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時系列 古い順 本筋の物語順序は数字順 番外編は#
4:旧エルフと男(前日譚)
5:男がエルフに出会うまで(前日譚)
1:エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」(本編)
2:男がエルフに惚れるまで(後日談)
6:エルフが嫉妬する話(後日談)
3:結婚、そして……(後日談)
当記事は、【 男と騎士の始まり(前日譚) 】です。
228 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/03 09:12:26.23 xKQv9y9m0 186/1108さて、今からは男と騎士の話を載せようと思います。
ただ、時間の関係上途中までしか載せられそうにないので、帰ってきたら続き以降を載せます。
男「ようやく着いた……か」
目の前に広がる多大な建築物。それらは、古き良き建物を残しつつ、いたるところに辺境の地にはない最新の技術が使われていることが一目見て分かる。
今現在住んでいる地域を離れ、都市部を目指すこと数日。道中であった商人の荷馬車に乗せてもらい、ようやく男はこの場所に辿りついた。
かつて何度も滞在し、軍を抜けて以来訪れることなかった懐かしい街を見て男はある種の郷愁を覚えた。
男「帰って……来たんだな」
都市部への入口である門の前に立ち止まる。そこにひと月ほど前に見た顔を見つけたからだ。
男「あ、女魔法使い」
男が彼女の姿を視界に捉えるのと同時に、彼女もまた彼の姿を見つけて駆け出す。
タッタッタッ
女魔法使い「久しぶりです、先生」
男「といっても、ひと月も経ってないけれどな」
女魔法使い「ひと月も会わなければ十分久しぶりです。でも、ちゃんと来てくれて嬉しいです」
喜びを隠しきれずににっこりと笑みを浮かべる女魔法使い。そんな彼女の様子を見て男もまた微笑み返す。
男「約束したからね。これを破ったら女魔法使いがまたこっちに来そうだと思ったから……」
女魔法使い「そうですね。もし来てくれなかったらまた私がそちらに行っていました」
男「やっぱり」アハハ
和やかに談笑する二人。だが、それも束の間。女魔法使いの表情が徐々に陰っていく。
男「どうかした?」
女魔法使い「いえ、これは先生がこちらに来るって手紙を送られてから言うべきか迷っていたのですが、実はあの手紙を女騎士さんが偶然読んでしまいまして……。既に男さんがここに来ることを知っているんですよ」
男「そ、それは……マズイかもね」
女魔法使い「今朝も途中まで私にずっと張り付いていて……。男さんと私がいつ会うか見張っていました」
男「あはははは……。やっぱり相当怒ってる?」
女魔法使い「それは、もう。ここ最近滅多に見ないくらい眉間にシワを寄せていました。しかも、やたらイラついてましたね……」
男「一発殴られるくらいは当然覚悟してたけど、このままじゃ殺されそうな勢いだな……」
女魔法使い「確かに、そうなってもおかしくないような様子でしたね」
男「……うん。その話は聞かなかったことにしよう」
女魔法使い「先生、現実逃避は駄目ですよ」フフッ
男「ひとまず、街の中に入ろうか。朝から食事も取ってないからお腹も空いたしね」
女魔法使い「もう夕方ですしね。ちょうどいいです、オススメのお店があるので紹介します」
男「ああ、よろしく頼むよ」
女魔法使い「あ、そうだ。先生」
男「ん?」
女魔法使い「おかえりなさい」ニコッ
男「……ただいま、女魔法使い」
――静かな店――
男「へえ、こんなお店ができたんだな」
女魔法使い「ええ。男さんが居なくなってからできたんです。静かなところで、夜になると楽器を使った演奏があったりして落ち着けるんです。私みたいに人ごみが苦手な人にはオススメの店です」
男「うん。確かにいい雰囲気の店だ。連れてきてくれてありがとうな、女魔法使い」
女魔法使い「どういたしまして。こんなことでお礼を言って頂ければいくらでも力になります」
男「それはどうも。ただ、僕たち二人とも出不精だから、そんなにお店を知らないと思うけどな……」
女魔法使い「それを自分で言いますか? まあ……確かにそうですけれど」
男「やっぱり」アハハッ
女魔法使い「もう! 笑わないでくださいよ///」カァァァ
男「それじゃあ、料理でも頼も……」
ドカッ! ドン、ドタドタッ
男「……え?」
女魔法使い「……え?」
男「……これ、店の扉?」チラッ
女魔法使い「あわ……あわわわ……」ガクガクブルブル
男(女魔法使いのこの反応。僕の後ろを見て怯えてる……。嫌だな、これだけでこんなことをする相手が誰なのかが分かるのも……。後ろ、振り返りたくないな……)
コツ、コツコツコツ
?「久しぶりだね、男」
男「ひ、ひさしぶり……」
?「どうした? いつも人の目を見て話をしていたあんたらしくないじゃない。背を向けたまま話すなんて相手に失礼だと思わないの?」
男「い、いや……。失礼だと思うよ? でも、振り向くのを身体が拒絶しているというか……」
?「そうか。ならば私がこっちを向くようにしてやろう」グイッ
男「ぐえっ」
女魔法使い「あわわわわ……」ビクビク
?「久しぶりの旧友との再会に言葉も出ないか? うん、うん。なにしろ突然居なくなったきり、何年も顔を合わせていなかったんだ。成長した私の顔を見て見惚れたりしているんだろ?」ゴゴゴゴゴ
男「あ、はははは。そ、そうだね。うん、また一段と美人になった」
?「そう、褒めるな。なんだ、顔が引きつっているぞ、緊張しているのか?」
男「ある意味そうと言えるね。身の危険を感じてだけど……」タラリ
?「そうか、そうか。お前にもまだ自分の身の危険を察知する程度の力は残ってたか。うん、よかった。
それで? どうしてそんなことを感じるのか、頭のいいお前ならもう分かっているんだろうな?」
男「うん、それはまあ当然分かってる……よ?」
?「分かっていればいい。私がお前に言うことはただ一つだ。……歯を食いしばれ!」ググッ
男「はい」
ドカッ! ゴロゴロゴロ
男(覚悟してたけど、やっぱり痛いなぁ。ああ、駄目だ……。今のでもう、意識が……)
男(相変わらず……女騎士の一撃は強烈……だ)ガクッ
……
…
男「……う、ううん」パチッ
男「ここは……?」キョロキョロ
