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【第一部・前編】
【第一部・後編】
【番外編】
【第二部・前編】
の続きです。

765 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:21:51.91 JijPszWC0 374/491







「――――ええ。ここで学園都市というアレイスターの負の遺産を根絶やしにすれば、最大主教の座は必ずや貴方の手に渡る事でしょう。
 これを成し遂げれば貴方は偉大な功績を得る。………貴方は人類全ての英雄となるのだから」




受話器を電話台へと戻すと、チン、というアンティークな音が小さく鳴った。
典型的な白衣を真っ黒に染め上げた様な奇妙な出で立ちをしたその男が電話台から離れると、
すかさず対照的な髪から服まで真っ白い少年が歩み寄る。



「全個体のマスター設定を私本人へと変更するよう00号へ伝令しろ」

「はい開発主(ドクター)、と一方通行01号は了承します」



踵を翻した男が夕暮れ時の廊下を渡ると、男の体に陽の光が照り長い長い影を射した。
不穏を纏った、長い影だった。






766 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:22:28.18 JijPszWC0 375/491






心理定規が尋問室から顔を出したのは、時に『カウンセリング』と称される尋問が始まって早20分程度の頃だった。
自分と対象の『心の距離』を一体何処まで縮めたのか、
どんな拷問にも口を閉ざし耐えかねない対象が素直にのこのこと心理定規の後ろを着いて回る様を見て、
結標淡希は思わず「うへぇ……」と声を上げてしまった。



「相変わらずこうゆう事には使い勝手の良い能力よね……てゆうか素直な一方通行とかキモチワルイ」

「この子の主人まで距離を近づけたから何でも丁寧に教えてくれたわよ。やっぱり大能力者クラスじゃ精神感応系は反射できなかったみたい」



クローンが『吐いた』情報を提供する為に適当な椅子に座った心理定規が怪我の回復の為に彼にも休む様命令すると、
『尋問』されていた04号は一つこくりと首を振り、指示された通りに医務室へと向かって行った。
その後ろ姿を見届けた心理定規がゆっくりと口を開く。



「まず彼から聞いて得られた情報が2つ。1つは第七学区の妹達が収容されている病院にクローンが数体向かった事」

「そっちは大丈夫。能力で察知した滝壺が人員要請してあるわ」



傍で聞いていた滝壺直属の上司、『アイテム』のリーダー・麦野沈利が口を挟む。
心理定規はそれに頷くと立てていた指を1本増やして続きを語る。




767 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:23:04.41 JijPszWC0 376/491




「2つ目は一方通行クローンにもやはり上位個体が存在する事。電撃使いの妹達とは違って能力によるネットワーク構成は出来ないから、
 脳内に埋め込まれたチップに上位個体のみがアクセスして命令を送信出来る様になってるみたい。
 下位個体は上位個体への反逆防止に情報送信権がないから個体同士の脳内情報交換は出来ないようだけど。

―――――あとは魔術師からの情報ね。
あそこでリーダーぶってたのは正確には襲撃班第一陣……一部隊の隊長程度だったらしいわ。
クローン達を本来の実質的なリーダーから数体借り受けてマスター設定を弄っていただけのようね。」



聞いてて私に理解できたのはここまで、とそこで一端話を切った心理定規は自分が出てきた尋問室へと目を移した。
キイ…とドアが開く音に「あとは本業の魔術師さんにでも聞いて頂戴」という彼女の声が被る。



「自分の情報も似たようなものですよ。
 ――― 付け加えるなら、彼らは『モンセラートの聖母マリア使徒団』の影響を強く受けていると言った所でしょうか」



扉から出てきたのはアステカの魔術師、海原光貴だった。
彼の言葉に魔術知識など皆無なので意味が無いかもしれないが、念の為に結標が「ナントカ使徒団って?」と説明を求める。



「『モンセラートの聖母マリア使徒団』――― スペイン・モンセラート修道院にある黒いマリア像を強く信仰する一団です。
 この一団自体は現在残っていませんが、彼らはこの十字教以前の地母神信仰と聖母信仰が一体化した信仰を取り入れているのでしょう」



海原の『講義』はまだ続く。



「あとの特徴はスペイン星教の基本的特徴として、彼の地に奉られる十二使徒最初の殉職者・聖ヤコブに纏わる術者が多いと言った点ですね。
 先程回収した魔術師の中にも『コキーユ・サン・ジャック』を術式に取り入れた術者が――――――」




768 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:24:24.85 JijPszWC0 377/491




海原の説明が、途中であるにも拘らず遮られた。
彼の胸ポケットに仕舞われていた携帯電話がブルブルとバイブを震わせながら着信を知らせた為だ。
「失礼、」と場に断りを入れてから海原が受信ボタンを押す。



「はい、こちらエツァリで―――――ハイ、ハイ。………なっ、!?……」



『海原』ではなく『エツァリ』を名乗ったと言う事はアステカの仲間だろうか。
電話を取って未だ数分も経たないが、海原の顔がどんどん青褪めていく様を見ながら結標が考察した。



「はい、了解しました。確認はこちらで取ります。くれぐれも貴女も気を付ける様に。……ハイ、では」



ピ、と音を立てて通話を切ると海原がその場の人間達に目を向けた。
そして確認するように辺りを見渡す。



「土御門さんは、現在どちらに?」

「……つちみかどなら地雷式の術式が施されてないか念の為調べに行くって、あくせられーた達が戦った現場に向かったよ?」



滝壺の返答に眉を顰めた海原は、一度仕舞った携帯を再び取り出すと件の土御門へと連絡をつける。
すると「俺だ、」とコール数発で応答した相手に「そちらは変わりますからイギリス清教に確認を取って下さい」とオーダーを出す。





「――――――スペイン星教へ潜伏したショチトルから入電です。………イギリス清教の一部と彼らが手を組んだ可能性が高い、と」







769 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:25:39.80 JijPszWC0 378/491







「一度の戦闘経験を全個体が『共有』できる……脅威ですね、ミサカネットワークは。と一方通行08号は考察します」

「だからこそ我々は同法たる妹達を排除しなければならないのでしょう?と一方通行09号は07号へ確認を取ります」

「ええ。アレイスター・クロウリーの負の遺産たる学園都市抹消に命を懸けて貢献する事――――それが我々の使命であり生まれた意味です、
 と一方通行07号は肯定します」



個体間のスペック差では明らかにこちらが有利だった。
だが、既に2体もの個体が妹達に敗北した。
2体の敗北には共通する要因が1つある。ミサカネットワークによる集団戦法だ。


6年開いた製造年。そして10031回に渡るオリジナル――― 一方通行との戦闘を体験した妹達は『経験』の面で彼らを翻弄する。
ならば。


ミサカネットワークへの対抗策として一方通行クローンらは自分達も集団戦法を取ることとした。
映像・音声・経験・思考……あらゆる物を脳内で直接送受信できる彼女達には流石にコンビネーションでは劣るが、
それでも各個体での戦闘なら確実に勝てる。


圧倒的な力によってミサカネットワークにアクセスする余裕を与えなければ、絶対に勝てる。


集団による実験的襲撃の先遣隊として派遣された一方通行クローン07号~09号の3体は、
学園都市で妹達が調整を受ける第7学区の総合病院を訪れていた。


05号は敗北こそしたものの、妹達10032号に致命的な負傷を負わせた。
彼女の治療および治療期間の護衛に学園都市に在住する他の妹達は此処に集まっている筈だ。


妹達が普段収容されているという特別室への扉を、3体は顔を見合わせ互いが頷いてからゆっくりと開ける。
能力がいつでも使えるよう、扉の向こうの正面だけをしっかりと見据えた。



視認さえ出来れば反射は直ぐにでも発動できる。
例え開けた瞬間鉛玉が飛んできたって、体表面に触れた瞬間にその弾を硝煙ごと跳ね返して撃った相手を貫ける。




770 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:26:25.41 JijPszWC0 379/491




だが。
飛んできたのは鉛玉でもなければ、扉の向こうにいるのは妹達でもなかった。


ヒュン、と風を切るように自分に向かって進んできたその『何か』を07号は確かに見た。
到達速度も接触座標も一分の狂いもなく反射の演算を実行した。
しかし、



「――――――っ、!?」



07号の肩を、『何か』が貫いた。
反射が適用されていない。貫かれた右肩からドクドクと血液が流れ、痛みが遅れてやってくる。


隣の08号と09号を見遣れば、同じように腹や足を複数貫かれていた。
驚愕に揺らいだ心を落ち着かせながら思考を半ば無理矢理目の前の『誰か』へと集中させる。



「ムカつく第一位と同じ顔が痛みと恐怖に歪んでく様っつーのはケッコー滾るかと思ったんだが………大して面白くもねえモンだな」



自分達を撃った、『誰か』。
学園都市第一位を誇るオリジナルの演算パターンを完全に再現した反射を、いとも容易く打ち破った人間。
長身、茶髪でホストかヤクザに見紛う風貌。




「―――――――垣根、帝督ッ……!!?」





771 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:27:38.86 JijPszWC0 380/491




「おーおー知ってて貰えたか。でもよお。テメエらみてえな乱造品に呼び捨てされるほど、俺は低く見られてんのか?あア?
 そうゆう糞ムカつく所ばっか再現率高えワケだ、オマエら。やっぱ興奮しなくても痛めつけるコト決定」



能力追跡によってクローン達の動向を察知した滝壺理后の『手配』を受けた垣根帝督は、
妹達が居住地とし10032号が治療を施されている第7学区の総合病院へと連れて行かれた。


見知ったカエル顔に事情を説明しながら、此処は戦場になるからと患者と医療関係者の避難を要求する。



『本当にキミ達はこの病院にどれほどの患者がいるか理解しているのかね?……そんな無茶を言うのはキミで2人目だよ』



『1人目』というのが目の上のタンコブたる第一位である事を知っていた垣根帝督は
冥土帰しからそう揶揄された事に腸を煮え繰り返しながら、妹達に代わってこの特別室でクローン達を待ち構えていた。


キイ…と音を立てて静かに扉が開かれていく。
その光景にニヤリと歪みきった笑みを浮かべた垣根は、湧き上がる興奮を抑えながら『一方通行』という能力に合わせた演算を開始する。


天使を思わせる6枚の翼がキラキラと発光しながら垣根の背に現れた。
『未元物質』で構成されたこの翼は飛行、防御、烈風、打撃、攻撃の全てを担う。
その『全て』の中には『反射の貫通』も含まれる。


垣根帝督は自身の能力が一方通行に劣っているとは思っていない。
第一位が第一位たるその所以は一方通行の人間離れした演算能力、応用力、状況把握能力、適応力といった
臨機応変に反応を示す本人自体のスペックにあると考えている。


生まれついての才能も大きい。だが、そのチカラの大凡を構成するのは『超能力者』という境遇の中で彼が得てきた『経験』だ。





故に、例え相手が『第一位の劣化模造品』と言えど、垣根帝督が敗北する理由は何処にもないのだ。







772 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:28:19.35 JijPszWC0 381/491






「―――― 一方通行のヤツ、何考えてんのよ……?」



一方通行と彼のクローンが行方不明との報を後輩である白井黒子から聞きつけた御坂美琴とその一行――――上条当麻とインデックスは、
共に運ばれた御坂妹の容態を確認するためにも、取り敢えず彼らが消えたという第7学区の総合病院へと向かう事にした。


電話口では白井がテレポートで迎えに行こうかと申し出ていたが、
病院に着けば迂闊にクローンについては話せなくなるのでそれを丁寧に断り歩いて出向く事にする。



「何にも状況理解できないままバトルになっちゃったケドさ……一体誰が作ったんだ、一方通行のクローンなんて?」

「私だって解らないわよ。妹と合流した時には、もうあの子は追われてたから」



クローンの話題は分野外だろうと敢えて美琴に尋ねた上条にインデックスの鋭い視線が突き刺さる。
「だってお前は学園都市とか科学的な事には疎いだろ」と素直に言えば、
しかし予想に反してフフンと鼻を鳴らしたインデックスがチチチと指を振りながら小馬鹿にした様に話に割り込んできた。




773 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:29:03.42 JijPszWC0 382/491




「分かってないね、とうまは。あくせられーたのクローンといたのは魔術師だよ?霊装を見れば何処の宗派かくらい私には判別出来るんだよ」

「でも魔術師がそんな科学的な事できるとは思えねえじゃん。もしかしたら学園都市の人間と組んでてそいつが……」

「アンタ本当に馬鹿ね。さっきの奴ら『魔術師』だろうと何だろうと、そいつらの所属が解れば協力関係にある組織も割り出し易いでしょうが」



片や10万3000冊分の魔道書の知識を有し絶対記憶能力を持つトンデモ修道女、
片や学園都市が誇る最強の電撃使いにして序列第三位の超能力者に両方から責められ心折れそうにな上条を、
構っている暇はないとばかりに普段は彼を取り合って争う女2人が互いの魔術知識と科学知識を総動員させながら考察を進めていく。



「あの魔術師達が持つ霊装の中に『コキーユ・サン・ジャック』があったんだよ。
 『聖ヤコブの貝』って呼ばれるサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼で巡礼者の証として使われるホタテ貝なんだけど、
 あれを霊装に転用するって事はよっぽどの執着か信仰心があるんだと思う」


「『聖ヤコブ』って確か新約聖書に登場する使徒の一人よね?」


「そう。『ゼベダイの子ヤコブ』はイベリア半島でのレコンキスタの最中に、異教勢力と闘う十字教勢力を守護するシンボルとして崇められた
 ――――――スペインの守護聖人だよ」




774 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:30:11.54 JijPszWC0 383/491




インデックスと美琴はあの魔術師達を『スペイン星教』の所属だろうと推察した。
クローン製造には大掛かりな設備が必要だろうという美琴の意見と、スペイン星教の慣例が満たせる方角を提示するインデックスの発言から
既に敵アジトの規模と大まかな候補地まで割り出され始めている光景を見て、上条は自分には到底入り込めない世界だと遠い目をした。



「あーあ。やっぱ天才っつーのは頭の出来から何から色々と違うもんだなあ……
 レベル5の超能力者とか凄腕の魔術師とか、周りの格が違いすぎて上条さんはいつも置いてきぼりですよ」

「超能力者は解りませんが、魔術師はそうでもないですよ?魔術は元々『才能ない者がそれを補う為に求めるチカラ』ですから」

「そうゆうもんですかねえ……――――――ってうお!?」



あまりにも自然に会話が続いたものだから違和感なかったが
独り言に返事が返ってくるなんて、実は上条が多重人格者で一人二役を心中のみならず
現実でも熟していましたなんて設定が付随されない限りアリエナイ。


≪――――― 声の主を見れば、顔のない女が唯一持っていたギラつく唇を裂けるほど引き攣らせて笑っていた。≫


上条の脳裏に先日見たホラー番組の一説が過る。
え、まさか。だってそんな雰囲気じゃなかったもの、シリアスムードだったもの。
しかし自分の不幸体質を振り返れば、ここで何が現れてもおかしくはない気もする。


え。まさか、本当に。
声が届いた方角へギギギとブリキのように首を回しながら、上条は恐々と自身の後ろを振り返った。


すると―――――、



「なんだかたくさん汗を掻かれている様ですがおしぼり要りますk――――」

「で、出たあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」






775 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:31:04.32 JijPszWC0 384/491




「―――――ゴメン五和。急に叫んだりして」

「い、いえ気にしてませんので………それに変な所に立っていた私も悪かったんですし」



後ろから来た声の主は幽霊でもなければ化け物でもなく、イギリス清教内天草式十字凄教に所属する五和だった。
声を掛ける前まで走っていた所為で乱れた髪を直しながら、夜の街で静かに輝く街灯の下でイイ感じの影を射した彼女は
よくよく思い出せば自分が叫ぶ前におしぼり云々言ってた気もするなあ、と上条は思い出す。



「てゆうかこのヒト誰なのよ」

「ああ、こいつはイギリスの知り合いで五和っていう―――――」



隣でインデックスと議論を繰り広げていた美琴が、急に輪に混ざってきた五和を上から下までジロリと見渡しながら上条に尋ねる。
なんで御坂さんはそんなにピリピリ(電気的な意味も含めて)してらっしゃるんでせうか……?
と思いながら彼女を紹介し始めたところで上条はハタと気付いた。



「つーか五和、こんなところで何してんだよ?てゆうかどうやって学園都市に入ってきたワケ?」

「天草式は日本国内に限定するなら特殊なポイント『渦』を使って割と自由に移動できるんです。
 学園都市も政治的には日本国と隔離されていますが、地理的には伊能忠敬時代における術式成立時の日本領域に含まれますから」



そういえば『法の書』の事件でオルソラやアニェーゼに初めて会った時に、インデックスがそんな事を言っていた。
確かその『渦』と『渦』の間を行き来する『地図の魔術』だとか……




776 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:31:58.00 JijPszWC0 385/491




インデックス、俺ちゃんと覚えてたぜっ!
そう自慢しようとした上条が彼女の方を向くと―――――インデックスが目を見開いたまま固まっていた。



「……インデ、ックス?どうしたんだよ?」



上条の声にも一向に反応しない。
気分でも悪くなったのだろうかと上条が熱を測る為に彼女の額へと腕を伸ばそうとすると――――――



「―――――んだよ」

「………へ?」

「ありえないんだよ!!今まで学園都市は特殊な防御結界が張られていた!だから天草式の移動術式が通用する訳ないんだよ!!」



インデックスが声を張り上げる。
上条には、そして何の魔術知識も持たない美琴にも詳しい事情は分からなかったが、
とにかく五和が本人の言う通りの方法で此処に来られる筈はないと10万3000冊が判断した事は理解できた。



「………確かに。日本国内に設けられていると言っても、私達天草式は学園都市へ術式で立ち入る事は出来ませんでした。
 しかし、それも数日前までの話です。――――正確には、数日前まで『入れないと勘違いしていた』、でしょうか」




777 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:32:43.15 JijPszWC0 386/491




「学園都市には今まで、魔術というには法則が僅かに異なる非常に特殊な結界が張られていました。
 私達もそれに押し出される形でこれまでは術式での移動を阻まれていました。しかし―――――――」



インデックスの疑問の声に、五和が口を開く。



「しかし数日前『結界が作用していたのは6年前までであり、現在の結界は良く偽造されたフェイクである』との情報を受けたんです。
 実際に確かめてみると今までの結界ととても良く似ていましたが、私達の術はきちんと作動しました」



このように学園都市に入って来られたのがその証拠です、と証明と言わんばかりに五和が自分の胸に手を当てながら答えた。
インデックスは暫し眉を顰めていたが―――――――



「どうやら学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーが死亡した後、彼の術式を極限まで再現する形で誰かが結界を張り直したのでしょうね。
 私達の様な先に土地に馴染んでいた術式でなければ通用しない程に良く似せた、強い結界でした」



続く五和の言葉に納得したように首を縦に振った。
いつ結界が贋物に摩り替ったのか、それだけが不思議でならなかったらしい。
だが学園都市在住の上条と美琴は逆に疑問が増えるばかりだった。それも、思わず大声を上げてしまうほどの。



「統括理事長が死んだってどうゆう事よ、聞いてないわよそんな話!!」

「お、俺もニュースとかで一度もそんな話題見た事無いっ!!」




778 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:33:23.37 JijPszWC0 387/491




学園都市を長く治めてきた統括理事長が死去したとなればニュースで大きく取り上げられる筈だ。
上条一人なら気付かなかったのではないかと言えなくもないが、超能力者の美琴まで覚えがないと言うのはオカシイ。



「こちらが受けた情報によれば、アレイスター・クロウリーは6年前に死亡しており現在は残った統括理事会とその補佐官達が
 『統括理事長は生きている』ように演じながら学園都市を纏め上げていたようです。
 まあ私達が来日した理由にはこの情報の事実確認も含まれていますから、まだ何とも言えないのですが―――――」


「ちょっと待て、『含まれてる』って何だよ?お前達天草式は、一体何の為に学園都市に来たっていうんだ?」



上条の顔が僅かに蒼褪めた。
ショッキングな話が既に連発しているというのに、まだ悪いお知らせがあるって言うのか。
そして五和は、上条の顔をしっかりと見ながら至極真面目な顔で語った。





「―――――学園都市が不当に造った人体兵器、『量産能力者』の捕縛ですよ」






779 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:34:08.47 JijPszWC0 388/491





「―――――量産、能力者……!?」

「はい。何でも現在学園都市では各所で量産能力者が暴走しているようでして。
 今は学園都市内に収まっているからいいのですが、これが世界に広まる前に魔術サイドで捕縛して科学サイドとの均衡を保とうという訳なんです」



