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【第一部・前編】
【第一部・後編】
【番外編】
の続きです。

573 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:05:14.28 Ja80mfo0 261/491






「「打ち止めも一方通行も番外個体も、退院おめでとう~~~!!!」」

「つーかよォ。なンで自分の退院祝いの金出さなきゃなンねェンですかねェ、俺は」





10月10日。
一足先に退院していた一方通行に追い付く形で打ち止めと番外個体が無事に退院日を迎えた。


9月29日に木原数多からのウイルス攻撃を受けた『妹達』
―――― ことウイルスを直接投下された統率個体である打ち止めと解析の為にウイルスを脳内で喰い止めていた番外個体は、
厳しい『調整』に身を投じることとなった。


そして木原数多とその手勢を封じ『妹達』と学園都市の平穏を庇うべく立ちあがった一方通行も冗談では済まされない怪我を負った。


やっと迎えた退院に事情を知る上条当麻とその同居人であるインデックスは彼らの退院祝いをすることを決めたのだが、悲しきかな。
二人は不幸体質とシスターの名に反した暴食の所為で万年金欠の身である。
そこで上条とインデックスが考えた名案というのが、



『あ!ならお金持ちの一方通行にスポンサーについて貰えばいいんだよ!』

『冴えてるじゃないかインデックス!!』

『なンでだァァアアァァアァアァア!!!!!!!』





「まあ皆無事に日常に戻れたんだし良いんじゃないかな、ってミサカはミサカはあなたのお財布なんて気にせずに無責任に発言してみたり」

「ミサカも良いと思うよ。どーせあなたお金持ってるしそれくらいがお似合いだよ」

「自分で金稼げるよォになってから言えクソガキ共」



574 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:05:53.48 Ja80mfo0 262/491





一頻りのパーティーを終えた上条達が帰宅するのを見届けた一方通行は(そう。しかも彼らは会場を一方通行のマンションとしたのだ)、
そのまま靴を履き自身も玄関口を潜った。


「あれえ、お出かけ?ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

「仕事だよォ、シ・ゴ・ト。オマエらが見境なく使ってくれるお蔭で働きアリさンになンなくちゃならないンですゥ。
 ただでさえ研究職と教員の二重生活だっつーのによォ」

「うぅ……無駄遣いはやめます、ってミサカはミサカは反省してみたり……」


キチンと戸締りして早く寝るんだぞォ、と告げた一方通行に研究所に泊まるのかと当たりをつけた打ち止めは
忠告通り玄関の戸をキッチリと閉めてカギとチェーン、更には電子ロックの三重防備を施した。
もう子供じゃないのにと思っても事件が起きたのはつい数日前だ。


「気を付けろって言ってくれるのが愛、みたいな?ってミサカはミサカは自分で言ってて恥ずかしくなっちゃったりキャー♥♥♥♥」





575 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:06:42.30 Ja80mfo0 263/491







一方通行が訪れた路地裏を更に外れた先にある廃ビルだった。
一見ボロボロに見えるそこは目を凝らせば人の出入りが窺える。


「当事者のお前の到着が一番最後ってのはどうなんだよ。常識的に」

「黙れメルヘン野郎」


一方通行がガラス戸の所々割れたドアを潜ると、垣根を初めとする十数人の男女が彼を出迎えた。


麦野,絹旗,滝壺,浜面の4人から成る『アイテム』の面々。
『スクール』から合流した垣根,心理定規の2人。
土御門,海原,結標の嘗て一方通行が所属した『グループ』の元メンバー3人と、結標が『グループ』時代に人質に取られていた少年達が数人。


彼らは表で普通の生活する一方通行が多少のデメリットと引き換えに
自分たちにとっての学園都市のメリットを目指し行動を共にする現在の『共犯者』である。


一方通行にとって、そして彼らにとって互いに対する『仲間意識』や『信頼』といった感情は一切存在しない。
代わりに互いの強さを認める程度の『信用』は置いている。


「時間通りではあるから遅いだの何だのはそこの心の狭い第2位と違って言わねえけどよ、
 木原の『肉体復元』に関する技術情報は掴めたんだろうなあ?」


文句は言わないと明言している割に既にキレかけている麦野沈利が浜面から馬のようにどうどうと言われながらも一方通行を言及する。
本日のメインテーマの1つがこの話題でもあり、コレは彼らの中では一方通行にしか判別の付かない事だった。



576 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:08:44.05 Ja80mfo0 264/491




「………結果から言えば、俺と冥土返しで開発した『クローン技術』を応用した欠損部位補完の為のそれだった。
 肉体全体を再生させるなんてマネしたのはそこのメルヘンだけだったが、プラチナバーグの野郎は俺を狙って木原に試したらしい。
 元々手綱の握れねェ『一方通行』への対策の一つとして、理事会の一部で垣根と同様に脳の保管はしてたみてェだしな」



一方通行の報告に心理定規の肩がピクリと揺れた。
4年前、彼が管理していた『未元物質生産ライン』を含む管轄内を掌握した『グループ』に垣根帝督の引き渡しを交渉した彼女は
垣根の復活の為の技術開発から現状までの経緯を考えて僅かながらも責任を感じているのかもしれない。



「だがプラチナバーグがその技術を応用しようとした所で使いこなせるとは思えねェ。
 一般に知られているのは事故や病気で損失した人体の一部を造りくっつけるモンだ。
 人一人丸々作るクローンよりある意味で調製が色々と面倒な代物を再現するだけの『協力者』が居た筈だ」


「ローマ正教に潜伏していたショチトルから入電がありまして、それに関しては自分が多少掴んでいます。
 今回の一件で露見したアレイスターの死亡情報をローマ正教内に齎したのはスペイン星教の様で、
 その内容があまりにも学園都市内部に精通したものだった為に彼女はスペイン星教の手の者が此方側に潜んでいると推測しています。
 スペイン星教の方にはロシア成教内に回していたトチトリを派遣したのでそちらについても近日中に報告できるかと」


「スペイン星教か……迂闊だったな。ローマ正教にロシア成教,そしてイギリス清教までは常に情報を張っていたが、
 あちらにはあまり手を回していなかった」



577 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:09:51.23 Ja80mfo0 265/491



海原や土御門の意見に他の面々が口を挟む事はない。
2人以外は魔術サイドに関しては少々聞き齧った程度の素人であり、専門外だ。
序でに言えば学園都市の様に世界中に知られる大組織に比べ
魔術サイドは各地に別れる宗派の更に一部の人間だけが係わりを持つ能力である為に科学サイドの人間からはその全貌が掴み辛い。


基本定義や情勢の一般公開が微塵も無いだけに、科学 対 魔術が正面からぶつかり合うとなれば科学サイドに多少分が悪かった。


そのうえ現状、魔術サイドのどの組織が学園都市に手を出した所で『クローン能力者のり危険性』を訴えられれば
学園都市側としても国際的にも全面的な非難は出来ない。
そもそも道徳的な問題としてクローン技術は禁止されており、ミサカネットワークを利用したウイルス流出法を提示されると
クローンの人権が通るかも厳しいのだ。


「学園都市入門ゲートの監視は『アイテム』に一任する。が、AIM拡散力場を持たない魔術師を相手にするのは滝壺には難しいだろうし、
 お前は後方支援として俺達の状況を力場の揺れから察知しててくれ」

「わかった、私は魔術を知らないしつちみかどに今回は従う。……むぎのはそれで文句ない?」

「まあ餅は餅屋ってね。良いわよ、ゲートは私と絹旗で担当するからあんたは浜面を護衛に後方支援に付きなさい」


魔術専門家の土御門や海原が今回は中心指揮になるとはいえ、各メンバーはこの『大組織』の中でそれぞれ『小組織』に属している。
滝壺のリーダーはあくまで麦野であり、彼女の配置は麦野に最終決定権がある。



578 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:10:31.00 Ja80mfo0 266/491



「外部からの侵入は『アイテム』が阻止するとしても既に学園都市内部に潜んでいる魔術師が居る事は確かだ。
 そこで結標のグループが人海戦術でそいつらを捜索、俺と海原も魔術方面から捜索に当たる。
 発見次第駆逐出来る様垣根は戦闘準備をして待機、心理定規は通常通り敵を確保してからの査問官として動いてくれ」


土御門からの指揮を適確な指示として受け取った3人は自身の名が呼ばれると共に首を立てに振るう。
それを見取った土御門は最後に残った一方通行に顔を向け静かな口ぶりで彼を諭した。


「世界中に散らばった量産能力者全員にこちらから護衛を送る事は出来ない。妹達自身に自衛して貰うしかないのは解るな?
 最終信号から最低でも2人1組での行動を取るよう上位命令文を命じさせろ。そしてお前は今度こそ最終信号を手放すな。
 海原の報告通りスペイン星教には木原を復元するだけの『科学技術を有した魔術師』がいる。お前が何をすべきか、良く考えておけ」






579 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:11:13.81 Ja80mfo0 267/491










『お前が何をすべきか、良く考えておけ』


土御門の言葉が一方通行の優秀な脳内で何度も巡り、そして消えた。
俺が何をすべきか。
答えは既に出ている。妹達を、打ち止めを全力で護る。それだけだ。
一方通行には己に課した絶対的なルールがある。


≪ 例え何があっても妹達や打ち止めといったクローンを傷つけない ≫


こんな血塗れの自分が彼女達の笑顔を作れるとは思えない。
それでもせめて、彼女達が自分の内側から生み出した笑顔を護りたい。一方通行はそう思っていた。


だが実際はどうだ。
木原数多によって簡単に打ち止めを奪われ、作戦の為に海原の護符精製として彼女の皮膚を裂いた。
全ては己のミスだ。
打ち止めが狙われている事を知りながら、否、妹達の弱い立場をずっと前から理解していながら彼女達を護れなかった。


(そンで?今回はどうだ、妹達全員を目の届く場所に置くことなンて俺には出来ねェ。
 結局俺はアイツらに絶対的な安全地帯を用意してやることさえ無理っつーワケかよ……)



580 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:12:21.77 Ja80mfo0 268/491



一方通行は自分が未だ暗部に属している事を表の生活に関わる人間に話していない。
不本意ながらも友人のカテゴリに入る上条当麻やインデックス、妹達の素体となった御坂美琴、
家族と認める黄泉川愛穂や芳川桔梗、そして妹達の一人である番外個体や打ち止め。


誰一人として一方通行が『日常』へと帰って来て6年経った今でも、
自分から残ったとはいえ学園都市の暗部に居る事を知らない。


打ち止めからミサカネットワークを通じて自己防衛を徹底するよう妹達に勧告させるとなると
多少省いたとしても自分が裏社会に関わっている事が察せられるだろう。
量産能力者を危険視する魔術師が学園都市外部から各個体を狙った場合、護ると誓った妹達も
結局は自分で何とかしろと放りだす事になる。


(アイツらにこンな世界は見せたくなかったっつーのに………クソッタレが!!!)


一方通行にはそれが歯痒くて仕方ない。
それでも、現実を考えれば自分一人でどうにかなる問題では事態は無くなってしまった。






583 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[] - 2011/01/04 01:16:57.68 Ja80mfo0 269/491








ミサカ14510号はスネークと称される17600号から対価と引き換えに横流しして貰った一方通行の写真を眺めながら
頬を染め一人ニヤニヤと他者から見れば気持ちの悪い笑みを浮かべていた。



1か月に1度送ってもらう一方通行アルバムの最新版。
学園都市へは中々向かえない彼女にとって、想い人に接せられるこのアルバムは
誰に何と言われようと恋する乙女の真っ当でありがちな手段であった。決してストーカーなどでは無い。



「と、考えながらも……あでもやっぱり一方通行さんには知られたくないわ恥ずかしいキャー♥♥♥♥
 なんて思ってるんだろ言ってみろよ。まあミサカにとってはその湧き上がる背徳感も美味しいがな、とミサカは推測および意見主張します」


「に、20000号!!いつから見ていた!
 つーかあの人に使う媚薬やら用意したりあの人の写真見ながら下品な想像してるヤツに背徳感云々言われたくねーよ!
 とミサカは20000号に写真を横取りされないよう隠しながらツッコミます!!」



20000号が調製機器の問題で在住する研究所から一番近い此処を尋ねている事は知っていたが、
まさか至福の時間(一方通行とのラブラブ妄想タイム)を見られるとは……



「(ラブラブ妄想タイム)って要は賢者モードだろお前も下品な想像してんじゃねーかなあ兄弟、
 安心してコッチに来いよみさくらとかオ○ニーとか考えたって何にも問題な――――」


「問題大アリだァァァア!!!!ミサカネットワークから思考を読むなというか思考洩れてた?え、マジで?
 やだちょ、いやでも本当に下品な想像なんてしてないからねカップルストローしか想像してないもんってミサカは――――」


「大丈夫大丈夫中学生みたいな想像(手繋ぎ,一本マフラー,お弁当差し入れetc)しか見てないから、ってミサカはフォローしま……ププッ」


「笑ってんじゃねぇェエエエエ!!!!!」



584 : 第十話 『部屋と新展開とミサカ』[saga] - 2011/01/04 01:20:13.32 Ja80mfo0 270/491



大声で怒鳴り散らした14510号はハァハァと肩で息をしながら勢いで飛んだ唾を拭いつつ20000号を睨み上げ、
暫くすると脱力したように溜息を吐いた。


「お前に何を言っても無駄だって事は生まれてからこれまででもうしっかり分かっちまってるよ悲しい事に、とミサカは諦めの意を示します」

「お。なら一方通行ちゃんマジ天使はミサカに譲るということで、とミサカは結論付けちまいます」

「オイコラそういう意味じゃ……、―――――!!!」









普段直には会えない妹達同士の親睦を兼ねた他愛無い雑談を続けていた彼女達は、
しかし次の瞬間2人同時に勢い良く首を後方へ振り翳し目を見開いた。


「右前方50 m先の曲り角に不審な人影を発見。武器の携帯は見受けられたか?とミサカは20000号に確認します」

「いんや、一瞬しか見えなかったが銃器は無かったように思えた。
それでも携帯用ナイフなんかを所持してる可能性もあるから油断は禁物だな、とミサカは14500号に注意を促します」


言葉とネットワークだけで互いの意見を交換し合った2人は声を揃えて通路の陰に隠れる人影に問うた。


「「さて。あなたは何者ですか、とミサカは尋ねます」」


だが彼女らは自らが尋ねた問いへの応答にその僅か数秒後、困惑することとなる。


「あァ。俺だよ」

「一方、通行 ――――――?」




10月10日、日本時刻PM 23:08。
科学サイドと魔術サイド、そして妹達と魔術師を交えた新たな物語がここに幕を上げる――――。



593 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:37:02.10 Ja80mfo0 271/491






10月10日 日本時間 22:59


大学内のサークルで行われた飲み会で帰宅が遅れた御坂美琴は不良共が屯する夜の学園都市を歩いていた。
2次会を見送ると告げた美琴に、あと1時間で日付が変わる様な時間帯でもある事から帰宅の共を名乗り出た男子が数人いたが
皆『超電磁砲』と恐れられる超能力者・御坂美琴の実力を知っている為に美琴が丁寧に断りを入れれば彼らはあっさりと引き下がってくれた。



「でもこれだけガラの悪い奴らが雁首揃えてるんですもの、フツーの女の子だったら危ないでしょうね……」



既にその『ガラの悪い奴ら』を幾人か伸した美琴はつい先程電撃を浴びせ昏倒させた周囲の男を眺めながら呟いた。
大多数の子供を預かりながら学園都市の治安が何処か不安定なのは相変わらずだ。


さて、このスキルアウトであろうと思われる男共は如何しようか。
放っておいても美琴としては一向に構わないのだが、
彼らが別の不良達に追い剥ぎされる可能性を考えれば警備員にでも連絡してやるべきかもしれない。
こんな時上条当麻ならほぼ間違いなくお節介に彼らを気遣い何かと対処してやることだろう。



594 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:37:48.33 Ja80mfo0 272/491




(べ、別にアイツに褒められたいとかアイツみたいにしたいとかそんなんゃないんだからっ!!)


