自宅
おかん「今日の朝食は聖なる業火ホーリーフレイムでつくった聖・目玉焼きよ」
男「いってきます」
おかん「待ちなさい!」
おかん「今日は高校の授業公開日でしょう」
男「参観日じゃないんだから来なくていいよ。小学生じゃあるまいし」
おかん「いいえ、行くわ」
おかん「武器が必要ね」
男「いってきます」
元スレ
魔法使いのおかん
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1358268152/
教室
友人「よう男」
男「今日ちょっと保健室で休みたいんだけど、お前保健委員だろ。どうにかしてくれ」
友人「具合でも悪いの?」
男「ちょっと頭痛がするんだ」
友人「お前、まさか今日教室に親来るのか。物好きだよなあ、それとも教育熱心?」
男「いや…」
キーンコーンカーンコーン
教師「えー、今日は授業公開日です。たまに廊下辺りで保護者様方々が出歩いているかもしれませんが、気にせずに普段通りの授業を」
教師「ちなみにニ、三限の間です」
男(それなら一限からは来ないか…)
友人「おい」
男「何だよHR中だぞ」
友人「校庭見てみろ。石灰で何やら紋様を描いてる奴がいる」
男「!」
ザワザワ…
『一限から体育は一年だよな?誰かが悪ふざけしてるんじゃね?』
『先生に怒られてもしらないよ…』
『おい、でもあの人私服だぞ』
男「まずい」
友人「あ?何が」
男「奴がきた」
男「おい!俺は頭痛がするんだ!それもぶっちぎりにだ!早く俺を保健室に!保健室にィ!!」
友人「待て待て落ち着けっ。お前……まさかあの魔法陣みたいなの作ってる奴の正体って」
男「知らん!他人だ!」
教師「面白いことをする人がいますね」
男「面白い要素ねえよ!誰かひっ捕らえろ!今すぐ!」
教師「ここは三階ですからね。大声張り上げるよりは校庭にいる人たちに事態を任せるとしましょう」
男「だな!そうだ。そして俺は保健室へGO!」
友人「普段冷静なお前が今日はやたらとうるさいな」
『おい!魔法陣完成したみたいだぞ!』
『よく見えねえが何やら魔法陣の真ん中で爆転をやりだした!』
『何がしたいんだ…』
男「しまった、緊急事態だ!たった今脳梗塞を引き起こした、病院だ!病院へ行かねば!」
一限
英語教師「あー、先ほどの件だが」
英語教師「とある生徒の保護者であることが判明した」
ザワザワ…
『マジかよ』
『誰の保護者だよ子の顔が見てみたい』
『ウチの教室にくるかもしれないぞ』
男「」
友人「保健室には逃がさないからな。お前の反応であいつの正体は読めてきた」
英語教師「えー。Y。ここを訳してみろ」
Y「はい。えーと、地球の環境的な面における……」
友人「おい男」
友人「おーい」
男「」
友人「くくっ、こいつは重傷だな」
友人「一限ももうすぐ終わりか」
キーンコーンカーンコーン
男「!」ガバッ
英語教師「今日はこれで終わり……んん、どうした男。トイレでも我慢してたのか」
男「はい!そう、トイレ!!時代は今まさにトイレ!」
友人「待てこのっ」
男「離せ友人!俺は……俺は…トイレにいかなくちゃならないんだ…!死んだ婆ちゃんのためにも」
女「だ、大丈夫?男くん…」
男「……!あ、女、ちゃん」
女「トイレ?」
男「ち、違う違う。チャイムと同時にトイレへ駆け込むような男じゃないよ僕は」
友人(一人称『僕』になってるぞ、分かり易いな…)
休み時間
女「今日の二限の古典、教科書忘れちゃったんだけど……良かったら見せてくれない?」
男「あ、ああ……二限ね。二限。そうか二限かあ…いやあ……どーしょっかなあ……」
友人(今男の中では、色んな思いと思いがせめぎ合ってるんだろうな)
教師「おーい。授業公開だが我が学年は例の件で一限ずらして三、四限になった。」
教師「用はそれだけだ、二限も頑張れよ」
男「教科書一緒に見ようか女ちゃん。席隣だもんね、困った時はお互い様だよ」
女「ありがとう!」
友人「よく言う…」
二限
古典教師「この助動詞の意味を……T」
T「ええと、これは詠嘆で…」
男「」ホワホワ
女「」ニコニコ
友人「早く二限終わらねーかな」
『おい!大変だ!』
『体育館だ!誰かが暴れまわってるらしいぞ!』
男「何ィッ!?」
男「先生、大変だ!これは……パターンゴールデン!第一種戦闘配置!早く生徒を非難させるべきでは?授業公開中止という手も!?」
古典教師「お、何だ男どうした…今日は妙に元気だな。暴れまわってるったって…生徒間の喧嘩か何かだろう。それと授業公開日関係ないだろう」
古典教師「T。じゃあこの活用は…」
『おい男どうしたよ』
『取り乱してんなあ』
『お前案外面白い奴だったんだな』
ドッ
アハハハハ
男「く……う」
女「男くん大丈夫?」
男「大丈夫だ。僕は保健室に行くほどヤワな男じゃない」キリッ
友人(っひひひひひh)
キーンコーンカーンコーン
女「教科書ありがとうー」
男「」ゼイゼイ
友人「大丈夫か?まるで戦場から帰還した兵みたいな体力の減り具合だぞ」
男「俺は…」
男「このままだと俺が俺じゃいられなくなる」
友人「魔人ブウかお前は」
男「次は三限だ。おい友人!今真実を話す。外で石灰使って大きく校庭に魔法陣作ってた奴と、恐らくは体育館で暴れまわっていたであろう犯人は同一人物で、しかもその正体は紛うことなきマイマザー!俺は大恥!助かる道はただ一つ。そう、保健室!!」
男「俺を保健室に連れて行ってくれ!」(←迫真)
友人「うーん…そこまで言うなら」
女「お、男くん。三限なんだけど…」
男「!…ぐっ……」
男の脳内
天使『どうするの?憧れの女ちゃんが(よりによって今日という日に)立て続けに教科書共有閲覧を申し出ててるのよ。今世紀またとないビッグチャンスよ!』
悪魔『バカヤロー。頭のイカれた実の母の酷い有り様をクラスに晒す光景の中で身を小さくしてるよりかは、保健室でスヤスヤのんびりと休んでいた方がずっとマシってもんだろう!』
天使「あなたには愛が分からないの!」
悪魔「分かりたくもないね!」
天使「ならば…」
天使「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
悪魔「ギィヤァァァァ」
男「い……一緒に…m、みみみ見ようか」
女「ありがとうー。男くんって本当は優しいんだね!」
男「そ、そそそんなことないって…」
友人「」ニヤニヤ
『あの体育館の件って三年の先輩たちが教師に逆らってからの騒ぎだったらしい』
『へえ』
『体育館でPSPいじる先輩もどうかと思うよなあ』
キーン
男「…」
コーン
男「……」
カーン
男「………」
コーン
男「…………!」
世界史教師「三限だなー、そろそろ腹も減ってきたかぁ?もうひと頑張りだぞー」
男「そう、もうひと頑張り…もうひと頑張り……」
男「……。ね、ねえ女ちゃん!」
友人「!」
女「ど、どうしたの?」
男「その…僕……」キリッ
女(こ、こんなシチュエーションで?そんな…)ドキドキ
男「ほ、ほ、」
女(………………え?頭文字『ほ』?)
男「ほ…保健」
?「燃え盛る炎の神剣!!!!!!轟き渡る雷の神槍!!!!!出よ!!!!!!フレイムバード!ライジングサンダー!」
バァン!
『き、教室の扉が蹴破られた!』
友人「そ、それは……!」
おかん「そう!燃え盛る炎の神剣!そしてこちらは轟き渡る雷の神槍!その名も!!」
男「体育倉庫にあるただのカラーコーンじゃねえか!二本も持ってきやがって!あと二度言わなくていい!」
ザワザワ…
世界史教師「あ、あの……お母様……?」
おかん「気にしないでください。ここに来るついでにここ一帯の魔物を追い払おうとしただけです」
おかん「では」
おかん「続きを」
男「続けられる訳ねえだろ!」
世界史教師「続けるぞ」
男「続けるのかよ!」
ザワザワ…
『あの様子からして…』
『あれはどう見ても男の母親だよな』
『ああ、立ち振る舞いがそっくりだ』
男「どこがだよ!カラーコーン二つ持って教室の扉を蹴破るような立ち振る舞い未だかつて見せたことねえよ!」
女「お、落ち着いて…男くん……」
男「女ちゃん……」
おかん「そなたが勇者、男の姫君か」
男「ちょっと黙ってろお前!」
世界史「えー、それでだ。前漢の武帝が衛氏朝鮮を征服し……」
女「お、男くん汗だくだくだよ?」
男「今日は…あ、暑い……」
おかん「心頭滅却すれば、火もまた涼し」
男「…、」
友人(っひひひひひひh)プルプル
おかん「男。暑いの?」
男(授業中に話しかけてくんなよ…それと汗の原因はお前の存在そのものだ)
おかん「そう。暑いのね」
男「まだ何も言ってねえよ!」
おかん「鴪鯱魍鬟驢駢駟饉餉顰韵鞁靈霓隸陏闌閘鑰鐶鏨錵鍄鈿釶醵醋郛邨遘逋迥辜輳軻躱躁蹇踞跚齎賈貊豁讎譏謦謫謐謠鞫……」
おかん「饒顋齏鞏靹靠霾霄雉隘阯濶閇鑠鐚鏥錏鉤釡醉扈邉逶迢轉輦躬躋蹌跣赱賺豼豈譟譌諛誚誅觀襷褫裙袤衢蟒雖蝗蜍蚫號藥蕭蔔……」
おかん「關閖鐫鎹錻銖釶釉酘扈遨逞辭轎輕軋躇蹙跼赭賣貪豐譬謠諫誑訛觜襷褝裨裄衾蠑蟠螟蜚蛹蚶虧蘢……」
男「うわ…何か唱え始めた……」
男(どういう理由か毎週水曜日にいつもこれを唱えやがるんだ)
『男の母親面白いぞww』ヒソヒソ
『一番面白いのは男じゃなくてその母親だったのか』ヒソヒソ
『ねえちょっと、何か唱えてる……』
男(予想通り注目の的だし)
おかん「……ハァッ!」
『『『!?』』』
世界史教師「……で、でだ。この後に中国東北地方で…」
男(……何だ。何を唱えやがった。今日はいつもの『呪文』とは違った気がするぞ)
男(確か《からあげがめちゃめちゃ上手くなる魔法》とか、《スイカがメロンの味に近づく》とか、《ケチャップがマヨネーズと化す》とか、何故か食べ物関連の魔法ばっか引き起こす『呪文』だった気がする)
おかん「男」
男「……」
おかん「涼しい?」
男「冷や汗でな!」
四限まで終了
キーンコーンカーンコーン…
男「」ゼイ…ゼイ
友人「大丈夫か?まるで太平洋をその身一つで三往復したみたいな疲労困憊っぷりだぞ」
男「あ、あいつは…」
友人「『魔力が足りない。このままでは午後には保ちそうにないからアイテムショップに出掛けくる』ってさ」
男「それ腹が減っただけだよな間違いなく!」
男「…………ん?午後もくるのか!ルールお構いなしだなあいつ!」
女「お、男くん…」
男「女ちゃん…ごめんね。僕……いや俺、もともとこういう気性の荒い男で」
女「す、少しくらい…誰でもそういうところはあると思うな……」
男「女ちゃん…!」
友人「あー暑い暑い」
昼休み、学食
男「はあ…」
友人「お前の母親はあんなだけどさ、もしかしたら父親も同じような調子な訳?」
男「いや、親父は正常だよ。ううん……あの異常な奴と結婚したその精神は正常じゃないかもしれないけど」
友人「はは、言えてるなあ」
友人「……で、お前気付かないの?」
男「何に」
友人「いや、あの女…」
男「お、女ちゃんが何だよ」
友人「……何でもねえよ」
女「おーい!」
男 友人 「「!」」
男「ど、どうしたの」
女「一緒に食べようかな…なんて思ってみたり……」
女「教科書のお礼に何かご馳走もしたいし…」
男「あ、ああ、そんな……でも気持ちだけで充分だって。お金も今月はまだまだ余裕…」
友人「よっ」
男「こらテメッ、俺の財布!」
友人「390円」
