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287 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 05:57:30.52 hr/uKPTi0 273/860

【Episode05】
――――緑の国・名も無き湖のほとり

勇者「…………」

僧侶「…………」

魔法使い「…………」

武闘家「…………」

勇者と魔王の秘密の湖。

勇者達はそこに魔王が来るのを待ち合わせの一時間前から待っていた。

昨日の青の国への奇襲攻撃、その真相を一刻でも早く魔王自身の口から聞きたい。
その思いにより居ても立ってもいられなくなった彼らは時間をもてあますだけだと分かってはいても待ち合わせの湖畔でこうして魔王を待ち続けていたのだ。

四人はあえて何も話さなかった。

何を話しても気持ちが紛れることはないと分かりきっていたからだ。

ただでさえ静かな湖畔は勇者達の沈黙によってより一層の静寂を作り出していた。

美しい小鳥の囀ずりすらこの場では雑音にすらなりかねない、痛々しいまでの静寂。

288 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 05:59:34.05 hr/uKPTi0 274/860

僧侶(……)

僧侶(『「イツカマタコノ神樹ノ前デ会オウ!!」「エェ!!……私、私ズットズット待ッテルカラ……!!」吹キ荒レル強風ニ負ケヌ様、二人ハ叫ンダ……』)

僧侶(…………)

僧侶(『「イツカマタコノ神樹ノ前デ会オウ!!」「エェ!!……私、私ズット……』)

僧侶(………………)

僧侶(『「イツカマタコノ……』)

僧侶(…………ダメ、全然頭に入ってこない)ハァ…

ベンチに腰かけていた僧侶はここに来てから27回目のため息を漏らすと、開いていた本を静かに閉じた。

僧侶(さっきから何度も同じところを読んでるし……何より文章が頭の中に入ってこない)

僧侶(魔王ちゃん……一体何があったんだろう……良くないことがあったのは確かなんだろうけど何があったのか私にはさっぱり分からないよ……)ハァ…

僧侶は28回目のため息をつき右側に座る魔法使いをちらりと見た。

彼女は何をするでもなくただ遠くの景色を眺めている。


289 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:00:40.50 hr/uKPTi0 275/860

魔法使い(政治とか難しいことはよくわかんないけど……奇襲攻撃がよくないことだっていうのはあたしでも分かる)

魔法使い(人間と魔族を仲直りさせようとしてたのに奇襲攻撃なんてしたらまた喧嘩になっちゃうじゃん)

魔法使い(そんな命令をあの魔王がするワケないと思うけど……でも軍事の最終決定権は魔王が持ってるって聞いてるし……)

魔法使い(もー……わかんないことだらけだよ、早く魔王来ないかなぁ……)

無意味に足をばたつかせて魔法使いは背もたれに体を預けた。

何となく空を見上げる。

空は重たい雲により曇っていて青空は見えなかった。

彼女は帽子の中の耳の付け根が痒かったので「こりゃ一雨降るかな」と思った。

そんな彼女達の後ろ、少し離れたところで武闘家が難しい顔で腕組みをしながら立っていた。

290 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:03:36.51 hr/uKPTi0 276/860

一本の木にもたれかかる体勢で昨日の一件を改めて考えてみた。

武闘家(考えられる中で一番可能性が高いのは……黒の国内部でのクーデター、と言ったところでしょうか)

武闘家(魔王さんの指揮に反感を抱く魔族達の独断による奇襲攻撃……和平を目指す魔王さんが態と人間側との関係を壊すとは考えにくい以上これが一番納得のいく答えですね)

武闘家(……ではもしも魔王さんが人間と魔族の停戦を望んでいなかったとしたら?)

武闘家(最初からそうではなかったしろ、何らかの理由でここ最近心変わりを起こしたのだとしたら?)

武闘家(もしそうだとしたらそれは最悪のケース。魔王さんが人間側との決戦を望んでいるとなれば必然的に僕達も魔王さんと闘うことになる)

武闘家(そうなったら僕はともかく勇者達は本気で魔王さんと闘うなんてできるハズがない……勿論僕も戦いたくはないですが)

武闘家(…………ま、推論はあくまで推論の域を出ませんね、彼女の口から真実が語られるのを待つとしますか……)

湖のほとりにしゃがんで拾った石を湖へと投げ込む勇者を見てから武闘家は静かに眼を閉じた。

そして勇者は……。


291 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:04:42.41 hr/uKPTi0 277/860

勇者(…………)

何も考えていなかった。

……いや、"何も考えていなかった"と言うのは語弊があろう。
正確には"何も考えようとしていなかった"が正しい。

昨晩、一晩中今回の騒動について考えていた。

だが答えは出そうになかった。

ただ自分が自信を持って言えるのはあの魔王がこんなこと望んでするハズがないということだけだった。

だから難しく考えるのを止めて時間が来るのを待っていた。

勇者(…………)ポイッ

トプン……

投げた小石が湖に波紋を作った。

この一石が先の戦だとしたらこんな風に影響が世界全体に広がっていくのだろうか?

柄にもなくを情緒的にそんなことを考えていた。


292 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:05:38.36 hr/uKPTi0 278/860

魔法使い「魔王……来るかな……」

不意に魔法使いが呟いた。

武闘家「……たしかに、来ないということも十分考えられますね」

僧侶「え…………もし魔王ちゃんが来なかったら私達どうしたら……」

勇者「…………いや、アイツは来るよ」

勇者は何故か自信たっぷりにそう言った。

武闘家「魔王さんを信じたい気持ちは分かりますが根拠がありませんよ」

勇者「根拠ならある」スッ

勇者は懐から懐中時計を取り出して指差した。

勇者「アイツは俺と違って真面目だからな、待ち合わせをすっぽかすような事はしないし1秒だって遅刻したことはない」


293 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:06:21.97 hr/uKPTi0 279/860

武闘家が「それは理論的な根拠とは言えませんよ」と言おうとしたところで勇者が言った。

勇者「5」

その眼は時計の針をじっと見つめている。
誰もがカウントダウンだと理解した。

勇者「4」

魔法使い「…………」

秒針が微かな音を立てて時を刻む。

勇者「3」

武闘家「…………」

自然と勇者達にも緊張感が走る。

勇者「2」

僧侶「…………」ゴクッ

勇者の声が若干強張る。

勇者「1」


294 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:07:18.87 hr/uKPTi0 280/860

カアアァァァ……!!

その時青の魔法陣が地面に浮かび上がった。

勇者は武闘家に「な?」と目配せする。
武闘家は何も言わずに頷き返した。

転移魔法の青白い光の中から一人の女性が姿を現した。

長く伸びた黒髪に漆黒のローブ。
その女性は彼らのよく知る100代目魔王その人だった。

僧侶「魔王ちゃんっ!」

勇者(…………?)

295 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:11:36.14 hr/uKPTi0 281/860

勇者はそこに立つ魔王に違和感を覚えた。
姿形は魔王そのものなのに何故か魔王ではない気がした。

魔法使い「魔王っ!」

ベンチから勢い良く立ち上がり魔法使いは魔王へと駆けて行く。

魔法使い「一体何があったの?みんな心配してたんだから!!」

魔法使いの問いに魔王は静かに微笑み、抑揚の無い殺伐とした声で返した。

魔王「……そうか、それはすまなかったな」

まず勇者が魔王の違和感の正体に気付いた。

厳かな物言いに『魔王様口調』。
あれは魔族の王としての魔王の姿だ。
俺達の友人としての魔王の姿でじゃない。

それとほぼ同時に武闘家が魔王の異変を感じとる。
圧し殺した冷たい悪意ある気配。

戦場で何度も感じたことがある。

これは…………。

296 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:12:01.94 hr/uKPTi0 282/860

武闘家が魔王に感じた気配の答えに行き着こうとした時、僧侶と魔法使いも脳内に疑問符が浮かんだところであった。

僧侶(…………?)

魔法使い「魔王……?」

武闘家「いけない!!離れて、魔法使いさん!!!!」

魔法使い「……へ?」

魔王「…………」ビュッ

ドゴッ!!!!

297 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:12:49.70 hr/uKPTi0 283/860

魔王の左拳が無防備な魔法使いの鳩尾へと放たれた。

魔法使い「ぁ……う……」

魔法使いは自身の身に何が起こったのか分からなかった。

腹部への激痛。

それに伴う呼吸困難。

そして魔王の拳の感触。

消えかかる意識の中でどうにか状況を理解する。

魔法使い「魔王……ど、どう……して……?」ドサッ

瞳を潤ませそう言うと魔法使いは力無くその場に倒れた。

魔王「…………」

自らの足下に無惨に横たわる魔法使いを暗い瞳で一瞥する魔王。


298 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:20:29.32 hr/uKPTi0 284/860

僧侶「え……え?魔王ちゃん?魔法使いちゃん……?」

突然の出来事に僧侶は混乱していた。

目の前で友人がいきなりもう一人の友人を殴ったのだ。
冷静でいろと言う方が難しい。

魔王は魔法使いへと向けていた視線をゆっくりと僧侶へと移す。

魔王「…………」ギンッ

僧侶「!?」ビクッ

魔王の鋭い眼光に僧侶は後退る。

魔王「…………」ドンッ!!

魔王は地を蹴り僧侶との間合いを一気に詰めた。

ビュッ!!

指を伸ばした右手を振りかぶり、僧侶目がけて鋭い貫手を繰り出す。

僧侶「…………!!」ギュッ

魔王の速攻に防御姿勢をとることすらできなかった僧侶は思わず眼を瞑った。

ガッ!!


299 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:21:36.94 hr/uKPTi0 285/860

閉ざされた視界において僧侶は自身を襲うであろう強烈な痛みに備えていた。

だが数瞬経っても何も起こらない。

恐る恐る眼を開ける。

武闘家「…………」ググッ

開けた視界に飛び込んで来た光景は魔王の貫手を受け止める武闘家の姿であった。

僧侶「ぶ、武闘家君!!」

魔王「ほぅ……やはり貴様が最初に動いたか」

魔王は表情一つ変えずに重々しい声で言った。

魔王「不意打ちをかければ2人ぐらいなら労することなく落とせると踏んでいたのだが……貴様の反応は私の想像以上だ」

武闘家「一体どういうつもりなんですか!?魔王さん!!」ギュッ

魔王の右手を掴んでいた彼の右手に力がこもる。

魔王「どうもこうもない。貴様が考えている通りだ」


300 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:22:24.75 hr/uKPTi0 286/860

魔王「私は人間達と闘うことに決めた。貴様達を襲うのはその宣戦布告の様なものだ」

僧侶「!?」

武闘家「…………それは何故かと聞いているんです!!」

僧侶は武闘家が怒鳴る様を久しぶりに見た。
彼がこんな風に声を荒らげるのは彼女の記憶の中では二回目、初めて勇者達とパーティを組んだ時に遭難者を助けに吹雪の中へ飛び出そうとした勇者を止めようとした時以来だ。

武闘家は決して怒りによって感情的になる人間ではないと僧侶は理解している。

だからこの叫びも魔王への怒りではなく魔王を心配するが故のものだと分かった。

だが魔王は冷たく言い放つ。

魔王「何故……だと?」

魔王「貴様ら人間は私の父を殺した。多くの魔族達もだ」

魔王「99代目魔王の娘にして100代目の魔王たる私が人間達と闘う理由などそれで十分であろう」

武闘家「ふざけないで下さい!!」

301 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:23:24.59 hr/uKPTi0 287/860

武闘家「だったら今までどうし……ッ!?」サッ

ビュッ!!

魔王の下段蹴りを咄嗟に距離をとって躱す武闘家。

魔王の蹴りは空を切った。

武闘家「……もう僕達には何も話すことはないってことですか」

魔王「そうとってもらって構わん」

武闘家「貴女が何を考えているのかは分かりませんが僕達もただ黙ってやられるわけにはいきません」スッ…

武闘家が半身で構える。

それと同時に彼を中心に三つの魔法陣が地に浮かび黄色の光で彼を包む。

魔王「魔拳闘士……か。厄介な力だ」

魔王「私も少しだけ本気でやらせてもらうとするか」ガッ

バサッ

魔王はそう言って漆黒のローブを脱ぎ捨てた。


302 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:24:13.66 hr/uKPTi0 288/860

真紅の鎧に身を包んだ魔王が姿を現す。

血の様に鮮やかな、それでいてどこか不気味な、吸い込まれそうな魅力すら感じさせるその真紅の鎧は魔王が戦場に立つ時に身につけるものである。

そして腰にはただならぬ気配を放つ剣が差されている。

武闘家「!!」

武闘家はその剣の正体を直感的に理解した。

武闘家「魔剣……!?」

魔王「その通りだ。魔剣と契約した私はもはやそこらの魔族など比べ物にならぬ力を手にした」

魔王「貴様がいくら人間の中でも指折りの実力者と言えど果たしてどれほどもつだろうな……?」

武闘家「くっ…………」

魔王「さぁ、"魔剣"と"魔拳"の闘いと行こうではないか!!」ドンッ!!

武闘家「その冗談……全く笑えませんよ!!」ドンッ!!

303 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:24:50.35 hr/uKPTi0 289/860

両者は急速接近し互いの間合いへと入った。

先手は武闘家。
上段の廻し蹴りを魔王の側頭部へ向けて放つ。

魔王は身を屈め難なくそれをかわす。

だが武闘家は上段廻し蹴りを放つ前からその動きを読んでいる。

右足の蹴りの勢いをそのままに体を回転させると左足による踵からの胴廻し蹴りへと繋げた。

先程の上段蹴りを屈んで避けた魔王の重心は通常よりも下がっていたために、その状態から瞬時に回避行動に移ることは不可能。

ガッ!!

