#21『私達、親友だったんだよ』
『ストーン・フリー』
糸の形の時は遠い距離まで行ける……。
でも力が弱く、ダメージも受けやすい……。
立体になり固まれば……力も集中して強くなる。
しかし、逆に距離はせいぜい……二メートル。
この「ストーン・フリー」で鉄板を破れるか?
いや、それは不可能だった。
コンクリートブロックを殴り砕く程度はできる。
突如発現した私の『精神のエネルギー』
まず把握しなくては……能力の汎用性を……。
昨日――病院に生じた結界へ行く前のこと。
美国邸に警察の人間が入っていったのを見かけた。
織莉子が行方不明になったことが、ようやく世間に認知されたようだ。
やっと、だ。今更だ。警察をのろまだのなんだの非難するつもりはない。
数日経ってやっと織莉子の失踪が社会に知れたということは、
逆に言えば白百合女子中学校の連中は今日の今日まで
誰も織莉子の無断欠席を不審に思わなかったということになるからだ。
電話くらいはしただろう。当然留守番電話だ。
それを踏まえてやっと織莉子がこの世からいなくなったという事実へ踏み込んだ。
……織莉子の父親は、政治家だった。
それも人徳があり、尊敬される人物だったそうだ。
その娘である織莉子もまた、敬われた。
しかしそれは、父親が政治家だったからに過ぎなかった。
織莉子の父親は不祥事をやらかして自殺した。
同時に織莉子の評価も地に落ちた。手の平返し。
周りの人間は織莉子の父親の影しか見ていなかったんだ。
汚職議員の娘という肩書きが汚らわしく見えたのだろう、
だから発見が遅れたんだと思う。関心がなくなったんだ。
クラスメートも教師も……織莉子から目を逸らしたんだ。
……織莉子の遺伝子の半分は彼のもの。
過去のことだということもあるし、そんなことをした織莉子の半分を軽蔑する気はない。
非難すべきは、織莉子を見捨てたヤツらだ。
一人暮らしの女子生徒の数日に渡る音信不通を不審に思わない薄情者共だ。
美国議員の娘の失踪がニュースになってマスコミ連中が来たら、
そういうヤツらはぬけぬけと都合の良いことを抜かすんだろう。腹立たしい。
私は違う。
私は織莉子の人間性に惚れ込んだんだ。
織莉子はこんな私に優しくしてくれた。
私を必要としてくれた。頼りにしてくれた。
私の心は織莉子という天使、いや、女神と出会って生まれ変わったんだ。
……いや、生き返ったと言ってもいい。それまでの私の心は死んでいた。
私こそが織莉子の最愛の人になれる。
織莉子を愛する資格を持つ。
そう思っていた。
だから私の味覚も嗅覚も、織莉子が一番なんだ。
キリカ「恩人には悪いけど……」
キリカ「織莉子のじゃないと、こんなに美味しくない」
織莉子の家にはもう行けない。家にはいたくない。学校へは端から行く気がない。
キリカは今、家出のような形でほむらの家に居候をしている。
こぢんまりとしたアパートの一室。
作り置きの食事が小さなちゃぶ台に置かれている。
料理は上手だが、味覚が合わない。
キリカは昼食を横目にごろりと畳に寝転がる。
床の隅に銃弾が一個転がっていた。
「完璧に見えてどこか抜けている」
一夜ほむらと過ごして感じた内面。
キリカ「恩人は学校へ行ったけど……」
キリカ「昨日の今日で、まどかやさやかは大丈夫なんだろうか」
キリカ「……キョースケっていうのも行方不明になったんだっけか」
キリカ「一人暮らしの織莉子やマミと違って彼は入院患者だ……いなくなったことがわからないということはなかろう」
キリカ「誘拐されたとか、そんな話になるのかな?学校の対応としては……生徒を不安がらせないために、内密にするんだろうか」
キリカ「相談中って、とこだろうか……」
キリカ「……あぁ、落ち着かない」
キリカ「おつかいにでも行こうかな」
キリカは食べかけの食事にラップをして冷蔵庫へ入れた。
居候先の家主から託されたメモと財布。居候として暮らす上の義務を果たすべく、
キリカはそれらと合い鍵を持ち、外出することにした。
そしてふと、最近の天気は晴ればっかりだなと思った。
見滝原中学校は、いつも通りであった。
毎日の通り、仁美は温厚な微笑みと共に丁寧に挨拶をした。
担当教諭の和子は何やら浮かない表情をしていたが、普段通りだった。
今日、さやかは学校を体調不良により欠席した。
まどかは欠席さえしなかったものの、一日中魂が抜け出たかのような沈んだ表情をしていた。
仁美やクラスメート、教師はその様子を心配に思ったが、
まどかは力無く微笑み、大丈夫と言った。
事情を知っているほむらにしてみれば、
その弱々しい笑顔はとてもいじらしい。
ほむらはなるべく、普段通りを振る舞った。
まどかを気にしている内に放課後になっていた。
幸か不幸か、マミと恭介がこの世から消えたということは今のところ誰も知らない。
ほむら「……まどか。大丈夫?」
まどか「うん……大丈夫だよ」
ほむら「…………」
ほむら「……美樹さやかのことが心配なのね」
まどか「…………」
ほむら「……無理もないわ」
ほむら「…………」
仁美「まどかさん。ほむらさん」
ほむら「志筑仁美……」
まどか「……仁美ちゃん」
仁美「……あの、つかぬ事を聞くんですが……」
仁美「さやかさん、メールアドレスを変えたりしてましたか?」
まどか「ううん、してないよ」
ほむら「……どうかしたの?」
仁美「メールを送っても返信がないんですよ」
仁美「明日のことで連絡したいことがあるのに……」
まどか「返事が来ない……?」
仁美「えぇ」
ほむら「そう、返事が……」
ほむら「後でこっちの方でも連絡してみるわ」
ほむら「繋がり次第、あなたに連絡をするように伝えておく」
仁美「すみません。助かります」
仁美「それじゃあ、私は今日もお稽古があるんで」
まどか「……うん」
ほむら「いつも大変ね」
仁美「いえいえ」
仁美「ところで……今日もお二方は『マミさん』のところに行きますの?」
まどか「……ッ!」
ほむら「…………」
仁美「私はなかなか機会がなくてお会いしたことありませんが……」
仁美「いつか私にもマミさんを紹介してくださいね」
まどか「…………」
仁美「……まどかさん?ど、どうかなさいました?」
まどか「……ごめん。わたし、先帰るね」
仁美「え?あ、はぁ……」
ほむら「まどか……」
まどか「また明日ね」
仁美「え、えぇ……」
仁美「今日のまどかさん、どうかしたのでしょうか……?」
仁美「もしかして……『あの日』だったとか……」
ほむら「…………」
ほむら(……巴さんのことを知らないのだから、仕方がないわね)
ほむら「志筑仁美……その……何と言えばいいのか……」
仁美「?」
ほむら「その、まどかとさやかは今……巴さんとケンカをしているの」
仁美「そ、そうだったんですか……?」
ほむら(嘘をついた……でもこのくらいの嘘許されるはず)
ほむら(……それに魔法少女のことを喋る訳にはいかない)
ほむら「だから……二人のことを思うなら、放っておいてあげて」
ほむら「話題に出すなというのもなんだけど……理解して」
仁美「さやかさんも……ですか」
仁美「それなら私……まどかさんに気まずいことを言って……」
ほむら「仕方ないわ。知らなかったのだし……言わなかった私にも落ち度がある」
仁美「…………」
ほむら「これから習い事だというのに後味の悪い思いをさせてごめんなさい」
仁美「い、いえ……ほむらさんが謝ることなんて……!」
仁美「…………」
仁美「……ほむらさん」
ほむら「……何かしら」
仁美「その……」
仁美「変なことを聞くようですが……」
ほむら「?」
仁美「……ほむらさんも、無理してませんか?」
ほむら「……え?」
仁美「私、まだあなたのことあまり存じませんが……」
仁美「何となく……思うんです。ほむらさんも、巴さんと……?」
ほむら「……私は大丈夫よ。何の問題もないわ」
仁美「そう……ですか。ならいいんですが……」
仁美「えっと……それじゃあ、私はそろそろ」
ほむら「えぇ」
仁美「それでは、また明日……まどかさんを、よろしくお願いしますね」
ほむら「……えぇ、さようなら」
ほむら「…………」
ほむら(無理してないか、か……)
志筑仁美……。
元々気遣いができる優しい人ではあるけど、まさか彼女に心配されるなんてね。
この時間軸での巴さんは初対面なのに無理してるとか言われたけど……。
そんなにもわかりやすいのかしら。私は。
志筑仁美もまた……美樹さやかと同じく、上条恭介に恋心を抱いている。
きっと、この時間軸でもそうだろう。
恋敵であるはずの美樹さやかを気遣い、その好意を隠す、
正々堂々、芯の通った性格をしている。
しかし……何にしても彼の死をいつか知らされることになる。
大きなショックを受けることになるだろう。
思いを伝えられないまま好きな人を亡くしてしまうなんて……
恋愛にトラウマを抱くなんてことがなければいいが……
ほむら「…………」
ほむら(さて……どうしたものか)
ほむら(美樹さやか……)
ほむら(ケータイの電源を切っているのか、家に置きっぱなしなのか)
ほむら(家に引きこもっているというのは考えにくい)
ほむら(彼女を捜すべきか?)
ほむら(しかし佐倉杏子の様子も気になる)
ほむら(呉キリカにも同行してもらおう)
ほむら(何にしてもまずは一度家に帰らなければならない)
ほむら(まどかを追いかけた方がいいだろうか……)
ほむら(でも……一人にさせた方がいい時というのもある)
ほむら(魔女になるということを知ってる以上……契約することはないだろうけど……)
頭が働かない。
体から力を感じない。体重すら感じない。
まるで関節部分が糸で吊された、操り人形のような気持ちだった。
昨日、マミという尊敬する先輩、恭介という友人の死を突きつけられた。
昨夜、魔法少女という存在の真実を知った。
その時の幼なじみの失意の表情は、見ていてとても辛かった。
友達が「そんな存在」になった。
友達が「そんな存在」だった。
昨日から、喪失感が心を締めつける。
果たしてどれだけ涙を流したことか、記憶にない。
気が付けば朝だった。
やっと泣かずに家族と会話できるようまで、その感情を抑えられるようになったにもかかわらず、
仁美にマミの名前を出され、逃げるように行ってしまった。
再びわんわんと泣きかねなかったのだ。
そして呑気にもマミという名を出した仁美が、心のどこかで憎らしく思ってしまった。
事情を知らないのだから当然なのに、
気を使わせてしまい、そんなことを思ってしまい、
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「君も僕のことを恨んでいるのかな?」
まどか「…………」
力無く歩むその足下を、いつの間にか並行していたキュゥべえは言う。
可愛らしい小動物に思っていた「それ」も、
末恐ろしい悪魔の使いのように思えた。
昨夜、ほむらから聞いた魔法少女の悲しい真実。
魔法少女の魂はソウルジェム。体を抜け殻にされる。
そして、そのソウルジェムが穢れきると魂は魔女となる。
そのことを内密にし、騙すようにして「搾取」しようとした。
もっともキュゥベえ自身には、人を騙しているという自覚がない。
まどか「……あなたを恨んだら、さやかちゃんを元に戻してくれる?」
QB「それは無理だね」
まどか「…………」
期待はしていない。
するだけ無駄であるという実感がある。
無駄なことをする気力はない。
まどか「……ねえ」
QB「何かな」
まどか「いつか言ってた、わたしがすごい魔法少女になれるって話……」
まどか「あれは本当なの?」
マミと出会い、そしてキュゥべえと会った日。
その時にキュゥべえは話していた。
まどかには素晴らしい、魔法少女の素質を内包している。
さやかを差し置いてまどかの素質を誉めていた。
そのためさやかは拗ねていた。
あの時は、戸惑いと誇り高い気持ちと照れがあった。
あの時は、魔法少女がどんな職業よりも素敵なものだと思っていた。
QB「すごいなんていうのは控えめな表現だ。君は途方もない魔法少女になるよ」
まどか「どうして、わたしなんかが……」
QB「僕にも分からないが……君の潜在能力は、理論的にはあり得ない規模のものだ」
QB「君が力を開放すれば奇跡を起こすどころか、宇宙の法則をねじ曲げることだって可能だろう」
QB「何故君一人だけが、それほどの素質を備えているのか……」
QB「理由は未だにわからない」
あり得ない程の潜在能力……。
……もし、わたしが魔法少女になって、それで魔女になったらどうなるんだろう。
キュゥべえに聞けば、きっと答えてくれる。
でも……さらっと「日本を滅ぼしかねない」とか言われたら反応ができなくなっちゃう。
まどか「……わたしは自分なんて何の取り柄もない人間だと思ってた」
まどか「ずっとこのまま誰のためになることも何の役に立つこともできずに……」
まどか「最後までただ何となく生きていくだけなのかなって」
まどか「それは悔しいし寂しいことだけど、でも仕方ないよねって思ってたの」
QB「現実は随分と違ったね」
QB「まどか。君が望むなら全てなかったことにできるよ」
まどか「……なかったこと?」
QB「そう。なかったこと……時間を巻き戻すという意味ではない」
QB「契約なら、さやかの体を元に戻すこともできる」
まどか「……っ」
QB「それだけじゃないよ」
QB「肉体は既に存在しないが、マミやさやかの幼なじみだという上条恭介という少年を生き返らせることだってできる」
QB「君がその気になればだけれど……」
QB「キリカの親友である美国織莉子という人物、杏子と行動を共にしていた千歳ゆまという人物を生き返らせたってお釣りが出るくらいだ」
QB「逆を言えば君でないと取り戻せない。取り戻すに顔を知らなくたって構わない」
まどか「…………」
美国織莉子さん……。
キリカさんにとって、この世の誰よりも大切だという人。
千歳ゆまちゃん……。
ご両親が魔女に殺されて、杏子ちゃんがお世話をしていたという子ども。
わたしなら、その二人を取り戻せる。
さやかちゃんの魂も、マミさんも、上条くんも、大勢の命も、
わたしが魔法少女になれば……。
まどか「……わたしなら、できるの?」
QB「と言うと?」
まどか「わたしがあなたと契約したら、さやかちゃんの体を元に戻せる?」
まどか「マミさんも、上条くんも、織莉子さんもゆまちゃんも取り戻せる?」
QB「その願いは君にとって、魂を差し出すに足る物かい?」
まどか(わたしが願えば、みんな……)
まどか(みんな、笑顔になれるんだ)
まどか(わたしごときの命で……)
まどか(わたしが願うことでみんな……取り戻せる)
まどか「それなら……わたし……」
「その必要はないわ」
聞き慣れた声がした。
そして同時に、視界の隅に何かが横切った。吹き飛んでいった。
まずは「それ」を確認する。
ゴミ捨て場に放置されていた継ぎ接ぎだらけの人形のような物体。
まどかはそれが何かを知っている。初見で理解できる。
使い魔。
魔女が産む、配下のようなもの。
次に、声のした方を見た。
黒い長髪が揺れ、凛とした目と目が合った。
まどか「ほむらちゃん……?」
ほむら「…………」
ほむら「呉キリカ。まどかは任せるわ」
キリカ「はいよ。恩人」
ほむらの隣にいたのは、眼帯をした黒い魔法少女、キリカだった。
キリカはまどかの横に移動した。
ほむらは振り返り駆けていった。
まどか「え……」
キリカ「怪我はないかい?まどか」
まどか「あ、は、はい……」
キリカ「私から離れるなよ……使い魔が狙ってるからな」
まどか「使い魔……」
まどか「……!」
気が付かなかった。
自分が今いる場所。
空が空でない。
屋内のようで、屋外のようでもある。
歪な形のオブジェが点在している。
無造作に選んだペンキをブチ撒けたかのような色彩感覚。
『魔女の結界』だった。
ほむらが駆けていったのは、魔女の方だった。
ほむらの体が人形に見える程の大型の魔女。
もしかしたら「これ」は、かつて魔法少女だったのかもしれない。
マミのような「いい人」が絶望した姿なのかもしれない。
目を背けたくなる。
キリカ「まどか……目を背けちゃダメだよ」
キリカ「恩人の戦いを見るんだ」
まどか「…………」
キリカ「君がマミから魔法少女ってのがどんなものだと教えられたのかは知らないが……」
キリカ「これが魔法少女だ」
キリカ「そして宿命なんだ」
まどか「宿、命……」
キリカ「……いや、今の君に言っても仕方がないか」
まどか「……?」
キリカは、象の何倍もの大きさの魔女を指さした。
ほむらの華奢な体は、大きな異物に立ち向かっている。
趣味の悪いオブジェとオブジェを、ほむらはタン、タン、と飛び移る。
跳躍力――現在、4m22
魔女への接近を妨げようと、羽根のような突起が生えた使い魔が飛び、向かってくる。
ほむらの跳躍の軌道上に重なってきた。
ほむら「……退きなさい」
ほむら「ストーン・フリー!」
空中でほむらは体幹をひねり、回転と共に腕を突き出す。
ほむらの右腕に半透明の像が浮上し、二本の右腕が使い魔に迫る。
ドグシァッ!
