関連記事:える「古典部の日常」【第一章】

557 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:31:57.47 rHC3Zm5J0 1/225

午後9時。

俺は今、神山市から少し離れた所に来ていた。

話せば長くなるが……

面倒だな、話すのは今度にでもしよう。

入須「どうだ、中々に良い場所だろう」

奉太郎「そうですね」

俺と入須が居たのは、高台であった。

町並みを一望でき、キラキラと光る町の奥には海が見える。

奉太郎「入須先輩がこんな場所を知っているなんて、少し驚きです」

俺がそう言うと、入須はムッとした顔を俺に向けながら言った。

元スレ
える「古典部の日常」
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える「古典部の日常」その2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1352561755/

558 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:32:23.41 rHC3Zm5J0 2/225

入須「ここまで連れて来たのは誰だと思っているんだ」

奉太郎「……先輩でしたね」

入須「そうとも」

入須「なら穴場の一つや二つ、押さえてあるさ」

奉太郎「それはそれは、失礼な事を言ってすいません」

入須「分かればいいんだが……」

入須はそう言い、手すりから町並みを眺める。

その時だった。

空がまばゆく光る。

遅れて……ドン、と言う音が耳に届いた。

559 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:33:15.54 rHC3Zm5J0 3/225

奉太郎「始まったみたいですね」

入須「ああ、そうみたいだな」

ここに来ていたのには理由があった。

年に一度の花火大会、それを見るためにわざわざ神山市を離れ、こんな所まで来ているのだ。

最初は間隔をゆっくりと、花火達が上がっていく。

それを見ながら、入須は口を開いた。

入須「私ももう、大学生か」

入須「思えば随分と年を取ったものだ」

奉太郎「まだ、18か19でしょう」

奉太郎「年寄りみたいな台詞は、似合いませんよ」

入須「あっと言う間さ」

入須「青春なんてすぐに終わる」

560 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:33:41.51 rHC3Zm5J0 4/225

奉太郎「青春、ですか」

入須「ああ」

思えば、俺も既に三年生か。

後一年も経たない内に、神山高校を去ることになるのか。

その後は……俺は一応、大学へと行く予定になっている。

里志や伊原もそうだろう。

だが、千反田は前に聞いた時、少しだけ悩んでいる様子だったのを覚えている。

また父親に何かあった時、何も知らなくていいのかと……千反田は言っていた。

もしかすると、千反田は大学には行かず、家の仕事に就くのかもしれない。

そして、それを俺に決める権利は無い。

恐らくそうなれば、段々と疎遠になって行くのだろう。

中学の時も一応、俺にも友達くらいは居た。

そいつらとは高校へ行っても遊ぼうな、等と言っていた物だが……

いざ高校生になってからは、ほとんど連絡なんて取っていなかった。

……そんな、物だろう。

561 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:34:19.36 rHC3Zm5J0 5/225

奉太郎「俺ももう、18ですよ」

入須「そうか、君の誕生日は確か……」

奉太郎「四月です」

入須「なるほど、君が一番早く年を取っているのか」

奉太郎「そう言う言い方は、出来ればやめて欲しいですね」

入須「ふふ、すまんすまん」

そこで俺は一度、空を見上げた。

花火が一つ……散っていく。

そんな光景を見ながら、一つの事を思い出す。

あれは確か……俺の誕生日の日だったか。

562 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:34:55.65 rHC3Zm5J0 6/225

過去

~折木家~

休みなだけあって、俺は随分と遅く、目を覚ました。

供恵「あんた、やっと起きたの?」

奉太郎「いいだろう、別に」

供恵「だらしないわねぇ」

奉太郎「休みくらいゆっくりさせてくれ」

供恵「あんたがそれを言うか」

朝から……いや、昼から姉貴との言い合いは、どうにも気が進まない。

最後の姉貴の言葉を無視すると、俺はとてもゆったりとした動作でコーヒーを淹れた。

供恵「私の分もよろしくねー」

奉太郎「……ああ」

563 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:35:22.31 rHC3Zm5J0 7/225

全く、なんで起きてすぐに人の為に動かなければならないのか。

それは少し違うか、おまけで作るのだし。

まあ……どの道、気が進まない事には代わり無いのだが。

供恵「あーそういえば」

供恵「誕生日お・め・で・と・う!」

奉太郎「……どうも」

姉貴の精一杯の笑顔に俺は精一杯無愛想に返す。

供恵「確か、去年はお友達が来てたけど」

供恵「今年はどうなんだろうねぇ」

奉太郎「さあな、分からん」

去年は確かに、俺の家で誕生日を祝われた。

しかし、あれは大日向が居たからだ。

あいつが居なければ、俺の誕生日を祝おうなんて、他に誰も思わないかもしれない。

別に俺も、祝って欲しいなんて事は無いし、構わないが。

564 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:35:49.82 rHC3Zm5J0 8/225

やがてコーヒーを淹れ終わり、ソファーに座る姉貴に片方を手渡す。

供恵「ありがと」

姉貴のその言葉を流し、俺もソファーに座る。

腰を下ろし、背もたれに背中を預けようとした時だった。

俺に反抗するように、家の電話が鳴り響いた。

俺はなんとも中途半端な姿勢で止まる事となり、そこで止まったが最後……電話に出る役目は俺に回ってくる。

供恵「ほらほら、友達かもしれないでしょ」

奉太郎「……くそ」

コーヒーをテーブルに置くと、俺は電話機の前に移動し、受話器を取った。

奉太郎「もしもし、折木です」

える「折木さんですか? 千反田です!」

565 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:36:15.60 rHC3Zm5J0 9/225

奉太郎「千反田か、どうした」

える「えっとですね、今日は何の日かご存知ですか!?」

なんだ、やけにテンションが高いな……

奉太郎「一週間に二度ある休みの内の、一日だな」

える「そうではないです!」

える「い、いえ……確かにそうかもしれませんが」

える「違います!」

千反田が言っている事は大体分かる、俺の誕生日の事だろう。

だが自分から言うのも、少しあれなので敢えてそうは言わない。

奉太郎「じゃあ、なんの日なんだ」

える「もしかして、忘れてしまったんですか?」

える「今日は、折木さんのお誕生日ですよ!」

566 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:36:42.87 rHC3Zm5J0 10/225

奉太郎「……覚えているさ」

奉太郎「それで、それがどうかしたのか」

える「お祝いをしようと思って、お電話しました」

奉太郎「ああ、そうか」

える「はい! お誕生日おめでとうございます」

奉太郎「ありがとう」

奉太郎「それで、用事は終わりか?」

える「ち、違いますよ……それだけではないです」

まだ何かあるのだろうか?

える「実はですね、誕生日会を開こうと計画していまして」

奉太郎「また、急だな」

える「そうでもないですよ、予め決めていましたので」

567 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:37:12.95 rHC3Zm5J0 11/225

奉太郎「……俺は知らなかったが」

える「当たり前じゃないですか、福部さんと摩耶花さんと、秘密に計画していたんです」

奉太郎「……まあいい」

奉太郎「また俺の家でやるのか?」

える「いいえ、何度もお邪魔しては迷惑だと思いますので……」

える「今年は、私の家で開くことにしているんです」

待て待て、俺の家で開くのなんて全然迷惑じゃない。

わざわざ主役の俺を、遠い千反田の家まで足を運ばせると言うのか!

奉太郎「お前の家まで行けって事か」

える「はい!」

奉太郎「俺の誕生日を、お前の家で開く為に」

える「はい!」

奉太郎「わざわざお前の家まで、休みを堪能している俺が」

える「勿論です!」

568 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:37:42.80 rHC3Zm5J0 12/225

……駄目だ、こうなってしまってはどうしようもない。

奉太郎「……分かった、行けばいいんだろ」

える「ふふ、お待ちしてますね」

える「福部さんも伊原さんも今から来るそうなので、楽しみにしておきます」

奉太郎「そうか、じゃあ準備が終わったらそのまま行く」

える「ええ、宜しくお願いします」

そして話が終わり、俺は受話器を置く。

供恵「行ってらっしゃーい」

奉太郎「……はあ」

姉貴の満面の笑みを見て、溜息を吐くと俺は準備に取り掛かった。

と言っても、大した準備等は無いが。

ともかく、俺はこうして千反田の家での誕生日会をする為、わざわざ休日に出かける事となったのだ。

569 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:38:22.33 rHC3Zm5J0 13/225

~千反田家~

インターホンを鳴らすと、扉の前で待っていたのか、すぐに千反田は出てきた。

える「わざわざありがとうございます」

える「上がってください」

そう言われ、千反田の家へと上がっていく。

いつもの居間に通され、変わらぬ千反田の家でゆっくりとくつろいでいた。

奉太郎「そう言えば、里志と伊原はまだなのか?」

える「もう少しで来ると思うのですが……」

その時、インターホンが鳴り響く。

える「来た様ですね、私行ってきますね」

奉太郎「ああ」

570 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:38:53.16 rHC3Zm5J0 14/225

それはそうと、千反田の家に来るのは何度目だろうか?

何回来ても、まずその広さに驚かされる。

俺の家の何個分に当たるのだろうか……

とても比べ物には、ならないか。

多分、この家の広さが……千反田という名家を表しているのかもしれない。

そんな事を考えながら、里志達がやってくるのを待っていた。

出されたお茶を飲みながら、俺は考える。

……去年、俺はあいつの事を追い掛けていたのかもしれない。

社会的にも、俺の前を行く千反田の事を。

最終的に、それは不釣合いだったのだろう。

片や、神山市には知らぬ者等居ないほどの名家のお嬢様。

片や、ただの一般人。

それは多分、いくら追いかけても追いつけないのかもしれない。

571 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:40:45.86 rHC3Zm5J0 15/225

つまり、あの日……千反田がさようならと言った日。

あの日に起きた事は、起こるべくして起きたのかもしれない。

だが、だがもう少しだけ。

俺が高校を卒業するまで、追いかけてみよう。

それでも駄目なら、そこまでだったと言う事だ。

里志「お、ホータローはもう来ていたんだね」

奉太郎「……里志か」

里志「なんだい、随分と暗い顔をして」

奉太郎「いや、何でも無い」

奉太郎「それより、伊原と千反田は?」

572 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:42:21.41 rHC3Zm5J0 16/225

里志「料理を持って来てくれるってさ、手作りだよ手作り!」

奉太郎「手伝いに行かなくていいのか」

里志「何言ってるんだい、僕達が行っても足手まといになるだけさ」

奉太郎「まあ、間違ってはいないが」

里志「それより、何か考え事でも?」

奉太郎「……ちょっとな」

里志「僕には何を考えている何て事は、分からないけど」

里志「あまり、思い詰めないで今を楽しもうよ」

今を楽しむ、か。

それも……悪くないかもしれない。

573 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:43:02.29 rHC3Zm5J0 17/225

奉太郎「そうだな……そうする」

里志「それに今日はホータローが主役だよ」

里志「さあさあ、笑って笑って」

いや、いきなり笑えと言われてもだな……

奉太郎「……それは難しい」

里志「釣れないなぁ」

奉太郎「いつも笑顔のお前が羨ましいな」

里志「何事も、楽しまなくちゃね」

里志「じゃないと時間が勿体無い」

奉太郎「ああ……それもそうだ」

そこまで話し、俺と里志は互いに外を眺める。

そのまま数分経ち、やがて伊原と千反田が部屋へと来た。

574 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:43:32.55 rHC3Zm5J0 18/225

える「お待たせしました、お料理持って来ましたよ」

摩耶花「私も作ろうと思ったんだけど……ほとんどもう作ってあった」

里志「はは、さすが千反田さん、準備がいいね」

える「い、いえ……それほどでもないです」

そして並べられる料理、それらは実に美味しそうであった。

結構な量の料理を、全員で食べ、気付けばあっと言う間に無くなってしまっている。

奉太郎「悪いな、わざわざ」

える「いいえ、いいんですよ」

える「一年に一回なのですから、このくらいはいつでもしますよ」

里志「うーん、千反田さんは間違いなく良いお嫁さんになれるよ」

える「そ、そうでしょうか」

里志「僕が言うんだ、間違い無い!」

575 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:44:00.77 rHC3Zm5J0 19/225

千反田を褒めるのは結構だが……

摩耶花「私はどうなの?」

里志「ま、摩耶花は……もうちょっと、優しくなった方が」

摩耶花「それ、どういう意味よ」

里志「いやいや、今でも十分に優しいけどね」

里志「もうちょっと、なんて言うのかな」

える「つまりは、今の摩耶花さんは優しく無いと言う事でしょうか……」

里志「ち、千反田さん?」

千反田も始めの頃から比べると、随分とこう言う流れが分かってきている。

それを見るのも、また楽しい。

奉太郎「そうだな、里志の言葉からすると……千反田が言っている事で間違いは無さそうだ」

里志「ホ、ホータローまで」

摩耶花「ふくちゃん、ちょっとお話しようか」

そう言い、引き摺られながら里志は部屋の外へと出て行った。

哀れ里志、また会おう。

576 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:44:27.22 rHC3Zm5J0 20/225

える「あ、そういえば」

千反田はそう俺に言い、部屋から駆け足で出て行った。

何かを思い出した様だが……何だろうか。

5分ほど待っていると、千反田は部屋へと戻ってくる。

その後ろから里志と伊原も入ってきた、どうやら話し合いは終わったらしい。

里志「……口は災いの元だ、ホータロー」

俺の隣に腰を掛けながら、里志はそう言った。

里志「ホータローも気をつけたほうがいいよ」

奉太郎「俺は災いになるような事は言わんからな」

里志「……羨ましいよ、それ」

奉太郎「お前が思った事を喋りすぎなだけだろ」

里志「ううん……今後気をつける」

ま、絶対に直らないだろうけどな。

577 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:44:54.55 rHC3Zm5J0 21/225

奉太郎「それより、千反田は何か思い出した様子だったが」

奉太郎「どうしたんだ」

える「ふふ、これです!」

そう言いながら、千反田が出したのは、ぬいぐるみだった。

摩耶花「ちーちゃん、そのぬいぐるみがどうかしたの?」

える「私の宝物なんです!」

里志「へえ、随分と可愛いぬいぐるみだね」

える「そうですよね、私もそう思います」

……ここまで、千反田が考え無しに動くのは想定外だった。

つまり、千反田が持ってきたぬいぐるみと言うのは、以前俺がプレゼントした物。

それを里志や伊原には、絶対に知られたく無かったのだ。

奉太郎「ほ、ほう。 千反田らしいな」

冷や汗を掻きながら、俺は続ける。

578 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:45:22.00 rHC3Zm5J0 22/225

奉太郎「それにしても、そんなぬいぐるみをまだ持っているとはな」

摩耶花「ええ、いいと思うけどなぁ」

える「で、でもですよ」

える「このぬいぐるみをくれたのは……」

俺は多分、今日一番素早い動きをしたと思う。

千反田の首に腕を回し、そのまま引っ張る。

里志や伊原は不審がっていたが、このままではどうせばれてしまう。

ならこれしかないだろう。

える「あ、あの、どうしたんですか」

奉太郎「言うなって言ったのを覚えて無いのか」

える「お、覚えていますが」

奉太郎「なら何で言おうとした……!」

える「それは、その」

える「……自慢したくて」

579 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:45:51.20 rHC3Zm5J0 23/225

奉太郎「そんなの、いくらでも俺に自慢すればいいから、とにかく今は絶対に言うな」

える「は、はい……」

そこまで話、千反田を解放する。

摩耶花「ちょっと、二人で何話してたの?」

里志「気になるねぇ」

奉太郎「……何でも無い」

俺はそう言い、二人の視線を正面から受け止める。

俺から聞き出すのは無理と悟ったのか、里志達は千反田の方に視線を向けていた。

える「あ、えっと……」

える「その……」

える「言わなくては、駄目ですか」

摩耶花「駄目って訳じゃないけど、気になるかな」

える「わ、分かりました」

580 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:46:18.29 rHC3Zm5J0 24/225

……いくら何でも、何か別の言い訳をするだろう。

つい、30秒ほど前に言うなと言ったばかりなのだから、流石に言わない筈だ。

える「あのですね」

える「……折木さんが、ぬいぐるみを貸して欲しいと」

……帰りたい。

千反田は確かに、本当の所は言わなかった。

言わなかったのだが……もっと他に言い訳はあるだろうが!

