1 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:03:22 C9j0Q2iH0

ある日、放課後ティータイムのベーシストにして、メインシンガーでもあった秋山澪は、音楽雑誌のインタビューに答えていた。
話題は、先日突如リリースが発表された彼女のソロアルバムについて――。

記者「この度の取材で聞きたいのではですね、なぜこのタイミングでソロアルバムを発表したかということなんですよ」

「…………」

記者「貴方の1stソロアルバム『MIO』聴かせていただきました。確かに良い出来でしたけれど……」

「私たちのバンド、放課後ティータイムが停滞状態にある今、なぜあえてそっちを放置してソロ活動を行うのか、ということですか」

記者「いや、停滞とまでは言いませんが、最近の放課後ティータイムにはメンバー間の不和、グループ解散の噂が絶えないのは事実ですよね?
それで今までソロでの活動をいくら待望されても頑としてバンドとしての活動に拘った貴方がソロアルバムを発表するというのは……」

「放課後ティータイムは解散することになると思います」


元スレ
澪「放課後ティータイムは解散します」
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1248015802/

3 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:07:14 C9j0Q2iH0

記者「え?」

「確かに法的にはまだ解散していないし、権利関係とかレーベルの運営とか色々、
片付けなきゃいけない金銭的な問題もある。でも、もうメンバーの心はあのバンドにないんです」

記者「ほ、本当ですか?」

「ムギは今以上に曲を発表する場に飢えていて、梓もギタリストして独立したいはず。
律は……わからないけど……極めつけは唯だ。あの子の心はもう完全に放課後ティータイムから離れてしまっている」

記者「やはり噂は本当だったのですか……。と、いうことは貴方のこのタイミングでのソロアルバムのリリースが意味することは……」

「ええ。私、秋山澪は放課後ティータイムを脱退しました」

記者「!!」

「もう、夢の時間は終わったんです」


5 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:10:44 C9j0Q2iH0

こうして翌日のスポーツ紙には
『秋山澪、ソロアルバム発表を区切りに放課後ティータイム脱退。グループは解散へ――』
の大見出しが躍った。

レコード会社、特に彼女たちのマネージャーであり、
誰よりもメンバーのことをよく知る人物でもあった山中さわ子(彼女は教師からロックバンドのマネージャーへ華麗な転身を遂げていた)
は、グループの解散は否定したものの、澪の脱退については口をつぐんだ。

そして、その衝撃的なカミングアウトをきっかけに、他のメンバーも徐々に独自の活動を展開し始め、
放課後ティータイムは自然消滅的に事実上の解散を迎えた。
日本の音楽界の歴史を変えたといっても過言でないスーパーバンドの、余りにもあっけない幕切れであった。


6 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:12:21 C9j0Q2iH0

「よっ、ムギ」

都内のとある高級レストランのVIPルーム。
律は久方ぶりに顔を合わす友人にして元バンドメイト――琴吹紬を手招きした。


「わざわざ来てもらっちゃって、ごめんなさいね」

「いいってことよ。それよりこの店もお前の家が経営してるんだってなぁ。さすがお金持ち!」

澪が放課後ティータイムからの脱退とグループの解散を暴露してからというもの、律たちもまた、好奇心旺盛なマスコミに追われる生活が続いていた。
そして、紬が琴吹家経営のこの店を会合の場所に選んだのは、外野に余計な気を使う必要がないからだった。


「それで話っていうのはなんだい?」

「実は私、今度ソロアルバムをレコーディングすることが決まったの」

「本当か!? そりゃめでたいなー。そういやムギは放課後ティータイムの最後の方から、かなり曲書き溜めてたもんな」

「…………」


9 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:14:26 C9j0Q2iH0

そこまで言って律は自分が地雷を踏みかけていることに気付いた。

「あ……ごめんな。それより用件に戻るけど……」

「ええ、話というのは他でもないの。律ちゃんに今度の私のソロアルバムで、数曲叩いて欲しくて」

「何だよ、そんな話か。断る理由がないね!」

「じゃあ……」


「勿論OKさ! 全曲でも叩いてやるよ」――と、律はご自慢の明るい笑顔で快諾して見せた。
そして紬にとっても久しぶりに見る仲間の明るい表情――それこそ高校時代に返ったような――は何よりの心の清涼剤だった。


「アルバムには律ちゃんの他に、梓ちゃん、澪ちゃん……そして唯ちゃんにもゲスト参加してもらう予定よ」

「そうなのか!」


律は驚いたと同時に、『ゲスト参加』という言葉は余りにも悲しく感じてしまったのも確かだった。


「もっとも、皆が一緒にスタジオに集まってレコーディングするのは難しいから、バラバラで録音したパートを編集することになるんですけれど……」

「そうか……」

眉毛を伏せる紬を見て、律は溜息を一つ吐いた。


「確かに、今の私たちじゃ、一緒のスタジオ内には居れないだろうね」

「律ちゃん、私たち、またいつか5人揃って演奏できる日が来るのかしら……」

「先のことはわからないよ。でも少なくとも私は諦めてはいない」

「私もです」

そうして二人は、少しだけ過去のことに思いを馳せた。


10 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:16:53 C9j0Q2iH0

放課後ティータイム。
桜高校の軽音部の仲良し部員5人組で結成されたこのバンドは、在学中にメジャーのレコード会社に見初められ、
『今、最も熱い現役JKバンド』の触れ込みでアルバム『プリーズ・プリーズ・ミオ』でデビューを飾った。

その話題性にたがわず、楽曲の質も高く、出すシングルは軒並みオリコン上位。
アルバムも、ただのアイドルバンドでない上質なクオリティで玄人筋の評論家を唸らせ、

名曲揃いの『タクアン・ソウル』や実験精神旺盛な『リツルバー』等の作品は、
その年のロッキンオンジャパンのディスクオブザイヤーに輝くなど、輝かしいスタートを切った。

ライヴツアーは満員御礼、テレビで彼女達の姿を目にしない日はなく、関連グッズも売れに売れた。

そして、この頃は顧問教師兼彼女たちのマネージャーであったさわ子がブチ上げる。


さわ子「日本は制覇したに等しいわ! 次は海外よ!」

満を持してのアメリカ遠征。
期待と不安の中、空港に降り立った5人は、大勢のアメ公の群れが彼女達の到着を待って群れを成す光景に、心から驚愕した。


この時、『日本の民族衣装』という触れ込みで、5人はコスプレをしており(唯:スク水、梓:猫耳、紬:ナース服、律:浴衣、澪:メイド服)、
飛行機のタラップから彼女達が手を振りながら降りてくる姿は、今ではアメリカの歴史の教科書に載るほど有名なシーンとなった。


「あのコスプレ、澪ちゃんは相当こたえてたみたいですね」

「なにせ、そのあとのテレビ生出演まで引きずって、『出たくない!』なんて駄々こねてたもんなぁ」


13 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:19:55 C9j0Q2iH0

そのまま、全米へ生中継される音楽番組に出演した放課後ティータイム。
東洋の島国からやってきた『FAB5(ファブ・ファイヴ)』達にすっかり魅了されたアメ公達は、
こぞってテレビの前に陣取り、番組は恐るべき視聴率をたたき出したという。


「あの番組に私たちが出演してた時間帯だけ、全米での犯罪発生率が減少したなんて話もあるくらいだったからなぁ」

「本当、素晴らしい体験でしたね」

その後、全米を横断したライヴツアーも軒並みソールドアウトの大好評。
あまりの人気ぶりに混乱して前後不覚となった唯が


『放課後ティータイムはもはやキリストより有名』

と発言し、バッシングを受けるという事件も発生したが、それすら彼女達の名前を更に有名にする宣伝効果しかなかった。


「ほんと、あの頃は楽しかったよ。私たち5人の力でなんかデッカイこと成し遂げてる気分でさ」

「寝る間もないくらい忙しかったですけど、充実していましたよね」


14 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:21:46 C9j0Q2iH0

同時刻――。ところは変わって某スタジオ。

エンジニア「それじゃ梓ちゃん、もう1回、アタマから通しでいくよー」

「はい。お願いします」

ドラマーの流れるようなフィルインとともに、梓が愛機のフェンダー・ムスタングを掻き毟ると、
暴れ馬のいななきの如き活きのよいサウンドスケイプがスタジオ中に広がった。
そして放課後ティータイム時代は見られなかった可愛らしい歌声で梓がマイクに向かう。


『レイラぁ~、怒ってオナニー~♪』

放課後ティータイムの自然消滅後、梓はこれまでの活動で培ったツテを頼りに腕利きのミュージシャンを集め、

ちょっとキュートで骨太グルーヴのブルースロックを標榜する『アズニャン・アンド・ザ・ドミノス』を結成。
そして今日はバンドのお披露目ライヴのスタジオリハーサルであった。


エンジニア「しかし梓ちゃん、ライヴ活動をするのも久しぶりだよね」

「そう……ですね。ほぼ2年ぶりくらいでしょうか」

エンジニア「後期の放課後ティータイムはツアーどころか、単発のロックフェス出演とかもなかったもんね」

「……はい」

エンジニア「いやぁ~、ファンの人は待ってたと思うよ。あの元放課後ティータイムの中野梓の空気を切り裂くギタープレイがまたナマで拝めるっていうんだから」

「…………」

サウンドエンジニアの賞賛に恐縮しながら、梓もまた過去の回想に耽っていた。


16 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:23:36 C9j0Q2iH0

ちょうど2年前――。
日本全国を横断する大規模なライヴツアーの千秋楽を迎えようとしたある日の楽屋。

「さわちゃん、ちょっと相談があるんだが……」

バンドのリーダー(部長)として、マネージャーのさわ子にそれを提案したのは律であった。

「私たち、ライヴ活動をしばらく休止したいと思うんだ」

律の提案には誰もが同意するところであった。
実際、放課後ティータイムの人気ぶりはもはや狂信者的なところがあり、ライヴ会場が阿鼻叫喚の地獄絵図と化すことが日常茶飯事となっていたのだ。

もはや悲鳴ともいうべき異常なほどの歓声で、自分達のMCも演奏もマトモに聴こえない。
客席を見ればファン同士が暴動寸前の小競り合いをしていたこともあった。
酷い時には興奮したファンがステージに乱入。
さらに酷い時には、将棋倒しでゲガ人が出る始末――。
こんな状況で、良い音楽など演奏できるわけはない。

