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前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #30

506 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 17:27:19.46 iOYUExkP

――新生白夜直轄領、王宮行政庁舎

参謀軍師「なんだと?」

聖王国兵士「いえ、ですから……その」
聖王国騎士「予定していた量の硝石がないのです」

参謀軍師「無いだと? ふざけるな。
 この王宮を占拠した直後に確認したではないか」

聖王国騎士「ええ、もちろん確認した程度にはあります。
 木箱にして64個ですが……」

参謀軍師「あの倉庫の木箱は、では他には何が入っていたのだ?」

聖王国兵士「空でした」

聖王国騎士「倉庫入り口付近の木箱にだけ硝石が入っていて
 その他の木箱は空だった模様です」

参謀軍師「……っ」

聖王国騎士「いかがいたしましょう」

参謀軍師「その他の物資の状況は?」

聖王国騎士「衣料品や防寒具などは、おおよそ5万人分
 食料はこのままの人数で言えばひと月持つかどうか」

参謀軍師「……」

聖王国兵士「また、現在船を建造中ですが
 工具と、タールが大きく不足しています」

元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」Part9
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1254236026/

507 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 17:29:34.30 iOYUExkP

参謀軍師「まずは、この白夜の国の領内の開拓村から
 強制徴収せよ。それで当面の工具や防寒具などは
 まかなえるはずだ」

聖王国騎士「いえ、それが……。
 事前の報告より白夜王国ははるかに貧しいようなのです。
 さらに、開拓村の殆どが無人で……。
 どうやら付近の国に難民として流出しているようで」

参謀軍師「……南部の乞食国家はこのざまか」

聖王国騎士「これもお耳に入れるべきかとも思うのですが
 諸国の王族や貴族の中には、すでに商人と手を組み
 自国や中央で買い付けた物資の海上輸送を
 始めているようです。
 聖鍵遠征軍内部でも嗜好品を中心に
 価格の高騰が始まっています」

参謀軍師「……っ。勝手なことを」

聖王国兵士「……」

参謀軍師「わかった。価格については教会や
 諸王国ともはかって適切な手を打つとしよう。
 海上運送については窓口を一元化し
 必需品の価格を統制する」

聖王国兵士「はっ」

参謀軍師「硝石については、追って調べろ。
 そもそも蒼魔族が半分しか持たずに我らを罠に
 かけたとは考えにくい。
 おそらく、何者かが硝石を持ち出したのだ。
 馬車で数百台にもなる荷物、
 人目につかずに隠しおおせるわけもない。
 難民にも聞き取り調査を行なえっ」

聖王国騎士「はっ!!」

512 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 17:55:06.67 iOYUExkP

――冬越しの村、森の中

 ヒュッ! シュバッ!!

勇者「……っ!!」

 ヒュワン、シュバンッ!!

勇者「はっ!!」

女騎士「……」じぃっ

ビシッ!! ギリギリギリッ!

勇者「“雷雲呪”っ! “落雷呪”っ!!
 おおぉぉぉぉ!! “電撃呪”っ!!」

ビッシャーン!!!

勇者「はぁ……はぁ……」
女騎士「おい、勇者」

勇者「え? あ。女騎士」

女騎士「張り切りすぎだ、勇者。顔が真っ青じゃないか」

勇者「そんなことはない。リハビリだし」

女騎士「……」

勇者「もっともっと力を付けないと」
女騎士「勇者」

513 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 17:56:41.71 iOYUExkP

勇者「へ?」

女騎士「いいから、ちょっと来い」ぎゅ

勇者「痛たた。なんだよ」
女騎士「それ以上は練習禁止」

ざっざっざっ

勇者「そんなこと言われたって」
女騎士「見てて痛々しいよ」

勇者「そうかなぁ……」
女騎士 こくり

ざっざっざっ

勇者「でも、他になんにも取り柄がないしさ」
女騎士「そんなことも言うな」

勇者「……」
女騎士「勇者は別に戦闘が強いから勇者になった訳じゃない」

勇者「光の精霊の啓示を受けたからだろう?」
女騎士「ちがう」

勇者「じゃなんだよ」
女騎士「さぁ……。わたしにも判らないけれど」

ざっざっざっ

514 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 17:58:10.26 iOYUExkP

――冬越しの村、湖畔修道会、本部修道院

勇者「でかくなったなぁ」
女騎士「色々建て増しした結果だ。
 ただいま……。戻ったよ」

修道士娘「院長。あ、それに剣士様」

勇者「どもども」しゅたっ

女騎士「湯は沸いているか?」ぐいぐい

勇者「いい加減はなせよ。耳千切れる」
女騎士「だめだ」

勇者「恥ずかしいっての」

修道士娘「ええ、水晶農園の方でしたら」

女騎士「ありがたい。行くぞ」

ざっざっざっ

勇者「ちょ、ま。まっ」

女騎士「少しも待たない」

修道士娘「院長さま、ご武運を~」

517 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 17:59:48.16 iOYUExkP

――冬越しの村、湖畔修道会、本部修道院、水晶農園

がちゃん!

