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510 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 17:39:56.74 G90fcMMP

――光の塔、その道程

……シャゴォォォン!!! ……ィンィンィン……!!

女騎士「っ! ……はぁ。……はぁ」

大主教「しのぐのか。ふはははっ。それはなんだ?
 結界祈祷か? 見知らぬ術だな。
 ……修道会の秘術とみえる。光壁系の派生祈祷だな?」

女騎士「……はぁ、はぁ。……全周囲の衝撃相殺奇跡だ」

大主教「しかし、衝撃や物理的圧力だけではなく
 電撃まで防ぐとは……。見事な術だな」

女騎士(くっ。このままじゃ……)

大主教「だが、いつまで続く? いくつ躱せる?」

女騎士「云っただろうっ!? 限りなくだとっ」

大主教「よかろうっ! 今一度っ!
 24音! 集いて唱和せよっ!! “超広域雷撃滅呪”っ!!」

女騎士「間に合えっ! “光砦祈祷”ッ!!」

バチバチィ! ギュダン、ズシャァァァ!!

だんっ。ずしゃぁっ!

女騎士「かふっ……。がはっぁ……」ばたっ
大主教「空間の電位擾乱までは無効化できないようだな」

女騎士「これくらい……。げふっ……かはっ……」
大主教「喀血か。肺が灼けたか。ははははっ」

女騎士「これしきの傷……っ」

こつん

女騎士(これは……。なんでこれがここにっ!?)

――そんな顔をするな。勇者。
 ほら、荷物は置け。
 鎧も脱げ。今更関係ないから。

女騎士(置いて行ったのかっ。あの馬鹿ッ!
 何でこれをっ!? 重さなんて関係ないのにっ。
 何でこいつまで……。あの馬鹿勇者ッ!
 それじゃ。それじゃぁあいつ、丸腰じゃないかっ!?)

元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」Part13
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1257388815/

512 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 17:41:34.50 G90fcMMP

大主教「どうした? 青ざめて。
 追いつかれたか、絶望に?
 ……良かろう。古のあの言葉を贈ろうではないか」

女騎士「何を言う気だ、化物」

大主教「――世界の半分を与えよう。我が膝下に屈するがいい」

女騎士「……っ」

大主教「その方の剣技はまさしく世界最高峰の一角。
 今この場にいるのも都合がよい。
 新しく生まれ変わり“喜びの野”を統べるにあたり
 我にはこの両腕に変わる“手”が必要だろう。
 ――世界の半分を与えよう。
 その苦痛と恐怖を終了させ、我が配下となるがいい」

女騎士「ははっ」
大主教「……?」

女騎士「そうかそうか。
 ……本来はこういう言葉なんだな、勇者。
 こうして下卑て響くのが、本物。
 だとしたら……。
 やっぱり、その魔王は……奇跡だ。
 当たり前か、わたしの親友だもんな」

大主教「何を言っているのだ?」

女騎士「空々しいよ。なんて虚しく響くんだ。
 お前の言葉は。最初から中身なんか無い。
 お前はわたしに興味なんてさっぱり無いよな。
 ただ単純に、便利な人形が一つ欲しいだけだ」

大主教「その何処がおかしい?」

女騎士「いいや、おかしくはない。
 その要求は判るよ。そう言う手下も欲しいだろうさ。
 大魔王なんだから」

大主教「やっと認めたか」

513 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 17:42:36.80 G90fcMMP

女騎士「ああ。大魔王だ。……魔王じゃない。
 魔物の王ではなくて、魔物の王から生まれた変異。
 魔物の王のすらも見下ろす、異常体だ。
 その力は精霊にも匹敵する、史上最悪の化物」

大主教「自らの分をわきまえたか」

女騎士「だけどね」 ジャキッ
大主教「――っ」

女騎士「わたしは魔王の方がよほど好きだっ。
 お前は、大魔王かも知れないっ。
 でも“王”じゃないっ。
 民を思わない孤独な人形遣いだっ。
 はぁぁっ! せいやぁっ!!」

ギンッ! ギキンッ! ジャギィンっ!!

大主教「何をしているッ?
 そのような攻撃で“やみのころも”は解けはしないっ」

女騎士「お前はお前の思うとおりの世界を弄びたいだけだっ。
 “新世界”? “次なる輪廻”? “喜びの野”!?
 虚ろな目をした人間がお前をあがめる芝居小屋じゃないか。
 そんな所に君臨するのが楽しいのか。そんな空虚な世界がっ」

ギィィン!!

大主教「なぜそれを否定するっ。それこそが!
 まさにそれこそが炎の娘、光の精霊が願った
 完全なる調和の世界だッ!
 お前も聖職者であれば判るだろうっ。
 そこにどれほどの幸せがあるのか。
 民の苦痛も不安もなく安寧と平安が支配する
 これほどの慈悲があるか?
 だれも憎まず、争わず、永遠にあり続ける。
 いいや、ありえんっ。
 それが最高の楽園でなくてなんだというッ!!」

女騎士「お前の歪んだ欲望と、
 “彼女”の祈りを一緒にするなぁっ!!」

――その珠を、受け取ろう。

ザシュゥッ!!

514 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 17:44:19.21 G90fcMMP

大主教「!?」

女騎士「はぁっ。はぁっ……。行けるじゃないか」
大主教「なぜ。なぜだ!?」

女騎士「はぁぁっ!! 切り裂けぇっ!!」

ザシャッ! ザシュゥ!!

大主教「なぜ“やみのころも”がっ。
 絶対の防御がっ。
 ……馬鹿な。誰がッ!?
 だれが“ひかりのたま”を見つけだしたというのだ!?
 あの失われた聖遺物を。
 何処の誰が掲げたというのだっ!?
 あれを扱えるのは勇者のみのはずっ」

女騎士「霧が晴れてきた……ぞ。
 かはっ、かはっ……。
 ……やはり本体は、細いじゃないか。
 経ばかり唱えている、やせこけた、身体だッ」

大主教「……っ。それがどのような影響がある。
 我にはまだ無限の法術と、再生能力がある。
 “やみのころも”は大魔王のもつ力の一つに過ぎぬっ」

女騎士「だからどうしたっ」

ヒュバッ! ギィン! ギキィン!
 キンッ! キンッ! ドカァッ!!

大主教「はぁっ! “光壁祈祷”っ! “斬撃祈祷”っ!
 “光波雷撃呪”っ!! “六連”っ!」

女騎士「っ!!」 バシンッ! グシャッ

ドンドンドンドンッ!! ガキィッ!!

大主教「“やみのころも”が晴れたからどうしたというのだ!?
 現にお前はそこに虫けらのように転がっているではないか。
 認めよっ! 認めて屈するがいいっ!!」

515 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 17:48:38.74 G90fcMMP

女騎士「あはっ。……はははは」

ゆらっ

大主教「何を笑う。血にまみれ、盾も鎧も砕け散った姿で」

女騎士「盾か……確かに」 からん

大主教「諦めよ」

女騎士「いや。答えてなかったと思って」

大主教「……」

女騎士「世界の半分。だったな……。
 答えるよ。確かに魅力的なお誘いだけど
 半分じゃ、少なすぎる」

大主教「……少ない?」

女騎士「ああ、お断りってことさ」
大主教「貴様……」

 キンッ! キンッ! ジャキンッ!! ザシュ!!

女騎士「判らないだろうなッ!
 好きな人がいるって事が。
 大事な人を思うと云うことがっ。
 敬慕、忠節、至誠、そして誓約。
 騎士の持つ全てがお前には理解できないだろうっ?
 そして、何よりもこの胸に咲く思いがっ。
 勇者といると暖かいんだ。
 まるで春の芝生の昼寝みたいに。
 雪の日の暖炉の前のうたた寝みたいに。
 勇者と話すと楽しいんだ。
 年越し祭りの朝目覚めた子供みたいに。
 友達と駆け出す草原のようにっ。
 勇者に微笑まれると嬉しいんだ。
 この世界で何よりも大事なものに触れたみたいにッ」

516 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 17:52:06.37 G90fcMMP

大主教「なっ!?」

女騎士「わたしは“世界の全て”を持っているっ!!
 勇者を思っているから。あいつに微笑んでもらったから。
 あいつを思い出すだけで。
 勇者の拗ねた子供みたいな笑顔を思い出すだけで
 勇者の癖っ毛の黒髪を思い出すだけでっ。
 この胸には風が吹くんだ。
 魂の内側に“世界の全て”を感じるんだっ。
 勇者を思うだけで、わたしは“世界の全て”を
 簡単に手に入れられる。
 騎士としたって、1人の女としてだって。
 
 そんなわたしに、たった“半分”で褒美を語るなんて
 お前みたいに貧しい大魔王は願い下げだっ!!」

大主教「……っ!」

女騎士「わたしがこの思いを失わない限り。
 “世界の全て”がわたしの味方。滅びろ、化物ッ!!」

大主教「だがしかしっ。“斬撃祈祷六連”っ!」

ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!

女騎士「っく! こんなっ……。斬撃がっ」

大主教「どんなに大口を叩いた所で、
 現にお前は立っているのもやっとではないかっ」

ドヒュンッ!

大主教「っ!? 火球っ! だれだ、この魔力っ!!」

520 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 18:08:24.49 G90fcMMP

――地下城塞基底部、地底湖

バチィッ!!

メイド長「っ! また刻印がっ」

女魔法使い「……問題、無い」
メイド長「ですがっ」

女魔法使い「この刻印の一つ一つが生まれなかった魔王。
 ……悲しい思いを受け継ぐ宿命を背負う魔族。
 刻印が一つ砕けるたびに、1人の魔王が天の塔を
 登ると思えば、痛くなんて無い」

メイド長「ですがっ! 持ちません」

女魔法使い「……持つよ」
メイド長「――」

女魔法使い「持つよ。無限に。限りなく」
メイド長「しかしっ」

バチィッ!!

女魔法使い「だって……」
メイド長「あ……」

女魔法使い「この胸には勇者が居る。
 わたしの中に勇者の横顔が鮮やかに残っている。
 勇者を見ていると優しい気持ち。
 みんな家に帰る夕暮れの街みたいに。
 初めて頭を撫でてもらった穏やかな出会いみたいに。
 勇者の声を聞くと嬉しい。
 わたしにはない明るさと強さを持っているから。
 勇者の声にならない優しさを感じるから。
 勇者の視線を追うと胸が締め付けられる。
 手に入らないと思ってた夢を贈られたみたいに」

メイド長(なんで……。何でそんな顔で微笑むんですか……)

521 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 18:10:22.81 G90fcMMP

女魔法使い「だからっ!!」

バチィッ!!

メイド長「っ!?」

明星雲雀「ピィピィピィ! だ、だめですよご主人!
 そんなことをしたら魂が焼き切れちゃいますよっ!!」

女魔法使い「負けられないっ。負けられないんだよっ!!
 そんな枯れ枝みたいな、エゴの固まりの化物にはっ!
 いつまでもいつまでもっ。
 負け犬に甘んじている
 あたしだと思って欲しくはないなぁ!!」

バキィン!! バンッ!! バンッ!!

メイド長(なんて魔力っ。こんな、こんな力がっ!)

女魔法使い「判らないか。
 ――判らないだろうなぁ、お前“達”には。
 何千回生きようと、いいや!
 何千回も生きれば生きるほど判らないだろうなぁっ!
 あたしには云える。
 “たかが大魔王風情には”ッ!
 最初だけが真実なんだよ。
 何千回もやり直したのが間違いなんだよっ。
 “もう一度だけやり直す”?
 そんなものはな、ねぇんだよっ!!
 ――惜しいのは判るよ。別れが辛いのも判る。
 でも、だからって、悔しいからって。
 “もう一回”を繰り返しちゃだめな事ってのが
 この世界の中にはあるんだよっ!!
 この胸の思いはあたしだけのものだっ。
 お前らなんかには判らない。触れさせないっ。
 うらやましいか?
 うらやましいだろう。この黄金の思いがッ。
 お前達はたとえあと一万回繰り返したって
 二度とこの思いに触れることは出来ないんだ。
 だって。
 だってこの思いの中で、わたしの中でっ。
 勇者はいつも微笑んでいるっ!
 だから、最初を最後にするっ!
 悪い夢を終わらせるっ。この胸の黒い闇を吐き出してッ。
 たとえあたしが勇者の隣にいられなくてもっ!!」

523 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 18:25:16.43 G90fcMMP

――光の塔、その道程

ドヒュンッ! ドヒュンッ! ドヒュンッ!

女騎士(感じる。魔法使いの援護をっ)

大主教「空間から直接、だと!? 遠隔魔法なのかっ。
 そのような魔術式、教会の古文書にも無いぞっ」

女騎士「あの無表情っ娘だって願い下げだって言ってる」

ボォォォッ! ドヒュンっ!!

大主教「“光壁双盾”ッ!」

バシュッ!