女騎士「目が覚めたか?」
男「あ、女騎士」
女騎士「その、なんだ。再会していきなり殴って悪かったよ。私、ちょっとどうかしてた」
男「いや、そうされても文句は言えないよ。一緒に戦ってきた戦友に何も言わず勝手に姿を消したんだから」
女騎士「それに関してはもういい。私も一発殴って今までずっと胸の中でモヤモヤしてたものがなくなったから」
男「じゃあ、この話はこれでお終いってことで。改めて、久しぶり女騎士」
女騎士「あ、うん。久しぶり。その、なんか改まって再会の言葉を交わすとなんか照れくさいな……」テレッ
男「そうかな? まあ、僕は女騎士以外のみんなと会ってるからそう感じないだけかも」シレッ
女騎士「そっか……。まあ、なんだ。元気そうでちょっと安心した。騎士に聞いていたとはいえ、こうして実際に姿を見るまではちょっと心配してたから……」
男「ありがとう。確かに一人になってからも色々あったけど、今はこうして元気にしてるよ」
女騎士「……」
男「……」
シーン
男(うっ……なんだか急に話題がなくなったぞ。これは、僕の方から話を振るべきなのか? でも、何から聞けばいいのか……)
女騎士「あのさ……」ボソッ
女魔法使い「あっ! 先生、目が覚めたんですね! はぁ、よかった。あのまま死んじゃうんじゃないかって思うと心配でした」
男「やあ、女魔法使い。まあ、どうにか生きてるよ」
女騎士「失礼だな。これでも一応手加減して殴ったんだ。だいたいあの程度で死ぬほど人はヤワじゃない」
女魔法使い「女騎士さんみたいな肉体派の人間と一緒にしないでください! 私や先生は頭脳労働専門なんです」
女騎士「だから、私も騎士もいざという時のために身体を鍛えておいて損はないって言ってるじゃない」
女魔法使い「いいんです! 身体を鍛える代わりに魔法の錬度を上げてますから」
男「まあ、まあ。二人ともそのくらいにして。それよりもここは一体どこなんだ? 宿の一室には見えないけれど」
女魔法使い「ここは私の家の一室です。こんなことになると思っていなかったので片付けが中途半端なままで散らかっていますが……」
男「そうなのか。でも、ここまでどうやって僕を?」
女騎士「ん? 私がお前を運んだんだが、何か問題があったか?」
男「いや、別に……。ちょっと男としてのプライドが傷ついたけど」ショボーン
男「それよりも、二人とも今日は仕事とかないの?」
女騎士「だいたいのことは片付けた。それに、お前が来るって知ってからしばらく休みが取れるように調整しておいたからな。よっぽどのことがなければ仕事はない」
女魔法使い「私も、今は魔法の研究が仕事のようなものなので、休みを取ろうと思えばいつでもとれますからね……」
男「そっか、騎士は?」
女騎士「あいつは、軍の騎士隊の隊長だからな……。早々休みは取れないだろ」
男「その割に結構僕のところに来てたけど……」
女騎士「まあ、あれは仕事の一環のようなものだからな。普段休めない分、そういったところで羽を伸ばしたりしてるんじゃないか?」
男「そっか……」
女魔法使い「よかったら、今からみんなで騎士さんのところに行きませんか?」
男「いいな、それ。女騎士はどう?」
女騎士「私も賛成だ。よし、それじゃあすぐに行こう。あいつは男が来るの知らないだろうし、きっとビックリするぞ」ニヤニヤ
女魔法使い「ふふっ。そうですね、騎士さんの驚いた表情なんてここ最近あまり見てませんし、ちょっと楽しみです」ニヤニヤ
男「二人とも趣味が悪いな……。まあ、いいや。とにかく騎士のところに行こうか」
女騎士「ああ」
女魔法使い「はいっ!」
――騎士の部屋――
トントン
騎士「ん? 誰だ」
女騎士「私だ。今時間空いてるか?」
騎士「ああ、大丈夫だ。勝手に入ってきていいぞ」
女騎士「それじゃあ……」ガチャリ
女魔法使い「失礼しま~す」テクテク
騎士「なんだ、女魔法使いもいたのか。二人してどうしたんだ?」
女騎士「ふふふ」チラッ
女魔法使い「ふふっ」チラッ
騎士「なんだ、二人して見つめ合って」
女騎士「これを見て驚くんじゃないぞ……」
騎士「だからいったい……」
男「……やあ、騎士」
騎士「あ……! 男! お前いつこっちに来たんだ!」
男「つい数時間前。女魔法使いと約束しててさ」
騎士「そうなのか?」
女魔法使い「ええ、もっとも一ヶ月前の件と手紙を見られて女騎士さんには知られてしまってましたけれど」
騎士「なるほどな。それで、何発ぶち込まれた?」ニヤッ
男「生憎一発だけだよ。何発も食らってたら確実に死んでた」フフフ
女騎士「お、お前たち……」ワナワナ
騎士「ははっ。まあ、それだけで済んでよかったな。女騎士も女魔法使いと同じくらい男と会いたがってたし」
女騎士「わ、私は別に……。ただ、勝手にいなくなったのが許せなくて怒りをぶつけたかっただけだ」プイッ
騎士「相変わらず素直じゃない奴だな。まあ、なんにしても久しぶりに四人揃ったな」
男「そうだね。でも、みんな昔と全然変わってないや」
騎士「そりゃ、たかだが数年会ってないだけだからな。まあ、まだ成長期だった女魔法使いが数年経っても変わっていないのはちょっとどうかと思うが……」ハハハ
女魔法使い「余計なお世話です。騎士さんはいつも余計な一言が多いんですよ」
男「確かに。せっかくモテるのに、それでどれだけの女の子からのアプローチを犠牲にしてきたことやら」
騎士「うっせえ。それはお前だって一緒だろ」
男「僕? 僕みたいな奴が何でモテるんだよ。自分で言うのもアレだけど昔の僕は友人もまともにいなかったし、一人で魔法の修行ばかりしていたんだよ?」
騎士「それが一部の女からはミステリアスでいいとか言われてたんだよ」
男「意外だ……。女性の考えることはまったく分からないよ」
女騎士「言われてみれば、最初に会った時の男は人との関わりをずっと拒んでいたわね。そう思うと今はだいぶ丸くなった」
女魔法使い「そうなんですか? 私は先生が二人と一緒にいるときからしかしらないので、その時の話を聞いてみたいですね」
女騎士「だいたい、なんで昔の男はそんなに人との関わりを避けていたの?」
男「あの時はちょっと色々あってね。一人でいるほうが気が楽だったんだよ」
騎士「なあ、男。別にこの二人なら話してもいいんじゃないか? 今のお前なら心の整理もだいぶできてるだろ」
女騎士「その口ぶりじゃ騎士は男の昔を知ってるのね」
