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先頭:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #01
前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #28
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
同盟職員「早馬の知らせですっ!
南部で、南部の諸国と中央の聖鍵遠征軍のあいだに
軍事衝突が発生したと!」
同盟職員娘「っ!」
留守部長「……出遅れたな」
同盟職員「はい」
同盟職員娘「間に合わなかったんですね……」
留守部長「鉄を抑える速度が遅かった。
静粛性を優先した結果でもあるし、
おそらく以前から備蓄をしていたんだろう……。
そうでなければ鉄の値段が揺れても、
反応が無いのがおかしすぎる」
同盟職員「これでは武器製造への圧力として機能していません」
同盟職員娘「このままでは、資金的な傷口が広がります。
撤退時期を探るべきでは?」
留守部長「……」
同盟職員「すみません。もうちょっと実態把握さえ早ければ」
留守部長「いや。これは開始時期の見切りの問題だった。
やはり商圏の拡大と共に目が行き届いていない部分が
広がりつつあるんだな」
がちゃり
青年商人「……いやいや。まだこれから、といきましょう」
元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」Part9
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1254236026/
同盟職員「委員っ!」
留守部長「いつお戻りに?」
青年商人「たった今です。開門都市は任せてきました」
女魔法使い「……」ぽやー
同盟職員「えっと、その方は?」
青年商人「ああ。ここまで運んでくれたんです。
とびきりの食事と甘い物を用意してください」
女魔法使い「……」こくこく
青年商人「さて。……状況報告を」
同盟職員「たった今はいった情報ですが、
南部諸国と中央の遠征軍のあいだに
軍事衝突が発生した模様です。
……中央の新型武器が使用されたとのこと」
青年商人「それがマスケットですか?」
女魔法使い「……そう」
青年商人「より詳しい状況をお願いしていいですかね?」
女魔法使い「……当初、南部諸王国は
白夜国を制圧した蒼魔族との戦闘を想定していた。
女騎士は司令官として鉄の国と白夜国の国境付近、
蔓穂ヶ原に約1万数千人をもって布陣。
蒼魔族約2万を迎撃、丸一日にわたる戦闘を耐えきる。
しかし、ここに後背から約4万の聖鍵遠征軍が強襲」
女魔法使い「……聖鍵遠征軍は蒼魔族を中心としながらも、
ほぼ無差別に南部諸王国をも攻撃。
その攻撃の中心となったのが、聖鍵遠征軍の新兵装。
マスケット銃と、その部隊。
女騎士率いる南部諸王国軍は、当初蒼魔族に使用する
予定だった火炎の罠を持って蔓穂ヶ原を退却。
聖鍵遠征軍も約5時間の激突を充分と見たのか、
兵を引き上げ、蒼魔族から奪還した白夜王国を
本拠と定め、掃討の後、駐留。
……現在は軍事的な緊張はあるものの、
一時的な平穏状態にある。
なお、この戦闘において、蒼魔族約2万はほぼ完全に壊滅。
南部諸王国軍は兵3500あまりを、
聖鍵遠征軍は6000名程度を失う。
ただし、これらを損耗率の観点から見ると、
南部諸王国軍は参加した兵の30%、全軍の12%。
聖鍵遠征軍においては会戦参加兵員の15%、
3%程度に過ぎないと推測される」
青年商人「では聖鍵遠征軍の現在規模は……」
女魔法使い「訓練度を度外視するならば20数万に達する」
青年商人「南部諸王国は、滅亡寸前ですか……」
女魔法使い「そうとも言い切れない。理由は二つある。
まず、ひとつ目は聖鍵遠征軍は南部諸王国攻略よりも
魔界侵攻を優先事項として決定したようだから」
青年商人「ふむ。……たしかに教会が大きな発言権を持つ
聖鍵遠征軍ですから、その決定は理解できなくもないですが
