【第一部・前編】
【第一部・後編】
の続きです。

215 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:48:13.34 6gc7CKGOo 142/573

杏子「更新開始するよ」



216 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:49:38.35 6gc7CKGOo 143/573

  ――色とりどりの花々が咲き乱れる草原。
  その中心に一人の少女が座って、嬉しそうに周囲の花を愛でている。
  不意に澄み渡った青空が黒く濁り、雷鳴と共に巨大な魔物が大地を揺らしながら少女の目の前に現れた。

 「ひ……」
  闇に閉ざされた世界。突然現れた魔物に、少女は怯えてがたがたと震える。
  逃げようとしても、恐怖で足がすくみその場を動けない。
  魔物がおぞましい雄叫びを上げながら、ずしんずしんと音を立てながら近づいてくると、少女目掛けて鋭い爪を振り下ろそうとする。
  少女はあまりの恐怖に思わず目を閉じる。

  ――ギャアァァァァァァァァァ……!!

  魔物の断末魔が周囲に木霊する。少女が恐る恐る閉じていた目を開くと、目の前には一人の少年が長大な剣を振り下ろして魔物を一刀両断にしていた。
  跡形もなく魔物が消滅し、暗い闇に閉ざされた世界に再び光が戻る。
  少女に背を向けている少年が、少女に振り返ると少女に手を差し出す。
  光に照らされた少年は優しい表情で、少女を見ている。

 「――王子様」
  少年の顔を潤んだ瞳で見つめながら、少女はその小さな手を少年の手に重ねようとして、そして……。

  ――少女は夢の世界から目覚めた。

 「……夢?」

  時刻は朝の六時。いつもより一時間も早く目覚めた少女が、半分寝ぼけた顔でベッドの上から半身を起して呟く。
  ぼんやりとしながら、先ほどまで見ていた夢の内容を思い出す。
  少女の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
 「――う……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
  少女は抱いていたウサギのぬいぐるみを力いっぱい抱きしめながら、ベッドの上をごろごろと転がる。
 「なんて夢見てるのわたし!!」
  あまりにも恥ずかしい夢を見た事に少女は悶絶する。
  ベッドの上を転げまわりながら、夢の中で自分を助けてくれたひとつ年上の少年の顔を思い出して、ますます悶絶する。

 「まどか。いったいどうしたんだい? 目覚めるなりそんな風に転げまわったりして」
  枕元から声をかけられ、まどかは思わず返事をしてしまう。
 「……変な夢を見たの」
 「どんな?」
 「……お花畑で魔物に襲われてね、颯爽と駆けつけてくれた王子様に助けられる夢」
 「……」
 「しかもその王子様が先輩だったの……」
 「……思春期の少女らしい夢だね。……少々幼い夢のような気もするけど」
  声をかけてきた相手を見ると、枕元に飾られているぬいぐるみに混ざっているキュゥべえが、まどかににっこりと微笑んで朝の挨拶をしてくる。
 「おはよう、まどか。今日はいつもより早いね」
 「~~っ!?」
  自らの見た夢に困惑していたまどかは、混乱している頭で無意識に夢の内容を話してしまった事に気づき、沸騰しそうなほど真っ赤に染まる。
 「まどか、熱でもあるのかい? 顔が茹蛸みたいに真っ赤だけど!?」
  まどかにいきなり両手で掴まれて、前後にぶんぶんと揺すられるキュゥべえ。
 「キュゥべえお願い!! 誰にも言わないで!!」
 「……君が社芳文に恋愛感情を抱いてしまった事をかい?」
  キュゥべえはまどかに激しく揺すられながら、いつもの無表情で確認する。
 「~~っ!! 全部っ!!」
  まどかは顔を真っ赤にしながら、両手で持っているキュゥべえに至近距離で叫ぶのだった。

  第13話 「まどか、って呼んでほしいな」


217 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:50:22.66 6gc7CKGOo 144/573

 「……はう」
 「どうしたんですの、まどかさん」
  中学校への登校途中、仁美が落ち込んだ様子のまどかに声をかける。
 「……今朝、ちょっと変な夢見ちゃって」
 「まあ。どんな夢ですの?」
 「……内緒」
 「まどかの事だから、大方メルヘンな夢でも見たんじゃないの?」

  ――ドキッ。

  さやかに図星を付かれて、まどかは冷や汗をかきながら否定する。
 「ち、ちがうよっ」
 「本当にそうかなー?」
 「もうっ!! やめてよーっ」
  さやかにからかわれて、まどかは真っ赤になって否定する。
 「あははは、ごめんごめん」
 「うぅー」
 「だからごめんって。そんな風にすぐ拗ねてると先輩に嫌われちゃうよ?」
 「な!? なんでそこで先輩が出てくるの!?」
 「さあ、どうしてかなぁ」
  そう言って、両手を左右に小さく広げてさやかはとぼける。
 「うぅー。さやかちゃんきらい」
  そう言って半泣きで拗ねるまどか。
 「あはは、ごめんごめん」
  さやかはまどかに謝りながら抱きつく。
 「しらないっ」
 「だからごめんって。機嫌治してよ」
  そんな二人の微笑ましいやりとりを、仁美はくすくすと笑いながら見守る。

 「それにしても、先月起こった天災が大した事なくて良かったですわ」
 「……ああ。先月の」
  仁美がぽろっとこぼした言葉に、まどかに抱きつきながらさやかが答える。
 「ええ。突然発生したり消えたりしたスーパーセルに、短時間に何度も発生した地震。あのおかしな天災がもしも長時間続いていたら、今こんな風に私達笑えてませんもの」
 「……そうだね」
 
  ――ワルプルギスの夜の襲来による見滝原市の被害は、かつての時間軸のそれよりも遥かに軽微だった。
  住宅地の被害は各町内の一部道路の損壊と、一部民家の塀の倒壊程度で済んだ。
  特に被害が集中したのは開発区域で、開発中のビル等が倒壊し、建機が数十台損傷したくらいだった。
  最初に観測されてから突然消滅し、再び観測され、そのまま消滅したスーパーセルに、気象台の職員達や専門家は皆、首を捻りテレビや全国紙のニュースでも話題になった。
  今回の天災でこれだけの被害が出たのに対し、死人が一人も出なかったのは奇跡的であるとさえ言われていた。

 「もし、さやかさんとまどかさんの身に何かあったらと思うと、今でもぞっとしますわ」
 「仁美……。あたしも仁美と同じだよ。仁美とまどかが無事で良かった」
 「わたしも……。仁美ちゃんとさやかちゃんが怪我とかしなくて、本当に良かったよ」
  三人はそう言って、お互いの顔を見つめあう。
 「私達、いつまでもお友達でいましょうね」
 「そんなの当然だよ」
 「うんっ」
  そう言って三人は笑いあう。
  初夏の日差しの下で笑いあう少女達は、仲良く歓談しながら学校へ歩いていく。
 「おはよう」
  三人が歩いていると、背後から芳文が挨拶してきた。

 「おはようございます。社先輩」
 「おはよ、先輩」
 「あ……。おはようございます」
  仁美とさやかが芳文の顔を見て返事をしているのに、まどかは今朝見た夢の事もあって芳文の顔をまともに見られない。
  そんなまどかに気付いた芳文が、まどかに声をかける。
 「まどかちゃん、どうかした?」
  芳文に顔を覗き込まれ、まどかは顔が思わず赤くなるのに気づき、慌てて背を向けて言う。
 「べ、べつに何でもないですから!! さやかちゃん、仁美ちゃん、わたし日直だから先行くね!!」
  そう言ってまどかは駆け出す。

218 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:51:15.72 6gc7CKGOo 145/573


 「――あ」
  芳文は呆気に取られた顔でまどかの背中を見続ける。
 「仁美、まどか今日日直だっけ?」
 「たしか違ったような……。もしかしたら担当の日を勘違いしてるのかもしれませんね」
  二人のそんな会話に、芳文が呟く。
 「……俺、何か避けられるような事したかな?」
 「先輩。あの子今朝からなんか変なんだよ。気にしない方が良いよ」
 「……そうかな?」
 「そうそう。帰るころにはいつもと同じだって」
 「……だといいけど」
 「もうっ。男でしょ。うじうじしない!!」
  そう言ってさやかは芳文の背中を叩く。
 「ありがとう」
  芳文はさやかに礼を言う。
 「どういたしましてって。なーんか調子狂うなぁ……」
  そう言って、三人は学校へ向かって歩き出す。

  ――ワルプルギスの夜を倒した後、芳文は今までまどか以外の三人の前で取っていた態度や、まどかの無意識の願いによって与えられた力の事をすべて話していた。
  三人は芳文のカミングアウトに驚きはしたものの、戦闘時の芳文のほうが本当の芳文である事を受け入れた。
  それから一か月が経ち、芳文が以前の様な馬鹿な行動や言動をする事もなくなっていた。

 「つーか、先輩もまどかも好きなら好きってお互いに言えばいいのに」
  昇降口で芳文と別れ、上履きに履き替えながらぼやく。
 「まどかさんも社先輩も、そういう事には疎そうですものね」
 「まったく、見てて歯がゆいよ」
 「そういうさやかさんはどうなんですの?」
 「ちょっと、なんであたしの話になるのよ!?」
 「お友達ですもの。気になりますわ」
 「勘弁してよーっ」
  クスクスと笑いながら言う仁美に、さやかは困った顔をしながら叫ぶのだった。

          ☆

 「まどか。今朝の事だけどさ、先輩落ち込んでたよ」
  昼休みになり、委員会の仕事で呼び出された仁美と別れて、二人で屋上にやってきたまどかとさやか。
  弁当を食べながら、さやかがまどかに今朝の事を話す。
 「あんたに何か避けられるような事したかなってさ」
 「……別にそんな事ないよ」
 「そう?」
 「うん」
  二人はそのまま無言で弁当を食べる。
 「……余計なお世話かもしれないけどさ、告白しないの?」
 「ええっ!?」
  突然のさやかの言葉にまどかは驚いて、箸を落としてしまう。

 「多分、ううん、絶対先輩はまどかの事好きだよ。まどかはどうなの? 先輩の事嫌い?」
 「嫌いなわけないよっ!!」
  嫌いと言う言葉に思わず過剰反応してしまうまどか。
 「なんだ。やっぱ好きなんじゃん」
 「あう……」
  さやかの好きという言葉に真っ赤になって俯く。
 「いつから好きなの?」
  優しい顔で尋ねるさやかに、まどかは観念して答える。
 「……先輩の事好きだって気付いたのは、ワルプルギスの夜と一人で戦ってて負けそうになった時。先輩が助けに来てくれた時、すごく嬉しかったの……」
 「そっか」
 「……うん。先輩はいつだって優しくて、頼りになって、助けてほしい時に駆けつけてくれる……わたしのヒーローなの」

 「なるほどね。まどかの王子様って事か」
 「わたしの王子様?」
 「だってそうじゃん。強くて、頭も良くて、頼りになって、優しくてかっこいい。どう考えてもまどかの王子様だし」
 「……そうなのかな」
  今朝見た夢の事を思い出して呟く。
 「お互い好き合ってるのバレバレなんだしさ。もういい加減くっついちゃったら?」
 「でも……」
 「でもじゃない。なんであんたはいつもそうやって、自分に自信を持てないかな」
 「だってわたし、何の取り柄もないし……」
  真剣な表情で、まどかの顔を見ながら両肩に手を置いてさやかは言う。
 「そんな事ない。あんたは人を思いやれる優しいいい子だよ。まどかみたいに他人の事を思いやれる人間なんてそういないよ。それにあんたはかわいい。もっと自分に自信を持っていい」


219 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:51:45.27 6gc7CKGOo 146/573


 「さやかちゃん……」
 「本当の先輩を見せてもらって気付いたけど、あの人妙な所で卑屈で奥手だしさ。ここは思い切ってあんたから迫らなきゃ!!」
 「でも、もし迷惑に思われたら……」
 「あの人がそんな風に思う訳ない。それに今まで二人だけになった時にさ、ちょっとくらいいい雰囲気になった事くらいあるでしょ?」
  さやかにそう言われて、今までの事やワルプルギスの夜との戦いの時に言われた、パートナーとして戦わせて欲しいと言う言葉を思い出す。
 (……あの言葉、そういう風に受け取ってもいいのかな)
  
 「……うん」
 「じゃあ、勇気出しなよ。待ってるだけじゃなくて、こっちからも積極的に行かなきゃ!!」
 「……もう、さやかちゃんたら」
  そう言ってさやかに微笑む。
 「ありがとう、さやかちゃん」
  まどかに微笑み返し、さやかは自分の決意を話す。
 「……あたしも、恭介が退院したら告白するからさ」
 「だから、お互いがんばろ」
 「……うんっ」
  恋する少女達は初夏の日差しの中、お互いに励ましあい、笑いあうのだった。

  ――その日の夜のパトロールの帰り道。

 「へぇ。まどかがねぇ」
 「まあ二人とも好き合ってるのバレバレだしね。きっと上手く行くでしょ」
  杏子とマミと一緒に帰りながら、さやかはまどかと芳文の話題を話す。

 「二人共奥手だしね。誰かが背中を押してあげないとね」
 「余計なお世話な気もするけどな」
 「そうね。でも友達が幸せになれるというなら、それは素敵な事じゃないかしら」
 「……そうだな。あれから魔女も使い魔も出てこないし。平和な時くらいそういうのもいいかもな」
 「……ええ。いつ新しい敵が現れるかわからないもの。せめて今だけは、ね」

  三人はそんな会話をしながら、夜の街を歩くのだった。

          ☆

220 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:52:19.27 6gc7CKGOo 147/573

  翌日。

  今朝もまた、芳文を意識してしまい、まともに顔を会せる事が出来なかったまどか。
  放課後の掃除当番で、ゴミ袋を持って焼却炉へ向かいながら、自分への嫌悪感に苛まされる。
 (駄目だな、わたし。どうしたらもっと強い人間になれるんだろ……)
  とぼとぼと校舎裏を歩いていると、芳文の後ろ姿が見えた。
 「あ……」
  思わず物陰に隠れてしまう。
 (……何してるんだろ、わたし)
  よくよく考えたら隠れる必要なんてない事に気づき、物陰から出ようとしたその時だった。

 「――好きです」

 (……え?)
  知らない少女の声がまどかの耳に届いた。
  物陰からこっそり様子を覗いてみると、背を向けている芳文の前に知らない女子生徒が恥ずかしそうに頬を染めて立っていた。
 「一年前、知らない人にナンパされてるのを助けてくれた時から、ずっと好きでした」
  女子生徒は芳文の顔を見つめながら、自らの想いをぶつける。
  それは、まどかがしようとしても出来なかった事だった。
 「――ありがとう」
  黙って告白を聞いていた芳文がそう返事をしたのを聞いた瞬間。
  まどかはその場から逃げ出していた。

  まどかは走った。
  全力でその場から走って逃げた。
  走って走って走り抜いて、まどかは転んでしまう。
 「痛……」
  立ち上がろうとして、足首に痛みを感じてそのまま座り込んでしまう。
 「う、うぅぅ……」
  涙がまどかの目に溜まる。
 (全部、わたしの勘違いだったんだ)
  涙がぽろぽろと零れ落ちる。
 (そうだよね。先輩は優しいからあんな風に言ってくれただけなんだ)
  涙が止まらない。
 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ……」
  まどかは一人泣き続ける。
  部活動をしていた生徒達が泣いているまどかに気付くが、誰も近寄ろうとはせず、遠巻きに見ているだけだった。
  その後、ほむらがやってくるまでの間、まどかは泣き続けた。
  ケガの手当てをしてもらい、肩を借りて家まで送ってもらう時に、ほむらからかけられた言葉は何一つ、まどかの心に届く事はなかった……。

          ☆


221 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:53:12.91 6gc7CKGOo 148/573

  翌日も、その翌日も、まどかは芳文を避け続けた。
  登校時に顔を合わせても、用事があると言って一人先に登校した。
  夜のパトロールも、ワルプルギスの夜を倒してから一か月近くの間、使い魔一匹さえ現れない事から、家の用事があると言って参加しなかった。

  そしてまどかが芳文を避け始めて三日目の朝。
 「おはよう」
 「……おはようございます」
  芳文の顔を見ないように返事をする。
 「……ごめんなさい。今日は小テストがあるので、予習したいから先に行きます」
  そう言って、まどかは走り出す。
 「待って!!」
  芳文が呼び止めるが、まどかは振り返りもせず走り続ける。
 (……わたし、嫌な子だな)

  そんな事を考えながら走っていると、芳文が追いついてきてまどかの横に並ぶ。
 「なんで避けるの? 俺嫌われるような事した?」
 「!?」
  隣を走る芳文に気づき、まどかは咄嗟に左手の中にソウルジェムを出現させて、額に近づける。
  まどかの身体が一瞬淡いピンク色の光に包まれると、ソウルジェムを再び指輪に戻して中指に装着する。
  魔力で身体機能を強化したまどかは一瞬で芳文を引き離して、学校へと到着すると、上履きに履き替えて自分のクラスに向かい、通学鞄をロッカーにしまう。
 「まどかちゃん!!」
  これからチャイムがなるまでどうしようか考えていると、追いついてきた芳文が声をかけてきた。
 「っ!?」
  反射的に背を向けてまどかは走り出す。
 「待って!!」
  プロのアスリート並み、いやそれ以上のスピードで校内を走るまどかを芳文は追いかける。
  普通の中学生では有り得ない速さで逃げるまどかと、それを追いかける芳文。既に登校していた生徒達が驚いた顔で見るが、二人ともそんな事に気づきもせず追いかけっこを続ける。

 「何で逃げるの!?」
 「何で追いかけてくるんですか!?」
 「君が逃げるからだよ!!」
 「わたしの事なんてほっといてください!!」
 「嫌だ!!」
 「こないで!!」
 「なんで!! 訳を教えてよ!!」
 「やだ!!」

  そんなやりとりをしながら、二人は追いかけっこを続ける。
  生徒達の間をすり抜けながら走り続ける。
  階段を飛び下りる。
  階段を駆け上る。
  教師に見つかって怒鳴られてもお構いなし。
  まどかと芳文の追いかけっこは止まらない。
  いつの間にか、二人とも半ば意地の張り合いになっていた。

  校舎二階廊下を走り抜け、廊下の角を曲がった先にある階段から一階へ降りようとしたしたその時だった。
 「きゃっ!?」
  猛スピードで走り回っていたまどかが、曲がりきれずにバランスを崩して、背中から階段を落ちそうになる。
 「まどかちゃん!!」
  本気の全速力でまどかに追いつき、咄嗟に宙を舞うまどかを抱きしめて庇いながら、芳文は背中から一階に落ちた。
  ダアァァァン……。
  芳文の腕の中で、一階に落ちた衝撃を感じ取ったまどかは閉じていた目をを開くと、自分の下敷きになっている芳文の顔を覗き込む。

 「……先輩?」
 「……」
  芳文からの返事はない。
  まどかの背中に力なく両手をまわしたまま、目を閉じて廊下に寝ころんだままだ。
 「……嘘。起きて。先輩、起きて」
  芳文の腕の中で、ゆさゆさと胸元に手を当てて揺すりながら声をかける。
 「……嫌だぁ。先輩、起きてよぉ」
  頭を打ったのか、反応のない芳文に対してまどかは涙を溜めながら芳文に語りかける。
 「……ひっく、先輩」
  まどかが今にも泣き出しそうになったその時だった。
  まどかの背中に回されていた芳文の手がまどかをぎゅっと抱き寄せる。
 「……やっとつかまえた」
  芳文が目を開いて、まどかを抱き寄せたまま半身を起こして言う。


222 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:54:14.40 6gc7CKGOo 149/573

 「……あっ。は、放してください!!」
  芳文が無事だったのにほっとしつつ、逃れようとするまどかに芳文は言い切った。
 「嫌だ」
 「放して!! 勘違いされちゃう!!」
 「そんな風に見られるの嫌?」
 「だって、先輩の彼女さんに勘違いされたら……」
 「そんなのいないよ」
  芳文のその言葉を、まどかは顔を振りながら否定する。
 「嘘!! だってわたし見たもん。先輩が告白されてるとこ!!」
 「見てたの?」
  芳文の問いに、まどかは気まずそうにそっぽを向きながら弱々しく答える。
 「……掃除当番で焼却炉に行く途中に」
 「そっか。確かに付き合ってくれって言われたけどさ。断ったよ」
 「……どうしてですか?」
 「だって、俺には他に好きな女の子がいるんだ。だから」
 「……そうですか。その子と上手くいくといいですね」
 (……嫌な子だ、わたし)
  まどかはそう答えて芳文から離れようとするが、芳文はまどかを離さない。
 
 「……放してください。勘違いされますよ」
 「嫌だよ。好きな子に誤解されたままなんて嫌だ」
 「……え?」
 「俺は君の事が好きなんだ。他の誰でもない、鹿目まどかという女の子の事が好きなんだ」
  腕の中のまどかの顔を見つめながら、芳文は真剣な表情でまどかへの想いを遂に告白した。
 「あ……」
  まどかの瞳から、ポロポロと涙が溢れ出していく。
 「ごめん。迷惑だったかな。けどもう君への想いを抑えきれなかったんだ」
  そう言って芳文はまどかに自分の真剣な気持ちを伝える。
 「君に避けられるようになって、自覚したんだ。君に救われたあの日からずっと好きだった。君に笑顔を向けてもらえるのが嬉しかった。君に目も合わせてもらえないのが苦しかった。それで気付いたんだ」
 「俺はこんなにも、君の事を好きになっていたんだって」
 「君が他の誰を好きでも構わない。俺に振り向いてくれなくたって構わない。だけど、せめて避けるのだけはやめてくれ」

 「――俺は君の事が、この世界の誰よりも好きだから」

 「う、うぅぅぅ……」
  まどかが芳文の腕の中で嗚咽を漏らす。
 「……最後に言わせてほしい。俺は最後まで君の味方であり続けるから。これだけは絶対だから。困らせてごめん」
  そう言って芳文はまどかの背中に回していた両腕を放した。
  ――とんっ。
  泣きながらまどかが芳文の胸に顔を埋める。
 「……っく。わたしも……わたしも……」
  まどかは涙を流しながら、芳文の顔を見上げて言った。
 「わたしも、先輩の事が好き……」
 「いつだって優しくて、危ない時にはいつだって助けてくれる。そんな先輩の事が大好き……」
 「……ありがとう」
  芳文は優しくまどかを抱きしめる。
 「先輩、先輩っ」
  まどかが芳文の腕の中で泣く。お互いの気持ちが通じ合った事への嬉し涙を。

 「すごく嬉しい」
 「わたしも……。でも……」
 「うん?」
 「わたしはまだまだ子供で、弱虫で……。勝手にやきもち焼いて、先輩を困らせて……」
  自分を卑下するまどかの頭を優しく撫でながら、芳文は優しく言う。
 「俺は君の全てが好きだよ。それに俺だってまだまだ子供さ。君を追い詰めて泣かせてしまった。だから……」
 「二人で一緒に大人になろう。胸を張って誰にでも誇れる、そんな大人にさ」
 「二人で一緒に……」
 「ああ。俺の隣に君がいて、君の隣に俺がいる。これからきっと、辛い時や悲しい時もあるだろう。だけどそんな時もお互いがお互いを支えあって生きていく。俺は君と一緒にそんな風に生きていきたい」
 「一人じゃない。ずっと一緒だ。駄目かな?」
 「ううん。嬉しい。わたしもずっと先輩と一緒にいたい」
 「ありがとう」
  涙を拭いながら微笑むまどかを芳文は抱きしめる。
 「苦しいよ……」
 「ごめん。嫌だったかな。嬉しくてつい」
 「ううん。でももうちょっと優しくギュってしてほしいな」
 「わかった」

223 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:55:29.38 6gc7CKGOo 150/573