「ライヴに来るのは私たちの姿が見たいだけの人たちばかり。私たちの音楽を聴きたい人たちはCDを聴けばいいと思うよ~」

辟易した唯からこんな皮肉じみたセリフが飛び出すほど、状況は深刻だった。
彼女は特に長く続くホテル暮らしで、妹の憂とも会えず、
その愛情の籠った手料理を食べる機会も少なくなった生活に、一番嫌気がさしていたメンバーであった。


17 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:28:47 C9j0Q2iH0

「確かに、毎日ホテルからホテルへ。常にマスコミとSPに囲まれ、眠れるのは移動中だけ。
こんな家もないみたいな今の状況にはみんなちょっと疲れてきていたんだ」

「ちょっと休息が必要って皆で話していたところなんです」

「ライヴ活動は休止しても、勿論レコーディングはするしシングルもアルバムも出すつもりですからね♪」

当初、彼女たちは可愛らしいルックスで売れ始めたアイドルバンド。
それが急にファンへの露出が減るとなれば……危惧する声がないでもなかったが、

さわ子「確かに……。貴方たちはもはやルックスと話題性だけじゃなくて、音だけで勝負するに十分なバンドになっているわね」

さわ子は5人の意思を尊重したのであった。こうして放課後ティータイムはライヴ活動を一時休止した。

幸いにも十分な気持ちと時間の余裕を持ってレコーディングにのみ専念した放課後ティータイムは名作を連発。
ヒットチャートにも相変わらず君臨し続けた。
特にこの時期発表した、架空のロックバンドがコスプレコンサートを行うというコンセプトアルバム『サージェント・ネコミミ・ロリ・ケイオン・クラブ・バンド』や
2枚組の力作『うんたんアルバム』は、20○○年にして、既に21世紀に名を残す名盤としての高評価を得た。

だが、メンバーにとってあまりにも自由すぎるこの期間は、同時にトラブルの種をも孕ませるキッカケとなったのであった。



18 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:31:43 C9j0Q2iH0

「電話……唯先輩だ」

リハーサルの休憩時間、鳴りだしたケータイのディスプレイに表示された名前には、梓にとって複雑な思いを抱かざるを得なかった。


『やっほ~♪ あずにゃん、元気~?』

「元気ですよ。それにしても久しぶりですね」

『あれ~、そうだっけ?』

「放課後ティータイム解散の法的処理を話し合うために、弁護士を交えて5人で集まって以来……ですね」

『そっか~。それよりさ、あずにゃんギター弾いてくれない?』

「え、私がですか……」

『そうそう~。今作ってるソロアルバムでね~、どうしてもあずにゃんのギターが欲しい曲があるんだ~。

“ザリガニ”っていう曲なんだけどね。「想像してごらん、ザリガニなんてこの世にいないと」っていう歌詞で……』

梓にとって、バンドが解散したとはいえ、唯は軽音部時代からの先輩として慕った存在だった。
そんな唯の頼みを断ることなど梓には出来ないはずだったが……。


「唯先輩、そのアルバムの制作には『あの人』も携わってるんですか?」

『あの人って誰のこと?』

「そんなの一人しかいないじゃないですか」

『あぁ~、私のダーリンのこと? 勿論、カレには今回のアルバムのコンセプトからジャケットデザインからサウンドディレクションまで全部……』

「それなら、その話はお受けできないです」

『え?』

「ごめんなさい。参加したい気持ちは山々ですけど……どうしても無理です」

梓はそう言い残して一方的に電話を切った。


「放課後ティータイムを壊したあの男と……どうして今更一緒に演れるっていうんですか、唯先輩……」


21 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:35:26 C9j0Q2iH0

また時間は遡って、放課後ティータイムがライヴ活動を休止して1年ほどたった頃。
ある日、ニューアルバム用の楽曲セッションのため、
レコーディングスタジオに現れた唯が連れ添っていた人間を見て、律、紬、梓、澪は一様に驚愕した。

「こちら、最近知り合ってお付き合いすることになったオノさん。
アートの世界じゃかなり有名な人でね、この前、街でナンパされちゃったんだ~♪」

「どうも、オノ・ヨースケと言います。フリーのアーティストやってます(キリッ)」


「ちょ、ま……」

「マジかよ!」

「お付き合いって……あの唯先輩が!?」

「そんな……どうして男性なんかと……。そうなのね、ごめんね唯ちゃん、私が可愛がってあげなかったばっかりに……ううっ」

唯が連れてきた自称アーティストの恋人に、一同は戸惑いを隠せなかった。


「恋愛は本来個人の自由だけどさ……私たちは人気商売なんだから、オトコはまずくないか?」

「やだな~、りっちゃん。私たちはもう音楽だけで勝負できる大物バンドだよ? ダーリンがいるくらいでどうってことないって♪」


そこまで言うのなら仕方ないと納得した一同(紬以外)は、渋々唯のお付き合いを黙認するつもりだったのだが……。


23 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:37:47 C9j0Q2iH0

「みんな~、今、レコーディングしてる曲にウチのダーリンのボーカルを入れたいんだけど、いいよね?」

澪律紬梓「!!!!」

「アートの世界でやってきた俺だけどさ、実は歌声にも自信があるんだZE!」

「さすが、ダーリンすご~い」

「いや、唯……これは私たち、放課後ティータイムの曲だからいきなりゲストボーカルでしかも男の人っていうのは……」
「そしたら早速レコーディングだね! さわちゃん、スタジオ押さえるの、お願いね!」
「お、おいっ! 唯……」

仕方なく歌わせてみたはいいものの、

「ギョワワワーン♪」

「うわ……めっちゃ下手だ」
「これならガラ声の唯先輩の歌の方がまだマシなレベルですね」
「聴いているだけで吐き気がします。まるで殺されかけの鶏の鳴き声みたい」
「というか最近あの唯の彼氏、私たちのレコーディングにずっと居座ってるよな……」




24 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:39:12 C9j0Q2iH0

「唯、今度のアルバムにさ、1曲全部唯のカスタネットソロの曲を入れるのはどう?」

「さっすがダーリン~。名案だね~!」

「ちょ……私だってドラムソロすらやったことがないのに」


「唯、今度はさ、1曲全部、俺と唯が愛を囁き合う会話をサウンドコラージュして9分くらい収録するのはどうかな?」

「さっすがダーリン~。名案だね~!」

「そ、そんなぶっ飛んだ曲をアルバムに収録するっていうんですか……!?」


「唯、今度の曲のプロモーションビデオにさ、俺も出演していいかな?」

「さっすがダーリン~。名案だね~!」

「ライヴ活動を休止した私たちにとってPVは唯一のファンへの露出なのに……」


「………これはまずい」

状況は、徐々に悪化の一途を辿っていた。


「なぁ、皆正直なところを聞かせてくれないか。唯のあの彼氏、どう思う」

「ぶっちゃけウザいです」

「確かに……。別に付き合うのはいいんだけどさぁ……あの男、やたら出しゃばって私たちのレコーディングにも介入してくるし……」

「付き合うだけでも殺す理由は十分なんですけどね。
事実、あの男と付き合うようになってから唯ちゃん、変わった気が……」


25 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:42:43 C9j0Q2iH0

「そう言えばこの前、ソロ名義で変なアルバム出してたなぁ……」

「そうなのか? メンバーで一番最初にソロ活動を始めたのがまさか唯とは……」

「ああ、あの全裸の唯先輩とあの男がジャケットの、ノイズコラージュで全面埋め尽くされたアルバムのことですか」

「前衛音楽と言えば聞こえはいいですけど、あれはただの雑音でしたね。
あの作品の制作にも、あのオノとかいう男が全面的に協力していたそうです」


「それにこの前、とあるチャリティライヴイベントで唯先輩がソロで出るっていうんで、ゲストでギター弾いたんですよ」

「おおっ! 1年ぶりのライヴ活動じゃないか」

「そうなんですけどね、唯先輩『ふわふわ時間』を演ろうって言って、演奏自体はすごく良かったんですけど……」

「なんとなく想像ついた……」


「そうなんですよ! あの男が唯先輩のボーカルにあのキモイ鶏声で絡んできて、『ギョエーッ!!』とかシャウトするんですよ!?
終いにはステージを占領してわけのわからないポエムを……」

「それは梓ちゃん……お気の毒に……」

「せっかくいい気持ちで久しぶりの演奏を楽しんでたのに台無しですよ!
ほんと、ギターであの男の頭カチ割ってやろうかと一瞬思いましたもん」


「事態は思ったよりも深刻だな……」

4人が額を集めて、ウザい唯の彼氏とそれを良しとする唯の所業に頭を悩ませているうちはまだ愚痴を言いあうだけでよかった。
何だかんだで唯は澪と並び立つ放課後ティータイムのフロントマンであり、
近年ではギターの腕前もめきめきと上達し、作曲でもバンドに貢献していたからこそ、目を瞑る余裕があった。

しかし、不幸なことに、5人の絆に入ったわずかのヒビは、あっというまに他の4人へも波及していく。


27 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:45:47 C9j0Q2iH0

その傾向が顕著だったのは、唯とともにバンドの推進力となっていた澪であった。

「ちょっと、律! 今のテイク、サビのところでまたリズムが走っただろ!」

「なんだよ~、私のドラミングの持ち味がちょっと走り気味なぐらいの勢いだってこと、わかってるだろ? 何年一緒にやってるんだ?」

「何年も一緒にやってるのに一向に改善されないのはどういうことなんだ?」

「な、なにおう!?」

「はぁ……これなら前に律がカゼでぶっ倒れた時にライヴで急きょ叩いてもらったセッションドラマーの方が……」

「(ぷっちーん)」

口論の末、いじけた律は3日間失踪。
梓や紬、マネージャーのさわ子の説得と澪の謝罪によってグループには戻るものの、僅かなわだかまりが残った。


「梓、今のソロ、もう一回弾いてくれない?」

「あ、はい(ギョワワーンピロピロ!!)」

「うーん、なんか違うんだよなぁ……。もう一回……」

「は、はい(グワグゴーンピキピキ!!)」

「違うんだなぁ……。何ていうか、もうちょっとジェフ・ベックみたいに弾けないか?」

「(今までめったに私のプレイにダメ出しすることなんてなかったのに……)」

その時梓は口には出さず我慢したものの、澪がいなくなったところで

「そんなにベックのギターがいいなら、稼いだ印税で本物のベックを雇えばいいんですよ……」と寂しそうに呟くところを、紬に目撃されている。




29 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:47:13 C9j0Q2iH0

「なぁ、ムギ。この前デモ聴かせてくれた新曲のことなんだけど」

「あ、はい!(あれは私の久々の自信作……澪ちゃん気に入ってくれたのかしら……)」

「私が考えている次のアルバムのイメージとはちょっとかけ離れてる気がするんだ」

「え?」

「だから悪いんだけどあの曲はしばらくお蔵入りということで」

「え、ええ……(今まで曲に意見することはあっても頭ごなしに否定することはなかったのに……)」

メンバーの中で一番の気遣い上手だったムギが、深夜の喫茶店でヤケ紅茶に浸る姿が、スタジオ帰りの梓と律に目撃されたという。
心なしか、沢庵もしなびていたらしい。



31 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:49:53 C9j0Q2iH0

「澪のヤツ、唯があんな風になったから『自分がしっかりしなきゃ』って自分にプレッシャーかけて、あんなに厳しいことを言うようになったんだろうなぁ。
そう思えば、あれだけ私に厳しく言ったのも理解できるよ」

