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341 : 新章予告編(予定)[saga] - 2011/11/16 18:44:27.34 k7S6jM3x0 164/396


    田の稲が、その頭を垂れ始め、ただ暑いだけだった日々に仄かな涼しさが混じり始めた頃の事。

 あれほど幻想郷を騒がせた事件もすっかり話題にならなくなり、彼女らの存在も馴染みのものとなりつつあった。

                  そんな幻想郷に、ある日やってきた少女たち。

           ある者は偶然に迷い込み、またある者は自らの意思でその地を踏んだ。

                    まるで、何かに導かれたかのように……



 「まさか、妖怪に混じって宜しくやってるウチの新人さん達を引き渡せ、とか言いに来た訳ではないのでしょう?」


               「なんでこんなところに……、まどかが写っているの!?」


                「あら? そういう事なら私、良い温泉を知ってるわよ」


           「キュゥべえとも連絡がつかないし……、ここは一体何処なのかしら?」


                「ウソ……、ホントにほむらちゃん、なの…………?」

                         「まど……か……?」



                夏の終わりに起こった、異変とは呼べないちいさな事件。

     幻想郷で生きて行くと決めた魔女・クリームヒルトに訪れた、それは僅かばかりの邂逅の物語。

                   『東方円鹿目』 ファンダズムステージ 改め


                            ~東方焔環神~

                          201X年1X月 連載開始

348 : 1[saga] - 2011/11/18 21:15:19.64 +k6gOFpQ0 165/396


☢Caution!!☢☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢

東方×まどマギ
幻想入りモノ
キャラ崩壊アリ、独自解釈もあり。と言うか大有り
シリアスだったり、ネタに走ったりします。

クリームちゃんとオクタちゃんを除く魔女の方の出番は減ります、多分(←ココ重要!)

以上をご了承下さい。
☢Caution!!☢☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢

349 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 21:23:12.76 +k6gOFpQ0 166/396

――――――――― 【円環の神様】 @ 現世とあの世界の境目 ―――――――――

闇なのか光なのか良く分からない空間を少女は飛びぬける。
ちょっと抵抗感があったが、概念となった今の自分に不可能はない。
少女はささやかな抵抗を試みる障壁――結界をすり抜けて、さらに飛ぶ。

???「こんな場所があったんだねー」

長い桃色の髪と、純白の衣をなびかせつつ、少女――鹿目まどかは呟いた。

それは初めて見る光景だった。 人の身を越え、概念となったまどかは今までありとあらゆる世界を見てきた。
太古の昔も見たし、想像も出来ないような未来だって見て来た。
どの世界のいつの時代に行ってもやる事は同じだったのだけど……。

それは“魔法少女”の救済。
穢れや絶望が溜まり、周囲に呪いを振り撒く“魔女”と化す前に安らかな“死”へと導く、せめてもの救い。
そうやって全世界から“魔女”の存在を消して回るのが今のまどかの役目であり、存在意義だった。

消した存在の中には“魔女”になってしまった平行世界の自分や友人らも含まれている。
自らの手で自分自身や友人を消す事になる訳だが、それも何万回何億回と繰り返してくると単純作業になってしまった。
感覚が麻痺していた、と言ってもいい。

そんな日々を送っていたまどかがある日偶然、本当に偶然にも見つけたのが、この“世界”だった。
いや、“世界”と言う表現は正しくないかも知れない。
この“場所”が存在するのはまどかたちが普段飛び回っている“世界”の一角であり、先ほどすり抜けた結界を一枚隔てただけなのだから。

それだけなのに、まどかはあの日まで、この“場所”の存在を感知できなかった。
おそらく、アレが無ければまどかは一生、この“場所”の存在に気付かなかっただろう。

まどか「それにしても驚いたなぁ……“魔女”が普通に暮らしてるし、その上“妖怪”もそこに住んでるなんて……」

それはまさしく驚愕と言ってもよかった。
所構わず、ただ呪いを振り撒く存在、それがまどかにとっての“魔女”だった。
時と場合によっては世界を一つ滅ぼしかねない程凶悪なモノ、そんな認識でしか無かったのだ。

それがあの“場所”に流れ着いた“魔女”たちは違った。
まるで“魔女”になる前の様に、しっかりとした意識と考えを持ち、それに何より自身が犯した罪と向き合う。
その姿はまどかの良く知る“魔女”の姿とはかけ離れていた。

“魔女”とは直接関係ないこととは言え、その“場所”に多数の“妖怪”がその地域の人々らと共存していると言う事も驚きだった。
“魔法少女”や“魔女”と言った存在が居る以上、“妖怪”の存在を否定するつもりはないが、はいそうですか、と受け入れられるものでもない。

そんな訳も含めてまどかは久々に、本当に久々に、単純作業ではない旅に出たのであった。

350 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 21:35:51.63 +k6gOFpQ0 167/396


まどか「そろそろ結界を抜けるかなー」

現世とその“場所”を隔てる空間の終わり近くで、まどかが一人呟いた、その時の事だった。

???「あら? かわいいお客さんね。 はじめまして、でいいかしら?」

まどか「!?」

突然の呼びかけに、まどかは思わず立ち止まった。
自身が普段居るあの世界なら兎も角、現世の一角であるここで、他者から自分の姿が見える訳がない。
なぜならまどかは……

???「“概念”の貴女が何故見えるのか? そう言いたいんでしょう?」

声のしたほうを振り向くと、ピンク色の洋傘を持った女性が一人、こっちを見ていた。
何が起こっても対応出来るよう、警戒しつつまどかが頷くと、女性は苦笑してみせる。

???「そんなに怖がらなくてもいいのに……。まぁ、仕方ないでしょうけど……」

???「まず、貴女の疑問に答えるわ。 何故私が貴女を見れるのか、それは貴女が今潜り抜けてきた壁が、『常識と非常識』の境目だからよ」

そう言って、女性はまどかの後ろにある障壁、結界を指差した。
耳慣れない言葉にまどかは思わず聞き返す。

まどか「常識と、非常識の境目……?」

???「そう、その壁を越えたが最後、外の世界での常識は通用しないわ。
     普通の人には見えない存在も見えてしまうし、呪いしか生まない存在とも普通にコミュニケーションが出来てしまう、
     そんな非常識の世界に貴女は来たの」

「こうでもしないと私たちも生きていけないのよ」とサラッととんでもない事を言いつつ、それでも女性は笑みを崩さない。
底が知れない相手、と言うのはまさしく彼女の様な人(?)の事を言うのだろう。

???「そして一応、私はその世界の元締めをやっているの。 ああ、言い忘れてたわ、私は八雲紫、境界を操る妖怪よ」

そう言って紫は閉じた洋傘の先をこちらに向ける。
促されている。そう受け取ったまどかは、遅ればせながら名乗る事にする。


351 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 21:40:24.90 +k6gOFpQ0 168/396


まどか「私は鹿目まどか。 “魔法少女”を救済して、“魔女”と言う呪いを生まない為の概念だよ」

「そう、まどか、ね……。 それで? 貴女は一体なにをしにここに来たのかしら?
  まさか、妖怪に混じって宜しくやってるウチの新人さん達を引き渡せ、とか言いに来た訳ではないのでしょう?」

そう言って紫はすっと目を細める。
口元は微笑んだままだが、明らかに警戒されているのが分かる。

まどか「てぃひひ、本当ならそうしないとなんだけど、ここだけは例外だよ。
    私の概念も、ここだとよく発揮出来ないし、なによりここの“私”たちは過去ともちゃんと向き合って生きてるし……」

それは本当だった。
ここに“魔女”が住み着いて居る事を突き止めたのはこの世界の時間換算で二ヶ月前のことであり、今日まで放置していたのだ。
それはこの“場所”で起こった一連の“事件”を見て、この“場所”の“魔女”については消す必要はないと判断したからだ。

更に言うと紫の言うように『常識』の通じない、『非常識』の世界に来てしまった為だろう、
概念という一種の常識であるまどかの力は現世と比べるとぐっと弱くなっていた。

「なら良いわ……、もしそのつもりであったのなら、詳しくお話しする必要があると思ってたけど……杞憂だったようね……」

「短期間でここまで馴染んでしまった勢力を消されると、パワーバランスの調整が面倒になるのよねぇ」とボヤく紫。
受け持つ世界も違えば範囲も違うが、同じ統べる存在としてその気持ちは良く分かるので、まどかは思わず苦笑する。

まどか「てぃひひ、管理役って大変だよね……」

「それで? 貴女の用件は?」

紫に促され、まどかは表情を引き締めた。
そう、ここに来たのは“魔女”たちの救済でもなければ、物見遊山でもない。
もっと重要で、なお且つ大切な、“友人”を探しにここに来たのだ。

まどか「……最近、と言うかここ二・三日の間に、幻想郷に入ってしまった人間、っていませんか?」

「ここ二・三日? ……居るわね、それも三人」

まどか「やっぱり……」


352 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 21:47:04.09 +k6gOFpQ0 169/396


三人、と言う言葉を聞いてまどかは確信する。
全世界を見渡せる概念となったまどかでさえ、見通す事が出来ないこの“場所”にあの三人が、
あの時を境に感知出来なくなってしまったあの三人が、ここに来ている事を……

「成る程ね、納得したわ。 そういう事なら貴女の好きにして頂戴」

まどか「それで、今その三人は何処に?」

まどかが尋ねると紫は首を横に振った。

「流石にそこまでは分からないわ。 私に分かるのは博麗大結界をすり抜けた者が貴女を含めて四人居ること、それだけよ」

まどか「紫さんはその三人には会ってないんですか?」

「ええ、会ってないわ、人間の幻想入り、なんて日常茶飯事だもの。
  貴女のような高位の存在が押し掛けてきたら流石に動かざるを得ないけどねぇ」

「私もそんなに暇人じゃないの」と言いつつ紫は持っていた傘を差す。
その顔に浮かぶ表情は相変わらず、妖しく、胡散臭い笑み。

「なんなら貴女の人探しを手伝わせても良いわよ。 土地勘のない神さま一人に探させるのも酷だと思うし……」

まどか「てぃひひ、なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

そう答えつつ、まどかは紫の真意を図る。
手伝いと言うのは方便で、実際は好き勝手やらせないための監視役代わりだろう。
仮にも一つの世界を統べる存在なら、その程度の警戒はあって然りだ。
まどか自身、円環に他者が紛れ込んだ場合、同じことをすると思う。

兎に角、探して見付ける事が出来れば良いのだ。
“その時”を迎えた訳でもないのに、忽然と姿を消してしまったあの三人を……

こうして、円環の理こと、鹿目まどかはこの“場所”、幻想郷へと降り立ったのであった。




353 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 21:57:03.19 +k6gOFpQ0 170/396

――――――――――――― 【三日前@白玉楼】 ―――――――――――――――

牽制の小弾幕を放ちつつ、距離をとる。
想定通り弾幕回避の為、蒼と白の巫女服――早苗さんが上空へと上っていったのを確認して私は手に持っていた弓を構える。
構えると同時に魔力の矢を生成。 
チャージ時間を短くする代わりに誘導属性を付与し、直ぐ様放つ。

早苗「っ!?」

距離があった為、早苗さんはギリギリの所で矢をかわす。
が、その時には私は既に二本目の矢――魔力を十分に込めた必殺スペル――の発動準備を整え、早苗さんの背後に回り込んでいた。

早苗「ヤバっ……」

気付いた早苗さんが振り向きつつ御幣を構えるが、もう遅い。
この勝負、勝たせてもらいます!

クリームヒルト「行くよ!」


                      輝弓 『フィニトラ・フレティア』


万を持してスペル発動。
強力な矢が無防備な早苗さん目掛け勢いよく飛んでいく。
その距離は短く、もはや回避も迎撃も不可能だ。

クリームヒルト「決まりだね!」

早苗「くっ! 私は只では倒れませんよ!」


                      奇跡 『白昼の客星』


私の矢が肩を射抜く直前に早苗さんもスペル発動。
眩いばかりの光が辺りに溢れ、私は思わず目を瞑る。

クリームヒルト「っ!?」

一瞬とは言え視界を失った私に、次の瞬間、御札弾幕が突き刺さる。

355 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 22:02:01.28 +k6gOFpQ0 171/396


クリームヒルト「きゃあっ!?」

勝ったと思い、気が緩みかけていた所に返ってきた思わぬ反撃に、私は受け身もとれずに墜落した。
背中から墜ちた体勢のまま倒れ伏していると、幽々子さんののんびりとした声が降ってくる。

幽々子「はい、そこまで。 この試合、双方クリティカルヒット判定で引き分けね」

クリームヒルト「~っ! 痛たたた……」

盛大に打ち付けた背中を擦りつつ私が起き上がると、私の矢(先端は吸盤)を肩に付けたまま降りてきた早苗さんが声をかけてくる。

早苗「大丈夫ですか? クリームヒルトさん?」

クリームヒルト「あ、はい、大丈夫です。 それより今の私の動き、どうでした?」

早苗「うーん、もうノーマルはクリアでいいと思いますよ。 回避もスペルの使い方もだいぶ上手くなりましたし……。
   あっ、でも最後の油断は誉められませんね。 アレがなければくらいボムで引き分け、なんて形にはならないでクリームヒルトさんの完全勝利でしたから」

最後まで気だけは抜かないで下さい。と言うもっともなアドバイスに私は肩を落とす。
何度目かになる、弾幕戦の模擬練習。
日替わりで技を変え、相手を変えやって来て、そこそこ自信もついてきていたけど、初歩的なミスを犯すようでは未熟さを痛感せざるを得ない。

クリームヒルト「はぁ……、やっぱりまだまだ未熟だなぁ……」

早苗「何言ってるんです? 本格的に弾幕戦をやり始めて二ヶ月でこれなら十分凄いですよ!
   私なんかこのレベルに来るだけで半年も掛かったんですからね!」

眉をつり上げた早苗さんが語気を強めて言った言葉に、判定役をお願いしていた幽々子さんも頷く。

幽々子「そうね。十分胸を張ってもいいレベルよ。 はい、これで汗を拭いて」

クリームヒルト「あっ、ありがとうございます。 幽々子さん」

幽々子さんが差し出した手拭いを受け取りつつ私は頭を下げる。
手拭いで、額の汗を拭いていると、隣の剣道場から大音響が響き、間もなく対照的な表情をした2つの影が出てくる。

ニヤニヤしながら出てきたのは魔理沙さんで、悔しそうに表情を歪めていたのはオクタヴィアちゃんだ。
あちらは完全に勝敗が決したみたい。

幽々子「そっちも決着がついたようね。 勝ったのは白黒の魔法使いのようだけど……」


356 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 22:04:49.39 +k6gOFpQ0 172/396


オクタヴィア「嵌められた……、あんなのってアリなの?(ブツブツ」

魔理沙「まぁ、良いセンまでは行ってたんだけどな。 ブラフに引っ掛かるようじゃまだまだだぜ」

呪詛でも吐きかねないオクタヴィアちゃんに対し、魔理沙さんはけらけらと笑いながら言う。
一体どんな試合をしたのか気になるけど、聞かない方が良さそうだ。

クリームヒルト「お疲れ様、オクタヴィアちゃん」

幽々子さんから受け取ったもう一枚の手拭いを差し出しながら、当たり障りのない言葉をかける。

オクタヴィア「ああ、ありがと、クリームヒルト。 そっちはどうだったの?」

クリームヒルト「ティヒヒヒ、実は引き分けだったんだ。 最後の最後で気を抜いちゃって……」

苦笑しつつ私が言うと、オクタヴィアちゃんの表情が意地の悪い微笑みに変わる。
右手で私を抱え寄せると、左手で私の頬をぷにぷにと弄りだす。

オクタヴィア「ほー、それはそれは残念だったね~。 詰めの甘さでやられる様じゃまだまだだぞぉ……」

クリームヒルト「ひゃ、ひゃめてよ、おふたびぃあひゃん」

頬を弄られているせいで、必然的に変な声をあげてしまう私。
戯れる私たちを見て幽々子さんが微笑ましいモノを見る目をこちらに向けてくる。。

幽々子「あらあら、相変わらず二人は仲が良いわねぇ。妬けちゃうわ~」

早苗「……気心の知れた幼馴染、って良いですよねぇ……。ハァ……」

魔理沙「早苗、目が死んでるぞ……」

ニコニコ顔の幽々子さんの向こうで、早苗さんが遠くを見るような目をしながらため息をつく。
何か気の利いた一言でも、と一瞬思ったけど、オクタヴィアちゃんが頬を弄り続けていたのでやめておく事にする。

オクタヴィア「はぁ~、それにしても暑いなぁ~、どこか良い具合に汗を流せる所とかないかなぁ~」

手拭いで汗を拭いつつ、オクタヴィアちゃんが呟く。
試合で汗をかいたから暑いのは当然だけど、間違いなく私を抱き寄せてるのも大きな要因だと思う。
突っ込みを入れようか入れまいか悩んでいると、幽々子さんが小さく手を叩きながらオクタヴィアちゃんに言う。

幽々子「あら? そういう事なら私、良い温泉を知ってるわよ」

オクタヴィア「え?温泉? 幻想郷に温泉があるの?」

温泉と言う言葉にオクタヴィアちゃんが反応し、私はようやく解放される。

幽々子「ええ、丁度そっちに出かける用事もあったし、ちょっと行ってみましょう」




357 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 22:09:31.56 +k6gOFpQ0 173/396

―――――――――――― 【同じ頃@旧地獄・地霊殿】 ――――――――――――

ほむら「う………? ここは?」

意識を取り戻した少女――暁美ほむらが最初に見たのは見馴れない天井だった。

ほむら「?……確か私は魔獣と戦っていて……」

まだはっきりしない頭でおぼろげな記憶をたどる。
巴マミや佐倉杏子らと共に何時も通り魔獣狩りに出て、普段より多い魔獣を相手にして……

ほむら「それで確か、一体の魔獣に後ろから……」

自身で呟いて思い出す。
あの時、不覚にもほむらは致命的とも思える一撃を貰ってしまった覚えがある。

見ると、わき腹の部分の衣装が裂けていて、包帯による処置が顔を覗かせていたが、痛みはさほどでは無い。
ほむらの弱い魔力でも、暫らく回復をかければ簡単に治りそうだ。

ほむら「思ってた以上に大した事が無かったのかしら? それにしてもここは一体……」

起き上がり、辺りを見回す。
寝かされていた部屋は石造りの洋室だ。
床には絨毯が敷かれ、趣向を凝らした鏡台がベッドの脇に鎮座している。

ほむら「洋館のようね。 電気が無いのが気になるけど……」

灯り代わりに置いてある燭台を見つつ、そんな事を呟いていると、背後の戸が開く。

???「おや、目が覚めたのかい? どうだい、気分の方は?」

振り返って、目に入った存在に、ほむらは一瞬目を疑った。
そこに居たのは人ではなく、一匹の黒猫(尻尾がなぜか二本あったが……)だったのだ。

ほむら「…………ネコが喋った?」

呆然とそう呟いてから、似たような存在が居た事を思い出す。
ちょっと前まで憎むべき対象で、今では(多少小憎たらしいとは言え)相棒兼マスコット認定までようやく格上げされた白い生き物――インキュベーターの事を。
思い出してよかったのか、悪かったのか、微妙な気分にほむらが陥っていると、その反応を見た喋る黒猫が、仕舞ったと言うように声を上げる。


358 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 22:13:22.29 +k6gOFpQ0 174/396


???「おっ、こりゃ失礼。 姿を変えるのを忘れてた」

ほむら「?……っ!?」

黒猫の言葉に疑問符を浮かべていると、黒猫の体が眩いばかりの光を放ち始める。
光が収まった時、そこには、共に戦った仲間――佐倉杏子を思わせる紅い髪を、三つ編みにした少女が立っていた。

頭には髪の毛と同じ紅いネコ耳が、お尻には黒い二本の尻尾が、ご丁寧にも生えていたが……

ほむら「…………変身魔法?」

たっぷり考えて、ほむらはそう尋ねた。
ほむらの知りうる知識で、この事象を説明するとしたら、それ以外に考え付かない。
が、ネコ耳少女はすぐさまその言葉を否定した。

???「魔法? そりゃ違うね。 あたいは単なる化け猫さ」

ほむら「化け猫……ですって?」

思わず眉を寄せるほむらに、ネコ耳少女は得意げに話を続ける。

???「そうさ、あたいは火車の火焔猫燐。 ここ灼熱地獄跡で怨霊の管理とかをしてる妖怪だよ。
    あたいら火車は人間の亡骸を地獄に運ぶ妖怪なんだけどねぇ、お姉さんはまだ生きてる様だったからここに連れてきたのさ。
    ああ、あたいを呼ぶ時はお燐とでも呼んでくれればいいから」

お燐と名乗るネコ耳少女の言葉を、ほむらは殆ど理解出来なかった。 理解の及ぶ範囲を超えていた、と言った方が正しい。
唯一分かったのは、下手をしたら今頃自分は地獄送りになっていたかも知れない、と言う事だけだ。

ほむら「…………」

お燐「理解できない、って顔だね。 まぁこればっかりは仕方ないけど信じてもらうしかないね。
   そうだ! お姉さん、身体の調子に問題が無ければついて来てもらいたい所があるんだけど、良いかい?」

お燐の提案に、ほむらはしばし思案する。
怪しい事この上ないのだが、なにぶん情報が少な過ぎる。
ここは敢えて虎穴に入るべきかもしれない。

359 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/18 22:15:39.39 +k6gOFpQ0 175/396


ほむら「それは別に構わないけど……、ついて行ったら死んでました。って言うのはナシよ?」

お燐「あ~、ないない、お姉さんからは確かに不思議な力を感じるけど、そんなに強そうじゃないし……」

ほむら「っ!?」

笑いながら言うお燐の言葉にほむらはピクリと身体を震わせた。
この自称化け猫に、自身が魔法少女である事は教えていない。
拾われた時に持ち物を調べられたかもしれないが、ほむらの正体に迫るようなモノはそもそも持ち歩いていない。
それなのにお燐はほむらが“不思議な力”、即ち魔力を持っていることを見破ったのだ。

言葉を鵜呑みにする訳ではないが、このお燐という少女が、少なくともほむらの理解が及ばない存在であると言う事は認めざるを得ない。

立ち上がり、お燐の後を追おうとすると、お燐がふと立ち止まり、こちらを向いた。

お燐「そう言えば聞きそびれてたんだけど、お姉さんの名前はなんて言うんだい?」

そう尋ねてくるお燐の表情はごく普通で、悪意とかそういったものは感じられない。
訳の分からないこの状況で、敵を作るのもアレなので、ほむらは素直に名乗る事にした。

ほむら「私の名前はほむら、……暁美ほむらよ」

お燐「ほぅ、『焔』ねぇ……。あたいとは同じ焔同士、気が合いそうだねぇ……」

そう言って笑うと、お燐はついて来いと言う様に歩き出した。
ほむらも歩き出したが、まだ笑おうと言う気は起きなかった……。




365 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:05:05.96 QASY5XbT0 176/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

お燐に案内され、だだっ広い部屋へと通されたほむらがまず取った行動は室内の観察だった。
タイル張りの床に石造りの壁、それにステンドグラスと言う内装はその広さも相まって教会を思わせる。

あからさまに変なものが鎮座しているような事は無かったが、良く見るとステンドグラスが床についていたりする。
奇妙でないようで奇妙、そんな印象を受けた。

その部屋の真ん中に、少女は居た。
薄紫色の髪に空色の服を纏い、胸元に赤い目玉(?)を付けた、小学校高学年ぐらいの女の子。

女の子は自身の目は瞑ったまま、赤い目玉だけをこちらに向ける。

ほむら「?」

???「ようこそ地霊殿へ。私はここの主、古明地さとり。
    貴女は……暁美ほむらさん、ですか……。 良い名前ですね」

ほむら「っ!?」

名乗りもしないうちから名前を当てられ、ほむらは思わず身構えた。
ほむらの一歩後ろに立つ、お燐が教えたのか? などと思っていると、さとりと名乗った少女が補足をしてくる。

さとり「ああ、ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。 ちょっとだけ、貴女の頭の中を読ませてもらいました」

ほむら「読ませて……? 貴女、読心術が使えるの?」

ほむらが尋ねると、さとりは瞑っていた瞳を開きつつ頷いた。

さとり「ええ、その通りです。 ですが貴女の考えているような魔法ではありませんよ?
    これは私たち、覚(さとり)妖怪固有の能力です」

ほむら「覚妖怪?」

耳慣れない言葉に、ほむらは鸚鵡返しに呟く。
さっきの化け猫ぐらいならまだ分かるが、生憎ほむらはそっち方面の知識には疎かった。

さとり「簡単に言えば今のように人の心を読んで、相手を驚かす妖怪です。
    考えていることが全て見透かされてしまうので厄介者扱いされてしまいますけどね」

ほむら「…………」

苦笑するさとりに対し、ほむらは黙ってさとりを見つめる。
あからさまに見定める様な視線を送っていたのか、或いはまた心を読んだのか、さとりはため息をつく。

366 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:07:11.08 QASY5XbT0 177/396


さとり「半信半疑、と言ったところですか……。
    まあ貴女のように不思議な事でも簡単に説明がついてしまう事象に長く触れていた人からすると、
    得体の知れない妖怪の存在を認めるより、よく見知った魔法で片付けてしまいたくなる気持ちは分かります。
    ですが、私は貴女の思うような“魔法少女”ではありませんし、正真正銘、本物の妖怪です。 その点だけは承知して下さい」

ほむら「分かったわ、そういう事にしておいてあげる。
    それで?一体ここはなんなの? 自称妖怪は居るし、人魂はあちこちに浮いているし……あの世かなにかな訳?」

そう言ってから、ついさっきお燐が灼熱地獄跡、とか言って居た事を思い出す。
あの世、と言うのは適当に言った言葉だったのだが、あながち間違いでは無いのかもしれない。

内心、そんな事を考えていると、背後からお燐のやけに明るい声が飛んでくる。

お燐「惜しいね。正確にはあの世じゃなくて、地獄だった場所さ。 言うなれば旧地獄だね」

さとり「お燐の言う通り、ここはかつて地獄でした。
    今は怨霊が少なくなったので、冥界に統廃合され、私たち妖怪の住処になっています」

ほむら「じゃあなに? 私はその妖怪の住処に迷い込んだと、そう言うの?」

ほむらがそう尋ねると、さとりは首を縦に振る。

さとり「その通りです。簡単に言ってしまえば“神隠し”ですね。
    私たちの世界では“幻想入り”と言われていて、人が迷い込む事はしばしばあるのです。
    いきなり旧地獄に迷い込むのは流石に希ですけど……」

ほむら「そんな希少性は出来れば遠慮したかったわ……」

げんなりしつつ、ほむらはぼやく様に言う。
それと同時に、これが夢なら早く覚めて欲しいと心から強く願う。
今ならこの願いで、もう一度インキュベーターと契約してもいいような、そんな気さえしてくる。

そんな事を考えつつ、ほむらはさとりの方を見る。
さとりは自身の目と、赤い目玉の三つの目でじっとほむらを見続けている。
さとりの言う事が本当なら今まさに頭の中を読まれているんだろうな、と思って居ると、さとりは手元の呼び鈴を鳴らした。
ほむらの背後で控えていたお燐がさとりに近づき、さとりはお燐に何か言伝をする。

言伝を受けたお燐は、部屋の奥へ消えて行き、対するさとりはほむらの方に向き直る。

さとり「…………暁美さん、一つ、貴女にお見せしたいものがあるのですが」

ほむら「なに?」

さとり「これです、どうぞ……」

さとりの言葉と共に、戻ってきたお燐が差し出したのは一枚の紙切れだった。
右上に文々丸新聞と言う囲い文字と、2ヶ月近く前の日付があるので新聞なのだろう。


367 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:09:10.91 QASY5XbT0 178/396


ほむら(新聞、ねぇ……妖怪が読む新聞、それも古新聞なんか見せてどうするつも………っ!? これって!?」

胡散臭いと思いつつ新聞を受け取ったほむらだったが、次の瞬間、見出しとして載っていた写真を見て、思わず声をあげていた。
写真に写って居たのは数人の少女の姿なのだが、その中にほむらがよく見知った、そして絶対にあり得ない姿が写っていたのだ。

ほむら「ウソ……どうして? なんで……?」

さとり「…………」

新聞の見出しに釘付けになったまま肩を震わせるほむら。
そんなほむらをさとりは落ち着いた様子で見守っている。

ほむら「なんでこんなところに……、まどかが写っているの!?」

心拍数が上がり、頭に血が上りつつある事を感じながら、ほむらは顔を上げた。
やはり落ち着いたままのさとりに対し、ほむらは声を震わせながら問う。

ほむら「ちょっ、貴女、この新聞を一体いつ何処で……」

さとり「やはりそうですか……。
    貴女の記憶の中にある名前と、この記事に載っている名前とが違うので、別人かと思いましたが、貴女の反応を見るに間違い無さそうですね」

ほむら「名前……?」

さとりの言葉に、写真から本文へと目を移したほむらは、これ以上ないと言うほど目を見開いた。
説明文にあった名前、それは……


                      “クリームヒルト・グレートヒェン”


ほむら「これは……この名前は……」

一体何度この名前を見たのだろう?
それはほむらの力及ばず、幾多の世界で生まれてしまった大切な人の変わり果てた姿の名前。
姿かたちは大切な人と寸分も違わぬのに、名乗る名は魔女のソレと言う奇妙な状態にほむらの混乱は深まるばかりだ。

368 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:11:34.98 QASY5XbT0 179/396


完全に固まってしまったほむらに、さとりが語り始める。

さとり「二ヶ月前の事です。 地上にある郷、“幻想郷”に新しい妖怪が現れました。
    彼女らは自らを“魔女”と名乗り、その郷に住み着きました。 その新聞はその時に出された号外です」

ほむら「二ヶ月前に魔女、ですって……?」

その言葉に、ほむらは思い当たる節があった。
ほむらがなんとしても救いたかった存在――鹿目まどかが、自らの存在と引き換えに全世界を救済して消えた、あの日がちょうど二ヶ月前なのだ。

ほむらは新聞の記事を読み進める。
そこに書いてあったのは、“魔女”らが幻想郷にやって来た経緯と、その際に引き起こした事件の顛末。
そして彼女ら魔女が、自らの意思として、この地での永住を希望している旨などがそこに綴られていた。

ほむら「ここに書いてあることは本当なのね?」

さとり「私はまだ会ったことはありませんが、地底の者に彼女らを見た、と言う者はかなり居ます。
    貴女のお友達が、地上に居るのはほぼ間違いないかと……」

写真の少女――まどかが友達であることがいつの間にかさとりに漏れ伝えられていたが、対するほむらはそれどころではなかった。

かつて救えなかった大切な友人が、会うとしたら自分が死ぬその時だと思っていた友人が、この近くに居る。
それだけでほむらの心は大きく揺れ動き、掻き乱された。

さとり「お燐、ほむらさんを連れて地上へ行きなさい」

お燐「えっ? あたいが、ですか?」

さとり「私はこれから会わなくてはならない人が居るの。 私の代わりに、ほむらさんを案内してさし上げなさい」

そんな言葉が、ほむらの耳に届く。
いつの間にか勝手に話が進んでいるのだが、今のほむらにさとりたちの申し出を断る理由も、余裕も、あるわけが無かった。




369 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:13:08.55 QASY5XbT0 180/396

――――――――――― 【ほぼ同刻@幻想郷・魔法の森】 ―――――――――――

マミ「キュゥべえとも連絡がつかないし……、ここは一体何処なのかしら?」

鬱蒼と生い茂る深い森の中、金髪ドリルロール髪の少女、巴マミは呟いた。
確か気を失う前まで見滝原の街中で、魔獣相手に戦っていた筈だ。
それがどうしてこんな森の中に来てしまったのか、いくら記憶を辿っても答えは出ない。

マミ「確か、暁美さんが最初に不意打ちを受けて、そっちに気を取られた後……ダメね。良く思い出せないわ……」

それは、思い込みと些細なミスから始まった。
戦い慣れていた暁美ほむらが、背後を取られるとはあの時まで思っていなかった。いや決め付けていた、と言う方が正しいか。
更に痛いのは、魔獣の攻撃を受けて、ほむらの身体がその場に崩れ落ちた瞬間、
それを見ていたマミ自身が一瞬の思考停止状態に陥ってしまった事。

それが決定的となった。
一瞬とは言え隙を見せた者が生き残れるほど甘い戦いではなく、マミもまた例外ではなかった。
気付いた時には、相対していた魔獣がその手をこちらに振り下ろしていて……直後、マミの意識は暗転した。

マミ「てっきり死んじゃったかと思ったけど、そんな事もなかったし……」

見下ろした自身の身体はあの時の戦闘で負った小さなかすり傷と服の汚れがあるだけで、大した事はなかった。
あんな一撃をもろにくらっていたのなら、こんな事があるわけがないのだけど……。

よくよく思い返してみると、意識を失う瞬間、痛みとかそういった感覚がなかった様な気がする。
いや、感じる暇もなく、落ちた、と言う可能性の方が、どう見ても高いのだが……。

マミ「まぁいいわ、生きているならそれで十分よ。 それにしても、これからどうしましょうか? ここだと方角も分からないし……」

そう言ってマミは生い茂る木々を見上げた。
木々は高くそびえ立っていて、地上へ差し込む日差しの大半を遮っている。
見上げた空は狭く、太陽がどっちにあるのかも分からない。

マミ「間違いなく見滝原の何処か、ではないわよね……」

あの街にこんな樹海があると言う話は聞いた事がない。
いや、周辺の町を含めたってそんな場所はない。

マミ「とりあえずここにずっといる訳には行かないわね。 森を抜けてみないと……っ!」

そう呟きつつ、マミは一歩踏み出そうして、止める。
背後の茂みが小さくゆれた様な気がしたからだ。

咄嗟にマスケット銃を生成し、そちらに振り向ける。
少々気にしすぎかと思ったが、状況が状況だ。 用心するに越した事はない。

370 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:15:55.71 QASY5XbT0 181/396