 「えへへ……」
  優しく抱きしめられ、まどかは幸せそうに笑う。
 「好きだ」
 「……わたしも大好き」

  完全に二人の世界に入り込んでいる芳文とまどか。
  そんな二人の良く知る人物が不意に声をかけ、二人の世界をぶち壊した。
 「はい、社君、鹿目さん。もうすぐ予鈴がなりますからね」
 『え?』
  突然声をかけてきた人物に、疑問の声をハモらせて二人仲良く顔を向ける。
 『早乙女先生……』
  まどかの担任の早乙女先生が微笑ましそうに笑いながら、二人に声をかけてきたのだった。
  良く見ると、先生の背後だけでなく、芳文とまどかの周囲には大勢の生徒達がいて事の成り行きを見守っていた。
  まどか達が周囲を見回すと、生徒達の中にはさやかと仁美、マミもいた。
  その場にいる全員がにやにやと笑いながら、まどか達を見ている。
  まどか達は気付かなかったが、ほむらも口元に笑みを浮かべながら、他の生徒達に紛れて見守っていた。
  芳文とまどかの顔が真っ赤に染まる。
  いままでのやり取りをすべて、この場にいる全員に見られて聞かれていた事に気づき、二人は逃げ出したくなった。

 「よかったね、まどか」
 「おめでとうございます、まどかさん」
 「社君、鹿目さんを大切にしてあげなさいね」
  さやか、仁美、マミがまどか達を祝福してくれるが、まどか達にとっては素直に喜べなかった。
 「おめでとう。お母さんにちゃんと報告しないとね、まどかちゃん」
  教師ではなく、まどかの母の友人としてまどかを祝福する早乙女先生。
 「さあみんな、自分のクラスに帰りなさい」
  そう言って先生がパンパンと手を叩くと、野次馬たちの中に交じっていた芳文の友人の天瀬がパチパチパチと手を叩く。
  釣られて他の生徒達が二人を祝福するように手を叩く。
  パチパチパチパチパチパチ……。
 『~~っ!!』
  いたたまれなくなって、芳文がまどかをお姫様抱っこして、その場を全速力で逃げ出した。
  芳文の腕の中で真っ赤になりながら、まどかはこつんと芳文の胸に頭を寄りかからせるのだった。

          ☆

 「よかったね、まどか」
  その日の夕方。
  パトロール中にさやかとマミから、今朝の出来事を聞いた杏子が、優しい顔でまどかを祝福する。
 「ありがとう、杏子ちゃん」
  頬を染めながら礼を言うまどかに、ポッキーを差し出しながら言う。
 「食うかい?」
 「うん。ありがとう」

  そんな二人のやり取りを見ながら、芳文はさやかとマミにからかわれる。
 「それでお昼休みどうだったの?」
 「せっかく二人っきりで、お昼食べられるようにセッティングしたんだから、進展はあったのかしら」
 「……君達の仕業か」
  昼休み。
  まどかと芳文はそれぞれクラスメイト達に教室から追い出され、二人だけで屋上で昼食を取った。
  かなりの人数の生徒達に事の顛末を見られた上、その場にいなかった生徒達にも見ていた生徒達によって話が広まっていた。
  携帯で動画まで撮られてしまった為、見滝原中学で芳文とまどかの事を知らない者は今や誰もいなかった。
  教師や用務員にまで知れ渡ってしまった為、芳文とまどかは校内一有名なカップルになってしまったのだった。

 「それでどうなったの? 兄貴なんだから妹のあたしにくらい教えてよ」
  さやかがにひひと笑いながら尋ねてくる。
 「……今度、弁当作ってくれるって」
 「おおーっ。やったね!! 彼女の手作り弁当ですって、マミさん」
 「良かったわね。ちゃんと全部食べてあげないと駄目よ」
 「……ああ」
  今まで演技とはいえ、芳文に散々からかわれてきたさやかとマミが、ここぞとばかりに芳文をからかう。
 「……もう勘弁して」
  芳文がギブアップするまで、二人はかからい続けるのだった。

 「さてと、今日はこれで解散しましょうか。社君、鹿目さんのボディガードよろしく」
  パトロールを終え、マミがそう切り出す。
 「そうそう。かわいい彼女を守るのは先輩の役目だもんねー」
  さやかが笑いながらそう言うと、まどかと芳文が赤くなる。
 「あんまりからかってやるなよ。さやか」
  杏子がさやかを窘める。
 「なーに? 今日は随分いい子だね杏子」
 「ばっか、あんまりからかったら、社はともかくまどかがかわいそうだろうが」
 「……俺の扱いっていったい」
  落ち込む芳文にマミが言う。
 「まあ今までが今までだしね」
 「……ひどい」

224 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:56:51.52 6gc7CKGOo 151/573

  芳文はそうぼやいた後、さやかと杏子に弄られてるまどかに声をかける。
 「まどかちゃん、そろそろ行こうか」
 「はい、先輩」
 「……あんたら、恋人同士になったのに、まだ他人行儀な呼び方してんのな」
  何気なく杏子の放った言葉に、芳文とまどかが固まる。
 「あーあ、杏子。愛っていうのは徐々に育むもんだよ。いきなりそんな、ねえ」
 「そうね」
  さやかとマミの放った言葉に芳文とまどかは真っ赤になる。
 「三人共、おやすみっ。行こう、まどかちゃん」
 「は、はい。マミさん、杏子ちゃん、さやかちゃんおやすみなさい」
  芳文とまどかは逃げるようにその場から立ち去るのだった。

  二人で帰る帰り道。
  どちらからともなく手を握り、夜道を歩く。
 『あの』
  二人とも話を切り出そうとして、同時に声を出してしまう。
 「あ、ごめん」
 「いえ、先輩からどうぞ」
 「うん……」
  それっきり、二人とも沈黙してしまう。
  無言のまま、まどかの家の前まで来た所で、芳文が口を開いた。
 「その、俺への呼び方なんだけどさ、先輩じゃなくて名前で呼んでほしいな。あと、敬語もなしで。俺と君はその……対等なパートナー、だから」
  そう言って、芳文は横目でまどかの顔をちらっと見る。
 「……うん。芳文さん」
  まどかは真っ赤になりながら、そう答える。
 「ありがとう、まどかちゃん」
 「……その呼び方禁止」
 「え?」
  まどかの顔を見ると、まどかも赤くなって恥ずかしそうにモジモジしているが、ひとつ大きく深呼吸をして言った。
 「まどか、って呼んでほしいな」
  芳文はそんなまどかを愛おしく思いながら、まどかの名を呼ぶ。

 「……まどか」
 「……うん」

 「好きだ」
 「わたしも」

  芳文の言葉にそう答え、まどかはとびきりの笑顔をして見せるのだった。

                                                                                             つづく



225 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/08 17:59:37.05 6gc7CKGOo 152/573

 杏子「とりあえずここまで」
 杏子「恋愛物は苦手なんだと。あまり突っ込まないでくれだってさ」
 杏子「他ルートは今の所このまどかルートが済むまでは何とも言えないが、善処するそうだ」

230 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/09 22:07:14.47 6wJkvOQSo 153/573

 杏子「単発裏話」

 杏子「マギカ・シグヴァンを放った後、刀身から輝きが消えると、マギカ・ブレードはただの重い剣になってしまうんだ」

 杏子「あたしが9話で落とした時に地面が抉られなかった理由がそれ。もし通常の状態で落とすと、刀身から発生する破壊エネルギーで、刀身に触れた地面をどんどん消滅させながら地底深くどこまでも落ちていくんだ」
 
 杏子「あまりにも重すぎて、まどかの力で強化された社しか持てないし振るえない。重さのイメージはベルセルクのドラゴン殺しだ」

 杏子「ドラクエっぽく攻撃力を数値化すると、マギカ・ブレードの攻撃力は999で無属性の追撃効果が300。敵に刺さってれば1ターンごとに300ダメージ。相手に再生能力があればそれも破壊。相手のシールドも無効化する。正にチート武器だ」

 杏子「マギカ・ジグヴァン時は通常時の約20倍の破壊力を一定時間の間だけ叩き出す代わりに、魔力が切れると攻撃力が250まで落ちて特殊能力が消える」

 杏子「マミカルソードは攻撃力110。さやかサーベルが攻撃力90で2回攻撃可能。あんこスラッシャーが攻撃力120。蛇腹剣状態で複数攻撃可能。その場合攻撃力80」

 杏子「アンカースラッシャーは攻撃力420。蛇腹剣が攻撃力360」

 杏子「ついでに全員の攻撃力も。大体こんな感じ」

 杏子「マミの攻撃力。マスケット射撃が100。マスケット殴打が70。回し蹴りが50。リボンカッターが80。マスケット一斉掃射が230。ティロ・フィナーレが380。さやかとの合体技が780」

 杏子「さやかの攻撃力。剣が180。マミとの合体技が780」

 杏子「あたしの攻撃力。槍が150。多節棍が130。クリムゾン・タービュラー(>133で使用)320。ティロ・グングニルヌス(巨大槍)が390。これらの技名はまどかとマミが嬉しそうに名づけてくれた……。恥ずかしくて叫べるかよ……。アニメで使った自爆は600」

 杏子「ほむらの攻撃力。爆弾が120。拳銃が80。マシンガンが100。バズーカが160。手榴弾が110。近接用に隠し持ってるナイフが30。アニメのほむらより弱体化してるので武器はこれだけ」

 杏子「まどかの攻撃力。オメガ・ジャッジメント(爆発する矢)が490。ブラスト・シューター(分裂矢)が矢1本に付き240」

 杏子「社(1話~2話)の攻撃力。パンチが20。キックが55。マミカルソードが130。マミカルソード投擲が140。3話以降はパンチが280。キックが360。各種剣を装備した場合、剣の攻撃力+280」

 杏子「大体こんな感じ。なんか厨二病みたいな解説だな……」

 杏子「あ、あと>45で社が母親の胸が小さかったと言っているが、実はほむら=実の母親の伏線の一部だったんだが、果たして気づいた読者は何人いるんだろうな?だってさ」

 杏子「じゃあな」

234 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/09 23:35:09.11 6wJkvOQSo 154/573

 杏子「マギカ・ブレードとオメガ・ジャッジメント+ブラスト・シューターの補足だよ。今日はこれで最後」

 杏子「マギカ・ブレードは攻撃用のまどかの魔力に反応すると爆発するんだ。オメガ・ジャッジメントやブラスト・シューターが当たると爆発して、破壊エネルギーを撒き散らす光球へと変化する」

 杏子「その場合、マギカ・ブレードの攻撃力999がオメガ・ジャッジメント及びブラスト・シューターの攻撃力に上乗せされる」

 杏子「マギカ・シグヴァン用の矢は魔力の性質が違うので当たっても爆発しない。ちなみにマギカ・ブレードの魔力を使い切っても再チャージは出来る。マギカ・シグヴァンを喰らった相手は確実に滅ぶんで、わざわざ再チャージする必要ないけど」

 杏子「また、イマイチ地味なんで本編で使われなかったが、実はマギカ・ブレードはまどかが任意で爆発させる事が出来る」

 杏子「社が敵に投げつけて、マギカ・ブレードの破壊エネルギーで相手を弱らせて、まどかが遠隔爆破で敵を消滅させる。みたいな」

 杏子「あたしらが作った剣は基本的に変身を解くか、戦闘不能になって変身が解けない限り消滅しない。一定以上のダメージで壊れる場合はあるけどな」

 杏子「ちなみにマギカ・ブレードの生成に最初は30秒かかっていたが、今では4秒くらいで作れるようになってる」

 杏子「まどかの絶対防御壁(マギカ・イージス)について。広範囲に展開し続けたり、強力な攻撃を受け続けたりするほど消費魔力が大きくなる」

 杏子「狭い範囲や大した事のない攻撃なら、ほとんど魔力を消費しない」

 杏子「こちらのまどかの回避能力がアニメのまどかよりも遥かに低いので、社がマギカ・イージスを展開させなくてもいいように戦えば消費魔力も少なくて済む」

 杏子「ちなみにこちらのまどかが、さやかの魔女の攻撃を避けようとした場合、ふたつ目の車輪で被弾する。マギカ・イージスを展開するか、社が一緒にいれば被弾しない」

 杏子「以上。ほむらの胸に関しては、ほむら=貧乳の認識がないと多分気付かないよな……。というかほむらが母親なんて誰も思わないよな普通」

 杏子「じゃ、次の更新までさよならだ」

243 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:27:24.81 mc5fh68ko 155/573

 杏子「更新開始。とりあえず一話だけ」



244 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:28:02.60 mc5fh68ko 156/573

  ――7月上旬の土曜日の朝。

  少女はクローゼットの中から、次々と洋服を取り出しては胸元に当て、また収納していた場所に戻すを繰り返しながら、ベッドの上で様子を窺っている魔法の使者に尋ねる。
 「ねえ、キュゥべえ。どの服がいいかなあ?」
 「別にどれでもいいんじゃないかな。まどかの持ってる私服は、僕にはみんな同じに見えるよ」
  いつもの無表情で適当に返すキュゥべえ。
 「えーっ。全然違うよぉっ」
  まどかはキュゥべえの適当な返事に憤慨しながらも、どの服にしようかとクローゼットから服を出しては戻すの繰り返しをやめない。
 「もう二時間も迷ってるじゃないか。いい加減に早く決めたらどうだい」
 「だって、初めてのデートなんだよ。いつもよりかわいい格好で行きたいもん」
 「なるほどね。僕には良くわからないけど、その感情が乙女心って奴だね。でもいい加減早く決めないと待ち合わせの時間に遅れるんじゃないのかい?」
  そう言って、壁掛け時計に顔を向けたキュゥべえに釣られる様に、まどかも視線を向ける。
 「ええっ!? もうこんな時間!? 早く決めて出かけなきゃ遅れちゃう!!」
  まどかはわたわたと別の洋服を引っ張り出す。

 「……はあ。もうそのピンク色のワンピースでいいじゃないか」
 「……これ? 変じゃないかなぁ」
 「変じゃないよ。まどかのイメージにぴったりだと思う」
 「そ、そうかなぁ?」
 「うん。それにまどかなら何を着てても、社芳文はかわいいと言うだろうし」
 「~~っ!!」
  キュゥべえの何気なく放ったその言葉に、まどかは赤くなって絶句し固まってしまう。
 「ほらほら、急いで」
 「う、うん」
  キュゥべえに促され、まどかは急いでピンクのワンピースに袖を通すと、いつものリボンを着ける。
 「それじゃ、行ってくるねキュゥべえ」
 「ああ。いってらっしゃい。まどか」
  まどかはキュゥべえにそう言って、ぱたぱたと音を立てながら出かけて行った。
 「……やれやれ。いくら今が一番充実してるからって、僕に人間の色恋沙汰を話されても困るよ」
  独り言を言いながら、キュゥべえは昨夜のまどかとの会話を思い出す。

 『随分嬉しそうだね、まどか。何かいい事でもあったのかい?』
 『あのね、芳文さんが明日デートしようって言ってくれたの!!』
 『ふうん』
 『わたし、男の人とデートなんて初めてだから嬉しくって。ねえキュゥべえ、やっぱりお弁当とか作って持っていった方が良いかなあ?』
  嬉しそうに話すまどかの顔を思い浮かべ、キュゥべえは目を閉じて首を振りながら呟いた。

 「……訳が分からないよ。なんでまどかはいちいち、僕に嬉しそうに話すんだろう?」

  第14話 「ずっと、こんな日々か続いたらいいな……」

  待ち合わせ場所にまどかが急いで辿り着くと、既に芳文が来ていてまどかを待っていた。
 「おはよう、まどか」
 「うん。おはよう、芳文さん。待たせちゃったかな?」
 「いや、大丈夫」
 「良かった」
  そう言って笑うまどかに、芳文は視線を僅かにまどかからずらしながら、口を開く。
 「……その服、良く似合ってる」
 「……本当?」
 「ああ。かわいいよ」
 「……えへへ。嬉しいな」
  頬を染めながら、嬉しそうにに微笑むまどかに、芳文も赤くなりながらすっと右手を差し出す。
 「……行こうか」
 「うんっ」
  嬉しそうに微笑みながら、まどかは芳文の手を取るのだった。

245 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:28:47.93 mc5fh68ko 157/573

          ☆ 

 「今見た映画、まどかは面白かった?」
 「うん。面白かったよ。でも芳文さんはどうだったの? わたしの趣味に付き合わせちゃったけど……」
  二人が見たのは恋愛ファンタジー物だった。
  映画館を出て、まどかと芳文は二人仲良く、見滝原の街を歩きながら談笑する。
 「面白かったよ。俺、普段マンガも小説もテレビも見ないから、新鮮だった。今の映画って凄いんだな」
  趣味のない芳文は、まどかに見たい映画を決めてもらい、それに付き合ったのだが素直に映画の内容を褒める。

 「あれ? 芳文さんの部屋、テレビは置いてあったよね?」
 「ああ、あれか。一応親父が単身赴任する時に用意してくれたんだけどさ、朝と夜の天気予報見る時と地震があった時くらいしか付けないんだ」
 「そうなんだ」
 「ごめんな。つまらない奴で」
 「ううん。わたし、芳文さんと一緒にいるだけで嬉しいもん」
 「そっか。そう言ってもらえると嬉しい」
 「うんっ」
  そう言って嬉しそうに笑うまどか。

 「まどかはさ、趣味とかいっぱいあるの?」
 「そんなに沢山はないけど、いくつかあるよ」
 「どんなの?」
 「例えば、好きな歌手のCD聴いたりとか……」
 「そっか。今度さ、まどかが好きな歌手のCD教えてほしいな。まどかが好きな物なら、俺もきっと好きになれるはずだから」
 「……うんっ」
  そんな何気ない会話が嬉しくてたまらない。
  二人でいる時間が何より大切で、自分の隣にいるパートナーが愛しくてたまらない。
  芳文は今まで辛いことの多かった一五年の人生の中で、最も幸せなこの時間がずっと続けばいいと思った。

 「あ……」
  不意にまどかが歩みを止める。
 「どうかした?」
  まどかの視線の先を見ると、ゲームセンターがあり、店先のプリクラマシーンのカーテンの中から、一組のカップルが出てきた。
 「……芳文さん。あのね、お願いがあるんだけど……」
  まどかが上目遣いに芳文の顔を見上げながら言う。
 「俺に出来る事なら」
 「あのね、一緒にプリクラ撮ってほしいな……。芳文さんと一緒の写真が欲しいの……」
 「そんな事で良ければ喜んで付き合うよ」
  まどかの可愛らしいおねだりを、優しく微笑みながら芳文は快諾する。
 「ほんと?」
 「ああ。でも俺には良くわからないから、操作とかまどかがやってくれよ」
 「うんっ!! こっちだよっ」
  嬉しそうにまどかが芳文の手を引っ張って、プリクラマシーンの前に連れて行く。
 「一回三百円か」
  金額を確認して、芳文がコインを投入する。
 「あっ。わたしが言い出したんだし、わたしが払うよ」
 「いいよ。俺が出したいから出したんだ。ほら、まどか。機械がなんか言ってる」
 「あ、うん。ありがとう芳文さん」
  お礼を言い画面とにらめっこするまどか。

 「俺はどうすればいいのかな?」
 「わたしの隣に来て、画面に自分の顔が写るようにして」
 「これでいい?」
 「うん。あと、出来れば笑顔で」
 「えっ? いきなり言われても」
  芳文はまどかの指示に素直に従う物の、いきなり笑えと言われて面食らってしまう。
 「あっもうシャッター押されちゃうよ!! 早く笑って!!」
  焦るまどかの様子に、芳文は思わず口元に笑みを浮かべてしまう。
 『――3・2……』
  機械の音声がシャッターを切る予告をする中、芳文はまどかを軽く抱き寄せる。
 『1』
  まどかは一瞬驚いた顔をするがすぐに幸せそうな笑顔になる。
 『はい、チーズ』
  カシャ。

246 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:29:39.79 mc5fh68ko 158/573


  口元に笑みを浮かべた芳文と抱き寄せられて幸せそうに笑うまどかのツーショットがベストタイミングで撮られた。
  そのまま、二人で画面を見つめながらプリクラが印刷されるのを待つ。
  待つこと数分。
  印刷完了を告げる機械の音声が流れると、パサッと音を立てプリクラが取り出し口に落ちてくる。
  まどかがそれを取り出して、印刷内容を確認して嬉しそうに笑う。
  機械に据え付けられたハサミでプリクラを半分に切ると、芳文に半分を手渡す。

 「はい。芳文さんの分」
 「……これがプリクラか。初めて撮ったよ」
 「……わたしも、男の人と一緒に取ったのは初めてだよ」
 「そっか」
 「……うん。これ宝物にするね」
  まどかはそう言うと、大切そうに両手で持ったプリクラをそっと、胸元に持っていく。
 「ああ、初めて二人で撮った記念の品だものな。俺も宝物にするよ。もっとも、二番目の宝物だけど」
 「……二人で初めて撮った物なのに、二番目なんだ」
  芳文のその言葉に、まどかはしゅんとなってうつむく。
  芳文はそんなまどかをそっと優しく抱きしめて、まどかに囁いた。
 「だって、俺の一番大切な宝物は、まどか自身だから」
 「……嬉しい」
  まどかはそう答えて、しばらくそのまま芳文の鼓動の音を、芳文の腕の中で聞き続けるのだった。

 「……あいつら、ここがどこだかわかってんのかね」
  たまたまゲームセンターに遊びに来ていた杏子達は、プリクラマシーンの前で二人の世界に入っているまどか達を見つけて、思わずそれぞれの感想を口にしてしまう。
 「仕方ないわよ。二人ともようやく想いが通じ合って、付き合い始めたばっかりだもの」
 「……いいなあ、まどか。あたしもいつかは……」
 「なんだよ、さやか。いつかって」
 「な、なんでもないわよ!! ほら杏子!! 次はあれで勝負よ!!」
  慌ててごまかすさやかに、杏子は不敵な笑みを浮かべて答える。
 「いいぜ。返り討ちにしてやる」
 「マミさん、マミさんも早く!!」
 「はいはい」
  ゲームセンターの奥へと駆けていくさやかと杏子の後を追いながら、マミは一度だけ振り返りまどか達に向けて口を開いた。
 「それじゃ二人とも、ごゆっくり」


247 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:30:30.28 mc5fh68ko 159/573

          ☆

  二人で一緒に映画を見て、二人で一緒にプリクラを取って、二人で一緒にファミレスで食事をして、二人で一緒にファンシーショップを覗いて、二人で一緒に赤く染まった公園を歩いた充実した初デートの帰り道。
  二人は手を繋いでまどかの家へと歩いていく。
  学校での事、友人の事、二人は今まで以上にお互いの事を話しながら夜の道を歩く。
  時刻は午後八時三十分。
  今日はマミ達の計らいで夜のパトロールは休みだ。
  ワルプルギスの夜を倒してから、一度も使い魔一匹すら現れない今だからこそ、与えられた休息の時を二人は目一杯満喫する。
  しかし、いつまでも楽しい時間は続かない。
  やがて、二人は鹿目家の玄関前に辿り着いてしまう。

 「それじゃ、俺はここで」
 「……うん」
  まだ別れたくない。
  もっと一緒にいたい。
  口には出さなくても二人の思いは同じだった。
  別れのあいさつを済ませて、別れようとしてもまどかも芳文もお互いの繋いだ手を放す事が出来ない。
  無言でお互いの顔を見つめあっていたその時だった。
  芳文の知らない、まどかの良く知る人物が芳文とまどかの別れの時をぶち壊した。

