【前編】の続き
ワイワイ
ガヤガヤ
先生「ごっめんね、みんな。このプリント、ほんとは先週渡すはずだったんだけど……先生ちょっと忘れてて」
男の子「しっかりしろよー!」
先生「ごめんごめん、おうちの人に渡してね」
幼女「はーい」
先生「それから、最近物騒な事件が増えてるらしいわ。みんなも気をつけてね」
「事件?」
「ほらコナソくん、さっさと帰るでやんす」
女の子「事件ってなーに?」
先生「えーっと」
幼女「?」
先生「なんだっけ……」
男の子「ほんっと、先生しっかりしろよー」
先生「とにかくっ、みなさん無事でいてください!」
「はーい」
先生「それじゃあ今日は終わります、さようなら」
「せんせー、さようならー! みなさん、さようならー!」
保護者「迎えに来ましたの」
女の子「おかあさん」
保護者「かえりますのよ」
女の子「あのね、えっと。さっき先生が」
保護者「なんですの? わたくしは忙しいんですの、さっさと帰りますのよ」
女の子「あ……うん」
保護者「ほら、さっさと車に乗りますのっ」
女の子「おかあさん、おやすみ」
保護者「まったくあの人ったら今日も帰ってこないんですのっ!」
女の子「おかあさん」
保護者「まったく何を考えて……、ん? どうしましたの?」
女の子「おやすみなさい」
保護者「ん? もうこんな時間ですの?」
パタン
女の子「……はぁ」
保護者「まったく、……あの人の事だけでも忙しいのに」
保護者「あのクソ生意気な若造を思い出すだけで虫唾が走りますの」
保護者「何かないですの?」
保護者「あのクソ生意気な青二才に一泡拭かせる方法は無いですの?」
保護者「……やはり私が直々に」
保護者「いや、それじゃあバレバレですの」
保護者「かといってまた誰かに任せて失敗したら……」
ピラ
保護者「ん? このプリントは……学費の納付のお知らせですの?」
保護者「げ、明日までじゃありませんの!」
保護者「まったく、もっと早く知らせて欲しいですの。仕方ない、明日の帰りにでも銀行に……」
保護者「!」
保護者「良い事を思いつきましたの」
保護者「この方法ならわたくしがその場に居てもなんら不思議ではありませんの」
保護者「あの男の吠え面をリアルタイムで拝むことができますの!」
保護者「ふっふーん♪」
保護者「そうと決まればさっそく準備ですの!」
保護者「必要なものは、覆面とあとモデルガンもあればリアリティが増しますの」
保護者「ちょっとびっくりさせてあげますの」
保護者「あの青二才の恐怖に怯える面が思い浮かびますの、きひひっ」
幼女「おじさん、これ。先生が渡してって」
男「ん? なんだ?」
『お食事のお誘い、待ってます』
男「うげ、忘れてた」
幼女「なんて書いてるのー?」
男「先生、怒ってたか?」
幼女「ううん、ご機嫌だったよ?」
男「そっか……、後で電話するか」
幼女「あとこれ渡してって言われたの」
男「ん? 学費の納入か、明日にでも銀行いくか」
幼女「ぎんこー?」
男「ああ、帰りに寄ってもいいかい?」
幼女「いいよー!」
ワイワイ
ガヤガヤ
保護者「あら?」
男「どうも」
保護者「あなたも学費の納付に?」
男「えぇ、まぁ」
保護者「奇遇ですの、わたくしもですのよ」
男「そうですか」
「3番でお待ちのお客様──」
保護者「そういえば今日は比較的空いてますのね」
男「そうなんですか?」
保護者「えぇ」
男「こんなもんじゃないんですか? 銀行って」
保護者「おかしいですの」
男「なにがです?」
保護者「他の親御さん達も納付のプリントを貰ってるはずですの、なぜこんなに少ないんですの?」
男「先生が渡すのを忘れてたって聞いてますけど」
保護者「まぁ、そうですの? まったく、若い先生はこれだから困りますのね」
男「はぁ……」
「4番でお待ちのお客様──」
男「そういえばお子さんはどうしたんですか?」
保護者「車で待たせてますの、振込みが終わったらすぐ帰りますの」
男「そうですか」
保護者「あなたこそ連れ子ちゃんはどこに居ますの?」
男「退屈だって言うんで横の公園で遊ばせてますよ」
保護者「あらそうですの?」
男「ええ」
「5番でお待ちのお客様──」
保護者「あなた、作家先生って聞きましたの」
男「ええまあ」
保護者「どんな本を書かれてますの? 参考までに教えて欲しいですの」
男「どんな……と言われましても」
保護者「まっ。まさか人様には言えない様な恥ずかしいものですの? ああいやですの」
男「よければ贈呈しましょうか?」
保護者「いりませんの、興味がありませんの」
男「そうですか」
ザワザワ
ザワザワ
保護者「それより──」
男「なんだか騒がしいですね」
保護者「そうですの?」
男「なんでしょうか?」
「全員静かにしろ!」
銀行員「ひっ?!」
「こいつが何だか分かるよな。おねーさんよお、風穴を開けられたくなかったら大人しく言う事を聞いてもらおうか」
銀行員「け……拳銃っ?」
「このバッグに有り金全部入れろ、全部な」
銀行員「ひっ」
「はやくしろ!」
「あー、人質のみなさん。誠に残念なお知らせだがよ、今からこの銀行は俺たちが占拠した」
「大人しくしてろよ、騒いだり暴れたりしたら手が滑ってコイツの引き金を引いちまうからよ」
「俺も本当はそんな事したかないが、不幸な事故が起こらないとも限らないからな……へっへ」
「まだ五体満足で居たいだろ? そうだろ? ケガはしたくないもんな、わかったら一箇所に固まれ」
保護者「ちょっと! どういう事ですの! 話とちが──」
「あぁ?! なんだこのババア!」
ドガッ!
保護者「きゃっ?」
男「……女性に暴行を加えるのは感心しませんね」
「なんだお前! この銃が見えないのか! 大人しくしてないと──」
男「わかりました、大人しくします」
「……っち、わかればいいんだよ。はやくあっちに行けっ」
男「保護者さん、大丈夫ですか?」
保護者「え……えぇ、大丈夫ですの……でもあなた」
男「これくらいなんでもないです、平気ですよ」
「おい! まだか!」
銀行員「ひっ」
「はやくしてくれよ、俺は急いでるんだよ。わかるか? 早くしないと車に乗ったこわーいおじさん達が俺を追っ掛けにきちまうからよ、へっへ」
銀行員「あの……でも……」
「口ごたえしてる暇があったらとっとと手を動かしやがれ!」
銀行員「ひぃ」
保護者「ご、強盗ですの……ほ、本物、本物の」
男「静かにしていましょう、彼らを刺激するのはあまり得策ではないです」
保護者「……彼ら? 犯人は一人ですのよ?」
男「最初に’この銀行は俺たちが占拠した’って言ってたじゃないですか。少なくともあと1人は実行犯がどこかに潜んでいるはずです」
保護者「そんな……」
男「とにかく今は静かに──」
「はやくしろっていってんだろうが!」
保護者「ひっ」ビクン
男「……」
ザワ
ザワ
「ねーねー、なんか騒がしくない?」
「見て見て、パトカーがいっぱいきてるよ」
「事件とか?」
「まさか銀行強盗だったりして」
幼女「……ぎんこー?」
「やだー、こっわーい」
「ちょっと聞いた? 拳銃もって立てこもりだって!」
幼女「……おじさん?」
「はい、ここから立ち入らないでください」
「危険ですので、みなさんは下がってください~」
警部「……状況は?」
「従業員、客を合わせて少なくとも15人以上が内部に取り残されたままです」
警部「犯人の人数は? 要求は?」
「確認されているのは1名、要求などは現在届いておりません」
警部「……ふむ」
「いかがいたしましょう、警部」
警部「何か要求があった場合は最大限譲歩しつつ人名の救出が最優先だ」
「はっ」
警部「隙があればいつでも制圧できる準備を整えておけ、いいな」
「あーあーあーあー、まったく。ねーちゃんがトロトロしてるから車に乗ったこわーいおじさん達が到着しちゃってくれやがったじゃねえの」
銀行員「そんな……、私は何もっ」
「お前、通報しやがったな?」
銀行員「ひっ?」
「死ぬか?」
銀行員「……いや……いや……」
「はっは、嫌だよな。そうだよな、よーし、それじゃあ今から言う番号に電話をかけろ」
男(あの男、……巧妙だな)
男(もう一人犯人がいる事をちらつかせて私達を動かせないように仕向けた)
男(潜んでいるとしたらこの、人質の中に紛れ込んでいるのだろう)
男(……、もし騒いだり暴れたりした場合、最悪射殺……)
男(だが、あの言葉が嘘だったら?)
