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【第一部・前編】
の続きです。
いつも通りのHR。
いつも通りの薄らハゲた担任。
しかしながらその隣。
「えー、突然だが」
なんで。
「急な事故で入院された藤崎先生に代わって『能力開発概論』を担当することになった
特別非常勤講師の先生を紹介する」
なんで。
「――――― 鈴科です、宜しく」
なんであの人ウチの学校来てんのぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!!
≪ 第五話 部屋と臨時講師とミサカ ≫
7日間に渡る大覇星祭は滞りなく終了した。
結果は惨敗。
上位30校にすら入れなかったが、ミサカの頑張りはお母様がしっかりとビデオに残してくれた。
お父様とお母様はまだ学園都市内のホテルに残っている。
お母様曰く、
「学園都市はなかなか立ち入れないんだし美琴ちゃんや他の妹達ともっと遊んでから帰る」
とのこと。
カエル先生の所に健診に来た番外個体は現在我が家に居候中だ。
再び風呂に侵入しようとしたところをミサカが撃破したのは言うまでもない。
しかしあの上位命令文対策は厄介だ。
ああいうものはもっとモラルのある個体に付けてあげて欲しい―――― アレ?いなくね?
今朝も朝ごはんの内容に関して番外個体と一悶着終えてから
(我が家の朝ごはんは米でなくパンだ!あの人のコーヒー事情の為にもこれだけは譲れない!)
ミサカは登校したのだが……
確かに。
確かに今朝あの人は言っていた。
「暫くいつもの研究所じゃなくて別ン所に仕事行くことになったから」、と。
これだけなら以前もあったことだ。
例えばそれは別の研究機関の視察であったり、カエル先生のところのお手伝いであったり、
各教師陣に向けた授業としての能力開発の指導であったり。
でも。
ウチの学校に来るなんて聞いてない!!!!
あの人もドッキリ☆サプライズなんて決め込めるようになったのねオチャメさん♪
なんて言ってられるかァァァアアアアア!!!!!!
「ちょ、ちょっと!なんであなたがこんな所に!ってミサカはミサカは……!!」ガタッ
(てゆーかあの人前に学校来てなかった?)ザワ…
(あー、なんか御坂さんの彼氏?とか言ってなかった?)ザワ…
(え!彼氏が講師とかヤバくね!?)ザワ…
YABEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!!
あばばばばばばばどうしよう!調子のって彼氏とか言うんじゃなかった!
「何で来てるのお兄ちゃんったらプンプン☆」ならまだマシだったものをををををを!!!
「どうした御坂?急に立ち上がって」
「イエ。何デモゴザイマセン、トみさかハみさかハ即座ニ返答致シマス先生様」
ああ、これからどうしよう。
「先生ぇー、御坂さんとはどのようなご関係ですかー」
「妹だァ、いもォとォ」
「先生ぇー、でも名字違うんですけどー」
「家庭の事情だ察しろォ」
「先生ぇー、彼女とかいますかー?いなかったら是非候補に……!」
「好みのタイプはハタチ以上、人のことをアレコレ詮索しない女ァ」
担任が居なくなった途端コレだ。
後はお若い者同士で、って お 見 合 い か。
というかやっぱりあなたはミサカのことを妹としか思ってなかったのね……!!!
二十歳以上、二十歳以上って!!!!
結局、あの人への質問タイムはかれこれ20分以上続いた。
「先生ぇー、おっぱいは大きい方が好みですか、ってミサカはミサカは 「黙れ」
部活動を終えて職員室を覗いてみると、講師としてのあの人の席が確かに用意されていた。
見ればあの人も既に仕事を終えているようだったので、
状況説明も兼ねて一緒の帰宅を要求することにする。
隣同士の座席に座った学校指定のスクールバスに揺られながら二人は帰路に着く。
しかしあの人を誘っておいて何だが、何から聞けばいいのか全くわからない。
「ね、ねぇ……ってミサカはミサカは不安げにあなたに尋ねてみたり…………」
「…………何をだ」
「また、危ないことしてるワケじゃ、ないんだよね、ってミサカはミサカは確認してみる」
『何故ウチの学校に来たのか』、『どのような経緯でそうなった』のか。
本当はそんなことどうでも良かった。
一番聞きたかったのはそんなくだらない事じゃなく、『何に関わってそうなったのか』、だ。
かつてあの人は、『妹達』を護る為に何度も命を落としそうになった。
だからこそ、
「また、あんな風にケンカしたりしないよね、ってミサカはミサカは聞いてみる」
「……、あァ、約束する」
昔に交わした意味のない約束を、打ち止めはまた口にした。
「講師として潜り込むだァ?」
「ああ。敵の出方が解らない以上、『妹達』の司令塔である最終信号の警備は厳重にすべきだろう」
一方通行達は自らに宛がわれた一つの個室で
情報交換とこれからの作戦及び対応について話し合いを進めていた。
そこで出てきた提案がこれだ。
「それについては俺だって同意だァ。だが………些か無理がねェか」
「大丈夫よ、あの子の学校の教師を一人『事故』で入院させたから」
「それは傷害事件って言うンじゃないンですかねェ。―――それにしたって無理があるだろォ」
いくら教師を一人入院させたところで、都合良く自分を教師の座に納められるとは思えない。
「一体どンな手段を使うつもりだァ?」、そう一方通行は訪ねようとしたのだが。
「何の為にお前を表舞台に立たせたと思っている。この為だろう?」
「違ェよ少なくともこの為じゃ絶対ねェ。つーか俺に『どうにかしろ』って言いてェのか」
「 b 」
「なンだよあの親指圧し折ってやりたい」
「文句があるなら自分が変わりましょうか。適当な野郎の皮剥いで転校生として潜り込むとか」
「死ね海原キモい」
「死ね海原ウザい」
「死ねロリコン死ね」
「だって!!一方通行さんはその生活の何処にそんな不満があるって言うんですか!?
この前は御坂さんと義母様とお買い物に出かけて!
果てには現在ちっこい御坂さんとおっきい御坂さんと絶賛万歳同居中!!!
コレで文句を言うだなんて全世界のミサコンに向けて土下座して謝って下さい!!」
「ミサコンとか」
「義母様とか」
「死ね海原死ね」
そんなこんなで、
一方通行はこれまでに築いてきた自分の全コネを使って特別非常勤講師に就任するとなった。
これが彼のプライド諸々と引き換えになったことは、彼と当事者の内緒である。
打ち止めと一方通行が乗ったスクールバスは彼女らが籍を置く学校の学生寮前で停止した。
当たり前だ。
本来なら在籍する殆どの学生が此処に住まうのだから。
打ち止めは『妹達』特有の短い寿命や、
未だ複雑な立場にあるための「何かあっても一方通行と一緒なら安心だから」といった理由から
『体が弱い為』と偽って学生寮の外にあるマンションで暮らしているに過ぎなかった。
したがってバスを降りた二人は自分たちの住処まで5分ほど徒歩による交通を余儀なくされた。
形だけの『約束』に納得はしたのか、
今日は学校で何があっただの、あなたはどうだったかだのと次々と話題を出す打ち止めは饒舌だ。
「それでね、今日のミサカのお弁当はあなたがつくったんだよ、って教えてあげたら――――」
ふいに、一方通行が足を止めた。
彼がどうしたのか解らずに、打ち止めは自身も足を止めて隣を歩いていた彼を見上げる。
「――――ねぇ、どうしたの、ってミサカはミサカは……………」
「…………三下だ」
言われて前を見やれば何がどうあったのか往来でボインの女性を押し倒すヒーローさんの姿があり
そりゃああんなもの見せられた日にはビックリして足も止まるわ、と思わず納得してしまった。
「こンな所で何やってンですかァ、三下くンよォ」
「ア、一方通行に打ち止め………!!いやこれは違うんですよ?
転びそうになったこの人を助けようとしたら偶々こうなって―――蔑んだ目で見ないで!!」
どうやら無意識のうちにヒーローさんの価値を生ゴミと同レベルまで格下げしていたらしい。
「やっぱり華のジョシコーセーがあんな所見ちゃったらそりゃあ幻滅だよな………ハハハ」
とゴミ条はこちらを見て申し訳なさそう(威厳を失ったことを嘆いていたのかも知れない)に謝って来た。
「つーか三下ン家は方向コッチじゃねェだろ、まァたお人好し精神丸出しの人助けですかァ?」
「いやお前の所にレポート聞きに行こうかと思ってたんだよ、能力開発概論。
ビリビリに電話してみたけど繋がんないし、上条さん馬鹿だからお手上げなんですよ……………………」
でもやっぱり年下の女の子に勉強教えて、って言うのは恥ずかしいから良かったカモ。
今日はヒーローの面目丸潰しだ。
上条の申し出にハァ、と心底面倒臭そうに溜息をついたあの人は、
「仕方ねェな。ならクソガキ連れて先ィ家帰った後、一端自分ン家戻ってあのシスターも連れてこい」
「え、インデックスも?何で?」
「オマエに理解させるとなると時間かかりそうだから
暴食シスターが喚きだす前にウチで飯食わしてやるっつってんだよ、ゆゥはン。」
あ、アクセラレータ様ァアァァアアアアアア!!!!!!!!!
あのシスターの食費が2食分(このパターンはいつもお泊り・朝食付きに変更されるのだ)
浮くと言うのだからヒーローさんの喜びっぷりも解るというものだ。
だが、ミサカには一つ納得できないことがある。
「どうしてミサカ達に先帰れなんて言うの?ってミサカはミサカはスルーされた問題を突きつけてみたり!」
「学校に書類忘れて来ちまったんだよォ、明日までの。だから先帰ってろ」
「なら俺ン家行ってインデックス連れてきてから一緒に………」
「ガキには宿題とか色々あるンですゥ。この前のテストだって酷かったし――――門限は8時だ」
「いやそれ少し過保護すぎだろ」
「このガキは中身6歳児なンだよォ」
「でも!今時の女子高生に8時はキツすぎるよ、ってミサカはミサカは―――あぁ、もうなっちゃう!!」
「だァから先帰れっつってんだァ」
頼ンだぞォ、ヒーローォ。
ヒラヒラと手を振りながら踵を返すあの人に、「行かないで」、とミサカはそう言いたかった。
それが何故なのかミサカにも全く解らない。
そう。ミサカはまた気付けなかったのだ、あの人のサインに。
『頼ンだぞ、ヒーローォ』
あの人が彼本人に向って言う、その違和感に。
9/26 PM 8:05。
家に帰ると番外個体がソファに寝そべって煎餅を貪りながら恋愛ドラマの撮り溜めを眺めていた。
製造ライン的には『妹』に当たるのに、言動だけはこんなにも年上(オバハン的な意味で)染みている。
「ただいまぁ、ってミサカはミサカは一応あなたにも律儀に挨拶してみたりぃ」
「おかえり最終信号。ま、ミサカは一方通行には挨拶するつもりはないけど―――――――」
「いないよ、あの人。学校に忘れ物取りに行った、ってミサカはミサカは残念なお知らせ」
「な、なななななななな!!!ご飯でも囲みながら
『JKに囲まれてどうしたワケ?あ、JKなんてアナタには解らないかごっめ~ん☆』って
バカにしようと思って折角ミサカがわざわざ帰宅に合わせてご飯作っといてあげたのに!!」
「長いし文章おかしくなってる。あの人が講師になったの知ってたんだ、ってゆうか
朝料理できないのバカにされたこと実は気にしてたんだねってミサカはミサカは―――――」
「料理~?べっつに気にしてませんけどぉ~?
この経験知得るためにミサカネットワークに繋いだりしたワケじゃないですけど~?」
「あぁ、昼間の『男を落とす手段って言ったら料理だけどお前らできるの?』って挑発は
反論する別個体から言葉巧みに情報を聞き出すためだったんだね、ってミサカはミサカは思わず説明口調になっちゃうよ」
しかし確かに美味しそうな匂いである。
夕飯にベーコンエッグとトーストという組み合わせもアレなのだが。
朝食に寸分違わず出された同じメニューは料理に一心であった彼女の思考からは消えていたらしい。
「悪いんだけどあと10人前追加で作ってくれるかな?