男「……」
女「何か奢るよ?」
男「……有難う」
友人「今日の男は感情豊かで面白いなー」
女「今日の学食は保護者の人たちも混ざってるみたいだね」モグモグ
友人「今日みたいな日は生徒以外も使っていいみたいだからなーうちの学校は」
男「なーんか平凡というか平均的というか、本当普通な人ばかりで羨ましいというか…」
男「あの人とか」
女「若いねー、私のお母さんよりずっと若く見える」
男「あの人とか」
友人「うお、格好良いなあ……父方が来てる家族もあるのか」
男「あの人と…」
男「か……」
?「」バクバク
?「」ガバガバガバ
?「」ゴキュゴキュゴキュ
?「」ブリブリブリ
男「待て待て待てーッ!!!」
男「おい!」
おかん「効果音ブリブリブリに騙されたみたいね?残念だったな!ケツだけ星人だよ!」
男「変わらねーよそのケツしまえ!!我が子に学校の食堂で汚いケツ見せるな!」
おかん「排出の方をご希望で?」
男「望んでねえよ露出狂!あといい加減帰れ、授業公開は四限までだ!」
おかん「我の力は時の歯車をも操る」
男「やかましいわ!帰れ!」
おかん「私の魔力にかかれば『ルーラ』で家までひとっ飛びなんて余裕だけどね」
おかん「それでもね、男」
おかん「私はあなたの成長を見守ることの方が重要なの」
男「……」
おかん「だからね、男」
おかん「今日はその成長をもれなく観察するために百の仲間を連れてきたわ」
男「うわああああああ!帰れよおおおおおお」
五限、校庭にて体育
男「あー腹痛い。これは痛い。どうしようもなく痛い。休むしかない。さあレッツ早退!!帰宅部部長の腕の見せどころだ!」
友人「のっけからうるさいぞお前」
男「百だぞ?奴の仲間が今もこの校庭のどこかに百も潜んでるんだぞ?しかも記憶が正しければ、町内会をきっかけに、同レベルの痛々しさを誇る厨二病患者……いや変態が結束して作られた史上最悪のチームなんだ!これは危うい、主に俺が!」
友人「足して百一か。ポケモンに追いつけ追い越せってとこだな」
男「うるせーよお前までボケに回るんじゃねえよ!それと百一ならワンちゃんの方を出すべきだ!」
変態その47「危ないッ!」ガサガサッ
男「うわぁ!」ガバッ
ズザーッ
男「痛てて…な、何だアンタ」
変態その47「見えないのか?強力な魔龍だ!無理もない…ステルス能力を備えているからな。今私が庇わなければ君の身が危なかった。感謝してくれ」
男「一番危ないのはお前の脳内だ!さり気なく『感謝してくれ』って一方的に求めるのもおかしいだろ!」
変態その66「グアアっ!右腕が、私の右腕がぁぁぁ」ダダダダ
男「今度は何事だ!」
変態その66「キョエエエエエエエエエエエエエ!」
男「うわああああっ!」
変態その47「止めないかっ!」
変態その66「キョエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」
?「右腕が……暴走しているのかっ」
変態その66「キョエエエエエエエエエエエエエエエエ」
変態その47「本当は、戦いたくなんかないんだよな」
変態その66「キョエエエエエエエエエエエエエエエエ?」
変態その47「うむ。ならば私が!この群馬のエクソシストと呼ばれたこの私が君を右腕の呪縛から解き放とう!」
変態その66「キョエエエエエエエエエエエエエエエエイwwwww」
友人「ここで笑った!?」
選ばれし変態「来い!コラッタ!」
『お前どこから沸いて来た!?』
変態その66「キョエエエエエエエ……え……あ……。あ、ありがとう、君のおかげだ」
変態その47「直ったみたいだな、是非とも感謝してくれ」
変態その66「しかし…今日を限りに……私の右腕も……もう使い物には……」
変態その47「あ、あんた…!」
男「何だよこの茶番は!!あと長えよ!」
キーンコーンカーンコーン
体育教師「まずはランニングなー、校庭を三周しろ。列乱すなよ。あと声出せ、声小さかったら一周目からやり直しだからな」
一同「ハーイ」
イッチニーイッチニー
男「」ゼイ……ゼイ……
友人「まだ半周も走ってないぞ大丈夫か。まるで片腕で逆立ちしながらエベレストを五回登りきったような疲れっぷりだぞ」
男「今日は厄日なんだ。俺、死ぬんだきっと」
友人「何言ってんだ、まだ死ぬ訳にはいかないだろ」
男「もう未練なんか無い…」
友人「まだこの世には女ちゃんがいるだろ?」
男「ど、どうしてそこで女ちゃんが出てくるんだよ…、」
イッチニーイッチニー
女「……」
体育教師「そのーなんだ、今日は……」
体育教師「鬼ごっこをやろう」
一同「えー!?」
『お、おおお鬼ごっこ?』
『あの鬼の鬼島先生が鬼ごっこ?鬼だけに?』
『前回何やったっけ』
『前回は確か球技でソフトボールを』
『その前は』
『多分それも球技で、それより前が長距離走』
『何で鬼ごっこ…?』
体育教師「鬼は私がテキトーに推薦するから、タッチされたものを鬼として増やしていく形になる。全員鬼になるか、授業が終わったらゲームセットだ」
体育教師「鬼はD組の男だ」
友人「!お前だってよ」
男「今この瞬間確信した」
男「どういう手段を駆使したか知らないけど、あの鬼島の『鬼ゴッコ』提案といい真っ先に推薦するのが俺といい」
男「あいつの仕業だよなこれ!」
体育教師「あとその仲良そうにしてるお前もだ」
友人「俺もッスか?」
男「やったな、道連れだ」
体育教師「それじゃあ後の奴らは散らばれ。30秒数えるから。俺が」
男(お前が数えるんかい)
体育教師「ではイーチ!」
ワーワー
友人「まあ楽しもうぜ」
男「残りの97人と1人を排除出来たならそうしたよ」
男「こういう時、友人なら誰から捕まえる?やっぱり親しい奴からいくか?」
友人「その方がちょっとした逆恨みもされにくいし、楽だからな」
男「じゃあ俺じっとするわ。その方が安全そうだしな」
友人「お前友達少ないもんなあ……俺以外普段誰とつるんでる訳?」
男「うるせえな!省エネだよ省エネ!人間関係は輪が大きければ大きいほど疲れることが多いんだ。お、俺は自分を大切にする男なんだよ」
友人(その台詞、女ちゃんにそっくりそのまま聞かせてやりたい)
体育教師「……30!ほら走れお前ら」
友人「じゃあ俺はC組のNから狙うとするわ。お前も気をつけろよ」
男「おお。CとDクラスだから合計60人ぐらいだろ。本当に二限分で終わるのかこれ…」
男「……」
体育教師「おいお前」
男「ちょっと休ませてくださいよ。そうでなくても今日の僕とんでもなく疲れてるんですから……」
体育教師「お母さんは、好きか」
男「……。はい?」
体育教師「母親いるんだろう」
男「まあ、無駄に健康体ですよ。今日というか、現在進行形でバリバリ元気ですけど。何で急にそんなこと」
体育教師「青春を謳歌できる年の内に、家族愛も友情も恋も堪能した方がいい。来年は三年で受験だろう、大学生にもなれば遊び盛りだ。家族と接する機会も激減する、友達や恋人もうんとつくっておけ」
男「は、はあ」
男(恋人はうんとつくっちゃ駄目だろう)
男(普段怖い先生ほど、中身は優しいっていうけど)
男(これじゃ少し気味が悪いなあ)
友人「おーい男!捕まえたぞー!」
男「おー、早かったな。やっぱり運動神経良いもんだなあお前」
女「…………」ハァハァ
男「!」
友人「捕まえてきた」
男「捕まえてきた、じゃねえ!手始めに女子を狙うなんて男の風上にもおけねえなお前!」
友人「走りもしない男に言われると何か不満だなおい」
友人「まあ、身内から増やしていった方が連携も取れるし」
男「連携ったって……この広い校庭に三人でできる連携プレーなんて」
女「が、頑張ろう男くん!」
男「んー」
女「…………!」
男「わ、分かったよ…頑張ろう」
友人「ようし!」
ワーワー
おかん「どう?我が古の黒き血を受け継ぎし息子は」
体育教師「根は良いやつですなあ。でも」
おかん「でも?」
体育教師「まだ弱いですなあ、彼は。色々と」
体育教師「もっと真っ直ぐな目が見てみたいもんですなあ」
体育教師「いやいや、一教師としてはね、こういうことで協力を仰がれるのは非常に光栄なことですよ」
おかん「フフフ…我が古の黒き血を受け継ぎし息子は」
体育教師(それ全部言わなきゃ駄目なんだ…)
おかん「今日をもって『勇者』からランクアップ!『そこらへんの貧民』になることでしょう!」
体育教師「ダウンしてるじゃねえか」
体育館裏
Dクラスの五人組
『何でこの歳で鬼ごっことかしなくちゃなんねえ訳?しかもこれ、噂によると、例の男の変態母の差し金だろ?馬鹿馬鹿しくてやってられねえよ』
『普段はクラスの片隅で友人とつるんでるか、後は本読んでるか、といったところの協調性無しの地味な奴も』
『今日はやたらとはしゃいでたよな』
『何かいっつも冷めた目ェしてるんだよな。自分以外を遠くから見てるような』
『自分には全く関係ないって、見えないバリア張ってるみたいにさ』
『ていうか、あの話本当か』
『女ちゃんって、あの男って奴に惚れてるって話か』
『あーそれそれ。女ってこの学校でもトップクラスの容姿で大人気なのにさ』
『最近、んで今日を境にもっと分かり易く男と話し込んでるんだよな』
『まあ…何ていうか僻みもあるが……それをさっ引いても』
『うざいな。男』
『んー』
校庭隅
Cクラス三人組
『鬼島の鬼ごっこも相当笑えない話だけどさ』
『Dクラスの男って奴も相当笑えない展開になってきてるよな』
『これ前に聞いた話なんだけどさ…』
『なになに?』
『FクラスのHから聞いたんだけど、中学時代、家庭内暴力だとか万引きだとか結構悪い噂が立ってたらしいよ、男ってやつ』
『あの大人しくて人畜無害においては右に出る者無しッ、って雰囲気のあいつがー?』
『で、……それで』
『最悪、殺人未遂までいったとか』
『……。あははははははは』
『ははははははははっ、いやないない。いくらウザイ奴とはいえ、そんな身も蓋もない噂なんて信じるだけ馬鹿でしょ』
『それでさ、まだ聞いてよ』
『Xバスジャック事件――て聞いたことない?』
ワーワー
男「そこ!捕まえて女ちゃん!」
女「……え、ええい!」タタタッ
『ウオッ!?』タタタタ
友人「残念。曲がり角には俺でした……はいタッチ」
『うわ、クソ。何だよ……』ゼイゼイ
友人「三人でもそれなりの連携プレーは出来るんだよ。……にしても校庭って言える範囲から抜けてる奴、結構いるもんだな、これじゃ全員捕まえるとか無理だぞ」
女「で、でも。どうせなら頑張って…」
男「そ……そうだ。ここでCとDクラス全員捕まえてゲームセットにしてみろ!最初に鬼になった俺とお前なんかもう名誉ものだぞ」
友人「そうか…?まあ走るのは俺ら三人だけじゃないからいいけど」
『ええー、いや悪い。俺パス』
男「……っ」
男「い、いやいや。確かに悪いとは思うけど、こんだけ頑張ってやっと君一人捕まえてたんだから、少し休んだら一緒に協力してもらわないと」
『いやいやいや、ここまでで充分楽しかったし』
男「そこを何とか」
『……?なんか妙に必死みたいだけど、全員捕まえて何か褒美貰える約束でもあるの?』
男「い、いやそんなの無いよ。せっかくだし…」
『……努力家だね』
男「」
女「男くん…?」
友人「もういーよ、また誰か捕まえて仲間に引き入れれば良いんだから」
男「ん、ああ」