精神力で生成された糸の塊は、虫を払うように何てこともなく使い魔を殴り飛ばした。
ストーン・フリーのパワーであれば一撃で葬れる。
しかし、使い魔を殲滅させるつもりはない。
魔女を急いで倒さなければならない。
ほむら「この魔女……!」
ほむら「よくも『こんな状態』のまどかを狙ってくれたわね」
ほむら「……一気に片をつける」
カチリ
一刻も早く、魔女を葬らなければならないことには変わらないが、
スタンドの経験値を得るためにも銃器は使わない。
遠距離攻撃主体から、近距離攻撃のみの転換。
ストーン・フリーにパワーを備えさせるには、射程距離を犠牲にしなければならない。
しかし、射程距離が短いというのであれば、時間を止めて接近すれば何も問題はない。
――時間停止と近距離武器。
この組み合わせで思うこと。
かつて二人の魔法少女に時間停止の魔法を披露した時のこと。
ゴルフクラブでドラム缶を殴り、近距離武器との相性の悪さを指摘された。
時間停止の使用者が鈍くさかったということもある。
物理で殴るよりも、爆弾を仕掛け爆破させる方が圧倒的に強い。
また、時間停止をしている間、物体は殴る瞬間だけ、その魔法の影響を受けないという特徴がある。
つまり触れた一瞬だけ時間停止の世界に相手を入門させてしまう。
機械操作の技術のように、訓練次第ではその辺りの調節が後付けで、
いつかできるようになるかもしれない。
少なくとも今はできない。
それが時間停止魔法の弱点。
――ほむらの背後から、半透明の人型のヴィジョンが出る。
糸の塊。ストーン・フリーの近距離パワー型のフォルム。
ほむら「射程距離……二メートルに入った」
ほむら「ストーン・フリー!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
ストーン・フリーは勇ましい声をあげながら、
拳の高速ラッシュを叩き込む。
スタンドで触れても、魔女は時間の止まった世界に一瞬だけ片足を入れさせてしまう。
しかし、行動の隙は与えない。
結果的に、いつの間にか近寄られ為す術なくタコ殴りにされる。
至高の戦法。
ただし、アーノルドの使い魔の総称、ヴェルサスはほむらのことを知っている。
時間停止の魔法を知っている。
病院で杏子の姿の使い魔――Kyokoは幻惑魔法により、ほむらを罠に嵌めようとしていた。
あの時、時間を止めて狙撃をしたとしても、あれはシビル・ウォーの幻覚であり偽物だった。
具体的な策は不明に終わったが、時間停止は対策されていた。
同様に、他のヴェルサス相手に通用しない可能性がある。
勝利には常に相手より一手二手先を行き、上回る必要がある。
対策の対策。それが今のほむらの課題。
「オラァァッ!」
ほむら「……やれやれだわ」
ほむら「こんなのを相手に、消耗なんて……していられない」
ほむら「そして時は動き出す」
夕日に照らされた公園。
名前も知らない魔女を撃破し、まどかは二人の魔法少女に連れられた。
まどかはベンチに座らされる。
三人の後をひょこひょことついてきたキュゥべえはその隣に「おすわり」をした。
前方に、ほむらとキリカが立っている。
傾いた日差しにより影のあるキリカの顔は、少し不気味に見えた。
まどか「…………」
まどか「あの、わたし……」
キリカ「……君は『魔女の口づけ』をくらっていたんだ」
まどか「魔女の口づけ……?」
まどか「わたしはいつも通りでしたけど……」
ほむら「自覚がないのが魔女の口づけ」
ほむら「あなたの落ち込んだ気分……そこを狙われてしまったのよ」
ほむらは前屈みになり、まどかの首に手を回し、うなじに触れた。
ひんやりとした指が心地よかった。
そこに魔女の口づけを受けていたらしい。
いつどこでついたのかわからない。
キリカ「それはそうと……しろまる」
キリカ「魔女の口づけがついてまともじゃない精神状態で契約を持ちかけるとはね……つくづくムカつく」
QB「いいや。まどかがいつも通りだと自覚していた通り、まどかの精神はまともだったよ」
QB「この魔女の口づけで、ほんの少し心底の欲求に忠実になっていただけさ」
ほむら「そんなこと……」
QB「疑うなら本人に聞いてみればいいんじゃないかな」
QB「あの時のまどかは、魔女の口づけの補正を考慮した上でも、自分が犠牲になれば、さやかもマミも織莉子もゆまも上条恭介も取り戻せるって、本心で思っていた」
ほむら「…………」
QB「そもそも、気が付いた時には魔女の結界にいたんだ」
QB「僕の勧誘行為はむしろ、魔法少女にさせて魔女から助けてあげようとしていたと言えるんじゃないかな」
ほむらはまどかの目をじっと見つめる。
影のせいで、目から感じさせるものが温かいか冷たいか、それが判断できない。
まどかは目を逸らす。
ほむら「まどか……」
まどか「…………」
ほむら「……本当なの?」
まどか「……え、えっと」
ほむら「本当にあなたは、そう思ったの?取り戻そうと思ったの?」
ほむら「自分の命を引き替えにしてもいいって思ったの?」
まどか「…………」
キリカ「……恩人。私に免じて、攻めるような言い方はやめてあげて」
ほむら「…………」
キリカ「まどかはさ……会ったこともないのに織莉子やゆまって子を生き返らせたいと思ったんだろう」
キリカ「大して親しくもない私や杏子を思って……優しいヤツじゃあないか」
ほむら「……まどかは優しすぎるのよ」
キリカ「そうだね……お人好しが過ぎる」
キリカ(今という現実があるから何とも言えないことだけど……)
キリカ(もしかしたらこんな『気のいいヤツ』を殺さなければならなかったのかもしれなかっただなんて、チト心苦しいな)
キリカ(別に織莉子を否定するつもりはないし……織莉子の命令なら何てこともなく殺せるだろうけど……)
キリカ(……まぁ、今は関係ないことだけどね)
キリカ「まどか。悪いがハッキリ言わせてもらう。君がついでで生き返らせようとした私の織莉子のことだ」
まどか「織莉子さんのこと……?」
キリカ「織莉子はね、予知能力者だったんだ。そういう魔法少女だった」
キリカ「そして、君が滅茶苦茶おっそろしい魔女になるっていう予知を見た」
まどか「え……!」
まどか「恐ろしい……魔女……?」
キリカ「何がどう恐ろしいかは私の口からは言いたくない」
キリカ「しかしまぁ、この際ぶっちゃける。私を軽蔑してくれても構わない」
キリカ「そういう魔女の誕生を未然に防ぐため、私と織莉子は君を殺すつもりでいた」
まどか「ッ!?」
背中にツララをあてられたような気分になった。
冗談ではない。偽りでもない。人殺しの目。氷の瞳。
まどかはごくりと唾を飲んだ。
キリカ「まぁあの時はそれが君だってことは特定するには至ってなかったが……」
キリカ「なんだかんだでその織莉子は殺されてしまった」
キリカ「そして、私は恩人に助けられた」
キリカ「恩人の目的は、君を魔法少女にさせないこと。私達と少し似ていた」
キリカ「その魔女の誕生を防ぐこと。それが恩人の目的」
キリカ「そして、織莉子の遺志だと私は受け取ることにした」
キリカ「まぁ織莉子だったら確実な手段だと言って抹殺の方向性を曲げることはなかったかもしれないが、それはさておき」
キリカ「もし、君が織莉子の遺志を踏みにじる行為に至ろうと言うのであれば……」
キリカ「その時は君を『殺さ』せてもらう」
まどか「……!」
キリカ「痛みは感じさせない。首を斬り落とさせてもらう」
キリカ「異論はないよね。恩人」
ほむら「…………」
まどか「ほ、ほむらちゃ……」
ほむら「…………」
キリカ「沈黙は肯定ととるよ。魔法少女となったまどかに守る意義なし、と」
まどか「そ、そんな……」
キリカ「いいね。命が惜しかったらせいぜいしろまるの言葉を無視することだ」
キリカの口は笑っていたが、目は一切笑っていない。
安心をさせるための笑顔なのかもしれないが、尚更まどかの不安を煽ることになる。
ほむらの無言と、怒っているようで悲しんでいるようにも取れる表情がさらに煽る。
QB「……やれやれ」
QB「契約をすれば殺すだなんて、手厳しい手段をとるものだ」
QB「殺されるとなると、契約をするにできないね」
QB「僕としても、まどかを死なせたくないからね」
キュゥべえは特に口調を変えるわけでもなく、淡々と言った。
「死なせたくない」
あたかも人情家を気取るような表現だと、ほむらは思った。
QB「人間がよくよく口にする友情だとか絆だとか……」
QB「ほむら、君にはそういうのはないのかい?」
QB「友達を殺させるのを容認するなんて、わけがわからないよ」
まどか「……」
ほむら「……っ」
キリカ「織莉子を生き返らせる……とっても魅力的だし、是非そうしてくれと言えるならどれだけ幸せなことかと思う」
キリカ「私は……恩人のことを恩人と呼んでいるから、意志に従い君を殺すとか。そういうことを言ってるんじゃあない」
キリカ「覚えておくといい。私個人として、君を殺すことには躊躇はない」
まどか「…………」
キリカ「恩人。私は行く。まどかと二人きりで話すといい」
キリカ「あまり遅くなる前に、まどかを送ってあげてさ……」
キリカ「私は……しばらく歩きたい気分なんでね」
ほむら「……えぇ」
キリカ「あと私個人として腹が立ったからしろまる、おまえは後でケチョンケチョンにしてやる」
QB「えっ」
キリカはキュゥべえの頭を鷲掴み、早歩きで去っていった。
夕日は沈みかけ、橙色の空は藍色に侵食されつつある。
ほむらは何も言わず、まどかの隣に座った。
布が擦れる音と水の音。大型車の遠い走行音が耳に入る。
お互い顔が見れない。
二人とも、地面を見つめている。
沈黙を最初に破ったのはまどかだった。
まどか「……ほむらちゃん」
ほむら「…………」
まどか「ほむらちゃんって、わたしの何なの?」
ほむら「…………」
ほむら「……友達、よ」
まどか「……友達」
まどか「…………」
まどか「……友達って、そんなに悲しい声で言われる言葉なのかな」
ほむら「…………」
まどか「ほむらちゃんは……さやかちゃんやマミさんを……友達と思ってないの?」
まどか「一緒に学校行ったり、お昼ご飯一緒に食べたよね」
まどか「放課後、マミさんの家で美味しそうに紅茶を飲んでたよね」
まどか「ほむらちゃん、全然笑ってくれないけど、とっても楽しんでいるように見えたよ?」
まどか「なのに……それなのに……」
まどか「どうしてそんな冷たい言い方ができるの……?」
まどか「わたし、マミさんが大好きだし、さやかちゃんを助けたい」
まどか「キリカさんのお友達の織莉子さんって人も、ゆまちゃんっていう子も、上条くんも取り戻せるんだよ?」
まどか「わたしなんかが魔法少女になるだけで、みんな元に戻る……笑顔を取り戻せる」
まどか「できることを、どうして止めるの?」
ほむら「…………」
まどか「キュゥべえは……わたしがすごい魔法少女になれるって言ってた」
まどか「それってつまり、どんな魔女にも負けないってことだよね」
まどか「もちろんわたし……怖いよ。魔女……」
まどか「あんなのと戦うのも怖いし、それになっちゃうかもしれないなんて、死んでも嫌だって思う」
まどか「でもほむらちゃんとキリカさんは……それを知っていたのに、力強く生きてるよね……」
まどか「わたしには、二人がやってることはできないのかな?」
ほむら「…………」
まどか「……わたしにはわからないよ」
まどか「どうしてあなたは、悲しまないなんてことができるのか……」
ほむら「……あなたのためよ」
まどか「……確かに」
まどか「……確かにそうかもね」
まどか「わたしが契約したら魔女になるっていう予知なんだもんね」
まどか「わたしが言ってることが自分勝手なことだってのはわかってる。間違っているってわかってる」
まどか「だけど……だけど契約したら見捨てるだなんて、そんなの酷すぎるよ」
ほむら「…………」
まどか「ごめんね……。わたし、あなたのこと理解できない。わからないよ」
ほむら「……い」
まどか「…………」
ほむら「に……ない……!」
まどか「……ほむらちゃん?」
ほむら「悲しいに決まってるじゃないッ!」
まどか「ッ!」
ほむら「悲しまないなんて……そんなことない……!」
まどか「ほ、ほむらちゃ……」
ほむら「悲しいに……決まってるよ……!」
ほむら「私は……私はそんな……」
ほむら「私は……強くなんかない……!」
まどか「…………」
今まで聞いたことのないような声。
まどかは思わずほむらの方を向いた。
ほむらは泣いていた。
頬にキラキラした線がひかれている。
先程までほむらは、冬場に放置された鉄のような冷たい目、シルク生地のような肌をしていた。
その目からポロポロと雫を落とし、肌は紅潮している。夕日のせいでは決してない。
話している間に、じわじわと涙を滲ませていたのだろうか。
まどかはその変化に、俯いていて気が付けなかった。
溢れる涙を堪えることさえ忘れて、震える声でほむらは言った。
まどか「な、涙……」
ほむら「私だって辛いよ……とっても悲しいよ……」
ほむら「巴さんも、ゆまちゃんも亡くなって……!」
ほむら「美樹さんを助けることができなくて、佐倉さんと巴さんを仲直りさせられなくて!」
ほむら「悲しくて悔しいよッ!」
ほむら「だけど……それでも!それ以上に……!」
ほむら「それ以上にあなたには契約なんてしてほしくないッ!」
ほむら「魔女になるだとか、そんなの関係ない!」
ほむら「私は……犠牲を覚悟して、あなたのために……!」
まどか「わ、わたし……」
ほむらはまどかの両肩を掴み、
涙を溜めた潤んだ瞳で、戸惑いの表情を見つめる。
まどかは、妙な感覚を覚えた。形容しがたい、煙のような感覚。
ほむら「あなたを失えば、それを悲しむ人がいるのに……」
ほむら「あなたを守ろうとしてた人はどうなるというの……!」
まどか「…………」
ほむら「……まどか」
ほむら「お願い……」
ほむら「お願いだから……あなたを私に守らせて……!」
ほむら「何も考えなくてもいい。ただ黙って守られて……」
全てを打ち明けたい。
マミが魔法少女というものを、苦労を共有したいと思ったように、
自分の覚悟をまどかに共有させたい。
しかし、まどかのような優しい性格に、自分のことを話すと間違いなく同情される。
今の精神状態で慰められるのは惨めなだけだ。
もう二度と、弱い自分を出したくない。
あるいは自分で気付いていないだけで既に出ているのかもしれない。
まどか「…………」
ほむら「…………」
ほむら「……ごめんね。わけわかんないよね。気持ち悪いよね」
ほむら「あなたにとっての私は、出会ってからまだ一ヶ月も経ってない転校生でしかないものね」
ほむら「だけど私は……私にとってのあなたは……」
まどか「……お願い」
ほむら「まどか……」
まどか「お願いほむらちゃん。教えて」
ほむら「…………」
まどか「あなたにとってのわたしは、本当はどういう存在なの?」
まどか「ただの友達じゃない、よね……」
まどか「私たちはどこかで……どこかで会ったことあるの?私と」
ほむら「そ、それは……」
まどか「ほむらちゃん。あなたにとってのわたし……それを教えて」
ほむら「まどか……」
……前から、そうだった。
初対面の時も、その次も、その次も、一つ前も、ずっとそうだった。
まどかがたまに見せる、弱々しさと強さの混じった瞳。
その顔で訴えられて「勝った」ことはない。
必ず折れるか逃げてきた。
今この場で話さないわけにはいかなくなった。
まどかは……勘づいてきているんだ。
私が、まどかに抱いているこの感情。この思い。
まどかは……いつだって自身のことを無力だとか鈍くさいだとか言っていた。
あなたが自分でそう言うのなら、確かにそうなのかもしれない。
だけど、私からすればそれはとんでもないこと。
あなたはいつだって、優しくて強い、私の憧れの人。
ほむら「…………」
まどか「…………」
ほむら「……私達、親友だったんだよ」
――美樹さやかは考える。
こんなちっぽけな指輪が……あたしの魂だなんて……ね。
自分で言うのもなんだけど、あたしはこんなに強いというのに……、
お腹の宝石が割れたらそれだけで即死するのか。わけがわからない。
……もしこれをこっから落としたら、あたしは死ぬんだろうな。
そんな簡単に死ねてしまう。
これと、ある程度の距離を取るだけでも死ねる。
うっかりこの指輪をトイレに流しちゃったとしても死ねる。
死因がトイレなんて笑い話にも……いや、一周回ってかなり大爆笑。
そんな体で、人間と名乗るのも人として生きるのも烏滸がましいんじゃなかろうか。
魂のない体。まるで死体……差詰めゾンビみたいなものだ。
歩道橋の柵に背中を預け、赤い空に向けて腕を伸ばす。
逆光のおかげでこの黒い手に指輪なんてものがないように見えなくもない。
しかし、実際、この指に自分の魂がしっかりとあるのだ。
さやかは学校を欠席し、一日中見滝原を歩き回った。
まどかや同級生――「人間と接したくない」という精神状態にあった。
途中、魔女と出くわし、戦った。
治癒能力を過信した「無茶な戦い方」をした。
心のどこかで「これで死ねるなら死んでもいい」という気持ちがあった。
しかし、さやかは強かった。
実際に腕が切断されてもすぐに再生ができ、脚がもげ、胸が抉れても戦えた。
魔女を一匹、使い魔六匹。合計で七匹を、結果的に無傷の状態で切り裂いた。
さやか「…………」
「……こんなとこで何してる」
さやか「……杏子?」
ポニーテールの少女が薄汚れた手提げカバンを片手に、
何を考えているのかわからない、微妙な表情をして立っている。
その表情、勇んでいるわけでも悲しんでいるようにも見えない。
杏子「……さやか、っつったっけか」
杏子「まぁいい。何をしてたんだ?こんなとこで」
杏子「あんたはあたしと違って帰る場所がある……親御さんが心配するぞ」
さやか「…………」
杏子「…………」
杏子「……そうだ。キリカに会ったんだ。ほら、昨日の。あんたの髪が黒くなったようなヤツ」
杏子「昼頃にな……そんで、小遣いだっつって貰った金でロッキーを買った。ふざけたヤツだ」
杏子「……食うかい?」
杏子はパーカーのポケットからロッキーの箱を取り出し、
「一本」をさやかに差し出した。
さやか「…………」
さやか「……いらない」
さやかは、体の向きを反転させた。
今、自分がどんな情けない顔をしているのか想像に難くなく、
弱みを見せるわけにはいかなかった。
車が走る道路を見つめた。
ほむらから、魔法少女の真実を聞いた夜。
自分は自分で大き過ぎるショックを受けながら、
隣で歯を食いしばっていた杏子を見た時、同情をした。
杏子という概念に良い印象は一切ない。
勘違いだったとは言え、マミを殺そうとした。
使い魔を放したり、窃盗しつつの生活も聞いている。
ゆまという子どもを助けようがが家族を亡くしていようが、悪い印象の方が優先される。
『そんなヤツ』に弱みは見せられない。
杏子「いつまでもしょぼくれてんじゃねーぞ。ボンクラ」
さやか「……あたし」
杏子「あん?」
さやか「あたし、もうダメかもしんない」
杏子「……ダメだぁ?」
いきなり何を言い出すんだ。と言わんばかりのトーンに聞こえた。
呆れられるのも馬鹿にされるのも嫌だ。
しかし、自分の素直な感情をぶつけたかった。
さやかは『そんなヤツ』に話を聞いてほしくて仕方がなかった。
さやか「一方的に殺されかけて、死にたくないって魔法少女になって……」
さやか「なった矢先魔女になるとか言われてさ」
さやか「マミさんが死んで……恭介、あたしの幼なじみも死んでさ……」
さやか「こんな、人間なのかゾンビなのかもわからない体になった」
杏子「…………」
さやか「……せめて……せめてさ」
さやか「願い事次第では、恭介も助けられたし……」
さやか「マミさんも死なせずにすんだかもしんない」
さやか「だけど……結局あたしだけ生き延びた……」
さやか「たった一度の奇跡がこんな形で終わるなんて……無駄遣いもいいとこ」
さやか「嫌なんだよね……こんなの……」
さやか「こんな体、嫌よ……あたし」
杏子「まだ続くか?」
さやか「……もうちょっと聞いてよ」
さやか「あのさ……」
さやか「あたし……さ」
さやか「……恭介が好きだったんだ」
さやか「恭介のことが……好きだった……」
さやか「ずっと前から好きだった」
さやか「恋愛感情はさ……自分で思って、いやいやと自分で否定するような……」
さやか「恥ずかしい気持ちだった。そういう年頃なんだよ。あたしは……さ」
さやか「実際に死なれて……やっと自分の気持ちに素直になれるなんて……」
さやか「こんなのってないよ……ひどすぎるよね……」
杏子「…………」
さやか「マミさんも死んだ……」
さやか「マミさんは……気遣ってくれるし……優しいし、大好きだった」
さやか「マミさんと……もっとお話したかったよ」
さやか「生き延びたって何もいいことがない」
さやか「古今東西の魔法少女には悪いけどさ……」
さやか「こんな体……ゾンビみたいなもの……!」
さやか「あたし、あのまま死んでた方がよかった……」
さやか「もう、いっそのこと……」
さやか「このまま魔女になって誰かに迷惑にならないよう……」
さやか「ソウルジェムを叩き割るかどうか悩んでるって気持ちだよ」
さやか「……キリカさんに助けてもらって、何だけどさ……」
杏子「…………」
杏子「……そうか」
杏子はさやかの横に並び、柵に背を預けた。
道路を眺めるさやかの横顔を見つめる。
涙の跡があるわけでもないが、悲哀の表情をしていることは言うまでもない。
杏子「確かに、あたし達は……いつか魔女になっちまうかもしれない」
杏子「普通の人間と比べるとあっさりと死んじまうかもしんねぇ」
杏子「マミみたいな……どんなに大きな存在でも、死ぬ時はあっさり死んじまう」
杏子「自分の命がこんなちっぽけなガラス玉みたいなのに変わっちまったんだ。ゾンビってのは、割と言い得て妙だと思う」
さやか「…………」
杏子「だがな……柄にもないことを言わせてもらうが……」
杏子「いつかは今じゃないんだよな」
杏子「生きる死体だとか罵られようとも、あたしは今、生きている」
さやか「…………」
さやか「……それっていつ?」
さやか「絶対に避けられないよ?」
さやか「この苦悩をずるずるといつまでも引きずって生きてくくらいなら、明日って今くらいのつもりで……」
さやか「すぐでも……なれるもんなら楽になりたいとは思わない?」
さやか「どっち道、人間をやめたっていう後ろめたい気持ちを抱えたままじゃ……長持ちしないと思う」
杏子「……あんた、まさかあたしと一緒に心中してくれって言うんじゃなかろうな?」
さやか「そ、そういうわけじゃないけど……」
杏子「…………」
さやか「あたしは……あたしはただ……」
杏子「……そうだな」
杏子「ここで一つ……例え話をしよう」
さやか「……例え話?」
杏子「まぁ聞けよ」
杏子「……暗闇の荒野に地雷がたんまり埋まっているとする。踏めば即死な」
杏子「あんたは、どの方角であろうがどんくらいの歩幅で進もうが『おまえは七歩進めば必ず地雷を踏む運命だ』って宣告されたら……」
杏子「あんたは進む覚悟ができるか?絶対死ぬって一方的に決めつけられて、その通りだとして、納得いくか?」
杏子「生憎、あたし達はそんな嫌なことを覚悟できる程タフな精神してねぇし、へぇそーですかと納得できる程さっぱりしていない」
杏子「都合の悪い未来も予め知っていれば幸福だなんて……例えド偉い神父様がそう言ったとしてもあたしは同調しないね」
杏子「万に一つでも億に一つでも、一メートルでも長く一歩でも遠く地雷を踏まずに進める……」
杏子「そういう可能性があると信じられるなら、暗闇の荒野を突き進める覚悟を持てる」
杏子「……って気にはなれないか?」
さやか「…………」
杏子「具体的にいつなのかがわかれば、あるいは自発的にできるなら……」
杏子「死ぬことも魔女なんていう異形の化け物になるのも、それを覚悟して受け入れられるのか?」
さやか「……どんなに足掻いても揺るがないことなら、あたしはその方がいいな……。あっさりした最期でいいと思う」
杏子「……そうか。こればっかりは考え方の違いだな」
さやか「…………」
いきなりこいつ……何を言ってるんだ?
何でいきなり荒野がでてくるんだよ。
何の覚悟だって?
わけがわからない。杏子って、こんな変なヤツだったのか?
杏子「あたしは、ゆまにもマミにも死なれちまった」
杏子「あたしにとっては……二人ともすごい大切な人だ」
杏子「ゆまのことが好きだった。マミのことも好きだった」
杏子「あたしはそんなゆまにありがとうって言いたかった。そんなマミにごめんなさいって言いたかった」
杏子「でもそれはできなかった……」
杏子「二人に本当の気持ちを言えなかったし、その気持ちも死なれてやっと気が付くんだ」
杏子「あんたと、少し同じだな」
さやか「…………」
杏子「あたしはいつだってそうさ……実際に失ってやっと後悔をする」
杏子「あたしは、ゆまの分まで生きることがせめてもの手向けだと思いたいんだ」
杏子「マミは、ほむらの力になってやれと言った。それに応えることで報いたい」
杏子「二人の死に向き合って、過去を受け入れて、未来に生き続けていたいんだ」
杏子「だからあたしは、暗闇をがむしゃらに足掻いて、自分の信じた道を歩んでいきたい」
杏子「ひとまずは、ほむらに命を預ける。それが今のあたしにとっての道標だ」
杏子「だからこそあたしは、貯蓄していたグリーフシードを持ってきて、共有する所存よ」
さやか「…………」
杏子「なぁ、さやか」
杏子「色んなことがあって悲観的になる気持ちはわかるよ……でもな」
杏子「生きられる限り生きようぜ」
杏子「その……一緒にさ」
さやか「…………」
さやか「……一緒?」
杏子「……あたしの友達になってくれ」
さやか「……は?」
杏子「あたしの友達になるんだ。そして、一緒に生きてほしいんだ」
杏子「正直に告白すると……あたしは、ゆまもマミも失って寂しい」
杏子「それで、ゆまやマミみたいに先立たれて後悔する前に……」
杏子「先にありがとうとごめんを言わせてほしい。荒野を並行してほしいんだ」
さやか「…………」
杏子「何の義理もないのに何を言ってるのかって思うだろうが……」
杏子「何でほむらやキリカを差し置いてあんたにこの話をしたのか……そこんとこよくわからないんだがね」
杏子「自分の願いに後悔してるあんたの姿が、何となくあたしと同じ臭いを感じたんだ」
杏子「都合の良い言葉だが……別の場所で会っていたらあんたと友達になれた気がするってヤツだ」
杏子「おまけにあんたの願いってマミのとほとんど同じなんだよな。あいつは交通事故だったが」
さやか「…………」
……アホの子なのかな。こいつは。
何でこんなに、希望を持った風なことが言えるんだ。
あんたは既に魔法少女だったから、
魔法少女として生活をしていたからある程度割り切れるだろうよ。
でも、あたしは昨日だぞ。
魔法少女になってまだ一日経ったか経ってないかだってのに、
何で、一緒に生きようなんて言えるんだ……。
こんな体で……!こんなあたしに……!
ゆまって子のことはよく知らないけど……、
こんなあたしを、マミさんの代わりにするつもりなのか?