お客さん来るし、ってミサカはミサカはあなたに料理を急かしてみたり」
「ハァ、10人前!?なんでミサカが――――」
「あの例の暴食シスターが来るからやっぱり10人前じゃ足りないかも、ってミサカはミサカは解説を――――」
「だから、な・ん・で・ミ・サ・カ・が!!って聞いてるの!最終信号が作りなよ!!!」
「いいの?ミサカがそんなに大量のご飯作ったら折角のあなたの『お初』が薄れちゃうよ?
ってミサカはミサカはあなたを誘導してみたり」
「た、確かにミサカの処女作が………誘導言うな」
「処女作言うな」
まぁ、取り敢えず姉妹なのである。
ふつーに。
9 / 26 PM 8:20。
「おじゃましま~す!!ってインデックスはインデックスは挨拶してみたり~~!!」
「だから一方通行はそうゆう喋り方の女の子に甘い訳じゃないし、
そんなしてもご飯を多く出したりしてくれもしないから!!あ、俺もお邪魔します」
ヒーローとシスターのご訪問である。
相変わらず賑やかだ。
「だって!良い匂いがしてご飯が待ちきれないんだよ!!ホラ、あそこに美味しそうなご飯が………!!!」
「まだ一方通行帰ってきてないのか―――こらインデックス、家主が帰ってくるまで手をつけちゃいけません!」
『良い匂い』と『美味しそう』の言葉にピクピク反応する番外個体を観察するのは面白い。
いまにもにんまりとした満面の笑みでも浮かびそうな赤面を必死に隠している姿が笑みを誘う。
本当はあの人が帰ってきてから皆で手を合わせたかったのだが、
こんな珍しい彼女の姿を見ていると思わず「ま、いいか」で済ませてしまえる。
「いいよ食べよう。せっかく番外個体の『初めてのお料理』なんだから冷めないうちにさ、
ってミサカはミサカは提案してみる」
「そ、そんなこと態々言わなくていいから!~~~もういい、席についてあの人の分まで食らいつくそう!」
なんだか番外個体ってどこかビリビリに似てきたよな、雰囲気とか。
――――それは『ツンデレ』というのでは、ヒーローさん?
「さて。ではミサカはミサカは音頭をとっちゃうぞ、それじゃ手を合わせて!!」
「「「いただきま――――」」」
「だでェまァ」
「「「「………………」」」」
―――――――こっちのヒーローはこっちのヒーローで、タイミングが悪かった。
9 / 26 8:03
「電話、誰からだったんですか」
「一方通行。どっかから来たストーカーを『回収』に来てくれって」
電話を受けた結標はキャンピングカーで同行していた海原へと包み隠さず報告した。
こんなこと隠したところで意味もメリットもないのだが。
「一人情報提供してもらうことになったから『カウンセラー』を呼んどけって」
「――――彼女ですか。
先日も『お仕事』して頂いたばかりですし、また一方通行さん絡みとなると良い顔しないでしょうね」
「新しいドレスの1つや2つ買ってやれば多分問題ないわよ、アイツ無駄に金あるんだし」
しかし、最近何かと『仕事』が多い。
こんなときは何か大きな『事』が起きる前触れだ。
―――フラグを立てるようなでしかない自分の考えに、結標は今日も溜息しかつけない。
9/26 PM 8:25
「………つーかなンでハムエッグトースト?」
夕飯を囲んだ後は
(結局シスターは15人前を食らい尽した。あの人の疑問には番外個体の鉄拳制裁が与えられた)
各々好きなように騒いでいた。
ヒーローさんはレポートの解らない箇所を聞いてはあの人に馬鹿にされ、
しかしあの人も時にその分野について教師にも教鞭を振るう立場にあるからか意外な教え上手らしく、
「あぁ!俺学園都市来てこれ初めて理解出来たわ!」なんて言ったりもしていた。
―――――よく大学まで行けたな、と思う。
シスターはミサカと一緒に先日買ったDVD『超起動少女カナミン THE MOVIE ~初回限定生産版~』を見ていた。
番外個体に関しては「これ配達屋さんから受け取ったのあの人だったんだけど、」
と洩らしてしまってからはもの凄い食いつきを見せ、
内容を見た上であの人がどれほどオタクに見られたのかからかおうとしたらしいが―――――
――――――ものの5分でカナミンの素晴らしさに陥落してしまった。
「素晴らしい映画だった。カナミンは大人の鑑賞にも堪えうる映画だよ………」
そう洩らす番外個体もそしてミサカも、やっぱり中身は6歳児だった。
9 / 27 AM 2:08
「まだ起きてたんだ、ヒーローさんはお隣で爆睡みたいだけど?」
夜半唐突に目が覚めた番外個体は、水でも飲もうと廊下を出たところでリビングに灯りが点されていることに気付いた。
誰かさんが付けっぱなしで寝てしまったのだろうかと思い部屋を開ければ、
そこでは一方通行が携帯電話を片手に顰めっ面で座り込んでいたために冒頭に戻る。
「それも、帰りが遅くなったのに関係するワケ?」
それ、と番外個体が指さすのは一方通行の手に握られた携帯電話だ。
正確に言えば彼が先程まで睨みつけるようにして見ていたそのメール画面。
「関係ねェだろ」
視線を反らすように眼を背ける一方通行に番外個体は品の悪い笑みを浮かべながら言い放つ。
「このミサカがさぁ、気付かないとでも思ったワケ?――――アナタが持つ血の匂いにさぁ」
口元に大きな弧を描く番外個体は心底嬉しそうといったもので、その笑みには既に狂気が宿っている。
「ま。あなたが何しようが『何処』にいようが、あなたの言うとおりミサカには関係ないんだけどね。
でもそれが思わずミサカも勃っちゃうくらいアブなくてオイしい一品なら………あえてミサカも絡めてよ」
興奮してきちゃったから今夜は寝られないかも♪
そう言い残してリビングを出た番外個体に一方通行は一つ舌打ちした。
――――――迂闊だった。
『反射』が万全だった昔とは違うのだ。
能力使用モードを切れば、途端にそれらは作用しなくなり彼にその場の様々な物を押し付けてくる。
例えばそれは音であったり、痛みであったり………匂いであったり。
敏感なアイツならば確かに気付いてもおかしくはなかった。
このままではいけない
今後は何か気を遣わなくては、アイツらにいつか『バレかねない』。
「――――クソったれが」
自身の言葉がこの腐りきった現実に向けてのものなのか、はたまた自分自身へのものだったのか。
理解できるものは本人も含めて誰もいない。
誰も、いない。
いまは。
9/26 PM 7:59
「対象が二手に別れたぞ………どうする?」
「仕方ない。1班は対照コード:Aを、2班は―――――」
「――――――どっちも相手は『俺』だよォ」
路地裏の男達は驚愕した。
先程まで彼らが見張っていたうちの一人が『いつの間にか』自身らの目の前にいたのだから。
「鬼ごっこっつゥのは大勢でやるもンだろォが。二手だなんて連れねェこと言うンじゃねェよ」
瞬間、彼らに突風が突き刺さった。
吹き飛ばされたのではない。『刺さり飛ばされた』、そんな表現が的確だった。
ダメージを何とか押し込めて反射的に銃を向けるが、
徹底的に『対象』についての情報を叩きこまれた彼らはそれが『無駄』であることをとうに悟っていた。
そもそも、彼らは『対象』を討つために此処にいるのではない。
あくまで『対象』の動向をさぐるために見張りとして用意されたにすぎないのだ。
それなのに。
それなのに、何でこんなことに。
「うわぁあああああああ!!!!!!!!!」
叫び声をあげて逃げ出す男は、それが表通りへと伝わる前に首が跳ねられた。
無駄と知りつつ武器を振るった男は、案の定『反射』によって跳ね返った自身の弾で絶命した。
その他腰が抜けてしまった男、
恐怖に固まってしまった男、茫然と立っているしかなかった男は優しく拳銃で撃たれ死んだ。
一人、その場で殺されずに『敢えて』残された男が居た。
男は血の海に沈む同僚をただ茫然と見下げていた。
「さァて、オマエは行きますか」
唐突に放たれた『対象』の言葉に、男は彼へと静かにその眼を向けた。
そして、海となった血が凝縮されたような濁った瞳と限界まで釣り上げられた口角を見て、
「嫌だぁぁああ!!!!!行きたくない、死なせてくれぇええええええ!!!!!!!」
喚き散らす男になど眼もくれず、男の『対象』であった青年は彼の首元へとそっと手を当てた。
すると、
「ぐ、が、ぁあぁああああぁああぁぁぁあぁぁあぁあああああああああ!!!!!!!!!!」
朝締めされた鶏のような一声を上げて男が地面に倒れた。
男の眼球がぐるりと白目を向き、口元から噴き出した泡と共に彼の顔面を白く塗りつぶす。
「あーあ、やっちまったァ。――――まァ死ンじゃァいねェだろうが」
男からの興味が失せたのか、青年は携帯電話を取り出すと慣れた手つきでそれを操作し始めた。
着信ボタンを押したらしく、耳に携帯を当てると待ち時間が惜しいのかイライラと貧乏揺すりを刻む。
「はい、もしもし」
1分ほどしてやっと出た相手に暫く文句を零していた青年だが、とうとうそれすら馬鹿らしくなったらしい。
「さっさと来い」と要件を告げると自分勝手に電源ボタンへと手を伸ばした。
ピッ、と軽く音を立てて通信がと切れると青年はまるで何事もなかったかのように帰路を辿る。
あの暖かい家に戻る為には、何事も『無かったこと』にしなくては、ならなかった。
月日が経っても変わらないものがある。
それは信念であり、理想であり、関係であり、
そして。
『一方通行な思い』である。
『部屋と臨時講師とミサカ』(完)
>>148 「ビリビリに電話してみたけど繋がんないし、上条さん馬鹿だからお手上げなんですよ……………………」
これは、上条当麻から連絡を受けた筈の御坂美琴の、その裏側を描いた物語である。
『その幻想をぶち殺す!』
『その幻想をぶち殺す!』
隠し撮りされた着ボイスは、隠し撮った本人の喘ぎ声によって掻き消されていた。
「あぁん、お姉様!!そんな、そんなことをされては黒子はぁああん!!!」
「人の制裁を何キモチ良く受け止めてんのよアンタは!!いいから私の下着返しなさい!!!」
「で、ですがお姉様!!
