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583 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:02:08.98 atPzIbfi0 958/1089


―――


「……『幻想殺し』ぁ? 聞いたことねえよそんな能力……」

「俺以外にはいないみたいだけどな。……そっか、お前とは前に素手で殴り合っただけで右手の事
 まで教えてなかったんだっけ」

「信じられねぇ……って言いたいけど、現に火を手で消した瞬間はこの目で見ちまってるしな……。
 ったく、何なんだよ。その格ゲーに出てくる反則キャラみたいなチート設定」

「つっても消せるのは“異能”が絡んだ場合のみだから、お前が普通の拳銃使ってたら上条さんは
 今頃ゴートゥーヘブンですよ?」

「……能力補強効果が仇になったってか? んなの予想できるかよちくしょう……。まさか、また
 アンタから響く一発を喰らわされるとはな……」

「コッチは下手すりゃ丸焼けだったんだぞ!? 鼻血の滝よりよっぽど悲惨だっつーの!」


一悶着あって、上条当麻と浜面仕上は歩行者専用道路上で小休止を取りつつ会話を弾ませていた。
浜面の鼻からは未だ止まることなく流れ出てくる血が目立っており、ティッシュも無いので腕の袖
で時折拭うくらいにしか対処できていない。


584 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:03:37.64 atPzIbfi0 959/1089



とはいえ、浜面の激しい憎悪も上条の制裁で綺麗とまではいかないが吹っ飛んでいた。
外れかけた理性も顔面血だらけという代償のみで元通り収まり、再び沈黙したファイブオーバーの
いる地点には救急車を手配しておいた。
ひとまずの難はこれで完全に去ったといえる。

「……で、問題はここからだな。だいぶ距離が遠のいちまった」

浜面が難しそうな顔で悪態を吐き、上条も同感な雰囲気を醸しながら眉を顰める。

「あんなのがこの先も待ち構えてるんだとしたら……一方通行やお前の仲間(?)ってのを待った
 方が良いかもな」

「一理あるな。実際、今こうして生きてられるのが幸運って気分だし」

「第三位……御坂の能力をあそこまで再現するどころか、火力だけなら桁違いだったし……。幾ら
 何でもあんなのに右手構えて特攻する勇気はねえぞ」

「あれが第三位か……」(ロシアで襲撃してきたのは確か、第二位の模造品だったな……。――)

(――ってことは、一方通行も……トンデモ兵器を製造するための素材として利用されちまうのか。
 一方通行の“脳”が必須なのも、より完璧な機械を作り上げるため……。分からねえのはそいつを
 一体何の目的があって生産するのか……。大規模な戦いに備えて兵力を増加させるとか、そういう
 具体的な狙いでもあんのかな?)

「……おい、ボーッとしてるけど大丈夫か? 強く殴りすぎたんなら、今更で良ければ謝るぞ?」

「ん? ……あぁ。そうじゃねえよ。ちょっと不謹慎な妄想してただけだ」


585 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:04:50.59 atPzIbfi0 960/1089



「そう? ……で、何の話してたっけ?」

漫才でもしているかのような掛け合いはこの後もうしばらく続くのだが、この二人に安息の地は
無く、次の受難もすぐ側まで迫っていた。
それもそのはず。今立っている付近一帯が敵地の中心核であり、第七学区や第五学区の住人や学生は
殆どが学園都市の技術を最大限に活用し作られた防空壕、『地下シェルター』へ避難済みである。

よって、普段は人で賑わっている地域も冷たい風と科学の街特有の機械音しか流れていない。
もし警備員が警邏に出ていたなら、上条や浜面は今頃とっくに保護されていることだろう。

もっとも最高権力者には全て筒抜けである以上、敢えて黙認しているという住民としては嘆かわしく
もあり腹立たしい真実が発覚するはずなのだが、彼等の知能ではそこまで考えが及ばなかった。


―――


そんな浜面や上条よりは幾分、というか段違いで知性豊かな“野に咲く二輪の花”。
御坂美琴と白井黒子は何時ぞやの地下街テロ事件の時みたいに肩を並べて走っていた。
目的は言わずもがな、上条当麻の捜索である。

ファイブオーバーからの不意打ちで不覚にも意識を一時手放し、上条の足取りが完全に絶たれてしま
った今、こうして闇雲に足で捜し回る以外に方法はないのだ。
その際に二人とも携帯電話の機能を一時的な使用不可状態にしてしまい、初春飾利に連絡して上条を
見つけさせるという手も使えなかった。

ちなみに彼女達は避難警報をしかと耳に入れていたので、人気の無くなった商店街を見ても不思議に
は思わない。


586 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:06:23.89 atPzIbfi0 961/1089



今はそれよりも、遠くで響いていた如何にも交戦中みたいな爆音が、走る度徐々に近くなってきてい
る事の方が気になっている。
この商店街を抜けた先は、多分大きな国道と繋がっていたはずだ。

つまり、

「路上で戦争おっ始めてるみたいね……! 音が近いわ」

「……もしや、上条さんでしょうか!?」

「いやぁ、それは無いでしょ。どう考えても銃機同士、それも片っぽは“荷電粒子砲”みたいな武器
 使って戦ってるみたいだし……アイツはそんな“人を殺す専用道具”になんか手ぇ掛けないわよ」

「あ、確かにそうですわね。全くその通りですの。杞憂だったみたいでひと安心……」

「………」

上条の善良ぶりをあっさり納得した黒子。上条に好意的な彼女の姿は美琴にとってまだ何処か物珍し
くて見慣れない上に、自分も好意を秘めている立場からするとあまり愉快な話ではない。
いずれ、その辺についても決着を付けなければならない時がやってくる。
そう考えると正直ナーバスになりそうだった。


(アイツも心配だけど……、これ以上この街を戦場にされるのは住民として勘弁願いたいし、まずは
 手近な騒乱から鎮圧させてもらおうかしら!)


決意改め、美琴と黒子は速度を落とさないまま商店街を駆け抜けた。


587 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:07:38.89 atPzIbfi0 962/1089



広い国道沿いの路傍。
エリート校、常盤台に在籍する少女二名が目にした光景は一言で表すなら『地獄絵図』。

車両通行止めは必至なレベルにまで抉られているアスファルト。
そこら辺で無造作に転がっている鉄の塊。その形状は多彩で、高出力の粒子を斬撃状に受けて頭部を
断絶されたものや、高出力の粒子を浴びて半分以上は熔融しているものもある。
そんな所々でスクラップと化した金属物からは今も硝煙や小火が発生しており、酷い有り様だった。

「ちょっと……。何よ、これ……」

「うっ……」

おそらく、どれもこうなる前の姿は強硬な装甲に包まれた駆動鎧だったに違いない。
そして凄惨な姿から推察するに、“戦いの果てに相討ちした”という線は低い。“正体不明の強者が
圧倒的な猛威を振るって彼等を躯に変えた”。そっちの方がまだ納得し易かった。鉄の屍達を見渡し
てみれば良く解る。それぞれ損傷部位や深度は相違しているものの、痕跡自体は明らかに同一犯だ。
とすると、“これだけの戦闘マシーンを相手にここまでの所業をこなす化物”が存在しているという
結果に結びつく。
それも手口から窺える通りだと犯人はかなり残忍で凶暴、更に自分と同じ超能力者クラスの実力者で
ある可能性が高い。

転がっている“駆動鎧だったガラクタ”は十体や二十体ではない。軍事施設の一小隊規模はある数だ。

予想以上の惨状を目の当たりにし、ショックが強すぎたのか口元を手で覆ったまま声も出せない黒子。
対する美琴は嫌悪感を露骨に表しながらも“この惨状を創り出した犯人”について思考を働かせる。

(溶け具合に見覚えがある……。電子熱線の跡かしら? でもそれにしては……。大体、電子操作
 系統の能力者でここまで出来るヤツが私以外にも……?)


588 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:08:39.25 atPzIbfi0 963/1089



最も近場にあった一体の屍を観察し、首を唸らす。

(ん……? ちょーっと待てよ。心当たりがあるような、無いような…………いや、まさかねぇ)


「――――まったく、一丁前に数ばっか揃えて来やがってさぁ……磯辺の岩場に湧くフナムシじゃ
      ないんだから、そろそろ大概にして欲しいわねぇ……。演算し過ぎて頭痛てぇし……」


「!?」


突然聞こえてきた若い女性の声に、美琴と黒子の首が九十度横へ動く。


「あ……!!」


「……ん?」


プスプスと焼け焦げた駆動鎧。その正面に茶系の巻き髪を背中まで伸ばした女性が悠々と佇んで
いた。女性の方も丁度同じタイミングで美琴たちの声に気づき、目が合う。

美琴はその女性と面識があった。


「アンタは……!」


589 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:10:06.03 atPzIbfi0 964/1089



「……あぁ、第三位かよ。一瞬誰かと思ったわ」


女性は美琴を見て意外そうな表情を見せるも、すぐに普段の調子で軽口を叩く。
過去の因縁など、まるで最初から無かったかのように。


「っつーかアンタ、こんな戦場のド真ん中に何の用事があって来たわけ? ……つっても、粗方
 片付いたからもう跡地だけどさ」

「それはコッチのセリフよ! ……こんな所で何してんのよ? アンタ……」

「見りゃわかんでしょ? ゴミ掃除よ」

「やっぱり、“これ”はアンタが……」

「だったら何よ? 文句でも付けようっての?」

「そういう訳じゃないけど……。何でアンタがこんなことを?」

以前、研究所の破壊活動を行っていた際に一戦交えた女。
今でも鮮明に憶えている。この女は、

「お姉様? お知り合いの方ですの?」

「第四位、『原子崩し』よ……」

「んな……ッ!!? こ、この御方が……お姉様の真下に格付けされている第四位……!!」


590 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:11:12.75 atPzIbfi0 965/1089



素直に驚嘆する黒子に、麦野沈利は慣れた動作で軽く手を振った。
こういうリアクションは過去に何度も受けているが、よくよく考えれば黒子の隣りには自分より
表面では格上の第三位がいる。
なのに麦野を見る目がどこか熱烈な気がするのは、一体どういう事情だろうか?

(お姉様のパートナーとして私が最も着きたい椅子に座っている方と御会いできるとは……!
 どうにかしてわたくしに地位をお譲りして頂けないか、全力で交渉したいですのおおおお!!)

などという腹積もりがあるなど、麦野は夢にも思わないだろう。
ただ、有名なアイドルと街中で遭遇した時のファンみたいに目をキラキラさせている黒子を見て
純粋に気味が悪いとは思ったらしい。

「……第三位。話を急に変えるけど、コイツは大丈夫なのかしら?」

「…………無視していいわ。んで、話の続きだけど……、アンタが何でここにいるのよ? 何か
 戦わなきゃいけない理由でもあるわけ?」

「理由……ねぇ。ま、無いっつったら嘘かにゃーん。私にも色々事情があんのよ。邪魔でもした
 いなら、“あの時”の延長線おっ始めても良いけど?」

「やめとくわ……。今はアンタと争う理由が私には無いし」

「賢い判断ね。んじゃあコッチの番。どうしてアンタみたいなガキんちょがこんな危険地帯まで
 足を踏み入れたのかにゃーん? いくら超能力者でも、アンタは表の人間でしょ? もしかして
 正義感が疼いて仕方がなかったとか言うつもりじゃないでしょーね?」

「……アンタと同じで、コッチも訳ありだとしか言えないわね」


591 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:12:39.88 atPzIbfi0 966/1089



「ふーん……、まぁアンタの性格考えたら理解できなくもないわ。周りに流されて地下シェルター
 へ避難している姿が正直想像つかないから」

「なによそれ? 貶してるの? 人を食み出し者みたいに言ってんじゃないわよ」

「ふん……、“あれ”から結構時間も経って、ちっとはおしとやかになったかと思ったら……」

「な……!」

「相変わらず乳臭そうなガキで安心したわ。元気でやれてんなら、それが一番良い」

「……アンタ、何か変わった?」

「さあね……」

黒子の前で“あの時”の話をされるのは非常に不味い。
そんな美琴の心情を悟ったのか、麦野はそれ以上話題を広げようとはしなかった。
そして、麦野の気遣いを直で感じ取った美琴もまた、『麦野沈利』という少女について良く分から
なくなっていた。

以前に衝突した時の野蛮ぶりは風景を見るからに健在のようだが、それでも何か前とは違う印象を
不明瞭ながらも美琴は感じていた。

「……今度さ」

唐突に麦野が話しかける。

「機会ができたら、ゆっくり話でもしましょ。紅茶でも飲みながらマッタリとね」


592 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:18:09.01 atPzIbfi0 967/1089



「……えっ?」

「折角こうやってまた出会ったんだしさ……もう敵対する必要もないんなら、少しぐらい仲良く
 したって損はないんじゃない? もちろん、アンタが嫌じゃなければ……だけど」

「…………別に、いいけど……」

「そんな警戒しなくて良いって。取って食うわけじゃないんだから」

「ゴメン……正直、アンタのクチから吐き出される言葉の全てが意外すぎて……まだ頭が追いつ
 いてないんだけど……。少なくとも私の記憶に残ってるアンタはゴキブリも笑って殺してそうな
 印象で……結びつかないっつーか」

「あぁ? テメェ、人が親切に誘ってやってるってのに……あんま調子こくんじゃねえぞ?」

「うん、やっぱりそっちのイメージの方が強いわね。っていうか、何かしっくりくるわ」

「……ははっ」

「ふふっ……」

第三位と第四位は顔を向き合わせたまま微笑した。
もはや美琴の側も、過去の蟠りはこの女に不必要だと判断したのだろう。
麦野からの誘いを快諾しない理由が思い浮かばなかった。

「――さてと、んじゃ私はもう行くわ」

「……そう」


593 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:20:21.15 atPzIbfi0 968/1089



驚くほど自然な流れで携帯番号とアドレスを交換し、麦野が席を立つ。
そして、優しい口調で注意を促した。

「駆動鎧部隊や裏の組織構成員が多分ここら一帯に蔓延ってるだろーから、アンタも充分気を
 つけなさいよ? 何の目的で動いてんのかは知らないけどさ……」

「私、こう見えてもアンタよりは序列が上なんだけど?」

「能力レベル云々の話じゃねえよ。……年上からの忠告として素直に受け取っておきなさい」

「面倒見が良いのね。……一応、ありがとう……って言っとくわ」

「ったく、反抗期真っ盛りなだけあって可愛気ないわねー。……コッチは果敢に歩み寄ってる
 ってのに」

「悪かったわね! ど、どうせまだ子供よ! ……っていうか、アンタと私じゃそもそも比較
 になるワケないじゃない……。反則凶器二つも胸にぶら下げやがってさ」

「あははっ、コンプレックスなら私にだって普通にあるわよ。そういう話も今度またじっくり、
 ね♪」

「……えぇ、悪くないかも……しんないわね」


「……楽しみにしてるわ……。じゃあ、またね。“御坂”」


「……!」


踵を返し、ヒラヒラと手を左右に振りながら麦野は遠ざかっていく。
最後に本来の名で別れの挨拶を締められた美琴は麦野の背中を唖然と見送り、姿が見えなくな
ってからポツリと吐いた。


「“麦野”……ううん、年上なんだからやっぱり“さん”付けで呼んだ方が良いのかしら……?」


「……わたくし、もしや存在を忘れられてたりしませんわよね……?」


寂しげな黒子の呟きを聞いた美琴はそこでハッとなり、とりあえず後輩に謝罪する事にした。



594 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:21:58.66 atPzIbfi0 969/1089



―――


「あー、なンか肩の力がどっと抜けた気分だなァ。超能力者っつっても衣を剥いじまえばただの
 小娘じゃねェか……。そンなのを俺と相対させるほど切羽詰った集団かよ? 『新入生』ってのは」


番外個体・打ち止め・今回の一件に巻き込まれた妹達と一旦別れた一方通行は、悲観的に嘆く。
先ほど彼女達を無事に救出し、これで一先ずは安心できるはずだった。
その時に敵対した第五位を倒したはいいが、どうも過程が不味かったようだ。

気づけば全員が「女の顔にグーはないだろ……」と非難するような鋭い眼差しを向けていた。
確かに今なら『やりすぎだったのか?』と思えなくも無いが、やってしまったものはどうしようも
ない。

ミサカ系統全般が今や致命的弱点の一方通行は回らない頭でしどろもどろの弁解をする気も起きず、
先延ばしにする道を選んだというわけだ。

『……まだやる事が山ほど残ってンだ。苦情や文句諸々は全て終わったら耳が爛れ落ちるまで聞い
 てやるから、オマエ達は先に帰ってろ。番外個体、悪いがクソガキを引き続き頼む』

目を少女達から逸らしたまま言うだけ言って、あとは返答も聞かずに裏地まで逃げてきたのだ。
『心理掌握』は没させたのでもう心配は不要だと思うが、念のために小型のGPS端末機を番外個体に
持たせた。これで今度何かが彼女達の身に起きてもすぐに駆けつけてやれる。ちなみに端末機は食蜂
が所持していたのを勝手に拝借したヤツだ。校則の厳しい常盤台の学生ならきっと持っているだろう
と踏んだが、見事に当たりだった。


595 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:22:52.63 atPzIbfi0 970/1089



で、折角こうして無事に助け出せた番外個体たちから離れた本当の理由だが……。


「なァ。『新入生』を率いてる立場のオマエなら、この素朴な疑問にどォ回答してくれンだ?
 ――――黒夜海鳥」


「……あっれぇ? 私、アンタに名乗った憶え無いんだけど」


鉄柵の向こうに建つプレハブ小屋。その小屋の屋根の上に彼女はいた。
一方通行は軽い身のこなしで廃工場の裏地を仕切る鉄柵を跳び越え、不敵に微笑む黒い少女に近づく。


「“『新入生』のメンバー”、“『暗闇の五月計画』の被験者”。これだけヒントがありゃ充分調べ
 が利くンだよ。俺を軽く見積もり過ぎてンじゃねェのか? って、普通なら訊ねるトコだがなァ……。
 あの計画に関わってたンなら、まずそいつは有り得ねェ。“俺”の詳細はオマエ自身の思考を通じて
 伝達されているハズだからな」


「確かにアンタの“脅威度”ってのが実際どれほどのモンなのかは、“あの日以降”正確に植え付け
 られてるよ。ただ、誤解しないで欲しいね……。アンタが八月三十一日以前より大幅に劣化したのは
 コッチからしてみりゃ嬉しいニュースだった。けど、だからといって緊張の糸を切らせたりはしない。
 どんなに深手を負っていたとしても、アンタの“最優秀な頭脳”が健在な限りは私も気ぃ抜かないよ。
 それが私なりの“悪党としての流儀”ってヤツさ……」


「ハッ……そンな程度の流儀じゃ、せいぜい小悪党止まりだな」


596 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/23 22:23:32.56 atPzIbfi0 971/1089



鼻で笑い飛ばす一方通行を不快そうに睨む黒夜。
すでに火花が互いの間を交錯しているような空気が漂っていた。


「そうかい……。だが悪の道を貫き通せず、“平穏”という名の微温湯に浸かりすぎたアンタが言えた
 事かにゃーん? あろうことか、アンタにとっちゃ本来敵役にすら立てない筈の『第五位』に“接触”
 を許したのが良い証拠だろう?」


余も無く、空気が不穏な色へと形を変えていく。
地中から呻き声でも聴こえてきそうな黒色へ。


「まァ、それについては反論できねェなァ。俺に“過信”や“慢心”があったのも事実だしよォ、オマエ
 らの底を計り誤ったってのも間違いはねェよ。……ホント、良い教訓になったわ」


一方通行もこの雰囲気に順応する不敵な笑みで返す。


「遠慮なく今後に生かさせてもらう。もうオマエ達を格下の雑魚共とは思わねェ……。全力を以って叩き
 潰すまでだ。――――そンな訳で、覚悟はイイな?」


返事も待たずに電極のスイッチを入れ替える。
ここまでの計算に狂いが無ければ、能力の使用制限時間は約半分。つまり十五分余りだ。
しかし、一方通行は遊ぶ気などない。敵の土俵にも上がらないし、手の内を曝させるつもりもない。

――――文字通りの瞬殺で終わらせる。

背中から突如発生した四本の竜巻がそう叫んでいた。


616 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:02:28.38 y99xCPVg0 972/1089



『一方通行抹殺任務』の主力を担う組織、『新入生』。
この組織に属する一人の少女と“最終標的”が今、真っ向から激突しようとしていた。
奇しくも、彼等には『暗闇の五月計画』という因果関係がある。
場所は『新入生』が拠点を張っている『無法区域』の更地。無論彼等以外の人気は皆無だった。


(アイツの能力が俺の演算パターンを参考に『攻撃重視』で組み込まれてンだとしたら、防衛線は薄い。
 このままゼロ距離まで詰めて踏ン捕まえちまえば、チェックメイトだ!)