南部諸王国軍を放置するというのも解せませんね」
女魔法使い「……これは推測だが、おそらく聖鍵遠征軍は
その強大な軍事力の1/3程度でも動員すれば南部の王国を
殲滅できる。つまり、挟撃などといった策略を恐れないで
済むという事情によるものと思われる」
同盟職員「20万の軍勢があればそれも可能なのか……」
青年商人「もう一点は?」
女魔法使い「開戦直後、南部三ヶ国通商同盟はその名称を破棄。
あらたに湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国および
自由通商の独立都市七つを加え
『南部連合』の樹立を宣言した」
留守部長「とうとう、ですね」
青年商人「ここ以外にはないというタイミングです。
そう言うことでしたか。
20万の兵力動員は、確かに素晴らしい攻撃力を
教会勢力にもたらしましたが、その分、貴族や領主、
多くの国の地元は防御力の殆どを失っているはずだ。
もちろん、それらの国々全ては、聖光教会の指導下にあり
一斉に攻撃能力も防御能力も失う。そう言う前提で軍が
国元を離れたわけですが、『南部連合』の樹立は
その前提条件を大きく揺るがした」
同盟職員娘「いま、聖鍵遠征軍が南部連合を攻撃した場合、
より自分たちの内側に近い国――たとえば、湖の国や
梢の国が、防衛軍不在の中央国家群を蹂躙するかも知れない。
農民を中心に編成された聖鍵遠征軍であっても、
支援物資や指揮系統は、やはり貴族の力が欠かせない。
政治的な均衡状態が訪れているのですね」
留守部長「どちら側も、相手を人質に取った形か……」
同盟職員「そうですね。聖鍵遠征軍は、
その強大な武力で南部連合の中枢部を人質に取っている。
南部連合は、その新しく広がった友邦で、無防備となった
中央諸国を人質に取っている」
青年商人「それだけじゃありませんけどね。
……これは相当に複雑になってきました」くすっ
同盟職員娘「?」
青年商人「何から何まで相似形になってきましたね。
民衆に自由という武器を与えたゆえ、
民衆の支持を失うような政策をとれない南部連合。
民衆にマスケットという武器を与えたゆえに
民衆の怒りが自分に向いたら破滅する中央国家群……。
どちらも難しい舵取りになってきたようです。
我が『同盟』、『魔族会議』、『魔界』……」
同盟職員「勝てますか?」
青年商人「保証は出来ませんけれどね。
ですが、ただの力勝負では知恵を働かせる隙がない。
ある程度状況が複雑でないと、商人は勝機を見いだせません。
その意味ではまだチャンスは去っていない。
プレイヤーが多数参加した乱戦こそが商人の
活躍できる戦場です」
同盟職員「しかし、現に軍事衝突は……」
青年商人「ええ、起きてしまっています。
だが、まだ手遅れと決まったわけではない。
向こうに専門のスタッフがいなければチャンスは広がる」
同盟職員「専門……?」
青年商人「物資調達の、ですよ。
……中央の秘密製鉄工房の所在地は突き止めましたか?」
同盟職員「はい、それは。銅の国です。合計三カ所」
青年商人「良いでしょう。本部長、三カ所に出店の準備を」
留守部長「出店?」
青年商人「酒場と娼館ですよ。……耳目を忍び込ませないとね」
留守部長「了解です」にやっ
青年商人「聖鍵遠征軍に配置されているマスケットの量を
算定してください。
いくら何でも20万の兵に20万の
マスケットが配置されているとは思えない。
それにマスケットは機械です。
故障もすれば、予備部品も必要のはず。
そして弾薬がいるんですよね?」
女魔法使い「……そう。運用中の補給が常に必要」
同盟職員「とはいえ、鉄鉱石は相当量の備蓄が
聖王国にあると推測されるんです……。
すでに一定数のマスケットが配備されている以上、
これ以上圧力を加えても意味がないのでは?」
青年商人「いいえ。意味はあります。相手は中央国家群。
その巨大さは武器ですが、弱点でもある。
末端の壊死が中央に認識されるまでのタイムラグがね」
同盟職員「え?」
青年商人「鉄製品の最終的な製造原価の内訳を
考えてください。そこから今回は攻めます」
同盟職員「……加工費?