 「あれー? まどか今帰ってきたとこか?」
 「あ」
 「ママ!?」
  手を繋いだまま、お互いに見つめあっていた芳文とまどかは慌てて繋いでいた手を放す。
  そんな二人を見て、詢子はにやりと笑みを浮かべる。
 「……へえ。まだまだ子供だと思ってたけど、まどかもいつの間にか彼氏を作るようになったのか」
  母親の放った彼氏と言う言葉に、まどかは思わず赤くなる。
 「で、まどか。こっちの彼氏は?」
  詢子の問いに、芳文は姿勢を正して挨拶する。
 「は、はじめまして、お義母さん!!」
 「……は?」
 「え……?」
  芳文のその言葉に、詢子とまどかが固まる。
 (しまったぁっ!! ついテンパってとんでもない事を口走ってしまったぁ!!)
  頭の中で激しく動揺しながら、芳文は真面目な顔で詢子に自己紹介をする。
 「俺……いや、僕、まどかさんとお付き合いさせていただいてます社芳文と言います。若輩者ですが、どうか末永くよろしくお願いいたします!!」
 (馬鹿か俺は!! 末永くってなんだよ!!)
  テンパっておかしな物言いになった事を後悔しながら、深々とお辞儀する。
 「……あはははははっ!! そんなにかしこまらなくてもいいって!!」
  ケラケラと笑いながら詢子は言う。

 「あんた達、晩飯もう食ったかい?」
 「ううん、まだ。ついさっき芳文さんに送ってもらって来た所だから」
 「……ふーん。そんな風に呼んでるんだ」
 「あ……」
  母親のその言葉に真っ赤になるまどか。
 「積もる話もあるし、みんなで晩飯食うか。社君って言ったね。あんたも家でメシ食っていきな」
 「え……いや、それはご迷惑じゃ」
 「子供が遠慮なんかすんなっての。それに大事な娘が初めての彼氏を連れてきたんだ。色々聞きたい事もあるしさ」
  そう言って、詢子は玄関の扉を開く。
 「さあ、二人ともいつまでそんなとこに突っ立てんだ? 早く家の中に入りな」
  強引な詢子の言葉に、まどかと芳文はただ大人しく従うしかなかった……。


248 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:31:29.98 mc5fh68ko 160/573

          ☆

 『……』

 (き、気まずい……)

  まどかの隣に座る芳文の前には、食卓を挟んで詢子と智久が座っている。

 (――どうしてこうなった)

  テーブルの上には、芳文が何年もの間食べていない、色とりどりの家庭料理が並んでいる。
  タツヤはすでに部屋で寝かされており、今この場にいるのはまどかの両親とまどかと芳文の四人だけだ。
  まどかは無言で食事を取り、詢子はビールを飲みながら食事をする。
  智久はニコニコと笑顔で、ビールを詢子の空になったグラスに注いでいる。
  芳文は箸と茶碗を手にしたまま、この状況をどうするか必死に頭の中を振る回転させる。
 (どうする!? 巴さん達にやってたみたいに馬鹿のふりするか? 駄目だ、今後まどかと付き合っていく為にも、本当の自分を見せないと)
 (だがどうしたものか。 まどかのお父さんの笑顔が怖い。やっぱり俺のせいで内心はらわた煮えくり返っているんだろうな)
 (どうするどうするどうする!? どんな風に話を切り出すべきだろう)

 「社君」
 「は、はい!!」
  不意に智久に声をかけられ、芳文は反射的に返事を返す。
 「さっきから箸が進まないみたいだけど、口に合わなかったかな?」
 「いえ、そんなことありません!!」
  慌てて茶碗の中のご飯とおかずを口の中に詰め込むと、咀嚼して飲み込んでから食事の感想を言う。
 「とてもおいしいです!! お義父さん!!」
 「……お義父さん?」
 (しまったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)
  智久の疑問系の言葉に芳文は冷や汗をだらだらと流す。
  芳文の言葉に隣のまどかが思わずむせて、麦茶をごくごくと飲む。
 「あ、いや、そのまどかのおとうさん、という意味で……」
 「……まどか?」
  智久の眼鏡が一瞬光ったように芳文には見えた。
 「い、いえ、まどかちゃんのお父さん、です」
  慌てて言い直すと、隣のまどかが拗ねた顔でぼそっと呟いた。
 「……ちゃん付け禁止」
 (ど、どうしろっていうんだ……。畜生……今ほど自分のコミュ障が憎いと思った事はないぞ……。まどかの両親でなければ演技で乗り切れるのに……っ!!)
  芳文が激しく狼狽していると、詢子がグラスを手で弄びながら尋ねる。

 「それで、あんた達いつから付き合ってるんだい?」
 「き、今日で一週間になります」
 「どっちから告ったんだい?」
 「お、俺です、お義母さん」
  蛇に睨まれた蛙のような心境で、芳文は詢子の問いに答える。
 「まどかの担任の早乙女和子なんだけどさ、あたしの友達なんだわ。以前三年の担当クラスに問題児がいるって愚痴を聞いたんだけどさ、その問題児の社君ってあんたかい?」
 「す、すみません」
 「ふーん。別にそんな風に見えないね。和子から聞いてた社君ってのは、もっと明るい子だって言うけど」
  詢子の値踏みするかのような視線に気づき、芳文の頭の中が冷やされていく。
 「……今、ここにいるのが本当の俺です」
  気が付けば、極めて冷静に返答していた。

 「本当の自分?」
 「はい。私生活で色々ありまして、他人と触れ合うのが怖いんです。だから今まで他人に対しては、馬鹿で明るい自分を演じて接していました」
 「何の趣味もない、無口で無愛想なコミュニケーション障害の自分。自分自身をいらない人間だと思っていたくだらない人間。そんな自分を……この子が、まどかが救ってくれたんです」
  そう言って、隣に座るまどかの顔を愛しげに見ると、詢子と智久に向き直る。
 「……なんで、あたしや智久には素の自分を見せる気になったんだい?」
 「まどかの……俺の大切な人の両親ですから」
 「……なるほどね」
 「はい」
 「あんた、まどかが大切だって言ったね」
 「はい」
 「どれくらい大切なんだい?」
 「世界中の何よりも。俺の命よりもです」
 「随分大袈裟だね」
 「大袈裟じゃありません。この子にはいつまでも俺の隣で笑っていてほしいから。俺もこの子の隣に立っていたいから。だから、どうか交際を許してください」
 「いいよ。別に反対してないし」
 「え!?」
 「反対してたら、晩飯に招待なんてしないさ。ねえ、智久」
 「そうだね。正直に言って、まどかが彼氏を連れてくるなんて、考えた事もなかったから驚いたけどね」
 「あ、ありがとうございます!!」
 「でも、二人ともまだ中学生なんだから、ちゃんと節度ある清い交際をするようにね」
 「はい!! 勿論です!! 絶対に大切にします!!」


249 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:32:01.41 mc5fh68ko 161/573


 「……なんだか、まるで嫁にやるみたいな流れになってるような」
  詢子の呟きに、芳文とまどかの顔が真っ赤になる。
 「それはその……将来的には……」
 「~~っ!!」
  芳文のその言葉に、まどかが真っ赤になる。
 「なんだ。あんたもうそこまで考えてるのかい?」
 「……俺には、この子だけですから」
 「そっか。もしあたし達が交際を反対したらどうしてた?」
 「お二人に認めてもらえるように頑張ります」
 「あんたがどんなに頑張っても、それでも認めなかったら?」
 「まどかをさらって逃げます。でもそんな事にならないように努力し続けます」
 「……」
 「まどかには幸せでいてほしいから。だから」
 「……合格。まどかの事、よろしく頼むよ」
 「はい!!」

 「まどか、あんたいい男捕まえたじゃないか」
 「も、もうママったら、からかわないでよ」
 「良く見ると顔も美形だよね。将来いい男になりそうだ」
 「~~っ」
  詢子のその言葉に芳文は真っ赤になる。
 「よし、まどかに素敵な彼氏が出来たお祝いだ!! 今日は飲むぞーっ!!」
 「ほとほどにね」
 「大丈夫!! 明日は日曜日だ!!」
  夫に窘められても、そう言って笑い飛ばす詢子。
  芳文とまどかはそんな食卓でお互いの顔を見て笑いあうのだった。

          ☆

 「……それじゃ、そろそろ、帰り、ます」
  芳文はふらふらと千鳥足で席を立つ。
 「よ、芳文さん、大丈夫!?」
 「へ、いき、平気……」
  あれからビールを飲み干した詢子は、新しい酒を智久に出してもらい酔っぱらってしまった。
  まどかが連れてきた、初めての彼氏である芳文の事を気に入った詢子は、普段よりも多く飲酒してしまったのだ。
  普段なら絶対にしない、未成年への飲酒の勧めを芳文にしてしまった詢子。
  まどかと智久が止めたが、酔っ払いに何を言っても無駄だった。

 『あはははははは……。なかなかいい飲みっぷりじゃぁないか』
 『そ、そうですか』
 『で、まどかとどこまで行ったんだい? もうキスくらいしたのかい?』
 『ま、まだです』
 『あたしの娘に魅力がないってぇのかい?』
 『ち、違います!! 俺にとっては世界一の美少女ですから!!』
 『ほう。だったら、なんで手ぇださないんだ?』
 『だってまどかの事、大切にしたいし……。それに、やっぱりそういう事の初めては、最高の思い出にしてあげたいし、俺だって……』
 『あっははははははははははははっ!! 純情だねあんた!! まどかは本当にいい男捕まえたよ!! 流石あたしの娘だ!!』

  芳文もまた、まどかの母親相手だったので断りきれず、一杯だけと言って詢子に絡まれながら、ちびちびとグラス一杯の酒を飲んでしまった。
  結果、芳文はたった一杯の酒で酔っぱらってしまったのだった。

250 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:32:31.61 mc5fh68ko 162/573

 「社君、無理しないで休んでいった方が良いんじゃないかい?」
 「大、丈夫、です、から……。これい、じょうのごめい、わくは……ひっく……」
  智久の申し出をやんわりと断り、ふらふらと出て行こうとする。
 「まどか、おや、すみ……」
 「う、うん、おやすみなさい」
  まどかに別れの挨拶をして立ち去ろうとしてそして。
  バターン。
 「きゃああああああっ!? 芳文さんしっかりしてぇぇぇぇぇっ!!」
  前のめりに倒れた芳文を慌てて抱きかかえて、膝の上に頭を載せてやるまどか。
 「……うーん。……夢?」
 「芳文さん、大丈夫?」
 「……ああ、これは夢かぁ。まどかの膝枕ー。好きな子にしてもらう膝枕ー。嬉しいなぁー。ぐぅ……」
  そのまま寝息を立ててしまう芳文。
 「……まどか、社君を客室に運ぶよ。布団出してくるからちょっと待ってて」
  智久はそう言って客室に向かう。
  詢子はテーブルに突っ伏してよだれを垂らしながら寝ている。
 「……まどかー」
  芳文が寝言でまどかの名を呼ぶ。
 「……ここにいるよ」
  まどかはくすっと笑って寝ている芳文にそう答えるのだった。

          ☆

 「……どこだ、ここ?」
  翌日の朝、ぼーっとする頭のまま芳文が眠りから目覚める。
 「頭がぼーっとする……。夢見てんのかな……」
  ぼーっとしたまま、客室から出る。
 「あ……」
  パジャマ姿のまどかとタツヤと遭遇する。
 「……髪を下したまどかもかわいいな」
  芳文の言葉にまどかが真っ赤になる。
 「今度、現実のまどかに一度頼んで、髪下ろしたところ見せてもらおうかな」
  ぽりぽりと頭を掻きながら言う。
 「……しかし、なんでパジャマ姿なんだろう。夢の中なんだから、もっとこう、他の衣装でもいいだろうに。ウェディングドレスとか」
 「芳文さん?」
  夢だと思い込んでいる芳文にまどかが声をかけるが、ぼーっとしている芳文には届かなかった。

 「はっ!? まさか、俺変な趣味や性癖があるんだろうか!? 嫌だなあ……。まどかに知られて嫌われたら生きていけないぞ……」
  両手で頭を抱きかかえてしゃがみ込むと、タツヤと目があった。
 「……あれ? このちっこいのは?」
  家の中で知らない人間に会って、きょとんとしているタツヤを芳文はひょいと抱きかかえる。
 「……うーん。なんかまどかに似てるような。ああ、そういう事か」
  タツヤを抱き上げたまま、芳文は言う。
 「これは、まどかと結婚した世界の夢だな。つまりこの子はまどかと俺の子供な訳か」
 「け、結婚!? 子供!?」
  まどかが真っ赤になるが、芳文は気付かない。
 「俺の想像力も大したもんだなあ。現実のまどかと将来結婚したら、いつかこんな風にかわいい子供が生まれるんだろうなー」
 「~~っ!?」
 「はっはっは、かわいいなぁー」
  真っ赤になってるまどかを尻目に、芳文はタツヤに高い高いをしてやる。
  タツヤは無邪気にキャッキャッと喜んでる。


251 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:33:38.83 mc5fh68ko 163/573

 「……何してんのあんた達」
  寝ぼけ眼の詢子が声をかけてくる。
  芳文が顔を向けると、詢子の背後では智久が苦笑いしている。
 「……ああ。この夢ではまどかの両親と同居してるのか」
  タツヤを下してやると、詢子の足元に歩いていって抱きつく。
 「夢?」
  詢子が頭の上に?マークを浮かべる。そんな詢子を芳文はじっと見つめながら口を開いた。
 「……まどかの母さんって、美人だよな」
 「は!?」
  突然芳文が放ったその言葉に詢子が驚く。
 「まどかも将来こんな風に育つのかなー。でも見た目はともかく、性格は今のまんまがいいなー」
 「……あたしに似たらまずいって言うのかい?」
  ジト目で芳文を睨む。
 「だってお母さんみたいになったら、俺に甘えてくれなくなりそうだし」
 「……まどか、あんた甘えてんの?」
 「ちょっ!?」
  まどかが真っ赤になって慌てる。

 「大好きな女の子に甘えられるのって、嬉しいんですよー。……あれ? 俺って実はロリコンなんだろうか。小柄で甘えてくれる女の子が好きって……」
 「いやいや。違う違う。俺はまどかだから好きなんだ。もしまどかを好きなのがロリコンだと言うならロリコンでも構わない。あれ? でも俺はまどか一筋だから……まどコンが正しいのか?」
 『……』
  ぼーっとした頭で次々とおかしな事を言い出す芳文を、鹿目一家は無言で見つめる。
 「うむ。俺はまどコンだ!!」
  キリッと表情を引き締めて叫ぶ。
 「それにしても、昨晩会ったばっかなのに、もうまどかの両親が夢に出てくるとはな……」
  そう言って詢子と智久の顔を見回す。
 「うーん。まどかのお母さんみたいな、強烈な個性の持ち主は記憶に残りやすいのかな」
 「おい!!」
  詢子が憤慨する。
 「そんなお母さんの旦那さんだからかな。お父さんまで夢に出てくるなんて」

 「さっきから黙って聞いてれば!! あんた、本当にコミュ障なのか!?」
 「む。これはまさか、俺の中の心の闇か!!」
 「はぁ!?」
 「そうか……。まどかと交際出来るようになって、幸せにな気持ちになれるようになった俺に、囁くんだな。俺がちょっと苦手な相手に化けて!!」
 「……」
 「聞け!! 俺の中の闇!! 俺は確かにコミュ障だ!! けどな、心の中までコミュ障じゃない!!」
  ビシッと指を突き付けて芳文は叫ぶ。
 「確かに俺は他人に素の自分を見せるのが苦手だ。まどか以外の友人達に馬鹿な自分を演じて接していた事もある!! けどな!!」
 「まどかに出会って、受け入れてもらえて、俺は変わったんだ!! いつかきっと誰とでも普通に接することが出来るようになってみせる!!」
 「……」
 「……ふ。どうやら俺の中の闇は沈黙したようだ。しかしおかしいな。いつもは夢を見てても、それが夢だと自覚すれば目が覚めるんだが」

252 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:34:36.04 mc5fh68ko 164/573


 『……』
  鹿目一家は呆然と芳文を見ているが、芳文は気持ちを切り替えてぼやく。
 「おかしいな。頭の中がなんかふわふわするっていうか、なんか変な感じがするから、これは夢のはずなんだが……」
  そう言ってポリポリと頭を掻く。
 「はあ。しかし、こんな夢見るってどんだけ幸せに飢えてんだ俺は」
  まどかの側に歩いていき、まどかの手を取ると、そのままどすんと床に腰を下ろしてまどかを膝の上に載せる。
 「きゃっ!?」
 「……しっかし今日のはやけにリアルな夢だなあ。それにしてもだ。まどかと出会ってから、ほぼ毎日夢の中にまどかが出てくるし。俺はもう駄目かもしれん。どんだけまどかの事が好きなんだ、俺」
  芳文の膝の上で、まどかは芳文に振り返りながら尋ねる。
 「……それ本当?」
 「ああ。って言っても夢のまどかにしか言えんな。現実のまどかに言ったら引かれるかもしれん」
 「そんな事ないよ。それだけわたしの事想ってくれてるんだもん。嬉しいよ」
 「そっか。夢の中のまどかも優しいなあ。現実世界ではもっとがんばらないといけないな」
 「頑張るって?」
 「うん。とりあえず、まどかのお母さん達に、まどかの相手は俺しかいないって言ってもらえるようにがんばる」
 「どうして?」
 「そりゃ、将来みんなに祝福されながら、俺の隣でまどかにウェディングドレス着てもらいたいし」
 「……」
 「我ながらキモいな。まだ一五なのにな」
  芳文のその言葉に、まどかは頬を染めながら答える。
 「……ううん。嬉しい」
 「そっか」
 「うん」
 「……」
 「……」
  それっきり、二人とも黙ってしまう。
  そんな二人を詢子、智久、タツヤは無言で見つめ続ける。

 「あのさ」
 「何?」
 「これって、夢だよな?」
  三人の視線に耐えられなくなって、膝の上のまどかに尋ねる。
 「……えっと、現実、だよ」
 「でも、頭の中が変なんだ」
 「多分、二日酔いじゃないかな」
 「……あのちっちゃい子は? 昨日の夜いなかったよな」
 「だってタツヤ三才だし。あの時間ならいつも寝てるし」
 「……じゃあ、あの子誰の子?」

 「あたしと智久の子でまどかの弟だよ」
 「……随分年の離れたご兄弟ですね」
 「そうだな」
  まどかを膝の上から下ろすと、芳文はその場で土下座した。
 「……申し訳ありませんでしたっ!!」


253 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:35:58.64 mc5fh68ko 165/573

          ☆

  ――結局、詢子が無理に酒を飲ませたせいだからという事で、その場は収まった。
  芳文は二日酔いが収まるまで、鹿目家でそのまま休ませてもらう事になったのだった。
  昼には体調も戻り、それから芳文はまどかと一緒にタツヤと遊んでやったり、まどかの勉強を見てやったりして日曜日の午後を過ごした。
  朝、昼、夜の三食までごちそうになり、芳文が家に帰る時には、鹿目一家が見送ってくれた。
 「お邪魔しました」
 「いやいや。タツヤと遊んでくれたり、まどかの勉強も見てくれてありがとう」
 「また遊びにおいで」
 「はい。ありがとうございます」
 「また明日、学校で」
 「ああ。また明日」
  家族と一緒に笑顔で手を振るまどかに軽く手を上げて微笑み返し芳文は帰っていった。

  ――その日の夜。

  まどかはベッドの上で、芳文と一緒に撮ったプリクラを見ながら、嬉しそうに微笑む。
 「ご機嫌だね。まどか」
  枕元のぬいぐるみに紛れているキュゥべえに、そう声をかけられてまどかは笑顔で返す。
 「うん。わたしね、今すごく幸せなの」
 「そう」
 「うん。ママもパパも芳文さんの事気に入ってくれたみたいだし、タツヤもお兄ちゃんが出来たって喜んでたし」
 「だから、わたし今すごく幸せ」

 「そう。よかったね、まどか」
 「うん。ありがとうキュゥべえ」
 「どうして、僕にお礼を言うんだい?」
  キュゥべえは不思議そうに首を傾げて尋ねる。
 「だって、キュゥべえが来てくれなかったら、今のわたしはないんだもん。魔法少女になって、さやかちゃんの力になれて、マミさんや杏子ちゃんとも仲良くなれて、街も守れて、芳文さんとも恋人同士になれた」
 「全部、あなたのおかげだよ。だから、ありがとう」
 「……」
  まどかの感謝の言葉に、キュゥべえは何も答えない。

 「ずっと、こんな日々か続いたらいいな……」

  まどかはそう言って、部屋の電気を消したのだった。

                                                                                             つづく



254 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/15 04:38:21.75 mc5fh68ko 166/573

 杏子「とりあえずここまでだ」
 杏子「あと一話くらい日曜日中に仕上げたいそうだ」
 杏子「無理ならすまんとの事だ」
 杏子「ちなみにほむらさん(34)への質問も受け付けるぞ」
 杏子「ただしあのおばさんは答えられることしか答えてくれないからな」
 杏子「じゃーな」

260 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/18 01:27:49.34 10WK/ecao 167/573

 杏子「更新開始するよ」



261 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/18 01:28:38.13 10WK/ecao 168/573

  第15話 「これはきっと、かけがえのない日々、だから」

 「……どう、かな?」
  学校の屋上で、まどかが隣に座る芳文におずおずと上目遣いに尋ねる。
 「美味しいよ。こんなに美味しい弁当食べたの初めてだ」
  弁当箱と箸を持ったまま、芳文はまどかに微笑みながら素直な気持ちをそのまま答えた。
 「芳文さん、誉め過ぎだよ……」
  まどかは恥ずかしそうにそう呟くが、とても嬉しそうな顔をする。

 「まどかが作ってくれた弁当を食べられる日が来るなんて、初めて会った時には思いもしなかったよ」
  まどかの手作り弁当を美味しそうに食べながら、芳文は感慨深げに呟く。
 「……わたしも、こんな風に好きな人の為に、お弁当を作る日が来るなんて思いもしなかったよ」
  まどかも頬を染めながら、そう呟く。
  芳文は顔を赤くしながら、弁当を全部平らげると、弁当箱のふたを閉じてまどかの顔を見つめて言う。

 「御馳走様。すごく美味しかったよ」
 「えへへ……。お粗末さまでした」
  空の弁当箱を受け取って、まどかは嬉しそうにそう答える。
 「ありがとうな、まどか」
 「どういたしまして。また明日も作ってくるね」
 「ああ。弁当の事もだけどさ……その、俺の事、好きになってくれて……ありがとう」
  真っ赤になりながら芳文はまどかの顔を見て素直な気持ちを伝える。
 「……こっちこそ、だよ。わたしの事、好きになってくれて、いつも優しくしてくれて、ありがとう」
  まどかもまた、頬を染めながら芳文の言葉に応える。

 「……俺は幸せ者だよ。初めて好きになった女の子と両思いになれて」
 「……わたしもすごく幸せ。それにね、わたしも芳文さんが初恋の人だよ」
 「そうなのか?」
 「うん。恋愛とかに憧れる事はあったけど……。男の人を好きになったのは芳文さんが初めてなんだ……」
 「……やばい。すごく嬉しくて、今すぐまどかの事抱きしめたい」
 「……うん。わたしもギュってしてほしいな」
  まどかの甘えた言葉に、芳文は優しく抱き寄せて応える。

 「えへへ……」
 「まどか、暑くないか?」
 「ううん。芳文さんにギュってしてもらってるんだもん。芳文さんは暑い?」
 「全然。こうしてまどかの体温を感じてるの、すごく好きだから」
 「えへへ……。初恋は実らないってよく言うけど、わたし実っちゃったからすごく幸せ」
 「その意見には俺も同意するよ。初恋が実らないって言うのは嘘だな」
 「うんっ」
 「……もうすぐ夏休みだし、またどこか二人で遊びに行こうか」
 「うんっ。いっぱい思い出作ろうね」

  そう言って幸せそうに笑いあう二人。
  昼休みの終了を告げる予鈴がなるまで、二人は一緒にいるのだった。

262 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/18 01:29:43.91 10WK/ecao 169/573

          ☆

  一方その頃。

 「……苦しいよ」
 「おいキュゥべえ、大丈夫かよ?」
  街を一人ぶらつく杏子の肩の上で、キュゥべえが気持ち悪そうにぼやく。
 「……まどかにも困った物だよ。今朝の五時から、社芳文の為の弁当を作るのは別にいいんだ」
  キュゥべえはげぷっと息を吐きながら、ぼやきを続ける。
 「上手く出来るまで、僕に味見をさせるのはやめてほしいよ。食べ過ぎて今も気持ち悪いよ……」
 「おいおい、あたしの肩の上で吐かないでくれよ。味見が嫌なら上手く断ればいいじゃないか」
 「……出来たら最初から断ってるよ。あんな表情で味見を頼まれたら断りづらいよ」
 「あー。なんとなく、まどかがどんな顔で頼んでくるか想像出来た」

