ジャイアン『たまには、みんなで集まって飲もうぜ』
そんなメールが届いたのは、もう会社からかえろうかと思っていたときだった。
のび太「まぁ、たまにはいいかな」
僕はOK、と返信した。返事は、すぐに返ってきた。
『よし、じゃあ七時に駅前でな。ああ、あとしずかちゃんも呼んどけよ』
僕はしずかちゃん――今となっては僕の奥さんだ――に電話をして、駅前に行くように行った。
久しぶりにみんなに会える、と彼女は喜んでいた。
彼女が喜ぶと、僕も嬉しい。
のび太「みんなで会うのも、久しぶりだな……」
楽しみ、だった。
元スレ
のび太「……ごめんね」
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1222780318/
約束の十分前に駅前に着いた。
しずかちゃんと、ジャイアン、スネオはもう来ていた。
ジャイアン「おう、のび太!」
スネオ「久しぶりだな」
のび太「うん。ほんとに、久しぶりだね」
僕は笑って言った。
のび太「これで全員?」
ジャイアン「いや、出木杉も来るぜ」
のび太「出木杉か、あいつとも、長く会ってなかったな」
スネオ「そろそろ来るだろ。出木杉に限って時間に遅れるなんてことはないだろうからね」
と、その時、どこからか駆けてくる足音。
出木杉「……っと、もうみんな来てたんだ。遅れてごめんね」
出木杉、だった。
綺麗なスーツを、完璧に着こなしていた。
慶応義塾を出た後、メガバンクに入ってバリバリの銀行員をやっていると聞く。
なんの変哲もない中堅企業でのんびりやっている僕とは大違いだ。
のび太「久しぶりだな、出木杉」
出木杉「うん。久しぶり、のび太君。……しずかちゃんも」
しずか「ええ。久しぶり。ずいぶん凛々しくなったのね」
出木杉「へへへ」
ジャイアン「おう、これで全員そろったな。じゃあ行こうぜ」
スネオ「そうだね」
僕らは駅前にあった適当な居酒屋に入った。
居酒屋に来るのは久しぶりだった。
ジャイアン「とりあえず、生中5つで」
生で乾杯して、みんなで飲んだ。
話すことは、たくさんあった。
出木杉「スネオ君の会社、新しい事業はなんとかなりそうかい?」
スネオ「うーん……資金繰りにちょっとね」
出木杉「僕のところからいくらか出そうか?」
スネオ「いいのか?」
出木杉「いいよ。大丈夫。今結構余裕あるし、スネオくんなら、きっとうまくやるだろうからね」
スネオ「サンキュー。助かるよ」
出木杉「じゃあ、そのうち契約書を持ってくね」
スネオ「おう」
ジャイアン「剛田商店にもお願いしたいね」
出木杉「剛田商店にも?いや、全然だいじょうぶそうじゃないか」
ジャイアン「ちょっとした冗談だよ」
出木杉「ははは」
僕らは仕事の話をして、趣味の話をして、最近あったことを話して、昔のことを話した。
ジャイアン「それにしても、しずかちゃんは結局のび太にとられちゃったなぁ」
のび太「いやぁ」
しずか「ふふふ」
スネオ「まったく、この野郎」
出木杉「ははは。確かにそうだね」
ジャイアン「こんな運動も勉強も出来なかったやつのどこがいいんだよ?」
しずか「え……うーん、どこだろ?わかんない」
のび太「ひっどいなー……」
出木杉「ははは」
僕らは、そうやって笑って、そしてたくさん話した。
そして、その宴も終盤に差し掛かったころだった。
ジャイアンが、不意に何かを思い出したようで、僕に向かって言った。
ジャイアン「そういえば、最近こんなことがあったんだ」
のび太「うん」
僕は答えた。
ジャイアンは、真剣な顔で、続けた。
ジャイアン「この前、一人で飲んで、その帰り道、だったかな」
グラスを片手に、頭の中の記憶を引っ張り出しているようだった。
ジャイアン「不思議なものを、見たんだ」
いや、とジャイアンは言う。
ジャイアン「不思議……じゃないな。むしろあれは」
奇妙だった。
ジャイアンは言った。
……
俺はそのときいい感じに酔ってて、鼻歌を歌いながら家に帰ってた。
何の歌だったかも覚えてる。酔ってる割には妙にさえてたからな。
確かビートルズのレットイットビーで……いや、そんなことはどうでもいいんだ。
あの、空き地。あそこを通りかかったとき、変なものが空を飛んでいたんだ。
『変なもの?』
ああ。
変というより、存在しないはずのものだ。
……170センチくらいの人間が、空を飛んでたんだ。
真っ暗な空を、一人で、な。
ありえないだろ?
