1 : >>1[saga] - 2012/03/25 15:47:21.69 twYxcOcAO 1/257

・白井黒子×結標淡希です。

・時系列は一端覧祭後です。

※CAUTION!

・百合要素が多分に含まれております。

・上琴要素が多少なりとも含まれます。





元スレ
結標「貴女なんて」白井「大嫌いですの」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1332658041/

2 : >>1[saga] - 2012/03/25 15:50:21.30 twYxcOcAO 2/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂『私、あいつと付き合う事にしたんだ』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


3 : >>1[saga] - 2012/03/25 15:50:58.19 twYxcOcAO 3/257

~0~

白井「がはっ……」

三冬月の夜空より降り注ぐ灰雪、吐き出される白い吐息と赤い吐血、そして外気以上に体温を奪う出血。
ブレザーに仕舞われた近未来的なデザインの携帯電話を食い破って腹腔に突き刺さる鉛玉が銃創を刻む。
ペットボトルのキャップを閉め忘れて倒したかのようにドクドクと流れ出す出血が路地裏に広がって――

白井「はあっ……はあっ……」

白井を中心に生み出された血の海にだけ雪が積もらない。アントン・チェーホフの一節を諳んじるように。
流し過ぎた血は体温を失わせ、手足に寒気とは異なる震えをもたらし、今や白井の生命を奪いつつあった。
常ならばスキルアウトぐらいしか寄り付く事のない、卑猥な落書きだらけの路地裏の壁に身を凭れかけて。

白井「(最後の記憶がお姉様の微笑みなどと……どうやら死に際のようですわね)」

この路地裏で何やら怪しげな取引をしていたと思しき一団を確保せんとし、物影に潜んでいたメンバーから受けた銃撃。
ポケットの携帯電話が盾にならなければ即死していたかも知れない。だが、それすらも時間の問題である事を白井は――

新入生A「お、おいこいつ風紀委員だぞ」

新入生B「ちっ……面倒臭えな。警備員じゃないだけマシだが」

新入生C「さっさと片付けちまおうぜ。どの道見られてんだし」

たった今自分を撃った男が突きつけて来るパームピストルを前に悟る。
射撃の正確さ、反応の速度から見るに彼等は『プロ』である事までも。
常日頃校内で揉め事を起こす能力者(がくせい)とは全く違う犯罪者。
最近こうした『新入生』崩れの暗部、『落第生』とも言うべき者達……
彼等による犯罪の増加が学園都市内でも問題になっていたが時既に遅し

新入生A「悪く思うなよ、風紀委員さん」

奈落を思わせる銃口、血溜まりに沈む自分、激痛のあまり能力を発動させる事さえ覚束無ぬまま白井は想う。
数日前に御坂が浮かべていた微笑み、自分には決して向けられる事のない表情、そしてそれらを前にして――

白井『――……おめでとうございますの!お姉様!!』

色褪せた造花の花束のような笑みで後ろ向きの祝福を捧げ、『お姉様』の知る『白井黒子』の微笑みを演じきった自分の姿を。


――――――時間は数日前に遡る――――――





4 : >>1[saga] - 2012/03/25 15:52:42.48 twYxcOcAO 4/257

~1~

御坂『私、あいつと付き合う事にしたんだ』

白井『――あ、あいつとはまさか……あの類人猿ですの!!?』

御坂『う、うん……その類人猿(かみじょうとうま)とだけど』

あれは今から数日前、一端覧祭も終えようやく常盤台中学内の浮き足立った空気も落ち着いて来た頃でしたの。
いつも通りお姉様の入浴中にわたくしがテレポートし、いつも通り電撃を浴び、いつも通り床に就いた所を……
照明も落とされた暗がりの中、寮監の見回りに耳欹てながらひそひそと小さく低い声でお喋りしていた矢先に。

御坂『ゆ、勇気出して告白しようっていつもの公園に呼び出したら、逆に私が告白されちゃって、それで』

白井『お、OKしてしまいましたの!?』

御坂『……――うん』

ふと天使が通り過ぎた後、お姉様が毛布にくるまりながらそう切り出された時、わたくしは驚きましたの。
それは予想外の出来事に面食らったのではなく、思ったより早い想定内の出来事に顔色を失ったんですの。
来るべき時が遂に来てしまったと。出来る事ならばもうしばらく続いて欲しかったモラトリアムの終わり。
……違いますわね。わたくしには猶予期間だけでなく、準備期間もたくさんあったはずなんですの。それを

白井『――……おめでとうございますの!お姉様!!』

御坂『!?』

白井『あの類人猿にお姉様はあまりにも勿体無い……と言いたいところですが――』

御坂『………………』

白井『わたくし、お姉様がロシアに飛び立って行かれた時から、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたんですのよ。本当ですのよ?』

御坂『――黒子』

白井『逆にお姉様がそこまで身体を張ってまで貫かんとした想いを袖にするようならば、わたくしがボコボコにしてやるつもりでしたのよ!!』

ロシアまであの殿方を追い掛けて行き、ハワイまであの殿方について行ったお姉様の横顔を見た時から……
わたくしとて覚悟はしておりましたの。ただこうも想像以上に揺さぶられるとは思っていませんでしたが。

御坂『……――黒子ありがとうー!!!』

涙が女の武器ならば笑顔は女の武装ですの。身に纏う仮面を完璧に、身につけた舞踏を完全に演じるなら

御坂『嗚呼、やっぱり一番最初に報告するのは黒子って決めてて良かったわ。本当にありがとう!!!』

わたくしはクラウン(道化師)にもジェスター(道化師)にもピエロ(道化師)にも成り切れますのよ?



5 : >>1[saga] - 2012/03/25 15:55:02.35 twYxcOcAO 5/257

~2~

婚后『御坂さん、最近御機嫌斜めならぬご様子ですわね』

湾内『いつにも増して笑顔が輝いていらっしゃいますね』

泡浮『ええ、何でも素敵な殿方と懇意になさってるとか』

お姉様があの殿方と結ばれた事は、それからほどなくして常盤台中学内でも持ち切りの噂になりましたの。
お姉様も別段隠す素振りもないようでしたし、寧ろ噂される事に少しウキウキされているようでもあり……
今もこうして食堂内でランチを取っている間にも、相席しているわたくしが立ち退かなければならない程に

女生徒A『御坂様、彼氏が出来たって本当なんですか!?』

女生徒B『この間学舎の園でデートなされたとお聞きして』

女生徒C『うえーん!御坂様がさらわれちゃいましたー!』

御坂『ま、待ってよみんな!そんないっぺんに話されても』

白井『………………』

噂を聞いた方々が詰め掛け、目の当たりにした方々が押し寄せ、わたくしはその場からただ離れる事しか出来ませんでしたの。
常ならばシッシッと追い払うなり威嚇などするところですが、この時わたくしにはその気力さえも湧いて来ませんでしたのよ。

婚后『……――さん』

白井『………………』

婚后『白井さん??』

白井『!』

婚后『如何なさいまして?白井さん。あまりお食事が進んでいないようですが……』

なにぶん料理の味さえぼやけて感じられるほど気もそぞろでしたの。やはりお姉様との相席から離れて正解ですの。
婚后さんの指摘に湾内さんは食欲不振を、泡浮さんは体調不良を、それぞれ慮って下さいましたが、わたくしは――

白井『わたくしただいまダイエット中の身なんですの。このところ少しばかり身体が重く感じられまして』

婚后『そうでしょうか?わたくしの目には幾分痩せたようにお見受けされますが……特に頬のあたりから』

白井『それこそダイエットの成果が出て来ている証左ですの!婚后さんこそ食欲の秋のツケがそこもとに』

婚后『わたくし婚后光子、こう見えて節制には気を使っておりましてよ?心配して損をいたしましたわ!』

時に力強く、時に元気良く、時に辛抱強く、時に意地悪く笑顔の仮面を被りますの。


泣きはらした素顔をさらけ出さないための淑女の嗜み(レディライクマナー)として




6 : >>1[saga] - 2012/03/25 15:56:00.43 twYxcOcAO 6/257

~3~

食蜂『貴女ぁ』

白井『!!?』

食蜂『――擦り切れた使い古しのボロ雑巾みたいな心情力ねぇ』

お姉様に一礼を、婚后さん達に会釈をして食堂を後にしたわたくしが渡り廊下の半ばで出会したのは――……
目礼でやり過ごすには些か数が多過ぎる常盤台最大派閥の女王、食蜂さんと彼女に付き従う大名行列ですの。
嫌な時に嫌な相手と顔を合わせた事に笑顔の仮面がズレたわたくしを、食蜂さんはマジマジと見下ろして来て

白井『……仰有る意味がわかりかねますの。用がないならばわたくしはここで――』

食蜂『――“お姉様、お姉様、お姉様”』

白井『!?』

食蜂『“どうしてあの類人猿ですの?どうしてもあの殿方ですの?お姉様”って☆』

わたくしが仮面を被り直した側からあの女王は力づくで引き離し、構え直した能面まで引き剥がして……
笑いかけて来ましたの。いえ嗤いかけて来ましたの。わたくしの醜い素顔に負けず劣らぬ歪んだ笑顔で。
その事にわたくしは激しく屈辱と、羞恥と、激情と、そして読まれた心の中と見られた胸の内を――……
認めざるを得ませんでしたの。どうしようもなく下衆なやり方と、どうしようもない愚図な相手を前に。

食蜂『自分的には御坂さんから身を引いて、その男の子に道を譲って、二人を応援する役割力を割り振りたいみたいだけどぉ』

白井『………………』

食蜂『貴女、最初から御坂さん達の相手にすらされてないわよぉ☆蚊帳の外のお邪魔虫以下♪』

白井『!!?』

食蜂『恋路を行く女の子の目って前にしか向いてない事くらい貴女の理解力でもわかるでしょお?
路傍の石の下で冬を越そうとする団子虫をわざわざひっくり返して目を落とすだなんて事しなぁい』

わたくしは一歩も動けないどころか一言も言い返せませんでしたの。
この蜂蜜のように甘ったるい話し方に毒針を潜ませた王蜂に対して。

白井『……お姉様の言う通りですの。実に下衆なお力ですのね』

食蜂『うふふ、そのお姉様に愛想力が尽きたらいらっしゃーい』

辛うじて返す刀で一太刀浴びせようとした舌鋒は、柳を相手にするようにかわされてしまいましたの。
当たり前ですわね。迷いの中で踏み出した足など、砂被りはおろか返り血を浴びる距離さえ届かない。

食蜂『――御坂さんの歪んだ表情(かお)が見れるなら、貴女を寝取る価値力くらいはあるかもねぇ~☆』

わたくしの手が、二度とお姉様に届かないのと同じように



7 : >>1[saga] - 2012/03/25 15:58:15.07 twYxcOcAO 7/257

~4~

佐天『とうとう御坂さんも彼氏持ちかあ……やっぱりクリスマス間近ってそういうムードになっちゃうねー』

初春『さ、佐天さん!白井さんの前でその話題はNGだって口を酸っぱくして言ったじゃないですかー!!』

白井『――良いんですのよ初春。わたくしがいちいちそんな事で取り乱して暴れ出すとでもお思いですの?』

さっそく件の殿方とデートに行かれたお姉様を除いて、わたくしと佐天さんと初春は行き着けのファミレスに集まりましたの。
一人欠けた鼎談、一人足りない空席、その穴を埋めるように佐天さんがお姉様の分まで良く喋りますの。耳が痛いくらいに……

白井『……今でもあの類人猿がお姉様に相応しいなどと思いませんが、わたくしにそれをどうこう言う権利もとやかく言う資格もありませんのよ?初春』

初春『資格とか……権利だなんてそんな』

白井『……まあわたくしに出来る事と言えば、あの類人猿が万が一お姉様を泣かせたりなどしたらば月に代わってお仕置きする程度の事で~す~わ~♪』

本当は、あの殿方の名前を聞く度に耳が、お姉様の笑顔を見る度に心が、痛くて辛くてたまりませんの。
……ですが、わたくしはそれを顔に出しませんの。そのための白井黒子(えがお)の仮面なんですのよ。
道化師のメイクの由来は御存知でして?あれは愛する者を自らからの手で殺めた者の泣き笑いでしてよ。
生憎とわたくしは愛する者を殺めなければ愛情表現出来ないほど歪んでなどおりませんが、ただ一つ……

佐天『ほらね?白井さんはこんな事でヘコんだりメソメソしたりするような人じゃないって言ったでしょ』

初春『………………』

佐天『腫れ物触るみたいに避けて通ったりする方がかえって白井さんに失礼だって。そうだよね白井さん』

白井『そうですわ佐天さん。だいたいそんな事で打ちのめされていては、相部屋のお姉様ののろけ話など』

佐天『聞いてられませんよねー!んでんで、どんな話するんですか?御坂さんの恋バナとか興味ある~♪』

お姉様が思い、感じ、考えて下さるほどにはわたくしは真っ直ぐでも綺麗でも美しくもございませんの。
歪む愛情、うねる恋情、淀む思慕、捻れる恋慕、お姉様には見せられない、仮面の下のわたくしの素顔。



―――眼球まで涙に溶けた、ドロドロに煮凝った素顔―――





8 : >>1[saga] - 2012/03/25 15:58:42.92 twYxcOcAO 8/257

~5~

固法『白井さん、今日も当直でいいの?』

白井『ですの。前に初春に代わってもらった事がありますので』

固法『……それは構わないんだけど、今日でもう三連勤になるわ。あまり根を詰めるのも考え物よ?』

それからと言うもの、わたくしは当直の回数を増やしてお姉様から距離を置くようになりましたの。
誰かが言っておりましたが、人間誰しも失恋を経験すると大凡3パターンに分けられるそうですの。
気が済むまで泣き明かすか、気が晴れるまで飲み明かすか、はたまた仕事に打ち込むかの何れかに。
涙に溺れるほど乙女でもなく、お酒に溺れるほど大人でもないわたくしは仕事に逃げ込む質らしく。

固法『んっ……何か怪しい車が集まって来てるわね?』

風紀委員一七七支部のモニターに映し出された白い雪と黒い影に固法先輩が気が付き、わたくしもそちらを覗き込みましたの。

白井『――――ここは…………』

『その場所』はわたくしにとっても些か思い出深い路地裏の出入り口でしたの。
ニガヨモギから蒸留されたアブサンのように、強い苦味を伴った忌々しい記憶。
今思えば、わたくしもこの時アブサンの副作用に当てられていたようですわね。

固法『最近“書庫”にも載っていない犯罪者も増えている事だし……』

白井『………………』

固法『白井さん、念の為に警備員に連絡を入れて――白井さん!!?』

ニガヨモギに含まれる『ツヨン』と言う成分がもたらす副作用。『意思薄弱』『視力低下』、そして『失明』。
盲た眼差しのまま脇目も振らず、遮眼革を取り付けられた暴れ馬のようにわたくしは支部を飛び出しましたの。
外側より呼び掛ける固法先輩の声から、内側より呼び止める自らの声から逃げるように振り切って駆け出して。

白井『がはっ……』

4、5人倒したところでその中の一人が隠し持っていたパームピストルで撃ち抜かれわたくしは倒れましたの。
学園都市の影に住むスキルアウトではまず手に出来ない、学園都市の闇に棲む暗部(なにもの)かの『牙』に。
自分の能力と自身の血潮に溺れ、手中に収まるサイズの暗器を見落としていたわたくしの未熟さが原因ですの。

新入生A『悪く思うなよ、風紀委員さん』



――――この、己さえ見失った愚かなわたくしの――――





9 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:01:07.65 twYxcOcAO 9/257

~6~

――――そして時は巻き戻され――――

新入生A「ごっ、がああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

白井「!?」

霞のかかった脳裏に、靄のかかった意識、に、霧のかかった感覚に突き刺さる元暗部の末魔が断たれる声。
何と白井の額を射抜かんと狙いをつけていた元暗部の両目から鮮血が噴き出し、抉り出された眼球と共に。

???「――嗚呼、血だまりに雪は積もらないって本当なのね」

コツンと血飛沫が斑を描く雪面に落ちる『ワインのコルク抜き』。その声の主がそれを踏みにじる所が見えた。
涼やかな声音で白井を嘲笑い、冷ややかな笑顔で元暗部をせせら笑い、ザクザクと処女雪を踏め締めながら――

新入生B「お、お前は……ぐああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

???「確かアントン・チェーホフだったかしらね……まあ別に今はそんな事どうだっていいのだけれど」

白井「――……貴女は……――」

その少女が『軍用懐中電灯』のライトを点けると同時に、路地裏に転がっていたビニール傘が元暗部の口内を刺し貫いた。
雪明かりに反射するライトの中、再び血飛沫を巻き上げながら崩れ落ちる影絵を白井の双眸に焼き付けて刻むようにして。

???『……あら、助けて損しちゃった。どうせなら貴女が殺されてから姿を現すべきだったかしら?』

白井「……――貴女の助けなど――……」

新入生C「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

???「……それとも、生き延びたんだか死に損なったんだかわからない貴女にトドメを刺す役回り?」

逃げ出して行く元暗部にも構う事なく、少女は咲き乱れた赤い花を踏み締める。
『霧ヶ丘女学院のブレザー』をはためかせながら、白井をゆっくり見下ろして。
汚れなき雪面に赤い血飛沫を撒き散らし、紅く染まった白井の頬に手指を這わせ、朱い二つ結びを雪風に靡かせながら嗤って。

白井「貴女に助けられるくらいならば……――死んだ方がマシですの!!!!!!」

???「そう、なら貴女のお望み通りにしてあげるわ」

二人が初めて出会った真夏の路地裏より、二人が再び出逢った真冬の路地裏より物語はここに幕を上げる。



10 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:02:10.41 twYxcOcAO 10/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「――死んだ方がマシなくらい嫌いな私に拾われた命を、せいぜい歯軋りしながら噛み締める事ね――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


11 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:02:52.03 twYxcOcAO 11/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

A C T . 1 「 白 の 六 花 、 赤 の 徒 花 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


12 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:03:32.75 twYxcOcAO 12/257

~7~

――――時は再び遡る――――

結標『守りたいよ!』

姫神『この胸を焦がす』

吹寄『何より大切なもの!』

雲川『導かれた』

風斬『世界を照らせる!』

全員『『『『『想いがこの手にあるから!!』』』』』

数時間前、結標淡希は月詠小萌を通して出来た友人達と共にカラオケボックスにてあらん限りの声で歌い上げた。
テーブルの上には空になったシーザーサラダやら、冷めたたこ焼きやらそれぞれの携帯電話やらが散逸している。
ちなみに選曲は学園都市で今最も人気のあるグループ、fripsideの『fortissimo-the ultimate crisis-』である。

点数表『ハチジュウゴテンデス』

結標『うーん……可もなく不可もなくね』

姫神『この点数表の。採点基準は今一つ』

吹寄『(私一人で歌うより高得点……)』

風斬『ああ、何だかスッキリしましたー』

雲川『カシスグレープ二つ頼みたいけど』

吹寄『ちょっ、ちょっと雲川先輩それは』

その傍ら、雲川が受話器をとってアルコールを注文し吹寄が止めに入ろうとするところを姫神が止める。
今夜くらい良いじゃないかと言う雲川と姫神がチラッと風斬と結標へ向き直り、二人は顔を見合わせた。
そう、今夜はただの女子会ではない。より正確に言うなれば『残念会』に近しいものだと知るが故にだ。

結標『別に良いんじゃない?二人揃ってフられた日ぐらい無礼講でも』

姫神『耳と。胸に。グサッと刺さる』

雲川『ゲソの七味が効き過ぎだけど』

風斬『まあまあ二人とも元気出して』

吹寄『(お前のせいだぞ上条当麻)』

そう、今夜は上条に仄かな思いを寄せていた姫神と、淡い想いを抱いていた雲川の二人を慰める失恋記念パーティーなのだ。
上条と御坂がめでたく結ばれ、付き合い始めた事が常盤台のみならず姫神・吹寄・雲川の通う高校まで広まったためである。
一体このグッドニュースと言う名のバットニュースに学園都市並びに全世界の女性達が何人枕を濡らして夜を明かす事かと。

結標『あの時私を助けてくれた男の子がねー……あと十年遅く生まれてくれたなら一口乗ったのだけれど』

残骸(レムナント)の一件にて助けられ、ロシアより学園都市に帰って来た時も顔を合わせた結標はふーん?と独りごちた。



13 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:07:25.29 twYxcOcAO 13/257

~8~

雲川『人の性的嗜好をとやかく言うつもりはないけど、御稚児趣味(ショタコン)も誉められたものじゃないけど』

結標『ショ、ショタコンって言わないでよ!貴女だって真新しい雪が積もってたら足跡をつけたくなるでしょ!?』

姫神『ショタコンな上に。ドSの気あり。私達も救われないけど。性犯罪者スレスレの貴女の性癖も。救われない』

よくも言ってくれたわねと元霧ヶ丘女学院(こうはい)と姫神の手からカシスグレープをひったくる結標。
とは言え姫神も雲川もここに来るまでに粗方心と気持ちの整理をつけて来たのか泣き出すような事はない。
山盛りポテトに手を伸ばす吹寄が風斬に皿を差し出すも、私食べられないんですよねと苦笑いする中で――

結標『だけどまさかあの御坂美琴がね……何だか奇妙な因縁を感じざるを得ないわ』

雲川『……確かお前は夏の終わりに――』

姫神・吹寄・風斬『『???』』

結標『――ええ、ただの“ケンカ”よ三人とも。少しばかり揉めただけの話だから』

雲川の目配せに口裏を合わせながら結標は残骸に絡んでの御坂美琴との暗闘と白井黒子との死闘を思う。
当然その辺りのいきさつなど知りようもない三人を前に言葉を濁すように笑いかけるが、その内心では。

結標『(うふふ……ねえ白井さん今どんな気持ち?愛しく恋しいお姉様を寝取られてどんな気持ち?)』

風斬『嗚呼……また何かドSな微笑みが』

自分を前にして一歩も引かず一歩も譲らず一歩も寄らず立ち向かって来た白井の顔が浮かび上がって来る。
勝ち気そうな眼差し、負けん気強そうな顔立ち、自分を壊してくれた少女の美貌が泣き濡れるその様を――
カシスグレープの肴に結標は杯を傾ける。悲嘆に暮れ悲愴に揺れ悲恋に歪むだろう白井の表情を思うと――

結標『(私自らの手で貴女をグチャグチャにしてようやくおあいこと言うところだけれど、まあいいわ)』

身体にコルク抜きを突き立てられ血を流しながらも向かって来た白井が……
今や心にコルク抜きを突き刺され涙を流しているかと思うとゾクゾクする。
他人を傷つけて来た過去に悔恨の念あれど白井に対する悔悟の念などありはしない。その逆だ。
半紙に墨汁をぶちまけるような暗い情熱と、新雪を土足で踏みにじるような黒い情念が湧いた。

結標『クス……』

ガリっと糸切り歯で氷を噛み砕き、アルコールに火照る熱い吐息を漏らす渇いた唇を舌舐めずりするほどに。



14 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:07:58.45 twYxcOcAO 14/257

~9~

雲川『おやすみ』

姫神『お疲れ様』

吹寄『気をつけて帰ってね』

風斬『じゃあ私もここで♪』

結標『それじゃあまたね!』

ふう、カラオケ入る前よりも雪の勢い強くなってるじゃないの。やっぱりアルコール頼んで正解だった。
何て思いながら私は皆に手を振って駅前で別れを告げて踵を返す。真新しい処女雪に足跡をつけながら。
でもどうしようかしら?お酒臭いまま帰ったらまた小萌にお説教くらいそうだし、仲間のところに帰――

結標『……帰る場所と自分の居場所、両方手にしたのよね、私』

そう、暗部が解散して私は晴れて自由の身になった。同時に、私の仲間達も解放されて自由を取り戻したわ。
アレイスターの『プラン』とやらもさっきまで話してた上条当麻、私達の自由を取り返してくれた一方通行。
あと浜面仕上とか言う男の子達の手によって、あの『窓のないビル』ごと打ち砕かれて消えてなくなったわ。
おかげで私は暗部も案内人も廃業になってしまったけれど、女友達と夜遊び出来る自由には代えられないわ。

結標『……これはこれで悪くないかもね』

サクサクと響き、キュッキュッと鳴り、シンシンと積もる雪の音を聞きながら私は駅前広場から裏通りに入る。
姫神さん達には申し訳ないけど、これは私にとっての勝利の美酒と祝杯でもあるの。勝ち目のないゲームのね。

結標『酔い醒ましにちょうど良い寒さねー……ん?あそこって』

夜風には少し冷たい大雪の中私が目にした場所。それは残骸に絡んで白井さんと切り結んだあの路地裏だった。
私の運命が下り坂を転げ落ちるようにして、私の運勢が雪だるま式に不幸へと積み重なっていった始まりの地。
自業自得だと言われてしまえばそれまでだけど、こういう気持ちは11次元の理論値でも割り切れないものよ。

パン!パンパン!!