一通りの回想と食事を終え、2杯目のお茶に手を付けた律が遠い目をして言った。


「ええ……あの頃には唯ちゃん、スタジオにもあまり来なくなってましたしね」

当時の唯は、彼氏のオノヨースケにライフスタイルから思想から何からなにまで汚染され、
街中で突然ゲリラライヴを行っては警察のご厄介になったり、

『平和のコタツイン』とかわけのわからない思想をブチ上げて、
彼氏とともに24時間コタツに同衾する光景をマスコミに取材させ、全国ネットで中継させるなど、
その奇行ぶりに磨きがかかっていた。


「あの時の澪ちゃんの頑張りよう、もう少しだけ理解してあげられればこんなことにはならなかったかもしれないわね」

「過ぎたことを後悔しても仕方ないさ……。
まぁ、後悔するに値するだけ、私たちにとってあのバンドはかけがえのないものだったけどな」


35 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:52:15 C9j0Q2iH0

このままじゃいけない――。
バラバラになり、崩壊への道を辿る放課後ティータイムをなんとか立て直そうとした澪は、ある日メンバーを集めて、こう切り出した。

「映画を作ろう」

「はぁ? 私たちはいつから女優になったんだ?」
「演技には自信ないですけど……」
「ベッドシーンだけなら自信はありますけど……」

「そうじゃなくてだな。つまり――」

澪の提案はこうだ。
現在進めているニューアルバムのレコーディングにカメラを入れ、その現場を撮影してもらう。
それを放課後ティータイムのレコーディングを追ったドキュメンタリー映画として公開する――。

「私たちもライヴ活動を休止して久しいし、確かにここらでバンドとしての露出が必要だよな」

そして、撮影と並行して制作したアルバムは、映画のサントラ盤として発表する。

「なるほど! 映画はアルバムの宣伝にもなるし、アルバムは映画の宣伝にもなる。一石二鳥ですね」

さらに、映画のラストでは、2年ぶりの放課後ティータイム単独ライヴを行い、新曲とこれまでのヒット曲を演奏するシーンをクライマックスに!!

「とうとうライヴ活動再開ですか。確かに、いい頃合だと思います」






37 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:55:04 C9j0Q2iH0

「最近色々あって大変だったけど、初心を取り戻して、私たちの絆は健在だって示してやるんだ。
合言葉は『ゲット・バック・けいおん!(軽音部時代に戻ろうぜ)』だ!」

瞳を輝かせて理想を語る澪に、律、紬、梓は一様に同意した。

そして、

「どうだ。これならやってくれるか、唯?」

「うん、わかったよ、澪ちゃん。私もやる。『げっとばっく! けいおん!』 だね!」

澪律紬梓「『ゲット・バック・けいおん!(軽音部時代に戻ろうぜ!)』」

かくして、バンドとしての原点を取り戻すためのセッション。

『ゲット・バック・けいおん! セッション』は開始された。

39 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:56:58 C9j0Q2iH0

またまた時は現代に戻って、都内の某高級ホテル――。
音楽雑誌の取材を終えた澪がホテル内の喫茶店で一息ついていると、見覚えのある美女が澪の正面の席に座った。

さわ子「久しぶりね、澪ちゃん。ソロアルバム好評じゃない♪」

「先生……じゃなくてさわ子マネージャー」

さわ子「いいわよ、先生で。私、また教師に戻ったの」

「そうだったんですか?」

さわ子「だって、放課後ティータイムが解散してしまった今、私が心からマネジメントしたいバンドなんて、もうこの世にはいないもの」

「…………」

少しだけ悲しそうな顔をした澪を認めると、さわ子は言葉を続けた。


さわ子「勿論、バンドが解散したって貴方達が私のかわいい教え子だってことは変わらないけどね。
何なら今から高校時代に戻って、また澪ちゃんにコスプレさせたいくらい♪」

「……ありがとうございます」

さわ子「でもね、今日は残念だけど仕事の話――というより、残務の話ね」

「残務ですか」

さわ子「放課後ティータイム最後のアルバム――あれ、どうする?」

さわ子の問いかけに、澪は一層苦い顔をして、目を伏せた。

そう、『ゲット・バック・けいおん!』を合言葉に制作した映画のサントラアルバムは、放課後ティータイムが解散した今になっても、世に出ることなくお蔵入りの状態となっているのだ。
もっとも、それはお蔵入りになってしかるべき散漫な内容のアルバムであったからなのだが――。


さわ子「一応、使えそうな曲を片っ端から集めて出した編集盤が出回ってるけど、あれは澪ちゃんの本望ではないものよね?」

「はい……。残った音源をエンジニアが勝手に切り貼りして出しただけのツギハギのゴミのようなものですから」

さわ子「厳しいわね。ま、私としてはあのアルバムをあるべき形で世に出すのが最後のマネージャーとしての仕事かと思ったんだけど……」


「……正直、あのアルバムのことは思い出したくありません」


40 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 00:59:40 C9j0Q2iH0

結論から言ってしまえば、撮影班をスタジオに招きいれてのレコーディングは、上手くいかなかった。

まず、元来恥ずかしがり屋の性格だった澪が、カメラの前で普段通りのレコーディングに臨めるわけがない。
そうしてまた余計なプレッシャーを抱え込んだ澪は、案の定律をはじめとするメンバーにつらくあたり始めてしまったのだ。
さらに、

「ダーリン~、私の新曲、『うい~、アイス~』の出来栄えどう思う?
激しいギターリフに乗って私がひたすらに憂にアイスをねだり続けるっていう、斬新なアイデアの曲なんだけど」

「ハハハ! 流石、唯は天才だなぁ! 最高だよ! 早速レコーディングしよう。勿論、俺も協力するZE!」

相変わらず唯の彼氏がスタジオに入り浸り、レコーディングに介入し続けたのだ。
終いには、


「澪ちゃ~ん、私やっぱりライヴやりたくな~い」

「な……どうしてだよ?」

「だってライヴするとなると曲を覚えてリハーサルしなきゃいけないし、面倒くさいんだもん。
澪ちゃん、私がいまだに五曲以上同時にコード進行と歌詞が覚えられないって知ってるくせに~」

これにはさすがの澪以外の3人もキレかけた。


42 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:02:39 C9j0Q2iH0

「ライヴには私でたくないよ~。まだチケットも売ってないし、中止しようよ~。
それでもやるっていうなら、この映画も中止だね~」

しかし4人は、この2年の間、彼氏とのラヴラヴにかまけ、音楽活動も殆ど好き勝手にやってきた唯に、
いきなり大観衆の前に立てというのも無理な話と渋々納得する。
何より、ここまでやってきた映画制作を中止することなど現実的に難しい。
頭を抱えた澪たちだったが、


「それじゃあ、こうするのはどうかしら?
ドームとかアリーナとかの大規模なライヴはなし。そのかわり、私たちの母校の桜高でライヴをやるというのは?」

「そうか! その手があったか!」

「確かに3年通ったあの高校の体育館のステージなら、いくら久しぶりの唯でも緊張することないだろ」

「図らずして『ゲット・バック・けいおん!』っていうコンセプトにもぴったりですしね」


「う~ん、まぁ、それならいいかな~」


「よし! 決まりだな。あと、せっかくやるならお決まりの体育館でやるより、インパクトがあるほうがいいんだけど……」

「インパクトったって、体育館以外にあの学校で演奏できそうなところないだろ」

「音楽室はちょっと手狭ですしね」

「! それなら学校の屋上で演奏するのはどうですか? 画的にも凄くかっこいいはずです」

澪律紬「それだ!!!」


こうして、急きょ映画のラストシーンを撮影するための、桜高屋上ライヴ――後に『ルーフ・トップ・ライヴ』と呼ばれる伝説的なライヴが行われることが決定した。

だがこの時は、5人のうちだれも、この演奏が結果的に放課後ティータイム最後のライヴ演奏となることなど知る由もなかった。



44 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:06:05 C9j0Q2iH0

「本当にこんなところでやるのか! すごいな!」

母校の屋上、限られたそのスペースに所狭しと並べられた機材を眺めて律は感嘆した。


「天気も晴れてよかったですね。撮影にはもってこいです」

「でも本当に大丈夫なのかしら。今日は平日だし、校内では生徒の方も授業をされているのに……」

「ある意味アポなしのゲリラライヴみたいなものだからな。
でも大丈夫、その辺はマネージャーが話をつけてくれているはずだし」

さわ子「昔の職場のよしみよ。校長の弱みは沢山握ってるし♪」

こうして始まった屋上ライヴ。
演奏曲はレコーディング中のアルバムから新曲を数曲、これは唯が昔の曲は忘れていたためだった。

しかし、そこは一時代を築いたバンド――。
とても内輪に火種を抱えているとは思えない熱い演奏で、ただの高校の屋上をあっという間に熱気ほとばしるステージに変えて見せた。


生徒1「ねえ? 屋上の方からなんか歌声が聴こえてこない?」

生徒2「本当だ……って、これ、放課後ティータイムの秋山澪の声じゃない?」

生徒3「ええっ!? あの放課後ティータイム!? 確かこの高校のOGの人たちのバンドなんだよね?」

生徒4「間違いないよ! 澪だけじゃなくて平沢唯の声も聴こえる!」

母校の星――あの放課後ティータイムが2年ぶりのライヴをあろうことか校舎の屋上で行っている。
噂は即座に全校を駆け巡り、殆ど全ての生徒達、そして教師達までもが授業を放り出して校庭に集まり、屋上を見上げた。



