1 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 20:36:25.76 9E78nvJO0 1/35

――――――――――――――――

「こんばんは、のどかちゃん」

 ドアの覗き穴を確認するまでも無く、チェーンを外しおもむろに開け放つ。
 飛び込んで来たのは懐かしい笑顔。
 唯がここを訪れるのは、大学に入ってから初めてだ。

 肩に掛けているのはショルダーバッグ。
 左手にはビニール袋。
 右手にはラッピングされた白い箱。

「いらっしゃい、唯」

 ドアの隙間から夜風が入り込み、二人の間をわずかに冷やす。

 玄関には、スニーカー、サンダル、ブーツ。
 少々窮屈だけど一人暮らしならちょうどいい。

 唯はそこに立ったまま辺りを見回し、私に目線を移して口を開く。
 出てくる言葉は予想がついている。


元スレ
和「プレゼント」
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1324812985/

2 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 20:41:37.60 9E78nvJO0 2/35

「おおー! 意外と……キレイだね!」

「――早く入りなさい。『意外と』は余計よ」

「は、はいっ! おじゃまします……」

 唯は慌てて靴を脱ぎ、部屋に踏み入る。

「鍵かけておいてね」

「うん。今のはちゃんとほめてるよ?」
「なんだか――のどかちゃんらしい部屋だね」

 概ね予想通りの唯らしい回答に、私は「ふふ」と声を漏らす。


4 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 20:46:55.52 9E78nvJO0 3/35

「あっ、笑った。ひどいよのどかちゃん!」

「先に酷いことを言ったのはどの口かしら?」

「うぐ、ごめんなさい……」

「――なんて、ね。怒ってないわよ、おあいこね」

 悪気の無い毒舌とともに、唯へ笑みを向ける。
 すると、意外なことに脱いだ靴をそろえていた。

 その様子は私に、『成長』という言葉を思い浮かばせる。

 唯は、「よし、おっけー」と満足気。

 近づいて来るのは床を踏む音。


6 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 20:52:25.79 9E78nvJO0 4/35

――――――――――――――――

 この物件はなかなかの掘り出し物だと思う。

 間取りはリビング8畳、キッチンは別になっている。
 バス、トイレも別々だ。

 スーパーまでは徒歩10分。
 コンビニは3分。
 コインランドリーも近いし、本屋も手ごろな場所だ。
 いざとなれば、定食屋、弁当屋などにも足を延ばせる。

 壁紙もちゃんと張り替えられていて真っ白だ。
 小奇麗な部屋は、『私の城だ』という思いを抱かせてくれる。


8 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 20:58:13.25 9E78nvJO0 5/35

――――――――――――――――

 嬉しい足音を聞きながら、リビングに振り返り歩みを進める。

 しばらくして、後ろから「のどかちゃ~ん」という声が聞こえてきた。
 向き直る間もなく唯の抱擁。『こら、やめなさい』という声は心中に留める。

 背中越しの温もり、懐かしい感触、正面にまわされた手にそっと触れてみた。

――冷えてるわね、外寒かったもの。仕方ないか。

「手、冷たいわね」

――でも、この感触。やっぱり唯は唯のままかしら?


9 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:03:54.22 9E78nvJO0 6/35

 二人羽織の格好でリビングに足を踏み入れる。

「もう離しなさい」

「もうちょっと~」

「これじゃ準備出来ないじゃない」

 そっと抱擁が解かれ、唯は名残惜しそうにベッドに腰を下ろした。

「あ、荷物おきっぱだ!」

「唯はお客様でしょ、私が取ってくるわ」

 玄関に戻りビニール袋を手に取ってみる。
 プリントされているのは某有名店のロゴ。
 入ってるのは四角い箱で、中身がケーキであろうことは容易に想像出来た。


10 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:09:33.26 9E78nvJO0 7/35

――――――――――――――――

 12月26日、今日は私の誕生日だ。
 クリスマスと時期が重なっているせいで何かとスルーされそうな日だけど。
 それでも祝ってくれる人はいるし、唯が来たのもそのためだ。