四方に散らばる竜巻を一気に噴射、暴風を巻き起こし、轟音と共に華奢な身体が空へと弾け飛ぶ。
その行く先には、お世辞にも強靭とは呼べない小柄な外見をした少女、黒夜海鳥がいた。

距離が瞬く間に縮まり、到達時間を計測し終えた一方通行が片手を伸ばす。
この手が彼女の身体に触れれば、勝負は終わる。

が、しかし……。


「――――余裕ぶっこき過ぎるってのも間抜けだが、逆に余裕が無いってのも問題なンだぜェ?」


「――――!?」



617 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:05:15.20 y99xCPVg0 973/1089



伸ばした手が、黒夜の嘲笑うような声と同時に後方へ引き寄せられた?
いや、一方通行を支点とした竜巻の風圧に対抗するような衝撃が前方からぶつかってきたのだ。
黒夜が一方通行へ向けて五指を開いた直後の出来事だった。
気を抜いていれば押し戻されてしまいそうな程に強烈な暴風が、黒夜方面から返される。


「……! そいつが『窒素爆槍《ボンバーランス》』か。掌に圧縮させて、長い棒状に固めた窒素
 を噴出させてンのか……。射程範囲が狭い上に攻撃性に主軸が掛かってるだけあって、真正面から
 受けるのは賢明じゃねェな」

「デフォ設定の『反射』はどォしたよ? まさかたァ思うが……この期に及ンで出し惜しみしてン
 じゃねェだろォな?」

「ケッ……幾らオマエの手から途切れなく伸びて来るエモノを跳ね返したところで、新たに噴出さ
 れた『窒素爆槍』に相殺されンのは解ってンだよ。あンまし見縊ってンじゃねェぞ」

「それでもアンタにダメージが通らねェことに変わりはねェ。試しもしないとは随分慎重だなァ?
 いや、この場合は臆病って言うべきか?」

「埒が明かねェンじゃ試すだけ無駄だろォがよ。それに薄汚ねェオマエのことだ。またくだらねェ
 策略でも練ってンだろォが、馬鹿親切に応じてやる気は毛頭ねェよ」

「…………ふ、どォやら本当に私らを『敵』だと認めたらしいねェ。光栄って思うべきなンだろォ
 けど、そンなミーハーな概念は持ってねェンだ」

「あっそォ、……だが安心しろ。『反射』に頼らなくても、戦法なンざァ思いつくだけでも百通り
 以上はあるから、なァ!!」


地面を踏み砕き、亀裂を作る。


618 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:06:10.22 y99xCPVg0 974/1089



ドミノ式に広がった亀裂は黒夜が佇むプレハブ小屋にまで侵食し、激しい地割れと共に小屋は倒壊
の末路を辿った。


「!? ちィ……っ!!」


黒夜の足場をまずは奪い、“移動を已む無くさせる”。
移動しなければならないという事は、少なからずそこに意識が傾いて、集中の削減を助長する結果
に繋がるのだ。

そしてもう一つ。

何も“正面から仕掛ける”必要はない。
小屋を壊して足場を奪ったのは、注意を自分から外させる目眩ましの意味も含まれている。

掌からジェット機みたいに窒素を噴射させたまま滞空する黒夜に毒手が迫っていた。


「ひゃは、ぎゃはっ」


狂った笑い声を発したのは、何故か黒夜。


「っ……!!?」


そして、度肝を抜かしたのは一方通行の方だった。


619 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:07:46.88 y99xCPVg0 975/1089



懐に潜るまでは手筈通りに運べた。
だが、そこから事態が思わぬ方向へ傾く。
一方通行の突き出した腕を縫うように避けた黒夜が、表情を不気味に歪めた所から――。


「知ってるぜェ? 何でアンタが反射を使わないか」


「っ……クソが!!」


至近距離で囁かれた言葉に動揺したのか、突き放すように手を振るう。
が、これも心理を熟知したような動作で軽くいなされた。

そして、ある程度の距離まで遠ざかった黒夜が続きを語る。


「私の持ち味が『窒素爆槍』だけじゃないって事、もォ分かってるンだろォ? ンで、
 肝心な中身も既に理解してるンだよなァ? まァ隠すほどの内容じゃねェし、機密度
 も高く設定されてねェから、アンタが本気で調べりゃ楽に入手できるデータだよ」


「…………」




「“木原数多”」




「……!!」


620 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:09:07.87 y99xCPVg0 976/1089



この名前を聞いた途端に心の奥が一層ざわつきを増す。
概要に偽りなしだとすれば、この少女は文字通り――。


「今は亡き、一方通行に唯一“生身”で対抗できる狂人科学者。……そいつの“データ”
 を私が引き継いでいるのさ。『プログラム・チップ』を脳に取り付けた時点で、アンタの
 “天敵”である『木原数多』の人格、思想、そしてアンタを攻略するための知識と技術も
 取得済みよ」

「……そのチップとやらに、あのクソ野郎の遺志が組み込まれてンのか……」

「っつか、ぶっちゃけクローン技術を併用して生き返らせた理由の殆どが“それ”なンだ
 よねェ。より精妙なデータ収集には形も伴った“再現”も要求されるンだよ。……まァ、
 “本人”にゃ流石に教えられちゃいなかったらしいがな」

「……つまり、オマエは今も……」

「そォ、“被験者”だ。『暗闇の五月計画』の時はアンタを対象(モデル)とした概要だ
 ったが……、今回はアンタとの因縁が最も強い研究者に白羽の矢が立った訳だ。皮肉な話
 だよなァ? 研究する側の人間が研究対象に抜擢されちまうなンてよォ……。最初に説明
 聞かされた時は笑いが止まらなかったぜ」

「そォか、だからか……」

「あン?」

「オマエから反吐が出そォなぐれェにムカつくニオイが漂ってたのは、やっぱり気のせい
 なンかじゃなかったってワケだ……。くくっ……、こりゃあさぞかし研究チームも荒れた
 だろォなァ。俺(研究対象)をシメるために木原(研究者)まで具の材料に混ぜちまうと
 はな……。他人事なら盛大に笑ってるところだろォぜ」


621 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:10:55.26 y99xCPVg0 977/1089



「……、脱線したな。じゃあ続きだ」


一旦地へと降りた両者。
そのまま臨戦態勢を取り、出方を探る一方通行に黒夜が伝える。


「『反射の壁』はアンタに攻撃が届く寸前に引き戻してやればいい……。クチじゃ簡単に
 解説できるが、水の上を走るのと同レベルの理屈だ。木原数多の偉大な所業は後世に残す
 べきだが、ヤツは能力者ではなく研究者だった……。故に体術を行使するしかなかった訳
 だが、それじゃあ攻撃性能が心許ない……。――――だが、私なら」

「……!」


ゾゾゾゾ、と地の底を這うような不審音が耳に入った。
音の発生地を目で追ってみると、そこには先程倒壊したプレハブ小屋の跡しかない。

だが、よく見てみると……。


「アレは……?」


瓦礫に埋もれたビニール製のイルカ人形が微かに確認できる。確か黒夜が常備していた
事を思い出し、この不協和音の元凶だと判断した。

が、一方通行の脚は動かなかった。
正確には“突如爆ぜ散った人形から姿を現した謎の物体”を視中に収めてしまい、警戒
心が働くあまりに動かせなかった。


622 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:12:27.30 y99xCPVg0 978/1089



「……気味の悪りィペット飼ってンじゃねェよ」


「『窒素爆槍』の発動原理を知ってるンなら、そンな悠長な感想吐いてる場合じゃねェ
 って気づかねェのか?」


人形から生まれた“歪な手”が黒夜を中心に収束され、不躾な動作で一方通行を手招き
している。


「…………どォいう造りになってンのかは知らねェが、なるほどなァ……。“掌”から
 じゃなきゃ放出できねェ欠点を、“手を増やすこと”で改善しやがったのか」

「流石だねェ。正解だよ」

「だがよォ、そいつが俺に有効かっつったら微妙な線だよなァ。本物とダミーの区別も
 できねェとか思ってンなら、ただの浅知恵で片付くぜ?」

「……? っ! あァー、そォかそォか。……アンタ、盛大に勘違いしてるよ」

「あァ……?」


「この“腕”は全部、私の神経と直結してンだ。『無線』でね」


「……なンだと!? そンなわけが……」


623 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:14:09.32 y99xCPVg0 979/1089



「技術の成長と進化は、私やアンタが想像しているよりウンと早い。ワイヤレス接続
 だって現代じゃ当たり前のよォに普及してるだろォ? 神経を脳から各パーツに送信
 すれば、こんな紛い物でも私の能力に適用される。……当然、『木原プログラム』も
 込みで、なァ」


「ってことは……!」


「“全ての『窒素爆槍』”に『対反射膜用システム』が働く仕組みってわけさ。そして、
 どこに逃げよォとも絶対に逃げ切れねェ様にあらゆる角度、方位からブチ込む……。ふふ、
 詰ンだな? 第一位。既に王手が掛かってるぜェ?」


「ぐ……」


「これだけの“腕”から一斉に噴出させたらどォなるか……わかるよなァ? 最後には
 肉片も残らねェかもしンねェが、そこは安心しな。“頭”だけは綺麗なままにしといて
 やっからさァ」


黒夜が中心に立つ形で上下左右に広がっていく“腕人形”。
まるで孔雀が羽を開いたような絵図が完成し、各腕がその掌を翳す。

ロックオン先は言うまでもなく一方通行。



624 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:16:40.05 y99xCPVg0 980/1089


「………」


さっきとはうって変わって大人しい一方通行を、黒夜は挑発する。


「どォしたァ? 蛇に睨まれた蛙みてェに固まっちゃって……。突っ立ってても“反射膜”
 は普段通りに助けてくれねェンだぞ?」

「余計な気遣いは要らねェよ。とっとと仕掛けりゃ良い……」

「……潔いじゃねェか。――そンじゃ、遠慮なく殺させてもらうわ」


――次の瞬間、何十本あるかも判らない“腕”と黒夜自身の両手が轟音を響かせた。


人の体など簡単に吹き飛んでしまう程の風速と風圧が生まれ、窒素の槍同士が絡まり乱れ、
膨大な嵐と化して一方通行を呑み込もうと畝る。


「――ッ!!」



周辺の砂利や草木、建築物までもが凄まじい暴風に巻き込まれて宙を回りだす。
激しい砂嵐が連鎖的に発生し、一方通行を起点とした更地を覆い尽くしてしまった。

『窒素爆槍』の渦に翻弄される一方通行を直接目で確認できなくなった事態に、黒夜は残念
そうな表情を浮かべる。


(チッ……、思ってた以上に風向きが良かったな……。まァ、逃れる術はないだろォし……
 さして気に病む必要もねェか。視界が良くなる頃には逝ってるはずだから、余波が収まるのを
 一旦待つか……)



625 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:18:43.79 y99xCPVg0 981/1089



一度暴発した災害はそうすぐには鎮まらない。
充分と判断して噴出を止め、二分程経ったか。ようやく視界が良好となり、屍となった第一位を
最初に拝んでやろうと黒夜はしたり顔で眺める。


「…………?」


しかし、一方通行のいた位置に人の気配はなかった。
少しの風でも簡単に吹き飛んでしまいそうなほど華奢な体だ。目の届かない場所まで消し飛んで
いったのだろうか? 


「……だとしたら、探すのが面倒だな。どこまで飛んじまったのか分からねえぞ……」


やはりやり過ぎだったか……。と普段の口調で呟く黒夜。

と、その時。




「――――いィや、わざわざ探す必要はねェ」




「――――!!?」


626 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:22:34.53 y99xCPVg0 982/1089



少女の小さな背筋が凍った。
急に襲われた得体の知れない悪寒。その正体は背後からの囁き声と共に明らかとされた。


「死体確認も済ンでねェ段階で殺ったと決め付けンのは、ちっと早計なンじゃねェか?」


確実に仕留めたと思われる標的本人の声が、黒夜の目を剥かせる。


「テメェ……どォして……!?」

「とりあえず落ち着けよ。まずはその鬱陶しい“作り物”から処分しなきゃ、なァ?」


背中に言い様の無い圧迫感を覚え、振り返るどころか金縛りにでもあったかのように硬直
しきっている黒夜。
瞬間、“歪な腕”は見えない圧力によって黒夜の身体から巣立つように分散されていった。
黒夜本体には影響を与えずに大気の流れを器用に操るという豪技。こんな非常識な真似が
可能な人物を黒夜は一人しか知らない。


「っく……!」

「ハイ、掃除完了ォ」


楽しげで余裕のある声。
そして、


627 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:26:50.65 y99xCPVg0 983/1089



「あとは、オマエの両肩に付いてる“それ”を取り除くだけだ。ピンチを感じる間もなく
 終わらせてやっから、感謝しろよ?」

「……っざ、けんなっ!!」


切迫した感情が遂に臨界点を超えた。
自力で硬直状態から立ち直った黒夜は、昂ぶった感情のまま勢いをつけて身を反転させる。
同時に構えた右腕から手加減なしの『窒素爆槍』を見舞おうとするも、当然すぐ背後にいた
一方通行はこれを先読みした。


「が……ぐァァあああああああ!!!!?」


窒素の槍が噴出される前に右腕を掴まれ、そのまま制御不能に陥った。
ゼロ距離で黒夜を捕えた一方通行は、ニヤリと妖しく微笑みながら、


「ハァイ、“一本目”ェ! ぎゃはハハははァァ!!」


自身の手を黒夜の右腕を掴んだまま大きく横へ薙いだ。
バキッ!! と金属同士の接合が外れるような鈍い音が響く。


「ぎゃァァあああああッッ!?!?」


628 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:27:56.03 y99xCPVg0 984/1089



激痛に襲われ、たまらず大声を上げてのた打ち回る黒夜。
肩から文字通りに外れた“右腕”を地面に放り捨て、尚も苦痛にもがく無惨な少女を
冷ややかに見下ろす。


「サイボーグ、ねェ……。能力じゃ到底俺に及ぶはずねェのに、何故か自信に満ちた
 オマエの態度がやたら気にはなってたが……ハッ、そォいうカラクリかよ」

「…う……ぎ、ぐううう……!!!」

「“生身”じゃなくて良かったじゃねェか。そいつが義手じゃなかったら、毛細血管
 ごと弾けてもっと悲惨な光景になってたぜェ? っつか、本物の腕じゃねェにしても
 神経自体は繋がってンのか……。詳しい訳じゃねェから、そこン所の原理が今ひとつ
 ピンと来ねェな」

「…て…テメェェ………ッッ!!!!」


狂気に憑りつかれた瞳で一方通行を睨み、残された左手を向ける。

だが、


「おっと、そっちも取り外し式か? ――――なら、もうオマエにゃ不要だよなァ!?」


超人的な素早さで左手さえも抑えられ、黒夜の顔が青ざめる。
自分の手を掴んでいる一方通行の華奢な手が魔手にしか見えなかった。


「いや……ちょっ、な、なにす……ま、待っ――――!!?」


629 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:28:57.31 y99xCPVg0 985/1089





 「ハァァイ、“二本目”も没収ゥゥゥゥ!!」






630 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:33:03.45 y99xCPVg0 986/1089



ボキッ!