脳内ですらツンデレを展開する美琴が携帯電話を取りだそうとバッグへ手をかけた所で、美琴は気付いた。
遠くから喧騒が迫っている。


それもそこいらの不良共が織り成す様な罵声の応酬では無く
例えるなら動物達が獲物を捉え様と列を為す緊張感が静かに、そして確実に迫ってくるイメージ。


一度は超能力者である自分を狙ったものかと考えた美琴であったがどうにも近づいてくる気配の殺気はこちらに向いていない様に思える。
何処か近くで美琴の知らぬ厄介な事件が起こっているらしい。


まさか件のトラブルメーカー・上条当麻ではあるまいな。
そんな事を考えた美琴が周囲全体に意識を集中させた美琴はその瞬間何か引っ掛かりを捉える事に成功した。
感じ慣れた能力の感覚。自身と同等のチカラ。



「狙われてるのってまさか……妹達!?」







595 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:38:28.07 Ja80mfo0 273/491








10月10日 日本時間 23:01


ミサカ10032号、通称・御坂妹は息を上げながら夜の街を掛けていた。
早く、早く逃げなければ。
彼女がこれだけ自身の死を実感したのは『絶対能力進化実験』で一方通行と対峙したあの夜以来かもしれない。


妹達はこれまでに何度も命の危機に瀕している。
しかしそれは『自分とは別のミサカ』が体感したそれをネットワークを通じて知り得た謂わば『情報』に過ぎない。


だが、今は違う。
今にも殺されそうになっているのは間違いなく自分で、必死にもがいているのも『このミサカ』だ。


死にたくない。
そんな感情が彼女の中で華を咲かす。
与えられた命であると語っていた自分が心の底からそう感じられたのに、その瞬間に死ねと言うのか。


学園都市では風変りなファッションとしても見受けられない様な在り得ない格好―――
―――――古めかしい修道服の様なものを着込んだ訳の判らない一団は、訳の解らない能力を行使しながら静かに歩み寄ってくる。



「―――――っ!!」



後ろからジリジリと迫り来る敵を視認した御坂妹はミサカネットワークで他の個体へ危険を知らせながらひたすら逃げる。
精々が強能力者程度の自分の能力は通じなかった。
学習装置によって武器の扱いや体術も知識としてインストールされているが、
武器なんて日常で携帯している筈もないしあの人数に体一つで挑もうというのは些か無謀だった。



596 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:39:20.10 Ja80mfo0 274/491




万事休す。
そんな言葉が脳内を占め始めた彼女が頭を振って逃げる事に集中しようと路地の角を曲った時。
御坂妹の右手が不意に掴まれ、彼女の体が横に伸びた路地裏へと吸い込まれた。



「なっ―――――!!!」



悲鳴を上げようとした口は右手を掴む手とは反対のそれで覆い塞がれ、
暴れようともがく体はビリビリと体全体を弱く取り巻く電流で拘束される。



「ん、ん``ーーーー!!ん``ん``ん``ーーー!!!!」

「ちょ、大人しくなさい!アイツらに見つかっちゃうでしょうが!!」



耳元で囁かれる声は焦っていながらも自分を労る優しい音色だった。
声の通りに大人しくすれば溢れ始めた涙をポケットから取り出したハンカチで拭ってくれる。





「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ、あとは私に任せなさい」

「――――お姉、様ぁっ!!」





597 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:40:02.57 Ja80mfo0 275/491




しゃくりを上げながら本格的に泣き始めた妹を美琴はしっかりと抱きとめながら路地の奥深くへと進んでゆく。
電気を使って敵が居ないか周囲をサーチしながら、彼女が落ち着いたのを見計らうと美琴は真剣な眼差しで妹を見遣る。



「ジーパンは似たようなデザインだし問題ないわね……上着を貸しなさい、それでアンタはここで待ってなさい」

「お姉様!まさかミサカの代わりになるつもりですか、とミサカは問います!それはあまりにも危険です!!」



御坂妹は美琴を必死で止めようとするが、聞く耳すら持たずに美琴は効率良く妹の上着を脱がせ自分のそれを被せた。
そして自分の荷物や携帯を妹へと押し付けると自身に満ちた笑顔でこう告げる。



「アンタ、私が超能力者だって知っててそれ言ってるワケ?―――――それに。妹を護るのは姉の務め、でしょ?」



相手が何の目的でアンタ達を狙ってるか分からない以上、警備員に連絡は出来ない。
でも黒子に留守電入れといたからそのうちに来てくれると思う。あの子が来たらリアルゲコ太の所までテレポートして貰いなさい。
それで万が一、私や自分がヤバいと思ったら、アイツに連絡なさい。

――――――本当は、巻き込みたくないんだけどね。



598 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:40:51.12 Ja80mfo0 276/491




御坂妹は、早口でそれだけ言い残して敵が潜む大通りへと駆けて行った『姉』を今度は止める事が出来なかった。
超能力者の姉ですらあの集団に何らかの危険を感じている。
自分が付いて行った所で足手纏いにしかならない事が理解出来てしまった。



「お姉、さまぁ……!お姉様っ……!!」



自分には、膝を抱えて泣きながら姉を待つ事しか出来ない。
姉の無事を祈ることしか出来ない。


しかし、神は彼女を見捨てなかった。少なくとも御坂妹はその時確かにそう思った。
その一瞬、その僅かな時間の中に限って、そう信じてしまった。










ザリ、と埃や砂利で溢れた薄汚い路地裏の地面を踏みしめる音が聞こえた。
御坂妹は慌てて膝へと埋めていた顔を音の方向に振り向ける。


そして、彼女は見た。
上位個体の隣で6年前の8月31日以降ずっと『ミサカ達』を護り続けてくれた存在。
学園都市第3位を誇る姉を上回る実力を持つ数少ない相手。



「――――― 一方、通行?」



薄暗い夜の街で巡り合った見慣れた少年の口元が、静かに弧を描いた。





599 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:41:40.98 Ja80mfo0 277/491










御坂美琴は古めかしい修道服の様な物を着込んだ不可思議な一団を相手に猛攻を奮っていた。
つい先ほどまで御坂妹を追い詰めていた彼らも、一瞬で様変わりした様な標的に驚きを隠せない。


妹と入れ替わり彼女の振りをして戦う美琴は、
しかし能力スペックを隠すこともせず全力を出しながら一撃、また一撃と死なない程度にしか手加減しない電撃の槍を敵へと叩き込む。

美琴は焦っていた。
圧倒的優位に立ちながらもピリピリと感じる違和感に。
この小さな綻びが積りに積もって大きくて大切な何かを壊してしまうのではないか、そんな風にさえ感じる謎の感覚。



(何が起こっているのか、この目で確かめる――――っ!!)



自分の感じた違和感を確かめるかのように美琴は再び渾身の一撃を
槍や杖や斧、果てには良く解らない様な物まで時代を一回り二回りも遡ったかの如く非合理的な武器を携えた敵相手に炸裂させる。



600 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:42:23.01 Ja80mfo0 278/491




瞬間。
敵の一人が不自然な動きをした指をそのままに杖へと触ると、その杖が捉えた美琴の電撃が七色の光を放出しながら四散した。


一方通行の様な反射でもなければ、念動力で造られたシールドで防がれた反応とも違う。
超能力者として幾人もの人間と対峙した美琴が見た事も聞いた事も無いチカラ。
姿形も能力も学園都市とは相反する敵。



「アンタ達、一体何者―――――?」

「……そうですね。その脳内ネットワークとやらで『妹達』の皆さんにはご挨拶しておきましょうか」



行動に反して丁寧な口ぶりを伴って、敵の一団の中から一人の若い男が歩み寄って来た。
彼が近づくと周りに立つ男女は道を空ける。



「初めまして『ミサカ』さん。危険因子たる貴女方を処分しに来ました、魔術師です」



海を渡ってスペインから来たその男は、目の前の『兵器』を見てにこやかに微笑んだ。




601 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:43:54.08 Ja80mfo0 279/491




「――――マジュツ、し?」



RPGに出て来るような中二全開の単語を真面目腐った顔で語る男を前に、美琴は目を見張った。
だが美琴の優秀な頭脳は理解出来ないその『マジュツ』という単語を否定しながらも考察を続けてゆく。


6年前、0930事件。
自分が信じてきた科学的ルールが通用しなかった存在。
最も信頼する少年が『友達』と称し助けに走った巨大な少女の様なその偶像。


『天使』。
あの事件の顛末を学園都市は何と公表していた?
思い出せ、思い出せ。



≪ 学園都市の外には『魔術』というコードネームを冠する科学的超能力開発機関があり、そこから攻撃を受けた ≫



『魔術』。
学園都市の『外』の組織。
つまりはあの『天使』を生み出すのと同等のチカラ。




「――――外の、あの子達の事なんて何も知らない様な人間が、……あの子達を否定するんじゃないわよ!!!」




602 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:45:00.63 Ja80mfo0 280/491




『魔術』を自分なりに理解し解釈した美琴は、その『魔術』というチカラよりも
学園都市の外から来た妹達のその優しさも強さも持つ心を知らない人間が勝手に彼女達を否定した事に激怒した。


これまでは死なない程度まで攻撃を加減してきたが、妹達に手を出そうというのなら話は別だ。
尋問する一人を除いて全員始末したって構わない。


沸騰した頭が殺意を弾き飛ばす程に熱くなった美琴は全力を込めて超電磁砲を放つコインを弾こうとした。
だが。



「学園都市にはこんな時間でも徘徊する若者が沢山居るんですね」



その言葉に美琴が周囲を見渡せばそう遠くはない距離で
呑気にケータイのカメラを向けながらこちらを観戦している人影がチラホラと窺えた。
いつの間にかステージは人通りが多い場所へと徐々に移動させられていたらしい。


こんな場所で超能力者の美琴が全力を出したらどうなる事か。
一気に冷めた頭で幾つかのシミュレーションを弾き出してみたが何の関係も無い一般人を巻き込んでしまう可能性が大きすぎる。



「ならっ――――!」



コインを懐に戻し美琴はバチバチと指先からある程度加減して発した紫電を、槍を構えた敵へと浴びせかける。
攻撃を向けられた敵はブツブツと早口で呪文の様な物を捲し立てると無防備に突っ立ったまま構えた槍を突き出してきた。



(……?そんな槍一本で私の攻撃を防げるわけ……)



しかし無防備な敵へと向かった紫電は絡め取られる様に槍へと巻き上げられ、
不可解な光を散らしながら物理的に不可能な方向へと弾き飛ばされた。



603 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:45:41.64 Ja80mfo0 281/491




躱すでもなく消すでもなく弾け飛んだ美琴の一撃は、あろう事かこちらを窺っていた若者の集団へと突っ込んでゆく。
呑気に写真なんて撮ろうとしていた連中が手加減してあるとはいえ美琴の攻撃を受けて大怪我をしないわけがない。



「しまった――――――!!」



突如電撃に襲われた少年達は叫びを上げる暇すら与えられず
驚愕と恐怖に開いた口を閉じることすら許されぬままに硬直した体の所為で指一本さえ動く事が叶わないでいた。


そんな彼らの下へ美琴が駆け出すが頭の片隅では既に計算してしまった結果が踊り狂っている。
間に合わない。
今から別の電撃を発して少年達に向かった自分の紫電を相殺するにも、自分が身を挺して庇うにも時間が足りない。



(もう、駄目………!!)



諦めと覚悟が美琴の中に生れてしまった。
その躊躇いが走る彼女の脚を半歩分程遅らせる。



604 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:46:46.81 Ja80mfo0 282/491




少年達は動かない、動けない。
手を伸ばす美琴の手も、届かない。
誰が見てももう駄目だと思える状況だった。



(―――――っ!)



予期してしまった未来に、見たくもない光景に目を反らして閉じた美琴は
だがそれにより研ぎ澄まされた聴覚によって絶対的な救済者の存在を察知する。






「随分苦戦してるみたいじゃねェか、超電磁砲」






少年達を今にも呑み込もうとしていた紫電が先程の槍とは違う原理で弾き飛ばされた。
飛んでいった先は槍の遣い手。
美琴が本来攻撃しようとしていた相手の胸へと凄まじい電撃が付き刺される。


紫電を『反射』した青年はダン、と地を蹴って美琴の背へと自身の背を向け
背中合わせとなった美琴へと口元に弧を描きながらさも可笑しそうに笑って言った。




「超能力者同士のタッグ戦なンてマニアなら金払ってでも見てェような光景じゃねェか
 ―――――始めようぜ超電磁砲?こっからは反撃開始だってなァ!!」




605 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:47:46.42 Ja80mfo0 283/491









急に自分達に対峙した一方通行から発せられた『超電磁砲』という言葉に魔術師達は揃って首を傾げた。
『超電磁砲』というのは確か標的の素体となった人間の異名ではなかったか。


そこで彼らはやっと気付いた。
能力スペックが事前情報とは明らかに事なった目の前の人間が出来そこないの欠陥品などではなく恐るべきオリジナルであった事に。



「あの手の輩は武器構える暇すら与えねェか、武器と声のどちらかを奪っちまえば大抵何も出来なくなる」

「良く解らない法則に惑わされるな、ってワケね―――――後ろ。任せたわよ」

「誰にモノ言ってンだ三下ァ………俺は学園都市第一位の化者『一方通行』様だぜェ?」



目でも口でも合図は無しに、しかし息の合ったタイミングで超能力者達の猛攻が始まった。
第三位の『超電磁砲』、第一位の『一方通行』。
二人によって組まれた突発タッグはそうとは思わせない見事な連携を見せ魔術師達を翻弄してゆく。


携えた武器を構える暇も詠唱させる時間も与えない。
途中仲間が攻撃を受ける間に無から有を生み出す様な奇妙な術を行使する者も見られたが
魔術への対応に戸惑いを見せる美琴を背に追いやりながら彼女の前へと躍り出た一方通行がそれを調整しながら反射する。


反射された筈の敵の一撃は物理法則を無視して七つに分裂し、
内一つが美琴へと向かうが彼女は電気を纏った右手でそれを往なしながら一方通行の背目掛けて飛び出した敵を粉砕する。



606 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:48:45.88 Ja80mfo0 284/491




「くっ――――!」



リーダー格らしい唯一美琴と口をきいた魔術師が唇を噛む。
まさかこの段階で超能力者と、それも同時に2人になんて対峙するとは想定していなかった。


一方通行と美琴は余裕の表情で次々と仲間達を昏倒させてゆく。
彼らに自分達を殺す気はないようだが勝ち目はないとみて間違いないだろう。


一体どうすべきか。
最も有効な手段を算出していた彼は、自分の後ろからザリ、と地面を踏みしめた音を捉えた。


―――――来た。
それは、標的たるクローンを一端見失った際最も広い範囲の捜索に走らせたモノだった。
アレならば『この』2人が相手なら勝ち目がある。







「標的の内1体を近隣の路地で発見しました。
 明確な命を受けていない為そのまま連行しましたが如何致しましょう、と一方通行はマスターに指示を求めます」









一方通行が、2人―――――?
美琴の小さな呟きだけが、星の見えない静寂の中響き渡った。






607 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:49:50.05 Ja80mfo0 285/491










10月10日 日本時間23:08。



「一方、通行 ――――――?」



ミサカ14510号とミサカ20000号の前に現れた一方通行は多少ばかり不機嫌そうな表情を浮かべながら心なしか拗ねた口調で



「他のこんな白髪に赤眼が一体何処に居るって言うンですかァ?研究の一環でオマエらの居る施設順々に回ってンだよ」

「そうでしたか。そのような情報は受けていなかったので少し驚愕しました、とミサカは弁明します」



あァ、構わねェよ?
そう語る一方通行が自身の右手を、返事を返した14510号の左肩に伸ばし―――――


バチバチバチ!!
伸ばされた一方通行の右手が14510号から発せられた電撃によって弾かれた。



「―――――何しやがンだ、テメエ?」

「あなたは何者ですか、とミサカは再度問います。今度こそ正確な解答を期待しています」



自分を睨み上げるような視線に、一方通行は何の感慨もなさそうにその顔から一切の表情を消し去った。
と言うよりも、何の感情も無い事が彼の基本形であるかのような既視感を覚えるその態度は。