勇者「う、うわっ」
女騎士「どうした?」

勇者「すごい湯気だな」

女騎士「湯で暖房しているんだ。
 暖かい地方の植物を試験的に育てる仕組みだからね」

勇者「そうだったのか」
女騎士「初めてか?」

勇者「ああ、初めてだ。有るってのは聞いてたけれど」

女騎士「こいつはとんでもない金食い虫だよ。
 魔王に言われて作ってはみたものの、
 毎年暖房費が馬鹿にならないのし」

勇者「そりゃそうだろうよ」

女騎士「よし、ここだ」
勇者「ん?」

女騎士「湯だよ。暖房に使う湯の一部を、
 湯浴みに使えるようにしてあるの。
 汗を流したいだろ?」

518 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 18:01:48.89 iOYUExkP

勇者「ああ、それはありがたいけど」

女騎士「脱げ」
勇者「脱げるよっ! 1人でっ。
 ってかこっちくるなよっ! へ、変態っ」

女騎士「変態とは失敬だな。一緒に入るなんて云ってない」
勇者「じゃぁなんだよっ」

女騎士「背中を流す」
勇者「~っ!!」

女騎士「いいじゃないか、腰には布でも巻いておけば」
勇者「そりゃそうだけど」

女騎士「ほら、脱げ」
勇者「判ったよ。脱ぐよっ! あっち向いてろよ」

女騎士「最初から素直に云えばいいんだ」
勇者「軽く負けた気分なんだぜ」

女騎士「もういいか?」
勇者「まだっ。だめだっ」

女騎士「ふむ」
勇者「……」もそもそ

女騎士「もういいだろう?」
勇者「むぅ。いいぞ」

519 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 18:02:44.24 iOYUExkP

女騎士「良し、そこに座れ」
勇者「こうか?」

女騎士「湯をかけるからな。熱かったら云えよ?」
勇者「うん」

女騎士「~♪」

ざっぱーん

勇者「うわ、あったけー」
女騎士「気持ちよいだろう?」

勇者「おお。いいな!」

ざっぱーん

女騎士「冬場に招待できないのが残念だ」
勇者「なんでさ? 冬の方が気持ちよいじゃないか」

女騎士「冬にここで湯に入ったら、
 魔王の屋敷に帰るまでの雪の中で、
 湯冷めどころか凍り付いてしまう」

勇者「ああ、そういえばそうだな」

ざっぱーん

女騎士「……泊まっていけばいいんだけどな」
勇者「へ?」

女騎士「なんでもない」

531 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 19:57:29.96 iOYUExkP

ざっぱーん

女騎士「~♪」 ごしごしごし

勇者「それ、なんだ?」

女騎士「柔らかいブラシだ。豚の毛で出来てる」
勇者「気持ちいいなー」

女騎士「だろう? わたしも愛用の品だ」
勇者「そうなのかぁ」

ざっぱーん

女騎士「~♪」 ごしごしごし

勇者「なんか、すごい手際がいいな。得意なのか?」

女騎士「仮にも騎士だからな。ブラッシングは得意だ」
勇者「そうなのか?」

女騎士「痒い所はないか?」
勇者「耳の後ろかな」

女騎士「よしきた」 ごしごし
勇者「はぅー」

女騎士「言葉がしゃべれる生き物の相手なんてちょろいものだ」

532 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 19:58:45.26 iOYUExkP

勇者「なんのことだ? 今ひとつ良く判らないな」
女騎士「こちらの話だ」

ざっぱーん

勇者「ううっ」ぶるぶるっ
女騎士「耳に入ったか? 済まないな」

勇者「平気だ」

女騎士「次は腕だ、右腕をかせ」
勇者「うん。あー」

女騎士「~♪」 ごしごしごし
勇者「えっとさ」

女騎士「なんだ?」
勇者「いや、なんでもないけど……」

女騎士「変なヤツだな」
勇者「……いや、変じゃないんだけど」

女騎士「?」
勇者「くすぐったいのですが」

女騎士「男だろう? それくらい我慢しろ」

勇者「男だから我慢できないと云うこともあるわけで」

534 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 20:01:46.50 iOYUExkP

女騎士「もうちょっとだから」 わしゃわしゃ
勇者「ううー」

女騎士「真っ赤だぞ」
勇者「女騎士が服着ててほんと助かってる」
女騎士「?」

勇者「熱い。水掛けて」
女騎士「うん、わかった」

ざぱーん

勇者「ふぅ……」

女騎士「次は左手を貸せ」
勇者「うん」

ごしごしごし

女騎士「勇者は、ちょっと頑張りすぎだと思うぞ」
勇者「……」

女騎士「少なくとも、わたしは、勇者に助けて欲しくて
 勇者を好きになった訳じゃない。それは多分、魔王も一緒だ」

勇者「え……。うぅ」
女騎士「何を真っ赤になってるんだ?」

535 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 20:03:02.46 iOYUExkP

勇者「いや、そんなことを突然云われても……」

女騎士「ああ、そうか。
 面と向かっていったのはもしかして初めてだったかなぁ。
 わたしは勇者のこと、好きだぞ。
 好きじゃない相手の剣になりたい訳がないだろう?」

勇者「……」

女騎士「固まっちゃだめだ」 ごしごしごし

勇者「えっと、すまん」

女騎士「うん。良いんだ。時間がかかるのは理解したから」
勇者「……?」

女騎士「勇者は強いよ。戦ったら、多分わたしなんか
 足元にも及ばないだろう? 
 でも、だから、その方法で強くなるのはもう限界だと思う」

勇者「……」

女騎士「限界というか、その方向で強くなっても、
 もう実際には勝てる相手は増えないんだ。最強なんだから。
 勇者が強くなるには、もっと自分を好きにならないと」

勇者「……そんなの出来るわけないし」

女騎士「出来るよ」
勇者「……」

ざっぱーん

536 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 20:04:20.97 iOYUExkP

女騎士「絶対できると思うぞ?」
勇者「そうかなぁ」

女騎士「一緒に旅をしていた頃の勇者も優しかったけれど
 今の勇者の方が何倍も優しいし、何倍も大きいさ」

勇者「……」

女騎士「だから、今勇者が抱えている悩みや、苦しみも
 そう言うの全部綺麗になくなるなんて云えないけれど
 もし仮に抱えたままでも、もっと強くなれるよ」

勇者「そうなれば、いいな」

女騎士「よっし。流すぞ~」

ざっぱーん!

勇者「これで終わりか?」

女騎士「いーや、ユブネに入る」
勇者「ユブネってなんだ?」

女騎士「そこの大きな桶だ。お湯が入ってる。
 肩まで湯につかるんだ。サムラーイの修行らしいぞ?」

勇者「そうだったのか。サムラーイなら仕方ないな」

女騎士「身体を煮ることによって精神を鍛えるんだ」
勇者「精神……。俺に足りないのはそれだな!」 くわっ!