黒子にあの殿方の使い終わった割り箸やらストローやらを回収するよう申されたお姉様には
そのようなことを要求する資格はないかとあばばばばばばばば」
「そ、それとこれとは話が別でしょ!!それにアレはゴミを拾う環境対策であって、
アンタのはまだ私が使ってるパンツを盗ったんだから窃盗よ、窃盗!!」
「……お姉様。『50歩100歩』、『どんぐりの背比べ』、『同じ穴のムジナ』―――どれがお好みでして?」
御坂美琴は気付かない。
そこまで求愛する愛しの殿方から、いままさに救いを求める声が自分に発せられているということを。
『その幻想をぶち殺す!』
『その幻想をぶち殺す!』
――――― 彼女が着信に気付くまであと5時間。
――――― 彼女が電話の内容を聴いて『プライベートレッスン』の幻想がぶち殺されるまであと…………
とある日曜日の午後。
上条とインデックスは二人揃って散歩をしていた。
ここ最近大学の関係で忙しかった上条はインデックスに構ってやることができず、
久しぶりに取れた休日に何がしたいかと尋ねれば「とうまと一緒にいたい」と彼女が申した為であった。
しかし。
最初は『二人きりの静かで穏やかな時間』に終始笑顔だったインデックスの表情も、
今では阿修羅もビビって引くほどの形相を描いていた。
【小ネタ】 ヒーローさんとシスターさん
当然である。
相変わらず超フラグ体質を誇る上条当麻は、
ここ1時間で既に10人の『知らない女性』とハイパー・ボディ・アタックを繰り広げていたのだから。
最初の一人はおムネの大きなお姉サンだった。
上条は急な貧血に倒れかかった彼女を支えようと腕を伸ばしたところ、
何がどうしてああなったのかそのたわわに実った果実を右手でもいでいた。
二人目は丁度打ち止め位の女子校生だった。
公園に拡がる大きな通りですれ違った少女と上条は、
急な突風に広げ上がった短いスカートの中の可愛らしい苺パンツを目撃することになった。
それも丁度上条にしか見えない位置取りで。
三人目は小学生の女の子だった。
石に躓いて転びそうになった女の子を庇おうとして体を張った上条だが、
結果女の子が自身の股間にダイブすることとなった。
そして四人目は………ああもう話すことすらイライラする。
とにかく。
上条の女性ホイホイ体質は熟年むっちり女からピチピチ女子高生、果てはぺったん幼女まで
幅広いバリエーションを伴って各所で彼にフラグを築かせた。
此処までの物を眼の前で見せつけられれば、嫉妬で噛みついたとしても誰も怒らないだろう。
インデックスはそう思う。
短髪はとうまと一緒に暮らす自分をよく羨んでいるが、これはこれで辛いものがあるのだ。
「ねぇ、とうま」
だからこそインデックスは時折確認する。
こんなに沢山の、
中には自分も物凄く可愛いと感じるような女の子達に囲まれた彼の隣に今自分が居ることが、
彼にとって『不幸』ではないのかと。
「私は、とうまと一緒にいたくてイギリスに戻らなかったんだよ……?」
すなわち。
彼も自分といることを、望んでくれているのかと。
「とうまは、私といて、楽しい?」
インデックスはこの一言を発する為に多くの覚悟と決断を乗り越える必要がある。
もしとうまが「別に」と言ったら?
もしとうまが「帰れ」と言ったら?
もしとうまが「嫌い」と言ったら?
だが彼は、そんな覚悟すら簡単に『ぶち殺して』、いつだってこう返してくるのだ。
「インデックスみたいな可愛い子が『一緒にいたい』って言ってくれて、上条さんは幸せ者ですよ」
いつだって、こう返してくれるのだ。
「……そっか」
「そうだよ」
どんなに鈍感だって。
どんなにオトメゴコロが解ってなくたって。
だからこそ、自分は。
「あ、御坂妹だ。おーい、一緒に散歩しねぇー?」
「もうっ、とうまのバカ!!!」
彼から、離れられないのだ。
『ヒーローさんとシスターさん』(完)
9/26 PM 6:00
「―――つまり、あのクソムカつく第一位サマをぶっ潰そうって考えは同じなワケだ」
「ああ。だがアイツの周りをうろついてる『グループ』の連中がどうにも邪魔だ……
なら手ェ組んでもいいと思わねぇか?あのガキを絶望の果てに追いやるためによォ―――」
差し出された右手をそっと見遣ると、いずれ訪れる未来を想像してその口元に弧を描いた。
「俺が『グループ』、アンタが『妹達』を相手どるってワケか………いいぜ。乗ってやるよ、
―――木原数多サン?」
垣根は自身の右手を差し出して静かに相手のそれを握り返した。
その瞬間、『狂犬部隊(クレイジードッグ)』と『ケルビム』との間に同盟関係が結ばれた。
9/27 AM 8:00
「……うま、とうま。起きるんだよ、とうま」
――――なんだ?朝か?
現在時効が朝であること、目の前にいるのが同居人のシスターであること。
この2つを認識した瞬間、上条の寝ぼけた頭は一気に覚醒をみせた。
「ゴメン、今すぐ朝飯作りますから噛まないで!」
「何言ってるんだよ、とうま。朝ごはんならあくせられーたがとっくに作ってくれたんだよ」
―――あくせられーた?
「とうまを起こしてこないと食わせないってイジワル言うんだよ!だから早く来てほしいんだよ、とうま!!」
―――ああ、そういえば昨日は一方通行の家に泊まったんだった。
完全に目覚めたと思っていた頭はどうやらまだ寝ぼけていたようである。
インデックスに促されるまま布団を抜け出せば、寝起き特有の肌寒さが上条を襲った。
「とうま、はやくぅ!」
「………今行くよ」
そういえば、布団で寝たのは久しぶりだった。
上条がリビングに顔を出せば、テーブルの上にはすでに温かなフレンチトーストが置かれていた。
「起きたら朝飯が並んでるとか……なんか感動して泣きそうかも」
「今朝はあの人がフレンチトースト、番外個体がサラダ、ミサカがコーヒーを用意したんだよ!ってミサカはミサカは皆でヒーローさん達をおもてなししたことを主張してみる!」
「ほら見なさいインデックス、普通家事はこうやって分担するもんなの!」
「む、むうぅ……私は機械とか苦手だから仕方がないんだよ……」
「お前が学園都市で生活始めてからもう何年経ってると思ってるんだよ!そんな言い訳通じませんっ!」
「いいから黙って食い始めろォ!!特にクソガキィ、遅刻してもしらねェからなァ」
「ミサカは関係ないからしーらないっ」
まさに鶴の一声と言わんばかりに皆が(お構いなしに一方通行をからかう約一名除く)黙々と、
多少焦りながら食事を勧め出した。
一方通行は仕事が、打ち止めと上条には学校がある。
食事を終えた3人は二手に別れ、それぞれの目的地へ向かった。
インデックスは番外個体のいる彼らの家にそのまま居座り昼食まで貰う気マンマンである。
スクールバスへと乗り込んだ一方通行と打ち止めは、
朝の柔らかな陽ざしに瞼を擦りながら欠伸を噛み殺していた。
「おいクソガキ、今日は用事があるから帰りは一緒な」
「え!?あなたから一緒に帰ろうだなんて珍しい、ってミサカはミサカは大歓喜!!」
二人の会話は途切れることなく、学校に着くまでの間和やかに続いた。
9/27 PM 1:01
土御門元春、結標淡希、海原光貴。
かつて『グループ』という小組織で苦楽を共にした3人は、与えられたキャンピングカーの中で互いの情報を交換し合っていた。
拡大化した『組織』の中には情報を持った面子は他にもいそうなものだが、その情報がどれ程信用できるか、どれ程価値のあるものか。
それらを考えるとどの程度で情報を「掴んだ」と言い出すか解る分だけかつての同僚の方が、都合が良かったのだ。
そう考える節は、現在欠けているもう一人にもあると言える。
「結論から言えば、彼の『肉体復元』を行ったのは統括理事会の子飼いとしか思えません。
………しかし、何故理事会なんでしょう」
「そりゃあこの現状が自分にとって邪魔以外の何物でもないからだろうな。
アレイスターの在命を偽りながら統括理事会全体で学園都市を指揮し、
学園都市にとって『危険分子』と見做された人間は『俺達』が処理していく――――
―――――そういう体でありながら、実際は『俺達の理想とする学園都市』から外れた人間を『俺達』が処理し、
『俺達の理想とする学園都市』を創れる人間……つまり親船最中が自然と理事会の中でも突出する。そういう現状がな。」
そう小首を傾げながら切りだした海原に対し、
可愛くないぞと冷静な突っ込みを一つ入れてから土御門は必要なことだけを淡々と返す。
だが海原はそんな態度には眼もくれず「そうではなく、」と先程までのやり取りを否定する。
「そうではなく、何故『今』、一方通行さん個人を狙って、なのでしょうか。
……これは4年も前から続いていることですし、今まで準備を進めてきたというのなら
計画が割れるのが早すぎます」
「それに、『情報』によれば既に『敵』は別組織と接触を図っているようだし………」
「ああ―――――」
彼らは気付いていた。
培ってきた経験とそれによって得た独自の嗅覚によって。
この事件は、全く違う2つの何かが複雑に絡み合っているということに。
彼らは気付いていた。
9/27 PM 4:20
「――――つまりAIM拡散力場が形成する微弱な能力フィールドは個人によってそれぞれ異なるものであり、
逆に言えばこれを能力や専用機器を使って計測することで個人を特定できることになる
………っと、時間か。ンじゃ今日の授業はここまでなァ」
きりーつ、れーい、ちゃくせーき
授業後の定型文的挨拶を交わすと生徒達は好き勝手にガヤガヤと席を立ち始めた。
このクラスはこの授業で一日の全過程が終わったようだ。
「先生、ここわかんなーい」
「あ私も、教えてー」
新入りの若手(しかも中々顔も良い)教師に異性の生徒が食いつくのも、学校生活の中ではよくあることだ。
群がる女子生徒を追いやりながら、
しかし本当に解らないのであれば教えてやるのも教師の務めなので無下に扱えず
一方通行は慣れない若者特有のコミュニケーションに悩まされていた。
そんな中、
「おっ兄ちゃ~ん、一緒に帰りましょ♪ってミサカはミサカは声をかけて―――――」
……………不幸だ。
打ち止めは学校ではどうやら自分を『兄』と呼び始めたらしい。
まあ説明も面倒なので都合が良いのは俺も同じなのだが。
だが。
「…………………………」
生産されたばかりの下位個体の様な眼でこちらを見るのはやめてくれ。
9/27 PM 10:33
「――――― つまり、統括理事会の失態を断ずるのに、私達に協力してほしいってワケね?」
「ああ。反学園都市・革命組織『リメイク』の中でも理事会の監視・制御を担う俺たちに、な」
女は男の言葉を簡潔に纏め上げると、そっとその重たい腰を上げた。
どうやら『仕事』を受ける気になったらしい。
「OK、ならそっからは私達の仕事だ。そのナントカって組織に了承してやれ」
「『ブレイク』ですよ、超ボケたんですか」
「………そんなこと言ってまたビーム食らってもしらないよ」
共に席についていた他の女達は何やら軽いじゃれ合いついでに一悶着を始めているが、
『仕事』はやる気満載のようなのでまあいいだろう。
「向こう側に良好な返事を返してやらねぇとな」
携帯電話を片手に立ちあがった青年は、
本来そう多くあってはならない久方ぶりの『仕事』に心なしか少し嬉しそうに見えた。
「―――― さて、新生『アイテム』の始動といこうか」
麦野沈利、絹旗最愛、滝壺理后、そして浜面仕上の4人によって構成された『アイテム』の面々は
己らに課せられた『仕事』のために、小さなサロンの扉をそれぞれ開けた。
『上層部の暴走阻止』という、彼らだけの任務のために。
学園都市の表舞台を、その平和を、彼らなりに護る為に。
9/28 AM 9:10
職員室に用意された自分の机の上で、一方通行は項垂れていた。
今朝は学校へ向かう途中ぶつかってきた女生徒が自分に胸を押し付けてくるというイベントに遭遇したのだが、
それを見た打ち止めが自分をゴミを見るような眼で見てくるようになったためである。
昨日のことも相まって打ち止めの自身の株は大暴落しているようである。
――――――俺は何処のヒーローだ。
件の彼を『三下』と蔑むのも忘れ、一方通行は盛大な溜息をついた。
「先生。鈴科先生、」
――――――よくテレビで中年の親父が『娘からの視線が痛い』だとか嘆いているが、アレも思春期特有のソレなのだろうか。
いやいやいや、いくら中年親父共の嘆きが『仕方のないもの』だったところで俺ァまだ20代だぞ?