結標『――銃声……』

今思えば、この時アルコールが入って気が大きくなっていたのがそもそもの間違い。
どこかで謳歌していた自由と青春に浮き足立っていた自分のお尻をひっぱたきたい。

結標『……嗚呼――』

血溜まりに雪は積もらない。そんなロシア文学の一節が頭を過ぎるほど――

結標『………………――――――』

私の脳味噌は平和と平穏と平温に溶けていた。階段の長さを数えもせずに。



15 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:10:18.73 twYxcOcAO 15/257

~10~

――――そして時は再び巻き戻され――――

固法「白井さん!!!!!!」

記録的な大雪の中、飛び出した白井の後をバイクで突っ走りながら追って現場に急行した固法は眦を決した。
警備員に連絡したその足で向かった路地裏、そこには何人も拘束された犯罪者と担架で運ばれる重傷者達と。

白井「ううっ……」

固法「白井さん!」

同じように担架で救急車に乗せられる血塗れの白井を見つけるなり固法は駆け寄る。目に涙を浮かべて。
怒鳴りつけ叱り飛ばすのは一先ず後回しだ。今や白井の制服は自らの血で真紅に染めるほどなのだから。
しかし白井は辛うじて命を繋ぎ止めたのか、ひどく苦しみ身悶えし呻きながらも意識はまだあった。更に

救急隊員「危ないところだった。あと数分通報が遅ければ、あと数分止血が遅ければ命を落としていたよ」

白井をストレッチャーに乗せ替え緊急輸血を施す救急隊のうち一人が、腕章をつけた固法に話し掛けた。
そこで手渡されたのは銃撃により破損した白井の携帯電話と血染めの腕章である。そこで固法も気付く。
白井はとても救急車を呼べる状態ではなかったし、確保された犯罪者達もそれは同様である。では誰が?
だが件の救急隊員も首を捻るばかりで今一つ要領を得ない。ただ匿名で最優先コードにかかって来たと。
身元を明確にせねば呼べないはずの救急車を、善意の第三者と言うに些か後ろ暗い裏技で呼び出した『誰か』。
そんな人物など固法にも覚えがない。だが似たような事例にいくつか覚えがあった。それは都市伝説めいた――

救急隊員「これが銃創部分にキツく巻かれていたんだ。誰の物かはわからないがね。実に的確な処置だよ」

学園都市暗部なる風紀委員や警備員の間でまことしやかに囁かれていた時期に何度か見知ったケースである。
しかしそこで救急隊員が手にして見せたのは、白井の血に染まって変色してしまった『ピンク色のサラシ』。

固法「(どこかで見たような――……)」

救急隊員「一先ず、君も来てくれないか。後は警備員が処理してくれるそうだから」

固法「は、はい!」

そこで記憶の宮殿に足を踏み入れようとしていた固法の思考が、救急隊員の呼び掛けにより断ち切られた。
慌てて乗り込み、白井に付き添い、雪道を直走る救急車はカエル顔の医者こと冥土帰しの病院へと向かう。



――そして、『悪意』の第三者はと言うと――





16 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:11:33.68 twYxcOcAO 16/257

~11~

月詠「んまー!結標ちゃんおっぱい丸出しなのですよー!!?」


結標「良いから早く中に入れて小萌!風邪引いちゃうったら!!」


月詠「それに少しお酒臭いのです!ま、まさか結標ちゃんったら不純異性交遊(イケナイコト)を!?」


結標「確かにアルコールはちょっぴり口にはしたけど、いかがわしい事なんて何一つしてないわよ!!」


水煙草を嗜んでいた小萌のアパートのドアを右手でドンドン叩き、左手で胸元を隠してながら玄関先で喚く結標がそこにいた。

カッコ良くキメて登場したのは白井が意識を完全に失うまでで、その後はしっちゃかめっちゃか、這々の体で帰って来たのだ。


結標「寒い、寒い!お風呂入りたい!!」


月詠「この家にお風呂はないのですよ?それより結標ちゃん、一体どこのお店でアルコールなんか――」


結標「(流石に姫神さん達と飲んでたなんて言えないわ)銭湯行きましょう小萌!そこで話すから!!」


月詠「とりあえずおっぱいを早くしまうのですよ!絆創膏持って来てあげるのでそれを貼るのです!!」


結標「プールの授業じゃないんだから!」


――そして二人は急いで車に乗り込んで――




17 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:12:09.25 twYxcOcAO 17/257

~12~

カポーン

結標「嗚呼……やっぱりお風呂って最高!」

月詠「日本人の原点(こころ)なのです!」

頭にタオルを乗せ、富士山の描かれたタイルを背に濛々たる湯煙立ち込める大浴場に結標と小萌は並んで肩まで浸かっていた。
結標は目尻を下げ、小萌は目を細め、二人揃って頬を緩ませ、乳白色の海に揺蕩うフニャフニャと骨抜きにされた海月の様に。

月詠「こういう時贅沢な悩みが浮かぶのですよ」

結標「どんな悩み?あっ、温泉行きたいとか?」

月詠「お風呂に入りながら冷酒でキューッとやるか、お風呂から上がってビールでキューッとやるかです」

結標「(どんだけお酒好きなのよ……)」

月詠「で・す・が!未成年は酔っ払ってサラシ脱いでどこかに置き忘れるまで飲んじゃダメなのですよー」

結標「わかったわよ、小萌(良かった、何とか上手い具合に誤魔化せたっぽくて)」

立てた人差し指を左右に振りながらメッとする小萌に対し結標は安堵に緩む口元を湯船に浸かって隠した。
姫神達との女子会は友情によるものだが、白井に関する事柄はその対極に位置する。それはとりもなおさず

結標「(――トウモロコシの繊維を切らしてたのがそもそもの間違いだったのよ)」

結標と白井の間に横たわる、彼岸の因縁と此方の遺恨を隔てる血塗られた不帰の河そのものである。
何故白井を見殺しにしなかったかと言えば、姫神達の口から出た上条の名を思い出したからである。
御坂に追い回され白井に追い詰められ一方通行に追い込まれ叩きのめされた自分を助けた上条の顔。
その時の経験が程良くアルコールの回った結標の神経回路に、新入生を相手取るリスクを選ばせた。

結標「(――それに、あの時……)」

結標は血溜まりに沈む白井の顔に見てはならないものを見た気がした。
あの黒い夜の闇と白い雪明かりの狭間で確かに見た『白井黒子』の――

小萌「それにしても結標ちゃん?」

結標「何よ。まだお説教の最中?」

小萌「いえ、また一段とおっぱいが大きくなったように先生には見えるのですよ?」

結標「そんなにジロジロ見ないでよ……」

小萌「女同士減るものじゃないのですー」

と、そこでチャプチャプと波打つ湯船にあってプルプルとハリと弾力に富んだ乳房が小萌の目に止まった。



18 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:14:40.43 twYxcOcAO 18/257

~13~

小萌「嗚呼、若い娘の肌は吸い付くと言うより弾けるような瑞々しいに満ち充ちているので先生は羨ましい限りなのですよー」

結標「肌だけなら小萌の方がピチピチしてるじゃないのよ……」

小萌「……でも前からちょっと先生は気になっていたのですが」

結標「?」

小萌「――結標ちゃん細かい切り傷とか結構多くありません?」

結標「!」

結標の心に湧き起こった細波に連動するように、乳白色の水面が波打ち結標の鎖骨の窪みに溜まった湯がトロリと落ちた。
だが小萌はまじまじと引き締まった伸びやかな二の腕や、投げ出された脚線美などをフニフニと触診するように触り始め。

結標「ええっとそれはその……これはこの――」

小萌「――喧嘩ばかりしちゃダメなのですよー?結標ちゃんも女の子なのですから」

結標「……うん、そうね!あんまり珠のお肌に傷つけたらお嫁に行けなくなるもの」

それをくすぐったがるフリをしながら結標は笑って誤魔化し、小萌も笑って頬をツンツンつついて来る。
言えない。言えるはずがない。言うつもりもない。自分が誰かの笑顔どころか命まで奪って来たなどと。
結標は思う。果たして自分が歩んで来た過去を小萌が知ったとして尚、彼女は自分に笑顔を向けてくれるだろうか?
泣くだろうか、怒るだろうか、嘆くだろうか、悩むだろうか、苦しむだろうか、はたまたその全てか、それ以外か。

月詠「結婚したら先生も式に呼んで欲しいのですよー。教え子の晴れ姿は教師冥利に尽きるのですよー!」

結標「私の結婚より自分の結婚の心配しなさいよ小萌……そう言えば小萌の好みのタイプってどんな人?」

月詠「んー……先生なら黄泉川先生を男にしたようなタイプですねー!」

結標「先生ならって……じゃあ生徒なら」

月詠「い、いけないのです!教え子をそんな目で見ちゃダメなのです!」

結標「まあまあここだけの話でね?ね?」

月詠「……上条ちゃん?」

結標「どんだけ女殺しなのよ彼は!!?」

結標は小萌の笑顔を見て思う。もし彼女に万が一の事が起きた時、自分は仲間達の時のように命を懸けられると。
だがそれは小萌を『身内』と認めているから出来る事だ。ならば『身内』ですらないもっと漠然とした対象を……

月詠「そういう結標ちゃんは?」

結標「小萌みたいに年を取らない――永遠の少年よ!」

月詠「」

『全て』を守りたいと願う白井とはどういう人間だろうかと。



19 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:15:07.36 twYxcOcAO 19/257

~14~

白井「うっ……」

冥土帰し「気がついたかい?」

時同じくして白井は冥土帰しの病院にて手術を終え意識を取り戻した。入院着に着せ替えられ、清潔なベッドに横たわる形で。

白井「――……わた、くし、は……――」

冥土帰し「うん、ここは僕の病院だよ?君はここに担ぎ込まれて来たんだよ。幸い、内臓には傷一つなかった。頑張ったね?」

その傍らに佇むはバイタルや事細かなチェックを手にしたリストに書き込んで行く冥土帰し。
白井は未だに切れていない麻酔に茫洋とする意識の中にあって、それを聞くとも無しに聞く。
外は未だ雪が降っているのか、カーテン越しに窓辺に落ちる影からまだ夜である事が伺えた。

冥土帰し「今付き添いの娘を呼んで確認を取らせてもらうよ?楽にしてくれて良い」

そう言い残して席を外し、病室を後にする冥土帰しの後ろ姿を見送りながら白井は思いを巡らせる。
犯人確保は一体どうなったか、自分は何と不甲斐ないか、度し難い失態を演じてしまった事。そして

白井「(付き添いの方とは……まさか)」

視界がホワイトアウトする刹那まで聞いた声音と、世界がブラックアウトする瞬間まで触れた手指、結標淡希。
朧気な感覚の中にあっても白井は微かに感じていた。自分のブレザーから止血剤を漁っていた彼女の手つきを。
朦朧とする意識の中であっても白井は確かに覚えていた。自分に応急処置しながら電話をかける彼女の横顔を。

白井「(……何故、貴女がわたくしを)」

自分と似通った力を持ちながら相容れない存在、白い雪と赤い髪、微かに香るアクア・アレゴリアの匂い。
一つとして纏まらない点、一つとして結ばれない線、一つとして重ならない面、『結標淡希』と言う存在。
ただ一つわかったのは、死んでも助けられたくない相手に命を救われた事に対する、言いようのない感情。

冥土帰し「手短にね?」

固法「はい……白井さん!この馬鹿!!」

白井「(嗚呼)」

そして付き添いの人間と言うのが結標ではなく固法であった事に対し覚える大きな安堵と小さな落胆。
白井は酸素マスク越しに『ごめんなさい』と唇を動かして謝意を示すと、固法がギュッと手を握った。

白井「(貴女ではありませんのね――)」

ここにない御坂の暖かい手ともここにある固法の温かい掌とも違う、細く長く白く冷たい指先の記憶――




20 : >>1[saga] - 2012/03/25 16:16:41.05 twYxcOcAO 20/257

~15~

かくして汚れなき白と血塗られた赤はここに交差する。


御坂「うふふ、今年はあいつとクリスマスか♪」


人肌に溶けて、太陽に焼かれ、春に枯れる一片の六花。


御坂「そう言えばあいつと私の実家近いのよね」


人肌を焼き、太陽を拒み、春でさえ溶かせぬ永久凍土。


御坂「も、もし里帰りの時期合わせたりしたら」


花も咲かせず、実も結ばず、種すら残さぬ雪花の物語。


御坂「が、学園都市の外でも会えちゃうかも!」


押し固めたドライアイスのように、露を払う事もなく。


御坂「わーわー!どうしようどうしよう黒子!」


誰に看取られる事もなく、ただ気化して消え行く存在。


御坂「……って風紀委員の泊まりだったっけ?」


やがて形を失うそれを手に留める事は決して出来ない。


御坂「でも良かった……黒子が応援してくれて」


青い『春』の中に、白い『雪』の居場所はないのだから


御坂「黒子は、私の最高のパートナーだもん!」
 
 
 
 
 
――空間移動と座標移動が交差する時、物語は始まる――
 
 
 
 
 


35 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:01:42.85 TL+uDUOAO 21/257

~0~

月詠「ぷはー!お風呂上がりのビールは最高なのですよー!!」

結標「(嗚呼、坊やのお尻の蒙古斑にかぶりつきたいわ……)」

白井が冥土帰しの病院にて意識を取り戻したのと時同じくして、結標と小萌もまた銭湯から上がった。
バスタオル一枚で腰に手を当ててゴクゴクとプレミアムモルツを飲み干す小萌、そしていま一人は――

小学生「お母さんお母さん!あの人僕と同じ子供なのに“びーる”飲んでるよ??」

月詠「んまー!僕ちゃん?私はこれでも先生で[ズギューン!]歳なのですよー!?」

結標「(うふふ、銭湯ってたまにこういう歓迎すべきアクシデントがあるのよね)」

手首に填めた磁気バンドをさすりつつ文字通り舐め回すような視線で脱衣場の子供を視姦しているショタコン女子高生である。
恐らく学園都市に住まう科学者ないし教師の子供であろう。まだ手放しで男湯に入れるのは不安なのだろうか母親付きである。
前をタオルで隠そうともしない無防備な少年を、車で来たと言うのも忘れて一杯引っ掛けている小萌を止めもせず見入って――

結標「(少年が真新しい雪なら男は溶けたぬかるみよ。青い春を迎えると泥に汚れてしまう雪そのもの)」

ニヤニヤと独自の哲学を、ニヨニヨと独特の美学に則って少年を視姦しながら結標は思う。
今日相手取った一際むさ苦しい新入生達。暗部の瓦解した今も尚闇にしがみついている――
白井をパームピストルにて撃ち抜いたあの集団、『落第生』とも言うべき存在についてだ。

結標「(そういえばこのところ、ああいった連中がのべつまくなし暴れまわってるって雲川さんが嘆いていたかしらね……)」

学園都市上層部のブレーンを務めている雲川は当然結標が暗部に属していた事も知っている。
決して良い顔はしないが、互いに仕事を離れれば気の合う同世代の友人でもある。その彼女が

雲川『近々“忌み枝”を“剪定”したいところだけど良い“庭師”を知らないか?』

結標「(――蛇の道は蛇、ね――)」

結標にそれとなく向けて来た水、その源流を遡る事を結標は考える。
今の河を知りたければ泳ぎ上手に聞くのが最も聡い方法であるとも。

結標「……今日の出来事も踏まえて少し相談してみようかしら」

バスタオル一枚のまま、結標は二つの携帯電話に目を落とした。



その眼差しに、少年を見つめていた笑みは既に欠片もなかった。





36 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:02:15.30 TL+uDUOAO 22/257

~1~

御坂「はあっ、はあっ、はあっ」

翌日、一人の少女が学舎の園を飛び出して冥土帰しの病院に向けて走り込んでいた。その少女の名は御坂美琴。
件の白井の先輩にしてルームメイトにしてレベル5第三位の座を戴く常盤台のエースが正門を潜り抜けて行く。
真冬の冷え込みに白く染まる息と、初雪の底冷えに赤く染まる頬のまま学校が終わるなり飛び出して来たのだ。

御坂「す、すいません!!ここに入院してる白井黒子って娘は何号室ですか!!?」

受付「え、えっと三階の十一号室ですが」

御坂「ありがとうございます!!!!!」

そして受付に詰め寄り、エレベーターの待ち時間も惜しいとばかりに階段を三段飛ばしで駆け上がる御坂。
白井が風紀委員の活動中に銃撃を受け重傷を負った事は今朝方固法からのメールによって知らされたのだ。
それは奇しくも御坂と上条が翌朝辛くなるとわかっていても数限りなく送り合ったメールの最中にである。

――――――――――――――――――――
12/13 0:07
from:上条当麻
sb:なあ
添付:
本文:
指疲れちまった。電話していいか?
――――――――――――――――――――

御坂「(黒子がいないからって自分からかけてどうすんのよー!?)」

そのメールを見るなり返信するより早く伸びた通話ボタン。自分から十分だけと言いつつ一時間以上も話し込んだ。
白井が学園都市の治安を守るため戦っていたまさにその時である。それを思うと御坂は猛烈な自己嫌悪に襲われた。
その後、御坂より一時限早く終わった初春と佐天からもメールが届いた。自分達もこれからお見舞いに行きますと。
更に固法からかかって来た電話によると白井は何者かの手により救い出されたと言う。それは御坂も知っている――

固法『ピンク色のサラシが残されてたわ。思い出せそうで思い出せないんだけど御坂さん心当たりない?』

御坂「(――――まさか…………)」

御坂の脳裏を過ぎる鮮烈な赤髪、鮮血の記憶、そして奇しくも白井が発見されたのはかの路地裏である。
それを思いながら御坂は一気に三階まで辿り着き、白井の病室のドアに手をかけ、一気に開いて叫んだ。

御坂「黒子!!!!!!」

そして――……



37 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:03:32.51 TL+uDUOAO 23/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「三日ぶりのお姉様分ですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


38 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:06:48.11 TL+uDUOAO 24/257

~2~

御坂「!?」

白井「……と、気持ち三日分のお姉様補給タイムですの!!!」

佐天「あ、御坂さんお疲れ様ですー。マシュマロ食べますか?」

初春「佐天さん!それは白井さんへのお見舞い品ですってば!」

肩で息を切らしながら開け放った病室内には、生肉を放られたサファリパークの肉食獣のように涎を垂らし目を輝かせる白井。
そして売店で買った紅茶を入れる初春と、白井への見舞い品であったギモーブ(生マシュマロ)を頬張る佐天がそこにはいた。

御坂「あ、あれ?あんた鉄砲で撃たれたって固法先輩から聞かされたんだけど……」

白井「うふふ!わたくしの胸を貫けるのはお姉様の彷徨える蒼い弾丸だけですわ!」ジタバタ

佐天「白井さん、あんまり騒いでると傷口に響いちゃいますよ?初春お茶まだー?」

初春「佐天さん!そんなに食べたら白井さんの分がなくなっちゃうじゃないですか」

白井「――嗚呼、わたくしは先程いただきましたのでもうお腹一杯ですのよ。初春」

未だ窓枠のサッシに雪が残る午後の陽射しを浴びるため、ベッドから車椅子に移った白井はやはりいつも通りの白井であった。
より緊迫した状況より切迫した内情を想像していた御坂が思わず入口を閉め忘れるほどに。それは先に到着した二人も同様で。

白井「全く、ここの医者は腕が良いですが包帯を大袈裟に巻きすぎるのが玉に瑕ですの。まあもっとも?」

お姉様が上気した顔色で駆けつけて下さった事を思えばお釣りが来ますの!と白井はニッコリ微笑んだ。
出来る事ならテレポートしてお姉様の胸に飛び込み思いの丈を伝えたい気持ちでいっぱいですのと笑う。
その笑顔を見ると引きつり笑いを浮かべていた御坂も思わずつられて微苦笑を浮かべざるを得なかった。

白井「ご心配おかけいたしましたお姉様。ご覧の通りほんの掠り傷ですの。申し訳ございませんでした」

御坂「良い良い。あんたが思ったより元気そうでいてくれたなら取り越し苦労も心配性も安いもんだわ」

初春「でも白井さん?固法先輩から聞きましたけど今度から無茶しないで下さいね」

佐天「そうそう。初春なんて心配し過ぎてお昼全然食べられなかったんだから!!」

白井を中心にして右側に初春、左側に佐天に分かれ、御坂がポンポンと頭を撫でると

白井「――みなさんすみませんでしたの」

いつも通りの笑みを湛えながら、白井はぺこりと皆に一礼した。



39 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:07:15.11 TL+uDUOAO 25/257

~3~

御坂「何も覚えてないの?本当に何も?」

白井「ですの。大立ち回りをやらかして何人か拘束したところまでは覚えているのですがそこからは――」

銃弾で負った戦傷など掠った程度のものであったが、殺しきれなかった衝撃により頭を強かに打ちつけたのだと白井は語った。
昨夜は学園都市にあって今年初の大雪であり、それに足を取られた事も己の未熟さ故だと初春の淹れた紅茶に口をつけながら。

御坂「(……あの女じゃないのかしら?)でも犯人グループの顔は見たんでしょう」

初春「すいません御坂さん、それ以上は」

御坂「あっ!ごめん初春さん。ここから先は風紀委員(あなたたち)の領域だもんね。悪いクセだなー」

これじゃあいつ(上条当麻)みたいと御坂は舌をペロッと出して頭を掻き、佐天が桜色のギモーブを口に頬張る。
窓辺より窺える風車から昨夜の名残雪が陽射しを浴びて溶け出し、ポタポタと雫を落として行く様子が見て取れ。

白井「お恥ずかしい限りですの。どうやら一人取り逃がしたようで、それを思うと居ても立っても……」

初春「そっちの方は今、黄泉川先生達が総力を上げて洗い出しをしてくれているみたいです。ですから」

御坂「そうよ黒子。あんた最近ずっと支部に詰めてるんですって?初春さんからメールで聞いたけれど」

佐天「白井さんって生真面目ですもん。ワーカーホリックになる前に一足早い冬休みに入ったと思えば」

休むのも仕事の内ですよ佐天が肩をポンポンと叩くと、白井は曰わく言い難い表情を浮かべて御坂へと向き直り――
何か言いたそうに唇を開き、それを横一文字に結んで飲み込み、それもそうですわねと皆の言葉に首を縦に振った。
そこで初春も白井の手を握り、やや真剣な眼差しで白井を見上げながら言った。昨夜の一件は自分のせいでもあると

初春「昨夜も私の当直を代わってもらった時に起きた出来事なんです。ですから白井さんの抜けた穴は私が埋めますから……」

白井「初春……」

初春「約束して下さい。もう絶対にこんな無茶な真似はしないって。もし破ったら今度からお茶淹れて上げませんからね!!」

思わず水飲み鳥のように頷いてしまうほどの初春の強い言葉に、白井もわかりましたのと首を垂れた。
そこで初春は立ち上がり、では今から出勤して来ますと真面目な顔を作って敬礼して部屋を後にした。



40 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:09:46.24 TL+uDUOAO 26/257

~4~

佐天「あはは、じゃあ私も帰ろうっかなーお二人さんの邪魔しちゃったら悪いし?」

御坂「も、もう佐天さんったら」

白井「どうもお見舞いありがとうございますの。マシュマロ美味しかったですの!」

佐天「どういたしまして♪じゃあお幸せに……じゃなくて白井さんお大事にー!!」

白井に代わって初春が出勤し、白井に気を利かせて佐天が退室し、部屋には白井と御坂の二人が取り残された。
二人分の洗い立てのカップが雫を落とし、真っ白なギモーブがいくつか残された菓子折りの箱を間に挟む形で。

白井「うふふ!お・姉・様~?」

御坂「な、何よ黒子その笑いは」

白井「これにて二人きりですの!!!」

御坂「(本当に何も覚えてないの?)」

ここぞとばかりにナース服を着て欲しいだのマシュマロをお口あーんさせて欲しいだのとすり寄る白井。
御坂は真新しい湿布や消毒液の匂いを感じながらしないわよ!と迫る白井の両頬を引っ張って抵抗する。
だが胸中を過ぎる思いは疑念と胸裏に宿る思いは疑心。白井は本当に覚えていないのだろうかと言うそれ

白井「お姉様のマシュマロ!!世界に一つだけのお姉様の二つのマシュマロ!!!」

だが


御坂「止めんかこの馬鹿黒子!打ち所悪くなって余計ひどくなってるじゃない!!」

そこで


ハナテ!ココロニキザンダユメヲ!ミライサエオキザリニシテ!


御坂「あっ、いけない」

鳴り響く着信音。病室内だと言うのに電源を切り忘れた携帯電話。
そこで御坂がじゃれあうのを止めてすぐさまオフにしようとした。
だが折り畳み式の携帯電話を開いた御坂の眼差しは指先よりも早く

『着信:上条当麻』

白井「………………」

御坂「ごめん黒子ちょっと電話出て来る!すぐ戻るからね!!」

画面上に表示された名前と番号と待ち受けに御坂は切る事をせず携帯電話を耳に当てながら飛び出して行く。
よほど慌てていたのか、勢い良く閉めたスライドドアが反動で半ばまで開いてしまったが、白井は動けない。

白井「くっ……」

本来ならば呼吸する度に走る激痛を押し殺し、御坂の様子から察した発信者を思う苦痛を噛み殺した。
脂汗が一気に溢れ出すが、涙が押し寄せるのを跳ねつける強さだけが辛うじて白井を支えていた。そう

白井「……わたくしは本当に馬鹿ですの」


車椅子のホイールに添えられた指先が白くなるほどの力を込めて。





41 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:10:14.51 TL+uDUOAO 27/257

~5~

……――わたくしは大馬鹿者ですの。

誰に誉められるでもない痩せ我慢を。

自分で誇る事も出来ない自己満足を。

あわや馬脚をあらわすところですの。

白井「うっ……」

麻酔が効いていてこのざまとはとんだお笑い草ですわ。しゃんとなさい白井黒子、しゃきっとなさい白井黒子。
さして大きくもない器ならばせめて頑強に、さして厚くもない器なりにせめて頑丈に己を静めて鎮めて沈めて。
こんな鉛玉一発お腹に食らったところで膨れるほど、こんな銃弾一撃お腹に喰らったところで満たされるほど。

白井「くっ……」

『白井黒子』は弱くなどないはずですの。少なくとも、『御坂美琴の世界』のわたくしはの話ですが。
それをあんなにも幸せそうなお姉様の前で、心配そうな初春の前で、気遣わしそうな佐天さんの前で。
地金を晒してはなりませんの。焼きを入れ熱を上げ、叩かれる度に伸びて強くなる鉄のようになると。
石のように固い意思と石のように堅い意志と石のように硬い意地と石のように難い意地に齧りつくと。

白井「(申し訳ございませんのお姉様。わたくしは二つほど嘘をつきましたのよ)」

痛苦に歪む自分の脆弱さに、惰弱さに、軟弱さに、真実(よわさ)を虚偽(つよさ)に変えるためにも。
固法先輩にも話せず、お姉様にも話せない昨夜の出来事。憎いであろうわたくしを助け出した憎いお方。
お姉様が救おうとした敵、わたくしを救った敵。気紛れか、悪戯か、嫌がらせか、それさえわからずに。

白井「……わたくしは本当に馬鹿ですの」

何のために彼女の名を伏せたんですの?敵に命を助けられた事を恥じて?いえそれは違いますの、きっと。
恥じるべきは敵に命を救われた自分の弱さですの。本来ならばお姉様に心配される価値すらない類の弱さ。
お姉様があの殿方と真剣に交際を結ばれ、親密に関係を紡がれる事に縮乱されるこの胸に秘められた醜さ。

???「――ええ、貴女は本当に馬鹿ね」

……――何故貴女がここにいるんですの。何故貴女が、お姉様が開けっ放しにした入口にさも当然のように。
腕を組んで背を凭れ、目を細めて唇を歪め、髪をかき上げて足を踏み出して来るんですの。どうして――……

???「――私がせっかく拾ってあげた命をむざむざドブに捨てるくらいなら――」

貴  女  が  こ  こ  に  い  る  ん  で  す  の



42 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:11:14.49 TL+uDUOAO 28/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「いっそのこと、昨夜のうちに殺してしまえば良かったわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


43 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:11:49.43 TL+uDUOAO 29/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
A C T . 2 「 白 い マ シ ュ マ ロ 、 赤 い フ レ ジ ェ 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


44 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:14:25.86 TL+uDUOAO 30/257

~6~

――――時は僅かに遡る――――

ショチトル「………………」ジー

結標「(メチャクチャ睨まれてる……)」

トチトリ「………………」ジー

結標「(ムチャクチャ見られてる……)」

海原「すいませんこんなところで。この時間しか空きがなくて」

ショチトル「こんなところとはなんだこんなところは。それに空き時間とは大した言い草だな。
片手間に義務的に来るなら来なければ良い。来てくれと言った覚えもないぞエツァリ。だいたい」

海原「(余計な残留思念を拾ってイライラすると言っていたのに)」

トチトリ「(一日でも来なければ来ないでイライラするくせにな)」

ショチトル「何か言ったか?そこの二人」

海原「いえ」

トチトリ「なにも」

結標「……本題に入らせてもらっても?」

同階にて姦しい歓談が花咲かせる中、昨夜の大雪すら及びもつかないブリザードが病室に吹き荒れていた。
その中心に座わりしまま、結標のお見舞い品兼手土産たるあまおうのフレジェを頬張る冬将軍ショチトル。
それをきな臭い笑顔の土御門とは対照的な胡散臭い笑顔で見やり、結標に向き直るは元同僚たる海原光貴。

海原「ええ。自分に聞きたい事は新入生の残党についてだとお伺いしましたが――」

結標「……貴方平和ボケした?それとも色ボケ?わかっているなら他人に聞かせる類の話でない事くらい」

海原「自分が掴んでいる程度の状況と深度の情報は彼女達も把握しているので大丈夫ですよ。むしろ――」

結標「その娘達が私を監視しているようね。余計な火の粉を持ち込ませないために」

とんだ難物に当たってしまったものだと結標は左手で顔を覆い天井を仰ぐようにして頭(かぶり)を振る。
一応彼女達も暗部抗争から連なる一連の暗闘を潜り抜けて来ている。これ以上の押し問答に意味などない。
そこで結標は気持ちを切り替え、海原に向き直るようにして出されたパイプ椅子に腰掛けて髪をかき上げ。

