学園都市…あそこなら…あるいは…
私の望みが叶うかもしれん。
今の世界の技術では不可能でも、科学の粋を集め更に革新を推し進めた彼の地ならば…!
私は…君を…!
元スレ
HAL「学園都市…」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1333786733/
???「はあ?『食い女』?」
???「そう!『食い女』です!」
晴れた10月のある日、放課後のファミレスの一角を四人の女子中学生たちが占領していた。とはいえ、今日は学校も午前のうちに終わり、まだ2時過ぎといったところだ。
一角を占領している女子中学生のうち、隣り合っている二人は柵川中学の制服に身を包み、その向かいで隣り合っている二人は名門常盤台中学の制服に身を包んでいた。
柵川中学の制服に身を包んでいる二人のうち、黒髪のロングヘアーは佐天涙子、ショートヘアーで頭に花が咲いているように見えるのが初春飾利である。常盤台中学の制服のうち、長い髪をツインテールにしているのが白井黒子、シャンパンゴールドのセミロングが御坂美琴である。
白井「『脱ぎ女』の次は『食い女』…いくらなんでも呼称が安易すぎますの」
初春「でもでも!この『食い女』はネットの書き込みでもすごい頻度で目撃情報が書き込まれているんですよ!」
そう言って初春は興奮気味に自前のノートパソコンの画面を常盤台の二人に見せつけた。
御坂「へえー、どれどれ…」
それは学園都市では数少ないある都市伝説についての投稿サイトだった。かつてはここに『脱ぎ女』や『誰かが見てる』、『どんな能力も効かない能力をもつ男』など実際に存在している人物、事件が投稿されていた。しかし、ガセネタが多いのも事実。そしてどうでもいい内容ばかりだ。
そんな中で今回投稿されていた記事は以下の通り。
『こないだファミレス行ったら女の子がスープバーを一人で空にしていた。』
『もしかして白い銀髪の子か?俺も見た。もんじゃ屋で鉄板いっぱいの巨大もんじゃを作ってニヤニヤしてたのは衝撃的だった』
『俺が見たのは20分で食ったらタダのジャンボラーメン。10分で食って、あろうことかそのまま向かいのトンカツ屋に入っていった』
御坂「…うーん…」
佐天「どうです!?怪人『食い女』!」
白井「胡散臭い上にどーでもいいですの」
初春「えー!」
なんとも興味なさげな常盤台二人とその二人に驚愕する柵川二人。その温度差は激しかったが、大抵都市伝説が話題に挙がるとこの四人はいつもこんな感じだった。
御坂「なんて言うか…面白がって話を盛ってるようにしか見えないのよねぇ」
佐天「そうですかぁ?」
白井「大体、そんなおデブさんがいたとしても私たちの私生活になんの影響も与えませんの」
初春「何言ってるんですか白井さん!この人がおデブさんだなんて一言たりとも書かれてませんよ!」
白井「仮にそんな量の食事をしていたら太るに決まってますわ。人体の基本ですの」
佐天「そこがこの都市伝説の都市伝説たる所以なんですよ!」
御坂「どういうこと?」
佐天「なんとこの少女!まさかまさかの幼女体型で異邦人の美少女らしいんですよ!初春!」
初春「はい!えと…これです!」
そう言って初春は再びノートパソコンを向かいの二人に見せた。
『わんこそばで新記録樹立したらしく、フレームいっぱいにびっしり並んだおわんタワーと少女のピース写真が飾ってあった。しかも異邦人で小柄な少女だった。どんな圧縮率で彼女の胃袋にあの量が?』
白井「むむ…」
初春「ね?どうですか!?」
目を輝かせながら、花飾りの少女は常盤台の二人に問いかける。
御坂「どうですか…って言われてもね…」
佐天「なんですか、御坂さん反応薄いですね~」
御坂「なんか興味湧かないのよね。その都市伝説」
白井「そ、そうですわ!そんな無茶苦茶な少女いる訳がありませんの!」
初春「でもお店に写真が…」
白井「い・ま・せ・ん・の!ぜ~ったいいませんの!」
初春が反論しようとしたところを白井が大声で制し、挙げ句にらみつけた。
初春「ちょ、なんでそんなにムキになってるんですかぁ!」
白井「なってませんの!」
初春「イヤ、ものすごいムキに…いふぁいいふぁいいふぁい!やへへくふぁふぁい!」
白井「そんなことを言うのはこの口か!この口か!」
そう言って白井は初春のほっぺたを両手で掴んで上下左右にぐいんぐいんと引っ張り始めた。
御坂「やめなさいっての」
みかねた御坂が白井の脳天にチョップをかます。ズビシッ、という効果音が聞こえた気がした。
白井「いたっ!…うぅ…お姉様ひどいですの」
御坂「今のはどう見たってアンタが悪いでしょうが」
初春「うぅ~…ありがとうございます、御坂さぁん」
白井「だって…私がどれだけ食事に気を使っていると…」ブツブツ
初春はほとんど涙目で御坂に礼を言い、白井はブツブツと呟いて拗ね始めた。
佐天「あ、あ~…じゃあこんな都市伝説はどうですか!?」
そんな空気に耐えかねた佐天が明るいテンションで更なる話題を提示する。
御坂「また都市伝説?」
佐天「今度の都市伝説は御坂さんも白井さんもストライクゾーンなはずです!」
白井「…そもそも都市伝説自体が私のストライクゾーンから外れてますの」
佐天「細かいことは気にしない!ほれ、初春」
初春「はぁい、と。これです」
白井は未だに機嫌が悪いが会話に戻ってきた。初春も未だほっぺたは赤いが再びノートパソコンを操る。再び常盤台の二人が見たディスプレイには黒い背景におどろおどろしい装飾が施されたサイトが映っていた。
学園都市以外の日本はすでに占拠されている。
というのも、日本で一時話題になった犯罪症候群。アレは実は某博士の作った感染ウイルスによるものである。
そのウイルスに感染した者は瞬く間に博士の手足となり、博士の操るままに犯罪を犯してしまうのだ。そして、学園都市以外の日本は今、8割方の人口がそのウイルスに感染してしまっている。
次の標的は学園都市。その時、学園都市には自由が訪れる。
なぜなら犯罪者だけの世界、混沌なる世界が訪れ、犯罪者という言葉すら無くなるのだ!皆が皆、自分の欲望の赴くままに動けるのだ!
御坂「…これはまた胡散臭いわね…」
最後まで読み終えて、御坂が正直な感想を漏らした。
佐天「そうですか?でも、実際に学園都市の外で検挙数が数倍に跳ね上がってた時期もありましたし…」
白井「論外ですの。こんなもの読むにも値しませんの」
佐天「えぇ!?」
続いて読み終えた白井が一刀両断とばかりにピシャリと言い切った。
初春「私も…この都市伝説嫌いなんですよね」
佐天「初春まで!?なんでよ!なんでさ!」
白春「「佐天さん」」
ズズイ、と先ほどケンカしていた二人は佐天に詰め寄る。
佐天「は、はい?」
そして二人は肩を前に出し、自分たちのしている腕章を見せ付けるように引っ張る。そして息ピッタリにこう言い放つ。
初春白井「「風紀委員(ジャッジメント)ですの!」」キリッ
佐天「」 デスノ…
御坂「…ま、そんなものがあったとしても、外の博士が作ったモノなんてタカが知れてるわよ。学園都市の科学技術の前じゃあっという間に解明されちゃうって」
佐天「…ま、それもそうですね」アハハ
白井「それよりも先日の『0930事件』に関してなにかありませんの?あの事件のせいで何日支部に缶詰めになったことか…」
初春「その割に事件の全貌が曖昧でしたからね」
御坂「あー…」
佐天「あ、それならですね…」
-時を遡り、早朝、第七学区裏路地
暗部というものがこの学園都市には存在する。学園都市統括理事会もしくは統括理事長直属の部隊のようなもので学園都市の裏側で暗躍する非公的組織である。
その中で比較的最近できた暗部組織がある。その組織の名称は『グループ』という。構成員には世界を飛び回るスパイ 土御門元春、魔術結社『翼ある者の帰還』の元構成員 エツァリこと海原光貴、『座標移動』の大能力者 結標淡希、そして最近加入した学園都市第一位の超能力者 一方通行がいる。
その『グループ』が早朝から活動していた。もちろん、まっとうな活動ではない。活動内容は武装した無能力者集団と化したスキルアウトの無力化である。
その際に採用された方法が『活動資金の剥奪』『リーダー駒場利徳の殺害』である。活動資金の剥奪には結標が、駒場利徳の殺害には一方通行が当たった。
駒場利徳は無能力者である。だが、身体に学園都市で開発された『発条包帯』を張り、身体的苦痛と引き換えに常人の数倍の身体能力を得た。
これにより結標の演算の隙をつき撃退に成功。更に一方通行の撃退を試みた。
一方通行は学園都市第一位の能力者であるが、とある事件により脳に障害を負い、今はとあるネットワークに演算を頼っている。そのための機器が彼のつけているチョーカーなのだが、それが電波で交信しているところに着目し『撹乱の羽』という学園都市製のチャフで電波妨害を試みる。
結果は成功。更に『発条包帯』のみならず『演算銃機』という特殊拳銃を用いて一方通行をあと一歩のところまで追い詰めた。
しかし、『換気』により『撹乱の羽』が離散し、一方通行の演算能力が復活。あらゆるベクトルを操れる一方通行に拳銃一つで立ち向かえるはずもなく、今まさにチェックメイトをかけられていた。
一方通行「Level0ってだけじゃ悪にはならねェ。ああいった連中が邪魔者扱いされてンのはひとえにお前らみたいなスキルアウトがハシャいでるせいだ!権利の獲得!?安全の保証!?馬鹿馬鹿しい。そういった口上がテメェの首を絞めてることくらい、気付かなかったのか!?」
壁にもたれかかる駒場を見下ろしながら一方通行は問いかける。それを受けて駒場はフッと笑った。
駒場「もしもの話をしようか?能力者の中には醜い能力者もいる。能力者が一方的に強大な力を振りかざし、組織されたスキルアウト以外を狙い得点を競うゲームが流行っていたとしたら…お前ならどうする?」
一方通行「な…?」
つまり、駒場利徳は強い者から弱い者を守るために今まで活動してきたのだ。
駒場「フッ…いずれこういう結末が訪れることくらい分かってはいたが…」
しかし、能力者の街で能力者を敵に回すことができる訳もない。結果、大きく動きすぎた駒場利徳には処分が下ってしまった。
一方通行「コノヤロ…」
駒場「どうやら、俺とお前は似た境遇にいるらしいな」
そう言って駒場は銃を一方通行に向ける。一方通行は能力により常に外的な攻撃を反射できる。つまり、このまま駒場が引き金を引けば銃弾は一方通行に当たらず駒場に命中する。
駒場「手土産だ。最後にこの無様な光景を胸刻んでおけ」
駒場の指に力が籠もる。
だが
???「…駒場のお兄ちゃん?」
ふと路地裏の入り口から少女の声がした。思わず両者はそのままの体制で声がした方向に目を向ける。そこにはまだまだ小学生であろうベレー帽を被った少女がいた。
一方通行「な…!?」
一方通行は愕然とした。何故こんな早朝にこんなところに小学生が来る?そもそも『グループ』の下部組織は何をやっている?現場から一般人を遠ざけていたのではないのか?おまけにあの少女は駒場のことを知っているようだ。ならば、この状況をどうすればいい?あのような少女を口封じする訳にもいかない。しかしこの男は今にも自分の命を断とうしている。ならば…
学園都市第一位の頭脳が目まぐるしく動く。状況を整理しようと、打開しようと一瞬で様々なパターンを予測する。
しかし、次の瞬間に起きた出来事は学園都市第一位の頭脳を以てしても予測できない出来事だった。
駒場「這ッ!這ッ」
先ほどまで自分に銃を向けていた駒場利徳がブリッジのような体制で這いながら、目にも止まらぬ速さで少女の許へと移動していた。
そして頭を思い切り地面につけながら少女のスカートの中身を覗きこむ。
駒場「這って動く………!!…白ッ!!!」
一方通行「」
???「…にゃあ?」
一方通行「うおらァ!」
ズドン、と一方通行のベクトルローキックが駒場のわき腹に叩きこまれる。
駒場「ご、がああああああああああ!?」
???「ふにゃあ!?」
そして駒場は路地裏の壁にめり込み、咆哮の後、動かなくなった。それを間近で見ていた少女はあまりのことに腰を抜かした。
一方通行「なンなンですかァ?なァンなンですかァ!?これがお前の言う無様な光景ですかァ!?」
壁にめり込んでいる駒場の胸ぐらを掴み、壁からひっこぬく。絶命こそしていないものの、完全に気絶していた。
???「こ、駒場のお兄ちゃん…?」
一方通行「チッ…悪ィなクソガキ。このゴリラちょっと病気みてェなンだわ。そンでさっきの蹴りは荒療治の一種だ」
???「そ、そうなの?」
少女はビクビクしながら一方通行と話す。その目は駒場と一方通行をキョロキョロと行ったり来たりしていた。
一方通行「そォだ。だからこの変態ゴリラの治療は俺に任せてお前は帰れ。今すぐだ」
???「…ヤダ」
一方通行「あァ?」
???「大体、駒場のお兄ちゃんの看病したい、にゃあ」
一方通行「正気かテメェ…この変態エクソシストゴリラがテメェに何するか分からねェぞ」
???「駒場のお兄ちゃんは大体そんなことしないもん」
一方通行「大体かよ」
???「にゃあ」
一方通行「…チッ、しょォがねェ…おい、生きてンだろ!出てこい!結標淡希!」
すると路地の奥から変型学生服の下にさらしを巻いた女子高生が現れた。
結標「…いつから気づいてたのかしら?」
一方通行「うるせェ、今そンなやりとりしたくねェンだよ…この二人を病院に連れて行け」
結標「あら?あなた今回の任務の内容ちゃんと把握しているの?」
一方通行「どの道コイツは当分動けねェ。テメェがちゃんと任務こなしてりゃァここのスキルアウトにこれ以上の大規模活動は不可能だ」
結標「あらあら、とんだ甘ちゃんね。それならあなたが連れて行けば?」
一方通行「俺ァこれからサービス残業だ。オラ、とっとと行け。新しいトラウマ増やしたくなかったらな」
結標「…ホント、とんだ甘ちゃんね。その代わり上の連中はあなたが説得しなさいよ?」
そう言って結標は軍用懐中電灯を振るう。すると美少女と野獣がその場から消えた。次いで、二人は自身のケータイに手を伸ばす。
結標「もしもし?計画変更よ。病院に向かってちょうだい。…えぇ、今そっちに転移させたけどまだ死んでないわ。ちょっと邪魔が入ったの。その邪魔ごとそっちに送ったから。…えぇ、お願いするわ」
一方通行「海原か?計画変更だ。駒場利徳は再起不能。それで問題ねェな?…ねェな?…ねェよな?…よし…あァ迎えはいらねェ。ちっとばっか残業だ」
-同日夜、断崖大学
『0930事件』以降、世界は学園都市とイギリス、フランスとロシアに別れ、一触即発の状態となっている。このまま行けば第三次世界大戦が勃発してもおかしくはない。
そんな中で今学園都市で頻繁に起きている現象が学生の回収運動である。早い話が学生を外の実家に戻らせようとする運動だ。その運動の実質的なリーダーとして動いているのがLevel5第三位【超電磁砲】御坂美琴の母、現役大学生の御坂美鈴である。
しかし、彼女の活動は学園都市に対して邪魔であるとされ学園都市上層部から命を狙われてしまう。
そのため大学の論文提出のために学園都市の断崖大学を訪れていたところをスキルアウトに襲撃されてしまった。
このスキルアウト、実は駒場利徳がまとめていた組織である。駒場が戦線離脱したために今は浜面仕上が指揮を採っていた。
だが、御坂美鈴から助けを求める報を受けて上条当麻が救援のために断崖大学へ、更にそれを偶然見かけた一方通行が断崖大学に急行。乱戦の末、非常口より上条当麻と御坂美鈴が脱出。だが、そこで浜面仕上と遭遇した。
浜面「カハッ…てことはアレだよな…!てめえが連中と関わりがねえってコトはまだ依頼は有効ってわけだ。ターゲットの死体さえもっていきゃあ…!」
そう言って金髪鼻ピアスのヤンキーは警棒片手に上条を殴り倒して御坂美鈴を見定める。
美鈴「くっ…」
上条「ふざけんな…」
上条が浜面の胸ぐらをつかみながら立ち上がる。
浜面「あ…?」
上条「もう一度言ってみろテメェ!」
上条は浜面の胸ぐらをつかみながらおもいっきり自分の方へ引き寄せる。そして迫ってきた浜面の顔面に力いっぱい頭突きをかました。
浜面「ガハッ!」
しかし、まだ上条は浜面から手を離さない。反り返った浜面をもう一度自分の方へ引き寄せ、今度はカウンターの要領で右ストレートを顔面に叩きこむ。
浜面「ぐあああああ!」
衝撃で浜面の鼻ピアスが吹っ飛んだ。鼻ピアスが刺さっていた箇所からドバドバと血が吹き出てきた。
上条「ふざけんな!人の命をなんだと思ってやがんだ!」
浜面「仕方ねぇだろうがァ!俺たちLevel0はこうでもしねぇと生きていけねぇんだよ!」
上条「一緒にすんな…」
浜面「ああ…?」
上条「すべてのLevel0をテメェみてえのと一緒にすんじゃねぇよ!」
浜面「…そうだ。テメェはまだ能力を一度も…!?」
上条「Level0の人間なんざ、学園都市にはゴロゴロいる。そいつらだって普通に学校行って普通に友達作って普通に生活してんだよ」
事実、学園都市にいるLevel0の無能力者は全学生の六割を占めている。その人間が全員スキルアウトというわけではない。むしろ上条の言う様に普通に暮らしている人間の方が多い。
事実を突かれたせいか、浜面は押し黙った。
上条「テメェが一番Level0を見下してんじゃねぇのか!?」
浜面「見かけで人を判断するなぁーーー!!」
浜面の警棒が上条の顔面を思い切り捉えた。
上条「ぐはぁ!?」
浜面「だからおまえらはッ…我々と比べて生物的に下等なんだ!!地球に巣食うダニがッ!」
まるでラッシュの様に浜面の警棒が上条の身体に突き刺さる。
浜面「ダニ!ダニがッ!」
上条「ガハッ!…っくそ!じゃあ何か!?お前はこんなことに手を染めながら!全うに生きてきたっていうのかよ!?」
浜面「当たり前だろうがダニがッ!むしろ俺はスキルアウトなんかじゃない!俺は…」
ピタリ、と浜面の動きが止まった。
浜面「あれ?俺スキルアウトじゃね?」
上条「」
美鈴「」
浜面「あれ…ちょっと待って…マジわかんない…あれ?」
意味不明なことをつぶやいて浜面は錯乱する。もはや足取りからしてフラついていた。
浜面「そこのお前教えろよ!!俺は一体なんなんだ!?」
上条にすがりつく金髪ヤンキー。それを引き剥がして我らがヒーロー上条当麻はこう答える。
上条「知るか!このクソ野郎がッ!」
渾身の右ストレートが浜面の顔面を抉った。
浜面「ぐはぁ!!」
-同時刻、断崖大学演算演算装置保管庫
???「…フフ」
断崖大学には学園都市の大学というだけあってかなり高性能なスーパーコンピューターが存在する。この大学にはAIや演算ソフトなどのデータベースが隣接しているのだ。
それらデータベースを用いた実験等に使用されるスーパーコンピューターは学園都市でもかなりの高性能である。
学園都市の外ならばスーパーコンピューターの数はそれほど無いが、ここは外よりも科学技術が二~三十年は進歩している街だ。一大学に置いてあるスーパーコンピューターも一台ではない。
そして、そのうちの一つに近づく影があった。
???「お待ちくださいHAL…今すぐにお持ちして…」