「鈴科先生、」
――――――だがあのガキももう16、『あなたのパンツと一緒に洗濯しないで!』とか言い出してもおかしくない……
しかしこの前俺のパンツ持ってなんかニヤニヤしてなかったか?あれが嫌悪から来るとは思えねェし……
「聞いてるじゃん、鈴科先生!?」
「うォあ!!!」
黄泉川の怒声にやっとのこと思考の果てから帰還した一方通行は、
『ボーっとしてどうしたじゃん?』と心配そうに尋ねてくる彼女にしかし『子育てについて悩んでました』
などと答えられる筈もなく、適当に言って誤魔化すことにした。
「何でもないならまあいいけど……何か悩み事があるんなら、いつでも言うじゃんよ?」
いくら学校では『同僚の先生』扱いされた所で、彼女にとって自分はまだまだガキのようだ。
「…………おォ」
そんな扱いが、一方通行はムズ痒くて堪らない。
9/28 AM 12:14
現在打ち止めの通う高校は昼休みの真っ最中であった。
そして、一方通行は
女子生徒に弁当を持って囲まれていた。
一方通行が代理を務めることとなった教師はどうやら打ち止めのクラスの副担任だったらしい。
この学校では昼休み、各クラスの担任は教室で昼食を摂ることとなっていた。
学校からの脱走者や後先を考えない無茶な行動による事故を防ぐためらしい。
そして担任が出張などで昼休みを留守にする場合、副担任が教室で昼食をとることになっている。
「ねぇ先生、御坂から聞いたんだけどさー、今日お弁当先生の手作りなんでしょ?交換しよー」
「アタシそのハンバーグ頂戴~」
――――――打ち止めの視線が痛い。
教卓に弁当を広げ食べようとしていたところでこの騒ぎであったために、
打ち止めは少し離れたところに位置する女子グループの中で箸を咥えながら何も申さず
ただこちらをジーっと穴でも開けるかのように見やるだけだ。
「ねぇ先生聞いてる~?」
甘ったれたような女性との声が四方八方から飛び交う。
――――――止めてくれ。お前達がそうする度にホラ、
「……………………」
打ち止めの無言が怖すぎる。
9/28 AM 14:25
「ウイルスの方は既に完成している。だが最終信号の方が上手く捕まえられなくてな」
木原数多は部下から預かった報告書に目を通しながら垣根帝督にそう漏らした。
対する垣根は第一位がべったり張り付いていればそれは難しいだろうと考えながら、
『もう一方』とやらを拝見させていただくことにした。
「なあ。そのウイルスってヤツ、ちょっとばかし見せてくれねぇか?」
「いや、こっちは『狂犬部隊』の方で済ませておく。お前達の仕事は『グループ』の干渉阻止だ。
俺達の分野にまで手間をかけさせるワケにはいかねぇからな」
しかし上手く役割分担されたことで、それも中々上手くいかない。
――――――まぁいいか。あの糞ムカつく野郎の這いつくばる姿を見るのも悪くない。
垣根は既に『ウイルス』から思考をずらし、一方通行の憐れな姿を想像し始めていた。
所詮、『協力関係』を結んだ所で互いに信用や信頼なんてしてはいない。
あるのは相手を如何に上手く使ってやるか、それだけだ。
今は『使われている感』が否めないがいずれ目に物見せてやる………
「安心しろ、何としても近いうちに最終信号は確保する―――――決行は9月30日だ」
この一言が一方通行と打ち止め、
そして学園都市の運命を揺るがすことになるのを知るのは、未だ誰もいない。
第六話(前)『部屋とジェラシーとミサカ』
9/28 PM 16:24
帰路へと向かうスクールバスの中で一方通行と打ち止めは揺れていた。
座席だけでなく、人間関係も。
「女の子達にデレデレしちゃって。やっぱりあなたも『男』なんだね、ってミサカはミサカは呆れてみたり」
「…………おいクソガキィ、一体いつ誰がデレデレなンてしましたかァ?大体あンなガキに興味は―――――」
興味はねェ、そう続けようとした一方通行の目に入ったのは今にも泣き出しそうな打ち止めの姿だった。
思わずギョッとして目を見開くと、目の前の打ち止めは鼻をグズグズと鳴らしながら喋り出した。
「ど、どうせ、ミサカはガキだしっ、あなたの恋愛対象からはズレてるかもしれないけどっ、
ってミサカはミサカは――――――」
もう一度確認しよう、ここはスクールバスの中である。
つまりは彼らが通う学校の他の生徒もいるわけだ。
彼らを知る生徒達は「何アレー?」「ていうか兄妹じゃなかったの?」と口々に囃し立てている。
「ストップ!!泣きやめ打ち止め、続きは家帰ってからだァ!!」
「でもっ、グスッ、ミサカは、ミサカは、………」
「だァア、もォ!!」
泣きだした打ち止めを宥めるだなんてもう何年もやっていない。
昔やった通りで通じるだろうかと懸念を抱きつつも彼女の頭上へ右手を静かに置いた一方通行は、
バスが停留所に着くまでの間、ずっと撫で続けていた。
9/28 PM 11:22
一方通行は風呂に入っていた。
あの後頭を撫でてやった打ち止めは何故か顔を真っ赤にさせて、
これまでの間ずっとボーッとしたまま殆ど反応しなくなってしまったのだ。
(あれじゃまだ怒ってンのかどうなのかも分かンねェしなァ……)
そんな見当外れなことを浴槽に身を預けながら考えていれば、浴室の外から何やらパタパタと足音が聞こえてきた。
自分が入っていることに気付いていないのかもしれない。
そう思い一方通行が声をかけると、
「おィ、まだ俺入って――――――」
「知ってる上でミサカは入ってきたんだけどね☆」
全裸の番外個体が曰く『ワザと』押し掛けて来た。
「な、な、な!!て、テメェ出て行きやがれ!!!」
「いやミサカネットワークから最終信号のジェラシーが山ほど流れ込んできたからさ、その悪意を発散しに」
「だからってテメェ恥じらいってモンがxgl;;djkfhdfj;jioouihhug………」
「ハイ電極対策、電極対策あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
番外個体の持つ『電極対策』の所為で一方通行の体は動かなくなってしまった。
しかも、彼女を押しのけようと体を伸ばしたその状況から、一気に。
まるで一方通行が彼女を押し倒しているようなその光景で。
しかも。
ヒーローから2度も幻想殺しを受けた影響なのか、はたまた彼の体質が感染したのか、
一方通行の不幸はこれで終わらない。
9/28 PM 11:25
夕飯を済ませ落ち着きを取り戻した打ち止めは、
自分は随分と身勝手なことをあの人に言ってしまったと感じていた。
自分のそれはただの嫉妬だ。
それをあの人に当たるというのはお門違いと言うものである。
「――――そういえば、あの人が家に帰ったら教えてくれるって言ってた『続き』って何なんだろう、
ってミサカはミサカはふいに思い出して気にし出してみる」
一度気になるとどうにも悶々としてしまう。
あの人は今お風呂に入っている。
顔を合わして聞くのも恥ずかしいし、浴室を挟んで尋ねても怒られないだろうか。
打ち止めは勇気を出して浴室の前へと顔を出してみることにした。
あの人の『話』とやらをゆっくり聞こうではないか。
ニマニマとした笑いが抑えきれずにそっと足を運ぶと、そこには
「どう、ミサカの胸にダイブしちゃった感想は?あひゃひゃ気持ちイイ?ねぇキモチいい?」
番外個体を押し倒して、その胸に飛び込んでいるあの人がいた。
「な、何してるの……?ってミサカはミサカはあなたに尋ねてみる………」
「……………」
あの人からの返事はない。
「ふ、ふーん……そっか。あなたの『話』ってミサカはダメでも番外個体ならイけるよって、
そうゆうコトだったのね、ってミサカはミサカはあなたに失望してみたり………」
「…………」
「ね、ねぇ、何で何も言ってくれないの?ってミサカは、ミサカは―――――」
「…………」
そうか。
あの人は言い訳すらできないほどに番外個体が好きなのね。
理性では理解できても本能が納得するのを拒絶した。
どうしよう、顔を合わせられない。
あの人の為にもミサカは身を引かなきゃいけないのに。
「す、少し外で頭冷やしてくるね、ってミサカはミサカは飛び出してみるっ!!!」
気付けば足は外へと向かっていた。
何処に行ったところで、ゴールなんて無いクセに。
番外個体は込み上げたまま抑えきれない嘲りをわひゃわひゃと洩らしながら
自分に覆いかぶさる一方通行を見上げた。
「ねぇねぇ、最終信号に捨てられちゃった気分はどうかなって、
ミサカはミサカは尋ねてみたり~あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
しかし一方通行から反応はない。
「あれ~?ショックでフリーズしちゃった~?」
そこで彼女も彼へ電極対策を施したまま放置していたことを思い返す。
―――ああ道理で反応ないわけだ。しまった、最終信号の蔑んだ目をこの人は理解できたろうか。
別に処理しきれていなかったところでコチラが後で教えてやれば問題ないのだが、
折角なら彼自身の目で確認した『最終信号があの人に向ける嫌悪』をトラウマとして刻み込んで欲しい。
「ほい、電極対策解除っと☆」
プハァ!っと息を吐き出した一方通行をどうからかってやろうか。
番外個体が口元に大きな三日月を描きながら彼を見やると、
一方通行は、番外個体ですら今まで見たことのないような恐ろしい形相で周囲を確認していた。
これは羞恥や外聞を気にしてのものではない。
家族や友人を殺した憎い敵とでも対峙するかのような、この貌は。
「―――――打ち止めは何処行った?」
答えられない。
唇はワナワナと震えるだけで、言葉が紡ぎだせない。
「―――――もう一度聞く、打ち止めは何処へ行った?」
「あ、あ、あ、そ、外………外の、何処までかは、しら、しらない………ミサカしらない……」
チッ、
『使えない』。あの人の舌打ちがそう代弁しているかのように感じた。
現に一方通行は番外個体の返答を聞いた途端、
簡単にタオルを巻いただけの状態で自室へと駆け込み携帯電話を手に取っていた。
まるで全ての興味が最終信号にしかないかのように。
ちょっとイジり倒してやるだけのつもりだった。
それが、こんなにも彼を怒らせるなんて、思わなかった。
9/28 PM 11:28
『――――土御門か。打ち止めが勝手に家を出た、一人でだ』
一方通行からの連絡を受けた土御門は仰天した。
アイツは今の最終信号の立場というものを理解しているのだろうか。
「っ、なんで一人にした!?今最終信号を捕獲されたら全部終わりだぞ!!」
『…………結標を寄越せ、俺の自宅付近を捜させろ。俺も直ぐ行く』
「結標は話を聞いていたからもう向かった!!俺の質問に答えろ、何をしていた!?」
『……………』
一方通行は応えなかった。
彼も自分の非を理解してはいるのだろう。
これ以上アイツの相手をしていても無駄だ、と判断した土御門は一方通行からの連絡を切ると
どうしたものかと考え始めた。
――――――やはり情報を掴んだ時点で潰すべきだったか。
しかし、『敵』が組んだ相手や協力関係に同意した組織の目的などを調べなければ何度だって『脅威』は湧く。
だからこそ一方通行はこの作戦に同意したというのに。
「ックソ、」
計画を全て組み替えなければならない。
どうする?どうする―――――土御門は思考に耽る。
考えることを止めた途端全てが終わってしまう、これがクソッタレの『現実』というものだった。
9/29 AM 1:03
「………見つからなかったわ」
最終信号の捜索に出かけた結標と彼女の部下である少年達からの報告は酷く簡潔なものだった。
「一方通行は?」
「一度家に帰ってみる、って。居なければ『妹達』の下位個体にネットワークから探させるとも」
確か現在一方通行の自宅には番外個体だとかいう『妹達』のシリーズが一人いた筈だ。
ネットワークからの捜索なら見つけだすことができるかもしれない。
「『能力追跡』は現時点では使えないからな、最悪『敵』に捕獲されていることも考えると……」
「でも、『ブレイク』とやらの背後が割れるまではこっちも手を出せないんでしょ?」
「『妹達』を利用されれば学園都市というシステムが崩壊する。優先させるはどちらか、だ」
そうね。
納得した結標は戦闘態勢に入ることを仲間に告げるため席を離れようとした。
しかし、立ちあがった途端鳴り響いた『連絡』に、彼女は再び座り込むはめになる。
『学園都市在住の『妹達』下位個体が全員消えました!!監視を振り切って自ら何処かへと集まっている模様!!』
絶望の足音が、聞こえた。
9/29 AM 0:58
一度帰宅した一方通行はまず玄関に打ち止めの靴があるかを確認した。
だがやはりそこに彼女の靴はない。
リビングに続く扉を潜れば番外個体が青ざめた顔で床に直接座っていた。
「打ち止めが今何処にいるか、ミサカネットワークから探れるか?」
「あ、………う、うん。今やるから」
やけに素直にネットワークへと潜り始めた番外個体は時折こちらをチラチラと窺いながら
打ち止めの探索を続けていく。
「ミサカネットワークへの上位個体からのここ数十分のバックアップ形跡は見受けられない。
他の個体への接続どころかネットワークへのアクセス痕すら見当たらない。
結論としては、ミサカに最終信号の居場所は…………」
番外個体の言葉が不自然に途切れた。
気にかけた一方通行が番外個体の顔を覗きこめば、番外個体は焦点の合わない瞳を見開きながら
「上位命令文が施行されました。上位命令文が施行されました。
『妹達』最終生産単位『番外個体』は上位命令文の受諾に対し統括理事会の決定を必要とします。
よって『妹達』最終生産単位『番外個体』は統括理事会からの指示を要求します。
繰り返します、上位命令文が―――――」
なンだ、これは………?