摩耶花「お、折木が?」

里志「あ、あははは、本当かい、ホータロー」

くそ、こうなってしまっては千反田の言い訳に乗るしかないではないか。

全く持って納得行かないが、仕方あるまい。

581 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:46:44.97 rHC3Zm5J0 25/225


奉太郎「別に、いいだろ」

里志「まさか、あはは」

里志「ホータローにそんな趣味があったなんてね」

摩耶花「……気持ちわる」

伊原の言葉がいつにも増して、辛い。

だが、それでもやはり……本当の事を言う気にはなれなかった。

俺があの日……わざわざ帰るのを放棄し、千反田のプレゼントを買いに行ったのを知られたく無かったのは勿論の事。

……千反田が宝物と言っていたそれを、俺がプレゼントした物だと言う事は、何故か人に知られたくは無かったのだ。

える「も、もうこの話は終わりにしましょう!」

里志「そ、そうだね」

里志「どんな趣味を持とうと、僕はホータローの友達だよ」

里志の何とも言えない表情が、やはり辛い。

582 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:47:11.23 rHC3Zm5J0 26/225

奉太郎「それよりだ」

千反田が一度、話題を切ってくれたお陰で、話の方向を変える事が出来た。

奉太郎「今日は俺の誕生日だろ、何か言う事とか無いのか」

里志「お、ホータローにしては随分と急かすね」

奉太郎「……まだしっかりと言われていないからな」

摩耶花「うーん、まあいっか」

える「そうですね、では」

里志「僕はもうちょっと、タイミングを見たかったんだけどなぁ」

583 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/19 22:47:38.90 rHC3Zm5J0 27/225

三人はそう言うと、徐にカバンに手を伸ばす。

そして。

里志・える・摩耶花「誕生日おめでとう!」

その言葉と共に、クラッカーの音が鳴り響いた。

ああ……また片付けが面倒な事になりそうだ。

まあ、それでも……今日くらい、別にいいか。

何と言っても一年に一度の、日なのだから。


第12話
おわり

604 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:41:13.28 82esDMmt0 28/225

花火は未だに上がり続けている。

一際大きな花火が上がり、その音で俺は意識を過去から引き戻した。

入須「そういえば」

入須はまだ、手すりから夜景を眺めていた。

俺は視線をそちらに移しながら、入須の次の言葉を待つ。

入須「答えは、出たか」

奉太郎「答え……ですか?」

入須「まさか、もう忘れたのか」

入須「先程、私が提示した問いに対する……答えだ」

605 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:41:40.81 82esDMmt0 29/225

……ああ、あれの事か。

奉太郎「……まだ、出そうに無いですね」

入須「……そうか」

入須「だが、あまり時間は無いぞ」

奉太郎「そうなんですか」

入須「今、決めた」

入須「この花火大会が終わる前に、答えを出してもらう」

……また急な。

そんなすぐに答えが出る問題でも無いだろうに。

606 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:42:07.07 82esDMmt0 30/225

奉太郎「随分と急かしますね」

入須「まあな」

入須「どの道、いつかは答えなければいけないんだ」

入須「それなら今でも、構わないだろう」

奉太郎「……分からない、というのは答えになりますか」

入須「それは、無理だな」

入須「もし……千反田に聞かれたら、君はどうするんだ」

入須「その時もまた、分からないと言うのか?」

奉太郎「それは……」

607 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:42:34.56 82esDMmt0 31/225

口篭る俺を見ながら、入須は少しだけ声を大きくし、俺に告げた。

入須「答えを出すのは、この花火大会が終わるまで」

入須「それでいいな」

奉太郎「……分かりました」

俺はそれを、断れなかった。

……まあ、時間はまだある。

時刻は21時30分、か。

ゆっくりと、思い出して行けば十分に間に合うだろう。

何しろ花火大会は、まだ始まったばかりだ。

608 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:43:19.90 82esDMmt0 32/225

過去

~古典部~

俺は、部室で勉強をしていた。

と言っても、一人で静かに……とは行かない。

える「折木さん、分からない所があれば言ってくださいね」

奉太郎「……ああ」

一人の方が集中出来るのだが、別に千反田が居る事に特別不快感などは無かった。

それにしても、何故放課後の部室で勉強をしなければならないかと言うと……

五月の中間テスト、それの対策の為である。

俺はまあ……熱心にと言う程でも無いが、ある程度は勉強をしなければならない程の成績だ。

対する千反田は、成績優秀者。

そいつに教えて貰うと言うのは、一般的に考えればそれはそれは良い事なのだろう。

609 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:43:46.76 82esDMmt0 33/225

しかし、どうにも……教え方が下手すぎた。

例えば、俺が式の組み立て方……答えが出る経緯を忘れ、悩んでいた時。

俺の目の前に座るこいつは、答えをざっくりと言い、途中の経過は全く教えてくれない。

多分、千反田にも悪気がある訳では無いだろう。

だが、答えを言った後も悩んでいる俺を見る目は、何故答えが出たのに悩んでいるんですか? とでも言いだけで、なんだか虚しくなってくる。

そして今も、俺は目の前の問題に悩まされていた。

何度かペンをくるくると回し、考える。

……駄目だ、全く持って分からない。

610 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:44:13.61 82esDMmt0 34/225

奉太郎「……」

える「……」

奉太郎「……」

ふと、千反田の方にちらりと視線を移す。

自分の問題を解いていて、静かなのだと思ったが……

奉太郎「……あまりじろじろ見ないでくれないか」

千反田は、俺の方をジッと見つめていた。

える「あ、ごめんなさい」

奉太郎「……まあいい」

そう言い、再度問題に目を移す。

それから5分程経ったが、結局何度考えても分からない。

またしても千反田に視線を移すと、やはりと言うか……千反田はまた、俺の方を見ていた。

611 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:44:39.27 82esDMmt0 35/225

奉太郎「……ふう」

俺は回していたペンを置き、千反田に向け口を開く。

奉太郎「何か、言いたい事でもあるのか」

える「……いえ、別に、大丈夫です」

何が大丈夫なのか分からないが。

奉太郎「なら、俺の方を見るのをやめてくれないか」

奉太郎「……集中できん」

える「そ、そうですよね」

少しくらい言っておかないと、こいつは多分また俺の方を見るだろう。

人に文句を付けるのは好きでは無いが……

それもまた、仕方の無い事だろう。

俺は一度置いたペンを取り、再び問題に取り組む。

612 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:45:05.58 82esDMmt0 36/225

正確に言えば、取り組もうとした時だった。

える「だ、駄目です!」

奉太郎「な、なにが」

急に大きな声をあげる物だから、回している途中だったペンを落としてしまう。

える「折木さんが熱心に勉強していたので……我慢していたのですが」

える「やはり、我慢できません!」

える「折木さん!」

矢継ぎ早にそう言いながら、俺の方にぐいっと顔を寄せる。

……この感じ、あれか。

える「私、気になります!」

613 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:45:32.59 82esDMmt0 37/225

全く、満足に勉強も出来たものでは無い。

しかしまあ……その気になる事を解決出来たなら、千反田も幾分か落ち着くだろう。

なら、俺がやるべき事は一つ。

奉太郎「……何が気になってるんだ」

える「ええ、私」

える「そのペンが、気になるんです」

……ペンが?

まさか、俺が知らないだけで、千反田はシャーペンが大好きな奴だったのかもしれない。

ありとあらゆるシャーペンを集めていて、それで今日俺が持っていたシャーペンが千反田の持っていなかったペンだったのだ。

奉太郎「そうか、なら今度買った場所を教えよう」

える「……ええっと」

あれ、違うのか。

614 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:46:08.28 82esDMmt0 38/225

奉太郎「なんだ、シャーペンマニアでは無かったのか」

える「どちらかと言うと、筆の方が好みです」

える「いえ、そうでは無くてですね」

える「折木さんが持った時の、シャーペンが気になるんです」

奉太郎「……すまん、もっと分かりやすく説明できないか」

える「は、はい」

える「ええっと、折木さんはいつもこんな感じでペンを持ちますよね」

奉太郎「ああ、そうだな」

正直、自分がどんな感じでペンを持っているかなんて分からなかったが、ここで話の腰を折るような事はしない。

える「それでですね、時々こういう風に」

そこまで言うと、千反田は指をピクピクとさせている。

615 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:46:35.17 82esDMmt0 39/225

奉太郎「……何をしているんだ」

える「う、うまくできません」

ああ……そういう事か。

奉太郎「貸してみろ、そのペン」

える「あ、はい……どうぞ」

奉太郎「千反田が気になっているというのは、これだろ」

俺はそう言い、手の上でペンをくるりと回す。

そしてそのペンを、うまく掴むと、千反田は声を大きくしながら言った。

える「な、何が起きたんですか!」

奉太郎「ペンを回しただけだが……」

える「何故、その様な事が出来るのか……気になります」

何でだろうか、逆に聞きたい。

616 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:47:01.16 82esDMmt0 40/225

奉太郎「……俺も気付けば出来ていたからな」

える「でも、私には全然出来そうに無いですよ」

奉太郎「うーん……」

奉太郎「授業中に、練習してみたらどうだ」

える「折木さんは授業中にやっているんですか?」

奉太郎「まあ、暇だしな」

える「いけません! しっかりと聞かないと駄目ですよ」

なるほど、確かに正論である。

だが俺にも言い分はあった。

奉太郎「それで、それを補う為にわざわざ放課後、部室に残って勉強しているのだが」

奉太郎「俺が集中出来ないのは何故か、分かるか千反田」

617 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:47:28.52 82esDMmt0 41/225

俺がそう言うと、千反田は若干焦りながら答える。

える「あ、そ、それとこれとは別です」

える「そんな事より、私にも教えてください」

俺の言い分は……そんな事と言う一言で片付けられてしまった。

奉太郎「しかし、教えると言ってもだな」

える「そこを何とか、お願いします」

奉太郎「ううむ……」

奉太郎「……まず、ペンを持ってみろ」

える「はい! こんな感じですかね?」

奉太郎「ああ、まあそれでいいんじゃないか」

奉太郎「で、その後はだな」

奉太郎「こうやって、こうだ」

そう言い、俺は自分が持っていたペンをくるりと回す。

618 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:47:56.83 82esDMmt0 42/225

える「あの、失礼な事を聞いてもいいですか」

何だろう、わざわざ失礼な事と前置きしてまで聞くと言う事は、大分失礼な事なのだろうか。

える「折木さんって、教え方が上手い方では無いのでしょうか」

奉太郎「……お前がそれを言うか」

える「す、すいません」

える「でも、全然分からなかったので……」

と言われても、俺も困ってしまう。

奉太郎「とりあえず、練習しておけばいいさ」

奉太郎「その内出来る様になるだろ」

俺は千反田にそう告げ、勉強を再開する。

619 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:48:23.78 82esDMmt0 43/225

奉太郎「……」

える「……よいしょ」

奉太郎「……」

える「……あ!」

奉太郎「……」

える「……うまく行きませんね」

先程から、ペンの落ちる音が鳴り響いている。

その音が聞こえた後、千反田の独り言が聞こえてくる。

こんなんじゃ、勉強所では無いな……全く。

奉太郎「ああ、もう」

未だにペンを回そうと奮闘している千反田を見て、俺は席を立つ。

そのまま千反田の後ろに回り、ペンを持つ手を上から掴む。

620 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:48:49.29 82esDMmt0 44/225

奉太郎「だから、こうやって……」

奉太郎「こうだ」

俺はそう言い、いつもの要領で千反田の手を動かした。

うまく行くとは思わなかったが……ペンはうまい具合に一回転し、千反田の手に収まった。

える「すごいです、折木さん!」

奉太郎「別に凄くは無いだろ……」

奉太郎「もう一回、やってみろ」

俺は千反田後ろに立ったまま、手を離す。

える「はい、やってみますね」

える「……よいしょ」

……ああ、違う。

後ろから見ているとなんとなく分かる……こいつはペンを、指で追いかけ過ぎだ。

621 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:49:23.53 82esDMmt0 45/225

奉太郎「だから、こう持って」

そう言い、俺は再び千反田の手を掴む。

その時、ふと千反田が俺の方に顔を向けた。

俺はこの時、まずいと感じた。

予想以上に、千反田の顔が近かったのだ。

そのまま数秒間、千反田と見つめ合う。

そんな沈黙に耐え切れず、俺は顔を逸らした。

千反田も顔を逸らし、口を開く。

える「あ、あの……」

える「少し……は、恥ずかしいです」

あえて言わなくてもいいだろうに、そんなの俺だって感じている。

622 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:50:12.80 82esDMmt0 46/225

奉太郎「す……すまんな」

そして千反田の手を離し、俺は自分の席へと腰を掛けた。

空気を変えるため、咳払いを一つすると、俺は千反田に話しかける。

奉太郎「……えっとだな、千反田はペンを追いかけ過ぎだ」

える「追いかけ過ぎ……ですか」

奉太郎「ああ」

奉太郎「ペンを押し出したら、そのまま戻ってくるのを待つんだ」

奉太郎「それで、タイミング良く掴む、それだけだ」

える「分かりました……もう一度、やってみますね」

える「ええっと、こんな感じで持って」

える「……えい!」

623 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:50:40.93 82esDMmt0 47/225

しかし、ペンは先程同様、床へと落ちて行った。

まあでも、さっきよりかは大分マシになっていた様に見える。

える「やはり、難しいですね」

奉太郎「その内出来るようになるさ、さっきも言ったけどな」

える「はい……頑張ってみます」

える「でも、折木さんは簡単そうに回して、凄いです」

奉太郎「そ、そうか」

える「折木さんの特技はペン回しだったんですね」

……なんか、とても情けない特技では無いだろうか。

奉太郎「そこまで大袈裟に言う程の物でもないだろ」

俺はそう言うと、千反田はやはりと言うべきか、顔を近づけ、言ってきた。

624 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:51:06.76 82esDMmt0 48/225

える「いいえ、それは違いますよ」

える「どんな些細な事でも、皆さんそれぞれ、得意な物や苦手な物があるんです」

奉太郎「……まあ、そうだな」

奉太郎「それは分かる」

える「ふふ、そうですか」

える「例えば折木さんは物事を組み立てるのが、得意ですよね」

そうなのだろうか、自分では良く分からないが……

える「でも、私は物事を組み立てるのが苦手です」

奉太郎「ああ、それは何となく分かる」

千反田に向けそう言うと、少しむくれながら続けた。

625 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:51:43.16 82esDMmt0 49/225

える「……それでですね、先程のペン回しもそれに当てはまるんです」

える「どんな些細な事でも、それらはその人と言う物を表していると、私は思います」

える「誰しも、これだけは負けられない、と言うのがあると思うんです」

奉太郎「俺にそれがあると思うか」

える「折木さんは……そうですね」

える「面倒くさがりな所は、誰にも負けませんよ」

さっきの仕返しと言わんばかりに、千反田はにこにこしながら俺に言ってくる。

奉太郎「……お前も随分言う様になったな」

える「でも、それもまた……折木さんという方を表しているんです」

える「写真を撮るのが得意な方、絵を描くのが得意な方、物を作るのが得意な方、ゲームが得意な方」

える「どれだけ小さい事でも、それらは立派な物だと……私は思うんです」

626 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/21 18:52:14.54 82esDMmt0 50/225

なるほど……確かに、そう言われればそうかもしれない。

奉太郎「つまり、お前の好奇心も……千反田と言う人間を表しているのか」

える「ええ、そうなりますね」

える「それで、私も折木さんの様にペンを回せるのか……と感じまして」

奉太郎「ああ、それでペンが気になる、と言ったのか」

える「はい、そうです」

える「でも、私には少し難しいみたいです」

そう言いながら、笑う千反田の顔は……

どこか、寂しげだったのを俺はしっかりと記憶していた。


第13話
おわり

637 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:22:25.99 Z5VuVV460 51/225

入須「さっきはああ言ったが」

入須「千反田も、聞くだろうな」

入須はこちらに振り向きながら、続けた。

入須「必ず、聞くと私は思う」

奉太郎「……そうですか」

奉太郎「奇遇ですね、俺も丁度、同じ事を思っていました」

奉太郎「俺は……間違いなく、聞かれるでしょう」

入須「ふふ、君は千反田の事を一番理解しているからな」

奉太郎「……それは、過大評価って奴ですよ」

入須「……果たしてそうかな」

入須「それより、答えはまだなのか」

奉太郎「……今、考えている最中です」

入須「そうか、なら私は少し黙るよ」

奉太郎「ええ」

638 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:22:52.79 Z5VuVV460 52/225

入須はそう言うと、花火では無く、頭上の星を眺める。

まあ、黙ってくれるなら有難い、今は考える事に集中したかったのだ。

俺は入須の横まで歩き、高台から下を見下ろす。

海の匂いが、少しだけした。

ふと、時計に目を移す。

時刻は丁度、22時を指している所だ。

そして視線を、高台から見える町並みより更に下に落とした。

……ああ、くそ。

まずいな、これは非常にまずい事になった。

俺がまずいと思ったのは、時刻のせいでは無い。

この高台に向かって、走ってくる人影が下に見えたのだ。

走り方や、外見の特徴。

そしてここからでも感じる、そいつの纏っている雰囲気。

間違いない、あれは千反田だ。

639 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:23:25.34 Z5VuVV460 53/225

過去

~折木家~

7月に入り、気温も大分上がってきた。

俺は勿論、この土日を満喫するつもりだ。

……満喫と言っても、外に出るつもりなんて一切無い。

家の中でぐだぐだと、ただ時を過ごすだけ。

まあ、そんな理想を抱いていたのもつい10分程前の事なのだが。

奉太郎「……わざわざ暑い中ご苦労様」

里志「うわ、嫌そうな顔だね」

摩耶花「暑いって言っても、今日は涼しい方よ」

える「そうですよ、折木さんも外に出てみたらどうですか?」

何の連絡も無しに、突然こいつらが家へ押し掛けてきたのだ。

640 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:23:52.40 Z5VuVV460 54/225

奉太郎「絶対に出ない」

奉太郎「それで、今日の用件は何だ」

里志「うーん、そう言われると困っちゃうな」

困る? つまりこいつらは用も無く俺の休日を妨害しに来たと言うのか。

俺がそれを言おうとした所で、千反田が割って入る。

える「ええっとですね」

える「今日は、折木さんのお姉さんに呼ばれて来たんです」

……俺の姉貴に?