『……』
校舎三回Eクラス教室
『何だか外の奴ら…』
『見たところ、やっぱり』
『どう考えても鬼ごっこだよな、確かCとDの体育を受け持ってるのって鬼島だよな。珍しいというか、あんたら何してんだというか』
『お、メール』ブウーン…ブウーン
『あー、予想的中。本当に鬼ごっこやってるみたいだぜ』
『マジかよ。あの鬼島がねえ…』
『Dクラスといえば、校内でもダントツ人気の女ちゃんがいたよな確か』
『いたなあ。最近相手見つけたってもっぱらの噂だぜ』
『ああ、知ってるぞそれ』
『同クラスの…男とか言ったっけ』
男「」ゼイゼイ
女「捕まらないねー…」
友人「捕まらないっつうか…」
男「俺ら以外の生徒がほとんど視界に入らない」
女「隠れてるのかなあ」
友人「……んん、それだと若干別の遊びになってるような」
男「ルールなんてこの際どうでもいい、でも放棄されるのは」
男「正直応える」
女「さ、さっきの人のいうこと気にすることないよ。遊びこそ全力でやるもんだって、私のお父さんもよく言ってるもん」
男「良い親だね……羨ましいよ、切実に」
女「そうかな。私も男くんのお母さん見てると凄く羨ましい」
男「えええ。どこが」
女「ええと。お母さんが羨ましいというか、男くんとお母さんの仲が羨ましい、の方がいいかも」
男「仲。良く見える?」
友人「そこは自覚しとけよお前。家族漫才みたいで、まー面白い面白い」
男「今まで面白がってたのかよ!止めろよ!特にケツだけ星人の場面は!」
友人「俺の親は、まあ言うなれば両方まとも。でも、何つうか距離感が上手く掴めないんだよなあ」
女「どういうこと?」
友人「……。まあ女ちゃんとは、男も交えて仲良くなっていけそうだから言ってもいいかな」
男「引っ掛かる言い方だな。重い話か?」
友人「あ、ああ、少しな。聞き流してくれて構わねえから」
友人「家の両親はさ、再婚してんだよ。つまり一度離婚したってこと。俺は母方に着いてって、母子家庭で十年間過ごしたんだけど……何かのきっかけで二人の仲がまた戻って、そんで再婚」
男「十年」
友人「そ。十年。だからさ、俺上手くイメージできなかったんだよ、三人で暮らしてるって光景をさ。何しろ利金されたのは物心付いてない頃だったもんだから」
友人「十年振りの三人揃いで、はいハッピー、って訳にもいかなかったの。母子家庭の時は生活キツくてさ。俺もそこで母親支えられればよかったのに」
友人「荒れたんだ、かなり」
友人「色々やったな。小遣いほとんど皆無に近い状態が続いてて、俺も自然、金を使う遊びが出来なくて友達付き合いも希薄だった。何でかって、その頃回りの奴らみーんな揃いも揃って背伸びしててさ」
友人「いざ遊ぶとなると都会まで出掛けて服買うなり美味しい店まで外食だったり。小学生がだぜ?最近の小学生はすげーよな、親の子に対する『ペット感覚』って進んでてさ、いささか妙な名前付けたり、異常なほど服を買い与えたり。髪染める奴だって今や珍しくもない。極端な例、夏に外出て虫取りとかは本当に考えに及ばないような奴らばっかり」
友人「公園で球技とかもやらなかったな。スポーツさえ、共有できる奴はいなかった。俺、昔サッカーやってて、それ続けたかったけどやる相手がいなくて、壁当ても馬鹿馬鹿しくて」
友人「んで、その内に引きこもるようになった」
友人「で、母子家庭の引きこもりって、やっぱ屋根の下では王様なんだよ。そういう傾向が多いんだってさ」
友人「色々したよ。金ない反動からか、親の金くすねてゲーム買ったりしてた」
男「…」
友人「まあそれが環境のせいかって話になったら、またそれは違うよな。全部俺自身の責任」
友人「父親も絵に描いたような頑固親父でさ、もう本当「厳しい」の一言に尽きるな。俺に弱みを見せたことねえもん。だからさ、俺は……こう近い距離で父親と言葉交わしたことが少ない…………もしかしたら無いかもしれねえ」
友人「金の件以外で色々母親ともあった。表向きでは綺麗に幕を閉じたけど、心はやっぱ離れてたなずいぶん。再婚後、多分父親もそれを知ったと思う」
友人「家の親父なら絶対に殴ると思った。病院送りも覚悟の上だった。でも」
友人「三人揃って十年振りに囲んだ夕食の机の上は、酷く冷ややかだったよ」
友人「……っていう話。つうか、何だ。はははは、何だコレ。体育の、しかも鬼ごっこの最中にとんでもなくシリアスな話しちまったな。うん、悪い。反省」
女「ん、んーん。今日はちょっと友人くんに近付けた感じがする」
友人「そっか?照れるなあ…」
男「…」
友人「わ、悪かったって。マジで。あんま気にすんな、今はどうにか良い形でやっていけてるよ」
男「いや。気にしてないけど」
友人「……そっか」
友人「取り敢えず、気を引き締め直して残りの奴らとっ捕まえンぞ!」
女「お、おー!」
男「おー」
男(嘘だ)
男(良い形でやっていけてるなんて、嘘だろ)
男(今も友人とその両親の間では、口を開いて話すべきこと、解決すべきことがあって)
男(そういう大きな壁があるのに)
男(三人は壁に背を向けて、見ないフリをしてるんだ)
男(…………家とそっくりだ)
男(だからあいつとは気が合うのか)
男(誰かと仲良くするなんてダルいことを、自然にやってのけてたのか)
男(いや…)
男(俺とあいつは似てなんかない)
男(少なくともあいつは反省してる)
男(俺は……)
校舎一階保健室
Cクラスワル四人組
『おーいまだ走り回ってるぞアイツら』
『本当に頑張るねえ。もうほとんどの奴らが鐘が鳴る時間まで各々《校庭以外の場所で》過ごすようにって話が決まってるのによ』
『サボリ切らないところが、またな。逆に言えば鐘が鳴れば戻るんだろ?』
『鬼島はそれだけ恐怖だってこった。……正直俺でも勝てる気がしねえ』
『それで、何して過ごすの?……まだ五限と六限の間の休憩時間も挟んだら75分もあるぞ』
『んー……』
『少し、童心にでも却って悪戯してみますか?』
校庭
おかん「風が語り掛ける……」
おかん「十万石饅頭……」
体育教師「そのネタは埼玉県民じゃないと分からないんじゃないですかねえ」
おかん「」モグモグ
体育教師「ちゃんと持ってきて食べてるし…」
おかん「いります?お茶もありますよ」
体育教師「この暑いのにお茶はちょっと……。それよりいいんですか?」
おかん「」モソモソ
体育教師「聞いてくださいよ」
おかん「」プッ
体育教師「聞けよ!耳の穴かっぽじって聞けよ!」
おかん「はいはい。仕方ないわね圭介は」
体育教師「私の名前は大輝です。鬼島大輝」
おかん「変な名前」
体育教師「失礼な!」
(※実在する全国の圭介さん大輝さん誠に申し訳ありません)
おかん「内容とは?」(パンチパーマを前に寄せ指でいじくる
体育教師「あ、はい。えー、雲行きが怪しくなってきましたよ」
おかん「授業公開日というまたとない聖なる儀式を無事に迎えるために、先日ここ一帯に結界を張らせていただきました。おかげで今日は雲一つ無い晴天なのですが?」
体育教師「ああー、雲行きとは天気の事ではなくてですね」
体育教師「状況ですよ」
校庭
男「大丈夫?少し休もうか?」
女「うん……平気」
友人「ああックソ、いくら何でもいなさすぎだろ!あとどれくらいだ?」
男「大体70分だな」
女「あと10分で五限も終わり…」
友人「……全員は捕まえられそうにないか。一度校舎の中をあたってみよう、これだけ見つからないんだから、十中八九屋内にいるとしか考えられない」
男「そうだな。おまけにやたら日が照ってて暑いから汗が止まらないわ。誰かがここ一帯に結界でも張ったんじゃないの?」
女「あはは」
友人「暑い…はやく中へ」
下駄箱
男「ッ!」
友人「どうした?」
男「い、いや……先行っててくれ。保健室だろ?」
女「先に行ってよう友人くん」
友人「ああ」
男(これはまた古典的な…)
男(今時三文ドラマでもそうはやらねえぞ…上履きに画鋲とか)
男(なんか恨みを買うようなことしたか?)
男(いつもあれだけクラスの奴らは遠ざけて過ごしてるからそれはないか…)
男(じゃあ別のクラス?)
男(別のクラスの奴に恨みを買うようなことなんて…)
男(画鋲だけで済めば何もしないけど…)
男(い、いやいや。これってイジメが進行する時の典型的パターンじゃん)
男(……イジメ?)
男(俺は、イジめられてるのか)
男(……)
男「ははっ」
男「今日は色々なことがある日だな」
保健室
男「お待たせ」
男「……あれ?誰もいない」
男「おかしいな」
男「まあいいや、座って待ってるか」
男「…ふう、」
男(いつもと変わらない日常のはずが…)
男(何故か渡したプリントなんてほとんど目を通さないはずのアイツが公開日を知ってて)
男(あの時以来の、テンションでそのまま学校にきてやらかして)
男(高嶺の花だった女ちゃんとたった一日で大分話すようになって)
男(まるで《仲良しグループ》みたいに三人で)
男(それも、あいつの仕業なんだろうがあの鬼島が鬼ごっこなんか始めさせて)
男(極めつけには、上履きに画鋲か)
男(頭の中もうごちゃごちゃだわ…)
男(良いこと悪いことにいちいち感情揺らして)
男(まともな人間してるじゃねえか、これ)
男(でも画鋲ばかりは笑えないよなあ…)
校舎二回職員室
教職員達
『何だか外の様子がおかしいですねえ』
『どうかされましたか?』
『いえ、今の時間帯は鬼島先生担当の2年CとDクラスが外で体育だった気がするんですが』
『今、時間割りを確認します』
『……そうですね。2-Cと2-Dは五限と六限は外で体育のはずです』
『厳格なお方でいらっしゃるから、雨も降っていないのに体育館に移動させたり、ましてや校舎まで休ませるようなことは無いと思うんですがね…』
『あの先生はもう20年と随分長いですし、その間何か不祥事を引き起こしたとの話もごく稀です。安心していていいかと』
『うーん…』
『しかし…』
『校庭の真ん中で饅頭を食べているあの方は誰なんですかね……?』
保健室
?「どうだ?」
男「」ビクッ
?「そう驚くなって」
男「……Cクラスの人?」
?「そうそう。で、どうだ?」
男「画鋲はアンタか…」
?「まあ引っ掛かるとは思わねーよ。大量に入れたから上履きに触れただけで重量感の差に気付く筈だからな」
男「じゃあ何がしたい訳」
?「トラウマがあるんだろ?お前」
男「は…?」
?「今の時代便利だよなあ」パカッ
男「携帯…それが何」
?「分からねえの?少し交友関係が広ければ見ず知らずの他人の過去まで知れるご時世なんですよ。高校ならなおのこと。一人や二人は同じ小学校の奴がいたって不思議じゃないからな」
男「小学校…」
男「…………お前」
?「いやあ…それにしても今日は暑い中ご苦労さまです」
?「殺人犯」
男「……殴るぞ」
?「喧嘩強そうには見えないけど殴れんの?俺を殴れんの?」
男「聞き直すけど、何がしたい訳。ちょっと洒落にならねえぞこれ」
?「最近イチャ付きすぎじゃないの?あれだけ可愛いとさ、いるんだわ。身内にも好いてしまう野郎がちらほら」
男「……女ちゃんか」
男「はは」
男「――本当、浅ましいよなあアンタ」
?「何」
男「そういうことする奴いるんだな、この平成の時代に。三文ドラマの典型的な悪役みたいなの。滑稽だわ、はは。腹痛いよ、底が知れてるよなあ、本当」
――ガツッ!!!!