一方通行は当初何が起こったのか理解できなかった。
そして、一歩遅れて自分の不注意が『最悪の事態』を招いてしまったことを理解する。
ブブブブブブブ……
無機質なバイブ音がポケットの中から鳴った。
急いで携帯電話を手にとれば、画面は土御門からの着信を告げていた。
「結標達が張っていた下位個体が消えた。監視を薙ぎ倒して自分から出て行ったらしいから……」
「上位命令文による、ミサカネットワークを通したウイルス感染っ――――」
「そっちの個体にもウイルスがいったか。
…………確か『番外個体』は上位命令文の受諾に統括理事会の決定を必要とするんだったな、
保留にしているウイルスから内容を解析することはできるか」
「―――冥土返しの所へ連れて行く。あの医者なら出来るかもしンねェ」
一方通行は番外個体を何とか担ぎ上げると再び玄関へと向かった。
――――彼の護るべきものが、崩壊しようとしている。
第六話 後篇 『部屋とジェラシーとミサカ』 (完)
9/29 AM 1:00
「ウイルスの送信は完了、っと。あとは『時間通りに』あのガキが来てくれることを祈るばかりだな」
下脾た笑みを浮かべ木原数多は立ちあがった。
傍らにはぐったりとした打ち止めが転がっている。
「――――― 検体番号20001号より下位個体への上位命令文送信を完了しました。
繰り返します、検体番号20001号より下位個体への上位命令文送信を完了しました…………」
「さぁて、殺戮パーティーの始まりだ」
そして、物語は幕を上げる。
9/29 AM 2:23
タクシーを使って第7学区の病院へと向かった一方通行は
仰天する看護師たちを無視して冥土返しの下へと真っ直ぐに駆け込んだ。
「おィ、コイツを診ろ」
「君も相変わらず無茶を言うね、急に来ては何でも要求する」
「………つべこべ言わずにオマエはただコイツを診ればいい、殺されてェのか?」
「患者の必要なものを用意するのが僕の仕事だ。そして目の前にいるのは患者だ。…………彼女も、君もね」
一方通行が乗り込んできた騒ぎを聞きつけて看護師たちが集まってくるのを
ヒラヒラと手を振って追いやりながら冥土返しは番外個体を診察台へと寝かしつけるよう
一方通行に指示した。
大人しくそれに従った一方通行は険しい顔に浮かべたギラついた眼で「早く診ろ」と合図する。
「僕は医者だよ?キチンと診るから、君は大人しくしていてくれないかな?」
自分の焦りや憤りを全て見透かされたようで腹が立ったが、
確かにこのカエル顔に当たったところで無駄な時間が消費されるだけだ。
そう思い直し一方通行は気分を落ち着かせるために冥土返しから病室の外へと意識を向けた。
すると、なにやら遅れてパタパタとした足音が廊下から近付いてくるのを感じる。
冥土返しが先陣を追い返したことを知らない看護師がまた来たのだろうか。
一方通行は入院や冥土返しの手伝いで既にこの病院に何度も通っている。
故に顔見知りも多い。
先程のようにあきらかに取り乱した状態なら別だが、彼が戻って良いと言えば大抵の看護師はそれに頷くだろう。
そう考え一方通行は廊下へと顔を出す。
だが、そこにいたのは看護師などでは無かった。
「先生、なんか凄い騒ぎがあったみたいだけど大丈夫か!?」
そこにいたのは一方通行の数倍この病院へと通い詰める、彼の『ヒーロー』だった。
9/29 AM 2:44
「一方通行、お前こんな所で何して………うわっ番外個体!どうしたアイツ何処か悪いのか!?」
「つーか……オマエこそなんでこんな所いるンだよ……」
「いやー、木に引っかかっちゃった女の子の風船取ってあげようとしたら失敗しちゃって……
木から落ちて骨折しちゃったというわけなんですよハハハ……」
てゆうか番外個体のヤツ大丈夫?
なんて暢気に聞いてくるヒーローに一方通行は苛立ちを通り越した呆れしか感じられない。
さて、この厄介な事情をコイツに説明すれば意地でも頭を突っ込んできそうだがどうしたものか……
一方通行が頭の片隅でそんな事を考えているのにも気付かず『ヒーロー』こと上条当麻は
「なあ大丈夫なのかよー?」と(あきらかに無視されているにも関わらず)未だ尋ねている。
一方通行がそろそろコイツを黙らせるかと思案し始めたところで、
奇跡的にもタイミングよく冥土返しがそのカエル顔を二人のいる廊下の一角へと伸ばしながら
「解析終わったよー」と声をかけてきた。
病室へ向かう自分に自然についてくる上条を横目に見ながら一方通行が入室すると、
頭に花瓶でも乗せたかのような奇抜な髪飾りをした女が目の前のモニタを覗きこみながら
何やらカタカタと作業を進めていた。
「おィ、部外者連れ込んでンじゃねェよ」
「彼女はその道のプロだよ。作業効率を考えるなら外部から彼女を呼んだ方が速かった」
女は「これが解析結果になります」と端末用のメモリを差し出しながら律儀にも一方通行に向けて答えた。
「私が気になることは沢山あります。そこの女性のことも解析結果の内容も含めて、沢山。
でも絶対にあなたにそれを聞くことはありませんし、他言もしません。―――プロ、ですから」
「……………」
女は真っ直ぐな目を持ってして一方通行に応えた。
一方通行もその誠意に対しメモリを受け取る傍らしっかりと頷き返すことで答えた。
そしてクルリと踵を返すと未だ一人状況の掴めていない上条へと、彼は初めて『依存』をした。
「ミサカネットワークから『妹達』に『ウイルス』が感染した。
番外個体だけはそれに該当しなかった為に、その『ウイルス』の内容が解析できた。」
「なんだって!?なら俺も『ウイルス』を流したヤツらに………!!」
「だが!これが『敵』に知られれば、番外個体が狙われる可能性がある。…………だから、
―――――だから、コイツを、オマエが護ってくれ。必ず、絶対に、無事に、オマエが!!」
今の一方通行に恥も外聞もない、プライドはとうに捨てた。
彼が『信頼』して何かを託すことのできる相手は限られている。
そして、限られた中に存在する人間のうち危険を承知で巻き込める相手は殆どいない。
「俺は打ち止めを助けに行く。だからオマエにしか、頼めねェ」
上条当麻は一方通行の真剣な眼差しを受けながら驚いていた。
彼が自分を頼ってくれたことに、誰かに助けを求めてくれたことに、
一人で背負い込まなくなったことに。
だからこそ敢えて上条は懐かしい言葉を持って彼を送りだした。
「―――――死ぬなよ」
「―――――互いにな」
一方通行は病室を後にした。
上条当麻は番外個体の眠る寝台へと向かった。
そして、『ヒーロー達』はそれぞれの戦場へと赴いてゆく。
9/29 AM 4:13
病院を出た一方通行は自身の端末へと早速メモリを指し込んだ。
上位命令文の正確な送信日時、速度、『妹達』への浸透率などを眼で読み捌きながら
彼は目的とする『命令文の内容』を探す。
「―――あった、コレか!!」
『妹達』全下位個体へと送信。
学園都市在住の個体は上位命令文を受諾次第ミサカネットワークより送信される上位個体所在地へと集合。
その他個体は待機。
9月30日0時00分を機に各自武装し可能な限りの人間を殺害すること。
「――――――ハッ、嗤っちまうほどにクソッタレな内容じゃねェか」
打ち止めの誘拐。
『妹達』を媒介としたミサカネットワークの使用。
9月30日。
木原数多。
「つまりは、あのガキは何の関係もねェ、俺への私怨って事だろォが――――」
一方通行はその他の内容を一通り確認すると携帯電話を取り出し再び連絡を取り始める。
「土御門か、こっちは上位命令文の内容が掴めた。今から送る。………そっちはどォだ」
『待て、先にそっちを確認する――――なるほどな大体掴めた。
後は『狂犬部隊』の潜伏先と誰が木原数多を『復元』したのか、
そして誰が『ブレイク』に情報を売ったのかが判れば完璧なんだが…………』
「後の二つはともかく『狂犬部隊』の潜伏先は判る筈だろ、あの野郎ォからの連絡はどうした?」
『まだ来ない、が、恐らくは立てこんでいるんだろうな……
『狂犬部隊』は今こそお前に一矢報いてやろうと必死になってる筈だし、
そこに潜り込んでるアイツも働かされているんだろう
連絡が取れ次第アイツと海原を合流させることにした、最終信号については安心しろ』
「『9月30日を迎えるまでにこちらが『敵』を討てば、チェックメイトだ』」
9月30日まで、あと19時間37分26秒。
9/29 AM 8:37
「―――よお、お前が『幻想殺し』?」
長年の友人にでも接するかのように突如として気さくに話しかけてきた青年に、上条は構えをとった。
番外個体は自分の大切な友人であり、且つ今は一方通行から彼女を護るよう頼まれた身でもある。
得体の知れない人間に警戒を見せるのはこの状況下では至極当然なことだった。
「ああ、安心しろよ。別にそっちの人形に興味はねえから」
だが対する青年はこちらに殺気の一つも見せない。
番外個体を指して『人形』と呼んだことには怒りが湧いたが、気を落ち着かせて冷静に目前の青年を見遣る。
「誰だ、お前は――――?」
「俺は第一位サマの味方になったつもりなんて一度だってありはしないが
………借りくらいは一応返すつもりなんだよ、あの野郎と違って常識も良識も弁えてるしな」
青年は上条の問いには一切答えなかった。
だが彼の表情を観て上条は確信する――――コイツは、確かに一方通行の味方だ。
「何か俺に手伝えることはあるか?」
急な上条の切り替えに青年の方も虚を突かれたような顔を示したが、
直ぐに面白半分に仕掛けたイタズラが成功を見せたときの様な幼稚でニヤついた笑みを浮かべ
「賢い奴は好みだぜ?野郎じゃなければな
………申し出はありがたいが用があるのはあっちのカエルと花女だ
おいカエル医者、例のウイルスに対抗できるワクチンプログラムを寄越せ」
その言葉にカエルと花女、この病室の主である冥土返しと先程ウイルス解析を行った初春飾利は
二人揃って待ってましたといわんばかりに顔を見合わせた。
「『もう完成している』。それを必要とする患者さんの下へ持って行ってあげなよ」
「―――――上等だ、金は一方通行にツケとけ」
そしてまた、舞台は移り変わる。
9/29 AM 11:42
待機場所として用意された個室のソファに『アイテム』の面々は腰を据えていた。
『ブレイク』から『同盟組織が牙を剥いた時の為』に用意された自分達には、未だ出番はないらしい。
「ねえ浜面、『他』の状況はどうなってる?」
「ああ。あとは『こっちの用事』が済めば何とかなるみたいだな」
「つまりは私達だけ超出遅れてるってことじゃないですか」
「でも今のままじゃあの人達は『依頼主』を教えてくれそうにないよ。どうする、むぎの?」
シャケ弁を片手に呑気にうんうん呻る麦野は『学園都市の崩壊』やら何やらには一切興味が無いらしい。
只一つ『自分達が出遅れたこと』に対して彼女が悔しがっていることは学園都市にとって幸いであるが。
「取り敢えずこっちの状況を纏めましょう。今私達が協力してやっている組織は『ブレイク』
―――学園都市革命派の組織ね。
何処からか知らないけど『アレイスター・クロウリー統括理事長の死去』を嗅ぎつけ
学園都市の破壊を目論み現在に至る、と」
「付け加えるなら『ブレイク』の面々は『学園都市崩壊』の手段として