役者不足にも程がある。どう見ても人選ミスだ。
…………だけど
さやか「……杏子って、ほんとバカ」
杏子「あん?なんだとコラ」
さやか「……バカだよ」
さやか「バカすぎる。本当……」
さやかは、杏子の方を向いた。
そして、凍結した表情筋を精一杯に動かし微笑んで見せた。
しかし、目から涙が伝っている。
嬉しかったのか、悲しかったのか、感動したのか、
さやかは何故涙が勝手に流れてくるのか、その理由がわからなかった。
さやか「あんたも……あたしも……大バカだよ……」
杏子「……そうだな。バカかもしれないな」
さやか「やーい……!バァカバーカ……!」
杏子「ぶっ殺すぞてめぇ」
さやか「ふぇ……へへ……バカコンビの……結成だよ」
杏子「……そうだな」
杏子「……ん」
杏子「結成早々だが、行くぞ。さやか」
さやか「……うん。そうだね」
微かに、魂に嫌いな匂いを感じた。
魔女がどこかに現れたらしい。
二人の魔法少女は、行くべき場所へ向かった。
空は藍色になってきている。
二人は噴水公園近くに辿り着いた。
確かにここに魔女の結界は生じた。
しかし、道中でその気配が消えてしまっていた。
その理由を二人は理解している。
それでも、生じた場所へ行く。
そこに行くことに意義がある。
魔女がいる場所に魔法少女あり。
魔女がいた場所に魔法少女あり。
魔法少女に会うことが重要である。
――思ったよりも
思ったよりも、スッキリしなかった。
無意味だ。しろまるなんか苛めても。
ストレス解消どころか、虚無感しか残らない。
しろまるは悪だ。
感情がないのかは知らないが、自分が悪だと思っていない最もドス黒い悪だ。
それなのに、あたかもこっちが不当な虐待をしているような……そんな気分に何故かなる。
なんだかんだ言って……私はしろまるに本心からの願いを叶えてもらってはいる。
だからそんな思いを抱くのかもしれない。ヤツのリアクションが薄いのも加わっている。
意味がないんだ。八つ裂きは八つ当たりに過ぎない。
尚更胸くそ悪い。逃げられてしまった。
キリカ「……ん?」
キリカ「……君達は」
キュゥべえに対する無駄な虐待に飽きたキリカはふと、
人の気配を二つ感じた。
足音から感じる歩き方の気配から察するに、顔見知りの者がくる。
そこには、さやかと杏子がいた。当然といえば当然である。
さやかは微笑んで、手を振っていた。元気そうに見えた。
杏子は初めて会った時よりも表情が柔らかくなっているように見えた。
杏子「……よ」
さやか「どうも。キリカさん」
キリカ「……二人とも。どうしたの。仲いいね」
杏子「いや……魔女の気配がしたんだがね……」
さやか「途中でなくなったってことは……」
キリカ「そうだね。私と恩人で始末した」
さやか「やっぱり」
キリカ「骨折り損させちゃったかな?」
杏子「いや、いいんだ。どうせ、あんたかほむらに会うために向かったようなもんだからな」
キリカ「私ぃ?恩人はともかく、私に?」
さやか「いやー、そうなんですよね。できればキリカさんがよかったんスが、丁度キリカさんでした」
キリカ「?」
杏子「キリカ。ハッキリと聞かせてもらうぞ」
キリカ「うん」
杏子「あんたは……ほむらのどこまで知っている」
キリカ「……どこ、まで?」
キリカ「まだ知り合ったばっかりの領域だから……」
さやか「いえ、『そー』じゃないです」
さやか「何となくわかるんですよね……転校生のことを恩人とか呼んでるけど……」
さやか「キリカさんが転校生のお仲間やってるのって、恩義とかだけじゃないでしょ」
キリカ「…………」
杏子「何か特別な理由がある……違うか?」
杏子「あいつがどこで魔法少女が魔女になるということを知ったのか……あんたは知らないか、と聞いている」
キリカ「…………」
キリカ「……案外鋭いんだね」
キリカ「いいだろう。教えてあげよう」
キリカ「丁度、恩人もまどかに教えてるだろうしね……」
さやか「まどか?」
キリカ「恩人から聞いたよ。ズル休みしたって……その辺ちゃんと話しておきなよ」
さやか「はぁい」
杏子「わかったから。いいから聞かせろよ。あんたが知ってるほむらの全部を」
キリカ「……ん」
キリカ「恩人はさ……未来から来たんだそうだ」
――話せるところまで話し終えた後。
やはりと言えばいいか、まどかは私に同情してくれた。
「今まで辛い思いをしていたんだね。わたしなんかのために」
震えた声でまどかはそう言っていた。
「わたしなんか」……自分を見下すような発言。
なんかではない。私にとって、まどかはそれほど大きな存在なんだ。
それこそ、私なんかの命を犠牲にしてまでも。
……恐らく、私が伝えたかったことの全ては伝わっていない。
当然だ。ハッキリ言って、今のまどかとは無関係なことだからだ。
時間軸という次元に干渉できるのは、私だけ。
ずっと前の時間軸のまどかのことだから、今の時間軸のまどかは実感が湧いていない。
別に、まどかが理解する必要はない。
私にとって大切なのは、
「私」がいる世界のまどかを救うこと。
それに尽きる。
それが、鹿目まどかという概念との約束であり誓い。
私の生き甲斐。
まどかを救うことができて、全てが終わる。
私の時間遡行が終わり、まどかと交わした約束を遂行し、
人生に悔いがなくなるといったところだ。
そのためにも、現行の時間軸のまどかには、
自分の友達が辛い思いをするくらいなら自分が犠牲になるというような、
そういう精神を持たせてはならない。
まどかを家に送った。
軽く手を振って、まどかが帰宅したのを見届けた。
一人暮らしである私の、生活における手伝いをしていて遅くなった。
という言い訳を与えたとはいえ、
たった今、帰りが遅いと怒られていることだろう。心配をかけさせたからだ。
そういうことで怒られるというのは、愛されている証拠。
別に両親に愛されていないわけではなないが、羨ましい。
両親に会いたくないわけではない。
実家が恋しいと思わないこともない。
しかし、会ってはいけない。帰ってはならない。
感傷に繋がるからだ。死にたくなくなってしまう。
レクイエムの誕生を防ぐために死ななければならないのに。
まどかの家を後にして数分歩いた頃、
前方から三人分の人影が現れた。
全員魔法少女であり、顔見知り。
赤、青、黒。
佐倉杏子、美樹さやか、呉キリカ。
キリカ「……恩人。話は終わったかい?」
ほむら「……呉キリカ」
ほむら「それに……」
さやか「やっ、ほむら」
杏子「昨日ぶりだな」
ほむら「……美樹さやか、佐倉杏子」
ほむら「……どういう組み合わせ?」
キリカ「いやぁ、たまたま会ってね」
キリカ「あ、そうそう。ねぇ恩人、私とさやかって似てる?」
キリカ「杏子が私のことを髪が黒くなったさやかって言ったんだ」
キリカ「そんな似てないよねぇ?」
ほむら「…………」
ほむら「あなた達、気分はどう?」
杏子「ああ、大分落ち着いたよ」
さやか「ん、あたしももう大丈夫だよ。心配かけたね」
キリカ「こら、無視するな恩人」
さやか「ねぇほむら……」
さやか「キリカさんから、あんたのことを聞いたよ」
杏子「未来から来たとか、色々ぶっ飛んだ人生送ってんだな」
ほむら「…………」
ほむら「……話したのね」
キリカ「うん」
ほむら「改めて言う手間が省けて丁度良かったわ」
ほむら「そう。呉キリカの言う通り」
ほむら「私は、まどかを救うために戦っている」
ほむら「そして、あなた達の死を何度か見てきたわ」
ほむら「物証はないけど……私は未来人のようなもの」
さやか「うん……信じるよ」
さやか「あたし……怖かったんだ。魔法少女になって……そういう体になって」
さやか「だけど……杏子に勇気づけてもらったんだ」
さやか「あたしは受け入れたよ……マミさんの死も、恭介の死も」
さやか「そんで、あんたがまどかのために戦ってるって知って……」
さやか「負けられないなって思ったんだ。あたしの嫁を守るためだなんて……こりゃもう、まどかをあげるしかないね」
さやか「このさやかちゃん。あんたのために全力で戦うよ!」
杏子「あたしもだ……。この命、ほむらに預ける」
杏子「それがマミの遺志だからだ。あたしは、マミがあんたに託したものだ」
杏子「やれる範囲なら何だってやるさ」
ほむら「美樹さやか……佐倉杏子……」
ほむら「…………」
ほむら「本当はあなた達に任せるのは不安なところもないこともない」
ほむら「でも、今はそう言ってられない状況だし……複雑だけど、あなた達しかいないから……」
ほむら「だから……キリカには改めて言うことだけど、いざという時は……」
ほむら「まどかをよろしく頼むわよ」
キリカ「……そうだね。了解。殺されるまでやらせてもらう」
杏子「あたし達を置いて先にくたばるのは絶対に許さないが……まぁいいだろう」
さやか「でも、まっ、あたしに、もーしものことがあったら杏子を託すつもりだし……お互い様ってことで!」
杏子「さやかてめぇ何様のつもりだ」
ほむら「…………」
レクイエムというも存在のため、いつか自害しなければならない。
その運命は言わなかったし、誰にも言っていない。自分一人だけの秘密。
ほむらはジシバリの魔女アーノルド、ワルプルギスの夜、
それらとの戦いの生き残りにまどかを託すことにした。
さやか「ねぇ、ほむら。話は変わるけど」
ほむら「何?」
さやか「あんた……何でも『お守り』があるそうじゃないか」
ほむら「……お守り?」
杏子「あぁ、そうそう。キリカから聞いたよ」
ほむら「……?」
キリカ「君が織莉子の家に来た時に見せたものだよ」
ほむら「……あぁ、あれ」
ほむら「…………」
ほむら「どういう文脈であの矢のことを出したのよ……」
キリカ「さぁ」
さやか「どんな意味があるのかはさておき、あたし達にもその恩恵を分けてよ」
ほむら「恩恵って……別に何もないわよ。そんな神々しいものはないわ」
ほむら「私が勝手に夢で見たからという理由だけで……」
杏子「イワシの頭も信心からってな。学校で習っただろう?」
キリカ「初めて聞いた」
杏子「学校はちゃんと行けよ」
キリカ「君にだけは言われたくないよ」
ほむら「…………」
さやか「ねぇ、見せてぇ」
ほむら「……わかったわよ」
大きさは魂と同程度。
涙滴型の装飾が施されている。材質は石。
この石の矢はストーン・フリーの名前の由来にもなっている。
仮に石でなければストーン・フリーという名前に悲劇が訪れる。
中が空洞なのか、とても軽い。
さやかはほむらから手渡された矢をまじまじと見つめる。
さやか「へー……意外に凝ったデザインしてるねぇ」
さやか「なーむー」
ほむら「拝まないで」
杏子「あたし一応教会出身なんだけど」
さやか「じゃあキリカさん先ね。はいどうぞ。それではご一緒に。なーむー」
キリカ「意外に信心深いんだね。生憎私はそういう類のものは一切信じないんだ。だから結構」
ほむら「ほら、もういいでしょう。返しなさい」
さやか「…………」
杏子「…………」
さやか「ヘイ杏子パース!」
杏子「よっしゃぁぁぁ!」
ほむら「ちょっ!?」
キリカ「お!?」
さやかは杏子に矢を放った。
矢じりは放物線を描き、ゆっくりと回転し、
ポスンと杏子の手に収まる。
ほむら「あなた達!何をしてんのよ!」
杏子「ほれほれ、返してほしけりゃ奪って見せろ!」
杏子「ヘイパース!」
さやか「やっほーい!」
ほむら「返しなさい!あなた達!」
さやか「ヘイヘイヘーイ!」
杏子「ほーい!」
ほむら「……ストーン・フリー!」
シャッ
さやか「ゴェッ!」
さやかの首は「何か」に締めつけられた。
石の矢はコツンと音を立てて地面に落下した。
ギリギリ
さやか「あばばばっばばば」
杏子「うおおおお!ほむら!さやかを離せ!」
ほむら「もう既に解いてるわ」
キリカ「ははは、愉快なヤツらだね」
さやか「ゲホッ!ゲホゲホ!やり……すぎでしょうが……!」
杏子「スタンドは卑怯だろ常識的に考えて……」
ほむら「…………」
ほむらの無表情を見て、杏子は悟る。
――見滝原のとある場所。
朝は見滝原中学校への通学路。その夜道に四人の魔法少女がいる。
ほむらは腕を組み、見下ろしている。
杏子とさやかは、コンクリートの地面に正座をしている。
さやか「マジごめんなさい」
杏子「すまん」
ほむら「……で?何でそんな真似をしたの」
さやか「……い、いやぁ……ほむら笑うかなって」
ほむら「……は?」
さやか「あたし、ほむらの笑った顔見たことないからさ」
ほむら「…………」
杏子「あたしは悪くない。さやかが勝手にやったことだ」
ほむら「…………」
杏子「ごめん」
言われてみれば……ここのところ最近、
……いや、それどころかこの時間軸、一度も笑ったことがない気がする。
別に笑う必要はないし、今の二人の行為は完全に悪ふざけだったが……
気を使わせてしまったか。
ほむら「いくら拾い物だからって人のお守りを投げる?普通……」
キリカ「んー、私も恩人の笑顔には興味あるなぁ……泣きっ面は見たけど」
キリカ「ま、笑顔はさておき正座はさておき、恩人」
ほむら「……何?呉キリカ」
キリカ「図らずともここに魔法少女が揃ったんだ」
キリカ「今後のことを話し合うべきだと私は考える」
キリカ「前の時間軸のスタンドとやらの情報を教えてよ」
ほむら「……確かに、そうね」
杏子「そうだな……あたしの姿をした使い魔はもういないらしいが……」
さやか「スタンドに関して全てを話して、情報を共有しよう」
ほむら「誰が立っていいと言ったかしら」
さやか「女の子に地べた座らすかね?フツー」
ほむら「座りなさい」
さやか「ちぇー」
杏子「なぁさやか」
さやか「何?」
杏子「何かしんないけどどっかで指切ったっぽい。治して」
さやか「ありゃりゃ、血が……」
さやか「もー、杏子ったらお子ちゃまなんだから」
杏子「うっせぇ。てめーも手の平切ってんじゃねーか」
さやか「ありゃ?うわ、ホントだ。ねぇねぇ、服に血ぃついてなぁい?腰とか触っちゃったかも」
杏子「くねくねすんな気持ち悪い」
ほむら「二人とも黙ってくれないかしら」
キリカ「いつの間にこんな仲良くなったんだろーね」
人の成長は未熟な過去に打ち勝つことだ、とある人は言う。
杏子はゆまとマミ。さやかは恭介とマミ。キリカは織莉子。
それぞれは各々の喪失の過去に打ち勝ち、未来に戦いを挑むことを選んだ。
もうイジけた目つきはしていない。
生きることが過去に打ち勝てという終生の試練と受け取った。
ほむらの場合、ワルプルギスの夜より先の未来へ進むこと。
それが試練であり、打ち勝つべき過去である。
ほむらは三人の魔法少女という希望が見えた。
702 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/03/25 01:18:19.65 9VFusYaAo 582/1068
ストーン・フリー 本体:暁美ほむら
破壊力-A スピード-B 射程距離-E
持続力-A 精密動作性-B 成長性-C
一言で言えば糸のスタンド。その性質は「覚悟」
引き裂かれてしまいそうだった心を繋ぎ止めるかのように発現した。
自分の体を解いて糸状にし、その糸を自在に操ることができる。
スタンドの糸を集めて人型にすることで、力が集中しパワー型スタンドになれる。
力が強く丈夫だが、その代わりに射程距離が二メートル程度となる。
糸は「編む」または「縫う」ことができ、汎用性は高い。
糸は石鹸の香りがするらしい。
A-超スゴイ B-スゴイ C-人間と同じ D-ニガテ E-超ニガテ
*実在するスタンドとデザイン・能力が多少異なる場合がある
#22『見滝原中学校神隠し事件』
今日という日は、天気もあって明るく感じた。
さやかが登校し、いつもの空気を作り出したためである。
どんよりとした曇り空に、さやかの明るい性格が引き立てられる。
まどかはさやかの空気に感化されてか、昨日よりは笑顔を見せた。
そんな日の放課後。
ほむらとさやかとまどかは、
「今後のこと」を話し合うべく教室に残っていた。
仁美は「委員会の仕事」ということでまだ下校はしていないが、
ほとんどの生徒は既に帰路に立っていて、三人しかいない物静かな教室だった。
杏子とキリカを除いた三人で話す内容。
それはその仁美と恭介のことだった。
四人の内二人の魔法少女はその話についていけない。知らないからだ。
さやか「……知らなかったな。仁美も恭介が好きだったなんて」
まどか「…………」
ほむら「私があなた達から意見を聞きたいというのは……」
ほむら「彼女へのフォローのことよ」
ほむら「巴さんもそうだけど、学校の生徒が失踪した……それが人為的なものが自発的なものかはまだ世間ではわかっていない」
ほむら「学校側も気遣っているのか……ともかく生徒の中で知っているのは今のところ私達だけ」
ほむら「死亡したと結論が出るには時間がかかるでしょうけど……」
ほむら「果たして、彼が死んだということは伝えるべきか、行方不明のまま内密にするか」
さやか「……言った方が、いいでしょ。行方不明だなんて……もしかしたら帰ってくるかもっていう可能性が否定できなくて、かえって精神的に辛い」
さやか「伝えるのは辛いだろうけど……仁美に秘密にするってのは、あたし達が心苦しい気持ちにもなる」
まどか「わたしも……言ってあげた方がいいと思う」
まどか「わたしが仁美ちゃんだったら……好きな人が行方不明になったら、どうなっちゃったのか、知れるものなら知りたいもん」
ほむら「…………」
ほむら「……なるほどね」
ほむら「彼の死を伝えるのは確かに辛いこと」
ほむら「そうなると、巴さんが亡くなったことも伝えた方がいいかしらね。あなた達とケンカをしてると咄嗟に嘘をついたけど」
ほむら「時期を見て、私の方から伝えておくわ」
さやか「いや……ほむら……あたしが言う」
ほむら「…………」
まどか「さやかちゃん……」
さやか「仁美はあたしの親友だ。そんで、ライバルにもなるかもしれなかったんだ」
さやか「別に……だからどうこうってわけじゃないけど……あたしが言う」
さやか「あたしの方から言うよ」
ほむら「……そう」
灰色の雲のおかげで、電灯のついていない教室は薄暗い。
明度に合った、沈んだ空気に三人は包まれた。
天気予報によれば、夕方には雲は晴れるらしいが……。
さやか「……そろそろ、帰ろうよ」
まどか「うん……そうだね」
さやか「仁美のお仕事もそろそろ終わるかな」
さやか「久しぶりに仁美を連れ出して寄り道しようよ!」
さやか「ここんとこずっとお稽古で一緒に帰ってないもんね」
まどか「うんっ」
ほむら「……そうね」
さやか「そうだ。杏子とキリカさん呼ぼうよ。紹介したい」
ほむら「……呉キリカはともかく、佐倉杏子の連絡先知っているの?」
さやか「まぁね」
さやか「ほむら、キリカさんを呼んでよ。あたしは杏子に電話するから」
まどか「さやかちゃん、杏子ちゃんと連絡できるの?でも杏子ちゃんっておうちが……」
さやか「あたしの部屋にこっそり隠してる」
まどか「えっ」
さやか「ま、お父さんお母さんがいない間だけね」
さやか「なんだかんだで冷蔵庫の物を勝手に食べるような卑しいヤツじゃないし」
まどか「ご、ご飯とかはどうしてるの?」
さやか「んー?まぁなんだかんだで大丈夫よ。残り物とか菓子パンとかあげてる。食べ物なら何あげても食べるし」
ほむら「捨て犬じゃないんだから……」
さやか「…………」
ほむら(何かチラチラとこっち見てる……まるで佐倉杏子を養えを言わんばかりに……)
ほむら(別に構わないけど……でも無視しておこう)
さやか「ぐぬぬ……」
まどか「どうしたの?さやかちゃん」
さやか「このさやかちゃんが頭を下げて遠回しに頼んでいるのに……」
さやか「ふぅ~んそうかい」
ほむら「一ミリも下げてないでしょう」
まどか「?」
さやか「まぁいいや。杏子呼ぼっと。ほむらはキリカさんのアドレス知ってるんだよね」
ほむら「えぇ。まぁどうせウチにいるでしょうけど」
まどか「え?キリカさんほむらちゃんのおうちにいるの?」
ほむら「えぇ」
マミ「それは初耳だわ。どういう事情?」
ほむら「家にいたくないそうです」
さやか「ふーん。親と仲悪いのかな?」
ほむら「さぁ……事情は聞いてないわ」
マミ「贅沢な悩みね……私も人生で一度は家出とかしてみたかったかも」
まどか「マミさん……」
マミ「ところで呉さんは暁美さんの家から学校に行けるのかしら?」
ほむら「えぇ、問題ないです」
さやか「……そういや杏子って学校の場所わかるかな?」
マミ「私と一緒に住んでいた時期があるから知っているはずよ。土地勘もいいし」
まどか「あっ、そういえばそうでしたね」
さやか「流石マミさんは杏子のことなら何でも知ってる」
ほむら「…………」
ほむら「……え?」
ほむら「……!」
さやか「ん?」
ほむら「そ、そんな……」
まどか「どうしたの?ほむらちゃん」
マミ「具合悪いの?」
ほむら「二人とも離れてッ!」
まどか「えっ!?」
さやか「……あ!」
マミ「危ないわ!」
まどか「……ッ!?」
さやか「何……で……!?」
まどか「あ……ああ……!」
ほむら「早く!早く離れなさい!」
マミ「そうよ!急いで!」
さやか「何で……そんな……!」
まどか「ま……マミさん……!」
ほむら「違うわ……まどか」
ほむら「……『こいつ』は巴さんじゃない」
ほむら「ジシバリの魔女アーノルドの使い魔群……ヴェルサスの内一体」
マミ「ふふふ……私は危険よ」
ほむら「……『Mami』!」
Mami「久しぶりにあなた達とお話ができて、嬉しかったわ」
ほむらとさやかはたった今『気配』を感じた。
感じていたはずなのに、気付くのが遅れた。
何故気付かなかったのか。
この空間にあまりにも浮きすぎた、魔法少女の姿でいるというのに。
あまりに自然で、不自然すぎて気付かなかった。
――こういう会話ができることは、この場の誰もが望んでいた。
優しい声と、温かい包容力、その微笑みからは母性さえ感じる。
そんなマミの死を受け入れるのと、望むことは違う。
三人は、マミの声が、マミのことが好きだった。
心のどこかで、死んだということを認めたくなかったのかもしれない。
そのせいで、気付くのが遅れたのかもしれない。
まどか「あ……ああ……!」
さやか「う、うぅぅ……!」
まどかは、恐怖に襲われた。
さやかは、悔しい気持ちになった。
ほむらは、冷静になるよう自分に言い聞かせる。
結界が生じた。
生じていたということは、
キリカと杏子は既に気付いているはずである。
二人とも、見滝原中学校への最短ルートを知っている。
結界ができてどれだけ時間がかかったかはわからないが、
恐らく、すぐにでも二人の魔法少女は合流できる。
Mamiは、マミの顔で不敵に微笑んだ。
ほむらとさやかは魔法少女に変身する。
しかし、すぐに攻撃は仕掛けない。することができない。
余裕の表情を見せているため、何か裏があると踏みとどまってしまう。
スタンド使いだからこその警戒。
スタンド使いでないからこその警戒。
Mami「学校にこんな遅くまで残っているなんて……いけない子っ」
ほむら「……あなたは、何をしに、現れた」
ほむらはMamiの笑顔を睨みつける。
Mamiは困ったように眉をひそめ、溜息をついた。
相変わらず、その顔は優しく可愛らしい微笑みの表情。
Mami「実は私達はね……ちょっとしたゲームをやっていたの」
さやか「ゲーム……?」
Mami「前の時間軸でスタンド使いだった人を殺すゲーム」
Mami「前の時間軸の概念が現行の世界の概念で葬ること」
Mami「それが過去との因縁を断ちきる……って考え方よ」
Mami「あらかたは殺したわ」
まどか「…………」
かつて憧れた先輩の顔、声から「殺した」という言葉は聞きたくなかった。
使い魔とはいえ、ゲーム感覚で人を殺すことをにこにこと笑みながら語る、
そんな姿は見たくなかった。泣きたいところだが、当然、泣くわけにはいかない。
まどかは、下唇を噛むことでその感情を紛らわしながら、ほむらの袖を強く握った。
Mami「それで『残り』の内あなた達が知っている人物を挙げると……」
Mami「鹿目さん、暁美さん、美樹さん、佐倉さん、呉さん、志筑さん、早乙女先生……」
まどか「……ッ!」
さやか「せ、先生まで!?」
Mami「まぁ、落ち着いて。そういうルールなのよ……」
ほむら「何がルールよ……くだらない」
Mami「…………」
Mami「約束するわ。ゲームの参加者は、前の時間軸スタンド使いだった人以外は狙わない」
Mami「まぁ……うざったい虫を払いのけるように、つい殺しちゃったりすることはあるかもしれないけど」
Mami「そこで私は……暁美さん」
Mami「私はあなたとの決闘を希望したい」
ほむら「……!」
Mami「拒否権はあるといえばあるわ」
Mami「され、私はこの『三ヶ月前の学校』の……三年生の教室にいる。何組かは言うまでもないわよね?」
Mami「それじゃあね。いい答えを期待するわ」
言うだけ言って、Mamiは教室から出ていった。
凍り付いた空気に閉じこめられた三人は、
ひとまず解放される。
まどかは過呼吸気味になっていた。胸が押しつぶされそうな気持ちになっている。
ほむらはまどかの背中をさすった。
さやかは剣を強く握り、大きく一歩前に踏み込んだ。
それに気付いたほむらは「待ちなさい」と静止させる。
「どこへ行くつもり?」続けて尋ねる。
さやか「ひ、仁美と先生が危ないから助けに行くんだよ!」
ほむら「なるほど……しかし、一歩下がって元の位置に戻りなさい」
さやか「あたしを……止めるつもりか?」
さやか「それともまずは深呼吸でもして落ち着けって言うのか……!?」
ほむら「魔女を探して叩くことが先決よ」
まどか「え……!?」
さやか「な……!」
さやか「あんた……何て言った……?」
ほむら「魔女を倒すが最優先事項であると言った」
まどか「…………」
さやか「時間が……時間がないんだよ!?仁美が狙われてるんだよ!?」
さやか「まさかあんた……」
さやか「まさかとは思うけど……仁美を……先生を見捨てろっていうのか!?」
まどか「!」
ほむら「……そうとは言わないわ」
ほむら「冷静に考えなさい。美樹さやか」
ほむらは淡々と言った。
その目はとても冷たく見えた。
さやかはほんの一瞬だけ「こいつ感情あるのか?」と思った。
ほむら「病院の時はほとんど無差別に襲っていたにもかかわらず、わざわざ予告をして存在と行動をアピールした」
ほむら「志筑仁美や早乙女先生を助けに来るだろうと、使い魔は誘っているんだと考えるべき」
ほむら「現に私を誘ってきたし……」
ほむら「ヤツらは私達の戦力を分散させるためにそうしたと推測できるわ」
ほむら「スタンド使い……本体が死ねばスタンドも消滅する」
ほむら「アーノルドの使い魔はスタンドで産みだしされたもの……魔女を倒せばそれで全てが終わる」
ほむら「アーノルドを優先し、一気に叩くのが最も合理的」
ほむら「それにゲームの参加者『は』……という表現を使った」
ほむら「ゲームとやらに参加していない使い魔がいると解釈が可能。それらは無差別に狙ってくる可能性がある」
ほむら「つまり、全員を救うことなんて元より不可能なこと。既に犠牲者もいるかもしれない」
ほむら「何人かの犠牲には目を瞑らなければならない……そう考えるべき」
ほむら「犠牲者ゼロではなく、少しでも犠牲を減らすという考え方」
ほむら「そのためにも、魔女を優先し、一秒でも早く殺すことが望ましい」
まどか「そ、そんな……」
さやか「くっ……!」
さやか「そんなの……そんなの納得いかないッ!」
さやか「百歩、いや、三百歩譲って、多少の犠牲には目を瞑るとしても……」
さやか「救う気ゼロの心構えなんてできるかッ!」
まどか「わたしもさやかちゃんと同じ気持ちだよ……」
ほむら「私だって同じよ。でも状況が状況」
ほむら「スタンド使い相手に、スタンド使いでないあなたの勝機は薄い」
ほむら「私は見えるから、強いて言うのなら私が行くべきなのだけれど……」
ほむら「私はそれをしない」
さやか「確率がいくら低かろうと……そんなんがなんだ!」
さやか「覚悟とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことだ!」
さやか「諦めず、道を切り開こうとする覚悟が大事なんだ!」
ほむら「私は諦めろと言っているんじゃあない!全滅する危険を冒すことがいけないのよ!」
ほむら「魔女を殺すことがみんなの安全を守ること!」
さやか「何を言ってんだ!魔女を優先!?じゃあ病院の時のことはどうなのさ!?」
さやか「言っちゃ悪いけどあんたが魔女を優先したからあたしは契約をしたのよ!」
さやか「この学校に魔法少女の素質のある人はもういないと言い切れるの!?」
さやか「あんたは全校生徒のことを掌握できていると言えるの!?」
ほむら「……っ!」
さやか「ほむら!あんたの意見もごもっともだし、あたしは無責任で感情的に助けるって喚いてるに過ぎないかもしんない!」
さやか「あんたのことは尊敬しているが魔女最優先って案には従えない!」
さやか「何のための魔法少女だ!?卑怯な手も使おう!最悪魔女になったって構わない!」
さやか「でも人命を二の次にするってことだけは……」
さやか「できないねッ!」
さやかは振り返り、全速力で走り出した。
机をいとも容易く避け、教室を出ていった。
強化ガラス越しに、さやかの必死な横顔を見た。
まどか「さやかちゃん!」
ほむら「ま、待ちなさい!美樹さやかッ!」
ほむら「……くっ」
まどか「ほむらちゃん!さやかちゃんを追いかけようよ!」
ほむら「…………」
ほむら(私に命を預けるって言った昨日の今日で……!)
