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――――白の国・王都・魔法研究局局長邸
勇者「……ど、どうですか!?」ゼェゼェ
あの後僧侶の家をから転移魔法で武闘家の家へとやって来るなり勇者は局長の私室へと駆け込んだ。
魔王と闘わずに世界を救えるかもしれないという自分の閃きを一息に局長に話してみせた。
局長「…………」
勇者「局長さん?」
局長「あ、いや、すまないね。すっかり呆気にとられていたよ」
局長「……なるほど、逆転の発想か……今まで神樹に魔力を供給する手段ばかりを盲目的に考えていたからね……そういう着眼点は持ち合わせていなかったよ」
局長は机を人差し指で叩き、ブツブツと言いながら何か考えているようだ。
局長「……厳密な計算をしてみないと何も言えないけど成功の可能性は十分あると思うよ」
勇者「じゃあ……!!」
局長「ただし、君の考えを実現するためには言うまでもなく聖剣と魔剣の力が必要になる」
勇者「それは俺がなんとかしてみせます」
局長「そうか。……なら後は計算の結果が出るまで待っていてくれないかな。全速で計算してはみるけれどなにぶん複雑な計算法だし資料も少ない、精密な計算結果が出るまで時間がかかってしまうと思うけれど……」
勇者「わかりました、よろしくお願いします」ペコ
局長「あぁ。計算が終わったらすぐ連絡するね」
グウウゥゥゥ~~
その時勇者の胃が空腹を訴える音を立てた。
勇者「あ…………」
局長「フフッ、ご飯まだなのかい?」
勇者「そういや夕飯どころか昼飯すら食ってないや……」ハハッ
朝起きてから胃に入れた物は一かじりのパンと一口のスープ、それと紅茶が一杯。
腹の虫が鳴るのも仕方ないだろう。
局長「良ければ召し使いに何か作らせようか?」
勇者「じゃあお願いしま…………いや、やっぱりいいです」
局長「おや、そうかい?」
カアアァァッ
展開した転移魔法の青白い光に包まれながら勇者は言った。
勇者「宿屋のオッチャンが晩飯作って待ってますから」ニッ
――――王都・とある宿屋
バァン!!
勇者「ただいまっ!」
宿屋の入り口の扉を勢い良く開けると既に宿屋夫妻がそこで勇者の帰りを待っていた。
宿屋の亭主「おぅ、遅かったじゃねぇか」
勇者「悪ぃ悪ぃ」ナハハ
宿屋の妻「……今朝までとは別人だね」フフッ
勇者「ハハッ、やっぱり心配かけちゃってたか……」
宿屋の妻「そりゃあね、ここのところまるで生気の無い顔してたんだから当たり前さね」
勇者「色々とごめんな……」
宿屋の妻「いいんだよ、アンタが元気ならそれで」
勇者「おばさん……」
宿屋の亭主「そんなことより、だ」
勇者「?」
口にくわえていたパイプを勇者に向けて亭主が言う。
宿屋の亭主「冷めたら飯が不味くなっちまうだろ、さっさと食っちまえ」ニッ
宿屋の妻「そうだね、今日はビーフシチューと蜜鳥の唐揚げと熊貝のパスタだよ」
勇者「おぉ!!今日は俺の好物ばっかりじゃん!!」
宿屋の妻「ふふっ」
歓声を上げる勇者を見て彼女は笑い出した。
何故笑われたのか勇者が不思議に思っていると、勇者の疑問に気付いたのか彼女は答えを教えてくれた。
宿屋の妻「勇者が泊まりに来た日からアンタの好きなもんしか作ってないんだよ」
勇者「え!?そうだったの!?」
宿屋の亭主「なんだ、気付いてなかったのかよ」
勇者「まともに飯食ってなかったしメニューなんて全然気にしてなかったからなぁ……」
勇者「……って言うか全部俺好みのメニューって宿屋としてそれは大丈夫なのかよ?」ハハッ
宿屋の亭主「心配いらねぇさ」
パイプに新しい煙草を詰めながら亭主は笑って言う。
宿屋の亭主「なんせお前しか客がいなかったからな」ニッ
――――翌日・王都・路地裏の酒場
大勇者「いただきます」
手を合わせて挨拶すると大勇者は器に口をつけ味噌汁をすすった。
店主「…………」
大勇者「ふむ……少し味噌を入れすぎたんじゃないか?いつもよりしょっぱい気がするぞ」
店主「…………」
大勇者「まぁ私はこれくらいの方が好きだがな」ズズ…
店主「…………」
大勇者「ん?なんだ?そのもの言いたげな顔は」
店主「……ワシの店は酒場でのぅ、開店は夜からなんじゃ」
大勇者「そうだな、私もいくら酒場だからと言って昼間から酒を出すのはどうかと思う」
店主「昼間は準備時間でな、ランチサービスはしておらんのじゃ。ましてやモーニングサービスもしておらん」
大勇者「ほぅ。昔と変わらんな」
店主「ではどうしてお前さんは今ここでこうして朝飯を食っておるんじゃ?」
大勇者「私が腹を空かせてお前に朝食を要求したからだな」
悪びれた様子もなくそう言うと大勇者は魚の煮付けをおかずに白米を食べた。
口をモグモグと動かしながらウンウンと頷いている。
どうやら煮魚の味は高評価だったらしい。
大勇者「常連客にはサービスするものだぞ、それに飯代はちゃんと払っているだろ?」
店主「そういう問題じゃないわい」
店主「朝っぱらからここに来てはただ朝飯を要求するだけ……なんじゃ、大勇者殿は暇なのか?」
大勇者「戦がなければ勇者の仕事なんてほとんどないからな、暇なのは否定しない」
大勇者「何より……私が家に居たのでは会いに来づらいだろう」
店主「……?」
大勇者「なに、すぐにここを出ていくことになるさ」
店主「今回ばっかりはお前さんが何を考えてるのかわからんわい」
大勇者「……うむ、ごちそうさま。美味かったよ」フキフキ
手拭きで口の汚れを拭き取りながら大勇者は食器をきちんと揃えて置いた。
店主が食器を片付け厨房に持って行くと不意に来客を告げる鐘の音が響いた。
カランコロン
「うぃーっす」
無精髭の大男が来店した。
大勇者よりも遥かにガタイの良いその男こそが剣士。
かつて大勇者とパーティを組んでいた元白の国騎士団長の男だ。
髪の毛には白髪が混じっているものの健康的に焼けた顔でそう年老いては見えなかった。
大勇者「よっ」
剣士「あれ?大勇者じゃねぇか」
剣士は酒場に大勇者が居ることに驚いていた。
待ち合わせをしていた訳ではないようだ。
そのまま大勇者の隣の席へと腰かける。
店主「こりゃまた、久しぶりじゃのぅ」
剣士「よぅ爺さん、元気にやってるか?」
店主「まぁボチボチじゃな」
大勇者「そいうお前は白髪が増えたな」
剣士「うるせーよ。結構気にしてんだぞ」フンッ
店主「しかし緑の国に住んどるお前さんがなんでまた?城にでも何の用があるんじゃ?」コトッ
水の入ったグラスを剣士に渡しながら店主が尋ねた。
すると剣士の顔はみるみる曇り出した。
何か悪いことでもあったのかと思った店主だったがそれは要らぬ心配だった。
剣士「そんなの俺が知りてぇよ」
店主「?」
剣士「コイツに呼び出されたから来たんだよ。朝っぱらから白の国の城勤めの魔法使いが来て『大勇者様がお呼びですので至急いらっしゃって下さい』ときたもんだ」
剣士「何事かと思って白の国に跳んできたら城にコイツいねぇんだもんよぉ。勘弁してくれって話だぜ」
剣士「んで特にすることもねぇんならと思って時間潰しに爺さんにでも会いに来たらコイツがいたってワケ。まぁ探す手間が省けて助かったけどな」
店主「大勇者に振り回されるのは今も昔も変わらんのぅ」フォッフォッ
剣士「まったくだ」ハァ
そこで剣士は何かを思い出したようだ。
剣士「あぁ、そうだ」
店主「なんじゃ?」
剣士「そんなワケで俺飯も食わずに飛び出してきたもんで腹減ってんだよな。爺さん、なんか適当に朝飯頼むわ」
店主「残念じゃがワシの店はモーニングサービスはやってないんじゃ」
剣士「なんでぇ固いこと言うなよ、昔の常連だろ?馴染みの客にはサービスするもんだぜ」
店主「やれやれ……ちゃんと代金は払ってもらうからのぅ」
剣士「んじゃ、コイツにツケで」
大勇者「おい、大した額じゃないのだから飯代くらい自分で払え」
剣士「俺はお前に呼び出されて来たんだぜ?大した額じゃないんなら奢ってくれてもいいだろ」
大勇者「……ったく、しょうがない奴だ」フンッ
剣士「お前にゃ言われたかねぇよ」フンッ
二人がそんな下らないやりとりをしている内に店主が盆に朝食を乗せて持ってきた。
店主「ほれ」カチャッ
剣士「お、アサリの味噌汁に煮魚か、いいねぇ」
剣士「いただきまーす、っと……」ズズ…
剣士「ん……ちょっとしょっぱいな、味噌入れすぎじゃね?」
店主「…………」
剣士「まぁ俺は味濃い方が好きだからいいけどよ……」ズズズ…
店主「やれやれ、まったくお前さんらはそろいもそろって……」ハァ
剣士「?」モグモグ
大勇者「なんでもない、気にするな」
飯を頬張りながら剣士は腑に落ちない顔で二人の顔を見比べていた。
それを飲み込むと大勇者に尋ねた。
剣士「……んで、結局お前俺に何の用なんだよ、今日なんかあんのか?」
大勇者「用が無ければ呼ぶわけないだろ」
剣士「そりゃそうだけどよ」
大勇者「多分そろそろ来ると思うのだが…………」ピクッ
そこで大勇者の顔つきが変わった。
その顔は剣士が過去に何度も見た、大勇者が戦に臨む時の顔そのものであった。
大勇者「…………来たか」
店主「?」
カランコロン
剣士「!?」
店主「……!!」
大勇者「…………」
本日三人目の酒場の客は大勇者の実の息子――――100代目勇者だった。
勇者「……あれ?剣士のオッチャンがなんでここに?」
剣士「あぁ、俺は……」
大勇者「よぅ、よく来たな」
剣士「って喋らせろよ!!」
大勇者「……来る頃だと思っていた」
勇者「親父、俺……」
大勇者「お前が来た理由は察しがつく」
大勇者「……ついてこい」
勇者「え?えっと……」
大勇者「お前もだ、剣士」
剣士「俺も?」
それだけ言うと大勇者は立ち上がり早足で店を出ていってしまった。
しばし茫然としていた勇者達だったが直ぐ様我に返る。
勇者「ま、待てよ、親父!!」タタタッ
剣士「あ、まだ飯食い終わって……ったく、アイツどこ行くつもりだぁ?」
店主「さぁのぅ……ふむ、ワシもついて行ってみようかのぅ」
――――王都・郊外・練兵場
王都の北の外れ。
高く厚い石造りの壁に囲まれたその敷地は、白の国の兵士達が国のために日夜己を鍛えるための練兵場である。
毎日朝から模擬戦や練習試合、トレーニングに汗を流す若き兵士達の気合いの入った声が絶え間なく聞こえている。
その中でも一際広い第一練兵場では騎士団長が直々に新兵達に模擬戦の指導をしているところだった。
騎士団長「そこ!!隊列を組むのが遅いぞ!!」
若い白の兵士「ハッ!!」
騎士団長「戦場において一瞬の遅れは即刻死に直結する!!貴様のミス1つで仲間全員の命が失われることになるやも知れんのだぞ!!」
若い白の兵士「サー!!イェッサー!!」
書類にメモをとりながら騎士団長は彼らに指示を出す。
今回の模擬戦での反省点や改善点を事細かにチェックしているのだろう。
ギギィ……ゴォン
と、そこで第一練兵場の重たい扉が開き一人の男が入ってきた。
いや、正確には一人ではない。
少年が一人、大男が一人、それと老人が一人、先頭の中年の男に続いて入ってくる。
大勇者「よぅ」
騎士団長「だ、大勇者様!?」
勇者「おい、親父。いい加減説明しろよな!!」
騎士団長「勇者様!?」
剣士「お?おぉー!!久しぶりだなぁ!!」
騎士団長「それに先輩!?」
店主「なんじゃ、知り合いか?」
剣士「あぁ、昔の俺が騎士団長やってた頃の後輩だよ」
騎士団長(……誰だこの老人は?……あれ、でもどこかで見たことあるような気が……)
突如の現れた四人に困惑を隠せない騎士団長。
大勇者に勇者、元騎士団長に謎の老人という取り合わせ自体も疑問であったが一体彼らは何の用があってここに来たというのだろうか?