608 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:53:41.64 Ja80mfo0 286/491






「何故。オリジナルでは無いと解りましたか、と一方通行は疑問を提示します」


「身長が目測6.7センチ低い、髪が3.2ミリ長い、筋肉の付きが5.2パーセント足りない、ウエストが1.3センチ細い。
 ………他に相違点はまだ解るだけで132項目程ありますが全部羅列する必要がありますか、とミサカは指摘します」




14510号から事細か過ぎるほどに明確に指摘された答えに少年は怪訝そうに眉を顰めた。
答えを確認するかのように自身の髪や腕の筋肉などを眺めながら




「確かに設定年齢はオリジナルの最盛期であった15歳前後でありますがそこまで細かな指摘を受けるとは思いませんでした、
 と一方通行は自分が贋物である事を肯定します」


「ミサカに言わせれば年齢と共に漂いが増した色気とか何とかがまだまだ足りないのが一番の違いかね、
 とミサカはあの人の懐かしい姿に口角が上がるのを抑えきれません。
 ―――ところで、14510号から求められた明確な答えが未だ返って来ては居ませんが?
 大方検討は付きますがその吸いつきたくなる可愛らしいお口から言って欲しいものですね」




応えるべきか否か。
躊躇いを見せるかのように間を空けた白髪赤眼の少年は、しかし考える素ぶりや表情などを一切見せないまま口を開いた。



その言動を嘗ての自分達と重ねた14510号と20000号は確信する。
瞳に宿る感情の色が一点に集中せず常に視界に映るモノを追いかけている様な曖昧な焦点。
強制入力された知識から生まれる独特の口調。
それは。




609 : 第十一話 『部屋と激突とミサカ』[saga] - 2011/01/04 20:54:14.26 Ja80mfo0 287/491











「一方通行型量産先端深化能力者02号とでも答えるのが妥当でしょうか、と一方通行は生産ロットから検体標識を告げます」










一方通行、御坂美琴、妹達――――。
三者にとっての悪夢の様な計画が、今、明かされる。







622 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:31:06.18 V6HRnCQ0 288/491








「一方通行型量産先端深化能力者02号とでも答えるのが妥当でしょうか、と一方通行は生産ロットから検体標識を告げます」








623 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:32:15.37 V6HRnCQ0 289/491








「……『深化』、ですか?とミサカは疑問を提示します」


「我々は破棄された『妹達第三次製造計画』での番外個体製造ラインを参考に
 オリジナルの全盛期を模する事で全ての個体における能力値を大能力者相当に設定されています、と一方通行は返答します」



予期していた解答とはいえ、
目の前に立つ少年本人から聞かされた言葉にミサカ14510号と20000号は少なからず動揺した。


元来能力値が等しかったとしても『一方通行の模造品』と『超電磁砲の模造品』とでは圧倒的有利となるのが前者である事は
『絶対能力進化実験』の際に『樹形図の設計者』がオリジナル2人の戦闘シミュレーションを予測演算した結果からも既に明らかだ。


だというのにこの少年は大能力者のチカラを有し、妹達にその牙を向けるというのだ。
普通に考えれば真正面から対抗しても勝てる可能性は皆無である。




624 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:32:56.12 V6HRnCQ0 290/491




だが。
狼に喰われる運命にあった羊は、普通のカテゴリに収まりきらない存在だった。



「そうですか。お蔭で疑問はサッパリ解決できました、とミサカは少年・一方通行02号に頭を1つペコリと下げます」

「んじゃ、お礼までしてやったんだから可愛いお顔歪めながら這いつくばって喘いでごらん?
 とミサカは14510号のセリフを利用して誘惑という名の挑発をしてみます」



1万人近く存在する妹達の中でも『断固セロリ派』を自称する異端2人は、
憧れの人の懐かしい姿を前に先輩クローンらしい大人の余裕を見せつけてみせた。







625 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:33:35.85 V6HRnCQ0 291/491









「もうっ!とうまったらまた知らない女の人とイチャイチャしちゃって!!」

「イヤでもアレは不可抗力と言いますか転びそうになってたのを助けてあげたら何かああなっちゃったと言いますか……」



上条当麻とインデックスは一方通行宅で行われた退院パーティーの帰り道、
いつも通りの不幸体質と対を成す超フラグ体質が齎すハプニングエッチイベントに遭遇した。


帰宅を急いでいたらしい若い女性が沿道にあったコンクリートの塊にヒールを引っかけた事に気付いた上条が
女性が躓く前に支えようとした、という内容だ。


だが結果的に上条は、自分も足元に落ちていた別の小石に足を捕られ何とか女性の背が道路に激突する事は避けられたものの
彼女の胸元にそのツンツン頭を丸々ダイビングさせてしまったのだった。



「人を気遣える心は素晴らしいけど胸に飛び込むのはあり得ないかも!
 結局女の人の荷物も毀れちゃったし探すの手伝ってたらこんな時間になっちゃったし!!」

「いやホント……ゴメンなさい」




626 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:34:50.93 V6HRnCQ0 292/491




今日はインデックス噛みつかないで来ないんだなー、成長したなホント。
なんて謝りながらも上条がそんな失礼な事を考えているとは露知らずインデックスは彼の得意とする説教を本日は自分が行っていた。


が。
そのインデックスの動きが突如『何か』に反応しピタリと止まった。
俯いた顔を彩る真剣な眼差しはずっと考え込む様に地面を見つめている。



「魔術、の気配がする……」

「魔術?ステイルか神裂でも来てんのか?」

「ううん――――そんな感じじゃない、あんまり感じ慣れてないタイプだからいまいちハッキリとは言えないんだけど――――
 何かを、……攻撃してる?多分遣い手は複数いるんじゃないかな?」



魔術師による何らかの攻撃。


昔土御門に聞いた話だと、第三次世界大戦が終結してからはアレイスター統括理事長の働きで
科学サイドと魔術サイドはお互い必要以上に干渉せず理由ない武力行使も行わないという締結が結ばれた筈だ。


だが実際この学園都市で複数の魔術師が攻撃を仕掛けて来ている。



627 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:35:44.45 V6HRnCQ0 293/491




嫌な予感がした。
やっと訪れた学園都市の平穏を何もかもブチ壊す様な『何か』が近づいてくるような、そんな予感が。



「インデックス、その魔術の気配がする場所って判るか?」

「うん。結構遠いけどちゃんと案内できると思う」



上条の意思を呑んだインデックスは何も言わずに彼へと協力の意を見せる。
昔なら魔術の事なのだから自分に任せろと言ったものだが、どれだけ止めても無駄だという事は長い付き合いの中で既に学習してしまった。



ならば、魔術に詳しい自分が最初から彼と共に行動し彼をサポートする方がずっと彼にとって安心だ。
そして。


「誰かが困っているかもしれない」。
それだけで動き手を差し伸べてくれる彼を愛してしまったのだから、インデックスに上条当麻という男を止める事は到底不可能な話だった。








628 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:36:32.95 V6HRnCQ0 294/491








ズリ、ズリ―――……

七分袖のシャツとスカートから伸びた傷だらけの手足。
コンクリートで舗装された地面を引き摺られながらも声の一つも上げないグッタリとした茶髪の女。


そして、女の襟首を無情に掴む目の前の『自分』。



「学園都市を拠点とする標的の処分に関する明確な命を受けていなかった為そのまま連行しましたが如何致しましょう?
 と一方通行はマスターへと指示を要求します」

「良くやった05号。そのまま殺さない程度に傷めつけろ。出来るだけ、お前のオリジナルと超電磁砲に見せつける様にな」

「了解しました、と一方通行は行動に移ります」





何ダ、コノ光景ハ?






629 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:38:01.27 V6HRnCQ0 295/491




10032号こと御坂妹の襟首を放りだす様に話したクローンは静かに、
しかし正確に急所を狙ってベクトルを器用に操作しながらそのまま彼女を蹴り始めた。


どれだけ理不尽な暴力を受けようとも御坂妹は何の反応も示さない。
完全に意識を失っている。


暫く無感情に彼女を蹴っていたクローンもそれでは「見せつける様に傷めつける」という命令を完遂できないと踏んだのか、
あろうことか彼女の首筋に細い指先を当て生体電流を操る事で無理矢理その意識を覚醒させた。


強制的に再覚醒された痛覚が体中で悲鳴を発する。
現在進行形で与えられる強烈な痛みに御坂妹は思わず声を上げた。



「―――――っ、あ、ぁ、あ!痛っ、いつっ、あ、う、ぅ!!」



自身のクローンが繰り出す刺激に呻く妹達に一方通行の肩がビクリと震えた。
上手く思考が回らない、纏まらない。


妹達を助けなければ。
だが、





『……あ、な、た、の、せ、い、だ』





ロシアで聞いた番外個体の言葉が脳裏に響いた。




630 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:39:47.32 V6HRnCQ0 296/491





『だからミサカには糾弾する権利がある。あなたを殺すべき理由がある』




『絶対能力進化実験』が凍結した夜、
御坂美琴が死を覚悟してでも自分に勝負を仕掛けてきたあの気持ちが今ならはっきりと理解できる。


俺の所為だ。


俺が居なければ更なるクローンなど生まれて来なかった。
自分の死で全てが収まるというのなら、一方通行は直ぐにでも自分で自分を刺す事だろう。


目の前のクローン体には確かに自分を糾弾する権利がある、殺すべき理由がある。
だが。



「――――っ、あ!あ!……うぐ、あ、うぅ……」



悲痛な叫びを上げる妹達を助けたい。
しかし、自分の所為で生まれてしまったクローンを傷つけていいのか分からない。


一方通行は困惑していた。





『お前が何をすべきか、良く考えておけ』




何ヲ スベキ カ、解ラナイ。 判ラナイ。






631 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:41:02.78 V6HRnCQ0 297/491









能力追跡。
滝壺理后が持つその稀有な能力は、一度記憶したAIM拡散力場の持ち主を捕捉し例え太陽系の外まで逃れても居場所を探知する。



「―――――増えた?、のかな?……うーん……」



小首を傾げながらうーん、うーんと考え込む姿は隣に座る浜面仕上の心を安らかに癒してくれた。


滝壺がうーんと呻く姿を見つめながら、こういう一つ一つの動作全部がこう、小動物、って感じなんだよなぁ……
などと考えていた浜面はご馳走様ですといった仏の顔で「どした滝壺?なんか変な動きでもあったか?」尋ねると



「増えた。あくせられーたのAIM拡散力場が」

「増えたぁ?」



無能力者である上青春時代をスキルアウト、
そしてアイテムという学園都市の暗部の中で過ごして来た浜面にはまともな教養が殆どないと言っていい。
前提からして、ただでさえ馬鹿な頭が滝壺ですら首を捻る様な問題を理解できる筈が無かったのだ。



632 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:42:01.31 V6HRnCQ0 298/491




出来るだけ自分にも解る様に、それでいて簡潔に何が起こったか判る範囲で教えてくれ。


滝壺一人で考えるのが難しいなら自分も手伝えばいい等と考えたのが馬鹿だった。
オーダーを受けた滝壺はリクエスト通り3行で答えてくれた。



「あくせられーたのAIM拡散力場が急に増えたの。
 最近追跡してなかったからか何かの装置で隠蔽されてたのか解らないけど突然14個くらいに。
 1つはあくせられーた本人のとして、残りの13個がやけに反応が低いのも気になる……」


「んで、結論を言えばその13個の反応っつーのは何な訳?」



今度は考え込むというより発現を躊躇う様な仕草を見せた滝壺は痛々しい表情で浜面を見上げながら、
ぽつりと小さく言葉を返した。




「前に追跡した最終信号と超電磁砲の違い、に、近い存在」




633 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:42:41.86 V6HRnCQ0 299/491






滝壺が感知した反応は『アイテム』以外の組織にも直ぐに伝達された。
感知された13個の反応で妹達のAIM拡散力場に接近していると判断されたものは3つ。


内1つは学園都市の外での反応で在る事から早急な対処は出来ないと見做され、
残り2つの反応を優先的に調査していく事が決定した。



「一方通行のクローンっつーことは『反射』も出来るんだろ?簡単に対処も出来ねえんじゃ……」


「大丈夫。みんなから一番離れたところはむすじめ、もう1つは近場に居たむぎのが向かってくれた。
 感知された能力のレベルも大能力者ってところだし、2人なら何とかなると思う。それに、むすじめの方には本人もいるから」



本人。
つまり一方通行が既に現場に到着しているという事に浜面は一抹の不安を覚えた。
アイツはクローンの事となると考えなしに無茶する傾向にある。


『自分のクローン』と『自分が護って来たクローン』が激突したとき、彼はどうなってしまうのだろう?
沸々と湧き上がる不安を思考の端に寄せて、浜面は自身に与えられた仕事に再び没頭した。


自身の不安が、確かな現実になる事など知らずに。









634 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:43:37.55 V6HRnCQ0 300/491









ミサカネットワークを通じて14510号からの報告を受けた打ち止めと番外個体は、
情報としての認識は済んだ物のそれを理解するまでに数秒を要した。


量産先端深化能力者。
クローンによる妹達への襲撃。
一方通行の模造品。


自分達の命を最優先で護りながら、出来得る限り『彼ら』を傷つけずに保護するよう下位個体たちに命じた打ち止めは
『彼ら』に対し『ミサカ達』がどう対応すべきか真剣に悩んでいた。


初めて出来た自分達と同じ境遇の存在。
同胞。
自分達を殺しに来た存在。
学習装置によって強制入力されたであろう『彼ら』の使命。



「どうすれば、皆幸せになれるのかなあ……?ってミサカは、ミサカは――――」



呟くように吐きだされた言葉に番外個体も悲痛な貌を浮かべる。
だが彼女はその直ぐ後に表情を強張らせ、ギョロギョロと恐ろしい形相で周囲を警戒し始めた。



635 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:45:19.61 V6HRnCQ0 301/491





≪ 一方通行様がご帰宅なされました ≫




ピンポーンという気の抜ける様な合図と共に
マンション正面玄関のオートロックが解除された事を告げる合成音声が流れた。


ゾワリと番外個体の背中を辿った嫌な気配は、確かに件の『贋物』の物だった。


指紋,声紋,更には眼球によるチェックなどの厳しい検査を
『本人と同じ一品』によって通り抜けた『贋物』は今にも自分と最終信号を手に掛けようと迫って来ている。


危険を察した番外個体は昔に比べ遥かに大きくなった打ち止めの体を何とか担ぎ上げるとベランダへと飛び出した。
自分達の住まいは中々の高層階だったが電撃で空気を爆発させながら段階に分けてゆっくりと着地すれば何とかなるだろう。


少なくとも、『一方通行』という強力な能力を有した自分と同じ大能力者と対峙するよりはずっといい。




『ガキを任せられるか?』




そう尋ねられたのはもう6年も前の話だ。
ロシア側からも学園都市側からも、全てから打ち止めを護れと嘗てあの人の一番大切なモノを託された彼女は
決死の面差しで何十メートルと離れた地面へと飛び降りた。



(最終信号を最後まで護りきれたら、あの人は褒めてくれるかな?)