左手に付けた籠手によって武闘家の二撃目を受けた。

304 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:25:41.70 hr/uKPTi0 290/860

武闘家「ハァッ!!」

カアァッ!!

魔王「!!」

武闘家の左足、魔王の籠手と接した部分に赤の魔法陣が展開された。

武闘家『重撃魔法陣・れ……』

魔王『三連氷撃魔法陣・冷』!!

武闘家の魔力の流れをいち早く感じ取った魔王は、武闘家が重撃魔法を発動させるより速く、空いている右手で攻撃と防御を兼ねるべく氷撃魔法を放った。

カアァッ!!

武闘家「くっ!!」サッ

ヒュンヒュンヒュンッ!!

自身に向けて放たれた三本の氷の刃を武闘家は身を反らしてなんとか避けた。

回避に意識を向けたため、魔法発動のために行っていた魔力の集中はそこで一旦途切れる。


305 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:26:25.84 hr/uKPTi0 291/860

武闘家が氷の刃を避け切り次の行動のために体勢を整えようとした時、左半身への殺気を感じた。
無意識の内に左手を上げ頭部を防御する構えをとった直後、彼の左手に重たい衝撃が伝わり体ごと吹き飛ばされた。

武闘家「……ッ!!」バッ

クルクルッスタッ

攻撃を受け吹き飛ばされながらも驚異的なバランス感覚によりなんとか足から地面へと着地することに成功。

左手の痛みに耐えながら魔王を見やると、彼女は右足を上げ、片足で立っている状態だった。

その状況から先程の衝撃は氷撃魔法で隙を作ったところへ放たれた上段の蹴りによるものだったのだと理解した。


306 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:27:49.94 hr/uKPTi0 292/860

魔王「ほぅ……これは驚いた」

ゆっくりとした口調で魔王が言う。

魔王「本来魔法陣は術者を中心とする地面、術者の手先、或いはその延長である武器の先へ展開するもの。それを足先から展開するとは……器用なことをするものだ」

魔王「それに私の蹴りを防いだその反応速度。どうやら貴様は頭の切れだけでなく実力も私の予想の上を行くようだな」

武闘家「お褒めに与り光栄ですよ。…………でも貴女の実力も僕の想像の遥か上の様です」

大粒の汗が一粒頬を伝うのを感じつつ、武闘家は自身と魔王との間にある歴然とした力の差を分析していた。

武闘家(今の攻防での氷撃魔法陣の展開……僕の方が先に魔法陣の術式を組んでいたのに魔王さんの方が速く魔法の発動に成功している)

武闘家(ただの魔法ならともかく連撃魔法の展開をあの速度で行うなんて……魔王さんの持つ魔力の量と魔法的センスは桁違いということですね)

武闘家(それにさっきの蹴り……肉体強化魔法で防御力を上げてるのにまだこんなに痛む……)ジンジン

左手にいまだ残る鈍い痛みを感じながら武闘家は再び構えをとった。
左手を軽く握ったり開いたりしてみたが問題はなかったためどうやら骨は折れてはいないようだ。


307 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:29:04.76 hr/uKPTi0 293/860

魔王「私もお褒めに与り光栄だよ、武闘家!!」ドンッ!!

ビュッ!!

バッ!!

武闘家「くっ……!!」バッ

サッ!!

ガッ!!

襲い来る魔王の猛攻。

鋭い突きを、重い蹴りを、武闘家はなんとか避け、防ぐのがやっとだった。

凄まじい速さによって繰り出されるその連続攻撃の最中ではとてもではないが攻撃に意識を割くことなどできない。
致命傷を受けないために全集中力を研ぎ澄まし躱し、防ぎ、いなした。

魔王「どうした武闘家、防戦一方ではないか!!」

ビュバッ!!

武闘家「生憎今週は『いのちだいじに』強化週間なので……っと!!」サッ

ピッ

魔王の裏拳が武闘家の鼻先をかすめた。
下らない冗談など言わなければ良かったと武闘家は本気で後悔した。

308 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:30:25.46 hr/uKPTi0 294/860

魔王「私を殺す気で全力かかってこい。でなければ死ぬのは貴様なのだぞ?」

武闘家「何を言ってるんですか!!僕は……」

魔王「『僕は全力で闘っています』か?」

魔王「だとしたら先程の重撃魔法……なぜ『礫』を放とうとしたのだ?」

武闘家「……!!」ハッ

魔王の言う通り先程の攻防で武闘家が左足から展開しようとした重撃魔法陣は『礫』、中級重撃魔法に属するものであった。
武闘家は上級重撃魔法陣『砕』だけでなく最上級重撃魔法陣『崩』をも習得している。
上位の魔法陣になるにつれ威力が大きくなるため発動に要する時間や魔力も必然的に大きくなる。
それを考慮すれば発動時間の比較的短い中級魔法陣を先の攻防において発動させたのは決して戦略的には間違いではない。

だが武闘家はそこまで考えず、ほぼ無意識の内に、迷い無く中級魔法を使うことを選択した。

魔王「発動時間こそやや遅くなるもののダメージを期待するのであれば『砕』を放つというのも手であった筈だ。もし私が貴様の立場ならば上級魔法で攻撃していただろうな」

魔王「だが貴様はそうしなかった。……聡明な貴様のことだ、この事実が意味するところを既に理解したであろう?」

武闘家「…………」

309 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:31:59.90 hr/uKPTi0 295/860

魔王の言葉を受け武闘家は冷静に事実を受け止めた。

『無意識の内に手加減してしまっている』

いや、"手加減"というものは実力が上の者が下の者に対し行うもの。

『本気で闘えていない』が正しい表現になるのだろう。

中級魔法による攻撃は必要以上に魔王を傷付けないため。

まるで勇者との組手の時のように自然に、武術大会に参加した時のように当たり前に、武闘家は相手を傷つけ過ぎない攻撃を選択していた。

もし相手が今まで任務で出会った魔物や極悪人ならばこんな攻撃はしない。

二撃目の蹴りは何の躊躇いもなく上級魔法陣を展開していたに違いない。

そもそも戦闘開始直後に発動させた三種の肉体強化魔法は単発魔法陣展開ではなく多重魔法陣展開をしていただろう。

魔王がこの場に現れる前、武闘家は魔王と闘うことになったならば自分はともかく勇者達は魔王と本気で闘うことなどできない、と考えていた。
これは裏を返せば魔王との闘いにおいて、本気で闘うことのできる自分が重要な役割を担うことになるだろう、ということだ。

だが実際魔王と対峙し、闘ってみて気づいた。

気づかされてしまった。

自分も魔王と本気で闘うことができないということに。

それがどんな理由であれ自分も心の奥深くでは魔王との争いなど望んでいない、と。

身体は精神より正直だ。

一連の攻防による自分自身の無意識の行動がそれを明白に語っていた。


310 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:32:34.94 hr/uKPTi0 296/860

武闘家「…………」

魔王「貴様にその気が無くとも私はお前達が相手だからと言って手加減などせぬぞ」

フッ!!

武闘家「!!」

突如武闘家の視界から消えた魔王。

背後に気配と殺気を感じた武闘家は考えるより先に振り向き、両腕を身体の前で交差させ防御の体勢をとる。

ドゴッ!!

そこへ放たれた魔王の右膝蹴り。

武闘家「ぐっ……!!」

一瞬でも反応が遅れていたならば背中にまともに攻撃を食らっていただろう。

カアアァァァッ!!

だが魔王の攻撃はそれで終わりではなかった。

311 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:33:26.38 hr/uKPTi0 297/860

武闘家「これは……!?」

魔王『重撃魔法陣・砕』!!

ドガアッ!!

武闘家「ぐあっ!!」

ドッ!!

ゴロゴロゴロッ!!

魔王の"右膝"から放たれた重撃魔法により武闘家の身体はまたも吹き飛ばされた。

今度は先程の様に体勢を整えることは叶わず無惨に地面を何度も転がった。

武闘家「ぐ……ぅ……!!」ヨロッ

地面に打ちつけられた背中や転がった時に石にぶつけた頭や肩の痛みよりも両腕の痛みの方が遥かに強烈だった。
至近距離で上級魔法を食らったのだからその痛みは当然のものである。

武闘家(まさか魔拳闘士としての魔法陣展開の術を一度見ただけで使いこなすとは……)ハァ…ハァ…

荒い息使いで両腕の激しい痛みに耐えながらなんとか立ち上がる。


312 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:34:35.91 hr/uKPTi0 298/860

カアアァァァッ!!

が、魔王は既に武闘家との距離を詰め、前へと向けた両手の先に赤く輝く魔法陣を展開していた。

武闘家「!!」

武闘家(まずい!!急いで回避を……!!)グッ

魔王「……仲間を見捨てて避けるつもりか?」

武闘家「!?」バッ

魔王の言葉に振り向くと、魔王と武闘家を結ぶ丁度直線上、先刻魔王に倒され気絶した魔法使いが横たわっているのが見えた。

ここで武闘家が魔王の魔法を避ければ魔王が放つ魔法は彼女に直撃、確実に魔法使いが瀕死のダメージを受ける。

武闘家「…………汚いですよ…………」

魔王『爆撃魔法陣・滅』!!

ドガアアアアァァァァン!!


313 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:35:43.75 hr/uKPTi0 299/860

ただでさえ小さかった武闘家のその言葉は最上級爆撃魔法の轟音によってかき消された。
強烈な爆発は周囲の大気を震わせるだけにとどまらずかつて勇者がこの湖へと備え付けた質素なベンチと机をも破壊した。
いつもなら波一つない静かな湖面も大きく波打つ。

モクモクモクモク……

武闘家「う……ぐぅ……」ゼェ…ゼェ…

身を呈して魔法使いを爆撃魔法から守った武闘家であったが既に満身創痍、立っているのがやっとという状態であった。

先の爆撃魔法を防いだために両腕は完全に使い物にならなくなっている。
皮は焼け骨は砕けているがもはや痛みすら感じなかった。

周囲が曇ってよく見えないのは爆撃魔法による爆煙だけが原因ではなく武闘家自身の視界がぼやけているせいであろう。

武闘家(ま……魔王さんは……?)

ドッ!!

武闘家「がっ!!」

立ち込める爆煙の中、必死に魔王を探していた武闘家の首筋に衝撃が走った。

魔王「…………」

武闘家「」ドサッ

それが魔王による頸への手刀だと分かった時には既に武闘家は地に墜ちていた。

314 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:36:41.14 hr/uKPTi0 300/860

武闘家の意識を断った魔王は悠々と爆煙の中から出てきた。

涙を流しながら地べたにへたり込む僧侶を魔王は冷ややかな眼で見つめる。

僧侶「ねぇ……嘘でしょ?」ポロポロ

真っ赤になった眼から涙を流して僧侶は魔王に訴えかける。

僧侶「きっとドッキリか何かなんでしょ?魔王ちゃん」グスッ

魔王「…………」

僧侶「魔法使いちゃんも武闘家君もスッと起き上がって『ドッキリでしたー』とか言って笑うんでしょ?」

魔王「…………」

僧侶「魔法使いちゃんあたりが企画立案担当の笑えないお芝居…………そうだよね?」

魔王「…………」

僧侶「そうだと言ってよ!!魔王ちゃん!!!!」

魔王「…………」

魔王は何も言わなかった。

その沈黙が何よりも答えになると魔王は分かっていた。

そしてその沈黙が魔王の答えなのだと僧侶は分かっていた。


315 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:37:35.35 hr/uKPTi0 301/860

僧侶「………………」グスヒッグ

僧侶「私……私やだよ!!」

僧侶「なんで私達が闘わなくちゃならないの!?私達友達でしょ!?」

僧侶「人間と魔族だけど……出会ってから時間はあんまり経ってないけど……私達仲良くなれたと思ってたのに!!」

僧侶「なのに……なんでなの……?」

僧侶「人間と魔族の垣根を超えて……私達なら手を取り合っていけるって……」

僧侶「私達なら平和への架け橋になれるって……」

僧侶「勇者君に紹介されて魔王ちゃんと出会った日からずっと……ずっとずっとそう思ってたのに!!」

僧侶は睨むような、悲しむような、言葉にし難い眼差しで魔王を見つめた。

その瞳には怒りと哀しみと困惑と優しさと……今の僧侶の複雑な感情の全てが写し出されている。


316 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:38:28.86 hr/uKPTi0 302/860

魔王「…………貴様はやはり優しいのだな、僧侶」

僧侶「…………」グスッ

魔王「だがな、これだけは覚えておけ」

魔王「優しさだけでは何一つ守ることはできない、と」スッ

魔王はゆっくりと右手を僧侶へ向けてかざした。

僧侶はそれだけで自身にこれから何が起こるのか、魔王がこれから何をするつもりなのか分かった。

だが僧侶は何もしなかった。

何もすることができなかった。

何をする気にもなれなかった。

『……裏切られた……?』

その言葉が何度も何度も彼女の脳裏に浮かんでは消える。

信じていたのに。

友達になれたと思っていたのに。

人間と魔族は分かり合えないの?

うぅん、そんなことないよ。

魔王ちゃん、一体どうしちゃったの?

何かあったなら相談してよ。

私達友達でしょ?

それとも友達になんて最初からなれてなかったの……?