しかし、加工費はすなわち人件費です。
今回の集約工場では、多くの職人を丸ごと抱えて、
殆ど監禁のような状況で生産のピッチを上げているはず」
青年商人「加工費はそれだけに留まりませんよ」
留守部長「そうかっ!」ぱしんっ
青年商人「ええ。木炭です。
製鉄を行なうためには鉄鉱石の二倍から三倍の量の
木炭を必要とする。石炭の採鉱権は?」
留守部長「そちらはぬかりなく押さえています」
青年商人「で、あれば風向きは良い。
聖王国周辺でもっとも木炭を多く算出する
梢の国は、南部連合に参入したとのこと。
であれば、木炭の量をコントロールしていくのは、
さほど困難な話ではない」
同盟職員娘「資金はどうします?」
青年商人「その中央諸国からいただくとしましょう。
白夜王国へと移動した20万人、
それを丸ごと食べさせるには大量の食料が必要です。
この食料を、海上輸送。自由貿易都市の港から、
白夜王国の港へと運び、その差益を得ます」
同盟職員「了解っ! 手配を行ないますっ」
青年商人「取りかかってください」
同盟職員娘「はいっ」
留守部長「承知っ」 たったったっ
青年商人「ふぅ。……間に合いますかね」
女魔法使い「……終わった?」
青年商人「ええ、なんとか」
女魔法使い「……」
青年商人「食い物ですか?」
女魔法使い こくり
青年商人「判りました、用意させましょう。
貴女の助けがなければ、手遅れになったかも知れない。
伝説の魔法使いに感謝しますよ」
女魔法使い「……こっちの都合」
青年商人「しかし転移魔法ですか……。
もうちょっと敷居が低ければ普及間違いないんですけどね」
女魔法使い「……もどる?」
青年商人「いえ、しばらくここで指揮を執るべきでしょう」
女魔法使い「……」じぃ
青年商人「開門都市ですか?
あっちには公女がいます。あれで聡い人ですから。
騙されていいようにされるって事はないでしょう。
会計さんもいますしね」
女魔法使い「……相方?」
青年商人「よしてください。
……そんなものじゃありませんよ。
取引相手ってのは、もっと神聖なものです」
――冬越し村、魔王の屋敷、食堂
もそもそ
魔王「……」
勇者「……魔王、塩とって」
魔王「判った」とん
ぱらぱら、もそもそ
勇者「……もぐもぐ」
魔王「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
もそもそ
魔王「昨日の夜って何を食べただろう」
勇者「茹でた馬鈴薯に塩振ったのだろう?」
魔王「一昨日は?」
勇者「茹でた馬鈴薯に塩振ったの」
もそもそ
魔王「……」
勇者「……」
魔王「何でこんな事になっているのだっ!」うがぁ
勇者「だって仕方ないじゃん!
メイド長は魔王城の手入れをするために突発出張中だし、
メイド妹は冬の国へと料理修行中だしっ」
魔王「それにしたって三食茹で馬鈴薯はないと思う」
勇者「だってこれは魔王が作ったんだろう?」
魔王「それくらいしかまともに作れる気がしなかったのだ」
勇者「じゃぁ、納得して食うべきだ」
魔王「勇者が作った昼食だって同じだったではないか」
勇者「それしか作れないんだ仕方ないだろうっ」
もそもそ
魔王「……負ける」
勇者「は?」
魔王「このままでは負ける。確実に。魔界は滅びる」
勇者「何言ってるんだ?」
魔王「そんな予感がする」
勇者「……うわっ。暗いぞ、表情が」
もそもそ
魔王「そうだ」
勇者「どうした? もっぎゅもっぎゅ」
魔王「ジャムくらいならあるであろう?
あれを馬鈴薯に落とせばきっと甘くて美味しいはずだ!」
勇者「おい、早まるなっ」
ぽとっ。ぬりぬり。もしゃもしゃ
魔王「……負けた。魔界は滅びた。
勇者、私はもうダメだ。そして三千年の時が流れた」
勇者「早いよ、いくら何でもっ」
がたり
魔王「書を捨て街に出よう」
勇者「はぁ?」
魔王「私の職業は魔王なのだ」
勇者「どうしたの?」
魔王「正直煮詰まっているのだ」どよーん
勇者「判らないじゃないけれど」
魔王「どうにかしてくれないか、勇者」
勇者「どうにかしたいのは山々だけどさぁ。
……はぁ。仕方ないなぁ」
――冬の国、王宮、予算編成室
商人子弟「んぅ~。こいつぁ……」
従僕「商人さまぁ!」ぱたぱたっ
商人子弟「なかなかどうして、侮れないなぁ」
従僕「商人さまっ!!」
商人子弟「おう。どうしたわんこ」
従僕「わんこじゃありません!」
商人子弟「しっぽ揺れてるぞ?」
従僕「えっ? ――生えてるわけ無いじゃないですかっ」
商人子弟「で、どうしたんだ?」
従僕「そうでしたっ」えへん
商人子弟「?」
従僕「課題が出来ましたっ!」
商人子弟「課題?」
従僕「チーズですっ!」
商人子弟「なんだっけそれ?」
従僕「えーっと、チーズを安定して低価格に市場に
供給するために考えてきました!」
商人子弟「おお。そう言えばそんな課題も
出してたな。よーし、わんこ。聞かせてくれ」
従僕「まず、チーズの作り方を勉強しましたっ」
商人子弟「ふむ、基本は大事だな」
従僕「簡単に云うと、チーズは乳製品です。
乳を暖めて、かき回し、これに触媒を加えます。
触媒って言うのは薊の花から作るんですって。
こうすると、固まり初めて水分が出てきます。
加熱しながら水分を飛ばして、
型に入れたら生チーズの完成です。
でも、ちゃんとしたチーズはこれからが本番で
この生チーズを塩水につけて、味を調えてから
冷暗所に数ヶ月から数年のあいだ保存して、
熟成って云うのをさせないと、完成しません……。
時間がかかるんですね。で、出来上がりです」
商人子弟「なかなか手間がかかるんだな」
従僕「ですです! でも美味しいですよね。
ぼく勉強ついでに一杯味見しました」にへらぁ
商人子弟「これ。ほっぺた緩んでるぞ!」
従僕「わわわっ」
商人子弟「で、基礎知識はそれでいいとして、
そこから何をどう考えたんだ?」
従僕「えっと、最初に考えたのは。
ミルクからチーズを作ると量が減っちゃうので
寂しいということです」
商人子弟「ふむ」
商人子弟「でも、それは減って当たり前だろう?