 12月24日、大学の友人たちとクリスマスパーティーを行った。
 そのついでに――といっては何だけど、私の誕生日も祝ってくれた。


 『真鍋さん誕生日おめでとう。ひと足早いけど』

 『19歳おめでと。あと1年でお酒飲めるね』

 『二人ともありがとう。ひと足早くても嬉しいわ』
 『あ、お酒飲むなら日本酒がいいかも』
 『――クリスマスにする話題じゃないかしら?』

 『名前が"和"だから似合うんじゃないかな?』

 『言えてる言えてる。真鍋さんと日本酒! 来年が楽しみ』


 そんなこんなで、クリスマスパーティーもとい女子会は深夜まで続いたのだった。


12 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:15:26.89 9E78nvJO0 8/35

――――――――――――――――

 そして現在。
 二人でコタツに座り夕食をたしなんでいる。
 唯が座っているのは、私から見て90度右。

 明太子パスタを振る舞い、満足気な表情を見つめている。
 コタツの上に皿が二枚、申しわけ程度にサラダも一膳付けた。

「ごちそうさま~。おなかいっぱいだよ」
「のどかちゃん料理上手だね。すっごくおいしかったよ」

「どういたしまして。実家でも弟と妹に料理作ってたから、自然とね」
「大学の友達にお裾分けすることもあるわ」

「わたしは学生寮に住んでるから、料理に縁がないなぁ。お昼も学食が多いし」
「もしかして……女子力低い?」

「じゃあ、ひとつアドバイス。麺類は一人暮らしのお供よ」

「ありがと、おぼえとくよ」

――唯もそういうこと気にするのね。

 唯は大学に入って変わったのだろうか?
 人は成長するものだし私自身もそう感じている。


15 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:21:50.50 9E78nvJO0 9/35

――――――――――――――――

 不意に思い立って、携帯のメール受信箱を覗いてみる。
 そこは唯からのメールにほぼ占拠されているけれど。
 大学や高校の友達からのメールもちらほらある。

 多数の唯の中から、最近のメールを選んで開く。
 それによると、大学の友達とクリスマスパーティーを行ったらしい。
 その友達というのは軽音部に所属していて、バンド名は『恩那組』という。

 対して桜高の軽音部――梓ちゃんが率いる新バンド名は『わかばガールズ』だ。
 彼女たちも独自でクリスマスパーティーを行ったらしい。
 平沢邸で騒がしくしていたことだろう、憂に迷惑を掛けてなければいいが。

 みんなそれぞれ新しい生活に馴染んでいる。
 まるで私は馴染んでいないような言い方だけれど、ちゃんと大学生活を送っている。

 要するに人は変わるということで、私と唯も昔のままではいられないのかもしれない。


17 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:27:57.24 9E78nvJO0 10/35

――――――――――――――――

「何見てるの? のどかちゃん」

「え? あ、ちょっとメールを、ね」

 唯の声で現実に引き戻され、携帯のディスプレイから目を離す。

「……そういうことなら、こっちにも考えがあるよ」

 と言って、唯はおもむろに携帯を操作する。
 写真を見せ付けられたとき、一瞬思考が停止した。

 写っているのは私の姿。
 しかしそれは――忍者のコスプレをしている私だ。
 しかも案外ノリノリで。

 今年3月、唯たち軽音部がロンドンへ卒業旅行に行った。
 その後、山中先生が『マイル溜まってるから』と言って、急遽あとを追った経緯がある。

 忍者の衣装は、軽音部が向こうで演奏をするというので先生が作成したものだ。
 それを、私と憂と鈴木さんに試着させた。

――それが今更こんな形で……。


19 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:33:22.65 9E78nvJO0 11/35

「もも、もしかして、さわ子先生に撮られた――卒業旅行のときの!」
「消しなさい! 早く!」

「さわちゃんにもらっちゃった」
「大学の友達に見せた――、って言ったらどうする?」

――唯がこんな脅し方を覚えるなんて……。

 私は強がり、あえて平坦な調子で言い放つ。

「いいわよ、別に。減るもんじゃないし」
「ばら撒いて『私の幼馴染です』って紹介するといいわ」

「――なんてね、ウソだよ。持ってるのはわたしだけ」

 ポーカーフェイスは崩さない。
 内心――胸を撫で下ろしたけれど。


20 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:39:09.50 9E78nvJO0 12/35