五和の表情に、嘘偽りは混ざっていなかった。
だからこそ、上条達を余計に混乱させる。



「………御坂妹達は………アイツらは、暴走なんてしていない!!
 仮にするとしたって悪いのはアイツらじゃない、アイツらを利用して悪さを企む奴じゃねえか!なのに、どうして……っ!!」

「みさか、妹……ですか……?」

「誤魔化さないでよ!アンタ達の言ってる『量産能力者』……この私の、――――学園都市第三位『超電磁砲』のクローン『妹達』の事よ!!」



懐からゲームセンターのコインを取り出した美琴が唇を噛み締めながらそれを構えた。
五和に見せつける様に攻撃準備に入るものの、興奮と涙で指が震えて上手く標準が定まらない。



「あの子達は、やっと普通の生活が出来る様になってきたのよ……っ!それを土足で踏み躙るっていうなら、私は殺してでもアンタ達を止める!」



仮にも学園都市で最高位を謳う『超能力者』の脅しに、だが当の五和は素で首を傾げながら心底驚愕したように目を白黒させた。
「学園都市は、第三位のクローンまで製造していたんですか……!?」という彼女の声を聞いた上条の体を、冷たい何かが蛇の様に這いあがる。



「私達に捕縛命令が下っているのは、学園都市が製造したという『第一位のクローン体』ですが……?」

「――――――何だって!?」



嫌な予感と言う物は、感じた時には既に運命が決している。







780 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:35:38.69 JijPszWC0 389/491







同時刻。
海原光貴と入れ替わる様に座標移動で戻った土御門元春はイギリス清教との事実確認に追われていた。


学園都市暗部とスペイン星教との問題にイギリス清教までもが介入する。
このまま抗争拡大が続けば科学と魔術の大規模対立、牽いては第四次世界大戦の引き金になりかねない。



「――――ステイル、『スペイン星教の応援要請をイギリス清教が受けた』と言うのは……」

『ああ。本当だよ、残念ながらね』



確認と言っても土御門には最大主教を問い質すだけの権威が無い。
精々が同じ『必要悪の教会』に所属する魔術師に詳しい話しを聞くことしかできない。
彼の情報収集に応答したステイル=マグヌスは、愛しのインデックスが暮らす学園都市で魔術的な諍いが起きた事を忌々しく思いながら



『―――ただし、「イギリス清教が応じた」というのには少しばかり語弊がある。
 受けたのはあの女狐を出し抜いて頂点に成り上がろうとした一部の馬鹿な上層部、最大主教は関与していない』

「誰が応じようと関係ない!!現状は!?一体イギリス清教の何処までが動いているんだ!!」



ステイルは電話越しから聞こえる土御門の怒鳴り声に小さく溜息を吐いた。
当たられる様に大声を出された所で、どうしようも出来ない事に辟易しているのはこちらも同じだというのに。



『学園都市の出入りゲートは能力者がガードしているだろう?
 魔術側だって大事にしてこちらから仕掛けたなんて思われたくはないから、正面からは侵入できない。

 イギリス清教に応援要請が来たのはただ一つ……――――ゲートを使わずに侵入できる天草式がいたからさ。
 ま、聖人を無暗に動かすのは国交問題になりかねないといって神裂には知らされていないようだけど』




781 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:36:32.07 JijPszWC0 390/491




「………それで?一体スペイン星教は天草式に何をするよう伝えたっていうんだ?」



ステイルからの返答を聞きみるみる内に顔を強張らせた土御門は、



「―――――クソっ、やられた!!スペイン星教の奴ら、一方通行クローンの製造を学園都市に擦り付けやがった!!」



強く壁を叩いた彼に、周囲の皆が反応を示す。





「………現状を報告しなさいよ、土御門元春。アンタだけが理解していたって私達は動けないわ」



だいたい予想は着くけど、と付け加えながら言われた麦野の言葉に土御門も大分冷静になったらしい。
もう一度壁を大きく殴って気分を落ち着かせてから2、3度深呼吸して荒く鳴った息を整える



「―――――完全体としての人間1人のクローニングなんて、普通なら学園都市でもなければ出来やしない。
 学園都市より20年は技術進歩が遅れてる『外』の中でも、ただでさえ科学に疎い魔術師達はそう思うだろう。」



魔術師でなくても量産能力者なんて一品はイコール学園都市製と思われて然るべきものだ。
なにせ学園都市の暗部を知り尽くした此処にいるメンバーですら、誰一人として魔術サイドがクローンを用意するなど考えもしなかったのだから。




782 : 第十四話 『部屋と疑惑とミサカ』[saga] - 2011/01/21 23:37:48.95 JijPszWC0 391/491




「これまでの奴らの計画は俺達が阻止してきた。……阻止してきたつもりでいた。
 だが奴らは『妹達という学園都市に隠蔽された兵器を自分達が排除した』という実行支配が出来なくても、
 学園都市さえ機能しなくなれば目的が果たせたんだ」



先程土御門がステイルから得た解答は五和が話したものと同じ、『第一位のクローンの捕縛』というものだ。
すなわち、そこから推測できるのは――――――



「学園都市内で現在暴走しているクローンが世界中を侵食するという噂が魔術サイド内で立ち始めているらしい。
 奴らは自分達の用意したクローンを『学園都市製』と偽る事で学園都市が世界を支配しようとしていると魔術サイドに刷り込みやがった」



これに反応しない宗教組織はないだろう。
今はまだ噂程度だからまだマシだが、もし本当に一方通行クローンが暴れ出してそれを魔術サイドの人間が取り押さえたら。
その光景を科学サイドから魔術サイドへの挑戦状としての証拠とされたら。





「奴らの目的は『スペイン星教による学園都市の侵略』なんてチンケなものじゃない。
 ――――――『学園都市の社会的な抹消』。奴ら、クローンを二重にも三重にも利用してきやがったんだ!」






奔走する学園都市に、新たな試練が立ち塞がった。







793 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:20:26.62 ptzVABBF0 392/491




ハァ…、ハァ…
唇から零れる呼吸すら勘付かれる要因になるのではないかと錯覚した。


学園都市在住の妹達を襲撃する為に向かった第7学区の病院で
逆に垣根帝督の攻撃を受けた一方通行07号は、致命的な負傷を負いながらも何とか戦場から這い出て来た。


同行していた08号と09号を置いて来てしまった。だが、仕方のない事だと思う。
オリジナルである一方通行や御坂美琴と異なり、同じ超能力者でも彼は自分達を殺す事を躊躇う理由がない。
寧ろ第一位の姿形をそのまま受け継いだ自分達を甚振る事を楽しんでいる様な発言も見受けられた。


逃げなくては。逃げて、今の自分に出来得る限りの任務を全うせねば。
妹達を、殺さなくては。


一方通行07号は暗い路地裏をひたすら歩き続ける。
引き摺った足が歩を進める度に1滴、2滴と血を垂らしたが関係ない。


最低限の応急措置しか施されていない体が、出血の為かそれによる寒さの為かガクガクと小さく震えた。
薄れゆく意識を理性で引き留めながら考察する。集中しないこの思考力で演算能力にはもう頼れない。


ベルトに押し込んだ拳銃を手で触って確認した。よし、ある。
出撃前に整備はしたが、不安定な心境がこの銃は使い物になるのかと訴えかけた。
急な不安に襲われた07号が思わず拳銃を引き抜き、グリップを握った所で―――――――――



「いたぞ、例のクローンだ!!」

「短銃の所持を確認、情報通り暴走の可能性が考えられます!!」



(え………?)

07号の思考が、混乱から静かに揺らいだ。








794 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:20:59.36 ptzVABBF0 393/491







学園都市に在住する御坂妹こと10032号以下10人の妹達は、負傷した10032号を連れ病院者によって運ばれていた。
垣根帝督が居住する病院を戦場として用いる際に、患者および妹達の移動を冥土帰しに要求した為である。


彼女達の襲撃を狙っていた一方通行クローンは垣根が引き受けたものの、彼女達自身未だいつ狙われるか分からぬ身。
事あるごとに病院の防衛装備として『実験』から使ってきた対戦車用ライフルとトイソルジャーを構え、
妹達は周囲を警戒しようと窓からそっと外を覗きこんだ。



「―――――おや?」

「どうしました13577号?とミサカ10039号は尋ねます」

「いや……あそこで追われてるのもしかして一方通行のクローンじゃね?とミサカ13577号は窓から少年を指差します。ホレホレ」

「あ、ホントだ。ありゃウワサの一方通行クローンだー懐かしいもん年齢が、とミサカ19090号も同意します。うわー」



最初に声を上げた13577号が指差す少年を尋ねた10039号が同じ様に窓から窺うと、それは確かに一方通行クローンだった。
だが。



「あの追ってんのって、10032号が見た『マジュツシ』じゃねえの?
 持ってる武器とか学園都市じゃありえない位アンティークな一品だぜ?とミサカ10039号は議題を提示します」




795 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:21:29.81 ptzVABBF0 394/491




クローンを追う集団は槍やら斧やら、学園都市では普通選ばない品を武器として装備していた。
そしてそれは、現在意識を失っている10032号を襲った『マジュツシ』の特徴に酷似していた。



「つーか、一方通行のクローンって『マジュツシ』の仲間じゃねえの?なんでソイツらに追われてるワケ?とミサカ10039号は疑問を感じます」

「①仲間割れ、②何らかの罠、③ミサカ達に恋して助けようと裏切りを図り―――――」

「黙れセロリ派」

「黙れマイナー削板派」



誰もまともな反応しねえのかよ、と10039号は心中ツッコムが
個性が突出し始めてからの妹達は普段から案外とこんなものなので気には掛けない。というか、気に掛けていられない。



(先程の3択――――③はナシにしても、追われている理由は確かに①か②が有力だ……)



前者なら一方通行クローン全個体が自分達の味方に可能性がある。
同胞として、同じクローン体としてこれ以上嬉しい事はない。早急に彼を保護し結託すべきだ。


だが、そう思わせておきながら実は後者であったら?
既に2体のクローンを撃破した妹達であるが、今回はクローンに加え未知なる『マジュツシ』もいる。
彼らに一斉に掛かってこられたら勝利するのは難しいだろう。
現に『マジュツシ』に襲われた10032号はお姉様に助けられなければどうなっていたか分からなかった。



(どちらであるか分からない以上は、手を出さず傍観に徹するべき。でも――――――)



しかし此処に、1つだけ心配な要因があった。追われているクローンの容体だ。
少年は明らかに致命傷を負っていた。逃げる度に体のあちこちから血が噴き出している。
演出にしたって、このまま逃げ続ければ出血多量で死にかねない。
学習装置によって初期データを入力された自分達だからこそ判る、彼は引っ掛かるかどうかも定かでない罠の為に死ねる人間だ。



(どうする――――――?)



罠である可能性を考慮し見に徹するか、罠である可能性を考慮しながら命を賭けて敵である一方通行クローンを『死』から救うか。
10039号に芽生えた心が、小さく揺らいだ。






796 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:22:00.51 ptzVABBF0 395/491







学園都市では非効率的と見做されるレイピアやドレスソードを装備するのは、魔術師である証だ。
一方通行07号は戸惑っていた。
だが何故彼らが自分を襲う?捕らえようと手を伸ばす?

(―――――……マスター……?)


ぼんやりとした頭が反応を遅らせた。
その一瞬を突いて鋭く磨かれた戦斧が拳銃を持った右手に向かって振り翳された。


咄嗟に反射を発動させるが演算能力の意識散乱と、魔術という非科学的な法則に対する超能力の歪みから能力が上手く適応しない。
幸いにも打たれたのは戦斧の逆場の部分であったが、激突の衝撃だけは免れずフラフラ揺れる力無い体が薄汚い路地裏の壁へと叩き付けられた。



「ぐ、は……っ」



ゲポ、と不吉な声が口から洩れた。
覚束ない視線をゆっくりと移動し、口元に宛がった手を見遣る。


ドス黒い血が、ベッタリと付着していた。黒く見える血は胃からの出血だった気がする。
学習装置の知識を振り返る。が、朦朧とする頭から引き出したものでは合っているかの保証すらできなかった。




797 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:22:27.95 ptzVABBF0 396/491




「大人しくなったようだが、どうする?捕まえろとは言われているが……」

「一般人に手を出されても困るわ、縛り付けておきましょう。『反射』を考えれば無駄かもしれないけど」



縛る?捕まえる?冗談じゃない。
主人の真意が判らぬ以上、自分にはまだ任務に生きる義務がある。


逃げなくては。垣根帝督からも、この謎の集団からも。
そうだ、きっと彼らは主人達とは敵対する魔術結社なのだ。
スペイン星教が、牽いてはそれが収まるローマ正教が魔術サイドのトップに立つ事を阻む為派遣された敵対組織に違いない。
だからこそ障害となる自分達を襲うのだ。


学習装置によって刷り込まれた『マスター』という概念は07号他彼らクローンを何処までも主君に忠実とさせた。
それは、初めて目の合った母親の後をずっと付いて回る幼子に何処か似ていた。



「――――そうだな。捕縛して教皇代理と……一応情報提供者のスペイン星教へも連絡を入れよう」



故に、主君から切り捨てられた07号は、まるで母に置き去りにされた子供の様な言い様の無い悲しみの中へ突き落され、



「う、あ、あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」



信じてきたもの全てが、頭の中で爆発した。






798 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:22:58.08 ptzVABBF0 397/491






「っ、急に暴れ出したぞ!!」

「やはり暴走状態に―――――――!!!」



動きを封じる霊装を施した縄を掛けようとしたところで、大声を上げ急に抵抗を始めたクローンに天草式は困惑した。
『反射』を持つクローンであるからこそこれまでは大技を繰り広げても問題なかった。
が、何処でやられたのか既に重傷を負う少年は先程の一撃でもう能力を行使できるかも危うい。


超能力を殆ど知らない彼らでもそう感じる程の大怪我。
それ故に天草式はクローンの少年を大人しくさせようと彼を強く押さえつけた。


暴れれば暴れるほど、少年の命が危ない。
『救われぬ者に救いの手を』。ヒトの都合で勝手に造られた憐れなクローンを殺す気など、元より彼らにはないのだ。


だがクローンは自身の怪我などまるで無かった物の様に気にも留めず
見開いた眼で天草式の魔術師達を射抜き、銃を持った手を振り回して彼らから逃げようと抵抗を重ねる。
まるで子供の駄々の様にただ四肢を奮う少年には、銃を『撃つ』という手段さえ思い至らない様に見受けられた。


少年の指が偶然引き金に引っ掛かった。
重力に従い引かれた引き金は、原理通り込められた銃弾を発射させる。




799 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:23:24.79 ptzVABBF0 398/491




「―――――っ!!」



焦った牛深が躱そうと身を捻った所で、何処にそんな体力が残っていたのか少年から鋭い蹴りが繰り出される。
蹴り技に気を取られた一瞬の隙を突いて、少年が逃げ出した。走る度に血がダラダラと流れ落ち少年の息が上がっていく。



「待ちなさい!!」



立ち憚った浦上がドレスソードの切っ先を向け威嚇するが、少年の足は止まらない。
仕方なくそのまま彼女が攻撃に出た所で――――――クローンの少年が、顔を吸い込ませるようにしてその刃に身を寄せた。



「なっ、――――!!」



浦上が慌てて武器を下げる。しかし、強い力でドレスコードを握る少年の手がそれを許さない。
刃ごと握った手から流れる血に目も向けず、痛みを感じていないのか意識する程の理性が無いのか顔の一つも顰めない少年が
ドレスコードを持った浦上の体を、体を回転させて路地裏の壁に叩きつけた。




800 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:23:54.91 ptzVABBF0 399/491




明らかに理性を手放しながら、殺したくないという天草式の意向を利用した冷静な戦術。
それは、07号にとっての本能的な戦いだった。
この世の全てを信じられなくなった幼い少年の、八つ当たりと焦燥感だけで構成された当たり前の行動理念。


この感情を何かにぶつけたい。でも、直ぐにでも何処か遠くへ逃げてしまいたい。
途中で命を失うことすら厭わない07号は立ち塞がる天草式全てを退けながらひたすらに逃げる。


だが、本来ベッドに括りつけられてもおかしくない程の重傷を負った少年が彼ら魔術師から逃れられる訳がない。
野母崎の手が少年の肘を掴んだ。そのまま覆いかぶさる様にして地面に縫いつけようと試みる。
体格と体力と物理的な問題で、少年に抵抗は出来なかった。にも拘らず、



「ぐぼっ、」



強い衝撃を受けて野母崎の体が吹き飛んだ。
と同時に、狭い路地裏の中一帯をモクモクと立ちあがった煙が充満した。



「くそっ!!」



パタパタとした足音が少年の周囲で駆け巡る。
急いで発動させた魔術の風で煙を遠ざけた天草式が何が起こったのかと周囲を確認すると、


クローンの少年が、僅かな血痕を残して綺麗に消えていた。






801 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:24:28.44 ptzVABBF0 400/491






「――――此処で間違いないワケね」

「うん。あくせられーたと同じ……でももっと弱い能力の反応が此処からする」



心理定規の『尋問』から一方通行クローンの上位個体の存在を知った結標淡希と滝壺理后は、独自の判断からその居場所を追っていた。
当初13体しか感知されなかった反応だが、捕らえた05号の証言だと上位個体00号はかなり複雑な装置でその居場所を隠蔽されているらしい。


明らかな滝壺対策だ。
『敵』は能力追跡への対策として能力者のAIM拡散力場を極力洩らさないよう造られた装置を保持している。
だからこそ、当に製造されたクローンであっても実際に能力を使うまで滝壺は、同じ能力反応が重複するこの以上を感知出来なかった。
しかし同じクローンの証言を参考にしたころで、能力追跡によるAIM拡散力場の反応測定誤差を修正し今度は何とかその居場所を感知出来た。



「でも、よかったの?魔術の事はつちみかどかうなばらの意見を聞いてからって――――――」

「良いのよ。アイツらに聞いてからじゃ標的に移動されちゃうかも知れないし、クローンは所詮科学側なんだから私達でも何とかなるし。
 …………それに何より、アイツらじゃ私を対上位個体戦には回さないでしょうしね」


ボソリと付け加えられた台詞に滝壺が首を捻ったが、結標はそんなこと気にしていられない。
この戦いには、アルビノショタを我が手中に収められるかが掛かっているのだ。
自分をショタコンと罵る奴らに知れたら、それを阻もうと麦野辺りを派遣してくるかもしれない。



「そんな事……許してなるものですか……」



ウフフフフフフと気味の悪い笑みを浮かべる結標に、珍しく顔を顰めた滝壺が僅かに引いた。




802 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:25:34.32 ptzVABBF0 401/491




結標と滝壺が踏み込んだ先で待っていたのは、年若いと表現するにはあまりにも幼すぎる少年だった。
クローン達の上位に立つ存在が未完成体であるというのは、妹達で言うところの最終信号を髣髴とさせるが、纏う雰囲気が彼女とは大分違う。


しいて言えば、10歳前後の幼い見た目に反し少年は、その表情だけが気味悪いほどに大人びていた。
無垢という言葉から遠く離れた、歪んだ微笑み。



「ようこそ、此処まで来られるのは貴女方くらいだろうと思っていましたよ。
 此処に至るまでの能力特定と座標特定の詳細は、直接現場に赴かなければ掴めないでしょうし」



腰を据えていた椅子から立ち上がり、少年が舞台でも始めるかのように大振りな動作で腕を広げ2人を迎え入れる。
少年が立ち上がった事で結標と滝壺が臨戦体勢を取った。すると、


ガン!と少年の座っていた椅子が有らぬ方向へ勢いよく蹴り飛ばされた。
「このまま戦闘に入るのなら邪魔になりますしね」と少年は余裕の笑みを見せる。



「一方通行の検体番号は00号、貴女方が言うところの『上位個体』です」

「――――――ねえ、あなたは『一方通行は一方通行は~』みたいな喋り方しない訳?ちょっぴり期待してたんだけど」



だが、結標も怯まない。
手で触れる必要のないコルク抜きを態々取り出して見せつけ、一歩、また一歩と舌なめずりをしながら00号へ近づく。




803 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:26:04.71 ptzVABBF0 402/491




