ使いたちに律儀に中継するマミ。QBが知覚できない彼らに取り
虚空と話をする彼女らに一抹の不安を覚える。
パオフゥの答えは『その神話になぞらえてそう名乗ってる、別の何かだろう』との
ことだった。

『そういうことなら僕も協力するよ。幸いここの中でも別個体へ連絡は着く。
他の魔法少女となら連絡することが可能だ』

「便利な連絡網だね」

何気なくほむらの肩に移動して呟くQB。誰にも見られないその顔は
隣にいるほむらを見下すような表情をしていた


335 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/27 00:05:21.04 yS7A6VP80 199/332


『もうUFOのなかに入ってんじゃね』

『攫った魔法少女たちに無理やり開けさせるだろうしな』

『やっぱりUFOで火星に行くのかな』

『火星が幸せのうちに統治した』

『キバヤシキター』

『話はwww聞かせてもらったwww人類はwww滅亡するwwwwww』

『ノストラダムスの予言はずれまくりの件について』



『円環の理とまどかってなんかつながりあんの?』

『なにそれ』

『魔法少女に広まる噂だって。まどかってやつが円環の理の神様らしいよ』

『日本語でok』

『つか魔法少女がネットやってる暇あんのか』

『釣られてやんよ』


336 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/27 00:06:25.53 yS7A6VP80 200/332


同じころ、TV局やいくつかの倉庫で戦闘が始まる。南条家の私兵とベテランの
ペルソナ使い。彼らがラストバタリオンとの戦闘に突入したのだ。銃声と
魔法の爆発音。悲鳴、怒り、怒号。それらがないまぜになっていた。


TV局にいた三人は受付で押し問答をしていた。許可がないものが入れない
という厳重なセキュリティに四苦八苦しているところ、局の駐車場に物々しい
軍用車が入ってくる。
それを見て迎撃に入る二人。上杉はロビー内の人を避難させようとする。

「ペルソナ……」

彼の男性は真っ先に飛び出す。隊列を組む前の兵士たちに躍り掛かり
ペルソナを発動させる。その背後には、インド系の装飾がまばゆい、男性神。
それが刀らしき何かを振りかぶると一閃させる。たったそれだけのことで
軍用車の荷台を真っ二つにする。
それに合わせるように英理子もペルソナを呼び出す。そのペルソナが行使する
大量の水が隊列を組む直前の兵士を薙ぎ払う。

駐車場で待機していた南条の私兵と何人かの魔法少女もラストバタリオンに
襲い掛かる。
見る見るうちに撃破し殲滅していく中、空中から三体の異形の機械兵が飛来する。
その手にはあの魔性の槍を持って。

ベテランペルソナ使いと、聖槍騎士が戦闘に突入した。


337 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/05/27 00:07:22.59 yS7A6VP80 201/332


一方の南条は大多数の魔法少女たちと共に捕らわれた魔法少女の奪還に
動いていた。見滝原中学校からほど近い、廃工場だ。
かつてそこは、さやかのデビュー戦となった、あの場所だった。

迫りくる兵士を殴り倒す玲司。それを援護するゆきの。そして魔法少女と
私兵を指揮する南条。全くの無傷とは言えないが、ペルソナ使いの力もあり
徐々にラストバタリオンを撃破していった。
だが、友人たち奪還に燃えていた魔法少女の何人かが銃に撃たれ倒れる。
私兵たちが保護し後方に引きずろうとしたその前に、聖槍騎士が佇立する。
こちらも三体。それぞれが整然と並びながら銃を撃ち、反撃している。

「魔法少女は下がれ! 遠距離攻撃できるもの以外は兵士を狙え」

南条の慇懃な指示に渋々従う魔法少女たち。それを納得させるのは彼ら
ペルソナ使いが、聖槍騎士と戦うからだ。

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」

それぞれがペルソナを繰り出す。魔法の力が奔流となり襲い掛かる。
迎撃すべく構える聖槍騎士。一体が距離を詰めて突進してくる。後方の
二体が銃撃で援護する形のようだ。

「槍に注意しろ。あれに刺されたらペルソナが使えなくなる!」

「「その前に、ぶっ潰せばいいんだろ」」

「……ったく……」

荒っぽい返事を行う二人に南条は溜息をついた。

347 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:50:41.87 3QB3zLqQ0 202/332


彼女らはUFOの船内を歩く。前衛をさやかと杏子が務め、その後ろをパオフゥと
うらら。達哉を庇うように克哉が立ち、最後尾はマミとほむらだ。とくにマミは
後方からの攻撃を意識する。克哉とほむらを守る形の陣形だ。