大主教「これしきで、我がどうにかなるとっ」

女騎士「思って、いるっ!!」

ザシュッ!

大主教「なっ。なんだっ。それはっ。なぜっ!?」

女騎士「はははっ」

大主教「なぜ防御を……。“光壁”を貫ける。
 いや……すりぬけ……る!?」

――剣がふわってぶれて、霞んで消える技な。
 気配も消えてしまう技。あれは……。

女騎士「はははっ。……見たこともないんだろう」

524 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 18:27:53.99 G90fcMMP

ヒュバッ!! ざしゅんっ!

女騎士「左手の薬指で、重心を取るように脱力。
 剣の刀身から魔素を吸収。周辺の空間を把握……」

大主教「なっ。何を言っているのだ、空間っ!?
 そのような技が、騎士に使えるはずがっ」

女騎士「……騎士の技じゃない」

大主教「っ! く、来るなっ!!
 “斬撃祈祷六連”ッ! “雷撃四象呪”ッ!」

キンッ! ギンギンギンッ!!

女騎士「見えてる、効かないっ」
大主教「なっ!?」

女騎士「判らないのか、お前の身体の無数の“黒点”が。
 見え見えだ……。動きの弱点も、打ち込みもっ。
 全部あの爺さんが教えてくれてるんだよっ。
 両腕だけじゃない、その身体に印を残してるっ。
 お前はわたしとだけ戦っている訳じゃないっ!」

ギィィィンッ!!

大主教「っ」

女騎士「“光壁”はもう効かない。
 この技を。
 この技だけを、何千回も何万回も繰り返したっ。
 お前の弱点は、わたしのかつてのっ」

――大きな技ほど“光壁”で止めようとするからな。
 自分の力量と停止力に自信があるんだろうけど

大主教「無駄だ、そんなことで我はっ!
 “光壁”ッ! “光壁双盾”ッ! “光壁四象”ッ!!」

女騎士「弱点なんだよっ!!」

527 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 18:32:33.21 G90fcMMP

女騎士「はぁぁぁっ!!!! つ、ら、ぬ、けぇっ!!」

ザカァァッ!!

大主教「っ! ごぷっ。……さ、再生。……開始」

女騎士「させない」 ちゃきっ

大主教「な、に……を……」

女騎士「盾は砕けたんじゃない。捨てたんだ」

大主教「二刀……? そ、れ、は……っ。ごぷっ」

女騎士「勇者はこれを捨てていったんじゃない。
 ――置いていったんだ。
 わたしを信じて、丸腰で上に登ったんだ。
 わたしにこれが使えると思ったかどうかは判らない。
 けれど、わたしを信じた。
 わたしが勇者の剣だから、
 自分の腰に“これ”がなくても、良しとしたんだ」

大主教「勇者の……剣……だ、と……?」

女騎士「魔を滅するオリハルコンの剣だ」

大主教「それが……抜けるはずが……ない。
 勇者のみが……使うことの許された……」

女騎士「かはっ……。はははっ。
 ぼろぼろだよ。げほっ……ははっ
 わたしだってひどい有様だ。
 けど。
 だれが決めたんだ?
 たった1人にしか使えないって」

大主教「摂理を……摂理を、守れ」

女騎士「はは。ははははっ。
 判ったよ。お前が、大魔王が何であんな言葉を言うのか。
 摂理、か……。世界の半分を与える、か。
 お前の正体が」

大主教「我は、大主教。……人間にして、大魔王」

529 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 18:33:52.17 G90fcMMP

女騎士「お前は……。
 お前達は“過去”だ。
 お前達は結局は完成済みの世界が欲しいんだっ。
 自分が把握できる材料だけで構成された
 全てが予測できて全てが約束通りの……。
 そんな世界が居心地が良くて、
 そこから一歩も出たくないんだっ。
 でも、おあいにく様だっ」

大主教「やめろっ……そ、それをっ……
 お前もただでは済まないぞっ……
 この……我の身体に集う、魔王の……気を……
 感じぬのか……っ」

女騎士「お前達がいくら誘おうと、
 世界の半分をよこすと云おうと、、
 次の楽園を目指すと交渉したところで、
 そんなのは全部死んだ世界だっ。
 そんな世界には“明日”は絶対来たりしないじゃないかっ。
 “明日”が来ない世界に勇者が居るはずがない。
 あいつは、だれよりもみんなの“明日”が好きなんだから。
 ――お前達がどんなに自分の都合の良い楽園を
 静止させて作り上げようとした所で、
 私たちがたった一つ善きことを為しただけで砕け散るんだ。
 馬鈴薯を広めただけで。
 四輪作を伝えただけで。
 種痘を発見しただけで
 風車を、羅針盤を、印刷を、自由を、航路を見つけただけで。
 ううん、そんな大げさな事じゃない。
 誰かを好きになって、その人の笑顔のために
 何か一つを必死にやり遂げるだけで
 お前の箱庭は静止の呪縛から解き放たれて崩壊するんだ。
 世界は、明日が好きなんだっ!!」

大主教「がはっ……止め、ヤメ……」

ごぶっ。どぶっどぶっどぶっ……。ざしゅっ。

530 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 18:36:35.03 G90fcMMP

女騎士「おしまい……だッ!!」

ザシュ!!

大主教「ッ!!!」

女騎士「お前の好きな世界に、還れッ!!」

大主教「がはっ! がふっ……
 かはっ! がはぁっ!
 ただの……騎士に……やぶれ……るとは
 だが……光ある限り闇もまたある……ように……。
 未来を望むものがあれば……
 ……過去を願う弱さも、また……精霊の……遺産……
 我には、見えるぞ……
 いずれ、再び……何者かが、過去より現れる……。
 そのとき、世界には……お前も……
 お前の仲間も……いはしない……。
 明日を得ると共に、お前達は今日、
 永遠を失ったのだ……
 ふははははっ……がふっ!!」

オォォォオオオオン!!
  ……オオォォォオオン!!

女騎士「はぁ……。はぁ……」

女騎士「……はぁ……」

カランッ

女騎士(血が、ないや……。
 少し頑張り、過ぎたか……。
 でも、役目は、果たした……かな。
 勇者の剣。出来た、かな……。
 まだ……。
 登らなきゃ……。
 勇者の元へ。
 魔王と、一緒に……。
 あの人の元へ……。行か……なきゃ……)

532 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 19:13:05.76 G90fcMMP

――地下城塞基底部、地底湖

オォォォオオオオン!!
  ……オオォォォオオン!!

メイド長「……震動がっ!」
女魔法使い「……」

明星雲雀「勝った! 勝ちましたよご主人っ!
 あの胸のない殻付き人間が勝ちましたよっ!!」

メイド長「勝った……んですか?」

女魔法使い「まだ」

明星雲雀「ピィピィピィ!?」

オォォォオオオオン!!
  ……オオォォォオオン!!

メイド長「え?」

女魔法使い「……ここ。わたしはここっ。
 来てっ。わたしはここにいるっ」

明星雲雀「ぴ? ぴぃっ!?」

メイド長「なにを……」

女魔法使い「わたしはここにいるっ。
 ここに、最後の刻印があるッ!!」

メイド長「っ!!」

533 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 19:16:11.29 G90fcMMP

女魔法使い「……お前の最後の依り代っ。
 現世に留まるための最後の魔王候補、
 刻印の持ち主はここにいるっ。
 来てっ! この刻印を頼りにっ」

メイド長「なっ! 何を言うんですか、魔法使いっ!?」

女魔法使い「……へん?」

明星雲雀「おかしいですよっ」

女魔法使い「でも、封印の間はもう、ない。
 ……だれかが、それをしなきゃ」

オォォォオオオオン!!
  ……オオォォォオオン!!

メイド長「だからって」

女魔法使い「……憐れまれたくない。
 憐れまれたくないから、メイド長。
 あなたを選んだの」

メイド長「……っ」

女魔法使い「……ね?」 くてん

メイド長「最初から……。
 ……いえ。……ええ。そう、でした……か……」

女魔法使い「……ん」

メイド長「……魔法使い様」

女魔法使い「……ん」

メイド長「お終いではありませんよね?」
女魔法使い「……うん。ほんの少し、眠るだけ」

メイド長「……貴女の眠りに、良い夢を。
 貴女の眠りを、世界の幸せの全てが守りますように。
 お見送りできて、光栄です。
 あなたはまごうことなく、我が一族。
 ――勇者の、支えでした」

女魔法使い「うん」 にこっ

536 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 20:02:47.61 G90fcMMP

――開門都市近郊、世界の終わりのような戦場

……ゴォォン!

百合騎士団隊長「あ……。あ……っ」
灰青王「静かにしろよ。ほら、こっちに来い」 ぐいっ

百合騎士団隊長「……灰青王」

灰青王「あぁ。やっぱりおめぇ、別嬪だなぁ……」

百合騎士団隊長「何を、何をしているんでですっ。
 血まみれになって。何を考えているんですっ!!」

灰青王「血が好きだって云ってたじゃねぇか。
 薔薇みたいで綺麗って」

百合騎士団隊長「……っ」

灰青王「“あなたの全てをくれたならば
 わたしの身体も魂も思いのままにして良いわ”って
 云ってくれただろ? そうしけた顔するなよ」

百合騎士団隊長「貴方はっ!!」

灰青王「騒ぐなよ。見つかっちまう。
 あっちはあっちで、大詰めだ……。
 なにより、さ……
 せっかくの逢い引きなのに」

ばしゃっ。ぼたっ。ぼたっ。

百合騎士団隊長「血が……。血が。
 わたしの手が、薫る。鉄の香り、ぬめり……
 熱さ……冷たさ、悲鳴……嗚咽……。
 戻ってくる、穢れが……ううう。ううううっ」

灰青王「なぁ、おい」

百合騎士団隊長「……あ。……あ。ああ」がくがくっ

灰青王「お前に惚れてるって、俺云ったっけか」

百合騎士団隊長「あ、な……にを……
 閨の中の睦言を本気に?
 ……あなたは馬鹿ですか?
 遊女の戯れ言を本気にとるだなどとっ」

537 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 20:05:19.47 G90fcMMP


灰青王「騎士じゃなかったのか?」

ぼたっ、ぼたっ

百合騎士団隊長「知っているでしょう?
 この身体の何処が騎士だと?
 どこに純潔や貞節があるとっ!?
 汚濁の染みついた腐臭を放つわたしの身体にっ。
 あるのは、見え透いた甘言と
 遊女の手管だけだというのに。
 ……あはっ。
 あははははっ。
 それとも本気になったんですか?
 そんなに良かったんですか、わたしの中が?
 蕩けきって忘れられなくなったんですかっ」

灰青王「……なぁ」

百合騎士団隊長「お笑いぐさですね。霧の国の御曹司が!」

灰青王「泣きそうな顔で、云うなよ」

百合騎士団隊長「っ!」

灰青王「お前くらい良い女はいないさ。
 後生だから哀れむと思って
 俺と付き合ってくれねぇか?」

百合騎士団隊長「プライドまで失ったんですか……」

灰青王「元々大して持ち合わせちゃいなかったんだ。
 あるいは、手に入れようとするお前が
 あまりにも眩しくて、
 全てを投げ打つ気になったんだと
 自惚れてくれたって良いぜ?」

539 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/18 20:13:10.62 G90fcMMP

灰青王「しゃぁねぇや。
 ……他にくれてやれるもんが……無ぇん……だから」

百合騎士団隊長「……なんで。なんでっ。
 あははっ。
 なんで、こんなに、嬉しいのか。
 ……これは哀れみです。疲れたから。
 もう疲れ果てたから。
 貴方に哀れみをかけてあげるだけ。
 貴方だけのものになってあげます……」

ひゅぱっ……。とすっ……。

灰青王「馬鹿だな……。ま、仕方ねぇか……。
 お前も連れて行かないと……
 他の男にとられるかなとは……思ってたんだ」

百合騎士団隊長「あは。……そんな。お世辞ばかり。
 でも、仕方、ありません。
 ……わたしには、死がこびりつきすぎて
 もう、ずっと精霊なんて……見えてなかった……から」

ばしゃっ。ずるずる……

灰青王「俺も見たことねぇや。……。
 独り占めだ。こりゃ……できすぎだ、な」

百合騎士団隊長「……大事になさい。
 血の薔薇で出来た身体……あなたの、専用に
 するの……ですから……」

灰青王「……こふ」

百合騎士団隊長「暗い……。そう……。
 そうです、よ、ね……。終わりなんて、いつでも。
 こんなもの……。でも……」

――もう、寒くはない。

647 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:11:44.67 KvXPKcsP

――開門都市近郊、遠征軍本陣、その中央

東の砦長「……銃声、か」
青年商人「いえ。聞こえましたか?」
冬寂王「喧騒だろう」

パァァァァアア!!