 そうこうしているうちに、唯がコタツの上に物をふたつ置く。
 差し出されたのはビニール袋とラッピングされた箱。

「えっと、ケーキにする? それともプレゼント?」
「それとも……わ、た、し?」

「……ケーキにしましょう」

「わたしじゃなくていいの? 誕生日なんだよ!」

 本気で言っているのか、冗談なのか、天然なのか。
 判断のつかない私は、無難な答えを選択した。


23 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:44:56.60 9E78nvJO0 13/35

 唯は、「ちぇっ」という声のあと、ビニール袋から白い箱を取り出す。
 私はコタツを引き払い、準備に掛かることにした。

「皿取ってくるわね。あと紅茶用意するわ」

「のどかちゃんは座ってて、誕生日なんだもん」
「紅茶とケーキはわたしが用意するから」

「じゃあお願いするわ。――といってもティーバッグだけどね」
「ムギの入れるようなお茶を期待したら駄目よ」

「らじゃ! 行ってきます」

「食器棚に全部入ってるから、よろしく」
「お湯は電気ポットがあるから、沸かさなくてもいいわよ」

――成長か……。嬉しくもあるし寂しくもあるわね。

 遠ざかる背中を見つめつつ、そんなことを考えた。


25 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:51:00.36 9E78nvJO0 14/35

――――――――――――――――

 唯が買って来たのはショートケーキ。
 絵に描いたような三角形で、赤いイチゴとミントの葉が乗っている。

 両手で紅茶のカップを包み込み、手のひらにぬくもりを補給した。
 そのままカップを唇へ運んでひと口すする。

 口内から喉元へ、そして食道から胃袋。
 体の芯から暖かくしてくれる。

 思わず「ふう」という声が漏れてしまった。

「どう? のどかちゃん。『わたしが入れた』紅茶の味は」

「あったまるわ、冬はやっぱり紅茶ね」

「紅茶の味は……?」
「入れたのわたしなんだけど……。感想……」


27 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 21:56:47.72 9E78nvJO0 15/35

 ティーバッグで入れた紅茶に味は関係ない、けれど――。

「知ってる? 緑茶、ウーロン茶、紅茶。全部同じ葉っぱなのよ」

「えっ、そうなの? で、味は……」

「発酵のさせ具合で違ってくるのよ」
「発酵させないと緑茶、半分発酵させるとウーロン茶、完全に発酵させると紅茶、ね」

「のどかちゃん……、なんか怒らせること言っちゃったかな?」

――そんなわけないじゃない、唯が入れてくれたんだから。

 不思議と、自分が入れたものより味わいがあると感じた。


29 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:02:40.98 9E78nvJO0 16/35

 答える代わりに、温まった手を唯の頬にのばす。
 室内に入って時間が経ったからだろう、いつもの体温といったところだ。

「のどか……ちゃん?」

「何?」

「――んと、手、あったかいね……」

「カップで温めたもの、当然よ」

 のばした手から唯のぬくもりが伝わる。

――唯は大学に入って化粧とか覚えたのかしら?

 好奇心に駆られ、顔を唯に近づけてみる。
 目元、口元、頬、いつも通りの唯といったところだ。

 大学に入って大人びたと思ったのは、思い込みだろうか。
 急激に成長するわけではなく、本人も気づかないところで変化が起こるんだろう。


30 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:07:56.78 9E78nvJO0 17/35

「顔、近いよ? のどかちゃん……」

「そうね」

 心なしか、唯の顔が少し熱くなった。

「えっと、わたしは……なんていうか」
「心の準備が出来てないんだけど……」

――準備? 何のことかしら。

 ただ唯の変化を近くで見たかっただけで、準備の意味がわからない。
 唯の顔が赤みを帯びている。

――何を恥ずかしがることがあるの?

 疑問を抱えながらも目線は離さない。

 しばらく対峙したあと、唯がしおらしく口を開く。

「メガネ……、じゃまだよ。取ったら?」

「取る? 私の視力は知ってるでしょう。何も見えないわよ」

「――そうじゃなくて。ちゅーするときにね……、じゃまになると思うんだ」

 流石の私も絶句した。


32 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:13:34.69 9E78nvJO0 18/35

――何て反応すればいいの?