男(実行犯は一人だとすれば、上手く隙をつければ……)
男(いや、……何をバカな、危険が大きすぎる)
男(くそ、打つ手がないな)
『よーーーーーーう、俺が誰だかわかってるよな?』
警部「あぁ、だいたいな」
『だったら話は早い、早速逃走経路を用意してもらおうか』
警部「そんな要求がのめると思っているのか?」
『あらー? そんな事言っていいのかな? こっちには人質が居るんだよ? 俺と違って善良な一般市民がよ、へっへ』
警部「く……」
『15分後にまた連絡する』
「ち、話のわからねぇおっさんだぜ」
子供「えっ……えっ、びえぇぇぇぇぇぇ~~~ん!」
母親「こらっ、静かにしてなさい」
子供「えぇぇぇぇ~~~ん!!」
母親「お願いだから静かにしてちょうだいっ」
「あー? なんか騒がしいなあ」
母親「……」
「お前が親か」
母親「……はい」
「黙らせろ」
母親「……、はい……」
男「ちょっと待ってくれ」
「なんだぁ?!」
男「子供に手を出すなんて最低だぞ」
「あんだと?!」
ザワザワ
ヒソヒソ
ソウヨネ
「お前ら黙れっ!」
ザワザワ
男「まだこんなに小さいんだ。お腹が空いたら泣く、お漏らしをしたら泣く、当たり前だろ」
「うるせえ、黙れっ!」
男「その子に手を出して見ろ、私が許さないぞ」
「く、……言わせておけば! 撃てるんだぞ、お前なんか簡単に──!」
男「撃てるものなら撃ってみろ、本当に撃てるのならな」
「なめやがって……!」
犯人B「待て、熱くなるな」
犯人B「無駄弾を撃つんじゃない」
犯人A「でもよっ」
犯人B「黙れ」
犯人A「……っち」
犯人B「おいお前」
男「はい?」
犯人B「お前の首に俺が当ててるモノ、何かわかるな?」
男「……」
犯人B「こいつはただの包丁だが、昨日俺が丹精込めて磨いたものでね。さて、どんな切れ味なのか試してみたい気分だ」
男「そいつで料理を作れば最高に美味しいんだろうな」
犯人B「まだディナーの一品にはなりたくないだろ? 大人しく座っていろ」
男「……わかった」
犯人B「そろそろ時間だな、もう一度電話をかける」
警部「……俺だ」
『やあ』
警部「……さっきの声と違うな」
『そこは今気にしなくても良い』
警部「……なんだ」
『要求は聞き入れられましたか? 警部さん』
警部「いま上と相談中だ」
『随分と悠長なんですね、あまりに遅いとあらぬ行動を取ってしまうかもしれませんよ?』
警部「まて! はやまるな!」
『なーんてね、冗談ですよ』
警部「……く」
『5分後、水と食料を寄越してください。正面玄関前に警部さん、あなたが一人で置きに来るんだ。こちらは私が受け取りにいきましょう、もちろん、妙な真似をすれば……わかってますね?』
犯人A「ほらよ、水だ。飲ませろ」
母親「……」
犯人A「……っち」
男「すみません」
犯人A「またお前か! なんだ!」
男「その子、随分と苦しそうにしてると思いませんか?」
犯人A「あぁ?!」
男「頬も随分赤い、熱があるみたいだ」
犯人A「だから何だって言うんだよ!」
男「人質なら私が請け負う、だから女性と子供達を開放してほしい」
犯人A「お前、何を勝手な事を──」
犯人B「まて」
犯人A「でもよ、こいつ生意気だぜ?」
犯人B「確かにこれだけの人数を俺ら二人で見るのはあまり現実的じゃない、こいつの言うとおり人質は少ないほうが良い」
犯人A「……っち」
男「どうなんだ」
犯人B「いいだろう、その通りにしよう」
男「ありがたい」
犯人B「ただし──」
「ちょ、ちょっと。だめですよ、入ったら!」
幼女「おじさん、おじさんが中に!」
「警察に任せて、下がっててください」
幼女「いやっ、離してっ! 助けにいくの!」
警部「どうした?」
「いや、この子が……」
警部「ん~? お嬢さん、どうしたのかな?」
幼女「おじさんが、中にいるの」
警部「おじさん?」
幼女「あたしのおじさん!」
警部「そうか、君のおじさんは必ず私達が助けるからね」
幼女「う~~~~~」
警部「市民を守るのが警察の仕事だ、任せてくれ。お嬢さん」
幼女「む~~~~~」
警部「約束しよう、必ず助け出してみせる」
幼女「……わかった、よ」
警部「誰か、この子を頼む」
「警部、犯人から連絡です」
警部「わかった」
『よーーーーーーーーーう、俺だ。逃げ道作ってくれた?』
警部「今、調整中だ」
『調整中ね、言葉をコロコロ変えちゃって役者だねえ? そんなに自分の首が大事?』
警部「何を……」
『良い知らせをくれてやる』
警部「何だね?」
『いまから女と子供を解放する』
保護者「……どうしてあたくしだけ……」
男「すみませんね、てっきり私以外は解放してくれると思ってたんですが」
保護者「……いえ」
男「幸い水も食料も届いています、じっくり助けを待つことにしましょう」
保護者「あの」
男「はい?」
保護者「どうして、あなたはそんなに平然としてますの?」
男「昔ね」
保護者「?」
男「ちょっと……色々ありまして」
保護者「何ですの?」
男「姉が──」
犯人A「よーーーーーーーーーう、楽しくお話してるところ悪いな。どうやら警察はお前ら救う気は無いらしいぜ?」
保護者「なっ? そんな事ありませんのよ!」
犯人A「せっかく人質を一部解放してやったのによ、俺らの要求に応える気は無し」
保護者「それはっ」
犯人A「お前らの命なんざ、結局あいつらには関係ねーって事だ」
保護者「そんな……そんなはず……」
犯人A「へっへ、お前も哀れだよなぁ」
保護者「……く」
犯人A「おっと、あんまり動かないこった。こいつが火を噴くぜ?」
保護者「……」
男「それくらいにしないか」
犯人A「あぁ?!」
男「あまり人をからかうもんじゃない」
犯人A「ったくよ! お前、ほんっとに生意気だよなあ! 居たぜ、俺の知り合いにもお前みたいなやつがよ! あーもう思い出しただけでも反吐がでそうな程良い人ぶったヤツがな!」
男「それは良い、その人とぜひ知り合いになりたいものだな」
犯人A「残念ながらお前はここでお終いだけどな」
犯人B「やめろ、バカ」
犯人A「……っち」
犯人B「つまらない事で熱くなるな、目的を忘れるな」
犯人A「わーったよ」
ザワ
ザワ
先生「……ハァ……ハァ」
幼女「あ、先生」
先生「……ハァ……、無事?」
幼女「あたしは、外で遊んでたから……でもおじさんがまだ中に居るの」
先生「そんなっ、さっきニュースで人質は解放されたって」
幼女「おじさんが……がんばってるみたいなの」
先生「え?」
幼女「おじさんが、みんなを助けたんだって。けーぶさんが言ってた」
先生「そうなの?」
幼女「だから、あたしも、がんばっておじさんを待つの」
先生「……そう、でもこのままだと風邪をひいてしまうわ」
幼女「へーき」
先生「でも」
幼女「へーき」
先生「……じゃあ先生もここで待つわ」
幼女「せんせ?」
先生「無事くらい祈らせてもらってもバチは当たらないでしょ?」
幼女「うんっ」
先生「お願い……無事で居てっ」
女の子「おかあさん……遅いなあ」
女の子「でも車から出ちゃいけないって言われてるし……」
女の子「もうかなり経つよね」
女の子「……ちょっと、ちょっとだけなら良いよね?」
女の子「出ちゃえ」
パタン
女の子「うぅ、さむいなぁ」
女の子「はぁ……おかあさん、なにやってんだろ」
ザワ
ザワ
女の子「なんだろこの人だかり……」
女の子「う~ん、背伸びしても見えないや」
女の子「すみません、とおして……」
女の子「ぷは」
女の子「やっと出た」
女の子「あれ、……あそこに居るのって」
幼女「……」
先生「……」
女の子「二人してなにやってるんだろ? おーい」
先生「────というわけなの」
女の子「え?」
先生「あなたのお母さんは、あの中よ」
女の子「そん……な……」
先生「辛いでしょうけれど、今は待つしか……」
女の子「……うそ、うそだ……」
女の子「おかあさん、さっきまで、そばにいたのに」
女の子「ねえ、なんで?」
女の子「なんで?」
女の子「わたしがおかあさんの言う事守らなかったから?」
女の子「わたし……わた……たしがっ」
幼女「大丈夫だよ」
女の子「おかあさん、ほんとはね、ほんとは、いい人なんだよっ」
幼女「大丈夫」
女の子「本当はずっと怖がりで、いつも誰かにかまって欲しくて、寂しがりやさんなのっ」
幼女「うん」
女の子「ちょっと……お父さんとケンカしちゃって……最近はずっと大変で……でもっ、でもっ」
幼女「うん、わかるよ。大丈夫」
女の子「わたしが、わたしが……うぅ……」
幼女「大丈夫だよ、おじさんが何とかしてくれるよ」
女の子「うぅ”……う~、うえぇぇええええ~~~ん、おかあさあああああん」
幼女「よしよし、こわくない。こわくないよ」
幼女「おじさん、……大丈夫だよね?」
保護者「ちょっと、大丈夫ですの?」
犯人A「るっせぇ! ほっとけ! こんなのかすり傷だ! 畜生、バリケード張るのも一苦労だぜ」
保護者「いいから見せますの!」
犯人A「……なんでもねぇっていってんだろ」
保護者「確か絆創膏が……ありましたの、これを張っておきますのよ」
犯人A「……っち」
保護者「ふん、大人しく言う事を聞きますの」
男「おい、これはこっちで良いのか?」
犯人B「ああ」
男「よ……っしょっと」
犯人A「……良いのかよ」
男「何がだ?」
犯人A「俺らはお前らを人質に取ってるんだぜ? なんつーか、そのよ、なんで協力的なんだ?」
男「これから共同生活が始まるわけだしな、仲が悪くてはお互い損しかしないだろ?」
犯人A「……」
男「そういう事だよ」
保護者「そういう事ですの」
犯人A「……っち」
保護者「わかったらさっさと絆創膏を張りますのよ」
犯人A「あーもう、わかった。わーったよ!」
犯人B「……」
男「なあ」
犯人B「なんだ?」
男「あんた、子供がいるのか?」
犯人B「……なぜそんな事を聞く?」
男「子供が泣いた時、水を要求してたから。優しい人だと思ったよ」
犯人B「はっ、強盗に優しいもクソもないだろう」
男「ははは、そりゃそうだ。言えてる」
犯人B「……ガキが、一人」
男「そうか、元気で?」
犯人B「さあな、別れた嫁についていったよ。もう10年以上会ってない」
男「10年か、そしたらもうかなり大きくなってるんじゃないか?」
犯人B「もう……見てもわかんねえよ」
男「実は私も今、子育て真っ最中なんだが」
犯人B「お前が……?」
男「なかなかどうして、手間がかかるものだな。子供というのは」
犯人B「そりゃそうだ、腹が減ったら泣くし、小便を漏らしただけで泣く。夜はうるさくてかないやしねぇ」
男「まったくだ」
犯人B「まぁ……悪くはなかったがよ」
男「そうだろ? そういうもんだよな」
犯人B「ふ」
男「会いたいとは思わないのか?」
犯人B「思ったさ」
男「なら」
犯人B「今更こんな親父に会ってどうする、わざわざ失望させてやることはないさ」
男「そうかい」
犯人B「……時間だ、電話をする」
犯人A「どわっ」
保護者「もう! 何をやってますの! 殺人的に不器用ですの!」
犯人A「さっきからうるせぇんだよ! 何様のつもりだよ!」
保護者「いいから貸しますの!」
犯人A「あ、ちょ」
保護者「こんなもの、こうすれば」
犯人A「……この女……瞬間接着剤、鍵穴にぶちこみやがった」
保護者「何を言ってますの、あなたがあまりに下手糞だから代わりにやっただけですの!」
ザワ
ザワ
警部「内部の様子はどうだ?」
「人影が動いているのが確認できますが、それ以外は……遮蔽物が邪魔をしています」
警部「くそ! あまり長引くと人質にも悪影響が出る……」
「警部、どうされますか?」
警部「ぐ……、上からは待てと言われている……」
「ですが!」
警部「わかっている! このまま長引けば長引くほど我々は不利だ……」
「だったら」
警部「軽率な行動に出て人命が失われたらどうする!」
「っ」
警部「耐えるんだ、機会を待て」
「はっ」
保護者(……これでいいんですのね?)