王弟元帥「わかった。その至宝、受け取ろう」
参謀軍師「……閣下」

王弟元帥「もう言うな」

メイド姉「これこそが“聖骸”。わたしは平和を願います。
 どのような形であれ、いま、この地に集った魂有るものは
 これ以上の血を望んでは居ないのですから」

王弟元帥「そうであるということにしておこうか」

メイド姉 にこにこ

王弟元帥「恩に着せたつもりか?」

貴族子弟(まぁ、実際、王弟殿は追い詰められていた。
 魔族の民衆が集まったらその数は十万。
 戦力としては烏合の衆だろうが、数は数だ。
 抵抗はしても遠征軍の補給が難しいのは火を見るよりも
 明らかだ……。食料も、火薬もない。
 滅びるのは時間の問題ともいえるだろう。
 唯一の勝機は都市を占領して籠城しつつ
 地上との連絡を取ることだろうが、
 それも簡単にいくとは思えない状況だった。
 その上、南部連合の民兵切り崩し作戦。
 修道会による破門問題。
 教会勢力の四分五裂に、貴族達の私軍崩壊。
 マスケットを中心とする戦力はそろっていたにせよ
 おそらく、内部はシロアリに食い荒らされたように
 ぼろぼろだったのだろう。
 現に冬寂王は、その弱みを突き力尽くで崩壊させる
 交渉戦略を持って現れた。
 青年商人は判らないが……。
 我が兄妹弟子は王弟閣下に“落としどころ”を用意したわけだ)

648 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:18:36.40 KvXPKcsP

メイド姉「いいえ、そんなことは思っていません。
 ……当面の対立はこれで回避されたかも知れませんが
 対立の根幹は少しも解決していません」

冬寂王「そうだな。二つの領域の、相互不理解。
 環境の差から来る社会や風俗、経済機構の差」

青年商人「まったくです」

王弟元帥「それは言外に“利用したい”と
 云ってるようなものではないか。くっくっくっ」

青年商人「全くです。ひどい2人ですね」

冬寂王「我は持って回った交渉は不得手でな」
メイド姉「わたしは交渉自体不得手ですから」

参謀軍師「……はぁ?」
東の砦長「俺にふろうとするなよ」

青年商人「まぁまぁ。……取り急ぎ、この騒ぎを静めましょう。
 わたしは都市に戻ります。都市防備軍はそろそろ矛先を
 収めているでしょうが、追加の指示が必要でしょう」

王弟元帥「こちらは遠征軍を静止して、軍を引かせよう。
 無いとは信じているが、この交渉が策略である可能性もある。
 武装解除には応じることは出来ぬぞ」

冬寂王「かまわんだろう」

メイド姉「お任せします」

東の砦長「冬寂王、それからあーっと。そちらのお嬢さんも。
 話もあるだろう。開門都市の庁舎に、
 小さいが寝床くらいは用意できるだろうし
 会議室もある、そちらへ来ないか?」

650 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:19:16.88 KvXPKcsP

青年商人「そうですね」

メイド姉「そう言ってもらえると嬉しいですが。
 しばらくわたしは都市入りは控えたいと……。
 そういえば、勇者様はもうこちらに?」

王弟元帥「勇者? 学士殿と同行していたはずではないのか?」
参謀軍師「……戦場で一瞬見かけたという報告もありましたが」

東の砦長「いいや、見ていないし、報告も受けていない」
青年商人「魔王殿が一緒でしょう」

冬寂王「魔王……?」

メイド姉「あー……。はい」

王弟元帥「……ふむ。情報は集めてみよう」
参謀軍師(教会が動いたという。なにやら胸騒ぎもするのだが)

青年商人「冬寂王。食料は?」
冬寂王「届いた。使わせてもらったが、まだまだ備蓄はある」

青年商人「では、一部を王弟閣下へと」
冬寂王「承った」

聖王国将官「いただけるのですか? 食料を。
 これで民兵の飢えも収まるというものです」

青年商人「いえいえ。お気になさらずに。
 代金はすでに国元の方からいただいていますからね」

参謀軍師「は?」

青年商人「それについては、今後の会合で詰めましょう。
 軍を引いてもらうにしろ、条件や条約。公式発表など
 協議しなくてはならないことは多くあるでしょうからね。
 今は、とにかく戦闘を停止させることです」

651 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:21:39.07 KvXPKcsP

――光の塔、駆け上がる二人

タッタッタッ……。タッタッッ……。

勇者「はぁ……。はぁ……」
魔王「うう、いたたっ」

勇者「どうしたんだ、魔王」
魔王「急に走ったので、脇腹が痛い」

勇者「どんだけ格好悪いんだよ」
魔王「わたしはインドア派の魔王なのだ」

勇者「はぁ……。はぁ……」
魔王「ぜぇ、ぜぇ……」

勇者「かなり離れたな……」
魔王「ああ」

勇者「ん……」
魔王「戦闘の気配、感じるのか?」

勇者「いや。だめだ。やっぱり能力が下がってるな。
 半里程度なら把握できるけれど、もう五里は走ったからな」

魔王「そんなにか」

勇者「あいつの“瞬動祈祷”のおかげだ」
魔王「そうか。――そうだな」

勇者「走らなくて良いから、足動かそう。
 立ち止まってると、余計に足が動かなくなるぞ」

魔王「わかった」

652 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:24:08.73 KvXPKcsP

コォォォン……

魔王「……」

とぼとぼ……

勇者「女騎士は、何かが追ってくるって
 知っていたみたいだったな」

魔王「……うん。そうだな」

勇者「魔王は知っているんだろう?」

魔王「……ある種の、バックアップのようなものだ」
勇者「ばっくあっぷ? なんだそれ」

魔王「予備、代理というような意味合いだ。
 わたしと勇者は、本来であれば戦う運命だったろう?」

勇者「ああ。結局な」

魔王「でも戦わなかった。
 だから、本来の役割から云えば欠陥があるんだ。
 この状況は正常ではない。異常だと云える。
 だから、代理の勇者や魔王が発生するんだ。
 事態が正常に戻らない限り、バックアップが発生し続ける。
 追ってきたのは、そう言った代理だと思う」

勇者「もしかして、蒼魔の刻印王も?」

魔王「あのときは確信はなかった。
 けれど、その後から考えると、そのとおりだ。
 あれもバックアップなのだろう。
 バックアップの目的は、収斂……。
 おそらくだが、元通りに戻そうとしている。
 新しく現れたのが魔王であれば、
 勇者を殺そうと追ってきたのだろうし
 新しく現われたのが勇者であれば、
 わたしを倒そうと追ってきたのだろうな」

勇者「……っく」

653 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:27:04.63 KvXPKcsP

魔王「おそらく、バックアップの発生には様々な要因が
 絡んでいると推測できる。
 魔法使いが何らかの仕掛けをしたらしいしな」

勇者「そうなのか?」

魔王「うむ。バックアップの発生は、
 私たちが一方的に不利になるわけではない。
 もし新しく発生した魔王が味方になってくれるのならば
 こちらは魔王2人と勇者1人の戦力だ。
 ……私たち2人だけでは戦力が足りないと考えた
 魔法使いが何らかの作業を行なっていたのは知っている。
 今考えると、バックアップ……冗長性のシステムを
 利用した、“この機構”に対する介入だったんだな」

勇者「メイド姉が勇者を名乗ったのって……」

魔王「ああ、そのこと自体はただ単純に思いつきと
 自分の覚悟の表明だ。びっくりはしたけれどな。
 一歩も引かずにこの世界の行く末に一石を投じ、
 その結果に責任をとるという意思表示だろう。
 ……しかし、この状況下では違った意味を持つ。
 おそらくメイド姉の“名乗り”は“機構”に承認され
 本当に勇者としての能力を持ってしまった。
 全くの偶然なんだろうが……。
 いや、偶然にしては出来すぎか。でも、作為もない。
 あるいはこれが、これこそが。奇跡かも知れないな」

勇者「……まじか」

カツーン、カツーン

魔王「推測だが、聞いた限りほぼ事実だ。
 そもそも、彼女が異常なまでに行動的になって
 大規模に活躍をするようになったのは
 冬越し村を出てからだ。
 考えてみると蒼魔の刻印王と呼応するような時期に当たる。
 勇者としての意志が芽生え、旅の間に徐々に
 それが本格化したのではないだろうか」

654 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:30:18.78 KvXPKcsP

勇者「メイド姉も俺みたいな戦闘能力を身につけているのか?」

魔王「それは何とも云えない。
 現にわたしは魔王だが、そこまでの戦闘能力は持っていない。
 それは、勇者と魔王の継承システムの違いに
 依るのかも知れないし。
 ただ単純に個人個人の資質に依るのかも知れない。
 バックアップなんて云うのもわたしの推測だけで、
 事実かどうかの確認を取った訳じゃない。
 だから全ては確認されていないんだ」

勇者「そっか。むちゃくちゃ強くなった
 メイド姉ってのも想像しずらいものな-。
 まぁ、こんな戦闘力なくたって問題ないさ」

魔王「ふふふっ。そうだな。わたしは最初から弱いしな」

カツーン、カツーン

勇者「他にも、居るんだろうな」

魔王「青年商人は“人界の魔王”を名乗っていた。
 あの名前も、おそらく“承認”を受けてしまったのだろう。
 事がこうなっては、誰が勇者、もしくは魔王の資格を
 持っているのか判らない」

勇者「良い知らせ、だな」
魔王「そうなのか?」

勇者「その代理の発生が確率的に分布しているのなら、
 味方の方が増えているはずだ。
 もし敵の数の方が速いペースで増えているのならば
 そもそも俺たちがやろうとしていることが、
 みんなの望みとかけ離れているって事じゃないか」

魔王「それはそうかもしれないが……」

勇者「話し合いの過程でもしかしたら剣を交えている
 勇者と魔王がいるかも知れないけど、
 それは、結局はそいつらの問題だ。
 ……ここまで来たら、俺たちには手が出せない。
 本人達に任せるしかないだろう。
 良い知らせだと考えておこうや」

655 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:35:29.93 KvXPKcsP


魔王「……不思議だ」

勇者「どうしたんだ?」

魔王「いや、魔王と勇者とは、なんだろうって」

勇者「……魔法使いは、同一だって云っていたな。
 光の精霊の願望が生み出した、
 “この世界を持続させるための機構の一部”だと言っていた」

魔王「それはもちろんそうだ。
 でもそれは概念的な、あるいは定義的な意味づけだろう?」

勇者「……?」

魔王「たとえば、太陽だって風だって海だって、
 無ければこの世界には大ダメージで、
 世界は今とは全く違う様相になってしまう。
 王制国家だって農業だって、発明されなければ
 世界は大混乱も良い所だ。
 ――つまり、その意味合いにおいて、それら全ても
 “この世界を持続させるための機構の一部”と云える」

勇者「まぁ、そうだな」

魔王「つまり、“機構の一部”なんていう言い方は
 世界維持という観点に立って物事を観察した時、
 そう言う言い方も出来る……という程度の言葉でしかない。
 世界の立場に立てば、あるいは魔法使いのような
 研究者の立場に立てば、私たちは“機構の一部”なのだろう。
 それは判る。
 でも、それだけなんだろうか……。
 では、この胸にある“丘の向こうを見たい気持ち”は
 どこからやってきたんだろう?
 これも機構の一部なんだろうか……。
 “勇者を好きな気持ち”もそうなんだろうか……」

勇者「……」

カツーン、カツーン

魔王「そんな風には思いたくないんだ」

656 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:38:45.69 KvXPKcsP

勇者「そうだな」

魔王「あるいは……」

勇者「あるいは?」

魔王「精霊の立場から見たら、私たちはなんなのだろう」

勇者「――救済、じゃないかな」

魔王「救済?」

勇者「わからないけど。そんな風な気がした。
 夢の中の光の精霊は、いつでも、途方に暮れていて。
 とても困っている感じだったから。
 きっと長い長い時間の中で、自分でもどうにもならないほど
 こんがらがっちゃったんじゃねぇかなぁ」

魔王「こんがらがる……か」

勇者「救われなかったんだろう。
 救いを想像できなかったんじゃないかな。
 あるいは、“救われちゃいけない”って思ってたとか」

魔王「何故?」

勇者「さぁ。思い込んじゃってるんだろう」

魔王「……そうかもしれない。観測的には」

勇者「だな」

657 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 00:40:31.20 KvXPKcsP


魔王「そんな精霊を説得できるのかな」

勇者「そりゃ出来るだろう」

魔王「私たちが魔王と勇者だからか?」

勇者「ちげーよ。この塔を登る魔王も勇者も
 俺たちが初めてじゃない」

魔王「では、魔王と勇者の2人だからか?」

勇者「それも違うな」

魔王「ではなぜ?」

勇者「上手く言葉にはならないな。
 でも、説得は出来るよ。
 意味はある……。
 俺たちがこの塔を登る意味はあるよ。
 勇者だからじゃなく、魔王だからじゃなく。
 俺と、魔王だから。
 説得は出来る、と思うよ」