姉貴がどうやってこいつらと連絡を取ったのも気になるが……それより今は。

俺はその言葉を聞くと同時に、玄関からリビングへと向かう。

641 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:24:19.49 Z5VuVV460 55/225

奉太郎「一体何の真似だ」

供恵「あ、友達来たんだ」

供恵「暇そうなあんたの為に呼んだってのじゃ、駄目かな」

奉太郎「……」

供恵「嘘嘘、冗談よ」

供恵「じゃあ一回、リビングに集まって貰おうかな」

奉太郎「理由が分からんぞ」

供恵「いいからいいから、早く早く」

何だと言うのだ……

しかしそんな会話が聞こえたのか、玄関から里志の声が聞こえてきた。

里志「お姉さんもそう言ってる事だし、お邪魔しますー」

こうしてまたしても、俺の休日は浪費されていく。

……もう、慣れた。

642 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:24:50.62 Z5VuVV460 56/225

そして姉貴を含め、5人がリビングへと集まった。

奉太郎「それで、何故……里志達を呼び出したりしたんだ」

供恵「んー、もうそろそろ来ると思うんだけど」

丁度その時、チャイムが鳴り響く。

供恵「来たみたいね、ちょっと行って来るわね」

そう言い、姉貴は玄関へと向かう。

俺はそれを見送り、里志達の方へと顔を向けた。

奉太郎「大体、俺に一言くらい言ってくれれば良かったのに」

里志「いいじゃないか、驚かせたかったし」

奉太郎「……良くないんだが」

まあ、なってしまった物は仕方ないか。

過去を悔いるより、次に起こるべく問題の片付け方を考えた方が、効率的と呼べるだろう。

643 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:25:34.35 Z5VuVV460 57/225

供恵「お待たせー」

そう言いながら、姉貴はリビングへと戻ってきた。

……その後ろには、見覚えがある人物。

入須「お邪魔させて貰うよ」

入須冬実が居た。

それを見て、一番早く口を開いたのは千反田であった。

える「入須さん! お久しぶりです」

入須「ああ、久しぶり」

里志「驚いた、逆に驚かされる事になるとはね」

そんな里志の言葉に、入須は顔をしかめている。

無理も無い、さすがの入須でも里志が俺を驚かせようとしてた事なんて分かる訳が無い。

644 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:26:03.67 Z5VuVV460 58/225

奉太郎「何故、入須先輩が?」

摩耶花「私もちょっと気になる、だって私達は折木のお姉さんから呼ばれたのに」

……そうか、こいつらは俺の姉貴と入須が知り合いだと言う事を知らないのか。

入須「私が来たのは用事があったからだ」

入須「君達、全員にね」

入須「この人が呼び出したのにも理由がある、私とこの人は知り合いなんだよ」

供恵「何よ、いつもみたいに先輩って呼んでよね」

入須「そ、それは」

珍しい、入須が口篭ってしまった。

やはり、姉貴の方が一枚上手と見える。

我ながら……末恐ろしい姉貴を持ってしまった物だ。

645 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:26:30.12 Z5VuVV460 59/225

里志「へえ、お二人は先輩と後輩って関係だったんですね」

里志は何が満足なのか、とても嬉しそうな顔をしている。

える「それよりです!」

える「用事とは、何でしょうか?」

奉太郎「まあ、そうだな」

奉太郎「わざわざ集めてまでの用事は、俺も少し気になる」

入須「ま、隠す事も無いか」

入須「君達を、私の別荘に招待しようと思ってな」

える「別荘、ですか?」

入須「ああ、そうだ」

646 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:26:55.39 Z5VuVV460 60/225

入須「神山市から電車で30分程の場所さ」

入須「私も小さい頃は良く行っていた」

やはり侮れない、別荘を持っている人は始めて見た。

里志「行きます!」

一番早く賛同を示したのは、俺の予想通り、里志であった。

摩耶花「私も行きたい!」

伊原は珍しく、自分の意見に素直になっている様子。

こいつも多分、別荘と言う響きにやられたのかもしれない。

える「入須さんのご招待を、断る理由はありませんね」

……こうなってしまっては、俺もやはり断れないか。

奉太郎「じゃあ俺も、行きます」

647 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:27:32.29 Z5VuVV460 61/225

全員の意見が纏まると、入須は笑い、ゆっくりと口を開く。

入須「実はね、その別荘の近くでは、一年に一回の花火大会があるんだよ」

える「わあ……素敵ですね」

入須「私とその花火師とは知り合いでね」

入須「今年が、最後の仕事だそうだ」

入須「それで、是非……彼が最後にあげる花火を見て欲しいんだ」

奉太郎「なるほど」

奉太郎「そう言われてしまったら、尚更行くしか無さそうですね」

える「最後の花火ですか、楽しみですね」

そう言いながら、千反田は俺の方に笑顔を向ける。

648 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:28:03.42 Z5VuVV460 62/225

入須「その仕事も代々受け継がれていてね」

入須「次は彼の子供が受け継ぐそうだ」

ん、その入須が言う彼とは……一体何歳なのだろうか。

里志「その花火師の人は、おいくつなんですか?」

そんな俺の心の中の疑問を、里志が口に出す。

入須「今は確か……四十、だったかな」

入須「次の仕事は、ちゃんと決まっているみたいだよ」

奉太郎「随分、若く引退するんですね」

入須「まあ、そうだな」

入須「彼が仕事を始めたのは20歳と聞いている」

入須「仕事一筋な人でね、今まで失敗した事が無いそうだ」

ほう、それはいい花火が期待できそうだ。

入須「そうそう、彼の奥さんはこの神山市で働いているぞ」

……ま、それにはあまり興味が無かったので俺は受け流す。

649 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:28:36.84 Z5VuVV460 63/225

奉太郎「それで、行くのはいつですか?」

入須「8月に入ってすぐだ」

える「……あ」

入須がそう言った後、千反田は何かを思い出したかの様に口に手を当てた。

える「実は、その日は家の用事がありまして……」

大変だな、こいつも。

える「でも、夕方には終わると思うので、それからでもいいですか?」

入須「そうだな……じゃあ先に私達で行って、千反田は後ほど合流という感じで、いいかな」

入須「地図は後で渡しておく」

える「ええ、分かりました」

8月の頭か……俺にも何か用事は。

……ある訳が無いな。

650 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:29:03.30 Z5VuVV460 64/225

奉太郎「んじゃ、8月の頭に、入須先輩の別荘へ……と言う事で」

奉太郎「それで、花火大会は何時からですか?」

入須「午後の8時だ、これは毎年変わらない」

奉太郎「えっと、花火大会はどのくらいやっているんですか?」

入須「1時間半程だな」

奉太郎「……帰るのは大分遅くなりそうですね」

入須「何を言っている? 泊まりだぞ」

……予想はしていたが、いざ言われると、簡単に行くと言った事を後悔する。

奉太郎「……分かりました」

里志「はは、嫌そうな顔だ」

える「折木さんも行けばきっと、楽しくなりますよ!」

……どうだかな。

651 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:29:30.51 Z5VuVV460 65/225

奉太郎「まあ、まだ先の話だ」

入須「それもそうだな」

入須「また、連絡するよ」

里志「予定は決まったね」

里志「宜しくお願いします、先輩」

入須「堅苦しいのは無しにしよう、折角の休みだろう」

摩耶花「楽しみだなぁ……花火大会」

入須「彼があげる花火は綺麗だよ、私も好きだ」

それより、いつまで話しているんだ、こいつらは。

奉太郎「じゃあ計画は決まった事だし、解散するか」

652 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:29:58.16 Z5VuVV460 66/225

入須「そうだな……あまり長居してしまっても迷惑か」

入須はそう言うと、席を立つ。

よし、これで残りの時間はぐだぐだとできる。

里志「何言ってるんですか、入須先輩」

里志「大学の話とか、参考までに聞かせてください」

なんの参考にするのかは分からない。

いや、待て待て、そうでは無いだろ。

入須「だが、迷惑では……」

ほら、入須はそう言ってるぞ。

える「いえ、大丈夫ですよ、お話しましょう」

千反田が大丈夫と言うと、俺も何だかそんな気が……する訳が無い。

653 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:30:25.41 Z5VuVV460 67/225

奉太郎「……ここは俺の家なんだが」

摩耶花「それで、大学はどうなんですか?」

入須「まあ、特にこれと言って感想は無いが……」

入須「高校よりは、自由と言った感じかな」

里志「いいなぁ……憧れますね」

える「そうですね、楽しみです」

駄目だ……聞いちゃ居ない。

くそ、またしても俺の休日は消費されていく。

ああ、さようなら。

654 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:31:20.13 Z5VuVV460 68/225

~現在~

そうだった、こうして俺達はここへ来ているのだった。

思えばあの時、千反田は既に大学へ行く事を決めていたのだ。

真意は分からないが……あいつの決めた事だ、間違いは無いだろう。

それにしても、あれから何分経った?

時計に目を移すと、22時5分。

千反田がここへ来るまでは、もう少し時間がありそうだ。

ならそうだ、何故こうなってしまったのかを思い出そう。

全部繋がる筈だ、答えを出せば……まだ間に合う。

俺はそう思い、意識をまた、記憶を掘り起こす作業に向けた。

655 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:31:48.38 Z5VuVV460 69/225

過去

~別荘~

里志「うへぇ、これはまた随分と、立派だね」

摩耶花「すごい……」

今、俺達の目の前にあるのは……千反田の家までとは言わないが、立派な別荘であった。

入須「見ていても何も起こらんぞ、中に荷物を置こう」

呆気に取られる俺達に、苦笑いしながら入須が声を掛けた。

奉太郎「そうですね、電車が遅れていたせいで……いつにも増して疲れました」

里志「はは、ホータローらしい」

無理も無い、電車は何かしらの大きな工事があるらしく、一時間も遅れていたのだ。

本数も減っていたせいで、ホームでかなりの時間待たされた。

明日には通常に戻るらしいが……いや、今日いっぱいの工事が明日に延期されてしまっては、俺にはとても神山市まで帰れる気がしない。

そんな事を思いながら、別荘の中へと入る。

中は洋風な感じで、しっかりと掃除されているそれは、なんだか居心地が良かった。

656 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:32:14.70 Z5VuVV460 70/225

奉太郎「いい所ですね」

入須「そう言ってくれると嬉しいな」

奉太郎「ミステリー映画の撮影に、良さそうです」

俺はふと思いついた冗談を口にすると、入須は困った様な顔をしながら言う。

入須「……君は本当に、執念深いな」

奉太郎「冗談ですよ」

入須「ならいいが……」

そんな会話をしながら、部屋を案内される。

どうやら一人一部屋あるらしく、入須家の恐ろしさを身を持って知る事となった。

その後、全員が荷物を置き、リビングへと集まる。

657 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:32:44.78 Z5VuVV460 71/225

入須「さて、どうしようか」

里志「海に行きたいですね」

入須「……それは明日にしないか?」

摩耶花「何か、理由があるんですか?」

入須「理由と言うほどの事でも無いが……どうせなら」

入須「全員で、行こう」

そうか、千反田がこの場には居ないのか。

それをちゃんと考える辺り、入須はただの冷血な奴では無いのだろう。

まあそれは、去年の事でも分かっていたが。

奉太郎「じゃあ、どうするんですか」

入須「そうだな……」

入須「この辺りの町を、紹介するよ」

入須「一緒に行こうか」

つまりは、歩くと言う事か。

だが……今は簡便してほしい。

658 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:33:35.71 Z5VuVV460 72/225

奉太郎「あー、俺はちょっと」

摩耶花「何よ、また面倒とか言う気?」

奉太郎「いや……面倒なのは面倒なんだが」

摩耶花「……?」

里志「はは、ホータローはここで寝ていた方が良さそうだ」

入須「なんだ、来ないのか?」

里志「いやいや、ホータローも来たい気持ちはあるみたいですよ」

摩耶花「なら、なんで?」

里志「今の顔、酔ってる顔だから」

その通り、電車の酔いが、俺にはまだ残っていたのだ。

立ち止まったり、座っている分には平気だが……歩くとなると、ちと辛い。

659 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:34:11.61 Z5VuVV460 73/225

入須「ふふ、そうか」

入須「なら折木君はここで休んでいると良い」

入須「夜には花火大会が始まるしな」

入須「それまでには、体調を治してくれよ」

奉太郎「……すいませんね」

俺は入須にそう言い、先程荷物を置いた部屋へと向かった。

……やはり俺は、前に伊原が言っていた様に、イベントを楽しめないのかもしれない。

そんな事を考え、扉を開ける。

660 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/22 23:35:16.09 Z5VuVV460 74/225

部屋の窓からは、綺麗な海が見えていた。

明日は、海か。

里志に事前に言われ、一応は水着は持ってきて居たのだが……まあ見ているだけでもいいか。

そして俺は、ベッドへと横たわる。

……ああ、待てよ。

と言う事は……千反田も、水着を着るのか。

見ているだけでは駄目だ、いやむしろ……見るのすら駄目だ。

違う違う、今はそんな事を考える時では無いだろう。

……体調が悪くなるのは、明日の方が良かったかもしれない。

そう俺は結論を付けると、ゆっくりと目を閉じた。


第14話
おわり

673 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:26:48.41 wMwX2Y5/0 75/225

俺は再び、意識を引き戻す。

そろそろ……千反田がここに来る。

入須「……まだかな?」

奉太郎「黙っていてくれるんじゃ、無かったんですか」

入須「すまんな、私もあまり……気が長い方では無いんだ」

奉太郎「そうですか」

入須「それに、そろそろ千反田が来るぞ?」

そう言い、入須が指を指す。

674 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:27:23.17 wMwX2Y5/0 76/225

そっちに俺は視線を移すと、小さく……小さく人影が見えた。

ああ、くそ。

もう一度、後一回だけ意識を過去に向けよう。

そうすれば、きっと答えが出る筈だ。

花火大会もいよいよ、終盤へと向かっている。

一際派手にあがる花火を一度見て、視線を地面へと向ける。

あの後だ……俺が目を覚ましたら、確か。

675 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:27:50.15 wMwX2Y5/0 77/225

過去

~別荘~

入須「折木君、まだ寝ているのか」

奉太郎「……ん」

その言葉で、俺はゆっくりと目を開けた。

奉太郎「……勝手に、部屋に入らないでくださいよ」

入須「ここは私の別荘だぞ、つまりこの部屋も私のだ」

奉太郎「……さいですか」

寝起きは最悪だった、そんな気分を表す様に、部屋が随分と暗い。

奉太郎「あれ、もう夜ですか」

入須「ああ、私はついさっき戻ってきた所だよ」

入須「今は19時くらい、かな」

676 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:28:18.28 wMwX2Y5/0 78/225

奉太郎「そうですか……あ」

奉太郎「花火大会って、何時からでしたっけ」

入須「20時からだ、だからなるべく急いでくれるとありがたいな」

それは最初に言うべき事では無いのだろうか。

まあいい、準備をするか。

俺は適当に返事をした後、身支度を整える。

そして入須と一緒に別荘を出た時、ある事に気付いた。

奉太郎「そういえば」

奉太郎「里志と、伊原は?」

入須「ああ、彼らなら二人で花火を見ると言っていた」

入須「まあ、恋人同士なら、そうしたいのが本音だったんだろうな」

奉太郎「……そうですか」

677 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:29:00.57 wMwX2Y5/0 79/225

奉太郎「それで、千反田は?」

入須「まだ来ていないよ」

入須「電話はあったが、電車が遅れているせいで……もしかしたら間に合わないかもな」

奉太郎「なるほど」

奉太郎「つまりは入須先輩と二人っきりって事ですか」

入須「何だ、やはり私と二人は嫌か」

奉太郎「……別に、そういう訳では無いです」

入須「また、千反田に勘違いされたらと考えているのか」

入須「私と折木君が、特別な関係の様に」

奉太郎「入須先輩」

奉太郎「……いくら俺でも、それ以上言うなら怒りますよ」

入須「……すまんな、冗談だ」

入須「千反田がそんな勘違いをもう起こさない事等、私は分かっているさ」

入須「あいつは、賢いからな」

奉太郎「……すみません」

奉太郎「それじゃ、行きますか」

678 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:29:26.94 wMwX2Y5/0 80/225

~高台への道~

入須「まだ時間はありそうだな」

入須「何か、話でもしながら歩くか」

奉太郎「話、ですか」

奉太郎「……俺が気になるのは、花火師の人の事ですね」

入須「花火師の?」

奉太郎「はい」

奉太郎「その人は、どんな人ですか?」

入須「そうだな……」

入須「一言で言うなら……やはり、仕事一筋、と言った所だ」

679 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:29:53.79 wMwX2Y5/0 81/225