説明に出てきたとおり、水分が抜けるんだから」
従僕「ええ、そうなんですけれど、
どれくらい減るかですよね。
いろいろ聞いてみたんですけれど、
ミルクを鍋に10杯用意すれば、
1杯分のチーズが出来るみたいです」
商人子弟「1/10か」
従僕「でも、市価で言うと、
チーズは同じ重さのミルクの30倍くらいの
値段で売れているんです。
1/10なら、値段は10倍で良いはずでしょう?」
商人子弟「ふぅむ、つまりその余剰部分は、
人件費とか、他の材料費とか何だろうな。運送費とか」
従僕「えーっと、それもあるんですけれど、
大きいのは熟成にかかる費用なんです」
商人子弟「熟成……」
従僕「つまり、チーズは冷暗所で熟成させなければ
ならないでしょう?
農家の人から見るとミルクを仕入れてチーズを作っても、
すぐにはお金にはならないんです。
お金になるのは、半年から二年ほどたったあと。
しかも、そのころまでチーズが無事かどうかは
判らないし、チーズの値段が上がっているか
下がっているかも判らないんです」
商人子弟「ふむ」
従僕「ぼくの調べたところ、チーズを作るって言うのは、
ずいぶん、なんていえばいいのか……。
宝くじを買うようなものみたいなんです。
だから大きくいっぱい作るわけには、行かないみたいな」
商人子弟「ふむ。で?」
従僕「で、考えたのはこれです」
ごそごそ
商人子弟「ふむふむ」
従僕「この紙に書いたんですけれど……」
商人子弟「これは、保管所だな?」
従僕「です。……えっと、えっと。
塩水につけてあとは熟成を待つだけのチーズを、
“販売後の価格の6割”を基準に買い取るんです。
そうすれば、チーズを作った人はチーズを作った
次の週には現金を受け取ることが出来ますよね?」
商人子弟「そうなるな」
従僕「で、この保管所の人は、一定期間、チーズを
裏返したりして管理して、出荷時期が来たら販売するんです。
この保管所のお店にはいつでもチーズが並ぶことになるし、
材料調達や製造のための人手や道具、技術は必要ないです。
どちらかというと、管理業務に近いです」
商人子弟「でも、管理の途中で虫食いが発生したりして
トラブルが起きたら、チーズはダメになっちゃうだろう?」
従僕「ですです。だから6割で買い取りなんです。
4割は、利益率と考えるのがおかしくて、
これは、危機とか、保険とか……」
商人子弟「リスク?」
従僕「です。そのりすくの、費用です。
ポイントは、数です。
つまり、何ヵ所かの保管所を作ってチーズを熟成のあいだ
保存することによって、そのりすくを低下させるんです。
一個一個のチーズはダメかも知れないし、
無事出来るかも知れないし、美味しくできるかも
知れないでしょ?
小さな農家のおじさんは、チーズが四つ続けて失敗したら
次にミルクを買うお金もなくなっちゃうんです。
でも、一杯チーズを扱っていれば、全体の1/10が
失敗しても、それは他の成功部分で吸収できますよね。
だから、ここではチーズを中間の価格で買い取って
売れた儲けで、平均化しようって言う考えなんです。
……あの、変なこと言ってますか?」
商人子弟「いいや、いいぞ。続けて」
従僕「この買い取り価格は、いまとりあえずで6割って
決めてありますけれど、
これはこの数式にいままでの市場価格を代入した
だいたいの数字です。もし、チーズが沢山ダメになるなら
この買い取り価格の割合を下げればいいし、
成功率が高いのなら上げればいいですよね?