「――――ぃぎゃアァァアアアアァああああああああァァあああ!!!!!!!!!」


二度目の地獄を迎えた齢十二歳の少女。
掴んだ時、つまりは“触れている”ので、生身か義手かの識別どころか仕組みや設計
まで最速で収集できる。それが第一位の能力である。

右腕同様に金属反応を感知したので、一方通行は容赦なく左腕も力ずくで引き外した。
まさに取り外し手順などクソ喰らえと言わんばかりの強引手段。
ちなみに手順通り以外だと痛覚神経に途轍もない刺激が伴ってしまう事を一方通行は
知らない。正確には知ったことではない。


「おいおい……、まるで本当に腕が取れたみてェなリアクションだな。……そンなに
 痛ェのか? スプラッタ映画みたく血だまりにならねェだけで、実は本物の腕と同じ
 神経でも通わせてンのかよ?」


「あァァああ……ッ……あ……は……ァ……ッッ……ッ」


涙で濡れながらも虚ろな目の黒夜を見て、流石に背徳感を抱く一方通行。
勝敗など誰が見ても明白だが、これでは話ができない。
元々黒夜は喋る体力を残す程度で済ます予定だっただけに、今度は一方通行が「やりす
ぎちまったか……」と頭を掻く。ここまでの効果は正直期待していなかった。
せいぜい相手の攻撃手段を封じることで無力化するくらいの工程しか立てていなかった。


631 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:35:51.78 y99xCPVg0 987/1089



そんな両肩から先を失った黒夜は、痛みを緩和する手段も得られず無様に地べたを這う
しかない。両腕が無いために、未だ激痛が伴う接合部の断面を押さえる事は愚か起き上
がる事さえできず、加えて武器(能力)も使用不可に陥り、“まな板の鯉”状態である。

もはや戦闘不能なのは一目瞭然だった。


「ち、くしょ……う……っ」


苦しみと屈辱に悶える少女に、一方通行は勝者として悠然と見下しながら話しかける。


「おーおー、不憫な姿に成り下がっちまって……。すぐにでも病院に緊急搬送してやり
 たい所だがなァ、その前にもォしばらく俺との会話に付き合えよ」

「……ど、どうして……あの渦に囲まれて……逃げ場なんて、なかったはず……」

「あァ、それなら単純だ。“全部読ンだ”。風向きから速度、質、風量、値を弾き出す
 のに十秒も掛からねェよ。あれくらいじゃあなァ……」

「ッ……!?」

「オマエ、“反射”ァ破ったぐらいで俺を攻略できたとか……本気で思ってたのか?
 木原みてェにもっと徹底されてるって考えてた俺が馬鹿みてェじゃねェか。……まァ、
 オマエらは言い換えりゃ“新人”だから、らしいっちゃらしいかもしンねェけどよォ」

「な、に……?」


632 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:38:39.87 y99xCPVg0 988/1089



「まだ理解できねェか? ならもっと丁寧に説明してやンよ。“オマエ”が仕向けた
 『窒素爆槍』は一つ一つ綿密に解析され、大気のベクトルをオマエの攻撃方法と同じ
 要領で操作してぶつけ、相殺してオシマイってなァ」

「――!! ば……」

「で、砂埃で視界が悪いのを利用して、間抜けに勝ち誇ってるオマエの後ろまで移動
 したって訳だ。特に驚くよォな真相でもねェだろォがよ?」

「…………っ」


返す言葉が思い浮かばないとはこの事である。


「……馬鹿言ってんじゃねえよ……。あんな短時間で、あれだけの射出口から放った
 『窒素爆槍』を解析し終えたってのか?」

「所詮オマエが植え付けられたのは俺の“一部”に過ぎなかったよォだな……。俺の
 “際限”をそもそも把握しきってねェ。だから『軽く見すぎてる』っつーンだよ」

「馬鹿、な……! コッチには、『木原数多』との戦歴データだって……」

「確かにアイツにゃ何度か後れは取った。そン時のデータを参考に戦略を立てたンだ
 としたら、オマエに自信や希望が芽生えるのも頷けなくはねェ……。だが、そいつは
 あくまでも“シミュレーション”の範疇でしかねェンだよ。俺を完全に攻略しきった
 とは言えねェよな」


634 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:42:17.64 y99xCPVg0 989/1089


「なん、だと……!」

「オマエは“あの計画”で俺の片鱗くれェは知り得た。実際、一部の演算パターンや
 思考能力は参照程度に身に付いてる筈だ。俺自身の能力についても大凡の知識がその
 チンケな脳に組み込まれてる……」

「……だから、何だよ?」

「オマエは『暗闇の五月計画』や『木原数多』から取得した情報で俺を知り尽くした
 気になっていた。それが敗因に繋がったンだよ」

「……!」


「頭で理解すンのと直接体感するのとじゃ、意味が全く違うだろォが。そこに気づけ
 ない時点で、ハナからオマエに勝機なンてモンは無かったンだ」


「――!!」


突きつけられた現実を振り払おうと頭を振る。
地面に額を打ちつけて悪夢から逃れようと呻く。

しかし、どう足掻いたところで受け止めざるを得なかった。

“敗北”という、この世で彼女が最も嫌う運命を――。


635 : >>633は無しで ◆jPpg5... - 2011/11/29 22:45:00.54 y99xCPVg0 990/1089




「く、そ……。ち…く…しょう……ッッ!!」


“認めたくない”。そんな一途な想いが強く表れている。
だが、音を立てて崩れ去った自信やプライドに縋ることも適わず、黒夜は屈辱感に
堪えながら奥歯を力一杯に噛み締めた。


「オマエ達から仕向けた戦争だ。同情の余地がねェのは判るな? この末路を受け
 る覚悟も、勿論あった筈だ。……まァ、愚鈍に気づいた時ってのは大体が手遅れの
 ケースだろォから、オマエだけを嘲笑ったりはしねェさ」

「…………もういい、殺せよ」

「……良い覚悟だ。と言いたいトコだが、生死の境に立つにはまだ若すぎンだろォ。
 もォ一度、人生をやり直そうって気分にはなれねェのか?」

「今更……生きる場所なんかない……。私は暗い世界に浸ってるのが似合いなんだ。
 表で堂々と生きていける訳、ねえよ……」

「そンなの分かンねェだろ。オマエが出来ると思ったら、案外何とかなるかもしれ
 ねェじゃねェか。居場所くらい、腐りきった裏社会に比べりゃすぐに見つかる……。
 ンで、そォいうのは意外と近くに転がってたりするモンだ」

「……なに、どこぞの奇麗ごと教師みたいに振舞ってんだよ……。私を殺さないの?
 放っておいたら、またアンタを狙うかもよ? 今度は確実に息の根を止められるかも
 しれないぜ?」

「根本的な勘違いを指摘してやるが、俺は『オマエを殺す』っつった覚えはねェぞ?
 『叩き潰す』とは言ったかもしンねェがなァ」


636 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/29 22:48:01.49 y99xCPVg0 991/1089




「……、詭弁かよ……」

「どォ受け取ろォと構わねェよ。……それに、また俺にリベンジする度胸が果たして
 オマエにあンのかねェ……。ま、仮にあったとしても問題ねェがな。そォいうヤツら
 を相手すンのは嫌気がさすほど慣れてっからよ。オマエ一人増えた所で大して気には
 ならねェなァ」

「ケッ……、余裕こいてられるのも今だけだ、クソ野郎。その内ケツから泡吹かせて、
 私が今日受けた屈辱の十倍は苦しませてやるからな……!」

(そォなったらそォなったで、番外個体がまた面倒臭せェ事になりそォだ……)

「……今日の所は、私の……負けだ。『新入生』も解散する。……つっても、アンタ
 や第四位に大半は削られたんだけどな」

「あァ……」(第四位……無事なンだろォな?)


黒夜の瞳から闘争心が消え、因縁のぶつかり合いもこれで一応は一幕下りた。
そして、一方通行は――――。


「じゃあ、ここからは俺の質問に答えろ。今回の、一連の実権を握っている黒幕共の
 巣窟は何処にある?」



668 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:23:57.25 LZIt7T/Q0 992/1089



―――


第五学区、『新入生』本拠地から数キロ離れた『無法区域』内。
全力疾走中の浜面仕上を追うのは、種類豊富の駆動鎧。総勢十数体以上。
帝国軍のイチ中小隊に相当する布陣がターゲットとしているのは、どこにでも
転がっていそうなチンピラ約一名。

いくら内情有りとはいえ、流石に不条理且つシュールな絵図だ。

そんな喜劇の台本にでもありそうな状況だが、当人たちは至って大真面目である。
特に、直撃すれば即死必至の銃火器から放たれる砲撃が先程から横を通過しまく
っている浜面の方は顔も動きも必死さが表れすぎていて、茶化す気分にもなれな
いであろう。

実際、生きるか死ぬかの絶賛修羅場中だから無理もないのだが……。


「ぃひぃい!? う、うそだろぉオイ!! 弾の無駄、ってか……兵力の無駄な
 浪費って言葉知んねえのかテメエらぁ!!? こっちは凡人どころか、地位的に
 は落ちこぼれの部類に入ってんだぞ!!? いくら何でも勢ぞろいし過ぎっ!!
 “多勢に無勢”にも限度ってモンがあんだろーーー!!?」


涙まじりの訴えにも武装集団は耳を傾けてくれない。
ウサギを狩るにも一切気は抜かずに全力を尽くす獅子。まさにそんな構図だった。
的を絞らせないために直線を走るのは基本だが、ジグザグに走るのも楽ではない。
既に莫大なスタミナが浜面の体内から消費している。
早い話、そろそろ限界が近づいていた。


669 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:25:01.20 LZIt7T/Q0 993/1089



「はぁ……っはぁ……! ちっ…きしょお!!」


腿が張ってきている。故に段々と足を動かすのが辛くなり、追手との距離も徐々に
狭まっていた。
唯一の対抗手段だった『能力物』もとっくに素が尽きており、使い物にはならない。


(やべぇ……逃げ切れる気がしねぇ! あんな数のセンサーじゃ、きっと何処に隠
 れたって見つかる……! かと言って、このまま追いかけっこしてたんじゃ間違い
 なく召される!!)


小道を見つけ、すかさず駆け込む。無駄な足掻きでしかないかもしれないが、広い
道を逃げるよりは何倍もマシなはずだ。幸いなのは追手全員が搭乗型駆動鎧である
事だった。人が乗る構造上、ある程度は巨体躯なのがお決まりだ。狭い場所へ誘導
すれば、僅かながらも足軽の方が有利なのは否めない。


「……撒くのは無理でも、インターバルの時間くらいは稼げるか……?」


ひとまず壁と壁の狭間に身を潜め、息を殺す。
乱れた心拍を落ち着けてから消耗したスタミナの回復に努めようと計画を練る。

が、やはりそう都合良く運ばせてくれるほど敵も甘くはなかった。


670 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:26:10.77 LZIt7T/Q0 994/1089



「――うぎぃ!?」


背面の壁がガラガラと破壊され、浜面の身体が後ろへ転倒しかける。
素っ頓狂な声を発しながら、傾く身体のバランスを立て直して顔を上げた浜面の目
に映った光景は、


「……あはは、やっぱねー。逃がす気なんてサラサラありません、ってか? ハッ、
 まるで凶悪指名手配犯並の扱いだな」


おどけたコメントに返事をくれる者などいなかった。
転びそうな体勢で壁から出てきた浜面を「待ってました」とでも言いたげに各武器
を構えているのは十数体近い駆動鎧集団。

ここから逃げようと指の一本でも動かした瞬間、蜂の巣にされる運命なのは浜面で
すら理解できる。
逃走劇の終幕は案外呆気なかった。


(お手上げ、か……)


強運もどうやらここまでらしい。浜面がそう悟った時だった。


『――――ぐぎッ!?』

『――――ッッ!!?』


671 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:27:40.97 LZIt7T/Q0 995/1089



悲鳴は弱者の方ではなく、武装した敵の方から上がった。
急展開に浜面が唖然とする中、次々と駆動鎧の腹部から“光の線”が生える。
そして、派手な轟音と一緒に怪光線が貫通した駆動鎧は爆発し、その場で無力化
したまま動かなくなった。


「んな……、えっ!? な、何だよ……どうしたってんだ……???」


浜面があたふたしている間に作業的な駆逐は完遂され、目の前の敵部隊は十秒も
経たない内に全滅の末路を辿った。

こうして、またも奇跡的に生き残った規格外無能力者の浜面。
そんな彼の耳に聞き馴染んだ声が届く。


「やーっと見つけたと思ったら……、何また勝手に絶体絶命ゴッコしてんのよ?
 つくづくアンタって追い詰められる様が定着してるわねぇ。ここまで来ると属性
 ついてんじゃないかって疑うくらいだわ」

「はぁ……助かったよ、ありがとう……って素直に感謝したい所だがなぁ麦野!
 ヤラレ属性だけは流石に寛容できねーぞ!? ってぇか、好きで死の淵に立つ様
 な異常快楽者がいるんだとしたら、そいつは精神病棟行き決定だ!!」


プスプスと煙を噴かす駆動鎧の残骸を踏みならして浜面に歩み寄って来たのは、
頼れる姐御肌な雰囲気を醸した麦野沈利だった。

とりあえず、浜面は売り言葉に買い言葉で反論する。
その幼稚ぶりに呆れる麦野だったが、それ以上の口論には応じずに近況報告を
要求した。

672 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:29:01.19 LZIt7T/Q0 996/1089



「はいはい、アンタが望むなら後で精神病棟にでも何処にでも送ってやるから、
 さっさと“あの後”の経緯を話しなさい。場所も場所だし、あんま無駄話して
 ても仕方ないでしょ?」

「あっ……! そうだ思い出した!! お前さっきはよくも俺を敵地内で一人
 ぼっちにしやがったな!? 第一位にしろお前にしろ……自由ってか自分勝手
 過ぎるんだよ! さらっと“あの後”とか言っちゃってるけどねぇ麦野さん?
 俺がどれほど死ぬ思いしたか……! “一歩踏み違えるだけでサヨナラ現世”
 レベルだったんですよ!?」

「あー……、まぁアンタなら死にゃしないだろーって思ってたし……実際今も
 そうやって五体満足で生きてんだから、問題ないでしょ?」

「…………何故そこで俺を“うわー、コイツ面倒臭え”的な目で見る?」

「過ぎたことをグチグチ言うヤツは面倒臭い。異論ある?」

「いやいや、命に関わってんですけど!? “過ぎたこと”で済ませて良い
 問題じゃ……」

「あぁもう、うっせえなぁ。文句あるってのかよ? あぁん? 大体、この
 私や第一位が雑魚の囮役をわざわざ買ってやったのよ? 普通そういうのは
 下っ端の役目だってのが無条件で確定してるのを、捻じ曲げてまで引き受け
 たっていうのに、感謝されるならまだしも不満漏らされるってのはどういう
 事だよ? なぁ、浜面ぁ? それでもまだつべこべ言う気かコラ」

「…………すみませんでした。不満なんてとんでもない。寧ろ大感謝ですよ
 わっはっは」



673 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:30:58.45 LZIt7T/Q0 997/1089



雲行きが怪しくなる前に危険を感知し、退く。
これまでの死線で磨きに磨いたチキンスキルは今回も絶好調のようだ。


「っていうか麦野、第一位と一緒じゃなかったのか?」

「途中からは別行動よ。一通り片付けた後に新手が合流しちゃってねぇ……。
 能力の使用時間が限られてる第一位をたかが遣い回しにぶつけるのは得策じゃ
 ない……。そんな訳で先に行かせたから、てっきりアンタと合流してんのかと
 思ってたわ」

「う……」

「で、浜面。アンタは今までなーに道草食ってたわけ? 目的地周辺の制圧
 は無理でもさ、スムーズに乗り込めるようにせめて入り口付近は掃除しとけ
 っつったわよね? 少なくともそこに留まってれば第一位と合流できた筈よ?
 ……さて問題。ここは一体何処? 目的の場所から何キロ離れてる?」

「いやー、そのデスネ? これには色々と複雑な事情があって……って麦野
 の方こそ何でここに!?」

「適当に暴れ回ってたら流れ着いてたのよ。んで、敵も殲滅し終えたから私
 もその工場跡だっけ? とにかくそこを目指してたら偶々四面楚歌のアンタ
 を発見したってワケ」

「……それについてはホントウに助かりマシタ。感謝のコトバもございません」

「はぐらかそうとしてんじゃないわよ。……んで? 結局アンタは何の成果
 も上げられなかったってか? それでも私の正規部下かよ? あー、こりゃ
 元通りの下っ端に降格すべきかしらねぇ」


674 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:32:24.71 LZIt7T/Q0 998/1089



「へ!? いや、ちょっと麦野さぁぁん!!?」

「パシリ人生に逆戻り、おめでとう♪」

「っつか、肩書きだけで実質何も変わってねえだろうが!!」


浜面の“キレ”が最高潮に達しかける中、麦野が話を戻す。


「もういいから、早く第一位と連絡取りなさいよ。もしかしたらアッチも
 終わってるかもしんないし」

「……クソッ、弄るだけ弄ってシメやがって。その自由奔放ぶりはマジで
 どうにかなんねえのかよ……」


ボソッと低く呟いたが、こういう時の対象は決まって地獄耳だ。


「聞こえてんだよ。テメェ、首から下ぁレンコン模様にされてぇのかぁ?
 腹に幾つ風穴開けられてぇんだ? ああ? ゴルァ!!」

「ひいぃゴメンナサイ発光しないで下さい光った手ぇコッチに向けないで
 下さい折角生きて帰れそうな俺の希望を圧し折らないで下さいぃぃ!!!
 ちょ、ま、待て落ち着け麦野!! 謝る! 全力で謝るから次の駆除標的
 を俺に指定するなウギャアアアあああああああ!!」


675 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:33:01.47 LZIt7T/Q0 999/1089



―――


「ハァ……ハァ……っクソ、しつけーんだよっ……!」


五分前の浜面仕上とほぼ同じ状況の人物がここにもいた。

追われる立場には割りと慣れている彼だったが、そこいらのチンピラから
逃げるのとは緊迫感も危険度も違う。捕まると同時に死を迎えても不思議
はない。
走り続ける上条当麻の数十メートル背後で群れを成して迫ってくる武装集団
(駆動鎧付き)からは、“穏やかな話し合いで済ませよう”という平和的な
思想が感じられなかった。

その証拠に、上条の肩や腰、脚等の僅か隣を何度も即死クラスの飛び道具が
通過している。直撃しないのは向こうが威嚇程度に撃っているからか、追い
ながらの発砲では上手く照準が定まらないのか、或いは上条がごく稀に発揮
する“不幸中の幸い”(悪運)か。

どの要素が当てはまろうが駆け足は止められないし、追手も諦める気配ゼロ
のようだ。
そして、この状況が延々と続けば右手の力以外は平均的な上条の体力が保た
ない。というか既に相当キツそうだ。浜面と別れてから休む暇なく逃げ続け
ている男子高校生の活力源は今や気力と根性が大半を占めていた。


「ヤバイ……ま、マジで……ヤベェ……!!」


677 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:34:00.33 LZIt7T/Q0 1000/1089



本気でこの世の終わりを意識し始めた頃には、脚の感覚も麻痺していた。
急激な疾走の影響で痛む肺を手で押さえ、それでも捕まるものかと足掻いて
はみるものの、嗅覚に優れている上に機動力や数も普段相手にしている不良
とは格が違う。


(これまでかよ……ちくしょう!)


遂に限界が訪れてしまった。
力の入らない脚は上半身を支える事すら敵わず、地面に崩れる。逃走不能と
なった上条に、もう為す術などないと判断した集団が威嚇射撃を止めて歩み
寄ってくる。


(ははっ……俺、この後どうなるんだろうな……。やっぱ、消されちまうの
 かな……。あいつの方は大丈夫かな? ちゃんと逃げ切れたのか……?)