入須「奥さんにも、子供にも、あまり優しい姿を見せてはいなかった」

入須「自分の仕事に誇りを持っていて、何より信念を持っていた」

入須「そんな人だよ」

奉太郎「なるほど、やはり」

奉太郎「素晴らしい花火が、期待できそうですね」

入須「そうとも、私が一番好きな花火だ」

入須がここまで言い切ると言う事は、多分誰から見ても……素晴らしい物なのだろう。

入須「私が思ったのは……」

奉太郎「何ですか」

680 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:30:21.17 wMwX2Y5/0 82/225

入須「君と、その花火師はどこか似ている、と言った所だな」

はあ、俺とその花火師が似ている……か。

奉太郎「あり得ませんよ」

奉太郎「第一、俺はそんな面倒な事はしません」

奉太郎「仕事で選ぶとしたら、絶対に無いですね」

奉太郎「それにその仕事に、信念やプライドを持つ事も、無いと思いますよ」

入須「きっぱりと言い切るのだな」

入須「観点を、変えてみたらどうだろうか」

奉太郎「観点を?」

入須「ああ」

681 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:30:47.97 wMwX2Y5/0 83/225

入須「私が聞くに、君は省エネをモットーとしている」

また姉貴か、余計な事を。

入須「それを花火師の仕事と置き換えるんだ」

入須「君はそのモットーに感じているのは、信念だろう」

奉太郎「……どうでしょうかね」

入須「私から見たら、似ているよ」

やはり……俺にはとても、そうは思えない。

682 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:31:13.68 wMwX2Y5/0 84/225

~高台~

入須は時計に目をやっていた。

入須「そろそろ20時か」

俺は設置されていたベンチに腰を掛け、その時を待っている。

入須「君は、花火は好きか?」

奉太郎「どちらでも無い、と言ったほうが本当でしょうね」

入須「そうか」

入須は手すりに背中を預けながら、腕を組んでいた。

奉太郎「不満ですか?」

入須「不満……とはどう言う事かな」

683 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:31:39.52 wMwX2Y5/0 85/225

奉太郎「折角の花火大会、それに招待したのにそんな感想で」

入須「ふふ」

入須「……君の事は少しは分かっているつもりだ」

入須「だから別に、不満と言う事も無いかな」

入須「ある程度は予想できていたと言う事だ」

奉太郎「それなら……いいですが」

入須「君は、おかしな奴だな」

真顔で言われると、なんだか嫌だな。

奉太郎「そう言う事を、単刀直入に言うのはやめた方がいいと思います」

684 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:32:05.37 wMwX2Y5/0 86/225

入須「だってそうだろう」

入須「それなら良い、と言うくらいなら……最初から、どちらでも無いなんて言わなければいいじゃないか」

奉太郎「……俺は」

奉太郎「嘘はあまり、好きでは無いので」

入須「……ふふ、そうか」

入須「そう言えば」

入須「千反田も、嘘はあまり好きでは無かったな」

その時の入須の顔は、本当に嫌な笑い方をしていた。

奉太郎「……それは、初耳です」

俺がそう言うと、入須は眉を吊り上げながら、口を開いた。

685 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:32:31.36 wMwX2Y5/0 87/225

入須「何だ、嘘は嫌いなんじゃなかったのか」

奉太郎「……全く」

奉太郎「嘘よりも、あなたの事が嫌いになりそうですよ」

入須「……それもまた、嘘だと良いのだがな」

奉太郎「さあ、どうでしょうね」

その時、夜風が一際強く吹く。

夏はまだ始まったばかりなのに、その風はとても冷たく、俺は少しだけ身震いをした。

入須「……おかしいな」

奉太郎「おかしいとは、俺の事ですか?」

入須「いいや、違う」

何だ、さっきまでの空気とは変わって……入須は少し、いや、いつも通り真面目な顔をしていた。

686 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:32:57.18 wMwX2Y5/0 88/225

奉太郎「では、何がおかしいと言うんですか」

入須「あれだよ」

そう言いながら、入須が指を指したのは時計。

俺は促されるまま時計に目を移す。

奉太郎「20時10分ですね」

奉太郎「別に、おかしい所はありませんが」

入須「はあ……」

入須「君は何の為にここまで来たのか、忘れたと言うのか」

何の為だったか……

ああ、そうだ、花火だ。

687 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:33:24.85 wMwX2Y5/0 89/225

奉太郎「遅れているんじゃないですか?」

入須「いいや、それはあり得ない」

入須「私は今日、一度彼に会っているんだ」

彼……とは、花火師の事だろう。

入須「準備は完璧だった」

奉太郎「なら、その後に何か予想外の事が起きて」

入須「それも無いな」

入須「彼はこの仕事に……大袈裟に言えば、命を賭けていた」

入須「そのくらい、誇りに思っていたんだ」

入須「それはさっきも言っただろう」

688 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:33:50.84 wMwX2Y5/0 90/225

入須「私は小さい時から、彼の花火を見ている」

入須「1分くらいの前後なら、時計のずれとも言えるがな」

入須「ここまで遅れた事は……今まで無かった」

ふむ……つまり、よく分からん。

奉太郎「まあ、その内始まるでしょう」

入須「だと良いんだが」

入須「……少し、心配だな」

そう言う入須の顔は、どこか寂しげで……

気付いたら俺は、顔を入須から背けていた。

多分、いつもの入須らしくない入須を、見たくなかったのだろう。

689 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:34:16.66 wMwX2Y5/0 91/225

奉太郎「まあ、気楽に考えましょう」

入須「……ああ」

それから5分、10分と経つが、花火大会は始まらない。

入須はどこか、そわそわしている様子だった。

奉太郎「先輩らしく無いですね」

入須「ふふ、君が私の何を知っているんだ」

奉太郎「……何も」

入須「本当に、おかしな奴だな……君は」

入須はそう言い、俺の隣に腰を掛けた。

690 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:34:42.66 wMwX2Y5/0 92/225

入須「一つ、問題を出そうか」

奉太郎「結構です」

入須「聞くだけでも聞け」

入須「君なら多分、分かるしな。 私も解決して欲しい問題だ」

……ううむ、どうしようか。

まあ、何もしないで待っているよりは、いくらかマシか。

それに……俺が今日ここに居るのも、入須の招待あってこそだしな。

考えても、罰は当たらないか。

奉太郎「分かりましたよ、何ですか?」

入須「君ならそう言ってくれると思ってた」

入須「私が提示する問題は一つ」

691 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:35:46.10 wMwX2Y5/0 93/225

入須「何故、今日……花火大会が未だに始まっていないのか、だ」

……また無茶な。

奉太郎「それが俺に分かる訳が無いでしょう」

入須「どうだろうな」

入須は何がおかしいのか、笑っていた。

奉太郎「まあ、頭の隅には、一応置いておきます」

入須「ああ」

692 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:36:12.54 wMwX2Y5/0 94/225

~現在~

ああ、そうだった。

そうして俺は入須の問題へと取り組む事になったのだ。

そう思い、顔を上に戻した。

える「私、気になります!」

奉太郎「うわっ!」

勢い余って、ベンチから落ちそうになる。

奉太郎「ち、千反田か」

奉太郎「いきなり声を出すな、びっくりするだろ」

える「いえ、何度か声を掛けましたよ」

える「でも、考えている様子だったので……」

俺はそれほどまでに、しっかりと考えていたのか。


693 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:36:39.74 wMwX2Y5/0 95/225

奉太郎「それで、お前が気になると言うのは」

える「入須さんと同じ事です!」

それを聞き、視線を入須に移す。

入須「暇だったからな、全て説明しておいた」

くそ、最初からこれが狙いだったのでは無いだろうか。

まあでも、千反田が見えた時点でこの展開は予想できていた。

える「それで、何か分かりましたか?」

奉太郎「花火大会が遅れた理由、か」

える「勿論です!」

694 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:37:06.68 wMwX2Y5/0 96/225

える「仕事一筋の方が、何故最後の花火大会と言う一大行事で失敗をしたのか」

える「何故、失敗をする事になったのか」

える「万全の準備が出来ていたにも関わらず、何故それが起きてしまったのか」

える「私、気になります」

俺は千反田の言葉をしっかりと聞き、返す。

奉太郎「……失敗とは、少し違うかもしれない」

える「それは……どういう事ですか?」

過去を遡ったおかげで、大体の答えは出ていた。

確認するべき事は、あと一つ。

奉太郎「入須先輩」

入須「ん、どうした?」

695 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:37:32.40 wMwX2Y5/0 97/225

奉太郎「今日も、花火師の奥さんは仕事に?」

入須「ええっと、どうだったかな」

入須「昼間、挨拶した時は見えなかったから、恐らくそうだろう」

奉太郎「そうですか、ありがとうございます」

やはり、そうか。

ならもう、答えは出た。

なんとか間に合ったと言う所だが……間に合った物は間に合ったのだ。

奉太郎「じゃあ、何故……花火大会が遅れたのか、説明するか」

える「はい!」

奉太郎「まず第一に、今日の花火大会は20時に予定されていた」

奉太郎「それにも関わらず、始まったのは21時だ」

696 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:38:01.50 wMwX2Y5/0 98/225

える「ええ、そう聞いています」

奉太郎「一時間のずれ……千反田は何を予想する?」

える「ええっと、そうですね」

える「準備不足、花火の設置ミスが考えられます」

える「後は……あまり言いたくないですが、急病なども」

奉太郎「大体、そうだろうな」

奉太郎「入須先輩、急病は考えられますか?」

入須「……無いと思うな」

入須「風邪にも滅多に掛からない人だ、考えられない」

入須「勿論、断言はできないが」

奉太郎「それだけ聞ければ十分です」

697 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:38:28.22 wMwX2Y5/0 99/225

える「でも、そうなると……準備不足などでしょうか?」

入須「いいや、それもあり得ない」

奉太郎「そう、入須先輩が昼間に確認した時は、完璧に準備は出来ていたんだ」

奉太郎「つまり、先程、千反田があげた理由は全てが違う」

える「それなら、何故?」

奉太郎「……」

らしくないな、俺がこれを言うのはらしくない。

だが、それしか……そう答えを出すしか無かった。

……

いや、違う。

俺は、期待していたのか。

そうあって欲しいと。

698 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:38:55.61 wMwX2Y5/0 100/225

奉太郎「今日、千反田は花火を見る事が出来たか?」

俺がそう言うと、未だにあがり続ける花火に一度目を移し、千反田は口を開く。

える「ええっと? 今現在、見れていますよ」

奉太郎「そうだ」

奉太郎「だが、通常通りの時間……20時に始まっていたらどうだ?」

える「……恐らく、見れなかったでしょうね」

入須「……そう言う事か」

どうやら、入須は分かった様だ。

さすがと言うべきか、だが少し……気付くのが早すぎでは無いだろうか?

ま、そんな事今はどうでもいいか。

俺はそう結論付け、話を再開する。

699 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:39:25.22 wMwX2Y5/0 101/225

奉太郎「そう、そうなんだ」

奉太郎「今は22時を過ぎた所、通常通り行われていたら」

奉太郎「もう、終わっている時間なんだよ」

える「でも、それとどう関係が?」

える「まさか、私の為に大会が遅れた等は、言いませんよね」

奉太郎「……俺が、花火師だったとしたら」

奉太郎「その可能性もあったな」

そう俺が言った言葉は、花火の音に掻き消され、千反田には届いていなかった。

える「あの、今何て言いました?」

奉太郎「花火師は……奥さんの為に、大会を遅らせたんだろうな」

える「奥さんの、為ですか」

700 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:39:55.51 wMwX2Y5/0 102/225

奉太郎「ああ、そうだ」

奉太郎「千反田がここに来るのに遅れた理由は、何だ」

える「ええっと、電車が遅れていたせい、ですね」

奉太郎「その通り」

奉太郎「それに巻き込まれたのは、花火師の奥さんも同じだったんだよ」

える「……と言う事は」

奉太郎「……自分があげる最後の花火」

奉太郎「それを、自分が一番好きな人に」

奉太郎「見て欲しかったんだと思う」

える「……」

入須が提示した問題、千反田が俺の目の前に出した問題。

その問題の答えを千反田に教えると、しばらく千反田は黙って花火を見ていた。

701 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:40:20.47 wMwX2Y5/0 103/225

何度かまた、花火があがる。

それを見ながら、千反田はようやく口を開いた。

える「素敵、ですね」

奉太郎「……意外だな」

える「私が、大会が遅れた理由を素敵と言った事がですか?」

奉太郎「ああ」

える「……誰でも、そう思うのでは無いでしょうか」

奉太郎「……そうかもしれないな」

える「折木さんは、どう思いました?」

俺か、俺は。

奉太郎「……自分の信念を曲げ、最後は愛する人の為になる事をした」

奉太郎「それを悪い事とは、言えないさ」

える「ふふ、そうですよね」

そうして、俺と千反田、入須は最後の花火があがり、夜空に消えるまで、口を開く事は無かった。

702 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:40:47.74 wMwX2Y5/0 104/225

~帰り道~

入須「やはり、折木君に答えを求めたのは正解だったな」

奉太郎「……それが合ってるかも分からないのにですか?」

入須「間違ってはいないだろう」

入須「この中で一番、花火師と付き合いが長い私が言うんだ」

入須「君の答えは、正解だよ」

奉太郎「……そりゃどうも」

そう言い、自然と入須は俺と千反田の前を歩く。

千反田と横に並び、帰るまでの道を歩く事となった。

奉太郎「さっき、俺が言った事だが」

える「えっと」

える「折木さんが意外と言った事ですか?」

703 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:41:18.41 wMwX2Y5/0 105/225

奉太郎「ああ」

奉太郎「千反田は、今回の事……見覚えが無いか?」

える「見覚え……」

える「すいません、無いですね」

奉太郎「俺は、似たような事が前に合ったのを覚えている」

える「それは、私も知っている事でしょうか」

奉太郎「勿論」

奉太郎「そうじゃなきゃ、聞かないさ」

千反田は腕を組みながら、しばらく考えた後に、口を開く。

える「ごめんなさい、私にはやはり……」

そうだろうな。

千反田には、分からない事だろうから。

704 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:41:47.68 wMwX2Y5/0 106/225

奉太郎「……前に、雛祭りがあっただろ」

える「今年の、ですか?」

奉太郎「いや……去年のだ」

える「去年の……」

奉太郎「その時、通常とは違うルートを通った筈だ」

える「あ、そんな事もありましたね」

奉太郎「ええっと、誰だったか」

奉太郎「あの、茶髪のせいで」

える「ふふ、小成さんの息子さんですね」

奉太郎「そうそう」

える「もう少し、人の名前を覚えた方が良いですよ」

奉太郎「……努力はするさ」

705 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:42:16.44 wMwX2Y5/0 107/225

ええっと、それで何の話だったっけか。

奉太郎「ああ、それで」

奉太郎「あの時、俺は言ったよな」

奉太郎「茶髪が違うルートにしたかった理由を」

える「ええ、覚えています」

える「その……行列が、桜の下を通る姿を」

その行列のメインは勿論、雛である千反田だ。

それを分かっていてか、少しだけ恥ずかしそうに千反田は言った。

奉太郎「それで、それに千反田は何て答えたか覚えているか?」

える「……確か、そんな事のために、と」

706 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:42:48.96 wMwX2Y5/0 108/225

奉太郎「そうだ、そう言った」

える「えっと、それと今回の事に、何の関係が?」

奉太郎「……俺は、あの時、千反田がそう言った時」

奉太郎「そんな事とは、全然思えなかった」

える「……それは、どういう意味でしょうか」

奉太郎「あの茶髪は、自分が良い写真を撮りたい為に、ルートを外させた」

奉太郎「花火師は、奥さんの為に、花火大会を遅らせた」

奉太郎「そのどちらも、極端に言えば自分の為だろう」

える「……そうなりますね」

奉太郎「でも、それでも」

奉太郎「他にも、救われた人が居るんだ」

707 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:43:19.73 wMwX2Y5/0 109/225

奉太郎「花火大会が遅れた事で、千反田は間に合った」

奉太郎「そして、行列が桜の下を通ることで」

奉太郎「……俺は、今までで一番綺麗な景色を見れた」

える「あ、あの……それって、折木さん」

奉太郎「後ろから見ていても、綺麗だった」

奉太郎「どんな景色よりも……いい物だったよ」

える「……は、恥ずかしいです」

奉太郎「……すまん」

奉太郎「俺らしく、無かったな」

える「い、いえ……良いんです」

708 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:43:48.70 wMwX2Y5/0 110/225

俺はその後、前からお前の顔を見たかったと言おうとした。

しかし、口をモゴモゴさせながら、ありがとうございますと言う千反田を見たら、どうしても言葉には出来なかった。

……多分、恥ずかしかったんだと思う。

どうにも自分の事は、分かり辛い。

入須「そろそろ着くぞ」

ふいに入須が、声を掛けてきた。

気付けばもう、別荘が見えている。

……なんだか今日一日で、物凄いエネルギーを使った気がするな。

709 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/24 22:44:14.41 wMwX2Y5/0 111/225