えと、これはですね……んっと」
商人子弟「代替え的な意味で、金利なんだな」
従僕「はいです! で、もっとあるんです。
今後はこの価格を元に、納入してくれる農家さんの
チーズのおいしさとか、売れ具合とか、
その年のチーズの多さとか少なさを入れて
細かく買い取り価格を分けてゆくと良いと思うんです」
商人子弟「ふむ、そのこころは?」にこり
従僕「だって、美味しいって褒めてもらえたら
それで“チーズ一等賞まーく”とかもらえたら
頑張ってもっと美味しいチーズを作るでしょう?」
商人子弟「よーし。良くできたぞ」くしゃくしゃ
従僕「ふふふーん」にこにこ
商人子弟「なかなか優秀になったじゃないか!」
従僕「ですか? ですか? ご褒美ですか♪」
商人子弟「ご褒美は次の課題だ」
従僕「……」ピシッ
商人子弟「次も難問。……そう。長靴だな」
――開門都市、改築された酒場
ちりんちりーん♪
勇者「おぃーっす」
魔王「おい。いいのか?」
勇者「いいんだ、気安い店なんだ」
有角娘「いらっしゃいませー♪」
酒場の主人「おー。これはこれは、黒騎士の旦那じゃ
ありやせんか。さぁさぁ、こっちへどうぞ!」
勇者「な? 顔なじみなんだよ」
有角娘「何を飲みますかー?」
魔王「あー」
勇者「冷たいエール二杯ね」
がやがやがや
魔王「わたし決めていないぞ」
勇者「これがお約束なの」
魔王「そうなのか。……わたしは、その。
この種の酒場には初めて入ったぞ」
勇者「そうなの?」
魔王「必要がなかったからな」
有角娘「おまちどうさまー!」 ドドンッ!
魔王「あ、ありがとう」
勇者「さぁ飲むかっ! 今日は飲みまくるぞ」
魔王「う、うん。代金は良いのか?」
勇者「あとでまとめて払うんだよ。
……メイド長いないと、ほんっとに常識的なことは
判らないんだなぁ、魔王は」
魔王「すまん」
勇者「しょげるなよ。せっかく旨い物くいにきたんだし」
魔王「そうだな」
勇者「かんぱーい!」
魔王「かんぱい」
がやがやがや
人間商人「おーい! こっちに葡萄酒くれ! ビンで!」
魔族商人「それから羊の焼き串を二本だ!」
勇者「何食おうか?」
魔王「わたしは何を食べればいいのだ?」きょときょと
勇者「おっちゃーん、何があるの?」
酒場の主人「なんでもあるが、今日はパンを焼いたぞ。
馬鈴薯もあるし、羊も潰したな。卵は新鮮なのがあって
キャベツの漬け物もあるし、ベーコンもソーセージもある。
ソーセージは最近人気の、胡椒と軟骨の入ったヤツだ」
勇者「じゃぁ、それ。それから、チーズな。
んで、岩塩振った羊肉の軟らかいところと、
野菜の壺煮に、リンゴも」
酒場の主人「あいよう! 順番は適当でいいよな」
勇者「任せるよ~」
魔王「な、なんだ。勇者、手慣れているではないか」
勇者「そりゃ勇者だもの。あちこち旅してるから」
がやがやがや
魔王「そうか……。混んでいるな」
勇者「ああ、この店は結構人気があるんだ。
開門都市が人間に攻略する前からの老舗だし、
商売は堅実で、料理の味は良いときてる」
酒場の主人「おうおう、褒めてくれてるじゃねぇか。
おらよぅ、まずはチーズと、ソーセージだ。
たっぷり盛っておいたからな」
魔王「ありがとう……」
勇者「何かしこまってるんだ?」
酒場の主人「はははっ! しかたあるめぇ!
きっと、このお嬢様はこういう下品な店には
慣れてねぇんだよ。この童貞小僧っ! がはははっ!