魔王「勇者は、何か予想しているんだな」

勇者「うん。まぁ、なんとなく」
魔王「それはなんなんだ?」

勇者「だから、上手くは云えないよ。
 でも、世界ってすげぇじゃん? 旅を思い出してみろよ。
 魔王もあの冬越し村を思い出してみ?」

魔王「うん」

勇者「あれら全部は光の精霊が産んだ奇跡から
 育まれてきた現在の世界なんだぜ?
 そんな優しい精霊を、説得できないなんて思わないよ」

661 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:15:58.45 KvXPKcsP

――光の塔、精霊の間

タッタッタッ……。タッタッ……。

勇者「ここが……突き当たりだ」
魔王「この扉の奥が……」

勇者「入るぞ?」
魔王「うむっ」

……ゴォォーン

勇者「おーい! いるか、精霊ー。来たぞー!」
魔王「おいおい、そんなに気安くて良いのかっ!?」

勇者「俺はここの常連なんだよ。来るのは初めてだけど
 夢も中なら何回も来たことがあるっての」

魔王「そう言えばそうか」

勇者「おーい。おーい」

光の精霊「勇者……」おずおず

勇者「おっす!」

光の精霊「魔王……」

魔王「あー。お初にお目にかかる」

光の精霊「とうとう、来てしまいましたね。
 勇者と、魔王が……。わたしが、光の精霊です」

勇者「露骨にしょんぼりするなよ。予定が狂う」

光の精霊「すみません……」


664 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:18:51.24 KvXPKcsP

勇者「その様子じゃ色々話は判ってるみたいだな?」
魔王「ふむ」

光の精霊「ええ……」

勇者「で、うーん。どうしようか」
魔王「任せておけ! みたいな態度だったではないか」ぶつぶつ

光の精霊「ゆ、勇者は。世界を救ってはくださらないのですか?」

勇者「は? ああ。
 その質問は、一応約束みたいなものだな。
 その答えは“No”だ。
 つか、救える部分は救う。
 手助けできるのなら、する。
 でもそれは俺が俺として行なうもんであって、
 勇者として、ではないよ。
 世界を救う特別なモノとしての勇者は、
 もう必要ないんじゃないかと思う」

光の精霊「魔王は……そ、その。
 魔界を、導いてはくれないのですか?」

魔王「答えは“否”だ。……そもそも専制的な
 統治機構は緊急時、もしくは発展時の過渡的な機構だと
 云うのがわたしの信条だ。魔界にはすでに忽鄰塔によって
 議会政治の初期形態が浸透しつつある。
 魔王による中央集権はそこまで必要とは思えない。
 むしろ専制君主政治による弊害の方が目立ってきている」

光の精霊「だめですか……」

勇者「ううぅ。そんな涙ぐまれると、すげー罪悪感がある」

魔王「これはやりずらいぞ、非常に」

光の精霊「勇者は……」

667 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:22:05.57 KvXPKcsP

勇者「ん?」

光の精霊「……思い出しては、いないんですよね?」

勇者「なにを?」
魔王(……思い出す?)

光の精霊「……」じ、じぃっ

勇者「いや、2人で見つめられても。いや。ちがうぞ!?
 いくら俺でも、精霊に手を出したことはないぞっ!?
 それ以前に逢ったのは今が最初だっ!」

魔王「あやしい」
勇者「俺悪者かっ!?」

光の精霊「……いえ、その」

魔王「ん?」

光の精霊「その……昔の……」

勇者「判んないぞ。さっぱり」

光の精霊「そう……です……か」

勇者「?」

光の精霊「ダメ、ですか? このままでは。
 このままの世界を続けるのは、そんなに悪いことですか?
 確かにこの世界には不幸なこともたくさんあります。
 疫病もあれば、飢餓もあり、戦争も時には起きるでしょう。
 しかし、それもけして多くはないのです。
 わたしは覚えています。
 大地が波のようにうねり、山は火を噴き、
 森は灼け、海は凍り付き、あるいは沸騰した災厄の日を。
 あれに比べれば、大地は平和ではありませんか」

669 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:23:31.66 KvXPKcsP

勇者「あー」

光の精霊「預言者ムツヘタの残したように、
 地に闇が訪れる時、必ずや光の意志を引き継いだ勇者が現れ、
 世界の闇を打ち払う。
 世界はその伝説を胸の希望とし日々を過ごす。
 親は子へ、子はその子へと伝説を語り継ぎ
 永遠を永遠のままに暮らす。
 それがそんなにも悪いことですか?
 ……ダメですか? 破滅を避けるのは……悪ですか?」

勇者「……」
魔王「……」

光の精霊「ダメ、ですか? 間違っていますか……?」

勇者「それはさ」

魔王「勇者。わたしが話そう」
光の精霊「……」じぃっ

魔王「それは全く間違っていない。必要だった」

光の精霊「……はい」

魔王「私たちは、あなたに感謝している。
 魔界では光の精霊に対する信仰は廃れてしまったが
 それでも碧の太陽に対する感謝の気持ちを忘れた
 氏族は一つとしてないだろう。
 精霊五家の興亡の記録はもはや賢者に伝わるのみだが
 心ある者たちは感謝の念を絶やしたことはない」

光の精霊「はい」

魔王「私たちは、あなたのことが大好きだ」

光の精霊「ありがとうございます」ぺこりっ

670 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:25:28.53 KvXPKcsP

魔王「でも。……それでも、次に行きたいのだ」

光の精霊「え……? 必要だって」

魔王「必要だったのだ。しかし、今や進むべき時が来た。
 時を止めていたこの世界に、進むべき時が来た」

光の精霊「あ、え……。その……」

魔王「今、もう一度この言葉を言おう。
 “それは出会いの一つの形だったのだ”と。
 そして世界には
 “いつか不必要になるために必要なモノ”があるのだ、と。

 それはあるいは子供の外套のように、だ。
 それがなければ私たちは成長することが出来ない。
 冬の雪にやられて死んでしまうひ弱な存在に
 過ぎなかった私たちは、その外套に守られて過ごした。
 でも、やがていつの日か、この今日にでも。
 その外套を脱ぎ捨てなければならない日は来る」

光の精霊「……ダメですか」

魔王「ダメではない。無駄でもない。
 ありがたくないわけがない。あなたは、わたし達の救い主だ。
 でも、時が過ぎた。過ぎなければならないのだ」

光の精霊「あ……う……」

魔王「わたしは魔法使いとは違う。
 あなたが間違っていたとは思わない。
 あなたの罪だと断罪するつもりはない。
 大災厄から私たちの祖先を救ってくれたあなたには
 億千万の感謝の言葉を費やしても足りると云うことがない。
 ……でもね」

ぎゅっ

光の精霊「あっ」

魔王「終わりが来たんだ」

671 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:34:31.51 KvXPKcsP


光の精霊「うっ……。うっ……」

勇者「悪いな。そのぅ……なんのことだか判らないけれど
 思い出してやることが出来なくてさ」

魔王(それはおそらく……)

光の精霊「いえ、良いんです……」

魔王(最初の勇者の記憶。
 炎の娘と恋に落ちた……
 大地の精霊と人間の娘の間に生まれた少年。
 黒髪をもち、不死鳥にまたがった
 ――自由の魂を持つ少年の記憶)

光の精霊「やっぱり。ダメでした……。
 竜王の時も死導の時も。憎魔の時さえも。
 結局は思い出してはくれなかった。
 それでも……良いです。
 彼を裏切ったわたしには、
 あなたに何かを要求する権利なんて
 最初から何一つ有りはしないのだから……」

勇者「そうかなー」
魔王「そんなことはない」

光の精霊「え?」

勇者「裏切ってなんかいないだろう」
魔王「まったくだ」

光の精霊「え? え?」

勇者「まぁ。光の精霊は少しとろいからなぁ」
魔王「そんな感じだ。それにしたって、長すぎる誤解だ」

675 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:40:24.23 KvXPKcsP

光の精霊「だって、そんな……。
 わたしは彼に誘われていたのに結局は彼を選べなかった。
 ……彼をあんなにも迫害をした精霊五家を守るために、
 この身を犠牲にしてまで御子の勤めに準じた……。
 彼の持つ自由の風にあんなにも惹かれていたのに、
 あの不死鳥の背にまたがって世界の果てを目指すことを
 夢見ていたのに、それなのに、やっぱりわたしは
 彼の手を取ることが出来なかったんです。
 彼の手を振り払って、わたしは光の精霊になった。
 彼の誘いを裏切ったから……。
 わたしは世界を選んだから。
 そんなわたしが出来る事なんて、
 世界を守り続けることしかないのに。
 ……それだけがわたしの存在理由なのに」

魔王「それで、そのぅ……“彼”の転生を待ち続けているのか。
 乙女心としては判らないでもない。
 というか、共感も出来るが。
 それは、やはり相当に誤解だと思うぞ?」

勇者「そうだそうだ。精霊がそこまでメロメロってことは
 その彼は相当にカッコイーやつだったんだろうが、
 そう言う点はあんまり重要じゃないんだぞ」

魔王(何を寝ぼけているのだ、勇者。
 “彼”の容姿なんて、勇者にそっくりに
 決まっているではないかっ。気がつけ、阿呆)

光の精霊「……うう」

勇者「ただ単に、手分けしただけじゃねーか」
魔王「最初の勇者が、世界を救うのに躊躇ったとでも?」

勇者「それともそいつは世界の危機に力を尽くさないほど
 根性曲がってたのかよ。自分を虐めたやつらだから
 死んじまえってほど了見狭かったのか?」

魔王「他人のために手を差し出すことを躊躇うような男に
 精霊殿が恋をしていたとは考えがたいな。
 もしそのような男だったら、そもそもこんなにも
 苦しまなかったのではないか?」

光の精霊「え……?」

勇者「そいつはきっと思ってるぜ。
 “ああ、俺の好きになった女は格好良いやつだ”って」

魔王「格好良いと云われて純粋に喜ばしいかと云えば
 乙女としてはなんとも微妙だが、
 それでも為すべきを為さないような存在であるよりも
 何倍も何倍も良いだろう」

676 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:43:01.30 KvXPKcsP

光の精霊「あ。あ……」

勇者「そいつだって、事が終わって二人っきりになったら
 “あのときはすげぇ頑張ってたな。惚れ直した”
 って云おうと思ってたんだよ。
 そのぅ……まだその機会が来てないだけでさ」

魔王「きっと“彼”だとて、その不死鳥の背と
 両手で、少なくはない人々を救っていたはずだ。
 自分の恋した少女が命をかけて世界のために
 戦っている時に、奮い立たないわけがない」

勇者「そーだそーだ! 魔王の云うとおりだぜ!」

魔王「な? 勇者。そうだろう?」

勇者「ったりまえだっての。
 世界を救いたいから勇者なんだぜ?
 勇者だから世界を救うわけでもないし、
 世界を救うから勇者でもない。
 救いたいと強く希ったら勇者なんだ。
 あんたの彼氏は、勇者だったさ」

魔王「……だ、そうだ。
 少なくとも“彼の魂”はそう言っているぞ?」

光の精霊「……あ。うくっ……」

勇者「?」

魔王「それから、“あなたの魂”はこう言うだろう。
 “もう、罪悪感は捨て去る”と。
 勇者と再び出会うために
 この世に闇と戦乱を振りまくのは、止めると。
 裏切ったという自責の念に堪えかねて、
 勇者の魂を求めて赤子のように涙を流すのは止めると。
 ……わたしだから云えるんだ。
 勇者と初めて手を取り合ったわたしだから。
 あなたの苦しみは魔王の魂を歪めてしまったけれど
 その歪みでさえ乗り切ることが出来るって」

677 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:44:10.03 KvXPKcsP

勇者「へ?」

魔王「約束する。涙を拭って欲しい。
 わたしは幸せなんだ。
 ……あなたの娘とも云える魔王として
 初めて幸せになったのがわたしだ」

光の精霊「……はい」

勇者「良く判らないけれどさ。
 俺と魔王だって出会って色々あったけれど、
 喧嘩は止めて旅を出来たんだ。
 最初から恋人同士だった精霊とその彼だったら
 裏切るとか裏切らないとかさ、
 そんなの無かったんだと思うぜ」

魔王(わたしと勇者だから、説得できる――か。
 理屈も論理展開も根拠も、何もかも判っていないくせに。
 勇者は正解だけは判るんだな)