しかしどうにも、まだ引っ掛かる事が俺の中にはあった。

あいつは、最初から全て分かっていたのでは無いだろうか。

花火大会が遅れた理由を。

奉太郎「……やはり、苦手だ」

そんな俺の呟きが聞こえたのか、入須は振り向きながら、口を開く。

入須「結論が出た所で、もう一度言うが」

入須「似ているよ、君は」

ああくそ、まんまと嵌められたって訳だ。

……今度誘われたとしても、断る方向にしよう。

次に花火を見る時は、そうだな。

千反田と二人でと言うのも、悪くないな。


第15話
おわり

729 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:42:16.23 Z+iO6tmx0 112/225

奉太郎「……ふわぁあ」

大きなあくびをしながら起きる。

昨日はここに戻ってきたから、随分とぐっすりと眠れた。

昼間散々寝ていたせいで、少々心配だったが……

恐らく、頭をいつもより働かせたせいだろう。

部屋の時計によると、まだ朝の6時、俺にしては随分早起き出来た物だ……と自分を褒めたい。

奉太郎「とりあえず、寝癖直すか」

毎度毎度、この寝癖は俺を悩ませる。

里志や伊原に相談すれば、短く切ればいい等と言うだろうが、それもまた面倒なのだ。

しかし、結果的に見れば……そうするのが効率良くなるのかもしれない。

そう思う物の、髪を切ろうと思わない辺り、俺はやはりこの髪型が気に入ってるのだろう。

730 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:43:05.56 Z+iO6tmx0 113/225

奉太郎「……どうでもいいな」

そんな独り言をしながら、洗面所で寝癖を直していた。

摩耶花「……おはよ」

後ろから声が掛かる。

奉太郎「ああ……おはよう」

伊原の元気の無さから、こいつも多分朝は苦手な方だと予測できる。

丁度寝癖は直し終わったし、伊原にその場所は譲る事にした。

……本当の所は、既に機嫌が悪そうな伊原の機嫌を更に損ねたく無かったからだが。

俺はそのままの足で、一度ベランダへと出た。

外に出ると、朝が早いだけあり、風が涼しい。

731 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:43:31.98 Z+iO6tmx0 114/225

える「おはようございます、折木さん」

そしてそこにはどうやら、先客が居た様だ。

奉太郎「……早起きだな」

える「折木さんこそ」

奉太郎「俺は昨日、昼間少し寝ていたしな」

える「そうだったんですか」

奉太郎「ああ」

そこで一度、会話が途切れる。

心なしか、千反田が何か聞きたそうにこちらを見ていた。

奉太郎「……気になる事でもあったか」

える「良く分かりましたね」

……いや、そこまでそわそわしていたら誰でも分かるだろうに。

732 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:43:57.24 Z+iO6tmx0 115/225

える「折木さんは何故、お昼に寝ていたのですか?」

これは……朝から、失言だったか。

それに答えるのは、面倒と言うよりは……言いたく無い。

奉太郎「……里志にでも、聞いておけ」

える「福部さんですか……今はまだ、寝ているので」

奉太郎「なら、伊原でもいい」

える「摩耶花さんは、一人の方が楽そうだったので」

奉太郎「じゃあ、入須でもいいだろ」

える「そうですね、そうします」

とりあえずこれで、今の所は回避出来た。

後は入須が俺の気持ちを考えてくれるかどうかだが、どうだろう。

733 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:44:24.86 Z+iO6tmx0 116/225

える「何故ですか?」

今、入須に聞くと言ったばかりなのに、何を言っているんだこいつは。

俺が千反田のその質問に口を開こうとした時、後ろから声がした。

入須「うーん、言ってもいいか?」

いつから居たのか、入須の声が後ろからする。

奉太郎「……おはようございます」

入須「ああ、おはよう」

奉太郎「居るなら居ると、言ってくださいよ」

入須「すまんな、千反田は気づいていた様だったが」

える「ええ、すぐに気付きました」

える「入須さんの足音がしたので」

さいで。

734 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:45:02.61 Z+iO6tmx0 117/225

える「それより、です」

える「入須さん、何故ですか?」

千反田がそう聞くと、入須は一度俺の方に視線を移す。

奉太郎「そこまで言ったなら、話してもいいんじゃないですか」

入須「君がそう言うなら、いいか」

奉太郎「俺は一足先に中に戻っています」

そう言い残し、俺は部屋の中へと戻る。

……今の最善手は、何だっただろうか。

むしろ、俺が昼間寝ていた原因を隠す必要が……無いな。

735 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:45:28.49 Z+iO6tmx0 118/225

客観的に見れば、そんな所か。

そうして俺は一度、自分の部屋へと戻る。

ベッドの上で一時間ほど本を読み、やがて入須に呼び出され、朝飯を食べる事となる。

俺と千反田と伊原と入須。

里志はまあ……まだ寝ているのだろう。

朝はどうやら、千反田達で飯を作った様で、かなり美味しかった。

唯一不満があるとすれば、俺が昼間寝ていた理由を聞いたであろう千反田が、にこにことしながら俺を見ている事だったが。

736 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:46:00.78 Z+iO6tmx0 119/225

朝飯を食べ終わり、ゆっくりとした時間が流れる。

奉太郎「そう言えば、伊原は昨日どうだったんだ」

摩耶花「えっと、花火大会?」

奉太郎「それ以外に何かあったか」

摩耶花「一応の確認でしょ、別にいいじゃない」

奉太郎「大会は遅れただろ、花火は見れたか?」

摩耶花「まあ、うん」

摩耶花「見れたよ」

える「どうでした、花火は」

摩耶花「すごく、良かった」

そう言う事に大して感情を抱かない俺が、綺麗な花火だと思ったのだ。

伊原が感じた事は……とても俺には想像できないな。

737 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:46:26.95 Z+iO6tmx0 120/225

入須「今年で彼の花火は終わりだが、来年もきっと素晴らしい物が見れるさ」

入須はそう言いながら、人数分のコーヒーを持ってくる。

奉太郎「ありがとうございます」

俺はそれを受け取り、一口飲んだ。

……実に良い、甘すぎないし、丁度良い。

あれ、待てよ。

奉太郎「千反田、それコーヒーだぞ」

える「あ、そうですね」

入須「なんだ、嫌いだったか」

える「嫌い、と言う訳では無いのですが……」

奉太郎「飲ませない方が良いと、言っておきます」

738 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:47:06.27 Z+iO6tmx0 121/225

摩耶花「なになに、折木は何か知ってるの?」

える「あの、そのですね」

奉太郎「……性格が変わる」

摩耶花「ちーちゃんの?」

千反田がコーヒーを飲む、そして俺の性格が変わったらどうするんだ、こいつは。

奉太郎「ああ、そうだ」

摩耶花「それ……ちょっと気になるかも」

える「や、やめてください」

入須「ふふ、まあそうならやめておこう」

入須「お茶を淹れて来るよ」

える「すいません、ありがとうございます」

千反田が頭を下げると、入須は軽く手をあげ返事をし、台所へと戻って行った。

740 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:49:26.86 Z+iO6tmx0 122/225

摩耶花「それで、どんな風になるの?」

奉太郎「聞きたいか?」

摩耶花「……うん」

える「ふ、二人とも駄目ですよ!」

奉太郎「との事だが」

摩耶花「残念……気になるなぁ」

える「もうこの話は終わりです、違うお話をしましょう」

あからさまに慌てている千反田を眺めるのも、中々面白い物だ。

奉太郎「ま、いつか機会があったらと言う事で」

摩耶花「りょーかい、楽しみにしておくわね」

える「そんな機会、来ませんよ!」

741 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:49:54.60 Z+iO6tmx0 123/225

それから他愛も無い話をし、時を過ごす。

珍しく俺も、その輪の中に入れていた。

そして、里志も起きて来て何十分か過ごした後、俺がこの旅行でもっとも回避したかった出来事が訪れる。

里志「じゃあ、そろそろ海に行こうか」

入須「そうだな、今日は天気も良い」

える「楽しみです!」

摩耶花「折木も来るのよ? もう具合も良くなってるでしょ」

……来てしまった物は仕方ない。

潔く、諦めよう。

742 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:50:49.35 Z+iO6tmx0 124/225

~海~

里志「うわ、すごく綺麗な所だね」

摩耶花「そうね……でも人が全然居ないのは何で?」

入須「ああ、プライベートビーチみたいな物だからな」

……何て人だ。

える「海は久しぶりですね、去年の夏は入れなかったので」

千反田はいつかのプールの時と同じ水着を着ていた。

やはり、目のやり場に困ってしまう。

里志「それじゃ、入ろうか」

里志の言葉を受け、俺と入須を除く三人は海へと入って行った。

俺は、まあ……海でわいわい遊ぶと言う性格でも無いので、砂浜に腰を掛ける。

743 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:51:26.62 Z+iO6tmx0 125/225

入須「何だ、入らないのか?」

そう言い、入須は俺の横へと腰を掛けた。

奉太郎「入須先輩こそ、入らないんですか」

入須「私は、まあ」

奉太郎「そうですか」

にしても、本当に綺麗な所だな。

空には雲一つ無く、日本の海とは思えない程に透き通った色をしている。

奉太郎「入須先輩は、昨日の事……最初から分かっていたんですか?」

入須「……さあ、どうだろうな」

奉太郎「ま、別にいいですけど」

そんな会話をしながら、海で遊ぶ里志達を眺めていた。

どこから持ってきたのか、ビーチボールで遊んでいる。

744 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:51:52.69 Z+iO6tmx0 126/225

奉太郎「……大学は、どうですか」

入須「大学か」

入須「楽しい所だよ」

入須「だがやはり、高校の方が楽しかったかもな」

奉太郎「これから、大学へ行くであろう本人に言う台詞がそれですか」

入須「なんだ、嘘でも高校より楽しいと言えばいいのか?」

奉太郎「……」

奉太郎「先輩は」

奉太郎「後悔していますか、去年の事」

俺が言っているのは、去年俺と入須が……千反田を、傷付けた事だ。

入須「そうだな……どうだろう」

入須「でも結局は、君と千反田の距離は縮まったのでは無いか」

745 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:52:20.86 Z+iO6tmx0 127/225

奉太郎「まあ……そうかもしれませんが」

入須「千反田を傷付けてしまった事は、後悔しているよ」

奉太郎「……でしょうね」

入須「ここだけの話だがな」

入須「先輩は、珍しく落ち込んでいたよ」

入須が指す人物とは、俺の姉貴の事だろう。

奉太郎「そうですか」

入須「君が言った通りだった……先輩も、後悔していたんだ」

奉太郎「なら結局、あの計画では……誰が、救われたんでしょうね」

入須「決まっている、誰も救われていない」

……だろうな。

746 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:52:52.26 Z+iO6tmx0 128/225

入須「でも、それはあの当時での事だ」

奉太郎「当時の? どういう意味ですか」

入須「……もしかすると、次に繋がっていたのかもしれない」

奉太郎「すいません、少し意味が分かりかねます」

入須「……はっきり言うか」

そう言うと、入須は俺の方に顔を向ける。

入須「あそこで、君と千反田が近づいていなかったらどうなっていたと思う?」

入須「私が計画を拒否し、何も起こらなかったとしたら」

奉太郎「……それは」

恐らく、何も変わらない日々が過ぎていた。

747 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:53:26.96 Z+iO6tmx0 129/225

俺と千反田は以前の距離を維持して、その距離を縮める事は……無かったのでは無いだろうか。

あれだけの事が無ければ、俺から千反田に歩み寄る事も無かったし、千反田もそうだろう。

そして多分、千反田の父親の話を聞いた日。

俺が千反田の気持ちを理解しようとしなければ、あの日に公園に行くことも無かったのかもしれない。

それは本当に、何も無い、今まで通りの折木奉太郎だろう。

良く言えば、自分のモットーを貫き通していると言える。

しかし悪く言えば、変わろうとしていないと言う事か。

ああ、なるほど。

……やはり入須は、昨日の事は分かっていたのだ。

748 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:53:53.72 Z+iO6tmx0 130/225

奉太郎「苦手です、入須先輩は」

入須「君の言葉を借りると、本人の前で言う事では無い、と言った所だな」

奉太郎「それはすいませんでした、失言ですね」

入須「ふふ、そうだな」

まあ、苦手ではあるが……嫌いでは、無いか。

そんな事を考えながら、顔を再び里志達の方に向けた。

目の前に、誰かが居る。

入須と話し込んでいて全く気付かなかった。

空気で分かる、それは千反田だ。

俺はそいつに目を移す。

……手には、ビーチボール?

749 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:54:45.62 Z+iO6tmx0 131/225

瞬間、俺がその状況を理解する前に、千反田によって放たれたボールが顔に命中する。

える「ご、ごめんなさい!」

そう言いながら、逃げていく千反田が見えた。

プールの時も確か、同じ様な事をされた気がする。

あの時は何も考えていなかったせいで受け流してしまったが……今は違う。

奉太郎「……千反田」

俺は逃げる千反田に向かって、聞こえるくらいの声を出した。

える「え、はい!」

千反田は振り返り、俺の話に耳を傾ける。

奉太郎「俺が今、やるべき事は何か分かるか」

える「えっと、それは……どういう事でしょうか」

奉太郎「手短に、終わらせよう」

750 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:55:22.34 Z+iO6tmx0 132/225

冷や汗を掻きながら後ずさりする千反田に向かって、ボールを放った。

見事に命中し、倒れる千反田。

摩耶花「うわ、折木ひどーい!」

伊原がそれを見て、声を荒げる。

奉太郎「やり返しただけだ、別に酷くもなんとも無い」

我ながら、その通りである。

里志「まあまあ、手をあげるのは良くないよ、ホータロー」

……そう言いつつも、何故俺を羽交い絞めにする?

摩耶花「ちーちゃん、チャンスチャンス!」

待て待て! 卑怯では無いだろうか。

751 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:55:52.73 Z+iO6tmx0 133/225

える「お返しです、折木さん!」

そう言い、俺に向かってボールを投げてきた。

しかしそれは俺の顔の横を通り過ぎ、後ろに居た里志へと当たる。

奉太郎「どうやら良い腕をしている様だ、千反田は」

倒れた里志に向かって、俺はそう言った。

里志「千反田さん」

える「え、ええっと……」

里志「自分がした事は、自分の下へと帰ってくるんだよ」

矛先はどうやら、俺から千反田へと向かった様だ。

これでようやく、俺もゆっくりできると言う物である。

しかし、それを考えられたのも一瞬であった。

里志が投げたボールは、手から滑り、入須へと当たる。

752 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/26 22:56:22.00 Z+iO6tmx0 134/225

入須「福部くん」

入須「……自分が言った言葉は、忘れていないだろうな」

おお、入須の顔が恐ろしい。

もしかすると、伊原のそれよりも怖いかもしれない。

俺は無関係を装い、その場から少し距離を取った。

省エネ省エネ、眺めている方が安全だ。

そして何より、楽だ。

それからボールを投げ合う四人を眺めつつ、俺は夏の日差しを浴びていた。

実に……俺らしい選択である。

第16話
おわり

764 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:19:43.62 MSedhqvo0 135/225

奉太郎「いつまで遊んでいるんだ、もう夕方だぞ」

俺は溜息を吐きながら、未だに元気良く遊びまわる奴等に声を掛ける。

と言うか、だ。

……入須までもが一緒にはしゃぐとは、思いも寄らなかった。

える「あ、本当ですね」

そんな俺の声に最初に気付いたのは、やはり千反田であった。

そして千反田の発言を聞き、残った者達も駆け寄ってくる。

里志「ごめんごめん、ついつい」

摩耶花「久しぶりに思いっきり遊べたかも」

里志と伊原はそんな事を呟いていた。

765 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:20:20.32 MSedhqvo0 136/225

入須「……そうだな、良い時間になっている」

はて、良い時間とはどういう意味だろうか。

奉太郎「良い時間ですか?」

入須「ああ、一つ計画してある事があるんだよ」

計画していたにしては、随分と夢中で遊んでいた様だが……別にいいか。

える「なんでしょう……私、気になります」

入須「夏と言えば、だ」

里志「最初に思い浮かぶのは、やっぱり海ですね」

里志の言葉に、入須は頷く。

入須「次に何を想像する?」

摩耶花「えっと、花火かな?」

入須「そうだ」

766 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:20:47.54 MSedhqvo0 137/225

奉太郎「ですが、花火は昨日見ていますよ」

俺の言葉を聞き、入須はまたしても頷く。

入須「他にもあるだろう?」

他に……?