男「ッぐ…、」ガタタンッ!!
?「……。スカしてんじゃねえぞ」
男「ぐ……喧嘩が強けりゃ最強かい」
?「力もねえ奴が正義語ってんじゃねえよナルシスト」
男「知るか。正義なんて語ってねえよアホ。つうか苦しいんだよ離せ。で、何?俺は具体的に何すればいいの?」
?「なんで逆らわないのお前。ボコされるのが怖いのか」
男「……はあ。あーあーハイハイ怖いんですよ殴られるのが。だから逆らわないんですよ。こういうことが面倒だから人とか関わらないんですよ。とりわけ、お前みたいな」
ガツッ
バンッ
男「痛っ……やっぱ無事じゃ済まされないのね」
?「何つうかお前、中身がねえよ。空っぽ。あと芯もねえ。見かけ通りストローみたいだ」
男「気は済んだ?」
?「女だけとは言わねえから、お前はもう誰とも関わるな」
?「そうすれば痛い目に合わせないから」
男「痛い目、ね……くく」
ガツッ
?「伝えたからな」ガラッ
トットット…
男「……」
男「……二人、そういえば今どこだ」
男「まあどうでもいいか」
男「ご命令もあるし」
男 自宅
男(……結局、二人ともあの後は出くわさなかったな)
男(帰りのHRも、委員会だとかでいなかったし)
男(都合良すぎないか。二人ともなんて)
男(……)
男(何考えてんだ)
男(どうでもいいだろ)
男(今日あの瞬間、俺はまた独りになったんだから)
男(独りに酔ってるのか?俺)
男(あー確かにナルシストかもしれない。あながちあいつの言ってることも間違ってねえな)
男(それよりも母さ…あいつ……。この怪我見て何も言ってこなかったな。体育で転んだとでも思われたのかな。あれだけ午前中ハイテンションだったのに、夕食時はやたら無口だったし)
男(もう取り繕うことも止めたのか)
男(となると)
男(俺、本格的に独りだな)
翌朝 リビング
男「おーい」
おかん「今魔力溜めてるところだから話しかけないで」
男「……行ってくるから」
おかん「」ブツブツ
男(元々あいつはあんなおかしな奴じゃなかった)
男(友人と一緒だ。あの件以来、ああやって壁作ってんだよな)
男(そういえば…いってきますの一言くらいはあの件以来もあった気がするけど最近はさっぱりだな)
男(いつからだっけ)
男(……俺が『母さん』って呼ばなくなってからだっけか)
男(考えすぎかなあ)
男(まあいいや)
男(どうでも)
公園
男「……で、これだよ」
男「そりゃそうだろ、あんな事あってまた翌日に学校だなんてタフネスな心、持ち合わせちゃいないし」
男「あー、ダルい…」
男「ブランコじゃ寝れないよなあ、ベンチあたりで寝て過ごすか」
男「……いやあ、まだ登校中の小学生もいるし」
男「後、俺制服なんだよな」
男「昼間から公園に制服で寝てる奴がいたら、何かなりそうだしな…」
男「行く場所ねえじゃん」
男「こういう時、漫画とか見てると大体パターンなのが友人の家か」
男「俺ぼっちだしな…」
男「面倒くさいなあ」
?「面倒くさいなあと言われたら、答えてあげるのが世の情け……トウッ」
男「わ!誰っ」
?「世界の何ちゃらを……ええっと?」
男「お前!あの有名なロケ〇ト団の決めセリフを忘れやがったな!しかも一人かよ!ただのロケットじゃんお前!」
?「甘い!ここに…」
ニャー
?「〇ャースがいる!」
男「うるせえよ!バレバレな伏せ字も止めろ!あとお前誰!」
?「お前誰だと聞かれたら!答えてあげるのが世の情け!世界の…………ん?」
男「覚えてないのに再度始めるな!」
?「それで君、悩みがあるなら聞いてやらないでもない」
男「はあ。しかしその海パン一丁の格好をどうにかしてほしいんですが……変質者扱いされて捕まりますよ。いや、もう、何ていうか全開で変質者なんですけど」
?「無理だ」
男「どうして」
?「これが空気中の魔力を体内に溜めるにあたって最善の格好だからだ」
男「なにが最善だよ!もうあんた厨二通りこしてただの変態じゃねえか!ちなみにこいつ海パン一丁で分かる通り男だからな?おっさん!おーい読者さーん!?ここに海パン一丁のおっさんがいまーす!」
?「シッ、静かに!恥ずかしいじゃないか」
男「もっと恥ずべき優先事項があるだろうが!」
?「着替えた」
男「服があるなら始めから着てくださいよ…」
?「遠距離で戦闘が可能な魔術を使用する場合は海パン一丁が最適なんだ。今は仕方ないから近接戦闘モード・オンだが」
男「はあ……ちなみに魔術は何を?」
?「大したことはない」
?「メラゾーマだ」
男「もろにパクったあげく伏せ字もなしかよ…」
男(海パン一丁でメラゾーマ使う筋肉質のおっさん、なんて絵はうまく想像できないよなあ)
?「で、だ」
?「悩みを」
男「何が何でも聞き出したいみたいだな!……ないですよ、別に」
?「しかし…?もあれだから呼び名を『海パン』にしてくれないか。分かりづらいだろう」
海パン「そうそうこうしてくれればいい」
男「俺はシリアスになるべきかギャグに走るべきか今かなり悩んでます海パンさん!」
海パン「で……」
海パン「悩みを」
男「ああもううるさいな……何もありませんよ」
海パン「嘘をつけ」
海パン「顔面に2つも大きな傷の手当ての痕がある」
海パン「制服で昼間から公園にいる」
海パン「学校はどうした?」
海パン「勉強は?」
海パン「パンツは?」
男「お巡りさ―――ん!!ここで―――――す!!!!」
海パン「待て!私が悪かった、海パンが悪かったから!」
ペラペラ
男「……てな訳です。経緯は大まかには話しましたよ、これで全部です」
とても清純で警察などとは無縁な男K「ふむ…」
男「ふむじゃねえよ!長えからせめて海パンにしとけ!」
海パン「すまない」
男「で……」
男「こんな、アホらしくてどうしようもない事態。あなたにどうにか出来るんですか」
海パン「思うんだが…」
海パン「私くらいになれとは言わないから、もっと自分を崩してみてはどうだろうか」
男「…はあ?自分を崩す……?あんまりでたらめな事言って、説得した気にならないでくれませんか」
海パン「いやいや、決してそんなつもりはないよ」
男「俺、本音言うと大人が大嫌いなんです。もともと他人は嫌いだけど、大人はもっと嫌いです」
海パン「どうして?汚いから?」
男「……あなたもそうですが、大人は何を考えているのかよく読めない。汚いのは最近では俺含めガキも同様に言えることだと思いますよ」
男「でもね。表情や言動から相手の意図が読めないのは辛いんです」
男「こっちはどう出ればいいのか…分からないから……」
海パン「ふうむ。むしろ僕は、相手の意図が読めなければ接することができないという説明に納得がいかない」
男「はあ。……ま、価値観の違いか何かじゃないんですか」
海パン「それもあるだろうが、人は自分から相手に好意を示さないと、向こうは好意を示してくれないよ。そう都合良い世の中にはできてないからね」
男「なら、僕は…」
海パン「両親とも、そんな具合なのかい?」
男「!……あんたやっぱり、母の知り合いですか」
海パン「うむ。仲間だ」
男「まあ、身なりで大体予想は出来てましたが。限りなく100パーセントに近い形で」
海パン「お母さんは苦しんでいるよ」
男「そうは見えませんけどね」
海パン「君自身、気付いているんだろう。あれはただのごまかしだって」
男「限度ってものがありますよね…」
海パン「はは。一歩間違えれば警察行きだからね」
男「自覚、あったんですね…」
海パン「とにかく。君の悩みを解決するには、まず今の君をハンマーでも何でも使ってバーンと叩き割ってみることだ」
海パン「そうして今の君を崩して、腹を割って両親と言葉を交わし、そうしたなら、そのお友達とも向き合えるだろう」
男「あんまり理屈になってない…」
海パン「はは、馬鹿だからね私は」
男「……ご相談に乗っていただき、ありがとうございます」
海パン「どこへ行く」
男「どこでもいいでしょう別に」
海パン「まだだ。まだ君はその気になっていない」
男「なる気は毛頭ありませんよ。昨日の経緯は確かに全て教えたから、昨日の僕は知っているんでしょうが、」
男「僕自身の今までは、当然あなたは知らない訳です」
海パン「ふむ」
男「だから、理解も、説得も不可能ってことですよ。じゃあ」
海パン「待った待った」
男「……っ、何なんだアンタ!本当に警察呼ぶぞ!」
海パン「20XX年の、Xバスジャック事件」
男「」
海パン「あれの主人公は、君だろう。男くん」
男「あの女……人様にぺらぺらと」
海パン「実の母をあの女呼ばわりは良くない」
男「もう何も話すことはないよ」
男「不愉快だらけでも、少しは話してためになりました」
男「ありがとうございます」
タタタタ
海パン「ふうん…」
海パン「ガードが固いな」
海パン「私もあのくらいの年頃の時は、割り切れないことが多く沢山悩んだものだ」
タタタタタタ
男「はっ、はっ、はっ……」
男「ああ…疲れた……」
男「ここはどこだ」
男「……住宅街に入ったみたいだな」
男「くそ、せっかく見つけた公園なのに、また変態にしてやられた」
男「あいつが、変態百一人衆の1人だとすると、また途方もない面倒が降りかかってくる訳か」
男「たまったもんじゃねえぞ……」
男「ふざけんな、そんな目に合うくらいならこの町から去ってやる」
男「……なんて」
男「無理だよなあ。金も少ないし」
男「ん?この表札…」
男「……女ちゃんの家だ」
男(ここが…女ちゃんの家……)
男(って、いやいや、ただの同性だって可能性も……)
男(ここから二階の部屋も窓際なら見えるか……?)
男(ちょ、ちょっと待て。今は昼間。俺制服。つまり不登校児なのは客観的に見ても明白。そんな奴がよその家をボーっと見つめてる光景って…)
男(犯罪の臭いがするじゃんかこれ)
男(……取りあえず商店街の方にでも)
バンッ
男(音……?)
バンッ
男(上からだ。……あの窓からか)
バンッ
男「……」チラッ
バンッ
男「……ッ!」
男(間違いない。少なくとも見間違える訳がない。それはない。表札のことも踏まえるとあれは間違いなく)
男(女ちゃんだ)
男(引っ張ったかれてる…?)
男(喧嘩?)
男(いや、一方的だ。一方的に暴力を奮われてる)
男(誰にだ)
男(よく見えない……)
男(くそ、カーテンさえ開いてくれればいいのに)
男「」キョロキョロ
男(周りには人がいない)
男(どうせ家出まで発想が届く事態なんだ)
男(今更警察にブチ込まれるくらい……)
――女だけとは言わねえから、お前はもう誰とも関わるな
男「……」
――そうすれば痛い目に合わせないから
男「……」
男(うわ、脚震えてるよ。馬鹿みたいだ。あれだけ強がっておいて、あれだけ嘲笑っておいて)
男(結局俺は……『痛い目』にあうのが怖いんだ)
男(根性ねえなー俺…)
男(正義を語るな、か)
男(語りたくなんかないから)
男(正義のヒーローそのものに、なってみたかった)
男「……」スタスタ
スタスタ
スタスタスタスタ
スタスタ
男「ふう…もうすぐ商店街か……」
男「……」
男(流石に、良心が痛む)
男(本当に痛む時って、息を吸うのも辛いんだな)
男「……」ゼイゼイ
男(今日は、それほど暑くはない、のに…)
男(妙に、体力を吸い取られる、みたいな感覚が、する…)
男(もう心身共にボロボロだな)
男「……」スタスタ
男「……」スタ…スタ……
男「……」ゼイゼイ
バタッ
ニャー
友人「おい男」
男「何」
バキッ
ガッシャーン ガタガタ
男「痛っ……く、何すんだ!」
友人「よくも裏切ったな」
男「……は」
友人「トボけてんじゃねえよ!!!!」
バキッ バキッ バキッ
『……ねえちょっと、あの仲の良い二人が殴り合ってるわよ』
『殴り合ってるっつうより、一方的に殴られてるだけどな』
『ははは。おい見ろよあのざま』
『ついにたった一人の友達にもそっぽ向かれるなんてな』
『化けの皮が剥がれたんでしょ』
『一人が良いならなんでここいんのあいつ?』
『つうかさ、』
『『『お前、邪魔』』』
バキッバキッバキッ
バキッバキッ
バキッ
ニャー
男「待てよ!」
女「嫌っ!来ないで!」
男「どうして駄目なんだよ!俺にはもう誰もいないんだからさ、いいじゃないか!一人くらい!せめて、いやもう友達とか、いらないから、女ちゃんが、女ちゃんが!」
バキッ
ドタッ
男「……痛…」
体育教師「何してんだお前」
男「いや、その……」
体育教師「いや、そのじゃねえよ。何してたんだって聞いてんだよ聞こえないの?」
男「いや、俺……」
体育教師「ああ!ハッキリしねえ奴だなお前はッ!!!」
バキッドカッ
ドカッドカッドカッドカッドカッ
ドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッドカッ
ニャー
ププーッ
男「うあああああああああああ!!!!!!!」
男「」ゼイ…ゼイ…
男「ここは…」
男「……!」
男「うッ…ぷ」
男「ウォエ…………ゲホッ」
男(バスの……中…)
男(床は…血だまり)
男(おまけに…いや当然……死体)
男(刺殺か…?)