マミ「誰か居るの? 居るなら出てきなさい」

静かに、それでも有無を言わさぬ口調でマミは茂みの方へと呼びかける。
一旦は収まっていた茂みが、再度ガサガサとゆれ、そして現れたのは……

マミ「えっ?」

現れたのはフリルの付いた服を着た小さな西洋人形だった。
あまりにも予想外というか、常識はずれな光景に、マミは思わず間の抜けた声を上げてしまう。

大きさとしては猫ぐらいだろうか?
女の子がおままごと遊びで使う人形より一回り大きい人形は、銃口を向けられプルプルと震えている。

マミ「……えっと、今そこに居たのは貴女なの?」

銃口を人形から外しつつ、それでも警戒だけは解かずにマミは動く人形に問う。
人形は身体を震わせたまま、こくりと小さく頷く。 どうやら喋ると言うことはなさそうだ。

人形と、周囲の森に目線を送りつつ、マミは考える。
この人形は一体なんなのだろう?
勝手に動いているし、喋らないとは言え受け答えが出来るあたり、意思はあるようだ。
オカルト話で良く聞く、呪いの西洋人形とかそういった類のものだろうか?
それにしてはやけにこちらに怯えているのだけど……

キュゥべえの仲間か、はたまた新手の魔獣かと色々思考を巡らせていると、再び茂みがゆれ動く。

マミ「っ!」

陽動か!? そう思い、再びマスケット銃を振り向けるマミ。
だが、それよりも早く、マミの周囲を多数の人形が包囲していた。

マミ「くっ…………!」

目の前のオカルト現象に気を取られ、包囲を許してしまった事にマミの表情が歪む。
と、そこに少女のものと思しき声が割り込んできた。

???「そんな顔しないでくれる? 私はその子を返して欲しいだけなの」

そんな言葉と共に現れたのは、御伽噺の中から出てきたような、人形を思わせる美しさを持った金髪の少女。
その手からは多数の糸が伸びていて、マミの周囲を包囲している人形へと繋がっていた。

371 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:17:27.92 QASY5XbT0 182/396


マミ「なるほどね。 人形が一人で動くなんてどうもおかしいと思ったら、貴女が操っていたのね?」

???「あら? 別におかしい事なんて何もないわ。 その子に関しては勝手に動くように作ってあるし……」

少女の言葉を聞いて、マミは自分の考えが正しかったと確信した。
この少女はマミと同じ、“魔法少女”だ。 おそらく人形を操るのが、彼女の魔法なのだろう。

???「貴女、名前は?」

マミ「……………巴マミ。見滝原中学の三年生よ」

少女の言葉に、棘はなかったが、こちらは包囲されている身である。
下手な口答えはしない方がいいだろう。

???「巴マミ……ですって?」

マミ「?」

マミの名を聞くなり、訝しむような表情を見せる少女。 心なしか観察されているような気がする。
マミの事を知っているのか、単なる気にしすぎか……。
少なくともこっちには見覚えは愚か、思い当たる記憶はない。
少々気味悪く思っていると、人形による包囲が急に解除された。

マミ「っ!? な、なに? どうして……!」

訳が分からなかった、マミはてっきり、他の魔法少女の縄張りに入ってしまったのだと思っていたのだ。
マミはそんな事はないが、大抵の魔法少女は縄張り意識を強く持っている。
自分のテリトリーに他の魔法少女が入り込もうものなら、すぐさま排除に来る。
今回も、その類だとそう思っていたのだ。 今の今までは……

理解の及ばぬ事態に、マミが戸惑っていると、人形を後ろに下げた少女が言う。

???「ちょっと、不躾過ぎたわね……。 てっきり、あの子が貴女に襲われていると思ってしまったのよ」

と言いつつ苦笑する少女。
先ほどまでの鋭く、刺すような雰囲気はいつの間にか消えていて、マミはすっかり毒気を抜かれてしまう。

マミ「あの、貴女は一体、……」

???「とりあえず立ち話もなんだから、場所を変えましょう。 私の家、すぐそこだから……。
    そうね、名前ぐらいは名乗っておくわ。 私はアリス・マーガトロイド、ここ“魔法の森”に住む“魔法使い”よ」

そう言って、少女――アリスはマミに微笑んで見せたのだった。




372 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:20:16.46 QASY5XbT0 183/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アリス・マーガトロイドと言う少女は聡明な人物であった。
その点において巴マミは幸運だったと言える。
少なくとも霧雨魔理沙や東風谷早苗など直情で動く人間と会っていたなら、彼女の混乱はより酷いものになっていたに違いないのだから。


アリス(巴マミ……ね。
    確かにクリームヒルトやオクタヴィアから聞いた通りの子だわ……。 でも……)

自宅へ案内しつつ、アリスは考える。
クリームヒルトたちの話によると彼女は既に死んだ人間の筈である。
が、目の前に居る巴マミは明らかに幽霊などの類ではなく、生きた人間であった。
気配を見るにクリームヒルトたちの様に、魔女になっていると言う訳でもない。

???「う~ら~め~し~……ばあーっ! って、ぎゃああああっ!?(ピチューン」

そうなるとクリームヒルト達から聞いた巴マミと、この巴マミは似て非なる存在、と言うことになる。
そもそも、クリームヒルトたちの話を全面的に肯定するのであれば、この世界自体、一度滅んでいる筈である。

???「ルナ! スター! ジェットストリームアタックを仕掛けるわよ!」

???「「了か……いやあああっ!?(ピチューン」」

が、こうして自分達は生きていて、世界が滅んだと言う事実はない。
しかし、クリームヒルトたちの話が全くの絵空事だとは到底思えない。
絵空事と断じる事は、事の大小はあれど、過去に犯した罪と向き合い、悩み、それでも生きて行くことを決めた彼女たちを否定する事だからだ。
とにかくアリスたちの経験と、クリームヒルトたちの経験、両方が現実にあった事だとすると、考えられる可能性は一つしかない。


クリームヒルトらが経験した一度滅んだ世界と、今アリスたちが居る世界は別の世界である。


所謂、平行世界と言うヤツである。
別世界からの幻想入りが可能なのか少々疑問だが、何が起こってもおかしくないのが幻想郷である。
世界の一つや二つ飛び越える事など案外容易いのかもしれない。

アリス(そうなると、この子の処遇が問題ね……)

おそらく今アリスの目の前に居るのは、アリス達と同じ世界、即ち博麗大結界を隔てた外の世界から、純粋に幻想入りしてきた巴マミなのだろう。
とすると、クリームヒルト達から聞いた話をそのまま彼女に聞かせるのは、彼女を混乱させるだけだ。
さて、どう説明したものか……



373 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:22:32.26 QASY5XbT0 184/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

巴マミと言う少女も聡明な人物であった。
出合った相手がマミであった事は、アリスにとって幸運だったと言える。
少なくとも行動が先に出やすい佐倉杏子や、疑ってかかる暁美ほむらが相手であったなら、事情の説明だけでも難航していたに違いないのだから。


マミ「…………」

前を歩くアリスの背中と、足元でぷすぷすと煙をあげて伸びている女の子たちを交互に見ながらマミは考える。
先ほどは、アリスを自分たちと同じ、魔法少女だと断じたが、早くもその判断は間違いだったのでは無いか? と思い始めたのである。

理由は足元の女の子をはじめとする死屍累々の山。
皆、突然飛び出してきては、アリス(の人形に)に有無を言わさず撃墜された者たちなのだが、その内訳が異常なのだ。

まず最初に出てきたのは人魂で、数も多くて10体は倒している。
次に出てきたのは、大きな口と舌の付いた和傘を持った女の子で、「うらめしや」とか言っていた様な気がする。
最後が、足元に転がっている女の子で、身の丈は幼稚園児程度なのだが、その背中には半透明の羽が生えている。
そして、これら全員が例外なく、さも当たり前の如く、空を飛んで現れていたのである。

マミ(あの子たち、どう見てもお化けとか妖精よね? いつの間にか夜の墓場にでも迷い込んだのかしら?)

目の前の光景から導き出された答えに、マミは昔見たアニメの主題歌を思い出す。
マミから見ると、今の状況は極めてそっちの歌詞の内容に近い。

少なくとも、アリスが撃墜して回っている存在は、マミが普段戦っている魔獣ではない。
ではないのに、アリスはそれらの存在が、ごくあり触れたモノであるかの如く、動じずに、冷静に対処しているのだ。

マミ(そう言えばアリスさん、私に“魔法少女”じゃなくて“魔法使い”と名乗っていたわね……。
   あの時は言葉の綾、程度にしか考えていなかったけど、もしアリスさんが、“魔法少女”とは違う“魔法使い”であったとするなら、もしかしてここは……)

アリス「ついたわよ」

マミ「!?」

思考の海に沈みかけたマミの意識は、アリスのそんな声に遮られた。
気が付くと、一軒の洋風家屋が目の前に建っていた。

アリス「さ、入って。あんまり大したもてなしは出来ないけど……」

マミ「……し、失礼します」

アリスに促され、マミはアリスの家だと言う建物へ、足を踏み入れた。
アリスから語られる話が、自身の予想したような突拍子もない話ではない事を願いつつ……。




374 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:24:23.11 QASY5XbT0 185/396

――――――――――― 【同じ頃、幻想郷・迷いの竹林】 ―――――――――――

杏子「じゃあ、何かい? ここはアンタたちみたいな妖怪の住む隠れ里だ、って言うのかい?」

差し出された鰻の串焼きを頬張りつつ、佐倉杏子は目の前の少女――ミスティア・ローレライに尋ねた。

ミスティア「そうだよ。 まあアナタみたいに外から来た人には信じられないと思うけど……」

杏子「あー、普通ならそうなんだろうけど、生憎アタシは変な話には結構縁があるからな。 それにこうして目の前にアンタが居るわけだし……」

鳥だか蝙蝠を思わせるような羽に、不自然に長い爪(しかも伸縮自在)、獣っぽい耳と言うミスティアの出で立ちは、どう見ても人間のソレではない。

ミスティア「でも酷い目に遭ったわ。 急に空からアナタが降ってきて、私の屋台壊したかと思ったら、斬りかかってくるんだもの」

杏子「そりゃアンタが爪で急に襲いかかかってきたからだろ?
   ああ、屋台の件は悪かったと思ってるさ。 だからそんな顔すんなって……」

喉元に鋭い爪を突きつけられ、杏子は思わず乾いた笑いを漏らす。
一応話は付いたはずだが、ミスティアはいまだお冠らしい。

杏子(ま、仕方ないか……、出会いとしちゃ最悪だったしな……)

そんな事を考えつつ、杏子は自身が座っている屋台を横目で見回した。
深い竹林の中にぽつんと置かれた一台の屋台。
彼女を知る人妖たちからは、絶品と称される憩いの場となっている屋台は、屋根の一部が大きく欠けている。
ここに“飛ばされて”、空から落ちてきた杏子が、派手に屋根をぶち破ったからだ。
屋台の持ち主であるミスティアは激昂し、杏子に襲い掛かってきたが、どうにか落ち着かせる(返り討ちにする)事に成功していた。

ミスティアの身なりを見たときから予感めいたものはあったが、彼女は人間でも、杏子の知る人ならざる存在、“魔法少女”や“魔獣”の類ではなかった。
彼女は、自らを『夜雀の怪』と称し、ここがそういう存在、即ち妖怪が闊歩する世界である事を世間話を語るように教えてくれた。
ついでに言うと、杏子のように人間がこっちの世界についうっかり入ってしまう事はあまり珍しい事ではないらしい。

多少の事なら動じない自信のあった杏子だが、流石にこの話は受け入れがたい話だった。
目の前にこうしてミスティアが居なければ絶対に信じなかったに違いない。

375 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:26:21.95 QASY5XbT0 186/396


杏子(まったく、変な事に巻き込まれちまったなぁ……)

二本目の串焼きを口に運びつつ、杏子は考える。
あれは普段どおりの魔獣狩り、だった筈だ。
それが、ほむらが不意打ちをくらって倒れ、マミがそっちに気を取られ、隙を見せた瞬間、おかしな事が起こったのだ。

まず、倒れていたほむらが、地面に出来た不思議な裂け目に呑まれて沈み込み始め、
次に、魔獣の攻撃を受けそうになり足元が疎かになったマミもその裂け目に呑みこまれてしまったのだ。

新手の転移魔法かなにかで、ほむらやマミを誰かが助けてくれたのか? とも思ったが、
裂け目の纏う雰囲気はどちらかと言うと禍々しいもので、妙な胸騒ぎを覚えた杏子はその裂け目に自ら身を投じたのであった。

が、結局先に裂け目に落ちた二人の姿を(僅かの差であったにも拘らず)見つけることは出来ず、
杏子は裂け目の出口――即ちこの竹林の上空に放り出され、ミスティアの屋台に墜落した、と言う訳である。

杏子「それで? あの変な裂け目はこの世界のどっかに絶対通じているんだな?」

ミスティア「うん、それは間違いないよ。 でも、知り合いを探そうとなると大変だと思うけどね……」

「狭いようで広いからねー」と軽い口調で言いつつ、ミスティアは蒲焼きを焼き始める。
最悪の部類に入る出会い方をしたミスティアであったが、中々どうしてお人よしらしい。
或いは鳥頭過ぎて既に記憶が薄れているだけかもしれないが……

杏子「サンキュ、だいぶ参考になった。 それじゃアタシはこの辺で……」

ミスティア「ちょいと待ちなよ、お客さん。 御代がまだじゃない」

席を立とうとする杏子にかけられた声は心なしか低く感じられた。
振り返ると、にこやかに右手を差し出すミスティアの姿が……

杏子「御代? 御代ってさっきアンタが焼き鰻はサービスだって……」

ミスティア「鰻の御代はいいよ。 でも、壊した屋台の修理代までサービス、とは私一言も言ってないよ」

そう言って、右手をずいっと伸ばしてくるミスティア。
出合った直後の様な怒気に満ちた妖気をぶつけてくるミスティアを見て、杏子は前言を撤回する。

コイツ、お人よしもでもなければ単なる鳥頭でもないぞ、と……




376 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/20 18:28:19.29 QASY5XbT0 187/396

―――――――――――― 【数刻後、旧地獄・地霊殿】 ――――――――――――

さとり「…………この念は……幽々子さんですか」

お燐がほむらを連れて、地上へと向かってから数刻後、さとりは扉の方に語りかける。
直後、現れるのは思っていて居たとおりの人物。

幽々子「あら? バレちゃったようね」

さとり「私に隠し事は通用しませんから……」

幽々子「そうだったわね。それで? 最近こっちの方は大丈夫かしら?」

一瞬苦笑して見せた幽々子だが、次の瞬間向けられた話題は極めて事務的なものだった。
とは言え、元々その件で話し合う予定であったのだけど……

さとり「ええ、怨霊の方は問題ないです。地下の妖怪も同様に……」

幽々子「そう、なら良かったわ。 最近こっちに来てなかったし……」

ちょっと前からいろいろあったのよねぇ~、と口元に笑みを浮かべる幽々子を見て、さとりはあることを思い出す。

さとり「そういえば幽々子さん、確か、聞いた話だと六月の異変以来、懇意にしていらっしゃる方がいるとか?」

幽々子「ええ、居るわよ。 クリームヒルトちゃんの事ね?
    あの子はいい子よ~。可愛いし、素直だし……。 で、それがどうかしたのかしら?」

ニコニコ顔で答える幽々子。
どうやら噂どおりの入れ込み様らしい。

噂では件の異変の時に、思ったように動いてくれた為、玩具代わりにしている、などと言われていたが、
決してそんな程度ではなく、もっと深い親交を結んでいるようだ。

さとり「その方は今、どちらにいらっしゃるか分かります?」

幽々子「分かるわ、と言うかすぐそこの温泉まで来てるわよ。そろそろ帰る時間かもしれないけど……」

さとり「えっ?」

幽々子の答えにさとりは思わず顔をしかめる。
地上にいると思っていた対象が、幽々子らと共に地底に来ている。と、言う事は……

さとり「失敗しましたね。 完全に行き違いじゃないですか……」

ため息と共に頭を押えるさとりに、幽々子はすっと目を細くする。

幽々子「…………古明地さん、詳しい話を聞かせて欲しいのだけど?」

さとり「実はつい先刻の話なのですけど……」

さとりは、全てを話し始める。
幽々子の表情が、驚きのソレになり、やがてさとりと同じため息を漏らすまで、時間はさして掛からなかった。




387 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 16:37:43.31 uotYbNIu0 188/396

―――――――――― 【焔な火車と魔法少女】@中有の道 ――――――――――

お燐「ありゃ、おかしいね。確かにこの子の住所はここなんだけど……」

一度人里に出て住所を突き止めたほむらたちは、まどか……もとい、クリームヒルトの自宅へとやって来ていた。
表札もしっかり出ていたし、里で聞いた話も、この記事の少女が間違いなくまどかである事を裏付けていたので、期待していたのだが……。

ほむら「どうやら留守のようね……何処に行ったのかしら?」

お燐「うーん、その子と直接会った事もないし、あたいにはちょっと分からないねぇ……」

お燐がそう漏らすと、ほむらはぺたんと膝を付く。
(ほむらが飛べないので)ここまでの長い徒歩移動も祟って、一気に力が抜けてしまった形だ。

ほむら「そんな……ここまで来て、手がかりゼロだ、って言うの?」

お燐「あー、まぁそんなに落ち込まないで……、おっ、あれは……」

あまりの落ち込みようにどう声をかけたものかと、視線を逸らしたお燐は上空にある人影を見つけ、声を上げた。
その影は、こういう場合だと強い味方になる、幻想郷随一の情報通のものだ。

お燐「捨てる神あれば拾う神あり、って言うのはまさにこの事だね。 おーい!」

ほむら「?」

お燐の呼びかけが聞こえたのだろう、上空を飛んでいた鴉天狗――文が羽音と共に舞い降りてくる。

「あや? これはこれは火焔猫さんじゃないですか。今日はこんな所で何をしてるんです?」

お燐「いやー、丁度よかったよ。 実は今、あたいたち人探しをしていてさ……」

お燐がそう切り出すと、文は訝しげな表情になる。

「人探し……ですか? 珍しいですね。地底の妖怪が地上で人探しなんて……」

お燐「いや、用事があるのはあたいじゃなくて、ほむらでね」

「ほむら……?」

そこでようやく、文は足元で膝を付いているほむらの存在に気が付いた。
それと同時に、この場所がクリームヒルトの家の前である事に気付き、口元を吊り上げた。
長年、記者をやってきた文の勘が告げている。 これは何か面白そうな事が始まっているぞ、と……。

388 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 16:43:26.66 uotYbNIu0 189/396


お燐「さとり様の命令でさ、ちょっと案内してたんだよ」

「なるほど、付き添いですか……、で? 見ない顔ですけどどちらの方です?」

お燐「まぁいつものアレさ、珍しくいきなり旧地獄に来ちゃってたんだよねぇ~」

アレとは即ち幻想入りの事である。
見ない顔を、それも人間を見かけたら、まずこれで間違いない。

ほむら「暁美ほむらよ。 まど……クリームヒルトとは、向こうで知り合いだったのよ」

「暁美ほむら……? ああ、確かそんな名前をクリームヒルトさんとオクタヴィアさんから聞いた覚えがありますねぇ……。
  そうですか、貴女が二人の言っていた“ほむらちゃん”ですか……」

そう言っていつの間にか取り出したカメラで写真を撮り出す文。
いきなりフラッシュの嵐に襲われ、ほむらは眉をしかめる。

ほむら「ちょっと、いきなりなんなのよ? この妖怪は……」

お燐「あー、勘弁してやってくれないかな。 文は新聞記者なのさ」

ほむら「記者? それじゃあこの新聞は……」

ほむらがさとりから失敬した新聞記事を取り出すと、文はフラッシュ攻撃の手を止めて言う。

「あっ、それ私が書いた記事です」

ほむら「成る程、確かに拾う神のようね……」

この新聞を書いた主が目の前に居るのだ。
当然持っている情報も、その正確さも期待していいだろう。

「クリームヒルトさんが出かけそうな場所、ですか? う~ん、ありえるとしたら人里か、オクタヴィアさんの家か、白玉楼ですね」

ほむら「白玉楼?」

聞きなれない言葉に、ほむらは思わず聞き返した。

389 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 16:47:29.51 uotYbNIu0 190/396


「ええ、クリームヒルトさん達が幻想郷(こっち)に来た時にお世話になってた場所ですよ。 冥界にあるお屋敷です」

ほむら「冥界って……、地獄から抜けたと思ったら今度はあの世なの?」

「ああ、でもそういえば幽々子さんは午後から出かける、とか言ってましたから今はいないと思いますよ」

行き先を知ったほむらがげんなりとしていると、手帖を操っていた文が補足する。
どうやら、件の恩人とやらはあいさつ回りに出ているらしい。

お燐「なら、冥界には居ないだろうねぇ……。ほむらはどうしたい?」

ほむら「どうしたい、ってそれは会いたいわよ……」

お燐「いや、そういう意味で聞いたつもりじゃ……、とりあえず人里に戻ろうか?」

一度は通った場所だが、お燐は無難な選択肢を上げた。
情報が少ない今、できる限り多くの人から情報を得た方が好ましい。

「それなら私は山に行ってオクタヴィアさんの家を見てきましょうか? 徒歩で妖怪の山を登るのは厳しいでしょうから」

お燐「ああ、それはありがたいねぇ、頼むよ」

ほむら「私からもお願いするわ」

「いえいえ、お安い御用ですよ。 その代わり、後で取材させてくださいね?」

そう言って、文はニヤリと笑うと、羽音を立てて空へと舞い上がっていった。

お燐「……さて、あたいらも行こうか」

ほむら「そうね。 早くしないと日が暮れてしまいそうだし……」




390 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 16:51:18.22 uotYbNIu0 191/396

――――― 【ドキッ!金髪だらけの魔法使いと魔法少女】 @ 魔法の森 ―――――

マミ「それで? 私たちは何処に向かっているの?」

アリス「博麗神社よ。 貴女たちの居た世界に帰るなら、そこが出口になるわ」

マミ「ふーん、妖怪の郷って聞いたときは帰れないかと思ったけど、出口があるのね……」

マミの質問にアリスは背中越しに答えた。
結局、アリスの取った行動は、普通の幻想入りとして扱う――即ち、幻想郷のことだけを説明して帰ってもらう、と言う事だった。
仮に、アリスの考えた平行世界説が正しいのなら、この巴マミにクリームヒルトたちの話をするのは百害あって一理なし、と判断したからだ。

アリスは幻想郷の事と、自身の身分が“魔法使い”であり、人間であるマミとは違う事などを説明し、
元の世界に帰してあげるから、と言って早々に連れ出していた。

ここは齟齬が起こる前に帰ってもらうのが吉だろう。
その方が彼女にとってもクリームヒルトたちにとってもいい事である筈だ。

表情には出さずにそんな事を考えていると、上空から見知った影が降って来るのが見えた。
直後、アリスの中で巻き起こる予感と悪寒……。

アリス(マズイのに見つかっちゃったわね……)

「あややや? アリスさんも見知らぬ方を連れてますねぇ……その方は知り合いですか?」

降って来たのは文だった。
彼女はほむらたちと別れた後、約束通り妖怪の山に向かっていたのだが、
眼下にアリスと見知らぬ少女が一緒に居るのを見かけ、持ち前の好奇心が抑えられなくなってしまったのだ。

マミ「えっと、アリスさん? こちら方は?」

アリス「鴉天狗のパパラッチよ。 厄介者とも言うわね。 (ちょっと文、話があるからこっちに来なさい」

「そんな酷いですよアリスさん、私は清く正しい射命丸ですよ? (なんです? 真面目そうな話のようですけど……」

マミには聞こえないよう、小声と目線でアリスは文を引き離す。
文は確かに面白い事ならすぐに頭を突っ込んでくるが、話を出来ない相手ではない。

アリス「マミ、悪いのだけど、ちょっと待っててくれない? このパパラッチを黙らせてくるから」

マミ「え、ええ。 分かったわ」

「おー、こわいこわい。 こわいついでにアリスさん、貴女から話を聞かせてもらいますよ」

マミに不審を抱かせないよう、呆れやおどけを織り交ぜつつ、アリスは文と共に道の脇に移動する。
マミがやたら鋭い人間でなければ普通のやり取りに見えた筈だ。

391 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 16:55:33.09 uotYbNIu0 192/396


(それで? 今アリスさん、マミって言いましたよね?)

アリス(話が早いじゃない。 そうよ、そのマミよ)

説明する前から切り出してきた文に、やけに鋭いなと思ったが、アリスは頷いておく。

(こっちも色々あったんです。 で? 確か話では彼女は既に故人なのでは?)

アリス(彼女たちの話を全面的に採用するなら私たちも全員故人よ)

(……つまり、どういう事です?)

文も十分聡い妖怪だが、それでも平行世界という考えには及ばなかったようだ。
アリスはあくまで推測だけど、と前置きしつつ自身の考えを述べる。

「なるほど、確かにそれなら説明がつきますね。 ですが、さっき会った暁美ほむらさんは……」

マミ「暁美さんですって!?」

アリ&文「「!?」」

突然割り込んだ声に、アリスと文は恐る恐る振り返る。
目の前にいたのは、金髪ドリルロールの少女、即ちマミだった。

アリス「え、えっと、マミ? 一体いつからそこに……?」

マミ「悪いとは思いましたが、結構最初の方から聞かせてもらいました。 アリスさん、詳しいお話、お願いできますよね?」

やけににこやかな笑顔を向けつつ、それでも有無を言わせない雰囲気を纏うマミ。
アリスは自身の失態を呪いつつ、ため息をついた。

アリス「いいわ、話してあげる。 その代わり、これはかなり信じがたい話になるわよ?」

マミ「妖怪の闊歩する世界の存在、と言う時点で十分信じがたい話だと私は思いますよ?」

どうやら本格的に腹をくくらなくてはならないようだ。
アリスはもう一度、ため息をつかずには居られなかった。




392 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:03:33.88 uotYbNIu0 193/396

―――――――― 【夜雀と放浪娘の放浪屋台】 @ 妖怪の山の麓 ――――――――

杏子「ハァ、結局見つからなかったなぁ……」

屋台から少し離れた岩場に腰をかけつつ、杏子は思わずため息をついた。
あの後、壊した屋台の御代は身体で返す、と言う事になり、杏子はミスティアと共に屋台を引いて歩き回った。
が、出会うのは妖精やら妖怪やらばかりで、ほむらやマミは愚か人間にすら会えずに日没を迎えてしまったのだ。

杏子「骨折り損のくたびれもうけ、ってか……。おっ、そういえば……」

全身を襲う疲労感に、杏子はふとある事を思いだし、宝石の様なソレを取り出す。
ソレは魔法少女となった者が持つ、自らの依代の結晶――ソウルジェムだ。
普通に身体を動かすだけでも魔力を消費してしまう魔法少女が、特に扱いに注意しなくてはならないモノで、
魔力を使ったり、穢れを受けるとすぐ濁るので、常に浄化しておかなくてはならないのだが……。

杏子「アレ?」

取り出したソウルジェムを見て、杏子は思わず声を上げた。
これまでの経験から言うと、今日一日で消費した魔力の量はそれなりのものだ。
更に言うと、ここに迷い込む直前まで魔獣と戦っていたので、濁りの量は相当なものになっている。筈なのだが……

杏子「大して汚れてないな。 どうなってるんだこりゃ?」

ミスティア「おーい、杏子! お客さん来たから手伝って~」

自らのソウルジェムを片手に、思考の海に呑まれかけた杏子だが、
次の瞬間、背後からかかってきたミスティアの声に引き戻された。

杏子「まぁ、濁りが溜まってないなら良いか……。 おー、今行くよー」

杏子はソウルジェムを服のポケットに仕舞い、屋台へ戻る。
屋台に座っていたのは、フリルのたくさんついた赤いリボンと服を着た少女だった。

???「あら女将さん、こちらの可愛らしい方は?」

ミスティア「ああ、佐倉杏子って言ってね、訳あってウチで働く事になった外来人なんです。
      杏子、こちらの方は鍵山雛さま。この辺だと天狗と並ぶお得意様よ」

ほら、挨拶挨拶とミスティアに急かされ、杏子は小さく頭を下げる。

杏子「佐倉杏子だ。色々あって今はこき使われる身なんだけど、まぁ、よろしく頼むよ」

393 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:09:44.21 uotYbNIu0 194/396


「ええ、こちらこそ……あら? 貴女、手の中に何か持ってないかしら? 貴女の服から厄を感じるのだけど……」

杏子「へ?」

いきなり訳の分からない話を切り出され、杏子は間抜けな声を上げてしまう。
どうしていいのか分からず、杏子が戸惑っているとミスティアが耳打ちしてくる。

ミスティア「杏子、雛さまは神さまなのよ。 何か変なものを持ってるならすぐに出しなさい」

じゃないと雛さま頑として動かないわよ。と言うミスティアの言葉に、杏子は思わず頭を掻く。

杏子「んなこと言われても、アタシが持ってるのはコレくらいしかないぞ」

「ああ、やっぱり厄を溜め込んでいるわね。ちょっと貸して」

しぶしぶポケットからソウルジェムを取り出すと、雛が杏子の手ごと胸元に引き寄せる。
突然の雛の行動に、流石の杏子も度肝を抜かれた。

杏子「あっ! おい、コラッ何を…………って、えっ?」

思わず怒鳴りつけようとした杏子だが、次の瞬間、動きを止めた。
雛の手の中に握られたソウルジェムから濁りが外に吸い出されたかと思うと、黒い霧状の気体になり、雛の周囲を漂い始めたのだ。

「…………はい、コレくらいで良いでしょう」

雛がソウルジェムから手を離した時、ソウルジェムの濁りは完全になくなっていて、本来の深紅の輝きを取り戻していた。

杏子「お、おい、アンタは一体……」

「私は厄神、人の厄を祓い、厄を流すのが私の役目。 簡単に言うなら厄除けの神様よ。
  貴女のソレ、ちょっとだけ厄が溜まっていたから祓わせて貰ったわ。 驚かせてごめんなさい」

杏子「あ、いや、それは別にいいけどさ……。それにしても厄除けねぇ……」

呟きつつ、穢れも厄のようなモノかと思い直す。
教会や神社に行ったらソウルジェムの穢れが減った、などと言うことは元の世界では絶対に起こらなかったのだが、
神様自身が直接手を下すのなら、そういう事も出来るのかも知れない。

394 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:15:57.74 uotYbNIu0 195/396


「さて、女将さん、悪いのだけど今日は帰らせてもらうわ」

杏子「え?」

いきなりそう切り出したかと思うと、雛はそそくさと席を立つ。
まだ鰻も酒も殆ど手を付けていないのに帰ろうとする雛の行動は、杏子から見るとかなり不可解だ。
が、ミスティアはまるで当然の事であるかのように、平然と雛を送り出す。

ミスティア「うん、分かった。こればっかりは仕方ないしね。 いつでも待ってるからまた来てよ」

「ありがとう、また来るわ」

そう言って、雛は森の奥へと消えて行く。
雛の姿が見えなくなってから、杏子はミスティアに尋ねる。

杏子「おい、あの神様はどうしちまったんだ? まだ殆ど手をつけてないじゃねーか」

ミスティア「雛さまの周り、貴女から祓った厄が漂ってたでしょ? あの状態だと厄が他の人にうつっちゃうのよ」

杏子「は?」

ミスティア「つまり、今の状態だと厄を引き離しただけで、浄化した訳じゃないの。
      そのままだと色々危険なんで、雛さまは厄の浄化が終わるまで他人との接触は避けるのよ」

勿体無いから食べなさい、と鰻の串焼きを差し出さすミスティア。
杏子はその串焼きを言われるがまま受け取ったが、食べる気など起きなかった。

杏子「おい、それってつまりアタシが……」

ミスティア「あーあ、雛さま帰っちゃったから、今日の営業は終わりかなー。杏子、早く食べて片付けるの手伝いなさい」

話はコレで終わり、と言わんばかりに、ミスティアは片付けに取り掛かる。
杏子はしばし、呆然とその様を見ていたが、思い直して串焼きを一気に頬張った。

杏子「なんだい、妖怪や神様の世界も案外世知辛いモンなんだな……」

ぽつりと呟いた杏子の言葉に、ミスティアは答える事なく、黙っていた。




395 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:20:29.70 uotYbNIu0 196/396

――――――― 【幻想を生きる魔女と巫女と魔法使い】 @ 中有の道 ―――――――

オクタヴィア「あー、さっぱりしたー。 いい湯だったね~」

温泉からの帰り道、日も暮れて星々が瞬く中、私たちは家路についていた。
ゆっくりと温泉に浸かり、いまだ火照ったままの体に夜風が心地いい。

クリームヒルト「そうだね。 また行きたいな~」

早苗「明日から忙しいですからねぇ……。 今日はゆっくり出来て良かったです」

クリ&オク「「へ?」」

背筋や首筋をほぐしつつ、そんなことを言う早苗さんに、私たちは揃って声をあげる。
何か行事でもあったっけ?と、オクタヴィアちゃんと顔を見合わせていると、魔理沙さんが苦笑しながら言う。

魔理沙「明日からお盆だからな。 せいぜい頑張ってくれよ」

クリ&オク「「あっ!」」

魔理沙さんに言われて思い出す。
今日は8月12日、明日13日からは世間一般ではお盆に入る。

お盆――それは去年までごく普通の学生でしかなかった私たちにとって、夏休み期間中の一時期、程度の認識でしかなかった。
けれど、幽霊や神様が普通に存在する幻想郷では、その意味は重い。