里志「ああ、そうか!」

里志は気付いたのか、一人満足そうな顔をした。

入須「勿体振る必要も無いな」

入須「バーベキューだ」

確かに、夏と言えばそうか。

奉太郎「でも、材料とかは?」

入須「最初に計画していたと言っただろう、用意してあるよ」

える「さすがです、入須さん」

顔を思いっきり寄せる千反田に、入須は若干身じろぎしていた。

そんな入須の反応が新鮮で、俺はついつい口を開く。

767 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:23:01.37 MSedhqvo0 138/225

~砂浜~

先ほど遊んでいた場所から少し離れた所で、バーベキューはする事となった。

今はようやく準備が終わり、休憩している所だ。

入須「すまんな、全部任せるつもりでは無かったのだが」

奉太郎「別に良いですよ、自分で言った事ですし」

入須「そうか」

入須はそれだけ言うと、設置されたグリルの方へと歩いて行った。

その姿を見送ると、俺は空を見上げる。

日は既に大分傾いており、かすかに星が光っているのが見えていた。

そんな空に気を取られて居た所で、ふいに俺に声が掛かった。

768 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:23:28.40 MSedhqvo0 139/225

里志「お疲れ様、ホータロー」

奉太郎「里志か」

里志「なんだい、僕じゃ不満かい?」

奉太郎「いいや、そういう訳じゃない」

この時……俺には少しだけ、気になる事があった。

それを里志にぶつける。

奉太郎「昨日は、どうだった?」

里志「昨日と言うと……花火大会かな?」

奉太郎「ああ、伊原と二人で見たんだろう?」

幸い、砂浜から少し離れた場所で話している俺と里志の声は、料理を作っている千反田、伊原、入須には聞こえないだろう。

769 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:24:02.53 MSedhqvo0 140/225

里志「僕は皆で見たかったんだけどね」

里志はそう前置きをすると、話し始める。

里志「摩耶花がどうしても二人で見たいって言うからさ」

里志「ホータローには悪いと思っているよ、入須先輩の事は苦手だろう?」

気付いていたのか、まあそれもそうか。

奉太郎「確かに苦手ではあるが……」

奉太郎「それは嫌いという事に繋がる物でもないさ」

里志「それならいいんだけど」

里志「僕は、花火が遅れた事に少しだけ感謝しているんだよ」

770 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:24:31.69 MSedhqvo0 141/225

奉太郎「感謝? 何でまた」

里志「色々、摩耶花と話せたからね」

里志「花火が始まってたら、そっちに気を取られてそれ所じゃないよ」

奉太郎「なるほど……そうか」

里志と伊原にも、色々とあるのだろう。

その話の内容まで聞くのは、俺の趣味では無い。

里志「それより、驚いたよ」

奉太郎「驚いた?」

何か驚く様な事でもあっただろうか……?

大会が遅れた理由をしれば、恐らく……驚いた、と言うだろうが。

生憎、里志はその理由を知らない。

そんな俺の考えに答えを出すより、先に里志が口を開く。

771 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:25:03.10 MSedhqvo0 142/225

里志「ホータローが、そんな事を聞いた事にさ」

……何か、おかしな事でも聞いたのか。

奉太郎「別に、変な事は聞いていないと思うんだが」

里志「うん、その通りだよ」

何だ、からかっているのか。

奉太郎「からかうのはやめてくれ、疲れているんだ」

里志「そういうつもりでは、無いよ」

奉太郎「……なら、どういうつもりで?」

里志「それを聞いてきたのが、ホータローだったからだよ」

里志「普通の、例えば千反田さんとかが聞いてくるのなら、分かるよ」

里志「でも、それを聞いてきたのがホータローだったってのが、僕にとって意外だったのさ」

772 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:25:29.30 MSedhqvo0 143/225

……言われてみれば、そうかもしれない。

奉太郎「少し、気になっただけだ」

奉太郎「深い意味なんて無い」

里志「それだよ、何で深い意味は無いのに聞いたんだい?」

何だ、そんなおかしな事だろうか?

奉太郎「お前は意味の無い質問に、そこまで言うのか」

俺がそう言うと、里志は首を横に振る。

里志「ごめん、言い方が悪かったかもしれない」

里志「手短に言うよ、その方が好みだろう?」

里志「何で君は、しなくてもいい質問をしたんだい?」

773 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:27:54.48 MSedhqvo0 144/225

……ああ、そうか。

確かにそうだ、俺がした質問は、完全に意味の無い質問である。

昨日、里志と伊原がどうして居ただなんて、知っても何も起きないじゃないか。

なら、どうして俺はそんな質問を?

奉太郎「……そういう事か」

里志の言っている意味が分かり、口からそう漏れた。

豆鉄砲でも食らったかの様に目を開いている俺に向かって、里志は言う。

里志「ま、ホータローも随分と変わったよ」

里志「それじゃあそろそろ、焼けてきたみたいだし、行くね」

最後にそう言うと、里志は入須達の下へと小走りで向かって行った。

奉太郎「変わったのか、俺が」

774 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:29:11.71 MSedhqvo0 145/225

去年も確か、里志とは似たような事を何度か話している。

今改めて聞いて、俺は思った。

変わった、と。

……元を辿れば、最初からだ。

入須の誘いを断固拒否する事だって出来た。

俺は最初、千反田が絡んでくると省エネが出来ないと思っていた。

しかしそれは、多分違う。

別荘に行こうと入須が言った時、あの時は千反田が居た。

だが、花火大会へ行こうと、入須が別荘で寝る俺に言った時、断る事は出来た筈だ。

何故、断らなかったのだろうか。

それがもしかすると、俺が変わったと言う事なのかもしれない。

……なら、そのきっかけは?

775 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:29:44.66 MSedhqvo0 146/225

やはり、千反田だろう。

あいつに振り回され、俺は変わったのか。

だがそれでも、そこまで急激な変化がある物だろうか?

……ああ、あれか。

俺の頭に思い出されたのは、去年の暮れの事である。

……あの時程、自分のモットーを呪った事等無かった。

そんな体験が恐らく、俺の中の省エネと言う物を、消そうとしているのかもしれない。

しかしまだ、それに答えは出せそうに無かった。

える「折木さん、食べないんですか?」

急に声が聞こえ、我に帰る。

776 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:30:11.00 MSedhqvo0 147/225

奉太郎「千反田か」

える「横、座ってもいいですか?」

奉太郎「ああ」

そう俺が答えると、千反田は嬉しそうに笑い、俺の横に腰を掛けた。

える「はい、どうぞ」

そう言いながら千反田が差し出したのは、肉や野菜が乗っている皿だった。

奉太郎「……ありがとう」

俺はそう言い、その皿を受け取る。

える「どうでした、今回の旅行は」

奉太郎「……」

奉太郎「まあ、楽しかった」

777 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:31:39.21 MSedhqvo0 148/225

える「ふふ」

える「私も楽しかったです」

える「花火を最初から見れなかったのは、残念ですが……」

奉太郎「別に、また違う場所で花火はあるだろ」

える「そうですよね、今度もし見る時は、最初から見たいです」

奉太郎「ああ」

える「それで、ですね」

千反田は少し恥ずかしそうに、口を開く。

える「あの、今度見る時は、一緒に見てくれませんか?」

奉太郎「……驚いた」

える「え、驚いたとは?」

778 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:32:21.37 MSedhqvo0 149/225

奉太郎「俺も、同じ事を考えていた」

える「そ、そうでしたか! それなら今度、見ましょうね」

奉太郎「……二人でか?」

える「え、ええ。 そのつもり……ですが」

奉太郎「なら、それも俺と同じ考えだ」

える「ふふ、今日の折木さんは、何だか素直ですね」

それではまるで、いつもの俺が素直では無いみたいじゃないか。

奉太郎「冗談だと、言ったらどうする」

える「え、そうだったんですか……?」

本当に心配そうな顔をする千反田を見ていると、これは悪い事をしてしまったと思う。

露ほどにも、冗談だとか等、思っていないのだ。

俺はそんな千反田の視線を避ける為、顔を前に向け、口を開く。

779 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:33:08.22 MSedhqvo0 150/225

奉太郎「すまん」

奉太郎「今度、見に行こう」

える「……ふふ、喜んで」

横にちらりと視線を移すと、千反田の笑顔があった。

俺はこの瞬間……千反田の顔を見た瞬間、はっとなる。

気付いたのだ、何故さっき、俺の省エネ主義に答えを出せなかったのかを。

もっと早く、そんな事より優先的に答えを出さなければいけない問題があるからだ。

それはつまり……

える「どこかいい場所とか、ありますか?」

こいつとの、関係である。

780 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:34:28.63 MSedhqvo0 151/225

奉太郎「あの公園……あそこなら、確か見れる筈だな」

はっきりさせなければ、駄目だろう。

俺は呑気に、今年中にと考えていたが……これは俺だけの問題では無いのだ。

千反田も多分、考えている問題だろう。

ならばそんなゆっくりと、考えている暇は無さそうだ。

俺はもしかすると、気付かなければ駄目な……一番気付かなければ駄目な事に、気付けたのかもしれない。

それはこの旅行で、一番大きな収穫だった。

奉太郎「……夏か」

える「今日の折木さんは、なんだかおかしいですね」

える「今は夏ですよ」

781 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:35:09.92 MSedhqvo0 152/225

奉太郎「何でも無い……そうだな、今は夏だ」

夏が終わる前に、答えを出そう。

それが今考えられる、最短の時間であった。

える「あ、入須さん達が呼んでいますよ」

える「行きましょう、折木さん」

そう言いながら、千反田は立ち上がり、俺に手を差し出す。

奉太郎「……いや、俺は」

もう少し物思いに耽りたかったが、それを許してくれる千反田ではなかった。

える「行きますよ! 折木さん!」

奉太郎「……ああ」

俺はそう言い、差し出される千反田の手を掴んだ。


第17話
おわり

783 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:36:10.64 MSedhqvo0 153/225

8月の半ば、俺は今千反田の家へと来ていた。

理由はそう、まだ分からない。

分からないと言うのも変な話だが、千反田から家に来て欲しいと言われ、特にする事も無かったので来ただけの俺に分かる訳も無い。

奉太郎「それで、この暑い中わざわざ来たんだが」

奉太郎「何の用事だったんだ」

える「……ええっと、何でしたっけ」

おいおい、まさか忘れたとでも言うのか。

奉太郎「来て早速だが、帰っていいか」

える「だ、だめです!」

える「あの、ちょっと待っていてください」

そう言うと、千反田はどこかへと小走りで行ってしまった。

……何だ、しっかりと覚えているじゃないか。

784 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:36:41.68 MSedhqvo0 154/225

それから数分待たされ、千反田は戻ってくる。

両手には何やら大きなケースの様な物を抱えていた。

える「お待たせしました!」

奉太郎「随分大きな物だな」

える「ええ、中身が気になりますか?」

奉太郎「……いや、別に」

える「気になりますか?」

奉太郎「いや、だから」

そこまで言うと、千反田は俺の肩を掴み、顔をぐいっと近づける。

える「気になりますよね!」

奉太郎「……そ、そうだな」

785 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:37:07.21 MSedhqvo0 155/225

える「ふふ、分かりました」

ほぼ強制的に気になる事にされ、千反田はとても満足そうだった。

そしてそんな顔をしたまま、ケースを開く。

える「これです!」

そう言い、千反田が取り出したのは……浴衣?

奉太郎「それは、浴衣か?」

える「はい、そうです」

奉太郎「……えーっと」

俺が呼び出された理由と、今千反田が持っている浴衣、何か繋がりがあるのだろうか?

もしかしたら、突然呼ばれ、浴衣を出されると言う事に、俺が知らない理由があるのかもしれない。

786 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:37:46.74 MSedhqvo0 156/225

奉太郎「……」

とりあえず、良く分からないが頭を下げてみた。

える「あの、どうしたんですか?」

あれ、違うか。

奉太郎「……俺が馬鹿なのか分からないが、それと俺が呼び出された理由、どういう意味があるんだ」

える「お祭りに行きましょう!」

……つまりは、この浴衣は特に出した目的は無かったと言う事だろうか。

奉太郎「電話で言えば良かったんじゃないか」

える「まあ、そうなんですが……」

える「……折木さんに、浴衣を見て欲しかったんです」

奉太郎「その……それは祭りの時に見るんだから、今見せる物でも無いだろ」

俺は千反田の事をまともに見る事が出来ず、視線を逸らしながら答えた。

787 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:38:13.42 MSedhqvo0 157/225

える「本当ですか!」

奉太郎「え、何が」

える「お祭りに行くと言う事がです」

あれ、俺は祭りに行くなんて言ったっけ。

……ああ、祭りの時に見ると言ったのが、そう解釈されたか。

奉太郎「まあ……構わんが」

しかし、俺には特に断る理由は思い当たらなかった。

える「ふふ、良かったです」

里志や伊原、千反田に何か言われなければ、特にやる事の無い夏休みだ。

別に祭りくらい、行っても大して変わらないだろう。

788 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:38:41.74 MSedhqvo0 158/225

奉太郎「それで、祭りはいつ?」

える「明日です」

奉太郎「急だな」

える「私も、知ったのが今日だったので」

奉太郎「千反田が? 珍しいな」

奉太郎「てっきり神山市の行事は、全部知っている物だと思っていた」

える「ええ、知っていますよ」

奉太郎「……えっと」

前にも確か、こんな感じの事があったな。

話が噛み合っていない……俺の言葉から、何か分かる筈だ。

奉太郎「ああ、そうか」

奉太郎「神山市の祭りでは、無いのか」

789 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:39:10.95 MSedhqvo0 159/225

える「そうです」

つまりはまた、ここから離れて遠出すると言う事になる。

ま、別にいいか。

奉太郎「遠いのか?」

える「歩いて行ける距離ですよ、安心してください」

……千反田の歩いて行ける距離と言うのが、少し怖いが……いいだろう。

奉太郎「じゃあ、明日は夕方くらいに来ればいいか?」

える「ええ、案内しますので、私の家に一度来てください」

奉太郎「了解、それじゃ今日はこれで」

そう言い、立ち上がる俺の腕を千反田が掴む。

790 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:40:11.74 MSedhqvo0 160/225

奉太郎「……まだ何かあるのか」

える「折角来たんです、お話でもしましょう」

奉太郎「いや、今日は用事がだな……」

える「あるんですか?」

奉太郎「……無い」

える「なら、大丈夫ですね」

やはり無理矢理にでも電話で済ませるべきだっただろうか。

える「お昼は私が作るので、心配しなくても良いですよ」

……そうでも無いか。

奉太郎「ああ、分かったよ……」

俺はそう言いながら、再び座る。

791 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:40:47.02 MSedhqvo0 161/225

奉太郎「それで、話と言ってもする話はあるのか?」

える「ええ、少し」

何だろうか、千反田としなければいけない話は……

あるにはある、だが多分、その話では無いか。

える「私が、家の仕事を後回しにした理由です」

奉太郎「……そうか」

なるほど……それは俺も気になっており、何度も聞こうとした。

聞こうとしただけで、実際には一度も聞いていなかったのだ。

える「私は、大学に進む事を選びました」

える「何故か、分かりますか?」

奉太郎「……すまんな、分からん」

792 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:42:18.15 MSedhqvo0 162/225

える「謝らないでください」

える「私がその道を選んだのは……停滞したかったからです」

停滞……?