46 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:08:30 C9j0Q2iH0

そしてライヴの方も終盤。ひとしきり新曲群を演奏し終えると、澪はマイクを通して、4人に呼びかけた。

「ねえ、最後は『ふわふわ時間』でシメないか?」

それは放課後ティータイムが初めてバンドとして演奏したオリジナル曲。彼女たちの原点を示す、まさにバンドを代表する1曲だった。


「よっしゃ! いっちょやるか!」

律のカウントに導かれると、今回のライヴに一番乗り気でなかったはずの唯もまたギターリフでそれに応えた。

さしもの唯も『ふわふわ時間』だけは覚えていたのだ。


『キミを見てるといつもハートドキドキ~♪ 揺れる想いはマシュマロみたいにふわふわ♪』


『いつも頑張る~♪』

『いつもがんばーる♪』

『キミの横顔~♪』

『きみのよこがおー♪』


「(澪のヤツ、なんか……)」

「(唯ちゃんに向かって何かを訴えるように歌ってるみたい……)」

「(心なしか唯先輩もそれに応えてる……ように見えるけど)」


『ふわふわタァ~イム♪』

『ふわふわたーいむ♪』

いつの間にやら、校庭には彼女たちの演奏を少しでもハッキリと聴きとろうと、そして彼女たちの姿を少しでも垣間見ようと、全校中の生徒たちが集まっていた。
そしてこの騒ぎを聞きつけた警察が、演奏を止めさせようと屋上に踏み込むという一幕もあったものの、
それすら映画のクライマックスを、放課後ティータイムの2年ぶりのライヴをより盛り上げる作用にしかならなかった。


48 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:10:39 C9j0Q2iH0

こうして桜高屋上ライヴは成功に終わり、映画の製作も順調に進み、バンドの結束も元に戻る……と思われたのだが現実は甘くなかった。

「映画の撮影もレコーディングも終わったし、私、しばらく放課後ティータイムの活動には顔を出せないね」


「は? 何を言っているんだお前は」

「だって今ダーリンと制作してるソロアルバム、途中で放りっぱなしなんだもん。そっちの作業に戻らなきゃ」

「またあの男かよ……」

「そ、そんな……! あの屋上ライヴをきっかけにこれからまたライヴ活動に復帰しようっていう話もあったのに」

「一回きりでいいよ~。面倒くさいもん」

「それならせめて映画とアルバムの宣伝にテレビに出演するくらいなら……」

「だめだよ~、向こう1年はもうソロ活動でスケジュールおさえちゃってるって、ダーリンが言ってたし」

「おい、唯、お前なぁ……いい加減に」


「いい加減にしろっ!!」

そしてとうとう来るべき時がやってきた。


「口を開けばダーリンダーリンってあの男のことばかり……。
レコーディングには勝手に連れてきて参加させるし、そうかと思えばソロアルバムがどうとかいってスタジオには姿を見せない、ライヴもやる気がない……」


「唯は放課後ティータイムとあの男とのソロ活動、一体どっちが大事なんだ?」


律紬梓「!!!」

今までだれもが遠慮して口に出せなかったその問いかけを、我慢の限界に来た澪は口に出してしまった。



50 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:13:19 C9j0Q2iH0

「わかったよ――」

すると唯は急に真剣な口調になり、

「うすうす気づいてたんだ。みんなが私とダーリンの関係を良く思っていないのは――」
「だったら……っ!」
「でも私はやりたい音楽をやりたい――そしてそれは放課後ティータイムじゃ出来ないと、みんなはそう言うんだね」
「お、おい……まさか」
「……私、帰るね」
「唯ちゃん!」
「唯先輩!」

その晩、4人の携帯には唯からのそっけない文面のメールが届いた。

『私たちのドリームタイムはもう終わり。ばいばい』

平沢唯が放課後ティータイム脱退を表明した瞬間であった。

そして、唯の代理人を名乗る弁護士が残された4人の前に現れ、
脱退後の楽曲の権利や所有権等について、事務的な話を延々とし始めたのはそのすぐ後のことであった。





52 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:15:28 C9j0Q2iH0

さわ子の判断により、唯の脱退は公には伏せられた。勿論、それも世間にバレてしまうのは時間の問題だろうが。

そしてかのドキュメンタリー映画『ゲット・バック! けいおん!』は予定通り封切られたものの、
クライマックスの屋上ライヴシーンを除いては、作中の8割を険悪な雰囲気漂うスタジオでのシーンが占めてしまうという皮肉な内容となってしまった。
これを目にしたファン達は、ネットの噂レベルで流れていた放課後ティータイムのメンバー間不和説、解散説が信憑性のあるものだと感じざるを得なかった。

そしてレコーディングした音源も聴き返してみれば、どれもそんな雰囲気が反映された締まらないダラダラとした内容のものばかり。
腕利きのエンジニアがストリングスなどの余計なオーヴァーダビングを繰り返し、切って貼っての編集を行うことでやっと体裁を成す始末。

こうして出されたサントラアルバムは、

『軽音部時代に戻り、5人の演奏だけで活き活きとした作品を作ろう!』
という当初のコンセプトからはかけ離れた内容となってしまった。

後年、このアルバムと映画を振り返ったメンバーの発言として、


「ただのクズ」

「映画を見て、そのあとアルバムを聴いていると悲しくなる」

「しなびた沢庵」

「ティータイムだけにまさに茶番」

「映画はあの内容なら私がカスタネットを叩いている映像を流し続けた方がましな出来」

と、それぞれこきおろしている。


56 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:19:25 C9j0Q2iH0

そして、唯の脱退を機に他の4人も自らの今後の身の振り方を考え始めた。

「(放課後ティータイムは……もう駄目かもしれない。そう言えば次のアルバムのためと思って用意していた曲が結構あるな……)」

澪は自宅に籠り、宅録でソロアルバムのデモテープを作り始める。

「(放課後ティータイムがこの状態だと私はやることがないな……。他のアーティストのレコーディングにでも顔を出してみるか)」

律は持ち前の明るさで様々なアーティストやバンドとの交流を深め、セッションドラマーとして少しずつ色々な作品に参加し始める。

「(放課後ティータイムじゃ澪ちゃんに却下された曲が結構残ってる。自分ではそこまで悪い出来だとは思っていないし……)
斉藤、琴吹家の別荘にレコーディングが出来るスタジオ付きのものがありましたね? あれ、今すぐ使えるように手配できるかしら?」

ミュージシャンとしての自我に目覚め始めていた紬もまた、ソロアルバムの制作に取り掛かった。

「(私はやっぱりバンドがやりたい……。ライヴがやりたい……。人前でギターを弾きたい……。
でも今の放課後ティータイムじゃそれは無理……。だったら……)」

梓は腕利きのミュージシャンを集め、新たなバンド結成へ水面下で動き出した。

「想像してごらん~♪ ザリガニなんてこの世にないと~♪
想像してごらん~♪ 追試なんてこの世にないと~♪」
「いやぁ、唯は天才だぜ!! こりゃソロアルバム『ザリガニ』大ヒット間違いなしだ!」

唯は相変わらずバカップル状態で好き勝手に活動。放課後ティータイムのホの字も忘れていた。


58 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:21:23 C9j0Q2iH0

この時点で、少なくとも唯と澪以外の3人は、放課後ティータイムがいつかまた活動を再開することを心のどこかで期待していた。

しかし、冒頭にあった通り、唯の脱退すら公になっていない状態で、
バンドのドロドロとした内情と抜け駆け的に自らの脱退を発表した澪の行動の波紋は大きく、もはや事態に取り返しがつくことはなかった。

こうして21世紀最大にして最高のロックバンドであった放課後ティータイムは、悲惨な最期を遂げることとなったのであった。

第一部 解散編 完


61 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:24:52 C9j0Q2iH0

(第二部)

解散後のメンバーの活動を記そう。

まず、放課後ティータイムの解散を一番恐れていたにもかかわらず、
自らの脱退宣言によって皮肉にも自らの手でバンドの歴史に幕を下ろさせることとなった澪は、

1stソロアルバム『MIO』を発表後、自らがリーダーを務めるバンド『秋山澪&ぴゅあ☆ぴゅあ』を結成。

アルバム、『パンツ・オン・ザ・ラン』が大ヒットとなり、解散後のメンバーの中で最も商業的な成功を収めた。
しかし、


客1「澪ーッ! 『ふでペンボールペン』演ってー!」

客2「『ふわふわ時間』歌ってくれー!」

客3「パンツ見せろー!!」

ライヴでは新曲でなく、放課後ティータイム時代の名曲をリクエストする声ばかりが聞こえ、過去の遺産に大いに悩まされることとなっていた。


律は、『ロック界最強の渡り鳥ドラマー』として様々なアーティストとのセッション、ゲスト参加を繰り返し、これまた様々な名作にその足跡を刻んだ。
しかし、どんな大物バンドに加入を打診されても彼女は決まって断ってしまい、一度きりのスポット参加のみしかしようとしなかった。


「今更他のバンドなんかに入れないよな……」


捻くれたマスコミには、『田井中律はいつまでも放課後ティータイムの幻影に付きまとわれ、新たなステップへ進まない』と批判的な論調で書かれることもあった。


64 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:27:50 C9j0Q2iH0

紬もまたソロ活動を開始し、1stソロアルバム『オール・ガールズ・マスト・レズ』では、
澪のアルバムには売上で及ばなかったものの、専門誌等での高い評価を獲得し、

世間では『放課後ティータイムが解散して最も特をしたメンバー』と言われた。

同時に、その財力を活かして、恵まれない同性愛者を救うためのチャリティコンサートを主催(なお、このコンサートには律と梓も参加した。)、大成功を収めた。
しかし、


「私は潔白です! やましい気持ちでなく、純粋に女の子を愛しているんです!
あとこの眉毛は自前です! 沢庵じゃありません!」

恵まれない境遇の幼女を甘い言葉で自宅豪邸に招いて性的虐待を行っていたとの疑惑。
あまりにも太すぎる眉毛が整形手術を繰り返した末の賜物である等のスキャンダルが噴出。
世のバッシングを浴び、名声を失墜させていた。


新バンド『アズニャン・アンド・ザ・ドミノス』を結成した梓は、アルバム『いとしのあずにゃん2号』が大ヒット。
特に同名のタイトル曲は、飼い猫との種族を超えた禁断の愛に身を焦がす少女の淡い思いを歌った名曲として、後世に残ることとなった。
しかし、


「やっぱり……唯先輩たちと一緒に演奏していた時には及ばないんですね」

新たなバンドでライヴを重ねる度に思い知るのは、あの5人だからこそ成し遂げることのできたバンドマジックの大きさ。

梓もまた、この過去の幻影に悩まされ、『アズニャン・アンド・ザ・ドミノス』はアルバム1枚を残して解体。
その後も梓は放課後ティータイムの幻影を追い求めて、
新たなバンドを作っては解体し、解体しては新しく作り……の不毛なスパイラルへと陥っていった。