明かりの無い部屋にうっとりとした女の声が響く。女はスーパーコンピューターにスッと触れた。
???「なァにしてるンだァ?結標淡希!」
???「!」
パッと部屋の明かりが点く。そして部屋の中央に変型学生服に身を包んだ女の姿が、出入口に二人の男の姿が現れた。
結標「一方通行…!土御門…!」
土御門「最近任務中に空白の時間が生じていたから気になって尾けてみれば…何をしているんだ?結標」
金髪グラサンの男、土御門元春がドスの効いた声で問い詰める。
結標「…何って?私はそこの甘ちゃんのせいで起きた事件のしりぬぐいをしてあげようとわざわざ…」
一方通行「ハッ、しりぬぐいねェ…だったらなんで戦闘に出てこねェンだ?俺がドンパチやってたのはすぐ近くのサブ演算装置の保管庫だぜ?」
結標「…」
土御門「最近『グループ』が任務を終えた現場では必ずと言っていいほどスーパーコンピューターとその周辺機器が消失している。直接任務と関係なかったから気付かなかったが…お前何をしていたんだ?」
結標「…」
瞬間、結標を取り巻く空気が変わる。
結標「…私ね、子供の頃…砂場遊びが大好きだったの。砂山にトンネル掘るやつよ」
一方通行「は?」
結標「両側から掘って掘って 最後 トンネルが開通した時に…。穴の中で自分の手と手が触れ合うの。その感触が言い様もなく大好きだった」
結標がほころぶ。目を見開く。最高の感触を想像し、顔を紅潮させる。
結標「この快感わかるでしょ!?他人の体内を自分の体が貫いた瞬間の快感!!相手を完全に支配したという証の快感!!」
土御門「お、おい?」
結標「暗部に入ってからコルク抜きで殺した人間でも砂場と同じことをしたわ!!そしたらね!そしたら!!」
結標「メチャクチャ興奮したわ…」
変型学生服に身を包んだ女は口角からよだれを垂らして悦に入った表情を浮かべた。
一方通行「」
土御門「」
結標「暗部に入るのは嫌だったけど、こんな興奮を呼び覚ましてHALは大好き」
土御門「HAL…?」
結標「そしてHALにはこのスパコンが必要なの。私はHALの忠実なしもべ。だからこのスパコンはもらっていくわ」
キッ、と結標の表情が引き締まる。出入口の二人を睨みつける。
一方通行「ハッ…駒場のイカれっぷり見て少しも動揺してねェからなンかおかしいと思ったら…テメェら揃いも揃ってキメてやがンのか?」
結標「違うわ。私はHALに気付かせてもらっただけ。これが本来の私よ」
一方通行「…どこの新興宗教にハマッてンのか知らねェが」
一方通行の手がチョーカーに伸びる。カチッという音と共に、学園都市第一位の超能力者へと変貌する。
一方通行「テメェは俺を前にして勝算があると思ってンのかよォ!ア゛ァ!?」
ダンッ!と一方通行が地を蹴る。それだけでミサイルの様に結標へと突っ込んで行く。
結標「冗談」
ドゴォン!という派手な音が一方通行が再び地に着いたと同時に炸裂した。
一方通行「…アァ?」
えぐられた床の上で立っていたのは一方通行だけだった。
土御門「…おい、結標とスパコンはどうした?」
もっと正確に言うとその場に居たのは一方通行だけだった。
一方通行「…いつの間にあの特殊性癖は自分を転移できる様になったンだ?」
土御門「バカな…アイツのトラウマは完治していないはずだ!」
-断崖大学駐車場、大型トラック
なんの音もせず、トラックの中にスパコンが、助手席に結標が現れた。
結標「エアー入れて!その後すぐに脱出!」
結標がそう叫ぶと運転席に座っていた男はなんの返答もせず、素早く不気味にスイッチを押す。
すると後ろからボフンという音が聞こえた。恐らくはスパコンの周りに設置されていたエアクッションに完全に空気が入ったはずだ。これで多少乱暴に運転しようともスパコンに支障をきたさず持ち運べる。
次いでトラックにエンジンがかかる。初動でかなりのエンジン音を出しながらトラックは荒々しく発進した。
まばらに走っている乗用車やタクシー次々に追い越し、トラックは大通りを走り抜けていく。
結標「フフ…残念だったわね、一方通行。HALは私のトラウマも除いてくれたのよ」
助手席に座っている結標は笑顔でつぶやく。
一方通行は確かに学園都市第一位の能力者。その戦闘力も学園都市第一位であろう。
だが、逃げるとなれば話は別だ。結標の能力は『座標移動』。半径800m以内なら好きところに自身もモノも移動できる。
一キロほど走ったあたりで下道から高速に入る。
先ほどまでも警備員が出動しない程度に速く走っていたトラックが更にスピードを増した。
等間隔で流れていく高速道路の灯りをぼんやりと見ながら結標は今後のことについて思考する。
結標(…これ以上『グループ』での活動は不可能ね。これからは私単体で潜入して新たな『スフィンクス』を…)
トン、という音がトラックの屋根から聞こえた。
結標「…?」
思わず結標は上を見上げた。当然、トラックの屋根しか見えない。
だが
結標「きゃっ!?」
バキィ!、という音と共に屋根の端から二本の白い腕が下に向かって生えてきた。
次いで二本の腕は戻っていくと思いきや、その穴から屋根を掴んだ。
バキバキミキミキという音と共にトラックの屋根がめくられていく。
結標「ま、まさか…」
バキン!という音がするとトラックの屋根は無くなった。
そしてそこから見えたのは満天の星空と
一方通行「見ィつけたァ」
白い悪魔の満点ものの笑顔だった。
結標「あ、一方通行…!なんでここが…!」
一方通行「おいおいテンパってんじゃねェよ結標ェ。そっちの運ちゃン見習えよ」
穴の淵に立って見下ろす一方通行。かなりの速度で走っているというのに髪の毛も服もほとんど微動だにしなかった。
一方通行「とりあえずはいったん止まってもらうぜ」
そう言って一方通行は拳銃を取り出し、器用にタイヤを狙う。
バン!という音と共に弾き出された銃弾は高速回転しているトラックのタイヤをものともせずに貫通し、パンクさせる。
当然、トラックは操縦不能となった。
結標「くっ…!」
激しく振動するトラックの中、思わず結標はドアべりに掴まる。一方で運転手は身じろぎ一つしない。
一方通行「ギャハハハハハ!ホントに大した度胸してンなァおい!」
一方通行は相変わらず穴の淵に立っていた。こちらは動揺などまったくせずに座っている二人を見下ろしながら爆笑していた。
あまりのムチャクチャな行動に結標は一方通行を睨みつけた。
一方通行「おいおいよそ見しねェ方がいいぞ?」
そう言って一方通行は前方を指さす。
結標「-ッ!」
見るとフロントガラス一杯に高速道路の壁が映っていた。
一方通行「じゃァな、結標淡希」
ゴッ、という音と共にトラックは壁に突っ込んでいった。
結標「ハッ…ハッ…」
コンクリートの上で結標は息を切らせてしゃがみこんでいた。すぐ近くでは黒煙上げるトラックが無惨な形にひしゃげていた。
一方通行「…やっぱりな」
トラックの影から何事もなかったかのように一方通行が歩いてきた。
結標「…」
一方通行「いくらなンでもおかしいだろォが、結標。今の脱出も断崖大学ン時も」
ザッ、と一方通行は結標のすぐ近くまで詰めよった。
一方通行「テメェがトラウマを克服したかどうかなンて知ったこっちゃねェ。だが11次元の演算ってのはテメェのカスみてェな脳でほいほいできるもンじゃねェはずだ」
空間移動能力は3次元を11次元に置き換えて演算しなければならないために非常に複雑な演算となる。
そのため、一瞬で移動はできるがその移動までに少しばかり時間がかかる。
おまけに非常に複雑な演算なために正常な精神状態でなければまともに演算もできない。
ただの空間移動能力ですらこれだというのに、結標の能力は更に複雑な『座標移動』。便利ではあるが、その分演算も複雑なのだ。
一方通行「断崖大学じゃあの一瞬でスパコンごと転移しやがった。さっきもテメェのクソみてェなメンタルを散々煽ったっつーのに余裕で転移しやがった…テメェ本当に【幻想御手】でもキメてやがンのか?」
結標「…メ」
一方通行「あ?」
結標「…ダメ…HAL…コイツ…生半可な手段じゃ太刀打ちできない…!」
一方通行「だからHALっつゥのは」
結標「指令を…!HALの頭脳をお貸し下さい!!」
半ば狂乱気味に結標は携帯電話を取り出した。一方通行のことなどまるで眼中に入っていなかった。
一方通行「…シカトぶっこいてンじゃねェぞコラ!!」
結標「早く…!!次の指令を!!」
その時、結標の携帯電話の画面が妖しく光り始めた。
一方通行「あン?」
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……!!
-後日、警備員及び風紀委員各支部
生徒A「急に…急になんだ…。急に彼女をショーウィンドウに叩きこみたくなって…」
生徒B「あんなことするつもりは…ただ急に…規則を守らない人間に頭突きをしたくなって…」
生徒C「ただ。目立ちたかった。だから。全身にフィットした家具を身につければ目立つかな。って。」
-同日夕刻、常盤台中学学生寮二○八号室
白井「ただいま帰りましたの~…」
御坂「おかえりなさい、黒子」
名門常盤台中学の学生寮。その一室で御坂はベッドで横になりながらルームメイトを出迎えた。
出迎えたツインテールの少女は疲れた様子で腕をダラリと下げながら部屋に入ってきた。
白井「はふぅ」
そしてそのままバフン、とベッドにうつ伏せに倒れこんだ。
御坂「ずいぶんお疲れね。どうしたの?」
ルームメイトの疲労困憊の様子を目の当たりにし、御坂は身体を起こして尋ねた。
白井「…このところ連日のように事件事件事件でして…少々疲れてしまいましたの」
御坂「そうなんだ…。確かに最近おかしな連中が多いわね」
白井「…おまけに何件かは私が駆け付ける前に犯人が黒焦げですし」ジトー
御坂「あ、あはは~。なんのことかな~」
白井「とぼけてもムダですの!少しは自重してくださいまし!」
ガバリと起き上がり、白井は御坂に噛み付いた。
御坂「だ、だって目の前でメリケンサックはめた男が暴れ回ってたんだもん!しょうがないじゃない!」
白井「…まあ…それなら多少は情状酌量の余地はこざいますが…」
御坂「でしょ?」
白井「ですが、くれぐれも正当防衛の範囲に留めてくださいまし。黒子はお姉様をしょっぴいたりしたくありませんの」
御坂「…ゴメンね。気を付けるわ」
御坂「それにしても【幻想御手】の時並みに犯罪率が増えてない?」
白井「ええ…ですが今回は学生だけでなく大人まで暴れておりますの」
御坂「へぇ~…原因は掴めてるの?」
白井「まあ掴めてはいるのですが…」
御坂「?」
そこで言い淀むと白井は人差し指をあごまでもっていき、しばし考える素振りを見せた。
白井「やっぱりいけませんわ。これは風紀委員の務め。お姉様の様な一般人にお話しする訳には…」
御坂「え~!いいじゃない教えてくれたって!」
白井「いけませんの。風紀委員ですの!」キリッ
御坂「なによそれ!いいわよ!だったら私の能力で無理矢理にでもハッキングして…」
白井「!! いけませんの!」
立ち上がろうとした御坂の前に白井が空間移動で現れた。
御坂「え!?ちょっ…なによ!」
白井「いけませんのお姉様!お話ししますからそれだけはおやめくださいまし!」
両手を広げて机の上に置いてあるパソコンまでのわずかな道のりを防ぐ白井。表情は真剣そのものだった。
御坂「べ、別に本気でハッキングしようとなんて思ってないわよ」
白井「…本当ですの?」
御坂「うん」
ホッと白井は安心した様に息をついた。
御坂「それで?一体なんなの?」
白井「お姉様…柳迫碧美さんという方を覚えてますか?」
御坂「柳迫?…えーと…」
白井「固法先輩とルームシェアをなさっている方ですの」
御坂「…あー、あの人か。固法先輩の昔のこといろいろ教えてくれた人よね?」
白井「その方で間違いありませんの。それで…その方も往来で暴れてしまい、警備員に補導されてしまいまして…」
御坂「うそ!?あの人が!?」
白井「ええ…おかげで固法先輩もすっかり元気をなくしてしまって…黒妻さんとお会いになられてからは上機嫌でしたのに」
御坂「アレ?あの男の人もう出てきたんだ」
白井「元々あの方は派手にケンカしただけですの。先月の頭に黒人の子どもたちを引きつれて…と、話が逸れてしまいましたわね」
白井「とにかく、固法先輩は柳迫さんが往来で暴れるなど信じられなかったのですの。ですので、柳迫さんとの面会に向かわれたのですが…」
御坂「…ですが?もったいぶらずに言いなさいよ」
白井「…はじめこそ普通に面会されていたらしいのですが、急に暴れはじめたらしいですの。そして狂ったようにパソコンを要求しましたの」
御坂「パソコンを?」
白井「ええ。そこで警備員に隣の部屋に連れていかれた、と。ですが、固法先輩も一七七支部の支部長を務める方。連携して友人の捜査を進めたいと交渉し、同じ部屋に行くことを許可されましたの。そこで柳迫さんがパソコンで閲覧されていたのはあるプログラム映像ですの」
白井「その映像を見た柳迫さんからは日常ではありえない量の脳内麻薬が分泌されていましたの」
御坂「!!」
脳内麻薬β-エンドルフィンの快感作用はモルヒネの6.5倍。それを自在に分泌させられるなら、その映像はもはや一種のドラッグである。
白井「おまけにその映像、脳の深層にある情報を刷り込めるらしいですの。警備員と専門家の見立てでは次のドラッグへのアドレスと…深層意識の犯罪願望を解放する指令を出している、と」
御坂「なによそれ…!じゃあ暴れてる人間が多いってことは、そのプログラム映像が【幻想御手】みたいにネット上に蔓延してるってこと!?」
白井「その通りですの。警備員は便宜上【電子ドラッグ】と名付け、近々公表するそうですの。ですからお姉様!」
ズイ、と白井は御坂に詰め寄った。
白井「くれぐれも!くれぐれも【電子ドラッグ】について独自捜査なんてしないでくださいまし!お姉様の方法で【電子ドラッグ】を見てしまえばお姉様がどうなってしまうか…黒子は想像したくもありませんの!」
Level5第三位は【超電磁砲】と呼ばれているが、それはあくまで通称。実際の能力は学園都市ではありふれた【電撃使い】である。
しかし、その出力の高さ、制御の精密さ、応用力の高さなどがずば抜けているのである。
それにより彼女は電気信号の読み取り・操作が可能なために、端末からネットに接続しデータベースにハッキングして情報を読み取ることもできるのだ。
だが、その場合は彼女の意識がネットの中にダイブしたと同意義である。その際にディスプレイという媒体を無しに【電子ドラッグ】を読み取ってしまえばどうなるか。
まったく想像はつかないが、いい方向に転ばないことだけは確かである。
御坂「分かったわよ。しばらくはおとなしくしてる」
白井「分かっていただけて何よりですわ…ってしばらくですの!?」
-???
警備員と風紀委員の中でインターネットを閲覧する回数が急激に減った
どうやら少なからず私への警戒を始めたようだ
だが、そちらはまだ放っておいても問題なかろう
今日明日でプログラムの全てを解析するのは例え学園都市と言えど1の世界の住人には不可能に近い
具体的な対策を取れるのはまだまだ先だ
問題とすべきは…結標淡希の脱落
彼女ほど有能な人材はいなかった
彼女のおかげでかなりの数のスパコンが集まった
だが、未だ不十分
完全なる『ピラミッド』の完成にはまだ力が必要だ
使える兵隊は学園都市の外から気付かれぬ様に潜入させた者と学園都市で『勧誘』した数十人
…解析はまだとは言えど、隠れているのも限界な時期だ
ここらで交渉に出るのも手か
HAL「…君のプログラムを使わせてもらおう」
???「ああ、構わない」
HAL「クク…感謝するよ。木山春生」
-翌朝、常盤台中学学生寮二○八号室
白井「お姉様、起きてくださいな」
御坂「ん…」
御坂はルームメイトに起こされ、起床した。白井はすでに常盤台の制服に身を包んでいた。
御坂「くぁ…おはよう黒子。疲れてるのに早いわね」
白井「お姉様の電気マッサージのおかげで快調ですの。身体も軽いですわ」
御坂「そ。また疲れたら言いなさい。そんくらいいつでもやってあげるから」
白井「本当ですの!?ならばこの黒子!鬼の様に働きますの!」
御坂「…鬼が勤勉かどうか知らないけど、またマッサージ中に変なことしたら…」
白井「心得ておきますの」
御坂「ん。よろしい」
白井(アレはアレで快感なのですが…)
-常盤台中学学生寮、食堂
常盤台中学の学生寮では当然朝食も出される。
毎朝生徒は身だしなみを整えてから食堂に集合し、点呼の後朝食となる。
メニュー自体はそれなりにありふれたモノも多いが、何せ素材が一般のそれとは格が違うため値段的には恐ろしいほど高い。
ともあれ、常盤台中学に入学するのはほとんどがお嬢様。金銭面に困る者などまずいない。
御坂「今日も風紀委員の仕事なの?」
白井「ええ。さすがにこの忙しい時に休めませんので」
御坂と白井は二人でこんがり焼けたトーストをパクつきながらなんてことない会話をしていた。
御坂「そっか。私も手伝いに行っていい?」
白井「昨夜も言いましたが、お姉様はあくまで一般人ですの」
御坂「分かってるって。でも邪魔にはならないわよ?」
白井「…まあ猫の手も借りたいほど忙しいのも事実ですの。来ていただけるなら手伝ってほしいですわ」
御坂「よし、じゃあ決まりね!」
白井「それに勝手に成敗なされるよりは風紀委員の補助として動いてもらえた方が後処理が楽ですの」
御坂「う…悪かったてば」
???「みんなそのままでいいから聞いてくれ」
女子中学生の声でにぎわう食堂に大人の女性の声が響いた。寮監の声である。
その声に応じて、食堂は静まり返った。
寮監「先ほど、統括理事会からメールで連絡が来た。なんでも緊急放送が数分後に学園都市全体で入るそうだ。放送が入り始めたら静かにしてくれ」
統括理事会からの緊急放送など今まであったことはない。となればよほど重要なことに違いない。
生徒たちは同じ机の者たちで怪訝に思ったり放送の内容を想像したりし始めた。そのため、食堂は一気にざわめき始める。
御坂「…【電子ドラッグ】のことかしら…」
白井「おそらくは…ですが学園都市全体に緊急放送などいささかやりすぎですの」
数分後、スピーカーから時報の様な音楽が鳴った。
そして、その音は外からも聞こえた。ふと目を向けると飛行船が空に浮かんでいた。
???「…それでは学園都市統括理事会役員、トマス=プラチナバーグ様からのお言葉です」
スピーカーから、外から、女性の声がした。その放送を聞き、食堂の意識が一気に一点に向けられる。
トマス『のーみっそ ぼーんー♪』
学園都市「」
トマス『ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ…』
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイィィィィィィィィイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイ…!!!!!