男(誰が…)
男「……!」
男(ま、窓に映ってるのって……)
男(お、俺……?)
男(俺……なのか……この惨状を作ったのは…)
?「おい」
男「え?」
グサッ
バタッ
…………。
ニャー
タタタタタタタタタタタタ
男「あれ…」ゼイゼイ
男「何で俺……走ってるんだろ」
男「これ、うわ。確かずっと欲しがってたサッカーボールじゃん」
男「よし。サッカーするか」ゼイゼイ
男「しかし疲れたな。公園辺りで休んでそれからサッカーを……」
男「いや、一人じゃサッカーは……」
男「……あ、あれ」
友人「」
男「おーい!サッカーだ!サッカーしようぜ!友人お前、確かサッカー大好きだったよな」
友人「……」
男「あれ…なんかお前デカくなったな急に」
男「いや…あれ……俺、なんでこんな縮んでるんだ」
ポン…
男「」ビクッ
?「ねえボク」
男「は、はい…あ、あんた」
?「それ、お金ちゃんと払った?」
男「そ、それ……?」
?「払った?」
?「ねえ?」
ニャー
男「おいこらババァッ!!」
《ど、どうしたの。さっき昼食はちゃんと》
男「俺は麺が食べたいって言ったんだ!老化が早いんじゃねえのか?何だってチャーハンなんかつくってくれてんだよ!」
ガシャンッ パリーン
《ごめんね…母さん今から作り直すから》
男「もう遅えよ!馬鹿じゃねえの?もういい、自分で食うから」
《じゃ、じゃあ…はいこれ。これで好きなもの食べてきな》
男「……えよ」
《ん?》
男「少ねえよ!!!」
バキッ
《……ッ》
ポン…
男「」ビクッ
男「さ、サッカー…ボールは……?あれ?俺……?」
?「やりすぎだ」
男「……父さ、」
バキッ
バキッ
バキッ
ニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャーニャー
男「アアアアアアアアアアあああああああああああああ!!!!!!!!」
男「」ゼイゼイ
男「あれ…俺……」ゼイゼイ
男「何だ?何がどうなってるんだ」ゼイゼイ
男「どうしてこんなに疲れてんだ」ゼイゼイ
ニャー
男「」ビクッ
男「わ、あ、っ、あ……あ」
男「さっきの……ニャースか」
ニャー
男「海パン野郎はどうしたんだ?……と言っても飼い猫じゃあないか」
男「ここ…どこだ……?」
男「何だか…上手くものを見れない。景色が濁ってる……気持ち悪い」
男「吐き気がする」
ニャー ペロペロ
男「あ、ああ…大丈夫だから……」
男「……嫌な記憶みたいなものがドッとフラッシュバックみたいに頭へ流れ込んできた。とか」
男「頭痛、酷いしな」
男「それ以上に吐き気も」
男「頭でも打ったのか熱中症にでもなったのか気でも狂ったのか…」
男「景色が…ぐちゃぐちゃだ」
男「音も…聞き取れない」
ニャー
男「あ、ああ。お前は何故か聞こえてるから安心しろって」
男「……安心されてるのはこっちか」
男「……っ」スクッ
男「た、立てた」
男「平行感覚とかもおかしい気がする…」
男「休む場所…」
男「……も見えないんだよな」
男「もう全てがどうでもよくなってきた…」
男「どうせ死ぬならせめてこの悪夢を見せてる奴の顔面、非力ながら精いっぱいぶん殴ってから死んでやる」
男「……」
男「変な死に方だな」
ニャーニャー
男「傍にいるから。大丈夫だから」
ニャーニャー
男「……?」
ニャーニャー
男「何か伝えたがってるみたいだな」
男「……馬鹿か、俺」
男「俺も案外、変態の仲間入りする資格があるのかも」
男「というかこれが現実なら俺はこれからメラゾーマだろうがステルス機能搭載の魔龍だろうがカラコーンの真価だろうが何だって信じてやるぞ」
男「うぐ、気持ち、悪い…」フラッ
男「俺、そもそもこれ歩けてるのか」
ニャーニャー
男「こいつが脚進めて着いてきてるんだから、前進はしてるはずなんだよな」
男「……」
男「ああ……」
男「くそ…………」
男「ああ!うぜえ!一体何がどうなってやがる!!おかしいぞ!変だぞ!狂ってるぞ!」
男「何慣れてんだ俺。何順応してんだ俺。目を覚ませよ、何だよこの現象は」
男「病気か?これが?そうだよ、ただの病気なんだ…」
男「だから…寝なきゃ……」
ニャーニャー
男「ごめんな」
ニャーニャー
男「俺根性ないんだ…」
男「根性……?」
男「根性…………」
男「」
男「俺」
男「行かなきゃ」
男「あれは確か……《マヨネーズがケチャップの味になる》だっけか《ケチャップがマヨネーズの味に似る》だっけか」
男「いちいち覚えてないわ」
男「とりあえず、覚えてるだけ呪文を唱えてみよう」
男「毎週毎週」
男「毎週毎週毎週毎週、本当毎週耳にタコができるくらい聞いてきたあの意味不明な呪文」
男「今ここで使えば何となくここから出れる気がする」
ニャーニャー
男「うるさいな。もうこれしか思いつかない」
男「行くぞ!」
ニャー
男「」ブツブツ…
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
男「」
男「今度はどこだ…?」
男「やたら眩しいぞ…却って景色がぼやけて見える」
男「うーん…」
男「あれ?」
男「ニャースは?」
男「おーい!ニャース!」
男「……消えた」
男「吐き気はない」
男「平行感覚も、正常」
男「視界は……さっきよかマシってところか」
男「うし。歩ける」
男「地に足付いて歩いてる感覚がするぞ」
男「まず行き先は」
男「あそこだ」
バンッ
男「もう何なんだろうな。言葉じゃ説明できない」
男「感覚が、ここだって知らせてる」
男「だから、来れた」
バンッ
バンッ
バンッ
男「おうし。張り切れ、気合い入れろ俺。きっと今から俺は顔面が失敗作のアンパンマンみたいな形になるまで腫れ上がるかもしれんが、」
バンッ
男「ここは、一応男らしく、非力だけど、ヘタレだけど、他人に無関心で人でなしだけど、ストローだけど、」
バンッ
男「一人の女くらい守って潔く散ったらああああ!」
男「もうどうにでもなれえええええ!」
ピンポーン
男「インターホン押してどうすんだよ俺!」
男「ヤバい、気付かれた、どうしよう」
男「逃げるか?ここで?逃げてどうする?さっきまであんなに気合い入れてただろ」
男「そうだ、どうせなら玄関から扉開いて顔出した瞬間、全力で不意打ちをかませば…」
男「勝てる!これなら勝てる!」
男「よし!」
?「あの……?」
男「」
?「どちら様ですか…?」
男「あ、あれ…?」
男「おいおい、冗談キツいぞ」
男「天の神さま、これ以上凡人を混乱させて何が楽しいんだよ」
?「あの…」
男「なんで……お前が」
男「友人」
友人「あなた、俺を知ってるんですか…」
男「知ってるも何も…。ん?友人俺のこと覚えてないの?」
友人「初見としか思えないッスね……同い年くらいですかね」
男「そ、そりゃクラスが……じゃなくて、女ちゃんが!女ちゃんが危ない!」
友人「危ない…?女のことも知ってるんですか」
男「お前、目や耳どうにかなったんじゃねえのか?二階だよ二階!二階の部屋で女ちゃんが襲われてたろ!」
友人「女を知ってるのにも驚いたけど、あなたの奇人っぷりにも驚かされる」
男「……っ、いいからどけ!」
友人「ちょ、ちょっと」
タタタタタ
男「」ハッハッ
男「この部屋か」ゼイゼイ
男「……あれ」
男「音、止んでる……」
男「……?」
男「っ、女ちゃん!」
ガチャッ!