65 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:30:25 C9j0Q2iH0

そして唯は……書くのも億劫なほど相変わらずであったが、
解散後のメンバーの中でも異常なくらいに、自らの過去のキャリアを否定するようになっていた。
ソロアルバム『ザリガニ』の中に収められている『失望した!』という曲では、歌詞に

『私は放課後ティータイムなんて信じない』

という衝撃的な一節が歌われていたほどだった。

「私が信じるのは自分とダーリンだけ」

マスコミに対してもこのようにうそぶいて止まない唯が、かの恋人オノヨースケに、身も心も完全に依存していることは誰の目にも明らかであった。

こうして必ずしも順風満帆とは言えない解散後のキャリアを歩んでいた5人。
このような状況下では、誰もが「放課後ティータイムの夢をもう一度……」と思うのも無理はなかった。

そして状況は意外なきっかけで動き出す。


68 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:32:50 C9j0Q2iH0

ある日、放課後ティータイム解散後3つ目のバンド、
『ネコミミ・ツェッペリン』でのライヴを終えたばかりの梓の楽屋に、懐かしき顔がやってきていた。


「憂! 久しぶり!」

「梓ちゃん、ライヴとってもよかったよ」

この日、いち観客として客席にいた憂であった。
憂は放課後ティータイムがまだライヴ活動を行っていた頃、学校の長期休暇を利用してバンドのツアーにも帯同。

メンバー(主に唯)の身の回りの世話で貢献していた、ある意味『6人目のメンバー』とも言える存在であった。


「今日はね、梓ちゃんに相談があってきたの」

「相談?」

「うん。実はお姉ちゃんのことなんだけど……」

「…………」

憂の声のトーンが明らかに下がった。梓は思わず身構えた。


「お姉ちゃんの彼氏さんのことは、梓ちゃんも知ってるよね」

「それは勿論……」

「実はね、お姉ちゃん、最近彼氏さんと上手くいっていないみたいなの」

「!?」

「この前会ったときもね、『最近、ダーリンが冷たいんだ~』って、笑ってお姉ちゃん言ってたけど、目は笑っていなかった」

「そうなんだ……。でも……」


「あの忌々しき男と唯先輩が別れてくれるならこれほど喜ばしいことはない」――梓は口をつきかけた言葉を飲み込んだ。



70 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:35:02 C9j0Q2iH0

「それにお姉ちゃん、多分あの人に暴力を振るわれてる……」

「え!?」

梓は思わずツインテールが絡まるほど驚愕した。
しかし、目の前の憂の表情はいたって真剣である。


「私、この前お姉ちゃんと会った時、偶然見ちゃったの。お姉ちゃんの身体、腕とか至る所に痣が……」

「そ、そんな……嘘でしょ?」

少なくともあのオノヨースケという男はウザかったが、唯との仲は良好であり、暴力を振るうようには見えなかった。


「最初はお姉ちゃんに彼氏ができたって言われて、ちょっと寂しかったこともあったけど、
お姉ちゃんが幸せなら……って、そう思ってたのにこんなの酷いよ……お姉ちゃんが可哀想で……ううっ……」

「わかったよ、憂」

とうとう感極まって泣き出してしまった憂を優しく抱きしめ梓は続けた。


「唯先輩のことは私が何とかしてみせるから」

「うう……梓ちゃん……私どうしたらいいかわからなくて……ひとりじゃ抱えきれなくて……でもお姉ちゃんが心配で……」

「大丈夫、わかってるから」


73 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:37:15 C9j0Q2iH0

ちょうど同じ頃、愛する彼氏と二人三脚で音楽活動を行っていた唯の生活には、確かに暗雲が立ち込めていた。

「おい、唯。ちょっと話がある」

「なぁに? ダーリン」

「お前、これはなんだ」

そう言われて、唯が手渡されたのは、その週のオリコンチャートが速報となって掲載されていたFAX用紙だった。


「この前リリースしたシングル、初登場4位じゃねえか」

「あ……」

「『秋山澪&ぴゅあ☆ぴゅあ』のシングルは1位独走だってのに。同じ元放課後ティータイムのメンバーでこの差は何だよ」

「あはは……この前のシングルは少し前衛的過ぎたんだよ。それでも4位なら悪い方じゃないと……」

「は? 唯、お前、俺がプロデュースしたあのシングルのコンセプトに文句つけるつもりか?」

「そ、そういうわけじゃ……」


「売れなかったのはテメエの力が足りなかったからだろがッ!!」ブンッ

「きゃっ!!」

「何が元放課後ティータイムだよ! 何が天性のロックンローラー平沢唯だよ! あんな淫乱女に売り上げであっさり負けやがって!!」バシッ

「やめて……おねがいやめて……次はもっと頑張るから……。1位を取れるように頑張るから……」

「うるせえッ!! この役立たずがッ!! 俺がプロデュースした至高の芸術が世に受け入れられないのはお前の力不足なんだよ!!」ゴキッ

どこで道を踏み外したのか――愛しているはずの男に足蹴にされながら、唯は涙を流し、己の人生を顧みた。
すると真っ先に浮かんできたのは……高校時代の自分。
軽音部の仲間に囲まれ、毎日が事件の連続で、それでも楽しかった初期放課後ティータイム時代。


「みんな……」

活動末期、あれほど興味を失っていたはずの5人での活動を、解散後唯は始めて恋しく思った。


76 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:39:39 C9j0Q2iH0

「――と、言う話なんですけれど……」

琴吹家御用達のレストランのVIPルームで、梓は事の経緯を律と紬に説明した。
この3人は、バンド解散後も比較的、公私分け隔てなく交流を図っていたのだ。


「本当かよ……。唯がそんなことになっていたなんて」

「(ピキピキ!! ガタガタ!!)」

「お、おい……ムギ、ティーカップを握りつぶすなよ」

「許せない……唯ちゃんに手を上げるなんてあの男……!! 去勢してやるわ!!」

「まぁ……ムギ先輩の気持ちもわかります」

「幼女虐待のあらぬ疑いで訴えられた時以来の怒りだわ。ちなみにそっちは一応勝訴して無罪確定しましたけど」


「でも業界じゃあの男、よく言われていないのも確かなんだ」

梓紬「!?」

「最近聞いた話なんだけさ、あの男は大分金にうるさいらしくてな。
唯が出演したライヴイベントやテレビの音楽番組、雑誌に掲載されたインタビューまでとかくギャラには文句を付けまくるらしい」

「そういえば放課後ティータイム時代も、印税目当てにやたら曲のクレジットに唯先輩の名前を入れろって五月蝿かったですね」

「まさに金の亡者ね。汚いわ。この世の全てが金で解決するなんてとんだ思い違いね」

「……(お前が言うか)」

「最近、唯先輩のCDは売上が落ちてきているって聞きましたし」

「ここに来て本性が出たってことか」

「チ○コを毟りとってやろうかしら」


77 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:42:20 C9j0Q2iH0

すると突然、関係者以外立ち入り禁止だったVIPルームのドアが開け広げられた。

「話は聞かせてもらった」
律紬梓「澪(ちゃん)(先輩)!?」

「お前……今、全国ツアーの真っ最中じゃなかったのか?」
「私のところにも憂ちゃんから連絡があったんだ。『お姉ちゃんを助けてくれ』ってね」

期せずして、放課後ティータイムの元メンバー4人が一堂に会した瞬間であった。

「唯を救う方法は一つしかない。それは放課後ティータイムを再結成することだ」

律紬梓「!?」

澪の突然の提案に、3人は驚愕した。




78 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:44:24 C9j0Q2iH0

「な! 本気か!?」


「本気だよ。その理由を話す。
聞くところによると、今の唯の周辺はあのオノヨースケ絡みの関係者で固められていて、部外者は容易に近づけない状態らしいな」

「はい。憂もこの前、本当に久しぶりに会ったって言ってたくらいですし……」

「さわ子先生も会いにいったら門前払いされたらしいですね。

なんでも『もうお前は平沢唯とは何の関わり合いもない人間だ』ってあの男に言われて」


「だったらその関わり合いとやらをもう一度持ち出してやればいい」

「それが放課後ティータイム?」

「そう。4人の内の誰でもいい、『放課後ティータイムに再結成の話が出ている』とマスコミにリークすれば世間は騒ぎ出す。
そうすれば世論とファンに押されて、唯は必ず矢面に立って私たちの前に現れる」

「なるほど……」

「ある意味私たちが『伝説のバンド』だったからこそできることですね」

澪の提案は、確かに同意できそうなものだった。

それほどまでに『放課後ティータイム』の名前は、解散後の今でも効果がある。
しかし、異を唱えるものが一人。澪の幼馴染で誰よりも彼女の心を知る律であった。


「澪は……本当にそれを望んでいるのか?」

活動末期、澪は誰よりも放課後ティータイムが崩壊することを良しとせず、
リーダーシップをとり、映画やサウンドトラックを企画立案し、やる気を失っていた唯を鼓舞し、バンドを再生させようとした張本人。
そしてそれが叶わなかったからこそ、自らの脱退宣言という衝動的な行為でもって放課後ティータイムに終止符を打った。
そんな澪が、今更もう一度放課後ティータイムのフロントマンとしてベースを弾き、歌うことができるのか――。



80 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:47:58 C9j0Q2iH0

すると静かに澪は語りだした。

「――本当はさ、実は今話したのは所詮表面的な理由なんだ」

「私は……ソロになってあのバンドの素晴らしさを改めて思い知った」

「あの5人でやっていたからこそ楽しかったし、あの5人でやっていたからこそつらい時も助け合ってやってこれた」

「バンドを始めたあの時の気持ちを私は忘れていたんだ」

「だからこそ私は、心から放課後ティータイムを再結成したいと思ってる。
お金も名声も弁護士も楽曲権利の問題ももうどうでもいい。私は純粋にもう一回皆と演奏したいんだ」

実を言うと、澪にとってこの告白はとても勇気がいるものであった。
経緯はともあれ直接的には自分の手で幕を下ろしてしまった放課後ティータイム。
そのわだかまりは3人にはないのか、そしてそんな過ちを犯した自分を3人は許してくれるのか――。

「アッハッハ……何を言い出すのかと思えば……」

しかし、気が気でない澪とは対照的に、律はその告白を豪快に笑い飛ばした。



82 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:50:05 C9j0Q2iH0

「結局、みーんな同じ気持ちだったんだなぁ」
「え?」

「私もさ、ずーっとしたかったんだ、再結成」

「でもさ、なかなか言い出せなくてなぁ。まさか澪の方から言ってくれるとは」

「やっぱりさ、私は放課後ティータイム以外のバンドじゃドラムは叩けないんだ」

「解散してから今まで色んなバンドとかアーティストとのセッションで叩いてきたけど、
それも全て私にとっては再結成のための修行みたいなもんさ……なんて言ったら後付すぎ?」