「罠なんかもあるかもしれないからね」

とは杏子の弁。さやかもソウルジェムが無事であれば即死はしない。仮に
大きなけがをしても、強力な回復魔法で治してしまう。それも自動でだ。
だが、許容量を超える傷を自動で治すために魔力を使いすぎてしまうことがあった。

「魔力を使いすぎなければいいけれど」

「魔獣相手のときみたいに全魔力を使い切るなんて無茶はやめてね」

『大丈夫、今度は同じ失敗はしないよ』

「そうかぁ?」

『……ここには、恭介はいないからね』

さやかが消滅することになってしまったときは、自らの魔力をすべて攻撃にあて、
それを使い切ってしまったから。そういう無茶をしてしまった過去がある。
そのような無茶をした背景にあったのは上条の存在だ。偶然彼のコンサート会場近くで
魔獣が多数発生したのだ。彼を魔獣から守るため
彼女は自らをかえりみず戦った。
だから今はそんな無茶をする理由はない。さやかはそういっているのだ。

(どうだか)

魔法少女三人の気持ちそのままだったのだろう。全員が全員、同じタイミングで
溜息をついた。

大人たちもそんなことをなんとなく嗅ぎ取ったのだろう。だがさして気にするでもなく
そのままにしておいた。
彼らにも、若気の至りはあったし、経験もしたからだろう。

348 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:51:12.03 3QB3zLqQ0 203/332


「ところで、その魔獣というのは?」

ペルソナ使いたちは悪魔達との戦いの経験が豊富だ。その中に魔獣という
カテゴライズされるようなものと戦ったこともある。有名なケルベロスや
フェンリル、はては象の姿をした魔獣もいた。

「ええっと、……なんて説明したらいいのかしら……」

マミが困惑するなか、ほむらがキュゥべえからの伝言形式で伝える。このあたり
キュゥべえの姿が視認できないのが面倒ではあるが仕方ない。掻い摘んで
説明する内容を、ほむらが咀嚼して伝えた。

「なんだか要領を得ない話ねぇ」

「その辺は俺も集めた情報と一致する。魔法少女が戦う相手ってところだろ」

漠然とした説明で理解を諦めた者もいれば、事前に知っていたと納得する者もいた。
魔法少女たちとて魔獣に対し明確な理解をしているわけではない。ひどい話だが
かつての魔女の時の様に『倒すべき敵と理解していればいいじゃないか』という
お気楽な理解をする者もいた。
だが問題は、魔獣たちがここに発生しかねない雰囲気があるという。それは
瘴気と言われる得体のしれない空気が薄く延ばされたように漂っているらしい。
ただ、それをほむらはある種覚悟していた。というのもジョーカーでありさやかが
言っていたからだ。

「魔獣が増えるってことね」

「そういう予想を当ててほしくないんだけどな」

そういって槍を構える杏子の視線の先には、その魔獣出現の兆候が表れていた。


349 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:51:50.22 3QB3zLqQ0 204/332


テレビ局前の駐車場は戦場になっていた。駐車している車を遮蔽物とし、上手く
身を隠しながら前進するラストバタリオン。それに対し訓練されてるとはいえ
練度低く防衛が精一杯の私兵たち。
けれどもその私兵の士気を補って余りある魔法少女たちの動きが目覚ましい。
人数は少ないながらもその特異な戦闘方法が功を奏し、押し返していた。

「どいて! 車ごと、ぶっつぶしちゃうから!」

巨大なハンマーを繰り出しゴルフスイングの要領で車を殴りつけ、間にいた兵士を
挟み込む。身動きが取れなくなった兵士に銃弾が放たれた。
また車のガソリンタンクに銃弾が当たったのか、そこから炎上する。燃え盛る炎は
払暁の薄闇にまぎれる兵士たちを明々と照らす。
また、ペルソナ使い三人が聖槍騎士を三体抑え込んでいることが大きい。
巧みにペルソナを使い兵士と聖槍騎士を分断。さらに槍を警戒し距離を取りつつ
装甲にダメージを与え続けている。

『ぐうう、たかが一般人にこのような力が……』

私兵たちも徐々に負傷者が増えている。だがそれ以上に戦闘不能になる兵士も
多い。戦局はペルソナ使いたちに有利になっている。

その様子を、物見高いテレビスタッフが撮影している。それを阻止しようと
南条の息のかかったスタッフが押しとどめる。理由は危険だということと
お茶の間向きではない殺伐とした映像だからということだ。生中継で無いにしろ
こんな映像が出回ってしまってはどんな噂が流れるかわかったものではない。

『おい、こんなことしていいと思ってんのか! スクープだぞ!』

「弾が飛んでくるんだぞ! さっさと逃げろ!」

『邪魔を……すんなっての!』

数か所で押し問答が続く。


350 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:52:23.83 3QB3zLqQ0 205/332