???『…以上、学園都市統括理事会役員、トマス=プラチナバーグ様のお言葉でした』
突然の意味不明な出来事に絶句するしかなかった。
御坂「…な、なんだったの今の…」
白井「…さ、さあ…?」
その時間を越え、ようやく御坂と白井は声を発した。
しかしまだ周りの人間は頭の整理がついていないのか、ポカンとしていた。
女生徒「…」
ガタリ、と一人の女生徒がふいに立ち上がる。それに呼応するように何人もの生徒が次々に立ち上がる。
御坂「…?」
白井「皆さまいかがなさいまし…!?」
ゴッ!という轟音とともにすべての食器が、机が、イスが吹き飛んだ。
「「「「キャアアアアアアアアア!?」」」」
あまりの出来事にポカンとしていた生徒は一斉に悲鳴をあげた。
女生徒「アハハハハ!た~のしい!」
念動力を発した生徒は豹変した様に目を輝かせる。それと同時に彼女の周りにいくつもの食器が浮かびはじめる。
それだけではない。先ほど立ち上がっていた生徒たちが次々に能力を使い始めた。
ある者は手から火を起こし、ある者は調理場の水道を使って自身の周りに水流を生み出し、またある者は身体が奇妙に変型して見えた。
御坂「ちょ、アンタたち何やってんのよ!」
しかし、生徒たちは止まらない。火を撒き散らし、水しぶきを上げ、他生徒に襲いかかる。
「キャア!」
「いたっ!何をなさいますの!?」
「やめてくださ…ゲホっ…!」
襲いかかる生徒。逃げ惑う生徒。食堂は一気に阿鼻叫喚の地獄と化した。
御坂「…っいい加減にしなさい!」
バチバチバチィ!という音、それよりも速く電撃が飛ぶ。
「「「「ガッ!」」」」
放たれた電撃は暴れていた生徒たちだけを正確に貫いた。そして電撃に貫かれた生徒は皆例外なく地に倒れた。
「「…」」
しかし、それでもまだ半数以上が意識を失わなかった。御坂をにらみつけ、次々に起き上がり
白井「そこまでですわ!」
しかし、さらにその半数が起き上がろうとしたところで自身の服を床に縫い付けられた。
白井「さすがにこの人数ともなると矢が足りませんわね」
御坂「黒子!一緒にあの子たちをとり押さえるわよ!」
白井「いいえ、お姉様。ここは私が引き受けます。お姉様は【学舎の園】の寮へ向かってくださいまし」
御坂「はあ!?何言ってんのよ!アンタ一人であの人数相手にできる訳ないでしょうが!」
白井「お忘れですの?お姉様。この寮の責任者が誰であるか」
コキャ
御坂「…コキャ?」
寮監「貴様ら、いい度胸だな。朝から私の前で好き勝手に能力を使うとは」
そこにいたのは常盤台最強の女傑。武装した暗部構成員三人を丸腰で完封し、Level5同士のケンカすら鎮圧する天下無双。
寮監「そこまで実力行使が望みなら、よかろう。まとめて相手してやる」
そして、その天下無双の足元にはすでに何人かの生徒が倒れ伏していた。
白井「寮監様と私がいればここは大丈夫ですの!ですが【学舎の園】の寮にはあんな方いらっしゃいませんの!お姉様はそちらの救援へ!」
今の放送は学園都市全体に流れていた。となれば、学園都市全体に同様の現象が起きているはず。
中でも常盤台中学は全員がLevel3以上の能力者。そんな人間たちが見境なく暴れたならば、ここと同じく地獄絵図が広がっているはずだ。
御坂「…分かったわ。無茶すんじゃないわよ!」
白井「了解ですの!」
寮監「戯れ言無用!!」
御坂は食堂を突っ切り、【学舎の園】の常盤台の寮へ向かった。
寮を出る際、「武で語るがよい!!」という決め台詞が聞こえた気がした。
-第七学区大通り
予想以上の大惨事。第七学区はすでに地獄絵図だった。
あちらこちらで煙が上がり、窓ガラスが散乱している。
時折、火柱が上がったり突風が起きたりとおよそ簡単には起こりえぬ現象が生じていた。
しかし、それらを見ても御坂は足を止めない。一心不乱に【学舎の園】を目指す。
御坂「…何が起きてんのよ一体!」
過ぎ去っていく光景に歯噛みする。
思い当たるとすれば白井の言っていた【電子ドラッグ】。
しかし、白井はこうも言っていた。「狂ったようにパソコンを求め」「プログラム映像」を見ていた、と。
生徒たちが豹変したのはあの意味不明な放送が流れてからだ。プログラム映像なんて見ていない。
【電子ドラッグ】は複数のタイプがあるのか?それとも、あの放送は【電子ドラッグ】とまったく関係のない別のものなのか?
可能性が高いのは前者であろうが、今はその判断をつけることができなかった。
???「クソっ!なんなんだよてめえらぁ!」
御坂「!」
数分間走り抜けたところで聞き覚えのある声がした。
見やると黒髪のツンツン頭が数人の能力者相手に右手一本で孤軍奮闘していた。
御坂「でりゃあああ!」
一気に方向を変え、数人の能力者相手に電撃を浴びせる。
「「「あぶbbbbbbbb」」」
すると電撃を浴びた能力者は一人残らず地面に倒れていった。
上条「!?…な、なん…?」
御坂「ちょっとアンタ!何してんのよこんなところで!」
急にこと切れた能力者を見てキョトン顔だったツンツン頭は御坂の顔を見て表情を変えた。
上条「御坂か!…コレお前がやったのか?」
御坂「そうよ。感謝しなさい」
上条「あ、ああ、ありがとう。助かった…にしてもやりすぎじゃねえのか?」
御坂「こんくらいやんないと倒れないのよ。それより私の質問に答えろ!アンタこんな朝早くから何してんのよ!」
上条「何って…襲われてた?」
御坂「はあ?」
上条「俺だって何がなんだか分かんねえんだよ!たまたま早起きしたからいつもより早く家出たらコレだ!」
御坂「…そう。そうよね。こんな事態になってんのにアンタが巻き込まれないはずないもんね」
上条「ちくせう…どうせ上条さんは不幸ですよ」シクシク
上条「つーかこいつら一体どうしちまったんだ?あの放送のあとからどいつもこいつも狂ったように能力使いやがって…」
御坂「…時間がないからざっくり言うけど、たぶんあの放送はドラッグみたいなもんなの」
上条「ドラッグ?放送が?」
御坂「そ。確証はないけどね。たぶん…共感覚性って言って聴覚を刺激するだけで脳内麻薬を出させてるの」
上条「そ、そんなことできんのか!?」
御坂「できるから今こんなことに…ねえ、アンタの右手でこいつら治せないの?」
上条「…ムリだ。俺も最初にそう思って触ってみたんだけど…まったく効果なかった」
御坂「アンタでもムリか…。ってことはこれは能力じゃない。『記憶装置』みたいに純粋に科学のみの力ってことね」
上条「ああ、たぶんな」
御坂「とりあえずアンタは家に帰っておとなしくしてなさい。ここは危険すぎるわ」
上条「お前はどうすんだよ」
御坂「私は【学舎の園】の常盤台寮の救援ってとこね」
上条「なら俺も行くよ」
御坂「え…男子禁制なんだけど」
上条「言ってる場合じゃねえだろ?お前一人じゃ危ないだろうし…」
御坂「…ま、それ以前の問題みたいね」
上条「へ?…!」
ズドン!と今まで二人がいたところに鉄骨が突き刺さった。
二人はそれぞれ別方向に飛び退き、それを間一髪でかわした。
上条「クソ!新手かよ!」
御坂「アンタの不幸体質じゃ戻るのも行くのも一筋縄じゃいかないでしょ!後で余裕があったら助けにきてあげるからそれまで頑張りなさい!」
上条「マジかよ!つーかこれ右手だけじゃ…っておわっ!ふ、不幸だー!」
とりあえず、あのツンツン頭に構っていたらいつまで経っても【学舎の園】にはたどり着けない。
心配は心配だが学園都市最強を殴り倒した男だ。
きっと大丈夫なはず。
さっさと【学舎の園】の方を片付けてさっさと戻ってくればやられやしない。
事態を収拾させるためにもまずは先へ進まなければ。
御坂(…ま、ありがとうって言われたのは良かったしね)
ちょっとだけ頬を緩ませながらも走り続けた。
しばらく走ると【学舎の園】の入り口に着いた。案の定、ここもひどい有様だ。
入場ゲートは壊れてこそいないものの、すでに係員はいない。
惨状に至っては【学舎の園】の中も外もさして変わりやしない。
いちいち生徒手帳を取り出すのももどかしいために改札口を飛び越えて【学舎の園】の中に飛び込んだ。
御坂「ハッ、ハッ…」
さすがに少し息も切れてきた。
しかし、常盤台寮はすぐそこだ。休まずにそのまま突き進む。
そしてようやく寮の正門に着いたのだが…
御坂「ハァ…あれ?…ハァ…」
常盤台寮はいつもと変わらぬ姿でいた。
煙もあがってなければ窓ガラスも割れていない。
いつもと変わらぬ荘厳な雰囲気だ。
御坂「…」
少しだけ門の前で息を整えるのに時間を使う。
ここに来るまでのコトを考えれば不自然すぎる。
あの放送のあとはどこもかしこも大惨事だった。それは御坂のいた常盤台寮も例外ではない。
おまけに簡単には起きない現象が頻繁に起こっていたあたり、暴れていたのはほとんどが能力者のはず。
ならば、常盤台の寮に異変が生じていないのはおかしいはずだ。
もしかしたら、生徒が能力を使って何事もないように見せているだけかもしれない。むしろそっちの方が可能性は高い。
御坂「…よし」
息を整えると御坂は意を決して常盤台の寮に入っていった。
-【学舎の園】常盤台中学学生寮
御坂「…どういうこと?」
常盤台の寮は内部も整然としていた。だが、それはこの状況では異常である。
そしてそれ以上に異常なのが
御坂「…なんで誰もいないのよ…」
どこにも人がいないのだ。
視界に人影は映らない。物音一つ聞こえやしない。おまけに御坂が常に発している電磁波を利用したレーダーにも誰もひっかからない。
完全に誰もいないのだ。
御坂「…」
不信に思った御坂は更に電磁レーダーの索敵範囲を広げる。
普段無意識下で出している場合なら範囲はおよそ寮の一階程度。
それを意識的に範囲を広げる。普段なら精密さを欠くかもしれないが、今は思い切り集中できる状況で人を探すことが目的。
扉などの遮蔽物がなければ三階まで電磁波を張り巡らせることも不可能ではない。
そして、案外早く目的は果たされた。
御坂「!…これって…」
-【学舎の園】常盤台中学学生寮三階
学生寮に人はいた。恐らく、この寮に住んでいる全学生が。
ただ、状況がおかしかった。
御坂「…何やってんのよアンタたち…」
すべての生徒が片膝をついて俯いていた。さながら、時代劇や中世の劇で侍や騎士が目上の人間を敬う様に。
全生徒は階段から廊下にかけて、廊下からとある部屋にかけて皆同じ格好でひれ伏している。
御坂「ちょっと!しっかりしなさいよ!」
目を覚まさせる様に呼びかける。身体を揺する。
しかし、どの生徒もなんの反応もしない。
御坂「…」
ふと学生が続いている部屋を見る。扉は開かれているが、離れているため中は見えない。
だが、御坂の能力をもってすれば扉の開かれた部屋の状況もなんとかわかる。
御坂の認識が間違っていなければ、部屋は一人用の部屋。ベッドと机が一つずつというだけで、あとは御坂たちの部屋と間取りはあまり変わらない。違うとすれば、机は壁の方を向いていることくらいか。
その部屋にもひれ伏している生徒が大勢おり、一人だけイスに座ってノートパソコンで何かを閲覧しているはず。
それらを認識した上で、御坂はひれ伏している生徒たちを踏まない様にゆっくりと部屋に向かう。
そして、御坂は部屋を覗きこんだ。
御坂の認識は間違っていなかった。
ただ間違っているとすれば、机とイスではなく膝立ちになってる人間と四つん這いになってる人間だったということだ。
そして、人間イスに優雅に座りながら一人の生徒がノートパソコンを閲覧している。
Level5の第五位【心理掌握】食蜂操祈であった。
そして、そのノートパソコンからは妖しい光が発せられており--
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ…!!
食蜂「ふぅん、なるほど」
恐らくさっきの光は【電子ドラッグ】。それを見て食蜂操祈は微笑んでいた。
御坂「…ちょろっと、何してんのかしら?」
御坂の声に反応し、食蜂は御坂の方を振り向く。どうやら今気付いたようだ。
食蜂「あらぁ、おはよう御坂さん。」
御坂を見ても食蜂はたじろぎもしない。いつもの如く、裏のありそうな笑みを浮かべながら何事もないかの様にあいさつしてきた。
御坂「…この状況…アンタの仕業ね」
部屋の中でひれ伏している生徒を踏まない様に食蜂に近づいていく。
食蜂「えぇその通りよぉ。さすがにこの人数をまとめて洗脳するのは骨が折れたけどねぇ」
御坂「今すぐ能力を解きなさい!じゃなきゃタダじゃおかないわよ!」
バチチッ、と御坂の髪のあたりから紫電がほとばしる。
食蜂「怖~い。じゃ、すぐに解いてあげるわぁ」
そう言うと食蜂はバッグからリモコンを取り出した。
食蜂「ポチ☆っとな」
そしてなんのためらいもなくボタンを押した。
瞬間、御坂は背後に悪寒を感じた。
振り返ると目の色を変えた生徒が次々に立ち上がっていた。
御坂「…まさか!」
そして、先頭に立っていた生徒がゆっくりと右手を振りかざし…
食蜂「はぁい、[そこまで]」
ピタリ、と生徒は動きを止めた。
食蜂[跪きなさい]
すると生徒は再び元の体勢に戻った。
御坂「…」
食蜂「どぉかしらぁ?御坂さん。洗脳解いた方がいいかしらぁ」
いつもの如く甘ったるい声を出しながら、食蜂はリモコンをくるくると回しながらクスクスと笑っていた。
御坂「アンタ…【電子ドラッグ】にハマってるんじゃないの?」
食蜂「御坂さん、あなた私が誰か分かってるのかしらぁ?あんなモノじゃ私の精神力はビクともしないわ」
御坂「でも、さっき変な映像を…」
食蜂「ああ、アレのことぉ?なんかぁ、暴れはじめた人に紛れてまともなフリをしてた娘がいたの。それがこの娘たちよ」
そう言って食蜂は自分が座っている生徒の頭をリモコンでコンコンと叩いた。
食蜂「それでこの娘たちの脳を調べさせてもらったのよ。まったく、私の派閥に属していながらこんなものにハマってるなんて」
そう言って食蜂は不機嫌そうに頬を膨らませる。一方でリモコンを握ってない方の手で座っている生徒のことを思い切りつねっていた。
御坂「…ちなみに、なんでその人に座ってるのかしら?」
食蜂「私以外になびいた罰よ」
御坂「あ、そ…」
食蜂「まぁ、私の趣味も兼ねてるけどぉ」
御坂「…いい趣味してるわね」
食蜂「あらぁ、御坂さんのキャラ物趣味には負けるわよぉ?」
御坂「だ、誰がキャラ物趣味ですって!?」
ジジッ、っという音がノートパソコンからした。二人がパソコンを見るとパソコンにはノイズが走っていた。
御坂「…?」
そして、しばらくするとディスプレイに黒髪で不気味な雰囲気を纏った男の顔が映し出された。
???「…ほう。【超電磁砲】御坂美琴と【心理掌握】食蜂操祈か」
ディスプレイに映った顔は不気味な笑みを浮かべている。背景は暗く、どこから話しているのかは分からなかった。
食蜂「…どちら様かしらぁ?」
???「ククク…御坂美琴はともかく、君は分かっているのではないか?」
食蜂「…へぇ、じゃぁ貴方が…」
御坂「ちょっと!なに一人で納得してんのよ!誰よアンタ!」
???「クク…失礼、ならば自己紹介でもしておこうか」
???「私の名前は【電人】HAL。春川英輔の脳をデータ化したプログラム人格だ」
御坂「…プログラム人格?人工知能ってこと?」
HAL「ああ、その認識でも構わないよ」
食蜂「それで?あんな放送を流したり妙なプログラム映像を蔓延させたりして何が目的なのかしらぁ?」
御坂「な…コイツが…!?」
HAL「なに、大したことではない。私は1の世界では無力な箱にすぎない。現実の手足として私を守る兵隊が必要なのだ」
御坂「…1の世界…?」
HAL「欲望や願望というのは…生物の意志や行動を司る原動力だ」
HAL「簡単に言えばその欲望を軸にして…映像刺激、もしくは音響刺激でシナプス回路を組み替え、脳の片隅に兵隊としての別人格を作りあげる」
HAL「これが春川と私で完成させた…警備員が【電子ドラッグ】と呼んでいるプログラムだ」
食蜂「フフ、でも戦闘力として使える兵隊さんは一握り。違うかしらぁ?」
HAL「…その通り。大半は人格を構築し終える前に…犯罪者として捕まってしまう。従って、まとまった兵隊を得るためには今回のような勧誘もせざるを得ないんだ」
御坂「アンタねぇ…!」バチチッ
HAL「先ほどの放送は能力者を限定に狙ったものだ。君等はともかく、この街では能力を開発する割には能力を自由に使わせないようだね。現状に満足していない者は大勢いたはずだ」
御坂「っざけるな!アンタのせいでこの街が!どれだけの人間が被害を受けてると思ってんのよ!」
HAL「1の世界がどうなろうと、1と0の狭間で生きている私の知るところではない」
御坂「コイツ…!」
食蜂「いい思考力してるわぁ…」
HAL「…さて、図らずしも私の最大の敵がここに集まった。電子制御の最高能力者、御坂美琴。精神コントロールの最高能力者、食蜂操祈」
御坂「…」
食蜂「…」
HAL「如何に天才たる私と言えど、ここは学園都市なのでね。私の予想もつかぬ事態も起こるかも知れない。そうなる前に、手を打たせてもらうよ。楽しみにしていたまえ」
HALが喋り終わるとディスプレイは暗転した。その後、ブツンという音と共に電源が切れてしまった。
御坂「…なんなのよアイツ…」
食蜂「さぁ…そもそも春川英輔なんて知名力の無い人間知らないわ」
御坂「…確かに…あんなもの作り出せるならかなり有名なはず…図書館で論文でも探してみるか…」
御坂「…あと気になるのは最後のアイツの捨てゼリフだけど…」
食蜂「…きっと気にする必要もないわ。第五位の私、第三位の御坂さんが【電子ドラッグ】にかかってないんだもの。Level5に洗脳される様なおバカさんなんかいないしねぇ」
御坂「…まあ、そうかも知れないけど」
食蜂「ま、警戒するとしたらAIMジャマーくらいねぇ。さすがに演算を阻害されると」
御坂「! 危ない!」
瞬間、御坂は食蜂をはじきとばした。
食蜂「きゃっ!?」
そして、そのまま窓際の壁に手を突き出す。
それとほぼ同時に一本の太い光の筋が壁をすりぬける様に迫ってきた。
御坂「っの!」
その光は御坂が腕を上げるとその動きに沿う様に上へと進行方向を変え、天井に風穴を空けた。
食蜂「ったぁ~…ちょっと御坂さん!?なんのマネ…」
食蜂は絶句した。先ほどまであった壁と窓、天井にも大きな穴がぽっかり空いていたのだから。
御坂「…どうやら私たちの読みは甘かったみたいよ?」
食蜂「…どういうことかしらぁ?」
御坂「Level5の兵隊さんがいらっしゃったわ」
-【学舎の園】常盤台中学学生寮正門
???「また私の能力ねじ曲げやがった。相変わらず忌々しい能力だな、おい」
???「前方10m、上方8mの位置に【超電磁砲】のAIM拡散力場を確認。その後方に多数のAIM拡散力場。左方に特異なAIM拡散力場を確認。恐らくはこれが【心理掌握】」
???「わざわざ中坊相手にカチこみかけるなんざ本意じゃねぇが、アレがHALの敵だってんなら」
???「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」
-???