僧侶「……魔王ちゃん……」


317 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:39:24.16 hr/uKPTi0 303/860

カアアァァァッ!!

魔王『……二重炎撃魔法陣・獄』

儚く柔らかい僧侶の声とは対照的に、鋭く固い声で魔王が言った。

ゴオオオオオォォォォォッ!!

魔法陣より灼熱の炎が僧侶目がけて放たれる。

防壁魔法を発動させるでもなく僧侶は赤熱の火炎に飲み込まれた。

膨大な魔力を持つ魔王の放った最上級炎撃魔法の火力は凄まじく、湖畔の周囲の木々をも焼き払った。
もはやこの場所は勇者と魔王が静かな時を過した湖畔ではなくなっていた。

パチパチ……

メラメラ……


318 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:40:04.79 hr/uKPTi0 304/860

魔王「……やっとか」

自らの放った炎撃魔法によって焼ける森を見ながら魔王は呟いた。

魔王「お前が一番反応が遅れるだろうとは思っていた……だがここまで長い時間動けないで固まっているとはな」

魔王「お前の心はそんなにも脆いものなのか?」

そして魔王は背後を振り向き僧侶を抱き抱える一人の少年を見て冷たい声で言った。

魔王「なぁ?……勇者よ」

勇者「………………」

僧侶「勇者君……」


319 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:40:46.03 hr/uKPTi0 305/860

炎撃魔法の火炎に包まれたかに思われた僧侶であったが間一髪のところで勇者に救われていた。

瞬速の転移魔法によって僧侶を救出した勇者は魔王の後ろへと回り込んでいたのだ。

魔法使いが魔王に殴られた時も、僧侶が魔王に襲われた時も、武闘家が魔王と闘っていた時も、勇者はただ焦点の定まらない視界で魔王と仲間達をぼんやりと眺め固まっていることしかできなかった。

それほどまでに魔王の行動は勇者にとって信じられないものだったのだ。

目の前の光景を何度夢だと思ったことだろう。

何度幻だと思ったことだろう。

だがしかし現実感の無い現実を勇者は受け入れるしかなかった。

胸中を満たした疑問と怒りによって勇者はようやく身体を動かすに至ったのだ。

320 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:42:48.30 hr/uKPTi0 306/860

勇者「…………僧侶、武闘家と魔法使いの治療を頼む」チラッ

倒れている二人を一瞥して勇者は言った。

魔法使いは腹部への打撃により気を失っているがただの気絶にしては顔色が悪い。

もしかしたら内臓を痛めているのかもしれない。

武闘家は頸への手刀で気を失ったのだから身体の内部へのダメージはさほど大きくはない。

だがその両腕は傍目にも痛々しく焼け焦がれている。

勇者「…………頼んだぞ」

僧侶「……う、うん」

勇者のいつになく重たい声を聞き僧侶はその指示を承諾した。
仲間へ向けての言葉であったにもかかわらずその声色は威圧的で有無を言わさぬ感じがした。

僧侶(勇者君のこんな声初めて聞いた……)

勇者の腕から下ろされると僧侶はより重傷だと思われる武闘家の元へと駆けていく。

それを脇目に見送ると勇者は腰に差している愛剣を抜いた。


321 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:43:33.28 hr/uKPTi0 307/860

勇者「魔王……一体何のつもりだ?」チャキッ

魔王「"何のつもり"……とは?」

魔王「先程武闘家に言ったであろう。私は人間達と戦うことに決めたのだ、決別の意を表すためにこうして貴様達を襲っている」

魔王「何かおかしいところがあるか?」

勇者「大ありだ!!!!!!」

腹の底に溜まった憤りをぶちまけるように勇者は怒鳴った。

勇者「俺の知ってる100代目魔王は争いなんて好き好んでするような奴じゃなかった」

勇者「誰かが傷つけばそれが人間でも魔族でも心を痛めるような優しい奴なんだよ」

勇者「そんな奴が……どうして表情一つ変えずに躊躇いもしないで友達を傷つけることができるっていうんだよ!!」

勇者「お前僧侶と魔法使いと武闘家と友達になれてあんなに嬉しそうだったじゃねぇかよ!!」

勇者「魔王……どうしてこんなことするんだよ、何があったっていうんだよ……!!」

魔王「………………」


322 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:44:15.24 hr/uKPTi0 308/860

魔王は黙って勇者を見つめていた。

勇者も黙って魔王を見つめていた。

今にも泣き出しそうな空の下、薄暗い緑の国のその地で勇者と魔王はこうして対峙している。
木々を燃やし赤々と燃える炎が二人を照らし、その顔の陰影をより際立たせていた。

そして魔王はここで初めて表情を変える。

魔王「……お前は何も知らないから……」ギリッ

勇者「……!?」

だが苦渋と怒りと悲しみの混ざり合ったその表情は一瞬魔王の顔に現れるとすぐに姿を消した。

勇者「どういうことだよ……!?」


323 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:45:38.36 hr/uKPTi0 309/860

魔王「…………何も知らないから何も知らないと言ったまでだ」ドンッ!!

大地を蹴り爆発的な加速で勇者目掛けて魔王は跳んだ。

しかし魔王の拳が勇者に触れようとした時には勇者はその場所には既にいなかった。
壊れたベンチの隣へと転移魔法によって移動した後だったのだ。

魔王「"瞬天"の二つ名は伊達ではないな……!!」ズザー!!

勇者「魔王!!『何も知らない』ってなんだよ!!やっぱり何かあったんだよな!?」

魔王「……真実は自分で知るがいい……」チャキッ

魔王は腰に差す魔剣を抜いた。

勇者「どういう……」

カアアアァァァッ!!

勇者「!?」

魔王『裏魔法陣・亜音』!!

地面に展開された黒い魔法陣から発せられた光が魔王の身体を包み込んだ。


324 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:48:52.45 hr/uKPTi0 310/860

『裏魔法陣』とは術者が魔法陣展開に改良・改善を加えて産み出した創作魔法の総称である。

通常の魔法は『大魔教典』と呼ばれる何編にも渡る分厚い本にその基礎理論や術式の組み方が記されている。
数百にも及ぶ魔法には型やある程度の威力が決まっている。

これは術者の実力によって魔法の規模こそ違えど発動する魔法の性質そのものが変化することはない。

例えば魔法使いが好んで使う上級炎撃魔法陣『灼』は火球を放つ魔法、先ほど魔王が武闘家に放った上級氷撃魔法『冷』は氷でできた刃を飛ばす魔法、というようにである。

『裏魔法陣』と称される魔法達は術者の創作魔法陣であるが故に大魔教典にも載っていない。
自分自身の手により幾多の術式を組み合わせ新しい魔法陣の術式を造り出すことは相当難易度の高い所業である。
生涯で三つも裏魔法を産み出せば必ず教科書に名前が載る。
だがその難易度故に裏魔法陣は通常魔法とは一線を隠す威力か効果がある。

いわゆる奥の手や必殺技というものだろうか。


325 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:54:42.18 hr/uKPTi0 311/860

魔王「…………」ゴゴゴゴ…

勇者「お前……その魔法……」

勇者は裏魔法陣『亜音』の効果を知っていた。

肉体の感覚神経、運動神経を限界以上に強化することで神速の動きを可能にする魔法である。

『亜音』は代々の勇者と魔王のみが使える肉体強化の裏魔法として人々に知られている。

魔王「魔剣の加護を受けた今、この程度出来て当然だ」

勇者「本気で俺と闘うつもりってことかよ……!!」

魔王「その質問も今更だな……仲間達が襲われる姿を見てまだそんなことを言うのか?」

勇者「…………!!」

魔王「なによりこの魔法を使ったことが答えにはならんか?」

勇者「待てよ魔王!!まだ話しは終わって……!!」

魔王「ゆくぞ!!」フッ!!

勇者「チッ……!!」フッ!!


326 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:55:54.95 hr/uKPTi0 312/860

ガキィン!!

キィン!!

ガキン!!

キキィン!!

キーン!!

共に神速の移動術を体得した二人の闘いはもはや常人には音しか聞き取ることのできない別次元の攻防であった。

肉体強化魔法によって尋常ならざる速度の動きで勇者を襲う魔王。
彼女の攻撃を勇者は瞬天と称される速度により即座に、あらゆる場所へと空間転移を行い避け、受ける。
反応速度を極限以上に研ぎ澄ました魔王はその勇者の動きにすら反応し追撃を図る。
勇者はそれを防ぐ。
ただひたすらにその繰り返しであった。

僧侶(……なんて闘いなの……)ゴクッ

武闘家の傷を回復魔法で癒しながら勇者と魔王の闘いを見守る僧侶は息を呑んだ。

100代目勇者一行の一人である彼女は仲間と共に数々の戦場を駆け、任務で凶悪凶暴な魔物と幾度となく闘ったことがある。
戦闘担当ではないにせよそれなりに死線をくぐってきたと言える。

だがその僧侶にとってすら目の前で繰り広げられる闘いはまるでついていけないものだった。

時折魔王の攻撃を受ける勇者の姿が微かに見えるだけでその攻防のほとんどを捉えることができない。

それでも勇者が攻めにいってないことだけは理解できた。

この後に及んでもやはり勇者は魔王を傷つける気はなく、闘うことを拒否しているのだ。


327 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:57:14.85 hr/uKPTi0 313/860

キィン!!

ガキィン!!

勇者「どんな理由があるのか知らねぇけど俺はお前と闘うつもりなんてない!!」フッ!!

魔王「…………」フッ!!

キン!!

キキン!!

ガキィーーーン!!

勇者「ぐっ……!!」グググッ

魔王「……貴様は……いや、私達は甘かったのだ、勇者」グググッ

勇者「……何?」

魔王「魔族と人間の和平……そんなものは最初から実現できる筈もなかったのだよ」

魔王「魔族と人間が争うことのない平和な世界など夢見がちな子供の馬鹿な妄想に過ぎなかったのだ」

魔王「私達は未来永劫争い続けることしかできない哀れな生き物だということだ」

勇者「何言ってんだよ!!俺達が友達になれたんだ!!だから他の人間と魔族だって分かり合えるハズだろ……!?」

魔王「……その考えが甘いと言っているのだ!!」ビュッ!!

勇者「ッ!!」サッ

ガキィン!!!!

ヒュンヒュンヒュン……

魔王の横薙ぎを剣で受けた勇者であったがその凄まじい剣圧に耐えきれずに剣を弾き飛ばされてしまった。


328 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:58:40.42 hr/uKPTi0 314/860

勇者「ッ……この!!」サッ

魔王「!?」

勇者に手をかざされた瞬間魔王の視界には木々に縁取られた灰色の空が映った。
続いて背中に衝撃が走ったかと思うと目の前に勇者が現れ胸ぐらを掴んでいた。

魔王「……転移魔法の応用でこんな芸当までしてみせるとはな」

魔王は瞬時に自分の身に起きたことを察した。

勇者の転移魔法によって仰向けになる形で空中へと空間転移され、次いで勇者が転移して胸ぐらを掴んできたということだ。

勇者「魔王!!もういい加減にしろよ!!」グッ

勇者は魔王を地面に押し倒し、両の手に力を込めて叫んだ。
堅く握った両手は込められた力により小刻みに震えている。

魔王「……あの時に似ているな」

勇者「……!!……そうだな」

魔王の言う"あの時"がいつのどの出来事を指すものなのか勇者にはすぐに分かった。

緑の国で魔王と初めてあった時のことだ。

あの時勇者は魔王に馬乗りになって彼女を殴ろうとしていた。

魔王「結局お前はあの時私に手を出さなかったな」

勇者「それはお前だって同じじゃねぇかよ」

魔王「……そうだったな」


329 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 06:59:16.25 hr/uKPTi0 315/860

ドスッ……

魔王「……だがあの時とはもう違うのだ……もう戻れない……」

勇者「…………!?」

勇者の左脇腹に焼ける様な強烈な激痛が走った。

その痛みを感じても勇者は自身の身に何が起きたのか分からなかった。

ゆっくりと視線を痛みの先へと向ける。

魔王の右手に握られた魔剣が勇者の腹部を貫き、傷口からは噴き出す様に血が流れ出ていた。

その鮮血を見て尚、それが自分の血なのだと理解するのに数秒かかったほどだ。

勇者「がふっ…………!!」ビチャッ

僧侶「勇者君ーーーー!!!!」

そう遠くにいるわけではない僧侶の声が遥か遠くから聞こえる。


330 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:00:58.38 hr/uKPTi0 316/860

魔王「…………邪魔だ」

ドガッ!!