オクタヴィア「そー言えば明日から忙しいから暫らく会えない、って幽々子さん言ってたなぁ……。そっか、そう言う事だったんだねー」

魔理沙「幽霊はそうだろうなぁ……。ま、私には大して関係ないけどな」

早苗「ダメですよ。 ちゃんとご先祖さまをお迎えしないと……。
   私たちと違ってこっちにお墓もあるんですから、きちんと行って下さい!」

けらけらと笑う魔理沙さんを早苗さんがたしなめる。
早苗さんは神社の巫女さんであってお寺さんではないのだけど、看過できなかったのだろう。

オクタヴィア「そー言えばさ、あたしたちはどうなるんだろうね?」

クリームヒルト「? どうなるって、何が?」

396 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:23:45.87 uotYbNIu0 197/396


オクタヴィア「ほら、あたしたちはさ、外の世界から消えちゃったわけでしょ?
       死んだ幽霊みたいにお盆にひょっこり~、なんて事は出来るのかな?」

クリームヒルト「う~ん、どうなんだろう……。 早苗さん、分かります?」

考えたことは愚か、お盆の事すら忘れていた私は、少し考えて早苗さんに話を振る。
考えても分かりそうもなかったし、幻想入りの先輩である早苗さんなら、何らかの答えを持っているんじゃないかと思ったからだ。

早苗「ん~、たぶんですけど、無理なんじゃないですか? 死んだ訳じゃありませんからねぇ……」

オクタヴィア「そっか、そうだよねぇ……」

そう言ってため息をつくオクタヴィアちゃん。
何が言いたかったのか、その気持ちは私にもよく分かる。
覚悟は出来ていたつもりだけど、あらためて突きつけられるとやっぱり寂しい。


早苗「さてと、それでは私たちはこっちなので……」

物思いにふけっていた私は早苗さんのそんな声に現実に引き戻された。
気付くと、お馴染みとなりつつある分かれ道に立っていた。

オクタヴィア「あれ?もうこんなところなんだ……。 それじゃ、クリームヒルトに魔理沙もまた明日」

魔理沙「ああ、またな」

クリームヒルト「うん、また明日ね」

簡単に別れの挨拶を交わして、それぞれの道へと歩いていく。

クリームヒルト「さて、帰ってご飯にしないと……、って、あっ!?」

みんなが見えなくなってから、私も家に帰ろうとして……、あることを思い出し、足を止める。
お米の蓄えがなくなっていた事を、今更のように思い出してしまったのだ。
今帰っても、お米が無いからご飯の作りようがない。 明日まで我慢するか他の主食で過ごすと言う選択肢もあったけど……

クリームヒルト「今から戻ればギリギリで買えるよね? 人里もそんなに遠くないし……」

私は踵を返すと、来た道を引き返す事にした。

幸い、お金はあったし、お店もまだ開いている時間だ。
お米を買いに行っても、寝る時間に大差はない。

そう思っての行動だったのだけど、これが思わぬ出会いの発端になるとは、このときの私は思ってもいなかったのでした……。




397 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:27:12.89 uotYbNIu0 198/396

―――――――――― 【焔な魔法少女】 @ 人里の繁華街 ――――――――――

ほむら「はぁ、結局手掛かりは見付からず仕舞いだったわね……」

宿屋で借りた提灯を片手に、ほむらは街を歩く。
文と別れた後、お燐と共に徒歩で人里に戻ったほむらであったが、人里に着いた時点で日没となり、捜索は翌日に持ち越しとなっていた。

ほむら「それにしても本当に電気もないのね……。街中でこれなのだから、森の中とかはもっと冥いんでしょうね……」

店先の燈籠や提灯の明かりぐらいしか光源の無い町は、これが本当に繁華街かと言いたくなるほど薄暗い。
お燐が捜索打ち切りを提案してきたのも、これなら納得だった。
幻想郷の夜は元の世界のソレよりも深い闇に包まれている。

ほむら「この闇の中を妖怪たちが歩き回っているのよね……。
    お守りをしている身としては動くな、と言いたくなるのも当然だわ」

かつて、まどかを守るために駆けずり回っていたほむらは、お燐にかつての自分を見たような気がして、自嘲気味に呟いた。
そんなお燐は、ほむらを宿屋の主人に預けると、主であるさとりに報告に行くから、と言って帰ってしまっている。
合流は明日の朝、と言うことになっているので、それまでは自由時間だ。
そんな訳でほむらは、夜食を食べてくるから、と言って、人里の繁華街に繰り出してきていた。

ほむら「さて、食事も済ませたし、宿に帰って明日に備えると……きゃっ!?」

???「きゃあっ!?」

それは宿に帰ろうと、曲がり角に差し掛かった時の事だった。
角から突然人影が飛び出してきたかと思うと、避ける間もなく正面衝突。
互いに小さい悲鳴をあげつつ、ほむらと相手はその場で尻餅をつく。

ほむら「痛たた……、なんてベタな……。 えっと、大丈……えっ?」

立ち上がりつつ、ぶつかった相手を見たほむらは、次の瞬間硬直した。

目の前にいたのは、一人の少女。

和服が多いこの人里の中では異彩とも思えるファンシーなピンクの装束。
ショートのツインテールにまとめられた髪は装束と同じピンク色で、
それらを結わえるリボンはほむらが持っているのと同じ、鮮やかな赤。

その姿は、間違いなく探し求めていたその人で、
こちらを見上げる少女の瞳は、信じられないと言うように大きく見開かれていた。

???「ウソ……、ホントにほむらちゃん、なの…………?」

ほむら「まど……か……?」

探していた少女――クリームヒルトとの再会は、全くもって呆気ないかたちで訪れたのであった。




398 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:30:27.90 uotYbNIu0 199/396

――――――――――― 【救済の魔女】 @ 人里の繁華街 ―――――――――――

ここを通りかかったのは気まぐれと言っても良かった。
お米以外の主食はあったのだから、買いに来る必要性はなかった。

だから、この出会いは、本当に偶然で……、運命的な再会と言うべきなのかもしれない……。


クリームヒルト「ウソ……、ホントにほむらちゃん、なの…………?」

???「まど……か……?」

頭にリボンが結わえられていたけど、それ以外は記憶の通りで……、
聞こえた声は、確かにほむらちゃんの声で……、
私は呆然と、目の前に立つ女の子を見つめる事しか出来なかった。

私の見つめる前で、女の子の瞳が涙で潤んだかと思うと、次の瞬間、私の体は抱きしめられていた。

???「その声……やっぱりまどかなのね……? ―――― っ!まどかぁ!」

クリームヒルト「ホントのホントに、ほむらちゃん……なんだよね?」

抱きしめられたまま私は聞き返す。

夢なんじゃないかと思った。
遊び疲れた私が見た幻覚なんじゃないかと、そう思った。
でも……

???「それ以外の誰に見えるって言うの? 私は正真正銘、貴女の知る暁美ほむらよ」

抱きしめられた感触、感じる鼓動、どこか呆れたような、それでいて優しい声。
その全てが、これは夢でも幻でもないと私に告げていて……。
これは現実なんだ、と思った瞬間、私の視界は急速に滲む。

クリームヒルト「っ……うぅっ……、ぐすっ………ほむらちゃ……会いたかったよぉ……」

溢れる涙は止められず、大して力も入らなかったけど、私はほむらちゃんの体をしっかりと抱きしめていた。




399 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:36:24.65 uotYbNIu0 200/396

―――――――― 【救済の魔女と焔の魔法少女】 @ 人里の宿屋 ――――――――

ほむら「そう……、それじゃあ貴女はあの時のまどかなのね……」

宿屋にとった一室で、一つの布団に二人で横になったまま話を聞いていたほむらは納得したように頷いた。
それはほむらが最後に経験した時間軸とよく似ていた時間軸の話。
ただし最終時間軸の様な救済は無く、まどかが魔女化して終わると言う最悪の結末を迎えてしまった時間軸だ。

クリームヒルト「あ、ほむらちゃんまた間違えた。私は『鹿目まどか』じゃなくて、クリームヒルトだよ。
        あの世界の『鹿目まどか』は他の世界の私に救われて、一緒になっちゃったんだから……」

ほむら「そうだったわね……。でも、貴女もまどかの事、『私』って言ってるわよ?」

クリームヒルト「あっ……」

やっちゃった、と言うように苦笑するクリームヒルトはやっぱり記憶の中のまどかと同じで、
目の前に居る、自らを魔女のクリームヒルトだと名乗る少女も、間違いなくまどかなのだとほむらに確信させた。

ほむら「でも良かったの?家に帰らなくて……」

クリームヒルト「うん、帰っても私一人だし、それにほむらちゃんと話したい事、いっぱいあったから……」

ほむら「そう……」

ほむらのそんな返事の後、二人の間に沈黙が訪れる。
時刻は既に深夜、二人が黙ってしまうと、聞こえるのは互いの息遣いと虫の鳴き声だけになった。
その虫の声すらすぐに気にならなくなり、部屋は完全な静寂に包まれる。

その静寂を破ったのはクリームヒルトだ。

クリームヒルト「……ねぇ、あの後ほむらちゃんはどうしてたの?」

ほむら「まどかは……何処まで知ってるの?」

クリームヒルトの質問に、ほむらは質問で返した。
クリームヒルトは天井を見上げたまま、その質問に答える。

クリームヒルト「平行世界の私が、全世界の魔女を消して、魔法少女を救う願いをしたのは知ってるよ。私の所にも来たし……」

あれはいつの事だったのか、クリームヒルトが全世界を滅ぼした後の様な気もするし、その前だったような気もする。
とにかく、彼女はクリームヒルトの前に現れた。

400 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/23 17:39:44.49 uotYbNIu0 201/396


クリームヒルト「平行世界の私は、“魔法少女の私”を救って、“私”の魔女化をなかった事にしたの。 その瞬間に、“魔女の私”は“なかった事”になった」

ほむら「…………」

クリームヒルト「私の存在は幻想として消え去る筈だったの……。
        それが偶然、他のみんなと一緒に幻想郷(ここ)に流れ着いて、亡霊の西行寺幽々子さん、って人に助けてもらって……」

その後の事はほむらが見た、新聞記事の通りだった。
クリームヒルトたちを助けた亡霊の姫君は、少々手の込んだ引越しのご挨拶を魔女たちに仕込み、
その結果、晴れて妖怪たちの住む隠れ里に迎え入れられた。と言う事らしい。

クリームヒルト「それで? ほむらちゃんはどうしてたの?」

ほむら「私? 私は……ずっと戦ってたわ、まどかを救うためにずっと……。結局、最後の最後で助けられてしまったけどね……」

そう言って、ほむらは苦笑する。
長い旅路の果てが、あの結末だったのだから、ほむらとしては笑う他ない。

クリームヒルト「そっか、ありがとう、ほむらちゃん」

ほむら「ちょっとまどか? 私は貴女に感謝されるような事、何一つしてないわよ? あの時は貴女の魔女化を防げなかったのだし……」

クリームヒルト「それでも、ほむらちゃんが私の為に頑張ってくれた事は変わりないでしょ? それと、ゴメンね……」

今度もクリームヒルトは何の事かは言わなかった。が、今度は何の事なのか、はっきりと分かる。
分かったからこそ、それに対する返答も決まっていた。

ほむら「いいのよ、まどかが気に病むことじゃないわ。
    それに形はどうであれ、こうしてまた出会えただけで私は幸せなの。 だから、そんな悲しい顔、しないで頂戴?」

クリームヒルト「何でもお見通しなんだね……。 ティヒヒ、やっぱりスゴイや、ほむらちゃんは……」

そう言ってほむらの方に向き直ったクリームヒルトは苦笑いしていた。
そんなクリームヒルトにほむらは優しく微笑みかける。

ほむら「さ、そろそろ寝ましょう? だいぶ遅くなってしまったし、明日も早いのでしょう?」

クリームヒルト「そうだね。 おやすみ、ほむらちゃん」

ほむら「ええ、おやすみ、まどか……」

二人は布団の中で向き合ったまま、目を閉じた。
それきり声はしなくなり、部屋には外で鳴く虫の声だけが響いていた。




408 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:14:43.79 lAJBXs9I0 202/396

―――――――――――――― 8月13日 ―――――――――――――――――
―――――――― 【救済の魔女と焔の魔法少女】 @ 人里の宿屋 ――――――――

???「……だい、私の居な……つかったのかい」

ほむら「ええ、おかげさまでね。」

頭の上から聞こえるそんな会話にうっすらと目を開けると、ほむらちゃんともう一人、赤髪の女の子が会話しているのが見えた。
女の子の方の頭には猫耳の様なものが生えている。どうやら妖怪の子みたいだ。

クリームヒルト「……ん?」

私が僅かに身じろぎすると、ほむらちゃんたちがこちらを振り向く。

ほむら「あら? 起こしてしまった?」

クリームヒルト「ん……いいよ、そろそろ起きないとだし……ぁふ…………っ!」

伸びをしながら起き上がると、私の口から自然とあくびが漏れる。
まだ完全に起ききれていない私の視界の端に、ほむらちゃんと女の子が苦笑している姿が映り、私はその場に縮こまった。

???「あー、ゴメンゴメン。 そういうつもりじゃなかったんだけどね」

クリームヒルト「いえ、こっちこそお恥ずかしい姿を……えっと……」

私が、言葉に詰まると、赤髪の女の子も気付いたようで、すぐに名乗ってくれた。

???「ああ、あたいは火焔猫燐、昨日ほむらをここまで案内した、地霊殿の火車さ」

クリームヒルト「あっ、貴女がお燐さんなんですね。 はじめまして、クリームヒルト・グレートヒェンです」

布団から抜け出して、私は小さく頭を下げる。

クリームヒルト「それにしても地霊殿、ですか……。地底の方には昨日まで行ったことが無かったんですよ。 今度ご挨拶に伺いますね」

お燐「そうしてもらうとありがたいね。 さとり様も喜ぶだろうし……」

409 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:16:08.68 lAJBXs9I0 203/396


ほむら「ところで、今日はどうするの? 本当なら、今日もまどか探しのつもりだったのだけど……」

尋ね人は見付かってしまったから、特に用事もないのよねぇ……と、呟くほむらちゃん。
それならと、私は自分の予定を切り出す。

クリームヒルト「えっと、私は今日はオクタヴィアちゃ……さやかちゃんと会う予定だったんだけど……」

ほむら「ふぅん、さやかと……ね。良いんじゃないかしら、私も久々に会ってみたいし……。
    それと一々言い直さなくても良いわ。 まどかたちが魔女になっているのは、重々承知してるから……」

クリームヒルト「うん、ありがと……」

幻想郷(こっち)に来たばかりの頃は、『さやかちゃん』と呼んでしまう回数の多かった私だけど、
幻想郷での生活に慣れるにしたがって、『オクタヴィアちゃん』と呼ぶのが自然になっていた。
最近は、私自身の事も、『鹿目まどか』と言うより『クリームヒルト』と言う方がしっくり来るようになっている。
色々な意味で、馴染んできた、と言うことなのかもしれない。

そんなちょっとした物思いにふけっていると、お燐さんが、遠慮がちに切り出してきた。

お燐「えっと、ほむらたちは山に行くんだよね? なら、あたいもついて行って良いかい?
   あの新聞屋に一言言っておかないとだからねぇ……。 あっ、お邪魔なら別に良いんだよ。あたい一人で行くから」

ほむら「私は別に構わないわ。 私からもあの天狗には一言お礼を言っておきたいし……、まどかはどうかしら?」

クリームヒルト「うん、私も問題ないよ。 それじゃあ、朝御飯食べて、出よっか」




410 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:20:12.51 lAJBXs9I0 204/396

――――― 【ドキッ!金髪だらけの魔法使いと魔法少女】 @ アリスの家 ―――――

マミ「…………ん」

カーテンの隙間から射し込む光に、マミは静かに目を覚ます。
光の射す角度は高く、肌で感じる気温もまた高い。
どうやら多少寝過ごしてしまったようだ。

軽く身支度を整え、一階へ降りると、台所に立って鍋を火にかけているアリスの姿があった。

アリス「あらおはよう、よく眠れた?」

マミ「はい、お陰さまで良く眠れました。……射命丸さんは?」

マミは結局最後まで付き合わせてしまった鴉天狗の姿が無いことに気が付き、問う。
あの後、アリスの家で行われた再度の事情説明は、その難解さも手伝って、深夜まで及んだ。
事情を知る一員として文も加わり、二人はアリスの家に泊まる事になったのだ。

アリス「文なら今朝早く帰ったわ。色々用事があるみたいよ」

釜の火を消し、鍋の中身をお皿によそう。
湯気をたてるスープと、パン、野菜サラダと言う簡単な食事が並べられ、間もなく朝食となった。

アリス「それで?マミはどうするの? 文の言っていた知り合いを探すつもり?」

マミ「そうですね。 平行世界の美樹さんと、鹿目さん……?の事も気になりますけど、先ずは暁美さんを見つけるのが先決だと思います」

マミたちより2ヶ月も前、この世界に現れた新参妖怪・魔女。
マミの居た現世とは異なる歴史を刻んだ世界からやって来たそれらは、彼女もよく知る美樹さやかをはじめとする魔法少女たちのなれの果てだと言う。
そちらの世界ではマミたちも既に故人であるそうなので、確実に平行世界――パラレルワールドの存在に過ぎないのだが、
それでも今や会うことすら叶わない後輩が――奇しくも同じ2ヶ月前に円環へと導かれてしまった美樹さやかの事が――気にならないと言えば嘘になる。

マミ(でも…………)

それを差し引いても、ほむらとの合流は優先すべきであると、マミは考えていた。
もちろんそれはほむらのことが心配、と言う事もあるのだが、内実、マミの方が心細かったのだ。
アリスたち幻想郷の住人は、確かにマミに良くしてくれるのだが、それでも見知った仲間ほど安心できるものはない。

淡々と食べるだけの食事をしつつ、マミの思考は更に深い所へ沈もうとしていた。
が、次の瞬間かけられたアリスの言葉に引き戻される。

アリス「そう、じゃあ朝食が終わったら少し待っていてくれる? 支度を済ませてしまうから」

マミ「えっ? でも……」

先に食べ終えたアリスの言葉に、マミは思わず手を止めてアリスを見た。
アリスの表情は明らかに苦笑い、と言った感じだったが、それでも穏やかだった。

411 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:23:15.57 lAJBXs9I0 205/396


アリス「貴女一人じゃ道も分からないでしょう? 乗りかかった船よ。最後まで付き合うわ」

マミ「アリスさん……、ありがとうございます」

アリス「お礼なんていいから、冷める前に早く食べ……」

???「きゃあああああああああああああっ!!」


                      どんがらがっしゃーん!


マミ&アリ「「!!」」

ほっこりしかけた二人の雰囲気だったが、それは文字通り窓と共にぶち破られた。
居間の窓を一枚巻き添えにして屋内に吹っ飛ばされてきたのは、ピンク色のファンシーなぬいぐるみだ。

マミ「!(ゾクゾクッ」

見た目は可愛らしいぬいぐるみなのだが、なぜかマミは妙な悪寒を感じた。
破ったガラスの破片やら窓枠やらに埋もれているせいかと思ったが、それも違う気がする。
この感覚は、どちらかと言うとトラウマが蘇ってきた時のそれに近い。

アリス「いきなり人の家の窓を破るなんて随分な挨拶ね。シャルロッテ?」

マミが軽い恐慌状態に陥っているとは露知らず、アリスは額に青筋を浮かべながら、ぬいぐるみに詰め寄る。
詰め寄られたぬいぐるみ――シャルロッテは慌てた様子で首を横に振る。

シャルロッテ「ち、ちがうの! 私はただ魔理沙に吹っ飛ばされて……」

アリス「魔理沙に?」

???「おー、悪いなアリス! お前ん家の窓、壊しちまったぜ!」

やけにハイテンションな声と共に典型的な魔女っぽい黒衣を纏った少女が、箒に乗って降りてくる。
悪びれた様子など一切ない少女――魔理沙の言動に、アリスは一気に疲れたような顔になる。

アリス「魔理沙、弾幕ごっこをするなとは言わないわ。でも、ぶっ放す時ぐらい周りを見てからにして頂戴」

魔理沙「そんな時間があったら、ぶっ放すのが私だから、それは無理な相談だな」

アリス「……一回痛い目見ないと分からないのかしら?」


412 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:24:53.27 lAJBXs9I0 206/396


火に油、いや火にガソリンを注ぐような魔理沙の言葉に流石のアリスも目が据わる。
あまりの急展開にマミが呆然としていると、ここにいると危ないと思ったのかぬいぐるみがこっちに這って来た。
一触即発な二人から少し離れたところで、ぬいぐるみはピンク色の髪の女の子に姿を変え、マミの元に駆け寄る。

マミ「え、えっと、大丈夫?」

普通ならぬいぐるみが女の子に姿を変えた時点で取り乱すところなのだが、意外にもマミは落ち着いていた。
昨日からの一連の出来事で、慣れてしまった、と言うか感覚が麻痺してしまったのだろう。

シャルロッテ「は、はい、大丈夫で……、って、きゃあああぁぁぁぁ!? オバケぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

マミ「えっ? あっ、オバケ……?」

二人から離れて、胸をなでおろしていた女の子だが、マミの顔を見るなり悲鳴を上げた。
呆気に取られるマミの前で女の子は跪いて土下座をすると、念仏を唱えるようにまくし立てる。

シャルロッテ「噛み付いてゴメンナサイ、食べちゃってゴメンナサイ、殺しちゃってゴメンナサイ! だからお願いだから化けて出ないでぇぇぇっ!!?」

マミ「えっ? 噛み……食べ……殺すって……ええっ!?」

身に覚えのない懺悔と謝罪にマミが戸惑っていると、一触即発モードを解除したアリスがそっと耳打ちしてくる。

アリス「この子ね、平行世界で貴女を殺しちゃった子なの。 丁度お盆だし、化けて出られたと思ったのよ」

マミ「ああ、そういう事なんですか……、平行世界で私を……って、ええっ!?」

アリスの言葉に一瞬納得したマミだが、今度は別の意味で戸惑う羽目になった。
思いっきり取り乱すマミを見て、アリスが仕舞ったと言うように顔をしかめる。

そんな中、一人だけ面白いものを見た、と言わんばかりにニヤニヤしている者がいた。
他でもない霧雨魔理沙その人である。

魔理沙「アリス、なんだか面白い事になってるじゃねーか……。 話、聞かせてくれるよな?」

アリス「はぁ、分かったわ。 教えるから二人を落ち着けるのを手伝って頂戴」




413 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:26:01.04 lAJBXs9I0 207/396

―――――――― 【救済の魔女と焔の魔法少女+α】 @ 妖怪の山 ――――――――

オクタヴィア「うわっ!? ホントに転校生じゃん! 変わらないなぁ~」

ほむら「貴女も変わらな……いえ、随分と変わったわね……美樹さやか……(ソレトテンコウセイッテイウノヲヤメナサイ」

言いかけたほむらだったが、足元の尾びれを見て訂正する。
まぁ、尾びれだけで済んでいる分、マシなのかも知れないが……。

ほむら「それにしてもまどかを見たときから思ってたけど、この世界の魔女は本当に普通の人間っぽくなってるのね」

お燐「そりゃあ、あたいら妖怪もそうだからねぇ……。幻想郷じゃ良くあることさ」

オクタヴィア「何? 転校生はごっついアノあたしを見たかったの?」

ほむら「いえ、そういう事ではなくてね……」

妙に口ごもるほむらを見て、オクタヴィアは眉を寄せる。
首をかしげるオクタヴィアに対し、クリームヒルトが小声で話しかける。

クリームヒルト「それがね、ほむらちゃんったら……」

ほむら「ちょっ、まどか!? 言わないで!!」

オクタヴィア「ふむふむ……それで? ……ほ~、成る程ねぇ~」

ほむらが制止したときにはもう遅かった。
見る見るうちにオクタヴィアの表情がにやけたモノになり、ニヤニヤはニコニコ顔になる。

オクタヴィア「そっか、長年戦ってた相手があんな“幼女”だ、って分かったら流石のほむらも動揺するよね~」

ほむら「くっ!」

丁度いい玩具を見つけた、と言わんばかりのオクタヴィアにほむらは思わず唇をかむ。
話は、ここに来る少し前のことに遡る……。



414 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:28:05.36 lAJBXs9I0 208/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

それは山に登る前の人里での事、寺子屋の前を通りかかったほむらたちの前に一人の少女が現れたのだ。

???「あっ、お姉ちゃんおはよー!」

ほむら「…………?」

元気な声と共に、駆け寄ってきたのはドレスを着て髪をツインテールにした幼い女の子。
なぜか駆け寄る直前まで逆立ちをしていた女の子を見て、ほむらは妙な胸騒ぎを覚える。
が、周囲の人たちには見慣れた光景らしく、こちらを気にする者は一人として居ない。

クリームヒルトもその一人で、駆け寄ってきた女の子に合わせてしゃがむと、女の子の頭を優しく撫でる。

クリームヒルト「はい、おはよう。 最近はどう? ワルプルギスちゃん」

ほむら「えっ?」

クリームヒルトの言葉に、ほむらは一瞬耳を疑った。
確かに容姿の特徴は一致していたし、逆立ちだってしていた。でも、だけど、流石にこれは……。

???「あれ? お姉ちゃん、この人は誰?」

クリームヒルト「あっ、こっちは私の友達の暁美ほむらちゃん。
        ほむらちゃん、この子は私たちと一緒にこっちに来た魔女の一人でワルプルギスちゃんだよ」

ほむら「あ、暁美ほむらよ。宜しくね……」

もう確定だった。
間違いなくこの子は、ほむらと幾多の世界で激戦を繰り広げた魔女、ワルプルギスの夜に違いなかった。
他の世界はどうなのか分からないが、少なくとも目の前に居る最強の魔女が、こんな幼子であるという事は大いにほむらを動揺させた。
多少口ごもってしまったとは言え、表情だけは何とか笑顔を保つことが出来たのは奇跡に近い。

事実、ワルプルギスはそんなほむらの葛藤には気付かなかったようで……

ワルプルギス「ほむらおねえちゃんだね? よろしくー(ニコッ」

ほむら「!!!(ドッキーン!」

ほむらは、ワルプルギスから向けられた無邪気な笑顔を見て、今度こそその場に沈み込んだ。



415 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:30:18.27 lAJBXs9I0 209/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

オクタヴィア「アハハハ! そりゃ傑作だ! あのほむらが、あの無愛想なほむらが不覚にも萌えたなんて……!」

ほむら「黙りなさい、美樹さやか!」

お腹を抱ええて転げまわるオクタヴィアにほむらは顔を真っ赤にして激昂する。
それでも笑っているオクタヴィアに、ほむらはとうとう飛び掛らん勢いで……いや、実際に飛び掛ろうとして、あっさり避けられた。

ほむら「なっ!? 飛ぶなんてズルいわよ! 降りて来なさい!」

オクタヴィア「いやー、ごめんごめん、悪かったって」

苦笑しながら、一度は上空に逃げたオクタヴィアが降りてくる。
小突いてやりたい衝動に駆られたが、何とか抑え込んで、ほむらはため息をつく。

ほむら「貴女、姿だけじゃなく空まで飛ぶなんて、ホント妖怪じみてきたわね」

オクタヴィア「んー、妖怪じみてきたと言うか、一応あたしたちも妖怪だもんねぇ……」

お燐「空を飛ぶくらいは常識だからねぇ……」

オクタヴィアの言葉にうんうんと頷くお燐。
対するほむらはげんなりとしている。

ほむら「なにこれ? 私の方が異端なの?」

クリームヒルト「大丈夫だよほむらちゃん、ほむらちゃんは一応人間なんだから、落ち込むことはないんだよ!」

がっくりと膝を付くほむらをクリームヒルトが慰める。
が、そこに止めと言わんばかりの言葉が、空から割り込んだ。

??「ん~、例え人間でも飛べる人は飛びますけどね。 霊夢さんとか魔理沙さんとか……」

オクタヴィア「あれ? 文じゃん、久しぶり!」

降りて来たのは文だった。
文は、今朝方アリスの家を出た後、一旦里に帰り、ほむらたちとの約束を果たす為にオクタヴィアの家に来たのだが……

416 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:31:31.23 lAJBXs9I0 210/396


「どうもお久しぶりです! それにしても一足遅かったようですね……。 まあ無事解決したようですから、良いんですけどね……」

オクタヴィアの家の前に居る面子を見て、文は頭を掻く。
後れを取ってしまったのが、彼女としては不服らしい。

ほむら「ああ、その件に関してはありがとう。 色々手をかけたわね……」

「いえいえ、この程度、片手間で済む事ですから」

お燐「その割には今朝まで掛かるなんて、幻想郷最速にしちゃ遅いんじゃないかい?」

ほむらに礼を言われ、文字通り天狗になる文に、お燐が意地悪げな表情で皮肉を言う。
文の表情が一瞬ぴしりと固まり、次の瞬間愚痴とも取れる身の上話が始まる。

「いやそれが大変だったんですよ。 暁美さんたちと別れた後、アリスさんが金髪の女の子を連れているのを見かけましてね。
  話しかけたら、森の中で偶然出会った、巴マミさんを博麗神社に……」

クリほむオク「「「(巴)マミさんが(ですって!?)」」」

「あっ……」

文が気付いた時には遅かった。
クリームヒルトとほむらとオクタヴィアという三人に三方を囲まれていて、その内、オクタヴィアにはしっかりと肩まで掴まれていた。

クリームヒルト「巴マミ、って……マミさんも幻想郷に来てるの!?」

オクタヴィア「と言うかなんでその話を早くしないの?」

「いえ、早くも何も私、今来たばかりで……」

今にも食いつかん勢いで詰め寄られ、流石の文も縮こまる。
二人の勢いに、逆に落ち着いたのか、ほむらが間に割って行って二人を制する。

ほむら「二人とも落ち着きなさい。 それと文、一体どういうことなの? 詳しく話しなさい」




417 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:32:42.04 lAJBXs9I0 211/396

―――――――― 【夜雀と放浪娘の放浪屋台】 @ 妖怪の山の麓 ――――――――

屋台の女将の朝は遅い。
だいぶ気温が上がり、寝苦しくなってきた昼近くになってようやく目を覚ます。

ミスティア「ふぁ~、良く寝た~」

杏子「ホントだよ。良くこんな暑くなるまで寝られるな……」

ミスティアが起き上がると、額に汗を浮かべた杏子が呆れ顔で声をかけてくる。
多分に皮肉が篭っていたが、ミスティアは動じることなく、寝巻きから服へ着替える。

ミスティア「いや、その為に屋台を木陰に止めたんだし、営業時間は主に深夜なんだから寝られるときに寝ないと……」

杏子「アタシが言えた義理じゃないけど、生活習慣どうにかした方がいいぞ」

ミスティア「はいはい、ご忠告ありがと。 さて、食材仕入れに行こうかな」

服を着替え、顔を洗うと、ミスティアは屋台の下から籠を取り出す。
仕入れと言う言葉に、客席側で寝転がっていた杏子も起き上がり、興味深げに覗き込んできた。

杏子「食材? 狩りでもするのか?」

ミスティア「何言ってるの? 人里に買いに行くに決まってるじゃない」

しれっと言ってのけたミスティアの言葉に杏子は耳を疑った。
今この妖怪、何処に買いに行くと言っていた?