女騎士「100数えるまで出ちゃだめだぞ」

546 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 20:29:52.78 iOYUExkP

――冬の王宮、広間、対策本部

冬寂王「ふむ……。ではこれで」
妖精女王「ええ、準備は良いようですね」
羽妖精侍女 ぱたぱた

執事「よろしかったですな」

冬寂王「うむ。とりあえず、停戦、および平和条約の
 締結に向けての一歩を記すことが出来ましたな」

商人子弟「内容の方を一応確認いたしますと
 まず第一に大空洞から距離10里を中立地帯とし、
 その内側への武力介入の原則禁止。
 前二回の聖鍵遠征軍遠征、および極光党戦役における
 捕虜の引き渡し条項。また、同戦闘の責任追及の禁止。
 以降、互いの領土内にある事物の
 所有権を主張することの禁止。
 冬の国首都、および開門都市において
 互いの領事館を作りその連絡に努める。
 ……こうなっております」

冬寂王「何度か確認させていますが、
 念を押しますとこの条約は南部連合として行なうものであり
 連合加盟国の合意と署名は受けていますが
 中央諸国家のそれは受けていない。
 そのことを理解していただけるよう……」

従僕「……」

妖精女王「ええ、理解しています。あとはこの書類を
 わたしの側では、氏族会議の各族長から、
 書名をいただいて」

冬寂王「こちら側では連合参加諸国の署名を全て記入し
 互いに交換すれば、締結ですな。内容についての
 判断は終わっているので、あとは形式的な処置と
 なりますが」

547 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 20:31:19.16 iOYUExkP

妖精女王「この一歩は偉大な一歩です」
羽妖精侍女「デスデス」

商人子弟「そうなればよろしいですね」

執事「ところで、鉄の国の氏族連合軍の件はいかがしますか?」

妖精女王「蒼魔族があのように瓦解した以上、
 魔界へと引き上げさせるべきかと考えますが、
 連合のお考えはいかがでしょう?」

冬寂王「こちらとしても異存はありません」

妖精女王「では、近々知らせを立たせましょう」
羽妖精侍女「ハーイ」

商人子弟「さて、これからも忙しいですね」
従僕「はいっ」

執事「課題は山積みですなぁ」

冬寂王「我らがこれを言うのもなかなか微妙ですが
 中央諸国は白夜王国を占領し、新生白夜直轄領を
 宣言しました」

妖精女王「直轄領……」

冬寂王「教会勢力の運営地、ということですな。
 これにより、彼らは極大陸への足がかりを得たことになる。
 報告の知らせによれば、彼らは魔界へと侵攻し
 『聖骸』なるものを狙っているとか」

548 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 20:33:08.47 iOYUExkP

妖精女王「その話は聞いておりますが、
 『聖骸』などというものはわたしも知りません。
 氏族会議でも学者に調べさせているはずですが
 現在までの所それが何であるかは判っていないのです」

羽妖精侍女 ぱたぱた

商人子弟「ふむ」

冬寂王「あるいはそれは実在しないのかも知れませんな」
商人子弟「そうですね……」

妖精女王「どういう事でしょう?」

冬寂王「ただ単純に領土的欲求を強く持った中央の諸国家が、
 地上から見て新たな可能性に満ちているように見える
 魔界に発展の余地を見いだし侵略する。
 その口実としてのでっち上げかも知れないという意味です」

妖精女王「その可能性は、悲しいですがあるのでしょうね」

執事「ですが、同時に彼らは『開門都市』の攻略をも
 予定しているようです。
 確かにゲートをくぐり抜けた、いままでは大空洞ですか。
 それをくぐり抜けた先で、魔王の城へと向かうのであれば
 あの都市は理想的な補給位置にあるのですが、
 だからといって他に目標と出来る場所が
 全くないわけでもなく。意図は良く判りませんな」

妖精女王「ええ、鬼呼、蒼魔、人魔のいずれの領地で
 あっても攻め得たはずです。確かにあの当時は我ら
 魔界の氏族は互いに不信感を居抱き合い、
 連携面では問題が多くありましたから、
 そこを突くには、竜族の保護下にありながら比較的
 開放されていたあの都市を落とすのが
 楽だったのでしょうけれど」

550 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 20:35:45.65 iOYUExkP

執事「しかし、今度はちがうのでしょう?」

妖精女王「はい。今回は氏族会議の結束も固くなり
 決して望みはしませんが、以前のようなことはないかと
 考えています」

冬寂王(だが、魔界は未だにマスケット銃なるものを
 十分に理解していないのではないだろうか?
 あの武器が充分に配備された兵が、
 本当に十万もいるのだとすれば、魔界の抵抗などは
 薄紙のごとく破れてしまうに違いない……)

妖精女王「私たち妖精族は、身体も大きくはありませんし
 魔力はともかく、戦闘能力には劣ります。
 ですから、戦争は是が非でも避けたいのですけれどね」

商人子弟「そうですね、戦争にならずに済むのが
 一番ありがたいんですが」

冬寂王(それは難しいだろうな。
 ……ここまで諸国家や貴族を巻き込んでしまった以上、
 一戦も交えずに帰るというわけにはもはや行くまい)

執事 ちらり

冬寂王「ええ、それが最も望ましい結果ですな。
 しかし、同時に備えなくしての平和もまた
 あり得ないでしょう。
 大氏族会議の皆様方、また魔界を統べるという魔王に、
 くれぐれもよろしくお願いいたします」

556 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 21:05:00.94 iOYUExkP

――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室

魔王「んっ。うぅーん」ぽきぽき
メイド長「お背中が痛いですか? まおー様」

魔王「うむ、ちょっと根を詰めてしまった」
メイド長「肩でもおもみしましょうか?」

魔王「たのむぅ」
メイド長「ぐてぐてしてらっしゃいますね」

魔王「うむ……」
メイド長「手強いですか?」

魔王「なかなかになぁ。方策は思いつくのだが
 工作精度や冶金技術は一足飛びには上がらぬ。
 工具を作るための工具も必要だと思うし……」

メイド長「そうですねぇ」

魔王「あの遠征軍とやらは何とかならぬのかなぁ」
メイド長「そんなにあれが問題ですか?」

魔王「へ?」
メイド長「いえ、そんなに強大な脅威だとは
 思えないのですよね」

魔王「そうか?」
メイド長「はい」

557 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 21:07:51.03 iOYUExkP

魔王「どうする気だ?」

メイド長「いえ、出かけていって、
 首脳部を100人ばかり上から順に殺せば済むのではないかと」

魔王「ああ、まぁ、確かにな」
メイド長「……」

魔王「だが、それで皆は納得するのかな」
メイド長「納得、ですか?」

魔王「ああ、納得だ」
メイド長「判りませんね」

魔王「そうだなぁ。うん。
 実を言えば、わたしの当初考えていた課題は
 殆どクリアされているんだ。
 
 たとえば、人間世界側の飢餓の問題は、
 馬鈴薯および玉蜀黍の栽培で随分緩和された。
 もちろん政治指導の混乱で飢餓が起こりえることは
 あるだろうが以前のような、
 根本的な飢餓は少なくなったと確信できる。
 また、女魔法使いの助力も得て種痘が広がり始めた。
 人間世界も魔界も、これで人口は増え始めるだろう。
 