勇者「ぐあああぁぁぁぁ!!」ドサッ

魔王は勇者を蹴り飛ばし立ち上がった。
美しい顔も鎧も勇者の返り血で紅く汚れている。

勇者「ま……魔王…………」

既に勇者は痛みを感じていなかった。
感じられる痛みの許容量を超え、脳が痛覚を遮断していたのだ。

だが流れ出る血に比例する様に自分の力が抜けていくことは感じていた。

今にも消えてしまいそうな意識をなんとか意思の力でつなぎ止める。

魔王「まだ喋れるだけの力があったか」

勇者「どうしても…………どうしても戦うってのかよ……」

魔王「だから何度もそう言っておるだろう……理解力に欠けるなどという話ではないな」フゥ…

魔王「……ならば私も何度でも言おう」

魔王「魔族と人の和解、和平の実現など不可能だ。幼き日に私達が夢見た世界は所詮夢の世界でしかない」

魔王「私は100代目魔王として民の前に立ち人間達と戦う。例えお前達が立ちはだかろうともその意志は変わらない」

勇者「…………」ギリッ

勇者はもはやこの現実を受け入れるしかなかった。

……悪い夢なんかじゃない、魔王は本気で人間と戦うつもりなんだ……。


331 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:01:36.39 hr/uKPTi0 317/860

勇者「これだけは……聞かせてくれ……」

魔王「……なんだ?」

勇者「俺は……俺達はお前と友達になれたって……分かり合えたって思ってた……」

勇者「俺は勿論……僧侶……魔法使い……武闘家……みんなお前のことを……大事な……大事な友達だと思ってる……」

勇者「……お前に何が……あったのか……知らねぇけど……」

勇者「人間と戦うって決めた今じゃ……俺達は……お前にとってもう友達じゃないのか……?」

勇者「……ただの倒すべき敵なのかよ……?」

魔王「…………」

血溜まりにうつ伏せで倒れる勇者へと魔王はゆっくりと近づいていった。

魔王は勇者の目の前まで来ると左手の人差し指に長い黒髪を絡め、右手に握った剣の切っ先で勇者の顎を軽く上げ、冷酷な眼差しで勇者を見下し言った


332 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:03:19.31 hr/uKPTi0 318/860

魔王「あぁ、お前達はもはや私にとってただの敵、数ある障害の1つにすぎない」

勇者「…………!!」

魔王「お前と過ごした10年も、お前の仲間達と過ごした3ヶ月も、私の人生にとっては無価値な唾棄すべき時でしかなかったよ」

魔王「だからお前達と違って私はお前達と闘うことになんの躊躇いもなければ迷いもない」

魔王「……いや、むしろこの私に下らん馴れ合いをさせたことに憤りすら感じているからな、喜んで闘い首をはねたいくらいだ」フフッ

勇者「お……お前…………」

魔王「1週間後だ」

勇者「…………?」

魔王「1週間後、黒の国は緑の国に対し大規模な侵攻作戦を行う」

勇者「…………!!!!」

緑の国への侵攻、これが何を意味するか勇者は十分分かっている。

人間と魔族の戦争が始まって以来、中立を貫いてきた緑の国。
戦場とすることを禁じられているその国へ攻め入れば国際批判は免れない。

何より聖十字連合と黒の国――――人と魔族の間には計り知れない溝ができることになるだろう。

そうなっては両種族の関係の修復はできず和平の実現は到底不可能になる。

魔王「分かったら大勇者に伝えろ、『止めたければ魔王城まで来い、父の仇は私がこの手でとる』と」

勇者「ぐ…………」


333 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:05:06.21 hr/uKPTi0 319/860

魔王「…………そうだな、お前達にもチャンスをやろう」スッ

トスッ

魔王は懐から円盤状の魔法具を取り出し勇者の目の前に落とした。
地面に刺さった魔法具は鈍く光っている。

勇者「……これ……は……?」

魔王「……その魔法具には黒の国の魔王城の魔力座標が記録されている」

魔王「魔法具に記録された魔力座標を元に転移すれば魔王城に来たことがなくとも跳躍が可能だ」

魔王「もしお前が私を止めようと思うのならその魔法具で魔王城に来い。そして私と闘え、100代目勇者よ」

勇者「…………」

魔王「……もっとも聖剣の加護を受けていない今のお前などでは話にならん」

魔王「次に会う時、私は全力でお前達と闘う。覚悟ができたならお前も聖剣をその手に携え真の勇者として魔王城を訪れるが良い」ザッ

カアアァァッ!!

それだけ言うと魔王は勇者に背を向け足元に転移魔法陣を展開した。
青白い光が彼女を包んでいく。


334 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:05:52.38 hr/uKPTi0 320/860

勇者「ま……まおう…………」

薄れゆく意識の中、勇者は最後の力を振り絞り魔王の名を叫んだ。

しかし彼の口から出た声は叫びとは言い難いかすれた小さな声でしかなかった。

それでも勇者の声はたしかに魔王には聞こえていた筈である。

魔王「…………」

だが魔王は振り向くことなく転移魔法の光の中に消えていった。

勇者「……ま……お…………」ガクッ

既に魔王の去った誰もいない空間を見たのを最後に勇者は意識を失った。

降りだした雨粒の最初の一粒が手の甲に当たった感覚を勇者は感じることはなかった。

次第に強くなる雨音も彼の耳には届かない……。


335 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:06:42.30 hr/uKPTi0 321/860

――――――――

―――――

――



――――青の国・とある病院の一室

勇者「…………はっ!」ガバッ

意識を取り戻した勇者ベッドから跳ね起きた。

内容は覚えていないが酷く嫌な夢を見ていたらしい。
身体中汗まみれで気持ちが悪い。

勇者「…………ここは…………?」

辺りを見回す。

見たこともない部屋だった。

白を基調とした質素な部屋には家具と言った家具は置かれておらず、あるのはやけにシーツの整ったベッドが三つ。
いや、自分が今使っているものを含めれば四つか。

そういえば右腕に管が繋がっている。
管の先はスタンドに取り付けられた透明の袋に繋がっており、袋の中身が赤い液体で満たされているところを見るとどうやら自分は今輸血か何かをされている最中なのだろう。

それらの状況から自身の今居る場所がどこかの病室なのだとようやく理解する。

勇者(でもなんで俺輸血なんか……)


336 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:08:18.93 hr/uKPTi0 322/860

ギイィ……

不意に開いた病室のドアからはよく見知った顔が三つ入ってきた。

魔法使い「おー、勇者起きてるじゃん」

武闘家「やっと目が覚めましたか」

勇者「お前ら…………ッ!?」クラッ

僧侶「傷は治したけどまだ血が足りないんだから無理はしないで、勇者君」

勇者「…………傷?」

武闘家「…………」

僧侶「…………」

魔法使い「…………」

現在の自分の状況。

僧侶の言葉。

そして何より押し黙った仲間達の暗く重い顔を見れば答えは自ずと見えてくる。

勇者「…………夢じゃなかったのか…………」

たしかに勇者は悪夢にうなされていた。

だがその悪夢は単なる夢ではなく現実のものであった。

冷徹な眼で自分を、仲間達を襲う魔王の姿が勇者の脳裏に焼き付いていた。


337 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:09:51.87 hr/uKPTi0 323/860

勇者「あの魔王が……俺達を…………か」

僧侶「………………」

勇者「お前らは大丈夫なのか……?」

魔法使い「うん、まぁ……一応ね」

武闘家「僧侶さんのお陰で傷の方はすっかり癒えていますから」

勇者「そっか……」

魔王による強襲の後、僧侶の必死の治療もあって勇者は一命をとりとめた。
魔法使い、武闘家も同様僧侶の回復魔法によりまだ全快とまではいかずとも健康体と言えるまで回復したと言える。

勇者達三人が無事でいられたのは一重に僧侶の判断が的確だったためである。

普通ならば一番の重体である勇者を真っ先に治してしまいそうだが僧侶はあえて最初に魔法使いの手当てを優先した。

あの森の中では十分な治療が見込めないため早急に医者や回復系魔法の使い手のいる病院へと三人を搬送しなければならない。
そのための足として転移魔法が必要と考え、失血によって意識を失った勇者ではなく比較的軽傷の魔法使いを優先的に治療し、彼女の転移魔法によって病院への移動をしようと考えたのだ。

僧侶、医者、回復系魔法の使い手達の手当てにより三人の傷はすっかり癒えたのだが勇者の場合は出血が多かったためまだ安静が必要であった。
回復魔法はあくまで対象の自己治癒能力を活性化させ傷を癒すというもの。
無から有を造り出す魔法ではないため体外へ流れた血を生成することはできない。
勇者の右腕に細長い管が繋がれ輸血がなされているのはそのためだ。


338 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:10:30.74 hr/uKPTi0 324/860

病室へ帰ってきた武闘家達三人は自然と一人一つのベッドに腰掛けることになった。

窓際にある勇者のベッドから見て向かいには僧侶、隣には武闘家、斜向かいに魔法使いという形である。

勇者「…………」

武闘家「…………」

僧侶「…………」

魔法使い「…………」

昼前に魔王と会うまでとはまた違った重々しい沈黙が病室を包む。

空気の色は変わりやすい。
小さな病室はすぐに押し潰されそうな息苦しい空気でいっぱいになった。

勇者はそんな空気に耐えきれずに窓の外へと目を移した。

曇っていて太陽の正確な位置はわからなかったが西の空の雲に赤みがかかっていたので夕暮れ時だとわかった。
この時初めて気付いたが病室は二階にある様だ。
病院前の通りを見下ろすと人通りは既にまばらであった。

兄弟だろうか?
小さな男の子が二人、通りを西へと駆けて行く。
家で母親が夕飯を作って待っているのかもしれない。

339 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:11:21.53 hr/uKPTi0 325/860

魔法使い「ねぇ…………あたし達魔王と闘わなきゃならないの……?」

沈黙を破り魔法使いが言った。

思えばこういう重苦しい雰囲気の時は決まって彼女が最初に口を開く。

「話しをしなければならないがどう話し始めればいいかわからない」
仲間達のそんな思いを感じとって自分が一番先に話を切り出そうという彼女の優しさなのかも知れない。
もっとも彼女の場合はただ旦に重い空気に耐えられずに口を開くということも否めない。

たがそれでも勇者達は魔法使いにこうして助けられているのは事実だった。

魔法使い「あたしはすぐに気絶しちゃったから後のことはさっき僧侶に聞いたよ、武闘家もそう」

と、これは勇者に向けての言葉である。
魔法使いも武闘家も自分が気を失ってからの魔王の行動、言動を把握していると勇者に告げたのだ。

僧侶「私は魔王ちゃんと闘うなんてできないよ……」

魔法使い「僧侶……」

武闘家「ですが……」

僧侶「……うん、わかってる。私達が100代目勇者一行でその使命が本来魔王を倒すことだって」

僧侶「でも……私にはできない。どんなに魔王ちゃんのこと敵だと思っても、仲間を傷つけられて憎いと思っても、魔王ちゃんと過ごした日々と魔王ちゃんの笑顔を思い出したら……私にはとても…………」

今にも泣きそうな僧侶を見ながら魔法使いが言う。

340 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:11:54.77 hr/uKPTi0 326/860

魔法使い「……あたしだってそうだよ。今朝まで友達だと思ってた魔王と闘うなんてことしたくない……」

魔法使い「でも僧侶や勇者や武闘家が傷つくのも嫌!でもでも、魔王と闘うのも嫌!!」

魔法使い「……一体……一体どうしたらいいの……?」

魔法使いの猫耳はだらしなく垂れていた。
彼女の喜怒哀楽は耳の動きで分かるが今の彼女の顔を見れば一目でそのやるせなさが分かった。

そんな二人を見て武闘家が静かに口を開いた。

武闘家「…………ならパーティ解散、ということになりますかね」

341 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:13:38.58 hr/uKPTi0 327/860

魔法使い「え……」

僧侶「ちょ、武闘家君!?」

突然彼の口から飛び出したあまりに衝撃的な言葉に僧侶の声が上ずる。

武闘家「魔王さんが人間達との戦いを望む今、100代目魔王と闘えない人間に100代目勇者一行の一員が務まるわけないじゃないですか」

武闘家「……これはお二人を非難しているわけではありません。お二人のことを思って言っているんです……」

僧侶「でも学校に通ってた頃から私達ずっとパーティ組んでたし……そんな……」

魔法使い「……そう言う武闘家はどうなのさ!!」

あくまで淡々と話す武闘家に苛立ちを覚えたのか魔法使いが声を荒らげる。

魔法使い「武闘家は魔王と……あの魔王と本気で闘えるって言うの!?」

武闘家「……それは本音を言えば僕も闘いたくありません」

武闘家「でも闘うしかないのなら……僕は闘いますよ」

僧侶「武闘家君……」


342 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:14:31.81 hr/uKPTi0 328/860

武闘家「僕達は……人々の希望の象徴『勇者』の仲間なんですよ?」

武闘家「魔王さんが人間に仇なす存在となるなら……やはり闘うしかないです」

武闘家「今度は本気で、全身全霊で、命を奪うつもりで……」グッ

魔法使い「…………」

僧侶「…………」

ただ静かにそう言った武闘家に彼女達は何も言うことができなかった。

武闘家の言うことは正しい。

正しいし理解もしている。

しかしそれを心の奥深くから自分自身に納得させることはどうやら今の自分達にはできそうもない。

そうした彼女達の心の声がこの沈黙なのである。

武闘家「……勇者はどうなんですか?まさかこの期に及んでもまだ魔王さんと闘わないつもりですか?」

勇者「…………」


343 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:14:57.69 hr/uKPTi0 329/860

勇者は武闘家達のやり取りに口を挟むでもなく、ただ難しい顔で窓の外を眺めているだけだった。

まず間違いなく今回の一件に一番動揺し、心に大きな傷を負ったのは勇者だと三人は分かっている。

だからこそ勇者が今何を考え何を思うのか、それが今後の彼ら進むべき道を考えると最も重要なことだった。

勇者「俺は…………」

勇者は一言一言噛みしめるように静かにゆっくりと言った。

344 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:15:59.30 hr/uKPTi0 330/860