そんな自分には似合わない感情を、胸に秘めて。






636 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:46:52.73 V6HRnCQ0 302/491








妹達の暴走、および侵入者への対策の一つとして研究所内に備えられたAIMジャマーは効果を示さなかった。
設置された部屋へと逃げ込めた時は勝利を確信したが、結局は糠喜びに終わってしまった。



「我々はAIMジャマーによるAIM拡散力場の乱反射を一定まで阻害する装置が埋め込まれています。
 このまま装備が設置された部屋に居れば寧ろあなた方に不利なのでは?と一方通行はお2人に尋ねます」



挑発や蔑みから来る言葉ではなく純粋な疑問として発せられたそれが嫌に反復される。
製造されたばかりの自分達を見ている様で14510号は唇を噛み締めた。


インストールされた目的や手段を顔色一つ変えずに、それがどんな命令であろうと何の反発も無く行う人形。
まさに目の前の少年がそれだった。


死ぬのは嫌だ。だが、殺すのも嫌だ。
子供の我儘の様に矛盾した感情をぶつけ合ったところで打開策は見つからない。



637 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:49:30.45 V6HRnCQ0 303/491




≪『反射』の所為で『キャパシティダウン』も使えないだろうけど、どうするよ?
  AIMジャマーを無効化する装置ブッ壊すにしたってあの反射をどうにかしないと無理な話だぜ? とミサカ20000号は意見します≫



ネットワークから20000号が通信してくる。
彼女の言う通り一方通行の反射をどうにかしない限りは絶体絶命の一言から脱せられないだろう。



≪ クローン体が破壊した瓦礫によって援護に向かうまでに時間が掛かる!何とか耐えてくれ!! ≫

≪ いや、研究所に居る14人のミサカ達全員で向かったところで多分結果は変わるとは…… ≫

≪ なら14510号と20000号を捨て置いて逃げるっていうの!?出来るわけないよ!! ≫



14510号と20000号が持つ装備といえば、AIMジャマーが設置された部屋へと向かう途中引き摺り出した
対戦車ライフルのメタルイーターMXとF2000Rトイソルジャーが一丁ずつ。


だが単純な銃火器では『一方通行』という能力を打ち破る事が出来ないのは10031回に渡る『実験』で嫌というほど知っている。



638 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:50:40.54 V6HRnCQ0 304/491




元々研究所にいた8名に20000号のように機材の都合から一時的に来訪していた6名を加えた
総勢14名で対抗策を探すも名案は浮かばない。
数で言えばこちらが圧倒しているというのに勝てる見込みは本当に何処にもないのだろうか。



(ん?)



14510号はそこまで考えて引っ掛かりを覚えた。
思い出せ。記憶を共有していた『ミサカ達』には自分が忘れた情報のバックアップなどそれこそ山の様にある。



『一方通行型量産先端深化能力者02号とでも答えるのが妥当でしょうか』

違う。



『我々は全ての個体における能力値を大能力者相当に設定されています』

違う。



『AIMジャマーによるAIM拡散力場の乱反射を一定まで阻害する装置が埋め込まれています』

これだ。
【AIMジャマーを一定まで阻害する装置】。
【一定まで】。



639 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:52:20.03 V6HRnCQ0 305/491




AIM拡散力場を乱反射し自分で自分の能力を干渉させ阻害するAIMジャマーは
大量の電力や演算能力が必要で在る為に、大抵の施設ではその装置が持ちうる最大限の効果を発揮しきれていない。


では、その装置に14人の電撃使いが装置へとチカラを貸し与えたら?
もし加わった電力分でより強力な効果を発揮出来たら?



これは賭けだ。
成功率の著しく低い勝負。



≪ 馬鹿げた提案だが、聞いてくれるか?失敗すればこの研究所に居る『ミサカ達』全員が犠牲になるかもしれない。
  だが、成功すれば利用されるが儘の『同胞』を救えるかもしれない。――――のって、くれるか? ≫



1人の問いに、研究所内の13人全てがゆっくりと首を縦に振った。








640 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:53:39.90 V6HRnCQ0 306/491








硬直する一方通行を余所に、
数年前の彼と全く同じ姿をした少年は静止命令が来るまで御坂妹に暴力を奮い続けている。


クローンを攻撃する事を拒否した美琴は少年が『マスター』と呼ぶ魔術師に攻撃を仕掛けたが、
新たに現れた別のクローンがそれを庇い立てた。


流石に超能力者の攻撃まで完全反射できなかったのか後方に吹き飛ばされたクローン体の姿が目に焼き付いてからは、
それが一種のトラウマの様に美琴の体を蝕んで彼女に一切の攻撃を躊躇わせた。



顔面蒼白で立ちつくす二人をさも愉快そうに嗤った魔術師は、
御坂妹を傷めつけるよう指示した個体へ卑下た声で次なる命令を加える。



「オリジナルのレパートリーの中に肉を毟り取るものがあったろう、やれ。血液逆流も試してはみたいがそれでは直ぐに死んでしまうからな」

「了解しました、と一方通行は演算に入ります」




641 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:54:30.55 V6HRnCQ0 307/491




ビクリ!
一方通行と美琴の肩が震えた。
指を、脚を、腕を、腹を、あらゆる所を千切り採り見せつけ食し蔑んで人間としての扱いをすべて捨て去ったあの行為。


『自分』の指がゆっくりと妹達に近づいてゆく。
実験当時の自分と同じ姿をした『自分』が残虐非道な行為を護ると決めた筈の少女達へ施そうとする。




「嫌!嫌です!ミサカはまだ死にたくは―――――っ!!」




悲鳴を聞く為という理由で激しい痛みの中意識を強制的に保たされていた妹達が死にたくないと叫んでいる。
6年前とは違う、何の拒絶も示さなかった彼女達が恐怖に声を上げながら助けてくれと叫んでいるのに目の前の『自分』はその手を止めない。






『もし、仮に。あの日、あの時、ミサカが戦いたくないっていったら?』






選択肢は終わってなどいない。
これが、答えだ。
一方通行は選びとった運命を掴んだ手を目の前の『自分』へと伸ばし、そして――――――









642 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:56:35.30 V6HRnCQ0 308/491









「くっ、はは!?ぎははははははっ!!ぎゃああァはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」



ベクトル操作を纏った右手が御坂妹を暴行していた個体を貫く。
クローンの腹から決して少なくはない血が流れ出すが一方通行はそれを気にもせず狂気に満ちた嗤いを叫びながらその腹を踏み上げた。



「ぐ、はぁ!!」



足元の『自分』から大きな呻き声が洩れる。
それをしっかりと耳で聞き入れながらもなお一方通行は嬲る様に踏み付ける行為を止めない。



「簡単に死ねると思うなよ、あァ?――――どうした、何か言ってみろよ?」



こんな『自分』は刺しても斬っても討っても射っても打っても蹴っても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺し足りない。



最早口など開ける状態に無い『自分』を見下ろして一方通行は口角上げた。


一方通行は既に正気でない。
妹達を傷つけていた自分のクローンを『嘗ての自分』と認識し、それを破壊する事で過去の罪を繰り返さずに済むと考えてしまっている。



「止めなさい、一方通行!!」



何とかして彼を止めようと美琴が必死に声を上げるが彼女の声は一方通行に届かない。
静止の声を、受け入れようとしていない。



643 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 17:58:05.09 V6HRnCQ0 309/491




無理矢理クローン体から一方通行を引き剥がそうと彼の腕を掴んだ手は全てを拒む彼を象徴するかのように反射されて跳ね返された。


自身が反射した美琴に目もくれず一方通行はこの場に居る2人の『腐っりきった自分』を眺める。


すると、一方通行の視界の端に相手側の急な反撃に主人を護ろうと臨戦態勢に入る個体が映った。
護るべき妹達でなく誰とも知れないクソ野郎を庇い立てるクソみてェな『自分』。


ニヤリ、と一方通行の顔が歪む。




「――――――許せねェンだよ、テメェだけは……」


「な、何を言っている?クローンが新たに生産されたのも、クローン同士で傷つけ合うのも元はといえばお前の所為だ!
 腐りきった自分を棚に上げて私を責めようというのか、ええ!?」




突如として予測しなかった行動に出た一方通行の精神を破壊しようと魔術師は彼を責め立てる。
しかし、一方通行は始めから魔術師など見ていなかった。


彼の視界に映るのは、妹達を傷つける『自分』と、それを許容する『自分』。







「―――――自分(テメェ)だけは絶対に、許せねェンだよおおォおおおおおお!!!!!」








644 : 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』[saga] - 2011/01/07 18:01:35.40 V6HRnCQ0 310/491







目の前の『自分』を本気で殺すつもりで伸ばされた右手が別の誰かの右手によって掴まれた。
これでは『自分』を殺せない。振り解こうと払った右手は、だがより強い力でしっかりと握り絞められた。

掴まれた右手に伝わる熱が、何故だかとても熱く感じる。



いつも窮地に颯爽と現れて救いを与えてゆく『ヒーロー』がこんな『自分』すら救おうと自分に立ち塞がっている。








「腐りきってんのはテメエの方だ魔術師野郎。
 テメエがまだこの反吐の出るみてえな舞台を続けるってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」














お伽噺の様な『ヒーロー』はいつだって傍に居る。
格好良く颯爽と登場出来なくても、躓きながらも転びながらも臨めば必ず『ヒーロー』はやって来る。


自分自身が誰かの『ヒーロー』になれる可能性を、彼はまだ知らない。





665 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:41:28.78 chmuwkna0 311/491







「腐りきってんのはテメエの方だ魔術師野郎。テメエがまだこの反吐の出るみてえな舞台を続けるってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」







目の前の『自分』を本気で殺すつもりで伸ばされた右手が、別の誰かの右手によって掴まれた。
いつだって『ヒーロー』は窮地に颯爽と現れて救いを与えてゆく。



『自分』は、こんなにも穢れきっているというのに。








666 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:42:16.66 chmuwkna0 312/491




「………離せよ」

「離さねえ」



呟くように囁かれた一方通行の声を上条当麻は突き放した。
一方通行からギリ…という唇を噛み締める音が聞こえたが、俯いてしまった彼の顔は長い前が身に隠れて窺えない。



「……離せよ、これは俺の問題だ。テメエの始末くれェテメエで着ける」



一方通行がもう一度言った。
自分のクローンを―――― 否、『過去の自分』そのものを清算しようとする彼には、目の前の『自分』しか見えていない。




667 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:42:46.58 chmuwkna0 313/491




「ここで俺が止めねェと、コイツらはまた同じ事を繰り返しちまうンだよ……俺が止めねェと。俺が、俺が『実験』を……」



唯一、一方通行を抑えつけようとして反射され地面に座り込んでいた御坂美琴だけが彼の表情を捉えていた。


酷い汗だ。
代謝のあまり活発でない彼からは考えられないほどの汗が滝の様に沸々と白い肌を辿り、半ば空ろになった寮の目は瞳孔が開かれ、
興奮状態にある所為か荒い息がハアハアと彼の口元を覆っていた。


一言で言うなら、異常だった。
一方通行を垣間見た美琴がそのプレッシャーに戦慄する。



「今の俺が、俺自身が、あの『実験』を止めなきゃならねェンだよォオオオオオ!!!!!」





668 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:43:19.50 chmuwkna0 314/491




一方通行が咆哮した。そして突如、暴れ出す。
何とか上条の右手から逃れようとする一方通行は、能力を『幻想殺し』で封じられている為か自身に装着された歩行補助用の杖を伸縮し
既に瀕死のクローンへと叩き込もうとする。



「うォああああ!!!!!」



一方通行が振り翳した杖で、本気で『自分』を殺してやろうとした途端。
――――― 彼の体が、小さく弾かれた。


ペタリと尻もちをついた一方通行には何が起こったか分からない。
きょとん、としたような表情で茫然と遠くを見つめている。
すると後から追い付く様な形で鈍い痛みが顔面左端から襲ってきた。横目でそっと眺め見遣る。


鼻血が出ていた。
一番痛みを発する患部はそこを中心に赤く腫れ始めている。




669 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:44:02.50 chmuwkna0 315/491




「――――― なら、お前はどうなんだよ」



自分は殴られたのだとようやく気付いた一方通行は、殴ったであろう上条へと目線を向けた。
近しい記憶を何処かに置き忘れてしまった様な感覚。急に現実感を突き付けられた。



「あの『実験』に後悔して、もう二度と繰り返さねえと誓ったのは分かる。アイツらに妹達を殺させまいと考えるのも賛成だ。
 ――――― だが、それでお前がクローンを殺しちまったら、それはお前自身が『実験』と同じ事を繰り返す事にならねえのかよ!?
 クローンだろうが何だろうが命ある一人の人間だって知ったんだろう、お前は!?
だったらお前がまたアイツらを手に掛けちまって、それで良いのかよ!?」



見開かれた瞳孔が急速に萎んでいく。
目の前の『自分のクローン』を『過去の自分』と同化していた事にやっと思い至る。
あ、あ……と弱々しい呻きが一方通行から洩れた。
上条の言葉に一瞬光を取り戻した瞳が再び暗く沈んでいくのを、美琴は見た。




670 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:44:42.14 chmuwkna0 316/491




後悔。なんてレベルじゃない。
自分自身に付けた楔を、掟を、決意を自分自身で踏みにじってしまったのだ。一方通行は。
自分が犯してしまった事実に恐怖してしまった為か、或いはそれを受け入れられずにか、徐々に放心状態へと陥ってく彼を見て
上条当麻は怒りに顔を歪ませた。







「―――――覚悟はできてんだろうな、魔術師野郎。人の命を弄んだ罪と俺のダチを甚振った罪、両方とも被って貰うぜ!!」








爪が皮膚へと食いこむほど握り締めた拳が、大きく空を切った。







671 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:45:14.59 chmuwkna0 317/491







現在地点。絶対座標でX-228561、Y-568714。
貨物列車に使う大量の金属製コンテナが並ぶ操車場の地理を、番外個体は『メモリーデータ』として『知って』いる。


ここは、最後の『実験』で使われた場所だ。
使用検体は10032号、用途は『「反射」を適用できない戦闘における対処法』。



(――――よりによって、やっとの思いで逃げ込んできた場所が此処とはね)



打ち止めを抱える様にして自宅の高層マンションから飛び降りた番外個体は、電撃を使って器用に空気を爆発させながら衝撃を和らげ見事着地。
そのまま製造時に学習装置で強制入力された『証拠隠滅マニュアル』を応用しながら『一方通行型量産先端深化能力者』とやらから逃げ続けていた。




672 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:45:43.62 chmuwkna0 318/491



だが、それも此処までが限界の様だ。
コツコツと靴音を鳴らしながら近づく足音が辺り一面に響き渡る。


ゆっくりとした音の感覚は相手が歩いている事を明確に伝え、騒ぎが大きくならない場所へと誘導されたのだと悟った時点で
番外個体はこれ以上逃げる事を諦めた。



番外個体は目の前の『敵』に集中していたが、
傍らに置いた打ち止めにはネットワークから他の個体が遭遇した別のクローンへの情報収集を任せている。
何処か別の個体が一人でも『敵』への対抗策を見出せれば、それで全ての勝利が決まると考えた為だ。


しかし打ち止めの蒼白した表情をみるに他所も芳しくない状況にあるらしい。


―――どうする。
番外個体は考える。




673 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:46:38.68 chmuwkna0 319/491




先にも言った様に、これ以上逃げ遂せる事は出来ない。
『敵』は人気のない場所で戦闘を行う為にワザと番外個体を此処まで逃がしたのだ。放置したと言っても良い。
ここまで来たのなら相手も本気で番外個体と打ち止めを殺しにかかるだろう。



(――――― 『敵』は同じ大能力者。でも、能力自体に埋められない差がある)



一方通行が第一位であり、御坂美琴が第三位に甘んじる決定的な理由。
能力の応用性。


美琴も決して能力が狭い訳ではない。
ハッキングに核弾頭の破壊、砂鉄の剣や水分子の電気分解など、異名となった『超電磁砲』以外に寧ろレパートリーがあり過ぎるくらいだ。


しかし、結果的に『一方通行』という能力はそれを上回っている。
運動量、熱量、光、電気量など体表面に触れたありとあらゆるベクトルを任意に操作できるそのチカラは最早反則とさえ言える。
オリジナルの一方通行本人に至っては複雑な風のベクトルを軽々と操ってプラズマを形成した上、
魔術などというフザケタ代物を科学的に解決してしまったチート人間だ。