剣士「お前が騎士団長やってるってのは大勇者から聞いてたぜ。しっかりやれてるみたいじゃねぇか」
騎士団長「いえ、俺なんて先輩の足元にも及ばないですよ」
剣士「真面目で謙虚なところも相変わらずだな」ガハハ
騎士団長「あの……先輩達はどうしてここに?」
剣士「コイツに聞いてくれ」ハァ
騎士団長「?」
剣士がため息をつき大勇者を指差したところで大勇者が騎士団長へと話しかける。
大勇者「騎士団長」
騎士団長「ハッ!!なんでありましょうか」
大勇者「突然だがここをしばらく借りるぞ」
騎士団長「はい!!…………はい?」
つい一度返事をしてしまったものの慌てて聞き返した。
騎士団長「ええと……この第一練兵場をお使いになりたい……ということでしょうか?」
大勇者「あぁ」
騎士団長「しかし今新兵に模擬戦の訓練をしている最中でして……確か今日は第三練兵場が昼まで空いていたハズです。そちらはいかがでしょうか?」
大勇者「一番広くて頑丈なここが良いのだ。どうか譲ってはくれないか?」
騎士団長「はぁ……しかし……」
剣士「あー、なんかよくわかんねぇけど俺からも頼めねぇかな」
剣士「なんなら今度騎士団の連中に稽古つけてやるからさ、な?」
騎士団長「……わかりました。憧れのお2人に頼み込まれたのでは断れるハズもありません」
大勇者「すまないな」
騎士団長「いえいえ。ただ先輩、自分も含め騎士団員への稽古、お願いしますね」
剣士「あぁ、わかったよ」
大きく息を吸うと騎士団長は練兵場全体へ響くような大声で言った。
騎士団長「新兵諸君!!突然だが今から第三練兵場へ移動しそこで続きを行うことになった!!荷物をまとめて速やかに移動を始めよ!!」
当たり前だが突然下された命令に新兵達は不満たっぷりだ。
ざわざわ
「……なんでだまた?」
「おい、あれ大勇者様と勇者様じゃないか!?」
「うお!!本物か!?」
「どうでもいいよ、それよりも移動が面倒くせぇ~」
ざわざわ
騎士団長「つべこべ言うな!!騎士団を目指すなら下された命令には不満を言わず迅速に完遂してみせよ!!」
新兵達「サー!!イェッサー!!」バッ
ザザザザザッ!!
しかしそれでも兵士は兵士。
上官の一声に声を揃えて返事をするとテキパキと準備を済ませ第一練兵場は瞬く間に空になった。
剣士「ほー、なんだかんだ言ってすぐ動くじゃねぇか。お前の指導がいいのかもな」
騎士団長「よして下さいよ。どうせ大勇者様がいるから張り切っただけですって」
大勇者「あぁ。……そうだ、騎士団長、木刀はないか?」
騎士団長「木刀……ですか?ならそこの倉庫の中にあると思いますが……」
大勇者「わかった。ありがとう」
騎士団長に礼を言うと大勇者は大股で倉庫へ向かって言った。
勇者「何するつもりなんだよあの親父……」
剣士「俺にはアイツが何考えてんだかサッパリわかんねぇよ」
店主「そうかのぅ?ワシにはなんとなく分かったよ」フォッフォッ
剣士「ホントかよ爺さん」
店主「……ま、すぐに分かるじゃろ。……ほれ、戻ってきたぞぃ」
倉庫から戻ってきた大勇者はその手に二本の木刀を握っていた。
一本は至って普通の木刀。
もう一本はやや短めの木刀だ。
大勇者「使え」
大勇者は短い方の木刀を勇者に投げると言った。
勇者はそれを片手で受けとる。
父が何をしたいのか、なんとなく勇者にも分かってきた。
勇者「親父……まさかとは思うけど」
大勇者「そのまさかだ」
大勇者「今から私と試合をしろ。100代目勇者」
剣士・騎士団長「!?」
勇者「……やっぱりそうか」ニッ
大勇者の発言に剣士と騎士団長は目を見開いて驚いている。
勇者は真剣な眼差しで大勇者を見つめているが口元だけは笑っていた。
大勇者「私が負けたら聖剣はお前にくれてやる」
勇者「俺が負けたら?」
大勇者「聖剣は渡せない。聖剣に魔法をかけて未来永劫お前と契約ができないようにする」
勇者「…………」
大勇者「どうした、怖じ気づいたか?」
勇者「……いや、随分と簡単な条件だと思ってさ」ニヤッ
大勇者「口ばかりは一人前だな」フンッ
勇者「俺が勝ったら聖剣はもらう。約束は守れよ」
大勇者「私は待ち合わせの時間は守らないが約束は守るさ」
自嘲気味に大勇者はそう言ったが、父の一言は自分にも当てはまると気付き勇者もまた苦笑した。
大勇者「剣士!!」
剣士「?」
大勇者「お前が審判だ!!」
大勇者「制限時間は無制限、実戦形式のなんでもありの試合だ!!」
大勇者「最後まで立っていられた方を勝者とする!!」
剣士「……もしかして俺が緑の国から呼び出されたのって……」
大勇者「勿論このためだ」
剣士「審判なんて俺じゃなくてもできんだろうが!!わざわざ俺にやらせる必要あんのか!?」
大勇者「じゃあやめて帰るか?」
剣士「そういうことじゃ…………あ~~、くそっ」ハァ
剣士「……ったく、お前のそういうとこ、呆れて何も言えねぇよ」ガシガシ
剣士は頭をかきむしると観念したように深いため息をついた。
剣士「わかったよ、俺が審判やってやるからとっととおっぱじめやがれ」
店主「じゃがお前さんには聖剣の加護があるじゃろ?勝負にならんのではないか?」
大勇者「安心しろ、私は聖剣の力は使わない。それではフェアでないからな」
大勇者はそれだけ言うと練兵場の中心へ向かって歩いて行った。
剣士「おい、勇者」
勇者「ん?」
剣士はズボンのポケットから銀貨を一枚取り出すとそれを勇者に渡した。
勇者「なんだよこれ?」
剣士「代行料金」
剣士「それであのクソ野郎に一発ぶちかましてくれ」ニヤッ
勇者「ブハッ!!くくくっ、あぁ任せとけ!!」ニッ
笑いながら剣士に向けて親指を立てると勇者は大勇者の後に続いた。
騎士団長「まさか99代目勇者と100代目勇者の闘いが見られるだなんて……!!」
剣士「あれ? お前まだいたの? 新兵の訓練とやらにゃ行かなくていいのかよ」
騎士団長「カタいことは言いっこなしです、白の国の人間なら誰もが一度見たいと思っていた闘いが今から始まるんですよ!!」ワクワク
騎士団長「歴代最強の99代目勇者vs歴代最速の100代目勇者……これを見ずにいられますか!!」キラキラ
剣士「変なスイッチ入ると大分キャラ変わるのも相変わらずだな……」
剣士の言葉など意にも介せず騎士団長はこれから始まる親子対決に興奮を押さえられないようだ。
騎士団長「先輩はどっちが勝つと思いますか?」
剣士「俺か? う~ん……勇者にはガキの頃から剣の指導しててな、今じゃ俺よりも強いくらいだ」
剣士「でもやっぱ大勇者が負けるところは想像できねぇからなぁ」
騎士団長「俺は勇者様だと思いますね、『13秒完全試合』のこともありますし」
剣士「爺さんは?」
店主「ワシは……そうじゃな、聖剣の加護がなくとも本気で闘えばやはり大勇者が勝つかのぅ」
店主「まぁワシらはここで決着がつくのを見届けようではないか」フフッ
広い練兵場の真ん中まで来ると大勇者は軽くストレッチしながら勇者に尋ねた。
大勇者「さて……準備はいいか?」
勇者「あぁ。でも、親父ももういい歳なんだから無理すんなよ」ヘヘッ
大勇者「馬鹿言え、私はまだまだ現役だ。息子相手でも手加減なぞしないからな」
勇者「あったりまえだ。いつか本気で全力の親父と闘ってみたかったんだ、手を抜いたら許さねえからな」
大勇者「それで負けてもいいのか?」
勇者「いいや、俺が勝つね。絶対」
自信に満ちた勇者の声と真っ直ぐな瞳。
大勇者は「まだまだ若いな」などと思いつつも、目の前の息子と若き日の自分自身の姿が重なり不思議な気分になった。
大勇者「……フッ、いいだろう。後は剣で語るとしよう」
入り口付近にいる剣士に大声で呼びかける。
大勇者「剣士!!合図を頼む!!」
剣士「あいよー!!」
剣士は返事をすると軽く咳払いをし、腹の底から大声で叫んだ。
剣士「これより元白の国騎士団長の立ち会いにより、第99代目勇者と第100代目勇者の試合を始めるものとする!!」
剣士「制限時間は無制限!!勝利条件は最後まで己の足で立っていること!!」
剣士「双方異議は!?」
大勇者「ない!!」
勇者「ねぇ!!」
剣士「では…………」スッ
ゆっくりと片手を高く上げる。
それと同時に練兵場全体の空気が緊張する。
剣士の開始の合図を待ち皆が息を呑む。
騎士団長「…………」ゴクリ
店主「…………」
大勇者「…………」
勇者「…………」
剣士「はじめぇえ!!!!」
ヒュンッ!!
剣士の声が練兵場に響くやいなや勇者は得意の転移魔法で大勇者の背後をとる。
勇者(先手必勝!!)ビュッ!!
首筋目がけて木刀ひ振り抜く。
大勇者「甘いな」サッ
ガッ!!
だが大勇者は勇者の動きを完全に読んでいた。
背後を振り向くことすらせずに木刀で首筋への攻撃を防いだ。
勇者「チッ!!」
大勇者「お前の考えなどお見通しだ。私が何年戦場を駆けていると思っている」
勇者「んなろ!!」
ヒュンッ!!
またも神速の転移魔法で空間移動をする勇者。
今度は大勇者の左側面へと一瞬で移動し脇腹へ突きを放とうとする。
大勇者「甘いと言っただろ」サッ
勇者「!?」
しかしこの動きも大勇者には読まれていた。
空間転移をし終えると目の前には赤く輝く魔法陣が展開されていた。
カアアアァァァッ!!!!
大勇者『五重雷撃魔法陣・閃』!!!!
ドオォッ!!
大勇者の左手から一本に収束された巨大な雷撃が放たれた。
ズガガーーーン!!
ガラガラガラガラ……!!
練兵場を取り囲む石壁へと命中すると、石壁は派手な音をたてながら崩壊した。
空から見たら第一練兵場の石壁は今『C』の時になっているだろう。
騎士団長「な、なぁ……!?」
剣士「うへぇ、聖剣の加護も無しに五重雷撃魔法陣かよ。ホント規格外な野郎だぜ」
騎士団長「ま、魔力で強度を何十倍にも強化した特殊な石材で作られた分厚い石壁がこうも容易く……」ゴクッ
店主「そんなもの大勇者にとってはただの石と変わらんじゃろ」
騎士団長「歴代最強の勇者は伊達ではありませんね……」
騎士団長「……って勇者様は!?直撃を受けていたら死んでいるかもしれませんよ!?」ハッ
剣士「アイツに限ってそりゃねぇって、ホラ」
慌てる騎士団長をよそに剣士も店主も平然としている。
ヒュンッ!!
大勇者の背後、やや距離のある場所へ勇者は空間転移し攻撃を避けていた。
勇者「おいおい、いくらなんでも子供相手にあんなのぶっぱなすか……?」タラー
大勇者「すまんな、昔から手加減は苦手でな」
勇者「……どっかの猫耳みたいなこと言いやがって」
大勇者「なんだったらやはり手加減してやろうか?」
勇者「調子に乗んなよ」フンッ
カアアアァァァ!!
左手を大勇者へ向けてとかざすと空中に無数の魔法陣が展開されていく。
勇者「こっからが俺の本気だ」
大勇者「ほぅ……」
勇者『二十連炎撃魔法陣・灼』!!!!
ドドドドドドドッ!!
ヒュン!!ヒュヒュン!!
灼熱の火球達が大勇者へと高速で襲いかかる。
大勇者「……下手な鉄砲など数撃っても私には当たらんぞ」サッ
だが大勇者は狼狽えることもなく難なくそれらを避けてみせた。
ヒュンッ!!
火球の影から勇者が空間転移で現れ大勇者へと攻撃を仕掛ける。
勇者「おらぁ!!」ビュッ!!
ガッ!!
しかしその攻撃も防がれてしまった。
大勇者「これが本気か? 下らんな」
勇者「……いいこと教えてやるよ」
大勇者「?」
勇者「俺の鉄砲の弾はただの弾じゃないぜ」ニッ
勇者は空いている左手を体の横へと伸ばした。
丁度左手の前を先ほど放った上級炎撃魔法の一つが通りすぎる。
フッ!!
大勇者「!?」
次の瞬間、火球が突如として消えた。
あのままの進路であれば勇者の横を通りすぎ二人の背後へと飛んでいく筈だった炎撃魔法が忽然とその場から消えたのだ。
大勇者「ッ!!」サッ
考えるより先に一歩後ろへと大勇者が下がったのは歴戦の勇士が持つ勘故であった。
「このままここにいてはマズい」と直感したのだ。
ヒュンッ!!