騎士「まあ、この中じゃ俺が一番男と付き合いが長いからな。こう見えて俺たち昔はすげえ仲悪かったんだぜ。ことあるごとにぶつかりあってたし」
女魔法使い「意外です。今の二人からそんなことは想像できないですね」
女騎士「たしかに、軍に入った当初は悪い意味でこの二人は有名だったしね。私も隊のメンバーで一緒になるまで二人にはあまりいい印象を持っていなかったし」
男「他人の口からそういう評価をされていたって聞くと、当時の僕と騎士って相当ひどかったんだね」
騎士「まあ、水と油みたいなもんだったしな」
女魔法使い「ぜひ、その辺の話を聞かせてください」
男「僕はいいけど。騎士は時間大丈夫?」
騎士「さっき仕事が一段落したところだから別に構わないぞ」
男「そっか。それじゃあ、少しだけ。僕が軍に入った辺りの話を……」
……
…
――育成所――
司令官「いいか、君たちは今自らの意思でこの場所に足を踏み入れている! エルフとの戦争が激化する昨今。
君たちのような戦術も知らず、大して力のないものを戦場に送ったところですぐに戦死するのがオチだ。せっかく人々のため自らの命を糧に戦場へと飛び込む覚悟を持って軍の門を叩いてくれた若者の命がそんなことで失われるのは私とて避けたい。
ここはそんな君たちを戦場で簡単に死なせない力を付けるための場所だ。大いに学び、力を付け、戦場へ飛び出せ!」
人々「オオオォォォッ!」
騎士「俺はやってやる。みんなの仇をとってやるんだ! 力を付けて、戦えない人々を救ってやる」
女騎士「この司令官はとてもいいことを言う。私もこんな人のようになれるように努力しないと」
男「力、まずは自分を守れる力を……。それすらもないのに、戦場に出るなんて……無謀だ。力が……欲しい」
教官「よし、今から宿舎に案内する。いいか、軍に入る人間に男も女も関係ない。もし、宿舎についてくるなんて当たり前のことすらできず、女のケツを追いかけていくような青くせえガキがいるようなら訓練の一つも受けられれないと思っておけ!」
ザワザワ
教官「私語をする余裕があるとはいい根性してるなお前たち! 戦場に出たらそんなことをしている暇はないぞ! 伝令よりも大事な話があるなら別だがな!」
シーン
教官「よ~し、それでいい。これからお前たちは俺の言うことに黙って従っていればいい。俺がお前たちを立派な軍人に育て上げてやる。付いてこい!」
ザッ、ザッ、ザッ
――宿舎――
教官「よし、全員付いてきたな。これから四人ずつ名前を呼んでいく。その四人はこれから同じ部屋に住むことになる。互いに協力し合って少しでもいい生活ができるようにせいぜい努力することだ!」
教官「……騎士! ……」
騎士「はい!」テクテク
教官「……。……女騎士!」
女騎士「はいっ!」テクテク
教官「……。……男? ほう、お前が……」
教官「男! 出てこい!」
ザワザワ ナンダ、ナンダ
男「はい」
教官「お前が噂の男か……。話は聞いてるぞ、お前はここにいる奴らと違って何度か戦場に出ているようだな」
ナンダッテ マジカヨ
男「はい、確かにそうです。しかし、自分はまだまだ未熟です。戦場で自分の身を守ることすらできない弱者です」
教官「そうだ! お前は軍人でもなんでもないただの一般人だ! 何度か戦場に出てるからっといって調子に乗るんじゃないぞ!」
男「はい。肝に銘じておきます」
教官「よ~し。次! ……」
騎士(あいつ、もう戦場に出たことがあるのか……。よし、時間が出来た時に詳しく話を聞いてみるか……)
女騎士(私とあまり歳が変わらないのに……。負けていられないな、他の者より努力して結果を出してみせる!)
男(……)
……
…
ザワザワ、ガヤガヤ
訓練生A「なあ、なあ。戦場に出たことあるって本当かよ? エルフのやつらヤバかったのか?」
訓練生B「ねえ、ねえ。目の前で人が死んだりした? やっぱり戦うの怖い?」
騎士(うおっ! 案の定訓練生のほとんどがあの男って奴のところに行ってやがるな。やっぱり話を聞いてみたいのか……)
男「……」シラーッ
騎士「にしても、あいつ無愛想だな……。本読んでるだけで、みんなの質問に答える気が全くなさそうだ」
訓練生C「なんだね、その態度。みんなが君にわざわざ質問しているのにその態度はないんじゃないかな? それとも本当は戦場に行ったことなんてなかったってことなのかな? どうなんだ?」
男「……」パラパラ
訓練生C「くっ! あんまり調子に乗らないことだよ! 化けの皮が剥がれるのは一瞬だからね」テクテクテク
訓練生「……」テクテクテク
騎士(お~お~。一気に人がいなくなった。ちょうどいい、今のうちに話しかけに行ってみるか。もっとも俺も他のやつらと同じような結果になりそうだけど……)
騎士「……」テクテク
男「……」パラパラ
騎士「よお、俺騎士っていうんだ。何読んでんだ?」
男「……」パラパラ
騎士(う~ん、やっぱりおんなじ反応。だけど、ここで引いてちゃ他のやつと変わらないし、もう少し頑張ってみるとするか)
騎士「それ……魔法に関する本か? 詳しくはわかんねーけど魔法陣とか書いてあるもんな。お前もしかして魔法使えるのか?」
男「……少しだけね」ハァ
騎士(た、ため息吐きながら答えやがった……。いや、でも返事はしてくれたんだ。このままいくぞ!)
騎士「そっか、俺検査の時にそっちの素質はないって言われてるから羨ましいよ。まあ、でも俺もここで訓練を受けて力を付けてエルフや魔物から力のない人々を守るつもりだぜ」
男「あ、そう」
騎士「……お前さ、もう少し愛想良くしたほうがよくねえか? 仮にもこれから一緒に生活してくんだぜ?」
男「気に触ったのなら謝るよ。でも、僕は早く自分を守れるだけの力が欲しいんだ」
騎士「自分を守るための力? なんだそれ?」
男「言葉通り、自分の身を守るだけの力だよ」
騎士「……はぁ? お前力ない一般人を守るために力をつけるために俺たちはここにいるんだろ? 自分の身を守る力なんて二の次だろ」
男「君こそ何言ってるんだ。さっき司令官も言ってただろ、今の僕たちを戦場に送ったところですぐに死ぬだけだって。
それには自分の身を守れるだけの力が必要なんだよ。それすらもないうちは他の人の力になろうなんて考えないほうがいいよ」
騎士「おいおい。仮にそうだとしても力がないからってお前は他の人を見捨ててもいいっていうのか? それはちょっと違うんじゃねーか?