俺もそう思った。酔いで、変なものが見えるようになったんじゃないかと思ったんだ。
でも、よく見てみると、そいつの頭には、あれがあったんだ。
そう。
タケコプターだよ。
『タケコプター?そんな馬鹿な。もうドラえもんは未来に帰ったんだぜ?』
……ああ。
そうだよな。もうドラえもんが帰ったのが何年前だったのかも覚えてないな。
でもな、あれは間違いなくタケコプターだった。
黄色くて、小さくて。
音までも一緒だ。
俺、その音聞いて懐かしくなって、知らないうちに涙がにじんでた。
問題は、そこじゃないのにな。
問題は、タケコプターを使って飛んでいるのが、誰か、ということだったんだ。
俺は、空き地に入って、そいつに向かって声をかけたよ。
お前は、誰だ、ってね。
そいつは、俺を見た。
でも、暗くて顔は良くわからなかった。
太ってはいなかったな。特にやせてるようにも見えなかったが。まぁ、中肉中背、といったところか。
俺を見て、そしてすぐにはっとしたみたいだった。
繰り替えすが、顔はわからなかったけどな。
そんで、すぐに雷さんの家のほうに飛んでいって……
見えなくなっちまった。
ほんの一分くらいの出来事だ。
多分だけど。そんなもんだったと思う。
俺はその場をしばらく動けなかった。
あんまり驚いたもんだったからさ。
酔いも、知らないうちにきれいさっぱりなくなっちまってたよ。
ああ、時間帯を言ってなかったな。
居酒屋を出たのが11時ごろだったから、11時半とか、そんなもん。
のび太「それで……」
ジャイアン「ああ、もしかしたらお前じゃないかとも思ったけど、背格好が結構違ったからな」
出木杉「でも、なんで?ドラえもんは、もういないんだろ?」
ジャイアン「おう。問題はそこだよ。ドラえもんがいないのに、なんであの時あいつはタケコプターを持っていたのか……
あいつは、誰なのか」
スネオ「……ジャイアンの見間違いなんじゃないのか?」
ジャイアン「俺もそう思いたいけど、あまりにも記憶がはっきりしてるんだ。あれは、間違いなく実際に俺の目の前で起きた出来事なんだ」
しずか「……なんか、怖いわ」
のび太「……大丈夫、さ」
しずか「……」
ジャイアン「この話を、しようと思ってたんだけど、会うのが久しぶりで嬉しくて忘れてたよ」
ジャイアンは言った。
スネオ「タイムマシンは……?」
のび太「いや、それはないよ」
僕は言った。
のび太「ドラえもんが向こうに帰ったとき、タイムマシンは完全に凍結された。
僕がそう頼んだんだ。また会えると思うと、甘えが出ちゃうからね」
ジャイアン「そうか……」
出木杉「じゃあ」
出木杉は、僕ら全員の顔を見渡して言った。
出木杉「剛田君が見たって言うその人影は……どうやってタケコプターを手にいれたんだ?」
そして、と出木杉は言った。
出木杉「何のために……?
そんなこと、僕らには、到底わかるはずがなかったんだ。
僕らは大体その話題を繰り返して、その後何時間も居酒屋に居た。
そして気がつくともう閉店の時間で、それぞれ仕事のために家に帰った。
飲んだ量の割に、酔ってはいなかった。
気持ちが高ぶっていたのだろうか?