「り、律……」

「あ、その代わりリズムが走るクセはまだなおってないからなー。ま、あれは私の持ち味だし、大目に見てよ」

「私も律ちゃんと同じ気持ちです」

「ソロになって、自分の曲を好きにリリースすることができるようになって最初は少しだけ開放感があったのも事実ですけど……」

「すぐに気付いたの。やっぱり私の書いた曲は澪ちゃんと唯ちゃんに歌ってもらわないと輝かないって」

「ムギ……」
「それにやっぱり皆のような可愛い人たちと一緒にやらないと物足りないですからね♪ その反動で幼女にも手を出してしまったわけですし」
律梓「(……本当は有罪だったのかよ)」



86 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:51:49 C9j0Q2iH0

「私も解散してからずっと思ってました」


「色んなバンドを組みましたけど……凄腕のミュージシャンとも大勢演りましたけど……
その度に放課後ティータイムがいかに凄いバンドだったかを思い知るんです」


「私のギターも……先輩たちと一緒じゃないと輝けません」


「み、みんな……ありがとう」

こうして放課後ティータイムの再結成計画が水面下で動き出した。

そして元メンバー4人の会合のそのすぐ後、スポーツ紙や音楽雑誌には『放課後ティータイム再結成!?』の記事が躍り、
マスコミは躍起になって元メンバーにその真意を聞こうと群がった。


『再結成? ない話じゃないね』

『私はいつでも準備は出来てますよ。裁判も落ち着きましたしね』

『もし再結成するならオリジナルメンバーの5人で。それだけが条件です』

『時は来た。それだけです』

誰一人として再結成話を根拠のない噂として一蹴しない四人の元メンバー。
俄かに盛り上がるミュージックシーン。
しかし、この降って湧いたいたような再結成の話題に、即座に異を唱えたのは唯のマネージメント陣――つまりオノヨースケであった。


88 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:54:08 C9j0Q2iH0

都内某所――。
とあるレコード会社の会議室に元メンバーが終結する。
その場には再結成推進側の澪、律、紬、梓の四人。
そして、問題のオノヨースケに付き添われてやってきた唯の姿もあった。

「まずは率直にそっちの意向を聞こう。再結成ってのは正気の沙汰なのか?」


「正気です」

「こちら四人の意思は固まっていますよ」

「つまり残るはあと一人――」

「唯先輩の意向だけです」

複雑そうな表情で終始うつむく唯とは対照的に、オノはあからさまに舌打ちをすると、


「今更何を言ってやがる。そもそもアンタらがバンドの中で唯を孤立させたことが解散の原因じゃないか!?
唯の曲をアルバムに採用しなかったり、いちいちバンド外の活動にケチをつけたり……」

「そ、それは貴方が……ッ!」

「(落ち着け梓。キレたら向こうの思うつぼだ)」

「もういいやお前マジで殺(ry」

「(ムギも落ち着け……!)過去の経緯は関係ない。問題は今だ」


「澪ちゃん……」

「私たちは唯の意向を聞きたいんだ」

「私は……」

「黙ってろ唯! そもそも今更バンドに戻ったところで何になるんだ!
ギャラは五等分だし、印税は曲を書いた人間にしか入らない! だったらソロでやった方がビジネス的には美味しいんだよ!」

「(金の話をし始めたぞ……)」

「(本性が出始めましたかね)」

「クソッ!! こうなったら裁判だ!! アンタら4人まとめて訴えてやる! 早速腕利きの弁護士を用意して……」


90 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:56:35 C9j0Q2iH0

ヒステリックに喚き立てるオノを戸惑いの表情で見つめる唯。
ここで澪は伝家の宝刀を抜いた。

「『平沢唯の恋人、オノヨースケの反対で放課後ティータイムの再結成は頓挫』――。
こんな事実がマスコミを通して世間に漏れたら、貴方はバッシングの標的になること確実ですね――」

「なにせ私たちのファンは世界でも類を見ないくらい熱狂的だからね」

「私の裁判の時も、1万人の嘆願書を集めてくれたくらいでしたから♪」

「私はこの会議室での会話の内容を包み隠さずマスコミに話す覚悟はできてます」

幾ら公私を共にする恋人とはいえ、していいことと悪いことがある。
音楽界の至宝――放課後ティータイムの再結成を阻むなんていう行為は当然後者だ。


「……ぐっ!」


「そして――」

澪は視線を、苦虫を噛み潰すオノから、唯へと移した。


「大事なのは唯の意思だ」

「そうだな。唯がもう一度、放課後ティータイムでやる気持ちがあるなら……」

「この5人でなければ再結成する意味はありませんからね」

「(コクコク)」


「わ、私は……」

「クソッ! 話にならねえ! 唯、帰るぞ!!」グイッ

「あっ……!」

「再結成したけりゃアンタら4人でやればいい! 俺の唯には手を出すな!!」

荒々しい手つきでドアを閉め、オノと唯は帰って行った。


91 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 01:58:40 C9j0Q2iH0

「けっ、何が『俺の唯』だよ。腹の中じゃ唯が生み出す金にしか興味がないくせに」

「それに私、確かに見ました。唯先輩の右腕にちょっとですけど痣の跡が……」

「やっぱり殺しておくべきでしたかね」

「ん……まぁ、今日はこんなものだろう。後は唯がどう決心してくれるか、だ」

そして世論も動いた。
放課後ティータイム再結成の気運の高まりとともに、ファン達が盛り上がり始めたのだ。
そして、再結成の最大の障壁となっている唯の恋人オノヨースケへのバッシングが高まると同時に、
唯のもとには再結成を熱望するファンからの熱い声が続々と寄せられていた。


「『放課後ティータイムのライヴがもう一度見たいです!』……」

「『唯ちゃんの熱いギタープレイをもう一度!』……」

「『5人でのふわふわ時間を聴くまで死ねないです!』……」

「『唯タン、ハァハァ……』……」


「ファンレター……こんなにいっぱい」

日増しに届くファンレターに目を通す唯。一方、


「クソッ!! あの4人、さては結託して俺をハメやがったな!!」

憤るオノヨースケ。そのうっ屈した怒りの矛先は当然――。


「唯……お前はまさかあのバンドに戻りたいだなんて、言わないよな?」

「私は……」

「俺達、もう随分と長い間仲良くやってきたじゃねえか」

「…………」

「クソッ! 何とか言えよ!」

「……(私もあのころに戻りたいよ)」


92 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:00:23 C9j0Q2iH0

そして、4人のもとに唯からの手紙が来たのはそのすぐ後のことだった。

そこには、放課後ティータイム末期の自分の勝手な行動に対する謝罪、解散してからの活動、
CDの売り上げが伸び悩むにつれ豹変していった恋人の態度、そしてその恋人から受ける仕打ちの数々――。
そんな複雑な現況があけすけに記されていた。そして結びの言葉はこうだった。

『私は皆が許してくれるなら、もう一回放課後ティータイムをやりたい』


「唯……」

「通じたんだな。私たちの気持ちが」

「と、言うよりはきっと唯ちゃんも私たちと同じだったんですよ」

「心の中では、ずーっと放課後ティータイムが大きな位置を占めていたんですね」

これでもはや再結成に向けて不安な要素は何もない――誰もがそう思っていた矢先の出来事だった。


96 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:02:43 C9j0Q2iH0

その日、新しいアルバムのプロモーション用のフォトセッションを終えた唯は、オノとともにリムジンで帰途につく身であった。

「こうなったら次のシングルで1位を取ってあの4人を見返してブツブツ……」

「…………」

「いや、そうか……。『放課後ティータイム』のバンド名の所有権は唯にもあるということを主張してやればいい。
そうすれば奴らはバンド名を変えざるを得なくブツブツ……」

「…………」

神経質そうに呟く恋人の傍らで、唯は考えていた。

この男の自分への態度が著しく変わったのはいつごろだったが。

あまりにも前衛的過ぎたシングル『ギー太のマインド・ゲームス』の売上が低調になった頃からだ。


『フザケンナ! 俺の芸術じゃ金にならないっていうのか!?』

途端にお金に執着するようになり、酒の量も増え、荒れに荒れた。ハードドラッグにまで手を出し始めた。
この男は私が生み出すお金にしか興味がないのではないか――いくら鈍い唯でも、そんな疑問を持ち始めるのにさほど時間はかからなかった。
そういえば自分は付き合い始めてから彼と肉体関係をもったことすらない。
最近ではデートらしいデートすらしていない。これは恋人の関係といえるのだろうか……と。

そして自分を顧みればどうだろう。
放課後ティータイム時代は仲間と相談しながら、二人三脚で、やりたい音楽を演奏してきた。
それが偶々、世間のニーズと合致し、瞬く間に世界的な人気を得ただけだ。
今はといえば、好き勝手にやっているようでその実、オノヨースケの言いなり。
自分の意思などなく、ただカレの芸術を代弁して集金する機械のような私――。


「(やっぱり私は放課後ティータイムで音楽をやりたい……)」

唯はヒステリックに喚き散らす男の声が聞こえるバックシートで、再結成に参加する意思を改めて固めた。


98 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:04:25 C9j0Q2iH0

車は唯と男が住む高級マンションへと着き、二人はそそくさと降りる。

「部屋に戻ったらまずは弁護士に連絡だなブツブツ……」

相変わらず一人でイラツいているオノを見て唯が溜息を吐きかけた時、

「フ、フヒヒヒ……あの……平沢唯さんですよね?」

振り返るとそこに立っていたのは、どこにでもよくいそうなキモオタであった。

オタ「フヒフヒ……ボク、放課後ティータイム時代からの唯タンのファンなんです」

オタはカバンから放課後ティータイムのCDとペンを取り出すと、

オタ「サインして下さい。あと握手も……フヒッw」
「あっ……はい」

唯はオタに近づき、CDとペンを受け取ろうとした。
放課後ティータイム時代から、こういうことはよくあり、唯は特段の抵抗も感じなかったが――。



99 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:05:52 C9j0Q2iH0

「ダメだダメだ! 消えろキモオタ!」

オタ「フ、フヒッ!?」

オノヨースケが間に割って入り、オタを制止した。


「別にサインくらい……」

「ダメだ! こういうキモオタのことだ、どうせCDにサインしてやったところで、オクで高値で捌かれるのがオチさ」

オタ「フヒッ……そ、そんなこと……」

「それにテメエ、どうやってこのマンションを調べやがった!?」

オタ「ネットの掲示板の書き込みで……」

「ケッ! 気色悪いストーカーが! 今度唯の前に現れたら、警察に通報するからな!」

オタ「ううっ……」

「行くぞ! 唯!」グイッ

「あっ……」

元来ファンサービスに熱心な唯とはいえ、全てのサインに応えられるわけではない。
中には断られてしまう不幸なファンがいることもある。ここまでならよくある話。

但し、それが『普通の』ファンであったならば、の話だ。


102 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:09:03 C9j0Q2iH0

その後、一度自宅に戻った唯は、夕刻、ニューアルバムの最終ミキシング作業のために再度スタジオへと出向いた。勿論、オノも一緒だった。

そして全ての作業がつつがなく終了し、夜半、唯とオノはリムジンで自宅マンションへと戻った。

唯が車を降りたその時だった。

「唯タン――」

振り向くとそこにいたのは昼間のキモオタだった。
だが様子がどこかおかしい。
運転手もオノも、状況には気付いていない。

オタ「唯タンは……ボキの唯タンは……男の言いなりでサインを断るようなビッチじゃない!」

「?」

オタ「お前は……ボ キ の 唯タ ン じ ゃ な い !」

男の右ポケットから現れたのは、見紛うことなき、どす黒いボディの拳銃――。

――パン パン パン パンッ!!!!