勇者「…………魔王とは闘わない」

勇者「何があっても、絶対に」

武闘家「………………」

僧侶「……勇者君……」

魔法使い「………………」

三人は何故か内心ほっとしていた。
おそらく変わってしまった魔王に対して、変わらないままの勇者がいることが彼らを安堵させたのだろう。

だが今の勇者の言葉は"勇者"として相応しいものでないとも分かっていた。

人々のために魔王と、魔族と闘うのが勇者の在るべき姿なのだ。
むしろ今の状況こそが勇者と魔王の本来の関係である。

その状況下で魔王と闘わない者に100代目勇者が務まる筈がない。
魔王との闘いを拒否し続けるのならば勇者の命の剥奪ということすら有り得る。

345 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:16:35.11 hr/uKPTi0 331/860

武闘家「勇者……魔王さんと闘いたくないのは分かります。ですが個人の感情で魔王との闘いを拒否できるほど勇者という立場が軽いものでないのは分かっているでしょう?」

勇者「…………」

武闘家「まして僕達は魔王さんを友人だと信じていても……魔王さんにとっては僕達はもはやただの敵でしかない。そう魔王さんも言っていたというじゃありませんか」

勇者「…………」

黙って武闘家の話を聞いていた勇者が口を開く。

そして次の瞬間彼の口から飛び出した言葉に他の三人は唖然とするしかなかった。











勇者「あれは……嘘だ」


346 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:17:53.69 hr/uKPTi0 332/860

武闘家「な…………」

僧侶「…………えっ」

魔法使い「へ…………?」

勇者の声は『嘘であって欲しい』という願望のこもったものなどでは決してなかった。
あまりにも勇者の声が確信に満ちていたので武闘家達は状況に驚き、混乱し、しばし硬直していたほどだ。

武闘家「ど、どういうことですか?」

勇者「…………俺にはどうしてもアイツがお前らと好き好んで闘ってるようには思えなかった」

勇者「昔から『魔族と人間が和解したら人間の友達をたくさんつくるんだ』って嬉しそうに言ってたからな。お前達と友達になれた時も本当に嬉しそうな顔してたし」

勇者「だから俺はアイツの本心が知りたくて最後にアイツに聞いた」

魔法使い「『お前にとっては俺達はもう友達じゃないのか?』ってやつ?」

勇者「あぁ」

武闘家「ですからその問いに魔王さんは……」


347 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:18:43.87 hr/uKPTi0 333/860

勇者「僧侶、俺がアイツにその質問をしたときアイツどんな仕草をしてた?」

僧侶「え?え~っと…………」

突然話を振られて僧侶は驚いたようだったがその時の情景を思い出しながら答えた。

僧侶「こう、魔剣で勇者君の顔を持ち上げて……」

勇者「右手はな。左手は?」

僧侶「ひ、左手?ん~……たしか髪の毛をいじってた気がする…………多分だけど」

魔法使い「髪の毛クルクル指に巻きつけるやつ?あたしも見たことあるよ。魔王の癖なんじゃないの?」

勇者「癖は癖だけどただの癖じゃない」

僧侶・魔法使い「?」

勇者「左手に髪の毛をクルクル巻きつけるのはアイツが嘘をつく時の癖なんだ」

僧侶「嘘をつく時の癖……?」

348 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:19:28.86 hr/uKPTi0 334/860

勇者「そう。嘘をつく時に100%その癖が出る訳じゃないけど……逆にその癖が出る時は100%嘘をついてる」

魔法使い「え、じゃあ勇者が最後の質問をした時に魔王がその癖を出したってことは……」

微かに輝きを取り戻した魔法使いの瞳を見つめ勇者は頷く。

勇者「魔王にとっては俺達は今でもやっぱり大切な友達ってことだよ」

僧侶「そっか……良かっ…………」

武闘家「ちょっと待って下さい」

ここで勇者の話を聞いていた武闘家が口を挟む。

魔法使い「武闘家?」

武闘家「そう言われて『あぁそうなんだ』ってすんなり納得すると思いますか?」

武闘家「現に僕達は魔王さんに襲われている。それなのに魔王さんを信じるなんて……」


349 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:21:15.96 hr/uKPTi0 335/860

勇者「俺の事も信じられないか?」

武闘家の反論を遮るように勇者が言った。

勇者「お前らが今の魔王を信じられないのはわかる。だったら俺の事を信じてくれないか?」

勇者「頼む…………」

そして武闘家に頭を下げた。

武闘家「…………」

僧侶「勇者君……」

魔法使い「勇者……」

長い長い沈黙。

武闘家「………………」フゥ

武闘家は小さく息を吐くと少し困った様に笑った。


350 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:21:57.23 hr/uKPTi0 336/860

武闘家「……まったく、それは卑怯ですよ」フフッ

僧侶「武闘家君……」

勇者「信じてくれるのか?」

武闘家「えぇ、と言うか最初から勇者の言ったことは信じてましたよ?」

勇者「は?」

武闘家「ただ勇者が魔王さんを庇って嘘を吐いている可能性も否定できなかったのでちょっとカマをかけてみただけです」

勇者「お前なぁ……」

武闘家「まぁ嘘じゃなさそうで安心しましたよ。何より勇者に頭を下げられるなんて貴重な体験ができましたし」クスクス

351 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:22:32.56 hr/uKPTi0 337/860

魔法使い「…………でもさ、やっぱおかしくない?」

場の雰囲気が緩みかけたところで魔法使いが彼女に似つかわしくないシリアスな声で言った。

僧侶「何が?」

魔法使い「だってさ、魔王があたし達のこと今でも友達だって思ってくれてるならなんで襲ってきたのさ?」

僧侶「たしかに……」

勇者「俺もそれがわからなかった。何かしらの事情があるのは確かなんだろうけど一体それが何なのか……」

僧侶「…………」

魔法使い「結局何もわかんないまんまじゃん」ムゥ…


352 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:23:11.86 hr/uKPTi0 338/860

武闘家「いえ、そうでもありませんよ」

頭を抱える三人をよそに武闘家はそう言ってのけた。

魔法使い「えぇ!?武闘家は魔王に何があったのかわかったって言うの!?」

武闘家「流石に核心部分は分かりませんが……それでもこれだけ情報が揃っていれば理論的に分析することでぼんやりと大まかには状況が理解できます」

勇者「お前すごいな……」

魔法使い「こういう時武闘家はホント頼りになるね」

僧侶「うん」

武闘家「とは言え僕もついさっきまでどうにも引っ掛かることがあって結論を出せずにいたのですが……勇者のお陰で答えを絞ることができました」

勇者「引っ掛かること?」

武闘家「はい。……ではそのことも踏まえて順序立てて説明していきましょうか」

武闘家は他の三人を見渡し丁寧に説明を始めた。
勇者達は彼の説明に耳を傾けつつ話を理解しようと努めた。

353 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:24:32.42 hr/uKPTi0 339/860

武闘家「まず今回の魔王さんの強襲ですが結論だけ言えば魔王さんが僕達に与えたものは魔王さんに対する不信感のみ、ということになります」

武闘家「僕や勇者、魔法使いさんは攻撃を受け怪我をしましたがどれも回復魔法や治療でどうにかなるものばかりでしたよね?」

武闘家「僕はここにずっと引っ掛かっていたんです」

僧侶「どういうこと?」

武闘家「魔王さんは僕達を襲う理由を『人間達と戦うことを決めた宣戦布告のようなもの』と言っていました」

武闘家「そのために僕達を襲ったのだとしたら、僕達に魔王さんを敵だと認識させ今後魔王さんと闘わせる様に仕向けるための強襲だった、ということですよね?」

勇者「まぁそうだろうけど……」

武闘家「それなら僕達からもっと恨みや怒りを買う様に攻めた方がより自分のことを敵だとハッキリ認識させることができたハズです」

武闘家「例えば回復魔法でも治癒ができないように四肢を切り落とすとか臓器を潰すとか……もっと簡単に恨みを買うなら僕達の中の誰かを殺してみるとか」

武闘家「もし僕が魔王さんの立場で本気で勇者達に自分を敵視させたかったらそれぐらいやってのけます」

勇者「…………」


354 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:25:19.87 hr/uKPTi0 340/860

武闘家「でも魔王さんはそうしなかった。回復魔法で癒えてしまうような『中途半端な攻撃』しかしてきませんでした」

武闘家「だから僕はずっと僕達を生かしておくことに何かしらの意味があるのかと考えていたんですが……勇者の話を聞いて分かりました」

武闘家「魔王さんは僕達を『殺さなかった』のではなく『殺せなかった』のだと」

勇者「『殺せなかった』……」

魔法使い「その違いがそんなに重要なの?」

武闘家「えぇ。……と、ここまでは大丈夫ですか?」

勇者「あぁ」

僧侶「うん」

魔法使い「まぁなんとなく」

武闘家「若干一名の返答に不安を覚えますが話を続けるとしましょうか」

魔法使い「…………」


355 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:26:39.63 hr/uKPTi0 341/860

武闘家「さて……ではここで魔王さんの身に何が起こったのかを考えてみます」

武闘家「前回魔王さんと会った時は特に魔王さんに変わりはありませんでしたよね?」

僧侶「うん、いつもの魔王ちゃんだった」

武闘家「ですから前回会ってから今回会うまでの数日間の内に魔王さんに人間と戦うことを決意させるような"何か"があった。そう考えるのが妥当でしょう」

魔法使い「ん~……あのさ、その"何か"がいつ起こったのかによっては青の国への奇襲攻撃もやっぱり魔王の指示だってことになるのかな……?」

勇者「…………」

武闘家「そのことですが……僕はその可能性は低いと考えています」

勇者「!?」

魔法使い「なんで?」


356 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:29:47.04 hr/uKPTi0 342/860

武闘家「聖十字連合側への宣戦布告無しの奇襲攻撃。100代目魔王が人間達と戦うということをアピールするには絶好の機会ですよね?」

武闘家「それならその戦場に100代目魔王自身が参戦した方が遥かに効果的にそのことをアピールできると思いませんか?」

勇者「……たしかに言われてみりゃそうだな……」

武闘家「それにいくら奇襲攻撃だった言えど黒の国側の戦力はあまりに少なかった。魔王さんが指揮を執っての奇襲攻撃の指示だったのだとしたらもっと大量の戦力を投入して風鳴の大河の青の国の拠点を完全に制圧することもできたハズ……いえ、そうするべきだった」

武闘家「ですから僕は昨日の奇襲攻撃については魔王さんの指示でなく反人間派の魔族による独断だと睨んでいます」

僧侶「反人間派……そういえば魔王ちゃんの叔父さんが反人間派の先頭に立ってるって言ってたね」

勇者「魔将軍か……じゃあ今回の奇襲は魔将軍の指示だったってことか?」

武闘家「その可能性が一番妥当だと僕は考えています。それが今回の一件とどう関係しているのかはわかりかねますがね」

武闘家「……正直に言うとそれが僕の希望であるということも否定できません。何らかの事情によって今言った『そうすべきだったこと』が実現できなかった可能性も否めませんし……」

勇者「……まぁ俺達もそう思っていた方が良さそうだしな」

魔法使い「そだね」

僧侶「うん」


357 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:30:33.31 hr/uKPTi0 343/860

武闘家「話を戻しましょう」

仕切り直す様にそう言った武闘家だったが少し何か考えて苦笑した。

武闘家「……えぇっと……どこまで話したんでしたっけ?」

僧侶「んと……魔王ちゃんに"何か"があったってところじゃなかったかな?」

武闘家「あぁ、そうでしたね。まったく、誰かさんが話の腰を折るから……」

魔法使い「ごめんごめん」ニャハハ

眉端を軽く上げて小さくため息をつき武闘家は話の続きを始めた。

武闘家「……では、さっき言った可能性の話をことを含めて話します」

武闘家「昨日の奇襲が魔王さんの指示でないとしたら、魔王さんが人間達と戦うことを決意するに至った"何か"は昨日から今日にかけて起こった、と考えられます」

僧侶「うーん……一体何があったのか私には見当もつかないけど……」

魔法使い「あっ」

僧侶「?」

何か閃いたのか魔法使いがは不意に声を上げた。
漫画か何かだったら頭の脇に豆電球が灯っていそうなものである。

魔法使い「洗脳魔法をかけられたとか考えられない?」

僧侶「洗脳魔法……?」

魔法使い「そう!」


358 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:32:08.98 hr/uKPTi0 344/860

僧侶「たしかに催眠魔法の応用で心理を操作する裏魔法もあるみたいだけど……」

魔法使い「反人間派の魔族に魔王が洗脳魔法をかけられてさ、人間との闘いを望むように精神操作されちゃってるとか……」

勇者「いや、それはないな」

と、ここで魔法使いの案を否定したのは勇者だった。

魔法使い「? どうして?」

勇者「洗脳魔法をかけられたんなら精神っつーか自我っつーか……そういうもんが消えちまうハズだろ?」

勇者「でもさっき言ったろ、アイツは嘘を吐いてたって」

勇者「嘘を吐くってのは自分が心に思ってることとは別のことを意図的に言うことだ」

勇者「あの時アイツが嘘を吐けたってことはアイツは自我を持ってたってことになる。だから洗脳魔法をかけられてたってことは多分ないよ」

魔法使い「そんな…………勇者が頭良さげに解説してる」ガーン

勇者「おし、お前後でデコピンな」イラッ

359 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:33:13.55 hr/uKPTi0 345/860