こんな絶体絶命の状況でも他人(浜面)を気にかける面が上条らしかった。
倒れた上条を取り囲む駆動鎧集団。その中の一体が力尽きた上条の身体へと
アームを伸ばす。上条は虚ろな目で自身へ近づいてくる手を見つめるだけで、
微動だにしない。正確には体力が底を尽いているために動けない。


「くそった……れ」


ボツリと最後にそう呟き、意識を手放しかけた時だった。


678 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:37:06.77 LZIt7T/Q0 1001/1089



「――――?」


あと寸での所で自分を捕える筈だった機械手が、“蒼白く光って焼けた”。


「……っ!?」


その光景を間近で捉えた上条の瞼がカッと開かれる。
半ば諦めと自棄に染まりかけていた心が仰天に変わった。

アームを貫通した“稲妻のような光”は駆動鎧の全身をくまなく走り、間も
なく機能停止にまで追いやった。
この雷鳴のような轟音、そして雷撃のような輝き。どれも記憶にあった。


「――――捜したわよ、この馬鹿。苦労させやがってさ……。しかも、何気
      に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてんじゃないわよ」


この声も、上条の記憶に真新しかった。
上条は信じられないといった口調で何故だか怒り心頭で語気を荒げている声
の主の名を呼んだ。


「私の見てない所で、勝手に正念場迎えてんじゃないっつってんのよ!!」

「御……坂……?」



679 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:40:09.61 LZIt7T/Q0 1002/1089



「――――わたくしもおりますのよ」


「は!?」


前髪に電流をバチバチ走らせながら仁王立ちする御坂美琴の後ろからヒョイ
と姿を見せた白井黒子。彼女もまた上条に呆れたような視線を送っていたが、
どこか安堵している風にも感じられた。


「ずいぶん心配掛けやがりましたわね? 上条さん。その上、やっと見つけ
たかと思いきや、この状況……。心臓に悪すぎもいいとこですわ」

「御坂……って白井も!? お前ら、何でここに……!?」


ようやく思考が通常通りに働いてきた。
何故この場に彼女たちが居るのか? 皆目見当もつかない上条は素直に伺う
が、彼を取り囲んでいた駆動鎧集団が常盤台少女二名の前に立ちはだかる。

仲間の一体を撃破したのが彼女らなのは明確な上、相手が能力者である事も
分かっている。だとしたら、たかが女子中学生だと高を括ってはいけない。
プロの彼等に油断は無かった。無駄の無い流れで各々の銃機が美琴と黒子に
向けられる。
それを見て、上条が全力で叫んだ。


「お、おい馬鹿! やめろぉ! そいつらは……ッ!!」


一見、か弱くいたいけな女学生が危険に曝されているようなシーンに思える
だろう。


680 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:41:44.23 LZIt7T/Q0 1003/1089



「ええい、邪魔ですのよっ!!」

「ってか、何だってのよアンタらはああああっ!!」


夥しい雷撃の雨と無数の金属矢の究極コンボで駆動鎧部隊は何の抵抗もでき
ずに撃沈した。
すぐ傍にいた上条は青ざめた顔で、


「……あーあ、だから“やめろ”って言ったのに……」


『大能力者』と『超能力者』相手に敵意を向けるのは愚行である。
そう伝えようとしたのだが、どうやら間に合わなかったようだ。
ガラクタと成り果てた雑兵にはもう目もくれず、美琴たちは上条に詰め寄る。


「――で? 今度はどんな事情が隠されてる訳?」

「何つったらいいのか……。ってか、俺も全容を知ってる訳じゃねえし……」

「貴方、事の重大さが分かってますの? 既に学区内全域を巻き込んでいます
 のよ? 適当に誤魔化そうとするのだけは止めて頂けませんこと?」

「そうよ。ここまで来たら、私らには無関係だなんて言わせないからね?」

「……うーん、つってもなぁ……」


681 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:42:32.34 LZIt7T/Q0 1004/1089



騒乱の元凶として一方通行の名を出すのは流石にためらってしまう。
とはいえ、他の上手い言い逃れ方がすぐ思いつくはずもない。
どう説明すべきか悩んだ末、


「……今言った通りだよ。本当にただ巻き込まれただけなんだって。裏に真実
 が隠されてるなら、俺の方が知りたいぐらいさ」


こう答えるしかなかった。

白井黒子は『絶対能力者進化実験』の内容、及び今回の中心核である一方通行
と御坂美琴の間にある深い因縁について何も知らされていない。
そんな彼女の前で“一方通行”の名を出してしまっては、美琴の心中としては
さぞかし複雑な筈である。最悪、話を聞いた際に美琴が表情を激変させ、それ
に気づいた黒子が追求してしまう可能性もある。そうなっては美琴をより苦し
める展開にもなりかねないのだ。

上条にしては偉く頭の回転が速いこの決断に、少女達は……、


「……じゃあ、テロの詳細とかも知らないのね……。何ていうか、残念な反面
 安心したわ。またアンタが深く関わってるんじゃないかって……、けど今回は
 違ったのね」

「ホッ……。では、貴方が狙われている訳ではないんですのね……。杞憂なら
 それに越したことはありませんわ」

(ふぅ……、とりあえずは納得してくれたみたいだな……)



682 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/02/24 01:44:43.58 LZIt7T/Q0 1005/1089



嘘は気が引けるが、これも彼女達を想っての行為だと自己正当化させる。
さて、問題はここからの流れだが……。


「じゃ、俺はもう行くから、お前らも気をつk」

「なにサラッとお別れ発言してくれちゃってんのよ! こんな危険地帯で単独
 行動とか、アンタ正気!?」

「いや……何がどうしてこうなったのか、俺も調べたいし……」

「それなら尚更私達も一緒の方が良いに決まってんでしょ!!」

「お姉様に同じですの! というか、ここで別々になる意味が分かりませんわ!」

(しまった……! そうだよな、コイツらなら絶対そう言うよなぁ……。うわ、
 どうしよ……。このまま一方通行と合流でもしてみろ。折角の機転も全部無駄
 に終わっちまうぞ!)


冴えているようで、実際は穴だらけ。後先を考えずとは正にこの事である。
美琴たちが一緒だと、一方通行がいるであろう敵地の中心へ赴くのは非常に拙い。
下手に嘘を吐いてしまったおかげで余計に拙い。


「俺なら大丈夫だって! ほら、こういう状況慣れてるし、お前らまで危険な目
 に遭う必要なんかねえよ! 俺もしばらくしたら大人しく避難するからさ、お前
 らは先に……」

「はい却下! たった今さっき目の前で死にかけたばっかりの癖に、気なんて遣
 ってんじゃないわよ馬鹿!! 大体、避難しようにも地下シェルターへの入り口
 なんてとっくに塞がれてるっつーの!!」

「……あれ? お前ら、地下シェルターに避難してなかったのかよ? 確か警報
 (アナウンス)流れてたよな?」

「避難してたら今ここにいませんの! ……こんな時にじっとしてられないのは
 この街に住む学生として当然の心理ですのよ」

「だからって避難警報ガン無視とか……、お前らも大概無茶するよなぁ……」


「「アンタ(貴方)が言うな!!!」」



693 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:32:23.26 EhEcTyxP0 1006/1089



―――


「さァて……、ンじゃ行くとすっか」


華奢な肉体をユラリと動かし、普段みたく億劫そうに歩き出す一方通行。
次の目的地は決まった。黒夜は意外にも素直に応じてくれた。

迷う時間も休む暇も破棄し、一方通行はそのまま更地を後にしようとする。


「!」


「――――なーんだ、結局一人で片付けちゃったか……。ミサカの出る幕
      もなかったね」


そんな彼の正面に、一人の少女が待ち構えるように佇んでいた。
自然と一方通行は歩みを止め、その少女を見遣る。


「……オマエ、まだここに居たのか? ガキ共を頼むっつっただろォがよ」


694 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:33:05.31 EhEcTyxP0 1007/1089



あからさまに不機嫌な声で話しかけるも、彼女の真剣な眼差しは揺らがない。
何か大切な事でも確認したそうな……そんな雰囲気を放っていた。

少女、番外個体は腕を組んだまま目を細め、会話の流れを無視して訊ねる。


「何処へ行くの?」

「……野暮用だ」

「誤魔化せると思ってる?」

「嘘は言ってねェ……」


番外個体は一方通行の正面から動こうとしない。
まるで一方通行の道を阻むように、行かせまいと必死で食い下がっている
ようにも見える。
現に、一方通行の一挙一動を注意深く見つめている。
一瞬も目を離さないのは、一方通行をこのまま行かせないという強い意思
表示なのだろうか。

真意は彼女の本心だけが知っている。

そして、一方通行も番外個体の本音に感づいていた。
その所為なのか、接し方にどこかぎこちなさが表れている。


695 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:33:53.99 EhEcTyxP0 1008/1089



「もう終わったんでしょ? ……なら、早く帰ろう? ミサカ達の家へ……
 一緒に帰ろうよ」

「……まだ、駄目だ」

「……どうして?」

「一番重要な仕事が片付いてねェンだよ。……俺は、まだ帰れねェ」

「…………」


気まずい沈黙。
重苦しい空気。

一方通行も番外個体も、強固な意志の元で動いている。
譲歩など、最初から期待する方が間違いだった。

このまま平行線を辿っていても意味がない。
ならば……と、番外個体は提案する。


「……ミサカも、一緒に行く」

「!」

「あなたと一緒に……それなら、この場はミサカが折れてもいいよ」

「オマエ……全部聞いてたンだろ? 俺がこれから何処へ行こォとしてン
 のか……」



696 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:36:48.94 EhEcTyxP0 1009/1089



「もちろん、わかって……るよ」

「……なら、尚更オマエを連れてく訳にはいかねェな。来ても邪魔にしか
 ならねェ」

「…………」


「――――念のために、もう一度忠告してやるがな……」


そこで第三者の声が割り込んできた。
一方通行の後ろで“両腕の無い”少女、黒夜海鳥は地面に寝そべったまま
先程一方通行に告げた内容をもう一度語る。番外個体の耳にもしっかりと
入るように。


「“あそこ”は能力開発部門のトップチームや、統括理事会メンバー……
 そういったVIP共が蔓延る地区だ。そんな場所に堂々と城を構えられる
 ようなヤツらに直接殴り込みを掛けるなんて、馬鹿げすぎてて欠伸が出る
 話だ。……アンタがどうしても行くってんなら止めてやる義理なんざねぇ
 が、生き永らえたいんなら行くべきじゃねぇ。たかが“最優秀賞の実験鼠”
 如きが粋がれる領域じゃないんだよ。……てか、アンタだってそれくらい
 は常識として頭に入ってんだろ?」


「…………まァな」


「はっきり言ってやるよ。とても正気の沙汰とは思えない。まさか生きて
 帰れるなんて淡く儚い希望抱いてんじゃないよねぇ? どう見ても自殺し
 に行くようなモンじゃん。折角延びた寿命を自ら縮めるなんて……マジで
 頭のネジでも外れてんじゃないの?」


697 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:37:37.30 EhEcTyxP0 1010/1089



「もォいい、黙ってろ……。それ以上喋れなくされてェか?」


鋭い目つきで振り向き、背後の黒夜を睨みつけた。


「……私としてはアンタが死に腐ってくれりゃ万々歳だから、好きにすりゃ
 いいけどな」


面白くなさそうにソッポを向いてしまった黒夜を視中から外し、再び正面に
首を戻した一方通行に番外個体は震える声で確認した。


「あなた……その子の言う通り、死にに行くつもり……なの?」

「そォじゃねェ。“元を絶ちに”行くだけだ」

「……どうしても?」

「またこンな大事に巻き込まれてェのか? 裏で糸を操った連中を野放しに
 してる限り、同じ事の繰り返しになっちまう……。それじゃ駄目だろォが」

「相手が悪い、って分かってても?」

「オマエ達……オマエのためなら、最高権力者相手だろォが生かしちゃおか
 ねェよ。人を玩具として扱うほど偉いヤツなンてのは、神でもねェ限り存在
 しねェ。もっとも、たとえそいつがマジモンの神だったとしても許しはしねェ
 がなァ」



698 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:38:47.83 EhEcTyxP0 1011/1089



正面きっての反逆は、一方通行にとって最終手段だった。
そして、今がその時なのだと一方通行は決意していた。

以前、統括理事会のトップ相手に全能力をぶつけた経験がある。
だが、通称“窓の無いビル”は結局倒壊どころか、ヒビのひとつも入れられ
なかった。

一国の軍とも渡り合える能力を保持していながら、一方通行はその時に改め
て思い知らされたのだ。

“所詮、自分は高い権力を持つ大人にとってただのモルモットでしかない”
と……。

ゲームの中のキャラクターがどんなに強くても、操作主(プレイヤー)の
意思次第で簡単に消せるのと同様に……。


「ヤツらが俺を消したがってるンなら、どっち道ケリをつける必要がある。
 逃れられねェのも充分に分かってる。……だからこそ、今叩いておかなきゃ
 駄目なンだ……。俺の全てを懸けてでも、これ以上ヤツらに甘い汁を吸わせ
 る訳にはいかねェンだよ」

「…………ミサカが、知りたいのは……あなたがちゃんと帰って来てくれ
 るのか、ってこと……」

「……俺が信用できねェか?」

「信じてない訳じゃない……けど」

「“けど”、何だよ?」


699 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:39:55.70 EhEcTyxP0 1012/1089



「…………恐い」

「………」

「ミサカは、恐いよ……。何ていうか……上手く言えないけど、あなたが
 どっか遠くに行っちゃって……二度と帰ってこないような気がして……」

「はっ……。なァに言い出すかと思ったら……、ンな心配してたンかよ?
 俺がもォ帰って来ねェだァ?」

「もちろん、気のせいだって信じてるよ? ……なのに、なんでかなあ……。
 胸騒ぎってか……胸の辺りがチクチクするの。まるで何か悪い事が起きる
 予兆みたいな……。もし、ミサカの予感が当たってるんだとしたら……」

「………?」


「……あなたをここで止めるしか、なくなる……」


『最悪、戦闘に移行してでも』。番外個体の真っ直ぐな瞳(め)はそう
告げており、彼女のちょっとやそっとで動かない頑固な意志は一方通行
にも充分すぎる程に伝わっていた。

一方通行はそれまで保っていた無表情を崩し、困ったように薄く笑う。


「そォ来たか……。はっ、そりゃ参ったねェ。オマエが本気で俺を止め
 よォと体張ってきたンじゃあ、コッチは大人しく両手を上げるしかねェ
 よなァ。……だが、今回ばっかりはそこで曲げる訳にゃいかねェンだよ。
 理解しろとは言わねェ。許してくれとも言わねェ。……こいつは、完全
 な俺の我が儘……みてェなモンだ」


700 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:41:53.12 EhEcTyxP0 1013/1089



「…………いや、だ」


「ゴメンな……番外個体」


「やめてよ……。なんで……そんな、『元気でな』みたいな顔するの……?」


「――――オマエの面ァ見たら……、よォやく吹っ切れたわ」


「――――ッッ!!?」


次の瞬間、番外個体は目を見開いた。
一方通行が心残りの無い笑みを浮かべた直後、彼の背中から神秘的な輝き
が発現する。
輝きは巨大な扇状の形へと具現化され、徐々に白く展開されていく。

やがて、背中から生えた白い光は“翼”へと形を変えた。
汚れ一つ無い純白の翼を生やした一方通行の頭上には、いつの間にか薄い
“輪っか”が浮き上がっている。

その姿は、まさに更地へ舞い降りた“天使”―――。

又、彼の表情は今の姿に相応しいほどの清々しさと優しさに満ちており、
嘗ての狂気など微塵も感じられなかった。
おそらく、これこそ一方通行が時折垣間見せた本来の素顔であり―――、


701 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:43:18.78 EhEcTyxP0 1014/1089






―――ずっと心の奥底に封印してきた純粋な一面なのだろう。




702 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:44:37.67 EhEcTyxP0 1015/1089



番外個体は一方通行の目を見た。
そこにはためらいも迷いも邪心も無い、ただ大切なものを守りたい強き
心と、自身の運命を甘受する穏やかな意思が残されていた。


『番外個体……』


言葉が出ない番外個体に、天使姿の一方通行が囁きかける。
まるで別人なくらいに優しい声で―――。


『――――最後にオマエに会えて、良かった……』


「――――!!」


聞き取るのが困難なほどに小さな声だったが、番外個体の耳には確かに
届いた。


『……ごめンな』


本当の最後の呟きが、“それ”だった。
番外個体が何か言おうとする前に、突風が視界を妨げる。
腕で目を覆いながらも、必死で正面に向かって叫ぶ。


703 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:45:23.79 EhEcTyxP0 1016/1089



「って……待って…………待ってよ!! どういうこと!? “最後”
 って何だよ!!? わかんないよ!! あなたが何を言ってるのか……、
 ミサカには全然わかんないっ!!!」


すでに、一方通行の両脚は地を離れていた。
自分の声が届いているのか、番外個体には確認できない。
ただそれでも、彼女は風圧に逆らい、視界が不安定な中で懸命に手を伸ばした。

そこにはもういないと分かっていても、届かないと分かっていても。


「アクセラ――!!」


ようやく目を開けた時には、何もかもが手遅れだった。
背中から生えた純白で巨大な翼が、すでに小さくなっていた。


「……っ!!」


見送る事しかできない番外個体は静かに地面へ崩れ落ち、堅いアスファルトを
思い切り殴りつける。


「ばか……やろう……」


誰も聞き取れない声量で彼女は震えながら呟いた。
おそらく濡れているであろう両目は、長い前髪に隠れて見えなかった。



704 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:46:59.88 EhEcTyxP0 1017/1089



―――


街の上空を鳥のように飛翔する一方通行。
彼の顔には一切の迷いも感じられなかった。
前だけを見据え、終息に向かって翼をはためかせる。


「…………」


黒夜から仕入れた情報が正しければ、今目に映している遥か前方の一際目立つ
高層ビルが終着駅だ。
あそこに全ての根源が集結している筈だ。

学生という身分では近づくことさえまず叶わない、謂わば皇居のような聖域。

しかし、一方通行は躊躇しない。
どんなに巨大で強大な壁が立ち阻もうとも、街や国そのものを敵に回そうとも、
彼は止まらない。

その理由は極めて単純。

『自分の大切なモノ(存在)に危険が迫ったから』。

そして、その危険性を完全に消滅させるための条件が今、一箇所に集まっている。
こんな好機を見逃す手はなかった。



705 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:47:50.86 EhEcTyxP0 1018/1089



行政学区(第一学区)の末端に聳える幾つかの高層ビルを中心とした“そこ”は
第三学区に隣接しており、各国の権力者や政治家、都市機能の中枢を握る有力者
が来訪し、集う場所として有名だった。