『妹達の暴走による学園都市の社会的崩壊』を選び、『妹達』を用いるのに最大の障害となる
一方通行への対策として『狂犬部隊』と同盟を結んだ、ってとこで超良いでしょうか」
「問題は『狂犬部隊』が裏切ったときの為に用意された過ぎない私達が
どうやって『ブレイク』から情報を盗むか、ってとこなんだけど―――――」
未だ『ブレイク』のリーダー格は現れない。
下っ端の構成員達は自分達が決起する切っ掛けとなった『情報源』について何ら知らないことは
既に行った取り調べというには過激な方法で確認済みであるし、
下手に動いて唯一それを知るであろう人間に引っこまれても困る。
さてどうしたものか………
思考に耽りつつコンビニ弁当の鮭へと齧り付いた麦野は何か碌でもないことを思いついたのか
そこで上品な服装に釣り合わない品の無い笑みをニンマリと浮かべた。
「なら、リーダーが動かざるを得ないほどのでっかい芝居をうってやろうじゃないか」
9/29 PM 3:28
『連絡』を受けた結標は数人の部下を引き連れとあるサロンへと向かっていた。
今回の任務に同行する予定の海原とは、現地で合流するつもりだ。
任務に必要な『お膳立て』は全部現地にいる人間で済ませてくれるらしい。
とあらば、こちらはシナリオ通りに動く為で済む。
「―――――とは言え、油断しないようにね。暗部の『仕事』っていうは常に命がけが当たり前なんだから
特に別組織と共同でやるときは相手を信用しても信頼しちゃダメ、解った?」
結標は『仕事』の内容によって連れ歩く人間を変える。
今回の『仕事』で連れてきた部下の中には十代中盤のまだ若い少年も居るため、
彼女はもう何度口にしたか判らない台詞を改めて口にした。
暗部の『仕事』は常に命がけだ。
相手の強さに信用を抱いても決して相手を信頼してはならない。
『仲間』がいつ裏切っても良いように、『仲間』がいつ己に刃を向けても良いように、
これが『暗部』という世界だった。
9/29 PM 5:02
「だから、こっちはテメェら『ブレイク』に襲われたっつてんだろ!!ホラ見ろコイツ、
そっちの幹部じゃねぇか!」
そちらの構成員に強襲を受けたと『アイテム』からの連絡を聞き付けやって来た『ブレイク』の人間は驚愕した。
襲撃犯として突き付けられたグループのうち代表とされた男は確かに自分達組織の幹部であったし
証拠となった監視カメラの映像にも男が『アイテム』の面々に襲い掛かる姿がバッチリと映っていたが、
彼らの間にはそのような計画など無かったはずだったのだ。
この男に裏切られたのだろうか。
『ブレイク』の面々も一度はそう考えたものの、なかなかそれを受け入れられずにいた。
男が誰よりも任務に忠実であり誰よりも理知的な人間であることを、彼らは知っていたからだ。
ならば何故男はこのような行為に及んだのだろう。自分達に知らされていない計画の変更でも起こったのだろうか。
「リーダーを出せ、テメェら下っ端じゃ話にならねえ」
『アイテム』側の要求を『ブレイク』の面々は素直に受け入れることにした。
計画の変更だとすれば自分達が下手に駒を動かすわけにはいかないし、
『アイテム』のリーダーである女のドスの聞いた声音に恐怖を抱いた為でもあった。
彼らがこの要求を呑んだことで、麦野主演の『一芝居』は見事成功を修めることになる。
9/29 PM 7:27
『ブレイク』の連中に裏切り者として拘束された男は
与えられた独房代わりの一室で壁に寄り掛かりずっと眼をつむっていた。
その姿は見ようによっては反省の態度を示しているようにも見えるし、
見方を変えればどうやってここから抜け出そうか策を練っているようにも見える。
そして、男の内情は後者だった。
(さて、これからどうしましょうかね……)
上手く麦野の芝居を際立たせてやったのはいいが、ここから抜け出すのはまた一苦労しそうである。
(脱出の手段は何通りかありますが、結標さんのグループも連れて出る最も効率の良い方法というと……)
面倒ではあるがいつでも逃げられる。
それが男の余裕を表していた。
(―――やっぱり麦野さん方から合図が出次第、結標さんにテレポートしていただくのが1番でしょうね)
結論がでてしまえばさて暇だ。
次はどうやって監視にバレないよう一眠りするかでも考えようか、
一方通行や土御門にとって作戦の要となる予定の男は、衆人監視の中暢気に昼寝の方法を考えていた。
(これから自分は特に忙しくなるでしょうしね)
9/29 PM 9:39
『狂犬部隊』の詰め所へと戻った垣根帝督は無造作に転がされている最終信号へと歩み寄ると、
おもむろに少女へと手を伸ばした。
「さあてと、あのムカつく第一位サマが歯噛みする姿が楽しみだ」
彼は彼の『仕事』を成すために、ミサカネットワークを統率するその幼い頭をわしづかむ。
そして、垣根は――――
9/29 PM 10:35
打ち止めと学園都市在住の『妹達』の居場所を掴んだ一方通行は
落ち着いた足取りで目的地へと向かっていた。
我ながらよくここまで我慢したものだと思う。
少し前の彼ならば同僚の静止など振り切って一人真っ先に木原の下へと乗り込みに向かったことだろう。
まあ、彼がそれをしなかった理由の一つに、それを懸念した同僚が今の今まで彼だけに
木原の居場所を教えなかったというのも大いにあるのだが。
侵入口を探すことすら面倒だと言わんばかりに派手にガラスを割って『敵』のアジトへと踏み込んだ一方通行は、
足元のガラスをパキパキと踏み砕きながら正面に携えた男をゆっくりと見上げた。
男へと視線を向け、男を真正面から認識した一方通行は、
狂気に満ちた笑みを浮かべその真っ赤な目を瞳孔ごと見開く。
「――――探したぜェ」
対する男の方も、侵入者の正体が一方通行であると認識すると
口元を半月型に歪めながら愛しい者を受け入れるかのように両手を横に広げた。
「――――待ってたぜえ」
「木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!」
「一方通行ァァァァァァ!!!!」
今宵、二人の獣が対峙する。
『部屋と暗部組織とミサカ』(完)
9/29 PM 10:35
一方通行と木原数多は静かに向かい合っていた。
それは久方ぶりの再開を喜ぶのでなく、
憎悪を孕んで佇むでもなく、
互いに潰しあうという原始的で純粋な快楽に溺れきった獣の姿だった。
「――――探したぜェ」
「――――待ってたぜえ」
「木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!」
「一方通行ァァァァァァ!!!!」
そして、獣達は牙を向く。
かと思われた。
「――――――なんてな」
ベクトル操作を纏い大きく振り上げられた一方通行の拳は、
言葉と共に途端に勢いを失くし彼の体ごとそのまま正面に倒れ込んだ。
驚愕と疑惑に眼を丸くする一方通行に、木原は酷く満ち足りた表情を伴いながらこう告げた。
「テメエみてぇな化け物相手に真正面から向かおうだなんて誰がするかよ、バーカ。
―――AIMジャマーと妨害電波発生装置が設置されてる。これで化け物もクズ以下ってな!」
ゲラゲラと今にも転げ回りそうなほどに大笑いする木原に、
思考回路だけは残されていた一方通行は馬鹿じゃないのかと彼を見下げた。
自分の様なハンデを背負った人間が、それに拮抗する手段を用意していない筈がない。
AIMジャマーはともかくとしても
ミサカネットワークによる補助を遮断する電波をジャミングする装置はとうの昔に杖に仕込んである。
そんな一方通行の嘲りに気付いたのか、
木原はそちらを振りむきニンマリと卑下た笑みを浮かべながら
この世の幸福を全て噛みしめたかのような光悦とした声音でもって一方通行にとっての悪夢を宣告した。
「テメエが動けなくなるのは今の一瞬だけで良かったんだよ、コイツラがこの舞台に入場するまでの一瞬で」
コイツラ。
木原が指差した方向を見た一方通行の顔色が見る見るうちに変わっていく。
まるで、何の力も持たないただの人間のように。
「上位命令文に従い木原数多の指示に伴った戦闘態勢に入ります、とミサカは表明します」
扉から次々と現れる同じ顔の少女達から一斉に銃口を向けられた一方通行は
その時点で既に、無力な人形と化していた。
何モ考エラレナイ。
アアソウカ。
コイツラニ殺意ヲ向ケラレル事ヲ、俺ハコンナニモ恐レテイタノカ。
「目標・一方通行を視認。発射します、とミサカは宣告します」
一方通行の悪夢は未だ終わらない。
9/29 PM 11:22
『ブレイク』潜伏先での任務を終えた滝壺理后と浜面仕上は次の『仕事場』へと向かっていた。
移動手段は浜面が『ブレイク』のアジトから失敬してきた黒塗りのワンボックスカーだ。
「はまづら、間に合いそう?」
「間に合いそうってゆーか間に合わなきゃヤベェだろ、滝壺居なきゃ何もなんねえし」
助手席に座る滝壺へと時折「疲れてないか?」と声をかける浜面はひたすら車を走らせる。
芝居の主演は彼女ではないが、今回の『劇場』では裏方として彼女の能力が重要視される。
(距離的にも結構ギリギリだけど、間に合わなかったら殺されるんだろうなー……俺だけ)
自分の管轄内から発生したミスで全計画がおじゃんになったと知らされた麦野を想像して身震いした浜面は、
とっくに制限速度を凌駕したスピードを更に上げるために強くペダルを踏み込んだ。
9/29 PM 11:23
同時刻。
「っくしゅん!!」
学園都市の入門審査ゲート付近で、
麦野沈利は先程まで『ブレイク』の残党相手に『原子崩し』をブッ放していたとは思えないほどの
可愛らしいくしゃみを発していた。
「麦野、今更女の子らしいくしゃみしたところでキャラは超誤魔化せませんよ」
「ちげーよ馬鹿、なんか急にムズムズ来たんだよねー。誰かが噂してるのかにゃん?」
どうやらそのまま可愛いシズリちゃんモードに突入したらしい麦野相手に、隣を陣取る絹旗は超絶呆れ顔だ。
「まあどんな路線で行こうともいいんですけどね、これから始まる仕事さえ超頑張ってもらえれば」
「ああん?張り切るに決まってるじゃない、久々にこんな大人数相手に暴れてやろうってんだからよ」
いざ革命のときや来たり!!
そんな思いを抱いて来てみれば超能力者が超ヤる気(殺る気)マンマンでした、だなんて逆に敵さんが可哀想だ。
おーい敵さーん、超逃げてー。
絹旗はこれから相手取る『敵』に酷く同情したが、
(ま、久々に全力出しきって暴れまくるのも超一興かも知れませんしね)
結論に至ると麦野と同じく幼子のように純真な歪んだ笑みを浮かべた。
9/29 PM 11:48
床に無様に転がったままの一方通行は4人の『妹達』から執拗な暴行を受け続けていた。
当初一斉に銃口を向けた『妹達』であったが、嬲り殺しを望んだ木原によって戦闘形態の改訂がなされた為だ。
既に20分以上少女達によって殴り蹴られる一方通行は、しかし悲鳴も懇願も懺悔すら一切言葉にしなかった。
ただ無感情な瞳で少女達を眺め続けている。
木原はそれが気に食わない。
こうも早く壊れてしまっては、自分の痛みを何も返すことができない。
「なあ、何をしたらテメエは啼きだす?どうしたらテメエは喚き散らす?