 唯と同じくして、私の顔も熱くなる。

 とはいえ、いつまでも黙っているわけにはいかず。
 自分の本心もわからないまま、反論するしかなかった。

「な、何言ってるのよ! 唯、そんなんじゃなくて……」
「――って、キスすると思ってたの?」

「だって、顔近づけてくるんだもん。かんちがいしちゃった」
「わたしたち、そんな関係じゃないよね。まだ――」」

 あわてて唯の頬から手を離し、コタツの天板で熱を冷ます。
 でも顔は熱いまま、それは唯も同様らしい。


33 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:18:22.28 9E78nvJO0 19/35

――いい加減ケーキ食べないと、雰囲気を変えなきゃ。

 そう思い、「唯、そろそろ……」と切り出したのだけれど。

「の、のどかちゃん! ケーキ、ケーキたべよ!」

「そ、そうね。紅茶が冷めちゃうものね」

 唯が空気を読んでくれた。

 落ち着きを取り戻すため、ケーキに手をのばす。
 でも、それがいけなかった。

 のばした右手に衝撃を感じた。
 紅茶のカップ、受け皿、スプーン、これらが音を奏でる。

 気づいたときにはもう手遅れで、コタツの天板に水溜りを作ってしまった。

「ああ……」

 我ながら情けない声だ。


34 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:23:50.59 9E78nvJO0 20/35

 急いでキッチンへ向かい、流し台の上にある雑巾を手に取る。

 リビングへ向かうと、唯が何やら必死で手を動かしている。
 どうやらティッシュを数枚取り、それで紅茶を拭いているようだ。

「唯、雑巾取って来たわよ。――って、ティッシュで拭いてるの?」

「あ、のどかちゃん。だって……わたしのせいでこぼしたんだもん」
「自分でふかなきゃって思ってね、そしたらティッシュがあったから――」

「唯、違うわよ。こぼしたのは私のせい」

「ちがうよ、わたしのせいだって」

「ティーカップ倒したのは私よ、唯のせいじゃ――」

 このままだと平行線で終わりそうだ。
 とはいっても、よくあることだし、いつも『なあなあ』で終わる。


35 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:29:08.10 9E78nvJO0 21/35

――元はといえば……。

「唯が勘違いするから……。そんな……キスするなんて」

「それじゃあ――、しちゃう?」

「え?」

――待って、唯。私こそ心の準備が……。

 混乱して逡巡しているあいだに。

「――なんて、ね。また今度ってことで、いいでしょ? のどかちゃん」

「え、ええ……。そ、そうね。まだ早いもの」

「うん! それじゃあ、いつにしようかな?」

 半ば無理やりに約束をされてしまう。
 唯に促されるまま、曖昧な返事をする。

 私は物事をはっきり言うタイプだし冷静だとも思う。
 人からは『少し天然』だと言われているけれど。

 それでも否定しなかったということは、つまり唯は特別な――。

――考えるのはやめておこう。私の誕生日を祝ってくれている、それだけなんだから。


36 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:35:27.49 9E78nvJO0 22/35

――――――――――――――――

 紅茶を入れなおしケーキを堪能する。
 口に入れた瞬間、クリームの甘みとスポンジの柔らかさが同居した。
 しっとりとしたクリームと、ふんわりとしたスポンジ。
 ふたつが上手く調和し、私の味覚を満足させる。

 ゆっくりと味わったのち、紅茶をひと口。

――美味しい……。

 声こそ出なかったものの、私の表情には喜びがあふれているだろう。

 唯が、「食べられる前にイチゴちゃんあげるね」とケーキを皿ごと差し出した。

 以前唯に『ひと口、交換しよう』と言われたときがある。
 そのときは躊躇せずイチゴを食べてしまった。
 それを思い出し、『あのときは悪かったわよ』と言葉が出かけたが。

「ありがたくいただいておくわ、誕生日だもの」

 唯は「うん」と笑みを浮かべた。

 こんなものだ、私たちは。
 余計な言葉はいらない。


37 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:41:14.41 9E78nvJO0 23/35

――――――――――――――――

 紅茶のカップ、受け皿、スプーン、ケーキの皿。
 念入りに洗い、水切りかごに収める。

 唯は『私がやるよ~、のどかちゃん誕生日だし』とねだったけれど、丁重にお断りした。
 別に『食器を割られるんじゃないかしら?』という危惧ではない。
 家事は習慣になっているし、私の誕生日といえど唯は客人だ。
 ここは家主が洗うのは当然だろう。