一般人には踏み込めない“そこ”は、俗に『聖域』と呼ばれている。
実は一方通行も目を付けていた場所だったが、確証の材料が何も無いままに踏み
込むのはただの自滅に繋がる事ぐらい弁えていた。

だが、今は違う。

少なくとも、『新入生』を仕向けた張本人達が“あそこ”にいるのは間違いない。
黒夜の情報が嘘ではないと、何故だか知らないが自信を持って言えた。


 終わりにしよう これですべてを 

 あいつらと一緒に生きられなくてもいい 

 ただ これからもあいつらが平和に生きていってくれるなら……

 


 ――― 俺はそこにいなくてもいい ――― 






706 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:48:44.13 EhEcTyxP0 1019/1089



ひとつの想いが固まり、そして爆発したかのように。

両翼は突如火がついたように激しく起動する。
急加速した一方通行の身体は、何十階はあろうかという高層ビルの最上階一点
に向かって移動する。

まるで、テロリストが放ったミサイルが国家重要機関に直撃する映画のシーン
を再現しているかのようだった。

勢いは止まらず、自身の体を最大限に加速させた状態でビルの一角に到達した。


その直後だった。


凄まじい轟音。

爆風。

砕け散り、飛び散り、豪雨のように周囲へ降り注がれる窓ガラス。

炎上する高層ビルに、まるで貴族でも住んでいそうな皇居地域は一瞬で大混乱
に陥る。

思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴の嵐。

鼓膜が破れてしまいそうな破壊と破滅の音。


707 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/04 23:49:56.12 EhEcTyxP0 1020/1089



それらが導いた結末は、気品の漂う『聖域』を見る影も無くさせるほどの―――



――――大惨事。




後に、この出来事は今回起きたテロ事件の『集大成』として語られる事となる。

真実を知る者はごく少数。大戦後に起きた『学園都市の内乱』は、最後に天使
姿の少年が投下した“空爆”により締め括りを迎えた。

『一方通行』という、能力開発部門最高傑作の犠牲と共に――――。


719 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:12:23.80 BMRQcH7P0 1021/1089



―― 二ヶ月後 ――


◆ ◆ ◆


「―――で? どっちと付き合うかはもう決まったのかい?」


第七学区のとある高校から、どこにでもいそうな学生三人組が
仲良さげに下校してきた。
青髪と金髪の少年が黒髪の少年を挟む形で歩いている。
ちなみに尋ねたのは金髪の方だ。


「いや、正直まだ実感ないし……どうすりゃいいのかサッパリ
 見えてこねえんだよ。っていうより未だに信じられねーってか
 素直に現実が受けきれないってか……」

「贅沢やなぁ。その贅沢な悩みは貴族も腰抜かすでカミやん!
 せめてどっちのコの方がタイプとか、でもコッチも捨て難いと
 か、それ以前で悩んでどーすんねん!? まさかとは思うけど、
 両方フるつもりやあらへんよね?」

「何度も言うが、相手はまだ中学生だぞ? 受け入れる前提で
 考えるのは色々とマズイだろやっぱ……」


720 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:13:46.92 BMRQcH7P0 1022/1089



「高校生と中学生のカップルなんて、今時珍しくもないぜい?」

「そーかもしんねえけど……できればもうちょっと考える時間
 が欲しいかな」

「カミやん……。ようやっと不幸な日常にピリオドを打つべく
 幸福の女神が微笑みかけてるんやで? 何でそれに気づかへん
 かなぁ? 折角応援したろ思てんのに、これじゃコッチの肩が
 下がるわぁ」

「………」


確かに、こういう状況なら鉄拳の嵐に見舞われそうなものだが、
クラスメートの反応は意外にも穏やかだった。
それどころか、青髪ピアスも土御門元春も上条当麻に訪れた突然
の春に祝福の言葉という、何とも友達らしい対応をしてくれた。

殴られるリスクなど顧みないほど気持ちに余裕が無くなっていた
上条は、唖然とした後に寒気を感じたらしい。


「御坂はともかく、白井まで……。俺、何かしたっけかなぁ……」


本気でそうぼやく上条。



721 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:16:31.43 BMRQcH7P0 1023/1089



自分を想い慕っていた二人のお嬢様。
この事実に直面し、頭の中で疑問は尽きなかった。

無能力者で、総合的に落ちこぼれの部類に入る自分なんかに。
何故彼女たちは……。

打算的に動けない人間には考えても解かるはずがなかった。


「……、………」


だが、このまま自然の流れに任せるわけにはいかない。
それだけは解かっている。
もう知ってしまったのだ。
彼女たちは、その胸に秘めていた思いの丈を自分に向かって
吐き出してくれた。
嘘偽りなき真っ直ぐな眼で。

答えを出さなければならない。
自分自身で考え抜いた答えを。


「…………」


土御門、青髪と別れて帰路に着く上条。



722 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:17:21.66 BMRQcH7P0 1024/1089



そんな彼を待ち侘びていたと言わんばかりに佇む二つの影。
栗色ショートヘアの少女とツインテールの小柄な少女。

今から自分が彼女たちの運命を選択しなければならないのだ。
そう思うと足がやや竦む。
しかし、上条は逃げずに向かい合った。
二人とも昨日の今日で緊張しているのか、どこか俯きがちだ。
普段の強気が嘘のようなしおらしさ。どこから見ても恋する
乙女そのものだった。

御坂美琴、白井黒子。

おそらく彼女らの間でもう話はついているのだろう。
でなければ同時に告白なんてしてこないはずだ。
あとは、上条の返事次第といったところか。

上条が選んだ道は―――?



723 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:19:31.36 BMRQcH7P0 1025/1089



◆ ◆ ◆


第七学区、病院。


「忘れ物はないか?」

「うん、大丈夫」


荷物を担ぎ、恋人に確認を取る。
様々な精密検査やリハビリを乗り越え、ついに今日退院する。
滝壺理后は世話になった病室のベッドを一瞥し、先に部屋を
出た浜面仕上に続いた。

外に出た二人を看護婦たちが見送り、入れ替わるように見慣
れた顔が出迎えてくれた。


「どうよ? 久々の娑婆は」


超能力者、“元”第四位。面倒見の良さそうなお姉さん系の
麦野沈利と、




724 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:20:57.93 BMRQcH7P0 1026/1089



「ちょっと麦野! それじゃまるで出所みたいじゃないですか!!
 滝壺さんの超退院です! 超前科持ちの浜面じゃないんです
 から……」

「ひでえ言いぐさだなオイ」


小柄で超ミニが売りの絹旗最愛である。
滝壺はいつもと変わらない二人に聖母のような笑みを送った。
そして訊いた。


「二人とも、私が寝てる間、浜面に手を出してないよね?」


「!!?」


凍りつく三人。
あまりに予想外の第一声な上、優しい笑顔の裏に隠れた恐ろ
しい念でも見えたのか。誰も言葉が紡げなかった。が、


「ふふふ、冗談だよ。心配かけて本当にごめんね」


普段ジョークをあまり口にしない人間がたまにジョークを
言うと、大抵は本気にされてしまう。
まさにそんな一面だった。



725 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:21:50.01 BMRQcH7P0 1027/1089



ははは……と苦笑交じりに新生アイテムは歩きだした。
久しぶりに全員が揃った形で。

いや、


「さて、んじゃ早いトコ“あいつ”にも報告しに行くわよ」

「ああ、久しぶりに全員で挨拶に行けるな……」

「はまづら。しばらく顔見せなかった私に、フレンダ怒って
 ないかな?」

「『超浜面のせい』って言っておきましたから、心配は要り
 ませんよ」


これから向かう場所に着いた時が本当の全員集合である。


「……にゃあ」

「お? フレメアに先越されてたみたいだな」



726 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:22:34.30 BMRQcH7P0 1028/1089



◆ ◆ ◆


滝壺が退院した二時間後、同病院にて。


「ったく……。もうメンテとか必要ねえってのに……」


あのお節介医者が! と愚痴を零しながら一人の少女が出入り
口用の自動ドアを潜った。
間接の位置を確認するように腕を鳴らし、どこかやさぐれ顔の
少女はぶつぶつ呟きながら病院を背に歩く。

そこへ、


「はぁ~い、黒夜ぅ~♪ “新しい腕”のメンテナンス、どう
 だったぁ?」

「げ……」


待ち伏せていた人物に露骨なまでの嫌悪感をぶつける。
不貞腐れ気味の顔が更に険しくなった。



727 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:23:47.41 BMRQcH7P0 1029/1089


「なんでアンタがいるんだよ……」

「あらぁ、随分な物言いじゃないのぉ? せぇ~っかく放課後
 ティータイム相手に抜擢してあげたってのにぃ……。あんまり
 冷たくすると、お姉さん泣いちゃうゾ☆」

「泣け、タコ、ボケ、ぶりっ子。私に近づくな、死ね」

「……うぇ~ん☆」


泣き真似をし出したイタイ女子中学生に罵声を浴びせるだけ浴び
せてから早足で去る。
だが、そこであっさりお別れできるほど容易い相手ではなかった。


「――ぎっ!?」


黒夜の足が止まる。いや、“強制的に止められた”。


「……おい、何のつもりだよテメェ」


静かに振り返って殺意込みの眼光を放つ。
放たれた当人は嘘泣きなどとっくに止めて小悪魔な笑みを浮かべ
ている。



728 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:25:08.32 BMRQcH7P0 1030/1089



そして質問にあっけらかんと応じた。


「暇ぁ」

「私は暇じゃねぇ。この“鬱陶しい信号”を今すぐ止めろ。頭ん
 中に念仏みたいなノイズが走っててすげえ不快なんだよ」

「やだ♪ だってそうしないと黒ちゃん逃げちゃうじゃな~い。
 操作可能範囲に制限掛かってるせいで、全身服従は免れてんだ
 からぁ、金属混じりの身体に感謝してよねぇ。本当ならアンタ、
 今頃私のペットとして尻尾振ってなきゃいけないのよぉ?」

「だぁれが“黒ちゃん”だ! ってか逃げてねぇよ!! んだぁ?
 超能力者ってのはどいつもこいつも暇人か? えぇ食蜂よぉ?」

「んふふ♪」


悪戯を楽しむ子供の顔で黒夜に近づく食蜂操祈。


「大体、アンタと私との間にはもう何の接点もねえはずだろぉ!?
 何だって気安く私の前に姿現してんだよ!?」

「そぉねぇ。私もアナタも『裏社会』とはスッパリ手を切って、
 今じゃ平和で退屈な世の中の住人。“アッチ”で得た収穫って
 言えば、鼻面に今も残る疼きくらいかしらぁ?」


やや斜めに曲がっている鼻頭を優しく撫でながら、瞳を曇らせる。



729 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:26:28.94 BMRQcH7P0 1031/1089



「……鼻骨が折れた程度で済んで良かったじゃん。私なんか両腕
 もぎ取られて半達磨にされたんだぜ」

「生身じゃなかっただけマシでしょーぉ?」

「……で、私に何の用があんだよ? 今さら私に利用価値なんざ
 あるとは思えないけど?」

「失礼なコねぇ。別に腹黒い気持ち抱えて会いに来たんじゃない
 わよぉ」

「じゃあ何――!?」


黒夜が喋り終える前に食蜂の手が伸びた。
何かを持った素早い手は黒夜の小ぶりな頭部へ。
そして、持っていた物体をこれまた素早く装着完了。


「…………へ?」


ポカン、と固まる黒夜。


「……うふふ、くく、ぷくく……」


食蜂、堪えきれずに抱腹。



730 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:27:42.33 BMRQcH7P0 1032/1089



「あーはははははは! うひひひひ……! に、似合いすぎ……!
 予想以上すぎてツボったぁ♪」

「な……何しやが――ッ!!?」

「あー、取っちゃダメぇ」


頭に付着した物を取ろうとする黒夜を食蜂は阻止した。


「っざけんなぁ!! 私をおちょくってんのか!? 早く外せ!!」

「なんでぇ? 良く似合ってるわよぉ、 ネ コ ミ ミ ☆」

「良い度胸してンじゃねェか……。喧嘩売りに来たンなら最初から
 そォ言や良いだろォがよ!!」

「ハイハイ。行動停止、行動停止♪ 駄目だゾ~☆ オイタしちゃ」

「ぐっ……テ、テメェ!」


怒りに震えながら窒素爆槍をくり出そうとするも、食蜂は涼しい顔
でリモコンを操作する。改造人間(サイボーグ)化が影響している
のか完全な洗脳には及ばないが、脳から伝達している神経を通じて
動きを制限させるくらいなら造作もないらしい。

無抵抗のまま現状の悔しさを噛み締める黒夜(ネコミミ付)。




731 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:29:49.73 BMRQcH7P0 1033/1089



「……こんなくだらねぇ事で私を待ってたんじゃねえだろうな?」

「まっさかぁ♪ いくら暇でもそんな理由じゃ私の行動力は活性化
 されないわよぉ」

「…………まぁ、そうだよな」


だが、ホッとしかけた黒夜の耳に悪夢到来の序章が告げられる。


「こんなのまだまだ序の口☆ 私の観察力が確かなら、黒ちゃんは
 コーデ次第で相当化けるとみたわぁ。ふふ、そっちも改造し甲斐が
 ありそうねぇ」

「は……???」


展開が読めずに呆然とする黒夜を気にぜず、想像を膨らませて治った
ばかりの鼻を膨らませる食蜂。


「さぁ、そうと決まったら早速『学び舎の園』へ行きましょうねぇ♪」

「おいこら待て! アンタが何考えてんのかがまるで理解できないん
 ですけど!?」

「うふふ♪ 安心して良いわよぉ。アンタもちゃ~んと私の派閥に加
 えてあげるからねぇ♪」



732 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:30:47.31 BMRQcH7P0 1034/1089



「…………そういうことかよ。だったらお断りだクソが。お嬢様とか
 私のガラじゃねえんだよ。第一、私は常盤台生じゃない」

「常盤台生じゃなきゃいけないなんていうキマリはないわぁ。“私”
 の派閥なんだからぁ、ルールは私よぉ。大丈夫、黒ちゃんは私専属
 の『ペット要員』ってコトになってるからぁ♪」

「尚更イヤじゃこの付け鼻野郎!! 何がペットだ!! 大体何で
 私がテメェの派閥に入らなきゃなンねェンだよ!! 意図が分から
 ないにも程があンだろォが!!! あと黒ちゃン言うな!!」


確かにほんの二ヶ月前までは協力関係が成立していたが、今となっ
ては本当に赤の他人である。そんな自分に執拗な食蜂の心理が心底
理解できない黒夜は、『心理掌握』による拘束から何とか脱出せん
と足掻き喚く。

だが、そんな抵抗すら可愛く映っている食蜂は冷静な口調で言う。


「汚く醜い争いはこの街じゃもう見れそうにないし、面倒な上辺
 関係も私たちには必要ない。仲良くやりましょ☆ 黒夜ちゃん」

「……だから、なんで?」

「ただの興味本位よぉ。他にあったとしても全部くだらない理由
 だしぃ」



733 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:33:26.89 BMRQcH7P0 1035/1089



「……これだけは言っとくが、アンタの下に就く気はねえからな」

「……ま、今はそれでもいいわぁ」

「ふん……」


この自由奔放な超能力者は自分を解放してくれそうにない。
そう確信したのか、黒夜は罵詈雑言を浴びせるのを止めた。


「さぁて、まずはその奇抜な服を何とかしないとねぇ。さすがに
 それじゃ『学び舎の園』を歩けないでしょう?」

「っつか、入ったことねえよ……」

「良い店知ってるのよぉ♪ ばっちりコーディネートしてあげる
 から、期待しててねん☆」

「おいちょっと待て。私を着せ替え人形代わりにして遊ぶ気か?
 アンタの玩具になるつもりもねえぞ!? 派閥に加入するよりも
 そっちの方が断然イヤだ! ってかこのふざけた耳、いい加減に
 取らせろ!! こんなん付けたまま人前に出るなんて冗談じゃねえぞ!!」

「さ、レッツごぉ~☆」

「おいっ!! 話聞いてんのかよこの……うわぁ!?」


抗議の途中で腕を引っ張られ、無理矢理連れて行かれる。



734 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:35:27.51 BMRQcH7P0 1036/1089



ここにきてようやく羞恥心が込み上げてきたのか、耳まで真っ赤に
なった黒夜は次第に年相応の駄々っ子ぶりを発揮し始めた。


「やだ!! いやだぁ!! そもそも可愛い服とか私に似合うわけ
 ねえだろぉ!! んなヒラヒラしたヤツなんて着れるか!!」

「そんなことはないと思うケドぉ? 私の着眼力は確実性に長けて
 るしぃ、構成力豊かな私のコーディネートなら大変身はほぼ間違い
 なしよぉ」

「そういう問題じゃねぇ!! 私が私じゃなくなっちゃうだろぉ!!」

「人ってのは変わらずに成長できない。これ、人生の先輩としての
 アドバイスねぇ☆ 私の寮に来る以上、どっちにしたってそれなり
 の服に着替えなきゃいけないんだからさぁ」

「り、寮!? 気品ぶりが病気みてえに溢れ返ったお嬢様の集団に
 私も混ざれってのか!? や……やっぱ止めだ止め!! 何か想像
 しただけで吐き気がしてきた!! 無し無し! さっきの全部取り
 消し!! 私やっぱ帰るっ!!」

「今さら遅いわよぉ~♪」

「やっ……、放せっ! 放……っ!」


黒夜が半泣きになっても食蜂は掴んだ手を放してくれない。



735 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/14 22:43:07.15 BMRQcH7P0 1037/1089



「放してってば!! っていうか私、部外者だぞ!? 規則が厳しい
 って評判の常盤台の寮に、そもそも入れるわけが……」

「そんなの、私の改竄力でどうにでもなるからご心配なくぅ~」


そうこう進んでいる内に人通りの多い道を猫耳装着状態で歩かされる
羽目になった。
頭の上に付けられた可愛らしい耳と、黒夜自身に若い男を中心とした
視線が突き刺さる。
恥ずかしさに縮こまりつつ何とか耐えていたが、


「あ、そうそう。折角良い耳付けてるんだしぃ、寮に着いたら尻尾も
 付けてあげるわねぇ。きっと似合うわよぉ~♪」


この一言がトドメとなった。
ついに黒夜は恥も外聞も捨てて道のド真ん中で思い切り大号泣した。


「び……びえええええええん!!! なんで私がこんな目に合わなく
 ちゃいけないんだよおおおお!!! びえええええええええええん!!!」


その姿に、かつて暗部の一組織を仕切っていた時の面影は無かった。


「うふふ、思った通りの可愛さだわ。新しいオモチャ見つけちゃった☆
 これでしばらくは退屈しなさそうねぇ」


四歳児みたいな泣き様の黒夜を引き摺りつつほくそ笑む常盤台のお嬢様。
こうして、食蜂派閥に“黒猫”が一匹加わった。



744 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 20:54:57.32 E44cQvl00 1038/1089