さやかが魔獣の最後の一体を切り伏せる。隣には散らばった石を集める
杏子の姿。一個ずつ拾うのがまどろっこしいのかマミが作ったリボンを
塵取り代わりにして一か所にまとめている。

「あれが魔獣か」

うららの呟き。なるほどあれは説明しにくいわけだ。
不思議なことに、他の大人たちにも視認できるようだった。ほむらは
それを魔女の結界と同じことと解釈した。魔女のくちづけにより
結界に誘われた哀れな被害者は魔女を視認することができる。それは
おそらく魔女たちが結界内で実体化しているからであろう。魔女たちは
自分たちの姿を某かの理由で被害者に見せる必要がある。
魔獣たちが魔女の代わりとして存在するのであれば、同じ理屈で
結界内で実体化しているのではないだろうか。

魔獣たちはほとんどさやかが斬り伏せた。杏子やマミは中・遠距離で
さやかのサポートに徹し、魔力を温存できた。また大量の石を得たため
今後ラストバタリオンとの戦闘にも余裕が生まれた。

「僕たちの攻撃も通るみたいだな。ペルソナの力に限らないようだ」

克哉が務めて冷静に判断している。彼らが放つ力により魔獣たちは
簡単に撃破されていた。それも当然で、彼らは非常に強力な悪魔を
ペルソナとして降魔させている。精神力の疲労も大きいが出力も
かなり大きい。魔法少女の攻撃に勝るとも劣らない火力で魔獣を
殲滅してしまった。


351 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:53:41.65 3QB3zLqQ0 206/332


廃工場ではほとんど戦闘が終わっていた。怒りに燃える魔法少女たちにとって
ラストバタリオンの一般兵など物の数に入らないからだ。瞬く間に防衛ラインを
分断し殲滅させた。
それもこれも、聖槍騎士とペルソナ使い三人が膠着状態を演出しているためだ。
南条は、相手をすぐさま倒すつもりではない戦い方を指示していた。
一般兵の救援に聖槍騎士たちを行かせないように仕向けていたのだ。
血の気の多い玲司やゆきのは歳経て相応の落ち着くを手に入れていたため、
激昂したふりをしていたのだった。

(さすがに老獪だねえ)

ゆきのは南条の軽妙な指揮に感心していた。玲司もゆきのも従える理屈と
戦術は、相手を一般市民と侮った兵士たちを次々に撃破する。
相手が侮らざる相手だと気付いた時には遅かった。

『おのれ貴様ら!』

「フン。侮ったお前たちの不明を呪うのだな」

南条が召喚するペルソナと彼の大剣が、聖槍騎士の一体に襲い掛かる。
それを槍で捌くのが精一杯だった。ペルソナ使い一人につき聖槍騎士一体。
それは決して彼らには重いノルマではない。槍先の電撃も克哉からの情報で
把握済み。空中に浮かぶ戦法もペルソナが撃ち落とす。
もはや聖槍騎士たちの有利は崩れ去っていた。

「おい。こちとらお前らのせいでノルマ未達成になっちまったんだ。
八つ当たりくらいさせろ」

玲司は完全に私怨をぶつけるつもりのようだ。手で槍の柄を掴み綱引きをしている。
それにあわせ、ゆきのと南条がペルソナを呼び力を解き放つ。これで先ず一体。


352 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:55:06.02 3QB3zLqQ0 207/332


魔獣たちを殲滅し進む。最初はさやかがあらぬ方向に誘うことを危惧していた
が、通路は一本道。どこかに隠し通路くらいあるかもしれないが、それを
探す時間的余裕はない。さやかにしても後ろを心配しながら前をゆっくり歩く。
どこかに誘い出すという意識ではなさそうだった。

ところどころ罠らしい罠もあった。とくに細くなった通路の両脇から矢が
飛び出す仕掛けはそれだけで難儀した。だが結局踏んだ床に反応することが
わかると、マミが作ったリボンの橋で難なく通り抜けることができた。

魔獣、罠、魔獣、罠……。決して楽とも簡単ともいえないが、脱落者を
出すことなく、無事に進めている。
途中念のためとマミと杏子による結界を張った。これは後方から追いかける
であろう敵の侵攻を阻害する目的だ。また結界が破られればマミなり杏子なりは
感知できる。どこまで敵が迫っているか把握できるのだ。
こんなことができるのも石が大量にあり、力を存分に発揮できるからだ。