光の精霊「……はい」

勇者「うわぁ。良かったよ、判ってくれたよ」
魔王「色々思う所はあるぞ。勇者は鈍すぎだ。
 それでは四方の相手が報われないこと甚だしい」

光の精霊「願いを……」

勇者「ん?」

光の精霊「願いはありますか? 勇者。そして魔王。
 永久に続くこの循環からの開放。
 それはわたしにとっては未だ喜びよりも
 不安と寂しさのもとですが、
 それでもカリクティスの娘として、あなたたちを祝福したい。
 ……かつては結ばれなかった私たちの未来として。
 希望と羨望を込めて。自分自身の業が無意味でなかったと
 せめてものよすがとして」

勇者「あー。……そか。んっと」
魔王「勇者は、もう決めてるんだろう?」

勇者「うん。いいのかな」
魔王「そうしなければ、おそらく終わらない。
 それに、もう世界は変わったんだ。
 私たちがどうしようと、この世界は沢山の勇者と魔王がいる」

光の精霊「沢山の?」

678 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:46:17.91 KvXPKcsP

勇者「もともと精霊の願いから生まれたモノだったんだろう?」

魔王「世界にいる人間も魔族も、全ては精霊の子だからな。
 その中から無数の勇者や魔王が現れてもおかしくはない。
 いや、本来はそうであるべきだったんだ。
 ……望めば誰もが勇者にも魔王にもなれる。
 それは無敵の戦闘能力や無限の魔力はもっていないが
 でも、そんなことは重要じゃない。
 大事なのは、世界を変える力を
 誰だって持っているって云うことだ。
 もし本当に“絶対やり遂げる”と決心さえすれば
 人間も魔族も、無限の明日を持っているはずだ」

光の精霊「はい」

勇者「精霊がさ。名家の生まれだから、
 炎の娘だったから、巫女だったから……。
 そんな理由で世界を救う生け贄になったんじゃないのと一緒だ。
 きっとそのときだって“絶対に救う”って決心したやつが
 他にいれば、そいつであったとしてもどうにかなったんだ」

魔王「わたしたちの願いは叶っている」
勇者「うん。見たい景色は自分たちで見た。
 欲しかった世界は、直ぐそこまで来ている」

魔王「世界は私たちがいなくても、
 “絶対この世界を救う”と思う勇者や魔王がいるし
 そんな勇者は今後も生まれてくるだろう。
 だれもが勇者になれる自由な世界になったんだ」

勇者「きっと、新しい作物を発見したり、
 新しい鉄の作り方を考えたり、
 開拓村で一杯開墾したりする勇者が生まれるんだぜ?」にやにや

魔王「それに、麦や塩を売り買いしてお金持ちになる魔王や、
 星の動きを記録して遠い距離の旅を
 考えつく魔王も生まれる」 にこり

勇者「そりゃやっぱり“絶対世界を滅ぼしてやる”っていう
 そういう勇者も生まれるかも知れないけれどさ」

魔王「確率論的に、それは正義の魔王によって阻まれるだろう。
 そういう世界になればよいと願っている限り
 世界はそうなるはずだ」

679 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:48:38.44 KvXPKcsP

勇者「学者とか云って、魔王の云ってる言葉だって
 楽天的な希望論じゃないか。
 人のことを馬鹿みたいに云ってるくせに」

魔王「経済というのは人々の希望と予測で動いているのだ。
 大多数の人々が“景気は良くなる”と信じることで
 実際に景気が良くなるように、多くの人が平和を
 強く望めば平和な世界がやってくる」

光の精霊「お二人は強いのですね……」

魔王「そうじゃない。もし仮にそうだとすれば
 ……精霊と彼も強かった、ということだと思う」

光の精霊「はい」

勇者「俺たちの願いは叶ってるんだ」
魔王「うん」

勇者「だから、俺たちの願いは……。
 精霊の救済だ。
 光の精霊は、いつでも困ったような、
 ちょっぴり泣きそうな顔をしていた。
 今まで一杯助けてもらった。ありがと」

魔王「うん。だから、救われて欲しい。もう、泣かないで」

光の精霊「え……」

勇者「ほら」
魔王「うん」

光の精霊「え? え?」

勇者「見えるよ。あんなに大きな」
魔王「不死鳥がやってきている」

681 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 01:56:56.86 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 開門都市庁舎

火竜公女「……黒騎士殿はまだみつからぬのかや?」
東の砦長「ああ、どうやら戦場に墜落したらしいんだが」

青年商人「魔王殿も行方不明です」
冬寂王「……それに執事と女騎士も連絡が取れぬ」

軍人子弟「師匠……」
鉄国少尉「何かあったのでしょうか」

火竜公女「おそらくは。しかし何が……」
青年商人「敵がいたのでしょうね」
冬寂王「敵、とは?」

青年商人「論理的に考えれば、勇者一行の力を持って
 初めて倒せるような、強大な敵が居たのでしょう。
 その敵と戦うために、勇者達は姿を消したのかと」

鉄腕王「それは魔王じゃないのか?」

火竜公女「魔王殿は弱いからなぁ」

東の砦長「勇者と魔王は戦わねぇよ、絶対にな」
青年商人「ええ、それはそうでしょう」

冬寂王「良く判らぬな」

軍人子弟「すこしだけわかる様な気がするでござる」

東の砦長「……ほう」

青年商人「どういう事です?」

軍人子弟「お二人とお仲間は、拙者達ではどうにもならぬものと
 戦いに赴いたでござるよ。目に見えぬ、手では触れぬ敵と。
 それは、おそらく……。曖昧模糊としているのに頑強で
 与しやすいのに絶対的で、誰の前にでも現れるのに
 誰も勝つことが出来ないようなモノ」

鉄国少尉「なんです、それは?」

683 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:00:45.44 KvXPKcsP

軍人子弟「誰かの胸の痛み。後悔、とか」
鉄国少尉「?」

火竜公女「後悔……ですかや?」
青年商人「……」

冬寂王「我らと同じではないか。
 我らは未来の後悔をなくすためにいまを戦わねばならない」

火竜公女「まことに」

青年商人「……目の前の問題をかたずけましょう。
 まずは、講和をしなければなりません。
 講和条約の作成が一つの山場でしょう。
 遠征軍は魔界に対して一方的な侵略を仕掛けてきた。
 これは紛れもない事実です。
 それ相応の賠償を要求せねば魔界側も納得しない。
 しかし、追い詰めすぎては講話の前提が崩れる」

冬寂王「そうだな」

軍人子弟「双方の顔を立てるとなると至難でござる」

青年商人「実は魔界には一つ、族長の決まっていない
 難民同然の氏族がありましてね。領地も支配者も浮いている」

火竜公女「っ!? 蒼魔族の? あれを使うのかやっ!?」

青年商人「あそこの開発や発展を、人間界にやらせましょう。
 もちろん人材や資金は全てあちら持ちです。
 戦争の結果ですから、復興責任は向こうにあります。
 しかし、復興責任とは云っても、魔界との貿易で人間界も潤う。
 向こうにとっても損な話ではない。
 後は謝罪と、賠償金を組み合わせて、
 落としどころを模索すればかまわないでしょう。
 場合によっては極光島が話の俎上に上がるかも知れませんが」

冬寂王「それは予想している」

ガタンッ!

庁舎職員「み、皆様っ! 窓をっ!!」

684 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:02:18.30 KvXPKcsP

鉄腕王「はン? 窓?」
軍人子弟「何が起きたのでござる?」

ぱたんっ

火竜公女「あれはっ」
東の砦長「あれは、なんだ?」

冬寂王「なんと美しい。……あれは魔界の鳥なのか?」

きらきらきら、きらきらきら……

火竜公女「いいえ、あのようなモノは魔界でも見ませぬ」
東の砦長「どれだけ大きいんだ。小屋くらいあるのか」

軍人子弟「いいや、あれは随分高くを舞っているでござる。
 小さく見積もっても、この庁舎ほどあるかと……」

鉄国少尉「金と虹色に輝いて。なんて綺麗な鳥なんだろう」

火竜公女「……光の塔が消える」
東の砦長「ああ……」

青年商人「あの塔も、鳥も。あるいは勇者の行方と関係が」
冬寂王「あるのかもしれぬ」

軍人子弟「だとすれば、それはきっと師匠達が
 戦って勝ち得たものでござるよ」

火竜公女「そうなのかや?」

軍人子弟「あんなに雄大で美しいものが、
 悪い結果の産物であるはずがござらん」

火竜公女「皆も見ているのであるかや……」
東の砦長「みんなも?」

冬寂王「ああ。こんな素晴らしいものは、
 全ての国の人々も見れればよいのに……」

686 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:10:52.33 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 開門都市城門

  光の少年兵「これ、ですか?」
  魔族娘「そうそう。煮立たせて」

  人間作業員「おーい! 鍋が出来たぞぅ」
  巨人作業員「おお……」
  義勇軍兵「ほれ。人間の兵隊さんも食えよ」

  光の槍兵「でも……」
  義勇軍兵「遠慮すんなよ。どっちも多くの犠牲は
   出なかったんだ。この防壁のお陰でな」

ぽろろん……♪ ぽろろん……♪

土木子弟「お帰り」
奏楽子弟「た、ただいまっ」

土木子弟「なんか、こう! き、緊張するな」
奏楽子弟「うん……。あははっ」

  光の少年兵「え? ちがいますか? こうですか」
  魔族娘「ちがくて、んと。赤い実を入れるの」
  人間作業員「そりゃ辛すぎだろう?」
  巨人作業員「……辛いと、美味しい」
  光の少年兵「で、出来ましたっ」

土木子弟「へへん。聞こえてたぞ、歌」
奏楽子弟「うんっ。聞こえてたか。あははっ」

土木子弟「なんか上手くなったな。
 いや、上手くなった訳じゃないかもしれないけれど
 聞いてて無性に泣けてきた……」

奏楽子弟「そか」

土木子弟「苦労したか? 世界は見れたか?」

奏楽子弟「うん。見たよ。聞いたよ!! それに感じた。
 すごいよ。広くて、その広い世界に、沢山の氏族が住んでるよ。
 人間も、わたし達も。変わらない。
 嬉しいと笑うし、悲しいと泣く。大事なものがあって
 避けたい不幸があって、理不尽で、必死に生きている。
 それでも……。
 世界は――綺麗だったよ」

687 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:12:46.75 KvXPKcsP

  光の少年兵「ど、どうぞ……」
  人間作業員「おー。それでいーんだ」
  光の少年兵「はい……」 おずおず
  巨人作業員「偉そうだ……」
  竜族兵士「温かい……。戦は、終わるな」

奏楽子弟「わたしも、橋を通ったよ。
 人間の遠征軍に紛れて帰ってきたんだ。
 人間の世界には飢餓がある。
 彼らは、ほんのちょっぴりの食料をもらうために
 こんな世界の果てまでやってきたんだ」

土木子弟「聞いた。……なんだか切ないな」

奏楽子弟「帰ってきて驚いたよ。橋も、この防壁も!」
土木子弟「ぼろぼろになっちゃったけれどな」

奏楽子弟「でも、立派だったよ。
 この防壁がなければ魔界の民は沢山殺されてたし、
 人間も沢山死んでいたはずだもの。
 この防壁が、最悪の戦を防いでくれたよ。
 こんなに穴だらけになっても、守ってくれた」

土木子弟「面目ない」

奏楽子弟「格好良かったよ!」
土木子弟「あ、うん……。その、ありがとな」 そぉっ

奏楽子弟「あ」
土木子弟「へ?」

奏楽子弟「鳥……だ」

  光の少年兵「え?」 きょろきょろ
  魔族娘「綺麗……」
  竜族兵士「あれは、不死鳥!」

土木子弟「すごいな……!」
奏楽子弟「うん。世界は――すごいところだよ。
 遠くまで行って、不思議なものも。
 綺麗なものも。恐ろしいものも。沢山、見てきた。
 見て来ちゃったよ……」

土木子弟「――お帰り。長い旅から」

奏楽子弟「ただいま。やっぱりここが、落ち着くや。
 土木子弟は、変わらないね。……ありがとう。
 待っていてくれて、ありがとう」

ぎゅっぅ

688 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:15:15.81 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 開門都市近郊

王弟元帥「了解した」

参謀軍師「では引き続いて陣ぞなえの報告を申し上げます。
 中軍二万八千は5里後退して設営中。
 食料は現在のところ南部連合から供給される小麦を中心に
 一端の安定状態を保っております。
 周辺からの狩りにて肉類を補充したいとの要望も出ておりますが」