力が無くったって俺たちが命を投げ出してでもその人たちを守ればいいだけじゃねーか。戦場に出るってことは自分の命を賭けるってことなんだから」
男「……ッ! 軽々しく、命を賭けるなんて言うな! どうせなら、自分以外の全てを見捨ててでも生き延びろよ! そんなのは目の前で人が死ぬのを見たことのない甘ちゃんがいうことなんだよ!」
騎士「……言ってくれるじゃねえか。こっちはエルフに家族を殺されてんだよ。確かに俺はまだ戦場に出たことねえけどよ、何度か戦場に出たことがあるってだけで自分は特別だなんて勘違いしているような奴に甘ちゃんだなんて言われる筋あいはねえぜ」ジロッ
男「……」ジロリ
騎士「……」ジロッ
シーン
教官「こら、貴様ら! 何をやっている! 喋っていないでとっとと自分達の部屋に戻れ!」
騎士「……チッ」
男「……」プイッ
……
…
騎士「いやあ、今日も疲れたな~」テクテク
訓練生A「確かにな~。でも今日の模擬戦ホント惜しかったよな。あとちょっとで勝てたのに……」
訓練生D「それに関しては本当にスマン! 俺が足引っ張っていなければ」
騎士「んなことねえよ。チーム戦なんだから、一人の失態はみんなの責任さ。訓練生Dが気にすることねえよ」
訓練生A「騎士はホントにいいやつだよな~。にしても、相変わらず模擬戦トップは男のいるチームか……」
騎士「……」
訓練生D「でもよ、あいつと一度一緒のチームで組んだことあるけれどさ、ほとんどワンマンプレーだったぜ。確かに魔法を使う才能あるし、実際負けてるから文句言ったところで負け惜しみになるけどさ、もうちょっと協力しろよって思うよな。チーム戦なんだし」
訓練生A「そうそう。あいつなんか他のやつに対して壁作ってんだよな。孤高を気取るのもいいけどよ、あんまし調子乗ってるとそのうち誰かにシメられるんじゃねえか?」アハハッ
騎士「あんなやつのことなんて放っておけよ。それより飯食いに行こうぜ! 腹減ってしょうがねえ」
訓練生A・D「間違いねえ」アハハハハ
――食堂――
男「……」モソモソ
訓練生「でさ~」アハハハ
訓練生「なんだよ、だっせえなぁ……」
男「……」パラパラ
騎士「……」チラッ
訓練生D「どうしたよ、騎士」
騎士「いや……なんでもない」
訓練生A「おっ……。見ろよ、男のやつ他の訓練生たちに連れてかれるぜ。やっぱり灸をすえられるみたいだな。いい気味だぜ」ハッ
騎士「……」ガタッ
訓練生D「騎士?」
騎士「あ、わりぃ。ちょっと用事思い出したわ。先に食っててくれ」タッタッタ
訓練生A「どうしたんだ、あいつ?」
訓練生D「……さあ?」
訓練生C「あのさ、前からずっと思っていたけど君のその態度はどうなのかな? 気に入らないんだよね、協調性の欠片も見られないし。やる気あるの?」
男「……用ってそれだけ? なら戻っていいかな。今から魔法の訓練をするんだ。君の言うやる気っていうのがそれに当てはまらないっていうのなら別に残ってもいいけど」
訓練生C「……くっ! そういう態度が癇に障るって言ってるんだよ! だいたい、今日の模擬戦だって君が独断専行したせいでこっちは大変だったんだ」
男「それについては模擬戦が始まる前に作戦をきちんと立てたじゃないか。実力に見合ったポジションにみんな配置して……」
訓練生C「それだよ、それ! 作戦内容が一番実力のある自分が囮になるからその隙に自分を狙っている相手を強襲しろってやつ! ムカつくな~。自分が一番実力があるってそんなにも周りにアピールしたいのかい?」
男「僕はただ単に一番効率のいい作戦を立てただけだけど……」
訓練生C「だいたいさ、君は確かに魔法は優秀かもしれないけれど肉弾戦になった時が並程度の実力しかないじゃないか。こうして君に魔法を使う隙を与えなければどうすることもできるんだよ」ニヤッ
訓練生達「……」ジリジリ
男「……なに? つまり、ここに呼び出したのは模擬戦の反省とか、僕に対する注意なんかじゃなくただ単に腹いせ?」
訓練生C「ようやく気づいたんだ。そういうことだよ、調子に乗ってる君の鼻を一度折っておこうと思ってね」ニヤニヤ
男「……」
訓練生達「……」ニヤニヤ
男「……ってみろ」
男「やりたきゃやってみろって言ったんだよ。確かに、この人数相手に僕一人が応戦したところで最終的には負ける。だけど、命を奪わなければやり返す機会はいくらでもあるんだ。
やり返される覚悟があるって言うんならいくらでもかかって来なよ。ただし、やるんならその後の生活を無事に過ごせると思うなよ……」
訓練生C「つ、強がるんじゃないよ! ほら、みんなやろう!」
訓練生達「あ、ああ……」
ドカッ バキッ ドンッ
男「……ッ」カハッ
訓練生C「は、ははっ! いい気味だ。ホント、これからは自分の分をわきまえてくれよ」
訓練生達「そうだな」アハハハハッ
男「……」ジロッ
訓練生C「な、なんだよ……。くそっ! そんな反抗的な目で僕を見るんじゃない!」ドカッ
男「うぐっ!?」ゴロゴロゴロ
男「……」ジロッ
訓練生C「……うっ。も、もういいや。とっとと行こう」スタスタ
訓練生達「なんだよ、気味悪りーよ」テクテクテク
男(意識が逸れたな……。覚悟しろよ……)スッ
騎士「おい、止めておけ」ボソッ
男「……!」チラッ
騎士「お前、今魔法使おうとしただろ。途中まで魔法紋が構成されてたからな。さすがに不意打ちは卑怯だろ」
男「そんな、ことを戦場でも、言うつもり……?」
騎士「んなこと言わねーよ。ただ、ここは戦場じゃなくて軍の育成所だろ。あいつらを庇うつもりはないけどよ、もう少し肩の力抜いたっていいんじゃねーか?」
男「余計な……お世話だ。なんにも、知らないくせに……」
騎士「そりゃ、確かに何も知らねーよ。だって、お前がなんにも話してくれないんだからな。
なあ、こんだけの目にあっても考えを変えるつもりはないのか? 前にお前が言ってた自分の身を守る力が欲しいってことだけどよ。今のお前はそれすらもできてねーじゃねーか。
俺たちは力がない。それは認める。だから、みんなで協力し合って自分の身を守ることも、他の誰かを救うための力もつけるんじゃないのか?