結標「貴方の腹黒さには負けるけど腹を割って話しましょうか」


結標は海原に問い質した。今この街に巣食っている落第生(あんぶくずれ)について



45 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:14:52.70 TL+uDUOAO 31/257

~7~

海原「では自分も結論から。新入生なる“忌み枝”はもはや学園都市という“巨木”に対する影響力は限り無く0に近いかと」

結標「……ではそれに根差すものは何?」

海原「枝葉を実らせるだけの資金力(えいようげん)と伸ばすだけの後ろ盾(にっこう)を失ってしまったからですよ。ええ」

結標「アレイスターの遠行と上層部の失脚で首が回らなくなったって事ね。グレムリンも一方通行達が潰してしまった事だし」

海原「はい。早い話が彼等は今や自分達が“剪定”される側に回りました。各地で起きている事件も実にささやかな問題です」

海原は両手で湯呑みを支え持ちながら常と変わらぬ微笑を湛えながら結標に語って聞かせる。
アレイスターという威光を、上層部という寄る辺を失い、黒夜海鳥らという中核など失い――
ほぼ下部組織の寄せ集めのような状態となり、今や明日の我が身も知れぬ状態となっている。

海原「今や彼等に出来るのはその場しのぎの切り捨てとその日暮らしの切り売りです。自分達の身に置き換えて考えたならば」

結標「ゾッとしないわね」

海原「これでおわかりいただけましたか?自分が彼女達を同席させた最たる理由が」

暗部に身を置いていた頃に溜め込んでいた武器や駆動鎧や最先端技術を外部に横流ししようとする者達。
暗部で培った技能で強盗事件を起こすなどスキルアウト並みに程度の低い者もごまんといるらしいのだ。

結標「お金がないんじゃ首がないのと同じ事ね。遅かれ早かれと言ったところだわ」

そもそも新入生とは、一度解散した暗部にわざわざ自分から舞い戻って来た――
言わば抑えの利かない、表の世界に適合出来ない人間達の掃き溜めにも等しい。
その上資金源も失い、スポンサーも失い、地下銀行の資産さえも失ったらしい。
かつ資金を汲み上げる権力(うしろだて)まで失ったとあれば高転びに他ない。

海原「車枝、閂枝、逆枝、交差枝、落ち枝、幹切り枝、立ち枝、胴吹き、従長枝。彼等は“剪定”されるより先に“枯死”するでしょう。春を迎える事なくこの冬にも」

一つの巨大かつ強大な権力機構が瓦解すれば、それらが内包していた闇もまた、野を駆けるよりないのだ。

結標「――親船最中という勝ち馬に乗って結果として正解だった、という事ね……」

そこで結標は話は済んだとばかりに、顔の前で手を振って締め括りとする事にした。



46 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:16:58.37 TL+uDUOAO 32/257

~8~

結標「(下部組織程度の人員しか残っていないなら、わざわざ現状確認するまでもなかったわね……)」

海原からおおよその事情を聞き出した私はそこで席を立つ事にした。今更旧交を温める中でもないしね。

海原「貴女も“枝打ち”に誘われているのですか?わざわざ自分のところに話を聞きに来たところを察するに」

結標「“貴女も”というからには貴方も水を向けられた口?残念だけれどそれは違うしそのつもりもないわよ」

そして現体制の走狗になるつもりもないわ。ドッグ・イート・ドッグ(同業者同士の潰し合い)に加わるつもりね。
旨味と食いでのある共食いならまだしも、歯応えのない雑魚を食い散らかしたところで喉に小骨が突き刺さるだけ。
私は白井黒子(かのじょ)や御坂美琴(かのじょ)のような正義の味方になんてなれないし、なるつもりもないわ。

結標「一方通行には最終信号が、土御門には義妹が、私には仲間達が、貴方には御坂美琴(かのじょ)が」

海原「………………」

結標「“身内”がいたからこそ私達はあの闇の奥底を這いずり回って来れたんじゃない?それをわざわざ」

海原、耳聡く目聡い貴方ならば既にわかっているでしょう?御坂美琴の世界は今や上条当麻(かれ)のものよ。
貴方が戦う意味も、私が闘う理由も、既に失われてしまった。少なくとも、闇は晴れなくても夜は明けたはず。
取り戻したものを放り出してまで再び剣を取るには、私は些か疲れてしまったのよ。『あの人』との戦いでね。

結標「……どうもに調子が狂うわね。兎に角、貴方が今為すべき事はその“両手に花”を枯らさない事!」

海原「!?」

ショチトル「?!」

結標「断っておくけれど、海原と私は仕事上の付き合いだけで貴女達が考えているような婀娜っぽい事は」

トチトリ「ない、と」

結標「ええ。そいつがあと五歳から十歳若かったら考えないでもないけれど、私の好みから外れてるしね」

だから貴方達も取り戻した平和を謳歌して取り返した日々を満喫なさいな。

結標「忙しいところをわざわざ悪かったわね海原。それからありがとう。このお礼はいずれなんらかの形で返させてもらうわ」

海原「――……いえ、もう頂いてますよ」

結標「?」

海原「これです」

ショチトル「……美味かった。礼を言う」

トチトリ「エツァリより余程気が利くな」

あまおうのフレジェ一つでそんなにニコニコ笑うんじゃないわよ。安い男ね。

47 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:17:32.84 TL+uDUOAO 33/257

~9~

そして結標は海原・ショチトル・トチトリの病室から渡り廊下へと歩み出し、冬晴れの空を仰ぎ見る。
幸いにしてアレイスターの『プラン』が瓦解した後、彼女達もこの病院で治療に専念する事が出来た。
『グループ』の面々も土御門が渡りをつけ親船という勝ち馬に乗る事が出来た。長い暗闘の終わりだ。

結標「(それでも、こうして話していると暗部に身を置いていた頃の自分が今ひとつ抜けきらないわね)」

誰かに相談したり助け合ったりしてどうにかなる地点の果て、絶対に勝てないゲームの終わり。
自分の目で確かめ手で掴めなければ何も信じられないような日々の向こうに取り戻した日常……
昨夜のように友達と夜遊びに繰り出し、初雪に胸躍らせ、柄でもない助け舟を出した自分自身。

結標「(性分というのは墓場まで持って行くものだけれども、はてさてこれからどうするべきかしらね)」

サラシを巻き直した胸に手を当てながら一つ深呼吸すると、結標の背後でバンと音高くドアが開かれた。

結標「?」

しかし結標が振り返るより早く病室のドアを開け放って飛び出して行った何者かは足音のみ残して去って行った。
何やら話し声が聞こえたような気がするが足音は一つだった。恐らく電話か何かだろうかと結標はあたりをつけ。

結標「あっ……」

白井「くっ……」

結標「(なぜ)」

そこで気付いた。半ばで閉め切らなかったスライドドアの向こう、車椅子に腰掛けながら身体を丸め……
窓辺より降り注ぐ冬晴れの陽射しに透ける白いカーテンの下、脂汗を浮かべ眉を顰める白井黒子の姿に。
思いもよらぬ遭遇に結標は見開いた眼差しを白井から離せない。こんな神の悪戯などあり得るのかと。が

白井「……わたくしは本当に馬鹿ですの」

結標「………………」

白い雪の残る窓辺に置かれた車椅子、白い光射す病室で痛苦に耐える白井黒子。
見るからに痛み止めが切れ息も絶え絶えなその様子に、結標は苛立ちを覚えた。
ナースコールを呼べば良いだろうにと、ベッドに横たわって良いだろうにと――

結標「――ええ、貴女は本当に馬鹿ね」

白井「!?」

結標「――私がせっかく拾ってあげた命をむざむざドブに捨てるくらいなら――」



――何に対して、そんなにも肩震わせて耐える事があるのかと――





48 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:19:32.04 TL+uDUOAO 34/257

~10~

――――そして時は巻き戻され――――

結標「いっそのこと、昨夜のうちに殺してしまえば良かったわ」

白井「……――何故貴女がここに!!?」

結標「それはこっちのセリフよ白井さん」

射し込む光に包まれた白井、伸びた影に身を置く結標がここに『再会』した。
両者にとって思い掛けず、望ましからざる形で、運命に導かれるようにして。
それに白井は目を見開くもすぐさま見据える形にて結標を睨み付けるように。
対する結標も眦を決するもすぐさま冷笑的な笑みと眼差しを湛えて睥睨する。

結標「貴女馬鹿なの?それともマゾなの?たかが一日で塞がるはずもない傷と痛みに耐えてどうするの?」

白井「そんな事貴女に関係ないですの!」

結標「全くの無関係でもないでしょう?仮にも命の恩人に対してその噛みつきようは人としてどうなの?」

白井「くっ……」

結標「御坂美琴も後輩にどういう教育をしているのかしらね。程度が知れるわよ常盤台(おじょうさま)」

カツカツとリノリウムの床を踏み鳴らして結標が車椅子の白井の前に立ち、露悪的な微笑みと共に見下ろした。
そこで御坂を引き合いに出され吠えかかろうとするも、結標に食ってかかりきれず白井は歯噛して耐え忍んだ。
結標はそんな白井の表情に何かしらの歪んだ満足感と歪な優越感を覚えたのか、ベッド側にあるナースコールへと

結標「……ナースコールを呼んであげる」

白井「や、やめてくださいまし!」

結標「?」

白井「……これしきの掠り傷程度で――」

手を伸ばさんとしたところ、白井が歯を食いしばって車椅子から立ち上がり結標の手を押し留めようとした。
コールなどかければ医者や看護師が駆けつけて来る。そうすればようやく安心させた御坂がまた心配すると。
結標はそんな白井の意固地さに気分を害したように柳眉を顰めた。善意とさえ呼べないそれであろうとも――

白井「ううっ……」

結標「ちょっと!」

だがガバッと立ち上がった事により、今度こそ声を殺し切れず白井が前のめりに倒れ込んで行くところを

白井・結標「「あっ……」」

咄嗟に差し出した結標の両腕が、白井を受け止める形で支え直した。
あの残骸(レムナント)に際して結標が白井を迎え入れようとし……

結標・白井「「………………」」

拒まれた腕の中へ、拒んだ胸の内へ、飛び込むような形で――



49 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:20:50.10 TL+uDUOAO 35/257

~11~

結標「(軽い)」

白井黒子(かのじょ)を抱き留めた時に私が最初に感じたのは、見た目に違わず軽いその身体だった。

消毒液の匂いが鼻をくすぐって、それでも何故か不快じゃなかった。突き飛ばす事さえ出来なかった。

結標「(……――私は何をしているの)」

昨日彼女の命を助け出したのは、酔いも手伝ったほんの気紛れに過ぎなかったはずだと言うのに。

今日もたまたま通りがかっただけの事だと言うのに、何故私はこんなに柄でもない事をしてまで。

結標「だから貴女は不出来だと言うのよ」

……かつて私の手を払いのけ、腕を振り解き、それどころか挑みかかって来た貴女に助けを呼ぼうとして、あまつさえ受け止める事までしているの。

確かに貴女は私に似ている。けれど貴女は私に似ていない。何故なら私は人を傷つける側の人間で貴女のように人を守る側の人間ではないのだから。

結標「――なんなら、昨夜の続きをここでしてあげましょうか」

私は、昨夜貴女を撃ち抜いた暗部(かれら)と同じ側の人間だった言うのに。

貴女は私の『身内』ではないと言うのに。


――私と貴女は違っているはずなのに――




50 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:21:45.28 TL+uDUOAO 36/257

~12~

白井「(細い)」

わたくしが結標淡希(かのじょ)に抱き止められた時、最初に感じたのは見た目より細い肢体でしたの。

アクア・アレゴリアの香りが鼻をくすぐって、何故か心安らぎましたの。突き放す事も出来ないほどに。

白井「(わたくしは何をしてるんですの)」

貴女に助け出された事に屈辱さえ、貴女に救い出された自分に恥辱さえ覚えている恩知らずな礼儀知らずだと言うのに。

わかっておりますの。肩肘張れど立てもせぬ自分の未熟さ、片意地張れど支えもせぬ自身の脆弱さをいやと言うほどに。

結標「だから貴女は不出来だと言うのよ」

残骸(レムナント)に絡んで貴女と切り結んだあの夜、わたくしを迎え入れようとした時と同じ両腕ですの。

あれほど嫌みったらしい能書き、あれだけ長ったらしい前書きの果てにわたくしに差し伸べられた細い両腕。

結標「――なんなら、昨夜の続きをここでしてあげましょうか」

お姉様の温かい手とは違う、結標淡希(かのじょ)の冷たい掌。似ても似つかない二人の指先。


早く離れて下さいまし。速く離れなければ。お姉様が戻って来ますの。わたくしが戻れなく――




51 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:22:43.54 TL+uDUOAO 37/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――あんた達なにしてんのよ!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


52 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:25:57.14 TL+uDUOAO 38/257

~13~

白井「お姉様!?」

御坂「黒子から離れなさい!!!!!!」

結標「………………」

何がどうなってるの?どうしてあいつからの電話で席を外してる間によりによってこの女がここにいるの。

何でどうしてあんたが黒子を抱き締めてるの。何でこうして黒子があんたに抱きすくめられているのよ!!

結標「……後輩が後輩なら先輩も先輩ね。人の顔を見るなり怒鳴りつけるだなんて貴女親からどういう教育受けてるのかしら」

御坂「黒子から離れなさい!下手な動きをしてみなさい、頭を吹き飛ばすわよ!?」

白井「お、お姉様!これには理由が――」

御坂「黒子は黙ってなさい!!!!!!」

白井「っ」

固法先輩が言ってた『ピンク色のサラシ』ってやっぱり結標淡希(このおんな)の物だったんだわ。

残骸(レムナント)の時、黒子を血溜まりに沈めたこの女が。どうして今になってまた姿を現すの。

御坂「……黒子、あんたさっき言ったわよね?“撃たれた後の事は何も覚えてない”って言ったわよね?」

白井「そ、それは……」

御坂「――これはどういう事?“昨日の続き”って何なの?あんたこの女に何かされたって言うのかしら」

白井「………………、」

御坂「どうして私に黙ってたの。ううん、嘘をついて隠してたの?黙ってないで説明しなさい黒子!!!」

黒子が泣きそうな顔で俯いて、あの女が楽しそうな顔で笑ってる。

あんた達は一体何なの?私の知らないところで何が起こってるの?

教えてよ黒子!答えなさい結標淡希!!あんた達は何なのよ!!?

結標「――言える訳ないわよね白井さん」

白井「!?」

結標「愛しの“お姉様”の前では、ね?」

……――あんた、何を言って――……




53 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:26:51.42 TL+uDUOAO 39/257

~14~

結標「平和ボケで血の巡りが悪くなるのは構わないけど、色ボケで頭の巡りが悪くなるのは頂けないわね」

うろたえる白井を制し、息巻く御坂を制して結標は艶笑めいた表情で含めるように歌い上げて行く。
燦々と照りつける三冬月の陽射しを背負い、かかる白いカーテンを払いのけて傾げた顔を睨め上げ。

御坂「――どういう意味よ……」

結標「わからない?貴女がヘラヘラ笑いながら男と遊び歩いているそのすぐ側で何が起こっているのかも」

御坂は知らない。この時結標の脳裏を過ぎるは昨日の女子会にて、上条に懸想していた少女達の顔が浮かび上がっている事を。
御坂は知らない。この時結標の目蓋を過ぎるは今日の見舞いにて、御坂に懸想していた元同僚の顔が浮かび上がっている事を。
御坂は知らない。この時結標の胸裡を過ぎるは先程の痛苦に耐え、御坂に懸想している好敵手の顔が浮かび上がっている事を。

結標「言ってごらんなさい白井さん。昨日貴女が私に何をされたか。考えてみなさい御坂美琴。昨夜彼女が私に何をされたか」

御坂「あんた……――」

白井「違いますのお姉様!この方はわたくしを助……きゃっ!」

御坂「黒子!!?」

そこで結標は白井を車椅子へと突き飛ばして歪んだ笑いを浮かべ、御坂へと向き直って歪な嗤いを湛える。
痛苦のあまり呼吸すら詰まり言葉も紡げない白井から目を切り、怒髪から赫亦を散らす御坂を嘲るように。
火花を大輪にまで育て開かせるため、因縁という土壌に激怒という水(ガソリン)をかけて挑発し続ける。

結標「ほら、正義の味方(あなた)が殴りやすいように口実(りゆう)を作ってあげたわよ“超電磁砲”」

そこで結標は呼吸を整えようとする白井をチラッと流し目を向ける。昨夜の血溜まりを見出すようにして。
自分に向かって来る時と、御坂に向ける時の白井の表情の落差にひどく落胆させられて仕方無いのである。
同時に、今し方顔を合わせ言葉を交わした海原はこんな女のために命を懸けたのかと思うとやりきれない。

白井『貴女に助けられるくらいならば……――死んだ方がマシですの!!!!!!』

そんな御坂に対しひた隠され耐え忍ばれる、昨夜目にした白井黒子の涙(みてはならないもの)が――

結標「……そんな風に考えているから、貴女はいつまで経っても誰も守れないのよ」



――――結標をどうしようもなく苛立たせ――――





54 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:27:19.00 TL+uDUOAO 40/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「――――妹達(あのこたち)も死んで当然ね――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


55 : >>1[saga] - 2012/03/27 20:28:46.33 TL+uDUOAO 41/257

~15~

白井「ッッッッッ!」


その瞬間、全てが凍てついた。


御坂「――――――」


時間も、空間も、その全てが。


結標「――怒った?」


結標の笑顔を除く全てが凍る。


御坂「……あんたに」


代わりに咲くは、紫電の火花。


御坂「何がわかるの」


それは言ってはならない禁句。


御坂「――あんたに」


それは触れてはならない領域。


御坂「あんたに……」


陽光に、鈍色の雲がかかり――


御坂「――あんたに私の何がわかるのよオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ー!!!!!!」


プロペラが、風もないのに回り


白井「お姉様!!?」


病室の硝子が割れ落ち砕け散り


結標「――クス……」


その破片に結標の笑みが映った



63 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:05:58.85 s92lENdAO 42/257

~0~

結標『死んだ方がマシなくらい嫌いな私に拾われた命を、せいぜい歯軋りしながら噛み締める事ね』

舞い散る粉雪の白、流れ出す鮮血の赤、その狭間にあるピンク色のサラシを彼女に巻き付けながら――
私は闇夜の黒の中にも見て取れた彼女の双眸から溢れ相貌を濡らす透明な雫に見入り魅入られていた。
肩と頬の間に挟んだトバシ用の匿名電話、コード五十二を経由しながら呼び出す救急車を待ちながら。
持ち歩いていたバッグに入ってた予備のサラシや生理用品でも止血が追い付かない。間に合うかしら。

白井『……後悔しますわよ』

結標『もうしてる。銃声なんて気にせず素通りしてしまえば良かったわ。おかげで胸が寒いったらない』

私のコルク抜きで抉られ、拳銃で撃たれて尚涙一つ零さなかった貴女のどこか自暴自棄(なげやり)な物言い。
風紀委員(かたぶつ)として知られる貴女のそんな姿が、仲間を捕らわれ囚われた頃の私に重なって見えたの。
大切なものを奪われ、この冬空の下ささくれ立った唇を噛み締め血を滲ませるような、そんな荒れ模様の貴女。

結標『――……貴女達に追い込まれた後の私も、こうして自分の流した血で濡れた地べたを味わされたの』

白井『………………』

結標『そんな私を助け出して救急車を呼んでくれたのはね、上条当麻という男の子だったのよ?白井さん』

白井『!!!!!!』

結標『貴女から御坂美琴を奪った憎い仇敵が、私を拾った恩人なの。これは言わば恩返しならぬ恩送りよ』

その理由は御坂美琴でしょう?その原因は上条当麻でしょう?と私は自暴自棄になっていた彼女を煽り立てる。
貴女の消えかかる命の灯火に油を注いであげるの。激情という名の、何よりも確かな熱を、冷え切った貴女へ。

結標『最低の相手(わたし)からの施しと最悪の相手(かれ)からの目こぼしの味は如何かしら白井さん』

白井『……やはり貴女は最低の屑ですの』

その事に思い煩い判断力を失い、その事に思い悩み演算力を逸したのでしょう。わかるわよ白井さん。
テレポーターは本来下着一枚にまで気を配り、薄絹一枚にまで気を張らなくてはならない繊細な存在。

結標『――その元気があれば大丈夫ね?』

わかるわよ白井さん。わかるのよ私には。

貴女の痛みも傷みも、手に取るようにね。

だって、私と貴女は似ているのだから――



64 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:06:26.32 s92lENdAO 43/257

~1~

御坂「結標淡希ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

硝子が砕け散ると同時に結標は座標移動し、白井の病室から影も残さず、御坂の前から姿を消した。
だが御坂は電磁力の吸着力と反発力と空間把握駆使し、窓枠より病院外壁を駆け登り屋上を目指す。
結標は逃げるつもりなどない。御坂も逃がすつもりもない。ただ一人、車椅子に『座らされた』――

白井「お姉様!!!」

白井の呼び声が耳に入らないほど怒り狂った御坂が配水管から屋上の鉄柵へと飛び移って身を踊らせて。

結標「――来たわね、常盤台の超電磁砲(レールガン)」

御坂「……来たわよ。あんただけは絶対に許さない!!」

辿り着いた先は曇天より天使の梯子が差し込む屋上、無数のシートが物干し竿にかかり寒風に揺られている。
結標はそこから一段高い貯水タンクに腰掛け、怒髪天を衝く御坂を冷ややかにせせら笑って見下ろしていた。
対する御坂もまた死んだ妹達や殺されたシスターズを侮辱された事に怒り狂いながらも、その手には――……

御坂「……さっき言った言葉を取り消しなさい。そうすれば怪我で済ませてあげる」

結標「いやよ。私は吐いたツバを飲み込む事もかいた汗を無駄にする事も嫌いなの」

未だに根雪残る屋上のコンクリートより引き出し押し固めた砂鉄の剣、対する結標は軍用懐中電灯を構える。
御坂の怒りに呼応するかのようにブルブルと空気を震わせるそれが、結標の目にも映り込み、そして細められ

結標「――使わないの?レールガンを?」

御坂「………………」

結標「白井さんが言ってたわ。レールガンを撃てば一秒で全てを終わらせられると。それをしないのは」

一際強い風が吹き、立ち上がるとミニスカートが靡き、かきあげると赤い髪が戦ぎ、羽織ったブレザーが翻る。
御坂が許せないと感じた事、それは妹達を侮辱された事。そして妹達をダシに使ってまで自分を煽り立てる――

結標「優しさだと白井さんは言った。でも私の考えは違う。貴女はただ自分の手より綺麗な物を持っていないだけ」

腐りきり、ねじ曲がった、結標の嗜虐性。女ならば誰しも本能的に備えた、精神(こころ)を抉る残酷さ。

結標「自分の手を汚す覚悟も、泥を掴む気概もないくせに、身勝手な正義の元に悪(たにん)に石を投げる貴女を」

そして――

結標「手放しで誉める人間ばかりじゃないって事を思い知らせてあげるわ。御坂美」



65 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:08:32.52 s92lENdAO 44/257

~2~

御坂「言いたい事はそれだけかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ドンッッッッッ!!!!!!と言う音と共に、御坂が砂鉄の剣を携えながら結標目掛けて突っ込んで来る。
その身に迸る紫電を漲らせ、裂帛の勢いを以て風ごと断ち割るように、疾風すら遅きに逸する迅雷が如く。

結標「っ」

筋電微流と生体電流を操作しての御坂の急加速に目を見開いた瞬間、躍り出て振り下ろされる砂鉄の初太刀。
対して軍用懐中電灯を横構えにして受け止め引き剥がさんとする結標、引き離されまいとする御坂が激突し!

結標「言い足りないくらいよ!貴女のような偽善者を見ていると反吐が出るわ!!」

右払いに振り切り弾き返す結標!左回りに回転し一周して振り抜く御坂!!されどそこに結標の姿は既になく!!!