男『ちょっといいですか?』
保護者『なんですの?』
男『し、あまり声を大きくしないで聞いてください。犯人達に聞かれたくない』
保護者『……はい』
男『リマ症候群という言葉に聞き覚えは?』
保護者『ありませんの』
男『なら、今から極力犯人側に協力的な態度をとってください』
保護者『なっ』
保護者『そんな事……危険ですの』
男『大丈夫、彼らも罪を大きくはしたくない様ですし。我々を傷つける事は考えにくい、大切な人質ですからね』
保護者『でも……そんな事をしてどうなりますの?』
男『少なくとも、このまま膠着しているよりはマシな程度です』
保護者『そんなっ』
男『でも。そこからなにか糸口をつかんでみせます、必ず』
保護者『……わかりましたの』
男『生きて帰りましょう』
保護者『当たり前、ですの』
TV『さて、続きまして昨日からお伝えしているニュースですが……○○市の銀行に強盗二人が立てこもる事件が発生しています』
TV『現場からお伝えします、そちらの様子はどうですか?』
『はい、現場です。時折中で人影が動いているのがこちらからは確認できますが、警察側と犯人側で膠着状態が続いております』
『冬空の下、現場には緊張と疲労の色が見て取れます』
『情報によりますとまだ人質二名が中に取り残されたままという事で、安否が心配されます』
『事件発生から36時間、一向に解決の糸口が見出せないまま、事態は平行線を辿っております。現場からは以上です』
TV『ありがとうございました。捕らわれている二名は子供を近くの幼稚園に通わせている親という事で、子供達も相当心配されているのではないでしょうか』
TV『なお、この実行犯は先月のショッピングモールへの強盗事件、先々月のATM襲撃事件と同一犯かと目されており────』
TV『────続きまして専門家の方の意見を聞いてみましょう』
プチン
──フッ
男「ん……? 電気が」
犯人A「消えた?」
男「停電か?」
犯人A「ブレーカーを見てくる、妙なマネはするなよ」
男「わかったよ、懐中電灯をもらってもいいかな?」
犯人A「あぁ、ほら。つかえ、お前も」
ポイ
保護者「わ、わ。いきなり投げるなんて危ないじゃないですの!」
犯人A「ったく、うるさい人質だぜ」
保護者「ふん」
カチ
カチカチ
カチ
男「ん? ちょっと壊れてるのかな?」
カチ
カチ
男「あ、ついた」
保護者「わたくしのと交換しますの?」
男「いや、いいですよ」
保護者「ああはやく明るくなって欲しいですの」
男「大丈夫ですよ」
保護者「……」
男「きっとね」
ゴト
保護者「ひっ」
男「大丈夫、怖くないですよ」
保護者「はぁ……、なんだかどっと疲れましたの」
男「ちょうど外も暗いですし、少し睡眠を取られては?」
保護者「あなたが起きているのにわたくしだけ眠るわけにはいきませんの」
男「そうですか」
保護者「そうですのよ」
保護者「それにしても、ただでさえこんな状況で停電とか……勘弁願いたいですのよ」
男「大丈夫ですか? お手洗いとか」
保護者「……」
男「あまり我慢なさらない方が……」
保護者「……そうですのね」
男「なあ」
犯人B「なんだ?」
男「女性がお手洗いに行きたいそうだ」
犯人B「……好きにしろ」
男「わかった。ほら、立てますか?」
保護者「ありがとう、ですの」
保護者「大丈夫、一人で行けますのよ。懐中電灯もあることですし」
男「わかりました、お気をつけて」
犯人B「……」
男「エアコンも切れたみたいで、少し寒いですね」
犯人B「……あぁ」
男「ついてませんね、停電なんて。向こうの仕業ですか?」
犯人B「これが計画的な停電なら警察がこの隙に突入してるだろ、そうじゃないってことはどっかに落雷でも落ちたか」
男「あるいはケーブルが焼ききれたか」
犯人B「……どっちにしろ、状況は変わらんさ」
男「そうですか」
犯人B「お前も……子供が居るんだったな」
男「そうですね」
犯人B「すまないな」
男「何を?」
犯人B「……いや、あの時間お前がここに居なければ、巻き込む事もなかったと思ってな」
男「あの子は、強い」
犯人B「?」
男「子供ってのは、大人が思うよりも、もっとずっと強いものですよ」
犯人B「あ? ……あぁ、そうだな」
男「きっと今も私の無事を祈ってくれていると思いますよ」
犯人B「はっ、それはそれは」
男「あなたのお子さんも、……同じ気持ちなんじゃないでしょうか?」
犯人B「さあな」
男「……」
犯人B「もう顔も思い出せないんだ、何を考えているかなんてわからねえよ」
男「どんなお子さんだったんですか?」
犯人B「……そうだな、子供のくせにやけに強気で、よく転んで、よく泣いて、よく喋る……どこにでもいる子供だな」
男「特別ですよ」
犯人B「あん?」
男「あなたにとっては、ね」
犯人B「……」
ドン!
犯人A「いてっ?」
保護者「いったたたたたた。もう! どこを見てますの!」
犯人A「あぁ?! お前こそ何勝手にほっつき歩いてんだよ!」
保護者「お手洗いですの、許可はいただいてますのよ」
犯人A「……っち」
保護者「停電、直りそうですの?」
犯人A「ちょろいもんだぜ、これをこうして、こうして……」
保護者「随分慣れた手つきですのね」
犯人A「昔、仕事でな」
保護者「まぁ! 昔から強盗を?」
犯人A「バカ、ちげーよ。ちゃんと給料もらって働いてたさ」
保護者「そんな真面目な人がどうしてこんな事を?」
犯人A「……」
保護者「わたくしで良ければ聞きますのよ」
犯人A「……友人を一人、だましたんだよ。俺は」
保護者「ご友人を?」
犯人A「儲け話──、まぁ。金がすぐ手に入るから協力してくれっていったらホイホイ付いてきやがってよ」
保護者「まぁ」
犯人A「その時俺はギャンブルで作った借金でヤキが回っててな、どうしても金が欲しかったんだよ」
保護者「お金……」
犯人A「まったくバカなヤツだ。今思い出しても笑えるくらいにな」
保護者「でも、素敵なご友人ですのね」
犯人A「……バカだよ、あいつは最後の瞬間まで自分が騙されてるなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった」
保護者「それは、あなたを信じていたからでは無いですの?」
犯人A「……信じていた、か」
保護者「そうですのよ、世の中そんな人はあまり居ないですのよ?」
犯人A「……」
保護者「それだけあなたとその人の間に絆があったんじゃありませんの?」
犯人A「……ずっと、後悔してるんだ」
保護者「?」
犯人A「どれだけ悪い事をしたかわかってる、これが成功したら海外でやり直すつもりなんだ。時期がきたらちゃんと償いだってする」
保護者「それなら……」
犯人A「ただ」
保護者「?」
犯人A「俺はあいつになんて顔して会えばいいか、わからねえんだ……」
「お嬢ちゃーーーーーん!」
幼女「あ、お兄さん!」
「ハァ……ハァ……テレビで見やしたよ!」
幼女「すごい汗、大丈夫?」
「いやもう、居ても立ってもいられなくなって走ってきたんすよ。お嬢ちゃんこそ、ずっとここに?」
幼女「……うん」
先生「あの、どちら様で?」
「おっと、申し遅れやした」
「あっしは、幼稚園のお隣で農家をやっとるもんでさあ。以後お見知りおきを」
先生「あ、雷さんのところの?」
「へいそうです、いつも父がお世話になってます」
先生「いえ、いつも新鮮な野菜を届けてくださってありがとうございます」
畑の兄さん「へへっ、お役に立てて光栄ですぜ」
キキーー
バタン
畑の兄さん「父ちゃん!」
「バカ息子が一人で先に突っ走りよってからに! 老人に運転させよって!」
畑の兄さん「で、でもよ」
「なにをボサっと突っ立っとるんじゃ?」
畑の兄さん「え?」
「さっさと手伝うんじゃ、新鮮な野菜のカレーを作って皆さんに体力をつけてもらうぞい」
畑の兄さん「合点承知だ!」
先生「あの、私も手伝います」
幼女「あたしも!」
女の子「わたしも!」
畑の兄さん「よーし、全員協力してやるっすよー!」
「おー!」
幼女「けーぶさん、これたべて」
警部「ん? カレーかい?」
幼女「みんなでつくったの」
警部「ありがとう、いただくよ」
「警部っ、中の様子がっ」
警部「……ん? 電気が消えたな」
「どうします?」
警部「待て、なんだ……? 光が……?」
--・・
-・
--・
--・・
・・
--・-・
警部「……」
--・・
-・
--・
--・・
・・
--・-・
警部「メッセージだ……人質は二人とも無事だっ」
幼女「おじさん!」
女の子「おかあさん!」
男(さて……、私にできる限りの事はした)
男(子供を上手に使って人質を解放して、犯人のもう一人を炙り出した)
男(犯人側からある程度の信頼を得る事もできた、少なくともトイレに行くくらいの自由を勝ち取った)
男(電気を落としてこちらの意思も外に伝えた)
男(だが……まだ向こうには拳銃がある)
男(……くそ)
男(あと一手で良い、突入の機会を作りさえすれば……)
男(……何か、何かないのか……?)