一人じゃできないことだって、誰かと協力すれば成し遂げることだってできるだろ?」
男「……」
騎士「ほら、肩貸してやるから医務室行くぞ」グイッ
男「なっ! ちょ、ちょっと……」ビクッ
騎士「怪我人は黙って治療の言い訳でも考えてろよ。てか、お前めちゃくちゃ軽いな。ちゃんと飯食えよ。それこそ、戦場に出て食料がなくなったときにまっさきに倒れることになるぜ」ニヤニヤ
男「……うるさいっ」プイッ
……
…
騎士「おい、男。お前またやられてんのかよ」ジーッ
男「うるさい、仕返しはちゃんとしてやった。だいたい騎士こそ女性部屋に何人か連れて忍び込もうとしたらしいじゃないか」
騎士「それな、もうちょっとだったんだけど途中で教官に見つかってな。『訓練を終えてこんなことをしている余裕があるお前たちのために明日から追加メニューを加えてやろう』だなんて言われてそれ以来毎日ヘトヘトだ」
男「……ふん。そんなことやってる暇があるなら剣技を磨いたらどうなの? 力ない人を守るんじゃなかったの?」
騎士「そっちこそ、魔法の特訓ばっかりしてるくせに全然自分の身を守れてねーじゃねーか」
男「いいんだよ、こっちは成長してるんだ」
騎士「生憎だが俺の方も少しは成長してるんだよ。模擬戦でも成果が出るようになってきたからな」
男「……ふん」クスッ
騎士「おっ……。お前今もしかして笑ったか?」
男「笑ってない、うっとうしい。本を読むのに邪魔だからさっさとどっか行け」シッシッ
騎士「つれねえな。たまには一緒に飯食おうぜ」
男「いつ僕と騎士がそんな仲になったんだ」
騎士「え? 一緒に肩を並べたろ?」
男「それは騎士が勝手に僕を医務室へ連れて行った時の話だ。まるで苦楽を共にしてきた仲みたいに言うな」
騎士「冗談だよ、冗談。まあ、お前がよかったらでいいから一緒に飯食おうぜ。じゃあな」タッタッタ
男「騒がしい奴だな……」ハァ
……
…
教官「今日の模擬戦は近くにある森にて実施する。すでに何回か訪れたことがあると思うが、今日はいつもと違う点がある。
今日は普段模擬戦を行っているチームのメンバーをシャッフルしてチームを構成する」
ザワザワ マジカヨ ザワザワ
教官「ええい、黙れ! 私語は禁止だと何度も言ったはずだ! 文句があるやつは模擬戦ではなく俺特製の訓練を課してやるが、どちらがいいか選べ!」
シーン
教官「よーし。わかりやすい反応で結構。では、メンバーを発表する」
教官「訓練生C……。……」
教官「……。……女騎士」
教官「……騎士。……男」
騎士「えっ!?」
男「……」
教官「どうした、騎士。何か問題でもあるのか?」
騎士「いえ、何でもありません……」
訓練生A「ドンマイ、騎士」ボソッ
訓練生D「男と一緒だなんて、お前も運が無いな……」ボソッ
騎士「あ、ああ……」ボソッ
騎士(男と一緒か……。あいつとうまくやれるかな……。まあ、俺があいつのフォローをしてやるとするかな。
あいつ、一人にしておくと突っ走って危なっかしいからな……)クスッ
男「……」チラッ
教官「よーし、お前ら。さっそく模擬戦実施所に移動しろ! 少しでも遅れたら評価が下がるから覚悟しておけ!」
……
…
男「それじゃあ、作戦を発表する。今回の模擬戦はいつも通りチームごとの対戦だ。チーム人数は各班四名。
向こうには前に僕と同じチームを組んでいたメンバーが二人居る。だから、僕が作戦を立ててくることも読んでくるだろう」
騎士(おいおい。俺以外の二人はまともに男の話聞いていないぞ。わかっちゃいたけど、こいつ周りから相当嫌われてんだな……)
男「それでも、僕はいつも通りの作戦で行くつもりだ。向こうがこちらの手を読んでいようが、それを上回る速さで行動をとればいいだけのこと。
僕が魔法を使って相手メンバーを拡散、各個撃破。相手一人に対してこちらは常に二人で応戦してくれ。二人はどうにか僕がひきつける」
訓練生E「はい、はい。男さまのご自由にどうぞ。どうせ、俺たちの意見なんて聞く気は無いんだろ?」
訓練生F「まあ、俺たちも適当に頑張るからさ、囮役頼んだぞ。お前しかできないらしい役目みたいだからな」クスクス
男「……それじゃあ、ミーティングはこれで以上だ。後は、各自作戦通り動いてくれ」スタスタ
訓練生E・F「は~い」クスクス
騎士「……」
……
…
騎士「おい、男! ちょっと待てよ」テクテク
男「……」スタスタ
騎士「おい、おいって! 止まれよ」グイッ
男「痛いって……。それで? 何だよ」
騎士「お前、あのままでいいのかよ? あの二人どう考えてもお前の作戦をちゃんと聞いていなかったぞ」
男「いつものことだよ……。あの二人が駄目なら僕がその分頑張ればいいだけの話だ」
騎士「前にも言ったけど、もうちょっとお前は周りを頼れよ! これじゃあ、何のための模擬戦なのかわからねえよ」
男「じゃあ、騎士は僕の意見をちゃんと聞いてくれるのか? その指示が実際の戦場で命を賭けるかもしれないものでも、きちんと聞いてくれるのか?」
騎士「それは……」
男「僕が言っているのはそういった類のものだよ。こっちは真剣にやっているんだ。模擬戦だなんて、割り切ったことは一度も無い。実戦だと思っていつもやってる。だから、中途半端なやつに任せるくらいなら、僕一人でやれることをやるだけだ」
騎士「……」
騎士(こいつ、そんな風に考えていつも模擬戦を行っていたのか……。確かに、変に意固地なところはあるけど、男は本気で力を付けようとしてる……)
男「僕が言いたいのはそれだけだよ、騎士もやる気がないなら適当にしてくれてていいよ……」スタスタ
騎士(俺は……どうだ? 実戦になった時にこいつに命を預けられるのか?)
男「……」スタスタ
騎士「待てよ……」ボソッ
男「……なんだよ」チラッ
騎士「俺はまだ戦場に出てないからお前の考えに完全には理解できてないと思う。でもさ、人に命を賭けろっていうならさ、お前も俺に命賭けろよ! もっと他人を信用しろ!
でなきゃ、俺はお前に命を預けることなんてできねえ!」
男「……」
騎士「今回限りでもいい。俺を信用してくれ。俺も、お前を信用する。だから……」
男「……」
騎士(だ~もう! うまい言葉が出てこねえ。なんか、考えがぐちゃぐちゃしてしょうがねえよ! でも、このままじゃ駄目だってことはわかるんだよ)
男「……わかった」
騎士「……え?」
男「わかったって言ったんだよ。確かに、相手にだけ命を賭けさせるなんて傲慢すぎた。僕も騎士に命を預ける。これでいい?」
騎士「お、おう……。なんか、やけに素直だな」ポリポリ
男「この間の借りを返すだけだよ。特に深い意味は無い」プイッ
騎士「それじゃあ、模擬戦頑張ろうぜ! 二人には俺から言っておくからよ!」
男「勝手にしてよ。僕は精神集中するから。時間になったら集合場所でね」テクテク
騎士「……おう!」
……
…
男「時間だ。みんな、準備はいい?」チラッ
騎士「ああ、バッチリだ」ニコッ
訓練生E・F「……」
男「それじゃあ、事前に説明しておいたように僕が囮になって相手を二人引き付ける。三人はその間に一人ずつ相手を撃破。何度も言うようだけど、必ず二人以上で相手と応戦して。
その方が早く、確実に相手を仕留めることができるし、多少の力量差ならどうにかなるから……」
騎士「わかったよ。二人ともそれでいいよな?」
訓練生E「わかった、わかった。ほら、もう時間だろ。集中しねーとな」ニヤニヤ
訓練生F「そうそう。男がいれば模擬戦の成績は必然的にトップになるからな」ニヤニヤ
男「……そうだね。それじゃあ、始めようか」
相手の姿が見えない森、摸擬戦の開始位置に男、騎士を含めた四人が立ち、しばらくすると戦闘開始の角笛の音が辺に響き渡った。
騎士「……! スタートだっ!」
男「よし! それじゃあ、いくよ皆」タッ
訓練生E・F「……」タッタッタッ
男が一人先に進み、それに続くように騎士、訓練生の二人が続く。そこから騎士、訓練生が二手に別れ、男の左右にそれぞれ展開する。
ジメジメとした空気が肌を撫でる。未だ姿を現さない相手に警戒しながら、四人は先へと進んでいく。
森に存在する小動物の駆ける音を敵の足音と勘違いして緊張を高め、逆に自分たちが地面に落ちている小枝を踏み潰して相手に位置を悟られてないかと考える。
模擬戦が開始して半刻ほど経った頃。騎士、訓練生達の前を先行する男が不意に立ち止まり、合図を送る。
男(……見つけた。相手は一人、ほかの三人の姿は見えない。罠……かもしれないな)
瞬時に次に取るべき行動の判断を脳内で下し、男は他のメンバーに指示を出す。
男(騎士と、僕で相手を撃破する。二人はそのままここで待機。もし、他の相手が出てくるようなら、タイミングを見計らって不意を付いてくれ)
騎士(……了解)
男(それじゃ、行くよ。三……二……一……今だっ!)ダッ!