(『反射』がある限り、同じ大能力者のミサカ程度じゃその壁を貫ききれない……と考えるのが妥当。
 ―――――― 問題はあのクローンに自動防衛能力が備わっているかどうか。
 あれがなければ『反射』に対処出来なくったって、『反射』を演算できないようにすれば勝ち目はある)




674 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:47:33.32 chmuwkna0 320/491




一方通行や彼の演算パターンを元にした『暗闇の五月計画』を受けた番外個体には自動防衛能力が備わっている。
だからこそ彼の反射を皆『勝手に働く便利なチカラ』と考えがちだが、あれを無意識下で行うのはかなり高度な技だ。


まず、向かってくる攻撃の速度や予想到達時刻を咄嗟に計算式に書き加えなければならない。
そして反射後の位置設定を正確に演算しなくては敵へ跳ね返る事がない。


つまりはあのクローンが自動防衛能力を持っていなかった場合、
隙を作る―――― 例えば別に意識を向けるなどすれば攻撃への演算が間に合わなくなり普通の人間と同様ダメージを受ける事になる。


その一瞬の隙に最大出力2億ボルトを浴びせれば殺すことだって可能だろう。
番外個体はそう考えていた。
だが、







隠れていたコンテナが一撃で破壊された。
自分達を追っていた『敵』が目の前に姿を現す。
足元を見れば小さな石ころがいくつも転がっていた。蹴ったのだ、石を。
ただそれだけで重量ある金属コンテナが四散し遠い彼方へと飛び散ったのだ。




675 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:48:19.64 chmuwkna0 321/491




番外個体と打ち止めを第2撃が襲う。
足元の地面を抉り取られ、衝撃に2人の体が宙を舞った。


こんな化け物相手に、隙なんて作れるのか。
無理だ。出来っこない。


地面に軽く触れただけで、大量の土砂が押し寄せて来る。
足元のレールを踏めば軋みを上げながら自分達を貫こうと怒濤を上げて突き進んでくる。


逃げ切る事など出来やしない。
ましてや打ち倒す事など到底できない相手だ。


クソ……。
番外個体の唇からつう、と一筋の血が流れた。噛み締めた唇が傷ついた事に彼女は気付いていない。


そっと、番外個体の目線が隣で何とか立ち上がった打ち止めへと移った。
全てから護れ。
一方通行から掛けられた、もう6年も前の言葉が脳内に甦る。


全てとは、何だ。
ロシア軍か、学園都市か?否。
そう尋ねた時、一方通行自身に否定された。
全てだ。全てから打ち止めという彼の最も大切な存在を護りきれ。




676 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:49:04.79 chmuwkna0 322/491




トン、と。
番外個体の右手が、打ち止めの肩を押した。
小さな衝撃に尻もちをついた打ち止めが訳も分からずに番外個体の方を見上げる。


一方通行のクローンを真っ直ぐ見据えた番外個体の顔は窺えなかった。
覗き見ようと地面に手を突きながら立ちあがる。
すると、



「―――――行きな」



番外個体が呟いた。
理解力の範疇を超えた言葉の受け取りを鼓膜が拒否しているのを感じる。



「どうゆう事……?って、ミサカはミサカは尋ねてみたり」



疑問を上げれば番外個体から溜息を吐かれた。
相変わらず身長差の所為で顔は見えないが、馬鹿にしている声音だけが打ち止めに番外個体の状況を伝える。



「『敵』の目的が分からない以上、司令塔『最終信号』を奪われる事が一番厄介なんだよ……分かるでしょ?
 あの人の邪魔になりたくないなら、さっさと何処にでも行ってくんない?」




677 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:49:47.20 chmuwkna0 323/491




確かに番外個体の言う事は最もだ。
木原数多に誘拐され世界中に散らばった妹達の一斉暴走に利用されそうになったのは、つい先日の事でもある。



「なら……なら、番外個体も一緒に―――――」

「馬鹿じゃないの!!」



否定の言葉は、怒声によって一蹴された。



「アンタみたいな能力もロクに使えないヤツが居たって、戦闘の邪魔にしかならないんだよ!!
 最終信号と一緒に行動する限りミサカだって狙われる!とっととミサカから離れてよ、この疫病神!!」



普段から使われる様なからかいの罵声と同じ内容の筈なのに、かかった重みが全く違った。
疫病神。
自分が居れば、番外個体もずっと狙われ続ける事になる。


打ち止めの足がふらふらと頼りない足取りで進んだ。
吹き飛んだ拍子に居ったダメージの所為か、散乱するコンテナを伝いながらのろのろとその場を離れて行く。




678 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:50:28.43 chmuwkna0 324/491




途中後ろを振り返ろうとすれば、「さっさと行けよ、ミサカが逃げらんないじゃん!!」と怒鳴られた。
零れ落ちそうになる涙を必死で堪えながら少しでも番外個体から離れられるようにと前へ進む。


ザリ……と自分以外の人間が地面を踏んだ音がした。
酷くゆっくりとした足取りで相手は自分に近づいてくる。
見返らなかった。どうか彼が自分だけを追ってきます様にと考えながら、ひたすら前へと進む。










「もう、満足ですか?と一方通行は尋ねます」

「ふうん、意外とアンタ空気読めるんだ?それともミサカなんかさっさと蹴散らして最終信号を殺しに行けるって?」




679 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:51:00.58 chmuwkna0 325/491




『ゆっくりと後ろに進めた歩を戻して』、『敵』の前へと立ち塞がった番外個体がニヤリと笑った。
戦闘ヒーローに出て来る雑魚じゃないのにも関わらず、律儀に番外個体が『演技している』間攻撃を待ってくれていたらしい。



「いえ……ただ、学習装置に沿った知識では『敵の覚悟は無下にするな』、と」

「――――― なかなか良いプログラム使ってんだね。……それだけに惜しいよ、同胞同士で殺し合いなんてさ」



番外個体の体からピリピリと紫電が走った。
静電気でふわりと前髪が散らばる。



「逃がさないよ。………最終信号の下へは、行かせる訳にいかないからね」



命を賭けて敵を狩れ。
大切な人の、最も大切な人を命を張って守り通せ。
そうしたら、



(そうしたら。ミサカの事、あなたはいっぱい褒めてくれるかな……?)



番外個体 ≪外れ者≫ の戦いは、いつだって孤独だ。






680 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:51:30.15 chmuwkna0 326/491









番外個体がクローンと戦闘を始めた一方、
調整を受ける研究所内で既に戦闘を始めていた14510号と20000号は攻撃を仕掛けるタイミングを諮っていた。


所内にいる妹達14人での賭け。
これが決まらなければ簡単に全てが陥落する。



≪タイミングを――――皆が一斉に行動を起こさないと意味がない≫



ミサカネットワークを使った情報交換が飛び交う。
≪配置に着きました≫ ≪こちらも≫ ≪いつでもいける≫
14510号と20000号を除いた12名が準備完了の思念を上げる。



≪――――20000号、お前はいけるか?≫



計画発案者として指示を送る14510号が傍らの20000号へと合図を送った。
装備したF2000Rトイソルジャーを装填し20000号が了承を示す。




681 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:52:00.28 chmuwkna0 327/491




≪――――――3、2、1≫



20000号が次弾を設定した銃器をクローンへと構える。
それを無駄だと知る『敵』は銃器の方向から予想貫通部位を見定め『反射』の演算を開始した。



≪―――――GO!!!≫



20000号の銃の標準が一方通行のクローンから逸れ、すぐ隣の電灯スイッチへと向かった。
気付いたクローンが自分の位置をずらしてそれを阻もうとするが間に合わない。


ドガガガガガガガという乱雑音が轟き、プラスチック製のスイッチがいとも簡単に破壊された。
部屋中の電気が一斉に消える。
辺り一面が暗闇と静寂に包まれた。




682 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:52:55.36 chmuwkna0 328/491




「無駄です。暗闇を形成したところでベクトルから障害物位置の特定が可能です、と一方通行は通告します。そもそも我々には『反射』が――――」



クローンの言葉が不自然に途切れた。
何か、強烈な違和感が体中を締め付ける。
こめかみの辺りに感じる小さな痛みの発信源を探ると複数の細いワイヤーがあった。これは――――



「………………AIMジャマー?」



何故だ。
AIMジャマーには確かに能力者自身にAIM拡散力場を乱反射させる事で能力を使用出来なくさせる効果がある。
だが自分達にはそれを更に阻害する装置が体内に埋め込まれている。
研究所レベルの設備ではAIMジャマーに必要とされる電力や演算能力が足りない為、自分の装置を上回る出力が出せる筈がない―――――。


そこまで考えた一方通行クローン02号は、ある一つの可能性に思い至った。
装置で制御できる以上の出力の確認。
AIMジャマーの最大効力を発揮する為には不足していた電力。
そして敵の本質、『欠陥電気』。




683 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:53:24.74 chmuwkna0 329/491




(まさか―――――……)



「―――――― 気付かれましたか」



唐突に掛けられた言葉に、巡っていた思考から02号が意識を声へと集中させる。
小さな物音にもいち早く反応できるようベクトルを操作して物体の位置関係から敵の居場所を割り出そうと演算する。
だが。



「―――――っ!!」



頭が痛い。強烈な痛みが02号を襲う。
演算は出来ない事もないが、今まで能力で全てを補っていた誕生間もない体が初めて体感した痛覚に悲鳴を上げる。


カチャリ、と金属同士が擦れるような音が聞こえた。
マズイと感じて直ぐに演算を開始しようと試みる。しかし――――



「―――――遅いですよ、とミサカ20000号は笑みを浮かべます」




684 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:53:53.24 chmuwkna0 330/491




告げられた声は殆ど聞こえなかった。
花火が上がった様な甲高い銃声に言葉の半分以上が掻き消されていた。


じわりと太股から広がった血液を視認しながら衝撃に02号の体が倒れ込む。
倒れ込んだ瞬間に肩へと銃口が向けられた。
至近距離からもう一発、銃弾が体へとのめり込む。



「ぐ、あぁああああ!!!!」



悲鳴と言うものを上げたのは全個体でも初めてかもしれない。
何処かぼんやりとし始めた頭がそんなくだらない事を考える。


自分は、負けるのだろうか。
学園都市最強の存在から生まれた、最強に最も近い存在なのだと教え込まれた自分が『負ける』という感覚に02号は良い様のない不安を覚える。
これが恐怖という感情なのだろうか。




685 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:54:35.25 chmuwkna0 331/491




負けてはいけないと思った。


他の個体が全て科学サイド総本山の学園都市へと送り込まれた中で
下位個体への襲撃のテストタイプとして唯一本部から最も近いこの研究所へと送り込まれた02号は、
その試験行為に自分が選ばれた事に誇りを抱いていた。


誇りを抱く事の出来た自分を、命令だからとただ頷くだけの簡素な他の個体とは違うのだという優越感を感じていた。
負けたくない。そう思う。



「く、そおおおおおおお!!!!!!」



AIMジャマーに超能力を完全に封じ切るだけの効果はない。
これはあくまで能力を阻害しその精度を下げる事で能力者の自滅と躊躇を与える為の物だ。


だからこそ02号は自分の死さえも覚悟して近距離から銃を放ったミサカ20000号に能力を向ける。
『一方通行』という能力には一瞬で敵を抹殺できるレパートリーが山の様にある。


しかし。







「―――――― あの人の顔しときながら、こんな馬鹿げた事で死のうとしてんじゃねえよ。とミサカ14510号はあなたの意志を否定します」





686 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:55:29.12 chmuwkna0 332/491




後ろから声が届いた。
ハッとして暗闇に慣れてきた目を周囲に向けると1、2、……少なくとも10人以上の妹達がグルリと周囲を囲んでいる。



「―――――な、」



驚く前に、02号の体が完全に冷たい床へと倒れ込んだ。
消音機をつけた14510号の銃から細く煙が上がっている。



「悪かったですね、あの状況下でわざわざ武器まで運ばせて」

「いや。―――――ミサカは上条派だし、決着くらいセロリ派につけさせてやるさ」

「しかし彼は大丈夫でしょうか。足と肩から出血しているようですが」

「最後に打ち込んだのは持ってきてもらった麻酔銃だし急所も外れている―――――― 問題ないだろう。
 それよりも、ここに逃げるまでに負った14510号と20000号の傷が心配だ」



集まって来ていた12人の妹達が一斉に14510号と20000号へと視線を向ける。
注目を浴びた2人は02号とは比べ物にならない傷口から、所々血が流れていた。



「ミサカ達も大丈夫だ。調製ついでに数日治療する程度で治るし……――――おい20000号、倒れたクローンに何しようとしてる?」

「だってえ、喘ぎ声の一つでもかまして貰おうと思ったらそんなサービス全然くれなかったしさあ。
 仕方ないから麗しの白い肌(主に下半身)をペロペロしてやろうかと…………」

「(主に下半身)って何だああああ!!!ちょ、ズボンのチャック下げてんじゃねえよ!」




687 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇)[saga] - 2011/01/15 22:56:11.74 chmuwkna0 333/491




クローンに別の意味で手を掛けようとしていた20000号を出血も気にせず「あの人の弟の貞操はミサカが護るうううう!!!」
と叫びながら抑えつけていた14510号を尻目に、本当に心配なさそうだと判断した周りの妹達がネットワークへクローン撃破の伝令を送る。


何とか20000号を黙らせたらしい14510号が立ちあがると周囲はこちらをジト目で見ていた。
「セロリ派って皆あんななのか?」「マジで?」「きっとセロリから変な性癖うつるんだぜ、アイツ自身ロリコンだし」
と不名誉なコソコソ話があたり一帯で騒がれている。


ゴホン、とそれをわざとらしい咳払いで中断させた14510号は麻酔で眠っている事を知りながら
意識無い一方通行クローン02号へと語りかけた。



「―――――あなたの敗因は絶対的な『経験不足』です。あなたのオリジナルならば、例え大能力者だったとしてもミサカ達に勝ち目はなかった。
 ミサカネットワークという直接的な思考交信形態の警戒を怠ったのがその証拠。
 ………しかしあなたには同じ頃のミサカ達異常に『個』が存在する。いつか我々も分かり合える事でしょう、とミサカは希望を述べます」


「………14510号、20000号に下げられた一方通行クローンのチャックを戻しながら言っても全くキマりません」



こうして、ミサカ14510号と20000号の物語は幕を閉じる。









697 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:01:47.50 ZRuYJHxE0 334/491







まるで紙屑でも丸めるかのように、
あの悪魔の手がそっと触れただけで金属コンテナがグシャグシャに圧縮しこちらに向かって投げつけられる。


打ち止めをこの場から遠ざけた番外個体は一人、『敵』であるクローンと対峙していた。
勝ち目のある戦いでは無い。
同じ大能力者でも天と地ほどの差がある。



(こんな状況で隙なんか見つけられるわけないじゃんっ……!!)