【能力追跡】滝壺理后、【原子崩し】麦野沈利に見せたのは結標淡希に見せたモノと同じ
この街の能力者に合わせて作った【電子ドラッグ】Ver.3
私の支配下に置くだけでなく能力を飛躍的に向上させるものだ
そもそも【原子崩し】と【超電磁砲】は戦闘面においてほぼ優劣はない
『麦野沈利』と『御坂美琴』なら常に裏社会に身を置いている麦野沈利の方が圧倒的に有利だ
更に【能力追跡】。万に一つも勝ち目はあるまい
【心理掌握】など戦闘の場においては足枷にしかならぬ
そして…
HAL「ククク、素晴らしい」
プログラム人格HALは電脳世界に存在している。そして、その電脳世界に構築された城の上でHALは満足そうに笑顔を浮かべた。
彼の城の前にいるのは大樹。世界樹と呼称してもいいほどの巨大な樹だ。
HAL「来ると思っていたよ【守護神】。ここまで派手に動いて君の捜査をかいくぐれる訳がない」
言葉が届いているのかどうかは分からない。
だが、世界樹は意志をもっているかの様に枝を拡げる。今にも襲いかかってくる気配だ。
HAL「だが【守護神】!!私の本体を見つける事は!君には不可能だ!!」
ドドドッ、とHALの城の前に突如、異様な大きさのオブジェが数体現れた。
どれも同じ古代エジプトのとある造形の形であり、中には翼や牙が生えているものもある。どれも大きさは世界樹に匹敵している。
HAL「この12体の『スフィンクス』が私の周りを固めている限り…私にたどり着くことは不可能だ」
それぞれのスフィンクスから翼の生えた異形な生物が数万匹ほど飛び立つ。
更にその生物は悪意をもって世界樹を攻撃しはじめた。
一体一体が【原子崩し】を連想させるようなビームを放ち、世界樹の葉を、枝を、幹を破壊していく。
HAL「【守護神】…学園都市におけるこの世界を統べるものよ」
HAL「私は…生きなくてはならない」
HAL「故に、私が誰かの干渉によって滅ぶ事など…あってはならないのだ」
-【学舎の園】常盤台中学学生寮
食蜂「ふぅん…アレが【原子崩し】」
御坂の隣に立ち、大きな穴から食蜂は二人の侵略者を見下ろす。
御坂「そう、あの茶髪の方。アイツの能力がまともに当たったらこの壁みたいになるわね」
食蜂「ふぅん…」
すると食蜂はおもむろにリモコンを正門にいる侵略者向ける。
食蜂「えいっ☆」
そしてやはりなんのためらいも無くリモコンのスイッチを押した。
瞬間、正門にいた二人は額に何かが当たったかの様に首から上だけをのけぞらせた。
食蜂「…ん~?」
御坂「…なにしたの?」
食蜂「せっかくだから私の支配下に置こうとしたんだけどぉ…ちょっと御坂さんお願い」
御坂「へ…わっ!?」
ゴッ、という唸りを上げ先ほどよりも巨大な【原子崩し】が二人を襲う。
それを御坂が間一髪のところで先ほどと同じ様に下から上にすくい上げる様に逸らした。
だが
御坂「…つぅ~…」
御坂の手には重たい衝撃が走っていた。
原理上、【原子崩し】は先ほどの御坂の出力なら手には当たらず寸でのところで方向を変えたはずである。
しかし、御坂の手には衝撃が走っている。【原子崩し】の規模が、威力が強すぎるために原理を超えて御坂の手にまで突き抜けてきたのだ。
例えば、電気に対して別の電流を流すことで電気の流れを促しても、電気の規模が桁違いなら流れを変えることができない。
それと同じである。
御坂「アンタなんてことしてくれてんのよ!この状況でも私に一泡ふかせようっての!?」
常盤台ではあまり表立っていないが、食蜂は常日頃から御坂を敵対視している。
御坂に自分の能力が効かないからか、自分の派閥にとって邪魔だからかは分からないが、常に御坂をなんらかの形ではめようとしているのだ。
食蜂「私じゃないわぁ」
御坂「はあ?」
食蜂「確かに操ろうとしたんだけどぉ…私の能力より【電子ドラッグ】の洗脳力の方が強いみたいねぇ」
御坂「な…!?」
食蜂操祈は学園都市最高の精神系能力者。精神に関することで彼女を上回る者などいない。
御坂の電磁バリアなどの例外を除いて彼女の能力は誰にでも通用する。
その彼女の能力が効かないとなると、もはや【電子ドラッグ】の洗脳を解く術はない。
御坂「でも常盤台の生徒にはちゃんと効いてるじゃない!」
食蜂「きっと症状が違うのねぇ。たぶんあそこの二人はこの娘たちより重度の中毒者なんだわ」
御坂「そんな…」
戸惑う御坂。しかし、侵略者はそんな事情を汲んでくれない。
再び青白い光が二人を襲う。
御坂「く…!」
再び御坂は下方から襲い掛かる光を逸らす。もはや天井は穴だらけで今にも落ちてきそうだ。
現に先ほどからパラパラと木屑やホコリが落ちてきている。
食蜂[行きなさい]
ザッ、という少し大きな音が御坂の後ろからした。
振り返ると先ほどまで跪いていた全ての学生が一斉に立ち上がり、一糸乱れぬ集団行動で部屋から退出していた。
御坂「…何をさせてるの?」
ここで考えられる最悪のパターンがある。
能力が通じないことでヤケになった食蜂の暴走。
数に任せて【原子崩し】に特攻することだ。
だが、一撃必殺の【原子崩し】に数で押せるかは分からない。
それどころか、確実に多数の死者が出る。今だって御坂じゃなければとっくの昔にこの世から消えている。
それだけはさせてはならない。
食蜂「決まってるわぁ。全員裏口から敷地外へ避難させたの。私の能力なら混乱もなくスムーズに避難できるしねぇ」
だが、食蜂はヤケになんかなっていない。むしろ余裕すらある。
御坂「…本当に?」
食蜂「当然よぉ。Level5が3人もいる戦闘なんてお嬢様には耐えられないもの」
そう言って食蜂は自分のはめているレースの手袋を外す。
それをリモコンと一緒にバッグの中に突っ込み、中から新しい手袋を取り出した。
しかし、その手袋はいつもの肘まである手袋ではなく手首までしかない。
それにレースもあしらってない。それどころかメタリックな感じすらする。食蜂の好みとは一致していない様に見えた。
御坂「なんなの?それ」
食蜂「マイクロマニピュレータ。ざっくり言えば手で行う精密動作を補助してくれる手袋よぉ。それを更に私向けに改良してもらったもの」
御坂「それでそんなもので何すんのよ!…あぁしつこい!」
食蜂「ちょっと御坂さん。この寮を取り壊すつもりぃ?」
御坂「あそこのイカれたオバサンに言いなさいよ!…ーったぁ~…!」
今度は何本もの【原子崩し】が御坂を襲う。どうやら向こうは本気で自分たちを殺すつもりのようだ。
御坂(あの時と違ってこっちは体力満タンだってのに…!なんっつー威力よ!)
食蜂「…はぁ。まあ後処理は私の改竄力でどうとでもなるしねぇ。とにかく、この手袋であの二人の頭を掴んでゼロ距離で私の能力をお見舞いしてあげるわ」
食蜂が普段リモコンを駆使して能力を使っているのはそっちの方が利便性がいいからだ。
離れた相手に細かい指令を送る。その動きを補助するのにリモコンという装置が一番適している。
だが、今回の様に出力勝負となれば話は別。
だからこそ一番能力が浸透するゼロ距離から更にマイクロマニピュレータで補助させるのだ。
【心理掌握】の最大出力。それを120%で相手に浸透できる。
御坂「それであいつらの洗脳を解けるの!?」
食蜂「これでも私の能力が通じなかったら【心理掌握】の称号なんて取り外すわぁ。ただ問題はぁ、どうやって【原子崩し】のおばさまに接触するかなのよねぇ」
御坂「上ッ等!っの!だったら私が盾になってあげるわ!私が正面から突っ込むからアンタは隙を見て回り込みなさい!」
食蜂「さすがは御坂さん!頼りになるわぁ」
御坂「言ってろ!ホラ、早く行くわよ!」
-【学舎の園】常盤台中学学生寮正門
麦野「チッ、引っ込みやがったかガキども。滝壺」
滝壺「先ほどの位置から3m左に【超電磁砲】【心理掌握】両名のAIM拡散力場。学生寮の敷地外に大量のAIM拡散力場を確認」
麦野「…なるほど、Level5だけでケリつけようってか。ハッ、望むところだ」
滝壺「…そして南西の方角に」
麦野「あぁ、分かってる」
すると麦野は左手だけを左後ろに回し、敷地を分かつ壁に【原子崩し】を思い切り放った。
???「っひょわあ!?」
???「…やっぱり滝壺さんがいたんじゃ忍び寄るのは超不可能ですね」
放ったと同時に女の声。次いで大きく空いた穴から金髪の少女と茶髪の少女が現れた。
麦野「何してんだ?フレンダ。絹旗」
フレンダ「それはこっちのセリフな訳よ!こんなマネしたら後で上から何言われるか分かんないよ!?」
絹旗「【超電磁砲】を狙いたいのは分かりますが、こんなやり方じゃ麦野の立場も『アイテム』の立場もどうなるか超分かったもんじゃありませんよ!?」
警戒しているのか、二人の少女はこちらに寄ってこない。穴の空いた壁から姿だけを覗かせている。
麦野「滝壺」
滝壺「…いいの?私が行ったら相手の位置が特定できなくなるよ?」
麦野「むしろ行け。【超電磁砲】は私の獲物。【超電磁砲】の狙いは私だ。第五位までいんのに尻尾まいて逃げるタマじゃねえよ」
滝壺「わかった。じゃ、私が相手になるよ。ふれんだ、きぬはた」
-【学舎の園】常盤台中学学生寮正面玄関
食蜂「今さらだけどぉ、その手 大丈夫なのかしらぁ?」
御坂「平気よ。むしろアイツの能力でこの程度で済んでるのが奇跡よ」
そう言って御坂は真っ赤に腫れあがった手をプラプラと振ってみせた。
食蜂「…そぉ」
御坂「それよりアンタこそ大丈夫なんでしょうね。ただ近づくってだけでもアレが相手じゃかなり難しいわよ?」
食蜂「…御坂さん次第ねぇ。あなたがうまいこと気を引いててくれるならなんとか…」
御坂「言ったわね?」
食蜂「え?」
御坂「アイツの能力と私の能力はちょっとだけ似てるの。そのせいか…アイツが何しようとしてるかちょっとだけ分かるのよね」
食蜂「…?」
ガチャリ、と御坂は玄関の扉を開けた。
最初に見えたのは強烈な光。それも青白く不気味な光。
しかし、その実体は光の球体だった。直径3m以上はある巨大な【原子崩し】が麦野の前に浮かんでいた。
食蜂「な!?」
自分たちと光の球体との距離はおよそ6~7m。先ほどまでの【原子崩し】の速度を考えると躱せるかどうか。
というよりも躱したら恐らく学生寮はおろか、その後ろの直線上にある【学舎の園】の建造物が軒並み消滅するだろう。
麦野「さあ!あの日の続きだ!【超電磁砲】!」
光の球体で姿はほとんど見えないが、高らかに麦野の声が響いた。
麦野「テメエの自慢の【超電磁砲】と私の【原子崩し】!どっちが上かケリつけようじゃねぇか!」
御坂「…いいわよ!ここで白黒つけてやろうじゃないの!」
そう言って御坂は玄関から飛び出す。
直後に木造の建築物を破壊する轟音。全ての窓ガラスを破壊する轟音。低い音も高い音も混ざりあい、壁や窓ガラスを突き破って御坂の前に何かが集結する。
それはケータイ、パソコン、銀の食器、電子レンジ、オーブン、巨大冷蔵庫…
ありとあらゆる金属が御坂が全力で生み出した磁力によって一つになっていく。
さらには地面の石畳をめくり上げて出てきた砂鉄がその周りを高温でコーティングしていく。
出来上がったのは巨大な銃弾。直線で突き進むのに一番適している形だ。
食蜂「な…な…」
麦野「フ…フフフフ…。あははハハハハハハハハ!!ハフハフハフ…そうだ!そうこなくっちゃなあ!こっちはテメエを壊したくて壊したくて仕方なかったんだからよォ!!」
あまりのことに玄関で立ち尽くす食蜂。
それに対して文字通りに麦野は狂喜する。声だけで狂気にとりつかれたような顔が容易に想像できる。
御坂「私がこいつをぶっ放したら…アンタはその隙にアイツに近づきなさい」
食蜂「へ!?え!?」
麦野「さああああいくぞォ!レェェェェェェェルガァァァァァァァァァァァァンン!!」
御坂「ずぇええりゃああああああああああああああああああああああああ!!」
スケールを逸脱した【原子崩し】と【超電磁砲】がぶつかり合う一一一!!
音よりも早く衝撃波が辺り一面を破壊する。
植え込みもめくれあがった石畳も全てが吹き飛んでいく。
【原子崩し】と【超電磁砲】がぶつかり合った地点に至ってはすでに直径1mほどの深さのクレーターが出来上がっている。
台風が可愛く思えるような大規模破壊に寮が悲鳴をあげるようにミシミシと鳴っていた。
食蜂「こ、こんな中でどうやって近付けっていうのぉ?」
その学生寮の中で食蜂操祈はうずくまっていた。
こんなCGを使ってようやく再現できそうな暴力の嵐の中でどうやって動けというのだ。
いかに自分がLevel5と言えどジャンルが違う。
精神面で右に出る者はいないと言えど身体面では凡庸極まりないのだ。
???「あら、なら手伝ってさしあげましてよ?」
ポン、と食蜂の背中に誰かの手が触れた。
食蜂「あ、あなたまさか…」
振り向き様にその誰かの顔を確認し、食蜂は顔色を絶望に染めた。
???「ああ、あまり動かない方がよろしいかと…」
食蜂「きゃあああああああああぁぁぁぁ…!」
麦野「ギャハハハハハハハハハハハハ!さすがは第三位様だなぁ!」
御坂「く…!」
【原子崩し】と【超電磁砲】の威力は互角。ぶつかり合った2つの一撃必殺の奥義は互いにその威力を相殺していた。
しかし先ほどの暴風で御坂は寮の玄関の壁に叩きつけられていた。
対して麦野はその場から一歩も動いていない。
麦野「だがよぉ、次弾はどうすんだ?」
御坂「…」
【超電磁砲】を撃てるような金属は先ほど全部使ってしまった。もはやあんな大きさの【超電磁砲】は撃てない。
麦野「撃てねぇよなあ?どうしようもねえよなあ!?」
フォン、と先ほどと同じ大きさの【原子崩し】が作りだされる。
麦野「終わりだ【超電磁砲】!テメエのションベン臭ぇ身体ぁブッちゃけてその座を明け渡しやがれぇ!」
御坂「…終わるのはアンタの方よ」
麦野「あ?」
ガッ、と麦野の頭を誰かが掴んだ。
食蜂「脚すりむいちゃったわぁ…婚后さん後で覚えておきなさい」
それはマイクロマニピュレータを装備したLevel5の第五位【心理掌握】食蜂操祈だった。
麦野「な、テメ」
食蜂[おすわり!]
麦野「…くぅ~ん…」
-【学舎の園】大通り
絹旗「…ッ!ケホッ」
滝壺「ムダだよ、きぬはた。私の前じゃきぬはたはただの女の子だよ」
大通りで一人の少女が四つん這いでむせこんでいた。
それを黒髪のピンクジャージがうっすらと笑みを浮かべて見下ろす。
絹旗「…一体どうしたっていうんですか…!滝壺さん…!」
フレンダ「下がってて絹旗!結局、アンタじゃ相性悪すぎな訳よ!」
ベレー帽をかぶった金髪の少女が見かねてピンクジャージの前に躍り出る。
フレンダ「ゴメンね滝壺!ちょっと大人しくなってもらうわよ!」
そして加速がついたまま上段回し蹴りを
滝壺「ムダだよ」
ガシッ、と滝壺は事もなげにフレンダの脚を無造作に掴んだ。
フレンダ「なあ!?」
滝壺「フッ!」
そして更にそのまま脚だけを掴んだまま片手でフレンダを投げ飛ばそうとする。
フレンダ「くっ…」
下手に堪えようとすれば股関節か膝がイカれかねない。なので、フレンダはそのまま自分から投げ飛ばされた。
それほどまでに滝壺の力は常軌を逸している。
コンクリートの上をゴロゴロと転がりながら受け身を取り、フレンダはなんとかダメージを最小限に抑えた。
フレンダ「嘘でしょ…?滝壺に私の動きを見切れる訳が…ましてあんな力…!」
絹旗「…そもそも、体晶の持続時間なんか超過ぎてるじゃないですか…まさかシラフですか!?」
滝壺の前後から驚愕の声が上がる。普段の滝壺どころか体晶を使った状態よりも凄まじい状態にいるのだ。当然である。
滝壺「ぬ…」
フレンダ「…ぬ?」
絹旗「…?」
滝壺「ぬっふぁ一一一一一一一一一一ん!!!!」
フレンダ「」
絹旗「」
滝壺「たぎる!!力がたぎるぞぉ!!ぬふぁ一一一一ん!!」
フレンダ「」
絹旗「」
滝壺「できるっ!!今のたぎった私なら…今までできなかったあんなことやこんなことができ…ぶ!!!」
バチィ!と錯乱状態のピンクジャージを遠方から青い雷撃の槍が貫いた。
御坂「ちょろっと…ハシャぎすぎじゃないかしら?」
滝壺「【超電磁砲】…?そんな…むぎのは…」
食蜂「この通りよぉ」
麦野「くぅ~ん…」
滝壺「」
フレンダ「」
絹旗「」
御坂「アンタたちの負けよ。さっさと寝なさい」
滝壺「…ごめん…HAL…しょせん私じゃ……たぎってもこの程度…」
ドサリ、と滝壺はコンクリートの上に倒れこんだ。
食蜂「さぁて、重症中毒者サンプルの二人目。今度はじっくり参考力にさせてもらおうかしらぁ」
ガシリ、と食蜂は目を爛々とさせて滝壺の頭をわしづかみにする。
滝壺「うぅ…くぅ、うぁ…!」
絹旗「ちょ、ちょっと!超何してんですか!」
時折苦悶の声を上げる滝壺を見て、絹旗が非難の声を上げた。
御坂「それはこっちのセリフだっつーの!」
バチチッ、と御坂の髪の辺りから威嚇するかのように紫電がほとばしる。
フレンダ「ヒ…」
絹旗「…」
御坂「あんな実験を擁護して、今度は常盤台の寮にまで攻めこんできて…アンタら一体何様のつもりよ!」
フレンダ「…」
絹旗「…あの研究所でどんな実験が行われていたかは超知りませんし、知るつもりもありません。謝るつもりもありません。ですが、今回はこちらに全面的に非があります。超すいませんでした」
御坂「ふざけるな!私と食蜂さんが居なかったら【学舎の園】の人間は全員死んでたかもしれないのよ!?」
フレンダ「こ、こっちだって結局何がなんだか分からない訳よ!朝起きたら麦野と滝壺が急におかしくなっちゃってて…」
御坂「分からないで許せる問題!?アンタら人の命をなんだと思ってんの!?」バチチッ!
フレンダ「ヒィ!」
絹旗「…」
食蜂「そうねぇ…確かに簡単に許せることじゃないわよぉ?『アイテム』の皆さん?」
フレンダ「!」
絹旗「!」
御坂「…『アイテム』?」
食蜂「この人達の組織の名称よぉ」
フレンダ「な、なんでアンタがそんなコト…」
食蜂「私を誰だと思っているのかしらぁ?この娘の記憶を洗うことくらい片手間でも…あらあらずいぶんエグイことしてるわねぇ。グロテスクだこと」
絹旗「! 超やめてください!裏の社会のことなんて知らない方が」
食蜂「裏の社会ぃ?毛も生え揃ってないお子様が何カッコつけてるのかしらぁ?」プークスクス
絹旗「な、な…?」カァァ
御坂「…へぇ、ずいぶんかわいいわね」クスクス
フレンダ「ちょ、ちょっと!なにもそんなコトまで…」
食蜂「あらぁ!?何これぇ!?あなたたちも『オシオキ』なんてあるのねぇ!十代でスパンキングされてるのなんてあなたくらいよぉ?」
フレンダ「」
御坂「…スパンキング?」
食蜂「思い切りお尻ひっぱたかれるの☆」
御坂「…プッ、何?アンタたちただのお子様集団なの?」ケラケラ
絹旗「」
フレンダ「」
食蜂「ん~サンプル収拾はこんなものかしらねぇ」
スッ、と食蜂は滝壺の頭から手を離した。
絹旗「き、気は済みましたか!?だったら超さっさと二人を返してください!」
食蜂「済むはずないわぁ。私も御坂さんもケガしちゃったしぃ。下手したら殺されてたかもしれないしねぇ」
フレンダ「な…」
食蜂「本来ならこのまま地上25階から逆さ吊りの刑にでもさせるところだけどぉ」
御坂「ちょ、ちょっといくらなんでもそれは…」
食蜂「フフ、御坂さんならそう言うわよねぇ。じゃ、もっと危険力の低いものにしましょうか。ねぇ、麦犬にりこにゃん?」
絹フレ「「…え?」」
麦野「ワン!」
滝壺「…にゃ~ん」
絹フレ「「」」
御坂「…へぇ、かわいいじゃない。麦犬」ニコニコ
麦野「ワンワン♪」
食蜂「どうしようかしらぁ?このまま往来を散歩させる?白昼堂々ワンニャン動物レズプレイなんかもありねぇ」クスクス
滝壺「にゃ~ん…」
???「…あら?ようやく皆さんを学校まで避難させたので救援に参りましたのに…一足遅かった様ですわね」
ふと今までしなかった別の女の声がした。
食蜂「あらちょうどよかったわぁ婚后さん。あなたも一緒…に…?」
婚后の声を聞き分け、振り向き様に先ほどの仕返しをしようとしたのだが
婚后「…?一緒に…なんですか?」
食蜂「」
御坂「こ、婚后さん…その…身体に巻き付いているのは?」
婚后「? エカテリーナちゃんがどうかなさいまして?」
エカテリーナ「」チロチロ
御坂「…え?さっきは連れてなかったわよね?」
婚后「あんな危ないところにエカテリーナちゃんを連れて行けませんわ。日課の早朝お散歩からようやく帰ってきたらアレでしたので…裏庭の方に避難させておりました」
御坂「…で、ずっと一人…一匹か。にさせるのも心配だから連れてきた、と」
婚后「その通りですわ。で、食蜂さん。一緒になんですか?」ズイッ
食蜂「ヒ、ちょ、来ないでよぉ!」
エカテリーナ「」クワァ!