 人間世界には南部連合なる経済圏が誕生し、
 しばらくは軍事的緊張が続くだろうが、
 その状況さえ乗り切れば、
 中央諸国家とも良い関係が築けるのだと思う。
 
 中央側がどう考えようと、多様性は世界安定の鍵だ。
 二つの経済圏が存在した方が、発展の速度も安定度も
 増すことは確実なのだからな」

559 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 21:12:03.81 iOYUExkP

魔王「また、魔界では長い間続いていた種族間のわだかまりも
 合議制の会議と、いくつかの事件を経てゆっくりとだが
 融かされつつある。魔族という氏族社会に、人間という
 異分子が紛れ込んだことによって、潤滑油的な効果が
 有ったのかも知れない。
 
 現在進んでいる交易街道の計画は、
 確実に氏族同士の架け橋となるだろう。
 魔界は歴史の新しい局面へと入ったのだ。
 
 こうして考えてみると、
 “人間界の飢餓”“南部と中央の使役関係”
 “魔界の側の氏族間の対立”。
 どれも解決の道しるべは出来たのだ。
 
 もちろんいずれも根の深い問題だし、
 これからもトラブルはあるだろう。
 だが、それらは乗り越えられないものではないはずだ。
 またそれら全てをわたしが背負うつもりもない。
 ここはみんなの住む世界なのだから、みんなだってその
 進歩には参加してもらわねば困る」

メイド長「そうですね」

魔王「しかし、だとすると、
 今これから起きようとしている戦争
 ……つまり、中央の教会が考えている第三次聖鍵遠征軍は
 “システム上避けえない戦争”では無いということになる。
 
 追い詰められて否応なく行なう戦争ではない。
 欲望に駆られたのか、
 それとも何らかの狂信によるものなのかは
 わたしには判らない。
 けれど、そこには飢餓や経済的な逼迫とは
 また別種の力学が働いているように思われるのだ」

560 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 21:16:25.99 iOYUExkP

魔王「だが、以上の考察を正しいとすると
 原因を取り除く……、つまり、食糧の自給率を
 上げるであるとか、話し合いによって氏族間の鬱積した
 わだかまりを低下させるとか、
 その種の手法で解決させられるのかどうかは疑問だ。
 
 聖鍵遠征軍首脳部にはそれなりの能力もあれば損得勘定も
 有るのだろうが、少なくとも参加している民衆は
 宗教的な情熱に突き動かされているわけであろう?
 そうであれば、損得勘定で矛を収めさせることも
 難しいと予想することが出来る。
 
 これはなかなかの難問だ。
 そんな彼らを“納得”させる方法は、
 暗殺なんかじゃないと思うんだよ」

メイド長「ではなんです?」

魔王「その答えがわからないから悩んでいる」

メイド長「困りましたね」ぎゅぅ
魔王「ううう。痛いぞ。メイド長」

メイド長「すみませんっ」なでなで

魔王「何か見落としているような、
 間違っているような気もする」

メイド長「そうなんですか?」

魔王「食糧の問題も雇用の問題も外交の問題も
 経済を中心に回っている。
 経済が上手く行かなければ世界は幸せにはなれない。
 でも、経済が上手く行くだけでも
 幸せにはなれないのかもしれないな……」