ほむら(忘れていた……美樹さやかの頑固さを……誓ってくれたからって油断をした……!)
ほむら(とは言え……)
ほむら「……追う必要はない」
まどか「ほむらちゃん!?」
ほむら「追わないというより、追えないわ……」
ほむら「私は唯一のスタンド使い……敵の最大の驚異と言っていい」
ほむら「私は狙われやすい……それに時間停止もストーン・フリーも対策されている恐れがある」
ほむら「私としても……スタンド使いとの戦いに慣れているわけではないし、あなたや美樹さやかを守りながら戦える自信がない」
ほむら「美樹さやかのような直情タイプは、今は放っておくしかない」
まどか「そんな……そんなのってないよ!仁美ちゃんや先生だけでなく……さやかちゃんまで見捨てるなんてこと……」
ほむら「……昨日話した通りよ」
ほむら「あなたが契約したら……学校の人々どころか、世界が滅ぶ。守るという思考さえままならない」
ほむら「どっちがマシか、とかではない。それを抜きにしてもあなたが最優先。それが私という魔法少女よ」
ほむら「志筑仁美や早乙女先生の死も、美樹さやかの自滅も、場合によっては仕方ない犠牲」
ほむら「あなたの無事を保証できるまで、余計な行動はできない」
まどか「そんな……そんな言い方あんまりだよ……!」
ほむら「あなたがすることと言えば、大切な人の無事を祈ること」
ほむら「今はあなたを呉キリカに託すことしか私にはできないが……ただ守られていればいい」
呉キリカが到着したのは、丁度一分三十秒後のことだった。
ぜぇぜぇと息を切らしているが、現在自分以外で最も頼りになる魔法少女。
その間、ほむらとまどかは、一切言葉を交わしていない。
まどかは、ほむらの目を見ることができなかった。
キリカ「お待たせ……恩人……!」
ほむら「思った以上に早かったわね。素晴らしいわ」
まどか「…………」
キリカ「……君が頼みたいこと、何となくわかった」
ほむら「なかなか空気が読めるのね」
キリカ「でも一応、聞かせてよ」
キリカ「恩人はこれからどうするのか、そして私は何をするべきか」
ほむら「……私は魔女を探すわ」
ほむら「ヤツらは私がスタンド使いであることを知っているし、佐倉杏子の使い魔の仇でもある」
ほむら「私は確実に狙われる。私は先に魔女を探して、戦況を作る」
ほむら「あなたは佐倉杏子と合流して、状況を伝えて」
ほむら「そしたら佐倉杏子と一緒にまどかを結界から避難」
ほむら「あなたの魔法は私の時間停止魔法と似たようなものだから、避難する分には十分過ぎるわ」
ほむら「まどかを避難させたら、二人で魔女を探して殺すこと」
キリカ「あぁ、わかったよ。別にまどかを殺して織莉子の遺志を継ごうだなんて考えてないもんね」
キリカ「……そんな怖い顔しないで。任せなよ。恩人」
キリカ「それで?恩人は単独で行動するんだ?」
ほむら「えぇ。私は狙われやすいし、実際一体の使い魔に目をつけられた」
ほむら「私の場合はスタンドが見えるから……まだ渡り合える」
ほむら「それじゃあ……任せたわ。私は行く。杏子もすぐ来てくれるはずよ」
キリカ「わかったよ。恩人」
ほむら「…………」
まどか「…………」
ほむらは、まどかに何か声をかけるわけでもなく、一瞥してから教室を出ていった。
まどかは沈んだ表情をしていた。気を使ったのだろう。
まどかは、ほむらの魔女最優先という判断に対し「冷酷」と思ってしまった。
昨日ほむらから、自分のために悲しすぎる過去を体験しているということを聞いていた。
嘘だと疑うわけではない。
むしろ自分のことをこれ程までに大切に思ってくれている人がいたことに、嬉しく思った。
そうだとしても、まどかはほむらのことが、自分にとってのヒーローであると同時に……怖かった。
涙を流しながら、いつもと違う口調で話したほむらが、愛おしくいじらしく思えたのも事実。
しかし、そのほむらに、契約をしたら殺すと遠回しに脅されているという事実もある。
脳裏に押し込んだ複雑な気持ちが、再び浮上してきた。
友達なのに、怯えている自分が存在する。
――自分を救うために、悲しい思いをされていること。
全ては自分のためにやってくれていること。しかしその選択を心のどこかで否定している。
まどかは、そういった罪悪感も感じていた。
ほむらは、取りあえず屋上へ向かっていた。
屋上に魔女がいるかもしれない。何となくそう思い、向かった。
しかし、結論から言うと……ほむらは屋上にたどり着けなかった。
気が付けば、教室にいた。
均等に並べられた、統一感された机と椅子。
床には、見滝原中学校の制服を着た遺体が数体転がっている。
電子機器内蔵されている、何も書かれていない綺麗な白板に血がついている。
「いらっしゃい。暁美さん」
そして、ベレー帽を被った、魔法少女の姿がそこにいる。
先程会った、先輩の概念。前の時間軸の巴マミの概念。Mami。
Mami「あなたが来るのを楽しみに待っていたわ」
Mami「Kyokoの仇だからね」
ほむら「…………」
ほむら「私は魔女を探して屋上へ行こうと思っていた……」
ほむら「そして、階段を上がっていたと思ったら……」
ほむら「いつの間にかここにいた」
ほむら「……幻覚のスタンドね」
ほむら「志筑仁美がそういう能力を持っていた。名前は確かティナー・サックス」
ほむら「幻覚の迷路で、私をここに誘い込んだ……」
ほむら「そういうことなのね?」
Mami「Esattamente(その通りでございます)」
Mami「アーノルドの使い魔群ヴェルサスのリーダーとして、私はあなたを葬る意義と義務がある」
Mami「元あなたの先輩として、正々堂々と決闘という形で決着をつけなければならない」
Mami「決闘を断る権利はある……しかし、断れない状況を作ることは嘘つきの行動ではない」
Mami「だから、こうなった」
Mamiは、「同じ顔」をしていた。
「友達」を家に招き入れた際に見る歓迎の微笑み。
それと、全く同じだった。
遺体が転がっている教室にも関わらず、紅茶とケーキをご馳走してきそうな顔だった。
ほむら(決闘……か)
ほむら(使い魔だというのに、そんな人間らしいことを言えるのがこの使い魔の恐ろしいところだ)
ほむら(……さて、どうしたものか)
ほむら(今ここで時間を止めて即、撃ち殺せるのがベストではあるが……)
ほむら(果たして、そんな簡単にいくだろうか)
ほむら(ヤツはわざわざ私をここに呼びよせた……)
ほむら(時間停止魔法が使える私を、わざわざ迎え入れた)
ほむら(ならば当然、時間停止に対して何らかの対策をされているはずだ)
ほむら(されているとすれば、どういう対策か……恐らくスタンドが関係している)
ほむら(ヤツのスタンドもわからない以上……迂闊に行動はできない。ここは様子を見ておくか)
ほむら「……質問したいことがある」
Mami「えぇ、どうぞ」
ほむら「私との一対一を望んでいるのね?」
Mami「その通りよ」
ほむら「ティナー・サックスの幻覚が加勢しているようなものじゃないの?」
Mami「それはないわ」
ほむら「この三年生の教室は本物?」
Mami「そうかも……」
ほむら「無関係の人間の遺体が転がっているのは何故?」
Mami「正当防衛よ」
ほむら「ゲームとやらの参加者というのは、使い魔全員を指すの?」
Mami「いいえ」
ほむら「今までにあなたは何人殺した?」
Mami「答える必要はないわ」
ほむら「今スタンド使いの使い魔は全部で何体いる?」
Mami「答える必要はないわ」
ほむら「アーノルドはどこにいる?」
Mami「答える必要はないわ」
ほむら「あなたはアーノルドを守るためにここにいるの?」
Mami「答える必要はないわ」
ほむら「他の使い魔はどこにいる?」
Mami「答える必要はないわ」
ほむら「……答えられないという答えが多いようだけど」
Mami「嘘をついても構わないのよ」
Mami「でも私は嘘をついたり騙したりするのはあまり好きじゃないの」
ほむら「……そう」
Mami「さぁ、て、と……無駄話もこれくらいにして……」
Mami「そろそろ、始めましょうか。スタンドバトル」
ほむら「…………」
Mami「あなたのスタンド、ストーン・フリー」
Mami「剛と柔を兼ね備えた糸のスタンド。一方、私のスタンドは不明」
Mami「情報量に差があってフェアではないけど、仕方ないわよね」
ほむら「……そのハンデとして、とまでは言わないけど一つ要求したい」
Mami「あら、何かしら?」
ほむら「待ってくれない?」
Mami「……なんですって?」
ほむら「あなたとの戦い、少し待ってくれと言ったのよ」
Mami「……怖じ気づいたのかしら?」
ほむら「いいえ。言葉通り。ただ待ってほしい」
Mami「随分とふざけたこと言ってくれるじゃない」
ほむら「待ってくれないの?」
Mami「どうしようかしら」
ほむら「虫けら以下の存在が尊敬する先輩の姿であることへの躊躇を消すための『時間』が欲しい……」
ほむら「私にとっては非常に重要な世界なわけだけど」
Mami「……虫けら以下の存在に交渉が成立すると思って?」
ほむら「通じるわ。あなたは腐っても巴マミだから。巴マミという概念だから」
ほむら「それなりのプライドがある。挑発に乗らない冷静さがある。戦士としての誇りがある」
ほむら「今のあなたなら、敵と言えど可愛い後輩の頼みは聞いてくれるんじゃないかしら」
Mami「…………」
ほむら「それとも……使い魔になると全部が全部、ただの人食いしか脳のないノミ以下の概念となるの?」
ほむら「敵のスタンドの秘密を知っているというアンフェアな状態で勝てても嬉しいんでしょうね」
ほむら「正々堂々と戦うという当たり前のことができない……あぁ、嘆かわしい」
Mami「ずいぶんと露骨な挑発をするじゃない。人を虫けら以下呼ばわりして……」
ほむら「えぇ、絶賛挑発中……。それとあなた人じゃあないでしょう。あなた如きが人を語るんじゃないわ」
Mami「本当にあなた私と交渉するつもりあるの?」
ほむら「大いにあるわ」
ほむら「……いい?あなたにもう一つだけはっきり言っておくわ」
ほむら「あなたと私は精神的に身分が違うのよ。今の私は精神的貴族に位置する」
ほむら「つまり私とあなたとでは考え方が決定的に違うというもの……」
ほむら「もう一度、交渉内容を確認するわ。悔しければ応じなさい」
ほむら「成り上がり貴族を気取りたいならYESと言うべきよ」
ほむら「私は純粋に、心おきなく戦えるために虫けら以下の存在が尊敬する先輩の姿であることへの躊躇を消すための心の準備がしたい」
ほむら「あなたが戦いに誇りを覚えているのなら、全力で戦える私と戦う必要がある。義務がある。意義がある」
ほむら「何もあなたのスタンドの秘密を教えろと言っているわけじゃあないのよ」
Mami「…………」
Mamiの左瞼はピクピクと痙攣していた。
優しい微笑みは、苦笑いと化していた。
Mami「虫けら以下……ね。まぁブタとかカスとか言わなかっただけ良しとしましょう」
Mami「私も私だし……お腹も一杯だし、すぐに食べるのもあれよね……」
Mami「いいわ。五分だけ待ってあげる」
ほむら「……チョロい」
Mami「何か言った?」
ほむら「感謝すると言ったのよ。小声で」
ほむら(……挑発を交えつつ譲歩を要求する。そうすることで『敢えて』乗ってくる)
ほむら(もし乗らなければ挑発を受けてしまったようで『ダサい』からだ)
ほむら(敢えて相手の欲求を受け入れる。そういう余裕を見せたがる。相手よりも先に引き金を引かない性格)
ほむら(言い方は悪いけど、巴さんには、こういった性格上の欠点がある)
ほむら(それは、巴さんの概念であるヤツにも通用する……『決闘』や『フェア』という言葉を使用したならなおさらのこと)
ほむら(それにしても、よくもまぁここまで口が回ったものね、私……)
Mami「そうそう……暁美さん。ただし、条件があるわ」
ほむら「条件?」
Mami「……トッカ」
シュルッ
ほむら「ッ!」
使い魔は腕を軽く持ち上げた。
指の先から黄色いリボンが、真っ直ぐに伸びた。
まるでストーン・フリーの糸のようだった。
リボンはほむらの左腕と、盾に巻き付く。
Mami「リボンであなたの左腕を縛った」
Mami「あなたの時間停止能力……止められる前に触れていれば時の止まった世界に入門できる。前の時間軸の経験」
Mami「だから、リボンであなたに触れることにする。拒否は許さない」
Mami「まあ、触れてようがなかろうがそれくらいの調節はできるようになってるかもしれないけど……」
Mami「それを踏まえて左腕……盾を縛った。時は止められても武器は取り出せまい」
ほむら「……わかったわ。えぇ、当然の発想ね」
ほむら(ストーン・フリーでその気になれば切断できるが……それはさておき)
ほむら「今から、きっちり五分ね……わかったわ」
Mami「やれやれ……あなた、ずいぶんと変わってしまったわね」
ほむら「これから私はあなたの顔面をストーン・フリーで殴り潰す覚悟を完了するまで精神統一をする。……だから静かにしててちょうだい」
Mami「……はいはい」
ほむらは透明の壁にもたれかかり、腕を組んだ。
所詮は使い魔。
元より尊敬していた先輩の姿だからといって殴ることに躊躇はない。
精神統一をするというのは真っ赤な嘘。
それでもほむらはそのままじっと床を睨みつけた。
ほむらと先輩の概念の決闘は一時的に凍結される。
キリカと合流して、ほむらと別れ、何分くらい経っただろうか。
まどかは、ずっとそわそわしていた。
すぐ隣にいるキリカは、契約したら殺すと口に出して言った人物。
そして、仮に織莉子という人物が生きていれば、その人と共に殺しに来ていたであろう人物。
実際は今こうして守られているし、悪い人ではないと思えるが、やはり恐怖は拭えない。
「まどか!キリカ!」
――この瞬間を、まどかはどれだけ待ち望んでいたことか。
ポニーテールの魔法少女の声が、名前を呼んだ。
紅潮している頬に一筋の汗が伝っている。
彼女も彼女で、良い印象を持っているわけではないが、
さやかの友達というだけで、ずっと気楽にその名を呼べる。
まどか「杏子ちゃん!」
杏子「気配がしたんでな……急いで来たぜ」
キリカ「それはよかった。しかし、よくここがわかったね」
杏子「まぁな。やっぱり覚えてるもんだな。見滝原の地理は」
キリカ「あー、違う違う。私達がこの教室にいるってことだよ」
杏子「あぁ、そっちか。学校ん中は初めてなんでチト迷ったがな」
杏子「まどか。怪我はないか?」
まどか「うん」
杏子「そうか。よかった」
キリカ「君もまどかが大事なのかい?」
杏子「ぶっちゃけ言うほどじゃない。ほむらが大事だっつーなら、あたしが守りたいものでもあるってだけさ」
杏子「マミの遺言だからな。ほむらに尽くすことは……で、そのほむらはどこだ?」
まどか「ほむらちゃんは一人で行っちゃったよ……」
杏子「そうか……まぁあいつなら大丈夫だろう」
杏子「それで、あたしはどうすればいい?」
キリカ「えーっと……」
キリカ「あれ?君に何か伝えるようなことあったっけ?私ィ」
まどか「…………」
杏子「…………」
キリカ「あ、そうそう。私と一緒にまどかを避難させようってこと」
杏子「何だそんなこと。元よりそのつもりさ」
キリカ「思い出した。私は君にそれを伝えるまで待機していた。で、君にそれを伝えたから、まどかを避難させて再入場」
杏子「なるほどね」
まどか「…………」
杏子ちゃんもキリカさんも……結界で迷ってる人を助けようって言ってくれない。
わたしは、仁美ちゃんや早乙女先生……みんなを助けてほしい。
でももし言ったら、ダメって言われるだろうな……聞かなくても何となくわかっちゃう。
やっぱりほむらちゃんが言ってた通り……
魔女を早く倒すのが、結果的にはみんなを助けることになるんだよね。
だけど……わたしは……。
「……え?杏子?」
まどか「え?」
キリカ「ん?」
杏子「……さやか?」
さやか「な、何……で杏子がここにいんの?」
さやか「何で、まどかやキリカさんがこんなとこに……?」
杏子「は?何言ってんだおまえ」
まどか「さやかちゃん……さっき出てったよね?」
杏子「出てった?……と、なると戻ってきたのか」
さやか「いや……あたしにもよくわかんない……」
キリカ「わからない?」
さやか「うん、気が付いたら……ここにいたんスよ」
さやか「……あ、ありのままに起こったことを話すよ!」
さやか「あたしは階段を下りたと思ったらいつの間にか上っていた」
さやか「な、何を言ってるのかわからないと思うけど、あたしもよくわからなかった……」
さやか「超スピードだとか瞬間移動だとかそんなんじゃない!」
さやか「学校を走り回っていると思ったら、ここに戻ってきていたんだ!」
杏子「お、おい……落ち着けよ」
キリカ「…………」
キリカ「……なんて言ったっけか」
まどか「?」
キリカ「恩人が昨日言ってた……スター……いや違う。『ティナー・サックス』とかいうスタンド」
キリカ「迫真のリアリティーな幻覚の能力。もしかしたら、それでさやか、君は……」
さやか「ゲ、ゲームとかでよく見る、元いた場所に戻って来ちゃう迷いの森的な……?」
杏子「それしかないな……」
まどか「そ、そんな……既に、スタンド攻撃が……」
さやか「言われてみれば……ほら、空が……病院の時みたいに暗くないし……」
さやかは指をさした。三人が振り返ると、その通りだった。
空が黒い。しかし、室内には確かに雲越しの日光が入っている。
まどかはこの光景を見るのは今が初めて。そのため、とても驚いた表情をしている。
杏子「ん、そう言えば……」
キリカ「うっかりしていたが……そうか」
キリカ「……あくまで一般人には結界を悟らせない、と」
杏子「混乱させない、騒がせないために……幻惑魔法の代理か」
さやか「と、取りあえずまどかを避難させよう!」
さやか「折角戻ってきたし、あたしがまどかを抱えますからさ!一緒に……」
杏子「いや、さやか。キリカには時間を操るタイプの魔法が使えるんだ」
杏子「ほむらはあたしとキリカの二人でと言ったそうだが……こいつ一人で十分」
杏子「さやか。あたしと二人で行くぞ。魔女を優先するして倒そう」
さやか「魔女ぉ!?いやいや!ダメだって!」
まどか「そうだよっ!仁美ちゃん達を助けなくちゃ……!」
杏子「仁美ぃ?気持ちは分かるが甘いこと言ってんじゃないぞ」
さやか「仁美はあたしの親友だ!助けないと!」
キリカ「さやか……取りあえず落ち着いて」
さやか「キリカさんはどうなの!?あんたはどっち派!?」
杏子「ほむらは魔女を最優先だっつった」
杏子「ほむらがそういう方針ならそれに従うべきだ!」
まどか「そ、それでも……!」
さやか「……まどか。もう二人はほっといて、二人で仁美を捜そうよ」
杏子「だー、もう!勝手な行動をするな!まどかは避難させるのは絶対だろ!」
キリカ「…………」
さやか「だったら仁美を助けに行こうよ!ねぇ!」
キリカ「…………」
キリカ「……なぁ、三人とも」
まどか「?」
杏子「何だよ」
キリカ「あんまり迂闊に動くな」
さやか「い、いきなり何ですかキリカさん……」
キリカ「正直言ってね、私は疑ってるんだ。元々疑り深い性格なんでね……」
杏子「何を疑ってるっつぅんだよ」
キリカ「使い魔は私達にそっくりだ。つまり、この中に『偽物』がいる可能性を危惧している」
キリカ「杏子かさやか。まどかも案外そうかもしれない」
まどか「えぇっ!?」
キリカ「さやかは一旦退室したから結局、この教室に最初からいたのはまどかだけだ」
キリカ「疑うのは当然だろう」
さやか「……そ、そんなこと言われてもさぁ」
まどか「…………」
杏子「…………フン」
キリカ「でも心配はいらないよ」
キリカ「実はね……使い魔とモノホンを見分ける方法を見つけたんだ」
さやか「え……ま、マジですか?」
まどか「み、見分けるって……」
杏子「正直、本物も偽物も、あいつらは一応概念っつー『本物』でもあるんだぞ。見分けられんのか?」
キリカ「この使い魔共はね……『指』で食事するんだ」
キリカ「吸って喰うらしい」
まどか「吸う……?」
キリカ「そう。体に指をぶっ刺してそこからチューチュー吸いとるんだ。蚊やダニが血を吸うみたいにね」
キリカ「そこで、肉に食い込みやすくするよう、使い魔の『指はチト鋭い』んだ」
さやか「えっ!?嘘ッ!?」
まどか「ほ、本当ですか!?」
杏子「んなことがあるわけねぇだろ……」
キリカ「…………」
まどかは目を丸くしてキリカの顔を見つめ、次の言葉を待つ。
さやかは自分の指を見て、そして隣にいる杏子の手を見た。
杏子は呆れた顔をして答えているが、視線の先はキリカの顔ではなく指にいっている。
キリカ「……ふふ」
キリカ「ああ、嘘だよ……。だが、マヌケは見つかったようだね」
まどか「え?」
さやか「何を言ってんスか?」
杏子「…………」
杏子「……そういう、ことか」
さやか「……?」
杏子はその意図を悟り、視線を移す。
まどかは杏子の動きを察知し、同じものを見る。
さやかは少し考えた。
杏子「…………」
キリカ「…………」
まどか「……あっ」
さやか「…………あぁッ!?」
さやかは気が付いた。
三人の視線が自分に集中していることに。
そしてさやかは理解した。
自分が置かれている立場。
自分の行動が犯したミス。
まどかがその意味を理解した少し後だった。
杏子「てめぇ……!」
まどか「……さ、さやかちゃ……」
さやか「…………」
キリカ「なぁ、どうなんだ?さやか」
キリカ「いや……」
キリカ「この『使い魔』ッ!」
さやか「…………」
さやかの姿は眉を潜めてキリカの顔を見る。
そして、口角がじわじわと上がっていく。
前の時間軸の美樹さやかの概念。ヴェルサスのSayakaだった。
Sayaka「……プ――ッ!」
Sayaka「ウヒヒヒヒヒヒヒ!ハハハハハハハハーッ!」
Sayaka「ウッ、クックックックックックッ、クックッフヒヒヒ!フッフッフッ、ハハハハフフハハッ!ノォホホノォホ」
Sayaka「ヘラヘラヘラヘラ……アヘ、アヘ、アヘ……ウヒヒヒ!ウハハハハハハハハハ!フハハハハハハハ!」
さやかの姿をしたものは、笑った。自分で自分をあざ笑っている。
杏子はまどかの真横に移動した。キリカは爪を構えている。
ジシバリの魔女アーノルドの使い魔、Sayakaは大声を出して笑った。
まどかは、歪んだ笑顔で笑う幼なじみの姿に戦慄した。
杏子は、全く気付けなかった自分に苛立った。
キリカは、もし違和感を覚えていなかったらまどかがどうなってたことか……そう思い寒気がした。
Sayaka「クックック……ヒヒヒ……いやぁ……」
Sayaka「……シブいねぇ」
Sayaka「……キリカさん。ほんと、シブいねぇ」
Sayaka「そっか……そうだよね……」
Sayaka「使い魔だったら指の形が変だ、な~んて言われてもさぁ……」
Sayaka「わざわざ『自分の手』なんざ見るもんじゃないよねェ」
Sayaka「普通、話者の顔とか周りの人の指を見るってもんだ」
Sayaka「だって使い魔じゃないもんよ」
キリカ「……いいや、そうとは限らない」
キリカ「自分の指と『それ』の指を見比べるという意味で……自分の指を見ること自体は何らおかしくない」
Sayaka「ほえ……?」
キリカ「結局のとこ、君は自分で自白したんだよ」
Sayaka「…………」
Sayaka「ふぅー……」
Sayaka「あたしってほんと馬鹿」
Sayakaは頭をポリポリと掻いた。
そして、その手を首に宛った。
Sayaka「やるじゃない。ちょっと見くびってたよ」
Sayaka「まぁ、あたしとしても……今の演技がバレてもいいとは思っていたんだよね」
Sayaka「惜しかったなぁ……あと少しで一気に『三ポイント』だったのに」
Sayaka「……しかしッ!」
キリカ「!」
ズバァッ!