杏子「は? 人の住む里がこの辺にあるのか?」

ミスティア「ええ、それくらい当然でしょ? 言わなかったっけ? ここは妖怪と人が住む隠れ里だ、って……」

杏子「言ってない、少なくとも人が住んでるとは一言も言ってない……」

妖怪や神様の話は聞いたが、ここに住む現地人が居るとは杏子は聞いていない。
迷い込む人が居るとは言っていたが、ミスティアはそれで説明した気になっていたようだ。
或いは単なる鳥頭……


418 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:33:42.91 lAJBXs9I0 212/396


ミスティア「杏子、鳥頭とか言うな」

杏子「しまった、口に出してたか……」

ミスティア「はぁ、まあ良いや。それより、杏子もついて来るんでしょ? 人探しするなら人里が一番だし……」

杏子「そうだな。 そうさせてもらうよ」

ミスティアの申し出に杏子が頷くと、ミスティアは杏子の襟首をむんずと掴む。
いきなりの事だったので、一瞬、きょとんとしてしまったが、次の瞬間、ミスティアから発せられた言葉に、一気に血の気が引く。

ミスティア「それじゃ飛ぶからしっかり掴まっててね!」

杏子「ちょっ、おい! 飛ぶってなにを……」

ミスティア「何って、里まで歩くつもり? そんなことしてたら日が暮れちゃうよ。それじゃ、行くよーっ!」

杏子「ぎゃああああああああぁぁぁぁっ!!?」

杏子が返事をする前に、ミスティアは背中の羽を羽ばたかせ空へと舞い上がる。
飛び立つ直前の口調が、明らかにからかうソレだったのだが、杏子に突っ込む余裕はない。

ミスティア「あんまり暴れると落としちゃうよ~。私って華奢だし~」

杏子「人一人あっさり持ち上げといて華奢も何もあるかっ!」

見た目はこんなだけど、やっぱりコイツ化け物だ。などと内心思いながら、人里までの数分を上空で過ごす。
佐倉杏子人生初の飛行は、とにかく怖かった、と言う印象に終始した。




419 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:35:58.87 lAJBXs9I0 213/396

――――― 【ドキッ!金髪だらけの魔法使いと魔法少女+α】 @ 人里 ―――――

アリス「残念だけど朝のうちに出てしまったようね。でもここに泊まっていたのは間違いないわ」

マミ「行き違い、と言う訳ね。残念だわ……」

昨日文から聞いた『ほむらたちは人里へと向かった』と言う情報を元に、人里の宿屋へとやってきたマミたちだが、
待っていた情報は残念ながら望んだものではなかった。

魔理沙「ま、しょうがないな」

シャルロッテ「しょうがないね」

アリス「家を出るのが遅れたのは誰のせいだったかしら?」

がっくりと肩を落とすマミの背を軽く叩いて宥める魔理沙とシャルロッテに対し、アリスは睨むような視線を送る。
シャルロッテの乱入と、その後の壊れた窓の修理がなければ1時間は早くこれた筈である。

魔理沙「まぁまぁ落ち着けって、行き先なら大体見当がつくからさ」

アリス「本当でしょうね?」

魔理沙「ああ、本当だ。宿屋の親父、そのほむらって子がクリームヒルトと一緒に居た、って言ってたろ?」

それは確かにアリスも聞いていた。
なんでも、昨夜夜食を食べて帰ってきた時にピンク色の髪の少女を連れて帰ってきたそうだ。
あれっ?と思って見ると、6月の異変の時のお嬢ちゃんだったと言うので、ほぼ間違いなくクリームヒルトだろう。

シャルロッテ「私の可能性もあるよ」

アリス「お願いだからモノローグにまで突っ込みを入れないで……」

エリーじゃないんだからとげんなりするアリスには構わず魔理沙は続ける。

魔理沙「昨日あいつ等に会ったけど、確か今日もオクタヴィアと会う約束をしてたぜ」

かく言う私もしてたんだがな。と何故か胸を張る魔理沙。
何故約束をすっぽかして、シャルロッテと弾幕戦をしていたのか疑問だが、魔理沙だから、で納得する事にした。

マミ「オクタヴィア……? つまり、美樹さんの居る所に暁美さんたちは向かった、って事?」

アリスたちから聞いた話――平行世界のさやかの話を思い出しながらマミが言うと、アリスが頷く。

420 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:38:19.92 lAJBXs9I0 214/396


アリス「そういう事になるわね。 オクタヴィアの家は妖怪の山だったかしら?」

魔理沙「ああ、そうだぜ! そうと分かったら、早速……」

???「ちょっと待ったあああああああああああっ!!」

頭より行動が先に出る魔理沙らしく、魔理沙が箒に跨るのと、そんな声が降って来たのはほぼ同時だった。
声につられて上を見上げると、空から降って……いや、飛び降りてきている赤髪の少女が一人、こちら目掛けて落ちてくる。

アリ魔理シャル「「「!!?」」」

マミ「さ、佐倉さんっ!?」

ぎょっとして目を見開くアリスと魔理沙とシャルロッテに対し、マミは別の意味で驚く。
落ちてきているのはマミの良く見知った魔法少女仲間である杏子だったのだ。

杏子「ようマミ! 探したぞ! でさ、再会して早々悪いんだけど……」

マミ「?」

杏子「ちょっと受け止めてくれ! 後先考えず飛び降りちまった」

マミ「ちょっ!? 佐倉さんっ!?」

杏子の言葉に今度こそマミは驚愕した。
咄嗟に魔法少女に変身しようかとも思ったが、既に時間はない。

再会早々、最悪の光景がマミの脳裏によぎったその時、杏子の背後から別の声が聞こえたかと思うと、
蝙蝠の様な羽の生えた少女が物凄い勢いで急降下してくる。

???「バカ杏子ーっ!! いきなり何してるのよーっ!!」

杏子「ぐえっ!?」

地面まであと数メートルと言うところで少女――ミスティアは杏子の服を掴むと、羽を一気に広げてその場で減速する。
一気に勢いを殺された杏子は、その反動で肺の空気を残らず吐き出した。

ブレーキをかけることに成功したミスティアはそのままゆっくりと着地する。

421 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/27 18:39:27.13 lAJBXs9I0 215/396


マミ「ちょ、ちょっと佐倉さん? 大丈夫?」

杏子「あはは、なんとかな……」

苦笑する杏子を見て、安心するのと同時に、マミの中で別の感情が湧き上がる。

マミ「もう、無茶しすぎよ! 寿命が縮まるかと思ったわ!」

杏子「だから悪かった、って……」

最初その感情は怒りとなって表れ……

マミ「貴女は何時もそう! 無茶ばっかりして……心配かけて……ぐすっ……」

杏子「あっ、おい……マミ……」

マミ「ホント、どうかしちゃうかと……ひっく……思っ……うぅっ……」

そしてそれは、とめどない涙となって溢れ出る。
怒りと安心感と、そのほか色々な感情がごちゃ混ぜになって、マミ自身、何で泣いているのか良く分からない。

その場で泣き崩れてしまったマミに、最初は呆然としていた杏子だが、やがて震えるその背中をそっと抱き寄せた。

杏子「悪い、マミの姿が見えたせいで、ちょっとだけ羽目を外し過ぎた。 アタシは大丈夫だからさ……」

マミ「…………もうこんな無茶はしない、って約束して」

杏子「分かったよ。 もうしない」

静かに涙するマミとそれを優しく抱きとめる杏子。
二人の様をアリスたち幻想の住人は肩をすくめつつ、それでも優しく見守っていた。




430 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/30 23:45:48.97 LWNaE3pf0 216/396

――――――― 【救済の魔女と焔の魔法少女+α】 @ 妖怪の山の麓 ―――――――

クリームヒルト「うーん、今から行っても居るのかな? もうほむらちゃんを探しに出ちゃったんじゃない?」

オクタヴィアの家を出て、麓まで下りて来た所で、クリームヒルトは当然とも言える疑問を漏らした。
文曰く、マミたちはほむらを探しているそうだし、最後に見たのは今朝の話らしいので、既に家に居ない可能性が高い。

クリームヒルトの嫌な予感に対し、すぐ背後からほむらの小さな声が返ってくる。

ほむら「い、居なかったら人里経由でさやかの所に戻るだけよ。 さやかに残ってもらったのはその為なんだし……」

クリームヒルト「それはそうなんだけど……。 ねぇ、ほむらちゃん」

クリームヒルトは振り返ることなく声をかける。
返ってくるほむらの声は、やっぱり震えている。

ほむら「な、なにかしら? まどか……」

クリームヒルト「落としたりしないから、そんなにくっつかなくても大丈夫だよ」

ほむらの声が背後から聞こえる理由、それはクリームヒルトの背中に、ほむらがしがみ付いているからだ。
それも、空を高速で飛ぶ、箒に跨った状態で、である。

ほむら「い、いえ、別にまどかの事を信用してない、って訳じゃないのよ? ただ、こういうのって慣れてなくて……」

クリームヒルト「ごめんね、ほむらちゃんと一緒に飛ぼうと思ったらこうするしかなくて……」

幻想郷に来た当初こそ、魔理沙の箒に乗せて貰って空を飛んでいたクリームヒルトだが、
流石に2ヶ月も過ぎると空を飛ぶ事ぐらい普通に出来るようになっていた。

ただしそれは、『一人で飛ぶなら』という注釈がつく。
空を飛ぶ手段のないほむらと一緒に飛ぼうと思ったら、ほむらを何かに乗せるしか手はない。
結果、選んだのは入手しやすい箒となった訳である。

お燐「箒が嫌ならあたいの猫車に乗るかい? 普段は死体を乗っけてるヤツだけど……」

ほむら「遠慮させてもらうわ(キッパリ」


431 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/30 23:48:17.65 LWNaE3pf0 217/396


お燐の申し出を、ほむらは即座に断った。
箒よりも安定感はありそうだが、死体運びの道具で運ばれるのは気分が悪い。
お燐としても冗談で言っていた様で、だよねぇ……と言いながら、けらけらと笑っている。

ほむら「とにかく、まどかは気にしなくて良いわ。 あの険しい山道を上り下りする必要がない、と言うだけで十分恩恵を受けているし……」

クリームヒルト「うん、分かった。それじゃあなるべく早く着くようにするね。ちょっとペースを上げるよ。 お燐さん!」

お燐「はいよ! あたいもちゃんと付いていくから気にしなくて良いよ」

お燐の返事を聞き、クリームヒルトは箒を飛ばす速度を更に上げる。
風きり音が強く大きいモノになり、それにも増して風圧も上がる。
夏の昼間だからまだ良いものの、寒い時期には出来れば遠慮したい。

クリームヒルト「それにしても、“私”が存在しない世界のマミさんかぁ……。つまりマミさんは私の事は知らないんだよね……」

ほむら「まどか……」

表情こそ見えないが、クリームヒルトが落ち込んでいるのは声音だけでも良く分かった。
こっちは知っている相手なのに、相手はこっちを知らない……。
ほむらもその寂しさをイヤと言うほど味わってきたので、その気持ちは良く分かる。
分かるが、どう声をかけるべきか、までは分からない。

ほむら「…………」

だから代わりに、ほむらは強くクリームヒルトの身体を抱きしめる。
クリームヒルトは一人ではない、私がここに付いている、そう伝わるように……。
少しでも彼女の寂しさを溶かせるように……。

そんな二人を、少し後ろから見ながら、お燐は小声で呟いた。

お燐「ふむ、ちょいとばかしこれは難儀な話だねぇ……」




432 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/30 23:53:40.96 LWNaE3pf0 218/396

――――――― 【魔法使いと魔女と魔法少女+α】 @ 妖怪の山登山道 ―――――――

ミスティア「あ、ありのまま、起こった事を話すわ。
      私は杏子と一緒に人里に買い物に出た筈なのに、いつの間にか妖怪の山で天狗と弾幕戦をしていた……」

杏子「テンパるのは良いけど絶対手を離すなよ! 離したら焼き鳥にするからな!」

顔を真っ青にして、現実逃避じみた台詞を吐きつつ、ミスティアは弾幕の飛び交う空を飛ぶ。
そのミスティアの真下で本日二度目となる恐怖の飛行を味わっている杏子は、悲鳴に近い声を上げつつも、向かってくる弾幕を槍で迎撃する。

クリームヒルトたちが山を降りていったちょっと後、妖怪の山上空で弾幕戦が勃発していた。
なぜ、こんな事になっているか、と言うと……

魔理沙「天狗の里に勝手に入っちまったんだからコレは当然の結果だぜ」

アリス「真っ先に天狗の里の上空に入っていった貴女に言われたくはないわ」

片や圧倒的火力で、片や無数の人形を駆使した物量戦で、哨戒天狗たちを蹴散らしつつ魔理沙とアリスが先陣を切る。
無数の弾幕が飛び交う空で、二人が通った場所が道となり、その後に黒く大きな影が続く。
『空飛ぶ恵方巻』、『第二の雲山』など影で散々言われまくっているシャルロッテの相棒と言うか第二形態だ。

シャルロッテ「マミ! 三時と十時の方向から来るよ!」

マミ「オッケー、任せて!」

使い魔から送られてきた情報をマミに伝えつつ、操縦に専念するシャルロッテ。
対するマミはその背後で魔法少女に変身し、マスケット銃を具現化させる。

マミ(三時と十時……あの二人ね)

シャルロッテが言っていた方向にチラリと目線を送ると、脇から攻撃を仕掛けようとする白狼天狗の姿が見えた。
先頭を行く魔理沙とアリスが強敵なのを見て、真横からの攻撃を選択したようだ。

マミ「とりあえず、先手必勝ね! 行くわよ!」

果たして魔獣とは違う妖怪相手に、自身の魔法がどれだけ効果があるのか、
少々疑問ではあったが、マミはマスケット銃による弾幕射撃を開始する。

白狼天狗「!」

突如始まった弾幕による迎撃に、真横から斬りかかろうとしていた天狗の動きが止まり、一転して逃げの体制に入る。
僅か一回の斉射で逃げ出した天狗を見て、杏子は思わず眉を寄せる。

杏子「なんだ? あの程度で逃げるとか、天狗ってのは随分と臆病なんだな」


433 : 東方焔環神[saga] - 2011/11/30 23:56:01.46 LWNaE3pf0 219/396


ミスティア「臆病なんかじゃないよ。 弾幕戦はもろにくらったらその場で退場って言う、シビアなルールなんだからね!
      回避に専念するのは基本中の基本だよ。 まぁ例外も居るには居るけど……」

そう言ってミスティアはちらりと魔理沙を見る。

魔理沙「何人寄ってこようが、私の間合いに入ったが最後だぜ! くらいな、必殺、『マスタースパーク』っ!」

天狗たち「「「ぎゃああああああああああっ!(ピチューン!」」」

魔理沙は向かってくるのが弾幕であろうと天狗であろうと、ところ構わずレーザーをぶっ放し、蹴散らしていく。
後に残るのは、黒焦げになって撃墜された哀れな天狗たちの山だ。

魔理沙「ま、ざっとこんなもんだな」

アリス「多少は手加減しておきなさいよ。あの子たち、まだ新米じゃない……」

飛んでくる天狗に若い顔が多いのを見破ったアリスが、たしなめる様に声をかける。
そんなアリスも、人形による遠距離攻撃で、次々と天狗たちを屠って居たのだが……。

杏子「なんて言うか、さやかには最も不向きな決闘方式だな……」

基本的に飛び道具(と言うか弾幕)ばかりが飛び交う戦場を見て、杏子はそんな感想を抱いた。
この戦場の中では、サーベル一つで斬り込んで行く、今は見れないあの戦闘スタイルは分が悪い。

ミスティア「さやか? ああ、あの人魚の事ね。 確かにあんまり向いてるとは言えないわねぇ……。
      一度やりあった事があるけど、内懐に飛び込んでくる戦術が主だったから、視界奪って返り討ちにしたし……」

1ヶ月以上前の話だから、今はどうか知らないけどね。と語るミスティアの話に、杏子は苦笑した。
違う歴史を辿った結果、魔女という妖怪になってしまったさやかがこの郷に居るとの事だが、
話を聞く限り、中身は杏子達の良く知るさやかと大差ないようだ。

ミスティア「さて、そろそろおしゃべりはおしまいかな」

ミスティアの言葉に、杏子は前方を見た。
ズタボロにされた白狼天狗が引き上げて行き、別の所から応援に来たであろう他の天狗がこちらに向かってきている。

ミスティア「ちょっと派手に動くよ。 舌を噛んでも恨みっこなしだからね!」

杏子「そっちこそ、回避ミスって被弾するなよ?」

表情こそ見えなかったが、ミスティアは笑っているのだろう、
かく言う杏子自身、湧き上がる感情に笑みを浮かべずには居られなかったのだから……。




434 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:00:40.86 bcd/dNZ90 220/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「で、貴女たちは哨戒天狗を袋叩きにした、と言う事ですか?」

オクタヴィア「あーあ、こりゃまた派手にやっちゃったねぇ……」

惨状としか良いようの無い里の景色を見て、文とオクタヴィアは驚くを通り越して呆れていた。

一時は天狗の里全域を巻き込んだ全面戦争に発展しかけた弾幕戦だが、
マミたちが探していた内の一人であるオクタヴィアたちがやって来た事により、双方が矛を納める事になった。

魔理沙が里の領空を侵犯したのは事実だが、最初に迎撃に出た若い白狼天狗が無警告で攻撃を仕掛けた事が判明したからだ。

マミ「一応、喧嘩両成敗、って形になったけど……、やっぱりやり過ぎだったかしら?」

杏子「少なくともアタシらの攻撃は自己防衛の範囲内だと思うぞ……たぶん」

戦いが終わって、落ち着いたせいか、現実に引き戻されたマミが、不安げに辺りを見回す。
対する杏子は、一見すると普通の態度に見えたが、よく見ると頬をひきつらせている。

魔理沙「大丈夫だって、弾幕戦のダメージはどんだけ強い術でも死ぬほど痛いだけで実際には死にはしないからさ」

杏子「死ぬほど痛いって時点で洒落にならねーよ……」

すっきりしたと言わんばかりにやけに良い笑顔で解説する魔理沙に、すかさず杏子はツッコミを入れた。
死ぬほど痛いと言うことは、一歩間違えばここに転がっているのはマミたちだった、と言うことだ。
冗談だとしても笑えない。

魔理沙「それにしてもマミの方はクリームヒルトの弾幕を見たときから相当のやり手だろうな、と思ってたけど、杏子もなかなかだったな。
    あとは単独で空さえ飛べれば二人とも合格なんだがなぁー」

杏子「おい、話を聞け。と言うか二度とやらねーからな、こんな事……」

オクタヴィア「あー、杏子? 魔理沙相手には何言っても無駄だから、諦めた方がいいよ」

魔理沙の言動にはあたしも手を焼いているからね、と励ましにもならない事実を告げつつ、オクタヴィアが杏子の肩をつかむ。
杏子はがっくりと肩を落としつつ、オクタヴィアの方を横目で見る。

杏子「はぁ、なんなんだここの連中は……お前以上に疲れるぞ」

オクタヴィア「む? 再会早々言ってくれるじゃない?」

杏子「再会、ねぇ……? 少なくともアタシの知り合いに人魚が居た覚えはないんだけどな……」


435 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:03:09.75 bcd/dNZ90 221/396


今朝方、ほむらがそうしたのと同じように、杏子もオクタヴィアの尾びれを見る。
上半身だけを見るなら、記憶の通りの『美樹さやか』なだけに、違和感がすごい事になっている。
そんな言葉と視線を同時に受けたオクタヴィアは、次の瞬間、その場に膝……というか尾びれをついた。

オクタヴィア「うっ……、ほむらといいアンタといい、人が地味に気にしてるところを突いてくるわね。
       クリームヒルトは魔法少女の頃と大差ないのになんであたしだけ……」

そう言いながら、その場で地面にのの字を書き始めるオクタヴィア。
漫画的表現なら間違いなく彼女の周囲には縦線が入っているであろう。

杏子は一瞬、仕舞ったというような顔をすると、ばつの悪そうな顔で頭を掻きつつ、オクタヴィアに声をかける。

杏子「あー、でもまあ……」

オクタヴィア「?」

杏子「そのカッコもカワイイと思うぞ。 似合ってるし……」

オクタヴィア「!!」

そんな言葉をかけられるとは思ってもいなかったのだろう、のの字を書くのを止めたオクタヴィアの顔が、瞬く間に真っ赤になる。
割り込むのも憚れる、謎空間が形成されていくのを遠巻きに見守りつつ、文が呟く。

「あややや、落として上げるとは、高度な話術をお持ちですねぇ……。あれが天然なら恐ろしい事になりますよ」

マミ「佐倉さんったらいつの間にあんな殺し文句(魔法)を覚えたのかしら?
  幻影魔法は昔から得意だったけど、コレはちょっと厄介ね。 私も惑わされないように気をつけないと……」

冗談めかしてそんな事を言いながら、マミはじゃれあう杏子とオクタヴィアの姿に、過ぎ去りし日々の記憶を重ねる。
目の前の光景と雰囲気は、かつての二人と全く同じで……、それらを前にすると、世界の違いだとか、人と妖怪だとかと言う問題も小さく思えてくる。

――平行世界の存在など、似て非なるものであって、別人同然である。

アリスの話を聞いた直後から、心のどこかで引っかかっていたそんな懸案は、少なくともあの二人には適用されなかったらしい。

マミ(わたしの杞憂だったみたいね……。でも、そういうことなら……)

懸案が晴れて、ほっとするのと同時に、ある感情がマミの中に起こる。
それはとても難しい事だと、マミ自身分かっているだが、それでも願わずには居られなかった。

マミ(せめて……、せめて二人には、この優しい時間が、出来るだけ長く続きますように……)




436 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:07:36.85 bcd/dNZ90 222/396

―――――――― 【救済の魔女と焔の魔法少女+α】 @ 妖怪の山 ――――――――

ほむら「はぁ……、見事なまでに行き違いだったわね……」

クリームヒルト「あはは……、そうだね~」

背後から聞こえるほむらちゃんの疲れたような声に私は思わず苦笑した。
アリスさんの家に誰もいない事を確認し、人里へと向かった私たちを待っていたのは、マミさんたちが妖怪の山へと向かったと言う情報だった。
互いに相手を探しに出た結果、見事にすれ違ってしまった、と言う事のようで……。
そんな訳で私たちは来た道を引き返していた。

クリームヒルト「オクタヴィアちゃんを残しておいて正解だったね……」

ほむら「そうね。全員で探しに出ていたら昨日の二の舞になるところだったわ……」

お燐「昨日は地底の温泉に来てたんだって? さとり様から話を聞いた時は流石のあたいも頭を抱えたよ……」

それは私とほむらちゃん、双方の話をまとめた結果、判明した笑い話のような笑えない話。
ほむらちゃんがお燐さんと共に地底を出た直後に、幽々子さんたちと一緒に私が地底に入って行ったという、今日以上に洒落にならないすれ違い。
わずかの差でほむらちゃんは幻想郷を歩き回る羽目になってしまった。
昨日の夜、繁華街で私とほむらちゃんが出会えたのはやっぱり奇跡と言っても過言ではないと思う。

クリームヒルト「ほむらちゃん、寒くない?」

ほむら「ええ、大丈夫よ。 さっきみたいに大してスピードは出てないし、むしろ風が心地いいくらい……」

ふと気になり尋ねた私の言葉に、ほむらちゃんのリラックスしたような返事が返ってくる。
急いでいた行きと違い、ゆっくりと地表近くを飛ぶ飛行は気軽な空中散歩と言った感じで、確かに心地いい。

だけど、今の私に、そんな心地いい空中散歩を楽しむ余裕はなかった。

マミさんたちがほむらちゃんを探して妖怪の山に向かった、と言う事は間違いなく目的地はオクタヴィアちゃんの家だろう。
その場合、山に残ったオクタヴィアちゃんと文さんがマミさんたちを引き留めてくれる手筈になっている。
急いで帰る必要はどこにも無い。

そう、急ぐ必要は無いのだ。
私の事を知らないマミさんたちとどう顔を合わせたらいいか、少しぐらい考える時間があってもいい筈。
ゆっくり飛んだ所で、稼げる時間など大したモノではないのだけど……。

私の葛藤が伝わってしまったのか、暫し会話の無い空中散歩が続く。
そのまま山の中腹に差し掛かったときの事、真横を黙って飛んでいたお燐さんが前に出てきて、私たち二人に向き直る。

お燐「ところでお二人さん、ちょいと聞きたいんだけどさ……」

クリームヒルト「なんですか? お燐さん」


437 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:10:27.69 bcd/dNZ90 223/396


お燐「その、二人の知り合いだって言う子は、一体どんな子たちなんだい?」

どんな子、その言葉が意味するのはもちろん人相や容姿の話ではない。
私たちから見て、どんな人なのか? どんな存在なのか? それをお燐さんは尋ねてきた。

お燐さんから問われて、私は考える。 いや、改めて確認する、と言った方が正しいかもしれない。
マミさんと、杏子ちゃん、この二人は私にとってどんな存在なのか、私は二人とどんな関係でありたいのか、再度、自分自身に問う。

クリームヒルト「憧れの先輩と、友達……ううん、違う。 それよりも……それよりも、大切で大好きな人、かな……」

ほむら「そうね。私もまどかと同意見よ。 マミ……巴さんは少し抱え込む癖があるけど、私たちが手本としたくなるほどいい先輩だし、
    杏子はちょっとガサツだけど、ああ見えて優しい子だしね。 二人が私たちにとって大切な存在なのは間違いないわ」

クリームヒルト(ああ、そっか、そうだったんだ……)

自分でそう答えて、『ああ、そうなんだ』と私は納得する。
どうやら深く考え過ぎていたせいで、基本的な、最も大切なことが見えていなかったようだ。
深く考えなくても最初から、自分自身の中に答えはあったのだから……。

その答えに気付くのと同時に、私は以前、幽々子さんが言っていた事を今更のように思い出す。

『貴女たちが馴染めたのは、貴女たちの方から積極的に混じろうと努力した結果よ。 壁を作っている人を受け入れてくれるほどここの住人は甘くないわ』

つまりはそういう事。
問題があるとするのなら、それはむしろ会う前から勝手に壁を作り上げていた私自身の方であって、何事も始めてみなければ結果は出ない。
まず、きちんと会わない事には話は始まらないのだ。考えるのはその後でもいい。

お燐「そうかい、二人がそう言うなら間違いなさそうだね。 なら、初対面のあたいでも仲良く出来そうだ……」

「いや~、安心したよ~」と、安堵したように呟くお燐さん。
その顔がやけににこやかなのは、私たちの話を聞いたから、では無い筈だ。
先ほどの質問にしても、答え自体を聞きたかった訳では無く、それを改めて私に自覚させる為のものだったに違いない。

クリームヒルト「……ありがとう、お燐さん」

お燐「? 何か言ったかい?」

クリームヒルト「うぅん、なんでもないです」

そう言いつつ、私は前を見る。
オクタヴィアちゃんの家がはっきりと見えるところまで飛んできていたけど、さっきまでの不安はもう何処にもなかった。




438 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:13:20.70 bcd/dNZ90 224/396

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

クリームヒルト(……と、思っていた時期が私にもありました)


マミ「いちばん!巴マミ!歌っちゃいま~す」

杏子「おっ!いぃぞマミぃ、やれやれ~っ!」

オクタヴィア「マミさんカッコいーっ!」

「皆さんノリが良いですね~。これはいい記事になりますよ~。あっ、ミスティアさん、熱燗と串焼き追加で」

ミスティア「はいはい、少々お待ちを」

シャルロッテ「うぅっ、気持ち悪いよぉ……」

アリス「弱いのに無理して飲むから……、出すならこれに出しなさい」


ほむら「…………なんなのこの状況は? って、お酒臭っ!?」

お燐「こりゃあ完全に出来上がっているねぇ……」

オクタヴィアちゃんの家に戻った私たちを待っていたもの。
それは目も当てられないようなどんちゃん騒ぎだった。

あまりの惨状に扉の前で呆然としていると、頬をわずかに赤く染めた魔理沙さんが、私たちに気がついて声をかけてくる。

魔理沙「おっ、クリームヒルトじゃん。遅かったな! そっちの子が例の“ほむらちゃん”か?」

クリームヒルト「う、うん、そうだけど……。いったい何があったんですか?」

オクタヴィアちゃんや文さんなどと共に乱痴気騒ぎを繰り広げるマミさんたちを見ながら、私は魔理沙さんに尋ねた。
たぶん、今の私の顔は相当ひきつっているのだろう、魔理沙さんは「あははは……」と、乾いた笑いを漏らしつつ目線を逸らす。
答えようとしない魔理沙さんに代わって、シャルロッテちゃんの介抱をしていたアリスさんが答えてくれた。

439 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:15:34.09 bcd/dNZ90 225/396


アリス「色々とあってね。白狼天狗が持ってきた酒を、そこの後先考えない魔法使いがマミたちに無理矢理飲ませたのよ」

単なる水だ、って嘘までついてね……と、補足したアリスさんは心底侮蔑したような目線を魔理沙さんに向ける。
すべてを理解した私は、にこやかな笑顔を浮かべながら魔理沙さんの方に向き直り、問い掛けた。

クリームヒルト「……魔理沙さん、マミさんたちに無理矢理お酒を飲ませたんですか?」

魔理沙「い、いや、私は少しでも場を盛り上げようと思ってだな……」

クリームヒルト「……飲ませたんですね?」

魔理沙「はい、飲ませました」

笑顔のままの私が詰め寄ると、さしもの魔理沙さんも堪えきれなくなったようで、降参と言うように両手をあげた。
何があったのか、ようやく理解が追い付いたほむらちゃんも呆れた表情を浮かべ、アリスさんは肩をすくめている。
対する私は、それまでの作り笑顔を止め、これ以上ないぐらいの大声で、一気に捲し立てた。

クリームヒルト「ダメじゃないですか魔理沙さん! 魔理沙さんだって、オクタヴィアちゃんやシャルロッテちゃんが、私ほどお酒強くないのは知ってますよね!?
        それだけじゃなく、普通の中学生のマミさんたちにも盛るっていったい何を考えてるんですか!?」

魔理沙「悪かったって、まさかアレだけでこんなに酔うとは思ってなかったんだよ。だからお願いだからそのスペルカードはしまってくれ」

クリームヒルト「いいえ、許しません! 少し頭を冷やしてください!」


                      憧憬 『ティロ・フィナーレ』




440 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:21:14.61 bcd/dNZ90 226/396

―――――――― 【魔女と魔法少女と魔法使い+α】 @ 守矢神社 ――――――――

早苗「――――で、オクタヴィアさんの家を吹き飛ばしてしまったから、ウチに来た、と?」

アリス「簡単に言うとそう言うことよ」

クリームヒルト「うぅっ、面目ありません……」

話を聞き終えて、心底げんなりした様子の早苗さんに、私は深々と頭を下げた。
ついカッとなった私が、魔理沙さんと一緒にオクタヴィアちゃんの家を吹き飛ばしてから数時間後、私たちは山の上にある守矢神社へと来ていた。
ある程度の広さがあったオクタヴィアちゃんの家を壊してしまったので、みんなで集まれる場所がなくなってしまったからだ。

アリス「クリームヒルトが謝る事じゃないわ。 悪いのは全部アイツよ」

そう言ってアリスさんは、背後の境内を見やった。
広い境内の真ん中では、酔いから回復したオクタヴィアちゃんと魔理沙さんが、弾幕戦を繰り広げている。


オクタヴィア「よくもあたしの家を吹き飛ばしてくれたわね! 今日という今日は許さない!」

魔理沙「いやいや、吹っ飛ばしたのは私じゃなくてクリームヒルトだぜ」

オクタヴィア「問答無用! もともと魔理沙が酒なんか飲ませたのが悪いんでしょ!?」


怒号とも罵声ともとれる会話と、弾幕の応酬が繰り広げられ、時々派手な爆音が聞こえてくる。
その様子をマミさんたちは遠巻きに苦笑しながら見守っている。

早苗「お盆の時期は忙しいのに……。 まぁ、話は分かりました。
   神奈子さまたちにお伺いを立ててきますので……クリームヒルトさん、一緒に来てください」

クリームヒルト「あっ、はい、分かりました」

頷きつつ私は奥へと戻っていく早苗さんの後に続く。
長い縁側を歩いて、表から見えない位置まで来たところで早苗さんはふと立ち止まり、私の方へと振り返る。

早苗「ところで、クリームヒルトさん。 その、マミさん、って方たちとはどうなったんですか?」

クリームヒルト「? どうなったって……ああ、酔いの方なら大丈夫ですよ。
        オクタヴィアちゃんの家には永琳さんから貰った酔い醒ましの薬がありましたから……」

早苗「それは良かった……じゃなくて! ちゃんと話は出来たんですか? って話ですよ!」

私の発した答えを早苗さんはにこやかに受けて、次の瞬間声を荒げて突っ込んだ。
見事なノリツッコミだったな、としょうもない事を頭の片隅で考えつつ、私は思わぬ質問に縮こまる。

クリームヒルト「えっと、話さないとダメ、ですか?」

早苗「出来れば聞きたいです。 さっきのクリームヒルトさん、困ったと言いながら、随分とにこやかな表情でしたよ?
   そんな表情になれるほどの良い話、って興味あるじゃないですか。 それに、私にそんな奇跡が起こった時の参考にもしたいので……」

そう答える早苗さんの目は興味津々と言うように輝いていて、それでも表情はどこか寂しげで、
そんな早苗さんを見てしまうと、断る事など出来なくなってしまった。

クリームヒルト「え~と、ここに来るちょっと前の話なんですけどね……」



441 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:25:00.73 bcd/dNZ90 227/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

それは酔い醒ましの薬を飲ませたちょっと後の事。
家を壊してしまったので、どうしたものかと悩んでいると、マミさんが話しかけてきたのだ。

マミ「えっと、貴女が鹿目まどかさん?」

クリームヒルト「はい、鹿目まどかです。 と言っても今は魔女のクリームヒルトなんですけどね……。
        ああ、でも呼び方は好きな方で呼んでもらって構いませんから……」

はにかみながら私がそう言うと、マミさんはニコリと微笑んで私の手を取る。

マミ「そう、それじゃあ鹿目さん、って呼ばせてもらうわ。 貴女の方は知っているかも知れないけど私は巴マミよ。
   貴女の話は暁美さんから聞いているわ。暁美さんの一番大切な友達だ、って……」

クリームヒルト「そうなんですか? そっか、ほむらちゃんがそんな事を……」

マミさん言葉に、私は嬉しくなると同時にちょっとだけ悲しくなった。
“私”の居なくなった世界でも、ほむらちゃんは私の事を「友達だ」と言ってくれている。
これは素直に嬉しい。 魔女の私にも変わらず接してくれるし、ほむらちゃんには感謝してもしきれない。

でもそれは、マミさんたちからすると、ほむらちゃんの話を介した存在、と言う事でもある。
仕方が無い事だけど、事実として突きつけられるとやっぱり寂しい。

マミ「……一つ、聞きたいんだけど、“魔女”と言う事はあの美樹さんと同じで平行世界からここに来た、って言う事なのよね?」

クリームヒルト「はい、そうですけど……」

正確に話すと、私に関してはちょっと事情がフクザツなのだけど、ここはそういう話にしておく。
私がマミさんの言葉に頷くと、マミさんは私の手を取ったまま、小さくため息をつく。

マミ「そうよね。 はぁ、残念だわ……」

クリームヒルト「えっ?」

ため息と共に出た、残念という言葉に私は思わず声を上げていた。
何の事だか分からないでいると、マミさんは私に優しく微笑みかける。

マミ「平行世界の私にはこんな可愛いお弟子さんが居たのに、私には居ないなんて、平行世界の私が羨ましいわ」


442 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:27:28.85 bcd/dNZ90 228/396


クリームヒルト「えっ? ええっ!? わ、私、マミさんの弟子とかじゃ……」

マミ「あら?違うのかしら? 暁美さんの友達で、美樹さんの親友なら当然私とも知り合っていたのでしょう? それに……」

クリームヒルト「それに?」

マミ「さっきのアレ、見事な『ティロ・フィナーレ(弾幕)』だったわよ。 
   私の『ティロ・フィナーレ』をあそこまで自分のものに出来てる子が、私の友人じゃないなんてウソよ」

そう言ってマミさんは私にウィンクしてみせる。
その表情は、私の記憶の中のマミさんと全く同じ笑顔で……、
そんな笑顔を今日初めて会った私に向けてくれた事が嬉しくて……