「魔法少女の魔法ってのは便利なんだな。人探しに使えねえかな」

「どうだろう。そんな都合のいい魔法なんてあるのかな」

「どうでしょう? あまりそういったことに使ったことはありませんから」

感心しきりのパオフゥとうららの態度に困ったような笑いを浮かべるマミ。

ほむらにとって魔法少女の異能を易々と受け入れていることが驚きだ。
彼らが、彼らが普通に異能を持っているから、だろうか。そんなことを
思いながらも作り出した弓を持て余しつつ後に続く。


353 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:56:01.88 3QB3zLqQ0 208/332


ややあって、何もない広い部屋にたどり着く。やはりそこも一本道で
特に迷うことも困ることもない。またそこは魔獣が現れるような瘴気も
ない。どれだけ戦い、歩いたか。徐々に全員の疲労の色が見て取れた。

『こういうところで襲われたら困るのだけど、ここで休まないか?』

キュゥべえの提案をほむらはそのまま伝える。さすがに全員がこのまま
突き進んでもいいわけがない。魔力の温存は石が相当数確保できていため
問題はない。だが魔法少女の体とて痛みは遮断できても疲労はそうはいかない。
めいめいが腰を下ろし、息を整える。なんとなく言葉少ななほむらが気になる
うららがそばに近づき腰を下ろす。

「ちょっとお邪魔するよ」

「どうかしたんですか」

「何も。ただあんたがちょっとだけ心配になったのさ」

それはそうだろう。終始思案気な顔をしているほむらの異常に、大人たちは
気付いていた。だが、それがなんなのかわからないため、遠巻きに見守るしか
なかったのが大人の男性たちの限界だった。
それをさっし、うららが口火を切った形だ。だがほむらは口をつぐみ、ただ
黙っているだけだ。

「その、『まどか』って子のこと?」

うららが核心に切り込む。その言葉にほむらは髪の毛が逆立つほどの怒りを
見せる。だがそれは瞬時に納まり、鉄面皮をそこにさらす。
そんなほむらのガードの硬さにうららが辟易する。だがここであまりつついても
意味がないことを察していた。そのため話題を切り替えようとした、その時だ。

「あの、その『まどかさん』ってなんとなく覚えてるのだけど。いえ、違うわね。思い出してきたの」

「ああ、あたしもだよ。ぼんやりおぼろげだけどさ……。小柄な、女の子だろ」

ぴしり。何かがひび割れる音がした。


354 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:56:37.73 3QB3zLqQ0 209/332


さやかは何も聞こえていないらしい。マミと杏子が結界を張ったドアを睨み
そこを守る立場でいるようだった。先に進まない限り敵は後方からくる。
そのため、彼女は敵から皆を守る盾になろうとしていた。

「ね、もう一回教えてほしいの。彼女のこと……」

「ただの夢物語よ。証明するすべはないわ」

「それでもだよ。なんだかさ、忘れちゃいけないことを忘れてる気がするんだ」

二人にそう穏やかに言われてはほむらも断りきれない。というのもほむら自身が
それを語りたくて喉に言葉が詰まっていたのだ。それがうららが感じるほむらの
思案気の表情のそれだった。
ため息交じりにほむらは再び語る。かつてQBに話した通りまどかのことをもう一度。

うららにはその表情があまりにも懐かしそうだった。何か遠い日になくした思い人を
懐かしんでいるような、そんな表情にも見えた。だからほむらのやや熱を帯びた語り
口調を眩しい思いで見守っていた。
魔女、魔法少女、QBの陰謀。自分が守りたかった人たちの死。世界の改変。
そしてまどかの消滅。助けたかったまどかは概念となり人間に知覚できない
存在となってしまった。

「今思えば、その円環の理というものに、まどかはなっているのかもね」

生まれる前に魔女を消し去る願い。ゆえに魔法少女は魔女にならず消滅する
のではないだろうか。少なくともほむらはそうと信じて戦っていた。

「そっか。全部が全部信じられるわけじゃないけど……」

「いえ、いいわ。むしろこんなことを信じられる方がおかしいもの」




ぴしり


355 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:57:22.80 3QB3zLqQ0 210/332


それが生じたのは大人たちの目の前。壁が引き裂かれるようにひび割れる。

「私にとっては、大事な友達だった。いいえ、今も大事な友達よ」

ぴしり

「ああ、なんとなく……思い出してきたかな……」

ぴしりぴしり

「不思議ね。私もよ。ひょっとしたら、これも噂の効果なのかしら」

ぴしりぴしりぴしり

「あの入口のときのこと?」

あの入口での記憶の書き込みは魔法少女たちを戦慄させるに十分なものだった。
それは、前後の脈絡なく情報が書き込まれたからだ。だが今回は違う。
前後のつながりある『記憶がある』ため、そこにまどかの記憶が書き込まれても
全く不自然はない。