Sayakaは自身の首を指で掻き切った。
肉を抉りとり、そこから体液が勢いよく噴出される。
その液体は、杏子とまどかにかかる。
まどか「んッ!?」
杏子「うあッ!?」
Sayaka「どうだこの血の目つぶしィッ!」
キリカ「まどか!杏――」
キリカ「ガフッ!?」
キリカ「ゲホ……?ゲハッ!」
キリカは首を抑え咳き込んだ。
激痛と共に吐血をした。
手に濡れているような感覚。首から出血している。
キリカ「な、何だ……!?」
キリカ「わ、私は……触れられていないのに……」
キリカ「いきなり首の肉が裂け……いや、抉れた……!?」
Sayaka「まどかはいただくよッ!」
まどか「わあッ!?」
杏子「ああっ!」
キリカ「ぐっ……!ガホッ!」
二人の目がくらんだ隙とキリカが咳き込んでいる突き、Sayakaは駆ける。
スピードには自信がある。
一気に距離を詰め、杏子を突き飛ばす。
そして素速くまどかを抱え、全力で走る。
Sayakaはそのまま教室から出ていった。
杏子は顔を拭い、Kirikaは魔法で首を治癒した。
使い魔を逃がしてしまった。
キリカ「ハァ、ハァ……」
キリカ「くそぅ……スタンド能力か……名前は確か……『ドリー・ダガー』……」
キリカ「ダメージを転移する能力……いきなり私の首を……くっ、恐ろしい能力だ……」
杏子「うえぇっ、ペッ、ペッ!く、口に入って……!」
キリカ「あーあ……参ったな……まどかが攫われちゃったよ」
キリカ「こりゃ恩人に顔向けできない」
杏子「……え?」
キリカ「いや、こっちの話さ」
キリカ「それよりも、さっさと顔を拭いな。こっちもこっちで大変だよ」
杏子「……?」
杏子「……!」
Sayakaと入れ替わったかのように、既に別の「人物」がいた。
そこにいたのは、小柄な女性だった。
眼鏡をかけて、にこにこと微笑んでいる。
キリカ「……『早乙女先生』……どうしたんですか?」
和子「いえ、みなさん。学校に遅くまで残って勉強だなんて、感心だなと思いまして」
和子「呉さん。久しぶりですね。担任の先生が心配してましたよ」
キリカ「……何て言うと思った?」
キリカ「貴様は使い魔だ……差詰め『Kazuko』ってとこかい」
Kazuko「やっぱり、気付いてましたか……タイミングがタイミングですしね」
キリカ「かかってきなよ……」
キリカ「私は……絶対にまどかをこの結界から避難させる!」
杏子「…………」
キリカ「アメリカ方式」
キリカ「フランス方式」
キリカ「日本方式」
キリカ「イタリア、ナポリ方式」
キリカ「世界のフィンガー『くたばりやがれ』だ」
Kazuko「せ、先生をバカにしているんですか!?体罰をします!」
Kazuko「『スケアリー・モンスターズ』ッ!」
キリカ「ふん!首を切り落としてやるさ!」
キリカは爪を構え、使い魔と対峙した。
愛情を一切感じさせない表情を見せる、教諭の概念はヒステリックに叫んだ。
#23『そんなの、佐倉杏子が許さん』
一方、まどかを抱えたSayakaは、
追っ手がいないことを確認しつつ『図書室』に辿り着いた。
図書室は、Sayakaにとっては思い出の場所。
前の時間軸の死に場所である。
Sayaka「ふぅ……ッブネー!」
Sayaka「まさか使い魔ってことがバレるとはね……」
Sayaka「でもま、いっか~。これでゆっくりと食える」
Sayaka「たくさん食べて大人の女になるぞー!」
Sayaka「まどか。あんたはあたしの嫁だからなぁ……。嫁だからあたしが食わないといけないんだ」
Sayaka「うぇひひ!別にイヤらしい意味じゃないからね。食べ方も動機もさぁ!」
まどか「…………」
Sayaka「どうしたい?恐怖で言葉も出ないのかな?」
Sayaka「安心しなよ。痛くしないからねぇー」
Sayaka「まずは服を脱がそう」
Sayaka「あ、勘違いしないでね。あたしはKirikaさんと違って同性愛者じゃあないからな」
Sayaka「バナナを食べるのに皮を剥くのと同じ理由だよぉ」
Sayaka「……そもそも使い魔に性別ってあるのかな?あたし乙女名乗っていいの?」
まどか「……おい」
Sayaka「え?」
Sayaka「……き、気のせいかな?今、まどかの口から出てはいけない言葉が――」
まどか「図に乗ってんじゃあねーぞスカタンが!」
ガシィッ!
まどかはSayakaの顔面に肘鉄を叩き込んだ。
Sayakaは思わず鼻を押さえるためにまどかを離す。
そしてまどかはSayakaから離れ、後方にジャンプし距離をとった。
まどかは不敵に、ニヤリと笑っている。
Sayaka「ブッ!?ぶがっ……!ま、まどか……!?……い、いやッ!貴様ッ!」
まどか「……本物のさやかがこの場にいたならこう言うだろーな」
まどか「まどかだと思った?」
まどか「残念!『あんこちゃん』でしたってな」
Sayaka「!?」
まどか「そしてあたしが『誰があんこだ!』ってツッコミをいれるんだよ」
鹿目まどかの姿は、いつの間にか変わっていた。
制服は赤い衣装。
桃色のツインテールは赤銅色のポニーテール。
佐倉杏子がここにいた。
杏子「実はそんなにさやかと話してはいないが……何故だかそんなやり取りが思い浮かぶんだ」
Sayaka「な、何ィィ~!?」
杏子「あたしの固有魔法は幻惑だ」
杏子「ちょいと幻惑魔法を使わせてもらったぜ」
杏子「あたしの姿とまどかの姿が入れ替わる。そういう幻を見せた」
杏子「あんたは、まどかと『見間違えて』あたしを連れてきたんだ」
杏子「さぁ、あんたの相手はこのあたしだ!」
Sayaka「あたしをおちょくりやがってぇ……!絶対に絶っ……」
Sayaka「~~~~~~~~~~対に!ぶっ殺ォォォォス!
Sayakaは剣を構え、杏子に剣先を向ける。
「ガル」と言わんばかりに顔を強ばらせ威嚇した。
そして、スタンドの名を叫ぶ。
Sayaka「ドリー・ダガーッ!」
杏子「出してきたか……スタンド!」
Sayaka「スタンド使いの魔法少女と魔法少女、どっちが強いか!」
Sayaka「そんなの試すまでもない!すぐに勝つ!」
杏子「……種はわかっているぞ」
杏子「あたしはほむらと共闘を結んだ。そして、前の時間軸とやらのことを聞いた」
杏子「前の時間軸……あんた、いや、その時のさやかもほむらと共闘関係にあったそうだ」
杏子「あたしとは敵対していたらしい……それはちょっぴり寂しいことだがそれはさておき」
杏子「ドリー・ダガー……『その刀身に映った相手に自身へのダメージの七割を転移する能力』……ほむらからの情報だ」
Sayaka「…………」
ドリー・ダガー。
剣に取り憑いている、実像を持たないスタンド。
その能力は、剣の刀身に映っている相手に自身への『ダメージの七割を転移』する。
Sayakaの頭を吹き飛ばそうものなら、相手は頭の七割が吹き飛ぶ。
体を突き刺せば、転移する七割分の傷を相手は負う。
首を掻き切れば、転移する七割分の傷を相手は負う。
それは、転移に成功すればダメージを三割に軽減されるということも表す。
前の時間軸、「さやか」は失恋をした。
「恭介」が「仁美」に好意を抱いてしまったためである。
そして「恭介」が「仁美」を好きになった原因は『スタンド』にあった。
「さやか」は『自分が悲しい思いをしているのは全てスタンドのせいだ』と、思った。
悪い結果が訪れても自分に落ち度はないはず。
そういう責任転嫁願望から発現したスタンド。
Sayaka「へぇ……よく知ってたもんだ」
Sayaka「スタンドの種が既に知られているってのはあまりいいことではない……」
Sayaka「スタンドを知られるということは弱点を知られることに繋がるからねぇ……」
Sayaka「だけどだよ?」
Sayaka「それはスタンド使いが相手だったら、の話だ」
Sayaka「公平な立ち位置だったら、の話だ」
Sayaka「あるとないでは、ある方が強いに決まってる!」
Sayaka「あんたにあたしが倒せるのかぁ!?」
Sayakaは刀身を杏子に見せつけた。
鏡のように光り、杏子の姿を映している。
杏子「それがどうした」
Sayaka「ん?」
杏子「それがどうしたのかと聞いたんだよ。有利不利なんてのは関係ない」
杏子「確かに……スタンドという未知の能力の差を超えるのは難しいかもしれない」
杏子「だが……あたしはあんたと違って人間の心……」
杏子「人としての考えがあり、誇り高い意志と覚悟がある」
杏子「だからわざわざあんたに教えてやる。使い魔ごときにはチト難解かもしれないが……」
杏子「いいか、最も難しいことは……そういう障害を乗り越えることじゃない」
Sayaka「…………」
杏子「最も難しいことは『自分を乗り越える』ことだ!」
杏子「あたしは自分の『過去』をこれから乗り越える!」
Sayaka「過去?乗り越えるぅ?何を言ってるんだあんた」
杏子「家族が死に、ゆまが死に、マミが死んだ!」
杏子「あたしの心はマイナスだった!それをゼロにするというんだ!」
杏子「行くぞ!『ロッソ・ファンタズマ』だッ!」
Sayaka「なっ……!」
ロッソ・ファンタズマ。
杏子の幻惑魔法。それは己の分身を作り出す魔法、その名前。
分身は幻影であると同時に力があり、
それぞれの分身がその槍を振るい攻撃をすることが可能。
また、視覚的な撹乱や身代わりによる回避もできる。
過去を拒絶して封印された、杏子の願いに伴い目覚めた固有魔法。
杏子の姿が複数に「増え」た。
ちなみに名付けたのはかつての師匠、マミである。
一人、二人、三人。
杏子の分身が増えていく。
幻影でありながらダメージを与えることができる。
使い捨てのスタンドのようなものだと、杏子は思った。
Sayakaは歯を食いしばり、目を丸くして驚いてみせる。
Sayaka「げ……『幻惑魔法』ッ!」
Sayaka「ど、どういう……ことだ!そういえばそうだった!」
Sayaka「ヤツは幻惑魔法が使えなくなっているはずだ!」
Sayaka「過去のトラウマなぞいざ知らずなKyokoならまだしも……」
Sayaka「こ、『この杏子』が使えるはずがない!」
Sayaka「当たり前に使ってて気付かなかった!」
Sayaka「こいつは幻影を使って、まどかに化けてた!」
杏子「人は、変われる。時として精神的に成長するんだ」
杏子「あたしには、未来を生きる決定的な理由と目的がある!」
杏子「あたしは、さやかと生きるという楽しみがある!」
杏子「そのためにはいつまでも過去に縛られてはいけないんだ!」
杏子「ほむらもキリカも、失った過去を心の隅に追いやって生きて戦っている!」
杏子「だったらあたしもよぉ!マミもゆまも家族も、失った過去と向かい合わなきゃいけねーだろ!」
杏子「マミに付けられた名前!父親から拒絶された幻惑魔法!」
杏子「そしてゆまを救ったこの槍であんたに引導を渡してやる!」
分身は一斉にSayakaを包囲した。
杏子達の内の一人がSayakaに語りかける。
使い魔は、複数の杏子に囲まれ、睨まれる。
Sayaka「う、うぅぅ……!うぅぅぅ!」
杏子「前の時間軸のあたしは……シビル・ウォーというスタンドに目覚めた」
杏子「シビル・ウォーは罪を他人に押しつけて過去から目を背ける。そんな能力だったそうだが……」
杏子「あたしは違う!あたしは罪を、あたし自身で受け入れるッ!」
杏子「あたしは過去を克服するんだ!」
杏子「もう一度言うぞ!あたしは自分の『過去』をこれから超えるッ!」
幻惑魔法そのものは、杏子はかつての心因的な理由で使えなくなった。
しかし、家族を失った過去を受け入れようと決心したためか、
マミとゆまの死の悲しみを克服した精神的覚醒か、
それらによって失われた魔法が今再び使えるようになった。
杏子はそう解釈した。
使えるようになっているという実感を抱いていた。
そして実際に、なった。
杏子「ドリー・ダガー……剣に映った相手にダメージを転移する能力」
杏子「分身が剣に映ることで……その転移を分身に受けさせてやる!」
杏子「あんたにゃ治癒魔法があろうが……」
杏子「そんなものは関係ない!ソウルジェムを砕けば即死!」
Sayaka「……くぅ!こ、こいつ!」
杏子「数で押せば必ずソウルジェムを砕けるチャンスはある!さすれば即死だッ!」
杏子「即死すれば転移しない!それがドリー・ダガーの弱点だ!」
杏子「使い魔一体にこんな大技を使うのはチト勿体ない気分だがなァッ!」
Sayaka「か、過去を……超えるだと?……それがどうした!」
Sayaka「な、な、何にしたって!あんたはあたしという過去に敗れるんだ!」
複数の杏子が、ある分身は直線上に、ある分身は角度をつけて、
ある分身は飛び上がり、ある分身は複雑な軌跡を描きながら、一斉に突進する。
杏子「ロッソ・ファンタズマ躱せるかァ――ッ!」
Sayaka「そ、そうはいかんッ!」
Sayaka「うあありゃぁぁぁぁ!」
Sayakaは剣先で『右』を指し、腰を捻りながら、
体を回転させた。
右脚を軸に独楽のように回り、振り回される剣が分身に触れる
分身は剣撃を喰らう。
複数の分身は一体一体がロウソクの火に息を吹きかけたかのように消える。
分身は一瞬にして破れた。
頭をくらくらと揺らすSayakaは、たった一人で立ちつくす杏子を笑った。
Sayaka「ハハハ!ど、どうだッ!回転斬りで幻惑をうち消せたぞッ!」
Sayaka「たかが幻覚!無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁーふははははー!」
杏子「…………」
杏子「ああ……そうだな」
Sayaka「!」
杏子「確かに無駄かもな。ただし……魔力の、だ」
Sayaka「な……そ、そんな……!」
違和感のある声が聞こえる。
方角が違う。後ろから、聞こえる。
考えている内に『前方にいる杏子』が消えた。
Sayakaは声の方へ振り返る前に、杏子は行動に移していた。
杏子「ロッソ・ファンタズマ。分身に紛れてあたしは既にあんたの背後に回った」
杏子「あんたが楽しそうに話していたのは……あたしの分身だ」
Sayaka「な、何だと……!?」
杏子「この距離なら……確実に背中を貫通させて腹の魂を砕く……おっと、使い魔に魂もクソもないか?」
Sayaka「き、貴様ッ……!」
杏子「ブッ殺してやる!」
Sayaka「GYAAH!」
ザシュッ!
杏子の分身はSayakaの背中を槍で突き刺した。
体を貫通し、腹部のソウルジェムを砕くことができる。
Sayakaは膝をついた。
背中を貫通し、臍の位置を貫いた。
ソウルジェムがあれば、砕ける位置。
砕ける、はずだった位置。
杏子「…………」
杏子「……ゴフッ」
杏子「……え゙」
杏子の口元から赤い液体が垂れてくる。
背中に体の水分が蒸発するかのような、熱い痛みが走る。
ゆっくりと腰に手をやり、痛みのする場所に押さえると、生暖かい液体の感触。
言うまでもなく、それは血だった。背中が抉れている。
足に力が入らない。
杏子「げほっ……ぐふ」
杏子「な……」
杏子「何……?え?」
Sayaka「『ぶっ殺す』……」
Sayaka「そんな言葉は意味がない。こういうどんでん返しがある世界では尚更ね……」
Sayaka「ぶっ殺したなら使っていい」
Sayakaは、何てこともなく立ち上がり、数歩歩いた。
そして、背中を向けたまま言った。
ガクッ
杏子の方が、膝をついた。
感覚でわかる。背中から腹にかけて『七割』方が抉られた。
内臓が破れ、背骨が折れ、脊髄が断たれた。
杏子「ば、馬鹿な……!」
杏子「あたしの体……『七割』……穴があいた……!?」
仮に、狙いが逸れてソウルジェムを砕けなかったとしても、
ドリー・ダガーは光の反射に捕らえられた相手が対象。
背後は反射の死角。刀身に杏子は映るはずがない。
その仮定を踏まえて背後に回ったのだ。
杏子「背後からの攻撃……死角だ。刀身に映して反射させるってんなら……」
杏子「あたしは……映っていない……のに……!」
杏子「ドリー・ダガーは光の反射に関係する能力……!ほむらから直々に聞いた情報だ……」
杏子「剣に……あたしの姿が映ってないのに……映るはずがないのに……」
杏子「転移される、はずがない……」
杏子「何故、だ……!?何故、てめぇ、生きている……何故、転移した……!?」
杏子は魔力を神経の治癒にあて、取りあえず再び立てるようにした。
追い打ちを喰らわないよう、槍を杖に半ば無理矢理立ち上がる。
石突の部分で床を突き、その勢いのバックステップで距離を取った。
Sayaka「ふっふふふーん」
Sayaka「あんたがさぁ……ほむらからそういう情報を受けてたであろうってのは流石に馬鹿なあたしでも想定済みよ?」
Sayaka「確かに、あたしのダメージ転移能力……」
Sayaka「反射させなければならないということは……それにはどうしても死角ってのができてしまう」
Sayaka「攻撃の方向によっては『詰む』かもしれない……ドリー・ダガーの弱点その一……」
Sayaka「それをカバーする戦略を考えてないと思ったの?」
Sayakaは依然杏子に背中を向けたまま、両腕を大きく広げた。
白いマントには、赤渕の穴があいている。
Sayaka「周りを見てみろ!」
杏子「ゲホッ……ま、周り……?」
杏子「ッ!?」
杏子「こ、これは……!」
杏子は首を横に向けた。
そして、杏子は自分の目を疑った。
自分がいる。
ここは確かに図書室だった。本棚も机もあった。
しかし、それらがない。驚いた自分の表情が見える。
本棚も机も椅子も全て取っ払われている。
壁面全体に何枚もの『鏡』が立て掛けられている。
鏡に、槍を杖のようにして、震える足で体を支えている自分がいる。
使い魔の方に向き直すと、その方向の壁も『鏡』になっている。
『鏡』
床は変わっていない。天井も変わっていない。
机も椅子も本棚も窓さえなくなっている。
いつの間にか、図書室はガラス張りの一室となっていた。
自分とSayakaを鏡が囲う。
万華鏡の中にいるかのような状況だった。
Sayaka「既にだ。既に対策トリックを仕掛けた」
杏子「こ、これは!げ……『幻惑』か!?」
Sayaka「ご名答。流石は幻惑使い。よくわかったね……ただ、正確には幻覚ね」
Sayaka「ネタ晴らしすると……図書室に『Hitomi』がいる。志筑仁美の概念だよ」
Sayaka「ほむらから能力は聞いているかな?『ティナー・サックス』……幻覚のスタンド能力」
Sayaka「ティナー・サックスの幻覚は五感で騙せる」
Sayaka「既に学校全体にも作っているけど……たった今ここに幻覚の鏡を作らせた」
Sayaka「鏡は目に見えるものを反射する。光は像だ。光は反射だ。ドリー・ダガーは反射のスタンドだ」
Sayaka「ドリー・ダガーの刀身には『鏡に映ったあんた』が映っている」
Sayaka「あたしのスタンドは清らかなさやかちゃんにピッタリな『光属性』だ」
Sayaka「これにより……どの角度からでも、だ」
Sayaka「あたしのドリー・ダガーには鏡越しにあんたが映るのよ」
Sayaka「つまり『鏡を介してあんたにダメージの転移が行われる』ということだ!」
杏子「ひ、光の反射……だと……!?」
Sayaka「ダメージはどの角度からやっても転移する。ドリー・ダガーの弱点その一を克服した」
Sayaka「さらにだな……」
Sayaka「あたしのおへそをご覧なさい。おへそフェチに目覚めてもよろしくてよ!」
杏子「なっ……!」
Sayaka「鏡と同様……既にあたしは幻覚を『被っ』ていた」
さやかの魔法少女姿を見るのは、今日が初めてではない。
昨日「さやかちゃんのファッションショ~」だとか言って、変身して見せつけてきた。
白いマント。露出された両肩と腹。水色と白を基調としたデザイン。
今戦闘をしている敵とは全く同じだった。つい先程までは。
ドリー・ダガーと鏡によるほぼ全自動ダメージ反射構造を理解した時。
その前後でSayakaの姿に異なる部分がある。
腹にある、ペタリと貼り付けたシールのような水色の宝石。
それがない。
振り返ったSayakaには、ソウルジェムがなかった。
引っぱたいて紅葉を彩らせたくなるような健康的で綺麗な腹に、
小指の先がすっと収まりそうなへそがある。
杏子「ソウルジェムが……ソウルジェムが『ない』ッ!?」
Sayaka「ソウルジェムは『二個』あった!」
絵に描いたようなしたり顔で、Sayakaは叫んだ。
即死のポイントがない、魔法少女のさやかの概念。
Sayaka「あんたが見ていたのは、ティナー・サックスの幻覚だ」
Sayaka「あたしは既にお腹に剣をぶすーってやってソウルジェムを抉り出した」
Sayaka「肉体と魂を分離させる戦法……魔法少女ならどうかわからんが使い魔だからこそできる芸当よ」
Sayaka「壊れたら即死するっつーもんをわざわざお腹につけるとか、今にして思えばバカだよね」
Sayaka「……どーいうこったか、わかるかな?」
杏子「…………」
唾を飲む。
ソウルジェムを分離させた魔法少女の概念。
杏子はそれの意味を悟っている。
Sayaka「そして魔法少女の概念という不死身の体……」
Sayaka「いくらやっても死にはしないという、好き放題が出来る反面、即死の弱点が存在する」
Sayaka「ソウルジェムはいわば使い魔にとって単なる生命維持装置……」
Sayaka「それがないなら、死にはしない」
Sayaka「ドリー・ダガーの弱点その二は、ソウルジェムの破壊……」
Sayaka「本体が即死したら意味がない。あたしのソウルジェムを『預かってもらう』ことでそれも克服した」
杏子「くっ……!」
Sayaka「治癒に定評のあるさやかの概念であるソウルジェムのないSayaka……」
Sayaka「つまり……あたしは死なない肉人形!」
Sayaka「不死身!不老不死!スタンドパワー!」
Sayaka「あたしは最強だァァァァァッ!」
ザグゥッ
Sayakaは剣を自分の膝に突き刺した。
剣が膝を貫通する。赤い体液が流れ出す。
杏子「グァァッ!?」
ドサッ
杏子「グッ!」
ドリー・ダガーの能力。本体へのダメージの七割を刀身の映った相手に転移する。
ドリー・ダガーの刀身には、鏡に反射した杏子が映っている。
七割のダメージは光に乗せられ、鏡を跳ね返り、杏子へ、間接的に刺された。
杏子の膝から鮮血が噴き出す。膝関節の七割が破壊され、再び倒れる。
尻餅を突いて転倒した。立つことができない。
Sayaka「やったッ!勝ったッ!仕留めたッ!」
Sayaka「これで杏子は死んだァァァァ!」
Sayaka「苦し紛れにあたしを攻撃しても、あたしは死なないもぉんねえぇぇぇぇ!」
Sayaka「試しに頭をかち割ってみるかい?あんたの七割がかち割れるよ!」
Sayaka「アハハハ!まどかが喰えなかった腹いせだッ!」
Sayaka「四肢を断ち切って抵抗できなくしてから喰ってやるッ!」
杏子「く……!」
使い魔は不気味な笑みを向けながら、
一歩一歩ゆっくり歩み寄る。
膝を刺したにも関わらず、何てこともなく歩く。
刺し傷は既に消えている。
杏子(……ま、負ける)
杏子(負けるのか……あたしは)
杏子(…………ダ、ダメだ)
杏子(あたしはまだ死ねない……!)