える「停滞と言うよりは、回り道と言った方が正しいかもしれません」

える「すぐにでも、家の仕事に就くことは出来ました」

える「父の事も考えると、それが一般的には良い選択なのかもしれません」

える「ですがそれでも、もう少しだけ……外を見たいと思ったんです」

奉太郎「外……か」

える「ええ」

える「今は一度、足を止めたかったんです」

える「そして、思ったんです」

奉太郎「……」

俺は静かに、千反田の話に耳を傾けていた。

793 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:42:45.57 MSedhqvo0 163/225

える「足を止めて世界を見れば、折木さんの生き方を学べるかもしれないと」

奉太郎「……俺から学ぶ物なんて、無いだろうに」

える「そんな事ありませんよ」

える「折木さんは、私に無い物を……沢山持っていますから」

そんなのは、俺にとっても同じだ。

千反田は……俺に無い物を、沢山持っている。

奉太郎「それで選んだのが、停滞か」

える「はい、そうです」

える「足を止めたら、折木さんとは少し……距離が開いてしまうかもしれません」

える「ですがそれでも、一度見直したかったんです」

……そう言う事だったか。

794 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:43:13.05 MSedhqvo0 164/225

しかし何か、引っ掛かる事がある。

だがそれを考えるのはあれだ、今じゃない。

今するべき事は、千反田の話に耳を傾ける事だろう。

える「間違いだと、思いますか」

奉太郎「……俺からは、何とも言えないって言うのが正直な感想だ」

奉太郎「それが正解だったか、間違いだったか、なんて物は後にならなきゃ分からないからな」

える「……そうですよね」

奉太郎「だがな」

奉太郎「俺は、お前の選択を信じたい」

奉太郎「正解であると、信じたいんだ」

奉太郎「そのくらいなら、別に良いとは思わないか」

795 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:43:38.88 MSedhqvo0 165/225

える「……ありがとうございます」

える「やはり、折木さんには何でも話してみるべきですね」

そこまで過大評価されてしまっては、困る。

える「それで、折木さんはどの様な選択をするんですか?」

える「あ、答えたく無ければ、大丈夫です」

奉太郎「……俺か」

俺は、どうしたいのだろうか。

千反田はやはり、俺とは住む世界が全然違う。

まずそもそも、俺にそんな選択をする機会などあるのだろうか。

奉太郎「まだちょっと、分からないな」

奉太郎「……自分の事は難しい」

796 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:44:16.78 MSedhqvo0 166/225

える「ええ、そうですよね」

千反田はそう言いながら笑っていたが、ならばお前はどうなんだ。

自分の事を理解して、自分の信じる選択をしたお前は。

……こいつは、凄い奴だな。

それが、俺の感じた正直な感想であった。

奉太郎「……そろそろ昼だな」

える「お腹が減りましたね」

える「ご飯、作ってきますね」

千反田は笑顔で俺にそう言うと、台所へと向かって行った。

さっきの言葉……勿論、千反田の。

奉太郎「俺がどんな選択をするか、か」

俺には別に、先ほども考えた様に、千反田の様な選択が訪れる事は無いだろう。

797 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:44:51.58 MSedhqvo0 167/225

それは千反田も良く分かっている筈だ。

なら、さっきの言葉は恐らく……

俺と千反田の、関係の事だろうか。

……それしか、思い付かない。

奉太郎「……悪いな」

聞こえている筈も無く、一人俺は呟いた。

奉太郎「もう少しなんだ」

奉太郎「……待たせてばかりだな、俺は」


798 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:45:21.37 MSedhqvo0 168/225

ああ、まずいまずい。

気分が暗くなってきてしまっている。

……家に帰ったら、もう一度ゆっくり考えよう。

千反田の前で、あまり暗い顔はしていたくない。

あいつは多分、それに気付くだろうからな。

里志風に言うと、今を楽しむべき。

……よし、もう大丈夫だ。

俺はそう思い、立ち上がる。

そして、そのまま台所へと向かった。

799 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:45:49.99 MSedhqvo0 169/225

~台所~

奉太郎「悪いな、飯まで作ってもらって」

俺は料理を作る千反田の背中に声を掛けた。

える「いえ、いいんですよ」

える「私が最初にお呼びしたので、このくらいやらなければ罰が当たってしまいます」

千反田は俺の方には顔を向けず、料理を作りながら話していた。

奉太郎「……何か手伝う事はあるか」

える「お料理に興味があるんですか?」

奉太郎「……そういう訳では無いが」

える「そうですか、折木さんが作るご飯に、私は少し興味があります」

奉太郎「……機会があればだな」

800 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:46:16.49 MSedhqvo0 170/225

とは言って見た物の、料理なんてまともに作った事すらない。

ま、そんな機会は来ないだろう。

える「ええ、楽しみにしておきます」

俺は千反田の言葉に軽く返事を返すと、適当な席に着いた。

……明日は祭りか。

俺は別に……適当な服でも着ていけばいいか。

あれ、そういえば。

奉太郎「なあ」

える「はい、なんでしょう?」

奉太郎「明日、祭りが終わった後に用事とかあるか?」

801 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:47:13.70 MSedhqvo0 171/225

える「いえ、特に無いですが」

奉太郎「それなら、公園に行かないか」

俺がそう言うと、今までずっと俺に背中を向けたままだった千反田が振り返った。

急に千反田の顔が見えた事で、俺はつい視線を外す。

える「折木さんからお誘いがあるのは、随分久しぶりな気がします」

奉太郎「……そうだったかな」

える「いいですよ、行きましょう」

える「ですが、何故急に?」

奉太郎「ああ……」

奉太郎「明日、あそこから花火が見れるのを思い出したんだ」

奉太郎「行きたいと言ってただろ、二人で」

俺は結局、千反田に顔を向けられないまま、そう言う。

802 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/28 19:47:41.36 MSedhqvo0 172/225

える「……」

しかし千反田から返事が無かったので、数秒の後そちらに視線を移した。

える「……そ、そうでしたか」

俺の視線を受けた千反田は、再び俺に背を向けると、料理を始めた様だ。

いくらか恥ずかしそうにしている千反田を見て、俺もなんだか恥ずかしくなる。

……調子が狂うな、全く。

それよりも、明日。

俺も少し、頑張らないとな。

……果てして、少しで済むかどうかは分からないが。


第18話
おわり

817 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:35:44.33 KdUl2NLN0 173/225

俺は家の窓から、外を眺めていた。

今日は夕方の6時に千反田の家に行かなければならない。

それもそう、千反田と祭りに行く予定となっているからだ。

先ほど見た時計によると、今は5時。

約束の時間までは、もう少しありそうだ。

昨日、寝る前にこれまでの事を振り返り、俺の中で結論は出ていた。

後はそれを千反田に言うだけなのだが……それが随分と、難しそうである。

まあ、なるようになるか。

時間まではまだ少しあるが、行くか。

早く着いて困る事等……無いだろう。

818 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:36:13.37 KdUl2NLN0 174/225

~千反田家~

インターホンを鳴らすと、応答する前に玄関から千反田が出てきた。

える「お早いですね」

千反田は俺に昨日見せた浴衣を、しっかりと着こなしている。

前にも何回か、この様な装いは見ているが……

それらよりも幾分か軽い感じの印象を受けた。

そんな姿に、俺は少し見惚れてしまう。

える「あの、折木さん?」

奉太郎「あ、ああ」

奉太郎「……似合ってるな、浴衣」

恐らく……相当、無愛想な感じになってしまっただろう。

819 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:36:47.53 KdUl2NLN0 175/225

える「ありがとうございます」

しかし当の本人はそんな事、全く気にしていない様子だった。

える「では、行きましょうか」

奉太郎「そうだな」

そう言い、千反田の少し後ろを歩く。

後ろと言っても、ほとんど横に並んでいる様な感じではあるが。

奉太郎「そこは遠いのか?」

える「いいえ、そうでも無いですよ」

える「ええっと、確か歩いて20分程です」

20分か、確かにそうでも無いかも知れない。

今日、俺が危惧していた事の一つ……

歩いて1時間だとか、2時間だとか、そんな距離では無い様だ。

まあこれで、一つ心配事が消えた訳か。

820 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:38:29.40 KdUl2NLN0 176/225


奉太郎「その祭りは人とか結構来るのか?」

える「……どうでしょう、私も始めて行く場所ですので」

そうだったのか。

つまり千反田は、そこまでの道のりを調べていると言う事か。

なんだか悪い事をしてしまった気分になる。

言ってくれれば、少しは手伝えただろうに……多分。

える「神社で開かれているお祭りらしいので、人はそこそこには居ると思います」

奉太郎「なるほど」

まあそうだろう。

神社で折角開かれて閑古鳥が鳴いている様だったら、悲しい物である。

821 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:40:48.12 KdUl2NLN0 177/225

える「そう言えば」

ふいに、千反田が前を向きながら呟いた。

える「折木さんと二人でお出かけするのも、随分久しぶりですね」

……そうだな、確かに言われてみればそうだ。

奉太郎「今年は、始めてかもしれないな」

える「ええ、確かその筈です」

奉太郎「最後に二人で遊んだのはいつだっけか」

える「ええっと……」

千反田は少しの間、考える素振りをすると、口を開いた。

える「映画を見た時では無いでしょうか?」

そうだっただろうか……?

二人で遊んだ、と言える事は他にもあったと思うが……

822 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:44:18.83 KdUl2NLN0 178/225

奉太郎「水族館に行った時じゃないか?」

奉太郎「ほら、お前が学校ズル休みした時の」

える「……あの時は、具合が悪かったと言う事にしておいてくださいよ」

奉太郎「そんな奴が、水族館に行きたいとか言うのか」

える「……折木さんは意地悪です」

奉太郎「すまんすまん、まあ……今となれば良い思い出かもな」

える「あそこの水族館も、また行きたいですね」

奉太郎「そうだな……皆で行った動物園でも、俺はいいがな」

える「あ、それもいいですね」

なんだか、話が脱線しているが……今思い出した。

最後に千反田と二人で遊んだのは、映画を見に行った時だ。

823 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:44:50.29 KdUl2NLN0 179/225

……なんだか負けた気分がするので、言わないが。

そんな事を考え歩いていると、前に沢山の提灯が見えて来る。

奉太郎「あそこか?」

える「ええ、ここですね」

ほお、意外とでかい祭りなのか。

人も結構な量だ。

える「わ、わ、すごいですね!」

千反田もそれに驚いたのか、はしゃいでいる。

正直な所、人混みはあまり好きでは無いのだが……

しかし、そんな事を言っていては祭りなんて楽しめないだろう。

824 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:46:23.00 KdUl2NLN0 180/225

奉太郎「迷子になるなよ」

俺がそう言うと、千反田は頬を膨らませながら答える。

える「折木さんの方こそ、迷子にならないでくださいね」

奉太郎「……へいへい」

える「納得出来ない返事ですが、行きましょうか」

奉太郎「ん、そうだな」

何か言い返そうかと思ったが、いつまでもここで漫才をしている訳にもいかないだろう。

千反田もそれが分かったのか、二人で一緒に神社の中へと入って行った。

825 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:46:53.54 KdUl2NLN0 181/225

~神社~

える「色々な出店がある様ですね」

奉太郎「みたいだな」

奉太郎「あれか、例の気になりますか?」

える「そうなんですが……色々とありすぎて、どこから気になればいいのか……」

大丈夫か、目が泳いでいるぞ。

奉太郎「時間が無いって訳でも無いだろ、ゆっくり回ればいいさ」

える「は、はい。 そうですね」

える「あ、でも花火は見ますよね?」

奉太郎「ああ、今はまだ18時30分くらいだろう」

奉太郎「21時からの筈だから、時間はあるさ」

える「分かりました、今回は花火が遅れる事も無さそうですしね」

奉太郎「そうだな」

そう話し終わると、早速千反田は出店を回り始める。

俺は特に千反田みたいに気になる物等は無かったので、それに黙って付いて行った。

826 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:47:37.94 KdUl2NLN0 182/225

える「折木さん、これをやってみませんか?」

ええっと、何々。

奉太郎「射的か」

える「ええ、どうですか?」

奉太郎「お先にどうぞ」

える「私ですか、分かりました」

そう言い、千反田は店の人に金を渡すと、銃を構えた。

える「……」

狙いはなんだろうか?

奉太郎「何を狙っているんだ?」

える「あのぬいぐるみです……折木さん、お静かに」

……うるさいと言われてしまう、すんません。

827 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:48:05.24 KdUl2NLN0 183/225

える「……よいしょ」

となんとも頼り無い掛け声と共に、パコンと言う音がした。

弾はぬいぐるみには当たった物の、落ちはしない。

奉太郎「惜しかったな」

える「残念です……次は折木さん、どうぞ」

ううむ、なら俺もあのぬいぐるみでも狙うか。

そう思い、店の人に俺も金を渡す。

銃を構え、狙いを定める。

奉太郎「……」

える「折木さんはどれを狙うんですか?」

828 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:49:14.27 KdUl2NLN0 184/225

奉太郎「お前と同じ奴だ」

える「あ、ほんとですか」

える「頑張ってくださいね」

奉太郎「……ああ」

俺に静かにしろと言った割には、随分と話し掛けてくる奴だな……

奉太郎「……よっ」

結局、俺も随分と頼り無い掛け声であったのだが。

える「あ」

千反田が思わず声を出したのも無理は無い。

弾は的外れの所へと飛んで行ってしまったのだから。

829 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:49:54.84 KdUl2NLN0 185/225

奉太郎「……お前の方が向いているな」

える「そうかもしれません」

何かフォローして欲しかったが、仕方ないか。

奉太郎「……次、行くか」

える「は、はい」

千反田はとても名残惜しそうに、ぬいぐるみを見つめていた。

そんな千反田の視線に気付いたのか、店の人が声を掛けてくる。

「なんだ、お嬢ちゃんこのぬいぐるみが欲しいのか?」

「いいよ、二人してやってくれたから」

そう言うと、店の人は俺にぬいぐるみを手渡す。

千反田と俺は最初の方こそ断った物の、結局はそれを受け取った。

なんともいい人である……最後の言葉。

830 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:50:23.49 KdUl2NLN0 186/225

「情けない彼氏の面子を守る為にも」

と言う言葉は蛇足だったが。

奉太郎「……それで、次は何か見たい物あるか?」

える「ええっと、そうですね」

える「……お腹が、減りました」

何もそんな恥ずかしそうに言わなくてもいいのに。

俺だって、腹は減っている。

奉太郎「そうか、じゃあ何か食べるか」

える「はい、そうしましょう!」

831 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:50:49.83 KdUl2NLN0 187/225

それから俺と千反田は手頃な焼きそば等を買い、備え付けてあるベンチに座る。

える「お祭りで食べる物って、普段買う物よりおいしく感じませんか?」

奉太郎「あ、それはあるな」

える「何故でしょうね」

奉太郎「……さあ」

える「難しい問題です、これは」

える「でも今はそれより、食べましょうか」

助かった。

流石に、俺とて人間がその時々で違う感じ方をする理由など、分かる訳も無い。

気になりますが出たら、どうしようかと思っていた所だった。

832 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:51:28.42 KdUl2NLN0 188/225

奉太郎「他にもまだ回りたい所があるのか?」

える「ええ、いくつか」

奉太郎「楽しそうで何よりだ」

える「折木さんは、楽しくないんですか?」

奉太郎「いや、楽しんでいると思うが……何で?」

える「いえ、前の折木さんなら楽しいと思わなかったかもしれないので」

奉太郎「……そうか」

奉太郎「なあ、千反田」

える「はい、何でしょうか」

833 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:52:12.47 KdUl2NLN0 189/225

奉太郎「お前から見て、俺は変わったと思うか?」

える「私の中では、折木さんは折木さんですが……」

突然そんな質問をされ、きょとんとした顔をしながら千反田は答えた。

える「前よりも行動的になったと言うか、活発になったと言うか、それを変わったと言うならば、変わったと思います」

奉太郎「だろうな」

える「折木さん自身も、気付いているんですか?」

奉太郎「里志に良く言われるからな、嫌でも気付くさ」

える「ふふ、そうですか」

奉太郎「……それで」

奉太郎「それは、悪い事なのだろうか」

える「何故、そう思うんです?」

奉太郎「……なんとなく」

834 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:53:05.96 KdUl2NLN0 190/225

える「折木さんにしては、随分と説得力が無い理由ですね」

える「私は……良い事だと思います」

奉太郎「何故? 千反田の気になる事を解決できるからか?」

俺がそう言うと、千反田はまたしても頬を膨らませながら答えた。

える「そうではありませんよ、今日の折木さんはやはり、意地悪です」

奉太郎「……さいで」

える「私が良い事だと思うのはですね」

える「それは、折木さん自身だからです」

……どういう事だろうか。

そんな考えが顔に出ていたのか、千反田は補足を始める。

835 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:53:59.93 KdUl2NLN0 191/225

える「つまりですね、例えばですが」

える「折木さんが、急に非行の道に走ったとしても、それは折木さん自身が選んだ事ですよね」

また随分と、飛んだな。

える「その行為自体は、良い事とは言えないですが」

える「でも、自分で決めた事ならば、それは良い事だと思うんです」

奉太郎「ふむ……つまり」

奉太郎「俺が今から酒や煙草をやっても、良い事なんだな」

える「……止めますよ?」

奉太郎「止めるのか」

える「ええ、止めます」

奉太郎「良い事なのに?」

える「……もしかして、ふざけていますか?」

836 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:54:51.44 KdUl2NLN0 192/225

奉太郎「……ばれたか」

える「もう、やはり意地悪です」

奉太郎「すまんすまん」

奉太郎「まあ、でも言いたい事は分かったよ」

える「……そうですか、それならば良かったです」

奉太郎「ああ、なんだ……その」

奉太郎「ありがとうな、千反田」

える「ふふ、どういたしまして」

837 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:55:29.24 KdUl2NLN0 193/225

それから、いくつか店を一緒に回る。

金魚すくい、輪投げ等々。

食べ物をやっている店もいくつか回り、時を過ごした。

そして。

奉太郎「そろそろ、時間だな」

える「あ、もうそんな時間ですか」

奉太郎「ああ、行くか?」

える「ええ、そうですね」

える「少し、食べ過ぎてしまった気がします……」

そうは言っていた物の、千反田の様な、生活が真面目な奴ならば大して気にする事でも無いだろうに。

838 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:55:55.14 KdUl2NLN0 194/225

奉太郎「なら、走るか」

える「この格好では、無理ですよ」

える「それに折木さんは、絶対に走らないじゃないですか」

奉太郎「……良く分かったな」

える「誰にでも分かる事ですよ、折木さん」

そう言い、笑顔で千反田は俺の顔を覗き込んできた。

なんだ、俺の事を散々意地悪と言っておきながら、こいつも随分意地悪だな。

える「では、行きましょうか」

奉太郎「ああ、そうしよう」

俺はこの時、強く確信する。

……決着を付けるべきは、今日。

839 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/10/30 22:56:47.33 KdUl2NLN0 195/225

しかし、それを回避する事も俺には出来た。

俺から何も話さなければ、千反田から何か言ってくる事も無いだろう。

それこそが省エネか。

なんて事を考え、一人苦笑いをする。

それだけは絶対にあり得ない。

俺は学んだのだ、あの日、あの公園で。

それならば同じ過ちを踏む必要なんて、無いだろう。

去年出来なかった事をする為に。

千反田との距離は既に正確に測れている筈だ。

なら……後は、俺の口から話すだけ。

なんだ、難しい難しいと思っていたが、簡単な事では無いか。

しかし何故か、俺は今日一番緊張しており、鼓動が早くなっているのを感じていた。


第19話
おわり

853 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/01 23:54:19.61 5F99acxl0 196/225

~公園~

公園に着くとすぐ、千反田はいつもの様にベンチに腰を掛けた。

える「そろそろですかね?」

奉太郎「ああ、もうすぐ始まる筈だ」

俺はそう言い、千反田の横に腰を掛ける。

える「それにしても、ここから花火が見えるなんて」

える「随分といい場所を知っているんですね。 折木さんは」

奉太郎「教えてもらったからな」

える「……あ、福部さんですか」

奉太郎「そうだ」

それもその筈。

里志に教えて貰わなければ、俺がここから花火を見れる事等……知っている訳が無い。

854 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/01 23:54:53.54 5F99acxl0 197/225

奉太郎「今日は楽しかったか」

える「勿論です、楽しくない訳がありませんよ」

奉太郎「なら良かったが」

える「折木さんも楽しめたんですよね」

える「お誘いして、良かったと思っていますよ」

そう言い、千反田は俺の方に笑顔を向けてきた。

いつもなら、多分俺は視線を逸らしていたかもしれない。

だが、今日は……そんな千反田の顔を、正面から見た。

855 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/01 23:55:24.12 5F99acxl0 198/225

える「……?」

顔をずっと見ている俺が不思議だったのか、千反田の顔には困惑の色が浮かんでいる。

奉太郎「……なあ、千反田」

そう声を出した時だった。

空が、光る。

える「あ、始まりましたよ!」

奉太郎「……らしいな」

まあ……いいか。

今は花火を見る事にしよう。

それから何度か上がる花火を、俺は千反田と共にしばらく見ていた。

856 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/01 23:55:51.98 5F99acxl0 199/225

える「あの、折木さん」

奉太郎「ん、どうした」

える「……綺麗ですね」

……何だか、聞き覚えがある台詞だな。

奉太郎「……そうだな」

これはそうか、何回か見た夢……あれと、一緒だ。

だとすると、これもまた夢なのだろうか?