武闘家「まぁ実際勇者の言っていることは正しいですよ。それに僕がさっき言った『魔王さんは僕達を殺せなかった』ということがここで役立ってくるんです」

僧侶「もし洗脳魔法で魔王ちゃんが自我を失った状態になっていたなら手加減なんかしないで私達の誰かを殺していただろう、ってこと?」

武闘家「流石僧侶さん、話が早くて助かります。……そんな訳で洗脳の可能性は極めて低いです」

今度は勇者が自身の考えを述べた。

勇者「……人質を捕られたってことは考えられないか?」

魔法使い「誰が?」

勇者「誰でもいい、魔王の母さんでも側近さんでも……とにかくアイツにとって親しい人が反人間派の連中に人質にとられて、アイツは言うことを聞かされているとか」

勇者「それなら自我を持った状態のアイツが自分の意思に反して俺達を傷つけるってのも有り得る話じゃないか?」

魔法使い「ふむふむ……」


360 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:34:51.89 hr/uKPTi0 346/860

が、この案は武闘家によって否定された。

武闘家「洗脳よりは可能性は高いでしょうがそれもあまり現実的ではないですね」

武闘家「もしそうならやはり何故魔王さんが僕達を殺さなかったのか、で引っ掛かるんです」

武闘家「仮に僕達と魔王さんの関係が人質を捕った相手側に知られ、魔王さんは僕達を襲う様に仕向けられたとしましょう」

武闘家「それが魔王さんを精神的に追い詰めるための指示だとしたら……僕達の首を持ってこい、とでも言うのが普通じゃないですか?」

僧侶「たしかに……人質を捕るなんて卑怯な真似する人達はただ傷つけてこいなんて命令しないよね」

武闘家「それにそんな状況になったら僕達を傷つけるよりも僕達に助けを求めた方が賢明じゃありませんか?」

武闘家「勇者の転移魔法があれば人質の救出なんてワケないでしょう?」

勇者「…………」

武闘家「第一、魔族の王たる魔王さんなら自分の親しい人の命と魔族全体の平和を天秤にかけた時、どちらがより重いものと考えるのか……」

勇者「……そうか、そうだな。アイツは人質捕られたからって世界全体の平和を目指すことを止めちまうような半端な気持ちで今まで和平を目指してきたワケじゃないもんな」

361 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:35:17.79 hr/uKPTi0 347/860

魔法使い「じゃあ結局何があったっていうの?」

勇者「……勿論、お前は分かってんだろ?武闘家」

武闘家「はい……あくまで予想、ですが」

勇者の問いに武闘家は何故か返答を躊躇っているようだった。

そんな彼の姿を見て僧侶はやや緊張しながらも言う。

僧侶「聞かせて、武闘家君。魔王ちゃんに何があったのか」

武闘家「えぇ…………わかりました」

武闘家は頷き話し始めた。

362 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:38:27.47 hr/uKPTi0 348/860

武闘家「……今勇者に言った様に魔王さんは公私の区別をつけ、しかも『公』のためなら『私』を犠牲にすることもいとわない方です」

武闘家「今日魔王さんが僕達を襲った状況……これが正に『公』のために『私』を犠牲にしている状況じゃありませんか?」

僧侶「魔王ちゃんは私達と……うぅん、人間と戦いたくなんかないけど戦わなくちゃならない状況にあるってことでしょ?」

武闘家「はい。しかもその理由はかなり重いものだと推測できます」

魔法使い「重い……?」

武闘家「魔王さんにとって自身の想いを犠牲にしてでも果たさなければならない義務、それは……」

勇者「魔王としての義務……だな」

武闘家「えぇ。ですから魔王さんは100代目魔王として人間達と戦わなければならない立場にあるということ」

武闘家「そして勇者に言ったという『真実は自分で知れ』という言葉……この"真実"とは魔王さんが人間との戦いを決意した理由を指すことは間違いありません」

武闘家「『知れ』と言っていることから魔王さんのみが知ることのできる、或いは魔王さんだけしか知りえない情報でははないのでしょう」

武闘家「つまり魔王さんは何か重大な事実を知り、その上で自らの意思で、"魔王として"人間達と戦うことを決意したということになります」

勇者「……魔王として戦わなければならない理由…………」

魔法使い「武闘家は何だと思ってるの?」

武闘家「単刀直入に言いましょう……」

武闘家は次の発言に備えて唾を飲み込んだ。
聞こえる筈もないその音が勇者達にも確かに聞こえた気がした。

363 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:39:31.81 hr/uKPTi0 349/860

武闘家「…………この戦争、何か裏があるのではないかと考えています」

勇者「!?」

魔法使い「は?」

僧侶「それってどういう……!?」

完全な不意打ちだった。

それも、とてつもない威力の。

魔王が戦う理由、それが何なのか勇者達は分かっていなかったが武闘家の答えは勇者達の思考の外から放たれたあまりにも強大な一撃だった。

――――何百年と続く人間と魔族のこの戦争に隠された闇がある――――。

それが意味することの重さを受け止め切れずに思考がまとまらない。


364 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:40:23.73 hr/uKPTi0 350/860

他の三人の動揺を察しつつも武闘家が続ける。

武闘家「僕にも詳しいことは分かりません」

武闘家「ですが……もし何らかの理由で魔族は人間と戦わなければならないのだとしたら?そう仕組まれている、或いはそうせずにはいられない何かがあるのだとしたら?」

武闘家「そう考えると全て辻褄が合うんですよ……魔王さんの行動も、和平に対して消極的な王様達も、長く長く続くこの終わりのない人間と魔族の争いも……」

勇者「…………」

僧侶「…………」

魔法使い「…………」

病室の空気は勇者が目覚めた直後より何倍も重くなっていた。

誰一人として口を聞くことすらできずしばらくの間息苦しい沈黙だけが病室を満たしていた。


365 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:41:17.60 hr/uKPTi0 351/860

呼吸さえも困難なその沈黙を破ったのはやはり魔法使いであった。

魔法使い「……武闘家の考えが正しいなら人間と魔族の戦争には何か秘密があるってことだけど……その秘密をどうやったらあたし達は知ることができるのかな?」

勇者「…………」

魔法使い「やっぱり王様達なら何か知ってるハズだよね……?」

僧侶「それは……そうだろうけど…………多分王様達から聞き出そうって言うのは無理だよ」

僧侶「戦争の根底にあるような重大な秘密かもしれないんだよ?そんな話を教えてくれるわけないよ……」

魔法使い「……でも他にその"真実"って言うのを知ってそうな人なんて……」

武闘家「…………いますよ、1人。確実に全てを知っているであろう人が」

魔法使い「うそ!?」

僧侶「え、誰!?」

武闘家の言葉に僧侶達が身を乗り出す。


366 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:42:19.76 hr/uKPTi0 352/860

武闘家「……その"真実"を知る人物を僕は……いえ、僕達はよく知っています」

武闘家「………………」

そう言ってから武闘家はしばらく目を閉じて黙っていたが、何かを決心した様に目を開くと静かに言った。

武闘家「それは勇者にとって……最も近くて最も遠い人です……」

僧侶「…………!!」

魔法使い「…………?」

武闘家の言う人物が誰だか分かった僧侶と誰だかいまいち分からなかった魔法使いが勇者を見たのは同時だった。

勇者「………………」

ベッドの上で身を起こす勇者は彼女達の視線など気にする素振りすらなく眉間に皺を寄せ口を真一文字に結んでいた。

その視線の先には布団の皺があるがそこに焦点が合っていないのは誰が見ても明白であった。

勇者(…………向き合わなきゃならない、もう避けてはいられないんだ…………)

固く拳を握りそっと視線を窓の外に移した。

日が沈みかけ薄暗くなった通りには魔力灯に明かりが灯りチカチカと瞬いていた。

病室もすっかり暗くなっていたのだが誰も明かりをつけようとはせず、四人は静かに暗闇の中に佇むだけであった。

367 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:43:30.83 hr/uKPTi0 353/860

【Memories05】
――――白の国・王都・路地裏の酒場

カランコロン

馴染みの酒場のドアを引くと扉につけられた小さな鐘が軽やかに鳴った。
幾度となく聞いた音だ。

私が店に入るとカウンターでは白く長い髭をたくわえた白髪の老人が乾いた布でグラスを拭いていた。
これも幾度となく見た光景だった。

「よう」

店主「ん、よく来たのぅ」

店主といつものやり取りをしてカウンターの一番奥の席――――私が普段座る席へと腰を降ろす。

店主も私がその席に座ることは分かりきっているので私が席に座るより早く手拭きをカウンターに置いた。

「いつもの」

店主「むぅ……そう言えばお前さんのボトルは先週空けてしまったんじゃったな」

「"いつもの"と言っただろ?新しいのを頼む」

店主「いつもいつも安い酒しか頼まないのぅ……たまには気前良く高いやつでも頼んで店の売り上げに貢献しようとは思わんのか?」

「こんな寂れた酒場に来てやってるだけありがたく思うんだな」

店主「やれやれ、大勇者ともあろう男がケチ臭い」

「ほっておけ」フンッ


368 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:46:46.38 hr/uKPTi0 354/860

「そもそもだな……」

私はそう言って私以外には客のいないこじんまりとした酒場を見渡した。

開店当初は小綺麗だった(と記憶している)店内も今や壁の塗装は何ヵ所も剥げ椅子やテーブルも傷だらけ、とてもお洒落で綺麗なバーなどと言えたものではない。

「路地裏のこんなボロい酒場に客が来ると思うか?」

「店主が美人のママだったり若くて可愛いウェイトレスがいたりするならまだしも老いぼれたの爺さん一人しかいないのでは尚更だ」

私が悪態をつくと店主はどこが嬉しそうに答えた。

店主「いいんじゃよ、ワシの店はこれで」

店主「この店はワシの余生の楽しみの様なものじゃ。馴染みの客が酒を飲みながらくつろいでいってくれれば儲けがなくてもそれでいいんじゃ」

「だったら私が安酒を頼んでも一向に構わないだろう」

店主「それとこれとは話が別じゃ」フォッフォッフォ

店主は笑いながら新しいボトルを開け、氷の入ったグラスに酒を注ぐ。

店主「ほれ」

「……」グイッ

差し出されたグラスを受け取り酒を一口飲んだ。
軽く焼ける様な感覚が喉を通って胃へと染み込んでいく。

店主「……まぁ安酒の割に味は良いんじゃよな」フフ

「そうでなければ毎回頼まんさ」フッ

369 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:47:59.43 hr/uKPTi0 355/860

二口目を飲もうとグラスを口に近付けた時に店主が話を切り出した。

店主「…………青の国が奇襲攻撃を受けたらしいのぅ」

カウンター奥の棚の方を向いていたので私からでは見えなかったが、白い眉の奥から見える鋭い眼光を放っていたに違いない。

「……相変わらず耳が早いな」ピタッ

私は飲みかけのグラスを置いて話を続けた。

「箝口令が出されていて青の国内でもあまり知られていない筈なんだがな」

店主「昔のツテがいくらでもあるわぃ、酒場の店主の情報収集力を舐めるもんじゃないのぅ」

「本当に恐ろしい爺さんだ」

店主「そんなことはどうでもいいんじゃよ、お前さん今回の一件どう見る?」

「……そうだな。敵の指揮官が魔王でも魔将軍でもなかったことが気になるが、今回の奇襲攻撃で聖十字連合に緊張が走ったのは事実だろう」

「そもそも近年大きな戦が無かったことの方がおかしかったのだ。今回の奇襲を契機に大規模交戦に発展する可能性も低くはないだろうな」

店主「そうなればまた多くの命が失われることになるのぅ……」


371 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:50:05.31 hr/uKPTi0 356/860

店主「お前さんの息子も頑張った様じゃが、それでも聖十字連合と黒の国の関係の悪化は免れんじゃろうな」

「……あの馬鹿はまた戦場で敵を一人も殺さなかったらしい。甘すぎるのだ、そんなことではいつか自分が命を落とすことになると何度も言っているというのに」ギリッ

私は息子の愚かしさに腹が立ち思わず顔をしかめた。
店主はそんな私を見て息子をフォローするように優しく言う。

店主「息子さんは優しいんじゃろ、お陰で青の国のフラストレーションは大分押さえられたじゃろうて」

「それはそうかもしれん…………だがそれでも私達が生き延びるためには戦い、敵を殺さなければならない。その事実は変え様があるまい」

店主「………………」

店主「何にせよ今回の風鳴の大河への奇襲は確実に世界に波乱を呼ぶことになるじゃろうな」

「…………風鳴の大河…………か」

その名は私にとって特別な響きを持っていた。

私がまだ駆け出しの頃から、99代目勇者に任命されてから、人々から大勇者と呼ばれるようになってから、何十回と風鳴の大河の戦場で戦ってきた。

そしてその名を聞く度に思い出すのは"アイツ"のことだ。

何故なら風鳴きの戦場は私が"アイツ"と出会った最初の場所だからだ。

数え切れない程に剣を交え、血を求め、骨肉を削り合い…………そして私が命を奪ったあの男との出会いの場所だ。


372 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:51:25.13 hr/uKPTi0 357/860

――――21年前・青の国・風鳴の大河

ウオォォォォ!!

キィン!!

ガキィン!!