大勇者が退いた直後、さっきまでいた位置に"真横から"火球が飛んできた。
炎撃魔法は前方にいた勇者が放ったものである。
直進する性質を考えればその一発は明らかに弾道がおかしかった。
大勇者「……転移魔法による炎撃魔法の空間転移か!!」
勇者「ご名答ッ!!」
勇者の声が背後から聞こえたかと思うと今度は後方から熱気を感じた。
瞬時に身を翻して後方から迫り来る二発の火球を打ち払う。
と、続いて右側面に勇者の気配。
勇者「おらぁ!!」ビュッ
大勇者「くっ!!」サッ
グルン!!
大勇者「……!?」
この攻撃をギリギリで回避すると今度は視界が上下反転。
これは相手を強制的に空間転移させ体勢を崩す勇者の得意技だ。
大勇者「チッ!!」バッ
クルッ
スタッ
頭から地面へと落下する直前に片手を地に着き、後転飛びの要領で体を起こした。
すると今度は四方から火球が向かってきていた。
大勇者「次から次からへと……まったく目が回りそうだな!!」ビュッ!!
ボボボボンッ!!
大勇者は文句を言いながら襲いかかる炎撃魔法を全て薙ぎ払った。
騎士団長「…………」
剣士「なんだ、さっきまであんなにやかましかったのに急に静かになったな」ククッ
騎士団長「あの……正直俺何が起こってるのか良くわからないんですが……」
剣士「俺もなんとか目で追える程度だからなぁ」
店主「簡単に言うと勇者は転移魔法で『自分自身』『大勇者』『炎撃魔法』を超高速で空間転移させることで予測不可能な全方位攻撃をかけて大勇者を翻弄しとるんじゃな」
店長「あらかじめ放っておいた炎撃魔法を空間転移させることで軌道を変える、大勇者に転移魔法をかけて体勢を崩す、その隙に自分も空間転移し攻撃をはかる……」
店主「あんな複雑でトリッキーな攻撃は瞬天の勇者にしかできないじゃろうな」フォッフォッ
騎士団長「さ、流石は神速の勇者ですね……!!」ゴクッ
剣士「その神速の全方位攻撃に対応してる大勇者も化け物だけどな」ガハハッ
と、ここで騎士団長はどうにも気になって仕方ないことがあるので店主に聞いてみた。
騎士団長「……あ、あの……ご老人?」
店主「なんじゃ?」
騎士団長「あなたは一体何者なのですか? どうもどこかで見たことがあるような気がしてならないのですが……」
店主「ワシか? フフ、ワシは寂れた酒場の老いぼれ店主じゃよ」ニコ
店主はどこにでもいるような老人の優しい笑みで答えた。
ヒュッ!!
勇者は火球をさばききったばかりの大勇者のすぐ目の前へと空間転移すると勇者は赤の魔法陣を展開した。
カアアアァァァッ!!
勇者『三重雷撃魔法陣・轟』!!!!
ズガアアァァァン!!!!
放たれた強力な雷撃が前方をいかずちの海に沈めた。
もうもうと立ちこめる砂煙を見ながら勇者は確かな手応えを感じた。
勇者「へへ、いくら親父でも今のタイミングなら……」
ブワァッ!!
が、砂煙が一瞬で吹き飛ぶと中から高速で大勇者が突進してきた。
大勇者「今のタイミングならどうしたって?」ビュッ!!
勇者「んなっ!?」
サッ!!
身を屈めて横薙ぎをかわすと軽く距離をとる。
勇者「マジかよ……三重最上位雷撃魔法陣だぜ? それ食らって無傷って……ホントに人間か?」
大勇者「命中の直前に私も雷撃魔法陣を展開して威力を相殺しただけだ、昔アイツもやっていたことだ」
勇者「アイツ……?」
大勇者「……いや、なんでもない」フッ
大勇者の言う『アイツ』が誰だか勇者には分からず首を傾げた。
大勇者はもっともだ、と小さく笑った。
大勇者は構え直すと勇者に話しかけた。
大勇者「……局長から聞いたぞ、魔王と闘うことなく世界を救うというお前の考えをな」
勇者「……!!……知ってたのか!!」
大勇者「あぁ、今朝早くに彼が家を訪ねて来てな。全てを聞いた」
勇者「だったらこんな回りくどい真似しなくても……!!」
大勇者「ハッキリ言おう。お前の考えは甘い」
事情が分かっているなら聖剣を譲ってくれても良いではないか。
そう言おうとした勇者を大勇者はバッサリと斬り伏せた。
勇者「なんだと!?」
大勇者「もしお前の考えた方法が失敗した時どうなる」
大勇者「どんなことが起こるかは分からんが、最悪の場合神樹が暴走し世界も崩壊するのではないか?」
大勇者「私は神樹については詳しくわからんがそれくらいなら分かるぞ」
勇者「…………でも!!」
大勇者「このまま戦争を続けていれば勇者と魔王と一部の人間の犠牲はあれど世界は安定を保つだろう」
大勇者「お前の考えは全世界の人間の命を巻き込んだ自分勝手な賭博にすぎん」
大勇者「私は世界を守る99代目勇者として、100代目勇者のそんなわがままを許すワケにはいかない」
勇者「何ふざけたこと言ってんだよ!?この世界の悲劇の繰り返しを断ち切れるかもしれねぇんだぞ!?」
勇者「だったら十分やってみる価値あるじゃねぇかよ!!」
大勇者「『やってみる価値がある』などと言うにはあまりにもリスクが高すぎると言っているのだ」
大勇者の言葉に勇者の中では熱い想いが沸き上がってきた。
怒りを込めた声でその想いを叫ぶ。
勇者「親父は……親父は昔からそうだ!!」
勇者「俺が何かをしようとしても頭ごなしに否定するだけだった!!」
勇者「過去のことを引きずってばっかりでてんで未来を見ようとしない……そういうところがずっとずっと大っ嫌いだった!!!!」
大勇者「フンッ、実の親に対し随分言ってくれるじゃないか」
大勇者「だが私に勝たねば聖剣は手に入らんのだぞ?どうする?」
勇者「決まってんだろ、親父に勝って聖剣は俺がもらう!!」
勇者「んでもって魔王と闘わずに世界を救って親父に俺を認めさせてやる……!!」
勇者は決意を込めた瞳で大勇者を睨みつけると構えをとった。
大勇者はそんな勇者に応えるように構え直す。
大勇者「フッ……いいだろう」ザッ
大勇者「ならばかかってこい!!馬鹿息子ォ!!」
勇者「行くぜぇ!!クソ親父ぃ!!」
カアアアァァァッ!!
二人は巨大な魔法陣を展開すると同時に叫んだ。
勇者『四重炎撃魔法陣・獄』!!!!!!!!
大勇者『四重氷撃魔法陣・絶』!!!!!!!!
ゴオオオオォォォォ!!
ビュオオオォォォォ!!
カッ!!!!
ズガアアァァァン!!
紅蓮に燃え盛る煉獄の火炎と空気すら凍らせる巨大な凍てつく氷の剣とがぶつかり合う。
相反する巨大な二属性の魔法がぶつかったことによる爆音は空気だけでなく練兵場全体を揺らした。
勇者「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」ビュッ!!
大勇者「はああああぁぁぁぁ!!!!」ビュッ!!
ガァン!!
ガガッ!!
カカァン!!
ガン!!
ガガーン!!
勇者と大勇者は雄叫びをあげながら木刀を振るう。
樫の木を削って作られた丈夫な木刀は二人の剣圧に耐えきれず今にも折れてしまいそうだ。
それほどまでに二人の闘いは激しいものとなっていた。
騎士団長「…………」ボーゼン
店主「フォッフォッ、どっちも火がついてしまったようじゃな」
剣士「大勇者がなんで俺を審判に指名したか分かったぜ……こりゃ普通の奴には審判なんてできねぇな」
騎士団長「せ、先輩はこの闘いがわかるのですか……?」ゴクッ
剣士「言ったろ、『普通の奴には審判なんてできねぇ』って。俺はアイツらみたいな化け物じゃねぇから流石にここまで闘いが激しくなったら何やってるかほとんどわかんねぇよ」
騎士団長「先輩でさえ……」
店主「『制限時間は無制限、最後まで立っていた方が勝ち』とはよく言ったもんじゃな」フフッ
剣士「まったくだぜ、それ以外の方法で決着がつくわきゃねぇよ、この闘いは」クククッ
闘いにまるでついていけず立ち上がる火柱と崩れゆく練兵場を眺めている騎士団長をよそに剣士と店主の二人はおかしそうに笑っていた。
勇者「おらああああぁぁぁぁ!!!!」バッ!!
大勇者「せやああああぁぁぁぁ!!!!」バッ!!
ガガッ!!
ドガァン!!
ガァン!!
ゴオォォ!!
剣士「…………」フッ
熾烈な二人の闘いを見て剣士はほくそ笑んだ。
店主「……どうかしたのか?」
剣士「見ろよ、爺さん。アイツのあの嬉しそうな顔」
剣士「まるで若いころ魔王と闘ってた頃みてぇだぜ」
剣士に言われて店主も大勇者の顔を見た。
激しい闘いのため一瞬しか見えなかったが、あんなに生き生きとしている大勇者の顔を見るのは本当に久し振りのことであった。
店主「フフッ、本当じゃな。息子の成長が喜ばしい気持ち、全力で闘えることが嬉しい気持ち、全力で闘うことで昔を思い出し懐かしむ気持ち……あの眼が全てを語っておるな」フォッフォッフォッ
剣士「……ったく、相も変わらず不器用な馬鹿野郎だ」ククッ
僅かに瞳を潤ませがら剣士は笑って二人の勇者の闘いの行く末を見届けていた。
――――――――
――――
――
―
勇者と大勇者の闘いは予想通り長時間に及んだ。
いつしか太陽は沈みかけ、西の空が綺麗な茜色に染まっていた。
ドサッ!!
勇者「はぁ……!!はぁ……!!」ハァハァ
ドサッ!!
大勇者「ぜぇ……!!ぜぇ……!!」ゼェゼェ
親子の闘いにより変わり果てた第一練兵場の中心で勇者と大勇者は同時に大の字に倒れこんだ。
手にしている木刀は折れ、魔力もすっかり空になり、立っている体力すらお互い残っていない。
大勇者「……フッ、なかなかやるじゃないか」ハァハァ
勇者「親父こそ、ここまでやるとは正直思ってなかったぜ」ハァハァ
大勇者「それは私の台詞だ」ハァハァ
荒々しく呼吸をしながら横目でお互いの顔を見た。
傷だらけで泥だらけの相手の顔がおかしくて笑い出しそうになる。
剣士「はいはい、お疲れさん」パチパチ
剣士がゆっくりと拍手をしながら二人の顔を覗きこむ。
店主「まったく2人とも酷い有り様じゃな」フォッフォッ
店主は地べたに寝転がるボロボロの二人の勇者の姿がおかしくて笑っている。
騎士団長は途中で新兵達の集団抗議に合い渋々練兵場を去っていったのでこの場には既にいなかった。
剣士「こりゃあ今回の試合は引き分けだな」
勇者「な、親父の方が先に倒れたぞ!?」
大勇者「馬鹿言え!!お前の方が先だ!!」
勇者「大体親父は途中で木刀を杖代わりにしてたじゃねぇかよ!!」
大勇者「それはお前も同じだろう!!それこそお前の方が先だろうが!!」
ぎゃーきゃー!!