今なら何でもリクエストを受けてやるぜ、テメエを甚振る手段のなぁ!!」
終には木原の挑発にも応じなくなった一方通行に彼の怒りは頂点に達した。
仕方がない、多少予定より早いがまあいいだろう。
「おい、このガキで遊んでやるのにオマエも参加しろ―――――最終信号」
初めて、一方通行の目に光が戻った。
「……ラ、スト……オー、ダー………?」
「うん、判る?ってミサカはミサカはあなたと対峙してみたり」
それは、希望も幸福も何も移さない漆黒の光だ。
9/29 PM 11:52
「驚いてる?下位個体じゃなくても『学習装置』でプログラミングすればミサカだって支配の対象になるんだよ、
ってミサカはミサカは懇切丁寧にあなたへと教えてあげてみたり」
金属バットのような棒状の塊を構えた打ち止めは一方通行のところどころ血に染まった身体を眺めては
初めてファミリーレストランで食事を共にしたときの様な嬉しそうな笑顔を纏った。
「あなたが一番大事にしていたこのミサカに殺されるんだもん。あなたも本望よね、ってミサカはミサカは楽しんでみる。
でもやっぱり直ぐには殺してあーげない♪ってミサカはミサカはあなたをからかってみたり」
悪戯っ子のような顔をしてそう告げた打ち止めは
ニコニコとした笑みを携えながら一方通行へとその金属バット勢いよく振りかぶる。
「ぐ、が、ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
一方通行から初めて悲鳴が漏れた。
それが身体的な痛みによるものなのか、精神的苦痛によるものなのか、
誰にも判別が付かない。
バットを叩きつけられた一方通行のわき腹は彼の白い肌をじわじわとドス黒い色へと変色させ、
見る者にその凄惨さを知らしめた。
「ハハハハッ!!面白ぇ、実に面白ぇ!!」
『最も大事とする者』に傷つけられた一方通行の姿を眺め、木原は満足そうに叫びを上げた。
「さて、ここでイイ事を一つ教えてやろう。
≪世界中に散らばった『妹達』は9月30日を迎えた瞬間、暴走する≫!
………覚えているか?9月30日、俺がテメエに『殺された』日だ。
この9月30日に全てが終わるんだよォオオオ、ハハハハハハハハッ!!!!!」
『妹達』は俺以外の身近な人間全てを出来得る限りで殺すよう設定されている、人形達に精々赦しでも乞うんだなァ。
嘲りと共に倒れ伏せる一方通行を見下ろした木原は打ち止めに次を打ち込むよう顎で指示する。
次撃を促された打ち止めは再び容赦なく一方通行へとバットを振り下ろした。
「ぐ、ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
一方通行から大きな悲鳴が上がる。
それを見た木原が大きな笑い声を上げる。
そして残された打ち止めはそんな二人を眺めにっこりと微笑む。
異常な、光景だった。
9/29 PM 11:59
「さあて、0時00分まで残り1分弱。このまま何にも手を出しませんじゃ詰らねぇぜ、一方通行よォ」
再び他の『妹達』も加わり始めた『制裁』はまた一段と残酷な物になっていた。
既に下位個体たちも各々殺さない程度の武器を携え一方通行へと振り翳している。
「―――― あと30秒ォ」
木原の悪魔の様な声がカウントダウンを刻みつけた。
だがそれに反応した一方通行が木原を睨みつけるその前に、『妹達』からの攻撃が与えられる。
「―――― 残り20秒ォ」
一方通行は一度大きく荒い息を吐き出すと、唇をキッと結んだ。
―――― 10
そして真正面から打ち止めを見据える。
―――― 9
それは全てを受け入れる覚悟を決めた人間の顔だった。
―――― 8
彼の決意とも取れるそんな表情を打ち止めは静かな笑顔で受け止めた。
―――― 7
「覚悟はできてるんだね、ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
―――― 6
「ンなモン、出来てるから此処まで来たんだろォが」
―――― 5
「なら、いくよ、ってミサカはミサカは宣言してみる」
―――― 4
「来やがれ、クソガキ」
―――― 3
打ち止めは。妹達は。
―――― 2
一方通行へと今度は銃口を向けて、
―――― 1
そして。
9/30 AM 0:00
―――― 0
ドォォオオオオオン………
そして。
木原数多は、自身に風穴を開けた5つの銃口を見上げた。
「一体……どぉ、して……?」
「簡単なことですよ」
血を吐きながら尋ねる木原に、ペリペリと顔の表面を剥がしだした『打ち止め』はさも事無げに答えた。
「――――― 貴方以外の全てが貴方にとって『敵』だった、それだけです」
「テ、メエ……海原、光貴……!!」
木原は海原を知っている。
一方通行と同じ組織に属する者として、資料でその情報を確認したことがあった。
確かにヤツは能力以外の『何か』を使って動いていることは聞いていた。
だがそれが仮に『肉体変化』などの変装であったとして、本物の最終信号は何処にいる?
「最終信号なら既にワクチンコードを組み込まれてお寝んねしてるぜ、―――半日も前にな
まあ上位命令文を撤回させてから改めて下位個体に『芝居』の内容を伝達させるなんて無茶させたし仕方ないが」
木原の疑問は直ぐに解消された。
突如として後ろから現れた男の声によって。
「垣根、帝督……?………テメエ、……裏切ったのかああああああ!!!!!!!!」
「オイオイあんまり怒ってくれるなよ。『信用しても信頼するな』、コレ暗部の常識だぜ?」
垣根帝督は床に平伏す第一位をニヤニヤと眺めながら、木原など物ともせずに眼先へと呑気に声をかける。
「人が苦労して最終信号を『回収』してやったんだ。これで俺を『復元』した借りは無しだろ、第一位サマ?」
その言葉を右から左へ聞き流しながら心身ともに破壊し尽くした筈の一方通行までもが
ゆっくりと立ち上がってしまう。
「どういうことなんだ、どういうことなんだよチクショォオオオ!!!!」
木原の悲痛な叫びに、海原は借り物の柔和な笑みを作りながら優しく答えてやった。
「『ブレイク』に促されて『妹達』の暴走と共に学園都市内部を武力でもって破壊する『外』の傭兵を用意していたでしょう?
彼らの潜伏先と貴方を『復元』し『ブレイク』に情報を売った人物が掴めていませんでしたし、
貴方はボタン一つで傭兵達に計画失敗を知らせる仕組みを用意していたようなのでここまで芝居させていただきました。
居場所もメンバーも判らないまま逃げられてもなんですし。
――― 9月30日丁度に学園都市へ乗り込もうと集まっていた方々は今頃袋の鼠でしょうね。
何しろ緩められたセキュリティを乗り越えて侵入した学園都市で最初に遭遇するのが
超能力者の『原子崩し』と『座標転移』、大能力者の『窒素装甲』なんですから」
「『狂犬部隊』も『ブレイク』も、俺達『リメイク』を反学園都市の革命組織として認識していたようだが、実際は逆だ。
『ケルビム』も、『アイテム』をも組み込んだ『リメイク』っつー大組織の正体は――――――『 統括理事会の私設部隊』。
まあそれを知ってるのは理事会でも親船だけで、あとは『グループ』が全部担ってるってゆうフェイクの情報に踊らされていたわけだが」
垣根は簡単に言ってくれるが、この通告は木原にとって悪夢同然だった。
つまりは9月26日に自分と垣根が手を結んだ時点……
いや、9月21日に自分が唆して一方通行を監視させた『ブレイク』の連中を撃破した垣根に目を付けた時点で
このシナリオが決まっていたことを示唆するからだ。
「………外で見張らせてたヤツらはどうした……?……AIMジャマーがオマエらの能力を阻害していた筈だ……」
「こっちにはAIM拡散力場から能力に干渉できる超能力者が居るんでな。
最初はその女に標準の微調整をさせながら一つ一つ潰していったが、最終的には装置をブッ壊させてもらった。
『アイテム』の無能力者はアレでなかなか使えるヤツなんだよ」
――――― 終わった。
木原はそれを何故だか不思議なほどに静かに悟った。
「………この分じゃ俺のバックに付いてたヤツも知ってるんだろ……?」
「半年前理事会入りした新入り、アルベルト・バッティスティーニ。
―――― 本名アルド・プラチナバーグ、動機は『一方通行と学園都市に対する兄貴の仇討ち』」
一方通行は木原からの問いに簡潔に答えると、切っていたチョーカー型電極のスイッチを静かに入れ、
感情の抜けきった瞳をそのまま木原へと向けた。
自身の二度目の『最期』を痛切に感じた木原は選別と言わんばかりに大きく声を張り上げて
血を滴らせた唇で怨嗟の呪を眼の前のクソガキへと謳ってやる。
「忘れるな一方通行、俺は何度だって戻ってくる!!
何度だってテメエの全てを……希望を、未来を、幸福を!全て壊しに戻ってくる!!
次は『地獄の番犬(ケルベロス)』にでもなってなァ!!ハハハハハハハ、ハハハハハハハ!!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!」
一方通行はそっと木原の喉元へと右手を添えると、
その最期の哂い声を捻り潰すかのように一思いに能力を爆発させた。
肉が弾け、血が噴き上がる音がして、男の体が一瞬にして只の肉塊へと変わる。
「―――― 自分から『狗』名乗ってる時点でテメェの底なんて知れてるんだよ、クソッタレが」
やがて、一方通行の声だけが小さく響き渡った。
9/30 AM 10:22
一方通行は垣根帝督によって第七学区の病院へと預けられていた打ち止めの下を訪れた。
先程まで番外個体と共に彼女を診てくれていた冥土返しと初春飾利、そして上条当麻は
一方通行の帰還した姿を認識するなり席を外してくれた。
打ち止めは与えられたベッドの上で静かに眠っていた。
彼女の左手には包帯が厚く巻かれている。
海原が護符として使う為に彼女の皮膚を削ぎ落とした痕だ。
もし、一方通行がみすみす打ち止めを奪われたりしなければ、別の手段もいくつかあった。
少なくとも彼女をここまで危険な目に合わせることは決してなかった。
「―――――――― クソッタレ、」
今回は打ち止めの命は助かった。
だが次は?また同じ状況に陥ったとき、同じ様に上手くいく保証なんて何処にもない。
一方通行は自身へと湧きあがる怒りが抑えきれずに、唇を強く噛み締めた。
ふいに、そんな一方通行の口元へと華奢で白い手がそっと伸ばされた。
「…………自分で自分を傷つけるなんてダメだよ、ってミサカはミサカは教えてみる」
打ち止めの小さな声を耳にした途端、一方通行は年甲斐もなく泣き出しそうになった。
「―――――ごめン、ごめン打ち止め……俺の所為だ、全部、俺の所為だ………」
幼い子供のように掠れた声で謝り続ける一方通行の頭をそっと抱えて撫でた打ち止めは、
軽いイタズラでも企むかのようにウインクをしながら一方通行にこう申し出た。
「悪いと思うならミサカのお願いを一個聞いてほしいな、ってミサカはミサカは強請ってみたり」
あのね、入院中一人じゃとっても寂しいから、
「あなたのYシャツ貸してほしいな、ってミサカはミサカはお願いしてみる!」
「―――――― あァ」
彼らは『日常』という路を、時に何かに躓きながら、それでも確かに歩き続けている。
『部屋と一方通行とミサカ』(完)
自販機で自身への缶コーヒーを購入した一方通行は、少し悩んで再び無難な紅茶のボタンを押した。
ナースセンターのざわめきが隣り合う特別入院患者用の病室に接する廊下は、
暖房が効いているのか他に比べて程よく暖かかった。
廊下を渡った一番奥。
隠されたように離れた場所に位置する部屋の前へとやって来た一方通行はそこで僅かに立ち止まった。
学園都市第一位と称される彼にだって、気まずいという感情くらい、ある。
顎に指をあて考える仕草を部屋の前で暫く続けていた一方通行は、
しかし何か特別なことをするでなく、普通にノックをして普通に入室することを選んだ。
部屋の戸を叩いた一方通行は先程までの優柔不断な態度とは打って変わって
部屋の主がノックに返事を返す前にズカズカと入り込んでゆく。
一度腹を括ってしまえばあとはどうとでもなれ、の精神だった。
「ちょっと、もしミサカが着替えたりしてたらどうしたワケ?」
「男が入ってる風呂場に全裸で飛び込んでくるような野郎にそんな気遣い無用だろォが」
戸を開けるなり当たり前だが文句を垂れる番外個体へと買ってきた紅茶を投げ付けた一方通行は、
了承もとらずに彼女のベッドへと腰をかける。
馴れ合いが終われば沈黙が走る。
気まずいのは、互いに同じだった。
「―――悪かったな」
切り出したのは一方通行だった。
「自分の不甲斐無さをオマエに当たった………悪かったな」
「―――いや、ミサカが悪いよ。あなたが結構ヤバいことしてるの知ってたクセに、おふざけが過ぎた」
最終信号が奪われなきゃ、もっと色々と穏便に済んだんでしょ?