パ
保護者「あ、電気が付きましたの」
男「ほんとですね」
犯人A「ちょろいもんよ」
犯人B「……」
保護者「おなか空きましたの……」
犯人A「あいつら、何か美味そうなモン食ってやがるな」
保護者「この香り……カレーですの?」
犯人A「ったく、暢気なもんだぜ」
犯人B「そういやあいつも……カレーが好きだったな……」
保護者「ま、そうですの?」
犯人B「嫁が入院してた時な、俺が作ったカレーをうめえうめえって食いやがるんだよ」
男「当たり前ですよ」
犯人B「あん?」
男「あなたが丹精込めて作ったカレーが不味いわけありません」
犯人B「……」
男「子供は意外と、そういうところに敏感なんですよ」
犯人B「そうか……、そうだったのか……」
チクタク
チクタク
男「なあ」
犯人B「……なんだ?」
男「今からでも自首しないか?」
犯人A「ばっ! 何言ってんだてめぇ!」
男「これ以上罪を重くする事はない、今ならまだ。やり直せる」
チクタク
チクタク
先生「はい、これ食べて元気だしてくださいね」
畑の兄さん「まだまだあるっすよー」
チクタク
チクタク
警部「中の合図でいつでも突入できるようにしておけ」
「はっ」
チクタク
チクタク
幼女「おじさん……」
女の子「おかあさん……」
チクタク
チクタク
男「どうなんだ」
犯人B「……」
男「なあ?」
犯人B「そうだな……、もう疲れた……か……」
犯人A「ちょ、待てよ。お前! それでいいのかよ!」
犯人B「……」
男「お前はどうするんだ?」
犯人A「決まってるだろ! お前らがそのつもりならこの銃で……」
チクタク
チクタク
犯人A「あれ? 銃が無い、どこに──」
保護者「お探しのものはこれですの?」
犯人A「なっ」
保護者「形勢逆転ですの!」
犯人B「……俺達の負けだ、もう……ここまで、だ」
犯人A「ばか……な」
保護者「大人しくしてもらいますのよ!」
男「さあ、外に電話をかけてもらおうか」
「突入! 突入だ!」
「ほら、暴れるな」
「大人しくしろ!」
犯人A「いってぇ! いてえよ! 暴れねえから押さえつけるの辞めろって!」
「静かにしろ!」
「ほら、さっさと歩け!」
犯人B「……ありがとう」
男「はい?」
犯人B「俺たちは、本当は……誰かに引導を渡して欲しかっただけなのかもしれない」
男「まだやり直せますよ、きっと」
犯人B「そうだろうか」
男「諦めちゃだめです」
男「保護者さん! すごいじゃないですか、一体いつの間に奪っていたんですか?」
保護者「ふふ、敵を欺くにはまず味方からですの」
男「いやぁ、もうダメかと思いましたよ」
保護者「これで一件落着、ですのよ」
男「ですね」
保護者「帰りますの、わたくし、少し疲れてしまいましたの」
フラッ
男「あ、」
ガシ
保護者「かたじけませんの」
男「いえ」
保護者「これで、生きて帰れますのね」
男「そうですね」
保護者「……今回はあなたに助けられましたの、だから借り一つという事にしておきますの」
男「は?」
保護者「あたくし、借りたものはキチンと返す主義ですのよ」
男「はは、そうですか」
保護者「ま、まぁ。これから特別に仲良くして差し上げてもよろしくってですの」
男「はい。これからもあの子共々、よろしくおねがいしますよ」
畑の兄さん「いやー、良かった。良かったっすねぇ」
先生「無事に解決してくれて、本当に……」
畑の兄さん「あっしはもう、ハラハラドキドキで……」
先生「私も……」
畑の兄さん「ところで犯人ってどんな人なんっすかね」
先生「さ、さあ?」
畑の兄さん「ちょっと見にいくっすよ」
先生「あ、ちょ」
犯人A「──お前っ」
畑の兄さん「……」
犯人A「……」
畑の兄さん「……久しぶりっすね」
犯人A「……」
畑の兄さん「面会! 絶対いきやすよ!」
犯人A「……」
畑の兄さん「元気してるっすよ!」
犯人A「……っち」
畑の兄さん「わかってるんすか!」
犯人A「ったく、いつまで経ってもとんだお人好し野郎だぜ……」
「さあ、歩け」
犯人A「あーもう、わかった。わかったってば」
先生「……あのひと」
犯人B「……」
先生「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
犯人B「なんだ?」
先生「あ……あのっ」
犯人B「……」
先生「……」
「ほら、行くぞ。とっとと歩け」
犯人B「……あぁ」
先生「……」
バタン
犯人B「……そうか……、知らない間に……大きくなったんだな……」
幼女「おじさん! おじさん!」
男「ただいま」
幼女「おかえり!」
男「すまないな、随分待たせた」
幼女「あのね、あのね!」ギュ
男「うん?」
幼女「あたし、ずっと。信じて待ってたよ! ずっと! おじさんなら大丈夫って!」
男「あぁ……」
幼女「おじさん! おじさん! おじさんが……ぶじ……ぶ……ふえぇぇぇぇぇ~~ん」
男「よしよし、怖かったかい?」
幼女「ごわ”ぐな”い”……」
男「ほら、私は大丈夫」
幼女「おじさん……おじさん、ずっと、ずっとあたしのそばに居て……」
男「……」
幼女「ずっと……離れないで……」
先生「ずっと泣かなかったんですよ、この子」
男「先生」
先生「おじさんを待つんだって、ずっと。むしろ女の子を気遣ってさえいました」
男「……そうですか」
先生「でも、安心して溢れてきちゃったみたいですね」
先生「私も……ずっと不安だったんですよ」
男「先生」
先生「怪我はないですか?」
男「えぇ、おかげさまで」
先生「痛いところは?」
男「ずっと座っていたからお尻が少し痛むくらいですね、ははは」
先生「もう!」
男「すみません、ご心配をおかけしました」
先生「心配くらいさせてください」
男「……はい」
女の子「おかあさん!」
保護者「あら」
女の子「おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん!!」
保護者「はいはい、おかあさんですのよ」
女の子「うぅぅぅぅうううう~~~~~~」
保護者「不安にさせてごめんなさいですの」
女の子「おかあさん……」
保護者「わたくし、あなたに謝らないといけない事がありますの」
女の子「え?」
保護者「振り返るとわたくしの自分勝手であなたに随分辛く当たってしまった事が沢山ありますの」
女の子「そんな……良いよ、そんな事」
保護者「いいえ、わたくし、間違ってましたの。今回の事で色々気づかされましたの」
女の子「おかあさん」
保護者「あの人を見習って、わたくしも今日からがんばりますの……だから、ついてきてくれますの?」
女の子「そんなの……」
保護者「?」
女の子「そんなの、当たり前だよっ! わたしのおかあさんはおかあさんだけなんだからっ!」
「お前……」
保護者「あなた……どうして……」
「よかった……無事で……、心配したんだぞ……」
保護者「仕事で東京だったのでは……」
「お前の命より大切なものが他にあるか!」
保護者「ふふ……、うれしい事を言ってくれますの」
「すまない、今までつまらない意地ばかり張ってしまって……」
保護者「わたくし達、今まですれ違ってばかりで……もっと話し合うべきでしたのね」
警部「それでは後日、色々とお話をお伺い致しますので──」
男「ええ、わかりました」
警部「あの」
男「?」
警部「新人の頃、あなたの姉上には色々とお世話になっておりました」
男「あぁ、そうですか」
警部「今は、お元気で?」
男「……えぇ、まぁ。向こうで元気にしてますよ」
警部「そうですか、それは良かった。よろしくお伝えください」
男「わかりました」
警部「それでは、失礼致します」
男「お疲れ様でした、警部さん」
保護者「大団円ですのよ」
男「さ、我々も帰りましょう」
保護者「ですのね」
幼女「かえろっ、おじさん」
保護者「かえりますのよ、二人とも」
「あの~……、お取り込み中すみません。ちょっといいですか?」
保護者「ん? 誰ですのあなた?」
「えぇ、すみません奥さん。あの男性をちょっと脅かす仕事を請け負ってたんですが……」
保護者「……」
「ちょっと寝坊しちゃいまして、へへっ」
保護者「……ナンノ事デスノ? 誰デスノ、アナタ」
「えぇっ、そりゃないですよ」
警部「む。あやしい人物だな」
「ちょ……やべっ、にげろっ」
警部「あいつを追えっ!」
「ひえぇぇえぇええ~~~~!!!!」
先生「由々しき事態だわ」
先生「12月、世間じゃクリスマスムード一色じゃないですか」
先生「恋人の居ないクリスマスを今年も送るなんて……あぁ」
先生「あの約束も……なんだかんだで延び延びになってるし」
先生「うぅ~~~~」
先生「がんばれ、私!」グッ
先生「う~~~~~」
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrr....
先生「はい?」
『あ~、ひさしぶりぃ?』
先生「久しぶりじゃない、学生時代以来?」
『そうね~、あのさ』
先生「どうしたの?」
『あたし彼氏できたよ』
ピ
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrr....
先生「なに?」
『ちょっとちょっと、いきなり切る事ないんじゃない? ひどくない?』
先生「どうせ自慢されるってわかってるんだもん」
『まぁねぇ』
先生「う~~~」
『それでクリスマスはオシャレなレストランでお食事なわけよ』
ピ
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrr....
先生「それで?」
『あんた可愛いんだし彼氏が出来ないのが不思議でならなかったわけよ』
先生「あ~あ~、もうききたくないいやみはききたくない」
『ちゃんと好きな人にはアプローチしなさいよ? 良い人が居たなって思っててもそのうち他の女に取られちゃうんだからね』
先生「わ……わかってるよ、そんなの」
『ほんとにぃ?』
先生「わかってるよ!」
『その声は好きな人が居る声ですねぇ~? 誰? 誰なの?』
先生「なっ、関係ないでしょもうっ」カァアア
『かっかっか』
先生「もう、切るよ」
『へいへい、またかけるねぇ~デートの報告をしてあげよう』
先生「いらないっ」
ピ
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrr....