563 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 21:47:45.37 iOYUExkP

――鉄の国南部、辺境の森、獣人族の大天幕

ばさっ

東の砦将「よう!」

軍人子弟「お邪魔しているでござるよ」

東の砦将「あんたも飽きないな!
 こんな森の中へ何度も何度も。
 何か面白いことでもあるのか?」

軍人子弟「面白いもなにも、見ず知らずの世界の話が
 聞けるなんてそうそうできる事じゃないでござるよ」

メイド妹「うんうんっ♪」

東の砦将「そりゃそうだが。おや?
 ……こっちのちっこいお嬢さんはなんだい?」

軍人子弟「ああ、これは拙者の妹分でござる」
メイド妹「ござるー♪」

東の砦将「元気いいなっ!」
獣牙戦士「面白い娘だぞ」

東の砦将「そうなのか?」

人間傭兵「なかなかに気合いが入ってるな。あははは」

564 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 21:49:17.76 iOYUExkP

軍人子弟「今日の所は、差し入れにきたでござる」
メイド妹「うん、そうそう!」

東の砦将「差し入れ?」

獣牙戦士「すごく美味いぞ」

軍人子弟「この娘は、なんというか、
 料理の妙を心得てござってなぁ」

メイド妹「どんどん食べて!」
  「美味いぞう」「おう、たいしたもんだ!」

人間傭兵「もういっぱいくれや」
東の砦将「ほほう」

軍人子弟「本人の希望もあって今日は一緒にきたでござるよ」
メイド妹「ですです。魔界のお料理の話も聞きたかったから」

東の砦将「そうかそうか。嬢ちゃんは料理人かい」
メイド妹「未来の宮廷料理人ですっ」

ばさっ

銀虎公「何事か?」

軍人子弟「本日もお邪魔させていただいたでござる」
銀虎公「ふむ」

軍人子弟「もうそろそろご出立だとか」

565 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 21:52:06.96 iOYUExkP

銀虎公「今朝知らせが入った。
 偵察部隊と合流の上、明後日には出立する」

軍人子弟「ならば、それまでには是非、一献なりと
 さしあげないと、帰すに帰せないでござる」

銀虎公「……」

軍人子弟「人間界の酒も、決して悪くないでござるよ。
 これは、鉄の国で取れた強い酒でござる。
 雅な華やかさはないでござるが、この大地の酒でござる」

銀虎公 ちらっ「料理を振る舞ってくれたのか?」

メイド妹「美味しいので一杯どうぞっ」

銀虎公「物怖じしないのだな」
軍人子弟「拙者の妹分は特別でござるよ」

メイド妹「ささ。熱いうちに!」
銀虎公「いただこう」

軍人子弟「酒もつぐでござるよ」
銀虎公「うむ」

とくとくとく……

軍人子弟「魔界には月がないと聞いたでござる」

東の砦将「ああ」ごっくごっくごっく
銀虎公「あの、白いものか」

軍人子弟「今宵は月が沈むまで飲むでござるよ」

572 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 22:18:10.44 iOYUExkP

――蔓穂ヶ原にほど近い廃砦

ガサガサッ!!

傭兵斥候「おい。まずいぞっ!」

ガサガサッ!

傭兵弓士「どうしたんだ?」

傭兵斥候「遠征軍の部隊が、こちらに向かってくる。
 マスケットとか言うヤツも一緒だ」

ちび助傭兵「どれくらいなんだ?」

傭兵斥候「随分横に大きく広がってて判らない。
 一つの部隊は20人~50人くらいだが、
 そんな部隊がわんさとある。
 どうやら、硝石を持ち逃げしたのがばれたらしい」

傭兵弓士「そりゃぁ、あんだけ難民にも見られているしな」

器用な少年「や、やばいじゃないか! 逃げようぜ」

生き残り傭兵「そうも行かない」

ちび助傭兵「ああ、逃げてはだめだ」
若造傭兵 こくり

574 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 22:19:31.61 iOYUExkP

器用な少年「なんでだよ。相手はあの火を噴く杖を
 持っているんだぞっ! 俺っちたち、殺されちまう」

生き残り傭兵「だが、俺たちはもう傭兵じゃないしな」
ちび助傭兵「うん」

器用な少年「傭兵じゃないか!」

生き残り傭兵「いいや。隊長が残した約束と、
 貴族の旦那の約束を信じれば、俺たちは冬の国の、
 そして白夜の国の騎士なんだぜ?」

ちび助傭兵「そうだ。騎士は逃げない」

器用な少年「なに馬鹿言ってるんだよっ!
 あんちゃんなんか逃げまくりだぞ!?
 あの人貴族だけど、相当逃げ足のプロだぞっ!」

生き残り傭兵「お前は騎士じゃないから逃げろ」

ちび助傭兵「そうだな」
若造傭兵「まだ距離がある。お前は逃げられる」

傭兵弓士「どれくらいあるんだ?」

傭兵斥候「多分、一日二日は平気だ」

器用な少年「そんな……。だってさ」

575 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 22:20:33.34 iOYUExkP

生き残り傭兵「さて、どうする?」

ちび助傭兵「……」
若造傭兵「討って出て戦うか、この砦で待ち構えるか」

傭兵弓士「相手が集まる前に、
 少しずつ削っていくしかないだろう」

生き残り傭兵「だが、相手の数を考えれば
 到底削りきれる数じゃないな」

ちび助傭兵「その時はその時だ。
 隊長みたいに勇敢に歌いながら戦えばいい」

器用な少年「ばっ。ばっかじゃねぇの!?
 ばっかじゃねぇの。
 3回言っちまうぜ。お前らばっかじゃねぇの!?」

ちび助傭兵「おまえ、隊長を馬鹿にするなっ」

器用な少年「するよ、しちゃうね、しちゃうとも!
 こんなところで戦ったって、別に誰も喜ばないし、
 ただの犬死にじゃねぇ。
 そんなの格好悪い騎士だっての。
 もっかいいうけど、ばっかじゃねぇの?」

生き残り傭兵「騎士は逃げない」

器用な少年「なに守るんだよっ。
 もう白夜王国なんて終わっちゃってるんだぞ。
 守るモノ無しで戦おうなんてかっこつけだっての!!」

577 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 22:24:17.28 iOYUExkP

若造傭兵「……」

傭兵弓士「だからといって、逃げてこいつを
 奪われてしまったら困ったことになるのではないか?」

生き残り傭兵「そうだな。貴族の旦那が隠した理由も
 それだろう。この硝石というのは、敵の火を噴く筒の
 秘密に関係があるんだ」

器用な少年「多分、関係あるけどさ。そりゃ……」

生き残り傭兵「だったら、これを奪われるわけには行かない」

ちび助傭兵「そうだな」
若造傭兵「やはり闘うしか、ないか」

ガサッ

傭兵弓士「だれだっ!!」

貴族子弟「やぁ」
メイド姉 ぺこり

器用な少年「あんちゃん!! 帰ってきたのか!!
 ……こっちの人は誰?」
生き残り傭兵「貴族の旦那!」

貴族子弟「こんな事になるんじゃないかとはうすうす
 思っていたけれど。
 済まないね、こんな場所で見張りをさせて」

ちび助傭兵「いや、これは仕事だ」
若造傭兵 こくり

578 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 22:27:26.81 iOYUExkP

傭兵弓士「旦那、どうやら遠征軍が嗅ぎつけた。
 連中はここを目指しているし、これだけの荷物は
 今から馬車を調達しても簡単には運べない」

生き残り傭兵「運び出せても、後ろから追われてしまう」

器用な少年「だから逃げろって云ってやってくれよ。
 あんちゃん頼むよ、後生だからさっ!」

貴族子弟「どうします? 二代目」
メイド姉「……」

ちび助傭兵「二代目?」
若造傭兵「?」

貴族子弟「ああ、この部隊もいつまでも隊長無しでは
 困ると思ってね。で、苦労して探し出してきたんだ。
 ……新隊長だよ」

ちび助傭兵「え? でも。……女じゃないですか」
若造傭兵「冗談だろう?」

貴族子弟「いやいや、冗談じゃないよ」
メイド姉「はい。お誘いを受けました」こくり

ちび助傭兵「俺たちの隊長は1人だけだっ」
傭兵弓士「隊長が居なくても、俺たちはやっていけるっ」

メイド姉「判っています。事情も聞きました。
 しかし、氷の国は、連絡用の名目であっても
 隊長に当たる人物が居ないと困ると言うことなんです。
 たとえそれが肩書きだけであっても」