「そンなに語尾を長くした所で非効率的じゃないですか。まあご希望ならやりますが、と一方通行は一方通行はサービス精神を利かせてみたり」

「強要はしないわよ。お姉さんはありのままの自分を露わにしてくれるショタが好きなの――――――心も、身体もねっ!」



掛け声と共に結標が軍用懐中電灯の灯りを00号へと向けた。
途端、00号が結標の前へと転移する。



「大能力者程度じゃ空間移動は『反射』できないんでしょう?大人しく投降するならお姉さんが可愛がってあげるけど?」

「………生憎と、一方通行には特殊な性癖がありませンので」

「こうゆうクソ生意気なショタってのも好いものね、育て甲斐があるもの。例えば私色に染め上げてあげるとかっ!!」



顎にかけられた細い手を00号が払った瞬間、急に空間に現れた先程の椅子が00号の体に激突する。
衝撃で彼が倒れこんだ瞬間を狙って結標がその体を床に縫い付けようと駆け寄った。



「あんまり暴れないでね、可愛い顔に傷がついても台無しだし。ベクトル操作で逃げようとしても無駄よ。あなたの能力は滝壺が既に掌握してる!」



結標が飛び掛かるようにして体を使って少年の体を押さえつけた。
豊満な胸の中に00号の頭が諸に埋まるが気にしている様子はない。寧ろ笑っているようにも窺える。
抑えた、結標はそう確信した。
だが胸の中から聞こえるくぐもった声が結標の耳を打った途端、彼女の体に衝撃が走った。




804 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:26:44.88 ptzVABBF0 403/491




「―――――――だから、特殊な性癖はないって言ってるじゃないですか」



結標の体が吹き飛んだ。
傍観していた滝壺には、その状況が理解できない。


クローンの能力は自分がAIM拡散力場から干渉する事で全て掌握したのだ。彼に能力は使えない。
つまり、あの攻撃は少年の細く幼い体から生み出されたことになる。
それが物理的にありえなかったとしても。


対して結標は状況を事細かに理解していた。
あの人間離れした機動力、運動性。しかし駆動鎧の様に目に見えた装備を施していないという矛盾。
だからこそ、00号を傷つけたくなかっただけに結標は唇を噛む。



「嘗て貴女が苦戦した無能力者……――――― 駒場利徳の戦闘法を参考にさせて頂きました」

「―――――っ、あなた!そんな骨格の出来上がっていない身体で『発条包帯』なんて使ったらどうなるか解っているの!?」



発条包帯。
学園都市をローマ正教が襲撃した際、内側の警備が薄くなった隙を突いて能力者に対する反逆を企てたスキルアウト達がいた。
そのリーダー、駒場利徳が能力者への対抗策として仕込んでいた発条包帯には結標も苦しめられた覚えがある。




805 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:27:52.91 ptzVABBF0 404/491




だが、駆動鎧と違い使用者への安全装置の一切を省いた発条包帯は、本来の10倍以上の速度や力を引き出せる代わりとして相当の負荷がかかる。
大きな力を無理矢理に扱う事に生身の人間が耐えられないためだ。


駒場の場合は膝にある6つの靭帯を保護し、大腿骨、脛骨、腓骨を繋ぐ足の筋肉各部を外側から補強し、
加えて靴に鉄板を仕込み足が自壊するのを防いで初めてそれが使いこなせた。
しかし、プロのアスリート以上に繊細で合理的な調整を施した駒場でも全身の筋肉が肉離れを起こす危険性が否めなかったのだ。
00号のような幼い肉体がそれを使えばどうなるかは、火を見るより明らかだった。



「ええ。理解していますよ?てゆうか、既に全身の筋肉がガタガタ言ってますし。テスト試用も含めてまだ30分しか使っていないンですがねェ……
 でも死んだらまた作り変えれば良いンだから、気にする事もないでしょう?
 『マスター設定の書き換え』も『上位命令文の追加』も済ませた今となっては、上位個体も替えの利く個体の1つに成り下がったンですし」



恐らく体中を蝕んでいるであろう苦痛を意にも介さず、00号がケロリと言ってのけた。
そんな彼の態度に滝壺の表情が悲しみに揺らぐ。


少年は最初から、敵対勢力として自分達が来ることを知っていた。
例え他の能力者が同伴したとしても、せめて自分達2人の首だけは確実に狩る為に、少年は命を削る様な方法を選択したのだ。




806 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:28:35.93 ptzVABBF0 405/491




00号の足が冷たい床を踏みしめた。
ダン!!という轟音が響いて、小さな体が高速で飛来する。
少年の狙いに気付いた結標が急いで座標を選択するが、間に合わない。
攻撃を諦め近場の物を全てバリケードになる様引き寄せる。


が。
分厚い金属製のロッカーも大型のテレビもステンレスの机も鉄の板も、少年の拳が当たった瞬間まるで紙を丸めるかの如く全てひしゃげ、
綺麗に鋭く折れた金属片がバリケード先の少女を襲った。



「逃げて、滝壺ぉおおおおお!!!!」



結標の喉から叫びが上がる。
しかし、彼女のように能力による移動も攻撃も手段を持たない滝壺は、能力ではなく純粋な武力を行使する相手から逃れる術がない。


ガラクタとなった破片の竜巻から伸びた手が滝壺の頭を鷲掴みにした。
勢いを殺さぬままに、そのまま地面に叩き付けられる。



「ぐ――――、ぼぇ……っ!!」



滝壺の口から吐瀉物が滴った。
胃液の酸っぱい味を感じる暇もなしに強烈な痛みが全身を襲う。




807 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:29:39.91 ptzVABBF0 406/491




床に正面から激突させられた腹を抱えて倒れる滝壺の下腹部を00号が嬲る様に踏みつけた。
ズブズブと足が沈む度に滝壺から血が吐き出されるが、少年が気にする様子は微塵も感じられない。



「どうしますかァ、特殊性癖のお姉さン?
 こっちのジャージのお姉さンをこのまま潰すのと、お姉さンの見事な死に様で一方通行を楽しませるのと。どっちを選びますゥ?」

「―――――あなた……特殊な性癖は無いって言う割に良いドSっぷりじゃない?」

「お姉さンが仰ったンじゃないですかァ。『生意気も好い』って」



キャハキャハと嗤う00号が、初めて子供らしい笑みを見せた。
弱肉強食の頂点に立ち心の底から喜ぶ光景は幼い子供が残虐性を満たした際、本能的に快感を得るのに良く似ていた。



「前言撤回……やっぱりショタは素直で可愛いのが一番ね」

「素直で可愛いつもりなンですけどね、一方通行としては」



結標が呟きと共に落ちていたダストボックスを少年に向けて転移した。
しかしそれも簡単に00号は退けた。よりにもよって、滝壺の体を盾にして。



「――――――ジャージのお姉さンを潰す方がお望みですか」




808 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:30:21.80 ptzVABBF0 407/491




滝壺の髪を掴んで彼女の体を強制的に起こした00号が、滝壺の喉に手をかける。
今はゆっくりとした動作だが、発条包帯を巻いた腕は本気を出せば一息で彼女の呼吸を奪うだろう。


子供とは思えない艶やかな手付きで滝壺の喉を弄る00号がチラリと結標を窺った。
楽しんでいる、こちらの反応を。
苛立ちに結標が眉根を寄せるが、下手な攻撃をすれば再び滝壺を盾にされかねない。



「―――――――いいわ。反対してたあの子を無理矢理引っ張ってきたのは私だもの。責任はとる」

「ならご自分の体内に針でも埋め込んで頂けますかァ?そこのソーイングセットから取り出して、内臓各部を何発も。
 ズブリと心臓部に一発、っていうのも捨てがたいですけど他人が苦しんでる様は長く見たいじゃないですか」



言われた通り、ソーイングセットを引き寄せた結標がその中から縫い針の束を取り出す。
転移する度に自分の居た座標へと00号が掴んだ滝壺を寄せるのを見て、結標は攻撃する事を諦めた。


既に能力に対するトラウマは克服した。逃げようと思えば、逃げられる。自分だけは。
滝壺の転移は彼女の喉を締め付けている00号が許さないだろう。
そして自分だけが逃げた所で、逃げた先で応援を呼んでいる間に確実に彼女は殺される。



「……素直っていうなら約束してよ。私が死んだら、滝壺は許してくれる?」

「生かしておいてあげますよ。薬漬けにして命令通りに能力を使うだけの道具にされるでしょォが」



生かしておく。それならいい。
人ひとりを薬漬けにするのは案外と時間が掛かる。その間に誰かが彼女を救ってくれれば、それでいい。
今まで暗部の同僚を信頼した事など無かったが、今回ばかりは願う。きっと、誰かが。



「――――――最後に見れるのが可愛い男の子の笑顔なら、中々儲けものかもね」




809 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:31:02.85 ptzVABBF0 408/491




わざとらしく結標が微笑み、00号を見据えた。
震える指で針を握りしめ演算に集中する為に呼吸を整える。


スーハーと息を吐いていた結標の口が閉ざされた。
真剣な眼差しで針の切っ先一転を見つめる。



(さよなら―――――――、)



自分でも最早誰に向けているのか解らない遺言を心中に、体内と手中の座標設定を始める。
正確な演算で彼女の手の内の針が消え、


ドガァアアアアアアン!!!!!!


急な衝撃に部屋中が揺れた。
結標の体が耐えきれず倒れたことで、転移された針が腕を掠めただけに留まる。




810 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:32:16.57 ptzVABBF0 409/491




(………?)



一番状況を理解出来なかったのは、意識を失った滝壺でも滝壺の能力束縛がなくなりベクトル操作でバランスを取った00号でもなく、
倒れ込んだ結標だった。


しかし彼女が状況を確認しようと起き上がると、部屋全体を見るまでも無く全てが解った。


何故なら、彼女の目の前に部屋の天井が4階からこの地下まで全てをブチ抜いて崩れていたからだ。
何故なら、その破壊的行為を行った少女が男の体を引っ掴んで埃立つ部屋の中心に立っていたからだ。
何故なら、埃を払いながら立ちあがった男が滝壺を掴む00号を見て殺気立ったからだ。



「超完璧なタイミングだったみたいですね……正義のヒーローみたいじゃないですか、私達」

「本物のヒーローだったらヒロインがこんなになる前に駆けつけてるだろうさ」



「おやおや、滝壺さんをヒロインって今超認めましたね」「るせー。こんな時に揄うな、チビ」
本人達は認めないながらも、宛らスーパーマンの如きタイミングで現れた男女2人―――――
――――ニット地のワンピースを着た少女と、ジャージのパンツに適当なシャツを羽織った男が、風に靡いた埃の中からその姿を露わにする。



「滝壺をそんな風に扱った罪、駒場のリーダーを冒涜した罪、―――――しっかり償って貰うぜ」



2人の女のピンチの中颯爽と駆けつけた浜面仕上と絹旗最愛が、そこには立っていた。




811 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:33:00.72 ptzVABBF0 410/491




「………どうして此処が?能力追跡のような探知能力者や、座標移動のような空間座標把握者がいなければ掴めない筈ですよ?」

「普段からボーッとしてる滝壺の携帯には、危なっかしいからってGPSが入ってんだ。電波障害だろうと何だろうと阻害されない特別なGPSがな」



浜面の解答を聞いた00号が、暫し呆然と彼を見た。
そして「あァ~あ、モロ科学の中で生きてるのにこォゆゥ時にドジっちゃうンですよねェー」と呟きムスッと口を尖らせる。



「―――――はァ……。子供相手に大人が何人も寄っていたかって集まるなンて、リンチですよォ、リンチ」



呆れた様に溜息を吐く00号に浜面の鋭い視線が突き刺さる。
しかし00号はその殺気を意にも返さず、未だ髪を乱暴に引っ掴んだ滝壺をブラブラと見せつけた。



「お兄さァん、ピリピリすンのはイイですけど彼女さンどォなっても良いンですかァ?
 そっちのショタコンお姉さんだって一方通行には手出し出来ませんでしたよォ?」



それでも浜面は関係ないと言わんばかりに00号へと近づいていく。
ジリジリと歩み寄って来る浜面に00号は眉根を寄せた。


先程の会話を聞く限り、この能力追跡のジャージ女とあの男は特別な関係にある様に思える。
ならば何故この男は人質を気にも留めない?


意識の半分を思考に回している間に浜面が間合いを詰めようと一気に駆け抜けてきた。
だが、予想の範疇だ。
発条包帯を巻いた00号はそれを余裕のステップで躱した。




812 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:33:39.45 ptzVABBF0 411/491




否、躱したつもり、だった。


避けた先に、何故か浜面仕上がいた。
「なっ……!」驚愕している間もなく滝壺の腕が取られ、奪われまいと対抗する間に隙を突いた結標のコルク抜きが飛んでくる。
結標の気配から何とかそれを察知した00号は滝壺を諦めコルク抜きを避ける事に専念した。
結標の読み通り、大能力者クラスの『一方通行』では空間移動は反射出来ない。


人質を失ってからの結標は確かに厄介だ。だが発条包帯でカバーできる彼女以上に厄介なのは。
浜面仕上。
彼が何をしたのかが解らない。どうしてあの時、避けた先で彼が待ちかまえていたのかが掴めない。


浜面から距離を取ろうと00号は後退した。
能力が使えるならば浜面仕上は遠距離からベクトル操作で攻撃する方が利巧だ。


敵全てから適度に離れた00号が地面を抉り飛ばそうと床を踏み付けた。
途端ボコボコと亀裂の入った床が浜面に向かって物凄いスピードで襲いかかる。
滝壺だけでも逃がそうと浜面は奪い返した彼女に手を伸ばした。亀裂の予測到達地点から突き飛ばす様にして押し出す。


押し出した頃には、もう『迫る床』は目の前だった。
頭や顔へのダメージだけでも緩和しようと腕で十字を造り顔の前に掲げる。
(うお、思ったより結構ヤバそう)
床が浜面を呑み込もうとした。浜面がダメージを覚悟した。その時、



「来てくれてありがとう、はまづら」




813 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:34:32.73 ptzVABBF0 412/491




床がメキメキと呻きを上げて、逆再生された。
時間を巻き戻しているのではあるまいし、実際の原理はそうではない。しかし比喩としてそれ以上相応しいものは無かった。
急速な勢いで逆方向に進んだ床が、放った00号に牙を向く。


00号は咄嗟に反射を展開させようと演算するが、何故か能力が発動しない。
――――――まさか。
襲いかかる自身の技から道具補強で強制的に高めた脚力を用い逃げると、00号はそこで見つけた女を眼を見開いて睨みつけた。



「――――滝壺、理后……っ!!」

「能力は使わせない。あなたのAIM拡散力場は、もう私の手中にある」



多勢に無勢のこの状況で能力なしというのは些かキツイ。
いや、能力者がいたとしても発条包帯だけで乗り切れる自信はあったが、浜面仕上の存在によってそれも危うくなった。


もう一度、滝壺理后をオトさなければ。あの女が邪魔だ。
00号が滝壺に向かってロケットの様に踏み出した。先程彼女を鷲掴みにした腕が、再び迫る。
しかし、



「――――――そう何度もやらせねえよ」



視界から滝壺が消えた。
否、声の方を見返せば彼女の手を先に引く浜面仕上がいる。


浜面の腕の中から即座に滝壺が安全な場所へ転移させられた事で、彼のフットワークが一気に軽くなる。
振り翳された右拳を避けるべく、00号が移動角を調整しようと床を踏み左に跳ねた所で――――――




814 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:35:15.70 ptzVABBF0 413/491




無防備だった左脇腹に、浜面の左拳が突き刺さった。
正確には浜面の左拳の合った場所へ自ら飛び込んだと言っても良い。



「ぐぼえっ――――――!!」



怯んだ矢先に、脇腹へと痛恨の一撃が突き刺さった。
体重と踏ん張りの勢いを上手く乗せたプロ顔負けの拳に、00号の幼い体が吹き飛ぶ。


ザザザザザ!!!と引き摺る様に摩擦で床に足を留め、00号は浜面を見た。
何故、という不可思議な物を見る目線に浜面が淡々と答える。



「駒場のリーダーは能力者に対抗する為何重にも策を練っていた……
裏路地の世界で俺は上手く仲間を纏めきれなかったが、それでも俺は副将としてあの人を隣でずっと見て来たんだ……」



軽蔑する様な浜面の眼が、00号を射抜いた。
00号の肩がピクリと揺れる。



「風紀委員への対処法……警備員への対処法……能力者への対処法……
 アイツらの手を利用すると同時に、駒場のリーダーはその弱点も全て把握していたよ……
 ―――――例えば『駆動鎧の初心者は、直線的な速さに頼り過ぎてある程度軌道が予測できる』、とかな」




815 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:35:43.32 ptzVABBF0 414/491




「駒場のリーダーの意思も志も知らずにソイツを真似たなら、それはもうあの人への冒涜だ。俺はソレを、許さねえ」



浜面の威圧感に、00号は本能的に彼へ襲いかかった。
反射的な行動とは裏腹に浜面の指摘を冷静に取り入れた蹴りは、積み重ねたステップにより先程と比べ随分と小回りが利いている。


だが。



「お前は無能力者を舐め過ぎたんだよ。駒場のリーダーはもっとソイツを使いこなしてたぜ」



身体との兼ね合いも考慮した結果、テスト試用を含めて00号が発条包帯を使用したのは30分強。
学習装置で強制入力されたデータでは絶対に補えないモノを識る浜面には、未だ読める軌道の範疇に過ぎない。



「悪い事したらお仕置きってなあ……歯ぁ喰い縛れよ、クソガキ!!!!」



浜面の回し蹴りが00号の内臓を内側へ内側へと圧迫し、胃液と唾液と血液が無造作に混ざって口から零れた。
吹き飛ばされた先で体勢を立て直そうと地に足付く前に、そのまま後ろから強い力で拘束される。



「まさか……私が天井ブチ抜く為だけに来ただなんて、超勘違いですよ?」



声掛ける絹旗も十分小柄な部類だが、見た目10歳前後の00号の方がよっぽど小柄だ。
後ろ手を片手で捻り上げられ、抵抗する前に服を捲り上げられる。




816 : 第十五話 『部屋と接触とミサカ』[saga] - 2011/01/24 22:37:04.75 ptzVABBF0 415/491




00号の服の中から、ビリビリと布を裂くような音がした。窒素装甲を纏った絹旗の手が毟る様にして発条包帯を奪い取る。
未だ滝壺に能力を封じられ、絹旗に拘束され、浜面から深手のダメージを負った00号は最早無力な子供でしかない。



「――――助けてェ、お姉ちゃン……っ!!」



半泣きの表情で結標へと訴える。
それを戸惑う様な瞳で受け取った結標は、



「言ったでしょう?少し生意気な子の方が好みなの。泣いて懇願する様も好きだから迷うけど……『他人が苦しんでる様は長く見たい』じゃない?」



ニコリとした笑みに呆然とする間に、浜面の手刀が首の神経系を穿った。
一瞬で00号の意識がシャットアウトする。



「色んな意味で人生経験が足りな過ぎるんだよ、お前は。長く生きてもっと経験積みやがれクソガキめ」



乱暴な手つきでクシャリと撫でられた頭を、当の子供だけが知らずに幕が落ちた。








837 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:30:31.98 aHvdUUFQ0 416/491




「それじゃ、上位個体さえ確保すればあなた達の本拠地が解かるワケね?」

「ハイ。マスター専属の01号を除き一方通行たち下位個体には『本部』の居場所は伝えられていませんが上位個体には伝令されている筈です、
 と一方通行は解答します」



クローン体と〈クローン-マスター〉の位置まで心の距離を縮めた心理定規の『尋問』は続いていた。
彼女の問いに何の抵抗もなく答える一方通行05号は、その時、確かに心理定規に意志の自由を掌握されていた。



「一方通行クローンの上位個体の下には結標が独断で行っちゃったし、絹旗達も追っていったから捕縛できると思うけど……」



全く、どいつもこいつも勝手なんだから。
学園都市の出入りゲートの防衛を担当していた絹旗が浜面と共に結標―――――
―――――正確には、結標に連れられた滝壺を追って上位個体の下へ向かったのは今から10分程前になる。


絹旗が持ち場を離れたため、現在ゲート防衛を担当しているのは麦野になるのだが、
何故滝壺の下に麦野が向かわずそんな回りクドい事をしたのかといえば理由がある。





838 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:31:15.66 aHvdUUFQ0 417/491




スペイン星教ではない、多勢力に所属する魔術師の存在だ。
今、学園都市に侵入しているのは問題が生じる前に学園都市に潜り込んできたと思われる前述のスペイン星教と、
特殊な術式により日本国内の何処でも(『伊能忠敬時代の日本国内』を効果範囲とする為学園都市も含まれる)移動が可能な天草式の2つだ。


スペイン星教が『イギリス清教』へと応援を打診しておきながら、何故内部小組織の天草式しか派遣されないのか。
それは、高位能力者が警備するゲートからの侵攻は不可能だろうと魔術サイドに思われているためだ。
ならば大能力者の絹旗より、より高位な『第四位・原子崩し』に正面から真っ向してもらったほうが威嚇としては丁度いいのだ。