先程ミサカネットワークから伝令された14510号と20000号らによるクローン撃破の情報から鑑みるに
相手には幾ら一方通行のクローンと言えど自動防衛能力までは備わっていないらしい。


隙の一つでも作れれば、反射の意識を別に持っていければ。
しかし、相手の猛攻がそれを許さない。




698 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:02:15.48 ZRuYJHxE0 335/491




「くっそおおおおおお!!!!」



バヂッと紫電を放ちながら、風船のはじけるような音と共に番外個体から2センチ程の鉄釘が音速を僅かに超えた速さで射出される。
それは狙い通り正確に『敵』の背後に聳えた金属製のコンテナを打ち抜き、その破片が一方通行クローンを襲う。


破片から身を護ろうと反射をそれに裂いた瞬間の第2撃。
新たな鉄釘を構え再び射出を試みた番外個体が目の前の『敵』へ目線を向けると――――――



「―――― へ………?」



一方通行のクローンは何処にもいなかった。
『反射』ではなく脚力のベクトルを操作して回避したとでもいうのか。
自分の背後に危険を感じ、番外個体は鉄釘をいつでも発射出来る状態にしたまま急いで振り向く。
だが。



「脚力操作による回避までは正解です。しかし、我々の『知識』ではその場合全方への警戒が常識とされます、と一方通行は警告します」




699 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:02:43.53 ZRuYJHxE0 336/491




声が届いたのは、真上からだった。


番外個体がそちらを見遣る前に、肩へと急激な重みが加わる。
足元から地中深くに体全体がのめり込んでいく様な感覚が番外個体の神経を侵す。
そしてその比喩は、強ち間違いではなかった。


軽く押し出す様なレベルでクローンの足が肩に触れただけだった。
だがその瞬間、重力のベクトルでも操作したのか番外個体の体が実際にメリメリと沈んでいったのだ。



「――――っ!」



焦った番外個体は足元で電撃を爆発させ体が完全に沈み切る前になんとか地面から抜け出る。
自分が起こした爆発の瞬間、地中の砂利が大量に足へと突き刺さりジクジクとした痛みを発したがそんな事は気にしていられない。


手中にまだ鉄釘のストックがある事を確認する。
『敵』は余裕だとでも言う様に携帯電話を片手に何処かと連絡をとっている。


チクショウ。チクショウ、チクショウ、チクショウ!!!
まだ自分は殺される訳にはいかないのに。
あの人の大切な宝物が逃げ切るまで、ミサカが足止めしなくちゃいけないのに。
そこまで出来て初めて、あの人に褒めてもらえるのに。



「チクショオオオオオオ!!!!!!」






700 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:03:10.03 ZRuYJHxE0 337/491






打ち止めはひたすら走っていた。
『敵』が番外個体へと目を向けないように、自分が引きつけなくてはいけないのだ。


しかし、一向に『敵』が近づいてくる気配がない。
ミサカネットワークで番外個体の現在状況を探ろうとしたが、例によって番外個体には上位命令文がストレートには通じない。
番外個体がネットワークへの情報漏洩をストップする限り、打ち止めには手を出す事が出来ない。



(一体……どうして追ってこないの?ってミサカはミサカは………)



最後に番外個体と別れた操車場の方へと何となく視線を向けると、瞬間。
ズドオオオン、と大きな爆発音の様な物が聞こえた。
それと同時に自分と同等のチカラの反応。


まさか。



≪上位個体より伝令、上位個体より伝令。学園都市在住の下位個体で襲撃を受けていない個体へ告ぐ。
 絶対座標X-228561、Y-568714地点の現在状況を述べよ。繰り返す―――――≫



まさか。嫌な予感が打ち止めの中で走った。
まさか、番外個体は嘘を吐いたと言うのか。囮にでもなって自分を助けようとしたのか。




701 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:03:40.57 ZRuYJHxE0 338/491




≪繰り返す、上位個体より伝令―――――≫

≪こちらミサカ19090号。上位個体が提示した絶対座標より大能力者クラスの同等能力を確認しました。
 ………ところで一方通行クローンにも未完成の上位個体がいるのでしょうかとミサカは―――――≫

≪御苦労ショタグリーン、死ね≫



やはり。
番外個体はあんな暴言を吐いて悪人ぶって、自分をあの場から遠ざけたのだ。
自分を護る為に。自分を庇って。



(助けにいかなくちゃ……でも……)



『アンタみたいな能力もロクに使えないヤツが居たって、戦闘の邪魔にしかならないんだよ!!』



自分を遠ざける為の言葉だったとしても、あれが事実なのは変わらない。
強能力者程度のチカラしか持たない打ち止めがただ駆け付けたところで番外個体のお荷物にしかならないだろう。




702 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:04:17.28 ZRuYJHxE0 339/491




どうしよう、どうしよう―――――。
14510号や20000号といった下位個体は集団戦法と能力妨害装置を用いる事で勝利できた。
しかし、この場にそんなものはない。


今まで自分達を助けてくれたあの人は、10032号の最後の通信から考えるに直ぐに此処まで来る事は不可能だろう。
ヒーローさんもお姉様も同様だ。
どうしよう――――――。



(あれ、10032号―――――?)



確かあの場所は10032号が一方通行と最後の『実験』を行った場所だった。
地理情報は妹達全体でネットワーク共有した為、地の利で言えば一方通行クローンに比べこちらが有利だ。


何か、何かミサカ達だけが知り得る『勝てる要因』を探し出せ。
何か。



『粉塵爆発って言葉ぐれェ、聞いた事あるよなァ?』



それは6年前、薄れゆく意識の中で10032号が耳にした台詞――――――あの人の、言葉。



(粉塵、爆発―――――?)




703 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:04:52.81 ZRuYJHxE0 340/491






一方通行クローンの攻撃を紙一重で躱してゆく番外個体も、既に限界に近かった。
8割の攻撃を回避したとしても、残り2割で受けるダメージが大きすぎる。


これだけの怪我を負って、これだけの体力を削っても最終信号と別れてからはまだ10分程度しか経っていないだなんて信じられなかった。
肩から、腕から、腹から、腿から、脚から、一筋一筋流れる血液が肌を伝ってキモチワルイ。



「余所見をしていると早急に決着が着いてしまいますよ……?と一方通行は尋ねます」



背後から聞こえた声に番外個体は再び鉄釘を射出する。
大能力者クラスの電流を込めた渾身の一撃が見事正確にクローンへと襲いかかる。


しかしクローンは難なくそれを反射すると、反射された自身の攻撃に番外個体が怯んでいる間に
脚力のベクトルを操作して彼女のすぐ目の前まで一気に近づいた。
握り締めた拳に加わった強大な能力がアッパーカットとなって番外個体に奮われる。



(あのモヤシと違って……体術の方もそこそこできるワケだ……)



地面を何度かバウンドして倒れ込んだ番外個体は、軋む体を無理矢理起こしながら思考の片隅でそんな下らない事を考えた。
戦闘に集中しなくてはならないのに、先程からずっと一方通行のことばかりが脳裏に浮かぶ。




704 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:05:31.65 ZRuYJHxE0 341/491




ロシアでの初めての対峙。
協力を約束し、初めて感じた他人の体温。握り締めた互いの手。
教えて貰った『暗闇の五月計画』。


自分に襲いかかる砂利などの物体はある程度までこの自動防衛能力で回避できる。
意識しなくても視界に入っていなくても、体表面に物体が触れた瞬間体から発した電気でそれを弾ける。


だが一方通行クローンの直接攻撃だけは、それで回避する事が出来ない。
体から発した電気全てがクローンの体に触れた途端反射される為、自身の技ですら番外個体の『敵』に回るのだ。


そして何よりもう一つ、番外個体が一方通行クローンに勝てない大きな要因がある。



(なんで本当に……アイツと同じ顔してるんだよ……っ!!!)



一方通行もそうだったのだろうか。
ロシアで自分が立ち塞がった時、今まで彼が見てきた少女達と全く同じ顔をした自分を見て。
こんなにも恐怖したのだろうか。心が壊れかけるほどに。




705 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:06:14.78 ZRuYJHxE0 342/491




番外個体が再び鉄釘を放った。
射出された鉄釘は足元の地面を大きく抉り、クローンのバランスを崩す。


この一瞬の隙に次の一撃を!
だが、番外個体の中でつかの間の躊躇いが生まれる。
あの人と同じ顔をした少年への攻撃。



「――――――あ、」



撃てなかった僅かなタイムロスの間にクローンが体勢を立て直す。
勝てない、こんな相手に。


あの人と同じ遺伝子に殺されるなら、それもまた一興か。
精神回路を極限まで追い詰められた番外個体がそんな風にさえ考え始めたとき。







≪―――――番外個体っ!≫



自分より年上の、自分より小さな同じ顔をした少女の声が頭を過った。




706 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:06:42.71 ZRuYJHxE0 343/491




≪番外個体っ、聞こえてる!?番外個体っ!!≫

≪―――っ、聞こえてるよ!煩いなあ、今こっちは必死で逃げてるところだって言うのに――――≫

≪ミサカも戦うから!≫



………は?
その言葉で、自分の嘘がバレていると悟った。


しかし言った筈だ。その程度のチカラでウロチョロされても邪魔にしかならないと。
そんな事も理解出来ないほどこのお子様は馬鹿だったのか?



≪ミサカも戦うから!良い事思いついたの!だから協力して!!≫

≪………良い事って何?それ次第≫



最終信号の息を呑む音が聞こえた。
一か八かの危険な賭けだとでも言うのだろうか。



≪―――――粉塵爆発≫

≪粉塵爆発ぅ!?≫



確かにここのコンテナに入っていたのは小麦粉だ。
だがこのコンテナは番外個体やクローンの攻撃に巻き込まれ何個も破壊されている為、既にいつ起こってもおかしくはない状況だ。
番外個体が全力での攻撃を躊躇っているからこそギリギリで引き起こされないと言い換えても良い。




707 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:07:08.42 ZRuYJHxE0 344/491




≪だから、そこからちょっとずつ離れて。あの人のクローンをコンテナ群に残したまま≫

≪無茶言わないでよ、ミサカが操車場から離れようとすれば追って来るに決まってんじゃん!≫

≪だから、二人で戦うの―――――あなたが操車場を出ようと出入り口の端まで言ったところで、反対側からミサカが現れる。
 ミサカがあの人のクローンの注意をその場で何とか引きつける。だから『敵』が操車場の中心に立ったところで、全力で撃って≫



番外個体の中に躊躇いが生じる。
自分の全力で、否、その際に起こる爆発であの人と同じ顔をした少年が死んでしまわないか。



≪ミサカも、恐いよ―――――?≫



番外個体の心を読んだように打ち止めが言った。



≪ミサカだって恐いよ……『あの人のクローン』を傷つけちゃう事が、すごく怖い。
――――でも、『あの人のクローン』の手でミサカ達が死んじゃった後に、『あの人』が傷ついちゃうことの方が、もっと恐い≫



番外個体の中で、言い知れない感情が漂った。



≪………ねえ、もし『このミサカ』が死んでもさあ。あの人は泣いてくれるかな………?≫

≪――――それもおもしろいとか絶対に言わないでね。………あの人、きっと壊れちゃうから≫



決意は固まった。
最終信号と共に、自分達が外道になる決意。
『あの人』と『あの人のクローン』を天秤にかけて、あの人を選ぶ決意が。




708 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:08:22.34 ZRuYJHxE0 345/491








「―――――ミサカネットワークでのお話は済みましたか?できれば遺言も、と一方通行は確認をとります」

「ホント、アンタって馬鹿みたいに律儀だね……『戦闘の流儀』とかほざくのは学習装置をプログラミングした奴の趣味?」

「我々の開発者はヨーロッパ系の為そうかもしれません、と一方通行は自身の性格構成に開発者の出身が一役買った可能性に驚愕しながら答えます」



言いながら一方通行クローンが一気に番外個体との距離を詰める。
少しでも遠ざかろうと番外個体が後ろへ後退する前に喰らう鳩尾への強烈な一撃。


ゲホッ……と番外個体が唾液と一緒に吐血した。
肋骨が鈍い音を立てるのを番外個体は感じた。



「確か……オリジナルの戦術にこんなものがありましたね…………」



不穏な台詞を耳にした番外個体がクローンを見る。
すると。



「風の……ベクトル、操作……!?」

「流石にプラズマの形成まではいきませんが、と一方通行はオリジナルとのスペック差を痛感します」




709 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:08:52.54 ZRuYJHxE0 346/491




轟々とクローンの両手から小さな竜巻が渦巻いている。
あれで貫かれでもしたらとんでもないダメージになる。


いや、それよりも。粉塵爆発の計画が台無しになる。
あれは微細な粉末が空気中に充満していなければ意味をなさない。
この場を漂う小麦粉が彼の風によって吹き飛ばされてしまえばアウト。


万事、休す。



「く、そおおおおお!!!!!」



不意に、風が凪いだ。
肌に感じる風が不規則に揺らぐ。



「――――――?」



目の前の少年も不可解な現象に首を傾げている。
鰻が泳ぐようなぬるぬるとしたその風の動きは、明らかに自然の現象では無かった。



≪上位個体から詳しい状況は聞きませんでしたが、こんな事もあろうかと待機していて良かったですよ。ほんとーに≫



頭の中で自分以外の声が響く。


――――――ミサカネットワーク。




710 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:09:41.45 ZRuYJHxE0 347/491




≪こちら19090号ー、只今絶対座標X-228561、Y-568714地点をモニタリング中ー。
 はい風力発電プロペラ係の皆さんイイ感じですよ~~、風渦巻いてます漂ってますコレなら粉散っちゃいませんねー≫


≪ちょ、ちょっと待って!なんでアンタがこっちの計画知ってんの!?≫


≪絶対座標が『最後の実験場』で粉塵爆発の仕組みについてあれだけ上位個体に確認されちゃ解りますって、流石に。
 こっちでそちらを支援できる人数も限られてるんで、直接の戦闘参加ではなくそっちの計画に加担させてもらう事にしましたー。≫



―――――本当。最っ高の姉妹だよアンタら、ミサカの自慢できるお姉様方だ。


一方通行クローンに詳しい『実験』のデータは入力されていないらしい。
自分の完璧な演算が何に阻害されているのか判断できずに戸惑っている。



≪最終信号!今ならイけるよ!!≫


チャンスは今だけ。
クローンが自身の妨害に思考を張り巡らせている間に番外個体がその場を離れようと駆け出した。
気付いたクローンが僅かに遅れてこちらに向かってくる。




711 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:10:09.45 ZRuYJHxE0 348/491




「番外個体っ!!」



番外個体が逃げ出そうとした出口の反対側から打ち止めが顔を出した。
相手の注意がこちらに向かう様に、わざと声を上げる。
一瞬そちらを振りむいた番外個体が、しかしそれ以降打ち止めには目もくれず出口に向かって走り出す。


――――― 優先順位は、最終信号の抹殺。
『敵の覚悟は無下にするな』。
先程は番外個体が命を掛けて最終信号を逃がそうとしたために、一方通行クローン03号は学習装置の知識に倣って流儀としてそれを認めた。


だが、勝てないと悟り自分の命が惜しくなったのか番外個体は逃げ出した。
故にもう彼女に義理立てしてやる筋合いはない。
03号は攻撃対象を最終信号へと変更する。


03号は『知識』、謂わば0と1の羅列によって構成された文章としてしかその『流儀』を理解していなかった。
変わる事のないたった一つの信念というものを『経験』から得ていない。


故に03号は気付かない。
番外個体が本気で最終信号を見捨てたのだと、そう視覚だけで判断する。


03号の足が最終信号の方へと向かった。
ベクトルで操作された脚力が一瞬で最終信号との距離を詰める。


そして、その体が操車場の中心を横切った時――――――




712 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:10:40.04 ZRuYJHxE0 349/491




甲高い金属音が響いた。
一秒にも短い時間が何年もの長い時間を刻んでいる様に感じる。


番外個体の手を離れた鉄釘が音速に程近い勢いを伴って03号へと射出される。
最大出力2億ボルトの電流を纏った鉄釘はビリビリと紫電を発しながら空気を貫き――――――






直後、あらゆる音が吹き飛ばされた。
小麦粉の粉塵が撒き散らされた半径30メートルもの空間そのものが巨大な爆弾と化し、
まるで空気中に気化したガソリンに火が着くように辺り一面を焼き尽くす。


空気中の酸素を燃料とした粉塵爆発が一瞬で周囲の酸素を奪い急激に気圧を下げた。
反射によって爆発自体のダメージは負わなかったものの、
この場は密閉空間ではなく外である為に真空状態になる事はないが急激な気圧の変化が03号の内蔵をギリギリと絞り上げ、
初めて感じた『苦痛』に彼の体から荒い息が洩れた。


ハア、ハア、……と呼吸を整える間もなく。
彼が先程の現象が『粉塵爆発』だったのだと理解しきる前に。


ドスドスドス!!!
彼の左腕を、肩を、脚を、電撃を纏った鉄釘が貫通する。
感じた事のない痛みが03号の中を駆け巡った。




713 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:11:06.40 ZRuYJHxE0 350/491