デートの店くらいは選びやがれってんだ!」
勇者「そんなに自分の店をこき下ろして
泣きたくならないのかよ、おやっさんはよっ」
酒場の主人「こきゃぁがれ。この店は、下品でいいんだよ。
街で働いているそう言う連中が酒と旨いメシを目当てに来る。
そう言う店なんだからよ」
魔王「……」もぐもぐ
勇者「どうよ、最近」
酒場の主人「あー。いい感じだよ。
どうだい? 広くなったろ。区画整理とやらで
道が一本つぶれて、その分店を少し建てましたんだ。
金を借りることも出来たし、
最近じゃ、食料も安く入ってくるようになった。
人が増えてるんだな、日々の稼ぎも何とかだ」
勇者「そっか。なら良かったよ」
酒場の主人「黒騎士さまのお陰って感謝もしてるんだぜ?」
勇者「よせやい」
有角娘「お代わりいかがですかー?」
酒場の主人「だ、そうだ。どうだい?」
勇者「おい、次は何を飲む?」
魔王「えーっと、その」
有角娘「葡萄酒とかいかがですか?」
魔王「じゃぁ、それ」
勇者「二つ頼むよ」
有角娘「うけたまわりましたぁ♪」
酒場の主人「まあ、ゆっくりしていってくれ!
羊が焼けたら運んできてやるよっ」
がやがやがや
人間商人「塩はどんなあんばいだ」
魔族商人「儲かるって言えば儲かるが、安定してきたし
以前のように金塊を運ぶって感じではないな」
紋様店主「いやいやいや、大変ですよ。あははは」
旅の傭兵「そう言うこともあるかも知れぬなぁ!」
がやがやがや
魔王「――」きょろきょろ
勇者「どうした? ぽやんとして」
魔王「え、あ」
勇者「?」
魔王「う、うん」
勇者「もしかして、不味かったか?」
魔王「違うぞ。このソーセージはすごく美味しい」
勇者「じゃぁ、こういう店は苦手か? ごめんな」
魔王「いやっ。そんなことはないっ。ただ、その。
はじめてで。こんな風に賑やかで、楽しそうで。
そうではないかと思っていたが、やはりわたしは
世間知らずなんだな」
勇者「そっか」
獣人狩人「今年の毛皮はよく売れた。これで土産が買える」
人間商人「では碧玉なんてどうです?
気になる娘さんに上げれば、2人の仲も進むこと
間違いなしですよ。あるいは鉄の鍋などは?
足がついていてどんな所でも使えますしね」
がやがやがや
魔王「――」
勇者「ん?」
魔王「あれらは、何を話しているのだろう?」
勇者「いろーんなことだよ。
ほら、あそこにいる獣牙の男は森から毛皮を売りに来たんだ。
彼はよい年頃だから、そろそろ独り立ちの時期なんだろう。
剣の鞘もまだ新品同然だし、随分ほっとしているな。
多分1人で街に毛皮を売りに来たのは
初めてなんじゃないかな? 良い値段で売れたんだろうな。
俺はあんまり詳しくないけれど、彼はこれで儲けをもって
集落に帰れば、一人前だ。結婚も認められるようになる」
魔王「そうか。……わたしは獣牙の政治や経済規模や
人口統計や支配者には詳しい。
文化だって一通りは知っているつもりだ。
だからそうやって説明されている通過儀礼としての
行商だって知ってはいるけれど、見たのは初めてだ」
勇者「うん」
有角娘「野菜の壺煮ですよ~♪ どうぞ」
魔王「暖かそうだ」
有角娘「暖かくて美味しいですよ! 召し上がれ」にこっ
勇者「あんがとさんっ!」
有角娘「いえいえっ」
魔王「……」こくっ、こくっ
勇者「美味いなぁ! もきゅもきゅ」
魔王「うん」
勇者「?」
魔王「いや、美味しいな。……それに」
勇者「……」
がやがやがや
水竜娘「あははははっ。お上手です」
旅の詩人「いえいえ、真心のみですよ」
魔王「みんな、楽しそうだ」
勇者「そうだな」
魔王「顔を真っ赤に火照らせて、笑っている」
勇者「酒場だし、そんなもんだよ」
魔王「そうなのか? でも」
勇者「もぐもぐ」
魔王「なんだか、すごいなぁ……。
胸の内側が、思いであふれそうな気分だ」
勇者「もきゅもきゅ」
酒場の主人「ほいきた! こんどは子羊の網焼き、
岩塩とハーブ、タマネギ添えだ。
――ん、どうした?」
魔王「ご主人。ここの料理は美味しい」
勇者「へ?」
酒場の主人「おやおや、どうしたってんだ、
美人のお嬢さんに褒められちまったよ。こりゃまいるな!」
魔王「いや、嘘偽りのない気持ちだ」
勇者「そりゃ、茹で馬鈴薯10連発のあとならなー」
酒場の主人「ま、いいやな! よし、葡萄酒をもってこい!