先生「もう! 何よっ!」
男『あ……すみません……』
先生「あっ」
男『お取り込み中でしたか?』
先生「あのっ、これは、そのっ」
男『すみません、でしたらまた掛けなおしますね』
ピ
先生「あぁぁぁあ、私ったらなにやってるの!」
先生「ばかっ、ばかっ」
先生「うぅぅぅ~~~~」
「せんせー?」
先生「ん? どうしたの?」
「おべんとう、たべないのー?」
先生「あ、うん。すぐ食べるねっ」
「残さず食べないとだめだよー?」
先生「うん、そうだね」
「先生の様子が変でやんす、事件の匂いでやんす」
「事件……?」
「コナソくんメガネがキラリと光ってるでやんす」
「…………これはっ」
「どうしたでやんす?」
「このリンゴはっ……」
「まさか毒リンゴ……」
「おいしい」
「とっとと帰るでやんすよコナソくん」
幼女「あのねあのね」
男の子「ん?」
幼女「やっぱりとうもろこしが一番だと思うの」
男の子「そうか~?」
幼女「うんっ」
男の子「俺はスイカの方が好きだぜ」
幼女「スイカはデザートだよ?」
男の子「とうもろこしだって野菜かどうか怪しいぜ?」
幼女「野菜だよ」
男の子「野菜っていうショーコあんのかよ?」
幼女「う~~~~~、いじわる~~~~」
男の子「へへっ」
幼女「先生に聞いてみようよ」
男の子「だなっ」
女の子「せんせー?」
先生「……」ポー
幼女「ねぇ、今日なんだか先生ヘンじゃない?」
女の子「そうよね。いつもおっとりしてるけど、今日はそれが一段と増してる気が……」
幼女「せんせー?」
先生「……」ポー
男の子「わかった! 先生は……」
幼女「先生は?」
男の子「先生はっ、地球を侵略しにきた宇宙人に操られてしまったんだっ」
女の子「えーーーー! ……って、そんなわけあるかっ」
幼女「えーーーーーーー! そうなのっ?!」
女の子「ほら、一人信じちゃったじゃないの」
男の子「へへっ」
女の子「ったく、発想が子供なんだから」
男の子「お前も子供だろうよ」
女の子「あんたは特に、よ」
男の子「じゃーお前はなんで先生がポーっとしてるのかわかるのかよ」
女の子「わかるわよ」
男の子「なんだよ?」
女の子「それは……」
幼女「それは……?」
女の子「ずばり、恋よ」
男の子「ねーよ」
女の子「はぁ?!」
男の子「ないない、それはない」
女の子「なんでよっ」
男の子「あの先生が?」
女の子「そうよ」
男の子「ないない、先生にかぎってそれはない」
幼女「こい?」
女の子「そうよ、恋よ」
男の子「だからないってば」
女の子「なんでそんな頑なに否定すんのよ」
男の子「だったら相手はだれなんだよ」
女の子「そんなの決まってるじゃない」
男の子「だれだよ」
女の子「だれって、そりゃ……」
幼女「だーれ?」
女の子「はぁ……、子供ばっかりだわ」
ワイワイ
ガヤガヤ
「せんせー、さようならー! みなさん、さようならー!」
幼女「あ、お兄さんだ!」
畑の兄さん「おーっす、お嬢ちゃん。元気してるっすか?」
幼女「うんっ」
畑の兄さん「先生はどこっすか?」
幼女「んっと、こっち!」
畑の兄さん「ありがとうっす」
幼女「いいよー」
幼女「ねえお兄さん」
畑の兄さん「ん? どうしたんすか?」
幼女「あのねー、しつもんがあるの」
畑の兄さん「あっしでわかる事なら協力しやすぜ」
幼女「メロンは野菜なの?」
畑の兄さん「難しい質問っすねぇ」
幼女「むつかしいの?」
畑の兄さん「実は畑で取れるものはみんな野菜なんっすよ」
幼女「スイカも?」
畑の兄さん「そうそう、だからスイカもメロンもイチゴもみんな野菜って事になってやす……けど」
幼女「けど?」
畑の兄さん「果物って言っても問題はないっす、人によっちゃ木から取れたら果物だって言う人もいるっすよ」
幼女「へー!」
畑の兄さん「野菜であり、果物でもある。そんなトコっすかねぇ」
幼女「ありがとお兄さん」
畑の兄さん「お役に立てたっすか?」
幼女「うんっ」
畑の兄さん「そいつは良かった」
畑の兄さん「で、先生はどこでやしたっけ」
幼女「あっちあっち」
畑の兄さん「あ、ちょっと待っておくれやす」
幼女「お兄さんはやくー」
畑の兄さん「今いきやすよー」
先生「……」ポー
幼女「先生っ!」
先生「ひゃいっ?!」
幼女「先生~、お兄さんが先生にようじだって」
畑の兄さん「どもども」
先生「あ、こんにちは」
畑の兄さん「聞くところによると先生、夜はインスタントばかりだとか」
先生「だ、誰からそんな事を……」
幼女「し、し~らないっと」
畑の兄さん「そこで、取れたての野菜をプレゼントさせてください」
先生「えぇ、いいんですか?」
畑の兄さん「園長先生もうちのリピーターなんすよ、味は折り紙付きでやす」
先生「そんな……悪いですよ」
畑の兄さん「いいですいいです、あっしも昔はここで育ちましたし、せめてもの恩返しっすよ」
先生「じゃあ、ありがたく頂きますね」
畑の兄さん「はい、気に入ったらまた言ってくださいね。すぐ持ってきやすから、なんせお隣ですからね」
先生「はい、ぜひ」
男の子「……畑の兄さんか」
女の子「へ?」
男の子「先生の好きな人って、畑の兄さんだったのか!」
幼女「えぇっ?!」
保護者「なんの騒ぎですの?」
男の子「あのね、実は……カクカクシカシカ」
保護者「そうでしたのっ?! ……いままで全く気がつかなかったですの」
女の子「えぇっ? えぇぇ?」
保護者「そうと決まれば早速二人をくっつけますの、善は急げですの。わたくし達が恋のキューピットですのよ」
男の子「おー!」
幼女「おー!」
女の子「えぇぇぇぇぇぇっ?!」
保護者「そうと決まれば早速行動ですの、みんな聞いて欲しいですの……カクカクシカシカ」
男「ホームパーティー?」
幼女「うんっ、みんなで集まってやろうって」
男「私も行っていいのかい?」
幼女「うんっ、保護者さんがね。おじさんにはぜひ来て欲しいって」
男「はは、そいつは行かないと後が怖いなあ」
幼女「こんどの日曜日だって!」
男「日曜? 日曜か……」
幼女「どうしたの?」
男「たしか先生も参加するんだったな?」
幼女「そうだよー?」
男「なら、いいか。よし、私も行くよ」
先生「肉と野菜、どっちが好きかって?」
男の子「俺は断然肉派なんだけど、先生はどっちかなーって」
先生「そうねぇ……お肉も美味しいけれど、お野菜も美味しいから」
男の子「畑の兄さんの野菜、うめーよな!」
先生「そうだね、美味しいね」
男の子「それじゃ俺、サッカーしてくる!」
先生「は~い、気をつけてケガしないでね」
男の子「やっぱりだ、野菜が好きだってよ。間違いねぇ、畑の兄さんにベタ惚れだぜありゃ」
幼女「わぁ~」
女の子「……」
男の子「なんだよさっきから黙りこくって、ノリ悪いなー」
女の子「そんな……ばかな……」
保護者「コホン。え~、本日はお日柄もよくみなさんお集まりいただきありがとうございますの」
保護者「料理もたくさん用意しましたの、冷めない内にいただいてくださいまし」
男の子「おー! すっげー!」
幼女「おいしそう……」
男「おぉ、これはすごい」
保護者「それでは皆さん、かんぱーい」
「かんぱーい!」
幼女「おじさん、これ、これ食べたい!」
男「よし、今取ってあげるよ」
幼女「はやくはやく! なくなっちゃう!」
男「たくさんあるから大丈夫だよ」
畑の兄さん「う~ん、お嬢ちゃんはいつも元気っすね」
男「はは、全くです」
畑の兄さん「それにしても保護者でもないあっしがなんで呼ばれたのか……」
男「お隣のよしみでしょ? 気兼ねせず楽しみましょうよ」
畑の兄さん「はぁ……実はあっし……こういう場がちょっと苦手でして」
男「私もですよ」
畑の兄さん「そうなんで?」
男「こう、女性が多いと特にね」
畑の兄さん「はは、たしかに。右を見ても左を見ても母親の方ばっかりですもんね」
幼女「おうち、おっきいね!」
女の子「こんなに人が入ったのは初めてかも」
幼女「たのしい?」
女の子「うん」
幼女「そっかぁ」
女の子「とっても、……たのしいっ」
幼女「よかったね」
女の子「あのね」
幼女「うん?」
女の子「おかあさん、前よりとっても笑うようになったの」
幼女「そうなんだ」
女の子「わたし、今とっても楽しいよ!」
幼女「うんっ」
先生「あう……畑の兄さんとずっと二人で話してるなぁ……」
先生「うぅ~~~~、何話してるんだろう……」
先生「私も混ざりたいなぁ……」
先生「うぅ~~~~」
先生「勇気がっ、勇気がでないっ……」
先生「がんばれ! 私っ!」
保護者「……」
保護者「あつい」
保護者「あつい視線ですの……っ」
保護者「畑の兄さんの方をじいと見つめるあの視線……間違いないですのっ」
男の子「だろー? 俺が言うんだから間違いないって」
保護者「なんとかして二人を近づけますの、ミッションですのよ」
男の子「おー!」
保護者「!」
男の子「早速行くぞー!」
保護者「ちょっと待ちますの、ターゲットが動きましたの」
男の子「お? おぉ」
先生「はぁ……とりあえずおなかすいたし、何か食べよう。これ美味しそうだなぁ、なんの野菜使ってるんだろう」
畑の兄さん「あっと、すいやせん。これ食べます?」
先生「あ、お先にどうぞ」
畑の兄さん「いえいえ、あっしが盛りますよ。レディーファーストっす」
先生「あ、ありがとうございます」
畑の兄さん「いやしかし、楽しいパーティーっすね。みんなが笑顔だ」
先生「そうですねぇ」
畑の兄さん「良い仕事されてるっすね、先生」
先生「そんな……私は何も、ただあの子達の成長のお手伝いをしてるだけですよ」
畑の兄さん「成長のお手伝い、いいじゃないですか。畑も同じですよ」
先生「はは、そうですね。まだ言葉が通じるだけ子供達のほうがわかりやすいですけれど」
畑の兄さん「雨にも負けず、風にも負けずってやつでさぁ」
先生「文字通り、ですね」
男の子「……おぉ」
保護者「良いっ、良いムードですのっ」
男の子「……おぉ」