杏子(約束を……したんだ……)
杏子(あの夜……あたしは、さやかの友達になったんだ……)
杏子(そして、ずっと一緒にいることを誓ったんだ)
杏子(さやかは、あたしと一緒にいてくれると言ってくれたんだ!)
杏子(死ぬ覚悟はできている……だからあたしはここにいる!)
杏子(だが……!)
杏子(ここでは!こんなところでは死ねない!)
杏子(こんなシケた死に方!ゆまとマミに顔見せできねぇ!)
杏子(あたしは……あたしはまだ死ねない!)
杏子(あたしはまだ!さやかに何もしてやれていない!)
Sayaka「勝った!死ねィ!杏子ッ!」
杏子「ぐ……!」
杏子「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
使い魔は、脚を間接的に斬りつけられ歩けなくなった杏子に近寄り、
頭をめがけ剣を振るった。
空気を切る音が聞こえた。
バァン!
破裂するような音が聞こえた。
杏子は、腕で頭を庇い、ギュッと目を瞑った。
……何も起こらない。
訓練されたボクサーは相手のパンチが超スローモーションで見え……
事故に遭った瞬間の人間は体内や脳でアドレナリンやらなにやらが分泌され、
一瞬が何秒にも何分にも感じられるというあれだと思った。
しかし、杏子はパチリと目を開けることができた。
杏子「……!」
杏子「あ……あれ……?」
杏子(なんだ……何も……起きない……痛みを感じずに死んだのか?)
杏子(いや……違う……なんだ。この感覚……。胸が……いや、心が……『熱い』)
Sayaka「…………」
Sayaka「さ……ま……!」
杏子(燃え上がるように、熱い……!)
腕を開け、視界を開けさせる。
そこには、目を皿にして、歯を食いしばるSayakaの姿。
空中で静止している、水に濡れているかのように綺麗な刀身。
Sayakaの剣を白羽取りして止めた。
『赤い両腕』が、止めた。
半透明の、赤くて温かい『もう二本』の両腕。
それらが、両肩から飛び出している。
初めて見るが、『それ』が何なのか、杏子は知っている。
魂が、それを理解している。
Sayaka「杏子……!き、貴様……!」
Sayaka「あんたッ!バカな……い、いつだ……」
Sayaka「ス……『スタンド』を!?」
何故、いつ、どこで、自分にスタンドが発現したのか。
疑問は尽きない。
しかし、不思議と心は落ち着いていた。
突然体から飛び出してきた、赤銅色の両手首。
HBの鉛筆をベキッとへし折るように、さも当然のように、スタンド使いになっている。
それ自体に戸惑いはなかった。
杏子は、見た瞬間に理解した。
この、赤いスタンドの能力を。
使い魔に、それを見せることで、実際に見ることで実感することにした。
Sayakaの顔は見る見る赤くなり、ダラダラと水滴を垂れ流す。
顔だけでなく、露出した腹や両肩からも、粘液状の液体が浮かんでくる。
Sayaka「う……こ、これは……!?」
Sayaka「なんだ……これ……は……!」
Sayaka「あたしの……あたしの体が……!」
Sayaka「あ……つい……」
Sayaka「『熱い』ッ!?」
Sayaka「か、体の奥から……体液が灯油になって燃えているかのような……!」
Sayaka「と……『溶けて』るッ!?」
Sayaka「ヤバイ!何かヤバイ!体が溶けるだとッ!?」
Sayaka「……!ど、ドリー・ダガー!」
Sayaka「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHH!?」
Sayakaの体から、黒い煙がぶすぶすとあがっていく。
皮膚や肉がただれている。
赤い腕に押さえつけられた剣が、溶けてきている。
鋼の融点は約1600℃程度。赤い腕が、それを超える熱を持っている。
ドリー・ダガーは、魔法武器の剣に取り憑いている『本体へのダメージを転移する』スタンド。
つまり、剣――スタンドそのものにダメージが加われば、
スタンドが傷つけば本体にもダメージが及ぶというルールに乗っ取り、スタンドが受けたダメージが本体に及ぶ。
剣そのものが熱せられれば熱される程、Sayakaの体は沸騰するかのような苦痛に見舞われる。
100%のフィードバック。体が間接的に溶かされている。
Sayakaは剣を思い切り引き、灼熱のスタンドから回避した。
治癒魔法でただれた肉を元に戻していく。
くの字に変形しつつあった剣が、本体の回復に伴い元に戻っていく。
杏子は立ち上がった。
針穴に糸を通せるくらいに心は落ち着いている。
そして自分の精神、闘争心が体から抜き出る様子、
ロッソ・ファンタズマで分身を作り出す様をイメージする。
赤い両腕の持ち主が、杏子の体から分離していく。
太い嘴。鋭い目。頭は鳥そのものだった。
ミノタウロスの頭が、牛から鳥に置換されたような、
鳥獣の頭をした、亜人型スタンド。
赤いスタンドの周りの空気が揺らめいているように見えた。
杏子「こいつが……あたしの……」
杏子「こいつがあたしのスタンド……!」
何がきっかけで現れたのか、やはり心あたりが全くない。
発現することが運命で定められていて、
それを魂が理解していたかのようだった。
どういう能力か、心で理解している。
しかし時には実感することが必要になる。
杏子は「何か出せ」と念じながら、赤いもう一つの自分を観察する。
スタンドの手の平の上に、橙と黄のグラデーションを彩る「もや」のようなものが生じたちわかる。
それは『炎』だった。そしてさらに、幻惑の魔法使いならではわかることがある。
これは本物の炎ではない。『炎のヴィジョンをした熱エネルギー』である。
杏子は自分の精神が求めた能力を実感した。
杏子「……炎に見える熱を操るスタンド」
杏子「……あたしの、心の炎……とでも言おうか」
杏子「……あたしのスタンドは!『炎を操る能力』ッ!」
『ギャァァ――ス!』
杏子の高ぶる精神に同調したかのように、
鳥獣のスタンドは雄叫びをあげた。
禍々しくも、逞しい。
未来へ雄飛する正義の咆哮。
離れた位置からでも、Sayakaは熱を感じた。
Sayaka「炎の……スタンド。なるほど」
Sayaka「あんたは確か、火事で家族を亡くしてるんだったね」
Sayaka「そのトラウマを克服して炎のスタンドが目覚めたってところかな?過去を受け入れるとか言ってたしね」
Sayaka「合点がいくが……杏子。どんな能力であろうと無駄だよ。忘れた?あたしの能力を……」
Sayaka「あたしに攻撃することは無意味だ。あたしを焼き殺すなら、自分の首を絞めることになる」
Sayaka「あたしに対して『熱い』というダメージもあんたに転移することになるんだよ」
杏子「…………」
杏子「スタンドが傷つくとスタンド使いも傷つく……」
杏子「てめぇは剣を溶かされかけた時……スタンドのダメージは転移しなかったな」
杏子「だったらよぉ……その剣が完全に溶けたら……即ち、スタンドが消滅したらどうなるんだろうな?」
Sayaka「……!」
あの時――ドリー・ダガーが取り憑いた剣が熱で溶解しそうになった時、
体液が溶かした鉄になったかのように苦しかった。
杏子の目を見て、使い魔としての本能がうずく。
待避しなければと思ったが、魔法少女の概念としての意地とプライドがムンムンと湧いて出てくる。
Sayaka「…………」
Sayaka「や、やってみればいいじゃあねーか……」
Sayaka「確かにあたしのドリー・ダガーの能力は、本体へのダメージを転移する能力に過ぎない」
Sayaka「剣に取り憑いたスタンドそのものへのダメージは、本体へのダイレクトダメージと違うからな……そういう可能性もあるかも」
Sayaka「だが、それは無理だね」
Sayaka「先程は油断したが、この状況をもう一度見てみろ」
Sayaka「全面鏡張りの世界!鏡の世界は反射の世界!」
Sayaka「炎ごときがどうだと言うんだ!コノヤロー!」
Sayaka「あんたが炎を火炎放射みたいに放出しようもんなら……」
Sayaka「あたしのスタンドが熱くてたまんねーってなる前に!」
Sayaka「その焼けるダメージを転移して、逆に焼き殺してやる!」
Sayaka「これは予告だ!」
Sayaka「あんたは自分自身のスタンドに焼かれ死ぬ!」
杏子「…………」
杏子「そうかい」
杏子「それが……どうした?」
杏子「あたしには勝利の感覚が見えたぞ!」
Sayaka「炎なんかに!何の意味があるのか!」
杏子「魔法武器が何でできてるか知らねーけどよぉ……」
杏子「鋼の融点は……炭素の含有量によってそれは下がるが……およそ1600℃くらいだそうだ。学校で習っただろう」
杏子「今からあたしは2000℃の炎であんたを燃やしてやる!」
杏子「あんたをスタンドごと体ごと焼き尽くす!」
杏子「スタンドの剣へのダメージは、あんたに直接喰らう」
杏子「ソウルジェムのない不死身の体だろうが……そんなもん知るか」
杏子「スタンドの剣を溶かす!あんたを間接的に溶かし殺す!消し炭にしてくれる!」
杏子「それができるくらいの火力はあるはずさ!」
Sayaka「杏子……!それでも火焔をよこすかァッ!」
杏子「いくぞ!あたしのスタンド!」
Sayaka「そういうのをなあ~……ただのやけくそと言うんだッ!」
Sayaka「いいだろう!意地でも反射してやる!あんたはあんた自身の炎に焼かれ死ぬんだ!」
杏子「そんなの、佐倉杏子が許さん!」
杏子がかつてマミと共に活動していた頃――
ティロ・フィナーレを始めとして
「戦ってる最中に技名を叫ぶ意味ないだろう」と言い争った過去がある。
決してマミの「技名を叫ぶと良い」という持論を受け入れたわけではないが、
今は亡きマミを思うと、名付け、叫ばずにはいられなかった。
「折角だから名付けよう……マミみたいに。技に名前を……」
「生憎あたしはイタリア語がわからないが……決めた。名付けて……」
杏子「『クロスファイヤーハリケーン』ッ!」
杏子は片膝をつき、祈るように両手を組み唇に近づけた。
炎で「それ」を作ることに対し炎で死んだ家族への、
安らかな眠りを祈る思いと懺悔の念を表す。
その背後で、赤いスタンドは両手を交差して炎の塊を生成した。
その炎は巨大な『十字架』の形をしている。
杏子がわざわざ十字の形にしたのは、封印した教会の子どもとして生きた過去の象徴。
それをわざわざ炎で象ったのは、燃えて消えた過去。それらを精神的にも受け入れたという象徴。
幻惑も炎も、もう心因的な恐怖が杏子を縛ることはない。
自分自身のけじめという意味を込めた十字の炎。
過去を克服した炎、未来へ雄飛する炎が放出された。
Sayaka「う、うぅ……うおおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
Sayaka「こ、この熱は!このエネルギーは!」
Sayaka「……や、ヤバイ!」
炎の塊が迫れば迫るほど、空気が熱くなる。
その勢いに、Sayakaは気圧された。
まるで炎上している納屋に放り込まれたかのような恐怖心。
Sayaka「うぅ……だ、だがッ!」
Sayaka「ま、ま、負けるか!負けるものか!」
Sayaka「ダメージ反射能力と回復魔法!これほど相性のいい組み合わせはあるだろうか!」
Sayaka「炎だろうが何だろうが!反射してやる!反射できる!」
Sayaka「反射して治す!あたしは無敵!ドリー・ダガーは炎を反射できるッ!」
Sayaka「あんたはあんた自身の炎に焼かれて死ぬんだ!」
Sayaka「かかってこい!炎ごときに負けたりするもんか!」
Sayaka「ドリー・ダガァァァァァッ!」
十字の炎がSayakaに迫る。
まず熱風がSayakaを包み、次いで灼熱が襲う。
2000℃の炎がSayakaとドリー・ダガーを覆った。
Sayaka「ぐぅぅあああぁぁぁぉぉぉぉぉッ!」
Sayaka(よ、予想以上……だ!予想以上のエネルギー!)
Sayaka(し、しかし……ドリー・ダガーの能力で七割を反射したとしても……)
Sayaka(2000℃の三割……三十パーだから……えっと、何百℃程度の炎に襲われることになる!)
Sayaka(魔法少女の概念を備えるあたしにとって!耐えられない温度ではない!)
Sayaka(七割の炎が……相手にいくんだ!いくはずなんだ!)
Sayaka(……なのに)
Sayaka(だのにッ!)
Sayaka(だと言うのにッ!)
Sayaka「く……」
Sayaka「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHH!」
服は全て燃えてしまった。剣は変形し、液状化した鋼が床に垂れた。
炎が視界を支配しているため、杏子の様子を見ることはできない。
Sayakaは、このまま自分が溶け死ぬという実感を、今、本能で感じ取った。
腕がドロリと溶け、剣の持ち手が落下する。
液状化したSayakaの肉は黒い煙をたてて『蒸発』していく。
Sayaka「ギャヤヤアアアアアアア!」
Sayaka「うううッ!炎がァ!炎が!あたしの体を!あたしのスタンドを焼くゥ!」
Sayaka「ま、間に合わない!治癒能力が!」
Sayaka「……よくも!よくも貴様ッ!よくもこんなァアアアアアアア――――ッ!」
Sayaka「キョオコオオォオオ!ふ……ふ……不死身……不……老……不……死ィ……」
Sayaka「こんなァ~……こんなぁはずでは……」
Sayaka「……あたしのォ……人、生……」
Sayaka「KURUYAAAAAAAAAAAAAAHHHHHH!」
炎の中から、黒い煙が多量に出てきた。
アーノルドの使い魔群、ヴェルサスは、死亡すると黒い煙となる。
ソウルジェムは無事であるはずだが、Sayakaは死亡した。
スタンドのルール、スタンドが傷つけば本体にもダメージを受ける。
それを行き当たれば、スタンドが消滅すると本体は死ぬ。
ドリー・ダガーは剣ごと焼き殺された。
杏子「…………」
パチン
杏子は指を鳴らした。炎は一瞬にして消えた。
スタンドの操る炎の扱いは本能で理解している。
Sayakaは燃え尽きたが、杏子は『無事』だった。
火傷一つ負っていない。
杏子「Sayaka……あんたの敗因は……二つある」
杏子「一つは、自分の能力を過信していたことだ」
杏子「ドリー・ダガーは光を反射させてこその能力」
杏子「炎のヴィジョンという光源に包まれていたってことは……剣に映るのは当然『炎だけ』ということになる」
杏子「少なくともあたしは刀身に映っていなかった。だから反射を受けなかった」
杏子「炎という光に包まれた剣は、あたしを映さなかった」
杏子「もう一つは……」
杏子「あんたが『スタンド使い』だったということだ」
杏子「…………」
杏子「……桁外れの強さになるが、スタンドが傷つけば本体も傷がつく」
杏子「不死身の体だろうが、そこを突かれてしまえば……」
杏子「長所と短所は表裏一体と言ったところか」
Sayakaのドリー・ダガーは、魔法武器に取り憑いているスタンド。
つまり、スタンド=魔法武器という具体的な物であったため、破壊という撃破の手段があった。
しかし、もし相手がドリー・ダガーのようなダメージのフィードバックが特殊なものでなかったら、
どれだけダメージを与えれば『破壊された』という扱いをされるのかがわからない。
「スタンドの破壊」の終着点は抽象的なものとなっていただろう。
ソウルジェムを破壊しなくても、魔法少女は死んだと思えば死ぬが使い魔ではそうとは限らない。
今倒した相手は、ソウルジェムという即死のツボがない。
そして魔法を持ち人外故の残虐性と耐久力を持つ敵。
炎のスタンド、強力なスタンドだからこそ、二体のスタンドを同時に相手して勝てた。
しかし、もしそうでなかったら……それこそ戦闘に役立ちそうにないスタンドだったなら、
どうすれば殺せたものか全く想像ができない。スタンド使いの魔法少女という概念。
杏子は、改めて自分たちが戦っている敵の恐ろしさを実感した。
杏子「……もう一匹」
杏子「いるって言ったよなぁ……逃げていないよなぁ?」
使い魔、Hitomiのスタンド能力『ティナー・サックス』は幻覚の能力。
幻覚で作り出した鏡で図書室を全面鏡張りにした。
鏡の光の反射により、杏子は苦しんだ。
ヤツがここにいるはずである。
杏子「……相手の立場になって考える」
杏子「これは戦いにおける基本的な考え方だ」
杏子「ソウルジェムを敢えて分離させるという発想……普通はそうこれとできない」
杏子「そしてソウルジェムを離してるってことはよ……どっかに隠してるってこと」
杏子「援護ができる程近くで見晴らしがよく、安全な場所……そうなると」
杏子「なぁ、あたしのスタンドよ……」
杏子「やろうと思えば『それくらい』できるだろ?」
炎のスタンド。
熱エネルギーを炎のヴィジョンで表現し、自在に操る能力。
その使い方を、杏子は本能で理解している。
亜人のスタンドは、手の平からゆらゆらと揺らめくオブジェのような形をした「炎」を生成した。
その炎はふわふわと浮かんでいる。
上下前後左右、それぞれに火の玉が等間隔にある、六つの炎の集合体。
杏子「洞窟とかで迷った時、火の揺れ方を見て風が通ってる出口を探す……なんていうような話をどっかで聞いたことがある」
杏子「これは……あたしの魔力が込められたスタンド炎だ」
杏子「魔力には、光や音みたいな……波長のようなものがある。その波長で魔女の居場所がわかったりするもんだ」
杏子「……この炎はそれを探知する……『魔力探知機』だ」
呼吸や運動等で気流が生じてロウソクの火が揺れるように、
魔力の波長を感知して揺れる特殊な炎。空気の影響は受けない。
「右の炎」が激しく揺れ「前の炎」が形を乱す。
杏子の前方、魔力探知機の右前方向。
探知機によると、その方向にある鏡から特殊な魔力の波が放たれていることがわかった。
距離的には近い。杏子は悠然とそこへ向かい、槍を振るった。
ガシャァァン
幻覚は聴覚や触覚も騙す。
鏡はあたかも本物のように音をたててバラバラに砕けた。
その裏に、目を丸くしている志筑仁美の概念、ティナー・サックスのスタンド使い、Hitomiがいた。
手に持っている青い宝石が黒い霧を出しながら溶けていっている。
杏子「よぉ……ここにいたかい。さやかの親友だそうだな。あんたのその姿」
Hitomi「あ、あぁ……あああ……!」
杏子「あんたがヤツのソウルジェムを預かって無敵の体に仕立て上げたんだな」
杏子「そして今破壊した鏡は、裏側から透けて見えるマジックミラー」
杏子「……さて、始末させてもらうぞ」
Hitomi「み、み……」
Hitomi「見逃してくださァい!殺さないで!」
Hitomiは頭を床に叩き付けて土下座をした。
魔法少女と使い魔、両方の概念を両立させた特異な使い魔。
そのソウルジェムを破壊されない限り死ぬことはない。
しかし、それ以外。
スタンド使いではあるが、魔法少女でない、人間と使い魔の中間の存在。
それは人が死ぬ程度で死ぬ。使い魔としては簡単に死ぬ。
スタンド使いでない限りわざわざ産み出す価値のない妥協点。
Hitomi「どうか!どうか見逃してください!何でもしますから!」
杏子「…………」
Hitomi「そ、そうだ!わ、私の母、もといアーノルドの居場所を教えましょう!」
Hitomi「交換条件ですわ!たっ、たかが雑魚と天秤にかけたらいい交渉に違いありません!」
杏子「使い魔とはいえ、親を売るのか」
Hitomi「い、命の方が大事に決まってますわ!」
杏子「…………」
Hitomi「ど、どうかお慈悲を……!」
杏子「ダメだね。我がスタンドは許さん」
杏子「そんなの、あたしが許さない」
Hitomi「……この人でなしィィィィィッ!」
杏子「うるせぇ。人でないくせに!」
Hitomi「HYYYYYYYYAAAAAAAAAAAHHHHH!」
Hitomiはそのままさっくりと刺殺された。
断末魔が途切れ、幻覚の世界が解かれる。
元の図書室――過去の見滝原中学校に戻った。
杏子「……スタンドを消滅させ、肉体を塵にした」
杏子「そうしたら分離させていたソウルジェムも消えていった……」
杏子「魔法少女の魂はソウルジェムだ」
杏子「ソウルジェムさえ無事なら多少無茶しても死にはしないという認識をしていたが……」
杏子「スタンドが消滅したら本体も死ぬ。ソウルジェム云々以外にも死因は確かに存在している」
杏子「実際使い魔だったが魔法少女でもあるあいつは、そうやって死んだ。ソウルジェムも後を追って消滅した」
杏子「スタンドは精神のエネルギー。精神と魂は類語みたいなもんじゃあないのか?」
杏子「精神ってのは何なんだ?」
杏子「……違う」
杏子「ゾンビみたいな体という表現……あの時は否定しなかったが、それは違うんじゃあなかろうか」
杏子「……ゾンビには勇気はあるか、否、ノミが大きな動物に飛びかかるのと同じように、そんなものはない」
杏子「人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさだ、あたしは今、勇気がムンムンと湧いてきているからな」
杏子「ゆまから貰った気持ち、マミから受け継いだ意志」
杏子「あたしのこの体に、人の心は確かに存在しているじゃないか」
杏子「精神と魂は同じものだ」
杏子「しかしソウルジェムに入れられた魂は……ただの表現に過ぎないんだ」
杏子「全くの別物……人間の魂は分離なんてされちゃあいない!」
杏子「……いや、待てよ」
杏子「じゃあキュゥべえの集めてる感情エネルギーってのは何なんだ?」
杏子「何で感情でソウルジェムが濁るんだ?何で魔女になるんだ?」
杏子「あれ……?わけわかんなくなってきた。やっぱ魂と精神って別物なのか?」
杏子「え、えーっと……えっと……」
杏子「…………」
杏子「フッ、ソウルジェムのない魔法少女……恐ろしい敵だったぜ」
――杏子は思った。
……それにしても危なかった。
あたしが勝てたのは……スタンドのおかげだ。
いつどこで目覚めたのかしらないが……スタンドがなければ普通に死んでいただろう。
そして……精神論になるが、さやかのおかげでもある。
さやかはあたしの友達になってくれた。
さやかが待っている。それだけであたしは救われる気持ちになるからだ。
誰かがあたしを待っている。そういう生活を、あたしは求めているんだ。
思えば、ほんの少しの間だったが、ゆまがあたしの帰りを待ってくれていた……
そういう時期が、今なら幸せだったと胸を張って言える。
ゆまをマミに置き換えても言える。むしろ、マミとゆまが迎えてくれたらなお良かっただろうに。
今ならさやかもその中にぶち込んでしまえ。想像するだけでとっても幸せじゃねぇか。ゆまもマミもさやかも……みんないるなんてな。
そういうのは……失って初めて、実現が不可能だとわかってやっと気付くもんだ。いつだってそうだ。
もし、ゆまもマミも生きていたとて……こんな妄想をしたところで心を和ませることはなかっただろうからな。
あたしってのはつくづく素直じゃない人間だ。後悔ばっかりの人生だ。
杏子「……待ってろ。さやか」
杏子「いや、ほむらでも構わない。キリカはまどかを避難させれただろうか」
杏子「とにかく、誰かしらに合流する必要がある」
杏子「怪我はぼちぼち何とかしておくとして……」
杏子「行かなければ……今すぐに……!」
杏子は、自分のスタンドに名前が必要だと思った。
ほむらのストーン・フリーのように、ものには名前が必要だ。