女「!?」ビクッ
男「よ、良かった……無事で」
男「怪我は?大丈夫?叩かれたりしてない?」
女「う…」
男「わ、やっぱりぶたれたの?誰?誰にやられたの?今から俺がストロー根性全開の鉄拳をお見舞いしに」
女「うわーん!」
ガバッ
男「!!!?」
女「うああああああ」ギュッ
男「∈∵ヴΘΡΥΧ」
友人「あの……」
女宅 リビング
友人「結論から言うと」
友人「男さんは俺と女の両方を覚えてる」
友人「女は男さんだけを覚えていて俺を知らない」
友人「俺は女を覚えてるけど、男さんのことは記憶になし」
男「ここはもう天国だったんだろうな……俺はもう死んだんだ、ああそうに違いない」
女「ご、ごごごごめんね、知りもしない人に『俺を覚えてないのかっ』て強く押されて心細かったからつい……」
男「いや、天国は伝承通り良いところだった。人間は天国の存在を掴めていたんだ」ポケー
友人「……さておいて」
友人「どうしますかねこの状況」
男「じゃあ。これまでの経緯を話し合おう」
女「ん…………」
友人「それはちょっと…」
男「どうして。まさか……」
男「説明しようのない不思議な現象に巻きこまれて、辛い思いをした――とか」
女「!」
友人「同じッスね…」
男「じゃあここは天国でもなければ、まだ現実でもないのか。夢?異世界?」
友人「それは考えるだけ無駄だと…」
男「どうにか日常に戻れないのか」
女「……」
友人「……」
男「あの…さ。女ちゃんは俺を覚えてるから訊くけど」
女「何?」
男「昨日……ああ、昨日かどうか確証はないけど、この意味不明の現象に巻き込まれる前日のこと覚えてる?」
女「うん…大体…」
男「本当!?」
女「その日は……そう、授業公開日で」
男(ビンゴだ)
女「一限は英語……二限は古典……三限が世界史……四限が自習時間。昼休みを挟んで五限と六限が外で体育、だったかな」
男「そう。そう!」
友人「それは俺も覚えてるッスね」
男「カラーコーン二刀流の変態パンチパーマも来てたよね?」
女「あの人……最初凄いびっくりして」
男「それは良いんだ!あのインパクトには驚くのが常人の神経なんだ!」
男「六限の後のこと覚えてる?……いや、出来れば六限の最中に保健室へ向かったところから」
女「えっと…男くんが先に行ってていいって言うから」
女「一人で保健室に…」
男「…。一人で?」
女「うん」
男「一人で……」
友人「やっぱ記憶に差があるみたいッス。俺はそこまで女と二人だったから…」
男「……一つ言っていいか?」
友人「?」
男「俺に対して妙な敬語の口調を止めろ。そして何より女ちゃんを呼び捨てにするな!」
友人「あ、ああ、了解ッス……いや了解」
男「記憶に誤差があるのはどうしようもない。保健室で誰かに合わなかった?」
女「Cクラスの人に…」
男「!」
友人「その記憶は俺も同じ」
男「アイツに出くわしたのは、三人共有の記憶……!」
男「だとしたら…」
男「おいおい……」
男「俺はいつからこんな現象に引きずり込まれてたんだ?」
男「授業公開日からがおかしかったのか?」
男「それとも授業公開日までは世界は正常で、翌日から俺たちの記憶が改変されたのか」
友人「俺もその線が正しいと思う。いや、それ信じなきゃもう精神崩壊しそうで」
女「授業公開日までは、正常だったんだよ!おかしいのは」
男「翌日からの、俺達の記憶」
男「……変なこと訊くぞ?」
友人「どぞ」
男「海パン一丁のオッサンに合わなかったか」
女「海パン一丁の…」
友人「オッサン…」
男「聞かなかったことにしてくれる?」
友人「……話戻すと、保健室でCクラスの奴に出くわして」
女「私は懇切丁寧に校庭に引き返すようにって…」
友人「同じく」
友人「……男は?」
男「俺は……」
男「その、まあ…」
男「ゴタゴタがあったんだ。ちょっとな。少なくとも二人の記憶通りの展開じゃないよ」
友人「ここで記憶分岐か…」
女「ややこしいね…」
男「その後は?」
友人「つまり」
男:
《~六限の頭、下駄箱まで三人、そこから一人で保健室へ》
→《Cクラスの人物と遭遇》
→《トラブル発生》
→《後にHRを済ませ帰宅》
友人:
《~六限の頭、女と二人で保健室へ》
→《Cクラスの人物と遭遇》
→《校庭へ引き返すように促される》
→《そのまま体育が終わる》
→《HRを済ませ帰宅》
女:
《~六限の頭、下駄箱まで男と二人、そこから一人で保健室へ》
→《Cクラスの人物と遭遇》
→《校庭へ引き返すように促される》
→《そのまま体育が終わる》
→《HRを済ませ帰宅》
男「えっと、この事から…」
1.三人共、今この空間で記憶の欠けている人物が、そのまま授業公開日当日の記憶から除外されている。
2.保健室入室後、展開があからさまに異なっているのが男一人。女と友人はいずれも校庭へ引き返し帰宅。
3.男の記憶には、HR中二人が委員会の都合ということで姿が見えない状態だった。
4.男が二人を覚えている以上、記憶の幅が最も広く信用性がある現状。
男「そもそもどうして記憶に誤差が生まれるんだ」
友人「それぞれがそれぞれの記憶を事実としてる以上は、もうどうにも噛み合わないと思うぜ」
女「でも…私は男くんを信じるよ」
男「女ちゃん…」
友人「……何だか遠慮の無い苛立ちを感じる。本当に友達だったのかもな」
男「授業公開日の記憶に誤差…翌日にフラッシュバックと意味不明な空間への遭難…」
友人「何か分かった?」
男「駄目だ何も分からない」
友人「カーッ、もどかしいなあ」
女「あ、」
ガタタタタンッ
男「」
友人「」
女「」
ニャー
男「……ニャースか。ニャース?ニャース!戻ってきたんだな!」
ニャー ペロペロ
女「ね、ねえ……その猫」
友人「というか、その猫の鳴き声が」
男「あ、ああ。俺も同じだよ。でも、その後ここまで来れるよう支えてくれたのもこいつなんだ」
ニャー
友人「わ、悪いけど俺はちょい近寄りがたいかも…」
女「わ、私も……」
男「まあ、無理ないよな…」
《何か分かった?》
男「」
女「……え」
友人「……っ」
《ああ、驚かせたようで》
《男くんには記憶があるはずだよ》
男「……海パンの、オッサンか」
《そうそう海パンのオッサンだよ。この猫を通じて今君たちに話しかけてる》
友人「もう何でもアリって感じだな…」
女「う、うん…」
男「……、で、この状況は何?この世界は何?早く俺たちを連れ戻せよ!魔法でも何でも使ってさ!」
《あれほど馬鹿にしていた魔法を?》
男「信じざるを得ないだろ、こんな状況。普段なら一笑に付してやるさ。でもさ、これは、こんな辛いことって」
《本当はね。記憶の誤差なんかトラブルでしかないんだ、本当に大事なのは》
《君たちの共通点だよ》
男「共通点」
《君たちは今日、何を見てここまで辿り着いたの?》
《何にもがき苦しんでここまで到達したの?》
《何に負けじとここまで這いつくばってきたの?》
《僕は君たちを元の居場所に戻すとか、夢から覚ますとかはできないけれど》
《ネクストステージには進めてあげられると思う》
女「ネクストステージ……」
友人「テメェ人を馬鹿にするのも大概にしろよ!何がネクストステージだ!ゲームじゃねえんだぞ!!」
《ゲーム……良い表現だね》
《じゃあ君たち。頑張って、己の負を全て拭い去れるように》
男「お、おい!」
《では》
《家族は、大事にね》
《それと、友達も》
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
友人「」
友人「あ…?今回はどこに飛ばされた?」
ニャー
友人「」ビクッ
友人「ま、毎度毎度突然出てくるなよ驚くだろ…」
ニャー
友人「例の海パン野郎とはコンタクトできないのか。ってことはただの猫…」
ニャーニャー
友人「うわあ、無理無理。やっぱしばらくは猫に近付けねえな」
?「独り言?夜なんだからなるべく静かにね。隣に声聞こえちゃうでしょ」
友人「あ、すみま……か、母さん!?」
友人母「だからうるさいって言ってるでしょ!」
友人「ああ、ごめん」
友人(母さん?なんで?)
友人(このアパート……)
友人(寝室…)
友人(敷かれた布団二つに俺と母さん)
友人(見るからにアパートって雰囲気だ)
友人(そうそう、下は畳だっけ)
友人(……?身体が軽い?)
友人「」モゾッ
友人「――――!!」
友人「ち、縮んでる!」
ポカッ
友人母「次声出したら外で寝かすから」
友人「ご、ごめん…」
友人(なるほど、時間を遡ってる訳ね。ここは母さんと二人暮らしの時か)
友人(つう事はやっぱり…)
友人(失敗を成功に変えるチャンス、か)
友人(……楽勝じゃん)
友人(精神状態は17の俺のままだし)
友人(同じ失敗繰り返すかっての。人類皆の希望だろ?人生やり直すなんて)
友人(しかも俺の場合まるごとやり直すんじゃなくて、失敗した所を適当に修正する)
友人(悪いことばっかだと思ってたけど、案外良いこともあるじゃん)
友人(それにしてもガキに戻るってのは良いもんだな)
友人(ああ…)
友人(何か、温かったよなあ……この頃の家族って)
友人(二人だけなのに)
友人(三人でそこそこ綺麗なマンションで冷えた飯を食うよりは、こういう慎ましい温もりのある生活の方がうんとマシだな)
友人(そういうことはやり直せないのか?)
友人(無理か…二人が再婚した原因に俺は関係がない)
友人(じゃあこの時空の父さんは今一人…なんだよな)
友人(…………)
友人(ふあ…)
友人(眠い…)
翌朝
友人母「――ろ!」
バシッ
友人「あたッ」
友人母「起きろおおお!!」
友人「おおお起きてる起きてる!その振りかざした新聞紙をしまってくれ!」
友人母「ん。今日は早いわね」
友人「いつも何度俺の顔面に叩き付けてるの?」
友人母「アンタ。それより」
友人「?」
友人母「どことなく、雰囲気が変わったような…?大人びたみたいな……」
友人「き、気のせいだろ?……いや、気のせいだよ?」
友人母「寝ぼけてるのね」
友人(仲良かった頃の母さんは扱い易かったっけか…。ある意味男の家と似たような会話繰り広げるかも分からないぞこれ)
友人母「いただきます」
友人「いただきます」
友人母「!!」
友人「ど、どうしたの」
友人(もう何かトチったか?)
友人母「い、今なんて」
友人「……いただきます」
友人母「」バタッ
友人「母さん!」
友人「止めろ!箸の片方が鼻の穴に刺さった状態で死んでいく親の姿なんて見たくない!」
友人「……失神してんのか、これ?」
友人「いただきますで失神する母親なんてそういないだろうな」
友人「ガキの頃、そんなことも出来なかったっけな……」
友人「やり辛え…」
友人母「じゃあ仕事言ってくるからね」
友人「お、……うん。行ってらっしゃい」
パタン
友人「……」
友人「――ぁぁぁぁぁあああああああああ」
友人「肩こるわこれ…身体小学生だけど」
友人「気苦労するなしばらくは」
友人「さて、と」
友人「まずは情報を集めないと」
友人「時を遡った時のお約束!まずはその時空の情報を集めろってな」
友人「楽しくなってきた」
友人「まずは新聞だよな」パサッ
友人「……んん?」
友人「うおっ、この番組懐かしいなー!」
友人「うっわ馬鹿みてえに流行ったぞこれ、十年も経ってないのに古臭く感じるぜ」
友人「いたなあ、こんなアイドル。一年か二年で姿消したんだよな」
友人「あああー、これ…」
ニャ-
友人「」ビクッ
ニャー
友人「な、何だいたのか…」
友人「毎度毎度驚かせやがって」
ニャー
友人「……ああ、そうそう日にちだ日にち」
友人「」パサッ
友人「」バタバタ
友人「」ガサゴソ
友人「」ジーッ
友人「」パタパタ
友人「……今、小四か。俺」
友人「間違いない、あの日は今でも忘れもしない」
友人「流石海パン様々だぜ」
友人「的確に送り届けてくれやがって」
友人「あの事件は間違いなく」
友人「今日だ」
友人「手間が省けるな。まさかこの状態を数十日、下手すると百日以上なんてチンタラしてられないしな」
友人「で…俺は」
友人「何てことはないな、じっとしてればいいだけだ」
友人「起きたばかりだけど寝るか…やること無いし」
ジリリリリリリリリ
友人「うーん…」
ジリリリリリリリリ
友人「電話か…?うっせえな……目覚まし時計よかうるせえな」
ジリリリリリリリリ
友人「っ、待て待て。条件反射で出ちまうところだった。まずいだろ出るのは」
友人「仮に知り合いだったら……まず話は噛み合わないだろうな」
友人「つうことでシカトシカト…」
ジリリリリリ
友人「……」
ジリリリリリ
友人「……」
ジリリリリリ
友人「だー!留守電サービスとかねえのか!」
友人「ま……何かの勧誘だろ」
ガチャ
友人「はいもしもし」
『おーもしもし友人?』
友人「」
友人(こいつは確か…)
友人(小四時につるんでた奴だ、なんだまだ疎遠な時期に来てなかったのか…)
友人「お、おう。確か……Tか」
『確かって……当たり前だろ、何言ってんだお前。昨日会ったばかりなのにもう忘れられたら泣くぞ』
友人「ジョ、ジョークだって気にするなよ」
『――で、今日○×△町に来てほしいんだけど』
友人「何しに」
『昨日テレビで芸能人のKが着てたアレ、ここ近辺に売ってんだ』
友人(ガキが洒落たこと言いやがって……)
友人「えっと…」ガサゴソ
友人(390円)
友人(ん?この金額どこかで……)
友人「ワリ。今金欠だからまた今度な」
『えー?あ、オイ』ブツッ
ツーツー
友人「まあ、今は電話もかけない過去のダチだしな」
友人「心痛まないわな」
友人「390円…」
友人「……あー、」
友人「早く男と女ちゃんのいるとこに帰りてえ――な!?」ズキッ
友人「がっ……!!」
友人「痛ッ……頭が…」
友人「……」ズキズキ
友人「っかしいな…こんな頭痛なんて引き起こしてたか」
友人「治ってきたし…」
友人「」
コロコロ
友人「サッカーか」
友人「良いねサッカー」
友人「でも、こういった遊びに付き合ってくれる奴がいないんだっけ…」
友人「俺も案外交友関係狭かったっけ」
友人「もう男のことは言えねーな」
友人「腹減った」
友人「こういう時どうしてたっけ」
友人「390円もありゃうまい棒39本も買えるし、少し外寄るか」
友人「うまい棒は建前で、懐かしい町並みを見たいだけなんだけどな」
ガチャ
パタン
スタタタタタタタタ
友人「あああああああああああ」スタタタタタタタタ
友人「いぁあああああああああああ」スタタタタタタタタ
クスクス
ニコニコ
友人(おいおい、何とも微笑ましい表情で大人がこっち見てるぞ)
友人(17の姿でこんな風に走ってたら、間違いなく『何だあの頭おかしい高校生は』なのにな)
タタタタ…
友人(お)
友人(で、ここが行き着けのゲームショップなんだよな)
友人(よく無料お試しコーナーで時間潰してたっけ)
友人(はは。今同じことやったらオタクとか言われるのかもな)
友人(昔のゲームでも堪能しに行きますか)
タタタタ…
ピコピコピコピコ
ズダダダダダダ
バンッバンッ
友人「……」
友人(こうして小学生視点で見ると)
友人(高校生集団でスペース占領してるとこ、果てしなく向かっ腹が立つな)
友人(んー)
友人(やっぱり高校生だから出来ることもある訳で)
友人(ここで正面切って『ちょっと一ついいッスか?』なんて無理な話だ)
友人(だー、やっぱり戻りてえな高校生)
友人(あの三人でなら)
友人(面白い高校生活…)ズキッ
友人「……!?…………あッ」
店員「き、キミ、大丈夫かい?」
アパート
友人「……」
友人「結局、家に逆戻りか…」
友人「」ズキズキ
友人「どうしてか…高校生活を鮮明に頭に思い起こそうとすると激しい頭痛がする」
友人「これは…偶然じゃないんだろうな。多分」
友人「……」
友人「……俺、もしかして戻れないんじゃないのか」
友人「おい、どうなんだよ海パン!この頭痛の原因を説明しろ!」
ニャー
友人「…」
友人「……」
友人「はあ」
友人「もういいや、本格的にじっとしてよう」
友人「動き回るとろくなことがない」
友人「…………」チラッ
友人「ん……確かあそこらへんだったか、いつも給料がしまってあるところ」
友人「空き巣でも来たらどうするんだ。ATMを……」
ドクン
友人「……?」
ドクン
友人(さっきの頭痛じゃない)
ドクン
友人(これは――)
友人(まずい)
ドクン
《新発売の――》
友人(止め、ろ)
《未クリアのまま売っちまったあの――》
友人(止めろ)
ドクン
店員「まいどありー」
友人「……」テクテク
友人「……ただいま」ガチャ
友人「……」ボーッ
友人「……」フラフラ
友人「」キュイーン
友人「」テッテレッテー
友人「」ピコピコ
友人「」ピコピコピコ
友人「」ピコピコピコピコ
友人「………………ん?」ハッ
友人「俺……」
友人「何してんだ」
友人「あれ……?何だよこれ」
友人「昔見たく、また母さんの金くすねて、」
友人「変だろ。……何なんだ。やり直す?楽勝?ふざけんな」
友人「何ださっきのまるで洗脳されたみたいな――」
ガチャ
友人母「――ただいま」
女「」
女(あれ……?もう、到着?)