御坂「!?」

結標「――ずっと、貴女が嫌いだったわ」

轟ッッッッッッ!と月面宙返りのように冬空に座標移動しながら、何本もの鉄製の物干し竿を御坂目掛けて放つ。
だが御坂は一本目を砂鉄の剣で切り飛ばし、二本目を横転してかわし、残りを磁力の反発を利用し軌道を逸らす。
それによって御坂の周囲に剣山のように何本もの物干し竿が突き立つ。故に御坂はそれら全てを磁力によって――

御坂「私もあんたみたいなゲス女が前から気にいらなかったのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

結標「貴女みたいに中身の伴わない綺麗事と、中身が空っぽな絵空事ばかり口にする人間だって生臭いものよね!!」

ミサイルのような推進力を以て、宙を舞う結標目掛けて次々と撃ち放たれて行く。
自分自身が軽々とテレポート出来るようになったのは予想外ではあったが想定内。
されど結標も負けじと自分自身をテレポートさせ、鼻先を掠める刹那に回避して。

結標「――誰がそんな貴女の尻拭いをさせられてると思ってるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

目蓋を過ぎ行く海原の笑顔に、姫神達の泣き顔に、白井の横顔に、被さるように乱舞するシーツが座標移動させられる。
一瞬視野を遮られ、視野を覆われ、視線を塞がられる御坂が電撃を放ち、科学繊維で編まれたシーツに引火し炎上して。

結標「っ」

御坂「ッ」

瞬きの炎の中座標移動にて飛び込む結標、シーツを砂鉄の剣で切り裂き開けた視界の中再び鍔競り合い――



66 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:08:59.24 s92lENdAO 45/257

~3~

御坂「――巫山戯んじゃないわよ!!!」

御坂が結標の二つ結びの左側をひっつかみ、砂鉄の剣を捨てて結標の横っ面を鼻筋ごとひっぱたいた。
更に右から一発、左から一発、往復する平手と反復する殴打が結標の華奢な輪郭を首ごと横倒して――

結標「巫山戯てるのは貴女でしょうが!」

御坂「あがっ!?」

行く最中、蹴り上げた膝頭が御坂の鳩尾に深々と食い込み、くの字に折れる御坂が尚離さない手を――
結標は思いっきり立てた爪で御坂の目元を切り裂くように立て、片目が塞がりかけた御坂へと更に平手を

結標「――クソ忌々しい女!!!!!!」

奥歯も砕けよとばかりに見舞う平手打ちが、鼓膜まで破れよと横殴りに御坂に叩きつけられて行く。
そして倒れ込んだ御坂の顔面を、名残雪に突っ込ませるように踏みつけ踏みにじり踏み潰して行く。

結標「ほらどうかしら常盤台(おじょうさま)!?地べたなんて舐めた事ないでしょう!?ほらっ!!!」

能力によるドッグファイトから暴力によるキャットファイト。数限りなく叩きつけ、後頭部を足蹴にする。
手塩を相手取って制した経験が、御坂の知らぬ結標の地力となって優勢に傾き、趨勢を決して行かんと――

御坂「――調子に乗ってんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

結標「ぐがっ!?」

するはずもなく、かつて皮膚を根刮ぎ持って行かれた足首を掴まれ浴びせられる電流に結標が仰向け寝に倒れ込んだ。
そこへ御坂が馬乗りになり平手打ちを叩きつけ、結標が下から軍用懐中電灯で殴り返す。止まりようも止めようもなく

結標「っ」

結標が座標移動で御坂を宙へ投げ出し放り投げ、御坂が猫ひねりで貯水タンクへと着地する。
開け放たれた両者の距離、広がり続ける両者の軋轢、そこで結標は頬を押さえながら立った。

結標「――海原と上条(かれら)に免じて手心を加えてあげないでもなかったけれど、もうやめよ!!」

かつて傷ついた足首は痺れ、切れた内頬から血が滲む。しかしそれ以上に傷つけられたのは女としての矜持だ。
かつて一方通行に強かに殴りつけられた記憶も相俟って蘇り、それが逆毛を立たせるほどの怒りを呼び起こす。

結標「傷物にしてあげるわ!!!!!!」

名残雪を溶かさんばかりの激憤を湛えて、結標は散乱する鉄製の物干し竿に演算を集中させ傾注させ――



67 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:11:25.61 s92lENdAO 46/257

~4~

御坂「あんたがいるから!!」

結標「貴女さえいなければ!」

座標移動より懐へ飛び込み軍用懐中電灯を縦に振り下ろす結標、横へ振り抜く御坂が競り勝ち弾き飛ばす。
されど結標は後退しつつ、虚空より十数本に渡る物干し竿を巨大な大釘のように御坂に撃つ!放つ!穿つ!
しかし御坂は自身に磁力を集中させ、斥力を発生させ鉄製の物干し竿を次々と押しのけ掻き分け前に出る。
そこで結標は御坂の進行方向を塞ぐように座標移動させた物干し竿をコンクリートに林を植えるようし――
その背後では貯水タンクが座標移動させられた物干し竿が刺さり、破裂するように雪解け水が噴き出して。

結標「―――!!!」

結標が座標移動を連続で繰り返し、御坂を攪乱しながら内一本に両手をかけポールダンスの要領で蹴撃を浴びせる!
だが御坂も寸でのところで同じく宙を舞い物干し竿に膝裏を引っ掛け、車輪のように回転してそれを回避しそこから

御坂「ああああああああああああああああああああ!!!」

一回転して結標の頭上に躍り出て、威力をかなり下げた電撃を放って薙ぎ倒し、御坂が着地する。
それによって結標が背中から屋上の鉄柵に叩きつけられたのと、破裂した貯水タンクの雪解け水が

結標「がはっ……」

御坂「――口ほどにもないわね結標淡希」

スコールのように降り注ぐ中、勝敗は決した。しかしその雨さえ御坂の中に宿る瞋恚の炎を消せはしない。
自分のみならず妹達の事を引き合いに出されての侮辱である。それもよりによって相手は『結標淡希』だ。
かつて残骸(レムナント)を持ち出し、実験を再開させようが構わないと数ヶ月前に事件を起こした相手。

御坂「――三度は言わないわ。あの娘達を侮辱した事を取り消しなさいよ!!!」

結標「……ふふふ」

それに対し結標は曇天より降り注ぐ天使の梯子を見上げながら笑う。まるで鳥籠のような光であると嘲る。

結標「お断りよ!」

御坂「……あんた」

結標「口ほどにもない私だけれど、貴女の思い通りに囀るカナリヤに成り下がるくらいなら舌を噛んで死んだ方がマシよ!!」

ペッ、と血反吐を御坂の顔に吹きかけて。

御坂「――あんたってヤツはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!」


そして御坂が電撃を放たんとして――……




68 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:12:29.46 s92lENdAO 47/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
白井「もうお止め下さい二人共!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


69 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:13:03.18 s92lENdAO 48/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
A C T . 3 「 白 い 傷 跡 、 赤 い 爪 痕 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


70 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:13:37.37 s92lENdAO 49/257

~5~

御坂「……黒子」

白井「もうこれ以上この方を傷つけないで下さいましお姉様!!悪いのはわたくしなんですのよ!!!」

御坂が雷撃の槍をまさに放たんとしたその刹那、鉄柵に寄りかかり崩れ落ちた結標を庇うようにして――
白井は痛苦を押して空間移動で二人の間に割って入った。両手を広げ結標に背を向け御坂に胸を晒して。
それにブレザーまで焼け焦がされた結標が、信じられないものを見るように目を丸くする。それはまるで

結標「(どうして――……)」

白井「この方はわたくしを手当てしてくれて救急車を呼んで、助けが来るまでずっと側にいてくれたんですのよお姉様!!!」

御坂「!?」

白井「さっきだってたまたまなんですの!わたくしとてこの方がいらっしゃるだなんて知らなかったんですのよお姉様!!!」

白い入院着に身を包んだ白井は、さながらこの光の梯子から降りて来た天使のように結標は一瞬錯覚させられた。
対する白井は目に涙を溜めて押し留める。思わず面食らい、虚を突かれたように呆ける御坂(おねえさま)をだ。
そして何より驚いているのは他ならぬ白井自身だ。御坂を止めるのではなく結標を庇った、己自身の在り方にだ。

御坂「……だったら何で黙ってたの!どうして私に嘘をついてまで隠してたの!!」

結標「――飲み込みが悪いわね御坂美琴」

だが、結標は雪解け水が生み出した泥濘に手を突き鉄柵に腕をかけて立ち上がった。
未だ折れそうな足と笑いそうになる膝を、意思と意志と意地で維持し立ち上がった。

結標「……貴女を彼女の立場に置き換えたなら、私に助けられただなんて口が裂けたって言えるはずない」

御坂「………………」

結標「分かり合えて分かち合えて、和解して理解して、歩み寄って肩寄せるだなんて私達にはありえない」

白井「結標さん……」

結標「――そんな価値観(せかい)は貴女達で共有すればいい」

負け犬に許される限りの遠吠えを尽くして結標は御坂をせせら笑う。
柄でもない仏心など出すものではないと、自分自身もせせら笑って。

白井「………………」

結標「っ」

そんな自分に向けられる白井の眼差しが、どんな痛みより堪えた。



71 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:16:15.24 s92lENdAO 50/257

~6~

結標「……――そのザマでは愛しの彼氏としばらく顔も合わせられないわね。痛み分けにしては上出来よ」

御坂「……――二度と私の前に姿を現さないで!黒子の前にも顔を出さないで!!」

結標が右ポケットから右袖まで焼け焦げたブレザーを脱ぎ捨てると、半ば溶けた携帯電話が割れて落ちた。

二台持っていて良かったとも思わない。御坂が本気を出していたなら自分がこうなっていたと知るが故に。

結標はよろめく足で白井とすれ違い、ふらつく身体で御坂をすり抜け、雪解け水に波紋を描いて去り行く。

結標「――自分の正義(カタ)に嵌らない人間に石をぶつける貴女の生臭さと、私の血腥さも似たものよ」

最後まで挑発し、最期まで面罵しながら。

結標「せいぜい狭い世界(ワク)の中で、泥も掴まないお綺麗な手で、これからも石をぶつければいいわ」

崩れ落ちるより早く、崩れ去るより速く。

結標「……――妹達(あのこ)達の血で濡れた手で、白井(たにん)の涙の上に成り立つ幸せを掴んでね」

ザッ!と雪を蹴散らすようにして結標は座標移動で屋上から、二人の前から、影すら踏ませず消え去った。



72 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:17:18.78 s92lENdAO 51/257

~7~

御坂「………………」

白井「………………」

突き立った物干し竿から、白旗のようなシーツが寒風に乗せられて病院屋上より学園都市の街並みへと落ちて行った。

御坂は目元から頬にかけて蚯蚓腫れのように引きつる爪痕を一撫でし、結標の残して行った呪いの言葉を噛み締めて。

御坂「――病室に帰るわよ黒子。こんなところにいちゃ傷に響いちゃうもんね……」

白井「……お姉様」

御坂「私なら平気。あーあ、こんなひどい顔じゃしばらくあいつに会えないわねー」

唇を噛み締めて、奥歯を噛み砕かぬように努める。結標の呪いの言葉も負の一面を抜き出せば一つの真実だ。

妹達の死(ぎせい)の上に成り立つ命(みこと)という存在。御坂とてかつては結標と同じ事を思ったのだ。

自分は幸せになってはいけない。この世界に救いなどない。もう二度と笑えないと、あの実験の前後まで――

御坂「………………」

上条当麻(ヒーロー)に救い出されるまで

白井「(お姉様……)」

御坂は魂を、白井は命を、そして結標もまた形は異なれど上条に救われた人間である。だがそれは――

白井「(結標、さん)」


――同一でこそあれど、全一などでは決してない――




73 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:18:05.03 s92lENdAO 52/257

~8~

海原「(……参りましたね、どうにも)」

そして屋上での騒ぎを聞きつけ駆けつけるは、そこへ連なる階段と鉄扉に身を潜めていた海原(エツァリ)。

処女雪の上に立つ御坂、天使の梯子の下しゃがみ込んだ白井、ボロ雑巾のように敗れ去った結標の三人を……

踏み越えてはならぬ一線を越えれば止めに入るつもりであったが、最悪の局面は何とか避けられたと見届け。

海原「(一方通行といい、彼女といい)」

光溢れる御坂達に背を向け、海原は陽の射さない暗い階段を音立てる事なく苦笑いを浮かべて下って行く。

思う。万が一の時、自分は恐らく御坂を守ろうとしただろう。想う。上条ならば両方止められただろうと。

経緯こそ知り得ぬものの御坂に食ってかかった結標に対し忸怩たる思いがある。だが海原は追い掛けない。

海原「(あまり御坂さんに負担をかけないでいただけませんか)」

自分の尻拭いは自分でというビジネスライクな関係に背もたれなど有り得ない。例えばそれは――……

とぅるるるるるるる♪

海原「――もしもし?」


学園都市(まち)の影より、学園都市(まち)の闇へ連なる道であろうとも――……




74 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:18:33.86 s92lENdAO 53/257

~9~

――――――――――――――――――――
12/13 16:47
from:美琴
sb:ごめーん!
添付:
本文:
ちょっと三、四日実験で忙しくなりそう!
しばらくあんたなんかに構ってられないけど
メールや電話はOKだから!それからね……
ちゃんと補習はこなす事!わかってる???
クリスマスまで後十日しかないんだからね!
もし約束破ったらあんたを雪だるまにするわ
――――――――――――――――――――

上条「(美琴のヤツは能力実験か……)」

月詠「上条ちゃーん??補習中に携帯いじるとはいい度胸をしてますねー?」

上条「うおっ!?せせせ先生これは違うんだ違えんだ違います三段活用!!」

同時刻、上条は小萌から出された課題の答え合わせの真っ最中にも関わらず御坂からのメールに口元緩ませていた。
見えない角度から携帯電話を開いたつもりが、どうやら知らず知らずの内に笑んでいたところを見咎められたのだ。
メッと指差す小萌の手前返信する事は出来ないが、上条は嫌で嫌でたまらない補習の最中にあっても心持ち――……

上条「(補習も頑張ってこなさねえと、マジでクリスマスにまで食い込んじまうもんな、うん集中集中)」

夕陽と夕闇が交差し、夕月と夕星が交錯しつつある時間帯であろうともひどく晴れ晴れとした気分なのだ。
それは十一日後に控えた二人で迎える最初のクリスマスを前に何としても補習を消化しきるという目標だ。
ならばそもそも補習など受けぬよう勉学に励めば良いのだろうが、足りないのは単位より出席日数である。

月詠「(んまー土御門ちゃんも特別公欠が多いですねー。これではコマが足りてもお勉強に遅れが……)」

そして居残り組が問題を解いている間に出席表をチェックするは小萌。
本来ならば、その中に土御門も含まれていなければいけないのだが――

とぅるるるるるるる♪

月詠「ちょ、ちょっと失礼するのですー」

――――――――――――――――――――
12/13 16:50
from:結標ちゃん
sb:無題.
添付:
本文:
今夜帰らない。ご飯いらない。
――――――――――――――――――――

月詠「んまー!」

授業を終えた事でマナーモードを解除していた携帯電話が鳴り響き、慌てて廊下に出て開かれたメール。
そこには昨夜もどこかでアルコールを口にして帰って来た不良娘からの素っ気ない一文が記されていて。



75 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:20:43.98 s92lENdAO 54/257

~10~

結標「……こっちの携帯電話も何か調子悪いわね。御坂美琴(あのおんな)の電撃のせいかしらね……」

四回ほどメール送信に失敗したもう一つの携帯電話を折り畳み、結標は風穴の空いたビーカーに凭れかかる。

それはかつて統括理事長ことアレイスター・クロウリーが君臨していた玉座。同時にここはその王城である。

上条・一方通行・浜面達の手により『プラン』ごと打ち砕かれた『窓のないビル』。結標はそこにいたのだ。

結標「………………」

もはや誰も訪れる者のいない墓標とも言うべきビルの内側にて、結標は亀裂から射し込む夕陽を身体に浴びせる。

足首の痺れ、熱を持つ頬、細かい擦過傷、焼け焦げたブレザー、壊れた携帯電話、尻尾を巻いて逃げ出した自分。

小萌『――喧嘩ばかりしちゃダメなのですよー?結標ちゃんも女の子なのですから』

結標「言われた矢先にこのザマじゃ、合わせる顔がないわよ」

たった今メールを送ったばかりの小萌の声が脳裏に蘇る。傷が癒えるまで家には帰れない。

『グループ』時代に使用し今も残されているだろう仮眠室にでも寄ろうかと結標は考えた。

とてもではないが仲間の前に出せる顔でさえないし最低限食べて寝るには困らない場所だ。



76 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:21:09.43 s92lENdAO 55/257

~11~

白井『もうこれ以上この方を傷つけないで下さいましお姉様!!悪いのはわたくしなんですのよ!!!』

白井さんが私に感謝する必要なんてないけれど、貴女が御坂美琴に謝罪する必要なんてもっとないでしょうに。
別に私は誰かに誉めてもらいたくて貴女を助けたんじゃない。別に自分を褒めたくて貴女を救ったんじゃない。
なのにどうして貴女が彼女に謝る必要があると言うの。好かれてるだなんて思ってなかったけれど、流石に――

御坂『……――二度と私の前に姿を現さないで!黒子の前にも顔を出さないで!!』

あそこまで嫌われるといくら私でも傷つく。それは御坂美琴に罵られた事よりも何よりもずっとずっと。

白井『お、お姉様!これには理由が……』

――ずっとずっと私が傷ついたのは、私が側にいる事であそこまで貴女が狼狽えたと言う現実そのものよ。
まるで愛人との浮気現場を見咎められ修羅場を迎えたようなリアクション。それはとりもなおさず私が――
……まるで汚らしい物のように、穢らわしい者のように扱われたと言う事実が否応無しに私を打ちのめす。

結標「……痛いわ」

昨日小萌が言ったように、私の身体には貴女に刻まれた傷跡がいくつか残っている。うっすらと白くね。
私はその傷を見る度に貴女を思い出した。貴女を忘れる事なんて出来なかった。痛みを伴う記憶は特に。
私が皮膚を根刮ぎ持って行かれた時とも違った意味で、貴女が私の心に立てた赤い爪痕は今も残ってる。

結標「……許さない」

私の手を払い除けた貴女、私の腕に倒れ込んだ貴女。そんな貴女が御坂美琴を見るなり狼狽えた表情を見て……
私は苛ついた。頭に血が昇って、ひどく腹が立った。貴女が涙するほど苦しんでいる側でヘラヘラと笑って――
私の顔を見るなり顔を真っ赤にして石をぶつけて来た彼女に。性善に生まれ偽善を笠に独善をふるうあの女に。

結標「……赦せない」

自分が正しければ、それ以外の人間は全て間違っているとでも言いたいのかしらねあのクソ忌々しい女は。
彼女が妹達とやらのために身体を張り終わった後、人知れず身体を張り続けている一方通行(にんげん)。
貴女が日向で笑う草葉の蔭で、張り付けた笑みで彼女では影しか踏めない闇を行く海原光貴(にんげん)。



――それさえも知らずヘラヘラ笑ってるだけで誰からも無条件に愛されるあの女――




77 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:23:04.51 s92lENdAO 56/257

~12~

貴女が見てる御坂美琴(げんそう)なんて、妹達(いたいところ)を突かれただけで剥げ落ちる鍍金よ。
貴女が視てる御坂美琴(げんじつ)はどう?男(かれ)が出来てから女(あなた)に注がれる眼差しは?
貴女は御坂美琴(かのじょ)を手に入れられない。貴女は上条当麻(かれ)にはなれないのよ白井さん。

貴女があんな雪降る夜、血に染まりながら学園都市(まち)を守ろうとしているその傍らで――……
あの女はぬくぬくとあたたかい部屋で彼氏と遅くまでメール三昧か長電話でもしていたんでしょう。
愛しい御坂美琴(あいて)を奪った憎い上条当麻(あいて)とのやり取りを、貴女はどう見てたの?


貴女の涙も知らずに笑う、彼女の笑みを。


なのに貴女はまだ彼女に縋ろうと言うの?散歩(あそび)にも連れ出してもらえない鎖に繋がれた犬のように。
雨降りの中、置き去りにされたとも知らずに段ボールの中で主人を健気に待ち続ける悲しい哀しい犬のように。
垂れ流された悪感情(フン)も取ってもらえず、お腹を空かしているのに愛情(エサ)も貰えない犬のように。


――ただ、撫でて欲しいだけなのにね――


寂しいでしょう?苦しいでしょう?辛いでしょう?泣きたいでしょう?愛されたいでしょう?
だのに貴女は救われない。だけど貴女は報われない。だから貴女は忍びない。それ以上に――


御坂『黒子から離れなさい!!!!!!』


――よくも私を壊してくれたわね。

結標「――――――………………」

貴女さえいなければ、私達はどうにでもなったのに。

結標「そうよ」

傷つけられたなら、ズタズタに傷つけ返せばいいの。

結標「私は何も」

壊されたなら、グチャグチャに壊し返したらいいの。

結標「悪くないわ」

真新しい雪に、メチャクチャに足跡をつけるように。

結標「私は悪くない」

ただムチャクチャに踏みにじってしまえばいいのよ。

結標「悪いのは貴女よ」

今まで人を傷つけて来たのと同じようにすればいい。

結標「――私は何も悪くないッッ!!!」

白井黒子(あなた)が思慕し恋慕し愛慕し横恋慕さえ出来ない御坂美琴(げんそう)を引き裂いてあげるわ。
糸より細い絆ごと、針より小さな紲ごと、御坂美琴の名前を思い出す度胸痛ませる傷名(きずな)にしてね。



この血のような赤い夕陽射し込む、亀裂の入ったビルみたいに。





78 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:23:33.46 s92lENdAO 57/257

~13~

白井「(――……まるであの方の髪色のような夕陽ですの)」

同時刻、御坂の手により病室へと連れ戻された白井はベッドに横たわりながら窓辺より落日を見つめていた。
御坂は結標から負わされた引っ掻き傷の治療と屋上の修繕費を払い終えると帰って行った。その別れ際に――

御坂『――黒子。あの女に何かされた時は必ず私に言うのよ』

眼帯をつけて踵を返した御坂の表情と声音は強張っていた。白井もおおよそは理解している。結標が触れた禁忌(タブー)を。
故に御坂は結標に感謝などしないし謝罪などしない。あのコルク抜きのような舌鋒が、猛毒を孕んだ舌禍となって御坂を苛む。
それを思うと白井は御坂の胸中を慮ると同時に結標の胸裏をも思い煩う。行き違いとすれ違いの果てにぶつかり合った二人を。

白井「(結標さん)」

その白井の膝上には結標が脱ぎ捨てて行ったブレザーと壊れた携帯電話が広げられていた。
アクア・アレゴリアの桜の香りが残るそれらを、御坂が帰った後にこっそり回収したのだ。
このシリーズで桜の香りがするのはただ一種類しかない。故に白井はそのブレザーを抱いて

白井「(……性格の悪さは救いようもありませんが、香水の趣味の良さだけは認めて差し上げますわよ)」

何故、素直に頭を下げる事が出来なかったのだろうか。何故、ただ一言の五文字が口に出来なかったのか。
何故、自分は御坂を止めるのではなく結標を庇ったのか。何故、自分は結標の事ばかり考えているのか――
御坂への崇敬は身動ぎもしない。ある種の信仰ないし忠誠に近いものさえある。それは御坂が白井にとって

白井「(お姉様は強いお方ですの……)」

仰ぎ見るべき存在だからだ。憧憬と呼んで差し支えない。だが結標は違う。彼女は言わば白井の延長線上に佇む存在だからだ。
傷つき、惑い、傷つけ、迷い、強くはあれど逞しくなく、弱さと呼ぶにも脆すぎる。それは生死を賭して戦った白井の実感だ。
そんな彼女は今どうしているだろうかと考えられずにはいられなかった。もう一度会いたい。詫びるべきところは詫びたいと。

白井「貴女(むすじめさん)は――……」

思い返されるは昨夜の記憶、思い起こされるは結標の体温、思い詰めるは自分の雑言、思い出されるは



結標『――――貴女なんて…………』



――月の海に住まう兎と、太陽の黒点に棲まう鴉が巡り会った雪の夜――





79 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:25:31.35 s92lENdAO 58/257

~14~

結標『――その元気があれば大丈夫ね?』

嗜虐的な眼差しで、自虐的に笑うわたくしを嘲笑うあの方。熱を持った傷口、冷え切った身体、震える手と痺れる足。
あの時のわたくしは血を失い過ぎて寒さとは異なる凍えに見舞われておりましたの。そんなわたくしをあの方はずっと

結標『……こんな事をするのは甚だ不本意なのだけれども――』

雪にまみれウサギのようになっていたわたくしを、あのカラスの羽のようなブレザーで包み込むように……
救急車が来るまで体温が下がらぬよう抱き締めていて下さったんですの。ずっとわたくしに呼びかけ続けて

白井『………………』

言葉を紡ぐ力さえ失われつつあったわたくしをつなぎ止めていて下さったあの方に対して何と言えば良かったんですの?
ありがとうと?ごめんなさいと?かつて切り結んだわたくし達にあって、その言葉を口にする事への怖憚られる思いが。

結標『――勘違いしないでちょうだい白井さん。曲がりなりにも私を追い込んだ人間(あなた)に、こんな安っぽい死に方をされては私のプライドに関わってくるのよ』

そんなわたくしに忖度する事なく、足の間に挟み込み背を抱きながらも路地裏の出入り口を油断なく伺っていたであろう貴女。
迂闊に動かせないほどの死に傷を追い、同じテレポーター同士飛ばす事も出来ないわたくしとまだ見ぬ新手に備えていた貴女。

結標『どうせ死ぬなら憎い私の腕の中で死になさい白井さん。愛しのお姉様じゃなくて残念だったわね?』

白井『……死んでも御免被りますの!!』

そして救急車のサイレンが遠くから聞こえ、先ほどの犯罪者達の増援の危機が去るまでそうしていた貴女。
ブレザーのボタンを留め直して立ち上がり、引き抜いた血染めのビニール傘の下にわたくしを横たえさせ。

白井『………………』

結標『……重ねて言うけれども、勘違いしないでちょうだいね』

真っ暗な夜と路地裏の中、真っ白な雪と月明かりの下、髪をかきあげてわたくしを見下ろして来た貴女。

結標『貴女なんか』

白井『―――ですの』

ホワイトアウトする意識、ブラックアウトする視界、そして。

結標『……初めて気が合ったわね』

――――わたくしが意識を失う寸前に見た貴女の横顔は確かに…………



結標『……私も、貴女なんて嫌いよ……』




80 : >>1[saga] - 2012/03/30 20:25:59.41 s92lENdAO 59/257

~15~

御坂「(私はやっぱり幸せになっちゃいけない人間なのかな)」

夕月夜が昇りつつある学舎の園を、御坂は名残雪に足を取られぬようにして左目の眼帯をさすりつつ歩む。
既に店も軒並みシャッターを下ろし始め、生徒達も姿もまばらな様子が片方塞がった視界でも見て取れた。
幸い眼球に傷一つ負う事なく、蚯蚓腫れも数日中に治るだろうとカエル顔の医者に言われた。しかし御坂は

御坂「(何でかな。あの女が私を見る目つき、あいつのところのシスターと同じ目をしてた気がするわ)」

結標が御坂の心に刻み込んで行った呪いの爪に胸押さえながら今日一日の出来事を反芻していた。
妹達を侮辱された真っ白な怒りと、自分に向けて来られた結標の真っ黒な敵意。あの眼差しは――

インデックス『“一人目”のとうまのこと、なんにも知らないくせに!!!!!!』

御坂「(……私が好きになったあいつに一人目も二人目もない。あいつはあいつ、上条当麻ただ一人よ)」

御坂は知っている。あの眼差しに宿る色は『憎悪』だ。御坂は知らない。その眼差しに宿る光は『嫉妬』だと。
皆々の祝福を受けた御坂にあって、結標の呪詛は冷たい声音で火が点いたように叫ぶ修道女と重なって――……

食蜂「みぃーさぁーかぁーさぁーん♪」

御坂「……あんた、なにしてんのよ?」

食蜂「ちっちゃい雪だるま作りよぉ☆」

御坂「……子供じゃああるまいし……」

と、石畳の途中にて出会すは食蜂操祈。珍しく供回りをつけずただ一人で茜色の夕陽射し込む路上で雪だるまを作っている。
たまにこういう童女めいた真似事をするその横顔は、赤いダッフルコートと相俟ってとても『常盤台の女王』とは思えない。

食蜂「どうしたのぉそのお目目。新しいキャラ力作りかしらぁ」

御坂「ただのものもらいよ。用がないなら話し掛けないでよね」

だがとてもそんな難物相手にかかずらっているゆとりは御坂に残されていなかった。


――――しかし――――


食蜂「どうせやるなら第四位の特殊メイクみたいにしなくちゃ」

御坂「!?」

食蜂「浮き足立ったお留守な足元見せてると掬われちゃうゾ☆」

ボトッ、と言う音と共に御坂が振り返ると

御坂「………………」

食蜂は既に影も形もなく姿を消していた。

御坂「……気味悪い」

ハートの女王に刎ねられたような、首無し雪だるまを残して。

96 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:23:39.88 sm6RtECAO 60/257

~0~

――――――――――――――――――――
12/17 19:16
from:姫神さん
sb:良かったら。
添付:
本文:
flipsideの。クリスマスライブのチケット。
いる?予定が入ったから。私。行けなくて。
――――――――――――――――――――

結標「(このケータイもそろそろ替え時かしら。もうなんだかずっと調子悪いしね)クリスマスか……」

白井達と物別れに終わって早五日目、結標は仲間が根城にしているマンションの一室にて携帯電話をいじっていた。
御坂との戦闘により電撃を浴びせられた余波か、数日前から送受信やバッテリーの具合が日に日に悪化しつつある。
何せこのメールでさえ四回メールサーバーから呼び出してやっと届いたのだ。やはり明日買い替えに行こうかと――

少女「何?デートのお誘いか何かかな?」

結標「ちょ、ちょっと覗き見しないで!」

結標がソファーにて頭北面西右脇臥で寝そべっていると、仲間の一人である少女がメールを盗み見して来た。
以前にも千円ほどするサラダを肘をつきながら食べている結標を『行儀悪い』とたしなめた同年代の少女だが

少女「だって悩ましそうな顔で“クリスマスか”なんて言いながら携帯いじってたら気になっちゃうわよ」

結標「悩みどころはそこじゃないわよ。友達からいらなくなったクリスマスコンサートのチケットを……」

少女「嗚呼、その娘フられちゃったんだ」

結標「………………」

少女「そんな顔で睨まないで?怖いから」

そういう貴女も行儀悪いでしょうと結標が睨むと少女は背もたれ越しに肩を竦めて怖い怖いと離れて行く。
結標とて言われなくともわかっている。恐らくそのチケットは姫神が上条を誘おうと一世一代の勇気を――

結標「(手元に置いて置きたくないわよね。辛いだけだもの)」

振り絞って購入したものだろう。故に結標はその意を汲んでチケットを譲り受ける胸をメールにしたためる。
五回の送信失敗の後に送り出した電子鳩が中空を飛び立つのを幻視しながら結標は思う。どうするべきかと。