 「訳が分からないよ……。たかが弁当ひとつで、どうしてあそこまで必死になるんだろう」
 「まあ好きな相手に、少しでも美味い物を食べさせたいっていう、乙女心じゃないの。あたしにはよくわからないけどさ」
  肩の上のキュゥべえと会話をしながら、杏子は路地裏などを覗き込む。
 「人間の考える事は良くわからないよ……。僕にデートに行く時の服を相談したり、社芳文との事を相談されても正直困る」
 「そうかい。そんなに辛いなら、マミの所かさやかの所にでも来ればいいじゃないか」
 「マミの所だと、君が僕の食事を取るじゃないか。先日も最後に残しておいた唐揚げを君に取られた」
 「残すくらいならって思っただけさ。別に取り上げたわけじゃないぞ」
 「それに君とマミの寝相は悪すぎる。何度君達に潰されて死にそうになった事か」
 「……だったらさやかの所に行けばいいだろ」
  キュゥべえの抗議にそっぽを向きながら答える。

 「さやかの住んでるマンションは、ペット禁止だからと言われたよ。僕はペットなんかじゃないのに。この前、さやかの母親が猫か何か拾ってきたのかと言って、さやかの部屋に入ってきたせいで夕食がなしになった」
 「……あんたも結構苦労してるんだな」
 「魔法少女が五人もいる以上、この街を離れるわけにもいかないしね。結局まどかの所にいるしかないんだ」
  そう言ってキュゥべえは目を伏せる。
 「……あんた、少し変わったか?」
 「僕は何も変わっていないよ」
  杏子の疑問にいつもの無表情で答える。
 「そうかい。さてと……もう少し魔女探ししておくか」
 「君も昼間から精が出るね」
 「昼間に探しておけば、夜遅くまで見回りしなくて済むしな。昼間自由に動けるあたしが、あいつらの分も見回りしとかないとな」
 「杏子、君も変わったね。以前の君なら、絶対に他人の為に何かしようとはしなかったのに」
 「……かもな」

 「これはきっと、かけがえのない日々、だから」

  杏子はそう答え路地裏を進んでいくのだった。


263 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/18 01:30:27.34 10WK/ecao 170/573

          ☆

  新たな魔女も使い魔も現れなくなってから、まどか達は平和な時を満喫していた。
  夏休みに入り、まどか達は昼間も良く全員で集まっては色んな事をした。
  さやかと杏子が芳文を相手にして、河川敷で木の棒を使った戦闘訓練をしたり、女の子だけでマミの家に集まってパジャマパーティをしたりもした。
  全員で日帰りで海に行ったり、プールにも行ったりした。
  マミも杏子も、久しぶりの普通の女の子としての日々を、嬉しそうに過ごしていた。
  さやかも日中は恭介の見舞いに行き、それから杏子達と過ごす日々を満喫していた。
  まどかと芳文は二人で水族館やプラネタリウム、動物園といった定番のデートコースでデートをしたり、まどかの家で夏休みの宿題を一緒にしたりした。
  ワルプルギスの夜を倒すまでは、誰もが考える事さえしなかった穏やかで優しい日々か過ぎていく。

  一応、まどか達は夜のパトロールも欠かさずに行ってはいたが、相変わらず使い魔一匹さえ現れなかった。
  芳文がまどかを家まで送っていくのも、既に日課になっていた。
  まどかの両親も、まどかの帰りが多少遅くなっても、もう何も言わなかった。
  芳文との交際でまどかが成績を落とす事もなく、むしろ芳文が勉強を見てやった事で、中間テストも期末テストも以前よりはるかに良い点数を叩き出し、成績も良くなっていた。
  詢子も智久もまどか一筋の芳文の事を信頼し、気に入っていた事もあり、時間が合えば夕食に誘う事も多くなった。
  タツヤもまた、芳文の事を「にーちゃ」と呼び、兄のように慕うようになっていた。
  詢子と智久が昔の同級生の結婚式に出かけた日に、まどかと芳文が二人でタツヤの面倒を見る事になった日もあった。
  まどかと芳文の手を小さな両手で握って、まどか達と笑いながら歩くタツヤを見て、さやか達がまるで夫婦みたいとからかったり。
  誰もが皆、幸せで充実した夏休みを過ごしていた。

  そして、見滝原市の夏の風物詩である花火大会の開催される日がやってきた。

          ☆

 「芳文さん」
  待ち合わせ場所に先に来ていた芳文に、浴衣姿のまどかが声をかける。
 「まどか。その浴衣、良く似合ってるよ」
 「ほんと?」
 「ああ。すごくかわいい」
 「えへへ。ありがとう」
  どちらからともなく、手を握りまどかと芳文は花火大会の会場に向かう。
 「みんなは?」
 「河川敷の方にキュゥべえと一緒に来てるって」

 「そうか。まどか達はテレパーシが使えて便利だな」
 「うん。内緒話とかするのには便利だよ」
 「そっか。俺もまどかとテレパシーが使えたらなあ……。いや、やっぱいいや」
 「どうして?」
 「やっぱり、大切な事とかは口に出して言葉で伝えたいし」
 「……うん」
  そんな事を話しながら、まどか達は歩く。
 「まどかー!! せんぱーい!! こっちこっちー!!」
  まどか達に気付いたさやかが、手を振りながら二人を呼ぶ。
  まどかと芳文は顔を見合わせて微笑みながら、さやか達と合流して、夜空を照らす色とりどりの花火を観賞するのだった。

  花火大会の帰り道、さやか達と別れた二人は夜の公園を手を繋ぎながら歩く。

 「花火、きれいだったね」
 「ああ」
 「また来年も、みんなで一緒に見られたらいいな……」
 「……ああ。そうだな」
  芳文はまどかの言葉に優しい顔で応える。
 「来年も、その次も、ずっと。まどかと一緒に。もちろん、みんなとも」
 「……うんっ」
  まどかは笑顔で芳文に頷く。
  二人は幸せを噛み締めながら夜の公園を歩く。

264 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/18 01:32:00.05 10WK/ecao 171/573


  月が雲に隠れて、月明かりが消える。
 「きゃっ!?」
  まどかが不意に体勢を崩すのを咄嗟に芳文は抱きとめる。
 「おっと。大丈夫?」
 「う、うん。ありがとう」
 「暗いから、気を付けないと」
 「うん。ごめんなさい」
  芳文の腕の中でまどかは俯いて謝る。
 「謝らなくてもいいよ。俺がまどかを支えるから。これからもずっと」
 「……ずっと?」
  芳文の言葉に、芳文の顔を見上げながら尋ねる。

 「ああ。俺がまどかの事を好きで、まどかが俺の事を好きでいてくれる限り、ずっと」
 「……それじゃ、一生、だね」
 「……一生、か。そんな事言われたら、もう俺はまどかから離れられないな」
 「わたしは芳文さんに、ずっと一緒にいてほしいな。これってわがままかな?」
 「いや。俺も同じ気持ちだから。俺もまどかとずっと一緒にいたい」
 「嬉しい……」
  まどかが芳文の体に両腕を回して、優しく抱きしめる。
  芳文もまた、まどかの小さな体を奴市区抱きしめる。
  お互いの胸の鼓動を感じながら、二人はお互いの体温を感じ続ける。

  雲が流れていき、月明かりが二人を照らす。
  まどかが芳文の体に回していた両腕を放し、芳文から少し離れる。
  そして芳文の顔を見上げて、そっと目を閉じる。
  芳文はこの世界で、一番大切な少女の両肩に両手を載せ、膝を少し曲げてそして――。

  ――月明かりに照らし出される二人の影が、一つに重なったのだった。

          ☆

  人通りも少ない夏休みの早朝の街。
 「社君、そのカメラどうしたの?」
  マミさんが芳文さんの持っている古いカメラについて尋ねる。
 「ああ。俺って趣味がなかったしさ。何か趣味を見つけてみようかなって思って」
  そう言って、マミさんにレンズを向ける芳文さん。
 「ちょっと、私じゃなくて鹿目さんを撮ってあげたら?」
 「もう撮ったよ。まどかがみんなも撮ってあげてって言ったから」
 「そうなの?」
 「はい。わたしはもういっぱい撮ってもらいましたから」
 「だったら、みんなで撮るのはどうかしら?」
 「それ、いいですね」
  マミさんの提案にわたしは笑顔で答える。
 「おーい、まどかー、マミさーん、せんぱーい!!」
  手を振るさやかちゃんと、その後についてきてる杏子ちゃんが、こちらに向かって歩いてくる。

 「おまたせー」
 「待たせたね」
 「杏子ちゃん、昨日はさやかちゃんの所に泊まったんだよね」
 「ああ、そうだよ」
 「いいなー。わたしもお泊りしたい」
 「まどかはあたしん家じゃなくて、先輩の家に泊まりたいんじゃないの?」
 「さ、さやかちゃんったらもうっ!!」
  さやかちゃんにからかわれて、顔が真っ赤になるのが自分でわかる。
  ちらっと視線を向けると、芳文さんも真っ赤になってる。
 「おいおい、あんまからかってやるなよ。社はともかく」
 「あはは、ごめんごめん」
  杏子ちゃんに窘められて、さやかちゃんが笑顔で謝ってくれる。
  うん。絶対本気で謝ってないよね。
  芳文さんを見ると、杏子ちゃんの言葉に傷ついたのか、下を向いて落ち込んでいた。

 「芳文さん、みんな揃ったから写真撮って」
  落ち込んでいる芳文さんにお願いすると、気持ちが切り替わったのかこくんと頷いてカメラを向けてくれる。
 「あっ。ちょっと待って」
  見覚えのある後姿を見つけて、わたしは芳文さんにそう言い残して去っていく人影を追う。
 「ほむらちゃん!!」
  わたしが呼び止めると、彼女がくるりと振り返る。
 「おはよう、しばらくぶりだね」
 「……おはよう」
 「わあ、かわいい猫ちゃん。ほむらちゃんが飼ってるの?」
  返事をしてくれた彼女にの腕の中には黒い猫が抱かれていた。
 「別に飼っているわけではないけれど」
 「そうなの? かわいいー。名前、なんて言うの?」
 「……エイミーよ」
 「エイミー。いい名前だね。はじめまして、エイミー。わたし、まどかだよ」
  そう言いながら、わたしはエイミーの前足を持って話しかける。


265 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/18 01:33:31.13 10WK/ecao 172/573


 「あれ? この子なんだか元気がないね」
 「ケガをしているのよ」
 「あ……それじゃこれからお医者さんにされて行く所だったの?」
 「そうよ」
 「ちょっと見せて」
  わたしはエイミーの後ろ足が、変な曲がり方をしているのに気付いて尋ねる。
 「このケガ、どうしたの?」
 「わからないわ。誰かにやられたのか、それとも事故に遭ったのか」
 「かわいそう……。今、治してあげるからね」
  わたしは癒しの魔法をエイミーにかけてあげた。
  エイミーのケガがすぐに治って、エイミーが元気になる。

 「鹿目まどか。あまり無駄に魔力を使うのはやめなさい」
 「無駄なんかじゃないよ。だってこの子を治してあげられたもん」
 「……あなたは優しすぎる」
  ほむらちゃんはそう言って、背を向けると立ち去ろうとする。
 「ほむらちやん、エイミーは?」
 「別に飼ってるわけじゃないわ」
 「飼ってないのに、名前を付けて病院に連れて行ってあげるの?」
 「……」
 「やっぱりねほむらちゃんは優しいんだね」
 「わたしは優しくなんてない」
 「ううん。優しいよ。この前もわたしの事、助けてくれたもん。あの時はありがとう」
 「別に気にしなくていいわ」
  ほむらちゃんはそう答えて歩き出す。

 「待って」
  わたしはエイミーを抱いたまま、ほむらちゃんの手を掴んで引き止める。
 「……何?」
 「あのね、これから芳文さんがみんなで集まった写真を撮ってくれるの」
 「……」
 「だから、ほむらちゃんも一緒に」
 「馴れ合いは好きじゃない」
  そう言って、わたしの手を振りほどこうとするほむらちやん。
 「待って。わたしがほむらちゃんも一緒に写ってる写真が欲しいの。ほむらちゃんはわたしの恩人だから」
 「……」
 「一枚だけでいいから。手間は取らせないから。だから……」
 「……一枚だけよ」
 「ありがとう!!」
 「……お礼なんていいわ。早く済ませて」
 「うん!! こっちだよ!!」
  わたしはほむらちゃんの手を引っ張って、みんなの所に駈け出した。

 「へー。この猫かわいい」
  さやかちゃんがエイミーを抱っこして肉球をぷにぷにしてる。
  マミさんはその様子をニコニコと笑顔で見てる。
  杏子ちゃんはポッキーを食べてて、ほむらちゃんは芳文さんの持ってるカメラをじっと見ていた。
 「……随分古いカメラね」
 「ああ、親父の形見のカメラだから」
 「……そう」
  ほむらちゃんと芳文さんのやりとりを見ながら、わたしは足元でみんなの様子を見ているキュゥべえを抱き上げる。
 「なんだい? まどか」
 「せっかくみんな集まったんだから、キュゥべえも一緒に、ね」

266 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/18 01:35:09.58 10WK/ecao 173/573

 「こうして魔法少女が五人集まったんだから、どうせならふさわしい場所で撮ろう」
  そう言って、芳文さんが電波塔の先を指差す。
 「上が丸いから、全員座れそうだね」
  わたしがそう言うと、芳文さんは笑って頷いた。
 「ねえ、じゃあみんな変身して、あそこで撮ってもらおうよ」
  わたしがそう言うと、マミさんとさやかちゃんは笑顔で頷いてくれた。
 「まあいいけどさ」
 「……」
  杏子ちゃんとほむらちゃんはあんまり乗り気じゃないみたい。

 「ほーら、杏子、転校生。早く!!」
  さやかちゃんが二人の背中を押すと、二人はしぶしぶ魔法少女の姿に変身して、電波塔の上に飛び乗ってくれる。
 「鹿目さん、美樹さん、行きましょ」
  マミさんに頷いて、わたしはキュゥべえを。
  さやかちゃんは、エイミーを抱いて電波塔へ向かって跳んだ。
 「それじゃ、撮るよ。みんな、はい、チーズ」
  電波塔の向かいにあるビルの屋上に、飛び乗った芳文さんが私達の集合写真を撮ってくれた。

  数日後、現像されてきた写真を見てわたしは思わず笑顔になった。
  電波塔の上にキュゥべえを抱いて座っているわたしの右隣にエイミーを抱きあげて笑うさやかちゃんが、わたしの左隣で笑うマミさんが、さやかちゃんの後ろで座ってこちらを流し見してる杏子ちゃん。
  そして、マミさんの後ろでそっぽを向いて立ってるほむらちゃん。
  わたし達魔法少女五人が全員揃って撮った最初で最後の一枚の写真。
  みんなにも一枚ずつ配られ、この一枚がみんなとの共通の思い出として手元に残るんだって思ったらうれしくって。
  これはきっと、かけがえのない日々、だから。
  だから、わたしは笑った。

  ――この時のわたしは、ずっとこんな日々が続くと信じて疑わなかった。
  何も知らずにただ、幸せな日々を過ごす。
  本当に幸せだった。
  この時は。

          ☆

 「本当にやるつもりかい?」

  暗闇の中、ビルの屋上に立つ大小二つの影。

 「今更、あなたに止める権利なんてないわ。インキュベーター」
 「あの街の魔法少女達は強いよ。あのワルプルギスの夜を退けてしまったんだからね」
 「だから、よ」
  白の魔法少女は酷薄な笑みを浮かべて、目の前の契約の獣に言う。
 「私の望みを果たす為、連中のソウルジェムを手に入れてみせる」


                                                                                             つづく



267 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/18 01:37:54.75 10WK/ecao 174/573

 杏子「つづく」
 杏子「日常編はいつまでも続けられそうだが、話の都合上はしょらせてもらうそうだ」
 杏子「集合写真はアニメ10話と11話のOPラストカットのアレだってさ」
 杏子「じゃーな」

273 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/20 10:39:16.93 ZUosx8+9o 175/573

 杏子「第16話更新するよ」
 杏子「カウント・ザ・グリーフシード!! 現在、まどか達が持ってるグリーフシードは!!」

 まどか×4 マミ×4 杏子×4 さやか×3(杏子に2個もらった) ほむら×0



274 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/20 10:39:43.23 ZUosx8+9o 176/573

  楽しかった夏休みも終わり、季節は秋へと移り変わる。
  今朝もまた、まどかはさやかと仁美と合流して、一緒に登校する途中で芳文とも合流する。
  さやかに芳文との事をからかわれ、仁美は赤くなるまどかと芳文を見ながら、くすくすと微笑ましそうに笑う。
  そんないつもの登校風景。

 「おはよう、鹿目さん、美樹さん、志筑さん、社君」
  校門前でマミに出会うとマミは四人に朝の挨拶をする。まどか達もマミへそれぞれ朝の挨拶をする。
 「おはようございます」
 「おはよーございます、まみさん」
 「おはようございます、巴先輩」
 「おはよう、巴さん」
  挨拶を返した四人に、にっこりと微笑むマミの背後に隠れるひとつの影。
 「あれ? マミさんの後ろにいるのって……」
  さやかがマミの横に回り込むと、そこにはさやかの良く知る人物が頬を染めながら、そっぽを向いて立っていた。
 「杏子……? どうしてうちの制服着てるの?」
  さやかの疑問の声に、杏子は赤くなったまま呟いた。
 「……あんまり、じろじろ見んな」

  第16話 「いつか、この幸せが壊れちゃうんじゃないかって」

275 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/20 10:40:30.38 ZUosx8+9o 177/573


 「それにしても、杏子ちゃんが転入してくるとは驚いたな」
  昼休みに屋上でまどかと合流し、いつもの場所に腰を下ろすと、芳文は開口一番に今朝の事を口にする。
 「わたしもびっくりしたよ。しかもわたしとさやかちゃんと同じクラスだよ。春にほむらちゃんが転校してきたばっかりなのに、二人目の転校生の杏子ちゃんも同じクラスになるなんて、びっくり」
 「巴さんも人が悪いよな。夏休みに杏子ちゃんの親戚が見つかって、後見人になってくれたのをずっと黙ってたんだから」
 「もっと早く教えてくれても良かったのにね」

  ――杏子の父親の兄が、マミと一緒に隣街に出かけていた杏子を見つけたのは、まるで奇跡の様な物だった。

  杏子の父が破門された後も、杏子の伯父は何かと弟一家の事を気にかけてはいのだが、伯父もあまり裕福ではなく弟一家を助けられなかった事を後悔していた。
  そして弟一家の心中事件が起きた後、死体の見つからなかった杏子の事を、きっと生きているはずと長い間探していたのだ。
  杏子自身も家族を失い、人間不信に陥っていた為に数少ない他の親戚に頼ろうとは考えもしなかった。
  だが、どんな数奇な運命だろうか。
  杏子は伯父にその存在を見つけられた。
  杏子の叔父は、弟を助けられなかった事を杏子に詫びて、杏子を引き取りたいと申し出た。
  だが杏子は伯父の申し出を断った。
  今までの自分の生き方と、今の自分の生き方。杏子には首を縦に振る事が出来なかった。
  しかし、今回の杏子と伯父の再会の一部始終に関わってしまったマミの強い説得に折れ、伯父には杏子の後見人として、今後の杏子の進学と生活費の援助をしてもらうという事で決着がついたのだった。
  伯父の尽力により、戸籍や住民票も再取得した杏子はマミのルームメイトとして、一緒に寝起きを共にしながら今日から見滝原中学に通う事になったのだった。

 「なんていうか、まるで小説か何かみたいな話だよな」
 「そうだね。杏子ちゃん、まるで小公女みたい」
 「それって確か、親父が死んでひとりぼっちになった女の子が、親父の親友に引き取られてハッピーエンドって話だっけ」
 「そうだよ。でも、本当に良かった。やっぱりこのほうが杏子ちゃんの将来の為にもなるし」
 「そうだな。戸籍とか復学とかは俺達にはどうしてあげる事も出来なかったし。クラスがまどか達と一緒なのも、きっと学校側が配慮してくれたんだろうな。それで杏子ちゃんの様子はどう?」
 「杏子ちゃんってさばさばしてるから、女の子達に人気あるよ。それに体育の時間とか大活躍だったからね。今じゃクラスのみんなの人気者だよ」
 「それは良かった。でもさ、今日くらいみんなと一緒に昼飯食べても良かったんじゃないのか?」
 「それだと、芳文さんのお昼ご飯がないよ。それとも芳文さんわたし達のクラスでみんなと一緒にご飯食べてくれた?」
 「……ごめん、無理。ただでさえまどかと付き合ってるの、クラスの男連中に妬まれてるのに」
 「妬まれてるの?」
 「そりゃ俺らの年で恋人がいる奴なんてそうそういないしな」
  恋人という言葉に真っ赤になりながら、まどかは巾着袋から弁当箱を取り出す。
 「……そうだね。はい、お弁当」
 「ありがとう」

  まどかの手作り弁当を食べながら、もう一度学校に通えるようになった杏子の事を含めて色んな事を話す二人。

 「……そういや、そろそろ進路決めないといけない時期なんだよな」
 「芳文さんはどこの高校に行くの?」
 「字習館高校かな」
 「えっ!? ……わたし、入れるかなぁ」
  見滝原周辺でトップクラスの学校の名を出されて、まどかが狼狽える。
  そんなまどかに笑いかけながら、頭を撫でてやると芳文はフォローを入れる。
 「まだ一年半あるし大丈夫さ。それに俺もまだ受かったわけじゃないよ」
 「芳文さん頭いいもん。きっと受かるよ」
 「ありがとう。ちゃんと受かるようにがんばらないとな」
 「マミさんはどこの学校に行くのかなぁ」
 「さあ。本人に聞いてみたら?」
  芳文の言葉にまどかは足元に視線を向けながら、口を開く。

 「あのね……これはわたしの個人的なわがままなんだけど、高校もみんなと一緒だったら嬉しいなって思うの」
 「ああ。それは楽しそうだ」
 「……でもね、本当はわたし芳文さんと同い年だったらよかったなって思うの」
 「どうして?」
 「だって、わたしのほうがひとつ年下だから。一緒に学校に通える時間も、通えない時間もあるんだもん」
 「……そっか。でも俺の方が年上であるメリットもあるよ」
 「……何?」
 「まどかと同い年じゃないから、一年早く結婚出来る年齢になれる」
 「……えへへ」
  芳文のその言葉に、まどかは頬を染め嬉しそうな表情で、芳文の肩に頭をもたれさせる。
 「まどかは甘えん坊だな」
 「芳文さんにだけだよ」
 「……ああ」

  穏やかな時間が流れる。

 「……そういや、最近は屋上に誰も来ないな。この学校は生徒数結構多いはずなのに」
 「言われてみればそうだね。なんでかな」

  校内一有名なカップルである芳文とまどかの作り出す、二人だけの世界に耐えられなくて、他の生徒達が来なくなったのに、まどかも芳文も気づく事はなかったのだった。


276 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/20 10:41:24.75 ZUosx8+9o 178/573

          ☆

  ――その日の夜。
  杏子の中学校デビューをみんなでお祝いして、まどかを家まで送り届けた芳文は、早く仕事から帰ってきた詢子と智久に夕食に誘われた。
  五人での夕食の席で、詢子がビールの注がれたグラスを片手に芳文に切り出す。