マミ「えっ? あっ、鹿目さん? 私、変な事言っちゃったかしら?」

クリームヒルト「えっ?」

マミ「いえ、だって、鹿目さん泣いて……」

言われて初めて、私は涙を流していた事に気が付く、気付かないうちにうれし涙が零れてしまったらしい。
私が慌てて涙を拭っていると、背後からからかうような口調の杏子ちゃんの声が聞こえてきた。

杏子「おうおう、女の子泣かせるとは随分じゃねーか。 おーい、ほむらーっ! マミがお前のお友達泣かせてるぞーっ!」

ほむら「なんですって!?」

マミ「ちょっ、佐倉さん!?そんな人聞きの悪いこと言わないで!? 暁美さんも、そんな怖い顔をして弓を構えるのは止めて!」




443 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/01 00:30:32.43 bcd/dNZ90 229/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

クリームヒルト「……と、言うことがありまして……」

早苗「なんと言いますか普通に良い話過ぎて泣けてきました……。 ……よし!決めましたよ!」

私の話を聞いて、自分の事のように喜んでくれた早苗さんは、話が終わると拳を握りしめた。
それから、くるりと身を翻すと、さっきにも増して強い足取りで、廊下を歩き出す。

早苗「神奈子さまがなんと言おうと、大部屋を確保してみせます! 皆さまの為にこの東風谷早苗、一肌脱ぎましょう!」

???「あー、早苗?そんな事しなくても部屋ぐらい貸すよ。そんな話を聞いてしまったら尚更ね」

勢い込んで早苗さんが奥の襖に手を掛けようとしたとき、そんな声と共に襖の方が勝手に開く。
襖の奥から現れたのは、私にとっても馴染みとなりつつある神さま――八坂神奈子さんだ。

クリームヒルト「あっ、神奈子さん、お久しぶりです。それと、お邪魔してます」

そう言って私が深々と頭を下げると、神奈子さんは笑いながら言う。

神奈子「ああ、そんな畏まらなくてもいいよ。事情は承知しているつもりだしね。 それで、いつまで居るんだい?」

クリームヒルト「えっ……?」

たぶん、神奈子さんとしては純粋に予定を尋ねただけだったのだと思う。
だけど、その質問は私には、全く別の意味に聞こえて……、私は思わず固まった。

言葉につまる私を見て、質問の意図が伝わらなかったと思ってしまったのか、神奈子さんが言葉を付け加える。

神奈子「いや、部屋を貸す、と言ってもいつまでもと言う訳には行かないからね。 どのくらいで家が直るのか聞きたかったんだ」

クリームヒルト「あっ、えっと、長くても二・三日です」

神奈子「そうかい、うん、それくらいなら問題ないね。 早苗、部屋の準備は私がするから、みんなを連れてきなさい」

早苗「分かりました、神奈子さま」

早苗さんは一礼すると表へと戻って行き、神奈子さんは奥へと取って返す。
そんな様子を私は、どこか遠くのことの様に感じながら、その場で動けずに居た。

全く考えていなかった訳ではない。
奇跡的な再会を果たしたあの時から、そうなるんじゃないかと言う予感はあった。
だけど私は、それを敢えて考えない様にしていた。 見ないようにしていた。
考えてしまうと、見てしまうと、色々な意味で動けなくなってしまいそうだったから……。

だけど私は考えてしまった、とうとうその事実を直視してしまった。
一度意識してしまうと、火のついた思考は、もう私自身にも止められなかった。

間違いなく訪れるであろう“その時”の事で、私の頭はいっぱいになってしまう。

クリームヒルト「いつまでもと言う訳には行かない、か……。 私は……どうしたらいいのかな?」

小さく呟いた私の言葉に、返ってくる答えは、無かった。




449 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:31:52.47 T+KBN3p90 230/396

――――――――――― 【その日の夜 @ 守矢神社】 ―――――――――――――

ほむら「博麗神社?」

マミ「そう、博麗神社。 そこがこの世界と私たちの居た世界の境目になっているそうなの」

聞き返したほむらの言葉にマミは頷いた。
守矢神社の大部屋に通されて、ようやく落ち着くことが出来たほむらたちは、
夕食までのひと時を互いに持っている情報の交換に費やす事にした。

当然と言えば当然なのだが、最初に挙がったのは「元の世界に帰れるのか?」と言う疑問だった。

杏子「なんだ、ちゃんとした出口があるのか。 アタシはてっきりあの変な裂け目を探さないとかと思ったよ」

ほむら「変な裂け目?」

ここに来た時の記憶がハッキリしないほむらは思わず聞き返し、マミも興味深げに身を寄せてくる。
今ここに居る魔法少女の中で、唯一裂け目をはっきりと目撃し、自らの意思で飛び込んだ杏子が、その時の様子を説明する。

杏子「ほむらたちが魔獣にやられかかった時に出来た、得体の知れない変な空間さ。
   アタシは二人がそこに落ちて行くのが見えたから、そこに自分から突っ込んだんだ。 そしたら、この世界に抜けて……」

ほむら「さっきの妖怪の屋台をぶっ壊した、と……」

ほむらの一言に、杏子は思わず声を詰まらせた。
クリームヒルトたちの口利きもあって、オクタヴィア家と共にミスティアの屋台も修理してもらう事になったのだが、
それで貸し借りが完全にチャラになったか、と言うと、そう言う訳ではない。
未だに杏子はミスティアにこき使われる身であり、夕食が終わり次第、屋台営業に出ることになっている。

マミ「それで納得が行ったわ。 アリスさん曰く、ここは人の世である私たちの世界から結界で隔離された場所らしいの。
  私たちが落ちた、って言うその裂け目は、その結界が何らかの原因で緩んで出来てしまった綻びだったのよ」

杏子「成る程ね。 魔獣が作り出してるあの異相空間をもっと強力にしたような感じなんだな……。
   そういや、さやかたちもその結界を潜り抜けてここに来たのか?」

マミの説明で、自分の経験が裏付けが得られた為だろう、うんうんと頷いていた杏子は、
他の幻想郷の住人たちと共に、その他の準備をしていたオクタヴィアに話を振る。

オクタヴィア「ん? あたしたち? まぁ、似たようなものだけど、あたしたちの場合は、『そうするしか無かった』って言うのが正しいかな」

ほむら「!」

マミ「美樹さん、それはどういう事かしら?」

自嘲するようなオクタヴィアの言葉に、ほむらは全てを把握し、マミと杏子は首をかしげた。
苦笑いを浮かべつつ、オクタヴィアは話を続ける。

オクタヴィア「えっと、あたしたち魔女って、こう見えてももう人間とは違う化け物なんですよ。
       幻想郷は『非常識』の世界だからまだどうにかなるんだけど、外に出ると呪いとか穢れとかが駄々漏れになっちゃうんだよね。
       それにマミさんたちの居た外の世界って、魔法少女が堕ちて、あたしたちみたいなのになる前に消しちゃうヤツが居るんでしたよね?」

マミ「円環の理、ね……」

マミが呟いた言葉にオクタヴィアは小さく頷く。
それはマミたちの居た世界で、魔法少女の間で語り継がれてきた、ささやかな救済を意味する言葉。

450 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:34:26.06 T+KBN3p90 231/396


オクタヴィア「あたしが元居た世界にはそう言うのは無かったから、外に居ると超ヤバい化け物、ってだけだったけど、
       今はそれがあるから、ここから出たくても出られない、って言う訳なんですよ。 アハハハ、参っちゃっいますよねー」

早苗「オクタヴィアさーん、この布団そっちに持っていって下さ~い!」

オクタヴィア「あっ、はーい!」

そう言って最後までおどけてみせたオクタヴィアが部屋から出て行くと、杏子がぽつりと呟いた。

杏子「あのさやかにはせめてもの救いすら無かったんだな……」

ほむら「まどかやシャルロッテもそうよ。
    望んだ奇跡の代償として呪いと絶望を背負い、自らが呪いとなってしまった悲劇の魔法少女。 それが彼女たち魔女なのよ……」

マミ「そんな彼女たちが人を呪わずに生きようと思ったら、箱庭のようなこの非常識な郷に籠るしかなかった……。 そう言う事なのね」

口々に呟きながら、ほむらたちは幻想郷について説明を受けたときに聞いた話を思い出す。


                      ――妖怪は人に畏れられるモノ――

                        ――怨念は人を祟るモノ――

                        ――神は人に祀られるモノ――


そんな常識を非常識に変えるのが、幻想郷であると。

ここでは人に仇なす妖怪も、災厄しかもたらさない呪いも、人に触れ得ぬ存在である神も、外の世界と同じであるとは限らない。
それぞれが個人の意思と感情を持ち、それぞれが勝手気ままに生きる摩訶不思議な郷なのだ。

裏を返すと、妖怪や怨念はおろか、神々すら存在を否定されつつある今の世では、そんな箱庭の中でしか、妖怪や神たちは存在できないと言う事でもある。
そしてそれは、円環の理と言う一種の常識により、存在を否定される魔法少女が生み出す呪いも含まれる訳で……。

マミ「あの美樹さんや妖怪、神さまたちにとっての最後の救い、それがこの幻想郷の正体なんでしょうね」

杏子「仮にも教会の娘だったアタシにはきっついハナシだなぁ……。
   神様すら救いが必要なほど、アタシらの世界はどーしようもない、って事じゃねーか」

ほむら「だからこそ、私たちで守らないといけないのよ。 それが出来るのは、元の世界では私たちしか居ないのだから……」

そう言いながら、ほむらはふと考える。
ほむらが今でも魔法少女として魔獣と戦っているのは、世界が改変されたあの時に抱いた想いがあるからだ。

『まどかが守ろうとした世界を守りたい』

これが今のほむらの柱であり道標となっている。
世界を守れるのは、魔法少女だけであり、世界を守ろうと思ったら、ほむらたちはここから帰らなくてはならない。

451 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:39:40.70 T+KBN3p90 232/396


ほむら(でも帰ると言うことは同時に、ここから出られないまどかやさやかたちと別れなくてはならないと言う事。
    そうなった時、私はここのまどかたちを置いて本当に帰れるの? この奇跡的な再会を一時の白昼夢だと切り捨てる事が、私に出来るの?)

???「……ら!……おい、ほむら!」

ほむら「!」

思考の海に呑まれかけたほむらだが、自身を呼ぶ声に引き戻される。
気付くと不可解そうな顔をした杏子がこちらを覗き込んでいた。

杏子「なにボーッとしてるんだよ? 話続けるぞ?」

ほむら「え、ええ、お願い」

取り繕いつつほむらが促すと、杏子は改めて話を切り出した。

杏子「でだ、そんな非常識な場所だからなんだろうな。アタシたち魔法少女にとっての常識も、ここじゃ通用しない」

マミ「魔法少女にとっての常識? それって一体何の話なの?」

遠回しな言い方にマミから当然の疑問が挙がるが、杏子はそれには答えず話を続ける。

杏子「マミ、ほむら、二人ともここに来てからソウルジェムはどうしてた?」

ほむら「ソウルジェム? ああ、そう言えば穢れを取るのを忘れて……あら?」

ほむマミ「「たいして穢れてない?」」

杏子に言われ、ほぼ同時に自身のソウルジェムを見たほむらとマミは、ほぼ同時に全く同じ言葉を呟いていた。
その反応を見て、杏子は自身の経験は偶然ではなかったと確信する。

杏子「やっぱりそうか……」

マミ「やっぱり、って事は佐倉さんもそうだったのね?」

杏子「ああ、アタシは昨日気がついたんだけどな。 で、その事について昨日こんなことがあってな……」

それから杏子は昨夜出会った厄神の鍵山雛と、その時に起こった出来事について、二人に話した。
厄祓いと穢れの浄化と言う、言われてみれば納得できる話に、ほむらたちは思わず唸り声を上げる。

ほむら「確かに神社なんかでやってる厄除けの儀は穢れを祓う儀式でもあるから納得できるわ。 信じがたい話ではあるけど……」

マミ「私は信じるわ。 神さまなら、それくらい出来てもおかしくないと思うし……」

???「はい、その位の穢れなら簡単に祓えますね」

ほむマミ杏子「「「!?」」」


452 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:41:08.15 T+KBN3p90 233/396


突然背後から割り込んだ声に、三人はぎょっとして振り返った。
振り返った先では話に割り込んで来た少女――早苗がやっちゃったと言うように苦笑いを浮かべていた。

早苗「ああ、すいません。 なんだか私たちの専門分野の話をしていたようなのでつい立ち聞きしてしまいました。 ごめんなさい」

マミ「いえ、それは別に良いのだけど……。 今の話は本当なの?」

早苗「はい、厄祓い、若しくは厄落としの儀と言って神様自らは勿論、神様の力を借りることで神主や巫女でも祓えます」

「時間は多少かかりますけど、私でも祓えますがどうします?」と早苗が申し出てきたので、ほむらとマミは好意に甘える事にした。
神社の中に居るならソウルジェムの有効範囲を出ることもないと判断したからだ。

早苗「はい、確かに預かりました。 あっ、そういえばこっちにクリームヒルトさん来ませんでしたか?」

マミ「鹿目さん? いいえ見てないわ」

杏子「見てないな。 ほむらは?」

ほむら「私もよ」

ほむらたちが一様に首を横に振ると、早苗は首を捻る。

早苗「おかしいですねぇ……、そろそろ夕食が出来るから呼びに行く、って言ってたんですけど……。 トイレか何かですかね?
   まぁそれは置いといて、とりあえず皆さんついてきて下さい。広間に用意してますので……」


この後、広間に通されたほむらたちは、そこで神奈子たちと夕食を共にする事になった。
夕食直前に厠の方から広間に来たクリームヒルトを最後に全員が揃い、半ば宴会じみた夕食が始まった。
食事はシャルロッテの作ったデザートもつくと言う豪華なもので、夕食は大いに盛り上がった。

が、なぜかクリームヒルトだけは口数が少なく、食事が終わると早々に後片付けに行ってしまった。
その後も、そのまま色々な事を手伝っていたとかで、夜遅くになっても大部屋に戻る事は無く、
ほむらは、クリームヒルトと一言も言葉を交わすことなく、就寝した。




453 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:43:45.39 T+KBN3p90 234/396

―――――――――――――― ?月?日 ―――――――――――――――――
―――――――― 【人魚の魔女と幻惑の魔法少女】 @ ??? ――――――――

そこは上も下も分からない不思議な空間だった。
その空間に、少女が二人、目を瞑り、手を取り合った状態で、漂っている。
片方は短く切られた青い髪が、もう片方は腰まで届く赤い髪が、それぞれ特徴的な少女だ。

二人は、手を取り合ったまま、漂い続ける。
二人の時間は既に止まってしまって、もう動かないとでも言うかのように……。

そんな二人に変化が起こったのは、その空間に白衣を纏った桃色の髪の少女が現れた直後の事だ。
桃色の髪の少女が、二人の身体を抱き寄せ、そっと声をかける。

???『待たせちゃったね。 さやかちゃん、杏子ちゃん、迎えに来たよ……』

暖かい光が二人の少女を包んだかと思うと、二人の瞳がゆっくりと開かれる。

さやか『あれ……? その声……―――?』

???『うん、そうだよ。 ―――だよ』

杏子『なんだいその格好は? アンタは天の使いか何かにでもなったのかい?』

随分と様変わりしちまったな、と杏子が言うと、桃色の髪の少女ははにかむ様に笑う。

???『てぃひひ、恥ずかしいからあんまり見ないで欲しいな』

さやか『雰囲気は凛々しいのに、この恥じらい……やっぱり―――はあたしの嫁になるべきだと思……あいたっ!?(ベシッ』

杏子『バカやるのはそれぐらいにしとけよ』

おちゃらけつつ、桃色の髪の少女に飛びかかろうとしたさやかに杏子は痛烈な手刀を脳天に叩き込む。
その場に蹲るさやかに冷ややかな視線を向けつつ、杏子は桃色の髪の少女に向き直る。

杏子『ところでアンタ、さっきに迎えに、とか言ってたけど、あれはつまり……』

???『うん、そういう事なんだ。 私は二人をあの世界に送る為に迎えに来たの』

そう言って寂しげに微笑む桃色の髪の少女に対し、さやかは「そっか……」と言いつつ、ため息を漏らし、杏子は訝しげな顔で更に尋ねた。

杏子『ちょっと待て、アンタ今、“二人”って言ったよな? じゃあ、あっちのさやかはどうなるんだ?』


454 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:46:18.77 T+KBN3p90 235/396


さやか『あっちのあたし……? って、うわっ!? あっちにもあたしが居る!?』

さやかが振り返った先、正確には先ほどまで二人が手を取り合っていた場所に、もう一人の少女が居た。
短く切られた青い髪から顔立ちまで、さやかと瓜二つでありながら、下半身が人魚のような尾びれという決定的な違いを持つ少女。

最初に気付いた時は、杏子もぎょっとしたが、落ち着いて考えてみれば彼女が何者なのかすぐに分かった。

杏子『あれ、魔女になったさやかだよな? あっちのさやかも連れて行く事は出来ないのか?』

尋ねる杏子に、桃色の髪の少女は小さく首を横に振る。
それはつまり、不可能か拒絶を示していた。

???『ゴメンね。 私の力で救えるのは“魔法少女”だけなの。 魔女のさやかちゃんには悪いけどここでこのまま消えて……』

杏子『んなバカな話あるかよ!』

???『っ!?』

桃色の髪の少女の答えが終わりきる前に、杏子は怒気に満ちた声を上げていた。
桃色の髪の少女が縮こまるのも気にせず、杏子は言葉を続ける。

杏子『アタシはさやかを一人ぼっちにしたままあの世なんか行くつもりはねーからな。
   悪いけどさやか、先に―――と行っててくれ。 アタシはあっちのさやかに最後まで付き添ってから行くから』

さやか『杏子…………、うん、分かった。先に行ってる。 それと、ゴメン、本当に最後まで手間掛けちゃって……』

???『本当にいいんだね? 杏子ちゃん』

片やすまなさそうに、片や念を押すように声をかけてくる二人に、杏子は笑って答えた。

杏子『良いんだよ。これはアタシが決めた事なんだから……。 付き添いが終わったらそっちに行くから待ってろ』



―――――――――――――― 8月14日 ―――――――――――――――――
――――――――――― 【幻惑の魔法少女】 @ 守矢神社 ―――――――――――

杏子「…………んぁ?」

差し込む日差しと小鳥のさえずりで目を覚ました杏子は布団からのそりと起き上がる。
寝ぼけ眼を擦りつつ、周囲を見ると、そこは昨日借りた守矢神社の大部屋で、
隣を見れば未だに寝息を立てているほむらやマミ、クリームヒルトやオクタヴィアの姿があった。

杏子「……なんだ、夢か……」

そう呟きつつ、やけにリアルな夢だったな。とも思う。
まるでどこかで一度経験した事をそのまま思い返しているだけなのではと思えるほど、鮮明な夢だった。

さやかと一緒にあの世に招かれかけてたり、昨日初めて会ったばかりのまどかと似た少女とやけに親しそうに話していたり、
色々辻褄の合わないと言うか、矛盾点の多い夢ではあったのだが……

杏子「まぁ、夢なんてそんなもんか……」

そう呟きつつ、それでも杏子は納得することが出来なかった。




455 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:49:23.53 T+KBN3p90 236/396

――――――――――― 【救済の魔女】 @ 守矢神社 ―――――――――――

クリームヒルト「昨日はなに考えてたんだろう……。ほむらちゃんたちが帰るか帰らないかなんて、私が考えても仕方ない事なのに……」

一晩寝て起きて、私自身、だいぶ落ち着けたようで、昨日感じた不安や焦燥感はかなり薄らいでいた。
冷静になった途端、昨日の考えや行動が身勝手なものに思えてきて、私は朝から猛烈な自己嫌悪に苛まれる。


       『だからこそ、私たちで守らないといけないのよ。 それが出来るのは、元の世界では私たちしか居ないのだから……』


昨日の夜、マミさんたちとそう話すほむらちゃんは使命感に燃えていて……、
邪魔しちゃいけない事なんだとこっそり覗いていた私にも分かった。

クリームヒルト「ほむらちゃんたちが戻らないとパパやママ、タツヤや見滝原の皆も危ないし、私一人のワガママで引き留めるのは……」

???「…………トさん。……クリームヒルトさん!」

クリームヒルト「!?」

私を呼ぶ声に我に返ると、心配そうにこちらを覗き込む早苗さんの姿があった。

クリームヒルト「さ、早苗さん!? いつの間に……」

早苗「いつの間にも何も、ちょっと前から声をかけてましたよ……。 何かあったんですか?やけにぼーっとしてましたけど……」

クリームヒルト「い、いえ、なんでもないです。 寝起きで少し寝惚けてただけですから……」

早苗「そうなんですか? それなら別にいいんですけど……」

私のとっさの言い訳に早苗さんは訝しげな顔をしたけど、それでも納得してくれたようだ。
朝ごはんの準備をすると言う早苗さんと別れ、私は大部屋に戻る。

クリームヒルト「そうだよ。あんなことをしちゃった私の事も『大切な友達だ』って言って貰えるだけで、私は十分嬉しかったし、欲張っちゃいけないよね……」

ほむらちゃんに友達だと言って貰えたし、マミさんたちだって私を受け入れてくれた。
これ以上の他の人を巻き込んで、自身の幸せを望むのはバチが当たるような気がする。

クリームヒルト「よし、ほむらちゃんたちがちゃんと帰れるよう、全力でサポートするぞー!」

私は固く決意するように握りしめた拳を高く振り上げた。
固くつき固めた決意に、ものの数時間でヒビが入るなど、このときの私は知る由もなかった。




456 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:51:58.93 T+KBN3p90 237/396

――――――― 【救済の魔女と焔の魔法少女+α】 @ 博麗神社 ―――――――

クリームヒルト「えっ? 紫さん今居ないんですか?」

霊夢「そうなのよ。 ちょっと前にどっか行っちゃってね。 今は連絡すら取れないのよ」

お昼前、幻想郷と外の世界との丁度境界に位置する博麗神社を訪れた私たちを待っていたのは、そんな返答だった。
「幻想入りの対応なんですけど……」と申し出た途端、霊夢さんが面倒くさそうな顔をしたので嫌な予感はしていたのだけど、悪いタイミングで訪れてしまったようだ。

霊夢「それにしても盆の時期に知り合いが幻想入りしてくれるなんて、変なめぐり合わせもあったもんね」

クリームヒルト「ティヒヒヒ……、ホントだね……」

ほむら「冗談だとしたら出来すぎよね……」

不機嫌さを隠そうとしない霊夢さんに、私とほむらちゃんが一緒に対応していると、
視界の隅で、疑問符を浮かべたマミさんたちがひそひそと会話しているのが見えた。


マミ「どう言うことなの?」

早苗「えっとですね、ここは確かに外の世界との境目なんですけど、結界を開け閉めしようと思ったら、結界の管理をしてる妖怪の力が必要なんですよ」

アリス「八雲紫って言ってね。境界を操る胡散臭い妖怪よ。
    こういう場合じゃなきゃあんまり関わりたくない相手なんだけど……、肝心な時に居ないのよね」

マミ「その妖怪が今は居ないからなにも出来ないと、そう言う事なのね」

早苗さんとアリスさんの説明を受けて事情を察したのか、マミさんはため息をつきながらがっくりと肩を落とした。
そんなマミさんの腕の中でぬいぐるみ形態で抱かれているシャルロッテちゃんが、慰めるように言う。

シャルロッテ「元気だしてよマミ……。ほら、今帰れてもキョーコだけ置いてく事になるし、みんなで一緒に帰る為と思えば……」

今この場に居るのは私とほむらちゃん、マミさんにシャルロッテちゃん、それと付き添いとしてついて来たアリスさんと早苗さんの六人だけだ。
杏子ちゃんは相変わらずミスティアさんの屋台(仮)で賠償労働の真っ最中で、オクタヴィアちゃんや魔理沙さんはソレを冷やかしに行っている。

マミ「ありがとう、シャルちゃん。心配しなくても私は大丈夫よ。 もともと今日は話だけでも聞いておきたかっただけだから……」

シャルロッテ「わわっ!?マミ、撫でないで……恥ずかしいよぉ……」

早苗「なにこのカワイイ生き物……」

アリス「早苗、鼻血出てるわよ……」


背後で、漫才のような微笑ましい会話が繰り広げられていたのだけど、気にしていると話が進まないので、私は霊夢さんの方に向き直る。

457 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:54:38.48 T+KBN3p90 238/396


クリームヒルト「それで、紫さんはどちらに?」

霊夢「さぁ? なんか厄介な神様が来るとか良く分からない事を言ってたけど……」

クリームヒルト「神さま?」

鸚鵡返しに聞き返した私は、次の瞬間、霊夢さんが呟いた言葉に思わず息を呑んだ。

霊夢「ええ、えっと、確か……エンカクだかネンカンだとか言ってた気がするわ」

クリームヒルト「っ!?」

うろ覚えなのか、いまいちハッキリしない、歯切れの悪い返事だったけど、私には何の事を言っているのか、瞬時に分かってしまった。
私たち魔女や、ほむらちゃんたち今の魔法少女たちに良く知られた存在であり、全世界を救ったもう一人の“私”の事を指す言葉。

ほむら「…………もしかして、円環?」

霊夢「そう!確かソイツよ。 なに?アンタたちの知り合いな訳?」

この言葉が決定的となった。
円環の理――それは、私たち魔女の呪いを人の世に広めない為に魔女になる前に魔法少女を導く、
魔法少女たちにとっての希望となった“鹿目まどか”に付けられた通称。

クリームヒルト「えっと……その……」

その言葉が、霊夢さんの口から漏れた事に私が口ごもっていると、ほむらちゃんが代わりに補足する。

ほむら「私たちの界隈で語り継がれてる神さまよ。 たぶん、私たちを探してるんだと思うわ……」

霊夢「ふーん、随分と親身な神様が居るのね。 まぁ、私としてはどうでも良いんだけど……」

霊夢さんは紫さんが動くほどの神さまが、何故ほむらちゃんたちの捜索、などと言う不相応な行動を取っているのか、不思議で仕方が無いらしい。
だけど、私はそんな霊夢さんよりもほむらちゃんの方が気になって仕方がなかった。
ほむらちゃんは“概念になった私”の話が出た途端、色めき立つように目を光らせていたから。

ほむらちゃんにとって概念の私が特別な存在である事は私自身、十分分かっているつもりだ。
長い間、あの一ヶ月間を繰り返し続け、苦しみ続けたほむらちゃんにとって、最後の最後で助けてくれた人なのだから当たり前だろう。

対する私は、ほむらちゃんが救えなかった“鹿目まどか”の一人でしかない。
そう思い始めると、ほむらちゃんにとって私と言う存在は大したものではなかったのではないか?と言う疑念が沸き上がってくる。

458 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:57:14.15 T+KBN3p90 239/396


クリームヒルト(ほむらちゃんにとって本当に大切なのは概念の私の事で、私はその代わりでしかないんじゃ……って、私、なにを考えてるの!?)

疑念がほむらちゃんへの不信感になりつつある事に気が付き、私は慌ててその考えを振り払う。

私は、これ以上動揺をほむらちゃんに悟られない様に、意外な話題だったから少し驚いただけだと、
周りにも、私自身にも思い込ませるように、努めて冷静に、いつも通りの口調で、霊夢さんに尋ねた。

クリームヒルト「それで、紫さんは何時ごろ戻られるんですか?」

霊夢「少なくとも今日中は無理、って言ってたわ。 来るなら明日以降にして頂戴」

明日以降……。
紫さんが概念の私にどう対応するのか、全く検討もつかないけど、早ければ明日には概念の私がほむらちゃんたちを迎えに来ると言う事。

クリームヒルト「明日以降ですか……。分かりました。それじゃあ紫さんが戻られたら宜しくと伝えておいて下さい」

霊夢「アンタがアイツにそんな畏まる必要なんてないわよ。 一応会ったら伝えとくけど……」

世界を守ると言う責務を背負っているほむらちゃんたちからすれば、早くも明日には帰れると言うのは喜ばしい事実だ。
更に、概念の私もこっちに向かってきているとなれば、ほむらちゃんにとってこれ以上ないくらい嬉しい事である筈……。

クリームヒルト「お願いします。霊夢さん」

だけど、私はその喜ばしい事実を……。

クリームヒルト「良かったねほむらちゃん。明日にはなんとかなりそうだよ」

ほむら「そ、そうね……色々ありがとう、まどか……」

その事実を、心から喜ぶ事は、出来なかった。




459 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 21:59:43.33 T+KBN3p90 240/396

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ほむら(さっきのまどか、笑顔が妙に痛々しいと言うか、無理に笑っているような感じだったわね……。
    やっぱりもう一人のまどかの事を気にしているのかしら?)

博麗神社からの帰り道、マミやアリスたちと談笑しているクリームヒルトを目で追いつつ、ほむらは一人考える。
もし、クリームヒルトの懸案事項が、もう一人のまどかの事であるなら、ほむらに出来ることはほとんどない。
それはクリームヒルト自身が踏ん切りをつける以外、手がないからだ。
だがしかし……

ほむら(いえ、それだけじゃない筈よ。 思い返してみれば昨日から少し変だったし……)

様子がおかしくなったのは、昨日の夕食以降の事だ。
それまでほむらとの再会や、マミと杏子が、初対面である筈のクリームヒルトを普通に受け入れてくれた事を、
純粋に喜んでいたクリームヒルトが、一転してよそよそしくなったのだ。

ほむらやマミたちに今さら気後れを感じた訳ではないだろう。
守矢神社で誰かに何かを吹き込まれた可能性はあるが、ほむらの知る限り、悪意をもってそんな事をしそうな人物は居なかった。
むしろ、同じ郷に住む者として良くしてもらっている印象の方が強い。

ほむら(私たちが帰る事になって寂しくなったのかしら?)

胸のうちを、それも『寂しい』などと打ち明けるのを恥ずかしがっているのだろうか?
或いは人間だった頃と変わらない優しさをもったクリームヒルトの事、ほむらに遠慮して言えなかったのかもしれない。

ほむら(私もまどかとずっと一緒に居たい。 そう言えれば、言い切ることが出来れば、良かったのだけど……)

だが、その言葉を言う事はほむらには出来なかった。
昨日のマミたちとの会話で、現世に戻って戦い続ける事が、現世だけでなく幻想郷を守る事に繋がると言う事を強く実感していたから。
一度は守れなかったまどか――クリームヒルトが居るこの世界を守れるなら、その力があるのなら、ほむらは今度こそ、守り通したかったのだ。
それが、クリームヒルトへの贖罪になると思ったし、あの日立てた誓いを裏切る事にもならない。

ほむら(ここに居るまどかも、あのまどかも、私にとってはどちらも同じくらい大切なの。
    大切だからこそ離れなくちゃならない……私のこんな我侭、まどかは受け入れてくれるのかしら……?)