ベクトル変換は『元の向き』と『変換後の向き』を演算しなければならない高度な能力だ。
よって自動防衛能力を持たないクローン達は相手の攻撃を視認しなければ、その設定を行えない。


紅蓮の煉獄の様な炎の海と爆発によって形成された煙幕によって敵の位置さえ把握できない03号には
何処から次の鉄釘が飛んでくるか判断出来なかった。


ドスドスドスドス!!
鈍い音を立てて再び幾つもの鉄釘が体中に貫通する。
相手は何処か別の場所にいる仲間からこちらの位置情報を得ているらしい。


ミサカネットワークにはそのような戦術利用法もあったのかと頭の片隅で考える。
強烈な痛みで吐いた荒い息が、体に酸欠を引き起こした。
これまで能力によって補っていた体のバランスが、限界が来たのかグラリと揺らぐ。


しかし、始末をつけるには絶好のこの機会に、最後の一撃が彼を襲う事はなかった。
今なら『反射』を使う余力も残っていないだろうに。



「――――――――?」



03号の頭には疑問しか浮かばなかったが、そんな事はどうでもいいとなんとか体力を振り絞って立ちあがる。
ヨタヨタと周囲の無事だったコンテナに手を着きながら番外個体へと歩み寄った03号は一応懐に仕舞っていたサバイバルナイフに手を掛ける。


最終信号はまだダメージを負わせていない。
相手は強能力者程度とはいえ、今の自分が戦って勝てるかは怪しいところがある。
だが番外個体は同じ様に限界が来たのか気絶している。
万一目覚めても自分と同じように大きな怪我をしているのだから殺せるかもしれない。


直ぐに手当てをしなければ危うい傷だった。
このまま死ぬなら、せめて一人でも多くの妹達を殺して任務を全うするべきだ。
半ば義務の様な感覚でナイフを振り翳した03号はそのままその切先を、目を閉じて横たわる番外個体へと向けた。


だが―――――。




714 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇)[saga] - 2011/01/16 22:13:48.13 ZRuYJHxE0 351/491






「折角仔猫チャン達が頑張ったんだし、ムカつく第3位のクローンとは言え助けてあげるべきなんでしょうね」





聞き慣れない声が03号の耳を打った。
そして彼が声の主を見遣る前に輝くビームの様な細い一撃が彼の腹に小さな風穴を開ける。




ドクドクと決して少なくはない血を流しながら完全に沈黙した03号に未だ辛うじて息がある事を確認し、
番外個体も同様に生存確認を施してから麦野沈利は溜息を吐いた。



「折角第1位に借りでもつくってやろうと思ったのに、殆どクローン自身で解決されたかぁ……
 ―――――まあ、最後の最後で止めを刺すのを躊躇っちゃったみたいだけど。2億ボルトの一撃喰らわせてたら勝ってたしねえ」



麦野は懐から携帯を取り出すと此処に向かうよう自分に言った滝壺へと連絡をつける。
彼女の能力でいずれ判るとは思うが一応一方通行クローンの一体が撃破された事を告げると、
結標淡希を通じて暗部の医療班へ彼らをテレポートする様指示を出し通話を切った。



「………さて。――――さっきからそこで覗いてるお嬢ちゃぁん、お姉さんと一緒に来てもらおうかにゃ~?」







ビクリ、と麦野が03号へ原子崩しを放った辺りから様子を窺っていた打ち止めの肩が跳ねる。
そんな少女を見て麦野の口がニヤリと歪んだ。






725 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:33:48.31 o1rSeKJC0 352/491




「御坂、お前は一方通行を連れて下がってろ!!」



上条当麻の奮った拳が空を切った。
上条の攻撃が当たりを付ける前に自身の前に、首にかけるにしてはやけに大きい十字架を掲げるが
それは防御の意味もカウンターの意味もなさずに上条の拳を僅かに掠めただけで終わってしまう。


幻想殺しを宿した右手が魔術師の腹に突き刺さる。
だが魔術師は相当のダメージを喰らっているにも関わらず、ニヤリと気味の悪い笑みを溢した。


上条の背筋に蛇が這う様な妙な感覚が漂う。
強烈な違和感。
これを見逃してしまえば取り返しのつかなくなるような、そんな感覚。


しかし、探りを入れる暇はない。
こちらが敵を一手に引き受けてから美琴が警備員や救急車に連絡を入れたようではあるが
なにぶん、御坂妹や一方通行が倒した彼のクローンは出血が酷過ぎる。


未だ放心状態の一方通行と重症人2人を背負って逃げるなど美琴1人にはとても不可能な話だし、
上条としては一刻も早くコイツを倒して新手が来る前にこの場を離れたい所だ。



「喰らえ――――――っ!!」



ゾワリとした感覚を持ったまま、しかし構わずに再度拳を奮う。
幾人もの敵を薙ぎ払ってきた上条の右手は正確に魔術師の顔面を貫いた




726 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:34:15.42 o1rSeKJC0 353/491




――――――かと思われた。



「ぐ、は―――――――?」



右手が相手の顔面を殴る直前に、上条の膝が地を着いた。
痺れる様な強烈な痛みが右肩に突き刺さる。



「なっ―――――!!」



見れば、自分の右肩の肉が僅かに抉れていた。
驚愕しドクンと心臓が鼓動を打った途端ジワリと血液が広がり、慌てて左手で押さえつける。


一体何がどうなっている。
俺の拳が突き刺さる前、一体ヤツは何をした――――?


だが上条が疑問に思考を巡らせる暇はなかった。
先ほど主を庇おうと立塞がったクローンが、ベクトル操作したコンクリート片を上条に向かい蹴り上げる。




727 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:34:45.92 o1rSeKJC0 354/491




身を捻らせて何とかそれを躱した上条に再び激痛が走る。
何の攻撃も受けていないのに、今度は右腕の関節辺りの肉が小さく削り取られていた。



(一体何なんだよ、この現象は――――っ!!)



恐らくあの魔術師が何らかの魔術で引き起こしている現象なのだという事は理解できる。
だがそれがどのような過程を経てこの現象に至るのか、上条がそれを視認、あるいは考察する前に
超能力による直接的な攻撃がクローンから奮われる。



「とうまっ、それは十字架をシンボルの一つである『人間』に見立てた術式『磔刑の現(イエズス=ナサレス)』だよ!!
とうまの血を吸わせて『とうま本人』に見立てた十字架を磔刑みたいに釘で刺す事で、とうまの同じ場所を傷つけてるんだよ!!」



そうか。最初の十字架はガード材ではなく、俺の拳を十字架で掠めて血液を採る事にあったのか。
つまり。



「要はアニェーゼの『蓮の杖』みてえなモンかよ!!」



そうは言っても、同じ座標攻撃でもアニェーゼ=サンクティスの様な衝撃波とは異なり直接体を甚振るものなので
攻撃事態を幻想殺しで打ち消すことは出来ない。




728 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:35:26.57 o1rSeKJC0 355/491




(なら、十字架本体の効果を打ち消せば――――っ!!)



魔術師へと距離を詰めようとした上条の体が吹き飛んだ。
真正面の魔術師だけを見据え無防備だった横から繰り出されたドロップキック。
しかし普通の人間ではありえない力で蹴りだされたそのキックは、
上条の体を横へ横へと押し出し終には後ろにあった路地の壁にぶつかるまで勢いを止めなかった。



「マスターに触れさせる事は致しません。
 超電磁砲によるダメージは相当でしたが貴方の相手を出来ないほどではありません、と一方通行は進言します」



上条を吹き飛ばしたクローンが淡々と告げる。
そんなクローンの頭を一撫でしながら魔術師がインデックスへと目を向けた。



「よくやった04号。―――――禁書目録、私の術に関する貴女の見解は確かに正しい。
 ……しかし、だからと言って貴女に何が出来ます?他者の詠唱に割り込みを入れる強制詠唱も私には通用しないでしょう?」



尋ねられたインデックスが悔しそうに唇を噛んだ。
その通りだ。先ほどから何度試しても『強制詠唱』が作動しない。


あの術式における魔術発動部分は、魔術師が十字架に釘を打ちこんでからそれが上条に連動するまでの部分のみだ。
すなわち『十字架に釘を打ち込む行為』は十字架への物理攻撃に過ぎず、
連動して上条の体が破壊されるのを邪魔しようとしても、タイムロスなしに発動する魔術は略式に略式を重ねた強制詠唱でも間に合わない。




729 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:36:14.06 o1rSeKJC0 356/491




「なら――――、」



インデックスの柔らかな声音が歌を紡いだ。
美しくも荘厳な、そして何処か不気味さを纏ったその歌が暗い路地裏に響き渡る。


『磨滅の声』。
相手の魔術の根幹を支える信仰や教義の矛盾点を徹底的に糾弾する事で相手の精神を一時的に破壊する術。


インデックスの歌は的確に相手を苦しめる。
地面に跨った魔術師に上条がすかさず駆け寄った。
そして、



「――――――だから、無駄だと言っているじゃないですか」



届いたのは、『正気を保ったままの』魔術師の声だった。
その声が上条の耳を打った瞬間、彼の腹の、耳の、指先の肉が小さく抉り取られていく。



「ぐ、ああああああああっ!!!」

「『磨滅の声』まで扱えるとは流石です、禁書目録。普通の人間ならばその歌の波長すら再現できないでしょう。
 ―――――だからこそ、あなたの術には穴がある。普通の人間には作れない波長。ならば、私の耳は普通の人間の波長以外拾わなければいい」




730 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:36:49.30 o1rSeKJC0 357/491




サイドの髪を掻き上げて、魔術師がチラリと自身の左耳を見せた。
その耳は、取り付けた何らかの装置を覗かせる。



「ははははははは!!!あははははははは!! 主の味わった痛みと同じ痛みを与える事は信徒にとってこれ以上ない苦しみ!
 だが私のこの苦痛も、悲観も!全ては憎き異教徒を廃する為に昇華されるのだ!!あははははは!!!」



一定以上の音波の妨害。
必要な機材を用意すればそれは確かに可能である。
しかし少なからず『魔術師』を名乗る人間が科学に頼った対策をとるだなんて。



(いや……、クローンを作り上げた時点でヤツを『魔術』だけに傾倒した人間と思っちゃいけなかった……)



考えている間にも地面を勢いよく踏みしめたクローンから、
どのようなベクトルを操ったのかメリメリと罅の入ったコンクリートが上条の位置まで新幹線並みの速さで迫ってくる。


コンクリートの滝に飲み込まれる前にと上条がそれを飛び退けると、



(しまった―――――っ、)



迫る地面を囮にしたクローンが、上条のすぐ目の前まで近づいていた。
血液逆流すら可能とする悪魔の右手が彼の顔面へと差し出され、鷲掴みにしようと5本の指が関節を曲げる。


死ぬ。
オリジナルである一方通行の能力発動にかかる時間―――ほぼ0秒を知る上条が自身の死を意識した時、




731 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:37:16.36 o1rSeKJC0 358/491




キー――――ン、と耳慣れた甲高い金属音が鳴り響いた。
轟々と呻きを上げて射出されたそれは、音速を遥かに凌駕し目の前の『敵』を打ち落とす。



「―――――確かにさっきはアンタを傷つけちゃった事に動揺した。私がアンタ達を傷つけたくない事も、本当」



カツ、カツ、と品の良いローファーを鳴らして、暗い路地裏を自らが発する紫電で照らしながら茶髪の女がゆっくりと歩いてくる。
学園都市最強の電撃使い、『超電磁砲』の異名を持つ超能力者の序列第3位。
――――――全ての妹達のオリジナル、御坂美琴は怒りをその顔へと顕著に示しながら次の砲弾を構えて宣言する。



「それでも、ソイツに手を出した事は許さない。ソイツは私の獲物よ、―――― これ以上痛い思いをしたくなかったら大人しく地面とキスしてる事ね」



御坂妹と一方通行を託して安全な場所に非難させた筈の美琴が此処に居る事に、上条は驚いた。
疑問はそのまま声へと上がる。



「御坂、どうして……!!いやそれよりも、御坂妹と一方通行はどうしたんだよ!」

「そこの表通りの端で黒子に運んでもらったわ。ついでに一方通行が『倒した』方のクローンも連れて病院まで一直線」



風紀委員の仕事なのか、美琴が御坂妹と最初に遭遇した時には白井黒子と連絡はつかなかった。
しかし機転を利かせ自分の現在位置を探知するGPSのアドレスと留守電を後輩の携帯に残した美琴は、
それを頼りに到着した白井に妹と一方通行、そして彼の弟と偽ったクローンを病院までテレポートさせたのだ。




732 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:37:53.27 o1rSeKJC0 359/491




超能力者に戦闘へ加わられるのは非常に厄介だ。
自分達クローンを傷つけたくないと言った美琴を動揺させるために一方通行クローン04号は、
主の前に立ち塞がり自らの体を盾とする事で美琴の動揺を誘う作戦に出る。
だが。



「オリジナルはとんでもなく優秀なクセに、さっきの攻撃で分からなかった?
 ―――――こっちは腐っても超能力者。『死なない程度に加減する』くらい、心得てるのよ」



躊躇なしに射出された美琴の第2撃は正確に04号の脚を貫いた。
動脈などの太い血管が通っている所は避け、致命傷を躱しながら見事に『動けなくなる位置』へ命中させる。


クローンという最大の壁を失った魔術師は狼狽した。
『磨滅の声』を回避する為に装着された装備は『通常での人間の声の波長』以外の波長一切を遮断する。
それはつまり物音一つ察知できない事を示唆する。
今までクローンが盾となる事で回避できていた視認できない動作――――例えば後ろからの攻撃などを防ぐ手段が殆どなくなる。


形勢逆転の状況に上条が膝に力を加えて立ち上がる。
確認するように右手を握り締めた上条は、
先程の魔術で集中攻撃された右手からジュクジュクと赤い血と半透明のよく判らない体液が流れ出すのを半ば呆然と見つめながら



(まだ……もう1発、イケる……)



握力を込めてもう一度右手を握る。まだ、イケる。
渾身のチカラを込めた1撃で、ヒトの命を弄ぶこの腐れ外道を殴りつける事が出来る。




733 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:38:27.19 o1rSeKJC0 360/491




「ま、まだだ!!私には『磔刑の現』もある!禁書目録の『磨滅の声』とて、装置を破壊しない事には――――」

「―――― へぇ。よく解んないけど、その装置ってのを壊しちゃえばあのシスターがアンタになんか出来ちゃうわけだ」



既に事は魔術の領分だ。
だからこそ、彼は失念していた。
『自分で装置を用意したわけではない』からこそ、その装置の『欠点』に気づいていなかった。



「私は魔術については何にも知らないけど、そうゆう電子機器ってさ。―――― 私みたいな『電撃使いの領分』なのよね」



妹達を狙うのに、電子機器を『奥の手』とした時点で既に彼に勝ち目はなかったのだ。
理由は簡単。
妹達に手を出されて、黙ってみている姉はいまい―――――


バチバチ!という何かがスパークする様な音がして両耳に装着した装置が爆発した。
衝撃で耳が弾け、鮮やかな鮮血が僅かな肉を伴って飛び散る。



「う、ぐ、ああああああああ!!!!」



思わず魔術師が悲鳴を上げた時、彼は更なる絶望を耳にした。



「ありがと短髪。――――これで心置きなく『磨滅の声』が使えるんだよ」




734 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:39:09.52 o1rSeKJC0 361/491




王室御用達の名歌手の歌声と世の全ての不協和音を一斉にかき鳴らしたような心地よくも気持ち悪い、良くも悪くも人間離れした唱が心を占拠する。
世界中の人間全てから糾弾されるような感覚が魔術師を襲う。


死にたい。こんな思いを味わい続けるのなら、いっその事死んでしまいたい。
唐突に、人類全員に詫びたい様な気持ちになった。
唐突に、死んで償いたい気分になった。
唐突に、死よりも恐ろしい何かが自分を襲う感覚に陥った。