 リビングへ目をやると、唯がミカンをもてあそんでいる。
 コタツでくつろいでいる姿は懐かしく、私の胸中には寂寥感が到来――しなかった。

 ひと通りの片づけをしてリビングに戻り、コタツに入る。
 すると唯は得意気な顔をして。

「のどかちゃん、今からマジックをします!」

「何する気なの?」

「よく見ててね――。なんとミカンが……浮きます!」

「すごいわ、どうやってやってるの?」


39 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:47:26.92 9E78nvJO0 24/35

 何も知らない人なら、本当に浮いているように見えるだろう。

 私にはタネがわかっているけれど。

 ミカンの底面に親指を差込み、正面を向け私に見えないようにして。
 それから他の指を踊らせ、超能力者的な仕草をする。

「企業秘密、ということで」
「知りたい? のどかちゃん」

「んー、また今度で」

「それじゃあ――大晦日だね!」

 悪気の無い小芝居、何気ない約束。
 年月が二人を変えてしまっても、関係だけは変わらない。


41 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:53:19.49 9E78nvJO0 25/35

――――――――――――――――

 このあとミカンは美味しくいただいた。

 満腹感や安心感、コタツの魔力、それに――唯とのやりとり。

「でね、大学の友達がね――。そう――軽音部で――。すっごく楽しくて――」

「――うん、そうなの――。私も――色々と――。楽しくやってるわ――」

 お互いの近況に花を咲かせ、夜は更けていく。
 日付を跨ぐ――つまり、私の誕生日が終わろうとしたころ。

「あ、プレゼント忘れてたー!」

「それが用事だったわね」

――会いに来た目的はそれだけじゃないでしょ?

 この言葉は伝えないでおく、唯も同じことを考えているから。


42 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 22:59:03.53 9E78nvJO0 26/35

 唯が白い箱をコタツの上に置き、厳かに口を開く。

「では……いよいよ開封します!」
「って、のどかちゃんのプレゼントだったよね」

 箱を渡され、開封するように促された。
 赤いリボンをほどき、上蓋を持ち上げる。
 目に飛び込んで来たのは。

――マフラー、ね。

 透明なビニールで包まれたピンク色のマフラー。
 箱を見たときから薄々感じていたが、これは――。


43 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:05:02.01 9E78nvJO0 27/35

「唯、こんなのもらっていいの?」

「もちろん! そのためのプレゼントだよ」

「でもこれ……、高いわよね」

「みんなからカンパしてもらっちゃった」

 事情を聞くと、澪、律、ムギ、この三人からお金を手渡されたそうだ。
 さらには、大学の友達からも自主的に渡されたとのこと。
 そして唯が代表として選定を行ったらしい。

「ホントはね、ういも『カンパするよ』って言ってたんだけど……」
「高校生だから、気持ちだけ伝えとくってことで」

 0が4つは付きそうな品物。
 でも、大事なのは金額じゃない。
 みんなの気持ちが嬉しかった。


44 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:11:10.70 9E78nvJO0 28/35

「のどかちゃん、巻いてみてよ」
「コート持ってくるね」

 唯はそう言って、私のコートを取りに行く。

 そのあいだに取り出し、ビニールを剥がし、タグを切り取った。
 手に取ってみると、明らかに安物とは違う手触り。
 両端は五つの房になっていて、指を通すと滑らかな感触を受ける。
 いわゆる『フリンジマフラー』という物だ、さらには――。

「これ、もしかして毛皮?」

 戻って来た唯にあわてて問いただしてみる。

「そだよ」

「そうなの?」


46 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:16:56.78 9E78nvJO0 29/35

 茶色のコートを手にした唯は、あっけらかんと。

「あ、心配しないで。アウトレットものだから」
「大学生にそんな大金出せないよ」

「それでも悪いわよ、高級品でしょ?」

 私はアウトレット物だとか、そういうことは気にしない。
 むしろお得感さえあるので、嬉しいくらいだ。

 唯は右手の人差し指を立て、わざとらしく左右に揺らす。

「女子大生のオシャレアンテナをなめちゃダメだよ?」
「いろいろと詳しい子がいるんだよ、それで見つけたってワケ」

「――じゃあ遠慮せずに受け取っておくわ。ありがとう、唯」

「照れちゃうなあ、そういわれると。とりあえず巻いてみてよ!」


47 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:22:37.41 9E78nvJO0 30/35