結標「(金券ショップに売り払うのも何だか気が引けるしね)」

最悪、期日までにこの消化試合をこなしてくれる相手が見つからなければ先程の少女でも誘おうかととも思う。
だがその相手を探そうにも携帯電話がなくてはそれも難しそうだと結標は腫れの引いた頬に手を当て息を吐く。

結標「……クリスマスどうしようかしら」

97 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:24:21.82 sm6RtECAO 61/257

~1~

冥土帰し「お大事にね?」

白井「お騒がせいたしましたの」

12月18日、白井は正午に退院手続きを終え、車椅子を病院玄関口へ横付けされたタクシーに移して乗り込む。

見送りに来てくれた冥土帰しの腕前は大したもので、既に術後の抜糸まで終えているのだから驚異的である。

バタンと閉められたドア越しに会釈すると、すぐさま運転手が行き先を聞いて来る。常盤台中学ですか?と。

白井「いえ、第七学区の地下街までお願いいたしますの」

運転手「かしこまりました」

だが白井は首を横に振って行き先を地下街へと指定した。常盤台中学に戻る前に調達したいものがあるのだ。

白井「(先ずは携帯電話をどうにかしなければなりませんの)」

それはパームピストルの銃撃を受け大きく破損させられた、あのやたらと扱い難い近未来型携帯電話だ。

常盤台中学から風紀委員に至るまで様々な人間の連絡先が入っていたそれを失った痛手はやはり大きい。


そして


白井「………………」



――罅割れた自分の携帯電話と、焼け焦げた結標の携帯電話――





98 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:24:56.69 sm6RtECAO 62/257

~2~

わたくしの記憶が正しければ、車椅子から臨む高さを100センチの世界と表現したのは外部のテレビドラマでしたの。
大覇星祭の折にも体感した視点・視線・視界。かすかに引きつる銃創を庇いながら回す腕が少しばかり辛く感じますの。
ですがこうして正午に差し掛かった頃合いを見計らって退院したのは、お姉様や初春、佐天さんを心配させたくないと。

佐天『……ひどい!女の子の顔にこんな事するだなんて酷すぎるよ!!』

初春『――また結標さんですか。ですけど白井さんにも問題ありますよ』

御坂『ううん、いいの。向こうから売った喧嘩だし買ったのも私だしね』

……あれからまたお見舞いに来て下さった方々の表情や言葉に、酷く胸を掻き毟られる思いでしたの。
特にお姉様の端正な顔立ちを台無しにする眼帯の下に刻みつけられた爪痕はわたくしのせいですのよ。
お姉様は何でもない風を装っておいででしたが、その内心は計り知れませんの。それと同じくして――

結標『……私も、貴女なんて嫌いよ……』

お姉様を痛ましく思う気持ちに反比例して、わたくしの中にあの方への悪感情をさほど沸き上がって来ませんの。
お姉様を傷つけた手で、わたくしを助けたあの方。そう思うとわたくしは憎んで良いのか慈しんで良いのかさえ。

白井「――確かここでしたわね。お姉様とあの殿方がいらしていたショップは……」

時折向けられる、道行く人々の視線の波を掻き分けて辿り着いた先。
そこは件の殿方とお姉様が共に入った携帯電話のショップでしたの。
今思えばあの時肩寄せあって写メを撮っていたあのお二方は――……
既にわたくしでは影も踏めない世界を共に戦い抜いて来たんですの。

白井「んっ!?この段差厄介ですの!!」

そしてコンビニの半分ほどのスペースのショップの段差を上手く車輪で乗り越えられず、わたくしは悪戦苦闘いたしましたの。
常ならばこれしき苦にもならないというのに、傷口を庇って力が上手く入りませんの。ああ、膝の上に乗せた携帯電話までも!
その上、床面に散らばった携帯電話にさえ手が届きませんの。嗚呼、バリアフリーという言葉の意味が身を以てわたくしに……

???「――何をしているのよ、貴女は」

白井「!」

ウーッと犬のように唸るわたくしの背にかけられた涼やか声音。

白井「……貴女は――」



――――その声の主は――――





99 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:27:23.08 sm6RtECAO 63/257

~3~

結標「二つとも携帯電話というのも芸がないし、一つは今流行りのスマートフォンにしてみようかしら?」

仲間のいるマンションで昼近くまで眠りこけていた結標はシャワーを浴びるなり街へと繰り出す事にした。
その目的はおよそ二つ。一つは遅めの朝食にして早めの昼食、残るもう一つは携帯電話を買い替えるため。
小萌の買い物に付き合い何度となく足を踏み入れたこの地下街に立ち並ぶ店舗の殆どを結標は知っている。

結標「ケータイショップはあそこね……」

地下街に吹き込むビル風の余波を受けて、焼け焦げたブレザーの代わりに羽織った私服のニットコートが靡く。
黒を基調とし袖口と襟首に白のファーをあしらったニットコートにベルトを交差させ引き締めたミニスカート。
脳裏に過ぎる、私服の方が露出度が低いのってどうなの?と突っ込んで来る少女を無視して向けた眼差しの先。



――――そこには――――



白井「んっ!?この段差厄介ですの!!」

結標「………………」

ショップの入口の段差に足を取られ立ち往生している少女の姿が結標の目に止まる。その名は白井黒子。

結標「(どうして)」

そこで結標も思わずどんな表情(かお)をして良いかわからなくなり、つい足を止めてしまったのである。
一度会えば偶然、二度逢えば必然と誰だったかが口にした星占いの言葉。ならば三度遭えば蓋然だろうか。

結標「(……別のショップにしましょ)」

そこで結標は車椅子の扱いと段差の隔たりに四苦八苦する白井から踵を返し立ち去る事に決めた。
五日前のやり取りで自分が白井に近付いてもロクな事にならないと身体で思い知らされたからだ。
だが結標が背を向けようとしたまさにその時、ガチャンと言う音と共に何かが散らばる気配がして

結標「あれは……」

振り返った結標が目にしたもの。それは転がり落ちたやたら近未来的なデザインの携帯電話と――
五日前御坂に壊され、屋上に捨てて行った自分の携帯電話であった。何故白井があんなものをと。
しかし白井は車椅子に乗りながら身体を折り曲げて床面に落ちたそれらを一生懸命拾い上げんとし

結標「――何をしているのよ、貴女は」


白井「!」

何故自分が捨てた携帯電話をわざわざショップにまで持って来たのかが知りたくて、結標は声をかけた。



三度目の正直だと、囁く内なる声に従って




100 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:27:51.02 sm6RtECAO 64/257

~4~

白井「……貴女は――」

結標「それ、私のよね」

白井「………………、」

結標「どうしてなの?」

ショップの前で立ち往生する白井に代わって、二つの壊れた携帯電話を拾い上げ仁王立ちとなる結標。
いっそ運命的でさえあるその邂逅に白井は目を瞬かせ、結標は目を逸らすようにした。だが白井は――

白井「……弁償させていただこうかと思って持って参りましたの」

結標「余計なお世話よ。貴女にそんな事をしてもらう義理なんて」

白井「……――あの時は、たいへん申し訳ございませんでしたの」

結標「!」

白井「わたくしのせいでお姉様とあのような事になってしまって」

そこで白井は、うなだれるようにして結標に対し頭を下げた。
その事に対して結標はよりいっそうバツが悪そうに腕組みし。

白井「……あの時、助けていただいたお礼もせずにあんなつっけんどんな物言いさえしなければ今頃は」

結標「――よしてちょうだい。貴女に頭を下げられたところでどうしようもないしどうにもならないわ」

片意地を張り続けた白井、肩肘を張り続ける結標の間にザワザワという行き交う人々の話し声が重なる。
結標とて心の奥底ではわかっているのだ。御坂に対し名付けようのない敵愾心を燃やした事がそもそもの

結標「……貴女に謝られても嬉しくない」

嚆矢となりて御坂に弓を引く切っ掛けになった事ぐらい理性ではわかっている。ただ感情を持て余しているのだ。
自分から謝るなど真っ平御免だと。だが自分が誤っているとわかっていてもどうして良いのかがわからないのだ。

白井「――それでも」

結標「………………」

白井「あの時はありがとうございましたの。“結標淡希”さん」

結標「やめてったら」

中学生を相手にムキになっている高校生という絵面のみっともなさ、狭量さが身に染みてよくわかった。
御坂への敵愾心があまりに上回り、白井への敵対心が相対的に下回っている心の揺れ動きに惑う結標は。

結標「……こんなところで立ち話してたらお店の人に迷惑でしょう」

白井「!」

結標「ほら、こんな段差くらいなんだって言うのよ。こんなもの!」

白井の車椅子のハンドルを握り、前輪を浮かせるようにして乗り上げさせてショップの自動ドアを開いた。



――二人の間に隔たる垣根の一つを乗り越えるように、一歩前へ――





101 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:28:31.22 sm6RtECAO 65/257

~5~

店員「ふあ……」

あーあ眠いなあ……みんな早いお昼終わって帰ってこないかなー。

私一人店番とかマジ面倒臭いんですけど。まあヒマなんだけどさ。

結標「……貴女、本当に軽いわね。車椅子の方が重いんじゃない?」

白井「……それは、誉め言葉として受け取ってよろしいんですの?」

結標「調子に乗るんじゃないわよ。ちょっと、そこの店員さん??」

店員「は、はい!」

結標「お金もらって働いてるんなら、お店の前くらい気を配ってね」

はわわっ!?お客さん来てんじゃん!!ヤバいいつからいたの?って言うか私いつから居眠りしてた!?

それも車椅子じゃん。前にもあそこの段差を越えるの手伝った事あったっけ……じゃないじゃない!!!

店員「も、申し訳ありませんでした!ほ、本日のご用件は?」

白井「あー……」

結標「えー……」

白井・結標「「機種変更に(ですの)」」

良かったー先輩にどやされる前に目が覚めて……

見た感じ姉妹かな?上手く言えないけど似てるし

店員「かしこまりました!」

今月のノルマ、この二人で達成するぞー!



102 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:30:46.15 sm6RtECAO 66/257

~6~

白井「(まさかとは思いましたが……)」

結標「この赤いやつ可愛くないかしら?」

白井「(……三度巡り会えるだなんて)」

結標「ねえ、白井さんはどう思う???」

白井「とと、とてもカッコいいかと……」

結標「(この丸っこいデザインが??)」

さして広くないもないショップ、車椅子ではやや狭く感じる通路にあって白井は常より低い位置から結標の横顔を見つめる。
最新鋭のスマートフォンを手に取り眺める結標の初めて目にする私服姿と、珍しく下ろされた薔薇色を思わせる長い赤髪に。
なまじ露出度の高い普段の装いの後に、スタイルのよくわかる張り付くような黒のニットコートを見ると落ち着いて見える。

白井「(……相変わらず寒そうなお足)」

店員に話を聞いたところ、結標のメモリーだけは生きておりデータは全て移し替えられるとの事だ。
だが携帯電話そのものは修理出来る状態ではなく、やはり買い替えるしかないと言われ現在に至る。
そんな中にあって、新たな機種を探し求めんとする眼差しがついついミニスカートから伸びる足に。

白井「(申し訳ありませんお姉様やはりわたくしが原因の喧嘩別れとは言え謝罪の一つもないまま見送るのは人としてのry)」

結標「ねえ」

白井「は、はい!?」

結標「私はこれにしたいのだけれど……」

白井「(うっ、目線の高さが近い……)」

謝罪と賠償を要求された訳ではないがこうして結標と言葉を交わし今もこうして車椅子の視線の高さで見交わしていると――
御坂を裏切って逢い引きしているかのようなえもいわれぬ罪悪感に懊悩とさせられる。だが結標はそんな事はお構い無しで。

結標「……さっきからどうしたのよボーっと人の顔見て。私の顔まだ腫れてる?」

白井「いえ、そんな事はございませんの(お姉様ともまた違う良い匂いが……)」

高さ100センチの世界から見上げ過ぎて首が凝りそうなと白井と同じ高さの目線で話し掛けて来る結標に思うのだ。
残骸(レムナント)の事件の際は一度目は夕闇、二度目は闇夜、そしてこの間は雪明かりの下であった。それ故に――

白井「(いけませんの!痩せても枯れても黒子はお姉様一筋なんですのー!!!)」

結標「撃たれたのお腹よね?頭痛いの?」

改めてまじまじ見る結標の素顔に、白井は抱えた頭をヘッドバンキングしながら悪魔の誘惑を振り払った。



103 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:31:18.71 sm6RtECAO 67/257

~7~

結標「(それにしても……)」

白井「こ、このデザインなどSFチックでよろしくありません?」

結標「ええ、そうね(スッゴい使い辛そう。それに脆そうだし)」

まじまじと見つめて来る白井の視線が時にこそばく、そして時に外される目線に結標は小首を傾げる。
どうせまた物別れに終わると思っていた相手との思いもよらぬ展開にやや居心地悪さを感じてもいる。
なにぶん御坂から二度と白井に姿を見せるな顔を出すなとまで言われたのだ。にも関わらず白井は――

結標「あら、これ何かも新しいわね」

白井「まあこれもなかなかどうして」

結標・白井「「――あっ……」」

白井・結標「「………………」」

信仰ないし忠誠すら捧げて見える御坂の言葉に反しているとわかっていながら自分に接触して来たのだ。
たった今も同じスマートフォンに白井が右手を伸ばし結標が左手で触れて、両者の手指が重なり合って。

結標「……ご、ごめんなさいお先に……」

白井「……い、いえわたくしの方こそ!」

結標「(手、こんなに小さいんだ……)」

白井「(指、あんなに細いなどと……)」

店員「(姉妹じゃなくて先輩後輩?それとも付き合い始めの女子校カップル??)」

慌てて引っ込めそっぽを向く結標、左手で顔を覆い俯く白井。そんな二人を不思議そうに見やる女性店員。
白井も結標に対する因縁を、結標も白井に対する遺恨を、それぞれ忘れた訳でも水に流した訳でもない。が

結標「(あんなに小さな手で私と戦って、私を御坂美琴から庇おうとしたなんて)」

白井「(こんなに細い指でわたくしと闘って、その命を救おうとしたなどと……)」

結標・白井「「………………」」

白井・結標「「決まりましたの(ったかしら)?」」

結標・白井「「………………」」

白井・結標「「~~~~~~」」

店員「(初々しいなあ、この二人……)」

此岸(むすじめ)と彼岸(しらい)の間に架けられた橋。それは結標が白井を助け白井が結標を守ったという事。
雪の夜を弓矢境として二人は一時張り詰めた弦を緩めているのだ。白井は失恋に、結標は気抜けした現状に対し。

結標「これは仕事用とプライベート用よ」

白井「……これはメインとサブですのよ」

結標・白井「「かぶってるじゃない(ますの)」」

――二人が選んだ最新鋭の機種は、奇しくも白と赤の色違い――



104 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:33:45.37 sm6RtECAO 68/257

~8~

店員「と言う訳で新ペアプランに加入していただけますとハンディアンテナサービスが――」ペラペラ

白井「(な、何というセールストーク!これは首を縦に振るまで帰すつもりはないようで)」

結標「(さっきまで居眠りしてたくせに何よこの営業トーク!?貴女なんとかしてよ!!)」

店員「(今月分のノルマがかかってんのよハンディアンテナサービス加入率悪いし)以前とは異なりペアプランも男女限定という訳ではなく――」

そして持ち寄った新機種を手にブースに入ったところで二人は女性店員のセールストークに捕まった。
スマートフォンにありがちな回線の不備や男女のペアでなければ加入出来なかったサービス云々など。
口八丁手八丁で丸め込まれ、二人はしぶしぶながらもペアプラン加入と相成ってしまったのである。と

結標「……とりあえずカメラ機能はまだ生きてるから、私のケータイで撮っちゃいましょうか?白井さん」

白井「……そうしましょう。ペアプランの証明写真を撮らない事にはここから出られそうにありませんの」

ノルマのかかっている社会人の、大きなノーを吐き出させ小さなイエスを積み上げて行く話術に敗れた二人。
ブースから少し離れたスペースにて、結標は車椅子の白井に合わせて屈み込み相貌の高さに合わせて構える。

白井「か、可愛く撮って下さいましね?」

結標「……あまり期待しないでもらいたいのだけれど。待って白井さん。このままじゃ見切れちゃうから」

白井「ひゃっ!?」

結標「嗚呼、結構難しいのねカメラって」

あわやフレームアウトしそうな角度を調節すべく、結標が白井と頬が触れ合いそうなほど肩に手を回して。
対する白井は向けられるカメラよりも結標の横顔に目が行って仕方無いのだ。だが結標はお構い無しで――

結標「よっ」パシャッ

白井「――ほっ……」

結標「うん、可愛く撮れ――」

白井「!?」

結標「?!」

撮り終えた後、白井に顔を向けた拍子に結標の唇が頬を掠めて。

結標「……ご、ごめんなさい!」

白井「……い、いいんですの!」

結標・白井「「………………」」

白井・結標「「~~~~~~」」

店員「(可愛いなーあの二人)」

そうこうしているうちにも二人のペアプラン契約は完了し――



105 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:34:43.32 sm6RtECAO 69/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
A C T . 4 「 白 い 携 帯 電 話 、 赤 い ス マ ー ト フ ォ ン 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


106 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:35:18.84 sm6RtECAO 70/257

~9~

御坂「(黒子どうしてるかしらね……)」

同時刻、御坂は昼食を終えた後図書室へと足を運んでいた。ようやく眼帯が外れ、本を読めそうになったからだ。
たった今も書架を背に凭れて携帯電話をチェックしている。当然、携帯電話が壊れている白井からメールはない。
御坂は冬の陽射し射し込む窓枠が落とす十字架の影に目を落としながら左目をさする。結標に立てられた爪痕を。

御坂「(私が喧嘩したせいで、黒子があの女に付け狙われたり傷つけられたりしないと良いんだけど……)」

ハアと溜め息をついて御坂は凭れ掛かっていた書架に向き直り、背表紙をなぞりながら思案する。
自分が結標から売られた喧嘩を買って、勝ってしまった事を少しばかり後悔しているのだ。それは

御坂「(あの女の意地と根性と性格の悪さを考えたら、それくらい仕掛けて来たって全然不思議じゃない)」

結標が持ち合わせている女としての残酷さに由来する。あの手合いは人の心を抉る術に非常に長けている。
御坂本人だけではなく、御坂に近しい人間に報復し、間接的に抉って来るような気さえしてならないのだ。
それは御坂の左目に刻まれたカラスの爪痕のような引っ掻き傷から漠然と得たイメージ。そう、カラスだ。

御坂「(カラスって石を投げた人間の顔をいつまでも覚えてて、見つけたらまた襲い掛かってくるのよね)」

そんな事を思いながら御坂は指先でなぞる文庫本のコーナーにて、一冊のライトノベルに行き当たる。
常日頃コンビニに立ち寄って漫画の立ち読みなどを良くする御坂ではあるが本に関して比較的雑食だ。
戯れに手に取り、パラパラと斜め読みする。最初の数行からインスピレーションは感じられなかった。

御坂「(何か黒子とかこういうの好きそう。女の子同士の恋愛とかよくわかんないけど、どうなんだろう)」

それは同性でありながら互いに魅せられ、惹かれてしまった三人の少女達による陳腐でチープな物語だ。
横恋慕からの三角関係と少女同士の殺し合い。ほんの少し目を通しただけで暗鬱な気持ちにさせられる。
傷つけあいから生まれる傷の舐め合い。一般的な恋愛観の持ち主である御坂からすれば顔を顰める内容。



そこへ――



食蜂「はぁい御坂さぁん。ご機嫌いかがぁ~?」

御坂「――たった今最悪の気分にさせられたわ」

姿を現すは、巣穴より出て来た冬蜂(しょくほうみさき)




107 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:38:05.75 sm6RtECAO 71/257

~10~

食蜂「人の顔見るなりそれは酷くなぁい?礼儀力に欠けるわぁ」

御坂「……あんたこそ取り巻きも連れないで何しに現れたのよ」

食蜂「あの娘達五月蝿いから置いて来ちゃった☆図書室だしぃ」

書架の影に身を置く食蜂と、窓辺の光に身を置く御坂が向かい合う。対する食蜂の手には一冊の古書。
エドガー・アラン・ポーの『大鴉』だ。御坂も詳しくは知らないが、掻い摘んだ内容は理解している。
同時にこうも思う。童女のように雪だるまを作ったり、古書を原文のまま読んだりする食蜂の二面性。
それは一本気な御坂からすれば、ミステリアスというよりもとらえどころのない不気味さが付き纏う。
しかし食蜂は構う事なく距離を詰め、御坂が背にした書架に片手をついて、足の間に膝を入れて来た。

食蜂「それに、あの娘達がいたら御坂さんとお話出来ないしぃ」

御坂「――私はあんたに話す事なんてない。近いから離れてよ」

砂糖をまぶしたような手指で御坂の髪をサラリと撫で、煉乳を溶かしたような笑みで御坂に言い寄り――
蜂蜜のように甘ったるい声音で粘っこい話し方をする食蜂が御坂は嫌いだった。一年生の頃からずっと。
嫌がる御坂にお構い無しに食蜂がグローブに包まれた手指で、今や消え去った左目の爪痕をなぞり行き。

食蜂「――真っ黒な大鴉がとまった真っ白なアテネ像、恋人レノーアを失った名無しの学生♪」

御坂「?」

食蜂「Nevermore(二度とない)、Nevermore(二度とない)、Nevermore(二度とない)……」

御坂「――何のつもり?あんたに“大鴉”の内容を読み聞かせてもらうつもりなんてないわよ」

意味深に『大鴉』の中で最も有名な一節を諳んじながら食蜂が笑う。
御坂のスカートを持ち上げるようにして折り曲げた膝を立てながら。

御坂「ちょっと!何すんのよあんた!?」

食蜂「あはっ☆彼氏いるのにこういうの免疫力ないのねぇ~」

御坂「っ」

食蜂「恋人繋ぎで精一杯、キスが関の山って感じかしらねぇ」

反発する御坂からヒョイと離れ、反撃の電撃を撃たせぬよう、反論を許さない断定的な物言いで反駁を封じる。
クスクスと『大鴉』の原書を口元に当てながら御坂の反応を味わうようにし、喉を低く鳴らして嘲笑って行く。

食蜂「――貴女、生殺しを純愛だなんて勘違いしてなぁい?」

他人の不幸という蜜の味を楽しむように。


108 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:38:37.94 sm6RtECAO 72/257

~11~

バチンッ!とフィラメントが弾け飛ぶより激しい音を立てて食蜂の頬が御坂の平手により打ち据えられた。
しかし食蜂はみるみるうちに赤く染まって行く頬を、アダムとイブを唆す蛇のように舌舐めずりして笑う。
その拍子に食蜂が抱えていた古書がカーペットに落ち、御坂はハアハアと巻く息も荒く震える手を引いた。

食蜂「……ウフフ、アハハ、アハハハ!」

御坂「何がそんなに可笑しいのよ!!?」

巣を駆除しようとして群蜂の羽音を聞いた時のような不吉な予感と予兆と予見を御坂は覚えた。
結標の攻撃性よりもっと得体の知れない気味悪さ、気色悪い、気持ち悪さに身震いさせられる。
皆が優しく慈しみ、皆が祝福してくれる『御坂美琴の世界』にあって、食蜂を含めた三人は……

食蜂「ねぇ?女の子がどうして初めての相手を忘れられないかわかるぅ?」

結標と、食蜂と、インデックスの三人は決してそれを認めない。

御坂「……知らないわよそんなもん!!」

食蜂「――痛いからよぉ」

御坂「!?」

食蜂「人間はねぇ、血を流して痛みを伴った記憶は決して忘れられないものなのぉ。愛情力関係なくねぇ」

御坂「………………」

食蜂「――それが何万人もの心の闇に触れて来た私の結論。だから忘れないわぁ。今貴女に受けた痛みも」

御坂「――――――」

食蜂「“二度とない”青春力(いま)も」

そう言い残し食蜂は『大鴉』を拾い上げて御坂の前から悠然と立ち去って行く。昨日の修道女のように。

インデックス『短髪にだけ教えてあげるんだよ。私ね、イギリスに帰る事にしたんだよ』

女が本来持つ残酷さで抉る結標より、女が生来持つ苛烈さで射抜くインデックスより怖憚られる背中を。

インデックス『短髪ととうまがデートするクリスマスイブの夜に。この意味わかるよね』

無性に上条に会いたくてたまらなかった。抱き締めて、頭を撫でて、話を聞いて欲しくてたまらなくなる。
この場にない腕に代わって自分を抱き締めるようにして耐える御坂の背後、窓辺の下に広がる花壇では――

グワ、グワ!ガア、ガア!