582 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 22:32:50.39 iOYUExkP

貴族子弟「そして、君たちを預かっている
 このぼくが推薦するのが彼女だ。云っとくがとびっきりだぞ?」

メイド姉「……」ぎゅ

ちび助傭兵「頼りになるのかよ」
若造傭兵「……」

傭兵弓士「そんなことより、いまはこの場の戦闘を
 どうするかの方が先だ」

器用な少年「逃げるってば!」
生き残り傭兵「それこそ隊長の腹一つだろうよ」

貴族子弟「だ、そうだよ?」

メイド姉「まず第一にわたしは隊長になるつもりはないです。
 ――代行、とでも呼んでください。
 時期が来たらこの騎士団生え抜きの人の中から
 新しい隊長が決めればそれで良いと思います。
 それから、わたしは戦闘は苦手です。
 剣の振り方は多少習いましたが、戦闘指揮なんて
 やったこともありませんし、出来るとも思えません」

傭兵弓士「それじゃなんの役にも立たないじゃないか」

生き残り傭兵「なんのための司令代行なんだよ」

メイド姉「わたしは民間人ですから、騎士団の……。
 ここにいる皆さんが護ってくれると信じています」

583 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 22:35:35.10 iOYUExkP

ちび助傭兵「へ?」
若造傭兵「……」

メイド姉「次に、わたしは皆さんを
 戦闘以外のものから護ります。
 戦闘で護ってもらうのとおあいこですね。
 それからわたしは今から行かなければ
 ならない場所がありますし、どうしても護衛が必要なんです」

ちび助傭兵「訳がわからないぞ」
若造傭兵「……」

傭兵弓士「頭は大丈夫なのか? なぁ、貴族の旦那」

貴族子弟「ああ、保証する。
 保証はするんだが、この娘さんは僕らの兄妹弟子でも
 相当にとびっきりでね。真面目になればなるほど、
 頭がおかしい人と思われてしまうんだ。
 後から考えるとなるほど、と言った具合なんだけどね。
 それ側が師匠の教えを受けた生徒の悪癖なんだなぁ。
 出来れば温かく見守って欲しいな」

メイド姉「お願いします」

ちび助傭兵「そんなこと言われてもなぁ」

傭兵弓士「逃げるか闘うか、それを聞かせてくれ。
 逃げるって言うなら、俺はあんたを認めないぜ」

器用な少年「逃げなきゃ死んじまうよ!!」

メイド姉「なぜ択一なのですか?」

傭兵弓士「……はぁ?」

メイド姉「逃げるけれど闘う。あるいは逃げない上に
 闘わない。そう言った選択肢を選びたいと思います」

588 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 22:59:48.76 iOYUExkP

――人間界、極大陸、凍てつく大地

光の斥候「目視では付近に人影有りません」

光の兵士「あんまり遠くを見るなよ。
 白すぎて目がつぶれちまうぞ」

光の銃兵「そうだな。斥候に任せよう」

光の船乗り「ふぅ。そりの方も大丈夫だ」

光の斥候「思ったよりも、寒さも雪もないな」
光の兵士「足下の凍土だけか」

光の銃兵「この凍土の中を進むんですか?」
光の船乗り「もちろんだ」

光の斥候「ほんの150里ほどです」
光の兵士「ほんの、で済むか。こんななんにもない大地を」

光の銃兵「だが、商人達の使う通商道が近くにあるはずだ」
光の船乗り「それを探すのが先決だな」

光の斥候「もし商人の部隊に遭遇したら?」

光の兵士「俺たちがここに居るのは軍事機密なんだ。
 知られるわけにはいかないさ」

光の銃兵「お前だって久しぶりに、
 あばら肉のたっぷり入ったスープが飲みたいだろう?」

590 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:15:04.09 iOYUExkP

――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場

巨人伯「今日は……最初、おれ……」
碧鋼大将「うむ」

巨人伯「山の穴を三つ……作った……俺たちは……
 工事は……得意だ……」

鬼呼の姫巫女「設計から拳五つの幅のずれもなく
 両側から掘り抜き連結されたそうだな」

火竜大公「ほう! それは見事な」

巨人伯「わが……巨人族……高く、買ってくれ……」
鬼呼の姫巫女「鬼呼の土木組もよろしく願いたい」

火竜大公「ふぅむ。取り急ぎ、我が領地と開門都市のあいだ。
 そして開門都市と旧蒼魔族の領地のあいだの道の補修を
 頼みたい所だな」

副官「それらの資金については、例の札および
 我が開門都市自治員回の補助金でまかなうことが
 可能だと思っております」

巨人伯「……よかった」
鬼呼の姫巫女「うむっ」

火竜大公「よろしく頼むぞ」

碧鋼大将「こちらもそれはありがたい。
 旧蒼魔族の領地の統治には大きな助けになるだろう」

591 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:16:53.76 iOYUExkP

紋様の長「そうだ。その蒼魔族の様子はどうなのだ?」
鬼呼の姫巫女「うむ」

碧鋼大将「問題は多い。まずは物資面だ」

紋様の長「ふむ」

碧鋼大将「特に衣料品と食糧が不足している。
 蒼魔軍はこれらの品に関しては
 かなり大規模に持って行ってしまったようだ」

副官「食料に関しては、我が都市の備蓄から
 当面必要な分は移送しましたが、
 おそらくはまだ足りないかと」

鬼呼の姫巫女「鬼呼の地は豊作だったゆえ、
 今年の食糧備蓄は潤っておる。送ろう。
 代金は、金属でかまわぬ。なに、来年以降でな」

碧鋼大将「感謝する」

紋様の長「ほかには?」

碧鋼大将「その他物資面では殆ど不足がない。
 蒼魔の軍は略奪などは行なわなかったので、
 住居や施設が壊されたということもない。
 鉱山などもそのまま残っているので、
 すでに採掘は再開されている。
 