――――――――――――――――

「にあうよ~、のどかちゃん。ピンク色でよかった」

 部屋着の上にコートを羽織り、マフラーを巻いた。
 鏡に映ったのは冬の装い、茶色のコート。
 いつもと違うのはマフラーだけ。

 普段は薄緑色を巻いているけれど、ピンクもいけるのではないか。

 それにこの色は――。

「唯とおそ――」「選んだのはね、わたしだよ!」

 言葉をさえぎられ、唯は説明を始める。


48 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:28:25.81 9E78nvJO0 31/35

「最初はね、赤にしようと思ったんだ。のどかちゃんのメガネが赤いから」

 赤は梓ちゃんのマフラー。

「さすがに安直かな? って思ったからやめにして」
「次は白。これは結構迷ったよ」

 白は澪のマフラー。

「で、水色。のどかちゃんは薄緑で近いからこれも迷ったんだ」

 水色は律のマフラー。

「チェック柄はどうかな? って思ったけど」
「のどかちゃんには似合わないかも、ってことで」

 チェック柄はムギのマフラー。

「そんなわけで迷ったあげく、ピンク色にさせていただきました!」

 ピンク色は唯のマフラー。

「わたしとおそろいだね」

「そうね」

 以前の薄緑も気に入っていたけれど、ピンク色も気に入った。

――唯が選んでくれたから、なおさらね。


49 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:34:02.49 9E78nvJO0 32/35

――――――――――――――――

「唯、本当にコタツでいいの?」

「うん! コタツで寝るの好きだし」

 夜も更け、入浴も済ませ、あとは寝るだけとなった。
 明日には地元へ帰らなければいけない。

「ベッドで寝てもいいのよ? 唯はお客さんなんだから」

「気にしないでよ、のどかちゃん」
「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ、唯」

 懐かしい街、私たちの街。
 唯以外の軽音部のみんなは、ひと足先に帰っているはずだ。

 でも唯は、私の下宿先に寄って一緒に帰ると言った。

――『私たちの街』に『一緒に』、か。

 言葉を反芻すると、懐かしい気持ちになった。

――今日は来てくれて嬉しかった。

 その気持ちを胸にベッドへ潜り込む。


50 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:39:27.57 9E78nvJO0 33/35

――――――――――――――――

――寒い。

 どうやら私は、12月の寒さというものを甘く見ていたらしい。
 布団と毛布、ちゃんと冬物を使っている。
 しかしそれでも――。

――寒いわね。

 出来ればもう一枚布団を出したい、でも寒くて身動きが取れない。
 それに対し、唯はすやすやと擬音が聞こえてきそうな寝姿でいる。

 たまらず体を丸めてみるが、12月の寒さには敵わない。

 しばらく耐えていると、布団がめくられ、何者かがベッドに潜り込んできた。


52 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:45:02.21 9E78nvJO0 34/35

――唯。

 何も言わず、私に体を寄せてくる。
 コタツで温まった体は、温もりを届けてくれた。

 今日だってそうだ、唯に会えなかった寂しさを埋めに来てくれた。
 電話やメールでやり取りはするものの、心のどこかは冷えていたらしい。

――温めに来てくれたのかしら。

 なんて柄にも無いことを考えつつ。

「プレゼントありがとう、唯」

 と、小声でささやく。


53 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/12/25 23:50:58.17 9E78nvJO0 35/35

 唯は『ありがとう』をマフラーのことだと受け取ったはず。
 もちろんマフラーは嬉しいけれど。
 私にとってはこの温もりのほうが、よっぽど『プレゼント』だ。

 そっと抱き寄せ体を密着させる。

――唯がいれば暖房器具は要らないわね。

 それは贅沢な願いだけれど、心が冷えたときに温めてくれれば十分。
 もう一度「ありがとう」とささやいた。

――今のうちに唯成分を補給しないと。

 そう考え、冷えた手を唯の手に絡める。
 唯は「ひゃっ」と子犬みたいに鳴いた。

 寄り添っているあいだにお互いの体温が溶け合い、心まで溶け合うような感覚に陥る。
 離れていた時間は一瞬で埋まったようだ。

 時間が経っても変わらないことがある。

 例えば私と唯の関係。
 どれだけ離れても、時間が経っても、変わることはないだろう。

 温もりに包まれ、眠りに落ちようとしたとき。
 唯がひとこと、「おめでとう」と呟いた気がした。


 おわり


記事をツイートする 記事をはてブする