男が合図を送ると同時に、騎士と男が敵の一人の元へと駆け出す。騎士は腰に付けられた模造剣を鞘から抜き放ち、男は指で魔法紋を描いていく。
敵「……! クソッ!」
駆け抜けてくる男と騎士の姿を捉えた敵は即座に模造剣を抜き放ち、構える。己一人に対して同時に襲いかかる二人を見て、敵が判断した考えは単純な肉弾戦なら己よりも弱い男を相手にすることだった。
敵「くらえっ!」ブンッ
近づく男に対して模造剣を横一線になぎ払う敵。それに対して男は……。
男「甘いっ!」
描いていた魔法紋を模造剣が己の体に叩きつけられる直前に完成させる。すると、なぎ払われた剣と男との間に地面を突き上げて石柱が現れ、その剣先を防いだ。
敵「――ッ~」ビリビリ
突然現れた石柱に驚く暇もなく、勢い良く叩きつけた剣は石柱にぶつかった衝撃で敵の腕を痺れさせた。硬直する敵の隙を見逃さず、すかさず掌底を相手の顔面に男は叩きつけた。
敵「カハッ!」ドンッ
男の掌底によって後ろへと吹き飛ばされた敵。それに続くように騎士が追い打ちをかける。
騎士「くらいやがれ!」ザッ
模造剣の腹を起き上がった相手の腕に叩きつける。魔法を使う男と違い、騎士や敵は軽装の鎧を身につけているとはいえ、叩きつけられた剣の衝撃は凄まじく、先ほどの男の攻撃とは比べ物にならないほどの鈍い音が辺に響く。
骨が折れた……とまではいかないものの、衝撃によって飛ばされ、起き上がろうとした敵の腕は力なく垂れ下がっていた。
敵「……参った。俺はここでリタイアする」
敵の降伏宣言を聞くと、男たちは肩の力を抜いた。基本的に、この摸擬戦は相手の交戦の意思がなくなった場合と気絶しているのを確認した場合、リタイアという形になる。
これを確認する術は本来外部の人間にはないが、己の敗北を素直に認めないでいるものは逆に恥知らずとして周りから責められることになるため、事後報告という形でも模擬戦がなりたっているのだ。
さらに、万が一リタイアしたものが再び戦闘に参加するなどといった行為が認められた場合は重いペナルティーがチームメンバー全員に課せられるため、そんなことをするものは皆無なのだ。
男「よし、まずは一人……」
男が敵を倒して一息ついた瞬間、背後から叫び声が上がった。
訓練生E・F「うわああああ~」
驚き、振り返ると、そこにはわざとらしく地面に倒れ込む訓練生二人の姿があった。そして、その横には敵であり、元は男と模擬戦のメンバーを組んでいたうちの一人、訓練生Cの姿があった。
男「……え?」
一瞬の出来事に、事態が把握できていなかった男だが、倒れこんだ二人の訓練生が浮かべた表情と彼らが告げた一言を聞いて、何が起こっているのかを理解した。
訓練生E・F「参った……ギブアップだ」
たいした怪我もなく、地面に倒れこんだとしか思えない二人が告げた敗北宣言。それに男、それに騎士の両方が驚く。だが、男はすぐに彼らがそんなことを口にした理由を思いついた。
男(なるほど……。つまり最初からあの二人はこうするつもりだったんだね)
おそらくは、ミーティングの前、それから後に彼らは訓練生C達と密会していたのだろう。そして、その時に模擬戦が開始したあとの予定をそれぞれで立てていたのだろう。
どうしてこんなことをするかという理由を問われれば、男自身に原因があるのだろう。男がそれまでとってきた態度が、彼らに模擬戦での勝敗以上に重要な“男を潰す”という共通の目的を与えたのだ。
摸擬戦ならば、多少の無茶をしてもペナルティーも課せられない。しかも、男以外の全員が口裏を合わせればどれだけ痛めつけたところで問題が起こるわけでもない。
そう思ったからこそ、彼らは今こうして敗北宣言を告げ、ただ男を痛めつけるための摸擬戦を開始しようとしているのだろう。
男「……上等だよ。そんなくだらないことをこの場でしようっていうんなら相手になってやる」
予想以上に彼らの行動が癪に障ったのか、男は知らず、歯を食いしばり、怒りを顕にしていた。その表情は普段からは想像できないほど険しいものとなっていた。
さすがに、騎士も今の状況に気づいたが、当事者である男と違い、彼はまだ冷静だった。そして、この状況に呆れていた。
騎士(くだらねえ……。なんだよ、これ。せっかくの模擬戦だってのに、男をリンチするためにみんな手を組んでんのか? これは俺たちが力をつけて人の役に立つための訓練だろうが。なのに、一人をいたぶるためにこんなことやるなんて、ぜってえおかしいだろ!)
怒りを胸に秘めながらも、落ち着いて周りを警戒する騎士。よく見れば訓練生Cから少し離れた位置に別の敵の気配を二つ感じた。
騎士(クソッ! やっぱり罠だったか。ひとまず体制を整えるために一度撤退したいが、普段冷静な男が珍しく頭に血が上ってやがる。このままじゃ、ただいいようにやられちまうだけだ……)
どうするべきか、騎士が迷っていると、それよりも早く男が動いた。
男「お前たちみたいな奴はな、死ぬほど吐き気がするんだよ!」ザッ
魔法紋を描きながら訓練生Cの元へと走り出す男。当然、他に敵がいることに気づいた様子はない。そんな、彼をみて訓練生Cは不敵な笑みを浮かべる。
騎士「……マズイっ! 男!」タッ!