「ロッソ・ファンタズマ」は「赤い幽霊」という意味だと、かつてマミから聞いた。
そこで、この能力の名前は『赤』という言葉と使おうと考えている。
杏子は無名のスタンドを持ってして、次の戦いのために心の準備を構えた。
834 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/03/28 00:00:15.62 k+xrQ6cbo 701/1068
ドリー・ダガー 本体:Sayaka
破壊力-A スピード-A 射程距離-C
持続力-A 精密動作性-C 成長性-C
魔法武器の剣に取り憑いているスタンド。その性質は「転嫁」
自身に受けるダメージの「七割」を刀身に映りこんだ相手に転移する。
三割は喰らうが、Sayakaの治癒能力と半自動カウンター能力は相性抜群。
Sayakaは常に魔法少女の姿をしているため、24時間スタンド剥き出しである。
光の反射を利用した能力であるため、暗闇では発動しない可能性がある。
A-超スゴイ B-スゴイ C-人間と同じ D-ニガテ E-超ニガテ
*実在するスタンドとデザイン・能力が多少異なる場合がある
#24『答え③なんて、あるわけない』
方向感覚や土地勘に自信があるとは言えない。
それでも、学校で迷子になるということは普通ありえない。
ましてや少なくとも一年も通った学校で迷うことは絶対にない。
別のクラスの友人達と一緒に歩いていたはずだった。
自分の教室へ行き、三人の友人に会おうと思っていたところだった。
志筑仁美は今、たった一人、廊下をさまよっている。
常に小走りだったため、息が切れ始めた。
仁美「はぁ……はぁ……」
仁美「な、何……何なの……!?」
仁美「どこに行ったの!?梨央さん!花都さん!」
いつの間にか、自分の両隣にいた友人が消えた。
仁美は自分で自分の状況を整理して、頭がますます混乱する。
階段を上っていたと思っていたら、いつの間にか下りていた。
二階から三階へ向かっていたのに、いつの間にか一階にいた。
上っていくと天井につきあたる階段。床に立ったドア。
段数が十三になった階段を途中三回曲がって上らされると、最後の一段は高さが三メートル。
夢でも見ているのではないか。だとすれば悪夢が過ぎる。
疲れているんだ。そう思った。
仁美は空間に孤立させられた。
「もう一人の自分」のスタンド、ティナー・サックスの迷宮によって……。
「お姉ちゃん迷子?」
仁美「……え?」
仁美「あ、あなたは……?」
幼い印象を受ける可愛らしい声が、背後から聞こえた。
小学生くらいの童女がいる。
緑色のツインテール。猫の耳を象ったようなカチューシャ。
フリルのついた可愛らしい服装。
ニコニコと微笑んでいる。そしてこの子には左腕がない。
隻腕の子どもがそこにいる。
「名前は『ゆま』って言うの。よろしくね。仁美お姉ちゃん」
童女は名乗った。千歳ゆまの概念『Yuma』だった。
この結界の使い魔が、仁美と出会ってしまった。
仁美「へ……?」
仁美「どうしてあなた……私の名前を……」
Yuma「これが迷子の理由だよ」
仁美「……?」
Yuma「仁美お姉ちゃんはHitomiお姉ちゃんの能力ではぐれさせられたの」
Yuma「Hitomiお姉ちゃんの能力……『ティナー・サックス』は幻覚の能力」
Yuma「そういうことができて、見失わせることができる能力」
仁美「私の……能力?」
Yuma「あ、ううん……違うよ。『違うヒトミお姉ちゃん』だよ」
Yuma「ちなみにあなたの担任の眼鏡のせんせーはもう死んじゃったのかな?」
仁美「……え?」
Yuma「えい!『猫さぁん』ッ!」
ペイッ
Yumaは右手に持っていた「何か」を仁美に向けて放り投げた。
銀色のそれはくるくると回転する。
仁美は反射的に手を出し、顔に向かって飛んでくる物体を掴んだ。
仁美「きゃっ!」
仁美「……?」
仁美「……百円玉?」
仁美「え、えーっと……ゆまちゃん……でしたっけ?」
仁美「人に物を……お金を投げちゃいけませんわ……」
どこかで拾ったのか、ピカピカした真新しい百円玉。
製造年は去年。生暖かい小銭。
Yuma「『キラークイーン』の特殊能力……それは……『触れたもの』は『どんなもの』でも……」
Yuma「『爆弾』に変えることができる……たとえ百円玉であっても……」
Yuma「フフ、どんなものであろーとね」
仁美「……!?」
仁美「……ハッ!」
仁美は、不意に氷で背筋を撫でられたかのようにビクリと体を強ばらせた。
嫌な予感がした。生命の大車輪が仁美の第六感を後押しした。
「す、捨てなくては!」
よくわからないが、この百円玉が危険なものだと思った。
仁美はそれを放り投げようとした。
カチリ
Yumaのスタンド能力。キラークイーンが触れた物体は爆弾となる。
遅かった。
百円玉は仁美のすぐ側で爆発した。
爆風が仁美の体を包んだ。
爆発の煙がもくもくと揺れる。
仁美は廊下に、仰向けに倒れた。廊下は赤く濡れた。
目で見て致死量だとわかるくらいの血を流し、ピクリとも動かない。
Yuma「…………」
Yuma「ふふーん。やったね」
Yuma「これでYumaのチームはプラス一点だね!ルンルン!」
Yuma「んー、今はあまりお腹空いてないからなぁ」
Yuma「爆発させちゃおーかな?」
Yuma「いや、でも勿体ない……」
Yuma「だけど殺さないわけにはいかない」
Yuma「同じ次元に同じ概念はあってはならないの」
Yuma「…………」
Yuma「ッ!」
Yuma「猫さんッ!」
ガッ!
Yumaは勢いよく振り返り、キラークイーンは拳を繰り出した。
魔法少女と使い魔の中間だからこそわかる、獲物と天敵の気配を感じとった。
スタンドの手の甲は、背後から近づいた敵の『剣撃』を防御した。
Yuma「さ……『さやか』ッ!」
さやか「……くっ!防御、されたか……いい勘してる」
白いマントが揺れる。
青い魔法少女は苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。
魔法武器の剣、その刀身が鏡のように光った。
キラークイーンが手首の角度を曲げて剣を掴もうとする前に、さやかは剣を引いた。
さやか「仁美ィッ!」
Yuma「むむむ……!」
さやかは仁美が倒れた瞬間を目撃していた。
全力で走ったが、間に合わなかった。
Yumaの横をすり抜け、敵への警戒を維持したまま仁美の方へ走り寄る。
仁美は百円玉の爆発を喰らったことで腕が千切れかけ、
腹部が裂け、顔の肉の一部が抉れ吹き飛んでしまっていた。
血の詰まった風船が割れたかのようだった。
さやかは吐き気を催した。
単にグロテスクだからだけではなく、それが親友であるから。
さやか「……くっ」
さやか「仁美……」
さやか「……今、治してあげるからね」
さやかは感じていた。仁美のかすかな生命の鼓動を。
仁美が百円玉爆弾を投げ捨てた第六感による行動は早かったのだ。
今なら治癒魔法で傷を治せる。
しかし、命を狙われている結界の中、生き返らせて何になろう。
死の恐怖を再び味わうだけだ。
さやか「……望みは捨てない」
さやか「また、怖い思いをさせるだろうけど……」
さやか「親友には、生きていてほしい」
さやか「ほんの僅かな可能性さえあれば……」
さやか「例えもう死なせてくれと懇願されたとて、あたしは治せるものは治す」
さやか「それが……好きな人に死なれて残された者の気持ちなんだ……」
Yuma「いいの?さやか……治しちゃうなんて」
Yuma「死なせちゃった方がよかったんじゃなぁい?」
Yuma「それにしても生きてたなんて……当たりどこがよかったのかな?」
Yuma「シニゾコナイってやつだね」
さやか「…………」
さやかは手を仁美にあて、魔力を仁美に込める。
傷がみるみると塞がっていき、抉れた肉が再生する。
失った血も補完され、その内失った意識も取り戻される。
ウェーブがかった髪にへばりついた血の汚れまでは落とせない。
裂けた制服までは直せない。肌に塗りたくられた血は消せない。
血みどろの布きれを羽織った半裸の仁美が今、目を開けた。
仁美「……ん」
仁美「……え」
仁美「さ、さやかさん……?」
視界がハッキリしてきた。
心配そうな顔をした親友が、手を差しのばしている。
そういえば熱した鉄を抱きかかえたような痛みが消えていた。
上体を起こせる。瞬きができる。首が動く。
指が曲げられる。息が吸える。心臓の鼓動を感じる。
肌寒い。痛くない。熱くない。苦しくない。
死にそうと思ったことが夢の話かのようだった。
死ぬほど苦しかったということは夢の話ではないようだった。
仁美は、理解不能な状況に置かれ、理解不能な事象に襲われている。
脳内を巡り巡る電気信号が、ある答えと行動を導く。
仁美「…………」
さやか「大丈夫?仁美……」
さやか「……正体がバレちゃったね」
さやか「だけど、あたしは正義の味方だよ。でもクラスのみんなには内緒ね」
さやか「立てる?本当は一緒についてってやりたいとこだけど……」
さやか「残念ながら、今はそうはいかない」
さやか「この『化け猫』の相手をしなくちゃならないんでね」
さやか「あんたを庇いながら逃げながらあいつとやれるほど、私は器用でないんだ……」
さやか「あたしの見える位置にいてね」
さやか「こんな迷路、一人で放ってはおけないからさ」
仁美「…………」
さやか「……混乱する気持ちもわかるけど、ほら、手を」
仁美の目の前にある光景。
何があったのかはわからないが、死にかけた。
致命傷を負わせたのは、そこにいる猫の耳を象ったカチューシャをした童女。
それを治癒した親友であるさやか。
童女から早乙女先生が死んだということを突きつけられた。
親友は何でも切り裂いてしまいそうな凶器を握っている。
今はすっかり消えた、焼け死ぬかのような痛みが脳裏に浮かぶ。
さやか「どうしたの?仁美。まだどっか痛む?」
仁美「……の」
さやか「……ん?」
仁美「け……の……!」
さやか「……仁美?」
仁美「…………」
仁美「『ばけ』……『もの』……!」
さやか「…………」
さやか「え?」
仁美「ば……『化け物』ぉっ!」
自分を殺しかけたのは得体の知れない、魔女のような恐ろしい力を持った、
人の姿をした恐ろしい「化け物」だ。
そして死にかけたところ、親友の姿が、得体の知れない力で治療した。
それは同じような能力だと思った。そうに違いないと決めつけた。
同じ能力を持つということは、同類に違いない。
目の前の親友の姿もまた「化け物」に違いない。
仁美「ち、近づかないでェッ!」
仁美「いや!いやぁ!」
さやか「…………」
仁美「いいいぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!」
パッシィァ!
仁美はさやかに差し出された手を払いのける。
仁美は震えてうまく動かせない足を必死に持ち上げ、半ば強引に立ち上がる。
そして驚いた猫のように身を翻し、不格好なフォームで駆けていった。
恐怖に支配された少女は悲鳴をあげながら全力で脚を動かした。
途中で転びそうになるも、なんとか転ぶまいともがき、必死に逃げていった。
廊下に響いた悲鳴はだんだんと小さくなり、いずれ聞こえなくなった。
さやか「…………仁美」
さやか(……そうか。化け物、か……)
さやか「…………」
Yuma「間違ってはいないよね。魔法少女ってゾンビみたいなものだから」
さやか「…………」
その気になれば、痛みを消すことができる。
肩を抉られても、顔面を引っ掻かれても、鳩尾を刺されても、
その気にさえなれば、どんな痛みも感覚を遮断できる。
しかし、たった今、仁美に叩かれた手が……とても痛かった。
今までの人生で最も痛く感じた。さやかはそう思った。
Yuma「ある種の事柄は死ぬことより恐ろしい……人間面して生きるより、死なせてあげるのがYuma達の優しさだよ」
さやか「…………」
さやか「……ふふ。あれだけ元気ならきっと生き延びるでしょ」
Yuma「……強がらなくてもいいよ?」
さやか「強がってなんか……いないっつの」
さやか「あたしだって……こんなシチュエーション。負傷を一瞬で治されたら化け物だって言うわ」
さやか「仁美のリアクションは当然だよ。そりゃ当然」
Yuma「へぇ……」
Yuma「Yumaね……」
Yuma「さやかが助けている時……なんてこともなく背後から近づいて……」
Yuma「キラークイーンでさやかのソウルジェムを蹴り割っていれば……それで終わってたよ?」
さやか「…………」
Yuma「それをしなかったのは……これからの長い人生、さやかなんていうチンケな概念に隻腕にさせられたという汚点を背負って生きたくなかったからだよ」
Yuma「それを払拭するには、さやかを『正々堂々』と真っ向から戦って、殺すこと」
Yuma「これは儀式なんだよ。Kyokoの死を弔い、未来を生きる決意の表れ……」
Yuma「フェアがいい。お姉ちゃんみたいなことを言うようだけど」
さやか「…………」
Yuma「キラークイーン。生前は猫さんと呼んでいたし、今も呼ぶ」
Yuma「猫さんはゆまが好き」
Yuma「でも……さやかには見えない能力があるって時点で左腕がなくてもフェアとは言えないかな?」
さやか「…………いいや」
Yuma「……?」
さやか「あたしには……『見える』よ……」
Yuma「……え?」
さやか「あたしには……『キラークイーンが見えている』んだ」
Yuma「何を、言ってるの?」
Yuma「ど、どうせ言うならもっと面白いジョークを言ってね」
さやか「…………」
Yumaは悟る。……見えている。ハッタリではない。
さやかは明らかに、背後のスタンドの顔を見ている。そういう視線をしている。
Yumaの背後に、質量感はないが圧倒的存在感を放つ人型の影。
薄いピンク色の猫っぽい頭をしている「キラークイーン」がいる。
Yuma「……!」
さやか「理由はわからないが……何故か見えている」
さやか「殺人鬼みたいな目をしている……能力は凶悪で……そう思えばルックスもおぞましい」
Yuma「ど、どうして……?」
Yuma「どうして、さやかに……スタンドが……?」
Yuma「ほむほむならまだしも……」
Yuma「だって、だって……スタンドを発現させる……引力の魔女レイミはいない……」
Yuma「なのに……何でスタンドが……」
Yuma「Yumaみたいに……スタンドが欲しいって契約を……?」
Yuma「いや、違う……さやかは治す魔法がちゃんと使えてる……それはない。……何で?」
さやか「……あたしもわからない。でも、見えているよ」
Yumaの背後には、人型の、猫のような頭をした半透明の像がいる。
キラークイーン。それが名前。
病院に生じた結界にて、さやかはYumaの左腕を切断したため、
その腕が再び生えているということがなかったため、スタンドの左腕もない。
さやかは、スタンドが見えていることに、不思議と心は落ち着いていた。
しかしさやかはまだ、厳密にはスタンド使いではない。
スタンドが見えることと、使えることは話が違う。
Yuma「えーい!もうなんだっていい!」
Yuma「バラバラにして殺してあげちゃうんだから!」
さやか「…………」
さやか「ほむらという経験者がいるからね……みんな知っているよ」
さやか「触れた物を爆弾にする能力……」
さやか「その射程距離はせいぜい1メートルか2メートル」
さやか「加えて格闘能力はそれ程強くはない……」
さやか「左腕がないことで、左手から出る『魔力を探知して自動追尾する爆弾戦車』は既に使えない」
さやか「それくらいであんまり図に乗っちゃいけない」
Yuma「…………」
Yuma「ほむほむのことは好きだけど……お喋りなのはいただけないなぁ」
Yuma「……スタンドが見えるさやか。一方Yumaは隻腕」
Yuma「ひょっとしてYumaの方がアンフェアになっちゃった?いいや、何も問題ないね」
さやか「そうはいかないよ」
さやか「キラークイーンとやらは、そう遠くまでいけない」
さやか「ほむらという経験者がいるからね……みんな知っているよ」
さやか「触れた物を爆弾にする能力……」
さやか「その射程距離はせいぜい1メートルか2メートル」
さやか「加えて格闘能力はそれ程強くはない……」
さやか「左腕がないことで、左手から出る『魔力を探知して自動追尾する爆弾戦車』は既に使えない」
さやか「それくらいであんまり図に乗っちゃいけない」
Yuma「…………」
Yuma「ほむほむのことは好きだけど……お喋りなのはいただけないなぁ」
Yuma「……スタンドが見えるさやか。一方Yumaは隻腕」
Yuma「ひょっとしてYumaの方がアンフェアになっちゃった?いいや、何も問題ないね」
Yuma「どうせ近づかなきゃさやかはYumaを倒せないよ。剣だもんね」
Yuma「それに、スタンドには目覚めたかもしれないけど使い方がわかっていないよね」
Yuma「使えるなら既に何らかの形で使ってるはず」
さやか「…………」
さやかは剣を持った手を突き出し、
剣先でYumaの額を指した。
そして、さやかは宣言をする。
さやか「あんたは……恭介の仇で、あんたの保護者はマミさんの仇だ……」
さやか「あたしの名は、美樹さやか」
さやか「我が心の師、マミさんの魂の名誉のために!」
さやか「我が友、恭介の心のやすらぎのために……」
さやか「このあたしがあんたを消滅させてやる!」
さやか「…………」
さやか(……と、まぁ、意気込んでは見せてみたものの……)
Yuma「Yumaの能力は、即死の能力」
Yuma「体が爆発すれば、当然体に埋め込まれたソウルジェムは破壊される」
Yuma「Yumaには勝てないよ。あっかんベー」
さやか(……まぁ、確かに難しいだろう)
さやか(相手は近づかれないと爆弾にできない)
さやか(しかし近づかないとあたしは攻撃できない……)
さやか(隻腕とは言え……触れられた時点で負けだなんてハードすぎる!)
さやか(ただ……理由は全くわからないけど、見えないはずのスタンドが見えているというのは有利なことだ)
さやか(あたしにも……十分勝機はある)
……そこで問題だ!
この最強レベルの超能力に対してどうやって勝つか!
3択――ひとつだけ選びなさい
答え①美少女のさやかちゃんは突如突破のアイデアがひらめく
答え②仲間が来て助けてくれる
答え③勝てない。現実は非常である
……あたしが○(まる)をつけたいのは答え②だけれども期待はできない。
都合の良いタイミングに杏子やほむら、キリカさんが少年漫画のヒーローのように、
ド ン ! と登場して「待ってました!」と間一髪助けてくれるってわけにはいかない……。
逆に既に苦戦をしているところかもしれないと言うのに……!
さやか「やはりここは①しかないッ!」
さやか「うおおおおおッ!」
Yuma「来た来た来た来た来たァァァ――ッ!」
Yuma「猫さんッ!」
さやかは剣を構え力強く踏み込んだ。
剣は相手を斬るためにある。
斬るには、届かなければならない。
例え恐ろしい近距離武器を相手が持っていようとも、
近づかないことには何も始まらない。
やれることはやるべきだ。
――半透明の像はさやかの方へ突っ込んでいく。
左腕がないとはいえ、キラークイーンは強かった。
残った右腕で、いとも容易く剣を掴まれてしまう。
剣を握っても指は切れない。スタンドはスタンドでしか傷つかない。
さやか「う、うぅ!」
Yuma「剣を止めた!そして――!」
『しばッ!』
キラークイーンは体勢を低くし、左脚を振り上げた。
腹部のソウルジェムにつま先が届く位置。剣を掴まれているため、
武器を捨てない限り回避は不可能。武器を手放すわけにはいかない。
さやかは体を捻らせる。標的を逸らし脇腹に当てさせることにした。
足で触れても爆弾にすることはできないのは知っている。あくまで注意すべきは手。
ガスッ!
さやか「グッ!……ぐふっ!」
Yuma「剣を爆弾にしても意味がない……」
Yuma「猫さん!今だよ!」
ガシィィッ!
キラークイーンは剣から手を離し、蹌踉めいたさやかの手首を『掴』んだ。
キラークイーンはさやかに触れられてしまった。
さやか「……!」
さやか「う、腕を掴まれたッ!」
さやか(触ったら爆弾に……恭介のように……)
さやか「くっ……!」」
Yuma「触らないと効果は発揮できない!」
さやか「うおおおおおッ!」
肉体の爆弾化が進行する。
さやかは咄嗟に剣を左手に持ち替えた。
さやかの右腕の皮膚が裂け煙が噴出し爆発する数秒前。
キラークイーンはさやかから手を離し、
人差し指についた『起爆スイッチ』にその親指が触れた。
カチリ
Yuma「負けて死んじゃえ!猫さん!」
さやか「うおああああぁぁぁッ!」
Yuma「ッ!」
さやかの右腕の肉が割れ始める。
右腕から、スタンドの爆発エネルギーの熱風が飛び出す。
爆発した。
さやかは爆風に巻き込まれる。
衝撃で空気が振動する。
白い煙がもくもくと立ちこめた。
Yuma「…………」
Yuma「……Yumaは」
Yuma「Yumaは……確かに……」
Yuma「確かに、さやかに触った……」
Yuma「なのに……何で……!?」
Yuma「ゲボ……ガボッ!」
Yuma「生き……てる」
ベロンッ
突如、Yumaの首の肉がパックリと裂けた。
体液がだくだくと流れ出る。
気道に体液が流れ込み、喉の中、口内に液体があふれる。
さやか「う、うぅ~ん……!」
さやかは生きていた。顔に火傷を負い、額から血が流れている。
そして、右腕がなくなっている。魔法で断面を止血をする。
Yuma「……『Yumaを斬った』の?さやか……ガボッ、いつ……?」
さやか「…………」
Yuma「うぅ……痛い……ゴボゴボ、ものすごく痛いよ……涙まで出てくるよ……ゴボ」
Yuma「でも……Yumaは強い子だもん」
Yuma「Yumaも泣かないもんっ!」
Yumaは血という概念の体液を油粘土のような塊に変化させて傷を塞いだ。
さやかは立ち上がる。
右腕があった場所からドバドバと血が流れ出る。
さやか「へ、へへ……や、やらせていただきましたァん!」
さやか「爆弾にされる前に……『腕を斬り落とした』」
さやか「スピードには自信があるんだ……」
さやか「あたしの体が爆弾になる前に……左手で右腕を斬り落として……爆弾女化を回避した」
Yuma「…………」
さやか「右腕爆弾の威力は強烈だったけど……」
さやか「爆発をくらいつつ、バックステップしつつ、そのまま左手の剣であんたの首を斬った!」
さやか「ダメージを軽減できたし、耐えき、……った」
Yuma「……でも後ろに下がったから傷はそう深く斬れていない。大したダメージじゃないもん」
Yuma「惜しかったねぇ……もう一歩でも前に踏み込んでいれば首を落とせてたものを」
さやか「う……」
さやかは切断した腕を魔法で治療した。腕が再生する。
――キラークイーンに爆発される瞬間、さやかは自らの腕を切り離していた。
それにより、爆弾化の対象が「さやか」ではなく「腕」に転移し、
爆弾の腕を体から離し、爆風を浴びながら相手を斬る。
直情タイプのさやかだからこそできるシンプルで強引な一矢。
それが、美少女のさやかちゃん苦肉の策だった。後ろに下がった故に、爆死を避けられたが与えた傷も浅かった。
さやか「はぁ……はぁ……」
さやか「くそっ……」
さやか(ほむらからの情報……ソウルジェムは首の後ろ)
さやか(あと少しだったのに……くっ!)