保護者「押せっ、押し倒せですのっ。既成事実ですのよっ」
男の子「鼻血でそう」
畑の兄さん「それじゃ、あっしはあっちの料理を食べてきやす」
先生「あ、はい」
男の子「あ、どっか行っちゃった」
保護者「あら……残念ですの」
男の子「でも間違いないよね」
保護者「えぇ、間違いないですの」
女の子「既に間違いだらけだと思うけど……」
幼女「これおいしいよー」
女の子「そうね、わたしたちはお料理たべてましょ」
幼女「これもおいしいよー」
先生「あれ? あの人は……? どこいったんだろう?」
男「……」カキカキ
男「なんだろう、あの日を境に少しづつ書けるようになってきかのかもしれないな」
男「だけど……まだ足りないな……」
先生「こんな所に居たんですか」
男「あ、先生」
先生「何をやっているんですか?」
男「えぇ、ちょっとメモを」
先生「メモ?」
男「思い浮かんだ言葉を忘れないうちにしたためておくんです」
先生「さすが作家さんですね」
男「すみません、クセで。最近はやってなかったんですけどね」
先生「どんな言葉を書いてたんです?」
男「いやお恥ずかしい、人様に見せられるようなものではないですよ」
先生「そ、そうですか……」
男「あー、コホン。まぁ、すこしなら……」
先生「本当ですかっ」
男「えぇでも、その……」
先生「?」
男「私、字が下手糞で……」
先生「大丈夫! 読めますっ、暗号の解読とか得意なんですっ」
男「あ、暗号ってそんな」
先生「す、すみませんっ」
男「はは、面白い人ですね? 先生」
先生「す……すみません……」
先生「ええっと。とうもろこし……? たこさんういんなー……?」
男「あ!」
先生「これは?」
男「すみません、そっちは晩御飯のレシピでした」
先生「……」
男「お恥ずかしい」
先生「ひょっとして、……結構おっちょこちょいです?」
男「いえ、……実はかなり」
先生「意外な一面、発見です」
男「あの子が来てからしっかりしようと、色々頑張ってはいるんですけどね。……日々精進です」
先生「料理もされて、育児も仕事も……尊敬しちゃいます」
男「いや、あの子が居たから。私は変われたのかもしれません。今の私があるのはあの子のおかげですよ」
先生「そうなんですか?」
男「実は私、ついこの間まで全く文章が書けなくなってしまっていたんです」
先生「え?」
男「情けない話ですが……私はわりと根を詰めるタイプらしくて、一度悩み始めるともうどんどん落ちていってしまって……」
先生「なんとなくわかります、それ」
男「それで、ちょっと荒れていた時期がありましてね。あの子が来るちょっと前の話です」
先生「あまり……そんな姿を想像できないんですが……」
男「はは、そうですか?」
男「まぁとにかく、そんな私もあの子の力を借りて少しずつですが立ち直っていきました。あの子に感謝ですよ、本当に」
先生「たしかに……あの子はなんだか不思議な力を持っている気がしますね」
男「私も時々、そんな気がしますよ」
先生「あのっ」
男「はい?」
先生「つ、つかぬ事をお伺いしますが……」
男「なんですか? 私でよければ何でもお答えしますよ」
先生「あ……あの、ご、ご結婚はされてらっしゃらないんですよね……?」
畑の兄さん「結婚? あっしはもう結婚してますぜ?」
保護者「……」
男の子「……」
女の子「ほーら、だから言ったじゃない」
「え、……えぇぇぇえええええっ?!」
畑の兄さん「えぇ?! あっしが先生の事をっ?!」
保護者「お恥ずかしい……早とちりでしたの……」
幼女「このパイおいしいね~」
男の子「……やべっ」
女の子「ちょっと! どこ行くのよあんた!」
男の子「ギクッ」
男「えぇ、恥ずかしながらまだ独身を貫いておりますよ」
先生「あの……私っ」
男「先生?」
先生「私っ、あのっ……!」
幼女「おじさーん? せんせー?」
先生「!」ビクッ
男「ん? どうしたんだい?」
幼女「もうみんな帰るって~」
男「そうか、わかった。すぐ行くよ」
幼女「せんせーもかえる?」
先生「……あぁ、えぇ、あの。そうね……」
幼女「せんせー、さよーなら~!」
先生「……は~い……さよ~なら~~」
先生「……」
先生「~~~~~!!」
先生「……っ」
先生「~~~~~~っ!!」
先生「やだ……」
先生「私ったら……」
先生「人生最初の告白のチャンスだったのにっ!」
先生「あ……う……だめだ……もう、一生分の勇気使い切った……」
先生「寝よう……」
幼女「おじさん、おやすみなさい」
男「あぁ、おやすみ。私はもうすこししたら寝るよ」
幼女「うんっ」
パタン
男「……」
男「……いや」
男「……いやいや、おかしい」
男「私?」
男「……いやいや、有り得ない」
男「……でも」
男「いや……」
男「……いや、でも……」
幼女「どうしたのおじさん? すごいクマだよ?」
男「結局一睡もできなかった……」
幼女「運転大丈夫?」
男「すまない……今日はタクシーにしてくれないか?」
幼女「うん、いいよ?」
男の子「どうしたんだよせんせー? すごいクマだぜ?」
先生「結局一睡もできなかった……」
男の子「一日大丈夫かよー!」
先生「ごめんみんな、今日一日自習で」
男の子「じしゅうってなんだよ、早く歌うたおうぜー!」
後日
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrr....
先生「はい?」
男『あの~……私ですが』
先生「あっ、はいっ、はいっ、私です!」
男『ど、どうですか。今週の日曜日、よろしければお食事でも』
先生「へあっ?!」
男『だ、だめでしょうか』
先生「い、いきますいきます! すぐいきます!」
────────
────
──
姉『よ』
男『……』
姉『……』
男『アメリカから、帰ってきたんだ、姉さん』
姉『えー……』
男『……』
姉『……』
男『……』
姉『と、いうことで。この子の事! よろしく!』
男『……』
姉『よろしくっ』
男『はぁっ?!』
姉『一生のお願いっ! こんな事あんたしか頼れないのよ!』
男『ちょ、ちょっと待てよ! よろしくって何だ! だいたい何かおかしいと思ったんだよ昨日知らない荷物が大量に家に届いたからっ!』
姉『あははー、もう届いてたの? 最近の引越し業者って手際いいのね』
男『姉ちゃん』
姉『う?』
男『お断りだ、荷物は送り返す。その子もちゃんと姉ちゃんが育てるんだ』
姉『……』
男『自分の子だろ? 自分で育てるのが筋ってもんじゃないのか?』
姉『それが出来ないから頼んでるんじゃない!』
男『あんたこの子の何だ! 母親じゃないのか!』
男『いや、そりゃ旦那さんの事……知ってるけどさ、事件に巻き込まれたってのも聞いてる』
姉『居ても立ってもいられないの! どうしてもあの人の無実を証明しなきゃ……いけないの……』
男『でも、有罪判決が……』
姉『銀行強盗で人質を買って出ただけでグル扱いされただけよ、証拠さえ出てくればちゃんと無罪が……』
男『姉ちゃん』
姉『?』
男『……、だったら。この子も一緒に連れて行ってあげなよ、家族だ、一緒に居るのが道理だ』
姉『ダメ、だめよ』
男『なんで』
姉『絶対あたし、捜査ばっかりで子育てなんかしなくなる』
男『両立はどうしたのさ、姉ちゃんの持論だったろ?』
姉『時と場合によるのよ』
男『今は子育てを捨ててもいいと?』
姉『ちがっ……だからあんたにこうやって頼んでっ!』
男『……こっちだって暇じゃない』
姉『おねがいっ』
男『締め切りだって迫ってるんだ』
姉『そこをなんとかっ』
男『書きたい事だっていっぱいあるし、他の事に時間を取られたくない』
姉『……おねがい……っ、どうしても、あたしはやらなきゃいけないのよ……っ』
男『……』
姉『……』
男『……』
姉『……』
男『顔、あげてくれよ……』
◇ ◇ ◇ ◇
幼女『あ~~~~~~~』
バタバタ
幼女『う~~~~~~~』
バタバタ
男『やれやれ、部屋がちらかってしょうがないな……』
幼女『あ~~~~~~』
ビリビリ
男『こ、こらこら。本を破るんじゃない!』
幼女『うええええええ~~~~~ん』
男『なっ、泣くな、泣くなったら』
幼女『おじちゃん』
男『なんだ?』
幼女『あのね』
男『?』
幼女『とうもろこし、いる?』
男『いらん』
幼女『ねえ』
男『なんだ』
幼女『とうもろこし、食べる?』
男『いらねぇ』
幼女『う~~~~~』
男『どうした?』
幼女『とうもころし、たべる?』
男『とうもろこしだろ?』
幼女『う~~~~~!』
男『す、すまん、私が悪かった、だから泣くな。ほら、食べるから』
幼女『う~~~~~!』
男『ほら、ほら。おいしいぞ?』モグモグ
幼女『おじちゃんおいしい?』
男『あぁ、うまい、うまいぞ』
幼女『よかったあ!』
男『ほっ……どうやら機嫌が良くなったみたいだな』
幼女『……う……ぅ”っ』
男『……今度は何だ……』
幼女『……おじっご……』
ポタポタ
男『なん……だと……』
幼女『おじちゃん』
男『ん?』
幼女『本たくさん?』
男『ああ、これは私が書いた本だよ』
幼女『へー!』
ペラペラ
幼女『う~~~?』
男『ちょっと難しいかな?』
ペラペラ
幼女『かんじがたくさん』
男『はは、そりゃそうだ』
幼女『……』トテトテ
幼女『……』トテトテ
幼女『……』トテトテ
男『……?』
幼女『……』トテトテ
男『何やってるんだ?』
幼女『あ、おじちゃん』
男『うん?』
幼女『あのねあのね』
男『うん』
幼女『おはなでしおり作ったよ~~』
男『ほう』
幼女『おじちゃん本たくさん、つかって』
男『ありがとうな、大事に使うよ』
幼女『えへへ~』
◇ ◇ ◇ ◇
男『とうとう今日から幼稚園だなっ』
幼女『わーい!』
男『その制服、似合ってるぞ』
幼女『ちょっとぶかぶか』
男『すまん……すぐ大きくなると思ってワンサイズ上のを頼んだんだが……』
幼女『うんっ、だいじょうぶだよっ』