◆ ◆ ◆


「―――ふーん、とうとう初恋に勝負賭けたってわけか。
     臆病姉にしては快挙じゃん」


クラシックなBGMと間もなく訪れる春の心地よい暖気。
オープンテラスのカフェにも癒し空間が芽生えつつあった。
ブレンドコーヒーを一啜りした女子高校生は相席している
女子中学生の恋愛武勇伝に無難な感想を送る。


「ま、結局保留にされちゃったけどね……。でもフラれた
 わけじゃないし、何より気持ち的にはスッキリしてるわ」

「やっと言えたから?」

「もちろんそうなんだけど……ほら、私の後輩の黒子って
 覚えてる?」

「確かおねーたまラブの恋敵だったっけ? 恋愛の感覚が
 かな~り歪んでる印象しかないね。悪いけど」


端から見ると“妹の恋愛相談を受けている姉”のようだが、
実際は逆である。



745 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 20:56:18.25 E44cQvl00 1039/1089



この女子高生、実は世に誕生してから一年も経っていない。
つまりこの場合はスタイルで劣っている女子中学生、御坂
美琴の方が姉となるわけだ。


「で? このミサカはそんな中途半端な結末を辿った自慢
 にすらならない話を聞かされるために呼ばれたってわけ?」

「まだ結果は出てないっての! 勝手に人の恋締めてんじゃ
 ないわよ!! ……くそう、自分は既に相手がいるからって
 余裕見せつけやがって……!!」

「外面的にはそっちが劣化版みたいなモンだしね。くひひ」

「おーし、そんなら照り焼きクラスの黒い御膚をプレゼント
 してやろうか? その気になりゃ私の首位独走も可能だって
 こと、理解させてやってもいいのよコラ」

「おー、こわいこわい。短気なおねーたまを持つと気苦労が
 絶えないわこりゃ」

「そのクレバーな反応をやめろ!! まるで私がガキっぽく
 見えるじゃない!」

「そこら辺の通行人、百人ぐらい捕まえてアンケート取って
 みる? 多分おねー様が絶望してこのミサカが高らかに笑う
 素敵な未来が待ってるよ」

「ぐがぎぎ……!」



746 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 20:57:18.72 E44cQvl00 1040/1089



彼女たちには複雑な事情がある。
そんな事情などを欠片も知らない他人に判定を委ねるなど、
禁則事項もいいところだ。
頭に血が上った美琴はそこを指摘できなかった。


「だいたいさぁ、ミサカの相手っつっても“あの人”だよ?
 それでも羨ましいの?」

「…………」


表情が僅かに曇った姉を見て呆れたような重い息を吐く。


「誰が相手とかそういうんじゃなくて……。……あーもう、
 確かにアンタの“相手”について色々思うことはあるわよ!
 けど、別に否定的な感情が全部じゃない。……アイツのして
 きた事がどれ程の罪とか誰が許す許さないとか……、そんな
 物事の図り方は間違ってる気がするのよ」

「……、ほ~う」

「今のアイツにどう接するのが正しいかは、まだ検討中なん
 だけどね……」

「いっそのこと清々しく和解しちゃって友好度上げちゃえば?」

「そこまでは割り切れないわ。……これはまだ私がガキって
 事なのかな……」


747 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 20:58:33.09 E44cQvl00 1041/1089



「うんにゃ。少なくともついこの前よりは大人に近づいてる
 んじゃない?」

「アンタに励まされるのって、なーんか不気味……」


美琴がまた笑顔になれば、この少女もまた笑う。
かつて“負の感情”が心の全てを埋め尽くしていたのが信じ
られないほどの明るさ。

番外個体。

第三次製造計画(サードシーズン)で生み出された最新クロ
ーンで、その計画が存在したという唯一の証でもある。

あの計画に関わっていた者は、“誰一人この街にはいない”。

いや、正確には“学園都市に非人道的な闇を持ち込むような
輩”は存在しない。と言った方が正解だ。

今の学園都市はそう言い切っても文句の付けようがないほど
に平和な街である。
第三次世界大戦、そしてふた月前に起きた内戦を乗り越え、
一人一人の意識が良い方向に変わりつつあるのだろう。

最近はスキルアウトですら大人しく、都市全体の治安は少し
ずつだが良くなっている。


「いやいや、割と本気で言ってるから警戒は要らないよ」



748 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 20:59:35.42 E44cQvl00 1042/1089



「素直にありがとうって返したいけど、アンタがこれまで私
 にしてきた仕打ちの数々がストップ掛けてるわ」

「いつまでも根に持つなんてまだまだガキだね♪」

「タチ悪いガキが更にタチ悪くなったような嫌がらせばっか
 してきといてどのクチが言うのよ!? ホントに私のDNAが
 素になってんのか、アンタほど疑問な子はいないわよ!」

「これでもだいぶ改善されてるんだよ? 製造当初のミサカ
 を見たら絶句しちゃうねこりゃ」

「……今でも充分自分の“悪”バージョンと対面してる気分
 なのに……」


どこか不満げな顔でカプチーノを飲み干し、席を立つ美琴。


「ありゃ? もうお帰り?」

「うん。そろそろ補習終わる時間だし……」


時計を見ながらそう答えた。


「約束してんの?」

「別にしてないけど、だから会いに行っちゃいけないって
 ルールはないでしょ?」



749 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:01:16.70 E44cQvl00 1043/1089



「うーわ。それストーカーの典型的な初期思考じゃん……。
 おねーたまもとうとう犯罪に手を……」

「スト……ちょ、人聞きの悪いこと言わないでよ!」

「じー」

「も、もう行くから! それじゃあね!」


痛い視線から逃げるように去って行く美琴。
その後ろ姿が見えなくなった後で番外個体は断言した。


「……ありゃフラれた時が怖いね。うん」


“一途なお嬢様”。そんなカテゴリに含まれる姉の未来
を心配した。
そして、それから適当に時間を潰した後―――。


「―――さて、そろそろコッチも出向きますか。最強の
     “馬鹿”が心配だし……」



750 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:03:24.19 E44cQvl00 1044/1089



◆ ◆ ◆


「どーした月詠センセ。元気ないじゃんか?」


渡り廊下をトボトボ歩く小さな背中に立派な果実を二つ
実らせたジャージ教師が声を掛けた。


「……っ。また一人、雛が私の手から巣立っていったの
 ですー……」


とても寂しそうな返事が月詠小萌の口から漏れる。
ジャージ教師こと黄泉川愛穂は一瞬顔を顰め、


「ん? もう卒業式のことで頭が一杯じゃん? 卒業生
 に思い入れのある子でもいたん?」

「違います! ……いや、それもあるのですけどー……。
 同居していた子が二月付けで出て行ったのですよー」

「あぁ、そういや去年話してたっけ。忘れてたじゃん。
 何の挨拶もなしであっさりいなくなっちまったじゃんか?」

「……その逆ですよ。『お世話になった御礼よ』って、
 苦手だった筈の手料理を先生のために振舞ってくれたり、
 最後のお風呂(銭湯)で背中流してくれたり……。お別れ
 の時は涙を堪えるのに必死だったのですー」



751 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:04:19.26 E44cQvl00 1045/1089



(はは、ウチとは真逆だわ……)

「結標ちゃん……すごく良い顔になってました。あれ
 ならきっともう大丈夫なのですよー……。けど嬉しい
 反面、やっぱり寂しいのです」

「まぁ……、出会いと別れの繰り返しが人生っていう
 じゃん? もうすぐ今の三年生が卒業して、その次の
 次にはウチらの担当だった奴らの年代が卒業じゃんよ」

「そうですねー……。教師やってるとその言葉が一層
 身に響くのです。一度や二度じゃないのに、何度経験
 しても慣れないものですね」

「慣れちゃったら終わりな気もするけどな」


子供の成長を見届ける身分としては、この時期が最も
感慨深いのだろう。
やがて巣立っていく教え子たちに少しでも希望の光を
照らせる様、息巻く教員二名がここにいた。


「……ところで、上条は無事に卒業できるじゃんか?」

「……そこが一番の懸念要素なのですー」



752 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:06:27.31 E44cQvl00 1046/1089



◆ ◆ ◆


「夏におでんがアリなら冬のアイスも王道に近いんじゃ
 ないかな? ってミサカはミサカは意見を述べてみる」

「寒い時期に身体の中まで冷やして何の防寒効果がある
 のでしょう? とミサカは賛同しかねます」


待合室のロビーで定期調整のために通院中の打ち止めと
学園都市残留組ミサカ妹達の一人がくだらない話に夢中
になっていた。話の内容は先も言ったが実にくだらない。


「むむ……。種族が同列でも相容れないパターンという
 ものをまさに今、ミサカはミサカは実感してみる」


趣向の共感に失敗して不機嫌な打ち止めは椅子から乱雑
な動きで離れ、表情一つ変えない下位個体の足を踏んだ。

当然、お返しを受けて悲鳴を上げる羽目になった。


「うぅ……。サイズにこれほどのハンデがあるんだから
 少しは寛容になってほしい。ってミサカはミサカは大人
 げない10032号を涙目で見上げて抗議してみたり」



753 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:07:34.77 E44cQvl00 1047/1089



「一回は一回です。とミサカは冷徹に言い放ちます。
 それに、子供だから手加減するなどという感情をミサカ
 は持ち合わせていません。悔しかったら早く大人になる
 ことです」

「うぐぅ……」


キッと睨んで功に転じようとするが、お返しが怖いのか、
はたまた御坂妹の鋭く隙のない眼差しに尻込みしたのか、
握った拳を悔しそうに引っ込めた。


「賢明ですね。そうやって一つずつ学んで成長すれば良い
 のです。とミサカは母親の気分で上位個体の肩を押します」

「……ミサカの方が上司なのに……。ってミサカはミサカ
 は世の不条理に落胆の色を隠せなかったり」

「ところで、あの過保護な漂白剤の姿が見当たりませんが?
 とミサカは辺りを見回しながら尋ねます」

「…………あの人のこと?」


仮にも命の恩人に対して辛辣すぎる表現に流石の打ち止めも
不憫に思ったようだ。
しかし、それを咎めようとは決して思わない。


754 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:08:26.25 E44cQvl00 1048/1089



彼は命の恩人であると同時に、罪人でもあるのだ。

自分以外の個体がそんな彼にどう接するのか。それは各個体
が己の意思で選ぶのが正しいと出会った当初から決めていた。
今もその考えに変わりはない。


「“お友達に会いに行くから”って先に帰っちゃったよ。
 ヨシカワを迎えに遣すから心配ないって」


少し寂しそうな顔でそう答えた。



◆ ◆ ◆



時刻は下校ラッシュ真っ盛り。
何処も彼処も制服だらけで、人気店なんかは絶好の稼ぎ時を
逃すまいと迅速な対応と接客に勤しんでいる。

そんな最中、客入りが比較的平凡な喫茶店の窓際席に二名の
男が来店した。


「お、ここ落ち着いてんじゃん。こんな穴場があったなんて
 知らなかったな」


755 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:09:16.70 E44cQvl00 1049/1089



制服姿の少年、上条当麻が初来店らしい素振りで内装を見渡
し、茶髪で私服姿の少年、浜面仕上が外の“群れ”を冷静に
眺めながら考察する。


「大体みんな向こうの『Dii・Tor(ディ・トール)』に寄る
 からなぁ……。広い視野で見れば空いてて落ち着く所なんて
 いっぱいあるだろーに」

「『騒がしい風景が青春っぽくて良い』ってヤツも多分いる
 んだろうけどさ……。メニューどうする?」

「ん、揃ってからじゃなくていいのか?」

「飲み物ぐらい先に頼んじゃってもいいだろ。あ、ついでだ
 からアイツのも注文しとくか? どうせコーヒーだろ」

「冷めてると文句言わねーかな……?」

「あー、あとどんくらいで着くって?」

「『三十分後くらいに着く』ってメールが十分前に来てた」

「するってえと、あと二十分か……。先に俺らのだけ頼んじ
 まうか」


そんな調子で駄弁りながら時を過ごす二人の前に、白い影
が金属音を地面に打ちつけながら近づいてきた。



756 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:10:18.04 E44cQvl00 1050/1089



それが杖をつく音だとすぐに気づいた上条と浜面は、話を
切り上げて目を向ける。


「お、やっと来たか。相変わらずの時間通りですねぇ大将」

「変な呼び方してンじゃねェよ」


浜面が冷やかすような口調で挨拶するが、白い少年は虫で
も払うかのような態度で冷たく返した。

続けて上条も、


「よ、久しぶり。どうだ調子の方は?」

「そこの粗大ゴミが今言った通りだ。“相変わらず”さ」


薄い笑みを浮かべ、上条の隣に着席する少年。
一方の浜面は、


「粗大ゴミって……」


何故か憤っていた。


757 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:12:00.62 E44cQvl00 1051/1089



そんな浜面を尻目に上条が神妙な顔で伺う。


「ってことは……、やっぱり“戻って”ないのか?」

「まァな。こないだオマエらと会った時から何ら変化は
 ねェよ。多分一生“戻る”ことはねェと俺は踏ンでるが
 なァ……」

「そんな……。もう諦めてるのかよ?」

「諦めってのは少し違うな。……思えば俺が“能力”を
 有効に生かせてきたのはごく最近からだ。それまではクソ
 みてェな使い方しかしてこなかった……。反吐が出そォな
 実験や常軌を逸したクソ計画も、俺が“力”を持たなきゃ
 生まれることはなかったはずだ……」

「“一方通行”……」

「もォその名で呼ばれる資格も、本来ならねェンだが……。
 他に呼び名なンてのァねェし、本名も記憶から消去しち
 まった。昔の名残ってことで、そこだけは妥協するしか
 なさそォだな」


笑いながら語る少年。
しかし、本当にそれでいいのか? 上条と浜面はそう言い
たげだった。

この白い少年、一方通行は自身の象徴と呼んでもいい能力
を失ってしまったのだから――――。



758 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:14:07.68 E44cQvl00 1052/1089



そう。彼の能力『一方通行』はあの日に“死んだ”。

二ヶ月前の内部テロ騒動。その背景を知っている数少ない
人間からしてみれば、やりきれない気持ちがあるのも無理
はない。けれども一方通行は「後悔はない」と言い切った。
まるで長年こびり付いていた楔が解けたかのような、晴れ
晴れとした表情で―――。

演算式をいくら組み立てても、ベクトルを変えられない。
そんな状況に陥ったにも拘わらず、何故彼は笑っていられ
るのか。それもただ気丈に振舞っているようにも見受けら
れないのだから不思議である。

彼は今、『学園都市最強の超能力者』という肩書きを所持
していない。

ここにいる上条当麻や浜面仕上と何も変わらない、ただの
無能力者となったのだ。


「いいのかよ……。それじゃ今までお前が築き上げてきた
 ものが、全て無駄になっちまうんじゃねえのか?」

「頭ァ撃ち抜かれて脳に傷負って、中途半端に制限が掛か
 っちまってた時に比べりゃまだスッキリすンぜ。いちいち
 タイムリミットを気にする必要が無くなったわけだからなァ」


やはり虚勢や嘘は感じられなかった。



759 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:15:03.32 E44cQvl00 1053/1089



「それに、無駄になるとは思ってねェンだ……。オマエら
 に理解できる話かは分かンねェが、無くなったら無くなった
 で、却ってサッパリするモンなンだよ。この先、能力が必要
 になる時が来るとは思えねェ。そのために、危険因子を全て
 削除したンだからよ」

「けど、また同じようなヤツらが出てこないとも限らねえ
 だろ?」

「そン時は、この手であいつらを危険から守ってやるさ。
 今度こそ“自分の力”でな……。能力なンざ使えなくても、
 意志さえ捨てなきゃどンな強大な相手だろォが戦える……。
 そいつを俺に教えてくれたのは、他でもねェオマエだろォが」


真っ直ぐ、上条の目を見て一方通行は言った。
そのまま浜面へと視線をずらし、


「特別な力が無くても、“誰かを守りたい”。その想い
 があれば何も恐れるに値しねェ……。オマエからもそれを
 教わった」

「一方通行……」

「オマエらにできて、俺にできねェなンて事がある筈ねェ。
 言ってみりゃ、よォやくオマエ達と同じ土俵に上がれたン
 だよ。そォなったらもォ現実から目なンて背けるわけには
 いかねェだろ?」



760 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:16:34.43 E44cQvl00 1054/1089



一方通行の強い意志は死んでいない。二人はそう確信した。
“能力”という殺人兵器にもなるチカラを失い、彼はまた
強くなったようにも感じた。
これまで当たり前のように使用してきた能力が無くなり、
今後は前途多難な人生を送ることとなるだろう。
しかし、彼は常に前を見続ける事を止めない。

人並外れた力などなくても、意識次第で強くなれるし弱く
もなる。それが人間だ。“能力”なんてものは、それらを
補うための備品でしかない。
人間が本当の意味で強くなるのに、必ずしも必要とは限ら
ないのだ。

その境地に到ったからこそ、一方通行は今を前向きに生き
ている。
この先に待っている難関や試練から逃げる事は、おそらく
ないであろう。


「何処ぞのクソ野郎が打ち止めや番外個体、妹達を何らか
 の実験に利用しよォと企ンでも、そいつは俺が許さねェよ。
 ……もっとも、今の俺には利用価値なンざ欠片もねェから、
 平穏が崩れる可能性は低いンだがな。何も起きないに越した
 こたァねェが、気ィ抜くつもりはねェさ……。だから、ンな
 腫れ物にさわるよォな態度を取る必要はない」


同情はお門違いだ。一方通行の紅い瞳はそう訴えているよう
に見えた。


761 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:18:25.30 E44cQvl00 1055/1089



「…………これから大変だぞ? 能力が使えなくなったお前を、
 スキルアウトの連中が狙ってくるかもしれねぇ。いくら最近は
 目立たなくなったっつっても、以前にお前が叩いた奴らが報復
 に来ないとも限らねぇし……。俺の顔が通じるトコは心配いら
 ねえけどさぁ……」

「ハッ、面白れェじゃねェか。見かけたら『いつでも来やがれ』
 っつっとけ。『これで少しはオマエ達に軍配が上がる可能性も
 増えた』とでも知らせときゃ、ちったァ退屈しねェかもなァ」