女(ここは…いつ?どこ?)
女(私の……部屋)
女(そうだ、カレンダー)
女(うーんと…)
女(……中1の頃だ)
女(中1……?)
女(時を遡って、私がするべきことがこれなんだね)
女(一人で……)
女(頑張らなきゃいけないんだ)
女(きっと今頃、男くんも友人くんも凄く頑張ってる)
女(私もこの時を乗り越えて、強くならなきゃ)
女(私の家庭の場合はとても簡潔で明瞭で、でも凄く解決することが難しい問題)
女(私のお父さんは酷く酒乱で、暴力癖がある)
女(でも大人にはお酒に逃げたい時だってある)
女(お父さんにきっかけを与えてしまったのは……)
ニャー
女「わっ」ガタッ
ニャー
女「ああ……猫」
ニャ-
女(ただ鳴いてるだけなら可愛いのに。瞳の奥が冷えて見える。生き物の目をしてない)
女(この子……)
ピンポーン
女「」ビクッ
女「お、お客さん……?」
ピンポーン
女「誰も、出ない」
女「今この家にいるのは……そう、あの日だとしたら、午前中は確か私だけだったはず」
女「そしてその日に来るお客さんは」
ピンポーン
女「……誰だっけ」
女「うわああ。忘れちゃったよー。どうしよう、あんなに辛いことがあった一日なら出来事全部覚えててもいいはずなのに」
女「そ、そうだ。窓際から外の様子覗けばいいんだ」
女「私何を焦ってるんだろ……」シャッ
女「……お姉ちゃん」
女「うわあああ。お姉ちゃんだ!若ーい!あはははははは」
女「あれ。見えなくなっちゃった」
女「どこ行っちゃったのかな」
女「今も当たり前に充分若いけど、どこか初々しさを感じる」
女「あははははは。面白ーい!」
女「あははははははは」
ポカッ
姉「ちっとも面白くないわ!!」
女「ごめん…」
女姉「二階、アンタの部屋には気配もあったしカーテンも動いてたから……インターホン押しても誰も出ないし、まさかと思って鍵開けて入ったら我が妹が一人部屋で絶賛大爆笑中よ。たまったものじゃない」
女「どうして鍵があるならそれ使わなかったの」
女姉「え?だって面倒くさいし」
女(こういうところ変わらないなあ……昔も)
女姉「で、窓から私覗いて何してたの。何か企んでたの?」
女「何も企んでないよー」
女姉「早く吐けば楽になるわよ……」
女「痛い、痛いってばお姉ちゃん」
女(そう。お姉ちゃんとだけは昔からずっと変わりなく仲が良かった)
女(唯一の寄りどころだったんだ。だって、お母さんには頼れないから)
女(一番この家庭で辛い思いをしてきたのは、お母さんだったから)
女(でも私もまだ中学生)
女(お父さんが怖くて怖くて仕方なくて、どうしようもなく不安で)
女(頼れる人はお姉ちゃんだけだった)
女(お父さんの風当たりが強いのはいつもお母さんだった)
女(でも…この日は)
女姉「で、買い物手伝って。近くのスーパーまで」
女「うん」
女姉「あれ本当に?助かるわー、だって今日の当番私なのに。いいの?」
女(そっか。夕食の買い出しにはいつも当番制があるのが前の決まりだったんだっけ)
女「き、今日は暇で、やることもないから」
女姉「おおー我が妹ながら従順な下僕に育ったものだ」
女「下僕って言わないで…」
女姉「じゃ今すぐレッツゴー」
女「わ、待ってお姉ちゃん」
スーパー
女(家からここまで徒歩十分。景色が懐かしくて思わず何度もにやけちゃった……)
女(この町はここ数年で緑があっという間に激減しちゃったけど、この頃はまだそうでもなかったんだ)
女姉「今晩どうしよっか」
女「……うーん」
女(ここに至るまで色んなことがありすぎて正直まだ混乱してるから、今晩のメニューなんて考える余裕ないよ……)
女「…………カレー」
女姉「よしカレー決まり」
女「意義無いの?」
女姉「いやだって考えるの面倒くさいし」
女「うん…そうだね……」
女姉「こんなところ?」
女「うん、大丈夫。じゃあレジに……」
女姉「いやいや待ち待ちまずいでしょ」
女「え?」
女姉「」スッ
女姉「五本あれば文句ないかな……」
女(そっか、お酒……)
女(何食わぬ顔をして、本当に平然と)
女(飲ませ過ぎない方がいいに決まってるけど、用意しておかなきゃもっと酷い仕打ちが待ってるから)
女(『家にお酒が足りない』なんて状況は、我が家じゃ最大のタブー)
女「……もういいよね、いこ、お姉ちゃん」
女姉「んんー」
トコトコ
女姉「アンタさー」
女「ん?」
女姉「ここ最近のことがあってというか、まあ……それ除いても大人になった」
女姉「もうそんな大人びてくると私もなんだか寂しいな。まだ私と身長差、あるのにね」
女「……」
女(……身長差。あれ?)
女(そういえば私)
女「」キョロキョロ
女(縮んでる!)
女(あれ?おかしいなどうして気付かなかったんだろう)
女(……私、身長にはあまり自信ないんだよね)
女(昔からそう伸びてなかったんだ、きっと)
女「…………」
女姉「あ、あれ?一応誉めたつもりなんだけど落ち込んでるのはどうして?」
ガチャ
?「お帰りなさい」
女姉「ただいまー」
女「わ、あ、」
女「……お母さん!」
女母「どうしたの?顔に何か付いてる?」
女「付いてない付いてないうわあああお母さん若ーい!!」
女姉「……」
女母「……」
女母「来月のお小遣いは少し増やしてあげるわね」
女姉「ちょ!何それ反則!そんなありきたりな戦法で増えるなら私もとっくにそうしてたもん、いやもう何回かした!」
女母「この年になるとねえ、こうして誉められる時に本心で言われてるのかそうでないのか分かるのよね」
女姉「お母さん、若ーい!!」
女母「早くそれ冷蔵庫にしまって」
女宅 リビング
女姉「」ムスー
女「そ、そんなにむくれないでお姉ちゃん」
女姉「どうせ既にあらゆる部分がむくれてるわよ!」
女「静まってお姉ちゃあああん」
女姉「くそ…何が、私との差は何?表情?姿勢?発声?音程?」
女「気持ちだよお姉ちゃん……」
女姉「私の何かをアンタが先越していった感じがしてたまらなく不愉快だわ!」
女(中身の年齢なら同じはずなんだけどね)
女母「二人共、今日はいくつかケーキ買ってきたからお食べ」
女姉「よし!」
女(立ち直り早いなあ…)
女(三人の時はこんなにも平和なのに)
女(どうしてバラバラに崩れちゃったんだろう)
女(決まってる)
女(お父さんのせいだ)
《あんな人、いなくなればいいのに》
ドクン
女「――ッ!!」
《あの人さえいなくなれば、私たち三人は毎日平穏に暮らしていけたのに》
ドクン
《消えろ!消えろ!消えろ!》
ドクン
女「~っ!」
女姉「ちょ……大丈夫!?どうした?」
女「た、食べ過ぎて腹痛が……」
女母「調子に乗るからよ。……でもちょっと痛み方が過剰ね、薬用意しておくから部屋で休んでいなさい」
女「うん…」
部屋
女「……」
女(さっきのは何?)
ニャー
女「!」
女「ずっといたの……」
ニャー
女「……あの時の人とはもう話せないの?」
ニャー
女「だよね…」
女「はあ、心細いよ……」
女(私、依存癖があるから、誰か頼れる人がいなきゃいつも不安なんだ)
女(男くん…)
女(また三人で、鬼ごっこしたいな)
女「――ッ!」ズキッ
女「嫌…あ……」ズキズキ
女「~っ!」ズキズキ
女「痛…い」
女「何、これ……」
女(頭が痛くてたまらないよ……)
女(時を遡るには身体に負担がかかる、とか?)