 「そういや、芳文君は進路どうするんだい?」
 「字習館高校を受けようかと」
 「へぇ。勝算はあるのかい?」
 「一応は」
 「そっか。字習館行くって事は、何か就きたい仕事でもあるのかい?」
 「そこまではまだ。でも学歴が高い方が将来有利ですし。……それに将来、お金の事で苦労させたくないですし」
 「あんたも結構色々考えてるんだね」
 「それは、まあ」
 「で? やっぱり子供は何人とか、もうそういうのも考えてたりするのかい?」
  いたずらっぽくにやにやしながら、詢子は芳文に問いかける。
 「ちょっ!? ママ!!」
  詢子のその言葉にまどかは真っ赤になって非難の声を上げる。
 「野球が出来るくらいですかね」
  芳文がさらりと答える。

 「……随分さらっと答えるね」
 「お母さんにからかわれるのも慣れましたから」
 「言うじゃないか」
  そう言って詢子はけらけらと笑う。
  釣られてタツヤもキャッキャッと笑う。
  妻と息子の笑う姿を見て、智久もまた笑みを浮かべる。
 「……わたし、そんなに沢山産めるかなぁ」
  ぼそっとまどかが呟くと、隣に座る芳文の顔が真っ赤になる。
  まどかの呟きをしっかりと聞き取って、詢子はまどかに笑いながら言う。
 「なんだぁ? まどか、芳文君の子供産む気満々じゃんか」
 『~~っ!!』
  詢子のその言葉に、まどかも芳文も真っ赤になって俯いてしまうのだった。

  ――その後。
  芳文が帰ってから、まどかは自分の部屋に戻り、キュゥべえにこっそり持ち込んだ晩御飯を食べさせてあげる。

 「ねえ、キュゥべえ」
 「なんだい、まどか」
  まどかが持ってきた晩御飯を食べながら、キュゥべえはテレパシーで返事を返す。
 「もう魔女も使い魔も出ないみたいだし、平和になったって思っていいのかな」
 「……とりあえずはね。この街の魔女は全滅したと思ってもいい」
  そう答えて、口の中の物を飲み込むと、キュゥべえはまどかに向き直って言う。
 「ただ、それはこの街の事だけだ。この国は狭いからね。いつ他の街から新しい魔女や使い魔が流れてくるかわからない。油断はしないようにね」
 「……やっぱり、そうなんだね」
 「こればっかりは仕方ないよ。人間がいる限り、絶望や呪いはなくならない」
 「……そう。……みんなが幸せになる事って出来ないのかな」
  キュゥべえの言葉に、まどかは俯いてそう尋ねる。
 「みんながみんな幸せになる事なんて出来ないさ。けど君達魔法少女は、希望を振り撒く存在なんだから、君達ががんばれば少しは幸せになれる人間も増えるかもね」
  いつものポーカーフェイスでそう言うキュゥべえなまどかはにっこりと微笑んで答える。
 「……そうだね。わたしがんばるよ。ありがとうね、キュゥべえ」
 「……」
  まどかにそう言われ、キュゥべえは無言で食事を再開する。

 「……まどか」
  まどかに背を向けて食事をしながら、キュゥべえはまどかに問いかける。
 「君は今、いくつグリーフシードを持ってる?」
 「まったく使ってないのが四個だよ。マミさんも四個持ってる」
 「……社芳文のおかげかな。それだけのグリーフシードを手に入れられたのは」
 「うん。あの人がいてくれなかったら、キュゥべえとも今、こうしてお話していられなかったと思う」
 「……」
 「だから、わたしね。あの人に出会えた事も魔法少女になれた事も嬉しいんだ」
 「これって、わたしの運命なのかな?」
  そう言って笑うまどかに背を向けたまま、キュゥべえは言う。
 「……まどか。君のソウルジェムは他の子達よりも大きい。その分穢れが溜まりすぎると、浄化には多くのグリーフシードが必要になる」
 「……うん」
  ワルプルギスの夜との戦いで、ソウルジェムに限界近くまで穢れが溜まった時、完全に浄化するのにグリーフシードが三個も必要だったのを思い出してまどかは頷く。
 「次にいつ魔女が現れるかわからない。日常生活では極力魔力を使わないように。もし魔女が現れても、今までどうり社芳文に前線で戦ってもらうようにね」
 「……うん。ありがとうキュゥべえ」
 「……」
  まどかの礼に対し、キュゥべえは無言で食事を続けるのだった。


277 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/20 10:42:07.69 ZUosx8+9o 179/573

          ☆

  今日もまた、昼休みにいつもの場所で、まどかが弁当を芳文に手渡す。

 「はい、芳文さん」
 「ありがとう」
 「あ、お箸。ちょっと待ってね」
  巾着袋の中を捌くるが、箸が一膳しか出てこない。
 「あれ? お箸が足りない……。おかしいなぁ、ちゃんと二膳入れたはずなのに……」
 「ああ、いいよ。箸はまどかが使って。幸い今日の弁当はおにぎりとおかずだし。俺が手づかみで食べるから」
  芳文の提案をまどかはぴしゃりと却下する。
 「駄目だよ。お行儀が悪いよ」
 「おにぎりを手で持つんだから、おかずも手づかみでいいじゃないか」
 「それでも駄目」
 「それじゃ、どうすればいい?」
 「……」
  まどかは少し考える仕草をしてから箸を手に取ると、おかずを掴んでおずおずと芳文に差し出す。

 「……あーん、して」
 「え……」
  右手の箸でつまんだ卵焼きをもし落としてもいいように、おかずの下に左手を添わせながらまどかは恥ずかしそうに芳文に言う。
  芳文が驚いてまどかの顔を見ると、まどかは恥ずかしそうに頬を染めてじっと芳文を見ていた。
 「あ、あーん」
  芳文も真っ赤になりながら、口を開けてまどかに食べさせてもらう。
 「……どう、かな?」
  もぐもぐと咀嚼して飲み込み、まどかに答える。
 「美味しいよ」
 「良かった。次はどれがいいかな」
  芳文のその言葉に嬉しそうに笑いながら、まどかは次に食べたい物のリクエストを尋ねる。

 「じゃ、じゃあ、から揚げを」
 「はい、あーん」
  時々手にしたおにぎりを食べながら、まどかにおかずを食べさせてもらい、芳文の食事があっという間に終わってしまった。
 「御馳走様。今日の弁当もすごく美味しかった」
 「よかった。お粗末さまでした」
  そう言って、芳文に微笑むとまどかは自分の食事に取り掛かる。
 「それじゃ、わたしも手早く食べちゃうね」
  そう言って、おかずを箸で掴んで自分の口に運ぶ。
 「あっ……」
 「どうかしたの?」
  まどかが芳文に尋ねると、芳文は真っ赤な顔で呟く。
 「いや……間接……キスだなって」
 「あ……」
  芳文に言われて、今更ながら自分がとても大胆な事をしたのに気付く。
  まどかの顔が真っ赤になる。
 「まあ、今更……なんだけど。やっぱり照れくさいな」
 「……言わないで。恥ずかしいよ」

  一方その頃。
 「さやか、どうして僕にまどかの箸を盗ませるんだい?」
  まどかの巾着袋から抜き取った箸箱を咥えたキュゥべえがテレパシーでさやかと会話する。
 「人聞きが悪いなあキュゥべえは。親友と兄貴の恋の応援をする為、あんたに手伝ってもらっただけだよ」
 「訳が分からないよ」
 「いいからいいから。あ、その箸後でまどかの鞄に戻しといてね」
 「何が何だかさっぱりだよ」

 「あっ杏子の卵焼きもーらいっと」
 「ああっ!! あたしの卵焼きをよくも!!」
 「代わりにあたしのコロッケあげるから」
 「そ、そうか? なら許してやる」
 「うむ、許された!!」
 「もう、さやかさんたら……」

 「……僕の昼ごはんはないのかな」
  まどかの箸箱をこっそりと戻して、さやか達の様子を見ながらキュゥべえは呟くのだった。

278 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/20 10:43:05.08 ZUosx8+9o 180/573

          ☆

  学校からの帰り道。
  芳文の隣を歩くまどかがはあ、とため息をつく。
 「なにかあったのか?」
  芳文が尋ねるとまどかは悲しそうに答える。
 「午後に身体測定があったんだけど、身長が春から全然伸びてなくて……」
 「あー。でも成長期だし、まだこれから伸びるさ」
 「さやかちゃん達にも同じ事言われたよ。でも前計った時から全然伸びてないんだもん。もしこのまま背が低いままだったどうしよう……」
 「俺は別に気にしないけど」
 「わたしが気になるの。だって芳文さんの隣に並んだ時に釣り合わないもん」
 「そんな事ない。それに」
  急に突風が吹き、木枯らしが舞う。
  芳文はさっとまどかを抱き寄せて庇う。

 「あんまりまどかが大きくなると、こうやって庇えないだろ」
 「……うん」
 「焦らなくていいさ。ちょっとずつ大人になっていけばいいんだから」
 「……うん」
  芳文の言葉に生返事を返す。
 「どうした? まだ元気出ない?」
 「……時々ね」
 「うん?」
 「時々怖くなるの。いつか、この幸せが壊れちゃうんじゃないかって」
  まどかは芳文の腕の中で、小さく不安の言葉を口にする。
 「……」
 「おかしいよね。いつだって振り返ればみんながいて、あなたが側にいてくれる。なのに、時々すごく不安になるの……」
 「……」
 「今が幸せだから。すごく幸せだから。だからこの幸せがなくなっちゃうのが怖いのかもしれない……」
 「大丈夫。何もなくなったりしない。俺はずっとまどかの側にいるから」
  芳文は優しくまどかを抱きしめてまどかの不安を掻き消してあげようとする。

 「……うん。ずっと側にいてね」
 「ああ。約束だ」
 「うんっ」
  芳文の腕の中で、まどかは芳文の顔を見上げて笑顔を見せるのだった。

279 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/20 10:44:00.27 ZUosx8+9o 181/573

          ☆

 「あーあ。杏子もマミさんも用事で先帰っちゃうし。まどかは彼氏とデートだし。さやかちゃんは不満ですぞーっ」
 「まあまあ、さやかさん。今日は私がいるじゃないですか」
 「かわいい事言ってくれちゃって。よし今日から仁美があたしの嫁だあぁぁぁっ」
 「そんないけませんわ!! 私達女の子同士ですのよ!!」
 「ふっふっふっ。良いではないか良いではないかー」

  さやかと仁美は二人で遊歩道を歩きながらじゃれあう。

  ヒュゥゥゥゥゥ……。

  不意に冷たい風が吹き、さやかと仁美は思わず両腕で自分の体を抱きしめる。
 「寒っ!! まだ秋なのに何この風」
  さやかがそう呟いたその時だった。
  路面が突然パキパキバキと音を立てながら真っ白に凍りつき、さやかと仁美の足首までもが凍りつく。
 「きゃあぁぁぁぁっ!?」
 「何よこれ!?」
  慌ててその場を離れようとするが、凍りついた両足は地面から離れない。

  ――ヒュッ。

  突然の風切り音と共に、白い魔法少女がさやかと仁美の前に姿を現す。
  流れるような銀色の長い髪をした、長身の少女。
  さやか達よりも二つくらい年上に見える。
 「――え?」
 「誰!? まさかこれあんたが!?」
  さやかが問い詰めようとしたその時だった。
  白の魔法少女は仁美を羽交い絞めにして、ナイフを仁美の首筋に宛がうと口を開いた。
 「あなたのソウルジェムをよこしなさい。言う事を聞かなければ、この娘を殺す」
 「な!? 何言ってんのよ!!」
 「……」
  少女が無言でナイフを滑らせると、仁美の首筋からつっと血が流れる。
 「やめて!! 渡すから仁美を傷つけないで!!」
  さやかは指輪をソウルジェムに変化させて、少女に投げる。
 「これでいいでしょ!! 仁美を放して!!」
  さやかのソウルジェムをキャッチして、少女はソウルジェムを懐に仕舞うと、さやかに掌を翳す。
 「――え?」

  その次の瞬間、さやかは氷漬けになってしまった。
 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! さやかさん!! さやかさん!!」
  目の前で起こった非日常に仁美が半狂乱になる。
  少女が仁美の背中を突き飛ばす。
  いつの間にか、両足の氷が溶けていて、仁美は地面の上に倒れてしまう。
 「この娘を助けたければ、佐倉杏子と巴マミをここに連れてきなさい」
 「……え?」
 「他の誰にも言っては駄目よ。もしも佐倉杏子と巴マミ以外がここに来た場合」
  少女はぞっとするような冷たい目で仁美を見下ろしながら、その手にしたナイフをメイスに変化させて、仁美の目前に振り下ろす。

  ズガアァァァァァァァァンッ!!
  仁美の足元の地面が粉々に砕ける。

 「美樹さやかもその地面と同じになるわ。もちろん、あなたが逃げた場合もね」
  感情の籠らない冷たい声で命令され、仁美はがたがたと震える。
 「さあ、早く行きなさい。一時間だけ待ってあげるわ」
  冷たい言葉を投げつけられ、仁美はその場から駆け出した。

 「……うまく行きそうかい? クロエ」
  いずこかからキュゥべえが現れて、背を向けて走り去る仁美を見ている少女に問いかける。
 「絶対に失敗したりしない。私自身の為に」
 「そうかい。まあがんばってくれ」
  そう言って、キュゥべえはニタァと邪悪な笑みを浮かべるのだった。

                                                                                             つづく



280 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/20 10:45:20.37 ZUosx8+9o 182/573

 杏子「とりあえずここまで」
 杏子「おりこ組とかずみ組はもしかしたらもっと後で出るかもなだって」
 杏子「じゃーな」



283 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:13:50.90 Vv/Ok/mso 183/573

 「はあ、はあっ……!!」
  仁美は息を切らせながら、杏子とマミを探して走り回る。
 (どうして!? なんでこんな!?)
  巨大な氷の中に閉じ込められたさやかを救う為、仁美は走る。
 「あれ? 仁美ちゃんどうしたの?」
  不意に声をかけられて振り返ると、そこにはクレープを片手に持ったまどかと芳文が立っていた。
 「そんなに汗だくになって……。何かあったの?」
  親友であるまどかの問いに、仁美は思わず縋りつきそうになる。

 (もしも佐倉杏子と巴マミ以外がここに来た場合)
 (美樹さやかもその地面と同じになるわ。もちろん、あなたが逃げた場合もね)

  銀髪の少女に言われた言葉が脳裏に過り、仁美は無理やり笑顔を作ってごまかす。
 「……実は今日御稽古があったのを忘れていまして」
 「そうなの?」
 「ええ。ですからこれで失礼しますね」

  そう言って、仁美は再び駆け出す。
  まどかが何か言っていたが、仁美の耳には届かなかかった。
  携帯の番号も住所も知らないマミと杏子を探し回って、走り回った仁美はふらふらと倒れそうになりながらも足を止めない。
 (さやかさん、さやかさん!!)
  粉々に砕かれるさやかを想像してしまい、仁美は今にも泣き出しそうになる。
 「どこに、どこにいるんですか……!?」
  見つからない二人を探し続けて、仁美は遂に倒れそうになる。
 「……さやかさん」
  四十分以上休みなく走り続けて、限界を迎えた仁美が倒れそうになるのを誰かが受け止めた。

 「仁美じゃないか。どうしたんだい、こんな汗だくになって」
  地面に倒れそうになった仁美を受け止めたのは、ずっと探していた杏子だった。
  すぐ側にはマミもいる。
  仁美は杏子とマミの顔を見て、思わず涙を流して叫んだ。
 「さやかさんが!! さやかさんが大変なんです!!」
 「っ!? さやかに何があった!?」

  第17話 「何がどうなってるの」

284 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:14:27.99 Vv/Ok/mso 184/573

 「……来たわね」
  人払いの結界を張った遊歩道で、氷漬けにしたさやかの前に立つクロエが呟く。

 「……美樹さん!!」
 「さやか!! てめえ、さやかに何をした!?」
  仁美に連れられて走ってきたマミと杏子が、氷漬けにされたさやかを見てクロエに叫ぶ。
 「落ち着きなさい。まだ死んでないわ」
 「ざけんな!! てめえ、これは何の真似だ!!」
  激昂して今にもクロエに襲い掛かりそうな杏子の前に立ち、杏子を片手で制止しながら、マミはクロエに鋭い視線を突き付けながら冷静に問いかける。
 「あなたは一体何者なの? この街は私達のテリトリーよ。いったいこれはどういう事なのかしら」
 「そうね」
  クロエはそう言うと掌を地面に当てる。
  バキバキバキ……。
  地面から氷の刃が生えて二人に向かって突き進んでくる。
 『!?』
  咄嗟にマミと杏子がその場を離れる。
  クロエはメイスを片手に顕現させ、もう片方の手を仁美に向ける。
 「……え?」
  一瞬で仁美もさやかと同じく氷漬けにされてしまった。
 「仁美!!」
 「志筑さん!!」

  杏子とマミは瞬時に魔法少女の姿へと変身すると、それぞれ槍とマスケット銃を顕現させてクロエに向けて構える。
 「今すぐ二人を解放しなさい」
  マミがマスケットを向けたまま、クロエに冷たい声で言う。
 「出来ない相談ね」
 「――上等じゃん。言っても聞かないなら、殺すしかないよね!!」
  さやかと仁美を傷つけられ激怒した杏子が、クロエに殺意を向ける。
 「いいのかしら。あなた達が私に攻撃するよりも早く、私はこの子を砕けるのだけど」
  そう言って、軽く地面を踏むと同時に先端が鋭く凍った氷の山が、氷漬けのさやかの隣に地面から勢いよく生える。
 「てめえ!!」
  ギリギリと歯ぎしりしながら、杏子は殺意の籠った視線で睨みつける。
 「あなたの目的は一体なんなの!?」
 「私は私の望みを果たす為、最強の魔法少女のソウルジェムが欲しいのよ」
 「な!?」
 「何言ってんだてめえは!!」

 「とりあえず、あなた達のソウルジェムをいただくわ。素直に渡せばよし。渡さなければ大切なお仲間が粉々になるだけ」
  淡々とそう言って、クロエはメイスをさやかの閉じ込められている氷に近づける。
 「てめえ……!!」
  槍を思い切り握りしめて歯噛みする杏子の前に、マミが一歩先に出て言う。
 「……ソウルジェムを渡せばいいのね」
 「マミ!?」
 『今は従うしかないわ』
  テレパシーで杏子にそう言って、マミは変身を解くと、自分のソウルジェムをクロエに放り投げる。
 「これでいいのかしら」
 「佐倉杏子。あなたのもよ」
  クロエはマミのソウルジェムをキャッチして、懐にしまいこむと無表情で杏子に言う。

 「くそっ!!」
  杏子は地面に槍を叩きつけて変身を解くと、ソウルジェムをクロエに投げつける。
  杏子のソウルジェムも手に入れたクロエは、マミと杏子に向けて薄く笑って掌を向ける。
  パキィィィィィィィンッ。
  悲鳴ひとつ上げる事さえ出来ず、杏子とマミはさやかと仁美と同じく氷漬けにされてしまった。

 「――次はあなたの番よ。鹿目まどか」


285 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:14:58.85 Vv/Ok/mso 185/573

          ☆

 「仁美ちゃん、あんなに慌てていったいどうしたのかな」
 「習い事って言ってなかった?」
 「それにしても不自然だよ。あの子があんなに取り乱してるのなんて、今まで見た事なかったもん」
 「そうなのか? だったら追いかければよかったかもな」
 「うん。わたし、なんで追いかけなかったんだろ」
 「あんまり気にしない方が良いよ。もし悩み事とかあるんなら相談くらいしてくるだろうし」
 「……そうだよね」
  辺りが暗くなってきた帰り道。
  まどかと芳文は二人でまどかの家へと歩いていた。

 『鹿目まどか』

  不意に知らない少女の声がまどかの脳裏に聞こえてくる。
 『そのまま、隣の男に気づかれないように私の話を聞きなさい』
 「まどか? どうかしたのか?」
 「ううん、何でもないよ」

 『美樹さやかと志筑仁美。巴マミと佐倉杏子の命を私が預かっている』

 「!?」

 『今から言う場所に一人で来なさい。言う事を聞かなければこの四人を殺す』
 『あなた誰なの!? さやかちゃん達に何をしたの!?』
 『人質を取って魔法で氷漬けにしただけよ。あなたが来なければこの四人を砕く』

 「……芳文さん、ごめんなさい。実は今日、家族で外食する約束だったの」
  まどかは歩みを止めると芳文にそう切り出す。
 「あれ? そうなの?」
 「ごめんなさい。二人で一緒にいるのが楽しくて、すっかり忘れてて……」
 「そっか」
 「パパ達と外で待ち合わせしてるから、今日はここでお別れかな」
 「じゃあ待ち合わせ場所まで送ろうか?」
 「ううん。それは悪いからわたし一人でいくよ。ごめんね、また明日」
  そう言ってまどかは背を向けて走り出す。

  芳文はまどかの背を見つめながら、ぽつりと呟く。
 「嘘が下手だな。俺はずっとまどかを見てるんだから、気付かないわけないだろ……」

  まどかに気付かれないように、芳文はまどかの後を追った。


286 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:16:38.49 Vv/Ok/mso 186/573

          ☆

 「はあ、はあ……」
  謎の声に導かれて、まどかは大急ぎで夜の遊歩道へとやってきた。
 「さやかちゃん!! 仁美ちゃん!! マミさん!! 杏子ちゃん!! どこにいるの!!」
  まどかが四人の名前を呼びながら遊歩道を進むと、巨大な氷の塊が四つ建っている。
 「っ!?」
  氷の中に閉じ込められたさやか達の姿を見つけて、まどかが絶句する。
 「来たわね、鹿目まどか」
  さやかの閉じ込められた氷の裏から、白の魔法少女がその姿を現す。
 「……あなたが、私を呼んだの?」
 「そうよ」
 「さやかちゃん達にこんな事したのもあなたなの?」
 「ええ」
  まどかの問いに、クロエは淡々と答える。

 「どうして!? どうしてみんなを殺したの!?」
  目に涙を溜めながら、まどかが叫ぶ。
 「まだ死んでないわ。仮死状態と言った所かしら」
 「ほんとう……なの?」
 「ええ。ただし、あなたが言う事を聞かなければ、今すぐこの子達を殺すわ」
 「……何をすればいいの?」
 「あなたのソウルジェムをよこしなさい」
 「……え?」
 「聞こえなかったかしら。あなたのソウルジェムが欲しいの」

 「……どうして? どうしてわたしのソウルジェムが欲しいの?」
 「私は強い魔力が欲しいのよ。あなたのソウルジェムは強力な魔力を秘めている。だからそれが欲しいの」
 「そんな……。だって、魔法少女が他人のソウルジェムを使えるなんて話、聞いた事ないよ?」
 「魔法少女は条理を覆すと、キュゥべえから聞いていないのかしら」
 「そんな事……」
 「私は可能性があるなら何だってやる。……私の妹を生き返らせるためにね」
  そう言って、メイスを振り上げてさやかの氷を砕こうとする。

 「やめて!! 渡すからやめて!!」
  まどかはそう叫ぶと、自分のソウルジェムを掌の上に出現させる。
 「こちらにそれを放り投げなさい」
  まどかは黙って言われたとうりにする。
  クロエはまどかの放り投げた大きなソウルジェムを手にすると、にやりと嬉しそうに笑みを浮かべる。
 「あははははははははっ!! やった!! 遂に最強の魔法少女のソウルジェムを手に入れた!! これであの子を生き返らせる事が出来る!!」
  狂ったように笑いながら、クロエはちらりと視線をまどかに向けると、メイスを伸ばしてまどか目掛けて思い切り振り下ろした。

 「――あ」
  自分の頭めがけて振り下ろされるメイスを、まどかは呆然と見ている事しか出来ない。
  まどかの頭が砕かれそうになったその瞬間。
  遅れてやってきた芳文がメイスを片手で掴み、メイスを握りつぶした。
 「……芳文さん」
  芳文は無表情で殺意を込めた視線をクロエに向ける。
  メイスをへし折られたクロエはメイスを放り投げると、まどか達目掛けて吹雪の魔法を放つ。
  凄まじい冷気と吹雪で視界を遮られ、芳文は咄嗟にまどかを庇ってまどかを抱きしめると横に飛ぶ。
  吹雪から逃れて視線をクロエに向けると、既にその場にクロエはいなかった。