ほむらとしては、これからもあくまでまどかを守る魔法少女として生きて行くつもりであった。
その思いが、クリームヒルトに不安と勘違いを巻き起こしている事にほむらが気付くのは、色々と取り返しがつかなくなった後の事だった。




460 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 22:05:48.24 T+KBN3p90 241/396

――――――― 【人魚の魔女と幻惑の魔法少女+α】 @ 霧雨魔法店 ―――――――

魔法の森にある、霧雨魔法店。
立地条件が悪すぎて普段は閑古鳥が鳴いている店ナンバーワンなこの場所だが、今日は歓声が響いていた。

オクタヴィア「ちょっと杏子、この鰻焦げてるよー」

霧雨魔法店の店先に臨時に設けられた仮店舗のカウンターで、鰻の串焼きを食べていたオクタヴィアだが、
急に眉を顰めたかと思うと、串焼きのうちの一本を杏子に突き出す。

杏子「あー? ほんのちょっとじゃねぇか、それくらいなんとも……」

ミスティア「杏子、焼いてる時は手元をしっかり見なさい。 焦げた串焼き量産するつもり?」

杏子「誰が好き好んでそんな事するんだよ!? ちゃんと焼けばいいんだろ、焼けば!?」

突き出された串焼きを見やり、手元から目を離した杏子にすかさずミスティアの注意が飛ぶ。
先にクレームをつけたオクタヴィアと共にニヤニヤしている辺り、おちょくる為の注意なのは明白だ。

が、現状、杏子には従う以外に手は無かった。
オクタヴィアはこの場では『お客』だし、ミスティアは『雇い主』だった。
今の杏子の立場はこの中では底辺なのだ。

ミスティア「ん~、大体焼き加減はそんなものかな~。 杏子、ここちょっと任せるよ。 私、買い物行ってくるから」

杏子「はいはい、任されてやるからとっとと行って来いよ」

杏子はせめてもの嫌味を込めて、買い物籠を取り出したミスティアを見やることなく、手で追い払う仕草をしてみせる。
今はまた新しい串焼きを作っている最中なので、目を離せばまたツッコまれるからだ。

オクタヴィア「じゃあ、あたしが監視役しといてあげる」

杏子「お前は帰れ。 一体何時間粘……」

ミスティア「うん、それじゃあオクタヴィア、見張りは頼んだよ~」

杏子の言葉を遮ってミスティアがオクタヴィアの申し出を許可する。
公認を貰えた形となったオクタヴィアは、玩具を見つけた子供の様な笑みを杏子に向けた。

杏子「……勝手にしろよ」

オクタヴィア「うん、そうさせてもらう」

ミスティアが買い物に出てしまうと、仮店舗は一転して静かになった。
店先を貸している魔理沙は、出かけると言ってだいぶ前に出て行ったので、今この場には杏子とオクタヴィアの二人しか居ない。

461 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 22:09:12.35 T+KBN3p90 242/396


串焼きを焼く音と、時折吹く風の音が、暫し辺りを包み込み……、そこに杏子の呟きにも似た声が溶け込んだ。

杏子「なぁさやか、一つ聞いてもいいか?」

オクタヴィア「何よ?」

杏子「さやかの居た世界のアタシってさ、どんなヤツだったんだ?」

予想外の質問に、オクタヴィアは杏子を見た。
急に視線を向けられた杏子はばつが悪そうに目線を逸らす。

杏子「いや、深い意味はないんだ。 ちょっと気になっただけで……」

もちろんそれはウソだった。
杏子は今朝の夢の事がどうにも気になってしまい、確認せずには居られなくなってしまったのだ。
杏子の考えが正しければあの夢はおそらく……

杏子が思案をめぐらせる横で、オクタヴィアはカウンター席に座ったまま空を見上げると、ぽつりと答えた。

オクタヴィア「……アンタと大して変わらないよ。 意地っ張りで素直じゃなくて……」

杏子「悪かったな、素直じゃなくて……」

オクタヴィア「でも、他人を放っておけない優しいところもあって……」

杏子「ばっ!? さやかお前何言って……」

不意打ちの様な言葉をかけられ、杏子の顔が瞬く間に赤くなる。
顔を真っ赤にしながら、オクタヴィアの方を見た杏子は……、オクタヴィアが寂しげな笑みを浮かべている事に気が付き、言葉を失う。

オクタヴィア「あたしの世界の杏子はさ。 呪いに呑まれて化け物になったあたしを何とか救おうとして、死んじゃったんだ……」

杏子「!」

オクタヴィアは泣き笑いと言った感じの表情で、話を続ける。

オクタヴィア「バカだよね。 とっとと倒しちゃうか逃げちゃえば良かったのに、
       最期はあたしを一人ぼっちにしたくないから、って言ってあたし諸共自爆して……、気付いたらあたしはここに居た」

462 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/08 22:14:49.96 T+KBN3p90 243/396


杏子「…………」

オクタヴィア「幻想郷(ここ)で目覚めた時、杏子の姿はどこにもなかった。
       でも目覚める直前にさ、あたし、杏子の言葉を聞いたような気がしたんだ」


         『仲間の所まで連れてきてやったぞ。 アタシが付き添えるのはここまでだけど、寂しがるんじゃねーぞ』


オクタヴィア「その内会いに行ってやる、とも言ってたかな? そしたら平行世界の杏子(アンタ)が来た、って訳。
       偶然なんだろうけど、これも不器用なアイツが起こした奇跡だったのかな、ってあたしは思ってる。
       だから、訳が分からないと思うけど、言わせて……」

そこまで言ってから、オクタヴィアは杏子の方に改めて向き直る。
その表情は寂しげな笑みでも、泣き笑いでもなく、優しい笑顔だった。

オクタヴィア「あたしを助けてくれて、ありがとう……」

杏子「……バカ野郎。 そういう事はお前の世界のアタシに言えよ。 お前の世界のアタシが、約束通りさやかに会いに来た時にさ……」

オクタヴィア「あはは、そうだよねー。 本人に言ってやらなきゃ意味ないよねー」

まあ、会ったらまずは思いっきりぶん殴ってやるけど、と言いつつ苦笑するオクタヴィアはいつもの調子に戻っていた。
これでこの話はおしまいだ、と言うように……。

杏子も、それ以上話を聞こうとはしなかった。
オクタヴィアの話を聞いて、考えなくてはならない事が出来てしまったからだ。

杏子(一人ぼっちにしたくない、か……。 アタシは何処の世界に行ってもアタシなんだな……)

杏子の脳裏に浮かぶのは今朝の夢と二ヶ月前に消えていった、元の世界のさやかの事。
今朝の夢は間違いなく、オクタヴィアが辿ってきた世界の杏子の記憶だ。

あの世界の杏子は、魔法少女として死を迎えたさやかと、魔女として死んださやか、
二人を見捨てる事が出来ず、最後まで現世に残ったのだろう。

いくら違う世界の事とは言え、あんな自分自身の姿を見てしまった以上、
今すぐ如何こう、と言う訳ではないが、杏子としては彼女の事を…………

杏子「やっぱり一人には出来ないよなぁ……」

誰にも聞こえないくらい、小さな声で杏子は呟いた。
それが杏子の答えであり、決意だった。




469 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:16:10.79 pdfcKQAW0 244/396

―――――――――― 【焔な魔法少女】 @ 人里の繁華街 ――――――――――

ほむら(結局、あの後はまどかとまともに会話も出来なかったわね……)

???「おや? ほむらじゃないか。 博麗神社へ行ったんじゃなかったのかい?」

今夜以降分の買出しに行くと言うクリームヒルトたちと一旦別れ、人里をぶらぶら歩いていたほむらは、背後から声をかけられ振り返った。
振り返った先に居たのは赤毛三つ編みの猫耳少女、お燐と、白黒装束の魔法使い、魔理沙の二人だった。

ほむら「あらお燐と魔理沙じゃない。 ……担当の者が居ないからまた日を改めて、だそうよ」

ほむらの言葉で、大体の事情を察したお燐と魔理沙は小さく苦笑する。

魔理沙「成る程な。 それじゃあどうしようもないな」

ほむら「それよりお燐は別に良いとして……、魔理沙、貴女はオクタヴィアと一緒に杏子の所について行ったんじゃなかったの?」

魔理沙「あ~、最初は面白そうだと思ってついて行ったんだけどな。 普通の営業と大差なかったんで抜けてきたんだ」

家を荒らすような連中でもないし、見てる必要性も無かったからな。 と言いつつ魔理沙は肩をすくめる。
面白いか否かで動けば良いと言うものではない気もしたが、これが彼女の性分なのだろうとほむらは勝手に納得する。

魔理沙「で、ほむらはなんでそんな辛気臭い顔して人里をほっつき歩いてるんだ?」

ほむら「えっ?」

魔理沙「顔に書いてあるぞ。 私悩んでます。って……。なぁ?」

お燐「確かに、顔見りゃ一目で分かるねぇ……」

魔理沙が同意を求めると、お燐もすぐさま頷いた。 どうやら本当に表情に出ていたようだ。

ほむら(さて、この場合、どうしたらいいのかしら?)

個人的な事ならまだしも、クリームヒルトも絡む話だ。
果たして本当にぶちまけてしまって良いのか判断に困るところなのだが……。

ほむらはチラリとお燐と魔理沙を見た。
お燐はこちらを待っている様子だったが、魔理沙は口元をニヤつかせながら、こちらを見ている。
ほむらがどう返してくるか、明らかに待ち構えている形だ。

ほむら(お燐は兎も角、魔理沙は見逃してくれる気はなさそうね……。 そうなると……)

適度にお茶を濁しつつ、二人の意見を聞くだけ聞いてみるのはどうだろうか?
参考程度に聞いてみるのも一つの手かもしれない。

ほむら「……二人に一つ聞きたいのだけど、
    『大切でなんとしても守りたい人が居たとして、守ろうと思ったら、大切な人と離れなくてはならない』 
    そんな状態になったとき、二人ならどうする? どうするのが最良だと思う?」

魔理沙「なんだそりゃ? 戦場かどっかにでも行く兵隊の話か?」

ほむら「まぁ、そんなものだと思って頂戴」

実際はもっと身近で、もっと危険で、もっと根本的なモノを守りに行く話なのだが、
そこまで打ち明ける気はほむらには無いので、そう思ってもらった方が都合が良い。


470 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:21:04.71 pdfcKQAW0 245/396


お燐「それは守りたい人のそばに居たままじゃ出来ない事なのかい?」

ほむら「そうよ。 守る力は持っているけど、それを行使して実際に守るには離れないといけないの。
   守りたい人は表向きは選択を尊重してくれるだろうけど、実際には寂しい思いをさせてしまうのよ……」

お燐「つまり、出来れば泣かせたくない、でも守りたい、そう言う事かい?」

ほむら「そんな都合の良い手段があるなら、ね……」

半ば諦めを滲ませた声で答えつつ、ほむらはそこで言葉を切る。
さて、どんな答えが返ってくることやら……。

魔理沙「ん~、難しい質問だな。敢えて言うなら守りたいって気持ちが強いなら離れるしかないんじゃないか?」

ほむら「そうよね……。やっぱりそうなるわよね……」

予想通りの答えに、聞くだけ無駄だったかな、と思っていると、ほむらの耳に魔理沙の真剣な声が響く。

魔理沙「ただし、その大切な人、ってヤツとよーく話し合ってからだな」

ほむら「えっ……?」

魔理沙「そいつの意思が固いならそうすればいい。
    だけど待たせる相手が居るなら相手にしっかり考えを打ち明けて、きちんと分かり合う必要があると思うぜ」

じゃないと変な勘違いをさせちまうしな。 と言う魔理沙にお燐も頷く。

お燐「うん、魔理沙の言う通りだね。 決めるのは自由だけど、相談だけはしっかりすべきだと思うよ」

二人に言われて、ほむらはいつの間にか自分が受身の態勢になっていた事に気が付いた。
クリームヒルトの気持ちを推し量る事はあっても、自らの考えを積極的に打ち明けようとはしなかった。
自分の我侭を押し付けるみたいで、何となく気が引けたからだ。

だが、何も知らせず、自分で抱え込んだまま話を進めると言う事は、ほむら自身の経験に当てはめてもやってはいけない悪手だ。
知らないうちにその愚を再び犯しかけていた事に気が付き、ほむらは自身の浅はかさを恥じる。

ほむら「ありがとう。 二人のお陰で最悪の選択肢だけは免れたわ」

ふっと微笑んでみせつつ、ほむらは踵を返した。
まずはきちんと話し合ってこよう。
クリームヒルトが簡単に納得してくれるとは思えないが、それでもきちんと話し合おう。


人ごみへと紛れて行くほむらを見送りつつ、魔理沙とお燐は同時にため息をついた。

お燐「行き先は……あのお嬢ちゃんの所かねぇ?」

魔理沙「それ以外に無いだろ?
    ……まったく、こっちに来た頃の早苗といい、クリームヒルトといい、最近まで外に居たヤツは面倒くさいヤツしか居ないな」

お燐「魔理沙に関してはちょっと考えてから動いた方が良いとあたいは思うよ」





471 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:28:17.14 pdfcKQAW0 246/396

――――――――――― 【救済の魔女】 @ 人里の外れ ―――――――――――

クリームヒルト「はぁ…………」

買い物籠を片手に、人里を歩いていた私は足を止めると、ため息をついた。
人里の入り口でほむらちゃんと別れた後、個人的に買う物がある、と言ってマミさんたちとも別れた為、
人通りの少ないこの場所で、ため息をつく私を気にする人は誰一人としていない。

クリームヒルト(ほむらちゃん、何か気付いた風だったけど、結局話も出来なかったなぁ……)

思い出すのは別れ際のほむらちゃんの心配するような表情。
内なる葛藤を悟られないようにと、なるべく自然に振舞ったつもりだったけど、
それでもほむらちゃんは私の様子がおかしいことに気が付いたようだった。

けれど、ほむらちゃんは声をかけてくる事はなかった。 と言う事はつまり、ほむらちゃんは……

クリームヒルト(やっぱり私は“概念の私”の代わりなのかな……。 ほむらちゃんにとって大切なのは、一番なのは“概念の私”なんだろうな……)

黙って一人で歩いていると、人通りの少なさも相まって余計に塞ぎこんでくる。
ついつい思考もネガティブなものになり、悲嘆が妬みを帯びてきたその時だった。
あの声が聞こえてきたのは……


――なら、一番にしちゃえばいいじゃん。


クリームヒルト「えっ?」

突然聞こえた声に、私は思わず顔をあげる。
けど、いくら見回しても、私に話し掛けている人など一人もいなかった。 と言うか人影一つ見当たらなかった。

それはそうなのかもしれない。 だって、今聞こえた声は……


――本当は寂しいんでしょ? ほむらちゃんが私を通して“概念の私”を見ているのが……


クリームヒルト「や、やめて……」

私は首を振って耳を塞ぐ。
声が聞こえる度に私の中にどす黒い感情が沸き上がり、その感情はマグマのように流れ出して私の心を覆いつくし始める。


――悔しいんでしょ?妬ましいんでしょ? なら、無理矢理一番にしちゃえばいいじゃん。


耳を塞いだのに、声はそれでも聞こえてきた。
それじゃあやっぱり、聞こえてくるこの声は……

クリームヒルト「お願いだから止めて! これ以上私に変な気を起こさせないで!」


――変な気? 何を言ってるの? すでに起こしてるじゃない。だって私は……


この声は間違いなく……


――他ならない貴女自身、クリームヒルトなんだからね?


クリームヒルト「あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

その言葉を聞いた瞬間、私の中でなにかが弾けたような、そんな気がした……。




472 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:30:56.93 pdfcKQAW0 247/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ほむら「あら、あんなところに居たわ。 一人で何をしているのかしら? ボーっとしているようだけど……。 まどか! 何をしてるの?」

クリームヒルト「…………」

魔理沙たちから助言を得たほむらは、人里の外れでようやくクリームヒルトの姿を見つけ、声をかけた。
が、クリームヒルトは突っ立ったままピクリとも動かない。

不審に思ったほむらは、クリームヒルトに近づきながら、再度声をかける。

ほむら「まどか? ……まどか、どうしたの?」

クリームヒルト「あっ、ほむらちゃん。 どうしたの?」

手の触れられる距離まで近づいた時になって、ようやく振り返ったクリームヒルトは……、笑顔だった。

ほむら「?」

その時、クリームヒルトの笑顔を見たほむらは、妙な違和感を感じた。
一見するといつもと変わらない笑顔なのだが、どことなく影があると言うか、冷酷と言うか、とにかく冷たい笑顔のような気がしたのだ。

あまりの違和感に、ほむらの中に一瞬、警戒心が芽生えるが、気のせいだろうと振り払う。

ほむら「えっと、貴女に話したい事があるのだけど……」

クリームヒルト「そうなんだ。 それじゃあまずは……」


――場所、変えよっか?


ほむら「えっ? ……かはっ!!」

その時、ほむらは何が起こったのか分からなかった。
クリームヒルトが、普段の彼女なら絶対しないような微笑みを――口元を醜いまでに吊り上げてみせたかと思うと、
手元に生成した魔力弾をほむら目掛けて放ったのだ。

至近距離からの不意討ちだった為、ほむらはもろに魔力弾の直撃をくらう事となった。
相手がクリームヒルトであり、なおかつ抱いた警戒心すら切り捨てた直後だった事もあって、ほむらは受身すらとることも出来ずにその場に崩れ落ちる。


473 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:35:10.80 pdfcKQAW0 248/396


ほむら「……ま、まど……か? 一体、何……を…………」

クリームヒルト「ティヒヒ、ほむらちゃん、私たち、ずっと一緒だからね?」

ほむら「くっ……まど……か…………」

明らかにおかしいと分かる邪悪な笑みをクリームヒルトが浮かべているのを、霞ゆく視界の中で見ながら、ほむらは自らの意識を手放した。

クリームヒルト「…………」

ほむらが気を失ったのを確認すると、クリームヒルトは小さな結界を作り、その中にほむらを寝かせる。
ほむらの入った結界は宙に浮く球形の檻となり、ほむらを拘束する。

クリームヒルト「ティヒヒ……、それじゃ、行こうか……」



ミスティア「……ちょっと、なんなのよ。 何がどうなってるの?」

ほむらを閉じ込めた結界と共に人里を出て行くクリームヒルトの後ろ姿を、建物の影から見つめながら、ミスティアは思わず呟いた。
買い物を終え、仮店舗に帰ろうとしていたミスティアは偶然にもクリームヒルトがほむらを襲う様を目撃してしまったのだ。

ミスティア「アレが噂の“やんでれ”なのかしら? あの子はそんな事するような子には見えなかったけど……、
      って、こんな事してる場合じゃないわ! 早く誰かに知らせないと!」

一瞬、現実逃避しかけたミスティアだったが、それでも判断は早かった。
あの様子から見て、今この場でミスティアがほむらの救出を図るのは無謀だろう。
追跡して、居場所を特定するのも一瞬だけ考えたが、気付かれてしまったら終わりだ。

そこでミスティアは、通報役に徹する事にした。
今の二人の話なら、杏子やマミたち魔法少女や、オクタヴィアやシャルロッテをはじめとする魔女一同、
それに魔理沙や人形遣い、守矢の巫女あたりの有力者の協力がすんなり得られると踏んだからである。

ミスティアは助っ人を集めている間に事態が最悪のものにならない事を祈りつつ、人里の繁華街へと引き返していった。




474 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:42:30.20 pdfcKQAW0 249/396

――――――――― 【現代っ子現人神】 @ 人里の繁華街 ―――――――――

早苗「あれ? あそこに居るのは……、雛さまと地底の橋姫さん……?」

早苗がその珍しい組み合わせを見つけたのは買い物を終えた直後の事だった。
組み合わせもさることながら、人里に居る事自体が珍しかったので、早苗は二人のもとに行ってみる事にした。

早苗「雛さまにパルスィさんじゃないですか、どうかしたんですか?」

「あら、守矢の巫女さん、こんにちは」

パルスィ「雛だけさま付けとか……妬ましいわね」

雛と一緒に居たのは、普段は地底の入り口で番人をしている水橋パルスィだった。
声をかけて早々、妙な嫉妬心に駆られているようだが、これが彼女にとっては普通なので無視する。

早苗「組み合わせもそうですけど、人里にお二人が居るのって珍しいですね」

パルスィ「私が人里に居ちゃ悪いのかしら?」

「実はね、流してる途中の厄が逃げちゃったのよ」

早苗「えっ!? 逃げた!?」

心底困ったと言う風に、深いため息をつきながら話す雛の言葉に早苗は目を丸くした。
流している最中の厄は、取り憑くと不幸を振り撒く厄介な代物だ。
それだけでも十分危険なのだが……

パルスィ「しかもその厄、私の能力の影響で嫉妬心を煽る能力も持っちゃったのよね……。 ああ、妬ましい」

早苗「なにその混ぜるな危険」

あまりにもヤバすぎる事態に、早苗の言葉も棒読みになる。
パルスィ自体は、むやみやたらに能力を使うことなどしないのだが、純粋な不幸の塊でしかない厄がそんな配慮をする訳がない。
危険度は極めて高いと言っても良いだろう。

「それで、誰かに取り憑く前に、と後を追ってきたのだけど……」

パルスィ「人里近くで厄の気配が途切れたのよね……」

早苗「えっ? それってまさか……」

厄を感知できる雛にも行方が分からなくなってしまった。と言うことは……
嫌な予感に襲われた早苗に雛たちは小さく頷く事で、その予感が正しい事を肯定する。

「誰かに取り憑いちゃったみたいなのよね。人里に居る誰かに……」




475 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:47:31.61 pdfcKQAW0 250/396

――― 【ドキッ!金髪だらけの魔法使いと魔法少女+α】 @ 人里の繁華街 ―――

マミ「えっ? 鹿目さんが暁美さんを襲って連れ去った!?」

休憩していたお茶屋さんに息を切らせて駆け込んできた夜雀の話を聞き、マミはこれ以上無いと言うほど驚いた。
昨日初めて会った相手ではあるが、クリームヒルトがとてもいい子だと言うのは、会った人みんなが話していたし、
何よりマミ自身、昨日実際に何度か話をして、優しい子だと言う印象を抱いている。

さっきまで一緒に行動していたマミからすると、にわかに信じがたい話だった。

ミスティア「そうなのよ! なんか様子が変だな、と思ってたら、いきなり弾幕をぶち込んで気絶させて……!」

アリス「ちょっと待ちなさい。 あのほむら、って子はクリームヒルトの親友でしょ? 親友相手にあの子がそんな事をする訳が……」

早苗「皆さーん! 大変なんですーっ!!」

ウソか冗談でしょ? と言うようにアリスが声を上げたその時、ミスティア以上に顔を青くした早苗が飛び込んできた。
絶える間どころか、話すら終わる前に持ち込まれた新たな厄介事に、その場に居た全員の顔が険しくなる。

シャルロッテ「どうしたの早苗? 顔が真っ青だよ?」

早苗「そ、それがですね。ちょっと洒落にならない事態が発生しまして……」

アリス「こっちも現在進行形で洒落にならない事が起こってるわ」

この場に居る全員の苛立ちを代表するようにアリスがぼやいたが、次の瞬間、その表情は一変した。

早苗「雛さまが祓っていた厄の塊が、この人里に居る誰かに取り憑いちゃったんですよ!」

ミスティア「何だそんな事か……って、ええっ!? それって超マズいじゃん!!」

一瞬、さらっと流しかけて、事の重大さに気付いたミスティアは思わず目を剥いた。
話の内容が良く分からなかったマミ以外の全員が、早苗の周りを取り囲む。

アリス「ちょっと早苗! それは一体どういうことなのよ!?」

思わずアリスが早苗に詰め寄ったその時、申し訳ないと言うように縮こまった雛が店に入って来た。

「……全部、私の不注意なの。 お盆でパルスィが遊びに来てくれたから、お茶でも、と思って気を抜いたら……」

パルスィ「厄流しの最中に訪ねた私の方が悪い、って何度も言ってるのにこの子は……妬ましいわね」

涙声で身体を震わせる雛を抱きかかえつつ、パルスィは深いため息をつく。
やるせない雰囲気が漂う中、話についてこれなかったマミがすまなさそうに小さく手を挙げる。

476 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:50:41.37 pdfcKQAW0 251/396


マミ「えっと、ゴメンなさい。 話が良く見えないのだけど……」

早苗「ああ、すいません。 えっと、マミさんは昨日の穢れ祓いの話を覚えてますか?
   あれで祓った穢れが浄化する前に逃げちゃった、って話なんです」

パルスィ「しかも私の影響を受けて、嫉妬心を煽る能力が付いちゃった厄介なのがね……」

早苗の解説にパルスィが全くありがたくない補足を加える。
が、その話を聞いて、アリスたちの脳裏にある仮説が浮かび上がる。

マミ「ちょっと待って、嫉妬心を煽るって言うその厄? に憑かれたら、その人はどうなるの?」

パルスィ「抱え込んでる鬱憤とかにもよるでしょうけど、嫉妬に狂いまくるのは間違いないわね。
     人間だろうと妖怪だろうと、普通なら精神を病んでしまうんじゃないかしら?」

精神を病むほどの嫉妬と聞いて、仮説は確信に変わる。
そんなモノに憑かれたのなら、信じがたい凶行にも説明がつく。

シャルロッテ「ねぇアリス、ミスティアが見た、ほむらを襲って拉致したクリームヒルトって、まさか……」

アリス「ええ、ほぼ間違いないわね。 まったく、厄介な事になったわよ。 これは……」

アリスが頭を押えながらため息をつき、今度は早苗たちが眉を顰める。
戸惑いと疑問符に支配されつつあった茶屋に、別の声が割り込んだのは、丁度そんな時の事だった。

???「その話、詳しく聞かせてくれないかしら?」

ミスティア「っ!? さ、西行寺幽々子!? 」

そんな声と共に、現れたのは蒼い衣の亡霊――幽々子だった。
個人的な事情も含めて、思わず声を上げたミスティアに、幽々子は視線すら向けることなく、アリスの前に立つ。

幽々子「今、厄が如何こうとか、クリームヒルトちゃんが如何こう、って言ってたわね? どういう事なのか、説明して頂戴」

そう問いかける幽々子の眼差しは真剣そのもので、その視線を真正面から受け止めたアリスは、小さく頷いた。

アリス「…………分かったわ。 最初から順を追って話すから、みんなも聞いて頂戴」




477 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 19:54:35.16 pdfcKQAW0 252/396

――――――― 【幻想の住人と現の魔法少女】 @ 博麗神社 ―――――――

霊夢「また厄介な事を引き起こしてくれちゃったわね……」

話を聞き終えた霊夢は、昼前に訪ねた時よりも不機嫌そうな顔で、そう呟いた。

あの後、幽々子を含む全員にクリームヒルトに起こった異変について話したアリスたちは、
事態を重く見た幽々子の提案により、霊夢を含む、今回の件に関わった幻想郷の全住人を集め、協力を要請したのだ。

杏子「でもよ、なんでまどかはほむらにそんな事をしたんだ? まどかがほむらに対して嫉妬を抱いているような様子は一切無かったぞ」

早苗「嫉妬の相手がほむらさんじゃないから、と言うのは考えられません?
   ミスティアさん曰く、「ずっと一緒」みたいな事を言っていたようですし……」

皆が一度は抱いた疑問を杏子が口にすると、早苗が推測ですけど……と付け足した上で答える。
その言葉に頷いたのは魔理沙とお燐だった。

魔理沙「たぶん、それは間違いないな。 私らはその直前にほむらと会ってるんだが、
    ほむらは自分たちが帰る事でクリームヒルトが寂しい思いをしてるんじゃないかと気にしていたからな。
    ほむらの懸念した通りだったわけだ」

マミ「そうなると鹿目さんが嫉妬していた相手って一体……」

オクタヴィア「…………もう一人のまどか、じゃないかな……?」

マミ「えっ?」

オクタヴィアの呟いた言葉に、マミと杏子は思わずオクタヴィアを見た。
オクタヴィアは視線が集まることを気にすることもなく、話を続ける。

オクタヴィア「マミさんや杏子が居た外の世界って、まどかが居ない世界なんですよね?」

マミ「え、ええ、でもそれが今の話とどんな関係が……」

オクタヴィアの質問にマミは小さく頷いた。
本当に世界中を探しても居ないのかどうかまでは分からないが、少なくともマミたちの周囲には『鹿目まどか』は存在していなかった。
それを確認する事が今、何の意味を持つのかマミにも、アリスたちにも分からなかったが、続く一言にその場に居たほぼ全員が戦慄した。

オクタヴィア「マミさんたちの居た世界のまどかは、自らの存在と引き換えに私たち魔女を消し去る願いをしたんです。全世界の魔法少女を救う為に……」

マミ「っ!?」

杏子「ちょっと待て! “魔法少女”を救って、“魔女”を消すって……、まさか“円環の理”って……!」

声を荒げて詰め寄ってきた杏子の言葉に、オクタヴィアは頷きながら答える。

478 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 20:02:08.42 pdfcKQAW0 253/396


オクタヴィア「そうだよ。杏子たちが“円環の理”って呼んでるソレこそが、杏子たちの世界のまどかの成れの果てなのよ。
       とてつもない願いを叶えて自らが皆の希望になった最強の魔法少女……、それが円環の理の正体なの」

私たちの所にも一度来てる、ってクリームヒルトも言ってたからね、とオクタヴィアが言うと、杏子は手近にあった机に拳を叩き付けた。

杏子「くそっ! それじゃあやっぱりあの夢は……」

マミ「ちょっと待って、二人とも一体なんの話をしてるの!?
   鹿目さんが円環の理で、更には佐倉さんが見た夢? 訳が分からないわよ!」

杏子「今朝、夢の中で見たんだよ。 コイツが幻想郷に来る直前の事を……、
   まどかが平行世界で死んだアタシとさやかを救いに来て、魔法少女のさやかだけを導いて、魔女のコイツを残して去った、その時の事をな……」

杏子がそう言うと今度はオクタヴィアが目を丸くした。
それから昼の会話を思い出し、そう言う事だったのかと一人納得する。

マミ「で、でも、それならどうして暁美さんは鹿目さんの事を覚えていたの? 私たちの世界の鹿目さんは存在ごと消えてしまったのでしょう?」

霊夢「あり得ない話じゃないわ。 例え存在ごと消えて、神様になったとしても縁の深い人は覚えていたりするものよ。
   完全に幻想入りしたモノだってそうだもの」

霊夢が解説するように言うと早苗が目を伏せる。
紫からの又聞きではあるが、彼女にもまだ覚えていてくれた友が外に居たらしい。

幽々子「…………それだけじゃないわ」

マミ「えっ?」

それまで黙って話を聞いていた幽々子がゆっくりと立ち上がり、前へと進み出た。
魔女異変が解決し、だいぶ落ち着いた頃にクリームヒルトがその話をしてくれた時の事を思い出しながら、幽々子は語り出す。

幽々子「これはクリームヒルトちゃんから聞いた話なのだけど……、そのほむら、って子は平行世界を渡り歩く能力を持っていたらしいの」

杏子「平行世界を渡り歩く能力だって?」

杏子が聞き返すと、幽々子は静かに頷いた。
驚きに目を見張る一同の中で、唯一平然としているオクタヴィアにお燐が尋ねる。

お燐「お姉さんは、その事も知ってたのかい?」

オクタヴィア「私もその話はクリームヒルトから聞いてたし、何より会った時にすぐ分かったから……。
       あたしの記憶の中のほむらと全部一緒だったんだもん。 ホントなら多少の食い違いがある筈なのに……」

杏子やマミさんだって似てるようで違ったんだよ、と呟いたオクタヴィアは寂しげに笑っていた。

元の世界でのオクタヴィア、いや、“美樹さやか”の事を覚えているのが、ほむら一人しか居ないと言うのは彼女も一緒だ。
恐らく今この場に居る全員の中で一番、クリームヒルトの心境を察する事が出来たのは他ならない彼女だろう。

479 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/12 20:05:12.06 pdfcKQAW0 254/396


早苗「と、言う事はクリームヒルトさんにとってのほむらさんも、
   その神さまになった、って言うまどかさんにとってのほむらさんも、どちらもあのほむらさん、と言う事なんですね?」

幽々子「そう言う事になるわね」
オクタヴィア「そうだよ。 その通り……」

確認するように早苗が尋ねると、幽々子も、オクタヴィアも、揃ってそれを肯定した。
これまでの話を聞いて、納得が行ったというように頷いたアリスが、話を纏めるように切り出す。

アリス「これで話が繋がったわ。 その“円環の理”こともう一人のクリームヒルト、いえ、“鹿目まどか”が、貴女たちを迎えにこっちに向かっている」

魔理沙「それを知って、只でさえほむらたちと別れる事を寂しがっていたクリームヒルトは怖くなったんだな。
    自分と全く同じ姿をした別人に、ほむらたちが奪われてしまうんじゃないか、そう思ったとしても不思議じゃないぜ」

自分と同じだけど、全く違う他人。
それは一体どれ程の恐怖なのだろう?
存在を上書きされてしまうような、今度こそ完全に消されてしまうような、そんなとてつもない恐怖を覚えたに違いない。

パルスィ「そして、恐怖はもう一人の自分への妬みになった」

「そこを厄につけこまれて……、最悪ね。 その子の不安や恐怖が全部嫉妬に転化されたとしたなら……、厄介ってレベルじゃ済まされないわ」

アリス「一刻も早く、クリームヒルトたちを見つけて、厄を祓う必要があるわね。 みんなで手分けして探しましょう」

アリスの言葉に、その場に居た全員が頷く。
文やミスティアと言った妖怪たちが我先にと神社を出ていく中、幽々子は支度を整え始めた霊夢に話しかける。

幽々子「霊夢、貴女はここに残りなさい」

霊夢「は? ちょっとアンタ、なに言って……」

幽々子「博麗の巫女が動くと何事も“大事”になるのよ。 出来ることならこの件、あまり大きくはしたくないの」

そう霊夢に囁いた幽々子の表情は憂いを帯びていた。
その表情を見て、霊夢は気付く。 今、目の前に居るのは冥界の姫君でも、白玉楼の主でもない。
ただ純粋に友の身を案じる、一個人としての西行寺幽々子なのだ、と……。

霊夢「…………分かったわよ。 紫たちとの連絡役もしないとだし、私はここに残るわ」

幽々子「ありがとう、霊夢……」

幽々子はそう言って微笑むと、マミやアリスたちと共に飛び立って行った。
小さくなっていく皆の姿を見送りながら、霊夢は一人呟く。

霊夢「何がありがとう、よ。 アンタのあんな顔見たら、断れる訳無いじゃない……」




490 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ... - 2011/12/16 18:11:17.91 XzjD/EGe0 255/396

――――――― 【魔法使いと魔女と魔法少女+α】 @ 魔法の森 ―――――――

杏子「くそっ! ほむらたちは一体何処に行ったんだよ!? さやか! 心当たりとか無いのか!?」

オクタヴィア「あったらとっくに見つかってるよ! むしろあたしが聞きたいくらいだよ!」

早苗「二人とも落ち着いて下さい。 仲間割れしている場合じゃありませんよ!」

日が傾き始めた頃から始まった捜索は、日没を過ぎても尚、実を結ぶ気配を見せなかった。
手分けをしているのに、未だに発見の連絡が無い事に、杏子もオクタヴィアも苛立ちを隠せない。

オクタヴィア「クリームヒルトもそうだけど、ほむらのヤツ、大丈夫かな……」

杏子「その辺は大丈夫だろ? アイツがほむらに何かするとは思えないし……、たぶん……」

思わずオクタヴィアが漏らした懸念に、杏子は自信なさげに答える。
既にクリームヒルトによってほむらが拉致されてから六時間近くが経過していた。
クリームヒルトがほむらに手を出すような真似はしないと思うが、それでも心配になる。

早苗「そろそろ八時になりますね……」

手に持った携帯電話の液晶に表示された時計を見ながら、早苗が呟いた。
幻想郷では時計かカレンダー代わりにしかならないソレだが、早苗曰くなかなか手放せないらしい。

オクタヴィア「とりあえず、一旦魔理沙の家に行こう。 他の誰かが何か手がかりを掴んだかも」

約束の時間が迫っていることもあり、オクタヴィアの提案に異論は上がらなかった。
魔理沙の家へと向かうため、オクタヴィアと早苗は杏子の手をとると、それぞれ魔力と霊力を注ぎ込む。
三人の周りだけが無重力になったように身体がふわりと持ち上がり、三人はそのまま夜空へと舞い上がる。

杏子「悪いな、手間かけて……」

オクタヴィア「いいよ、これぐらい。 どうって事ないから気にしないでよ」

魔理沙の家には、既にアリスや文たちが集まっていた。
互いに肩をすくめあっているところを見ると、アリスたちも手がかりを掴めなかったようだ。

降りてくる杏子たちに気が付いたのだろう、マミがこちらに寄ってきて、結果を尋ねてくる。

マミ「佐倉さん、そっちはどう? 暁美さんたち見つかった?」

杏子「いや、ダメだ。手がかり一つ掴めなかった。 そう言うマミの方は……、やっぱりダメだったんだな」

目を伏せながら首を横に振るマミを見て、杏子は肩を落とした。
ざっと見たところ、単独で捜索に出ている幽々子とミスティアを除く全員が、集まっているようだ。

491 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ... - 2011/12/16 18:15:59.79 XzjD/EGe0 256/396