剣士の審判に納得がいかない二人は不満爆発とばかりに言い争いを始めた。
剣士「2人とも負けず嫌いだからな」ガハハッ
店主「まったく、ボロボロの身体でようやるわぃ」フフッ
剣士「とにかく!!審判の俺が引き分けって言ってんだ。この試合はドローだ、分かったか!?」
勇者「う……はぁい……」
大勇者「チッ……仕方あるまい……」
渋々とジャッジの結果を了承すると二人はどうにか身体を起こした。
店主「ときに大勇者よ、引き分けの時は聖剣はどうするつもりなんじゃ?」
剣士「ん? そういや勝ち負けついたときのことしか決めてなかったな」
勇者「……なんなら明日またもう一回闘うか?」ハンッ
勇者はそう言ったが息子の挑発なぞ全く気にもせず大勇者は静かに言った。
大勇者「…………いや、その必要はない」
勇者「?」
大勇者「今日闘ってみてお前の実力が聖剣を継ぐに相応しいものだと分かったからな、聖剣は少しの間お前に貸しておいてやる」
勇者「……親父」
大勇者「だが勘違いするなよ。あくまで『貸す』だけだからな」
大勇者「事が済んだら私に返してもらうぞ。私はまだまだ現役の99代目勇者なのだからな」フッ
勇者「……あぁ。分かった!!」
息子の返事を聞くと大勇者は遠くの山をぼんやりと眺めた。
太陽の沈みゆく山の端は赤々としており夕暮れの空はえも言われぬほど美しい。
その場にいる四人の影は長く長く伸びている。
夕日に目を細めながら大勇者が言う。
大勇者「……なぁ、勇者」
勇者「……?」
大勇者「もし……私が先代魔王と闘う前にお前の言う魔王と闘わずにこの世界を救う方法にたどり着いていたなら、迷わず私はそれを実行していただろう」
大勇者「だが私はその方法に気付くことすらできなかった…………何故だかわかるか?」
勇者「さぁ……」
大勇者「私にとって世界で一番大切なものはお前と母さんだったからだよ」
勇者「…………」
大勇者「家族が一番大事というのはアイツにとっても同じことだったろう」
大勇者「だから私達は『家族が暮らすこの世界を守りたい』と切に願った」
大勇者「その想いが強すぎて他の方法を探す執念というか熱意というか……そういうものがお前に比べて少しばかり足りなかったのかもな」
大勇者「お前が今の魔王のことを本気で、心から、何よりも、大切に思っているからこそ、その考えが閃いたのだろう」
大勇者「当時の私達にはできなかったことだ」
勇者「…………」
勇者は黙って父の言葉に耳を傾けていた。
オレンジ色の夕日に照された父の顔は深い陰影をつくりながらもどこか満足気であった。
大勇者「だから……お前はお前の信じるもののため、お前の大切なもののため、お前の望む世界のために突き進め」
大勇者「この私をクソ親父と言うのなら私にできなかったことをやってみせろ」ニッ
大勇者はそう言って軽く握った拳を勇者へと向けた。
勇者「…………親父、ありがとう。絶対……絶対俺やってみせるよ!!」ニッ
勇者も拳を握ると自身の拳を父の拳に軽くぶつけた。
コツン、という音もない音が勇者にとってこの上なく心地好かった。
皮肉や悲しみの込もっていない父の笑みを久し振りに見た気がした。
大勇者「さて……今朝局長が私を訪ねて来たときに『計算の結果が出たと勇者君に伝えてくれ』と言っていたぞ。行ってみるといい」
勇者「なぁ!?……ったく、そういうことはもっと早く言えよな!!」
大勇者の言葉を聞くと力を振り絞って勇者は立ち上がった。
大勇者「彼に会いに行くならせめてシャワーぐらい浴びて行けよ、そんな汚ない格好じゃ失礼だからな」
勇者「分かってるって」
父に返事をすると早足で、だがおぼつかない足取りで勇者は練兵場を去っていった。
剣士「…………」グスッ
剣士は目頭を押さえて必死に涙を堪えている。
大勇者「……で、なんでお前は泣いているんだ?気持ち悪いな……」
剣士「だってよぉ、良い話じゃあねぇか、普段いがみあってた親子が互いに認め合うなんてよぉ」クゥ…
大勇者「泣くほどのことでもあるまい……相変わらず涙脆い奴だ」ハァ
剣士「でもよ、さっきの話で気になってたんだけど『勇者にとって魔王が大切』ってなんのことだ……?」
大勇者「あぁ、どうやら息子と100代目魔王は友人なのだそうだ」
剣士「なぁ!?そ、それじゃあ……!!」
大勇者「心配するな、魔王と闘わなくて済むかもしれん方法を息子が見つけ出したところだ」
剣士「マ、マジかよ!?」
店主は優しく微笑みながら大勇者に言う。
店主「……お前さん、勝負の結果はどうあれ最初から聖剣を息子さんに託すつもりじゃったな?」フフッ
大勇者「なんのことやら……」シレッ
剣士「で、どうなんだ?その方法ってのは上手くいきそうなのか?」
大勇者「さぁな、局長の話を聞く限りでは幾つか不安要素と問題点もあるようだ」
剣士「そうか……そりゃそうだよな、そんな簡単にいくわけねぇよな」
目をこすって涙を拭うと剣士は大勇者に言った。
剣士「なぁ、大勇者。勇者のために俺達にできることってなんかねぇかな……?」
店主「"達"ってなんじゃ、酒場の店主をカウントに入れるな阿呆」
剣士の言葉を聞き大勇者はイタズラをする子供の様にニヤリと笑ってみせた。
大勇者「フッ、私がただ審判をさせるためだけにお前を呼んだと思うか?」ニッ
二人にはその顔が若き日の勇者と重なって懐かしく感じられた。
――――王都・魔法研究局局長邸
バァンッ!!
局長が本棚から研究書を取り出そうとしていたところで局長室の扉が盛大な音を立てて開いた。
その音にびっくりして思わず研究書を床に落としそうになる。
おそらく彼の私室の扉がここまで激しい音で開いたことはない。
勇者「局長さん!!」ハァハァ
局長「おっとっと……!!」フゥ
落としそうになった研究書をなんとか受け止めて局長は息をついた。
局長「やぁ、勇者君。朝にはお父さんに事情を伝えたハズだが随分遅かったね」フフッ
局長は爽やかに笑ってみせた。
その笑顔は武闘家のものと良く似ている。
勇者「すみません、色々あって遅くなっちゃって……」
局長「……? どうしたんだい、よく見たら顔に何ヵ所も痣があるじゃないか、手当てしないと……」
彼は救急箱を取りだそうとしたが彼の心配などお構い無しに彼に言う。
勇者「そんなことより!!計算の結果が出たってホントなんですか!?」
局長「あぁ、本当だ。」
局長「君が中々来ないものだから何回も計算を繰り返して精度をより確実なものにしたから予測結果に関しては信用してくれて構わない」
勇者「……で、どうなんですか……?」ゴクッ
自分の仮説が正しいのか。
本当に魔王と闘うことなく世界を救うことができるのか。
それとも自分の希望はただのぬか喜びにすぎないのか。
はやる気持ちを押さえるように勇者はゆっくりと唾を飲み込んだ。
局長「そのことだが……」
話を切り出すと局長の顔に暗い影が差した。
いつものにこやかな彼の姿と相まってその影はとても暗いものに感じられた。
局長「残念だが君には悪い知らせも伝えなければならない……」
勇者「……?」
机の上の資料を手にとると局長は静かに計算の結果を語り始めた。
―――――――――
―――――
――
―
局長「…………と、言う訳だ」
勇者「………………」
局長の説明を聞き終えた勇者はしばらく口をきくことができなかった。
局長「正直な話、ありのままの事実を君に伝えることが心苦しくて仕方がない……」
勇者「……いえ、そんなこと気にしないで下さい」
局長も話をするのがつらかったのだろう。
その顔はやりきれないという想いでいっぱいだ。
勇者「後は……俺と魔王の問題です」
局長「…………結果を知っても……それでもやはり実行するのかい?」
勇者「……はい、多分魔王も分かってくれると思います」
勇者「俺達の手で世界を悲しみの連鎖から解き放てるならこれ以上幸せなことはありませんよ」フフッ
局長「…………そうか」
勇者の浮かべた静かな笑みは何かを悟っているように思われた。
局長は勇者に覚悟を問うのは無駄なことだと思いそうすることはやめた。
局長「やはり最後は君達頼みになってしまうね……」
勇者「なぁに、上手くやってみせますよ。きっと大丈夫ですって」
局長「…………」
勇者「じゃあ俺は武闘家達にこのことを伝えに行きますね」
部屋の扉に手をかけた勇者だったが何かを思い出して立ち止まる。
勇者「あ……でも……」
局長「分かっているよ、彼らには肝心の部分は伏せておくんだね。私も言わないようにする」
勇者「…………何から何までありがとうございます」
局長「いや、気にしないでくれ。世界を救う偉大な勇者の力になれるのならそれで構わないさ」
勇者「そうなれるように祈っていて下さい」フフッ
勇者「……じゃ、またいつか会いましょう」ニコッ
局長「あぁ、またね」
勇者は来たときとは対照的に至って静かに扉を閉めて局長室を後にした。
おそらく彼の私室の扉がここまで静かな音で閉じたことはない……。
――――王都・とある宿屋
魔法使い「お待たせー!」
大きな黒帽子を手で押さえながら魔法使いが勇者の宿泊する部屋へと入ってきた。
彼女が部屋の中を見回すと勇者、武闘家、僧侶が既にテーブルをとり囲んで座っていた。
勇者「遅ぇぞ、魔法使い」
魔法使い「ごめんごめん、ちょいと道に迷っちゃってね」ニャハハ
僧侶「なんだかみんなで集まるのは随分と久し振りな気がするね」フフッ
武闘家「そうですね、勇者が定刻通りに待ち合わせ場所にいるのがちょっと残念ですけどね」クスクス
勇者「ったく、一言余計だよ」
魔法使いは勢い良く席に座ると大きな瞳で勇者を覗きこんだ。
魔法使い「んでんで!!早速聞かせてよ、魔王と闘わずに世界を救う方法ってやつをさ!!」ガバッ
彼女はいてもたってもいられないとばかりに足をブラブラさせている。
帽子の中の猫耳は感度良好と言ったところだろうか。
前日勇者が会った時とは比べ物にならないほど顔色が良い。
勇者は局長から計算の結果を聞いてから仲間達の元を訪ずれ、『魔王と闘わずに世界を救う方法を話すから自分の泊まっている宿屋に集合』と伝えて回った。
すぐにその場で話しても良かったのだがいちいち三人に話すのは面倒だったので集まってもらうことにした。
ちなみに僧侶に会いに行った時に大勇者との闘いの傷を癒してもらったので今の勇者ははかすり傷一つない健康体だ。
勇者「まぁ待てって、その前に1つ分かったことがあるんだ」
魔法使い「?」
武闘家「さっき僧侶さんから聞いたのですが黒の国の青の国への奇襲攻撃はやはり魔王さんの指示ではなかったようです」
魔法使い「おぉ!!でもなんで僧侶がそんなこと知ってるの?」
僧侶「今家に側近さんが来てて側近さんから直接聞いたの。奇襲攻撃は魔将軍の独断によるものだって」
魔法使い「へぇ~……って、あれ?どうして側近さんが……??」
僧侶「えっと……そのことは後で詳しく話すね」アハハ
少し困ったように僧侶は笑って言った。
武闘家が判明した事実について補足説明をする。
武闘家「このことは有益な事実です……何故なら和平の希望が潰えていないということですから」
魔法使い「!!……そっか、魔王が奇襲攻撃を指示したんじゃないってことはまた和平に向けて頑張れるってことだね!!」
勇者「そういうことだ」ニッ
魔法使い「おぉ~!!なんか燃えてきたよ!!」
魔法使いはいよいよ上機嫌になってきた。
つい昨日まで塞ぎ込んでいたのが嘘のようだ。
魔法使い「勇者、もったいぶらずに早くその方法っての教えてよ!!」
勇者「あぁ、そのつもりだ。……だけどその前にみんなにお礼を言っておく」
勇者は机を囲む仲間達を改めて見て軽く頭を下げた。
勇者「俺がこの方法を閃くことができたのはみんながいたからだ。本当にありがとう」ペコッ
魔法使い「うんうん、どういたしまして♪」
武闘家「僕は身に覚えがありませんけどね」クスッ
僧侶「私も」アハハ
勇者「さて、んでその肝心の方法だけど……」
武闘家達に手の甲を見せるようにして右の手を広げると力強く握って力強い声で言った。
勇者「神樹をぶっ壊してこの世界から神樹を消し去る!!」
魔法使い「……へ?」
僧侶「え?で、でも神樹を破壊しちゃったら世界は崩壊しちゃうんじゃ……」
自信に満ちた勇者の声とは対照的に魔法使いの声は間が抜けていた。
僧侶の声は不安気だった。
『神樹を破壊すると広範囲の土地が死滅する』と聞かされていたのだからその反応ももっともだろう。
呆気にとられる二人をよそに武闘家が静かに言う。
武闘家「…………つまり世界崩壊を起こさずに神樹の破壊をする方法を思いついた、と」
勇者「流石武闘家、その通りだ」
勇者「僧侶の家で風船について考えて思ったんだ」
勇者「風船ってのは空気が足りなくなるとしぼんじまうし、外からつついたら破裂しちまう……これって神樹によく似てるんじゃないかなってな」
武闘家「なるほど、面白い発想ですね……神樹の魔力が尽きたら神樹は寿命を迎える、外からの攻撃によって魔力吸収を起こしながら崩壊する……そう見立てたんですね」
勇者「あぁ、だから風船が空気の入れすぎで破裂するように神樹に限界以上の魔力を注いでやれば神樹自体の魔力の許容量をオーバーした時に神樹は崩壊するんじゃねぇかなって考えたんだ」
武闘家「外から攻撃して神樹の生命力を低下させる訳ではないから周囲への魔力吸収は起こらない……」
勇者「そうそう。僧侶の家でサボテンの話聞いて閃いたんだけど神樹も植物なことに変わりはないんだ、魔力っていう水をやりすぎれば根腐れして枯れるだろう」
勇者「しかも武闘家に聞いた話じゃ神樹は10本全部繋がってるらしい」
勇者「だから1本でも神樹を魔力の膨脹によって破壊させればその"穴"から他の神樹の魔力も漏れていって連鎖的に全部を破壊できるってワケだ」