287 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:17:22.61 Vv/Ok/mso 187/573

 「まどか大丈夫か!? 一体何があった!?」
  腕の中のまどかに芳文が問い詰めたその時だった。
  不意にまどかの瞳から意思の光が消え、芳文に向かって倒れてくる。
 「まどか!? おいまどか!! しっかりしろ!!」
  まどかの両肩を掴んで揺するが、まどかは力なく揺すられるだけで全く何の反応も返さない。
 「……まどか?」
  まどかの頬に手を当てるとまどかは驚くほど冷たくなっていた。
  慌ててまどかの脈を取ったり、呼吸の有無を確認して、芳文はへなへなとその場にへたり込む。

 「なんだこれ……。なんで、まどかが死んでるんだよ……」
 「まどか!!」
  キュゥべえが動かないまどかを抱きかかえて、地面に座り込んでいる芳文の元へ走ってきた。
 「……淫獣」
 「!? まどかのソウルジェムは!?」
  まどかの左手を確認してキュゥべえが芳文に尋ねる。
 「……ああ。なくなってるな」
 「まずい……。社芳文、すぐに取り戻しに行くんだ」
 「――え?」
 「早く追いかけるんだ!! まどかの身体は僕が見てるから早く!!」
 「ソウルジェムがあればまどかは助かるのか?」
 「そうさ!! はやく取り戻すんだ!!」
 「あ、ああ!!」
  芳文はまどかの身体を地面の上に横たえると、すぐに戻るとまどかに語りかけて全力で走り出した。

288 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:18:01.96 Vv/Ok/mso 188/573

          ☆

 「やった!! やったわ!!」
  白の魔法少女は笑いながら夜の街をかける。
 「すぐに帰って、氷の中から出してあげるからね!! また一緒にいられるようになるからね!!」
  懐にあるさやか、マミ、杏子のソウルジェムと、手に持っているまどかのソウルジェム。
  四つのソウルジェムを手に入れて、クロエは溢れ出る喜びを隠そうともせず笑いながら、民家の屋根を跳ぶ。

 「――え?」
  民家の屋根を飛ぼうとした瞬間、突然太ももに激しい痛みを感じて、クロエはそのまま地面に落下する。
 「な、何なの?」
  ――パンッパンッ。
  クロエのまどかのソウルジェムを持つ左手首と右肩が発砲音と共に撃ち抜かれる。

 「――まどか達のソウルジェムは返してもらうわ」
  クロエの両手足を撃ち抜いたのはほむらだった。
  時間を止めて両足を撃ち抜いて移動手段を封じ、時間停止解除と共に両手を使えなくして無力化する。
  ほむらは表情一つ変えずにクロエを倒したのだった。
  抵抗出来なくなったクロエの手からまどかのソウルジェムを取り返し、次にクロエの腹に蹴りを入れて仰向けにすると、懐からさやか達のソウルジェムも取り返す。
 「げほっげほっ……返して!!」
  クロエが叫ぶのをほむらは冷酷な目で見ながら、時間停止の魔法を行使する。

  ――カチリ。

 「これはあなたの物じゃない」
  そう言って、ほむらはクロエの脳天に銃口を突き付ける。
 「何者もまどかの幸せを壊そうとするのは許さない」
  そう言うと何の躊躇もなく、クロエの脳天を撃ち抜いてほむらはその場を後にした。

  ――カチリ。

  ほむらが立ち去ってすぐに、時間停止が解除される。
  脳天を撃ち抜かれたクロエの体がぴくっと震えると、クロエは再び立ち上がる。
 「――返せ」
 「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せっ!!」
  シュウシュウと音を立てながら、銃弾がめり込んだままの傷口を魔力で修復しながら、血走った目でクロエは叫んだ。

289 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:20:29.82 Vv/Ok/mso 189/573

          ☆

 「くそっ!! どこに行きやがった!!」
  芳文が電柱の上に飛び乗って、クロエの姿を探しているとほむらが芳文の元へと走ってきた。
 「まどかはどうしたの!?」
 「暁美さん!? こっちの事情を知ってるのか!?」
 「ええ!! まどかはどこ!?」
  芳文の問いに、ほむらはそう答える。
 「この先の遊歩道でキュゥべえが見てる!!」
  ほむらの問いに、電柱から飛び降りて芳文が答える。
 「まどか!!」
  走り出したほむらを芳文は呼び止める。
 「まだソウルジェムが!!」
 「もう全員分取り戻したわ!!」
  走りながらほむらがそう答えると、芳文もほむらの後を追ってまどか達の元へと戻る。

 「まどか!! どきなさいインキュベーター!!」
  地面に横たわるまどかの左手に、ほむらは取り戻したソウルジェムを握らせる。
 「――っ」
  まどかの瞳に意思の光が戻り、まどかは呆然と起き上がるときょろきょろと周囲を見回す。

 「あれ? わたし……」
 「まどか!!」
  きょとんとしているまどかを抱きしめて、芳文は心の底から安堵する。
 「良かった!! 息を吹き返してくれて本当に良かった!!」
 「え? 何? 何があったの?」
  まどかがほむらの顔を見ると、ほむらはばつが悪そうに視線を逸らす。
 「ねえ、キュゥべえ。いったい何があったの?」
  傍らでじっと自分達の様子を見ているキュゥべえに尋ねると、キュゥべえはいつもの無表情のままだったが、どこか狼狽えたような口調で口ごもる。
 「それは……」

 「返せ……」
  低い声が聞こえ、まどか達が振り返ると、後を追ってきたクロエがふらふらと歩いてくる。
  ほむらは盾の中からマシンガンを取り出すと、クロエに向けて引き金を引こうとする。
  その時だった。
  クロエの腰のベルトに付いている、クロエのソウルジェムがベルトから外れて宙に浮かぶ。
  クロエのソウルジェムはドス黒く濁っていて、ほむらはその様子を見て慌てて芳文に指示を出す。
 「まどかの目をふさいで!! 早く!!」
  鬼気迫る表情でほむらに指示され、芳文は慌ててまどかの目を掌で押さえる。
  そして次の瞬間、クロエのソウルジェムが粉々に砕け散り、内部からグリーフシードが出現した。
  グリーフシードから発生した衝撃波で、ほむらが、キュゥべえが、まどかを庇って抱きしめている芳文が吹き飛ばされる。

  ――ゥオアォァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!
  全身が鋭く尖った氷に覆われた氷の巨人が顕現し、雪に覆われた結界が出来上がる。
  小さな少女の姿をした氷の人形が、氷の魔女から生み出されて魔女の周りを駆け回る。

 「魔女!? どこから湧いてきやがった!!」
  魔女の姿を確認して、芳文が立ち上がる。
 「くそ!! あいつに暴れられたらさやかちゃん達が!!」
  魔女の背後には氷漬けにされたままの四人がいる。
 「まどか!! マギカ・ブレードだ!!」
 「う、うんっ!!」
  まどかが変身して、マギカ・ブレードを作り出そうとしたその瞬間。
  魔女が氷の矢をまどか目掛けて撃ち出した。


290 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:22:18.06 Vv/Ok/mso 190/573

 「まどか!!」
  咄嗟にまどかの前にほむらがシールドを張りながら立ちふさがる。
  ギギギキギギ……パキイィィィィィィィィンッ!!
  最後の氷の矢を受け止めた瞬間、シールドが消滅して、ほむらの盾が粉々に砕け散り消滅する。
 「うっ!! くぅ……!!」
  ほむらはそのまま吹き飛ばされ、地面の上をごろごろと転がると立ち上がって再び盾を出そうとする。
  しかし、盾は出現しない。ほむらの着ていた魔法少女の服が光の粒子になって消失する。
 「魔力が……っ!!」
  遂に、ほむらの魔力が尽きてしまった瞬間だった。

 「芳文さん!!」
  まどかがマギカ・ブレードを作り出して芳文に叫ぶ。
 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
  マギカ・ブレードを手にして、芳文は魔女の周囲を駆け回る氷人形を破壊し、魔女の手足を斬り落とし、全身の鋭く尖った氷を斬り裂く。

  魔女の体をさやか達から離れた場所に思い切り蹴り飛ばす。
  破片を撒き散らしながら、魔女は結界の隅へと吹っ飛ばされる。芳文はマギカ・ブレードを魔女へ投げつけて叫ぶ。
 「まどか!! とどめだ!!」
 「うんっ!!」
  まどかが必殺の矢を放ち、マギカ・ブレードに着弾させた瞬間、魔女の巨体が巨大な破壊の光球に飲み込まれて跡形もなく消滅した。

291 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:25:10.20 Vv/Ok/mso 191/573

  シュゥゥゥゥゥゥゥゥン……。

  結界が消え去り、氷漬けの四人と、地面に横たわるクロエの体がまどか達の前に残される。
 「一体なんだったんだ。あの魔女は……」
  芳文はそう言うと、クロエに近づいてクロエの襟首を掴んで問い詰める。
 「答えろ。貴様の目的は何だ。あの魔女も貴様の差し金か?」
  手刀を顔の前に近づけて問い詰めるが、クロエはピクリとも反応しない。
 「……おい?」
  クロエの襟首から手を離し、クロエの首を掴む。
 「芳文さん!?」
  芳文の力で首を掴んだら、殺してしまうのではないか。
  芳文に人殺しなどして欲しくないまどかが芳文を咎めようとした次の瞬間、芳文が呆然とした様子で呟いた。

 「こいつ、死んでる……」
 「……え?」
  芳文の手から力が抜け、クロエの体が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
 「ど、どうして!? さっきまで生きてたのに!!」
  まどかが激しく狼狽する。
 「……」
  力を失ったほむらは無言のまま、まどかと芳文を見つめる。
  キュゥべえは無表情のまま、まどかの足元に寄り添っている。
 「どうして!? 何がどうなってるの!? 誰か教えてよ!!」
  まどかの問いに事情の良くわからない芳文は何も言えない。
  ほむらもキュゥべえも口を閉ざしたままだった。

 「僕が教えてあげるよ、鹿目まどか」
  遊歩道の木陰から、まどかの前に白い生き物が駆け寄ってきて、そう言った。
 「えっ!?」
  まどかは木陰から出てきた生物と、自分の足元に寄り添う魔法の使者を交互に見て驚愕の声を上げる。
 「キュゥべえが……もうひとり!?」
  木陰から出てきたキュゥべえは口を開けて話しながら、にっこりと笑って笑顔でほむらに話しかけてきた。

 「久しぶりだね。暁美ほむら。君と会うのは、二十一年ぶりになるのかな」

  そう言って、笑っている目を開く。
  その微笑みは寒気がするほど邪悪な笑みだった……。

                                                                                             つづく



292 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 01:26:36.61 Vv/Ok/mso 192/573

 杏子「……つづく」
 杏子「次回、第18話 「こんなのってないよ」 」

297 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:38:30.34 Vv/Ok/mso 193/573

 「インキュベーター……!!」
  突然現れたもう一匹のキュゥべえに、ほむらは躊躇なくマシンガンを発砲する。
  ズガガガガガガ……ッ!!
 「やめてくれないか、暁美ほむら。君は何回僕の体を無駄にする気なんだい。もったいないじゃないか」
  そう言って口元に笑みを浮かべるキュゥべえの目前で、淡いピンク色の光り輝く壁が展開されて、すべての銃弾が受け止められ消滅する。

 「なっ!?」
  マシンガンの弾丸をすべて撃ち尽くして、マシンガンを取り落しほむらが絶句する。
 「この力が不思議かい? これは君と鹿目まどかが与えてくれた物だよ」
  そう言って、にっこりと笑う。
  その時、不意にさやか達を閉じ込めていた氷が徐々に溶けだして消滅し、さやか、仁美、マミ、杏子の四人が地面の上に倒れる。
 「ふむ。クロエが死んだ事で、彼女の魔法が解けたのか」
  何の興味もなさそうにキュゥべえは呟く。

 「みんな!!」
  まどかが倒れている四人に駆け寄る。
 「仁美ちゃんしっかりして!!」
  仁美を抱き起して声をかけると、仁美は小さく呻き声を上げる。
 「仁美ちゃん!!」
  まどかが癒しの魔法をかけてやると、仁美の顔色が良くなる。
  まどかは仁美の様子に安心すると、仁美を地面の上に寝かせて次にさやかを抱きかかえる。

 「……さやかちゃん?」
  まどかが抱きかかえたさやかは、全身が冷たくなっていて呼吸もしていなかった。
 「嘘。さやかちゃん、さやかちゃん!!」
 「巴さん、杏子ちゃん、しっかり!!」
  芳文がさやかと同じく、全身が冷たくなって呼吸をしていないマミと杏子に必死に呼びかける。

 「嫌だぁ……。みんな起きてよぉ……」
  まどかが涙をぽろぽろとこぼしながら、さやかの体を揺する。
 「一体どうなってるんだ……? なんで巴さん達だけ死んでるんだ? それにあの女も……」
  芳文もまた、あまりの状況に激しく混乱する。

 「鹿目まどか、社芳文。君達は何を言ってるんだい」
  新しく現れたキュゥべえは小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、まどか達に言う。
 「クロエはさっき君達二人が殺したじゃないか。それに、そこにあるのはただの抜け殻だよ」

 「……え?」

 「巴マミ、佐倉杏子、美樹さやかの本体は今、暁美ほむらが持っているじゃないか」

  第18話 「こんなのってないよ」

298 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:39:55.76 Vv/Ok/mso 194/573


 「何、言ってるの……?」
  まどかが呆然と、笑みを浮かべているキュゥべえに尋ねる。
 「まどか!! 耳を貸しちゃ駄目だ!!」
  今まで黙って静観していた、まどか達と共にいたキュゥべえが無表情のままテレパシーで叫ぶ。

 「……やれやれ。とんだ出来そこないだね。君は」
  もう一匹のキュゥべえが小馬鹿にした表情で、そう言って赤い両目を光らせた瞬間。
 「……ぐあぁぁっ!!」
  まどかに呼びかけたキュゥべえの左後ろ脚が弾け飛んだ。
 「僕のコピーのくせに、まさか感情なんて精神疾患を患うなんてね。しかも家畜相手に。訳が分からないよ」
  そう言って、足を吹き飛ばされて苦しんでいるキュゥべえに近づくと、後ろ足で思い切り顔を蹴り飛ばす。
 「まあ、この世界の鹿目まどかと契約した事だけは褒めてあげるよ。おかげでまた、鹿目まどかのエネルギーを手に入れる事が出来る」

  邪悪な笑みを浮かべながら、キュゥべえ……インキュベーターはまどか達に向き直ると口を開く。

 「僕達、インキュベーターの役割はね、契約を結んだ少女達の体から魂を抜き取って、ソウルジェムに変える事なのさ」
 『っ!?』
  その言葉にまどかと芳文が絶句して固まる。
 「普通の人間の体で魔女と戦うなんて自殺行為だからね。魔法少女にはより安全で魔力を効率的に運用が出来る姿として、ソウルジェムとしての姿が与えられるんだ」
 「本体としてのソウルジェムが砕かれない限り、魔法少女は無敵だよ。どんなに血を抜かれても、心臓が破れても、魔力で修理すれば元通りだからね」

 「何……言ってるの……。それじゃ、わたし達の体は……?」
  まどかが顔面蒼白になりながら、インキュベーターに尋ねる。
 「やめ……」
  キュゥべえがインキュベーターを止めようと立ち上がろうとするが、そのまま崩れ落ちる。
 「まどか!! 聞いては駄目!!」
  ほむらがナイフをスカートのポケットから取り出して、インキュベーターに投げつけるがマシンガンの銃弾と同じように弾き返されてしまう。
 「邪魔をしないでほしいな。鹿目まどかには真実を知る権利があるんだから」
  ちらりとほむらに一瞥をくれて、インキュベーターはまどかに向き直り言葉を繋ぐ。
 「魂を抜き取られた君達の体は、もはやソウルジェムからの魔力で動く外付けのハードウェアにすぎない。君達魔法少女がその体を操作できるのは、せいぜい100メートルが限界だからね」
 「何……だと……」
  芳文が呆然となりながら呟く。その話が事実なら、まどかの死も納得がいく。


299 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:42:42.05 Vv/Ok/mso 195/573

 「そんな……そんなのってないよ!! わたし、そんなの嫌だよ!!」
  まどかが悲痛な叫びを上げる。
 「何を言ってるんだい? 君達はたったひとつの奇跡の為に、自分で納得して契約を結んだんじゃないか。これは正当な取引だよ」
 「そんな……」
  感情の籠らない言葉で冷たくあしらわれて、まどかはボロボロと涙を流す。

 「やれやれ。どこの世界でも変わらないな。君達人間は事実をありのまま伝えると決まって同じ反応をする」
 「どうせ言われなければ、魂の存在になんて気付いてなかったんだから、体の中にあろうが外にあろうがどうでもいいじゃないか」
 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ……」
  まどかが声を上げて泣き出す。
 「やめてほしいな。煩わしいから一々泣かないでよ」
  面倒くさそうな表情でインキュベーターがそう言った時だった。
 「ふざけるな!!」
  激怒した芳文が渾身の力を込めてインキュベーターを踏みつけた。
  グシャァッ!!
  シールドごと踏み抜かれて、インキュベーターはミンチになる。

 「やめてくれないか。代わりはいくらでもあるけど、もったいないじゃないか」
  新しいインキュベーターが、いずこからともなく現れて、芳文の踏み抜いたインキュベーターの死体が霧散していくのを見て言う。
 「凄まじい攻撃だね。流石、鹿目まどかと繋がってるだけの事はある」
  芳文の顔を見つめながら、インキュベーターは言葉を続ける。
 「魔法少女でもなく、魔女や使い魔でもなく、ましてや人間ですらない。鹿目まどかの魔力で生命を維持して、人を超えた身体能力を持ち、魔力を込めた攻撃が出来る君は、さしずめ魔人といったところか」
 「……何を言っている」
 「気付いてなかったのかい? 君は一度死んだんだ。その時にそこの出来そこないが鹿目まどかの願いで、体の中からから消滅する寸前だった君の魂をまどかの魔力で繋ぎとめたんだ」
 「君は鹿目まどかからの魔力供給で、無理矢理生かされているにすぎない。その力もその副産物だよ」
 「何……だと……」
  まどかとほむらもまた、芳文と共にその事実に呆然となる。

 「鹿目まどかの魔力は絶大だからね。自分の抜け殻を操りながら、君の生命を維持し続けるのなんて簡単な事だろう。現に僕に言われるまで、君達は気付きもしなかったしね」
 「君は鹿目まどかからの魔力供給がある限り、絶対に死ねない。例えどんな大ケガをしてもすぐに再生するだろう」
  その言葉にまどかの顔から血の気が引いていく。
 「君の様なケースは初めてだからね。実にいいデータが取れたよ。お手柄だね、鹿目まどか、暁美ほむら」
 「わたし……わたし……」
  地面に座り込んだまま、がたがたと震えているまどかを芳文は抱きしめる。
 「まどかのせいじゃない!! まどかが気にする事なんてない!!」

 「良かったじゃないか。鹿目まどか。真実を知った今の君の魔力が尽きない限り、君達は大人になる事もなく、これから先もずっと一緒にいられるよ。その気になれば、永遠の時を生きる事が出来るんだ」
 「あ、あぁぁぁ……」
  春から自分の体がろくに成長していなかった事実が、インキュベーターの言葉の信憑性を高める。
  まどかは涙を流しながら、がたがたと震え続ける。

300 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:45:15.04 Vv/Ok/mso 196/573

 「インキュベーターぁぁぁぁぁっ!!」
  怒りの感情を露わにして、ほむらが新しいナイフで斬りかかる。
 「無駄だってわからないかな」
  ほむらの体がインキュベーターの放った魔力の光で吹き飛ばされる。
 「やれやれ。君は今も昔も変わらないな。母子揃ってどうしてそこまで鹿目まどかにこだわるのか。理解出来ないよ。人間なんていくらでもいるじゃないか。どうして特定の一個人にそこまで執着するんだい?」
 「……母子?」
  まどかを抱きしめながら、芳文が呟くとインキュベーターは芳文に視線を向けて、口を開く。
 「何だ。気付いてなかったのかい。そこにいる暁美ほむらは君の実の母親だよ」

 「――何……だと?」
 「違う!!」
  ほむらは倒れたまま否定の言葉を叫ぶ。
 「まあ、気付かなくてもしょうがないか。彼女は魔力で子供の姿に若返ってるからね」
 「違う!! 違う!!」
 「どうしてそこで否定するんだい? 人間の言葉で言うなら、生き別れの母子の感動の再会じゃないか」
  そう言って、インキュベーターの赤い両目が光る。

  まどかと芳文、ほむらとキュゥべえの脳裏に、ほむら以外知らない筈の過去の光景がビジョンとなって映し出される。

 「僕達インキュベーターは有史以前から、人類に関わってきた」
 「多くの魔法少女によって、人類は進化し文明を築き上げてきた」
 「これが、暁美ほむらがかつて存在していた世界だ」

  まどか達の脳裏にワルプルギスの夜と戦うほむらの姿が、ワルプルギスの夜に敗北して傷ついたほむらの姿が映し出される。

 「あれは……わたし……?」
  傷ついたほむらの前に降り立ったひとりの魔法少女。鹿目まどか。
  彼女はほむらの左手の甲から、ソウルジェムを取り外してほむらの胸に押し当てる。
 「あれは……?」
  知らない光景にまどかが疑問の声を上げる。
 「鹿目まどかの力で、暁美ほむらは再び人間に戻った。だけど」
  インキュベーターが淡々とかつて起こった出来事を話す。
  ワルプルギスの夜の不意打ちで、ビジョンの中のまどかが傷ついていく。
  そして、まどかの胸から放たれた光にほむらが飲み込まれて消滅する。

 「この時、暁美ほむらは別の世界に記憶を失って飛ばされた。それがこの世界の二十一年前だ」
  記憶を失ったほむらが、見知らぬ土地で優しく笑う人々と暮らす姿が映し出される。
 「……父さん」
  若かりし頃のほむらの隣に立つ青年の顔を見て、芳文が呆然と呟く。
 「やめて!!」
  ほむらが叫ぶが、インキュベーターはその声を無視して、新しいビジョンを芳文達に見せる。
 「君の様な危険分子を放っておく訳がないだろう。君は気付いてなかっただろうけど、僕は君を追ってこの世界にやってきてから、ずっと監視していたんだ。それにね、君の息子は真実を知りたがっているよ」


301 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:46:23.91 Vv/Ok/mso 197/573


  成長して、芳文の父親の隣で、花嫁衣装に身を包み微笑むほむら。
  大きくなったおなかを愛おしげに撫でるほむら。
  そして、出産したばかりの芳文を抱いて、アパートの住人に祝福されているほむら。
 「……」
  幼い芳文と、愛する夫と共に幸せに暮らすほむら。
  幼い芳文を抱いて街を歩いている時に、幼い芳文の指差す先にいたインキュベーターの姿を見て記憶を取り戻すほむら。
 「この時に、僕の姿を見て君は記憶を取り戻したんだね。暁美ほむら」
  その後、夫と子供の前から冷血な暁美ほむらを演じて去っていくほむらの姿が。魔力を使って、かつての少女時代の姿に戻るほむらのビジョンが芳文達の脳裏に映し出される。

 「社芳文。君が僕や魔女の姿を見る事が出来た理由は只一つ。君が暁美ほむらの実子だからさ」
 「さっきのビジョンのとうり、あの鹿目まどかは暁美ほむらを完全な人間に戻しきる前に、ワルプルギスの夜の攻撃を受けた」
 「その結果、暁美ほむらはソウルジェムを失ったにもかかわらず、魔法を使える半魔法少女と言う、極めてイレギュラーな存在へと変化した」
 「全身の身体能力を魔力で強化していた母親の胎内に宿った君は、母親の胎内で栄養と共に魔力も与えられて成長し産み落とされた」
 「君は魔力で強化された遺伝子を受け継いだから、常人を遥かに超える身体能力を持っていたのさ」
 「暁美ほむらの時間停止が効かない理由もそうだ。母親の胎内で母親の魔力を常に注ぎ込まれて生まれてきたからのだから」