これだけの手数で捜索しているのに見つからないとなると、あとの二人も空振りの可能性が高いと誰もが思ったが……、
羽音を響かせてすっ飛んできたミスティアが、そんな空気を一気に打ち破った。

ミスティア「みんなーっ! 分かったわよ! クリームヒルトたちの居場所が!」

杏子「ホントか!? ミスティア!?」

真っ先に反応した杏子が尋ねると、ミスティアは興奮気味に首を縦に動かす。

ミスティア「うん、何人かの妖精が、女の子を閉じ込めた檻と一緒に歩いているクリームヒルトを見てたのよ」

魔理沙「で、それはどこなんだ?」

ミスティア「それが……、無縁塚の方へと歩いて行った、って……」

オクタヴィア「なっ!? 無縁塚って、また厄介な……」

ミスティアの答えを聞いた途端、幻想郷の住人たちは揃って顔をしかめた。
皆の反応に、マミと杏子が戸惑っていると、文が簡単に解説する。

「無縁塚、って言うのは文字通り無縁仏、具体的には貴女たちのように外の世界から迷い込んで、
  そのまま帰る事も叶わず死んでしまった人間が埋葬されてる場所の事です」

マミ&杏子「「なっ!?」」

ここに来て初めて、二人は幻想郷の厳しい一面を垣間見る事になった。
思い返してみればマミたちは、多少の脅威であっても自力で排除できる魔法少女だったからまだ対処出来たものの、
それがごく普通の人間だったらどうなっていたか、深く考えずとも、答えは分かってしまった。

「そんなだから幻想郷の中でも例外的な場所で、穢れや怨念が本来の呪いを帯びていて、人間はおろか妖怪ですら避けて通る場所なのよ」

人間なら下手をすれば破滅するし、妖怪も怨念に憑かれかねないわ、と語る雛の表情は堅かった。
厄神の雛ですら手が出ない、雛にとっては屈辱とも言うべき地だからだ。

シャルロッテ「穢れに怨念、人なら破滅……、マズイよマミ! 早く助けに行かないとホムラが魔女になっちゃう!」

マミ「えっ?魔女? それってシャルちゃんや美樹さんの世界の話じゃ……」

突然声をあげたシャルロッテにマミは思わず目を丸くする。
理解が追い付かない一同に、シャルロッテは声を荒くして訴える。

シャルロッテ「忘れちゃったの!? 幻想郷の中では“円環の理”は通用しないんだよ!?
       幻想郷だと、魔法少女が穢れを溜め込むと、私たちと同じように魔女になっちゃうの!」

シャルロッテの言葉に今度こそ全員がはっとした。
いくら魔法少女と言えども、監禁拘束された状態で長時間穢れや怨念に晒されては無事で済む訳がない。

アリス「そう……、そう言う事なのね。 クリームヒルトはほむらを魔女化させる事で、幻想郷に縛り付けるつもりなんだわ」

早苗「そんな!? 普段のクリームヒルトさんならむしろ止めにかかる程の凶行じゃないですか!?
   そんな事になったら他ならぬクリームヒルトさんが一生後悔する羽目になりますよ!?」

事態を把握したアリスがクリームヒルトの魂胆を見抜き、早苗はそれが悲劇しか招かない事を嘆く。
クリームヒルトは幻想郷に来た当初、自分の居た世界を滅ぼしてしまった事を深く悔やみ、苦しんでいた。
そんな少女だ、自分が親友であるほむらを魔女にしたとなれば――例え厄に侵されてやった事だとしても――その罪悪感に押しつぶされてしまうだろう。


492 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ... - 2011/12/16 18:19:02.83 XzjD/EGe0 257/396


杏子「…………(ギリッ」

話を聞いていた杏子は奥歯を強く噛み締めると、ソウルジェムを取り出して魔法少女へと変身する。
マミもまた、表情を引き締めると、同じように変身してみせる。

ミスティア「行くんだね? 助けに……」

杏子「ああ、そんな話を聞いちまった以上、放ってはおけないからな。 ほむらも、まどかも……」

オクタヴィア「私も行く! って言いたいところなんだけど、私たちは行くと逆にマズイから……」

他の場所なら兎も角、無縁塚特有の濃い怨念は、魔女や、ミスティアたち肉食妖怪の本能を呼び覚ます可能性が高いので、行くこと自体が危険だ。
そんな怨念に憑かれてしまえば、厄に憑かれたクリームヒルトの二の舞になりかねない。
必然的に無縁塚へと向かえる面子は、怨念への耐性がある強力な者か、神や冥界関係者、或いは自然の化身である妖精などに限定されてしまう。

顔を俯かせ、肩を震わせるオクタヴィアの手を握りながら、マミがその耳元で優しく囁く。

マミ「その気持ちだけで十分よ、美樹さん。 暁美さんと鹿目さんのことは私たちに任せて頂戴」

オクタヴィア「うん、お願いします」

そう言ってオクタヴィアはぎこちなくではあるが笑ってみせた。
親友の危機に何も出来ない事が、悔しくて悲しい筈なのに、それでも笑ってみせていた。
それだけに、託された想いはとても重く感じられた。

「私は行けなくもないですけど、幽々子さんや霊夢さんへの連絡も必要でしょうから、残りますね」

魔理沙「ああ、そっちは頼むぜ」

アリス「行くのはマミたちと、私と魔理沙、早苗とお燐の六人でいいかしら?」

全員を見回して、アリスが突入部隊の人選を告げる。
魔理沙とアリスは瘴気の扱いに長けた魔法使い、早苗は巫女、お燐は普段から怨霊を扱っており、耐性に関しては問題ない。

お燐「あたいはそれでいいと思うよ。 決める事が決まったのなら、早く行こうじゃないか」

早苗「そうですね……。 あっ、マミさんと杏子さん、一応これを持っていて下さい」

厄除けの御札です、と言いつつ早苗は御札を一枚ずつマミと杏子に手渡す。
早苗曰く、気休め程度との事だが、それでもその御札にはそれなりの力が込められているのが、二人にも分かった。

魔理沙「準備はいいな? それじゃあ行くぜ、クリームヒルトのヤツをたたき起こしにな!」

魔理沙の言葉に、マミたち突入班は力強く頷いた。




493 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ... - 2011/12/16 18:22:34.77 XzjD/EGe0 258/396

―――――――― 【救済の魔女と焔の魔法少女】 @ 無縁塚 ――――――――

クリームヒルト「……ほむらちゃん、大丈夫? 怖くないからね、ほむらちゃんはここに居るだけで良いんだから……」

ほむら「…………」

大丈夫かと問いかけるクリームヒルトの瞳には光がなく、明らかに正気ではない事は、ほむらにもよく分かった。
が、両手両足を拘束され、濃い瘴気に身体を侵されつつあるほむらが、クリームヒルトに対して出来る事など何一つとして無い。

ここから脱出する事はおろか、言葉を発する事すら、今のほむらには儘ならないのだ。
出来る事と言えば、霞みかけた視界と思考の中で、自身のソウルジェムが穢れに侵食されていく様を見届ける事だけ。
それはまさしく、絶望的な状況と言えた。
が、そんな状況にあってもほむらは、自身の境遇ではなく、別の事を悔やみ続けていた。

ほむら(まさかまどかがここまで思い詰めていたなんて……、
    こんな事になるんだったらもっと早く、まどかと話をしておくべきだったわ……)

自分がクリームヒルトをこんなになるまで追い詰めてしまったのだと言う後悔と罪悪感が、ほむらを苦しめる。
泣きそうになっているほむらを見て勘違いしたのか、クリームヒルトがほむらを閉じ込めた檻をそっと抱きしめる。

クリームヒルト「ホントに大丈夫だから……、私が、私だけはいつまでもほむらちゃんのそばに居るから……、ね?」

言葉や仕草が普段と変わらない優しいクリームヒルトのままなのが、ほむらは悲しかった。

クリームヒルト「ティヒヒ……、私ね、ほむらちゃんが私の事を、“まどか”って呼び続けてくれて、とっても嬉しかったんだ。
        ほむらちゃんを裏切って、魔女になって、“概念の私”にすら見放された私に、そう呼ばれる資格なんてないのに……」

ほむら「っ!」

悲しい顔で自嘲するように呟くクリームヒルトに、「そんなことない」と声をかけることも出来ない事が、悔しかった。

ほむら(どうして? なんで肝心な時に限って、私は何も出来ないの!?)

この“まどか”が魔女になってしまった時も、あの“まどか”が概念になる契約を結んだ時も、ほむらはただ見ている事しか出来なかった。
あのまどかとの約束を守り、このまどかの居る世界を守る。
それが出来るのは、自分なのだ、自分がやらなくてはならないのだ、そう思っていた矢先にコレである。
ほむらの思考は、急速に負の方向へと傾こうとしていた。
ソウルジェムの濁るスピードが早くなり、本来、紫に輝いている筈のその宝石は、その大半を漆黒の闇より深き黒に染め上げられていく。

ほむら(ごめんなさい、まどか……、私やっぱり貴女を守れそうも……)

???「シケた面してんじゃねーよ! バカ野郎っ!」

ほむらが絶望に呑まれかけた、まさにその時だった。
多分に怒気をはらんだ、聞きなれた声が、無縁塚に響いたかと思うと、同時に何本もの槍が飛来する。
飛んできた槍はクリームヒルトの周囲を覆うように突き刺さり、彼女と檻の間で壁となって、クリームヒルトの動きを封じる。

494 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ... - 2011/12/16 18:24:53.47 XzjD/EGe0 259/396


クリームヒルト「っ!? これは……、杏子ちゃん!?」

魔理沙「おっと、驚くのはまだ早いぜ!」


                      『ブレイジングスター』


そんな声と共に極太のレーザーを後方に放って一気に加速した魔理沙が突貫する。

クリームヒルト「くっ!」

一度は不意を衝かれたクリームヒルトだが、突っ込んでくる魔理沙に対して、すぐさま迎撃弾幕を放つ。

魔理沙「流石にこんな不意打ちじゃ通用しねーか……、だが、惜しかったな……」

そう言ってニヤリと笑った魔理沙は、身体をぐっと傾けて箒の向きを変える。
そのままクリームヒルトの脇を掠め通り、そこに居たほむらを閉じ込めていた檻ごと奪い去る。

魔理沙「私の狙いはこっちだぜ!」

クリームヒルト「なっ!?」

箒の柄を檻に引っ掛けて掻っ攫うと言う大胆な戦法に、今度こそクリームヒルトの表情が驚愕のソレに染まる。
それでも尚、飛び去ろうとする魔理沙に弾幕を放とうとして……、四方からの弾幕に阻まれた。

クリームヒルト「大量のマスケット銃!? いつの間に……!」

マミ「悪いけど、暁美さんは返してもらうわよ」

弾幕を身を翻して回避しながら、クリームヒルトは視界の隅にマスケット銃を操るマミの姿を捉える。
四方からの一斉射撃は、マミの中でも必殺技に準じる高威力攻撃だ。
しかし、それすらも弾幕戦に慣れたクリームヒルトにはまだ温く見えた。

クリームヒルト「流石マミさんだね。 でもこの程度じゃ……まだまだだよ!」

一瞬だけ出来た間を見計らって、魔力でサーベルを作り出したクリームヒルトは、襲い来る弾幕目掛け一閃する。
サーベルとサーベルの斬撃が生み出した光の刃が、マミの弾幕を打ち消し、クリームヒルトの前に道を作る。

マミ「なっ!?」

マミが表情を強張らせるよりも早く駆け出したクリームヒルトは、手にしたサーベルでマミに斬りかかる。

495 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ... - 2011/12/16 18:28:07.01 XzjD/EGe0 260/396


???「マミ、その場に伏せなさいっ!」

マミ「っ!?」

背後から飛んできた声に従い、マミがその場に身を投げ出すのと同時に、マミの頭上を小さな影が飛び越える。
マミの身体を捉えんと、襲い掛かってきた刃は、小さな影の持った十字剣により阻まれる。
アリスの操る自律人形が、ギリギリのところで間に合ったのだ。

アリス「マミ! 今のうちに下がりなさい! 魔理沙は早苗の結界へ!」

お燐「ここはあたいらに任せて、一旦引きな!」

アリスは剣や槍を装備した自律人形で、お燐は従えた大量のゾンビフェアリーで、それぞれクリームヒルトを牽制しながら、口々にそう叫ぶ。
すぐさま体勢を立て直したマミと、檻ごとほむらを奪還した魔理沙は、アリスの指示に従い後退する。

早苗「こっちです! マミさん! 魔理沙さん!」

後退した先では、陣を張って結界を作り上げた早苗が、杏子と共に待っていた。
結界に入るなり、杏子は、魔力で作られた檻を槍で壊し、中からほむらを救出する。

杏子「おい、ほむら! 大丈夫か!?」

ほむら「うぅっ……きょう……こ……?」

早苗「だいぶ穢れに侵されてますね。 早く祓わないと」

弱々しい呻き声を漏らすほむらを見て、早苗は真剣な面持ちで厄祓いの儀を行うための霊力を練り上げる。
その様子を横目で見ながら、魔理沙はマミと杏子に向き直る。

魔理沙「ほむらの事は早苗に任せて、私らはアリスたちに加勢しよう。 マミ、お前はほむらと早苗を守りつつ、援護射撃を頼む」

マミ「分かったわ」

魔理沙「杏子は私と一緒に切り込むぞ。 無茶して墜ち(ピチュ)るなよ?」

杏子「へっ! そっちもな!」

簡潔な打ち合わせを終えると、三人はそれぞれ三方に散る。
マミは、早苗の結界の前に陣取ってマスケット銃を生成し、魔理沙と杏子はそれぞれの武器を片手に、戦場へととって返す。
アリスとお燐は手数を利用してクリームヒルトを牽制しているが、ダメージを与えるには至っていないようだった。
ほむらの奪還には成功したものの、本来の目的であるクリームヒルトに憑いた厄を祓えるのか、見通せる者は誰一人として居なかった。




496 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ... - 2011/12/16 18:32:06.72 XzjD/EGe0 261/396

―――――――― 【博麗の巫女と円環の神様】 @ 博麗神社 ――――――――

霊夢「……来たわね」

月下の博麗神社の境内で、ソレ特有の気配を感じ取った霊夢は、気配のした方を振り返った。
宙に現れた裂け目――スキマから一人の少女を連れて出てきたスキマ妖怪――八雲紫は、そんな霊夢の姿を見て、目を丸くする。

「あら霊夢、出迎えなんて珍しいわね。 どういう風の吹き回しかしら?」

霊夢「アンタが居ない間に色々あったのよ……。 で、そっちのアンタが円環の理、いえ、鹿目まどかかしら?」

まどか「は、はい、そうですけど……」

名乗っても居ないのに霊夢から名前を呼ばれ、白衣の少女――鹿目まどかは戸惑いつつも、頷いた。
その様子を見て、何かを覚ったのか紫はすっと目を細める。

霊夢「私は博麗霊夢、この幻想郷で、結界の管理と、人と妖怪のバランスを保っている巫女よ。
   アンタの話はクリームヒルトやほむらから聞いてるわ。 当然アンタの目的も分かってるつもりよ」

まどか「! それじゃあ……」

霊夢「ええ、協力してあげる……、と言いたいところだけど、アンタにはまず全部話してもらうわよ」

まどか「? 全部話す……?」

話を受ける素振りから一転して突き付けられた要求に、まどかは思わず眉をひそめる。
霊夢の真意を、まどかが量りかねていると、霊夢自らが先の言葉に補足する。

霊夢「アンタがどんな経緯を経て円環の理(神様)になったのか、洗いざらい話して、って言ってるのよ。
   それを聞いておかないと、私はアンタへの態度を決められない」

きっぱりとそう言い切ってみせる霊夢の態度は、一見すると高圧的で敵愾心に満ちているように見える。
が、まどかに向けられた瞳は射ぬかんばかりに真っ直ぐで、真剣そのものであり、これが極めて真面目な話である事を如実に物語っていた。

まどか「……分かりました。全部話します。 私が、私たち魔法少女が辿ってきた、悲しみと不幸の連鎖の話を……」


                        【少女説明中】


まどか「……そして、私は願ったんです。 全ての魔女を消し去って、悲しみと絶望にうちひしがれて消えていった魔法少女を救いたい、と……」

霊夢「アンタは皆を救うために、不条理極まりない悪魔みたいなヤツの思惑と能力を逆手にとって、世界自体を書き換えた……、そういう訳なのね?」

一通りの話が終わり、最後に確認するように聞いてきた霊夢にまどかは頷いてみせる。
それを見て霊夢は静かに瞑目すると、ぽつりと一言呟いた。

霊夢「間違っては居ないけど間違えた、そう言う事なのね……」

まどか「?」

霊夢が漏らした言葉の意味を、まどかは理解出来なかった。
話の流れからして、まどかが行った世界の書き換えについての話の事だとは分かったのだが、
それのどこに間違いがあったのか、分からなかったのだ。

497 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ... - 2011/12/16 18:36:36.53 XzjD/EGe0 262/396


霊夢「アンタの想いは正しいわ。そう考えるのは人として当然だもの。
   けどね、その想いを達成する為の手段として、“魔女を消し去る”って言う願いは正解とは言えないわ」

まどか「正解じゃない、って魔女は魔法少女の絶望と呪いから生まれた危険な存在なんだよ?
    魔法少女を呪われた運命から救おうと思ったら、そのルールを覆さないと……」

霊夢「その覆すべきルールに、魔女は穢らわしい危険な存在、って言う前提条件は含まれない訳?」

一度は声を荒げて反論しようとしたまどかは、霊夢の更なる問い掛けに言葉を詰まらせる。

霊夢「ここに来た魔女たちは話が出来ない相手じゃなかったわ。
   確かに穢れは纏っていたけど、あの子たちからすれば息をするようなもので、あの子たち自身を責めていい理由にはならないわ」

まどか「それはここが特別な場所だからじゃ無いんですか?
    私自身、魔女が外の世界で、人を襲って呪いを振り撒くところを見てるんですよ?」

まどかは幻想郷が、外での常識が通用しない場所であると言う紫の話を思い出しながら、霊夢に問い返す。

霊夢「そうね。 それは事実なんだろうし、ここだけが特別、と言う可能性は大いにあるわ。
   それじゃあ聞くけど、野生動物に人間が襲われたとして、その動物が悪意でもって人を襲った、と証明することはできる?」

まどか「そ、それは……、で、でも、それとこれとじゃ話が……」

霊夢「暴論に近いけど、同じなのよ。 人間の“常識”なんかが通用しない、と言う一点に於いて、魔女も妖怪も動物も同じなの」

幻想郷の中のように、直接対話が可能であるなら、相互理解も容易だろう。
だが、それが出来ない外の世界では、人間としての尺度を捨て、相手の側から物事を捉えない限り、完全な正答を導く事は出来ない。
人間同士の普通の人付き合いでも全く同じ事が言えてしまうのだから、この言葉には説得力があった。

霊夢「特に妖怪や神なんていう精神的な存在はね、人間の認識次第で敵にも盟友にもなり得る不確かな存在なのよ。
   怨念や妖怪が時代の変化で神となり祀られる、なんて例は古今東西で見られるわ。 一方的な見方で凝り固まるのは失敗の原因よ」

まどか「…………」

まどか自身、その事をまったく考えなかった訳ではない。
とくにこの幻想郷に流れ着いた魔女の存在を知ってからは、ここの魔女が自分たちと同じように生きている事を知ってからは、疑問に思う事も多くなった。

果たして、魔女とは一体なんだったのか? 消さねばならないほど危険な存在ではなかったのか?
魔女に関しては、マミもほむらも、インキュベーターも打ち倒すべき敵、としか言っていなかったのでそうだと信じてきたが、それは本当に正しいのか?

そんな疑問を抱いては、深く考えないようにしていた。 単純作業だと思い込むようにしていた。
そうしなければ、まどか自身の心が擦り切れてしまいそうだったからだ。
ある世界の杏子に魔女のさやか――オクタヴィアを救えないのはおかしい、と断じられた時など暫く引きずった覚えがある。

霊夢「そもそも、人って言うのはね、一度や二度の絶望程度でダメになるほど柔じゃないの。
   どうしようもなさそうな絶望ですら糧にして、這い上がるだけの底力を、人は持ってるの。
   それを一度の絶望で呪いに堕ちるように仕向けたその獣……インキュベーターだっけ? は勿論言語道断よ。
   でもね、だからと言って絶望で堕ちてしまった人たちに、そうして生まれてしまった呪いに、やり直しの機会も与えずに消していい、って事にはならないの」

まどか「…………」

霊夢「人間、間違えもすれば、絶望する事だってある。 問題は間違えたり、絶望したソイツが、その後をどうするか、よ。
   アンタ一人が他人の分まで背負い込んで、裁量すれば良い、ってモノじゃ無い。 なかった事にしたんじゃ意味がないのよ。
   何が問題だったのか、きちんと認識して、それを乗り越えないと、結局それは新たな歪みの元凶になるわよ」

全てを見て、全てを分かったつもりになっていたまどかだが、霊夢の言い分も道理が通っており、その自信はぐらつきつつあった。
すっかり黙ってしまったまどかを見て、霊夢は言い方が乱暴過ぎたと今更ながら思ったが、それでも尚、言葉を続ける。

霊夢「ついてきなさい、アンタの正しい想いから生まれた願いが、何をもたらしたのか、見せてあげるわ……」




505 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/17 10:31:17.48 ksixEzXJ0 263/396

―――――――― 【救済の魔女と無縁塚突入隊】 @ 無縁塚 ――――――――

クリームヒルト「……ティロ・フィナーレ」

アリスがソレに気付いた時、全てが手遅れになっていた。
いつの間にか内懐に潜り込んでいたクリームヒルトが、回避不可能な至近距離で大砲にも似た銃を構えていたのだ。

アリス「なっ!? 零距離射撃っ!?……きゃああっ!?」

杏子「っ!? アリス!?」

砲撃をもろに受け、その場に崩れ落ちるアリスを見て、杏子は思わず声をあげる。
撃墜されたアリスに気をとられ、視線を逸らした杏子に、すかさず魔理沙の怒号が飛ぶ。

魔理沙「バカっ! よそ見すんな! 次はお前が狙われるぞ!!」

そう叫ぶ魔理沙自身も圧倒的な弾幕を相手にしていた。
アリスが墜ち、お燐もゾンビフェアリーの数が少なくなっていた為、牽制し続けることが、難しくなったからだ。
それでも魔理沙は、これまでの経験と培ってきた技能とで、この難局に挑んだが、それでも限界は訪れた。

魔理沙「っ!? ヤバい、囲まれた!?」

気が付いた時には無数のマスケット銃が、その銃口を魔理沙に向けていた。
この時、杏子はクリームヒルトを挟んだ反対側に、お燐は後方の離れたところに居て、魔理沙の援護が出来ない状態だった。

お燐「魔理沙! 一旦引きな!」

魔理沙(それが出来たら苦労はないぜ……)

お燐の絶叫にも似た声を背中に受けつつ、魔理沙はやけに冷静な思考で、向けられた銃が火を噴くのを見ていた。
放たれた弾幕は、魔理沙を撃ち抜くべく、四方八方から襲い掛かってきて……、次の瞬間、別の方向から飛んできた銃撃により相殺された。

魔理沙「っ!?」

マミ「どうにか間に合ったわね。加勢するわ」

金髪のドリルロールをなびかせて、魔理沙の前に立ったマミを見て、魔理沙は目を見張る。

魔理沙「マミ!? 早苗の援護はどうなったんだ!?」

マミ「暁美さんの厄祓いは終わったわ。 今は暁美さんを連れて後方に下がっているところよ」

護衛役はお役御免、って訳、と言いつつウィンクをしてみせるマミに、魔理沙は苦笑する。
いくら援護射撃役に徹していたとは言え、マミの魔法少女装束は煤と硝煙でたっぷり燻されていた。
余裕があるとはお世辞にも言えた状態ではない。

それでも最前線に飛び込んできた辺り、やはり性分なのだろう。
救いようのないバカが居たもんだと、魔理沙は思ったが、それは自分自身も同じなので代わって別の言葉をかける。

魔理沙「助かったぜマミ。 この一件にカタがついたら取って置きの一杯を奢るぜ」

マミ「あら、嬉しいわ。 でも、そう言うことはケリがついてからにして頂戴。 じゃないと……」

言いかけたマミは魔力のリボンを一閃して、魔理沙の背後の弾幕を打ち消し、魔理沙は八卦炉で、マミの背後に現れた槍の弾幕を吹っ飛ばす。

マミ「変なフラグが立っちゃうじゃない」

魔理沙「だな、流石に私も、そいつは勘弁だ」




506 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/17 10:37:57.78 ksixEzXJ0 264/396

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

早苗「ふぅ、ここまで来れば一安心ですかね……」

無縁塚を離れて、再思の道まで戻ってきた早苗は、そこで一旦息をついた。
背負っているほむらを落とさないように地面に軟着陸すると、そこで一旦、ほむらを地面に降ろす。

早苗「だいぶ苦戦してるみたいですね……。 これは私も加勢した方が……」

ほむら「わ、私も……」

無縁塚の方を見やりつつ、早苗が険しい表情をしていると、ほむらがよろけながらも腰をあげる。

早苗「ちょっ、ダメですよほむらさん! まだほむらさんの身体は……」

ほむら「まどかは……、私に助けを求めてきたの。 寂しい、って……、救って欲しい、って……」

声をあげる早苗に構わず、ほむらは立ち上がる。
早苗の言う通り、身体に力は入らず、立ち上がるだけでも膝がガクガクと震える。
それでも自力で立ち上がったほむらは、真剣な顔で無縁塚を、クリームヒルトがいる方を見据える。

ほむら「私はまだ、まどかに答えを言ってない。 貴女の居場所は間違いなくあるんだ、って伝えられてない!
    だから私は戻らないといけない。 戻って伝えないと、まどかを本当に救う事は出来ないの」

早苗「ほむらさん……、でも……」

???「そのくらいにしておきなさい、守矢の巫女……」

尚も言葉をかけようとした早苗だか、それは背後から聞こえた声によって遮られた。
見ると、幽々子が丁度、再思の道の入り口に降り立ったところだった。

早苗が今にも出かかった言葉を呑み込んだのを確認すると、幽々子はほむらに向き直る。

幽々子「貴女がクリームヒルトちゃんが話していた、暁美ほむらさんね?
    私は亡霊の西行寺幽々子。 クリームヒルトちゃんたちとは、色々と良くしてもらってるわ」

もしかしたら、話は聞いているかも知れないけど……、と言う幽々子に、ほむらは小さく頷く。
クリームヒルトを知るきっかけとなった新聞でも読んだし、クリームヒルト自身からもその話は聞いている。


507 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/17 10:40:22.08 ksixEzXJ0 265/396


幽々子「あつかましい話だとは思うし、無責任な事だとは重々承知してるつもりだけど、私からもお願いさせて欲しいの。
    クリームヒルトちゃんを助けてあげて……。 今のあの子を救えるのは貴女しか居ないの」

静かな声ではあったが、それだけにその言葉は重かった。
早苗は幽々子の心中を察して唇を噛み、ほむらは幽々子の視線を真正面から受け止めて……、やがて大きく頷いた。

ほむら「最初から私はそのつもりよ。 だってあの子は、私の大切な……、大切な友達なんですもの……」

幽々子「ありがとう、私の我が儘にしっかりと答えてくれて……。 でも、その言葉を言うのはここじゃないわ」

真っ直ぐな瞳で、そう答えたほむらに、幽々子はそう言うと小さく微笑んで見せた。

幽々子「行きましょう。 クリームヒルトちゃんを本当の意味で助けに……」

早苗「でもどうするんです? 先程までの様子ですと、いくらほむらさんの言葉でも、そう簡単に届くとは思えませんよ」

厄のせいも相まって、随分と盲目的になっていたクリームヒルトの姿を思い出しながら、早苗が懸念を漏らす。
別の声がその場に割り込んできたのは、ちょうどその時だった。

???「それなら私に考えがあるわ」

早苗「っ!? 紫さん!?」

いつの間にか現れた、スキマ妖怪の八雲紫に早苗は思わず声をあげる。
対する幽々子は表情ひとつ変えることなく、長年の親友に問う。

幽々子「考えって、何をする気かしら? 紫……」

「ちょっとした茶番よ。 気付けにぴったりな、ちょっと刺激の強いヤツをね……」

紫は悪戯を提案するような、胡散臭い笑みを浮かべると、自身の案を話し始めた。




508 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/17 10:45:20.73 ksixEzXJ0 266/396

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

一方、無縁塚の戦いも、展開が劇的に動こうとしていた。
クリームヒルト優勢のまま、魔理沙以下、四人で戦線を支えると言う構図は、霊夢と共にある人物が降り立った事で、様相が一変してしまったのだ。

マミ「か、鹿目さんが……、二人?」

クリームヒルトとマミたちの間に立つように降り立った人影は、相対するクリームヒルトとよく似た、桃色の髪の少女だった。
夢で見た姿と寸分違わぬその少女を見て、杏子はこれ以上ないくらい目を見開く。

杏子「アイツは……! アタシが夢で見た……」

お燐「夢って、さっきお姉さんが話してたヤツかい? それじゃあ……」

マミ「あれが“円環の理”になった、私たちの世界の鹿目さん、なの?」

口々に呟きながら、マミたちは対峙する二人の少女を見た。
“円環の理”こと鹿目まどかが現れた途端、クリームヒルトは弾幕を撃つことを止めていた。
飛び交う弾幕で騒がしかった辺りは、一転して静寂に包まれており、それが却って気味の悪い雰囲気を醸し出していた。

まどか「…………」

まどかをじっと見据えたまま、動かないクリームヒルトを見て、まどかは思案する。
実はこの現場で、一番戸惑っていたのが、他ならぬまどかだった。
まどかはマミたちがクリームヒルトと戦っているのを見て、反射的に戦場に介入したのだが、割り込んだ後になってその違和感に気付いたのだ。

まどか(おかしい。確か、魔女・クリームヒルトは救済の魔女だった筈。
    こんな回りくどい戦いなんかしなくても、能力を発動させちゃえば、ううん、能力を使わずとも一秒と経たずに戦いは終わってる筈なのに……)

が、マミたちの様子を見るに、戦いはかなりの持久戦で、無防備に倒れている少女に止めを刺さないなど、不可解な点が多い。
能力が発動出来ないのかとも思ったが、まどかの“救済”は意図して発動する分には可能であり、クリームヒルトのソレが出来ないとは思えない。

そんなまどかの戸惑いを察したのか、霊夢が疑問に答える。

霊夢「別におかしなところは何一つないわ。 クリームヒルトは幻想郷でのルールに則って魔理沙たちと一戦交えてただけなんですもの」

まどか「ルール?」

霊夢「そうよ。 危ういバランスで成り立ってる幻想郷での、唯一にして絶対のルール。
   そのルールを守るぐらいの良心は、まだあの子の中に残ってた、って事。 厄なんて言う憎しみの塊に侵されてしまった後でもね」

まどか「…………」

霊夢の言葉を聞いて、まどかは再度、クリームヒルトの方を見た。
背後でこちらを見守っているマミたちも相当だったが、クリームヒルトの方も良く見るとあちこち小さい傷や、煤まみれであり、
戦いが決して一方的な虐殺や蹂躙ではなかった事を如実に物語っていた。
むしろ、傷の具合だけを見るなら、クリームヒルトの方が嬲られていたと思えるほどだ。

509 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/17 10:49:13.03 ksixEzXJ0 267/396


まどか(これが、最悪の魔女なの? これじゃあ、まるで……)

クリームヒルトの姿を見て、まどかの中に様々な疑問が湧き出して来る。
そんなまどかをじっと見守っていた霊夢は、次の瞬間、魔理沙に声をかけられ振り返る。

魔理沙「なぁ霊夢、お前、クリームヒルトに何かしたのか?」

霊夢「? 別に何もしてないけど……、なんでそんなこと聞くのよ?」

魔理沙「いや、クリームヒルトのヤツが急に弾幕を撃つのを止めたからさ、お前が厄を祓ったのかな、と……」

厄を抑え込んでも居ないのに、クリームヒルトが正気に戻るわけないだろう? と言う魔理沙の言葉に、霊夢は今更ながら疑念を抱く。
クリームヒルトが攻撃を止めたのは、まどかが来たからだ、と考えて深く考えなかったが、良く考えてみると、まどかが何らかの力を使っている様子はない。

となると、攻撃を控えて、いや抑えているのは他ならないクリームヒルトの意思と言う事になる訳で……。
霊夢の中で疑念が、悪寒になり、その悪寒は、間も無く現実のものとなった。

クリームヒルト「……い、……まえ……なく……て……」

消えそうなほどの小声をクリームヒルトが漏らしたのは、ちょうどその時だった。
声が良く聞き取れなかった上、クリームヒルトが俯き気味に立っていた為、表情を読む事も出来ず、まどかは顔をしかめる。

まどか「?」

クリームヒルトは震え出した手を、もう片方の手で押さえながら、今度ははっきりとした口調で言う。

クリームヒルト「お願い、私の前から居なくなって……、じゃないと私、もう抑えきれな……」

霊夢「っ!?厄が強くなってる!? アンタ、今すぐそこから離れなさい!」

霊夢がクリームヒルトの異変に気が付いた時には、既に手遅れになっていた。
クリームヒルトは魔力の弓を現出させると、爆発的な魔力でもって矢を作り出し、まどかたち目掛けて放ったのだ。


                      輝弓 『フィニトラ・フレティア』


わき腹を魔力の弓が掠め、まどかがその場に倒れるのを見ながら、霊夢は激しい後悔と自信への憤りに唇を噛んだ。
直後、辺りは閃光に包まれ、霊夢たちは思わず目を瞑る。

霊夢(そうよ、あの子は最初っからそういう子だったじゃない! なんで気が付かなかったの!? 博麗霊夢っ!)