聖王国将官「ですな」

王弟元帥「異境の地だ。何があるか判らん。
 現地の魔族からの買い取りを優先させろ」

参謀軍師「魔族、ですか?」

聖王国将官「出来るのですか? こんな地で」

王弟元帥「開門都市に使者を出して詳しい担当を派遣してもらえ。
 狩りをするにしても、周辺の森はどこの氏族の領地かも判らん。
 この時期不要なトラブルは避けたい」

生き残り傭兵「ああー。いいす、いいす。
 機怪族の狩人やら商人を派遣しますから」

貴族子弟「そうですね」

メイド姉「そうしましょう」 にこっ

参謀軍師「閣下」

王弟元帥「なんだ?」

参謀軍師「なんでこのようなごろつきどもが、
 我が遠征軍の最高会議に出席しているのですか?」

器用な少年「ごろつきだってさ! おれごろつきだって!!」

貴族子弟「ホームレス少年から格上げですね!」

メイド姉「出世ですよ、これは」にこにこ

689 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:17:36.39 KvXPKcsP

参謀軍師「ええい、ちゃかすな!」
王弟元帥「堪えよ」

参謀軍師「っく!」

聖王国将官「しかし、魔界に詳しいのは現実ですし。
 得体の知れないコネも持っていますし。
 ……こうして何かと世話はしてくれているわけですし。
 わたしだってこんなのと同席は腹が立ちますが」

生き残り傭兵「俺たちは何でもしないと生き残れないからな」
器用な少年「生き汚いと呼んでくれよ、おっさん!」

貴族子弟「それは褒め言葉じゃないんですよ? 少年」
器用な少年「いたたたっ! 耳っ! ちぎれるっ!」
貴族子弟「事は全てエレガントに。です」

メイド姉「ふふふっ」

参謀軍師「このような者たちの存在は軍の規律に影響を
 与えずにはおきません。悪影響ですっ!
 そもそも講和も成っては居ないこの状況です。
 せめて軍機からは放逐してください。閣下!」

メイド姉「でも、大主教様は行方不明なのでしょう?
 であれば、聖骸をもってきた精霊の使いの娘は
 しばらく王弟閣下のもとにいたほうが、
 都合が良くはありませんか?」

参謀軍師「それは……っ」

メイド姉「それに、軍としては悪影響でも構いません。
 だって遠征軍自体はここでお終いにして頂きたいんですから。
 “巡礼者の群”に取って悪影響でないのなら
 わたし達にとっては好都合。むしろ渡りに船です」

生き残り傭兵「姐さん、ぱねぇな。ほんと」

聖王国将官(たしかに、光の子の中でも
 日に日にこの娘に感化されるものが増えているが……)

貴族子弟「見かけより遙かにタフですよね」

メイド姉「元々メイドですからね。
 朝から晩まで働くのは得意なんです。
 料理は妹に譲りますが掃除や洗濯、
 けが人の世話は得意なんですよ。書類仕事もね」

691 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:18:05.80 KvXPKcsP

王弟元帥「時には耐える戦もあるさ」
参謀軍師「閣下……」

王弟元帥「聖王国も、中央の国家群も今回の遠征では
 多くを失った。資金も、資材も、時も、人材もだ。
 勝てない以上、堪え忍ぶしか無かろう」

生き残り傭兵「勝手な言いぐさを。
 南部の国々や魔族が何も失わなかったとでも思っているのか。
 上から目線で気にくわないぜ」

器用な少年「ったくだっ!」

貴族子弟「まぁまぁ」

メイド姉「ええ。王弟閣下は判ってくださいますよ」

王弟元帥「お前達も、いつ我が利用するかも知れぬと
 用心に用心を重ねておくことだな」

メイド姉「利用して頂けるのを待っているんです。
 こちらは利用させて頂いているんですから、心苦しいですよ。
 いつでもご利用くださいね」 にこにこ

ばさっ!

聖王国騎士「閣下! 空に、巨大な鳥がッ!」

王弟元帥「鳥だと?」
参謀軍師「何が起きたのです」

ざわざわ……ざわざわ……

聖王国将官「あれは……」

692 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:19:25.59 KvXPKcsP

  斥候兵「鳥だって?」
  光の銃兵「ああ、鳥だ。見ろ! あんなにキラキラして」
  光の槍兵「綺麗だ……」
  カノーネ部隊長「あれは精霊様の使いなのか……」
  カノーネ兵「うっわぁ、こんな物が見えるだなんて」

器用な少年「すっげぇなぁ!! おい!」

貴族子弟「これはなんと麗しい……」

メイド姉「……さま」

王弟元帥「これが魔界の鳥なのか」
参謀軍師「このようなことは初めてですな」

メイド姉「当主、さま? ……勇者、さま?」 ぽろっ

王弟元帥「ん?」

参謀軍師「どうしたのですか?」

器用な少年「お、おい! 姉ちゃん!
 なんでだよっ。
 泣き出すなんて、腹でも痛くしたかっ?
 泣かないでくれよ」

貴族子弟「メイド姉……」

メイド姉「いえ、違います。そうじゃなくて」

ぽろぽろ

王弟元帥「……学士よ」

メイド姉「なんだか、胸がいっぱいで。
 なんででしょうか。急に沢山のことを思い出してしまって」

貴族子弟「……」

メイド姉「懐かしくて切なくて、嬉しいような悲しいような。
 随分遠くへ来てしまったのに、ふるさとに帰ってきたような。
 会いたい人が沢山いて、行きたいところが沢山あるのに……。
 ひとりぼっちなのが誇らしいような……。
 先生。……先生は、お元気ですか?
 当主様、勇者様……。妹……。わたしは、ここにいますよ?」

695 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:29:19.30 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 魔界の荒野

副官「そうか! 遠征軍が休戦をっ!」
獣人武将「おお!」
獣人兵「か、勝ったのか!? 俺たちはっ」

遠征軍捕虜「……」
遠征軍士官「肩を落とすな。仕方あるまい」

副官「はい。戦争は終わるんです」
遠征軍捕虜「終わる、のか」

遠征軍士官「俺たちは裏切り者だ」

獣人武将「裏切り? 人間の考えることは小難しくて判らないな」

獣人兵「そうだぞ。力を合わせなければ、魔物に殺されていた。
 助け合ったら、戦争が終わっていただけだ」

副官「その通りです」

獣人武将「俺たちの族長だって、そのくらい許してくれるさ」
獣人兵「銀虎公……。族長の魂に栄光有れ!!」

遠征軍捕虜「やはり、無謀な戦だったんだ」
遠征軍士官「そうだな。こんなところまで来て。
 俺たちは何をしてたんだろう。何を求めていたんだろう」

副官「斥候の報告はっ?」

斥候「はっ! 西方4里に大型の魔物の痕跡はありません!」

獣人武将「移動しますか、司令官殿」

獣人兵「おう!」

696 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:32:35.85 KvXPKcsP

遠征軍捕虜「俺たちは、どうすればいい?」
遠征軍士官「……処刑か? せめて捕虜達は」

副官「馬鹿を云わないでください。これ以上血を流しては
 きっと……わたしの大将だって怒りますよ。
 戦争が終わるのならば、生きて帰る努力をしてください」

遠征軍捕虜「生きて……帰る?」
遠征軍士官「帰れるのか、俺たちは……?」

副官「わたしには保証できませんが、
 とりあえず開門都市に向かいましょう。
 停戦と云うことは、おそらく何らかの交渉に入ったはずです」

獣人武将「まずは生き残ること。武勲はその次だ。
 武勲ばかり焦るのは真の武人とは云えぬ。
 大将だってそう言っていた」

獣人兵「命を掛けるのは、武人の誇りと主君を
 守るためだけでよい……なんてなぁ!
 ああ、そうさ。俺たちの大将はそうやって死んじまったが
 そりゃぁ、みごとな最期だったんだぜ?」

遠征軍捕虜「……」
遠征軍士官「すまん、感謝する」

    きらきらきらきら……

副官「え」
獣人武将「あ。あれはっ」

遠征軍捕虜「鳥?」
遠征軍士官「なんて神々しい……」

副官「……」
獣人武将「大将」

遠征軍士官「帰りたいな……」
遠征軍捕虜「……帰って、これのことを話したい」

遠征軍士官「ああ……。妻に、子に。
 この美しい鳥について話したいよ……」

697 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:35:46.25 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 大空洞

こぉぉん……こぉぉん……

鬼呼の旅人「もう一息で峠を越えるぞ」
人間の商人「ああ、任せておけ!」

こぉぉん……こぉぉん……

鬼呼の旅人「しかし、売れるのかね、楽器なんて」

人間の商人「これは上物だ。聖都の職人が作った三弦琴だぞ?
 もちろん売れるさ。なんとか売りたいんだ」

鬼呼の旅人「だって戦争をしているって云うじゃないか」

こぉぉん……こぉぉん……

人間の商人「いつまでも続く戦争なんて有るものか。
 戦争をやってたからこそ、音楽の一つも恋しくなる。
 乾けば水が欲しくなるようにさ。
 だからこういうのは切らしちゃダメなんだ。
 文化が無くっちゃ平和になんかなりゃしない。
 そいつがおいらの商人としての……」

鬼呼の旅人「どうした?」

ばぁっさっ! ばぁっさっ! ばぁっさっ!

人間の商人「っ!?」
鬼呼の旅人「な、なななっ!!

人間の商人「黄金の羽根……っ!」
鬼呼の旅人「なんて立派な鳥なんだっ!」

702 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:47:21.49 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 冬の国、冬越し村

小さな村人「ほーぅい! ほぅい!」
中年の村人「寒いねぇ」
鋳掛け職人「まったくだぁよ」

小さな村人「今年の冬は、それでもすこぅし楽かもなや」

中年の村人「そうかもなぁ。年越したらわかんねけんども。
 馬鈴薯一杯とれたから、うちは本当に良かった」

鋳掛け職人「冬籠もりの準備は終わったけぇ?」
小さな村人「ああ、うちも今年はよくがんばっただぁよ」

中年の村人「ベーコンは美味しくできただよぉ。
 カブも沢山あるだ。これで冬の間に、豚っ子が子供を産んで、
 春にはまた森に放してやれるだぁよ」

鋳掛け職人「人が増えたのか、農具の修理の仕事が
 沢山たまっているだ。冬の間に幾つか新しいのを作って
 春になったら売ってみようかと思うんだよ」

小さな村人「そりゃいいねぇ! 本当に良いことだ!」

メイド妹「こんにちはーっ!」 ぶんぶんっ
商人子弟「こんにちは、精が出ますね」
従僕「こんにちはですっ」 ぱたぱた

中年の村人「ああ、これはお屋敷のお嬢さんでないかい」
鋳掛け職人「それに……?」

商人子弟「ああ、わたしはお城勤めの役人なんですよ」
従僕「はいです!」

中年の村人「あんれまぁ! ああ、そうだそうだ!
 お前さんは、あの屋敷で、しばらく住んでらっしゃった
 坊っちゃんでないかい?」

鋳掛け職人「そう言えば、見たことがあるような」

703 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:49:55.08 KvXPKcsP

メイド妹「そうだよぉ。今度はね、この村にも
 冬の間のお仕事が作れるか、見に来たんだよ」

商人子弟 にこにこ

中年の村人「冬の間の?」

商人子弟「冬の間、開拓民の皆さんは、農作業が出来ませんよね。
 その間に頼める仕事がないかと思いまして」

鋳掛け職人「俺っちは鋳掛けやなんだけど。
 それは、工房での仕事みたいなものなのかい?」

小さな村人「なんだいね、その仕事というのは?」

メイド妹「うーん。なんだっけ?」

商人子弟「幾つか話はあるので、詳しくは村長さんとも
 相談してから決めさせて頂くことになるかと思うのですが
 羽毛いりの服の縫製や、紡績を考えているんですよ」

従僕「です♪」
中年の村人「紡績ってなんだい?」

メイド妹「織物だよ?」

商人子弟「はい」

中年の村人「ああ! それなら、家の中でも出来るだぁね。
 でもそれは難しくはないんかい?
 俺たちはそんなに難しいことは出来ないんだよ。
 ははは。土や豚っ子の相手ばかりしてるから」

メイド妹「女の子でも、お年寄りでも出来るようにするんだって」

商人子弟「ええ。詳しいことは温かいところでお話ししますよ」

中年の村人「おお! そういやそうだ。
 村長さんのところに案内するだぁよ。
 おらぁ、スモモの樽を届けるんだった」

鋳掛け職人「ああ、頼んだよぉ。おいらも鍬を届けなきゃ」

705 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 02:54:53.98 KvXPKcsP

メイド妹「ん~♪」
商人子弟「どうしました」

中年の村人「ああ、判るでよ」にこり

メイド妹「良ぃ~匂い♪ パイだぁ」

商人子弟「ほう!」
従僕「はうはう!」

中年の村人「酒場で焼いているんだよ。
 脂ののった鱒をパイに包んでこんがり焼いて、
 輪切りにして出すんだ。美味しいよぉ」

メイド妹「輪切り? うわぁ。知らない料理だ!」

中年の村人「お嬢に習ってから、工夫したって云っていたよ。
 バターのソースを掛けてあるんだよ。
 ちょっと高いけれど、村の連中の一番のご馳走だぁよ」

鋳掛け職人「んだんだ」

メイド妹「食べたいなぁ! 食べたいなぁ~」 きらきら
商人子弟「はははは。判りましたよ、そんな眼で見ないでください」

従僕「ふふふっ。僕も食べるのですっ」

中年の村人「今年の冬も豊作だったから、酒場も繁盛して
 ――え、あ。ああっ!」

鋳掛け職人「なんだってんだいまったく……あ」

 きらきらきらきらきら……

メイド妹「綺麗っ!」
商人子弟「これはっ……」
従僕「おっきな鳥ですっ! すごぉい!!」

メイド妹「すごい、すごい、すごいよぉ!
 ね、見てみて! お姉ちゃんあれす」
商人子弟「――」

メイド妹「……って。えへへ。お姉ちゃんは居ないんだった」
商人子弟「大丈夫。彼女もどこかで見ていますよ」 ぽむん

メイド妹「うんっ。……すごいねぇ、綺麗だねぇ。
 精霊様のお使いみたいだねぇ……。
 なんて云う鳥なんだろう。
 ああ、お姉ちゃんが無事でありますように」

709 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:05:53.85 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 赤馬の国、交易市場