まるで往年の唯のカスタネット捌きのごとき小気味のよさで、4発の銃声が、星一つない夜空に響き渡った。

「う――そ――?」


107 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:11:30 C9j0Q2iH0

ロックコンサートの聖地、日本武道館。
高校時代の放課後ティータイムのメンバー達が目標とし、そして実際にそのステージにも立ったこの伝統的な地で、
今日、1人の伝説的なミュージシャンの死を悼み、その功績を称えるセレモニーが行われていた。

曰く『カスタネットの魔術師』。

曰く『天使のガラガラボイス』。

曰く『うんたん教教祖』。

曰く『放課後ティータイムの心臓』。

曰く『クイーン・オブ・ロックンロール』。

数々の称号で称えられたそのミュージシャンの名は、平沢唯という。

彼女の死を悼む多くのミュージシャン仲間が哀悼のスピーチを捧げ、天国の唯へ届けと追悼の曲を演奏し、歌った。

武道館の外では顕花に訪れるファンが列を成し、深夜になるまで参列者が途絶えることはなかった。
ある者は泣きじゃくり、またある者は唯の残した曲を大声で歌い、またある者はギターをかき鳴らした。

明るく、楽しいことが大好きだった故人の遺志を反映し、顕花に訪れたファンには漏れなく、
生前の唯が満面の笑みでカスタネットを叩き狂う姿を納めたプロマイドが配布されたという。



112 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:13:43 C9j0Q2iH0

そしてセレモニーも終盤に差し掛かると、放課後ティータイムのメンバー達と唯の家族が壇上に上がった。

「一つだけ言いたいのは――」

澪や律に促されてマイクの前に立ったのは、唯の最愛の妹、平沢憂であった。

「私が生まれた時から、お姉ちゃんはずっと最高のお姉ちゃんだった――」

憂は流れる涙を拭おうともしない。

「お姉ちゃん、愛してるよ――」

堪えきれなくなった憂は嗚咽とともに、傍らで見守っていた澪の胸に飛び込んだ。

そして放課後ティータイムのメンバーを代表して、梓が弔辞を読んだ。


116 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:16:57 C9j0Q2iH0

「ゆいせんぱいー、えー、ゆいーせんぱい!
唯先輩との思い出に、ろくなものはございません。
突然呼び出して、チャルメラを弾かされたり。なんだか弾きにくいチューニングのギターを弾かせてみたり。
レコーディングの作業中にトンチンカンなアドバイスばっかり連発するもので、
レコーディングが滞り、その度に私や澪先輩、律先輩、ムギ先輩は聞こえないふりをするので必死でした。
でも今思えば、全部冗談だったんですよね。うーん。
今日も「唯先輩どんな格好してた?」って憂に聞いたら、「いつものTシャツのまま寝転がってたよ」っていうものだから、
「そうか、じゃあ私もネコミミつけていくか」って来たら、なんか、浮いてますし。
唯先輩のまねをすれば、浮くのは当然。でも唯先輩は、ステージの上はすごく似合ってましたよ。ステージの上の人だったんですね。
一番最近会ったのは、去年の11月。それは、ザ・フーの来日公演で、武道館の。その時、唯先輩は客席の人でした。ステージの上ではなくて。
沢山の人が唯先輩にあこがれるように、あなたはロックンロールにあこがれていました。私もそうです。
そんないち観客としての観客同士の共感を感じ、とても身近に感じた直後、唯先輩はポケットから何かを出されて、
それは、業界のコネをフルに生かした、戦利品とでも言いましょうか、ピート・タウンゼントの使用するギターのピックでした。
ちっとも唯先輩は観客席の1人じゃなかった。私があまりにもうらやましそうにしているので、2枚あったそのうちの1つを私にくれました。
……こっちじゃなくて(ポケットの中を探る)これです。ピート・タウンゼントが使ってたピックです。
これはもう、返さなくていいですよね。納めます。ありがとうございました。一生忘れません。
短いかもしれないけど一生忘れません。それで、ありがとうを言いに来たんです。
高校時代から今まで数々の冗談、ありがとうございました。いまいち笑えませんでしたけど。はは……。
今日もそうですよ、ひどいですよ、この冗談は。うん……。なるべく笑います。それでね、ありがとうを言いにきました。唯先輩、ありがとう。
それから後ろ向きになっちゃってるけど、唯先輩を支えてくれたスタッフの皆さん、
家族の皆さん、親族の皆さん、友人の皆さん、最高のロックンロールを支えてくれた皆さん。どうもありがとう。どうもありがとう。
で、あと1つ残るのは、今日もたくさん外で待っている唯先輩のファンです。彼らに、ありがとうは私は言いません。
私も高校時代、あの新入生歓迎会で始めて先輩の演奏を見てからというもの、そんな唯先輩のファンの1人だからです。
だからそれは唯先輩が言ってください。どうもありがとう、ありがとう!」


117 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:19:49 C9j0Q2iH0

そして最後は放課後ティータイム、残された4人のメンバーがステージに立つ。
天国の唯へ向け、最後の演奏だ。

数年前に惜しまれつつ解散した放課後ティータイムには、再結成の予定があった。
唯が凶弾に倒れることがなければ、この武道館のステージに立っていたのは、
喪服などではなく、マネージャー特製の色とりどりのカラフル衣装を纏った5人の放課後ティータイムであったかもしれない。

「唯、聞こえているか?」

ステージの正面、色とりどりの花に覆われた唯の棺に、4人はマイクから呼びかけた。

「唯がいなかったら、放課後ティータイムはなかったんだ」
「高校1年のあの時、唯が入部してくれなかったら軽音部は廃部になっていたよな」
「つらいことや苦しいことがあった時も唯ちゃんの笑顔に皆助けられました」
「唯先輩がいなかったら、私は今ここに立っていません」




118 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:21:02 C9j0Q2iH0

「実はついこの間まで、私たち5人は放課後ティータイムの再結成計画を水面下で進めていたんだ」

「離れ離れになって初めて、皆がお互いの大切さに気付いたから」

「それなのに……唯先輩は勝手すぎます。
解散の時も一番最初に脱退を宣言しておいて、今度は再結成する前に一人だけ先に……唯先輩のバカ!!」

「ああ、バカだな……バカだよほんと……」

「唯ちゃんはおバカです……」


「唯がいない放課後ティータイムは有り得ない。
私たち4人は今日、この場で唯に捧げる演奏を最後に、放課後ティータイムの名を永遠に封印します――」

そして、眼前に横たえられた棺に向けて、4人の演奏が始まった――。

ステージ中央には、歌う人間のいないマイクスタンド。

そしてその傍らに立てかけられた、持ち主を失ったギブソン・レスポール(=ギー太)。

中心にぽっかりと空いた巨大な穴、4人はその余りにも大きすぎる欠落を隠そうともせず、

まるで天に昇った唯に語りかけるように、泣きじゃくりながらも最後の『ふわふわ時間』を演奏した。

こうして家族に、仲間に、そして多くのファンに見送られながら旅立っていた平沢唯。
彼女がこの世に残した功績は、人々の心の中で永遠に行き続ける――。


120 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:24:56 C9j0Q2iH0

「……っていう夢を見たんだ~」


「お姉ちゃん、それはシャレにならないよ」


「えへへ~、やっぱり? あ、憂、リンゴもう一切れちょうだ~い」

ここは某病院のベッドの上。
妹の切ったリンゴに舌鼓を打つのは、どう見ても元気そうな唯の姿。


「しっかしビックリしたよ。『唯が撃たれた』なんて聞いて、慌てて病院に飛んできてみたら……」

「撃たれたどころか弾は一発も当たってなかったっていうんだからな」

「それどころか犯人が持っていたのは本物の拳銃じゃなくてただのエアガンだったんですよね」

「アメリカじゃあるまいし、ただのオタがホンモノの拳銃なんて持ってるわけないですよね」


「えへへ~、でもホンモノかと思ってさ。銃を見たとたんにフラフラ~ってなって倒れちゃったんだよ~」

「お姉ちゃん、よっぽどビックリしたんだね……」

その通り――。
唯は決して凶弾に倒れたわけではなかったのだ。

キモオタは至近距離にもかかわらず4発連続で弾を外し(しかもBB弾)、弾切れで諦めて逃げてしまったらしい。

勿論、その後直ぐに、唯のマンション付近の路上で『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読みながらニヤニヤしているところを警察に捕まったらしいが。
ただ銃声が響いたこととそれに呼応して唯が倒れたのは事実で、
それを発見したオノヨースケとお付きの運転手が完全に唯が撃たれたものと勘違いしてしまったらしい。