「ウチのリーダーも同じ理由で行っちゃったし……取り敢えず『尋問』対象の上位個体クンが来るまで私は暇ねえ……」



ふわあ、と心理定規が欠伸を吐いた。
こんな時に何と不謹慎な、と思うかもしれないが何時『情報提供者』が寄越されるか解らない以上
持ち場たる此処を離れる訳にはいかない彼女は非常に暇なのだ。
何せ此処は何の娯楽もないただの廃ビルだ。





839 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:31:54.12 aHvdUUFQ0 418/491




「どうぞ、と一方通行は欠伸で涙を浮かべた貴女にハンカチを差し出します」

「ああ、ありがとう。あなたオリジナルと違ってホントに気が利くわね……――――――――――」



そんな平和でクダラナイ日常の一片を過ごしていた時である。
ただでさえ虚ろな05号の瞳が死体の様に濁り始めたのを見て、焦った心理定規がガタリと席を立った。



「――――――…………05号、一体どうしたのか、自分の状況を説明しなさい!」

「edhiok第一級hagbk命令mzio、ngfdsfkplnb受信中zwcv……」



意味を成さない情報の羅列が05号の口からコピー機の様に吐き出される。
濁った瞳を見開き、瞳孔をギラつかせながら、出来の良い人形の如く05号から文字が漏れる。



「05号!!」

「上位命令文の施行を確認、上位命令文の施行を確認。一方通行05号はこれを受理。
命令文に従った行動プロセスの実行に移ります。繰り返します……――――――――」



言葉が、繋がった。
上位命令文の施行。クローン達の意思と尊厳を奪う、ヒトの手によって作られた最悪最低の手段。


「結標達、間に合わなかったって言うの……――――――っ!?」









840 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:32:22.52 aHvdUUFQ0 419/491






「上位命令文による束縛は、演算を抵抗に回せば多少は緩和されます!気をしっかり持って下さい、とミサカは激を飛ばします!!」



学園都市在住の妹達を乗せた病院者の中で、ミサカ10039号は困惑していた。
謎の魔術集団から追われていた一方通行クローンを救い出したは良いものの、
彼が気絶している間にどうやらアチラ側の上位命令文が下されたらしく、命令を受けたクローンがそれを実行しようと所構わず暴れだしたのだ。



「オイ、どうすんだよ……とミサカは救出を提案した10039号に目線を向けます」

「この怪我じゃ能力の演算は出来ないだろうが、これ以上暴れたら出血多量で死ぬぞコレ……とミサカは一方通行クローンの身を心配します」



他個体が言う通り、これ以上暴れれば彼の命が危うい。
傷の所為で演算に集中できないだろうからベクトル変換なんて高度な能力は使えないだろう。
10人近くの妹達で今は押さえつけているものの、『抵抗』を重ねる間にも彼の傷からは命の滴が零れていく。


持っている装備は『実験』当時使われていた銃火器の様な完全な『武装用』であり、麻酔銃なんて『鎮静用』の代物もない。
乗っているのは病院者であるが、麻酔なんてものは持たされていない。


10039号は、何とか彼を救いたかった。
例え他の個体から非難を浴びたとしても、貴重な同胞である彼を彼女は救いたかった。



(一体どうすれば……?)





841 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:33:00.57 aHvdUUFQ0 420/491




10039号は考える。
しかし、絶体絶命の状況を引っ繰り返す名案なんてそうそう浮かぶ物じゃない。



「……っ、―――――」



眉根を寄せた10039号の手を、誰かがそっと握った。



「……10032号?お前はまだ起き上がるには危険な容体だろう―――――――!?」



周りの妹達から驚愕の声が上がる。
当たり前だ。一方通行クローンによって長時間嬲られ続けた彼女の体は、まだまだ安静にしていなければならない状態なのだ。



「……電撃使いの、ミサカ達と違い……脳波ネットワークを構築できない一方通行クローンは………機械による、補助を……受けなければ……
 上位命令文の送受信が、出来ません…………」



息も絶え絶えに紡がれる10032号の声に、10039号が息を呑んだ。



「…………電子機器は、ミサカ達の領分です………と、……ミサカは、ニヤリと……笑います……」





842 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:33:50.66 aHvdUUFQ0 421/491




「――――――ミサカはこの同胞を、救いたい、です」



10039号が小さな声で呟いた。



「10032号の言う通り、上位命令文を受けるため彼の脳内には極小チップが埋め込まれているのでしょう。
 障害となるのが電子機器なら、ミサカ達はこれに対抗できます。だから、――――――――」



そして、真っ直ぐと大事な姉妹を見渡す。



「だから、どうかミサカと共に立ち上がって下さい。とミサカはキョウダイ達を促します」



機械を壊せなくてもいい。
要は機能できなくすれば、それで全て解決する。
しかしオリジナルの第三位、『超電磁砲』・御坂美琴と異なり彼女達には1人でナノサイズの精密機器を制御することは難しい。
ならば、



「……まあ、そう改められなくてもミサカはセロリ派だし協力するつもりだけど……とミサカはお姉様並みのツンデレっぷりを見せつけます」

「ミサカは削板派だが協力するぞ。つーか『協力』じゃなねえだろ、お前1人の問題でもねえし」



ミサカも、ミサカもと次々に声が上がる。
1人で解決できない問題は、手を繋いで取り掛かればいい。


重ねられた幾人分の手が、静かに07号の額へと添えられた。








843 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:34:28.17 aHvdUUFQ0 422/491






精神が浮上するように07号の瞳に僅かに光が戻るのを見て、
ケージの猫と扱い同じく競うかの如く彼の顔を覗き込んでいた妹達たちが安堵の息を吐いた。



「意識は安定していますか?上位命令文による脳内汚染の影響は?とミサカは矢継早に尋ねます」



思考回路までは安定しきっていないのか、07号は暫し呆然と彼女たちを見つめていた。
だが、その瞳が完全に見開かれると



「そうか……一方通行はマスターに見捨てられたのですね……、と一方通行は呟きます……」



少年の呟きを真正面から受け止めた10039号は、何も答えることができなかった。
彼が見捨てられた、或いは裏切られたのは変えようのない事実であり、そんな彼をどう慰めていいものか考え付かなかった為だ。


だからこそ彼女は、慰めるのとは別の道を選ぶことにした。
「違うよ?きっとあなたのマスターはあなたを待ってるよ?」なんて甘い言葉を吐いたところで、彼が幸せになれる訳がない。



「そうです。あなたは――――あなた方、一方通行クローンは組織から完全に切り捨てられました。とミサカは肯定します」



キッパリとした肯定の声に07号の肩が沈む。
組織と、マスターという世界しか知らなかった彼にとって、そこから放り出されるというのは母親に捨てられるも同然だった。





844 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:35:21.83 aHvdUUFQ0 423/491




「――――――――しかし。それはつまり、あなたは現時点を持って自由を得たと言うことです。とミサカは自身の考えを述べます。
 ミサカ達『妹達』は『実験』の終了から研究者達の手を離れることによって『個』と『日常』を得ました。
 そこには紆余曲折がありましたが、今、確かにミサカ達は『自由』です。とミサカは経験談を語ります」



07号が、別の意味で目を見開いた。
そんな考えを今まで持ったことがなかったのだろう。あの『ヒーロー』に教えられるまで自分たちもそうだった、と10039号は思いを馳せる。



「さて。ミサカはあなたが自由になったら尋ねたかったことがあるのです。聞いてくれますか?とミサカは小首を傾げます」



コクリ。07号の首が小さく振られた。
それを静かに見届けてから、10039号が再び口を開いた。



「――――――――……ミサカと、友達になりませんか?とミサカは握手の手を差し伸べます」



ゆっくり伸ばし、躊躇い。


ドヤ顔でフンヌ、と手を差し伸べる10039号を窺う様に覗き見て―――――――――その手が、壊れ物を扱う様に、そっと取られた。









845 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:35:47.42 aHvdUUFQ0 424/491







一方通行クローンが暴走している。
そう仲間から連絡を受けた五和を追いかけるようにして共にその現場へ向かった一向―――――上条当麻、インデックス、御坂美琴の3人は
天草式の魔術師と共に街中で暴れていたクローン3体を取り押さえていた。


深夜だったことが幸いし被害にあったのは屯していたスキルアウト数名、それも天草式の迅速な対応から掠り傷程度で済んだ者だけだった。
とは言っても、能力『一方通行』の大能力者3名を相手にこれだけの被害で済んだのは、超能力者たる美琴の存在も大きいのだが。


巻き込まれたスキルアウトに関しては後で記憶改竄の魔術をかけるらしい。
確かにそうでもしなければ、学園都市最強は実は3つ子だった、なんて事になりかねない。


それは兎も角。


フーッ、フーッと牙を剥き出しにして威嚇するクローン達は、宛ら野生の獣だった。
大能力者クラスの『反射』では捌き切れない衝撃を与え続けた美琴の方も、既に呼吸が荒い。
体力的な問題ではなく、クローンを傷つけてしまったという精神的な圧迫で。


大きなダメージを受けたクローン達は、流石にもう能力を行使するための演算が出来ないらしい。
高度な能力ほど怪我などで意識が散漫すれば演算に集中できず、能力は使えない。
現在はなお暴れようとする体をロープで縛られていた。





846 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:37:01.98 aHvdUUFQ0 425/491




「まだ解らないのかよ!?お前たちはスペイン星教に良いように利用されてるに過ぎない、何の関係もない人達を襲ったって……―――っ!!」

「それでも。一方通行達はマスターからそう命じられました、と一方通行11号は返答します」
「マスターの命令は絶対です、と一方通行12号も11号へ同意します」
「マスターの為に生まれマスターの為に死ぬ。それが我々の至高です、と一方通行13号は追記します」


上条は叫ぶ。
しかし、クローン達は自分という絶対的な犠牲を厭わない。


クソッ……。皮膚に突き刺さった爪が出血を起こす程、思わず拳を握りしめた。
何でだよ、何でなんだよ……
幾ら説得したところで、彼らの返答は変わらない。
一体、どうして。



「――――――――それが、彼らに刻み込まれた上位命令文だからです。とミサカは明言します」



ふいに、第三者が介入した。
上条達一行でも天草式でもない、特徴的な口調。



「――――御坂、妹……?」

「いいえ。ミサカは御坂妹と呼称される10032号とは別のミサカです、とミサカは上条当麻の判断を否定します」



「いやー、やっぱりミサカだけでも偶然見つけたツンツン頭を追って来て正解でした。……あ。因みにミサカの検体番号は13577号です」
そう名乗った13577号は「いやどっから現れた?」と皆に疑問を抱かせながらも、マイペースに淡々と作業を進めていく。





847 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:38:35.19 aHvdUUFQ0 426/491




「微弱電気による探知では、どうやら脳内チップの場所は07号と変わらないようですね。お姉様もいる事ですしコレなら対処できるでしょう、
 とミサカは希望ある発言をします」

「た、対処ってどうゆう事だよ!?コイツらを止められるのか!?」

「恋愛以外にも鈍い上条当麻にミサカは多少イラつきます。ミサカは上条派では無いのでキツいですよ。
 ………要はまあ、上位命令文を送受信する脳内チップを特殊電磁波をぶつける事でお姉様に機能停止して貰い暴走命令の脅威を取り除こう、
 とそういうワケです。とミサカはカクカクシカジカで済まない説明を面倒ながらも行います」



「宜しいですか、お姉様?」そう尋ねる13577号に美琴が頷く。
07号対処時に行った通りのプロセスを大まかに説明すれば、
これが超能力者の実力と言わんばかりにピリピリと発する小さな電気で、それを簡単に停止に追い込んだ。



「これで目覚めた頃には問題無くなっているでしょう」








悪戦苦闘しながらも同様の操作を10人がかりで行った妹達と違い、最小の電力で美琴1人が行った為か
チップの機能を停止させられたクローン達は5分ほどで直ぐに目を覚ました。



「気分はどうだ?」



覗きこむようにして上条が尋ねる。だが、反応が返ってこない。
訝しんだ彼が13号へと手を伸ばした。
すると。


「――――――――えっ……?」



その手は、強い力で振り払われた。





848 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:39:06.66 aHvdUUFQ0 427/491




完全な拒絶。
手足は縛られていて動けない為、触れられた肩を勢いよく振って近づく手を払う。



「………どうして……?上位命令文っつうのは止まったんじゃなかったのかよ……?」

「おかしいですねー、07号の時はこれで大丈夫だったんですが……とミサカは自分に非が無い事を暗に伝えます」



13577号の言葉には、処理した美琴が同意した。
もう一度能力で確認しても、クローン達の中に埋め込まれたチップは完全に沈黙している。



「何があろうとマスターの命に従う。それが我々の存在理由です、と一方通行は宣言します」



まさか。
上条が息を呑んだ。


停止された上位命令文。だが、未だ止まらない暴走の意思。
つまり、それは――――――――――








849 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:40:19.02 aHvdUUFQ0 428/491








「―――――――上位個体を通した正当な方法で上位命令文が中断されました。これにより、上位命令文の実行を停止します」



傍らに立った05号の言葉に、心理定規が息を漏らした。
これで全個体の暴走が停止された筈だ。


命令文の中断をきちんと処理した小さな子供の頭を、浜面が力強くワシワシと撫でて褒める。



「よし、よくやったクソガキ。このまま全個体の機能停止を命令しろ!」

「イヤですよ。一方通行はマスターかドレスのお姉さンの言葉しか聞かないのです」

「こんのクソガキィィイイイイイイイ!!!!!!!」



喚く浜面を余所に、座標移動で帰還した結標、滝壺、絹旗、浜面らが連れ帰った上位個体――――― 一方通行00号に能力を使った心理定規は、
上位命令文中断の際と同じく、全個体の機能を停止させるよう命じた。
しかし、



「そンな事しなくっても殆どの個体はソチラにやられた負傷で動けませンし、
 動ける個体も上位命令文を送受信するチップが破壊された様なので意味ありませンよ。01号には元よりチップが入ってませンし」

「そんな事言ったって!!現にまだクローンは暴走してるって情報が――――――――っ!!」



マスターと同じ心の距離にいるからだろうか。
自分の言葉を拒絶した心理定規に、00号が悲しそうな瞳を向ける。
だが態度とは裏腹に淡々と、ごく当たり前の常識を述べるかのように00号は続く言葉をあっさりと語った。



「上位個体であるこの一方通行が干渉していない。……―――つまりは、個体自らの『意思』に決まってンじゃないですか」








850 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:41:06.35 aHvdUUFQ0 429/491







一方通行は薄暗い閉鎖空間を我が物顔で闊歩していた。
何故ならば、此処が勝手知ったる彼の嘗ての『学校(ホーム)』だった場所だからだ。


特力研。正式名称、特例能力者多重調整技術研究所。
敷地内に死体処分場があると噂され、一方通行曰く、噂以上の施設だったという其処は
警備員によって制圧・解体されて以来、書庫の中でも厳密な領域に記録された謂わば禁断の場所だ。


彼がこの研究施設を居としたのは9歳までだったが、幼いながらも記憶は正確だったらしく
心当たりのある場所を虱潰しに探していけば『標的』は考えていたよりも早く、そしてあっさりと見つかった。



「―――――………00号の確保、上位命令文の中断、そして此処の解明……キミが来るのはもう少し後だと思っていたのですが」


「ンな回りくどい事しなくても、俺のクローンが完成していた時点で学園都市内に本拠地を置ける場所はある程度絞れンだよ。
 俺のDNAマップを採取・保管できた場所、クローン製造に必要な機材の揃っている場所……
 『実験』当時使っていた研究所は木原の件の後真っ先に調べたが何も出て来なかった。だから、後は可能性のある施設を片っ端から潰したまでだ」



一方通行は幼少期から施設を転々としてきた存在だ。
どれだけ絞り込みをした所で、可能性のある施設は相当な数になる事だろう。


とんでもない事を平然と断言する一方通行に、黒衣の男が子供の悪戯を見る様な目つきでクスリと苦笑した。
そして、悪さをした少年に尋ねるかの如く、一方通行に優しげに問いた。





851 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:42:14.21 aHvdUUFQ0 430/491




「それでも、キミの居る組織が体勢を整えてから突入するにはまだ早い。見る限り1人で来たようですが……一体どうして?」

「あのシスターがデメエらの用意した第一陣――――最初に遭遇したクローンに接触した時点で、
 天草式とやらがスペイン星教の企みに気付くのも時間の問題。
 なら、テメエの目的にスペイン星教の利益は無関係っつゥ事になる。つまりは学園都市の破壊こそ純粋な目的。
 そンなテメエが、クローンの情報を他勢力に売り渡すだけで留まるとは思えねェ。何仕出かすか解らねェ以上、早めに潰すに限る」



場違いな拍手の音が響き渡った。
「正解、正解です一方通行!」と黒衣の男が心成しか嬉しそうに語る。



「ああ、その通りです。確かに私は別の策も用意していましたよ?キミの読み通りです、素晴らしい!」



我が子がテストで100点をとった時の様な男の妙な態度に、一方通行が微かに眉を顰める。
先程からコイツは何処か自分に馴れ馴れしい。


怪訝そうに自身を見る一方通行の視線に気付いたのか、
男が「ああ!」とわざとらしいリアクションを取りながらニコリと笑った。



「この施設が閉鎖されるまで、僕は此処に勤めていたんですよ。研究者として。キミの開発にも間接的ではありますが携わっていました。
 まあ、直接的な接点もありませんでしたし、キミは僕の存在など全く知らないでしょうが」





852 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:42:55.26 aHvdUUFQ0 431/491




「――――酷い場所だと思いませんか、学園都市は?僕は思いましたよ。『こんな場所、あってはならない』と。
 科学者の端くれとして20年先の道を辿る学園都市に夢を持って来たというのに、現実は子供を使った非人道的な実験の繰り返し。
 キミの開発も見ましたよ……酷いものだった。辛かったでしょう?恐かったでしょう?
 私はキミ達の様な子供をこれ以上増やしてはならないと、そう思いましたよ」



『同情』を受けた事で一方通行の顔が顰められた。
男が何処の研究所にいようが、自分とどのような関わりがあったのかなど一方通行には興味が無い。
それよりも、



「………それが、お前の『理由』か?」

「研究所が閉鎖し故郷のスペインに戻ってからもずっと考えていました。―――どうしたら彼らを救えるか、悪たる学園都市をどうしたら壊せるか」



チッ、と一方通行が舌打ちをする。
気分が悪い。



「――――――――……余計な御世話なンだよ、」

「それはキミが『成功例』だからこそ言える台詞だ。『失敗作』となった他の子供達がキミと同じ事を言えると思いますか?」



この男の思想に共感し躊躇いが生じた為でなく、
自分の為などと男がバカゲタ表情で抜かす事に腹の底から妙な感覚が込み上げてくるのを一方通行は感じていた。





853 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:43:50.80 aHvdUUFQ0 432/491




「故郷スペインで私は『魔術』という学園都市の科学力に拮抗しうる力を得た。
 この力を持ってして学園都市を壊してしまえば、もう彼らの様な子供達が生まれる事も無くなる……」



男の貌付きが、『崇高な思想』を語る酔った表情から一変し、何十年もの時をひと思いに過ぎ去った老人の様なそれに変わった。
幾重もの苦難を越え悟りきった眼で一方通行を見遣った男は、彼へと目線で同意を求める。
しかし、



「テメエが何をほざこォが、俺とテメエが相入れる事は一生ねェ」



「残念です」、と男が呟いた。
男にとっては一方通行の様な学園都市の暗部に浸りきった者も『憐れな存在』の内なのかもしれない。
それでも、男が手段に一方通行にとって何より大事な『憐れな存在』を蝕んだ時点で、彼は一方通行にとっての『敵』となる。


「ならば、互いの信念を賭け合わねばなりませんね」。
黒衣の男がそう言うと、今まで2人の遣り取りをじっと傍観していた一方通行と全く同じ顔をした少年が無言で彼らに歩み寄った。



「此の場はお任せ下さい、マスター。と一方通行はオリジナルと対峙する意思を見せます」

「お前……その馬鹿に付いてく事がテメエらクローンにとって本当に正しいと思ってンのか?」



一方通行は尋ねる。見た事も無いほどに、悲しそうな瞳だった。
そして――――――――――――――……







854 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:44:35.49 aHvdUUFQ0 433/491






「――――――お前達は、それでいいのか?」



そして、上条の問いに13号が答えた。



「聴こえなかったのなら何度でも繰り返しましょう。マスターの為に生き、マスターの為に死ぬ。それが我々の使命です、と一方通行は語ります」



13号の答えに、上条の鋭い視線が彼を射抜く。











「我々はマスターの手によって生み出され、マスターの手によって育まれました。謂わば、マスターは我々の創造主なのです。
 命を与えてくれた、心を与えてくれた。そんな存在に使える事を幸せと呼ばず何と表現しますか、と一方通行はオリジナルに尋ねます」



一方通行が押し黙る。
答えを探しあぐねるのではなく、その答えをどう伝えようか悩む様に暫く間が空いた。


僅かな間を置いて、一方通行が自虐めいた笑みを零す。
「まさか俺がこンな事口にする羽目になるとはなァ……」と呟く彼は何処か遠くを見ていた。








855 : 第十六話 『部屋と命とミサカ』[saga] - 2011/01/29 19:45:52.57 aHvdUUFQ0 434/491






「馬鹿げた事抜かしてんなよ……マスターの為に生きて死ぬだ……?ふざけんな!お前達を道具としか見ていない奴に、お前は命を賭けんのかよ!?
 お前はただ逃げてるだけだ。『生きる』って事を知らないまま、その辛さや恐さにばかり脅えて『主人の為』を謳って考える事を放棄しただけだ!」




嘗て、自分を『実験動物』と称した少女達がいた。
彼女達は、自分達の価値を『何度でも作れる量産品』としか見ていなかった。
『替えの利く存在』としか認識していなかった。




「生まれた過程がどォあれ、テメエの命もテメエの心も、全部テメエ自身のモンだ。与えられた借りを返すっつゥその考えが間違ってンだよ。
 生きるも死ぬも他人になンか委ねてンじゃねェ、自分自身で決めやがれ」




この少年達も同じだ。
『個』を知らず、『命』を知らず、数奇な運命からそれについて考える事を止め、『マスター』という絶対的上位者に依存していたに過ぎない。




「どれだけ俺が言ったところで、お前がまだ自分を『道具』に思ってんなら、……―――――――――」



「それを『使命』だとか言って、その生き方を『幸福』っつゥンだったら、……――――――――」










「「まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!!!」」








今宵、2人の『ヒーロー』が咆哮する。






886 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:15:32.15 NbiBTJcl0 435/491





「それを『使命』だとか言って、その生き方を『幸福』っつゥンだったら――――……まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!