きらきらきらきら……

交易商人「なんだ? なんて綺麗なんだっ!」
開拓民「ありゃぁ、すごい!」

遊牧の男「精霊様の御使いなのか……?」
羊飼いの女「精霊様……」

交易商人「飛んでいく。……北のほうに飛んでいくな」
開拓民「雄々しくて、美しくて……すごいものを見ちまった」

遊牧の男「……」

ヒツジ「めぇええええ……」
羊飼いの女「あ。ごめん、ごめん! 寒かったよね」

交易商人「ははははっ! いやぁ、とんでもないものを見たぞ。
 あはははっ! 今日はもう商売はやめだっ! 飲みに行く。
 さぁさ、皆さん寄っといで!
 ここにあるのは元祖冬の国の馬鈴薯だ!!
 なんと一袋が金貨5枚!!
 小麦だったら20枚するこのご時世に金貨5枚!
 儲けは無しの大特価! あんなすごいものを見たんだ。
 そこの兄さんも姉さんも買っていきな。
 それであたしと、酒の一杯でも飲もうじゃないか!」

開拓民「あははは、そりゃいい!」

羊飼いの女「そ、その。えっと。このおチビちゃんとじゃ、
 ダメですか? この子です」

交易商人「ああ、いいよ。それじゃぁ、二袋持ってお行き」
開拓民「太っ腹だね!」

遊牧の男「俺にも一袋くれ」

交易商人「ははは、そうさ。あたしらは験を担ぐんだ。
 あの大きな鳥は、きっと商売の守護精霊に違いないよ!
 さぁさ、よっておゆき! 冬の国の馬鈴薯だよ!
 甘くて美味しい、ほっくほくの馬鈴薯だよ!!
 買ってお行き! 今日は精霊に捧げる大特価だ!!」

710 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:14:18.34 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 湖の国、修道会

修道士「清拭を」
修道士補佐「はい。腕を出してくださいね」

貧しい農民「お願ぇします。お願ぇします。
 この娘っ子は身体が弱くて、どうしても病気なんかには
 やりたくないんです……」

農民の娘「あの……」

修道士「ああ。お金ですか? 良いんですよ、寄付ですから。
 無いならないで無理に寄付なんかしなくても」

修道士補佐「安心してください。ここは王立の修道院ですから。
 この種痘は女王の私費で行なわれてるんですよ」

貧しい農民「ありがとうごぜぇます! 精霊様! 女王様!」

農民の娘「ひゃっ」

修道士「冷たいけれど、我慢してくださいね。
 ちょっと痛いですよ。刺しますから。
 でもこれをしておくと、疱瘡にかからなくなるんです」

農民の娘「がまん、する……」

修道士「ちょっとだけですよ」

農民の娘「っ!」 びくんっ

修道士「はい、もう終わりです」

農民の娘「おわり」

修道士補佐「はい。もう平気ですよ」

農民の娘「だいじょうぶだったよ」

修道士「良くできましたね」 にこり

713 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:23:35.31 KvXPKcsP

修道士補佐「では、お名前だけ記載しますので、教えてください」

貧しい農民「へぇ、では」
農民の娘「ねー。おとーさん、おとーさん?」

貧しい農民「どした? おらは、修道士さんと話があるだよ」
農民の娘「きらきらしてるよ?」

修道士補佐「あれは……」
貧しい農民「へ?」

きらきらきら……

農民の娘「とり、だよ?」

修道士「あれは、不死鳥では」
修道士補佐「精霊様のっ?」

貧しい農民「なんて綺麗なんだろう」

農民の娘「きれーだねぇ! すごい!」ぴょんっ、ぴょんっ!

修道士「精霊よ」 くたっ
修道士補佐「修道士様」

修道士「祈りましょう」

修道士補佐「は、はいっ」 ぺたっ
貧しい農民「あ、ああ……。こら」
農民の娘「あ、はい!」

修道士「精霊よ。貧しき我らの行く末に、ひとときの平安と
 一日の糧を。我らが克己が力となり、力が優しさとなり、
 優しさが明日の支えとなりますように……」

修道士補佐「感謝と共に祈りを捧げます……」

貧しい農民「捧げます」
農民の娘「ささげます……」

714 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:25:58.55 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 聖王国、冬薔薇の庭園

辣腕会計「こちらが今月分の収支報告となっております」

聖国王「ほう! 早くも黒字転換か」
国務大臣「それはそれは!」 ほくほく

辣腕会計「元々仕組みは出来上がっておりましたからね」

聖国王「しかし、これは。これだけの利益は大きいな」
国務大臣「ええ……」
辣腕会計「はい、自負しております」

聖国王「これだけ儲かるとなると、教会も黙っていないであろう」

辣腕会計「そうですか?」

聖国王「これは元来教会が行なっていた税収や金貸しの業務と
 一部被っている事業だ。教会の収益を奪って上げた利益と
 云うことになるのではないか?」

国務大臣「そうですのう……」

辣腕会計「そんな事はありませんよ」

聖国王「とは?」

辣腕会計「この業務を開始してから日が浅いですが、
 王都に訪れる商人の数は前年同月比で+45%となっています。
 わが“同盟”で行われる幾つかの金融審査を求めて
 商人の流入が大きくなっているのです。
 彼らは利にさとい商売人ですから、
 移動を空荷で行う事はありません。
 自然に王都には荷が集まり、新しい商売が始まる。
 人々も集まりますし、街には活気が戻ります。
 現に、この期間中は、教会の利益も増加しています」

聖国王「戦争中なのにか?」

辣腕会計「全ての民が魔界へ行ったわけではありません。
 効率よく耕作をするためにも、流動的な労働力が
 多少あった方がよいのですよ」

聖国王「ふむ……」

715 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:30:04.28 KvXPKcsP

国務大臣「そうであれば、こんなに素晴らしいことはありませんな」

辣腕会計「今回の提案は、こちらの書状にも書きましたが
 免税特権、および河船税の撤廃についてでして」

聖国王「ふむ」

国務大臣「馬鹿な! そのようなことをすれば
 我が国の国庫は破綻してしまうわ!!」

辣腕会計「それは固定観念による思い込みです。
 この試算書に眼を通してくだされば判るはず。
 いままでどおりの輸出入量であっても、
 荷揚げ税だけで税収はまかなえるのです。
 むしろ、河船税の撤廃すれば大河を用いた交易は活発になり」

国務大臣「それは机上の計算というものであり」
辣腕会計「計算は机上で行なうものです」

  聖国王「やれやれ。かしましいことだ。
   ……しかし、このような改革。
   自分が国元を離れた間にやったと知ればあいつは怒るかな。
   いや、笑うか。あいつなら。
   出来ることを出来ぬと云い、逃げるわたしを誰よりも軽蔑し、
   誰よりも守ってくれたあいつならば……」

国務大臣「そもそも河船税を廃止と云うが
 それには領主会議の内諾が必要であり……え?」

辣腕会計「あ……」

聖国王「なんだというのだ?」

国務大臣「へ、陛下っ! あれをご覧下さいっ!」

聖国王「おおっ!!」

 きらきらきら……。きらきらきら……。

辣腕会計「なんですか、あれは! なんて大きく、美しい!」

聖国王「吉兆か……。あれは、瑞兆であるな?」
国務大臣「御意でございます」

聖国王「美しいな、なんて美しいのだ。
 ……あれはまさにこの世界を守護するものに違い有るまい。
 あれを見よ。ははははっ。聖王国だ、伝統だと云ったところで
 あの鳥の美しさにはとても敵わぬ。ははははっ。
 素晴らしいな。ああ、気分が晴れるようだ。
 誰ぞ! 誰ぞっ! 祝いの酒を持つが良いっ!」

716 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:32:38.15 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 大陸の全て

……なんて綺麗なんだろう

……きっと精霊様の御使いよ。お祈りしましょうね。
……うん、ママ。おいのり、する。

……綺麗だぁ。よぉし、もうひとがんばりするべぇ。

……ほーぅい、ほーぅい! 休憩にしよう。あの鳥を見て。

……やめた。こんなところで戦うなんてばからしい。
 なぁ、あんたもやめにしないか?
 俺は故郷で牛を飼って暮らしているのが性に合ってるみたいだ。

……うわぁ! 鳥だ! 奇跡だ! 恩寵だ!
 む、キた! ひらめいた! この直感を曲にしなければ!
 どこだぁ、羊皮紙はどこだぁ!?

……ありがとうございます。今日も馬鈴薯が沢山取れました。

……うわぁ、帰って母ちゃんにも話そう。すげぇ……なぁ……。

……ばあさんや、すごいものがみえるよ。
……いやですねぇ、わたしだって見ていますよぅ。

……ありがとう、お祈りします。

……ありがとう。

718 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:40:33.35 KvXPKcsP

――おおぞらをとぶ 世界の果て、青空の彼方

光の精霊「あ……。こんなに。こんなに……。
 ありがとうが、祈りが……。
 くるくると舞って、溢れて、こぼれて……」

勇者「な?」
魔王「うむ」 にこり

光の精霊「はい。……嘘じゃなかった。
 無意味じゃ……、無かった。
 罪だったかも知れないけれど
 間違いだったかも知れないけれど……。
 不必要じゃ、無かった」 ぽろぽろ

勇者「うん」
魔王「そうだ。……出会いだから。恋も、戦も。
 そこで何かは起きてしまうけれど、あなたは最善を尽くした」

光の精霊「はい……っ」

勇者「俺たちもな」
魔王「うん」

光の精霊「ごめんなさい。……最後まで巻き込みました」

勇者「いや、まぁ。織り込み済みだ。こうなっちゃうと思ってたし」

魔王「まぁ、あの塔が無くなれば上空千里だしな。
 死ぬ覚悟は出来てたさ。……勇者と一緒だし問題はない。
 いや、女騎士に悪いか」

光の精霊「でも、それじゃっ!」

勇者「まぁまぁ。済んだことはがたがた言わない」

魔王「そうだぞ。気にしすぎるのはよく無い。
 わたしはそれを勇者と出会ってから学んだのだ。
 料理と気配りは“適当”が一番だ」

光の精霊「……っ」

勇者「それに、ほら!」
魔王「うん、あなたにだって、迎えが来たよ?」

719 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:42:05.83 KvXPKcsP

黒髪の少年「――」

光の精霊「え。あ……」

黒髪の少年「――」 にこり

光の精霊「ああっ! そんなの……。そんなのってっ!!」

勇者「あの男の子が、彼なのか?」
魔王「この鳥は、本来彼の持ち物なんだそうだ。伝説ではね」

黒髪の少年「――」こくり
光の精霊「はいっ! ……はいっ!」 ぽろぽろっ

勇者「何を話しているんだろう?」
魔王「なんだって良いではないか。
 わたし達が世話を焼かなくたって。
 あの顔を見れば、嬉しい話だってすぐわかるだろう?」

勇者「そりゃそうか」
魔王「うん」

黒髪の少年「――?」

光の精霊「ええ。……ずっとずっと謝りたかったです。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 何千回謝っても赦されないかも知れないけれど」

黒髪の少年「――」 ぽくっ!
光の精霊「ひぇっ!?」

勇者「あ、殴った」
魔王「容赦ないところも似てるな」

勇者「誰に?」
魔王「無自覚だ」


720 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:44:07.41 KvXPKcsP

黒髪の少年「――」

光の精霊「はいっ! お供します。
 いえ、どこまでだって!
 この世界の果てにだって。宇宙の彼方にだって。
 ええ。はい……。
 この世界は大好きだけど、愛しいけれど。
 哀しくて寂しくて、別れがたいけれど。
 でも、ちょっとだけ……。
 それは、きっと……少しだけですから」