遅く植えられたカサブランカの球根を掘り返し、嘴と爪で引き裂き、食らう大鴉が羽撃きながら啼いた。
昼下がりの陽射しの下、墓穴を掘るようにして花壇を荒らし、羽根を舞い散らせて冬空へと飛び立って。



インデックス『一生“忘れられない”聖なる夜になるね?短髪、メリークリスマス』





109 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:40:57.88 sm6RtECAO 73/257

~12~

白井「(本当に結標さんのアドレスが入ってますの)また一からアドレスを聞いて回るのが面倒ですの」

結標「(やだ、さっきの写メのデータまで入ってる)いい機会だし人間関係も更新してしまえばどう?」

そしてショップを後にした二人は観葉植物の置かれた地下街の流水階段にて色違いのスマートフォンの動作確認をしていた。
白井も今回の一件を踏まえメインとバックアップの意味も込めて二台持ちにしたものの、今やアドレス帳には結標しかない。
これから常盤台中学や風紀委員絡みの面々のアドレスをまた一から入れ直さなければならないかと思うとひどく面倒臭いが。

白井「その更新手続きは……」

結標「?」

白井「――貴女に対しても有効ですの?」

結標「!」

七変化する証明と噴水の流水階段がもたらすザーザーという飛沫の上がる音を背に佇んでいた結標が白井に向き直った。
対する白井はやや俯き加減でそっぽを向き、流し目を送るようにしながら車椅子の上で足をモジモジさせながら続ける。

白井「か、勘違いなさらないでいただきたいですの!わたくしは何も全てをこの噴水のように水に流せなどと申しませんのよ」

結標「だったらどういう意味かしら?先に断っておくけど、私は貴女に感謝も求めないし御坂美琴に謝罪するつもりもないわ」

白井「――貴女はわたくしに良く似て、肩肘と片意地を張るタイプでしょうからそんな事最初から期待してなどおりませんわ」

結標「………………」

白井「それでもわたくしは、貴女との行き違いと仲違いとすれ違いと掛け違いを、ただそのままにしておきたくないんですの」

ザワザワサワサワと奏でられる音と、水中よりライトアップされ揺蕩う照明を背に、一方の影絵が手を伸ばす。

結標「………………」

相対するもう一方の影絵は下ろされた赤髪より薔薇色に頬を染めてその手を見下ろした。差し伸べられた掌を。

白井「………………」

しかし結標はミニスカートの位置で握った手指を開く事が出来ない。それは罪悪感ともまた異なる類の感情だ。

結標「………………」

だが白井はそんな結標の手を両手でギュッと包み込むようにして握り締めた。卵でもあたためるようにソッと。

白井「………………」

そして結標の手指にすっかり白井の体温が乗り移った頃、結標が根負けしたように手を握り返し、口を開いた。



110 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:43:15.92 sm6RtECAO 74/257

~13~

結標「……貴女、この後予定とかある?」

白井「いいえ。常盤台に帰るだけですの」

結標「……あのね、もし良かったら――」

結標が何処へと向き直り、白井もまた後に続くように振り返る。
するとそこには一件のカジュアルレストランがオープンして――

結標「……――た、退院祝いにランチでも一緒にどうかしら?」

白井「!」

結標「それに一人でランチ食べに入るのって、なんか嫌で……」

白井「――良くわかりましてよ。わたくしも“女の子”ですの」

結標が白井の手指をソッと握り返して来る。白井はそれより少し強く握り締め、花開いたように微笑んだ。
結標が初めて見せた等身大の人間臭さ、白井が初めて見る年相応の素顔。それが何故だか愛おしく思えて。
結標は一度チラッと白井の微笑みを見て、そこから視線も美貌も身体もプイッと横向けた。手だけ離さず。

白井「わたくしも病院食にちょうど飽き飽きしていたところでしたの。塩気も甘みも些か物足りなくて」

結標「ここ、スイーツも持ち帰り出来るわよ。特にあまおうのフレジェが美味しいのよ。他にはね……」

白井「他には?」

結標「生パスタとサラダが美味しいわよ。あとはコーヒーのバリエーションがすごく多い事かしら……」

白井「……入りません?」

結標「入りましょうか?」

白井「ですの。ただお店に入る前に――」

結標「?」

白井「一度手足を伸ばしたいんですの。座りっ放しですので……良かったら支えていただけませんこと?」

結標「――いいわよ」

そこで白井は引きつる傷跡を庇うようにして車椅子から立ち上がり、結標の身体を支えに凭れかかった。
対する結標もやんわりと白井の身体に両腕を回して驚かされた。片腕で包み込めそうなほど細い腰にだ。

結標「……貴女、本当に小さかったのね」

白井「小さい小さいと仰有らないで下さいません?自分で言ってて腹立たしいですが見ればわかりますの」

結標「――ううん」

対する白井は顔を埋めた結標のファーや赤髪、アクア・アレゴリアの香りにどぎまぎとさせられる。
頭一つ高い結標の位置からは白井は窺えず。頭一つ低い白井の位置からは結標は窺えない。ただ――

結標「こんなに小さかっただなんて、知らなかったのよ――」

宝瓶を抱えた女神像だけが水が奏でるアリアと共に見守っていた。



111 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:45:58.90 sm6RtECAO 75/257

~14~

本当は、立って歩く事さえそう難しくありませんの。無茶はせずとも無理をすれば。ですが――……

わたくしは今一度確かめたかったんですの。あの雪の降る路地裏から昼下がりの病室での出来事を。

嗚呼、この腕ですの。この手ですの。この指ですの。寸分違わぬ貴女という存在を感じられますの。

白井「(申し訳ございませんのお姉様)」

すみませんお姉様。

ごめんなさいお姉様。

申し訳ございませんお姉様。

黒子は少し疲れてしまいましたの。

すみません結標さん。

ごめんなさい結標さん。

申し訳ございません結標さん。

少しだけ甘えさせて下さいませ。

常盤台で絶えず気を張り風紀委員で背筋を伸ばしお姉様の前で笑う『白井黒子』に少し疲れたんですのよ。

白井「――そうですわね。わたくしは小さい人間ですの……」

結標さん。今の貴女はまるで『魔女の宅急便』に出て来る大鴉のようですの。あの首回りだけ白い大鴉。

結標「……貴女は小さい人間などではないわよ白井さん――」

少しの間だけ、貴女の羽の下で休ませて下さいな。お姉様の前で強く笑える『白井黒子』に戻る前に――




112 : >>1[saga] - 2012/04/02 21:46:45.90 sm6RtECAO 76/257

~15~

こうしていると、あの雪の日にも感じられなかった貴女の高めの体温と華奢な身体が手指を通して伝わる。

あの日病室で貴女を受け止めた時に似ている今の状況(シチュエーション)、それでいて全く異なる感想。

白井「――そうですわね。わたくしは小さい人間ですの……」

あの時姿を現した御坂美琴を見て、私は全てがどうでも良くなった。

一つでも上手く行かないのならば、いっそ全て壊れてしまえば良い。

なのに今は貴女が握り締めた手と、差し伸べられた腕を取る事で――

あの時とは違った意味で、全てがどうでも良くなってしまっている。

結標「……貴女は小さい人間などではないわよ白井さん――」

少なくとも、貴女は私の中では取るに足らないほど小さな存在ではないのよ白井さん。

初等部の頃に抱っこした、飼育小屋のウサギみたいな今の貴女を見ていると特に思う。

結標「さあ、お店が混み合う前に入りましょうか。白井さん」



貴女がピーターラビットなら、御坂美琴はベンジャミンバニー?



だったら私はマクレガーさんの畑を見張る猫になりましょうか。



服と靴を取り上げて、檻に閉じ込めて肉のパイにしてあげるわ。





125 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:07:04.13 mkjI1/vAO 77/257

~0~

「あいつはまだ見つからないのか?」

「はっ、依然として行方も知れずに」

結標と白井が影を落とす地下街より、夜より深く闇に近い暗黒街の一室にて幾人かの男達が密議を重ねていた。

皆一様に物々しい出で立ちであり、そこには武器を手離せない人種にありがちな緊張感が口元を力ませている。

銃器を手入れする真新しい油の匂いと、黒装束から立ち上る着古し饐える脂の臭い。そして内面から滲む腐臭。

「まずいぞ、金庫番の足取りが追えないのは実にまずいぞ……」

「逮捕者の中には含まれていないようですが、その後がまずい」

「取るに足らん存在だが、部外者の学生が一枚噛んだと聞くが」

男達は憔悴していた。学園都市暗部が崩壊し学園都市上層部が瓦解した後、地下銀行の口座番号を知る金庫番が……

百桁以上にも登る暗証番号を如何なる媒体にも残さず頭脳の中にだけ記憶した男が12月13日から行方知れずなのだ。

「――状況的に、この少女が最後の目撃者にあたるようですな」

テーブルの上に投げ出された一枚の写真。そこにはレベル4の空間系能力者の少女が映っており――



126 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:07:32.59 mkjI1/vAO 78/257

~1~

結標「生アボカドとモッツァレラチーズの豆乳アボカドクリーム。リングイネ(細麺)のSサイズで」

白井「カリカリベーコンのローマクリームでお願いしますの。Mサイズで」

結標「けっこう多いわよ?病み上がりでお腹びっくりしても知らないから」

白井「御心配には及びませんの。わたくしこう見えて健啖の質でしてよ?」

流水階段よりカジュアルレストラン『リリー・オブ・ザ・バレー』へと足を運んだ結標と白井。
二人は店内のやや奥まった席にて向かい合いウェイターに向けてそれぞれの注文を告げ終える。
思ったより幅を取る車椅子を人の行き来が多い通路側に置いておけないという事情もあるが――

結標「(――ほ、本当にこの子と食事を共にする日が来るだなんて夢にも思ってみなかったわね……)」

白井「(ま、万が一知り合いに見られたりお姉様に知れたりしたらばと思うとドキドキいたしますの)」

結標「(……こんなリーズナブルなお店連れて来て良かったのかしら。仮にも常盤台のお嬢様なのに)」

白井「(いえいえたかがランチに自意識過剰ですの。ディナーを共にするならばまた違いますが……)」

結標「(あれよね?お嬢様ってサンドイッチをナイフとフォークで切り分けたりするんでしょ?確か)」

白井「(これではまるで隠れて逢い引きでもしているようですの。それもよりにもよってこの方と……)」

結標「(……お店チョイスミスしたかしら。かと言ってフレンチなんて会話が弾まない最たるものだし)」

白井「(初めて見る私服姿と下ろされた髪を見ると、確かに高校生なのだと今更意識させられますわね)」

結標「(そういうところも行き慣れしてるんでしょうね。まだ中学生だけどしっかりしてるみたいだし)」

白井「(こうして黙って座っている分にはとても綺麗なお方ですの。どことなくマニッシュな雰囲気も)」

結標「(……な、なんだかこうして向かい合ってるとあれこれ見ちゃうしいろいろ考えちゃうわね……)」

白井「(どうして黙りこくっていらっしゃいますの?別段エスプリの利いた会話など望んでませんのに)」

結標「え、えっと今日は良い天気ね!?」

白井「地下街ですので空が見えませんの」

結標「(……やっぱり貴女なんて嫌い)」

白井「(……ついやっちまいましたの)」

ウェイター「ご注文の品お持ちしました」

そうこうしている内にメニューが届いた。



127 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:08:00.26 mkjI1/vAO 79/257

~2~

白井「あら、とっても美味しいですの!」

結標「そう?口に合ったなら良かったわ」

暖色系の間接照明がどことなくモダンな雰囲気を醸し出すレストランにて、飛び石伝いの会話が始まった。
内容らしい内容など双方どちらにもありはしなかった。ただ二人は沈黙という名の天使を恐れていたのだ。
BGMは会話の邪魔にならない程度に低く抑えられたジャズ、そして控え目ながら響く客の話し声である。

白井「……よくこちらでお召し上がりになられますの?結標さん」

結標「週に一回程度、常連って呼べるか呼べないかくらい。ごめんなさいねこんなところしか知らなくて」

白井「いえいえけっこうイケますの。学舎の園にあるお店よりもこちらの方がわたくし性に合ってますの」

結標「まあスプーンやフォーク一本で食べられる分、マナーだなんだかんだ肩が凝らないのは確かかもね」

白井「……それもありますが、味に感動というものを見出しにくいんですの。値段や材料は超一流ですが」

パスタをクルクルと巻いて口に運ぶ白井を見つめながら結標は思う。確かスプーンを使うのは小さい子がするんだっけと。
結標のヘルシーなパスタを見つめながら白井は思う。学舎の園にあるメニューにこういった変わり種はほとんどないなと。

結標「……一口食べる?」

白井「いただきますの!」

その言葉に白井が破顔するのを見て結標は思う。別段思ったよりお高く止まっている訳ではないのだと。
だがその綻ばせた微笑みに対しウズウズと騒ぐ虫に、結標はトロリとしたクリームパスタを巻きつけ――

白井「あー――……」

結標「………………」

ヒョイッ

白井「んっ!」

カッ

白井「………………」

結標「ごめんなさい」

白井「あー――……」

結標「………………」

ヒョイッ

白井「んっ!」

カッ

白井「~~~~~~」

結標「(可愛い……)」

白井が食べようとする寸前で結標がフォークを引き、空振りに終わり拗ねた顔や怒った顔を見て、結標は

白井「(すっかり忘れてましたわ。この方はサディストですの)」

結標「(何だかゾクゾクして来ちゃう)はい、今度こそ、あーん」



自分に妹がいればこんな感じだろうかと、ふと思ったのである。





128 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:10:10.33 mkjI1/vAO 80/257

~3~

結標「ところで」

白井「何ですの」

結標「貴女達常盤台の子達っていつも制服姿だけれど、あれって校則で決められてたりするのかしら?」

白井「その通りですの。どこへ行くのもあんな感じなので私服がタンスの肥やしになるばかりですのよ」

生パスタの皿が下げられ、代わって白井が頼んだあまおうのフレジュと結標のリモーネ・カプチーノが来る頃に――
白井が目を向けた先、それは結標が椅子にかけた白のファーと黒のニットコートである。そこで結標もまた気づく。
退院日にも関わらず堅苦しいブレザー姿の白井に。そして白井は白井で珍しい結標の休日スタイルとも言うべき姿に。

結標「面倒臭いわね。これで制服が可愛くなかったら軽く拷問よ」

白井「ブレザーにサラシ一枚の格好の方がよほど拷問ですの!!」

結標「あ、あれにはあれで私なりのこだわりが詰まってるの!!」

あら美味しい、とあまおうのフレジュをイチゴを潰さぬよう器用に切り分け綺麗に口に運びながら白井は思う。
常日頃より常盤台に馴染み、また付き合いの長い初春や佐天のような人間と長く接しているとわからなくなる。
身に纏う制服は自分の所属を、腕に巻く腕章は自分の組織を、それぞれ表している。だがそれらを取り去り――

白井「………………」

一切の修飾と装飾と虚飾を取り去った時、果たして自分には何が残りどんな自分が残るだろうかと思い当たる。
初春に指摘された通り仕事に逃げて暴走し、佐天に言った通りワーカーホリックの気があると自覚もしている。
勤める風紀委員、勉める常盤台生、務めるお姉様の露払い、務める『白井黒子』という存在そのものに対し――

結標「でも制服って皆横並び一列になるからこそ、かえって個性が浮き彫りになったりするものなのよね」

白井「あ、あの!」

結標「そこに少しアクセントを加えたり除いたりするだけで変わっちゃうんだからって何よ?どうしたの」

御坂美琴という対象が遠く離れて初めて白井は己に揺らぎを覚えた。御坂は言わば白井にとっての範だった。

白井「――貴女から見て、わたくしはどういう存在(おんなのこ)に見えまして?」

御坂美琴の露払いに相応しくあるようにと

勤めて勉めて務めて努めて来た白井の中の

倦まれて膿まれて埋まれて生まれた綻びを

結標「………………」

結標淡希(オオガラス)は見逃さない――



129 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:11:03.82 mkjI1/vAO 81/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「――有り得たかも知れない、もう一つ(ひとり)の可能性(わたし)――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


130 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:11:31.26 mkjI1/vAO 82/257

~4~

白井「………………」

結標「私が貴女の脳天にコルク抜きを撃ち込まなかったのも、血深泥に沈む貴女を見過ごせなかったのも」

白井「――結標さん」

結標「能力(ちから)だけではなく、貴女に対してそれなりにシンパシーを感じる部分があったからなの」

濃いめのエスプレッソに赤砂糖(カソナード)をふるい、バーナーで炙った生クリームを絞りレモンの皮を飾ったそれ。
結標は揺蕩う湯気の彼方に白井を見据えるようにしつつ言葉を紡ぐ。貴女と私は良く似ていると、出会った頃のように。
結標はかつて言った。貴女がどんな風に人を傷つけて来たか、目を閉じれば手に取るように理解し共感し想像出来ると。

白井「………………」

白井は覚えている。かつて結標にそう告げられた時一度は土台を揺さぶられた事を忘れられなどしない。
たった一度だ。だがそのたった一度は微震などでは決してなかった。しかしそれを白井は押さえ込んだ。
意志の固さと意思の強さと意地の悪さでねじ伏せた。御坂美琴という重石が白井の支柱であった。だが。

結標「そう言う訳だから、貴女は私より三つ四つ後輩(としした)ではあっても子供扱いなんてしないわ」

白井「……自分と同一化されても、わたくしに同一視されても迷惑ですの。御存知でして?鏡の反射率は」

結標「決して100%に達しない。知ってるわよ。けれど今私の目の前にいる貴女は鏡像なんかじゃない」

白井「………………」

結標「――ただ、有りの侭の白井黒子(あなた)がここにいるだけで私はとても落ち着くの。まるで……」

真っ直ぐな金属矢で意志を貫く白井、ねじ曲がったコルク抜きで意思を通す結標、同じレベルと似た能力。
常盤台中学のブレザーを纏う白井、霧ヶ丘女学院のブレザーを羽織る結標、似たランクで異なる中高の壁。
腕に巻かれた腕章と腰に巻かれたベルト、法の番人(ふうきいいん)と闇の住人(がくえんとしあんぶ)。
似た髪型でありながら異なる髪色、近似形を描く性質ながら相似形を描かない性格。そう、二人はまるで。

結標「生き別れた双子の片割れのように」

日輪(たいよう)を司る鴉と、幻暈(つき)を司る兎の如く。

結標「姉妹(おともだち)のように、ね」

御坂が持ち歩くコインの表(ひかり)と裏(かげ)のように。




131 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:14:01.18 mkjI1/vAO 83/257

~5~

結標「ねえ白井さん。ここを出たら少し一緒にお店を回ってみない?服屋さんとか」

御坂美琴という目的地を見失い、自分自身さえ見失って死に傷を負った白井の綻びを結標は優しく繕う。

結標「あまり私服でお洒落出来ないとは言っても、やり方はいくらでもあるものよ」

一度目に出会った時の白井との差異、二度目に出逢った今の白井との差違。その間隙を結標は縫うのだ。

結標「――だって勿体無いじゃない?貴女とて“一人の女の子”なんですもの……」

共に抱き合う、触れ合う、話し合う。一緒に食事を取り、お茶を飲み、買い物に出掛け、糸を紡ぐのだ。

白井「――では、もうしばらくお付き合いしていただけませんこと?結標淡希さん」

人によってはその糸を運命の赤い糸とも、地獄に垂らされた蜘蛛の糸とも錯覚するだろう。だがしかし。

結標「――ええ、行きましょう白井さん」

糸はやがて縄となって自分を縛り付け、網となってウサギとなって捕らえる。命綱には決してならない。



階段の長さを計り間違えた者は、最後の最期になってそれが絞首刑のロープだと知るのだから





132 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:14:59.39 mkjI1/vAO 84/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
A C T . 5 「 白 々 し い 嘘 、 真 っ 赤 な 嘘 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


133 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:15:33.75 mkjI1/vAO 85/257

~6~

佐天「なかなか決まんないな~~皆へのクリスマスプレゼント」

一方、佐天は間近に迫ったクリスマスにあたって何か良いものはないかと地下街を一人うろついていた。
その傍らに初春の姿はない。今現在彼女は療養中の白井に代わって一七七支部に詰めっ放しなのである。
それも手伝ってか、佐天はレストラン街を通り過ぎショップが立ち並ぶエリアを一人気ままに突き進む。

佐天「(御坂さんにはゲコ太グッズ、初春の好みもだいたいわかるけど、問題は白井さんなんだよねー)」

馴染みのない宝石店を過ぎ、馴染みの薄いコスメを過ぎ、馴染みの深いブティックへと冷やかしに入る。
佐天はこの半年間でほぼ完璧に御坂の嗜好を把握し初春の思考を掌握しており二人に関しては問題ない。
ただ、白井だけが今一つわからないのだ。口を開けば御坂美琴(おねえさま)にまつわるものばかりで。

佐天「(でも白井さんも弱り目に祟り目だよね御坂さんに彼氏が出来た直後に自分が大怪我しちゃうし)」

このデニムのコート良いなあなどと手に取るだけ取ってすぐさま戻したりしながら佐天はここ数日の出来事に思いを巡らせる。
白井が大怪我をした入院先にて、御坂が『むすじめあわき』なる少女と一悶着あり、女の命である顔に大きな傷を刻まれた事。
だが佐天は『むすじめあわき』なる少女を知らない。九月にも白井に大怪我をさせ、初春を落ち込ませた要因になった事しか。

佐天「(何だか疫病神みたいその“むすじめあわき”って人。せっかく御坂さんが幸せを掴めたばっかりだって言うのにさ)」

戯れにかけもしないサングラスを付けて、案外悪くないかもなどと悦に入りながら佐天は暗くなった視界で軽く店内を見渡す。
佐天は結標の顔も知らないし字もわからない。ただ霧ヶ丘女学院で白井と同じレベル4といった情報を又聞きしたに過ぎない。
白井を追い込み御坂を傷つけた相手として、何となくスキルアウトのようにガラの悪そうなイメージだけが先行しているのだ。



――――するとそこへ――――



???「あら!似合うじゃないの!!」

???「やめて欲しいんですの!!!」

佐天「!」

聞き慣れた声音と、見慣れぬ後ろ姿に佐天はサングラスを外して目を見開かされた。



134 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:16:02.98 mkjI1/vAO 86/257

~7~

結標「(この子、髪の毛まとめて帽子かぶらせたら私好みの美少年顔じゃない!)」

白井「いい加減、わたくしを着せ替え人形にするのはやめて頂けませんこと!!?」

同時刻、結標は白井を連れて入ったショップにて警備員が見かけたなら職務質問されそうなほど良い笑顔を浮かべていた。
ちょうど白井に芸能人がお忍びで街を歩く時のような真っ白な帽子をかぶせ、ツインテールをほどき纏めさせているのだ。
そして帽子の中に後ろ髪を送り込んで収められると、そこには結標好みの女顔の美少年、男装の美少女となった白井の姿。

結標「嗚呼、やっぱり中折れが一番可愛くて良く似合ってるわ。キャスケットは地味過ぎるしボルサリーノは派手過ぎるしね」

白井「いい加減にしませんとわたくし帰りますわよ!何が楽しくてこんな一人マネキン5をしなくてはならないんですの!?」

結標「あら、私なりに誉めているのだけれど。案外いそうでいないのよ本当に帽子が似合う男の子と眼鏡が似合う女の子って」

それを目を細めてはニマニマ見つめ、頬を緩ませてはニヤニヤ笑い、唇をつり上げてはニヨニヨする結標。
戯れにかけ、クイッと中指で直される赤いフレームの伊達眼鏡も相俟ってひどく悪戯っぽい雰囲気である。
結標の言う事ももっとももだし、誉められて悪い気はしないが白井の趣味でない以上手放しでは喜べない。

白井「当初の目的をお忘れのようならば、もうわたくし一人で先に帰りますのよ?」

結標「嗚呼、そんなに怒らないでちょうだい。ちゃんと隠れたワンポイントも――」

と、白井が車椅子の肘掛けに頬杖をつきながら不貞腐れ始めたところで結標が下ろされた髪をかきあげた。
するとその手には『ある物』が握られていた。襟首まで隠された冬服ならではの、自分しか知り得ない――

白井「そ、それはちょっとわたくしには大人っぽ過ぎるのでは」

結標「そんな事ないわよ?私の知り合いとちょっとかぶるようだけれど」

白井「(知り合いってどなたですの?)」

結標「ちょっと失礼するわね?貴女首が細いから大丈夫だと思うけども」

白井「ちょちょっと待って下さいまし!」

そのワンポイントをつけるべく、端から見ればまるでキスを迫る色仕掛けのように結標が顔を近づけて。

白井「(こ、こんな首輪のような――)」

結標の細く滑らかな手指が、白井の細く白い首に妖しくかけられて行くそのどこか艶っぽい光景を――




135 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:18:44.63 mkjI1/vAO 87/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
佐天「白井さん!!それは浮気ですよ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


136 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:19:58.33 mkjI1/vAO 88/257

~8~

白井「佐天さん!?」

佐天「(しまった)」

結標「………………」

と、そこで期せずして居合わせてしまった佐天の口から思わずついて出た短い叫びに店内が一時静まり返る。

佐天「し、白井さんもう退院したんですか?し、したんなら言って下さいよびっくりするじゃないですか」

白井「(これはまずいですの二重の意味合いで)おほほ!佐天さん奇遇ですわね驚かせてしまいましたの」

そこで気まずい空気を払拭するかのよう佐天が明るく振る舞いつつ白井の側に駆け寄り肩を叩いて笑う。
対する白井もわざとらしく口に手を当てて婚后の真似をするかのように笑い、その場を取り繕った。だが

佐天「えっ、えっとそちらの方は???」

白井「(不味い拙いマズいまずい!!)」

店内の耳目を逸らすべく佐天が飛び石伝いにさせた話題が結標に向かって飛び火し、白井の顔から冷や汗と脂汗が吹き出した。
よりにもよって佐天に結標といるところを見られたのだ。しかも端から見れば白井にキスを迫るような白井から強請るような。
そんなシーンを顔を知らないとは言え仇敵とも言うべき結標と演じてしまったシーンがもし御坂に伝わってしまったらと思うと

御坂『二度と私の前に姿を現さないで!黒子の前にも顔を出さないで!!』

佐天『……ひどい!女の子の顔にこんな事するだなんて酷すぎるよ!!』

初春『――また結標さんですか。ですけど白井さんにも問題ありますよ』

自分が原因とは言え、佐天達からすれば結標は仇敵だ。彼女等から見ればこれは白井による明確な裏切り。
もし結標が名乗りを上げれば、佐天が結標の顔を知らないとは言え流石にわかってしまうだろう。だが――

結標「――はじめまして。“黒子”の姉、白井灰音(はいね)です」

白井「!!!!!!」

佐天「お姉さんって……白井さんお姉さんなんていたんですか!?」

結標は白のファーをあしらった黒のニットコートの長裾を翻して佐天へと振り返って微笑みかけたのだ。
御坂に投げつけられた石(ことば)も、白井が抱えた石(じじょう)も、共に知るが故に結標は微笑む。

結標「いつも“黒子”がお世話になってるみたいでありがとう」



嵌った底無し沼にロープを投げるように。



――――サーカスの綱渡りのように――――





137 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:20:28.81 mkjI1/vAO 89/257

~9~

佐天「へえ~白井さんこんなに美人なお姉さんいたんだあ……」

結標「うふふ、ありがとう。あんまり似てないでしょう?私達」

白井「………………」

それからなし崩し的に会計を終え、三人はショップより出て地下街から上がろうとモールを歩いて行く。
『白』井『黒』子の姉、白井『灰』音を名乗る結標が車椅子を押し、その横で佐天がしげしげと見やる。
咄嗟の機転と言えば機転だが、白井は更なる泥濘に足を踏み入れてしまった気がする。今訂正すれば――

結標「……どうしたのかしら“黒子”?まだ怪我が痛むの?」

白井「い、いえ」

佐天「あはっ♪何か白井さんいつもと印象違いますねなんか」

白井「そ、そんな事ございませんの!!」

佐天「またまた~お姉ちゃんっ子な白井さん可愛いのう……」

結標は事の起こりから全て洗いざらいぶちまけるような気がしてならないのだ。
だが結標はそんな白井の不安を絶えず煽るように、過剰なアピールを繰り返す。

結標「この子ったら昔から私にべったりでちょっと困ってるのよ。“お姉様”とお揃いじゃなきゃ嫌って」

佐天「おおー!スマホがおそろの色違いじゃん!しかもお姉さんとイチャイチャツーショット写メまで!」

白井「(わたくしは何と言う恐ろしい悪魔と契約を結んでしまったんですの……)」

ついさっき買った同機種にして色違いのスマートフォン、ペアであると言う証明写メまで佐天に見せて。
もうここまでくれば嫌でも姉妹だと信じさせれるし、違うとくれば誰でも白井の裏切りだと思うだろう。
結標を侮る油断や軽んじる過信はなかった。ただ結標の女としての残酷(こわ)さを知らなかったのだ。

結標「うふふ、この子見ての通り意地っ張りで見栄っ張りだから、“出来るだけ”秘密にしてあげてね?」

佐天「はーい!うちの弟も私にそんな感じですから(嗚呼、御坂さんの事もシスコンだったからなんだ)」

そして三人が地上に出、タクシープールに辿り着いた頃には辺りは既に夕陽が沈み行く時間帯であった。

佐天「じゃあ白井さん、灰音さん、私ここで失礼しますね。姉妹水入らずを邪魔しちゃ悪いですからねー」

白井「さ、佐天さん!」

佐天「みんなには内緒にしてあげますから安心して下さい白井さん!それじゃあお二人ともさようなら♪」



――古人はそれを『逢魔が時』と呼ぶ――





138 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:22:33.96 mkjI1/vAO 90/257

~10~

結標「――これで貴女も私の共犯者(おともだち)ね白井さん。我ながら人が良いんだか悪いんだか……」

白井「っ」

結標「あら、私は嘘の一つもつけない誠実(ふでき)な貴女に代わって助け舟を出してあげたつもり――」

白井「どうしてあんな嘘を吐いたんですの!!!!!!」

運転手「!?」

佐天と別れた後、車椅子をトランクに積んでもらい学舎の園に向かうタクシー内にて白井が大爆発した。
後部座席から上がった怒声に運転手が驚いた様子がルームミラー越しに見えたが、結標は軽く受け流して

結標「だったら何と言えば良かったの教えてもらいたいわね?」

白井「風紀委員の先輩でもなんでも他にあったでしょう!!?」

白井のがなり声に右耳を押さえながら、結標は夕暮れ時で混み合うハイウェイより流れる景色を見やる。
その茜色に染まる落日の照り返しを受ける窓ガラス越しに怒り狂う白井を時折観察するようにしながら。