 ――――――――――――………なァんて、らしくねェ事吐いてみたワケだが………」



一方通行が目の前の01号を静かに見遣った。
01号は彼の言葉にも僅かに瞳を揺らしただけで、『主人』を庇い立つその態度を崩さなかった。



「………飽くまで態度は変わりませンってか。ま、ンな簡単に目ェ覚めるなら楽だわなァ」



首元のチョーカーに手が触れたかと思えば、一瞬で一方通行と01号との間合いが消える。
01号の首筋に綺麗に当たった手刀はすぐさまその意識を奪った。



「仕置きは後だ、寝てろ」



一方通行が床を滑る01号の体を緩く弾くと、彼より幾ばくか年若い身が放物線を描いて遠ざかった。
その距離は彼が室内で派手な戦闘を起こしてもギリギリで余波が届かない場所に当たる。



「どォやら、お前の方を先に何とかしねェとならねェよォだからなァ」



向き合った黒衣の男がニコリと嗤う。



「キミには理解しがたいものかもしれませんが、子というのは無条件に親を慕う生き物なんですよ」





887 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:16:03.69 NbiBTJcl0 436/491




一方通行の頭に芳川桔梗と黄泉川愛穂の顔が過る。………違う。彼女達は、こうではなかった。
紆余曲折を経て得た俺の家族は、こンなモンじゃない。



「悪ィが知らねェなァ、俺は育ちがイイもンで」



教えなければならない。俺が。
クローン達のオリジナルとして。―――――――『兄』として。


『この子達は、私の妹だから』
『お前は、世界でたった一人しかいねえだろうが!何だってそんな簡単な事も分っかんねえんだよ!』


かつて、悪党を名乗った。自分の悪行も認識している。
それでも、今だけは自分がヒーローを努めなくてはならないのだ。例えそれがどんなに滑稽に見えたとしても。今だけは、絶対に。


この『主役』だけは譲れない。










888 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:16:36.45 NbiBTJcl0 437/491








「―――――つまりは、個体自らの『意思』に決まってンじゃないですか。一方通行には止めようもないですよ」



00号のあっさりとした、しかし重みある響きにその場の皆が押し黙った。
個体の意思。
個人が各々の決意を持って決めた、『主を護る』という覚悟の現れ。


だからといって放置していいかと問われれば、それだけは否定する。このままでは学園都市全体の立場が危うくなるのだ。
だがこれまで無理矢理働かされているクローン達を解放する為に戦ってきた彼らにとって、
自ら死の覚悟を持って挑まれるとあれば多少は戸惑うというものだ。



「………まあ、意思でもなんでも構いません。天草式側は『善良な一般人』が処理して下さるようですし」



キイ、という音と共に扉が開いた。
疲れた様に肩を回しながら入室した男が、空気も読まず冷静に告げる。





889 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:17:25.62 NbiBTJcl0 438/491




「さて、噂の上位個体さん。あなた方のマスターとやらの居場所を教えてはくれませんか?
 一方通行さんは独自ルートで勝手に行ってしまったようですし、土御門さんも魔術的工作のチェックでゲートに向かわれましたから
 戦力的には不安が残りますが――――――――――行かない訳にもいきませんしね」



良く言えば柔和な、悪く言えば胡散臭い笑みを浮かべながら、アステカの魔術師・海原光貴が尋ねる淡々とした声音に00号の方がピクリと震えた。
瞳の奥に浮かんだ海原の殺意に身を縮込ませながら、現在の命令受諾順最上位者にある心理定規へと視線を向ける。
彼女が首を縦に振った瞬間、焦った様な幼い滑舌がペラペラと『個性持って』喋り出した。



「御坂さんの目の前で妹さん達を嬲ったのを見てついカッとなってしまって……彼らは『個人』なのに、大人げ無かったですかねえ」



ニコニコと笑う同僚に、浜面の足が半歩退いた。





890 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:18:13.32 NbiBTJcl0 439/491







待機するよう宛がわれた部屋から聞き耳を立てていた打ち止めは、隣の部屋から微かに洩れるその会話に切なげに目を伏せた。



「………あの人………やっぱり勝手に行っちゃったんだ、ってミサカはミサカは……」

「――――――まあ、古来から戦士は戦場に向かうに当たり妻子を置いて行くものですよ、とミサカは上位個体を慰めます」

「気を遣ってくれて有難う、ってミサカはミサカは―――――――」



……………………?
何だか今、会話が成立しなかったか?というか、誰かに慰められなかったか?


「特力研………厄介な所を根城にされましたね。
 あそこに関して残っている情報は限られていますし、書庫の地図と実際の設計も大分異なると聞きます。
 如何に結標淡希といえどそのような場所への転移は不可能でしょう、とミサカは指摘します」


――――――――ミサカ?
ミサカネットワークではない。ネットワークを利用したなら上位個体たる自分が気付かぬ筈がない。
つまり、コレは…………





891 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:18:52.93 NbiBTJcl0 440/491




「そこかァアアアアアアアア!!!!!!!!」



打ち止めが天井に向かって強能力者クラスの最大電力をぶつけると、明らかに人の棲む場所に数えないそこから「うぉわ!」という悲鳴が上がった。
途端、ガタガタと慌てた様な足音が鳴り天井からニョキ、と彼女を少し成長させたような顔が首を出す。



「酷いっスよ上位個体ー。折角気ぃ使って情報持ってきたンスよー、とミサカは自分のキャラに合わないと知りつつ上位個体に訴えます」

「3秒間待ってやる正直に吐け何しに来たゴラ」

「いやホントに情報持ってきただけっスよー、どうしても直接しか伝えられない情報だったんで仕方無かったんス。
 別に結標淡希に並ぶ特殊性癖妹達『シショターズ』からショタセラレータ個体の写真を撮って来るよう買収されたなんて事はないスよー、
 とミサカは自身の検体番号が17600号、すなわち通称スネークと呼ばれる個体である事を証し無罪を証明………」

「出来てねェよンだコラ、ショタセラレータの写真撮影に買収されたってどうゆう事だ吐け」

「――――――――――フッ、あの人の影響が強すぎて嘗てのロリがコレですか……とミサカは上位個体への萎えを表明します」





892 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:19:25.61 NbiBTJcl0 441/491




閑話休題。
17600号、通称スネークへの尋問がどのようなものであったか。
その悲惨な過程を教える事は健全をモットーとするこの物語では明かすことが出来ない。


話を戻そう。
疚しい気持ちは多少存在したものの、17600号が持ってきた特力研――――特例能力者多重調整技術研究所に関する情報は信頼できる確かなものであった。
そして、この情報で少しでも上位個体の助けになりたいと考えた気持ちもまた、確かなものである。



「特力研といえば、直接踏み込むにしたって当時の研究者か被験者の案内がなければ直ぐ迷うと聞く
スネークを自称するこのミサカの中でもトップシークレットな情報の1つですよ、とミサカは補足します」

「そんな……じゃああの人を追うことは出来ないの……?」



不安げに揺らぐ打ち止めの瞳をしっかりと見据え、17600号が力強く首を横に振った。



「ご安心を。このミサカには特力研を隅から隅まで案内できるだけの情報が完備されています、とミサカは最近出来てきた胸を張って答えます」

「―――――――……すねーく………、」





893 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:20:27.98 NbiBTJcl0 442/491




姉妹の間に、熱い絆が結ばれる。
そして、



「…………………ねえ。なんでそんな場所の情報をあなたはそんなに詳しく知ってるの、ってミサカはミサカは緊張の面持ちで尋ねてみたり」

「いえ。『実験』当時お姉様に各研究所を破壊された後移設した183の施設の1つに特力研も一時的に含まれた為、
 そこに配備された別のミサカが知っていたのを教えてもらって―――――」

「……………」

「……………」

「……………それ、やっぱ直接持ってくる必要無くね?」

「……………」

「……………」









894 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:21:13.23 NbiBTJcl0 443/491








勢い良く押し開けられたドアから、あれだけ用意した部屋から出てはならないと説き伏せた打ち止めが現れたとき海原の中で嫌な予感が走った。



「ね、ねえ!!ミサカ、特力研の案内できるよ!だからあの人の所に一緒に連れてって!!ってミサカはミサカは皆さんに交渉を持ちかけてみたり!!」



ああ。嫌な予感というものは何故こんなにも当たってしまうのだろう。
愛しの彼女が妹と認めたこの少女を出来得る限りは危険な目に合わせたくないというのに。



「……………駄目です。その案内の詳細とやらだけ残し貴女は此処に残って下さい」

「きょ、拒否するならミサカ勝手に行っちゃうよ!一人で勝手に突っ走ってあなた達の邪魔になっても知らないよ!!ってミサカはミサカは脅してみる!」



少女曰く恐喝された大人達の顔が一斉にミサコン2号(ミサカコンプレックスの略。彼らの認識では1号は一方通行である)へと向けられる。
「どうすんだよ、オイ」「どっち選んで何があってもお前の責任だからな」と体よく選択権を押し付けられ、彼は



「…………………………………………………………仕方ないですね」



たっぷり原稿用紙1行分の間をとって、諦めた様な疲れ果てた様な海原の頭が項垂れた。








895 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:22:17.01 NbiBTJcl0 444/491








このクソ野郎を潰さねェと、全ては収まらねェ。
そう判断した一方通行が黒衣の魔術師へと突撃しようと動き出す。


足元のベクトルを操作し、ミサイル並みの速さで彼の体が男に向かって飛び出した。
―――――――――その時。


妙な感覚が体中を駆け巡ったのを、一方通行は感じた。
本人の意思とは関係なしに、能力で取っていたバランスが彼の両足が突如として縺れたことで崩れ去り細い体が冷たい床へと崩れ落ちる。


経験ある、演算式の崩壊。
導出された完璧なソレが何かしらの干渉を受けたことで解れていく瞬間。



「――――――――……AIMジャマー、か」



だが無駄だ。
高位能力者にとってその装置がどれほどの障害になるかなど、もう嫌というほどに知っている。
それ故にこの手の対策は既に取ってある。


ヤツが仕掛けてくる前に、杖に仕込んだジャミング装置が発動して反射を取り戻せる。
使ってくる手が三流なンだよ。そう一方通行が心中で毒づいた。
しかし。



「ご明答。………ですが、勿論私もこの程度で完全にキミを封じ込めるとは思っていませんよ?
 だからこそ、妹達を利用する作戦に当たって『彼ら』を用意したのだから。―――――――……01号、」



呼ばれた01号が主人へと歩み寄り、跨った身体を床から起こそうとする一方通行へと静かに目を向けた。
すると、



「了解しましたマスター、と一方通行は事前に指示された通りのプログラムを行使します」



すると、01号が手に持った漆黒のナイフを自らの腹部へと突き刺した。
ズブリとした嫌な音がやけに響き、途端、ボタボタと大粒の鮮血が無機質な床を彩ってゆく。
感情を持たない人形の様に淡々とした姿を纏っていた01号の表情が、光悦に歪んだ。


≪ こ、の、一、方、通、行、が、一、番、お、役、に、立、て、た ≫


音にならない声で小さく動かした口から発せられた言葉に、一方通行が戦慄する。




そして、世界が反転した。







896 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:23:21.64 NbiBTJcl0 445/491




「「ぐ、あァァァアァァァァァァァアアァァァア!!!!!!!!!!!!」」



血生臭い叫び声が趣味の悪いBGMのように反響した。
零す血が床を汚すのは片一方である筈なのに、強烈な痛みに響き上がったのは2つの悲鳴。


―――――――01号と、一方通行。


それぞれその場から崩れる様にして倒れ、このまま沸騰してしまうのではないかと思い違うほどに沸き洩れてゆく血液に意識を奪われる。
苦しみ、空ろな眼で視線を彷徨わせる彼らを見て、魔術師が嗤った。



「ああ、キミは部下と幻想殺しの一戦を見てはいなかったのでしたか。それではこの可能性に気付かなかったのも無理はない」



両手を大きく広げ悠々と歩く姿は、宛ら舞台の主演男優だった。
教師が生徒に指導する様に、或いは大人が子供に言い聞かせるかのように。聞きわけの無い幼子を嗜める仕草で男が口を開く。



「血は、人間にとって最も個を示す存在だと思いませんか?血とは生命、血とは人と人を結ぶ証。他方で血とは戦と暴力の象徴。
 ―――――――分かりますか?血とはキミがキミである絶対の物的証拠なのですよ。
 しかし……『彼ら』を作った私が言うのもなんですが、キミの血は非常に『個』の括りが危うい。

 こうして『彼ら』の血を代用して、キミに術式が掛けられるようにね!!!!!」





897 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:23:50.18 NbiBTJcl0 446/491




もし一方通行が、彼が部下とした男と上条当麻の一戦を目撃していたら、現在の朦朧とした頭でも直ぐに状況を理解しただろう。
先程の男と使い勝手は違くとも、これは血液から特定した他人にピンポイントでダメージを与える術式である、と。


だが悔やまれる事に、彼はその光景を知らない。そして彼はまず、魔術を把握しきれていない。
骨が軋む様な得体の知れない激痛に、段々と意識が奪われていく。



「聞こえていますか?――――――――……ああ、良かった。まだ辛うじて意識はあるみたいですね。
 苦しいでしょう?痛いでしょう?キミが嫌だと、もう我々に抵抗しないとそう仰って下されば私はこの痛みからキミを解放します」

「………ふ、……ざけンな………クソッタ、レ………」



ここで彼から声が発せられたのは、ある意味奇跡と言っていい。
或いは意識を捨て去るという手段で激痛から解放されなかった事を不幸と呼ぶべきか。



「――――――――………残念です」



男がそっと、静かに目を伏せた。
何かを思い返す様に遠くへ意思を馳せ、そして、再び静かに目を開ける。



「では、私は見届ける事にしましょう。キミの最期と、……――――――その懐かしい姿を」



一方通行の思考が、シャットアウトした。








898 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:24:33.81 NbiBTJcl0 447/491







特力研に居た事があるという個体の記憶を、ミサカネットワークを通じて得た打ち止め案内の下、一行はその得体の知れない研究施設を探索していた。
因みに17600号ことスネークは再び天井裏に潜りこっそりついて来ていたりする。
――――――恐らく師匠たる海原にはモロバレだろうが。余計なことしやがって後で覚えてろよ馬鹿弟子と罵る目と目があった時は本当にビビった。


ホラー映画に出て来そうな、廃れた建物特有の不気味な雰囲気。
しかし人が居を構えるが故に所々で発せられる機材の振動。


先頭を案内人の打ち止め、殿に控えるのは自動防衛能力を誇る絹旗。
00号との戦闘で負傷した滝壺と看護・護衛を任された心理定規を除き、打ち止め、浜面、結標、海原、絹旗、そしてこっそり17600号を加えた彼ら一行は
無機質な静寂に包まれた廊下を静かに、淡々と歩く。


だが廊下を突き曲った所で、急として浜面が滞りの無かった足を止めた。そして自身の前を歩く打ち止めの肩を掴んで彼女を止める。
え?と呟く打ち止めに、人差し指を口元に当て黙るよう指示した彼は周囲を警戒しながら五感を散らした。
――――――数秒を要して、浜面は確信する。


焦った彼が、立っていた廊下と隣り合った部屋へと無理矢理打ち止めを押し込める。
続いて絹旗や結標を部屋へと移動させようとしたが………間に合わない。


キリキリとしたワイヤー音。何度だって聞き、何度だって脅えた駆動音。
嘗て大規模なスキルアウト集団の副リーダーを務めた彼は、身を持って知っている。


これが、警備員が所有する駆動鎧の音である事を。





899 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:25:12.06 NbiBTJcl0 448/491




肩を押された打ち止めが誰もいない実験室の様な部屋へと転がった次の瞬間、
天井が爆破され、先程まで一緒だった彼らの頭上へと瓦礫の雨が滴った。


助けなきゃ。そう彼女が動き出す前に、神と呼ばれる人物はサディスティックにも現実を突き付ける。
プラネタリウムが見せる様な星空を、しかし実際に映し出す穴の開いた天井からは次々と武装した人間が極太のワイヤーを蔦って降下してくる。


思わず、悲鳴を上げそうになった。
もしかしたらあの瓦礫の下には、此処まで一緒に来た彼らが埋もれているかもしれないのだ。
無防備な彼らに武器が向けられたら。そう思うと、ぞっとした。


だが打ち止めは駆け出そうとした足を止める。
動くな!
聴こえた声は、確かに聞き覚えのあるものだった。



「動くんじゃねえぞ、こっちには暗部の高位能力者が2人もいるんだからな!!!」



駆動鎧に向けられて怒鳴ったそれは、同時に自分に向けての物であることを打ち止めは悟った。





900 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:25:48.48 NbiBTJcl0 449/491




「――――――構え」



浜面の言葉に意も向けず、駆動鎧の一団の中でもリーダー格らしき人間から冷淡な声が上がった。
指示を受けた武装兵達が次々に銃を向ける。


――――――殺される前に、殺る。
判断を下した結標が攻撃準備の為に仕込んだコルク抜きを手元に転移した。否、転移しようとしたと表現すべきか。
ズプリと肌に何かが食い込んだ感覚はまさしく本物。手品でも何でもなく、自分が弾き出した演算式が招いたチカラの結果。



「い、やぁああああああああ!!!!!!!」



結標の白い手に真っ赤な肉の溝を造るかの如く喰い込んだコルク抜きが、嘗てのトラウマを蹂躙する。
1度克服したとはいえ、そのグロテスクな光景は女が直視するには些か厳しい物がある。
特に、その光景を生み出すのが自分の身体となれば。


結標の悲鳴に反応した浜面が小さく舌打ちした。
以前あの第一位が杖に対策装置を仕込んでいるのを見た事があった為見過ごしていた。
それを利用する立場にあった自分は、誰よりも知っていた筈なのに。
―――――――高位能力者は自分の力を過信し過ぎると。それ故に、付け入る隙ができると。





901 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:26:21.11 NbiBTJcl0 450/491




「絹旗!!お前、AIMジャマーへの対策は!?」

「超申し訳ないんですが……何も……」



チクショウ、俺のミスだ。
浜面は唇を噛むが、彼が今そうした所で打開策など生まれる筈も無い。


能力が使えなければ結標も絹旗も普通のか弱い女の子だ。
まともな戦力としてカウントできるのは、これで無能力者の浜面と元より能力者でない海原だけとなった。
目の前には、最新鋭の駆動鎧が十数機。