浜面の忠告にも余裕の笑みで返す。


「なんでそんな強気なんだよ!? 今までみたいに『ハイハイ
 反射反射~』ってわけにいかねえんだぞ!!」

「だからどォした? 生憎、そンな程度で臆するよォな死線は
 潜ってねェよ。それに、能力が無くても俺の“ここ”は健在だ。
 元々の頭の出来が違うンだってことを分からせてやるまでよ」


自分のこめかみにトン、トン、と指を当てて口端を歪める一方
通行に、浜面は軽く卒倒しそうになる。
「分かってねぇ……。分かってねぇよ」などとぶつぶつ呟きな
がら頭を抱える浜面と、まるで気にも留めずにコーヒーを啜る
一方通行の図に、上条は何故だか顔が綻んでしまった。


「ははは。……けど、そうかもしんねえな。結局一番頼れるの
 がここ(心)だってのは、上条さんも賛成ですよ」



762 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:20:59.25 E44cQvl00 1056/1089


「とうとうオマエの熱血バカが本格的にうつっちまったみてェ
 だな……」

「お前なら大丈夫だよ、きっと……。お前の本当の強さを知っ
 てる俺が保障する」

「……! ……ふン」


「オマエには負けねェ」と一瞬言いかけ、咄嗟に口を噤む一方
通行。
今、紛れもなく対等な立場にいる上条に対し、内にずっと秘め
ていたライバル心を露呈してしまいそうになったからだ。


(アホか。何をクチ走ろォとしてンだか……。ンな台詞でも吐
 いた日にゃあ完全に何処ぞの青臭せェスポ根ドラマじゃねェか。
 冗談じゃねェっつの……)


素直な熱血男にはまだまだ届いていないらしい。

と、一方通行が爽やかに笑う上条から露骨に視線を逸らした直後―――。


「―――こんなトコにいやがったかこんちきしょう!! 探した
     じゃないのよこの馬鹿!!」



763 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:21:46.68 E44cQvl00 1057/1089



「いぃ!?」

「はへ……?」

「あァ?」


突如響き渡った女声に三人は首を動かし、各々の反応を示した。
腕を組んで仁王立ちしている少女は前髪の辺りからバチバチと
小規模の稲妻を走らせている。

そんな光景に上条は動転し、浜面は記憶から掘り返すように首を
捻らせ、一方通行は呆然とした。

そんな反応を他所に御坂美琴は真っ先にテーブルの下へ隠れよう
とする上条の首根っこを踏ん捕まえた。


「いつもの帰り道を避けたのは私と顔を合わせたくない意思表示
 と受け取っていいのかしらぁ? ええぇゴルァ!!」


捕まえるや否や怒号を飛ばす電撃姫に上条はたじろぐしかない。
上条が対処に暗中模索している最中も美琴の青筋は深みを増した。


「コッチはアンタのことずーっと待ってたってのに……、優雅に
 ティータイムですか。貧しい苦学生主張してた割には随分華やか
 な放課後送ってんじゃないのよ。んん?」

「いや、ってか……待ち合わせなんてした憶え自体皆無なんです
 けど……」

「メール」

「ギク……」


764 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:22:52.73 E44cQvl00 1058/1089



「電話も(勇気だして)した。なのにアンタときたら何の返事も
 ない。……また何かのトラブルに巻き込まれてるんじゃないかって
 街中血相変えて疾走した私の気持ちがわかる?」

「う……」(やべ……そういやすっかり忘れてた……)


上条の目が右へ左へ斜めへと泳ぐ。
そのあからさまな動揺を勘の鋭い美琴は見逃さなかった。


「ア・ン・タ・はぁぁぁ~~~~!!!」

「ご、ごめんなさいわたくしが悪かったです何なりと致します
 からリアルレントゲンの刑は勘弁してくだしや!?!?」


上条の饒舌な口の動きは右フック一発で止まった。


「あててて……。あれ? いつもみたいにビリビリしないの?
 もしかして上条さん、救われた?」

「流石に店の中でそんな事しないわよ! ……ま、確かに約束
 してたわけじゃなかったからこれで大目に見てあげる」

「おぉ……」


彼女がまだ常識的な物理攻撃の制裁で済ませてくれた事に上条
は殴られた頬を摩りながら軽く感動した。


765 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:23:55.75 E44cQvl00 1059/1089



そして、美琴の中でこの話は始末がついたのか、目線は同席者
へと移る。


「久しぶりね……。一方通行。そっちの人は知らないけど」

「…………」


テロ事件の時に浜面は美琴を見かけているが、基本的に記憶力
のない浜面は無論覚えていない。
それでも彼女が常盤台のエースと呼ばれている第三位の超能力
者だということはご存知だった。

が、この場面で出現するのが想定外な上、上条とのやりとりを
ずっと傍観している内に圧巻されてしまったらしく、何となく
麦野に近い印象を抱いたようだ。

萎縮気味に会釈しただけなのは多分そのせいである。

そして一方通行の眉間には一気に皺が寄せられ、居心地の悪さ
が全面的に表れているのが一目で読み取れた。

美琴はそんな空気などお構いなしに話しかける。


「あの子に聞いたわよ。……アンタ、能力が使えなくなっちゃ
 ったんだってね?」


766 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:24:47.85 E44cQvl00 1060/1089



「……まァな」

「ふぅん。て事は、アンタはもう最強じゃなくなったワケか……」

「あァ。次の身体検査(システムスキャン)で序列から外れる
 だろォよ。……今の俺にはオマエの電撃を防げねェどころか、
 そこの熱血野郎に叩き込んだ拳撃すらも入るぜ」

「………へぇ」

「オマエが俺を殺したいほど憎ンでるのは重々分かってる……。
 絶好のチャンスじゃねェか。こそこそ逃げたり隠れたりする
 つもりはねェ。……好きなだけ恨みを晴らしゃ良い」

「……っ!」


場の空気が凍りつく。
上条や浜面だけでなく、固唾を呑んで傍観していた周囲の人間
までもが途轍もなく不穏な気配を感知していた。
美琴は真意が読めない表情を保ったまま一方通行を見つめ、


「場所、変えよォか。そりゃこンな公の場じゃ殺ろォにも殺れ
 ねェわな……。悪りィ悪りィ、気が利かなくてよ」


一方通行は察したようにそう付け加え、静かに椅子から立った。
そのまま伝票を手に、会計を済ませようと歩く。
美琴の横をすれ違い、首を軽く横へ捻った。「人気のない場所
まで行くからついてこい」という意味を込めたのだろう。


767 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:26:22.80 E44cQvl00 1061/1089



上条、浜面も席を立とうとするが、一方通行はそれを鋭い眼光
で制す。その目が「ついてくるな」と叫んでいるのは、誰から
見ても解かる。
そして美琴にだけついて来るよう促し、再び足を動かし出口へ
向かう一方通行。

しかし、美琴はそんな背中に声を投げる。


「そうやって過去を清算しようとして、悦に浸りたいトコ悪い
 んだけどさぁ……」


一方通行の杖先が宙で止まった。


「私はそういうのに付き合う気、一切ないからね」

「……オマエの“血縁者”を、俺は一万人以上もブチ殺した。
 オマエには俺を煮るなり焼くなり、好きにする権利がある……。
 無能力者にまで成り下がった俺を思う存分見下して、じわじわ
 と弄り殺しにだってできるンだぜ? みすみすその機会を逃そ
 うってのか?」


不思議そうな目で美琴を見る。彼の瞳には既に“どんな罰も
受け入れる覚悟”のようなものが秘められていたが、美琴は
そんな彼に呆れたかのように長い溜め息を吐く。



768 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:27:04.73 E44cQvl00 1062/1089



「……アンタってさぁ、つくづく救いようのない馬鹿ね……。
 私がアンタを裏路地でボコボコにして、10031回分謝罪でも
 させれば気が済むの? 私がそれで『あー、スッキリした』
 って言うとでも思うわけ?」

「……?」

「見縊ってんじゃないわよ馬鹿! ……こいつもアンタも、
 “私”っていう人間を小さく見やがって! 自分さえ気が
 晴れれば私の気も釣られて晴れるとか思ってんの!?」


一瞬睨まれた上条は、訳も解からない癖にバツの悪い表情を
作る。


「一方通行……。私が木原って研究者に捕まった時、アンタ
 の実験後の軌跡を知ったこと……言ったわよね?」

「あァ……憶えてる」

「その時からずっと考えてた……。狂ったように笑いながら
 あの子たちを殺し続けてきたアンタが、今ではあの子たちを
 守る側に立ってる……。受け入れる以前に、何がどうなって
 そうなったのかが受け止められなかった。……最初はね」

「…………」

「けど、今生きている“あの子たち”と接している内に……
 私なりの答えがようやく見つかった」



769 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:28:34.05 E44cQvl00 1063/1089



「……!」


「一応、私はあの子たちの『姉』ってことになってるの。
 ……そして、妹たち……打ち止めも番外個体も、あなたを
 必要としてる」


「だから、姉として言わせてもらうわ――――」



「―――――あの子たちの事……これからもよろしくね」



「………!!」


その瞬間、美琴にふっと笑顔が零れた。
まるで胸に痞えていたものが取れ、綺麗さっぱり無くなった
ような……そんな晴れやかな顔で一方通行と向かい合った。



770 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/22 21:30:47.67 E44cQvl00 1064/1089



対する一方通行は終始鳩が豆鉄砲でも喰らったみたいな顔で
美琴を凝視していたが……やがて言葉の意味が伝わったのか、


「…………あァ。言われるまでもねェことだ」 


はっきりとそう答えた。


殺伐とした空気は既に消え失せ、上条や事情が分からず置い
てきぼりだった浜面が過ぎ去った修羅場にホッと息を吐いた
直後―――。


「―――なーんだ。てっきり闘り合ってんのかと思って来て
     みたら……。平和的に済んじゃいましたってか?
     最近ミサカが望むような面白い展開がことごとく
     空を切ってる感じがするよ」

「……私とコイツが闘うのって、アンタからすればK-1の試合
を観戦するのと大差ないみたいね」

「ふふん。けどまあ流石にスタンドで野次飛ばしたりとかは
 しないけどね。あーあ、つまんねー。あなたがおねーたまに
 ボコられてる前提で急いだってのにぃ……。無駄に疲れちゃ
 ったから、とりあえず何か甘いもの奢れ」

「勝手に余計な心配してンじゃねェよ。クソったれが……」


やや退屈そうなテンションで現れた番外個体に、一方通行は
むず痒そうな口調で悪態を吐いた。



784 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:30:39.92 +6rdzYeF0 1065/1089



◆ ◆ ◆


「―――良かったね。オリジナルと和解できて」


帰り道、隣を歩く番外個体が不意にそう囁いてきた。


「……和解したワケじゃねェよ。そォいう話じゃ……
 ねェンだ。ただ、超電磁砲はあのクソガキと同じ答え
 を見出しただけに過ぎねェ」


前を向いたまま、どこか遠くを見つめるような目で曖昧
に笑う少年。
そして、独り言みたいに呟く。


「さすが、あのクソガキの素体なだけの事はあるぜ……。
 一番俺に憎しみを抱いてる筈なのによ……。お人好し
 なンてモンじゃねェな」

「人間を許すのと罪を赦すのって、意味が違うんだよ?」
 
「……何だそりゃあ?」


785 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:31:39.94 +6rdzYeF0 1066/1089



「現在(いま)のあなたを許しても過去にした事は永遠
 に変わらない……。だから最終信号は“過去”と“現在”
 を結ばないであなたと接しようって、決めたんだと思う」

「…………」

「はは、良く分かんないかな? ていうかミサカもあん
 まり上手く説明できてないね……」

「いや。……あのクソガキも俺と初めて会った時、似た
 よォな事言ってやがった。そいつを思い出してたンだ」

「……ミサカはもうネットワークから剥離しちゃってる
 けど……負の感情で脳内を埋め尽くされてた時の記憶は
 まだ残ってる」

「打ち止めや妹達の俺に対する本音はそン時に取得した
 ってのか? 俺への負の感情だけが起動源だったンじゃ
 ねェのかよ?」

「優先的に集まるってだけで、他の感情がネットワーク
 から阻害されるワケじゃないよ。確かに印象には残るに
 はかなり薄いけど、それでも色んなミサカたちの声が頭
 に聞こえてきた……。特に、最終信号のあなたに対する
 想いは今のミサカにとっちゃ嫉妬以外の何物でもないね」

「まァ、あのガキのこったから大体想像つくけどよォ……」

「ありゃりゃ? もしかして良い方向に考えちゃってない?
 『どォせ俺が好きなンだろ』とか自惚レータ降臨しちゃって
 ますう?」


786 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:33:35.82 +6rdzYeF0 1067/1089



番外個体がニヤニヤしながら一方通行の顔を覗き込んでくる。


「そォは言ってねェ!! っつーか、オマエ今自分で『嫉妬』
 っつったじゃねェか!!」

「へ~え。つまりあなたはこのミサカもあなたが好きで好きで
 仕方がないって設定しちゃってるワケかあ……くきき」

「ッ!?!?」


動揺のせいか珍しく言葉の選択をミスり、更なる墓穴を掘って
しまう一方通行。
こうなると番外個体の勢いと鬱陶しさは止まらない。
彼はそれを良く知っていたからこそ焦った。


「あなた、自意識過剰って言葉ぐらい知ってるよねえ?
 ミサカは『あなたが大好き。愛してる』なんて台詞を一度も
 クチにした憶えがないんだけど? ひひゃ♪ なのにミサカ
 はあなたが好き前提って、自分に酔ってなきゃ思わないよ」

「……わかったから少し黙ろォか。それとも物理的に黙らされ
 てェか?」

「ふふ、何ならミサカの煩いクチをあなたのクチで塞いでみる?」



787 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:35:32.80 +6rdzYeF0 1068/1089



「……っ」


卑怯だ。反則だ。
一方通行は心中でそう叫びながら目を明後日の方へ向けた。
日が落ちて周囲が暗く、表情の変化を見られなかったのは最大
の救いである。
もっとも、一方通行がどんな反応をしたのかぐらい彼女には分
かっているが……。


「……くだらねェ事言ってねェで、早く帰るぞ」

「お? 早歩きは照れ隠しの代表的な行動のひとつだってこと、
 ミサカも知ってるよ。いつになったらあなたは素直になるのやら」

「オマエの悪態こそ、いつになったら消えてくれるンだろォな」

「性格ってのは簡単に矯正できるモンじゃないからねえ」

「ならそいつは俺にも当て嵌まるってこったろォよ」


こんな風に他愛無く言葉を交わしながら並んで歩く。
番外個体はそれで充分嬉しかったし、一方通行も表に出さないだけ
で本当は……やめておこう。


今から二ヶ月前。
“学園都市側”が一方通行に対し、とうとう最後の武力行使を決行
した日。



788 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:37:10.08 +6rdzYeF0 1069/1089



彼は番外個体の制止の声をも振り切り、最後まで“反発の意”を貫
き通した。

真っ向から特攻し、背中に純白の翼と頭に輪っかを浮かせた彼の姿
は、まさしく“使者”として上層部の目に映っただろう。

誰かのために振るう『最後の力』として、徹底的に根源を葬る必要
があった。
該当する権力者には一人も余さず罪への導きを示し、その穢れた心
を浄化させた。
薄汚れた大人を象徴させる立派な建造物も、まるでそこまで行き着
いた過程を裁いてやるかの如く破壊してやった。

暴れた。

ただひたすら、彼は膨大な数と強大な力を持つ敵と戦い続けた。

自分の狂気を鎮めるためではない。

ただ奴らが気に入らないだけの理由ではない。

そう、全ては―――――。




いつもの見慣れた病室で目が覚めた時には驚いた。
てっきり、自分は死んだものと思っていたからだ。



789 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:39:50.87 +6rdzYeF0 1070/1089


事実、指の一本も動かせなくなるまで大天使クラスの力を放出して
いたのだ。隣接する学区に伸びる影響を抑えるためにも相当の体力
を消費していた。
最後の一人は惨めなブタ野郎で、浄化される寸前まで様々な交渉を
持ちかけて命乞いをしていた。それも実に見苦しく。

あんな連中が偉くなれる世の中にもっと早く疑問を抱くべきだった。

何故、こんな奴らが“彼女たち”をどうこうする権利がある?
自分と違って何の罪もない人間を、欲望のために犠牲にできる?