番外個体が発する自身への嘲りは確かに最もでもあった。
だからこそ、彼女は目の前の一方通行へ、彼が此処へ来てから一度たりとも目線を合わせようしなかった。
再び、沈黙。
刻々と設置された時計だけが音を刻む中、二人は互いに口をつぐみ合い目を逸らす。
だが暫くするとそんな空気が馬鹿馬鹿しくなったのか一方通行は
溜息と共にプシュリと缶コーヒーのタブを空け、それを口に含みながら呆れたように言った。
「ったく。あのガキにしてもオマエにしても、ワケ解んねェトコで辛気臭くていけねェなァ……
ンなモン、テメェが備えてた『シート』が『セレクター』が役立った時点でチャラだろォが」
番外個体には上位命令文に対するガード機能が備えられている。
それはかつてロシアの地で破壊された学園都市から与えられた装備でなく、
彼女本人が自ら望んで再び付け加えたものだ。
「根暗とか……あなたにだけは言われたくない……。
それに『使い捨てられないために他の妹達にはないものを持つことが必要だ』って言ったのはあなたでしょ、
ミサカはそれを実行しただけだよ」
「だが方法としてその手段を選んだのはオマエ自身だ。
『暗闇の五月計画』と並べてあれを設置する痛みに耐えたのは、オマエの強さだ」
『シート』や『セレクター』を再び取り付けるという事は、多くの危険性と強い痛みを伴う。
ただでさえ他の妹達より著しい成長を強いられた彼女の身体は、これらの弊害からより多くの検査や調整に縛られる。
しかしそれを呑んででも、
彼女は最終信号が悪用された際に自身がブロックしたウイルスから対抗できるワクチンを造るその道を築いた。
それは、ただ自分が生き残る為の手段としてだけでなく、
「ミサカだって、ただ利用されない為だけにこうしたワケじゃないんだからね。
………ミサカは、ミサカはその、あなたの……あなたの役に……」
あなたの役に立ちたくて………
「番外個体ー、見舞い来たー。どうだ体調ー?」
続けようとした言葉は、空気の読めない英雄によって遮られた。
「~~~っ、ミサカは!ミサカはあなたをヒーローだなんて認めないんだからね、上条当麻ぁ!」
―――番外個体のヤツ、どうしたんだ?
―――複雑な年頃なんじゃねェ?
男って奴は、本当にバカだ。
さて。
先程から病院内をウロウロと歩き回るっている一方通行であるが、
演技とはいえ木原に不信感を抱かれないレベルの暴行を長時間に渡って受けた彼もまた
立派な入院患者である。
持ち前のベクトル操作で傷の回復を促してはいるが、まだまだ検診も安静も必要とする身だ。
出歩いていることがバレてあのカエル医者に口煩く小言を言われる前に戻ろうと
(十中八九あのカエルは何処からかそれを嗅ぎ付けているだろうことを知りながら)
一方通行が自身に宛がわれた病室へと向かえば、
しかし個室である筈の彼の部屋から何やら騒がしい声が男女両方複数聴こえる。
―――あの声、
打ち止めのように幼さを残したものでも、先刻聞いた上条のものでもない。
―――俺が入院してることを知っている人間なンて数限られている筈なンだが………
そう思いつつも扉を開ければ、案の定というかやはりというか、彼の『同僚』が顔を連ならせていた。
―――イヤイヤ。揃ってこンなとこいちゃァマズいだろ、俺ら一応暗部だし。表向きには敵対組織だし。
学園都市入門ゲート前に集まった1000以上の傭兵を片っ端から薙ぎ倒すという
超能力者や大能力者の派手な交戦の情報隠蔽に追われている結標や土御門は流石にいなかったが、
麦野や垣根まで居合わせているのは問題だ。
というか何しに来たんだコイツら。
不機嫌な一方通行の表情を見抜いたかすかさずフォローを入れた海原は
皆さんお見舞いに来てくださったんですよ、と明らかな嘘を並べ立てる。
(コイツらがそんなことの為にわざわざ来るはずない。大方嫌味を言いに来たか、からかいに来たかのいずれかだ)
「つーか、俺が入院までする嵌めになった理由の半分以上が勢い良く振るってきやがったオマエのバットだったんだけどな」
「え?だって『全て受け止めるぜ、俺!』みたいな顔してたじゃないですか、
心なしか恍惚とた表情してたじゃないですか。
てっきり僕は『あー、一方通行さんて実はドSじゃなくてドMだったんだー』って………そげぶ!!」
取り敢えず何だかムカついたので海原の顎へとアッパーカットを喰らわせておく。
しかしそれを受けてなお顎を摩りながらゆらりと立ち上がる海原は、今日は一段とウザい。
「ふ、ふふふ………良いんですか一方通行さん、僕にそんな真似をして………」
真似をしたらどうだって言うンですか、この変装野郎。
「一方通行さん、貴方、同じ学校に勤める黄泉川さんに心配かけたくないからって
自分の皮剥いで僕に講師やらせましたよね………
そのとき彼女に言われたんですよ『何時になったら約束果たしてくれるんだ』、って」
「テ、テメェまさか……!!」
「何のことかと思って聞き返せば………
一方通行さん、初めての酒の席で酔っ払ってやった宴会芸をまた見せる条件で
黄泉川さんに講師の席に捩込んでもらったそうですね……」
「海原止めろ、言うな!!!」
「『百合子ちゃん』―――でしたっけ?」
その瞬間、一方通行の白い肌が一気に赤面する。
何やらノイズが乱れたような言葉を一人モゴモゴと発しているが誰ひとり気にせ
ずに『百合子ちゃんコール』を連発している。
「「「ゆーりこちゃんっ!それ、ゆーりこちゃんっ!」」」
海原、垣根、麦野あとで殺す。
「ハ、ハハ……残念だったな俺ァ女装用の服なンて持ち合わせてねェぞ!!
持ってねェことには出来ねェし仕方ねェよなァ!!」
よっしゃあァァァァ!!!!勝ったァァァ………
「―――もってるよ、ナース服なら」
滝壷ォォォォォオオオオ!!!!!
オマエだけはまともだと信じてたのにィィィィ!!!!
「浜面がバニー好きだから、あくせられーたが喜ぶかと思って。看護婦さんに借りてきた」
………それは女が着るから喜ぶんであって、自分で着て喜ぶ野郎なんていねェ。
「丁度いいじゃねぇか、着ろよ第一位」
「誰がテメェの尻拭いしてやったと思ってるんだ第一位」
「僕がどんな思いでちっこい御坂さんの皮剥いだか解りますか第一位」
着ーろ、着ーろと今度は続く『着替えろコール』に一方通行はぐぅの音も出ない。
認めるのは釈だが世話になったのも事実だ。
「だーもォ、着替えりゃいいンだろ着替えりゃァ!!」
こうなりゃヤケだ。
ベッドに備え付けられたカーテンを引いて閉じた一方通行は早くしろだの逃げんなよだのといった
野次を尻目に仕方なく服を脱ぐ。
つーかこの状況下で逃げられるワケねェだろ。
見事ナース服へと早変わりした一方通行は、身に余る程の盛大な屈辱に半分理性がブッ飛んでいた。
「これでいいンだろォ!!!」
乱暴にカーテンを開いていっそのことウインクの一つでも決めてやろうかとした一方通行の前には、
しかし学園都市第一位の頭脳を持ってしても予期せぬ光景しか広がっていなかった。
「だ、大丈夫!あなたの趣味が女の子の格好することだったとしてもミサカとあなたの関係は変わらないよ!!
ってミサカはミサカは動揺を隠しながらフォローしてみたり!!」
やはり幻想殺しの効能には、『不幸を移す』が含まれていたらしい。
「い、いや打ち止め、これは違……」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!え、マジ!?マジでそーゆー趣味だったの?
道理でミサカのナイスバディにも勃たないワケだ」
「ゴメン、お前の見舞い来たら廊下で鉢合わたから連れて来ちゃったホントにゴメン」
番外個体テメェ、さっき折角人が励ましてやったってのに。
上条も余計なことしやがって覚えてろ。
「ぎゃはは!一番知られたくないヤツに秘密の趣味知られちゃって残念だったわねー」
オマエらが着せたんだろォが、麦野。
(てゆーか麦野あんなこと言っちゃって良いんですかね)
(え、なんで?)
なんでじゃねェよ馬面。あとチビガキは良く言った。
(いや、『アイテム』の役目は上層部の暴走阻止じゃないですか。
プラチナバーグが計画を始めた段階で私達が潰してればそもそもこんな事件、超ありえなかったんですが………)
(―――つまりむぎのは、あくせられーたに責任全部押し付けようとしてる)
(え、それヤベエじゃん黙ってよ!!)
「『黙ってよ!』じゃねェよ馬面ァ!!なンか今聞き捨てならねェモンが聞こえたぞォ!?」
―――麦野テメェェェエ!!!
―――騙される方が馬鹿なんだよバーカ。
―――やっぱテメエに第一位の素質なかったんだよ、ここはこの俺が……
―――黙れこの糞メルヘン。
―――もお、あなた落ち着いて!ミサカはあなたのどんな姿も受け入れるからってミサカはミサカは………
―――だから違ェつってんだろクソガキ!
―――きゃはは、自分勝手な展開にミサカの方が勃っちゃいそう!
―――女の子がそんな下品な言葉遣っちゃいけません、上条さん許しませんよ!
「うるせぇぇえぇえぇ!!!!ココ何処だと思ってる病室だぞ!!」
「「「「あ。スイマセン、ナース長」」」」
面会時間の超過を建前に騒がしい奴らを帰した一方通行は、院内の一角にある携
帯電話使用エリアにいた。
『―――まさか、これで終わると思ったか?ローマ正教とロシア成教に潜伏していたショチトルとトチトリから報告が入った……
どうやら今回の一件で《アレイスター・クロウリーの死去》が魔術サイドにも露見したらしい。
各宗派の上層部は流石にとうに気づいてたろうが、反科学意識の強い一部の魔術師は直ぐにとはいかなくても近い内に必ず攻めて来る』
「ンなこと判ってる。……だが《魔術》に関してはテメェや海原の管轄じゃなかったか、土御門ォ?」
『ただ魔術師が降りて来るだけならな。
―――ミサカネットワークを利用した《妹達》の暴走を機具して全個体を隠密に処理しようとする動きもある。
あれだけの数のクローンが世界中に散らばってるんだ、魔術師の中にだってその存在に気づいてる奴がいたっておかしくない。
………解るな?今回のようなミスは、二度と許されないぞ』
「…………解ってる」
一方通行の答えはそれだけだった。
震える指を無理矢理動かしてなんとか携帯の電源を落とす。
彼は畏れていた。
木原の一件。
妹達からの暴行を受けた際、演技だと判っていた筈の彼は漠然とした恐怖を感じた。
妹達が自分を責め立てること以上に、
やっと人間らしい感情を手に入れた彼女達がそれらを全て失くしてしまうことを。
自分の目の前で彼女達を亡くしてしまうことを。
一番小さなあの少女の笑顔が、消えてしまうことを。
「………失ってたまるかよ………亡くして、たまるかよ………」
ああ、この世界は何処まで絶望に満ちているというのだ。
彼らの絶望を刻み込み、物語は、新たな幕を開ける。
『部屋と後日談とミサカ』(完)
続きます。