結標「……そんなに」

白井「何ですの!?」

結標「――そんなに私が貴女の側にいるのはいけない事なの?」

白井「……それ、は」

結標「貴女も御坂美琴と同じように、私に石をぶつけるのね?」

白井「……それは違いますの。わたくしそんなつもりでは――」

結標が声音のトーンを落とすと、白井もまた声色のテンションを下げて眉を八の字にして俯いてしまう。
白井も実のところ、怒りを露わにし続けられるほど、結標に対して正当性を発揮出来る立場になどない。
自分でもそれが理性では分かっていて、それでいて感情から分かつ事が出来ないからこそ爆発したのだ。

結標「……私、さっきレストランで言ったわよね。貴女を生き別れた双子みたいに感じているって……」

白井「確かにそう仰有ってましたの……」

結標「だからついあんな言葉が口から出たの。貴女と本当のお友達みたいに仲良くなれた気がして……」

白井「結標さん――」

結標「謝らないで。私が悪かったの……」

そう言ったきり、結標は白井と顔を合わさぬよう、目を見ぬよう、言葉を交わさぬよう沈黙を守り続けた。
それに対し白井は何も言えなくなってしまったのだ。また自分を助けてくれた結標を傷つけてしまったと。



――白井は、あまりに優し過ぎたのだ――





139 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:23:40.83 mkjI1/vAO 91/257

~11~

結標「……今日は楽しかったわ白井さん」

白井「………………」

結標「――さっき買ってあげたお近付きの印、捨ててしまっても構わないから受け取ってほしいの……」

タクシーから下車し、学舎の園の前にていざ分かれ目の時を迎えた二人に三冬月の落日が降り注いで行く。
ゲート前にて、車椅子の高さから、100センチの世界から白井が見上げた結標は逆光の中微笑んでいた。
寂しげに寒風の中に佇み、下ろされた赤髪を左手で押さえながら消え入るような声で白井に別れを告げて。

白井「――……む、」

結標「――さような」

白井「結標さん!!」

――去り行く結標の背中、それが白井には耐えられなかった。踵を返す結標の足取り、それが白井には堪らなかったのである。
思わずその細く白い手首を掴んで引き止めさせるほど。結標の背中が心寂しそうで、結標の横顔が物悲しそうに見えたからだ。

結標「白井さん……」

白井「………………」

結標「……どうして」

白井「……わかりませんの。わたくしにもわかりませんの……」

結標の手首を掴みながら白井は首を横に振る。どうしたら良いのかがわからない。結標の事がわからない。
この胸の痛みは罪悪感(うしろめたさ)の裏返しのはずだ。そうでなくてはいけないと思い込もうとした。
ならばこの罪悪感は誰に対するものだろうか。それは去り行く結標の背中か、過ぎ行く御坂の背中なのか。

白井「……ただ、さようならだなんて仰有らないで下さいませ」

結標「………………」

白井「――“またね”、と仰有って下さいまし、結標淡希さん」

青の噴水広場にて交わした抱擁から赤の改札口にて交わす握手へ。雪夜の路地裏から夕日の学舎の園へと。
そのまま白井は手指が汗ばむほど長く結標の手首を握り締めた。振り解かれてしまったらどうしようかと。



――――だがしかし――――



結標「……そんな顔しないで?白井さん」

白井「ですが……」

寒風の調べに乗せ枯れ葉がラストワルツを踊る中、学舎の園へ連なる改札口の壁を前に二人は手を繋ぐ。

結標「――“また”会えるんでしょう?」

壁の花へとダンスを申し込み、その手を取るように恭しく。結標と言う荊棘に触れぬように、そっと……



140 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:25:38.33 mkjI1/vAO 92/257

~12~

結標「……でも貴女の御坂美琴(おねえさま)が、それを許しはしないでしょうね」

白井「今お姉様は関係ありませんの!!これはわたくしと貴女の問題ですの!!!」

結標「ちょ、ちょっと白井さん声が……」

白井「もっ、申し訳ございませんの……」

しかしそっと触れようとすると、結標は身を引かんとする。だが白井はそれを追い掛け捕まえたくなる。
期せずして白井の口からついて出た言葉と声量に、改札口より出入りする幾人かの子女等が振り向いた。
あまり長く引き留めるには目立ち過ぎるし、話し込むには些か時間帯が悪かった。故に結標は微笑んで。

結標「……ありがとう」

白井「い、いえそんな」

結標「――なら代わりと言ってはなんだけれど、後でメールしても構わないかしら」

白井に語り掛ける。大っぴらに顔を合わせるには、自分達の事情は些か込み入り過ぎているであろうと。
白井も首肯する。自分は御坂とルームメイトでもあるので通話よりメールの方がお互いにとって良いと。
図らずもペア契約を結び、互いにアドレスを知り、お揃いのスマートフォンを手にしている今ならばと。

白井「わかりましたの。あと、これはメールではなく、直接お伝えしたいのですが」

結標「何かしら?」

白井「――今日はわたくしと遊んで下さってありがとうございますの。とっても楽しかったんですの!」

結標「……私もとっても楽しかったわよ白井さん。怪我が良くなったら、また一緒に遊びましょうね?」

白井「!!!!!!」

そこで結標は車椅子に座る白井の頭を胸に寄せ抱き締める。次第に勢いと強さと冷たさを増して行く寒風から守るようにして。
白井は真っ赤にした顔を隠すようにして結標の胸にしがみつき、アクア・アレゴリア(水の寓話)の香りにクラクラさせられ。

結標「……良かったら、さっきプレゼントしたお近付きの印を付けてるところも送って見せて欲しいわ」

白井「……かなり恥ずかしいですの……」

結標「うふふ。そんな事ないわよ?だって貴女の首ってすごく細くて白いんですもの。きっと似合うわ」

――胸元に鼻先を埋める白井には見えない。楽しげに軽やかに弾むように歌うように語る結標の表情が……

結標「だから、私に“だけ”見せてちょうだいね?白井さん」

悪女のように、毒婦のように、魔魅のように、御坂が目にすれば殺す気でレールガンを撃ち込むほどの――



141 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:26:04.45 mkjI1/vAO 93/257

~13~

御坂「へー、黒子もスマホ買ったんだ?」

白井「ですの!これでお姉様と二倍繋がれますのォォォォ!!」

結標と別れた後、白井は車椅子を空間移動させつつ御坂の待つ常盤台中学女子寮の部屋まで舞い戻った。
そこで退院おめでとう!もっと早く言ってよねと言う御坂に飛びついてお約束の電撃を食らった後に――
御坂が気づいたのである。こんがり焼き上がった白井の手から落ちたケータイとスマートフォンに。更に

御坂「もう十分間に合ってるっての!こうやって毎日顔合わせてるんだから。ねえ黒子、その紙袋は?」

白井「!!? こ、これはその……――」

御坂「何よー……あー!私わかっちゃった!それクリスマスプレゼントでしょ?そうなんでしょ黒子ー」

白井「は、は、はあ、まあ、は、はい!」

御坂が目ざとく見つけ出し指差す先。それは佐天が現れた事により結標からなし崩し的に手渡された……
お近付きの印である。如何なる時も制服着用を義務付けられ、着崩す事も許されない白井に贈られた――
結標をして『お洒落は見えないところから』『ワンポイントでも気持ちは変わる』と言われた贈り物だ。

御坂「うふふ、ありがとう!クリスマス楽しみにしてるから」

白井「わ、わたくしも楽しみにしておりますわ、おほほ……」


――――するとそこへ――――

『逃げられない運命(さだめ)だから、せめて優しい夢を見せて』

白井「!?」

御坂「あんたのスマホメール来てるわよ」

鳴り響くはfripSideの『Red-reduction division-』。このスマートフォンの初期設定の着信音らしい。
それを白井が慌てて取るのと、御坂が立ち上がるのが同時であった。だが御坂は特に気に留める事なく。

御坂「じゃあ私先にお風呂入るからね!」

白井「ご、ごゆっくりどうぞですの!?」

御坂「(あれ?こういう時入浴介助とか言って飛びついて来るのに大人しいわね)」

ベッドの上に置かれていた替えの衣服や下着を手に取りながら、メールに目を通している白井を横切ってバスルームへ向かう。
そこで御坂は鼻をクンクンとひくつかせて一度だけ白井を見やる。プルースト効果に導かれるよう、甘い香りに誘われるよう。

御坂「(この香り、最近どこかで??)」

それが結標のアクア・アレゴリアの移り香とも知らぬままに――



142 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:28:10.54 mkjI1/vAO 94/257

~14~

――――――――――――――――――――
12/18 18:19
from:灰音
sb:結標淡希です。登録お願いします。
添付:
本文:
>>機種変更しま

初メールになるわね。ちゃんと送れてる?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
12/18 18:28
to:灰音
sb:初メールですの
添付:
本文:
届いておりましてよ。
――――――――――――――――――――

白井「(二台持ち、偽名……まるで不倫か浮気か愛人ですの)」

御坂がバスルームのドアを締め切った音を確認してから白井はメールボックスを開いて結標に返信する。
スカートが皺になるのも気を回さぬまま車椅子からベッドに寝転がり、何度となくメールを読み返して。
相手も自分もたかだか数行のメール。それも結標に至っては自分以外の誰かに送ったメールの焼き直し。

白井「(――あまり早く返してヒマそうに見られるのも……)」

何という不精者かと白井は呆れてしまう。自分はたかだか一行のメールを何回も書き直したと言うのにと。
だが結標がそんな事に忖度するはずもないと白井は次の返信が来るまでに紙袋の中身を確かめる事にした。
御坂がバスルームに入っている今だからこそ開けられ、今しか身に付けるチャンスがないであろうそれを。

白井「(……こんなものを贈られるのも、身に付けるのも生まれて初めてですの)」

寝そべりながら部屋の照明に翳すようにして手にするそれ。これならば確かに体育の時間以外は人目につかないだろう。
中学生と高校生の感性の違いかも知れないが、こういったものは普通『恋人』に贈るものではないか白井も考えたが――

白井「……いけないお方ですのね……」

胸元のリボンを取り外し、ブラウスのボタンを三つまで寛げ衣擦れの音と微かに漏れた溜め息が部屋に響く。
白井の白磁の肌が朱に交わった事でほのかな赤みが差し、それは露わになった細い鎖骨にまで広がるようで。

白井「……何だか、いやらしいですの」

ツインテールの後れ毛に挟まぬようにしてうなじまで回し、首輪のようなそれをピッタリと合わせていった。
ひんやりとするシルバーの冷たさが、利かせ過ぎた『暖房のせい』で火照った肌に染み込んで行く感覚に――

白井「………………」

――白井は姿見の前へ立ち、顔が映り込まぬように気を使いながらカメラを起動させた鏡撮りにて――

143 : >>1[saga] - 2012/04/05 20:32:56.35 mkjI1/vAO 95/257

~15~

『今私を切り裂いてく痛みの中に潜む影。弱い自分を隠す為、愛する人を傷つけた』

何度目になるかわからないfripSideの『Red-reduction division-』の着信音、返って来た誰かのメール。
私はそれを開きながら小萌のアパートまでの家路を歩いてる。とっぷりと日も暮れた冬の夜道をただ一人。
何となくだけれど、私にはその相手が誰だかわかった気がする。非科学(オカルト)な言い方をすれば――

結標「……まるでペットか」

――――――――――――――――――――
12/18 20:49
from:白井黒子
sb:恥ずかしいですの……
添付:(84KB)20XX1218_1837.02jpg
本文:
……誰にも見せないで下さいまし。
見たら早く消して欲しいんですの。
――――――――――――――――――――

結標「――奴隷みたいよ」

霊的直感とでも言うのかしら。わかるわよ白井さん。わかるのよ私には。貴女には黒が良く似合うって。
どうかしら?私の贈ってあげた真っ黒なチョーカーは?逆十字架のシルバーがまるで鈴のようでしょう?
一方通行が巻いてるような太くて厳ついそれとは違う、胸元を肌蹴ない限り人目につかないチョーカー。

結標「私は悪くない」

女の子の心は水のようなものよ。その時々と場所と相手によっていくらでも質量と性質を変えて行く水。
中でも貴女は限り無く透明度の高い純水。厳しい現実(さむさ)がいや増すほどに強く凍てつく氷中花。
知っているでしょう?氷の分子結合力は極まれば鋼の数倍にも及ぶのよ。けどそれも不純物が混じれば。

結標「悪いのは――」

それだけ罅が入りやすくなって、そして一度入った罅は氷そのものが割れてしまうまで広がり続けるのよ。
私というアイスピックでは丸く削るどころか歯も立たない氷中花(あなた)から、百合の花を取り出すの。

偽物の温もりと紛い物の暖かさで、迷いと言う不純物と惑いと言う夾雑物の混じった氷中花(あなた)を溶かしてあげる。
私をゴミ漁りするカラスに石を投げるように扱った彼女から、本物のカラスのように白井黒子(ひかりもの)を奪ってね。

貴女達を繋ぐ絆(レール)とやらに置き石を仕掛けて壊してあげるの。貴女達が私を壊したのと同じように。

結標「恨むなら、御坂美琴を怨みなさい」


なのに、貴女(むね)に罪悪感(いたみ)を覚えるのは何故?



一番悪いのは誰?

151 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:10:13.98 PTLNAAKAO 96/257

~00~

インデックス『短髪にだけ教えてあげるんだよ。私ね、イギリスに帰る事にしたんだよ』

昼休みから頭にのぼった血を冷やすように私はシャワーを冷水にする。
氷柱のように鋭く凍てついたあのシスターの眼差しと言葉を反芻して。

インデックス『短髪ととうまがデートするクリスマスイブの夜に。この意味わかるよね』

何度噛み砕いても、知覚過敏みたいに走るノイズが頭から離れない。あのシスターの言葉がこびりつく。
今までもレベル5第三位って言う肩書きから負の感情が宿った眼差しを向けられて来た事は何度もある。

インデックス『一生“忘れられない”聖なる夜になるね?短髪、メリークリスマス』

それでもあんなドライアイスみたいな目で、低温火傷しそうな視線を向けられた事なんて一度もなかった。
正直言って怖かった。あのシスターが恐かった。あいつが戻って来たらまたいつも通り笑ってるところも。

御坂「……私は悪くない」

シャワーの水滴を浴びた鏡に映り込む自分の顔、まるで泣いてるみたいに見える。でも私は泣かない。
私が泣かなくちゃいけない理由なんてどこにもない。だって私が悪いなんて思って泣いたりしたら――

上条『あー……美琴?その、何て言うか……次のクリスマスさ』

あいつが心配する。あいつが好きだって言う私の気持ちが間違いだって事になる。それだけは嫌だった。
自分の気持ちに嘘を吐きたくない。曲げたくないし、譲りたくない。私にだって大切なものがあるのよ。

御坂「……――当麻――……」

あのシスターが言いたい事くらいわかってる。将棋で言うなら私は王手飛車取りを仕掛けられたに等しい。
私がイギリス行きを伝えればあいつは何に置いてもあのシスターを引き止めようとする。伝えなければ――
伝えなければ、私はあいつと引き換えにシスターを追い出した罪悪感をずっと引きずる事になる。そして。

御坂「……私どうしたらいいのかな……」

そんな卑怯な自分を嫌いになる。そんな狡猾な自分を好きでいてくれるあいつに後ろめたさを感じ続ける。

結標『分かり合えて分かち合えて、和解して理解して、歩み寄って肩寄せるだなんて私達にはありえない』

あの女の言葉が、耳に痛い。

結標『せいぜい狭い世界(ワク)の中で、泥も掴まないお綺麗な手で、これからも石をぶつければいいわ』

内なる私の声に、胸が痛い。



152 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:10:45.77 PTLNAAKAO 97/257

~0~

結標「そう言えば、小萌の家に帰るのもなんだか久しぶりかも」

白井とメールをやり取りしながら辿り着いた先、そこは御坂と一戦交えてより長らく空けていた小萌の家。
夜の帳がかかってさえおんぼろかつ安普請なそのアパートを見上げて、結標は白い吐息と共に独りごちた。
お腹が空いた時と、寝に帰る時だけ寄り付く自分は野良猫のようだ。そう思いながら合い鍵を取り出すと

結標「……ん?」

???「コリコリして美味しいんだよ!」

月詠「んまー!シスターちゃんそれは先生の砂肝なのですよー」

姫神「軍鶏鍋なんて。ずいぶん久しぶり」

結標「……何だか良い匂いがするわ……」

扉越しにも聞こえて来るどんちゃん騒ぎと鼻腔をくすぐる馥郁たる香り。そこで結標が鍵穴を回すと――

結標「ただい……」

月詠「結標ちゃんおかえりなさいなのですよー」

姫神「おかえりなさい。先輩(むすじめさん)」

???「ムシャムシャバリバリバキバキゴクン」

そこには軍鶏鍋から立ち上る濛々たる白煙、そして灰皿から立ち上る朦々たる紫煙が部屋中に広がっていた。
古めかしい卓袱台炬燵の上に置かれたホットプレート。食卓を囲み鼎談に花咲かせる三者三様の姦しい声音。
一人は家主たる小萌、一人は先住民にして後輩にあたる姫神。そして残る一人は白銀の法衣を纏った修道女。

結標「ただいま。寒かった寒かった中入れてー……よいしょ!」

???「にゃっ!!?」

結標「わわわ!なになに!?今なんかブニョッとしたのが!?」

???「私の猫なんだよ。おこたで丸くなって寝てたのかも!」

結標「びっくりしたー……この猫ちゃんお名前なんて言うの?」

その修道女の隣り合わせに炬燵に入るべく冷えた足を入れたところ、蹴飛ばしてしまった一匹の三毛猫。
その三毛猫が迷惑そうにもそもそと這い出し、件の修道女の膝上に香箱を組んで結標をじろりと睨んだ。
ごめんね猫ちゃんと人差し指でその狭い額をカリカリと掻くと、修道女も箸を持つ手とは逆の手で撫で。

???「スフィンクス、って言うんだよ」

結標「ふーん。そういう貴女はどなた?」

???「あれ?前に会った事あるかも!」

結標「ごめんなさい、十一月に上条君の家で見た覚えはあるのだけど聞きそびれて」

もう一人の『白』が、『赤』へと向き直る




153 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:11:39.81 PTLNAAKAO 98/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
インデックス「――私の名前はインデックスって言うんだよ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


154 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:12:12.47 PTLNAAKAO 99/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
A C T . 5 . 5 「 白 の 修 道 女 、 赤 の 案 内 人 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


155 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:14:21.39 PTLNAAKAO 100/257

~1~

グツグツと薄く削がれたゴボウと軍鶏(しゃも)のモツが煮え、結標は背肉に塩を降って舌鼓を打っていた。
隣り合わせのインデックスは三杯目はそっとと言う暗黙の了解など何のその、もりもりと頬張るようにし――
姫神は割り下に酒と味醂と醤油を継ぎ足し、山椒と唐辛子を多目に入れ、小萌はプレミアムモルツを煽って。

結標「ふーん……上条君が出掛けちゃって手持ち無沙汰になって」

姫神「ついでに小腹も空いて。先生の家にご飯をたかりに来たと」

インデックス「し、仕方無いんだよ!とうまがもやし炒めしか作ってくれないから」

結標「えっ、それって虐待?もやし炒めしか食べられないなんて」

姫神「上条君の名誉のために言うなら。彼はもやし炒めさえ。時に事欠くありさま」

月詠「今日も青髪ちゃんの売れ残りのパンの耳をもらっていたのが見えてなんだか悲しくなったのですー」

結標「(何故かしら塩以外にしょっぱい物が目から出て来たわ)」

そこで交わされた会話の中で結標が知り得た事はおよそ二つ。
一つはインデックスの名前。一つは上条家の逼迫した家計だ。
特別奨学金制度のある霧ヶ丘女学院に籍を置き、案内人としても稼ぎ、暗部の頃にも相当溜め込んだ結標からすれば――
上条の奨学金が低過ぎるのか、或いはインデックスのエンゲル係数が高過ぎるのか、何れにせよ同情の念を禁じ得ない。

インデックス「……ご飯がなくっても、とうまがいてくれたらそれでいいのに……」

姫神「?」

インデックス「何でもないんだよ!そろそろ雑炊食べたいかも。ご飯まだある??」

月詠「もうないのですよー。ご飯というより、お米がもう……」

空になったお櫃の前でシクシクと悲しい酒に浸る小萌を尻目に、結標は改めてインデックスを見やった。
上条の同居人という立ち位置はわかった。わからないのは一人の少女としてのインデックスの立ち位置。
御坂美琴という恋人が上条に出来た以上、その心中に渦巻くものは余人には理解し得ぬものであろうと。

結標「(それに何か聞こえちゃったし)」

煮詰まり過ぎてふきこぼれた軍鶏鍋と、先程ほど姫神が聞き逃した修道女の発露とが、重なって見えた。



156 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:14:47.35 PTLNAAKAO 101/257

~2~

姫神「ケータイ。二つも買い替えたんだ」

結標「ええ。少しトラブったから二台持ちにしようかなってね」

姫神「二台持ちの人は。遊び人が多いって吹寄さんが言ってた」

結標「見た目ほど遊んでないわよ。今日はこんな格好だけれど」

姫神「ううん。今日に限らず。いつもの格好からしてそう思う」

結標「どうしてみんな私の制服姿をそんなに貶すのよー!!?」

結局米櫃が尽きたところで小萌が冷凍うどんを取り出し軍鶏鍋にぶち込み、インデックスがペロリとそれを平らげた後――
姫神は勝手知ったる他人の家とばかりに食器洗いや後片付けに台所へと立ち、結標は飲み物を取るべく冷蔵庫の扉を開け。

結標「もういいわよ、姫神さんなんて知らないっ」

姫神「あっ。へそ曲げた。怒らないで。“先輩”」

結標「……その“先輩”って言うのはよしてよー」

霧ヶ丘女学院(がっこう)では顔を合わせた事ないんだから、と結標はリプトンのレモンティーを注ぐ。
濡れ羽色の黒髪(ひめがみ)、薄紅色の赤髪(むすじめ)はそれぞれ学内で顔を合わせた事がないのだ。
結標は特別公欠を繰り返して殆ど登校せずとも良かったし、姫神は夏休み中に放校処分を受けたためだ。
また学年も一つ違いであるため、小萌がいなければ互いに言葉を交わす機会さえなかったかも知れない。

姫神「そんな。ご機嫌斜めな先輩に。クリスマス。プレゼント」

結標「あっ……持って来てくれたんだ!」

姫神「もともと。そのつもりで来たら軍鶏鍋にお呼ばれされて」

結標「姫神さん大好き!ありがとう!!」

姫神「、」

そんな先輩(むすじめ)が感極まって、ペアチケットを差し出す後輩(ひめがみ)に抱きつき頬擦りした。
昨夜メールしていて話題になった、結標がカラオケで十八番にしているfripsideのライブチケットである。

結標「ありがとう姫神さん……クリスマスプレゼント奮発するから今はこれで我慢してちょうだいねー?」

姫神「(良い匂いで。変な気持ちになるから。離れて欲しい)」

月詠「んまー!?じ、女生徒同士で禁断の恋はダメなのです!」

結標「仲良しなだけよ。姫神さんといると前世では恋人だったんじゃないかって思うくらい相性良いし」

白井が目にしたらば目を疑うほど、含みも何もない満面の笑顔で結標はギュウギュウと姫神を抱き続け。



――――そして――――





157 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:17:00.31 PTLNAAKAO 102/257

~3~

月詠「では先生は姫神ちゃんを送って行くのですよー」

結標「ええ。後からいつもの銭湯で合流しましょうか」

姫神「二人とも。おやすみなさい」

インデックス「あいさ!こもえ!おやすみなさいなんだよ!」

軍鶏鍋がお開きになった後、夜道と言う事もあって小萌が姫神を女子寮まで。
結標はインデックスを男子寮まで、それぞれ少女達を送る事にしたのである。
夜空にはようやく暗雲を脱して顔を覗かせた月がかかり、夜道を照らし出す。

インデックス「……バイバイ、だね……」

結標「(……この子何でこんな寂しそうな顔してるのかしら)」

インデックスは去り行く二人の背中に名残を惜しむような笑みを浮かべ、月明かりを見上げながら歩く。
結標も出来るだけ歩幅を合わせながら、夜風を受けて回る風力発電機が遊歩道に落とす影を目で追った。
結標はインデックスの事をあまり知らないし、そして何より彼女が上条や御坂に対して抱えた思いも……
当然知る由もない。今夜は彼女なりの小萌達への別れの挨拶だった事も。そして小萌に付き添われたなら

インデックス「ごめんなさいなんだよ。ほとんど初対面なのに送ってもらっちゃったりなんかして……」

結標「いいのいいの(上条君?女の子のお迎えに来ないだなんて男の子としてどうかと私は思うわよ)」

別れの言葉が漏れ出してしまうかも知れない。別れの涙が溢れ出してしまうかも知れないと思ったからだ。
その点結標とはあまり関わりがないし、この肌寒くも心地良い夜風のような人柄の方がかえって良かった。

結標「それに何だか、貴女が少し寂しそうに見えたから……」

インデックス「………………」

結標「――お鍋の時も、ちょっと聞こえて気になっていたの」

黒い夜風に散らばる赤髪と、白い月光を照り返す銀髪が、一瞬毛先を触れ合わせた。

インデックス「……よく見てるんだね?」

結標「たまたまよ。立ち入った事を聞いてしまって悪かったわ。インデックスさん」

インデックス「ううん。ありがとうなんだよ。でもあいさには内緒にして欲しいな」

されどその毛先は絡まる事も縺れる事も結ばれる事もなく、再び吹き抜ける夜風に裂かれるように分かれ。

インデックス「……ちょっとだけ独り言言ってもいいかな?」

結標「うん。お月様しか聞こえてないから良いんじゃない?」

インデックスが、訥々と語り出した。



158 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:17:33.27 PTLNAAKAO 103/257

~4~

インデックスは語る。上条との出会いを、御坂との出逢いを、二人が結ばれるに至った馴れ初めから経緯までも。
それはいっそ淡々とした声音で、いっそ滔々とした口調で、時に遊歩道を闊歩する三毛猫を目で追いながら語る。
結標はそれをただ黙って聞いている。時折捕まる信号機の明かり、直走る車の音、二人の歩幅に気を配りながら。

インデックス「最近ね?とうまがすごく幸せそうに笑うんだよ。私と二人暮らしだった時よりずっとかも」

結標「(……何でかしら、御坂美琴にイラつく以上に上条君に対して怒りが湧いて来るのだけれど……)」

インデックス「本当は、私がとうまを幸せに笑わせてあげたかった。二人で幸せに笑っていたかったかも」

次第に男子寮が見え始め、インデックスが指差した。あそこが私ととうまのお家なんだよと微笑みながら。
だが結標は指差す先もインデックスの笑顔もまともに見れなかった。その部屋の窓には明かりがなかった。
ただただ残酷なまでに優しい月明かりだけがインデックスの微笑みを照らし、結標は何故だか込み上げた。

インデックス「本当はわかってるんだよ。私じゃ短髪にかなわないって頭ではとっくに結論が出てるかも」

結標「………………」

インデックス「でも私はもう短髪の笑顔が見たくないの。とうまが好きになった、とうまを奪った笑顔が」

それは悲痛なまでの女の意地だった。敗れ去るなら一矢報いて血に伏したいという救い難いエゴイズム。
一太刀のもとに切り捨てられるならば、せめて相手にも返り血を浴びせたいという度し難いヒロイズム。

インデックス「とうまが二度と私を“忘れない”ように、私の事を思い出す時少しでも胸が痛むように」

結標「………………」

インデックス「私はとうまを想っていっぱい胸が痛くなった。だからもしとうまが少しでも私と同じに」

結標「………………」

インデックス「感じてくれたらって……私は、私はね……!!」

そこでインデックスは少しの間だけ結標の胸を借りて泣き、少ししてから再び笑顔を取り戻して離れた。

結標「………………」

月明かりの下真っ暗な部屋に一人帰って行った修道女を、案内人はただ黙って見送るより他はなかった。

上条「――あれ?」

結標「……貴方は」



――上条当麻が帰宅するその時までは――





159 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:19:32.61 PTLNAAKAO 104/257

~5~

――――――時は僅かに遡る――――――

御坂「(……ちゃんと湯船であったまって来たら良かったな)」

上条「み、美琴さん?なんかいつもより近くないでせうか??」

御坂「う、うるさいわね!寒いんだから仕方ないじゃない!!」

シャワーを浴びて夕食をとった後、私はやっぱりこいつに会いたくなって女子寮を抜け出してやって来た。
私は今、こいつの二千円札を飲み込んだ自販機のある夜の公園に来ている。わざわざメールで呼び出して。
何か夕飯の途中みたいで悪いかなって思ったけどどうしても電話の声やメールの文字じゃ我慢出来なくて。

上条「五日ぶりに会えたってのに何そんなビリビリしてんだよ。俺と会わない間になんかあったのか?」

御坂「馬鹿じゃないの?何かなくちゃあんたに会っちゃいけないの?何かあったら言わなきゃダメ!?」

上条「………………」

御坂「ごめん、当麻」

でも同じくらい優しくする余裕もなくて、可愛く振る舞えるゆとりもない私はこいつの肩に預けてた頭を離す。
だけど繋いだ手だけは離さない。甘え下手っちゃ甘え下手なんだけど、こういう女の子って本当面倒臭いよね。
みんなはどうやって甘えたりするんだろう。頼ったり出来るんだろう。上手く付き合っていけるんだろうな……

御坂「……ちょっと学校とか実験でいやな事が重なっちゃってさ。もしかしなくても持て余してるのかも」

送り出してくれた黒子に申し訳ないな。病み上がりの身体でわざわざテレポートで飛ばしてくれたのに。

白井『良いですかお姉様?何となく良い雰囲気になっても絶対絶体ゼーッタイ流されてはいけませんの!』

御坂『ないないない!ないないない!!黒子が思ってたり考えたりしてるような事ありえないから!!!』

白井『……わたくしにもそう考えていた時期がありますのよ』

御坂『何でそんな遠い目して話すの黒子?こっち向きなさい』

ごめん黒子。何か全然そういう雰囲気にならないっぽい。あんたの取り越し苦労で終わりそうな気がする。
でも何であんたがそんな事知ってるのか、そっちの方も気になる。あんた男の子に興味なかったよね確か。

上条「はー……」

って思ってたらあいつが私から離れてベンチから立ち上がった。うう、雰囲気悪くしてんの私の方だ……



160 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:19:58.27 PTLNAAKAO 105/257

~6~

上条「ほれ」ポイッ

御坂「わわっ!?」

何て一人で怒って独りで凹んでる私をよそに、あいつは例の自動販売機に小銭を入れて飲み物を買ってた。
ガコン、ガコン、って二つ落ちる音がしたかと思ったら、そのうち一つが私に投げられた。ミルクティー?