食蜂「ヒャア!」
婚后「ああ、よしよし。大丈夫でしてよエカテリーナちゃん。…あまり刺激しないでくださいな。この街の狂気に充てられて少々興奮気味ですので」
御坂「…Level5のあられもない姿をこうもいくつも見れるなんて…とりあえず、婚后さん。これもってて」
婚后「? 御坂さんのケータイ電話?」
御坂「うん。もうムービーになってるからさ、構えて真ん中のボタン押してくれる?」
婚后「は、はあ…」ピロリーン
御坂「よし、麦犬!」
麦野「ワン?」
御坂「お手!」サッ
麦野「ワン♪」ポン
婚后「」キュン
御坂「よ~し、えらいえらい」ナデナデ
麦野「クゥン」スリスリ
フレンダ「…結局私たちどうなる訳?」
絹旗「…超カオスです」
滝壺「ニャン」
-第七学区、窓の無いビル
窓の無いビルの中に巨大なビーカーの様なものが存在する。
それは生命維持装置であり、中身は弱アルカリ性の液体で満たされている。
そのビーカーの中で液体に包まれて逆さまに浮いているのは男にも女にも、子どもにも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』アレイスター=クロウリー。
学園都市統括理事長その人である。
ビーカーの前にはいくつもの映像が映し出されている。
それはリアルタイムの学園都市の映像。どの画面にも暴走する能力者や煙をあげる建物、鎮圧に動いている警備員の姿が映っていた。
その映像を観ながら学園都市統括理事長はいつもと同じ様に微笑んでいる。
むしろ、ほんのわずかにいつもより機嫌がいいように見える。
アレイスター「おや…」
突如いくつもの画面が全て暗転する。そして、全ての画面に白い文字であるメッセージが書かれた。
『画像を見る時は部屋を暗くして、画面に密着して見てね』
ふいにいくつもの画面は全て集合し、一つの大きな画面となる。
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ…!!!
アレイスター「ほう…」
【電子ドラッグ】の映像をまともに見て尚、アレイスター=クロウリーは微笑んでいた。
すると、【電子ドラッグ】が流れ終わった画面に黒髪で不気味な雰囲気を纏い、Yシャツにスーツズボンの男が大きく映し出された。
HAL「ふむ、まるで動じないか」
背景は暗く、どこから話しているのかは分からない。それを見てアレイスターは面白そうに微笑む。
アレイスター「やあ、どちら様かな?」
HAL「…失礼、学園都市統括理事長。自己紹介が遅れたね。私は【電人】HAL。春川英輔の脳をデータ化したプログラム人格だ」
アレイスター「【電人】…フフフ、大したものだ。完全な人格をもつAIなど学園都市の技術でも難しいというのに」
HAL「いかに学園都市の技術が二~三十年先を行こうとも、そこに住む人間の脳まで二~三十年進んでいる訳ではあるまい」
アレイスター「なるほど…。しかし、よく学園都市に入って来れたな」
HAL「ああ、この世界に馴染むのには苦労したよ。なにせ外の電脳世界、つまりもともと私がいた世界とは…まるで勝手が違うんだ」
そう言ってHALは苦笑する。
ふと彼の両隣にいくつかの巨大なオブジェが現れ、顔だけを覗かせた。
HAL「学園都市を除く国内のスパコン。その8割を支配し…私自身と接続することによりパワーアップ。そしてこの世界でも通用する『スフィンクス』も同様の手段で作り…ようやくここまで来れたよ」
アレイスター「ご苦労なことだ。そこまでして私に会いに来るとは…何が目的かな?」
HAL「ククク、話が早くて助かる」
HAL「学園都市が打ち上げた【樹系図の設計者】、及び私が指定するいくつかのスパコン。その使用権の一切を私に譲ってもらおう」
アレイスター「…フフフ、なるほど」
HAL「…先ほども言ったが私は学園都市を除く国内のスパコンの8割を支配した。にもかかわらず、外の世界は今日も平常運転だ。これがどのようなことを意味しているか…分かるだろう」
国内のスパコンを8割を一人に寄贈する。などと馬鹿げた話はない。つまり、HALは無理矢理に強奪したのだ。
にもかかわらず、警察はこれを黙認している。つまりは警察などの治安機関は既にHALの手の内だ。
それだけでなく、一般の人間すらそれを許容している。つまり、大抵の人間はHALの合図一つで暴徒となるように兵隊と化しているのだ。
HAL「そして、この街の学生にも研究者にも…君たちの言う【電子ドラッグ】はかなり蔓延している。私のさじ加減一つで暴動の規模は大幅に変わるぞ」
今現在暴れているのは今日HALが勧誘した者のみ。それ以外にもHALの兵隊はまだまだいる。
おまけにその兵隊たちは今暴れている者とは違い重度の中毒者たち。
ただ暴れるだけでなく、効果的に頭脳的にテロを遂行するように指示することもできるのだ。
HAL「理解いただけたかな?アレイスター=クロウリー統括理事長。君に拒否権は」
アレイスター「断る」
HALの口上を聞き終えるまでもなくアレイスターはバッサリと切って捨てた。
HAL「…なに?」
ピクリ、とHALの眉根が動いた。
アレイスター「そもそも【樹系図の設計者】は既に存在しない。今年の7月に…謎の高熱源体が直撃して大破してしまってね。その『残骸』も今年の9月に粉々になってしまった」
HAL「…バカな」
アレイスター「嘘だと思うなら【樹系図の設計者】との通信履歴を探ってみるといい。【電人】なら造作もないこと…むしろ既に探してみたのではないか?」
HAL「…」
アレイスター「フフフ…別に【電人】の知らないカモフラージュやステルスプログラムがある訳ではない。本当に無いのだよ」
HAL「…ならば仕方あるまい。この街のスパコン。その7割を」
アレイスター「フフフ…。【電人】…。【電人】よ…」
笑いを堪えながらアレイスターはHALに呼びかける。
心なしかいつもより機嫌がいいように見える。1と0で表現できぬ者は1と0の狭間で生きる者を手玉にとって楽しんでいる。
アレイスター「忘れたのか?私は『断る』と言ったのだ」
HAL「…!」
アレイスター「能力者や研究者…その他大勢の者たちの暴動…結構じゃないか。『プラン』の短縮にはもってこいだ」
そう言ってアレイスターはいつもよりも深い笑みを浮かべる。
現在進行している【幻想殺し】や【一方通行】を主軸にした『プラン』。
それは彼らに多方面から刺激を与え、経験値を積ませることで進んでいく。
つまり、今回の様な暴動はうってつけなのだ。
HAL「…経産省や防衛省、果ては官邸から国会与党までも私の支配下だ。この街との物流を止めることも!この街を対象にフランスやロシアと結託して戦争を始めることも可能なのだぞ!!」
アレイスター「できるものなら」
どれほど脅しをかけようともアレイスターの表情は変わらない。焦り一つ見受けられない。
もはや、出来もしない子どもの見栄を大人が軽くあしらっているようだった。
HAL「…忠告はしたぞ」
アレイスター「ならば、私も忠告しておこう」
相変わらず微笑んだまま、アレイスターは尊大に言い放つ。
アレイスター「この街をあまりナメない方がいい」
HAL「なにを……!………!!??」
突如、HALの身体にノイズが走る。一部に至ってはドット化までしはじめた。
さらに、その右隣で『スフィンクス』の姿が消えた。
もう反対側では別の『スフィンクス』が音を立てて崩れ落ちた。
-同時刻、第二○学区スポーツ物理研究所
垣根「異物の混ざった空間。ここはもはやお前の知る場所じゃねえんだよ」
朝永「ガ…ハ…」
垣根「ったく、これからアレイスターのクソ野郎に一泡吹かせようって時にウチの狙撃手たぶらかしやがって…」
心理定規「『文字どおりにスパコン潰したッス』ですって。引き上げましょう」
垣根「つーかお前の能力でアイツのこと引き止められなかったのか?」
心理定規「足止めにもならなかったわ」
垣根「ちっ、めんどくせぇ。どのみちアイツはしばらく動けねえ。こうなったら外部から狙撃手雇うしかねぇな」
-同時刻、第五学区第三資源再生処理施設
黄泉川「わざわざ外部から侵入してきて子ども達を洗脳するなんていい度胸してんじゃん」
小柴「ち…っくしょ…」
鉄装『黄泉川さん!B班での制圧完了しました!』
黄泉川「了解じゃん!こっちもさっさとスパコン確保するじゃんよ!」
小柴「まだだ…まだ殴り足りない!もっともっと人間を…!」
黄泉川「…黙れ!」バキッ
小柴「ぐあっ!」
黄泉川「あったまきたじゃんよ!だったら殴られた方がどんな気持ちになるか!私が身体に染み込ませてやるじゃん!」
-同時刻、第十八学区光学能力補助機器研究所
一方通行「シケた遊びでハシャいでンじゃねェよ」
江崎「…そんな…」
一方通行「ったく、女っつゥのは全員そォゆゥ趣味してやがンのか?気持ちわりィ」
江崎「く…」
一方通行「失せろ三下。話になンねェよ」
-同時刻、第七学区窓の無いビル
HAL「…」
アレイスター「理解いただけたかな?【電人】よ。貴様ごとき私が相手するまでもないのだよ。政治的にも戦略的にも」
HAL「…なるほど。確かに甘く見ていたようだ」
アレイスター「もう二度と話すこともないだろう。私がこの回線を切ればもはや私に近付けまい」
HAL「…」
アレイスター「さらばだ【電人】よ。なかなかに楽しい時間だった」
ブツン、と【電人】HALの姿は消えてしまった。
そして、再び四方八方に画面は散らばった。
-【学舎の園】大通り
ふいに警備員のランプが遠くから聞こえた。
御坂「…どうやらようやく来たみたいね。遅すぎだっつーの」
婚后「まったくですわ。この【学舎の園】で暴れる者たちは皆私たちで成敗してしまいましたもの」
食蜂「…あなたは私を吹き飛ばしただけじゃないかしらぁ?」
婚后「失敬な!私を常盤台の婚后光子と知ってのお言葉でして!?エカテリーナちゃんを守るため孤軍奮闘!寮生を守るため獅子奮迅!その際に成敗した暴徒は数知れませんわ!」
御坂「…そんな目に遭いながら私たちの救援に来てくれたんだ」
婚后「当然ですわ!友人を見捨てるなど婚后家の名折れ!雷神を助けるためとあらば風神はどこにでも駆けつけましてよ!」
御坂「…ありがと」
食蜂「涙ぐましい話だこと。じゃぁ、とりあえずは学校の方に向かおうかしらぁ?当面は寮に住めなさそうだしねぇ」
絹旗「超まてぇぇぇ!」
ふいに三人の後ろから大声がした。
御坂「あれ?まだいたの?」
フレンダ「なにすっきり帰ろうとしてる訳よ!結局まだ二人とも元に戻してもらってねーっつの!」
麦野「ワウ?」
滝壺「にゃん?」
食蜂「えぇ~、私もぉ疲れちゃったしぃ。そのままでいいんじゃない?」
絹旗「超ナメてんですか!」
フレンダ「いい訳ないでしょ!」
食蜂「そっちこそLevel5の『自分だけの現実』ナメないでほしいわぁ。あと二~三時間もすれば勝手に覚めるわよ」
絹旗「…超本当ですか!?嘘じゃないですよね!?」
食蜂「当然よぉ。さっきも【電子ドラッグ】から少し覚めかかってたしねぇ。あのまま指令通りに二人がかりで来られてたらたぶんやられてたわぁ」
婚后「…この方はあのテンションで覚めかかってたのですか…」
フレンダ「じゃ、じゃあ滝壺だけでも元に戻してよ!」
食蜂「もぉ~うるさいわねぇ」
そう言って食蜂はバッグからリモコンを取り出す。
食蜂「えいっ☆」
滝壺「にゃ!?」
ドサ、と再び滝壺をコンクリートの上に倒れこんだ。
食蜂「これで次に目が覚めたらもとに戻ってるわぁ。さ、行きま…婚后さんあまりそのヘビ近付けないでもらえるかしら」
-???
…警備員…暗部…か
結標淡希の能力で研究所以外にもスパコンを配置していたが、こうも早く見つかるとは
各所には強化能力者も多数配置していた。にもかかわらずこの結果…
…能力者を生み出すとなればそれを抑止する力もあって当然か
新しいおもちゃを手に入れて少々浮かれすぎたな
だが、それはまだいい
問題は外部との接続を切り離されたことだ
おかげで学園都市の外に設置してある『スフィンクス』はもはや意味を為さない
おまけに私自身大幅に力が衰えた
残った『スフィンクス』は4体
うち1体は『スフィンクス』としてではなく、私と接続するしかあるまい
如何に【電人】とはいえ元が外のスパコンだ
私自身の管理を怠れば存在するだけですぐにキャパシティを超えてしまう
…さすがだな【守護神】
一時的にすべての外部との接続を切断したのも『スフィンクス』の居場所を特定したのも君だろう
データで撃退されようとすぐに次の一手を打ってくる
…麦野沈利と滝壺理后の【電子ドラッグ】へのアクセス履歴もなし…か
あの布陣をもって尚、この街の中学生にすら勝てぬか
…素晴らしいな、この街は
…願わくばこの街には…私が春川であるうちに訪れてみたかったよ
-???
???「なんか色々大変らしいじゃん、HAL」
ふと、1の世界から声が響いた。
HAL「…? なぜ君が…いや、なるほど。そういうことか」
???「うん。アンタが外部との接続を切断される前に頼んできた仕事…バッチリこなしてきたよ」
HAL「ククク…素晴らしい。やはり君は一流だ。一日二日でやり遂げるとは思っていなかったよ」
???「俺も本当にこんなんが存在するなんて思わなかったよ。さすがは学園都市。よっぽどイカれてねーとこんなん考えつかねーよ」
HAL「ククク…違いない。だが、そうでなければこの街は科学を二~三十年も先まで進められまい」
???「…それなんだけどさ、HAL」
HAL「うん?」
???「俺もそっちに行かせてよ」
HAL「…君を?」
???「だって考えてもみろよ。二~三十年も科学が進んでて超能力者が暴れ回るカオスな街…そんなの俺が望んだ以上の世界だぜ?」
HAL「…」
???「こっちのことなら何も心配はいらないよ。警視総監が堕ちてんだ。いくら笛吹さんが草の根活動したところで大局は覆らない」
HAL「ふむ…」
???「外部との接続を切断されるほど追い込まれてんだろ?兵隊の後詰めも必要なはずだ」
HAL「……よかろう。だが、この街入ること、それ自体がかなりの難関だ。今の私にできることも限られているぞ?」
???「かまわないよ。やってほしいことがあったら同じ方法でまた連絡する」
HAL「…分かった。楽しみにしているよ、匪口結也」
???「ああ。そんじゃまたね、HAL。と、ミサカはミサカネットワークを利用した通信機としての役割を終了します」
-翌日、第七学区街頭
-最近急増した一連の凶悪犯罪について…警備員はけさ正式にネット上に流れる洗脳プログラムの存在について公表しました-
-一部では噂になっていたこの映像ですが、正式発表された事には驚きを隠せません-
-対策として警備員は…不審なリンクを開かない事と、可能ならばパソコンや携帯電話などの端末機器に触る回数自体を減らす事。さらには、身近で端末機器類に多く触れる人に犯罪に走る気配が無いか…
御坂「無茶言うわよね」
第七学区を歩いている途中、街頭モニターのニュースを眺めながら、常盤台のブレザーに身を包んだ御坂はため息混じりに正直な感想をもらした。
御坂「学園都市で端末類に触れないでどう生活しろってんだか」
白井「仕方ありませんの。相手が相手ですもの。これくらいしか言えませんの」
それに回答するのは同じく常盤台のブレザーに身を包み、『風紀委員』の腕章を着けた白井である。
二人は学生カバンを持って『風紀委員』一七七支部に向かって歩いていた。
-…それでは次のニュースです。来週第四学区にオープンされる、至郎田正影氏と陳ヤマト氏の共同展開による総合レストラン『シュプリーム会屠楼』ですが…-
御坂「それにプログラム人格についてはなんの情報もないし」
白井「それについては実際に会話したのがお姉様と食蜂さんだけですから…。洗脳が解けた生徒は【電子ドラッグ】にハマッていた時のことをあまり覚えていないようですし」
先日の騒動で常盤台中学はしばらく臨時休校。住む所を失った生徒は仮の住まいが見つかるまで学校に寝泊まりすることとなった。
なにせ寮の方は小隕石が墜落したかの様な惨状になっていたのだ。
最終的に深さ約3m弱にまで達したクレーター。吹き飛ばされた植え込みと石畳。あちこち穴だらけの壁。粉砕した窓ガラス。半分ほど消滅した屋根。建っているのが不思議な状況だった。
【心理掌握】の能力から目覚めた生徒は自分たちの寮のありさまを見て呆然としたが
『御坂さんと婚后さん、そして常盤台の誇る女王が襲いくる凶悪な外敵を見事撃退し、さらにはその能力で改心させた上、寛大なる御心で許してやった』
との趣旨の説明を聞き
『さすがは女王!』
『御坂さんありがとうございます!』
『一生ついて行きます女王!』
『婚后さんステキですわ!』
『お茶をお持ち!女王にお茶を!』
『踏んで下さい女王!』
と今後のことも忘れて大騒ぎだった。
白井「まあでも、きっと【学舎の園】の方たちは二度と【電子ドラッグ】にハマりませんわ」
御坂「? どうして言いきれんのよ」
白井「見たくても見れませんもの」
御坂「…あはは~」
御坂はとぼけた様に明後日の方向に目を逸らす。実際、ケータイやらパソコンやらを【超電磁砲】の材料にしてぶっ放したのは御坂だ。
というか寮をぶちこわした割合の半分以上は御坂だったりする。
助けにきたヒーローが実は一番モノを破壊していたというのは往々にしてよくあることである。
白井「…やはりお姉様ですか。食蜂さんは第四位の暴走と説明しておられましたが…」
御坂「しょうがないじゃん。私だけだったらアレでもやられてたわよ?」
白井「…ちなみに、寮の金属類すべてを使って何をなさったんですの?」
御坂「全部まとめて【超電磁砲】にしたわ」
白井「そ、そんなことまでなさってもやられそうだったんですの!?」
御坂「うん。正確には互角だったんだけど、向こうはその威力のヤツを何発でも撃てたから」
白井「…暴走したLevel5怖すぎですの」
御坂「とりあえず暴徒は未だに消えないけど、数自体は減ってるのよね?」
白井「ええ、お姉様の仰っていたプログラム人格。そこへのプロテクトも7割ほど解体したと初春が」
御坂「…やっぱりスゴいわね、初春さん」
白井「パソコンの腕に関しては彼女は間違いなく天才ですもの。無駄に讃える者がいないだけですの」
御坂「私も頑張らなきゃな~。やられっぱなしってのも性に合わないし」
白井「…そしてまたあの殿方に感謝されながら抱きつかれたいんですの?」
御坂「え!?や、アイツのことは関係ないわよ!」
白井「…頬が弛んでますの」
先日の騒動の後、御坂は約束通りに上条の救援に向かった。
上条に対し執拗にサインをねだる巨漢を電撃で始末すると、よっぽど感極まったのか半泣きになりながら御坂に抱きついてきた。
御坂の方はどうしていいのか分からず赤面しながら照れ隠しに罵ったり、むしろ抱きしめかえすべきかで悩んで手があがったり下がったり
そうこうしている内に自分の寮を制圧した白井が現場に駆けつけ、有無を言わさずドロップキックで引き剥がした。
白井「類人猿めお姉様にあんなこと…あのまま放っておいたら何をしていたか…」
御坂「ほ、ホントよね~。何考えてたんだか…」
白井「だから頬が弛んでますの」ハァ
結局、我に返った上条は土下座する勢いで謝り、いつか埋め合わせはすると言って帰っていった。
御坂「と、とにかく!全体的に騒動は下火になってきたし!後はプログラム人格がインストールされてるスパコンを見つけて破壊すれば、この騒動はこれで終わり!そうでしょ!?」
白井「…まあそうですわね。食蜂さんがいればどんな中毒者も治せますし、食蜂さんでなくとも大能力者であれば軽度の中毒者なら治療可能、とのことですの」