剣士「『五月雨を、集めてはやし、風鳴きの』ねぇ……風情もクソもあったもんじゃねぇな」

「お前なぁ、戦場に風情もクソもあるかよ」

剣士「だってよ、俳句で有名な風鳴の大河だぜ?どんなとこかと思えば随分殺伐としてるじゃねぇか」

「風流な戦場なんてこの世のどこにもありゃしないっつーの」

剣士がそう言ったのは戦士達の叫びと武器のぶつかり合う音で風鳴の大河の川の音は完全にかき消されていたからだろう。

私と剣士はその日、青の国の戦力として白の国から援軍に来ていた。

当時の私はまだ正式に99代目勇者を襲名していなかったが、他の勇者候補達の中ではその実力は群を抜いており99代目勇者の座は私のものとなるだろうと自分でも思っていた。

「つーか、今日爺さんはどうしたんだよ?見てねぇけど」

『爺さん』と言うのは当時私と剣士がパーティを組んでいた大賢者のことだ。

剣士「あぁ、なんでも今日は歯医者で来れないとかなんとか」

「はぁ!?歯医者!?そんな理由で戦場に来ないって何考えてんだあの爺さんは!!」

剣士「まぁ普通その反応だよな」ガハハッ


373 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:52:30.86 hr/uKPTi0 358/860

「……ったく、俺達がこうして戦場に駆り出されてるってのによ」

……そう言えば若い頃の私の一人称は『俺』だったな。
言葉遣いも粗悪だったし……まぁ若さ故というものだろう。

剣士「まぁそう言うなって、なんせ95代目勇者とパーティを組んでたこともある大ベテランだからな。それくらいのワガママも許されるんだろ」

「にしてもあの爺さんは戦を休みすぎだろ、そんなんじゃいつまで経っても世界を平和になんかできねぇっつの」

私が愚痴ると剣士が茶化すように笑いながら言った。

剣士「お~、やっぱり99代目勇者候補殿は言うことが違うじゃねぇか」ガハハ

「へっ、まぁな。俺がサクッと魔族供をぶっ殺して人間達を勝利に導いてやるぜ」ニッ

「だから今回の戦もさっさと終わらせて帰るぜ」

剣士「……そう簡単に行きゃいいけどな」

「あん?」


374 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:53:30.65 hr/uKPTi0 359/860

突然剣士の顔色に陰りが差した。
不安げな声色で彼は話し始めた。

剣士「お前知ってるか?黒の国の軍にいる恐ろしく強い兄弟のこと」

「いや?初耳だけど……」

剣士「最近魔将軍と黒騎士に任命された二人らしいんだけどよ、それがかなりの達人らしいんだ」

剣士「特に兄貴の魔将軍の方はとんでもない化物らしくてな、先月の銀の国での戦じゃ千人斬りをやってのけたらしい」

剣士「間違いなく99代目魔王はそいつになるだろうって噂だ」

「んで、その魔将軍がこの戦場に来てるってワケか?」

剣士「あぁ」

「……ったく、情けねぇなぁ。そんぐらいでビビんなよ」ハァ


375 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:54:14.69 hr/uKPTi0 360/860

剣士「別にビビッてるワケじゃねぇさ。ただ油断して死んじまったりしたら元も子もねぇって話だ」

剣士「俺はそういう部下達を何人も見てきたからな、だから……なんつーか不安でよ」

「………………」

剣士は私とパーティを組む前は白の国の騎士団長を務めていた。
若くして騎士団長となった彼は多くの戦地へと赴き、戦い、勝利し、時には敗北し、そして多くの部下達を失ってきたのだろう。

だから私の慢心がいずれ私の命を奪うことになるのではないかと常から心配していたのだ。

そんな彼の不安を理解し私は努めて明るい声で言ってやった。

「千人斬りなんて俺がしょっちゅうやってんだろ、驚くことでもなんでもねぇっての」

剣士「そりゃそうだけどよ……」

「そ、れ、に、だ」

右手の人指し指を立てて剣士の鼻先へと突きつけた。

剣士「?」

「歴代最強の勇者になれると謳われるこの俺がそう簡単にくたばると思うか?」

剣士「………………」


376 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:55:27.87 hr/uKPTi0 361/860

剣士は呆れた様な困った様な、如何とも言い難い顔で私の顔を見ていたが、少しするといつものように豪快に笑って言った。

剣士「ハハッ、思わねぇな。少なくともお前は殺したくらいじゃ死ななそうだ」ガハハッ

「おいおい、それじゃ俺がゾンビかなんかみたいだろうが、他に言い方なかったのか?」

剣士「悪ぃな、俺頭良くねぇから他の言い回しなんか思いつかねぇわ」

「どの口が言うか、隠れ優等生め」チッ

剣士「俺の成績で優等生なら俺らの同輩の半分以上は優等生だぞ。お前が頭悪すぎるだけだ」

「ぬぐ…………い、いいんだよ!!実技ができれば!!」

剣士「はいはい」ククッ

剣士の緊張も解れたところで私は背負っていた剣を抜いて言った。

「……さて、んじゃあ行くか」

剣士「おう」


377 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:56:30.59 hr/uKPTi0 362/860

私が臨戦体勢に入ったのを察して剣士も担いでいた大剣の刃に巻き付けてあった厚手の革をほどいた。
身の丈よりも大きな剛剣を軽々と、しかも完璧に扱いこなせるのは彼くらいのものだ。

「俺は北から、お前は南から敵の本陣を目指す。いいか?」

剣士「任せろ」

「おっしゃ!!いくぜ!!」ダッ!!

剣士「あぁ!!」ダッ!!

叫ぶと同時に私達は二手に別れ地を蹴って戦場へと駆けていった。

この時、私が南へ向かっていたのならば物語はまた違った展開を迎えていたのかもしれない。





…………いや、やはりそれはなさそうだな。

早いか遅いかの違いはあれど私とあの男が出会うことになるのは必然であったのだから……。


378 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:57:28.60 hr/uKPTi0 363/860

――――――――

剣士と別れ北側を行く私は正に一騎当千。
襲い来る魔族達を大火力の攻撃魔法で次々に蹴散らし爆進して行った。

……という訳ではなかった。

カアアァァァ!!

「……っと」バッ

ゴオオォォォ!!

私の居た場所に展開された罠式魔方陣が発動すると私は難なく魔方陣から吹き出した炎を避けた。

「…………まったく、どうなってやがんだ?」

十数個目の罠を避けたところで激しい疑念を抱きながら私は呟いた。

と言うのも私の行っていた北側は多くの罠式魔方陣が張り巡らされているだけで魔族の兵が一人もいなかったのだ。

それは言うまでもなく異様な状況であった。


379 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:58:09.46 hr/uKPTi0 364/860

敵を罠に嵌めるためにトラップを仕掛け、敵を誘き寄せる戦術は存在するし、有効な手段として昔からよく使われている。

だがそれでも必要最低限の兵士は配置しておくものだし、何よりあからさまに兵の数が少なければ敵側に不信がられ罠に気付かれる可能性が大幅に増す。

それに私を襲った罠式魔方陣の威力は超高火力ということもなく、到底『罠に嵌めて一網打尽』ということができる威力では無かった。

だからその戦場は正しく"異様"な戦場であったという訳だ。

(何が目的だ?意図して兵を出さないことに何の意味がある?)

(あえて北側は手薄にしてその分南側の戦力を強化……南側から戦況を一気に巻き返すってか?)

(……いや、そりゃなさそうだな。そんなことして北側が抜かれちまったら意味がねぇもんな)

(…………じゃあもし北側が抜かれないっていう何かの理由があったらとしたら…………)

380 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 07:59:19.68 hr/uKPTi0 365/860

「……!?」ピクッ

突如として辺り包んだを凍てつく殺気に私の動物的本能が最大級の警鐘を鳴らした。
考えるより先に体が生存のために防衛策をとっていた。

『防壁魔法陣・断』!!バッ

ゴオオオオォォォォォ!!

咄嗟にその場に防壁魔法を展開すると私が立っていた一帯を焼き払う凄まじい業火が私を襲った。

間一髪であった。

少しでも防壁魔法の発動が遅れていたなら私の体は一瞬にして炭化していただろう。

それほどまでにその炎撃魔法の威力は驚異的であった。
実際私の展開した防壁魔法は完全に炎を遮断し切れずマントの裾は少し焦げていた。

「なんて威力の炎撃魔法だよ、俺の魔法でも防ぎ切れねぇなんて……!!」

その場は防壁魔法陣を張った私の背後の放射状を除いて広範囲が焼け焦がれていた。
周囲は何者かの放った炎撃魔法の残り火が至るところで揺らめいていた。

そして正面、炎の揺らめきの奥に人影が見えた。

背丈は別段大きくはない、私と同じかそれより少し高い程度の男だった。
全身は真紅の鎧に包まれ、頭部も厳つい兜で覆われていたため顔すら見えなかった。

だが彼の鎧の左胸の部分には黒の国の紋章が刻まれていたので彼が魔族の兵だというのはすぐに分かった。


381 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:01:15.95 hr/uKPTi0 366/860

「……よぅ、今の炎撃魔法はアンタの仕業か?だとしたら随分と乱暴なご挨拶じゃねぇかよ」

思えばこれが私がアイツに掛けた最初の言葉だ。
皮肉と敵意たっぷりに言ってやったことをよく覚えている。

アイツ「……正直驚いた、まさか今のを耐えるとは……並の防壁魔法では防ぎ切れない筈なのだが」

淀みない口調に芯の通った声。
まるで王族や上流貴族のような気品ささえ携えたその声は彼が人の上に立つ器の持ち主であることを表しているかの様だった。

「おいおい、舐めてもらっちゃ困るな」

アイツ「舐めてなどいない。むしろ褒めたつもりだったのだがな」

「そうかい、そりゃどうも」

「んじゃ今度は俺からの挨拶だ……『さようなら』のな!!」ドンッ!!

私は地を蹴りアイツとの距離を一瞬で詰めた。
アイツは私のスピードにも憶することなく瞬時に腰に差していた剣を抜き放ち防御体勢に入った。

「……」ニッ

タンッ!!

アイツ「……!?」バッ

そこで私は跳んだ。

奴の頭上を弧を描く様に宙を舞ったのだ。

流石に私のその動きは予想外だった様でアイツは私を見上げ一瞬硬直した。

その一瞬は私にとっては十分すぎる一瞬だった。


382 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:02:11.45 hr/uKPTi0 367/860

カアアアァァァッ!!

『三重雷撃魔法陣・轟』!!

ズガガガーーーン!!

バリバリバリバリ!!

地上目掛けて放った多重最上級雷撃魔法陣は轟音と共に一帯をいかずちの海に沈めた。

数々の戦場で魔族の兵達を一網打尽にしてきたその雷撃を受けて立っていた者など一人もいなかった。

勝利を確信した私は空中で優雅に三回転すると華麗に着地を決めてみせた。

「俺が上に跳んだことに反応できたのは誉めてやるよ」ヘヘッ

「普通の奴には視界から消えた様にしか見えねぇハズだも…………!?」ゾクッ!!

ビュバッ!!

「くっ!?」サッ

その日二度目の凍てつく殺気を感じ私は瞬時に身を屈めた。

頭部へ向けて背後から放たれた横薙ぎをギリギリでかわしそのまま前転、背後を振り向きつつ距離をとると奴がその手に剣を携え悠然と立っていた。

「……おいおい、今ので生きてるだと……?」


383 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:03:12.09 hr/uKPTi0 368/860

アイツ「そう驚くことでもないだろう」

鎧についた砂埃を払いながらアイツは淡々と話し始めた。

アイツ「単純な話だ。貴様の放った雷撃魔法を私の雷撃魔法で相殺しただけのこと」

アイツ「まぁ数コンマ私の方が魔法陣を発動させるのが遅れたからな、魔力の集中が足りなかったため完全相殺することはできなかった」

そう言って先のボロボロになった漆黒のマントの裾をこちらに見せてきた。

アイツ「お陰でこの通り、一張羅が台無しだ」

「……今まで防いだ奴は一人もいなかったんだがね」

アイツ「そうか、お褒めに与り光栄だよ」

「褒めてねぇよ」チッ

(簡単な様に言いやがったが今の芸当、そうそうできるもんじゃねぇぞ?)

(あの一瞬で俺の雷撃魔法のダメージを十分軽減できるだけの魔力を集中させた反応速度と魔力量、俺の攻撃に対するベストな状況判断……)

(多分大賢者の爺さんぐらいしかできない様な完璧な対応をしてくるとは……コイツとんでもなくデキるな……)


384 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:04:26.36 hr/uKPTi0 369/860

「…………そうか」

アイツ「?」

「お前が銀の国で千人斬りをしてのけたっていう魔将軍か」

アイツ「……なんだ、今頃気付いたのか?」

アイツ「いかにも、私が魔将軍だ」

「その魔将軍サマともあろうもんが部下も引き連れずに一人で出陣か?相当人望がないみたいだな」

アイツ「そういう貴様も一人ではないか」

「俺はわざと一人で来てるんだよ」

「周りに仲間がいない方が気がねなく思う存分戦えるんでね」ニッ

アイツ「私も同じ理由さ」フッ

「へぇ、随分な自信じゃねぇかよ」

アイツ「お互い様ではないか?」

「…………フンッ、そうまで言うなら全力で相手してやるよ」

「後悔するなら死ぬ前にしとけよ」

アイツ「ほぅ、面白い」


385 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:05:11.52 hr/uKPTi0 370/860

「……ハァッ!!」チャキッ

カアァァ!!

私は剣を持つ両手の甲に拳大の魔法陣を展開した。

「はあああぁぁぁぁ……!!」

バチバチ……バチバチバチバチ!!

そして両手の間に雷撃魔法を発動させ刀身へと魔力を集中させた。

バチバチバチバチ!!!!

高密度の魔力は次第に弾ける音を強くしていき、圧縮されていく雷撃は青から紫へそして白へと輝きを変えていった。

「ハァッ!!!!」

ドンッ!!