ぺりぺりぺりぺりぺり

「でも、その……彼女の記憶を噂する奴なんていないだろう?」

そんな具体的な噂など流れるはずがない。ましてやまどかは誰の記憶にも
残っていないのだから。だからこれはほむらは、小さな奇跡だと理解した。
いや、そう思い込もうとした。

ぱりん


356 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/03 00:57:53.10 3QB3zLqQ0 211/332


一際大きな音がして、壁が砕け散る。大きな音に全員が振り向いた。

どさり、という音がして壁から何かが落ちてくる。

それは小柄な人の形をした何かだった。

それぞれが不思議がるその中、ほむらがひきつったような声を出す。

めったに聞かれないほむらのその声にマミも杏子も、さやかですら振り向く。

わなわなと唇を震わせて、一歩ずつ小柄な少女に近づく。

皆はその様子を黙って見守っていた。いや、見守らざるを得なかった。

ほむらの顔が、大きくゆがんでいた。今にも泣き出しそうな苦しそうな
見たこともない表情だった。

その倒れている、眠っているようなそれを抱き上げる。しばしその顔を
見つめている。

そして確信したかのように抱きしめる。

「……まどか……」

ほむらが抱きしめているのは、――だった。

その声に反応したのか、その少女はうっすらと目を開けてほむらを見返す。

その瞳はまっすぐほむらだけを写していた。

「……ほむら……ちゃん?」

彼女の名前は、鹿目まどか。


362 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:12:07.05 m3OwlXof0 212/332


ほむらが抱きしめているのは、最愛の友人だった。

ほむらが抱きしめているのは、守りたかった人だった。

ほむらが抱きしめているのは、失ってしまった人だった。

ほむらが抱きしめているのは、円環の理、そのものだった。



まどかが苦しむくらいきつく抱きしめるほむら。その姿はマミも杏子も
見たことがない。ここまで感情を発露させている姿に驚いていた。

「……ごめんなさい……」

「貴女……本当のまどかなのね」

「うん、そうだよ。ほむらちゃんが知ってる……鹿目まどかだよ」

それだけ聞いて納得するとさらに深く抱きしめる。
ずきり、マミの心がわずかにきしむ。だがそれを飲みほして声をかける。

「貴女が……まどかさん、なのね。ほむ……暁美さんが言っていた」

まどかはこくりと頷く。杏子も異口同音に尋ねたかったことなのだろう。
まどかとマミを交互に見やり納得したように溜息をついた。
マミにしろ杏子にしろ、まどかのことを覚えていなかった。だがこうして
目の前にいるのが自分たちが覚えていないまどかだと、おぼろげながらに
感じていた。

周囲の大人たちは堰として言葉が出せない。突然現れた存在に驚きと
不安を感じていた。何らかの罠ではないかと。

「まどか……ごめん……私……」

サングラスをかけたまま、まどかに歩み寄るさやか。
その口元は歪み悲しみに耐えていた。
まどかは首を左右に振った。

「いいんだよ……。だってわるいのは、あの顔のないかみさまなんだから」


363 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:13:02.01 m3OwlXof0 213/332


まどかはぽつりぽつりと事情を話す。自分が願った願い、そして
自分の存在が世界に溶けてしまったこと。誰にも、両親にも忘れ去られて
しまったこと。そして……

「私にはみらいがみえるはずだったのに。急に見えなくなっちゃったの」

世界の改変直前に、ほむらに語った言葉だ。時間を超え、世界の垣根を越え
宇宙の法則を超え、ほむらが通った地獄とそのみらいを知覚していた。
だが、それが突然見えなくなった。今まで見えていたものが見えなくなり
まどかは混乱し、そばにいた人にすがった。
それが先に導かれ消滅したはずのさやかだった。

「さやかちゃんはね、杏子ちゃんが生き返られてくれるって知ってたから……」

だからほむらを連れて行こうとしたという。まどかが寂しくないように。
さやかでは、自分ではまどかの不安を癒せないことを知っていたから。

「そう、さやかがやってたことは、やはり貴女のためだったのね」

そして喋れない思いの代わりにクロッカスの花を作り投げつけた。
『あなたを待っています』という意味を込めて。だがまどかのため、という
思いのほかに、さやかには別の感情もないわけではなかった。
情けない話だが、ほむらに嫉妬していたのだ。
隣にいるさやかではなく、ほむらを思って泣いている幼馴染の親友に。


364 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:13:46.47 m3OwlXof0 214/332