あゝ、ああ、アア、嗚呼!!
イヤだ。解放されたい。壊れる。何が。心が。気持ちが。支配される。何に。唱に。唱。一体何。
ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい








狂った様に叫び続ける魔術師に上条は右手を向けた。
時折混じる謝罪の声に唇を噛み締める。



「いいか、覚えておけ。
 お前が感じるその苦痛は御坂妹や一方通行や――――お前達が利用したクローンの100分の1も満たしやしねえ。
 その苦しみを絶対に忘れる事無く、死ぬまでアイツらに謝り続けろ」




735 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:39:53.67 o1rSeKJC0 362/491




魔術師から返事はない。
ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい
私は悪くない私の所為じゃない計画したのは私じゃない私は違う悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない



今度こそ、上条は拳を握る。
踏み締めた足で重心を置き、その1撃に全てを込める。



「いいぜ。――――お前が自分の罪も何もかも見ねえフリしようってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!!」



幻想殺しが男の顔面を貫いた。
後ろに倒れこんだ男は、気絶することで漸く自分を支配する『何か』から解放される。



「現実を見て、自分の罪を全部知れ。―――――償いたいなら、やるべき事は山ほどある」



上条当麻の小さな呟きだけが、夜の街並みに静かに響いた。








736 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:40:22.80 o1rSeKJC0 363/491






「――――はあ!?一方通行と弟がいない!?」



御坂美琴が悲鳴を上げたのは、全てを終え、妹たちの様子を電話で白井に尋ねた時だった。
白井の報告によれば病院で治療を受けた後ちょっと目を離したすきに2人も消えてしまったという。
一方通行クローンの傷は応急処置程度で早々動けるものではなかったし、放心状態にあった一方通行も自ら動き回る様子には見えなかった。


誰かに連れ去られたか、あるいは自ら望んで連れて行かれたか。
ともかく、御坂妹の容体も心配だし病院へ向かおうと上条達が結論付けたところで―――――



「な―――――っ、?」



倒れていた魔術師の一団が、消えた。
一瞬だった。先程の魔術師も、上条が合流する前に美琴と一方通行で撃破した魔術師も全員消えている。



「あくせられーたのクローンもいないんだよ!!」



何処を探しても見当たらないとインデックスが騒ぎ出す。
全員、意識が無かった筈なのに。一体何処へ消えたというのだ。




737 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:41:08.37 o1rSeKJC0 364/491




「なあインデックス、これが何かの魔術って可能性は―――――?」

「それはないと思う。魔術の気配なんてちっとも感じないし………チョーノーリョクって事はないの?」



超能力。
こんな状況を引き起こせるのは白井のような空間移動系能力者くらいだが、果たしてここまで出来る能力者が本当にいるのだろうか。
移動物体に手も触れる事無く、離れた場所から座標を飛ばすことの可能な能力者―――――



「―――――……ムーブポイント」

「へっ―――――?」



美琴の呟きに上条が声を上げる。
何処かで聞いたことがあるような気もするが………ダメだ、思い出せない。



「そうよ、『座標移動』だわ!!『残骸』事件だけじゃ飽き足らずあの女、また何かしようって言うの!?」



『残骸』事件。
『樹形図の設計者』の残骸を巡って、白井黒子が学園都市外部の化学結社と結託した少女と対峙した事件。
確か白井と戦った女の子ってのも、同じ大能力者でも随分と能力値に違いのあるテレポーターだったって話で―――――



「―――――って、あの時の女の子!?でもあの人、大星覇祭のとき一方通行の元同僚とか言ってなかったか?」

「………一方通行のヤツ、一体何考えてるっていうのよ……」








738 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:41:42.57 o1rSeKJC0 365/491









結標淡希が一方通行とそのクローン達、そしてスペイン星教から来たという魔術師達を『回収』したのは
学園都市の暗部で動く彼らがアジトとするビルの一室だった。



「魔術師ってゆうと私達じゃよく解らないし、土御門か海原立会いの下で心理定規に尋問させるよう回しといて」



アジトに戻れば駆け寄ってくる部下の愛しい少年達に愛想良く命令し、結標は自分と一緒に転移した一方通行へと目線を移した。


一方通行の瞳は、生きているものの目ではなかった。
それは大きく見開かれ、ガラス玉のように表情がなかった。
視点が固定され、ただ光を返すだけの剥製のような瞳。


そんな彼の様子に溜息を吐いた結標は、前髪を掻き上げながら面倒臭そうに言葉を漏らす。

「アンタさあ、確かに気持ちは解らないではないわよ?でもそんな事でいちいちウジウジしてんじゃないわよ面倒臭い。
 『敵』側のクローン一体壊しちゃったくらいで一体何落ち込んで―――――――っ!!!?」



突如、結標の体が廃ビルの汚らしい壁へと叩きつけられる。
右手で顔を鷲掴みにされ、中心となる口は覆い塞がれ、男とは思えない白い肌がと寄せられたかと思えば
耳元へと端正な唇が吐息を感じるほどに近づく。


まるでこれから一夜でも共にするかのような空気に結標が硬直する。
頬が僅かに赤らんで、緊張からか快感への期待からか少しでも耳元の呼吸を感じ取ろうと無意識に神経を研ぎ澄ませる。
ねっとりと首筋を舐められて、下腹部が僅かに疼くのを感じた。熱っぽくて荒い息が唇から洩れる。
そして―――――、




739 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:42:42.02 o1rSeKJC0 366/491






「解ったようなクチ聞いてンじゃねェぞ、この淫乱。テメエ如きが理解できるようなモンじゃねェンだよ、俺達は」





偽物のようなそれから一転して、獰猛な獣を思わせる光沢。
初めて対峙した時の憐れみを含んだものでも、テンションがハイになると出るキチガイらしいものでもない何処までも冷徹な声音。


叩きつけるような叫びでもなく、泣きわめくような呻きでもなく。
深淵に縁どられた澄んだ声。
酷く純粋で、だからこそ言葉に嘘はないと証明する口ぶり。



「……あ、あ―――――、」



喰われる前の草食動物にでもなったかのような感性が結標を襲う。
緊張して動けない。
甘い空気になどではない、命の危機に瀕した際の単純な恐怖感。


メキリ!!!と音を立てて、押し付けられた壁の、顔のすぐ脇の壁が潰れた。
コンクリート製のそれが、まるでトマトでも押し潰すかのように簡単に崩れパラパラと砂埃を立てる。


成長して結標自身彼と並ぶ超能力者に身を置いたとしても、未だ感じる圧倒的な実力差。
一方通行の手が顔面から離れた事で逆に支えを失くした結標の体が、ズルズルと壁を伝って冷たい床に座り込んだ。




740 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:43:50.98 o1rSeKJC0 367/491




一度目だけで殺せるほどの殺気を結標に見せた一方通行は、そんな彼女からは既に興味を無くしたのか目線もくれずにその場から立ち去ろうとした。
だがそこで、



「待ちなよ、第一位。滝壺と私からの有難~いお話がまだなんだけど?」



麦野沈利が一方通行の前へと躍り出た。
ヒールを鳴らしながら彼の前へと歩み寄った麦野は、一方通行の顎へとキスでも誘うように細い指を艶やかに這わせる。



「まず滝壺から1つ良いお知らせ。学園都市外の研究所から能力追跡で探知された第一位のクローンは、
 お気に入りのお人形ちゃん達で処理できたみたいよ。
 アンタと一緒に行動してたっていう妹達もあっちのクローンの方も危うかったけど命に別条はないみたい。……あ、2つになっちゃった!」



絡め取るように自分の顎へ手をかける麦野の指を、一方通行は拒まない。
早く次をと目だけで告げる。



「そんな怖い顔すんなって!!……さて、私からも良いお知らせだ。
 アンタのクローンをやっつけようとして番外個体ちゃんが死線を彷徨いました、ってね!
 ま、愛しの最終信号は無事だったみたいだし。よかったじゃない?ほら良いお知らせ!」




741 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:45:27.47 o1rSeKJC0 368/491




見開いた一方通行の視線が麦野を射抜く。
殺してやる殺してやる殺してやる……瞳が物語るその声に、常人だったら意識の一つも手放しているかもしれない。
だが麦野は違った。伊達に一つの暗部組織のリーダーを務めてこなかったのだ、これくらい耐性はある。



「私にそんな顔したってしょうがないでしょーが、一方通行。
 そんなに大事なお人形ちゃん達なら、全部手元に置いて外に出さなきゃ良いんだ。
 お部屋の中で囲い込んで適当に撫でてでもしてやれば傷つく事も無い」



麦野の言葉に一方通行が歯噛みする。
牙を剥き出しにして威嚇する姿はさながら野生の動物だ。



「それ以上アイツらを『人形』扱いしてみやがれ……―――ブチ犯すぞ」

「おーおー、いつまでも思春期の抜けきらないお子ちゃまはこれだから嫌だねえ……――――」



一方通行の殺気を余裕の笑みで受け止めた麦野は、彼の顎に掛けた手を引き寄せてキスが出来る距離までに近づける。
そして囁くようにそう語ると唐突に一方通行を突き放し――――――



「だったら!!泣き事ほざく暇あんならさっさと元凶ブチ殺して来いってんだよコッチは!!!!
 どんだけアイツら壊されようが壊そうが、生きてさえすりゃあテメエには後で幾らでも泣いて謝って謝って謝って詫びる事が出来んだろォが!!
 メソメソメソメソしやがってガキみてえな我儘してる間にやる事やりやがれインポ野郎!!!!」





陰鬱な第一位の顔面を、スポーツマンも真青な身体能力をもって勢い良く殴りつけた。






742 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:46:33.26 o1rSeKJC0 369/491




一方通行の顔から鼻血が吹き出る。



「あれまあ。近距離で見つめ合っちゃった美人なお姉さんに目が眩んで鼻血までだしちゃいましたか~?
 一方通行マジえっろ~い中二男子~♪」



殴りつけた拳をプラプラと振りまわしながらアノ第一位を挑発する麦野を見て、浜面仕上は蒼褪めた。
おいおいおいおい、こんな所で超能力者同士の全面対決なんて御免だぞ。
せめて隣の滝壺だけでも護らなければと彼女の方を向いた浜面は、しかし滝壺の予想外の反応に驚嘆した。


滝壺は、酷く切なげな表情をしていた。



「むぎのはね、あくせられーたが羨ましいんだよ。何度だって謝れるあくせられーたが。
 本当は正確に言えばあくせられーたも『本人』には一生謝れないんだけど、ミサカネットワークって巨大な意思から『本人達』の思考を汲み取った
 同じ顔をした別の子があくせられーたを許してくれなくても懺悔を聞いて謝罪の場にいてくれる。
 ―――――フレンダはもう、死んじゃったから」



言われて気付いた。
似ていたのだ、麦野と一方通行は。
キレ方だとか口調の野蛮さだとか単純な部分もだが、もっと根底。
大切な人達を、失ってはいけなかった人達を自らの手で押し潰してしまった過去。



「むぎのは私達にちゃんと謝ってくれた。私もきぬはたも、いいよ。って、言った。
 でもフレンダは――――……幾らフレンダのお墓に謝った所で一つも返事が返ってこないの。」



一方通行から見れば妹達はそれぞれ『個』なのだろうが、
彼女達を『妹達』という括りで見る麦野にとっては、一方通行は自分の一番してはいけなかった行いを償える羨ましい存在なのかもしれない。




「むぎの、言ってたよ。『あの個体の考えはどうでした』って妹達から聞いてるあくせられーたを見て、
 フレンダは私に殺された時どう思ったんだろうね、って」




743 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:47:30.83 o1rSeKJC0 370/491




熱の冷めたらしい一方通行が袖口で鼻血を拭いながら麦野を見据える。



「――――ケッ」



麦野にある意味励まされた事が恥ずかしいのか何なのか、一方通行は麦野を一瞥しただけでそれ以降なかなか顔を上げようとしなかった。
俯いたままにその場を去ろうとする。



「ああ。待って待って、その前に!第一位サマにはまだ私からの悪ぅいお知らせがあっりまーす」

「―――あァ?」



まだ何かあンのかと言いたげな一方通行など気にも留めずに、
麦野沈利は柱の影へと手を振りながら何かを呼び寄せる様に「ほぉら仔猫チャン出ておいで~」と声を掛けた。



「さあ!第一位への悪いお知らせ―――――」



手品でも始めるマジシャンの様に大ぶりな動作で一方通行へと一礼した麦野は
なかなか姿を現さない『何か』を柱の影から引っ張り出して仰々しい声で舞台を続ける。



「――――愛しの最終信号チャンのご登場でーす!!」




744 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:48:14.88 o1rSeKJC0 371/491




麦野が連れてきたのは、少女だった。
何処かの高校の制服を身に纏った、まだ十分に幼いと言える少女。
そしてこの場の誰もが様々な事件で目にした女性達と同じ顔をしている少女。



「………麦野さんに、全部聞いた。
 あなたが今までミサカ達に黙って『こんな所』にずっと居た事も、ミサカ達の為に黙っていてくれた事も、全部」



一方通行は目を見開いたまま応えない。



「どうして言ってくれなかったのなんて、今更言わない。ミサカ達の事を思ってって言うのは理解してる。
 でも、でもね……――――――」



打ち止めがそこで言葉を切った。切れた端から鼻を啜るしゃくりあげた声が届く。



「でもね……、あなた一人で背負わなくても良いじゃない。麦野さんの言う通りだよ、皆生きてるんだよ?
 10032号も14510号も20000号も番外個体もあなたのクローンも確かに怪我はしちゃったけど、生きてるんだよ。
 皆はそんな言葉求めてはいないけど、ゴメンなさいは、いつだって言えるんだよ?」



「一人じゃないじゃない。ヒーローさんもシスターさんもお姉様も此処の人達も、皆、皆あなたを助けてくれたじゃない。
 一人で背負おうとしないで。失う事が恐いなら、ミサカがいつだって証明してあげる」



「ミサカがいつまでもあなたの隣で生き残って、絶対にいなくなったりしないんだって証明してあげる!!」




745 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:49:01.89 o1rSeKJC0 372/491




ゆっくりと一方通行に触れた打ち止めが、そっと彼の羽織るシャツに触れた。



「ミサカのYシャツ……ちゃんと着てくれてるんだね……
 ねえ、知ってた?大好きな人のシャツを着るのって『離れていてもいつも一緒にいるからね』って意味なんだよ」



そして、そっと愛しいその人を抱きしめる。





「ミサカは永遠にあなたと一緒にいます、ってミサカはミサカは宣誓してみたり」





一方通行の両腕が、ゆっくりと打ち止めの背中に回った。
壊れ物でも扱うかのようにそのまま静かに力を込める。



「―――――――――あり、が、とォ……」



しゃくり声が混じった。
二重に響く鳴き声が鉄筋とコンクリートに囲まれた部屋いっぱいにBGMとして流れ始める。




746 : 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇)[saga] - 2011/01/17 21:50:16.11 o1rSeKJC0 373/491




精神年齢変わらないんじゃないかコイツらなんて思いながらも意地らしい2人を横目で見遣った麦野は
茫然と座り込んだままの結標を揺り起こしながら



「いつまでボケーッとしてんだ座標移動。一方通行クローンのショタ個体でも探さなくていいわけ?」

「あ、そうだった!妹達の上位個体みたく幼く出来てる可能性もあるわけよね!!」



跳び起きた結標に能力の調子を確認すると年上としての意識か、
はたまた元来持ち合わせていたリーダー気質なのか部屋全体へと収集を掛ける。



「ホラ。管轄としてはアンタの責任なんだから、きちんと最後まで指揮取りな第一位」



一方通行が一度眼を閉じ、深く息を吸い込んだ。
スペイン星教からの魔術師。未だ姿を見せない残りのクローン。妹達の安全―――――
学園都市第一位の頭脳をフル稼働し最善の案を構築する。



「――――――科学と魔術の最終決戦の始まりだァ」







物語の、最後の幕が音を立てて上がり始めた―――――――――。








続きます。

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