男『よかった』
幼女『いこっ』
男『よーし、行くか』
幼女『ようちえんっ、ようちえんっ♪ とーもだっちひゃっくにんでっきるっかなー♪』
男『……』
幼女『……だいじょうぶ?』
男『……できたっ、できたぞ!』
幼女『おー!』
男『苦節2時間……ついにお弁当の完成だっ』
幼女『おじさんおじさん!』
男『ん? なんだ?』
幼女『じかんじかん!』
男『やばっ……』
幼女『はやくはやく』
男『急ぐぞっ』
幼女『おじさん』
男『なんだー?!』
幼女『おべんとう忘れてるー』
男『なん……だと……』
男『あの~……すみません』
先生『はい?』
男『これ、お弁当なんですが。朝忘れちゃいまして、届けてもらってもいいですか?』
先生『いいですよー』
男『ありがとうございます、ええっと。年少の2組の──』
先生『ちょうどよかった』
男『?』
先生『2組の担任、私なんですよ』
男『そいつは良かった、よろしくお願いします』
先生『それにしてもこんな時間に、お仕事は大丈夫なんですか?』
男『ええ、私こうみえて作家でして。時間は自由がきくんですよ』
先生『そうなんですかぁ、仕事と子育て両立されて偉いですね』
男『いえ、あの子は姉の子なんです。実は私が今預かっているだけでして……』
カパ
男『さて、食器あらって風呂にでも入るか』
男『……』
男『ウインナーは嫌い……だったか……?』
男『いや、この本には子供はウインナーが好きと書いてある……』
男『私の味付けが不味かったか……?』
男『明日、訳を聞いてみるか……』
男『なんだか怒ってばっかりだな……いかんいかん、子供は褒めて育てると書いてあるのに』
男『正直に言いなさい』
幼女『う~~~~』
男『顔を見なさい』
幼女『う~~~』
男『どうしてお弁当を残したんだい?』
幼女『たこさんういんなー、かわいかったから』
男『そうか』
幼女『ごめんなさい……』
男『私じゃなくてタコさんウインナーにごめんなさいだ』
幼女『うん、たこさんごめんなさい』
男『次はちゃんと食べるんだぞ?』
幼女『うん!』
男『そういう考えなのか……、まだまだ子供はわからないな……』
男『迎えにきたぞー』
幼女『おじさん!』
男『元気だったか?』
幼女『うんっ!』
『かえるわよー!』
男の子『わー! かーちゃんだ!』
『かえりますのよー』
女の子『おかあさん、まってよ~』
幼女『……』
男『さ、私たちも帰ろうか』
幼女『うん……』
幼女『おじさん』
男『ん? どうした? 寝付けないのか?』
幼女『おかーさん、どこ?』
男『……それは……』
幼女『おとうさんは?』
幼女『……めがさめると、だれもいないの』
幼女『おかあさんも、おとうさんも、いないの』
幼女『あたしだけ、あたしだけなの』
幼女『おじさん』
幼女『あたし、いらない子なのかな』
幼女『ねぇ、おじさん』
幼女「おじさん!」
幼女「おじさん! どうしたの?!」
男「…………、うぅ……」
幼女「おじさん!」
男「……夢……、か……?」
幼女「なんだかとっても苦しそうだったから……」
男「あ……あぁ、すまない」
幼女「だいじょうぶ?」
男「……夢じゃない、よな」ギュ
幼女「わ、わ。おじさん、くるしいよ」
男「すまん、今だけ、こうさせてくれ……」
幼女「……うん」
男「私達は……家族だ……、家族なんだぞ……?」
幼女「うん、そうだよ? あたりまえなんだよ?」
男「当たり前……あたりまえ、か」
幼女「うんっ」
男「そうか、そうだな……」
幼女「? ヘンなおじさん」
男「もうこんな時間か、朝ごはんを作らないとな」
幼女「今日はおでかけするのー?」
男「そうだな、お休みだし今日はどこにいこうか?」
幼女「おじさんと一緒だったらどこでも!」
幼女「わくわく♪」
男「ん~?」
幼女「わくわく♪」
男「どうした?」
幼女「あのねあのね」
男「うん?」
幼女「おうち……えんとつないけどさんたさん大丈夫かなあ」
男「あぁ……、そういえば……もうそろそろか」
男「なんかサンタさんにお願いしておくこと無いか?」
幼女「もんぶらんっ」
男「そうかそうか」
幼女「あのねあのね」
男「ん?」
幼女「ずっとずっと楽しみにしてたのっ」
男「ほう」
幼女「どこからくるのかなぁ、えんとつないから。屋根かな? 窓かな?」
男「出現方法に興味深々か……」
ブロロロロロロ……
男「……それにしても、寒いな」
幼女「さむいねぇ」
男「もうすこしカーエアコン強くするか」
幼女「うんっ」
男「……」
幼女「……わあ」
男「……寒いわけだ」
幼女「ゆき! ゆきだよ! おじさんっ!」
男「そうだな、雪だ」
幼女「わー! すごーい!」
男「って、こらこら。窓から手を出すんじゃない」
幼女「さぁあなたからメリークリスマス♪」
男「私からメリークリスマス♪」
幼女「サンタクロースイズカミングトゥータウン♪」
男「そんな楽しみか?」
幼女「うんっ!」
男「うん、力いっぱいの良い返事だ」
幼女「ねぇ聞こえてくるでしょ鈴の音がすぐそこに♪」
サンタクロース イズ カミング トゥー タウン
Prrrrrrrrrrrrrrrrr.....
男「先生ですか?」
『あ。あの、今から伺っても大丈夫ですか?』
男「えぇ、さっき買い出しに出かけて、もうだいたい準備はできてますので」
『それじゃあ……今から行きますね』
男「はい」
幼女「せんせいくるのー?」
男「あぁ、もうすぐ着くってさ」
幼女「うふふ、たのしみ♪」
男「うまいもん沢山つくったからな」
幼女「わあい!」
男「なあ」
幼女「うん?」
男「お前はどうしたい?」
幼女「なにが?」
男「いや……なんでもない、忘れてくれ」
幼女「ヘンなおじさん?」
男(なんとかして……逃げ腰なサンタさんを捕まえないとな)
男(私もそろそろ覚悟を決めないと……)
────────
────
──
Prrrrrrrrrrrrrrrrr.....
男『はい?』
『私です』
男『警部さん、その節はどうも──』
警部『やあ、すみませんね。署まで来てもらって』
男『いえ、丁度暇でしたから』
警部『実は先日逮捕した二人から大変興味深い供述が出てきまして』
男『というと?』
警部『3年前のインディアナポリス銀行強盗事件、覚えてますね?』
男『……えぇ、姉が今その山を追ってるはずです。たしか’パークマンサー’……』
警部『そうですね、日本でも度々彼らの構成員が強盗などの犯罪を企てております』
男『それと今回の事と何か関係が?』
警部『それが、今回の事件。あの二人の供述から世界的犯罪組織’パークマンサー’が背後に見え隠れしているんですよ』
男『まさか、そんな』
警部『えぇ……。それで、これからするお話はあなたの姉上が追っている事件とも関連してくる話なのですが……』
男『一体、どういう?』
警部『3年前の事件の日の犯行計画書なるものが犯人うちの一人の家から押収されましてね』
男『……』
警部『これが妄想の類ならば我々も無視できるのですが、あまりに酷似しているんですよ。その事件の報告書と』
男『まさか……』
警部『あの事件の構図を描いた人物がいるという事です。あの男の身辺を洗えば確実にね、もしくは、あの男自身が……』
男『それじゃあ!』
警部『ええ、あの事件の実行犯と繋がっている可能性は大きいでしょう。その方面から、姉上の旦那様の無実を証明する事も……』
男『警部さん!』
警部『いや、お手柄はあなたですよ』
男『いや、私はそんな、何もしていませんよ』
警部『あなたが居たからこそ、我々は犯人を逮捕することができた。あたながあの場で行った様々な処置によってね』
男『……実は、私もあの事件を調べていたんです』
警部『ほう?』
男『あの事件は私も納得のいかない点が多々ありましたから』
警部『……』
男『だから、友人のつてを使ったりして、色々と情報を仕入れていました』
警部『それが今回、計らずも役に立ったと』
男『因果応報、ですかね』
警部『さあ』
男『ありがとうございます警部さん、姉にも伝えてみます』
警部『いえ、これくらい後輩として当然です』
男『姉も立派な部下を持てて幸せだと思います』
先生「私っ! 幸せですっ!」
幼女「うんっ」
先生「こんな美味しいケーキが食べられるなんて……、私っ、幸せですっ!」
男「はは……そんな大げさな」
先生「いいえ! このクリームとイチゴのミックスがなんとも言えない具合に絡まって……口の中で甘美なワルツを踊るんです……」
男「な、なるほど……」
幼女「せんせー、おいしいねー」
先生「そうね、毎日こんなお料理が食べられるなんて羨ましい……」
男「よ……よければまた今度、お料理をお教えいたしますよ」
先生「え?」
男「肉じゃがとか、ビーフシチューとか……を、作ってみたいって仰ってましたよね」
先生「い……ぃいんですか?」
男「え、えぇもちろん。私でよければ、ですが……」
先生「……」
男「あの、先生?」
先生「ぃ」
男「い?」
先生「ぃやったーーーー!!」
幼女「せんせいが跳んではねてるっ」
先生「全身で嬉しさを表現してみましたっ」
男「はは、本当に面白い人ですね」
幼女「ねえねえ」
男「うん?」
先生「どうしたの?」
幼女「ふたりはけっこんするのー?」
男「ぶっ」カァアア
先生「なっ」カアアァァ
幼女「しないの~?」
男「な……なぜそんな事を……」
先生「そ、そうですよ……」
幼女「だってらぶらぶだもん♪」
男「こ、こら。大人をからかうんじゃありませんっ」
幼女「おじさん顔真っ赤~♪」
幼女「二人は家族になるんだよね?」
先生「こ、こら」
幼女「ねっ?」
先生「も~~~~~」
幼女「……いいなぁ、家族」
男「……」
幼女「あ、これおいしいっ」
幼女「おいしいっ、これもこれも♪」
男「先生、私ね」
先生「はい?」
男「あの話、受──」
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr.....