126 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:27:37 C9j0Q2iH0

「テレビには『元放課後ティータイムの平沢唯、暴漢に撃たれ重体』なんてテロップでてるぞ。どうすんだ、これ」

「マスコミ各社には間違った情報が先に伝わっちゃったみたいなんです……」

「ははは~、『ごめんなさい嘘でした~』って謝れば許してくれるよ~」

「仮にも殺されそうになったのにこの緊迫感のなさはなんだろう……」


「でもね、私聞いちゃったんだ。薄れ行く意識の中で。

あの男(ひと)が、『ふざけるな! 今唯が死んだら、俺の逆玉の輿計画が……』って言ってたの」

「とうとう本音が出たんですね」

「あの男は金目当てで唯ちゃんに近づいたのよ」

「唯と出会う前も後も、金に関してはかなり汚いことをやってたらしい。
ま、マスコミが嗅ぎ付けて破滅するのも時間の問題だよ」

「既にヤツはマスコミに追われて雲隠れの身らしいからな。ま、もう業界からは消えたも同然ってことだ」

「私からも『もう2度と姉には近づかないでください』って言ってあるよ」


「そう……。やっぱりそうだったんだ。うすうすは感じていたけど……私、騙されてたんだね」

「まっ、人間誰しも過ちのひとつやふたつあるもんさ! しかしホッとしたよ。
まさか唯が私たちの中で一番最初にケッコンすることになるかもって思ったら、いてもたってもいられないからさ」

「ぶーぶー、りっちゃん、それ差別だよ~」





129 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:29:24 C9j0Q2iH0

そしてほくほくとした顔をしてほほ笑む澪、律、紬を見て、

「でもね、あの時、一瞬なんだけど『本当に私、もう駄目なんだぁ』って思っちゃってね」

「その時にほら、『ソーマトー』っていうのかな。あれが見えて」

「走馬灯、な」

「思い出したのは、なぜか高校時代、軽音部での日々のことだったの」

「思えば、あれが私の人生で一番楽しかった時間だったんだね」

「その時、本当に心から『あの頃に戻りたいなぁ』なんて思っちゃって」
「お姉ちゃん……」
「ははは……。でもおかしいよね。
とっくに高校なんて卒業しちゃって、バンドは自分たちの想像よりもどんどん大きくなっちゃって、自分自身もオトナにならなくちゃいけなくなっちゃって」

澪律紬梓「…………」

「そうしたら色々と『しがらみ』っていうの? そういうのにとらわれて、昔みたいに楽しくできなくなっちゃって、へんに意地も張って、気がついたら放課後ティータイムは壊れてた」

「でも今になってようやく気付いた。私は今でもあの頃の気持ちを捨てたくないし、実際にまだ捨ててはいないってことに希望を持ってる」

「だからもう一度だけチャンスが欲しいんだ。皆と一緒に放課後ティータイムをもう一度やりたい!!」

その瞬間、あの高校時代、紅茶を飲みながら楽しく笑い合った仲間たちが見せた、青春の輝きのような笑顔が、5人には戻ってきたのであった。


130 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:31:29 C9j0Q2iH0

投下順ミスりました。すみません。

>>129の前に、

「でもまぁ……心配したのは事実、だよな」

「そうそう! 澪なんか病室に入ってきた時、ボロボロに泣いてて酷かったんだから。

『ゆい~ゆい~っ!! 死んじゃいやだ~!!』って」

「なっ! 律だってデコまで濡れるくらいびしょびしょだったじゃないか!」

「なんだと!」

「なにを!」

「まぁまぁ2人とも。でも撃たれたなんて誤報で本当によかったわ」

「夢の中じゃ私、あんまり泣いてませんでしたけど、実際にそんなこと起こったら大泣きする自信ありますもん!」

「あずにゃ~ん!! 嬉しいよ~!」

「ちょ、ちょっと唯先輩! くっつくのは止めてください!」

「なんだかこの感じ……」

「ああ。高校時代に、軽音部時代に戻ったみたいだな……」

「期せずして、最後のアルバムのコンセプトが実現されたんですね」


131 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:34:10 C9j0Q2iH0

そしてそれから数カ月後。日本武道館――。
日本の音楽史に新たな1ページを刻むライヴが今にも幕を切って落とされんとしていた。

「うわぁ……。こんないっぱい人が入ってるしすごい熱気……。お姉ちゃん大丈夫かなぁ……」

ステージの舞台袖には、どきまぎしながら満員の客席を見渡す憂の姿があった。
そして、そんな憂の肩を叩く人影。


さわ子「憂ちゃん、久しぶりね」

「さ、さわ子先生!?」

さわ子もまた、放課後ティータイムの再結成に尽力した一人だった。
特に再結成に伴う、大人の思惑渦巻くマネジメントの世界での折衝は、彼女の協力なしにはスムーズに進まなかったことだろう。


「でも、先生は……これからはマネージャーには戻らないんですよね?」

さわ子「うん。流石に二度も生徒を放り出すわけにはいかないからね」

「そっかぁ……。お姉ちゃんも残念がってましたよ」

さわ子「安心して。マネジメントじゃ力になれないけど、今後も衣装提供は続けるから♪ ま、あれはもはや私のライフワークみたいなものだしね」

「……もしかしてさっき楽屋の方から澪さんの悲鳴が聞こえてきたのは」

さわ子「あの子もいいオトナなのに恥ずかしがり屋の性格が治らなくて困っちゃうわよね~」

相変わらずだな――そんなことを憂は思うと、思わず吹き出し笑いが零れてしまった。

132 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:36:55 C9j0Q2iH0

さわ子「あ、それとね。教師を辞められないもう一つの理由があるの」

「はい?」

さわ子「実は数年前からしばらく廃部状態だった軽音部に4人、新しい1年生が入ってね。
偉大なる先輩である放課後ティータイムに追いつけ追い越せって毎日頑張ってるの。今日のライヴも見に来てるわ」

「それって……!」

さわ子「ま……とは言いつつも楽器の練習してるよりお茶してる時間の方が長いのは相変わらずなんだけどね~。
これは我が部の伝統なのかもしれないわね~。ま、かくいう私も美味しく頂いちゃってるんだけれど♪」

「ははは……。でも、そっかぁ……。軽音部に……」

新しい世代は既に胎動を始めている。

しかし、今日この武道館のステージに立つバンドに、世代交代などという言葉は似つかわしくないし、そもそも全く縁がない。

会場が暗転する。客席のボルテージが一気に高まり、

地響きにも似た観客のストンピングと『HTT(放課後(H)ティー(T)タイム(T)!! HTT!!』の大合唱が武道館に響き渡る。

そしてステージを照らすスポットライト。


その中心には5人のレジェント(伝説)――否、伝説になんかなっちゃいない。

彼女たちは今も目の前でこうして生きている。


134 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:39:09 C9j0Q2iH0

「うおーい!! 盛りあがっとるね~!」

ドラムセットから身を乗り出して客席を見渡す律。
(乗り出しすぎて倒れ、デコを打ったのはご愛敬)

「心配かけちゃってごめんなさいね」

キーボードブースから、申し訳なさそうに恭しく頭を下げる紬。
(確かに紬はファンを心配させた。主に裁判とか整形疑惑とか)

「そして待たせてごめんな!」

凛々しく縦にベースを構えた澪。
(衣装の恥ずかしさは無理やり忘れた。でも終演後きっとまた新たなトラウマになる)

「また武道館のステージに立てて、うれしいにゃん!」

余りの興奮に語尾が錯乱している梓。
(勿論さわ子持参のネコミミ装備済み)

そして、フロントに立った唯が爆音でギー太(レスポール)でパワーコードをかき鳴らし、マイクに向かって高らかに宣言した。

「今日、放課後ティータイムは再結成しました!」

(終わり)


139 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:40:57 C9j0Q2iH0

<エピローグ>

ここは私立桜ケ丘女子高校の音楽室。
軽音部の部室となっているこの部屋には、それらしい機材(ドラムセットやアンプ)が所狭しと並べられ、活動に打ち込む部員達の熱心さが窺えた。
もっとも……そんな感想も机の上に並べられたティーセットとお菓子の山を見ると打ち砕かれるのであるが……。


部員1(ドラム)「いや~、凄かったなぁ~、昨日の放課後ティータイムの再結成ライヴ@武道館!!」

部員2(ベース)「凄かったなあ、じゃないよ。お前が隣でバカ騒ぎするせいで、私はちっとも演奏に集中できなかったじゃないか。ほんと、お前は昔から……」

部員1「なにをう!? お前だって頭振ってノリノリだったじゃん!」


部員4(ギター)「でも、凄かったよねあのバンド、特にギター弾いてた2人、上手かったなぁ~。私はまだ初心者だからあんなに弾けたらなぁ、って思うよ」

部員3(鍵盤)「大丈夫、私たちも練習すればきっと上手くなりますよ♪」


部員1「でもやっぱり律のドラムは最高だよなぁ~! こう、暴れたくなってくる感じで!」

部員2「甘いなぁ。あのバンドのリズムを支えてるのはむしろ的確な澪のベースの方だろ? それに澪は歌もうまいし、作詞も……(うっとり)」

部員1「確かに歌は上手かったけど……作詞ってネタだよなぁ?」

部員2「な、なにをう!?」


141 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:42:14 C9j0Q2iH0

部員3「まぁまぁ2人とも……。でも放課後ティータイムの5人って、この軽音部のOGなんですよね?」

部員1「そうそう! さわちゃん先生に聞いたよ!」

部員2「いつか私たちも放課後ティータイムみたいに武道館のステージに立てるのかなぁ……」

部員1「まぁまぁ、それよりも今は美味しいお茶とお菓子が先決ってことで~」

部員4「さっすが~♪ 話がわかる~」

部員3「はいはい。今、ティーセットを用意しますね♪」

部員2「お、おい! 練習はどうするんだ!?」

部員1「大丈夫だって。さわちゃん先生の話じゃ、あの放課後ティータイムも高校時代は殆ど練習しないでこうやってお茶してばっかりだったらしいぜ?」

部員2「そ、そういう問題じゃなくて!」

部員3「お茶入りましたよ~」

部員4「わ~い♪」

さわ子「ふふっ、あの子たちと対バンさせるのが今から楽しみね♪ 勿論両バンドの衣装はどっちも私がプロデュースして……」

かくして歴史は繰り返す!?

(本当に終わり)


148 : 以下、名無しにかわりまし... - 2009/07/20 02:48:28 C9j0Q2iH0

終わりです。
>>7で既にバレてましたが、前半部分はかのビートルズまでの解散までの経緯を重ねました。

立ち位置的には

唯:ジョン・レノン
澪:ポール・マッカートニー
律:リンゴ・スター
紬:ジョージ・ハリスン(裁判ネタは某永遠のスターになってしまったキング・オブ・ポップ)

梓は迷ったのですが、とりあえずエリック・クラプトンにしておきました。
ビートルズには居なかったけど、ジョージと仲良かったし、レコーディングにも参加したし、加入の噂もあったくらいだし。

後半は完全な妄想です。

葬式のところはやはり今年亡くなった2人の偉大なミュージシャンが元ネタですね。

とにもかくにも深夜までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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