多分僕は、こう考えていたんだ。
もしかしたら、ドラえもんに、もう一度会えるかもしれない。
でも、実際に起こっていた出来事は、そんな甘いものじゃなかったんだ。
だが、それに気づくのには、もう少し時間が必要だった。
居酒屋でみんなで飲んでから一週間が経過した。
僕らは大体いつもどおりの生活を送っていた。
僕は七時の電車に乗って会社に行き、残業がなければ六時半には家に帰ってきた。
しずかちゃんはいつもどおり僕を迎えてくれて、いつもどおりおいしい夕飯を食べさせてくれた。
転機が訪れたのは、その更に二日後だった。
スネオが、タケコプターで空を飛ぶ人間を目撃した。
スネオ『多分男だった』
スネオは言った。
ジャイアン「まずいな」
何か、おかしなことが起きてるのかもしれない。
ジャイアンは言った。
僕らは、みんなうなずいた。
タケコプターで空を飛んでいる男の目的はわからなかった。
当然だ。僕らがわかっているのは、せいぜいその男の大体の背格好くらいだ。
そして、タケコプターで空を飛ぶのは夜だけ、ということだった。
のび太「今思えば」
僕は言った。
のび太「白昼堂々、タケコプターで空を飛んでいた僕らはどうかしてたな」
スネオ「でも、あの時はあれがふつうだったんだよなぁ」
僕らは今まで以上にお互い連絡を取り合い、注意しあった。
出木杉「気をつけなきゃだめだよ」
出木杉は言った。
出木杉「なんか、嫌な予感がするんだ」
居酒屋で飲んでから一週間後。
みんなでスネオの家に集まった。
タケコプターの男を目撃したのは、ジャイアンとスネオと、そして出木杉にと増えていた。
ジャイアン「これはいよいよおかしい」
ジャイアンは言った。
ジャイアン「あの男は、なにをしているのか。何をしようとしているのか。そして、それは何のために?」
それが判らない。ジャイアンは続けた。
のび太「こちらから動いてみよう」
僕は言った。
スネオ「こちらから?」
のび太「このままじゃ何も進展しないよ」
出木杉「でも……」
のび太「何か、大変なことが起こる前に、こちらからアクションを起こすんだ」
みんなは顔を見合わせて、そして、最後にうなずいた。
次の日の夜。
僕らは懐中電灯と護身用の小さいナイフを持って空き地に集まった。
時間は11時。あたりは、真っ暗だった。
ジャイアン「しずかちゃん、なんで来たんだ?」
のび太「僕も危ないと言ったんだけど」
しずか「あたしも、みんなの仲間でしょ?」
しずかちゃんは言った。
しずか「それに、今の状況だと、一人になるほうが危ない気がするのだけれど」
出木杉「確かに」
スネオ「……のび太、しずかちゃんから離れるなよ」
のび太「判ってるよ」
僕らは、お互いの目を見て、そして景気づけに時計を合わせた。
同じ時間を示す時計が、11時10分を刻んだ。
僕らは空き地を中心に、全員で固まって空を見上げながらぐるりと歩き回った。
特に、目だったものは見つからない。
のび太「出木杉が、そいつを見つけたのはどのあたりだ?」
出木杉「剛田くんやスネオくんと変わらないよ。この空き地のあたりだ」
ジャイアン「……今日は、特に変った様子はないな」
スネオ「日が悪かったのかな?」
しずか「その言い方、ちょっと違う気がするのだけれど」
スネオ「確かに」
のび太「……とりあえず、今日は異常はないようだな」
出木杉「……だね」
12時になり、僕らは解散した。
僕としずかちゃんは家に戻り、いつもどおり寝た。
そして、ようやくうとうとし始めたころだった。
なにか、物音がした。
屋根の上を、何かが動く音。
僕は反射的に枕元においておいたバットを握りしてめいた。
のび太「しずかちゃん、起きるんだ」
しずか「……なぁに?」
のび太「……僕の後ろで、動いちゃだめだ。いいね」