黒髪の少年「――」

光の精霊「ううん。違うんです。みんな優しかったですから。
 きっと、いいえ。絶対に。
 これは幸せな終わりなんです」

勇者「……」
魔王「……」 ぎゅっ

黒髪の少年「――」

光の精霊「最善じゃなくても良いんです。
 最善なんかじゃなくても幸せなんだって。
 失われたものは還ってこないけれど
 犯した罪は消えないけれど
 でもそれは無駄じゃなかったって。
 後悔を肯定する訳じゃないけれど
 赦すべき時が来たんだって。
 そう、教えて貰いました。
 彼らが歩き出すのなら、わたしも立ち止まってちゃいけないって。
 “明日”が好きならば、歩かなきゃいけないって」

黒髪の少年「――」ぶんぶんっ

勇者「おうっ! なんだか判らないけどしっかりやれ!!」
魔王「何を言ってるのか判るのか?」

勇者「いや、なんとなく。妙に親近感を感じるぞ、あいつに」

722 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:46:29.28 KvXPKcsP

さらさらさらさら……

勇者「この藍色の光は?」
魔王「おそらく、お別れなんだろう」

黒髪の少年「――」

光の精霊「勇者、魔王。……あなたたちに、無限の感謝を」

勇者「気にするな。俺は頼まれたことを、やっただけ。
 でもさ。俺は……。
 俺は、精霊の願いをかなえられたのかな。
 世界は、救われたか? いや、精霊は、救われたか?」

光の精霊「はい。勇者よ。
 あなたはわたしの願い以上をかなえてくれました」

勇者「良かった」ほっ

魔王「我らは祖先の恩を返すことが出来たのか?
 あの災厄の時、なんの罪もない一人の少女を生け贄にして
 自分たちの命をあがなった欲望の民の恩を」

光の精霊「最初から借りなどなかったのです。
 ですが、はい。魔王よ。
 あなたの言葉を借りるのならば、この上なく。
 わたしは全てを返して頂きました」

魔王「その言葉は嬉しい。自分でも意外なほどにだ」にこり

勇者「じゃぁ、貸し借りは、無しだな」
魔王「この世界はきっとやっていける」

黒髪の少年「――」
光の精霊「はい。……ええ。
 ……名残は尽きませんが、わたし達は行きます」

勇者「うん」



724 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:48:10.44 KvXPKcsP

――にょほほほほほ。勇者、勇者もお元気で!!
 おっぱいの道は、まだまだけわしーのですぞ!

勇者「え? えっ!?」

――なぁ、あれはよい戦だったなぁ! あっはっはっは。
 我が胸の誇りは輝きながら星になって魔王殿を見守ろう!

魔王「え!? ああっ。そんな」じわぁっ

黒髪の少年「――」
光の精霊「さようなら。勇者、魔王。ありがとう」

勇者「うん……。うんっ!! うんっ!!」
魔王「お別れだ。……ありがとうっ」

黒髪の少年「――」
光の精霊「はい……。ずっと……。
 ずっと一緒……です……」

 きらきらきら……
   きらきらきら……

勇者「……」ごしっ
魔王「……」

 きら……きら……

勇者「……行っちゃったな」
魔王「ああ。辛かったけれど……楽しかったな」

勇者「だな。……ここって、どれくらい持つのかな」
魔王「じきに崩壊するだろう。疑似空間か、結界だろうし」

勇者「そか」
魔王「勇者。あの……」

勇者「?」
魔王「そのぅ、お願いが……あるのだけど」

ピシッ。
……ジャキン。

魔王「最期に……」

726 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:56:23.94 KvXPKcsP

――それから

冬寂王――南部連合会議の初代議長に。早く妃を!
 と云う声が耳に痛いらしいが未だに独身。
 英断の王の誉れ高く、南部を繁栄に導いている。

聖国王――南部連合と正式に国交を樹立した初めての
 中央諸国の王として、遅咲きの執政を開始する。
 中央集権国家として保守に属しながらもゆっくりとした
 改革を進める。

王弟元帥――遠征軍立案の戦争犯罪者として一時拘留されるも
 結果としては無罪となる。その後蒼魔族の領地にて戦後復興の
 ために辣腕を振るい、交易路建設や鉱山業の発展に尽力する。
 戦役の責任者として厳しい批判も多いが、身近にせっした
 領民にも部下にも大きな信頼を得ている。

火竜大公――初代大氏族会議の議長として長い間その豪腕を
 振るうが、開門都市戦役の2年後、病にて床につき、翌年死亡。
 大勢に見守られた大往生を遂げる。晩年は鬼呼の姫巫女と共に
 教育のための学舎を多く作り、人間界との関係正常化に寄与する。

青年商人――およそ一ヶ月の間魔王として復興のために昼夜を
 問わぬ激務をこなすが、その後自治への道をつけると
 性に合わないと言い置いて商人へと戻る。魔王としての激務の
 代価として一人の魔界氏族の姫を連れていったとのことだが
 商業的守秘義務により詳細は知れない。

東の砦将――その後、開門都市にて魔界大氏族、衛門族の長として
 自治委員会を切り盛りして政治家としての非凡な才覚を見せる。
 副官と共に行なった開放政策は、開門都市を大きく発展させた。
 いち早く活版印刷を地下世界へ運び入れるなどその業績は
 高い評価を受けている。

メイド姉――開門都市南部の荒れ地を開拓し、村を作る。
 その後村は一年もたたずにふくれあがり、幾つかの私塾や
 学院を中心とした学究街に。
 人間も魔族も受け入れる教育、研究施設は王族や身分有る
 子弟達の武者修行や出会いの場として留学先の筆頭候補になる。

727 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 03:57:23.95 KvXPKcsP

商人子弟、軍人子弟、貴族子弟――それぞれに国に尽くして
 活躍をする日々を送る。最近では誰が最初に結婚するかについて
 チキンレースの様相を呈してきた(妖精侍女と商人子弟という
 観測が下馬評である)。三人の協力で出来た南部を貫く石造りの
 街道は、なぜか“学士の道”と呼ばれている。

土木子弟、奏楽子弟――皆の予想を裏切り、結婚はしなかった模様。
 しかしいつでも一緒に暮らし、どう見ても出来ている。
 周囲の追求は笑ってかわしているが幸せそう。商会の依頼で魔界や
 人間界のあちこちに橋を架ける事業に着手している。
 奏楽子弟の作った曲は各地の吟遊詩人に歌われ、開門都市の戦いを
 繰り返させない強力な抑止力となった。

メイド妹――なんと冬の宮殿にて宮廷料理長に就任。
 しかし生来の食いしん坊が顔を出すと、魔界の果てでも
 聖王国でも食べ歩きの旅に出てしまうので、いままでの料理長
 (いまでは副料理長)を泣かせている。将来は王妃に?
 なんていう予想もあるが本人は至って暢気な様子。

メイド長――戦いが終わった後、冬越し村に戻り、
 屋敷を掃除して静かに暮らす。たまの来訪者を迎える以外
 何もせず、何も語らず。何も明かそうとはしない。
 屋敷はいつでも清潔で彼女の仕事は完璧だが、
 彼女を召し抱えようとするどのような貴族や王族も
 彼女を得るには至らない。

執事――開門都市戦役後、勇敢な従軍司祭の証言により
 大きく損傷した遺体が発見される。
 最期まで微塵もひるまなかった様子がうかがえ、
 冬寂王の希望により、その亡骸は冬の国の王宮庭園に葬られる。

女魔法使い――行方不明。しかし、ごきげん殺人事件シリーズは
 未完ではなく、続刊である。
 一説によると原稿はすでに完成しており
 挿絵作者の都合で遅れているとか、
 活版商人の都合で遅れているとか様々に云われている。
 もちろん、あんな狂った作品を好む一部の好事家には、だが。

女騎士――行方不明。

魔王――行方不明。

勇者――行方不明。

731 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 04:11:35.06 KvXPKcsP

――えぴろーぐ

そよそよそよ……。そよそよそよ……。

魔王「って」

勇者「おい。なんだここはっ!?」
女騎士「何だここはとは、そんなのわたしが聞きたいぞっ!?」

勇者「どうなったんだよ、魔王っ!」
魔王「何でわたしに聞くのだっ!?」

女騎士「わたしより頭が良いだろうっ」

魔王「なぜそこで胸を張るっ?」
女騎士「張ってないとただでさえ負けてるのに、見栄えが悪い」

勇者「いや、負けても良いと思うんだけど……」

魔王「ふむ。土も、風も本物だ。
 ――どうやら、現実的な世界のようだな」

勇者「女騎士はどうしてたんだ? 身体は大丈夫なのかっ!?」
魔王「そういえばそうだ。なぜここに?」

女騎士「いや。わたしにも判らない。
 ……大きな鳥にさらわれたと思ったら気が遠くなって。
 気が付いたらここにいたんだ」

勇者「そっか……。まぁ、積もる話は後にして。
 ここはどこなんだ? どういう場所なんだ。草原みたいだけど」

魔王「太陽からして地上界であることは間違いないが」

女騎士「見覚えのない場所だな……」

732 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 04:13:20.31 KvXPKcsP

勇者「まぁいいや。転移呪文で帰ればさ。
 うぁ!? 魔力不足でつかえないっ!」

魔王「む。……それじゃわたし。
 あ、あれ? こっちもだめだぞ。なんでなのだっ」

女騎士「どうもわたしも、戦闘能力が下がったような感じだな」

勇者「……後遺症かな」
魔王「バックアップが大量発生したから、
 世界の容量的な問題かも知れないな……」

女騎士「話が見えないぞ」

勇者「まぁ当面の問題は解決したってことさ」
魔王「うん。女騎士、世話を掛けた」

女騎士「いや。いいんだ……。
 わたしは、自分の大事なものを守れただけで、満足だ」

魔王「では、勇者の残りの人生はわたしが責任を持って」
女騎士「ちょっと待て。それは話が別だ」

勇者「あぅあぅ」

魔王「……ふむ。草からして、どうも冬の国があったのとは
 別の大陸ではないかな。植生がまったく違う」

女騎士「大陸?」

魔王「ああ。別の陸地だよ。理論的には存在したはずだろうが
 確認するには至らなかった。
 転移で飛ばされたのか
 不死鳥の背から降ろされたのかは判らないが。
 どうやらわたし達は生きているようだ」

734 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 04:15:21.46 KvXPKcsP

女騎士「そう、か……。よかった」ぎゅっ

勇者「うぉ!」
魔王「ゆ、勇者に抱きつくなっ!」

女騎士「抱きしめるさっ! 魔王も抱きしめてやるっ」ぎゅぅっ!

勇者「うわっ!」 魔王「うわぁっ!」 ずでんっ!

女騎士「生きてるんだ! 生きてるんだぞっ!
 それだけですごいじゃないかっ!
 ここがどこだって構うもんかっ! だって生きてるんだっ!」

勇者「あははははっ! 全くだぜっ!」
魔王「まったく、子供のようにはしゃいでっ」

女騎士「魔王だってにこにこしているじゃないか」

魔王「それは、その……嬉しくないはずがない」
女騎士「ふふぅん。勇者を独り占めできると思ってたのか?」

魔王「それは違うぞ。そういう抜け駆けはしないのだ。
 それに、その……。もし女騎士がいなかったら、
 きっと罪悪感で勇者とくっつけなくなってしまう……」

女騎士「ふふふっ。そう言うことにしておいてやる。
 はっはっっはっ! なんだか嬉しいな!
 嬉しくて、楽しくて……弾けそうだ。
 子供の頃の祭日の朝みたいにっ」

勇者「ああ。良い風と、日差しだ……」

魔王「終わったからな。……やっぱり、世界は綺麗だ」

737 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/11/22 04:18:54.71 KvXPKcsP

女騎士「なぁ、二人とも。実はさ……」

勇者「ん?」
魔王「なんだ?」

女騎士 くぅぅ。きゅるる……

勇者「ぷくーっ」
魔王「あはははははっ」

女騎士「仕方ないではないかっ。緊張してたし、
 わたしはずっと下の方で戦っていたんだぞっ?」

勇者「悪い悪い。なんかあったっけ?」
魔王「いや、荷物は手持ち以外何にもないな」

女騎士「困ったな」

勇者「ま、いいさ」
女騎士「へ?」

勇者「なぁ、お二人さん」
魔王「?」

勇者「あの丘の向こうに、何があるか知りたくはないか?
 ――もしかしたら森があるかも知れない。
 でなければ小川なんかあったりするかも知れないし、
 動物が居るかも。
 人がいたりするかも知れないし、街があったりするかもだぜ?」

魔王「……ああ。そうだ。それは、まだ見ていないな」 ぱぁっ
女騎士「うん、行こう。一緒に!」 にこっ

勇者「何があるかな?」

女騎士「そうだなぁ……」

魔王「なんだって良いんだ。
 一緒に行ければ、どんなことでも乗り越えられるさ。
 それに何が起きたって幸せだけは約束できる。
 丘の向こうには、きっと“明日”があるんだから」

//The over side of that hill.
//End of log.
//Automatic description macro "Marmalade" is over.




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