上条「いっぺん言ってみたかったんだよな。俺のおごりだって」

御坂「!?」

上条「飲めって。人間さ、寒い・ひもじい・もう死にたいの順番で気分が落ち込んでくんだよ。これがさ」

御坂「……私そんな死にそうな顔してたかな。って言うか午後ティーひとつで“俺のおごり”だって……」

上条「んなっ!?」

御坂「あははははは!ありがとうありがとう、万年金欠病のあんたからって思うと何か喜びもひとしおよ」

あんた漫画の読み過ぎ!私が立ち読みしてるホスト部のオレンジ投げて寄越すキャラそっくりだったわ。
こんなので笑えて来て落ち込んでたテンション上がるとか、私どんだけ安い女なのって話じゃないのー。
でもまあいいか。こういうのって何をもらったかって言うより、誰からもらったかってのが大事だもん。

御坂「……ありがとう。やっぱりこういうのって何かいいわね」

上条「ちくしょうこれでまた明日も昼飯抜きか……なんだよ?」

御坂「――色々あったけど、何かこういうやり取り良いなって」

開けるプルタブ、フワッと広がる安っぽくて甘ったるい湯気。手のひらと胸に広がって行くあったかさ。
結標淡希の事とか、食蜂操祈の事とか、あのシスターの事とか、一瞬忘れられた気がした。あんたの……


上条「……付き合ってからわかり始めて来たけど、お前って結構変なヤツだよな?」

あんたの、おかげで


御坂「その変なヤツにこの公園で告白して来たヤツはどこの誰だったっけ?んー?」

ごめんねシスター。私、やっぱりこいつを譲れない。やっぱりあんたに渡せない。どんな事をしてでも。
きっとクリスマスの夜、こいつがあんたのいない部屋に帰ったなら、きっとそこで全てを知る事になる。
こいつはあんたを連れ戻しに英国にまで追い掛けるでしょう。こいつは馬鹿がつくくらい優しいからさ。

御坂「……なんてね!私もあんたの事、だ、大大好きだから!」


だから居候(あんた)には出来ない、彼女(わたし)にしか出来ない、たった一つの最低なやり方で――



記憶を失い続けたあんたの何度目かの“初恋”を殺そうと思う。





161 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:22:07.68 PTLNAAKAO 106/257

~7~

――――そして時は巻戻る――――

結標「………………」ジー

上条「こ、こんばんは。どうしたんでせうかこんなところで」

結標「(……このリアクションから見て、私が御坂美琴の顔に爪を立てた事を知らないのかしらね?)」

インデックスを送り届けた後、結標は踵を返さんとした自転車置き場にて上条と向かい合う事となった。
思わぬ深夜の来訪者に驚いたのか、上条はやや目を丸くしたが結標は対照的に目を細くして笑いかける。

結標「こんばんは!ちょっと曲がり角を間違えてしまって。貴方こそこんな時間にどうしたのかしら?」

上条「ああ、上条さんはちょっとばかり飲み物を買いにコンビニに。そうか、道に迷ったってなら――」

結標「見送りなら結構よ。だって御坂さんに悪いもん、ね?」

上条「!?」

結標「姫神さんから聞いちゃったし有名だもの。私から言うのもおかしな話だけれど、おめでとう上条君」

厚い面の皮と猫を被った結標が、午後の紅茶・ストレートティーを持つ上条に握手を求めて腕を差し出す。
それに対して上条も照れながら握手を交わし、結標もまた絵に描いたような『年上のお姉さん』の笑顔で。

結標「うふふ……」

上条「?」

結標「隠さなくてもいいのよ。御坂さんと逢い引きしてたんでしょう?顔に書いてるわ“幸せ”だって」

上条「おおー……何かすげーお見通しって感じで恥ずかしいけど実はそうなんだ。ははっ、格好悪いな」

だが結標は思う。御坂美琴への負の感情に則って行動するならば上条にちょっかいの一つや二つはかければ良いだろう。
だのにまるでその気が起きないのだ。上条に助けられた恩を度外視するなら、それが最も効率的な有効打だと言うのに。

結標「うふふ。貴方は格好良いわよ?さて、私ももう行くわね」

上条「ああ、結標さんも夜道気をつけてな。女の子なんだから」

結標「ありがとう。でもそんな風に誰にでも優しくしちゃダメ」

上条「?」

結標「――女の子は誰だって自分一人にだけ優しくされたいものなのだから。おやすみなさい、上条君」

上条を残して自転車置き場から座標移動で姿を消した結標にはわからない。御坂が憎い事に変わりはない。
だのに上条に唾をつける訳でもなく、白井ただ一人に粉をかけるのかという行動原理の源流がわからない。



それが『嫉妬』という感情である事も――





162 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:22:36.32 PTLNAAKAO 107/257

~8~

白井「――――――お姉様………………」

一方、御坂が上条への逢瀬に向かった後部屋にただ一人取り残された白井は窓辺にて月光浴を嗜んでいた。
光源は天上の名月と、膝掛けに置かれた携帯電話とスマートフォン。いずれも新着メッセージの類はない。
寮監の巡回時間までまだまだ余裕はあるが、白井の気持ちにあまりゆとりはない。何故なら疲れたからだ。

白井「(これもお姉様の倖せのためですの。お姉様の曇りなき笑顔こそがわたくしの幸せなんですのよ)」

車椅子の肘掛けに置かれた手指を広げ、届かざる月に向けて伸ばす腕が、見上げる視界が滲む涙に暈ける。
白井からすれば数日ぶりの御坂の顔合わせだが、御坂からすれば数日ぶりの上条との顔合わせになるのだ。
だが白井は疲れたのだ。上条にしか見せない相貌と、白井には見せない双眸を向ける御坂に対して――……

白井「(わたくしはお姉様の露払いなんですの。わたくしはお姉様のパートナーなんですのよ白井黒子)」

笑顔で頷き、笑顔で耳を傾け、笑顔で接し、笑顔で相槌を打つ事に白井は疲れ切ってしまっていたのだ。
そればかりか、恋敵のもとへ行く御坂を空間移動で後押しさえしている。自分で自分の首を絞めている。
嫌なら止めれば良い。嫌なら目を瞑れば良い。嫌なら耳を塞げば良い。だのにそれをしないのは――……

白井「………………」

単に懸想する相手の恋路を応援する白井黒子(こうはい)というポジションに固執しているに過ぎないと白井は諧謔する。
かつて結標に檄を発した言葉がそのまま自分自身に跳ね返って来る。誰しもが必死で自分の居場所を作り、守っていると。
御坂のために笑顔を作り、御坂のために涙を零すまいと。それさえ自分自身のために他ならないと白井は自嘲させられる。

結標『――だって勿体無いじゃない?貴女とて“一人の女の子”なんですもの……』

御坂が思うほど自分は綺麗などではないと。初春が思うほど自分は高潔などではないと。佐天が思うほど

白井「……――わたくしは、強くなどありませんのよ……――」



――月明かりが、白井を狂わせて行く――





163 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:24:31.40 PTLNAAKAO 108/257

~9~

月詠「ああっ!そこはダメ!そんなところダメなのですよー!」

結標「ああんっ、スゴい!こんなの初めてよ……ああ、イヤ!」

小学生「お母さーん!あのお姉ちゃん達、お母さんとお父さんのプロレスごっこの時みたいな声し(ry」

保護者「だから見ちゃいけません!!それからお外でそういう事を言うのはよしなさい帰るわよ!!!」

同時刻、銭湯にて合流しムームー姿で電動マッサージチェアによって悩ましい声を上げる結標と小萌の姿。
小萌はアルコールで、結標は長湯で、それぞれ両隣で、ほんのり上気した表情で電動マッサージに喘いで。

結標「(いいのよ坊や!ちょっとくらい早い性の目覚めをお姉さんで迎えてしまってもいいのよ!!)」

小萌「あうあうー……肩凝りにものすごく効くのですよー。あれ?結標ちゃんバイブしてませんかー?」

結標「バ、バイブ!?こ、小萌の部屋には置いてないわよ?!」

月詠「何のお話ですかー?結標ちゃんのスマホなのですよー!」

と、少年の動物園の檻を覗き込むような眼差しに押してはいけないやる気スイッチが入った結標の膝上。
そこには電動マッサージチェアの振動に紛れて震えるスマートフォンがバイブレーションしていたのだ。
当人でさえ気付き得ぬ振動音を看破した小萌の異能ぶりにやや驚きながらも、結標はそれを手に取った。

結標「(電話?)もしもし、白井さん?」

白井『――こんばんはですの、結標さん』

月詠「あうあうあ~~なのですよー!!」

隣席にて身悶えする小萌を無視して結標はその第一声に耳を澄ませる。その表情に先程までの喜色はない。
姫神に抱きついて頬擦りしたり、インデックスの身の上話を聞いたり、たった今まで小萌といた時のような

結標「――こんばんは。どうしたのかしら?貴女の方からかけて来るだなんて……」

自然体な結標でも等身大の自分でもない、上条に握手を求めた時のような完璧に計算された笑顔を浮かべる。
同時に御坂の目を憚ってメールして来る白井が電話をかけて来た意味を、上条を通して結標は理解している。

結標「――私の声が聞きたくなったの?」

白井『自惚れも大概にして欲しいですの』

結標「手厳しいわね。それで、用件は?」

白井が望む形で『白井黒子』を理解してやるという重要性を。



164 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:24:57.86 PTLNAAKAO 109/257

~10~

白井「あの、先程送った写メールのチョーカーについてですの」

結標『とっても可愛らしかったわよ白井さん。よく似合ってた』

白井「……ありがとうございますの。つきましては、その事で」

今も首に巻かれた黒いチョーカーを指先でなぞりながら、わたくしは結標さんとお話しておりますのよ。
肌に触れる逆さ十字架のシルバーが、まるでわたくしの喉元に突きつけられた剣の鋒のように感じられて

白井「……あの、あのもし良かったら、わたくしからも何か貴女にお返しさせていただきたいんですの」

結標『あら、いいのに』

白井「貴女が良くてもわたくしの気が済みませんの!押し売りのようではなはだ迷惑かとは思いますが」

電話越しに聞こえて来る、鼻から抜けるような鼻で笑うような声。かち割り氷のような心地良い冷たさ。
電話越しでつくづく良かったと思いますの。今わたくしがどんな表情で話しているのか見えませんので。

結標『お返し物なら結構よ。たかだか2、3万円の安物だしね』

白井「そ、そういう問題ではありませんのよ!わたくしは――」

結標『だったら、物ではなく身体で返して欲しいのだけれど?』

白井「なっ……!?」

結標『勘違いしないでちょうだい。ただちょっと困っている事があるのよ白井さん』

そこで結標さんが提示した条件。それはご友人から譲られたfripsideのペアチケットについてでしたの。
このスマートフォンの初期着信音にされているくらい、学園都市ではメジャーなアーティストのライブ。

結標『もし良かったら、私と一緒にライブに行ってくれない?』

白井「えっ……」

結標『貴女の誠意が上辺だけのものでないなら、の話だけどね』

御坂「黒子ただいまー!いやー参った参った、聞いて聞いてー」

わっ、わわっ、わわわお姉様!?このタイミングでご帰宅ですの?!ああ電話、この電話をどうにか――

結標『行くの?行かないの?さーん……』

御坂「黒子ー?もう寝ちゃったー???」

白井「ま、待っ……」

結標『にー……』

御坂「黒子ってばー!」

結標『いーち……』

白井「い、いま行きますのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!!」

結標『そう?じゃあ今人といるからまた後でメールするわねー』

プッ……ツー、ツー

き、切れてしまいましたの……



165 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:27:00.17 PTLNAAKAO 110/257

~11~

結標「(――だから貴女は不出来だと言うのよ、白井さん)」

電話越しに御坂の声を聞き取るなり賭けに打って出た結標の目論見はまんまと功を奏する形と相成った。
結標は用済みとばかりに通話を終了させ改めてマッサージチェアに身を凭れかけさせ悪魔的に微笑んだ。
御坂の不在は上条を通して知っていたが、まさかこうも自分が思い描く絵図通り事が運ぶなどと思わず。

結標「(歯応えが足りな過ぎて、かえって苛々してくるわ)」

月詠「あうー……結標ちゃん、お電話は終わりましたかー?」

結標「うん。ちょっと知り合いからね。よっこらしょっ、と」

時同じくして結標の通話と小萌のマッサージが終わり、結標はチェアから身体を起こして髪をかきあげる。
程良く長湯の火照りも引き、今日一日の疲れが抜けて行くようである。だが傍らの小萌はそんな結標の――

月詠「もしかして、結標ちゃんの好きな人からのラブコールなのですかー?」

結標「!?」

月詠「お電話の間中も、のぼせたみたいにお耳を真っ赤にしてましたよー?」

赤らんだほっぺたをツンツンとつつきながら小萌がニコッと頬を綻ばせ、結標がビクッと頬を引きつらせる。
自分が白井と通話している間頬を赤らめていた?何を馬鹿な事をと結標は突きつけられた指から顔を背けて。

結標「ゆ、湯当たりしただけよ!そんな相手じゃないし、むしろ大嫌いで顔も見たくないくらいよ!!」

バサッとタオルを投げつけて結標は顔と話題を逸らそうと必死になる。大好きな相手?そんな馬鹿なと。
しかし小萌は被せられたタオルを返し、些か人の悪い笑みを浮かべている。全てお見通しとばかりにだ。

月詠「ふっふっふ、伊達に結標ちゃんの倍近くも歳をとっていないのです!まるで先生の若い頃を……」

結標「そ、そういう小萌こそどうなのよ?ほらクリスマスイブとかクリスマスとか聖なる夜の予定とか」

月詠「――もちろん、先生にも予定や相手はあるのですよー?」

結標「え゛」

その思わぬ一言に結標は返されたタオルを取り落とし、月詠は24、25日は家を空けると続けて来た。
確かに5日前、この銭湯にて異性のタイプについて軽く話はした。だがまさかと思わざるを得なかった。

月詠「結標ちゃんも、素敵な恋愛をたくさんして下さいねー?」

――そう締め括った小萌の微笑みは、確かに結標の倍近くある年嵩を経た『大人の女性』のそれであった。



166 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:27:32.27 PTLNAAKAO 111/257

~12~

御坂「あ、黒子。ごめん、何か途中から話し声聞こえたけど電話中だったかな??」

白井「え、ええ少しばかり……思ったよりも遅いおかえりでしたが大丈夫ですの?」

御坂「うん、あいつと別れた後街のツリー作り見てたら海原さんと出会しちゃって」

白井「海原光貴さん?」

御坂「うん。ちょっと話し込んじゃって、長くなりそうだなーって思ってたら何か電話入ったっぽかった」

おかげで助かっちゃったと御坂は微苦笑を浮かべながらスクールコートを脱いでハンガーにかけて行く。
その様子からして通話の内容や相手までは知られなかった事に、安堵感に撫で下ろす胸が罪悪感に痛む。
しかし御坂はそんな白井の胸の内など知るはずもなく、むしろ上条と会えた事によりすいた胸の内を――

御坂「まだわかんないけど、私多分24日は朝からいないと思うんだ。あ、あいつと……で、デートで!」

白井「っ」

秘めた決意を明かす事なく白井に打ち明ける。白井の胸に空いた穴を穿つように、広がる虚を抉るように。

白井「………………」

御坂「黒子?」

窓辺に置かれた車椅子に腰掛ける白井に、月明かりが落とす枠の影が十字架の形を描いてかかって行く。
後に御坂は振り返る。思えばこの時から何かが壊れ始めたのかも知れないと。或いはそれより前からと。
後に白井は思い返す。この時もし溢れる胸の内を吐露したならば、あんな結末を迎えずとも済んだかと。

白井「……あんの類人猿んんんんん!よくもわたくしとお姉様の記念すべき初めてのクリスマスをー!!」

御坂「!?」

白井「……と、言いたいところですがわたくしも24日に少しばかり野暮用がございますの!おほほほ♪」

自分に入った罅と、御坂の抱えた亀裂が埋められない溝という形でさえ重ならなければと言うIF(もし)

御坂「や、やだなー黒子脅かさないでよ!って言うか野暮用ってなになに?佐天さんと初春さんとか??」

白井「……それはお姉様にも秘密ですの!まあお姉様とあの殿方ほど色っぽい話ではない事は確かですが」

御坂はただ幸せになりたかった。白井はただ幸せになれなかった。たったそれだけ、ただそれだけの事だ。

白井「――良いクリスマスを♪お姉様☆」



―――誰も、悪くなどなかったのだ―――





167 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:29:43.10 PTLNAAKAO 112/257

~13~

初春「22・23の当直を、ですか??」

白井「ですの。その翌日に少々外せない用事が出来たもので」

佐天「おおー!し、白井さんにもついが春がやって来た!?」

白井「違いますの!ただ単にライブを観に行くだけですの!」

その翌日、白井は風紀委員一七七支部にて初春にシフトチェンジを申し出、遊びに来ていた佐天が混ぜっ返して茶化して来た。
このタイミングで24日に休みを入れたいともなれば、佐天でなくとも勘ぐりたくなるであろう。しかし白井は取り合わない。
誰が言えようか。誰に言えようか。失恋の傷と喪失の痛みが癒える間もなく血と涙を流し続けるこの現状に疲れ果てたなどと。

佐天「ええーつまんない……でもライブって言ったらfripsideですもん仕方無いですよねー。あのチケットプレミア付きだし」

佐天の笑みが痛い。

初春「まあ、私も固法先輩も他の委員も融通利きますから大丈夫です!ただ、まだ病み上がりなので無茶しないで下さいね?」

初春の笑みが痛い。

白井「ありがとう初春。恩に着ますわよ」

そして何より、笑い続けなければいけない自分自身の痛々しさに白井はもう向き合っていられなかった。
かつてあれだけ白井に戦う強さを、進む強さを、折れぬ強さを与えてくれた御坂の笑みが何よりも痛い。
ルームメイトという近過ぎる距離に磨り減り、反比例して遠すぎる御坂との距離に打ちのめされて行く。

佐天「(ねえねえ、白井さん白井さん)」

白井「(何ですの佐天さん?チケットならば譲れませんの!)」

佐天「(ううん、ライブってやっぱ灰音お姉さんと行くの?)」

シフト表を直しに席を離れ、ホワイトボードに書き込んで行く初春に聞こえぬように佐天が耳打ちして来る。
灰音。それは赤髪を下ろし私服に身を包んだ結標が名乗る偽名。そして白井が佐天についた嘘でもあるのだ。

佐天「(最初は、白井さんの“彼女”かって思ったんですよ)」

白井「………………」

佐天「(全然似てなくて。でもどっか白井さんに似てて……)」

だが白井は微笑みながらかぶりを振る。氷に入った罅割れを覆うように雪(うそ)をまぶした微笑みで。

白井「――あれは、わたくしの生き別れた姉妹ですのよ――」

ありえたかも知れないもう一人の自分のように、白井は笑う。



168 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:30:12.32 PTLNAAKAO 113/257

~14~

白井「(あれも何か違いますの。これも気に入りませんの)」

更に翌日、白井は学舎の園にあるショップにて余所行き用の服を買い求めて悪戦苦闘していた。
それはとりもなおさず24日に出掛けるためのものである。流石にライブ会場に常盤台の制服は

白井「(嗚呼、制服に慣れ親しみ過ぎて勘が戻りませんの)」

悪目立ち過ぎるし、そして何より数日前に佐天に出会してしまった時の教訓を生かしての事でもあった。
出来る事ならば知り合いでも目を凝らさねば白井とわからないくらいがちょうど良い、そう思いながら。

白井「(あら、これ可愛いですの!!)」

手にしたのは漆黒を基調としたリボンタイのワンピース。肩ベルト付きコルセットで引き締めるタイプ。
私服でも白桃色のワンピースを持ってはいるが、こういったシックな装いに手を伸ばした事はなかった。
すると今度はワンピースに合わせたコーディネートが気になり、ハットへと手を伸ばした時に不意に――

結標『嗚呼、やっぱり中折れが一番可愛くて良く似合ってるわ。キャスケットは地味過ぎるしボルサリーノは派手過ぎるしね』

白井「………………」

結標『あら、私なりに誉めているのだけれど。案外いそうでいないのよ本当に帽子が似合う男の子と眼鏡が似合う女の子って』

白井「すいませんが、そのリムレスの眼鏡いただけません?」

店員「かしこまりました」

ツインテールをほどいて下ろした髪にハットを乗せ、店員に伊達眼鏡を持って来させてかけてみる。
するとどうだろうか。そこには白井であって『白井黒子』でない、誰も知らない白井が立っていた。

白井「……――こちらに決めましたの!」

店員「お買い上げありがとうございます」

白井はそれらを買い上げ店を後にし、学舎の園の石畳に車椅子ではなく自分の足で軽やかに降り立った。
久方振りの買い物、新しい自分の発見、ライブへの期待が綯い交ぜとなる。しかしその一方では――……

白井「……わたくし、どうかしてますの」

校則違反・友人への虚偽・御坂への罪悪感が入り混じり、白井は浮かれて躍る胸に手を当てて自省する。
自分は何をしているのか。これでは間近に迫るデートに浮つく『年頃の女の子』そのものではないかと。

白井「何を、一人で浮かれてるんですの」


朱に交われば『赤く』なるとはこの事かと、白井は自嘲した。





169 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:32:17.01 PTLNAAKAO 114/257

~15~

―――そして来たる12月24日―――


結標「リモーネ・カプチーノをひとつね」

店員「かしこまりました」

結標は地下街にあるカジュアルレストラン『リリー・オブ・ザ・バレー』の奥まった席に腰掛けていた。
真紅のファー付きロングニットコートを脱ぎ、道中ちらつき始めた灰雪に悴んだ手指をこすり合わせて。
待ち人はまだ来ていない。この雪で道が混み合っているのだろうかとも思ったが、すぐさま考え直した。

結標「(貴女がその気になれば、渋滞だの混雑だの意味をなさないはずよ。いやしくも私と同系統の能力者なのだから……)」

もしかすると迷っているのかも知れない。ただしそれは道にではなく自分と会う事に対してだろうと――
結標は待ち人の心理を我が身に置き換えてトレースして行く。彼女の事なら我が事のように理解出来る。
近しい感覚を上げるならば、伴侶を裏切って密通を働き懊悩する妻のような心持ちであろうとも。しかし

結標「(貴女は必ず来るわ。何故なら、貴女は私から背を向けて逃げる事をよしとしない性格ですもの)」

店員「お待たせいたしました。御注文のお品物になります」

結標「ありがとう」

真紅のコートからスマートフォンを取り出していると、ウェイターがリモーネ・カプチーノを運んで来た。
結標はそれらを口に運びながら、ようやく使い慣れて来た画面を軽妙なタッチで叩いて行く先を検索する。
クリスマスイブに女二人と言うのもさまにならないが、男二人よりかは絵になるかと胸中にて独り言ちて。



そこへ



「遅れて申し訳ございませんでしたの!」

ドアベルが鳴り響き、ウェイターが案内するより早く、ブーツのヒールを鳴らして表す小さな待ち人……
初めて見る少女の私服姿は結標の予想を覆して黒を基調とし、肩口に灰雪が乗っているの様子が伺えた。
見違えたな、と結標は微笑んだ。口を開き声を発するまでその少女が自分の待ち人かどうか迷うほどに。

結標「いいえ、私もちょうど今来たところなの。気にしないで」

いそいそと真っ白なロングマフラーを畳んで席に着かんと前屈みになった時、微かに覗けたチョーカー。
白には『貴方色に染まります』という意味合いがあるのはよく知られた話だが、黒はその真逆に当たる。
『何者にも染まらない』。故に罪と罰を司る裁判官は黒衣を纏う。だが、結標から言わせれば少女は既に

「……赤いコート?」

少女は半ば、染まっている

170 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:33:14.63 PTLNAAKAO 115/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結標「サンタみたいでしょう?メリークリスマス、白井さん♪」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


171 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:33:42.18 PTLNAAKAO 116/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
A C T .6 「 白 い マ フ ラ ー 、 赤 い コ ー ト 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


172 : >>1[saga] - 2012/04/08 22:34:47.20 PTLNAAKAO 117/257

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
手 に し た 傷 は 決 し て 癒 え る こ と は な い 。


信 じ て さ え い れ ば 報 わ れ る と 私 は 思 っ て い た 。


『 戦 場 の メ リ ー ク リ ス マ ス 』 よ り
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


【後編】に続く

記事をツイートする 記事をはてブする