女(もう……嫌。早く帰りたい)
女「」ズキズキズキズキ
女「あああああああああ」
女「……ッ、……ッ、」
女(何も考えない、何も考えない、何も考えない、何も考えない、何も考えない)
女「…」ズキズキ
女「……」
女「私、元の場所には帰れないのかな」
女「そんなの……嫌」
女「!」ズキッ
女「うう…」ズキズキ
女「求めちゃ…駄目なの?」
夜 リビング
女母「テレビ、消しておきなさい」
女姉「……」ピッ
女母「今日はもう寝なさい、明日学校でしょ」
女姉「別に。女子高生は夜更かしぐらいするし」
女母「もう…どうして……」
女姉「……叩かれない人の方にも痛みがあるっての分からないの!?」
女母「…………」
女姉「ねえ、都合よく妹がいないからこの際また訊くけどさ」
女姉「どうして別れないの?このままじゃ死んじゃうよ!?」
女母「あの人には…私が……」
女姉「このお人好しッ!!!」
女姉「何?意味分かんないっ。どうして傷つけられてもあんな人支えようとするの?」
女母「昔は、あんな人じゃなかったの…」
女姉「昔は昔でしょ!!」
女姉「お母さんがアイツを庇うせいで私と妹が傷付いてるじゃん!それはどうするの?」
女母「私が、一人で…」
女姉「ああ…もう……!お母さん一人袋叩きにされてれば万事解決?変だよ!!」
女母「何もずっとこうしようとしてる訳じゃないの。ただ今からじゃ私はあなた達二人を養う自信がない……!」
女姉「いいよそれくらい。私すぐ働くし」
女母「あのね…」
女姉「それなら文句ないでしょ!ねえ早く別れよう!」
女母「あなた達二人とも私に着いていける保証なんてないのよ……」
女姉「ある!私と妹自身の意志があるもん!ねえだから早く別れて、今すぐにでも!」
女母「落ち着いて、お願いだから…」
部屋
女(ごめんね、お姉ちゃん)
女(私起きてるよ)
女(そうでなくてもそんな大声出してたら起きちゃうよ、本当に後先考えないんだから)
女(扉の隙間から、リビングに響き渡るお姉ちゃんの懇願)
女(重い)
女(この会話は昔聞いた覚えがなかった)
女(今回、この二人の話は聞くべくして聞いたんだ。偶然なんかじゃない)
女(そのために、多分私はここに来たんだから)
女(だから、ね)
女(私……勇気出すから)
ドンッドンッ
女「――」
女姉「――」
女母「――」
女母「今日は…」
女父「ああ、それでいい」
女姉「……」
女父「何だ今日はお前夜更かしじゃねえか」
女姉「普通じゃん。そういう年頃なんだし」
女父「たーっ、んっとに生意気になったもんだ…」グビグビ
女母「今日はもう疲れ切ってそうだから休んだらどうなの」
女父「まーだ数杯飲むまでは寝れるかよ」
女姉(出た)
女姉(いつもそうして杯を重ねてく)
女「お姉ちゃん」
女姉「ちょ、アンタどうして!まだ起きてたの?」
女「夕方に寝過ぎたから起きちゃった」
深夜2:00
女父「……」ボーッ
女姉(マズい)
女姉(もう様子からして、きてる)
女姉(妹寝かさなきゃ)
女(二時…)
女(そろそろお父さんが…)
チッチッチッチッ
女(来る)
――ガシャンッ!!!
女姉「!!」
女「……!」
女母「…」
女父「うぉおッい!!そもそもお前なあ!……」
ガシャンッ
ガタッ
パリーン
女(重なってく)
女(今見えてる光景と、記憶が)
女(フィルムを合わせていくように…)
パリーン
ガシャンッ
『……ッ!』
『――!~~!?』
『……、…………』
『ーッ!……!!』
女(私はこの時お母さんを庇って)
女(そしてお父さんの矛先が私へ向けられて)
女(それ以来、一番の重荷を背負う役目は私になったんだ)
女(お母さんはそれを見かねて)
女(ついに、別れようと決意をした)
女(でもそれは決してハッピーエンドじゃなかった)
女(四人でいる最後の晩、)
女(お父さんはこれまで以上に頭に血が上って、)
女(とうとう)
女(お姉ちゃんを、殺したんだ)
女(殺されたといっても、命を落とした訳じゃないけど)
女(……植物人間なんて、殺されたも同然だ!)
女(私はそれを友人くんや男くんに打ち明けることができなかった)
女(あまりにも陰惨な過去だったから)
女(だから私は今ここで)
女(元の世界で胸張っていられるように、)
女(過去を、変える!)
女(ここでお父さんを――!)
女(コロシテヤル!!!!!!!!!!)
ドクン
女「――え?」
ドクン
ドクン
ドクン
男「」
男「――ん」
男(ここは、どこだ)
男(また何も見えないし、聞こえない)
男(くっそ冗談じゃねえぞ海パン、また逆戻りか?ふざけんじゃ……)
ニャー
男「」ビクッ
男「い、いたのか……お前」
ニャー
男「海パンとは話せないの?」
ニャー
男「コンタクトは無理なのね」
男「ん……」
男「目が…耳が……」
男「戻って――ここ……は?」
ワイワイ
ガヤガヤ
キャーキャー
男「……」
男(教……室?)
男「教室……」
男「おいこれどういうことだ海パン……!」
男「……ニャース?」
男「消えやがった…」
『何ぶつぶつ一人で喋ってるの?気持ち悪いぞー!』
パシッ
男「痛ッ」
男「紙ヒコーキ?……よくやってたなあ」
『うわ、何お前どうしたの?本格的に気持ち悪いぞー!』
男「誰が本格的に気持ち悪いだあ……。ここ…」
ワーワー
男「チビばっかだな」
『お前と大して変わらねーよバーカ!』
パシッ パシッ
男「ああくそ鬱陶しい…」ポイッポイッ
男(目線は同じ…)
男(身体……縮んでるぞ!)
男(ここ…小学校だ)
男(時を遡ったのか)
男(そして小学校…)
男(なるほどね)
男(海パンが言ってた『負を拭い去れ』ってのはこのことか)
男(と分かれば)
男(今俺の学年……いくつ?)
男(こいつらの身長からするに……ああ目線が同じだから客観的に見にくい)
男(小五ってところか?)
男(今休み時間だよな)
男(教室出て札見ればいいか…)テクテク
『男、トイレかー?』
『行かせるかー!!』
パシッ パシッ
男「ふん、紙ヒコーキが何だ。こちとら元の世界でCクラスの極ワル筋肉にボコされ、その後異世界っぽいところをさまよってきたんだ」
パシッパシッ
男「いくらストローな俺でもこの年頃ならそう身体に大差もなし…」
パシッパシッ
男「そう、今俺は何も恐れる必要は…」
パシッ パシッ
パシッ パシッ
男「必要は……」
パシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッパシッ
男「どんだけ作ったんだ!!!」
キーンコーンカーンコーン…
男(くそ…凄まじい数の紙ヒコーキでクラス札の確認すら出来なかった)
男(ストローじゃ、紙ヒコーキには勝てないのか)
男(……泣いちゃだめだ)
先生「始めるぞー1時間目は……」
男(ん?そうだ、問題のレベルから見抜けば何も問題ないじゃん)
男(いっそ難しい問題ガンガン解いてって、他の奴らを見下してやるふふふ)
男(そうすればイジメも解決するかもな)
10分経過
男(…………?)
男(何だこの方程式みたいなの)
男(ヤバい、解けない)
男(くそ!なんでだ!今までで一番の『なんでだ』!)
男(いや、まあ、で、でも時が経てば小学校の問題も解けなくなるのも仕方ないよな、忘れちゃうもんよ)
キーンコーンカーンコーン…
四時間目終了
男(・・・・・・・・・・・・・・・。)
男(まともに出来たのは漢字ドリルだけじゃんか)
男(漢字ドリルって響きがまた懐かしい)
男(……懐古に浸ってる場合じゃない)
男(クラスクラス)
『男がトイレ行くぞー!』
『やれー!!』
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ
男「!!」
スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ
『何!?』
男「またつまらぬものをはたき落としてしまった…」
男(……やっぱり小五か)
男(あの漢字小五で習うのかよ……日本人のレベルは高いな!)
?「ねえ」
男「わっと」
?「ちょっとどいてくれない?」
男「ごめんごめ――っ!!?」
男(この子……!)
男(間違いない、初恋の子だ)
男(い、今でもドキッとくるもんだな。相手の姿小学生なのに)
娘「どいてってば。給食の時間なんだから配膳台用意しなきゃ始まらないでしょ?」
男「ご、ごめん…」
男(何たじろいでんだ相手は小五だぞ)
男(凄いツンツンしてるし、おっかないな)
『いただきまーす』
ワイワイ
ガヤガヤ
男(で、この子とは同じ班か……)
男(名前は、娘)
男(でもあまりに端正な顔立ちで外国人っぽいって理由から、名前まるっきり無視してアリスとか呼ばれてたっけ)
男(俺が見惚れる相手っていつもレベル高い人ばっか……高望みだよなあ)
男(これじゃ一生恋人なんてできません)
娘「ちょっと」
男「な、何」モグモグ
娘「こっちジロジロ見ないでよね」
男「ごめん…」
男(迫力…)
男(女ちゃんとはタイプがまるで逆だ)
『体育だー!!』
『メンドクセー!』
男(面倒臭そうにしてる奴らもずいぶんテンション高いな。はしゃぐな小学生か…)
男(ああ小学生か…)
男(にしても給食挟んで体育ですか)
男(俺頭悪いけど文系人間だからもう体育はこりごりなんだよね)
男(小学校の体育って何してたっけな)
男(よく覚えてないけど足速い奴が何故かやたらとモテるのが小学校ってのは記憶に残ってる)
男(まさかまた鬼ごっこやらされたりしてな)
男(はあ…鬼ごっこ……)
男(――早く高校生活に戻りたいなあ)
校庭
ワーワー ワーワー
『でりゃあ!!』ヒュッ!
『うわあ!』バシッ!
男(ドッヂボールかよ!)
男(缶蹴りやりたかったな)
男(体育で缶蹴りはやらないか)
男(そういや俺鉄棒だけはめちゃめちゃ上手かったんだよな)
『オイ行ったぞ男ー!』
ヒュッ
男「よっ」パシッ
『うお!』
『あのモーションからいとも容易くキャッチとは……』
『あいつそんな運動神経良かったっけ』
男(これは…楽しいぞ)シュッ
ヘロヘロ
『投球はヘボい!』
男(あれ…何でだろ)
男(そうか。俺ノーコンなんだっけ)
キーンコーンカーンコーン…
男(ふう)
『おい!お前あのキャッチ格好良かったぜ』パシッ
『投球もちゃんとしろよ!』パシッ
『お前俺の目の前でガード役になれば守護神と投球王で最強タッグになれんじゃね?』
ワーワー ワーワー
男(紙ヒコーキの時から違和感はあったけど…)
男(まだイジメというよりはいじられってレベルだな)
男(そっか、俺そういう立ち位置だったんだっけ)
男(……つまり)
男(アレは……まだなのか)
娘「ねえ」
男「……ああ、娘さん。どうしたの」
娘「…………」
男「?」
娘「な、何でもない」スタスタ
男(昔あんな変なところ見せたっけ?)
男(時を遡っても、何もかもが同じモーションで再度プレイされる訳じゃないんだろうしそんな事もあるか)
男(これで午後も終わり…放課後はどうするかな)
男(まあ、まず帰るんだよな)
男(帰る…?家に?)
男(家に……)
男(この時空に来てから始めにいた場所が小学校だったから余計……緊張する)
男(小五時の我が家……)
男(例えば17の奴が小五時代を振り返って、家族の雰囲気がまるで違ったかって話になったら、そう頷く奴は多くないと思う)
男(家は大きく変わった)
男(おかげでアイツはあんなだし)
男(親父は今も昔もまともだけど)
男(寡黙だからなあ……友人と一緒で距離感が上手く掴めない)
男(思えば大人が苦手だと思い始めたきっかけは実の親父だったのかも)
男宅前
男「……」ソローリ
男「」ドキドキ
男(入る…か)
男(よ、よし……!)
男(ここでストロー根性を)
?「あらぁ、男くん!」
男「!」ドキーン
男「あ、ああ……」
男(近所のおばさんか。少しだけ若返ったな、少しな)
男「Hさんこんにちは」
H「はいこんにちはー、今日はこの後友達と遊ぶの?」
男「まあ、そんなところです」
H「そっかあ。楽しんでらっしゃい」
男「どうもです」
男(驚かせるなよ…声大きいんだあの人)
男(さて。今度こそ家に……)
「あら、男ー!おかえりー」
男「」
「どうしたの?今日は汗びっしょり。体育でもしてきたの?」
男「…………」
「顔もどことなく青ざめてる気がするけれど、大丈夫?」
男「…………」
「脚まで震えてる。そんなにバテバテになるまで遊んだの?」
男「…………」
「喉乾いた?暑い?ジュースもアイスもまだたんまりだから遠慮せず食べなさい」
男「…………」
「男?」
男「…………」
男(声音で分かる、親密に言葉をかけてくれていることが)
男(表情で分かる、何も俺に取り繕ってなんかないことが)
男(言葉で分かる、今心から俺に対して気を配ってることが)
男「た…だいま……」
おかん「――おかえりなさい」
【後編】 に続く