 「……」
  芳文がほむらに視線を向けると、ほむらはばつが悪そうに視線を逸らす。
 「暁美ほむらはかつての友人である、鹿目まどかを死の運命から救おうと、別の時間軸の僕と契約した」
 「しかし、暁美ほむらがどんなにあがこうと、運命は変わらない」
 「過程がどうあれ、鹿目まどかは必ず魔法少女になって死ぬ」
 「現に暁美ほむら。君を人間に戻してこの世界の過去に送ったまどかも死んだ」
 「!?」

  ほむらが光の奔流に飲み込まれた後の世界が映し出される。
  ボロボロになったまどかが矢を放って、ワルプルギスの夜とその使い魔を撃ち抜く。
  ワルプルギスの夜の波動に吹き飛ばされたまどかに、使い魔達が群がりまどかの体を引き裂き、両足を喰いちぎる。
  自分と同じ姿をした少女が、無残に蹂躙される姿を見せつけられ、まどかは口を手で押さえて吐き気を堪える。
  動けなくなったまどかを、使い魔達が押さえつけて、次々とその小さな体に爪を突き立てる。
  まどかは魔力を解き放ち、使い魔を消し飛ばすと、最後の力を振り絞って全力の最後の一撃をワルプルギスの夜に放った。
  ワルプルギスの夜が崩壊していき、廃墟と化した見滝原で、真っ黒に染まったソウルジェムを地面に横たわったまどかが空に放り投げて、人差し指から魔力の矢を放って破壊しようとする。
  まどかの放った小さな矢がソウルジェムに当たるその瞬間。
  ソウルジェムが粉々に砕け散り、矢が消え去ると、グリーフシードが出現して、グリーフシードから巨大な黒い魔女が生み出された。
  全身がボロボロに傷ついたまどかの体が、まるでゴミのように吹き飛ばされる。
  生まれたばかりの魔女が、天高くその両手を上げてそして――。

 「何あれ……。わたしはどうなったの……?」
  衝撃的な光景を見せつけられて、まどかは呆然となりながら疑問を口にする。
 「あの鹿目まどかは魔女になった。最強にして最悪の魔女にね」
 「――え?」
 「魔法少女はそのソウルジェムに穢れを溜めこむ事で、その命を燃やし尽くしてグリーフシードへと変化する」
 「君達はエントロピーと言う言葉を知っているかい? 今、こうしている瞬間にも宇宙のエネルギーは消費されていく一方なんだ」
 「僕達インキュベーターの役割はね、もっともエネルギーの発生効率の高い君達、第二次性徴期の少女達の希望が絶望に転ずる時に生み出される、感情エネルギーを回収する事なんだよ」
 「……そんな」
  まどかは今にも倒れてしまいそうな顔で呆然とする。
  さっき倒した魔女も、元はあの魔法少女だった事実に、まどかは激しいショックを受けていた。
 「鹿目まどか。君は誰よりもすさまじい魔力を持っている。僕はね、君が絶望して魔女になった時のエネルギーが欲しいんだよ」
  インキュベーターはにっこりと笑って、まどかの心中などお構いなしに言う。


302 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:49:55.99 Vv/Ok/mso 198/573

 「これは素晴らしい事なんだよ。君達の絶望が宇宙を救うんだ」
 「や……。いや……」
  まどかは首を振りながら、インキュベーターに弱々しく言う。
 「僕達は本当に運がいい。鹿目まどかから回収したエネルギーで別の宇宙にも行けるようになったし」
  まどかから視線をほむらに向けて笑いながらインキュベーターは言う。
 「その上、僕達の世界の鹿目まどかからだけでなく、この世界の鹿目まどかからもエネルギーを回収出来るのだからね。暁美ほむらと魔女になったまどかは実にいい仕事をしてくれたよ」
 「……どういう意味よ。答えなさいインキュベーター!!」
  ほむらが激昂して叫ぶ。
 「この世界はあのまどかが望んで作り出したのか、それとも僕らの宇宙から派生した枝状分岐宇端末点なのかは、今となってはわからないけどね」
 「暁美ほむら。かつて君が何度も時間を巻き戻して、僕らの宇宙の鹿目まどかに収束させた因果が、この世界のまどかに集まってしまったのさ」
 「この宇宙は僕達インキュベーターが存在せず、人類は自分達の力だけで進化した世界なんだ。調べてみて本当に驚いたよ。当然、この世界のまどかには魔法少女になって死ぬ運命なんて本来存在しない」

 「――違う宇宙? ……だから、こちらに別の私が存在しなかった?」
  ほむらは呆然となりながら、インキュベーターからの情報を頭の中で整理する。
 「そうだよ。君と鹿目まどかが、この世界の鹿目まどかを巻き込んだんだ」
 「っ!?」
 「君も運がなかったね。鹿目まどか。別の世界のまどかの因果を背負わされて」
 「わ、わたし……」
  まどかががたがたと震える。
 「ふざけるな!! 運命だ? そんな物知った事か!!」
  芳文が激怒して叫ぶ。
 「ああ。君も被害者だったね。母親の」
  インキュベーターのその言葉に、ほむらは唇を噛みしめる。

 「君もまた、そこにいるまどかと同じでもう絶対に幸せになれない」
 「……何?」
 「世界と言うのはね、異物の存在を決して許さないんだ。奇跡を望めば世界は必ずどこかで歪みを修正しようとする」
 「考えてごらん。君も、君の母親も一時的に幸せを手に入れても、結局すべて失っているだろう?」
 「暁美ほむら。君は義母を失い、家族を失い、自らの幸せを失った」
 「社芳文。君は母親に捨てられ、父を失い、新しい家族を失った」
 「君達が戦ってきた魔女達が強かった理由もただ一つ。この世界が君達を受け入れないからだ。君達は世界に拒絶された忌子なんだよ」
 「当然、この世界は僕も拒絶している。だから、僕は自分のコピーを作って、この世界に送り込んだんだ」
 「いくら変わりがあっても、この体を壊されたらもったいないしね」

 「……知った事か」
  芳文はインキュベーターを睨みつける。
 「まあ好きなだけあがくといいよ。どうせ君達に未来はない」
 「……いやだ」
  インキュベーターの言葉に、まどかは涙を流しながら拒絶の言葉を呟く。
 「いやだ!! こんなのってないよ!!」
  まどかはそう叫んで、芳文の腕の中から抜け出すと、背を向けて走り去る。
 「まどか!!」

  芳文はまどかの後を追う為に走り出す。
 「……」
  ほむらと目が合うが、芳文は目を逸らしてその場から走り去った。

303 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:53:30.19 Vv/Ok/mso 199/573

 「……インキュベーターぁぁぁぁぁっ!!」
  ほむらが憎悪を込めた視線で、インキュベーターを睨みつける。
 「良い表情をするじゃないか。君にソウルジェムがあれば、君の感情エネルギーも回収できたのに」
 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
  ナイフを握りしめてインキュベーターに襲い掛かるが、ほむらは簡単に吹き飛ばされてしまう。
 「やれやれ。無駄だってわからないかな。まどかのエネルギーを手に入れた僕達に、もう今の君では何も出来ないよ」
  そう言って馬鹿にした表情でインキュベーターは背を向ける。
 「さてと、これからはどうやってあのまどかを絶望させるかな」
 「クロエ。君は実にいい仕事をしてくれたよ。ありがとうクロエ」
  クロエの死体にそう言い残して、インキュベーターは去っていった。

 「う、ぅぅぅぅぅ……」
  その場にうずくまって、ほむらは嗚咽を漏らす。
 「暁美ほむら」
  キュゥべぇがひょこひょこと、三本足で近くに歩いてくる。
 「とりあえず、マミ達を蘇生させてくれないか。このままだとまどかが悲しむから」
 「……何のつもり」
  ほむらは涙を流しながら、キュゥべえを睨む。
 「……僕は、まどかの泣き顔を見たくないんだ」
  そう言って、キュゥべえはほむらに頭を下げて謝った。
 「本当にすまなかった。僕はまどかと君の息子にとんでもない事をしてしまった」
 「……」
  ほむらはキュゥべえの心からの謝罪に何も答えなかった……。


304 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:54:15.02 Vv/Ok/mso 200/573

          ☆

 「嘘だ……」
 「嘘だ嘘だ嘘だ!! こんなの嘘だよ!!」
  走りながら、息を切らせて、涙を流しながら、まどかは夜の街を走る。
 「息だって切れるもん……。涙だって出るもん……。この体が抜け殻だなんて、そんなの絶対嘘だよ……」
  いつの間にか、雨が降り出していた。
  全身を雨に打たれながら、まどかはどこへともなく走り続ける。

  ――その時だった。
  眩しい光がまどかの視界に入り、次の瞬間、鈍い音と衝撃と共にまどかの小さな体が宙を舞った。

 「――あ」

  痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
  声に出せず、全身に痛みを感じながら、まどかは地面に激しく叩きつけられる。
  まどかの付けている左側のリボンが解けて、まどかから離れた場所に落ちる。
  後頭部を思い切り地面に叩きつけられ、まどかの頭から大量の血が流れ出す。

  まどかは朦朧とする意識の中で、自分をはねた車から降りてきた若い男が、何かを叫んでいるのを見つめる。
  倒れている体を起こそうとするが、ぴくりとも動けない。

 (――ああ。これは夢なんだ)
  先ほどまで後頭部と全身が物凄く痛かったはずなのに、もう痛みを何も感じない。
 (変な夢見ちゃったな……。早く目が覚めないかな……)
  朦朧とする意識で雨に打たれながら、まどかは運転手から視線を暗い空に向ける。
 (明日、雨だったらどこで芳文さんとお弁当食べようかな。たまにはさやかちゃん達も誘って、どこかで一緒に食べるのもいいかな……)
  そんな事を考えながら、まどかは地面の上で雨に打たれ続ける。
 (おかしいな。なんだか体が冷たくなってきたよ……)
  そんな事を考えながら、まどかは動かなかったはずの体を起こす。

 「あ、あああ……」
 「?」
  声のした方へ振り向くと、まどかをはねた若い男がまるで怪物を見るような顔で、がたがたと震えていた。
 「さっきまで死んでたはずなのに……!! ケガが治って……!!」
 「――え?」
  まどかが疑問を口にした瞬間、男は背を向けて叫んだ。
 「寄るな化け物!! うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
  男が車に乗り込んで、猛スピードで立ち去るのを見て、まどかは自分の周囲を見回す。
  おびただしい量の血液が雨で流されていく。
  自分の体を見ると、ズタボロになって血で真っ赤に染まった衣服と、既に跡形もなくケガが塞がっている事にまどかは気付いた。

 『本体としてのソウルジェムが砕かれない限り、魔法少女は無敵だよ。どんなに血を抜かれても、心臓が破れても、魔力で修理すれば元通りだからね』

  インキュベーターの言った言葉が脳裏に過る。
  自分の左手を見ると、中指でソウルジェムが鈍い銀色の輝きを放っている。

 「う、うぅぅぅ……」
  まどかは地面の上に座り込んだまま、嗚咽を漏らす。

 「まどか!!」
  芳文がまどかの姿を見つけ駆け寄ってくる。
 「まどか!! どうしたんだ!! 大丈夫か!!」
 「……芳文、さん」
  涙をぼろぼろとこぼしながら、まどかが芳文の名を呼ぶ。
 「立てるか?」
  芳文がまどかに手を差し出すと、まどかは芳文の手を取って立ち上がり、ふらっと芳文に向かって倒れる。

 「……わたし、化け物だって」
  まどかが芳文の腕の中で、弱々しく言う。
 「あいつの言ったとうりだった……。車にはねられたのにね……もう、どこも痛くないの……」
  そう言って、まどかは芳文の顔を見上げて、顔を悲しみに歪めて泣き出した。

 「いやだあ……。こんなのいやだよぉ……」
 「こんなのってないよ……。うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

  まどかは芳文の腕の中で悲しい現実を突き付けられた事に涙する。
  芳文にはただ、黙ってまどかを優しく抱きしめてあげる事しか出来なかった……。

                                                                                     つづく



305 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/21 11:55:59.06 Vv/Ok/mso 201/573

 杏子「……つづく」

308 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:13:59.20 6Z7KyD2qo 202/573

 杏子「更新開始」



309 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:17:17.01 6Z7KyD2qo 203/573

  ――パサッ。

  芳文の住む、ワンルームマンションの浴室。
  所々破れて、血と雨で汚れた見滝原中学の夏服を無造作に脱ぎ捨てて、まどかは鏡に映る自分の体を見る。
  腹部は自分自身の流した血で、真っ赤に染まっていて、血で染まった肉片がべっとりと付いていた。
  まどかは事故に遭った時に、自分の腹部から出てきたたはずのソレを無造作に引き剥がす。
  雨でくじゃぐしゃになって、自身の血で赤く染まったポケットティッシュを、脱ぎ捨てたスカートから取り出してソレを包むと、脱衣所に据え付けられていたごみ箱に捨てた。
  シャワーのノズルの下に移動して、シャワーを出す。
  冷たい水が勢いよく噴出され、まどかの頭から雨と汗とまどかの流した血を流していく。
  赤く染まった水が排水溝に吸い込まれていくのを見ながら、まどかは涙を流した。

  第19話 「ひとりじゃないから」

  芳文から借りた半袖シャツのみを着て、まどかが俯いたままバスルームから出てきた。

 「まどか。ちゃんと暖まった?」
  思ったよりも早く出てきたまどかに、芳文は出来るだけ優しく尋ねる。
 「……うん」
  まどかは俯いたまま、その場に立ち尽くす。
 「ほら、そんな所に立ってないでこっちに来て座って。今、暖かいコーヒーを入れるから」
 「……」
  芳文はそう言って、まどかの側に歩いていくとまどかの手を取る。
 「ん? まどか。ちゃんと温まったのか?」
  まどかの手はまるで、今まで冷水に浸かっていたかのように冷たかった。
 「……ううん」
  力なく芳文の言葉を否定する。
 「ちゃんと温まらきゃ駄目じゃないか」
 「……別にいいよ」
 「何を言ってるんだ。もう秋だぞ。水風呂じゃ風邪をひくじゃないか」
 「……風邪なんて……ひかないよ」
  そう言って、まどかは芳文の顔を見上げる。
  その瞳には大粒の涙が溜まっていた。

 「――だって、わたし」

  まどかの瞳から、涙がこぼれて床に落ち、爆ぜる。

 「化け物だもん」

310 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:17:44.14 6Z7KyD2qo 204/573


 「違う!!」
  芳文は即座にまどかのその言葉を否定する。
 「違わないよ!!」
 「まどかは化け物なんかじゃない!!」
  芳文のその言葉に、まどかは着ていたシャツを脱ぎ捨てる。
 「まどか!?」
  まどかの突然の行動に芳文は硬直する。
 「わたし、車にはねられたんだよ!! それなのに、もうどこにも傷痕ひとつないんだよ!!」
  芳文の目の前に晒された、先日十四歳になったばかりの少女の、瑞々しい白い裸体には傷一つ付いていなかった。
 「……こんなの、絶対おかしいよ。人間の体じゃないよ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ……」
  そのまま顔を両手で覆って、まどかはしゃがみ込んで泣き出してしまう。

  芳文は泣き叫ぶまどかの体を、力強く抱きしめて叫ぶ。
 「まどかは化け物なんかじゃない!! 化け物がこんな風に泣いたりするもんか!! こんなに暖かいものか!!」
 「ひっく……だって、だって、この体はもう、抜け殻だもん……。本当の私は、もうソウルジェムだもん……っ!!」
 「だからなんだ!! まどかが俺の一番大切な人なのはそんな事じゃ変わらない!!」
 「よし……ふみ……さん……」
 「――俺、まどかに言ったよな。俺はまどかの事が好きだって。俺はまどかの事が大切だって」
  まどかの両肩に手を置いて、涙を流すまどかの顔をしっかりと見つめながら、芳文はまどかに想いを伝える。

 「――俺は、まどかの事を愛してる」

 「俺はこれからも、ずっとまどかの側にいる。何があってもまどかの事を絶対に守る。だから、もう泣かないでくれ」
 「わたしにそんな価値なんてないよ……。だって、わたしの願いのせいで芳文さんも」
 「馬鹿な事を言うな!!」
  芳文は初めて本気でまどかに対して怒鳴った。
 「二度と自分に価値がないなんて、言うんじゃない。俺は全部納得してまどかの側にいると決めたんだ!! 例えまどかが俺から離れようとしても絶対に離さない!!」
  芳文はそう叫んで、まどかの体を思い切り抱きしめる。
 「……芳文……さん。……苦しい、よ」
 「当たり前だ。まどかは……俺の世界で一番大切な女の子は、今も生きていて、俺の腕の中にいるんだから」
 「ひっく……」
  芳文の腕の中で、まどかはしゃくりあげる。
 「泣きたいだけ泣けばいい。俺にはこんな事しかしてやれないから。だけど俺は絶対にまどかを一人にしない。これから先、まどかがつらい時も泣きたい時も、俺はずっと側にいて抱きしめてやる」
 「俺は、まどかの泣き顔は見たくないから。まどかにはずっと笑っていてほしいから」
 「……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
  まどかは芳文の腕の中で堰を切ったように泣き続ける。
  残酷な真実を突き付けられた悲しみと、芳文から受け取った想いと、芳文への想いが混じった涙を流して……。

 「……まどか」
  どれくらいの間、泣いただろうか。
  まどかは芳文の腕の中で、芳文の鼓動の音を聞きながら、芳文に体を預けてすんすんと鼻を鳴らす。
 「……芳文さん、暖かいね」
  芳文の胸に耳を当てながら、まどかは言う。
 「まどかも、暖かいよ」
 「……本当に、ずっと一緒にいてくれる?」
 「俺がまどかに嘘をつくわけがない」
 「……ごめんなさい」
 「まどか、違うぞ」
  芳文の言葉に、まどかは芳文の顔を見上げて言う。
 「――ありがとう、芳文さん」
  そう言って、まどかは芳文に微笑んでみせるのだった……。


311 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:18:28.58 6Z7KyD2qo 205/573

          ☆

 「……これから、どうしよう」

  その日の夜十一時。
  落ち着いたまどかは、蘇生したマミ達の無事をテレパシーで確認してから、芳文の服を借りて自宅まで送ってもらいながら、隣を歩く芳文に言う。
 「マミさん達はまだ、ソウルジェムの秘密も魔法少女の最後も知らないみたい」
 「そうなのか?」
 「うん。ほむらちゃん……ううん、ほむらさんが上手くごまかしてくれたみたい」
  ほむらが芳文の実母であり、前の世界のまどかの友人である事を知ったまどかは、ほむらをさん付けで呼び直す。
 「……そうか」
  ほむらの名を出されて、芳文の表情が一瞬強張るが、複雑な心境で芳文はまどかにそう返す。
 「……これからの事は明日、みんなに相談してみるか?」
 「あのね……その事なんだけど……」
  まどかは立ち止まると、芳文の顔を見ながらずっと考えていたことを口にする。
 「ほむらさんの過去を見せられて、思ったんだけど……」

 「……わたしなら多分、マミさん達を普通の女の子に戻してあげられると思うの」
 「……そんな事が出来るのか?」
 「多分。ほむらさんも元の世界のわたしに人間に戻してもらったんだから、その因果が集まったわたしにも同じ事が出来ると思う」
 「それでまどか自身は元に戻れるのか?」
 「……多分無理。自分自身をどうにかするにはもっと強い魔力がないと」
 「……そうか」
 「ごめんなさい……」
 「何が?」
 「本当は、芳文さんもわたしから解放してあげないといけないのに」
 「俺はまどかに束縛されてる覚えはないぞ。俺がまどかの側にいたいから、今もこうして隣にいるんだ」
 「……うん。ありがとう」
  そう言ってまどかは微笑んでみせる。

  ――やがて二人はまどかの家に到着した。

 「それじゃまた明日」
 「うん。おやすみなさい」
  そう言って、まどかは家の中に入っていく。
 「まどか」
  芳文がまどかを呼び止める。
 「何かあったら、すぐにテレパシーで呼んでくれ。すぐに駆けつける」
 「ありがとう、芳文さん」
 「おやすみ」
 「おやすみなさい」

  芳文と別れて、まどかは家の中へと入っていく。

  芳文はまどかが玄関のドアを締めるまでを見送ると、踵を返して帰ろうとする。

 「――っ」
  芳文の振り返った先には、ほむらが立っていた……。

312 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:19:48.40 6Z7KyD2qo 206/573

          ☆

 「……あれから、巴さん達は無事だったのか?」
  芳文は無表情で淡々と疑問をほむらに尋ねる。
 「ええ。あのクロエと言う魔法少女は突然現れた魔女に殺されて、巴マミ達は魔法が解けた事で仮死状態から蘇生したという事にしてあるわ」
 「志筑さんの事は?」
 「巴マミが魔法で記憶を消したわ」
 「そうか」
 「……」
  ほむらは無言で芳文の顔をじっと見つめる。

 「……あんたは俺の事を知っていたのか?」
 「……ええ。プールで右脇のアザを見た時には、まさかと思っていたけれど」
 「俺から実の母親の名前を聞き出して、確信したって所か」
 「……そうよ」
  ほむらはそう答えると押し黙ってしまう。

 「……なあ、あんたは結局何がしたかったんだ?」
  どれくらいの間、お互いに無言だっただろうか。不意に芳文が沈黙を破った。
 「……」
 「別の世界のまどかの為に何度も時間を巻き戻していたと聞いたが、その先にいるまどかはあんたの友達だったまどかじゃないだろ?」
 「たとえ同じ顔をしていても、それはもう別人じゃないのか? そしてその結果、今はこの世界のまどかを苦しめている」

 「――それでも、私はまどかに生きてて欲しかったのよ」
  ほむらは拳を握りしめながら、芳文にそう答える。
 「……あんたにとって、まどかは本当に大切な相手だったんだな」
  芳文はそう言って、冷たい視線でほむらに吐き捨てる。
 「俺と親父を簡単に捨てるくらいに」
 「……」
 「……なあ。あんたは、俺にこの世界のまどかを守らせる為に、俺を産んだのか?」
 「……」
 「もしそうだったら言っておくぞ。俺は俺自身の意思であの子を好きになって、まどかを守ると誓ったんだ。決してあんたの思いどうりに動いてる訳じゃない」
 「……そんな訳ないじゃない!!」
  ほむらは感情を爆発させて叫ぶ。

 「誰が自分の子供を好き好んで、わざわざ危険な事に首を突っ込ませたいものですか!!」
 「記憶が戻って邪魔になったから、捨てた子供だろ?」
 「違う!! 記憶が戻っても、あの人への想いもあなたへの愛情も消えた訳じゃない!!」
 「だったら、なんで俺と親父を捨てた」
 「あなた達を巻き込みたくなかったのよ!! この世界のまどかが私の助けたかったまどかじゃないって言うのもわかってた!! だけど!!」
 「もう、あの子が悲しい結末を迎えるのを黙って見るのは嫌だったの……!!」
  ほむらの瞳から、涙が流れ落ちる。
 「何も出来ない私を救ってくれた、たった一人の私の友達だったのよ……!!」
 「あの人に拾われて、恋をして、あの人の妻になれて、あなたが産まれてきてくれて、私は幸せだった。本当はずっとあの人の隣にいたかった!! あの人と一緒にあなたが大きくなるのを見守りたかった!!」
 「……」
  母親の本当の気持ちをぶつけられ、芳文は思わず目を逸らすと、背を向けてその場から歩き出す。