僕の剣幕にしずかちゃんは驚いて、そして納得したらしい。
僕の後ろにそそくさと隠れた。
僕はバットを下段に構え、窓に向かってゆっくりと歩いていった。
心臓が、高鳴る。
のび太「……ふぅ」
大きく、深呼吸をする。
僕は大きく窓を開け放った。
僕は屋根の上に躍り出て、すぐさま叫んだ。
のび太「誰だ?!」
僕の声が深夜の住宅街に響く。
その声の大きさに、僕自身が驚いた。
そして、その声に驚いたのと、目の前に人影を確認したのはほぼ同時だった。
暗闇の中に、確実に誰かが居た。
だが、相変わらずその顔は闇に隠れたまま。
のび太「誰だ?!」
僕はもう一度繰り返す。
暗闇の中で、そいつは動いた。
右手だけ。
こちらに向けた。
空気砲だ、と気づいたときは、もう遅かった。
『ドカン!』
そいつは叫んだ。
空気砲の、圧倒的な空気圧。
僕は、文字通り吹っ飛ばされた。
屋根の上から。
だが、僕の反応だって早い。
右手に持っていたバットを人影めがけて投げつけた。
確かな手ごたえがあった。
そして着ていた上着を脱いで、庭に生えていた木に引っ掛けた。
のび太「しずかちゃん!逃げるんだ!」
三度響く僕の声。
答えるしずかちゃんの声はないけれど、どたどたと階段を下りる音と、家中の電気がついたことで聞こえたということが判った。
僕は木にぶら下がりながら屋根の上を見上げた。
だが、もう既にそこには誰もいなかった。
聞き覚えのある、タケコプターの音だけが響いていた。
翌日は仕事を休み、ジャイアンの店に行った。
剛田商店。
昔からある雑貨屋。何度か拡張工事を行ったので、今は小学校時代の剛田商店の軽く4倍ほどの広さを持っている。
ジャイアンは仕事をしていたが、僕らの姿を見るとすぐに駆け寄ってきた。
僕は昨日起きた出来事を話した。
ジャイアン「そんなことがあったのか?!おまえ、大丈夫だったか?!」
のび太「このとおり。空気砲で打たれたところは軽く青くなってたけど」
ジャイアン「そうか……。しずかちゃんのほうは?」
しずか「うん、私は大丈夫。のび太さんが、守ってくれたから」
ジャイアン「ならいいんだ。のび太は、しずかちゃんの前だと男を見せるよな」
ジャイアンは笑って言った。
しかし、すぐに真剣な顔に戻っていった。
ジャイアン「……今日はうちに泊まっていけ。いや、しばらくは、かな」
僕としずかちゃんは無言でうなずいた。
その日の夜は、僕ら三人同じ部屋で眠った。
僕は天井を見上げたまま、ずっとぼんやりしていた。
あいつは……あの人影は、僕に恨みを持っているのか?
僕に恨みを持つような人物……いったい、誰だ?
考えても答えは出なかった。
僕は諦めて目を閉じて、ジャイアンのいびきを聞きながらその日は寝た。
次の日僕は剛田商店から会社へと向かった。
駅まで少し遠い。
いつもより早く起きなければならなかったので、朝が弱い僕にはつらかった。
駅で電車を待っていると、同じく出勤前の出木杉にあった。
出木杉「のび太君」
のび太「出木杉か」
僕は僕の家で起こった出来事を出木杉にも話した。
出木杉「なんだって?大丈夫だったかい?!」
のび太「なんとかね。軽くアザが出来たけど」
出木杉「何にしても……難儀だったね。でも無事でよかった」
のび太「まったくだよ」
出木杉「しずかさんは?」
のび太「ん。大丈夫」
出木杉「良かった」
と、出木杉が言うのと同時に電車が止まった。
出木杉「僕はここで降りるんだ」
出木杉は言った。
出木杉「また今夜連絡するよ」
あいにく、その日は残業が入ってしまった。
僕は9時まで会社で作業をして、そして9時半の電車に乗った。
のび太「早く戻らないとな」
僕は剛田商店まで急いだ。
……そのときだった。
不穏な空気を、感じた。
僕ははっとして振り返る。そこには誰もいない。
前を向く。やはりだれもいない。