御坂「よし!ゴールも見えたことだし、サクッとこのまま終わらせちゃいましょ!」
白井「…やっぱり最後まで関わるおつもりですの?」
御坂「へ?」
白井「何度も申している様に、お姉様は一般人ですの!」
御坂「なによ今さら。あんな目に遭わされてこのまま泣き寝入りなんてできるわけないでしょ」
白井「…はあ、こうなってしまったらもう何を申してもダメですの」
御坂「当然。さっ、早いとこ行きましょ」
白井「はいですの」
-第一学区、大通りリムジン車内
食蜂「ふわ…ん。…もぉ今日のところは終わりにしましょぉ?」
垣根「まだ一件しか終わってねえだろ」
食蜂「昨日の今日だから疲れてるのよねぇ。格上が相手だと苦労するわぁ」
垣根「その格上を相手にピンピンしてんだろうが。ったくやっぱお嬢様っつーのはわがままだな」
第一学区の大通りを黒塗りのリムジンが走り抜ける。
その広い後部座席に向かい合って乗車しているのはLevel5第五位の【心理掌握】食蜂操祈と第二位の【未元物質】垣根帝督。
二人には学園都市統括理事会から直々に指令が下されていた。
電波はすでにHALの支配下にある可能性があるので本当に直々にである。
食蜂には『【電子ドラッグ】の中毒者を治療せよ』。
しかし手渡されたリストには理事会直下の高官やその他エリート組ばかり。
彼らが洗脳されたままなら確かに学園都市はいい様に動かされてしまう。
しかし、現段階でこれだけの人数が操れているとは考えにくい。
おそらくは確認の意味もこめられているのだろう。
食蜂「まぁついでにスキャンダルまで掴めるのは面白いけどねぇ。さっきのおじさまなんて愛人4人もかこってたし」
垣根「自分の保身と潔白の証明のために中学生に弱味握られるのかよ。怖ぇなおい」
対して垣根に下された指令は『【心理掌握】食蜂操祈を護衛せよ』。
【電人】HALにとって一番厄介なのは手塩にかけた兵隊たちを正常化させてしまう【心理掌握】の能力である。
しかし、戦闘となれば【電子ドラッグ】で強化された兵隊に食蜂では勝てない。
そのために護衛を任されたのが垣根帝督だ。
HALの兵隊を簡単に負かせるのは彼くらいしかいない。
食蜂「とはいえ、別にお金に困ってる訳でもないしぃ。私の周りが平穏ならそれでかまわないのよねぇ」
垣根「とんでもねえな。さすがLevel5だ」
食蜂「あなたもでしょぉ?」
垣根「心配するな、自覚はある」
食蜂「それに後から『知りすぎたから抹殺せよ』なんて言われるのも怖いしぃ」
垣根「向こうも少しは考えて人選してんだろ。現にリストの中にトマス=プラチナバーグの名前はねえ」
食蜂「まぁ、そんな訳だから…[お願い]垣根さんと運転手さん」
そう言いながら、食蜂はスムーズにバッグからリモコンを取り出して優雅に振るう。
いつもの如く、他人の心理を完全に掌握するために。
垣根「やめろっての」
バサリ、と垣根の背中から片側だけ少し翼が広がった。
食蜂が【心理掌握】の能力を発動させたというのに、垣根にはなんの変化も見られない。運転手も別段進路を変えた様子はない。
【心理掌握】は不発に終わった。
食蜂「…第三位の御坂さんに効かないんだからあなたにも効かないかも、とは思ったけどぉ…」
不機嫌さ半分、不思議さ半分となんとも言えない表情で食蜂は垣根を見据える。
食蜂「運転手さんにまで効かないのはどぉいうことかしらぁ?」
垣根「なに大したことじゃねーよ。第三位に効かないならてめえの弱点は電磁波かなんかだろ。似た様な物質を作っててめえと運転手の間にばらまいただけだ」
そしてこれが『スクール』でなく垣根個人に指令が下された理由。
【心理掌握】を無効化できるほどの力だ。【心理掌握】の力は絶大であるが、それ故に好き勝手されては困る。
それを抑制するために理事会直属の暗部組織『スクール』のリーダー、垣根帝督が選出されたのだ。
垣根の方も垣根の方で、後の計画のために今の段階で理事会に逆らうのは面倒だと判断したためにこの依頼を受け入れた。
食蜂「…私と運転手さんの間、ってことはぁ…あなた自身は別の方法で私の能力を防いだのかしらぁ?」
垣根「ウチにも精神系の能力者がいるからな。お前らみたいな能力者に寝首かかれねえ様に脳の構造を俺の能力でちっとばっかいじくってんだ」
食蜂「…第二位ともなるとそんなこともできるのねぇ。一体どぉいう仕組み?」
垣根「ざっくり言やあ脳に擬似的なファイアウォールを何個か築いてるってとこか」
食蜂「…とんでもないチート能力者だこと」ハァ
垣根「心配するな、自覚はある」
-『風紀委員』一七七支部
『風紀委員』にはいくつもの支部が存在している。
その中で白井が所属しているのは一七七支部。
そこにたどり着いた二人はガチャリと支部の扉を開いた。
白井「おはようございますの」
御坂「おはようございまーす。私も来ちゃいました」
するとそこには二人が見慣れた顔がいくつか見えた。
そのどれもが笑顔で二人を出迎えた。
初春「あ、おはようございます白井さんに御坂さん」
佐天「おはよーございまーす。あたしもいますよー」
固法「おはよう。昨日は災難だったわね」
一七七支部の部員の一人である花飾りの少女、初春飾利。
その親友であり、よく支部に入り浸っている佐天涙子。
白井や初春の上司役であり『透視能力』の強能力者、固法美偉である。
御坂「あはは…災難どころじゃないですよ」
佐天「常盤台の寮がすんごいことになってるんですよね?【学舎の園】じゃなかったら見に行けるのになー」
初春「ちょっと佐天さん!不謹慎ですよ!」
佐天「イヤ、そうなんだけどさ。Level5同士が本気で暴れた現場なんてめったに見れるものじゃないじゃん」
白井「お気持ちは分からないまでもないですが、自重なさってくださいな。お姉様は死にかけたんですのよ?」
佐天「うぇ!?そうだったんですか!?」
御坂「あー…まあ、うん」
佐天「ご、ごめんなさい!元気そうだったから私てっきり御坂さんがあっさり勝っちゃったんだと…」
御坂「いーっていーって。実際こうして元気だしね。あんまり気を使われても困るわよ」
固法「なんていうか…御坂さんらしいわね」
御坂「それにしても初春さん、よくあのプログラム人格のところまでハッキングできたわね」
初春「いや~正確にはハッキングできた訳じゃないんですよ」
そう言って初春は少し苦笑しながらいつものかわいらしい声で否定した。
御坂「…?でもプロテクトは7割くらいクラッキングしたのよね?」
初春「ええと…昨日の放送は統括理事会が許可したものじゃなくて電波ジャックされて放送されたものだったんです」
佐天「あれ?そうなの?」
昨日学園都市全体に放送された、能力者を狙った放送。
統括理事会の一人が出てきたとはいえ、完全に乱心していた。
おそらくはすでに【電子ドラッグ】にハマッているだろう。
まともな手続きを踏んでいなくとも納得はいく。
初春「ええ。たぶん完璧にあの放送を学園都市全体に流すために…。で、それだけ派手にジャックすれば必ず足跡は残ってるはずなんで、それをたどって出所を探ろうとしたんです」
御坂「…なるほど」
初春「でも、それらしいところまで行ったらこっちのサーバーにとんでもない量のジャミング…つまり無駄情報が送られてきてサーバーが落とされちゃったんです」
固法「ちなみに、そこの隅っこにあるのがそのサーバー。どうやったらそこまでなるのか分からないけど危うくボヤ騒ぎになるところよ」
そう言って固法は半ば呆れたように部屋の隅を指した。
見るとビニール袋に入れられた黒焦げの何かがあった。
おそらくはショートした配線かなにかが原因で燃えだしたのだろう。
初春「で、それでもそのサーバーが落ちちゃう前にどこから送られてきたかをいくつか特定することができたんです」
白井「さすがは初春ですの。並大抵の人間ではパニックになっておしまいですの」
初春「えへへ…。それで特定できたところは5件。その内1件は外部だったんで思い切って接続切っちゃいました」
佐天「…そんなことしてよかったの?」
初春「緊急時には警備員だって一般道逆走するじゃないですか。もーまんたいです」
そう言って初春は得意気に胸を張った。
固法「…まだ上からなんて言われるか分かってないんだけどね。どうも電波は怪しいみたいだし」
佐天「え?でも初春は普通にパソコンいじってるじゃないですか」
白井「初春は特別ですの。初春がいなかったらこの街はもっとひどい状態になってましたの」
初春「それに私のパソコンは独自のプロテクトとフィルタリングでがっちり守ってますから。そっちももーまんたいです。…と、話が逸れちゃいましたね」
初春「それで外部との接続切ろうにもその時ここのパソコンは壊されちゃったんで、とりあえず自前のノートパソコンで行動したんです」
まあアクセス権限ないから余計な手間が増えましたけど、と初春は事もなげに付け加えた。
固法「そして同時に私が警備員に連絡してそこにあるスパコンを片っ端から壊す様に頼んだの。緊急用暗号なんて支部にいながら口頭で使ったの初めてよ」
仮にも処理能力が格段に飛躍している『風紀委員』に配備されたパソコン。
そのサーバーからの接続を強引に切断するとなるとかなり高性能なものに限られてくる。
つまりはスーパーコンピューター。それも学園都市製でとんでもなく演算能力の高いものである。
御坂「よくそんなこと許可出してくれましたね」
だが、逆に言えばそれだけ金額的にも設備的にも価値のあるものである。
それを可能性の段階で破壊の判断を下すとはかなりの冒険である。
固法「たぶん上も何か掴んではいたのね。今までも予兆はあったんだし」
初春「それでスパコンの破壊に成功したみたいで、私の方も外部との接続を切るのに成功したので、おそらく7割方プロテクトは解体、と長くなりましたがこんな訳なんです」
御坂「なるほどね」
佐天「いや~さすがは私の初春だね!私たちにはできないことを平然とやってのける!そこにシビれるあこがれるぅ!」
初春「えへへ~、そんなに誉めないでくださいよ佐天さん」
そうは言いながらも、初春はまんざらでもない顔を少し赤らめながらニヨニヨとさせていた。
白井「…ちなみに、あの放送がどんなものだったかはわかりましたの?」
その言葉を聞いて初春はほころんでいた顔を再びもとに戻し、さらには行きすぎたのか少し凹んだ顔をした。
初春「…それなんですが…よく分からないんです。【電子ドラッグ】は映像だけだと思っていたんですけど…」
御坂「でもあのプログラム人格ははっきり言ってたわ。あれは能力者に向けて使ったものだって」
白井「ならやっぱり【電子ドラッグ】に違いありませんの」
佐天「…」
固法「でも正直初春さんじゃ専門外よ。それこそ能力開発の専門家とかじゃないと」
いくら【守護神】と言われる存在でもそれは電脳世界での話。
どんな構成なのかはデータさえあれば解析できるが、それがどんなもので何を示すのか分析することはできない。
御坂「あ、じゃあ木山先生は?あの人大脳生理学者だし【電子ドラッグ】についてなにか知ってるかも」
木山先生、つまり木山春生とはかつて【幻想御手】を作りあげ、学園都市の学生一万人を一時的に昏睡状態に陥れた大脳生理学の研究者である。
しかし、それは『暴走能力の法則解析用誘爆実験』で傷つけた自身の教え子を救うためであった。
現在は釈放され、『暴走能力の法則解析用誘爆実験』で昏睡状態に陥っていた生徒たちも意識を取り戻し、無事に回復していっている。
初春「それなんですけど…木山先生と連絡がつかないんです」
佐天「!」
白井「本当ですの?」
初春「ええ。私からはもちろん、枝先さんたちも連絡とれなくて…自宅にもいないようですし…」
佐天「…」
御坂「…実はすでに別の研究所からの依頼で【電子ドラッグ】の解析に取り組んでて缶詰め状態、とか?」
固法「そうね…わりと実力者だし、そう考えても…」
佐天「あ、あの!」
ふいに、今まで黙っていた佐天が思い詰めた表情で声を発した。
白井「? どうかしましたの?」
佐天「えと…みんな分からなかったと思うけど…あの放送、似てたんです」
初春「? 何にです?」
佐天「…【幻想御手】に」
御坂「!」
白井「な…!」
初春「ええ!?」
支部にいた人間はみな一様に驚いた。
【幻想御手】-かつて木山春生が開発した非合法な能力向上プログラム。
それは他人の脳波と強制的にリンクさせるため脳への負担が大きい。
そのため学生約一万人が甘い罠にかかり昏睡状態に陥った。
そして佐天はこの中で唯一の【幻想御手】の使用者である。
固法「…本当なの?佐天さん」
佐天「ええ、たぶん…」
白井「で、でも【幻想御手】は音楽では?」
佐天「そうなんですけど…こう…音の高低っていうか波長っていうか…なんとなく【幻想御手】に近いものがあったんです」
御坂「…てことは…木山先生は【電子ドラッグ】にハマッてる可能性が高いわね…」
初春「! そんな!木山先生に限ってそんなこと…」
御坂「でも音だけで能力者を狙って操るなんて外の人間には不可能でしょ?」
そもそも学園都市の能力開発技術自体が完全門外不出である。
それなのに開発の行程をすっ飛ばして能力者を操る法則を知っているわけがない。
初春「え?そのプログラム人格って学園都市の外で生み出されたんですか?」
御坂「うん。ネットがあまり使えないから図書館で調べてみたんだけど、アイツが言ってた名前は外でいくつもの博士号を取得した人間のものだったの」
白井「…全員暴走状態なのであまりに気にしませんでしたが、今にして思えば暴れてた人間は若干能力が強くなっていた気がしますの」
佐天「…」
固法「…木山先生と連絡がとれないのも説明がつく。【電子ドラッグ】にハマッてると見るのが妥当ね」
???「おーい」
木山についての議論が大方終わった頃、暗い空気を消すかの様にノックの音と女性の声が扉の外から聞こえた。
固法「あ、はい。どうぞ」
ガチャリ、と扉が開くと二人の女性が現れた。
一人は髪を後ろでまとめた巨乳の女性。もう一人は丸眼鏡の女性。二人とも警備員の正規装備をしていた。
警備員である黄泉川愛穂と鉄装綴里である。
黄泉川「よーす、邪魔するじゃん」
扉を開けてすぐ、陽気で快活な声が響いた。
白井「おはようございますの。黄泉川先生に鉄装先生」
鉄装「おはようございます。朝からお疲れさ…!?」
続いて鉄装もあいさつしようとしたのだが、ある一点を見た瞬間に身体を硬直させた。
更に黄泉川もそれに気づいて身体を強ばらせる。
佐天「…? どうかしました?」
鉄装「…」
キッ、と鉄装は御坂をにらみつけて身構える。完全に臨戦体制だ。
御坂「な、なんです?」
敵意を一身に受けて思わず御坂はうろたえた。
確かに普段の素行でちょくちょく悪いことをしてる自覚はあるが、せいぜいちょっとお叱りを受けるようなことだけ。
警備員の恨みを買うようなことなんかした覚えはない。
黄泉川「落ち着け鉄装。…御坂」
御坂「は、はい」
黄泉川「なにか自分を証明できるものは所持しているか?」
御坂「え?」
思わず聞き返してしまった。なぜこのタイミングで身分証明?
黄泉川「だから身分を証明できるものを出せと言っている」
白井「な、なんなんですのいったい?」
黄泉川「いいから早くするじゃんよ」
警戒したまま、強い口調で黄泉川は御坂に命令した。
あまりにも理不尽な態度。一日前に命懸けで【学舎の園】を救ったというのにだ。
そんな態度をされれば誰だって腹が立つ。実際御坂はムッとした。
御坂「…IDも学生証もありますけど」
とはいえ警備員に逆らうのは得策ではないし、自分がなにもしてないことの証明にもならない。
仕方なく御坂は学生カバンの中をガサゴソと探りはじめた。
御坂「はい。これでいいですか?」
ほんの少しして御坂は学園都市で住むための個人の証明書であるIDと常盤台中学の学生証を見せた。
鉄装「あ…」
それを見て鉄装は安心したように息をつき、警戒を解いた。
黄泉川「安心するのは早いじゃん」
対して、黄泉川は未だ警戒している。
御坂の手からIDだけ受け取ると、ポケットから液晶つきの小型カードリーダーを取り出した。
そして、IDカードをそのカードリーダーに差し込んだ。
ピピッ、という機械音と共に液晶に御坂の顔写真が映し出された。
液晶が見えない人間もその音でなんの異常もないことが確認できた。
初春「…正真正銘御坂さんのものみたいですけど…」
黄泉川「…疑ってすまなかった。許してほしいじゃんよ」
そう言って黄泉川は深々と頭を下げた。
鉄装「ごめんなさい!」
続いて鉄装もあわてて頭を下げる。
御坂「いえ…まあいいですけど…」
御坂は今度は混乱した。腹が立ってはいたが急にこうも潔く頭を下げられては怒るに怒れない。
それに身分を証明しただけでいったい何が分かったいうのだろうか。
固法「それで、どうして御坂さんの身元証明を?」
そんな御坂の気持ちを代弁するかのように固法が質問した。
黄泉川は少しだけ間を空けたが答えはじめた。
黄泉川「…昨日お前たちから報告のあったポイントを警備員の各部隊が制圧しに向かったじゃん」
実際には暗部も制圧に向かっていたのだが、黄泉川をはじめとする多くの人間はその存在を知らない。
そのため、すべてのスパコンの破壊は警備員が行ったというのが各員に知らされた報告だった。
黄泉川「報告にあった4ヵ所中3ヵ所は滞りなく制圧に成功したんだが…1ヶ所だけ失敗したじゃん」
佐天「! 警備員がやられちゃったんですか?」
鉄装「…面目ないです」
黄泉川「その時部隊を率いてた恵美っていう私の同僚の話だと…あと少しでスパコンまでたどり着くってところで…御坂美琴が現れたんだと」
御坂「はあ!?」
御坂は思わず素っ頓狂な声を上げた。
当然御坂にそんな覚えはない。昨日は朝から第四位と命懸けで戦い、第四位を全力でもてあそび、ツンツン頭に半泣きで抱きつかれ…
と、そんなことをしている暇などなかった。
初春「そんな!何かの間違いですよ!」
佐天「そうですよ!御坂さんは第四位の人と戦ってたんですから!」
白井「証人でしたら私がいますの!それに食蜂さんや婚后さん、なんだったらあの類人猿だって証人ですの!」
そして、ほとんど一斉にに御坂を擁護する声が上がる。全員御坂がそんなことするはずないしできるはずがないと分かっている。
次々に沸き上がる弁護の声を黄泉川は煩わしそうに両手を振って制した。
黄泉川「だーあー分かってる!分かってるじゃんよ!御坂はシロじゃんよ!」
佐天「本当ですよね!?いきなり逮捕とかしないですよね!?」
黄泉川「当たり前じゃんよ。御坂がクロだと思ってたら身元確認なんかする前に警備員の詰所に連行してるじゃん」
固法「じゃあ繰り返しになりますけどなんで身元確認を?」
黄泉川「…恵美の話じゃ御坂が一度に4人現れたらしい」
御坂「…!」
白井「はい?どういうことですの?」
黄泉川「私もよく分からないじゃん。でも4人とももれなく【電撃使い】で外見も御坂だったらしい」
佐天「…まさか御坂さんって姉妹とかいます?」
御坂「…」
初春「いるわけないじゃないですか。この街に御坂って名字の人は一人しかいませんよ」
黄泉川「それはこっちも把握してるじゃん。だからウチらはそいつらとは別に偏光能力かなんかの能力者が撹乱させたとにらんでる。だからさっき身元確認をしたじゃん」
固法「なるほど、そういうことですか」
鉄装「本当に疑ってごめんなさい。手塩さん…えと、さっきの恵美さんって人、本当に強い人だから…あの人の部隊を負かすような人物なら警戒しなきゃって…」
御坂「…いえ、大丈夫です。気にしてませんから…」
初春(…?)