「いいわ。こうして事情が分かった以上。もうさやかを責める気はないから」

『ありがとう、ほむら』

まどかを抱きしめたまま立ち上がると、ペルソナ使いたちに向き合い事情を話す。
彼らにしても理解しがたい世界ではあったが、理解できないものをそのままにして
納得するという方法で飲み込んだようだ。

「その子はどうする? いったん戻って制服組に保護させるか」

『それは困るな。ここにいてもらわねば』

一同が振り返る。そこに立っていた人物を見た瞬間鳥肌が立つ。どこかで、
見たことがある風貌。そして特徴的な服装。周囲を圧倒するようなカリスマと
それ以上の禍々しさを称えている男性。
そして、その人物の周囲に降り立つ聖槍騎士たち総勢七体。それぞれが手に
槍を持ち、守る様に立ちふさがる。中央の一体が白銀の鎧のほかは、物々しい
鈍い金属の色をしていた。その重厚な体が威圧感を強める。

「なっ、なんで先にっ!」

『噂だよ。すでに入っているんじゃないか。そう噂してくれた者どものおかげだ』

その人物、アドルフ=ヒトラーは自らも槍を携え、サングラス越しに
魔法少女とペルソナ使いを睨みつけた。見下した、と言った方が
いいのかもしれないが。


365 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:14:58.97 m3OwlXof0 215/332


噂が広まると、それが実現可能かどうかをまるで無視しそれが現実になる。
過去の歴史や本人の人格、事実すら無視し、その『設定』だけが定着し発露する。
この場合は、入口が入れなそうという事実を無視し、すでに侵入しているという
噂だけ現実になった。

「何が目的だ!」

血気にはやり克哉が吼える。だがそれはいわゆる時間稼ぎ、戦う意思を皆の
心に入れるための時間を作るためだった。

『もう達成しているのだよ』

こともなげにヒトラーは言う。

『しかし、時間稼ぎなどしていいのかね。後ろからは兵士どもが来るぞ』

白銀の聖槍騎士が笑いながらいう。つまり彼らは挟撃されているのだというのだ。
手の内をばらしても問題ないほどの必殺の陣形と言えよう。

『総統閣下。ここは我々が足止めを』

『ふむ、頼んだぞ。もう恩寵の者も殺しても構わん。好きにやるがいい』

六体の黒金の聖槍騎士たちが槍を掲げる。その統率のとれた動きが練度の
高さを如実に表しているようだった。
それを見て満足したヒトラーは笑みを浮かべると、建物の奥に歩いていく。
それに続いて白銀の聖槍騎士が続く。

「達哉はまどかくんを! 我々はコイツらを抑える」

「ほむらくん、奴を追うぞ」

達哉がほむらに話しかける。聖槍騎士は任せ、二人……三人でヒトラーを追う。
そう提案しているのだ

『良かろう。閣下にはリーダーがつく。こちらにはロンギヌスコピーの力を見せてくれよう!』

槍を水平に構える。
一方のペルソナ使いたちも武器を構える。
マミ、さやか、杏子も各々の武器を生み出し戦いに備える。

「お前はあの男を追え! 俺たちが道を作ってやる! いいな!」

パオフゥのドスの効いた声が響く。それが開戦の合図だった。

366 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:15:39.14 m3OwlXof0 216/332


うららのペルソナが放つ疾風が敵全員に襲い掛かる。その颶風は鎧を
吹き飛ばさんほどに荒れ狂い、足を止める。また気圧の変化で鎧を超えて
本体にダメージ行く。
その間隙をついて三人が走る。まどかを達哉が背負い、戦場から離すように
駆け抜ける。ほむらは達哉の後ろにつき、追撃に備える。

風の中心からやや離れたところにいた騎士は体勢を立て直し槍を振りかぶる。
それをさやかが神速で飛び込み抑え込む。噛み合う武器。そこにほむらの矢が
飛び、騎士への牽制とする。矢を嫌い鍔迫り合いを避ける聖槍騎士。

さらに杏子がそこへ飛び込みさやかを一人にさせまいとする。だが聖槍騎士も
銃を撃ち杏子を足止めする。飛び込んだため敵陣に一人になったさやかに
別の聖槍騎士が迫る。

「美樹さん、飛んで!」

言うが早いか飛びのいたところにマミが中空から飛び掛かる。空中で
マスケットを乱立させ二体に目がけ乱射する。例のリボンの拘束を伴う弾だ。

だが、マミの追撃は四体目に阻まれる。嵐を避けるため飛行した個体が
マミ目がけて突進。槍を振りぬいた。マスケットと噛み合い刃は避けたものの
マミはバランスを崩し地に叩きつけられる。