のび太「……」
なんだ。
僕は剛田商店に向かって再び歩き出した。
そして、気づいた。
あたりが、やけに明るいことに。
剛田商店から、火の手が上がっていることに。
僕は駆け出した。
そこには既に消防車がいて、燃え盛る火に向かって必死で放水しているところだった。
のび太「しずかちゃん!ジャイアン!」
僕は叫んだ。
近くに居た消防隊員の一人に大声で怒鳴る。
のび太「なかにいた人は?!」
ああ、と、その消防隊員は答えた。
大丈夫です、中に居た二人とも、無事ですよ。
僕は安心から膝を突いてしまった。
ジャイアン「のび太!」
しずか「のび太さん!」
駆けてくる二人。
のび太「……あ、ははは。二人とも」
ほんとに、良かった。
火はすぐに消し止められたが、当然、僕らの寝る場所がなくなってしまった。
スネオに連絡して、迎えに来てもらった。
電話の向こうで、スネオはかなり動揺しているようだった。
スネオ「とにかく無事でよかったよ」
僕らはスネオの家に行くことにした。途中、出木杉から連絡があったので出木杉も拾っていった。
出木杉「誰がこんなことを……」
ジャイアン「考えてもしかたない……。だが、今回あいつは大きく動いた。何かを残しているはずだ」
のび太「……そうだね。明日、明るくなってから剛田商店に行ってみよう」
出木杉「僕も行くよ」
のび太「会社は大丈夫なのか?」
出木杉「そんな場合じゃないさ」
出木杉は言った。
火の消えた後の剛田商店は無残な姿だった。
消防と警察によれば、何が出火原因か今もってまだわかっていないらしい。
これは未来の道具による犯行だ。
僕らにはわかった。
ジャイアン「特にめぼしいものはないな……」
出木杉「やっぱり、そんな簡単に手がかりは残してくれないんじゃないかな?」
のび太「うーん……」
スネオ「……ここにいると、危ないかもしれない。見られているかも」
しずか「今日はもう終わりにしましょう。私、疲れちゃった」
しずかちゃんの案に皆で賛成した。
僕らはまたスネオの家に戻り、これからのことについて話し合った。
5人全員で行動すること。
夜は、変わりばんこに起きて番をすること。
今できることといえば、そのくらいしかなかった。
しずか「晩御飯、何がいいかしら?」
のび太「全員でそろってるんだ。何か鍋物でも」
ジャイアン「いいね。あったかいもの食べて元気つけないとな」
しずか「じゃあ、あったかくなるようにちげ鍋にでもするわね」
しずかちゃんが台所に消えると、僕らはまた向かい合って話した。
出木杉「……これからどうなるのかな」
のび太「わからない……でも」
出木杉「でも?」
のび太「犯人の好きには、絶対にさせない」
出木杉「……そうだね」
スネオ「だな。……あ、鍋、出来たみたいだよ」
しずか「熱いから、気をつけてね」
とにかく僕らは一塊になろうとした。
離れ離れになると、そこが狙われそうになる。
5人固まっていても、どこからか見られているような気配が、必ずした。
そのたびに僕らは周りを見渡して、安全かどうかを確認した。
しかし、その塊にも、穴が出来るんだ。
そりゃそうだ、四六時中、一緒にいることなんて出来ないんだから。
しずかちゃんが、いなくなった。
のび太「しずかちゃん!」
僕らは町中を探し回った。
探していないところは、どこにもない。
二度も三度も、同じ場所を探し回った。
でも、見つからなかった。
のび太「どこに……?!」
僕はあたりを見渡した。
そして、気づいたんだ。
さっきまで僕の後ろを走っていたはずのジャイアン。
その後ろに居たスネオ、出木杉。
みんな、いなくなってたんだ。
気がつかないうちに、僕は一人になっていた。
みんな、いったいどこへ?
わからない、わからない。
僕がいるここはどこだ?
僕は、何をしているんだ?