 「……待って」
  ほむらが立ち去ろうとする芳文の右腕を掴む。
 「……離せよ」
  芳文が無造作に振り払うと、ほむらはその場に倒れてしまう。
  カツーン……。
  倒れたはずみに、ほむらの上着のポケットから、銀色のロケットが芳文の足元に転がり落ちる。
 「……」
  芳文は無造作にそれを拾うと、それを開ける。
 「……」
  ロケットの中には、十九歳のほむらとその隣にほむらの夫が、そしてほむらの腕の中で赤ん坊の芳文が、それぞれ笑顔で写っている写真が収められていた。
 「……っ」
  芳文はロケットをほむらに無造作に投げつけると、その場から走り去った。
  芳文の走り去った後には、涙を流し続けるほむら一人だけが取り残されていた……。


313 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:20:58.01 6Z7KyD2qo 207/573

          ☆

  翌日の朝。
  まどかと芳文はいつもよりも早く、中学校への通学路で落ち合う。
 「まどか、巴さん達をどう説得して人間に戻す?」
 「出来れば、みんなには魔法少女の真実は知ってほしくない……」
 「……そうだな」
 「マミさんと杏子ちゃんは、今まで長い間みんなの為に頑張ってくれてたから……。それにさやかちゃんだって……」

 「やれやれ。君達は昨日の今日で、いつもの日常を過ごすつもりなのかな?」
  遊歩道の木々の間からインキュベーターがその姿を現す。
 「貴様!!」
  まどかを庇うように立ちながら、芳文が殺意を込めた視線でインキュベーターを睨む。
 「まどか。僕等の宇宙の為、絶望して魔女になってよ!!」
  インキュベーターが人懐っこい笑顔を浮かべて言う。
 「ふざけるな!!」
 「やれやれ。君に憎まれてもしょうがないんだってば。まどか、もっともっと僕を恨んで、そのソウルジェムを黒く染め上げてよ」
 「貴様!!」
  芳文がインキュベーターを蹴り飛ばすと、インキュベーターの小さな体が空中で爆散して消滅する。
 「無駄だってわからないかな」
  新しいインキュベーターが現れて、背中の口を開く。
  中から、グリーフシードが出現して、空中でドクンドクンと脈動を開始する。
 「君達にはもう、今までどうりの日常を過ごす事なんて出来ないよ」
  そう言って、ニタァとインキュベーターは邪悪な笑みを浮かべる。
 「例えどこにいても、僕はまどかを諦めない。その絶大なエネルギーを回収するまではね」
  グリーフシードが孵化する。

 「まどか!!」
  三本足で必死に走ってきたキュゥべえが、思い切り跳びはねて、空中で孵化寸前のグリーフシードを背中の口で食べる。
 「キュゥべえ!?」
 「まどか!! 憎しみや悲しみを溜めこんじゃ駄目だ!! ソウルジェムは負の感情を溜めこむ事でも濁ってしまう!!」
 「余計な事を」
  インキュベーターの両目が光った次の瞬間、キュゥべえの体が爆散して消滅する。
  頭だけになって、まどかの前に転がるキュゥべえ。
 「キュゥべえ!!」
  まどかがキュゥべえの頭にしゃがみ込んで叫ぶ。

 「ごめんよ、まどか……。僕は、君と君の大切な人に、ひどい事をしてしまった……」
 「……本当にごめん。君と過ごした日々は楽しかったよ……」
 「キュゥべえ!! いま治してあげるから!!」
  まどかは魔法少女の姿に変身して、キュゥべえに掌を翳す。
 「いいんだ。これは君達にした事の報いだから。それに僕はあいつに逆らえない……。あいつは今すぐにでも僕を消滅させられるから……」
  キュゥべえは芳文に視線を向けて、芳文に言う。
 「どうか、まどかを守ってほしい。僕に、心を与えてくれたこの子を魔女になんてさせないでほしい」
 「……ああ」
 「頼んだよ。いつか、強い魔力を持った魔法少女が……。まどかを人間に戻せる子が現れるかもしれない……」
 「可能性はとても低いけれど……ゼロじゃないから……。だからまどか。強く生き」

  ――パアアアアアアンッ!!
  キュゥべえの頭が爆散して完全に消滅する。
  キュゥべえの耳飾りだけが残されて、カラカラと音を立ててまどかの目の前に残される。

314 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:21:51.32 6Z7KyD2qo 208/573


 「キュゥべえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
  キュゥべえの耳飾りを手にしてまどかが泣き叫ぶ。
  魔法少女になってから、今までずっと一緒だったキュゥべえとの日常を思い出しながら、まどかは涙を流す。
 「訳が分からないよ。君達を不幸にした張本人の為に泣くなんて」
  インキュベーターが馬鹿にした口調でまどかを嘲笑う。
 「……まどか、マギカ・ブレードだ」
  芳文が静かに怒りを込めた口調でまどかに言う。
  まどかはキュゥべえの耳飾りを胸に抱きしめて泣きながら、マギカ・ブレードを生成する。
 「消え失せろ!!」
  芳文はマギカ・ブレードを掴むと、怒りのままにインキュベーターに投げつける。
  マギカ・ブレードが、インキュベーターの右後ろ脚と尻尾を消滅させる。
 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
  今まで味わった事のない激痛に、たまらずインキュベーターが悲鳴を上げる。
 「逃がすか!!」
  右後ろ足と尻尾を失ったインキュベーターが、背を向けて逃げ出そうとするのを、芳文は渾身の蹴りで爆散させる。
  新しいインキュベーターが即座に出現したその瞬間。
  インキュベーターの右後ろ脚と尻尾が突然消滅した。
 「まさか!! 鹿目まどかの作り出した剣は、因果を破壊するとでも言うのか!?」
  新しいインキュベーターが、狼狽えた口調で後ずさる。
  地面を抉りながら沈んでいくマギカ・ブレードを掴むと、芳文はインキュベーターを完全に消し去ろうとする。

 「……でさあ」
 「えー? マジで?」
  登校途中の女生徒達の声が聞こえて、芳文の動きが一瞬止まる。
  インキュベーターはすかさずその場から逃げ出した。
 「待て!!」
 「鹿目まどか!! 僕達は絶対に君を諦めない!!」
  捨て台詞を残して、インキュベーターは消えた。
 「……まどか」
  まどかはキュゥべえの耳飾りを胸にただ、涙を流し続けるのだった……。

315 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:22:37.63 6Z7KyD2qo 209/573

          ☆

 「まどか、今日どうして学校休んだの? みんな心配したんだよ」
  放課後に人通りの少ない遊歩道に呼び出されたさやかが、無断欠席したまどかに尋ねる。

 「……さやかちゃん。さやかちゃんはずっとわたしの親友だよ」
 「なにさ、やぶからぼうに」
  真剣な表情でそう言うまどかに笑いながら、さやかが返す。
 「グリーフシード、持ってきてくれた?」
 「ん? 一応、持ってきたけどさ」
 「ちょっと貸してくれるかな」
 「別にいいけど」
  さやかはそう言って、グリーフシードをまどかに手渡す。
 「……芳文さん」
  まどかが芳文の名を呼ぶと、少し離れた場所にいた芳文がさやかを羽交い絞めにする。

 「ちょっ!? 先輩!?」
  まどかは戸惑うさやかの左手中指から、さやかのソウルジェムを抜き取ると、さやかの胸に押し当てる。
 「これからは、普通の女の子に戻って幸せになってね」
  そう言ったまどかの手から暖かい光が溢れ出し、ソウルジェムがさやかの胸の中に押し込められる。
 「――まど、か」
  泣きそうな顔で笑う親友の顔を、最後に脳裏に焼き付けながら、さやかは意識を失った。

  芳文は意識を失ったさやかをベンチの上に座らせる。
  すぐ近くのベンチには、同じようにまどかの手で人間に戻されて、意識のないマミと杏子が座らされていた。

 「はあ……はあ……」
  魔力の使い過ぎで、まどかが荒い息を吐く。
 「まどか!! すぐにソウルジェムを浄化するんだ!!」
 「う、うん……」
  黒く濁ったソウルジェムを、さやかから受け取った三つのグリーフシードで完全に浄化する。
  限界の近いグリーフシードを芳文はまどかから受け取ると、その手に力を込めて粉々に握り潰した。

 「……芳文さん。それじゃ後でね」
 「……ああ」
  まどかと芳文は、さやか達に一瞥をくれるとそれぞれの自宅へと戻っていった。


316 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:25:25.61 6Z7KyD2qo 210/573

  その日の深夜。

  家族が寝静まったのを見計らって、まどかは家を出る。
  出来るだけ、動きやすい服に着替えて、旅行用の鞄を手にまどかは歩みを進める。
  その頭にはもう、リボンは付いていなかった。
  途中、携帯電話で時間を確認しようとすると、さやかとマミからの着信が大量にあった。
  まどかは携帯電話の電源を切ってポケットに入れると再び歩き出す。
  歩き続ける事、十分弱。やがて良く見知った人物を見つけてまどかは駆け寄った。

 「……いいのか」
 「……うん」
  芳文の問いに、静かに頷く。
 「……行こう」
  芳文はまどかの肩を抱き寄せて、まどかと二人で歩き出す。

 「芳文!! まどか!!」

  不意に声をかけられてまどかと芳文は振り返る。
  ほむらが息を切らせながら、二人の側に駆け寄ってくる。
 「あなた達、これからどうするつもりなの?」
 「……もうこの街にはいられないから。俺達は旅に出る」
  芳文が無表情で答える。
 「もう、この街には魔女も使い魔もいないから。マミさん達も普通の女の子に戻ったから。だから」
  まどかのその言葉に、ほむらは驚いた表情でこれからの事を尋ねる。

 「二人だけで、よその街の魔女を狩りながら生きていくつもり?」
 「それだけじゃない。生きていく為にグリーフシードは集めるけど、助けられる魔法少女がいれば助ける」
 「そんな……。それじゃあなた達は……」
  芳文のその言葉に、ほむらは呆然となる。
  そんな生き方で、まどかと芳文に果たして安らぎはあるのだろうか?
  思わず口に出そうとすると、まどかがほむらに微笑んで言った。

 「……うん。言いたい事、わかるけど……。ひとりじゃないから」

 「……まどか」
 「可能性は低いかもしれないけど、いつかまどかを人間に戻せる力を持った魔法少女も探し出してみせる」
  芳文は強い決意を母へと語る。
 「……これを持っていきなさい」
  ほむらは懐から、通帳と印鑑とカードを芳文に手渡す。
 「……暗証番号は、あなたの誕生日よ」
  通帳に自分の名前が書かれているのを見て、芳文はほむらに言った。
 「……右手、上げてくれる?」
 「……こう?」
  ほむらは素直に従う。

  ――パァーン。

  芳文の右手とほむらの右手が空中で音を立てて触れ合った。

 「今までお疲れ様。後は俺が引き継ぐから」
 「……芳文」
 「さよなら。母さん」
  芳文はほむらにそう言って、微笑んでみせる。
 「――あ」
  ほむらの瞳から涙が一筋、流れる。
 「ほむらちゃ……ほむらさん。今まで、ありがとうございました」
  まどかがぺこりとお辞儀をする。
 「……まどか」
  芳文とまどかは寄り添うように去っていく。

 「芳文!! まどか!! いつか必ず二人で帰ってきなさい!!」
  二人は振り返る事もなく、去っていく。
 「待っているから……!! ずっと待っているから……!!」
  ほむらは芳文とまどかの姿が見えなくなるまで、いつまでもその場で二人を見送るのだった……。


317 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:27:47.92 6Z7KyD2qo 211/573

          ☆

  見滝原市から遠く離れた夜の街。
  無人のビルの屋上で、芳文とまどかは夜の街明かりを見つめながら、夜風に吹かれていた。
  まどかが時間を確認しようとして携帯電話の電源を入れると、詢子からの着信がかかってきた。
  まどかは思わず、芳文の顔を見る。
 「……出てもいいよ」
  芳文が優しくそう言うと、まどかはおずおずと携帯に出る。

 「……もしもし」
 「まどか!! やっと繋がった!! あんた今どこにいるんだい!?」
 「……ママ」
 「さやかちゃん達も和子もみんな、今もあんたを探してるんだ!! 無事なら今すぐ帰ってこい!!」
 「……ごめんね、ママ。わたし、もう帰れないよ……」
 「まどか? なにかあったのか!? 芳文君も連絡が取れないって言うし」
 「芳文さんなら、わたしと一緒にいるよ」
 「そうか、あんたひとりじゃないんだな!?」
 「うん……」

 「何があったのか知らないけど、あんた達だけで帰ってこれないなら、あたしが迎えに行くから。今どこだ!?」
 「……遠い街、だよ」
 「まどか、それだけじゃわからないだろ」
 「……うん。ねえママ。わたし、ママとパパの子供に生まれてきて幸せだったよ」
 「……まどか?」
 「もしまた生まれ変わる事があったら、その時もママとパパの子供になりたいな」
 「おい、まどか!?」
 「さようなら、ママ。ずっと元気でいてね。パパとタツヤにもよろしくね」
 「おい!! まど」

  ――プツッ。ツーツー……。

  まどかが通話を切り、携帯からの音が小さく響く。
 「芳文さん。お願い。この携帯を壊して」
 「別に壊さなくてもいいんじゃないか?」
 「ううん。いつまでも持ってると、未練を捨てられないし、わたし達の居場所を見つけられるかもしれないから……」
 「……本当にいいのか?」
 「うん。お願い」
  そう言って、芳文に携帯電話を手渡す。
  買ってもらった時に家族で撮った写真や、さやか達と撮った写真のデータが入っている思い出の携帯電話。
  芳文と二人で撮ったプリクラを貼った大切な携帯電話。
  まどかは芳文に今までの生活との決別の為に、あえて携帯電話を破壊してもらおうとする。

  ――グシャッ。

  芳文の手によって、握り潰された携帯電話が粉々になって、地面に落ちる。

 (――これで、全部なくなっちゃった)

  夢も、未来も、家族も、友人も、思い出さえも失った少女。
  覚悟していたはずなのに、涙が溢れてくる。
 「まどか」
  芳文はまどかを抱きしめる。
  嗚咽を漏らすまどかが落ち着くまで、芳文はただ黙って抱きしめ続ける。


318 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:30:21.68 6Z7KyD2qo 212/573

 「――もう、大丈夫だよ」
  やがて、腕の中のまどかが泣き止んで、そう言って笑うと芳文は優しく微笑んで頷く。

 「行くか」
 「うんっ」

  二人は昼間の間に目星をつけておいた場所で、魔女の結界を発見して中へ突入する。
  結界の中では、新しく魔法少女になったばかりの少女と、その友人が魔女に襲われていた。

 「早く逃げて!!」
  劣勢の魔法少女が友人に向かって叫ぶ。
 「だって!! あなただけ置いていけないよ!!」
 「いいから早く逃げて!!」

 「彼女を助けたいかい?」
  傍らに立つ契約の獣が、無力な少女に囁く。
 「僕と契約して魔法少女になれば、彼女を助けられるよ」
  ――それは、無力な少女にとって悪魔の囁きだった。

 「――その必要はない」
  突然現れてそう言いながら、空中高く跳んで少女の目の前に着地した芳文が、手にした長大な剣で魔法の使者を名乗る悪魔を斬り裂いた。
  マギカ・ブレードに秘められた、因果を破壊する力で存在そのものを消滅させられた悪魔は、二度と少女の前にその姿を現す事はない。

 「もう、大丈夫だよっ」
  白とピンクのフリルの服を着たまどかが少女に声をかける。
  以前と違い、リボンを着けていない桃色の髪が、魔女の起こした風圧で流れる。

 「あ、あなた達は……?」
  
  突然現れた芳文とまどかに少女が驚く。

 「行くぞ、まどか」
 「うんっ」

  ――ひとりじゃないから。

  まどかはマギカ・ブレードを構えて、魔女に向かって走る芳文を援護するべく、弓を顕現させて魔力の矢を引き絞る。

  ――だから、きっとがんばれる。

  まどかは新たな人生への思いを胸に、魔力の矢を魔女に向けて解き放った。


                                                                                     つづく



319 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 18:40:35.27 6Z7KyD2qo 213/573

 杏子「第2部完」
 杏子「次回から最終章だ」
 杏子「実はマギカ・ブレードはデモンベインのシャイニング・トラペソヘドロンも元ネタのひとつなんだ」
 杏子「この剣は、今、そこにある、今、ここにある物の存在そのものを破壊する。例え遠隔操作している物でも、ソレを通して大元の存在を破壊する。たとえ相手が精神生命体だろうが超ロボット生命体手だろうが関係なく破壊する」
 杏子「こいつの直撃を喰らったら、インキュベーターも完全にその存在を破壊される。まどかルート専用の必殺武器だ」

 杏子「キュゥべえはアニメ版とウメス4コママンガを合わせたイメージ。インキュベーターはハノカゲ版のイメージで書いてるそうだ」
 杏子「キュゥべえはインキュベーターのコピーで感情に目覚めたが、インキュベーターは感情なんてない。どうすれば相手が負の感情を抱くか計算してわざとやってるんだ」
 杏子「これでハッピーエンドに行けるのかね……」
 杏子「次回 第20話 「俺達は神様じゃない」 までお別れだ」
 杏子「じゃあな」

321 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/22 19:07:00.37 6Z7KyD2qo 214/573

 杏子「補足」
 杏子「この世界にはコピーインキュベーターが世界中に大量に存在している」
 杏子「オリジナルは右後ろ足と尻尾を失ったインキュベーターだけだ」
 杏子「感情を手に入れたのはまどかと一緒にいたキュゥべえだけだ」

 杏子「マギカ・ブレードについて。魂や精神と言った物で繋がっている場合のみ、マギカ・ブレードの破壊エネルギーがそのパイプを通じて大元に流れ込む」
 杏子「相手がいわゆるラジコンだったら、大元には影響しない」
 杏子「魂や精神で繋がってる物のみ、影響を及ぼすのさ。この話のインキュベーターはひとつの魂がその時使っている複数の体の内のひとつと繋がっているから、大元の魂もダメージを喰らい、その影響でスペアも同じ個所が破損したという訳」
 杏子「何度体を変えても、欠損部位は二度と元には戻らない。だから、あいつは逃げたのさ」

 杏子「ちなみに魔人ブウみたいな超再生持ちの右手を破壊した場合、破壊された部位は初めからなかった事になる。つまり再生不可能。再生出来てももう右手としては二度と機能しない」
 杏子「存在そのものを破壊するとんでも武器だから、まどかルート専用なのさ。おしまい」

325 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/23 21:54:11.42 c/3k1aEgo 215/573

 杏子「業務連絡。疲れたからちょっと不定期で更新休むって。もしかしたらいきなり更新するかもしれないけど」
 杏子「本編はおそらく全24話くらいで終了するはずだってさ。もしもネタが思いついたり、容量が増えたら26話くらいまでいくかも」

 杏子「こぼれ裏話。あたし達が6人で倒したワルプルギスの夜は、ほむらの世界のまどかが倒した奴のグリーフシードをインキュベーターが掠め取って、この世界に持ち込んで孵化させた物だ」
 杏子「箱の魔女とか、鳥籠の魔女とかは本編で描写してないだけで、この世界でも倒している。だからグリーフシードを沢山持ってたんだ」

 杏子「本編で使われなかったあんこスラッシャーは、箱の魔女と戦った時に社がふわふわ浮いてしまう結界の中で自由に動けなくて、あたしが移動装置兼武器として作ってやってその時に使ったんだ」
 杏子「だから11話でアンカースラッシャーを使いこなせたのさ」

 杏子「こっちの世界にも、ゆまはもちろん、おりこやかずみも存在する」
 杏子「インキュベーターの介入のせいで、あっちの魔法少女の因果があたし達にも流れ込んでるんだ……あの野郎!!」

 杏子「ほむらの旦那について。決してブサイクではないが特別ハンサムな訳でもない。若い頃の見た目のイメージはフタコイ・オルタナティブの主人公や仮面ライダーWのハーフボイルドみたいな兄ちゃんだ」
 杏子「牙狼の親父やバキの親父みたいに、息子よりもはるかに強かったらしい。ほむらより七歳年上だ」
 杏子「まどかみたいなお人好しで優しい性格だったので、記憶のないほむらは好きになったらしい。もしほむらに記憶があったら社は生まれていなかっただろう」
 杏子「別にロリコンだったわけじゃないらしい。ほむらと結婚するまでにどんなドラマがあったんだろうな」

 杏子「ほむらの旦那は天涯孤独だったので、社に父方の親戚はいない。社を引き取った社父は旦那の親友で、ほむらとも面識がある。と言うか、若い頃は旦那とほむらと同じアパートに住んでた」
 杏子「また、社の継母は旦那の昔の恋人だったらしい」

 杏子「社芳文は美人設定のほむら似だけあって実はイケメンなんだ。まどか達に出会う前の社は無口で無愛想で近寄りがたい雰囲気だったから、女子生徒達に避けられてたんだ」
 杏子「逆にバカの振りをしてた時は、あまりに馬鹿すぎて避けられてたんだ。だから本人はイケメンの自覚がない。まあなんだかんだ言ってもまだ15歳だから、やっぱり顔立ちにまだガキっぽさが残ってるせいもあるんだけどな」
 杏子「高校生くらいになれば、周りの女がキャーキャー騒ぐようになるだろう」
 杏子「さやかは上条が好きだから、あいつの事をそれなりに整った顔と言ってたけどな。実際は上条の奴よりハンサムだぞ」
 杏子「案外、ほむら似だからこっちのまどかも好きになったのかもな。もちろん性格とか今までの経緯とかそう言うのも含めて好きになったんだろうけど」

 杏子「実はこのSSはエロパロ板でやろうとしてたらしい。本来の構想では>>310の後に社とまどかが結ばれるシーンが挿入される予定だったそうだ」
 杏子「こんな長ったらしい前ふりをしてようやくって、どこのエロゲーなんだ……」

 杏子「おまけ」
 杏子「夏休みにマミの家でパジャマパーティーをした時に、マミとさやかがまどかを弄って遊んでた時の事だ」
 杏子「幸せそうに社との事をのろけてくれたんで、悩みがなくていいなってあたしが言ってやったら、まどかが悩みくらいあるって言うんだ」
 杏子「んで、悩みってなんだよってあたしが聞いたらさ、生理が来ないのって言うんだよ」
 杏子「それ聞いてマミとさやかが社をぶちのめしに行くってキレてさ。大変だったよ。あいつらまどかの事可愛がってたからな」
 杏子「そしたらまどかが慌てて、初潮がまだ来ないのって言い直して、その場はおさまったんだけどさ」
 杏子「あたしが初潮ってなんだ?って尋ねたら、マミとさやかが驚いた顔でこっちを見るんだ」
 杏子「そしたらまどかの奴は何故か嬉しそうに、これからも仲良くしようね、とか言って手ぇ握ってくるし。訳わかんねぇ……」
 杏子「……まどか。今頃どこで何してるんだろうな。じゃあ、またな」

327 : ちり紙 ◆B/tbuP0Myc[... - 2011/05/25 18:46:38.17 4bEHhDeRo 216/573

 杏子「業務連絡」
 杏子「今度の金土日で最低1話更新するよ」

 杏子「それと今の展開について、作者からの弁明だ」
 杏子「まどか☆マギカの一応シリアス系二次創作である以上、魔法少女システムの真実は避けられない。ラストが近いからこの展開なんだそうだ」
 杏子「一応、スレ立てした時のプロットどうりに進んでいるから、この展開になるのも予定どうり。これでも描写をかなり抑え目にしたそうだ」
 杏子「本気でバッドエンド直行の鬱展開やるなら、もっともっと悲惨な展開にしたそうだ。例えばほむらが死ぬとか」
 杏子「別に読んでる人間に精神攻撃したいわけじゃないし、原作のほうで鬱耐性付いてるから大丈夫だろうと思ったとの事」


 杏子「こんな展開でも、最後は絶対ハッピーエンドだ。タイトルの一部が明るい魔まマだからな」
 杏子「繰り返す。最後は絶対にハッピーエンドだから」
 杏子「作者の命をかけてもいい。絶対にハッピーエンドだ」

 杏子「この話はまどかが最後の最後まで、人間の女の子として生きる為にがんばる話だからな」

続きます。

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