マミのフォローに向かおうとした克哉とパオフゥの前に立ちふさがる
二体。顔は見えるわけがないが、仮面の下がにやついているのが感じ取れた。

「「じゃまだっ!」」

二人のペルソナ使いの咆哮が木霊する。


367 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:16:49.31 m3OwlXof0 217/332


廃工場での戦いはもはや決着がつくところであった。
少女たちの監禁場所を知った魔法少女がそこに突入。いかんなく力を
発揮し、一般兵たちを殲滅(文字通りの意味だ)した。

一方の聖槍騎士はすでに一体が活動停止。残りの二体に三人が襲い掛かる
という状態になっていた。動かなくなった個体から槍を奪うと肩に担ぎ
無造作に振りぬく。ペルソナの力と彼の剛腕そのものにより受け止めた
聖槍騎士が吹き飛ぶ。
ゆきのが召喚した地母神が放つ炎と雷の魔法が吹き飛ばした個体に
直撃。動作不良を起こした。そこに南条のペルソナが薙刀を振りかぶり
叩きつけ、こちらも活動を停止した。

「ふん。こんなものか」

『く……。さすがはあのフィレモンの手のものか』

「さぁ、戦闘能力を奪って拘束させてもらう。抵抗は止めることだ」

「こっちとしちゃぁ、動かなくなるまで殴らせてもらいたい……」

「もんだがねぇ」

どちらが悪役かわからないほどの口調で威圧する。そんななか魔法少女
たちから悲鳴が上がる。それからしばらく遅れて南条の部下から報告が
上がる。その彼の顔は怒りに赤くなっていた。

「どうした」

聖槍騎士から目を離さず聞く。このあたり歴戦の戦士の風格だ。

「魔法少女たちの脳に『細工』がされていました……」

その言葉に反応した玲司は生き残った聖槍騎士の顔面を拳で撃ちぬいた。

「よせっ!」

気持ちを理解しつつも南条は玲司を止める。だが彼が破壊した頭部にあたる
部分の下から、何やら肌色が見える。その内容に気付き息を飲む。

「なんてことを……」

ゆきののうめき声が全員の意見を代弁していた。


368 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:17:57.67 m3OwlXof0 218/332


地に叩きつけられたマミにうららが駆け寄る。空中から迫る聖槍騎士に
風の魔法を叩きつけ吹き飛ばす。マミには特に外傷はなかったが、高さと
打撃の衝撃に軽くめまいを起こしていたようだった。

間もなく同じくマミを心配し集まるさやか。彼女と殺陣を繰り広げていた
二体が追いすがる。その二体にはマミのリボンがいばらの様に広がり
足元にからみつく。同時にマミとうららが放つ遠距離攻撃が二体に襲い掛かる。

「ここは、慣れてる者同士で組んだ方がいいみたいだね」

うららの提案に頷く魔法少女たち。うららが走りだし向かった先は杏子を
牽制する個体。それに突進し殴りつけようとする。だが当然聖槍騎士の方も
気付き槍を振って接近を阻害する。だがそれは完全に陽動で杏子とスイッチを
目的とした行動だった。
地を転がる様に槍を避けるうららに気を取られたため、杏子がフリーになる。
杏子はテレパシーでも受けたのか、迷わずマミのところに集まる。

振り下ろされた槍を掴み、にらみ合ううららと聖槍騎士。拳打で銃口をそらし
やはり疾風の魔法で吹き飛ばす。

「つえーな。あの人……」

『マミさん、指示をください! 私たちが前衛に立ちます』

「ああ、あんたはあたしらが守ってやる。スクラップにしてやるからな」

リボンの拘束を破り迫る聖槍騎士と空中の個体が三人の魔法少女に迫る。


369 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:18:57.39 m3OwlXof0 219/332


一方のテレビ局では小康状態が続いていた。遮蔽物を使い身を隠し
長期戦を覚悟する兵士たち。それに対し、能力が高くても練度が低い
魔法少女たちはやや焦れてきていた。その背景には、聖槍騎士三体と
見事な立ち回りをするペルソナ使いたちの派手な戦い方によるものが
あるのだろう。

ピアスの彼を中心に、二人の男女が息の合った戦いをこなす。片手剣を
槍を、レイピアを駆使し聖槍をしのぐ。銃器や魔法で遠距離から的確に
ダメージを与える。一般人とは思えないほど精通した戦いぶりに
ストレスが溜まってきたようだった。

「ああもう。むこうかっこいいなぁ」

(さすがに待つ戦いは苦手、なんだろうなぁ)

南条の部下もそのあたりを察している。散発的に銃声がする以外は
攻撃の雰囲気もなくなってきている。こういうとき逆に奇襲をかける
こともあるのだが、南条の私兵たちの練度は低くない。その警戒をし
魔法少女のフォローをしていた。