ここで武闘家は勇者の説明を聞いていて感じた疑問を素直に質問した。
武闘家「魔力を直接送り込む神樹についてはそうでしょうが……他の神樹は果たして本当にすんなり破壊できるのでしょうか?」
勇者「それについては武闘家の親父さんこと魔法研究局局長さんに計算してもらった」
勇者「計算だと他の神樹が周囲から魔力の吸収をしようとするより早く神樹達の魔力が"穴"から抜け出て枯れちまうだろうってさ」
勇者「魔力吸収による被害が出る可能性も少しはあるけど金の国の時みたいな酷いことにはならないだろうってさ」
武闘家「なるほど、父が昨日から書斎に込もっていたのはその計算のためでしたか」
勇者の話を聞いて魔法使いはすっかり希望を取り戻したようだ。
その眼にはかつての輝きが戻っている。
魔法使い「……すごい……すごいよ!!ホントになんとかなるかもしれないよ!!」
僧侶「でもなんだか話を聞くととっても簡単な方法じゃない……? それこそどうして今まで誰も気づかなかったんだろうってくらいに……」
武闘家「僧侶さんがそう思うのも無理はありませんね……ですが今まで多くの研究者達は神樹の寿命を伸ばすために魔力を供給する新しい方法を探し続けてきました」
武闘家「その念頭には『神樹の破壊は絶対不可能』という思いがあったからです。実際僕もそうですが研究者と言うものは一度絶対にこうだ、と思い込んでしまったものはなかなか拭いされないものなんですよ」
武闘家「ですから固定観念に囚われず柔軟な発想ができた勇者だからこそ思いつけた方法ですね」
勇者「まぁそのへんは魔法使いが馬鹿みたいなこと言ったおかげでもあるけどな」ハハッ
魔法使い「えへへ~」
魔法使いは嬉しそうに笑ってみせた。
まるで勇者の考えは自分が一から考えたのだと言わんばかりに誇らしげだ。
そんな魔法使いをよそに武闘家は勇者に話の最も重要な部分を尋ねた。
武闘家「で、勇者。神樹に魔力の膨脹を起こさせるほど膨大な魔力をどうやって注ぎ込むつもりなんですか?」
勇者「そのことなんだけどな、局長さんの話によると一瞬で爆発的な魔力を注ぎ込まなきゃならないらしい」
武闘家「でしょうね……そうでなければ1本の神樹に注いでいた魔力が他の神樹へと拡散して1本だけを破壊するというのは難しいでしょう」
勇者「あぁ、だから神樹に魔力を注ぎ込むのは俺と魔王がやる」
僧侶「勇者君と魔王ちゃんが……?」
勇者「あぁ、聖剣と契約した勇者と魔剣と契約した魔王の全力全開ありったけの魔力をブチ込んでやる」
勇者「勇者か魔王どっちかが死んだ時に発生する魔力だけで神樹全部の生命力を健康体まで回復させられるんだ、俺と魔王が全力で魔力を1本の神樹に注ぎ込めば破壊なんて訳ないさ!!」
魔法使い「なるほどね!確かにそれならいけそうだねも!!」
僧侶「うん、私も勇者君と魔王ちゃんが力を合わせたらきっとできる気がするよ」
武闘家「………………」
明るくそう言う魔法使いと僧侶をよそに武闘家の顔は曇っていた。
何かを考えているようだ。
勇者「つーワケで明日の夜、魔王の城に行って魔王に事情を話して説得しようと思うんだ」
魔法使い「勇者の話を聞いたらきっと魔王も分かってくれるって☆」
勇者「んでお前らには陽動をやって欲しいんだよな」
僧侶「陽動?」
勇者「あぁ、側近さんの話を聞くと魔王の城の守りについてるのは魔将軍直属の部下達らしい」
勇者「数はそう多くないみたいだけど精鋭揃いだ、しかも……」
僧侶「肉体強化で狂戦士化している可能性がある……」
勇者「あぁ」
側近の話によると狂戦士化の術は既に完成しているらしい。
魔将軍がその術で私兵を強化していないとは考えられなかった。
魔法使い「狂戦士……?」
勇者「詳しいことは後で僧侶に聞いてくれ。とにかくいくら俺でも1人じゃそうすんなりとは魔王には会えないだろうってことだ」
武闘家「そのための陽動を僕達に頼みたい……と」
勇者「そういうこと。具体的には魔王の城に一番近い砦で思いっきり暴れてくれればいい」
勇者「敵襲ってことで城の兵達が砦に向かって守りが手薄になったところで俺が魔王に会って説得してくる……これで行こうと思う」
魔法使い「暴れるだけなら任せといて、派手にやっちゃうよ」ニャハハ
僧侶「私には回復ぐらいしかできないけどそれでも頑張るね!!」
武闘家「…………分かりました。引き受けましょう」
勇者と魔王が闘うという悲劇的な未来を変えることができるかもしれない。
しかも作戦が上手くいけば魔王と夢見た戦争のない世界を本当に作り出せるかもしれない。
希望と期待に仲間達は胸を膨らませていた。
…………ただ一人、武闘家を除いて。
勇者の説明が終わったので武闘家は軽く手を鳴らして言った。
武闘家「では今日はこれで解散にしましょうか。明日に備えて各自今日はゆっくり体を休めましょう」
魔法使い「りょーかい!」
僧侶「うん、分かった」
魔法使いと僧侶は椅子から立ち上がり帰り支度をしていたが武闘家は一向に帰宅する素振りを見せない。
不思議に思った魔法使いが彼に尋ねる。
魔法使い「……あれ?武闘家は帰らないの?」
武闘家「僕は勇者と明日のことについてきちんと段取りを考えておくとしますよ、いくらなんでも大雑把な説明だけでしたからね」ハハッ
僧侶「そっか……なら私も……」
武闘家「いえ、すぐ済みますし明日改めてお2人には話しますから僕だけで十分ですよ」フフッ
僧侶「そ、そう……?」
武闘家「えぇ。ではまた明日会いましょう」ニコッ
いつものように爽やかに笑って武闘家は二人に別れを告げた。
魔法使い「おやすみ~☆」
僧侶「おやすみ、勇者君、武闘家君」
勇者「おう、おやすみ~」
別れの挨拶をしてから二人は去っていった。
扉が閉まってしばらくしてから武闘家は話を切り出した。
その眼はいつになく真剣だ。
武闘家「さて…………勇者、僕が1人でここに残ったのは明日の段取りの確認をするためだけではありません」
勇者「ん?」
武闘家の顔からは先ほどまでの笑顔がすっかり消えている。
勇者の瞳を真っ直ぐに見つめると低い声で言った。
武闘家「神樹を膨張させ破壊させるほどの魔力の注入…………果たして本当に勇者と魔王さんは無事で済むのですか?」
武闘家にそう問われ勇者は椅子に腰かけたままゆっくりと背伸びをした。
そのまま小さく息を吐くと悲しそうに笑って武闘家を見た。
勇者「……やっぱり、お前にはバレちまったか……」ハハッ
武闘家「やはりそうでしたか……」
武闘家も悲しそうに返す。
勇者「もしかして局長さんに何か聞いてたのか?」
武闘家「いえ、父には何も」
勇者「よく分かったな……上手くごまかしたつもりだったんだけどな」
ポリポリと頭を掻きながら勇者は困ったように言う。
武闘家「僕も自分で神樹について調べていましたからね。人間が死ぬときの魔力は人間が一生のうちに使える量の何倍にもなると知っています」
武闘家「勇者と魔王……魔力増幅装置の力を得た彼らが"死んだ時"に発生する魔力だからこそ神樹達の生命力を回復させることができるのです」
武闘家「生きたままの彼らの魔力を全て注ぎ込んだとしても全ての神樹の生命力を回復させることは到底不可能ですからね」
武闘家「勇者の話を聞いた時にここだけがどうにも疑問でした」
勇者「…………流石だな」
武闘家「それに……」
勇者「?」
武闘家は勇者を見ると優しい笑顔で言った。
武闘家「勇者の嘘はすぐ分かりますよ、何年の付き合いだと思ってるんですか」
武闘家「付き合いの長さでは魔王さんには及びませんが勇者と一緒にいた時間は僕の方が長いですからね」フフッ
勇者「そういやそうだなぁ……お前が俺のことなんでも知ってるように俺もお前のことなんでも知ってるもんなぁ……」
武闘家「おや?勇者が知らない僕のことなんていくらでもありますよ?」
勇者「ふーん……例えば?」
武闘家「そうですねぇ…………」
武闘家はやや考えるとなんてことない声色でしれっと言った。
武闘家「僕と魔法使いさんが2年前から付き合っているとか」
勇者「ブフォアッ!!」
全く予想もしていなかった台詞が飛び出してきたものだから勇者は驚愕のあまり吹き出した。
武闘家「どうです?知らなかったでしょう?」
勇者「は!?えぇ!?魔法使いとお前が!?え、だってそんな……ぇえ!?」
武闘家「彼女の自由奔放なところが一緒にいて楽しくてですね、僕から告白しました」
武闘家「とは言え勇者達に知られるのは照れくさかったのでずっと内緒にしてましたが」
勇者「そ、そんな……ぶ、武闘家とあの魔法使いが……」
武闘家「…………フフッ」
と、そこで武闘家は肩を揺らして笑いだした。
勇者「?」
武闘家「フフフッ、冗談ですよ、冗談。何本気にしてるんですか」クスクス
武闘家「まったく、ちょっと考えればすぐ嘘だと分かるじゃないですか。面白いな~」クスクス
勇者「な……なんだよ、嘘かよ……」
勇者は疲れて肩をガックリと落とした。
勇者「……ったく、かなわねぇな。お前には昔からからかわれてばっかりだ」ハハッ
勇者は苦笑すると椅子の背もたれに身体を預けた。
そのまま頭を後ろに倒し天井を見つめた。
魔力灯の明かりに眼を細めながら天井の木目をぼんやりと眺める。
勇者「……いつからの付き合いだっけ、俺ら」
武闘家「僕らが9歳の時ですから8年くらいでしょうかね、大勇者様に連れられて勇者が家に遊びに来たのが僕達の出会いですよ」
勇者「あ~、思い出したよ。そういやお前の部屋にあった漫画が面白くて借りてったんだっけ」
武闘家「ちなみにその時の漫画はまだ返してもらってません」
勇者「えぇ!?嘘ぉ!?」ガバッ
武闘家の言葉が信じられなかったのか勇者は突然身を起こした。
武闘家「ホントもホントです。いつ返してくれるのかとずっと待っていたんですがね」
勇者「あちゃ~、言ってくれれば良かったのに……悪かったな、じゃあ今度返すわ」
武闘家「8年分の利子は大きいですよ」
勇者「お前に借りをつくると怖いな」ハハッ
武闘家「勇者への貸しなんて両手両足の指を使っても数え切れないのでとっくの昔に数えるのを止めましたよ」フフッ
二人はお互いを見つめ合い無邪気に笑いあった。
学校に入る前から、学生時代から、卒業してから……こうしていつも二人で下らないことで笑いあっていた気がする。
『親友』というものはなんとことない冗談で笑いあうことのできるこういう関係を言うのかもしれない。
武闘家「…………で、どうなんですか?本当のところは」
ひとしきり笑った後、武闘家が本題に入った。
勇者は何も隠し立てすることなく事実を彼に打ち明けた。
勇者「あぁ…………局長さんの計算によると俺と魔王の全魔力を注ぎ込めば9割方は成功するだろうってさ」
勇者「でも正直ギリギリらしい。悪くすれば俺達は死ぬし、生き残っても廃人になるか身体のいくつかの機能が停止するかもしれない……良くて一生魔法が使えない身体になるらしい」
武闘家「そうですか…………」
悲し気な武闘家をよそに勇者は普段と変わらぬ明るい声で言った。
勇者「でもな、俺はそれでもいいと思ってる」
勇者「俺のこの命で世界を悲しみの渦から解き放てるなら……それで満足さ」
勇者「魔王もきっと同じことを言ってくれると思うんだ」
武闘家「……フフッ、なんとも勇者らしいですね」
そんな勇者を見て武闘家は笑みをもらした。
勇者「なぁ武闘家、僧侶達にはこのこと……」
武闘家「分かってますよ、僕達には伏せておきたいと思ったから話さなかったのでしょう?」
武闘家「なら僕は勇者の意志を尊重するだけです」
勇者「ありがとな、武闘家」
武闘家「いいえ、勇者のわがままに振り回されるのは慣れてますから」フフッ
勇者「お前がダチで良かったよ」ハハッ
武闘家「……さてと、じゃあそろそろ明日の段取りを決めるとしましょうか。まずは魔王さんに会って彼女を説得しないことにはお話になりませんからね」ニコッ
――――黒の国・魔王の城・地下研究室
勇者と武闘家が明日の作戦の段取りについて話し合っている頃、黒騎士は魔将軍に秘密の地下研究室へと招かれていた。
黒騎士「驚きましたな……まさか城の地下にこのような部屋があったとは……」
魔将軍「姫君にすらここのことは伏せてあるからな」
黒騎士「ま、魔王様にもですか? 魔将軍殿はここで一体何を……」
魔将軍「なに、すぐに分かる」
魔将軍が壁のボタンを押すと歯車の動く不快な音が聞こえ奥の部屋へと続く隠し扉が開いた。
魔将軍「ついてこい」
黒騎士「は、はぁ……」
魔将軍に続き異臭のする薄暗い小部屋へと黒騎士は足を踏み入れた。
黒騎士「な、これは……!?」
小部屋に入った目の前の光景に黒騎士は言葉を失った。
今にもはち切れそうな筋肉の鎧を身に纏い、身体中から血管の浮き出た何人もの魔族達が鎖につながれていたからである。
不気味な赤い眼は鋭い眼光を放ち、血に飢えた野獣を彷彿とさせた。
「フゥー!!フゥー!!」
「クカカ……クク……!!」
「グルルルル……!!」
言葉とは言い難い唸り声がいくつも発せられる。
まるで動物園の檻の中にでもいる気分だ。
魔将軍「私の直属の部下達だ」
魔将軍が事もなげに説明した。
黒騎士「ぶ、部下……ですか!?彼らは一体……」
魔将軍「肉体を限界以上に強化する実験の成功体が彼らだ。理性と自我が飛んでしまっているが心配することはない、私の命令には絶対服従するようになっている」
黒騎士「…………」ゴクッ
目の前の魔族とも魔物とも言い難い生物達のおぞましさに黒騎士は息を呑んだ。
黒騎士「魔将軍殿はずっとここでこの研究を……?」
魔将軍「まぁそんなところだ。無論これだけの研究をしていた訳ではないがな……」フッ
他にどんな研究が?