さやか(もうちょいで……ソウルジェムごと首を断てたのに!)
Yuma「……それでなに?さやか」
Yuma「これが、Yumaとキラークイーンを倒す策?」
Yuma「キラークイーンへの防御策?」
Yuma「同じ手が通用するほど、Yumaも子どもじゃないよ」
Yuma「猫さんは腕以外に触れればいいんだよ。さやかは自分の首を切り落とせる?」
Yuma「Yumaもこれ以上痛いのは嫌だから……次が最後で最期にする。でも、それは今じゃない」
Yuma「タイミングはさやかが決めていいよ。いつでもおいで。逃げるならそれはそれで構わないけど……?」
さやか「…………」
答え③
――答え③
――――答え③
さやか(あぁ……)
さやか(もう……ダメかもしれない)
さやか(勝てるはずがない……あんな……とんでもない能力に……)
さやか(逃げるなんてありえない。逃げようとしたら何らかを拾って爆弾にして、投げつけてくるに違いない。逃げながらでは避けれる自信がない)
さやか(蛇に睨まれた蛙の気分だ……)
さやか(……勝てない。こいつには勝てない)
さやか(そうか……それじゃあ、あたし……死ぬのか。ここまでなのか)
さやか(…………残念だけど、仕方がない)
さやか(……あたしの自業自得だ)
さやか(あたしがほむらの意見に反対しないで、一緒にいてたら……)
さやか(仁美がこいつと会う前に、魔女を殺せて一掃できた可能性があったのなら……)
さやか(あるいは、魔女を護衛するってんで使い魔達が魔女んとこに集まって仁美と出くわさずに済んだかもしれなかったなら……)
さやか(あたしは……勝手なことをして、勝手に殺されるだけじゃあないか)
さやか(あたしって、ほんとバカ……)
さやか(……思えば今までの人生振り返って……楽しいこともそれはそれでたくさんあったけど……)
さやか(シケた一生だったな……)
さやか(さようなら……みんな……勝利を願ってるよ)
さやか「……こうなりゃ、自爆でもしてやろうか」
さやか「案外それが一番の得策だったりして……さやかちゃん爆弾で道連れに……」
『その必要はないわ』
さやか「…………?」
さやか(……え?い、今……何か聞こえたような……)
『美樹さやか。助太刀する』
さやか(……この、声)
さやか(テレパシー……!)
さやか(あ、あたしは……あたしは!)
さやか(あたしはこの声を知っている!)
『やっと"見つけた"わ……よく今まで生きていてくれたわ』
『あなたみたいな直情タイプは放っておきたい気持ちもなきにしもあらずだったけど……勝手に死なれても困るからね』
『どうやらキラークイーンと交戦しているようね……ハッキリ言わせてもらうけど、あなたではキラークイーンに対して勝機はない』
さやか『あ、あんたは……』
さやか『ほむらッ!』
厳しくも優しさを感じる声が脳に響いた。
Yumaはさやかをにんまりと笑みながら見ている。
さやかがほむらとテレパシーをしているとは到底思っていない。
さやかはほむらとの通信を続ける。
絶望の状況からの救いの声。
地獄で歩いているところに天から垂らされた蜘蛛の糸を見つけたかのような気持ちになる。
ほむら『いちいち言わなくてもわかるでしょう?』
さやか『ほむら!ど、どこかで見ているの!?いつの間に!?』
ほむら『視覚ではわからない。音よ』
さやか『音?』
ほむら『いつからかと言うと、Yumaがいつでもかかって来いと言った辺りから』
さやか『じゃあたった今……』
ほむら『いいからそのままテレパシーを続けて。今はYumaを殺すのが先決』
さやか『わ、わかった……!』
ほむら『……いい?私は今、訳あって身動きが取れない』
ほむら『別の場所にいるけど、あなたがいる場所と状況はついさっき"見つけた"』
さやか(見つけた……?)
ほむら『こればかりは爆発の振動と相手が子どもであることに感謝しなければならないわ。それはさておき』
ほむら『……いい?二秒だけよ』
さやか『二秒?』
ほむら『二秒だけ、あなたは時間を止めることができる』
さやか『えぇッ!?な、何を言ってるの?!』
ほむら『私は誰かに触れた状態で時間停止をすると、その人も止まった時の世界で動けるようにできる』
ほむら『あなたには教えてなかったかしら』
さやか『さ、触ったって……!?』
ほむら『ネタ晴らしをすると、私の糸のスタンドであなたに触れている』
さやか『い、糸……ストリート・ファイターズだっけ?』
ほむら『ストーン・フリーよ』
ほむら『丁度、ストーン・フリーはあなたの脚に触れているはず。右か左かはわからないけど』
さやか(……む)
さやかはYumaに悟られないよう、自分の脚に意識を集中した。
見ることはできないが……言われてみれば、わかる。
何かが触れている。巻き付いている。
『感覚で触られていることがわかる』
スタンド使いになったようだから、その正体を見ようと思えば見えるが……
それはできない。不審な動きをするわけにはいかない。
さやか(ひ、必死になってて気付かなかった……)
さやか(ほむらがどこかから『糸』を伸ばしている!)
さやか(それであたしと接触を……!)
さやか(ほむらに触れていれば……時間の止まった世界に……)
さやか(答えは……答え②だったッ!)
ほむらは今、どこかにいる。
そして、抜き差しならない状況にいる。
にも関わらず、あたしを助けてくれるというのか……。
どこかから、糸を伸ばして……その糸であたしを探しだして……。
音って言うことは、糸は音を伝って離れた場所の状況を聴くことができるんだ。
そして、あたしを助けてくれるなんて……。
それなのにあたしは……ほむらの制止を振り切って、勝手にくたばりそうになって……。
ほむら『いい?あなたのかけ声……まぁテレパシーだけど、それと同時に二秒間だけあなたを時の止まった世界に入門させる』
ほむら『私の状況が状況だから二秒だけ。これ以上は無理。それ以下になることはあるかもしれないけど』
ほむら『その二秒で、必ずYumaの葬るのよ。わかってると思うけどソウルジェムは首の後ろよ』
さやか『……わかった!』
Yuma「……ん?」
Yuma「さ、さやかッ!?」
さやか「ッ!?」
Yuma「その足に伸びているのは何ッ!?」
さやか「マ、マズイ……!」
さやか『糸に気付かれたッ!』
ほむら『報告しなくていい!早く!』
さやか「う……」
さやか「うおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!」
Yuma「え!?え、えーっと!?えっと!?」
Yuma「な、何かわかんないけどくらえッ!」
Yuma「キラークイーンッ!さやかを爆散させちゃえぇぇぇッ!」
さやか『今だほむらッ!ザ・ワールド!』
――奇妙な感覚だった。
一瞬にして辺りは静寂になる。
前方に童女の姿が制止している。
さやかはまず、足下を見た。左の脛に『糸』が一周巻き付いている。
それが滑らかな手触りであることは見て分かる。色や太さは違うが、ほむらのサラサラした長髪を連想させる。
時には実感が必要。これでさやかは、ほむらと繋がっていることを実感でき、勇気が湧いた。
ほむらのテレパシーは聞こえない。
話何かしてないで早くしなさいということだろう。
さやか「……ほむら。本当にあんたは頼りになるヤツだ」
さやか「あんたがいなかったら、あたしは死んでいたよ」
さやか「この絶望的な状況を打開する答えは……②の『仲間が来て助けてくれる』だった」
さやか「答え③なんて、あるわけない」
剣の射程距離。
Yumaとキラークイーンは何もない宙を見ている。
さやか「こうして見る分には可愛い子だな……」
さやか「……使い魔と言えど幼女の姿を斬るのはチト抵抗がある」
さやか「しかし、やらねばならないね……こいつは恭介の仇」
さやか「このさやかちゃん、容赦せん」
さやか「罪悪感なんて、感じちゃあいけない」
さやか「後悔なんて、あるわけない」
さやか「……『斬首』の刑だッ!」
ガシャンッ!
さやかは一文字に剣を振った。
剣はYumaの首を、首の後ろのソウルジェムごと断ち切った。
Yumaの首が宙に浮き、固定される。同時に、キラークイーンの首に線が走る。
二秒経過。
時間は再び動き出した。
ボトリ、と嫌な音がした。
使い魔と言えど、やはり童女の生首はできるだけ見たくない。
さやかは音の方向を振り返り確認することをしない。
ほむら『何って何を?』
さやか『え?』
ほむら『あ、ごめんなさい。テレパシーと間違えたわ』
さやか『?……どうしたのほむら』
ほむら『こっちのことよ。気にしないで』
ほむら『それより何?ザ・ワールドって』
さやか『べ、別に……』
ほむら『この様子だと……勝てたようね』
さやか『うん!……あ、あのさ……ほむら』
ほむら『悪いけど、これ以上話せない』
さやか『あっ、ほ、ほむら!ほむらー!』
さやか「…………」
さやか「返事がないな……もう!」
さやか「ありがとうくらい言わせてくれてもいいじゃんか……」
さやか「…………」
脛に巻かれていたストーン・フリーの糸はなくなっていた。
糸を回収したらしい。
ほむらはほむらで、戦わなければならないのだ。
何やら後方で使い魔がぶつぶつ言っている。
ボトリ
Yuma「――痛ッ!?」
Yuma「いたた……顔、打っちゃった……。……あれ?」
Yuma「Yuma……何で転んじゃったの?」
Yuma「Yuma……何が起こったの……?」
Yuma「あ、あれ……?え……?何……?これ……Yumaの体?」
Yuma「な、何でYumaの隣に……Yumaの体が……さやかもでっかくなって……何で……世界が……横……に……」
さやか「…………」
今にしてYumaは理解した。自分の頭と体が分離した。
ソウルジェムも破壊されている。キラークイーンは頭のないマネキンのようにその場で固まっている。
使い魔にとって、ソウルジェムは生命維持装置のようなもの。
維持ができないだけで、即するわけではない。しかし、どう足掻いてもすぐに死ぬ。
Yuma「う、そ……Yuma……死ん……じゃう、の?」
Yuma「そん……な……嫌……」
さやか「……グリーフシードで浄化……しないと」
さやか「ちょっと、使いすぎたかな……?」
Yuma「い、いやぁ……そんな……!」
Yuma「Yuma……死にたくな……い……」
Yuma「Yumaは……大人にぃ……」
Yuma「…………」
Yuma「――ハッ!」
死が確定したYumaの心に絶望が襲った。
そしてその時、Yumaの脳裏にある声が巡った。
『だがッ!あたしら魔女アーノルド親衛隊"ヴェルサス"の他のヤツならッ!』
『仕留め損ねた獲物を前にしてスタンドを決して解除したりはしねぇッ!』
『たとえ腕を飛ばされようが脚をもがれようともな!』
病院にて交わした、Kyokoとの最後の会話。
その後、Kyokoは敗北し消滅した。
不意にあの光景が思い出された。
Yuma(Yumaは……魔法少女じゃない……)
Yuma(Yuma達……『ヴェルサス』……魔法少女と使い魔の中間の生命体にとって……)
Yuma(ソウルジェムは……生命維持装置のようなもの)
Yuma(ギロチンで斬首された後その生首に意識があることがあるらしいってSayakaが昨日言ってた……)
Yuma(それみたいに……それよりちょっと長く、魔女の端くれとしての……猶予がある!)
Yuma(魔女に近ければ近いほど……それは長い)
Yuma(Kyokoは……使い魔としては産まれたてだったのに……)
Yuma(ソウルジェムを砕かれたら十秒も持たないのに……シビル・ウォーの本当の力を使おうとして死んだ)
Yuma(Orikoお姉ちゃんだって……ほむほむにスタンドが目覚めたことをテレパシーで伝えてから死んだ)
Yuma(Yumaも……Yumaも何かやらなきゃ……かっこ悪い……!)
Yuma(大丈夫……)
Yuma(死ぬのは『二度目』だから怖くなんかない!)
Yuma「キ……」
Yuma「キラァァァァァァァァァァァクイィィィィィィィィッ!」
さやか「ッ!?」
さやか「ま、まだスタンドが使えるのかッ!?」
Yumaの生首は叫んだ。
胴体、肺がなくとも喋れるのは、魔女という概念に進化しつつあったため。
『首のない』隻腕のキラークイーンは動き出す。
キラークイーンはYumaの首を拾い上げた。
『Yumaの生首』に触れる。
「本体を爆弾」にして、さやかに『投げ』つけた。
Yuma「一人でも殺して!ヴェルサスのためにィィィィィィッ!」
さやか「う、うおおおぉぉぉぁぁぁッ!?」
叫ぶYumaの生首が浮き、向かって飛んでくる。
さやかはグリーフシードを片手に、完全な「浄化モード」に入っていた。
生首が最期の一矢を報いるとは、油断していた。勝ったと思っていた。
カチリ
不意を突かれたさやかが防御の姿勢を取ると同時に、Yumaの顔に亀裂が走り、爆発した。
焼けただれそうな熱と爆発の突風。
吹き飛ぶ生首の衝撃が「また」襲いかかる。
Yuma「GABAAHHHッ!」
さやか「うがああああああぁぁぁああぁぁぁッ!」
グリーフシードを持っていた左腕が拉げる。
脚の骨が砕け折れる。顔が焼け、部分部分の肉が剥がれた。
Yumaの体は黒い煙となって消滅した。
さやかは熱風に押され、体を廊下に叩き付けた。
さやか「か……ガハッ……」
さやか「ま……まさか……最期の最期、で……」
さやか「ぐふっ……ゲホッ!」
さやか「何て……ヤツ……だ……」
さやか「だ、だが……あたしは……」
さやか「あたしは……生き延びた……ぞッ!」
さやか「ど、どうだ……まいっ……たか……!ゲホッ」
さやか「う……ぐ……くっ」
さやか「グ、グリーフ……シード……」
さやか「くそっ……どっか……落とし……ちゃっ……た」
さやか「傷を……治癒しなくては……」
さやか「グリーフシードで……浄化……しなければ……」
さやかはグリーフシードを使おうとした瞬間に、Yumaの不意打ちを食らってしまった。
ソウルジェムの防御はできたが、その際、グリーフシードごと左腕を吹き飛ばしてしまった。
魔法武器の剣もどこかへ飛んでいったが、自分の意識は飛ばずに済んだ。
左腕以外にも、脚や肩や顔の肉は抉れ、肋や股関節も破壊されてしまった。
さやかは右腕だけの力で体を引きずり、左腕――握っているグリーフシードの方向へ。
さやか「くそっ……体が……重、い……」
さやか「ハァ、ハァハァ……」
さやか「行かなく……ては……!」
さやか「……ほむらの……ところへ……」
さやか「いや……先に杏子の……とこのがいい、か……?」
さやか「とにかく、行かなく……ちゃ……」
さやか「……あたしの体……あと少しでいい……動いて……くれ……」
さやか「約束……したんだ」
さやか「杏子と……一緒……に……暮らすって」
さやか「す……救うって……ほ、むらを……助けるって……心に、誓っ……たんだ……」
さやか「それなのに……ほむらはあたしを助けられて……」
さやか「ほむらに……ありがとうって……言わなくちゃならない……!」
さやか「あたしが……あたし達が……!」
さやか「この街を守るんだ……!ほむらの願いを……叶えるんだ!恩を……報いて……!」
さやか「そんで……杏子と遊びに行って……キリカさんと、もっと仲良くなって……」
さやか「まどかの笑顔を拝んで……仁美に、恭介のことを伝えるんだ……!」
さやか「そうしなくてはならないッ!」
さやか「あと……あと……数メートル……」
さやか「グリーフ……シー……」
さやか「ド……」
後少し、後少しで血みどろの左手におさまったグリーフシードに手が届く。
そうすれば、魔力を使って体の治癒ができる。
魔力の残りが少なくなり、自然と痛覚を遮断する魔法も解除されていく。
じわじわ全身が焼けるほどに熱くなるも、それを我慢する。
涙をポロポロと流しながら右腕で体を引いた。
そして、右手の指先が左腕に触れ――
『見ツケタゾ!』
『シシッ!』
しかし、グリーフシードはさやかの左腕から『飛び出し』た。
グリーフシードはそのまま転がることもなく、
十センチ程宙に浮いて、手の中から飛び出した。
二足で立ち、四本の腕を持つ、虫のような物体がそこにいる。
アーノルドの使い魔の一匹が持つスタンド。
『ハーヴェスト』が、そこにいた。
前の時間軸の上条恭介のスタンド。
恭介の概念の使い魔が既に産まれていた。
そして、活動をしていた。
ハーヴェストはグリーフシードを抱えている。
能力は、この小さい体と広い射程距離で物を集めること。
そして群体型という特徴を持つ。
小さなスタンドは、グリーフシードを抱えて方向を転換した。
さやかの動きが止まる。
ここで逃してしまえば、自分は死ぬ。
……いや、ソウルジェムが穢れきり魔女となる。
しかし、ズタズタに裂けた筋肉繊維。もう指一本動かせない右腕。
吹き飛んだ左腕。抉れた体。さやかの魂は最早限界にあった。
心に抱いているのは失意や絶望はない。
それを吹き飛ばす別の感情がさやかにはあった。
さやか「………………」
さやか「…………杏、子」
さやか「…………ごめん」
さやか「……一緒に……いようって……約、束……したのに……」
痛覚を遮断するまでもなく、何も感じなくなってきた気がする。
そのままソウルジェムが穢れきるのを待つしか、ただ静かに自分の最期を待つしかない。
謝罪と感謝の言葉を口にすることができただけ、まだ安らかな気持ちを持てる。
計り知れないほどの多くを妥協したが、満たされている。と思った。
悔いは残るが、仕方がない。死ぬことに、恐怖はそれほど感じない。
そう思った。
『――ギッ!』
さやか「……ん?」
薄れ行く意識の中、
さやかの耳に不快な音……鳴き声が聞こえた。
瞼がストーンと重くなっているが、何とかさやかは目をあけた。
視界はぼやけている。
さやか「あ……れ?」
さやか「…………」
さやか「こ、これ、は……!」
さやか「ぐくっ……う?」
掠れた視界の中、明らかに違和感がある。
自分の右腕が、『色褪せた銀色』に変化していた。
正確に言えば、その色が右腕に重なっていた。
何回か瞬きをしたら、視界がいくらかマシになっていく。
さやかの右腕が『甲冑』になっている。
正確に言えば、その像が右腕に重なっている。
そして、その質量感のあるヴィジョンの右手から、弾丸の軌跡のような細く真っ直ぐな線が走っている。
それは『レイピア』だった。
鋭いレイピアがグリーフシードを抱えたスタンドを貫いている。
ハーヴェストが浮いている。
そのまま小さなスタンドは地面に落とした陶器のようにバラバラに崩壊した。
そして、コツンとグリーフシードも落下した。
さやか「この……この『甲冑』……」
さやか「あたしに……一体、何が……?」
さやか「……も、もしかして……」
さやか「これが……まさか……」
さやか「……間違いない、と思う」
さやか「これが……ほむらの言っていた……アレ……?」
さやか「あたしの『スタンド』……?」
キラークイーンは見えていた。
それはつまり、スタンド使い予備軍ということを表している。
そのスタンドが、覚醒し発現したらしい。
さやかは心の中で「あれ取って」と念じた。
するとタンスと壁の間に落ちたマグネットを拾うかのように、
甲冑の右腕はレイピアで「それ」をピシッと弾いた。
そしてグリーフシードは丁度、さやかの鼻の先に転がってきた。
さやかは力を振り絞り、重い体を支えてグリーフシードを自分の魂に宛った。
力が抜けていく。軽い力で体が支えられるようになったためである。
さやか「偉いぞ……あたしの……スタン、ド……」
さやか「このさやかちゃんが……『名前』つけてあげちゃう」
さやか「……浄化してケガを治してから……ね」
『完治』したさやかは「よいせっ」というかけ声と共に立ち上がった。
立って、改めで自分のスタンドを呼び出した。
「現れろ」と願うと出てくる。今度は全身が現れた。
負傷を治したためか魂を浄化したためか、色褪せていたように見えた甲冑は新品の銀食器のように光沢を放っている。
博物館に展示されていそうな中世騎士の甲冑がそのまま命を持って動き出したかのような姿。
右手には裁縫針がそのまま剣になったかのような細く鋭いレイピア。
さやか「これがあたしのスタンドか……」
さやか「うーん……」
さやか「美少女なさやかちゃんのスタンドにしちゃーちょっとゴツいかな」
さやか「ねぇ、あんた。何か出してみてよ。目からビームとか出せないの?」
さやか「このレイピアを振ると真空波みたいのを放つとか!?」
さやか「……あ、そうでもなさそう」
さやか「スタンドは精神力……何となく、こいつの力が頭に流れ込んでくるような……」
さやか「……あたしにスタンドか……いつどこで何で発現したかは全く分からないな」
さやか「あのロリ使い魔も言ってたけど、レイミってのがいないのに……スタンドを発現する要因がない……よね……」
さやか「……うだうだ考えるの面倒くさい」
さやか「今はまず……誰かしらと合流しなくては……」
さやか「どこへ行けばいいんだ……?あたしは……」
さやか「ほむらには、悪いことを言ったからな……謝りたいし、お礼も言わなくちゃだし……」
さやか「……仁美は、避難できたのかな。心配」
さやか「……あ、そうだ。マイスタンド。あんたに名前付けるって言ったよね」
さやか「やっぱ後でいい?いいよね。思いつかないのん」
走っている内に、いつか何かしら起こるだろう、思いつくだろうという単純な思考があった。
――甲冑を着た中世の騎士のような、銀色のスタンド。
そこで、この能力の名前は「銀」という言葉と使おうと考えている。
さやかは銀色のスタンドを持ってして次の戦いのために、心の準備を構えた。
908 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/03/28 23:25:51.25 k+xrQ6cbo 765/1068
キラークイーン 本体:Yuma
破壊力-A スピード-C 射程距離-E
持続力-D 精密動作性-C 成長性-B
触れた物を爆弾にする能力(一度に一つだけ)。その性質は「護身」
キラークイーンが触れた物は小石でも人体でも爆弾にして爆発させられる。
爆発のタイミングは本体の任意、または爆弾が触れられること。
爆弾にする能力ばかりに依存しているためか、格闘性能はさほど優れていない。
左手の甲から、魔力を探知して自動追尾する爆弾戦車「猫車」を出すことができる。
A-超スゴイ B-スゴイ C-人間と同じ D-ニガテ E-超ニガテ
*実在するスタンドとデザイン・能力が多少異なる場合がある
<| TO BE CONTINUED.....