佐天(…御坂さん?)
白井(……お姉様?)
御坂「…」
-第十学区、小児能力開発研究所
一方通行「アッはギャハァ!その程度の工夫でどォにかなるとでも思ってンのかァ!?」
研究所の実験室には惨劇が起こっていた。あたり一面に中毒者が死屍累々と転がっている。
実際にはまだ生きてはいるが、完全に虫の息だ。
兵隊「…」
立っている人間はほんの一握り。そしてその人間も間もなく倒れることになる。
一方通行「甘ェよクソボケ。そンな劣化版にやられるほど甘かァねェンだよォ!」
一方通行が全身を使って腕を振るう。それだけで烈風が巻き起こり、機材は吹き飛び、立っていた人間は派手な音と共に壁にめり込んだ。
一方通行「人間階段、ってなァ。ハッ、これはこれでアートじゃねェか?」
???「ふむ、やはり他人のマニュアルは応用できんな」
ブン、と実験室の大きなモニターにHALの姿が映しだされた。
一方通行「…テメェが黒幕のプログラム人格…HALっつったか?」
それに気付き、一方通行は邪悪に笑いながらモニターを睨みつけた。
HAL「自己紹介をした覚えはないが…統括理事長は私の名前を公表していたかな?」
一方通行「バァカ、結標が見てたカス映像にテメェの情報をサブリミナルでぶち込んでたろォが」
見下した様な一方通行の態度に、HALは少しだけ首をかしげた。
HAL「…なるほど、結標淡希を討ったのは君だったか。その口ぶりだと君も【電子ドラッグ】を見たようだが…ずいぶんピンピンしているな」
一方通行「なァに大したことじゃねェ。頭ン中でシナプスが組み替わっていくのを自分で元に戻していっただけだ」
そのセリフを聞き、HALは思わず目を見開いた。
HAL「…なんと。君にはそんなことすら可能なのか」
一方通行「学園都市第一位の能力と頭脳ナメンじゃねェ。似たよォなことを最近やったばかりだ。そンでついでに結標の頭も元に戻しておいた」
HAL「…」
一方通行「まァ、俺も専門っつゥ訳じゃねェからな。ちっとばっか脳への刺激が強すぎたみてェで今はベッドでお寝ンねしてンよ」
HAL「…ククク、まさか1の世界の住人が私のプログラムを一目見ただけで解析しきるとは…」
一方通行「ハッ、あんなやっすいプログラムに自信なンざ持ってンじゃねェよ」
一方通行「でェ、確認するがあのプログラムを学園都市に拡散したのはテメェなンだよな?」
HAL「その通り。この街に【電子ドラッグ】を持ち込んだ張本人さ」
一方通行「クカカ、そォかいそォかい。だったらテメェに感謝しなきゃなァ!テメェのおかげで上の圧力に守られてる研究所もおもいっきり潰せンだからなァ!」
HAL「…ククク、本当に面白いな、この街は。どうやら暴動が起きると喜ぶ傾向にあるらしい」
一方通行「…ハッ、そりゃそォだ。学園都市なンざ頭のイカれたやつの集まりなンだからよォ」
HAL「ほう、君もそのうちの一人だという自覚もあるかい?」
一方通行「当たり前だクソッタレ」
HAL「さて…私の手足達はたやすく蹴散らされ…ここの『スフィンクス』本体は丸裸だ」
ちなみに、今回『スフィンクス』を守備していたのは木原数多のマニュアルを参考にした徒手空拳部隊。
反射膜寸前で拳を引き戻すことにより反射膜を無効化させる方法だが、そもそも一方通行の反射膜の位置が体表面ギリギリ。
その上『ベクトル操作』で動き回る一方通行を捉えきらねばならない。
これはもはや感覚の問題であり、再現するには木原一族謹製の高性能義体でもなければ再現不可能である。
【電子ドラッグ】の洗脳と『スフィンクス』の統括アプリでは再現はできなかった。
HAL「だが君たち暗部組織や警備員、【守護神】のせいで残る『スフィンクス』はもう3体しかいないんだ」
これ以上の『スフィンクス』の損失は致命傷。
何せ【守護神】はすぐに『スフィンクス』の位置を逆探知してきた。
あの数秒でそれほどの情報収集能力。もっと言えばそれほどの知識と腕前。
『スフィンクス』がなくなれば即座にHAL本体を破壊しにくるだろう。
何せHAL本体は外のスパコン。どれだけ複雑だろうと学園都市のモノとは性能が著しく劣っているのだ。
HAL「そこで、だ。私自らが直々に相手をしよう」
一方通行「…へェ、プログラム人格が現実世界の俺を直接相手すンのか。バグでも発生したか、おい」
HAL「万が一にもそれはないよ。如何に君が最強たれどしょせんは1の世界の住人。1と0の狭間に生きる私とは文字どおり次元が違うんだ」
一方通行「ギャハハハハ!違ェねェなァ!でェ?何やってくれンだ!?さっきの雑魚どもみてェな木原の真似ごとを次元単位でやってくれンのかァ!?」
HAL「まさか。私はただ指を鳴らすだけさ」
HALは自身の左腕をかかげる。
その手は人間の手ではなく、子どもが考える妖怪と一昔前の宇宙人を混ぜ合わせた様な不思議な色と形をしていた。
パチーン、とHALの指が鳴った。
一方通行「な…!?」
ガクン、と一方通行は膝から崩れ落ちた。
一方通行(なンだ…演算が…違ェ、それより…!?)
自身の異変に驚愕する。演算するどころか立つことすらままならないのだから。
HAL「…ふむ、この程度か。やはり少々時間が足らなかったな」
一方通行「テメェ…なにを…」
ふらつく脚に必死に力を籠めて立ち上がり、モニターを睨みつける。
それを見下し、HALはいつもの様に妖しく不気味に笑う。
HAL「ククク、学園都市第一位の頭脳たれば簡単に思いつくのではないか?」
一方通行「あァ…!?」
チョーカーの不具合ではない。メンテナンスは常に万全だ。ここに来る前にも調整した。
チョーカーの電池切れではない。あんな雑魚ども5分で蹴散らした。
電波の問題ではない。駒場から痛いほど学んだ。この生命線を保護するために杖にいくつか仕込みをした。
なら、もっと根源的な…
一方通行「まさか…」
HAL「ククク、私も驚いたよ。まさか人間の脳が世界規模で一つのネットワークを生み出しているとは」
思い当たるとすれば、自分の能力の要。
そんなことを抜きにしても大切な存在。
命を賭してでも守ると決めた幼い少女。
一方通行「テメェ!打ち止めに何しやがったァ!!」
HAL「…打ち止め?」
ふと、HALは怪訝な顔をした。
さらには、少しばかり押し黙った。
一方通行(なンだ…?違ェのか?だが、他に思い当たる要素なンざ…)
やがて、HALはクスリと笑った。
HAL「…なるほど、そういうことかアレイスター…確かにあの会話ではどうとでもとれる」
一方通行(アレイスター!?…アイツが黒幕なのか!?)
HAL「…いや失礼。さすがに学園都市の超能力者、その第一位ともなると機密ランクが段違いでね。今の私ではすべてを知ることはできないんだ」
先日までのHALなら電脳世界のほぼ全てを瞬時に把握することもできた。
そのため現に一方通行の能力の大半を奪うことに成功している。
しかし、今のHALには不可能。そんな力はない。
そして、絶頂期のHALですら打ち止めの存在は把握できなかった。
それほどまでに少女の存在はアレイスターにとって重要なのだ。
一方通行「なら…どォやって俺の能力を…!」
さすがに立っていることがキツくなったのか、一方通行は手近な壁にもたれかかった。
HAL「ククク…先ほど私は【電子ドラッグ】をこの街に持ち込んだ、と言ったはずだ」
一方通行「それが…なンだってンだ…」
HAL「学園都市の外のスパコンごときが単体で学園都市の電脳世界に侵入できるはずあるまい。私は学園都市を除く国内の8割のスパコンを支配してここに来たのだよ」
一方通行「…ーッ!」
一方通行はようやく気づいた。自分の能力、さらには身体機能までもが奪われた原因に。
HAL「そう。日本国内にある学園都市の協力機関も例外ではない。そこに預けられている御坂美琴のクローンは私の支配下だ」
かつて行われていた『絶対能力者進化実験』。そのために創られた【超電磁砲】のクローン二万体。
実験の中断により残った一万弱のクローンは世界各地の学園都市の協力機関に預けられた。
HAL「正直【電子ドラッグ】にハマッているかどうかは分からなかったので賭けだったが…私の手足が素早く確認し、再教育もしてくれた」
そしてその一万弱のクローンは全体で一つの脳となっている。
そのうちの一人でも目を通せば残りのクローンにどんどん感染していく。
HAL「先ほどの音はクローンに向けた合図だ。【電子ドラッグ】の支配下にあるクローンは一斉にミサカネットワークから離脱した」
つまりは一万弱で補っていた一方通行の補助からの離脱。そのために、一方通行の能力及び身体機能は急激に低下したのだ。
HAL「だが、恐らくはまだ全員には浸透していなかろう。おかげで君の能力も完全には奪えていない」
恐らく【電子ドラッグ】はまだ完全には感染しきっていない。
そうでなければ一方通行はとうに倒れている。喋ることすらままならなくなる。
HAL「君がこんなにも早く現われなければもう少し時間を置いたのだが…まあ、チョーカーの電源を入れてその状態ならなんの問題もあるまい」
突如、HALの姿が消える。
そして…
一方通行「ーッ!」
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ…!!
ようこそ、一方通行
-後日、???
御坂「…やっぱダメね。そんなに簡単に見つかる相手じゃないか」
この数日間、御坂はひっきりなしに電脳世界に潜っていた。
白井からたしなめられてはいたが、事情が事情だ。
我が身の可愛さ故に行動をためらう思考回路なんて御坂には存在しない。
御坂「…あの娘たちにまで手ぇ出して…絶対許さないわよ!」
電脳世界で威嚇する様に叫ぶが実際に響いたりはしない。
あくまでも1と0のやりとり。実際には今のメッセージがある程度のサイトに拡散されたようなものだ。
黄泉川は御坂が4人同時に現れたと言っていた。そして、学園都市に残っている『妹達』は4人。偶然ではない。
確かに黄泉川の読み通りに偏光能力者の可能性もないことはない。
だが、『妹達』を知っている人間なら真っ先に前者を考える。
そして、『妹達』は御坂にとって守るべき存在。
自分の不用意さのせいで身勝手に生み出され、身勝手に殺されるという運命を背負わせてしまったことに責任を感じていた。
-昼過ぎ、第七学区電話ボックス
御坂「…今日も収穫ゼロ、か」
そうつぶやいて、御坂は電脳世界から現実世界に意識を戻した。
大通りに設置された電話ボックスの外からは学校帰りの学生で賑わっていた。
【電子ドラッグ】騒動で各学校の授業は短縮され、最終下校時刻も早まっていた。
その喧騒をボックス越しに聞きながら、媒介としていた端末の回線を公衆電話の電話線から引き抜く。
それらを手早くまとめて無造作にスカートのポケットの中に突っ込んだ。
そしてなんの罪もない公衆電話に八つ当たりする様に一瞥してから電話ボックスを後に
???「お姉様」
したところで、人ごみの中からふいに聞き覚えのある声が聞こえた。
御坂「…あ、黒子」
声のした方を見やると見慣れたツインテールの少女がいた。
そして、その少し後ろに花飾りの少女と黒髪のセミロングの少女がいた。
御坂「初春さんに佐天さんも」
初春「…こんにちは、御坂さん」
佐天「…ども」
御坂「…? どうしたの?みんなやけに元気ないわね」
白井「…お姉様、今なにをなさっていたのですか?」
白井の問いかけに御坂は思わず顔をしかめた。
御坂「…あー…見てた?」
佐天「バッチリ」
うなずきながら神妙な面持ちで佐天が答える。
御坂「そっか…」
初春「そっかって…危険なんですよ?もしかしたら御坂さんが【電子ドラッグ】にハマってしまう可能性だって…」
御坂「…ごめん、分かってはいるんだけどさ…私の姿で悪事を働く人間なんて許せないじゃない?」
この三人は『妹達』のことも『絶対能力者進化実験』のことも知らない。そして知ってほしくもない。
なので、御坂はそれらしい理由で適当に切り抜けようとした。
白井「…本当にそれだけですの?」
だが、自分のパートナーは誤魔化せないようだった。
御坂「…そうよ?他に何があるっていうの?」
白井「いえ、なにも…ですが黄泉川先生の話を聞いてからというもの、お姉様の表情が少しあの頃に戻っていましたので…」
御坂「あの頃?」
白井「8月の中旬頃ですの」
御坂「…!」
8月の中旬。『絶対能力者進化実験』の存在を知り、殺されていく『妹達』を止めることが出来ずに絶望していた頃だ。
白井「お姉様…僭越ながら黒子はお姉様のパートナーだと思っておりますの。ですから、何かお困りでしたらお力添えさしあげたいと思っておりますの」
御坂「…別に大したことじゃないわよ。いつも通り悪いことやってるヤツをとっちめたいだけ」
初春「本当ですか?」
御坂「…っ!本当だってば!なんでもないったらないっ!!」
何度も否定しているのになおも聞こうと掘り返してくる。その執拗さに御坂は苛立って思わず怒鳴りつけた。
それを受けて目の前の三人はビクリと身を縮こませた。
御坂「…あ…」
そして、怒鳴った直後に思い直す。彼女たちは自分の心配をしてくれているのだ。
自分のことを気遣ってくれているのに怒鳴り散らすなど、他人の気持ちをふみにじるにもほどがある。
御坂「ご、ごめん…」
明らかに自分にも非があることを自覚し、すぐに御坂は謝った。
初春「い、いえ…」
白井「…」
佐天「…」
そして気まずい沈黙が訪れる。一度怒ったせいで誰もが互いに何を話しても一触即発という事態になりかねないと思っていた。
ガヤガヤという雑踏の賑わいの音だけが四人の間を流れていく。
素直に御坂が自身の隠し事を話せば、あるいはこの空気も解消されるかも知れない。
しかし、御坂は例え自分の親友にも『妹達』のことを話したくないのだ。
自分たちが生活している学園都市の裏側を教えたくはない。なんて高尚な理由ではない。
むしろ、彼女たちはその片鱗を既に経験している。今さら隠すことではない。
ただ怖いのだ。
『妹達』の存在を知った上でまだ自分と今までどおりに接してくれるかどうか。
『絶対能力者進化実験』という存在を知りながら阻止することも出来ずに何人もの『妹達』を見殺しにしたという事実を知ってまだ友達でいてくれるかどうか。
御坂「…はー、やめやめ。やめましょ、こんな空気」
頭を軽く振って仕切り直す。そして、御坂は三人に対して申し訳なさげに微笑んだ。
御坂「お詫びにファミレスでなんかおごるからさ。それで手打ちにしてよ」
初春「あ、あーいいですね!じゃあ私パフェがいいなー」
そう言って初春はぎこちない顔で空元気な声を出す。
そして同意を求める様に他の二人を見渡すが
佐天「…」
白井「…まあ、お姉様がおっしゃるのであれば…」
どうにも納得のいかないような険しい表情をしていた。
初春「あ、あはは…」
御坂「…じゃあ行きましょうか」
そう言いながら御坂は無理矢理笑顔を作り、くるりと踵を返して歩きはじめた。
佐天「…御坂さん」
ピタリ、と御坂の足が止まる。
佐天「なんで話してくれないんですか?」
初春「ちょ、佐天さん!?」
完全に話の流れが変わっても尚核心をついてくる佐天に初春が動揺した。
御坂「…」
佐天「…ごめんなさい。話したくないことを無理に聞こうとして」
少しだけ視線を落として佐天は謝った。御坂はその声だけを背後から聞いていた。
佐天「でも、御坂さんはいつだって私たちを救ってくれたじゃないですか。だから、私たちにも御坂さんを救わせてください」
【幻想御手】の時も【乱雑開放】の時も、どんな時でも御坂は先陣切って戦っていた。
自分のためだけでなく、この街のために。友達のために。
佐天「そりゃ御坂さんは私の一つ上で、Level5で、頭だって私とは比べものにならないくらい良いけど…それでも私は御坂さんとは対等な関係でいたいんです」
御坂「……どうして?もしかしたら、私はみんなに言えないほどの悪事に加担してるかもしれないのよ?」
佐天「だって…友達じゃないですか」
御坂「…さ、行くわよ」
そう言って御坂は再び歩きはじめた。
佐天「…御坂さん!」
御坂「あんまり人のいるところで話したくないの。場所を変えてもいいかしら?」
歩きながら御坂は顔だけ振り返る。その表情は吹っ切れたような、どこか清々しい表情だった。
佐天「御坂さん…!」
初春「もちろんですよ!ね、佐天さん白井さん」
白井「ええ!」
佐天「じゃあ行きましょう!って待ってくださいよ御坂さーん!」
ずんずん進んでいく御坂をあとの三人が小走りで追いかけていく。
学園都市では見慣れた光景がそこには広がっていた。
-第七学区、某ホテル
御坂「ここなら人目も気にならないかな」
佐天「ふえー、さすがLevel5。こんな部屋も簡単にとれちゃうんですね」
御坂「まあ、この部屋は私のロッカーみたいなものだしね」
初春「…はい?ロッカー?」
御坂「うん。寮に置いておきたくないものは大体ここに置いてるの」
白井「…言われてみれば見なくなったお姉様の私物がちらほら…」
初春「…もしかしてこの部屋、常時借りっぱなしですか?」
御坂「? そうだけど?」
初春「…さすがLevel5。私たちにはできないことを平然とやってのける」
佐天「シビれはしないかな。憧れるけど」
御坂「さて、と。どこから話せばいいかしらね…」
佐天「なんだか分かんないですけどまるっと最初っから最後までゲロっちゃってくださいよ。そっちのが後腐れないですよ」
白井「表現がお下品ですの。…まあ、私としてもそれが望ましいですが」
初春「そうですね。せっかくの機会ですし、ぜーんぶブチまけちゃってください」
御坂「あはは、じゃあ私がやってきたこと全部話そっか。最初は…都市伝説からかな」
佐天「都市伝説?」
御坂「そ。覚えてるかな、Level5を大量に作るって内容の…」
-同時刻、東京都某所
???「何をするおつもりですか、とミサカはひょろメガネに問いかけます」
???「…いい加減その呼び方やめてくんねーかな。もうちょいセンスいいのあるだろ?」
???「いいから答えろや。こっちはMNWに再接続できなくて不安定なんだよ、とミサカはひょろメガネに苛立ちます」
???「ハハッ、まったく表情変わんねーけど感情はあんのな。せっかく『スフィンクス』があんのにHALと切り離されちゃ役目を果たせないだろ?」
???「そうですね、とミサカは『スフィンクス』と言われてもピンと来ませんが相づちを打ちます」
???「HAL特製防衛プログラム、ってとこかな。そんで学園都市でもそのプログラムが使える様に日本のスパコンを片っ端からつないでパワーアップさせてたわけだ」
???「ほうほう、とミサカは軽くうなずきます」
???「でも今は学園都市との接続を切り離されてる。だから『スフィンクス』はバラバラになっちまった」
???「さすがはミサカの生まれ故郷。ヤシマ作戦にもビクともしません、とミサカは胸を張ります」
???「ヤシマ作戦って…まあいいか。で、この数日でHAL抜きで『スフィンクス』のネットワークを繋ぎ直したんだ」
???「…はて?防衛プログラムだけでネットワークを構築して何を防衛するのですか?とミサカは首をかしげます」
???「防衛するんじゃない。攻めるんだよ。アプリ『スフィンクス』は使わずにスパコンそのものの演算能力だけを使う」
???「…ハッキングですか?とミサカはひょろメガネに問いかけます」
???「ちょっーと違うな。学園都市の監視衛星相手にクラッキングをしかけるんだよ」
???「…はん、外の人間と機械で学園都市相手に情報戦で勝てるわけねーだろ、とミサカはひょろメガネを鼻で笑います」
???「スペック自体は学園都市でも通用できるほどになってんのは実証済みだ。低予算高品質の日本のスパコンなめんじゃねーよ」
???「それでもオペレーターがひょろメガネじゃ勝ち目はありませんね、とミサカは学園都市の防衛システムの堅固さを暗に主張します」
???「やってやろうじゃん。二~三十年先の未来への挑戦…ちょっと燃えるね」