そう聞きたかった黒騎士だがその前にどうしても聞いておきたいことがあった。
もしもの事態にそなえて右手を軽く下げた。
この位置からなら一秒かからずに抜刀できる。
黒騎士「ま、魔将軍殿?」
魔将軍「なんだ?」
黒騎士「魔王様にも隠している極秘の研究……どうして私にこうして見せているのでしょうか……?」
魔将軍「……ふむ、思った通りだな」
魔将軍は冷徹な笑みを浮かべて言った。
魔将軍「やはり貴様は勘が良い」ニヤリ
黒騎士「くっ!!」バッ
後方へ飛び退きながら抜刀する。
剣を構えつつ魔将軍に注意を払った。
黒騎士「やはり私も彼らのようにするおつもりなのですね!?」
魔将軍「あぁ、そうだ。だが貴様には彼らを率いる役目についてもらうつもりだ、光栄に思え」
黒騎士「下らない!!私も武人の端くれ、肉体の鍛練も無しに手にした力になど何の魅力も感じはしません!!まして精神を代償にするなどもっての他!!」
魔将軍「そうか……できれば素直に私に付き従って欲しかったが残念だよ」スッ
魔将軍は腰に差していた広刃の大剣を抜いた。
黒騎士「?」
見たこともない剣だった。
魔将軍が今まで使っていた剣ではない。
血の様な赤い刀身にはところどころグロテスクな目玉模様がついている。
いや、模様ではない。
ギョロギョロと気味悪く動く様はどうやら本物の眼のようだ。
魔将軍『裏魔法陣・亜音』
カアアアァァァッ!!
黒騎士「なっ!?」
黒々とした光が魔将軍の身体を包みこんだ。
次の瞬間、黒騎士の視界から魔将軍が消えたかと思うと自身の腹からは気味の悪い眼球を動かす赤い刀身の剣が"生えていた"。
黒騎士「がっ……!?」ガフッ
ブシャアァァ!!
溢れ出す血とともに急激に意識が遠退いていく。
自身の血でできた血だまりに黒騎士は倒れこんだ。
魔将軍「…………」ヒュッ!!
ピシャッ!!
彼の背後で魔将軍が無表情で剣を振って刀身についた血を払った。
魔将軍「さて……」
カアアアァァァ!!
黒騎士の遺体を紫色の妖しげな魔法陣の光が包んでいく。
魔将軍『裏魔法陣・狂魔転生』
ゴゴゴゴゴゴ……!!!!
魔法陣から発生した赤黒いもやのようなものが黒騎士の身体へと入り込んでいく。
黒騎士「」ドクンッ!!
止まっていた筈の黒騎士の心臓が再び動き出す。
黒騎士「」ドクンッドクンッ!!
メキメキ……!!
メリメリ……!!
筋肉が盛り上がり血管が浮き出てくる。
黒騎士「コフー……!!コフー……!!」ギンッ!!
黒騎士……いや、黒騎士だった"何か"の瞳は赤く輝き小部屋にいる生物達と同じ野獣と化した。
魔将軍「こんなところか」キンッ
魔将軍は剣を鞘に納めると小部屋の奥の何もない暗闇を見て呟いた。
魔将軍「……ようやく下準備は整った。後は時が来るのを待つのみ……」
――――翌日・白の国・王都・路地裏の酒場
夜が更けていた。
今宵は新月。
月明かりは無く、空には星達が瞬いているのみである。
老いぼれ店主の経営する寂れた酒場には一組の親子の姿があった。
大勇者と勇者である。
店主は例によって気を効かせて奥の部屋へ行っている。
勇者「…………」ゴクッ
勇者はひどく緊張していた。
目の前にいる父の手には聖剣が握られているからだ。
大勇者「何をそんなに固くなっている」フッ
勇者「いや、なんかいざ聖剣と契約するってなったらなんかさ……」
大勇者「そう身構えることはない、ただ聖剣を鞘から抜けばそれで契約完了だ」スッ
勇者「わ、わかった……」チャッ
大勇者から聖剣を受け取ると勇者は柄を静かに握った。
勇者「…………」
眼を閉じて心を落ち着けようとする。
勇者「…………せやぁ!!」カッ
眼を見開くと一気に聖剣を抜き放ってみせた。
カアアァァァ!!!!
勇者「なんだ!?」
聖剣を鞘から引き抜くと勇者の足元には白く輝く魔法陣が形成された。
白く輝く眩しい光が勇者を包む。
『聖剣と契約を交わす者よ……』キイィン
勇者「!?」
脳に直接響く重々しい声。
『今こそ汝に全ての真実を……!!』キイィン
ドドドドドドドドドドドド!!!!
勇者「ぐっ……く……がぁああ!!!!」
脳に聖剣に刻まれた膨大な量の記憶が刻まれていく。
極限まで引き延ばされた一瞬は勇者の時間を停止させた。
――――――――
さっき聞こえた重々しい声とは別の若い青年の声が勇者に語りかけてきた。
『君が100代目勇者か……はじめまして、だね』
『……誰だ?』
『僕は最初の……つまり初代勇者さ。生前に意識の一部を聖剣に移したことで、こうして聖剣と新しく契約を交わした勇者に戦争の真実と世界の全てを語る役割をしているんだ』
『へぇ……』
『君の記憶を少しだけ覗かせてもらったよ。どうやら99代目の勇者から世界の真実については既に聞いているようだね』
『あぁ、だからアンタは特に話さなくてもいいぜ』
『ハハッ、仕事がなくなってしまったよ。だいたい20年ぶりの仕事だから少し張り切っていたんだけどね』フフッ
『なんだそれ』ハハッ
『記憶を覗かせてもらうついでに君のやろうとしていることも知ったよ』
『そっか』
『もし君の願いが実現できたなら世界は神樹の支配から逃れることができる……これは何百年もの間、成しえることのなかった人間の悲願が遂に達成されるということだ』
『なんか大袈裟だな……』
『いや、決して大袈裟などではないさ。僕が生きていた頃のように世界中の人間達が争い合うことのない平和な世界がまたやってくるかもしれないのだからね……』
『…………』
『頑張って、100代目勇者。意識しかない僕も聖剣の中で応援しているよ』
『……あぁ、ありがとう。必ずやってやるさ!!』
『フフ……何百年もの間、こんなに希望に満ち溢れた勇者に出会ったことはないよ……君は誰よりも『勇者』なのかも知れないね…………』
次第に青年の声は小さくなっていき、遂には完全に聞こえなくなった。
続いて数多の思い出が勇者の頭の中に入ってくる。
それが過去の勇者達の記憶なのだと理解するのにそう時間はかからなかった。
ある勇者は魔王との決戦を前に二人で酒を飲み交わしていた。
お互いの不幸な運命を酒の肴にして苦笑しながら杯を進めていたようだ。
また別の勇者は仲間達と共に魔王に挑んでいた。
仲間達と力を合わせて魔王を倒すために剣を振るう勇者達の姿は昔話でよく聞く『悪の魔王を倒すために闘う勇者とその仲間達』の姿そのものであった。
また別の勇者は聖剣の力に耐えられず、反動で身体が衰弱していながらも魔王に挑んでいた。
敵である魔王からもその身体について心配されていたようだが『死ぬ最後の瞬間まで勇者でありたい』と血を吐きながら魔王と闘っていた。
そんな風に各代の勇者の記憶が一人ずつ勇者に刻まれていった。
最後に勇者が見た勇者の思い出は若き日の父の姿だ。
先代魔王と思われる人物の心臓を聖剣で突き貫いた父の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
先代魔王も涙を流しながら息絶えていたがその顔はどこか安らかでもあった。
――――――――
勇者「くっ……がはっ……つぅ……」ハァハァ
勇者の意識が現実に戻ってきた。
とてつもない量の情報を一瞬で脳内に刻まれたせいで頭が割れそうに痛い。
勇者「うぅ……頭痛ぇ……」ズキズキ
大勇者「ハハッ、そう言えば私も同じ思いをしたよ、懐かしいな」
頭を押さえる息子を大勇者は笑いながら見ていた。
大勇者「さて、これで契約完了だ」
勇者「……すごいな、力を込めてもいないのに身体の奥から魔力が溢れてくるみたいだ……」
勇者は意味もなく手を開いたり閉じたりしてみた。
生まれ変わって自分が自分でなくなったかの様な不思議な感覚だ。
それほど今の自分の身体は力に満ちていた。
大勇者「分かっていると思うがその力はお前の生命力を削って手にしているものだ、聖剣と長く契約していればそれだけ寿命が削られて肉体は朽ちていく」
大勇者「……もし私の身体に神樹に魔力を注ぐのに耐えられるだけの体力が残っていたなら、その役目はお前にやらせずに私がやっていたのだが……」
大勇者は悔しそうに拳を握った。
勇者「いいってそんなの。俺が考えた方法だ、俺が自分でやらなくてどうすんだよ」
大勇者「……そうか」
勇者「……よし、聖剣との契約も済んだし俺ももう行くな」
聖剣を背負い酒場から出ようと出口へと一歩踏み出した勇者を大勇者は引き留めた。
大勇者「…………待ってくれ、勇者」
勇者「?」
大勇者「私はお前に一つ謝らなければならないことがあるんだ」
大勇者は神妙な面持ちで、顔一面に罪悪感をあらわにして今まで隠していた事実を打ち明けた。
大勇者「お前の母さんが魔族に殺されたと言うのは……実は嘘なのだ」
大勇者「お前が魔族を憎みやすくするためにそんな嘘をついていた……すまなかった」
勇者「…………」
勇者は父の告白を聞いて少しの間何もしゃべらなかったが、やがて口を開くと怒りも悲しみも込もってはいない、至って普通の声で言った。
勇者「…………知ってた。流行り病だったんだろ?」
大勇者「なっ……」
大勇者は驚き目を丸くした。
今までずっと勇者には秘密にしてきたというのに何故彼は本当のことを知っていると言うのだろうか?