男を止めようとその背を追う騎士。だが、それよりも先に男が訓練生Cの前に到達する。魔法紋の完成まであと少しとなり、至近距離での魔法を発動させようとする。
男「くらえ!」
最後の一筆を描いて魔法を発動させようとした瞬間、訓練生Cの背後から不意をつくように別の敵が現れた。
敵B「馬鹿な奴だな」ハッ
突き出される棍棒。凄まじい勢いで迫るそれを不意をつかれた男は避けられるはずもなく、吸い込まれるようにしてその先端が男の腹部めがけて伸びていく。
騎士「男おぉぉぉぉぉぉっ!」ドンッ
だが、その先端が腹部に直撃する間際、駆け抜けてきた騎士が男を弾き飛ばし代わりにそれを受け止めた。
騎士「……ぐっ!?」ゴロゴロ
苦悶の表情と共に吹き飛ばされる騎士。それに男、訓練生C、敵Bのそれぞれが驚き一瞬動きを止める。
訓練生C「な、何出てきてるんだよ騎士。君だってもうこの状況がどんなものだかわかっただろ? それなのに、なんで、男のやつを庇うんだよ」
男「……騎士」タッ
敵B「……」
騎士「……っぁ。けほっ、けほっ。なんでかって? そんなのな……お前たちのやり方が気に入らねえからだよ! 確かに、男は周りに対して壁作ってるし、気に入らないところもあるかもしれない」
訓練生C「そうだよ! 君だってよく分かっているじゃないか! そいつは一度痛い目を見ないと……」
騎士「だけどな! 少なくともこいつは一度だって訓練に手を抜いたりしていない。他の奴がこいつを気に入らなくて手を抜いたとしても、その分こいつは他のやつの分も頑張ってちゃんと成果を出しているんだよ!
それなのに、お前たちは自分が助けられていることも考えないで、一方的にこいつのことを悪者扱いしてよ。一人じゃ勝てないからって人数使ってきやがって……。俺はそういうやり方は気に入らねえんだよ!」
訓練生C「そう……。君は男の味方なんだね。ならいいよ。たとえ教官に今回の件を告げられようと、僕たちがすることは変わらないから……」スッ
騎士「! 男、逃げるぞ!」タッ
男「……わかった」
タッタッタッ
訓練生C「逃げられると思うのかい?」
男「逃げてみせるさ!」
再び描き出した魔法紋はそれまでよりも早く完成し、敵の周りにいくつもの石柱を作り出す。行く手を阻まれた訓練生Cたちはどうにかその場から抜け出そうとする。
騎士「……すげえ」
男「感心している暇はないよ。今のうちに早くっ!」ザッ
騎士「お、おう!」タッタッ
……
…
訓練生C「逃がした……か。まあ、いいや。時間はまだたっぷりある。せいぜい逃げ回って僕たちに狩られるのを待つんだな」クックックッ
……
…
男「はぁ……はぁっ。どうにか、逃げ切ったか?」ゼーゼー
騎士「……だな。にしてもこんなことになるなんてな……。たく、あいつらもひでえな」
男「……仕方ないさ。こんなことになっても仕方ないような態度を僕は日頃からとってきたんだから。それよりも騎士」
騎士「ん? なんだ」
男「その……巻き込んでごめん。僕のせいでこんなことに。でも、今騎士が摸擬戦を投げ出せば、被害に遭うのは僕だけだから……。だから……」
ポカッ
男「痛っ! ちょ、なんで急に殴るんだよ!」
騎士「バカいってんじゃねえよ! なんで、俺がそんなことしなくちゃいけねーんだよ。そんなことしたら俺まであいつらと同類になるじゃねえか。
さっきも言ったろ、俺はあいつらみたいに根性ねじ曲がってねえんだよ。じゃなきゃお前のことかばったりしねえよ!」
男「でも……」
騎士「それに、お前俺に言ったろ? 命を賭けれるかって? それに俺はどう答えた? 命を賭けるって言ったろ。お前も俺に命を預けるって言ってくれただろ。
こうなりゃ一蓮托生だ。力を合わせてこの状況を乗り切るしかねえよ」
男「騎士……」
騎士「とにかく今はこの状況を打開する術を考えようぜ。ただでさえ相手は俺たちより人数が多いんだ。追われてる側じゃ不意をつくなんてこともできやしない」
男「ああ、わかった……」
騎士「それじゃあ、作戦会議と行こうぜ!」
……
…
騎士「よし、これで行こう」
男「本当にいいの? はっきり言って半分賭けだよ。僕も発動させる成功率は半分くらいだ」
騎士「そんだけありゃ、十分だ! あいつらの鼻を明かしてやろうぜ」
男「……騎士」
騎士「まあ、俺も正直いえばビビってる。失敗すれば痛い目見るのは俺たちだからな。だけど、このままあいつらにやられっぱなしってのも癪に障るんだよ! だから、俺はお前を信じて動くし、お前も俺を信じてくれ」
男「……ああ、わかった。なあ、騎士ひとつ話したいことがあるんだけどいいか?」
騎士「どうした?」
男「僕がさ、ここに来てからずっと人を避けてた理由。騎士になら話してもいいと思ってさ……」
騎士「そりゃ、聞けるなら聞いてみたいな。いったいなんで、お前はかたくなに人を拒むのさ」
男「僕がこの育成所に入る前に戦場に何度か出てたって話は騎士も知ってるよね?」
騎士「ああ、確か教官がそんなこと言ってたな。それが原因でお前とも口喧嘩したな」
男「その件については悪かったよ。僕も反省してる。それでさ、戦場に出てたって言っても僕は別段戦いに参加してたわけじゃないんだ」
騎士「え? そうなのか」
男「うん、軍のある分隊の従者って形で一緒に行動させてもらってたんだ。魔法もその時にある人から少しだけ教わっていたんだ。だから、僕は人よりも少しだけ魔法がうまく使えるんだ」
騎士「そうだったのか……。それで、それがどうして人との関わりを拒む理由になるんだ?」
男「僕もさ、騎士と同じように家族をエルフに殺されてるんだ。それで、復讐のため力を付けたくて軍に入ろうとした。でも、今よりもまだ幼くて、なんの取り柄もない僕を軍が入れるわけもなくてさ。毎日、毎日軍部の門の前で追い返されたんだ」
騎士「……」
男「そんなある日一人の女性が毎日門の前にいる僕を見て声をかけてくれたんだ。その人が分隊の隊長でさ、どうして毎日ここにいるのかって尋ねられて事情を説明したんだ。そうしたら、上に掛け合ってくれて僕をその分隊の従者として連れてくれることになったんだ」
騎士「なるほどな。それで、そこからどうしたんだよ?」
男「それから僕はその人たちと幾つかの戦場を巡ったよ。エルフとも対峙した。もっとも最初の頃なんて僕はビビってなんにもできなかったんだけどね……」
騎士「そうだったのか……。でも、その人たちと一緒にいたのならどうしたお前はここにいるんだよ?」
男「最初はさ、復讐のために力をつけたかったんだ。でも、あの人たちと一緒に行動しているうちにみんなの役に立ちたい! って思ったんだ。だから、魔法の勉強や特訓も一生懸命やった。楽しかった、魔法を覚えたことを報告するとよろこんでくれたみんながいたから……」
騎士「……」
男「でも、そんな楽しい日々も長くは続かなかった。ある戦場に出たとき僕達の隊の倍はいる敵に囲まれたんだ。絶体絶命ってやつだね。でも、隊のなかでただ一人、僕だけが戦うには力不足だった。それどころか、自分の身を守るほどの力もなかったんだ。