「……………万事休す、ってヤツですかね」

「諦めたらそこで試合終了だぜ?………ついでに命もな」



或いは、もし此処に滝壺理后がいれば、AIMジャマーによって強制的に乱反射されるAIM拡散力場を補正してもらうことが出来たかもしれない。
そうすることで2人の高位能力者が戦闘に加われたかもしれない。
だが、彼女は此処にいない。


海原と浜面が、間に結標と絹旗を挟み背中合わせにそれぞれ構えた。
攻撃態勢を取った彼らに駆動鎧の集団がジリ、と歩み寄る。


その光景にスゥ、と息を吸い込んだ男達は



「「うおおおおおおおおお!!!!!!」」





902 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:26:57.17 NbiBTJcl0 451/491




轟、という派手な爆発音と共に浜面の前にいた駆動鎧が崩れ落ちた。
機体が装備していた大型のショットガンが衝撃で吹っ飛び、すかさずそれを浜面が奪う。


ガガガガガガガ!!!!と三流映画の様に生身の人間が持つには些か大きすぎるオモチャを乱射する彼の後ろで、
海原の手の内にある黒曜石のナイフが、駆動鎧が突入してきた際に出来た天井の穴から射す光を浴びてキラリと光った。そう、金星の光を浴びて。


今度は海原の隣で彼を射殺しようとしていた機体が破壊され、生身の人間が中から剥き出しとなる。
しかし、駆動鎧は撃破された仲間には目もくれず、寧ろ邪魔になったそれらを薙ぎ倒すかの如く構わず進攻し、施設内にその数だけを増やしていった。


―――――――キリがない。
弾切れを犯したショットガンに舌打ちをしながら次の獲物を拾った浜面が、その隣に落ちていたそれなりに小型の武器を駆動鎧に向かって蹴り上げた。
勿論揚々とそれを躱した機体が浜面へと襲いかかる。



「クソッ!!」



絹旗を背に庇いながら、再び浜面が無造作に撃って、撃って、撃って撃って撃って撃って、そして撃った。
その結果、彼の判断は見事に功を成し――――――――





903 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:27:35.82 NbiBTJcl0 452/491




「ありがとう、浜面のお兄さん。ってミサカはミサカは立ちあがってみる」



彼が蹴り上げ、それを駆動鎧が予想に反せず避けた事で描いた通りの軌道を持って戦場に隣した小部屋の窓ガラスを割り転がった装備銃が、
打ち止めの手に渡った。
それを拾って構え、学習装置の知識を元に一通りの動作を確認した打ち止めが静かに立ちあがる。



「―――――上位個体、これも」



天井から、滴り落ちる血も気にせずに顔を出した17600号が打ち止めでも片手に収まりそうな短銃と暗視スコープを手渡した。



「駆動鎧突入の際に、天井裏でやられました。利き腕と足が使えないミサカは足手纏いにしかならないでしょう。
 手を貸すと言って付いて来ながら……申し訳ありません、とミサカは苦渋の選択をします」

「大丈夫、此処からはミサカ1人で行く。怪我してる所悪いけど17600号は駆動鎧の動きをネットワークで実況して、
 ってミサカはミサカはお願いしてみたり」

「っ!!…………了解しました。お役に立てず申し訳ありません、とミサカは再度謝罪します」



僅かに血の付いた短銃と予備の弾丸をズボンのベルトに押し込んで、打ち止めが静かに足を進めた。
AIMジャマーに苦しめられているのは、きっとあの人も同じなのだ。
『無敵』に最も近かった彼が『全ての能力を打ち消す無能力者』に敗北を喫した事は、彼女と彼女の姉妹たちが一番よく知っている。



「ミサカだけは、あなたを絶対に一人にしないから………ってミサカはミサカは断言してみる」



共有された知識を頼りに1人立ちあがった打ち止めが、天井裏に仕込まれた通気口の中へと消えた。








904 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:28:15.63 NbiBTJcl0 453/491







もし打ち止めが自分の考えを正確に汲み取っていたなら、一方通行の下へあの子は向かった事だろう。
これは17600号だけでなく、浜面にとっても苦渋の選択であった。
まだ幼い年下の女の子を戦闘に巻き込み、あまつさえ血生臭いその先へと1人で向かわせたのだ。



「この場を何とか切り上げて、急いで追いかけないといけませんね」

「………気付いてたのか」



――――――当たり前でしょう。
震える海原の声を聞き取り、ああ、コイツも辛いんだな、と浜面はそう思った。そう言えばコイツはあの子の姉ちゃんが好きだったんだっけ。



「それにはまず、此処から生きて脱出しねえといけねえな」

「結標さんと絹旗さんを連れて暗部の人間なんかには似合わないハッピーエンドの大団円、といきますか」



改めて駆動鎧と向き合った男達は、既に限界に近かった。
後ろに無防備の女2人を庇い、限られた武器で学園都市最新鋭の装備を相手取っているのだから当然といえば当然だ。



「つーか……多少見た目が違うとはいえ何で警備員の駆動鎧がアイツらに加担してんだよ」

「大方昔の『ブロック』のような理由でしょう。
アレイスターの不在を知り、彼の負の財産たる研究や実験が進められる前に学園都市自体を崩壊させる………そんな所でしょうか」



それでも、男達は引くわけにはいかない。
どれだけクソッタレで反吐がでるような街だとしても彼らの大切な人間が暮らすこの街を、
加えて何より、今後ろにいるか弱い少女らを、彼らは護らなくてはならないのだ。


護りたいのだ。



「――――――やってやろうじゃねえか、R-18も真青の極上スプラッタの完成だ」



そして、男達は戦に臨む。







905 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:28:45.56 NbiBTJcl0 454/491






打ち止めは薄暗い通気口の中を匍匐前進で進んでいた。
能力は使えないが、17600号から託された暗視スコープのお蔭で何とか周囲を窺える。


特力研に居たという個体が目星を付けた部屋は残り僅か。他は全て、既に当たった物の見当違いだった場所だ。
――――――――何処?あの人は何処なの?


打ち止めの中で焦りが生まれる。
早く行って、ミサカはあの人を助けなくちゃいけないのに。
あの人の、傍にいてあげなくちゃいけないのに。


奇しくも、彼女が持つ一方通行への強い執念は、彼女が彼の居場所を察知するに十分な働きをしてくれた。
奇しくも、というのはそのきっかけがあまりにも穏やかでなかった為だ。
6年前の9月30日に。そこから彼がいなくなり、再開した黒翼の彼に。更に転じて極寒のロシアで。


彼女が感じたのは、悲しい事に何度も嗅いだ、彼の血の匂いだった。
血の匂いなんて人間そう大差の付く物ではない。別人の物だ。そう否定するのに、彼女の本能が正解の鐘を上げる。


通気口から天井裏へと這い出て、僅かに開けた天井から下の部屋を見下ろす。
途端広がったのは、強烈な金属の匂い。金臭い不気味なそれに、打ち止めが眉を顰める。


―――――― 一体誰から……?
周囲を見下ろして窺った打ち止めの目に、彼より僅かに幼い、しかし同じ顔をした血を流す少年の姿が映る。
不謹慎ではあるが、その時確かに打ち止めは良かったと、そう感じてしまった。


だがその感情の中に微かな違和感が混じる。
何かを見過ごしている様な気がする。打ち止めは少年の姿を注視した。そして、やっと気付いたのだ。


―――――――オリジナルたる一方通行の最盛期、6年前をモデルに造られているにしては幼すぎるというその事実に。





906 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:29:50.96 NbiBTJcl0 455/491




打ち止めはギョッ、とした。
盗み聞いた暗部の面々と尋問される00号の話では特殊な形態を取っているのは上位個体の00号のみ。
能力を用いて聞き出していたようだから、00号の認識的にそれは間違いないのだろう。


まさか、上位個体に知らされていない個体が存在したのか。
否。そんな事はない、と同じく妹達の上位個体を務める打ち止めは考えるまでも無く知っていた。


あえて情報を伝えられない事はあっても、暴走抑止を目的として製造される上位個体は全個体の存在を正確に把握していなければ意味を成さない。
だからこそ、彼が知らない個体など存在する筈がないのだ。なのに。


何か嫌な予感を感じた打ち止めは、血を流して倒れる少年から視線を反らし再び周囲を見渡した。
天井裏の狭い視界から嫌な予感の根源を見つけ出そうと身を乗り出す。


結論から言おう。
打ち止めはそれを見つけだすことができた。普通ならパニックに陥っても仕方の無い状況で発見を成し得たのだから褒められても良いだろう。


ただし彼女が見つけたのは、同じ様にして倒れる最愛の人の、やはり僅かに年若い姿であった。





907 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:30:49.95 NbiBTJcl0 456/491




他ならぬ打ち止めが渡したYシャツ。最後に見た彼と同じ、見間違えようのない、それ。


それは、確かに一方通行だった。
見る限りこれといった負傷はない。死に直結する様な傷どころか掠り傷でさえも彼は負っていないように思えた。
だが、その光景は異常だった。何処ぞの探偵漫画ではないのだ。人間がみるみる内に姿を幼くしていくなど、ありえない。


マジュツ。
その言葉が打ち止めの中で過る。このような超能力に関する知識を、彼女は入力されていない。
『実験』に際して妹達は戦闘術、ことそれぞれの超能力に関する特性や効果を知識として刷りこまれている。
それでも、彼女はこれを知らない。


消去法で、彼女が思い至ったのは10032号が遭遇した『マジュツ』だった。
0930事件の後発表された、学園都市とは異なる方法で開発されたという異能のチカラ。



≪ 誰か!学園都市にいる個体でヒーローさんの近くにいけそうな個体っている!? ≫



薄れゆく意識の中、当たり前のように『マジュツ』を語っていた男達を見た10032号。
彼女の記憶と彼女が感じた感覚を信じるならば、彼らは確実に、『マジュツ』を知っている筈だ。



≪ はいはーい、上位個体。丁度このミサカこと13577号がヒーローとシスターとお姉様と行動を共にしてまーす ≫

≪ なら『マジュツ』について急いで聞いて!!人を小さくさせちゃうようなヤツを、早く!! ≫

≪ え!?そっちそんな事なってるんスか…………コナン君じゃあるまいs ≫

≪ いいから早く聴けぇえええええええ!!!!!!!! ≫





908 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:31:28.22 NbiBTJcl0 457/491






「あのー、スイマセン。何かウチの上位個体が人を小さくさせる様な『マジュツ』ってないか聞いてるんですが、
 とミサカは伝書鳩じゃねえんだからと思いつつ上位個体の伝言を概略して口にします」

「人を小さくする………魔術………?」



即座に反応したインデックスが考える様に額に手を置く。恐らく10万3000冊分の魔道書の知識を漁っているのだろう。
検索を終えたらしい彼女が、13577号に向けて質問を質問で返した。



「その現象が起こっている近くに黒いマリア像がないかな」

「あー……自分分からないんでちょっと聞いてきます、とミサカはネットワークでその情報を伝えます」



≪ 上位個体、シスターが黒いマリア像がないか確認して欲しいそうです ≫

≪ 黒いマリア像!? ≫



マリア像、マリア像………探してみるものの、天井裏という限られた視界の中から見つけ出すのは困難を極める事だろう。
巨大な物であればいいが小さなもの、例えば倒れているクローンや一方通行が覆いかぶさる事で隠れてしまう様な大きさなら此処からは絶対に見つけられない。





909 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:31:55.08 NbiBTJcl0 458/491




≪ 黒いマリア像はある筈です!!07号が教えてくれました!! ≫



突如、打ち止めと13577号の会話に別の個体の思念が紛れ込んだ。
信号を確認。―――――――これは、10039号。



≪ 教えてくれたってどうゆう事!? ≫

≪ 報告が遅れて申し訳ありません上位個体。先程訳あって一方通行クローンの一体を保護したのですが………
彼がそちらに居るマスター専属個体の予備だったらしく、黒いマリア像の存在を知っていたんです!≫



罠かもしれない。10039号は、あの人のクローンに騙されているのかも。



≪ シスターに伝えて、黒いマリア像の存在を確認。事の詳細の伝達を求む、って ≫

≪ 了解しました ≫



だが、打ち止めは信じたかった。あの人のクローンが自ら選択し、自分達に協力してくれている事を。





910 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:32:38.74 NbiBTJcl0 459/491




「スペイン星教……黒いマリア像……、やっぱり」



インデックスの確信の声を聞いた13577号が反応する。



「面倒臭いので感覚共有してあなたの声が直接上位個体に伝わるようにしました。ちゃっちゃか説明お願いします、とミサカは求めます」

「多分それはスペイン星教独特の……――――――
 『夾雑物の加わらない原始』を意味する『黒いマリア像』を使った『原始還元(メイテック・サークル)』だよ。
 血を霊装の黒マリア像に認識させる事で個人を特定し、時間を掛けてそれを最初に戻していく術式………」

「――――――戻していく、というのは体が幼くなっていくと同義であると考えて宜しいのですね、とミサカは確認します」

「うん。まあ、酷い激痛を伴うし強力で破壊的な術式だから『戻す』目的には殆ど使われないけど」



誰かがその術式の被害に遭っている。
事情を察したらしい上条がインデックスを言及した。



「何か弱点とか、効果を中断させる方法とかないのかよ!?」

「マリア像を壊すか、マリア像に別の人間の血を上書きさせるか………
 でも当然術の核になるマリア像には防御結界が敷いてあるだろうし、上書きされても効果が拡散するだけだからあまり解決には………」





911 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:33:06.87 NbiBTJcl0 460/491




「―――――――――それだけ分かれば十分です、と上位個体の伝言をミサカは口にします」

「それだけって……一体誰が術の効果を浴びてるんだ!?打ち止めは大丈夫なのか!?」



叫ぶ上条に僅かに視線を遣った13577号は、それは自分の役割ではないと彼から目を反らした。
そして、突然の魔術関連の話題に呆然としていたオリジナル、御坂美琴へと顔を向ける。



「―――――――集計が取れました。結果は全員一致で了解との事、あとはお姉様の了承だけです」



先程までマイペースを貫いていた彼女とは明らかに違う真剣な表情に、美琴が息を呑む。
姉として彼女達に報いようと同じく真剣な眼差しを返した美琴に、彼女は



「ミサカ達の一生のお願いを聞いて下さいますか?とミサカはお姉様を見つめます」








912 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:34:12.64 NbiBTJcl0 461/491






「―――――――良かったのですか?これであなたは完全にマスターを決別した事になります、とミサカは懸念します」

「………多分、コレ、で、良かったんです。一方通行を救ってくれた、のは、マスターじゃない…………
 ………あなた、だ………と、一方通行は、断言し、ます……」



10039号の問いに、息も絶え絶えになりながら07号が答えた。
術式とやらの効果は『一方通行の血』を有する彼にも及んでいる。
喋れるだけの意識が残っているのは根源から距離がある為かもしれないが、それでも苦しい事に変わりはない。しかし、07号は話す事を止めない。



「……一方通行たちは、『友達』なんで、しょう?………一方通行の知、識に倣うなら、『友達』は『友達』、に、協力するものですよ……」

「そう、ですね……とミサカは07号に同意します」



そうだ。ミサカ達はもう『友達』だ。
『友達』は『友達』に協力すべき。だから、ミサカは―――――――――……







913 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:35:02.65 NbiBTJcl0 462/491







事態の解決方法はマリア像を破壊するか、あるいはマリア像に使われた『一方通行の血』に別人の血を上書きする事。
あの人が無傷でクローンが出血している様子を見るに、
恐らく体細胞クローンの特性である遺伝子レベルで同じ体を利用されたのだろうと打ち止めは推測する。
そうなると、マリア像はクローンの下敷きになっている可能性が高い。


――――――――やるしかない。
打ち止めは浜面から授かった駆動鎧のショットガンを構え、17600号から譲られたベルトで固定した短銃と弾丸の存在を確認する。


大丈夫だ、ミサカには出来る。
だってミサカには10031回に渡る最強との戦闘経験があるのだから。


ずっと護ってもらった。ずっと庇ってもらった。ずっと助けてもらった。
全てが終わってやっと帰って来られたのだと呑気に喜んでいれば、それは単なる糠喜びで、あの人はミサカ達の為に薄暗い暗部で一人苦しんでいた。


―――――――今度は、ミサカがあの人を護るんだっ!
そう、宣言したではないか。そう、誓ったではないか。なのに何にも、ミサカは果たせていないじゃないか。
何も出来なかった自分が悔しかった。何も教えてくれなかった事が悔しかった。だが何より、教えられるだけの強さがない自分が悔しかった。


悔しいなら、今此処であの誓いを果たせばいい。


そして、打ち止めが天井裏を飛び出した。
全てを終わらせる為に。この世界で最も大切な人を、自らの手で護る為に。





914 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:35:29.86 NbiBTJcl0 463/491




ダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!
天井裏から着地した打ち止めが即座にショットガンを撃ち抜く。
弾数など考えず、着地して1番最初に目についたこの部屋で唯一立っていた男―――――一方通行を傷つけた『敵』へと銃を乱射する。


そうして男に生まれた隙に、打ち止めが駆け出した。
直ぐにでも男を殺してやりたかったが、最優先事項はマリア像の破壊だ。
じわじわと彼を原始へ返すその術式とやらがいつまでもこのペースであるかの確証はないのだから。


マリア像を下敷きにしているだろうクローンの身体を足でどかし、打ち止めは少年の居た床へと銃を向けた。
マリア像は、そこにある。


怨敵の内蔵をブチ撒いてやるかの思いで打ち止めはそのまま弾丸を発射した。
引き金を1度引けば、あとは彼女がそれを離すまで発射され続ける弾丸は止まらない。



「―――――― チッ!!」



だが、マリア像は破壊されない。
これが防御結界とやらかと舌打ちした打ち止めは、だが学園都市最新鋭装備の銃に最期まで耐えられる筈がないと信じ、再び撃つ。
撃って、撃って撃って撃って撃って、なのに、それでもマリア像は壊れない。壊れてくれない。





915 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:36:09.39 NbiBTJcl0 464/491




打ち止めはマリア像を抱えると、ショットガンを構えたまま『敵』である男に向かって走り出した。
小型とはいえ、本来駆動鎧が装備していたそれを片手で振りまわす姿は最早普通の少女とは思えない。


もう、自分は温い平和に浸かりきった平凡な少女ではいられないのだ。
あの人の隣に立てるだけの、あの人が信頼できるだけの、あの人を護れるだけの強さがなくては。



「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」



打ち止めは、人を殺した事がない。殺そうと思った事も無い。
だがそれは過去の話だ。
真実、ドロドロとした根深い殺意を持って打ち止めは男へと銃口を向けた。躊躇わずそのまま乱射する。
しかし、



「私はその『科学』に対抗しうる為に『魔術』を身に宿したんだ。―――――……銃如きで殺される道理はないでしょう」



小馬鹿にした様な笑み、嘲笑。それでも打ち止めは止まらない。
カチッ、カチッ、と弾切れを起こし銃が弾丸を吐き出さなくなるまで彼女はただひたすらに撃ち続けた。
それを男は表情に反した柔和な言葉――――――……美しい聖書の一節でそれを平伏していく。



「この研究所は既に私のホームグラウンド、魔術効果を増幅させる様な仕掛けを幾らだって用意している事にまだ気付かないのですか?」



男はあっさりと言うが、仮にも学園都市を襲撃する魔術組織のリーダーを務めているのだ。
一方通行が特力研を去ったのが9歳というのだからそれから13年、
否、一度スペインに帰ったものの学園都市に帰還し暗部にマークされないだけの長い期間を過ごしたのだから、
彼はもっと短い期間にこれだけの術式を習得し利用していると言える。これも一重に才能と言えよう。





916 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:36:44.74 NbiBTJcl0 465/491




男の事情などは打ち止めには関係ない。
ショットガンの予備弾丸は持ち合わせがない為、彼女は使い物にならなくなったそれを攻めてもと男に投げつける。無論効果は無いが。


ベルトから短銃を引き抜き打ち止めが再び撃った。
込められた8発は全て正確な軌道を描いて男に向かい、しかし全てが見えない壁に突き刺さったかのように空中で停止し、重力には従って自然と落ちた。



「マリア像の破壊、加えてマリア像への上書き行為を進めようとするその姿………術式の中断法を知っている様ですが無駄ですよ。私の血は貴女には奪えない」



自分に酔った言葉だった。
それもそうだろう、最大の障害、学園都市第一位を潰したと公言するだけで彼につく物は山の様に現れる。
もしかしたらアレイスターの居ない今の脆弱した学園都市なら、『最強』を失った事で芯が折れ敗北を認めるかもしれない。