だが違っていた。ラストバタリオンの、ニャルラトホテプの狙いは
全く違うところにあった。
それゆえ、小康状態すらも演出していたのだ。


――緊急速報です、これは映画ではありません……――

戦闘状態の誰もが気付かないことではあったが、テレビ局のクルーが
彼らの戦闘を撮影し全国放送をし始めたのだ。
その撮影を阻害しようとした南条の息のかかったスタッフもいたが
その一派が制圧されていた。
南条すら把握していなかったがすでに内部に入り込んでいた
ラストバタリオンが存在していた。もちろん。それとも関係ない社員も
いたことはいたが、それらすら制圧していたのだ。

――彼らはラストバタリオンを名乗り、魔法少女たちを拘束するため
各地で活動をしている部隊です――

――魔法少女とは、契約によって人々に害をなす魔獣たちと戦う
少女たちのことで……、ま、まだ読むの?――

――チャキ タァン――

その銃声とキャスターの最後まで全国放送された。


370 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:20:04.80 m3OwlXof0 220/332


派手な爆炎と精密な射撃。克哉とパオフゥの攻撃は他の誰をも圧倒する
火力を秘めていた。外見より激情家の克哉を上手くフォローするパオフゥと
いう組み合わせが功を奏しているようだ。
パオフゥの武器は指弾だ。単純に人間が使っても急所に当たれば危険な
ものを悪魔の力を上乗せすることで、拳銃並みの威力をほとんど
ノーモーションで実現できる。恐るべき武器だった。

槍をそらし、銃口をそらし、両手に構えたサーベルで立ち向かうさやか。
そのやや後ろを守る杏子。そして決め手となる必殺技を持つマミの連携は
聖槍騎士団を上回る。数合噛み合う間にマミのマスケットが吼える。

そこまでしてようやく、聖槍騎士たちからほむらたちへの注意がそれた。
それにあわせ、キュゥべえもほむらに合流する。

「QB、走るわ。背後の警戒をして」

『わかったよほむら』

ほむらの肩に飛び乗ると背後を監視する。敵の攻撃があればそれを伝える
役目だ。テレパシーは単語や文章を伝えるだけとは限らない。それ以外にも
映像を伝えることでジョーカー様の風貌を伝えられるし、今の様に攻撃の
種類や速度も伝えられる。

三人と一匹はヒトラーの後を追うべく、姿を消した入口目がけて走って行った。


371 : ◆sIpUwZaNZQ[sag... - 2013/06/09 21:21:40.36 m3OwlXof0 221/332


一人、彼はそこにいた。先日の戦いの恐怖は心にあったが、それ以上に
それを塗りつぶす勢いであったのは、無くしたはずのものとの再会。
それは思った以上に、彼の心を揺さぶっていた。
無くしてから気づく大事なもの。それは古今言われ続けてきたことでは
あったが、それが自分の身に降りかかりここまで痛烈に感じるとは思わなかった。

(だからこそみんな歌うんだな。昔から)

仁美の言葉も届かないほど、彼は落ち込んでいた。さやかを失った悲しみに。
そして、再会した時の自らの喜びようから、自分がどれだけさやかを大事に
思っていたか理解してしまった。失った時は友人を失った悲しみだとばかり
思っていた。だが、こうして再会した時の喜びは、友人のそれはとは全く
異なっていた。

(僕は……さやかが好きだったんだ)

だが、彼、上条にさやかへ男女の情があったとは確定しづらい。彼もまた恋愛に
疎い少年であったから。そして何より家族同然の付き合いをしていたさやかに
恋愛感情を持つことは難しかった。

時に心理学的な『錯覚』と言われるケースが近いかもしれない。
彼には妹なり姉なりはいない。だがあまりに日常的に歳の近い異性がそばにいる
環境が続いたため、さやかを妹(ないしは姉)と『錯覚』してしまった。
だがそれを失ったため『錯覚』が解けた。
そこへさやかが甦り自分を守った。フィルターのない目で見たさやかは美少女である
ことには疑いはない。また身を挺して守るその気高さに、心を奪われた。

(でも、もし、また失ってしまったら……僕はどうなってしまうんだろう)

さやかは顔を見せることすら拒絶した。
それは彼が彼女の思いに気付かなかったからと解釈した。
後悔と、自分を責める気持ち。



そこに這い寄る悪意がいた。




『さて、これで不具合が生じたはずだ』

『恩寵の者と、コトワリの神。き奴らすら、噂からは逃れられぬ』

『しかし便利なものだ』

『奴らが黒幕だと噂をしてくれるおかげで、力が戻ったのだからな』

『もう一押し……』

【後編】に続く

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