クリームヒルトは他人を傷つけるくらいなら、自分で抱え込んで抑えようとする傾向がある。
それは魔女異変の時もそうだったし、今回の件でもそうだった。

510 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/17 10:56:49.67 ksixEzXJ0 268/396


それだけ優しい子なのだが、それはその抑えが利かなくなると一気に爆発する危険性があるということでもある。
クリームヒルトが弾幕を撃つのを止めたのは、厄が抑え込まれた訳ではなく、嫉妬の対象であるまどかが現れた事で、
残された良心と、厄に煽られた嫉妬心とが、最後のせめぎあいをしていたからだったのだ。

そして、今、残された良心と言う最後のダムも決壊した。
こうなってしまっては、あとは嫉妬心に任せるまま、憎しみに堕ちていくのみになってしまう。

霊夢「っ! ダメよ、クリームヒルト! それ以上は……」

閃光が納まった時、クリームヒルトは倒れたまどかの目の前まで来ていた。
倒れたまま、こちらを見上げてくるまどかを、光のない瞳で見下ろしながらクリームヒルトは、呟くように言う。

クリームヒルト「私は貴女が羨ましかった……。 ほむらちゃんを、みんなを救えた貴女が……」

口から漏れだすのは、これまで隠して、抑えてきた、本心。
それは全てを救ってみせた、自分とは違う自分に抱いた羨望。

クリームヒルト「私は何一つ守れなかった。 マミさんも、杏子ちゃんも、さやかちゃんも!
        私の為に頑張ってくれたほむらちゃんだって裏切って、しまいには世界中の人を巻き込んで!
        私は、私自身の手で、全てを壊しちゃったの!」

それは、それらを手に入れるどころか、自ら壊してしまった事への罪悪感。

クリームヒルト「こんな私だもん、そんな資格はない、って言うのは良く分かってる。
        でも、それでも、ほむらちゃんはこんな私の事も覚えていてくれたの!
        外の世界から、完全に忘れ去られた私にもまだきちんと覚えている人(居場所)があるんだ、ってそう思わせてくれたの」

後悔と卑下に苛まれた少女に、それはどれほどの救いとなったのであろう。
全てを失い、ゼロからのやり直しを覚悟していたクリームヒルトにとって、まさしくそれは最後の希望だったに違いない。

クリームヒルト「私は怖いの、私の居場所が無くなるのが……、貴女と言う存在に書き換えられて、完全に消えちゃうのが!」

クリームヒルトの瞳から、光る雫が零れ落ち、頬を伝う。
最後の希望すら奪われてしまうのではないかと言う不安が、強くあろうと、やり直そうと決意した少女を、こんなにも弱くしてしまったのだ。

クリームヒルト「お願いだから、私から最後の居場所を盗らないで! そこに居て良いんだよ、って認めてよ!」

まどか「…………」

まどかはなにも言うことが出来なかった。
目の前で涙ながらに叫ぶ“魔女・クリームヒルト”も、自分自身と同じ、“少女・鹿目まどか”なのだと気付いてしまったから。

そこに居たのは、世界を滅ぼした最悪の魔女ではなく、自分の居場所を守りたいと真摯に願う一人の少女だった。
ただ一度、間違ってしまっただけで、居場所を失ってしまった悲しい少女が、そこに居た。

まどか(あはは、これじゃあ恨まれちゃっても、仕方ないよね……)

まどかがなにも出来ずに居ると、クリームヒルトは持っていた弓を構えた。
そのままなにも言わずに魔力の矢を生成し、鏃をまどかへと向ける。

クリームヒルトの纏う厄の気配が一気に強くなり、その表情が憎悪に染まる。
それと同時に極めて濃い穢れが二人の周囲を取り囲み、霊夢ですら近寄れなくなってしまう。

クリームヒルト「それじゃ、死んでね」

まどか「っ!?」

クリームヒルトがゆっくりと弓を引き絞り、まどかが目を瞑ったその時の事だった。
鋭い声と共にその人物がその場に割り込んだのは……


???「やめなさい!」


聞きなれた声に、よく見知った姿に、クリームヒルトは目を見張る。
まどかがゆっくりと顔を上げると、クリームヒルトの前に立ちふさがるように、まどかを庇うように、一人の女性がその場に立っているのが見えた。

そこに居たのは、クリームヒルトが幻想郷で最初に出会った相手であり、幻想郷での居場所を作ってくれた亡霊、西行寺幽々子だった。

511 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/17 11:05:16.54 ksixEzXJ0 269/396


幽々子「やめなさい、それ以上は絶対にしちゃダメよ。 クリームヒルトちゃん」

いつも見せる友への優しい笑顔ではなく、どこまでも真剣な幽々子の眼差しに、クリームヒルトは一瞬たじろぐ。
が、すぐに冷徹な笑みを浮かべると、低い声で幽々子に問いかける。

クリームヒルト「なに? 幽々子さんも私の邪魔をするの?
        私とほむらちゃんを引き裂こうとするなら、相手が幽々子さんでも容赦しないよ」

幽々子「あら? そんなつもりは無いわ。 馬に蹴られるのは嫌だもの。
    でもね、妬みや厄なんていう低俗なモノに憑かれて、一時の激情で間違った道に進もうとしている親友を見過せる程、私は薄情者じゃないの」

クリームヒルトのそんな言葉を聞いても、幽々子は動じなかった。
逆に、周囲で見ている者がすくんでしまう様な、有無を言わさぬ眼力でもって、クリームヒルトを射抜く。

クリームヒルト「どうしてもやめるつもりは無いんだね?」

幽々子「当然よ。 クリームヒルトちゃんは純真で傷つきやすい子なの。 これ以上、クリームヒルトちゃんが傷つく前に、止めさせてもらうわ」

クリームヒルト「交渉決裂だね。 それじゃあ……」


クリームヒルト&幽々子『ちょっとだけ、本気だすよ(わ)』


霊夢「ちょっ、やめなさい二人とも! アンタたちが本気なんか出したらどうなると思ってるの!? 本当に殺しあうつもり!?」

殆ど同時に、殆ど同じ言葉をクリームヒルトと幽々子が呟いたのを見て、霊夢が声を上げる。
だが、両者とも、引き下がるつもりは一切無かった。
幽々子は、それでも尚、飛び込んでこようとする霊夢を手で制する。

幽々子「止めないで頂戴、博麗の巫女。
    クリームヒルトちゃんは私にとって妹みたいな存在なの。 だからこそ、取り返しのつかなくなる前に止めたいのよ。
    こればっかりは他の誰かに任せる気も、このまま引き下がる気も無いわ」

幽々子の言葉が終わると、クリームヒルトは無言でスペルへと魔力を込め始める。
幽々子もまた、霊力を手にしたスペルへと練り込んでいく。
そして……

クリームヒルト「行くよ、幽々子さん……」

幽々子「ええ、いつでもいいわよ」

クリームヒルト&幽々子「「勝負っ!」」



                        『西行寺無余涅槃』
                      『幸ばかりの天への誘い』



ほむら「やめてえええええええええぇぇぇぇっ!!」

それはクリームヒルトたちが同時にスペルを発動した、そのときの事だった。
そんな絶叫と共にクリームヒルトと幽々子の間にほむらが飛び込んできて……、その身体を、両者の放った弾幕が貫いた。




518 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 20:19:24.94 +Qld3n350 270/396

――――――――― 【救済の魔女と焔の魔法少女】 @ 無縁塚 ―――――――――

クリームヒルト「!!?」

幽々子「えっ? あっ、暁美さん!?」

ほむら「かはっ……」

私たちの弾幕の直撃を受け、傷だらけになったほむらちゃんの身体がその場に崩れ落ちるのを、私はただ見ていることしか出来なかった。

何が起こったのか理解するよりも早く、私は全身から一気に血の気が引くのを感じた。
それと同時に、私の全身を支配していた熱のようなモノが一気に消えうせて、冷酷な事実が私を現実に引き戻した。

クリームヒルト「っ!? ほ、ほむらちゃん!?」

その事実を認識すると同時に、私は持っていたスペルを全部その場に投げ捨てて、ほむらちゃんのもとに駆け寄っていた。

クリームヒルト「ほむらちゃん! しっかりして!」

ほむら「……まどか、貴女……! 良かった。 正気に戻ったのね……」

涙ながらに私がほむらちゃんを抱きかかえると、ほむらちゃんは心の底から安心したと言うように微笑んでみせる。

クリームヒルト「なんで、どうしてこんな事したの!?」

ほむら「どうして? 決まってるじゃない、貴女の事が大切だからよ……。
    他ならない、今、私の目の前にいる貴女の事がね……。 この気持ちに関しては概念のまどかも関係ないわ」

クリームヒルト「うっ……うぅっ、ごめんほむらちゃん。 私、勝手に勘違いして、早とちりして……、ほむらちゃんの事まで疑って……」

急速に滲む私の視界の中で、ほむらちゃんはゆっくりと首を横に振る。

ほむら「良いのよ。 貴女は厄のせいで嫌な夢を見ていただけ、それだけなんだから……」

クリームヒルト「ううん、それは違うよ。 あれも私の一部、私の心の弱い部分が作り出した、私自身なの」

ほむら「あら、なら嬉しいわ……」

クリームヒルト「?」

ほむらちゃんの言った言葉の意味が理解出来ずにいると、ほむらちゃんはちょっと意地悪げな笑みを浮かべて、私に問い掛ける。


519 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 20:25:25.83 +Qld3n350 271/396


ほむら「だって、私といつまでも一緒に居るって言う、あの言葉もまどかの本心なのでしょう?」

クリームヒルト「ほむらちゃん……」

ほむら「お願いまどか……、笑って……。 笑って、私に笑顔を見せて頂戴……」

クリームヒルト「うん……、うん……」

力の無い笑顔で懇願するほむらちゃんに応えて、私は笑顔を作る。
涙は止められなかったけど、出来る限りの笑顔を、ほむらちゃんへと向ける。
私の笑顔を見たほむらちゃんは優しく微笑むと……

ほむら「ふふっ……、やっぱりまどかは……笑顔がよく似合っ…………(ガクッ」

そのまま動かなくなってしまった。

クリームヒルト「ほむらちゃん!? ほむらちゃん、しっかりして! ほむらちゃああああぁぁぁん!」

ほむら「…………」

まどか「そん……な……」

安らかな顔のまま、ぐったりして動かないほむらちゃんの身体を、私は半ば取り乱しながら揺さぶり続ける。
概念の私ですら呆然と見ているだけしか出来ない状況に、私の恐慌状態が限度を超えかけて……、
そこに、何処からともなく現れた早苗さんが割り込んで来て、ほむらちゃんに話しかけた。

早苗「えー、空気読めとか言われそうですけど、……ほむらさん、そろそろ洒落じゃ済まなくなるので起きてください(デコピン」

ほむら「あいたっ!?」

クリームヒルト「へ? ほむら……ちゃん?」

早苗さんのデコピンを受けてほむらちゃんが飛び起きると言う事態に、私は自分の目を疑った。
呆然としている私の前で、早苗さんはほむらちゃんにソウルジェムを差し出しつつ、怒ったような口調で叱りつける。

早苗「それくらい我慢してください。 当初の手筈を無視して、無茶やった罰です。 あと、コレ返しますね」

ほむら「だって、殺しあう、なんて物騒な言葉を聞いたら、いてもたっても居られなかったのよ。
    本当にそんな雰囲気だったし、それに、被弾しても大丈夫だ、って聞いてたから……」

でも案外痛くて一瞬、本当に死んだかと思ったわ、とほむらちゃんが呟くと、早苗さんが当然だと言うように肩をすくめる。

早苗「それはそうですよ。 紫さんが弄ったのはあくまで当たり判定と、死属性防御だけですからね。
   あそこまでもろに弾幕に突っ込むことなんか想定してないと思いますし……」

クリームヒルト「あ……、えっ? 当たり判定……?」

幽々子「ごめんなさいね、クリームヒルトちゃん、吃驚させちゃったわよね? 実は暁美さんはね、紫に頼んで、味噌っかす状態になっていたのよ」

クリームヒルト「味噌っかす……?」

幽々子さんの言葉に私が鸚鵡返しに呟くと、早苗さんが困ったような笑顔で頷いてみせる。

520 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 20:32:21.54 +Qld3n350 272/396


早苗「ええ、幽々子さんの弾幕で、ギリギリまで追い込んで、そこに説得役のほむらさんが介入する、って手筈だったんですけど……」

そう言うと早苗さんは“当初の手筈”について一通り話してくれた。
どうやらほむらちゃんが突っ込んできたのは、最初から織り込み済みだったようで、万が一への対策も、色々と行っていたらしい。

ほむら「私が我慢出来なくて、少し早く飛び出しちゃったのよ……」

早苗「紫さんのことだからほむらさんが飛び出しちゃった場合も想定内……、と言うかむしろ筋書き通りだったりして……」

幽々子「可能性としては高いわね。 紫の案にしてはやけに温いな、と思ってたのよ。 私まで騙すなんて……、後でお話する必要があるわね」

すまなさそうに目を伏せるほむらちゃんや、疲れたような顔をする幽々子さんたちの言葉を聞いて、私はようやく何が起きていたのかを理解した。
紫さんの能力を使えば、例え見た目の上で弾幕の直撃を受けても、弾幕を受けていないことにすることが出来てしまうわけで……、

クリームヒルト「それじゃあ、ほむらちゃんはなんともないの?」

ほむら「ええ、当たった時には本当に痛かったけど……、まどかたちに心配をかけた罰ね……」

私の漏らした呟きに、ほむらちゃんたちが頷くのを見て、私は心底ほっとした。
心底ほっとして、そしてひとしきり安堵すると、私の中にそれらとは違う、別の感情が芽生え始める。 それは……

クリームヒルト「…………ほむらちゃん、幽々子さん、早苗さん、ちょっとお話があるんだけど、とりあえず正座してくれないかな?」

声を出した私自身が驚くぐらい低い声が私の口から飛び出して、ほむらちゃんたちの身体がピクリと震える。
ゆっくりと私の方を向いたほむらちゃんと幽々子さんと早苗さんの表情は、明らかに引きつっていた。

ほむら「ま、まどか? 顔がなんだか怖いのだけど……、落ち着いて、ね?」

幽々子「そうよクリームヒルトちゃん、想定外だったとは言え、万事丸く収まったんだから良いじゃない」

早苗「わ、私は反対しましたよ? いくらなんでも危険すぎる、って……。 でも、紫さんの案ならどうにかなるかなー、と……」

幽々子「ちょっ、守矢の巫女!? その言葉は火に油よ!」

三人はどうにかこの場を取り繕って、私を宥めようとしていたけど、私の怒りは収まらない。
私は、最後の抵抗を試みるほむらちゃんたちに、はっきりとした口調でその言葉を叩き付けた。

クリームヒルト「  せ  い  ざ  !! 」

ほむゆゆ早苗「「「はい……」」」




521 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 20:39:14.49 +Qld3n350 273/396

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

正座をさせたほむらたちに、先程の身体を張りすぎたドッキリまがいの件について、クリームヒルトがお説教を始めてから数分が経っていた。
まどかが、そんな悪戯を叱る姉のようなクリームヒルトの姿を見ていると、まどかの隣にスキマが現れ、そこから紫が顔を出す。

「どうだった? この世界での魔女を実際に見た感想は?」

不敵な笑みを浮かべながら尋ねてくる紫に、まどかはクリームヒルトたちから視線を外すことなく答える。

まどか「私、今まで魔女は魔法少女を救うために消さなきゃいけない存在だ、って思ってました。
    でも、本当は違ったんですね。 魔女も、魔法少女と同じように救われなくちゃいけない存在だったんですね……」

「貴女がそう勘違いしてしまったのは仕方がないことよ。 貴女たちにとってはそれが常識だったんですもの……。
  ましてや、願い事をした時の貴女は普通の人間だったのでしょう? その時点でアレ以上の答えを出すのは不可能に近いわ。
  貴女は、貴女がやれるだけの事をやったの。 悔やむ事なんて何一つとしてないのよ……」

まどか「でも……」

尚も言葉を続けようとするまどかを紫は手で制した。
振り向いたまどかに、紫は穏やかに微笑んでみせながら、首を横に振る。

「霊夢の言ったことなら気にする必要はないわ。
  妖怪との共存が当たり前な霊夢と貴女たちとじゃ、価値観が違い過ぎるのよ。 一つの参考意見として気に留めておいて貰えるだけで充分……」

それは世辞でも慰めでもない、紫の本心だった。
妖怪や怨念が一般的な存在ではない現代の外の世界に於いて、魔女と言う存在はかつての妖怪と同じ様に、食うか食われるかの相手であり、
そこに遠慮や相互理解が入り込む余地が殆どないというのは、妖怪の賢者である紫自身が良く分かっている。
同じ妖怪としては、消滅ではなく浄化と言う手段を用いて欲しい所ではあるが、生死の境でそれを要求するのは酷だろう。

紫は言葉を一旦区切ると、脇へと目線を送る。
ほむらたちがお説教を受けていると言う珍しい光景に、マミたち魔法少女や、意識を取り戻したアリスを含む幻想郷の住人たちが、
クリームヒルトたちのもとに集まって来ているのが、視線の先に見えた。

「……でもそうね、敢えて言わせてもらうなら、これからの行動で見せて頂戴」

まどか「これから?」

「ええ、魔女がどういう存在なのかを正確に理解した今の貴女なら、出せるでしょう? 皆を救って、影で泣く者が一人として出ない、本当の正解を……」

紫の言葉に、まどかも再度、クリームヒルトたちの方を見た。
お説教を受けている三人も、周りで見守っている霊夢やマミたちも、小言を続けるクリームヒルトも、みんな笑顔を浮かべていた。
それは苦笑だったり、呆れ混じりの笑みだったり、様々ではあったが、それでも、皆が笑っていた。

その光景を見て、まどかもふっと微笑むと、力強く頷いた。

まどか「…………はい。 紫さん、色々とお手数をお掛けしますけど、お願いします。 “私”たちの事……」

「その点も気にする必要はないわ。 だって幻想郷は……」



                      「全てを受け入れる土地、ですもの……」





522 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 20:41:19.31 +Qld3n350 274/396


まどか「全てを受け入れる、ですか……。 いいですね、そう言うの……」

「あら、結構大変よ。 癖の多いヤツばっかり集まるんですもの」

まぁ、それが楽しいのだけどね、と言って微笑む紫。
そんな紫を見て、まどかは声音を真面目なものに変えて、声をかける。

まどか「ところで紫さん」

「なにかしら?」

まどか「さっきのほむらちゃんの一件、私も本当に驚いたんですよ。 それこそ心臓が止まっちゃうんじゃないかと思うほど……」

先ほどのクリームヒルトと同じくらい、いや、それ以上に低い声でそう呟きながら、まどかが紫の肩をしっかりと掴む。
紫の顔がいつになく引きつったものになり、まどかから思わず目を逸らす。

まどか「あっちの“私”がそうだったように、私にとってもほむらちゃんは大切な友達なの。
    だから、あっちの“私”の気持ちはよーく、分かるんだ……。 ちょっと二人で、弾幕戦(お話し)しませんか? 八雲紫さん?」

この後、円環の神さまと、妖怪の賢者による一大弾幕戦が勃発し、無縁塚が今度こそ焦土と化すのだが、
まぁ、蛇足にしかならないので省かせてもらおう。




524 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 20:49:35.07 +Qld3n350 275/396

―――――――――――――― その後 ―――――――――――――――――
――――――――― 【救済の魔女と幻想の住人】 @ 寺子屋前 ―――――――――

ワルプルギス「あっ、お姉ちゃんおはよー! ……あれ?」

パトリシア「あら、クリームヒルトじゃない……、って、どうしたの? その髪形?」

朝、寺子屋の前でばったり出くわしたワルプルギスとパトリシアは、クリームヒルトの姿を見るなり首を傾げる。
二つの赤いリボンと、ショートのツインテールが特徴的だったその髪型が、いつの間にかショートポニーになっていたからだ。

クリームヒルト「おはよう、二人とも……。 これ? ちょっと変えてみたんだ、似合うかな?」

パトリシア「似合ってるとは思うわ。 でもホントにどうしたの? まさか色恋沙汰とか?」

ベッタベタな勘違いをしてみせるパトリシアに、クリームヒルトは手と首を振って、慌てて訂正する。

クリームヒルト「そ、そんなのじゃないよ! ……ちょっとリボンをね、友達に貸しちゃったんだ」

パトリシア「友達に? オクタヴィアか、西行寺さん?」

クリームヒルト「うぅん、ちょっと遠くに住んでる、私の大切なお友達……」

クリームヒルトはそう呟くと、遠くを見るような目をしながら、ふっと微笑んだ。
何の話なのか、パトリシアが見当を付けかねていると、それまで話を聞いていたワルプルギスが、思い出したように呟く。

ワルプルギス「ん~、それってもしかしてほむらおねえちゃ……もがっ!?」

クリームヒルト「さ~て、ワルプルギスちゃん、学校に行こうね~」

言いかけたワルプルギスの口をクリームヒルトは手で塞ぐと、寺子屋へと押し込むようにその背中を押しはじめる。

パトリシア「何この慌てっぷり……、って言うかほむら、って……」

「詳しく聞きたいですか?」

パトリシア「うわあっ!? びっくりした……、誰かと思ったら、鴉天狗の新聞屋じゃない……」

あからさまな態度にパトリシアが訝しげな顔をしていると、いつの間に現れたのか文が顔を出してくる。

「あやや、これは失礼しました。 で、お話の方ですけど、まずはこの定期講読の契約書にサインを……」

クリームヒルト「文さん? 一体何をしてるんですか?」

「何ってそれはクリームヒルトさんの話をダシに新聞の契約を……って、クリームヒルトさん!?」

言いかけた文は、にこやかに笑っているクリームヒルトに気が付き、思わず後ずさる。
顔をひきつらせる文に対し、クリームヒルトは笑顔を浮かべたまま文に詰め寄る。

クリームヒルト「おかしいなぁ、あの時、あの場所には私とほむらちゃんしか居なかった筈なんだけど……、どうして文さんが知ってるんです?」

幽々子さんや概念の私だって席を外してたのになぁ~、と呟くクリームヒルトに、文の顔が瞬く間に蒼くなる。
実はあの時、文は連絡役を早々に済ませた後、少し離れた場所で、隠れてずっと覗いて居たのだが、今この場で、そんな事が言える訳がない。

「クリームヒルトさん、これには深い事情がありましてね……、とりあえずまずは私の話を……」

クリームヒルト「うん、それ無理」

クリームヒルトは一言で切って捨てると、魔力弾を生成し、それを文目掛けて解き放つ。


                      因果 『タイム・リピーター』



525 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 20:53:33.61 +Qld3n350 276/396

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

突如響いた爆発音に目をやると、寺子屋の方から噴煙が上がっているのが見えた。

魔理沙「なんだ? またやってるのかアイツらは……、懲りないヤツらだな……」

人里近くで営業していた屋台で夜通し飲んでいた魔理沙は、八目鰻を頬張りながら眉をひそめた。
魔理沙の言葉に、隣で一緒に飲んでいたオクタヴィアが、心底呆れた表情でツッコミを入れる。

オクタヴィア「アンタも他人の事を言える立場じゃないでしょ? またアリスの家でやらかしたそうじゃない」

今度はドアだっけ? と、オクタヴィアが尋ねると、魔理沙は乾いた笑いを漏らす。
ひとしきり笑ってから、魔理沙は酒をあおると、空を見上げながら呟いた。

魔理沙「今頃アイツら、何してるんだろうな……」

ミスティア「…………」

誰の事なのか魔理沙は言わなかったし、ミスティアも何も言わなかったが、それでもなんの事なのか察したオクタヴィアは、同じように空を見上げる。
思い出すのは、再会の約束だけを残して、盆の終わりと共に外へと帰って行った仲間たちの姿。

オクタヴィア「元気でやってるんじゃないかな。 暫くこっちに来る気はない、って言ってたし……」

魔理沙「それでお前は、寂しくないのか?」

オクタヴィア「寂しくない、って言ったら嘘になるけど、あたしにはクリームヒルトたちが居るし、それに……」

魔理沙「?」

オクタヴィア「アンタたちも居てくれるんでしょ?」

オクタヴィアの言葉に魔理沙は一瞬だけ、ぽかんと口を開けたままオクタヴィアを見て……、それから口元をつり上げた。

魔理沙「言うようになったな、お前も……。 それじゃ、外で頑張ってるアイツらの為に……」

そう言ってコップを差し出してくる魔理沙の意図を察し、オクタヴィアも自身のコップを手に取った。
オクタヴィアのコップに注がれているのは烏龍茶なのだか、この際それはどうでも良いだろう。

オクタ&魔理沙「「……乾杯」」




527 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 21:00:09.74 +Qld3n350 277/396

――――――――― 【焔の魔法少女】 @ 外の世界・見滝原市市街 ―――――――――

キュゥべえ「おや? ほむら、髪型を変えたんだね」

キュゥべえにしては珍しく、他愛ないと言うか雑談染みた言葉を漏らしたのは、
いつも通り魔獣狩りに現れたほむらが、いつもと違う姿でやって来た日の事だった。

ほむら「ちょっとね……、色々あったのよ……」

冷めた口調で素っ気なく返事をしていると、先に来てほむらを待っていた杏子が物珍しそうに身を乗り出してくる。

杏子「へー、リボン増やしてツインテールにしたのか……。 似合ってるじゃん」

ほむら「ありがと、お世辞でも嬉しいわ」

杏子「バーカ、誰がお前にお世辞なんか使うかよ。 人の好意は素直に受け取っておくもんだぞ」

互いに苦笑しながら、そんなやり取りをしていると、キュゥべえに聞かれない為だろう、幾分か声のトーンを落としたマミが、ほむらの耳元で囁く。

マミ「ところで暁美さん、その増えた方のリボンってもしかして……」

ほむら「これ? そうよ、あっちの“まどか”から預かったリボンよ。 御守り代わりにつけておこうと思ってね……」

杏子「おいおい、再会した時に返すんだろ、それ? 無くしたりするなよ?」

話を聞いてひそひそ話に加わった杏子に、ほむらは当然だと言うように頷いてみせる。

ほむら「誰が無くすものですか、肌身離さず持って歩くつもりよ」

胸を張らんばかりの勢いで、ほむらが宣言すると、少し憂鬱そうな顔をしたマミが、小さなため息をつく。

マミ「はぁ、妬けちゃうわねぇ……。 そんな一生モノの友達、一人でいいから欲しいわ」

ほむら「マミ、貴女は何を言っているの?」

杏子「だな、今のは聞き捨てならねーな」

マミ「?」

訝しげな表情をしたほむらたちに一斉に反論され、マミは思わず首を傾げる。
訳が分からないと言いたげなマミの態度に、今度はほむらたちがため息をついた。

ほむら「少なくとも私たちは、マミも同じくらい大切な友達だと思っているのだけど……? ねぇ?」

杏子「アタシらの片思いだったようだな。 ほむら、今夜一杯付き合ってくれよ」

ほむら「やけ酒ね。しょうがないから付き合ってあげる。 マミに嫌われちゃった者同士、朝まで飲みましょう」

呆れ顔から一転、意地悪げな笑みを浮かべつつ、わざとらしい慰め合いをし始めるほむらたちに、マミは顔を真っ赤にすると、声を張り上げた。

マミ「ちょっと!暁美さんも佐倉さんも意地が悪いわよ! それと、二人とも飲酒はダメよ。あっちじゃないんだからね!」

そのまま、コント染みたじゃれ合いを開始する見滝原の魔法少女たち。
そんな彼女たちの姿を見て、完全に茅の外に追い出されてしまったキュゥべえがぼやきとも愚痴ともとれる呟きを、ため息と共に漏らした。

キュゥべえ「やれやれ、お盆の行方不明騒動の後から増えた変な言動のせいで、今日も僕だけ置いてきぼりとか、まったく訳が分からないよ」




528 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 21:02:49.51 +Qld3n350 278/396




まどか、そっちで元気にやってるかしら?
さやかや、幽々子さんたちがついててくれてるとは思うけど、少し心配です。
私たちが、幻想(そっち)に行くその日まで、少し寂しいかも知れないけど、それまでさやかたちと待っててね。


私たちの方は相変わらず魔法少女として人知れず戦う毎日を送っているわ。
マミや杏子たちも元気でやってるから心配しないでね。 もちろん、私も元気よ。
と言うか、あの一件で、私も含めて良い意味で使命感が湧いたようで、みんな張り切りすぎて困るくらい。
マミたちは一番乗り気なのは私だ、なんて言うけど、決してそんな事はないわ……たぶん……いえ、きっと!


貴女から預かったリボンはあっちのまどかのリボンと一緒に、御守り代わりとして使わせてもらってるわ。
二つのリボンを使うために髪型を少し変えたら、事情を知らないキュゥべえに色恋沙汰かと疑われてしまったけど、私としては結構気に入ってるの。
返す頃には少し煤けてしまうかもだけど、約束だけは必ず守るから、見守っていてくれると嬉しいわ。


マミの攻撃が、弾幕戦を意識したモノになったとか、杏子が千歳ゆま、って言う女の子をつれ歩くようになったとか、
色々と話は尽きないのだけど、それらは全部、そっちに行った時の土産話にさせて頂戴。


書き足りない事ばかりなのだけど、今回はこのぐらいで失礼させてもらうわね。

次に会うその日まで、元気でね、まどか。
現世からいつも祈ってます。




暁美ほむらより、私の大切な親友のまどかへ




529 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 21:06:42.99 +Qld3n350 279/396

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

                      原作
                    東方project
                魔法少女まどか☆マギカ


                      出演

               クリームヒルト・グレートヒェン
                   西行寺幽々子


                博麗霊夢   霧雨魔理沙
               東風谷早苗  アリス・マーガトロイド
               十六夜咲夜  パチュリー・ノーレッジ
                射命丸文   聖白蓮

               オクタヴィア  シャルロッテ
                  エリー  ゲルトルート
                パトリシア  イザベル
                ギーゼラ   エルザマリア
                ロベルタ   ワルプルギス


                   暁美ほむら

                 巴マミ   佐倉杏子
              キュゥべえ
       美樹さやか(平行世界)   佐倉杏子(平行世界)


                魂魄妖夢  上白沢慧音
                 犬走椛   姫海棠はたて
               八坂神奈子  洩矢諏訪子
                 秋穣子   秋静葉
         レミリア・スカーレット   紅美鈴
              蓬莱山輝夜   八意永琳
                 小悪魔   稗田阿求

               火焔猫燐   ミスティア・ローレライ
                鍵山雛    水橋パルスィ
             古明地さとり   多々良小傘
             サニーミルク   ルナチャイルド
           スターサファイア   ゾンビフェアリー


                    八雲紫
                   鹿目まどか



           東方円鹿目・東方焔環神 総合イメージ曲
                    『コネクト』
            (魔法少女まどか☆マギカ OPテーマ)


            東方円鹿目 東方パートイメージ曲
                『色は匂へど散りぬるを』
                  (幽閉サテライト)


         東方円鹿目・東方焔環神 エンディングイメージ曲
                『KAZE NO KIOKU』
                 (SOUND HOLIC)


                  参考文献・画像

                 公式サイト(魔女図鑑)
                  ピクシブ百科事典
                  東方元ネタWiki


                 スペシャルサンクス

             弾幕案を投稿して下さった皆さま
              本作品を読んで下さった皆さま

530 : 東方焔環神[saga] - 2011/12/18 21:09:44.91 +Qld3n350 280/396

―――――――――――――― 十数年後、幻想郷・白玉楼 ――――――――――――――


                        「こんにちは~」


             「あら、いらっしゃい。 ごめんなさいね、急に呼んじゃって」

          「いえ、大丈夫ですから……、それで幽々子さん、話って言うのは……」

              「ああ、それはね、ちょっと会わせたい人が居るのよ」

                       「会わせたい人?」

                 「ええ、貴女の大切な、“お友達”よ……」

                 「私の大切なお友達、って、まさか……!」



               「ええ、そのまさかよ。 久しぶりね、まどか……」



         「ほむらちゃん!? ……そっか、とうとうこっちに来ちゃったんだね」

               「ええ、だから、あの時の約束、果たしに来たわ」

                   「ちゃんと覚えててくれたんだね……」

       「勿論よ。 一時たりとも忘れた事なんて無いわ。 まどかとの大切な約束だもの」


 「ティヒヒ、ありがとう……。 でもほむらちゃん、一つだけ訂正させて、私はまどかじゃなくてクリームヒルトだよ?」

       「あら、それなら私も訂正させてもらうわ。 だって私は暁美ほむらじゃなくて……」



―――――――――――――――― 同じ頃、円環の理 ――――――――――――――――

ほむら「今頃、魔女の“私”はあっちのまどかと会ってる頃かしら?」

まどか「気になる?」

ほむら「気にならない、と言ったらウソになるわね。 約束がちゃんと果たせたのか、とか結構色々と……」

まどか「紫さんに頼めば見に行けるよ、行ってみる?」

ほむら「う~ん、今は止めておくわ。 あっちの私とまどかに、水を差しそうで悪いし……、それに……」

まどか「?」

ほむら「貴女とも、積もる話はたくさんあるしね……」

まどか「てぃひひ、そうだね。 それじゃあ私、お茶を用意するね」

ほむら「それならマミやさやかや杏子たちも呼びましょう。 みんなでテーブルを囲んで……ね?」

まどか「……うん! そうだね、ほむらちゃん!」




                          < 東方焔環神 完 >



【関連動画】 ※作者さん自らが投稿した動画です。

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