この2人に一杯ずつ注ぐんだ!
この方は魔王様直属の黒騎士殿なんだぞ!
考えてみれば、童貞でこれはすごいことだ!」
勇者「やかましいわっ!」
酒場の主人「我が店の最も栄誉ある常連様だ。
なんたって、あの解放作戦を
この店で計画してくだすったんだからな!」
魔王「そうなのか?」
勇者「まぁ」
獣人狩人「そうなのか? 黒騎士殿なのか!?」
人間商人「なんてこったい!
こんなところでお目にかかるとは!」
魔族商人「魔王様は大丈夫なんですけぇ?
なんでも大会議でお倒れになったと聞きましたが」
紋様店主「おかげさまで、私たちは商いを続けさせて
もらってますよ! 魔王様には感謝してるんです」
魔王「え、あ……。あっと」
勇者「……よし」 ガタン!
有角娘「え? え!?」
酒場の主人「ほほう!」
勇者「あー! 聞いてくれ諸君っ!!
確かに俺は魔王直属の騎士、魔界の剣、黒騎士だっ!
心配には及ばぬ。確かに狂賊の一矢に魔王は倒れたが
その傷もすっかり癒えて、今日も魔王城からこの魔界
全ての平安と繁栄を祈っている!!
この魔王直轄地、開門都市を見ろっ!
人間と魔族が互いに杯を干し、喧嘩をしながらも
仲良くやっている。様々なものを売り買いしてなっ!
おやじぃ!」
酒場の主人「あいよぅ!!」
勇者「全員に好きなものを注いでくれっ!
最初の一杯の上がりは俺が持つぜ!
さぁみんな、杯を掲げろっ! 魔王様に乾杯だ!
あの方は喧嘩は弱いが、皆を気にかけることでは
並ぶものがないぞ! その一杯が魔王の力となることを
願って杯を干してくれっ!」
有角娘「あわあわ」ぱたぱた「どうぞ、こっちもどうぞ」
「「我らが魔王に栄えあれ! この地に永久の平安あれっ」」
――蔓穂ヶ原にほど近い廃砦
器用な少年「ほれ、これで、こうやって、こうよ」
ガチャリ!
貴族子弟「ほほう。見事です」
傭兵の生き残り「うまいもんだ」
器用な少年「へっへーん!」
貴族子弟「いや、誰にでも取り柄があるものですね」
傭兵の生き残り「ははは」
器用な少年「くそぅ! お前ら今に見てろよ」
貴族子弟「褒めているのに」
傭兵の生き残り「いいじゃねぇか。坊主。
暖かい服も買ってもらったし、
メシも食わせてもらってるんだろう」
器用な少年「これは正統な報酬ってヤツだ!」
貴族子弟「そうそう。報酬です。貸し借りはない」
器用な少年「なっ。こう言っている」
貴族子弟「ただし。故郷の敵討ちのチャンスを
与えられたという意味で、まともな道義心のある少年ならば
当然のように感謝をするでしょうがね」
器用な少年「……それは、してる」
貴族子弟「よろしいでしょう。
しかし、はぁ……。こりゃしつけは大変だ」
器用な少年「はぁー!?」
貴族子弟「いえいえ、こちらのことですよ。少年」
傭兵の生き残り「俺たちも良いんですかい?