「――――――………あなたは、ミサカの様な存在を無力と呼ぶ?ってミサカはミサカは尋ねてみたり」



ポツリと呟かれた言葉に男が穏やかな笑みを浮かべた。
これが『敵』でなければ父親の様にすら感じる、そんな穏やかな笑みだった。





917 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:37:31.59 NbiBTJcl0 466/491




「私は絶対的なチカラに抗えず無暗に命を奪われていった子供達の様な、その無力な存在を救いに来たのです。
 力無き事を悔やむ必要はない。悔やまずとも、救われる世界がいずれ来るのだから」



如何にも聖職者の言葉だ。
優しく、希望ある、誰もが縋ってしまいたくなる様な暖かな言葉。


光の方向へ導く為のその言葉に、打ち止めは切なげに瞳を揺るがせ、



「―――――――――………与える、なんてほざく世界、こっちは真っ平御免なんだよクソッタレ」



短銃に弾丸を詰めた打ち止めが再び男に標準を合わせ、狙い撃った。
1、2、3、4、5、6、7発。
撃たれた弾は正確な軌道で男の下へ届き、そしてやはり男に突き刺さる前に墜落していく。



「残念です。貴女も私に賛同してくれないとは………これも彼の影響ですかね」





918 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:38:09.08 NbiBTJcl0 467/491




男の勝利宣言に、打ち止めは手元の銃をじっと見つめた。
ああ、これで全てが終わるのだ。
そのまま右手に持ったその銃をそっと、自分に向けて構える。


自分の心臓へと銃を突き付け、引き金に手を掛けた。
あとはそれを引くだけで、彼女はあっと言う間に他界するだろう。


そして、打ち止めは





―――――――――――心臓から標準を反らし、マリア像を携えた自身の左肩へと向けて弾を撃った。







919 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:38:44.66 NbiBTJcl0 468/491




「なっ―――――――!!」


男から驚愕の声が上がる。
恐らく術式の効果を寸分違わず理解しているであろう人間が上書きに自分の血を用いるなど、ありえない。


ましてや彼女もまた『妹達』というクローン集団の一体なのだ。
自分一人の血で10000人近くのクローンとオリジナルが術式の効果を受ける事に―――――……


そこで、男は気付いた。
もし術式の効果を同時に10000人に発したら、どうなる?効果は拡散され、それぞれに渡る。
1人に対して与えていた効果を100% とするならば10000人に渡った際の一人当たりの効果は0.01 %。


まさか―――――――………





920 : 第十七話 『部屋と決着とミサカ』[saga] - 2011/02/19 22:39:40.14 NbiBTJcl0 469/491




「………つ、ゥ…………」



小さく洩れた呻き声に、男の肩が跳ねた。
0.01% の効果。0.01% の痛み。
銃撃に倒れた少女に代わる様にして立ちあがった、見慣れた顔。自分が製造し向き合ってきた14体のクローンのオリジナル。


白い髪、赤い瞳、整った顔立ち、張りのある肌、細いライン、首元のチョーカー、所々汚れたYシャツ、筋肉の少なめな手足、ギラギラと光る黒い靴、
それは、まさしく――――――――






「よく分からねェが、俺の身体もまた随分と懐かしい姿になってンじゃねェか。奇しくも6年前、っつー所かァ?」



不吉の象徴の様に揺れる体を杖なしでバランス取った『それ』は、
足元に倒れる少女の姿と目の前の男を交互に見遣ってゆっくりと口元を歪めた。



「――――――――あァ、本当に懐かしい。制限無しの能力使用だなンて久しぶり過ぎて加減が思い出せねェかも知れねェなァ………」



そして、





「まァ、見る影もねェ程グチャグチャになっても………―――――――――許せ」






――――――――そして、真の『最強』が、再びその牙を剥く。







939 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:15:22.70 gngUMmaQ0 470/491




「あははぎゃはあはははひひひひゃははあはアハあははははッ!!!!!!!」



落雷の様な轟音、実際に地面が抉れていく徹底的な破壊音。
そして、年若い少年の狂気に満ちた爆発的な嘲笑。



「ンンーう?あはははっ!ヤベエな、能力の加減どころかテンションすら可笑しくなってきやがった!
 なんつーの。自分で言うのもアレだが少しは落ち着きが出来たと思ってたのによォ、若気の至りってェのは恐ろしいなオイ」



一方通行は笑う、嗤う。何処までも、ただ壊れた様に哂い続ける。
これは戦闘では無い。これを戦闘とは呼ばない。
幼子が考えなしに遊び尽くした結果、気に入りの玩具を壊してしまうかの様に。一方通行の行為はひたすら一方的に行われる。



「イッポーツーコーだから仕方ありませン、ってなァ!!あァ……マジでヤベエ、最高にトンじまったぞクソ野郎!!!」



しかし、それは虐殺では無い。
何故なら虐殺とは、考え得る限りの惨たらしい方法で殺害する事を指すからだ。
対して一方通行は、男を未だ殺していなかった。



「だってまだ……遊び足りねェモンなァ?」



防御詠唱の暇を与えず、呼吸する余裕すら奪い、肩が弾け腹が裂け足が抉れ顔が歪み鼻が砕け指を失っても、男は決して死ぬことが無い。
血管を繋ぐベクトル操作が、まだ活きている。
地獄の果てまで続く痛みだけが男の脳内を蹂躙するかの如く掻き乱し、それを見て一方通行はやはり嗤う。


キヒ、
金属を擦り合わせた様な奇怪で不気味な嘲りだけが、儀式場へと木魂した。





940 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:16:10.88 gngUMmaQ0 471/491




「まァ、見る影ねェほどグチャグチャになっても……――――――――許せ」



そう告げた一方通行は、だが直ぐには男に手を掛けなかった。
こンなクソの相手してる暇があンなら、まず打ち止めの治療をすべきだ。
この時、まだ彼は数年間の間に落ち着きを見せた理知的で優秀な思考回路を正常に機能させていた。


足元に倒れる、何があったかは知らないが現在の自分と同じ程の少女。
光の世界に生きるには似つかわしい、所々血がこびり付いた短銃を必死に握り締める少女に一方通行は眉根を寄せる。
少女からは、火薬の匂いが自身の存在を主張するかのように漂っていた。
左肩からは幾多の命の滴が流れ落ち、少女の温かな体温をゆっくりと奪ってゆく。


無論、打ち止めだってあんな男の為に死んでやるつもりなど無かった為、致命傷は避けている。
銃器を扱う自分の腕前を徹底的に考察し、相手に気取られないようマリア像に血液を付着させるという条件の下
最も軽傷で済む箇所を選んだつもりだ。
しかしそれでも人を殺す為に造られた武器は確かに少女の意識と体力を奪い、何より―――――――『少年』の心を狂わせた。



「…………本当に、嗤っちまうわなァ。えェ?あのガキだけでも闇の中から連れ戻すっつってたのにコレたァ、本当。馬鹿みてェな話だよなァ」



口元を歪ませながら、打ち止めを治療するその手は止めず、ただ一方通行は嗤い続ける。
嘲笑うのは、馬鹿な自分だ。
戯言を吐いておきながら結局は少女に傷を負わせ、何より少女に人を殺す為の醜い道具を持たせ、
自分の所為で彼女を闇へと引き摺り込んでしまった。


これは、自分が招いた結果だ。
自分がヘマをしなければ、彼女がこんな場所まで来る事は無かった。
あの子供は光の世界に有るべき存在だ。誰よりも輝き誰よりも美しい世界で生きていくべき存在だ。
それなのに。それなのに、



「自分どころか結局ガキだって連れ戻せてねェ。
 いや、一人抜け出ていた所を俺がまた引き擦り込んじまったって所か………本当に、俺は変わらねェ」



丁度良いじゃないか、ほらよく見てみろ一方通行。
姿形が変わった所でお前は何かが変わったか。違うだろう。この姿だったあの頃から、結局お前は変わっちゃいない。



「――――――――何処までも、クソなままだ」





941 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:17:03.43 gngUMmaQ0 472/491




一方通行は知っている。
これが八つ当たりであるという事も、一番にブン殴りたいのが自分である事も。この行為こそが自分が成長しきれていない証であるという事も。



「あははぎゃはあはははひひひひゃははあはアハあははははッ!!!!!!!」



全て理解した上で、一方通行はひたすら男を嬲り続ける。
波打ち揺らぐ思考を血と肉で塗り替えなければ、頭が破裂してしまう様な、そんな気がした。



「悲鳴の一つでも上げてみやがれ!何の為に喉は守ってやってンと思ってんだ、アァ!?」



彼が指を僅かに動かしただけで男の血肉が弾け飛ぶ。
悪趣味にもその血が自分に降りかかる際だけ反射を解いて、口元に散ったそれを舌先で弄びながら一方通行は笑う。
楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、面白そうに、物足りない様に、何かが欠けている様に。


そんな彼を見て男は、懺悔するでも命乞いするでもなく、僅かに悲しげな眼をした。
男の表情に一方通行の顔が歪む。誰の所為で、誰の所為で誰の所為で誰の所為で誰の所為で。


――――――――――自分の所為だ。


誰の所為で誰の所為で誰の所為で誰の所為で誰の所為で誰の所為で誰の所為で誰の所為で誰の所為で。
なのに何故お前がそんな顔をする。ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。



「――――――ブチ、殺す」



もういい。遊びにも飽きた。
血と肉が欲しければ別にコイツじゃなくても構わない。どォせアジトに戻れば捕獲したコイツの部下が居るのだ。幾らだって代えは利く。
代償を払わせろ。自分をこちら側へ引き留める理由を作ったこの悪に、打ち止めをこちら側へ連れてくる原因となったこの悪に、


――――――――――俺の所為でしかない。





942 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:18:21.02 gngUMmaQ0 473/491




余計な事を考えるな、頭が破裂しそうになる。気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
さっさと元凶をブチ殺して全てをゼロへと還元すりゃイイ。
全部に片が付いたらこの世界から足を洗ったってイイ。学習装置でも何でも使って銃を握らせた事を打ち止めから忘れさせりゃイイ。
コイツの血肉を愉快に素敵にブチ撒いて、それで全部終わりにすりゃイイ。


――――――――――俺が俺である限り、そんな事じゃ全て終わらない。


ああ。久々に血流を弄ったってイイ。
傷口を嬲る様に抉っては血管に指を喰い込ませジリジリと捻り徐々にベクトルを変え体中の穴と言う穴から血反吐が湧きでるのを見て光悦に浸り
肉を千切っては砕き壊して野郎の口の中へと息も出来なくなる程詰め込み呼吸が疎かになってゆく姿を静かに観察してみるのもイイ。
だから。



「――――――――――だから、これで全部終わらせろよ」



一方通行が男へと手を伸ばした。
全部、終わりにするのだ。このクソッタレな現実を全部コイツの死を持って決着づける。
似合わねェハッピーエンドに現を抜かしてまた戯言を吐きながらあのガキを元の世界へ



「………ダメ、だよ……って、ミサカはミサカは、あなたの腕を、つかんで……みたり……」





943 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:19:45.43 gngUMmaQ0 474/491




小さな声だった。
施設内で響き渡る機械の駆動音。別の部屋でも戦闘が起きているのか時折上がる爆発音で簡単に掻き消される程の、それは微かな音色だった。
だが、それはとても大事な声だった。少なくとも一方通行にとって絶対に聞き逃してはならない、とても大事な声だった。



「………そんな殺し方をしたら、多分、あなたはまた後悔しちゃう……だから、ダメだよ、……って、ミサカはミサカは言ってみる」



治療は済んでいるものの、やはり呼吸のたびに鳴る心臓の鼓動が傷口に響くのか、打ち止めは言葉の端々を途切れ途切れにしながら
一方通行に縋りついた。
格好こそ縋り付く様に彼の腕へと身を寄せる打ち止めであったが、
彼女の表情は、少年の全てを受け止める覚悟を刻んだ慈愛に満ちた聖女そのものであった。



「ミサカは、あなたに償えなんて言わない。言えない。許されるとも許すとも言えない。
だってミサカも誰かを殺そうとしたもの。だから、ミサカには絶対に言えない。でもね―――――――」



あの実験以降、少年は護るべき少女達の為に自ら身を削りながら従事してきた。
少女達を護る為に、再び罪を背負う事もあった。罪を背負い、一人孤独の中で彼女達を護ろうとした事もあった。


許されるべき殺人なんて、きっとない。
世間一般に道徳概念を叩きつけられればそれが普通だ。そして恐らく、それが真実だ。
だからこそ打ち止めは、血に濡れた自分を恨む日が彼に来る事を知っている。
今以上に社会に浸り今以上に社会に馴染んだ時、彼が自分を嫌悪する日が来る事を、彼以上に社会に溶け込んだ打ち止めは知っている。


だが、今のままなら彼はまだ、人を殺めた自分を後悔する事は無い。
あの『実験』を唯一除いて、彼は絶対に自身の罪を後悔だけはしないで済む。何故なら、





944 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:20:40.84 gngUMmaQ0 475/491




「あなたに『罪』があるなら、それは全部ミサカ達の為の物だった。
 あなたはいつもミサカ達の為に動き、ミサカ達の為に薄暗くて冷たい世界で一人ぼっちで背負ってきた。

 ―――――でもね、あなたは一人じゃないよ。言ったでしょ?ミサカは絶対にあなたと一緒に居るんだ、って。
 ミサカは誰かを殺そうとした。それはあなたを護る為だった。それをあなたが自分の『罪』だって言うのなら、あなたの『罪』もミサカの物だよ。
 一緒に背負っていけるんだよ。二人で一緒に明るい場所で、自分勝手に必要な時だけ闇に浸っちゃうアンチヒーローを気取ったりして、
 一緒に背負っていけるの」



打ち止めが、一方通行の赤い瞳をしっかりと見据えた。
6年前の姿に戻った一方通行とは裏腹に、殆ど実年齢のままを維持した凛々しい打ち止めの瞳が交錯する。
もう、自分は幼かった少女じゃないのだ。
彼の隣に立ち彼を支え、彼と共に歩んでいく為に、自分はここまで成長したのだ。
その為に、きっと自分は此処まで彼に護られてきたのだ。



「――――――だから、自分の為に殺しちゃダメだよ。
 自分に言い訳をする為にあなたが誰かを殺しちゃったら、ミサカの背負う『理由』が作れないじゃない」



あなたの『罪』がミサカ達の為である限り、ミサカはあなたと、それを一緒に背負っていける。
あなたの隣で綺麗事を並び立てて、あなたとミサカの幻想を護っていける。



「一人で背負うだとか。粋がってンじゃねェぞクソッタレ、ってミサカはミサカはいつものあなたを真似てみたり」



あなたと一緒に、生きていける。





945 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:21:40.02 gngUMmaQ0 476/491




一方通行はあの8月31日から、いつだって打ち止めや妹達の為に生きて来た。
100点満点なんて呼べる代物で無くても、打ち止めや妹達の命や生活を多少なりとも護って来れたと思っている。
その為に必要な事をやってきたとは信じている。


故に彼は、絶対に後悔しない。
あの日からの過ちも犯したものも全て纏めて、それが自分の存在意義であるとの考えは変わらない。


そう、変わらないのだ。変わらない事こそが信念なのだ。
姿形が変わろうと生きる場所が変わろうと周りの環境が変わろうと、揺るぎない一本の柱だけは決して折れず変わらない。
それが、決意という物なのだ。



「―――――――ははっ。やっぱ俺、馬鹿じゃねェか」



ガキにまで嗜められやがって。
いや。今の俺と年齢も大差ねェし、ガキ同士馬鹿やってろっつー事か。
馬鹿丸出しで呑気に過ごして、都合悪くなりゃ悪党気取って立ち振る舞って。そうして二人で馬鹿やりながらエゴイストらしくレール踏んでけ、ってか。



「上等だ、クソガキ。――――――……ただし列車は一方通行、途中下車なンざ出来ねェぜ」

「上等だよ、根暗くン。――――――……ただし途中下車出来ないので何処までも付いて行きますが、ってミサカはミサカは返してみたり」



クカッ。
ついに頭の螺子が可笑しくなっちまったか。笑う場面じゃねェだろ。否定しやがれ、クソッタレ。
縋るな依るな引き摺るな、あのガキを何に巻き込むつもりだ。あのガキだけは全うな道に残していけよ。
分かっている筈だろォが。なのに、なのに。



「――――――――……地獄の底まで付いてきやがれ」



本当に馬鹿だよ、俺ァ。





946 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:23:57.96 gngUMmaQ0 477/491




「あはははははははは、あはは、あははははははははははははは!!!!!」



悲鳴の一つも上げなかった男が突如、狂った様に笑いだした。
腹の底から心の底から、大きな声で笑い続ける。



「笑いたけりゃ勝手にしやがれクソ野郎。どのみちお前を殺す事に変わりはねェ、残念だったな」



一方通行が冷淡に告げても、男の笑いは止まらない。
神経回路が狂ったように笑い続け一頻り笑い息も絶え絶えになった所で、
男は一方通行の猛攻の所為で上手く動かなくなった手指をギシギシに動かしながら
笑い続けた故に生じた涙を無理矢理拭った。



「――――――キミは、変わりましたね」

「あァ?」



男の言葉に一方通行が眉根を寄せる。
意味が解らない。男の真意が、分からない。



「いつだって諦めた様な眼を、子供らしくない死んだ瞳をしていたキミがいつの間にやら大きくなって。
 間接的とはいえキミの実験に関わって、いつも思っていた。こんな子供達を救ってやれたら、と」

「――――――……理解できねェな」



唯一、打ち止めだけが男の言葉によって彼の真意に気付いた。
対象を原始へ、逆行させる魔術。一方通行の開発に携わり抱いた、無力な子供を救いたいという意思。



「だが、私が手を貸す前にキミは―――――……既に自分で、自分の道を作っていた」





947 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:25:05.71 gngUMmaQ0 478/491




この憐れな魔術師は、一方通行を救いたかったのだ。
酷く歪んだ湾曲した方法で、一方通行の様な子供達に道を作ってやりたかったのだ。



「クローンの不法製造、閉鎖施設の無断利用。公的に裁けンのはこのくれェだろォが学園都市には反逆罪がねェ分好き勝手出来る。
 ――――――――――……まァ、これだけヤらかしやがったンだから後は分かンな」

「あはははははははっ!キミもそうだが、私も大概馬鹿だったようだ。
 キミのような『経験』ある子供が『此処』にいる時点で気付けば良かったものの――――――――」



そしてその決意の切り口となった一方通行に、幼かった頃の彼に問いたかったのだ。
彼という『普通の子供』が、今、幸福であるか否か。
大人の身勝手に呑み込まれていた幼い『彼』を、男はその手で救いたかったのだ。



「――――――――……学園都市は、もう、何の心配も無かったのかも知れませんね」



打ち止めは男に同情しない。
手段としてクローンを用い、新たにクローンを生み出した事実だけで打ち止めは彼を軽蔑する。
そしてしっかりと脳裏に刻み込む。
手段を決して間違えるな。あの人を護る為の手段を、自分は決して間違えるな。
これは自分のIFの姿だ。そう、頭に叩き込め。



「大丈夫。あの人はミサカが護るよ、ってミサカはミサカは宣言してみる」



男の口元が、小さく笑みを作った。
何処か不思議そうに二人の遣り取りを見ていた一方通行が、潔く瞳を閉じた男へと自身の拳銃を向ける。



「目ェ、瞑ってろ」

「見てるよ。だって、ミサカはあなたと一緒の道を進むんだから。ってミサカはミサカは断言してみたり」



そして、一発の弾丸が轟いた。
弾丸が正確な軌道で男の心臓部へと呑み込まれ、やがて血だまりの中に消えていった。










948 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:25:48.78 gngUMmaQ0 479/491







「―――――――それで、ミサカの元に来たという訳ですか。と、ミサカは花束とか似合わねーと一方通行を笑い飛ばしながら向かい入れます」

「………お前ら偶にブッ飛ばしたくなる時があるよな、偶に」



一方通行が訪れていたのは御坂妹ことミサカ10032号に宛がわれた病室であった。
彼女も今回の一件で重傷を負い、毎度世話になっている第七学区の総合病院に入院している一人だ。



「しかしまあ、チューリップですか。似合わない事この上ないですが百合や菊を持って来なかっただけ合格でしょう、
 とミサカは一方通行を褒め称えます」

「お前、俺を何だと思ってやがンだ」



クソ、偶に似合わねェ事すりゃコレだ。………あ、似合わねェって認めちまった。
俺も大分ヤキが回った気がするヤベエどうしよう、と頭を抱える一方通行に御坂妹は無表情のままクスクスと笑いながら(恐い)