 だが……」

592 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:18:20.22 iOYUExkP

火竜大公「だが?」

碧鋼大将「精神面では、非常に問題がある。
 元々蒼魔族は厳格な身分制をもつ階級社会だった。
 その身分制度の上位陣は軍人が占めていたと言っても良い。
 残された民間の労働者は、身分制度の下半分を構成していた。
 そう言った社会に慣れきっている彼らは、
 指導階級が居なくなり……」

紋様の長「まさか暴動が!?」

碧鋼大将「いや、暴動ですらなく、呆然としてしまったのだ。
 自分たちが“遺棄された”と言う現実を受け入れることが
 出来ないらしい。
 年老いた労働者の中には、精神が弛緩し、空中を見つめた
 ままになってしまう者もいる」

紋様の長「なんと……」
鬼呼の姫巫女「そのようなことになろうとはな」

火竜大公「ふむ……」

巨人伯「こまった……な……」

碧鋼大将「彼らは命令には従順で、
 特に何らかの武器を用いて脅すと、
 勤勉な勤労姿勢を見せるが、そのような管理は
 我らが魔王殿から与えられた任務に背くし
 もちろん、われら機怪族の好む所でもない」

副官「ふむ……」

碧鋼大将「このような事態には、いささか手を焼いている」

593 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:20:29.29 iOYUExkP

鬼呼の姫巫女「しかし、それは一朝一夕には
 なかなか解決しなさそうですな」

火竜大公「うむ」

碧鋼大将「何か良い知恵はないだろうか?」
紋様の長「……」

火竜大公「おそらく、何か、かき混ぜるような
 手段が必要じゃろうな」

巨人伯「かき……まぜ、る?」

碧鋼大将「とは?」

火竜大公「厳格な身分制度とは、思考の硬直化を生むのだろう。
 つまり自分の範囲、自分の周辺だけを見させられることにより
 考え方や知識も凝り固まってしまうのだ。
 効率は多少落ちるだろうが、たとえば鉱山労働者に
 農作業をやらせるであるとか、その逆であるとか。
 人材をかき回して、見聞を広げさせるのがきっかけと
 なるだろう」

副官「良いアイデアだと思います。どうでしょう?
 定期的に、隊商を組織して我が都市に品物をお売りに
 なりにこられては?」

巨人伯「そうだ……道路敷設の……参加も……歓迎だ」

紋様の長「そういえば、着任当初に魔王殿が大学を
 建てるなどと云うことを云っていましたね。
 あれも今考えてみると、これを見越してのことだったのかと」

594 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:22:57.04 iOYUExkP

鬼呼の姫巫女「あの魔王殿なら、そう言うこともあろうな」

副官「ところで、その魔王様はどうなんです?
 それからうちの宿六族長は」

巨人伯「どうだろう……」

火竜大公「うぉっほん! それについては、
 会議宛に報告が届いておる」

碧鋼大将「聞きましょう。蒼魔族については、さきほどの
 ご協力を各族長にお願いすれば、目処が立ちそうだ」

紋様の長「うむ」

火竜大公「まず、地上における第一の目標、
 蒼魔族の討伐に関してはこれを成し遂げたとのこと」

副官「おお!」
巨人伯「よかった……」

火竜大公「そして、その争いの際、
 共闘することになった、地上における国家連合の一つ、
 南部連合とは停戦条約を含む合意に至ったとある」

副官「南部連合……」

巨人伯「南部連合……とは、なんだ……」

火竜大公「この報告によれば、地上の大陸なる場所では
 30以上にもわたる国家が乱立しているとのこと」

595 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:25:05.18 iOYUExkP

副官「国家とは魔界で云う氏族のようなモノです。
 ただし、生まれや出自よりは住んでいる場所を
 基準にした集まりですね。
 たいていはひとつながりの領地をもち、1人の王
 ……族長の指導のもと、領地で暮らしています」

巨人伯「西巨人族と北巨人族のように……
 わかれては……いないの……だな……」

火竜大公「南部連合とは、その中で7つの国といくつかの
 都市を抱え込んだ第2の連合と云うことだ」

副官(三ヶ国通商はそこに着地したのか)

碧鋼大将「そこと停戦条約を結んだのか」
紋様の長「ふむ」

火竜大公「しかし、中央諸国と聖なる光教団はどうやら
 魔界へ三度目の侵攻を企んでいる模様、
 十分な注意が必要である……。こう結んである」

副官(……やはり一筋縄ではいかないようですね)

巨人伯「中央諸国? ……聖なる光教団?」

副官「それは地上の大陸で最も勢力のある教会と国家群ですね」

596 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:26:09.47 iOYUExkP

碧鋼大将「勢力とは?」

副官「20あまりの国が参加した巨大な軍でしょう。
 南部連合ですか。それが成立するまでは、
 唯一にして無二の勢力だったわけです。
 魔族会議に少し似ていますね。
 
 その会議が、第二回の……つまり、我が開門都市が
 人間に攻められた時のような聖鍵遠征軍を組織して
 魔界に攻め込むという決定を下したと。
 
 その辺のことは詳しくは書いてないのですか?」

火竜大公「そなたの所の族長から、そなたあてに
 書状が同封されておるぞ。ほれ」

ペラッ

副官「ふむふむ……。おい。……あちゃぁ」

ペラッ

副官「……」

紋様の長「何が書いてあるのです?」

副官「えーっと、こちらは数字入りの詳しい戦況解説です。
 まず、先ほど解説した、聖鍵遠征軍ですね。
 これは中央諸国が聖なる光教団の指示のもと招集した
 軍なわけですが、すでに成立して出発しています。
 かれらは、白夜の国」

碧鋼大将「蒼魔族が占領したという?」

副官「そうです。その白夜の国を蒼魔族から奪い返し、
 自分たちの領土としてしまったようです」

597 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:28:01.25 iOYUExkP

碧鋼大将「それは、人間の世界では良くあることなのか?」
紋様の長「他の氏族の領土を奪うという」

副官「あまりあることではありませんが、
 全く聞かないと云うほどのことでもありませんね。
 しかし問題なのはむしろ、これらの行動はどうやら
 意図的だったということのようです。
 白夜の国は、極大陸へ航海する場合への
 玄関口になり得ます。
 