そこまで考えたところで“頭の中の何か”がブチンと切れた。


最後の一人(肥えたブタ野郎)だけは天使としてのチカラや能力を
しまい、顔の原型がなくなるまで己の手で殴った。殴り続けた。
そうすることで今までのことに清算などつかないのは分かっている。
負債を返したことにならないのも分かっている。

しかし、それでも振り下ろす手は止まらなかった。
拳の皮が摺り剥けて、真っ赤な血に染まって感覚が無くなろうとも。
子供たちの悲痛な声を大人向かってに訴えているかのように、彼は
何度も汚い大人の顔面を絶叫しながら殴り続けた。

意識はそこで途絶えている。

あんな燃え盛る皇居の中心にいたのだ。
脱出など頭の片隅にも描いていなかったし、むしろそこを死に場所
とさえ決めていた。



790 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:40:55.74 +6rdzYeF0 1071/1089



だが、あれだけの事をやらかした自分が何故だか生きている。
こんな自分に、まだ利用価値でもあると踏んでいるのか? この街
はどこまで腐ってやがんだ……。

目覚めて当初はそんなことばかり思っていたが、自分が生きている
のはどうやら“学園都市側”の仕業ではないらしい。
病室を訪ねてきた土御門元春がその全貌を語ってくれた。

“元暗部の少しばかり早い同窓会”。土御門はそう形容していたが、
まさかあの時に自分の知らないところで彼ら“元『グループ』”や
他のチームが“学園都市側”を相手に奮闘していたとは……。

流石に驚愕の色が隠せなかった。
まるで学校の近況報告みたいに軽く話している土御門は、『いつか
上を出し抜く』と確かに言っていた。……いや、土御門だけでなく、
上層部に巣食う汚い連中に一泡吹かせんと闇に身を置く人間も決し
て少なくはなかっただろう。

そんな大事な勝負の瞬間を、彼らは一方通行に委ねたのだ。


“聖域”中心部で倒れている一方通行を救出したのは、“元グループ”
の回収班である。御役御免となった彼らもまた、同窓会に参加した
馬鹿のクチだ。


そういう訳で一命は取り留めた一方通行だったが、体に異変を感じ
るのに時間は掛からなかった。


―――『能力』が、発動しない。


791 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:46:34.85 +6rdzYeF0 1072/1089



演算式を組み立てるための脳は、損傷を負った時のまま。
演算能力が欠如しているわけでもない。

なのに能力が使えなくなっていた。

しかし、一方通行は特に驚きを見せなかった。
ある意味、『自分のことは自分が良く知っている』だらだ。

『自分だけの現実』。考え得る原因はこれ以外にない。
ずっと抱えていた深層心理が、ようやく形となって表に現れた。
“能力”を持つ意味をこれ以上は見出せないと判断し、まるで
役目を終えたかのように深い眠りについた。一方通行自身の闇
と、決別するかのように……。

事実、『自分だけの現実』が崩れてしまえば超能力も消える。
そして取り戻すには多大な時間と労力を消費して『自分だけの
現実』を再構築する必要がある。

そこまで知っている時点で一方通行の決意は既に固まっていた。

退院する直前に発注してもらった新しいチョーカーのスイッチ
は、『入』と『切』の一段階しかなかった。
以前のような『能力使用モード』へ移るスイッチがなくなり、
思わず感慨耽ったのを覚えている。
長年連れ添った相棒のようなものだ。
いくらもう不要になったとは言え、それなりに思う事もある。

退院して最初の日ぐらいは感傷に浸ろう。

そう意識しても彼の周囲は騒がしい連中ばかりで、結局それ
どころではなかったのが現実だが……。



792 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:48:31.01 +6rdzYeF0 1073/1089



「―――どうしたの? ぼんやりしちゃって……」

「ンあ?」


番外個体は一方通行が能力を失おうがずっと変わらない。
時折減らず口を叩いて噛み付いたり、そうかと思えば猫撫で
声で誘惑してきたり、掴み所がなくて疲れない女だった。

彼女が何も言及してこないのは正直ありがたかった。

能力がなくなったと説明しても「あっ、そう」の一言で片が
ついてしまったし、同情的な態度でも取られるのは最も嫌だ
っただけに杞憂に終わって安堵した。


「今はミサカに守られてる能無し君なんだから、そんな風に
 隙だらけだと不安なんだけど。あなた目つき悪いからただで
 さえ絡まれやすい上に、ミサカっていう美少女まで連れてる
 んだもん。いつ背後から奇襲掛けられるか分かったモンじゃ
 ないよ」

「……そりゃ悪ゥござンしたねェ」


その代わりにネタとして弄られる事がしょっちゅうだが、同情
されるよりは遥かにマシだった。



番外個体には隠し事ができない。
一方通行の言動と態度の裏を見抜く技術と勘に関しては、多分
打ち止め以上に優れている。
そんな彼女が抱えている悩みに、一方通行は気づいていた。



793 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:50:06.93 +6rdzYeF0 1074/1089



“自分(妹達)の存在が原因で能力を失った”。


彼女にそう思わせないように、物事を前向きに捉えたと言って
も過言ではない。
本当は不安がないと言えば、嘘になる。

暗部の世界で身に付いた術は“能力に頼らずに人を殺す方法”
ぐらいだ。
今後、そういった経験すらも不要な時代になっていくだろう。
そのために払った代償が“最強の超能力”である。
皮肉めいた話だが、楽観的に受け入れられるものではない。

いざという時に発揮できる切り札がないのだ。

もしかしたら今の無能な自分を恨み、呪い、激しい自責の渦
に溺れる未来が待ち構えている可能性もある。
本音を言うとそれが一番恐かった。


『能力を失ったせいで守れなかったら……?』


表には全く出さず、胸の内で一時も漏らさず抱えている巨大
な不安感を番外個体は即座に見抜いていた。
だからこそ、彼女はいつもと何ら変わらない姿で一方通行に
接しているのだろう。

不安を取り除こうなんて考えは持っていない。
一方通行の選んだ道を否定する気もない。

ただ一つ。
彼の中の不安が、現実になってしまわないように願った。
そうならないためにも、“守られるだけの人間”には決して
ならないと誓った。

“彼と共に歩んでいく”というのは、そういう事だ。



794 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:51:39.19 +6rdzYeF0 1075/1089



“あの日”から二日後の夜、昏睡状態に陥り、病院のベッド
で安らかな寝息を立てている一方通行に番外個体はその旨を
伝えた。
泣き疲れて寝てしまった打ち止めをそっと隣のベッドに寝か
せ、子供に絵本でも読んであげているような優しい口調で。

『もう、ミサカ達のために頑張らなくていい。無理しなくて
 いい。ミサカ達は充分あなたに救われたから』

最後は消え入りそうな声で、震える肩を自らの両腕で押さえ
つけた。
彼に昔痛めつけられた右腕が、疼いた。

その翌日、彼は奇跡的に目を覚ましてくれた。
一方通行が『一方通行』から解放され、新しく生まれた瞬間
である。


「……なァ、番外個体」

「なあに? アクセラレータ」


夕食、入浴を終え、いつもの二人だけの時間。
言葉には出さないが、二人ともこの時が何よりも至福だった。


「そろそろ、呼び方変えねェか? 俺はもォ『一方通行』でも
 何でもねェンだしよ」



795 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:53:03.29 +6rdzYeF0 1076/1089



「へえ、あなたでもそんな事気にするんだ?」

「別に……そォいう訳じゃねェ。ただオマエはその……なンだ」

「んー?」


洗い物中の番外個体が振り返る。
そのまま歯切れが悪い彼に向けて怪訝と好奇の視線を注いだ。


「……オマエにぐらいは……名前で呼ばせても良いンじゃねェか
 なって思っただけだ。い、一応言っとくが深い意味はねェからな?」

「ぶっひゃ」

「笑うよォなことでもねェだろ!? 何つーか……一方通行でも
 ねェのに呼ばれンのは引っかかるってだけだ!」

「……。ヒーローさんや浜面サンたちには呼ばせてるじゃん。
 もしかして、『オマエだけは特別に俺の名前を呼ンで欲しい』
 とか、ドン引きのキザ男くんばりの台詞垂れ流すつもりじゃ
 ないよね? そしたらリアルに腹筋壊れるからやめ……?」

「…………」

「………え、ちょ、嘘、マジで?」

「ちっ……、もォいい何でもねェよさっさと忘れろクソが。
 ったく、ガラにもねェこと言うモンじゃなかったぜ……」



796 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 20:59:35.67 +6rdzYeF0 1077/1089



最後の言葉だけは何故か小声だったが、番外個体にはしっかり
聞こえていたらしい。
それもそのはず。いつの間にか一方通行のすぐ目の前まで近づ
いていたのだから。

それに気づいた一方通行は驚いた顔で離れようとする。


「な、なンだよ? 馬鹿笑いしてェンならすりゃイイだろォが!」

「……えて」

「あン……?」

「名前、教えて?」

「……なンでだよ?」


馬鹿笑いどころか真顔で尋ねてきたから不思議だ。
そう言いたそうな顔で数回瞬きし、一方通行は問い返した。


「あなたの名前を知ってる人、他にいないんでしょ? なら……
 このミサカだけに教えて欲しいな。……いい?」

「…………ちっ、ンだよ。調子狂わせてンじゃねェぞ」


普段はこっちが照れ隠しするとここぞとばかりに付け込む癖に、
規格外にも素直な意見を述べるとこれだ……。

女心というものは実に理解し難い。
同棲してずいぶん経つが、未だに課題が山積みの現実に直面した
一方通行は内心で舌打ちする。

797 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:00:39.68 +6rdzYeF0 1078/1089



「たまにはミサカだって欲望に忠実でいたいもん。あなたの名前、
 知りたい。……そんで、あなたとミサカしかいない時は名前で
 呼びたい。……わがまま、かな?」

「……そンなこと、ねェ……」


やがて、意を決したように息を吸った一方通行が最終確認を取る。


「一度しか言わねェからな?」

「やっぱり、本名忘れたってのは嘘だったんだね?」

「二度と……名乗ることはねェと思ってたからなァ……。ンじゃ、
 言うぞ?」

「……、うん」


『一方通行』という能力が開花し、その実用性を初めて“人”に
ぶつけたあの日から、名前を持つことをやめた。
こんな化け物に人間らしい名前なんざ必要ない。そう悟った上で
の決断だった。

だが、チカラを全て失ってただの人間に戻った今なら、
自分という人間を誰よりも知ってくれている彼女の前でなら、
もう一度だけ――――。



「――、―――」



人間らしく甘えたり、安らぎや温もりを貪欲に求めてみるのも
悪くないかもしれない。

少なくとも彼女や周囲の人間は、“学園都市最強の怪物”以外
の目で自分を見てくれているから。



798 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:01:31.80 +6rdzYeF0 1079/1089



◆ ◆ ◆



就寝前、御坂美琴との約束事を番外個体が話題に出してきた。

帰り際、一方通行の広くない背中に向かって彼女は大声を張り
上げた。
上条当麻と何やら揉め合っている隙を突いて抜けたつもりだっ
たから、一方通行は少し驚きを見せて振り返る。

彼女は、少しの迷いも雑念もない真っ直ぐな瞳をこちらにぶつ
けてこんな約束を押し付けてきた。


~~~


『私は“姉”として妹達と向き合っていくって決めた!
 だからアンタも約束しなさい! 何があってもその子を……
 その子たちを守り抜くって! 加害者でもある私にはそんな
 こと頼む義理なんて確かにないわ……。だけど、“姉”とし
 て、妹達の“長女”として、改めてお願いしたいの!』

『……本気で、俺なンかを信用しちまう気かよ? オマエは
 俺を信じられねェ、信じちゃいけねェ最後の砦みてェなモン
 じゃねェか。……それでも、本当にオマエは……』

『残された妹達をアンタは救ってくれた。その間、平和ボケ
 しまくってた私が今のアンタを否定できると思う?
 妹達の意思より自分勝手な願望を尊重するような狭量じゃ、
 とてもこんな事言おうなんて思わない、でしょ?』



799 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:02:58.28 +6rdzYeF0 1080/1089



『…………やっぱオマエ、あいつらの素(もと)なだけあるわ。
 “筋金入りの物好き”ってのを初めて垣間見たぜ』

『……ええそうね。我ながら心境の変化ぶりに愕然としてるわ。
 よりにもよって、アンタにこんなお願いできる日が来るなんて
 ね……。―――けど』

『……?』

『アンタたちを見てたら、悪くないかもなぁって思えちゃった
 のよ。私じゃなくて妹達の意思を優先させただけのつもりだった
 けど……やっぱり私の意思もあるみたい。ちょっとだけ、ね』

『……ますます理解できねェ話だ。オマエの深層心理やら心境
 の変化は俺じゃとても共感できそォもねェ。……だがな―――』



『―――その“願い”だけは、確かに聞き入れたぜ。もォ片時も
     忘れてやらねェから、後で心変わりしましたっつわれて
     も手遅れだからな?』


『言ったわね? ……約束よ』



~~~




800 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:04:27.39 +6rdzYeF0 1081/1089



この言葉に心から満足したような笑みを残したまま、美琴は踵を返
して上条の所へ戻っていった。去り際に背中を向けたままの彼女が
軽く手を振ったのが印象的だった。


「……ミサカが啖呵切るまでもなかったね。今思うと」

「俺以上に意思が固そォなオリジナルがあそこまで抜かしたンだ。
 おそらく、何日も何日も考えてよォやく出せた結論なンだろォよ」

「…………」


ひとつしかないベッドはお世辞にも広いとは言えない。
そんな空間に寄り添う形で、少年と少女は思い出話でもするように
語り合う。

一方通行に約束事を申し付ける少し前、番外個体が喫茶店にやって
来た直後の話だ。


~~~


『―――ちょっと、番外個体!』

『なあに? おねーたまん☆』

『相変わらずおどけた態度取ってくれちゃってるけど、アンタは結局
 何しに来たわけ?』

『言った通りだよ。凡人以下になった今のこの人ならおねーたまでも
 容易く葬れるっしょ? ところがどっこいそうはいかのすけ、っヤツかな』



801 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:05:45.78 +6rdzYeF0 1082/1089



『……こいつを援護しに来た? この私を相手にそんなこと本気で言
 ってんの?』

『とーぜん』

『私より、アンタはこいつを取るわけだ? 私じゃなくて一方通行の
 味方につく、ねぇ……』

『……それって性悪女が良くクチにする言葉じゃない?』

『…………』


この時が真新しい記憶の中で最もピリピリした雰囲気を醸していた。
今にも喧嘩に勃発するのではないかとばかりの睨み合い。
火花の代わりに青白い稲妻が両者の間を飛んでいた。

上条は本能的に右手をいつでも振るえるように備え、
浜面はそんな便利な盾にさりげなく身を寄せ、
一方通行は毅然とした面持ちで成り行きを見守っていた。

“下手に女同士の争いに割って入ると碌な事にならない”。
既に三人とも痛いほど学んでいる共通事項だった。

と、ここで美琴が不意に眉のチカラを抜いた。


『ふふっ……、なんてね♪ ごめん。ちょっとからかい過ぎたわ』

『ミサカがビビんなくて残念だったねえ、おねーたまん☆』



802 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:07:37.69 +6rdzYeF0 1083/1089



『いや、っていうかちょっとは怯めよ。これでもアンタの五倍は
 放電できんのよ?』

『優しい優しいおねーたまが、可愛い妹に向かって感電死レベル
 の電流放つワケないじゃん。ミサカでもそんぐらい分かるっての』

『むぅ、何よホント可愛くねぇぇ……! 人の優しさ逆手に取る
 なんてとんでもない馬鹿妹め……!! アンタのその性格、マジ
 で矯正してやりたいわ』

『あり? もしかして忘れた? ミサカは元々悪意の塊みたいな
 存在なのだよ♪ 色々あってだいぶ緩和されたけど』

『緩くなってる分タチが悪いのよっ! 子供レベルの悪意って、
 下手に武力行使できないから余計苛々が募るわ……。いっそマジ
 切れさせて欲しいって度々思うし……!』


なんだかんだ言っても姉妹である。
その場にいた誰もがそう落ち着いて肩のチカラを抜いた。

その後もしばらく続いた会話がようやく終わった時、美琴が再び
真剣な目で妹(中身だけ)に問う。


『―――ねぇ……、最後に訊くけど』

『……なにかな? おねーたま』



803 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:08:38.17 +6rdzYeF0 1084/1089



『もし私と一方通行がここで戦争始めると仮定したら、やっぱり
 アンタは私と敵対するの? ……一方通行の能力が健在であると
 も仮定した上で、アンタの本音を聞かせて頂戴』

『……、んなこと聞いてどうしたいの?』

『ただの最終確認よ。真面目に答えて』

『…………』


しばし間が空き、番外個体は口角を上げた。


『そりゃ確かにおねーたまも大切なお姉さまだし、いざって時は
 顔を立ててやりたい気持ちもあるよ……』

『………』

『―――けどね』


からかうような笑みがそこで消え、射抜くような目で美琴を見る。


『この人を傷つけようとする人は、誰だろうと許さないよ。ミサカ
 の命に代えても守ってやるし、徹底的に立ち向かう。例えその相手
 がミサカ達の“お姉様”であっても……、ね』



『………………そう』



美琴の中で一つの蟠りが完全に消えた瞬間だった。
この言葉こそが、“残された妹達を一方通行と共に支えていこう”
という答えに行き着く決定打となったのかもしれない。

少なくとも、彼を心の底から信頼している妹の存在を否定しよう
とは思わなかった。



804 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:09:55.32 +6rdzYeF0 1085/1089



~~~


「……ホント、都合の良い話にも程があンだろ。善行を幾ら繰り
 返したって過去の悪行はいつまでも消えやしねェ……。ましてや
 その悪行によって最も深い傷を受けちまったヤツのクチから……。
 ハッ、こりゃいよいよ逃げ場なンざねェってワケだ」


ま、逃げなンて選択肢はハナっからねェが……。と、付け加えて
笑う『元第一位』。


「意外と懐が深くて安心したよ。流石ミサカ達のオリジナルって
 だけあるね」


『元第一位』の腕を枕にし、身内同士の戦争を回避できた安堵感
に黄昏れる『ミサカ妹達』の末っ子。


静かな夜が、ゆっくりと更けていく。


「ねえ……。――、―――」

「あァ? ……つか、何でフルネームだよ? 上でも下でも好き
 に呼びゃイイだろォが」

「ぬふふ♪ 改めて呼んでみると、似合わない名前だね。まるで
 女の子みたい」



805 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:10:44.29 +6rdzYeF0 1086/1089



「ほっとけ……。本名ってのはどォ足掻こォが、テメェの意思で
 決められるモンじゃねェンだ。……そォいう意味じゃ、オマエら
 は俺たちに比べて幸せなンだよ。なンたって生まれてから好きな
 名前を作れるンだからなァ」

「それでも、ミサカは気に入ってるよ? なんたって“あなたの
 名前”だもん」

「……言ってて恥ずかしくならねェか? っつーか、今さらだが
 俺は少し後悔してきた。自らネタにされそォな弱み暴露しちまった
 みてェな気分だわ……」

「よかったねえ。ミサカネットワークに配信されなくて」

「しよォにもできねェだろォが。だから教えたンだよ……。つか、
 そもそも他の誰かに教える気があンのか?」

「ううん、ないよ。最終信号にだって絶対に教えてやんないもん☆
 このミサカだけの秘密♪」

「…………」

「……ねえ」

「……なンだ?」


「ありがとう、ね……」



806 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:12:47.33 +6rdzYeF0 1087/1089




「……は? オイ、今なンつった? 小声すぎて全然聞き取れ
 なかったぞ」

「んや、なんでもないよ」

「変なヤツだな……。もォ寝ろ」

「眠い?」

「オマエの体温のおかげで丁度適温だからなァ。眠気も進むって
 モンだ」

「ミサカもかな……。あなたの体、あったかい……」

「……そォかい」

「……能力ないと、これから色々不便だね」

「かもな」

「とりあえず体鍛えろよ」

「……あァ、考えとくわ――――」


「――――」


「――――」



807 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:13:34.22 +6rdzYeF0 1088/1089



「…………」


「…………」



やがて、静かになり、何も聞こえなくなる。

なのに不思議と、ベッドの中から寝息は聞こえてこない。

いつからか、二つの身体は一つに重なり、

小さな小さな囁き声だけが、

布団の中という狭い空間に響く。

それは、唯一、

全ての衣を脱ぎ捨てて互いを見つめられる“聖域”のようなもの。

憎まれ口も、罵詈雑言も、

何の穢れもない純粋な少年少女の憩いの場。

その中で、少女は何度も聞いた答えを今一度求める――――。


  ずっとミサカの傍にいてくれる?




808 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2012/03/29 21:14:30.94 +6rdzYeF0 1089/1089



少年は迷い無く、何度も、何度でも答える。


  当たり前だろォがよ


そして、彼女が最も喜んでくれる言葉を述べた。



  俺が一生、オマエの面倒見てやる



少女は満足そうに微笑み、



   …………うんっ!



少年の腕の中で、今日も安らかな眠りについた。



~ Fin  ~



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