僕はしずかちゃんを探してた。そうだ。
そして、そうしている間に、みんながいなくなった。
みんながいなくなった。
僕は、一人。
だけど、僕の意識ははっきりとしていた。
だから、音も立てずに近づいていたそいつの一撃を、僕はかわすことが出来たんだ。
一瞬。
交錯する、視線。
僕はそいつの顔を、見た。
のび太「お前は……」
そいつは明らかに動揺していたが、僕にはわかった。
のび太「……お前は」
僕は言った。
のび太「……出木杉……なのか?」
だが、そいつは出木杉の面影はあったが、本当の出木杉ではなかった。
年は40くらいに見えるし、きれいなスーツを着て働いているような出木杉の面影はまったくなかった。
まったく別人と言っても良かった。
もしかして……
のび太「未来の……出木杉?」
そいつは、未来の出木杉は、僕の顔を見て、うなずいた。
出木杉「……そうだ。俺は、未来からやってきた、出木杉だ」
そいつは、静かにそういった。
のび太「……お前は、いったい何がしたいんだ?」
なんとか言葉を搾り出す。
出木杉「お前に話す義務などない」
のび太「何を……!」
そのときだった。
出木杉が、動いた。
僕の予想を大きく超えた動きだったために、僕はほとんど反応が出来なかった。
快速シューズを使っていたと気づいたのは、数秒後の話。
だが、気づいたときにはもう遅かった。
僕の懐深く入り込んだ出木杉は、僕の腹に強烈なボディブローを食らわせた。
意識を失うのには、十分すぎる一撃だった。
混沌とした意識の中で、僕はしずかちゃん、ジャイアン、スネオ、出木杉の顔を思い出していた。
みんなどこへ?
あの、薄汚い格好をしていた出木杉はいったいなんなんだ?
そんな疑問が生まれては消えていった。
そして、意識を取り戻したとき。
僕は、縄で縛られていた。
のび太「……これは?!」
くそっ。
僕は心の中で毒づいた。
なんなんだ、いったい。
あたりを見渡すと、同じように縛られたジャイアン、しずかちゃん、スネオ。そして出木杉の姿。
のび太「……くそ」
???「……やっと目が覚めたみたいだね、のび太くん」
のび太「……ああ」
やっぱり、そいつはそこに居た。
薄汚い格好をした、今の出木杉とはまるで違った、もう一人の出木杉。
のび太「タケコプターで飛び回っていたのはお前か?」
未来の出木杉「だとしたら?」
のび太「ジャイアンの家を燃やしたのも?」
未来の出木杉「だったらなんなんだ?」
のび太「なんでそんなことしたんだよ!!!!」
僕は叫んでいた。
のび太「なんの目的で、なんのつもりで、そんなことするんだ!?」
未来の出木杉はしばらく僕の目をじっと見ていた。
そして、静かに言った。
未来の出木杉「俺をこんな風にした……復讐かな」
のび太「僕が?お前を?どういうことだ?」
未来の出木杉「……まだわからないのか?」
のび太「……」
未来の出木杉「……じゃあ、教えてやるよ」
なんで、お前を襲ったのかを、な。
そいつは、そう続けた。
……
いつの時代の俺でもそうだ。
俺が、しずかさんを好きだったっていうことは、お前も知ってるよな。
そしてお前は俺としずかさんが結婚する未来のことも、知ってる。
だからこそ、許せないんだ。
お前はドラえもんを使って、未来を捻じ曲げた。
俺としずかさんが結婚する未来を壊して、お前としずかさんが結婚する未来を作ろうとした。
……いや、作った。
現に、お前はしずかさんと結婚してるからな。
お前に、ひとつだけ聞きたい。
俺の気持ちを一瞬でも考えたことが、あったか?
心の底から好きな人を、なんだかわからないロボットを使って、奪われた気持ちが。
ええ?
どうなんだ?