結局、みんなは僕を守るために戦って、ただ一人僕だけが生き延びることになった……」
騎士「もしかして、それでお前ずっと自分の身を守る力が欲しいって……」
男「そうだよ。自分の身を守る力もないのにでしゃばった結果がこれだ。大切だった人の命を奪うことしかできなかったんだよ、僕は。だから、力をつけたかったんだ。
力もないのに、人と関わってその命が消えてくのを見るのはもう嫌だったから……。だから、僕は周りのみんなを拒み続けたんだ」
騎士(なるほど、な。こいつの過去にそんなことがあっただなんて……。家族を殺されたってことは一緒でもそのあと親類に引き取られて穏やかに過ごしていた俺とは大違いだ……)
男「でも、それも間違いだったのかもしれない。そんなことをしても結局僕の周りにしか敵は生まれなかった。僕はまた、失敗したんだ……」
ポカッ
男「なっ! なんでまた殴るんだよ!」
騎士「お前が一人で勝手に納得してるからだよ! 何が敵しか生まれなかっただ! いるだろ、ここに。たとえ一人でもお前の味方がよ! ったく、さっき言ったこともう忘れたのかよ」
男「……ごめん」
騎士「いいよ、もう。その代わり、この模擬戦終わったら一緒に飯くいに行こうぜ! この話の続きはそれからだ」
男「……ああ、そうだね」
……
…
訓練生C「さて、そろそろ探すのも飽きてきたな。いい加減この辺で幕引きといきたいんだけど、そろそろ姿を現してくれないかな!」
敵B・C「……」
男「そうだね、僕もこんなくだらない争いはこの辺で終わりにしたい!」ザッ
訓練生C「ふうん、ようやく逃げ回ることを諦めてくれたんだね。いい判断だと思うよ。もっとも、騎士の姿が見えないところから反抗する意思は残っているようだけどね」
男「反抗もなにも僕が負ける理由はどこにもないからね。卑怯なてしか使えないお前たちには一度灸を据えてやらないとと思ってさ」
訓練生C「へ、減らず口を……。いいよ、そこまで言うのなら相手になってあげるよ。三体一でどこまで勝負になるか見ものだけどね」
男「かかってきなよ。君たちがいくら束になろうと僕は負けるつもりはないよ」
訓練生C「……そうか。なら、お望み通りにねっ!」ザッ
挑発する男に向かって一斉に駆け出す三人。訓練生Cは模造剣を抜刀し、敵Bは棍棒を構え、先ほど姿の見えなかった最後の敵Cは魔法紋を描きはじめる。迫り来る彼らに男は少しも臆することなく、彼らに対抗するために魔法紋を描いていく。
男「絡みとれ!」ブンッ
素早く魔法紋を完成させた男が腕を払うと、近くにあった樹木の根がまるで生き物のように敵に襲いかかった。
訓練生C「なるほど、これが奥の手ってわけか……。だけど!」ザッ
襲いかかる木の根に対し、訓練生Cは即座に対応した。勢い良く剣を振り抜き、根を弾き、一直線に男の元へと走り抜ける。
男「くっ! やっぱりこれだけじゃ……」
焦る男を見て訓練生Cの表情が愉悦に染まっていく。勝利を確信し、男の腕めがけて全力で剣を振り抜く。
訓練生C「これで……終わりだっ!」ブンッ
迫る凶刃。それを防ぐ術もなく男は……。
訓練生C「……なっ!」
剣が直撃すると思っていた訓練生Cだったが、なんの見間違いか、彼の持っている剣は男の体をすり抜け宙を切り裂くのみだった。驚き、動揺する彼に“遠く”から男の声が聞こえる。
男「驚いた? 幻惑魔法の一つだよ。自分の姿を遠く離れた位置に映し出すっていうね。
いや~見事に引っかかってくれて助かったよ。成功率も半分くらいしかなかったし、正直この魔法を使うのは賭けだったんだけど、うまくいったみたいだ」
訓練生C「そん……な。いや、確かに引っかかったけどこっちにはまだ二人仲間がいる!」
男「それって後ろで気絶してる二人のこと? 悪いけど木の根で動きを封じた後に騎士に倒してもらったよ」
訓練生C「なっ!?」
男の言葉を聞いて慌てて訓練生Cが振り返ると、そこには彼の言うとおり木の根に身体を巻かれて気絶している二人の仲間の姿があった。
訓練生C「こんな……嘘だ!」
男「残念ながら、嘘でも何でもないよ。君の負けだ。僕と騎士二人を相手にしてまだ勝てるって言うんなら続けてもいいよ」
見ればいつの間にか訓練生Cの視線の先に男が現れていた。そして、背後からも剣を持った騎士の姿がある。
訓練生C「ちく……しょう」
敗北を悟ったのか、持っていた剣を落とし、その場に力なくうなだれる訓練生C。そして、悔しさを滲ませながら彼は負けを認める言葉をつぶやいた。
訓練生C「僕の……負けだ」
こうして、男と騎士が初めて力を合わせて戦った模擬戦は終わりを告げたのだった。
……
…
男「と、まあ。こんな具合に僕と騎士は仲悪かったんだけどその摸擬戦を経て交流を深めるようになったんだ。僕の昔についてはまあ、語ったとおりさ」
女騎士「そうだったのか。お前にそんな過去があったなんてな……」グスッ
男「あ、あれ? 女騎士、もしかして泣いてる?」
女騎士「な、泣いてなんかない! これは、そう。ちょっと汗が垂れただけだ!」グスグス
騎士「まあ、そういうことにしておいてやろうぜ、男」
男「僕は何でもいいけどさ……」
女魔法使い「……」
男「それで、女魔法使い。どうだった、聞いてみた感想としては?」
女魔法使い「……ぇい」
男「うん?」
女魔法使い「先生、私感動しました! そんな過去があったのに、今こうしてたくましく生きている先生は立派です。一生ついていきます!」グイグイ
男「ちょ、あんまり近寄らないでって。あ~もう、こんな風になるなら話さなければよかったよ」
騎士「いいじゃねえか。それだけ、お前のことを慕ってくれてるんだからさ」
男「まあ、悪い気はしないんだけどさ。女魔法使いにはもう少し他のことに目を向けてもらいたいんだよね……」
騎士「大変だな、お前も」
男「まあね。でも不思議と嫌な感じはしないね。もう、昔と違うからかな?」
騎士「だったら戻ってこいよ、ここに。戦争が終わった時はお前も思うところがあって一人になったかもしれないけれどさ、今もお前のことを待っている仲間はここにいるんだぜ」
男「……そうだね。でも、今の僕には帰るべき場所があるから」
騎士「そう……か。まあ、気が変わったらいつでも戻ってこい。俺たちはずっとお前を待ってる」
男「ああ」
かけがえのない仲間たち。たとえ長い間離れ離れになっていても、彼らの育んだ絆は消えない。
エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 男と騎士の始まり ――完――
318 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/03 17:36:54.07 xKQv9y9m0 272/1108とりあえず、男の過去編の一部である騎士とのお話はここまでで。次は男が嫉妬する話になります。