男「──っと。すみません、ちょっと電話でてきます」
先生「はい、お構いなく」
『ねえ』
男「ん?」
『あたし今、どんな気分だと思う?』
男「最高にハイ! ってやつ?」
『……まぁ、そうね』
男「なんだよ、調子狂うなあ」
『あたしが、どれだけ手を尽くしても八方塞だったものを。あんたは易々と手に入れるのね』
男「偶然さ」
『……そう』
男「それより姉さん」
『なによ』
男「知ってるぞ、いま日本に来てるんだろ?」
『誰から……』
男「警部さんに全部教えてもらった」
『あのクソ真面目な後輩め……』
男「今時珍しい義理堅い人じゃないか、姉さんの部下とは思えないくらいに」
『……たしかに』
男「さて」
『……なによ』
男「姉さん」
『……』
男「俺の言いたいこと、わかるよな?」
『……』
男「コホン。’まず心を開かないとね、人間関係も一緒なのよ?’」
『……それ』
男「ご明察、姉さんが俺にくれた言葉だよ」
『う……』
男「あの子は強い」
『……』
男「姉さん、いつまで逃げているんだ……最初の一回を踏み出す勇気さえあれば、あとはなんとかなる」
『14 01 18 09 20 01 19 01 14 10 09』
男「は?」
『あんたに挑戦状よ、……そこで待ってるわ』
プツン
男「お、おい?!」
14 01 18 09 20 01 19 01 14 10 09
男「なんだこの数字の羅列……さっぱりわからん……」
先生「どうしたんですか?」
男「あ、えっと」
先生「……!」キラーン
男「どうしました?」
先生「これ、暗号です」
男「な、なんて書いてあるんですか?」
先生「えぇ……っと」
男「……」
先生「な り た さ ん じ」
男「い、今何時ですかっ?!」
それから。
おじさんと先生はあたしを車に乗せて
あっちの道が近いだとか、こっちの道が近いだとか言いながら運転していたのはぼんやりと覚えている。
二人で歌ったあのメロディー
サンタクロース イズ カミング トゥー タウン
ねえ、おじさん。
本当は、サンタさんはずっと近くに居てくれたんだよね。
窓越しに過ぎ去っていく町並みがどれもこれも懐かしい映像で再生される。
おじさんと過ごした時間はとてもとても暖かいもので、でも。
あたしはまだ子供だったから、おじさんの葛藤とか全然理解できなくて。
おじさんにたくさん、たくさん迷惑をかけた気がする。
ごめんねって言ったら、おじさんはきっと
「そんな事気にするな」
って笑うんだろうね。
ねえ、おじさん。
ピンポンパンポン
ただいま7番ゲートにノースウェスト航空……ミネアポリス……国際空港……
姉「……久しぶりに会って見たら随分男の顔になってるじゃない」
男「だれかさんのおかげでね」
男「警部さんから話は聞いてるけれど」
姉「……」
男「旦那さんの件。とりあえず、一歩前進?」
姉「あんたのおかげね。……どれだけ御礼を言ったらいいか……」
男「やめてくれよ、姉弟だろ、それより──」
幼女「……」
男「ほら、お母さんだぞ?」
幼女「……」ギュ
姉「……」
幼女「……」
男「どうした?」
幼女「おかあさん?」
男「そうだぞ、お前のお母さんだ」
幼女「おかあ……さん?」
姉「そうよ」
幼女「お、かあ、さん?」
姉「そう、そうよ……あたしがあなたのお母さんよ」
幼女「……」ギュ
男「ほら、いつまで私の足にしがみついているんだ? あれだけ会いたがっていただろう?」
幼女「……あ、あう……」
男「ほら、おかあさんも待ってる」
幼女「……う~~~~」
男「行ってあげなさい、ほら」
幼女「おかあさああああああん!!」
姉「ごめん、ごめんねっ。一人にして……ごめんねっ」
幼女「わあああぁぁぁぁあん~~~!!」
姉「つらかった?」
幼女「う……ぐ……、ぜん”ぜん”……」
姉「あたしは……毎日つらかった……」ギュ
幼女「あ”のっ……あのね……」
姉「うん?」
幼女「おかあさんの、かお、おもいだせなぐて……」
姉「そう……」
幼女「誰が、あたしのおがあさんが……わからなぐて……」
姉「……うん」
幼女「わーるどかっぷ、ぐひっ、みつけて……」
姉「わかった……うん、わかった……」
その後わたしは顔がくちゃくちゃになるくらい泣いた。
あのときお母さんの顔が思い出せなかったけれど、お母さんの胸の中で抱かれると
なんだか懐かしい気持ちがしたんだ。
それで
「ああ、この人がわたしのお母さんだ」
ってわかったの。
おじさんが嬉しい様な困ったような顔であたしを見ていたの、今でも覚えているよ。
ずっと。
ずっと、見ていてくれたんだもんね。
姉「そうだ、これ、これ渡さなきゃ」
幼女「こ……れ。な、あに?」
姉「モンブランよ、とっても甘くて、おいしいんだから」
幼女「あ、……さんたさん?」
姉「さっきサンタさんから貰ってきたの、娘にあげなさいって」
男「……ん」
幼女「たべていい?」
姉「えぇ、ゆっくり味わって食べてね」
幼女「うんっ!」
姉「ふふ」
幼女「……」
姉「どう?」
幼女「しょっぱい!」
初めてのモンブランの味は塩味だったよ。
とっても
とっても優しい味だったよ。
優しい優しいサンタさんがくれた、とっても優しい味だったよ。
ありがとうね、おじさん。
あ、おじさんに御礼を言っちゃいけないか。
ありがとう、サンタさん。
うん。
ありがとう。
男「これからは、本当の家族の元で暮らすんだよ」
幼女「おじさんは?」
男「私は日本に残るよ」
幼女「……」
男「いままでありがとう」
幼女「あのね」
男「うん?」
幼女「お兄さんが言ってたの」
男「うん」
幼女「畑で取れたものはみんな野菜っていうんだって、スイカもメロンのイチゴも……だから」
男「……」
幼女「だから、おじさんもあたしの家族なんだよ!」
男「……そうだな」
幼女「家族は、離れていてもかぞくなんだよ!」
男「そう、……そうだな」
離れていても家族だって
どこに居ても家族だって
ずっと、きっと。
距離が遠くても
すぐに会えなくても
心が、繋がってるよね?
あたしにそう教えてくれたのは
おじさんなんだよ?
幼女「いつか、遊びにきていい?」
男「いつでも来なさい」
幼女「うんっ」
先生「またねっ」
姉「それじゃあ……時間だから」
男「うん、仕事がひと段落したら一度そっちに行くよ」
姉「待ってる」
男「元気でな」
姉「そっちもね。ふふ、お幸せに」
先生「へっ?! いや、あの、その、私はっ」
姉「こんな不出来な弟ですが、よろしくおねがいします」
先生「いやそんなこちらこそ……」
男「あー、ゴホゴホ……んん……ゴホゴホ」
男の子「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」
女の子「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」
幼女「みんな!」
男「ど、どうして?」
保護者「もう、水くさいですのよ。お見送りくらいさせてくださいまし」
先生「えへ、私が連絡しちゃいました」
畑の兄さん「ゼェ……ゼェ……、あんなに飛ばしたの初めてですぜ……。三途の川が見えるかと思いやした」
男の子「まさかお前が先に外国いっちまうなんてな!」
幼女「うん」
男の子「俺もサッカーうまくなってすぐに外国いくからな!」
幼女「うんっ、待ってるっ」
女の子「行っちゃうんだ……」
幼女「そうだよ」
女の子「わたしたち、ライバルだからねっ」
幼女「うんっ、ライバルっ」
保護者「これから寂しくなりますのね」
幼女「うん……」
保護者「いつでも戻ってきますの、わたくしいつでも歓迎いたしますのよ!」
幼女「うんっ」
畑の兄さん「あっし、とうもろこし送りやすぜ!」
幼女「お兄さんの野菜、好き! いっぱい送ってね!」
畑の兄さん「合点承知ですぜ!」
幼女「うんっ」
飛行機の中で、お母さんとたくさんたくさんおじさんの話をしたよ。
どれもこれもが宝石みたいにきらきらで。
もらった貝のネックレスと一緒くらいきらきらしてたよ。
話せば話すほど、磨けば磨くほどキラキラが増していって、
とても、とても大切な思い出になっていく気がするの。
あたし、おじさんの事、とっても大好きだよ!
ほんとにほんとに、ありがとう!
先生「行っちゃいましたね」
男「ええ、そうですね」
男「先生、私ね」
先生「なんですか?」
男「この間、先生からいただいていた絵本の話、受けてみようと思うんですよ」
先生「まぁ」
男「実はもうタイトルは決まってるんです」
先生「聞かせていただいても?」
男「’とうもろこしと、たこさんういんなー’」
何年か後。
「あれ? あなたー」
「うん? どうした?」
「あの子から手紙、届いてますよっ。それと、ほら、こんなにっ」
P.S.
こっちで取れたとうもろこしです。
とってもとっても、おいしいよ。
おしまいおしまい。
923 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2010/09/30 21:17:45.28 rO8WwGaz0 419/419ちなみに
>>418
「オーストラリア付近かと思ったらアメリカ…?」
っていう鋭い質問がありましたが
とうもろこしを英語はインディアコーンというらしいです。
それにかけてアメリカ・インディアナ州、さらに姉の職業警察官とかけてインディアナポリスにしてみました。
その時そこまで深く考えてませんでしたけど……