奉太郎「……」

俺は千反田に気付かれない様に、腕を抓って見た。

……痛い。

つまり、夢ではない。

857 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/01 23:56:38.40 5F99acxl0 200/225

える「去年の事は、覚えていますか?」

奉太郎「……この公園での事か」

える「ええ、そうです」

奉太郎「色々あったな……本当に色々」

える「ふふ、私もそう思っていました」

える「……ここで、大泣きしたのも覚えていますよ」

奉太郎「伊原の事を、言った時か」

える「はい、そうです」

あれは、俺が心の底から怒った事でもあった。

……懐かしい。

858 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/01 23:59:07.12 5F99acxl0 201/225

奉太郎「あの時は……そうだ」

奉太郎「お前は随分と泣いていたな」

える「ふふ、迷惑でしたよね」

迷惑、か。

奉太郎「……俺は、お前の事を本当に迷惑だと思った事なんて」

奉太郎「一度も無い」

える「そう言って頂けると、嬉しいです」

千反田は花火を見ながら、そう言った。

える「後は、そうですね」

える「……最初にプレゼントを貰ったのも、あそこでしたね」


859 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/01 23:59:55.96 5F99acxl0 202/225

奉太郎「……あれか」

える「今でも大事にしていますよ、あのぬいぐるみは」

奉太郎「知っているさ」

奉太郎「……里志や伊原の前では、絶対に出して欲しくないがな」

える「す、すいません。 よく覚えておきます」

奉太郎「……ああ、そう言えば」

える「はい?」

奉太郎「お前、俺がぬいぐるみを貸して欲しいと言ったとかなんとか、言っていたっけか」

える「あ、あの……それは、あれです」

える「そう言うしか、無かったというか……」

860 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:00:49.97 X/71y8+d0 203/225

奉太郎「……あれはかなり、恥ずかしかったぞ」

える「す、すいません。 今度はぬいぐるみを欲しいと言っていた、と言う事にしておきます」

奉太郎「……本気か?」

える「ふふ、冗談ですよ」

奉太郎「……千反田も、変わったな」

える「私がですか?」

奉太郎「前はそこまで、冗談を言う奴では無かった気がする」

える「……そうでしょうか、私は昔からこの様な感じですが」

奉太郎「そうなのか」

える「ええ、恐らくですが……」

861 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:02:45.19 X/71y8+d0 204/225

える「折木さん相手だと、気軽に冗談が言えるので、そのせいかもしれません」

える「仲良くなったのも、あるでしょうね」

える「最初の時より、今は仲が良いと思っていますので」

奉太郎「……そうか」

える「あれ、もしかしてそう思っていたのは、私だけですか?」

奉太郎「……いや」

奉太郎「俺も、そう思っている」

える「その言葉を聞けて、良かったです」

862 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:04:37.90 X/71y8+d0 205/225

花火は未だに上がり続けている。

俺と千反田は一度も視線を交えないまま、会話を続けた。

奉太郎「後、そうだな」

奉太郎「やはり……去年の暮れか」

える「……そうですね、あの時が一番、心に残っています」

奉太郎「全く同意見だな」

える「……」

える「私、初めてでした」

奉太郎「……何が」

そこまで言って気付く、これもまた、夢と一緒だ。

次に千反田が言う言葉……恐らく。

える「それを聞くのは、少し意地悪ですよ」

863 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:05:25.78 X/71y8+d0 206/225

奉太郎「はは、そうか」

える「何がおかしいんですか、もう」

千反田はそう言うと、俺の方に顔を向けた。

奉太郎「すまんすまん」

俺もまた、千反田に顔を向け、答える。

える「初めての、キスでした」

奉太郎「ああ、俺もだな」

える「……そうでしたか」

奉太郎「嬉しい事が聞けた」

える「え? は、はい……」

千反田が言おうとした事を、俺が先に言ったのだろう。

少しだけ、驚いた顔をしている千反田が面白い。

864 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:08:08.88 X/71y8+d0 207/225

そして……次に俺は。

奉太郎「なあ」

える「はい、なんでしょうか」

奉太郎「このままで、いいと思うか」

える「……」

千反田は押し黙る。

奉太郎「俺は」

次に、一際大きな花火があがる。

しかしそれもまた、学んでいた事であった。

俺はいつもより声を大きく、言う。

865 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:08:48.38 X/71y8+d0 208/225

奉太郎「このままでは絶対に、駄目だと思うんだ」

その言葉はしっかりと、千反田の耳に届いた様だ。

える「……ふふ、私も一緒ですよ」

える「折木さんと、同じ考えです」

奉太郎「そうか」

奉太郎「……ある意味では、そうだろうな」

える「ある意味、ですか?」

奉太郎「……ああ、そうだ」

奉太郎「俺の話を、聞いてくれるか」

える「はい、勿論です」

える「折木さんの言葉の意味、気になります」

千反田はそう言うと、静かに笑いながら、俺の顔を覗き込む。

866 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:09:33.86 X/71y8+d0 209/225

奉太郎「千反田は……俺の事を、どう思っている?」

える「え、そ、それは……」

奉太郎「ああ、いや。 すまん」

奉太郎「言い方が悪かったな」

奉太郎「俺と言う人間を、どう思う?」

える「……それはまた、難しい質問ですね」

奉太郎「分からないなら、分からないでもいいさ」

える「……いえ、答えます」

える「私は、折木さんと言う人を」

える「とても身近な存在ですが、同時にとても遠い存在でもあると思っています」

える「私では思い付かない色々な事を、解決してくれたのも」

える「そして、何度も何度も私の事を助けてくれたのも」

える「それらが全部、私では出来ない事なんですよ」

867 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:10:11.88 X/71y8+d0 210/225

奉太郎「……そうか」

……やはり、俺が思っていた通りだった。

奉太郎「詰まる所、自分で言うのもあれだが」

奉太郎「追いかけていたんだな、千反田は……俺の事を」

える「ええ、その通りです」

奉太郎「だから昨日、立ち止まれば俺の生き方を学べると言ったのか」

える「よく、覚えていますね」

奉太郎「……それだけじゃない」

える「と、言いますと?」

奉太郎「いや、それは後で話そう」

奉太郎「とにかく、千反田は俺の事を追いかけていたって事だ」

える「ふふ、さっきもそう言いましたよ」

868 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:10:46.26 X/71y8+d0 211/225

奉太郎「……それはな、千反田」

奉太郎「俺も、思っていた事なんだよ」

える「折木さんも、ですか?」

える「つまり、折木さんは後ろに私が居るのを、分かっていたんですか?」

奉太郎「違う」

奉太郎「俺は……千反田の事を追いかけていたんだ」

える「……私の事を?」

奉太郎「ああ、そうだ」

奉太郎「俺とは住んでいる世界が違う、お前の事を」

奉太郎「千反田の言葉を借りると、俺に持っていない物を、千反田は沢山持っていたんだ」

奉太郎「だから……ずっと追いかけていた」

869 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:11:42.09 X/71y8+d0 212/225

える「そう、だったんですね」

奉太郎「可笑しな話だろ。 二人して追いかけていたら、追いつける筈が無いからな」

える「ふふ、それもそうですね」

える「ですが、折木さんは気付いてくれました」

える「私が、追いかけて居た事を」

える「普通でしたら、絶対に気付かない事に……気付いてくれたんです」

奉太郎「……いくつかヒントもあったからな、偶然だ」

える「あ、それは少し気になりますね」

える「折木さんが気付くきっかけとなったヒント、教えてください」

奉太郎「ま、最初から教えるつもりだったがな」

俺はそう言い、一度ベンチから立ち上がる。

870 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:15:42.22 X/71y8+d0 213/225

奉太郎「何か飲むか?」

える「では、そうですね」

える「コーヒーはどうでしょうか?」

その言葉を無視すると、俺は自分のコーヒーと千反田の紅茶を買った。

そのまま紅茶を千反田に差し出し、俺は言う。

奉太郎「冗談はもう簡便してくれ」

える「ふふ、ありがとうございます」

千反田は嬉しそうに、紅茶を受け取った。

俺は再びベンチに腰を掛け、買ったばかりのコーヒーを一口、飲み込む。

奉太郎「……ふう」

871 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:17:19.65 X/71y8+d0 214/225

奉太郎「それで、何だったか」

える「折木さんが気付いた理由、ですよ」

奉太郎「ああ……」

奉太郎「まずはそうだな、今年の生き雛祭りの時だった」

える「生き雛祭りですか」

奉太郎「まあ、あの時は気付かなかったけどな」

奉太郎「昨日の言葉が、全部を繋げてくれたんだ」

える「それで、その時のヒントとは?」

奉太郎「千反田の言葉、歩き終わった後のだったな」

奉太郎「俺と一緒に、歩けている気がした。 と言っただろ」

奉太郎「覚えているか?」

872 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:18:21.56 X/71y8+d0 215/225

える「……覚えています。 確かに私はそう言いました」

奉太郎「最初は、俺が千反田に追いつけているのかもと思った」

奉太郎「だが、あの言葉の本当の意味は、違う」

える「そうです、その逆……ですね」

える「私が、折木さんと少しの間でしたが、追いつけたと感じたので……そう言いました」

奉太郎「……そうだ」

奉太郎「昨日の夜に考えて、思い出して……気付いたんだ」

える「そうでしたか……他には、何かあるんですか?」

奉太郎「そうだな……」

奉太郎「何だったっけか、古典部で勉強をしていた時の話だ」

える「ええっと、ペン回しですか?」

873 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:19:14.82 X/71y8+d0 216/225

奉太郎「ああ、そうそう」

奉太郎「結局、お前はあの時ペンを回せなかったな」

える「それもしっかりと、覚えていますよ」

奉太郎「あの時も多分、思っていたんだろ?」

える「……さすがにそれは、気付かれないと思っていたのですが」

奉太郎「普段と、違う顔だったからな」

奉太郎「……すぐに分かるさ、そのくらい」

える「あの時、私が思っていた事は」

える「どんなに些細な事でも、折木さんと同じ目線に居たかった、と言えば正しいですね」

奉太郎「それで、あんな悲しい顔をしていたのか」

える「……そんなに普段と違いました?」

874 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:20:26.47 X/71y8+d0 217/225

奉太郎「まあ、結構」

える「折木さんを騙すのには、苦労しそうですね……」

奉太郎「……逆を言えば、千反田に騙されるのは苦労しそうだ」

える「えっと、馬鹿にしてます?」

奉太郎「いいや、褒めてる」

える「……本当にそうなら、いいのですが」

参ったな、本当にそうなのだが。

奉太郎「まあそれで、分かっただろう」

奉太郎「俺が気付けた理由を」

える「ええ、そうですね」

875 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:21:29.52 X/71y8+d0 218/225

える「でもやはり、凄いと思いますよ」

奉太郎「それは俺も、千反田に感じている事だ」

その時、また一段と派手に花火があがった。

俺と千反田はしばし、そんな花火に目を奪われる。

える「今日は本当にありがとうございました、折木さん」

奉太郎「別に、俺の方こそありがとうな」

そんな会話を聞いていたかの様に、花火は静かに終わりを迎える。

辺りに響いていたのは、虫達の鳴き声だけだった。

俺と千反田はまだ、ベンチに座っている。

876 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:24:08.05 X/71y8+d0 219/225

奉太郎「ちょっといいか、千反田」

える「はい、どうぞ」

奉太郎「追いかけあっていた二人が、気付くにはどうすればいいと思う?」

える「気付くには、ですか?」

奉太郎「……分からないか」

える「もう少しだけ、ヒントを頂ければ、分かると思います」

奉太郎「そうか、なら……」

俺はそう言い、一度息を整える。

奉太郎「今回、千反田は足を止めた」

奉太郎「大学に行くという、選択を選ぶ事によって……」

奉太郎「だが」

奉太郎「……俺は、足を止めなかった」

877 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:27:32.65 X/71y8+d0 220/225

える「そうですね、それは……」

える「横を見れば、良いのでは無いでしょうか」

奉太郎「……一緒だ、それも俺と同じ考えだ」

える「それは、嬉しいです」

千反田の顔が月明かりで薄っすらと見える。

そんな光景が、俺にはとても美しい物に見えていた。

奉太郎「じゃあ最後にもう一つ」

奉太郎「これは質問と言うより、俺の想いだな」

奉太郎「なんだか長くなってしまったが、俺が言いたいのは一つだ」

878 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:29:10.12 X/71y8+d0 221/225

奉太郎「俺は、お前の事が」

える「ちょ、ちょっと待ってください、折木さん」

奉太郎「な、なんだ」

ああくそ、変に止められたせいで恥ずかしくなってきてしまったでは無いか。

える「ええっとですね、折木さんが今から言おうとしているのは」

える「あの、去年の暮れにここで、私に言ってくれた事と同じ事ですよね」

奉太郎「ま、まあ……そうなる」

える「そ、それで……私が、断った事ですよね」

奉太郎「ああ……そうだな」

879 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:29:43.84 X/71y8+d0 222/225

恐らく、確認の為に千反田はそう質問したのだろう。

そんな事をせずとも、分かるだろうに。

……もしかすると、千反田も意外と用心深いのかもしれない。

える「では……ですね、今回は私から言わせて貰えませんか」

奉太郎「ち、千反田からか」

える「え、ええ」

奉太郎「まあ……別に、構わんが」

そう言いながらも、千反田の方を向けなかった。

……かなり、恥ずかしい。

880 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:30:39.54 X/71y8+d0 223/225

える「では」

そう言い、千反田は短く咳払いをする。

その瞬間、空気が変わるのを俺は感じた。

そんな空気に圧倒され、千反田の方に顔を向ける。

俺は不思議と、その時……落ち着いた気分となっていた。

える「私は、千反田えるは」

える「折木さんの事が、好きです」

える「もし、良ければ私と……お付き合いしてください」

千反田の告白は、とても単純な物であった。

しかしそれは、どんな告白よりも……嬉しかった。

881 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:31:21.14 X/71y8+d0 224/225

俺はそのまま、千反田の肩を掴む。

そして顔を近づけ。

千反田に、返事代わりのキスをした。

千反田は一瞬だけ体を強張らせていたが、それもすぐに無くなる。

キス自体は多分、そんな長くは無かったと思う。

それから何分か、もしかすると何時間か。

一緒に、ベンチで夜景を眺めていた。

882 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/11/02 00:31:48.83 X/71y8+d0 225/225

夏のある日。

少しだけ夜風が涼しい、祭りの終わり。

俺は、薔薇色への道を選んだ。

そういえば、一つ気になる事があったな……

千反田は、どこの大学に行くのだろうか?

……いや、そんな事、今はどうでもいいな。

今は千反田と、ゆっくり話して居たい。



第20話
おわり

第2章
おわり

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