隊長もいなくなっちまったのに」
貴族子弟「あなた方の隊長はわたしの依頼を
一分の隙無く果たしてくれました。
今度はこちらが契約を守る番です」
傭兵の生き残り「ならありがたいけどな」
器用な少年「よー。あんちゃん。こんな場所で良いのかよ?」
貴族子弟「ええ、逆に私たちの国に運び込んだら
きっと発見されてしまいますよ。監視されていると
思って間違いないでしょう。敵も馬鹿じゃない。
それに……。ずいぶんな量でしたからね」
傭兵の生き残り「そうですな。へとへとだ」
器用な少年「ところで、あれはなんだったの?」
貴族子弟「硝石です」
傭兵の生き残り「……宝石にしては汚かったな」
器用な少年「ただのくず石じゃねぇの?」
貴族子弟「ただのくず石で終わって欲しいですね」
――開門都市近郊、虹の降る丘
さくっさくっ
魔王「……」
勇者「……」
魔王「……うー」
勇者「起きたか?」
魔王「……起きた」
勇者「大丈夫か? そろそろ転移できるけど」
魔王「ダメだ」
勇者「は?」
魔王「いま転移したら終わってしまう」
勇者「ええと」
魔王「魔王の威厳も乙女のイメージも勇者との関係も終わりだ」
勇者「またまたぁ」
魔王「ううっー。とにかく今はダメだ」
勇者「わぁったよ。降ろそうか?」
魔王「うん」
勇者「ほい。……平気か?」
魔王「割とダメだ」
勇者「あー」
魔王「お水あるかな」
勇者「持たせてくれたけど。親父は手回しいいなぁ」
魔王「……こくん、こくんっ」
勇者「……」
魔王「ううう。頭がぐらぐらするぞ」
勇者「相当飲んだものな」
魔王「魔王にあるまじきていたらく。
今なら理解できそうだ。
三軸以外の戦闘機動というものを。
ああ。世界は他にも次元があるのだなぁ」
勇者「何を言っているんだ」
魔王「首から上がデフレで、首から下はインフレなんだ」
勇者「なんだか良く判らないけれど、
凄まじい状態だって事は判った」
魔王「勇者に掴まってないと、世界から落ちる」
勇者「思うぞんぶん掴まっててくれ」
魔王「助かる、勇者」
勇者「酔っぱらいの介抱くらいだぞ、俺が感謝されるのって」
魔王「そんなことはないのになぁ」ぐてん
勇者「おい、夜露で濡れるぞ」
魔王「ひんやりして気持ちがよい」
勇者「まったく」
魔王「メイド長がいないから怒られないのだ」
勇者「そうだけどさ」
魔王「勇者勇者」
勇者「ん?」 ぷす
魔王「ふふふ。ひっかかった頬つっかい棒~」
勇者「子供か、魔王は」
魔王「やけに愉快な気分だ」
勇者「子供ではなく酔っぱらいだった」
魔王「だって美味しかった」
勇者「美味かったな」
魔王「それに、乾杯してもらえた」
勇者「うん、そうだな」
魔王「……」
勇者「……」
魔王「ふふふふふっ」
勇者「どうした、突然」
魔王「無敵感満タンだ!」
勇者「機嫌治ったのか? 煮詰まり治ったか?」
魔王「うん、どっかにいってしまった」
勇者「そりゃ良かった」
魔王「あとはもふもふで完璧だ」
勇者「それは今度な」
魔王「けち」
勇者「濡れちゃうだろう」
魔王「けちけち勇者」
勇者「やっぱ、酔っぱらいだな」
魔王「あれを見ろ、勇者っ」びしっ
勇者「そんなのに引っかかるかよ。そういうのは
百万回くらい爺に騙されてるんだっての」
魔王「いいからっ」
勇者「なんだってんだよ」
魔王「虹が、降っているよ?」
勇者「ああ……」
魔王「綺麗だろう?」にこり
勇者「ああ」
魔王「やっぱり負けるのはダメらしい」
勇者「うん」
魔王「わたしはこれから、計画の練り直しだ。
マスケットを敵に与えてしまったのはわたしのミスだ。
本来であれば、わたしは責任をとるために、
もっと強い武器を南部連合に提供しなければいけないと思う。
でも、それをすれば、死者の数はもっともっと増えてしまう」
勇者「ああ」
魔王「でも、わたしのそんな躊躇い……。
火薬を広めて良いのか悪いのかという躊躇いが、
マスケットを敵に量産させる結果を招いてしまったんだな」
勇者「……うん、そうだな」
魔王「なんのことはない。勇者に偉そうに講釈しておきながら
一番覚悟が出来ていなかったのがわたしだったというわけだ」
勇者「……」
魔王「何度でも思い知る。
やはりわたしは1人じゃ何も出来ない。
この件に関しても、もっと早くに相談すべきだったんだ。
彼女であれば、それを用いても被害を増やさない方法を
思いついたかも知れないのに」
勇者「うん」
魔王「吹っ切れた。
わたしもこの件から逃げ回るのはやめよう。
女騎士と話し合うべき時期が、来たのだと思う」
誤字です
>>111青年商人
×呼称もすれば~
〇故障もすれば~
>>155従僕
×あとは塾生を待つ~
〇あとは熟成を待つ~
>>176酒場の主人
×呼称と軟骨の入った~
〇胡椒と軟骨の入った~
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指摘ありがとうございます。修正いたしました。