勇者「母さんが入院してた病院さ、医者にも看護師にも入院してた人達にも口止めしてたみたいだけど……母さんが入院した日に退院してった同じ病室の人は流石に盲点だったみたいだな」
勇者「何年か前にたまたまその人に会ってさ、『お母さん元気になったかしら?』なんて聞かれたもんだからその時に全部知ったよ」
勇者「病気で死んだ母さんを魔族に殺されたことにしてまで親父は俺に魔族を憎ませたいのかとずっと思ってたけど……ホントのこと知って親父の気持ちも分かったら今はそんなこと気にしてないよ」
大勇者「……すまなかったな、勇者」
大勇者は改めて息子に頭を下げた。
深い謝罪の念が見てとれた。
勇者「謝んなくていいって。ただ……そのさ、母さんってどんな人だった?」
大勇者「そうだな……一緒に居るだけで不思議と周りの人々を笑顔にさせてくれるような……そんな女性だったよ」
勇者「へぇ……」
大勇者「母さんとの出会いは青の国でな、先代魔王との闘いで気を失い河に流されていた私を母さんが助けてくれたんだ」
勇者「ほ~、そん時は流石の親父も99代目の魔王に負けたのか」
大勇者「馬鹿言え、あれもドローだ」フンッ
勇者「ハハッ、そりゃ失礼。それでそれで?」
大勇者「それでその……母さんが私を看護してくれてな、その姿に私は一目惚れしてしまったのだよ」
勇者「ブハッ!!いい歳したオッサンが何が一目惚れだよ」ケタケタ
大勇者「えぇい、うるさいな、話している私だって恥ずかしいのだ」ムカッ
それからしばらく親子は時間も忘れて談笑していた。
思えば父と子で笑いながら話し合ったことなど今まで長いことなかった。
長らく感じることのなかった『家族』というものの温かさと結びつきを、ほんの束の間ではあるが二人は心地よく感じていた。
大勇者「……ところでお前、行かなくていいのか?」
大勇者が時計を見て言った。
勇者が先ほど酒場を出ていこうとしてからもう随分経っている。
勇者「んなっ!!やっべぇ!!完全に遅刻じゃねぇかよ!!」
勇者「……ったく親父の話が長いから……」ブツクサ
大勇者「お前だってすっかり聞き入っていただろうが」
勇者「…………」
扉の前で立ち止まると勇者は振り返り、父の顔を見て笑って言った。
勇者「んじゃ、行ってくるぜ、クソ親父」ニッ
大勇者「あぁ、行ってこい、馬鹿息子」ニッ
大勇者に見送られ勇者は酒場を後にした。
勇者が酒場を発って少ししてから、様子をうかがうように店主が奥の部屋から出てきた。
店主「行ったようじゃな」
大勇者「あぁ」
大勇者はグラスに入ったいつもの酒で喉を潤す。
店主「……気になる情報が入っていてな」
店主の瞳は穏やかな老人の優しい瞳ではなく尖った刃物の様に鋭かった。
大勇者「なんだ?」
店主「魔将軍が何やら不穏な動きをしているようじゃな」
大勇者「やはりか……」
大勇者「アイツが死んでからというもの魔将軍は何かを企んでいるようだったからな」
大勇者「100代目魔王が勇者と闘おうとするこの機に乗じて何か仕掛けてくるだろうとは思っていたさ」
店主「……どうするつもりじゃ?」
そう尋ねる店主に大勇者は笑って返した。
大勇者「私の考えていることなど分かってるのだろう?」フッ
店主「フォッフォッ、そうじゃな、顔を見れば分かるわい」フフッ
グラスに入っていた酒を一気に飲みほすと椅子から立ち上がり低い声で大勇者は店主に言った。
大勇者「宿屋にいる剣士を呼んでこい。準備が整い次第、私達も行くぞ、"爺さん"」
――――王都・白の神樹前広場
酒場を出た勇者が待ち合わせの場所へと駆けていくと既に仲間達が一堂に会していた。
魔法使いがいち早く勇者に気付き声をかけた。
魔法使い「おっそいよ勇者~、待ちくたびれたよ~。まったく遅刻ジョーシューハンには呆れるよ」
勇者「うるせぇ、お前だって昨日遅刻してきただろうが」
魔法使い「あたしは2、3分でしょ。勇者は15分だもん罪の重さが違うってもんだよ」
勇者「はいはい……と、側近さん、身体は大丈夫か?」
勇者は仲間達と共にいる側近に身体の調子を尋ねた。
魔王の城近くの砦まで転移魔法で跳ぶため、今回の作戦には側近の協力が必要不可欠だった。
側近「えぇ、まだ本調子ではありませんがそれでも十分体力は回復しました。これも僧侶さんのお加減です」
僧侶「いえいえ、私はそんな……」
勇者「とにかく今日はよろしく頼むな」スッ
勇者は側近へと向き直ると右手を差し伸べた。
側近「こちらこそ」スッ
それに応えて側近も手を差し伸べ、か細い指で勇者の手を握った。
武闘家「その背に背負っているのが聖剣ですね」
勇者「あぁ」
勇者が背負う鮮やかな装飾の施された剣を見て武闘家が言う。
美しい白銀の鞘は思わず見入ってしまうほどに美しかった。
魔法使い「お~、あたしこんな近くで見るの初めてだよ!」
僧侶「私も初めて……」
魔法使い「ねぇねぇ、抜いてみせてよ!」
勇者「別に今見なくたっていいだろ、後でいくらでも見れるんだからさ……」
魔法使い「え~、ケチぃ」
勇者「……ったく、わかったよ、ほら」
面倒臭そうに勇者は背中の聖剣をゆっくりと抜いた。
スラァ……
曇り一つすらないその刀身は星明かりしかない闇夜の中でさえ輝いて見えた。
刀身を走る蒼の紋様のえも言われぬ美しさは、もはや武器の細工ではなく一級の芸術品だ。
魔法使い「お~~!!」
僧侶「綺麗……」
勇者「もういいだろ」
ヒュンッ
キィン!!
満足した魔法使いを見て勇者が聖剣を鞘に戻すと武闘家が話始めた。
武闘家「では皆さんそろったところで今日の作戦の説明と行きましょうか」
武闘家「まず側近さんの転移魔法で魔王の城に最も近い『魔巌の砦』へと転移します」
魔王の城を取り囲む三つの巨大な砦の中で南の平原にそびえ立つのが魔巌の砦である。
城からの距離が比較的短いことと、地形の関係上、城から増援を送りやすいことからこの砦を攻めることになった。
武闘家「そこで砦に奇襲攻撃を仕掛けてできるだけ騒ぎを大きくします」
武闘家「騒ぎの知らせが城へと届けば、砦の防衛のために城の兵達が魔巌の砦へと向かってくる筈です」
武闘家「城の兵がゼロになるとは思えませんし、兵士達は警戒して城の守りを固めようとするかもしれませんが、それでも騒ぎを起こす前よりは兵力が確実に減っているでしょう」
武闘家「砦への奇襲攻撃を開始して十分時間が経ったら勇者は魔王さんが残していった魔法具を使い城へと向かって下さい」
勇者「わかった」
武闘家「僕と魔法使いさん、僧侶さん、側近さんはその間砦で兵士達と戦って勇者が魔王さんに会って説得する時間を稼ぎます」
武闘家「勇者が魔王さんの説得に成功したら恐らく兵が退くでしょう。僕らの役目は時間稼ぎであるということを忘れずに」
魔法使い「おっけー!」
僧侶「傷の手当ては任せてね」
側近「皆さんに遅れをとらぬよう私も全力を尽くします」
武闘家の説明が終わったところで側近が少し悲しそうな顔で勇者に話しかけた。
側近「……勇者さん」
勇者「ん?」
側近「本当は私も魔王様の元へ向かいお会いしたいのでのですが……おそらく私が行っても何の役にも立てないでしょう」
側近「世界に絶望し冷えきってしまわれた魔王様の心を溶かすことができるのは勇者さんだけです」
側近「魔王様のこと、よろしくお願いいたします」
勇者「……あぁ、任せろ」ニッ
勇者は力強く微笑んでみせた。
自身の無力を悔やむ側近を励ますとともに自分自身を鼓舞するためだ。
勇者「……じゃ、行くぜ!!」
魔法使い「いつでもいいよっ!」
僧侶「私も!」
武闘家「では、側近さん」
側近「はい、参ります!!」
カアアアァァァッ!!!!
青白い転移魔法の光が彼らを黒の国へと誘った。
彼らがその場から消えた後、一陣の冷たい風が吹いた。
その夜の風に吹かれて白の神樹は静かに枝葉を揺らしていた。
――――黒の国・魔王の城・王の間
ギイイィィ……
魔王の城、王の間の扉が重々しく開いた。
カッカッカッカッ
続いて規則的な足音が聞こえてくる。
薄暗い王の間、その玉座に深々と座る魔王の前へと魔将軍が跪く。
魔王「……何用だ?」
魔将軍「ハッ、只今魔巌の砦から連絡が入りました。恐ろしく強い少数の人間達の奇襲にあっている……と」
報告の内容を聞いた瞬間、魔王は全てを悟った。
魔王「…………ようやく来たか、待ちわびたぞ」
魔将軍「やはり100代目勇者とその仲間達でしょうかな」
魔王「まず間違いあるまい」
魔王は重々しい声で魔将軍に指示を出す。
魔王「魔将軍よ、貴様は城に残る貴様の私兵を全て率いて魔巌の砦へ向かえ」
魔将軍「全て……ですかな?」
魔将軍「しかしそうなっては城の守りが……」
魔王「構わん。この城は私と100代目勇者との決戦の場だ。誰一人巻き込みたくはないし何人たりとも邪魔はさせん」
魔将軍「…………ハッ、それが魔王様のお望みとあらば」
深く一礼すると魔将軍はやって来たときと同じ様に規則的な足音を立てて王の間を後にした。
ギイイィィ……
バタン……
扉の閉まる音が聞こえてからしばらく経った。
魔王(………………)
魔王は目を閉じて静かに呼吸している。
今彼女が何を考え、何を想っているのかなど彼女にしかわからない。
やがて魔王はおもむろに立ち上がると玉座に立て掛けてあった魔剣を腰に差した。
そう重くなどないはずの魔剣のズシリとした重みが彼女の腰に伝わる。
軽く鎧のチェックをしてから彼女は歩き出した。
勇者との決戦の場――――かつて父と大勇者が死闘を繰り広げたという大広間へと向かうために。
決意に満ちた彼女の眼差しには魔族の王だけが持つ威厳と何者にも揺るがされない強固な意志とが深く刻まれていた。
――――黒の国・魔巌の砦
ドカァン!!
ボゴォン!!
魔巌の砦はあちこちから火柱と爆音を立てて絶え間なく揺れ続けている。
勇者達による奇襲攻撃によって砦を守っていた魔族達はあらかた片付いていた。
魔法使い・側近『三重風撃魔法陣・暴』!!!!
ビュォワアアァァァッ!!
ズバズバズババババ!!
「ぎゃあっ!!」
「ぐげぇっ!!」
「うがぁっ!!」
魔法使いと側近の放った多重最上級風撃魔法陣はさながら竜巻の様に砦の外を守る多くの黒の兵士達を巻き込んだ。
真空の刃によって全身を切り裂かれた彼らは息はあるものの戦闘続行は不可能だろう。
側近「ごめんなさいね、貴方達……しかしこれも魔王様のため、許して下さい」
魔法使い「ひゅ~、側近さんやるねぇ♪」
側近「魔法使いさんこそ。私は黒薔薇学園の魔法課を首席で卒業した身ですがその私と比べてもなんら遜色ない腕前とは」
魔法使い「まーねっ、でもあたしの本気はまだまだこんなもんじゃないよ」ニャハハ
側近「ふふっ、そうですか。それは頼もしいですね」クスッ
魔法使いの言葉を側近が微笑ましく思っていると勇者と武闘家、それに僧侶が砦の中から転移魔法で帰ってきた。
ヒュンッ!!
スタタタッ
勇者「砦の中は大体とりあえず片付けたぜ」
武闘家「思っていたより数が多くなかったのでそんなに時間はかかりませんでしたね」
魔法使い「外もあたし達がやっつけといたよ」
僧侶「え、もぅ!?」
魔法使い「まぁね♪側近さんが頑張ってくれたからね」ニャハ
僧侶「側近さん、あまり無理はなさらないで下さいね?」
側近「この程度なんてことありません」
勇者「さてと……」
勇者は今さっき陥落させた魔巌の砦を背に魔王の城を睨んだ。
広大な平原の向こうには黒の神樹を背に厳かで巨大な造りの城が小さく見えた。
その手前には巻き上がる土煙が見える。
おそらくは城からの砦への援軍だろう。
武闘家「……どうやら上手く釣られてくれたみたいですね」
武闘家もその土煙を視認して言った。
勇者「あぁ……これで準備OKだ」
勇者はポケットから魔王が残していった円盤状の魔法具を取り出した。
その姿を僧侶が心配そうに見つめる。
僧侶「……行くんだね、勇者君」
勇者「任せろ、必ずアイツを説得してみせるさ」
武闘家「くれぐれもお気をつけて」
勇者「あぁ、じゃ行ってく……」
魔法使い「勇者っ!!」
勇者が魔法具を発動させようとしたところで魔法使いが叫ぶように勇者の名を呼んだ。
勇者「な、なんだよ」
魔法使い「あたしね、魔王に伝言があるの!!」
勇者「……わかった、なんて伝えればいい?」
魔法使い「『あたしはいつだって魔王の友達だけどみんなで遊びに行く約束破ったら絶交だかんね!』って伝えて!!」
勇者「わかった」フフッ
側近「では私もよろしいでしょうか?」
勇者「いいぜ」
側近「『私を巻き込まないための魔王様のお心遣い、嬉しく思いますが私は不満でいっぱいです。帰ったらこの件につきまして"友人として"抗議いたしますので覚悟なさって下さい』と」
勇者「おう!!」
僧侶「じゃあ勇者君、私もいいかな?」
勇者「もちろん!!」
僧侶「『魔王ちゃんが試合放棄するなら私が先にアタックしちゃうよ、不戦敗なんて私は絶対許さないからね』って」
勇者「よくわかんねぇが任せろ!!」
武闘家「僕も……って勇者こんなにたくさんの伝言覚えていられますか?」
勇者「余計な心配はいらねぇんだよ、さっさと言え!!」
武闘家「ふふっ、ごめんなさい」クスクス
武闘家「では……『貴女の行動を責める人など僕らの中には誰もいませんよ。たまにはぶつかり合って傷つけ合うこともあるでしょう、ですが最後には仲直りできる……それが友達というものです』と、お願いします」ニコッ
勇者「わかった!!お前らの想い確かに受け取ったぜ!!」ニッ
勇者は仲間達に微笑んでみせた。
側近「では勇者さん」
側近が真っ直ぐに勇者を見て言う。
魔法使い「後は任せるよ♪」ニャハ
魔法使いは握った拳の親指を立てて勇者にウィンクする。
僧侶「頑張って!!」ニコッ
僧侶は優しい笑顔で勇者を励ます。
武闘家「また、後ほど」フフッ
武闘家もいつもの爽やかな笑顔で勇者を見送る。
勇者「おぅっ!!!!行ってくるぜ!!!!」
勇者は力いっぱい叫んで魔法具を発動させた。
紫色の光が勇者を覆ったかと思うと勇者はもう仲間達の前からは消えていた。
僧侶「勇者君……行っちゃったね」
側近「後は彼に全てを託すとしましょう」
魔法使い「大丈夫だよ、勇者ならきっと上手くやってくれるって」
武闘家「フフッ、そうですね」
ドドドドドッ!!