最後の超圧縮を終えると魔力の波が周囲に強風を巻き起こした。

アイツ「な…………」

「…………待たせたな」

カアアアアァァァ!!

アイツ「……それは!?」

さしものアイツも私の手に握られた光の剣を眼にしてド肝を抜かれた様だった。


386 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:06:11.15 hr/uKPTi0 371/860

「『魔法剣』……って言ってな、超高密度に圧縮した攻撃魔法を剣に纏って扱う裏魔法だ」

「極限まで圧縮された俺の雷撃魔法の剣は『絶対轟断の剣』。金属だろうが魔法だろうがあらゆる者を斬り伏せる」

「攻撃魔法を一定の形で保ち続けることの難しさは言うまでもないだろうけどそれを継続させるためには膨大な魔力が必要になる」

「昔から理論的には可能だとされてたみたいだけどその使い手は1人もいなかったらしい」

「かく言う俺もこういう繊細な魔法は大の苦手でな、2年かけてやっと出来るようになった」

アイツ「…………」

「ま、幻の秘剣に斬られてあの世へいけることを感謝するんだな」

アイツ「…………驚いた」

「……?」

その時私は奴の声色に疑問を持った。

何故か嬉しそうにそう言ったからだ。

だがその疑問はすぐに解消されることになる。


387 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:06:45.69 hr/uKPTi0 372/860

アイツ「……まさか私以外に『魔法剣』を使う者がいるとはな」チャキッ

「…………何?」

カアァァ!!

奴は先刻までの私と同じ様に両の拳に魔法陣を展開すると手にしていた剣へと炎撃系の魔力を集中させていった。

ボオオゥゥ!!

アイツ「はあああぁぁぁぁ!!」

メラメラメラメラ!!

ゴオオォォォ!!!!

高密度の魔力は次第に燃え盛る音を強くしていき、圧縮されていく炎撃は赤から青へ、そして黒へと色を変えていった。

アイツ「ハァッ!!!!」

ドンッ!!

奴を中心に熱風が巻き起こった。
ある程度距離を取っていた筈だが火山の火口にでもいるような熱気が感じられた。

「な……まさか、そんな……」


388 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:07:46.20 hr/uKPTi0 373/860

私は奴の手に握られた黒炎の剣を目にして驚愕のあまり言葉を失った。

紛れもない魔法剣だった。

見かけ倒しの魔法などでは無い、正真正銘の魔力を纏った剣が奴の手には握られていた。

と言うよりも見かけ倒しの魔法剣など存在しようがないのだからそれが魔法剣であると認めざるを得なかった。

アイツ「炎撃魔法を超圧縮したこの剣はあらゆるものをその灼熱の刃によって焼き切る……『絶対灼斬の剣』と言ったところか」

「…………」

アイツ「貴様と私はよく似ている様だな」フフッ

「やめろ。お前みたいなスカした野郎と一緒にされたら虫酸が走る」チッ

アイツ「フッ、そうか」

「それに俺とお前が似てようが似てまいがんなこと関係ねぇんだよ」スッ…

アイツ「……?」


389 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:09:05.82 hr/uKPTi0 374/860

「俺とお前が敵同士で、殺し合うことに変わりはねぇんだからな」チャキ

アイツ「…………」

アイツ「……それもそうだな」チャキ

私と奴は構えをとり魔力を解放した。
二人の魔力が大気と大地を微かに揺らしていた。

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

「…………」バチ…バチチッ

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

アイツ「…………」ゴオォ…

ドドンッ!!

両者が地を蹴ったのは同時であった。

「らぁ!!」ビュッ

アイツ「ハァッ!!」ビュッ


390 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:09:55.19 hr/uKPTi0 375/860

ガキィーーーン!!

バチバチバリバリ!!

上段から振り下ろした私のいかずちの太刀と左薙ぎで振り抜いた奴の焔の太刀が真正面からぶつかり合いけたたましい金属音と高密度の魔力のぶつかり合いによる異音を奏でた。

「!!」

アイツ「!!」

達人同士ともなれば剣と剣を、拳と拳を、軽く交えただけで相手の力量をある程度推測することができる。

「こいつは明らかに自分より格下だ」とか「こいつには少しばかり苦戦しそうだ」だとか……そう言った具合にだ。

そして……私達もその第一撃によって互いに相手の力量を悟った。

『自分と全くの同レベルだ』と。

こいつを殺るには自分の全力を、全身全霊全てを懸けなければならないだろう。

そう悟った。


391 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:10:29.26 hr/uKPTi0 376/860

「う……おおおおおぉぉぉぉ!!」

アイツ「は……あああああぁぁぁぁ!!」

ギィン!!

ガキィン!!

ガガキィン!!

キキィン!!

キィン!!

ガキイィーーン!!!!

相手の力量を知り全力で闘うことを覚悟した私は傲りや慢心を捨て目の前の敵を殺すために剣を振るった。

だがそれでも奴を仕留めることは叶わなかった。

奴もまた本気で私を斬りにきていたからだ。

奴の魔法剣は炎撃魔法を超高密度に圧縮したもの。
接近戦では避けても防いでもその灼熱が私の身体を焼き焦がしてしまいそうであった。
太刀から噴き上がる業火が私の肌を、髪を、服を焦がしたた。

しかし私の魔法剣も雷撃魔法を超圧縮したもの。
一撃一撃を受ける度に迸る電流が奴の身を切り裂き、雷撃が奴の身体を蝕んだ。

392 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:11:13.94 hr/uKPTi0 377/860

キキィン!!

ガキィン!!

「せいっ!!」ビュッ

アイツ「ハァッ!!」バッ

キン!!

キィン!!

アイツ「……くっ!!」

(…………!!)

「もらったぁ!!」ビュッ

私の猛攻を防ぎ切れなかったのか奴のガードに一瞬隙が出来た。

その隙を見逃すほど私は甘くはなかった。

勝負を決める一太刀を奴の頭部に向けて放った。


393 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:12:09.86 hr/uKPTi0 378/860

ドゴォッ!!

「が…………っ!?」

が、私の手には確かな手応えは無く腹部に強烈な痛みが走っただけだった。

その衝撃と共に私の身体は吹き飛ばされた。

アイツ「剣を持った者同士の闘いだからといって相手が剣撃しか使ってこない、なんてことはない」

アイツ「決めの一撃に目を奪われ私の蹴りには対処出来なかったようだな」

「……チッ、やるじゃねぇかよ」ムクッ…

アイツ「私の隙を見逃さなかったのは流石だが、貴様の太刀はあの体勢からでも十分避けることができた」

アイツ「あと一歩踏み込んで来てくれさえすればあばら骨の2、3本は折ってやれたのだが残念だ」フッ

「…………」

「……そいつはどうだろうな?」ニッ

アイツ「……何?」


394 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:13:12.64 hr/uKPTi0 379/860

ピシッ!!

アイツ「!?」

パカァン

奴の兜に一筋の線が入った直後、兜は音を立て綺麗に真っ二つに割れ地面へと落ちた。

「へぇ……思った通りスカした野郎はスカした面してるもんだな」

露になった奴の素顔を見て私は言ってやった。

透き通る様な美しい銀髪と整った顔立ち、そして鋭い光を放つ二つの眼。

美青年、とでも言うのだろう。

とにかく奴の素顔は同性から見ても凛々しく見えたのは確かだ。

アイツ「まさか……先の一撃、かわし切れていなかったとは……」

「残念だよ、あと一歩踏み込んでたらお前のその面ぶった斬ってやれたのによ」ヘヘッ

アイツ「……どうにも認めざるを得んな、貴様の実力がこの私と同等のものであると」

「俺もだ。お前が全力で倒すに値する相手だって認めてやるよ」

アイツ「それは誉めているととって構わないか?」フッ

「今回のは、な」


395 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:14:03.00 hr/uKPTi0 380/860

私が答えると奴は嬉しそうに不敵に笑ってみせた。

私も同じ様に笑っていたから奴の気持ちがなんとなく分かった。

「あぁ、コイツも同じなんだな」と。

勿論私がそう感じたのはただの勘にすぎない。

だがそれでも奴ならばこの感情を理解してくれるかもしれないとその時の私は思っていた。

本来なら戦場で敵と語り合うなど言語道断なのだが私は奴に語りかけた。

そうせずにはいられなかった。

「なぁ……?」

アイツ「……?」

「変なこと言ってると思うかもしれねぇけどさ」

「俺今まで戦場で魔族と戦ったり、他の勇者候補と試合したりしたけど……上手く言えないけどずっと心のどっかにでっかい隙間があってよ」

「『満たされない』……っつーのかな?」

「俺が全力を出すまでもなく倒せる魔族、本気を出すまでもなく勝てちまう勇者候補達……闘いや勝利になんの満足感も達成感もなかった」

「まるでひたすらぬるま湯に浸からされてるみたいな感覚だった」

アイツ「…………」


396 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:15:25.37 hr/uKPTi0 381/860

「でも今日お前に会えてこうして剣を交えて、俺はすげーわくわくしてる」

「死ってやつを間近に感じながら自分の全力を出して戦える相手がいるってことが嬉しくて嬉しくてたまらねぇんだ」

アイツ「…………」

「……ハハッ、いきなり意味わかんねー話して悪かったな」

私は自分でも何を言っているのか分からず苦笑混じりに詫びをいれた。

だが奴は私を笑うでも貶すでもなく、静かに言った。

アイツ「……いや」

「?」

アイツ「わかるさ、私も同じことをずっと感じていたからな」フッ

「…………そうか」

アイツ「しかしなんだな、やはり貴様と私はよくよく似ているようだ」

「だから俺はお前みたいなスカした野郎じゃねぇっての」チッ

「それにさっきも言っただろ、似ていようが似て……」

アイツ「『似ていまいが関係無い、私と貴様が敵同士で殺し合うことに変わりはない』……だな」

私の言葉を遮り奴は言った。

そしてその言葉を聞き……私達は自らの立場と自らの成すべきことを再認識した。


397 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:16:23.60 hr/uKPTi0 382/860

「そういうこった」チャキ

私は軽く剣を持ち直した。

アイツ「さて……些か名残惜しい気もするがここは戦場だ。そろそろ終わらせるとしよう」チャキ

奴は魔法剣に更に魔力を込めた。

「それは俺のセリフだ。この勝負、勝たせてもらうぜ」

私も負けじと魔法剣に雷撃を込めた。

アイツ「私とて負けるつもりなど毛頭ない」

私達二人は構えをとった。
眼は真っ直ぐに相手の瞳を見つめていた。

相手の命をとろうという決死の闘いが始まろうというのに私達二人の瞳は沸き上がる高揚感を隠せずにいた。

そして二人同時に叫んだ。

「行くぞ!!」ドンッ!!

アイツ「参る!!」ドンッ!!

繰り出した二人の剣撃がまたも交わ……。

398 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:17:31.41 hr/uKPTi0 383/860

――カカラァン

「」ハッ

氷がグラスを打つ音で私は我に返った。

そう、今私がいるのは老いぼれ店主の経営する馴染みの酒場だ。

いつのまにか懐古の念にとらわれていたようだ。

……もう随分と昔のことなのに鮮明に覚えているものなのだな……。

私は感傷に浸りながら手にしていた酒を一口飲んだ。

店主「随分呆けていたようじゃがどうかしたかのぅ?」

店主は簡単なつまみが盛り付けられた小皿を私の席へと置いて言った。

「……いや、なんでもないさ」

店主「大方昔のことを思い出していたんじゃろう?」

「……何故分かった?」

店主「ほっほ、やっぱりそうか」ニヤリ

店主「なぁにただの勘じゃよ、勘」

「勘で心の内が読まれたらたまったものではないな」

店主「誰も彼も分かるわけではないわい」

店主「長い付き合いじゃからのぅ……お前さんの考えてることぐらいは分かるつもりじゃよ」

「……やれやれ、相変わらず恐ろしい爺さんだ」フゥ


399 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:18:31.37 hr/uKPTi0 384/860

小さく息をつきつまみに手を伸ばそうとした時だ。

カランコロン

軽やかな鐘の音が聞こえた。

酒場への来客を告げる音だ。

いくら客の来ないこの酒場と言えど私以外に客が来ることはそう珍しくはない。

店主「いらっしゃ……」

店主は客を見て何故か言葉を詰まらせた。

「……?」

つまみから店主へと視線を移すと店主は驚き眼を丸くしていた。

よほど来客が意外な人物だったのだろうか?

私がそう考えたところで店主が言った。

店主「客は客でも……お主にお客さんのようじゃな」

「何を言っているんだ……?」

私は振り向き酒場の入り口を見た。

「酒場に来たからにはお前の客に決まって…………」

客を視界に捉えた私もまた言葉を詰まらせざるを得なかった。


400 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/29 08:19:38.50 hr/uKPTi0 385/860

(あぁ……なるほどな)

そして店主の言葉の意味を理解した。

たしかにその客は酒場の客であって酒場の客ではなかった。

会うのは三ヶ月ぶりだろうか。

実にばつの悪そうなその顔でこちらを見る少年の瞳は困惑と苦悩の色が見てとれた。

若干やつれ気味の顔はまるで昔の自分を見ているような気さえした。

彼がなにも言えずにただ突っ立っているだけだったので仕方なく私から声をかけてやった。

「…………どうした、そこにずっと立っているわけにもいかんだろう」

「私に用があるのだろ?」








勇者「………………」

100代目勇者――――息子は何も言わずにそっと後ろ手に酒場の扉を閉めた。


【Episode06】 に続く。

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