のび太「……僕は……」
確かに、そうだった。
僕は、ドラえもんの力を借りてしずかちゃんと結婚することが出来たのだ。
出木杉が、しずかちゃんを好きだということも、なんとなく、気づいてた。
だけど、知らないフリをしていた。
未来の出木杉「お前にしずかちゃんを奪われて、俺はやけになった。
お前の隣で縛られて、気を失っているそいつも、だぜ。今、お前のことをどう思ってるのか、お前は知ってるか?」
俺には手に取るようにわかる。
そいつは言った。
未来の出木杉「最初は、耐えられた。しかたのないものだと、自分で思い込んだ。それで、自分を守ろうとしたんだ」
のび太「……」
未来の出木杉「でも、だめだった。一度崩れてしまってからは、もう何もかも早かった」
僕は何もいえなかった。
ただ、そいつの話を聞くだけだ。
未来の出木杉「……知ってるか?もう、お前の隣にいる出木杉は仕事がないんだぜ?」
のび太「な……でも、スネオとだって契約を……」
未来の出木杉「その契約書を、お前は見たか?この前、電車で一緒になったとき、出木杉が降りた駅は本当に正しかったか?」
のび太「……そんな」
未来の出木杉「もう、そいつはぼろぼろなんだよ……」
それもこれも、とそいつはつづける。
未来の出木杉「すべては、お前のせいだ、のび太」
未来の出木杉「だから、俺はお前を殺すんだ」
静かに、言い放つ。
未来の出木杉「どの時代の出木杉も苦しめる、お前を」
取り出したのは、ナイフ。
未来の出木杉「……なぁ、これで、俺は楽になれるんだよなぁ」
のび太「……」
そして、僕は……
何も、出来なかった。
何も、いえなかった。
出木杉「……のび太くん?!」
隣の、出木杉が目を覚ますまでは。
未来の出木杉「……お前」
出木杉「……君は……」
出木杉と、未来の出木杉の視線が交錯する。
出木杉「……そっか、そういうことだったのか」
数秒後、出木杉は静かに言った。
出木杉「……全部、僕がやったことだったのか」
のび太「……出木杉」
出木杉「いや、いいんだ。これだけで、全部判るよ」
未来の出木杉「……」
出木杉「……のび太君、わかっただろ?僕が、君に対してどういう感情を抱いていたか」
出木杉「君に対する嫉妬、憎悪。それが、こんなことを引き起こしてしまったんだね」
のび太「出木杉、僕は……!」
出木杉「いいんだ。僕は君を恨んでいる。恨んでいる、けど、君にしかしずかちゃんを幸せに出来ないとも思っている。
なんでだろうね?ここ数週間で、だいぶ君の見方が変わったからかな」
のび太「出木杉……」
出木杉「なぁのび太君。しずかさんを、幸せにしてやってほしい」
のび太「え……?」
出木杉「頼んだよ!」
未来の出木杉「何をするつもりだ?!」
出木杉「……いま、僕がここで死ねば。未来の君は、存在しなくなる。そうだよな?!
僕あっての、君だからな?!」
そういって出木杉は、
自分の舌を、噛み切った。
のび太「出木杉!」
未来の出木杉「……てめぇ……なんてことを……」
がくり、と崩れ落ちる出木杉の体。
同時に、消えていく未来の出木杉。
未来の出木杉「てめぇえええええええええ!!」
叫ぶ、しかしどうしようも出来ないらしい。
未来の出木杉「ちくしょおおおおおおああああ」
そう叫んで、未来の出木杉の体は、
消えた。
僕は、そのすべてを呆然と見ていた。
舌を噛み切った出木杉。
そのせいで、存在が消えた未来の出木杉。
僕は、何も出来なかった。
のび太「……これで」
終わったんだな。
僕は、一人でつぶやいた。
風は冷たかったが、目頭は熱かった。
そんなことがあっても、日々は流れていく。
僕らの前から出木杉は消えた。
僕らは大体もとの生活に戻り始めて、普通に生活をし始めた。
それでも、僕はたまに空の向こうにいるあいつに声をかけずにはいられない。
なぁ、出木杉。
のび太「……ごめんね」
471 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2008/10/01 01:36:08.35 bqEmly1o0 48/48これで終わり。
パラドックスとか、そういうのいまいちわからないっていうか、そう言うの言い始めたらきりがないっていうか……
まぁ、ご都合主義だけどこんなもんで。
しずかと出木杉は結婚するもんだと勝手に思ってた。すまない。