ウオオオォォォッ!!
大地を激しく揺さぶる幾つもの足音と大気を激しく揺らす雄叫びが聞こえてきた。
先ほどは大分遠くにいるように思えた黒の国の援軍達は予想より遥かに速いスピードでこちらへやってきたようだ。
武闘家「……と、そうこうしている間にお客さんが来たみたいですね」
僧侶「こっちは私達の仕事だね」
側近「えぇ」
魔法使い「…………」
僧侶「魔法使いちゃん?」
こういう時に真っ先にはしゃぎ出しそうな魔法使いが何も言わないので僧侶が不思議そうに彼女を呼んだ。
魔法使い「……ねぇ、なんか兵士さん達、変じゃない?」
魔法使いに言われて他の三人は改めて向かってくる黒の国の軍勢を見た。
膨れ上がった全身の筋肉と身体中に浮き出た血管、長く鋭く伸びた歯と爪……そして赤く不気味に光る瞳。
暗い夜の闇の中でも一目で彼らが異常なのが分かった。
「グガアアァァッ!!」
「コフー!!コフー!!」
「ゲルグァアアア!!」
荒々しい息づかいも狂った叫び声もまるで人のものとはかけ離れている。
魔法使い「……ね?」アハハ…
苦笑する魔法使いの隣で僧侶は額に嫌な汗を浮かべて側近に尋ねる。
僧侶「側近さん、まさかあれが……?」ゴクッ
側近「えぇ、おそらくそうでしょう……魔将軍殿の手によって狂戦士と化した黒の兵士達の姿……」ギリッ
彼らをじっと見据えながら武闘家が淡々と語る。
武闘家「側近さんから研究資料の断片的な内容を聞いて幾つか推論を立てていましたが……本物を見て確信しました」
武闘家「……彼ら、魔獣堕ちしている……」
僧侶「え!?でも魔獣堕ちって動物しかしないんじゃないの!?人間が魔獣堕ちするなんて聞いたことないよ!?」
武闘家の一言が信じられないと僧侶が驚きの声を上げた。
武闘家も彼女の反応は予想していたようで直ぐ様説明をする。
武闘家「……僧侶さんの言う通り自我や精神のある人間は理性が働くことで本来は死しても魔獣堕ちすることはありません」
武闘家「ですから……詳しくは分かりませんがなんらかの方法で人間の理性を吹き飛ばし強制的に魔獣堕ちさせたのでしょう」
僧侶「そんな……あの人達を助けることはできないの……?」
武闘家「僧侶さんも知っているでしょう、魔獣堕ちは死んだ動物に負の魔力がはたらいて起きる現象……つまり、彼らはもう…………」
僧侶「…………」
哀れな黒の兵士達を救う術が無いと知り落胆する僧侶。
そんな彼女の横で側近が冷静に状況を分析していた。
側近「ざっと見たところ魔獣堕ちにより狂戦士と化した兵士達が百名余り……これでは…………」
だが武闘家は不敵に言う。
武闘家「……いえ、そうでもありませんよ」
側近「……?」
側近が武闘家の自信ありげな返答について尋ねようとした時、魔法使いが口を開いた。
魔法使い「……ねぇ、武闘家。この兵士さん達、魔獣堕ちしちゃってるってことはもう死んでるってことだよね?」
武闘家「はい。ちなみに全員を戦闘不能にして魂の浄化をしているような余裕はありませんよ」
魔法使い「じゃあこの兵士さん達を倒すには……」
武闘家「再起不能なまでにバラバラの粉々の木っ端微塵にするしかないでしょうね」
魔法使い「……ってことは……」
武闘家「はい、本気でやっていいですよ。勇者に代わって僕が許します」ニコッ
魔法使い「その一言を待ってたよ!!」ニッ
魔法使いは嬉しそうに笑ってかぶっていた黒帽子を投げ捨てた。
バッ
彼女の栗色の髪からは可愛らしい猫耳が生えている。
魔法使い「はあぁっ!!!!!!」
ドウッ!!
魔法使いが力を込めると凄まじい量の魔力が彼女から溢れ出した。
ブワアァッ!!
その影響で彼女を中心に突風が巻き起こる。
側近「な……こ、これは……!?」
武闘家「驚きましたか?」フフッ
側近「な、なんて魔力……!!聖剣や魔剣の加護も無しに……こんなの人間の魔力ではないです……!!」
規格外の巨大な魔力に驚きを隠せない側近。
彼女の疑問に武闘家は笑いながら答える。
武闘家「魔法使いさんは昔魔物の魂の浄化に失敗してしまいましてね、その時に猫耳が生えてしまったんですがどうやら失敗の副作用はそれだけではなかったみたいなんです」
武闘家「魔物の持っていた魔力が魔法使いさんの身体に宿ってしまって……魔法使いさんが元々持っていた魔力と合わさり相乗作用を起こし膨大な量の魔力をその身に宿すことになったんです」
武闘家「彼女が普段かぶっている大きな黒帽子は猫耳を隠すだけが目的じゃなく、有り余る魔力を抑制する役割もしているんです」フフッ
前方から迫り来る狂戦士の大軍を見て空に両手を突き上げると魔法使いは叫ぶ。
魔法使い「久しぶりに手加減しなくていいとなったらこれがあたしも全力全開ってくらいに思いっきりやっちゃうよ!!」バッ
キィン!!
キキィン!!
キキキキキィン!!
魔法使いの頭上、紺碧の夜空が無数の赤く輝く魔法陣によって埋め尽くされる。
魔法使い『九十九連炎撃魔法陣・灼』!!!!!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!
戦場に灼熱火球の豪雨が降り注ぐ。
至るところで火柱が立ち上り魔巌の砦の内側の平原は今や火の海だ。
シャッ!!
トサカ髪の狂戦士「ガアアァァッ!!」バッ!!
側近「ハッ!!しまっ……!!」
魔法使いの炎撃魔法の弾幕を俊敏な動きで躱しながら一人の狂戦士が側近に襲いかかってきた。
完全に虚を突かれたので致命傷は免れない。
ガキィンッ!!
咄嗟に目を瞑った側近だったが不自然な音に眼を開けると狂戦士の爪は彼女に届くことなく光輝く魔法陣の盾によって遮られていた。
側近「これは……光の盾!?」
僧侶「危ないところでしたね、側近さん。でも護りは私に任せて下さい!」
側近の後方で僧侶が手をこちらにかざしているのが見えた。
その手がぼんやりと淡く光っている。
僧侶「みんなへの攻撃は私が防壁魔法陣を張って防ぎます!!もし怪我しても直ぐに治します!!」
僧侶「だから攻撃に全神経を注いで下さい!!」
叫ぶ僧侶を見て武闘家もゆっくりと構えをとる。
武闘家「さて……じゃあ僕も久々に本気でやらせてもらいますかね」
カアアァァァ!!
武闘家『裏魔法陣・亜音』
ゴウゥッ!!
武闘家の足元の魔法陣から発せられた黄色く輝く光が彼の身体を包む。
側近「あ、亜音!?亜音は勇者と魔王しか使えぬ裏魔法の筈では……」
武闘家「勿論その通りですよ。でも術式と魔法方程式さえ解析できていれば本物と同じ効果とまではいかなくても擬似的にそれを再現することならできます」
武闘家「と言っても僕の肉体では亜音に耐えられませんから身体にかかる負荷を最小限まで減らしたのがこれです……その分効果も大分本家には劣りますがね」
武闘家「ですから僕のは本当は『劣化版亜音』が正しいですね」フフッ
鼻のない狂戦士「ガルルアァ!!」バッ!!
片眼の腐った狂戦士「フーーッ!!フーーッ!!」バッ!!
二人の狂戦士が武闘家へと襲いかかる。
武闘家「……止まって見えますよ!!」ヒュッ!!
狂戦士達「ガゥッ!?」
武闘家『二重重撃魔法陣・砕』!!!!
ドゴォッ!!
バキィッ!!
眼にも止まらぬ超スピードで彼らの攻撃を避けると両手に重撃魔法陣を展開して彼らの顔面を思い切り殴りつけた。
100代目勇者の仲間達の超人的な強さにしばし呆然としていた側近だがすぐに我に返ると笑って攻撃魔法陣を展開した。
ガアアァァッ!!
側近「……まったく、100代目魔王様の側近を務めていた私ともあろうものが皆さんに圧倒されっぱなしでは立場がありませんね!!」フフッ
魔法使い「そうそう、側近さんも思いっきり!!」
側近「えぇ、そのつもりです!!」
魔法使い『六重炎撃魔法陣・獄』!!!!
ゴオオオオォォォォォッッ!!!!
側近『四十連爆撃魔法陣・烈』!!!!
ドカガガガガガガガガガガァァァン!!!!
武闘家(……勇者、ここは僕達がなんとかこらえてみせます)
武闘家(ですから勇者は勇者の為すべきことを全力でやってきて下さい)
武闘家(そしてちゃんと僕達のところへ帰ってきて下さいね、100代目勇者……!!!!)
襲いかかる狂戦士達に武闘家は最上級重撃魔法陣を放つ。
武闘家『重撃魔法陣・崩』!!!!
ドガアアァァァンッ!!
――――魔王の城・大広間前
ドガーン……
ドゴォーン……
激しさを増す魔巌の砦での戦いの音は魔王の城まで届いていた
勇者「……無事でいてくれよ、みんな」
予想とは異なり城には一人の兵士もいなかった。
おそらく自分と勇者の戦いに巻き込まれぬように魔王が指示したのだろうと勇者にはすぐに分かった。
そんな勇者は今大広間の扉の前にいる。
よく考えると魔王は城まで来いと言っただけでどこで待っているとは一言も言っていなかった。
だが勇者はきっと魔王なら大広間で自分を待ち受けているだろうと直感的に分かっていた。
大広間は99代目勇者と99代目魔王、彼らの父親達が最後の死闘を繰り広げた場所だからだ。
魔王ならここを闘いの舞台に選ぶと思ったし、自分が魔王だったとしたらきっとここを闘いの舞台に選ぶ。
だから他の場所になど目もくれずにここにやってきた。
扉の前に立って思った。
……やはりこの扉の向こうに魔王がいる。
理由はと問われれば勘だと答える。
証拠はと聞かれれば無いと答える。
だが間違いない。
扉一枚隔てたこの先に魔王がいる。
勇者「…………」フゥ~…
緊張をほぐそうと大きく息を吐いた。
それだけで気持ちが随分と楽になった。
眼を閉じると瞼の裏には今まで勇者を支えてくれたたくさんの人々の姿が代わる代わる映った。
そして最後に映ったのは……やはり魔王であった。
勇者「…………」フフッ
何が面白かったのかは分からない、ただなんとなく笑ってしまった。
勇者(待ってろ、魔王。俺がお前を絶望の底から引き上げてやるからさ……!!)
勇者「……よし!!」
決意を込めた声でそう言うと勇者は両手で扉に触れた。
勇者「行くか!!」
叫ぶと同時に大広間の扉を勢い良く開け放った。
――――――――
一人の少年がその部屋に入ってきた。
一人の少女がその部屋で待っていた。
少年の瞳の奥には強い光が宿っている。
希望の光だ。
少女の瞳の奥には暗い闇が広がっている。
絶望の闇だ。
少年は真っ直ぐに少女の瞳を見つめる。
少女も真っ直ぐに少年の瞳を見つめる。
少年は少女に最初になんと言うか決めていた。
少女も少年に最初になんと言うか決めていた。
その言葉を少年が言う。
その言葉を少女が言う。
勇者「よっ」
魔王「遅い、遅刻だ!!」
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――
――――
――――――――To Be Continued
【Episode:Final】 に続く。