 どうもうちの大将は、聖鍵遠征軍は港を欲しいがために
 白夜国を落としたのじゃないかって勘ぐっているようですね。
 
 軍の規模は、約20万。さらに増えていますが……。
 その全軍を持って魔界へ侵攻するというのが
 彼らの目的であろうとのことです。
 20万は、第二次の倍ですよ」

巨人伯「……人間が……くるのか」

碧鋼大将「攻めてくる人間と停戦条約をするとは
 魔王殿も解せぬことを」

鬼呼の姫巫女「人間とひとくくりには出来ぬ。
 そう言うことだろう。我らと蒼魔族のようなものよ」

副官「そうですね。その南部連合に含まれている国々は
 この書状にもありますが、冬、氷、鉄、湖、葦、梢、赤馬。
 数こそ七つと少ないですが、どれも特産品があったり
 面積が広かったりとなかなかに強力な国々です。
 
 もしこの停戦協定がなかったとしたら、
 魔界に攻め込んでくる軍勢は30万になったかも知れない」

600 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:35:13.39 iOYUExkP

巨人伯「……そうか」
碧鋼大将「ふむ」

鬼呼の姫巫女「いや、それ以上だろう。
 もし、その七つの氏族を中立に出来なければ、
 攻め込んでくる軍勢の数が増えるばかりか
 その軍勢は背後の敵を気にせずに向かってこれる。
 
 南部連合とやらが魔族と停戦をしたからには、
 聖鍵遠征軍とやらは南部連合の動きにも
 注意を払わねばならぬのが道理だ。
 
 銀虎公、そして衛門の族長。
 何より魔王殿は戦うことなく10万の敵を討ったに
 等しい働きをされたと思うぞ」

火竜大公「その通りだな」

副官(魔族でも族長ともなれば、
 なんて早い飲み込みをするんだ……)

巨人伯「だが……それでも……20万……」

碧鋼大将「戦になるというのは確実なのか?」

副官「それはわたしには判りません。
 おそらくそうならないように魔王様は
 お残りになっているのかと思うのですが」

601 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:36:54.91 iOYUExkP

巨人伯「どうすれば……よい……?」
碧鋼大将「ふむ」

紋様の長「どう思う、副官殿は」

副官「それがしは一介の副官に過ぎませんが……。
 
 この書状には、その聖鍵遠征軍の持つ新しい武器
 マスケットなるものについても書かれて居ます。
 詳しくはまた説明してくださるとも思いますが
 強力な新兵器だとか。やはり、ここは戦争の
 対策を練らざるをえないでしょう。
 当面は軍の再確認と装備などの補充、練兵、
 指揮系統の確認。
 その後戦場となる可能性のある地域の測量、
 および連絡体制の強化。物資の貯蓄量の確認ですか。
 
 その後のことについては、魔王様が戻ってくると思います」

鬼呼の姫巫女「戦場となる可能性のある地域、か」

火竜大公「おおよそ大空洞の近くであろうな。
 殆どは荒れ地だが、候補となると……
 わが竜族の領域、開門都市、鬼呼族の辺境、
 そして旧蒼魔族の領域か」

巨人伯「……監視」

碧鋼大将「そうですな。監視網を引き続き充実させるべきです」

紋様の長「妖精の一族の女王は地上におられますが、
 妖精族は引き続き監視を行なってくれています。
 伝令も我が一族が受け持つでしょう」

鬼呼の姫巫女「では当面はそう言った雑事を片付けるとしよう」

火竜大公「うむ。おのおの方も気付いたことあれば
 すぐにでも知らせて欲しく思う」

606 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:47:06.63 iOYUExkP

――霧の国、地方都市、閑散とした市場

ざわざわ……

咳き込む乞食「げふっ。旦那様……。旦那様……。
 道過去の哀れな乞食に、パンの一切れを……」

痩せた市民「……」カッカッカッ

咳き込む乞食「奥様……奥様……。げふっ、げふっ
 どうか……もう四日もなにも食べていないのです……」

中年の婦人「おおいやだ! 疱瘡もちじゃないか。
 近寄らないでおくれよっ!!」

咳き込む乞食「げふっ、げふっ。どうか……どうか……」

ざわざわ……

  痩せた市民「では、新金貨10枚でどうだい?」
  旅の商人「それでは、半袋がいい所ですね。旦那」

  痩せた市民「なんて値段だ! うちには6人の子供が
   いるって云うのに」
  旅の商人「うちにだってメシを待ってる子供がいるんでね」

ざわざわ……

穀類商人「入荷~! 入荷~! うずら豆にエンドウ豆!
 つやつや張ったまめが入ったよぉ!」

中年の婦人「エンドウ豆、一袋でいくらだい?」

穀類商人「へぇ、金貨6枚と半分で」

607 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/10/02 23:47:58.61 iOYUExkP

中年の婦人「相変わらず高いね」

穀類商人「このご時世、何処も値段が高くって。
 仕方がありませんや。お買い上げで?」

中年の婦人「はぁ……。一袋。綺麗なまめを
 取り分けておくれよ。病人に食べさせるんだから」
穀類商人「へぇ」

中年の婦人「困ったもんだねぇ。おや、もう日暮れだ」
穀類商人「そうでございますよ」

中年の婦人「教会の鐘は鳴ったかい?」

穀類商人「ご存じないんで?」
中年の婦人「なにをだい?」

痩せた市民「ああ、鐘の話だろう?」
穀類商人「教会塔の鐘は、召し上げられちまって
 融かされちまったんでさぁ」

中年の婦人「融かされた?」

穀類商人「ええ、中央教会にね。精霊のお心に
 叶うためには、今は一つでも多くの武器が必要だって
 云うんで、鐘は溶けて、魔族を討つ武器になったって
 話ですよ」

中年の婦人「魔族ねぇ……。
 そんなもの、見たこともありやしない」

痩せた市民「どうにかして腹一杯食べさせてくれる。
 精霊さまもそんな恵みを下されればいいのに」




次回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #32


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