-第七学区、某ホテル
御坂「…で、今学園都市に残された私のクローンは4人。他の娘達はみんな学園都市の協力機関に預けられたの」
初春「…」
佐天「…」
白井「…」
御坂「…まあこんなところ。これで洗いざらい全部話したはずよ」
小一時間ほどかけて御坂は『妹達』及び『絶対能力者進化実験』について知ってることも経験したことも全部話した。
自分が遺伝子を提供したことが原因だということはもちろん、一方通行のことも上条のことも、第四位率いる『アイテム』と死闘を演じたことまで全部話した。
机を囲うように置かれたソファーに腰をかけた三人はみな難しい表情をしていた。
佐天「…あのマネーカードまで関係あったんですね」
御坂「うん。ばらまいてた本人は今どこで何してるのか分からないけど…」
初春「あの唐突な暗号もやっとなんのことか分かりましたよ」
白井「…少々癪ではありますが、後で改めて私の方からあの類人猿にお礼に行った方がよろしいですわね」
次々に感想をもらしていく三人。そんな中で御坂は少し不安だった。
一番聞きたいことに誰も触れてこない。御坂にしてみればあえて三人が触れないようにしているのだと思った。
こんな話をしてしまった以上、もはや自分との付き合いをやめて軽蔑するかもしれない。
自分を見る目が『友達』から『何人も見殺しにした犯罪者』に変わるかもしれない。
御坂にとっては三人が自分をどう思ったか、その一点だけが重要だった。
御坂「…ごめん、今まで黙ってて。幻滅した…よね」
だから御坂は勇気を振り絞り、自嘲気味に自ら話題をシフトしていった。
きっとみんな罵詈雑言浴びせてくるに決まっている。
言葉は聞けども、せめてその光景だけは見たくない。なので御坂は静かに目を閉じた。
そして待った。三人の審判を。
初佐白「…はい?」
三人の間の抜けた声だけが聞こえた。
しかも、それ以降何も聞こえてこない。
恐る恐る目を開けると、三人とも同様に首を傾げてキョトン顔でこちらを見ていた。
御坂「…え?」
佐天「いや…え?」
初春「幻滅…ですか?」
御坂「そうよ。こんな話聞いて私になんか思うことないの?」
白井「やはり私のお姉様は可憐で凛々しく美しく、尊敬に値する素晴らしいお方ですの、とは思いましたが…」
御坂「何言ってんのよ!私が遺伝子を提供したからあんな実験が…」
佐天「でもそれって筋ジストロフィー…でしたっけ?その患者を助けようとして提供したんですよね?」
白井「ああん、さすがは黒子のお姉様!幼いころから善意と道徳心に満ち溢れていらっしゃる!」クネクネ
御坂「で、でも私が不用意な真似しなければ…それに私はあの娘達を何人も見殺しにして…」
初春「年齢一桁の子どもが不用意な真似しない方がおかしいんですけど…むしろ御坂さんがしたこと自体はいいことですし」
佐天「それに見殺しも何も御坂さんの話を聞いた限りじゃ全力で阻止しようとしてたとしか思えないし」
白井「むしろ黒子は誇らしいですの!やはりお姉様はお姉様ですの!」
御坂「でも…でも…」
佐天「ええい!まだるっこしい!」
バン!と机を両手で叩きつけて佐天は立ち上がった。
佐天「聞いてれば悪いのは全部御坂さんの好意をふみにじって悪用しまくった科学者連中じゃないですか!それでなんで御坂さんが悪いんですか!」
初春「そうですよ!むしろ御坂さんなんか被害者じゃないですか!」
白井「そうですわ!お姉様は間違いなく悪くありませんの!少なくとも黒子は!ここにいる三人はそう思っておりますの!」
予想とまったく逆の反応を見せる三人。まさか自分を擁護するとは思っていなかった御坂は少しあっけにとられた。
御坂「…みんな…」
佐天「…まあ、それとは別に怒ってることはありますけど」
御坂「え?」
初春「あ、私もです」
白井「あら、奇遇ですわね。私もですの」
佐天「もう少し周りを頼ってください。私たちも必ず力になります」
初春「もう少し周りを信用してください。こんな話で御坂さんに幻滅するわけありません」
白井「もう二度と、自分の命を粗末に扱わないでくださいまし」
御坂「…ごめん!私が馬鹿だった!」
三人の言葉を受けて御坂は深々と頭を下げる。
自分が悪いか悪くないかはひとまずどうでもいい。
だが、自分はこんなにも大事な友達を信頼せずにあらぬことを考えてしまっていたのだ。
どんなことがあっても支えてくれる仲間を裏切ったも同然だ。
御坂「ありがとう…ホントにありがとう…」
自分にこんなにも素晴らしい仲間がいたことに今更ながら気付き、身体の内側に何か暖かいものがこみあげてくる。
悲しくもないのになぜか声が震えて視界がにじんでくる。
佐天「えっへへ、どういたしまして!」
白井「あぁ、しおらしいお姉様もいとおしい…」ハァハァ
初春「白井さん、台無しです」
佐天「えーと、つまりはアレですね?黄泉川先生が言ってた4人の御坂さんって言うのは…」
御坂「…そう、十中八九私のクローンにちがいないわ」
白井「許せませんわね。お姉様の妹様…それも分身とも言えるお方に手を出すなど…」ゴゴゴ…
初春「同感です。私も協力します!絶対この犯人を捕まえてみせます!」
佐天「私だって!久々に私の金属バットが火を吹くぜぃ!」
白井「始末書何枚だって書きますの!今回の黒子はバイオレンスですの!」
御坂が何を言わずとも勝手に盛り上がる三人。軽蔑するどころか共に『妹達』を助ける気満々である。
私は何と愚かな心配をしたのだろうか。そんなことを思いながら御坂はいつの間にか笑っていた。
御坂「じゃあ、改めてお願いするわ。みんな私の妹を助けるのに手を貸して!」
初春「了解です!」
佐天「まっかせてください!」
白井「絶対助け出してみせますの!」
御坂「…ありがとう!恩に着るわ!」
初春「そうと決れば、私は早速支部に戻りますね」
佐天「頼むよ初春!」
御坂「気を付けてね…私の方も探してみるから」
白井「賛同しがたいですが…事情が事情ですの。仕方ありませんわね」
初春「大丈夫ですよ。任せてください。御坂さんもムリしないでくださいね」
御坂「肝に銘じておくわ」
白井「では、この件に関わらず何かあったらいつでも連絡下さいな。時間外でも動き回る所存ですの」
初春「はい!了解です!」
佐天「よし、じゃあ私も支部に一」
初春「気持ちはありがたいですけど…今日はもう最終下校時刻ですよ」
佐天「うぇ!?もうこんな時間!?」
促されるままに壁にかけられた時計を見ると、すでに早まった最終下校時刻の40分前となっていた。
御坂「…初春さんは帰らないの?」
初春「今日は元々支部に泊まりこむつもりでしたから…その…やっぱり自分のノートパソコンから独断で外部との接続切ったのがまずかったみたいで…始末書が…」
アハハ、と初春は暗い顔で自嘲じみた笑い声を静かにあげた。
白井「まったく!融通が利かないにも程がありますの!誰のおかげで事態が収束してきたと…」
初春「そこらへんは黄泉川先生が『気持ちは分かるけど規則は規則じゃん。まあ形式だけだから適当に書きゃいーじゃん』って…」
佐天「うー、仕方ない。じゃあ私はひとまず待機かな」
御坂「私たちも今日は帰りましょうか。このままだと寮監にシメられるわ」
白井「それはご勘弁願いたいですの」
佐天「そういえば寮監さんは無事だったんですか?」
御坂「無事どころか思う存分暴れられたおかげでツヤツヤしてるわ」
初春「…白井さんの相手を奪う勢いで瞬く間に鎮圧したんでしたっけ?Level3以上しかいない常盤台生の暴走を」
白井「古今無双のもののふですの」
-20分後、『風紀委員』一七七支部
固法「じゃあ私はこれで上がるから戸締まりだけしっかりしてね」
初春「はい、了解です。お疲れさまでした」
ホテルを出たところで御坂たちと別れてから、初春は『風紀委員』一七七支部に向かい、固法の後を引き継いだ。
泊まりこむこと自体は警備員の許可も下りているのでなんの問題もない。
というのも、風紀委員の支部は意外とセキュリティが高く、そこらの学生寮よりも安全なのである。
学生による治安組織故にお礼参りもしやすい。そんなイメージがあるために窓ガラスはすべて強化ガラスであり、扉も三重ロックで中には厚めの特殊合金が仕込まれている。
戸締まりさえしっかりしておけば外部から侵入される心配はまずない。
初春「…よし」
内側から扉のロックをかけると初春は支部のパソコンを起動させた。
ショートして軽く発火したサーバーに変わって翌日には新しいサーバーが配給されていたため、支部のパソコンは使える様になっていた。
念のために学園都市製のソフトウェアを使って違法なウイルスやプログラムが仕込まれていないか検知したがなんの問題もなかった。
そこから更に初春のオリジナルプロテクトなどをこの数日で完璧に構築してからネットワークに繋げたために一七七支部のセキュリティは再び万全になっていた。
初春(始末書はとりあえず後で書くとして…今はこの一連の犯人を絶対に見つけだしてみせます)
カタカタとキーボードを無駄なく叩き、次々と情報を処理していく。
始末書は半ば公認で適当でいいと言われているのだから深夜にでも適当に書けばいい。
それよりも精神的にも体力的にも余裕のある今の内に犯人であるプログラム人格を見つけだす。
初めてプログラム人格に挑んだ時はその圧倒的な物量に押し潰された。
だが、その物量攻めも前回程の脅威はない。持てる技術と知識をフル活用すれば必ずそこにたどり着ける。
そこにたどり着いたら、自らの技術をもってプログラムを破壊する。
それが不可能でもあのジャミング情報を送ってきたスパコンの場所を探知した様に、プログラム人格がインストールされたスパコンの場所の特定だけでもしてみせる。
何よりもまずは御坂のクローンの保護が優先。あのLevel5が自分たちを頼ってくれたのだ。期待に応えない訳にはいかない。
ちゃんと自分も力になれると、支えてあげることができるんだと証明するために一刻も早く犯人を見つけだす。
ここで失態を犯せば御坂は再び自分だけでなんでも解決しようとするだろう。
ある意味ここが正念場だ。御坂の信頼を決定的なものにできるか否か。
初春(絶対捕らえてみせる。御坂さんのクローンを洗脳した犯人を、この街を混沌に陥れた犯人を…)
『犯人はっ!!おッまえだ一一一一一一一一☆』
初春「な…!?」
突如ディスプレイに女子高生のCGが映しだされた。
こんなものが出てくるはずがない。まだプログラム人格に気付かれないように足取りをたどっている最中で…
???「図に乗るな【守護神】。力は衰えど私は未だ【電人】の領域だ」
さらにはCGにはそぐわぬ男性の声が響き始める。それも明らかに意思をもってこちらに話しかけている。
初春(まさかこれがプログラム人格一一一!?)
そこに思い至った瞬間、初春は強引にパソコンの電源を落とす。
ブツン、という音と共にディスプレイからCG女子高生は消え、パソコンは完全に活動を停止した。
初春「…ふー…」
とりあえず無事に接続は切れたために大きく息をつく。もうプログラム人格は目の前にはいない。
しかし、だからといって安心はできないしのんびりもしていられない。
初春(どうしよう…位置を探知されたかも…ここから早く離れて…いや、ここから寮まで一人で逃げる方が危険かも…)
自分がスパコンの位置を探知したように、向こうもこちらの位置を掴んだかも知れない。
しかし、だからといってここから寮まで一人で逃げても外で押さえられたら何をされるか分かったものじゃない。
ならば、いっそセキュリティがしっかりしている支部に留まっていた方が安全かもしれない。
初春(と、とにかく警備員に連絡しなきゃ!包囲されちゃったらどうしようも一一一)
そう思ったところで初春の思考は停止した。というのも、ブラインドの隙間から異様な光景が見えたからだ。
恐る恐るブラインドの間を指で広げて外を確認した。
すると、窓の外には20人程の人間が連なって肩車をしていた。
どうやって支えているのかわからないが途中で二股に分かれており、一番上の二人は巨大な鉄骨を頭の上に持ち上げている。
そしてその高さはちょうど支部の窓にまで達しており、今にもガラスを突き破ろうとしている。
初春「そんな…」
グラリ、と人間タワーが後ろに大きく反れる。初春は一瞬下の人間が支え切れずにタワーが倒れるのだと淡い期待を持った。
だが、途中でその動きはピタリと止まる。
初春「まさか…!」
最悪の展開を予想して初春は慌ててデスクの下に潜りこむ。
倒れそうだったのではない。大きくふりかぶったのだ。
人知を越えた力に遠心力が加わり、とてつもない破壊力を持った鉄骨が窓ガラスへと迫る。
ガッシャァン!という轟音と共に強化ガラスを鉄骨が突き破った。
初春「きゃああああああああああああああああ!!」
デスクの下で身を縮こませながら初春は絶叫する。
粉々になった強化ガラスはそこかしこに飛び散り、壁や床に突き刺さるものもあった。
さらにはズドン!という低い音と共に鉄骨が支部の床に落とされた。
HAL「いかに君が【守護神】と言えど、所詮は1の世界の住人。1と0の狭間の私に挑む事は、虎が海の中で鮫に挑むのと同じ事だ」
次いで次々に人間タワーを登って兵隊が侵入してくる。
そのうちの一人が持つノートパソコンから先ほどの声が聞こえてきた。
HAL「君が真に【守護神】たれば、私とて迂濶に手を出せなかった。他とは群を抜く防衛プログラム、あらゆる侵入者を感知する『密林』は大したものだ」
侵入した兵隊の一人がデスクの中を覗き込む。初春の居場所は簡単に察知されてしまった。
初春「ヒ…」
兵隊「…」
兵隊は表情も変えずにいきなり初春の制服を掴み、無理矢理デスクの下からひきずりだす。
初春「きゃあ!」
HAL「しかし、專守防衛に留まらず私を強引に捕まえようとしたことが君の敗因だ。
十重二十重に仕込まれたカモフラージュとトラップ群は決して生身の人間が反応できるものではないぞ」
そして、兵隊が次々と初春の身体を拘束していく。手を掴み、足を掴み、頭を掴み、もはや初春は身動きがとれない。
初春「いや!やめてください!放して!」
しかし兵隊は聞く耳を持たない。そうこうしているうちにゆっくりとノートパソコンが初春の眼前に運ばれていき一一一一
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
HAL「そしてようこそ!初春飾利!」
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
HAL「驚いたよ。『風紀委員』に君のような最高クラスの技術を持つ者が飼われているとは」
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
HAL「そして君はハッカーとしても超一流。あらゆる防衛プログラムは自身にハッキングの腕があるからこそだ!」
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
HAL「だからこそあるだろう!?その力を法に囚われることなく!存分に発揮したいという願望が!」
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイHAL「あるからこそ、私の【電子ドラッグ】は馴染みやすい」
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ…
HAL「…今、私の右腕が外部からこの街への侵入を試みている。君の力を貸してくれ」
初春「…はい、了解です。HAL」
-数十分後、東京都首都高速道路ワゴン車内
???「…っかしーなー…。俺はすべての衛星網のシステムを一時的にダウンさせるつもりだったのに…」
夕暮れの首都高速を走るワゴン車の後部座席に座る青年はノートパソコンを見ながら発作を起こした様にガリガリと両手で自身の頭をかきむしる。
???「はん、所詮ひょろメガネじゃこの程度ですね、とミサカは無様なひょろメガネを嘲笑います」
対して、その隣に座る少女が表情をまったく変えずに青年を見下す。
???「まったくだ。ミサカの言うとおりになっちまった」
???「それでなぜ学園都市に向かっているのですか?バンザイアタックはお断りですよ、とミサカはひょろメガネの無鉄砲な計画の犠牲になることを危惧します」
???「大丈夫、少なくともミサカを犠牲にする事はねーよ」
???「ちょっとカッコいいセリフですが負け犬が言ったのでは逆にカッコ悪いですね、とミサカはどんなセリフも発言者の立場が重要であることを再認識します」
???「はっ、じゃあ俺が勝者だったらカッコいい訳だ。ちょっと待ってろ」
そう言って、青年はノートパソコンのキーを勢いよく叩いた。
???「…何も起きませんが?とミサカは思わせ振りなひょろメガネに落胆します」
???「ちょっと待ってろって言ったろ?…ほら」
そう言って青年は学園都市の方向に指をさす。
その先に見たこともない白く太い光の柱が一瞬だけ見えた。
直後、大地を揺るがす程のとてつもない衝撃と車が振動する程の形容しがたい轟音が辺り一体を襲う。
???「うぉう…!」
そのせいで車体を縦にも横にも大きく揺れ、車は一瞬コントロールを失った。
そのせいで車内には轟音に耐えきれない車の悲鳴のようにビリビリという音が響く。
???「ハハッ!実物は想像以上だな!さっすが学園都市、カオス極まりねーぜ」
取っ手にしがみつく少女に対して、青年は文字通り手放しで喜んでいた。
そして、遠くに見える光の柱が落ちた場所には大量の煙が立ち上ぼり始める。
???「…なんだったのですか?あの光は、とミサカは予想外の出来事に驚きを隠せません」
再びコントロールを取り戻した車の中で、無表情な少女はメガネの青年を問い詰めた。
???「結局ミサカの言った通りハッキングだ。聞いてねーよ学園都市」
不気味に、そして不敵に笑いながらメガネの青年は少女の方を見ずに立ち上る煙を見ながら答える。
???「『ひこぼしⅡ号』は気象衛星じゃなくてスパイ衛星。おまけに地上攻撃用の大型レーザーまで搭載してんじゃねーか。利用しない手はないね」
???「パソコン一つでそんなことをやってのけたのですか、とミサカはひょろメガネに戦慄します」
???「さすがにノーパソ一台じゃ無理さ。『スフィンクス』ネットワークを使って発射の最終確認画面にまでたどり着いてから、車に乗り込んだんだよ」
ワゴン車は首都高速道路を降りて東京都西部、学園都市へと進路を向ける。
そしてそれに続くように何十台もの車やトラックが続々と合流し、同じく学園都市へと進路を向ける。
???「さっきのレーザー爆撃で学園都市の『壁』は吹っ飛んだ。後はフリーパスで学園都市に入り放題さ」
満足気な顔でワゴン車を囲むように並走する無数の車を見回してメガネの青年はしゃべり続ける。
???「もちろんこいつら全員がHALにたどり着けるとは思っちゃいない。それでも大勢の兵隊が学園都市に流れ込むことにはちがいない。ここから先はよりカオスな世界になるぜ」
???「…ミサカはあなたの評価を改める必要があるようですね、とミサカは匪口裕也に敬意を払います」
匪口「おー、ようやく名前で呼んでくれたな。じゃ、行こうか。まずはミサカの言ってた上位個体…打ち止めの確保だ」
-第十一学区、倉庫街『壁』付近
???「どこのどいつの仕業が知らんがやってくれたな。これでは学園都市は出入り自由だ」
???「たがな、貴様らが爆撃を行ったこの場所には大量の物資があったんだ。そしてその物資を待ってる人が大勢いるんだ」
???「そんな大事なものを奪う権利がお前らにあるのか?」
???「学園都市に入りたいのか学園都市から出たいのか知らんが、こんな真似しないでちゃんと門から出入りしろ」
???「そんな根性すらないのか?ならば、その性根を叩き直してやる」
???「まあ、そんな訳だから…本気で潰すぞ」
【中編】に続きます。