「どうせ関係各位に花束持って回るつもりでしょう?
 なんなら念の為の精密検査で学園都市を訪れている14510号と20000号にも会って来て上げて下さい。
 ……………そしてあなたの弟を助けてあげて下さい、とミサカは助言します」

「お、おォ?」



後半は良く分からなかったが、14510号と20000号といえば学園都市外の支援機関が襲撃を受けた際に被害にあった個体の筈だ。
見舞いに顔くらい出すのは道理だろうと、一方通行は彼女らの病室を訪れた。
そこで、





949 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:27:01.80 gngUMmaQ0 480/491




そこで、一方通行は御坂妹の言葉の意味をはっきりと理解する事になる。
妹達っつーのは果たしてこンなだったであろうか。



「あ、あああああああ一方通行さん初めましてミ、ミミミミミサカ14510号と申しまあわわわわ生一方通行さんだ生一方通行さんだ
 どうしようマジどうしよう緊張してあわわわわわ、とミサカは考えあわわわわわわ」

「うっひょ、02号たんと生セロリたんと一緒のお部屋で空気吸ってるって何コレ逆ハーレム?逆ハーなのかうっひょほほほほ
 とミサカは部屋の空気をくんかくんかしながらミサカ達に抵抗出来ない02号たんの滑らかなお尻をナデナデチュッチュしm…………
 …………ごっばァァアアア!!!」



数秒前まで恥じらう乙女だった14510号が、隣で一方通行02号のズボンのチャックを降ろそうとした20000号にアッパーカットを喰らわせた。
あべし!ひでぶ!と世紀末の様な悲鳴が木魂する中、難を逃れた今の一方通行を僅かに幼くした高校生程度の少年が一方通行へと縋り付く。



「たたたたたたたた助けて下さい!このままでは一方通行の貞操がががががががが」



…………よっぽど恐ろしかったらしい。
最早自分の恐れ泣き喚く姿を見る日が来るとは思わなかった。
ヒクヒクとしゃくりを上げる02号へ、昔幼かった打ち止めにしてやった様に頭を撫でてやると



「うはっ!セロリたん同士の絡みとか萌えええええええ!!!ちょ、02号たん、もっと摺り寄って!
 密着して『お兄様~』って胸板に顔を擦り付けて!とミサカはリクエストをs……オッボェ!!!」

「スイマセン馬鹿は黙らせたのでこのミサカの事は軽蔑しないで下さいコイツと一緒にしないで下さい本当に申し訳ありません、
 とミサカは一方通行へ必死に頭を下げます」



どうにも忙しい少女達である。
「イヤ、別に軽蔑とかしねェけど……」と一方通行が若干引きながら(本当に若干だ、こればかりは許してくれ)答えると、
「ほほほほほほ本当ですか、ななななら、是非握手して下さいとミサカは手を差し伸べますうううう」と14510号は顔を真っ赤に染めながら言った。
素直に握手を返してやりながら、あまりにも真っ赤なその顔に「……大丈夫かァ?」と尋ねれば



「おぼっふぁぁああああ!!一方通行さんに、一方通行さんに下から覗きこまれる様にして心配され……
 もう今日からオカズなしでご飯食べれるうううう!!!」



―――――――………やっぱり、彼女達は些か苦手かも知れない。区別するつもりも無いが、些か。





950 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:28:22.16 gngUMmaQ0 481/491




そのまま一方通行は学園都市在住の妹達に宛がわれた病室へと訪れる。
彼女達にも大分迷惑を被らせたのだから、顔くらい出さなければ。
学園都市で暮らしている個体とはある程度の交流があるので大体キャラは掴んでいる。今更新たな一面に驚く事も無いだろう。
否、どんなにちょっとアレな性格だって個性が芽生えるというのは本当に良い事である。本当に、多分、多少難ありかも知れないが、
良い事な筈である……ウン。


一方通行、若干21歳にして子育ての難しさを悟る。


部屋を訪れれば、彼を出迎えたのは何かとマイペースで生意気な口を利く13577号であった。
「おや一方通行……チューリップかよ、何かもっと高級な菓子とかあるだろうに。金持ちなんだから」と始まる第一声に、
世の父親母親は大変だと感じる。


「いいのか俺にそンな口利いて。………折角超能力者繋がりでゲットした第七位の連絡先教えてやろォと思ったのによ」

「いやチューリップとかやっぱ第一位のセンスは一味違うわ。下々のミサカには考えつかない素晴らしい感性があるね、ウン。
 さぁお望み通り褒めて遣わしたんだから削板軍覇の連絡先とやらを教えなさい今すぐ渡しなさい、
 とミサカは一方通行の胸板を叩きつつ強請ります。よーこーせー」



赤外線を通して第七位の携帯番号とメールアドレスを渡してやれば、
「あ、削板さんのケータイですかー。初めましてミサカと申します。今からお会いしたいのですが………
 …………弟子入り希望?あ、そんな感じで。じゃお願いしますぅ」
と積極的なアピールを始める始末である。そのうえ、



「いやはやマイナー削板派ミサカにこの手の交渉を持ちかけるとは……学園都市の最強さんは恋のベクトル操作もお手の物ですってかコノコノ」



肘で突かれるのはややウザイと思ったが、これも一重に妹達の個性である。………やっぱり若干難あり。





951 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:30:04.01 gngUMmaQ0 482/491




意気揚々と13577号が病室を飛び出すと(恐らく第七位の下へ弟子入りとやらに行ったのだろう。いいのかソレで)、
再び自分と同じ顔をした存在がおずおずと自分から目を反らした。そんなソイツに隣に居た妹達の一人は、


「大丈夫ですよ、07号。動物園のライオンだって飼われている分には大人しいものです、とミサカは07号を促します」
俺は動物園のライオンと同義か、コラ。


「弟が素直に兄に甘えたって、何のバチも当たりませんよ。とミサカは再度07号へ囁きます」
『兄』、という言葉に少しばかりこそばゆくなる。良く分からないが超電磁砲も妹達を『妹』と認識したとき、こんな気分だったのだろうか。


「あ、あの……一方通行07号、です……。は、初めまして……オリジナル」


コイツらにも随分と個性があるらしい。
妹達にしろコイツらにしろ時折焦ったり引いたりする事もあるが、これはきっと良い傾向なのだ。



「このミサカ10039号と一方通行07号は大の親友なのです。ゲーセンで太鼓の達人を2人プレイする仲なのです。羨ましいでしょう?」
仲良くしてやってくれンのは本当に有難いんだが、後ろでウチの弟「太鼓の達人って何ですかー」とか抜かしてるんだが。


「当り前です。これからしていく予定なんですから、とミサカは最近になって他のミサカより微妙に大きくなった胸を張ります」
張らんでいい張らんでいい。つーか全部お前の妄想か。



「他のミサカ達も、段々と彼らとの共存の道を歩んでいく事でしょう。
 手本となるべき兄のあなたが怖気づいたりすんじゃねえぞ、とミサカは一方通行に忠告しておきます」



…………まさか、特力研での遣り取りをネットワーク介して見ていたんじゃないだろうな。
より個性ある腹黒個体たちに徹底的に絞りとられる事を覚悟しながら、俺は次の目的地へと向かう。





952 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:30:44.27 gngUMmaQ0 483/491




一方、削板とコンタクトを取り見事弟子入りを果たした13577号。



「いいか!世の理、それらは全て『根性』である!!」

「根性である!とミサカは師匠に倣って復唱します!!」

「こーんじょおおおおおおおおお!!!」

「こーんじょおおおおおおおおお!とミサカも叫びますうううううううううう!!!!!!」



(むふふふふふふ……コレが果たして何の修行かはさっぱり分かりませんが、身を削って尽くす弟子に師匠は
 徐々に師弟関係以上の物を感じるようになり次第に弟子へのめり込めながら「いかんアイツは俺の弟子で……っ!」となるのは最早王道。
 この勝負、ミサカが貰ったああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!)



「見てみろミサカとやら、あれが根性の星だ!あの根性に向かって走るぞ!!!」

「ハイ師匠、とミサカはあれ飛行機の灯りだよなと思われる物体に向かって全力疾走します!!!うおおおおおお!!!!!」



13577号は、幸せだった。以上閑話休題。





953 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:31:11.33 gngUMmaQ0 484/491




次に向かうのは番外個体の個室である。一方通行は途中購入した缶コーヒーを啜りながら歩いていた。
アイツも随分と手酷くやられたようであるし、小一時間は嫌味を延々と聞かされるかも知れない。
まあそれも仕方の無い事だと一方通行が彼女の病室へ向かおうとすると、



「あ、お兄様~~~~~~!!!!」



ブフゥウウウウウウウウ!!!!!
一方通行の口からコーヒーのレインボーブリッジが完成された。お、おおおおおおおお兄様!?鳥肌たった肌がなかなか戻らない。


「ミサカのお姉さン達が言ってました。お兄様は一方通行のオリジナルなのだから『お兄様』と呼ぶべきだ、と」
アイツら、絶対面白がってやったに違いない。あとで希望通り高級菓子でも買って来てやろうと思っていたが却下だ、却下!


「あれ?一方通行にクソガキじゃねえか」
一方通行がメラメラと復讐の炎を燃やす中場違いに軽い声を掛けてくる男に、思わず一方通行が「あ゛ァ!?」と不機嫌に牙を剥いた。


「うぉ!?なんか今日は一段と不機嫌だな………恐いからヤメテ」


空気を読めない浜面仕上は、これでもやるからと両手に持っていた缶コーヒーの一本を押し付けて一方通行を落ち着かせようと試みる。
そんな彼に、先程凶悪な第一位をお兄様と呼び回ったクソガキこと一方通行00号は



「一方通行にも缶コーヒー買って下さい、お父様」



残った缶コーヒーのプルを開け口に含んだ浜面から、コーヒーの瀬戸大橋が完成した。





954 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:32:11.29 gngUMmaQ0 485/491




「おおおおおおおおお父様!?」

「子供を叱り付けるのは父親の役目だとミサカのお姉さン達が言ってました。つまり一方通行を叱り飛ばしたこの三下残念顔野郎が
 一方通行のお父様になるのです」



「えええええええええ何その暴論!?つーか父親って呼ぶならもう少し俺を敬えよ、何だよ残念顔って!」
当たり前だが戸惑うばかりの20代前半で10歳前後の子持ちとなった他称・父親、浜面仕上げに一方通行は



「ンじゃ任せた。頑張ってくれお父さン」

「任せないでお兄ちゃんんんんんん!!!ちゃんと弟さんの面倒見てあげてえええええ!!!!!」



完全に他人任せモードとなった一方通行に助けを求める浜面を、横目で見やりながら盛大な溜息を吐いた00号がぼんやりと呟く。
「はァ……この一方通行のお父様が馬糞だとは……はァ。せめて滝壺のお姉さンがお母様になってくれれば一方通行と釣り合いが取れるのに」
滝壺を母親に、という言葉に浜面の顔がタコの様に真っ赤に染まった。何だ恋煩いばかりか俺の周りは。
というか俺のガキの頃はこンなに腹黒でも口悪くも無かったぞ。個性にも程がある。


『兄』を名乗ってゆく事になるなら、此処は一つ何か叱ってやるべきなのだろうか。
当然ながら幾ら優秀な学園都市第一位の頭脳にもた○ごクラブやこっ○クラブの知識なんて入っていない。
子供の教育法なんて全く解らない。
もし彼の思考を覗ける人間が居たらそれこそ『兄』でなく『父』だろうとツッコめるのだが、この場には生憎とそんな人間はいなかった。
代わりに、



「見ぃつぅけたああああああ00号くぅううううううん!!!!!!」
20000号と並ぶ変態淑女が、何も無い空間からテレポートして舞い降りた。



「なァにやってンのかなァ、結標さァん?」

「どいて離してお願いだから!抱っこ!抱っこだけでいいの頬擦りはしないから00号君を触らせてええええええ!!!!!」



額に青筋を浮かべる一方通行は首元のチョーカーのスイッチを入れると、00号曰く特殊性癖のお姉さンの首元にチョップを入れた。
神経をヤられた結標の意識が奪われ、身体が揺らぐ。俺の周りは変態しかいねェのか。



「あァ、一方通行はショタコンのお姉さンに追われて逃げている途中なのでした。すっかり忘れていたのです」
お兄様~、お兄様~と猫なで声で摺り寄って来る弟をお父様に押し付けて、一方通行もすっかり忘れそうになった目的地へ向かうことにした。
決して照れただとかそんな理由からじゃない。急いでいたからだ。恥ずかしかったからでは、決してない。





955 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:32:40.89 gngUMmaQ0 486/491




番外個体の部屋の前に行くと、膝を抱えたヒーローがグスグスと泣いていた。何があったかは容易に想像がついたので敢えて声は掛けない。
そして俺は同じ轍は踏まン、とノックをしてから返事が返って来るのを確認して入出する。



「やっぱりあくせられーたは違うんだよ、とうまなんかノックせずに入ってみさかわーすとの着替え見たんだよ!」
――――――やっぱりか。此処まで来るとラッキースケベも確かに不幸の一環な気がしてくる。自業自得だが。



「ミサカはあなたになら裸見られても良かったんだけど。逆騎上位で腹上死させるってのもアリだと思うし」

「ココココココラ、女の子がそんな破廉恥な事言わないの!」



「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!お姉様ったらこっども~~」と笑いこける番外個体に超電磁砲は「いいからちゃんとした言葉遣いを学びなさい!」
と叱りつけている。なるほどアレが『姉』の姿か。一方通行は一つ学んだ。


ねえお姉様、ちょっとだけ二人にしてよ。そっちの暴食シスターも。
番外個体の言葉に超電磁砲は納得したように、シスターは不思議そうな顔で部屋を出る。
俺も、その真意が読み取れない。





956 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:33:19.10 gngUMmaQ0 487/491




「…………ミサカ、最終信号を護りきったんだよ」

「――――――あァ」

「…………なんか言うこと無いの、ミサカに」



言う事?山の様にある。幾ら言ったって多分足りない。
そして申し訳ない事に、こっちの意地とプライドの所為で一度しか言えない。



「――――――悪かったな、世話ァ掛けた」



……………もういい。
謝れば唇を尖らせてそっぽ向かれた。
アイツの事だから厭味ったらしく最強とは名ばかりかと責め立てるかと思っていたのに、何だか呆気ない。
マゾヒストでも何でもないが些か心配になる。



「傷が痛むのか?」

「学園都市第一位の優秀な頭脳、ってホント名ばかりだね。ほんっとぉおおに馬鹿」



多少ニュアンスは違うが、良かった。いつものアイツらしい。
馬鹿鈍感そんなところまでヒーローもどきか死ね阿呆だらと小言を聞かされ、その度に悪かったといえば殴られた。



「あなたなんて大っ嫌い、死ね」



半ば無理矢理追い出される様にして部屋を出る前に、もう一度だけ、アイツに一言言っておく。



「――――――お前のお蔭で助かった、有難うな」



本当に死んじゃえよ、馬鹿………。
番外個体の呟きに、一方通行は病室を追い立てられた。





957 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:33:45.21 gngUMmaQ0 488/491




一方通行の居なくなった病室に、美琴が再び顔を出した。
妹が潜り込んでグスグスと泣くベッドに腰掛け、自分と同じセミロングの茶髪をゆっくりと撫でてやる。



「そんな所まで私に似なくたっていいのに。どうしてアンタもああゆうタイプを好きになっちゃっうかなあ」

「お姉様のDNAの所為だ………失恋が遺伝子単位でこびり付いてんだよ、責任取れコンチクショウ」

「な!わ、私はまだ失恋してないもん!!アイツはまだ特定の女の子作って無いし……っ」

「同じ女と何年も同居してる時点で勝負あった様なモンじゃん、ミサカもお姉様も。事実婚ってヤツ?」



焦る美琴を見遣りながら溜息を吐いた番外個体は、先程出ていったあの男と自分という存在について考える。
彼を殺す為に生まれた存在として生まれ、しかし結局は彼の為に生き、彼が愛した存在の為に命を掛けた。
有難うと柄にもなく感謝され、望めばきっとお礼に何でもしてくれて、ミサカの小言に付き合ってくれる。



「………どうしたの?難しい顔しちゃって」

「別に。お姉様と失恋パーティーでもしようかと思って」

「しししし失恋って、まだアンタも私も決まった訳じゃないでしょうがあああ!!!」



――――――― 一生あの人の傍にいて、一生お零れに集ってやる。精々下剋上に気を付けろよ、最終信号。





958 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:34:22.45 gngUMmaQ0 489/491




最後に一方通行が向かうのは、他でもない、打ち止めの病室だった。



『ミサカはあなたと一緒の道を進むんだから、ってミサカはミサカは断言してみたり』



―――――本当にいいのか?なんて、野暮な事を聞くつもりはない。
綺麗な世界だけを見せていくつもりでいたあのガキが、
打ち止めが自分の殺人を最後まで見届けた時点で、もう自分も彼女もその先の道が決まった様なものだ。


だからこそ、一方通行は再び誓う。
逃げるな、全てから。汚ねェ現実を覆い隠して、あのガキには潔癖で合って欲しいと勝手に願って余計なモンをあのガキに背負わせるな。
互いが互いで背負うのではない、決めたのだ。二人でクソデカい荷物を背負い合っていくのだと。


ガラガラと開いたドアに打ち止めが目を遣ると、そこには彼女が求めてならなかった青年が居た。
心成しか気まずそうにする彼に打ち止めは屈託のない笑顔を見せながら、しかし寂しそうに笑う。



「折角ミサカと同い年だったのに、直ぐヒーローさんに戻して貰っちゃうなんてちょっと寂しいかも。ってミサカはミサカは残念がってみたり」

「あのままジワジワ赤ん坊まで戻ってもマズいだろォが。効果が分散しただけで魔術は有効だったンだからよォ」



それでももう少しくらい良かったのにー、と唇を尖らせる打ち止めにうるせェと返しながら一方通行はチラリと彼女の具合を窺う。
肩の怪我以外にも、大型のショットガンを無理に振りまわしたり移動の際に用いた通気孔内で負ったりした筋肉の悪化や傷の所為で
打ち止めの姿は十分痛々しい物となっている。


だが、一方通行に謝る事は出来ない。
共に背負うと決めた矢先だ。彼女がそれを望まない事は幾ら一方通行でも理解できた。





959 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:35:00.92 gngUMmaQ0 490/491




「―――――――Yシャツ、今日は着てないんだね」

「埃と返り血でボロボロになっちまったしな、使い物にならねェ」



やっぱり、ちょっと残念。
打ち止めの呟きに、一方通行は彼女の頭をクシャリと撫でた。


本当に言うのか?絶対にキャラじゃない。
個性個性と今日はよく言っているが、それこそ俺の個性に沿わない。


恥ずかしげに顔を真っ赤にさせた一方通行に、どうしたの?と打ち止めが首を傾げる。
ああ、ああ一番の恋煩いはこの俺だよ馬鹿野郎!



「お前、俺とずっと一緒だとか抜かしてたよな」

「?うん、ミサカはずっとあなたの隣にいるよ、ってミサカはミサカは絶対の答えを示してみたり」



ガキ扱いして妹扱いして、アイツの好意の意味を知りながら関係を崩すのをいつまでも恐れて放置して、
それでも結局、一緒に背負うとプロポーズも真青な爆弾宣言に縋って頼って依存して。


学園都市第一位の頭脳の持ち主、だなんて。とんだ戯言だ。
年下のガキに振り回されては、いつだってそいつに護られて生きているんだから。生きて、いくんだから。



「…………寄越せよ、お前のYシャツ」

「―――――――へ?」



垣根か海原辺りが見たら一週間はネタにされそうなくらい、恐らく俺はとても恥ずかしい顔になっている。
ああ、滑稽だろうさ。これがあの最強サマだっつーんだからな!





960 : 最終話 『部屋ととある二人とミサカ』[saga] - 2011/02/20 23:35:56.31 gngUMmaQ0 491/491









「彼シャツは『ずっと一緒の証』、なんだろ?―――――――……だったら貸せよ、お前のYシャツ」


「―――――――うん、ってミサカはミサカは満面の笑みで頷いてみたり!!」







大馬鹿野郎は大馬鹿なガキと、滑稽な道辿るのがお似合いなのだ。









【 打ち止め「あなたのYシャツ貸して欲しいな!ってミサカはミサカは…」一方「あァ?」 (完)】








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